昌平君の駒犬(昌平君×信)後日編②

  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/特殊設定/媚薬/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は本編の後日編です。

 

主の失態

(…やられた)

屋敷へと帰る馬車の中で、昌平君が吐いた溜息は深かった。
今日も今日とて呂不韋の外交・・・・・・に同席させられたのだが、まさか酒に薬を盛られるとは思わなかった。

呂不韋だけが楽しめばいいものを、なぜ毎度自分を巻き込むのだろうか。女付き合いに一切興味のない昌平君を、呂不韋は定期的に妓楼に連れていく。

妓楼の女性たちは強い香を焚きつけた着物を身に纏い、髪に艶を出すために桂花や茉莉花といった花の香油を塗っている者がほとんどだ。

さらには、肌を白く見せるために叩くおしろいにも、原料となる鉛白の独特な匂いが混じっている。

ただでさえ強い酒の匂いが堪えるというのに、妓女の人数が増えるごとにさまざまな香りが入り交じり、気分を悪くするのがいつもの決まり事だった。

そんなさまざまな香りを漂わせる妓女たちをいつも周りに侍らせるだけでなく、その肩を抱いたり、膝に頭を乗せたり、抱き締める呂不韋は、もしかしたらとうの昔から鼻が利かなくなっているのではないだろうか。

昌平君はもともとこういった店に興味はなく、女の一夜を買うつもりなどないのだが、呂不韋は大の女好きであり、こういう場には頻繁に足を運ぶのである。

昌平君がこういった華やかな場を苦手としていることは、呂不韋はよくわかっているはずだ。
一人で楽しめばいいものを、自分を誘うのは嫌がらせとしか思えない。断れば後々面倒なことになる。

何度か理由をつけて断っていると、有無を言わさず女の一夜を買わされそうになったことは、不快な記憶として刻まれている。被害を最小限に留めるためには、大人しく付き合うしかないのだ。

妓楼に連れて来られた昌平君の過ごし方といえば、呂不韋が妓女たちと談笑している傍で、静かに酒を飲むだけだった。

もちろん傍についた妓女が酒を注いでくれるのだが、会話らしい会話は一切ない。昌平君の周囲だけが切り取られた空間にいるかのように無音だった。

昌平君が右丞相であり、軍の総司令官という高貴な立場であることは妓女たちも分かっており、さまざまな話題を振ってくれるものの、赤の他人に宮廷や執務に関しての情報を洩らす訳にはいかず、答える気はないことと態度で示してしまう。

…となれば、妓女が振ってくる話題も限られてくる。
当たり障りのない世間話にはもともと興味がないし、時間の無駄でしかない。妓女たちと会話が発展することは一度もなかった。

隣では呂不韋と妓女たちの談笑が盛り上がっていき、やがていつものように部屋を移動する。彼は商人から今の立場まで実力で昇格するほど優れた頭脳を持っているくせに、酔いが回ると、女の温もりを欲するらしい。

呂不韋が妓女と席を立てば、ここに留まる理由はもうないと、昌平君も遠慮なく帰宅出来るのだが、今回は普段と違う点があった。

 

 

いつもは隣についた妓女が酒を注いでくれるのだが、なぜか今日は呂不韋が酒を注いだのである。

普段は自分のことなど忘れたように、妓女たちと楽しく談笑しているはずの彼が、自ら酒を注いでくれたことに、昌平君は違和感を覚えた。

何か企んでいるようだと警戒したものの、昌平君は疑うことなくその酒を飲み干してしまった。

酒を飲んだあと、呂不韋は普段通り妓女たちと談笑していたものの、時々こちらを振り返っては体調に変化はないか尋ねて来るので、昌平君は違和感を確信に切り替えた。

ここ最近は呂不韋からの誘いを断っていなかったのだが、一向に妓女と盛り上がらないでいる自分に妙な気遣い・・・・・を起こしたのかもしれない。

このままでは、呂不韋の未だ明らかになっていない企み通りに事が進んでしまうと危惧した。

国政に関しての重要な執務があることを思い出したと切り出し、昌平君は呂不韋が呼び止めて来るのも無視して、早急に妓楼を後にしたのである。

この時すでに体に異変が起き始めていた。脈は早まり、酒の酔いとは違う、内側からじわじわと燻されるような火照り感があった。盛られたのは媚薬の類だろう。

妓楼についてから口にしたものといえば酒だけだ。そして普段と違うことがあるとしたら、呂不韋が酒を注いでくれたことだけである。

きっといつも通り酒を飲むだけの自分に、妓女の一夜を買わせようと呂不韋が酒に薬を仕組んだに違いなかった。

酒瓶を運んで来たのは、呂不韋と面識のない禿かむろ ※見習い芸妓であったことから、疑いなく飲んでしまったことが悔やまれる。

もしかしたら酒ではなく、酒を注いだ杯の方に細工をしていたのかもしれないが、どちらにせよ、気づかなかった自分の失態である。

 

 

呂不韋から逃げ切ったところで、口の中に指を突っ込んでみたものの、すでに症状が出始めていることから、酒と薬が体に吸収されてしまっていたようだ。吐き出しても効果は見られなかった。

吐き出しても効果がないのなら、大量に水を飲んでさっさと排泄するしかない。

待たせていた馬車に乗り込み、竹筒の水を飲み干すものの、移動中の馬車に備えてある水はこれだけだった。屋敷に到着するまでまだ時間はかかるし、そうなれば媚薬は完全に吸収されてしまうだろう。

呂不韋の企みを阻止できなかったことは腹立たしいが、今さら後悔したところでもう遅い。御者に急ぐよう指示を出し、昌平君は屋敷に戻ってからのことを考えた。

このまま帰宅すれば、確実に自分の駒犬である信を襲ってしまうと断言出来た。

屋敷に帰るのは遅い時刻になることは分かっていたので、先に眠っていろと伝えたが、従順なあの子は眠らずに待っていることだろう。
どれだけ眠くても、主が床に就くまで眠ることを駒犬自身が許さないのだ。

目を擦って、自分の帰りを待っている健気な姿を思い浮かべるだけで、昌平君はますます息を荒げた。

性欲に逆らえなかったという理由で、大切な駒犬に無理強いをさせるなど、飼い主失格だ。ならば性欲に打ち勝てば良いだけの話なのだが、一体どこで手に入れたのか、呂不韋が飲ませた媚薬はかなり強力なものだった。

「くそ…」

酒と共に飲まされたことで、早く効果が現れたのだろう。すでに昌平君の男根は着物の下で窮屈になっている。

時間が経てば薬も抜けるに違いないが、性欲は昂る一方だった。主からお預けを食らったときと同じく、どうしようもなくもどかしい。

「っ…」

拳を握って強く目を瞑り、なんとか性欲から意識を逸らそうと試みるものの、瞼の裏に浮かび上がるのは、やはり信の姿だった。

 

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主の失態 その二

「…!」

遠くから馬の蹄の音を聞きつけた信は、急いで屋敷の正門まで走り、馬車の姿を探した。

それまではほどよい疲労感・・・・・・・と眠気に襲われて、重い瞼を持ち上げるのがやっとだったのだが、主が帰って来る気配を嗅ぎつけただけで眠気は吹き飛んでしまう。

呂不韋の外交(という名の妓楼での接待)は夜遅くまでかかるのだが、いつもよりも早い時間帯だったので、もしかしたら昌平君ではないかもしれないと不安を覚えたものの、物凄い勢いでこちらに向かって来る馬車は間違いなく昌平君が乗っているものだった。

二頭の馬に鞭を振るう御者の手つきを見て、よほど焦っていることが分かる。何かあったのだろうか。
馬車が正門の前で止まると、御者がすぐに屋形の扉を開けた。

「…?」

普段なら颯爽と降りて来るはずの主が出て来ないので、信は思わず眉根を寄せる。
気になって中を覗き込むと、昌平君は椅子に腰かけたまま、前屈みになって荒い息を吐いていた。

「!」

呂不韋の外交からこんなに早く帰宅したことは初めてだったのだが、もしかしたら体調が優れずに早急に帰宅したのかもしれない。

信はすぐに中に入り込み、昌平君の腕を自分の肩に回して何とか立ち上がらせた。

「…信、放せ」

荒い息を吐きながら、昌平君が信の体を押しのけようとする。
苦しそうにしているものの、意識があることに安堵しながら、信は主の言葉を聞き入れずに馬車を降りる。

許可を得ていない勝手な行動だという自覚はあったものの、こんなに苦しそうにしている主を前にして、命令を待つ訳にはいかない。罰なら後でいくらでも受けるつもりだった。

いつも送迎をする御者も、信が昌平君の命令がない限り、言葉を発せないことは分かっているので、すぐに家臣たちに声を掛けに屋敷へと駆け出した。

寝室へ続く廊下を歩きながら、信はわざと大きな足音を立て、壁を何度も叩いた。

それは主の命令がなければ言葉を発せない信の合図であり、長年連れ添っている家臣たちもその合図を聞きつけて次々とやって来る。

火照った顔と荒い呼吸を繰り返している当主の異変に気付き、家臣たちがあたふたと侍医の手配をしたり、刺客に襲われたのかと不安を露わにしていた。

…もちろん強力な媚薬を飲まされて悶々としているだけなのだが、それを知っているのは昌平君本人だけで、信を含め、家臣たちは当主の危機だと疑わなかった。

 

 

(まずいことになった)

膨れ上がる性欲に苦悶しているのは事実だが、家臣たちの慌てぶりを見て、思ったよりも大事になっていることに昌平君は危機感を抱いた。

あれよあれよという間に侍医の手配までしてくれたようだが、媚薬の効果を打ち消す薬などあるはずがない。これは自分との長い戦いであると昌平君は眉根を寄せた。

「…大事ない」

寝室に運び込まれたあと、家臣たちを安心させる言葉をかけてみるものの、誰一人として聞き入れてくれない。

普段は自分の顔を見れば考えていることを読み込んでくれる信さえも、一体何を言っているのだと疑惑の眼差しを向けており、少しも信じてくれそうになかった。

たしかに、こんな真っ赤な顔をして、荒い息を吐きながら「何ともない」と言っても説得力は皆無だ。頭では理解しているものの、他に伝える術がなかった。
…布団を被せられたおかげで、下半身の主張には誰も気づいていないのは幸いであった。

「酒に酔っただけだ。一晩眠れば治るだろう」

苦し紛れの言い訳だと自覚はあったが、酒を飲まされたのは事実だ。

しかし、呂不韋に妓楼へ連れて行かれたことは家臣たちも知っているので、酒に酔ったという当主の言葉を聞き、誰もが腑に落ちたような表情を浮かべる。

昌平君は飲酒を習慣にしていないものの、酒豪である旧友との定期的な付き合いがあるせいか、それなりに酒は強い方であり、酔い潰れることは滅多にない。

もともと華やかな宴の場を得意としないし、右丞相と軍の総司令という立場であることから早急に指示を仰がれることもあるため、軽い酔いを感じた頃に飲酒を中断するようにしている。

しかし、誘いを断れない呂不韋によって、普段よりも多く無理やり飲まされたのだろうと家臣たちは勝手に納得し、同情までしてくれた。

…自分のことを健気に心配してくれる家臣たちに少々罪悪感を覚えるが、事実を打ち明けたところで困惑させるだけだろう。

侍医は昌平君の触脈を行い、脈が速まっていることを指摘し、他の症状はないか問診する。頭痛や胸の痛みはないことを知って、命に別状はないと判断したらしい。

昌平君の主訴通りに酒の酔いだろうと誤診してくれたおかげで、下半身に起こっている異常については気づかれずに済んだ。

酔いを早く覚ますには、ひたすら水を飲んで排泄を促すしかないと、侍医は酔い覚ましの煎じ薬と大量の水を用意してくれた。

「心配するな。なにかあれば信を遣わせる」

家臣たちはいつ何時も主の傍から離れない駒犬の忠誠心を信頼しているので、昌平君の言葉を聞いて、ようやく部屋を出て行ってくれた。

 

 

主の失態 その三

「………」

家臣たちが部屋を出て行ってから、信は寝台に横たわっている昌平君に近づくと、首筋にあたりまで顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らした。

酒に酔ったと言ったくせに、主の体から酒の匂いをあまり感じられなかったので、本当に酔っているのか疑っているのだろう。

酒を飲んだのは事実だが、量としては呂不韋に注がれた一杯だけだ。昌平君から酒の匂いがしないのも当然だろう。

信は医学に携わっていないものの、主以外の人間を見分けられない目を補っているのか(昌平君以外の人間は顔に靄が掛かって見えるらしい)、観察眼ならぬ観察鼻を持ち合わせている。

「……、…」

信が顔をしかめる。疑惑の眼差しが強まったのは、昌平君の嘘を見抜いたことを物語っていた。

心配しているというよりは、不快感を露わにしている嫌悪の色が見て取れた。着物に染みついていた妓女たちの香りが気に障ったのかもしれない。

昌平君が呂不韋の外交を断れないことを、信も理解しているものの、執務以外で自分以外の誰かが主の傍につくことが許せないらしい。

外交に行く度に駒犬が拗ねる理由が、そんな愛らしい嫉妬だったと知った日には何度体を重ねても足りないほどだった。

自分たちが身を繋げるのに、薬など不要だ。この愛おしさがあれば、一つになりたい気持ちなど無限に湧き上がるのだから。

「…呂不韋に薬を盛られた」

「!」

正直に白状すると、信がはっと目を見開いた。

「待て。行かなくていい」

すぐに侍医のもとへ向かおうとする彼の手首を掴み、昌平君は腕の中に閉じ込める。赤く火照った体に、自分よりも体温の低い肌が気持ちが良かった。

「……、……」

横たわる昌平君の体に圧し掛かるような体勢になり、信が困ったように眉を寄せる。これほどまで苦しんでいるのだから休ませてやりたいという気持ちもあるのだろうが、昌平君の両腕は信の体を離さなかった。

それに、何の薬を盛られたのか気になるようで、信の視線が狼狽えている。

「安心しろ。毒の類ではない」

命に別状はないと侍医も診察していたし、毒ではないと聞かされて安心したものの、信の視線はなにかに導かれるよう下がっていった。

「…!?」

密着していることで、硬く張り詰めているなにかが触れて、その正体に気づいた信がぎょっとした表情になる。

布団越しとはいえ、何度もその身に咥え込んだことのある主のそれ・・に、信が気づかない訳がなかった。

言葉を発さずとも、表情を見れば信が何を考えているかなどすぐにわかる。彼は顔に表情が出やすいのだ。

自由に発言出来るはずの昌平君の方が、感情に表情が伴っていないせいで、何を考えているか分かりにくいと蒙恬から指摘されたのはつい最近のことであった。

「っ…!」

主の顔と下半身に視線を交互に向け、薬を飲んでいないはずの信の顔も、昌平君と同じように赤く染まっていく。主が媚薬を飲まされたのだと気づいたようだった。

 

何とか呼吸を整えようとするが、媚薬の効果はまだ切れそうになかった。しかし、このまま信と密着していると、性欲に負けてしまいそうだ。

普段は褥を共にしているが、今夜だけは別の部屋で休むように指示を出そうとした時、体を起こした信が布団を捲り上げたので、昌平君はまさかと顔をしかめる。

その予想は的中し、次に信は帯を解こうと手を伸ばしたのである。

「信、よせ」

駒犬の手を抑えようとするのだが、媚薬で火照る体は倦怠感も伴っており、普段よりも反応が遅れてしまう。

信は慣れた手つきで帯を解くと、無遠慮に着物を開いて、硬く張り詰めた男根の前に身を屈めたのだった。

切なげに眉根を寄せるその表情を見る限り、悪戯やワガママで困らせているのではなく、薬で苦悶している主を楽にしてやりたいという慈愛が見て取れた。

「信っ…いい加減に、」

やめさせようとしたのだが、媚薬で敏感になっている先端に温かく染み渡るような感触が走り、言葉が途切れてしまった。信が鈴口を掃くように舐め上げたのである。

「ん…」

柔らかい唇で先端をやさしく啄まれる。あたたかい口腔の粘膜に亀頭が包み込まれると、反射的に切ない溜息を零してしまう。

頭を動かしてゆっくりと咥え込み、優しい舌使いが陰茎を撫でつけた。男根が唾液塗れになったあと、信は一度唇を離して、陰茎を優しく握り込んだ。
亀頭部と陰茎のくびれ部分や裏筋のあたりを扱きながら、時折、熱い吐息を吹きかけられる。

「はあっ…」

雲の上を歩くような高揚感に、思わず喉が引きつり、腰が落ち着かなくなる。

こんなにも敏感になっているのは媚薬のせいだと理解しているものの、この調子では一度達したところで性欲は落ち着きそうもない。

もしも理性が効かなくなったら、大切な駒犬を乱暴に扱ってしまいそうで、昌平君は歯を食い縛って快楽を耐えた。

「信、もう放せっ」

余裕のなさを声と表情に出しながら、信の体を突き放そうとしたのだが、

待て・・

「ッ…!」

信から急に低い声で命じられ、昌平君は反射的に手を止めてしまう。

体が無意識で命令に従ってしまったその瞬間、二人の主従関係は本来のもの・・・・・に逆転するのだった。

「言い訳は聞かない」

僅かに怒気が含む低い声を向けられて、咄嗟に昌平君は頬を引きつらせた。

飼い主の立場に戻った信は、その口元に妖艶な笑みを浮かべる。男根を弄ぶ手指の動きにも淫蕩さが増したのはきっと気のせいではないだろう。

まず感じたのは、喜悦よりも危機感であった。

「…呂不韋の企みを見抜けなかったのは、たしかに私の責だが、決して間違いは犯していない」

喉から押し寄せて来たのは、主からの信頼を失われないための、事実を織り交ぜた主張である。

自分が呂不韋の外交を断れないことを信も分かってくれているはずだし、妓女と一夜を共にしてないことは、早急に帰還したことが何よりの証拠である。

むしろ自分は被害者で、あれは不可抗力だったと無実を訴えながら慈悲を乞う昌平君に、信の瞳がにたりと細まった。
こめかみに青筋が浮かび上がっているのは見間違いではないだろう。

「油断したお前が悪い」

慈愛に満ちた眼差しではなく、扇情的なその熱っぽい瞳を向けられて、昌平君はますます頬を引きつらせる。

躾なのか、仕置きなのか、八つ当たりなのか、それとも全てか。ともかく、昌平君は信の中の苛立ちを感じ取り、身の危険が迫っていることを察したのだった。

 

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少しざらつきのある舌腹で亀頭部を擦られたあと、尖らせた舌先が鈴口を穿るように突かれる。

「っ、く…」

情けない声を上げないように歯を食い縛る昌平君を、信がその瞳に喜悦を浮かべて、上目遣いで見つめている。

「ん、ん」

涎じみた先走りの液をちゅうと吸い上げると、信は頭を前後に動かしながら、陰茎に舌を這わせる。

「はあっ…」

唇が覆い被さって来て、あたたかい感触に包まれると、無意識のうちに熱い吐息を零してしまう。

口淫をしている最中に、頬にかかる髪を邪魔だと耳にかける仕草さえも昌平君の情欲を煽った。

性欲と感度が高まっているせいで、普段よりも早く射精の衝動が駆け上がって来る。

しかし、ここで安易に達してしまうなんて、男としての尊厳に傷がつく。恐らく信の狙いはそれだろう。油断して媚薬を飲まされた自分を行動で責め立てているのだ。

「く、…ぅ…」

主の思惑を阻止するために、顎が砕けそうになるほど歯を食い縛って、昌平君は吐精感を堪える。

自分が負けず嫌いな性格だと知ったのは、今のように本来の主従関係が戻った時、信に指摘されたからだった。

必死に吐精を堪える昌平君に、信が男根を咥えながら挑発的な視線を向ける。

普段は駒犬として大人しく従っているせいか、本来の主従関係に戻ると、信は本当の飼い主は自分であることを知らしめようと、やや威圧的な態度を取ることがある。まさに今がその時だった。

男根を口から離した信は、まるで玩具でも弄ぶかのように、指先で鈴口をやさしく突いて反応を楽しんでいる。そんな僅かな刺激にさえも、快楽の波として押し寄せた。

互いの唇が触れ合いそうな距離で、信は駒犬が苦悶する表情を見つめながら、男根を扱き続ける。

「っ…う、…くっ…」

血走った眼で見据えるものの、信の愉悦を煽るだけだった。
強弱をつけた刺激を与えられ続けていき、堪え切れないほどの大きな吐精感が押し寄せて来た時に、ようやく信は手を放してくれたのだった。

「はぁッ…」

安堵したのは束の間で、信は口淫を再開するつもりもなければ、もう男根に触れようともしない。

まさかと息を飲んだ昌平君から目を逸らし、信は興味を失くしたように立ち上がる。

「っ…!」

そのまま部屋を出て行こうとする信の手を掴んだのは、ほとんど無意識だった。

目が合うが、信は手を振り払うこともしなければ、新たな命令を下すこともしない。その表情に嫌悪の色が浮かんでいないことに安堵し、昌平君は掴んだ手を引っ張って、信の体を抱き締めた。

一言でも拒絶すれば、昌平君が従うしかないことを信も分かっているだろう。

それをしないということは、自分と同じで、きっと信も続きを期待しているのだと疑わなかった。

 

 

信は昌平君に跨ると、中途半端に脱がされていた着物の衿合わせに手を掛けた。

胸板を確かめるようにまさぐられ、昌平君はそれを合図に信の着物の帯を抜き取った。躊躇うことなく、唇を重ね合いながら、お互いの着物を脱がせ合う。

「ふ…ぅ…」

信の舌使いから焦燥感が感じられた。早く欲しいと訴えているのはすぐに分かった。唇と舌を絡め合うだけで、腰が蕩けてしまいそうになる。

着物を脱いで露わになった信の肌には、先日昌平君がつけた赤い痣がまだ残っている。体を重ねる度に、もっと信を欲してしまう。自分のものだと証を残したくなる。

駒犬という立場で烏滸おこがましいが、他の誰にも首輪と引き紐を渡さないでくれと懇願してしまうのだ。

それが醜い独占欲だというのは自覚しているが、気持ち一つで抑制出来るものではない。それほどまでに信の存在は、昌平君の中で強く根を張っているのである。きっと信も同じだろう。

「ん、っ…!」

上体を起こした昌平君は信の首筋に唇を押し付け、舌を首筋に這わせる。それから耳の中をくすぐるように尖らせた舌先をねじ込むと、信がぶわりと鳥肌を立てた。

「は、ぁ…ぁ…」

耳の粘膜をくすぐっているだけだというのに、信の体が小刻みに震え始める。

足の間にあるそれが ※ズボンを押し上げているのを見て、昌平君は自分に跨っている信の肩を押しのけて、そっと寝台に横たえた。

「あっ、おいッ…!」

後ろに倒れ込んでしまった信が驚いているうちに、昌平君は褲を乱暴に脱がしてしまう。

自分と同じように、信の男根は硬く張り詰めていて苦しそうだった。駒犬の視線が下肢に向けられたことに気づいたのか、信は焦ったように口を開く。

「あっ、待っ…!」

命令されるよりも先に、昌平君はその男根を口に咥え込んでいた。
待てと命じられたならば、即座に手を止めなくてはいけないのだが、主から命令を下される前に動けばいいだけのことだ。

この手法を用いるのは初めてではない。ずる賢い知恵を得たものだと信から呆れられていたのだが、昌平君は構わなかった。

「んんっ…!」

陰茎の根元に指を絡ませながら、先端に舌を這わせると、信の体が仰け反った。すでに硬く張り詰めていた男根はあっという間に昂り切る。

すぐに「待て」が来ると思ったのだが、意外にも信は口に手で蓋をした。声を堪えるのは、従者たちに聞かれないようにするためなのだろうか。

「ぁっ…ん…!」

口の中で舌を動かす度に信の腰が震えた。
睫毛を恥ずかしげに伏せ、切なげに顔を歪める主を見て、昌平君はもっと乱れさせてやりたいと情欲を膨らませる。

 

 

主の失態 その四

頭を前後に動かして、口の中で信の男根を扱き始めると、信が大きく首を横に振った。

「だ、めだ…!待て…っ!」

口に蓋をしていた手指の隙間から、苦しげな声が零れる。主から待てと命じられた昌平君は諦めて口を離した。

身を捩って昌平君の下から抜け出した信は、彼の肩を乱暴に掴む。横になれという合図だった。

命令をされる前に行動を起こすのはやり過ぎただろうかと、内心反省しながら仰向けに横たわると、信が再び腰の上に跨って来る。

何をするのかと見据えていると、驚くべきことが起きた。
まだ後孔に触れてもいないというのに、信が昌平君の男根を咥え込もうとしていたのだ。

「信、待て」

今は自分が駒犬の立場だ。信に「待て」は通用しない。

しかし、慣らしもしていないのに、自分を欲していることによほど余裕がないことが分かる。何度も男根を腹に受け入れているとはいえ、入り口は狭いし、女と違って自ら濡れる機能を持っていないので、無理をすれば裂けてしまう。

昌平君が止めようとしたものの、すでに信は彼の男根をしっかりと掴んでいて、硬い先端を自分の後孔に導いた。

「ふ…ぅ…は、ああぅ…」

硬い男根の先端が後孔を押し入ると、信が溜息のような吐息を洩らす。

粘膜の温かい感触に包まれて、信がゆっくりと腰を下ろしていき、騎乗位の姿勢で男根を奥へと引き込んでいく。
潤み切った肉癖が蠢くように男根を包み込むこの感覚は、何度味わっても、男に狂気じみた快楽と喜悦を与えてくれる。

「うぅ、…ん…!」

男根を全て腹に咥え込むと、信がその瞳にうっすらと涙を浮かべていた。身を繋げると信はよく瞳に涙を溜める。その表情が男の情欲を煽ると知っているのだろうか。

「ふ、はぁ…ぁ…」

腹に咥えたばかりの男根が馴染むまで、信は呼吸を整えていた。

昌平君自身もまだ動くつもりはなかったのだが、ひとつ気になることがあり、ゆっくりを身を起こすと、信の腰を包み込むように優しく掴んだ。

 

 

女と違って自ら濡れることのない其処は、なぜか奥までよく濡れていた・・・・・・・・・・。いつもは固く口を閉ざしているはずなのに、入り口も中も、柔らかく男根を包み込んで来る。

「…私が帰るまで、自分で中を弄っていたのか?」

「ッ」

それはほんの些細な疑問だったのだが、信がぎょっとした表情で視線を左右に泳がせる姿を見れば、正解を聞かずとも理解した。

普段は中に唾液や香油で潤いを与えながら、時間をかけて存分に解してから挿入するのに、その手間を省いたのは、信自身が昌平君を受け入れる準備をすでに済ませていたからだったのである。

「ぁ…う…」

僅かな明かりだけが部屋を照らしているというのに、信が湯気が出そうなほど顔を赤らめているのはすぐに分かった。

呂不韋の外交に行くたびに、信は必ずと言っていいほど不機嫌になる。昌平君が誘いを断れないことも知っているので、苛立ちをぶつける先がなく、態度に出てしまうのだろう。

自分の帰りを待ちながら、どんな気持ちで後孔を弄っていたのだろう。
情欲に負けて淫らな行為に耽るだけではなく、きっと自分のことを考えていたに違いない。

信の心情を想像するだけで、昌平君は莫大なる優越感に陶酔する。酒の酔いとは比べ物にならいほそ、気分の良い酔いだった。

「寂しい想いをさせたな」

口角がつり上がりそうになるのを堪えながらそう言うと、それまで顔を赤らめていた信が急にむくれ顔になった。

「わかってる、…から…」

一人でいるときの不安や寂しさを押し隠そうと平静を装っている姿に、昌平君の胸は締め付けられるように痛んだ。

しかし、信も昌平君の立場を理解しており、自由に発言が許される飼い主の立場に戻ってもそれを訴えることはない。

普段は駒犬としての責務を全うし、気丈に振る舞って見せるものの、それはただの虚勢だ。

呂不韋の誘いを断れないとはいえ、寂しい想いをさせるだけでなく、我慢までさせてしまっていることに、昌平君は改めて罪悪感を覚えた。

「信」

「あ…」

繋がったまま、両腕でしっかりと信の体を抱き締めて肌を密着させる。犬らしく頭を摺り寄せると、信が少し躊躇いながら頭を撫でてくれた。

上目遣いで見上げると、信は恥ずかしそうにしながらも、両手で頭を抱き締める。視線が絡まり合い、引かれ合うように唇を重ね合った。

 

 

「ん、ぅう、んっ」

唇と舌を絡ませながら、信は腰を前後に動かし始めた。ぐずぐずに蕩け切った媚肉が男根を締め付けて来る。何度も繋がったことで自分の形を覚えて、嬉々として締め付けて来るのだと思うと、ますます男根が熱く昂ってしまう。

「ふあ、あぁ…」

腹の内側を擦られ、気持ちよさそうにうっとりと目を細める。口づけをしながら、夢中で腰を動かしているせいか、息が続かず、信は体を慄かせた。

「はあっ、ぁ、んっ、ぁあっ」

前後に動かすだけでは物足りなくなったのか、今度は寝台に足裏をつけて腰を上下に揺すり始める。寝台の軋む音に、信の喜悦交じりの嬌声が混じった。

動けという指示をされない以上、昌平君は主に身を任せるしかないのだが、あまりの気持ち良さに頭の芯までもが痺れて来る。

もうこれ以上ないほど信のことを求めているというのに、淫らな姿を目の当たりにするだけで、ますます情欲が駆り立てられる。

首輪と引き紐だけじゃ足りない。このまま体だけでなく、本当の意味で一つになってしまいたいという恐ろしい気持ちが膨れ上がっていく。

頭の中でふつりと何かが切れた音がして、気づけば昌平君の両手が信の腰をしっかりと掴んでいた。信の腰の動きに合わせて、下から突き上げるように腹の内を穿つ。

「あッ、また勝手に…!」

命令を出していないのに勝手をする駒犬を叱りつけるように、信が目をつり上げた。腰を掴む両手を外そうとするものの、奥を抉ってやると、手指から力が抜けてしまう。

快楽に打ちひしがれる主の姿に、もう制御が効かなくなってしまい、昌平君は勢いのまま信の体を押し倒した。

「悪く思うな」

薬のせいだと言い訳がましい謝罪をし、昌平君は獣のように腰を前に突き出した。

「んううっ、あ、んっ、はあっ」

喘ぎ声と共に、熱い吐息が鼻を抜けた。切羽詰まったその声さえ、昌平君の欲望を煽る。

「っ…!」

息を止めて怒涛の連打を送り込むと、腕の中汗ばんだ体が大きく仰け反った。

「あっ、も、もう…、――ッ!」

焼いた鉄でも押し当てられているかのように、信が必死の形相で身を捩る。内腿を生暖かいものが濡らす感触があって、絶頂を迎えたことが分かった。

連動するように男根を痛いくらいに締め上げられる。絶頂の余韻に打ち震える信の体を抱き押さえながら、頭の芯まで快楽が突き抜ける。

「くッ…」

熱い粘液が男根の芯から駆け上がって来る。目が眩んでしまうほどの衝撃に襲われ、信の腹の内に熱い精を注いだ。

 

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飼い主と駒犬の失態

熱い子種が腹に注がれるのを感じながら、信は絶頂の余韻に浸りながら息を整えていた。

自分の苗床でその子種が実ることはないが、自分の体で昌平君を絶頂に導くことが出来た何よりの証であり、幸福だと感じる。

今も腹の内に昌平君の男根を感じながら、信は静かに目を伏せた。

「…信、大丈夫か?」

幸福感で胸が満たされると、なぜか涙が溢れてしまう。涙を流す信を見て、心配そうに昌平君が顔を覗き込む。

媚薬を飲まされて苦しい想いをしているのは昌平君の方なのに、こんな状況でも自分の心配をする駒犬に、信は胸が締め付けられた。

「っ…」

昌平君の頭を掻き抱き、信は腰に脚を絡ませる。
自分こそが昌平君の飼い主だというのに、駒犬を演じる期間が随分と長かったせいか、甘える方が得意になっていた。

「…ん?」

吐精して少し萎んだはずの男根が、また腹の内側を押し広げるように硬くなったのを感じ、信は思わず目を開いた。

咄嗟に昌平君が目を逸らしたのを見ると、どうやら勘違いではなかったらしい。まだ媚薬の効果は健在なのだ。

気まずい沈黙が二人の間に横たわるものの、信は昌平君の体を押しのけることはしなかった。

「…ははっ、仕方ねえな」

諦めたように信が笑い、昌平君の背中に回した腕に力を籠めた。

「………」

目が合うと、昌平君から許しを強請るような眼差しを向けられる。
絶頂を迎えたばかりでまだ息も整っていないこともあって、随分と余裕のない表情だった。昌平君のこんな弱々しい姿は自分しか知らないだろうと思うと、優越感を覚えてしまう。

「…良いぞ」

信が許可を出すと、昌平君は止めていた腰を再び動かし始めるのだった。

媚薬の効果が消えるまで、今日は終わらないだろう。
そんなことになれば二人とも起きられなくなって執務が溜まり、困るのは昌平君自身だというのに、信も湧き上がる情欲を抑えられなかった。

 

…結局、朝方まで行為が続いたのは、媚薬の効力がそれほど強力だったのか、それとも媚薬の効力が消えてもなお、駒犬の性欲が消退しなかったからなのか、気を失うように寝入ってしまった信にはわからなかった。

 

おまけ後日編「~好敵手の失態~(昌平君×信←蒙恬)」(7900文字程度)はぷらいべったーにて公開中です。

このシリーズの番外編①はこちら(昌平君×信←桓騎・現在連載中)

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昌平君の駒犬(昌平君×信)後日編①

  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/蒙恬×信/執着攻め/特殊設定/ギャグ寄り/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は本編の後日編です。

 

外交

外交に行くため、今宵の留守を任せるということは、前もって信に伝えていた。

信は昌平君の護衛役を担っているとはいえ、外交の場には連れて行かないようにしている。

それは信に機密情報を知らないようにするというものや、護衛役を同席させることで外交相手を怯えさせないといった配慮ではなく、単純に外交の場に信を連れて行きたくない・・・・・・・・・からだ。

本来、外交は蔡沢が担う分野で、昌平君が担当する外交とは、少し特殊なものである。

呂不韋を筆頭として、秦国に多大なる貢賦を行っている地に赴き慰労する、いわゆる接待というもので、それは飼い犬である信がもっとも機嫌を損ねる執務だった。

もともと華やかな席を得意としない昌平君も、宴や慰労会に出るのは気が重いものだ。しかし、呂氏四柱の一人である立場上、呂不韋から同行するように命じられれば断ることは出来ない。

それに呂不韋は癖のある男で、一度誘いを断ると、次はさらに面倒な席に誘って来るのだ。

以前、彼からの誘いを断った後日、行先も告げられずに連れて行かれた先が娼館だったことがある。

次に断れば嫌でも女の一夜を買うことになると無言の脅しを受けたことは、今でもしっかりと昌平君の記憶に不快な思い出として刻まれていた。

あの時は呂不韋が美しい女性たちを侍らせながら、酒を飲み交わしただけで解放されたが、三日ほど眉間から皺が消えなかったことを信から指摘された。

どうして呂不韋が昌平君をそういった場に連れ出すのか、理由は単純なもので、そういう付き合いを覚えた方が何かと便利だから・・・・・・・・だそうだ。

女との付き合いや酒を飲み交わす場を外交だと偽る呂不韋は、昌平君が女遊びに少しも興味がなく、縁談を断り続けていることを気にしているらしい。

もとは踊り子であった女を自分の地位のために利用して、太后の座に就かせた男だ。女の利用価値について知っておくべきだと行動で助言をしているのだろう。

しかし、心配という便利な言葉と、上司という立場を使って、女性のいる場に連れ回す呂不韋は、自分が良い思いをしたいがために配下自分を利用しているとしか思えなかった。

…こういう時、妻子がいることを理由に、呂不韋から外交の誘いを受けない蒙武を羨ましいと思うことがある。

とはいえ、偽りの外交を断る理由を作るためだけに、さして興味もない縁談話を受ける気にはなれなかった。

それに、自分の地位のための踏み台として誰かを犠牲にするほど、心腐れてはいなかった。

 

 

「………」

窓枠に腰掛けている信がむくれ顔をして外を眺めている。今日の夕刻に呂不韋と外交に行くのだと告げてからずっとこうだ。

普段なら主が執務を行っている最中は、必要な木簡を書庫から持って来てくれたり、伝令を承ったり、さまざまな雑務をこなすことがほとんどなのだが、今日の信はずっと窓辺から動こうとしない。

そしてその表情と態度から苛立ちが伝わって来る。
ただの外交ではなく、呂不韋が同伴するこということから、賢い駒犬はそれが外交を装った接待であることをすぐに察したらしい。

「………」

昌平君は声を掛けることなく、出発の時間まで黙々と執務に取り組んでいた。

領土視察の報告書に目を通しながら、時々信の方に視線を向けるものの、彼はこちらを見ようともしていない。

気配に敏感な信のことだから、こちらの視線には気付いているはずだが、振り返りもしないことから無視を決め込んでいるらしい。

子どものような拗ね方ではあるが、昌平君が発言の許可を出していないせいで、反発の意志を示すには、信は一切の無視を決め込むしかないのだ。

呂不韋との外交に行くと告げた時は、いつもこうだ。一体何に拗ねているのか、昌平君にはその理由が分からない。

やれやれと肩を竦め、昌平君は駒犬に飼い主としての指示を出すことにした。

「信、書庫から持って来てもらいたい木簡がある」

命じれば、さすがに無視できなかったようで、信は渋々といった様子で立ち上がった。乗り気でないのは表情から察していたが、これも執務だと割り切っているのだろう。

机に置かれている木簡の一つを手に取り、昌平君は裏面を指さした。

「この印が刻まれている木簡を頼む。幾つか選別して来てほしい。関連した内容が知りたい」

書庫に収納されている木簡は、内政事情や過去の外交記録など、膨大な種と数が存在する。
それらを区別するために、木簡には色々な印や題が施されていた。

棚にも同じ印が刻まれているので、すぐに見つけられ、片付ける時も同じ印が刻まれている棚に戻すだけの仕組みを取っている。

信が幼い頃に文字の読み書きを一通り教えたこともあり、刻まれている印と題を伝えれば、違えることなく頼んだ通りの木簡を持って来てくれるのである。

主が指している木簡の印を信が覗き込んだ瞬間、昌平君は素早く彼の体を腕の中に閉じ込めた。

「っ…!」

頼みごとが嘘だったのだと気づいた信はすぐに逃げ出そうとするが、昌平君は抱き締める腕に力を込めてその体を放さない。

机の上に置いてあった木簡の幾つかが小気味いい音を立てて床に転がった。

きっと信が本気を出せば、主の腕を振り解いで逃げ出すことは可能だろう。それをしないのは、主を傷つけたくないという気持ちの表れである。
信が本気で自分を拒絶が出来ないことを昌平君は昔から知っていた。

「~~~ッ…!」

しばらく抵抗を続けていたものの、解放してくれる気配がないと察したのか、やがて大人しくなる。

向かい合うように膝の上に座らせると、腕の中で諦めたように縮こまる。

苛立たしげに眉根を寄せている信を見下ろして、昌平君は小さく溜息を吐いた。態度はともかく、ようやく大人しくなったようだ。

「………」

まだ発言の許可を得ていないので、信は文句を言いたげな顔をするものの、目尻をつり上げて睨みつけるだけだった。

飼い主にそのような反抗的な態度を向ける飼い犬には、きつい仕置きをしなくてはならないと思いながら、しかし、昌平君の両腕は彼を苦しめるために動くことはしない。

「………」

顔を覗き込むと、信がむくれ顔のまま目を逸らした。

「信」

わざと低い声で名前を呼んでも、こちらに視線を返さないどころか、顔ごと逸らし、全身で主のことを拒絶をしていた。

膝の上から退かないのは、駒犬として最低限の務めをしているつもりなのだろうか。

仕方ないと肩を竦め、昌平君は信の両頬を片手で圧迫するように掴んで、無理やり目線を合わせた。

両頬を圧迫されたことで必然的にすぼまった唇から、むぐっ、と情けない声が上がる。

「何が不満だ。答えろ」

発言を許可したところで素直に答えるとは思わなかったが、問わずにはいられなかった。

「………」

逃げられないと分かっていても、尚も目を背けて答えようとしない信に、きつい灸を据えてやろうかと考える。
甘やかしていた自覚はあるが、躾も飼い主としての義務だ。

黙り込んだ昌平君に、ようやく静かな怒りが伝わったのか、信が僅かに狼狽えた表情を浮かべた。

ここで潔く自分の態度を謝罪し、抱えている不満を話してくれたのなら、昌平君は信を許していただろう。

しかし、ここまで拗ねておいて今さら引けないのか、信は顔ごと目を逸らす。

「…信」

せっかく謝罪する機会を与えてやったというのに、それを無下にした信が悪いのだ。

 

折檻と反発

後頭部を押さえて唇を重ねると、驚いた信が目を見開いて、ますます狼狽えた様子を見せていた。

「っう、…ん…」

やがて口づけの感覚に腰が痺れ始めたのか、うっとりと目を細めていく。
それが悩ましい表情に切り替わって、もっと欲しいと強請るように両腕が背中に回される。

「…ふ…ぅ、ん、…」

唾液に濡れた艶めかしい舌が入り込んで来る。

教えた通りに舌を伸ばして来たことは褒めてやりたいが、残念ながら今日は躾をしなくてはならない。

「ん、ッ…!?」

舌を絡めると見せかけて、昌平君は信の舌に噛みついた。僅かな痛みに信が顔をしかめ、驚いた視線を向けて来る。

「はあっ…」

唇を離してから、未だに互いの唇を紡いでいる唾液の糸を舐め取った後、昌平君は再び信の後頭部を押さえ込んで、今度は唇に噛みついた。

「ぅう…」

意図して痛みを与えられたことで、身体を強張らせているところを見れば、これから何をされるのかを理解したようだった。

向かい合って膝の上に座らせているせいで、信の脚の間のそれが硬くそそり立っているのを着物越しに感じる。

怯えの色が瞳に滲んでいるものの、どこか期待を込めた眼差しを向けられてしまい、これでは躾にならないと昌平君は思わず溜息を零した。

飼い主の溜息を聞きつけたのか、信はすぐに膝から降りた。どこへ行くわけでもなく、その場に膝をつくと、脚の間に顔を寄せて、確認するように上目遣いで見上げて来る。

こちらの許可を得ようとしている態度は従順そのものだが、上気した頬を見る限り、これが躾だと理解していないようだ。

暴力を振るい、苦痛を与えることは躾ではない。それはただの虐待だ。

失態を犯した罰として、鞭を振るい、痛みと恐怖を記憶に植え付けることで、同じ失態を避けさせようとするのは動物にすることであって、躾とは異なる。

躾とは、作法を学ばせる教育の一種である。
痛みや恐怖で駒犬を操ることは出来ない。なぜなら駒犬は優秀であり、いつだって飼い主の器を見計らっている賢い存在だからである。

少しでも自分の飼い主に相応しくないと判断すれば、簡単に見放されるだろう。
無論、こちらは永遠に手放すつもりなどないのだが。

 

 

着物越しに、信が男根に触れて来る。体を重ねるようになった初めの内は、恐る恐る触れていたというのに、今では恥じらう面影すらなかった。

手の平で形を確かめるようにやんわりと撫でて来て、頬を摺り寄せて来る。

「……、……」

それに加え、上目遣いで甘えるように見上げて来るものだから、信にはこれが躾である自覚が少しもないようだった。

まだ許可も出していないというのに、信が性急な手付きで着物に手を掛けて来る。

勝手をする両手を縛り付けてしまおうかと考えているうちに、信はもう我慢が効かなくなってしまったようで、息を荒げていた。

もちろんこんな淫らな体に育ててしまったのは、飼い主である自分の責任だが、許可を得ていないのに勝手をしないよう、我慢を覚えさせなくてはならない。

以前、教え子である蒙恬に唆されて厳しい躾けを施したように、髪紐を使って男根を戒めようか。それとも絶頂を迎える寸前まで追い込み、ひたすらに焦らしてやろうか。

どちらにしようか考えているうちに、信は昌平君の許可を得る前に男根をその口に咥えていた。

「ふ…ぅ、んん…」

外交に行くと告げてから不機嫌でいたはずの信が、今では淫らな表情を浮かべて自分の男根を頬張っている。

何が不満だったのか、未だに回答は得られていないのだが、これほどまでに我を出して自分を求める信の姿は久しぶりだった。

陰茎の根元を輪を作った指で扱き、頭を動かして唇で先端を優しく包み込む。反対の手を自分の足の間に伸ばす駒犬の姿に、昌平君は呆れたように肩を竦めて薄く笑んだ。

「っ、ん、んん…」

自分の男根を着物越しに撫でつけながら、飼い主の男根を咥え込む駒犬の姿は官能的としか表現のしようがなく、思わず生唾を飲み込んでしまう。

飼い主として、駒犬に我慢を覚えさせなくてはいけないと思うものの、自分自身も信が欲しくて堪らない。

「は…」

唾液の泡立つ音が鼓膜を揺する度に、気持ちが昂っていく。

夕刻には、外交のために発たなければいけない。もう日が沈みかけているので、そろそろ支度をしなくてはとも考えていたのだが、今さらやめられるはずがなかった。

「右丞相様」

報告に訪れた兵によって、執務室の扉が叩かれたのは、その時だった。

 

折檻と反発 その二

一気に意識が現実に引き戻され、昌平君は扉の方へ目線を向けた。

「先日の施設交渉の件について、領主からの報告に参りました」

扉一枚隔てた先で、報告にやって来た兵が声を掛ける。扉に手を掛けた音を聞きつけ、昌平君は咄嗟にを声を上げた。

「入るなッ!」

余裕のなさが目立つ大声だった。

右丞相である昌平君は、政治の主導を行うことから、行政全般の執務を担っている。地方行政へ指示を出す立場にあるため、執務の最中に多くの報告が訪れるのだ。

いつものように伝令から報告の要約を聞き、詳細が記された書簡を受け取るだけなのは理解していたが、今この状況で部屋に入られるのはまずい。

「右丞相様?」

怒気と焦燥が滲んでいるその声色に、何事かと兵が驚いていた。

冷静沈着で、普段から声を荒げるようなことがない昌平君の異変を察知したらしい。

扉越しに兵が不審がっている様子を聞きつけ、昌平君は嫌な汗を浮かべながら、冷静さを取り繕う。

昌平君がこれほどまでに取り乱しているのは他でもない駒犬のせいなのだが、弁明する訳にもいかない。しかし、信はまるでこの状況を楽しんでいるかのように目を細めて口淫を続けていく。

「っ…」

少しでも気を抜くと、思考が混濁してしまい、情けない声を上げてしまいそうだった。
何度か息を整えてから、昌平君は口を開く。

「…機密情報の取り扱いをしている。報告ならこのまま聞こう」

「承知しました」

咄嗟に繕った言葉とはいえ、我ながら上手い嘘だと賞賛してしまう。いや、今はそのようなことを考えている場合ではない。

机の下に身を屈めて陰茎に舌を這わせていた信が、口を開けて亀頭に吸い付いて来た。
頭を動かして口の中で男根を扱き始めたのを見て、いよいよ本気で執務の妨害を始めているのだと察し、昌平君は息を詰まらせる。

信に口淫を教えたのは他でもない自分自身なのだが、まさか回り回って困らされる日が来ることになるとは微塵も想像していなかった。

 

「此度の税制について、領主が……あることから、……と申しており……右丞相様?」

報告を続けていく合間に、少しも相槌が聞こえないことから、兵が確認するように尋ねて来る。

「何でもない。続けろ」

その返答は扉越しの兵に向けたものなのだが、その言葉を聞いた信が妖艶に目を光らせたので、昌平君は嫌な予感を覚えた。

信への指示ではないというのに、まるでこちらを挑発するかのように、男根に強く吸い付いて来る。

「っ…」

すぐにでもやめさせなくてはと思うのだが、舌先を尖らせて敏感な鈴口を突かれると、腰が浮き上がってしまいそうなほど気持ちが良く、思わず喉が引き攣った。

一度口を離したものの、敏感な鈴口を舌先で拭いながら、指で亀頭と陰茎のくびれを指の腹でひっかくように刺激される。

「…っ、……」

咄嗟に自分の手で口に蓋をして、声と荒い息を堪える。

兵が扉越しに報告を続けていくが、内容は少しも頭に入らなかった。

もしも声を聞かれれば、異変を察した兵が部屋に乗り込んで来るかもしれない。
信が机の下に身を隠しているので、扉を開けたくらいでは淫らな光景が目に付くことはないだろうが、気づかれないとは限らない。

容易に部屋への立ち入りが出来ないように、扉に閂を嵌めておくべきだったと昌平君は後悔した。

上目遣いで信が昌平君の余裕のない顔を見上げて、妖艶な笑みを深めている。

口の中で唾液と先走りの液が泡立つ音が、扉越しに聞かれるのではないかという不安を覚え、こうなれば無理やりにでもやめさせようと、昌平君は強引に信の髪を掴んだ。

しかし、信は中断を嫌がるように、陰茎を喉奥深くまで咥え込む。
それが信の抵抗だと分かると、そう簡単に終わらせるつもりはないのだと嫌でも察してしまう。

「う、ッ…!」

口淫によって敏感になっている先端を強く吸い付かれ、昌平君の頭の中で火花が散り、思考が真っ白に塗り潰された。

それは一瞬のことであったが、全身を駆け抜けた快楽の余韻に、腰の震えが止まらない。

灼熱が尿道を駆け巡っていく感覚も、それさえも逃がすまいと吸い付く信の口内の温かい感触も、昌平君は指の間から荒い息を吐きながら他人事のように感じていた。

「ん…んぅ…」

恍惚の表情を浮かべて、自分の男根を咥えたまま喉を鳴らし、美味そうに精を飲み込んでいく駒犬の姿は淫らとしか言いようがなかったのだが、今の昌平君にはそれが無性に腹立たしかった。

「―――報告は以上になります」

扉の向こうで兵がそう言ったので、昌平君ははっと我に返った。

自分が躾けたとはいえ、信の口淫があまりにも気持ち良く、話など少しも覚えていない。

「…その件については、追って返答する。下がって良い」

「はっ、失礼いたします」

なんとか言葉を詰まらせることなく兵に命じると、怪しまれることなく兵が去っていった。誰も居なくなった気配に、ようやく安堵の息を吐く。

後で木簡に一から目を通して、改めて指示を検討しなくてはならない。
しかし、今はそれよりも優先すべき事項がある。

昌平君は未だに口淫を続けている駒犬を冷たい瞳で見下ろした。

 

「…さすがに悪戯が過ぎるな」

氷のような冷ややかな声が降って来たので、信は思わず身体を強張らせる。

本気で昌平君が怒っていることを察し、頭から水を浴びせられたような心地になった。

ようやく我に返ったのだが、昌平君の怒りが簡単には収まりのつかないところまで膨れ上がっているようで、信は怯えた視線で見上げることしか出来ない。

「信」

「っ…」

しかし、飼い主に名前を呼ばれると、背筋がぞくりと痺れるような甘い感覚に襲われてしまう。

昌平君の低い声は、いつだって心地が良い。耳から入って来て鼓膜が振動し、脳に染み渡る過程がまるで遅延性の毒のように身体の芯を麻痺させるのだ。

信の瞳に、再び期待の色が浮かび上がったのを見て、昌平君は呆れたように溜息を吐いた。

 

 

折檻と反発 その三

床に座り込んだ信が、ようやく男根から口を離した。

しかし、惚けたように薄口を開けて、物欲しげな瞳でこちらを見上げている。まるで飼い主に餌を求めているかのような態度だ。しかし、今回は悪戯が過ぎる。

もう二度と悪さをしないように、口輪を取り付けてやろうかとも考えた。

命令に背くことは滅多にないのに、時々こんな悪さをするから調教が欠かせないのである。
今の信に一番堪える仕置きと言えば、望むものを与えないことだ。

欲しいものを欲しいままに与えれば、それが当たり前となってしまうので、我慢を覚えさせる必要があった。

仕置きという名目であっても、その体を抱けば、駒犬は喜んで尻尾を振る。そんな風に淫らな体に育ててしまったことを内省しつつ、だからこそ躾をしなくてはならないと考えていた。

「………」

痛いほど信から物欲しげな瞳を向けられていたが、昌平君は何も言葉を掛けずに着物の乱れを整える。

もう終わり・・・・・としか思えない主の行動を見た信が切なげに眉根を寄せた。

しかし、昌平君は先ほどの伝令の内容を確認するために、木簡を受け取りに行こうと扉の方へと歩いていく。

背中を向けた途端に、背後から紫紺の着物をぐいと引っ張られ、昌平君は反射的に足を止めた。

「……信、放しなさい」

振り返ることはせず、自分の着物を掴んで離さない駒犬に冷たい声を放った。

しかし、今日は普段よりもワガママが過ぎるようで、信は命令に従うことなく着物から手を放さない。

きっとここで振り返れば、言葉はなくとも、物欲しげな視線を向けて強請って来るだろうと安易に予想がついた。

そして駒犬に甘い自分のことだから、彼が望むままに欲しいものを与えてしまうことも分かっていた。だからこそ、昌平君は振り返る訳にいかなかったのである。

 

構わず部屋を出ようとすると、不意に着物を掴んでいる手が離れた。

そして信は足早に扉の前に先回りし、外側から扉を開けられぬように閂を嵌め込んだのである。

「何をしている」

扉に鍵を掛けた行為であることは理解したものの、どうして密室を作り出したのかと昌平君が問う。

しかし、信は振り返ることなく、じっと俯いていた。もしも信に尻尾がついていたら、うなだれている本人と同じように、しゅんと下を向いていそうだ。

叱られるのを怯えているような態度ではない。
むしろ、自分から邪魔が入らない密室を作り出したことから、これも先ほどの延長だろう。まだ信は欲しいものを手に入れていない。

昌平君はわざとらしく大きな溜息を吐いた。それを聞きつけた信が小さく肩を竦ませ、こちらの顔色を窺うように振り返る。

「扉に手をつきなさい」

命じると、信の表情に期待の色が再び返り咲く。すぐさま指示に従い、信が扉に手をついた。

後ろから抱き着くような体勢で、昌平君の手が襟合わせの中に潜り込む。

しっとりと吸い付いて来るような肌を手の平で味わう。まだ触れてもいないのに胸の芽はそそり立ち、愛でてもらいたいと主張していた。

「は、ぅ…」

あまり胸の芽ばかりを責め立てると、着物に擦れただけでも鋭敏になり過ぎる。そうならないよう気遣って、なるべくそこばかりを責めぬよう自制しているのだが、信の反応があまりにも愛らしいので、つい同じ場所を刺激し続けてしまう。

肩越しに信の身体を見下ろせば、触れてほしいと主張するものが脚の間にもう一つあった。

「ッ、ん」

着物越しにそこを撫でると、信の体が小さく跳ね上がった。

先ほどまでは口淫をしながら自分で弄っていたというのに、飼い主の手で触れられるのとは反応が異なっている。

「信」

背後から耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹き掛けながら、甘く歯を立てる。撫でつけている肌がぶわりと鳥肌を立てたのが分かった。

いつもなら「いい子」だと褒めてしまうところだが、残念ながら今だけはその言葉を使うわけにいかなかった。

その言葉を囁けば、容易に快楽を導いてしまう。それに、今は仕置きをしている最中だ。
これ以上この子を甘やかせば、今度は執務を妨害されるだけでは済まされないだろう。それだけは何としても避けなくては。

「はあ、あ、ぁ…」

扉に手をついたまま、口に蓋の出来ない信が切なげな吐息を繰り返す。

ずっと触って欲しいと上向いている男根を、今度は着物の中に手を入れて直接触れた。
手の平でやんわりと包み込み、それから先端を指の腹でくすぐる。其処はすでに先走りの液で濡れていた。

指で輪を作り陰茎を扱くと、信の呼吸がどんどん荒くなっていく。

男根を愛撫し、反対の手は胸の芽を弄り、唇で耳元に熱い吐息を掛けた。
もうそれだけで信は腰が抜けてしまいそうになっているらしく、扉に手を突いた体勢でいるのまま、内腿がぶるぶると震えているのが分かった。

飼い犬が自分の手で喘ぐ姿を特等席で眺めているうちに、先ほど精を吐き出したはずの昌平君の男根もまた頭を持ち上げ始めている。

「っう…」

背後から硬くそそり立った男根を着物越しに擦り付けると、信が口の端から飲み込めない唾液垂らしながら、期待を込めた眼差しで振り返った。

もちろん簡単に与えるつもりはない。それを口に出すことなく、昌平君は無言で、信を絶頂に導くために手を動かしていた。

「あっ……――ッ!」

大きく信の体が跳ねたかと思うと、熱い精液が手の平を汚した。全ての精を出し切らせるために、絶頂を迎えてからも、しつこいくらいに男根を愛撫する。

「は…はあッ…ぁ…」

何度かに分けて射精を終えると、信が扉に身体を預けるようにして、荒い息を整え始める。

「ぅ…」

しかし、まだ欲しいものを手に入れておらず、信は涙目でこちらを見つめて来る。

慈悲ではなく、相変わらず期待の色が浮かんでいることに気づき、昌平君は呆れた表情で肩を竦めた。

 

「終いだ。着替えなさい」

これから先のことを期待していた駒犬に、無慈悲にも終わりを告げた。

欲しいものを欲しがるままに与えては駄犬になってしまう。
そしてその責を問われるのは、躾を施した飼い主だ。これは回り回って、信のためでもある。

浅ましくも二度目の欲情を覚えているのは隠し切れない事実だが、あとは執務に集中しようと、昌平君は意識を切り替える。

「っ…」

てっきり拗ねた表情で睨んで来るとばかり思っていたのに、振り返った信は半泣きで弱々しい表情を浮かべており、昌平君は呆気にとられた。

絶頂の後で足腰に力が上手く力が入らないようで、その場にずるずると座り込んでしまったのだが、信の手は昌平君の腕を掴んで放さない。

乱れた前髪の隙間から覗く黒曜の双眸がこちらをじっと見据える。まるでこちらを試すかのような視線だった。

そんな瞳で見つけられると、男なら誰でも理性が揺れてしまう。

しかし、信は賢い駒犬だ。こうすれば主が欲しいものを与えてくれることを理解しているし、昌平君もそれを理解している。

だからこそ、ここで押し切られる訳にはいかなかったのに、気づけば昌平君は膝をついて、唇を重ねていたのであった。

 

膝立ちの状態で再び信に後ろを向かせ、扉に手をつかせる。

「ッ、ん…」

先ほど信が果てた時の精液を指に絡め、口を窄めている其処を解そうと指の腹を押し当てた。

入り口を軽く慣らせばそれで良かった。飼い主の味を覚えている其処は早く欲しいと言わんばかりに、指を飲み込んでいく。

「ぁ…は、ぅ」

切なげな吐息が零れた。その甘い音は、昌平君の耳から脳に染み渡り、まるで媚薬のように内側から体に甘い疼きを引き起こす。信の腰が僅かに震えていた。

挿入の瞬間の苦痛は堪えるようだが、男根を受け入れた後に必ず与えられる快楽を欲しており、信は振り返って物欲しげな視線を送って来る。

唾液で唇を艶めかしく濡らしながら荒い息を吐くその姿は幾度となく見慣れているはずなのに、昌平君は生唾を飲み込んだ。

「ッ…!」

膝立ちの状態で、後ろの窄みに男根を押し当て、ゆっくりと中へ押し込んでいく。

指で解した狭い其処が押し開かれていく感覚も、中に男根が入り込んでいく感覚も、全てが気持ち良いのだろう、信はまた鳥肌を立てていた。

押し込む衝撃が強かったのか、扉についている手に力が入ったのが分かった。閂を嵌め込んだ扉がぎしりと音を立てる。

閂を嵌めているので何者も侵入出来ないとはいえ、あまり大きな音を立てれば、廊下を通る者たちが勘付くかもしれない。

「は…ぁ…」

しかし、信の一番深いところまで男根が入り込むと、もうそんな心配など、些細なことでしかなかった。

「信…」

体重を掛けないよう気遣いながら、信の背中にぴったりを体を密着させ、その体を抱き寄せる。

喜悦の表情を浮かべている信と目が合い、お互いを求め合うように唇を重ね合い、舌を絡め合った。

扉についていた信の手が、腰を掴んでいる昌平君の手を握り込む。僅かに力を込められて、動いて欲しいと強請られていることを察した。

ゆっくりと腰を引いていき、加減をしながら抜き差しを始める。
重ねている肌と肌が少しずつ汗ばんで来て、情欲に完全に火が灯ってしまう。

「ぁっ…昌平、君っ…」

発言の許可は出していないが、情事の最中に名前を呼ばれるのは、自分を求められているようでとても気分が良い。

肌を密着させて小刻みに奥を深く抉るような動きの後、腰を引いて、勢いづけて貫いた。

「んあぁッ」

ある一点を擦られると、火傷でもしたかのように全身に熱が迸り、信は無意識のうちに身を捩ってしまう。そこが良い場所だと知っている昌平君はしっかりと彼の腰を両手で固定し、激しく突き上げた。

「信ッ、信…!」

信の内壁を精で汚すまで、獣にでもなってしまったかのように夢中で腰を動かし続ける。
浅ましいほどに、自分は信に飼い慣らされていると認めるしかなかった。

急な執務・・・・を理由に、外交に行けなくなったと呂不韋へ断りを入れたのは、言うまでもない。

 

総司令の失態

それから数日後。昌平君はいつものように軍師学校で、生徒たちに軍略の指導を行っていた。

蔡沢が先日欠席した呂不韋の外交について、色々と問い掛けて来たが、昌平君は急な執務が入ったこと以外は一切答えなかった。

あの後、普段以上に激しい躾を行ったのだが、その中で信が機嫌を損ねていた理由を白状したことは、今でも鮮明に記憶している。

その理由とは単純なもので、嫉妬だった。

以前、蒙恬に唆されて、立ち入りを禁じられているはずの軍師学校に侵入したのも、自分の知らない主の姿を知りたかったからだったという。

呂不韋が同伴する外交を装った接待で、自分の主が多くの女性たちに囲まれるのが嫌だったのだと泣きながら白状した時、昌平君は優越感と喜悦を堪えられなかった。

まさかそんな嬉しい理由で拗ねていたとは思わず、結果として、翌日は信が起き上がれないほど激しい情事を交わしてしまった。しかし、信もその嫉妬は杞憂であったと思い知っただろう。

こんなにも信だけを愛しているというのに、他の者に気を逸らす暇などない。言わずとも、自分の首輪を握っている飼い主には理解してもらいたかった。

昌平君の着物の下にも、信がつけた赤い痣が多く残っている。特に背中の掻き傷は、湯浴みの時に染みるほど深く、数も多かった。

触れていない時でさえ、疼くような痕は、まさに飼い主からの刻印だとも思えた。

熱い茶を啜った後、蔡沢が顎髭を撫でつけながら、

「…して、お主が先日保留にした・・・・・・・という施設交渉の件についてはどうなったのじゃ?税制に関してのこともあったので、早急な指示を要していたというが?」

「―――あっ!」

珍しく焦った表情で大声を上げた昌平君に、教室が静まり返る。

全員の視線を浴びながら、真っ青な顔になった昌平君が足早に軍師学校を後にしたことに、蔡沢が「ヒョッ?」と小首を傾げた。

 

 

宮廷の廊下を歩いていると、冗談かと思うような大量の木簡を抱えてふらふらと歩いている男の後ろ姿が目に留まった。

普段ならご苦労様と心の中で労いを入れて追い越すのだが、それが見覚えのある男だったため、蒙恬はつい声を掛けてしまう。

「信、久しぶりだね」

「………」

名前を呼ばれた信は、大量の木簡を抱えながら不思議そうな顔で振り返ると、蒙恬の顔を見て何度か瞬きを繰り返していた。

まだ飼い主である昌平君から発言の許可を得ていないらしい。

「あれ、俺のこと忘れた?」

「………」

信が困ったように眉根を寄せている。
声を掛けて来た蒙恬が何者であるか、信が思い出そうと思考を巡らせているのは明らかだった。

蒙恬が信と会ったのは、城下町と軍師学校でちょっかいを掛けた時が最初で最後だ。

もう一月は前の話になるのだが、蒙恬のことを思い出せずにいるようだ。

元より、飼い主である昌平君以外の人物の顔を見分けられないのだから、あまり接点のない立場の者が声を掛けたところで、きっと信は相手が何者か判別出来ないのだろう。

蒙恬が信に接触したのは、昌平君の側近である駒犬の腹の内を探れという父からの命だった。

ひたすら武に一途な男だと思われているが、実は身内や家臣、仲間に対しての情が厚い一面がある。

友人である昌平君が、ある領土視察の途中で、戦争孤児として引き取った信のことを信頼していなかったらしい。

常に昌平君が信を傍に置いていることから、いつかあの駒犬に寝首を掻かれるのではないかという心配があったのだろう。

素性が分からぬことから怪しむ気持ちも分からなくはないが、信の忠実な態度に何か裏があるのではないかと疑心を抱いたようだ。

他にも優秀な配下がいるにも関わらず、わざわざ息子である蒙恬を使ったのは、信と年齢が近いことを考慮し、彼の心に入り込んで本心を探れという意図もあったのだろう。

人の使い方が上手いと父のことを称賛し、せっかく頼られたのだからその期待に応えねばと信と接触したものの、知り得たのは面白い事実ばかりであった。

主以外の人間を見分けられないことを、信は別に隠しているわけではない。昌平君の態度を見る限り、彼もその事実を隠しているわけではなさそうだった。

ただ、信の場合、飼い主からの許可がないと発言することが許されない。そして彼の飼い主である昌平君も元々口数が少なく、どれだけ飼い犬のことを溺愛していようが、容易にべらべらと話す男ではない。

よって、周りに知られることなく、信が飼い主にしか懐かない仕組みが出来上がっていたというわけである。

それによって、信が飼い主に殺意を抱くことはないと確信した。
もしも昌平君を失えば、飼い主を失った駒犬は、本当の意味で天涯孤独になってしまうからだ。

信が飼い主にしか懐かない理由を父に報告すると、腑に落ちたように「そうか」とだけ返した。
それから父は、信に関しての話を一切しなくなった。信が友人の寝首を掻くことはないと理解したのだろう。

―――…蒙武に、初めから首輪をつけられていたのは、私の方だと伝えておけ。

昌平君から頼まれたように、その言葉も伝えたのだが、父はそれを聞いても特に何も答えなかった。

蒙恬は未だにその言葉の意味を理解し兼ねているのだが、父は何かを察したのかもしれない。

その言葉が何を意味しているのかは分からずとも、あの二人がお互いの存在を常に必要とし合っている関係であることは、蒙恬も勘付いていた。

 

 

教え子の気遣い

「…ていうか、それ、どうしたの?」

名乗るよりも先に、蒙恬は信の両腕に抱えられている大量の木簡を指さした。

恐らく昌平君からの指示なのだろうが、これだけ大量の木簡を持って来るよう指示を出したということは、相当執務をため込んでいるのだろうか。

真面目な昌平君が仕事を怠る・・・・・など、天と地がひっくり返ってもないはずだが。右丞相と総司令という二つの役割を担っているのだから、他の高官よりも執務量は多いのは確かである。

執務をこなすのに必要な資料なのだろうが、こんな量を運ぶとなれば、信も一苦労だろう。

「大変そうだから、半分持ってあげる」

「……、……」

信が戸惑ったように首を横に振る。
構うなという意志は伝わって来るが、蒙恬は気づかないフリをして、信の腕から木簡を半分ほど奪い取った。

「あはは、結構重い」

こういった雑用は普段から配下がやってくれるということもあって、蒙恬は両腕に掛かる重みを新鮮に感じていた。

「――ッ!」

信の顔が途端に強張った。

恐らく木簡を受け取るために蒙恬が近づいて来たことで、嗅いだことのある匂いを嗅ぎつけ、今になって目の前の男が蒙恬だと気づいたに違いない。

「あ、思い出した?」

「………」

途端に信の顔が嫌悪に染まり、蒙恬のことを睨みつける。

目が合っているように見えるが、実際には見えてないのだろう。人の顔を見分けられない信は、相手と話す時に額と鼻の中心辺りに視線を向けるよう、昌平君から指示されているらしい。

(そういえば…)

蒙恬が信にちょっかいを掛けて、本来は立ち入りを禁じられているはずの軍師学校へ連れて行き、そこで飼い主から命令に背いたことを咎められていた。

扉越しにその様子は聞いていたが、昌平君がどういう目的で信を傍に置いているのか、初めは困惑したものだ。

別にそういうこと・・・・・・に対する偏見はないのだが、あそこまで一人の人間に夢中になっている昌平君を知ったのは初めてだった。

「先生の所に持って行けばいいんでしょ?ほら、急ごう」

こちらを睨みつける信に構わず、蒙恬は木簡を抱えて歩き始める。

ちらりと後ろを振り返ると、渋々と言った様子で信がついて来ているのが見えた。

 

 

「失礼しまーす。……うわッ」

声を掛けて昌平君の執務室に入ると、想像以上に疲労を顔に滲ませた昌平君の姿がそこにあった。

目の下の隈も酷く、あまりの豹変ぶりに蒙恬は化け物でも見たかのように、悲鳴に近い声を上げた。

こちらを見ただけだというのに、睨まれたと誤解してしまうほど目つきも悪い。恐らく昨夜は眠っていないに違いない。

もしかしたら、もう三日くらいは眠っていないのかもしれなかった。

どうして蒙恬がここにいるのかという顔をしたものの、そんな些細な時間も惜しいのか、昌平君は何も言わずに木簡に筆を走らせている。

彼が向かっている机には既に大量の木簡が積み重なっており、書き損じた木簡が辺りに散らばっている。

信は相変わらず何も言うことはないが、二人で運んで来た木簡を昌平君の手に届く位置に置くと、書き損じて不要になった木簡を拾い上げていた。

「先生、大丈夫ですか?」

「………」

返事がないということは、どうやら相当執務に追い込まれているらしい。

父の友人であり、軍師学校では世話になった師であるため、蒙恬は何か手伝えることはないだろうかと考える。

ここで恩を売っておけば、あとで駒犬を借りる口実が作れるかもしれないと考えたのは蒙恬だけの秘密だ。

父は理解していたようだが、昌平君から頼まれた言伝の意味を、蒙恬はずっと気に掛けていた。
生まれながらに欲しいものは何でも与えられていたせいか、自分の知らないことがあるのは少々気に食わないたちなのである。

「信、ちょっとそれ貸して」

書き損じた木簡を借り、目を通す。
どうやら税制に関しての内容のようで、将である自分には手伝えるものではないと判断し、蒙恬は潔く諦めた。

昌平君が大量の執務に追われているのはそう珍しいことではないが、本人がこんなに状態になるまで追い込まれているのはあまり見かけない。

まさかとは思いながらも、蒙恬は意地悪な笑みを浮かべる。

「先生、飼い犬と遊ぶのはほどほどにしないと。公私混同は良くない・・・・・・・・・って、前にも言ったじゃないですか」

気落ちしている昌平君をからかうために、わざと蒙恬は信のことを話題に出した。

「………」

「………」

「……え?」

きっとすぐに睨まれるとばかり思っていたのだが、昌平君と信は事前に打ち合わせでもしていたのかというほど、同時に俯いて黙り込んでしまう。

それどころか、呼応するように信の顔がみるみるうちに真っ赤になり、湯気が上がりそうだ。

どうして昌平君が業務に追われることになったのか、信のその反応から全てを察した優秀な教え子は、苦笑を深めることしか出来なかった。

二人が作り出す重い沈黙に耐え切れず、自業自得ではないかと心の中で毒づきながら、蒙恬はさっさと部屋を後にしたのだった。

 

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後日編②はこちら

このシリーズの番外編(昌平君×信←桓騎)はこちら

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昌平君の駒犬(昌平君×信←蒙恬)後編

  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/蒙恬×信/嫉妬/特殊設定/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編はこちら

 

主従関係の代償

気をやった信の体を抱えて救護室を出ると、先に出て行ったはずの蒙恬が廊下に立っていた。

壁に背を当てながら、欠伸をする姿を見れば、恐らくずっとそこにいたのだろう。

昌平君の腕の中で寝息を立てている信を横目で見た蒙恬は、特に何かを言うこともなく背中を向けて歩き出した。

情事を見聞きしていたこと、自分と信の関係を他者に洩らすような脅迫をする訳でもない。かと言って、口止めに何か取引を持ち掛けるようなこともされなかった。

蒙家の嫡男である彼は、欲しいものは一通り手にしている。他者を陥れるような脅迫をしたところで、今さら欲しいものなどないのだろう。

興味本位で近づいたとして、信にだけちょっかいをかけるのなら、飼い主である昌平君が傍にいない機会を狙う方が手っ取り早い。

だというのに彼は、昌平君がこの救護室に来ることを知っていて、信を軍師学校に招き入れた。

…このことから、蒙恬がずっと廊下で待ち伏せをしていた理由は一つに絞られる。救護室に他の生徒が寄り付かないよう、見張りの役目を担っていたのだろう。

普段は滅多に利用されることのない救護室とはいえ、信が心配していたようにいつ誰が来るか分からない。

自分たちの関係を知られないよう、細心の注意を払ったのだろうが、蒙恬にそのような気遣いをされる覚えはなかった。

「…蒙武からの命か?」

その場を去ろうとしている蒙恬の背中に問い掛けると、彼はぴたりと足を止めて、人懐っこい笑みを浮かべて振り返った。

「先生なら気づくと思いました」

蒙恬の父である蒙武が関わっているとは、さすがの昌平君も予想外だった。可能性として浮上した理由を問い掛けたまでだが、正解だったらしい。

長きにわたる友が息子に何を命じたというのだろう。表情に出さず思考を廻らせるが、信が関わっていることは明らかだった。

「父上も、ああ見えて心配性な面があるので」

その言葉から、蒙武が自分の息子に、信がどのような人物であるかを調査するよう命じたのだと察した。

配下を使わず、わざわざ息子の蒙恬頼むということは、それだけ蒙武が信のことを気にしている証拠だろう。

もしくは、過去に信を尾行させていたが、撒かれた経験があって聡明な息子に頼んだという説もあり得る。

「…今日、信と話して、色々分かりました」

蒙恬が未だ眠り続けている信の顔を見やる。

信の人柄を知るだけならば軍師学校に来る必要はないのだろうが、きっと自分を前にした時の態度についても知りたかったのだろう。だからこそ蒙恬は、ここに信を招き入れたに違いない。

未だ目を覚まさずにいる信を見つめながら、

「信は、先生のことが大好きないい子だってこと、からかったら怒りやすいこと…それから」

口元に薄く笑みを象りながら、蒙恬が言葉を紡いだ。

「信って、先生以外を嗅ぎ分けられない・・・・・・・・んですよね?だから戦にも出せないし、先生以外の人に仕えさせられない」

こちらの動揺を、瞬き一つ見逃すまいとして蒙恬が視線を向けている。
あくまで信を犬に見立てた言葉であったが、彼が言わんとしていることは理解していた。

「よく気づいたな」

保護した時からずっと、信は主以外の人間を見分けられない・・・・・・・のである。

二人で話していたのがどれだけの時間かは分からないが、未だ他の者には気付かれていないというのに、そこまで見抜いた教え子に称賛の言葉を贈った。

「信と、一度も目が合わなかったから」

自分の額と鼻の辺りを指さし、

「相手のこの辺りに視線を向ければ目が合うと教えたのも、先生ですか?」

「そうだ」

主従契約を結んだあの日から、信は主以外の人間の顔の違いを見分けられなくなったのだという。

相手の輪郭や髪型、体格や声、その者が纏っている香りなどの情報は分かるらしいが、顔だけは影が掛かったかのように何も映らない・・・・・・のだという。

医者に診せても、その主訴は過去に前例がなく、果たしてそれが病なのかどうかも判別がつかないと言われた。

相手の顔を判別できないことこそ、昌平君が信を戦に出さない一番の理由であり、常に彼を傍に置いている理由でもあった。

信がいかに武に優れていようとも、敵味方の区別がつかない者を戦には出せない。

昌平君以外の相手の顔が分からないことを信自身も告げていないだろうに、彼の言動一つでそこまで見抜いた蒙恬はやはり優秀な教え子である。

信は、その者を判断する決め手である声を聞かないと、最終的な判別が出来ない。
唯一顔を見分けられる昌平君であっても、顔を隠せば誰だか分からないのだという。

もしもこれが自分と主従関係を結んだゆえの代償なのだとしたら、そう想うと、昌平君は優越感を覚えてしまう。

自分という主を失えば、信は二度と顔を認識出来なくなる。
主以外の人間を見分けられないからこそ、信は自分に捨てられたくないと依存しているのだ。これを愛らしいと言わずして何と言えよう。

「…先生が信の引き紐をしっかり握っていると伝えれば、父上も安心するかと。いつか信に寝首を掻かれるのではないかと心配していましたから」

「………」

まさか蒙武がそのような心配をしていたとは思わなかった。

ある日、領地視察で出会って連れ帰って来た下僕の少年を、彼は信用していなかったらしい。素性の分からぬ信の企みを危惧していたようだ。

「それじゃ、俺はこれで」

「蒙恬」

今度こそ帰ろうと歩き始めた蒙恬を呼び止めると、彼は不思議そうに振り返った。

「…蒙武に、初めから首輪をつけられていたのは、私の方・・・だと伝えておけ」

「え?」

その意味がすぐに理解出来なかったらしく、蒙恬が眉根を寄せた。

聡明な頭脳を持つ彼が、その答えを導き出す前に、昌平君は信の体を抱えたまま軍師学校を後にする。

背中に蒙恬の視線を感じていたが、振り返ることはなかった。

 

過去

勝利した戦で手に入れた領地の視察に赴いた時だった。

戦に巻き込まれた村が一つあったことは聞いていたのだが、余程大きな被害を受けたらしい。辺りには屍が幾つも転がっていた。

槍で貫かれた老人だけでなく、逃げようとして背中に矢を受けた女子供の亡骸があった。野盗の襲撃を受けるよりも酷い有り様である。

戦の悲惨さを知らぬわけではないが、改めてそれを感じながら、昌平君は視察を続けていた。

もう村としての再建は不可能だろう。避難した者も多少はいるようだが、転がっている屍の数を見る限り、圧倒的に被害者の方が多い。

屍を弔った後は、残っている物を全て取り壊すつもりだった。これだけの被害を受けたのなら、全てを更地にした方が領土としての使い道がある。

この村で生まれ育った者たちの故郷を取り壊すことに心が痛むが、どれだけ願ったところで村人たちが生き返る訳でもない。いつまでもこの地をこのまま残しておく訳にもいかなかった。

「…?」

不意に背後から視線を感じ、昌平君は視線の主を探すために振り返った。

視線の先に、馬車があった。馬が引いているのは車輪のついている木製ではあるが堅牢な檻。その中には何人もの子供たちが座り込んでいた。

どの子供たちも目が虚ろで、これから自分の処遇にも興味がないように見える。

彼らが奴隷商人の商売道具だということは、すぐに気付いた。荷のように馬車へ積まれたのだろう。

(…戦争孤児か)

奴隷商人が先に来ているということは配下からの報せで聞いていた。

集められているのは村の子供たちだろう。親を亡くしたり、住んでいた地を失って行き場のない子供たちはこうして奴隷商人によって集められる。

子供であっても、僅かながら労働力になるし、需要は耐えることがない。

「………」

檻の隙間からこちらをじっと見つめる少年がいた。視線の主だろう。眼光の鋭い子供だと思ったことは今でもよく覚えている。

手を伸ばせば噛みつかれてしまいそうなほど、しかし、その瞳の奥には怯えが浮かんでいる。野犬よりも、野良猫のような印象があった。

他の子供たちと違って、その少年だけはまだ目に光が残っている。だからだろうか、昌平君は妙にその少年のことが気になった。

「………」

目が合っても、その少年は言葉を発さない。助けを求める訳でもなく、ただ昌平君のことをじっと見つめていた。

 

 

領土視察を終えてからも、何かに駆り立てられるように、昌平君は幾つもの村を渡り歩いた。他でもないあの少年を探すのが目的だった。

奴隷商人によって売られた子供たちの使い道・・・は決まっている。

まだ小さい体ではそれほど労力もないので、家事手伝いが主であり、村の長であったり、それなりに裕福な屋敷で使われるのだ。

見目に優れている者ならば幼い頃から娼館に禿かむろ ※見習いとして売られることもある。しかし、それは大半が女児だ。

中には物好きな男に買われる見目麗しい男児もいるが、それはほんの一握りに過ぎないし、あの目つきの鋭い少年にその説はなさそうだ。

奴隷商人もあれだけの人数の子供たち商売道具を引き連れているのなら、それなりに食い扶持がかかる。手っ取り早く銭に替えるのならば、移動に何日もかかる遠方の地や、他国にまで赴くことはないだろう。

戦に巻き込まれたあの村からそう離れた場所にはいないはずだ。

名も知らぬあの少年の眼差しを忘れることが出来ず、あの少年と再会して、何をしたいのかさえ明確な目的も考えずに、昌平君は捜索を続けていたのである。

助けを求められたわけでもない。ただ、目が合っただけ・・・・・・・だ。

あの少年との関わりはたったそれだけだというのに、昌平君がこれほどまで夢中となって何かに駆り立てられるのは、思えばこれが初めてのことだった。

 

主従契約~真相~ その一

少年と再会を果たすまで、そう長い月日は掛からなかった。せいぜい数か月といったところだろう。

訪れた村の長を務めている者の屋敷に、その少年はいた。何か粗相をしたのだろうか、屋敷の裏庭で罰として鞭で体を打たれていた。

鞭が皮膚を打つ音は、大人であっても顔をしかめてしまうほど、痛々しいものだった。

大人が渾身の力で振るう鞭のせいで、子どもの柔らかい皮膚はところどころ裂け、血が滲んでいる。少年は痛みに歯を食い縛っているようだったが、決して声を上げることはしなかった。

痛みに泣き喚くことも、許しを請うこともしない少年は心根が強いのか、それとも口が利けぬのだろうか。

たとえ子供だろうが、下僕がこのような仕打ちを受けることは大して珍しいことではない。

しかし、少年の体を見る限り、鞭で打たれた痕の他にも、さまざまな痣が目立っていた。

頬には殴られたような痣もあったし、唇も切れている。腕には太い指が食い込んでうっ血している箇所もあったし、硬い靴底で踏みつけられたことを思わせる痕もあった。

ろくに食事も与えられぬまま仕事をさせているのか、暴力によって乱れた着物の隙間から肋骨が浮き出ているのも見えた。

そして痣の色を見る限り、治りかけの傷から、つい最近の傷、そしてたった今つけられた傷までたくさんのものがある。

仕置きの範囲を越えているのは誰が見ても明らかで、これはただの虐待だ。

鞭を振るいながら、男は歯茎が見えるほどの不敵な笑みを浮かべている。恐らくこうやって過去にも奴隷の少年少女たちを甚振って来たのだろう。

彼の家族も加担していたに違いない。直接手を出さなかったとしても、少年の衰弱具合から、誰も助けようとしなかったのは事実だ。

昌平君の後ろに控えている近衛兵たちが睨みを利かせたところで、村長はようやく来客の存在に気付いたらしい。

前触れもなく右丞相が訪れたことに、随分と慌てていた。

事前の訪問を伝令しなかった旨を形だけ謝罪し、昌平君は地面に倒れたまま動かない少年に目を向けた。

行き過ぎた暴力であったことは村長も自覚があったようで、ばつの悪そうな顔をしている。

こちらは何も訊いていないというのに、下僕の少年がした粗相をべらべらと話し出し、見苦しいまでに自分の行動を正当化しようとしていた。

「…?」

不意に視線を感じ、昌平君は倒れている少年に目を向けた。彼は地面に倒れたまま、瞳だけをこちらに向けている。

か細い呼吸を繰り返し、意識の糸を手放し掛けているものの、何かを訴えるようにこちらを見据える。

「………」

昌平君が近衛兵たちを一瞥すると、優秀な彼らは主の意を察してその場を後にした。

右丞相と二人きりにさせられたことで、村長は何事かと驚いている。

しかし、秦国への貢賦こうふを欠かさずに行っていることを労いに来たのだと言えば、村長の男は安堵したように笑んだ。

先ほどまでの不敵な笑みで、あの子供を鞭打っていた男と同一人物とは思えないほどの豹変ぶりに、つい反吐が出そうになる。

右丞相からの称讃に、村長の男は屋敷にいる一族の者たちを呼び出した。
すぐにもてなしの準備を始めるよう指示を出す村長は、下僕の少年から興味を失ったらしい。

準備が整うまで客間へ過ごすよう勧められたが、昌平君はそれを断った。

「………」

昌平君は倒れている少年の前までやって来ると、着物が汚れることも構わずにその場に膝をつく。

噛みつかれるのも覚悟で、腫れ上がっている頬に手を伸ばすと、少年は黙って昌平君のことを見据えていた。

奴隷商人の馬車に乗せられた時、僅かに怯えを浮かべていた瞳が、今は憎悪で満ちていた。

そしてその憎悪から発せられる殺意は、間違いなく村長の男に向けられている。

少年が切れた唇を震わせているのを見て、昌平君はその場に跪いたまま、その言葉に耳を傾けた。

「…あいつら、ころして?」

それは昌平君に与えられた、初めての命令・・・・・・だった。

 

主従契約~真相~ その二

瞬きをした後、それまで平穏だった村の日常の一部が崩壊してしまったことに気が付いた。

村長とその一族の者たちが足下に転がっていて、誰もが声も上げず、動き出さぬことから、もう二度と生き返ることはないのだと分かった。

護身用に携えていた剣が刃毀れをしており、血が滴り落ちている。

柄を握り締めている手に、肉を断つ感触がはっきりと残っていた。無様な悲鳴や許しを請う声も、余韻のように鼓膜を震わせている。

(…静かだな)

突如訪れた右丞相をもてなそうと騒がしかった屋敷一帯が、今では沈黙に包まれている。

下がらせた近衛兵たちは、恐らく屋敷内の騒ぎを聞きつけているはずだった。
しかし、非常事態だとして駆けつけなかったのは、主である昌平君の行動を理解しているからだろう。

「………」

少年は、返り血に塗れた体をゆっくりと起こし、その口元に引き攣った笑みを浮かべていた。

この場を目撃したのは自分と少年の二人だけ。屋外でありながらも、完全なる密室。

共犯関係となった少年の前に、昌平君は再び跪く。血で真っ赤に染まった紫紺の着物がこれ以上汚れようとも構わなかった。

土埃と血で汚れた、少年の成長し切っていない小さな手が、褒めるように昌平君の頭を撫でる。

「…いい子」

少年は穏やかな笑みを浮かべながら、まるで飼い主が自分の命令に従った飼い犬を褒めるように、昌平君の頭を撫で続ける。

「いい子、いい子」

単調ではあるが称賛の言葉と、頭を撫でる手の温もりを心地よく感じたことに、昌平君は既に自分とこの少年の間で主従関係が固く結ばれていたことを悟った。

思えば、奴隷商人の馬車に乗せられた少年と目が合ったあの瞬間から、主従関係が結ばれていたのかもしれない。

言葉を交わさずとも、互いに存在を認識し合ったあの瞬間に、主従関係は成立していたのだ。

引かれ合うべくして引かれ合ったとでも言うのだろうか。

あの時すでに、自分の首にはこの少年の飼い犬としての首輪・・・・・・・・・・・・・・が巻かれていたのだ。

そして首輪を巻かれた自分は、首輪から伝う引き紐を辿り、自分を従える飼い主を見つけたのである。

 

 

一頻り飼い犬を褒め称えた後、飼い主である少年は、不思議そうな表情で辺りを見渡していた。

下僕である自分を甚振っていた者たちが事切れているのを確かめているのか、それとももう興味を失ってしまったのだろうか。

村長からの暴力を受けてたせいで顔に疲労の色を濃く滲ませながら、少年が昌平君を見つめる。

もうその瞳に憎悪の色はなく、代わりに慈愛に満ちた温かいものが秘められていた。

「…飼って、くれる?」

掠れたその言葉を聞き、聡明な飼い犬・・・・・・である昌平君はすぐに主の意図を察した。

即座に立ち上がると、先ほどまで主と慕っていた少年を冷たい瞳で見下ろす。

「―――これは私とお前の主従契約だ」

すでに主従関係は成立しているものの、昌平君は主からの二度目の命令・・・・・・に忠実に従った。

「私の言うことには全て従え。歯向かうことは決して許さぬ」

その言葉とは反対に、すでに結ばれている主従関係の立ち位置は、少年が飼い主であり、昌平君は飼い犬だった。

しかし、主からの命令を断わるはずがない。聡明な飼い犬というものは、主の意図を聞かずとも察し、大人しく従うものである。

主が自分を飼えと言ったのならば、その命令に従うのみ。

駒同然に動き、犬のように従順に従う。主のためなら駒同然に命を投げ捨てる従順なる犬。駒犬こそが、主の側に付き従うべき形なのだ。

「…この手を取るのなら、その命、私が生涯責任を持って飼おう」

手を伸ばすと、すぐに少年はその手を取ってくれた。

村長一家を全て消し去った共犯関係にあるはずなのに、傷だらけの少年の手は、人殺しの手とは思えぬほど、温かかった。

自分の首輪から伸びている引き紐を握っている少年の手が、今以上に血に塗れようとも、昌平君は飼い主に一生従うことを決めたのである。

 

信の駒犬 その一

懐かしい夢を見ていたせいだろうか、眠りから目を覚めても、まだ頭がぼんやりとしていた。

「…?」

見覚えのある天蓋が視界に入り、信は主の部屋の寝台で眠っていたのだと気づく。
窓から月明かりが差し込んでいて、もうとっくに陽が沈んでいるようだった。

喉の渇きを覚えて、寝台の近くにある水差しを取ろうと、ゆっくりと身体を起こしたいつの間に眠っていたのだろう。

水を飲み終えると、傍に昌平君の姿がないことに気付いた。

「…?」

重い瞼を擦り、信は辺りを見渡した。夜更けでも、蝋燭に明かりを灯して木簡を読んでいることは時々あったが、室内に主の姿が見当たらない。

目を擦りながら、眠る前に何をしていたのか記憶の糸を手繰り寄せると、蒙恬と共に軍師学校に侵入したことを思い出した。

彼に唆されたのだと分かったのは、主が救護室に来た時だった。誰が来るか分からない救護室で主と身体を重ね合い、途中で意識を失ったらしい。

「……、……」

ここまで昌平君が運んでくれたのだろうか。きちんと着物が整えられていた。

こんな夜更けだというのに、どうして主が部屋に居ないのだろう。命令違反をした自分に嫌悪したのだろうか。

不安で心が支配されてしまい、針で胸を突かれたような痛みを覚えた。

昌平君から何処へでも行ってしまえと言われるくらいなら、いっそ斬り捨ててほしかった。

「っ…!」

鼻を啜っていると、扉が開けられる音がして、信は弾かれたように顔を上げた。

逆光のせいで顔はよく見えないが、嗅ぎ慣れた香りと影の輪郭から、すぐに昌平君だと気づく。

「昌平君ッ…!」

寝台から転がり落ちるようにして、信は彼の元へ駆け寄り、その体に抱き着いた。

迷子が母親を見つけたかのように、不安と安堵が入り混じった表情でいる信を見下ろし、昌平君は慰めるようにその頭を撫でてやる。

発言の許可を出していないにも関わらず、自分の名前を呼んだことと、力強くしがみついて離れない信の姿に、彼は何かを察したようだった。

「…信」

昌平君は迷うことなくその場に片膝をつくと、今にも泣きそうな弱々しい表情でいる信を見上げた。

彼にしか見せない穏やかな笑みを浮かべ、昌平君は信の胸に頭を摺り寄せる。それは駒犬が主に甘える仕草でもあった。

しばらく押し黙っていた信だったが、ゆっくりと右手を持ち上げて、昌平君の頭を優しく撫で始める。

「…いい子」

久しぶりに・・・・・囁かれた言葉に、昌平君は思わず目を細めた。

いつもは自分が掛けている言葉なのに、信に言われると、それだけで胸が高鳴ってしまう。もしも自分に尻尾があったのなら、大きく振っていたことだろう。

もっとしてほしいと、甘えるように彼の胸に頭を摺り寄せると、困ったように信が笑った。

「…今日は・・・、俺が主か?」

その問いに、昌平君は苦笑を浮かべた。

「何を言っている。最初から・・・・お前が私の主だろう」

納得のいく答えだったのだろう。信の目がうっとりと細まる。

慈愛に満ちた黒曜の瞳を見るだけで、昌平君の瞼の裏に、初めて主従契約を交わした時のことが浮かび上がった。

あの日から、自分は信の駒であり、犬となったのだ。

 

 

口づけを交わしながら、信がしきりに着物を引っ張るので、昌平君は苦笑を浮かべながら彼に身を寄せた。

信が久しぶりに飼い主・・・に戻る時は、いつも我を通そうとするせいか、未だ子供っぽさが抜けていない。

それを指摘すれば、たちまち機嫌を損ねてしまうことを昌平君は理解していたので、何も言わずに従っていた。

二人して寝台に倒れ込むと、今日は信の方から体を組み敷いて来た。

一言命じさえすれば、自ら着物を脱ぐことだって、主の着物を脱がすことだって喜んで行うというのに、信は主として命じることをあまりしない。

時々は今のように、正しい主従関係に戻るものの、信は懸命に自らを使って行為に及ぶ。

「ッ…昌平君…」

名前を呼びながら首筋に舌を這わせて来る信が、忙しない手付きで着物の帯を解き、襟合わせを開いていく。

積極的に奉仕してくれる姿が、いつも演じている駒犬と大して変わりないことを本人は自覚しているのだろうか。

「…信」

「ぅ、ん?」

名を呼ぶと、上目遣いで見上げて来て、どうしたのだと甘い声で囁いて来る。

普段の偽りの主従関係を結んでいるうちは、信は積極的に発言が出来ないので、名を呼んでくれたり、素直に感情を口に出す今は貴重な時間でもあった。

だからこそ、昌平君はこの時間は普段よりもかけがえのないものと感じている。

「ん、んっ…」

いつも自分がしているように、肌に舌を這わせながら、信が胸に唇を押し付けていく。

自分の着物も煩わしいと帯を解いていく姿を見ると、信がいかに自分を求めているのかが著明に態度として現れており、愛おしさが込み上げた。

まだ触れてさえもいないというのに、信の足の間にある男根が上向いている。
早く触れてほしいと全身で訴えているのが分かったが、昌平君はまだ何も命じられていないことを理由に、あえて言葉も掛けず、動かずにいた。

一糸纏わぬ姿となると、仰向けになったままの駒犬の体に覆い被さるようにして、信が抱きついて来る。

「ふぁ…あ…」

昌平君の体に抱きつきながら、信が腰を前後に揺すり始めた。互いの性器を擦り合っているだけだが、既に涎じみた先走りの液が出ていた。

救護室では紐を使って男根を戒めていたこともあり、押さえ込んでいた情欲を吐き出したくて堪らないらしい。今の信にはどんな刺激にも堪らなく快感に変換されるのだろう。

「ん、ぅ」

愛らしいその姿に、堪らず昌平君は口付けていた。信もそれに応えるように昌平君の頭を抱きながら舌を伸ばして来る。

舌を絡ませながらも、信が腰を動かして男根を擦りつけて来るので、まるで駒犬の体自分を使って自慰をしているように見えた。

傍から見れば滑稽な姿かもしれないが、昌平君の双眸には淫靡な姿にしか映らない。

同じように先走りの液を滲ませながら、昌平君の男根も確かに猛々しく硬くなっていく。お互いを求め合っている何よりの証拠だ。

 

信の駒犬 その二

長い口づけを終えると、一刻も早く自分を飲み込みたいのか、身を起こした信が仰向けになったままの昌平君の体に跨った。

無駄な肉など微塵もない腹筋のついた美しい腹を突き出し、信が腰を持ち上げた。

「んっ…」

男根の先端を後孔に押し付けて来る。普段は固く口を閉ざしているのだが、救護室での情事もあってか、今では女の淫華のように柔らかく解れていた。

まるで其処が別の生き物のように、先端を咥え込もうと卑猥に蠢いている。

「は、ぁ…」

男根の根元をやんわりと握って固定すると、艶めかしい吐息を零しながら、信が腰を下ろしていく。

ゆっくりと彼の中に男根が入り込んでいき、温かい粘膜に包まれる感触に、昌平君も無意識のうちに長い息を吐いていた。

「ん、んんっ…」

根元まで呑み込んだ後、信は切なげに眉を寄せたまま、肩で息を繰り返す。

僅かに膨らんだ腹を擦りながら、唾液で濡れた唇で妖艶な笑みを浮かべたのを見て、昌平君は思わず生唾を飲み込んだ。

「ッ…」

温かくて滑った粘膜が男根に吸い付いて来る。

態度だけじゃなく、体が自分を求めて離さないのだと思うと、それだけで男の情欲が激しく駆り立てられる。顔が燃え盛るように上気したのが分かった。

すぐにでも律動を始めようと、主の腰に手を回した昌平君の思考を読んだのか、

待て・・

「!」

僅かに汗ばんだ額に張り付いた自分の黒髪を手で掻き上げ、信が昌平君を見下ろしながら意地悪な笑みを浮かべた。

命令通りに動きを止めた飼い犬を褒めるように、信が優しい手つきで頭を撫でる。

「…いい子」

あの日と同じだ。命令に従えば、主は従順な態度を褒めてくれる。

しかし、信と繋がっている部位は違う。一刻も早く抽挿を始めたくて、下腹部が熱く疼いて仕方がない。

主の許可がないのに、自らの欲望を優先して腰を動かせば、たちまち信から冷たい瞳を向けられるだろう。

それに、蒙恬との一件で、昌平君は信に耐え難い躾を施した。絶頂に達することを禁じたあの仕返しをされるかもしれない。

いや、もしかしたら信は既にその仕返しを始めようとしているのではないだろうか。昌平君の背筋に冷や汗が伝った。

「んッ…んぅ…ふ、ぅ…」

昌平君の肩に手を置きながら、信がゆっくりと腰を持ち上げた。自分の上に跨っているせいか、繋がっている部分がよく見える。より結合の実感が湧いた。

悩ましい声を歯の隙間から洩らしながら、信は腰を小刻みに上下させている。激しく腰を動かさないのは、自分の男根を存分に味わっているからだ。

今まさに主によってこの身が喰われているのだと思うと、昌平君は歓喜のあまり、身震いしそうになった。

「はあ、ふ、はぁ…」

体と視線を絡め合い、信は喜悦の吐息を零しながら、徐々に腰の動きを速めていく。

自分の肩を掴んでいる手が軽く爪を立てたのを合図に、昌平君はようやく主の腰に手を回すことを許された。しかし、腰を動かす許可はまだ出されていない。

繋がっている部分から、性器と性器が擦れ合う卑猥な音が響く。鼓膜までもが信との結合を意識してしまい、情欲がますます膨れ上がってしまう。

信が腰を動かす度に、熱くて滑った粘膜が男根を擦り上げるだけではなく、決して放すまいと強く締め付けられた。

「ッ…、…」

これ以上ないほど身を繋げているというのに、信と口づけがしたくても、まだ許可を得られていない。

主からの命令を待つ立場は、ひたすらにもどかしかった。

 

 

「ッ…、…くッ…ぅ…」

切なげに眉根を寄せている昌平君が息を切らしているのを見て、もうそろそろ限界が近いのだと察した信が妖艶な笑みを浮かべた。

それまでは昌平君の体に跨ってその体を跳ねさせていた信が、覆い被さるようにして抱きついて来た。

すぐに背中に両腕を回して来る昌平君の耳元に、信がそっと唇を寄せる。

「待て」

先ほどと同じ指示が出たことに、昌平君が目を見開く。

「ッ…!」

命令に応えるために、昌平君が奥歯を強く噛み締めて下腹に力を入れたのが分かると、信はうっとりと目を細めた。

追い打ちを掛けるかのように、信が赤い舌を耳に差し込んで来る。

「う…」

ぬめった舌が耳の粘膜を直にくすぐるその感触によって、昌平君が鳥肌を立てた。

耳に舌を差し込まれた状態で、今信が腰を前後に動かし始めたので、昌平君は歯を食い縛って快楽の波に呑まれぬよう、懸命に意識を繋ぎ止めていた。

少しでも気を抜けば、快楽の波に呑まれて意識が溶かされてしまうのは明らかだった。信もそれを分かっているのだろう。口元に妖艶な笑みが象られたままだった。

「はあ、ぁ…」

主導権を握りながらも、信自身も快楽の波に呑まれかけており、蕩けた表情を見せている。

ここまで信の体を育て、躾けたのは他の誰でもない自分だというのに、昌平君は過去の自分を憎らしく思っていた。

積極的な信の姿が見れるのは嬉しいことだが、ここまでやんちゃが過ぎると、次に信が駒犬を演じる時にはとことん仕返しをしてやりたくなる。

そこまで考えて、やはりこれは軍師学校の仕返しなのかもしれないと思った。

(…後で覚えておけ)

奥歯を食い縛りながら、息を荒げている昌平君が睨みつけるように信を見上げる。
もう二度と、信が飼い主に戻りたいと思わなくなるほど、躾けてやりたくなる。

「…ははッ」

駒犬からの視線に気づいた信が、彼の思考を読み取ったのか、まるでやってみろと言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべる。

さらに挑発するように、主が艶めかしい赤い舌を覗かせた瞬間、昌平君の中で何かがふつりと切れた。

 

駒犬と飼い主

「うおっ…!?」

声を上げた時には、既に信の視界は反転しており、寝台に背中が押し付けられていた。

恐ろしいまでに情欲でぎらついている瞳に見下ろされていることから、自分の下にいたはずの昌平君に押し倒されたのだと分かり、信は不機嫌に眉根を寄せる。

「まだ、待てだって…」

「聞けんな」

従順だとばかり思っていた飼い犬から、まさか反論されるとは思わず、信は瞠目した。

「あっ、ぁあっ…!?」

動揺が止まぬうちに、腰を抱え直されて律動が始まったので、つい声を洩らしてしまう。

律動だけではなく、上向いている信の男根を扱かれて、指の腹で敏感な先端を擦られた。先走りの液がぬるぬると滑りを良くして、より快楽を増幅させる。

「待て!待て、だって、言ってるだろ…ッ!」

目が眩みそうな快楽に、意識が呑まれてしまいそうだった。

制止を求めて昌平君の体を押し退けようとするのだが、敷布の上にその手を押さえられてしまえば、抵抗する術はなくなってしまった。

全ての主導権はこちらにあったはずなのに、すっかり逆転されてしまった。

「はあッ…」

覆い被さるように主の体を抱き締め、耳元で荒い息を吐きながら、昌平君が腰を打ち付ける。

つい先ほどまでの騎乗位で散々焦らされ、高められた欲を吐き出すかのように、主の命令に背いて好きに腰を動かしていた。

「ッぅうう!」

これ以上ないほど最奥を貫くと、信が背中を弓なりに反り返らせる。男の精を求め、痛いくらいに締め付けて来た。

自分という存在が、奥深くまで信を支配していると錯覚した。いや、事実に違いない。

「信、いい子だ」

そう囁いてから、今は・・自分が駒犬の立場であることを思い出した。

本当の主は信だというのに、彼の命令によって主を演じていた時間が長いあまり、未だ信を駒犬として扱ってしまうことがある。

「んんッ…ぅぐッ…!」

しかし、いつもの褒め言葉に反応したのか、痛烈に男根を締め付けて、今にも絶頂を迎えてしまいそうなほど、顔を歪めている。

もう信の体は駒犬の立場に染まっており、既に昌平君を主だと認めている。そして彼の心も、自分の存在を主だと認めようとしていた。

「いい子だ、信」

「~~~ッ!」

腕の中で反り返ったその体をきつく抱き締めると、信も縋りつくように背中に腕を回して来た。

体がばらばらに砕かれてしまいそうな衝動が脳天を貫いた瞬間、腰の奥から燃え盛る快楽が迸った。最奥で精を吐き出す感覚は何度経験しても幸福感で胸が満たされる。

「昌平、君ッ…」

腹に熱いものが降り注いだのを感じ、信の男根からも精液が迸っているのが分かった。

「信…」

絶頂の衝動と余韻が過ぎ去るまで、二人は荒い息を吐きながら、お互いの体を抱き締め合っていた。

 

昌平君が首輪を巻かれたあの日、信にも同じように首輪と引き紐が繋がれていた。

互いの首には、互い飼い主の名を記した首輪が嵌められていて、互いの手には、首輪から伸びている引き紐が握られている。

その首輪と引き紐を、他者が触れることは決して許されない。

たとえ二人であっても、飼い主と駒犬の関係を、断ち切ることは許されないのである。

 

書き直し前の小説(8200字程度)はぷらいべったーにて公開中です。

後日編①はこちら

後日編②はこちら

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昌平君の駒犬(昌平君×信←蒙恬)中編

  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/蒙恬×信/嫉妬/特殊設定/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

初めての友人

信がようやく自分に興味を抱いたことを察し、蒙恬は目を細めている。

「名前教えてよ。駒犬が名前ではないでしょ?」

簡素な自己紹介の後、蒙恬が名前を尋ねて来た。

「………」

昌平君からの許しを得ていない信は、蒙恬に見せつけるように、自分の手の平に名前を書く。

「…信?信って名前なの?」

指で書いた名を読み、蒙恬が小首傾げる。そうだと肯定するために、信は大きく頷いた。

「良い響きだね」

この名は顔も知らぬ親につけられたものだ。戦で命を失ったとされる両親がどんな思いを込めてつけたのかは信には分からない。

しかし、字の読み書きも出来なかった信が、昌平君から名前の書き方と意味を教わった時、不思議と温かい気持ちで胸を満たされた。

生まれてから、信が親からもらったのはこの名だけである。信にとってこの名は特別なものだった。

主以外の人間から名を褒められたことが今まで一度もなかったので、どういった反応をするべきか分からずに信は戸惑った。

「…信は、口が利けないの?」

困惑している信に、蒙恬が心配そうに声を掛けて来た。今度は否定するために首を横に振る。

声を出せない訳でもないのに、なぜ言葉を話そうとしないのか、蒙恬は不思議で堪らないらしい。

「………」

身振り手振りで理由を告げようかとも考えたが、信は諦めて蒙恬に向かって背中を向けた。

先ほどの騒ぎを広めず、円満に解決をしてくれたことに恩は感じていたが、これ以上つるむつもりはなかった。

感謝の言葉を伝えられない代わりに、蒙恬の疑問を一つ解消させてやったのだから十分だろう。

たとえ蒙家の嫡男だとしても、自分と関わりのある立場ではないし、ここで会えたのは単なる偶然で、もう会うことはないはずだ。

屋敷に戻るために歩き始めると、

「信、待って」

後ろから蒙恬が腕を掴んで来たので、信はうっとおしそうに視線を返した。

話さないくせに、感情は随分と豊かなのだと分かった蒙恬が意地悪な笑みを深める。

「ねえ、俺と友人になってよ」

 

 

(はっ?)

そんなことを言われるとは思わず、信は思わず声を出して聞き返しそうになった。

驚いて振り返ると、蒙恬はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。

「別に友人になるだけなんだから、先生の護衛役には支障ないでしょ?」

彼の問いに、信がたじろぐ。その反応を見て、蒙恬が目をきょとんと丸めた。

「え?もしかして、それも先生の許可がいるの?」

頷くことも首を横に振ることも出来ない信は、困ったように目を泳がせていた。

信に友人と呼べる存在は一人もいない。常に昌平君の護衛役として付き添っていることで、同年代の者たちと関わる機会が一度もなかったのだ。

そもそも友人という関係性について学んで来なかった信には、昌平君からの許可が必要になるのかさえ、自分で判断が出来ずにいる。

しかし、友人という存在を望んだことはない。

駒犬としての役目を果たすことが信の全てであり、友人と関わる機会など今後もないだろうと思っていた。

どうやら信の考えを見抜いたのか、蒙恬が意味深な笑みを浮かべる。

「俺が初めての友人?」

「………」

友人という関係性は、お互いが認識して成立するものなのだろうか。

信が返事に躊躇っていると、

「…それじゃあ、もしも先生に叱られるようなことがあったら、俺が先生を説得してあげる。どう?」

その言葉を聞いても、信の表情は優れない。この場に昌平君がいたのなら、主に選択を委ねることが出来たのにとすら思った。

いつも昌平君からの命に従っているせいで、自分で判断する能力・・・・・・・・・が著しく衰えているのだ。しかし、そのことに何ら支障はない。

駒犬には不要なものであると昌平君からも言われていたし、その分、主に忠実で従順であることを示すことが出来る。今後も変わる必要はないと教わっていた。

意を決した信が、再び蒙恬に背を向けた時だった。

「信の知らない先生のこと、教えてあげようと思ったんだけどなあ」

その言葉は、見えない杭となって、信の両足を地面に打ち込んだ。

信の知らない昌平君の姿。それは信が出入りを許されない軍師学校と謁見の間で執務こなす主のことを指す。

長い月日を共にしていても、未だかつて、信は一度もその姿を見たことがない。

誰よりも昌平君の傍についているのは他でもない自分だというのに、その自分が知らない主の姿を軍師学校の生徒たちは知っている。それを考えるだけで信の腸は煮えくり返りそうだった。

その感情の名を嫉妬だということを、信はまだ主から教えられていない・・・・・・・・

「どう?悪い話じゃないでしょ」

ようやく信が話に興味を持ったのだと気づき、蒙恬は後ろから信の肩に腕を回し、顔を覗き込んで来る。

楽華隊の隊長である蒙恬は、あの蒙武将軍の息子だと聞いていたが、この華奢な体つきを見ると、本当に親子なのかと疑ってしまう。

「…交渉成立ってことで良いのかな?」

どうやら友人というのは、交渉の末に獲得する関係性らしい。

昌平君も自分の教え子なのだから、こんなことに口を出してくるようなことはしないはずだ。

「………」

信は諦めて頷いた。その返事に気を良くしたのか、蒙恬の口元に笑みが深まる。

「それじゃあ、ゆっくり話せる場所に行こう!」

「ッ…!」

ぐいと腕を掴まれて、信は引っ張られていく。

逃げないように首輪でもつけたつもりなのだろうかとも考えたが、友人という関係はこれが普通なのかもしれないと無理やり自分を納得させた。

 

初めての友人 その二

(え…?)

ゆっくり話せる場所として蒙恬が選んだのは、なんと軍師学校だった。

門を潜る手前までは、信も昌平君に同行しているのだが、この先に行ったことは一度もない。

軍師学校は厳しい警備がされている宮廷のすぐ傍にあるせいか、門番は初めからいない。盗まれて困るような機密事項は学校に置いていないので、警備する必要がないのだそうだ。

しかし、立ち入りが出来るのは関係者と、厳しい試験を潜り抜けて来た優秀な生徒たちだけである。

不意に立ち止まり、ぽかんと口を開けながら軍師学校を見上げている信に、蒙恬が不思議そうに振り返った。

「どうしたの?」

「……、……」

首を横に振って、自分は入ることが出来ないと訴える。

掴んでいる腕を引っ張られても、信は両足に力を込めてその場から絶対に動こうとしなかった。

「…ここ・・は許可がないと入れないんだ?」

頑なに進もうとしない信に、蒙恬が納得したように頷いた。

「それじゃあ、信って…先生が軍師学校にいる時の様子は何も知らないんだね」

その言葉を聞き、信のこめかみに鋭いものが走った。

護衛役として他の者たちよりも、昌平君と長い時間共に過ごしている自分が唯一知らない姿だ。小馬鹿にされたような気がして、信は唇を強く唇を噛み締める。

蒙恬にはそのようなつもりはないのだと分かっているのだが、信は主の姿を全て把握出来ていないことに劣等感さえ覚えていた。

「なら、俺の付き人ってことにして入ろう」

それなら何も問題はないと明るい声で提案されるが、それでも行けないと信は首を横に振った。軍師学校の敷居を跨ぐ許可を得ていない。

主が傍に居ない時であっても、主の命に逆らうことは許されない。今までそうして生き続けて来たのだ。安易な事情で、駒犬の規定を破る訳にはいかなかった。

信が頑なに規定を守り続けるのには、もしも昌平君の命に背いたことを本人に気付かれれば、躊躇うことなく斬り捨てられるかもしれないという不安があった。

斬り捨てられるのならまだ良い。斬り捨てる価値もないと見放されたら、そう思うだけで、信は恐ろしくて震え上がってしまう。

昌平君に捨てられれば、もう自分は一人では生きていけないのだと、信は骨の髄まで理解していた。

「ッ…!」

急に項を指でするりと撫でられて、信は小さく跳ね上がる。くすぐったくて、思わず声を上げそうになったが、寸でのところで飲み込んだ。

何をするんだと蒙恬を睨みつけると、彼はこちらを挑発するかのようにあははと笑った。

「そんなに怯えなくても大丈夫。もし、信が先生に捨てられちゃったら俺が飼ってあげるから」

慰めるように声を掛けられると、ふつふつと怒りが込み上げて来る。

自分が主だと認めたのは昌平君だけであり、誰であっても彼以外の人間を主として認めるつもりなどない。

むっとした表情を浮かべている信に蒙恬が軽快な笑い声を上げる。よく笑う男だと思った。
先に門を潜った蒙恬が振り返り、おいで、と手招かれた。

「…………」

不安げに瞳を揺らしている信を見て、蒙恬は昌平君の命令を背くことになるのを怯えているのだろうと考えた。

「…あ、それじゃあさ、これはどう?」

戻って来た蒙恬が、坐買露店で男に絡まれて助けてくれた時ように、信の肩に腕を回す。

何をするんだとすぐに険しい表情へ変わった信の顔を見て、蒙恬が声を潜める。

「俺が軍師学校の前で倒れてたのを、信が助けて救護室に運んでくれた。…これなら先生だって叱らないでしょ?」

これが名も知らぬ者であるならともかく、蒙家の嫡男を助けたとなれば、さすがに昌平君も文句は言わないだろう。

信はしばらく躊躇っていたが、意を決したように顔を上げて頷いた。

「…良かった」

満足そうに蒙恬が口角をつり上げる。

 

 

「じゃあ、行こうか。場所は俺が案内するから」

具合が悪そうな演技をするために、蒙恬は信の肩に腕を回したまま俯いた。その手を掴み、信は初めて軍師学校の門を潜ったのだった。

「…、……」

「入り口はこの奥」

門を潜った後、簡素な装飾が施されている軍師学校の入口を通り、長い廊下を歩いた。

今は生徒たちが一つの教室に集まって軍略について学んでいる時間帯であるからか、廊下には信と蒙恬以外誰もおらず、静けさが満ちていた。

蒙恬の話だと、生徒同士で軍略囲碁を打ち合ったり、過去の戦の記録を読み返すこともあるのだそうだ。

「…突き当たりを右に進んで」

案内に従いながら、信は救護室を目指した。
昌平君が救護室にいないことは分かっていたが、もしも遭遇してしまったらどうしようと身構えてしまう。

倒れていた蒙恬を助けたことを責められはしないと思うのだが、勘が鋭い主がこの偽装工作を気づいたらと思うと、背筋が凍り付いた。

自分の意志で命令に背いたのだと気づかれて、どこにでも行ってしまえと捨てられかもしれないと、信は思わず唇を噛み締めた。

「………」

引き返すなら今しかない。もう一人の自分が叫ぶが、進み出した足は止まらなかった。

今まで一度も見たことがない主の姿を、信はどうしても知りたかったのだ。主に捨てられる代償を伴うとしても。

「…大丈夫だよ、信。俺がついてるから」

罪悪感のあまり、顔色を悪くしている信を見て、蒙恬が優しい声色で囁いた。

彼は本当に戦に出ているのか疑わしいほど華奢な体つきをしており、着物に花のような甘い香を焚いている。声を聞かなければ、信は蒙恬を女だと思い込んでいただろう。

 

秘め事

救護室を覗き込むが、中には誰もいなかった。

設置されている寝台も机も綺麗に整っており、誰かが使った形跡どころか、誰かがいた形跡も見当たらない。

もしかしたら常に無人なのだろうか。これでは急病や怪我人の対応が出来ないのではないかと信が不振がっていると、

「たまに軍略囲碁で頭を使い過ぎて倒れる生徒がいるくらいだからね。そんな頻繁には使われていないんだ」

軍師学校に常駐している医師はおらず、宮廷に常駐している医師団が時折見回りにやって来るのだと蒙恬が教えてくれた。

救護室に足を踏み入れるなり、蒙恬はいくつか並べられている簡素な寝台の一つにごろりと横たわる。

もしも昌平君がやって来たとしても、すぐに演技が出来るようにしているのだろう。

「信、こっち来て」

手招きをされて、信は彼が横たわる寝台の隅に腰を下ろした。

「何が訊きたい?信が知らない先生のこと、なんでも教えてあげるよ」

「っ、…」

軍師学校で仕事をする主のことなら何でも知りたかった。すぐに質問をしようとして、寸でのところで声を飲み込む。

出入りを禁じられている軍師学校に入ったのだから、せめて普段の言いつけは厳守しなくては。

それに、もしも主がここに現れたとして、蒙恬と口を利いている姿を見られたらと思うと、安易には話せなかった。

開きかけた口を慌てて噤んだ信が、訊きたいことを声に出す以外で伝えようと狼狽える。辺りを見渡すが書き物に使う道具も見当たらない。

名前を教えた時のように、手のひらに指で文字を書こうとした信を見て、蒙恬はにやりと笑った。

「信が喋らないなら・・・・・・教えてあげない」

「…、…っ…」

なんだと、と信が歯を食い縛る。その反応を見て、蒙恬がまた軽快に笑った。

「せっかく二人きりなんだから声くらい聞かせてよ」

「………」

許可を得ていないのだから、自らの意志で発言は出来ない。信は腕を組んで、蒙恬から顔を背けた。

こちらは昌平君に捨てられる代償を背負っているというのに、蒙恬の機嫌一つで安易に命令違反をする訳にはいかなかった。

ただでさえ立ち入りを禁じられている軍師学校に入ってしまったのだから、これ以上の違反行為は出来ない。

 

 

だんまりを決め込んだ信を見て、蒙恬は諦めたように肩を竦めた。

「…先生はね?全然表情変わらないんだよね。褒めてくれる時も、お説教する時も、ずーっとあの顔なの」

昌平君の真似をしているのか、蒙恬が自分の目尻を指でつり上げる。それが主に似ているのか信にはよく分からない。

しかし、彼の話を聞いて、今まで知らなかった軍師学校での指導員としての主の一面を初めて知ることが出来た。

「…あ、やっと笑った」

指摘されて、信は慌てて口元を押さえた。つい頬が緩んでいたようだ。俯いて前髪で顔を隠すが、蒙恬にはしっかり見られてしまったらしい。

「もっと聞きたいでしょ?先生のこと」

「っ…」

甘い誘惑に信は分かりやすく狼狽えた。
その反応を見て、蒙恬が追い打ちを掛けるように言葉を続けた。

「それじゃあ、喋らないで良いから、もっとこっち来て?」

寝台に横たわったまま、蒙恬が自分の太腿を二回叩いた。

「っ…?」

いつも主が自分を呼び寄せる時と同じ仕草だったこともあり、信は驚いて目を見開く。
反射的に立ち上がりかけた体を制し、信は蒙恬を睨みつけた。

「…先生のこと、もっと知りたいでしょ?ほら、こっちおいでよ」

穏やかな声色で、太腿を二回叩いて再び信を呼び寄せた。

自分を呼び寄せる仕草が昌平君と同じだったのは偶然だと頭では理解しているのだが、信はあからさまに動揺を見せていた。

「ふうん?俺には懐いてくれないんだね」

つまらなさそうな口調で呟かれたので、信は機嫌を損ねてしまっただろうかと顔色を窺った。

「あーあ、せっかく良い友人になれると思ったんだけどなあ」

(…まさか、こいつ…)

信はここに来てようやく、この男の機嫌によっては、今の秘め事を主に告げ口するつもりなのではないかと危惧した。

軍師学校を入学するには難易度の高い試練を合格しなくてはならないし、卒業となればまたそれに相応しい努力をしなくてはならない。それを蒙恬は首席を卒業したと聞いていた。

そんな優秀な男の機嫌を損ねれば、腹いせに明晰な頭脳を使って信の立場を引き摺り下ろすかもしれない。

自分が軍師学校に手引きしたことは気づかれぬように、昌平君に告げ口をするだろう。

共に軍師学校に足を踏み入れた時から、蒙恬にとって有利な状況が完成されていたのだ。信の立場で見れば、蒙恬に従わなければ主に捨てられることに直結してしまう。

もっと警戒するべきだったと信は今になって後悔した。昌平君の教え子ということと、甘い条件に誘惑されたことで、油断してしまった。

ここで信が逃げ出せば、間違いなく残された蒙恬は昌平君のもとへ向かうだろう。

代償を覚悟でここまで来たのだから、何としてでも主に気付かれる訳にはいかない。お互いにとって良い条件を満たし、不満なく終わることさえ出来れば、取引は成立するのだ。

 

秘め事 その二

「……、……」

きゅっと唇を噛み締めた信は一度立ち上がって、横たわる蒙恬の身体に跨った。

「あは、やっと懐いてくれたんだ?」

腹筋を使って起き上がった蒙恬は、嬉しそうに信の腰元に腕を回して来た。

簡単には離れられないようにしっかりと抱き締められてしまい、信はしきりに扉の方へ目を向ける。

誰かが救護室の前を通る気配は相変わらずないのだが、もしも昌平君が来たらどうしようという不安はなくならない。

「そんなに心配しなくても、滅多に使われない場所だから大丈夫だよ」

信の視線を追い掛け、蒙恬は安心させるように声を掛けた。

「友人らしいことしようか」

「?」

そんなことを言われても、それが何であるか信には想像がつかなかった。
あからさまに狼狽えている信に、いきなり蒙恬が顔を近付けてくる。

「ッ!」

不意に首筋に唇を寄せられて、信は反射的に逃げようとした。しかし、それよりも早く蒙恬の手が項に回された。

後ろから首を押さえられて、逃げ道を奪われると、首筋に小さな痛みが走る。

「ッ、ぅ…?」

少ししてから蒙恬が顔を離すと、赤い痣が浮かび上がっていた。じんと疼くような痛みが首筋に残っていた。

昌平君と身を交える時も、時々される行為だったので、どうしてそんなことをしたのだろうと険しい表情を浮かべる。

自分の唇をぺろりと舐め回すと、蒙恬は得意気に笑みを深めた。

「だって、先生も信にしてるでしょ?こういうこと」

「っ…」

不意に項を撫でられて、信はくすぐったさに肩を竦める。そういえば昨夜の情事で、昌平君に項を噛みつかれた。蒙恬に背を向けた時に気付かれてしまったのだろう。

「…信は知らないだろうけど、これは友人同士なら普通・・・・・・・・なんだよ?先生は教えてくれなかったでしょ?」

信の項を撫でつけながら、蒙恬がそう教えてくれた。

(これが、普通?)

自分と昌平君は主従関係で結ばれているというのに、なぜ友人にすることを自分に行っていたのだろう。

今の蒙恬と自分のように身を寄せ合う行為が友人なのだとしたら、昌平君は自分以外の誰かとも同じことをしているのだろうか。

昌平君の着物から他の者の匂いを嗅ぎ取ったことはなかったが、蒙恬の言うことが本当だとしたら、自分が傍にいない間に誰かと会っているのだろうか。

初めて外の世界・・・・を教えられた信は大いに戸惑い、その胸に不安を募らせた。

「…あ、そうだ。言い忘れてた」

「?」

何かを思い出した蒙恬がその口元に意地悪な笑みを深めたので、信は嫌な予感を覚えた。

この時、救護室に近づいて来る足音に気付いていれば、蒙恬の腕の中から抜け出すことが出来たのかもしれない。

しかし、信は蒙恬の言葉の続きが気になり、行動が遅れてしまったのだ。

「…ここの救護室なんだけど、先生がよく息抜きに来る・・・・・・・・・・・んだよね」

「えッ!?」

予想もしていなかった返答に驚愕し、信が間抜けな声を上げた途端、無情にも背後で扉が開かれた。

 

現行犯

反射的に振り返ると、今だけは一番会いたくなかった主の姿がそこにあった。

いつも見ている切れ長の瞳と目が合うと、信の顔から血の気が引いていく。

「………」

重い沈黙が救護室を包み込んだ。苦しいほどに息が詰まってしまう。
昌平君は普段のように表情こそ変えなかったものの、その瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。

軍師学校での執務を終えるまで待っていろと命じたはずの駒犬が、教え子である蒙恬の膝に跨っているのだから驚かないはずがない。

立ち入りを禁じているはずの軍師学校にいることと、なぜ蒙恬と共にいるのか。二人きりの空間で何をしていたのか。さまざまな情報が視界に飛び込んできて、脳が処理をするまで時間がかかっているようだった。

「何をしている」

当然の疑問を向けられ、硬直していた信の身体が弾かれたように竦み上がった。

「あ、あの、これ、は」

発言の許可も得ていないというのに、信の唇に言葉が押し寄せて来る。

すぐに弁明をしようと、信は蒙恬の身体から退こうとしたのだが、二本の腕がそれを許さなかった。

「せっかく二人きりの時間を満喫してたのに、もう行っちゃうんだ?」

残念だなあと、少しも残念がっていない声色で、蒙恬が信の身体を抱き締める。

「はっ、放せ!騙したんだなッ!」

ここには誰も来ないと言ったではないかと、信が怒りのあまり、発言の許可を得ていないことも忘れて怒鳴りつける、蒙恬はとぼけるように小首を傾げた。

「え?先生がここに来ないなんて、一言も言ってない・・・・・・・・けど?」

「~~~ッ!」

昌平君に気付かれてしまったことに対する焦燥と、蒙恬に対する怒りによる混乱で、信は瞳に涙を浮かべていた。

「信」

いつもの低い声で名前を呼ばれ、信は怯えたように顔を歪ませた。

突き刺さるような視線はずっと背中に感じていたのだが、その視線とその声色から昌平君が怒っていることは顔を見なくても理解していた。

(へえ…)

顔から血の気を引かせたまま動けずにいる信と、不自然なまでに表情を崩さないでいる昌平君を見て、蒙恬は二人の関係を改めて理解した。飼い主と犬の上下関係が根強く刻まれているらしい。

「よしよし。先生怒ったら怖いよね」

腕の中で縮こまっている信を慰めるようと、蒙恬は穏やかな笑みを浮かべた。

まるで昌平君に見せつけるように、蒙恬は優しい手付きで信の頭を撫でる。

昌平君の怒りを察したからか、先ほどと違って信は蒙恬の膝の上から動けず、大人しく頭を撫でられていた。動けないでいるという方が正しいだろう。

それに気を良くした蒙恬はそっと信の耳元に唇を寄せる。

「…あーあ。信、捨てられちゃうね?」

捨てられるという言葉に反応したのか、信がひゅ、と息を飲んだ。

「もし、先生に捨てられちゃったら、俺のとこにおいで?俺が飼ってあげるから」

昌平君に聞こえる声量でそう言った蒙恬は、未だ震える信の身体を優しく退かしてから立ち上がった。

何事もなかったかのように、蒙恬は救護室を出て行こうとする。
扉に手を掛けた途端、そうだ、と彼は思い出したように振り返った。

「公私混同は良くないですよ、先生?」

咎めるように、からかうように明るい声色を掛けられ、昌平君は僅かに眉根を寄せる。

(…知っているのか)

その後は振り返ることなく救護室を出て行った蒙恬がどのような表情を浮かべているのかは見えなかったが、あの声色から、恐らく笑っていたに違いない。

 

 

蒙恬が出て行った後、室内には相変わらず息苦しいほどの重い空気が満ちていた。

言い訳を考えているのか、信が落ち着きなく目を泳がせている。謝罪よりも言い訳を述べようとしているその態度に、昌平君はますます苛立ちを覚えた。

発言の許可を得ていないものの、その罰を恐れることなく、すぐに謝罪をしてくれたのならば多少は気が紛れたかもしれない。

「っ…」

睨みつけると、寝台に腰掛けていた信が分かりやすく硬直した。

一人で行動する際も発言の許可を出していなかったことから、恐らくは蒙恬が無理やり連れて来たのだろうと仮定する。

―――はっ、放せ!騙したんだなッ!

―――え?先生がここに来ないなんて、一言も言ってないけど?

二人の会話のやりとりを思い返せば、口の上手い蒙恬に信が唆されたことは明らかだ。
しかし、こうも簡単に信が唆されたのには、もう一つの理由があった。

信は心に踏み入って来た人物を疑う・・ということを知らないのである。

常日頃から相手を疑うよう躾をしなかったのには、そもそも信の心に踏み入れる人物は、主である自分だけだと自負していた。

まさか、よりにもよって蒙恬に付け入れられたのは予想外であったが。

信と蒙恬には何の接点もない。それゆえ、蒙恬が信に興味を持つはずがないと油断していた。

軍師学校に足を踏み入れたことはもちろんだが、何よりも主以外の男に身を寄せ、口を利いた。

これは命令違反いけないことであると、信にも自覚があったに違いない。

もしも自分がこの場に訪れなければ、信はこの事実を隠し通そうとしていたかもしれない。
主に隠し事をする悪知恵はどこで覚えたのだろうか。

もしかしたら自分が信と離れている間、蒙恬と何度も密会をしていたのではないかと不審に眉根を寄せてしまう。

 

命令違反と罰

「……、……」

無言の眼差しを向けられ続けた信がいよいよ恐れをなしたのか、寝台から立ち上がった。

昌平君の前に膝をつき、立ち膝の状態になる。しかし、目を合わせるのも恐ろしいのか、青ざめた顔のまま俯いていた。

「っ…!」

昌平君が僅かに右手を動かすと、怯えたように信が目を強く瞑った。

暴力による恐怖で押さえつけるような躾をした覚えはないのだが、きっと殴られても仕方がないと感じているのだろう。此度の命令違反の罪が重いことを自覚している証拠とも言える。

「……、……」

昌平君の手は、信の頬を打つことなく、するりと撫でた。

しばらく目を伏せていた信だが、ゆっくりと瞼を持ち上げると、怯えた瞳で見上げて来た。

「す、捨てな、ぃ、で」

発言の許可を得ていないのは分かっているだろうに、信は双眸にうっすらと涙を浮かべながら必死に訴えた。

紫紺の着物を掴んで来て、文字通り自分に縋りつく姿を見下ろし、思わず笑みが零れそうになる。

主従関係を結んだあの日から、捨てるつもりなどないというのに、信は粗相をすれば見放されると思い込んでいるようだ。

それはそれで都合が良いことで、昌平君は彼の思い込みを修正することをしなかった。

本当の犬のように頭を擦り付ける姿に、つい絆されてしまいそうになる。

捨てるつもりはないとはいえ、躾は大切だ。二度と自分以外の者に唆されることのないよう、その身に教え込まなくてはならない。

蒙恬が信に近づくとは予想外であったが、発言をしない命令を忠実に守っていたのだとしても、主以外の人間に尻尾を振ったことは許されない。

「………」

頬を撫でていた手を動かし、今後は顎を掴んで持ち上げた。指でその唇を何度かなぞってやると、意を察したのか、信がこくりと喉を鳴らす。

いつまでも言葉を掛けないのは、機嫌を損ねていると錯覚させるためだ。

全ての決定権は主である自分にあり、信の態度一つで慈悲を掛けてやることも、容赦なく捨てることも出来るのだという態度の表れでもあった。

信もそれを察しているからこそ、こんなに怯えているのだろう。ともすれば簡単に口角がつり上がってしまいそうになり、昌平君は笑いを堪えるのに、歯を食い縛らなくてはならなかった。

 

 

信が涙目で昌平君を見上げる。許しを乞う視線を向けられるが、昌平君は何も言わずに彼の後頭部に手をやった。

「っ…」

狼狽えている信が扉の方に視線を向けていたことには気づいていたが、構わなかった。

催促するように後頭部に添えた手に力を込めると、信が震える手で、着物の帯を解いた。

飼い犬の戸惑う表情を見ていただけだというのに、男根は僅かに上向いている。それをゆっくりと手の平で包んだ信が顔を赤らめた。

「は、…」

口を開けた信が艶めかしい赤い舌を覗かせた。先端を咥え込み、柔らかい頬の内側を擦り付けられる。鈴口を掃くように舌が動いた。

しかし、信の視線と意識は未だ扉の方に向けられており、誰か来る前に早々に終わらせようとする意志がおのずと伝わって来た。

いつもなら口淫だけで、その先のことを期待して上向いている信の男根も、今は何の反応を見せていない。

自分に捨てられたらという不安と、誰かにこの場を見られたらという不安のあまり、口淫に集中出来ていないのは明らかだった。

根元を手で扱き、敏感な先端を口と舌を使って愛撫される。

「ん、…ん、ぅ……」

信の口の中の唾液が泡立つ卑猥な水音が響いたが、その音さえも誰かに聞かれたらと不安なのだろう。切なげに寄せられている眉がそれを語っていた。

「もういい」

「ッ…」

低い声で信の髪を掴み、口淫を中断させると、信の瞳が恐慌したように顔を歪める。
乱れた着物を整えていく主の姿を見て、信は今にも泣きそうな弱々しい瞳を向けて来た。

「ちゃ、ちゃんと、する」

紫紺の着物を掴んで、先ほどのように縋るような眼差しを向けられる。

もはや発言の許可を得ていないことは、信の頭から抜け落ちているらしい。

普段から忠実に命令に従っている駒犬がこれほど取り乱す姿を見るのは珍しいことで、つい意地悪をしたくなってしまう。

「何をだ」

主語のないその言葉がどういう意味かと聞き返すと、信は羞恥に顔を赤らめてはいるものの、立ち上がって自ら着物に手をかけて肌を見せ始めた。

体の線に沿って着物が床に落ちていき、一糸纏わぬ姿となった信に思わず口角がつり上がりそうになったが、あえて表情を崩さずに、冷たい視線を向け続けた。

「ッ、あ、の…俺…」

戸惑ったように瞳を揺らし、再び扉の方に視線を向けていたが、拒絶することは許されないと信自身も頭では理解しているらしい。あとは余計な理性だけを消し去ってしまえば良い。

一歩前に詰め寄ると、同じ分だけ信が後ろに下がる。何度かそれを続けると、膝裏に寝台がぶつかって、呆気なく座り込んでしまった。

先ほどと同じように主を見上げる体勢となり、信が生唾を飲み込んだのが分かった。

「っ……」

まだ何も命じていないというのに、信は全身の血液が顔に集まったのかと思うほど顔を赤くして、膝を折り曲げ、その足を開き始めた。

 

命令違反と罰 その二

「何をしている」

主に向かって両足を開く行動の意図は一つしかないし、その意図が何たるかは手に取るように理解していたのだが、あえて昌平君は問い掛けた。

主に意図を探らせようとするのは、駄犬のすることである。

少しでも気を許せば、堰を切ったように涙を流してしまいそうな信に、昌平君は変わらず冷たい眼差しを向けていた。

躾に手を抜くつもりはないし、甘やかして調子に乗るような駄犬など不要である。もちろんそんな風に成長してしまったのなら、それはそれで調教のやりがいがあるというものだが。

「つ、使って、く、ださい…」

緊張と羞恥のせいで、途切れ途切れに、今にもかき消されてしまいそうなほど小さな言葉が紡がれる。

しかし、視線だけは決して主から逸らすことはなかった。

必死に捨てられまいとするその態度に愛おしさが込み上げて来て、昌平君は堪らずその体を抱き締める。

「信…」

震えているのは分かっていたが、腕の中で縮こまる駒犬の姿に、このまま喉笛を食い千切ってやりたいとさえ思った。

(捨てるわけがないだろう)

それを言葉にすれば、安堵して泣き喚くのは目に見えていた。

蒙恬との会話の内容から察するに、信の方にも言い分があったに違いない。

もしも信一人だけが軍師学校に立ち入ったのならば、自分に会いたかったのだろうと錯覚し、そんな可愛らしい理由ならばもちろん許していた。

しかし、蒙恬と共に過ごしていたことだけは、見逃すわけにはいかなかった。

飼い主にしか懐かない忠実な犬であったとしても、他人を疑うことを知らぬ無知な子供だ。

今までは主である自分以外の人間と関わらせないようにしていたが、今後は言葉巧みに近付いて来た者に心を許せば、恐ろしい目に遭うのだと骨の髄まで分からせてやる必要がある。

躾を建前として、蒙恬に対して嫉妬の感情を抱いていることを、醜いまでに歪んだ独占欲を抱いている自覚はあった。

発言に許可を必要とするようになったのも、自分以外の者と口を利かぬ意図があったのに、信は初めてそれを裏切ったのである。

自分だけの駒犬であるはずの信が、何を餌につられたのかは知らないが、こうも容易く主を裏切るとは思わなかった。

それでいて粗相をしたことを咎めれば、捨てないでくれと泣きついて来る信に、傲慢さを覚えてしまう。しかし、自分以外の人間に尻尾を振ることはないだろうと慢心していた自分にも反吐が出そうになった。

「つ、つか、使って、くだ、さ」

哀れみを誘うほど弱々しい声で懇願する信に、昌平君は結び直した帯を再び解いた。

「っ…」

僅かに安堵した表情を浮かべた信が腕を伸ばし、先ほどまで口で咥え込んでいた主の男根を手で愛撫する。

手の平で扱き、尖端の鈴口を指の腹で擦り、完全に勃起させてから、信はその先端を自分の後孔に擦り付ける。

根元を掴んだまま、まるで自慰をするかのように男根を扱われ、どこでそんな術を覚えたのかと瞠目した。やはり蒙恬と今日だけでなく、逢瀬を重ねていたのだろうか。

こめかみに熱いものが駆け抜け、昌平君は信の腰を掴むと、容赦なくその体を貫いた。

「ぁああぁッ」

何度も受け入れているとはいえ、指で解すこともせず、強引に入り口を押し開かれて、悲鳴に近い声が上がった。

「ぁ、がっ…かは」

寝台の上に腰掛けていたその体に圧し掛かり、最奥まで男根を打ち付けると、信がはくはくと口を開閉させている。

最奥まで男根が入り込んだ衝撃に目を白黒とさせていたが、決して抵抗はしない。目尻から涙が伝ったのが見えたが、信は健気に足を開き続け、体から力を抜こうと懸命に呼吸を繰り返していた。

 

 

中で男根が馴染んだのを確認してから、腰を引いていくと、信が縋るような眼差しを向けて来た。

震える手が昌平君の背中に伸ばされる。抜かないでと訴えているのか、その行動が愛らしく、つい口角がつり上がってしまう。

「ぐううぅ、んんッ」

亀頭と陰茎のくびれの辺りまで引き抜き、勢いよく奥を突くと、信が口からくぐもった悲鳴のような声が迸る。これが処女だったのならば、痛みに泣き喚いていたに違いない。

しかし、信の男根は触れてもいないのに、確かに上向いていた。

「信」

名を呼ぶと、涙で濡れた瞳で見上げて来る。

「ぅ…?」

昌平君は彼の髪を後ろで結んでいる紐を解き、あろうことかその紐を使って、陰茎をきつく括りつけた。

何をしているのかと不思議そうな顔で、自分の男根と昌平君を交互に視線を向けている。

背中を掴んでいた信の両手を寝台の上に押さえつけ、指を絡ませ合う。いつものように手を握り合ったせいか、強張っていた表情が僅かに和らいだのが分かった。

唇を重ね、舌を差し込むと、すぐに舌を差し出して来る。

「ッ、んん、ふ、ぅ」

口づけを交わしながら腰を前後に動かすと、信がもっとしてほしいと強請るように両脚を腰に巻き付けて来る。

唇で舌を挟んで、しゃぶり、嫌われまいとする健気な態度に自分の躾は間違っていなかったのだと安堵した。

「んッ、ん、ぅッ…んんッ…?」

口づけと後ろの刺激だけを続けていくと、信の眉がどんどん切なげに寄せられていく。

視線を下ろすと、髪紐できつく結んだ男根が苦しそうに張り詰めているのがわかった。勃起と射精を禁じるように髪紐が食い込んでいるのだ。もちろんその目的で縛り上げたのだが、信は初めての経験に狼狽えている。

「ひ、た、ぃぃ」

口づけの合間に訴えられるものの、昌平君は聞こえないフリをして腰を律動させる。

腹の内側を突き上げる度に、快楽の波が押し寄せているのか、信が荒い息を吐きながら目を剥いていた。

「やっ、やら、ぁ、外し、て」

髪紐を外して欲しいと訴え、何とか男根の紐を外そうと試みるが、寝台の上で押さえつけられた手は使い物にならない。

「信、まだだ」

寝台の上で押さえつけていた手を放すと、昌平君自身も息を切らしながら、信の腰を掴んで強くその体を引き寄せた。

「~~~ッ!」

これ以上ないほど奥を突かれ、信の身体が大きく仰け反る。

待て・・だ」

待てを強制され、信は口の端からみっともなく唾液を垂らしながら、命令に従っていた。

「ぅぅうう…」

がちがちと打ち鳴っているだけで、少しも噛み合わない上下の歯の隙間から苦しそうな声が洩れている。

内腿が痙攣しているのを見る限り、もう限界に近いらしい。絶頂に駆け上ろうとして、しかし、男根を戒めた紐が邪魔をしているのだ。

止めどなく涙を流しながら、男根をきつく縛り付けている紐を解こうと、震える手を伸ばす。

まだ許可を出していないというのに、無断で動いた悪い両手を捕らえると、頭上に一纏めにして押さえつけた。

「はぁあッ、ぁあぅ、う、ぅぅ」

上ずった声を上げる信は、もはや満足に言葉も紡げず、目の焦点も合っていない。

首を横に振って、許しを乞うように、もう限界だと訴えている。

自分を受け入れていることをさらに意識させるために、男根が出し入れされている薄い腹を手の平で圧迫してやる。

「んんぅ、ぁぐッ」

信がくぐもった声を上げながら、力なく首を振った。

もう誰かが来るのではないかという不安に意識は向けられておらず、ただひたすら快楽の波に呑まれ、絶頂に上り詰めることしか考えられなくなっているらしい。

性の獣に成り果ててしまったその姿が、自分のことしか考えられずにいる今の信が堪らなく愛おしくて、昌平君は喉奥で低く笑った。

 

後編はこちら

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昌平君の駒犬(昌平君×信←蒙恬)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/蒙恬×信/執着攻め/特殊設定/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

主従契約

「―――これは私とお前の主従契約だ」

男は汚いものを見るかのような目つきでそう言った。

今自分が声を出せば、迷うことなく喉元を切り裂かれてしまうような、躊躇いのない刃のように、その瞳は冷たかった。

あの瞳の冷たさを、少年は今でも忘れることはない。

「私の言うことには全て従え。歯向かうことは決して許さぬ」

自分を主として認めろと男は言った。
それは同じ人間という種族の中での上下関係ですらなかった。

飼い主と犬。もはや自分は人としての扱いもされなくなるのかと、少年は他人事のように考えた。

男の上質な着物にも返り血が染みついていた。瞳はあんなにも鋭いのに、彼が握っている剣の刃は、刃毀はこぼれをしており、切れ味が悪そうだ。

今あの刃で斬られたらきっと痛いだろうなと、他人事のように考える。

男は剣を持っていない方の手を差し出した。
その手も血で真っ赤に染まっていたが、少年は決して汚いとも恐ろしいとも思わなかった。

「…この手を取るのなら、その命、私が生涯責任を持って飼おう・・・

少年は躊躇う素振りもなく、男の手を取った。

大きな骨ばった手は、刃のような冷たい瞳と違って温かく、少年はついその手を握ってしまう。

男がその手をすぐに握り返すと、少年は思い出したように辺りを見渡した。

自分たちの足下に、無数の屍が転がっている。
見慣れた顔のはずだった・・・・・・・・・・・のに、今の少年の瞳には、どれも同じ見覚えのない顔に映っている。

体つきから、それが女か男、子供や大人かくらいの違いは分かるのだが、それが誰であるのか・・・・・・・・・を少年はもう思い出すことが出来なかった。

 

 

あれから数年の月日が経ち、信という名の少年は下僕の立場から、秦の総司令を務める右丞相・昌平君の護衛を担う側近へと昇格を果たした。

素性も分からぬ下賤の少年を護衛役に任命したのは、彼を保護した昌平君自身だが、家臣たちから大いに反対をされたことは言うまでもない。

しかし、彼らを説き伏せたのは、意外にも主ではなく、信自身だった。

屋敷に連れて来られた時から、信は言葉でなく、態度で昌平君に対する忠義を示していた。

初めは一向に喋ろうとしないことから、口が利けぬのかと誤解されていたようだが、そうではない。

主である昌平君から許し・・が出るまで、信は一言も口を利かぬよう、健気に命令を守っていたのだ。
傍に昌平君がいない時でさえも、信は従順に言いつけを守っている。

返事の一つさえ、決して声を出さないようにしている少年を、初めの内は家臣たちも薄気味悪い目で見ていた。

なぜ信を拾ったのか、どこから連れて来たのか、家臣たちは誰一人知らない。それを知っているのは昌平君だけである。

後に信は護衛としての役目を全うするために、剣の扱いを学び始めた。
昌平君と、彼の近衛兵である豹司牙から手ほどきを受けたせいか、着実に剣の腕は上達を見せていた。

男にしては身のこなしが軽い信は、剣術の型に縛られることなく自由に戦い方を学び、たった数年の間で、昌平君にも豹司牙にも劣らないほど剣の腕を磨き上げたのだった。

今や、昌平君の護衛役を担うことに反対する者は誰もいない。信はまさに自分の努力で、家臣たちを説き伏せたのだ。

まさか昌平君自らが武を授けることに家臣たちも驚いていたが、信の上達具合から、彼の武の才を見抜いて連れて来たのだろうと噂が広まった。

初めは素性の分からぬ少年を受け入れられないでいた家臣たちだったが、長年共に過ごせば情も湧くもので、今や信は昌平君の側にいるのが当たり前の存在になっている。

信の年齢で初陣を済ませている将は多くいる。将として育てるつもりだったのだろうと誰もが考えていたが、昌平君は信を戦に出すことはしなかった。

護衛としての役目を全うさせようとしているのだろうか。真意は誰にも分らない。

ただ、信が昌平君にとって使える駒であり、犬のように従順な存在であることだけは誰もが分かっていた。

そのせいか、いつからか信には、「昌平君の駒犬」という呼び名がついて回るようになっていた。

主のためなら駒同然に命を投げ捨てる従順なる犬。

命の価値を軽視した皮肉も込められた呼び名ではあるが、信はこの呼び名を密かに気に入ってた。

 

 

駒犬の生きる術

それまで真剣な表情で木簡に筆を走らせていた昌平君が小さく息を吐いたので、今日の分の政務が終わったのだと信は察した。

もうとっくに陽は沈んでおり、蝋燭の明かりだけが室内を照らしている。

昌平君の顔に疲労が滲んでいるのが見える。今宵は月が雲隠れしており、いつもよりも薄暗かった。眉間に刻まれた皺がいつもより深いところを見れば、随分と目を酷使したのだろう。

机の端に重ねられている大量の木簡は、全て内政のことが記されているものばかりだ。しかし、机の端に寄せられているということは、それがもう用済みである証拠である。

しかし、筆を置いたまま背もたれに身体を預けている姿を見る限り、今日の政務はもう切り上げるのだと分かった。

積み重ねられている木簡を書庫へ片付けてこようと信が立ち上がる。

「…信、来なさい」

椅子に腰掛けたまま、昌平君が信を呼んだ。命じられれば必ず従うことを骨の髄まで調教されている信は、すぐに昌平君の前に向かう。

返事を声に出さないのは、まだ話す許可を得ていない・・・・・・・・からだ。

「………」

昌平君が自分の太腿を軽く二度叩いたのを見て、信は椅子に腰を下ろしている主の身体に跨り、その膝の上に腰を下ろした。

連れて来られたばかりの頃は、信に字の読み書きを教えようと、膝に座らせて木簡を読んでくれたり、筆の使い方を丁寧に教えてくれた。

下賤の出である自分に字の読み書きを教えてくれたのは、自分の仕事を手伝わせるつもりだったのだろう。

そう言った経緯があり、信は昌平君と身体を寄せ合うのは嫌いではなかった。むしろ、幼い頃からずっとそうして来たので、好きだと言ってもいい。

ただ、体が成長しても、幼い頃と同じように扱われるのは少々気恥ずかしさがある。

もちろん人前ではしないのだが、二人きりになると昌平君は、ここに連れて来た時と同じように信を愛でるのだ。

「っ…」

顎に指を掛けられると、信の体が自然と緊張した。
端正な顔が近付いて来るのを見て、思わず目を閉じるが、その瞼も震えてしまう。

目を閉じるのに許可は要らなかった。もしも目を開けているように強制されていたら、もちろん指示に従ったし、主の端麗な顔を見続けて心臓が止まっていたかもしれないと信は思った。

「…、……」

もう何度となくされているはずなのに、未だに緊張してしまう。昌平君が小さく笑った気配を察した途端、唇に柔らかいものが触れる。

口を合わせることも、肌を重ねることも、幾度となく教え込まれた行為だが、身体が成長していくにつれて、少しずつ背徳感を覚えるようになっていた。

元は下僕の身分である自分を拾ってくれたことには感謝しているが、右丞相という役職に就いている昌平君には未だ妻がいない。

秦王からも厚い信頼を得ている高官の彼に、絶えず縁談の話が来ているのも信は知っていた。

まさか自分の存在が足枷になっているのではないか、自分を引き取ったせいで、昌平君が家庭を作れないのではないかと不安を覚えることもあった。

しかし、主の許可がなければ発言を許されない信は、その不安をいつまでも胸の内に秘めている。

素直にその不安を打ち明けたことにより、昌平君が自分を捨てて伴侶を選んだらという不安の方が大きかった。

彼に捨てられたくない。
昌平君の駒犬として役割を果たすことだけが、信の生きる道であり、生きる術であった。

「ぁ…」

主の柔らかい唇の感触を味わっていると、腹の内側を優しく抉られるあの甘い刺激を思い出してしまい、下腹部が甘く疼いた。

 

 

唇が離れると、信は軽く息を乱しながら、恍惚とした瞳を向けた。
次の命令を急かすような瞳に、昌平君は骨ばった手で信の頬をそっと撫でる。

「…おすわり・・・・

命じられると、信は昌平君の身体から降り、すぐに床へ膝をついた。次の指示を聞くために、主の顔を見上げている。

すぐに命令に従ったことを褒めるように、黒髪をくしゃりと撫でてやると、気持ち良さそうに信が目を細める。

頭を撫でられるのが好きなのは、昌平君も知っていた。もしも信に尻尾があったのならば、きっと大きく振っていたことだろう。

想像するだけで愛らしいと思い、昌平君は口角をつり上げた。

「……、……」

静かに微笑んだ主の顔に見惚れ、信は薄口を開けて頬を赤く染めている。

頭を撫でていた手を滑らせて頬を撫でてやると、意を察したのか、信が椅子に腰掛けている昌平君の足の間に身体を割り入れて、そこに手を伸ばした。

「っ…」

室内を照らしている蝋燭の明かりだけでも、信の顔が赤く染まっていることが分かった。

僅かに震えている手で、着物を持ち上げている男根にそっと触れる。確認するように見上げられ、昌平君が小さく頷いた。

遠慮がちに動く信の手が帯を解いていく。
緊張のせいか、その手が僅かに震えているのが分かると、昌平君は褒めるように信の頭を撫でてやった。

着物を捲り、僅かに上向いている男根に信がゆっくりと顔を寄せる。

「ん…」

切なげに眉を寄せながら、信が喉奥まで男根を咥え込む。

気道が狭まって呼吸が苦しくなるが、鼻で呼吸を続けながら、陰茎に舌を這わせた。

頭を前後に動かしながら口の中で男根を扱き、舌を這わせ続けていく。頭上で昌平君が息を乱しているのが分かった。

その吐息を聞くだけで、信の下腹部がずんと重くなる。自分の口で感じてくれているのだと思うとそれだけで胸が熱くなった。

「っ…ぅ、ん…ぐ…」

唾液と先走りの液が溜まっていき、まるで猫が喉を鳴らすかのように、信の喉奥でごろごろと音が響いた。

 

苦しくなったのか、信が男根から口を離して喘ぐように息を整えている。唾液の糸を引いている男根を頬に擦り付け、信が何か訴えるように見上げて来た。

うっすらと瞳を浮かべているその瞳に見据えられると、背筋に戦慄が走り、加虐心が煽られてしまう。

「っ、ん……」

信の息が整ったのを見計らい、再び後頭部を押さえ込んで再び男根を咥えさせる。

ざらついた上顎の感触、つるつるとした舌の表面、生暖かい口内の感触、喉に繋がる狭い肉壁の感触。生々しい感触に包み込まれるだけで、つい息を零してしまう。

見下ろすと、信の足の間にある男根も同じように上向いているのが分かった。着物を持ち上げているそれが涎じみた液を洩らし、着物にはしたなく染みを作っている。

まだ触れてもいないのに、口淫をしているだけで感じていたのか。

男根を口から引き抜き、身を屈めて信の男根を着物越しにやんわりと掴むと、先走りの液で着物の染みが濃くなった。

「はっ、…はあ…ぁ…」

息を整えるのに必死で閉じられない唇が切ない吐息を洩らす。

着物越しに形を現わしている敏感な先端を指の腹で円を描くようにくすぐってやると、ますます涎じみた液が溢れ出す。

先端の割れ目を何度もなぞってやると、信の腰と内腿が震え出したのが分かった。しかし、まだ射精の許可を出すつもりはない。

このまま調教を続けていけば、いずれ男根に触れずとも、口淫をしているだけで絶頂を迎えてしまうのではないかと苦笑した。

もしもそんな淫らな体になったのなら、もう二度と外を自由に歩かせる訳にはいかないだろう。

(女の味など一生教えてやるものか)

異性だけではない。もしも自分以外の人間に興味を抱くことがあれば、すぐに去勢してやると考えながら、昌平君は愛撫を続ける。

自分が女だったならばともかく、信の子種を実らせるつもりなど微塵もなかった。

「ん、ぐっ…ぅんん」

再び両手で彼の頭を押さえ込みながら、喉奥を抉るように一番深いところまで咥えさせる。

過去に無理やり口を犯し続けたことで、喉をひどく腫らしてしまい、翌日は水を飲むことも出来なくなったことを思い出した。

確かあの時は、まだ口淫に慣れておらず、歯を立てられたことに腹を立てて仕置きをしたのだ。

竹製の口輪を噛ませ、口が閉じられぬように、歯を立てられぬようにした上で口淫とは何かを教え込んだ。

その成果は着実に表れており、今では口輪など使わずとも、立派に口を使いこなすようになっている。

主に歯を立てるなんてもってのほかだと、賢い犬は学習したようだ。

「ふ、…っぅ、んぅ…」

苦しがるのは分かっているので、喉を突かぬように加減しなくてはと思うのだが、健気に男根を頬張る姿を目の当たりにすると、どうしても我慢が出来なくなってしまう。

むしろこのような愛らしい姿を前にして我慢出来る男など、この世に存在するのだろうか。

 

 

躾 その二

「んんっ…ぅ…」

口の中で男根が完全に勃起すると、信がますます苦しそうに眉根を寄せていた。

しかし、歯を立てぬように精一杯口を開けて、尚も舌を這わせて来る。躾の出来た良い子だ。

骨の髄まで自分に従順になるよう躾けたのは、他の誰でもない昌平君自身であるが、健気に男根を頬張る姿には愛おしさが込み上げて来る。

「っ、はあ…は、あ…」

男根を口から引き抜くと、信が肩で呼吸を繰り返していた。
褒めるように頬を撫でてやると、それが次なる指示だと気づいた信はゆっくりと立ち上がる。

躊躇うことなく自分の帯を解いた信は、切なげな表情を浮かべていた。帯が解かれたことで襟合わせが開き、隠れていた肌が露わになる。

普段から剣や槍を握っていることもあり、手の平はマメだらけであるが、着物の下には目立つ傷は一つもない。

あるのは先日の情事の際につけた痣だけだ。強く唇で吸い付いたものと、歯形が幾つも刻まれている。

普段は着物で隠れているが、信の素肌を見れば、常日頃から独占欲の強い男と身を重ねていることがよく分かる。

「ん、ぅ…」

貪るように唇を重ね合い、昌平君は帯が解かれて肩に引っ掛かっているだけの青い着物を脱がせた。

白い下袴の紐を解くと足の曲線に沿って下袴が落ちる。それを合図に、信が机に手をついて昌平君に背中を向けた。

背中から身体を抱き締めて、肌を重ね合う。

「っ…う…」

肩越しに期待を込めた眼差しを向けられ、昌平君は思わず息を飲んだ。

発言の許可は与えていないので、信は健気に命令を守り続けているのだが、その瞳は「早く欲しい」と訴えている。

飲み込めない唾液のせいで、艶めかしく濡れた唇が男を誘っていた。

「ふ、く…」

口の中に指を突き入れると、躊躇うことなく信は舌に絡ませて来た。

唾液で存分に潤いを纏わせて、普段は固く閉じている孔にくすぐるように指を這わせる。
入り口に指を這わせているだけというのに、信の其処が反応するように打ち震えたの感じた。

主の男根しか知らぬ其処は内壁への刺激を求めているのだ。女の淫華よりも煽情的に思えた。

「…ッは、ぅ…」

唾液の滑りだけで、二本の指がすんなりと入っていく。
初めて体を繋げた時は、長い時間を掛けて解きほぐしていた其処は今ではすっかり男の形を覚えてしまったらしい。

今や痛みを感じることなく、切なげに眉根を寄せる表情も堪らなく愛おしい。

 

 

肩で息をしながら、こちらを振り返る信は顔を真っ赤にさせている。発言の許可をすれば、早く欲しいと訴えるに違いなかった。

しかし、昌平君はわざと視線に気付かないフリをして、後孔を弄っている反対の手で上向いている男根を包み込む。苦しいまでに硬く張り詰めていた。

指で輪っかを作り、硬く張り詰めている男根を上下に扱いてやると、信が喉を突き出して体を仰け反らせる。

「―――ッ…ふ…、んぅ…!」

後孔を弄る指を、中を掻き混ぜるように動かすと、信が両手で口を塞いでしまう。発言の許可を得ていないことから、必死に声を堪えようとしているのだろう。

こんな時でも健気に命令を守る姿に、昌平君は思わず口角をつり上げた。

しかし、そんなことをされれば何としても鳴かせたくなるのは男の性というものだろう。
中でぐるりと回した指を鉤状に折り曲げる。

「んぐッ」

腹の内側にあるしこりを指で突くと、信が手の下で悲鳴を押し殺した。全身を硬直させた後、内腿の痙攣が始まる。

粘膜に埋もれた急所である其処を突かれると、頭が真っ白に塗り潰されるような感覚と全身に戦慄が走り、自分の意志ではどうしようもなくなってしまうらしい。

そこを重点的に弄られるのを信が苦手としていることを、本人は言葉にはしないが、昌平君は彼の反応と態度から分かっていた。

「ッ……、ふ…ぅ」

怯えた瞳を向けられるが、相変わらず目を合わせることはしない。
許しを請うような、涙を浮かべている弱々しいその瞳に見据えられれば、良心が痛み、やめてしまいそうになる。

しかし、それでは躾にならない。主従契約を結んだ以上、躾は重要だ。

 

 

躾 その三

傷つけないように中を広げる目的のはずが、いつの間にか信の声を上げさせる目的にすり替わってしまった。

昌平君が発言を許可すれば、たちまち淫らな鳴き声を上げるのは分かっていたのだが、健気に命令に従う姿はやはり愛おしい。

信といえば、命令に背いた時の厳しい罰に怯えているようだ。

誤解のないように告げておくが、信が従順であるのは忠義心が厚いためであり、決して罰に対する恐怖心によるものではない。

そんなもので心が折れるような弱い駒犬でないことを、昌平君は誰よりも分かっていたし、信の心根の強さを何よりも気に入っていた。

「ッぐ…」

くぐもった声が聞こえて、昌平君はようやく信の顔に視線を向けた。

声を堪えようとするあまり、自分の腕を噛んでいることに気付き、昌平君は指を引き抜く。

このまま放っておけば、血が滲んでもなお歯を立てて声を堪えようとするので、そろそろ潮時のようだ。

「信」

名前を呼ぶと、信ははっとした表情で腕から口を放す。その腕にはくっきりと歯形が残っていた。

涙で濡れた黒曜の瞳と目が合い、昌平君は生唾を飲み込む。下腹部が鈍く疼いた。

お互いにもう余裕がないことを察し、それが合図となったのか、昌平君は背後から信の体を抱き締める。

背後から回された腕にぎゅっとしがみつき、信は息を整えていた。

「っ…ぁ…」

先ほどまで指で入れていた其処に、昂りを押し当てると、信が息を飲んだのが分かった。腕にしがみ付いている手に力が込められる。

「ッ…ん、んんッ…!」

唾液と先走りの液を馴染ませるように何度か擦り付け、腰を押し進めた。狭い入り口を掻き分けていき、柔らかい肉壁の中をずんと突き上げる。

「はあっ、あ、ぁぅ…」

激しい圧迫感に信が耐え切れず、声を洩らした。無意識なのか、身を捩って逃げようとする素振りを見せる。

腰を掴んで強く引き寄せて、男根を根元まで押し込むと、昌平君は吐息を零した。

もう何度となくしている行為だが、信の中は温かく、それでいて強く締め付けて離さない。
どんな女よりも具合が良いのは、自分だけを受け入れるように身体に躾けて来た成果なのかもしれない。

最奥まで挿入した後、しばらく動かずにいたのだが、信の息が整ったのを感じてから昌平君はゆっくりと腰を引いた。

陰茎と亀頭のくびれの部分まで引き抜き、容赦なく叩き込む。

「ッぁぅうう」

これ以上ないほど奥深くまで繋がると、信がようやく声を上げた。思い出したように腕を掴んでいた両手で口に蓋をしようとする。

しかし、昌平君は背後からその両手を掴んで、机に押し付ける。

「っあっ、な、んで…」

発言を許可していないにも関わらず、声を上げさせようとする主の行動が理解出来ないのだろう。
信が眉根を寄せて振り返るが、何も答えることはなく、昌平君は激しい抽挿を送った。

硬い男根が奥深くを抉る度に、信の目の奥で火花が散る。

何とか声を堪えようと歯を食い縛るものの、もう声を堪える余裕など残されていないようだった。

 

 

信の腰を抱え直して後ろから揺すぶっていると、机に響く激しい揺れのせいで、積み重ねていた木簡が落ちてしまった。

「あっ…」

派手な音を立てて床に散らばった木簡を拾い上げようと手を伸ばした信に、そんなものより自分だけを見ろと腕を押さえ込んで、項に強く歯を立てる。

普段は着物で隠れる箇所ばかりに痕を残すのだが、最近は歯止めが利かなくなってしまうことがある。

押さえつけながら腰を振る滑稽な姿に、これではまるで獣の交尾だと自虐的な笑みを浮かべた。

うつ伏せにさせていた体を反転させ、向かい合うように抱き締める。

「ひいッ…!」

耳の中に滑った舌を差し込むと、腕の中にいる信がぶわりと鳥肌を立てたのが分かった。

激しく腰を突き上げながら、硬く張り詰めて上向いている男根を扱いてやると、ぼろぼろと涙を流しながら信が頭を振っている。

やめてくれと訴えているのは分かったが、中断するつもりなど毛頭ない。鳴き続けている信を宥めるように、その体を強く抱き締めた。

昌平君は耳から舌を引き抜くと、そこに唇を寄せたまま、

「信、いい子だ」

低い声でいつものように褒め言葉を囁くと、信が目を剥いた。

「~~~ッ!」

内腿ががくがくと震え、昌平君の男根を咥え込んでいる肉壁がぎゅうときつく締まる。手の中と下腹部に生暖かい感触が伝った。

見下ろすと、同時に信の男根の先端から白濁が溢れていて、互いの腹と、昌平君の手の平を濡らしていた。

射精の許可はまだしていなかったはずだが、習慣にもなっているその言葉を耳元で囁くと、安易に絶頂を迎えてしまう癖がついてしまったのかもしれない。

主よりも先に達してしまうなんて悪い子だ。耐え性のない犬に苦笑を深めてしまう。

浅い呼吸を繰り返している信の膝を抱え直すと、信が怯えたように顔を上げた。

荒い息を吐きながら、信が小さく首を横に振る。まだ達したばかりで敏感になっている体には、強過ぎる快楽が恐ろしいのだろう。

「――ッ、ぁ、っぅううッ」

構わずに抽挿を再開すると、甲高い声が上がった。

これは主よりも先に達した罰だ。余裕のない笑みを浮かべながら、昌平君は信の腰を抱え直して激しく最奥を突き上げる。

「ひぐッ」

加減をせずに突き上げたからだろうか、信が奥歯を打ち鳴らしているのが分かった。

縋るものを探して、それまで拳を握っていた信の手が、昌平君の背中にしがみつく。護衛役の側近として、普段は主を傷つけまいとする彼が、理性を失ったように夢中で背中に爪を立てて来るのが愛おしかった。

翌日にその痛々しい傷痕に気付いた信が、情事を思い出して羞恥と申し訳なさに委縮する姿を見るのも、楽しみの一つであった。

「やあ、ぁ、ぐっ…」

ここに自分という存在が刻まれているのだと教え込むように、自分の男根を受け入れている薄い腹を手で圧迫してやると、信が幼子のように嫌々と首を振った。

「~~~ッ」

信が喉を突き出して、大きく身体を仰け反らせたかと思うと、再び内腿を痙攣させていた。

「くッ…」

子種を求めた女の淫華のように、ぎゅうと男根が絞られる。あまりにも強い締め付けに、背筋に戦慄が走った。

勢いづいて精液が尿道を駆け下りていく瞬間、全身に快楽が突き抜ける。

低い唸り声を上げながら、最奥で吐精したのだが、信の男根からはまるで涙のように精液がぽつりと流れるだけだった。女のような絶頂を迎えたのだろう。

「はあ、はあ…」

まだ体が繋がったままの状態で息を整えていると、信が瞳を揺らしていた。

熱に浮かされていた意識が少しずつ冷静になって来て、主より先に達したことや、発言の許可を得ずに声を出したことを咎められるのではないかと不安を抱いているらしい。

「ッ、…ぅ…」

ゆっくりと男根を引き抜くと、机に寝かされていた信が身体を起こした。絶頂の余韻に浸ることもなく、疲労感に苛まれている体に鞭打って、主の足の間に屈んで顔を寄せて来る。

「ん、む…」

今の今まで自分の中を抉っていた主の男根を、信は迷うことなく口に含んだ。

まだ何も指示を出していないというのに、何度となく同じ行為を繰り返して来たから覚えていたのだろう。

賢い犬を褒めるように、昌平君は優しく頭を撫でてやる。撫でられるのが好きな彼は、惚けた顔で男根を口と舌を使って清めていた。

残りの精液を掻き出そうとしているのか、尖らせた舌先で敏感な先端を突かれ、ちゅうと吸い付かれる。

尿道に残っている精を啜られると、思わず腰が震えてしまう。

男根を咥えたまま何かを確認するように昌平君を見上げる。もう一度頭を撫でてやると、信は小さく喉を上下させた。

「…ん、…」

ゆっくりと口を開けて、舌を伸ばす。

「信」

白濁を飲み込んだことを示すような態度を褒めるために、昌平君は身を屈めると、信の額に唇を落とした。

身体を重ねるのは何度もして来たが、信に向けている感情が愛情なのかと問われれば、頷くことはないだろう。

だからと言って性欲を処理させる道具として見ている訳ではない。

飼い主と犬の関係であり、それ以上でもそれ以下でもない。そしてこの関係はこれからも永遠に続いていくのだと思っていた。

 

忠誠

昌平君の護衛役として、常に彼の傍についている信だったが、軍師学校と謁見の間の立ち入りは禁じられていた。

理由としては単純なもので、信は軍師学校と謁見の間を出入り出来る立場ではないからだ。

逆に言えば、昌平君が軍師学校と謁見の間に行く時は、常に彼と行動を共にしている信が一人になれる貴重な時間ということである。

今日は政務はなく、一日を軍師学校で過ごすらしい。陽が沈む頃に終わると話していたので、その時刻まで信は一人で過ごさねばならなかった。

「……、……」

昌平君と離れている間も発言する許可は出されていない。

きっと信の声を聞いたことがあるのは、昌平君と稽古をつけてくれた豹司牙と、幼い頃から信を知っている昌平君の家臣たちくらいだろう。

護衛役として昌平君が信を連れ歩くようになってから、発言の許可を得られる回数はめっきり減ってしまった。

昌平君に引き取られたばかりの頃の、文字の読み書きを教わっていた頃も許可は必要だったものの、今よりも自由に口が利けた。

幼い頃から昌平君の護衛役として育てられて来た信には、同年代の者たちと関わることもなく過ごして来たせいで、友人と呼べるような存在もいない。

自分のことは後回しに、昌平君の駒として、犬として動くことを最優先にして来たからだ。

そのせいで、急に一人の時間を渡されると、どうしようもなく時間の使い方に悩んでしまう。

主が生徒たちに指導する軍略について興味はあったのだが、戦に出ることもない自分が軍略について学んだところで何の役にも立たないのは分かっているし、昌平君はこの先も信を戦に出すつもりはないのだと断言していた。

木簡の整理などの雑用も、指示がないとして良いか判断がつかない。

いつも主の指示を待つ従順で厚い忠誠心のせいで、信は自ら行動を起こすことに不慣れなのである。

さすがに食事や睡眠まで許可を得ることはないが、それも指示されるようになれば、迷わず従うだろう。

陽が沈むまでには戻って来ようと考え、信はどこかで時間を潰すことにした。

建物の中に入らずとも、いつまでも軍師学校の近くをうろついていれば、生徒たちが集中出来ないかもしれないし、そうなれば昌平君の執務を増やすことになる。

久しぶりに豹司牙に稽古をつけてもらおうかと思ったのだが、近衛兵団の指揮を執るのに多忙だと聞いていた。

諦めて信は咸陽の城下町を歩いて時間を潰すことに決めた。

(街でも歩くか…)

軍師学校の方を振り返る。

窓から昌平君の姿を見ることは叶わなかったが、主が生徒たちに軍略を指導する姿を一度も見たことがない信は、無性に苛立ちのようなものが胸に込み上げて来るのを感じていた。

他の誰よりも自分が昌平君の傍にいるというのに、未だに彼の知らない一面があることを信は許せなかったのだ。

 

 

城下町での出会い

秦の首府である咸陽ともなれば、その辺の町よりも坐買露店の数は比べ物にならない。着物や食材はもちろん、珍しい品も取り揃えているようで、城下町は多くの人で賑わっていた。

ざっと坐買露店を見渡してみたが、興味を引かれる物はない。
必要なものは買い与えられていたし、だからと言って趣味で収集しているような物もなかった。

(あ…)

並べられている商品の中に簪や櫛を見つけ、信はつい足を止めてしまう。

派手な宝石がついた女物が目立つ隅で、烏木黒檀や欅などの高級樹で作られた男物の簪も並んでいた。

髪の長い主は、常日頃から紐で括ったり、簪で纏めている。当然ながら、女のように見目を気にすることはなく、邪魔にならなければそれで良いのだろう。

「………」

大勢の客越しに、信は品物として並べられている男物の簪を見つめていた。

自分を引き取ってくれた恩を昌平君に返そうと考えるのは初めてのことではない。
しかし、発言の許可を得られなければ感謝の言葉を告げることも出来ないし、だからと言って贈り物をしても感謝の気持ちは伝え切れない。

駒犬として主の身を守り続けることが、信に出来る感謝の方法だった。

(…戻るか)

他の坐買露店を一通り見て回ったが、興味を引かれる物は一つもなかった。

陽が沈むまではまだ時間がある。昌平君が執務に利用している宮廷の一室に行こうと信が踵を返した時だった。

「!」

すれ違い様に大柄な男と肩をぶつけてしまい、その勢いのまま信は尻餅をついてしまった。

「おい、何だァ?このガキ」

上から不機嫌な色に染まった野太い声が降って来る。信は自分とぶつかった男だろうとぼんやり考えながら立ち上がった。

ぶつかったのは、信よりも背丈があり、がっしりとした筋骨の男だった。

「………」

軽く砂埃を払い、さっさとその場を去ろうとするのだが、後ろから肩を掴まれてしまう。

「おい、ガキ。ぶつかったんなら謝れよ」

芋虫のような太い指が肩に食い込む。痛みを覚えて、信が眉根を寄せてその手を振り払った。

ぶつかったのはわざとではないし、大柄な体に弾かれて転んだのはこちらの方だ。

「何黙ってんだッ!とっとと謝れ!」

いつまでも口を噤んでいる信に、男がますます苛立ちを見せていた。男の怒鳴り声を聞き、辺りに重い緊張が走る。

何事だと人々からの視線が集まるのを感じ、信は思わず溜息を飲み込んだ。

(やっぱり来なきゃ良かった)

こういう男と遭遇したことは、過去にも何度かあった。

騒ぎをこれ以上広めないためにも、自分が勝手を起こして主の顔に泥を塗らないためにも、さっさと要求を呑ませるのが早いことも学習していたのだが、主からの発言の許可を得ていないので、信は謝罪の言葉を述べることが出来ない。

しかし、信は自分の身がどうなろうとも、昌平君からの命を守ることを優先する。
主が傍にいない場所でも命に従う信の忠義心は、何よりも厚かった。

信は冷静に男の背後を見渡した。この男の体格なら、そう素早い動きは出来ないだろう。隙を見て人混みの中に逃げ込めば追って来ることもないはずだ。

「このガキッ…!」

いつまでもだんまりを決め込んでいる信に痺れを切らしたのか、男が胸倉を掴もうと腕を伸ばして来た。

 

 

伸びて来た男の手を、寸でのところで信が後ろへ跳んで回避したその時、

「―――あれ?久しぶり。こんなところで何してるの?」

重々しい空気を打ち破るような軽快な声がして、信は背後から両肩を掴まれた。

反射的に振り返ると、桃色の着物に身を包んだ、長い茶髪の人物が視界に飛び込んで来る。

(男…?)

華奢な体つきをしているが、声は間違いなく若い男だ。

体格からして自分と近い年齢であることは分かっていたが、上質な着物を見る限りはどこぞの名家の出だと分かる。

邂逅の挨拶をして来たが、知人にこのような人物がいただろうかと信が呆気に取られていると、桃色の着物に身を包んだその男は信を庇うように前に出た。

こちらを注目している野次馬たちから、話し声が聞こえ、信はつい小首を傾げた。

こんな不穏な空気の最中で、女性たちが黄色い声を上げているのも聞こえる。野次馬たちの会話から蒙恬という名が聞こえ、この青年の名前だろうかと信は彼の後ろ姿を見つめていた。

(蒙、恬…?どこかで聞いたことがある…)

それまで信に謝罪するよう凄んでいた男が、蒙恬という青年を前にすると、途端に慌て出したのが分かった。

「ねえ、知り合い?」

振り返った蒙恬が、男に目配せをする。信は大きく首を横に振った。

「へえ?」

二人が知人でないことを知った蒙恬は楽しそうに声色を明るめた。

「この子、もう連れてって良い?せっかく久しぶりに会えたんだから、早く話したくてさ。…邪魔するなら、こっちも考えがあるけど」

信の肩に腕を回し、親しい関係であることを知らしめるように蒙恬が顔を寄せて来た。

返事をすることもなく、それまで謝罪を要求していた男がまるで別人のように、その場から逃げ出していく。

「………」

何度か瞬きをしてから、ようやく騒ぎが終息したのだと理解した信はほっと安堵した。

平和的解決に導いたことを評価しているのか、野次馬をしていた者たちがなぜか拍手を贈ってきた。女性たちの黄色い声援もますます増えている。

未だ自分の肩に腕を回したままの蒙恬という名の男がくすくすと笑い始めた。

「大丈夫だった?」

心配するように声を掛けられるものの、信は頷くことしか出来ない。

先ほどから記憶の糸を手繰り寄せてみるが、やはりこの男と出会ったことは一度もなかった。名前には聞き覚えがあるのだが、どこで聞いたのかを思い出せない。

「………」

多くの人目が気になり、信はこの場を去ることに決めた。腕の中からすり抜けた信は、早急に屋敷に戻ろうと歩き始める。

「ねえ、もしかして、先生・・の駒犬?」

先生という呼び方に、信は思わず足を止めた。昌平君を先生呼ばわりする者には軍師学校の生徒か卒業生という共通点がある。

昌平君が指導をしている時間帯だというのに、軍師学校ではなくこんな場所にいることから恐らくは卒業生だろう。

彼が自分と年齢が近いことは察していたが、初陣を済ませていてもおかしくはない年齢ということは、将か軍師として活躍しているのかもしれない。

そして、こちらに駒犬かと問うてくることから、先ほどの男を追い払うために彼はわざと自分の友人を装ったのだと気づいた。

騒ぎを広めることなく早急に解決させたことから、頭の回転が早い男なのだろうと考える。

「………」

信は一度止めた足を動かして歩き始めた。
秦国に昌平君を師と慕う者は少なくない。その中に、護衛役として付き添う信の存在を認めようとしない者がいるのも分かっていた。

彼も名家の出の者だろうし、もしかしたら下賤の出である自分という存在を嫌っているのかもしれない。

自分は何を言われても構わないが、その延長で主のことを悪く言われるのは耐えられそうにないし、手を出してしまうかもしれなかった。

だから、蒙恬という男から離れようとしたのは、自分が勝手を起こして昌平君の顔に泥を塗らないための行動である。

「ねえ、返事は?ワンって鳴かないんだ?」

さっさと離れようとするこちらの意志が伝わったのかそうでないのか、蒙恬は信の隣を歩いている。

顔を覗き込んで来る辺り、しつこく付き纏うつもりらしい。足を速めても彼は諦めることなくついて来た。

無言を貫き、眉間に皺を寄せている信の表情に気付いたのか、蒙恬があははと笑う。

「ごめんごめん、自己紹介がまだだったね。俺は蒙恬。…楽華隊の蒙恬って言えば分かる?」

簡素な自己紹介ではあったが、聞き覚えのある言葉が幾つか並んでおり、信は思わず足を止めた。

(…楽華隊の、蒙恬…?…って、こいつ、まさか蒙家の嫡男か?)

ぎょっとした表情を浮かべて振り返った信に、蒙恬が機嫌が良さそうに口角をつり上げた。

信は蒙家との関わりはないのだが、主の友人である蒙武将軍の存在は信の中でも大きく根付いている。

そういえば、蒙武将軍の息子は軍師学校を首席で卒業し、今は楽華隊隊長として活躍しているのだと以前教えられたことがあった。

戦に出ない自分と関わることはないだろうと考えていたが、まさかこんなところで彼と出会うことになるとは思わず、信は険しい表情を浮かべた。

 

中編はこちら

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