ユーフォリア(昌平君×信)番外編|キングダム夢小説

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/ヤンデレ/無理やり/メリーバッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

本編はこちら

 

眠りの狭間

本編で割愛したシーンです。

 

薬と香が効いて来たのだろう、ようやく眠った信は唇を戦慄かせており、何か言葉を紡いでいた。

寝言なのは分かっていたが、もしかしたら先ほど縫合をした左足の痛みを訴えているのかもしれない。昌平君は着物の袖で鼻と口元を抑えながら、彼女の口元に耳を寄せた。

「――、―――」

朦朧としている意識で信が唇を戦慄かせている。僅かに空気を震わせたその言葉を聞き、昌平君は目を見開いた。

李牧。それは趙の宰相の名だった。

此度の敗因は、彼の軍略によるものである。どうして彼の名前を信が口にしたのか。

考えられるのは、李牧が信にとっては父親の仇同然の男であることが関係している。飛信軍が兵の大半を失うという膨大な被害も李牧の軍略によるものだった。

亡くなった兵たちのことを想うあまり、信は医師団の忠告も聞かず、傷だらけの体に鞭打って鍛錬をこなしていた。李牧に対する恨みが募っている証拠でもある。

そうだと分かりながら、昌平君の心中は穏やかではなかった。

好意を寄せている女性が自分以外の男の名前を、それも意識がない中で敵の宰相の名前を口にするというのは、どうにも許せないものである。

 

 

「…信」

呼び掛けるが、信は完全に寝息を立てており、薬と香によって意識の糸を手放していることが分かった。

医師団が処方した薬と香はかなり強い薬効を持つものだ。恐らく数日は目覚めないだろう。

「ん…」

昌平君は眠っている信の頬を手で包むと、導かれるように唇を重ねていた。

先ほども薬を飲ませるという目的で唇を重ねたが、少しも抵抗がないと、まるで想いが通じ合っている恋人同士のようだと錯覚してしまう。

唇を押し開き、舌を差し込み、彼女の赤い舌に絡ませた。

「ん…」

ざらざらとした舌の表面や、唾液で滑った唇の柔らかい感触が堪らなくて、夢中で舌を絡め合う。

信は静かに寝息を立てるばかりで、自ら舌を絡ませて来ることはなかったが、それで良かった。

「…信」

口づけを終えてから、耳元で名前を囁くが、信が起きる気配はなかった。

「はあ、…は、…」

薬を飲んだ訳ではないのだが、部屋で焚いている特殊な香には、体の緊張を解く作用がある。

その香を吸い続けている昌平君も、今では脱力感とも陶酔感ともいえる、不思議な感覚に身を委ねていた。

「……、……」

眠り続けている信の頬に手を添える。
瞼を閉じていても、今彼女の目の前にいるのは自分だけで、今この瞬間だけは確かに彼女は自分だけのものだった。

信の寝顔を見つめながら、優越感と独占欲が昌平君の胸に広がっていく。

薬と香のせいだと分かっていても、穏やかな寝顔を見ていると、まるで自分のことを受け入れてくれているのだと錯覚してしまう。

「ッ…」

昌平君は着物の袖で鼻と口元を覆った。

今さら香を嗅がずにいたところで手遅れかもしれないが、これ以上、傍にいれば信をどうにかしてしまいそうだった。口づけ以上のことを求めてしまうに違いない。

「!」

部屋の扉が叩かれ、昌平君は驚いて振り返った。

「信、医師団から聞いたぞ。また足の傷が開いたそうだな」

扉を開けて入って来たのは嬴政だった。苛立った口調をしている。

信の親友である彼が自ら見舞いに来たのかと内心驚きつつ、昌平君はすぐにその場に膝をつく。

香を嗅がないように鼻と口元を布で覆っている嬴政が、なぜここに昌平君がいるのかと目を丸めていた。

「…ああ、医師団に頼まれたんだったな」

思い出したように嬴政が頷く。
どうやら嬴政は医師団から先ほどの経緯について報告を受けていたらしい。昌平君に薬を飲ませて香を焚くよう頼んだことも聞いていたのだろう。

「全く…医師団や昌平君の苦労も知らずに…」

寝台で寝息を立てている信を見下ろし、嬴政は呆れたように溜息を吐いた。
しかし、その眼差しには慈しみの色が宿っており、嬴政は優しい手付きで彼女の髪を撫でている。

「――――」

その姿を見て、昌平君は思わず焦燥感に駆られた。

まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚になり、昌平君は思わず歯を食い縛る。

「…大王様。後で、ご報告したいことが」

誰にも聞かせたくない話であることを告げると、嬴政の眉間に皺が寄った。

 

偽り

嬴政が信の見舞いを終えた後、玉座の間に移り、昌平君は嬴政と二人きりとなった。

事前に人払いをしていたこともあり、玉座の間には重い沈黙が広がっている。

「報告を聞こう」

昌平君は嬴政の前で跪いたまま、口を開いた。
報告を進めていくにつれ、嬴政の顔から血の気が引いていくのが分かる。

それは当然だろう。親友である信が趙の密通者である可能性が高いなど、信じられるはずがない。

「…確かなのか?」

「可能性ですが、その説が考えられます」

「………」

信が趙の宰相である李牧と密通している証拠は何もないのだと知り、嬴政は複雑な表情を浮かべる。

此度の飛信軍が壊滅状態に追いやられたことは、嬴政も知っていた。

しかし、仲間想いである信が、まさか自分の軍を壊滅に追い込むことに、結果として秦軍が敗北するように、趙に手を貸したとは信じたくなかったのだろう。

彼女を信じたいという気持ちで嬴政が、口を開きかけたが、昌平君はそれを遮るように言葉を続けた。

「飛信軍は、事前に五十人もの兵で山中の調査を行い、そこに伏兵は居なかったと報告を出していました。しかし、実際には伏兵が待機していた」

「………」

「山中の調査には、信将軍自ら名乗り出たと報告を聞いています。…伏兵を見逃した・・・・可能性があるやもしれませぬ」

嬴政はあからさまに目を泳がせ、何かを探っているようだった。
信がそのようなことをするはずがないと言い返したいのだろうが、反論材料に欠けているのだろう。

恐らくは李牧が山中で見つからぬ場所を事前に指示し、兵を潜ませていたに違いない。

しかし、親友の裏切りの可能性を示唆された嬴政は、そこまで冷静に思考が働いていないようだった。

「…大王様」

静かに昌平君が声を掛ける。嬴政は苦しそうに眉根を寄せながら、昌平君を見据えた。

「此度の件、今は内密に願います。彼女の傷が癒えてから、真実を明らかにするべきかと」

深々と頭を下げながら昌平君がそう言うと、嬴政は沈黙の後に頷いた。

「もしも密通の疑いが事実ならば、この咸陽に、彼女と接触を図ろうとする趙の使者が現れるやもしれません。信の身柄を、療養という目的で預かっても?」

「…ああ、頼む」

許可を得たことで、昌平君はもう一度頭を下げた。

その口元が怪しい笑みを浮かべていることに気づく者は、誰もいなかった。

 

李牧×信のバッドエンドはこちら

 

 

偽り その二

信の身柄を屋敷に移したが、彼女は未だ目を覚まさない。その方が昌平君としても都合が良かった。

家臣たちに事情を説明し、見張り役を立てることとなった。

もし見張りの目がない時に部屋から脱走をしても分かるよう、部屋の扉にも鈴を取り付けた。

薬と香の効能によって、そう安易に目を覚ますことはないだろうが、念には念を入れておかなくてはならない。

あとはもう少し外堀を埋めなくてはいけない。嬴政からの許可は得たが、他にも密通の疑いを伝えるべき人物といえば、まずは河了貂だろう。

飛信軍の軍師であり、自分を師と慕う彼女が密通の疑いを知れば動揺するに違いない。

もちろん信は密通などしていない。だが、密通だと疑われる行為をしたのは事実だ。

山中の伏兵調査に乗り出したのは信自身だったというのを、昌平君は河了貂から報告を受けていた。

それからもう一つ。秦趙同盟が結ばれた後、趙の一行をもてなすための宴が開かれた。

宴の席を抜け出し、趙の宰相と何かを話していた姿を、昌平君はこの目で見ていた。

あの場に出くわしたのはただの偶然だったのだが、見方によっては信の密通を疑わざるを得ない光景である。

物陰から二人の会話に耳を澄ませていたが、密通など感じさせるものは一つもなかった。

しかし、人目を忍ぶように趙の宰相と二人で会っていたという、その事実を利用さえすれば、それで良かったのだ。

秦国に欠かせない強大な戦力である信の立場が崩れていく図が、昌平君の中に浮かんでいった。

 

 

「…………」

寝台の上で信は未だ寝息を立てていた。

身の回りの世話を任せている侍女の話だと、朦朧としながらも、信が目を覚ますことが幾度かあったそうだ。

その時に水や食事を摂らせながら、調合した薬を飲ませ、また眠らせている。その甲斐あってか、左脚の傷はすっかり塞がりかけていた。

「…信」

眠っている彼女に呼びかけるが、目を覚ます気配はない。

頬に触れても前髪を指で梳いてやっても身じろぎ一つしないことから、未だ深い眠りに落ちていることが分かった。

「………」

身を屈め、昌平君は彼女に口づける。眠っている彼女に口づけるのはこれが初めてではなかった。

角度を変えて何度も唇を重ねる。柔らかい感触に夢中になった。

「ん…」

薄く開いている口に舌を差し込み、歯列や歯茎をなぞり、赤い舌を絡ませる。

決して信の方から口づけに応えてくれることはなかったが、幸福感で胸がいっぱいになっていた。

彼女に触れ合れている今この瞬間だけは、この女は自分のものであるという実感が湧いた。

目を覚ます気配のない信の体を組み敷くと、二人分の重みで寝台がぎしりと軋む。

眠っている彼女に口づけながら、昌平君の手が彼女の帯を解いた。襟合わせを広げると、信の傷だらけの肌が現れた。

屋敷に連れて来てから、幾度も見て来た身体だというのに、何度見ても欲情してしまう。昌平君は生唾を飲み込んだ。

身を屈め、貪るように彼女の肌に吸い付く。

着物で隠れていた彼女の肌には、幾つもの赤い痕が残っている。新しいものから消え掛けているものまであり、それは全て昌平君がつけたものだった。

彼女の艶のある肌に顔を埋め、また新しい痕を刻み、優越感に胸を浸らせる。

「信…」

まるで恋人同士のように、敷布の上で指を交差させ、名前を囁く。

当然ながら信が返事をすることはなかったが、いずれは同じ想いであると応えてくれるはずだと昌平君は信じて止まなかった。

控えめだが手の平に収まるほど形の良い胸を揉みしだく。隆起の先端は、素肌に溶け込んでしまいそうなほど薄い桃色で、まだ芽を立てていなかった。

指で摘まんでやり、優しく愛撫を続けていくと、硬く芽を立てていく。

「は、…」

僅かに吐息が聞こえ、昌平君が上目遣いで信を見上げる。

まだその目は閉じられたままだったが、胸への刺激に反応を示したのは確かだ。

硬く立ち始めた芽を舌で転がし、唇で優しく食む。僅かに身体が震えたのが分かった。
眠っていても刺激を感じているのなら、目を覚ました時にはどのような反応を見せてくれるのだろうか。

…その答えを知る日はそう遠くないだろう。

甘く歯を立てながら、昌平君は彼女の足の間に手を伸ばした。

 

 

秘め事

当然ながら、そこは濡れていなかった。眠っているのだから、反応が鈍いのも当然だろう。

体を起こした昌平君は彼女の膝を立て、足の間に身体を割り込ませた。

自分の指を咥えて十分に唾液を纏わせると、その指で二枚の花弁の合わせ目をなぞる。

唾液の潤いが移ったのを確認してから、二枚の花びらを指で押し広げた。艶めかしい紅色の淫華が現れ、思わず生唾を飲み込んでしまう。

蜜を流し始めれば、この紅色がますます美しく輝くことを昌平君は知っていた。

淫華に顔を寄せると、入り口の部分を狭める襞が見える。
処女膜がまだ健在していることが、信がまだ男の味を知らない何よりの証拠だった。

迷うことなく昌平君はそこに舌を伸ばす。

破瓜の痛みは男が想像出来ないほどの苦痛を伴うという。薬と香で眠らされている信も、破瓜の痛みを感じれば目を覚ますだろうか。

もしも破瓜の痛みで信が目を覚まし、自分と身を繋げているのだと分かれば、彼女は一体どのような表情を見せてくれるのだろう。

そんなことを考えながら、昌平君は未だ破られていない処女膜に舌を伸ばし、淫華に唾液を注ぎ込んだ。

唇と舌を使って花芯も可愛がっていると、中の肉壁が、唾液ではないもので潤い始めたのを察した。

繊細な淫華を傷つけないよう、ゆっくりと人差しを差し込んでいく。

指を出し抜きする度に卑猥な水音が立ち始め、眠っているはずの信が軽く息を切らしているのが見えた。

「はっ…ぁ、ぅ、うぅん…」

意識は眠りに落ちていても、体は刺激に反応しているのだ。

そのことに気を良くしながら、昌平君は中に入れた指を鉤状に曲げて肉壁を擦り上げる。

「ッあ、ぁ…」

ある一点を指が擦った時、眠っているはずの信の身体が仰け反った。

「信?」

名前を呼ぶが、信の意識は未だ眠りに落ちたままである。

蜜を垂れ流している淫華に指をもう一本突き挿れ、再び抜き差しを始めた。

もっとして欲しいと訴えるかのように、肉壁が打ち震えているのを感じ、昌平君の口角は自然とつり上がっていった。

まだ一度も触れてもいないのに、眠っている信の体を弄っているだけで男根が上向いている。

「はっ…」

乱暴に着物を脱ぎ、昌平君は余裕のない手付きで男根を扱く。

根元の辺りを手で扱きながら、反対の手で花弁を押し開き、先端を淫華の入り口に擦り付けた。

信が眠っている間に、こうして自慰に浸るのは初めてではない。眠り続けている彼女の口唇を使ったこともある。

破瓜を破っていないものの、信の体を汚しているという自覚は十分にあった。

もとより、信を手に入れるために密通の疑いをかけ、この屋敷に連れて来たのだ。

本当ならば見つめ合いながら、手を繋ぎ合って、性器だけじゃなく心も繋げたい。

しかし、それが叶わないことを昌平君は分かっていた。信が秦将であり続ける限り、彼女の瞳には戦しか映らない。

「信…っ」

息を荒げながら、昌平君は切なげに眉根を寄せて男根を扱いていた。

「っ、あ…!」

全身に痺れが走り、頭の中が真っ白になる。
尿道から精液が勢いづいて吐き出され、艶めかしい紅色をした淫華と内腿を白く汚した。

息を整えながら、白濁が淫華の中に流れ込んでいくのを見つめる。

(将をやめさせるのなら、私の妻にして、孕ませてしまえば良い)

ふと、思考を過ぎったその考えは、恐ろしいほど呆気なく昌平君の中に染み渡っていった。

 

 

秘め事 その二

今までは信の体を使って虚しく自慰に浸っていたが、今となってはこの行為にも十分に意味を見出せた。

信から戦を奪うには、将をやめさせれば良いのだ。密通の疑いを利用して、将としての信頼を喪失させて、居場所を失くせば良い。

趙への密通だけでなく、李牧との姦通した事実を広めれば、信は秦将の立場どころか、その首を失うことになるだろう。

しかし、嬴政が親友である彼女を断罪できるとは思わない。恐らくは秦将の立場から降ろす慈悲に留めるはずだ。

信を将の座から降ろすその計画は、聡明な昌平君の中では、手足を切り落とすよりも簡単なことだった。

「信…」

昌平君は体を起こし、未だ寝息を立てている彼女に再び口づけた。

何度も唇を重ねていると、それだけでまた男根が上向いて来る。先ほど吐精したばかりなのに、体が目の前の女を求めて欲情しているのだ。

醜いまでに浅ましい欲望だと思う。

それだけ自分は信のことを欲していて、自分の欲望を叶えるために、彼女の将としての人生を壊そうとしている。

すまないと心の中で謝罪をしながらも、昌平君はやめるつもりはなかった。

もう自分の意志一つでは安易に止められぬほど、信を手に入れる欲望は広く深まっていたのだ。

 

 

「……、……」

信の両膝を広げ、淫華に再び男根の先端を宛がう。
今までのように性器を擦り付け合うのではなく、いよいよ挿入を試みた。

「っ…」

蜜と白濁が混ざり合って、淫華の入口がぬるぬると滑った。

しっかりと入り口に先端を押し当て、ゆっくりと腰を進めていくと、入り口を狭めている処女膜が、まるで男根の侵入を拒むように押し返して来る。

「くっ」

昌平君は信の体を抱き締めながら、力強く腰を前に押し出した。

ぶつん、と処女膜が裂けた感触がした途端、押し返される感覚がなくなり、一気に奥まで男根が突き刺さる。

「あ”ッ…」

掠れた声がして、弾かれたように顔を上げると、信が喉を突き出して口を開けていた。しかし、まだその瞼は閉ざされたままである。

無駄な肉など少しもついていない引き締まった太腿が僅かに震えている。眠っている意識でも、破瓜の痛みを感じているのだろうか。

自分の男根を根元まで咥え込み、血の涙を流している淫華を見下ろし、ようやく信と一つになったのだと実感した。

男根を包み込んでいる肉壁の感触に、快楽が押し寄せて来る。今までは性器を擦り合うだけだったが、彼女の中は想像以上に温かくて気持ちが良かった。

「…あ、…は、ぁ…」

信が唇を戦慄かせている。
眠っているはずの彼女の瞼から涙が伝ったのを見て、昌平君は身を屈め、その涙を舌で掬い上げた。

「ん、…ぅん、…っ」

唇を重ねながら、昌平君はゆっくりと腰を引いていく。開通したばかりの道はまだ狭く、男根を締め付けたまま放そうとしない。

信に意識はないはずなのに、まるで男根を強請られているかのようだった。

「ッ…!」

浅く抜いた男根をもう一度深く叩き込むと、信の体が力なく仰け反った。

敷布の上に力なく落ちている信の手に指を絡ませ、口づけを続けながら、昌平君は堪らず腰を律動させていた。

破瓜の血と蜜と精液が合わさって、卑猥な水音を立てている。

「は、はあっ、ぁっ、ぁ…」

体を揺すられながら、信の唇からも吐息が洩れていた。

眠りながらも自分を感じてくれているのだと思うと、昌平君の胸は火が灯ったかのように熱くなる。

寝台が激しく軋む音が行為の激しさを物語っていた。

「ぐっ、…ぅ…!」

絶え間なく息を弾ませ、時々歯をきつく食い縛って、くぐもった声を洩らす。

信が男を咥えるのが初めてなら、無理はさせるべきではない。頭では分かっているのだが、欲望が先走るあまり、加減が出来なかった。

口づけの合間に、愛していると囁き、昌平君は絶頂に駆け上るために、激しく腰を揺すった。

「ッ…!」

やがて、全身を戦慄にも似た激しい痺れが再び貫いた。
目の前が真っ白に染まる。体の奥底で生成された熱が爆発を起こしたようだった。

「はあッ…、はあ、はっ…」

下腹部を震わせながら、信の細腰を掴んで引き寄せ、最奥で吐精する。

子宮の入口に男根の先端を押し付けたまま、吐精を終えた後も、しばらく動かずにいた。
このまま子種を植え付けて、孕ませてしまえば、信はどのみち将の座を降りることになる。

少しずつ冷静になって来た思考で、昌平君はやはり彼女を手に入れるために、信の全てを奪おうと決意するのだった。

「…何も、心配することはない」

静かに囁き、昌平君は信の額に口づけを落とす。

まだ何も知らずにいる彼女は、目を覚ましたら、どんな表情を浮かべるのだろうか。

 

 

後日編

本編の後日編です。

 

腕の中で眠っている妻が僅かに身じろいだので、起きたのだろうかと昌平君も瞼を持ち上げた。

窓から白い日差しが差し込んでいることから、まだ陽が昇り始めたばかりだと気づく。

彼女の色素の抜けてしまった髪がきらきらと輝いていた。美しい宝石のような髪を指で梳いていると、信の瞼がゆっくりと持ち上がる。

「…昌、平君…?」

寝ぼけ眼でこちらを見上げる信に、つい口元が緩んでしまう。

「眠っていろ」

肩まで寝具をしっかりと掛けてやり、その体を抱き締め直すと、信の身体があからさまに強張っていた。

いつもなら、甘えるように胸に凭れ掛かって来て、すぐに寝息を立て始めるのに今日は違う。

「信?」

悪い夢でも見たのだろうかと顔を覗き込むと、彼女の顔から血の気が引いていた。

「な、なに…して…」

驚愕のあまり、体を強張らせているのだと気づいた。

冷たい指先で昌平君の胸を押し退け、信が勢いよく寝台から起き上がる。

見知らぬ部屋・・・・・・にいると気づいた信が戸惑った表情で昌平君を見つめている。なぜ自分はここにいるのだと答えを知りたがっているのだろう。

「…あまり無茶をするな。体に障る」

「やめろっ」

ゆっくりと身を起こし、信の手首を掴むと、その手を振り払われた。

宙を切って行き場を失った手に虚しさを覚えながら、しかし同時に懐かしさ・・・・を覚える。

「なんなんだよっ…」

怒りと不安が混ざり合った表情で、信は寝台から立ち上がろうと床に足をつけた。

 

 

「身重の身体でどこへ行く」

腕を掴みながらそう言うと、身重という言葉に反応したのか、信の身体が硬直する。

ゆっくりとこちらを振り返った信の顔は笑えるほど白くなっていて、見開かれた瞳がゆっくりと下に向けられる。

掴まれた手を振り払うこともせず、彼女は呆然と薄口を開けていた。

「え…、な、なんで…?」

なだらかに突起した臨月を示す腹に、自分の腹に赤子が眠っていることが信じられないようだった。

「お、俺…いつ、こんな…」

動揺のあまり、身体の震えは止まらず、立っているのも辛いようだった。その身体を支えながら寝台へと連れ戻すと、信は俯いたまま顔を上げないでいた。

視線の先にある膨らんだ腹を見て、言葉を失っているのだと気づき、昌平君はおもむろに彼女の腹を撫でてやる。最近になって、胎動がより目立つようになっていた。

「私とお前の子だ」

「は…?」

聞き返した声は、情けないほど震えていた。

腹を撫でている昌平君の優しい手付きにすら怯えているのか、信の身体が泣きそうなほど顔を歪めている。

どうやら、あの香の効力が解けたようだ。

使用を続けることで、記憶を失うという恐ろしい副作用があるのだと医師から聞いていたが、時々記憶が元に戻るらしい。

昌平君の妻になったことや、子を孕んでいることを忘れ、将だった頃・・・・・の彼女の意識が戻って来る時があるのだ。

将だった頃の全てを忘れ、自分の妻の役目を全うしていた信ももちろん愛おしいが、昌平君が惚れたのは将だった頃の彼女だ。

もちろん記憶が抜け落ちていたとしても、信であることには変わりない。

どちらも愛おしい存在であり、昌平君にはかけがえのない存在である。

「い、いやだ…なんで、こんな…」

青ざめて涙を流し始める信は、昌平君の子を孕んでいる事実を受け入れられないでいるらしい。妻になったことも覚えていないのだから当然だろう。

浅い呼吸を繰り返している信を慰めるように、昌平君は優しい手付きで頭を撫でてやる。

またあの香を焚けば、自分に従順な妻が戻って来るのは分かっていたが、昌平君はそうしなかった。

「…お前の将としての役目は終わった」

何を言っているのか理解出来ないといった顔で、信が涙目で昌平君を見つめている。

「お前が生きる場所は、ここだけだ」

昌平君はその涙を舌で舐め取ると、何度目になるか分からない愛の言葉を囁いて、信の体をゆっくりと寝台に押し倒したのだった。

 

昌平君×信のハッピーエンド話はこちら

The post ユーフォリア(昌平君×信)番外編|キングダム夢小説 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.

ユーフォリア(昌平君×信)番外編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/ヤンデレ/無理やり/メリーバッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

本編はこちら

 

眠りの狭間

本編で割愛したシーンです。

 

薬と香が効いて来たのだろう、ようやく眠った信は唇を戦慄かせており、何か言葉を紡いでいた。

寝言なのは分かっていたが、もしかしたら先ほど縫合をした左足の痛みを訴えているのかもしれない。昌平君は着物の袖で鼻と口元を抑えながら、彼女の口元に耳を寄せた。

「――、―――」

朦朧としている意識で信が唇を戦慄かせている。僅かに空気を震わせたその言葉を聞き、昌平君は目を見開いた。

李牧。それは趙の宰相の名だった。

此度の敗因は、彼の軍略によるものである。どうして彼の名前を信が口にしたのか。

考えられるのは、李牧が信にとっては父親の仇同然の男であることが関係している。飛信軍が兵の大半を失うという膨大な被害も李牧の軍略によるものだった。

亡くなった兵たちのことを想うあまり、信は医師団の忠告も聞かず、傷だらけの体に鞭打って鍛錬をこなしていた。李牧に対する恨みが募っている証拠でもある。

そうだと分かりながら、昌平君の心中は穏やかではなかった。

好意を寄せている女性が自分以外の男の名前を、それも意識がない中で敵の宰相の名前を口にするというのは、どうにも許せないものである。

 

 

「…信」

呼び掛けるが、信は完全に寝息を立てており、薬と香によって意識の糸を手放していることが分かった。

医師団が処方した薬と香はかなり強い薬効を持つものだ。恐らく数日は目覚めないだろう。

「ん…」

昌平君は眠っている信の頬を手で包むと、導かれるように唇を重ねていた。

先ほども薬を飲ませるという目的で唇を重ねたが、少しも抵抗がないと、まるで想いが通じ合っている恋人同士のようだと錯覚してしまう。

唇を押し開き、舌を差し込み、彼女の赤い舌に絡ませた。

「ん…」

ざらざらとした舌の表面や、唾液で滑った唇の柔らかい感触が堪らなくて、夢中で舌を絡め合う。

信は静かに寝息を立てるばかりで、自ら舌を絡ませて来ることはなかったが、それで良かった。

「…信」

口づけを終えてから、耳元で名前を囁くが、信が起きる気配はなかった。

「はあ、…は、…」

薬を飲んだ訳ではないのだが、部屋で焚いている特殊な香には、体の緊張を解く作用がある。

その香を吸い続けている昌平君も、今では脱力感とも陶酔感ともいえる、不思議な感覚に身を委ねていた。

「……、……」

眠り続けている信の頬に手を添える。
瞼を閉じていても、今彼女の目の前にいるのは自分だけで、今この瞬間だけは確かに彼女は自分だけのものだった。

信の寝顔を見つめながら、優越感と独占欲が昌平君の胸に広がっていく。

薬と香のせいだと分かっていても、穏やかな寝顔を見ていると、まるで自分のことを受け入れてくれているのだと錯覚してしまう。

「ッ…」

昌平君は着物の袖で鼻と口元を覆った。

今さら香を嗅がずにいたところで手遅れかもしれないが、これ以上、傍にいれば信をどうにかしてしまいそうだった。口づけ以上のことを求めてしまうに違いない。

「!」

部屋の扉が叩かれ、昌平君は驚いて振り返った。

「信、医師団から聞いたぞ。また足の傷が開いたそうだな」

扉を開けて入って来たのは嬴政だった。苛立った口調をしている。

信の親友である彼が自ら見舞いに来たのかと内心驚きつつ、昌平君はすぐにその場に膝をつく。

香を嗅がないように鼻と口元を布で覆っている嬴政が、なぜここに昌平君がいるのかと目を丸めていた。

「…ああ、医師団に頼まれたんだったな」

思い出したように嬴政が頷く。
どうやら嬴政は医師団から先ほどの経緯について報告を受けていたらしい。昌平君に薬を飲ませて香を焚くよう頼んだことも聞いていたのだろう。

「全く…医師団や昌平君の苦労も知らずに…」

寝台で寝息を立てている信を見下ろし、嬴政は呆れたように溜息を吐いた。
しかし、その眼差しには慈しみの色が宿っており、嬴政は優しい手付きで彼女の髪を撫でている。

「――――」

その姿を見て、昌平君は思わず焦燥感に駆られた。

まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚になり、昌平君は思わず歯を食い縛る。

「…大王様。後で、ご報告したいことが」

誰にも聞かせたくない話であることを告げると、嬴政の眉間に皺が寄った。

 

偽り

嬴政が信の見舞いを終えた後、玉座の間に移り、昌平君は嬴政と二人きりとなった。

事前に人払いをしていたこともあり、玉座の間には重い沈黙が広がっている。

「報告を聞こう」

昌平君は嬴政の前で跪いたまま、口を開いた。
報告を進めていくにつれ、嬴政の顔から血の気が引いていくのが分かる。

それは当然だろう。親友である信が趙の密通者である可能性が高いなど、信じられるはずがない。

「…確かなのか?」

「可能性ですが、その説が考えられます」

「………」

信が趙の宰相である李牧と密通している証拠は何もないのだと知り、嬴政は複雑な表情を浮かべる。

此度の飛信軍が壊滅状態に追いやられたことは、嬴政も知っていた。

しかし、仲間想いである信が、まさか自分の軍を壊滅に追い込むことに、結果として秦軍が敗北するように、趙に手を貸したとは信じたくなかったのだろう。

彼女を信じたいという気持ちで嬴政が、口を開きかけたが、昌平君はそれを遮るように言葉を続けた。

「飛信軍は、事前に五十人もの兵で山中の調査を行い、そこに伏兵は居なかったと報告を出していました。しかし、実際には伏兵が待機していた」

「………」

「山中の調査には、信将軍自ら名乗り出たと報告を聞いています。…伏兵を見逃した・・・・可能性があるやもしれませぬ」

嬴政はあからさまに目を泳がせ、何かを探っているようだった。
信がそのようなことをするはずがないと言い返したいのだろうが、反論材料に欠けているのだろう。

恐らくは李牧が山中で見つからぬ場所を事前に指示し、兵を潜ませていたに違いない。

しかし、親友の裏切りの可能性を示唆された嬴政は、そこまで冷静に思考が働いていないようだった。

「…大王様」

静かに昌平君が声を掛ける。嬴政は苦しそうに眉根を寄せながら、昌平君を見据えた。

「此度の件、今は内密に願います。彼女の傷が癒えてから、真実を明らかにするべきかと」

深々と頭を下げながら昌平君がそう言うと、嬴政は沈黙の後に頷いた。

「もしも密通の疑いが事実ならば、この咸陽に、彼女と接触を図ろうとする趙の使者が現れるやもしれません。信の身柄を、療養という目的で預かっても?」

「…ああ、頼む」

許可を得たことで、昌平君はもう一度頭を下げた。

その口元が怪しい笑みを浮かべていることに気づく者は、誰もいなかった。

 

李牧×信のバッドエンドはこちら

 

 

偽り その二

信の身柄を屋敷に移したが、彼女は未だ目を覚まさない。その方が昌平君としても都合が良かった。

家臣たちに事情を説明し、見張り役を立てることとなった。

もし見張りの目がない時に部屋から脱走をしても分かるよう、部屋の扉にも鈴を取り付けた。

薬と香の効能によって、そう安易に目を覚ますことはないだろうが、念には念を入れておかなくてはならない。

あとはもう少し外堀を埋めなくてはいけない。嬴政からの許可は得たが、他にも密通の疑いを伝えるべき人物といえば、まずは河了貂だろう。

飛信軍の軍師であり、自分を師と慕う彼女が密通の疑いを知れば動揺するに違いない。

もちろん信は密通などしていない。だが、密通だと疑われる行為をしたのは事実だ。

山中の伏兵調査に乗り出したのは信自身だったというのを、昌平君は河了貂から報告を受けていた。

それからもう一つ。秦趙同盟が結ばれた後、趙の一行をもてなすための宴が開かれた。

宴の席を抜け出し、趙の宰相と何かを話していた姿を、昌平君はこの目で見ていた。

あの場に出くわしたのはただの偶然だったのだが、見方によっては信の密通を疑わざるを得ない光景である。

物陰から二人の会話に耳を澄ませていたが、密通など感じさせるものは一つもなかった。

しかし、人目を忍ぶように趙の宰相と二人で会っていたという、その事実を利用さえすれば、それで良かったのだ。

秦国に欠かせない強大な戦力である信の立場が崩れていく図が、昌平君の中に浮かんでいった。

 

 

「…………」

寝台の上で信は未だ寝息を立てていた。

身の回りの世話を任せている侍女の話だと、朦朧としながらも、信が目を覚ますことが幾度かあったそうだ。

その時に水や食事を摂らせながら、調合した薬を飲ませ、また眠らせている。その甲斐あってか、左脚の傷はすっかり塞がりかけていた。

「…信」

眠っている彼女に呼びかけるが、目を覚ます気配はない。

頬に触れても前髪を指で梳いてやっても身じろぎ一つしないことから、未だ深い眠りに落ちていることが分かった。

「………」

身を屈め、昌平君は彼女に口づける。眠っている彼女に口づけるのはこれが初めてではなかった。

角度を変えて何度も唇を重ねる。柔らかい感触に夢中になった。

「ん…」

薄く開いている口に舌を差し込み、歯列や歯茎をなぞり、赤い舌を絡ませる。

決して信の方から口づけに応えてくれることはなかったが、幸福感で胸がいっぱいになっていた。

彼女に触れている今この瞬間だけは、この女は自分のものであるという実感が湧いた。

目を覚ます気配のない信の体を組み敷くと、二人分の重みで寝台がぎしりと軋む。

眠っている彼女に口づけながら、昌平君の手が彼女の帯を解いた。襟合わせを広げると、信の傷だらけの肌が現れた。

屋敷に連れて来てから、幾度も見て来た身体だというのに、何度見ても欲情してしまう。昌平君は生唾を飲み込んだ。

身を屈め、貪るように彼女の肌に吸い付く。

着物で隠れていた彼女の肌には、幾つもの赤い痕が残っている。新しいものから消え掛けているものまであり、それは全て昌平君がつけたものだった。

彼女の艶のある肌に顔を埋め、また新しい痕を刻み、優越感に胸を浸らせる。

「信…」

まるで恋人同士のように、敷布の上で指を交差させ、名前を囁く。

当然ながら信が返事をすることはなかったが、いずれは同じ想いであると応えてくれるはずだと昌平君は信じて止まなかった。

控えめだが手の平に収まるほど形の良い胸を揉みしだく。隆起の先端は、素肌に溶け込んでしまいそうなほど薄い桃色で、まだ芽を立てていなかった。

指で摘まんでやり、優しく愛撫を続けていくと、硬く芽を立てていく。

「は、…」

僅かに吐息が聞こえ、昌平君が上目遣いで信を見上げる。

まだその目は閉じられたままだったが、胸への刺激に反応を示したのは確かだ。

硬く立ち始めた芽を舌で転がし、唇で優しく食む。僅かに身体が震えたのが分かった。
眠っていても刺激を感じているのなら、目を覚ました時にはどのような反応を見せてくれるのだろうか。

…その答えを知る日はそう遠くないだろう。

甘く歯を立てながら、昌平君は彼女の足の間に手を伸ばした。

 

 

秘め事

当然ながら、そこは濡れていなかった。眠っているのだから、反応が鈍いのも当然だろう。

体を起こした昌平君は彼女の膝を立て、足の間に身体を割り込ませた。

自分の指を咥えて十分に唾液を纏わせると、その指で二枚の花弁の合わせ目をなぞる。

唾液の潤いが移ったのを確認してから、二枚の花びらを指で押し広げた。艶めかしい紅色の淫華が現れ、思わず生唾を飲み込んでしまう。

蜜を流し始めれば、この紅色がますます美しく輝くことを昌平君は知っていた。

淫華に顔を寄せると、入り口の部分を狭める襞が見える。
処女膜がまだ健在していることが、信がまだ男の味を知らない何よりの証拠だった。

迷うことなく昌平君はそこに舌を伸ばす。

破瓜の痛みは男が想像出来ないほどの苦痛を伴うという。薬と香で眠らされている信も、破瓜の痛みを感じれば目を覚ますだろうか。

もしも破瓜の痛みで信が目を覚まし、自分と身を繋げているのだと分かれば、彼女は一体どのような表情を見せてくれるのだろう。

そんなことを考えながら、昌平君は未だ破られていない処女膜に舌を伸ばし、淫華に唾液を注ぎ込んだ。

唇と舌を使って花芯も可愛がっていると、中の肉壁が、唾液ではないもので潤い始めたのを察した。

繊細な淫華を傷つけないよう、ゆっくりと人差しを差し込んでいく。

指を出し抜きする度に卑猥な水音が立ち始め、眠っているはずの信が軽く息を切らしているのが見えた。

「はっ…ぁ、ぅ、うぅん…」

意識は眠りに落ちていても、体は刺激に反応しているのだ。

そのことに気を良くしながら、昌平君は中に入れた指を鉤状に曲げて肉壁を擦り上げる。

「ッあ、ぁ…」

ある一点を指が擦った時、眠っているはずの信の身体が仰け反った。

「信?」

名前を呼ぶが、信の意識は未だ眠りに落ちたままである。

蜜を垂れ流している淫華に指をもう一本突き挿れ、再び抜き差しを始めた。

もっとして欲しいと訴えるかのように、肉壁が打ち震えているのを感じ、昌平君の口角は自然とつり上がっていった。

まだ一度も触れてもいないのに、眠っている信の体を弄っているだけで男根が上向いている。

「はっ…」

乱暴に着物を脱ぎ、昌平君は余裕のない手付きで男根を扱く。

根元の辺りを手で扱きながら、反対の手で花弁を押し開き、先端を淫華の入り口に擦り付けた。

信が眠っている間に、こうして自慰に浸るのは初めてではない。眠り続けている彼女の口唇を使ったこともある。

破瓜を破っていないものの、信の体を汚しているという自覚は十分にあった。

もとより、信を手に入れるために密通の疑いをかけ、この屋敷に連れて来たのだ。

本当ならば見つめ合いながら、手を繋ぎ合って、性器だけじゃなく心も繋げたい。

しかし、それが叶わないことを昌平君は分かっていた。信が秦将であり続ける限り、彼女の瞳には戦しか映らない。

「信…っ」

息を荒げながら、昌平君は切なげに眉根を寄せて男根を扱いていた。

「っ、あ…!」

全身に痺れが走り、頭の中が真っ白になる。
尿道から精液が勢いづいて吐き出され、艶めかしい紅色をした淫華と内腿を白く汚した。

息を整えながら、白濁が淫華の中に流れ込んでいくのを見つめる。

(将をやめさせるのなら、私の妻にして、孕ませてしまえば良い)

ふと、思考を過ぎったその考えは、恐ろしいほど呆気なく昌平君の中に染み渡っていった。

 

 

秘め事 その二

今までは信の体を使って虚しく自慰に浸っていたが、今となってはこの行為にも十分に意味を見出せた。

信から戦を奪うには、将をやめさせれば良いのだ。密通の疑いを利用して、将としての信頼を喪失させて、居場所を失くせば良い。

趙への密通だけでなく、李牧との姦通した事実を広めれば、信は秦将の立場どころか、その首を失うことになるだろう。

しかし、嬴政が親友である彼女を断罪できるとは思わない。恐らくは秦将の立場から降ろす慈悲に留めるはずだ。

信を将の座から降ろすその計画は、聡明な昌平君の中では、手足を切り落とすよりも簡単なことだった。

「信…」

昌平君は体を起こし、未だ寝息を立てている彼女に再び口づけた。

何度も唇を重ねていると、それだけでまた男根が上向いて来る。先ほど吐精したばかりなのに、体が目の前の女を求めて欲情しているのだ。

醜いまでに浅ましい欲望だと思う。

それだけ自分は信のことを欲していて、自分の欲望を叶えるために、彼女の将としての人生を壊そうとしている。

すまないと心の中で謝罪をしながらも、昌平君はやめるつもりはなかった。

もう自分の意志一つでは安易に止められぬほど、信を手に入れる欲望は広く深まっていたのだ。

 

 

「……、……」

信の両膝を広げ、淫華に再び男根の先端を宛がう。
今までのように性器を擦り付け合うのではなく、いよいよ挿入を試みた。

「っ…」

蜜と白濁が混ざり合って、淫華の入口がぬるぬると滑った。

しっかりと入り口に先端を押し当て、ゆっくりと腰を進めていくと、入り口を狭めている処女膜が、まるで男根の侵入を拒むように押し返して来る。

「くっ」

昌平君は信の体を抱き締めながら、力強く腰を前に押し出した。

ぶつん、と処女膜が裂けた感触がした途端、押し返される感覚がなくなり、一気に奥まで男根が突き刺さる。

「あ”ッ…」

掠れた声がして、弾かれたように顔を上げると、信が喉を突き出して口を開けていた。しかし、まだその瞼は閉ざされたままである。

無駄な肉など少しもついていない引き締まった太腿が僅かに震えている。眠っている意識でも、破瓜の痛みを感じているのだろうか。

自分の男根を根元まで咥え込み、血の涙を流している淫華を見下ろし、ようやく信と一つになったのだと実感した。

男根を包み込んでいる肉壁の感触に、快楽が押し寄せて来る。今までは性器を擦り合うだけだったが、彼女の中は想像以上に温かくて気持ちが良かった。

「…あ、…は、ぁ…」

信が唇を戦慄かせている。
眠っているはずの彼女の瞼から涙が伝ったのを見て、昌平君は身を屈め、その涙を舌で掬い上げた。

「ん、…ぅん、…っ」

唇を重ねながら、昌平君はゆっくりと腰を引いていく。開通したばかりの道はまだ狭く、男根を締め付けたまま放そうとしない。

信に意識はないはずなのに、まるで男根を強請られているかのようだった。

「ッ…!」

浅く抜いた男根をもう一度深く叩き込むと、信の体が力なく仰け反った。

敷布の上に力なく落ちている信の手に指を絡ませ、口づけを続けながら、昌平君は堪らず腰を律動させていた。

破瓜の血と蜜と精液が合わさって、卑猥な水音を立てている。

「は、はあっ、ぁっ、ぁ…」

体を揺すられながら、信の唇からも吐息が洩れていた。

眠りながらも自分を感じてくれているのだと思うと、昌平君の胸は火が灯ったかのように熱くなる。

寝台が激しく軋む音が行為の激しさを物語っていた。

「ぐっ、…ぅ…!」

絶え間なく息を弾ませ、時々歯をきつく食い縛って、くぐもった声を洩らす。

信が男を咥えるのが初めてなら、無理はさせるべきではない。頭では分かっているのだが、欲望が先走るあまり、加減が出来なかった。

口づけの合間に、愛していると囁き、昌平君は絶頂に駆け上るために、激しく腰を揺すった。

「ッ…!」

やがて、全身を戦慄にも似た激しい痺れが再び貫いた。
目の前が真っ白に染まる。体の奥底で生成された熱が爆発を起こしたようだった。

「はあッ…、はあ、はっ…」

下腹部を震わせながら、信の細腰を掴んで引き寄せ、最奥で吐精する。

子宮の入口に男根の先端を押し付けたまま、吐精を終えた後も、しばらく動かずにいた。
このまま子種を植え付けて、孕ませてしまえば、信はどのみち将の座を降りることになる。

少しずつ冷静になって来た思考で、昌平君はやはり彼女を手に入れるために、信の全てを奪おうと決意するのだった。

「…何も、心配することはない」

静かに囁き、昌平君は信の額に口づけを落とす。

まだ何も知らずにいる彼女は、目を覚ましたら、どんな表情を浮かべるのだろうか。

 

 

後日編

本編の後日編です。

 

腕の中で眠っている妻が僅かに身じろいだので、起きたのだろうかと昌平君も瞼を持ち上げた。

窓から白い日差しが差し込んでいることから、まだ陽が昇り始めたばかりだと気づく。

彼女の色素の抜けてしまった髪がきらきらと輝いていた。美しい宝石のような髪を指で梳いていると、信の瞼がゆっくりと持ち上がる。

「…昌、平君…?」

寝ぼけ眼でこちらを見上げる信に、つい口元が緩んでしまう。

「眠っていろ」

肩まで寝具をしっかりと掛けてやり、その体を抱き締め直すと、信の身体があからさまに強張っていた。

いつもなら、甘えるように胸に凭れ掛かって来て、すぐに寝息を立て始めるのに今日は違う。

「信?」

悪い夢でも見たのだろうかと顔を覗き込むと、彼女の顔から血の気が引いていた。

「な、なに…して…」

驚愕のあまり、体を強張らせているのだと気づいた。

冷たい指先で昌平君の胸を押し退け、信が勢いよく寝台から起き上がる。

見知らぬ部屋・・・・・・にいると気づいた信が戸惑った表情で昌平君を見つめている。なぜ自分はここにいるのだと答えを知りたがっているのだろう。

「…あまり無茶をするな。体に障る」

「やめろっ」

ゆっくりと身を起こし、信の手首を掴むと、その手を振り払われた。

宙を切って行き場を失った手に虚しさを覚えながら、しかし同時に懐かしさ・・・・を覚える。

「なんなんだよっ…」

怒りと不安が混ざり合った表情で、信は寝台から立ち上がろうと床に足をつけた。

 

 

「身重の身体でどこへ行く」

腕を掴みながらそう言うと、身重という言葉に反応したのか、信の身体が硬直する。

ゆっくりとこちらを振り返った信の顔は笑えるほど白くなっていて、見開かれた瞳がゆっくりと下に向けられる。

掴まれた手を振り払うこともせず、彼女は呆然と薄口を開けていた。

「え…、な、なんで…?」

なだらかに突起した臨月を示す腹に、自分の腹に赤子が眠っていることが信じられないようだった。

「お、俺…いつ、こんな…」

動揺のあまり、身体の震えは止まらず、立っているのも辛いようだった。その身体を支えながら寝台へと連れ戻すと、信は俯いたまま顔を上げないでいた。

視線の先にある膨らんだ腹を見て、言葉を失っているのだと気づき、昌平君はおもむろに彼女の腹を撫でてやる。最近になって、胎動がより目立つようになっていた。

「私とお前の子だ」

「は…?」

聞き返した声は、情けないほど震えていた。

腹を撫でている昌平君の優しい手付きにすら怯えているのか、信の身体が泣きそうなほど顔を歪めている。

どうやら、あの香の効力が解けたようだ。

使用を続けることで、記憶を失うという恐ろしい副作用があるのだと医師から聞いていたが、時々記憶が元に戻るらしい。

昌平君の妻になったことや、子を孕んでいることを忘れ、将だった頃・・・・・の彼女の意識が戻って来る時があるのだ。

将だった頃の全てを忘れ、自分の妻の役目を全うしていた信ももちろん愛おしいが、昌平君が惚れたのは将だった頃の彼女だ。

もちろん記憶が抜け落ちていたとしても、信であることには変わりない。

どちらも愛おしい存在であり、昌平君にはかけがえのない存在である。

「い、いやだ…なんで、こんな…」

青ざめて涙を流し始める信は、昌平君の子を孕んでいる事実を受け入れられないでいるらしい。妻になったことも覚えていないのだから当然だろう。

浅い呼吸を繰り返している信を慰めるように、昌平君は優しい手付きで頭を撫でてやる。

またあの香を焚けば、自分に従順な妻が戻って来るのは分かっていたが、昌平君はそうしなかった。

「…お前の将としての役目は終わった」

何を言っているのか理解出来ないといった顔で、信が涙目で昌平君を見つめている。

「お前が生きる場所は、ここだけだ」

昌平君はその涙を舌で舐め取ると、何度目になるか分からない愛の言葉を囁いて、信の体をゆっくりと寝台に押し倒したのだった。

 

昌平君×信のハッピーエンド話はこちら

信が昌平君の護衛役を務める話はこちら

The post ユーフォリア(昌平君×信)番外編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.

ユーフォリア(昌平君×信)後編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/ヤンデレ/無理やり/メリーバッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編はこちら

 

身の潔白

正面から昌平君の視線を痛いほど感じる。震える手で帯を解こうとするのだが、力が上手く入らない。

この行為は自分が李牧と姦通をしていないことを示すことが目的であり、それ以上の意味はないはずだ。

しかし、信は緊張のあまり、その手を進めることが出来ずにいた。

青ざめたまま動き出せずにいる信を見て、昌平君が呆れたように溜息を吐く。

「…薬で眠らせている間、お前は李牧の名を呼んでいた」

信が目を見開く。

治療のために幾度も薬で眠らされていたのは知っていたが、意識がない間に自分があの男の名前を呼んでいたと聞かされて、信は愕然とした。

無意識とはいえ、どうして自分が仇である男の名前など口に出していたのだろう。

「…このままでは、密通の重罪は避けられぬだろうな」

容赦ない言葉を投げ掛けられて、信はもう何も考えられなかった。

「し、信じてくれ…俺は…」

今にも泣き出してしまいそうな弱々しい表情で、信は必死に昌平君に訴える。

「ならばあの男に破瓜を捧げていないことを証明してみせろ」

「………」

そんなことを言われても、信は戸惑うことしか出来ない。

いつまでも狼狽えている信に痺れを切らしたのか、昌平君は彼女の体を横抱きにして、寝台の上に投げつけた。

「な、なにっ…!?」

「大人しくしていろ」

驚愕している信の体を組み敷くと、昌平君の手が容赦なく帯を解いた。着物の襟合わせを捲られていき、傷だらけの素肌が露わになる。

昌平君に肌を見せるのは初めてのことで、信は羞恥と不安が入り混じり、すぐにでも泣き出してしまいそうな弱々しい表情を浮かべた。

しかし、拳を白くなるほど握り締め、抵抗をしないでいるのは、今この状況で唯一出来る意志表示だった。ここで昌平君に抗えば、ますます趙との密通に関する疑惑を向けられてしまう。

羞恥心に顔を染めながら、強く目を瞑り、信は奥歯を噛み締めていた。

視界を閉ざしていても、昌平君からの強い視線を感じる。

「っ…!」

やがて、彼の掌が傷だらけの素肌に触れ、信は思わず息を詰まらせた。

膝裏を掴まれたかと思うと、すぐに足を大きく開かされる。自分でも触れることのない淫華に、昌平君の視線が向けられたのがわかった。

「ぅ…うう…」

男に破瓜を捧げていないのは、自分自身が分かっている。それを言葉以外で証明する方法が浮かばないのが歯痒かった。

爪を剥がれたり、指を砕かれたり、痛みを耐えるだけの拷問ならばまだ良い。自分が敵の宰相と姦通をしていないことを証明する辱めを受けていることに、信はついに涙を零してしまった。

泣いたところで密通の疑いが晴れる訳ではないと信自身も理解しているのだが、溢れ出る涙は堰を切ったかのように止まらない。

趙の伏兵による奇襲のせいで兵の大半を失ったことも、戦況を傾けてしまったことで、此度の戦の敗因は自分にあると信は自責していた。

だが、軍の総司令官である昌平君から密通を疑われたことは、何よりも彼女の心に深い傷をつけた。

あの時、趙の伏兵に気付けていれば、奇襲にも怯まず、秦を勝利に導いていればこんなことにはならなかったのだろうかと考える。

すすり泣いている信に一目もくれず、昌平君の指が花襞を指で押し広げた。

男との経験がない信には、どういう方法で破瓜を捧げていないか見分けるのか分からない。ただ昌平君に身を委ねていれば良いのだろうが、この辱めはいつまで続くのだろうか。

「んぅ、ぅ…」

淫華を確認するように、指が入口を上下になぞる。自分でも触れない場所に他人の指が触れる刺激に、信は体を強張らせた。

反射的に閉じてしまいそうになる脚を、淫華を弄っていない方の手で押さえ込まれる。

「ぅう”う”ッ」

狭い其処に乾いた指が捻じ込まれる痛みに、噛み締めた奥歯からくぐもった悲鳴を洩らした。

「ぅ…っ…」

指を引き抜かれ、信はほっと息を吐いた。破瓜を捧げていないことを分かってもらえたのだろうかと、涙で潤んだ瞳を開ける。

しかし、昌平君が足の間に顔を寄せていて、熱い吐息が吹き掛けられたことに信は悲鳴に近い声を上げた。

「ひぃッ…!?やッ、ぁあッ―――!?」

何をしているのだと問うより先に、先ほど指を挿れられていた淫華に舌を這わせられる。

身の潔白を示すために、抵抗はしないつもりだったのだが、驚愕のあまり、信は昌平君の髪を掴んでその頭を引き剥がそうとする。

しかし、女の官能をつかさどる其処をぬめった舌で刺激されると、それだけで信の体は動けなくなってしまう。

花襞を掻き分けて、薄紅色の粘膜の中に舌が入り込んで来る。乾いた指と異なり、唾液が滴っているせいか先ほどのような引き攣る痛みはなかったのだが、それでも異物が入り込んで来る違和感に信は戸惑った。

「やぁ、放せッ」

舌を差し込むことが、破瓜を確かめる行為とは思えず、信は身を捩って逃げようとした。まだ完治していない左足の傷が引き攣るように痛む。

ようやく昌平君が其処から顔を離したかと思うと、今度は覆い被さって来る。彼の端正な顔が近づいて来て、信が言葉を発する前に、唇が重なった。

「んぅっ…」

視界いっぱいに昌平君の顔が映り込んでおり、唇を覆う柔らかい感触に、彼に口付けられているのだと少し遅れてから察した。

敷布の上に手を押さえられ、指が交差する。まるで恋人同士のような繋ぎ方に、信の頭の隅に、縫合の処置をされた時のことが浮かんだ。

先ほどまで淫華を愛撫していた舌が口の中に入り込んで来て、信は青ざめる。

「ん、んーっ、ぅうっ…!」

どうして彼に口付けられているのか理解出来ぬまま、信はくぐもった声を上げていた。

 

身の潔白 その二

昌平君の体を突き放そうとするが、上手く力が入らない。

代わりに口内に入り込んで来た舌に歯を立てて抵抗を試みるが、昌平君は口づけをやめようとしなかった。逆上して殴られた方がまだマシだった。

「んうッ、んんぅ―――ッ!」

唇を重ねながら、淫華に再び指が差し込まれる。先ほどまで昌平君が舌で愛撫していたせいか、唾液の潤いを利用して、奥深くまで二本指が入り込んで来た。

自分でも触れたことのない場所を擦られる耐え難い感覚に、信の表情に嫌悪感が浮かぶ。

「はあっ…」

ようやく唇が離れると、信は肩で息をしていた。

何をされているのか理解出来ない困惑と不安と羞恥が混ざり合った複雑な表情で、彼女は昌平君を睨み付ける。

「ふ、ふざけんなッ…!何してッ…」

「李牧に破瓜を捧げていないんだろう?」

昌平君が冷たい瞳を向けた。

当たり前だと言い返そうとした瞬間、中で指を動かされて、信は声を喉に詰まらせてしまう。

「男と経験があるように思えるが?」

指が動かしやすくなっているのは、唾液だけでなく、淫華の蜜が溢れ出て来ているからだ。粘り気のあるその蜜の分泌は、身体が本能的に男を求めている何よりの証拠である。

「ち、がうっ…!」

中で昌平君の指が動く度に蜜がどんどん滲んでいくことを、信も自覚していた。しかし、それは自分の意志一つで制御することは出来ない。

「ひぃ、んっ…」

二本の指が引き抜かれ、持て余していた親指で花芯を擦られると、信が自分でも驚くような甲高い声を上げた。

全てが初めての刺激であり、戸惑うことしか出来ない信に、昌平君が呆れたように溜息を吐く。

「これほどまでに抱かれ慣れていたのなら納得できる。性に狂い、浅はかに情報を渡したか」

李牧との関係を認める言葉に、信は首を大きく横に振った。

父の仇である男に身体を開発され、快楽を求めるあまり、見返りに情報を提供したと思われており、信は止めどなく涙を流した。

「違う、ちがうっ…!ほんとに、してないっ…!」

どれだけ訴えても、こんな辱めを受けても一向に信じてくれない昌平君に、信は幼子のように泣くことしか出来なかった。

「ど、したら…信じて、くれるんだよッ…」

自分の身が処女であることを証明する術が分からない信には、彼に選択を委ねるしかなかった。

それが昌平君の策であったとしても、信が気づくことはない。策であることさえ気づけぬように仕組んでいたのだから当然のことである。

昌平君の口元が僅かに緩んだことにも、信は気づくことはなかった。

「…指だけでは分からぬ。直接確かめよう」

「え…?」

戸惑ったように眉根を寄せる信に、昌平君は再び足を大きく開かせ、腰を割り入れる。

下衣を持ち上げている男根の存在を認識し、信がひゅ、と息を飲む。まさかという目で信が昌平君を見やる。

指だけでは届かぬ場所に男根を突き挿れて、処女膜の裂傷による出血を確かめようというのだ。

男と経験のない信であっても、行為の知識はある。自分の身の潔白を示すためとはいえ、ここで破瓜を捧げることになるとは思わず、信は狼狽えた。

大将軍の座に就いた以上、女としての幸せは手放したつもりだった。

嬴政の金剛の剣として、秦を勝利に導いていければそれで良いと思っていたのだが、そんな自分が男に身を捧げることになるだなんて微塵も思っていなかった。

唇を戦慄かせて怯えている信を、昌平君は黙って見つめている。

無理強いはしないという意志の表れだった。

しかし、それは決して信を気遣うものではなく、ここでその身が処女だと証明して、密通の疑いを晴らさねば、信の大将軍としての未来は潰えるという無言の脅迫でもあった。

「わ、わかっ…た…」

情けないほど声を震わせて、信は頷く。彼女がそう答えるのを昌平君は手に取るように分かっていたし、受け入れざるを得ないことも知っていた。

 

破瓜

破瓜は痛いものだという知識を得たのはいつだっただろう。

飛信軍の兵たちにも妻子を持つ者は多く、中には尾平のように、幼馴染だった女性と結ばれた者もいる。酒が入った中で、愛する女との初夜を語り合う無粋な兵もいたが、その話の中で破瓜の痛みに打ち震える姿に欲情してしまったという話を信は聞いていた。

女である以上は誰もが通る道なのだとその時は考えていたが、実際にその状況に追い詰められると、なかなか覚悟が出来ないものである。

しかし、信は逃げなかった。自分の身の潔白を示すためにはこうするしかないのだと、その表情に、諦めの感情さえ浮かべていた。

しゃっくり交じりの泣き声を聞きながら、昌平君は少しも表情を変えないまま、彼女の細腰を引き寄せた。

先ほど信の身体を愛撫していた時から勃起し切っていた男根の先端を、淫華に押し当てる。
目を瞑りながら、未知なる痛みに構えている信を見下ろして、昌平君は思わず唇に苦笑を浮かべていた。

「信」

「ぅ…」

名前を囁くと、それだけで信の身体がびくりと跳ねる。

昌平君は敷布の上に力なく倒れている信の手に指を絡ませた。縋るものを見つけた信は、彼の手の甲に指を痛いくらいに食い込ませる。

「…息を吐いていろ」

言いながら腰を前に押し進めていくと、信の閉じた瞼から涙が伝う。

「ぁあああッ」

男根を受け入れた其処は、相変わらず・・・・・狭くて、昌平君は息を詰まらせた。

「ぅううっ、ふ、ぅぐ…」

喉から絞り出すような悲鳴を上げた信は初めての感覚・・・・・・に戸惑うことしか出来ない。

淫華が限界まで口を開いて、男根を飲み込んだ。一番奥まで男根の切先が届くと、信は肩で息をしながら額に脂汗を滲ませていた。

「ぁ、はあ…」

想像していたような破瓜の痛みを感じなかった・・・・・・信は、安堵したような、戸惑ったような、複雑な表情を浮かべながら息を吐いている。

昌平君は信の額に唇を落とすと、

「…情報漏洩だけでなく、李牧と姦通までしていたか」

刃のような冷たい声を零した。男根を受け入れて息を吐いていた信が、その言葉を聞いて瞠目する。

「え…」

結合している部位に指を這わせ、昌平君が耳元で低く囁く。

「ここに男を咥え込むことに、随分と慣れているようだな」

「―――ッ」

処女ではないことを疑われ、信は泣き叫びたくなった。

意を決して昌平君の身を受け入れたというのに、密通の疑いが晴れないどころか、さらに疑われることになるだなんて。

「してないっ…ほんとにっ、俺は…秦を裏切る真似なんてっ…」

いよいよ耐え切れず、信は幼子のように声を上げて泣き出した。

嗚咽を交えながら、必死に身の潔白を訴える信に、昌平君は構うことなく律動を送る。

「やあぁっ、ぁあっ、やめっ…」

男根が激しく出し入れされる度に、信は背中を反らして、白い喉を突き出す。嫌悪だけじゃなく、淫らな声を上げる信に驚いていたのは、彼女自身だった。

「なっ、んでぇッ…ちが、ちがうぅっ…俺はぁッ、ほんとに…」

硬い男根に奥を突かれる度、勝手に声が上がってしまう。

破瓜はただ痛いものだと思っていた信は、こんな風に内側から爆ぜられる快楽があるだなんて知らなかった。何の感情かも分からない涙が止めどなく流れ、頬を濡らしていく。

「信っ…」

腰を動かしながらも、昌平君が身を屈めて涙で濡れた頬に唇を寄せて来た。

「んんぅッ」

唇を重ねられると、自分の涙の塩辛い味がして、信はくぐもった声を上げる。

淫らな水音と共に肉のぶつかり合う音が響き渡る。汗ばんだ素肌と、昌平君の荒い息遣いを感じ、信は怯えたような瞳を向けた。

「待っ…も、もうっ…」

これ以上はやめてくれと、言葉を途切れ途切れに紡いで訴える。

奥を突かれる度に自分が自分ではなくなってしまいそうな耐え難い恐怖もあったのだが、男女が身体を重ねる行為が本来何をするためのものかを信も分かっていた。

このままでは昌平君の子を孕んでしまうと恐れた信は必死に彼の体を突き放そうとする。

しかし、敷布の上で絡ませ合っている両手を、昌平君は離してくれなかった。両足をじたばたと動かしながら、信は首を横に振る。

「だめだッ、やめ、も、もうやめてくれッ」

悔しいが、李牧との姦通の疑いが晴れなかったことはもう分かったはずだ。これ以上、この行為に意味はない。

聡明な昌平君も分かっているはずなのに、少しも放してくれる気配がなく、信は戸惑った。信の首筋に顔を埋め、荒い呼吸を繰り返しながら、腰を揺すっている。

「な、なんでっ…!」

どうしてやめてくれないんだと信が泣きながら訴えるが、昌平君は何も答えない。

淫華の感触を男根で心ゆくまで味わうように、子宮を押し上げられて、信は悲鳴交じりの声を上げた。

「くっ…」

やがて、耳元で低い唸り声がして、信はまさかと青ざめた。

「い、いやだッ、やだ、放せッ、やだあッ」

淫華に埋め込まれた男根は、楔のように固く動かない。

敷布の上で両手を軽々と押さえ込まれると、いかに大将軍の座に就いていても、自分は女なのだと認めるしかなかった。

「―――ッ」

…やがて、中で男根の脈動を感じるのと同時に、熱い何かが弾けたのを感じて、信は限界まで目を見開いた。

 

何度目かの情事

「ぁ、……ぁ…」

唇を戦慄かせるが、驚愕のあまり声が喉に張り付いて、掠れた吐息しか出て来ない。

ようやく最後の一滴まで吐精を終えると、昌平君は信の体を抱き締めたまま動かなかった。彼の腕の中で、信はしゃっくりを上げながら泣いた。

敵国の宰相と通じていたことを否定するはずの行為だったのに、いつの間に凌辱へ目的がすり替わったのだろう。

「な、んで…」

掠れた声で紡いだ言葉が、昌平君の耳に届いたらしく、彼はゆっくりと身を起こした。しかし、未だ深く突き刺さったままの男根を抜く気配は見せない。

「ん、んぅ…」

信と体を繋げたまま、昌平君は彼女にそっと口づけた。もはや抵抗する気力もない信はされるがままに舌を吸われ、絡め取られる。

長い口づけを終えてから、昌平君が静かに口を開く。

「…李牧と姦通していないことは知っていた。元より、密通などしていないことも」

昌平君の言葉を聞き、信は驚きのあまり、言葉を失う。

「お前を薬で眠らせている間に、破瓜を奪ったのは私だからな」

「――――」

全身の血液が逆流するような、おぞましい感覚が走る。

既にこの身体は処女ではなかったのだと教えられ、未だ昌平君の男根を受け入れている部分が鈍い痛みを覚えた。

薬で深い眠りに落とされ、その間に昌平君によって破瓜を破られていたのだと分かり、信は言葉を失った。

(なんで…そんなこと…)

昌平君が破瓜を奪ったのも、李牧と姦通していないことを知りながら、密通の疑いを掛けただけでなく、処女だと示せと不要な取引を持ち掛けたのも、信には全く理由が分からなかった。

震える手で、信は自分の下腹部に手をやった。薬で強制的に寝かせられ、抵抗も出来ないまま、この体は彼にどれだけ犯されていたのだろう。

しかし、昌平君の屋敷に身柄を移された理由はそこにあるような気がした。

「な、なん、で…?」

絞り出すような声で信が問うと、昌平君の瞳が楽しそうに細まっていく。

「お前が眠っている間、既に密通の疑いがあることを大王様に告げておいた。此度の敗因を理由に、大将軍の座から降ろすこともな」

信がその言葉の意味を理解するまでに、やや時間がかかった。

密通の疑いがあると疑われ、信は自分の無実を示すために、彼にこの身を委ねたというのに、昌平君は既に嬴政に告げていたというのだ。

嬴政がそれを了承したのかは分からないが、既に大将軍の座から降ろされることが決まっており、信は愕然とするしかなかった。

「そ、んな…だって、お前、俺が密通なんてしてないって、分かってて…!」

「そうだ。その上で、お前を大将軍の座から降ろした」

当然のように返した昌平君に、信は恐怖に近いものを感じた。

今まで共に秦国のために戦って来た仲間であるはずなのに、中身だけが全くの別人のように思えてしまう。

嫌な予感がして、胸が締め付けられるように痛む。

治療のために薬で眠らされていたのは知っていたが、自分の意識がない間に、この体の破瓜を破り、嬴政に密通の疑いがあることを告げて大将軍の座から降ろしすことを決めたと昌平君は言った。

…しかし、本当にそれだけだろうか。

秦の未来を想えばこそ、密通の疑いがある者を排除するのは当然だ。ならば将軍の座から降ろすことより、凌辱を強いることより、処刑にしてしまえば良い。軍略や内政について詳しくない信でさえ分かることだ。

大将軍の座から降ろし、凌辱を強いても、それ以上の厳しい処罰を下すつもりがない矛盾に、軍の総司令官にまで上り詰めたこの怜悧な男には、別の目的があるのではないかと考えた。

「俺が、邪魔なら…こ、殺せば、良いだろッ…!」

体を震わせながら、切羽詰まった声で問うと、昌平君はすぐに答えず、彼女の左足を掴んで持ち上げた。脹脛ふくらはぎには縫合されるほど深い傷があったが、今はもう塞がりかけている。

何の躊躇いもなく足の指に舌を伸ばした昌平君を見て、信がひっ、と短い悲鳴を上げた。

「大王様が、お前の密通を素直に認めたと思うか?」

「……、……」

信は唇を噛み締めた。自分が趙と密通しているだなんて、嬴政が信じるはずがない。

もしもそんなことがあれば、真相を確かめに、自ら信に問い質すだろう。秦王自らがそのような行動に出るほど、信の忠義は厚いものだった。

信が処刑を免れて、大将軍の座を降りることだけで済んだのは、嬴政の慈悲なのだろうか。

「…今は情報操作を行っており、私と大王様、それと河了貂だけがお前の密通の疑いを知っている」

涙で濡れた目をつり上げて、信は昌平君を睨み付ける。

信の密通の疑いをでっち上げたのは昌平君本人だというのに、まるで真実のように嬴政と河了貂にその嘘を信じ込ませようとしたのだ。

どうしてそんなことをしたのか、信には昌平君の目的がますます分からない。彼こそが密通者で、秦国を陥れようとしているのではないかとさえ思った。

「今は療養のために身柄を預かると伝えているが…もしも密通の疑いが秦国中に広まれば、混乱は確実。大王様がいかに寛大なお心を以てしても、お前の処刑は免れぬだろうな」

「そ、んなっ…」

目は閉じていないはずなのに、信の目の前が真っ暗になっていく。

父の仇だけでなく、多くの兵たちの仇を討つことも叶わず、それどころか憎い男と密通の疑いを掛けられて首を落とされることになるなんて、今の状況など比べ物にならないほど耐え難い屈辱だった。

「趙との密通の疑いを秦国に広めないためには、このまま私の妻になるより、他に道はない」

「―――」

それは信が二度と戦場に立てなくなることを意味していた。

眠っている間にも腹に子種を植え付けられていたのだから、どのみち戦に出られなくなるのは信も分かっていた。

父の仇をこの手で討つことが出来なくなるのかと思うと、悔恨の想いが胸を支配していく。

しかし、昌平君は容赦なく、信に刃のような冷たい言葉を投げつけた。

「お前は何も案ずることなく、ここで私の子を孕めばいい。それとも、裏切り者として中華に汚名を広めるか?」

選択を突きつけるように見せかけ、いつだって昌平君は一つの道しか与えない。自分の妻になるよう、信にずっとその道を歩ませていたのだ。

…どうしてこんなことになってしまったのだろう。

頭の中で、何かが砕けていく小気味良い音を、信は確かに聞いたのだった。

「こんな姑息な方法でしか、お前を手に入れられなくて、すまない」

「………」

「愛している、信」

優しく抱き締められて、耳元で囁かれる昌平君の優しい声も、その小気味良い音と共に、信の頭の中に響いていた。

 

幸福な日々

妻の髪を櫛で梳きながら、そういえばすっかり髪が伸びたなと昌平君は考えた。

色素が抜けてしまった信の髪は、差し込む温かい日差しを浴びて、きらきらと輝いて見える。

濡羽色をしていた髪も好みだったが、汚れのない純白も彼女の魅力を際立たせている。どんな宝石よりも美しい髪に昌平君は指に絡ませて、つい口付けていた。

温かい日差しを浴びているうちに、うたた寝をしていた信の頭がかくんと大きく傾く。弾かれたように、はっと顔を上げた。

「眠いのなら寝ていろ」

再び信の髪に櫛を入れながら、昌平君が声を掛けた。

「だ、大丈夫だ…悪い…」

うたた寝をしてしまったことを恥じらうように信は顔を赤らめて縮こまる。櫛で丁寧に梳かし終えた後は、昌平君は彼女の髪を結っていく。

高い位置で髪を結い終えると、信がゆっくりと顔を上げた。

「…夢、見てたんだ」

「夢?」

昌平君が聞き返すと、信が小さく頷いた。

「俺、馬に乗ってた…それで、戦場にいたんだ…」

妻の夢の内容を聞き、昌平君が僅かに顔をしかめた。

「たくさんの味方の顔、敵兵の顔も、全部、全部…馬の上から見てた」

それは大将軍が見る光景だったのだろう。そうか、と相槌を打った昌平君が信の項に唇を落とした。

「敵兵が襲って来るんだけどよ、俺が剣を振るうとみんな吹っ飛んでくんだぜ。それで、敵の本陣に突っ込んでいくんだ」

あはは、と信が笑う。

それが夢ではなく、彼女が実際に見ていた景色であり、彼女自身の力で敵兵を薙ぎ払って作った道だということを、信はもう覚えていない・・・・・・・・

「飛の旗がたくさんあって…なんか、飛信軍の女将軍になった気分だった」

「…それは、おかしな夢だな」

昌平君が信の腕をそっと掴む。筋力の衰えた腕は以前にも増して細くなっており、昌平君が力を込めれば簡単に折れてしまいそうだ。

最近は昌平君が傍にいる時にしか外に出ないせいか、日に焼けず、肌の色もますます白くなっていた。肌に刻まれた傷痕も新しいものが上書きされないせいか、どんどん薄くなって来ている。

まさか彼女が中華全土に名を轟かせた飛信軍の女将軍など、誰も気づかないだろう。信自身ですら気づいていないのだから。

「お前は不運にも戦に巻き込まれただけ。このような細い腕で、武器など振るえるはずがないだろう」

「うん。だから、変な夢だなあって思ったんだ」

昌平君の言葉を微塵も疑うことなく、信は素直に認めた。

剣を握ることで出来ていたマメも、戦で受けた傷痕も、信にとっては身に覚えのないものなのだが、全て戦に巻き込まれて出来た傷痕なのだという昌平君の言葉を、彼女は疑わなかった。

背後から信の体を抱き締めた昌平君は、彼女の首筋に顔を埋めた。突然抱き締められたことに、信は小首を傾げている。

「…すまなかった」

「え?」

どうして昌平君が謝罪するのか、理由が分からず、信は小首を傾げた。

「全ては、私の責だ」

「………」

信が記憶を失うことになってしまったことを謝罪しているのだろうか。軍の総司令官という立場である以上、戦を起こしたことに感じているのかもしれない。

気にすることはないと信が告げる前に、昌平君が口を開く。

「…結果的に、お前を妻として娶れたことに喜びを感じている。…悪い夫だろう」

髪を撫でられながら、信はそんなことないと首を横に振った。

飛信軍を率いていたことも、王騎と摎の養子として育てられたことも、髪の色と同じように、信の記憶からは綺麗に抜け落ちてしまったのだ。

医師団が治療のために用いたあの香には、陶酔感をもたらす他に、もう一つ特別な作用があった。

―――総司令官様、もう一つお伝えしたいことが…

―――なんだ?

―――信将軍が治療に協力してくださらないために用いていますが、本来はこれ以上の使用を禁じております。

左足の傷口を縫った後、医師が昌平君に香の危険な作用についてを説明していた。

―――この香は眠りの作用を持続させることを目的としていますが、あまり使い過ぎると、記憶を失うことがあるのです。

それは副作用のようなものだと医師は言葉を続けた。

酒を飲んだ時のような陶酔感をもたらせる効果があると聞いていたが、過度に使用すると記憶を失うのだという。

それが一時的なものなのか、長期的なものなのかは分からない。記憶を司る脳の部分にどういった影響をもたらしているのか、今の医師団の医学を以てしても証明出来ないため、過度な使用を禁じているのだという。

あの時点で、信は何度も薬と香を使って眠らされていた。それゆえ、医師団たちも彼女が大人しく治療に協力してくれないことに苛立っていたのだという。

前例があったことから注意をしていたようだが、香を使い過ぎることで、記憶を失わせるという効力は確かに実証された訳だ。

治療にも用いられる香ではあるが、催淫効果のある香でもある。呂不韋がこの香を使って女と楽しんでいたように、乱用してしまう者もいるのかもしれない。薬も使い過ぎれば毒という訳である。

今の信には、最愛の両親のことも、飛信軍の将として幾度も死地を駆け抜けたことも、多くの民や兵に慕われていたことも、何もかも記憶から消え去っていた。

今の彼女が覚えていること・・・・・・・といえば、戦で家族を失った孤児として、昌平君の屋敷に侍女として仕えていたこと。主である昌平君と恋仲になり、妻として迎え入れられたこと。そして、不慮の事故で記憶を失ってしまったことである。

記憶を失ったにも関わらず、以前と変わらぬ愛情を注いでくれる優しい夫と、腹に宿っている子の命に、愛情を向けることで信の心は平穏でいられた。

抜け落ちた記憶を、昌平君の言葉で埋めていくと、信は従順なまでに妻としての役割を果たすようになった。

「…でも、少しだけ…残念だなって思ってることがある」

頬を赤くしながら、信が目を逸らした。

「きっと…初めての夜は、昌平君が優しく導いてくれたのに、忘れるなんて、勿体ねえことしたなって」

その言葉を聞いた昌平君がはっと目を見張る。信はさらに顔を赤くしながら、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。

最初からそんな初夜は存在しない・・・・・というのに、夫から掛けられた愛の言葉も、重ね合った肌も、破瓜の痛みも、信にはすべてかけがえのないものだった。

昌平君の子を身籠っていることから、信はきっと最愛の夫と甘い初夜を過ごしたに違いないと信じ切っているのだ。

羞恥のあまり顔を真っ赤にして黙り込んでしまった妻に、昌平君は堪らなくなり、彼女の顔を持ち上げて口付けていた。

「ん…」

信の手が昌平君の着物を遠慮がちに掴む。接吻を受け入れるように、もっと欲しいと強請るようなその愛らしい態度に、昌平君の胸に温かいものが広がった。

あの日、目を覚ましてから全ての記憶を失っていた信は、昌平君からお前は私の妻だと言われ、さぞ混乱したに違いない。

しかし、彼女は昌平君のことを受け入れた。記憶のない彼女が頼れるのは、夫だと名乗る昌平君しかいなかったのだ。

信は記憶を失ったことに悲しむことはない。何も覚えていないのだから、悲しむ理由がないのだ。

…触れるだけの優しい接吻を終えると、風が強まって来た。

「風が出て来たな。そろそろ中へ戻るぞ」

信の腰元に手を当てて、昌平君は彼女の手を引いた。

「あ、自分で歩ける…」

大丈夫だと声を掛けるが、昌平君は彼女の体から手を放さない。

「もうお前だけの体じゃない」

「…うん」

信ははにかみながら、夫に手を引かれながら歩き始めた。なだらかに突出している腹は、臨月が近い証拠だった。

一度、香の作用が抜けてしまったのか、信が一時的に記憶を取り戻したことがある。

昌平君の子を身籠った腹を見て青ざめた彼女は、泣きながら屋敷から逃げ出そうとした。扉に取り付けていた鈴が音を鳴らさなければ、従者たちに取り押さえられることなく、逃げられてしまったかもしれない。

しかし、彼女にはもう将軍としての地位は残されていない。ここから逃げ出したとしても、昌平君の腕の中にしか、信にはもう帰る場所はないのだ。

何も案ずることはないと言い聞かせながら、あの香を焚けば、信は再び深い眠りに落ちていき、目を覚ました時には逃げ出そうとしたことも忘れていた。

「…あのさ」

歩きながら、信が思い出したように口を開く。

「昌平君は…飛信軍の、女将軍のことが、好きだったんだな」

飛信軍の女将軍。まさか信の口から再びその言葉が出ると思わず、昌平君は彼女を見た。

秦国を幾度も勝利に導いた女将軍の話を彼女にしたことはあったのだが、昌平君がその女将軍に好意を寄せていたことは、今の彼女には一度も話した覚えはなかった。

「…何故そう思う?」

まさか記憶を取り戻し掛けているのだろうかと、昌平君の瞳が僅かに揺らぐ。

しかし、信が発した言葉は予想に反したものだった。

「だって…お前がいつも、その女将軍の話をする時は、俺に話し掛けてくれる時と同じ、優しい目をしてるから」

まるで嫉妬を感じさせるような彼女の言葉に、昌平君は思わず口元を緩めた。

「私が愛しているのはお前だけだ、信」

唇を重ねると、受け入れるように信はゆっくりと目を伏せた。舌を絡ませ合い、信は優しい夫の愛に応えようとする。

たとえ、何人に偽りの愛と罵られても構わない。今の信の心はここにあるのだ。その事実さえあれば、昌平君はそれで良かった。

全てが目の前にいる男の策略通りに進んでいることなど、信はこれから先も疑うことはないだろう。

 

番外編(本編で割愛した初夜シーン・後日編)はこちら

The post ユーフォリア(昌平君×信)後編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.

ユーフォリア(昌平君×信)中編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/李牧×信/ヤンデレ/無理やり/メリーバッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

目覚め

次に信が目を覚ましたのは、それから七日後のことだった。

途中で水を飲まされたり、食事を食べさせられることはあったのだが、ほとんど意識が朦朧としていたため、よく覚えていない。

恐らく水と食事にまた同じ薬を盛られて、眠らされ続けていたらしい。

目を覚ました時に、信が強く感じたのは体の怠さだった。ずっと横になっていたせいか、特に腰の辺りが痛む。

「うう…」

ぼんやりとする意識が徐々に鮮明になって来たが、信は自分はなぜここにいるのかを思い出せずにいた。

傷を癒すために付きっきりで看病していた侍女はちょうど席を外しており、部屋には信一人だけだった。

ゆっくりと上体を起こすと、くらりと目の前が揺れた。ずっと横になっていたせいで立ち眩みと同じ症状を起こしたようだ。

眩暈が落ち着いてから、信は寝台から足を降ろす。再び眩暈がして、信は立ち上がれずに座り続けていた。

(早く、遅れた分を取り戻さねえと…)

ずっと休んでいた間、筋力がすっかり衰えてしまっているのが分かった。

傷口の処置をした後は必ず熱が出る。そのせいで筋力だけでなく、体力も随分と衰えてしまったのだろう。

左足の傷はまだ包帯が巻かれていたが、大分痛みも引いており、塞がり始めているようだ。床に足裏をつけても、左足の痛みはさほど感じない。

枕元に置いてある水甕から水を汲み、信は喉を鳴らして水を飲み込んだ。

「はあ…」

乾いていた喉が潤い、信は長い息を吐く。

包帯が綺麗に巻き直されていることから、恐らく眠っている間も医師団は処置をしに部屋に訪れていたに違いない。

(みんな心配してるだろうなあ…)

…もうそろそろ自分の屋敷に戻っても良いのではないかと考えた。

次に同じ無茶をすれば傷口を焼くと脅されたことは、長い眠りについていた信の記憶からは既に抜け落ちていた。

「…あれ?」

まだ睡魔が圧し掛かっている瞼を擦ると、信は部屋に違和感を覚える。

咸陽宮の一室を与えられていたはずだが、扉の位置が異なっていたのだ。眠っている間に部屋を移されたのだろうか。

「う…」

ゆっくりと立ち上がると、体重が掛かったせいか左足が僅かに痛んだ。

しかし、記憶にあるような激しい痛みではない。確実に傷が治って来ている証拠だ。腰の辺りもずきんと痛む。

左足を気遣いながら扉を開けると、すぐ真上から涼し気な鈴の音が鳴り響いた。

「?」

何の音だと顔を上げると、扉の上方に鈴が取り付けられているのが見えた。

妓女が舞を踊る時に衣裳や小道具に取り付けているようなものだ。どうしてこんなものがあるのだろうと信が不思議に思いながら廊下に出る。

目に飛び込んで来た景色に、信は感じていた違和感が確信となった。

(…ここ、どこだ?)

咸陽宮ではない。見覚えのない廊下に信は驚いて辺りを見渡した。

廊下の向こうからぱたぱたと誰かが走る音が聞こえ、信は反射的に顔を向けた。

 

再会

見覚えのあり過ぎる少女が信の姿を見て、笑顔を浮かべる。

「信!起きたのかッ!」

「テン?」

飛信軍の軍師である河了貂だった。飛信隊を結成した当初からの仲間であり、妹同然でもある彼女とは、此度の戦を終えてから一度も会っていなかった。

久しぶりの再会に信は笑顔を浮かべる。

「久しぶりだなあ、テン」

「このバカッ!」

頭を撫でてやろうと思ったのだが、河了貂は小柄な身柄を活かし、信の手を軽々と避けて、逆に彼女の頭を思い切り叩いた。

一切の容赦がない攻撃による痛みに、信はつい涙目になる。

「いってえな!何しやがる!」

「ひどい傷だったのに、少しも大人しくしないで、みんなに散々迷惑かけてたって先生から聞いたぞ!」

可愛らしい少女の顔が鬼の形相になっており、信は思わず後退りした。

彼女が先生と呼ぶのは軍師学校の師であり、軍の総司令官を務めている昌平君のことだ。信が眠っている間に、昌平君が河了貂にも今までの話をしていたとは。

「つーか、ここ…どこだ?」

叩かれた頭を擦りながら、信は河了貂に尋ねた。

「先生の屋敷だよ」

「ああ、昌平君の…って、なんでだよッ」

医師団がいるという理由で、咸陽宮に療養をさせられていたというのに、一体どうして昌平君の屋敷に来ているのだろう。

恐らく薬で眠らされている間に連れて来られたのだろうが、移動させられた理由が分からず、信は困惑した。

信の反応を見て、河了貂が不思議そうに小首を傾げる。

「そんなの俺だって知らないよ。医師団にあんまり迷惑掛けるから追い出されたんじゃないの?」

「はあ?処置の後は一歩も歩くなとか、散々言っときながら何だよそれ」

七日も薬で眠らされていたことを信は知らなかったのだが、左足の傷は大方塞がりかけていた。無茶をしなければもう傷口が開くことはないだろう。

「でも、移動させられたっつーことは、もう屋敷に帰って良いってことだよな?みんな心配してんだろーな」

ようやく屋敷に帰れるのだと信は安堵の表情を浮かべる。

「うん、みんな…心配してた…」

河了貂が伏し目がちにそう言った。泣きそうになっている彼女に気付き、信は慰めるように頭を撫でてやる。

「心配かけて悪かったって。昌平君に礼言ったらすぐ帰るから」

「………」

少しも河了貂の悲しそうな表情が優れないので、信はどうしたのだろうと彼女の顔を覗き込む。

河了貂の瞳には信のことを心配していたというよりは、まるで二度と会えなくなってしまうような、大きな悲しみが浮かんでいた。

「…テン?どうした」

「俺…俺、信じてるから…!飛信軍のみんなも…!」

「え?」

いきなり河了貂が胸に飛び込んで来たので、信は驚きながら、その小柄な体を抱き締める。

信の胸に顔を埋めている河了貂からすすり泣く声が聞こえる。こんな風に彼女が泣き出すは初めてのことで、信は一体どうしたのだと狼狽えた。

「お、おい?どうした?俺はちゃんと生きてるだろ!」

河了貂は何も言わず、信の体を抱き締めたまま放さない。

…しばらく顔を上げずにいた彼女だったが、ようやく落ち着いたのか、真っ赤な目を擦りながら信から離れた。

「じゃあ、俺は先に戻るから」

「ああ。羌瘣たちにもすぐ戻るって伝えてくれ」

河了貂は無理やり笑みを浮かべて頷いていたが、気が緩めばまた泣いてしまいそうな弱々しい表情をしていた。まるで信にその顔を見られまいとするように、河了貂は背中を向けて行ってしまう。

(…なんだったんだ?)

あんな風に取り乱す河了貂を見るのは随分と久しいことだった。河了貂は幾度も死地を乗り越えて来た仲間であり、飛信軍には欠かせない軍師だ。

戦場に立つ自分たち寄りも重責を担っていることもあって、滅多なことでは涙を流さないはずなのに。

(当然か…)

信が今回の戦で兵を大勢失ったことを悔やんでいるように、河了貂もきっと同じなのだろう。

軍師の武器はその頭脳だ。将や兵たちの命を動かすということは、戦場においては一番の重責を持つことになる。

李牧の策に陥ったことを、大勢の兵たちを失ったことを、河了貂は気に病んでいるに違いない。そうでなければ心の強い彼女があんな風に涙を流すはずがないと信は思っていた。

「…信」

名前を呼ばれて、信は弾かれたように顔を上げた。

「昌平君」

向こうの廊下からやって来た昌平君を見て、信は左足の傷が癒えて来たことを知らしめるように、何ともない顔で駆け寄って見せた。

 

疑い

左足を引き摺る素振りもなくこちらに近づいて来る信の姿に、昌平君が僅かに眉を寄せる。

まだ傷が完全に塞がり切っていないこともあり、心配しているのだろう。しかし、ここまで傷が癒えたのなら、もう普段通りに動かせるはずだと信は疑わなかった。

「…ここ、お前の屋敷なんだろ?なんで連れて来たんだよ」

礼を言う前に、信は素直に疑問を口に出した。

咸陽宮には自分の世話係に任命されていた侍女たちもいたはずだ。信を屋敷に連れて来たところで、従者たちの仕事を増やすだけだろう。

「…他の者に聞かれたくない話がある」

「え?」

信の疑問には答えず、ついて来いと目配せをされ、信は大人しく彼の背中を追い掛けた。

眠っていた部屋に戻って来ると、すぐに扉が閉められた。涼し気な鈴の音が鳴り響いたが、急に重々しい空気を感じる。

昌平君は閉めた扉の前に立ちはだかるようにして、信のことをじっと見据えていた。

扉の前に立ったのは、廊下から気配や物音をすぐに感知するためなのだろう。自分の屋敷だと言うのに、従者たちにも聞かれないよう、細心の注意を払っているようだった。

「…なんだよ。聞かれちゃまずい話って」

昌平君が静かに腕を組む。先ほどの河了貂のように、そっと目を伏せて、昌平君は離しを切り出した。

「河了貂から話を聞いた」

「話?何の…」

尋ねると、それまで伏し目がちだった昌平君の瞳に急に怒りの色が宿った。鋭い視線を向けられて、信は狼狽えてしまう。

びりびりと肌に食い込むような痛みを感じるほど強い敵意を向けられているのだと察し、信は固唾を飲み込んだ。

河了貂の名前が出たことから、信がこれまで療養に専念しないでいたことを怒っている訳ではなさそうだ。昌平君は一体何を怒っているのだろう。

「…私が指示を出した山中の伏兵調査に行ったのは、お前だったそうだな」

「え?あ、ああ…」

此度の戦で、飛信軍が通る道を囲む山に、趙の伏兵がいないかを調査するように昌平君から指示があった。

その調査に行ったのは信と彼女の指示でついて来た五十人の兵たちだ。もしもその場に趙の伏兵がいたのなら、一層してしまおうという目的も兼ねて、信は自ら調査に乗り込んだのだ。

もちろんそれは河了貂や副将である羌瘣からも許可を得て行ったことであり、決して独断ではない。

そのことを責められるような覚えはなく、どうして昌平君がその話を持ち出したのか、信には少しも分からなかった。

信から目を逸らした昌平君が小さく溜息を吐いた。

「なぜ見逃した・・・・?」

「え…」

一体何を問われているのか、信は分からなかった。

「見逃したって…何を…」

「趙の伏兵のことだ」

低い声でそう返され、信のこめかみに鋭いものが走る。まさか伏兵調査に行った自分が、わざと趙兵たちを見逃したと思っているのだろうか。

「お前…まさか俺を疑ってんのかッ!」

弾かれたかのように信は体を動かし、昌平君の胸倉を掴んでいた。

彼女に鬼神の如く凄まれても昌平君は眉一つ動かさない。そして信を疑っていることを彼は否定しなかった。

「では、伏兵調査に協力した兵たちに尋ねよう。具体的にどの道を使い、どこを調査したのかを答えられる者がいるはずだ」

「ッ…」

第三者に趙の伏兵を見逃していないことを証明させろという言葉に、信が悔しそうな表情で奥歯を噛み締める。

山中へ伏兵調査に向かった兵たちは此度の戦で全員がその命を失った。信が趙兵を見逃していないと証明してくれる者は誰もいない。

しかし、軍の総司令官を務める昌平君ならば、此度の飛信軍の被害は分かっているはずだ。それでも、あえて言葉に出したのは、自分自身の目で信の動揺を確かめるためだった。

「お前…何が言いたいんだよ…!」

胸倉を離すと、昌平君は乱れた着物を整えながら、信に冷徹な目を向ける。

「此度の戦の敗因…お前が李牧に作戦を伝えた密通者であると、私は疑っている」

その言葉を聞き、信は目を見開いた。

「そんなことするはずないだろ!李牧は父さんの仇だぞッ」

逆上した信が顔を真っ赤にして怒鳴った。秦の大将軍の立場を語るより先に、父である王騎の仇である男に従うはずがないと言ったのは、今もなお李牧を憎んでいる証拠だろう。

「…秦趙同盟の宴」

昌平君は相変わらず表情を変えず、淡々と言葉を発した。

数年前に解消された同盟だ。どうして当時の話を持ち出すのだろうと信が顔をしかめる。

「あの夜、お前はどこで何をしていた?」

自分に向けられる昌平君の眼差しが疑いのものではなく、完全に敵を見るものになっており、信は愕然とする。

軍の総司令官である昌平君が、本気で秦の六大将軍である彼女のことを密通者として疑っているのだ。

―――俺…俺、信じてるから…!飛信軍のみんなも…!

先ほど河了貂が泣きそうな顔でそう訴えたことを思い出し、信ははっとした。

彼女がそう言ったのは、昌平君が自分に趙の密通の疑いを持っていることを弟子である彼女に告げたからなのだろうか。

自分の無実を証明するためには一体何をすれば良いのか、信は呼吸を乱しながら思考を巡らせた。

王騎の仇である李牧と繋がっているだなんてするはずがない。李牧に復讐心を持っている自分が一体どうして趙国の味方をしなくてはならないのか。

李牧が王騎の仇であり、自分が誰よりも李牧のことを恨んでいるというのに、昌平君に疑われたことが信には悔しかった。

山中の伏兵の攻撃を切り抜け、趙に勝利すればこんな疑いを掛けられることはなかったのだろうか。

全ては自分の弱さが招いたことだと分かり、信はもどかしい気持ちに拳を握った。

「途中で宴を抜けたのは俺だけじゃないだろ」

「そうだ。李牧も途中で宴を抜けていた」

完全に疑われている。どうして自分を信じてくれないのだと信は苛立った。

「…王騎の仇である男と、なぜ二人でいた?」

「え…?」

秦趙同盟の宴は終始不穏な空気に包まれていた。王騎を討った軍略を企てた李牧の存在が影響していたに違いない。

信も王騎軍の者たちも、いつ李牧を殺そうかと機会を狙っていたのだ。宴など楽しめるはずがなかった。もちろん秦趙同盟が結ばれた直後であったため、そのような勝手は許されなかったのだが。

王騎の仇である男と同じ部屋にいたくないと、信は足早に宴を抜けた。

宴の間を出て、屋敷へ戻ろうとした信をあの男が呼び止めたことは、信の記憶には確かに残っている。

そしてまさかそれを昌平君に見られていたとは思わず、信は嫌な汗を滲ませた。

 

回想~密会~(李牧×信)

「―――飛信軍の信」

振り返ると、そこには趙の宰相である李牧がいて、彼は確かに信の名前を呼んだ。

信は反射的に背中に携えている剣に手を伸ばしていたが、鞘から引き抜く寸前で己を制した。

追い掛けて来た上に、わざわざ名前を呼んで振り向かせたのだ。何か用があるのだろう。

同盟さえ結ばれなければすぐにでも彼を斬っていたのに、信は握った拳を震わせて李牧が用件を話し始めるのを待っていた。

「やっと、会えましたね」

あからさまに敵意を剥き出しにしてこちらを睨み付ける信に、李牧がなぜか薄ら笑いを浮かべている。

「せっかくの宴の席ですし、そう怖い顔をしないでください。と言っても、無理でしょうが…」

こうやって直接対峙するのは初めてのことだった。あの父を討った軍略を企てた男としてその名前は何度も聞いていたし、向こうも飛信軍の活躍から信の名前は知っていたに違いない。

しかし、母である摎がそうだったように、信も戦では仮面で顔を隠していた。今は仮面を外していたのだが、初めて素顔を見せるはずの李牧がなぜ自分だと分かったのか、信は疑問を抱いた。

「…なんで俺を知ってる」

「それは愚問ですね。王騎を知らぬ者が居ないように、あなたの存在を知らぬ者もこの中華には居ないはずですよ」

「そうじゃねえ。俺はお前に一度だって、この顔を見せた覚えはねえよ」

どうして李牧が自分の素顔を知っているのかと尋ねると、李牧は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「さあ、どうしてでしょう」

「………」

名前を呼ばれて振り返ってしまったが、それは自分が飛信軍の女将軍だと認めたことに等しい。素知らぬ顔で歩いていれば上手く撒けたかもしれないと信は思った。

自分の気付かぬところでこの男の策に陥っていると思うと、腹が立って仕方がない。そうやって王騎もこの男の策に陥れられたのだ。

仇である彼と何も話すことはないと、信は李牧に背を向けた。

しばらく歩き続けていたが、一向に背後から李牧の気配と足音が消え去らなかったので、信の苛立ちがますます波立つ。

「てめえっ、いつまでついて来るんだよ!」

怒鳴りながら振り返ると、先ほどと全く同じ距離感を保ちながら、李牧は信を追い掛けていたらしい。

信が睨み付けても、李牧はその怒りを煽るように笑うばかりだ。人の良さそうな笑顔をしているが、父の仇であるこの男に心を許すことは絶対にしたくなかった。

あと一歩でもこちらへ近づいたら容赦なく斬り捨ててやろうと思っていたのだが、どうやら李牧の機嫌をますます良くさせるだけだったらしい。

懐かない野良猫の相手をしているような、寛大な心を見せつけているつもりなのだろうか。

「感謝します」

「は…?」

いきなり李牧が供手礼をしたので、信は呆気にとられた。

王騎の仇である男に向けていた感情など憎しみ以外なにもないというのに、感謝される理由など思いつかない。

「交渉の場で、あなたが剣を抜いていれば、私と配下たちの命はなかったでしょう」

「………」

信のこめかみに鋭いものが走る。

宴が行われる前に、巧みな交渉術で李牧と呂不韋は戦を繰り広げていた。

呂不韋が持ちかけた交渉の末、李牧たちは命の代わりに趙の城を一つ明け渡すことになったが、状況としては秦の優勢であってのは明らかだ。

信が制止しなければ、王騎軍の者たちはすぐに主の仇を取ろうと李牧に襲い掛かっていただろう。

王騎の娘である信が剣を抜かなかったこと、隠し切れない殺意を露にしていた兵たちを留めていたことで、李牧の首が守られたといっても過言ではなかった。

「あなたが剣を抜かなかったのは、気まぐれではないはず」

李牧に指摘され、信は舌打った。

面と向かって会うのは初めてだというのに、まるで自分の考えていることを見抜いたかのような口ぶりに、信は無性に苛立った。

許されるなら首を取りたかったが、武器を持たぬ無防備な相手を討ち取ることは、信の中で正義に反していた。

そんな卑怯な真似で仇をとっても、天下の大将軍と称えられた父と母に顔向けが出来ない。

戦で李牧を討ち取ることこそ、王騎への手向けになるのだと信は思っていた。だから李牧に感謝される理由など何処にもないのだ。

「…お前には関係ねえよ」

目を逸らした信が宴の間へ戻ろうとした。

これ以上宴に参加するつもりはなかったのだが、人の多い方へ向かえば李牧も話し掛けなくなるだろう。

李牧の横をすり抜けようとした時、腕を掴まれた信は、反射的に彼を振り払おうと反対の手を振りかぶった。

それは無意識の行動で、幾度も戦に出て来た体が勝手に行ったようだった。

だが、李牧の反応も早い。振り払おうとした腕も押さえ込まれてしまう。両腕を李牧に掴まれた状態になり、信は噛みつくような鋭い眼差しを向けた。

「ッ…」

両腕を押さえ込まれた状態で、信は腕を振り払おうと力を込める。

腕の血管が浮き立つくらい力を込めているのだが、信の手首を掴む李牧の手は少しも外れなかった。

「どうしました?随分と必死のようですが」

信は歯を食い縛って力を込めているというのに、李牧と言えば薄ら笑いを浮かべながら、大して力を込めていないように見える。

余裕で力の差を見せつけるような態度に、信のこめかみに青筋が浮かび上がる。

(なんだ、こいつ…)

軍師のくせに、一体どうしてこんな力があるのだと信は表情に出さず、狼狽えた。

「あまりいじめても可哀相ですね」

「ああッ!?」

からかうようにそう言われ、信がドスの効いた声で聞き返すと、李牧は笑いながら彼女の両腕を放した。

「それでは、また」

用はもうないようで、信に睨まれながら、李牧は宴の席へと戻っていったのだった。

(あいつ、絶対に殺してやる…!)

後ろ姿が見えなくなるまで、信は李牧のことを睨み続けていた。

 

牧信バッドエンドはこちら

 

誤解

「お前…見てたのか…?」

嫌な汗を滲ませながら、信は声を震わせた。昌平君は何も答えない。沈黙するということは、恐らく肯定だった。

「あれはっ、李牧の野郎が俺を追い掛けて来て…!」

信は彼の誤解を解く方法はないかと必死に思考を巡らせる。しかし、もう何を言っても自分への疑いは晴れないかもしれないという不安が胸の内を渦巻いた。

「久しぶりの逢瀬は、さぞ楽しかったことだろう」

逢瀬という言葉を聞き、信は全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。

どこで昌平君が見ていたのかは分からないが、李牧に両腕を掴まれて、身を寄せ合っていた姿に、男女の関係だと誤解されていたのかもしれない。

「違う!俺と李牧はそんなんじゃないッ!普通に考えりゃ分かるだろ!」

顔を真っ赤にして否定するが、昌平君の表情は微塵も揺らがなかった。

このままでは李牧と密通していたことを覆すことが出来ず、処罰を受けることになるかもしれない。

信が恐れているのは決して処罰ではない。父の仇である憎い男に協力していたなんて、ましてや男女の仲だと誤解されるなんて、屈辱でしかなかった。

もしも密通の疑いで首を撥ねられることになれば、両親に合わせる顔がない。

わざとらしく昌平君は溜息を吐く。

「…疑わざるを得ないだろう」

彼の瞳に軽蔑の色が宿っているのが見えて、信は言葉を失った。もう身の潔白を晴らすことは叶わないのかもしれないとさえ思った。

李牧が秦の脅威であることは間違いない。彼の軍略に幾度も苦しめられて来たし、王騎を討った事実は、何より李牧の存在を際立たせるものである。

どこから李牧の策通りになっているのか、総司令官である昌平君も常に疑っていた。

いかに警戒していても、内通者がいるとすれば内側から楔が壊されてしまう。内通者は、秦国を陥れる存在だ。

敵国の内通者になるということは、亡くなった両親だけでなく、多くの仲間たちを裏切ることと同じである。

幼い頃から秦国に仕えていた自分がその内通者だと疑われるのは、信には心が引き裂かれるよりも辛いことだった。

「なんで…信じてくれないんだよ…」

信は声を震わせながら、俯いてしまった。李牧の策に陥って失った父や、仲間たちの姿が瞼の裏に浮かび上がった。

「俺は…裏切ってなんか、ない…」

それ以上の言葉は出なかった。自分が秦を裏切っていないことは紛れもない事実だからである。

証拠を示せと言われても、それは叶わない。忠義の厚さなど目で見て測れるものではないし、密通などしていないのだから、いくら調べようにも証拠は出て来ない。

自分を疑う昌平君の心を動かすにはどうしたら良いのか分からず、信は黙り込んでしまった。

「李牧と繋がっていないのなら、その身で示せ」

「…え?」

昌平君の言葉の意味が理解出来ず、信は顔を上げた。

やっと自分を信じてくれるのかという期待もあったが、何をすれば良いのか分からず、信は困惑して眉根を寄せる。

一切表情を変えないまま、昌平君は唇を動かした。

「男との経験はあるのか?」

処女なのかと問われ、信の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。

「は…!?そ、そんなの、どうだって良いだろッ」

まさかそんなことを問われるとは思わず、信は動揺のあまり、話を逸らそうとする。
しかし、目の前の男が、意味のない質問などしないことは信もよく分かっていた。

「大王様の伽に呼ばれたことも、他の色事も聞かぬ。もしも、李牧と関係を持っていないとすれば、破瓜を守っているはずだ。身の潔白を示すには丁度良いだろう」

信は唇を戦慄かせたが、声が喉に張り付いて出て来ない。

―――要約すると、この身が処女だと証明出来れば、李牧との密通の疑いを晴らしてやるということだ。

 

取引

その意味を理解した途端、信の思考は停止した。

男との経験がないのは紛れもない事実なのだが、その証明をしろと言われても、一体どうすれば良いのか分からない。

狼狽えている信に、昌平君が手を伸ばす。顎を掴まれて顔を持ち上げられ、無理やり目を覗き込まれた。

「…どうする?示すも逃げるも、お前の自由だ。私はどちらでも構わぬぞ」

「っ…」

信の顔が強張った。

あえて拒絶する選択肢も渡されたのは、昌平君がまだ自分のことを疑っているからに違いない。ここで拒絶するということは、李牧との姦通を認めたことになる。

選択肢を与えておきながら、初めから逃げられないように仕向けているのだと気づき、信は奥歯を噛み締めた。

逃げるつもりなど微塵もないのだが、腹立たしい気持ちになる。

しかし、このまま密通を疑われたままでいる訳にはいかないと、信は強く拳を握った。

「…どうやって、示せば良いんだよ…」

意を決して絞り出した声は情けないほど震えていた。

「着物を脱いで足を広げろ」

「ッ…!」

信の顔が、まるで火が灯ったかのように、真っ赤に染まる。

総司令官である昌平君の前に立つ時、信はいつだって将軍としての立場だった。勝利を喜び合い、酒を交わしたことだって、他愛もない話をすることもあったが、男と女としての性を意識したことは一度もなかった。

そんな彼に一糸まとわぬ姿を見せろというのか。身の潔白を示す行為だと分かってはいるものの、羞恥心が掻き立てられる。

「…出来ぬか」

「……、……」

信が躊躇っていると、昌平君の瞳に嫌悪の色が強まった。

「大王様に密通の疑いがあると伝令を出す」

氷のような冷たさを秘めた声に、信の心臓が跳ね上がる。

嬴政の耳に入るということは、信の密通の疑いはたちまち国中に広まるということだ。自分を信じて待つと言ってくれた河了貂や他の仲間たちの不安を煽ることになる。

いかに自分が違うと否定しても、軍の総司令官が疑っているのだから、親友である嬴政だって素直に信の言葉に耳を傾けてくれるとは限らない。

「ま、待ってくれっ…」

部屋を出て行こうとする昌平君の着物を掴み、縋るように制止した。

着物を掴む手を振り払われることはなかったが、まるで汚いものでも見るかのような蔑んだ眼差しを向けられる。

「李牧と姦通していないことを証明出来ぬのだろう?」

「……っ」

昌平君の着物を掴む手を放せば、きっと彼はすぐに咸陽宮にいる嬴政に伝令を出すに違いない。

破瓜を捧げていないと証明しなければ、密通の疑いを掛けられてしまう。追い詰められた信は、震える手で自分の帯に手を伸ばした。

 

後編はこちら

The post ユーフォリア(昌平君×信)中編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.

ユーフォリア(昌平君×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/ヤンデレ/無理やり/メリーバッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

秦の敗因

趙と秦の戦い。此度は秦の敗北で幕を閉じたのだった。やはり趙の宰相である李牧の軍略は凄まじい。

前線を任せられていた飛信軍は膨大な被害を受け、兵の大半を失った。飛信軍を率いていた大将軍である信も負傷した状態で帰還するのだった。

此度の敗戦によって、秦は城を一つ失うこととなる。しかし、秦の大将軍が一人も討ち取られなかったことに比べれば大したことではない。

新たな領土を広げた趙がそこを拠点としてまた攻め込んで来るかもしれないが、あちらの被害も膨大だ。秦とは逆で、趙は城を得る代わりに多くの将を失った。

軍を立て直すためにしばらく時間を要するだろう。用意周到な李牧のことだから尚更だと昌平君は睨んでいた。

結果だけ見れば、確かに此度は秦の敗北だが、昌平君の中に焦りはなかった。

これから体勢を立て直せば、趙から城を取り返すのは容易い。既に昌平君は先のことを見据えていた。

だが、もちろん李牧もこちらの思惑には気付き、落とした城を取り返されぬよう、対策を講じるに違いない。

いかなる策を用いようとも、次回は必ず秦を勝利に導く。昌平君は強い意志を瞳に秘めていた。

飛信軍の名は今や中華に轟いている。李牧でなかったとしても、無策で彼女たちを迎え撃つはずことはしないだろう。

防衛戦であったにも関わらず、前線で多くの敵を薙ぎ払った飛信軍の活躍に、秦軍の士気は確かに高まった。

しかし、強勢戦力である飛信軍が撤退を余儀なくされれば、秦軍の士気に影響が出ることは誰が考えても明らかである。李牧はそこを狙ったのだ。

地の利を生かし、武器の届かない山の上から弓矢射撃と投石を受けた飛信軍は撤退を余儀なくされた。

撤退する飛信軍を壊滅させようと追撃を行う趙軍に、他の秦将たちは兵を割く。

しかし、それも李牧の筋書き通りであった。

勢いを増した趙軍に目を向けさせておき、その隙にあらかじめ潜ませていた複数の部隊が後方を突く。見事なまでに、秦軍は李牧の策に踊らされたのである。

恐らく李牧が山の上に伏兵を隠していたのは、戦が始まる前からで、飛信軍が前線に赴くことも予想していたのだろう。

もちろん昌平君も地の利を活かした攻撃に警戒し、戦の前に兵たちに山の上を調べさせていたのだが、その時には伏兵の姿はなかったという。

木々に身を潜めていたのか、それとも兵たちが調査を終えた後にやって来たのか。今となっては分からない。

分かるのは、結果的に李牧の策通りになってしまったことだけだ。

 

治療

飛信軍の軍師である河了貂から聞いた話だと、前線で膨大な被害を受けたこともあってか、信は此度の敗戦は自分のせいだと思い込んでいるらしい。

自分の体の傷よりも、多くの兵を失った悲しみの方が堪えたようだ。

先に逝ってしまった仲間たちに勝利を捧げられなかったことを悔恨し、誰が見ても気落ちしているという。

彼女は今、療養のために与えられている咸陽宮の一室を与えられ、医師団から手厚い処置を受けている。

その日、昌平君は執務を終わらせた後に彼女がいる部屋に訪れた。あまり自責するなと一言伝えたかったのだ。

言ったところで彼女が素直に聞き入れるとは思えないし、何の慰めにもならないだろう。

本来は信ではなく、軍師である自分に責任がある。

策を講じるために軍師たちは机上での討論を行うが、実際の戦場では数千、数万の血が流れる。

深手を負い、辛い思いをするのが戦場に赴く信たちだからこそ、業は大勢の命を動かす自分が背負うべきだと昌平君は考えていた。

信がいる部屋の前には見張り役の衛兵が立っており、昌平君の姿を見るとすぐに頭を下げた。

見舞いに来たことを告げると、衛兵から布を手渡される。

「…これは?」

渡された布に小首を傾げながら問うと、この部屋に入る者は必ず鼻と口を覆うように医師団から指示が出ているのだと衛兵が答える。

話の詳細を尋ねると、どうやら信は医師団から絶対安静の指示を出されても、剣を振るうのをやめなかったらしい。

飛信軍の鍛錬は厳しいもので、信自身も兵たちにだけでなく己に厳しい鍛錬を行っていた。

当然そんなことをすれば縫った傷口はたちまち裂け、酷使した体が休まることはない。

どれだけ危険性を伝えても、亡くなった仲間たちに後ろめたさを感じるのか、信は医師たちの指示に従わずに鍛錬に打ち込んでいたのだという。

困り果てた医師団が秦王である嬴政にそのことを告げると、嬴政は自ら彼女を説得する訳でもなく「薬で眠らせろ」と命じた。

二人は成蟜から政権を取り戻す時からの長い付き合いだ。親友と言っても良いだろう。

自分が説得したところで信が大人しく従う女ではないと嬴政も理解していたに違いない。

大王がたった一人のためにそこまで命じるのは異例のことだが、逆に言えば、それだけ信との関係性が深いことを示している。

療養に集中させるため、信に眠らせる薬を飲ませるだけでなく、その効果が持続するように、特殊な香を焚いているのだそうだ。

その香の効力を受けないために、部屋に入る者は鼻と口を覆うよう指示が出たという訳だ。

毒ではないのだが、薬と同じで、吸った相手によって相性があるらしい。効き過ぎると厄介なことになるのだそうだ。

布で鼻と口元を覆って頭の後ろできつく結ぶと、衛兵が扉を開けてくれた。

「………」

布で遮られているとはいえ、僅かに甘い香りを感じ、昌平君は眉間に皺を寄せる。

(この香は…)

焚いてあるこの香に、媚薬の成分が含まれていることを彼はすぐに見抜いた。

過去に、同じ香りのものを嗅いだことがあったからだ。

反乱の罪で位を剥奪された後、病死したと言われる呂不韋が、まだ相国として秦国の政権を握っていた頃の話である。

女好きな彼が、部屋に宮女を連れ込んだ時もこの香を焚いていた。呂不韋の着物にこの香りが染みついていたのを、昌平君は覚えていたのだ。

こちらは何も訊いてもいないのに、べらべらと香の効力を話し出した呂不韋に「色話を聞かないそなたもきっと気に入るぞ」と言われた時には苦笑を浮かべることしか出来なかった。

媚薬と言えば性欲を増幅させたり、感度を上げるといったものを想像することが多いが、この香は違う。

酒を飲んだ時のような、気分を高揚させる陶酔感を起こさせ、それによって体の緊張を解くことが出来るらしい。

生娘を相手にする時は特に良いのだと、下衆な笑いを浮かべながら呂不韋が言っていた。

まさかこんな状況であの男を思い出すことになるとは思わず、昌平君の顔に嫌悪の色が表れた。

医師団も治療の一環として使用するくらいなのだから、相当な値が張るものなのかもしれない。金が好きな呂不韋が好みそうな代物ということだ。

「……、……」

部屋の奥にある寝台の上で、信は寝息を立てていた。

薬で眠らされるだけでなく、香の効果で体も強制的に脱力させられているようだ。

薬と香のせいとはいえ、こんなにも安らかな寝顔をしている彼女は他の兵たちでも見たことがないだろう。

傷が大方癒えるまでは、嬴政の指示でこの状態が続くに違いない。

特に左足の脹脛ふくらはぎの傷は深く、十針以上縫ったと聞く。

馬上で趙将と戦っている最中に、趙兵によって背後から切りつけられたという。足の骨や腱までは達しなかったのは幸いだった。

驚いた馬が飛び上がり、落馬したことで地面に体を打ち付けたのも体に響いているという。

落下の衝撃で、肋骨にひびが入ったようで、胸には厚手の包帯が巻かれていた。

他にも矢傷や切創など、信の体にはたくさんの傷痕がある。こんなぼろぼろの状態で普通の人間なら、痛みのせいで動けないに違いない。

だというのに鍛錬をして傷口を開かせるなんて、信には痛覚というものが存在しないのだろうか。

(いや…)

大勢の兵を失った悲しみと、趙に対する怒りで、体の感覚が麻痺しているのかもしれない。

昌平君は手を伸ばすと、彼女の頬にそっと触れる。しかし、深い眠りに落ちている信は頬に触れられたことにも気づいていないようだった。

 

不合理

城下町を見下ろせる広々とした露台で、まだ傷も癒えていない体に鞭打って鍛錬をする彼女の姿を見つけ、昌平君はもどかしい気持ちを抱いた。

偶然通りかかっただけだったのだが、なぜ療養に専念するよう言われていた彼女がここにいるのか。昌平君はその場で足を止めて彼女のことをじっと見据えていた。

六大将軍である王騎と摎の娘。二人が下僕の出である彼女を養子にしたのは、武の腕を見抜いたからなのだろう。

王騎と摎の見立ては間違っておらず、大将軍の座に就いた後も、信は二人に引けを取らぬ武功を挙げている。

「うッ…」

鍛錬を続けている最中に、戦で受けた傷が痛んだのだろう、苦悶の表情を浮かべて剣を手放した信を見て、昌平君はいよいよ声を掛けた。

「ただでさえ戦で酷使した体だろう。大人しく休んでいろ」

「……、…」

信が悔しそうな顔で昌平君を見上げる。

その瞳には力強い意志が秘められていて、此度の敗北に対する怒りの色が滲んでいた。死んでいった兵たちのことを想ってのことだろう。体を休めている暇などないと、信の瞳は物語っていた。

まだ体の傷は完全に癒えていないというのに、無理強いすれば再び傷が開いてしまう。

特に深手だったという左足の包帯には既に血が滲んでいた。せっかく縫い付けたというのに、これではまた医師団に診てもらわねばならないだろう。

今の彼女には何を言っても聞く耳を持たないだろう。それほど罪の意識に苛まれているのだと昌平君は分かっていた。

「…今のお前の務めは、療養に専念することだ。傷口が悪化すれば体が元に戻るまで時間がかかる。こんなにも当たり前のことがなぜ分からない」

昌平君の冷静過ぎる言葉に、信はぐっと奥歯を噛み締める。

「っ…」

何か反論しようと口を戦慄かせるが、言葉が見つからないようで、俯いて黙り込んでしまった。

きっと信も頭では理解しているに違いない。しかし、体を動かしていないと、何かに意識を向けていないと、多くの兵を失った罪悪感で心が押し潰されそうになるのだろう。

桓騎や王翦のように、策を成すために兵たちの命を手駒にしか見ていない大将軍もいるというのに、信は違う。

きっと嬴政と同じように、兵たちの命を重んじることが出来るからこそ、信は多くの兵や民に慕われているに違いない。

開いた傷口からの出血で、信の足下には血溜まりが出来ていた。

それだけではなく、鍛錬で体を酷使したせいで、疲弊している体も悲鳴を上げているようだ。信は苦しそうに呼吸をして、体をふらつかせている。

開いた傷口はまた縫い直されるだろう。昌平君は溜息を吐くと、迷うことなく彼女の腰元に手を差し込んだ。

「おわッ!?」

急な浮遊感と高くなった視界に、信が驚いて悲鳴に近い声を上げる。

「何しやがるっ!とっとと降ろせよ!」

昌平君の肩に担がれているのだと分かった信は顔を真っ赤にして、じたばたと手足を動かした。

「大人しくしていろ」

信の体を担ぎながら、昌平君は医師団がいる医務室へと歩き始めた。

軍の総司令官を務めている彼が知略だけでなく武の才も持っていることは信ももちろん知っていた。

過去には大将軍の一人である蒙武よりも強かったという話を人づてに聞いた時は、驚きのあまり言葉を失ったものだ。

「自分で歩けるっ」

昌平君の背中を両手で叩きながらそう言うと、彼の眉間に寄っている皺がますます深まった。

しかし、信の言葉に返答することもなく、黙って歩き続ける。

すれ違う者たちが驚いた顔をして二人を振り返るが、そんなものに構っている余裕などなかった。

「はーなーせーっ!」

着物を掴まれたり、背中を叩かれたり、まるで大きな野良猫でも相手している気分だと昌平君は考えた。

視界に映り込む信の左足の包帯は既に真っ赤に染まっていた。傷口が開いたのは分かっていたが、これだけ出血があるのなら、また縫われることになるだろう。

秦王である嬴政の勅令で医師団も彼女の治療に当たっていたというのに、傷が治りかける度に治療をしなくてはならない彼らの身にもなって考えてもらいたい。

「…お前を届けた後、大王様に現状報告せねばならんな」

大王様という言葉に反応したのか、信の身体がぴたりと動きを止まる。

信と嬴政は友好関係を築いていた。弟の成蟜から政権を取り戻す時からの付き合いらしく、嬴政は信のことを誰よりも信頼している。

本来ならば処罰に値するような無礼な態度も、信だからこそ許されているのだった。

そういえば、薬で眠らさせるように指示を出したのが嬴政だということを、信は知っているのだろうか。

眠らせる作用のある薬だと医師団から聞かされれば、きっと信は拒絶したに違いない。

上手いこと言い包められて眠らされたのだろうと思うと、あの治療が勅令であることは信は知らないのではないかと思った。

「…なあ、政のやつ…怒ってたか?」

表情は見えないが、信が寂しげに尋ねる。

「私の口から答えることではない。傷を癒してから確認すれば良い」

「………」

先ほどまでは暴れる野良猫を相手にしている気分だったが、今度は借りて来た猫のように大人しくなった。

 

処置

彼女を肩に担いだ状態で医務室を訪れると、待機していた医師たちがげんなりとした表情を浮かべた。

またかとでも言いたげな顔であるが、昌平君も彼らの気持ちは分かる。

「頼む」

医務室に設置されている寝台の上に信の体を寝かせると、彼女はまだ借りて来た猫のようにしゅんと縮こまっている。

すぐに医師が左足の包帯の処置に取り掛かった。血で真っ赤に染まった包帯を外す。開いた傷口が痛々しい。

幼い頃から戦場に身を置いていた信にはこれくらいの深手も慣れているようだが、こんな傷口を抱えた状態で鍛錬を続けようとするのは彼女くらいだろう。

他の医師が傷口を縫うために必要な物品を運んで来る。後は彼らに任せればいいと判断した昌平君は何も言わずにその場を去ろうとする。

「…?」

後ろから着物を引っ張られ、昌平君は反射的に振り返った。信が俯きながら、着物を掴んでいたのだ。

まるで行くなと言われているような態度だったが、どうしてそのような態度を取るのか。

後の処置は医師団たちが行うのだから、自分がこの場に留まってやることなど、何もないはずだと昌平君は考えた。

「何をしている」

問い掛けると、信は目を泳がせながら口を開いた。

「……終わるまで、腕貸せよ」

口の利き方には気をつけろといつも言っているのだが、相変わらず気をつけるつもりはないらしい。

しかし、口調とは反対に弱々しい態度だ。心細いのだろうか。

傷口を縫う時は当然痛みが生じる。傷を縫われるよりも、この傷を受けた時の方が痛かったに違いないだろう。

しかし、戦場では常に命の危険があるため、体があまり痛みを感じさせないように、痛覚を遮断することがあるという。

どれだけの深手を負っても武器を振るい続けられる将たちを大勢見て来たことから、その話には信憑性があった。

此度の敗戦で、大勢の兵たちの命を失った信もきっとそうだったに違いない。悲しみと憤りに心が支配され、自分の受けた傷の痛みなど気にする余裕がなかったのだろう。

鍛錬で体を動かしていなければ、死なせてしまった罪悪感に心が押し潰されそうになっていたのだろう。

「………」

信が着物から手を離そうとしないので、昌平君は諦めて彼女の要求に応えることにした。

医師の一人が信に布を渡す。寝台に横たわりながらそれを受け取った信は迷うことなく、その布を口に咥えた。舌を傷つけないための考慮である。

処置をしやすいよう、信は寝台にうつ伏せになり、脹脛ふくらはぎを上に向けた。

医師たちの邪魔にならぬよう昌平君が枕元に移動すると、信が彼の腕をぐいと引っ張る。

溢れ出る血を医師が清潔な布で拭っているのを横目で見ながら、昌平君は黙って彼女に腕を貸していた。

着物越しに自分の腕を掴んでいる信の手が僅かに震えているのが分かる。

「では、傷を縫います」

「う…」

医師の言葉を聞いた信が覚悟したように小さく頷く。

「―――ッ!!」

糸を通してある針が皮膚に突き刺さった途端、信に貸している腕がぎゅうっと強く握られる。

寝台に額を押し付けながら、信が布を強く噛み締めているのが分かった。

「ぅううっ…」

噛み締めた布の下で苦悶の声が上がる。

開いた傷口を弄られるというのは、当然だが苦痛が伴う。痛みによって左足が魚のように跳ねていたが、処置に差支えないように、医師弟子の手によって強く左足を強く押さえ込まれている。

「っ…」

相当な苦痛を堪えている信を見つめながらも、昌平君は彼女に貸している腕に痛みを覚える。

多少の痛みなら動じない昌平君だったが、あまりにも信が強く腕を握って来るので、腕の血流が遮られてしまいそうだった。

掴まれていない方の手を伸ばし、昌平君は腕を貸す代わりに、信の手に自分の指を絡ませる。まるで恋人や夫婦のような握り方だが、信も腕を掴んでいるより良かったらしい。五本の指が昌平君の手の甲に食い込んで来る。

裂けている傷口を縫い付けていく嫌な音も、血の匂いも、耐性がないものなら卒倒してしまいそうなものだった。

ふ、ふ、と苦しそうに息をしているが、処置はまだ続いている。間違って舌を噛ませぬためにも、口の布を外す訳にはいかなかった。

「………」

昌平君は信に強く握られている手をそっと握り返してやり、反対の手で彼女の頭を撫でてやる。

それだけで苦痛が和らぐとはとても思えないだが、他に掛けてやる言葉も思いつかなかったのだ。

しゃっくり交じりの声を聞き、信が涙を流していることは、容易に想像がついた。

 

弱気

―――処置を終えると、信の体はぐったりとしていた。

額には脂汗が浮かんでおり、ようやく布を外されたことで、大きく口を開けて、彼女は肩で呼吸を繰り返していた。頬には痛みを耐え抜いた涙の痕がいくつも残っている。

再び新しい包帯を巻かれていくのを横目で見ながら、昌平君はそういえばまだ手を握られたままでいることを思い出す。

体は脱力しているというのに、なぜか昌平君の手だけは放そうとしないのだ。疲労のあまり、手を放すのを忘れているのだろうか。

しかし、昌平君が指を離そうとすれば、まるで行くなと言わんばかりに手に力を込めて来る。

処置が終わったことは信も分かっているはずだ。握っている手がまだ震えていることから、まだ痛みの余韻と戦っているのだろうかと考える。

傷口を縫い直す処置には、これだけの苦痛を伴うことを信は分かっているはずだ。それなのに一体なぜ無茶をして、自ら同じ苦痛を受けていたのだろうと些か疑問を抱いた。

しかし、それだけ失われた兵たちに対する想いが強かったのだろう。

「…総司令官様」

処置を行っていた老年の医師が水桶で手を洗った後、険しい表情で昌平君を見た。

「傷口を弄りましたゆえ、これから高い熱が出るでしょう。今日は、信将軍を一歩も歩かせぬようにお願いします」

「………」

信にも聞こえるよう発した大きな声は、僅かに怒気を含んでいる。

他の医師や弟子たちも、彼と似たような表情を浮かべていた。無茶をする信に医師団たちも相当堪えているらしい。

開いた傷口を縫い付けるのが一体何度目かは分からないが、彼らの反応を見る限り、恐らく一度や二度ではないのだろう。困り果てて、嬴政に報告したというのも納得が出来た。

そして、彼らの怒りの矛先は言うことを聞かない信ではなく、彼女を従える軍の総司令官である自分に向いたという訳らしい。

大王の勅令で薬と香を用いてまで治療を行ったのに、確かに傷口が開いては元も子もない。

他の傷口は順調に回復しているとはいえ、このままでは左足の傷だけ治癒が望めなさそうだ。

「…善処しよう」

当たり障りのない返答をしてみたものの、結局は信の行動次第だ。きっと医師団たちも分かっているのだろうが、ここまで無茶をして何度も傷口を悪化させられると、腹が立つのも無理はない。

老年の医師が神妙な顔つきで部屋の奥にある薬が収納されている棚へ向かった。

振り返って昌平君にこちらへ来るように手招いたのは、信に聞かれてはまずい話をするからなのだろうか。

信に怪しまれぬよう自然な足取りで追い掛けると、医師は棚の引き出しを開けて何かを取り出した。

「いつも焚かせている香です」

特殊な樹皮を乾燥させた物らしい。医学と同じように、香の知識には乏しい昌平君であったが、これが呂不韋が話していた催淫効果のある香の原料だというのは分かった。

「…この香と薬の組み合わせですが、あまりにも効き過ぎるので、量の調整をせねばなりません」

「調整?」

薬の知識にはあまり得意でない昌平君が聞き返す。

香を焚く時に使用する量について説明始める医師に、看病に当たる侍女たちならまだしも、昌平君はどうしてそれを自分に話すのかと疑問を抱いた。

「…なぜそれを私に告げる?」

医師は答えず、もう一つ引き出しを開けた。中から色んな薬草を磨り潰して乾燥させた物を一摘まみ布に包み出す。こちらは眠らせる作用のある薬だと言った。

「液体に混ざると溶ける性質を持つので、粥か飲み物にでも混ぜて下さい。香は効き過ぎるので、焚くのは信将軍が眠られてからで構いません」

「………」

布に包まれた薬と香を押し付けるように渡され、昌平君は眉間に皺を寄せた。

せっかく治り掛けていた傷口が開いたのは軍の総司令官である自分の管理不足であり、責任を持ってお前が面倒を見ろということらしい。

そんな暇などある訳がないと言うのに、有無を言わさず香と薬を押し付けて来た辺り、医師も相当参っていることが分かる。

信の看病に当たっている侍女たちに渡そうと昌平君は考えた。彼女たちなら、香や薬の扱いは心得ているはずだ。

さて、問題はもう一つ残っている。

医務室から彼女が療養に使っている部屋まで、また自分が運ばなくてはならぬのか。昌平君の顔がますます強張った。

「総司令官様、もう一つお伝えしたいことが…」

医師に呼び止められ、昌平君は振り返った。

 

強引

「はあ…」

「…溜息を吐きたいのは私の方だ」

腕の中で信が何度目になるか分からない溜息を吐いたので、昌平君は冷たい瞳で見下ろした。

「自分で歩けるって言ってんのに…あの医師ども…!」

医師に何度も叱られたことに対して、信が落ち込んでいる様子はなかったが、今日は一日歩くなと言われたことに納得がいかないらしい。

これから熱が出ることを考慮して乗馬の許しも出ず、いつまでも屋敷に帰れないことを不満に思っているらしい。

嬴政の信頼している大将軍である彼女が今後、戦に立てなくなるのは困る。嬴政が医師団に治療の指示をした以上、彼らは信の傷を完治させる義務があるのだ。

彼らがその義務を果たすためには、信に大人しく眠っていてもらわねばならないのに、肝心の彼女が少しも言うことを聞かない。

「勝手を起こすせいで何度も傷を縫い直す彼らと、お前を部屋まで送る係を押し付けられた私の身にもなってみろ」

「へーへー、それは悪うございました」

「………」

少しも反省していないどころか、こんな状況に限って普段使わない敬語を用いる信に、昌平君のこめかみに青筋が浮かんだ。

背中と膝裏に腕を回し、信の体を両腕で抱きかかえながら歩く昌平君も、今の状況には納得がいかないのである。

軍の総司令官である昌平君が、飛信軍の将である信を抱きかかえながら歩いている光景に、すれ違う者たち全員が驚いていた。妙な噂を立てられるかもしれない。

療養のために与えられた部屋に戻って来ると、昌平君は思い切り彼女の体を寝台へ投げつけたい気持ちを堪えて、足に負担がかからないように寝台へと座らせた。

「…悪かったな」

先ほどと同じ言葉を掛けられるが、しゅんとした表情と元気のない声色から、謝罪の気持ちが籠っているのが分かる。

「療養に専念しろ。次に鍛錬をしているところを見つけたら、寝台に縛り付けるぞ」

「うう…」

怒気を込めた言葉が決して冗談ではないことを察し、信は怯えたように顔を強張らせた。

寝台の傍にある台に水甕と杯を見つけ、昌平君は信の死角になるように背を向けてその場所に立ち、杯に水を汲んだ。

袖の中から先ほど医師にもらった薬を取り出すと、自然な手付きで杯の中に入れる。

液体に溶け出す性質があると言っていたが、水の中に薬が落ちた途端、医師の言葉通り、それはみるみるうちに溶けていった。

用意されていた杯が黒色なのは、恐らく薬が解けているのを色で気づかれないようにするためだろう。

「信」

「ん、ああ…」

薬を混ぜたことは告げず、昌平君は彼女に杯を差し出す。

苦痛を伴う処置でかなり汗をかき、喉が渇いていたのだろう、信は疑いもせずに杯を受け取る。その時、彼女がはっとした表情を浮かべた。

(気付かれたか?)

色んな薬草を磨り潰して乾燥させたそれは、確かに独特な匂いを発していた。色は杯で誤魔化せても、薬独特な匂いは誤魔化せないだろう。

だが、毒を盛ろうとしている訳でもないし、むしろ今の彼女には必要な薬だ。咎められる理由はなかった。

黙って薬を飲ませようとしたことから逆上されるのかと思いきや、信は杯を握りながら、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「…腕…」

「腕?」

切なげに眉を寄せた信が昌平君の腕を見つめている。

その視線を追い掛けると、袖から見える腕があり、先ほどの処置中に、強く掴まれた指の痕がくっきりと残っている。

自分がそれほどまで強い力で腕を握っていたのだと分かり、信はばつの悪そうな顔で俯いた。

追い打ちをかけるように昌平君が口を開く。

「…医師たちが、次に同じようなことがあれば、傷口を焼くと言っていた」

「ひッ…」

信が分かりやすく青ざめた。傷の縫合だけでも凄まじい苦痛だったというのに、傷口焼くだなんて想像を絶する痛みに違いない。

本当はそんなことを言っていなかったが、恐らく一つの手段として医師たちも考えているに違いない。彼らの心中を察した昌平君は、そろそろ信を抑制しておかねばと思っていた。

またいつ戦が起こるか分からない。近隣の国が趙に敗北したこの機を狙って迫って来る可能性は十分にあった。

飛信軍を率いる彼女には一刻も早く傷を癒してもらい、次の戦に備えてもらいたい。それは嬴政も昌平君も同じだった。

「………」

脅し文句が効いたのか、信は再び借りて来た猫のようにしゅんと縮こまっている。

「…飲まないのか?」

杯を握り締めたままでいる信に、昌平君はじれったくなって声を掛けた。

敗戦の事後処理に追われている最中ということもあって、正直、これ以上の時間は掛けられない。

だが、医者からあのように言われてしまった手前、薬を飲ませずに離れる訳にもいかなかった。

「だってよ…これ飲んだら・・・・・・、次いつ起きるか分かんねえだろ」

彼女の口ぶりから、薬が溶かされていることには気付いていたらしい。

「なら、大人しく寝台に横たわっていられるか?」

「………」

信は何も答えずに、頬をむくれさせている。

やはりこのままでは信は鍛錬で体を動かし続けるだろう。それほどまで、大勢の兵を失った今回の敗戦は信の心に傷をつけたようだ。

はあ、とわざとらしく溜息を吐いた昌平君が信の手から杯を奪った。

「…分かった」

「えっ?」

軍の総司令官が自分の気持ちを理解してくれたことに、それまで暗い表情を浮かべていた信の瞳に光が灯る。どうやら薬を飲まなくても良いように、見逃してくれると思ったらしい。

しかし、信が顔を上げると、昌平君はなぜか杯の水を口に含んでいた。

「は?お前、何して…」

一体何をしているのだと信が目を丸めていると、昌平君はすぐに信に顔を近づけ、自分の唇を彼女の唇に押し当てたのだった。

「んッ、んぅう――!?」

視界いっぱいに昌平君の端正な顔が映っているのと、唇に柔らかい感触が当たっていることに驚く間もなく、口の中に薬が溶かされた水が流れ込んで来る。

「むぅ―――!」

飲む訳にはいかないと思っていたそれが一気に流れ込んで来て、信はすぐに吐き出そうとした。

しかし、昌平君もそれを分かっていたようで、唇を押し当てたまま動かない。

諦めて飲み込めば良いものを、信の両手がじたばたと暴れ、昌平君の着物や髪を乱暴に掴む。

「~~~ッ!!」

必死に抵抗する信の体を両腕で抱き押さえ、その勢いを利用して、昌平君は信の体を寝台に押し倒した。

「んぐッ」

寝台に背中を打ち付けた衝撃で、信の喉がごくんと動く。

ようやく飲み込んだかと昌平君が唇を離すと、信はむせ込みながら、耳まで顔を真っ赤にしていた。

「な、な、な、何しやがるッ!」

「お前が大人しく飲まないからだ」

せっかく飲ませたというのに、指でも突っ込まれて吐き出されては困ると、昌平君は信の体を組み敷いたままでいた。

「おっ、おい、いい加減に放せよッ」

「吐き出さぬと誓えるか?首を掛けてもらうぞ」

「………」

あからさまに目を泳がせて信が沈黙する。吐き出すつもりだったらしい。

呆れた女だと昌平君は何度目になるか分からない溜息を吐いた。

傍から見れば、軍の総司令官である昌平君が、飛信軍の将である信を押し倒して、今まさにその身を味わおうとしている姿にしかみえないだろう。

「ったく、どいつもこいつも、足のケガ一つで大袈裟なんだよ…」

しかし、信の方は不貞腐れた子どものような表情を浮かべている。

これだけ密着しておいて、異性として何も意識しないのは彼女だからこそだろう。

「………」

信と同様に、自分も何も意識せずにいるべきだと頭では分かってはいるのだが、触れ合っている肌の柔らかさや、意外と細い身体、吐息、長い睫毛など、様々な情報が飛び込んで来る。

心臓が早鐘を打っていると気づかれないだろうかという不安に襲われ、昌平君はさり気なく顔を背けていた。

きっと今の自分は情けないほど赤らめていることだろう。

好いている女に薬を飲ませるという目的で口づけただけでなく、これだけ傍にいて、男が冷静でいられるはずがないのだ。生殺しも良いところである。

「なー、吐き出さねえからそろそろ放せよ。お前、重いんだよ」

「なら薬を吐き出さないことに首を掛けられるのだな」

「………」

「………」

もしも、彼女の体を抱き締めているのが薬を吐き出させないためという目的ではなく、触れたかったからだと正直に告げれば、彼女は困惑するだろうか。

いや、鈍い信のことだ。こちらも気持ちも知らずに、「触りたければ触れば良い」とでも言うに決まっている。

早く薬が効いてくれることを願いつつ、昌平君はこのままで居たいと言う複雑な想いに思考をぐるぐると巡らせていた。

「うう…にっげえー…」

信は密着していることよりも、口の中に残る苦味の方が気になっているらしい。

薬を吐き出すことも叶わず、かといって苦味の残る口を濯ぐことも許されず、信は昌平君の腕の中で芋虫のようにもぞもぞとしていた。

薬が効き始めるまでは多少の時間はかかるが、せめて吐き出せなくなるくらい体に吸収させねばならない。

口の中に苦味が残っているのは昌平君も同じである。

…信が薬を嫌がる理由は眠らされることではなく、本当はこの薬の苦味なのではないかと考えた。

 

薬効

一刻ほど経過した頃、瞼が重くなって来たらしい。うつらうつらとしている信を見て、薬が効き始めたのだろうと察し、昌平君はようやく彼女を解放した。

大人しく眠れば良いものを、身体が眠気に抵抗するように、瞼を擦っている。

(…香を焚かねば)

袖の中に入っていたもう一つの白い布を開くと、特殊な樹皮を乾燥させたものだというが、どうしてこれに催淫効果が生じるのか、昌平君には分からなかった。

部屋の隅に置かれていた灰が詰められている聞香炉に目を向ける。

この部屋に来るまでに侍女が火を点けておいてくれたのか、中の灰はまだ熱を持っていた。

香筋火箸のことを使って、医者から渡された樹皮をまだ熱い灰に埋める。

じっくりと温まっていく樹皮から、甘い香りが漂って来て、昌平君は思い出したように着物の袖で鼻と口元を覆った。

以前、部屋に訪れた際には衛兵から布を渡されていたが、そういえば今は用意がなかった。

「ぅう…ん…」

寝台の上にいる信が切なげに眉を寄せている。まだ寝入ってはいないようだが、すぐにでも意識が途切れてしまいそうだ。

信が眠ったのを見届けてから部屋を出ようと考えていた昌平君は、着物の袖で鼻と口元を覆ったまま、彼女を見つめる。

「…昌平、君…」

まさか朦朧としている意識の彼女に名前を呼ばれると思わず、昌平君は反射的に彼女に近寄っていた。

鼻と口元を覆っていない反対の手を掴まれたかと思うと、信は甘えるようにその手を頬に押し当てる。

何をしているのだと驚いた拍子に思い切り息を吸い込んでしまい、甘い香りで頭がくらりとした。

酒を飲んだ時のような、気分を高揚させる陶酔感を起こさせて、体の緊張を解く効果があるのは分かっていたが、ひっくるめて言えば催淫効果だ。

身体が熱くなっていくのを感じ、これ以上この香を吸う訳にはいかないと、昌平君の頭の中で警鈴が鳴る。

こんな即効性のある香だとは思わなかった。昌平君の脳裏に、医師の言葉が蘇る。

―――香は効き過ぎるので、焚くのは信将軍が眠られてからで構いません。

眠ってから香を炊くようにと言われていたが、まさかあの言葉は信ではなくて、香を焚く者・・・・・を気遣った言葉だったのだろうか。

もう信の瞼は落ちかけており、昌平君を掴んでいた手が寝台に力なく落ちた。

「――、―――」

朦朧としている意識で信が唇を戦慄かせている。僅かに空気を震わせたその言葉を聞き、昌平君は目を見開いた。

 

中編はこちら

The post ユーフォリア(昌平君×信)前編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.