バーサーク(輪虎×信・蒙恬×信)番外編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 輪虎×信/蒙恬×信/嫉妬/無理やり/ヤンデレ/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

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見舞い(輪虎×信)

このお話はバーサーク(蒙恬×信)の過去編です。

 

天下の大将軍と称えられていた王騎が討たれたという報せは、瞬く間に中華全土に轟いた。

もちろん輪虎が仕えている廉頗の耳にもその報せは届き、彼は三日三晩、酒に浸ることとなる。

ほどほどにするようにいつも声を掛けるのだが、泣き上戸である廉頗が酒を飲むと家臣も誰もが手をつけられなくなってしまう。

廉頗と王騎は互いを戦友と認め、共に酒を飲み交わす仲でもあった。敵将であっても、王騎と同じく秦の六大将軍の一人である摎が討たれた時も、情に厚い廉頗は涙を流していた。

王騎の弔いの儀を終えてから、数か月が経っていた。

空になった大量の酒瓶を抱えて出ていく従者と、新しい酒瓶を運ぶ従者たちが慌ただしく屋敷の廊下を走り回っている。

客人もいないのに、これだけの量を一人で飲む廉頗を見るのは随分と久しぶりだった。
王騎の訃報を聞き、未だ心を痛めているのだろうと輪虎は考えた。

そのうち酔い潰れて眠ってくれるのならば良いのだが、廉頗の酒の強さは家臣たちもよく分かっている。恐らく今日も朝まで飲み続けるつもりだろう。

昼間から飲み始めて、もうとっくに日が沈んでいる。従者たちが慌てて酒を運んでいる姿を見る限り、酒を飲む速度は飲み始めた頃と少しも変わっていないらしい。

(そろそろやめさせないと…)

輪虎が廉頗のいる間へと向かうと、彼は酒を杯に注ぐこともせず、酒瓶に直接口をつけていた。

「廉頗様、その辺にしておいてください」

主である廉頗に意見できるのは随分と限られているが、輪虎はその一握りの従者だった。

戦で親を失い、廉頗の下で育てられた輪虎は将としての才能を開花させ、今や廉頗四天王にまで上り詰めた。

涙で目を真っ赤に腫らした廉頗は輪虎の姿を一目したが、構わずに酒を飲んだ。味わっているのではなく、喉に流し込んでいるようにしか見えなかった。

廉頗が王騎を討たれた悲しみに浸っているのは分かっていたが、このままでは体に障る。いかに強靭な肉体を持っているとしても、酒の飲み過ぎは体を内側から壊してしまうだろう。

戦友であった王騎の死を悼んでいるのは分かっていたが、自分を拾ってくれた命の恩人であり、親代わりである廉頗には体に気遣って欲しかった。

廉頗はこれまでも多くの将たちの死をその目で見て来た。それが味方であれ敵であれ、戦友である彼らのために涙を流して別れを惜しむ。そんな廉頗の心優しいところが輪虎は誇らしくあったし、とても好きだった。

口付けていた酒瓶が空になると、廉頗は涙を拭いながら、ようやく輪虎の方を向いた。

「…輪虎、王騎の屋敷に行け」

「え?弔いの儀はもう終わったはずですが…」

廉頗は力なく首を横に振る。

「儂より腑抜けている娘がおるじゃろう」

「…信ですか」

娘と言われ、輪虎はすぐに信の名前を出した。王騎は摎の間に子は成さなかったが、養子がいた。名を信という。

彼女も輪虎と同じように戦で親を亡くした孤児で、将の才能を見出されて王騎と摎に拾われたのである。

王騎がこの屋敷に時々、信を連れて来ることがあり、輪虎もそこで彼女と初めて出会った。

互いの境遇が酷似していたせいか、信はすぐに輪虎に懐き、輪虎も信を妹のように可愛がっていた。母である摎に倣って剣を振るうようになった彼女と幾度も手合わせをしたことだってある。

手を抜くといつも叱られてしまうので、(怪我をさせない程度に)輪虎は相手をしてやっていた。それでも彼女が輪虎に勝ったのは片手で数えられるくらいである。

王騎と廉頗が酒を飲み交わしながら、自分たちの手合せを見守ってくれていた時のことを想い出し、輪虎は胸が切なく締め付けられた。

(信か…)

あれから何年も経ち、輪虎も信も将軍の座に就いていた。

手合せで輪虎に勝った時、信は大喜びして養父である王騎に報告していた。しかし、輪虎が両手剣の使い手であることと、手合せで全ての力を出し切っていないことを王騎は見抜いていた。

王騎がそれを信に告げると、隣で廉頗は大笑いしていたし、信は顔を真っ赤にして輪虎を怒鳴りつけた。あの頃はまだ二人とも将軍の座には就いておらず、平和だった。

戦乱の世でありながら、確かにあの時の時間は輪虎の中で幸福の記憶として刻まれていたのだ。

自分が廉頗の将であり、信が秦将ならば、いずれは本気で殺し合わなくてはならない。そんな当たり前のことを、子どもの輪虎でも分かっていたが、信はあまり考えていないようだった。

ただ、がむしゃらに強さを求めて、自分に勝つことで頭がいっぱいだったのかもしれない。

初陣を済ませてから、何度か信に会ったが、子どもの頃のお転婆な性格は少しだけ落ち着いたように見えた。だが、実力差は少しも埋まっていない。

もしも戦で相見えることがあったのなら、確実に信は自分に殺されるだろうと輪虎は思っていた。

最愛の父を失って腑抜けている今の彼女を殺すことなど、赤子の手を捻るよりも容易いことだ。

もしかしたら廉頗もそれを分かっていて声を掛けたのだろうか。

彼女が王騎の死から立ち直れず、戦で再会するようなことになれば、信は自ら輪虎に首を差し出すかもしれない。

そんなことは王騎も望まないだろう。もちろん廉頗も、輪虎だってそんなことはしたくなかった。

「…では、数日の間、休暇を頂きます」

廉頗が頷いたのを見て、輪虎はすぐに出立の準備を始めた。目的地は王騎の屋敷だ。

 

見舞い その二

王騎の屋敷に到着すると、家臣たちがすぐに輪虎を出迎える。

生前から王騎が廉頗と付き合いがあり、互いの屋敷を出入りしていたことは何度もあったので、輪虎も客人としてもてなされていた。

守るべき国が違えども、王騎の家臣たちは輪虎を追い返すような真似はせず、むしろ喜んで招き入れてくてた。

信の見舞いに来たことを告げると、従者たちは困ったように目を見合わせる。

「…そんなにまずいのかい?」

問い掛けると、従者たちは暗い表情で視線を落とした。

王騎の弔いの儀を終えてから数か月は経った。信のことだから、怪我や疲労など構わずに鍛錬に打ち込んでいるのではないかとも思っていたのだが、廉頗の見立て通りに腑抜けてしまったらしい。

信がいる部屋に案内され、従者が扉越しに声を掛けたが、信から返事はなかった。

困ったように従者が視線を送って来たので、輪虎は頷いた。ここまで休むことなく馬を走らせて来たのだから、会わないで帰る訳にいかなかった。

「信?」

部屋に入ると、信が寝台の上に横たわっているのが見えた。

目を開けているのだが、虚ろな瞳で光がない。胸を上下させて呼吸するだけで、魂の入っていない抜け殻のように見えた。

「…信」

もう一度名前を呼んで、寝台に横たわる彼女の前に立つが、信は反応を見せなかった。

目は合っているはずなのに、虚ろな瞳に輪虎の姿が映っているだけだった。何も見えていないし、何も聞こえていないのかもしれない。

最後に会った時よりも随分と痩せており、顔色が悪かった。今は涙が流れていなかったが、瞼が腫れている。

ずっと泣いていたのだろう。泣き疲れて眠ってくれていたのならと思うが、それも出来ぬほど信の悲しみは深いものだと分かる。

王騎が討たれたという知らせを聞いた時、輪虎はまさかと思った。廉頗もすぐには信じられず、一体何があったのだと瞠目していたことを覚えている。

「………」

手を伸ばして、輪虎は信の頬に触れた。眼球を動かすこともせず、信は輪虎がいることに気づかない。

どうしたものかと輪虎は思考を巡らせた。

きっと家臣たちも信のためにあれこれ手を尽くしたに違いないが、このまま食べも眠りもせずにいれば、衰弱し続け、死んでしまうだろう。

王騎を追い掛けて自害をしなかっただけ褒めてやるべきかもしれないが、こんな死に方をして王騎が喜ぶはずがない。

輪虎は何度か名前を呼び続けたが、やはり反応は同じだった。

最愛の父を失った今、彼女は全てを拒絶しているのだろう。悲しみに心が捕らえられてしまったのだ。

「信…」

呼び掛けても、触れても反応がない。一体どうしたら彼女の意識を戻すことが出来るのだろう。

輪虎は信が横たわる寝台の端に腰を下ろし、彼女を目覚めさせる方法を模索した。

「…ん?」

寝台のすぐ近くに置かれている机に、水差しと花瓶が置かれている。しばらく花を飾っていないのだろう、花瓶には何も入っていない。

王騎は男にしては珍しく花を愛でる男だった。屋敷の至るところに花が飾られており、浴槽にも花を浮かべるのだと信から聞いたことがあった。王騎から花の香りがするのはそのせいだったらしい。

どうやら信は花を愛でる趣味は受け継がなかったようだが、もしかしたら彼女の意識を呼び戻すことが出来るかもしれないと輪虎は立ち上がった。

 

花と目覚め

屋敷の中にある庭には、色とりどりの花が植えられていた。

家臣に声をかけ、咲いている花を摘ませてもらった輪虎はすぐに信の部屋に戻る。

話を聞くと、屋敷に飾っている花は、街で買うこともあれば、この庭の花を使うことがあるのだそうだ。

「信…」

机に置かれている花瓶に摘んで来た白い花を飾る。部屋に花が飾るだけで、それまで暗い雰囲気だった部屋が、急に色を取り戻したかのように見えた。

摘んで来たばかりの瑞々しい白い花のおかげで、生命力が漲って来たような、そんな印象があった。

王騎が生きていた頃は、彼女の部屋にもこうして花が飾られていたのだろうか。

「……、……」

それまでずっと虚ろな瞳を浮かべていた信の瞳が鈍く動いたので、輪虎ははっとした。

「信?信、わかるかい?」

肩を揺すって名前を呼ぶと、信は静かに鼻を啜った。

「…父さん…?」

花が飾られている方に視線を向け、信が掠れた声でそう言ったので、輪虎はまだ彼女の意識が完全に戻って来ていないのだと察した。

恐らく花の香りで王騎が傍にいるのだと勘違いしているのだろう。輪虎は静かに唇を噛み締める。

完全に意識を取り戻した彼女を待つのは、王騎の死という残酷な現実だ。

再び心を閉ざしてしまうのではないかという不安もあったが、輪虎は彼女の名前を呼ばずにはいられなかった。

「信、戻っておいで」

幼い頃から剣を握っていたことで、マメと傷だらけの、皮膚が肥厚している彼女の手を強く握り締める。

輪虎の声に導かれるように、信の瞳が光を取り戻す。ようやく目が合った。

「……輪虎?」

「やあ、おはよう」

寝ぼけ眼とは言い難い、腫れぼったい瞳を何度か瞬かせて、信は輪虎のことを見つめていた。

どうして彼がここにいるのだろうといった表情を浮かべ、それから信は思い出したかのように、瞳から涙を溢れさせた。

「父さん、父さんが…」

震えている肩を擦ってやりながら、輪虎は静かに彼女に寄り添っていた。傍にいることくらいしか、輪虎にはやってやれることがなかった。

両手で顔を覆い、声を上げて泣き始める。頬を伝う涙の痕や、腫れぼったい瞳を見る限り、意識のない間もずっと泣き続けていたのだろうが、彼女の涙は枯れることはない。

きっと信にしてみれば、あのまま死ねた方が良かったと思っていることだろう。

そんなことを王騎が望むはずがないと信も分かっているはずだ。それでも無意識に死を望むほど、彼女の心は悲しみに囚われていたのだろう。

悲しみだけでなく、父を助けられなかった悔恨や自分への怒りに、心がはち切れてしまいそうになっているに違いない。

分かっていて輪虎は残酷な言葉を信に投げかけた。

「…これを機に、剣を捨てるかい?」

弾かれたように信が顔を上げる。それまで悲しみの色を浮かべていた瞳が、たちまち憤怒の色に染まっていく。

「そんなこと、する訳ないだろッ」

喉から声を振り絞るようにして信が怒鳴ったので、輪虎は肩を竦めるようにして笑った。
なんの躊躇いもなく答えたということは、本心で間違いない。

「じゃあ、いつまで泣いてるつもりだい?悪いけど、僕は君がめそめそしている間にも、先を行くよ」

挑発するように輪虎が言うと、信がさらに目尻をつり上げる。

過去に手合せをして、輪虎に勝ったことが数えられるくらいしかないことに、信が危機感を抱いているのは知っていた。

いつもの調子を取り戻したことに、輪虎の口の端がつり上がる。悲しみに囚われていただけで、心は死んでいなかったのだ。

「少し、思い出話をしようか」

輪虎が静かにそう囁いたので、信は不思議そうに目を丸めた。

 

義父と婿

「…信は知らないだろうけれど、君を初めて抱いた日に、僕は王騎将軍に矛を向けられたんだよ」

「え?」

信が驚いて見開いた目を丸めた。

輪虎と信が初めて体を重ねたのは、呉慶将軍率いる魏軍と秦軍の戦いの後だ。

戦を見に行くぞと王騎に引っ張られるように連れ出された。その後、戦に勝った麃公と祝杯を挙げ、さらにその後に廉頗の屋敷で酒を飲み交わした。

連日連夜、将軍たちに酒を飲まされて体調を悪くしていた信はついに廉頗の屋敷でぶっ倒れたのである。その時に看病をしてくれたのが輪虎だった。

従者たちは王騎や大酒飲みの廉頗をもてなすために忙しくしており、信の看病をする者がいなかった。そこで輪虎は酒を飲まない理由になると思い、自ら信の看病を名乗り出たのである。

その時に身体を重ねてしまったことは、信にとっては酒の失敗、輪虎にとっては魔が差しただけ。

翌朝になって同じ褥で目を覚まし、お互いに忘れようと誓い合ったはずなのだが、都合よく記憶から消えることはなかった。

触れ合った素肌の感触も、絡ませた手の温もりも、破瓜の痛みも、囁かれた言葉も、信の中には今でも深く根を張って残っている。

輪虎も同じように、あの夜のことを忘れていなかった。

二度寝を始めた信を残して部屋を出て、そこで王騎と遭遇してしまったことも、はっきりと覚えている。

「…随分と娘を可愛がってくれましたねェって。冗談抜きで殺されるかと思った」

自分の首元に手の側面を押し当てながら、輪虎はそう言った。矛を向けられたのだろうと分かり、信が瞠目する。

「な、なんで?父さんがそんなこと…」

父が理由もなく相手に武器を向けるような男じゃないことを信は知っていた。

理由が分からないでいる信に、輪虎は不思議そうに首を傾げる。

「それは君が大切な娘だからでしょ。僕がどこの馬の骨か分からない男だったなら、弁明する間もなく、綺麗に真っ二つにされていたと思うよ」

男女が一つの部屋にいて、何事もなく朝を迎えたと信じる方がおかしい。王騎は輪虎と信が身体を交えたことを察したのかもしれないし、情事の最中のあれこれを聞いてしまったのかもしれない。

「そ、それで、どうなったんだよ…」

話の続きが気になっている信に、輪虎はくすくすと笑った。

「合意の上か聞かれたよ。信の方から誘ったって言ったら、どうなるか反応を見てみたかったけど…」

ふはっ、と輪虎が元々細い瞳をさらに細めて笑う。もしもこの場に王騎がいたら、体を真っ二つに引き裂かれていたかもしれない。

実際に誘ったのはどちらでもない。どちらともなく気づけば唇を、肌を重ね合っていた。酒の恐ろしいところだ。

「お前は父さんになんて言ったんだよっ?」

「…知りたい?」

ああ、と信はすぐに頷いた。だが、輪虎は自分の薄い唇に人差し指を当てる。

「内緒」

「教えろよッ!減るもんじゃないだろ!」

「うーん、こればっかりはねえ…」

困ったように肩を竦める輪虎だったが、話す気がないことが分かると、信はすぐに諦めたように「ちぇ」と言った。

「あれ?気にならないのかい?」

「気になるに決まってんだろっ!…でも、父さんが気に入る返事だったってのは分かったから」

信にそう言われ、輪虎は意外そうに目を丸めた。

自分があの時、王騎に殺されなかったのは、彼の気まぐれではなかったのだ。信が言った通り、王騎が気に入る返事をしたのだろう。

「…そっか」

随分と腑に落ちたように、輪虎が呟く。

「どうしたんだよ」

信が小首を傾げたので、輪虎は「なんでもないよ」と首を振って笑った。

 

義父と婿 その二

―――先に部屋を出た輪虎は、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。空には薄白い明るさが広がっている。

「………」

瞼を閉じれば、信の破瓜の痛みに打ち震える姿、切ない声で何度も自分の名前を呼ぶ姿が浮かび上がって来る。これは当分忘れることは出来なさそうだ。

しかし、罪悪感ではなく、優越感のようなものが胸を満たしていることに気が付いた。

廊下を曲がると、廉頗と遅くまで飲んでいたのだろう王騎が立ちはだかるように立っていた。その手には彼の体格に見合う大きさの矛が握られている。

「王騎将軍」

挨拶をしようとして、輪虎が笑みを繕った途端、全身の毛穴を針で突かれるような嫌な感覚に襲われる。

その正体が、自分を見下ろしている王騎の瞳から発せられる殺気だと分かると、輪虎は昨夜の信とのことを気づかれたのだと瞬時に理解した。

愛娘を襲ったと誤解されているのかもしれないが、輪虎は弁明をするつもりはなかった。自分が信を抱いたのは事実だ。

何も話そうとしないどころか怯む気配もない輪虎に、王騎の分厚い唇がゆっくりと三日月の形へ歪んでいく。

「まず、合意の上だったのか答えなさい」

自分の頬に指を押し当てながら、輪虎が小首を傾げる。

「…殴られたような痕が見えますか?」

嫌がる彼女を押さえつけて無理やり行為に及んだ痕跡がないことを、輪虎は挑発的に王騎へ知らしめた。

合意の上であったことが分かると、王騎が残念そうに肩を竦める。

「…では、あなたは、本気であの子を愛しているのですか?あなたも信も、次に会う時は敵同士かもしれないんですよォ?」

王騎こそ敵将の屋敷を訪れているではないかと心の中で悪態をつきながら、輪虎は胸を張って、真っ直ぐに彼を見据えた。

「…これは、王騎将軍が望んでいるような答えではないと思いますが…」

前もってそう言うと、王騎の瞳から放たされる殺意がますます重く、濃くなった。しかし、輪虎は怯むことなく、言葉を続ける。

「彼女が将をやめるのなら、その時は、僕の妻に迎えようと思います」

「………」

予想していた言葉ではなかったらしく、王騎の片眉がぴくりと動いた。

「信が将であり続けるのなら、僕はその道を阻むことはしません。敵として相見えた時は、容赦もしません」

左手の甲を右の頬に押し当てながら、王騎がココココと独特に笑った。

「傲慢!なんたる傲慢!娘の父に結婚を申し込む言葉ではありませんねェ」

先ほどのように鋭い殺気は消えている。輪虎が告げた言葉が、一句でも彼の気に触れたとしたら、今頃は首と体が離れていたかもしれない。

一頻り笑った後、王騎が今度は穏やかな眼差しで輪虎を見下ろした。

「…あなたは、あの子が将をやめるはずがないと、分かっているのですね?」

「ええ」

輪虎はすぐに頷いた。

「それじゃあ、どうして抱いたんです?信を女にさせたのは、妻に欲しかったからではなかったんですか?」

「それは、先ほど将軍がおっしゃった通りですよ。次に会う時は敵同士かもしれない」

王騎の分厚い唇がまた三日月の形に歪んだ。

「随分と無粋な思い出作りですねェ?」

「僕も信も孤児で拾われた身ですから、そういう礼儀だとか作法は一切教養がないんです。将軍こそ、男に尽くす方法を彼女に教えなかったでしょう?」

拾われた時から信が男勝りだったのかは知らないが、将としてでなく、どこかの名家に嫁がせるために淑女としての教育を受けさせることだって出来たはずだ。だが、摎も王騎も信にそれをしなかった。

「ココココ。随分と生意気なことを…大将軍という立場は色々と忙しいんですよ。廉頗将軍の傍に居るあなたなら分かるでしょう?」

「…本当は、信を誰にも渡したくなかったら、そういった教養をしなかっ」

首筋にひやりと冷たいものが押し当てられて、輪虎は無言で両手を挙げた。絶対に続きを言わないことを態度で誓うと、王騎は大人しく矛を下ろす。

いつの間にあの重い矛を振り上げたのか、輪虎の目には映らなかった。

王騎は縁側から空を見上げる。朝焼けが広がり始めていた。

「この戦乱の世で生きていくには、強さがないといけません。生きる術だと言っても良いでしょう。信はそれを幼い頃から知っていた」

「………」

「もしも、あの子が武器を手放す・・・・・・ようなことになれば…その時は楽しみました」

空を見上げたまま、王騎がそう言った。

その言葉が耳を通って脳に染み渡り、理解するまでにはかなりの時間が掛かった。

「…それは…」

輪虎の言葉を、王騎が「勘違いしないでください」と早口で遮る。

「どこの馬の骨かも分からぬ男より、昔からあの子のことを知っている男の方が、私としても都合が良いだけですよ。今の秦には、まだそのような男が育っていないだけのこと」

王騎から思いがけない言葉が出て来たことで、輪虎の心臓は早鐘を打っていた。

「…素直に、僕なら娘を任せられるって言…」

再び首筋に冷たい刃が押し当てられたので、輪虎は再び両手を挙げて口を閉ざすしか出来なかった。

ゆっくりと王騎が矛を下ろしたので、許しを得たのだと察した輪虎は、再び王騎を真っ直ぐ見据えた。

「…もしも、次に戦で相見えた時、僕は、あなたでも信でも容赦はしません。廉頗様のために」

揺るぎない忠義をぶつけるつもりでそう言うと、王騎は楽しそうに目を細める。

「ンフフフ。義父と嫁に刃を向けるだなんて、婿としては失格ですねえ。まだ蒙武さんや王翦さんの息子たちの方が礼儀正しいですよォ」

そう言うと、王騎は輪虎に背を向けて歩き始める。

彼の姿が見えなくなっても、輪虎はその場からしばらく動けずにいた。

廉頗の剣となって幾度も強敵と戦って来たし、死地も駆け巡って来た輪虎であっても、やはり踏んでいる場数が違う。

彼の花の香りの裏には、一体どれだけの血の香りが染みついているのか輪虎には分からなかったが、それでも信のことを想って自分に矛を向けた彼は大将軍ではなく、父親としての威厳があった。

 

 

後日編(蒙恬×信)

このお話はバーサーク(蒙恬×信)本編の後日編です。

 

ゆっくりと瞼を持ち上げると、薄暗い部屋にいることに気が付いた。

もう陽が沈み始めているらしく、部屋に小さな明かりが灯されている。いつの間に眠っていたのだろう。

寝台の上で、信は見慣れない天井を眺めながら小さく息を吐いた。

「っ…」

下腹部に疼くような鈍い痛みを覚えて、信は思わず歯を食い縛る。

怠さの残っている体を起こし、寝具が掛けられているだけで何も着ていないことに気付くと、眠る前の記憶が一気に雪崩れ込んで来た。

「あ…あ…」

どろりとした粘り気のある何かが内腿を伝ったことに気づき、信は顔から血の気を引かせる。

呼吸が速まって、体ががたがたと震え始める。

震えを抑えようと自分の両手で肩を抱くが、手首に指の痕を見つけて、余計に身体の震えが激しくなった。

早くここから逃げなくてはと思うのだが、体は少しも言うことを聞いてくれない。

「っ…」

扉が開かれる音がして、信は弾かれたように顔を上げた。一番会いたくない男がそこにいた。僅かな明かりだけでも、すぐに分かった。

「おはよ、って言っても夜だけど」

湯浴みをしていたのか、蒙恬の茶髪が濡れていた。

「…、……」

体を覆っていた寝具を引き寄せる。まるで見えない縄で喉を締められているかのようで、息苦しい。

誰が見ても怯えていると分かる彼女に、蒙恬は優しい笑みを浮かべながら歩み寄った。

いつもと何ら変わりない穏やかな笑顔が、今は恐ろしくて堪らなかった。

「体は辛くない?」

まるで気遣うように優しい声で問われる。

自分に凌辱を強いておきながら、よくもそんなことが言えるものだと腹立たしくなったが、体の震えは止まらないままだった。

「う…」

蒙恬が身を屈めて唇を重ねて来たので、信は強く目を瞑って体を固くさせていた。

彼を突き飛ばすことも出来ず、入り込んで来た舌が口内を蹂躙するのも耐えることしか出来ない。かといって、舌を絡ませることも出来ず、信はただただ身を固くしていた。

「はあっ…」

ようやく唇が離れると、信は肩で息をしていた。蒙恬も弾む呼吸を整えながら、ぺろりと己の唇を舐めている。

はっきりとした目鼻立ちで、異性にも負けぬほど端正に整った蒙恬の顔に、虜になる女も多いことだろう。そういう女と身を結ぶべきだと、なぜ彼は分かってくれないのだろう。

しかし、信にとって蒙恬は友人であり、それ以上でもなければそれ以下でもなかった。

この関係を破ろうと思ったことなど一度もなかったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうと涙を浮かべながら考える。

「信」

「ッ…」

二本の腕で体を抱き締められ、信の心臓が早鐘を打つ。

怯えている彼女を落ち着かせるように、蒙恬が背中を撫でた。無理やり体を暴いた男と同一人物だとは思えないほど、その手付きは怖いほど優しかった。

「ねえ、明日は婚礼の衣装を仕立ててもらおう?いつもの着物みたいな青も良いけど、信には赤が映えると思うんだ」

「…え…?」

掠れた声で信は聞き返した。

彼女の反応を楽しむかのように、蒙恬は口元に笑みを浮かべている。

「みんなの驚く顔を見るのが楽しみだね」

「ッ…!」

寝台に身体を押し倒されて、信は悲鳴を喉に詰まらせた。

力ない入らない腕で、信は蒙恬の身体を押し退けようとする。無駄な抵抗をする彼女を見下ろして、蒙恬があははと笑った。

「祝宴を挙げたくないなら、別に俺は構わないよ?信がおめでただって分かるまで、ずっと寝台に縛り付けておいてもいいって思ってるから」

「う…」

骨が軋むほど力強く右腕を掴まれて、信は思わず顔をしかめた。過去に輪虎によって傷をつけられた場所である。

情事の際にも、蒙恬は執拗にそこを掴んだり、歯を立てて来た。新しい傷痕をつけることで、消し去ろうとしているのだろうか。

「ねえ、信はどっちがいい?」

下唇をきゅっと噛み締めて、信は弱々しい瞳で蒙恬を睨み付ける。卑怯だと怒鳴りつけてやりたかったが、喉はずっと強張ったままで声が出なかった。

自分に選択肢を与えておいて、結局は一つの道しかない。蒙恬の妻になることも、彼の子を孕むことも、蒙恬の中では既に決定事項なのだ。

窓の向こうでは、夜の気配が濃くなって来ており、空は闇に覆われていた。

幾つもの傷痕が残っている右腕が、ずきんと疼いた。

 

蒙恬×信のハッピーエンドはこちら

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バーサーク(蒙恬×信)後編

  • ※信の設定が特殊です。
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  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
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前編はこちら

 

抵抗

押さえ込んだ信の両手首が、思っていたよりも細いことに蒙恬は驚いた。こんなにも細い腕で剣を振るい、多くの敵兵を退けているだなんて冗談のようだ。

押し倒された信は、戸惑ったように蒙恬を見上げた。

「…蒙恬、何してんだよ」

重いから退けと言われ、蒙恬は憂いの表情を浮かべる。今から自分に何をされるか、信はまるで想像が出来ていないらしい。

今まで相手にして来た女性だったのなら、顔を真っ赤に染めていたというのに、信のこの反応は少しも自分を異性だと認識していない何よりの証拠だ。

それがどうしようもなく腹立たしくて、蒙恬は奥歯を食い縛る。

信とは幼い頃から交流があった。養子でも、王家という名家の娘だ。父の蒙武は王騎を毛嫌いしているようだったが、子どもの自分たちにはそんなことは関係ない。共に遊んだことだってあった。

両親の背中を追い掛け、幼い頃から将軍を目指していた信は厳しい修行をこなしていた。

以前、信が酒に酔った時に「残党を十人を殺して来い」と王騎に崖から突き落とされたことがあり、それが初めての修行だったと言われた時にはその場にいた誰もが驚いた。

蒙武だってそのような酷な修行を、それも年端もいかぬ我が子に強いたことはない。下手したら修行で命を落とすことだってあっただろう。

幼い頃から王騎の下で厳しい修行を積んで来た信が今、将軍の座に就いているのは、成るべくしてなっていることなのかもしれない。

それでも彼女が女であることには変わりない。現に、今だって自分という男に身体を組み敷かれているのだ。

どれだけの死地を乗り超えて来た強さがあったとしても、彼女が女で、いずれは自分じゃない男にこんな風に手籠めにされてしまう日がくるかもしれない。

(いや…)

蒙恬は、深い傷跡が残っている信の右腕に視線を向けた。

自分が知らないだけで、彼女はもう手籠めにされたのかもしれない。彼女の体に深い傷をつけたあの男によって、女にさせられたのかもしれない。

熱っぽい瞳で語っていたのだから、もしかしたら信は自ら足を開いて輪虎を誘ったのだろうか。

「…蒙恬…?」

黙り込んでしまった蒙恬を、不思議そうに目を丸めて信が見つめている。

その瞳には警戒心など微塵もなかった。男が女を組み敷いている状況だというのに、信にとっては友人の戯れにしか思えないのだろう。

腹の底から燃え盛るような怒りが込み上げて来る。それが嫉妬という感情であることに蒙恬は気づいていたが、どうすることも出来なかった。

「ん、んんッ――!」

気づけば、蒙恬は信の唇に自分の唇を押し付けていた。

過去に褥を共にした女性たちなら喜んで口を開いて舌を絡めてくるのに、信は頑なに口を開けようとしない。ここまであからさまに拒絶をされたのは初めてのことだった。

大きく顔を背けて、なんとか唇を離した信が顔を真っ赤にさせている。

「なっ、にしてっ…」

驚愕のあまり、声が裏返っていた。

ようやく自分を異性として意識してくれたのだろうかと思い、蒙恬の口元に笑みが戻る。

「あはっ、顔真っ赤」

唇を指でなぞると、信があからさまに目を泳がせた。

 

抵抗 その二

信が動揺していることに気分を良くした蒙恬は、すっかり自分の調子が戻って来たことを察した。

褥の中ではいつも女を導いているように、やはりこちらが優位に立っていないと調子が狂う。

彼女だって所詮は女なのだ。甘い言葉を囁いて効果がないのなら、行動で示してやれば良い。

「…信」

腕から手を放した蒙恬は信の肩を抱いて、名前を囁いた。腕も細かったが、肩も丸くて華奢だった。

「や、めろっ…」

信の両手が蒙恬の胸を突き放そうとするが、少しも力が入っていない。まるで、本当はもっとして欲しいと誘っているようだった。

「やめない」

身を屈めて耳元で低く囁くと、信の体が強張った。ひ、と息を詰まらせたのを見て、蒙恬の口の端が得意気につり上がる。

「耳、弱いの?」

「ばかッ、喋んな」

「やーだ」

吐息が当たってくすぐったいのか、信が大きく身を捩る。

やめろと言われればもっとしたくなるのは男の性だと教えてやらねばならない。蒙恬は信の反応を楽しみながら耳元に息を吹き掛けた。

信の体が強張って、本当に耳が弱いのだと分かると、蒙恬は滑った舌を耳に差し込んだ。

「やぁッ」

抱いている肩にまで、信が鳥肌を立てたのが分かった。

蒙家の嫡男である自分に気に入られようと、一つ一つの愛撫に大袈裟なまでに声を上げて身を捩り、演技をする女も過去にはいたが、鳥肌を立てるのは自分の意志で出来るものではない。

息を弾ませている信に気を良くし、彼女の着物の裾に手をかけた。左右に割開くと男物の下袴が現れる。

他の女ならば着物の裾を開けば、白い脚を曝け出してくれるというのに、信に限っては本当に焦らしてくれる。

「やめろッ!」

下袴を引き下げようと手を掛けると、憤怒した信が咄嗟に手を振りかぶった。

「うッ」

乾いた音が鼓膜を揺さぶった直後、蒙恬の左頬に鈍い痛みが走った。

「あ…」

信がばつの悪い顔をして何か言葉を探しているのが分かった。

打たれた頬に手をやると、僅かに熱が籠っている。拳で殴られなかっただけ良かったと思いながら、蒙恬の口元には笑みが浮かんでいた。

過去に相手にしていた生娘でさえも甘い言葉を囁けば、自分から足を開いたというのに、ここまで警戒心が固いと、力で捻じ伏せてみたくなる。

普段経験している甘い情事の時に味わえるものとは違った興奮に、下腹部がずんと重くなった。

目の前にいる餌を逃がすまいとする獣のような、こんなにも凶暴な一面が自分にもあったのかと蒙恬は驚いた。

 

抵抗 その三

「ど、どけよっ…!もう帰る…!」

狼狽えながらも、信は蒙恬の下から逃げ出そうと身を捩った。

蒙恬は無言で立ち上がって、信を解放する。素直に解放されたことに戸惑いながらも、信は何とか立ち上がって扉の方へ向かう。その背中を蒙恬は追い掛けた。

「おい、放せってッ!」

背後から抱き込まれるようにして、扉と蒙恬に身体を挟まれた信は体を強張らせた。向き合う体勢よりも、この方がこちらも都合が良い。

信の表情が見れないのは残念だと思いながら、手を伸ばして信の胸を揉みしだく。いつも着物に包まれている膨らみは、男の手の平におさまる良い大きさだった。布越しでも、ふっくらと弾力のある胸だと分かる。

「蒙恬、やめろッ」

悪戯をする手を押さえ込みながら、肩越しに信が蒙恬を睨み付ける。蒙恬は楽しそうに目を細めると、声を荒げる彼女の耳元に唇を寄せた。

「…良いの?そんなに叫んだら誰か来ちゃうよ?」

わざと小声で、吐息を吹き掛けるように話すと、信がぐっと奥歯を噛み締めたのが分かった。

「俺はやめるつもりないけどね。信がその気なら、みんなに見られながら続けようか?」

「~~~ッ!」

少しも冗談に聞こえない蒙恬の声色に、信の顔から血の気が引く。よく周りをからかいはするが、冗談を言わない男なのは信もよく知っていた。

「みんな大喜びだと思うよ。だって信はあの六大将軍二人の娘なんだもの。うちに嫁いでくれるなら蒙家は安泰だって、みんな泣いて喜ぶんじゃないかな?きっとじいちゃんもあの世で喜んでくれると思うな」

「何、言って…」

怯えた瞳を向けられると、蒙恬の背筋がぞくりと痺れる。

彼女のこんな顔を見るのは初めてのことだったし、他の誰でもない自分が彼女を怯えさせているのだと思うと、それだけで男の征服感が満たされていく。

襟合わせの中に手を差し込んで、さらしをずらし、直接胸に触れる。

「ッぅ…」

手の平いっぱいに弾力のある肌を味わいながら、中心にある突起を指で弾くと、信がきゅっと唇を固く引き結んだ。

二本の指で摘まんだり、擦り合わせていると、突起が上向く。
蒙恬は背後から信の耳に熱い吐息を吹き掛けながら、弄りやすくなった突起を指で攻め続けた。

「ッ…、う…」

扉に押し当てていた両手で、信が自らの口に蓋をする。逃げ出したい気持ちはあるようだが、将軍という座に就いている自分のはしたない姿を家臣たちに見られたくないらしい。

大人しくなったことに気を良くして、蒙恬は彼女の項に唇を寄せる。軽く歯を立てながら、胸を弄っていた片方の手を今度は帯に伸ばした。

「う…」

片手で口に蓋をしながらも、信は帯を解こうとする蒙恬の手首を掴んだ。二本の指で胸の突起を強く挟むと、信の手から途端に力が抜ける。その隙をついて帯を解くと襟合わせが大きく開いた。

下袴の中に手を差し込んで、下腹部を伝って指を這わせていくと、信が鼻の奥でくぐもった声を上げた。

「や、め…」

局部に指が辿り着いた途端、信が泣きそうな声を上げた。肩越しにこちらを見つめる黒曜の瞳にもうっすらと涙が浮かんでいる。

大声を出せば従者たちが部屋にやって来るかもしれないという不安のせいで、先ほどのように大声を出せないらしい。

蒙恬が割れ目に沿って指を這わすと、まるで火傷でもしたかのように信の体が大きく跳ねた。

「信、こっち向いて」

胸を弄っていた手で彼女の顎を掴むと、蒙恬は身を屈めて彼女に口づけた。

「んんっ、う…ふぅ…」

薄く開いた口の中に舌を差し込み、信の舌を絡め取る。花襞を掻き分けて、割れ目を擦るように指を動かせば、信が口づけの合間に苦しそうな声を上げた。

「ふっ、…んぅ、くっ…」

しつこいくらいに指を動かしていると、淫華が蜜を零し始める。

粘り気のあるそれが指に纏わりついた感覚に、蒙恬の口の端がつり上がった。やはり信は女なのだと思えた。

 

求婚

「ふ、ぅう…ぅん…」

口づけをやめた隙に、再び手の甲で蓋をしていた口から熱い吐息が洩れている。背中に覆い被さりながら、蒙恬は猛々しく着物を下から持ち上げている男根を信の身体に押し付けた。

硬くなっている男根の存在を知らしめるように何度か腰を押し付けると、信の体が小刻みに震え始める。

「ね、信もその気になって来た?」

「んんッ…!」

声を出せない代わりに、信は大きく首を横に振る。顔を見なくても彼女が青ざめているのは明らかで、蒙恬は苦笑してしまう。

蜜がどんどん溢れて来て、中で指を動かす度に淫靡な水音が立てる。どれだけ嫌がっていたとしても体は素直だ。

「―――ッ」

指を二本に増やして敏感な中を攻め立てると、信が白い喉を突き出した。

今まで抱いて来た女よりも、蒙恬の指を強く締め付けて来る。

日頃から厳しい鍛錬に励み、馬に跨っているおかげで、下肢の筋力はそこらの女よりあるのだ。男根を咥えさせた時の締め付けは極上の夢を見せてくれるに違いない。

「ぅうッ…!」

信の両足ががくがくと震えている。女の官能をつかさどる箇所を弄っているのだから当然の反応である。ここは女の急所だと言っても良い。

苦しそうに息を弾ませている彼女に、蒙恬はようやく指を引き抜いた。蜜に塗れた指で下袴を掴む。

「…随分濡れちゃったね。気持ち悪いだろうから脱いじゃおうか」

「や、ぁッ」

信の手が蒙恬の手首を押さえるより先に、下袴を下ろした。着物だけが信の上体に引っ掛かっているだけの状態になる。

先ほど帯を解いたため、襟合わせが大きく開いていて、白い肌が覗いている。今からこの体を貪ることが出来るのだと思うと、それだけで男としての性が喜んだ。

「っ…」

震える両足では体を支え切れなかったのか、信はその場にずるずると崩れ落ちてしまう。

「信、大丈夫?」

心配するように声を掛け、蒙恬は彼女の肩に手をやった。

「や…!」

力の入っていない手で振り払われる。

触るなという意志表示だというのは蒙恬も分かっていたが、構わずに彼女の背中と膝裏に手を回した。

「蒙恬ッ…?」

急に体を抱き上げられた浮遊感に信が驚き、黒曜の双眸が不安の色で染まる。

落とされないよう、信の両手が蒙恬の着物を弱々しく掴んだ。先ほどは触るなと手を振り払って来たというのに、まるで甘えるようなその態度に愛おしさが込み上げる。

応接間に敷かれている獣の毛皮を剥いで作られた柔らかい敷布の上に寝かせ、彼女の体を組み敷いた。

先ほどまで苦しそうに喘いでいた顔は今は青ざめていた。何か言おうと唇を戦慄かせていたが、蒙恬は構わずに自分の着物の帯を解く。

お互いに肌を曝け出すと、素肌で触れ合える喜びが増した。

幾度も死地を駆け抜けて来た信の体は傷だらけだったが、彼女の生きた証でもある。

小さな傷から致命傷になった深い傷まで、たくさんの傷痕が刻まれた肌を眺めた後、蒙恬はにこりと微笑んだ。

「…信、好きだよ」

真っ直ぐに彼女の目を見据えながら想いを告げると、不安の色に染まっていた信の瞳が瞠目する。

「もう戦なんか出ないでいい。俺のお嫁さんになってよ」

「っ……」

信は力なく首を横に振っていたが、先ほどのようにもう抵抗する気力がなくなっているらしい。

返事が否であっても、彼女の心がここになくても、事実さえあれば良いと蒙恬は淀んだ心で考えた。

「信は優しいからさ、弱い人たちには手を出さないでしょ。…自分の子ども・・・・・・なら尚更だよね」

「―――ッ」

蒙恬が何を企んでいるのかを理解した信が声を喉に詰まらせて、目を見開いた。

身を捩って逃げようとする彼女の身体を押さえ込み、蒙恬があははと笑う。

秦王への強い志を持っている彼女が、弱い命を無下にすることが出来ないのは蒙恬も分かっていた。それを逆手に取れば良いだけの話だ。

「ねえ、俺の子を孕んでよ。そうしたら信もお嫁さんになってくれるでしょ?まさか優しい信が堕胎なんて出来る訳ないよね」

その言葉は蒙恬にとって求婚、そして信にとっては、将としての死刑宣告に等しいものだった。

 

求婚 その二

いよいよ瞳から涙を流した信が悲鳴に近い声を上げる。

「いやだッ、俺はっ…」

情けないほどに震えている声で信は蒙恬の下から逃げようとした。早く諦めてしまえばいいのにと思うのだが、どんな状況でも決して屈さないのが彼女の長所であることを蒙恬は思い出した。

もしも、両想いだったなら、今頃はお互いに唇を重ね合って、嬉し涙でも流していたかもしれない。

「輪虎を、裏切りたくない」

しかし、信の口から洩れたのは拒絶の言葉どころか、蒙恬ではない男の名前だった。

今にも消え入りそうな弱々しい声だったが、蒙恬の胸を悪くさせるには十分過ぎるほどだった。

「―――…輪虎は死んだんだよッ!お前がその手で殺したんだろッ!」

頭に血が昇り、蒙恬が声を荒げる。信が目を見開いた。

「あんなやつじゃなくて、俺を見ろよ!」

叫ぶように言った途端、蒙恬の左頬に焼けるような痛みが走った。

視界が大きく揺れ、何が起こったのか分からずにいると、鼻から何かが伝う。反射的に手の甲で拭うとそれは血だった。

信に殴られたのだと理解するまでに、やや時間が掛かった。

見下ろすと、信が涙を流しながら、歯を食い縛って蒙恬のことを睨み付けていた。青ざめていた顔は真っ赤になっており、憤怒の表情で、肩で息をしている。

未だ彼女の心の中に、輪虎の存在が深く根付いていることを理解した。信が輪虎を好いているのは分かっていたが、やはり異性として輪虎を意識していたのだ。

「なんで…?」

蒙恬は口の中に広がる鉄の味を噛み締めながら、静かに信に問い掛けた。

信は涙を流しながら蒙恬を見据えるばかりで、何も言わない。蒙恬を思い切り殴りつけた右手の甲が赤く腫れている。

「輪虎より、俺の方が、ずっと一緒にいただろ…」

幼い頃の思い出が、走馬燈のように蒙恬の脳裏に流れていた。

養子として王家に迎え入れられた信と初めて出会ったのは、咸陽宮だ。その頃の信は既に大将軍というものが何たるかを知っていて、王騎と摎のように強くなるのだと語っていた。

初めは男だと思っていたのに、信が女だと知ったのは初陣を済ませた頃だったと思う。

初陣で大いに活躍した信を誇らしげに思っていたのだが、名前よりも先に王騎の娘・・・・という呼称を聞いた蒙恬は愕然としたものだった。

しかし、信はこれまで通り蒙恬と接してくれたし、蒙恬も変に性別を意識することなく、共に将軍の座を目指す戦友として切磋琢磨し合う関係になっていた。

一つ一つの戦で大いに武功を挙げた信は、若い年齢ながらに将軍へと昇格したのだが、そのことを鼻にかけることなく、蒙恬とはこれまで通りに接してくれた。

将軍の座に就くため、ずっと信の背中を追い掛けていたが、彼女がこちらを振り返ることはなかった。

自分は信の背中をいつも追っていたけれど、信は違うものに視線を向けていたのだ。輪虎と肩を並べていたことにも、彼に女としての顔を見せたのも、蒙恬は何も知らなかった。

「俺…俺の方が、ずっと信のことを想ってる…」

輪虎はもういないけれど、今も信の心を捕らえて離さないのだ。悔恨の気持ちが胸に広がっていき、蒙恬は奥歯を噛み締める。

 

名家の繁栄

降り始めた雨のように、蒙恬の涙が顔に落ちる。

「蒙恬…?」

輪虎のことで憤怒していた信が、ようやく落ち着きを取り戻したように見えた。

俯いて顔に掛かった前髪で表情を隠し、蒙恬は溜息を吐く。前髪を掻き上げた蒙恬の瞳は、涙を流したせいで赤くなっていたけれど、少しも感情が浮かんでなかった。

「…もう、いいよ」

全てを諦めたかのような、気怠げな表情を浮かべた蒙恬は信の右腕を持ち上げると、深い傷痕が残っているそこに思い切り歯を突き立てた。

「ううっ!」

痛みに信が顔を引き攣らせる。噛まれた右腕から血が滲んだのが分かった。このまま噛み千切るつもりなのだろうかと信は恐ろしくなる。

「…俺のこと好きになるのは、お嫁さんになった後で良いから」

「はっ?…え…?」

その言葉を聞いた信が呆けたような表情になる。

なぜ結婚することを前提・・・・・・・・・とした言葉なのか、信が蒙恬の言葉の意味を理解するまで、そう時間はかからなかった。逃げようとした彼女の体を蒙恬は無理やり押さえつける。

先ほど解いた自分の腰帯を使って彼女の両手首を拘束すると、信がやめろと叫んだ。

悲鳴を聞きつけて家臣たちが来るかもしれないが、蒙恬は構わなかった。

王騎の娘である彼女が蒙家の嫡男の子を孕むのを、誰が嫌悪するというのか。忠誠心の厚い家臣たちが蒙家の繁栄を願わない訳がない。

結婚相手を見極めているという名目で、色んな女と遊んでいる嫡男様がようやく身を固めてくれたのだと歓喜するだろう。

凌辱を強いる行為だとしても、蒙家の繁栄のためならば誰も文句は言うまい。

「や、やだっ、やめ、て、くれっ」

先ほど指で解し、蜜を溢れさせていた淫華に男根の切先を押し当てると、信が青ざめながら懇願した。

褥の中で、こんな風に女が涙を流すのは随分と征服感が満たされて心地良いものである。どうして今まで知らなかったのだろう。蒙恬は自分の唇をべろりと舐めた。

「ぃやだあぁっ」

腰を押し進めていくと、信が喉を反らしながら拒絶の声を上げた。しかし、下の口は喜んで男根を咥えている。

「あー…気持ち良い」

指を入れた時から狭いのは分かっていたが、まるで食い千切られるように締め付けて来て、全身が総毛立った。

気を抜けば身体の力が抜けてしまいそうなほど、蕩けるような快感が男根から伝わって来る。今まで抱いて来たどんな女よりも具合が良い。

挿入しただけでこんなにも男に生まれて来た喜びを実感出来るなんて、もしかしたらお互いに身体の相性が良いのかもしれない。

「やだあっ、抜けよッ」

帯で一括りに拘束された両腕で蒙恬の胸を突き放そうとする。

拒絶の声を上げているが、痛がっている様子はない。身体の相性が良いと信も感じているのなら、これから淫らな声を上げてくれることだろう。

生娘と違って痛みに打ち震える様子がないことから、信は既に破瓜を輪虎に捧げたのだと分かった。

そのことに蒙恬は無性に怒りを覚えたが、信はこれから自分の妻として蒙家に迎えられるのだ。輪虎が彼女の破瓜を奪ったとしても、彼女の傍にいることは出来ない。

淫華に自分の男根が突き刺さっているのを見下ろして、今の自分が信を串刺しにしているのだと思った。

膝裏を抱えながら男根を小刻み抜き差しすると、信が泣きながら首を横に振った。

「いや、だッ、やめろッ、蒙恬っ」

「あはっ、可愛いよ、信」

涙で濡れた瞳と視線を絡め合いながら、蒙恬は腰を律動を続ける。

腕の中で信の身体が大きく仰け反った。僅かに震えているのを見ると、ちゃんと女としての快感を感じていることが分かる。もちろん快感を得ているのは信だけではなく、蒙恬もだった。

「んぅううッ」

日頃の鍛錬で美しく引き締まった信の両足を肩に担ぎ、体を屈曲させて腰を前に押し出すと、信が呻き声を上げた。

「っ…!」

前傾姿勢になって根元まで入った男根がさらに締め付けられ、蒙恬は奥歯を食い縛る。深く結合し、あれほど恋い焦がれていた女とようやく一つになったのだと実感出来た。

「ぅああッ、やだあぁッ」

最奥を突くと、信が子どものように泣き声を上げて濡れ羽色の髪を振り乱した。柔らかい肉壁が先端にぶつかり、それが女にしかない臓器だと分かる。ここに自分たちの子が宿るのだと思うと、愛しさが込み上げた。

何度も突き上げていくと、信が悲鳴に近い声を上げながら、肢体をびくびくと跳ねさせる。

男根を咥えている淫華が痙攣していき、子種を求めて射精を促すような締め付けに、蒙恬が胸底でほくそ笑んだ。

「…あー、もう、出ちゃいそう」

耳元で独り言を囁くと、信が涙で濡れた瞳で蒙恬を見据える。

「蒙恬ッ、まっ、待って、たの、頼むから」

この期に及んでまだやめてもらえると思っているのだろうか。

邪魔な理性さえ奪い取れば、きっと信は喜悦の声を上げるだろう。いずれその日が来ることを心待ちにして、蒙恬はさっさと自分の妻にしてしまおうと考えた。

「そんな目でお願いされたら、もっとしてあげたくなっちゃう」

帯で拘束された両腕しっかりと掴んで、激しく腰を打ち付けた。繋がっている部位から鳴り響く肉の打擲音が行為の激しさを物語っている。

「はあっ…」

目が眩んでしまいそうなほど快感に包み込まれる。それはどうやら信も同じようで、決して嫌悪だけじゃない声をひっきりなしに上げていた。

「んぅッ、ううぅん」

開いた口に唇を重ねて舌を差し込む。舌を絡ませたり、吸い付くと、口づけの合間に信が鼻奥で呻いていた。

悲鳴さえも逃したくないと、蒙恬は信の体を強く抱き締める。両腕で細い体を抱き押さえながら律動を送ると、恋人同士のような気分になれた。

「待、て…何でも、する…から…」

だからやめてくれと泣きながら訴える彼女に、蒙恬はすっかり気を良くした。せっかく寛大な約束を取り付けてくれたのだから、利用しない手はない。

「それじゃあ」

腰を止めて、自分の口元に手を当てた蒙恬は信の細腰を抱え直した。

仰向けに寝転び、結合したまま信の身体を自分の上に座らせる。跨るような形になった信は戸惑ったように蒙恬を見下ろした。

着物が引っ掛かっているだけの姿で、ほぼ裸体同然である信の身体を見上げ、蒙恬は絶景の眺めだと笑った。

いつもなら着物と鎧で覆われている体は傷だらけではあるが、女性らしい線をしっかり描いており、腰のくびれも胸のふくらみも妖艶的だ。

「自分で動いてみせて?」

指示をすると、信が狼狽えた。羞恥心で動けないというよりは、どうしたら良いのか分からないといった顔だ。

もしかしたらこの体位で情事をしたことはないのかもしれない。破瓜を奪えなかったことは腹立たしいが、他の初めてなら何だって欲しい。

「ほら、ゆっくりでいいから」

彼女の細腰を掴んで前後に揺らすと、信が顔を歪めた。

「ぁううっ」

深く身を繋げているとはいえ、身体の均衡が崩れてしまいそうになり、前のめりになった信は咄嗟に蒙恬の顔の横に拘束された両手をつく。

「ほら、頑張って。何でもしてくれるんでしょ?」

騎乗位というのは女が主導権を握る体位である。蒙恬が腰から手を放すと、信はぎこちなく腰を前後に揺らす。

経験がないせいで緩慢な動きだったが、恋い焦がれた女が自分に跨って腰を振っているのだと思えば、それだけで興奮した。

 

名家の繁栄 その二

床に手を突きながら懸命に腰を揺らす信を見上げながら、蒙恬は快感と優越感に浸っていた。

腰を動かす度に揺れる柔らかい胸を掴むと、信の顔がさらに強張る。

両手で胸を揉みしだきながら、固くなっている突起を指の腹で擦ってやると、信は強く目を瞑ってしまう。

「う、ふぅ…」

もしかしたら胸を弄られるのが好きなのだろうかと思い、蒙恬は彼女の背中に腕を回して、前傾姿勢を取らせた。

「や、ぁッ」

眼前にやって来た胸を口で食み、敏感な突起を舌で転がる。信が驚いて目を開き、蒙恬の顔を離そうと髪を掴んだ。

その手にはあまり力が入っていなかったが、頭皮が引っ張られる痛みに苛立った蒙恬は突起を上下の歯でぎりぎりと挟む。

「ひっ、ぃ…!」

痛みに信が泣きそうな声を上げる。主導権は渡したはすなのに、信の弱々しい姿に先ほどから興奮が止まない。もっと泣かせてみたいという汚い欲さえ溢れて来た。

「ほら、信が頑張って動かないと、ずうっとこのままだよ?」

脅しのようにそう囁けば、信はぐすぐすと鼻を鳴らしながら、先ほど教えられたように腰を前後に動かす。

仕方なく従ってやっているという態度があからさまで、蒙恬は苦笑した。

いずれは渡した主導権を存分に使って、性の獣に成り果てた彼女を見られる日が来るだろうか。

胸の突起を弄りながら、反対の手で蒙恬は自分の男根を咥え込んでいる其処に手を伸ばした。

花襞を大きく捲り、蜜を零す淫華を自分に男根が串刺しにしている淫靡な光景がそこにあった。

「手伝ってあげる」

蒙恬は手を伸ばすと、ぷっくりと膨れ上がっている花芯に指を這わせた。

「ひっ…!」

まるで術でも掛けられたかのように、信の身体が硬直する。女の官能をつかさどる一番の急所でもあるのだ。ここを弄られて泣かない女は存在しないだろう。

「や、やっ…ゃあッ」

首を振った信が身体から降りようとしたので、蒙恬は床に手をついて体を起こした。

「んあッ」

蒙恬に身体を抱き締められて、信は逃走に失敗したことを悟ったようだった。胡坐をかいて座った蒙恬の上に身体を落としてやると、密着度が増す。男根に中を抉られたことで信の身体が仰け反った。

「何でもしてくれるんじゃなかったの?嘘吐いたんだ?」

「そ、それ、はっ…ぁあッ」

言い訳を並べようとした信の言葉が途切れる。片手で信の背中を抱き押えながら、再び花芯を弄ると、何が起きているのか分からないと言った顔を浮かべていた。

腰の震えが止まらなくなっていて、男根がきゅうきゅうと締め付けられる。口では何を言おうが、体が喜んでいるのは一目瞭然である。

彼女の首筋に顔を埋めながら、蒙恬は律動を送った。

密着度を利用して、男根を深く埋めたまま先端で擦り付けるように最奥を攻め立てると、信が幼子のように首を振って泣き喚く。

拘束された両腕で蒙恬の胸を突き放そうとするのだが、繋がっている楔は深く、簡単には外れそうにない。これも身体の相性が良いからなのだろうと蒙恬は考えた。

息を荒くしながら、蒙恬は信の髪を掴んで無理やり唇を重ねた。

女性を乱暴に扱うことはないと自負していたのだが、信に限ってはいつも胸底に押さえつけていた狂暴な獣が暴れ回ってしまう。

逃げ惑う舌に吸い付き、絡ませると、苦しそうな吐息が洩れる。それにさえ欲情が止まなかった。

「ん、んんぅッ…!」

内側で膨らんだ大きな欲望が爆発を起こしたかのような衝撃を覚える。畳み掛けるように子種が尿道を駆けていくのが分かった。

射精の瞬間は、いつだって腰が砕けてしまいそうな甘い痺れが走る。

「~~~ッ!!」

最奥で射精されていることを感じたのか、くぐもった声の悲鳴を上げながら、腕の中で信の身体が暴れる。しかし、蒙恬は吐精を終えるまで、唇を重ねたまま彼女の身体を抱き押さえていた。

「ん…ぅ…」

吐精を終えて、ようやく唇を離すと、信が虚ろな瞳で涙を流しているのが分かった。
汗で張り付いた前髪を指で払ってやり、額に唇を落とす。

力なく落ちた信の右腕を持ち上げ、蒙恬は一番深い傷跡にゆっくりと歯を立てる。

いずれはこの傷跡と一緒に、あの邪魔な男の記憶も消し去らなくては。そのためには新しい記憶で上書きをしていくしかない。

自分という夫の存在と、可愛い子どもの存在が、彼女の中から不要な記憶を消していくだろう。

幸せな記憶で全てを埋めていけばきっと、信は自分だけを見てくれるに違いない。

「…信、これからよろしくね」

明日にでも婚礼の衣装を仕立ててもらおうと考えながら、蒙恬は妻の耳元で優しく囁いた。

 

番外編(輪信回想・恬信後日編)はこちら

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バーサーク(蒙恬×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/輪虎×信/嫉妬/無理やり/ヤンデレ/All rights reserved.

一部原作ネタバレあり・苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

白老の死

その日、大勢の家臣たちに囲まれて、眠るように蒙驁は息を引き取ったのだった。

孫である蒙恬は、冷たく強張っていく祖父のしわがれた大きな手をいつまでも握り続けていた。

自分を抱き上げてくれて、頭を撫でてくれて、時にはそっと背中を押してくれた、大きくて温かいその手は、今では氷のように冷え切っていた。

「……っ…」

祖父との別れに涙を流しながら、蒙恬は奥歯を噛み締めている。

嗚咽を堪えるためではない。今際にも顔を出さなかった父へ怒りを堪えているせいだ。

「蒙恬…」

心配そうに信が名前を呼ぶ。蒙驁の危篤の報せを聞き、身内でもない彼女は馬を走らせて駆けつけてくれ、ずっと蒙恬の傍にいてくれた。

しかし、今の蒙恬には、彼女に返事をすることも、いつものように笑顔を繕って「大丈夫だよ」と返す余裕など微塵も持ち合わせていない。

それでも信は何も言わずに傍にいてくれた。何を話す訳でもない、慰めの言葉を掛ける訳でもない。

ただ、蒙恬の祖父を失った悲しみと、父に対しての怒りを受け止めるかのように、信だけはずっと傍にいてくれたのだ。

蒙恬は、それほどまで自分を心配してくれている信の気持ちを純粋に嬉しく思ったし、情けない姿を見せてしまったという後ろめたさもあった。

―――蒙驁の大きな亡骸が従者たちに運ばれていき、葬儀の準備が始まる。

「信…」

「ん?」

隣にいる信の名前を呼び、泣き腫らした瞳を向けても、信は普段通りの態度だった。

「少し、良いかな」

「おう」

蒙恬は隣にいる彼女の肩に額を寄せる。はち切れそうに膨らんでいた心が、彼女の温もりに触れると、不思議と落ち着いてしまう。

「…ごめん」

震える声で呟くと、信は何も言わずに蒙恬の頭を撫でてくれた。

惚れている女には、こんな弱々しい姿を見せたくないと思っていたのだが、今だけは信の優しさに甘えたかった。

見舞い その一

信が屋敷を訪ねて来たと侍女から報せを受け、蒙恬は彼女を出迎えた。

端正な顔立ちをしているというのに、信は今日も相変わらず男のような着物に身を包んでいる。蒙恬の姿を見つけると信が手を挙げた。

「や、久しぶり」

おう、と信が頷く。それから蒙恬の顔をまじまじと見つめ、信は心配そうに眉を下げた。

「お前、寝れてんのか?」

…痛いところを突いて来る。蒙恬が苦笑を深めた。

目の下の隈を指でほぐしながら、蒙恬は「まあね」と適当に相槌を打つ。

―――白老の弔いの儀から既に一月が経っていた。

しかし、まだ蒙恬は祖父を失った悲しみの中にいる。

蒙恬が悲しんでいるうちにも、信は大将軍としての活躍を続けていくし、王賁だって将軍の座を目指そうと日々努力しているのだ。

このまま何もせずにいると、確実に差を付けられてしまうのは分かっていたのだが、蒙恬はどうしても前に進めずにいた。

信が背中に背負っていた大きな酒瓶を「ほい」と押し付けて来る。反射的にそれを受け取った蒙恬は目を丸めた。

「…なにこれ?」

「お前が一人で落ち込んでると思って、見舞いに来た」

信の言葉に、蒙恬はきょとんと眼を丸める。

未だ蒙恬が身内を亡くした悲しみに囚われているのを、信はどこからか聞きつけたのかもしれない。

「陰気臭えなあ、きっと蒙驁将軍が心配してるぞ!」

人の心に土足で入り込んでくるような彼女に、蒙恬はぷっと笑ってしまう。

相手の顔色や気持ちを窺うことをせずに、堂々と用件を伝えるのは信の短所であり、この上ない長所だ。しかし、蒙恬には信の真っ直ぐな気持ちが心地良かった。

「良いんだよ。じいちゃんをあの世でも心配させてやるんだ」

「孫のお前を心配して、化けて出て来たらどうするんだよ!」

本気で心配している信を見て、蒙恬は声を上げて笑った。

そういえば蒙驁が亡くなってから、従者たちに心配を掛けまいと繕った笑みを浮かべていることはあったが、こんな風に他愛もないことで笑ったことなど一度もなかった。

信が相手だと、何を考えているか腹の内を探る必要などない。信の言葉はいつだって本心なのだから、そもそも探る必要などないのだ。

だからこそ、こちらも素直に気持ちを伝えることが出来る。秦王である嬴政が信のことを信頼しているのも頷けた。

信の笑顔は、太陽のようにも、一点の曇りのない青空のようにも思えた。…どちらにせよ、自分には手の届かない存在なのかもしれないと蒙恬は考える。

長年蒙驁に仕えていた兵や家臣たちが、今も蒙驁を失った悲しみを抱えているのを蒙恬は知っていた。

どうやら彼らは孫である自分の前では、悲しむ姿を見せまいとしているらしい。

そのせいか、ここ数日の間、屋敷にはずっとぎくしゃくとした空気が満ちていた。自分の屋敷でありながらも、息が詰まりそうだった。

だからだろうか、信が来てくれたおかげで、蒙恬はほっと息を吐くことが出来た。

見舞い その二

客室に案内すると、信は椅子に腰を下ろして、さっそく持参した酒瓶を開ける。従者が気を遣ってくれたのだろう。既に台の上には二人分の杯が用意されていた。

「本当は賑やかな方が良いと思って王賁も呼んだんだけどよー、あいつ鍛錬が忙しいんだと」

「王賁らしいよね。信はいいの?」

「俺は済ませてから来たから問題なし!あとは飲んだくれるだけだ」

一日くらい手抜きをするのではなく、きちんと今日の分の鍛錬をこなしてから来るだなんて、彼女らしい。蒙恬は瞼を擦った。

「…急がないと、楽華隊もどんどん抜かされてくな。ま、飛信軍にはとっくの昔から差をつけられてるんだけどさ」

「ん?何言ってんだよ、楽華隊もすげえ勢いで上り詰めてるじゃねえか」

さらっと褒め言葉が口を衝いて来るのは信の長所だ。彼女は心に表裏がない。だからこそ、素直に思ったことを何だって言える。自分にはないものだと蒙恬は思っていた。

杯に酒を注ぎ、信が「ほら」と蒙恬へ差し出す。

「楽華隊が次の戦で武功を挙げたら、蒙恬は将軍に昇格だって、昌平君が言って…あ!今のは聞かなかったことにしろ!内緒だって言われてたんだった」

笑顔から一変、あたふたと慌てる信に、蒙恬の口元に笑みが浮かんだ。

「へえ…良いこと聞いちゃった」

盃を受け取りながら、蒙恬は口元を緩ませる。まさかこんなところで軍の総司令官からの極秘情報を聞いてしまうとは、運がいい。

いつだって本心で話す彼女が隠し事など出来るはずがないのだ。しかし、それを知っているのは蒙恬だけではなく、彼女の周りにいる者たち、そして昌平君もそうだろう。

もしかしたら、信が本人に言ってしまうことを想定した上で、昌平君も将軍昇格のことを伝えたのかもしれない。

蒙驁が亡くなって落ち込んでいる自分に「休んでいる暇はないぞ」という牽制の意図があるのかもしれないが。

うっかり極秘事項を話してしまった信は昌平君に怒られると縮こまっていた。

「俺が黙ってれば大丈夫だよ。ほら、乾杯」

杯を掲げると、信は少し目を丸めてから、笑顔で杯を突き出した。小気味のいい音を聞いてから、蒙恬と信は酒を飲む。

「ぷはー、美味ぇなあ」

信が満面の笑みを浮かべた。

焼けつくような舌触りから、かなり強い酒であることが分かる。胃に火が灯ったかのような熱さが走った。

しかし、荒々しさの後に繊細な深みも感じられる。酒が得意な人間でなければ卒倒してしまいそうな強さではあるが、美味い酒だった。

「うん。これは美味いね」

同意すると、信はまるで花が咲いたように笑みを深め「だろっ?」と聞いて来る。

「これな、麃公将軍のおすすめの酒蔵から取り寄せたんだ」

麃公といえば、戦でも、戦のない時でも酒を欠かさない将軍だ。

王騎と摎の養子として迎えられた信は、幼い頃から麃公と面識がある。麃公軍の隊として戦に出たこともあると言っていた。

王騎と摎の娘ということもあり、麃公からもまるで娘のように思われているらしい。信も麃公と同じ本能型の将で、その共通点から何か引かれ合うものがあったのかもしれない。

「うッ…」

きりりと胃が痛み、蒙恬が顔を歪ませる。強い酒のせいで燃えるように熱く感じていた胃が拒絶反応を示したようだった。

「ん?どうした?」

すぐに気づいた信が心配そうに顔を覗き込んで来る。

「…すきっ腹に飲んだから、ちょっと身体がびっくりしたのかも…」

「はあ~?飯食ってないのかよ」

驚きと呆れが混ざった複雑な表情を浮かべた信が肩を竦めていた。

…蒙驁が亡くなってから、蒙恬はあまり食事を摂らずにいた。

食欲がなかったのが一番の理由であるが、口に運んでも味を感じなかったのだ。家臣たちを心配させまいと、彼らの目がある所では無理やり食べていたが、蒙驁を失った悲しみに囚われた体が食事を拒絶しているのだと思った。

しかし、今日は違う。久しぶりに味というものを感じて、胃が痛み始めている。

「やめとめやめとけ。ぶっ倒れても知らねえぞ。俺は膝なんか貸さねえからな」

信が蒙恬の手から杯を奪い取る。見舞いの品として持って来たくせに、蒙恬がもう飲めないと分かると、独り占めするつもりらしい。

「返せよ」

「あ、おいっ」

奪われた杯を取り返し、蒙恬は信の制止も聞かず、再び酒を喉に流し込んだ。

胃が痛んだのはほんの少しだけで、すぐに落ち着いたようだった。

まるで何事もなかったかのように酒を飲み干した蒙恬に、信が苦笑する。

「良い飲みっぷりだな。そういや、蒙武将軍もすげえ飲むよな」

信が酒瓶を手繰り寄せて、空になった杯におかわりを注いでやる。

「父上は酒が強いからね。俺が酒に強いのは、父上に似たからだよ」

「ははッ、弟もお前も顔まで父親似じゃなくて良かったな!お前ら兄弟が蒙武将軍みたいなでっけぇ男だったら、俺もみんなもきっとビビッて口聞いてなかったと思うぜ!」

「それ絶対に外で言ったらだめだよ?」

家臣たちが聞いたら卒倒してしまいそうな言葉だが、蒙恬も大笑いしていた。

やはり信は相手の心に土足で踏み込んで来る女だ。相手によっては無礼だと怒る者もいるだろう、しかし、蒙恬には彼女の無礼がいつも居心地良く感じられた。

まるで太陽のように、陰った心を照らしてくれる。彼女を慕う者が多いのは、きっとみんな同じ理由だろう。

戦場ではまるで嵐のように敵兵を薙ぎ払っていくのに、武器を持たぬ女子供には一切手を出さない。投降した敵兵たちにも危害を加えないという噂がたちまち広まり、飛信軍は他国からも随分と慕われているようだった。

大王嬴政も信とは親しい。きっと秦国のどこを探しても大王に無礼な口を利くことが出来るのは信しかいないだろう。だが、彼女の無礼な態度を、嬴政は何とも思っていないようだった。

話を聞けば弟の成蟜から政権を取り戻す時から既に信頼関係を築いていたそうだ。

時々、蒙恬はそのことに危機感を抱くことがある。

後宮には大王のために足を開く女性たちが大勢いるが、世継ぎを産む女性と、嬴政が心を捧げる女性は別に違いない。

そして後者の女性が信だとしても、何らおかしくはないことだろう。それほどまで嬴政と信の仲は深いのだ。

大王の剣として、秦国の大将軍の座に就いている信だが、一歩離れて見れば男と女だ。そういう関係になったとしてもおかしくはない。

二人が恋仲であるという話は聞かないが、もしそんな噂が広まったとしたら、確実に信憑性が伴ったものになるだろう。

(前途多難…ってね)

蒙恬は肩を竦めながら酒を口に運んだ。信に想いを寄せている者など、自分を含めて大勢いる。

下僕の出であるせいか、良い意味でも悪い意味でも彼女は自分の立場を気にせずに相手に意見を申すのだ。

大王である嬴政を始め、自分よりも立場の高い者でも低い者でも、構わずに声を掛ける。どうやらその姿に心を打たれる者も多いらしい。

彼女が率いている飛信軍の兵たちの半分は、彼女に憧れを抱く者、あわよくば彼女と添い遂げたいと感じている男どもの集まりだ。

しかし、信本人はそのことに微塵も気づいていないだろう。そして蒙恬が想いを寄せていることにも。

もしも蒙恬の想いに気づいていたら、二人きりで酒を飲み交わす場など設けるはずがない。

戦場に身を置くことに才能の全て費やしたと言っても過言ではないほど、信は鈍い女だった。

もし、信が将軍にならなかったとしたら、今頃は誰かに嫁いでいたのだろうか。養子であるとはいえ王騎と摎の娘だ。王家の者として、嫁ぎ先など数多に違いない。

将軍の立場であっても、彼女に縁談を申し込む男も多いと聞く。ことごとく断っている話を聞けば、信は将軍以外で生きる道を考えていないようだ。

「ふはー。美味ぇな」

「そうだね」

酒が回って来たのだろう、信の頬が紅潮している。

同じ量を飲んでいても、すきっ腹に流し込んだはずの蒙恬はちっとも酔っていなかったのだ。

しかし、酒の酔いを演じて、深入りしても叱られないだろうと考える。

せっかく二人きりで酒を飲み交わしているのだ。この時間を利用しない手はない。

過去

「…信はさ、将軍以外の道で、生きるつもりはなかったの?」

「あ?」

不思議そうに信が目を丸めている。蒙恬はにこりと微笑んだ。

「だって、好きな人の子どもを産むって、女性にしか出来ない大役じゃん。もしも今、将軍じゃなかったら何してたのかなって考えたりしないの?」

んー、と信が酒を飲みながら考える。

それから杯を台に置くと、信は「聞いて驚け!」と偉そうに腕を組んだ。

「俺はな、下僕として生きていた頃も、拾われてからも、絶望的に仕事が出来なかった!」

「えっ?」

まさか下僕時代の話をされるとは思わず、今度は蒙恬が目を丸める番だった。しかし、下僕時代の話を聞くことが今まであまりなかったので、興味はある。

皿を割った枚数の自慢から始まり、床掃除ではいつも水をぶちまけるなど…、信がよっぽど下仕事に向いていないということが分かった。幼い頃の信はとにかく不器用だったらしい。

「仕事が出来ない分、武器を振るう方が性に合ってたんだよ」

ふうん、と蒙恬が頷く。

「俺に箒を持たせたら、備品がいくらあっても足りないって、王騎将軍によく褒められてたんだぜ」

「全部壊したってことね」

幼い頃の信の姿が容易に想像が出来て、蒙恬は思わず笑ってしまった。蒙恬が笑ったことに、なぜか嬉しそうに信も笑いながら言葉を続ける。

「その点、輪虎にはバカにされたなあ」

「…輪虎?」

しばらく聞かなかった名前が出て来たことに、蒙恬の眉間に僅かに皺が寄る。蒙恬の表情が変わったことに気付くことなく、信は笑いながら話を続けた。

「そう!あいつ、廉頗将軍に拾われてからは屋敷の仕事を任されてたんだけど、その合間で兵たちの稽古や喧嘩を見て、誰に教わるでもなく、自分で学んでたんだってよ」

器用だよなあと信が呟いた。

輪虎は、先の戦で信が討ち取った、廉頗四天王の一人だ。

王騎と廉頗が戦友であったことから、信は幼い頃から王騎に連れられて廉頗の屋敷に行くことがあったのだという。

熱っぽい瞳で話す信を見て、蒙恬は奥歯を噛み締める。

廉頗と蒙驁が総大将とした戦が行われたのはもう随分の前のことだ。

蒙恬は輪虎に辛酸を嘗めさせられたことは今でも覚えている。輪虎自身も強いだけじゃなく、軍略も凄まじかった。

楽華隊が輪虎軍の兵たちを蹴散らし、その間に信が輪虎を討ち取ったのだが、彼女自身も輪虎との一騎打ちで深手を負った。

宿敵ともいえる輪虎の名前が、どうして彼女の口から出て来るのか。

一騎打ちで輪虎に勝利した後、信は彼の首を取ることなく、亡骸を廉頗に引き渡したのだ。そのことには兵たちからは大いに賛否両論あったが、信に迷いはなかった。

泣きながら輪虎の亡骸を抱きかかえていた姿も、蒙恬は覚えている。あの時、彼女の頬を伝っていたのは雨ではなく、涙だった。

過去 その二

仕える国も主も違う将同士。いずれは敵として戦場に立つ日が来るのを信も輪虎も分かっていたに違いない。

しかし、その運命から逃げることはせず、二人は死闘を繰り広げた。そして結果的に、生き残ったのは信だった。

言葉にしてしまえば他愛のないことだ。しかし、輪虎との過去が無くなった訳ではない。

いつまでも信の心に彼との思い出は残り、そして信は彼の命の重みを背負って、これからも戦場に出るだろう。

「………」

信は目を細めて、懐かしむように自分の右腕を見つめている。

そこには戦場で刻まれて来た傷跡がいくつもあったのだが、その中でも、一つだけ深い切り傷がある。

今はもう痛みもなく、剣を持つのにも支障はないと言っていたが、その深い傷をつけた者こそ、輪虎だった。

信の処置に当たった医師団の話だと、骨が覗くほど深く斬りつけられていたのだという。

副官の羌瘣が持っていたという秘薬を使用したことで大事には至らなかったと聞いた。しかし、そのまま傷が治り切らず、腕が腐り落ちたとしても何ら不思議ではなかったそうだ。

きっと輪虎は信の右腕を斬り落とすつもりで剣を振るったに違いない。

もしも、その斬撃が腕ではなくて首に向けられていたのなら、いくら信であっても絶命していただろう。

蒙恬は傷痕から意識を逸らさせるように、そっと信の右腕を掴んだ。

「ん?」

きょとんと眼を丸めた信が蒙恬を見つめる。

信の意識が傷痕に向けられたままだったなら、きっと彼女は輪虎との思い出に浸っていたに違いない。

今、彼女の傍にいるのは自分だというのに、他の男との思い出に浸られるのは、嫌悪感に苛まれた。

それが嫉妬という名の感情だとしても、蒙恬は信を今は亡き男に渡したくなかったのである。

「山陽の戦いは、色々大変だったな」

信の腕からそっと手を放し、不自然にならないよう、蒙恬はさり気なく話題を切り替えた。
思い出したように、信が「あっ」と声を上げる。

「そういや、俺、山陽の戦いの前夜に、蒙驁将軍に会ったんだぜ」

「えっ?そうなんだ」

山陽の戦いでは、蒙驁が秦の総大将を務めていた。飛信軍も前線で大いに活躍してくれていたが、その作戦会議でもしていたのだろうか。

「蒙驁将軍がよ、一般兵の格好してて、ぼーっと空を見上げてたんだよ。俺、気づかないで踏んづけちまって」

笑いながら発せられた信の話には、孫の蒙恬の全く知らない祖父の姿があった。

あれだけ目立つ体格をしていた蒙驁だったが、なぜか信は蒙驁本人であると気づけなかったらしい。

一体どうして正体を見抜けなかったのかは分からないが、それより気になるのは祖父のことだ。

蒙驁は一般兵に紛れて、何をしていたのだろう。

「…じいちゃん、空なんか見て、何してたの?」

蒙恬が話の続きを促すと、信は頬杖をついて、その時の情景を思い出していた。

「喧嘩の相談されたんだよ。でも、あれって今思えば、廉頗将軍のことだったんだな」

「え?」

祖父である蒙驁と廉頗の関係性は、蒙恬も知っている。

それほど廉頗に強い敵対心を抱いているようには見えなかったのだが、それは蒙驁が周りに沿う振る舞っていただけなのだと、信の言葉を聞いていくうちに理解できた。

一度も勝ったことのない相手に勝利することが自分の目標であり、夢なのだと、蒙驁は信に自分と廉頗の名を語らずに話したそうだ。

「…そうなんだ」

祖父のそんな一面を知ったのは初めてのことだった。蒙恬の瞳に憂いの色が浮かぶ。

生まれた時からずっと優しい祖父だと慕っていたのに、血の繋がりもない信に、そんな悩みを打ち明けたのかと思うと、複雑な気分になった。

「…俺、じいちゃんに可愛がってもらってたけど、そんな姿、一度も見せてもらったことなかったな」

皮肉っぽく言うと、信が小さく首を横に振る。

「俺だって偶然通りかかっただけだぞ。…あんまり、身内には見せたくなかった姿だったんじゃねえのか?蒙恬だってあるだろ、そういうの」

まさか信に諭されるとは思わず、蒙恬は苦笑を浮かべた。

「お前のこと、すげえ大事にしてただろ。心配かけたくなかったんじゃねえのか?」

身内だからこそ、語らなかったのだと信は言った。

確かに優しい祖父のことだ。幼い頃から可愛がってくれていた孫に、心配を掛けまいとしていたのかもしれない。

祖父の優しい顔が瞼の裏に浮かび上がると、腑に落ちたように頷いた。

祖父との約束

「そういえば…結局、じいちゃんとの約束、果たせなかったな」

空になった杯に酒を注ぎ足しながら、蒙恬が呟いた。

「約束?」

「そう」

蒙恬がわざと明るい声色を繕って言葉を続ける。

「じいちゃんが生きてる間に、お嫁さんとひ孫を見せてあげるって言ったんだ」

口元に杯を運んでいた信がぎょっとした表情になる。

まさかそんな顔をされるとは思わず、蒙恬は思わず笑ってしまった。

「ひどいな、何その反応」

「い、いや…そんなこと約束してたのか」

狼狽えている信に蒙恬は頬杖をついた。

自分たちの年齢ならば、婚姻を結ぶことも、子どもが生まれていても、別に珍しい話ではない。家の関係で、幼い頃から許嫁を決められることだってある。

「信は?いくつも縁談断ってるって噂で聞いたけど」

「ああ、でも、まだ…そういうのは…」

養子とはいえ、天下の大将軍である王騎と摎の娘だ。さらには飛信軍を率いる女将軍ということもあって、その名は今や、秦国だけでなく中華全土に広まっている。

下僕出身であることから、低い身分の者たちからも大いに支持を得ており、彼らにとって信は憧れの存在でもあった。

裏表のない性格や、武器を持たぬ女子供や投降兵たちの命を奪わないことから、彼女を慕う者は多くいるらしい。縁談の話が来ない訳がなかった。

信の歳の娘でも、早い者ならもう嫁いで子を産んでいる。だが、彼女は秦王嬴政の信頼も厚く、容易に大将軍の座を空ける訳にはいかないのだろう。

確かに縁談を断る理由として理に適っているが、そうだと言わずにやたらと言葉を濁らせる信に、蒙恬は何か別の理由があるような気がしてならなかった。

「もしかして、良い相手でも見つけた?」

「へっ?」

そんなことを問われるとは思わなかったのか、信の顔が耳まで赤くなっている。それが酔いから来ているものではないと蒙恬にはすぐに分かった。

「べ、別に、そういうんじゃ…」

「…ふーん?」

頬杖をつき、蒙恬が横目で信の様子を伺う。

裏表のない性格である彼女が嘘を吐けないのは分かっていた。相手を騙すことも出来ないなんて、随分と損な性格だ。

顔を赤くしたまま俯いている彼女の視線の先には、傷だらけの右腕があった。

輪虎との戦いで負った深い傷跡を見つめているのだと分かり、蒙恬は目を見開く。

まだ信の心には輪虎の存在が強く根付いている。それが許せず、蒙恬は強く拳を握りしめた。

叶わぬ婚姻

「……好きなの?」

弾かれたように信が顔を上げる。

「へっ?な、なにが?」

「輪虎のこと。今も好き?忘れられない?」

信が聞き返すと、蒙恬は矢継ぎ早に問いかけた。

問われた信は口元に手を当てて、うーんと小さく唸る。蒙恬が抱えている苛立ちには微塵も気づいていないようだった。

「…そりゃあ、好きか嫌いかって言ったら、好きだぞ?」

大して迷いもせず答えた信に、蒙恬の胸の中に黒いものが広がっていく。

輪虎によってつけられた傷痕に、熱っぽい眼差しを向けていたことから、その答えは予想出来ていたのだが。

しかし、蒙恬のそんな想いも知らずに、信は頬杖をつき、昔を懐かしむように、遠くを見つめている。

どうして目の前に自分がいるというのに、自分以外の何かを見ているのだろうと蒙恬はやるせない気持ちに襲われた。

「…俺は王騎将軍と摎将軍に拾われて、あいつは廉頗将軍に拾われた孤児だ。すっげえ人たちに拾われた境遇も、そこから将軍になる過程も一緒で、…まあ、兄妹みたいなもんだろ」

「………」

兄妹のような関係と聞いて、男と女の関係がないことが分かった蒙恬は僅かに安堵した。

「…あいつにはさ、本当の妹がいたんだ。だが、廉頗将軍に拾われる時には妹は死んじまってたらしい。…酔っぱらった時に俺に話してくれたんだ。もしかしたら、輪虎は俺のことを妹と重ねて見てたのかもしれねえな」

優しい目をしている信に、蒙恬は唇を噛み締める。

男女の関係に至らなかったとしても、その眼差しを見れば、彼女が輪虎へ想いを寄せていたことが分かった。

縁談を断る理由もそこにあるのだと思うと、蒙恬はいたたまれない気持ちになる。

「…信はさ…輪虎のこと、兄以上に想ってたんじゃないの?」

「は?」

意味が分からないと言った顔をした信に、蒙恬は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

「だって、輪虎の話をする時の信の瞳が、完全に恋する乙女だったから」

普段のように「何言ってんだよ」と切り返してくれれば、この話題はもう終わろうと思っていた。

しかし、信は熱っぽい瞳で、蒙恬ではない誰かを見つめている。

「…そうだな。…きっと、そう、だったんだと思う」

輪虎への愛情を肯定する言葉に、蒙恬の中で何かがふつりと切れる音がした。

台に載せていた酒瓶と杯が、がちゃんと派手な音を立てて転がった。

気付けば蒙恬は信の体を押し倒していた。床に背中を打ち付けた信が苦悶の表情を浮かべている。

「な、に…して…」

床に両手首を押さえつけられて、体を組み敷かれているのだと分かると、信が戸惑ったように目を瞬かせている。

「あー…ごめん。俺、女の子には酷いことしないって決めてるんだけどさ…ちょっと無理かも」

呆然としている信の顔を見下ろして、蒙恬が口元を緩ませた。

 

後編はこちら

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