卑怯者たちの末路(桓騎×信)番外編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/シリアス/回想/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話の本編(李牧×信)はこちら

 

信の正体

本編の過去です。

 

その日、桓騎の屋敷に珍しい来客があった。最近になって五千人将から昇格した女将軍だ。名を信という。

下僕出身でありながら名家の養子となった彼女の話は、秦国で有名である。

せっかく養子として引き取られたのならば、その出世を活かして貴族の家にでも嫁げばいいと思ったのだが、彼女は将の才を魅入られて養子に迎えられたらしい。

信が将軍昇格する前、桓騎は彼女が率いている飛信隊と共に戦に出陣したことがあった。

桓騎軍と飛信隊の兵たちは折り合いが悪く、顔を合わせればすぐに口論になっていたことを思い出す。

しかし、信だけは他の兵たちと態度が違った。
桓騎の軍略に耳を傾け、どのように奇策が成されるのか、楽しそうに話を聞いていたのだ。

指示した通りに兵を動かした先に、どのように敵を攻め立てるのか、桓騎が成そうとしている奇策を根本から理解しようとしていたのだ。

信頼のおける参謀たちにしか奇策の全貌を告げない桓騎だが、これまで二度、信に奇策の全貌を見抜かれた。

自分と同じで下賤の出であり、軍師学校で学ぶような机上の軍略など一切を知らぬ信だからこそだろう。

だからと言って彼女を信頼するのとはまた話が違うため、その後も桓騎が奇策を教えてやることはなかった。

しかし、彼女が他の将とは違う何か・・を持っていて、そしてその何かとは自分に近しいものなのだと気づいてから、桓騎は信のことを気に掛けるようになっていた。

自ら声を掛けたり、贈り物をするといった機嫌の取り方ではない。ただ、彼女のことを目で追う回数が増えたのは、自覚せざるを得ないほど明らかだった。

信は良い意味でも悪い意味でも礼儀を知らない。
どういった繋がりがあるのかは知らないが、秦王である嬴政にも頭を下げることなく気さくに接している。秦王の側近に咎められても、彼女は態度を変えようとしなかった。

そしてそれは桓騎に対しても同様である。桓騎軍の素行の悪さは秦国どころか中華全土に広まっているが、信は少しも怯えることはなかった。

大勢の民を虐殺し、敵軍に見せしめとして贈り物・・・にしてやった時も、信は相手の動揺させる手段として学んでいたのだ。

飛信隊と言えば捕虜を殺さないことで有名であり、まさか信が無関係の民たちを殺める手段に学びを得るとは桓騎も予想外だった。

一度、戦の勝利を祝う宴で、彼女と酒を酌み交わしたことがある。

その時に、桓騎は彼女に問い掛けたのだ。敵の捕虜や民たちを虐殺するような手段を学んだところで、お前に実践できるのかと。

質問の答えが知りたいと思うのと同時に、善人ぶっているこの女が、自分たちのように虐殺することなど出来るはずがないだろうという挑発でもあった。

すると信は、桓騎の耳元に唇を寄せて、

―――…飛信隊は、そんなこと絶対にやらねえと思われてるだろ?だから・・・だよ。

静かにそう囁いたのだ。

妖艶な笑みを向けられ、桓騎は着物の下でぶわりと鳥肌を立てた。恐怖によるものではない。大いに好奇心が揺さぶられたのだ。

この女は表向きは善人として兵たちを導いているが、中にとんでもない化け物を隠し持っている。

この時に見せた妖艶な笑みこそが、彼女の本当の姿なのだと分かり、桓騎はますます信のことを気に入ったのだった。

 

 

突然の訪問

信は護衛を連れておらず、馬を走らせていた。

後ろに率いているのは荷台である。荷は布で覆われているため、何が詰まれているのか分からない。
騎手の男は積まれている荷が破損しないように気遣いながら二頭の馬を走らせていた。

屋敷から姿を表した桓騎の姿を見ると、信は笑みを浮かべて馬上で手を振った。まるで友人に会いに来たような態度だ。

桓騎は腕を組みながら、彼女がすぐ目の前にやって来るまで、ここに来た目的が何かを考えていた。

「久しぶりだな」

信は馬上から桓騎を見下ろした。
今日は珍しく、動きやすさを優先する男の下袴は履いておらず、貴族の娘のように質の良い紫の着物に身を包んでいた。

これから宴の席にでも向かうのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「何の用だ」

信が屋敷を訪れた理由は分からず、桓騎は面と向かって彼女に問い掛けた。

どうやらその問いが来るのを分かっていたかのように、信はにやりと笑う。彼女は馬から降りると、荷台を覆っている布を勢いよく引き剥がした。

荷台には、大量の酒樽が頑丈に縄で括られていた。

「貢ぎ物だ」

迷うことなくそう発した信に、桓騎の眉根が寄る。

「俺に奇策を教えてくれ」

とても人に物を頼む態度とは思えない。桓騎が何も答えずにいると、信が瞬きを繰り返している。

貢ぎ物も持って来たというのに、少しも顔色を変えないどころか、呆れた表情を浮かべた桓騎に、信は戸惑っていた。

「奇策ならもうやっただろ」

過去に二度見抜かれた奇策はもう使わないつもりだった。だからこそ、信が使っても構わなかったのだ。

奇策といえど、他の軍略と同じで何度も同じ手法を使えば、同じ手を食らわないように相手も対策を練るだろう。それでは奇策を成すことは叶わない。

だが、信が奇策を用いるとなれば、少なくとも桓騎軍を相手にする時と違って相手は大きく動揺するに違いない。

普段はその強さゆえに前線を任されることの多い飛信軍が、桓騎と同じ奇策を用いることなど、相手は予想すら出来ないに決まっている。

ましてや、捕虜や女子供を殺さないことで有名な飛信軍が、これまでになかった残虐な行為を行えば、敵の混乱は必須だ。

それを分かっているからなのか、信は新たな奇策を授けて欲しいのだと懇願した。とても物を頼む態度ではなかったが、彼女自ら桓騎のもとへ訪れたのが何よりの証拠だろう。

飛信軍にいる軍師の指示に従えばいいものを、どうしてそこまで奇策にこだわるのか、桓騎には信の考えが分からなかった。

 

 

取引

「そんな貢ぎ物で、この俺が教えると思ってんのか」

奇策を授けることに抵抗がある訳ではない。
この女なら確実に自分の奇策を使いこなすだろうと思っていたし、奇策を欲する目的が分からないとしても、安易に授けようと思う代物でもなかった。

大量の酒樽を見ても少しも態度を変えない桓騎に、信がつまらなさそうに溜息を吐いた。

「じゃあいい。王翦将軍に当たる」

まさか粘りもせずに他を当たるとは。桓騎は表情には出さず、信の諦めの早さに呆然とした。

「おい」

荷台の騎手に声を掛けようとする信の腕を、桓騎は思わず掴んでいた。もう用はないと言わんばかりに、煩わしそうな視線を向けられる。

(生意気な女だ)

下賤の出であることや、何事においても自分の利になることしか求めていないことには親近感を覚えるが、自分が利用される立場になると、こうも腹立たしいものなのか。

「教えてやっても良いぜ」

怪訝そうに眉根を寄せる信に、桓騎は肩を竦めるようにして笑う。

「他の貢ぎ物次第だな」

信の顎に指をかけて顔を持ち上げ、無理やり視線を合わせる。
すると、信が背伸びをして、桓騎の首元に両腕を伸ばし、抱き着くような素振りを見せた。それから挑発的な視線を向けて来る。

一晩の極上の夢・・・・・・・なんて、どうだ?」

紅で瑞々しく彩られた唇が妖艶な笑みを象ったのを見て、桓騎の背筋に戦慄が走った。

「乗った」

その返事を聞き、満足そうに信が目を細めて頷いた。

「そうこなくちゃな。せっかく・・・・こんな格好してやったんだから、脱がせなきゃ損だろ?」

その言葉に、桓騎は瞠目した。

まさかこの女は、抱かれるのを条件に奇策を教えてやると言われるのを分かっていて、そのような格好をして来たというのか。

宴でもないのに、やけに女らしさに磨きをかけていると思ったが、自分の奇策を手に入れるためならば操さえ捧げることに、奇策に対する執着のようなものを感じられた。

そして恐らく桓騎が酒の貢ぎ物だけで靡くことはないと分かった上で、一度は諦める素振りを見せて、呼び止めさせたのだろう。

着物の色も桓騎の好みに合わせて選んだのかもしれない。

とことん賢い女だ。こんな女が奇策を我が物にしたのなら、信の思い描いた通りに戦況が動くことだろう。

奇策を手に入れるために自ら操を差し出すというのだから、その取引に乗ってやろうと桓騎は笑った。

たとえ、これが信の描いた奇策だとしても、その先に何があるのか、桓騎は自分の目で確かめたくなったのだ。

 

 

取引 その二

部屋に入るなり、桓騎は信の背中を扉に押し付け、貪るように唇を重ねた。

「んッ…!」

まさかいきなり口付けられるとは思わなかったのだろう、信の瞳に困惑の色が浮かんでいる。

薄く開いた唇に舌を差し込むと、それまで余裕たっぷりの表情が崩れたことに、桓騎は得意気に笑った。

舌を絡めると、信の体が強張った。

ここまで自分を挑発していた彼女のことだから、自ら舌を絡めて来るとばかり思っていたのだが、どこかぎこちない姿と、されるがままの口づけに違和感を覚えた。

「はあっ…」

唇を離すと、信が顔を真っ赤にして肩で息をする。

うっすらとその双眸に涙を浮かべていた。上目遣いで見上げられ、思わず生唾を飲み込んでしまう。

「あっ、ま、待て…」

再び口づけようと顔を寄せると、信が両手で桓騎の胸を押し退けた。

程良く嫌がる素振りを見せられれば、攻め立てて泣かせたくなるものだ。娼婦でさえもこんなにそそるやり方はしない。

男の欲を煽る要素しかない信の抵抗する姿に、まさかこれも計算だとしたら、とんでもない女だと苦笑を浮かべた。

「…まだ、誰にも抱かれたことがない」

「あ?」

目を逸らしながら信が呟くように言ったので、桓騎は驚いて聞き返してしまった。

まさか男を誘う術を熟知しているように見せかけて、生娘処女だったとは思わなかった。

信の年頃ならば男の味を楽しんでいるはずだろうに、一度も経験がなかったのには何か理由があるのだろうか。

まるでこちらの考えを読んだかのように、信が再び上目遣いで見上げて来た。

「お前から奇策を得るのに十分な対価・・・・・だろ」

つい先ほど、恥じらうように処女だと打ち明けた女と同一人物だとは思えないほど、妖艶な笑みだった。

破瓜というものは、女にとっては特別なものだ。
添い遂げる男へ捧げるため破瓜を守り抜く女だっているというのに、信にとっては違う利用価値があるらしい。

自らの純血を捨ててまで、自分の奇策を得ようとしているこの女に、桓騎はますます興味を引かれた。

「…もしも俺が奇策を教えなかったら、王翦に抱かれてやったのか?」

顎に指を掛け、恥じらうように目を逸らした信に、桓騎は問い掛けた。

信は少しも考える素振りも見せず、

「それ、嫉妬か?」

質問には答えず、懲りずにこちらを挑発するような笑みを向けて来た。

奇策を授けてやる代わりに、彼女の純血という十分過ぎる対価は受け取ってやるつもりだが、これはきつい灸を据えてやらねばと考えた。

自分のような男を取り入れようとした信が悪いのだ。

「んっ、う」

再び強引に唇を塞ぎ、桓騎は再び舌を差し込む。

舌を絡めながら、この女に男を喜ばせる技を覚えさせたら面白いことになりそうだと桓騎は考えていた。

 

 

手ほどき

歯列をなぞったり、舌に吸い付いたり、口づけを深めていくと、信の呼吸がどんどん激しくなって来た。

「は、ぁ…」

唇を離すと、まるで酒が回ったかのように、とろんとした恍惚の視線を向けられる。

扉を背に押し付けていたが、脚がおぼつかないでいる。

まさか口づけだけでそんな風に反応を示すとは思わず、桓騎の口角がにやりとつり上がった。

「来い」

奥の寝台へと彼女の腕を引いて連れていく。
寝台の上に押し倒されても、信は緊張する素振りを見せなかった。

生娘ならば、破瓜の痛みを想像したり、緊張で体を強張らせるものだが、信は違う。

まるでこの時を待っていたと言わんばかりの恍惚な笑みを浮かべながら桓騎を見上げていた。

(こいつに娼婦の才まで出ちまったら、国が滅びるな)

それは決して冗談ではなかった。
もしも信が男の味を占めて、奇策を扱うように男の扱いを覚えてしまったら、国を動かしかねない。

もしかしたら、彼女が嬴政と親友関係にあるのも、秦王を利用しようとしているのではないかとさえ思った。

二人は、嬴政が弟である成蟜から政権を取り戻す時からの付き合いだとは噂で聞いていたが、まさか嬴政が秦王の座に就いて国を動かしていくことになるのだと想定した上での行動だったのかもしれない。

どこまでが彼女の描いた策通りに中華が動いていくのか、桓騎は新たな楽しみを見つけたように目を細めた。

華やかな装飾が施された帯を解き、着物を脱がせていく。

普段なら着物を脱がせれば、二つの膨らみにすぐ目がいくのだが、信は違った。

娼婦よりも男の欲を煽る彼女であったが、その肌は傷だらけで、見る者によっては性欲を萎えさせるような惨い傷が刻まれていた。

しかし、若さゆえの艶は十分過ぎるほど備わっている。加えて、鍛錬で培った引き締まった身体は無駄な肉などついておらず、しかし、女らしさを一番に語る胸は程良く膨らんでいる。

傷さえなければ、どんな男でもこの体に骨抜きになっていただろう。

しかし、同じ将として幾度も死地を生き抜いて来た桓騎は、その傷に愛おしさとも同情とも言える感情を抱いていた。

恐らく、他の将がこの傷を見ても同じ感情を抱くだろう。
この傷跡さえも、信にとっては男を惑わせる武器になるのかもしれない。

「んっ…」

胸の中央に真っ直ぐ刻まれている傷痕に舌を這わせると、滑った舌の感触がくすぐったいのか、信の身体がぴくりと震えた。

決して嫌悪は含まれていないその反応に、気を良くしながら桓騎は傷痕を舌でなぞり続けた。

 

「ぅ…」

信の手が桓騎の肩を掴む。制止を求めているのではなく、縋りつく先が分からずに掴んだのだろう。弱々しく震えている手がようやく生娘らしく見えて、桓騎は苦笑を浮かべた。

手の平で胸の膨らみを包み込むと、柔らかさだけでなく、しっとりとした肌の感触が伝わって来る。

いつもはさらしで覆っているようだが、こんな良いものを隠していたのか。
手の平で優しく揉みしだいていると、信が戸惑ったように眉根を寄せていた。

「あっ」

胸の芽を指先で弾いてやると、小さな声が洩れる。鼻奥で悶えるような吐息が聞こえた。緊張で身体を強張らせているものの、どうやら感度は良いようだ。

肩を掴む手に力が入ったのを見て、桓騎は胸の芽を指で摘まんだり、擦ったり、微弱な刺激を与え続けた。

やがて反応を示したかのように、胸の芽が立ち上がる。これで可愛がりやすくなった。

それまで桓騎の肩を掴んでいた手を口元へ持っていき、信が声を堪えようとしている。純血を捧げると言った割には羞恥心が切れないのだろう。

それとも浅ましい声を上げる自分を恥じてのことなのか、桓騎にはどちらでも良かった。

身を屈めて、桓騎が立ち上がったばかりの胸の芽に唇を寄せると、信の身体が小さく震えた。

上下の唇で胸の芽を食み、舌でくすぶる。

生暖かい舌の感触が沁みたのか、手の甲で押さえている口から呻き声が上がった。

戸惑いも混じっている声に気分を良くして、桓騎は口唇と舌を使って、胸の芽を愛撫する。反対の方は指で可愛がっていると、信の息がどんどん荒くなって来たのが分かった。

「っあ、うぅ」

軽く歯を立ててやると、悩ましい声が上がる。
もしも信が生娘だと話していなければ、きっと男と経験があるのだと誤解していたに違いない。

上目遣いで信の反応を楽しみながら、桓騎は胸を弄っていた手を彼女の内腿に滑らせた。

ひ、と信が息を飲んだのが分かった。生娘とはいえ、男と交わるために其処を使うことは知っているだろう。

まだ蜜を零す気配のない乾いた淫華に指を這わせると、信が火傷をしたかのように身体を跳ねさせた。

身を固くしている信の耳に舌を伸ばすと、鳥肌が立ったのが分かった。反応が演技ではないことが分かると、思わず口角がつり上がる。

「ぁっ、うあっ、やだッ、やめろ」

粘膜を直接犯される初めての感触に、顔を真っ赤にした信が桓騎を押し退けようと腕を突っぱねた。

構わずに耳の中を舌で犯しながら、二枚の花弁の合わせ目をなぞる。まだそこは固く閉ざされていたが、刺激を続けていくと、じわりと蜜が滲み出て来たのが分かった。

 

 

手ほどき その二

「はあっ…」

耳から舌を離すと、信は身体から力が抜けたように凭れ掛かって来た。

まだ前戯の最中でそのように脱力していては、男根を受け入れた時にどうなってしまうのか。

はあはあと息を荒げている信の体を抱き寄せながら、桓騎は淫華を指で弄り続ける。

「んんッ…」

胸を弄っていた時と同じく、切なげに眉根を寄せている。

「自分で弄ることくらいあるだろ」

指を動かしながら問いかけると、彼女は大きく首を横に振った。自分で性欲の処理をすることはないらしい。

自分の指で淫華を弄り、達している姿も見てみたいものだが、それはいずれの楽しみにしておこう。

彼女が今後も奇策を欲するのは目に見えている。
その瞳の先に何を見ているのかは分からないが、一つだけでは足りないはずだ。

今後も操と引き換えに奇策を教えてほしいと頼まれれば、桓騎はその条件を飲んでやるつもりでいた。

奇策だけではなく、男を喜ばせる術をこの体に仕込めば、間違いなく未来は面白い方向に進むと、桓騎は睨んでいた。

この女が内に隠している本性が知りたい。まだ身を繋げてもいないというのに、桓騎は信という女に夢中になっていた。

「あッ…!」

二枚の花弁を開くと、蜜のぬめりを利用して淫華に指を一本突き挿れる。
まだ体の緊張が抜けていないせいか、指一本入るのがやっとだった。しかし、蜜で潤み始めたそこは温かくて気持ちが良い。

自分でも滅多に触れない場所だからだろう、信の身体がより強張ったのが分かる。自分の男根を咥えさせるまでには時間がかかりそうだ。

その体を押さえつけて強引に男根を捻じ込むことも考えたが、この行為で恐怖を植え付けることが目的ではない。

むしろこの行為を気持ち良いものだと覚えさせた方が、後々、信にとっても動きやすくなるだろう。

「力抜け」

恨めしそうに信が見上げて来たので、桓騎は溜息を吐いた後、唇を重ねた。

「んッ、んむッ…ぅ…!」

まさかいきなり口付けられるとは思わなかったようで、信が目を見開いている。

舌を差し込んで唾液を流し込みながら、絡ませる。

淫華に入り込んでいる指を中で動かしながら、口づけを深めていくと、信が苦しそうに喘いでいる。

口づけと淫華への刺激に意識が分散しているようで、訳が分からなくなっているらしい。

狭い下の口を広げるように指を大きく動かしていくと、信が鼻奥で悶えるような吐息を洩らした。

 

 

指を動かす度に、蜜がどんどん溢れて来るのが分かる。

ぬるぬると指が滑るが、柔らかい肉壁は指を離さないように、きゅうと締め付けて来た。これは極上の夢を見させてくれそうだ。

「んううっ」

滑りを利用して指を二本に増やすと、口づけの合間にくぐもった声が上がった。肩口に顔を埋めながら、必死に声を押し殺そうとしているらしい。

「ふ、うッ…」

鉤状に指を折り曲げると、信の身体が大きく跳ねる。蜜の潤いがあっても、中はまだ狭い。

破瓜の痛みを少しでも和らげるために、桓騎は鉤状に折り曲げた指で、中を解し始めた。

中で二本の指を動かす度に、小さな水音が上がる。室内に響くその音にさえ羞恥心があるのか、信は桓騎の肩口に埋めた顔を上げられずにいるようだった。

「は、う…っ、んん…」

吐息の合間に洩れる甘い声が鼓膜を揺する度に、桓騎の下半身が重くなる。触れてもいない男根が硬く上向いているのが分かった。

今日は信の記念すべき初夜になる。
男を喜ばせる方法はまた次の機会に教えてやろうと考えながら、桓騎も軽く息を乱しながら指を動かし続けていた。

 

 

極上の夢

しつこいほど中を指で動かし続けた甲斐あって、信の其処は慣れを見せ始めていた。まだ男根を咥えるには少し狭いが、もうこれだけ解せたのなら良いだろう。

「っあ、はあ…」

指を引き抜くと、信の内腿が僅かに震えた。

「跨れ」

胡坐をかいた状態で信の腕を掴みながら指示すると、言われるままに、立ち膝の状態で桓騎の上に跨った。しかし、これからどうしたらいいのか分からないと言った視線を向けられる。

桓騎は自分の男根を掴むと、信の足の間にある淫華の中心に先端を押し当てた。

「あ、ッ…?」

先ほど存分に指で解した場所は、蜜でぬるぬるとしている。

「自分で腰下げろ」

まさかそんなことを言われるとは思わず、信が瞠目する。

「痛けりゃ自分で止めればいい。この姿勢なら出来るだろ」

「……、……」

正常位で貫く手もあったが、桓騎はあえてその手段を選ばなかった。
言葉だけ聞けば、情を掛けたように思えるが、決してそうではない。自らの意志で自分に純血を渡したのだと、思い知らせたかったのだ。

「ほら、俺の首に腕回せ」

「う…」

言われるままに、信は桓騎の首に腕を回す。その表情には緊張だけではなく、僅かに不安の色も浮かんでいた。

「ふ、…うぅ…」

淫華に太い亀頭が当たると、信は桓騎の身体にしがみ付いた。先ほどまで指で広げていた其処がみちみちと押し開かれていく。

「いッ、たぃ…」

まだ入り口を押し広げているだけだというのに、ここで音を上げるのは早過ぎる。

細腰を掴んで一気に貫いてやろうかと思ったのだが、信は額に脂汗を浮かべながら、腰を下ろすのをやめなかった。

「う、ぅうっ…」

しかし、一番太い亀頭部を飲み込んだ辺りで、信はいよいよ腰を下ろすのをやめてしまう。決して演技などではなく、本気で痛がっているようだ。

戦場で受けるような傷とは違い、身体の内側を抉られる痛みというのは未知の痛みだったのだろう。

破瓜の痛みは男が想像出来ない苦痛だというが、幾度も致命傷となり得る重傷を負った信ですらこの有り様ならば、酷い痛みに違いない。中途半端に下ろしている腰が震えていた。

まだ処女膜を破るほど咥え込んではいないようだが、このままでは埒が明かない。

自ら咥え込むまで待ってやるつもりではあったものの、桓騎にはあまり余裕が残っていなかった。

破瓜の痛みはどちらにしても避けられないのだから、早く済ませてやった方が苦痛が長引かなくて良いかもしれない。

「息、止めんなよ」

信の細腰を両手で掴むと、桓騎は容赦なく彼女の身体を下に引き摺り下ろすために力を込めた。

「えっ、あ、待てっ、や、ぁあーッ!」

耳元で甲高い悲鳴が上がり、背中に爪が立てられた。

痛みに悶える体を押さえ込むようにして、桓騎は男根を深く咥えさせる。
悲鳴を上げた信が桓騎に肩に額を押し付けて、苦しげに呼吸を繰り返す。痛みのせいか、内腿ががくがくと震えていた。

「しばらくは動かないでおいてやる」

「っ…、……、…」

すすり泣く声が聞こえて、桓騎は慰めるように彼女の頭を撫でてやった。

奇策と引き換えに自らの破瓜を差し出した度胸は認めるが、今の弱々しい信の姿に将の面影はない。

女としての幸せを掴んで生きる手段もあっただろうに、信が将にこだわる理由とは何なのだろうか。

 

 

「桓、騎…」

涙を流しながら信に見上げられ、桓騎の喉が音を立てて上下した。

まだ彼女の表情から苦痛の色は消えていなかったのだが、身を繋げたまま寝台に押し倒す。

「う、ぐっ…」

体勢が変わったことで、より深く桓騎の男根が奥へ入り込み、苦しそうな声が上がった。色を失った彼女の指先が、敷布を掴んでいるのが見えた。

視線を下ろすと、二人が繋がっている部分に血の涙が伝っていた。紛うことなき、信が桓騎に破瓜を捧げた証である。

途端に愛おしさが込み上げて来て、桓騎は自分でも無意識のうちに、彼女に口付けていた。

「んん…ん、ぅ…」

涙を流しながら、信は健気に自分の口づけを受け入れている。痛みのせいで抵抗する気力もないのだろう。

「っ…んん、う…」

口づけながら、桓騎は信の下腹部を撫でた。
自分の男根を受け入れている彼女の腹は僅かに膨らんでおり、まるで自分の子を孕んだかのようだった。

身体を繋げただけだというのに、まるでこの女が自分のものになったかのような錯覚を覚え、陶然としてしまう。

お互いの性器が馴染むまでは、先ほど言ったように動くつもりはなかった。

抱き締めた腕の中で、信がぐすぐすと鼻を啜っている。涙に濡れた頬に、優しく唇を押し当ててやった。

「…桓騎」

それまで俯いていた信が、ようやく顔を上げる。
破瓜の痛みに打ち震えていた彼女は、思わず鳥肌を立ててしまうほど、妖艶な笑みを浮かべていた。

涙で濡れた瞳が、男の欲を激しく煽る。

二人が繋がっている部分に手を伸ばし、信はそっと指を這わせた。

「…貢ぎ物の味はどうだ?」

妖艶な笑みを崩すことなく、信は破瓜の血で赤く染まった指で桓騎の唇をなぞり、彼の口の中にその指を突き入れた。

舌の上に破瓜の血を纏った指を押し付けられ、鉄の味と、普段から嗅ぎ慣れている血の匂いが広がる。

他の誰でもない自分の男根を咥え、女になった信を目の前に、桓騎は思わず身震いした。

「気に入った」

唇に塗りたくられた破瓜の血を舐め取ると、恍惚な笑みを浮かべ、桓騎は信の細腰を抱え直した。

奇策どころか、自分の全てを与えてやってもいい。

全てを捧げたいと思うほど、桓騎は目の前の女に夢中になっていることを嫌でも自覚するのだった。

 

 

極上の夢 その二

信の足の間に伝っていた破瓜の血は、淫華の蜜と白濁で流れてしまったようだ。

濃い疲労の色を顔に浮かべながらも、信は桓騎の話に耳を傾けている。

この女ならわざわざ自分に聞かなくても、自分で閃きそうなものだがと思いながら、桓騎は約束通りに奇策を授けたのだった。

「…秦王に咎められそうだな」

信の首筋を指でなぞりながら、からかうように桓騎が笑った。

彼女の白い首筋には、行為の最中に桓騎が吸い付いた赤い痣が幾つも残っていた。この女を欲した自分の欲の表れである。

「政が?なんでだよ」

「あれはお前のことを気に入ってるだろ。見りゃ分かる」

信が不思議そうに小首を傾げていたが、肩を竦めるようにして笑う。

「…まさか、俺が国母の座を狙ってると思ってんのか?」

「お前みたいな女が后になったら三日で国が滅ぶな」

冗談混じりにそう言うと、信があははと笑った。

「何のために奇策を知りたがる?」

桓騎が問い掛けると、それまで笑っていた信の顔から表情が消えた。
奇策を扱う理由は、秦軍を勝利に導くためとは思えなかった。奇策を用いなくても、飛信軍の強さは十分にあるはずだ。

しかし、敵の捕虜や民に非道な行いをする桓騎から奇策を授かるのは、秦王への忠義に反しているのではないだろうか。

過去に行って来た虐殺を嬴政から咎められ、桓騎が幾度も処罰を免れていたのは、奇策を用いて勝利に導くことが一番の理由である。

そんな男から奇策を授かるために純血を捧げたとなれば、嬴政も黙ってはいないだろう。

信が嬴政にこのことを話すかは分からないが、言わないのではないかと桓騎は思った。

「…慌てふためく姿が見たい」

「あ?」

予想もしていなかった言葉を返され、桓騎はつい聞き返していた。

寝台に横たわりながら、信が隣に横たわっている桓騎に身を寄せた。

「…澄まし顔して余裕こいてるやつが、慌てふためいて、悔しそうな顔をして俺から逃げ出す姿が見たい」

静かにそう答えた信に、今度は桓騎が笑う番だった。

彼女が奇策を求める理由はあまりにも単純かつ、明白なものだった。要するに、自分が気に入らない相手に、とことん嫌がらせをしてやりたいのだ。

秦軍を勝利に導くためだとか、嬴政への忠誠のためだとか、そんなつまらない理由でないことは分かっていたが、あまりにも答えが意外過ぎて、笑いが止まらなくなる。

「いいな、お前」

本当に気に入ったと言うと、信の口元に刻まれた笑みがますます深まった。

しかし桓騎は、屋敷に訪れた時と同様にそのように答えれば・・・・・・・・・自分に気に入られるだろうと信が予見していることに気づいていた。

とことん内に秘めた本性を見せようとしない信だからこそ、惹かれたのだろう。

自分と同じ卑怯者の匂いを、桓騎は信と初めて出会った時から感じていたのである。

 

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卑怯者たちの末路(李牧×信)後編

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同盟

合従軍で秦を完全包囲し、侵攻するという同盟の話は、皮肉なまでに円滑に進んでいた。

密林の中に用意した天幕で、楚の宰相である春申君との会談を終えた李牧は、着実に秦を滅ぼす準備が整って来たことを実感する。

「…?」

天幕を出ようとすると、外が何やら騒がしいことに気が付いた。

この天幕がある密林の中に連れて来たのは、必要最低限の護衛と側近のみ。他の兵たちは密林の外で待機している。

会談を互いの国で行わなかったのは秦の者たちに、この同盟を勘付かれないための警戒である。

人目を忍び、何より情報漏洩を防ぐために警戒を行い、この密林で会談を行うよう指示を出したのは李牧本人であった。

味方ならまだしも、もしも秦の何者かに楚と趙の宰相が二人一緒にいるところを見られれば、確実に何か企みがあるに違いないと気づくはずだ。騒ぎの正体が何か分からない以上、警戒も怠ってはならない。

楚の丞相である春申君には状況が分かるまでここに残っているように伝え、李牧は一人で天蓋を出た。

「何事ですか?」

外で待機している側近のカイネに声を掛けるが、彼女の姿が見えない。春申君の護衛を担っている兵の姿もなかった。

「…?」

こちら側にいる人間の合図があるまでは、密林の外に待機させている将や兵たちは動き出さない。

しかし、騒ぎの音がする方向を追えば、兵たちが待機している方ではなく、この密林の中だ。一体何が起きているのか。

李牧は護身用の剣を携えると、護衛たちが通ったと思われる痕を追い掛けて、音のする方へと向かった。

 

「!」

草木を掻き分けて道を進んでいくと、何かに足を取られた。咄嗟に後ろに退き、転倒は免れる。

黒い鎧を纏っている兵の亡骸だった。楚の宰相の護衛として天蓋の外に待機していた男だ。

首に弓矢が貫通しており、鼻と口から泡の混じった血を流していた。正面から毒矢を受けたのだろう。

太い血管の通っている首を射抜かれた上に、毒が全身を蝕み、苦痛の中で死んでいったに違いない。苦悶の表情がそれを物語っていた。

毒矢を放った者がいるようだ。李牧は周囲の警戒を怠ることなく、兵の亡骸を観察した。
確かこの男は春申君の護衛をするにあたり、毒矢を装備していた。

「………」

兵が倒れている傍に、矢籠と他の毒矢が落ちている。首を射抜いている者と同じ矢だった。

この兵が毒矢で射抜かれたのは間違いないが、相手はこの兵の矢を奪って首を刺したのかもしれないと考えた。

接近戦に持ち込んだということは、まだ相手が近くにいる可能性が高い。

李牧は気配を探りながら、まだ先に続いている足音を辿った。
奇襲だとしたら、すぐに合図があったはずだ。それに、側近であるカイネが自分への報告もなしに追い掛けていったのも気がかりである。

楚の宰相の護衛を務める兵は相当な手練れだった。幾度も死地を駆け抜けて来た李牧が見ただけでそれを察したのだから、間違いない。

そんな彼が毒矢で正面から首を射抜かれていたのだ。背後からではなく、正面から射抜かれていたのを見る限り、相手も相当な手練れに違いない。

ここまで警戒を行った上で始めた楚趙同盟の会談を阻止しようとした者の犯行に間違いない。

(気づかれた?誰に?)

今回の同盟の目的は秦国を滅ぼすことだ。他の五国はほとんど会談を終えており、秦国を滅ぼすことに同意している。

この同盟に利益があるのは五国であり、大きな損失を受けるといえば秦国だけだ。

(秦の者が勘付いた?まさか、ここまで隠し通していたのに)

引き続き周囲を警戒をしながら、思考を巡らせた。

楚の宰相からも既に同盟の返事はもらっている。あとは秦国を攻め立てる戦の準備に移る手筈を整えるだけだというのに。

まさかここに来て秦の者に勘付かれるとは、李牧も予想していなかった。

姿は見えていないが、相手が意図的にこの同盟を阻害しようという意志を持っていたのなら、秦の者に間違いないはずだ。

そこまで考えて、李牧はさらに眉根を寄せた。

(…同盟の邪魔をするなら、なぜ護衛だけを?)

天蓋の側にいた楚の護衛兵だけがやられていることに、李牧は納得出来なかった。
何か異常があればすぐに知らせてくれる側近のカイネの姿が見えないのも気がかりのままである。

声を出す間もなく殺されたのだとしたらと考え、唇を噛み締めた。

「李牧様ッ?」

奥の方から聞き覚えのある声がして、李牧は弾かれたように顔を上げた。カイネだった。

 

合流

怪我一つしていないのことを確認すると、李牧はようやく安堵の息を吐く。

「心配しましたよ。報告もなしに、どこに居たのですか」

申し訳ありませんとカイネが頭を下げる。

「道に迷ったという妓女がいまして」

「妓女?こんな場所にですか?」

すぐには信じられなかった。
辺り一面木々ばかりで、獣道しかない密林だというのに、どうしてこのような場所に妓女がいるのだろう。

カイネの話を聞けば、その妓女は各地を旅して回っている歌踊団の長らしい。

彼女は仲間たちが野営をしている場所から離れたところにある泉で、一人だけで水浴びをしていたのだという。

しかし、水浴びを終えたところで着物が無くなっていることに気付き、仲間のもとへ戻れずに困惑していたところを、カイネが気配を察知して駆けつけたという経緯だった。

「本来ならば報告すべきだったのですが、申し訳ありません…」

本当に申し訳なさそうにカイネが頭を下げたので、李牧は首を横に振った。

確かに事情が事情だ。もしも報告されたところで、男である自分がしゃしゃり出る訳にはいかず、どちらにせよカイネに対応を頼んでいたに違いない。

「辺りを探したら、木の枝に引っ掛かっている彼女の着物を見つけたのです。風で飛ばされてしまったのでしょう」

「見つかったなら良かったです」

もしも着物が盗まれていたならば、この密林に自分たち以外の第三者が他にも存在するということになる。

野盗の類だとしても、趙と楚の宰相が二人きりで話をしていたとなれば、噂を流される可能性がある。

秦の耳に入らぬよう、慎重にこの会談を進めていたというのに、噂を流されれば勘付かれる原因になるかもしれない。

しかし、他の五か国との同盟はすでに済んでいる。もしも秦国が今から策を練ったとしても、今さら滅ぶ未来は変えられないだろう。

ふと、李牧の瞼の裏に信の姿が浮かび上がった。

馬陽の戦いで、大胆にも敵本陣に奇襲を仕掛けて来た彼女によってつけられた右手の傷痕はまだ残っている。

時折、この傷跡が疼くように痛むことがあり、その度に李牧は秦趙同盟の宴の夜に、彼女と身体を重ねたことを思い出した。

真っ直ぐな瞳で、殺してやると言った彼女のことを、李牧は忘れたことがなかった。

信の存在は記憶に深く刻まれているというのに、もう二度と現世では彼女に会えないのだと思うと、やるせなさが込み上げて来る。李牧が秦を滅ぼそうと決めた理由もそこにあった。

「李牧様?」

束の間、懐かしい思い出に耽っていた李牧はカイネに名を呼ばれ、すぐに思考を切り替えた。今は警戒を怠ってはいけない。

「楚の護衛が、天幕の外で討たれていました」

「えっ…!?」

天幕の外で共に待機をしていた護衛の死に、カイネが焦った表情を浮かべた。すぐに腰元に携えていた剣を鞘から抜き、周囲を見渡している。

「…会談の最中、物音や悲鳴は一切聞こえなかったので、相当な手練れが潜んでいるのかもしれません」

周囲の気配を探りつつ、李牧はカイネと背中合わせの状態で奇襲に備えた。

この密林の中だ。隠れる場所はいくらでもある。もしかしたら近くの木の裏に身を潜め、こちらの首を狙っているかもしれない。

「まさか、秦の刺客ですか…?」

「持っていた毒矢で喉を一突きされていたようですから、我々に気づかれないように殺したのだとしたら、秦の刺客である可能性は高いでしょうね」

信じられないといった表情を浮かべたカイネが、いち早く物音がした方に剣を向けた。

「何者だッ!」

すぐ近くに聳え立つ大木の裏に人影が見えた。
カイネの気迫に押されたからか、それとも諦めなのか、その人物はゆっくりと姿を現した。

 

再会と罠

現れた女性の姿を見て、李牧は束の間、呼吸をするのを忘れていた。

「…生きて、いたのですか」

ようやく出た声は、動揺のあまり、情けないほど震えていた。隣にいるカイネも愕然として言葉を失っている。

見間違えることはない。目の前にいる女性は、信だった。
最後に会った時よりも随分と髪が伸びていたが、瞳の輝きはあの時と少しも変わっていない。

「いいや?一度死んださ。だから今の俺・・・は秦将じゃねえし、秦趙同盟も関係ない」

李牧の問いに、肩を竦めるように笑う。まるでこちらを挑発するような笑い方に、懐かしささえ感じた。

ほとんど消えかかっていたはずの右手の傷が、彼女の存在を思い出したように疼き始める。

(ここに彼女がいるということは…)

なぜここに信が現れたのか、どうして今なのか、李牧の頭の中でその仮説が次々と導き出されていく。

中華全土に広まった飛信軍の女将軍の訃報を聞き、李牧は彼女の死を信じ込んでいた。

同盟を結んでいる期間とはいえ、敵対関係にあることは変わりない。亡骸をこの目で見るまで、決して彼女の死を信じてはならなかったのだ。

彼女が簡単に死ぬわけがない。
それは馬陽の戦いでも思わぬところで本陣奇襲を掛けられた李牧自身が理解していたはずだったのに、またもや辛酸を嘗めさせられることになってしまった。

「死んだフリをしてたなんて、何が目的だ、貴様ッ!」

カイネに剣の切先を突き付けられると、信が肩を竦めるようにして笑った。

恐らく、信は宰相である自分の首を取るつもりなのだ。李牧の側に、味方が少しもいないこの状況を狙っていたのだろう。

時間稼ぎ・・・・だ」

しかし、信が発した言葉は、李牧の命を狙っていることを想定させるものではなかった。

時間稼ぎ。その言葉の意味を李牧が考えるよりも先に、信は空を見上げた。

「こんな密林の中にまで通るなんて、良い風だな」

最後に会った時よりも伸びた黒髪を手で払う。

こんな状況だというのに、まるでこちらへ余裕を見せつけるかのような態度に、カイネが奥歯を噛み締めていた。挑発に乗ってはいけないと自身を制御しているのだろう。

「…!」

風に乗って来た何かの匂い・・・・・を感じた李牧は、はっとして背後を振り返った。

遠くで煙が上がっているのが見えて、騒がしい声までもが風に乗ってこちらへ漂って来た。

「まさか…」

 

密林を出た向こう――兵たちを待機させている場所からの方だ。道の途中には、李牧が会談をしていた天幕もあって、まだ中には楚の丞相がいる。

「な、何が起きて…」

李牧の視線を追い掛けたカイネも目を見開いて、向こうで起きている状況が分からずに困惑していた。

「…やってくれましたね」

睨み付けると、信の口角がつり上がった。

焦げ臭い匂いと煙、そして遠くから聞こえる兵たちのざわめきや悲鳴に、李牧は待機している軍に向けて火が放たされたのだと理解する。

今頃、楚と趙の兵たちは大いに混乱しているだろう。密林に火が燃え移り、ますます火の手が大きく上がっていくのが遠目に見えた。

近くに川もない場所だ。消火作業は困難だということをあらかじめ想定した上で火責めを起こしたのだろう。

単独での行動ではなく、協力者がいたのだ。そうでなければあれほどの騒ぎになるほどの火災にはならないはずだ。

「…カイネ、急いで春申君殿の救援を」

「李牧様はっ?」

「すぐに追い掛けます。撤退の指揮も頼みました」

信と二人きりになることにカイネは納得出来ない様子でいたが、李牧が指示を取り消す気配がないことが分かると、頷いて駆け出して行った。

恐らくその気になれば李牧を出し抜いて、カイネの背後を斬ることも出来ただろうに、信は動き出す気配を見せない。

一騎打ちの申し出はなかったが、李牧を討ち取る状況を作り上げたことは間違いないだろう。彼女の背中には、秦国の印が刻まれているあの剣があった。

「…秦国でも、あなたが生きていると知っている者は限られていたはず。協力者は誰ですか?」

あれだけの騒ぎを起こすとなれば、協力したのは一人や二人の話ではないだろう。恐らく軍を動かしたはずだと李牧は睨んだ。

「元野盗で、性格は悪いが、それなりに気が合うやつらが居るんだよ」

「…桓騎軍ですか」

元野盗で秦将の座に就いたといえば、厄介な奇策を使う桓騎だ。下賤の出である者同士、気が合ったのかもしれない。

「…ここで私を討ち取れば、私の悪巧み自体を阻止できるはずだと?」

「山陽の戦いでの桓騎の奇策は聞いたことあるか?」

李牧の問いには答えず、信が質問を返した。

山陽の戦い。それは趙の三大天であったが、その後、魏将となったの廉頗と秦の蒙驁との戦いだ。

桓騎は敵本陣にいる軍師の玄峰を奇策を用いて討ち取ったという。
大胆にも敵兵に扮して、本陣へ潜入し、玄峰たちが油断したところを討ち取ったのだという話を聞いた。

馬陽の戦いで奇襲を掛けて来た信が用いた奇策と同じであることに、もしかしたらあの時の奇策も桓騎から授かったものだったのだろうかと李牧は考える。

ここで桓騎の話を持ち出すということは、恐らく今回もそうなのだろう。李牧は信と桓騎の狙いを理解した。

馬陽と山陽での戦のように、敵兵に扮して接近するという奇策を行ったとすれば、考えられる状況は一つ。

「同盟を組んだはずの合同軍が、秦じゃなくて趙を滅ぼすってなったら…面白いことになるだろうな」

意外にも、信の方から先に正解を教えてくれた。

「…趙を陥れるつもりですか」

何も言わずに、信が薄く笑んだ。

趙兵に扮した桓騎軍が待機している楚兵を殺し、火を放ったのだろう。

楚軍の反撃が起これば、もちろん状況の分からない趙軍も抵抗を行い、たちまち戦が始まる。小さな火種ががたちまち燃え広がったという訳だ。

丞相同士が会談をしている最中にそのような事態が起これば、ましてや楚の丞相である春申君がこの騒動で命を失ったとなれば、これは趙の陰謀だと楚国が誤解するのは必須。

さらには、既に会談を終えている国に、趙が楚を陥れたという報せが届けば、此度の秦を滅ぼす六国の合同軍に歪みが生じることとなる。

自分たちも趙に裏をかかれると警戒し、既に同盟を成している国からは追及の声が上がるだろう。もちろん此度の同盟を進めた丞相の李牧がその責に問われる。

それどころか、秦を滅ぼすために結成した合同軍が、趙に刃を向けることになるかもしれない。

自国に不利益を与えたどころか、滅ぼされる危機に晒したとして、今回の計画を企てた丞相・李牧の処罰が確定するという訳だ。

信の狙いが自分の首を持ち帰ることだとばかり思っていたが、完璧に裏をかかれた。

彼女が仲間たちから自分を遠ざけ、一騎打ちに持ち込もうと信じ切っていた失態だと李牧は悟る。

ここで殺さないのは、此度の騒動の責を李牧に押し付けるために違いない。

自分が手を下さなくても・・・・・・・・・・・、趙を危険に晒した罪でその首を差し出さなくてはならないと睨んでいるのだろう。

春申君の身に何かあったとすれば、趙での処罰を待たずとも、楚軍が李牧の首を狙いに来るに違いない。

―――どちらに転んでも、李牧が殺されるという筋書きに繋がるという訳である。

彼女が死んだという誤報が李牧のもとに届いてから、全ては信が描いた筋書き通りに事が進んでいたのだ。

 

再会と罠 その二

「…お見事です、信」

素直に李牧は彼女に称賛の言葉を贈った。
少しも嬉しくないと言わんばかりに信が鼻で笑う。

「この計画はいつから?」

「お前が悪だくみを企んだ時からだよ」

この会談の場を設けるにあたっては最大限の警戒をしていたが、信の口ぶりと周到な準備から、事前に気づかれていたらしい。

秦将である彼女が討たれたという話は、意図的な情報操作だったのだ。

恐らく、彼女はその身を偽って趙に潜入していたに違いない。

戦では仮面で顔を隠していたことで、信の素顔は敵国に知られていない。趙で素顔を知っている人物は、秦趙同盟に訪れた李牧とその一行のみである。

それに、死んだとされる人間が敵国にいるなど、誰も信じないだろう。むしろ信は趙に潜入して、今日という機をずっと伺っていたに違いない。

大将軍の地位と品位を捨てて卑怯者に成り果ててまで、李牧と趙を滅ぼそうとしているのだ。

カイネに目的を問われて「時間稼ぎ」だと言ったのは、混乱の火種が消火出来ないほど大きくなるのを待っていたのだろう。

馬陽の戦いの時に、自分が使った言葉をそのまま返されたというわけだ。

「まさか亡霊になって、桓騎と組むとは思いませんでした」

信がにやりと笑う。

「ああ、一夜の極上の夢・・・・・・・と引き換えにな」

予想外の言葉を聞いた李牧は目を丸めた。顎に手をやりながら、咎めるように信を睨む。

「それは感心しませんね。あの夜のように、伽を装って近づいた方が、簡単に私の寝首を掻くことが出来たかもしれませんよ」

李牧の言葉に、信がきっと目尻をつり上げた。

「ですが、あの時の伽で、油断させて私の首を掻き切ることも出来たでしょう?」

李牧が尋ねると、

「…何の話だ?」

口元から余裕の笑みを絶やさず、信はわざとらしく聞き返す。

秦将の信は死んだ。今目の前に立っている女は、同じ見目をしていても信ではない。あの日のことを知っているのは、この世でもう李牧だけである。

彼女の薄い腹に視線を向け、李牧は残念そうに肩を竦めた。

あの時、彼女の中に確実に子種を植え付けておけば、今頃は子を産んでいたのだろうか、自分の妻として今も隣にいたのだろうか。そんなことを考えたが、李牧は首を振った。

「…いいえ、こちらの話です。一度、あなたと見目がそっくりな女性を抱いたことがあるものですから。てっきりあなたが差し向けた刺客かと」

「知らねえな」

信は素っ気なく返した。
向こうで騒ぎがどんどん大きくなっている。火の手も広がって来ており、焦げ臭い香りがどんどん濃くなって来ていた。

カイネは無事に撤退の指揮を執れただろうか。李牧は自分の置かれている状況を十分に理解していたのだが、次なる行動を見出せずにいた。

その場から動き出さないでいる李牧に、信が小さく首を傾げる。

「どうする?秦趙同盟はまだ続いてんだろ?秦に泣きついて、二か国の合同軍で抵抗でもするか?」

「それも面白そうですね」

どうやら予想外の返答だったのだろう、信が目を見張った。彼女の裏をかくことが出来たようだと李牧が口角をつり上げる。

これから起こる出来事は、全て頭の中で描かれている。
ここまで信の策通りに進んでしまったのなら、どのみち李牧の命が狙われるのは明らかだった。

しかし、李牧は慌てる様子を見せず、むしろ冷静な態度を貫いている。

馬陽の戦いで飛信軍に本陣奇襲を掛けられた時も、彼は冷静さを欠かすことなく、龐煖と王騎の一騎討ちが終わるまで時間を稼ぐという選択をした。

「…どうして私が平然としていられるか、不思議ですか?」

「………」

信は何も答えない。しかし、彼女も馬陽の戦いのことを思い出したのだろう、李牧が冷静でいられる理由があるのだと気づいたようだった。

あなたと同じで・・・・・・・私が卑怯者だから・・・・・・・・ですよ、信」

先ほどの彼女のように、先に正解を教えてやる。

「ッ!」

自分を覆う影に気付き、信は考えるよりも先に後ろに跳んだ。

信が立っていた間に、大きな槍の斬撃が降って来る。李牧ですら数歩後ろに下がるほどの風圧が起きた。

地面が大きく抉れている。その場に信が留まっていたのなら、彼女の身体は無残なまでに切り裂かれていただろう。

顔に大きな切り傷を持つ、赤い外套に身を包んだ武神が、ゆっくりと立ち上がった。

 

再会と罠 その三

「龐煖ッ…!?」

武神の名を呼んだ信の顔に大きな動揺が浮かんでいる。王騎の仇が現れたことが信じられないといった表情だった。

「なんでここにッ…!」

背中の剣を鞘から抜きつつも、信が狼狽えているのは明らかだった。

李牧を孤立させることや、火を放つことで軍を混乱に陥れるのが目的ではあったものの、強大な戦力で対抗されるとは予想していなかったのだろう。

死んだはずの彼女が襲来するとは李牧も予想していなかったのだが、秦の襲来に備えて龐煖を待機させていたことで信の裏をかくことが出来たようだ。

今からこの状況を覆せるとは思わないが、彼女のその表情を見れただけでも李牧は満足だった。

「ちっ…」

さすがに龐煖と李牧の二人を同時に相手する訳にはいかないと、信が悔しそうにこちらを睨んでいる。

見たところ、信の方には救援が来る様子はなかった。

彼女の中では既に策は成したのだから、あとは逃亡するだけだったのだろう。
しかし、結果的に、龐煖が来るまで李牧が時間稼ぎをした・・・・・・・・・・ことで、彼女は逃亡せざるを得ないようだ。

「王騎の娘…!」

信を睨み付ける龐煖の目の色が変わる。王騎を討ち取ったはずなのに、彼は未だ王騎の幻影に苦しめられていた。

彼の養子である彼女とは初対面のはずだが、王騎の存在を連想させたのだろう、龐煖の顔が強張っていた。

二人がそれぞれ武器を構えて腰を低く降ろし、お互いを睨み合う。

「待って下さい」

意外にも、二人に水を差したのは龐煖の存在を用意していた李牧だった。

「ここは私が引き受けます。あなたは軍の救援を」

まさかそのような指示を出すとは思わず、信も龐煖も怪訝そうな顔をした。

ここで信を討ち取るのなら、龐煖と二人がかりで相手にした方が早い。それはこの場にいる誰もが分かっていることだったが、李牧はあえてそれをしなかった。

「………」

李牧の考えが読めないでいる龐煖が無言で視線を送っている。しかし、李牧は表情を変えることもせず、龐煖に救援に向かうよう促した。

やがて、龐煖が背中を見せて、密林の外へ向かって行ったのを見て、信は僅かに息を吐いた。

いつの間にか浮かんでいた額の汗を拭い、それから李牧を睨み付ける。

「あいつを下がらせるなんて何の真似だ」

窮地に陥っていたとしても、龐煖の武力があれば、ここで自分を討ち取るのは容易いことだっただろう。

それなのに、龐煖を仲間たちの救援へ向かわせた李牧の意図が全く分からない。

「…彼の力を借りるまでもなく、私一人で問題ないということです」

信がぎりりと奥歯を噛み締めた。
挑発するような言葉をかけるだけでなく、いつでも斬れと言わんばかりに李牧は信に背中を見せる。どうやら密林の外の様子を伺っているようだった。

「…ああ、どうやら撤退を始めたようですね」

楚軍と趙軍が無事に撤退したのか、騒ぎが遠ざかっているのが分かった。しかし、未だ密林に燃え広がっている火の手は止まらない。

 

卑怯者たちの未来

そろそろ退却しなくては、自分たちも火の手に飲み込まれてしまう。

しかし、李牧の心はまるで水の中にいるかのように、静かに落ち着いていた。

「…信」

李牧が振り返り、ゆっくりと歩み寄る。
信はその手に剣を構えてはいたものの、李牧を斬ることはしない。そして、それは李牧も分かっていた。

「あ…」

李牧の両手が信の身体を抱き締める。いきなり抱き締められたことで、信は驚き、硬直していた。

束の間、李牧は目を閉じる。

瞼の裏に、初めて彼女と出会った日のことや、身体を重ねたあの伽のことが浮かび上がった。

目を開くと、腕の中で信はあからさまに狼狽え、強張った表情を浮かべている。
しかし、腕を振り解こうとする素振りは少しも見せなかった。

「…、……」

戸惑いながらも、信の手がそっと李牧の背中に回され、着物を弱々しく握る。

彼女が自分と同じ想いでいるのだと知るには、その小さな仕草だけで十分だった。

「…李牧」

瞳にうっすらと涙を浮かべながら、信が名前を呼ぶ。

「趙の、宰相なんか…」

不自然に言葉が途切れたが、彼女が言わんとしている言葉の続きを、李牧は理解していた。

此度の信の策は、李牧の立場を奪おうとしてのことだ。信が一度死んで秦将ではなくなったと言い放ったように、宰相としての李牧も殺すつもりだったのだろう。

彼女が、趙国の宰相でない自分を求めてくれていたことを知り、李牧の胸が焼けるように熱くなる。

このまま彼女の手を引いて逃げてしまおうか。信が望んだ、趙国の宰相でない本当の自分を差し出そうか。

本音を胸の奥深くに閉じ込め、李牧は無理やり笑みを繕った。

「あなたが生きていて、本当に嬉しかったです」

信が何か言いたげに唇を戦慄かせていたが、それは言葉にはならなかった。

そっと彼女の頬に手を添えて身を屈めると、彼女の唇に己の唇を重ねた。柔らかい唇の感触を味わったのは、ほんの一瞬だけである。

「…これは趙の宰相ではなく、何者でもない・・・・・・、ただの独り言だと思ってください」

彼女の耳元に唇を寄せて、李牧が独り言・・・を囁いた。

その言葉を聞いた信が弾かれたように顔を上げ、安堵したように笑う。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

木々が激しく燃える音を聞きながら、卑怯者たちはもう一度、唇を重ね合った。

 

このお話の番外編・回想(桓騎×信)はこちら

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卑怯者たちの末路(李牧×信)中編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 李牧×信/シリアス/馬陽の戦い/秦趙同盟/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

交わり

李牧が信の身体を組み敷いた後、思い出したように彼女は目を開いた。

「言っとくが、生娘初めてじゃないからな。変な気遣いはするな」

「そうでしょうね」

即答した李牧に、信が眉根を寄せる。

「…いくら逆らえない命令だからと言って、こんなにあっさりと身体を差し出す女性が生娘だと思う方が難しいでしょう」

よほど肝が据わっている生娘だったとしても、初めて男に肌を曝け出す態度には見えなかった。

理由を聞いた信が、納得したように薄く笑んだ。

「…本当なら、私ではなくて、大切な人に捧げたいのではないですか?」

そう問いながらも、李牧は信の首筋に舌を這わせる。くすぐったそうに顔をしかめて、信が首を横に振った。

「そんなの、必要ない」

恋人と呼べる男も、身を捧げたいと思う男も信は不要だと告げた。女としての幸せに興味がないという彼女に、李牧は目を細める。

ならば誰にその純血を捧げたのかと尋ねるのは野暮というものだろう。

彼女の将としての才能を、李牧も認めていた。馬陽の戦いの奇襲は予想を超えるものだったし、まさか信自らが趙兵に扮して本陣に潜入していたことに、李牧が素直に称賛を贈ったほどだった。

彼女を手元に置くことが出来れば、今後の戦況は大きく揺らぐだろう。この中華の未来に影響すると言っても過言ではない。それほど秦国に信の戦力は欠かせないのだから。

「…もしも、私の子を孕んだら、有無を言わさずに趙へ嫁がされるのですよ?」

扉の向こうにいるであろう聞き役に届かぬよう、李牧は小声で問いかけた。

真剣な眼差しを向けられても、信は表情を変えない。それどころか、彼女はまるで甘えるように両腕を伸ばし、李牧を包み込んだ。

そっと頭を抱き寄せると、信は李牧の耳元に唇を寄せ、

「…孕んだら、少しくらいはお前のことを好きになってやれるかもな」

妖艶な笑みを口元に携えながら、そう囁いた。
紅で瑞々しく染まった唇が李牧の耳に押し当てられると、くらりと眩暈がした。

 

李牧の伽をしろという呂不韋の指示に従ったのは、仲間を守るためだ。しかし、今の信は嫌々従っている素振りは少しもない。

むしろ挑発的な視線を向けられ、李牧は思わず生唾を飲み込んだ。

李牧の骨ばった手が信の形の良い胸を包み込む。

「っあ…」

柔らかい感触を手の平いっぱいに味わいながら、傷だらけの肌に吸い付くと、信が僅かに声を上げた。

目も当てられぬような惨い傷痕もあるというのに、信の肌を美しいと思った。

若さゆえの艶があるのはもちろんだが、傷だらけの肌は彼女の生きた証そのもので、李牧の胸を震わせた。

「男って…傷、舐めるの好きだよな」

目を逸らしながら呟いた信の言葉に、李牧は思わず動きを止める。

信が生娘じゃないことは彼女自身が話していたし、武器を所持していないことを示すために、恥じらいもなく堂々と着物を脱いだ態度からそれは李牧も分かっていた。

しかし、自分と同じようにこの傷痕に舌を這わせた男がいるのだと思うと、嫉妬の感情が沸き上がって来る。

一人なのか、それとも複数の相手と寝たことがあるのか、他の男の前ではどのような表情をして喘ぐのだろう。自分は信のことを何も知らないのだと、改めて思い知らされた。

もちろんそれは敵対する立場としては当然のことなのだが、今はこんなにも傍にいるというのに、なぜ信のことを何も知らずにいたのだろうと李牧は自分自身に苛立ちを覚える。

馬陽の戦いで出会ったあの時、逃がさなければ良かったという後悔さえ覚えた。

「っ…」

右手に刻まれたあの日の傷痕が、疼くように痛んだ。

 

軍師の正体

「…李牧?」

李牧の顔つきが変わったことに、信は眉根を寄せた。なぜ彼が苛立ちを見せているのかが分からないらしい。

それは当然だろう。敵の宰相が自分を抱いた男に嫉妬の感情を抱いているなど、一体誰が想像出来るだろうか。

束の間、前髪で表情を隠した李牧が唇を固く引き結ぶ。

「…伽を命じられたのなら、その責務を果たしてください」

顔を上げた李牧の声は、まるで刃のように冷え切っていた。信は狼狽えて身体を強張らせる。

李牧は自らの帯を解くと、乱暴に着物を剥いだ。

「え…?」

現れた李牧の肌に信は瞠目した。室内を照らしている蝋燭の明かりだけでも、李牧の肌は自分と同じように傷だらけであることが分かった。

着物で隠れていた彼の身体は、筋肉で固く引き締まっている。その強靭な肉体を見れば、軍師ではなく将軍として戦に出ていると言っても誰もが納得するほどだった。

信が李牧の身体を凝視していると、彼は肩を竦めるように笑った。

「あなたの養父を討った軍師に、ようやく興味が湧きましたか?」

「………」

挑発するような視線を向けられるが、信は言葉を喉に詰まらせていた。驚愕のあまり、声が喉に張り付いて出て来なかったのだ。

机上だけで軍略を学んで来た男とは思えない。この傷と筋肉は、実際に戦場に出て、そして多くの血を流し、作り上がった身体だ。

幾度も死地を駆け抜けている信はすぐに分かった。この男は恐らく、自分の比じゃないほどの死地を生き抜いて来たのだろう。

まさか李牧がこんな強靭な肉体の持ち主だとは思わなかった。

着物で隠れていただけとはいえ、隠し切れていない只ならぬ才の持ち主である理由もここにあるような気がした。

そして、自分は今からこの強靭な肉体を相手にしなくてはならないのかと信は僅かに冷や汗を浮かべる。

「信」

名前を呼ばれて、はっと我に返った。
それまで信の身体を組み敷いていた李牧が身体を起こす。

「えっ…ぁ…」

寝台に横たわっていた体を起こされ、信は李牧の腕の中に閉じ込められていた。

致命傷になり得たであろう深い傷の刻まれている胸に顔を埋める形になり、信は思わず息を詰まらせる。

優しくしろと言ったのは確かに信の方だが、急に抱き締められたことで驚いてしまったのだ。

「放せッ…」

両腕を突っ張って抵抗を試みるが、李牧の両腕はしっかりと背中に回されていて、離れる気配がなかった。

「逃げても構いませんが、仲間の首が掛かっているのでしょう?」

「………」

からかうように囁かれ、信はぐっと奥歯をきつく噛み締める。

逃げ道がないことは分かっていたし、仲間たちを助けるために身体を差し出すことを決めたのも自分自身だ。

信は瞼を下ろすと、覚悟を決めろと自分に言い聞かせ、長い息を吐いた。

 

情事 その一

腕の中にいる信が観念したように息を吐いたので、李牧は思わず苦笑を浮かべてしまった。

今の信の表情には先ほどのような余裕の笑みが一切ない。自ら着物を脱いで迫って来る勇敢さは、やはりただの強がりだったのだろう。

生娘でないとしても、浅ましく性に狂っている女ではないし、何より相手が敵の宰相、そして養父の仇なのだから嫌悪感を抱くのは当然だ。

それでも彼女が自分の本音を押し殺してまで李牧に身を委ねるのは、他の誰でもない仲間たちの命を救うためであり、それ以上でもそれ以下でもない。

「さっさと終わらせるぞ」

何ともないように冷静な顔を繕っているものの、その声は僅かに震えていた。

一度寝台から降りると、信は李牧の足の間に身体を割り入れる。迷うことなく彼女の手は李牧の男根に伸ばされた。緊張しているのか、指先が冷えている。

信は頭を屈めると、僅かに上向いている男根に赤い舌を伸ばした。

指先と違った生暖かい感触が敏感な亀頭部に染みて、李牧は僅かに眉根を寄せる。

亀頭部だけでなく、陰茎や裏筋にも舌を這わせられると、背筋に戦慄が走った。

「ん…」

上下の唇で先端を大きく咥えられる。
ねっとりとした温かさに包まれ、あまりの気持ち良さに李牧は喉を引き攣らせた。

輪っかを作った指で根元を、頭を動かして唇で陰茎を扱かれる。緊張しているのは分かったが、躊躇う様子がないことから、こういった行為には慣れているのだろう。

男を喜ばせる術を知り得ていることに、きっと彼女を抱いた男が教え込んだに違いないと思った。

顔も名も知らぬ男を、あるいは複数の者たちに憎しみを覚える。それが嫉妬であることに、李牧はまだ気づいていなかった。

「ん、っん…」

信が男根を咥えたまま、頭を動かし始める。

口内のねっとりと包み込まれる感触が堪らない。完全に勃起した男根を口いっぱいに頬張っている信が苦しそうに眉を寄せていた。

口の中だけでもこんなに快楽が押し寄せて来るというのに、彼女の淫華で男根を抽挿すれば、どれだけの極上の夢を見せてくれるのだろう。

涎じみた先走りの液をちゅうと吸った後、信は一度男根から口を離し、軽く息を整えていた。

「むぅ、ぐ…」

苦痛が増すのを知りながら、信は李牧の勃起し切った大きな男根を深く咥え込んだ。狭い喉奥がきつく男根を締め付けて来る。

「ッ……」

喉を使って愛撫されるのは初めてだったのだが、あまりにも強い刺激に、李牧は歯を食い縛った。

「はあ、はあ…」

物理的に呼吸が遮られて苦しくなったのだろう、顔を真っ赤にした信が呼吸をするために口を離す。

粘り気のある唾液の糸が彼女の唇と男根を紡いでいた。うっすらと涙を浮かべた瞳に見上げられ、李牧は思わず息を飲む。

そうだ。この瞳だ。

馬陽の戦いで、王騎の死を知らされた時に信が見せた瞳。男の征服感を煽る彼女の瞳に、李牧は魅入られていたのだ。

「んぅ…く…」

息が整うと、彼女は再び男根を喉奥まで咥え込んだ。

えずかないよう、ぎりぎりのところを見極めて、それでも深く喉奥まで男根を呑み込む。

唇や舌だけではなく、喉までも男を喜ばせる道具として調教されたのだろうか。

彼女にこんな淫らな技を仕込んだ男が、自分に伽をするよう命じた呂不韋でないことを祈りながら、李牧は彼女の髪をそっと撫でた。

「ッ、んん…!」

男根を強く吸い上げながら、信が頭を前後に動かす。根元を握っている指も動かし、隙間なく男根を愛撫される。

亀頭と陰茎のくびれの部分を上下の唇で優しく食まれ、李牧は思わず息を洩らした。

口の中での射精を促そうと、眉根を寄せながら信が口淫を続ける。彼女が頭を動かす度に卑猥な水音が部屋に響き渡る。

あまりの気持ち良さに膝が笑い出した。寝台に腰を下ろしていなければ、力が抜けていただろう。

「ッん、んうぅ…!」

信の後頭部に手を添えて、深く喉奥に男根を咥えさせると、苦しそうな声が上がった。気道を塞がれれば誰だって苦しいものだ。

しかし、女の喉がこんなにも柔らかくて気持ちが良いものなのだと知って、夢中にならない男はいないだろう。

足の間に顔を埋めている信が顔を真っ赤にさせている。

生理的な涙を浮かべてこちらを見上げて来る信と目が合った。
まるで許しを乞うような弱々しい表情に、李牧の心がぐらりと揺れた。欲情したというのが正しいだろう。

目を開けているのに、視界が一瞬白く染まる。

全身に戦慄が走り、李牧は腰を震わせた。子種が勢いをつけて尿道を駆け巡っていく。

「……、……」

彼女は目を閉じて、口の中に放出される子種を舌の上で受け止めていた。

絶頂の余韻に浸りながらも、李牧は褒めるように信の頭を撫でてやった。

 

情事 その二

射精を終えた後も、信は男根を咥えたままでいた。

まだ喉を動かしていないことから、口の中に子種を溜めているのが分かった。

「ぅ、ぅん…っ」

薄く目を開いた彼女が、尿道に残っている子種をちゅうと吸い上げる姿に、李牧は瞠目する。

「…信、吐き出してください」

息を整えながら李牧が囁くと、信がゆっくりと男根から口を離した。

軽くむせ込みながら、口の端から李牧の精液を滴らせる彼女の姿は、淫靡としか言いようがない。

「信」

未だ自分の足の間に座り込んでいる信の手を引いて抱き上げる。

二人で寝台に倒れ込むと、甘えるように信も李牧の背中に腕を回してくれた。

「ふ、ぁ…」

李牧は彼女の唇から滴る己の精液を指で拭ってやった。口の中にも指を入れ、唾液に絡んでいる精液を掻き出す。

先ほどまで自分の男根を咥え込んでいた唇に、李牧は迷うことなく唇を重ねた。

「っ、んん、ぅうっ…」

舌を差し込むと、信が切なげに眉根を寄せて舌を絡めて来る。

それが他の男に仕込まれた術なのか、それとも純粋に自分を求めてのことなのか、李牧には分からなかった。

口づけを交わしながら、信の足の間に指を忍ばせると、そこは既に蜜を垂れ流していた。まさか男根を咥えながら感じていたのだろうか。

「っあ…!」

先ほど精液を拭った指で入り口を擦ると、信の身体がぴくりと跳ねる。花びらを掻き分け、蜜の滑りで難なく指が入り込んでしまった。

「っんん、ぁ、はぁ…」

信が口で受け止めた精液を塗り付けるように、李牧は柔らかい肉壁に指を擦り付ける。

(本当に孕ませてしまおうか)

卑怯だという自覚は十分にあった。彼女を戦場から遠ざけるには、趙へ連れていくには彼女を妻にするのが手っ取り早い。

信に後ろ盾がないことは分かっているが、秦王嬴政との強い信頼関係で結ばれているのは少々厄介だ。

だからこそ、彼女と婚姻を結ぶのならば、裏で大きな根を張っている呂不韋の今の権力が失墜する前に行う必要がある。

 

「ぁあっ、ん」

一番奥にある子宮の入口を指の腹で引っ掻くと、信の身体が大きく跳ねたので、何度もその個所を愛撫してやった。

僅かな凹凸を感じ、こんな狭い場所から赤子が頭を掻き分けて生まれて来る思うと不思議でならなかった。

指を引き抜いてから起き上がり、李牧は彼女の両膝を大きく開かせた。両脚の間に身体を割り入れる。

他の男によって使い込まれているだろう淫華にはくすみがなかった。口を閉じている花びらの隙間から蜜が伝っている。

二本の指で花びらを左右に広げると、艶めかしい薄紅色の粘膜が現れた。男を惑わせる魅惑の淫華の一番美しい部分である。

「っ、う…ぅん…」

男に抱かれるのは初めてでないくせに、見られるのが恥ずかしいのだろうか、信は敷布に真っ赤な顔を押し付けている。

顔を寄せた李牧が、二枚の花びらの間にある艶めかしい淫華に舌を差し込むと、信が短い悲鳴を上げた。

「な、なにしてっ…」

驚愕と羞恥が入り混じった表情と、まるで経験のないような言葉を向けられて、李牧は思わず口を離した。

「あなたが私にしたのと同じことですよ」

言葉に出して言うと、信は真っ赤になっている顔をさらに赤くさせて、唇を戦慄かせながら首を横に振った。

逃げようとする細腰を両手で捕まえて引き寄せると、李牧は再び淫華に口づける。

「っんうう!」

下唇を強く噛み締めて、信が身体を仰け反らせる。
先ほどの言葉と、この恥じらいの反応を見る限り、もしかしたら男からこの愛撫をされたことがないのかもしれない。

何の躊躇いもなく着物を脱いだ彼女がようやく見せた動揺に、李牧は優越感を抱く。

破瓜を捧げた男は別にいるのだろうが、それとは別の信の初めてをもらえたような気になった。

「ぃやッ…」

花びらの合わせ目に、尖らせた舌を這わせようとすると、信が頭を突き放そうと両手を伸ばして来る。

その両手首を押さえ込むと、李牧は思わず目を見張った。

天下の大将軍の娘と称えられている彼女だが、その手首は驚くほどに細かった。こんなにも華奢な腕で大勢の兵を薙ぎ払い、強将たちを討ち取って来たのかと思う。

「いやだっ、て…!」

李牧は彼女の言葉を無視して、再び淫華に顔を寄せる。

女の官能を司る花芯が顔を覗かせており、まるで男を煽るかのようにぷっくりと膨らんでその存在を主張していた。

「ひいッ…」

美味そうだと花芯を唇で食むと、信の身体が硬直する。
構わずに尖らせた舌先で突いてやったり、強く啜ると、信の引き締まった内腿がびくびくと打ち震えていた。

逃れようと身を捩っているが、まるでもっとして欲しいと願っているような仕草で、舌の動きを速めてしまう。

「~~~ァ…!」

喉を突き出して信が声ならぬ声を上げているのを見ると、もっと善がり狂わせてやりたいと思った。

「ひ、ぁぐっ」

花芯を口と舌で可愛がってやりつつ、今も蜜を垂れ流している淫華に再び指を突き挿れた。

すんなりと呑み込まれた二本の指を柔らかく滑った肉壁がきゅうと締め付けて来る。

互いの指を絡ませていた両手が自由になり、信は李牧を突き放そうと髪を掴んだ。しかし、上手く手に力が入らないようで、弱々しく髪を掴むのが精一杯らしい。

「ひ、やッ、あァ」

花芯の裏側に当たる部分を淫華の中から指で突き上げると、悲鳴に近い声が上がる。
敏感な花芯を表と裏から責められて、信の身体の震えが止まらなくなる。

「ま、待って、も、もうッ…」

瞳に涙を浮かべながらやめてくれと懇願される。しかし、李牧は構わずに花芯への刺激を続けた。

「あっ、あぁーッ」

やがて、信の身体が一際大きく震え、泣きそうな声が上がる。

硬直した身体がくたりと脱力したのを見て、絶頂を迎えたのだと悟った。

 

情事 その三

「は、ぅ…」

微かに下腹部を痙攣させている信が涙を流している。

それまで彼女の足の間に顔を埋めていた李牧はようやく身を起こし、手首にまで伝っている蜜を、まるで彼女に見せつけるように舌を這わせた。

羞恥と怒りが混ざり合い、複雑な表情でこちらを睨み付ける信に、李牧はすっかり余裕じみた笑みを浮かべていた。

「これでお相子でしょう?」

お互いに同じ方法で絶頂を迎えたのだから、何も悪いことはないだろうと問えば、信があからさまに目を逸らした。

先ほど絶頂を迎えたはずなのに、男根が再び勃起している。彼女の愛らしい反応を見て、男としての本能が完全に覚醒していた。

彼女の蜜で濡れた手で何度か男根を扱き、信の両足を大きく広げさせる。

「っ…」

緊張と不安が混ざったような眼差しを向けられる。

「ん、く…」

焦らすように男根の先端で花びらの合わせ目をなぞる。何度か繰り返していると、信が切なげに唇を噛み締めたのが分かった。

戸惑いの表情の中に、早く挿れてほしいという期待が込められていることに気付いていたが、気づかないふりをして執拗に入り口を弄る。

すぐに腰を前に押し出したかったが、李牧は欲望を押さえつけながら、我慢比べを続ける。

「んん、…あぅ、…」

信は気持ち良さに恍惚の表情を浮かべていた。

互いの性器を擦り合っているだけでこんなにもはしたない顔を晒すのだから、男根を中に挿れれば、一体どんな淫らな表情を見せてくれるのだろう。

「ぁ……はや、く…」

信が腕を伸ばして李牧の男根をそっと掴んだ。我慢比べは呆気なく李牧の勝利で終わったようだ。李牧の方にも、もう余裕は残っていない。

ひくひくと震えている淫華の中心に先端をぐっと押し付け、迷うことなく腰を前に押し出した。

 

「ぁああッ」

喜悦に染まった悲鳴が上がる。

喉を突き出して、信が身体を仰け反らせたので、離れないように李牧はその体を強く抱き締め、男根で最奥を貫いた。

淫華の艶めかしい感触に、目まぐるしい快楽が押し寄せる。互いの下腹部が隙間なく密着し、信と一つになったのだと実感した。

「う、…っあ、ぁあ…」

強く身体を抱き締め合い、性器が馴染むまで、二人は動かなかった。

強く閉ざした瞼から止めどなく涙が流れているのが見えて、李牧は目尻に唇を寄せた。

それが引き金になったかのように、二人は唇を重ね合った。信の方から舌を伸ばして、自ら李牧の舌を絡め取って来る。

李牧も彼女の舌に吸い付き、唇と舌の感触を味わった。

「ふっ…、んんっ…」

鼻奥で悶えるような声を聞き、李牧は唇を離す。敷布の上で再び指を交差させ合うと、ゆっくりと腰を引いた。

「んんっ…」

ゆっくりと腰を前後に動かし始めると、信が強く目を瞑りながら、李牧の背中に回した腕に力を込めたのが分かった。

まるで恋人同士のようだ。
体を重ねているだけだというのに、今だけはお互いの敵対関係にある立場を忘れられた。

「あぅッ、あっ、ああっ、やぁ」

耳に舌を差し込むと、抱き締めている信の身体にぶわりと鳥肌が浮き立ったのがわかった。

舌を抜き差ししながら腰を前後に連打すると、信の口からひっきりなしに喘ぎ声が洩れる。

彼女の甘い声に、自分の男根で善がり狂う姿に、李牧は夢中になっていた。

淫華からは止めどなく蜜が流れ続け、腰を穿つ度に性器の擦れ合う音がより卑猥になっていく。

敷布の上で絡め合っている指に、ますます力が込められる。

「あっ、ま、待っ、てぇッ」

絶頂に駆け上がろうと腰の動きを速めると、信が髪を振り乱して制止を求めた。

あまりの激しさに寝台の軋む音が大きくなっていた。扉の向こうにいる聞き役も、夢中になって情事の音を聞いていることだろう。

制止されても李牧は構わず腰を揺すり続ける。

欲望に頭が支配され、余裕のない惨めな顔を晒していることに自覚はあった。

 

情事 その四

女と性器を交えることは初めてではなかったのだが、こんなにも行為が心地良く感じられたのは初めてのことだった。

身体の相性が良いのかもしれない。そして、信も同じように思っているだろう。

まるで期待するような眼差しを向けられ、思わず口角をつり上げた。

「っぅんんん!」

細腰を両手でぐいと引き寄せると、これ以上ないほど深いところを貫かれて、信が奥歯を強く噛み締める。

唇の隙間から洩れた声が喜悦に染まったままで、李牧は優越感を抱いた。

言葉には出さずとも、彼女の紅潮した顔が、喘ぎ声が、身体が気持ち良いと訴えていた。

「はあぁっ、ぁあ、ああぅっ」

もはや目を開ける余裕もなくなっているのか、信は瞼を下ろしていた。止めどなく頬を伝う涙に吸い付きながら、李牧も息を切らしている。

お互いに絶頂へ駆け上ることしか考えられなくなっていた。

「んぁ、李、牧…」

喘ぎ声の合間に名前を呼ばれ、李牧は導かれるように彼女と唇を重ねる。信の身体を再び強く抱き締め、腰を強く打ち付けた。

「あっ、も、もう…」

限界が近いのだろう、切なげに眉を寄せて、信が李牧を見上げる。
彼女の身体を抱き締めたまま、李牧は耳元に唇を寄せて低い声で囁いた。

「…私の子を孕んだら、趙に来てくれますか」

信が目を見開いて、息を飲んだのが分かった。

同じように息を切らしている李牧の考えていることが分かったのか、腕の中から逃れようと身を捩らせる。

「あっ、…や、いやだッ、待って、中は…!」

嫌がっていても、体は今さら後戻りが出来ないらしく、すぐ絶頂が目の前まで迫っていた。

どうにか逃げようとする身体を抱き押えながら、激しく突き上げ続けると、やがて、甲高い悲鳴が部屋に響き渡る。

信の身体が大きく痙攣し、子種を求めた淫華が男根をさらに強く締め付けた。

「ッ…!」

息を止めて、限界まで腰を穿つと、李牧は男根を引き抜いて彼女の腹部で射精した。

精液が勢いづいて尿道を駆け巡る瞬間は、全身が雷に打たれたかのように激しく痺れる。

「はあ…はあ…」

肩で息をしながら、李牧は徐々に理性を取り戻していた。
信も同じように息を整えながら、下腹部に掛けられた精液を見下ろして瞠目していた。

「…なんで…」

ひっきりなしに叫び続けた彼女の声は掠れていた。中で射精をされると思ったのに、そうしなかった李牧の行動に驚いているらしい。

答えの代わりに、李牧は扉の方にちらりと視線を向ける。聞き役がいることを思い出したように、信がはっとした表情になった。

扉は開けられていなかったが、もし隙間から覗かれていたとしても、寝台の上で身を重ね合っている二人の会話を聞き、その姿を見れば、彼女の中で射精したようにしか見えないだろう。

「これで子を孕んだら、私の妻になるのですよ」

聞き役を欺くための言葉だと分かった信は、何と言い返すべきか分からずにいるようで、あからさまに目を泳がせていた。

李牧はもう一度彼女の身体を抱き締める。

「…私は本気ですけどね」

耳元でそう囁くと信がぎょっとした表情を浮かべたので、李牧はつい口元を押さえて笑い声を上げそうになる自分を必死に制した。

聞き役が呂不韋に報告をすれば、彼女の仲間たちはきっと無事に解放されるだろう。

交渉の話術に長ける男だが、自分に利をもたらす結果が確定したのなら、約束を破ることはしないはずだ。

笑いを堪えている李牧に苛立ったのか、信の目がきっとつり上がる。

「どけよっ…」

李牧の身体を押し退けた信が寝台から立ち上がった。

「ぅ、おっ」

先ほどの激しい情事で足腰に力が入らなかったらしく、信の身体がぐらりと傾く。

咄嗟に李牧は彼女の腕を掴んで、背後から抱き寄せた。

膝の上に乗る形になり、信が恥ずかしそうに目を泳がせている。男女で行きつく先まで共に上り詰めたというのに、今さら何を恥じることがあるのか。

戯れに胸の芽を指先で弾いてやると、信が振り返って李牧を睨み付けた。

「ばかッ、やめろ、放せっ」

情事の後の余韻に浸ることもしない信に、李牧はますます愛らしさを感じていた。

彼女を見つめているだけで胸が高鳴ったことも、傷痕の残る右の手の平が甘く疼くように痺れたのは、決して気のせいではなかった。

 

女将軍の訃報

それから一年後、秦の女将軍が討たれたという話は、瞬く間に中華全土に広まった。

その報せは当然、趙の宰相である李牧の耳にもすぐに届くことになる。

「信が…討たれた…?」

飛信軍の信が討たれたのだという事実は、俄かには信じがたいものであった。

李牧は彼女の養父である王騎の仇である。馬陽の戦いだけでなく、秦趙同盟を結んだ際に、面と向かってお前を討つと言っていた彼女が、まさか自分以外の誰かに討たれるなど思いもしなかった。

当然ながら、彼女の最期を知る者は、この趙国にはいなかった。しかし、飛信軍の女将軍を失ったことは、秦にとって深手であることだけは分かる。

いつも前線を切り開く強大な力を誇っていた彼女が亡き者になったという事実を、李牧は受け入れるまで時間が掛かっていた。

信を失ったとはいえ、すぐに体勢を立て直すだろう。いつまでも空いた穴をそのままにしておけば、容易に攻め込まれてしまう。

しかし、いかに穴を塞いだとしてもその綻びは決して埋まるものではない。

彼女という楔を失った秦を落とすのはもはや容易いことだ。李牧の頭には、既に秦の滅ぶ未来が描かれていた。

(信…)

殺意を包み隠すことも出来ない瞳が、素直で愚かな彼女に、李牧は恋い焦がれて止まなかった。

彼女の澄んだ美しい黒曜の瞳が好きだった。二つの眼球を抉り出して、手元に置いていつまでも眺めていたいと思うほどに。

あの宴の夜に肌を重ね合ってから、李牧は彼女のことをより一層手に入れたいと思うようになっていた。

やはり、妻として傍に置いておくべきだったのだと後悔した。
卑怯者だと罵られようが、それが彼女を守る方法だったのだとなぜ気づけなかったのだろう。

首は取られたのだろうか。それとも、秦で手厚く葬られたのだろうか。せめて一目だけでも、亡骸を目にしたかったが、それも叶わない。

(…あなたがいない秦に、もはやこの同盟にも、価値はありませんね)

七つの国が描かれている地図を眺めながら、李牧はやるせなさのあまり、溜息を吐き出した。

瞼の裏に、彼女と初めて出会った時の光景が浮かび上がり、傷痕の残る右の手の平が疼くように、痛みを覚えた。

 

後編はこちら

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卑怯者たちの末路(李牧×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 李牧×信/シリアス/馬陽の戦い/秦趙同盟/IF話/All rights reserved.

一部原作ネタバレあり・苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

優勢

馬陽の戦いにて、龐煖の登場により戦況は大きく覆った。

伝令からの報告によると、王騎は趙兵によって包囲されており、龐煖との一騎討ちが始まろうとしているのだという。

王騎の私怨と龐煖の武力については李牧も把握していた。もとより王騎の死を目的とした戦である。

ここで討ち取ることは叶わずとも、龐煖は確実に致命傷となる傷を刻むだろう。

龐煖の方も無傷で済むとは思っていないが、王騎が彼に私怨を抱いているように、彼にも負けられぬ理由がある。

これは長丁場になりそうだと、李牧が馬上で引き続き伝令を待っていると、すぐに新たな伝令が届いた。

決着がついたにしては早過ぎる。戦況の報告だろう。

「伝令!どうやら飛信軍が戦場から離脱を図る模様!」

馬から降りた兵が李牧たちの前で膝をつき、供手礼をして報告を告げる。

「飛信軍…」

聞き覚えのある言葉に、李牧は思わず呟いた。
王騎の養子が将を務めている軍だ。信という名であり、常に仮面で顔を隠して戦場に出ているため、女とも男とも言われている。

(なぜこの機に離脱を…)

あとは王騎の死という目的を果たすのみであったが、戦況としては趙軍の勝利に傾いていた。

王騎と同様に、厚い忠義を持っている将だと聞いていたこともあり、秦軍を見捨てたとは考えにくい。

「飛信軍の数は?」

「およそ一万かと」

一万の兵力では今の戦況は覆すことは不可能だ。戦の経験が乏しい者が考えても分かることである。

此度の総大将である王騎が信に戦場を離脱するよう命じたのならば、王騎はこの戦況を覆せないことを理解しているということになる。

一騎討ちに手出しをしないと分かっていたが、親子の情が動いたのだろうか。

養子とはいえ自分の子なのだから、情を掛けたとしてもなんらおかしいことではないし、むしろ父親として我が子を想う何よりの証言だろう。

李牧はまだ信の姿を目の当たりにしたことはないが、飛信軍の武功は既に中華全土に轟いている。

このまま放っておけば、王騎軍に引けを劣らぬ力を蓄え、確実に趙の強敵となるだろう。

「後軍が飛信軍を追撃中です」

離脱を許さずに追撃しているという伝令の報告に、李牧は思考を巡らせるために一度目を伏せた。

既に王騎軍は包囲されている。飛信軍の追撃に兵を割いたところで、龐煖と王騎の一騎討ちには何の影響も出ないはずだ。

追撃をしている後軍によって信を討ち取ることが出来ればと思うのだが、恐らく一筋縄ではいかないだろう。

養子とはいえ、王騎のもとで厳しく育てられた経験が実を結び、若い年齢ながら将軍の座に就いたことが信の強さを示している。

この戦で王騎が死ぬことになれば、飛信軍と王騎軍の残党は確実に趙への憎しみを糧に今以上の強さを得ることになる。

それは趙国を滅ぼす刃となると李牧も分かっていた。

「…いえ、無理に追撃をしなくて良いでしょう。離脱を許して構いません」

 

飛信軍の戦場離脱を許す言葉に、周りの兵たちが驚いていた。

今後の戦でも、李牧には揺るぎない勝算があった。どれだけの強さを得ることになったとしても、それを抑え込む数多くの軍略が李牧の頭脳に詰め込まれている。

伝令が再び馬を走らせたのを見送りながら、李牧は小さく息を吐いた。

もしも王騎に命じられて戦場を離脱しているのならば、飛信軍の信は今、他の誰でもない父の死を受け入れざるを得ないことと迫り来る敗北に、身も裂かれるような痛みを抱えていることだろう。

守るべき者が違うだけで、多くの命と領土を奪い合わなくてはならない。それが戦というものだ。

「?」

趙軍本陣で引き続き伝令を待っていると、僅かな地鳴りを感じ取り、李牧は弾かれたように顔を上げた。乗っている馬も何か気配を察知したのか、しきり辺りを見渡している。

動物は人間よりも嗅覚や聴覚に優れているものであり、まるで何か危険を訴えているようだった。

他の兵たちの馬も同様に嘶きを上げ、どこか落ち着かない様子を見せ始める。

(これは…)

多くの兵たちがこの場で待機しているというのに、この地鳴りは一体なんなのだろうか。
戦場に立っている時に感じる地鳴りには覚えがあった。それは大軍の移動によるものである。

伝令が一騎討ちの勝敗を告げに走って来ているとしても、たかだか馬一頭でこのような地鳴りは起こらないだろう。

「全軍!周囲を警戒せよ!」

側近のカイネも少し遅れて何かを察したようで、辺りの兵たちに大声で指示を出す。

李牧の頭には、先ほどの飛信軍が戦場離脱した報告があった。まさか一万の兵でこの本陣に迫って来るとはとても思えない。

前線に出ていた軍が戻って来たのかとも考えたが、一騎討ちが始まった伝令を受けたのはつい先ほどのことだ。まだ決着はついていないうちに撤退するとは考えにくい。

(だとすれば、一体…?)

地鳴りの正体を引き続き警戒していると、李牧は全身を何かが射抜くような、恐ろしい感覚が走った。

「!」

戦場で幾度も感じて来たその感覚の正体。それが殺意だとはっきりと思い出した時、李牧は東の崖を見上げていた。

大勢の兵の姿が見えて、李牧はすぐに敵襲だと声を上げかけたのだが、「趙」の旗が掲げられていることに気付き、言葉を飲み込んだ。

他の兵たちも崖の上にいる趙軍の姿を見つけ、戸惑ったように顔を見合わせている。
ここからの距離ではどの将が率いている軍か見分けられない。

しかし、前線から撤退して来たにせよ、なぜあの東の崖を辿って来たのかと李牧は考えた。
あの東の崖は森を抜けて来ないと辿り着かないはずだ。

なぜ我が軍が優位である今の戦況下で、まるで人目を忍ぶように・・・・・・・・森を通って来たのか。

(まさか…!)

李牧ははっとして目を見開く。

しかし、その時にはすでに東の崖から趙兵たちが迫って来るところだった。
崖を降りる勢いを崩さず、この本陣へ向かって来る趙兵たちに、何事かと本陣待機の兵たちが戸惑っていた。

先頭で馬を走らせている趙の鎧を身に纏った将が、仮面を被っていることに李牧はいち早く気付いた。

「飛信軍か!」

戦場を離脱したはずの飛信軍の本陣奇襲が始まった事実に、李牧は冷や汗を浮かべた。

 

奇襲

「敵襲!あの者たちは趙軍ではない!迎撃せよ!」

怒気と焦りが籠もった李牧の指示に、辺りの兵たちは動揺のあまり動けずにいた。

指示を出した李牧自身の動揺が伝染していくのが見て取れる。
なぜならば、こちらへ迫っている兵たちは趙の旗を掲げ、趙軍と同じ鎧を身に纏っているのだ。

戦場に転がっている屍から鎧と旗を奪い取ったのだろうか。奇襲だけでなく、趙兵に扮してやって来るとはさすがの李牧も予想外だった。

「ぎゃああッ」

後ろの方で兵の悲鳴が聞こえ、一斉に場がざわめく。何事かと李牧が顔を向けると、趙兵同士で斬り合いが始まっていた。

「お、お前、何をしてる!?」

「違う!俺じゃない!」

いきなり仲間を背後から斬りつけた兵に、周りの兵たちが混乱している。

迫り来る飛信軍の焦燥に追い打ちを掛けるように、その混乱は趙兵の中でたちまち広まっていった。

この混乱に乗じて、すでに趙兵に扮した敵が侵入して来ていたのだと気づき、李牧は奥歯を噛み締めた。

「落ち着け!飛信軍の迎撃に備えよ!」

混乱に陥っている趙兵たちにカイネが怒号を飛ばすが、敵がどこに紛れているのか分からない以上、兵たちの混乱は解けそうになかった。

(まずい!)

こちらの混乱に乗じて、飛信軍がすぐそこまで迫って来ている。

迫っている兵の数はおよそ一万。兵力差で言うならば、この本陣で待機している五万の兵で十分に対抗できるはずだった・・・・・・・・・・。対抗ではなく圧勝と言っても良かっただろう。

しかし、李牧が危機感を抱いているのは兵力差ではなく、この状況だ。

すでに趙兵たちが疑心暗鬼に陥っている状況で、さらに飛信軍が趙兵に扮して襲撃をおこなおうとしている。敵味方の区別がつかず、わずかな時間で士気は大幅に減滅していた。

いくら数で勝っているとはいえ、この士気と戦況では十分な抵抗すらできない。

(このままでは…)

一刻も早く迫り来る飛信軍を止めなければ、ますます味方同士で混乱が広がり、被害は拡大していく一方だろう。

 

李牧の予想は命中し、布陣も整えずに真っ直ぐに突っ込んで来ただけの飛信軍の一万の兵と趙の五万の兵が入り乱れることとなった。

何が起きているのか事前に把握していたはずの李牧でさえ、敵味方の見分けがつかないでいる。

(後軍の追撃は?壊滅させられたのか?)

戦場を離脱する飛信軍を追撃していた後軍の姿が見えない。

追撃は不要だと伝令を頼んだが、それはつい先ほどのことで、伝令と後軍の合流はまだ出来ていないはずだ。

一万もの飛信軍兵が鎧を奪うとすれば、戦場に転がっている屍だけで足りなかったのだろうか。もしかしたら、追撃をしていた後軍の鎧を奪ったとも考えられる。

堂々と敵兵の鎧に着替える姿を見られぬよう、あの森の中に誘い込んだとも考えられるが、どちらにせよ、この有り様では飛信軍が後軍を壊滅したことは間違いなさそうだ。

「李牧様!」

思考を巡らせていたところを、カイネの声で意識を引き戻された。

同じ鎧を着た趙兵たちが混乱している中、仮面で顔を隠した一人の兵が迷うことなく李牧のもとへと馬を走らせて向かって来ていた。

カイネがすぐに李牧を庇うように前に出て、二本の剣を構える。

(この者が、飛信軍の信…!)

仮面で顔を覆っているが、鎧で覆われた体つきは確実にだ。

性別が明らかになっていないのは、その圧倒的な強さを前に、正体を見抜いた者たちが全員生きて帰れなかった証拠である。

養子とはいえ、王騎の息子だ。天下の大将軍とまで称される彼の下で育てられた将を討ち取るのは至難の業である。

「カイネ、他の兵たちの救援を。このままでは混乱が広がる一方です」

李牧は腰元に携えていた剣を抜き、冷静に指示を出した。
この本陣を落とされるのが先か、それとも龐煖が王騎に致命傷を負わせて撤退させるのが先か。

「龐煖と王騎の一騎討ちを終えるまで、ひとまずここは耐えねばなりません」

「…わかりました。ご武運を!」

持久戦に持ち込む気なのだと主の考えを察したカイネは、混乱している兵たちの救援へと馬を走らせていく。

その姿を横目で見送り、李牧はいよいよ目前まで迫って来た信と対峙する。

「…飛信軍がこのような奇策を使うとは、初めて知りましたよ」

本陣に奇襲をかけて趙軍を混乱に陥れたことに、李牧は素直に称賛の言葉を贈った。しかし、ここで大人しく首を渡す訳にはいかない。

仮面で顔を覆われているせいで、信の表情は見えないが、はっきりとした敵意が感じられる。

しかし彼から向けられるそれは、先ほど感じた全身を射抜くような、あの凄まじい殺意ではなかった。

飛信軍が崖から降りて来る時に感じたあのはっきりとした殺気は、兵たちを先導する信から向けられていたものだと李牧は疑わなかった。

(なんだ?何か、違和感が…)

自分にあの殺意を向けていたのが本当にこの男なのだろうか・・・・・・・・・・・・と怪しんだ瞬間、全身を射抜くようなあのおぞましい感覚が李牧を包み込んだ。

 

「ぐッ!」

背後を振り向くよりも先に、李牧は馬から飛び降りていた。

地面に着地した途端、それまで自分が居た場所に剣が横一文字に振るわれたのが見え、間一髪のところで避けられたことを悟る。

馬から飛び降りたのは無意識だったとはいえ、一瞬でも遅れていたら李牧の首は繋がっていなかっただろう。

頭上から舌打ちが聞こえた。

「避けやがったか」

李牧を背後から斬りつけようと剣を振るった兵が、馬上で呟いた。趙の鎧を身に纏っているが、飛信軍の兵だろう。

信将軍に従う副官だろうか。気配を察知するのが遅れたとはいえ、かなりの腕であることが分かる。

「…!」

副官だと思われる兵が、秦の紋章が刻まれた剣を握っていることに気付き、李牧の表情が険しくなる。

仕えている国の紋章が刻まれている剣といえば、戦の褒美として授かるほど価値の高いものだ。今この場にやって来た一万もいる兵の中で、なぜこの者だけがその剣を握っているのだろう。

副官としての実績が認められた証拠なのかもしれないが、それほどの実力がある者が副官で留まっているはずがない。

「お前が裏で手を引いていた軍師だよな?李牧って言ったか?」

馬上から、その兵が剣の切先を李牧に突きつける。その兵の声には聞き覚えがあった。

「…なぜ伝令役など危険な真似を?気づかれれば、命はなかったはずですよ」

その兵は、李牧に飛信軍の戦場離脱を伝えた伝令役・・・だった。まさかすでにこの本陣に侵入されていたとは思わなかった。

剣を下ろしたその兵は、肩を竦めるようにして笑った。

「ああ。気づかれなかったから、お陰で無事だったぜ?」

こちらを挑発するように笑ったその兵が女だ・・と気づいたのもその時で、李牧は表情に出さずに動揺する。

恐らく、迫り来る飛信軍の迎撃から気を逸らすために、趙兵を斬り捨て、この本陣を混乱に陥れたのも彼女だろう。伝令役を演じておきながら、ずっとこの機を傍で見計らっていたに違いない。

(これは奇襲以上に予想外でした)

李牧は唇をきつく引き結ぶ。こちらが優勢だったことに対する油断を突かれたのだと認めざるを得なかった。

「あんまりもたもたしてっと父さんに叱られるから、とっとと終わらせるぞ」

女兵が顎で何かを合図すると、李牧の背後に立っていた信将軍が仮面を投げ捨て、すぐに馬を走らせていった。

無言の指示に従ったことから、立場は彼女の方が上であることは明らかである。この女兵は副官ではなかったのだ。

秦の紋章が刻まれた剣を彼女が所持していることが、彼女が副官でない理由・・・・・・・だと気づき、李牧の心臓がますます早鐘を打つ。

「…あなたが、信将軍だったのですね」

「そうだ。死ぬ前に気づけて良かったな?」

初対面にしてはこれ以上ない険悪な雰囲気で、お互いに名乗り合うつもりはなかった。

先ほどの背後からの一撃を回避出来なければ、信の正体を知ることもないまま息絶えていたに違いない。

まさか将軍自らが、敵兵に扮して本陣に潜入するという大胆な奇策。そして見事それを成し遂げたことに、信は相当、頭が切れる女であることが分かった。

「………」

殺気は向けられていたが、今すぐに襲い掛かる様子は見られない。素顔と正体を知られ、今さら仮面で顔を隠すこともしないようだ。

李牧は手綱を手繰り寄せ、再び馬に跨る。馬上で睨み合いながら、静かに口を開いた。

「王騎に命じられて来たのですか?ここ敵本陣にいる軍師を討てと」

「いや?」

意外にも信は首を横に振ったので、李牧は瞠目した。

「別の軍師がいるっていうのは、目星をつけてたみたいだけどな?ちょうど手持ち無沙汰だったんで、俺が代わりに確認しに来てやったんだよ」

王騎と龐煖の一騎討ちを邪魔しない代わりに、思いつきでやって来たのだと彼女は言った。随分と余裕な態度だ。

こちらは突然の奇襲と、女だったという正体に大いに驚かされたというのに、そんな笑顔を見せつけられると、こちらまでつられて笑ってしまう。

 

奇襲 その二

「………」

信に意識を向けつつ、辺りの様子を伺った。

同じ鎧を着ている者同士が戦っており、仲間討ちのような戦況になっている。

趙軍の兵たちも迎撃しなくてはという意志があるのだが、果たして目の前にいるのは本当に自分たちの仲間ではないのかと躊躇いがあるようで、飛信軍の兵たちに次々と倒されていく。

五万もいる趙兵たちが、たった一万の兵たちに次々と打ち倒されていった。飛信軍のその強さは今まさに李牧の目の前で証明されていた。

もしも飛信軍が秦兵の鎧のままだったのならば、数で圧倒しているこちらが優位のままだっただろう。

しかし、このような奇策を用いて本陣を襲撃するとは、ましてや普段は前線で活躍している飛信軍が敵兵に扮するとは、さすがの李牧も予想出来なかったのである。

「王騎将軍が龐煖を討つのが先か、俺がお前を討つのが先か、どっちだろうな」

剣を握り直しながら、信がからかうように笑った。

趙軍の優勢に傾いていた戦況を、諸刃の剣で逆転させようというのか。
いや、彼女の言葉を聞く限り、負けるつもりはないのだと言っているのだろう。

「…残念ながら、そうやすやすと討たれる訳にはいきません。私を討ち取るのは至難の業ですよ」

「本陣への潜入は余裕だったけどな?」

それは伝令に扮していたからこそだろう。小生意気なことを言うと李牧は苦笑を深めた。

しかし、もう李牧は動揺することはない。

受けた奇襲と、信が女であったことを知り、既に激しく動揺していたのだ。これ以上の動揺があるとすれば、龐煖が王騎に討たれることくらいだろう。

しかし、それは絶対にあり得ないことだと、李牧は確信していた。

「…余裕そうだな?」

「ええ、無駄口を叩けるくらいには余裕かもしれません」

穏やかな声色で返すと、信が僅かに目を細めた。どうやら癪に障ったらしい。頭が切れる割には、簡単に感情を表に出す女だ。

こちらはすでに冷静さを取り戻している。本来の目的を忘れてはならないと李牧は自分に言い聞かせた。

この戦の目的は王騎の死であって、自分の首を差し出すことではなかった。目的を成すためには、この奇襲に耐えねばならない。

戦が始まる前に念入りに描いた軍略通りに進んでいるのならば、もう少しでその目的は果たせる。

自然と李牧の唇には笑みが浮かんでいた。それがますます気に食わないのか信の顔に怒気が浮かんでいく。

先ほどの挑発を返すように、李牧が口を開いた。

「…あえて言うならば、これは余裕でも無駄口でもなく…時間稼ぎ・・・・というやつでしょうか」

「なに?」

信がその言葉の意味を理解するよりも早く、伝令役の兵が馬を走らせて来た。

「伝令ーッ!龐煖様が、秦の王騎を討ち取ったとのこと!」

大混乱の中、その伝令の声は李牧と信の耳にはっきりと届いた。弾かれたように信が伝令役の方を見る。

 

「父さんッ…!?」

それまで浮かべていた怒気が消え去り、信じられないといった驚愕の表情にすり替わっている。

彼女の顔を見て、李牧の胸に何か言葉に言い表せぬ感覚が走った。

気づけば李牧は馬上から腕を伸ばし、彼女の手を掴んでいた。驚愕の表情が濃くなり、何をするんだと視線を向けられる。

李牧は近くで信の顔をまじまじと見つめ、二度とその顔を忘れまいと網膜に焼き付けた。

「放せッ!」

信が反対の手に握っている剣を振り上げたのを見て、李牧はすぐに手を放す。

咄嗟に身を引いたが、鋭い切っ先が、李牧の手の平を傷つけた。きっと信は腕を切り落とすつもりで剣を振るったに違いない。

「絶対に殺してやる…!」

刃のように冷たい瞳を向けられて、李牧は目を細める。先ほどまで余裕ぶっていた彼女が素の表情を出したのだと思うと、胸に喜悦が走った。

感情を表に出しやすい女だとは思ったが、冷静な判断は出来るようで、信は李牧に斬り掛かることはしなかった。

「全軍撤退だッ!急いで戻るぞッ!」

手綱を引いて馬の横腹を蹴りつけ、信は馬を走らせていった。彼女の指示に従い、趙兵に扮していた飛信軍が撤退を開始する。

隙だらけの背中を李牧に見せていたが、李牧はその背中を斬りつけるような真似はしなかった。

「…また会いましょう、信」

遠ざかっていく彼女の姿を見つめながら、李牧は血を流している手の平の痛みを、疼きのようにも感じていた。

 

秦趙同盟が結ばれた後に開かれた宴の席で、李牧は大いにもてなしを受けていた。

振る舞われた酒と食事を口に運ぶが、どうにも味を感じない。

六大将軍であった王騎を討つ軍略を企てた軍師として、一部の者たちからは殺意交じりの視線を向けられているせいだろう。無意識のうちに身体が警戒していた。

しかし、同盟を成した後では誰も李牧の首を取ることは叶わない。

主の仇と取ろうと意固地になる兵もいるだろうが、とりあえず人目のある宴の場では安全は保証されそうだ。

顔にはいつものように笑みを繕っていたが、このように少しも楽しめない宴の席は初めてだった。

元々賑やかな席を得意としない李牧であったが、二国を結ぶ同盟の宴ともなれば宰相である自分が参加しない訳にもいかない。

悼襄王の寵愛を受ける春平君と趙からの使者である自分たちの首を守る代わりに、韓皋の城を失うことになった。

築城中であったものの、防衛に優れた城を失うことは痛手ではあったが、命には代えられない。

向かいの席に座る呂不韋といえば、この不穏な空気を他人事のように振る舞っている。妓女たちを両脇に侍らせて酒を煽っている彼の姿に苦笑を浮かべつつ、李牧はさり気なく宴の席を見渡した。

(あれは…)

奥の席に秦王の姿を見つけた。呂不韋との交渉の場では玉座に腰掛けたまま口を出さなかった嬴政という名の秦王は、意志の強い目をしている青年だった。

従者たちと何かを話している。
この距離からでは何を話しているのかは聞き取れないが、どうやら宴の席からそろそろ退こうとしているようだ。

 

「…?」

秦王の傍らに、赤色の着物を着た女性が座っており、仲睦まじく話をしている。正室だろうか。

まさかこのような宴の場に王女が参加するとは思わず、李牧は興味本位でその女性の姿を目で追っていた。

「おや?宰相殿、気になるお相手でも見つけましたかな?」

酒で酔っているのだろう、ほんのりと顔を赤くさせている呂不韋が李牧の視線に気づいたようだった。

「ああ、いえ…」

李牧の視線を追い掛けた呂不韋が、嬴政と共にいる赤い着物の女性に気付き、納得するように大きく頷いていた。

「これは宰相殿もお目が高い」

まるで良い品物に目をつけたとでも言うような口ぶりで、呂不韋が顎髭を撫でつけた。

「まさか王女までもがこの宴に来て下さるとは、大いに歓迎をしてくださるようで何よりです」

李牧がそう言うと、呂不韋は顔の半分が口になってしまうほど大口を開けて笑い出した。

おかしなことを言っただろうかと李牧が小首を傾げていると、ようやく笑いが落ち着いたらしい呂不韋が息を吐く。

「あの者は王女などではない」

「え?」

「元下僕ながら今や将軍の座に就いている、今は着飾ってマシな見目をしているものの、普段は色気の欠片もない女ですぞ」

元下僕から将軍にまで上り詰めた女といえば、秦国には一人しかいない。

「…彼女が、信将軍ですか?」

馬陽の戦いで、網膜に焼き付けた彼女の姿を思い返し、李牧の心臓が早鐘を打ち始めた。右の手の平がじんと疼く。

あの時、彼女によってつけられた傷はもう癒えているものの、痕を残している。それはまるで李牧が信への興味が尽きていない証のようにも思えた。

「ええ、そうです」

李牧が信の名を口に出すとは思わなかったのだろう、呂不韋は少し驚いたように目を丸めてから頷く。

あの時に見た顔は忘れないと心に決めたはずだったのだが、今は鎧ではなく、美しい身なりを整えているせいで、彼女が信だとすぐに気づけなかった。

呂不韋が嬴政と楽しそうに話を続けている彼女に視線を向けてから、静かに李牧を見据え、今度は薄く笑んだ。

何か含みのある笑いに、李牧の胸に嫌なものが広がる。
その顔は先ほどの交渉の場で見せた、呂不韋の元商人としての顔だと気づいた。

もう韓皋の城も渡すと決めたのだから、これ以上は何も渡すことは出来ないと釘を刺そうとしたのだが、呂不韋が言葉に出したのは予想もしていなかった言葉だった。

「あの者は養父のこともあって、随分と宰相殿のことを恨んでおるようだが…此度の秦趙同盟をより強固にするために、趙に嫁がせてはいかがかな?宰相殿がお相手ならば、誰も文句は言うまいて」

仮にも敵地であるこの場所で、信を嫁にもらってくれと言われると思わず、李牧は瞠目した。隣でカイネが何を言っているんだと目を剥いて呂不韋を睨み付けている。

「御冗談を」

軽くあしらい、李牧は酒を口に運ぶ。

秦趙同盟を結ぶ際の、呂不韋の交渉術を身を持って知った李牧は、彼の進度に合わせれば、全てを持っていかれるのだと学習していた。

しかし、呂不韋の厄介なところは、提示した条件を確実に呑ませるために、相手を自分の進度に巻き込もうとするところだ。

自分が優位に立ち、最大の利益を得るために、彼は使えるものはなんだって使う強欲さに満ちていた。

命を奪われるのは免れたとはいえ、今回の交渉の場は、もともと呂不韋が用意したものである。

春平君を人質に取ることで悼襄王と宰相を動かせると読んだ呂不韋が、軍師としての才能を開花しなくて良かったと李牧は人知れず安堵する。

「冗談なものか。あの娘が宰相殿のお眼鏡にかなったとあらば、この機を逃すのは勿体ない」

それはつまり、長い目で見た時に、呂不韋に利をもたらすということだろう。

元下僕という立場である信が、王家という名家に入ることが出来たのは、養父である王騎がいたからこそである。

しかし、王騎がいない今、信には後ろ盾がないはずだ。

名家というものは、やたらと血筋を重視する存在であると李牧も分かっていた。

王家の者たちからしてみれば、信の存在は煙たがられているに違いない。それが秦国に欠かせない強大な将軍であったとしてもだ。

元下僕の立場で由緒ある名家の養子となった話が大いに広まったのも、前例がない異例中の異例の出来事だからである。

信が将としての才を開花させたからこそ、誰も口を出せずにいるのだろう。
ゆえに、彼女を王家から追放できるのならば、理由は何だって良いのかもしれない。仇同然の男に嫁ぐことになったとしてもだ。

王家との繋がりがない呂不韋が、李牧に信との婚姻を提案して来たということは、味方であろうと使えるものは何だって利用しようと考えている証拠である。

後ろ盾もない彼女が王家から守られることはないだろうし、将軍とはいえ、信は丞相の命令に逆らえる立場ではない。

つまり、呂不韋が命じれば、あとは李牧の承諾次第で、彼女は趙に嫁ぐしかなくなるのだ。

 

「………」

李牧は口元に笑みを繕うばかりで、答えるようとはしなかった。

あえて何も答えずにいるというのに、それを承諾の返事と勘違いしたのか呂不韋が、満面の笑みを浮かべて立ち上がる。

「何も難しいことはない。ここはお任せあれ」

「え?」

まさか本当に婚姻の話を進めるつもりなのかと、李牧の瞳に動揺の色が浮かぶ。

引き留めるよりも先に、呂不韋が席から離れていってしまったので、残された李牧は呆気に取られていた。

信のところに向かったのかと、秦王がいた方に目を向けたが、嬴政と信の姿はもうそこにはなかった。

「全く、無礼な…!」

隣でずっと呂不韋と李牧の話を聞いていたカイネが顔を真っ赤にして目をつり上げていた。

彼女が自分の代わりに怒りを露わにしてくれることで、李牧は何だか救われた気持ちになる。

「お酒が入って気分が良くなっているのでしょう。そう気にすることはありません」

もしも信との婚姻の話を進められたとしても、自分さえ断れば丸く済むと李牧は考えていた。

自分に嫁がせれば、秦の強大な戦力である信を戦から遠ざけることが出来る。
今後、秦と戦をすることがあれば優位に事を運ぶことが出来る利点があるのは李牧も十分に分かっていた。

しかし、それは姑息で卑怯な方法だ。

手に入れるのならば、呂不韋の手を借りるのではなく、自らの手で掴み取りたいと李牧は考えた。

右の手の平が引きつるような、疼くような痛みを覚え、李牧は視線を向ける。

この傷跡を見る度に、李牧はあの日の光景を、まるで昨日のことのように思い出せた。

殺意の眼差し、怒気を含んだ声、悔しそうな表情。あの瞬間、間違いなく彼女の全ては自分だけに向けられていると感じた。

その事実に、李牧は陶酔感のようなものを覚えていた。それが恋心だと知るのは、もっと先の未来である。

 

宴の夜

その後、李牧は侍女によって客間へと通された。

宮廷の一室とはいえ、幾つもの間を通ったところにその部屋は用意されているらしい。他の家臣たちとは違う待遇に、油断は出来ないと思った。

別部屋に案内された家臣たちの耳に、自分の声が届かない部屋に案内されるということは、夜間の奇襲の可能性を示しているからだ。

武器の所持は許されていたが、複数で押し掛けられれば、いくら李牧とはいえ無傷で生還することは出来ないだろう。

「こちらのお部屋をお使いください」

侍女が深々と頭を下げ、今来た道を戻っていく。

彼女の姿が見えなくなってから、李牧は持っていた剣を鞘から抜いた。扉を開けた途端に、待ち構えている伏兵たちによって襲われる可能性を考えてのことだった。

宴の席で酒に毒でも盛られていたのなら、安易にこの命は奪われていたに違いない。

呂不韋はとことん信用出来ない男だ。此度の交渉でそれがよく分かった。
宴の席で油断させておいて、気を抜けたところを討ち取るように指示を出しているかもしれない。

自分はともかく、カイネたちは無事だろうかと心配になる。

この部屋の向こうにいる兵たちを一掃し、首謀者と企みを吐かせなくてはと、意を決した李牧は躊躇うことなく扉を開けた。

剣を構えて室内を見渡したが、中に自分を待ち構えている兵たちはいなかった。

代わりに、天蓋つきの寝台の上で一人の女が寝そべっており、李牧の存在に気付くと気怠そうに身を起こした。

「やっと来たのか。寝るとこだった」

その女が信だと気づいた李牧は、予想外の展開にしばらく言葉を失っていた。

 

剣を構えている李牧の姿を見ても、彼女は動揺する素振りを見せない。李牧がこの部屋を訪れることを分かっていたからだろう。

「…なぜ、あなたがここに?」

剣の切先を信に向けたまま尋ねた。

周囲への警戒も怠らなかった。何故なら彼女に意識を向けているうちに、背中を斬られてしまうかもしれないからだ。

馬陽の戦いでは彼女が背中を斬りつける役ではあったが、今度は飛信軍の副官や兵がその役目を担っているかもしれない。

李牧があからさまに警戒している姿を見て、信は肩を竦めるようにして笑った。

「安心しろ。伏兵もいないし、武器も持ってねえよ」

寝台に腰掛けたまま両手を上げたが、李牧は信用しなかった。

美しい装飾が施された帯の中や、赤い着物の袖の中に短剣の一本くらいは隠してそうだ。
李牧が怪しんでいることに気付いたのか、信は気怠げに立ち上がる。

迷うことなく彼女は自ら帯を外し、表着を脱いで床に落とす。スカートの紐も解くと、彼女の身体の線に沿って布が落ちていった。

赤い着物が信の足下に落ち、まるで床に赤い血溜まりが出来たように見えた。
恥じらいも躊躇いもなく、一糸纏わぬ姿になった信が静かに李牧を見据える。

「何の真似ですか」

自ら武器の類を持っていないことを証明した行動に、李牧は何の目的があるのか分からず、眉根を寄せた。

「呂不韋の野郎に、お前と寝ろって言われた」

「は?」

まさかここで呂不韋の名前を聞くことになるとは思わず、李牧は瞠目する。

先ほどの宴の席で、信との婚姻についての話を進めておくと言っていたが、まさか彼女にその話を通したのだろうか。

だとすれば、李牧は信の行動がますます理解出来なかった。

敵軍の軍師、ましてや養父の仇に等しい男に嫁ぐなど、彼女が絶対に受け入れることはないと思っていた。

易々と身を差し出すような行動に、寝首を掻きに来たのかという結論に辿り着く。

武器がないことを自ら証明していたが、隠そうと思えば着物の中だけではなく、寝具や家具の隙間にだって隠せるだろう。

あくまで自分を油断させる策なのだと考え、李牧は警戒を解かずに信を見据えていた。

傷だらけではあるが、若さを主張する艶のある肌と、無駄な肉などない引き締まった身体、しかし女性にしかない胸の膨らみは申し分がない大きさだ。

男ならば、この体を前にして生唾を飲み込むだろう。しかし、今の李牧は違った。

決して信に女としての魅力を感じない訳でも、李牧が一人の男として、彼女の身体を好きにしてしまいたいという欲求を感じない訳でもない。

信の意志ではなく、これが呂不韋の命令だということが気がかりだった。
彼女の誘いに応じることは、彼の策略通りに事が進み、自分の命を差し出すのと同等の行為である。

「………」

李牧が一向に手を出そうとしないので、信は床に落ちていた表着だけを身体に羽織った。

それから彼女は李牧の脇をすり抜ける。部屋を出ていくのかと思ったが、彼女は内側から扉に閂を嵌め込んで、外部からの侵入を防ぐために鍵を掛けている。これで密室が出来上がった。

自分と信以外の誰かがいる気配は感じられない。この密室で自分を殺そうとする者がいるのなら、それは間違いなく信だけである。

どこに武器を隠しているのか、どのような手法で自分を殺そうとしているのかと李牧が考えていると、信は再び寝台に戻って腰を下ろしていた。

「…奇襲はされない。けど、外に聞き役がいる」

扉越しに李牧の死を確認する者がいるというのか。彼女の言い草から、聞き役というのは、恐らく呂不韋が差し向けた者だろうと考えた。

呂不韋の命令にせよ、信が自分を殺そうとしているに違いないと眉根を寄せると、彼女は腕を組んで溜息を吐いた。

念のため、李牧は彼女の問い掛けた。

「私を殺すつもりは?」

「同盟が続く限り、ない」

即答した信に、李牧はようやく剣を鞘にしまった。

 

「それどころか…お前と寝ないと、俺のとこの軍師と副官たちの首が飛ぶ」

渋々と言った様子で話し始める彼女の瞳に憤怒の色が浮かんでいたのを、李牧は見逃さなかった。

「…すべて、呂不韋からの命令なのですね」

「ああ」

苛立ちに声を低くしている信の顔に、暗い影が差していた。

ここに来たのは信の意志ではなく、呂不韋の命令だったのだ。人質まで取られたことから、信も従わざるを得なかったのだろう。

「お前があいつと何を話したのかは知らねえけど、あいつは俺を政から遠ざけようとしてんだよ」

「政…秦王のことですか」

そうだ、と信が頷く。

宴で仲睦まじい姿を見せていたことから、きっと秦王と信は親しい関係なのだろう。

交渉の場で感じた呂不韋の強欲さから、彼が丞相という座だけに収まっているとは思えなかった。

まさかあの男の強欲さは秦王の座にまで向けられているのだろうか。

飛信軍の軍師と副官を人質にとるくらいなのだから、秦王と親しい信を趙へ嫁がせようとするのは、呂不韋が秦王の座を狙っていることと関係しているのかもしれない。

 

夜伽

「…お互い、あの男にしてやられたというわけですね」

「そうなるな。同情するぜ」

まさかこんなところで信との共通点を見出すとは思わなかった。

李牧は鞘にしまった剣を机に置くと、寝台へと向かう。隣に腰を下ろすと、信はちらりと視線を送って来たが、それ以上は何も言わなかった。

人質に取られている軍師と副官の命を助け出すためには、李牧に抱かれるしかない。かと言って、強引に行為を迫ることもしなかった。

きっと彼女の中では、王騎の仇である男に抱かれなくてはいけないという葛藤があるはずだ。

「どうしますか?」

李牧はあえて信に問い掛けた。

呂不韋の企みに乗ってやるのは正直気が引けるし、飛信軍の軍師と副官の命など、李牧が心配する立場はない。

冷静に物事を見返すと、天秤に掛けられているのは信の仲間の命だけであって、こちらの損失は何もないのだ。

呂不韋が自分と信の存在を邪魔に思っているのは間違いないだろう。しかし、ここで夜襲をかけないということは、韓皋の城を明け渡すと決めた以上、少なくとも自分の命は保証されるはずだ。

 

李牧は静かに口を開いた。

「人質の件は同情します。しかし、相手が敵国の宰相である以上、あなたにも断る権利があるはずだ」

「………」

下唇をきゅっと噛み締めたのを見る限り、信は未だ選択を決め兼ねているように思える。

大切な仲間たちの命が掛かっているとはいえ、相手が悪かった。養父の仇である男に抱かれるなど、この上ない屈辱のはずだ。

この女を抱くかどうかなど、李牧にとってはどちらでも良かった。

女に不便をしている訳でもないし、自分に損失のない以上、気分で選択をしても構わない。

どうしてもと信に懇願されるのならば抱いても良いと思えたのだが、無理強いを迫るほど余裕のない男だと思われるのも、その様子を呂不韋に報告されるのも癪だった。

「…はあー…」

やがて、信が長い溜息を吐いた。

ようやく決断したのだろうかと彼女の顔を見ると、目が合った。

「…俺が殺すのを躊躇うくらい、善がらせてみせろよ」

その瞳の色に浮かんでいるのが諦めだと分かり、李牧は唇に苦笑を滲ませる。

隣に座っている信の身体を押し倒すと、寝台が軋む音が響いた。

「ええ、善処しますよ」

李牧の言葉に、信がゆっくりと目を伏せた。

 

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