初恋の行方(蒙恬×信)後日編・後編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

二度目の情事

「っ…ん、…」

首筋に舌を這わせている時は、僅かに体を震わせるばかりだったが、舌先が胸元を辿った時、信が唇を噛み締めたのが分かった。

胸の芽を二本の指で優しく挟むと、信が手の甲で自分の口を塞いだので、蒙恬は舌先を尖らせて其処を突いた。

「ふ、…」

柔らかい胸の感触を手の平で味わいながら、反対の胸は口で愛撫する。

胸の芽を唇で挟んだり、舌先で転がすように刺激すると、信の体がびくびくと震えていた。
その反応から胸の先端が感じるのだと察した蒙恬は。粘着的に刺激を続けていく。

「っ…ん、っふ…」

あの夜と違って、まだ陽が沈んでいないため、信の恥ずかしがる様子がよく見える。

目が合うと、全身の血液が顔に集まったのではないかと思うほど、信が顔を真っ赤にしている。

羞恥からか、咄嗟に目を逸らした信を叱りつけるように、蒙恬は咥えている胸の芽に軽く歯を立てた。

「んあッ」

蓋をしていた口から、愛らしい声が上がる。慌てて信が両手で口に蓋をしたのを見て、蒙恬は意地悪な笑みを浮かべた。

歯を立てた部位にねっとりと舌を這わせ、今度は強く吸い上げる。

「ぁッ、ん…」

怯えと困惑が入り混じった瞳を向けられて、蒙恬は怖いことは何もないと安心させるために目を細めて微笑んだ。

その笑みがどれだけ妖艶に象られて女を狂わせるか、きっと蒙恬自身は気づいていないだろう。信の背筋がぞくりと甘く痺れた。

「んんうッ」

軽く歯を立てるだけでなく、反対の胸の芽を強く摘ままれ、腰が抜けるような快楽が突き抜ける。

手の平いっぱいに伝わる柔らかい胸は、男を夢中にさせる魔力を持っている。幼い頃から幾度となく触れた経験はあるのだが、やはり相手が信だと特別な感情が込み上げる。

「ふう、うぅんッ…」

そそり立っている胸の芽も忘れずに摘まんで可愛がってやると、信が鼻奥で悶えるような声を上げた。

初夜の時も先ほどもそうだったが、胸の芽を責めると、信の声色が変わることに蒙恬は気づいていた。

「…ここ、好きなの?」

部屋には自分たちしかいないというのに、秘密事を共有するかのように、小声で問い掛ける。

花芯を責めた時とは違って、閉じた瞼と長い睫毛を震わせながら小さく頷いたのを、蒙恬は見逃さなかった。

両手で優しく包み込み、胸の曲線をなぞるように指を滑らせる。時折、指の腹を擦り付けるように胸の芽を転がすと、もどかしい刺激に信が淫靡な顔で喘いだ。

「ぁっ…はあ、…ぁ…」

舌先で弾いたり、上下の唇で優しく包み込んでやってからようやく胸から口を離した。今後は彼女の足の間に手を伸ばす。

「あ、ま、待って…」

信が蒙恬の手を押さえるよりも早く、彼の手は熱気と湿り気のある其処に到達してしまう。すでに淫華は蜜で濡れそぼっていて、指に絡み付いて来る。

「う…」

蜜が溢れていることに気づかれて恥ずかしいのか、信は顔を背けて敷布に押し付けた。

普段から体と同じくらい素直になってくれればいいのにと、蒙恬は堪らず頬を緩めた。

 

 

すぐに指を挿れる真似はせず、蒙恬は焦らすように花弁の合わせ目を指で何度もなぞった。指を動かす度に淫靡な水音がする。信にも聞こえているだろう。

「ふっ、ぅん…ッ…!」

何度も腰を跳ねさせて、信は幼子のように首を横に振っていた。口から手を離せばすぐにでも声が上がってしまうのだと本人も分かっているのだろう。

この場には自分たちしかいないというのに、ここまで意固地に声を堪えるのは、羞恥心と自尊心によるものなのかもしれない。

しかし、蒙恬は懇願されてもやめるつもりはなかった。彼女の意志を無視して強引に迫るのとは違うが、自分にだけは本音を隠さなくて良いのだと、その体に教え込みたかったのだ。

花弁の合わせ目を指でくすぐっていると、蜜の滑りで指が奥へ吸い込まれてしまう。
浅瀬で指を動かしていると、焦らすような刺激に花芯が顔を覗かせていた。

「ッんう…!」

指の腹を擦り付けるように花芯をくすぐると、信の体が大きく跳ね上がる。特に感じる女の共通点だ。

体を下にずらしていき、蒙恬は彼女の膝裏を掴んで大きく脚を広げさせ、その間に身体を割り入れた。

身を屈めて、彼女の脚の間に顔を埋める形になると、信がぎょっと顔を強張らせる。

「あっ、それやだ…!」

子供のような口調で信が身を捩る。

「これ?」

拒絶の言葉だと分かりながらも、蒙恬は唾液を纏った舌を伸ばした。

「っふぅうッ」

先ほど指で触れていた花芯を覆うように舌でくすぐると、信の体が大きく仰け反った。

「信の好きなとこ、ちゃんと声に出して教えて?」

脚の間に顔を埋めながらそう言うと、涙で濡れた瞳が狼狽えている。

慈悲を乞うような縋るような眼差しを向けられても、蒙恬は彼女の言葉で聞くまでやめるつもりはなかった。

「ぁあッ!」

細腰を引き戻し、蒙恬は唇と舌を使って重点的に花芯を舐る。

「教えてくれないならこのままだよ」

「あっ、ぁあッ、待っ、てぇ…だめだ、って…!」

初めて体を繋げた時も重点的に責めた箇所だ。
舌と指を使った愛撫は、あまりに刺激が強くて、信は苦手のようだったが、素直に声を上げさせるにはこの急所を責めるのが一番手っ取り早いだろう。

「ぅううッ」

「ほら、早く教えてくれないと、このまま続けちゃうよ?」

確信を得るまで性感帯への刺激を続けようと、蒙恬は意地悪な笑みを浮かべた。

もちろん中の刺激も忘れない。指をもう一本増やして、鉤状に曲げたり、信の良いところを執拗に探る。

蜜でぬるぬると滑る中は温かくて、気を許せばすぐにでも男根を挿れてしまいそうだった。
触れてもいないというのに、蒙恬の男根は早く彼女の中に入りたいと痛いくらいに訴えている。

今まで相手をして来た貴族の娘たちと共に褥に入った時でさえ、こんなすぐに上向くことはなかったのに、やはり信を前にすると余裕がなくなってしまう。

初夜の時は、信と早く一つになりたいという気持ちに急いていたので、今みたいにじっくりと彼女の身体を味わうことが出来なかった。

しかし、これからゆっくりと知っていけばいいと、蒙恬は自分に言い聞かせ、性急にならないように刺激を続けた。

「やあッ、やだって、やめろッ…」

信の両手が蒙恬の髪を掴んだ。頭を引き離そうとするものの、その手には少しも力が入っていない。

花芯を舌で突いたり、唇で挟んだりするうちに、淫華からどんどん蜜が溢れていく。

中にも刺激が欲しいと訴えているように、淫華がひくついているのを見て、蒙恬は堪らず指を突き挿れた。蜜に濡れた其処はすでに破瓜が破られているせいか、すんなりと蒙恬の指を受け入れた。

「っうう…!」

内側と外側を同時に責め立てられ、信が泣きそうな声を上げる。閉じそうになった両脚を押さえつけながら、蒙恬は舌と指を動かして淫華を責め立てた。

「あっ、あぁ、ぅ…あ、んッ」

もはや口に蓋をすることも忘れ、信は蒙恬の髪を力なく掴んだままでいる。

まるでもっとして欲しいと淫華に頭を押し付けられているようだ。彼女の望むままにと強く花芯を吸い上げ、その裏側を突き上げるように指を持ち上げた。

「ッ、ぁああッ…!」

喜悦の悲鳴と共に、信の腰が浮き上がったかと思うと、中に差し込んでいる指がぎゅうと締め付けられた。

「そ、そこ、すき、好き、ぁ、からッ…!」

ついに観念したのか、もつれた舌で信がたどたどしい言葉を紡いだ。やっと教えてくれたと蒙恬が目を細める。

「好き?ここが好きなの?」

「う、んッ、んん」

唇を離しても、花芯を親指の腹で擦りながらわざとらしく問い掛けると、信が何度も首を縦に振る。嘘ではないと体が訴えているのか、内腿がぶるぶると震えていた。

信からしてみれば、素直に性感帯を自白すればすぐにやめてくれると思っていたのだろう。しかし、蒙恬はもちろんやめるつもりはなかった。それどころか、もっと善がり狂わせたいとさえ思ってしまう。

やめる素振りを見せないことに、裏切られたと言わんばかりに信が目を見開いた。しかし、蒙恬は構わずに、甘い声で話し続ける。

「ここを、どんなふうにされるのが良いの?」

わざわざ言葉にせずとも信の反応を見れば分かることだが、蒙恬はあえて問い掛けた。言葉にさせることで、行為に不慣れな彼女を、さらに快楽を導いてやりたかった。

「ぜ、ぜ、んぶ、良いっ…!」

もうなりふり構っていられないのだろう。信の内腿が不自然に震え始める。

もっと素直に指と舌で責められるのが好きだと聞きたかったのだが、これから二人で過ごす時間はたっぷりあるのだし、蒙恬はそれ以上追及することはなく、花芯に吸い付いて、裏側を指で強く突き上げた。

「や、ぁああッ」

甲高い悲鳴と共に、信の腰が浮き上がる。

女性の達し方は男の射精とは異なるが、総身を硬直させて子種を搾り取ろうと、これ以上ないほど激しく中がうねるのでとても分かりやすい。

「ぁ…はあっ…ぁ…」

硬直を解いた体が寝台の上にくたりと倒れ込み、激しく胸を上下させていた。

 

二度目の情事 その二

荒々しい呼吸の中で、鼻を啜る音がして、蒙恬は顔を上げて信を見た。

涙に濡れた弱々しい双眸と目が合い、ぎょっとする。

「し、信ッ、ごめ…そんな、つもりじゃ…」

ぐすぐすと鼻を啜りながら涙を流している信が目を逸らした。その瞳に軽蔑の色が見て取れ、蒙恬の胸に重い不安が圧し掛かる。

初めて体を重ねた時、信は処女だった。こういった情事に慣れていないのは当然である。

しかし、彼女の本音を知りたい気持ちや、善がり狂う姿が見たいという意志が前面に出てしまい、無理強いをさせてしまった。

せっかく仲直りが出来たのにまた嫌われてしまったと思うと、蒙恬はそれだけで泣きそうになった。

狼狽えながらも慌てて体を起こして謝罪する蒙恬に、信がむくれ顔になっている。
それから彼女がゆっくりと身を起こし、蒙恬の足の間に顔を埋めて来た。

「へっ?」

殴られるか罵倒されるに違いないと思っていたため、予想外の行動に呆気に取られているうちに、男根の先端に生暖かい感触が染みる。

信が躊躇いもなく、自分の男根を咥えている光景の既視感に、蒙恬はしばらく言葉を忘れていた。

「あっ、えッ、ちょっ、信ッ?」

陰茎に舌が絡み付き、つるつるとした口蓋に先端が擦られる。

驚いて彼女の頭を放そうとすると、陰茎と亀頭のくびれの部分を強く吸い付かれて、あまりの気持ち良さに蒙恬は喉を引き攣らせた。

その反応を上目遣いで見た信が妖艶な笑みを浮かべたので、蒙恬はまさかと顔を引きつらせる。

この光景に既視感があるのは当然だ。信と初めて身を繋げた時も、こうして彼女が自分の男根を咥えてくれた。

口と指の刺激で絶頂に導かれたことに、信が仕返しと言わんばかりに慣れない口淫をしてくれたのだ。まさかあの時と同じ目に遭うとは思わなかった。

あの時はすぐに降参したため、信は途中でやめてくれたのだが、今はそんな素振りを少しも見せていない。

「し、信、ちょ、っと、待って…!ッあ…」

制止を求めるものの、信は構わずに舌を動かす。唾液に塗れた口の中に陰茎を擦り付けるだけでなく、敏感な鈴口を舌で這われたり、尖らせてた舌先で鈴口を突かれると、それだけで目が眩むような快楽が全身を貫いた。

信も嫌だと言っていたのに無理強いをしたので、その仕返しをされているのだと気づき、蒙恬は焦燥感に頬を引き攣らせた。

ただでさえ恋い焦がれた女が、自分の男根をその口に咥えているという悩殺的な光景を目にしているのだ。

今まで褥を共にして来た女性たちから同じ行為をされているはずなのに、この光景を目の当たりにしているだけで、達してしまいそうになるのは信だけだ。

「ん、んむっ…」

輪を作った指で根元を扱かれて、頭を上下に動かされる。

口いっぱいに自分の男根を咥え込るだけでなく蒙恬の反応を確かめるために上目遣いで見上げて来る信の姿に、蒙恬はぐらりと眩暈を覚えた。

鼻奥で悶えるような声でさえ淫らで、男の欲を煽る。もしも自分以外の男が今の彼女を見れば、その魅力に骨抜きになって、すぐに信の体を組み敷いてしまうだろう。こんな彼女の姿を、絶対に誰にも見せたくないと思った。

多くの女性を虜にして来た蒙恬でさえこの有り様なのだから、自信を持って断言出来る。

「はッ、ぁ…信ッ…」

息を切らしながら、蒙恬が信の黒髪を優しく掴む。

さりげなく彼女の頭を引き離そうとするものの、信は構わずに蒙恬の男根を口で刺激し続けた。意固地になって口淫を続けることから、執念のようなものを感じられる。やはり先ほどの仕返しなのだろう。

情事の経験が少ない彼女に指南するのは自分の役割だと思っているのだが、信は蒙恬の色々と試して蒙恬の反応を見ているのか、的確に良い場所を突いて来る。

本当に前まで処女だったのかと訝ってしまうほどだ。

「うぅッ…」

裏筋も忘れることなく、尖らせた舌先でなぞられると、蒙恬は思わず呻き声を上げてしまった。

自分でも聞いたことのない情けない声を聞かれてしまった羞恥心と、弱点を知られてしまった焦燥感に、心臓が爆発してしまいそうになる。

先ほどと立場が逆転したことを悟った信は、淫靡な笑みを浮かべながら、蒙恬に絶頂を迎えさせようと舌と指を動かす。

 

 

「っ、は、ぁっ、信、待って、ダメだって、ごめ、謝るからッ…」

下腹部から脳天へ突き上げるような快楽が込み上げて来る。

射精感に焦りを覚えながら、何とか信の頭を放そうとするのだが、信は太腿を掴んで来て、絶対に男根を咥えたまま離さない。

「…っん、んく…」

苦しくなるのは分かっているだろうに、喉奥まで男根を咥え込み、口の中に溜まった唾液が陰茎を濡らす。

鼻で荒々しく息をしながら頭を上下に動かす彼女に、男根が文字通り飲み込まれているのだと思うと、それだけで蒙恬は絶頂を迎えそうになった。

「ふ…ぅんッ」

男根を深く咥え込むと、下生えが鼻に当たってくすぐったいのか、切なげに眉を寄せながら瞬きを繰り返す。

止めなくてはと思うのだが、自分を絶頂へ導こうと、懸命に口淫している姿につい見惚れていると、くぐもった声と同時に男根を強く吸い上げられ、油断していた蒙恬は目を剥いた。

「あッ…信…待って…!」

大きく腰が跳ね上がると、頭の中が真っ白になるような快楽に包み込まれる。

下腹部が痙攣を起こすのと同時に、精液が尿道を駆け巡っていく感覚を、蒙恬は他人事のように感じていた。

どくどくと男根が脈打つ度に、喞筒ポンプのように精液を吐き出していく。

「……、……」

信は目を閉じたまま、口の中で蒙恬が射精し終えるのを待っていた。

「ん…ぅ」

尿道に残っている精液をちゅうと吸ってから、信はようやく男根を離してくれた。

信との情事は二度目だが、女性の口の中で射精してしまったのは生まれて初めてのことだったので、蒙恬はあからさまに狼狽える。

口淫をされるのは初めてではない。それに、恋い焦がれていた女性に口淫をされるのは、男なら誰でも一度は夢見る光景だろう。

それが初夜だけではなく、二度目も現実で行われたため、興奮のあまり、蒙恬は普段よりも早く達してしまったのである。

自分の方が信よりも圧倒的に情事の経験が多いというのに、彼女に良い想いをさせるどころか、仕返しに絶頂を迎えさせられてしまった。男として情けないと蒙恬は鼻を啜る。

しかし、男根から口を離した信がずっと口を閉ざしたままでいるのを見て、蒙恬はまさかと目を見開いた。

「あっ、し、信、だめッ!吐き出してっ」

絶頂の余韻に浸ることもなく、蒙恬は口を閉ざしたままでいる信に指示を出した。

しかし、信は吐き出す素振りは見せず、それどころか目を閉じたまま、小さく喉を動かし始める。

飲み込もうとしたに違いないが、粘り気のある精液が喉に絡まったのか、こほこほと小さくむせ込んだ。

しかし、吐き出すことはせず、何度かに分けて嚥下を行う。
少しも嫌悪することなく自分の精液を飲み込んだ信に、蒙恬の中で喜悦と羞恥が入り混じる。

視線が合うと、信が照れ臭そうに笑った。

こちらの気持ちを知った上でそのような表情を浮かべた信に、蒙恬は堪らなくなり、思わず抱き締めてしまう。

「んっ…」

唇を重ねたのもほぼ無意識だった。角度を変えて何度も唇を味わっていると、信が催促するように背中に腕を回して来た。

応えるように、彼女の身体を抱き締める腕に力を込めて口づけを深めていくと、仄かな苦味を感じる。

自分の吐き出した精液の味など一生知ることはないと思っていたのだが、思わず眉根を寄せてしまいそうになる独特な苦味だった。

信が飲み込む前はもっと濃厚だったに違いない。それを嫌悪することなく、飲み込んでくれたのだから、蒙恬の中で入り混じっていた喜悦と羞恥はますます大きくなっていった。

しかし、確かに言えることは、信が自分を愛してくれていることと、自分も信を愛していることである。

 

 

二度目の情事 その三

舌を絡めて精液の味を分かち合いながら、蒙恬は信の体を押し倒した。

彼女の口の中で達したばかりだというのに、口づけを深めていく中で、また情欲に火が灯ってしまう。

「ん…」

向かい合って密着している内腿に、再び上向いて来た男根を擦り付けると、信の身体が小さく震えた。

着物を脱ぐ前と同じように、信の手が男根を包み込み、ゆるゆると上下に扱き始める。

再び硬くそそり立たせようとするその手付きが、自分を求めてくれているのだと思うと、蒙恬はそれだけで興奮が止まらなかった。

浅ましいほどに、今の自分は目の前の女に欲情している。

初夜の時も、褥の中で優しく彼女を導こうとしたのに、頭で描いていた通りにはいかなかった。

信を嫁に迎えるという約束を交わした時と違い、立派な大人になったのだから余裕ある態度で彼女を抱きたかった。

しかし、信を前にすると、どれだけ黙考の独り稽古をしていても、余裕が消え去ってしまうのだ。

これほどまでに自分の心を搔き乱されるのは、きっと相手が信だからだろう。

「信…可愛い」

敷布の上で指を絡め合う。口づけだけでは物足りず、額や鼻、頬、それから耳に唇を落としていく。

可愛いという言葉を言われ慣れていないのか、彼女は照れ臭そうに顔ごと目をを逸らす。羞恥のせいで赤く透き通っている耳にも、唇を落とした。

「ひ、ぅ…」

耳に舌を差し込むと、信がぶわりと鳥肌を立てたのが分かった。
また彼女の好きな場所を見つけてしまったと得意気になった蒙恬は、耳の中をくすぐるように舌を動かす。

「ふ、あっ、ぁあっ、やッ…」

舌先から与えられる甘い刺激に、信が縋るものを探して、蒙恬と絡ませている手にぎゅっと力を込める。

愛らしくて、もっと自分のことだけで頭がいっぱいになってほしいと願う。

「…もう、いい?」

再び硬くそそり立った男根を下腹に擦り付けながら、蒙恬が耳元で囁いた。

何をとは告げなかったが、それが結合の許可だとすぐに察した信は恥ずかしそうに小さく頷いた。

「信…」

体を起こした蒙恬が信の膝裏を掴み上げ、大きく足を広げさせた。

初めて身を繋げる時、信は羞恥で真っ赤に染まった顔を両腕で隠していたのだが、今は違う。両手は敷布を掴んでいたが、顔を真っ赤にしながらも男根を受け入れる瞬間を見届けようと視線を向けていた。

男根の根元を掴んで、尖端を淫華に押し当てる。入口に押し当てているだけだというのに、中が蠢いているのが分かった。

早く欲しいと訴えているようで、蒙恬は堪らず生唾を飲む。

「んっ…」

蜜で濡れた花弁を巻き込みながら、奥へ進もうと腰を前に突き出した。

「ぁああッ」

初夜のような苦痛の声は聞かれなかったが、それでも狭いそこを男根が貫通するのは大きな衝撃なのだろう。

「はあッ…」

信も同じ快楽を得ていることを渇望しつつ、蒙恬は一度腰を止めた。

挿れている蒙恬だって、ただ体を繋げただけだというのに、腰が蕩けてしまいそうになる。
少しでも気を許せば、好きに腰を動かしてしまいそうだった。

しかし、まだ二度目の情事で、信の淫華は未だ男を受け入れることに慣れていない。破瓜は破ってあるとはいえ、無茶をさせたくなかった。

「…大丈夫?」

切なげに眉を寄せているものの、蒙恬の問いに、信は嘆息まじりに頷いた。

破瓜を破った時とは違い、その顔に苦痛の色は少しも滲んでいなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろしながら、蒙恬は身を屈めて額に唇を落とした。

「ぁ…」

唇の感触が気持ち良かったのか、浅い部分を擦られて気持ち良いのか、信がうっとりと目を細めている。

蕩けた表情がもっと快楽に歪むのが見たくて、蒙恬はつい腰を動かしそうになった。

「蒙恬…?」

歯を食い縛っていると、信が不思議そうに首を傾げている。

絶対に無茶はさせまいと拳を握りながら、蒙恬は親に叱られる子供のような眼差しを向けた。

「信…あの、…ごめん、まだ半分なんだ」

「…え?」

何を言われているのか理解出来ないといった顔で、信がぽかんと口を開けた。

真っ赤になっていた顔が自分たちの下腹に視線を下げていき、まだ蒙恬の男根が根元まで収まり切っていないことを知ると、信がひゅっ、と笛を吹き間違ったような声を出す。

「なっ、えッ?だ、だって、もうこんなに…ッ…」

何を言わんとしているかは蒙恬にも分かったが、信の方も途中までそれを口走ったことに再び顔を赤らめている。

動揺で身体が緊張したからなのか、まだ半分までしか入っていない男根に肉壁が強く吸い付いて来た。

痛みは少しもないのだが、あまりの気持ち良さに理性が溶かされてしまいそうになる。

「あッ…そんなに、締め付けないで…」

切羽詰まった声を上げると、信が泣きそうな顔で狼狽えた。

「わ、悪い…!で、でも、ど、どうしたら…」

他の男と一切経験がないのだから、その反応は蒙恬にとって嬉しいものだった。

信は日頃から馬に乗っていることや、鍛錬をしているせいか、今まで相手にして来た女性と違って、特に強く男根を締め付けて来る。

他の女性たちよりも下半身の筋力が発達していることが大いに影響しているだろうのだろうが、いつまでの中に挿れていたくなるほど具合が良い。

ただ、それを名器という卑劣な言葉で表現するのは違う。きっと、これ以上ないほどお互いに体の相性が良いのだろう。

 

 

「…ゆっくり、息吐いてて。止めないで」

信の体を抱き締めながら指示を囁く。

縋るものを探すように、蒙恬の背中に腕を回しながら、信は、ふう、ふう、と必死に呼吸を繰り返していた。

半分まで入れ込んでいた男根を離すまいと締め付けていた淫華が僅かに緩む。その隙を見逃さず、蒙恬は一気に腰を前に突き出した。

「ッ、ぅあ、あぁッ…!」

無意識のうちに逃げようとする体を強く押さえ込み、最奥を突き上げると、信の身体が大きく仰け反った。

「は、…はぁ…ぁ…」

言われた通りに呼吸は止めず、蒙恬の男根を全て受け入れた信は、背中に回した腕にぎゅっと力を入れる。

すぐに動くことはせず、二人はしばらく抱き締め合ったままでいた。

隙間なく密着した互いの性器を見下ろして、蒙恬の胸は幸福感でいっぱいになった。
初めて身を結んだ時もこんなに幸せなことがあって良いのだろうかと思っていたが、愛しい女と一つになれるということは、男に生まれて来た喜びでもある。

初恋の失恋の痛みを乗り越えたからこその出会いだったのだ。

「信、辛くない?」

「…ぅ…」

閉ざした瞼と長い睫毛を震わせて、信は首を縦に振った。次なる許可を求めて、蒙恬が甘い声で尋ねる。

「動いても、いい?」

「っ…」

肩口に顔を埋めながら、信が確かに頷いた。許可を得た蒙恬は、ゆっくりと腰を引いていき、半分ほど男根を引き抜いてから再び淫華に押し込んだ。

「ん、んんッ…」

男根の先端に柔らかいものが触れると、信が切なげに眉根を寄せる。唇をきゅっと引き結んで、鼻に抜けるような声を洩らした。

ゆっくりと律動を繰り返し、最奥を突いていくと、繋がっている部分から粘り気のある卑猥な水音が響いた。

腰を引く度に、淫華が男根を放したくないと強く吸い付いて来るものだから、それだけで喉が引き攣ってしまいそうなほど、気持ちが良かった。

「ん、ぁうッ、はあッ…ぁ…」

自分と同じように荒い呼吸を繰り返している信が、背中に回した腕に力を込めた。

男根の芯が燃えるように疼いていく。彼女の中に挿れる前から、これ以上ないほど男根は硬く張り詰めていたのだが、もっと彼女と繋がりたいという欲が増していく。

腰を動かせば動かすほど密着感が増していき、眩暈がしそうなほど大きな快楽に包み込まれた。

「ぁ…信ッ…、気持ちいい…」

奥まで性器を繋げても、まだその先に行けそうで、今以上に一つになれるのではないかという感覚に襲われて、蒙恬は急き立てられるように腰を動かした。

自分の下で喘ぐ信の顔を見つめながら、絶頂に向けて上り詰めていく。

これ以上ないくらい繋がっているというのに、律動をすればするほど密着感が増していく。
このまま快楽で溶け合って、本当に一つになってしまいそうだ。

「信ッ…信ッ…!」

熱い脈動を続ける男根で信の貪っていく。
自分の腕の中で愛する女が喘でいる姿はこれ以上ないほど煽情的で、堪らず生唾を飲み込んでしまう。

唇を重ねて腰を動かせば、信も求めるように舌を絡ませて来る。

「ふ、んんッ、ぅう、んッ」

初夜の時もそうだったが、もっと余裕のある態度で彼女を抱きたいと思うのに、いざ体を繋げてしまうと、そんなことは考えられなくなってしまう。

幼い頃からずっと信に恋い焦がれていた子供の頃の自分が格好つけたがっているのだと思う。

情欲に勝てないのは浅ましいと思うけれど、信は初めて体を重ねた時の余裕のない自分を受け入れてくれたし、きっとこれからも自分を受け入れてくれるに違いない。

そんな優しい彼女だから、きっと自分の想いは変わることなく、信へ向けられたままでいるのだろう。

信以外の女性をこの腕に抱いている時でも、いつだって彼女の姿が頭の隅にあった。

ずっと自分と両想いだったと分かった時は、明日死ぬのではないかと不安を覚えるほど歓喜したし、同時に身分差を気にして自分を遠ざけようとしていた信の気持ちも愛情の裏返しだったのだと理解して、一生愛していくと決めた。

「ん、ぁあっ、も、蒙、恬ッ、…!」

口づけの合間に、切羽詰まった声で名前を呼ばれ、信自身ももう余裕が残されていないのだと瞬時に悟った。

息を止めて、最奥に向けて激しく腰を打ち付けていく。

「そ、そんな、に、したらッ…!」

背中に爪を立てて来たのは無意識だろう。蒙恬自身も余裕はなかったが、何とか笑みを繕う。

「大丈夫。何も怖くないから」

「うッ…んッ、あぁあっ」

泣きそうな返事の後、甲高い悲鳴と共に信の腰が跳ね上がった。

男根を咥えている中がうねるようにして、強く締め付けて来る感覚があって、先に信が達したのだとわかった。

「うッ…!」

激しく震える体を強く抱き締めて押さえつけると、視界が真っ白に塗り潰されそうになるほどの快感に襲われる。

「…ぁ…な、か…出す、のか?」

微かに色が残っている視界の中で、信に恍惚とした瞳で見据えられると、それだけで理性の糸が焼き切れてしまいそうになる。

もしも自分がそうだと返答しても、信は拒絶しないと分かっていた。

「ッ…出したい、けどッ…!」

しかし、蒙恬は顎が砕けるほど歯を食い縛って下腹部に力を入れた。理性が飛び掛ける寸前で、蒙恬は男根を淫華から引き抜く。

「はあッ…ぁ…」

荒い息を吐きながら男根を手で痛いくらいに扱きながら、蒙恬は信の腹の上で射精した。粘り気のある白濁が迸り、信の腹を汚す。

達したばかりの信は、どこか呆然とした表情でそれを見つめていた。

「もう少し、信と、二人きりの時間が欲しいから…」

その後は呼吸が整うまで、蒙恬は何も話さなかった。
信も顔に疲労を滲ませて、薄目を開けている。素肌で触れ合っている温もりが気持ち良いのか、微睡んでいるようだった。

 

初恋の行方

行為を終えた後、二人は身を寄せ合って、絶頂の後の心地よい疲労感に身を委ねていた。

過去にも色んな女性と褥を共にしていたが、行為を終えた後に身を寄せ合っていても、こんな風に心地よく眠気が誘われるのは信以外他に居なかった。

もし、初恋の家庭教師の女性と褥を共にしていたとしても、こんな時間はなかったかもしれない。

「…なんだよ」

薄く笑った気配を察して、信が不思議そうに顔を上げる。
肩までしっかり寝具をかけてやりながら、蒙恬は照れ臭そうに話し始めた。

「初恋が失恋に終わって良かったって、そう思ったんだ」

頭に疑問符を浮かべている信に、補足をするように言葉を続ける。

初恋は実らない・・・・・・・って、どこかの国の迷信があるんだって。その通りだったけど、…でも、そのおかげで信と出会えたから、今は初恋が実らなくて良かったって思うんだ」

したり顔でそう言うと、信がふうんと頷いた。

信に初恋の家庭教師の話をしたのは一度きりだ。
幼い頃、違法な奴隷商人に身売りをされそうになったのも、家庭教師の女性に会わせてくれると唆されたからである。

奴隷商人たちを捕らえた後で、信が自分の胸を触らせてくれたのは、家庭教師の女性に会えると思って騙された蒙恬を慰める手段だったという。
あれも初恋が失恋に終わったからこその褒美だと言えるだろう。

「…初恋は実らない、か…」

先ほど教えた迷信を独りごちるように繰り返した信が、意味深な素振りを見せたので、蒙恬はどうしたのだろうと目を丸める。

「…そうとも限らない・・・・・・・・けどな…」

「えっ?」

蒙恬が聞き返すと、信はしまったと言わんばかりに口を閉ざして目を泳がせた。

みるみるうちに耳まで顔を真っ赤にさせて、頭まで寝具に潜り込んだ彼女を見て、蒙恬の中の悪戯心が膨らんでいく。

初恋が実らないという迷信を否定したということは、つまりは初恋が実ったのだということだ。
迷信を否定した独り言と、その反応だけ見れば、信の初恋が他でもない自分だったのだと確信する。

興奮のあまり、心臓が潰えてしまいそうなほど、激しく胸が張り詰めた。

「ねえ、いつからっ?それって、いつからっ!?」

「~~~ッ!」

顔を隠していた寝具を奪い取り、肩を揺すって答えを聞き出そうとする蒙恬に、信は顔を真っ赤にしたまま何も答えない。

信と約束を交わした時はまだ幼かったし、男として意識されていなかったことは分かっていた。

だが、その後の軍師学校での功績や、初陣、昇格を通していくうちに、信も自分を一人の男として意識してくれるようになっていたのだ。

一体いつから自分に恋心を抱いていたのか、蒙恬はその答えが知りたくて、しかし、何としても信の口で言わせたかった。

いよいよ羞恥に耐え切れなくなったのか、信が真っ赤な顔で睨んで来る。

「う、うるせえなッ!頭良いくせに何で分からねえんだよッ!」

逆上されても、蒙恬は喜悦を浮かべた表情を一切崩さなかった。
彼女の柔らかい胸に顔を埋め、蒙恬はだらしなく頬を緩ませながら、さらに信の体を抱き締める。

「俺、信より年下だから、そういうの分かんないもん」

「嘘つけっ」

こういう時に年齢差を出すなんて卑怯だと信が反発する。

「嘘じゃない」

急に真顔に切り替わったことで、信は驚いて目を見開いた。

「だって、信が俺との初夜を思い出して恥ずかしがってたのも、本当は俺のこと好きなのにずっと気持ちを隠してたのも、教えてくれないと分からなかった」

「………」

思い当たる節が多いのか、反省したように信が腕の中で縮こまった。

額に唇を押し当て、蒙恬は得意気に微笑む。

「…だから、これからもっと教えてね?信のこと」

上目遣いで見上げると、信が戸惑ったように視線を泳がせる。

自分のことなら何でも知りたいという蒙恬の追求心に少しだけ恐怖心を抱きながらも、信はわざとらしく溜息を吐き、それから諦めたように笑った。

 

続編(後日編)はこちら

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初恋の行方(蒙恬×信)後日編・前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

本編はこちら

 

目覚め

このお話は本編の後日編です。

 

温かい日差しが瞼に刺さり、ゆっくりと目を開けると、最愛の女の寝顔がそこにあった。

「………」

自分の腕の中で、その身を委ねている彼女を見て、蒙恬は昨夜の出来事が夢でなかったことを確信する。

初めて身を交えた後、信本人にも夢じゃないか確認して思いきり頬を抓られたが、その痛みさえも幻なのではないかと蒙恬は思っていた。

しかし、今腕の中にある温もりは紛れもなく本物である。蒙恬は夢だと疑うことをやめた。もしも今さら夢だと言われても、絶対に認めるつもりはなかった。

(よかった)

腕の中で寝息を立てている信の表情が安らいでいることから、昨夜の情事が彼女に重い負担を掛けなかったことを察する。

破瓜を破った時はさすがの彼女もその痛みに涙を流していたが、その痛みを長引かせるような無粋な真似はしなかった。

いつか恋い焦がれて止まない彼女と身を繋げることを夢見て、数々の女性と夜の経験を積んで来たのだから、その成果が発揮されたのだと言ってもいい。

長年の片想いが実った優越感に胸を膨らむのと同時に、たった一度だけで彼女を解放できた自分の性欲統制に驕傲きょうごうした。

しかし、疲労が残っているのか、信はまだ目を覚ます気配がない。

(…可愛い)

眠っている彼女の前髪を指で撫でながら、蒙恬はその寝顔につい見惚れてしまう。

戦場の天幕で眠っていた時の彼女は気を張り詰めているせいか、こんな穏やかな寝顔ではなかったのだが、今は安心し切っているのだろう。

自分よりも年上である彼女は、眠るとより幼く見える。
初めて出会った時の信は、誰が見ても少年の風貌をしていて、男だと疑わなかった。しかし、その後は体が成長するにつれて、信はどんどん女性らしくなっていった。

口調や振る舞いは凛々しいままで変わらないのだが、今の彼女を見て男だと間違える者はいないだろう。

信が奴隷商人から助けてくれたあの日、軍師学校を首席で卒業して立派な将軍になったら信を娶るという約束を交わした。

彼女に相応しい男になるために奮励したことで、幼い頃は少女だと誤解され、奴隷商人に目をつけられたことのある蒙恬も、今では男らしく成長した。

将軍昇格となったのは此度の論功行賞であり、未だ彼女を超えるような活躍はまだしていない。

しかし、彼女は自分と同じ想いだったのだから、あの日の約束はめでたく叶ったと言っても良いだろう。

婚姻の衣装は何色で仕立ててもらおうか、蒙恬が幸福な未来に思いを馳せていると、腕の中の信が僅かに身じろいだ。

その瞼が持ち上がると、寝起きのとろんとした瞳が現れた。

「おはよ、信」

穏やかに声を掛けると、頷くのと同時に、信の瞼が再び閉ざされてしまう。まだ眠いのだろう。

「ん…」

まるで一つの動作のように、自分の胸に顔を埋め直し、すぐに寝息を立て始めた彼女に、蒙恬は堪らなく愛おしさが込み上げた。

信の前髪を掻き上げて、蒙恬はその額に唇を落とす。

こんな愛情表現は、今まで夜を共に過ごした女性たちには一度もしなかったのだが、信を前にすると体が自然と動いてしまう。全身が無意識に彼女を求めているのかもしれない。

宮廷では引き続き、今日も祝宴が開かれるだろう。信も自分もしばらく将軍としての執務は入らないに違いない。

二人でゆっくりと過ごせる貴重な時間をどう活用しようか、幸福な悩みに思考を巡らせながら、蒙恬も瞼を下ろした。

 

異変

次に目を覚ました時には、とっくに昼を回っていた。

昨夜の酒のせいか、それとも寝過ぎたせいか、重い頭を抱えながら身を起こす。腕の中で眠っていた信がいなくなっていると気づいたのはその時だった。

「…信?」

辺りを見渡すが、部屋の中にも彼女はいない。どうやら先に起きて部屋を出て行ってしまったようだ。

今は宴に出ているのだろうか。もしかしたら宮廷でもらい湯をしているのかもしれない。
手早く身支度を整えると、信を探すために部屋を後にした。

蒙恬は此度の戦で将軍昇格となったこともあり、今日も宴に顔を出さなくてはならないだろう。

宴の席に戻れば、楽華隊や他の者たちから祝杯を挙げられる。昨夜もそれなりに飲まされたというのに、しばらくは酒と縁が切れない日々が続きそうだ。

(信、どこに行ったんだろ)

家臣たちに捕まる前に、信の姿を一目見たかった。
褥の中では寝顔を堪能していたが、昨夜のことがあったので、今日はゆっくり休むようにと言葉を掛けたかった。

もしかしたら信は秦王嬴政に会いに行ったのかもしれない。

信と蒙恬が互いを想う気持ちは同じだったはずなのに、信は下賤の出である素性を気にしており、前向きな返事が出来ずにいた。

その誤解が解けなければ、二人とも伍長に降格だという勅令を昨夜、嬴政から受けていたので、信としてはなんとしてもそれを阻止したかったのだろう。

秦王と謁見をする場合、本来ならそれなりの手順を踏まなくてはならないが、信の場合は別だ。

二人が親友という関係で結ばれていることから、そういった手順を省略して、嬴政の都合も構わずに会うことが出来る。秦国でそんな大それたことが出来るのは信だけだろう。

彼女が嬴政に見初められなくて本当に良かったと、蒙恬は何度も胸を撫で下ろしていると、ちょうど回廊の向こうから信が歩いて来るのが見えた。

「あ、信!」

声を掛けて駆け寄ると、信があからさまに顔を強張らせ、その場に立ち止まる。

穏やかに笑んだ蒙恬が体調は変わりないか気遣おうとした瞬間、信は不自然に背を向けて、そのまま走り去ってしまう。

「…えっ?」

自分から逃げたとしか思えない信の行動に、思考が混乱する。
驚愕のあまり、蒙恬は追い掛けることを忘れて足を止め、しばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

信の行動は気がかりだったが、何か急用を思い出したのだろうと無理やり自分を納得させ、蒙恬は宴の間へと向かう。

昨日から続いている宴は今日も賑わいを見せていた。蒙恬も楽華隊や家臣たちにすぐに取り囲まれ、浴びるほど酒を飲ませられたのだが、祝宴の最後まで信が姿を現わすことはなかった。

宴が終わってから、秦王から伍長に降格するといった勅令は来なかったし、やはり信自ら嬴政に誤解を解いたことを告げに行ったのかもしれない。

だが、あからさまに彼女が自分を避けたあの行動だけは不可解だった。

宴に参加していた飛信軍の副官たちから話によると、まだ宴が終わらないうちに、信は先に屋敷へ戻ったのだという。

酒を飲み交わしながら、仲間と談笑をするのが好きな彼女が宴を途中で抜け出すだなんて珍しいと、飛信軍の者たちも驚いていた。自分との関係はまだ仲間たちに打ち明けていないようだった。

(信…どうしたんだろう)

やはりあの夜のことが関わっているとしか思えない。

宮廷の回廊で会った時、体調が悪いようには見えなかったが、やはり無理をさせてしまったのだろうか。

彼女は周りに心配を掛けまいと無茶をする癖がある。戦で深手を負っているというのに、自分よりも重症な者の手当てを優先するよう救護班に指示を出すくらいだ。

戦以外でもその無茶をする癖があることを、彼女を傍で見ていた蒙恬は知っていた。

厄介なのは嘘を吐くのが苦手なくせに、本音を隠すことを得意としていることだ。
本当は自分と同じ気持ちだったのに、身分差を気にして、幾度も蒙恬を遠ざけようとしたいたのが何よりの証拠である。

もしかしたら、まだ何か本音を隠しているのだろうか。心配の気持ちが膨らんでいき、蒙恬の心が波立つ。

あの夜、信は自分に破瓜を捧げてくれた。下賤の出である自分の立場を蔑むために、ずっと処女だったことを隠していたのだ。

顔も名も知らぬ男たちの使い古しだと信が嘘を吐いたのは、自分との婚姻を諦めさせるためだったらしい。

それまでも執拗に信が自分を諦めさせようとしていたのは、名家の嫡男である蒙恬に対し、下賤の出である身分差を気にしてのことだった。

しかし、信に向けている気持ちが、たかがその程度で揺らぐことはない。

その程度で諦め切れるのなら、最初から約束なんてしなかった。幼い頃に交わしたあの約束が、蒙恬にとっては全てだったのだ。

 

相違

その後も信と会うことが出来ず、あっという間に一月が経過してしまった。

せめて体調を気遣いたかったのだが、さすがにこれだけの月日を重ねれば、信も普段通りに戻っているだろう。

しかし、飛信軍の鍛錬を指揮している場にも、屋敷にも信はおらず、何度会いに行っても不在だと言われてしまう。

さすがに一度も会えないことに、違和感を抱き始めていた。

(まさか俺、避けられてるんじゃ…?)

将軍という立場上、信がいつも暇を持て余している訳ではないのは理解しているのだが、それにしてもここまで会えないのは不自然過ぎる。

現在は領土視察の任務もないと聞いたし、だとすれば私用を建前にして、自分から逃げているのではないだろうか。

彼女から避けられるようなことをしたかと問われれば、あの夜のことしか思いつかない。

やはり自分が思っている以上に、無理をさせてしまったのだろうか。

信は男に抱かれた経験があるように振る舞っていたのだが、実は処女だった。
下賤の出である自分を卑下するために信は男と経験があるように演技をしていただけで、蒙恬はすっかりそれを鵜呑みにして、身を結ぶまで処女だと気づけなかったのである。

褥ではお互いに同じ想いであったことを確かめたのだが、信が処女であることを隠していたように、もしかしたら好きだと言ってくれたのも嘘だったのだろうか。

それは信本人にしか確かめようがないことだ。頭では分かっているというのに、耐え難い不安に襲われる。

屋敷を訪れたところで、いつものように不在だと門前払いを受けるのは目に見えていた。
だとすれば、彼女の行動を先読みして接触する他ない。

「………」

蒙恬は口元に手を当てながら、信に確実に会える方法を探り出した。

将軍昇格となってから初めて練る軍略が、まさか愛する女と会うためのものだとは、さすがの蒙恬も予想していなかった。

 

焦燥感

飛信軍の鍛錬を終えた信は屋敷に戻ると、汚れた体を清めるために風呂に入った。

汗と土埃を落とせればそれで良かったのだが、王騎の養子として引き取られた時から世話をしてくれている侍女が今日も浴槽に花を浮かべてくれていた。

浴槽に浮かんでいる赤い花は、生前王騎も好んでおり、屋敷の庭に咲いているものであったので、信も見慣れている花だった。

体の汚れを落としてから湯に浸かると、口から勝手に長い息が零れた。

「………」

広い浴槽の中で信は膝を抱えて、誰に見られる訳でもないというのに、俯いて表情を隠した。

脳裏に浮かぶのは蒙恬のことだった。

彼の将軍昇格が決まったあの日、初めて彼と身を繋げた。
幼い頃に交わした自分との約束を果たすために、蒙恬がずっと努力をしていたことを信は知っていたし、同時にそこまで自分を想ってくれているのかと驚いた。

蒙家の嫡男である彼と、下賤の出である自分。こんな身分違いな婚姻は前代未聞だろう。しかも、※愛人でないというのだから、尚更だ。

下賤の出である自分が蒙家に嫁ぐなど、名家の顔に泥を塗る行為だと蒙一族から大反対されるに違いないとばかり思っていた。

信が王騎の養子として引き取られた時も、王一族からの風当たりはかなり強かった。今でも信の存在を快く思っていない者もいる。

同じ一族の者たちから、王騎が酷い言葉を掛けられていたことも信は知っていたし、自分のせいで蒙恬も同じように心無い言葉を言われてしまうのではないかという不安があった。

しかし、蒙恬は自分と交わした約束を父の蒙武から承諾を得るという事前の手回しをしており、その延長で家臣たちも説得していたらしい。

将軍昇格の決め手となった知将の才は、そういった面でも発揮されたという訳だ。

「っ…」

信は浴槽の熱い湯で顔を洗った。
あの日を終えてから、一方的に距離を置いていることを、賢い蒙恬はすぐに気づいたに違いない。

朝を迎えてから、一度も会話らしい会話を交わしていないのだ。
褥の中で一度、声を掛けられたような気がしたが、眠気に勝てずに返事をしたかどうかも覚えていない。

自分との約束を果たすために努力を怠らずにいた蒙恬が、自分を避けていることを不審に思っているに違いない。

―――信が下僕出身だから、俺が蒙家の嫡男だから、そんなのはもう聞き飽きた!信が本当に思ってることを知りたい!教えろよ!言ってくれなきゃわからないだろ!

あの時の蒙恬の言葉が蘇る。
本音を言わないまま、ずっと蒙恬の想いに応えずにいたのは自分でも卑怯だと思った。

蒙恬のため、蒙家の未来を想えばこそ、本気で拒絶することだって出来たはずなのに、それが出来なかったのは自分も蒙恬のことを愛しているからだ。

成長してもなお、蒙恬が自分を好きでいてくれることに、心の底では喜悦を覚えていた。

本当は、蒙恬が自分のことを嫌いになるはずがないと愉悦を抱きながら、自分たちの身分差を理由に偉そうな建前を述べていたのである。

いずれ蒙恬が自分以外の女性と婚姻を決めたのなら、その時は心から祝福するつもりだったし、誰もいないところで失恋の傷が癒えるまで大声で泣くつもりだった。

蒙恬が自分を選んでくれたことに、信は今でもあの夜のことが夢だったのではないかと思ってしまう。

あの日から彼を避ける理由は他に・・あるのだが、いつまでもこのままではいけないという気持ちが焦燥感となって信を包み込んでいた。

「ん…」

温かい湯に包まれながら、信は抱えた膝を擦り合わせた。

あの夜を経てから、下腹部が切なく疼くことがある。それは決まって一人の時、そして蒙恬と肌を重ね合わせた時のことを思い出す時である。

蒙恬が囁いてくれた言葉、重ねた唇の柔らかい感触、蒙恬が触れた場所、破瓜の痛みや、男根を受け入れている感触、腹の内側を抉られる甘い感覚。

まるで昨日のことのように思い出せるし、蒙恬の顔を見る度に、瞼の裏にその光景が蘇ってしまうのである。

 

確保

(のぼせた…)

長湯をしてしまい、信は真っ赤な顔でふらふらと部屋に戻った。

水を飲んでから、奥にある寝台に倒れ込む。そういえば以前、髪を乾かさずにいたら蒙恬に叱られたことがあった。

蒙恬が千人将に昇格したばかりの頃だっただろうか。
飛信軍の下について活躍した蒙恬を労いに、酒を手土産にして蒙家の屋敷に訪れたことがあった。

道中、急な大雨に見舞われたせいで、ずぶ濡れになった信に驚き、彼は従者にすぐ風呂の手配をさせた。

女性が体を冷やすなと叱られて、用意された風呂に入った後に寛いでいると、きちんと髪を乾かさないと風邪を引くだろうと説教混じりにまた叱られてしまった。

その後で布で髪を乾かしてくれて、さらには櫛で髪を梳かしてくれたのである。

本来ならそのようなことは従者がやるべきだろうに、蒙恬は嬉々として譲らず、自らの手でやりたいと引かなかった。

侍女たちから羨望の眼差しを受けていたことは今でもよく覚えている。思えば、蒙恬は自分を嫁に迎えるという約束を交わした時から、自分を女として見ていたのだろう。

「…蒙恬…」

敷布に顔を埋めた信が目を閉じて、溜息を共に彼の名前を零した時だった。

「…あれ、気づいてたの?」

「あ?」

聞き覚えのある声が降って来た。

体を起こして辺りを見渡すと、部屋の隅にある衝立の裏から蒙恬が顔を出しており、信は心臓が止まりそうになった。

「う、うおおぉッ!?な、なんでここに!?」

幻かと思ったが、蒙恬の姿は消えることなく、信の前にやって来る。

本人だと気づいた信はすぐに寝台から起き上がって逃げようとしたのだが、それよりも先に蒙恬の両手が彼女の身体を押さえつけた。

「もう逃げるのはなし」

言いながら蒙恬が覆い被さって来たので、信は嫌でも逃げ道がないことを悟った。
まさかそれを計算して、蒙恬はここで待ち伏せていたのかもしれない。

「ぁ…う…」

気まずい空気を紛らわすために信が言葉を探していると、蒙恬が寂しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「今度は何を隠してるの?」

ここまで追い詰めたというのに、信は小癪にも視線を泳がせていた。

やはりまた本音を隠しているのだと確信した蒙恬は、彼女の顔を両手でしっかりと押さえつけ、その視界に入り込む。

「信」

叱りつけるように低い声で名前を呼び、口づけをするくらい顔を寄せると、きゅっと眉根を寄せて、まるで祈るような表情で信が目を閉じてしまった。閉じた瞼が僅かに震えている。

怯えさせてしまっただろうかと蒙恬が顔を離すと、信が恐る恐るといった様子で目を開いていく。

蒙恬は苦笑を滲ませながら、捲し立てないように、ゆっくりと口を開いた。

「…俺のこと、嫌いになった?」

この質問をするのは、初めてではない。
将軍昇格が決まったあの夜は、嫌いになったなんて言っていないと即答してくれたというのに、信は言葉を選ぶかのように唇を戦慄かせ、結局は何も答えずに唇を噛み締めていた。

何も話そうとしない態度に、蒙恬はますます苛立つ。

「…言ってくれなきゃわかんないって、あの時も言っただろ」

もう信の前で幼稚な振る舞いはしたくなかったのだが、つい声を荒げてしまう。

「俺が嫌いになったのなら、ちゃんと言ってほしい」

諭すように、蒙恬はその言葉を投げ掛けた。

その言葉が沁みたのかは分からないが、信はようやく蒙恬と目を合わせてくれた。

「何も分かんないまま、信から避けられるの、…つらい」

堪えていた想いが次から次へと溢れて来る。

「落ち度があったなら、謝るし、二度としないって誓う。でも、それが何か教えてもくれないまま避けられたら、何を詫びたら良いか分からない」

「………」

「何も知らないで、ただ許してもらいたいからって理由で謝っても、そんなんじゃ許してくれないだろ」

信の眉根がきゅっと切なげに寄せられた。
彼女は誰にだって優しい女だ。だからこそ、自分を傷つけないようにと、本音を言わないことで、蒙恬を避ける行動を正当化しているのかもしれない。

だが、それではお互いに本当の気持ちは分からないままだ。

信が執拗に蒙恬からの気持ちに応えられないと話していた時だって、本音を隠していただけだった。今も本音を隠しているかもしれない。

信が嘘を吐けない素直な性格なのは昔から知っていたが、本音を言わないことを得意としていることも知っていた。

あの夜は信と想いが同じだったと分かり、夢中で彼女を愛していた。痛みを乗り越えてまで、自分に破瓜を捧げてくれたのだ。自分が気づかないところで彼女を傷つけてしまったかもしれない。

信が処女であることを隠していたため、もう少し前戯に時間を掛けるべきだったと後悔している。もしかしたら、そのことを信も引き摺っているのではないだろうか。

それとも、まだ下賤の出である立場を気にしているのだろうか。以前までの信が、ずっと蒙恬に約束の婚姻を諦めるよう説得を続けて来たのは、その身分差を気にしてのことだった。

父の蒙武は、信との約束に了承を得ていたし、他の家臣たちが反対したとしても蒙恬は構わなかった。

しかし、そこに信の気持ちも伴わなければ、また彼女を苦しめることになってしまう。

このまま避けられては、いつまでも信の気持ちは分からないままだ。だからこそ、蒙恬は彼女から本音を聞き出そうと必死になった。

 

本音

「………」

瞬き一つ見逃すまいと、蒙恬は信を見据えていた。

理由を話してくれるまで待つつもりではあったが、決して逃がす真似はしない。両手はずっと信の肩を掴んだまま放さなかった。

「…お…」

俯いたままでいる信がようやく口を開いたが、不自然に言葉が途切れてしまう。

「…?…え、なに?」

なるべく穏やかな口調を務めて聞き返す。

すると、前髪で隠れているはずの信の顔が、みるみるうちに顔を真っ赤にさせていくのが分かった。

意を決したように拳を握り、勢いよく顔を上げた信が、今にも泣きそうな表情で大きく口を開いた。

「お前を見ると、色々、思い出しちまって、…は、恥ずかしいんだよッ!」

信の叫びが室内に響き渡った。天井まで広くその声が反射する。

こだましていた声も聞こえなくなると、信の顔がますます赤くなり、もう耐え切れないと言わんばかりに再び俯いてしまう。

湯気が出そうなほど赤い顔をしている信と、彼女の言葉を理解するまで、蒙恬は呆気にとられた顔をしていた。

てっきり自分を避けだしたのは、こちらが気づかない間に彼女を傷つけてしまった何かが理由なのだとばかり思っていたのだが、まさか羞恥による理由だったことに蒙恬は驚いた。

蒙恬の聡明な頭脳でも、愛する女の考えだけは導き出すことが出来ない難問だったという訳だ。

さまざまな女性と褥を共にした経験はあるのだが、体を交えた途端に心を開いて、まるでたった一夜で夫婦にでもなったかのように彼女たちは甘えて来たというのに、信は違った。

自分との初夜を思い出しては恥じらい、つまりは自分のことをずっと意識してくれていたのだ。

心臓が激しく脈を打ち始め、顔が燃えるように上気していくのが分かった。

「ああ、もう…!いくら何でも、それは卑怯だって…!」

予想もしていなかった愛らし過ぎる本音に堪らず、蒙恬は信のことを抱き締める。彼女は一体何度、自分を惚れさせれば気が済むのだろうか。

ようやく本音を打ち明けたことでますます羞恥が込み上げたのか、信は腕の中でさらに縮こまってしまう。

信は羞恥で、蒙恬は歓喜で、顔を真っ赤に染めている。

耳まで真っ赤に染まっている互いの顔を見て、視線が絡み合うと、二人はぷっと噴き出し、それから声を上げて笑い始めた。

 

仲直り

誤解が解けたことで、蒙恬の胸に募っていた不安は跡形もなく消え去った。

「信」

蒙恬が信の体を抱き締める腕に力を籠める。信は少し驚いて体を強張らせたものの、すぐに背中に腕を回してくれた。

会えなかった時間を温もりで埋めるように、しばらく無言で抱き締め合ってから、蒙恬は肩口に埋めていた顔を上げた。

「信ってば、また髪濡れたままにしてる。ちゃんと乾かさないとダメだって言ったのに」

まだ濡れている髪を指で梳きながら指摘すると、信がむっとした表情になる。

「別にいいだろ。こんなんで風邪なんて引かねえよ」

「相変わらずだなあ…」

彼女が鍛錬の後に入浴をしていたことは分かっていた。
もちろんその機を狙って、蒙恬は堂々と彼女の屋敷にやって来たのである。今までの傾向から、自分が来たと知れば、信は兵たちに門前払いを命じるに違いない。

だからこそ、彼女が兵たちにそれを命じる前に、蒙恬は前もって屋敷へ侵入していたという訳である。

もう一度、信の体を抱き締めた蒙恬は、彼女の首筋に顔を埋めた。

「…ん、良い香り」

いつも浴槽に浮かべているという花の香りがその身に染みついており、まるで信自身が花であるかのように、香りを漂わせている。

香を着物に焚き染めた香りより、肌からじんわりと滲み出るこの香りの方が蒙恬は好みだった。

「か、嗅ぐなッ…!恥ずかしいだろッ」

羞恥のあまり、信は蒙恬の体を突き放そうとしたが、その両腕にはあまり力が入っておらず、本気で嫌がっていないことを悟らせる。

重ね合っている肌の下で、信の心臓が激しく脈打っているのが分かった。
敷布の上で信と指を絡め合い、蒙恬はそっと唇を重ねる。

「んっ…」

柔らかい唇の感触を味わったのは随分と久しぶりのことで、このまま離れるのが名残惜しく、蒙恬は何度も角度を変えて口づけを続ける。

少しでも気を許せば、すぐに舌を絡めそうになる自分を制して、蒙恬は唇の感触を味わう。

「…ぅ、…ふ…ぁ…」

唇を重ね合っているうちに、少しずつ信の体から力が抜けていく。

長い口づけを終えて顔を離すと、先ほどまでの緊張で強張った顔はどこにもなく、淫靡に蕩けた顔がそこにあった。

「ッ…!」

その顔を見ただけで、体の内側がかっと燃えるように熱くなる。抑え込んでいた情欲に火が点いてしてしまったことを自覚した。

「信」

今後は貪るように唇を重ね、今度は舌を差し込む。

「ん、ふ、…ぅんっ…」

鼻奥で悶えるような声を上げながらも、舌を絡めて来る。繋いでいた手を放し、信の着物を脱がせに掛かっていたのは、ほとんど無意識だった。

自由になった両手で、信が蒙恬の背中に腕を回して来る。

信も自分と同じ想いなのだと察し、蒙恬は脚の間で固く勃ち上がって来た男根を信の体に擦り付けた。

信の体が怯えたように竦み上がったが、背中に回されていた手がゆっくりと伸びて来て、着物越しに優しく男根を包み込んだ。

ぎこちない手つきは相変わらずで安堵した。初夜を迎えた後、誰とも体を重ねていなかったのだろう。

信が性に溺れるような浅はかな女でないことは分かっていたが、もしも自分を避けている間に、他の男に抱かれていたら気が触れていたかもしれない。

「ん、ぁッ…」

布一枚で互いの体が隔てられているのがもどかしくて、蒙恬は口づけを交わしながら、自分の帯も解き、性急に着物を脱いだ。

隔てるものがなくなると、淫靡に蕩けた顔のまま、信が蒙恬の男根を直接手で包み込み、先端を親指の腹でくすぐっている。

気持ち良さに喉が引き攣りそうになったが、蒙恬は無理やり笑みを繕った。

「ね、もっと教えて?信のこと」

彼女の頬に手を添えながら、蒙恬が甘い声で囁いた。

「信が気持ちいいって感じる場所も、俺にしてほしいことも、全部知りたい」

甘えるようにそう囁くと、信は躊躇うように目を泳がせた。
未だ羞恥心の抜けない彼女が、素直に言葉に出して教えてくれるとは思わなかったが、蒙恬は穏やかな声色で続ける。

「信が好きな場所、好きな触られ方、全部、全部教えて?」

返事は聞かず、蒙恬は信の首筋に唇を寄せた。襟合わせを開いて、現れた肌にも唇を落としていく。

「ん…」

反応を見逃すまいと、蒙恬は上目遣いで彼女の顔を見ながら舌を這わせていった。

手の平に収まるほど大きさも形も良い胸に、五本の指を食い込ませると、弾力が跳ね返って来る。

指に吸いつくような瑞々しい肌に、幼い頃の自分を泣き止ませる苦肉の策として、この胸を触らせてもらった時のことが脳裏を過ぎった。

もしも初恋を散らしたあの時の自分に会えるのなら、失恋という苦難を乗り越えた先に、大好きな人と結ばれる明るい未来が待っていることを伝えたいと思った。

 

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初恋の行方(蒙恬×信)後編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

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誘い

帯を解き、襟合わせを開いて素肌を晒させても、信は抵抗しなかった。

顔を背けて目を閉じている。目を合わせないようにしているのを見て、蒙恬のことを受け入れるより、諦めたような態度だった。

「…信」

声を掛けると、信の瞼が鈍く動いた。

「俺、信の体で自慰をするつもりはないよ」

「…え?」

意味が理解出来ないと、信が目を開いてようやく蒙恬を見た。

「信のことを抱きたいってずっと思ってたけど、体だけ手に入れるなんてしない」

自分の体を組み敷いている蒙恬のそれ・・を見て、信が思わず吹き出した。

「カッコつけてんじゃねえよ。いくらなんでもそりゃあ無理だろ」

足の間で痛いくらいにそそり立っている男根を見れば、確かに説得力は皆無である。しかし、蒙恬は理性と気合いだけで情欲を押さえ込むことに決めた。

「ごめん、何とかするから…」

信の体から退くと、蒙恬は寝台の傍に用意されていた水甕に手を伸ばす。

頭から水でも被ればきっと何とかなると思ったのだが、信が制止するようにその手を掴んだ。

「信?」

起き上がった信が蒙恬の体に凭れ掛かる。

「ッ…!」

寝台の上で身を寄せながら、彼女は着物の上から蒙恬の勃起を手で愛撫し始めた。

まさか信の方からがこんなことをするとは思わなかったので、蒙恬は驚いて目を見開く。

「ちょ、っと、信ッ…!?」

咄嗟に彼女の手首を掴んで制止を求める蒙恬だったが、勃起し切って敏感になっている男根には、着物越しであっても、彼女の柔らかくて温かい手の平の感触が堪らなかった。

(まずい…)

これ以上刺激されれば、気合いや理性だけで情欲を抑制するのが困難になってしまう。

彼の胸に顔を埋めていた信は、反応を確かめるように上目遣いで見つめて来た。

「ッ…!!」

初めて会った時と変わらない冴え冴えとした瞳と目が合い、蒙恬の中で何かが弾けた音がする。

気づけば蒙恬は彼女の体を寝台の上に押し倒し、先ほどと同じ体勢に持ち込んでいていた。

まさか信の方から誘うような真似をするなんて、蒙恬は信じられなかったのだが、完全に燃え盛った情欲はもう消えそうになかった。

今思えば、信の煽りとも言える行動は、躊躇っている蒙恬の背中を押すためだったのかもしれない。

押し付けるように唇を合わせる。柔らかい感触を味わいながら、舌を差し込んだ。

「ふ、ぅう、…ん…」

舌を絡ませている間に聞こえる小さな呻き声に、耳まで甘く痺れてしまう。

情事の最中の飾りではない甘い口づけに、陶然と酔いしれる。

「ん…」

既に乱れていた着物を脱がせ、いよいよ蒙恬は彼女の白い肌に唇を寄せた。

幾度も戦場を駆け抜けて来た証である傷があちこちに刻まれていたが、少しも醜いとは思わなかった。

「っ、ふ、ぁ…」

首筋から鎖骨にかけて舌を這わせると、くすぐったそうに信が肩を竦ませる。

初めて会った時に触らせてもらった胸は、あの時よりは大きく膨らんでいたが、同じように柔らかいままだった。

「ん…」

谷間に唇を落としながら、両手で胸を愛撫する。心地いい質量と柔らかさを手の平いっぱいに感じて、蒙恬はそれだけで息を荒くしていた。

指をきゅっと食い込ませると、程良い弾力が跳ね返って来る。

飢えた獣が目の前に現れた餌に食いつくようだと、もう一人の自分が鼻で笑う。余裕のない男だと思われているだろうか。

しかし、ここまで膨れ上がった情欲は、今さら自分の意志一つで止められそうになかった。

「ぁ…蒙恬…」

信の両腕が蒙恬の頭をそっと抱き込む。甘い肌の匂いにくらりと眩暈がした。

言葉には出さないけれど、自分を受け入れてくれるのだと思い、蒙恬は歓喜に胸を弾けさせた。

素肌に溶け込んでしまいそうな桃色の芽を指でくすぐると、信が切なげに眉根を寄せる。

「ん、ぁっ…」

反対の胸の芽に舌を伸ばすと、唾液でぬめった感触が染みたのか、信の唇から声が洩れる。

決して嫌悪の色はなく、むしろ心地良さそうにしているのを見ると、もっと声を上げさせたくなる。

「ッ、ふ、うぅ…ん…」

上下の唇で強く吸い付くと、切ない吐息が零れた。

ずっと恋い焦がれて止まなかった女性が自分の下で喘いでいる。今まで見たことのない表情を見せてくれる。

たったそれだけで蒙恬の情欲はこれ以上ないほど膨れ上がった。

戦の度に増えていく傷痕は胸や腹にも刻まれている。しかし、どれも醜いとは思わない。彼女が死地を生き抜いた証だからだ。

傷痕に沿って脇腹に唇を落とすと、信が小さく身を捩った。

「くすぐったい、だろ…」

大将軍として戦に出る彼女に弱点などないと思っていた。しかし、こういうところが意外と弱いのだと知り得た蒙恬は得意気になって、敏感な脇腹に吸い付く。

白い肌に赤い痕をつけると、ようやくこの体を自分のものに出来たような気がした。

 

独占欲

はあはあと息を切らしながら、信が膝を擦り合わせている。蒙恬は彼女の臍の下に手を押し当てた。

こんな薄い腹に子を宿せるのかと思うと、とても不思議な気持ちになる。

「ッ、ぅ、…ん…」

敷布を握りながら、信が何かを堪えるような声を上げた。

「信…触っていい?」

あえて場所は口に出さなかったが、確かめるように問い掛けると、信は強く目を閉じたまま頷いた。

彼女の膝を立て、中に腰を割り挿れる。足の間に手を伸ばすと、淫華から熱気と湿り気を感じた。

信の体が女として自分を求めてくれているのだと思うと、それだけで興奮が止まらなくなる。

彼女は自分のことを、色んな男の使い古しだと卑下していたが、蒙恬にとってそんなのは些細なことだった。

足の間にある淫華は羞恥のせいか、僅かに震えているように見える。

使い古しだなんて思えないほど艶があって血色が良く、しかし、淫靡さは増して見えた。

閉じている花襞の割れ目をなぞるように指を上下に擦りつけると、信の腰がぴくりと跳ねる。

色話を聞かない信も、人目のつかない場所では自分で弄ることはあるのだろうか。そんな妄想をするだけで、蒙恬は後ろめたさを覚えてしまう。

自分が名前も顔も覚えていない女を抱きながら、信のことを想い続けていたように、信も誰かのことを想って自慰に浸っていたのだろうか。

彼女が自分じゃない男のことを想いながら、自分を慰めていたのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。

「ッ!蒙恬…ッ?」

膝を抱えて、身を屈めた蒙恬に信が驚いて声を掛ける。自分の足の間に顔を埋めている彼にぎょっとした表情を浮かべていた。

「ひゃッ…」

未だ閉じている花襞を抉じ開けるように、今度は舌を押し付けた。

「いや、やめっ…」

まさかそんなところを舐められるとは思わなかったらしく、信が首を振って嫌がる。蒙恬の茶髪を掴んで引き離そうとするが、力が上手く入らないらしい。

「あぅうッ」

唾液で滑った舌が花襞を掻き分けて、中に入り込むと、信が白い喉を突き出した。

中で舌を動かす度に、もっとして欲しいと言わんばかりに蜜が溢れて来る。

じゅる、とわざと音を立てて蜜に吸い付くと、信がいよいよ涙目になっていた。

「やあっ、蒙恬ッ…それ、嫌だぁっ…」

過去に信の体を使った男たちには、こんな仕打ちをされたことはないのだろう。むしろそのことに蒙恬は心地良さを覚えながら、逃げようとする信の細腰を捕まえて舌を動かし続けた。

「ひぃッ」

充血して美味そうにぷっくりと膨らんだ花芯に、尖らせた舌先を伸ばせば、信の体が大きく跳ねた。

官能を司る女の急所だ。ここを責められて泣かない女はいない。信でさえこの様子なのだから、それは女の共通点だと確信出来た。

「やめっ、ろぉ…挿れんなら、さっさと、しろってばぁ…!」

「やだ」

急かすようにそう言われて、蒙恬はあっさりと首を横に振った。

この体を過去に好き勝手した男たちと自分は違うのだと、自分という存在を彼女の体に刻み込みたかった。

先ほど伝えたように、信の体を使って自慰をする訳じゃない。信にも同じだけ気持ち良くなってもらいたい。

「ふう、ぅん、くっ…」

刺激に耐えようと、信が敷布に身体を押し付けている。

信の素肌がしっとりと汗ばんで来ているのが分かった。懸命に声を堪えようとする姿がまた男を煽っている。

「あっ、だめ、だ…!」

敏感になっている花芯を指の腹で押し潰すようにして、淫華の入口を舌で解していると、信の筋肉で引き締まった内腿が不自然なほど痙攣を始めた。

見上げると、余裕のない表情で信が首を横に振っている。

「やああッ」

それまで指で弄っていた花芯を今度は唇で強く吸い付いた。舌で解していた入り口に二本の指を押し進めると、信が悲鳴に近い声を上げる。

蜜でぬるつく中はとても温かくて、柔らかい肉壁が指の侵入を喜んでいるかのように打ち震えていた。

 

独占欲 その二

柔らかい肉壁の感触を味わうように、中に入れた二本の指を動かすと、信がひっきりなしに声を上げていた。

最後に彼女が男に身体を差し出したのは一体いつなのだろう。

色話も聞かないし、いつだって鍛錬に打ち込んでいたり、仲間たちと賑やかに過ごしている話を聞く限りは大分昔のことなのではないかと思った。

ひっきりなしに訪れる縁談を断っているのだから、こういうことは久しいのではないだろうか。

肩で息をしている信を見て、そろそろ限界が近いのだと察する。

「信っ…」

「んッ、んぅ」

中に指を入れ込んだまま、体を起こして、蒙恬は彼女に口づけた。

限界が迫って来ているからだろう、口づけの合間に苦しげな声が洩れる。鼻にかかる吐息もまた愛おしく感じて、蒙恬は堪らず舌を絡ませていた。

中で肉壁を擦り上げるように、指を鉤状に折り曲げると、信がくぐもった声を上げる。

蒙恬の体を押し退けようと、彼女の二本の手が肩を掴むが、蒙恬は構わずに指を動かし続けた。

「ひッ…んッ、んんーッ!」

最奥にある行き止まりを突くと、信の体が大きく跳ねた。

内腿の痙攣がより激しくなり、指を咥えている中がびくびくと震えている。達したのだと分かると、蒙恬は名残惜しいが口づけを終えた。

「はあ、はあッ…」

激しく胸を上下させながら息を整えている信は、顔を真っ赤にして、涙を流していた。

目尻を伝う涙に唇を落として、蒙恬は指を引き抜いた。

粘り気のある蜜に塗れた自分の指を見せつけるように舐めると、信が顔を真っ赤にしたまま、悔しそうに奥歯を噛み締めている。

「どう?俺、大人になったでしょ?」

彼女の中で蒙恬という存在は、いつまでも小さい子供のままだったのかもしれない。
しかし、他でもない自分が彼女を絶頂に導いたことは、信も受け入れざるを得ない事実だ。

「蒙恬っ…」

悔しそうな表情のまま、信が蒙恬を睨んでいた。まだ彼女の体は絶頂の余韻に体が浸っていて、上手く力が入らないでいるらしい。

しかし、ゆっくりと身体を起こした信が前屈みになって、蒙恬の足の間に身体を割り入れて来たので、蒙恬は目を丸めた。

「えっ、信?なにして…」

質問には答えず、根元に指を添えながら、信が上向いたままの男根を口に含んだ。

「ちょッ…信…!?」

先ほどはあんな余裕の笑みを彼女に見せつけておいて、蒙恬の男根はずっと勃起していた。

ずっと恋い焦がれていた女と肌を重ね合うことに、余裕でいられるはずがない。
余裕の笑みを繕っているのは表面上だけで、本当は微塵も余裕がないことを、信は見抜いていたのかもしれない。

まさか彼女が自ら男根を咥えてくれるとは思わなかったが、仕返しのつもりなのだろうか。

「ん、む…」

ぎこちない動きではあったが、敏感な鈴口を掃くように、熱い舌先が動いていく。上顎のざらついた感覚もたまらない。
口腔に溜まった唾液と合わさって、信の口の中で卑猥な水音が響いた。

(まずい…)

あまりの気持ち良さに、腰が引けそうだった。

口を使っているため鼻息を立てながら、信が男根に強く吸い付いて来た。口の中に溜まっている唾液のせいで、卑猥な水音が立ち、二人の鼓膜を震わせる。

「し、信っ…」

敏感な先端を唇と舌で愛撫され、根元は指で扱かれる。反対の手で陰嚢も優しく揉みしだかれると、頭に花が咲きそうなほどの快楽に襲われた。

このまま続けられては、呆気なく果ててしまいそうだ。

「待って、信、ほんと、降参…」

情けないほど声を震わせて白旗を上げると、信が満足そうな顔をして男根を解放してくれた。

素直に離してくれたことに安堵しながら、蒙恬は再び信と唇を重ねる。信も嫌がることなく、口づけを受け入れてくれた。

せっかく彼女に受け入れてもらえたのだから、果てるのならば彼女の中が良い。早く一つになりたかった。

「…挿れていい?」

上目遣いで尋ねると、信は躊躇うように視線を左右に泳がせた後、小さく頷いた。

 

本音

信の体を寝台の上に横たえて、蒙恬は膝裏を持ち上げた。

大きく足を開かせると、先ほどまで愛撫していた淫華が剥き出しになる。

いよいよ信と身を繋げるのだと思うと、蒙恬の心臓は、はち切れてしまいそうなほど、激しく脈打っていた。

信も羞恥で顔を真っ赤にしており、見られるのが恥ずかしいのか、両腕を交差させて顔を隠していた。

淫華の中心に男根の先端を押し付ける。

「んっ…」

入り口を覆っている花襞を男根で押し開くと、信の体がぴくりと跳ねた。

「挿れるよ」

小声で囁くと、顔を隠したままではあるが、信が小さく頷く。蒙恬は躊躇うことなく、腰を前に押し出した。

蜜で濡れそぼった淫華に男根の先端を潜り込ませると、押し返されてしまいそうな弾力があった。

負けじと腰を前に進め、男根を淫華の中に進めていく。

「っぅうう…!」

苦しそうな声がして、蒙恬は反射的に腰を止めた。まだ半分までしか挿れていないのだが、苦痛に顔を歪めている。

信が男と体を重ねるのは、随分と久しいのだと察していたのだが、無理をさせてしまっただろうか。

「え…?」

視線を下ろすと、信の淫華に突き刺さっている男根に赤い筋が伝っているのが見えた。

それが血であることと、自分の男根が淫華を串刺しにして傷をつけたのだと分かり、蒙恬は驚愕する。

両腕で顔を隠している信と、繋がっている部分を交互に見て、蒙恬は思わず瞬きを繰り返した。

「え…えっ…!?信…?」

「…う、ぅぐ…」

驚きのあまり、ろくな言葉を掛けることが出来ずにいると、腕で顔を隠しながら、信が苦しそうに呻いているのが分かった。隠している顔は耳まで真っ赤になっている。

信が処女だった・・・・・のだと頭が理解するまでに、やや時間が掛かった。

思わず蒙恬は彼女に問い掛けていた。

「な、なんで嘘吐いたんだよ…?初めてなら、もっと時間を掛けて…」

体を重ねる前にも、露台でも、信は自分の過去について話していた。下僕時代に男たちに手酷い扱いを受けたことを比喩するのに、自らを男たちの使い古し・・・・・・・・だと卑下していた。

てっきり男を受け入れた経験があるのだとばかり思っていた蒙恬は、早く彼女と一つになりたいあまり、前戯に時間を掛けなかったことを激しく後悔する。

男根を深く咥え込みながら、信はぐすぐすと鼻を啜っていた。両腕で顔を隠したまま、彼女が嘘を吐いた理由を白状する。

「…ああ言えば、俺のこと軽蔑して、とっとと諦めるだろうって、思ってたのに…ああ、くそっ…なんで、お前は…」

独り言のような言葉を聞きながら、この体を始めて拓いたのは他の誰でもない自分なのだと分かり、蒙恬は胸が喜びに満ちていくのを感じていた。

口淫もどこかぎこちなく行っていたのは、緊張のせいではなく、経験がなかったからだったのだ。

破瓜の痛みに打ち震えている信に申し訳ないと思いながらも、歓喜のあまり、口元がだらしなく緩んでしまう。

諦めさせるどころか、自分のことを煽った信の行動の矛盾に、本当は信も自分と同じ気持ちでいたのだと理解する。

「…何度も言ってるでしょ。信が下僕出身なんて、俺にはどうでも良いことなんだよ」

男根が馴染むまで腰を動かさずにいることを決め、蒙恬は顔を隠す信の両手掴んで、敷布の上に横たえた。指と指を絡ませながら、彼女の額に唇を落とす。

ぐすっと大きく鼻を啜ってから、信は泣き笑いのような表情を浮かべていた。

「…俺みたいな女を、嫁になんて…蒙武将軍が許さねえだろ」

うっすらと涙を浮かべながら、信がそう言ったので、蒙恬は満面の笑みを浮かべる。

「それは大丈夫。父上とも、信と同じ約束してたから」

「…は?」

言葉の意味を理解出来なかったのか、信がつぶらな瞳をさらに目を丸める。破瓜の痛みを一瞬忘れてしまうほど、驚いているようだった。

「軍師学校を首席で卒業して、将軍になったら信と結婚する。信と同じ約束を、父上ともしてたんだよ」

「な、なんだと…!?」

真っ赤になっていた顔が、今度はみるみるうちに青ざめていく。追い打ちを掛けるように蒙恬は言葉を続けた。

「きっと信はさあ、出来ないと思って俺にそんな条件を言い渡したと思うけど、残念だったね?俺、優秀だから」

「~~~ッ…」

狼狽えて言葉を出せずにいる信に、蒙恬は再び唇を重ねた。

「ん、ぅ」

遠慮なく舌を絡ませ、深い口づけを交わしてから、蒙恬は顔を離す。互いの唇を繋ぐ唾液の糸をぺろりと舌で舐め取った。

「これでもう不安材料は消えた?俺のお嫁さんになってくれるでしょ?」

尋ねておきながら、答えは一つしか聞き入れる気はなかった。

 

本音 その二

「…もっと奥、挿れていい?」

確認するように信の耳元で囁くと、彼女は蒙恬から目を背けながら、小さく頷いた。

今の会話で少しは体の力が抜けたのか、彼女の強張っていた表情が先ほどより和らいでいる。

敷布の上で指を絡ませたまま、蒙恬はゆっくりと腰を前に押し出した。

「んッ、ん、く…」

切なげに寄せられた眉根に唇を落とす。彼女の反応を確かめながら少しずつ腰を進めていき、蒙恬は男根が全て信の中に飲み込まれたことを実感した。

「信…」

隙間なく密着している結合部を見下ろし、やっと一つになれたのだと、蒙恬は長い息を吐いた。

熱くて蜜に塗れたそこに包まれているだけで、脳天にまで快楽が走り抜ける。すぐにでも腰を動かしたい欲望を必死に押さえつけて、蒙恬は再びお互いの性器が馴染むまで待っていた。

「信、辛くない?」

生娘を相手にしたことがあるのは初めてではない。破瓜の痛みは男の想像には及ばないほどのものだというが、過去に相手をした女性や、今の信を見れば確かにその通りなのだろう。

切なげに眉根を寄せているが、先ほどよりは顔に余裕がある。

「う、…ぅんん」

唇を重ねながら、蒙恬がゆっくりと腰を引いた。

「んんぅッ」

一度引いた腰を前に押し出すと、信の眉間に刻まれている皺が深くなる。挿れた時ほどではないが、まだ奥は辛いようだ。

「ふ、あぁ…」

もう一度腰を引くと、わざと浅瀬を穿った。

亀頭と陰茎の間にあるくびれを使って、花襞を捲り上げるように擦り付ける。浅瀬の刺激を続けていると、信の声色に次第に変化が訪れて来た。

「あ、ん…ぁあ…」

苦痛に塗れた声ではない。微かに快楽も混じっている吐息のような、甘い声だった。

「ひゃッ…!」

男根を咥えている少し上にある花芯に触れると、信の体がびくりと跳ねた。先ほど唇と舌で弄った時も特に善がっていた場所である。女の急所なのだから、感じないはずがない。

中を浅く穿ちながら、花芯を指で擦ると、信は顔をくしゃくしゃに歪めた。

「蒙恬ッ…」

涙で濡れた瞳が蒙恬を見つめている。
その瞳に射抜かれて、蒙恬は心からこの女を愛していると感じた。

「信ッ…好き、好きだよ、大好き」

子どものような口調だったが、勝手に口から愛の言葉が溢れて止まない。

大人になったのだから、もっと格好つけて彼女に愛の言葉を囁きながら、導いてあげたかった。

「信…!」

名前を呼ぶと、信が微笑むように目を細めた。堰を切ったかのように溢れ出た想いはもう抑え切れそうになかった。

喜悦に染まった声が聞きたくて、再び男根を奥へと潜らせる。

「ぁああっ」

先ほどまで浅瀬での刺激を続けていたからか、彼女の声に苦痛の色はもうなかった。

「くッ…!」

柔らかい肉壁に包まれている男根から目も眩むような快楽が押し寄せてきて、蒙恬は思わず食い縛った歯の隙間から息を吐く。

このまま快楽に身を委ねれば、きっと信を抱き殺してしまうだろう。

理性を繋ぎ止めながら、蒙恬はゆっくりと腰を動かし続けた。自分を生殺しにしている自覚はあったが、信の方が大事だ。

「っあ、んッ、ぅあ」

少しずつ男根の存在に慣れて来たのだろう。初めて男を受け入れた其処は未だきつく締め上げて来るものの、一度貫通したお陰で道が拓いていた。

「ひぐっ」

女にしかない尊い臓器を突き上げると、信がくぐもった声を上げる。交錯させた彼女の指に力が入ったのが分かった。

まるでもっとして欲しいと男根に吸い付いて来る肉壁の生々しい感覚が堪らなくて、蒙恬は息を荒げながら夢中で腰を動かしていた。

寝台が激しく軋む音と、肉の打擲音に合わさって信の喘ぎ声が重なる。鼓膜まで至福な音に揺らされて、眩暈がしそうだった。

最奥にある子宮を突き上げる度、体の芯まで揺さぶられるように、信の声が一際大きくなった。

「信っ、好き、ずっと好きだよ」

「う、ぅんッ…!」

ぼろぼろと涙を流しながら、信が頷いたのを見て、蒙恬の胸を大きな喜悦が貫いた。

言葉にはされなかったものの、やはり彼女も自分と同じ想いだったのだ。

「んんッ」

唇を重ね、舌を絡め合いながら、蒙恬は信の体を強く抱き締めた。彼女の細身が寝台から浮き上がるほど、激しい腰使いで最奥を突く。

口づけの合間に上手く呼吸が出来ず、信が目を白黒させている。しかし、蒙恬はやめようとしなかった。もう今さらやめられるはずがなかった。

目も眩むような快楽が全身を貫いた途端、蒙恬は彼女の蜜華から男根を引き抜いた。

「はあッ…あッ…」

自分の手で男根の根元を扱きながら、彼女の臍の辺りに熱い白濁を降り注ぐ。

下腹部の痙攣が落ち着いた頃に、長い射精が終わり、二人は静かに息を整えていた。

 

初夜

ようやく息が整った頃、蒙恬は信の隣に倒れ込んだ。

「…ねえ、夢じゃないよね?」

天井を見上げながら問い掛けると、隣から信が手を伸ばして来て、蒙恬の頬を思い切り抓った。

「痛いっ」

容赦なく頬を抓られて、蒙恬は悲鳴に近い声を上げる。信の手首を掴んで頬から引き剥がすと、小さな笑い声が聞こえた。

顔だけ動かして信の方を見ると、彼女の頬には涙の痕がいくつも残っていた。目も真っ赤に充血している。

破瓜の痛みを耐えてまで、自分を受け入れてくれたのだと思うと、蒙恬の胸に愛おしさが込み上げた。

「信…」

寝台に横たわったまま彼女を抱き寄せると、信が腕の中で力なく暴れる。

「おい、もうしねえよッ?」

「うん、しない」

柔らかい彼女の体を抱き締める。素肌の温もりを感じながら、蒙恬はうっとりと目を閉じた。

「…嫡男のくせに、いつまでも甘えただな」

信の指が蒙恬の髪を梳く。こんな風に頭を撫でてくれたのは、幼い頃以来だった。

こんなにも大人になったはずなのに、彼女の瞳には、蒙恬という存在は未だ背伸びした子どもに見えているのかもしれない。

「信は、その甘えたな嫡男に愛されてるんだよ」

皮肉っぽく言い返すと、信は諦めたようにわざとらしく溜息を吐き、それから頬を緩ませた。

「…まだ信から聞いてないんだけど」

「え?」

上目遣いで、蒙恬が信を見据えた。

何をとは言わなかったが、どうやら信も自覚があるらしく、目を泳がせている。

「そ、そういうのは…その、安易に口に出すもんじゃねえだろ」

意外な言葉が返って来た。

「え?将軍昇格のお祝いの言葉はくれたのに?」

「それとこれとは話が違う」

どうあっても、自分の口から愛の言葉を囁く気はないらしい。そうだとしても、一言も聞かせてくれないのはずるいと蒙恬が頬を膨らませる。

「あーあ…俺、せっかく将軍昇格したのに、このままじゃ飛信軍に殺されるかも…いや、大王様から処刑を言い渡されるかもしれない」

「は?なんでだよ」

訳が分からないと信が眉根を寄せる。涙を拭う演技をしながら、蒙恬は言葉を続けた。

「だって、誤解されたら、言い逃れ出来ないし…」

信の意志がそこにないのに、無理やり蒙恬が事に及んだのだと思われれば、きっと信の周りの者たちは黙っていないだろう。

嬴政は二人でよく話し合えと場を設けてくれたが、親友である信が無理やり犯されたとなれば伍長に戻すどころの処罰など生温いと思うはずだ。

「はあ…せっかくここまで頑張って来たのに、短い命だったなあ…」

泣く演技を続けていると、信が大きく溜息を吐いた。二人の間に束の間の沈黙が横たわる。

「…好きだ」

信の唇から零れた言葉を、蒙恬は聞き逃さなかった。勢いよく体を起こし、横たわっている彼女の体に再び跨る。

「俺も、大好き」

唇を重ねると、信の方から口を開けてくれた。

どちらともなく舌を絡ませているうちに、再び下半身が重くなっていく。

信の体を抱き締めながら、彼女の体にそそり立って来た男根を擦り付けると、信の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのが分かった。

「もうしねえよッ!」

蒙恬の体を両腕で押し退けながら、信が怒鳴った。

「うん、今夜我慢する。時間はたっぷりあるからね」

「ほんと、お前ってやつは…」

男根は苦しそうなほど勃起してしまったが、焦ることはないと蒙恬は自分に言い聞かせた。
これから彼女と一緒に過ごす時間は、たくさんあるのだから。

 

…初恋は実らないという迷信は確かに存在したのかもしれない。

しかし、今もなお燃え続けているこの愛情が本物の恋ならば、初恋が実らなかったからこそ、出会えた運命だったのだろう。

 

後日編はこちら

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初恋の行方(蒙恬×信)中編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

助言

蒙恬から逃げるように露台から離れた信は、苦虫を噛み潰したような表情で宴が行われている間へと戻った。

中身の入っている酒瓶は握ったままだったが、飲み直す気にはなれない。

今でも蒙恬があの約束を守っている理由が、信には分からなかった。

蒙恬とあの約束を交わしたのはまだ彼が子どもの頃で、自然に消滅してしまう口約束だと言っても良い。

あの場を切り抜けるために、蒙恬に合わせて約束を交わしただけであり、信は少しも本気にしていなかった。

それが、約束通りに軍師学校を首席で卒業し、ご丁寧にその報せも送って来て、あっという間に将軍の座に上り詰めた。その実力は本物で、蒙恬の将軍としての才は誰もが認めるものである。

約束がなかったとしても、きっと蒙恬は聡明な秦将として中華全土に名を轟かせていたに違いない。

「………」

先ほどの蒙恬とのやり取りを思い出し、信は唇を噛み締める。

どうして未だに自分に執着するのだろうか。蒙家という名家に生まれただけで、嫁にする女など選び放題だというのに、未だに約束に縛られていることが不思議でならない。

酒を飲み交わしている者たちが心から宴を楽しんでいる姿を見て、暗い表情を浮かべているのは自分だけだと気づき、このまま抜けてしまおうかと考える。

此度の戦には飛信軍は参加しなかったので、副官や兵たちは宴には来ていない。

再び廊下に出たところで、総司令官である昌平君の姿を見つけ、信は駆け出した。

「昌平君!」

早々に宴を抜けようとしていたのだろう。彼があまり賑やかな席を得意としないことは信も知っていた。

名前を呼ばれた昌平君が静かに振り返る。

「呼び止めて悪いな」

「何か用か」

宴の席であっても少しも楽しそうじゃない昌平君に、信は苦笑する。

一度くらい酒に酔わせて、普段の彼からは想像も出来ない姿を見てみたいと思うのだが、今はそんなことはどうでもいい。

首席で軍師学校にいた蒙恬の指導者として傍で見ていた昌平君ならば、蒙恬が自分以外の女性に興味を抱いていたかを知っているかもしれない。

蒙家の嫡男である彼には大いに交友関係がある。その中から多くの嫁候補だってあったはずだ。

自分との約束に縛られている蒙恬だが、一人や二人くらいは気に入っている女性に出会っているに違いないと信は考えた。

「えっと…蒙恬のことなんだけどよ」

「?」

戦での武功が認められ、将軍昇格となった蒙恬の話題が出たことに、昌平君は瞬きを繰り返していた。

「…軍師学校にいる時のあいつって、どんな様子だった?」

目を泳がせながら、信が問い掛ける。

「漠然とした問いだな。何が知りたいのか言ってみろ」

遠回しに尋ねようとする意図を見抜かれたらしい。昌平君に真意を探られて、信は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

「…女との付き合い、とか…」

「………」

これでもまだ遠回しに答えた方だっだ。しかし、信の表情から昌平君は真意を察したらしい。

「多くの縁談があり、色んな女を相手にしていたらしい」

「そ、そうか!そうだよな!」

その話を聞いて、信の暗い表情に光が差し込んだ。

「じゃあ、その中で一人くらい結婚相手が…」

蒙恬が縁談を断っているのは、彼の教育係であり、楽華隊の老将の胡漸から聞いていた。

しかし、胡漸が知らないだけで、もしかしたら蒙恬には一人か二人くらいは気に入った女性がいるかもしれない。希望の光を追い求め、信は昌平君の言葉に耳を傾ける。

「…お前との約束を守るために、最終的には全て断っていたようだ」

約束。またその言葉が出て来て、信は頭痛を覚えた。

昌平君まで知っているということは、蒙恬は幼い頃のその約束をあちこちで言いふらしているのかもしれない。完全に外堀を埋められた気持ちになり、信は愕然とした。

こめかみに手をやりながら柱に凭れ掛かった信に、昌平君が眉根を寄せる。

「なんで、あいつ…いつまでもそんなことを…」

少しも蒙恬の考えが解せないと信が唸り声を上げたので、昌平君は彼女の考えを何となく察したのだった。

蒙恬が信に好意を寄せているのを知っているのは、信の予想通り、当事者の二人だけでない。

彼が軍師学校にいる間、信との約束のために主席を目指しているのだと話していたこともあって昌平君は、蒙恬が信に好意を寄せていることを知っていた。

楽華隊の隊長として戦に出るようになってから、蒙恬は信と共に行動している飛信軍の男にあからさまな敵意を向けていた。

河了貂と蒙毅の話だと、飛信軍が楽華隊と共に同じ持ち場を任された時は、蒙恬の嫉妬が凄かったらしい。

もちろん立場は弁えていたというが、その嫉妬の眼差しだけで人を殺してしまいそうなほど、恐ろしい双眸だったと噂で聞いていた。

そのせいか、秦軍の大半は、蒙恬が信に好意を寄せていることを知っている。

昌平君としては、ここまであからさまに好意を向けられているのに、彼に心を開かない信の方が不思議だった。

しかし、一歩引いてみれば元下僕と名家の嫡男。信は王騎と摎の養子として、名家である王家の分家へ迎え入れられたが、戦で両親を失った今の信には、下僕時代と同様に後ろ盾がない。

恐らく、信が気にしているのはそこ・・だろうと昌平君は考えていた。

「…蒙恬の将軍昇格のことは聞いたのか?」

「え?あ、ああ」

その反応に何かを察したのか、昌平君が腕を組み、呆れ顔になる。

「祝いの言葉の一つもかけなかったのか」

「う…」

信の顔色が曇る。どうやら図星のようだ。
わざとらしく溜息を吐いてから、昌平君は言葉を続けた。

「約束を抜きにしても、蒙恬の努力は認めてやっても良いのではないか。戦で飛信軍が立ち回りやすいよう、軍略を企てたのも蒙恬だろう」

「………」

諭すように言われ、信は確かにその通りだと口を噤んだ。

楽華隊が飛信軍の下についた時は、蒙恬は楽華隊隊長として飛信軍の強さを発揮できるように軍略を授けてくれた。

軍師学校を首席で卒業するほど聡明な彼の軍略には確かに幾度も助けられた。
敵の伏兵がありそうな場所を事前に通達してくれて、飛信軍が敵軍に壊滅させられる危機を回避したのだって蒙恬のおかげだ。

いつも優れた軍略で戦況を傾けてくれたことに感謝はしていたが、昇格の度に信は蒙恬へ祝いの言葉を掛けなくなっていた。

あっと言う間に千人将になった時には、あの幼かった蒙恬がこんなにも活躍するとはと、自分のことのように喜んでいたのに。

昇格する度に蒙恬に約束の話を振られるものだから、信は危機感を抱いていたのだ。
それは自分のためでなく、蒙恬に関してだ。

自分が名家の嫡男につり合う立場でないことは信も分かっている。そんな女を名家に迎えることになれば、確実に家臣たちから不満を抱かれるだろう。

蒙家の安泰のためには相応しい女を迎えた方が良いと何度も蒙恬に言っているのに、蒙恬は少しも信の話を聞こうとしないのだ。

元下僕である自分が王騎と摎の養子として選ばれた時も、家臣たちから大いに反対されたのは知っている。

生まれた時から恵まれている者とは待遇が違うのは、この中華では当然のことだ。

信が蒙恬からの求婚を拒絶しているのは、他の誰でもない蒙恬のためでもあった。

(でも…おめでとうの一言くらいは、確かに言ってやらねえとな)

昌平君に諭されたように、蒙恬の将軍昇格は約束を抜きにしても彼の努力が成した成果だ。ちゃんと祝ってやらなくては。

「蒙恬のとこ、行って来る」

昌平君が静かに頷いたのを見て、まだ蒙恬がいることを願いながら、信は先ほどの露台へと戻るのだった。

 

秦王への頼み事

足早に信が去った後、蒙恬は露台で城下町を見下ろしながら長い溜息を吐いた。

酔いが回っている体に夜風が心地よい。しかし、酒で火照った体とは正反対に心は冷え切っていた。

「将軍昇格だというのに、浮かない顔をしているな」

信の言葉を思い返し、溜息を吐いていると、背後から聞き覚えのある声を掛けられた。

「大王様っ!」

秦王である嬴政だ。蒙恬はすぐにその場に膝をついたが、嬴政はそれを止めて顔を上げるように言う。

宮廷の中とはいえ、嬴政は護衛もつけずに歩いていた。

嬴政が守られるばかりの弱い存在でないことを蒙恬は知っているが、いつ何人が狙っているかも分からないのだから警戒は怠らない方が良い。

「ここは見晴らしが良いだろう」

「ええ、そうですね…」

蒙恬の心配をよそに、嬴政は風を浴びて気持ち良さそうに城下町を見下ろしていた。

「…成蟜から政権を取り戻した時も、信とここで過ごしていた。…もう、随分と昔のことだがな」

昔を懐かしむように、嬴政が思い出話を始めた。

二人が成蟜から政権を取り戻す時からの長い付き合いであるのは、秦国では有名な話である。

まさかこの露台で二人きりで過ごしていた思い出があったとは知らなかった。蒙恬の胸に嫉妬と不安の感情が浮かび上がる。

秦王という立場である嬴政は、子孫を繁栄のために後宮にごまんを女性を抱えている。

真面目な性格ゆえ、いたずらに女性たちをたぶらかすことはしないが、だからこそ嬴政に選ばれる女性は羨望の眼差しを向けられていた。

向という女性を正室に迎えた話は聞いていたが、正室の他にも選ばれる女性はいる。

そして、蒙恬はそれが信になるのではないかという不安に苛まれていた。

大将軍の座が簡単に空くことはないと分かっていたが、もしも信が嬴政の子を孕むことがあればすぐにその席は空くことになるだろう。

いや、もしかしたら子を孕む前に後宮に入れられて側室になることを命じられるかもしれない。

(もし、信を後宮に連れて行かれたら…二度と会えない…)

後宮にいる女性は誰もが嬴政の寵愛を受ける権利を持っている。

選ばれるのはほんの一握りであるが、後宮にいる限りは他の男との接触を禁じられる。
秦王以外の男と間違いを起こさぬよう、身籠った子が秦王の子だと僭称する者が現れないよう、男性としての生殖機能を持たない宦官だけが出入りを許されているのはそのためだ。

いかなる理由であっても、宦官と皇族以外の男が後宮に立ち入ることは叶わないし、女性の方も理由がなければ後宮を出ることも叶わない。

このことから後宮制度というものは、秦王から寵愛を受けた女性を逃がさないための檻とも言える。

嬴政が信を一人の女として見ているとしても何らおかしいことではない。それだけ二人が共に過ごした時間は長く、深い信頼関係で結ばれているのだ。

後宮にいる女性たちは嬴政の寵愛を受けようと、いつも敵対心を燃やしているという。そんな彼女たちであっても、信が嬴政の寵愛を受けるとなれば納得せざるを得ないだろう。

嬴政に求婚をされたらと思うと、蒙恬は耐え難い不安に襲われた。
他の誰でもない秦王の命令だ。さすがの信でも断ることは出来ないだろう。

「あの…大王様」

恐る恐る蒙恬は声を掛けた。顔色の優れない彼を見て、嬴政がぎょっと目を見開く。

「どうした。何かあったのか」

意を決したように蒙恬は嬴政の瞳を真っ直ぐに見据えた。睨み付けたと言っても良い。

「今後も秦国のため、大王様のために尽力致します。それで、一つだけお願いしたいことが…」

「なんだ?言ってみろ」

嬴政は続きの発言を許可した。すぐに蒙恬はその場に跪き、深々と嬴政に頭を下げ出す。

まさか玉座の間でもないのに、こんなところでそのような態度を取られるとは思わず、嬴政は瞠目した。

論功行賞の場で褒美は伝えたはずだが、名家の生まれである彼は金も土地も興味がないのだろう。だとすれば、別に欲しい褒美があるのだろうか。

三百人将からあっと言う間に将軍の座に上り詰めた蒙恬の活躍は凄まじい。
その聡明な知能で、これからも秦のために尽力してくれるという期待をしていたこともあり、可能な褒美なら何でも取らせようと嬴政は考えた。

しかし、蒙恬が欲する褒美は、嬴政の予想を上回るものだった。

「―――信を、どうか信を、後宮に入れないでください!」

「…は?」

予想もしていなかったことを懇願され、嬴政の頭は一瞬だけ真っ白に塗り潰された。瞬きを繰り返しながら、嬴政は今の蒙恬の発言を何とか理解しようと思考を巡らせる。

「どうか、お聞き届け願いたく…!」

額を擦り付ける勢いで蒙恬が懇願するものだから、嬴政は狼狽えた。

すぐに返事をされないことから、蒙恬はやはり嬴政が信を後宮へ連れて行こうとしているに違いないと錯覚する。

「蒙恬ッ!!」

急に怒鳴り声が響いたかと思うと、その場にいなかったはずの信が顔を真っ赤にして駆け出して来た。

どうして先ほど去っていったはずの彼女が戻って来たのだと内心驚いたが、蒙恬は顔を上げず、嬴政に頭を下げたままでいる。

「とっとと立てっ!なに政に訳わかんねえこと言ってんだよ!」

信は蒙恬の腕を掴むと、その体を無理やり立ち上がらせた。どうやら今の話を聞いていたらしい。

しかし、蒙恬は信の方を見向きもせずに、再び跪こうとしている。信がそれを阻止しながら何をしているのだと再び怒鳴りつけていた。

「…悪いが、少しも話が見えない。蒙恬は何を言っているのだ?」

もっともな疑問を嬴政が口にすると、蒙恬は俯きながら口を開いた。

「信が、後宮に行ったら、俺は彼女と二度と会えなくなります…」

今の発言は処刑に値するものだと、蒙恬も自覚していた。

もしも嬴政が信を後宮へ連れていくのが本当だったとすれば、自分は秦王の女を奪おうとしている不届き者となる。蒙恬は処刑を覚悟の上で懇願したのだ。

しかし、自分が知らない場所で二人が本当に想いを寄せ合っていたのなら、そんな姿は見たくない。

愛しい女が他の男に抱かれ喜ぶ姿など耐えられないし、心から祝福なんて出来るはずがなかった。

腕を組んだ嬴政が呆れたように肩を竦めて溜息を吐いたので、次に口から発せられる言葉に、蒙恬の心臓は激しく脈を打っていた。

「……なぜ信を後宮に連れていく必要がある?」

「へっ?」

間の抜けた声を上げ、今度は蒙恬が瞬きを繰り返す番だった。

先ほどから蒙恬の腕を掴んでいる信が顔を真っ赤にして、ぶるぶると震えているのを見て、嬴政が納得したように頷いた。

「安心しろ。お前が心配しているようなことは絶対にない。秦王の名の下、ここに断言しよう」

「え…」

穏やかな笑みを口元に携えながら嬴政がそう言ったので、蒙恬は呆気にとられた。

急に目つきが切り替わり、鬼のような形相を浮かべた嬴政が信の耳を思い切り引っ張る。

「いでででッ!政!何しやがる!」

「逃げてばかりでここまで拗らせたお前が悪いんだろう」

耳から手を放した嬴政がそう言ったので、信はばつが悪そうに目を反らした。

「ちゃんと二人で納得するまで話し合え。もしも次に会った時に改善されていないのならば、二人とも伍長に降格させるぞ」

「はあッ!?お前卑怯だぞッ!」

自分が仕えている王に卑怯という言葉を投げかけるのは信だけだろう。しかし、彼女のそのような無礼は昔からであり、嬴政は少しも気にしていないようだった。

颯爽と行ってしまった嬴政の背中を見つめながら、信は何か言いたげに唇を戦慄かせていたが、それは声にはならなかった。

 

本音と偽善

「………」

気まずい沈黙が二人を包み込む。先にその沈黙を破ったのは信の方だった。

「…お前、政に何変なこと言ってんだよ。俺は大将軍だぞ?後宮なんて場所、無縁に決まってるだろ」

呆れ顔で信が声を掛けると、蒙恬は下唇を噛み締めた。

「本当に、大王様と本当に何もないのか?一度くらい、伽に呼ばれたり、とか…」

「する訳ねえだろッ」

顔を真っ赤にした信が怒鳴るように否定をしたので、どうやら本当のようだと蒙恬は安堵した。むしろ拍子抜けしてしまった。

自分が知らないだけで、嬴政と信がそういう仲・・・・・であったらどうしようという心配は杞憂で終わったらしい。

「…信、俺のこと、もっと嫌いになった?」

嬴政に後宮に連れて行かないでくれと懇願したのは確かに早とちりだったかもしれないが、ますます信に悪い印象を与えてしまった気がして、蒙恬は叱られた子どものように縮こまった。

「嫌いになったなんて、今まで一度も言ってねえだろ」

目を反らしながらではあるが、信が即答する。呆気にとられた蒙恬は何度か瞬きを繰り返した。

「じゃあ、俺のために戻って来てくれたの?」

信は何も答えずに、露台から城下町を見下ろしている。

「…昔、城下町で奴隷商人に攫われただろ」

「え?信が助けてくれた、あの時のこと…?」

ああ、と信が頷く。彼女の視線は明かりの灯る城下町に向けられていた。

祝宴で賑わっているのは宮中だけでなく、城下町もだ。民たちが楽しそうに話している声が聞こえる。

「…あの時、捕らえたのは違法の奴隷商人だった。育ちも顔も良い貴族の娘や息子たちを攫って、娼館や後宮に売り払ったり、悪趣味な成金男に売り捌いてたんだよ」

あの時の二人組は信と蒙恬の活躍によって捕らえられ、後に処刑されたと聞いていた。

しかし、今になって、どうしてそのような話をするのだろう。蒙恬は黙って彼女の話に耳を傾けていた。

「お前、自分がいくらで売られそうになったか知ってるか?」

ようやく蒙恬の方を振り返った信は、口元には笑みを浮かべていたが、瞳には悲しい色が宿っていた。

「さあ…奴隷商人が処刑されたのはじィが教えてくれたけど、そこまでは知らないな」

素直にそう答えると、信は「だろうな」と口元の笑みを深めた。

「…俺は他の奴隷と同じように馬数頭分の値で売られたが、お前が売られてたら金五斤はくだらねえ額だったろうな」

ようやく振り返った信は真っ直ぐな瞳で蒙恬を見据えた。

「…分かるか?生まれた時から今も、これからも、俺とお前じゃ価値が違う・・・・・んだよ」

彼女が何を言おうとしているのか、蒙恬には手に取るように分かった。約束をしておきながら、信が数多くの縁談を断り続けている理由もそこにあったことも同時に理解した。

信は下僕出身である自分の価値を低いもの・・・・・・・・・・だと決めつけているのだ。

彼女が幼少期に戦で両親を失い、奴隷商人に売られたのは知っていた。そして、下僕として売られた奉公先で仕事をこなしながら、六大将軍である王騎と摎に引き取られたという話は秦国では有名な話である。

しかし、大将軍の座に就いておきながらも、下僕出身である事実は変わらない。そのことを理由に、自分は誰とも釣り合わない、隣に並んではいけないと考えているのだろう。

「…信」

蒙恬が名前を呼ぶと、信は声を掛けられるのも拒絶するように俯いた。それでも蒙恬は言葉を続ける。

「俺が信に感謝してるのは、本当。それに、信のことが好きなのも本当。それはこれからも変わらない」

「…だからっ!」

どうして分かってくれないのだと言わんばかりに、信が蒙恬を睨み付ける。

「蒙家の安泰がどうとか言うんでしょ」

言葉を遮ると、信が一瞬戸惑ったように目を見開いた。

「分かってんなら、なんで…」

「信こそ、飛信軍が戦に参加していない時でも、論功行賞や宴に来てただろ。それって楽華隊の、俺のためだって自惚れてたんだけど、本当はどうなの?」

「それは…」

まさかそんな質問返しをされるとは思わなかったようで、信があからさまに狼狽える。

戦に参加していない時でも、信は論功行賞の場に必ず現れた。祝いの言葉を掛けることはなくても、論功行賞で蒙恬の名前が呼ばれる度に、論功行賞が行われている間の後ろの方で静かに微笑んでいた。

恐らく信は隠れていたつもりだったのだろうが、いつも蒙恬はそんな信の姿を遠目に気付いていたのである。

「…お前が三百将の時からずっと見てたから…弟みたいな感覚っていうか…」

しどろもどろに言葉を紡いだ信に、蒙恬はこめかみに鋭いものが走ったのを感じた。

「…嬉しくない。弟みたいに思われてたなんて、そんなの知りたくなかった!」

つい口調が荒くなり、声も大きくなってしまう。普段ならこんな些細なことで怒りを露わにしないはずなのに、酒のせいだろうか。

「なんでっ?ずっと信のこと好きだって言ってるのに、なんで逃げるの?」

信が何か言いたげに唇を戦慄かせていたが、蒙恬が彼女の言葉に耳を傾けることは出来なかった。一度堰を切ってしまった想いは止まらず、次から次へと溢れ出て来る。

「信が下僕出身だから、俺が蒙家の嫡男だから、そんなのはもう聞き飽きた!信が本当に思ってること・・・・・・・・・を知りたい!教えろよ!言ってくれなきゃわからないだろ!」

畳み掛けるように言葉を投げつけ、蒙恬は肩で息をしていた。

「お前…なんで…そこまで」

今にも消え入りそうなほど、小さな声だったが、蒙恬の耳にはしっかりと届いた。

「信が好きだからだよ。ただ、それだけ」

その言葉を聞いた信はしばらく俯いたまま黙り込んでいたが、やがて、ゆっくりと顔を上げる。

「俺は、…下僕出身で、顔も名前も知らねえ男どもの使い古し・・・・だぞ」

この身は既に汚れているのだと、自虐的な笑みを浮かべながら信がそう言ったので、蒙恬は肩を竦めるようにして笑った。

「…だから、何?」

驚きも失望もせず、蒙恬が聞き返したので、信は驚いたように目を見張った。信の両肩をしっかりを掴み、蒙恬は彼女の瞳を覗き込みながら言葉を続ける。

「俺が信を好きな気持ちは変わらない」

信が顔ごと目を逸らそうとしたので、蒙恬は彼女の頬をそっと両手で包んだ。

顔を背けられなくなっても、小癪にも視線を逸らそうとする信を叱りつけるように、蒙恬は顔を寄せる。

「う、んッ…ぅ…!?」

唇を重ねると、信が驚いたように目を見張った。
ようやく自分を見てくれたことに蒙恬は安堵しながらも、唇を重ねたまま彼女の体を抱き締める。

腕の中で信がじたばたともがいていたが、逃がしはしないと蒙恬は腕に力を込めた。

「ふ、はっ…」

ようやく唇を離した時、信は肩で息をしていた。
彼女の柔らかい唇の感触の余韻に浸るように、蒙恬はぺろりと自分の唇を舐める。

借りて来た猫のように腕の中で縮こまった信は、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしていた。

「顔、真っ赤」

過去に相手をした生娘よりも初々しい反応に、蒙恬は愛おしさを噛み締める。

俯いたまま顔を上げられずにいる信は、諦めたように小さく息を吐いた。

「…そんなに娶りたいっていうんなら、せめて何番目かの愛人にしとけよ。それならいつでも捨てられるだろ」

「絶対やだ」

妥協案に蒙恬が即答したので、信は上目遣いで睨み付けた。

「何度も言ってるだろ?お前が考えるのは、俺のことでも、お前の幸せでもない。蒙家の安泰だ」

「それもやだ。俺、一途だもん」

はあ?と信が顔を強張らせる。

「たくさんの女侍らせておいて、一体何言って…」

「あれ、知ってるんだ?俺に興味ないフリしてただけ?」

ぎくりと信の顔が強張る。
自分以外に蒙恬が興味を持っている女がいないか調べるために胡漸や昌平君から話を聞いたことが裏目に出てしまった。

「あれは予行練習・・・・。いつも目を瞑って、信だと思って抱いてた。自慰みたいなもんでしょ」

当然のように返した蒙恬に、信が青ざめている。

「…最低だな、お前」

「今さら気づいた?悪いけど、諦めるつもりなんてないから、覚悟しといてよ」

腕の中に閉じ込めたままでいる信にそう囁くと、彼女は大袈裟な溜息を吐いた。

「ったく、お前ってやつは…ああ、そうだ」

蒙恬の執念とも言える付き纏いに白旗を上げることになり、いつもの調子を取り戻した信が、にやっと白い歯を見せて笑った。

蒙恬将軍・・・・、よくここまで頑張ったな」

「…っ!」

自分にだけ向けてくれた満面の笑みに、蒙恬の心臓が痛いくらいに締め付けられる。

「信、大好きだよ」

気が付けば、蒙恬は再び信の体を強く抱き締めていて、そう口走っていた。

信は返事をしてくれなかったが、背中にそっと腕を回してくれる。

その手は、奴隷商人から幼い自分を自分を助けてくれた時と同じ、温かさと優しさが詰まっていた。

 

仲直りと仕切り直し

此度の勝利で秦国の領土を広げることになった。この様子だと、あと二日は祝宴が続くだろう。

将軍昇格の武功を挙げた楽華隊の活躍は大いに称賛を浴びている。
楽華隊隊長である蒙恬が祝宴の主役に立っても良いというのに、信に「二人きりで飲み直そう」と提案したのは蒙恬本人だった。

信は賑やかな席の方が好きなのだが、蒙恬のお願いを断る理由もなく受け入れた。

咸陽宮の一室では、宴の賑やかな音が遠くに聞こえる。宴のような賑やかさはここにはないが、静かに飲む酒は美味かった。

「あーあ…これからは信と同じ持ち場につくことが少なくなるだろうし、ちょっと寂しいかも」

「なんでだよ」

はは、と信が笑う。

「………」

空になった杯に酒を注ぐことはせず、蒙恬が台に杯を置いた。

「信」

真剣な眼差しを向けられ、信は思わず固唾を飲んだ。

「信のこと、抱きたい」

「は…?」

遠回しでも何でもなく、直球に告げられて、信は目を見張る。

言葉を失っている信を見ても、蒙恬は退かなかった。

「な、何言ってんだよ」

「今までもそういう目で・・・・・・信のこと見てた。でも、無理やりはしたくない」

…先ほど無理やり唇を重ねて来たことは数に加えていないらしい。

重い沈黙が二人の前に横たわる。蒙恬は信の瞬き一つ見逃すまいと、じっと彼女を見つめていた。

「…俺は」

「知らない男たちの使い回しって卑下するんでしょ?」

言葉を遮って、信が言わんとすることを代弁した蒙恬は悲しそうに眉を下げる。どうして蒙恬がそんな表情をするのか分からず、信は怪訝な表情を浮かべた。

蒙恬が椅子から立ち上がり、信の前にやって来る。

その場に膝をついた蒙恬は、座ったままでいる信の膝に頭を摺り寄せた。まるで子が母に甘えるような仕草だ。

俺の大切な人・・・・・・に、そんな酷いこと言わないでよ」

はっとした表情を浮かべ、信は下唇をきゅっと噛み締めた。

「…俺さ、信に口づけたの、さっきのが初めてじゃないんだよ」

埋めていた膝から顔を上げて、上目遣いで蒙恬が信を見上げる。酔いのせいだろうか、悪戯っぽく笑った。

「楽華隊が飛信軍の下についた時、戦が始まって二日目の夜だったかな?眠ってる信に口づけちゃったんだ」

まだ蒙恬が千人将だった時、飛信軍と同じ持ち場を任された戦があった。

信や他の将たちと軍略について話し合う機会があったのだが、飛信軍はその強さ故に激戦地となる前線を任されることが多い。

多くの敵兵を薙ぎ払った彼女は天幕で気絶するように寝入っていた。
ちょうどその時に、翌日の楽華隊と飛信軍の動きについて軍略を告げようと、蒙恬が信の天幕に訪れたのである。

その時の蒙恬は苛立ちと不安に襲われていた。

戦で飛信軍の活躍を間近に見るようになってから、信がいかに多くの者たちから慕われているかを知らされたのだ。同じ軍の副官や兵だけでない、他の軍や隊の将や兵たちだってそうだ。みんな信を慕っている。

幼い頃から信の隣に並び立つために、その背中を追い掛けていたけれど、既に信の隣に並び立つものは多くいるのだと思い知らされた。

焦燥感と嫉妬に駆られた蒙恬は、気づけば眠っている彼女に口付けていたのである。

約束である軍師学校は首席で卒業したものの、まだ大将軍の座には程遠い千人将という立場ながら、早まったことをしてしまったという自覚はあった。

もちろんすぐに我に返り、慌てて天幕を飛び出したのでそれ以上は襲わずに済んだ。

あの時の信は眠っていたので、もちろん彼女は知らないだろうが、このまま胸に秘めておく訳にもいかず、蒙恬は素直に打ち明けたのである。

「………」

「信?」

信が狼狽えたように視線を泳がせたので、てっきり怒鳴られると思っていた蒙恬が小首を傾げる。

「ねえ、もしかして、知ってたの?」

「ッ…」

酔いとは別に顔を真っ赤にさせている。その態度こそ肯定だと分かり、さすがの蒙恬も驚く。

その恥じらいの表情に蒙恬は堪らず生唾を飲み込み、立ち上がって彼女の背中と膝裏に腕を回していた。

「うわッ!?なにしてんだよッ!降ろせッ」

抱き上げられて、急な浮遊感に襲われた信が目を見開いている。

しかし、蒙恬は何も答えずに部屋の奥に用意されている寝台へと向かった。抱きかかえた体を寝台の上に横たえ、蒙恬は彼女の体を組み敷く。

「蒙恬ッ…?」

驚愕と怯えが混じった顔で信が蒙恬を見上げる。

男と身を繋げるのが初めてではないとはいえ、きっと乱暴に扱われたことで、信は身を繋げる行為を苦手としているのかもしれない。

性欲の捌け口として、信を乱暴に扱った奴らの行方はもう掴めない。
それが私情だと蒙恬には十分に自覚はあったが、もしも彼らの行方を掴めたら、信を汚した代償を何としてでも払わせたかった。

しかし、今は憎しみよりも、目の前の女を好きにしてしまいたいという欲情の方が大きい。

「信…」

自分でも興奮で息が荒くなっているのが分かり、蒙恬は自分の余裕のなさを自覚した。

こういうこと・・・・・・は、約束通りに婚姻を結んでから行うべきだと頭では理解しているのに、そこまで待つことは出来なさそうだった。

他の女性を褥へ導く時には余裕を見せつけていたのに、愛する女の前ではこうも心が搔き乱されてしまう。格好つけたかったのに、下半身は痛いくらいに重くなっていた。

「っ…」

体を組み敷かれた信は戸惑った表情を浮かべているが、逃げ出す素振りを見せない。

「…逃げるなら今のうちだけど?」

あえて問い掛けたのは、信に逃げる意志があるのかを確かめるためだった。

酔いが回ってるとはいえ、力が入っていない訳ではないし、逃げ出そうと思えば出来るはずだ。

無理強いはしたくないことも伝えたし、だとすれば信が逃げない理由は何なのだろう。
もしかして期待しても良いのだろうかと蒙恬が生唾を飲み込む。

「信」

視線を泳がせている彼女が何か言いたげに唇を戦慄かせる。蒙恬はすぐにでも彼女の体を好きにしたい欲を必死に押さえつけながら、信の言葉を待った。

「…もう、とっくの昔に諦めてた」

その言葉に、一瞬呆けた顔をして、蒙恬はぷっと吹き出した。

「じゃあ、もう遠慮しないで良いってことだね」

「遠慮してたようには見えねえけどな」

呆れ顔で言われてしまい、蒙恬は確かにそうかもしれないと頷いた。

「信、大好きだよ」

「………」

愛の言葉を囁いても、信は困ったように笑みを浮かべるばかりで、返事をしない。

しかし、蒙恬はいずれ同じ言葉を返してくれるはずだと信じて疑わなかった。

 

後編はこちら

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初恋の行方(蒙恬×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

一部原作ネタバレあり・苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

初恋

初恋は実らないという迷信は確かに存在したのかもしれない。

しかし、蒙家の嫡男として生まれた蒙恬は、自分だけはその迷信に当てはまらないと、何の根拠もなく信じていた。

初恋の相手と問われて蒙恬が想像するのは、家庭教師の女性である。

蒙家の嫡男として甘やかされて育った蒙恬は常日頃から勉強を怠けており、そんな彼を何とかやる気にさせようと、教育係の胡漸が連れて来たのだ。

蒙恬は彼女の色気に当てられて、それまでの遅れを取り戻すように勉学に励んだ。

優秀な成績を修めれば、何でも一つ願いを叶えてくれる・・・・・・・・・・・・・・という約束を彼女と交わしたためである。

当時の蒙恬はまだ十もいかない年齢だったというのに、豊潤な若い女体を好きにして良いのだというご褒美のために、必死になった。男という生き物は幼少期から単純なのである。

与えられた課題を全てこなし、いよいよ約束を叶えてもらうと言った日。家庭教師の女性から南方へ嫁ぐことが決まったと告げられた。

笑顔で手を振りながら馬車へ乗り込む彼女の姿を、あの時に飲み込んだ涙の味を、蒙恬は一生忘れることはないだろう。

 

城下町

父の蒙武に連れられて、秦の首府である咸陽へ行った時のことだった。

呂氏四柱としての公務のために蒙武は宮廷へと赴いたのだが、珍しく息子の蒙恬を同行させたのだ。

祖父の蒙驁と同じく、日頃から戦や公務ばかりで息子に構ってやれないことを気にかけていたのかもしれない。

常に武を追い求める不愛想な父であったが、家族のことをちゃんと想ってくれていることは幼い蒙恬にも何となくわかっていた。

宮廷への同行は許されなかったが、戻るまでは胡漸と共に城下町で好きに過ごすようにと言われた。

弟の蒙毅は蒙恬よりもまだ幼く、今日は屋敷で乳母が見ている。弟のためにお土産の一つでも買ってあげようと、蒙恬は教育係のじィこと胡漸を連れ回した。

咸陽の城下町には見慣れない物がたくさん並んでいて、幼い蒙恬の好奇心は燃え盛っていた。

色んな暖簾や幟も立ち並んでおり、区画ごとに店も業種も異なる。店を構えない坐買露店も多く並んでいて、どれも蒙恬が見たことのない品物ばかりだ。

「ねえ、じィ!これはなに?ねえ、あっちのは?」

胡漸の袖を引っ張りながら、蒙恬が見慣れない売り物に目を輝かせている。

傍から見れば祖父と孫にしか見えない二人だ。店主たちは愛らしい蒙恬の姿を見て、自然と笑みを綻ばせている。

蒙恬は男だというのに、女子のような美しい顔立ちをしており、この人混みの中でも特に人目を引いていた。

お気に入りの家庭教師が嫁に行ったことで、しばらく屋敷に引き籠っていた蒙恬だったが、今はそんなことを忘れてしまったかのように楽しそうだ。

事情を知ったのかそうでないかは分からないが、蒙武が落ち込んでいる息子を咸陽へ連れて来たのは、もしかしたら慰めの意味もあったのかもしれない。

「も、蒙恬様、どうかお待ちを…!」

楽しんでいる蒙恬と反対に、胡漸はあちこち走らされてはその先で質問攻めに遭い、普段以上に苦悶の表情を浮かべている。

しかし、愛らしい笑顔で「じィ、大好きだよ」と言われると、それまでの苦悩も疲労も吹っ飛んでしまうので、子どもとは凄まじい存在だと胡漸は日々痛感させられていた。

弟へのお土産を吟味しながら、じィとの追いかけっこを楽しんでいると、ちょうど曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

「わッ!」

「っと…危ねえな」

尻餅をつく前に腕を引っ張られて、蒙恬は軽い体を起こされる。

「気をつけろよ、ガキ」

蒙恬よりも背の高い、青い着物を着た少年だった。

目つきは鋭いが、冴え冴えとした瞳をしている。声色からして、怒っていないことはすぐに分かった。

「ごめんなさい」

蒙恬は素直に謝った。名家の嫡男として生まれ育った蒙恬だが、礼儀は弁えていた。

じィこと胡漸に対しては甘やかされていると自覚があるので、いつもからかってしまうのだが、顔も名も知らぬ者にはきちんと立場を弁えた言動を取ることが出来る。

この端正な顔立ちで、きちんと礼儀を弁えているということもあって、蒙恬は家臣たちから可愛がられ、そして将来を期待されていた。

幼い頃から自分の利になることに目ざとく反応出来たのは、蒙家の嫡男として甘やかされて育ったからかもしれない。

「じゃあな」

青い着物の少年は、素直に謝った蒙恬に穏やかな笑みを浮かべて去っていった。背中に大きな剣を携えているのを見て、あの年齢でもう戦に出たのだろうかと考える。

年齢も身長も自分より少し上なのは分かっていたが、蒙恬のことをガキ呼ばわりするほど大人には見えなかった。

自分もいずれは父のように戦で活躍出来るのだろうかと蒙恬が考えていると、胡漸の声が聞こえないことに気が付いた。

「あれ?じィ?」

振り返っても、胡漸の姿はなく、多くの客と商売人で溢れ返っている。

それまで当たり前のように後ろについていた胡漸の姿が見えなくなってしまったことに、蒙恬の胸が不安できゅっと締め上げられた。

じィのことだから、絶対に自分を探しているはずだ。彼が自分の傍を離れるはずがない。
蒙恬は今来た道を引き返そうと踵を返した。

(じィ、いない…どこ行ったんだろう?)

人混みを掻き分けながら、蒙恬は不安に眉根を寄せていた。

胡漸の姿がどこにもないのだ。いつものように「蒙恬様」と泣きながら呼んでいる声も聞こえない。客と商売人たちの談笑のせいでかき消されているのかもしれない。

いつも自分の傍にいてくれるはずの胡漸がいないことで、蒙恬の不安がどんどん広がっていく。

「じィ…どこ?」

子どもの小さな背丈では遠くまで見渡すことが出来ず、胡漸の姿を探すのも難しい。このまま一生会えなかったらと思うと、蒙恬の円らな瞳がみるみるうちに涙が潤んでいく。

「うう…じィ…」

人混みの中で狼狽えていると、背後から見知らぬ男に肩を叩かれた。

「…お嬢ちゃん、お付きの人を探してるのかい?」

「え?」

いきなり声を掛けられて、蒙恬は驚いたように目を見開いた。

でっぷりとした腹が目立つ、歳は中年くらいの男だった。質の良い着物に身を包んでおり、それなりの地位を持っていることが分かる。

迷子になっている蒙恬を見て、心配そうに眉を下げている。親切で声を掛けてくれたのだろう。

蒙恬は顔に不安の色を浮かべたまま、頷いた。

「そうか、なら一緒に探してやろう。ほら、離れないように手を繋いで」

「ありがとうございます」

男の親切な提案に、蒙恬の表情に光が差し込む。

幼い蒙恬は人を疑うということも知らなければ、目の前の男が商売道具を探している違法な奴隷商人であることなど知る由もなかった。

 

暗雲

小太りの男が蒙恬の手を引きながら、人混みを歩き出す。

探している者の名が胡漸であることも、自分が蒙家の人間であることも伝えると、男は驚いていたが、すぐに人の良さそうな笑みを浮かべた。

「そういや、さっきお前の名前を叫んでる女の人が居たなあ。もしかしたら、その人がお嬢ちゃんのお付きの人かもしれない」

「え?女の人?」

蒙恬は円らな瞳をさらに真ん丸にした。

自分が探している胡漸は紛れもなく男で、教育係を任された蒙家に長年仕えている老兵なのだが、自分を探している女性とは誰なのだろうか。

この時点でもまだ奴隷商人の男は蒙恬のことを女児だと勘違いしており、共に城下町にやって来たお付きの人とは女性だと思い込んでいたのだった。

しかし、そんな事情は露知らず、蒙恬は瞼の裏に初恋の女性の姿を思い浮かべる。

「あ、もしかして、先生っ?」

「先生?お、おお、きっとそうだな」

適当に相槌を打った男が蒙恬と話を合わせようとしているのは誰が見ても明らかだった。しかし、既に蒙恬の頭は初恋の家庭教師のことでいっぱいになっていた。

「先生、会いに来てくれたんだ…!」

つい先ほどまで胡漸とはぐれて泣きそうになっていた顔が一変し、目が輝いている。

(まだあの約束は有効のはず…!)

急に大人の顔に切り替わった蒙恬に小首を傾げつつ、男は構わずに蒙恬の手を引いて歩き続けた。

城下町を出るために門に向っている途中で、蒙恬は違和感を覚えた。買い物客や商売人で賑わっている市場を路地裏から抜けると、たちまち人気が無くなる。

人々の出入りに使われている大きな門ではなく、人通りが少ない裏門に向かっているせいだろう。

城下町を取り取り囲む壁がずっと続いているばかりで、賑やかな市場の面影が何もない。

「………」

急に静けさが訪れたことで、初恋の家庭教師に会えると興奮していた蒙恬の頭が急に冷静になった。

(じィ、心配してるだろうな)

きっと胡漸はまだ市場で自分を探し回っているだろう。先生に会えるのは嬉しいが、胡漸を放置しておくのは可哀相だ。

ただでさえ自分の教育係を担ってから老いが急速化しているのだから、時々は安心させてやらないとならないし、自分が迷子になったことを蒙武と蒙驁に知られれば処罰されるかもしれない。

胡漸が自分の教育係を外されたらどうしようと蒙恬は不安を覚えた。それに、こんな人気のない場所に家庭教師の女性がいるようには見えない。

彼女だって外出する時には侍女を連れ歩いていた。一人でこのような場所へ立ち入ることは出来ないはずだ。

「ねえ、先生はどこにいるの?」

「………」

未だ自分の手を引いている男に声を掛けるが、彼は何も答えない。顔を見ると、先ほどまで人の良さそうな笑みを浮かべていた表情が消え去っていた。

ここに来て蒙恬はようやく嫌な予感を覚え、男の手を振り解こうとした。

「放してッ」

どれだけ力を込めても、所詮は子どもの腕力だ。大人の力には敵わない。

泣きそうな表情で蒙恬が叫ぶが、煩わしいと言わんばかりに男が睨み付ける。

「黙れ!」

「ひっ…」

大声で凄まれ、怯んでしまう。どこへ連れていかれるのだろうと蒙恬が不安で顔を強張らせていると、裏門の手前まで連れていかれる。大きな荷台を後ろに引いている馬車があった。

男の仲間だろうか、騎手をしている同じく小太り男が蒙恬を見て下衆な笑みを浮かべた。

「お前、かなりの上玉を連れて来たなあ」

「へへっ、あの蒙家の娘だぞ。さっさと行って売り払っちまおうぜ」

物騒な会話を聞き、蒙恬は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

(売り払う…?まさか、俺を?)

ここに来て、この男たちが奴隷商人だということに蒙恬はようやく気が付いたのである。

馬車の荷台は大きな布で覆われており、中は見えないが、子どもたちのすすり泣く声が聞こえた。

驚愕のあまり、蒙恬が動けずにいると男たちが下衆な笑みを浮かべて会話を続ける。

「蒙家?そりゃあ、やべえだろ。あの蒙武将軍のガキだろ?」

「大丈夫だ。近くに将軍の姿もお供の姿もなかった。さっさと売り払っちまえばこっちのもんだ」

蒙恬をここまで連れて来た男が荷台に掛けられている布を取る。

(あ…!)

そこには木製の車輪がついた檻があって、中には自分と同い年くらいの男女が数人詰め込まれていた。

全員恐怖に顔を歪ませて、これからどうなるのだろと先の不安に涙を流している。

自分と同じように無理やり連れて来られた子どもたちだろう。身なりがきちんと整えられているのをみると、きちんと地位のある家の生まれであることが分かる。

売り物として誘拐する少年少女たちの姿を布で隠していたのは、ただの奴隷商人だと錯覚させるためだったに違いない。

一人ならともかく、全員が整った身なりをしているのだから、戦で親を亡くしたような素性だとは思わないだろう。

戦で親を失った戦争孤児でもないのに、これからこの檻に入れられて、どこかへ連れて行かれるのだと分かると、蒙恬は逃げ出すことも叶わず、恐怖で脚が竦んでしまった。

「ほら、お前もさっさと乗るんだ!」

痛いくらいに腕を掴まれて、蒙恬は泣きながら強く目を瞑った。

(誰か…助けてッ!)

体は恐怖という鎖に締め付けられ、助けを呼ぶことも出来ない。蒙恬は心の中で叫ぶことしか出来なかった。

 

暗雲に差し込んだ光

蒙恬の小さな体が、強引に檻の中へ体を押し込まれたその時、

「てめえらッ!違法の奴隷商人だなッ!」

背後から怒気を含んだ声が辺りに響き渡り、その場にいた全員が声の主を見た。

(あ…!)

先ほど城下町でぶつかってしまった青い着物を着た少年だった。

背中に携えた剣を抜きながら、鬼人の如く、凄まじい勢いで商人たちの前に走って来る。

「噂で聞いてたが、まさかこんな大胆に城下町からガキ共を攫ってたなんてな」

蒙恬を檻へ押し込んだ男の首筋に剣の切先を宛がいながら、その少年が低い声を発した。

「お、お前…何者だ?お前みたいなガキが役人気取りのつもりか?」

男は素直に両手を挙げる。

少年であるとはいえ、剣は本物だし、向けられている殺気も迷いがないことを察して観念したのだろう。

「天下の大将軍だ。未来の・・・なッ」

青い着物の少年は鋭い眼差しを向けたまま、高らかにそう叫んだ。それから慣れた手つきでくるりと剣を回し、柄で男の額を思い切り打ち付ける。

「ぐわあッ」

鈍い音がしたのと同時に、男が無様な悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。どうやら意識を失ったのか、体をびくびくと痙攣させながら目を剥いていた。残った騎手の男が怯えた顔で信を見ている。

少年とはいえ、剣の扱いに長けているのは今ので明らかだった。

着物の袖から覗く腕は古い傷がたくさん刻まれており、蒙恬は自分と少ししか年齢が変わらないその少年は一体何者なのだろうと驚いていた。

「う、うわああッ」

騎手の男が一歩ずつ近づいて来る少年に悲鳴を上げ、手綱を引っ張る。二頭の馬が大きな嘶きを上げて走り出した。

「あッ!てめえ!逃げんな!」

まだ檻には、蒙恬も含めて少年と少女たちが乗っている。このまま逃げ切られれば、全員が奴隷として買収されてしまう。

いきなり走り出した馬車に、青い着物の少年は焦った表情で全速力で駆け出した。しかし、馬と人の足では速度に差があり過ぎる。

(だめだ…!どうしたら…)

このまま引き離されてしまうに違いないと思い、蒙恬は不安の表情で彼のことを見つめることしか出来なかった。

同じように檻の中に入れられている少年少女たちも、せっかく助かったと思ったのに連れていかれてしまうと再び声を上げて泣き始めている。

「あっ」

蒙恬は檻の鍵が掛けられてないままになっていることに気が付いた。自分を檻へ押し込んだ時に、あの少年が現れたため、男が鍵を掛けるのを忘れていたのだろう。

「みんな、逃げるぞッ!」

檻の扉を押し開けた蒙恬が、泣いている子どもたちに声を掛ける。

二頭の馬は走り出したまま止まらない。こんな状態で檻から飛び出せば、間違いなく怪我をする。

それでもこの檻から逃げ出さねば、もっと悲惨な目に遭うぞと蒙恬は彼らに怒鳴りつけた。

擦り傷や捻挫を負うくらいで普段の日常に戻れるのなら、絶対に誰もがそちらを選ぶ。

扉に近い位置にいた子どもが意を決して檻から飛び降りた。転がりながら、何とか受け身を取って外に出ると、それまで不安に押し潰されそうな顔に希望の光が差し込んでいる。

「みんな、早く!早くここから出るんだ!」

蒙恬が声を掛けると、次々と子どもたちが檻から飛び出して行った。

全員が大きな怪我をすることなく地面に足をつけたのを見て、蒙恬はほっと安堵する。

「おい、お前も早く出ろッ!」

未だ馬車を追い掛けている少年が全速力で走り続けている。

蒙恬は夢中で馬を走らせている騎手に視線を向けた。子どもたちが逃げたことも知らずに、騎手の男はずっと馬を走らせている。

違法な奴隷商人の処罰は言わなくても分かっていたし、少年少女たちの家の者たちからも怒りは向けられ、安易に殺されることも叶わない。だからこそ、騎手はここで捕まる訳にはいかないと必死に馬を走らせて逃げているのだ。

「おい!急いで降りろッ!」

青い着物の少年が渾身の力で叫び声を上げた。

しかし、蒙恬は飛び降りる素振りを見せない。怯えている訳でもない蒙恬に、少年が何をしているのだと憤怒する。

もう一度だけ騎手の方を振り返ってから、蒙恬は、

「―――捕まって!」

檻にしがみ付きながら、少年に向かって手を差し出したのだ。

降りろと言っているのに、こちらへ来いとはどういう意味だろう。飛び降りるのが怖いという訳ではないのは理解出来たが、少年は呆気に取られていた。

「俺を信じてッ!」

説明している時間はないと、蒙恬が叫ぶ。

意を決したように、地面を大きく蹴りつけた青い着物の少年が飛び上がった。

まるで見えない羽根でも生えているのかと驚くほど、高く飛び上がった少年は蒙恬の手を掴む。

「わああッ」

少年の手が蒙恬の手を掴んだ瞬間、勢いのまま蒙恬の体が引っ張られて、檻から引き摺り下ろされた。

青い着物の少年が咄嗟に蒙恬の体を抱き込んで、二人して地面に転がる。

後ろで引いている檻に大きな衝撃が加わったことで、走っている二頭の馬が大きな嘶きを上げて体を大きく反り返らせた。

「う、うわあッ!」

急に言うことを聞かなくなった馬に、騎手の男が地面に振り落とされる。

「やった!上手くいった!」

少年の腕の中で、砂埃に塗れた蒙恬が目を輝かせる。

地面に強く体を叩きつけられた騎手の男が起き上がるよりも先に、青い着物の少年は彼のもとへ駆け出して行った。

「大人しくしやがれ!」

男を切り捨てることはせず、その少年は剣の刃を首筋に宛がう。

「ひ、ひいっ!どうか命だけは…!」

これ以上続けるなら命はないという脅しに、騎手の男は青ざめて命乞いをしながら悲鳴を上げる。

…ようやく短い逃走劇に終止符が打たれたのだ。

蒙恬は荒い呼吸を繰り返しながら、その場に横たわっていた。それまで不安と恐怖で強張っていた体がようやく力を抜くことを許された瞬間だった。

 

少年の正体

違法な奴隷商人たちの身柄を役人に引き渡した後、誘拐されていた少年少女たちは無事に家臣たちと再会出来た。

号泣して家臣の胸に顔を埋めている彼らの姿を見ると、ずっと恐怖と不安で心細かったに違いない。

家臣たちもいきなり姿を消したことでずっと城下町を探し回っていたらしい。

多くの人々が出入りする城下町で迷子になっている貴族の子を、親切を装って近づき誘拐し、その身柄を売りつけるという違法な奴隷商人の噂は、ここ最近の咸陽で広まっていたのだという。

主犯である二人を捕らえたのだから、既に手を回されてしまった子どもたちの後を追うことも出来るだろう。あの二人の処罰はそれらの問題が解決してからになりそうだ。

ようやく解放されたのだと安堵した蒙恬も市場に戻って胡漸の姿を探すのだが、自分を探し回っているはずの胡漸の姿はまだ見つからない。

つい先ほどの騒動と違法な奴隷商人の捕縛がさっそく噂となって広まっており、城下町にはまた大勢の人々がごった返していた。

「おい、もしかして…お前が蒙恬か?」

奴隷商人たちから助けてくれた青い着物の少年に背後から声を掛けられ、蒙恬は振り返った。

「あ、あの、先ほどは本当にありがとうございました」

供手礼をすると、少年は得意気に微笑む。

「お前のおかげで、あの二人の奴隷商人をひっ捕らえることが出来た。ありがとな」

乱暴に頭を撫でられ、蒙恬はくすぐったいと笑う。

「けどよ、ガキの癖にあんな無茶は二度とするな」

荷台に衝撃を与えれば、走っている馬が怯むと蒙恬は考え、彼の協力を求めた。

一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれないが、あの時の蒙恬は奴隷商人を捕まえることに夢中で、自分のことなど後回しにしていた。

家庭教師に会えるという餌で、この自分を釣った罰を何としてでも受けさせたかったのだ。

しかし、青い着物の少年は蒙恬の私情など知る由もなく、正義感から行ったのだと勘違いしているようだった。

「生まれも育ちも恵まれてるやつは人を疑うことを知らねえからな。これからは気をつけろよ、蒙恬」

「あの、なんで、名前を…」

「蒙武将軍のとこの老将に頼まれたんだよ。赤い着物に、長い髪で、右目に泣きぼくろがあって、普段はずる賢いとか、黙っていても愛らしくて…だとか、本当はやればできる子…だとか…なんかよく分かんねえことまで色々言ってたな」

父、蒙武の老将といえば間違いなく胡漸だろう。やはり自分を心配して捜していたのだ。

早くじィに会いたくて堪らなくなった。女性と違って薄い胸に飛び込み、しわがれた手で頭を撫でてもらいたい。心配かけてごめんなさいと謝りたい。

「にしても、おっかしーな…」

少年が小首を傾げながら、蒙恬のことを頭の先から足のつま先まで見やる。

「あのジジイ、蒙家の嫡男・・っつってたけど…どう見ても女だろ」

先ほどの奴隷商人と違って、彼に見つめられる視線に嫌悪は感じなかった。彼は命の恩人なのだから当然だろう。

「あの、男です」

「はっ?」

女だと間違えられるのは今に始まったことじゃない。端正な顔立ちゆえに、女だと誤解されるのはよくあることだったので、蒙恬は自分を指さしながら性別を打ち明けた。

少年といえば目を見開いて、しばらく口を開けたままでいる。

束の間の沈黙の後、少年は豪快に笑い声を上げた。

「んな訳ねえだろ!嫡男っつたら、あの蒙武将軍の息子だぞッ!?お前みてえな華奢でヒョロいやつが息子な訳あるか!」

「でも、本当に…」

あははと笑いながら、少年は少しも蒙恬の話を信じようとしない。

蒙武といえば武の頂点を目指す強大な将軍だ。筋肉の鎧で固められた体格と、凄まじい威圧感を備えている顔を知っている者が、小柄な蒙恬を見て驚くのも無理はない。

「強がんなって。むしろ娘なら、そんな綺麗な顔で良かったじゃねえか。どれどれ」

少年は大らかに笑いながら、蒙恬の着物の下から手を突っ込んだ。

「~~~ッ!!」

男の急所であり象徴・・・・・・・・・をむんずと掴まれて、蒙恬に衝撃が走る。

こんな激しい衝撃を受けたのは、お気に入りの家庭教師が嫁に行くことを知らされた日以来、いや、それ以上だ。

「あらっ?」

男の象徴を、何度か確かめるように握ってから、少年はようやく着物の下から手を引っこ抜いた。

「んだよ、本当に男だったのか」

「………、………」

命の恩人であるものの、お気に入りの家庭教師でもなく、美人な許嫁でもなく、男によって大切なところを弄られ、蒙恬の中で何かが音を立てて崩れ落ちていく。

石のように硬直して動かない蒙恬を見下ろし、少年は不思議そうに小首を傾げていた。

「おい、大丈夫か?」

蒙恬が衝撃を受けていることなど微塵も気づかず、少年が馴れ馴れしく声を掛けて来る。
堰を切ったように、蒙恬の円らな双眸から涙が流れ出す。

「な、なんで泣くんだよ!?」

ぎょっとした表情になり、少年は狼狽えていた。

ぼろぼろと涙を流している蒙恬は束の間、嫁に行ってしまった家庭教師のことを考えていた。

蒙恬の初恋の女性で、苦手だった勉学に励み、課題をこなしたのは他の誰でもない彼女のためだった。

課題をこなせば、何でも一つお願いを叶えて・・・・・・・・・・・・くれるはずだったのに。

あの豊潤でしなやかな肢体と、何より大きくて柔らかい胸に直で触れてみたかったという願望が蒙恬の中に再び巻き起こる。

着物越しに顔を埋めたり、偶然を装って触れることは何度もして来たが、蒙恬は未だ直の柔らかさと温もりを知らなかった。

それを知ることが出来たなら、彼女との関係が一歩進み、さらにそこから未知の扉を開くことが出来るに違いないと蒙恬は思っていたのである。

そして、自分の男の象徴もどうにかされてしまうのでは、どうにかして欲しいという妄想を抱いては、それを活力として勉学に励んでいた。

―――それがまさか同性によって手籠めにされようとは夢にも思わなかった。

自分を違法な奴隷商人から守ってくれた命の恩人だとはいえ、男に触られた事実は変えられない。

蒙恬は魂が抜けたように真っ白になり、その場に座り込んでしまった。

先ほどのような、安堵で膝の力が抜けたのではなく、悲しみのあまり立っていられなくなってしまったのだ。

「大丈夫かっ?」

心配そうに少年に声を掛けられるが、蒙恬の涙は止まらない。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、蒙恬は両手で溢れ出る涙を擦っていた。

「ううう…今頃は、先生のオッパイ触ってるはずだったのに…!先生に会わせてくれるって言うからついて行ったのに…!」

いきなり泣き出して座り込んだかと思いきや、そんなことを言い出した蒙恬に、少年が大口を開けている。

それから彼は我に返ったように、顔を真っ赤にして憤怒した。

「馬鹿かお前!あいつらに騙されたって分かってんのか!?」

頭頂部に容赦ない鉄拳が振り落とされて、蒙恬はますます声を上げて泣いた。

祖父の蒙驁にも、父の蒙武にも、教育係の胡漸にも殴られたことがない。甘やかされて育った蒙恬に、その鉄拳の痛みは未知なるもので、ますます涙が止まらなくなる。

「うえええ~ん!」

大声を上げて泣き喚く蒙恬に、周りの視線が集まっていく。事情の知らない者からしてみれば、兄弟のようにも見える二人だが、誰が見ても青い着物の少年が泣かせたのは明らかだった。

「泣くな!面倒くせえな!」

少年に怒鳴られるとますます涙が止まらない。堪えるつもりもなく、蒙恬は泣き続けた。

どんどん人々の視線が集まっていくことが耐えられなくなったのか、少年は蒙恬の手首を掴んで無理やり立ち上がらせる。

人々の視線から逃げるように、信は路地裏へと走った。人気がなくなり、陽の光が入らない路地裏に辿り着くと、少年は辺りを見渡して誰もいないことを確かめる。

それから蒙恬の方を振り向くと、

「そんなに胸が触りてえんなら俺ので我慢しとけ!美人じゃねえのは分かってるから文句言うなよ!」

あろうことか、少年は自分の襟合わせの中に蒙恬の右手を引き込んだ。

男の薄っぺらい胸で満足出来る訳がないだろうと全力で抗議しようとした、その時だった。

「……えッ?」

手の平いっぱいに柔らかい感触が伝わる。着物越しではなく、しっとりとした艶のある肌の滑らかな感触と温もりがそこにあった。

(こ、この感触・・・・は…!)

それまで流し続けていた涙が驚愕のあまり、ぴたりと止んだ。

全神経を手の平に集中させる。この膨らみと気持ち良い重さは間違いない。夢にまで見た、ずっと求めていた素肌の乳房だ。

「―――」

蒙恬が言葉を失ったのは、ずっと望んでいたものを手に入れたことと、少年だとばかり思っていた目の前の命の恩人が実は少女だったという衝撃的な事実が同時に襲ったからである。

「おらっ、とっとと帰るぞ!蒙武将軍も老兵も心配してる」

少女は蒙恬の手を胸から離すと、乱れた着物の襟合わせを整えた。

自分の胸を触らせたことに恥ずかしがっている素振りは一切なかったが、一応、人目を気にしてここに連れて来たのだろう。

たった数秒のことだったのだが、蒙恬には永遠にも思える時間だった。

 

少年の正体 その二

未だ呆然としている蒙恬を連れ出して、少女は路地裏を出た。

せめてもう少しだけで良いから余韻に浸らせて欲しいと思うのだが、右手に残っている胸の感触を上書きするように、少女は強くその手を握り締めていた。

城下町を抜けて、宮廷の方へ向かっているようだった。

門のところにいる衛兵は少女の顔を見ると、詰問をすることなく、黙って通してくれる。

そのことに蒙恬は些か疑問を抱いた。高貴な身なりだとしても、王族が住まう宮廷に入るには厳しい取り締まりを受けるのが普通だ。関門を通る時のように、許可証を見せなくてはいけない時だってある。

それが少女には不要だった。もしかしたら父親が高い地位に就いているのだろうか。

門を潜って少し先に進んだところに、見覚えのある男たちが立っていた。

「父上!じィ!」

少女が手を放したのと同時に、蒙恬は蒙武と胡漸のもとへ駆け出す。

「蒙恬様ああッ」

涙腺がどうにかしてしまったのかと思うほど胡漸の双眸から涙が止まらない。蒙恬の体を抱き締め、「よくぞ御無事で」と嗚咽を上げながら泣き続けている。

微かに擦り傷がついているものの、息子の姿を見下ろし、蒙武も表情には出さないものの、どこか安堵したように息を吐いていた。

「ンフフゥ。お見事でしたねェ、信」

蒙武と並ぶ体格の男がもう一人。それが中華全土に名を轟かせている六大将軍の一人、王騎だということは当時の蒙恬は知らなかった。

名前は知っていたのだが、咸陽宮に足を踏み入れたのも初めてだったし、父と祖父以外の将軍の姿を見るのはこの時が初めてだったのだ。

信というのは少女の名前らしい。王騎に褒められた彼女は得意気に笑っている。

「王騎の娘よ、なぜ奴隷商人の行方が分かった?」

息子に声を掛けるよりも先に、蒙武は信に奴隷商人のことを問うた。信は供手礼をしてから蒙武の姿を見上げる。

「…ガキの頃、奴隷商人には世話になった覚えがある。そのせいか、あの男の品定めをしてる目つきや素振りが何となく気になって、追っかけたんだ」

信の言葉を聞いて、蒙武は納得したように頷いた。

未だ胡漸の腕の中にいる蒙恬はその言葉に、弾かれたように顔を上げる。

目が合うと、信はばつが悪そうに視線を泳がせた。それから蒙恬の前に来ると、体を屈めて蒙恬と目線を合わせる。

「…すぐに助けなくて悪かった。お前と同じように、売り物にされそうなガキたちの居場所を突き止めるためだったんだ」

申し訳なさそうにそう語る彼女に、蒙恬は首を横に振った。

「信のおかげで、俺もみんなも助かったんだから、平気だよ」

心細かっただろうに、すぐに助けられなかったことを逆上することもなく、蒙恬は花が咲いたような笑顔を浮かべる。

安堵したように信も微笑み返し、それから蒙恬の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「ンフフフ。信、そろそろ行きますよ」

独特に笑いながら王騎に声を掛けられ、信は頷いた。

「信、待って!」

蒙恬が胡漸の腕の中から走り出し、奴隷商人を捕まえる策を成すために、掴んでくれた彼女の手を蒙恬はしっかりと握り締めた。

「ねえ、俺が信より大きくなったら、信のことをお嫁さんにしても良い?」

その場にいた全員が大口を開けて硬直した。

一体何を言われているのか理解するまでに時間が掛かっているらしく、信は瞬きを繰り返している。

今の今までで、蒙恬に求婚されるような過程があったとは思えなかった。

奴隷商人から助けたことに恩を感じているのかもしれないが、それにしても求婚は段階を飛ばし過ぎている。

よく分からない理由で泣き喚く蒙恬を泣き止ませるために、胸を触らせたことが悪かったのだろうか。

もちろんこの場で、胸を触らせてやったことは口が裂けても言えないが…。

「ココココ。蒙武さんの息子さんは面白いですねェ」

背後で王騎が右手の甲を左の頬に押し当てて独特に笑っていた。普段は不愛想な蒙武も珍しく動揺したように目を泳がせている。胡漸といえば大口を開けたまま動かなかった。

「…だめ、なの…?」

全員の反応から、あまり良い返事はもらえないことを蒙恬は幼心ながらに理解してしまう。

信の口からまだ返事は聞いていないというのに、つぶらな瞳がみるみるうちに涙で潤まっていく。

「あ、え、えーっと…」

先ほどと状況が違って、王騎と蒙武がいる手前、下手なことは言えないと信はあからさまに狼狽えていた。

蒙恬を泣き止ませるために路地裏に引っ張っていき、胸を触らせたという事実を口外されれば、大事な嫡男をたぶらかしたとして蒙武から首を斬られてしまうかもしれない。

なんとしても信は上手くこの場を切り抜けなくてはと必死に思考を回した。

「そ、そんじゃあ、軍師学校を首席で卒業して、蒙武将軍みたいな立派な将軍になったらな?俺は天下の大将軍になるんだ。俺より大きくなるってことは、そういうことだぞ?」

これ以上泣かせないように、そして何より胸を触らせたことを告げ口されないように、信はそう答えるのが精一杯だった。

難しい条件を突き付けられただけでなく、返事を保留にされたことには気づかず、蒙恬の瞳が輝きを取り戻す。

「わかった!約束だよ!」

「は、はは…」

蒙恬が小指を差し出して来たので、信は苦笑を浮かべながら自分の小指を絡ませた。

―――それから数年の月日が流れ、蒙恬が軍師学校を首席で卒業したという報せが信のもとに届いた時、彼女は愕然とするしかなかった。

 

思い出話と約束

此度の戦でも大いに武功を挙げた蒙恬は、論功行賞でも名前を呼ばれていた。ついに将軍昇格となったことに、楽華隊も蒙家の家臣たちも大いに喜んでいる。

戦の勝利を祝う宴の席を抜け出し、城下町が見下ろせる露台で信は酒を飲んでいた。杯をつかわずに酒瓶に直接口をつけて流し込んでいるのだが、少しも味を感じていない。

「信!」

聞き覚えのあり過ぎる声がして、信の顔がぎくりと強張った。先ほど論功行賞で名前を呼ばれた蒙恬が満面の笑みで駆け出す。

「宴の席にいないから探したよ」

「あ、ああ…ちょっとな…はは…」

信は今、秦軍に欠かせない大将軍の一人だ。飛信軍の女将軍の活躍は中華全土に名を轟かせている。

馬陽の戦いで没した王騎にも劣らぬ強さを持つ飛信軍を追い掛けるように、蒙恬率いる楽華隊も着実にその名を広めている。

此度の戦に飛信軍は参加しなかったものの、信は祝宴の場に訪れていた。

「俺、今回の戦で将軍に昇格になったんだ」

興奮に息を荒げながら報告する蒙恬に、信は苦笑しながら頷いた。

「ああ、知ってるぜ…い、いやあ、早いもんだ」

酒を飲みながら信はさり気なく蒙恬から一歩距離を取る。しかし、開いた距離を埋めるように、蒙恬も一歩詰めた。

「………」

いつの間にか壁際に追い詰められた信は、気まずさを隠すように酒瓶に口づける。

「約束」

その言葉に、信が瞠目する。

「まさか忘れてないよね?」

追い打ちを掛けるように笑顔で詰め寄られ、信は堪らず目を泳がせた。忘れてて欲しかったのはこちらの方だと言葉を飲み込む。

「え、っと…」

背中に壁が当たっており、蒙恬が両手を顔の横について来たので、いよいよ逃げ場がなくなる。

初めて出会った頃は信が見下ろしていたのに、いつの間にか身長も追い抜かれ、今では信が蒙恬に見下ろされる身長差に逆転していた。

もちろん信も大将軍として幾つもの死地を駆け抜けている存在であり、簡単に男に組み敷かれることはない。

六大将軍の王騎と摎の養子であることや、分家とはいえ名家の娘であり、大将軍の座についている彼女を欲する男は大勢いる。

しかし、彼女に結婚の意志がないのは、縁談話をずっと断っていることから明らかだ。

そしてそれは幼い頃からの自分と約束を守ってくれているからに違いないと蒙恬は信じ込んでいる。

―――ねえ、信より大きくなったら、信をお嫁さんにしても良い?

―――そ、そんじゃあ、軍師学校を首席で卒業して、蒙武将軍みたいな立派な将軍になったらな?俺は天下の大将軍になるんだ。俺より大きくなるってことは、そういうことだぞ?

今の彼女の年齢なら、既に何人も子を産んでいる者もいる。しかし、信は自分と結婚するために、どこにも嫁ぐことなく、独り身を貫いているのだと蒙恬は少しも疑わなかった。

「…蒙恬。お前のとこに色々縁談が来てるって聞いたぞ?副官のあの老兵が言ってたなあ?」

「じィが?」

そう、と信が頷いた。

背後は壁で、蒙恬の両腕によって逃げ場を失った彼女は一向に目を合わせようとせず、言葉を続ける。

「どっかの貴族の娘とか、蒙家の嫁に相応しい女ばかりなんだろ?良かったじゃねえか」

ぎこちない笑みを浮かべながら、信が蒙恬の肩をぽんぽんと叩く。
まるで自分と知らない女の結婚を祝福するかのような言葉に、蒙恬が目を見開く。

「…何言ってるのさ?」

それまで笑顔を浮かべていた蒙恬の顔から表情が消えたことに信も気づいていた。彼の腕の中から抜け出すと、信は小さく溜息を吐く。

「いい加減、自分に相応しい相手を探せよ」

背中を向けていたので、彼女がどんな表情を浮かべているのか蒙恬には分からなかったが、その声色は恐ろしいほどに冷え切っていた。

「…え?」

束の間、蒙恬は呼吸も瞬きも忘れていた。

「俺との約束は?」

蒙恬が手を伸ばして信の肩を掴む。しかし、信はこちらに目を向けず、その手を振り払った。

「そんなもん、無効に決まってんだろ。ガキの頃の話だぞ?なに本気にしてんだよ」

信は振り返らないまま、今度はわざとらしく溜息を吐く。まるで刃のように、その言葉は蒙恬の胸の内を傷つけた。

「信…本気で言ってるのか?」

当たり前だろ、と信が振り返った。

声には怒気が含まれているのに、その表情は切なげに眉根を寄せていて、弱々しい。

「…お前が考えるのは、俺のことじゃなくて、蒙家の安泰・・・・・だ」

吐き捨てるようにそう言った信は、一度も振り返ることなく早足で行ってしまう。

いつもならすぐに雛鳥のように追い掛けるのだが、蒙恬は彼女の言葉を聞き、足に杭を打たれたかのように動けなくなってしまった。

 

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