サッカーサポ乗せたバスが事故 7人死亡 27人が負傷 ブラジル
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この中華全土には、奴隷と呼ばれる下僕の者たちが一定数存在している。
戦で親を失った孤児、貧困を理由に実親に売られた子ども、罪を犯して身分を剥奪された者やその家族、戦争捕虜、奴隷間の子供。
どういった経緯で奴隷という身分に落とされるのかはそれぞれだが、奴隷は労力としての需要が高い存在だ。
安い給金で重労働を行わせることが出来るため、農業や荷役、戦での戦力としても活用される。
女の奴隷も、侍女として家事や雑用を行わせたり、妓楼や後宮に売られることもあり、使い道は数多だ。
信という名の戦争孤児も、奴隷という低い身分なのだが、彼は奴隷の中でも恵まれた環境下で飼われている下僕だった。
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宝石姫 |
主が茶を一口啜った直後、茶杯を置いた音を聞き取り、信は次に文句が来ることを予想していた。
「熱過ぎる」
やはり文句が来た。
一口啜った直後に茶杯を置くのは、主が気に食わなかった時の決まりごとだ。文句がない時はすぐに二口目を啜るのだが、今日の茶は気に食わなかったらしい。そしてこれは、本日二回目の淹れ直しだ。
「さっきはぬるいって言ってたくせに」
苛立たしい様子で信が大きな独り言を洩らすと、主である昌平君が鋭い眼差しを向けて来た。しかし、信は少しも目を合わせようとしない。
次にまた目を合わせれば、淹れ直せという命令が来ることが分かっていたからだ。
茶を淹れ直せと言われるのはそう珍しいことではない。普段は二、三回言われるのが当たり前だった。
過去の最高記録は六回だが、あの時はさすがの信も学習し、「そんなに美味い茶が飲みたいのならお前が見本を淹れてみせろ」と主の前に茶器と茶葉を並べた。
さすがに無視出来なかったのか、昌平君の家臣から、下僕にあるまじき無礼な態度だと笞
で打たれたことは今でも覚えている。あの時の痣は五日は消えなかった。
それでも苛立ちは消えず、信は翌日にその辺の草を茶葉代わりにしてやろう考えた。
しかし、不敵な笑みを浮かべて庭の草を摘んでいたところを運悪く昌平君に見つかってしまい、草むしりをしていたと咄嗟に吐いた嘘も「そんな仕事は命じていない」と一蹴されて、頭にげんこつを落とされてしまった。
…思えば、あの日からさらに茶の評価が厳しくなった気がする。
一切の手加減をされなかった拳に、信は激痛に悶えて涙を浮かべたことを覚えている。あの一撃は誇張なしに、笞で打たれる何倍も強烈だった。
普段から筆や木簡、それから頭くらいしか使っていないように見えるが、どこにそんな腕力を隠しているのだろうか。
いちいち文句を言って茶を淹れ直すよう指示されるたびに、信は苛立ちを隠せない。美味い茶が飲みたいのなら、茶を淹れるのが得意な者に任せればいいものを、なぜか昌平君はそうしなかった。
「熱いんなら冷ましてから飲めば良いだろ」
信は目を合わさずに素っ気なく返した。
「熱過ぎるせいで渋みが強い」
「茶には変わりねえだろうが」
もしもまた淹れ直せと言われても、もう湯を沸かすのも、茶葉を蒸らすのも面倒だった。
ぬるいと言われたから、熱い茶を淹れ直したというのに、今度は渋いと言われる始末。
文字の読み書きも満足に出来ない下僕が、茶の淹れ方など生涯習うことはないと言っても過言ではない。
それならば、熱い湯で茶を淹れれば渋くなるという知識を事前に教えておくべきだろうと信は心の中で反論していた。
それに、この秦国の右丞相と軍の総司令を務めている主、いわゆるお偉いさんの茶の好みなど、知る訳がないのである。
きっと昌平君は自分に嫌がらせをしたいだけなのだと信は疑わなかった。
この中華全土に住まう人間たちの地位を分けるとすれば、下僕の信は最下級という位置づけで間違いないだろう。
そして秦王の傍に仕えている昌平君は上級階級だ。上級階級の者たちは、茶を淹れる面倒さなど知るはずもない。
茶を淹れるための水を汲んで来ることも、茶器を扱うことも、湯を沸かすことも、その手で茶葉に触れることだってない。そのくせ、温度や濃さの文句ばかりを言って来る。
上に立つ者は、自ずと下にいる者を見下ろす習慣が出来ることを信は知っていた。虐げられるのはいつも下にいる自分たちだということも。
上に立つ者の中には、下にいる者を虐げることを息抜きにしたり、趣味にしている者だっている。
昌平君もその類の人間だと信は疑わなかった。
茶を淹れることはあっても、茶の美味しさなど分からない信には温度も濃さもどうでも良かった。どうせ淹れた茶を飲むのは自分ではないからだ。
一日に一度は必ず茶を淹れるように指示を出されるのだが、信にとってこの作業は苦痛でしかない。
まだ屋敷の掃除をしている方が気が楽で良い。とにかく、近くに主の存在を感じる仕事は苦手だった。
この屋敷には大勢の従者がいるというのに、なぜか昌平君は信を傍に置きたがる。
昌平君に引き取られたのは、もう数年前のことだが、それまでの生活は今よりも最悪なものだった。
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宝石姫 |
信を引き取った男は、小さな集落の里長で、下僕たちに何かと仕事の不手際に文句をつけては暴力を振るう男だった。
これは罰だと自分を正当化しながら、下僕たちを日常的に苦しめているくせに、屋敷の外では里の者たちに親しまれている二つの顔を持っていた。内と外で顔を変える男だったのだろう。
当時、信と共に屋敷で働いていた下僕仲間たちの何人かは、その里親によって悪戯に命を奪われた。
簡単に命を奪った里長が許せずに、仲間たちの報復をしようと企んだ信だったが、他の仲間たちに止められてしまう。彼らは、里長からさらなる報復を受けることを恐れていたのである。
信の報復によって、全員が酷い目に遭うと懇願されてしまえば、信も怒りを飲み込むことしか出来なかった。
身分の低さに比例した無力さを噛み締めながら、手を土だらけにして仲間を弔っているところに現れたのが、今の主である昌平君だったのだ。
右丞相である彼がわざわざ辺鄙な地にある集落までやって来たことに驚いたが、領土視察や税制のことで自ら赴いたのだという。
その後のことはよく分からないのだが、後日になってから里親の姿が急に見えなくなり、信は昌平君に引き取られることが決まった。
何もしていないというのに、共に過ごしていた下僕仲間たちから感謝された理由も、信はよく分かっていない。
昌平君の屋敷は、秦国の首府である咸陽にあった。宮廷や軍師学校に頻繁に出入りをしていることもあり、また右丞相と軍の総司令という立場であることから、立派な屋敷である。構造を覚えるまでは、屋敷内で迷子になることも珍しくなかった。
前の里長のもとで働いている時と、仕事の内容も待遇も大きく変わった。
信の年齢ならば、そろそろ徴兵に掛けられてもおかしくはないし、荷役や農業といった重労働をさせられている下僕も少なくない。
しかし、昌平君は信にそういった労働はさせなかった。
以前は幼かったこともあって、家事をすることがほとんどであったが、昌平君に引き取られてからは彼の身の回りの世話を任されるようになったのである。
と言っても、昌平君はどこかの令嬢という訳ではないので、着物を着せたり髪を結ってやるようなことはしない。
この屋敷での信の仕事は、昌平君に茶を淹れることや執務室の清掃、それから他の下僕たちと同じ雑用を行うことが主だった。昌平君の命令があれば軍師学校や宮廷へ供をすることもある。
衣食住を保証してくれるだけありがたいと思うべきなのだろうが、素直に感謝をすることが出来ないのは、昌平君の性格の悪さだろう。
もともと表情を変えることのない男だとは思っていたが、何を考えているかさっぱりわからないし、茶に関しての要求は特にしつこい。
かといって、気に入らない茶を淹れても笞刑 をされることはない。
信の態度を見兼ねた家臣に笞で打たれることはあるが、昌平君が笞刑を命じることや、自ら笞を持つことは一度もなかった。
あるのは、棘のある言葉を吐かれたり、鋭い眼差しを向けられることくらいだ。
まれにげんこつを落とされることもあるが、それは信がはっきりとした敵意を持って、主へ悪巧みを目論んでいる時だけである。
「………」
近くにあった椅子に腰を下ろしても、主である昌平君からの視線はずっと感じていた。
沈黙は我慢出来たが、さすがに視線がうっとおしくなり、信は睨み返す。
「良い歳した男がフーフーして茶を冷ましてほしいってのか?あぁ?」
またそのような態度を取れば、生意気だと家臣から笞打ちの刑にされると分かっていたが、信は構わずに言い返した。
我が身可愛さで、言いたいことを飲み込む方が身体に悪いという性分なのである。この曲げられない性格のせいで、前の住処ではどれだけ傷を負わされたことか。
昌平君は信の態度を咎めることはなかったが、代わりに大きな溜息を一つ吐いた。
どう考えてもわざととしか思えない大きさの溜息に、信のこめかみに鋭いものが走る。
「なんだよ!どうせ淹れ直せっていうくせに!」
つい椅子から立ち上がって文句を言うが、昌平君はすでに執務を再開していた。
相変わらず訳の分からない内容が記されている木簡に目を通して、その返事をしたためている。
墨が乾いてから、昌平君は丁寧にその木簡を畳んだ。
「今日はもう休む。片付けておきなさい」
木簡を片手に、昌平君は立ち上がった。
「はいはい」
返事をしたというのに、昌平君はその返事の仕方が気に食わなかったのか、再び鋭い目線を向けて来た。
美味い茶の淹れ方も教わっていないように、主に対して忠実な態度も、敬語の使い方さえも、信は今まで習う機会がなかったのである。
しかし、習っていたとしても、昌平君にはきっと今まで通りの態度で接するだろうと断言出来た。
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昌平君が部屋を出て行った後、信は部屋の片づけを始めた。
片付けと言っても茶器を片すくらいで、他には大してやることはない。
もともと昌平君は几帳面な性格で、部屋を散らかすようなことはしないのだ。
執務に必要な物も、自分で置き場所を把握しておかないと気が済まない性格で、信に机上の物を触らせることはしなかった。
もう日が沈んでいて、辺りは真っ暗だ。
茶器を片付けてさっさと自分も休もうと考えたが、信は振り返って扉の隙間から廊下を覗き込んだ。
「………」
昌平君の後ろ姿が遠くに見えたが、こちらに戻って来る様子はない。もう空は真っ暗で、廊下には蝋燭が灯されていた。
すでに他の家臣たちは休んでいるようで、辺りには誰もいなかった。
昌平君の屋敷は宮廷と違って、見張りの兵はさほど多くない。彼の直属の近衛兵団である黒騎兵団が何人か交代で見張りをしているだけだ。
黒騎兵団とは昌平君の傍で仕事をしている信にとって、顔なじみの存在だが、立ち話をするような仲でもない。
彼らは見た目通り厳重で寡黙な性格で忠誠心が厚い。礼儀知らずな信とは特に相性が悪かった。
その辺の草を摘んで茶葉代わりにしようとしているのを昌平君ではなく、黒騎兵団に見つかっていたら、有無を言わさずに嬲り殺されていたかもしれない。
しかし、この執務室には近衛兵である彼らや家臣たちでさえも、昌平君の許可がない限りは立ち入りが出来ない。
その理由は単純なもので、豊富な機密情報を取り扱っているからだ。
右丞相として国の行政と、総司令として軍政を任されている昌平君が扱う機密事項の量は膨大である。いくら信頼している近衛兵や家臣たちとはいえ、安易に見せられるものではない。
では、なぜ信がこの部屋の出入りを許されているのかといえば、それも単純な理由である。
―――字が読めぬ者に、機密情報の判別が出来るのか?
文字の読み書きもろくに出来ない下僕では、機密情報を知ることも、外部に漏らす心配がないからである。
昌平君が信を引き取ったのも、そういった理由だったらしい。
下僕の中では、字の読み書きが出来る者が採用されることが多いのだが、中には信のように字の読み書きが出来ぬ者を重宝する場合もある。
機密情報を知られないことや、外部に持ち出すにも、それが機密情報であるかを自身で判別出来ないからだ。
機密情報を持ち出したところで、それを外部に売却するような知識も持たぬ子どもだからこそ昌平君は信を買ったのだろう。
他の者ではなく、信に茶を淹れさせるのも、執務室に出入り出来る者が限られているからだ。
別室で別の者に美味い茶を淹れてもらい、それを執務室に運ぶのはどうかと提案したこともあるのだが、それでは冷めて風味が落ちるらしい。
そんなに淹れたての茶が飲みたいなら、執務室を出てすぐの廊下で淹れてもらえと言うと、げんこつを落とされた。
懸命に下僕たちが屋敷の清掃をしているのだから廊下だって汚くはないし、多少の埃が茶に混入したところで死ぬわけでもない。
これから潔癖症の上級階級の人間は嫌なんだと信はつくづく思ったものだ。
この屋敷に仕えている下僕は、もちろん信以外にもいる。他の上級階級の人間たちと比べると、昌平君は屋敷で雇っている下僕の数は多くないそうだ。
しかし、右丞相と軍の総司令という高い地位に就いている彼の身の回りの世話をするということもあってか、信以外の下僕は全員が字の読み書きが出来る。
過去に信は、昌平君に気づかれぬように、下僕仲間から字の読み書きを教わろうとしたが、彼らからこっぴどく咎められてしまった。
事前に主から通達があったようで、機密情報が置かれている執務室に出入りする信には、決して字の読み書きを教えてはならないと言われているらしい。もしもその命令に背けば処刑とまで言われたと聞く。
屋敷で働く下僕たちとは、苦悩を共にして来た仲間意識があるおかげでそれなりに仲が良いのだが、文字の読み書きを教えてもらおうとすると、処刑を恐れて全員が口を閉ざしてしまうのである。
信の中で下僕の身分を脱したいという気持ちは変わらない。
物心がついた時には既に親はおらず、奴隷という立場に落ちていた。
奴隷商人や、買われた先でも、人間としての尊厳など与えられていなかったし、それを仕方ないと諦めるようなことはしたくない。
もちろん昌平君に引き取られてからは、衣食住を保証されて人間らしい生活を送れているものの、奴隷という立場は変わっていないのだ。
(よし、誰も来ねえな)
何度も扉の方を振り返る。誰も来ないことを確認してから、信はさっそく今日も探し物を始めた。
(今日こそ絶対に見つけてやる…!)
信は昌平君がいつも執務を行っている机の辺りを重点的に探し始めた。
先月から信はあるものをずっと捜索している。
それは、奴隷解放証だ。
下僕という身分を脱するためには何をしたら良いのか下僕仲間たちに問うと、奴隷解放証という書が必要になるのだと教えてくれた。
げんこつを落とされるのを覚悟で、主である昌平君にも確認すると、彼もそうだと肯定したのである。
重責を担っている昌平君は嘘や冗談を言う男ではない。まさか素直にそのようなことを教えてくれるとは思わなかったのだが、奴隷解放証が必要になるという情報は、下僕の身分を抜け出したい信にとって、大きな前進だった。
どういった方法で奴隷解放証を入手出来るのかまでは、昌平君は教えてくれなかったが、下僕仲間たちによると、下僕を引き取った主が用意するのだという。
ただし、里長のような弱い権力者は奴隷解放証の作成は出来ない。
その地域ごとに下僕たちを管轄している県令以上の役職に就いている者の書と印章が必要になるのだそうだ。
つまり、右丞相である昌平君ならば、県令を通さずに奴隷解放証を作成することが出来るということである。
主を脅迫して奴隷解放証を書かせるという手段もあったのだが、字の読み書きの出来ない信では、たとえ奴隷解放証と関係のない文言を書かれたとしても気づくことは出来ない。
だからこそ確実に奴隷解放証を手に入れる方法が必要だった。
下僕仲間たちから奴隷解放証の話を聞いた後日、いつものように茶を淹れ直していると、昌平君が何かの書に印章を押しているのを見たことがある。
何気なしにその作業を見ていると、信の視線に気づいた昌平君が無表情のまま奴隷解放証だと教えてくれたのだ。
後日に、下僕仲間のうちの一人が奴隷解放証を渡されて、何度も昌平君に頭を下げながら屋敷を出て行った。
彼女は昔からこの屋敷に務めている下僕の侍女で、真面目な勤務態度が家臣たちから高い評価を受けていた。
貧困を理由に親に売られたことで下僕となった彼女だったが、村の幼馴染と結婚することを夢見ており、定期的に里帰りも許可されるほど、この屋敷の中では優遇されていた下僕だったのだ。
晴れて、下僕の身分を脱した彼女は里に戻って、幼馴染と結婚の約束を果たすらしく、全員から祝福をされて屋敷を出て行ったのである。
奴隷解放証と普段よりも多い給金は、昌平君からの結婚祝いだと言っても過言ではない。
彼女が屋敷を出ていく時、信も他の下僕たちと同じようにお祝いの言葉を贈り、奴隷解放証を見せてもらった。
さすがに記憶のそれを模写することは不可能だが、信はこの時に、昌平君が奴隷解放証を幾つか保管していると気付いたのである。
あの時、昌平君は筆を取らずに、印章を押していただけだった。つまり、印章の押されていない奴隷解放証が幾つか部屋にあるはずだと信は睨んでいた。
奴隷解放証を見つけて、自分で印章さえ押してしまえば、昌平君が作成した書であると誰も疑わないだろう。
印章の場所は見つけていたが、奴隷解放証だけが見つからず、信はこうして主がいない間に探しているのである。
すべては下僕という身分を脱して、自由をつかみ取るためだった。
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宝石姫 |
(うーん、見つからねえな…見逃してるだけか?)
昌平君がいつも作業を行っている机の周辺や棚を探すのだが、奴隷解放証は見当たらない。
手がかりといえば、あの日に見せてもらった奴隷解放証の記憶だけで、どんな内容が記されているのかは分からない。とにかく信は記憶にある奴隷解放証と一致する書を探していた。
探し物の作業で注意点は、昌平君に探し物をしていたことを気づかれぬように、原状回復しなくてはならないことだ。
几帳面な性格である主のことだから、昨夜と物の配置が大きく変わっていたらすぐに気づくだろうし、その犯人は執務室の出入りを許されている信しかありえない。
また、探している最中に大きな物音を立てれば、見張りの兵たちがすぐにやって来るだろう。
なるべく物音を立てないよう、独り言も漏らさぬよう、信は奴隷解放証を探し続けた。
蝋燭の明かりを持って、机上の書簡や引き出しなど、あらゆる場所を探すのだが、それらしいものは見当たらない。
昌平君のことだから、重要な書類はこの周辺にまとめていると思っていたのだが、まさか場所を移したのだろうか。
信が奴隷解放証を探していることを気づいているのだとしたら、やはり見つけられぬように場所を移されたのかもしれない。
執務室以外で考えられる場所と言えば、まさか昌平君の寝室だろうか。
色々と思考を巡らせながら探すものの、結局今夜も奴隷解放証らしきものは見つけられなかった。
「はあ…」
つい溜息を吐いてしまう。
奴隷解放証さえ手に入れば、このような屋敷にいつまでも留まっておく必要はない。とはいえ、盗んだことが気づかれれば確実に処刑されることになる。
信の中では、奴隷解放証を手に入れたあとは普段通りに仕事をこなし、昌平君と屋敷を出ることがあれば、何処かで隙を見てそのまま脱走するという計画を企てていた。
屋敷から大胆に脱走する方法もあったが、それはかなりの危険が伴う。見張りの兵はよく鍛錬されているし、黒騎兵団ならば捕らえられるのと同時に首を刎ねられることになるだろう。
だからこそ、見張りの兵や近衛兵が多くない時期を狙う必要があった。
(今日は諦めるか…)
あまり長居していても、見張りの兵から怪しまれるかもしれないと思い、今日のところは切り上げることにした。
さっさと茶器を片付けて、部屋の蝋燭を消そうとする。
「ん?」
その時、背後から視線を感じて、信は反射的に振り返った。
「ひッ!?」
思わず上擦った声が出た。
扉の隙間から、呆れ顔の昌平君がこちらを見つめていたのだ。
一体いつから覗き見ていたのだろうか。信はだらだらと冷や汗を流しながら硬直し、頭の中で言い訳を考えていた。
一応手には茶器を握っていたので、片付けが長引いたと言えば信じてもらえるかもしれない。
扉を開けて入って来た昌平君が腕を組み、信のことを見下ろしている。
もとから大きな身長差があったので、図らずとも見下ろされる形になるのだが、普段より強い威圧感を感じた。
「え、っと…あ、あの、か、片付け…してた…」
「まだ何も訊いていないが」
普段よりも声の低さに拍車掛かっている。表情こそ変わっていないが、怒っているのだと察した信は反射的に縮こまった。
げんこつが落ちて来ると身構えていたのだが、昌平君は信を見つめるばかりで何も話さない。
いつから見られていたのかは定かではないが、触るなと言われていた机上やその周辺を捜索していたところは見られていたかもしれない。
言いつけを守らなかったことで罰を与えられるのではないかと信が怯えていると、昌平君がわざとらしい溜息を吐いた。
その溜息にさえ怒気が籠められていて、信は硬直したまま動けずにいる。
ゆっくりと歩み寄ってきた主が目の前にやって来ても、信は驚愕と怯えのあまり、そこから逃げ出すことも出来なかった。
「何を探していた」
「………」
その言葉から、確実に探し物をしていたことは気づかれている。
下手に答えれば、げんこつではなく刃が振り下ろされると思うと、緊張で喉が強張ってしまい、全く声が出なかった。
真っ青になっている信を見下ろす昌平君の瞳は氷のように冷たかった。
このまま沈黙を続けたところで許されることはないと、頭では理解しているものの、何と答えれば見逃してもらえるかも分からない。
とはいえ、謝罪すれば自分の非を認めたことになる。そうなれば確実に処罰を受けることになるだろう。
信はどうしたらいいのか分からず、口を噤むことしか出来なかった。
「………」
「………」
重い沈黙が二人の間に横たわる。
いっそ都合よく気絶でも出来ないか信が考えていると、痺れを切らしたのか、昌平君の方から先に口を開いた。
「お前が探している奴隷解放証はここにはない」
「えッ!?」
思わず声が裏返ってしまう。それと同時に信は後悔した。
もしも昌平君が鎌をかけたのだとしたら、奴隷解放証を探していたことを気づかれてしまう。つまり、言い訳をしたところで、完全に自分の負けだ。
慌てて口を塞いだものの、聡明な主は全てお見通しだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
その表情を見た途端、信は脱力し、その場にずるずると座り込んでしまう。
きっと処刑を言い渡されるに違いない。
下僕の身分を脱することなく、このまま犬死するのかと、信は泣きそうになった。来世ではもっとマシな人生を歩めるように祈っていると、
「解放証が欲しいのか」
笞刑でも斬首でもない、予想外の言葉を掛けられて、信は驚いて顔を持ち上げた。
「下僕という身分を脱するにあたり、見合った働きをしている訳でもない。かといって、私を敬うこともない。お前を切り捨てたところで文句を言われる筋合いはない」
拳を握って、信が昌平君を睨みつけた。
その態度が無礼であるというのは百も承知だったし、それで切り捨てられるとしても、今まで散々咎められて来たのだから、今さら驚きもしない。
奴隷解放証を探していたのは事実だし、自分の命を生かすも殺すも主の気分次第だということは分かっていた。
「俺だって、親がいないってだけで下僕扱いされるなんて、もううんざりなんだよ!」
物心がついた時から下僕という身分に落ちていたのは、戦争孤児という理由だけで決められたことだった。しかし、そんなのはおかしいと信は訴える。
同じ人間であるはずなのに、生まれながらに階級を分けられるなんて不公平だ。他の下僕仲間たちだって同じように思っているはずなのに、報復や処罰を恐れて誰もが口を閉ざして、その想いを隠している。
下僕は自由に発言することも許されぬ不自由な身だ。どうして生まれが違うだけで自由を制限され、見下され、機嫌を伺わなくてはならないのか、信には理解が出来なかった。
そんな信の気持ちを知らずに、昌平君は相変わらず顔色一つ変えずに口を開く。
「解放証は無償で渡せるほど価値の低いものではない」
「…下僕らしく従えって言いたいのかよ。そんなのこっちから願い下げだ!」
今さら生に執着するために頭を下げるのも嫌だった。
身分の違いでこうも容易く命の価値が決められるなんて、こんな世の中、こっちから願い下げである。
殴られることを覚悟で吐き捨てたが、昌平君が逆上することはなかった。
しばらく嫌な沈黙が続いた後、昌平君は小さな溜息を吐いた。
「…私に一度でも、傷をつけることが出来たのなら、奴隷解放証を与えよう」
「…はっ?」
何を言われたのか理解出来ず、信は間抜けな声で聞き返した。反対に昌平君は微塵も表情を変えていない。
「それが解放証を渡す条件だ。出来なければ、お前は永遠に私の下僕だということを忘れるな」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
勝手に話を進められて、信は頭の中を整理させろと制止を訴えた。
煩わしそうに顔をしかめられるものの、信はゆっくりと先ほどの昌平君の言葉を繰り返す。
「お、お前に…一撃でもぶち込めたなら、ほんとに、解放証をくれるんだなっ?」
「私を殺す気か。致命傷である必要はない」
それはそうだ。間違って昌平君を殺めてしまったら、奴隷解放証をもらうどころの騒ぎではなく、主殺しの罪で処刑されてしまう。
一撃でも与えればいいという条件に、信の口角はみるみるうちに持ち上がっていった。これは奴隷解放証を手に入れるだけでなく、今までのうっ憤を晴らす機会でもある。
「…やってやろうじゃねえか!ぜってー奴隷解放証を渡せよ!」
「では、私に一撃も入れられなかった場合は?」
「えっ?」
まさか逆に聞き返されることになるとは思わず、信はきょとんと目を丸めた。
「不公平にならぬように、お前も条件を設けるべきだ」
言われてみれば、このままでは自分に利があり過ぎる。
下僕の身分である信と上級階級である昌平君の立場には最初から優遇の差がありすぎるので、それくらいの不公平は甘く見てほしいものだが、指摘すればこの取引がなかったことにされてしまう危険があった。
「じゃ、じゃあ…文句言わねえで、お前が気に入る茶を淹れる」
主に向って堂々と「お前」と言えるのはきっと信だけだろう。
しかし、信が提示したその条件に満足したのか、昌平君は迷うことなく頷いた。
「なら、明朝に勝負だ。正々堂々とな」
「おう!」
先ほどまで意気消沈していた男児と同一人物とは思えぬほど、信は潔く返事をした。
「…茶器を片付けて今日は早く休め。言っておくが手加減はせぬぞ」
「ふん!お前こそ、手ェ抜いたら泣きつくことになるぞ!泣いても許してやんねーからな!」
抱えた茶器を片すために、信は足早に執務室を出ていく。
残された昌平君は僅かに口角をつり上げて、遠ざかっていく下僕の後ろ姿を見つめていた。
The post 絶対的主従契約(昌平君×信)前編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.