初恋のまじない(蒙恬×信)中編②

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/嫉妬/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は「初恋は盲目」の後日編です。

中編①はこちら

 

喧嘩

慌てて口を閉ざしたものの、すでにその言葉は蒙恬の耳にも入ってしまい、今さら取り消すことは出来ない。

まるで水を被せられたかのような静けさが部屋に広まる。気まずい沈黙に、信は肺に鉛が流し込まれたかのような感覚を覚えた。

嫌いだなんて、もちろん本心じゃない。しかし、それを否定する言葉を掛けられないのは、信の胸の内に湧き上がっている嫉妬心のせいだった。

「…信」

いきなり低い声で名前を呼ばれたので、信はどきりとする。恐る恐る顔を上げると、

「今のはさすがに傷ついたよ。謝らなくて良いから、今の言葉だけは撤回して」

怒りとも悲しみとも似つかない複雑な表情を浮かべた蒙恬から、真剣な眼差しを向けられる。

感情が波立ったあまり、歯止めが利かずに言葉を吐き出してしまった自覚はあったが、今さら撤回する気にはなれなかった。

自分に非はないのは確かだし、言葉を撤回すれば、蒙恬が自分以外の女性と関係を持とうとするかもしれない。

自分との婚姻が決まってから、蒙恬はそれまで築いていた女性との交流を一切絶ったというが、家庭教師の女性が現れたことで、信の中に不安な気持ちが戻って来てしまった。

妾を持つのは蒙恬の意志で決めることだが、彼が自分以外の女性を娶る選択をすると思うと、嫉妬で胸が締め付けられ、苦しくて堪らない。

こんな子供じみた嫉妬を露わにすれば、蒙恬に見放され、彼の気持ちはますます他の女性の方を向いてしまう。頭では理解しているのに、止められそうになかった。

先日、宮廷で昔助けた令嬢と蒙恬が恋仲だったと勘違いした件もあり、しっかりと蒙恬の話を聞くべきだという反省をしたばかりだというのに、信は後に引けなくなっていたのである。

「っ…う、うるせえッ!本気で言ったんだ!」

撤回するつもりはないと、信は蒙恬の言葉を踏み倒す。振り上げた拳を下げ切れなかった自覚は十分すぎるほどあった。

それどころか、素直に言葉を撤回すればよかったものの、嘘を重ねてしまった。

「っ…」

気まずさに耐え切れず、信はその場から逃げ出そうと蒙恬に背中を向けた。
戦場では安易に背中を見せてはならないと養父から厳しく言われていたのに、この気まずさにはとても耐え切れそうにない。

「信」

「っ…」

後ろから手首を掴まれたので、信は反射的に振り返ってしまう。

腕を掴む手を振り解こうとしたものの、すぐ目の前に蒙恬の整った顔が迫っていたことに驚いた信は隙を見せてしまった。

 

 

「大人げないのは分かってるけど、さすがに俺も怒ったよ」

それまで信の手首を掴んでいた蒙恬の手が、信の着物の帯を外しにかかったので、信はぎょっとしてその手を抑え込んだ。

「な、なに考えてんだよッ!おいっ!?」

声を掛けても蒙恬がやめる気配はなく、帯を強引に外された。さらにはその帯を使って信の両手首を一纏めに縛り上げてしまう。見事な手捌きだと見惚れてしまいそうなほど、その動きは素早かった。

「外せよッ!」

「さっきの言葉を撤回してくれるなら、外してあげる」

そんな言葉を掛けられるとは思わず、信は目を逸らしてしまう。本心ではないと自覚はあったのだが、今さら撤回することは出来なかった。

なんとか手首を拘束する帯を解こうとするものの、あの短時間でどんな手を使ったのかとこちらが問いかけたくなるほど結び目は頑丈だった。もしかしたら拘束をすることに慣れているのだろうか。

蒙恬の気迫に負けてたまるかと、信は力強く睨み返した。

「お前こそ、話を逸らしてんじゃねえ!あの女を正妻にしたいならそう言えよ!」

「そんなこと思ってない。それに先生は…」

否定されるものの、きっと裏があるに違いない。納得できるかと信は蒙恬の言葉を聞き入れなかった。

「言い訳考えてんなら無駄だぜ。お前の初恋相手なんだろ?隠さずにそう言えばいいだろッ!」

頑なにあの女性のことを教えようとしない蒙恬に、信は声を荒げた。

初恋相手であったことは昔聞いていたし、彼女に向けている想いがまだ残っていたとしてもおかしいことではない。初恋というのは、実ろうが散ろうが、ずっと心に残るものだからだ。

それに、夫が妾を娶ると決めたのなら、妻にそれを拒否する権利はない。それは蒙恬も分かっているはずなのに、どうしてあの女性の関係を隠そうとするのか、信には彼の考えが少しも分からなかった。

そんな信の気持ちを知ってのことなのか、蒙恬は真っ直ぐに目を見据えて来た。

「…俺のことを信じて、もう少しだけ待ってて欲しい」

両肩を掴まれて、縋るように訴えられる。

しかし、信は首を横に振った。

「こんな時に信じろなんて、都合の良いこと言うなよっ…!本当は、あの家庭教師を…妾じゃなくて、正妻にしたかったんだろ?」

信の言葉に、蒙恬が体の一部が痛んだように眉根を寄せる。それから目を逸らし、蒙恬は暗い表情で溜息を吐いた。

(やっぱり、そうなんじゃねえか)

それが肯定だと分かり、心臓を鷲掴みにされるような感覚に息を詰まらせた。

喉がつんと痛み、瞳に涙が溢れて来る。泣き顔を見られたくなくて、信は俯くと、前髪で顔を隠した。

 

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喧嘩 その二

「んッ…!?」

込み上げて来る嗚咽を噛み堪えていると、強引に唇を重ねられた。何をするんだと開きかけた口に無遠慮に舌が入り込んで来て、信の舌を絡め取る。

「んんっ、ぅっ、ん」

咄嗟に身を捩って口づけをやめさせようとしたものの、逆に抑え込まれてしまい、壁に背中がぶつかった。逃げ場を失ってしまったことを悟る。

それならばと蒙恬を突き放そうと伸ばした両手も、呆気なく捕らえられてしまった。帯で拘束されたままの両手は少しも使い物にならない。

ぬるりと舌が入り込んで来て、歯列をなぞり、舌を吸われる。下腹部が切なく疼き始めて、まずいと信は顔をしかめた。

「っ、んんーっ、ぅッ…!」

このまま口づけが続けば、足腰から力が抜けてしまい、蒙恬が欲しくて堪らなくなってしまう。

信の言葉に傷ついたと話していたのは本当のようで、普段よりも強引な口づけと手つきは、普段の蒙恬とは別人のようだった。

「あ、はあっ…」

息が苦しくなった頃にようやく蒙恬が顔を離してくれた。唾液の糸が互いの唇を繋いでいたが、それも逃がすまいと蒙恬が舌を伸ばす。

「っ…」

肩で息をしながら睨みつけたものの、蒙恬の冷え切った瞳に見据えられ、信は思わず身震いしてしまう。

普段は誰にでも慕われる優しい表情をしているというのに、普段見ることの少ないその冷たい瞳に見据えられると、それだけで足が竦んでしまいそうになる。

蒙恬が初陣に出る前は、少しも彼に怖いなどという感情を抱いたことはなかったというのに、この威圧感はやはり蒙家の血を継いでいることを認めざるを得ない。
しかし、ここで怯めば蒙恬に負けたことになってしまう。

罪悪感はあったが、振り上げた拳を下げ切れなかったのは事実だし、今さら発言を撤回する気にはなれなかった。信は両足にしっかりと力を入れて、蒙恬を睨みつける。

「信、なにがそんなに気に食わないの?」

蒙恬といえば信に睨まれても少しも怯む気配を見せなかった。そういえば蒙恬が本気で怒ったところを今まで見たことがない。

声を荒げたり、手を上げるような短慮な性格ではないことは分かっていたが、いつも冷静に物事を見ており、感情よりも理性を優先する男だからだ。

だが、今目の前に立っている蒙恬は、表情こそ普段通りに見えるものの、その瞳からは静かな怒りが伝わって来る。

さすがにこれ以上、彼の怒りを煽るのはまずいと頭では理解しているものの、家庭教師の女性のことを教えてくれないのなら、このまま引くに引けない。

「…あの女を娶るなら勝手にしろよ!正妻に迎えたいっていうんなら、さっさと俺と離縁すれば」

不自然に言葉が途切れたのは、再び蒙恬が唇を重ねて来たからだった。

 

 

今度は先ほどと違って、まるで獣が餌に食らいつくような口づけだった。

信の意志など構わないと言わんばかりに唇を押し付け、口内で逃げ惑う舌を絡めて来る。
先ほどよりも激しい口づけに眩暈がしそうになり、下腹部の疼きが激しくなる。

壁に信の体を押し付けた状態で、蒙恬は彼女の両脚の間に自分の片脚を滑り込ませた。

「んんッ、ん、ぅーッ」

激しい口づけを続けながら、敏感なそこを蒙恬の長い脚がくすぐる。小刻みに片脚を動かされる度に、信は切ない声を鼻から洩らした。

「あっ、はあっ…ぁ…」

ようやく唇が離れて、信が肩で息をする。
上目遣いで蒙恬を見上げると、彼はいつものような人懐っこい笑顔ではなく、褥でしか見せない妖艶な笑みを浮かべていた。

(まずい)

急いで逃げなくてはと、信は冷や汗を浮かべた。彼がこれから何をしようとしているのか、信は手に取るように分かった。

こんなことで家庭教師の件をうやむやにされるのは嫌だったし、蒙恬への信頼を失いかけているこんな状況で彼に体を暴かれるのはもっと嫌だった。

「は、放せよッ」

甘い刺激に力が抜けそうになる体に喝を入れて、何とか逃げ出そうと抵抗を試みる。しかし両手首を一括りに拘束された状態では、蒙恬を押しのけることも叶わなかった。

「うわッ!?」

信の抵抗を嘲笑うかのように、蒙恬は膝裏と肩に手を滑らせて、彼女の体を横抱きに持ち上げた。急な浮遊感に驚いて声を上げてしまう。

軽々と抱き上げられた体を、部屋の奥に設置されている寝台に落とされる。すぐに自分の体に馬乗りになって来た蒙恬に、信は青ざめた。

「お、おい、こっちは縛られてんだぞ?まさかお前、自分の妻を辱めようってのか?」

がむしゃらに抵抗しても蒙恬が見逃してくれないことは分かっていたので、信は彼の良心に呼びかける作戦に変更した。

しかし、信よりもはるかに聡明な頭脳を持ち合わせている蒙恬は、すぐにその作戦に気づいたらしい。

「だって、俺のこと嫌いなんだろ?離縁してもいいくらいに」

離縁という重い言葉を持ち出され、信は奥歯を噛み締めた。
先ほど自分と離縁して家庭教師を正妻に迎えればいいと言ったことを根に持っているのだとすぐに察した。

しかし、今さら発言を撤回することは出来ない。

「くそッ、どけよ…!」

何とか蒙恬の下から逃げ出そうとするのだが、両手が拘束されているせいで上手く体を動かすことが出来ない。

ならば拘束されていない両脚で抵抗を試みる、ことはしなかった。

容赦なく蹴り飛ばすのはきっと簡単だし、たかが両手を拘束されただけで男に屈するほど信は貧弱でないはずなのに、相手が蒙恬だと思うと本気で抵抗が出来ない。

傷つけたくないという気持ちが信の足に枷を巻いているのだ。

 

拒絶

「嫌なら本気で抵抗したら?」

言葉ではそう言いながら、まるで信が本気で抵抗出来ないことを分かっているかのように、蒙恬は妖艶な笑みを浮かべた。

「そうじゃないと、このまま続けるよ」

低い声で囁いた蒙恬は、彼女の拘束された両手を頭上で押さえつける。

「いやだ!」

そのまま蒙恬が口づけようと顔を寄せて来たので、信は咄嗟に顔を背け、拒絶の意志を示した。

「俺のこと蹴り飛ばしてでも逃げなよ。本当に嫌なら出来るだろ?」

両手を拘束した上に、もともと埋まらない男女の力量差は確かにあるものの、本気を出せば自分を押しのけることなど容易いはずだと、蒙恬は信の拒絶の意志が本物か確かめているらしい。

「もしかして、嫌がってる演技してるだけ?」

「ちがうッ…」

「本当かなあ?」

柔らかい唇が首筋に押し付けられて、信は顎が砕けるくらい歯を食い縛った。

帯が解かれてしまったせいで、簡単に着物の衿合わせが開き、形の良い胸に蒙恬は顔を寄せて、赤い舌を覗かせる。

「あっ…」

ぬるりとした感触が胸の先端を撫ぜた時、信は思わず声を洩らしてしまった。

反応すれば彼を楽しませるだけだと分かっているのに、幾度も身を重ねていたせいか、少しの刺激でも体が反応してしまう。

上目遣いで蒙恬が信の反応を楽しみながら、乳輪をなぞるように舌を這わせて来る。

今思い出したのだが、家庭教師の女性がこの屋敷に居候するようになってから蒙恬と体を重ねることがなかった。久しぶりの愛撫に体が喜んでいるかのように、ぞわぞわとした甘い痺れが背中に走った。

「うッ…」

咄嗟に目を瞑って蒙恬を視界から消して声を堪えようとするのだが、どうやらこの反応さえも蒙恬は楽しんでいるようで、小さく笑う声が聞こえた。

 

 

蒙恬の手が信の豊満な胸の感触を味わうように優しく包み込む。

男にしては小綺麗な指先が敏感な先端を優しく突いたり、挟んだりしていくうちに弄りやすくなっていく。

「っ…ん、…ぅ、…」

蒙恬の手が、指が、舌が、肌の上や敏感な胸の芽を這う度に下腹に切ない疼きを感じる。唇を噛み締めて懸命に声を堪えていると、蒙恬が不思議そうに小首を傾げた。

「…あれ?逃げないの?」

からかうように耳元で囁かれ、信は顔から火が出そうになった。

「ッ!」

反論しようと口を開いた途端、蒙恬の手が脚の間に伸ばされたので、驚いて声を喉に詰まらせてしまう。

足の間に差し込まれた指から湿り気と熱気を感じ、蒙恬が僅かに目を細めた。

「信の考えてること、全部分かってるよ」

胸やけを起こしそうなほど甘い言葉を囁かれるものの、信は必死に首を横に振った。

きっと他の女ならばすぐにでも蒙恬に我が身を委ねるだろうが、今の信は違う。
嫌だと言っているのにやめてくれない蒙恬を拒絶し切れない自分の甘さに対する怒りや、体を重ねることで家庭教師の件をあやふやにしようとしているのではないかという不信感で頭がいっぱいだった。

「ひ、あっ…!」

蜜を滲ませている其処に蒙恬の長い指が入り込んで来て、信は思わず体を仰け反らせた。

初めて身を繋げた時はあんなに痛かったのに、何度も蒙恬の男根を受け入れた其処は指じゃなくて別のものがほしいと涙を流し続けている。

「最近シてなかったから、ちゃんと慣らしておこうね」

「ううっ」

中を広げるように蒙恬が指を動かしたので、その刺激に連動するように信は身を捩った。蒙恬が指を動かす度に卑猥な水音が響き、自分の体を浅ましく思ってしまう。

蜜を零し続ける中と信の反応を見ながら蒙恬が指の数を増やしていく。三本の指が中を弄り、それがゆっくりと引き抜かれて、両膝を持ち上げられた時、次に何をされるのかを察した信は思わず叫んでいた。

「やだあっ、挿れんなッ、バカッ!」

子どものように泣きじゃくりながら、思い出したように抵抗を試みる。
やっと拒絶の意志が伝わったのか、今まさに男根を挿入しようとしていた蒙恬がぴたりと動きを止めた。

淫華は蜜でぐずぐずぐに蕩けて男根を求めており、男根の先端を飲み込もうと口を開いていた。

蒙恬が腰を前に押し出せば、こんな抵抗もどうせ無駄に終わると思っていたのだが、彼は動きを止めたまま、信を見下ろした。

「それじゃあ、我慢比べしようか」

「へ…?」

蒙恬の言葉がすぐには理解できず、信は呆けた顔で聞き返す。

淫華が男根を欲しているように、男根も淫華に食われたいと苦しいまでにその身を曝け出しているというのに、蒙恬は挿れようとしなかった。

「我慢出来なくて俺が挿れちゃったら信の勝ち、信が欲しいって言ったら俺の勝ち。単純でしょ?」

簡潔に我慢比べの詳細について語った蒙恬に、信はただ疑問符を浮かべる。なんのためにそんなことをするのだろうか。

荒い呼吸を繰り返しながら呆然としていると、蒙恬が腰を引く仕草を見せたので、そのまま挿れられるのではないかと信は慌てた。

「えっ、あっ、挿れんなって!」

「挿れないよ。我慢比べだもん」

「っうぅ…!」

硬くそそり立った男根を淫華に挿れることはなく、花芯を擦り上げるように、蒙恬が腰を前後に動かし始める。すでに勝負は始まっているらしい。

言葉で理解出来なかった信も、その行動に意図を理解した。これは本当に我慢比べだ。
どちらかが相手を求めてしまったら、その時点で勝敗が決まるという、確かに単純なものである。

 

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「はあッ…あ…」

蒙恬も苦しそうに顔を歪ませて腰を動かしている。

本当は今すぐにでも淫華に男根を突き挿れたくてたまらないのだろう。信の膝裏を抱えている手から震えが伝わって来た。

「んうっ」

男根が花芯を擦り上げる度に背筋が甘く痺れる。
信が処女だと発覚してからというものの、その後の情事でも前戯は必ず時間をかけていた蒙恬であるが、こんな風に焦らされることはなかった。

こちらが欲しいと言えば素直に挿れてくれたし、蒙恬の方から挿れたいと求められることだって珍しくなかったので、経験したことがないもどかしさに信は戸惑った。

だが、いかに焦らされたところで、ここで欲しいと素直に訴えれば自分の負けである。家庭教師のことで腹を立てていた信は、絶対にこの勝負に負けるわけにはいかなかった。

「うっ、うぅ…」

敷布を握り締めて、信は歯を食い縛る。

蒙恬の男根から先走りの液が涎のように滲み出て、淫華の蜜と絡まり、卑猥な水音を立てていた。

耳まで犯されているような感覚に、体が勝手に期待で震えてしまう。

何度も蒙恬と交わった体が、目の前の彼を求めている。こんな状況でなければ焦らすなと怒鳴っていただろうに、それも出来ずに、信はただ歯を食い縛っていた。

 

決着

「んっ、んんっ…」

鼻から抜ける声を上げる信がその瞳に涙を滲ませているのを見て、蒙恬が余裕のない笑みを浮かべる。

「挿れてほしい?降参するならすぐに挿れてあげる」

「だ、誰がっ…、降参なんか、するかよっ…」

ここまで責め立てられても白旗を上げない信は、相当な頑固さを兼ね備えているようだ。
もちろん一筋縄では落とせないことは分かっていたが、ここまで素直にならないのなら、どこまでいったら限界なのかを確かめてみたくなる。

蒙恬は薄い笑みを顔に貼り付けたまま、信の淫華に指を差し込んだ。

「あっ、えっ…!?」

細くて長いそれが男根ではないと分かり、信が戸惑ったように眉根を寄せる。

「ひっ、卑怯だぞッ、お前!」

「なんのこと?指は入れちゃだめなんて言ってないよ」

先ほど蒙恬が明かした我慢比べの詳細に、指は含まれていなかった。
とぼけるように小首を傾げた蒙恬に、初めからそういう作戦だったに違いないと直感する。

指で刺激なんかされたら、こちらが不利に決まっている。
今さら気づいてももう遅いのだが、やられたと思い、信は思い切り蒙恬を睨みつけた。

「んんッ」

淫華の中で指を鉤状に曲げられて動かされ、信の腰が勝手に跳ね上がる。先ほどのように中を広げる動きではなく、確実に弱い箇所を狙って来ている。

「指なんかじゃなくて、もっと別のが欲しい?欲しいよね?」

まるで信の気持ちを代弁するかのように、早く降参を誘導するような甘い言葉を掛けられる。

意地を張らずに素直に頷けば蒙恬は望むものをくれると頭では理解していた。それでも信は強く拳を握り締めて、拒絶の意志を示す。

「いら、な、ッ…!」

「強がらないで良いんだよ。信のここ、もうこんなになってる。俺が欲しいって泣いてるよ」

 

 

早く降参するように催促され、信は奥歯を噛み締める。

「ほ、しくないぃ…ッ」

少しでも気を抜けば事切れそうになる理性で必死に抵抗した。今の信は、手の平に食い込んだ爪の痛みと、屈したくないという自尊心だけで何とか意識を保っている。

「嘘吐き」

「ひぅっ」

耳元で低く囁かれたかと思うと、淫華の中にある指が腹の内側を突き上げる。

腹の内側の刺激だけでも目が眩んでしまいそうなのに、耳に熱い吐息を吹きかけられると、与えられる快楽から意識を逸らせない。

蒙恬に組み敷かれてしまった時点で信の敗北は確定していたのだろう。家庭教師に嫉妬をしていたのは事実だが、彼女を娶ると決めたのなら止める者は誰もいないのに、こんなことをして話をうやむやにしようとする蒙恬の事が許せなかった。

こちらの心情など露知らず、蒙恬は信の腰を引き戻して両膝を持ち上げた。

「えっ…?」

再び淫華に男根が宛がわれて、信の心臓がどきりと跳ねた。

先ほどのように花芯に男根を擦り付けようとする動きではなく、花弁を押し開いた中にある入り口にしっかりと男根の先端を宛がい、そのまま腰を前に押し出して来たのだ。

「ぁあっ、えっ、ぁ…?入って、…」

狭い其処を押し開かれていく感覚に信は狼狽えた目線を送った。

「うん、俺の負けで信の勝ち。喜んでいいよ」

「ぁああッ!?」

蒙恬の敗北宣言を理解するよりも先に、ぐずぐずに蕩け切った淫華に硬い男根が叩き込まれて、信は大きく体を仰け反らせた。

一気に最奥まで男根が叩き込まれて、信はその衝撃と全身を貫いた快楽に目を向いた。

 

事件

…翌日。信が目を覚ました時にはすでに昼を回っていて、蒙恬はすでに支度を済ませて部屋を出ていた。

どうやら情交の途中で気絶するように寝入ってしまっていたらしい。
蒙恬はその若さゆえか、性欲に歯止めが利かなくなって激しい情交になるので、いつも信は途中で意識の糸を手放してしまうのは珍しいことではなかった。

「はあ…」

寝台の傍に置かれていた水差しでからからになった喉を潤し、信は長い息を吐いた。

ずっと蒙恬の男根を咥え込んでいた下腹が疼くように痛んだ。あの美しい顔からは想像出来ない大きさなので、苦しいくらいに中を押し広げるのである。

寝具は掛けられていたのだが、肌寒さを覚えて信は用意されていた着物を身に纏った。

(そういえば…)

昨夜準備しておいた荷はどうなったのだろう。辺りを見渡したものの、木簡も着物を包んだ荷も見当たらない。屋敷に戻らないように片されてしまったのだろうか。

この屋敷で暮らすようになってから、身支度も侍女が手を貸すように蒙恬が指示していたのだが、信はそれを断っていた。下僕時代から身支度は自分で行うのが当たり前だったので、侍女たちにとても驚かれた。

蒙恬や王賁のような生まれた時から裕福な生活をしている者は、着物を着るのにも人手を必要とするらしい。

信も鎧を着るときには手を借りる時もあるが、生活をする上ではあまり他者の手を借りない。

王騎と摎の養子として引き取られた時は鍛錬漬けの毎日だった。名家の養子になったはずなのに、自分でやれることは何でも自分でやれと言われて育った。

とはいえ、腹が減ったら温かい飯が用意されて、頑丈な屋根の下、温かい寝具の中で眠れるだけで信は天にも昇るような気持ちだったので少しも気にしなかったのだが、それを伝えると蒙恬から悲し気な顔をされたことを覚えている。

「うーん…」

情交の疲弊がまだ残っており、体を動かすのが億劫だった。今日は部屋でゆっくり過ごそうかと考える。この部屋で過ごしていれば、蒙恬と家庭教師の女性が二人でいるのを見ることはない。

だが、姿を見ることがないだけで、二人が仲睦まじく過ごしているのではないかという不安が波のように押し寄せて来る。

(…ん?なんだ?)

外から騒ぎが聞こえて、信は導かれるようにして窓を開けようと起き上がる。寝台から降りるために、両足を床に着けた途端、腰に鈍痛が走った。

 

 

「ど、どうかお許しをっ!」

窓を開けると、狼狽えた男の声が響いて来たので、使用人が何か失態を犯して叱責を受けているのだろうかと考えた。

蒙恬は父・蒙武のような威圧感はなく、寛大な心の持ち主であることから、使用人たちの失態は大目に見ることがほとんどだ。
そもそも使用人たちも蒙一族という名家に仕えるにあたって、そのようなことが起きないように日頃から全員が努力している。

蒙恬は幼い頃からそれを傍で見ていたし、そんな彼が怒るということは本当に感情が波立った時なのだろう。

―――大人げないのは分かってるけど、さすがに俺も怒ったよ。

昨夜の喧嘩のきっかけとなった信の不本意な発言は、本当に蒙恬の機嫌を損ねてしまったのだろう。

嫉妬のせいで子供じみた言動をしてしまったことを後悔したが、今はそんな場合ではない。

(何の騒ぎだ?)

信は窓から身を乗り出して、男の声がする方を覗き込んだ。

ちょうど建物で遮られてよく見えない位置だったが、使用人たちが野次馬となってその騒動を見届けているのが分かった。

普段真面目に仕事をこなしている使用人たちが仕事を中断してまで野次馬をしているなんて珍しい。

同時にそれほど大きな騒動になっているのだと気づき、信は痛む腰を擦りながら、部屋を後にしたのだった。

 

更新をお待ちください。

このシリーズの本編はこちら

蒙恬×信・王賁×信のお話はこちら

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初恋のまじない(蒙恬×信)中編①

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
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このお話は「初恋は盲目」の後日編です。

前編はこちら

 

おあずけ

一人で別院の寝室に引きこもっていると、廊下から足音が聞こえていた。

「…信、ここにいる?」

「ッ!」

扉の外から蒙恬に声を掛けられたので、信は驚いて声を上げそうになった。家庭教師の女性は帰ったのだろうか。

自分のことを探しているのはその口調から分かったが、子どものように嫉妬したことを恥じて逃げ出した手前、蒙恬と顔を合わせるのが気まずくて堪らない。

嫉妬しただけで直接無礼を働いた訳ではないし、咎められるようなことはしていないと頭では分かってはいるのだが、自分の幼稚さが許せなかったのである。

「………」

瞼を下ろし、寝台の上でじっと息を潜める。寝たふりを決め込んだものの、このまま蒙恬が気づかずに別院から去ってくれることを願った。

「いないのかな」

扉越しに独り言が聞こえ、信はほっと胸を撫で下ろした。

しばらく待ってみたが、蒙恬は部屋に入ってくることはない。母屋の方へ行ったのだろう。
母屋にも自分が居ないことを不審に思った蒙恬がまたここに戻って来るかもしれないと思い、信はゆっくりと寝台から起き上がった。

もしかしたら別院を出た時に従者たちに見つかれば、蒙恬に居場所を告げ口されるかもしれないので、誰にも見つからないよう、こっそりと別院を出ることにした。

蒙恬に黙って遠くに行かないという約束をさせられたが、こんな気持ちのまま彼に会っても気まずいだけなのは分かっている。

時間を置けば少しは気が紛れるかもしれないので、まずは屋敷から離れるために、厩舎に馬を取りにいこうと考えた。

まるで盗みでも働いているかのように、静かに扉を開けると、

「あ、やっぱりここにいた」

「うおわああッ!?」

扉を開けると、蒙恬に笑顔で出迎えられて信は敷地内に響き渡るほど大きな悲鳴を上げた。驚いて蒙恬が両手で耳に蓋をする。

「そんなに驚かなくなって…」

「な、なんで、出てっただろ…!?」

「最初からここにいるか、来てくれるか、どっちかだと思ってたから待ってたんだ」

悪気なく言う蒙恬に、胸が締め付けられるように痛んだ。約束をした手前、守ってくれると信じていたのだろう。

 

 

「きゃ、客はどうしたんだよ」

目を逸らしながら、信が家庭教師の女性のことを問いかける。

「少し話したらすぐに帰ったよ。信が心配するようなことは何もしてない」

まるでこちらの考えなどお見通しだと言わんばかりの顔で、蒙恬が穏やかに笑みを浮かべていた。

嫉妬していたことを見抜かれたのだと思うと、信はそれだけで恥ずかしくて、いたたまれなくなって俯いてしまう。

湯気が出そうなほど顔が赤くなっている妻を見て、蒙恬の笑みがますます深まっていく。

「…今夜は久しぶりにこの部屋で、婚姻前のことでも思い返してみる?」

「ば、ばかッ!」

やけに熱っぽい視線を向けられて、蒙恬がナニを考えているのかすぐに察した信は慌てて後退る。

幾度となく体を重ねたというのに、未だに羞恥心が抜けない。
王騎の養子として引き取られてから、信はもともと色事には一切の興味関心がなく、ただ武功を挙げるために鍛錬を積み重ねる毎日だった。

王騎も将軍になりたいという信の気持ちを理解していたからこそ、淑女の礼儀作法よりも、ひたすら実践や訓練を優先させていた。

異性と一切縁がなかった娘が、まさか蒙恬と婚姻を結ぶことになるだなんて、きっとあの世で驚いているに違いない。

「信」

蒙恬が一歩迫る度に後退するのを続けていくと、あっという間に壁際に追い詰められてしまった。

両手を壁につけ、その中に閉じ込められてしまった信は身動きが取れず、真っ赤な顔で蒙恬を見上げた。

「…可愛い」

静かにそう囁いて、蒙恬の顔が近づいて来る。唇が重なりそうになり、信は反射的に目を瞑った。

顔を背けることも、蒙恬の胸を突き飛ばして逃げることも出来たはずなのに、まるで術に掛けられたかのように体が動かない。

蒙恬からの口づけを待ち望んでいる自分がいるのだと認めるしかなかった。
唇に蒙恬の吐息がかかり、もうすぐそこまで唇が迫って来ているのだと悟った瞬間、

「蒙恬様ー!」

どこからか従者の声がして、蒙恬は名残惜しそうに顔を離したのだった。

「…続きはまた夜にね」

口づけが出来なかった代わりに、蒙恬は信の耳元で甘く囁いた。

耳元で言葉を囁かれただけなのに、気持ちがいいほど背筋が痺れてしまう。信は顔を真っ赤にした状態で硬直し、部屋を出ていく蒙恬の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。

 

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宝石姫

 

再来

蒙恬が別院を出て行ったあと、しばらく一人で呆然としていた信はようやく我に返った。
こんな顔のまま屋敷を歩けば、従者たちに余計な心配をかけさせてしまうだろう。

「んっ」

両手で頬をぱちんと叩き、普段通りの自分を取り戻した信は、何事もなかったかのように別院を後にした。

「…ん?」

母屋へ戻ろうと思ったのだが、正門の方に蒙恬と従者の姿が見えた。腕を組んだ蒙恬が険しい表情で従者に指示を出している。

(え?)

蒙恬に声を掛ける前に、信は驚いて立ち止まってしまった。
ちょうど蒙恬と従者に隠れて見えなかったのだが、あの家庭教師の女性がそこにいたのである。

先ほどまで笑顔で話していた姿とは一変し、泣きそうなほど狼狽えている様子だったので、直感的に何かあったのだと察した。

「信」

蒙恬がこちらに気づいて声を掛けてくれる。
いつも穏やかな笑みを浮かべているはずの彼が、今だけは表情が優れなかった。

「何があったんだ?」

「うん…どうやら屋敷を出たあと、馬車が野盗に襲われたらしいんだ」

「野盗だと?こんな刻限に?」

信が聞き返すと、蒙恬が暗い表情で頷いた。
野盗といえば人目のつかない夜に活動することが多いが、今はまだ陽が沈み始めている刻限だった。

まだ明るいうちに野盗が襲撃するなんて珍しい。それに蒙家の嫡男である蒙恬が住まうこの屋敷の周辺でそんな事件が起こるのは初めてだった。よほど怖いもの知らずか、世間知らずの野盗だったのだろうか。

「幸いにも怪我人はいないし、馬を持って行かれたくらいで、他に被害はないようなんだけど…」

蒙恬の視線を追い掛けると、家庭教師の女性は真っ青な顔で震えていた。野盗の襲撃がよほど恐ろしかったのだろう。

怪我は見られないが、髪も着物も乱れている。馬車以外に被害はなかったというが、きっと必死に逃げ出して来たに違いない。

話を聞けば、野盗からなんとか逃れたあと、まだそう遠くに離れていなかったこの屋敷に助けを求めて駆け込んで来たのだという。

命を奪われるかもしれなかったという恐怖や、命こそ奪われなかったとしても、もしかしたら慰み者にされたかもしれないと、女性は震えるばかりでろくに返事が出来ないようだった。

「………」

馬車と護衛の手配をして、屋敷に送り届けるのは簡単だが、蒙恬はその指示を悩んでいるようだった。

言葉にこそしないが、蒙恬はこんな状態で帰す訳にはいかないと考えているらしい。
それは信も同じ考えだったのだが、もしかしたら先ほどのことがあったばかりなので、蒙恬は自分に気を遣っているのではないかと考えた。

 

 

「落ち着くまで、ここで休んでいったらどうだ?」

信の方から提案すると、女性は瞳に涙を溜めながら何度も頭を下げる。

「もう大丈夫だから、安心して休め」

震える肩を擦ってやると、家庭教師の女性はわっと泣き崩れ、信の胸に倒れ込んで来た。咄嗟にその体を受け止めた信は、震えが落ち着くまで彼女の背中を擦ってやっていた。

「…それじゃあ、俺は客室の手配をしてくる」

蒙恬がなにか言いたげな表情を浮かべていたが、いつもの笑みを繕うと、従者と共に母屋の方へと戻っていく。

その背中を見送りながら、信はまさかこんな刻限に野盗が現れるなんて、見回りを強化するべきだろうかと考えていた。

他国との戦の気配が濃くなったり、国政に陰りが出ると、野盗のような存在が増える。
野盗を生業としている者がいる一方で、景気が沈滞することで安定した生活を送れず、生きるために仕方なく他人の物を奪い取る者も現れるのだ。

蒙家のような名家や、将ではないものの裕福な屋敷に常に見張りがいるのも、そういった者たちの襲撃や潜入に常日頃から備えているためである。

「…大丈夫か?」

ようやく震えが止まったのを見計らい、信は女性の顔を覗き込みながら声を掛けた。

その顔はまだ青ざめてはいたものの、こちらの問いに小さく頷いたところを見ると、少しは落ち着いたらしい。

「今日はゆっくり休め。帰りのことは心配するな」

蒙恬が客室の手配をしてくれたはずだと思い、信は彼女の手を引きながら母屋へと向かった。

一晩休み、明日には護衛と馬車の手配をして屋敷まで送らせようと考えた。蒙恬のことだから、明日のこともすでに手配しているかもしれない。

 

後遺症

客室に案内すると、侍医が薬を煎じている姿がそこにあった。どうやら眠り薬を煎じているらしい。

怪我はないものの、まだ野盗に襲撃された恐怖は完全にはなくなっておらず、落ち着いて休むことが出来ないのではないかという蒙恬の配慮だった。

日が沈み切ってから夕食も手配するようだったが、この分では食事も喉に通らないだろう。
休む部屋だけでなく、そういったところにまで気配りが出来る夫の優しさに、信はさすがだと感心する。

「ゆっくり休めよ」

なにかあれば従者に言うように女性に声をかけ、信は部屋を後にした。

夫婦の寝室に戻ると、すでに蒙恬は部屋に戻って来ており、口元に手を当てながら何か考えているようだった。

まるで軍略でも企てているかのような真剣な眼差しだったのだが、信が戻って来たことに気づくと、すぐに顔を綻ばせる。

「まさか屋敷のすぐ傍で野盗が出るなんてな」

信が独り言ちると、蒙恬が深く頷いた。

「戦乱の世に安全な場所はないからね。俺の腕の中は別だけど、どう?」

両腕を軽く開いて、蒙恬が抱擁を誘ってくる。相変わらず物事を茶化すのが好きな男だ。

「明日のことは?」

二人きりとはいえ、今はそんな冗談を言い合う訳にはいかない。明日の予定を尋ねると、蒙恬の眼差しに真剣さが戻った。

「御者と護衛の手配はもう済んでる。屋敷に送り届けるだけだし、俺も一緒についていこうかな」

予想通り、蒙恬は従者たちに指示を出していた。しかし、まさか蒙恬自身もついていくとは思わず、信は呆気に取られる。

「宮廷から戻って来たばっかりだろ?行くなら俺が…」

「信の顔を見たら疲れなんて吹っ飛んだから心配いらない。それに、先生には随分とお世話になったんだから、従者に任せっぱなしって訳にもいかないだろ」

「………」

正直納得は出来なかったものの、蒙恬の頑固さはよく理解していたので、信は大人しく引き下がった。

宮廷から戻って来たばかりで疲れているだろうに、蒙恬は家庭教師の女性を恩人と慕っていることもあって、無事に屋敷まで送り届けなくてはと考えているようだった。

「俺が先導するから、お前は屋敷で休んでろ」

信は反論こそしなかったものの、やはり夫を休ませたいという気持ちが勝ってしまい、自分が屋敷まで送り届けると提案した。

どうやら信からそんな提案が来るとは予想していなかったようで、蒙恬は驚いて目を丸める。

「蒙恬様」

その時、扉の向こうから侍女の声がした。

「どうした?」

入室を許可すると、侍女が困った表情で部屋に入って来た。
何か言いづらそうな雰囲気を醸し出していたので、蒙恬と信も顔を見合わせる。彼女は侍医の言伝を持って来たようだった。

「声が…出ない?」

 

 

言伝を聞いた蒙恬と信は、急いで家庭教師の女性がいる客間へと向かった。

眠り薬を煎じていた侍医が頭を下げ、困ったように眉根を寄せている。少し話しづらそうにしていたものの、蒙恬が許可をすると、侍医は女性の容体について話し始めた。

どうやら野盗に襲われた恐ろしさのせいで、声を出すことが出来なくなってしまったのだという。

女性は喉元に手を当て、なんとか声を出そうと試みているものの、掠れた吐息が僅かに聞こえるばかりだった。

恐らく精神的なものが影響しているので、医者は治療法はないと断言した。野盗に襲われた恐怖心を克服するまでは、恐らく声を出せないのではないかという見解も添えて。

外傷はなかったものの、心に深い傷が刻まれてしまったのだと思うと、信はやるせない気持ちに襲われた。

目に見える傷ならば適切な処置さえ行えば癒える。しかし、心の傷を治す手段はない。どんな高価な薬草を使っても、国一番の医師が診ても、治らぬ病なのだ。

「…先生」

侍医の話を聞いた蒙恬は、穏やかな声色で彼女を呼んだ。
家庭教師の女性は今にも泣き出してしまいそうな顔をしており、不安げな瞳で蒙恬を見上げた。

「色んなことがあって心細いでしょうから、どうぞ落ち着くまでうちで休んでいってください」

温かい言葉を掛けると、家庭教師の女性は両手で顔を覆い、体を震わせる。声なき声を上げて泣く彼女を見て、信も背中擦ってやることしか出来なかった。

二人は部屋を出て、互いに顔を見合わせた。

言葉はなかったものの、信は頷いて承諾の意志を示す。明日、家庭教師の女性を屋敷まで送り届ける予定であったが、数日は屋敷で療養させた方が良さそうだという蒙恬の判断に、信はもちろん従ったのだった。

「…野盗の捜索をする」

彼女を襲った野盗がまだ近くに潜んでいるかもしれないので、見回りの強化をする必要がありそうだ。

すぐにでも屋敷を飛び出しそうな信の手を掴み、蒙恬はゆっくりと首を横に振った。

「少し気がかりなことがあるから、このまま泳がせて、様子を見たい」

「放っておいたら、他の奴らが被害に遭うかもしれねェだろ」

野盗を野放しにしておくなんて、他にも新たな被害が出るかもしれないと信は食い下がった。相変わらずの正義感の強さに蒙恬は穏やかな笑みを浮かべる。

「…うん。それじゃあ、怪しいやつらがいたら殺さずに捕らえることにしよう。先生の証言と照らし合わせて、そいつらが先生を襲った野盗か確かめないと」

「そうだな」

信は頷くと、さっそく厩舎から愛馬を連れて来て、屋敷の周囲の見回りを行った。

家庭教師の女性が被害に遭った場所の周囲も捜索したが、野盗の手がかりになるものは何も見つからなかった。

 

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宝石姫

 

嫌悪

その翌日も、信は野盗たちの調査を行ったのだが、それらしい手がかりは見つからなかった。

彼女を馬車で送迎していた御者の男から野盗の特徴については聞いていたが、黒い布で顔を隠している者ばかりだったという。

それ以外にも、野盗の特徴について家庭教師の女性から聞き出そうとしたのだが、その話を口にするだけで、彼女は声を上げることなく泣き出してしまう。

まだ心の傷が癒えていないうちに、野盗のことを聞き出すのも酷だと思い、信と蒙恬は野盗の話題を控えるように決めた。

その後も見張りを続けたが、野盗は現れることはなかった。これだけ日数が空いたのなら、逃がしてしまったかもしれない。蒙恬も信も言葉にせずとも、同じことを考えていた。

…となれば、残された問題は家庭教師の身柄だけだ。

御者の男に馬を貸し、蒙恬は書簡を持たせた。彼女を保護していることを伝えて欲しいと頼み、御者の男に先に屋敷へ戻るよう指示したのである。

数日経過したものの、未だに女性の声は戻っていない。こればかりはいつ治るか分からなかった。

蒙恬も信も彼女の部屋を訪れ、ゆっくり療養するように声を掛けるのだが、仮面のように表情が乏しく、回復の兆しは見えない。

…一月ほど経過してからも、結局野盗の手がかりはなく、家庭教師の女性の心の傷は癒えることはなかった。

 

 

夜になり、寝台に寝転びながら、信は今日も野盗に対する手がかりがなかったことに、重い溜息を吐いた。

「信、そんなに落ち込まないで」

隣に横たわった蒙恬が慰めるように髪を撫でてくれる。

「野盗は逃がしてしまったかもしれないけれど、こうなったら、あとは先生の心の問題だ。それは俺たちにはどうしようも出来ない」

「………」

諭されるように言われるが、信は納得出来ずに蒙恬に背を向けてしまう。寂しい視線を背中に感じるものの、信の中でまだ気持ちの整理がつかずにいた。

野盗の存在はどの国にもあるし、被害に遭っているのは家庭教師の女性だけではない。全員を救いきれないことは分かっているが、せめて目の前にいる者たちだけは救うことを信念をしている信は、犯人を野放しにしておくことが許せなかったのである。

幼少期、奴隷商人によって攫われたところを彼女に救われた蒙恬も、もちろん信がこのまま諦めるとは思わなかった。

だが、互いに将軍という立場である以上、いつまでもこの件に構っている訳にはいかない。信もそれを理解しているからこそ、葛藤しているのである。

「…信」

優しい声色で夫から名前を呼ばれるものの、信は振り向かなかった。もしも蒙恬からもう諦めろと言われたら、口論になるのは目に見えている。

背後で蒙恬が困ったように笑った気配を察し、信は唇を噛み締めた。

「もう寝ちゃったんだ?」

信がまだ眠っていないどころか、無視を決め込んでいるだけだと分かり切っているだろうに、蒙恬はわざとらしくそう言うと、自分たちの体に寝具を掛けた。

「………」

自分の信念を曲げたくないとはいえ、子どものような拗ね方をしてしまったことに罪悪感を覚えてしまう。

信は寝返りを打つフリをして蒙恬の方を向くと、彼の胸に顔を埋めた。

「…悪かった」

小声で謝罪すると、蒙恬はすぐに抱き締めてくれた。

「可愛い寝言だね」

からかうようにそう言われたので、信は咄嗟に顔を上げてしまった。

「寝言じゃなくて、本音だっ…」

すぐに訂正すると、蒙恬の整い過ぎた顔が目の前にあって、柔らかいものが唇に重なった。

口づけられたのだと理解した途端、信は顔から湯気が出そうなほど顔を赤らめて言葉を失ってしまう。もう幾度となく唇どころか、体も交えているというのに、相変わらず初々しい反応に、蒙恬の顔からにやけが止まらない。

「~~~ッ!出てけ!今夜は一人で寝るッ!」

「ええーっ!それはやだ!」

再び背を向けた信に、蒙恬は本気で怒っていることを察したらしい。

背中を包み込むように抱き締めて来て、絶対に離れないぞという意志を示すが、信は遠慮なくその腕を振り払ったのだった。

 

 

嫌悪 その二

その翌日から、家庭教師の女性は客室を出て、ときどき庭を散歩するようになっていた。

声はまだ出せないようだが、顔色も随分と良くなったことに信は安堵する。しかし、まだ馬車に乗るのには恐怖心があるようで、定期的に屋敷に書簡を送っていると報告を受けた。
蒙恬のもとにも、彼女の両親から感謝の書簡が送られてきたという。

書簡には野盗の襲撃に対抗出来るような護衛の者が見つからず、娘を迎えに行ずに申し訳ないという謝罪も書かれていたそうだ。

蒙恬も信も自らが護衛役を務めるつもりでいたのだが、まだ家庭教師は屋敷の外に出るのを怯えている。

引き続き、野盗の行方は追っているものの、あれから一度も目撃情報はなかった。犯人が捕まらないうちはやはり不安を拭うことは出来ないのか、家庭教師はすっかり屋敷で暮らすようになっていた。

表向きは客人で、蒙恬も彼女の滞在を承諾しているため、文句をいう使用人たちはいないのだが、それでもいつまで留まるつもりなのだろうと信は思うことがある。

時々、庭先で蒙恬が彼女に話しかけている姿を見る度に、信の胸は複雑な思いに駆られた。
なんとなく、二人の距離が縮まってきているような気がしてならなかったからだ。

もちろん二人はもともと関係性が構築されているので、自分の知らない話をすることもあるし、二人だけで盛り上がる会話もあるのだろう。

着物の裾を踏んでしまい、躓きそうになった家庭教師を抱き止めた蒙恬の姿を見てしまったのも良くなかったと思う。

声を出せない代わりに、身振り手振りで主張しなくてはならないこともあって、彼女はやたらと蒙恬の体に触れるようになった。

肩を触ったり、腕を組んだりといったものなのだが、その仕草から、なんとなく女の顔を見せるようになっているような気がした。

それは単なる信の直感であり、確証はないものだ。だが、家庭教師が蒙恬を見据える熱い眼差しに、どうしても恋幕を感じずにはいられない。

蒙恬の家庭教師に対する態度が一貫して変わらないのは救いだったが、自分が見ていない時は違うかもしれない。

 

 

家庭教師の女性が初恋相手だったというのは、信も蒙恬自身から聞いていた。子どもの頃とはいえ、もしかしたら当時のことを思い出して、蒙恬は彼女に対する恋愛感情を取り戻しているのではないだろうか。

(もしかして、このまま…)

まだ婚姻を結んでから一年も経っていないというのに、信は蒙恬が自分以外の女を娶るのではないかという不安に襲われた。

蒙家の繁栄のため、世継ぎを産ませるために※愛人を娶ることは正式に認められている行為であり、信に止める権利はない。

以前、婚姻を申し込んで来た蒙恬に、自分を正妻にするのではなく、何番目かの妾にするべきだと信は訴えた。

下僕出身である自分よりも、きちんとした家柄の出で、礼儀作法をしっかりを学んでいる女性こそが蒙恬に相応しいと伝え、幾度となく蒙恬からの婚姻を拒否していたのである。

それでも蒙恬が信を正妻にするのを諦めなかったのは、信を愛しているという理由だけであり、その想いの強さを証明するかのように、父の蒙武や祖父の蒙驁までもを黙らせたのである。

愛情を試した訳ではなかったのだが、それを知ったとき、蒙恬が本気で自分のことを愛してくれているのだと理解した。

しかし、蒙恬の心には、やはり初恋相手である家庭教師の女性がいつまでも残っていたのだろう。

家庭教師への態度は変わりないとはいえ、彼女に向ける蒙恬の眼差しは優しい。その眼差しに、愛情が混じっているような気がして、信はいたたまれない気持ちになった。

(やっぱり、蒙恬は…まだ好きなのかもしれねえな)

二人が一緒にいるのを見るのが辛くなって来たことは自覚していたし、それが嫉妬のせいだということも分かっていた。

蒙恬を困らせたくないと言えば聞こえが良いが、本心は違う。蒙恬に本当の気持ちを確かめるのが怖かったのだ。

彼女を妾として迎え入れると言うのではないか。もしそうなら、自分を正室に迎え入れたのは間違いだったと言われるかもしれない。さまざまな不安が波のように押し寄せて来る。

日を追うごとに増していくその不安は、もはや嫉妬の感情を覆い尽くすほど、大きなものになっていた。

 

 

家出準備

その日の夜、寝室で信は荷を纏めていた。明朝になったら、今は騰が管理をしてくれている王騎の屋敷に帰るつもりだった。

蒙恬と共に両親の墓前に婚姻報告はしていたが、その後は一度も屋敷に帰っていなかったし、里帰りをすると言っても怪しまれることはないだろう。

それに、少しだけ蒙恬と距離を置けば、この不安も緩和されるのではないかと考えた。

滞在する期間は決めていないが、家庭教師の帰宅が決まるまでは、蒙恬と離れていた方が気持ちが掻き立てられないかもしれない。

もしかしたら自分が不在の間に二人の関係が今以上に深まってしまうのではないかという不安もあったのだが、もしもそうなった時は離縁も視野に入れるべきだろう。

蒙家嫡男である彼には、やはりきちんと礼儀作法が行き届いた地位のある女性の方がふさわしい。

蒙恬から離縁を求められたなら応じるつもりだったし、家庭教師を正妻に迎え入れるのを反対する者はいないはずだ。

(ま、これくらいで良いだろ)

蒙家に嫁ぐことが決まり、この屋敷にやって来た時と荷の量は大差なかった。荷の中身といえば着替えくらいである。

荷を布に包んだあと、信は蒙恬に気づかれないように荷を隠すことに決めた。
室内を見渡し、なるべく目につかない場所を考えていると、背後から足音が聞こえた。信は慌てて寝台の下に荷を投げ込み、寝台に勢いよく寝転んだ。

「信?」

蒙恬だ。湯浴みを済ませて来たのか、頬が火照っており、僅かに髪が濡れている。

「もう寝るの?」

「お、おう。今日はちょっと疲れちまって…」

何事もなかったように取り繕いながら、瞼を下ろす。
自分が嘘を吐けない性格なのは重々承知しているので、怪しまれないために早々に寝ることを決めた。

素直に王騎の屋敷に帰るなどと言えば、まずは理由を尋ねて来るだろうし、納得できる理由でなければ外泊など許されない。無論、家出など許されるはずがなかった。

だからこそ信は蒙恬に気づかれないように、明朝に屋敷を抜け出すつもりでいた。

従者たちにも家出計画を知らせるつもりはないが、妻が屋敷からいなくなったとなれば騒動になるのは目に見えている。

剣の腕が落ちているので、しばらく騰に稽古をつけてもらうと適当な理由を書いた木簡を用意し、先ほどの荷と一緒に忍ばせておいた。

屋敷を出る前にその木簡を残していけば、少なくとも居場所は分かるのだからそこまで大きな騒動には発展しないだろうという信の気遣いだった。

馬を走らせて迎えに来るかもしれないが、騰に任せておけば簡単に追い返してくれるだろう。

蒙恬は鋭い観察眼を持つ。相手の些細な言動から嘘を見抜くことが出来るので、嘘を吐けない信とは抜群に相性が悪いのだ。

しかし、蒙恬は朝が弱い。執務や用事がある時は目を覚ますが、そうでない時は信が起こすまでずっと眠り続けている。

声を掛けず、物音を立てずにそっと部屋を出れば彼を起こさずに部屋を出られるし、早朝に剣の鍛錬をする時はいつもそうしていた。

信は下僕時代のことや、王騎のもとで修業をしていたことがあるので、日が昇る前に目を覚ますのが習慣になっている。

いつも蒙恬よりも先に目を覚ますので、明日もそうして寝室を抜け出すつもりだった。

 

「今、何してたの?」

荷を隠したことを気づかれたのかと思い、信は心臓を鷲掴みにされたような感覚に顔を引きつらせた。

「寝ようとしてた…けど…」

「ふうん?寝るならちゃんと布団掛けないと、風邪引くよ」

「あ、ああ…」

蒙恬に指摘されて、信は布団の中に潜り込む。慌てて寝台に寝転んだので、布団もかけずに寝たふりを決め込むところだった。

蒙恬も湯浴みを済ませたのだから、あとは眠るだけだろう。しかし、彼は何かを考えるように口元に手を当てており、神妙な表情を浮かべている。

薄目でその表情を見た信は、心臓がどきどきと激しく脈を打ち始めるのを感じていた。

(も、もしかして、バレたか…?)

荷を用意しているところも寝台の下に隠したのも、見られてはいないはずだが、鋭い蒙恬のことだから怪しんでいるのかもしれない。

「ね、寝ないのかよ」

さりげなく蒙恬の思考を邪魔するように、信が声を掛ける。考えるのをやめたのか、蒙恬は微笑を浮かべると、

「もう少し、髪を乾かしてから寝るよ。布をもらってくる」

「ああ、分かった」

湯浴みでまだ髪が乾き切っていないことが気になっていたのか、そう言って彼は寝室を後にした。

彼が寝室を出て行ったあと、信はそっと寝台から降りた。

(やっぱり隠し場所を変えた方が良いな…蒙恬に見つかるかもしれねえ)

寝台の下を覗き込み、先ほど乱暴に投げ捨てた荷と木簡を手繰り寄せる。
蒙恬が戻ってくる前に、別の場所に隠しておこうと考え、信は室内を見渡した。寝台の下は覗き込めばすぐに気づかれてしまうし、だとすれば衝立の後ろが良いだろうか。

「うーん、どこにすっかなぁ……ん?」

荷と木簡を抱えながらどこに隠すべきか狼狽えていると、不意に背後から視線を感じ、信は反射的に振り返った。

「俺に隠し事するなら、もう少し上手くやった方が良いよ。信」

寝室を出て行ったとばかり思っていた蒙恬が、入り口でこちらをじっと見据えていたのである。

鎌をかけられたのだと信が気づいたのはその時だった。

 

 

失敗

驚愕のあまり悲鳴を上げることも出来ず、信は抱えた荷と木簡を落としてしまった。

着物はともかく、木簡の内容を読まれるのはまずい。慌てて手を伸ばすものの、蒙恬が木簡を取る方が早かった。

「………」

木簡に記された内容を読んだ蒙恬の表情が強張った。

(やべぇ!バレた!)

このままでは家出計画を阻止されてしまう。
荷を持って行くのを諦めて、信はとにかく屋敷からの脱出するために、蒙恬の後ろにある扉を目指して駆け出した。

「おわあッ!?」

しかし、蒙恬に足を引っ掛けられて、あっさりと逃亡は阻止されてしまう。
前のめりに倒れ込んだところを蒙恬の両腕がさっと抱き止めてくれたので、顔面を強打するのは回避出来た。

しかし、二本の腕にしっかりと抱き締められてしまい、信は敗北を認めるしかなかった。彼の俊敏さに敵わなくなって来ているのは、剣の腕に限った話ではなかったようだ。

「これはどういうこと?謄将軍に稽古をつけてもらうのに、家出同然に出ていく必要なんてないだろ」

稽古以外に別の目的があるのではないかという蒙恬の疑問に、信が表情を曇らせる。
その表情を見た蒙恬がますます鋭い観察眼を働かせた。

「…先生のことが気になるのかもしれないけれど、信が心配しているようなことはなにもないよ」

優しく言葉を掛けられるものの、信は思わず唇を噛み締める。

きっと蒙恬は、自分と離縁はしないと言いたいのだろう。家庭教師の女性を正妻ではなく、妾に迎え入れるつもりなのだろうか。

しかし、考えてみれば蒙恬が信と離縁をしないのには大きな理由があった。元下僕とはいえ、信はあの六代将軍二人の養子という立場だ。さらには蒙武と蒙驁を説き伏せてまで婚姻を結んだのだから、今さら離縁することも出来ないのだろう。

「…先に面倒な女を娶っちまったって思っただろ」

低い声で言いながら腕を振り解くと、蒙恬がきょとんと目を丸める。

「信?なに言ってるの?」

「俺と婚姻していなかったら、あの女を妾じゃなくて、正妻として娶ることが出来たもんな」

その言葉を聞き、蒙恬がまるで体の一部が痛むように顔をしかめた。図星だからそんな表情を見せるのだろうと信は疑わなかった。

強く拳を握り、信はこみ上げる衝動のままに言葉を続ける。

「だから俺と婚姻するなら妾にしとけって言ったんだよ!そうすりゃいつだって捨てられただろ!?」

「信!なんでそんなこと言うんだよッ!」

いつも冷静に諭してくる蒙恬が珍しく大声で反論して来たが、信はこみ上げて来る衝動を押さえ込むことが出来なかった。

「お前なんか嫌いだッ!」

勢いのまま言い切ってから、しまった、と思った。

 

中編②はこちら

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初恋のまじない(蒙恬×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/嫉妬/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は「初恋は盲目」の後日編です。

 

婚儀

蒙恬と信の婚儀は、秦王自らが参列して祝辞を述べるという盛大な式となった。

秦王であり親友の嬴政から、蒙恬は秦国に欠かせない将であると婚儀で祝辞を述べられたとき、信は自分のことのように喜んだし、その言葉には蒙一族全員が感涙していた。

蒙恬を幼少期から世話していたじィこと胡漸は、顔が上げられないほどむせび泣いていたし、それを見た蒙恬も、珍しくもらい泣きしそうになっていたことを覚えている。

嬴政が式に参列することは以前から決まっていたので、盛大な式になるのは予想していたのだが、王一族の参列はないと思っていた。

王騎と摎の養子であった信だが、馬陽で二人を失ったこともあり、今では王一族との繋がりなどないに等しいからだ。

しかし、信の予想に反して、婚儀には王翦を筆頭に王一族も参列することとなった。その中には王賁の姿もあった。

…結果として秦王や高官や将軍たち、蒙一族と王一族、それから二人を祝福する仲間や民たちが集い、国の行事にも負けないほどの賑わいを見せたのである。

秦王が参列するだけでも天下の珍事だというのに、大勢が祝福をしてくれ、一生思い出に残る婚儀となった。

婚儀を終えた夜、二人は夫婦として初めて共に夜を過ごす…いわゆる初夜を迎えた。
しかし、婚前に何度も身を交えていたので初夜とは呼べないのかもしれないが、改めて夫婦となったことに気恥ずかしさを感じる。

それでも蒙恬に抱き締められ、愛を囁かれると、これからもこの国を守っていかなくてはという気持ちが深まり、信は将としての責務を誇らしく感じた。

どうやら蒙恬も同じことを考えていたようで、武功の話で盛り上がってしまい、婚儀の後だというのに、寝台の上でこんな泥臭い話をするのは中華全土で自分たちだけだろうと二人は笑い合った。

 

元下僕の身分である信にも、蒙家の家臣たちは親切にしてくれる。

王騎と摎の養子とはいえ、元下僕の身分である信が名家に嫁ぐことは、色々と支障があるのではないかと考えていたのだが、その心配は杞憂だったらしい。

名家の嫡男である蒙恬の結婚相手として相応しくないと、中には結婚を反対していた家臣もいたと思うが、そういう連中から面と向かって何かを言われることはなく、かといって陰で何か言われている気配もなかった。

六大将軍二人の養子でありながら、信自身も大将軍の座に就き、さらには秦王の唯一無二の親友であることが味方したのか、婚前になって蒙恬の屋敷へ移り住んでからも、あからさまな嫌がらせには遭わずにいた。

幼い頃、蒙恬は軍師学校を首席で卒業して将軍になったなら、信を妻に迎えるという約束を信本人だけでなく、父の蒙武とも交わしていたという。

見事に有言実行した蒙恬は、あれこれ血筋に口を出す蒙家の人間たちどころか、信自身さえ黙らせたのだ。

蒙武も武人であり、将である立場ゆえに、約束を破るような無粋な男ではない。蒙家の当主である彼が、息子と信の婚姻を認めたことで、家臣たちも婚姻に口を出すことはしないのだろう。

自分の見ていないところで蒙恬がどのような裏工作をしていたのかは知らないが、こうなれば諦めて、素直に彼の愛情を受け入れるしかないだろうと信は思った。

晴れて正式に夫婦と認められた蒙恬と信は、その後も将として活躍をしていた。

 

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軍務

軍政のことで昌平君からの呼び出しがあり、蒙恬は咸陽宮に滞在していた。

軍師学校を首席で卒業し、あっという間に大将軍にまで上り詰めた蒙恬の知将としての実力は重宝されており、先日の侵攻戦で手に入れた領土と城の防衛設計について依頼されたのである。

それを依頼したのが軍の総司令を務める昌平君で、彼からの信頼が厚い証拠でもあるのだが、蒙恬といえば憂鬱な気分でその軍務をこなしている。

防衛設定についての話がなんとか形になった頃、蒙恬は溜息を吐きながら机に突っ伏した。

「あー…奥さん不足が極まりない…今日中にでも信に会わないと死んじゃう…いてっ!」

不吉な独り言を零した弟子の頭を軽く叩き、昌平君は城の防衛設計についてまとめられた書簡を手に取った。

今も師と称えている昌平君が書簡の内容に目を通し、小さく頷いたのを見て、蒙恬の表情に笑顔が戻る。

「もう帰っていいですか!?いいですよね!?」

「城壁の設計が甘い。この端にある侵入経路を突かれれば、簡単に開門されて乗り込まれるぞ」

帰宅許可が出るかと思いきや、やり直しだと言われてしまった。ようやく信が待つ屋敷に帰れると思ったのに、蒙恬はがっくりと肩を落とす。

もう咸陽宮に来てからそれなりの日数が経過していた。
信に限って、夫の不在中に不貞行為をするだなんて思えなかったのだが、離れている時間が長いと色々な不安が込み上げて来る。

一人で寂しがっていないだろうか、自軍の鍛錬に精を出し過ぎて無理をしていないか、きちんと食事をしているか、風邪は引いていないか、自分の見ていない場所で嫌がらせをされていないか…色々なことが気になって仕方がない。

早く帰還するためには、一刻も早く執務を終わらせれば良いだけだと頭では分かってはいるものの、少しも気力が湧かない。

「…先生、もしかして、新婚の俺たちに嫉妬してますか?だから俺と信の時間を邪魔しようと…いでっ!」

淀んだ瞳を向けながら、師である彼に棘のある言葉を投げかけると、丸めた木簡で頭を軽く叩かれた。

「将軍昇格となった自覚が足りんようだな」

(ちぇ…さっさと終わらせよう)

口を尖らせながら、蒙恬は渋々昌平君から指摘された部分の修正案を検討する。

敵からの侵入経路を完全に塞いだ設計を提示すると、ようやく帰宅許可を得ることが出来たので、蒙恬は一刻も早く妻に会うために、颯爽と馬車へ乗り込んだ。

 

再来

蒙恬が咸陽宮に行ってから、どれだけの日数が経っただろう。

まだひと月は経っていないと思うが、婚儀を終えてからしばらくはずっと一緒にいたこともあって、何だか気持ちが落ち着かない。

現況を知らせる書簡の一つも来ないのはそれだけ激務なのか、それとも昌平君の許可が出ないのか。恐らく後者だろうと考えた。

互いに将という立場で、大勢の兵や軍政を任されている立場なのだから、長い期間会えなくなるのは珍しくない。しかし、寂しい気持ちを抱いてしまうのは、それだけ蒙恬に絆されてしまった証拠だろう。

(あー、やめやめ。集中しろ!)

握っている剣に意識を戻し、信は鍛錬に集中するように自分に喝を入れる。
正式に夫婦となってからは蒙恬の住まう屋敷の母屋で過ごすようになったが、広い庭で剣を振るう習慣は以前と変わりない。

戦の気配があればすぐに駆け付けなくてはならないので、軍の指揮だけでなく、自分自身も力を備えておかなければならないのだ。

気を抜いていると、あっという間に蒙恬に先を越されてしまう。

この屋敷で暮らすようになってから、信は蒙恬に頼まれて、手合わせに付き合うことがあった。

もちろん信が勝利した回数の方が圧倒的に多いのだが、本当の戦場で相見ればどうなるか分からない。

武力より知略の才に長けている蒙恬といえど、彼は男にしては身のこなしが軽い。こちらの剣筋を確実に見極めて回避されるので、なかなか一撃があたらないのだ。

さらに反撃の一撃は重く、ただ武器を振るうのではなく、的確に急所を狙ってくる。
彼が武力よりも知略に優れていることに慢心して接近戦に臨めば、いつか泣きを見るだろう。

外見はともかく、蒙恬はあの蒙武の息子なのだから、武器を持たせればその実力は確かだと分かる。

「…はあ…」

握っていた剣を下ろし、信はまた無意識のうちに溜息を吐いていた。

自分がこれだけ寂しいと感じているのなら、蒙恬はその倍は寂しがっているに違いない。普段から家臣たちの目も気にせず愛の言葉を囁いてくるし、執務とはいえ、離れなくてはならないことにさんざん駄々を捏ねていた。

最終的には信が馬車に蒙恬を無理やり押し込んで見送ったのだが、帰って来たら犬のようにまとわりついてくるに違いない。そこまで考えて、早く会いたくて堪らない気持ちでいる自分を認めるしかなかった。

 

 

「ふう…」

額の汗を拭いながら、今日はこの辺で終わろうかと考えていると、正門の辺りが何やら騒がしいことに気が付いた。

蒙恬が帰宅したのだろうかと考えたが、騒ぎに耳を澄ませると、あまり平穏な雰囲気ではなさそうだ。

迷うことなく信は正門へ向かった。
この屋敷の留守を任されているのだから、何か問題が起きたのなら自分が対処しなくてはならない。妻としての責務を全うしなくてはと意気込んだ。

「蒙恬様はご執務で留守にされております。どうかお引き取りください」

正門に辿り着くと、幼い頃から蒙恬の世話をしていた年老いた侍女が来客の対応しているのが見えた。

何があったのだろうかと近づいていくと、侍女に声を掛けられても引き下がろうとしない若い女の姿があった。

身なりから、それなりに裕福な出であることが分かる。どこかの令嬢だろうか。

「いいえ、蒙恬様が戻られるまでずっとここで待っています!」

(げっ)

あの女性がどんな目的があってやって来たのかは分からないが、まさか蒙恬が一方的に関係を断ち切った婚約者候補ではないだろうか。そう直感した信はあからさまに顔をしかめた。

信自身は蒙恬の婚約者となった時も、婚姻を結んでからも、婚約者候補であった女性たちから妬み恨みの感情を向けられたことはなかった。

この中華全土で名を知らぬ者などいない秦の大将軍であり、王騎と摎の養子、さらには秦王嬴政の親友という唯一の無二の存在であることから、怒りを買うわけにはいかないと思われたのかもしれない。

しかし、蒙恬の方には恨みつらみが記された書簡が送られて来たと聞いたことがある。

彼女たちとの過去の関係を、蒙恬はすっかり清算した気になっているのかもしれないが、そう簡単に人の心というものは動かせるものではない。

いつかは元婚約者候補の女性が屋敷に乗り込んで来るのではないかと危惧していたことがあったのだが、見事にそれは実現されたということだ。

隠れてやり過ごそうかとも考えたが、やはり蒙恬の妻という立場で屋敷の留守を任されている以上は介入せざるを得ないだろう。

それに、一向に帰ろうとしないあの女性の対応に、侍女の方もすっかり困り果てているようだ。仕方ないと信は覚悟を決めて前に出た。

 

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謎の来客

「おい、何があった?」

「信さま」

声を掛けると、侍女が一礼をし、言葉を選びながら状況を説明し始める。

「その、来客がいらしたのですが…蒙恬様が不在だとお伝えても、お帰りにならず…」

信が視線を向けると、来客の若い女性がはっとした表情になった。
どうやら信という名前を聞きて、彼女こそが飛信軍の将、そして蒙恬の妻だと気づいたのだろう。

「突然のご訪問、失礼いたしました。お会いできて光栄ですわ、信将軍」

礼儀正しく一礼した女性が、幼い頃からしっかりと教育を受けている、つまりはそれなりに身分の良い娘であることが分かった。裕福な家庭育ちの者は身なりだけでなく、言葉遣いや態度にも表れる。

しかし、蒙恬の婚約者候補の女性であったのならそれも納得できた。高官の娘か、名のある商人の娘だろうか。

屋敷まで押しかけて来たということは、てっきり婚約者の座を奪われ、婚姻を結んだことを妬まれているのかと思ったのだが、そうではないらしい。
その礼儀正しい態度や眼差しから、こちらに対する怒りは少しも感じられなかった。

この場に蒙恬がいたのなら、彼に直接怒りをぶつけていたのかもしれないが、妻として蒙恬がそんな目に遭うのは嫌だった。ここは穏便に解決させなくてはと使命感に駆られた信は夫を真似て、人の良さそうな笑みを繕う。

「何か蒙恬に用か?」

もしかしたら蒙恬が居留守をしていると思われているのかもしれない。嘘ではなく、本当に不在であることを告げたものの、令嬢の表情が崩れることはなかった。

「実は私、蒙恬様が幼少期に家庭教師をしておりましたの。近くを通りましたので、ぜひご挨拶をと思い…」

「家庭教師…?」

蒙恬は幼い頃から家庭教師がつけられていた。王賁もそうだが、どうやら名家の嫡男というのは初陣を出る前から立ち振る舞いであったり、勉学を義務付けられているらしい。

(ん?なんか、引っ掛かるな…)

何となく胸に突っかかりがあり、その正体を探ろうと信は記憶を巡らせた。

 

 

―――初恋が失恋に終わって良かったって、そう思ったんだ。

いつかの蒙恬の言葉を思い出し、信は冷水を浴びせられたように青ざめる。まさか、この女性が蒙恬の初恋相手ということだろうか。

振り返って、侍女を見ると、彼女は困ったように眉根を寄せて小さく首を横に振った。どういう意味か分からず、思わず顔を寄せると、侍女は信の耳元で、蒙恬に家庭教師がついていたことは確かだが、この女性ではないと教えてくれた。

この侍女は胡漸と同じく、蒙恬が幼い頃から蒙家に仕えている。家庭教師の女性とも面識はあったという。ただ何年も前のことなので、顔についてはよく覚えていないそうだ。

だが、あれから何年も経過している・・・・・・・・・のに、まるであの当時から年を取っていないような外見をしている。

童顔で実年齢よりも若く見えるのとはまた違う。これは確実に別人で、蒙恬の家庭教師だと偽っているに違いないと侍女は小声で信に訴えた。

外見だけなら蒙恬や自分よりも若く見えることに、たしかに信も違和感を覚えていた。
たしかに侍女の話を聞く限り、この若い女性が家庭教師に成り済ましているとしか思えない。

相手が野蛮な男ならともかく、可憐な女性を無理に追い返すのは良心が痛む。ここは穏やかに帰ってもらおうと、信が顔に笑みを貼り付けながら口を開いた。

「悪いが、あいつは軍の総司令に呼ばれて宮廷に行ってるから、いつ帰って来るか分からないぞ」

それは嘘ではないし、侍女もずっと彼女へ告げていた事実だ。

「そうだったのですか…」

先ほどから侍女も同じことを言っていたのに、どうやらその女性は蒙恬と会わせないための口実だと思い込んでいたのか、ここに来てようやく引き下がる気配を見せた。

蒙恬がこの場にいなくて良かったと、信は顔に出さずに安堵する。

この若い女性の正体が蒙恬の初恋相手である家庭教師とは思えないのだが、ただでさえ今も胸がもやもやとしていて、笑顔を繕ったままでいるのがやっとだった。

家庭教師の女性は別の男性のもとに嫁いだという話を聞いていたのに、それでも嫉妬の感情が湧き上がってしまう。
もう蒙恬と自分は婚姻を結んだ正式な夫婦だし、毎日のように愛を囁いてくれるとはいえ、過去の恋愛をなかったことには出来ないからだ。

自分が知らないだけで、蒙恬には自分以外に愛していた女がいたのではないか、そして今もその女を愛しているのではないかという不安に襲われてしまう。

まるで蒙恬を信じていない自分に嫌気がさす。

大将軍を目指していたときの、仲間たちと武功を競い合っていた時のような嫉妬とはまた種類が違うし、自分の独占欲が絡むせいか、醜い感情だと思ってしまう。

 

蒙恬の初恋相手

「…ん?」

その時、屋敷の外から物凄い勢いでこちらへ向かってくる馬車が見えて、信は思わず首を傾げた。
屋敷の前に停まるや否や、御者が扉を開けるよりも先に馬車の扉が開けられる。

「信、ただいま!」

満面の笑みを浮かべた蒙恬だった。

(こんな時に…!)

確かに夫の帰宅をずっと待ち侘びていたがよりにもよって今帰って来るとは。動揺を悟られないように冷静でいようと思う者の、つい顔が引きつってしまう。

「やっと帰って来れた~!先生がなかなか許可をくれなくてさ…でもこれでしばらくは大丈夫だから」

再会を喜ぶように、信を抱擁しようと蒙恬が両腕を広げた時、

「蒙恬様!」

「ん?」

家庭教師を名乗る女性が目を輝かせ、彼の前で一礼する。
誰だか分からずに、蒙恬は何度か瞬きを繰り返し、それから信と侍女の方へ困ったような視線を向けて来た。

これまでの経緯を伝えようと侍女が口を開きかけて、それよりも先に女性が自己紹介を始める。

「私です!幼少期の蒙恬様の家庭教師をしておりました」

「……えっ?」

いきなりそんなことを言われた蒙恬はただ驚愕の表情を浮かべるばかりである。

それはそうだろう。蒙恬がまだ十にも満たぬ時に家庭教師をしていたというのに、外見は蒙恬とそう変わりない年齢なのだから、すぐには信じられるはずがない。

厄介なことになったとは思いながらも、信は正直安堵していた。
きっと蒙恬のことだから、こちらが言わずともすぐに目の前の状況を理解し、言葉巧みに彼女を追い返すと思っていたのだ。

「…本当に、先生…?」

信じられないと言った表情で、しかしその瞳に僅かな歓喜の色が浮かんでいる蒙恬を見て、信は嫌な予感を覚えた。

 

 

「ご立派になられましたね、蒙恬様」

家庭教師を名乗った女性は蒙恬の言葉に大きく頷いて、穏やかな笑みを浮かべた。
将軍昇格や、戦での活躍を労う言葉をつらつらと並べていくその女性に、蒙恬の表情が綻んでいく。

(おい、まさか、本当に家庭教師だって信じてんのかよ?)

信は家庭教師の女性と面識はないのだが、面識のある侍女が彼女ではないと否定したことに絶対的な自信を持っていた。

「…先生こそ、よくいらっしゃいました。久しぶりにお会いできて嬉しいです」

しかし、蒙恬はまるで再会を喜ぶかのような言葉までかけ始めたことに、信も、信の後ろに仕えている侍女も蒙恬の反応に驚いた。しかし、侍女の方は主が丁重にもてなしている手前、何も口を出せずにいるようだった。

「………」

信は静かに唇を噛み締めて、言葉を飲み込んだ。

心配しなくても、自分は正式に蒙恬の妻になったのだから、他の女性に夫を奪われるようなことはない。何度も自分にそう言い聞かせるものの、目の前で談笑する二人のせいで、胸のざわつきが一向に落ち着かない。

それが嫉妬という名の感情だと分かったのは、信にも経験があったからだ。

婚姻が決まったばかりの頃、宮廷で蒙恬が自分以外の女性と密会している現場に出くわしてしまい、破談の危機に陥った。結局のところ、あれは誤解だったのだが。

それでも、自分以外の女性と身を寄せ合っている蒙恬の姿を思い出しただけでも気分が悪くなってしまう。

たかがその程度で嫉妬するなんて、自分の心の余裕のなさに信は呆れてしまったのだが、それでも彼と夫婦になってから日に日に独占欲は増していく一方だった。

婚前から変わらず、蒙恬は自分を好きだと言葉にして伝えてくれるのだが、それでも不安になってしまうことがある。

こんなにも想い合っているのは今だけで、いずれ蒙恬は自分以外の女性を選んでしまうのではないかと。

 

 

嫉妬

「…信さま?お加減が優れないのですか?」

物思いに耽っていると、心配した侍女が声を掛けられて、信ははっと我に返る。
傍にいる二人の会話を聞きつけ、蒙恬の意識がようやくこちらに向き直った。

「信?具合悪いの?」

「え、あ…ええと…」

体調が悪い訳ではなかったのだが、これ以上ここにいたくないという想いがあったのは事実だった。

返事に戸惑っていると、蒙恬が心配して顔を覗き込んで来る。

「俺がいないからって、無茶な鍛錬してたんだろ」

「べ、別にそういうんじゃ…」

蒙恬の肩越しに、家庭教師の女性がこちらとじっと見据えていることに気づく。

幼い頃から戦に出ているせいか、信は他人から向けられる負の感情や視線には敏感なのだが、特に彼女の視線からは羨望や嫉妬などの感情を向けられている気配はなかった。

蒙恬の初恋相手だということで嫉妬をしてしまったのだが、彼女からすれば純粋に教え子の成長や再会が嬉しかったのだろう。

彼女が蒙恬を異性として見ている訳ではないのだとわかり、ほっと安堵する。同時に、自分の幼稚な部分が浮き彫りになった気がして、途端に恥ずかしくなった。

「さ、先に部屋に戻ってる」

「えっ?信?」

蒙恬から逃げるようにして、信は足早にその場を立ち去った。

部屋に戻ると行っておきながら、彼女は普段生活をしている母屋の方ではなく、婚前に暮らしていた別院の方へと向かう。とにかく今は、一人になれる場所に行きたかった。

 

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以前まで過ごしていた別院は、今も侍女たちが丁寧に清掃をしてくれているので、埃一つなく綺麗だった。

母屋では蒙恬との寝室が用意されているのだが、別院で使っていた寝室は今もそのままになっている。

婚姻を結ぶ際、蒙恬がそのままにしておくように従者たちに指示を出していたのだ。

別に母屋で生活するようになるのだから構わないのにと思ったのだが、蒙恬は首を横に振った。

―――だって、信は一人でどこか遠くに行っちゃいそうなことがあるから。もし、一人になりたい時はこの部屋を使って。約束だよ。

こちらは何も言っていないというのに、勝手に約束を取り付けられた。

あの時は蒙恬の取り越し苦労だろうと思っていたのだが、その通りになっていた。
本当は愛馬に乗って何も考えずに遠くを走りたいと思っていたのだが、無意識のうちに別院の寝室に駆け込んでいたのである。

「………」

丁寧に寝具が整えられている寝台に腰を下ろし、信は落ち着きなく自分の両手を組んだ。

「…っくしゅ!」

肌寒さを感じて、信は大きなくしゃみをしてしまった。
鍛錬の後で湯浴みをしたいと思っていたのだが、来客の対応をしていたうちに汗が引いており、体が冷えてしまったのだろう。

「………」

屋敷のどこにいても、自分がくしゃみや咳をしたら、すぐに飛んで来てあれこれ心配してくれるはずの蒙恬が今日は来てくれなかった。

それに寂しさを覚えながら、信は寝台にごろりと横たわる。

何も考えないように眠ってしまおうと瞼を下ろすものの、頭の中では蒙恬とあの女性のことばかり浮かび上がった。

蒙恬と彼の師である昌平君が話をしている時には何も感じないというのに、どうしてだか複雑な感情が波立つ。

あの女性が本当に蒙恬の家庭教師だったのかどうかは、もはや信の中ではさほど問題ではなくなっていた。

幼い頃からきちんとした教養を受けている女性を見ると、無意識のうちに自分に欠けている部分を羨望してしまう。
さらには蒙恬が自分に向けるものと同じ笑顔を振り撒いていると思うと、それだけで胸が苦しくなるのだ。

もちろん蒙恬と出会ったきっかけになったのは、信が養父である王騎のような大将軍を目指していたからなのだが、それでも考えてしまうことがある。

蒙家のような名家で生まれ育ち、淑女としての教養を受けていたのなら、こんな劣等感を抱くことはなかったのかもしれないと。

 

中編①はこちら

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