毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)後編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/ギャグ寄り/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編②はこちら

 

事後処理

宮廷に到着するなり、信は軍の総司令官である昌平君のもとへと向かった。

国境調査の目的は趙国の動きを探る目的であったが、撤退日に襲撃に遭ったことを報告すると、昌平君も予期していなかったようで大層驚いていた。

しかし、文字通り無傷である信の姿にも驚いているようだった。

「兵の犠牲はなかったのか」

「ああ。反撃をしてから撤退した。追撃はなかったから、一掃出来たんじゃねえか?」

桓騎が救援に来てくれたことは内密にして、早々に反撃と撤退の指示を出したことで大きな被害はなかったと伝えると、昌平君は安堵したように頷いた。

「趙軍の襲撃を回避するだけでなく、一掃するとは…やはり、此度の国境調査は飛信軍に任せて正解だった。大王様から褒美を与えられることだろう」

称賛の言葉をかけられるものの、信の胸の内は晴れない。

それは当然だ。趙軍の襲撃を回避出来たのも、それどころか一掃出来たのは自分の武功ではなく、すべて桓騎の策なのだから。

「どうした?」

称賛の言葉を掛けても、憂いの表情を浮かべている信を見て、昌平君が不思議そうに問い掛ける。

桓騎が来てくれたから助かったのだと素直に伝えればどれだけ良かっただろう。今回の件で褒美を与えられるのは、自分ではなく桓騎こそ相応しい。

しかし、それを打ち明けるということは、桓騎が無断で屋敷を不在にしていたこと、すなわち軍法違反を犯したと告発するのと同じである。

「…褒美は、いらねえ。俺にもらう権利はない」

強く拳を握り、そう答えるのがやっとだった。

余計なことを喋れば勘の鋭い昌平君に、桓騎が救援に来たことを気づかれてしまうかもしれない。せっかく自分たちを助けてくれた彼に罰則が科せられることは何としても避けたかった。

「報告は以上だ。じゃあな」

何か言いたげな昌平君の視線を背中に感じていたが、信は振り返ることなく宮廷を後にした。

 

桓騎の策~前日譚~

調査報告を終えてから、信は国境調査を同行してくれた兵たちに労いの言葉を掛けた。

自分たちを襲撃しようと企んでいた伏兵を一掃したことから、恐らくは趙軍もしばらくこちらの出方を探るようになるだろう。戦の気配は一先ず遠ざかったと言っても良い。

冷え込みが激しい中での野営生活が続き、疲労しているだろうから、ゆっくり休むように声を掛ける。それから信は桓騎と那貴が引き連れた兵たちを探した。

二十名ほどの少人数部隊だったが、彼らが的確に火矢を放ってくれたおかげで桓騎の策が成り立った。
趙軍の襲撃を聞かされて不安の中、桓騎の指示に従ってくれたことに礼を言わなくてはと考えたのである。

しかし、ここで驚くべきことが起きた。

今回の国境調査に連れ立った兵たちの誰もが口を揃えて、その部隊を知らない・・・・・・・・・と言ったのである。

「…は?知らないって…どういうことだよ!?」

信も驚いて兵たちの番号呼称を行ったのだが、軍師の河了貂と副官の羌瘣や那貴を抜いて、三百の兵は一人も欠けることなく揃っていた。

(…じゃあ、那貴と桓騎についてたあの兵たちは…)

そこまで考えて、信の中でふつふつと怒りが込み上げて来た。
背後で素知らぬ顔をする那貴の方を振り返り、今にも掴み掛かる勢いで彼に詰め寄った。

「那貴ぃッ!てめェ、全部知ってるな!?」

怒鳴り声を上げると、那貴はまるで降参だと言わんばかりに潔く両手を上げた。

「あの兵たちは何だったんだよ!?」

「桓騎軍の密偵だ」

あっさりと答えた那貴に、信は驚いて大口を開けた。

「密偵だと!?」

「ああ」

飛信軍の救援に来たのは、桓騎一人ではなかったというのだ。
驚愕のあまり言葉を失っている信に、那貴が薄ら笑いを浮かべる。

「あそこに来たのがお頭一人だけなんて言ってたか?」

信は思わず顔をしかめる。

桓騎がやって来たのは撤退する三日前だったが、拠点にやって来たのは間違いなく桓騎一人だったはずだ。

――― 一人で来るなんて危険なことすんなよ!

―――ガキじゃねえんだから一人で来たって問題ねェだろ。

単騎で来るなんて危険なことをするなと咎めたことは覚えている。あの時の桓騎は一人で来たことを否定していなかった。

…いや、会話の内容を思い返す限り、桓騎が一人で来たのは事実だろう。
だが、桓騎が一人で来たのが事実なら、密偵は一体いつから・・・・拠点に来ていたのだろうか。

 

 

狼狽えている信を見て、那貴は困ったように笑うと、正解を教えるために口を開いた。

「国境調査を始めたばかりの頃、夾竹桃が増えていることが気になってな。お頭に書簡を送ったら、返事の代わりに密偵を送ってくれたんだよ」

「~~~ッ!?」

那貴曰く、桓騎の指示によって送り込まれた密偵というのが、あの少人数部隊だったという。

国境調査を始めた初日から、那貴は夾竹桃の存在に気づき、兵たちに毒性があるから気を付けるように呼びかけていた。

まだ桓騎軍に身柄を置いている時の国境調査の時では、あの地に夾竹桃はそこまで生えていなかった。
人為的に栽植されたとしか思えないと考えた那貴は、趙軍の罠である可能性を考えて桓騎に見解を求める書簡を送ったのである。

国境調査中は定期的に物資が届けられるため、那貴が桓騎に書簡を出すのは決して難しいことではなかった。

そして那貴から書簡を読んだ桓騎は、返事の代わりに密偵を送り、飛信軍の拠点周囲を探らせたのである。

もちろん密偵がヘマをすれば趙軍の襲撃が始まり、飛信軍は壊滅するほどの被害を受けることになる。

そのため、趙軍に動きを悟られぬよう、かなり迂回した場所から密偵は調査を行い、崖下に趙軍の拠点を見つけたのだった。

すぐさま密偵は桓騎に報告の書簡を送ったが、その時にはいつでも飛信軍の襲撃が出来るほど趙軍の準備が整っており、早急に反撃の策を練らなければ飛信軍の壊滅は免れない危機的状況にあった。

密偵からの書簡を受け取った桓騎はすぐさま状況を把握し、反撃の策を講じるため、自らの目でその地を確認する必要があると、単騎で拠点に駆け付けたのである。

(桓騎の野郎…)

桓騎が拠点に駆け付けてくれるまでの経緯を知り、信は愕然とするしかなかった。

将が無断で屋敷を空けるのは重罪だと分かっていながら駆け付けてくれたのも、それだけ日進軍が危機的状況に陥っていたということだろう。

結果的に桓騎の策のお陰で助かったのは事実だし、那貴が夾竹桃の存在を不審に思い、桓騎に書簡を送ったことが此度の勝利に繋がった。

趙軍の伏兵どころか、桓騎軍の密偵の存在を見抜けなかった自分の不甲斐なさに、信の胸に悔恨が湧き上がる。

「…つーか、何で桓騎に書簡を送ったことを俺に教えねぇんだよ!?」

八つ当たりだとは自覚していたが、書簡を送ったことや密偵が送られたことを黙っていた那貴に、憤りが抑えられない。

那貴は少しも悪いと思っていないのか、表情を変えることなく、肩を竦めるようにして笑った。

「お前の考えていることも言いたいことも分かる。…だが、襲撃に気づいたと向こう趙軍に知られたら、その時点で俺たちの敗北は決まっていただろ」

「~~~ッ」

もしも那貴が夾竹桃が増殖していたことから、趙軍の策かもしれないと伝えていたのなら、きっと信は兵たちに警戒するように呼びかけたはずだ。

こちらが警戒態勢を取ると言うことは、すなわち趙軍に伏兵による襲撃に気づいたと知らせるのと同じことである。

だからこそ那貴と桓騎は、あえて信に伝えず、密偵を送り込んで偵察を行っていたのだという。

結果だけ見れば、桓騎のおかげで被害を出さずに趙軍を一掃したのだから良しとしたいところだが、複雑な気持ちが拭えない。

 

 

そんな彼女の心情を察したかのように、那貴はゆっくりと口を開いた。

「…お頭がお前を信頼してなかったワケじゃない。今回は状況が悪かっただけだ」

薄い笑みを顔に貼り付けたまま、那貴は言葉を続ける。

「策を講じる時間がなさ過ぎたんだ。一歩でも間違えれば、趙軍の襲撃で俺たちは壊滅していた。そうならないよう、お頭は最大限の警戒をしてたってことだろ」

「………」

慰めるように、那貴の大きな手が信の肩をぽんと叩く。

「それに今回は、」

那貴が言葉を紡いだ途端、背後から河了貂の大きな声が響き渡った。

「信~!腹減ったぞ!俺と羌瘣にたらふく美味い飯食わせてくれる約束だろ!?」

「あ?ああ、そうだったな」

桓騎の策に従う代わりに、河了貂と羌瘣が満足するまで飯を食わせるという約束をしていたことを思い出した。

長旅を終えて疲れているだろうに、河了貂と羌瘣は早く食事をしたいと信の腕を引っ張った。

「飯は逃げねえんだから慌てんなよ」

「ご飯は逃げなくても、お前は逃げるかもしれないだろ」

羌瘣に鋭い眼差しを向けられ、信があははと笑う。どうやら約束を破るのではないかと疑われていたらしい。

女子二人に囲まれて、すっかりいつもの調子を取り戻した信は、笑顔で那貴に手を振った。

「じゃあな。那貴もゆっくり休めよ」

「ああ」

河了貂と羌瘣に引っ張られて、城下町の飯屋へ向かっていく信の後ろ姿を眺めながら、那貴は小さく息を吐いた。

これは告げるべきだと思っていたのだが、無事に帰還出来た喜びを邪魔するわけにはいかない。
桓騎に口止めをされた訳ではなかったが、黙っておいた方が信のためだろうと那貴は考えた。

―――…趙の宰相に好き勝手させるのは癪だからな。

桓騎が送り込んだ密偵が趙軍の拠点と伏兵を発見した時、隙を見て趙兵の一人を連れ去り、拷問にかけて機密情報を吐かせた。

夾竹桃を薪代わりさせることで早々に壊滅を狙うつもりだったようだが、それは叶わず、次の策を実行に移すことに決めたという。

第二の策。それは長い野営生活によって疲弊している飛信軍の撤退を狙って襲撃をするというもので、夾竹桃の栽植も合わせ、それを指示していたのは趙宰相の李牧だったのである。

桓騎は以前から李牧のことを敵視していたが、彼が企てる軍略に関しても目を光らせていた。

密偵の報告によって、飛信軍の壊滅を企てたのが李牧だと知った桓騎は、飛信軍だけでは対応出来ないだろうと即座に判断したのである。

桓騎自らが救援に駆け付けたのも、今回の趙軍の背後に李牧という強敵がいたからだ。
しかし、それを伝えていたら彼女は逆上したに違いない。憤怒の感情のままに趙の伏兵部隊に突っ込んでいっただろう。

李牧は信の養父である王騎の仇に等しい存在だ。復讐のために、信が自分の手で討ち取ると決めている男でもある。

だが、李牧を討ち取るのは至難の業だ。夾竹桃を栽植していたところから李牧が手を回していたというのに、信はそれに気づきもしなかった。その時点で、埋まらない実力差があり過ぎる。

言葉には出していないが、桓騎が危惧していたのは、毒耐性を持っている信に李牧が夾竹桃を差し向けたことだろう。

秦趙同盟のあの夜、信に毒耐性があることを知ったならば、夾竹桃の毒は効かないと分かっているはず。
それはすなわち、他の兵たちを一掃し、毒が効かぬ信を孤立させる目的があったということになる。

味方を失った彼女を討ち取るのは安易なことだろうが、信を孤立させることには何かほかに目的があるに違いない。

そこで桓騎は、李牧が信を捕らえようとしているのではないかと危惧したのである。

以前、情報操作によって抹消させた信との婚姻を諦めていなかったのかもしれないし、秦軍に欠かせない将である彼女を利用することで、趙国が優位に立つような交渉を行うつもりだったのかもしれない。

どちらにせよ、桓騎は信が趙軍の手に渡らぬよう、何としても李牧の企みを阻止しなくてはならなかった。

風向きと地の利を活かして夾竹桃を燃やし尽くし、炎と毒煙で趙兵を容赦なく一掃したのは、桓騎なりの李牧に対する宣戦布告でもあったのだ。

 

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謝意

河了貂と羌瘣に食事を奢る約束を果たしたあと、胃袋がもうこれ以上は入らないと悲鳴を上げていた。

二人と別れてから桓騎の屋敷に向かわず、信は一度自分の屋敷に戻り、泥のように眠りに落ちてしまった。長期間の野営生活によって、体がくたくたに疲れ切っていたのだ。

目を覚ました時にはすでに昼を回っていて、満腹だった胃袋はすっかり空になっていた。

どうせ桓騎の屋敷に行けば、摩論の上手い手料理が振る舞われるだろう。それに、毒酒をもてなしてくれるのも分かっていたので、空腹のまま信は愛馬の駿を走らせて桓騎の屋敷に向かった。

屋敷に到着した時にはすでに日が沈み始めていた。

「あっ、信だ~!」

馬を降りると、薪割りをしていたオギコが満面の笑みで駆け寄って来た。

もう冬が目前に迫っているというのに、いつだってオギコは裸に近い格好をしていて、風邪を引かないのか心配になる。頭はともかく、そこらの男よりも筋力はあるので寒さを感じないのだろうか。

「おう、オギコ。久しぶりだな」

馬を降りて手綱を厩舎に繋ぎながら、オギコに声を掛ける。

「お頭に会いに来たの?」

「ああ、世話になったからな」

そう言ってから、信はしまったと思った。先日、桓騎に礼を伝えたものの、手土産の一つくらい持って来るべきだっただろうか。

今回は桓騎のお陰で無事に生還出来たのだから、美酒や美味い食材でも用意しておけばよかった。
食材程度で返礼出来るような軽いものではないと分かっているものの、屋敷に来いと誘ってくれたのは桓騎の方とはいえ、手ぶらで来てしまったのは図々しいだろうか。

今から美味い食材でも買いに行こうかと思ったものの、この時刻ではもう店はやっていないだろう。

どうしようかと考えていると、オギコが小首を傾げていた。

「お頭、信のこと待ってたよ?早く会いに行ったら?」

「へ?お、おいっ?」

「ほらほら急いで!」

オギコに背中を押され、信は屋敷の裏庭へと連れて行かれた。

いつもなら屋敷の一室で毒酒を交わすのにと不思議に思いつつ、顔を上げるとそこに桓騎がいた。相変わらず椅子にふんぞり返っている。

椅子に腰かけている桓騎の向かいには焚火があった。まさか外で自分のことを待っていたのかと信は驚いたが、桓騎のすぐ傍にある机にさまざまな食材が並べられていることに気が付いた。

 

 

焚火を挟んで桓騎の向かいの椅子に腰を下ろし、机の上に並べられている食材をざっと見渡す。

「おおっ、串焼きか!」

食材がすべて串に通されているのを見て、焚火で焼き料理をするのだと分かり、信は目を輝かせた。

肉と野菜が交互に刺さっている串がたくさん並べられていて、信はすっかり空腹だったことを思い出した。連動するように腹の虫が鳴き出す。

手土産を持って来るべきだったかと後悔していた信だったが、ご馳走を前にしたことで、そんな悩みなどすぐに吹き飛んでしまった。

桓騎の傍に酒瓶がいくつか置かれていたが、どれもまだ未開封だ。どうやら信が来るのを分かっていて用意していたらしい。

国境調査へ発つ前に、鴆酒を飲む約束をしていたことを覚えてくれていたらしい。

桓騎は意外にも約束を守るという律儀な一面がある。興味のないことは最初から約束は取り付けないようにしているらしいが、信と約束を交わすことは多かった。それがなぜかを信は知らない。

「お頭、薪はここに置いとくよ!」

「ああ」

オギコが脇に抱えていた薪を焚火の傍に置き、鼻歌を歌いながら去っていく。少ししてから向こうでまた薪を割る小気味いい音が響いたので、どうやらオギコは薪割りを再開したようだ。

「報告は無事に終わったのか?」

「あ、ああ…少し長引いたけどな」

国境調査の報告自体はすぐに終わったのだが、河了貂と羌瘣に食事を奢る約束をしており、そのせいで遅れたことは黙っておいた。

二人が桓騎を嫌っているのは、桓騎も自覚があるらしい。もしも河了貂と羌瘣に桓騎と男女の関係であると伝えたら、確実に怒鳴られて反対されるだろう。
面倒なことは極力控えたいので、信は二人に桓騎との関係については黙っていた。

 

 

「美味そう!」

「摩論特製の猪肉の塩漬けだ」

焚火に串料理を焼き始めると、煙と共に肉の脂の良い匂いが漂ってきて、涎が込み上げて来た。

分厚い猪肉が串に通されていて、薪の火で炙られていた。脂が滴り落ちると、火が勢いよく燃え盛る。良い脂である証拠だ。塩漬けされたこの肉もさぞ美味いことだろう。

肉の焼ける音と食欲をそそる良い匂いに、信の視線はその串料理に釘付けになっていた。

「焼けるまで待ってろ。間違っても生焼けで食うなよ」

信は待てを命じられた忠犬のように、ご馳走が焼き上がるのを待っていた。

(はー、すっげえ匂い…)

涎が溢れてしまいそうなほど、勝手に口が開いてしまう。

目の前のご馳走に意識を向けてしまうが、今日の目的はそれじゃない。信は咳払いをして、焚火を挟んで向かいに座っている桓騎を見た。

「…那貴から全部聞いたぞ」

「何をだ」

「那貴からの書簡を読んで、密偵に周囲を探らせてたんだろ。火矢を放つ部隊も全部お前のところの兵だったのかよ」

「別にどうでも良いだろ」

話を逸らそうとするということは図星、すなわち那貴の話はすべて事実だ。

隠し事をされるのは気分が良くないが、那貴が桓騎に書簡を出してくれなかったら、桓騎が密偵に指示を出して、自ら策を講じてくれなかったら今頃自分はここにいないだろう。

「…ありがとな。助かった」

再び信から礼を言われるとは思わなかったようで、桓騎は僅かに片眉を持ち上げた。

何も言わないところを見ると、もう今回の件はすべて終わったこととして処理したのだろう。信もまだ色々と考えることはあるのだが、今は無事に生還出来たことを喜ぶべきだ。

桓騎は台に置かれている酒瓶を一つ手に取ると、蓋を開けて用意していた二つの杯になみなみと鴆酒を注ぐ。

「ほらよ」

「おう」

桓騎から杯を手渡され、お互いに杯を傾け合う。言葉のない乾杯を交わすのはいつものことだった。

喉を鳴らして鴆酒を一気に流し込むと、酒の味を追うように喉が痺れた。やはりこの痺れに勝る旨味は他にないだろう。

「んんーっ!やっぱり鴆酒が一番美味いなッ!」

さっそくお代わりを注ぎ出す信を横目に、桓騎もゆっくりと鴆酒に口をつけている。
…わずかに桓騎の口角がつり上がっていることに、信は気づけなかった。

 

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祝宴の罠

しっかりと猪肉と野菜に火が通ったのを確認して、信は串を手に取った。

「よっしゃ!食うぞ!」

桓騎も串を手に取っていたが、ずっと空腹を抱えていた信は遠慮せずに串料理を頬張った。

猪肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。塩漬けしていたと聞いていたが、そのおかげだろうか、これだけ分厚い肉なのに簡単に噛み切れるほど柔らかかった。

摩論の手料理を食べるのは初めてではないのだが、肉料理には大抵よくわからない調味料が添えられている。もちろんそれも美味いのだが、今回の串料理は肉を食べている充実感があり、信の好みだった。

飲み込んだ直後、喉に僅かな痺れ・・・・・を感じて、信は思わず小首を傾げた。

「とっとと食えよ。冷めちまうぞ」

桓騎も焼き上がった猪肉を頬張り、美味そうに眼を細めていた。

先ほどの痺れは鴆酒と一緒に味わっているせいだろうと考えながら、信は二口目を頬張る。猪肉を噛み締めると再び脂が口に溢れ出て来た。よく火を通したせいか、野菜も甘みを感じる。

鴆酒と串料理を交互に堪能しながら、信は満足するまで腹を満たすことに集中するのだが、

「…ん?」

何となく、喉の痺れが強くなって来たような気がした。

鴆酒を飲んだ時に感じる症状なのだが、まだ二人で一瓶を開けたくらいの量で、こんなに痺れを感じることはなかったので、信は違和感を覚えた。

猪肉は塩漬けだと話していたし、猪肉と一緒に串を通されている野菜にも毒が塗られているようには見えなかった。

この場にある毒物といえば鴆酒だけなのだが、普段よりも酔いが早く回っているのだろうか。

 

 

ちょうど焚火に当てていた串料理を全て食べ終わってしまったので、信は立ち上がった。

台の上にはまだ焼かれていない串料理が並んでいる。大食いの信のために摩論が多く用意してくれていたのだろう。

お代わりを焼こうと串料理に手を伸ばした時、

「…けほっ」

風が吹いて、信は目の前の焚火から上がっている煙を吸い込んでしまった。

ちょうど向かい風だったということもあり、先ほどから少し煙が目に染みていたのだが、食欲に勝てず、席を移動することなく串料理と鴆酒を堪能していたのである。

(煙のせいか?)

煙のせいで喉が傷んだのだろうか。早々に席を移動すれば良かったのに、猪肉が焼ける良い匂いに気を取られてしまっていた。

「薪が燃え尽きそうだな」

桓騎が小さく呟きながら、食べ終えた串を焚火に放り込んだ。さらにオギコが用意してくれた薪を焚火に放り込む。

信が屋敷に到着した時、オギコが薪割りをしていた姿を見ていたのだが、薪にしてはなんだか細い枝が多いように思う。この季節なので、木々がよく育たなかったのだろうか。

「…ん?」

薪割りをしていたオギコが切り忘れてしまったのか、薪の一つに竹のように長い葉・・・・・・・・桃色の花・・・・がついており、信は瞠目した。

見覚えのあるその薪をまじまじと見つめていると、まるで天が正解だと言わんばかりに、強い向かい風が吹き上げた。

「うぇっ、げほげほッ!」

向かい風のせいで、焚火から上がっている煙を思い切り吸い込んでしまい、信は激しくむせ込む。喉が焼け付くように痛んだ。

息を整えながら、信は薪を指さして桓騎を睨みつける。桓騎といえば口元に楽しそうな笑みを浮かべていた。

「お、お前っ!まさか…あそこに生えてたあの植物夾竹桃、持ち帰って来たのか!?」

「串と薪の代わりにするのにちょうど良いと思ってな」

あっさりと答えた桓騎に、信は愕然として眩暈を起こした。

まさか国境調査の拠点地に栽植されていた夾竹桃を持ち帰っていただなんて思いもしなかった。薪にするだけでなく、串にも利用していたなんて。

もしかしたら地の利を活かして趙軍の伏兵部隊を一掃したように、風向きを予想して、夾竹桃の毒煙を自然と吸い込めるこの位置に信の席を設置していたのかもしれない。

夾竹桃の伐採は密偵にやらせていたのだろうか。それとも日中ふらりと姿を消していたのは、屋敷に夾竹桃を持ち帰るために桓騎自らが夾竹桃を伐採していたのかもしれない。この男が木を切る姿など微塵も想像出来ないが。

しかし桓騎の意地悪な笑みを見れば、鴆酒と夾竹桃の毒を利用して、わざと信に毒の副作用を起こさせようと企んでいたのは明らかだった。

いや、それよりももっと先に気づくべきだったのだ。冬が目前に迫って来ているというのに、桓騎がなぜか外で串料理と鴆酒を振る舞った理由を。

「…く、くそっ…やられた…!」

ふらついた体を、立ち上がった桓騎が咄嗟に支えてくれたものの、信は体の異変を自覚してしまう。

 

祝宴の罠 その二

二人で鴆酒を一瓶開けたくらいなら酔うことはないのだが、串料理を堪能するために、夾竹桃の煙を吸い込んでしまった。

枝を燃やすと毒性の強い煙が出るのだと那貴から忠告を受けていたが、桓騎もそれを知っていた。だからこそ串と薪代わりに利用したのだろう。

過去に雷土がこの毒煙で苦しんだというが、毒への耐性を持つ信と桓騎の場合は別だ。
毒を摂取し過ぎると、毒の副作用――まるで媚薬を飲まされた時のように性欲の増強と感度が上昇する――を起こしてしまうのである。

「はあっ…あ…」

体の内側が燃え盛るような灼熱感に、呼吸が乱れてしまう。
自分の体を支えるために肩を抱いてくれている桓騎の手の感触が気持ち良くて、このままではまずいと危惧する。

「か、帰るっ」

毒の副作用を起こした時に、桓騎が何をして症状を抑えてくれるのか、信には分かり切っていた。

しかし、いつもと違うことがある。それは外にいるということだ。
いつもなら室内で鴆酒を飲み交わし、副作用が起きれば二人して寝台になだれ込むのだが、今日はそうもいかない。

外には薪割りをしているオギコもいるし、他の重臣たちが通らないとは限らない。桓騎と二人きりでいるならともかく、他の者たちに醜態をさらす訳にはいかなかった。

「はなせっ…帰る…!」

なんとか厩舎にいる愛馬のもとに辿り着けば、賢い愛馬は事情を理解して屋敷まで連れて行ってくれるだろう。信が手綱を上下に叩かなくても目的地へ連れて行ってくれる賢い馬だ。

「お前、そんな状態で馬に乗れると思ってんのか?」

「おわあッ」

軽々と横抱きに全身を持ち上げられ、急な浮遊感に信は悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「この前、馬に乗ったら股が擦れて気になるとか何とか言ってなかったか?」

「だ、だからっ、あれは、お前とそういうことするの、しばらくやめるって…!」

…国境調査に行く前に、信はしばらく毒物の摂取を控えると言い出したことがあった。

毒の副作用を起こせば、増幅した性欲を鎮めるために、体を重ねる行為が必須ともいえる。
しかし、信は毒の副作用を起こして桓騎と激しい一夜を(時には朝まで続くこともあるが)過ごしたあと、乗馬に支障が出るようになってしまったのだと訴えた。

どうやら馬に乗った時、鞍に股間が擦れるのが気になるのだという。妓女でも経験出来ないほど激しい行為が続くのだから無理もないのだが。

まだ体は重ねていないとはいえ、毒の副作用を起こした今の状態で馬に跨れば、それだけで情けない声を上げるのは目に見えていた。

信の愛馬である駿とはそれなりに良い関係を築いているものの、この女を快楽に導くのはこの世で自分一人だけでいい。

好きなだけ寝て良い・・・・・・・・・って言ったのはお前だろ。約束通り、俺が飽きるまで付き合えよ」

国境調査の最終日に信が自分に向けたセリフをそのまま言い返すと、信が悔しそうに顔を歪めた。

「あ、あれは、そっ、そういう意味じゃ、んんっ…!」

まだ抵抗を続けようとする体を抱き込んで、やかましい口を唇で蓋をしてやる。舌を差し込むと、信の体にぶわりと鳥肌が立った。

「ふう、ん、んんっ…!」

猪肉の塩辛い味に苦笑を深めながら、桓騎は彼女を抱きかかえながら歩き始める。

寝室に行くために屋敷の入り口へと向かう二人を、天が冷ややかな目で見るかのように冷たい風が吹いた。

夾竹桃の苦い毒煙を吸い込んでしまい、二人は小さくむせ込む。それから熱っぽい視線で見つめ合い、信は諦めて桓騎の胸に凭れ掛かるのだった。

…翌年。桓騎の屋敷の庭一面に、竹のように長い葉と、桃のような花を持つ特徴的な植物が育っていたという。

 

このお話の前日譚「禁毒宣言!(5700文字程度)」はぷらいべったーにて公開中です。
出会い編「毒を盛る(4900文字程度)」はpixivにて公開中です。

 

伏兵部隊の壊滅報告~趙国~

飛信軍に奇襲をかける予定だったはずの伏兵部隊が壊滅したという報告を受け、李牧はまさかと目を見開いた。

「…壊滅?それは本当ですか?」

「ま、間違いありません。どうやら、飛信軍が撤退間際になってから、こちらの伏兵に気づいたようで…」

死角となる崖下に隠れた兵たちに、飛信軍を殲滅させる機会を伺わせていたはずだが、まさか気づかれるとは思わなかった。

しかし、李牧の中では伏兵が壊滅することは決して想定外ではなかった。

伏兵が気づかれる可能性は絶対にないとは言えなかったし、相手はあの飛信軍だ。国境調査という名目で人数が少ないとはいえ、信を含め、副官も兵たちも強大な戦力を持っている。

そして飛信軍が国境調査を開始してから、特別大きな動きがなかったことに、李牧は違和感を覚えていた。

冷え込みが激しくなる夜に、薪の消耗は必須となる。飛信軍が拠点としたあの場所に生い茂っている木々を、彼らが薪代わりにするだろうと睨んでいた。

毒性を持つあの木々を薪代わりにすることで、飛信軍はその一夜のうちに毒煙にやられて壊滅すると李牧は考えていた。
…もちろん毒が効かぬ特殊な体を持っている彼女一人を除いて。

(考えが甘かったでしょうか)

今回の策は李牧が秦趙同盟を終えた後から企てていたものであり、そのために国境付近に生えていたあの木々――夾竹桃――を増殖させるよう指示を出していた。

この策が成功し、生き残るとすれば毒が効かぬ信だけであることも李牧は分かっていたし、彼女は生け捕りにして連行するように指示を出していた。

毒耐性を持つ信が、あの夾竹桃に毒があることを知っていたのだろうか、それともこちらの策に気づいた者がいたのだろうか。

秦趙同盟で彼女が堪能していたのは鴆酒と呼ばれる毒物であったが、仲間が誤って口をつけないように、日頃から毒を愛飲しているとは思えなかった。

毒に耐性があっても、そこまで毒物に対しての知識がないのではないかというのが李牧の見解で、今回の策はそれに対する賭けでもあったのだ。

しかし、こちらの部隊が壊滅をしたという事実は、信との賭けに負けたことを意味する。

「み、見張りの報告によると、飛信軍がこちらの伏兵を風下に誘導して、周囲の夾竹桃に火矢を放ち、毒煙によって壊滅させたと…」

「それは妙ですね」

その報告を聞いた李牧は思わず口元に手を当てた。

 

 

飛信軍の特徴はよく知っている。いつも戦の前線で戦い、道を切り開く彼女が使う策だとは思えなかった。毒煙を利用して部隊を壊滅させるなど、飛信軍の軍師が考えるだろうか。

地の利を生かした策を講じるのは別におかしなことではないが、信は正攻法で戦う将である。
もし軍師がこの策を講じたとして、投降兵や女子供には手を出さない彼女が、敵兵を抹殺するような策を許したとはどうも考えにくい。

毒の耐性を持っているとしても、秦趙同盟の際、彼女はそれを鼻にかけることはしていなかった。

だからこそ、毒を使った今回の策に、李牧は飛信軍ではなく、別の軍師か将の存在があったのではないかと考えた。

国境調査という名目で待機していた飛信軍に救援があったとは考えにくい。
しかし、結果だけ見れば、飛信軍以外の別の軍師か将の存在を疑わざるを得ないだろう。

自分も毒煙に呑まれる危険性を冒してまでその策を成し遂げたのだから、よほどの命知らずか、信と同じように、毒が効かぬ体質の者であった可能性も考えられる。

この広い中華全土であっても、毒が効かぬ者などそう多くはいるまい。
つまり、その者は毒の耐性という共通点を理由に、信と密接な関係にあると考えて良いだろう。

こちらの策に気づいて飛信軍の救援に来たのか、それとも、常日頃から信の傍にいるのかは不明だが、その者の正体を探る必要がありそうだ。

秦趙同盟の際、李牧は信の弱点を知った。
それは彼女が感情的になりやすいということであり、大切な仲間を傷つけられれば怒りで我を失い、簡単にこちらの罠にかかるということだ。

こちらが優位に立つために、秦軍に欠かせない存在となっている信を交渉材料として利用することには大きな価値がある。

だが、彼女の性格を考えれば、捕虜になったところで命乞いなどするはずがない。
交渉材料として利用されたり、敵国で無様に首を晒すくらいなら、自ら舌を噛み切ることを選ぶに違いない。それでは意味がないのだ。

以前、呂不韋から提案された信との婚姻話はいつの間にかなくなってしまっていたのだが、李牧は未だ彼女の存在を諦めていなかった。

「…り、李牧様?」

声を掛けられて、李牧は無意識のうちに自分の口角がつり上がっていたことに気が付いた。こちらの伏兵が壊滅したというのに、笑みを浮かべている李牧に兵が怯えている。

しかし、李牧はその笑みを崩すことなく、次なる命令を告げたのだった。

「今回の失態ですが、飛信軍に協力者がいたはずです。その協力者が何者であるか、必ず突き止めてください」

その協力者が信と密接な関係にあるとすれば、その者を人質に、信と独自に交渉をする機会が作れそうだと李牧は考えたのだった。

 

このお話の李牧×信のバッドエンド番外編はこちら

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毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)中編②

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/シリアス/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編①はこちら

 

作戦決行前夜

桓騎が救援に来たことを趙軍に気づかれれば、間違いなく警戒を強められるだろう。彼が企てた策を成すためには、不用意にその存在を広める訳にいかない。

この拠点に桓騎がいると知っているのは、信と那貴だけだ。作戦決行まであと三日とはいえ、さすがに仲間たちに存在を隠し通すのは厳しい。

もしも見つかってしまえば飛信軍の中で大いに話が広まり、こちらの動きを警戒している趙軍にも桓騎が来たという情報が筒抜けになってしまうかもしれない。

そこでまず信は、副官である羌瘣と軍師の河了貂を呼び出し、桓騎が来ていることと、彼が知らせてくれた趙軍の動きについてを知らせた。

二人があまり桓騎の存在をよく思っていないことは知っていたのだが、案の定、桓騎がこの拠点に来たのだと告げると、二人は驚愕のあとに嫌悪の表情を浮かべたのだった。

河了貂は、桓騎の手を借りず、残して来た疎水たちや他の兵を救援に呼ぶ方法も考えたようだが、今から伝令を出したとしても撤退時には間に合わない。

現時点で今回の国境調査に連れて来た三百で趙軍に対抗するには、桓騎の策を採用する以外に対抗手段はないと諦めたのか、しぶしぶ承諾してくれた。

国境調査が終わってから、たらふく美味い飯を食わせるという約束を二人と交わして、信は桓騎から聞かされた策を告げる。
それから兵たちに桓騎が来たこと、趙軍の襲撃についてを水面下で報せ、撤退時の行動についてを指示したのだった。

しかし、それは策を成す上での自分たちの行動であり、策の全貌ではない。

桓騎は、相変わらず策の全貌を語らなかった。那貴の話によると、普段は重臣の中でも、ほんの一部の者にしか策の全貌を明かさないのだという。

信と那貴にも兵たちへの指示を告げただけで、その策がどのように趙軍を一掃するのか分からない。

桓騎が策の全貌を明かさないのは、奇策を成すために目の前のことに集中しろということなのかもしれないが、確実な勝利を手にするためには策の全貌を仲間たちで共有すべきではないのだろうか。

尋ねたところで桓騎が薄ら笑いを浮かべるばかりで答えてくれないことは分かっていたので、信は大人しく引き下がったのだが、本当に大丈夫なのだろうかという不安があった。

彼の策を信頼していないわけではないのだが、本当にあの指示通り・・・・・・に動くことで、趙軍の襲撃を回避出来るのか、先の見えない不安に駆られてしまう。

…その後、桓騎といえば特に策を成すために何かするわけでもなく、時々ふらっと姿を消すこともあったが、ほとんど信の天幕に入り浸っていた。

 

 

作戦決行を控えた二日目の夜。
信が見張りを終えて戻って来ると、桓騎はその体を腕の中に抱き寄せて眠り始めた。

きっと信が不在の間も、天幕で眠っていたのだろうに、まるで冬眠する熊のように桓騎は眠り続けている。

「…お前よくそんなに寝てられんな」

呆れ顔で、信は目の前にある桓騎の寝顔に語り掛けた。
話を聞くと、信が居ない間にも眠っているらしい。それほどまで惰眠を貪っているくせに、よく眠り続けられるものだと感心してしまう。

普段は眠りが浅くて寝酒が欠かせないと話していたくせに、こんな寒い地の、しかも普段使っているものとは正反対の固い寝床で眠る桓騎に信は驚いていた。

寝惚けているのか寝たふりをしているのか、信のことを抱き締めながら、桓騎の手が胸に伸びたり足の間に伸びたりすることもあった。その度に信が頭突きをして抵抗したので未遂で済んだものの、本当に人目を気にしない男である。

(…いよいよ明日か)

桓騎の腕の中で、信は明朝の作戦決行のことを考えていた。

もしも桓騎が来てくれなかったなら、国境調査を終えてようやく帰宅出来ることに安心して、今頃は仲間たちに労いの言葉を掛けて回っていただろう。そして撤退時に趙軍の襲撃を受け、もしかしたら壊滅させられていたかもしれない。

向こうもそのつもりで身を隠していたのだから、こちらが気づかないのも当然といえばそうなのだが、もしも壊滅したとなればそれは将の責だ。

この辺り一帯に夾竹桃が栽植されていたことから、自分たちがこの地を拠点にすることも見抜かれており、すでに趙軍が手を打っていたことに気づけなかった自分の力量不足を信は恨んだ。

 

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追憶

三日後の明朝。信は緊張のせいか、朝陽が昇る前に目を覚ました。冬が近いせいか、朝陽が昇るのは遅い。

戦時中であれば、体を休ませるためにすぐに眠りに落ちるのだが、今はそうではない。

桓騎は相変わらず信のことを湯たんぽか抱き枕だと思っているのか、両腕でしっかりと抱き締めたまま寝息を立てている。

普段、信でさえ桓騎の寝顔を見るのは珍しいというのに、桓騎がここに来て三日間、信はよく彼の寝顔を見ていた。

いつもは桓騎の方が先に目を覚ますのだが、趙軍の襲撃が迫っていると聞かされた信は緊張のあまり、目が冴えるようになっていた。

(こいつは本当に呑気だな)

この男には緊張感という人間の感情が欠落しているのではないだろうか。オギコとは違った能天気さに満ちている。

…桓騎には失敗や敗北といった恐れが存在していないのだ。だからこそ、戦の前でも、今日のような作戦決行前でも、余裕でいられるのだろう。

信は前線で敵兵を薙ぎ払うが、桓騎は後方で指揮を執ることが多い。養父である王騎が、将には本能型と知略型の二種があると話していたように、自分たちは種が異なる。

出会ったばかりの頃は、自分たちは平行線のように決して交わることはないと思うほど、険悪の仲だったというのに、毒という奇妙な共通点によって交わることが出来た。

きっとその共通点がなければ、桓騎という男の本質を理解しようと思わなかっただろう。

 

 

(毒がきっかけなんて、本当に変な縁だ)

桓騎の寝顔を見つめながら、初めて出会った日――親友に頼まれた桓騎軍の素行調査――のことを思い返し、信は思わず口角をつり上げる。

あの時は潜入調査だったというのに、あっさりと桓騎に気づかれてしまい、鴆酒でもてなされた。

桓騎は信に毒の耐性があることを知らずに毒酒を出したようだが、そんな事情は知らず、信は鴆酒を堪能していた。

初めて飲んだ美酒に気分を良くした信だったが、毒の耐性があることを告げた覚えはないのに、なぜ毒酒を振る舞ったのかと考えた時、桓騎は自分を苦しませる目的で毒酒を差し出したのだと気づき、信は憤怒した。

綺麗に毒酒を飲み干してから怒り始めた信に、桓騎は高らかに笑った。

噂で聞いていたように、残虐極まりない男だとばかり思っていたのに、その笑顔を見た途端、信の中で桓騎に対する印象が少しだけ変わった。

そして桓騎の方も、自分と同じように毒に対する共通点を持つ信に興味を抱いてくれたようだった。

毒酒や毒料理の味を分かち合える人物がいたのが嬉しかったのか、それから桓騎は信を屋敷に呼び出すようになり、必然的に二人で会う機会が増えていった。

酒が入れば酔いのおかげで話は盛り上がるし(桓騎が酔うことは滅多にないが)、毒料理の感想を言い合ったり、毒酒を製造している酒蔵の情報を共有し合う良い関係を築いていたと思う。

もしも桓騎と、毒に耐性という共通点がなかったら、互いに興味を抱くことはなかっただろうし、そして今のこの状況下で桓騎が来ることはなかっただろう。

救援という言葉は使わなかったが、桓騎が来てくれなかったら、今日という日に趙軍の襲撃を受けて、全員が命を失っていたかもしれない。

(…帰ったら、毒酒で乾杯だな)

無事に帰還して、また共に毒酒を飲み交わそうと、信は桓騎の寝顔を見つめながら心に語り掛けた。

 

出立前

信が微笑を浮かべたことに反応するように、桓騎の瞼が鈍く動いた。

ゆっくりと瞼を持ち上げていき、まだ眠気の引き摺っているとろんとした瞳と視線が交じり合う。

桓騎の寝顔を見るのが珍しいなら、寝起きのぼんやりとした顔を見るのも珍しいことだった。

「………」

睡魔に耐え切れなかったのか、桓騎が瞼を下ろしたので、信が慌てて彼の肩を揺すった。

「おっ、おい、寝てる場合じゃないだろ!」

趙軍の襲撃に備えなくてはいけないというのに、桓騎はまるで屋敷にいるかのような寛ぎぶりを見せている。

「…まだ時間がある。黙って寝かせろよ」

眠い目を擦りながら、桓騎が信の体を抱き締め直す。
彼が眠いと訴えるのも、二度寝をしようとする姿を見るのも、そういえば初めてかもしれない。

しかし状況が状況だ。安易に二度寝を許すわけにはいかなかった。

「おい、放せって。帰ってから好きなだけ寝れば良いだろ」

腕の中から抜け出そうとすると、信のせいで睡魔が消え去ったのか、桓騎が煩わしそうに顔をしかめた。

「好きなだけ?」

確認するように顔を覗き込んで来たので、信は頷いた。

「ああ。無事に帰還出来りゃ、どんだけ寝ようがお前の自由だろ」

そのために、何としても今日は趙軍の襲撃を振り切って撤退しなくてはならない。
信の言葉を聞いた桓騎は納得したように頷いた。

「…なら、何が何でも帰還しねえとな?」

急にやる気を見せた桓騎に、普段の信なら何か企んでいるに違いないと警戒するのだが、趙軍の襲撃のことで頭がいっぱいになっている今の彼女にはそんなことを考える余裕はなかった。

 

 

その後、信は桓騎の指示通りに撤退の指揮を行った。

事前に指示していた通りに、兵たちは趙軍の襲撃に警戒しつつ、撤退のために荷をまとめ始める。

襲撃があると分かっているのなら、荷を捨てて早々に撤退した方が良いのではないかと桓騎に提案したのだが、承諾されなかった。

襲撃を回避出来たとしても、ここから咸陽までの道のりは遠い。冷え込みが激しくなっている中で、十分な備えがないまま野営生活を続ければ、帰還中に余計な犠牲が出てしまう。物資の供給はあるとはいえ、届くまでには時間がかかるし、備えはあった方が良い。

かといって、こちらが撤退を決めていた今日よりも早い日に、荷を纏めて撤退準備を行えば、襲撃計画に気づいたと教えるようなものだ。そうなれば趙軍も飛信軍を逃がすまいとして、遠慮なく襲撃して来ることだろう。

だからこそ、桓騎は趙軍の襲撃計画を知りつつも、今日という日まで信たちに撤退を促さなかったのである。

「はあ…」

国境調査の目的でいるこちらは兵力も武器の備えも十分ではない。少しの犠牲を出さぬよう努めなくてはと、信は目を覚ました時から気が重かった。

しかし、嘆いてばかりもいられない。自分が弱気になっていれば、それは兵の士気にも自然と影響してしまう。養父にも幾度となく教わったことだ。

信は両腕を伸ばしながら、朝の冷え込んだ空気を存分に胸いっぱいに吸い込んだ。

「うおッ!」

息を吐こうとした途端、背後から二本の腕に抱き締められる。振り返ると、支度を終えた桓騎が信の体を抱き締めていた。

「むぐぐっ」

他の兵たちの目もあるのに、何をするんだと腕の中から抜け出そうとした途端、口の中に異物が突っ込まれる。それが桓騎の指だと気づいた信は驚愕し、くぐもった悲鳴を上げた。

「むぅーっ!」

桓騎は信の口に咥えさせた指に唾液を絡ませ、二本の指で舌を挟んだり、舌や口の中の感触をしばらく楽しんでいるようだった。いい加減にしろと思い切り噛みつくと、ようやく指を離してくれた。

「な、なにすんだよッ!」

顔を真っ赤にして桓騎を睨みつけるが、彼は朗らかな微笑を浮かべており、信の怒りなど気にしていないようだった。

指には綺麗に歯形が刻まれていたが、痛がっている様子はない。
それどころか、唾液に塗れて歯形の残るその指を頭上に掲げて、愛おしげに見つめているので、とても気味が悪かった。

 

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作戦決行

それから、撤退の準備が七割方進んだところで、崖の方から雄叫びが聞こえ、信は弾かれたように顔を上げた。

(来た!)

目を凝らすと、それは桓騎の予想通り、崖を昇って来た趙軍の襲撃であった。

兵力差はまだ明らかになっていないが、次から次へと崖を昇って来る兵たちの数を見れば、こちらの倍近くはありそうだ。

「後ろは振り返んじゃねえ!撤退だ!」

全員に声をかけ、信は馬を走らせた。兵たちを先導するために、ただひたすら信は前を走る。

後方の指揮は副官の羌瘣に任せている。荷を纏めていた兵たちが逃げ遅れないよう、彼女に援護を頼んでおり、安心して背中を任せられた。

「退くぞ!」

背後から迫りくる趙軍が弓矢を使わないことも桓騎の予想通りだった。

趙軍は崖を昇って来てから襲撃を開始するため、兵たちは複数の武器を所持出来ない。
かといって、弓兵だけに攻撃を任せれば、少人数でも接近戦に強い飛信軍の反撃を受けることになりかねない。それは趙軍が飛信軍を警戒している何よりの証拠だ。

そしてこちらの兵力が三百であることも事前に知られているのなら、数で潰しに来るだろう。よって、三百以上の兵が崖を昇って来ることも桓騎は予想していた。

事前に襲撃を知らされたおかげで、冷静に撤退を行うことができ、背後から迫りくる趙軍との距離が開いた。
もしも趙軍の襲撃を知らずにいたのなら、撤退も出来ないどころか、あっという間に壊滅させられていただろう。

趙軍は崖を昇るために馬を使えず、歩兵だけで構成されている。
対して、飛信軍も歩兵が中心だ。信や羌瘣たちは馬を使っているが、他の馬といえば荷を運ばせる馬車馬が十頭だけ。馬車馬は軍馬としての調教を受けておらず、速度は出せない。

よって、こちらは趙軍に追いつかれぬように、兵たちを前進させるしか方法はなかった。

 

毒も過ぎれば情となる 図2

「信!本当にこれで良いんだよなッ!?」

隣に馬を寄せて来た河了貂が必死な形相で問いかけて来る。桓騎の指示を告げた時、軍師である河了貂も不安な表情を見せていた。

桓騎が奇策を成そうとしているのは河了貂も信も分かっていたが、なにせ彼は策の全貌を明らかにしないので、飛信軍に指示した行動にもどのような意味があるのか、この場にいる全員が理解していないのである。

しかし、後方から迫りくる趙軍の襲撃は激しく、追いつかれて交戦が始まれば大きな被害を受けることになる。それこそ桓騎が予測していた通りに、壊滅という結果に追い込まれるだろう。

手綱を握り締め直した信は、向かい風に顔をしかめながら、力強く頷いた。

「桓騎を信じるしかねえ!あいつの言う通りにしてりゃあ、どうせ全部上手くいく!」

夾竹桃が生い茂る森を走りながら、後方では趙軍の兵たちが列を作り始めていた。多くの木々が道を阻むので、森の中を突き切るためには同じ道を通らなくてはならない。

「走れッ!」

信は声を大にして叫び、兵たちを急がせた。まるで信の指示に連動するかのように、強い向かい風が吹き上げる。

その瞬間、視界の端に赤い何かが横切ったのを、信ははっきりと見たのだった。

 

策の詳細

…桓騎がこの拠点に訪れた三日前の夜、信は真剣な顔で、桓騎の駒として動くことを決めた。

「俺は何をすればいい」

真剣な表情で指示を仰ぐと、桓騎はゆっくりと口を開いた。

何もしなくていい・・・・・・・・

「…はっ?」

信と那貴は大口を開けて桓騎を見た。二人が間抜け面を並べていることに桓騎が相変わらずあの意地悪な笑みを浮かべる。

策を成すにあたっては、敵を誘導したり、ある程度の敵の戦力を削いだり、囮役として引き際を見定めるなど、さまざまな行動がある。

しかし、桓騎が信に告げたのは何もせず、撤退に集中しろという命令だった。それのどこが策なのだろうか。

「い、意味わかんねえよ!分かるように説明しろ!」

納得出来ないと食い下がる信に、桓騎は呆れたように肩を竦めた。

「お前らは何もしないで撤退するだけだ。これ以上分かりやすい説明があるか?」

「逃げるだけかよ!?」

「そうだ」

「~~~っ…」

あっさりと桓騎が肯定したので、信はそれ以上尋問する気を失った。

納得したのではなく、これ以上何を言おうとも、桓騎が策の全貌を明かすことはないと理解したからだ。

那貴は桓騎との付き合いが長いせいか、信よりも早いうちに桓騎の言葉を吞み込んだようだった。
しかし、信は桓騎の策の全貌どころか、指示の意図が分からず、不安が募ってしまう。

桓騎の指示は、奇策を成すために必要な行動なのかもしれない。しかし、それだけで背後から迫り来る趙軍を撒けるとは思えなかった。

もしかしたら奇策など初めから考えておらず、潔く撤退に集中しろということなのだろうか。いや、桓騎に限ってそれはないだろう。考えもなしに動くような男ではない。

しかし、趙軍にこちらの行動が筒抜けである以上は、なにか対抗策を講じない限り、壊滅させられてしまうかもしれない。

桓騎が考案した対抗策が何なのか分からず、しかし、どれだけ食い下がっても桓騎が策の全貌を明かすことはなかった。

 

桓騎の策

兵たちに振り返るなと指示を出しておきながら、視界の端を横切った赤いものの正体を探るために、信は振り返ってしまう。

続けて、風を切るような音が幾度も聞こえ、赤いそれがまた信の視界の端を横切った。

「な、なんだ…?」

河了貂も信も手綱を引いて馬を止めてしまい、状況を把握しようと辺りを見渡している。
後方から迫りくる趙軍たちの雄叫びが、悲鳴に変わったのはその時だった。

殿しんがりを務めていた羌瘣や最終尾の歩兵たちを守るように、広い範囲で炎の壁が出来上がっていたのである。

「火の手が上がった!?」

こちらは反撃することなく、ただ撤退に集中しろという桓騎の指示を守っていただけだというのに、趙軍の行く手を阻もうと燃え盛る炎に信は愕然とした。

「あっ、信!あそこ!」

河了貂が指差す方に視線を向けると、桓騎と彼の背後にいる兵たちが火矢を構え、趙軍に向かって放っている姿が見えた。
桓騎と反対の方向には、同じように趙軍に火矢を放っている那貴の姿があった。

 

毒も過ぎれば情となる 図3
桓騎も那貴も、少人数の兵を連れている。策を決行するにあたり、数名の兵を同行させるというのは聞いていたが、合わせて二十程度のかなりの少人数の部隊だ。

たかがその人数で火矢を放っただけで、ここまで炎が燃え広がるなんて思いもしなかった。
事前に火矢を放つ場所に油を敷いていたのかと思ったが、油の匂いはしなかった。

それに、馬や歩兵たちの足を滑らせる原因にもなりかねないことから、飛信軍の撤退を阻害することに成り兼ねない。恐らく、油は使用していないだろう。

では、なぜここまで炎が燃え盛ったのか。

「うおっ!?」

信の疑問に答えるかのように、強い向かい風が吹くと、風下にいる趙軍たちに大きな炎が襲い掛かる。
どうやら風向きが味方をしたことで、趙軍たちを炎で足止めをすることが叶ったようだ。

(まさか、桓騎の野郎…!)

撤退準備を始める前に、桓騎が後ろから抱き締めて来て、自分の口の中に指を入れて来た不可解な行動を思い出す。

唾液で湿らせた指を翳していたのは、風向きを確かめるため・・・・・・・・・・だったのだ。自分の指でも確かめられるだろうに、信は腹立たしくなる。

風に煽られてたちまち炎が大きくなっていき、道を阻まれた趙軍が迂回しようとする動きが見えた。

再び風が吹き、燃え盛る炎がますます激しくなる。風向きを味方につけられなかったら、この策は成り立たなかっただろう。桓騎のことだから別の策も用意していただろうが。

「急げ!」

趙軍が迂回する隙を突き、自軍に撤退を急がせる。指示を出してから、信は思わず目を見開いた。

炎に阻まれた兵たちが次々と倒れていく姿が見えたのである。

 

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桓騎の策 その二

挟撃するように火矢を放った桓騎と那貴の姿はもう見えなくなっており、足止めをした趙軍を追撃している訳ではないらしい。
火の手は大きく、追撃するよりも避難した方が良いと判断したのだろうか。

だが、避難を優先したのなら、どうして彼らの姿が見えないのだろう。信の胸に不安が湧き上がり、思わず馬を止めてしまった。

「信ッ!何してんだよ!早く行くぞ!」

桓騎と那貴の姿を探す信の背中に、河了貂が怒号を浴びせる。
はっと我に返った時、後方で兵たちの援護をしていた羌瘣がちょうど戻って来た。彼女がここまで来たということは、趙軍から距離を取れたということだ。

「那貴と桓騎を見たか?」

いや、と羌瘣が首を横に振る。それから彼女は燃え盛る炎に視線を向けながら、捲くし立てるように言葉を続けた。

「夾竹桃の毒煙で趙軍は追って来れない。風向きが変わると、こちらも被害を受けるかもしれないから急いで撤退するぞ」

その言葉を聞き、信と河了貂は顔を見合わせた。
この周囲一帯に生えている夾竹桃の特徴は、燃やすと強力な毒煙を発生させる・・・・・・・・・・・・・・・ことだと思い出した。

「ほんとに…全部、上手くいった…」

これが桓騎の策の全貌だったのだと気づき、信はもちろん、河了貂も呆然としていた。

趙軍の襲撃を予想した桓騎は、那貴と共に趙軍を挟撃するように火矢を放った。風向きが味方し、さらには燃え盛る夾竹桃の毒煙によって趙軍の動きを完全に封じる。

―――お前らは何もしないで撤退するだけだ。これ以上分かりやすい説明があるか?

桓騎が自分たちに命じたのは、撤退に集中することだけ。
それに加えて、風向きと地の利を生かした桓騎の策によって、趙軍の襲撃を逃れることが出来た。

振り返っても、趙軍がこちらを追い掛けて来る様子はない。きっと夾竹桃の毒煙によって身動きが取れなくなり、迂回することも撤退することも出来なくなったのだろう。

夾竹桃の毒煙が強力であることは那貴から聞いていたし、あれだけ広範囲に火の手が上がり、周辺の夾竹桃を燃やし尽くしたとなれば、ほとんどの兵が毒煙を浴びたに違いない。
風によって毒煙が蔓延し、後方にいた兵たちも逃れられなかったはずだ。

…つまり、趙軍は桓騎の策により、ほぼ壊滅状態に陥ったと言っても過言ではないだろう。

 

 

「な、なんとか、逃げ切ったな…」

しばらく走り続け、趙軍が追って来ないのを確認した河了貂はようやく安堵の息を吐いた。

「あ、那貴たちもいたぞ!」

少し遅れて後方に那貴と桓騎、それから数名の兵たちの姿が見えた。彼らも無事に撤退出来たらしい。

もしかしたら夾竹桃の毒煙に巻き込まれないように、火矢を放ったあと、迂回して撤退をしていたのかもしれない。

特に怪我を負っている様子もなく、馬を走らせている二人の姿を確認した信も、ほっと胸を撫で下ろした。

「…信?」

信が安堵の表情ではなく、憂いの表情を浮かべたことにいち早く気づいた羌瘣が心配そうに声を掛けてくれる。

「いや、何でもねえよ。とっとと帰ろうぜ」

…結果だけ見れば、趙軍の襲撃を回避しただけでなく、地の利を生かした策で反撃し、壊滅状態に追いやった。桓騎の武功はきっと高く評価されることだろう。

もしも桓騎が来てくれなかったら、きっと自分たちが趙軍によって壊滅させられていたのだと思うと、やはりやるせない気持ちに襲われてしまう。

 

勝利

火矢を放った後、那貴は桓騎の指示通りにすぐさま迂回して、その場を離れた。風向きは趙軍の方に向いているとはいえ、夾竹桃の毒煙を吸い込めば身動きが取れなくなる。

趙軍の兵たちは毒煙のせいで、悲鳴を上げることも出来ず、身動きが取れないまま、そのほとんどが燃え盛る炎に飲み込まれていった。
炎に呑まれなかった後方の兵たちも、風に乗った毒煙で苦しんでいるに違いない。

あれだけ炎が上がったのは、風向きを味方につけただけではない。
飛信軍が行動している日中は、この周辺に敵兵が来ないことを知った上で、火矢を放つ場所の偵察と、火種の準備をしていたのだ。

飛信軍が撤退するためにこの道を通ることも、追い掛けて来る趙軍が、木々で阻まれた道を進むために、左右に広がらずに縦に列を作って進むことも想定した上で、桓騎は今回の策を企てた。

火種になる水分が抜けた枯葉を集め、それを火矢の的代わりに設置していたのも今日という日のためだ。
大きな火の手が上がれば、十分に趙軍の足止めは出来る。

風向きが味方しなかった時にはまた別の策で、さらなる足止めを考えていたに違いないが、どちらにせよ桓騎を敵に回した時点で、趙軍に勝機はなかったのである。

「…よし、俺たちも撤退だな」

那貴は趙軍の追撃がないことを確認し、毒煙を浴びないよう注意しながら森の中を大きく迂回し、撤退した飛信軍を追い掛けた。
前方には先に撤退を始めていた桓騎と兵たちの姿があった。

(さすがお頭だ)

襲撃を回避するどころか、地の利を生かして逆に趙軍を壊滅に追いやった桓騎には感服してしまう。

国境調査の名目で秦軍がこの地に拠点を作ると想定し、事前に夾竹桃を栽植していた此度の趙軍の策は、桓騎ほどの知将でなければ見抜けなかったに違いない。

さらに言えば、桓騎が信のことを気に掛けていなかったら、飛信軍は今頃壊滅していただろう。
夾竹桃の知識を持っていた那貴がいなければ、もっと早い段階で襲撃を受けて壊滅されていたかもしれない。

「…お頭、一つ聞いても良いスか?」

那貴は桓騎の隣に馬をつけると、にやりと笑みを浮かべながら問いかけた。

「聞き過ぎだ。次から金取るぞ」

今回はまだ支払わなくていいらしいので、遠慮なく問いかける。

「俺が飛信軍に行くのを許可したのって、今回みたいな危険を回避させるためだったんですか?」

手綱を握り締め、那貴は桓騎の瞳をじっと見据えながら尋ねた。

「…は?お前が勝手に抜けたんだろうが」

「ははっ」

その返答は予想していたものの、那貴は笑わずにいられなかった。

以前、那貴が桓騎軍を抜けるに当たっては、桓騎の重臣である雷土たちからかなりの罵声を浴びせられたものだが、桓騎だけは違った。

軍を抜ける理由だけを問い、それきり那貴から興味を失くしたようだった。
敵の背中は容赦なく斬り捨てるくせに、自らの意志で去っていく仲間は決して追い掛けない。桓騎とはそういう男だ。

きっと那貴がどんな理由を告げたとしても、桓騎は引き留めることはしなかっただろう。

野盗時代からの付き合いだというのに、引き留めてくれなかったことを悲しんでいる訳ではないが、素直に飛信軍へ行かせてくれた理由がずっと気がかりだった。

 

 

「昔より、今のお頭の方が人間味があって良いっすね」

「昔は化け物だったみたいに言うな」

苛立っているような声色に聞こえるが、桓騎の表情には微笑が浮かんでいた。

彼の視線の先を追い掛けると、信の姿があった。河了貂と羌瘣に先導と指揮を任せているのか、馬を止めて、どうやら自分たちのことを待ってくれていたらしい。

信を見据える桓騎の瞳が、今まで見たことのない柔らかな色を宿していることに那貴は気づいていた。それだけ桓騎の中で、信という存在は深く根強いていることも。
そして信の方も、今では桓騎が欠かせない存在になっている。

毒の耐性という奇妙な共通点から、今や誰が見ても相思相愛である二人だが(信はなぜか桓騎との関係を隠し通せている気になっているようだが)、これほどまでに桓騎が一人の女に興味を示す姿は初めてのことだった。

それも、単騎で危機に駆け付けるどころか、無償で策まで講じるなんて、那貴の知っている桓騎はそんな面倒なことを絶対にしなかったはずだ。

だからこそ、気になることがある。

もしも、信が自らの意志で桓騎の元を去るとしたら、その時はどうするのだろう。自分が軍を抜けると言った時と同じように、理由だけを尋ねて、興味を失くすのだろうか。

桓騎が何者かを引き留める姿を一度たりとも見たことがなく、そんな姿を想像出来なかった那貴はほんの好奇心で問いかけてみた。

「…もし、信がお頭から離れるって言ったら、その時はどうするんです?」

信の名前に反応したのか、一瞬だけ桓騎の瞳の色が変わったような気がした。
しかし、それがなんの感情だったのか、はたまた動揺だったのか、那貴には分からない。

手綱を引いて馬を止めた桓騎は、凄むような目つきで那貴を見据えた。

「俺は気に入った女は逃がさない主義だ」

どのような返答が来ても驚くまいと思っていたのだが、まさか執着じみた答えが来るとは思わず、那貴はぽかんと口を開けた。

桓騎の瞳や声色から、それが決して冗談ではないと分かる。

いつも女から追われる側である桓騎が、初めて追う側に立つという。今回の彼の行動だけでも驚くべきことだが、これは相当な執着を感じさせた。

信に限って、自らの意志で桓騎から離れるようなことや、彼以外の男を選ぶことはないだろうが、そんな日が来ないように願うばかりだった。

「随分と信に毒されて・・・・ますね、お頭」

信と桓騎にとって、毒という言葉は決して悪しきものではない。むしろ、毒の耐性という奇妙な共通点こそが、二人を固く繋ぎ止めているものである。

二人にとって毒こそが強い絆であり、好敵手や友情という関係性を示すものでもあり、愛情であると言っても過言ではないだろう。

「そこらの毒なんかと比べ物にならないくらいにはな」

那貴の言葉に、桓騎は微笑を浮かべたまま、再び馬を走らせた。

 

帰還

趙軍の襲撃を回避した後、飛信軍は咸陽への帰還を行った。
必要な物資の撤収もしていたので、帰還中の野営でも冷え込みに対しての対策が出来たし、誰一人として犠牲を出さずに帰還することが叶ったのである。

無事に咸陽に到着した頃、桓騎が不意に馬を止めたので、信はどうしたと振り返った。

「俺は先に帰るぜ」

「え?」

国境調査の報告と合わせて、此度の趙軍の襲撃についても報告しなくてはと考えていたのだが、てっきり桓騎も一緒に報告をしてくれると思っていたので、信は驚いた。

「屋敷を無断で留守にしてたのがバレたら軍法会議モンだろ。頭の固いクソジジイ共の小言を聞くのは面倒だからな」

「あー…」

そう言われて、信は納得したように頷いた。

将が屋敷を長い間不在にするのは重大な過失である。
いつ何時も戦の気配があればすぐに駆け付けられるよう、断りもなく屋敷を留守にすることは許されない。

戦に遅れるということは国の存亡にも関わるため、軍法会議に掛けられて罰則を科されることになるほど重罪なのだ。
桓騎が一人で拠点に訪れた時に、信が激怒したのにはそういった理由も含まれていた。

「大丈夫なのかよ。もし不在にしてたのがバレたら…!」

「当たり前だろ。なんのために雷土や摩論たちを残して来たと思ってる」

その言葉を聞き、桓騎がたった一人でやって来たのは、重臣たちを残しておくことで、桓騎が不在であることを誤魔化すためだったのだと気が付いた。

桓騎軍の素行の悪さに関しては、叱責したところで改善されるものではないと分かっているのだが、気づかれなければ何をやっても良いという認識だけは改めてもらいたいものだ。

しかし、今回に限っては桓騎が救援に来てくれなければ、飛信軍は彼の読み通りに壊滅していただろう。

 

 

「総司令への報告は上手くやれよ」

じゃあな、と桓騎が飛信軍の列を外れて、屋敷の方へ馬を向かわせる。そういえば此度の救援の礼をまだ伝えていなかったことを思い出した。

「桓騎!」

呼び止めると、桓騎が馬を止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。

「その、…お前のお陰で、助かった…」

不在にしていたことを咎めた手前、少し照れ臭くなってしまった信は、桓騎と目を合わせないで感謝を告げた。

「ん?声が小さくてよく聞こえねえな?」

絶対に聞こえているだろうに、桓騎がこちらの羞恥を煽るような嫌な笑みを繕って聞き返して来る。

こういうところがとことん嫌いだと思いながらも、信は隔てりを埋めるように馬を近づけて、桓騎の目前まで近づく。口元には自然と笑みが浮かんでいた。

「感謝してるって言ったんだよ!」

今度は聞き返されないように大声で感謝を伝えるものの、桓騎のことだからきっとまた違うやり方でからかわれると思い、信は反射的に身構えた。

「…え?」

しかし、予想に反して、桓騎は信の頭を撫でて来たのである。

てっきりまたからかわれると思い込んでいたので、壊れものでも扱うようなその優しい手つきに、信は呆気に取られてしまった。

「なら、国境調査の報告を終わらせたら、とっとと来い。俺が飽きるまで付き合えよ。それでチャラだ」

心地良い低い声で囁かれ、信は無意識のうちに頷いていた。

彼女の返事に満足したように微笑んだ桓騎は馬の横腹を蹴りつけ、馬を走らせる。

遠ざかっていく桓騎の背中を見つめていると、背後から河了貂と羌瘣から視線を向けられていることに気づき、信は何事もなかったかのように前を向き直して、宮廷への帰路を急いだ。

そのせいで、信は桓騎が跨っている馬に謎の荷・・・が積まれていることと、彼を追うように少人数の部隊・・・・・・が後ろをついていったことに気づけなかったのである。

 

後編はこちら

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毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)中編①

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/ギャグ寄り/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

恋人の来訪

目を白黒させながら、信は必死に桓騎の腕の中でもがいていた。

仲間たちが信の悲鳴を聞いて駆け付けぬように、桓騎はずっと彼女の口に蓋をしたままだし、反対の手は着物の中で好きに動いている。

まさかこんなところで恋人に寝込みを襲われるだなんて誰が想像出来ただろう。

桓騎と体を重ねることは嫌いではないが、だからと言ってどんな状況であってもそれが許されるわけではない。
そもそもどうして彼がここにいるのだろうか。

「んー!んうーッ!!」

「いってーな」

口に蓋をする手に噛みつくと、桓騎は痛みに手を離した。その隙を逃さず、彼の腕を振り解いて立ち上がり、秦王から授かった剣の切っ先を突き付ける。

「な、なな、何しやがんだッ!?」

動揺のあまり、切っ先がぐらぐらと揺れ、狙いが少しも定まらない。本当に傷つけるつもりはないのだが、一先ずは距離を取って心を落ち着かせたかった。

くっきりと歯型が刻まれて、わずかに血が滲んでいる手の平を不機嫌に見下ろしながら、桓騎もゆっくりと立ち上がる。
これ以上彼がこちらへ近づかないように剣を突き付けながら、一定の距離を保っていたが、未だ信の混乱は解けずにいた。

(なんで桓騎がここに!?)

幻かと思ったが、本当に目の前に桓騎がいるのだ。しっかりと二本足で立っているし、何より自分の体に触れていたのだから、絶対に幻の類ではない。

「…お頭自ら来たってことは、やっぱりそういうことっスか?」

「ぎゃあッ!?」

気配もなく、いつの間にか那貴が二人のすぐ傍に立っていて、信は悲鳴を上げて飛び退いた。

まるで桓騎が来るのを予想していた・・・・・・・・・・・・・かのような発言だったが、そんなことには気づかず、信は片手で剣を構えたまま、反対の手で乱れた着物を整える。

慌てふためく信に一瞥もくれず、那貴は桓騎が質問に答えるのを待っているようだった。

「…趙の宰相に好き勝手させるのは癪だからな」

肩を竦めるようにして、桓騎が笑った。

桓騎が、趙の宰相――李牧――の存在を口に出したことに、信の口角が引きつってしまう。

数年前の秦趙同盟の際、信は李牧と一夜の過ちを犯してしまい、それからというものの、李牧の名前を聞く度に、信はあの夜のことを思い出すようになっていた。

撤退命令に不安を覚えた河了貂が、李牧のことを話していた時もそうだった。

元はといえば、あれは呂不韋の姑息な企みによる暗殺計画で、信も李牧を助けたことに後悔などしていないのだが、そのあとのことは不可抗力だったと主張できる。

暗殺に使用されるはずだった鴆酒を奪い、全て飲み干したのは確かに自分だ。しかし、副作用は自分の意志一つでどうこうできるものではない。

翌朝になってから李牧と一夜を過ごしたことを激しく責め立てた桓騎も、こちらの言い分も聞いてから判断するべきだったと思う。

どうやら未だに桓騎はその時のことを根に持っているようで、いつも余裕を繕っているだけで、案外嫉妬深い男なのだという新たな一面を知るのだった。

 

このシリーズの番外編①(李牧×信)はこちら

 

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ようやく鼓動が落ち着いてから、信は咳払いをして桓騎に向き直った。

「色々と聞きたいことはあるけどよ…なんでお前がここにいるんだ?」

軍の総司令官を務める昌平君の指示でやって来たわけではないのは確かだろう。昌平君から撤退するように飛信軍に指示が出ていたのだから、桓騎軍を向かわせるはずがない。

しかし、桓騎の口から李牧の名前が出たことや、彼がここにやって来たということは、もしかしたら独自に戦の気配を嗅ぎつけたのかもしれない。

那貴が険しい表情を浮かべて、桓騎の返答を待っている。瞬き一つ見逃すまいとしているのは、桓騎の思考を読み取ろうとしているのだろうか。

「たまには一人で馬を走らせたかっただけだ」

しかし、桓騎は本当に散歩でもしていたような、軽い口調で答えたのだった。

散歩と呼べる距離でもないし、敵国との国境は遠乗りに選ぶ地でもない。そこで信は桓騎が一人・・と言った言葉に思わず大口を開けた。

「…お前、まさか一人でここまで来たのかッ!?」

てっきり重臣たちを引き連れて軍を動かしたのかと思っていたが、そういえば大勢の軍馬が移動するような地響きは感じなかった。もしも大勢が近づいて来たのなら、すぐに気配を察知出来たはずだ。

しかし、秦の大将軍の一人という立場で、護衛も連れずに単騎でここまでやって来たという桓騎の独断に、信はこめかみに青筋を立てた。

「一人で来るなんて危険なことすんなよ!」

どうやら単騎でやって来たことに信が腹を立てるのは予見していたのか、桓騎はふんと鼻で笑う。

「ガキじゃねえんだ。別に問題ねェだろ」

「なんかあったらどうするんだよ!」

「何もなかったからここにいるんだろうが」

売り言葉に買い言葉だ。
確かに怪我一つなく、ここまで到着したのだから、桓騎の言葉は事実なのだが、それでも納得いかないと信は食い下がる。
軍の秩序を乱したと高官たちから責められるのは、他でもない桓騎自身なのだから。

「まあまあ、それは後で良いだろ」

ケンカの火が大きくなろうとしていることを察した那貴が穏やかに二人の間に入った。

感情論を訴える信と正論を突き付ける桓騎の喧嘩は誰かが間に入るか、返す言葉をなくした信が「もういい!」と怒鳴って喧嘩の舞台から降りるか、激昂のあまり手を出すかしないと終わらないのである。

滅多に感情的になることのない桓騎だが、愉悦は別だ。

信をからかうのが楽しくなってくると、わざと正論で痛いところを突いて、もっと彼女の反応を見ようとする。
それを悪い癖だと自覚しているのかは分からないが、とにかく桓騎は相手の感情を煽るのが好きらしい。

たとえ好きな女であっても、相手が嫌がることをすればするほど、桓騎の心は潤うのだろう。
きっとこの中華全土で、誰よりも心が歪んでいると言える。

…最終的には信の逆鱗に触れ、顔も見たくないと言われて、屋敷に行っても追い返されて、ご機嫌取りに苦労することになるのは目に見えているというのに、何度経験しても桓騎は飽きないようだ。

どうして二人とも学習しないのだろうと、過去に那貴が頭を抱えたのは一度や二度ではない。

唯一救いなのは、信が単純な性格であることだ。喧嘩別れをしても、いずれ時間が解決する。どれだけ激昂したとしても、美味いもので腹を満たして一晩ぐっすり眠れば、信の怒りは大抵鎮まるのである。

彼女がそんな性格だからこそ、二人の関係は成り立っていると言っても過言ではない。

しかし、いくら信とはいえ、桓騎の顔を見れば怒りを再燃することだってある。
ご機嫌取りに訪れても追い返されてしまい、信と会えない期間が長引くことで桓騎の不眠症が再発してしまうので、結果的には周りが気苦労することになるのだ。

面倒臭い二人の喧嘩を早々に終わらせるには、第三者が介入するしかないのだと、那貴は以前から知っていた。ちなみにこれは桓騎軍の重臣全員が共有している知識である。

 

作戦会議

その場に座り直した桓騎の前に、那貴が地図を広げる。地図にはこの周辺の地形が記されていた。

一人でここに来た本当の目的も、桓騎は何も言っていないというのに、まるで那貴は彼の考えを読んだかのように行動をしていた。もともと桓騎の下についていたこともあって、勝手が分かるのだろう。

「こっちの撤退はいつだ?」

桓騎が地図に視線を向けながら問いかけた。

「え…三日後の朝だけど…つーか、なんで俺らが撤退すること知ってんだよ」

撤退するよう指示が記された書簡が届いたのはつい先ほどのことだったのに、どうして彼が撤退することを知っているのだろうか。

問いかけても桓騎は答えない。地図から視線を離さず、顎に手をやって何かを考えている。
地図を挟んで、桓騎の向かいに腰を下ろした那貴が声を掛けた。

「この辺り一帯、燃やすとヤバいあの植物が生い茂ってます」

夾竹桃キョウチクトウか。雷土が死にかけたやつだな」

雷土が死にかけたという物騒な言葉に、信がぎょっとする。恐らくは先ほど那貴が教えてくれた、桓騎軍の国境調査中に起こった話だろう。

どうやら那貴が教えてくれたあの植物は夾竹桃というらしい。確かに竹のように長い葉と、桃のような花をつけていた。その特徴からつけた名前なのだろう。

桓騎の返事を聞いた那貴は、飛信軍が拠点としているこの地の辺りを、円を描くように指でなぞった。

「こっからこの辺りまでびっしりと育ってました」

「俺たちが国境調査をした時にはなかったはずだ。そこまで繁殖力の強ェやつじゃねえから、誰かが栽植した・・・・・・・んだろ」

桓騎の予見に、那貴はやはりそうかと頷いた。

話についていけない信は戸惑ったように二人を見つめることしか出来ない。しかし、桓騎はそんな彼女へ律儀に状況説明をすることもなく、那貴に問いかけた。

こっち飛信軍の人数は?」

「国境調査っていう名目なんで、三百ですね。向こう趙国に気づかれないように、五十ずつに分けて、拠点も分散してます」

こちらの状況を知った桓騎が僅かに口角を持ち上げた。

「なら、めでたく三日後に全滅・・・・・・だったな」

 

 

全滅という言葉を聞き、信と那貴はまさかと目を見開いた。

「は…何言ってんだよ!?」

国境調査を始めてから趙の動きは抜かりなく監視しているが、戦になる気配など微塵も感じられない。
だというのに、三日後にこちらが全滅するとは何を根拠に言っているのだろうか。冗談なら質が悪い。

「全滅っつったんだ。ま、お前は利用価値があるから、生け捕りにされてただろうが、そうなったら舌噛んで死んだだろ」

桓騎といえば、その発言を撤回するつもりはないようだった。

それどころか、まるでこの先のことを全て予見しているかのような桓騎の口ぶりに、信と那貴は唖然とする。

「ふ、ふざけんなよッ!なんで俺たちが全滅なんて!」

桓騎の言葉を受け入れられず、信は顔を真っ赤にして怒鳴った。

国境調査は抜かりなく行っていたし、趙国が軍を動かすような気配もなかった。もしも夾竹桃の毒性を知らずに薪代わりにしていたのなら納得はするが、それだって那貴が忠告してくれたおかげで回避出来た。
だというのに、三日後にこちらの軍が全滅するなんて信じられるわけがなかった。

今にも桓騎の胸倉に掴み掛かろうとしている信に、那貴が落ち着けと肩を掴む。

「お頭がここに来た本当の目的は、俺たちが全滅するのを阻止するため…ですよね?」

「は…?」

なぜか薄ら笑いを浮かべながら那貴が桓騎に問いかけたので、信は頭に疑問符を浮かべた。

「那貴?なに言ってんだよ」

意味が分からないという信に、那貴は困ったように肩を竦める。

「信…お前、これだけお頭に溺愛されてるって言うのに、お頭のことを全然分かってないんだな?」

「は…はあッ!?」

溺愛という言葉に反応するように、信の顔が湯気が出そうなほど真っ赤になる。

自分と桓騎の関係は公言しているつもりはないのだが、頻繁に彼の屋敷を出入りしていることから、すでに仲間内には周知の事実として広まっているようだった。

桓騎は那貴の言葉を否定も肯定もしなかったのだが、その口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。

どれだけ不利な状況であっても、彼を信じていれば全て上手くいくと、不思議とこちらも勝気になってしまう、あの魅力的な笑みだった。

「…撤退を三日後にするっていうのはもう兵たちに広めちまったんだろ。なら三日後にケリをつけるだけだな」

気怠そうに桓騎が言ったので、信はもどかしい気持ちになった。

「おい、分かるように説明しろよ!」

「お頭」

こればかりは那貴も信に賛同らしく、僅かに眉根を寄せて桓騎を睨むようにして見つめた。

普段から重臣にしか策を教えることのない桓騎だが、今回ばかりは単騎で来たこともあって協力者が必要なのか、溜息交じりに話してくれたのだった。

 

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作戦会議 その二

「夾竹桃を薪として代用してたんなら、もっと早く全滅してただろうが…まあ、今回は那貴のおかげで持久戦に持ち込めたってことだ」

燃やすと強い毒性の煙が生じる夾竹桃の存在を再び口に出した桓騎に、那貴は溜息交じりに呟いた。

「じゃあ、これはやっぱり趙の仕業ってことっスね」

「は…!?」

確信を突いた那貴の言葉を聞き、信がまさかと青ざめる。

「つーことは…趙の奴らが、俺らがここに拠点を作るのを知ってて、あの植物を育ててたってことか?」

「だろうな。勝手に毒で全滅してくれるなら願ったり叶ったりだろ」

那貴が夾竹桃キョウチクトウの存在を教えてくれなかったらと思うと、信はまたもや背筋を凍らせた。

しかし、逆に言えば那貴が夾竹桃の存在を知っていたからこそ全滅の危機は避けられたのに、どうして桓騎が三日後に飛信軍が全滅すると言ったのかが分からない。

「…三日後に、何が起こるんだよ」

固唾を飲んでから信が問うと、桓騎はまるで彼女の不安を煽るように、にやりと口角をつり上げた。

「お前らは拠点を作って満足してたかもしれねえが、趙の奴らに見抜かれてるぜ」

「なんだと!?」

信が大口を開けて聞き返した。間抜け面、と桓騎が笑う。

今回の国境調査の目的は、戦の気配がないかを探ることである。
もしも趙軍が戦の準備をしており、向こうにこちらの動きを気づかれれば、確実に李牧の耳に入るはずだ。そうなれば、趙軍は速やかに策を変更することだろう。

だからこそ、こちらが国境調査をしていることを趙に悟られぬよう、昌平君からの指示で、この崖の上で拠点を作るようにと言われていた。

しかし、桓騎の予見が確かなら、初めから趙軍にこちらの動きは筒抜けになっていたということになる。

相手があの李牧だから、普段以上に警戒はしていたものの、まさかすでに手を打たれていたなんて思いもしなかった。

 

 

「…お頭、もしかして趙の動きを見てから、ここに来たんですか?」

信と違って大して動揺していない那貴は、薄く笑みを浮かべながら桓騎に問いかけた。

桓騎は考えなしに動く男ではないということは信も知っていた。
単騎でここまでやって来たのは、自分の寝込みを襲うためかと誤解していたが、ここまで趙軍の動きを読んでいるということは救援に来てくれたのだろう。

将軍という立場でありながら、単騎でここまでやって来たことを信は先ほど叱責していたのだが、戦において単騎で行動することにはしっかりとした利点がある。

戦術的な面の利点は乏しいが人数が少ない分、目立たないので、相手の目を掻い潜って懐に入り込むことが出来るのだ。

奇策を用いる桓騎は、単騎や少人数の部隊を動かす利点を上手く活用し、戦を有利に持ち込むことを得意としていた。
過去の戦では、敵兵の鎧を身に纏って、堂々と敵本陣に潜入して、軍師や大将を討ち取ったこともある。

さらには将軍である自分自身までも駒として行動するので、敵軍はとことん桓騎の思考を読むことが出来ず、その奇策に完膚なきまで蹂躙されるのだ。

「救援に来たんなら、もったいぶらずにそう言えよ…」

夜這い同然に天幕にやって来る必要はなかっただろうと桓騎を睨むと、彼はやはり笑った。那貴が来てくれたから途中で中断されたものの、先ほどの桓騎の手つきは冗談などではなく、本気で自分を襲うつもりだったに違いない。

こちらの動きが筒抜けなら、今すぐにでも趙軍が襲い掛かって来るかもしれないというのに、一体何を考えているのだろう。
早急に手を打たなくてはいけないこの状況で、相変わらずの緊張感のなさに呆れてしまう。

桓騎は虚勢を張って余裕を繕っているのではなく、本当に余裕だからこそ、そのような態度を取っていられるのだと、長い付き合いから理解しているのだが、今の状況に限っては腹立たしくて仕方がなかった。

「救援?この俺がそんな面倒臭ェことするかよ」

しかし、桓騎は予想外にも信の言葉を否定したのだった。

「はあぁッ!?じゃあてめェは一人でここに何しに来たんだよ!」

これには信の苛立ちに火が灯り、怒りとなって燃え盛る。即座に那貴が二人の間に入ったが、信の怒りはそう簡単に鎮火出来ないほど大きく燃え盛っていた。

 

作戦会議 その三

怒り心頭の信には一瞥もくれず、桓騎は地図を眺めていた。

飛信軍の三百が拠点を作っているこの場所は崖の上であり、向こうにある趙国の動きを見張ることが出来る。

少しでも趙に動きがあれば気づくことが出来るほど、見晴らしが良いこの場所に拠点として選んだのは昌平君の指示であったが、これには死角があった。

「ここに趙軍が拠点を構えてる。こっちが撤退するのと同時に背後から攻め込むつもりだろうな」

桓騎が指さしたのは、飛信軍が拠点を作っている場所の、崖下・・であった。

毒も過ぎれば情となる 図1

「は…?今…趙軍の拠点って言ったか?」

「ああ」

まるで崖下に拠点があるのを見て来たかのように桓騎が頷いたので、信と那貴は思わず顔を見合わせる。

自分たちの真下に趙軍の拠点があるということは、明日にでも迫って来るかもしれないということだ。

こちらの動きが筒抜けになっているとは聞いていたものの、まさかこんな近距離に趙軍が潜んでいるだなんて思いもしなかった。

(今すぐ撤退…いや、騒ぎ立てれば、趙軍もすぐに追撃してくる…?拠点は崖下でも、すでに森の中に敵兵が潜んでんじゃ…)

さまざまな不安が浮かび上がり、信は言葉を失ってしまう。

顔面蒼白となって嫌な汗を滲ませている信と違って、桓騎といえば、もう地図からも興味を失くしたように頬杖をついていた。

 

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こちらが指示を出せば、それを待っていたと言わんばかりに身を潜めていた趙軍が責め立ててくるかもしれない。

数はどれだけか分からないが、こちらの兵力はたったの三百。もしも、趙軍がそれ以上の兵力で、自分たちを取り囲んでいるのなら敗北は必須だろう。

それに此度は国境調査という任務で、戦いの備えが十分でない。
趙国の動きを確認する目的だったし、まさか向こうから襲撃してくるだなんて想像していなかった。

今回連れ立った三百の兵力は、飛信軍で厳しい訓練をこなして来た者たちとはいえ、突然の襲撃となれば対応が遅れてしまう。

崖を昇って来るのか、それとも遠回りをして崖上まで登って来て、夾竹桃が生い茂る森の中で息を潜めているのか。

どちらにせよ、こちらが指示を出して警戒態勢を取れば、向こうも遠慮なく襲撃を始めるはずだ。そう考えると、安易に兵たちに周囲の警戒を呼び掛けることも出来なくなる。

「ひでェ顔だな」

「っ…!」

地図を見つめながら愕然とする信に、桓騎は肩を竦めるようにして笑った。こんな状況でどうして笑っているのかと、信の中で再び怒りが再燃する。

明日にでも、いや、すぐにでも趙軍が責め立てて来るかもしれないこの危機的状況で言い合いなどする時間はないと、頭では理解しているのだが、どうしたら良いか分からないという困惑が不安を煽るばかりだった。

「信」

狼狽える信を宥めるように、那貴が肩を掴んだ。

力強い眼差しを向けられたかと思うと、那貴は口角を持ち上げた。桓騎と同じように、相手を黙らせてしまうほど、強大な余裕を見せつけるような微笑。

それ見て信は確信した。桓騎を信じろと、那貴は訴えているのだ。

 

 

「…もしかして、策があるのか?」

確認してみるものの、桓騎は何も答えない。しかし、それが答えだ。すでに桓騎は策を講じている。

過去に信は桓騎軍と何度も共に戦場を経験していたし、安心して背中を任せたこともあった。
そこで学んだことは、桓騎軍の絶対的な強さだけではない。

桓騎が講じる奇策を成すためには、たとえ仲間であっても、不必要に口外しないことが重要だということだ。

敵だけなく、味方の裏をもかく桓騎の奇策には毎度驚かされるのだが、確実に勝利をつかみ取るためには些細なことである。

重臣以外と策を共有しないことは、味方を信頼していないのだと思われがちだが、桓騎は確実に奇策を成すために、少しでも目に余る障害を退けているだけだ。

初めの頃は、味方である自分たちさえ捨て駒として扱う桓騎に殺意こそ覚えていたものの、彼を信じれば確実に勝利を掴むことが出来ることが分かった。

もちろん野盗としての性分は健在で、見逃せない悪行を働いていることも事実だが、桓騎はいつだって人を惹き付ける魅力を兼ね備えている。那貴も桓騎の魅力に憑かれたうちの一人だ。

仲間たちから絶対的な信頼を寄せられている桓騎の人柄については、信も認めていた。

桓騎の命じるまま、従っておけば、何も心配することはない。彼が仲間から慕われている理由はその絶対的な安心感によるものだった。

「桓騎」

信が静かに名前を呼ぶと、桓騎は視線だけを向ける。

「俺は何をすりゃあいい」

真剣な表情で指示を仰ぐと、桓騎はゆっくりと口を開いた。

 

自己嫌悪

桓騎は相変わらず策の全貌を明らかにせず、信に行動を指示した。

作戦決行は、三日後の明朝。崖下に身を潜めている趙軍が迫って来るのは、飛信軍の撤退時だと桓騎は確信しているようだった。

「はあ…」

一通り行動の指示を受けたあと、さまざまな思いが押し寄せて来て、信は力なく長い息を吐いた。

桓騎の読みによると、趙軍は夾竹桃の毒煙によって弱った兵たちを一掃するつもりだったという。

夾竹桃の存在を知っていた那貴のお陰で、兵たちが毒に侵されるのを阻止出来た。そのため、こちらの兵力は三百から少しも欠けていない。

さらには、桓騎が駆け付けてくれたおかげで、伏兵に対する奇襲への対策が取れた。
もしも二人の存在がなければ、夾竹桃の毒と伏兵の奇襲によって、飛信軍は壮大な被害を受けていただろう。

国境調査という名目であったとはいえ、敵の伏兵を見破れなかったことに、信は物思いに沈んだ。

しかし、いつまでも暗澹たる気分でいるわけにはいかない。

崖下にいる趙軍はこちらの動きを見張っているかもしれないが、桓騎が現れたことには気づいていないだろう。
つまり、桓騎という心強い救援によって、水面下で形勢が逆転したと言ってもいい。

「信、ちょっと良いか」

「ああ」

那貴に手招かれ、信は彼と共に天幕を出た。桓騎に聞かれてはまずい話でもあるのだろうか。

天幕を出て少し歩いたところで、那貴は振り返る。

さすがの那貴も、趙軍が崖下に拠点を構えていることに気づいておらず、桓騎から知らされた事実に驚いていたようだったが、今は冷静さを取り戻していた。

「あのお頭が単騎で動くなんて珍しい。よっぽどお前が心配だったんだな」

「………」

からかうように言われるものの、信の表情は優れない。趙軍の奇襲に備えて、味方の士気を上げなくてはと思うのだが、憂鬱さが抜けない。

 

 

「…桓騎が来なかったら、三日後に、俺たちは全滅してたかもしれない」

信は小さく声を落とした。
桓騎が救援にやって来たのはただの気まぐれかもしれないが、恐らくは、自分たちが趙軍の伏兵を見抜けなかったからだろうと信は考えた。

崖下の伏兵を見抜いて、事前に対策を取れるような冷静な判断力を持ち合わせていたのなら、わざわざ桓騎がここまで来ることはなかっただろう。

桓騎の手を煩わせてしまったという気持ちと、自分が事前に敵の策を見抜けていたのならこんなことにはならなかったという気持ちがせめぎ合う。

「俺はまだ、将として未熟で、あいつに信頼されてなかったんだな」

複雑な笑みを浮かべた信がひとりごちる。吐息のように潜めた声だったが、那貴は聞き逃さなかった。

「お前は仲間が危機に陥っていたら、そんな理由で救援に行くのか?」

諭すような那貴の言葉に、信は思わず口を噤む。

仲間の救援へ向かう時、そのようなことは考えたことは一度もなかった。仲間を助けたい一心で体を突き動かし、自分の危険など一切顧みない。きっと他の将もそうだろう。

那貴が静かに言葉を紡ぐ。

「少なくとも、俺の知ってるお頭は、信頼していないような相手のもとに、わざわざ手を貸すなんて真似はしない。どうでも良いと思っているのなら、手なんか貸すまでもなく、見捨てたはずだ」

その桓騎が自ら、しかも単騎でここまでやって来たということは、信を捨て駒などと思っていない何よりの証拠だ。

那貴に諫められ、信は気まずさのあまり、俯いてしまう。

「素直に受け取っていいんじゃないか?お頭の好意ってやつを」

その場を和ませるように、那貴が笑い含みにそう言った。

「とにかく、今考えるべきは三日後のことだ。それまで安易にお頭を煽るなよ」

「煽る?」

どういう意味だと聞き返すと、那貴は苦笑を深めるばかりで答えてくれなかった。

「…それからもう一つ、気を付けた方が良い」

「ん?なんだよ。まだ何かあるのか?」

「お頭は耳が良い・・・・ってことだ」

警告にしては随分と穏やかな表情と語調だった。

桓騎の聴力を褒めているようだが、何に気をつけろというのだろう。
どういう意味だと聞き返しても、那貴は苦笑を深めるばかりで答えを教えてくれなかった。

 

仮眠

結局、那貴の警告の意味を理解出来ないまま、信は再び天幕へと戻った。

まるで我が物顔でその場に座り込み、いつの間にか鎧を脱いで寛いでいる桓騎の姿を見て、信は呆れてしまう。これでは救援に来てくれたのか、気分転換に遠出をしに来たのか分からない。

目が合うものの、桓騎は何も話さない。その瞳と表情には穏やかな色が浮かんでいた。

色々と言いたいことや聞きたいことはあったのだが、もう少しで羌瘣と見張りを交代する約束をしていたので、信は早急に休まなくてはと考えた。

こちらが策を実行するのも、趙軍が動き出すのも三日後だ。それまでは万全な体調と体制でいなくてはならない。

「寝るから邪魔すんなよ」

そう言って、信は桓騎に背を向けて、その場に横たわった。

瞼を下ろして少しでも仮眠を取ろうと思ったのだが、恋人の突然の来訪や、趙軍の伏兵の話で目がすっかり冴えてしまっていた。
いつもならすぐに眠りに落ちるはずなのに、想定外のことが起こり過ぎていた。

こうなれば仮眠は諦めて、少し早いが見張りを交代するべきだろうか。

三日後の撤退時に、身を潜めている趙軍が奇襲をかけてくると桓騎は確信しているようだが、だからと言って見張りを怠るわけにはいかない。

それに、ここで見張りを怠るような不自然な真似をすれば、同じくこちらを警戒している趙軍が動き出すかもしれない。普段通りに活動するのは、趙軍に桓騎の策を勘付かせないためでもあった。

「…?」

背後で物音がしたのと同時に、桓騎が動いた気配を感じる。

しかし、夜間の見張りのためにはしっかりと休まなくてはいけないので、構うことなく信は目を閉じていた。

自分のすぐ後ろで桓騎も横になったのが分かった。その瞬間、後ろから急に腕を回される。

「おいっ…?」

また性懲りもなく襲うつもりかと振り返ると、桓騎は静かに目を瞑っていた。声を掛けたものの返事はなく、それどころか、静かな寝息が聞こえて来る。

(はっ…え…?まさか、寝たのか?)

どう見ても眠っているとしか思えない桓騎の姿に、信は驚きのあまり、硬直してしまう。

寝顔を見るのは初めてではないのだが、見るのは決まって体を重ねた後や、先に目を覚ました朝である。

共に褥に入る時は必ずと言って良いほど、寝つきの良い信の方が先に眠ってしまうので、桓騎が先に眠りに落ちるのは珍しいことだった。

しかも自分を抱き締めた途端、まるで糸が切れたように眠りに落ちるなんて信じられなかった。
自分を抱き締めている腕が脱力していることから、寝たふりではなく、本当に寝入っているのだろう。

もともと桓騎の眠りが浅いのは知っていたが、ここに来るまでずっと馬を走らせ続けていたせいで、疲弊していたのかもしれない。

 

 

「………」

信は桓騎を起こさないように、腕の中でゆっくりと寝返りを打ち、向かい合うように横になった。

眠りが浅い彼のことだから、僅かな物音や信が動いた気配で、目を覚ますかもしれないと思ったのだが、珍しく桓騎は眠り続けている。

外では絶えず薪を燃やしているが、寒くないだろうか。屋敷の寝室と違って寝具は簡易的なものしか用意がない。

(今だけは仕方ない…よな)

自分にそう言い聞かせて、信は桓騎の背中に腕を回した。お互いに抱き締め合い、温もりを分かち合う。

ここまで救援に来てくれた桓騎に風邪を引かないための配慮だ。下心は微塵もなかった。

「……、……」

じんわりと温もりに包まれると、すぐに瞼が重くなってくる。

趙軍の伏兵の話を聞き、眠気などやって来ないと思ったのだが、桓騎が来てくれたことで緊張の糸が解れたようだった。

彼の言う通りにしておけば、何も不安なことはないのだと、体が理解しているのだ。

「…ありがとな、桓騎」

眠りに落ちる寸前、信は感謝の言葉を呟いた。きっと眠っている桓騎の耳には届いていないだろう。

無事に帰還出来たあとで、改めて礼を言わなくてはと考えながら、信の意識は眠りに落ちたのだった。

 

中編②はこちら

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毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)前編

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/ギャグ寄り/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は「毒酒で乾杯を」の番外編4作品目です。

 

安眠

桓騎は昔から眠りが浅い体質で、寝酒が欠かせなかった。

しかし、信と男女の関係を持ち、彼女と共に褥に入るようになってからは寝酒の量は驚くほど減っている。

今までは寝酒を飲んでも、娼婦を抱いても、眠気とは無縁であったというのに、不思議なものだ。

まるで何の不安も経験したことのない無邪気な寝顔を曝け出す信を見ていたら、自然と眠気に誘われるのである。人肌の温もりも重なって、気が付いた時には夢の世界に落ちているのだ。

眠りは長く持続しないので、信より先に目を覚ますのだが、それでも眠ったという実感は強くある。

桓騎がもともと眠りが浅い男だというのを信は知らない。自分の睡眠事情など、信が尋ねることもなかったし、桓騎もわざわざ言うことはしなかった。

以前は一刻でも眠れば眠った方だったのだが、信と共に褥に入る時は朝方まで目を覚ますことがない。睡眠で身体の疲労を取るという感覚を初めて知ったような気がした。

信といえば激しい情事でくたくたに疲れ切って、翌朝になっても足腰が使い物にならなくなることが多いが、桓騎はそうではない。

信を抱いたあとの桓騎は心身ともに調子が良くなるのだ。
そういう時は決まって、仲間たちに何か良いことでもあったのかと問われる。

どうやら信と一夜を共にした時は、いつもより口角がつり上がっており、普段以上に気分良く過ごしているように見えるらしい。

それは桓騎には一切の自覚がなく、仲間たちに指摘されてから初めて気が付いたことだった。

 

 

その日もくたくたになるまで体を重ね、程よい疲労感が瞼に眠気として圧し掛かっていた。
腕の中の信の温もりも合わさって、眠気がどんどん増していく。

眠りに落ちる瞬間がこれほどまでに心地良いものだと知ったのは、信と男女の関係になってからのことだった。

瞼を落とし切り、意識の糸を手放しかけた瞬間。

「…そうだ。俺、しばらく来れねえから」

「あ?」

思い出したように信からそんな話を持ち出され、一瞬で頭から水を被せられたように眠気が飛んでいった。

眉間にしわを寄せてしまったのとドスが効いた声を洩らしたのは、眠りを邪魔されたことと、しばらく信と会えなくなると分かったからである。

「趙に動きがあるらしい。国境の偵察に行けって昌平君に言われたんだよ」

すっかり忘れていたと、軽い用事を思い出したような口調で語る信に、桓騎はどうしようもなく苛立ちを覚えた。

「なんで今になって言うんだよ」

せめて屋敷に来てから話してくれたのならと思ったものの、桓騎の気持ちを知る由もなく、信は小さく首を傾げた。

「んなこと言われても…話そうとしたのに、お前が遮ったんじゃねえか」

反論され、桓騎は思わず片眉を持ち上げた。
そういえば信が屋敷に来てから、すぐに寝室に連れ込んだことを思い出す。

最後に会ったのは、とある闇商人と婚姻させられそうになった彼女を助けた後だった。
その商人から譲り受けた一級品の嫁衣を着用した信と、それはもう初夜の雰囲気を楽しんでいたのだが、飽きずに繰り返したことで、いい加減にしろと信の機嫌を損ねてしまったのだ。

それから桓騎は信に避けられる日々が続いていた。しかし、それは長くは続かず、彼女の長所であり短所である単純さによって、時間が解決したのである。

信の好物でもある鴆酒を手に入れたと書を出せば、信はすぐに屋敷にやって来た。自分に会いに来たのではなく、鴆酒を目当てであることはあまり気分が良くないが、久しぶりの再会は嬉しい。

さっそく鴆酒を飲もうとしていた信を抱き上げて寝台に運ぶと、それはもうさんざん文句を言われた。

しかし、結局は桓騎に触れられれば、彼女の体は反応してしまい、……今に至るというワケだ。

話を聞こうとしなかったお前が悪いと咎められるも、桓騎が不機嫌な表情を崩さないので、信は呆れたように肩を竦めた。

 

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安眠妨害

「あーあ、せっかくの鴆酒も飲み損ねちまった…」

せっかく楽しみにしていた美酒がお預けとなり、信は口を尖らせる。

今から飲めば良いものを、どうやら国境の偵察に行くために、もう明日には屋敷を出なくてはならないのだそうだ。

酒瓶を持っていって偵察の合間に飲めば良いと伝えたが、信はそれを断った。
桓騎軍と違って規律を守る飛信軍の将という立場であることが一番の理由だが、鴆酒は一般的に暗殺道具として用いられる毒酒であり、間違って仲間が口を付けたら大事になるという心配があるようだ。

仲間のために嗜好品を我慢するなんて、彼女らしいと思った。

「帰って来たら好きなだけ飲ませてやるよ」

「当たり前だろ。独り占めするんじゃねえぞ」

国境の偵察から戻るまでに、桓騎が鴆酒を全て飲み干してしまうのではないかと信は危惧しているらしい。

貴重な毒酒を仕入れた時は、必ずと言っていいほど信を誘っているというのに、どうやら信頼されていないようだ。

桓騎が信を酒の席に呼ぶようになったのは、彼女が自分と同じで毒に耐性を持っていることを知ってからだ。

今では男女の関係になったこともあり、彼女と毒酒を飲み交わす時間は、桓騎にとって今まで以上に心安らげる時間になっているのである。

当然ながら毒酒の相手をしてくれるのは、自分と同じように毒の耐性を持っている信だけであり、こればかりは重臣たちにも務まらない。

一人で飲んでも味気ないので、最近は信がいない時に毒酒を飲むことを控えるようになっていた。

昌平君が国境の偵察に向かうよう信に指示を出したのは、恐らく戦の気配が濃く表れているからだろう。

指揮を執っているのはあの李牧だ。どのような手段で侵攻してくるか分からない。
もしも趙の侵攻が始まったとすれば、飛信軍ほどの実力がないと容易に抑えることは難しいという総司令の判断に違いなかった。

趙の宰相である李牧には、たとえ戦場であったとしても決して信と会わせたくなかったのだが、こればかりは桓騎の独断ではどうすることも出来ない。

 

 

過去に成立した秦趙同盟の際、信が鴆酒を飲んで毒の副作用――まるで媚薬を飲まされた時のように性欲の増強と感度が上昇する――を起こした際に、李牧は彼女を抱いたのだ。

副作用が落ち着いた朝、信は何度も桓騎に謝罪した。李牧とそういうことになった過程を、嘘偽ることなく一部始終吐かせたのだが、桓騎はその一夜の過ちを決して許さなかった。

もちろん信から誘ったわけではないのは本人の口から聞かずとも分かっていたが、それでも好いている女が自分以外の男に汚されるのは気分が良いものではない。むしろ最悪だ。

趙の宰相の名前を聞く度に反吐が出そうになる。もしも戦場で相見えることがあったのなら、あの男だけは必ず自分の手で殺してやると桓騎は誓っていた。

「ふわあ…」

信が大きな欠伸をする。眠気が来たのだろう。

桓騎と違って、彼女は眠い時にはすぐ眠れるし、体を休ませなくてはならない時はすぐに眠ることが出来るらしい。一人の時は寝酒の力を借りても少しも眠れない桓騎とは正反対だった。

もう寝る、と信が瞼を下ろす。こうなれば身の危険を察知するか、朝になるまで目を覚まさないだろう。

桓騎の予想通り、すぐに信は寝息を立て始めた。
薄口を開けて気持ちよさそうに眠るを見つめながら、静かな寝息に耳を澄ましていると、桓騎の瞼も自然と重くなっていく。

彼女の肩をしっかりと抱き、触れ合う温もりに意識を向けていると、瞼を持ち上げていられなくなり、桓騎は意識の糸を手放していた。

 

しばしの別れ

肌寒さを感じて桓騎が目を覚ました時、窓から白い光が差し込んでいた。冬が近づいて来ていることもあり、朝もよく冷え込むようになった。

腕の中の温もりがなくなっていることに気づいた瞬間、桓騎の意識が覚醒する。すでに信の姿はなくなっていた。

寝具の中にも温もりは残っておらず、どうやら自分が眠っている間に出発してしまったのだと気づく。

(寝過ごしたな)

しばらく会えなくなるのだから、見送りくらいはしてやりたかった。
信が起きる気配を感じたなら、すぐに目を覚ますと思っていたのだが、自分の眠りの浅さを過信し過ぎたようだ。

きっと信も、眠っている自分を起こすまいと気を遣って声を掛けなかったのだろう。
風邪を引かぬようにという配慮なのか、肩までしっかり寝具が掛けられていたのを見て、何だか虚しさを覚える。

自分も先に目を覚ました時には、彼女が風邪を引かぬようにと同じことをしているのだが、もしかしたら信も同じ感情を抱いているかもしれない。次からは信が目を覚ますまで寝台から離れるのをやめて、彼女の寝顔を堪能していようと思った。

「…ちっ」

残り香を感じて、思わず不機嫌に舌打ってしまう。
いつまで会えないのかは分からないが、趙の動きを見張るとのことだから、それなりに長い期間となりそうだ。

次に会うのはいつになるのか。考えるだけでも気が重くなってしまう。

そんなことを信本人に伝えたとしても、首を傾げられるだけなのは目に見えているのだが。

以前、お前がいないと退屈だと、酒の席で正直に伝えたことがあった。すると、彼女は何度か瞬きを繰り返して、

―――暇なら、他の奴らと一緒にいりゃあ良いじゃねえか?

こちらの気持ちなど少しも理解していない返答をされ、思わず吐いた溜息が深かったことを覚えている。

今回と似たような状況で信が不在の間に、娼婦を呼びつけようと考えていたことがあった。結局そのときは気が乗らず、呼ばなかったのだが。

自分以外の女を抱くことを嫉妬するのではないかという期待を胸に、桓騎は信の不在の間は娼婦に相手をさせようと考えていると言ったことがある。たしかその時も、

―――は?なんでそんなこと俺に確認すんだよ。俺の許可なんて要らねえだろ。

拗ねているのだとしたら、表情と口調で見分けることが出来るのだが、その時の信も明らかに頭に疑問符を浮かべていた。嫉妬とは無縁の態度で、思わず口籠ってしまったことを思い出す。

 

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それだけじゃない。以前、闇商人から信を救出したときだって、面倒な男に絡まれなくなる方法――自分との婚姻――について親切に教えてやろうとしたのに、信は少しも理解していなかった。

こちらは以前からどのようにして求婚しようか試行錯誤していたのに、彼女は簡単にその想いを退けた。

相手が何を考えているのかを予見し、裏をかくのは桓騎が普段から得意とするところであった。

女との駆け引きもそうだ。
相手の要求は言わずとも分かっているが、あえてそれをしないことや、先回りした言葉を掛ければ、女たちは頬を赤らめて、喜んで尻尾を振る。女とはそういう生き物だと思っていた。

しかし、信に限ってはそうではない。女との付き合いはそれなりに数をこなしていた桓騎でも、過去に経験がないほど予想外の返答が来るのだ。

これほどまでに自分の思うように動かない女を相手にしたのは初めてのことで、桓騎も表情には出さずとも、いささか戸惑っているのである。

こちらは情けないほどに信に対して独占欲を剥き出しになってしまうというのに、彼女は自分が他の女を傍に置いていても嫉妬の素振りすら見せない。それが桓騎には許せなかった。

いつの間にか自分だけが彼女を追い掛けているような、尻尾を振って飼い主が構ってくれるのを待っている飼い犬のようで、滑稽で仕方がない。

決して見返りを求めている訳ではないのだが、自分が信に向けているのと同じ分だけ、信も自分に愛情を向けているのだろうかと考えることがある。

もちろんそんなことを本人に尋ねれば「何言ってんだ?」もしくは「頭でも打ったのか?」と気味悪がられるのは分かっているので、いつも結論は出ないままなのだが。

目に見えないものほど信じられないものはないし、色々と厄介なのものだ。

(…仕方ねえな)

憂鬱な気分のままで迎えた朝は、妙に肌寒さがあった。寝具はかけているものの、人肌が足りないのだ。

もう一眠りしようかと考えるも、信が腕の中にいた時にあったはずの睡魔はどこかへ消えてしまっており、二度寝をする気にもなれなかった。

仕方ないので着物を身にまとい、桓騎は寝室を出た。

 

憂鬱な日々

飛信軍が趙国の動きを探るために国境調査に行ってからというものの、特に上からの指令はなく、桓騎は仲間たちと気楽に過ごす日々が続いていた。

趙に動きがあったのならば、戦の準備を行うよう伝達が来るだろうと思っていたのだが、今のところはまだその心配はないらしい。

つまり、飛信軍が監視している今は、特に趙で目立った動きがないということだろう。

だが、趙軍を動かしているのはあの李牧だ。合従軍を結成して秦を追い込んだあの男のことだから、何もないと油断をさせたところで一気に畳みかけるということも考えられる。総司令がそれを警戒していることは分かっていた。

戦になるのならさっさと事を起こしてもらいたい。このままではいつまで経っても信が帰還出来ないではないか。

いっそこちらから出向いて戦を仕掛けてやろうか。いや、そうなれば信と二人きりで過ごす時間がさらに遠のいてしまう。

もう少しで冬になろうとしている。夜風が肌に痛むようになって来たこの季節に、信が野営をしていると思うと、早く連れ帰りたい気持ちになる。

彼女が風邪を引いた姿は見たことがないが、寒冷地で過ごすのは誰であっても負担となるだろう。
戦と違って物資の供給は滞りなく行われるはずだが、火を灯すのに必要な薪は足りているだろうか。桓騎の頭に色々と心配事が浮かんでいた。

 

 

「お頭~!」

その夜、屋敷で仲間たちと酒を飲んでいると、桓騎の肩揉みをしていたオギコが急に手を止めた。

「なんだ、オギコ」

「さっきから溜息ばっかり吐いてる!幸せが逃げちゃうよ!」

オギコに指摘され、そういえば何度目になるか分からない溜息を吐いていたことを自覚する。

どうやらオギコは溜息を吐くと幸せが逃げるという迷信を信じているらしい。
もしもその迷信が真実ならば、信が国境調査へ行ってから自分はどれだけの幸せを逃がしてやったのだろうか。

逃がした幸せを自分の意志のままに使えるのなら、飛信軍の国境調査が早々に終了となることを願ってしまう。

「まあ、今は仕方ねえよな。…にしても、本当にひでえ面だぜ?」

雷土に顔色の悪さを指摘され、桓騎は片眉を持ち上げる。付き合いの長い仲間たちは、桓騎がもともと眠りが浅いことを知っていた。

飛信軍が国境調査にいく話は秦軍の中で広まっていたし、桓騎が不眠を再発させた事情もそこにあるのだと仲間たちは気づいたようだ。

実は信と男女の関係となったことを彼らに一度たりとも公言した覚えはないのだが、勘の良い仲間たちはすぐに感付いてくれたらしい。

信がとある闇商人の策略に陥って婚姻をさせられそうになった時も、桓騎が提案した婚姻破棄計画を、彼らは二つ返事で協力してくれた。本当に気の良い連中だ。

「雷土みてェに毒煙吸ってゲエゲエ吐くより、溜息吐いてた方が良いだろ」

「あ”ぁ”!?いつの話してやがる!」

雷土が憤怒の表情で立ち上がり、桓騎を凄むが、桓騎は微塵も表情を崩さない。

「煙だけに、過ぎたことを再燃・・させるとは…さすがお頭と雷土さん。お上手ですね」

雷土の怒りを煽るように摩論が機転を利かせた言葉を告げると、雷土とオギコ以外がぶっと噴き出した。

こんなにも険悪な外見をしている元野盗たちの中でも、特に雷土が一番からかいやすく、何より反応が面白い。

あまり雷土と相性の良くない信にこの場面――桓騎と重臣たちの日常――を見せたら、どんな感想を抱くのだろうと桓騎は頭の隅で考えた。

「ねえねえ、信はいつになったら帰って来るの?信がいるときはお頭が溜息吐くことも眠れないこともないのに~」

オギコが子どものようにきらきらと目を輝かせながら、その場にいる全員に問いかけた瞬間、それまで賑やかだった部屋に、急に重い沈黙が流れた。

「あー、えー、…おほんっ!」

摩論がわざとらしい咳払いをしたあと、酒のお代わりを取りに行くと席に外した。こういう時に摩論はよく席を外す男だった。

 

 

それから十日ほど経過したが、この頃には桓騎の目の下から隈が取れなくなっており、寝酒の量が以前よりも増えていた。

相変わらず床に入って目を閉じても眠れない。まるで睡魔の方が首切り桓騎を恐れて避けているかのようだった。

眠れないだけで決して機嫌が悪いわけではないのだが、オギコが泣いてしまいそうなほど顔を歪めて怯えるものだから、恐らくは他の仲間たちも怯えているに違いない。

摩論が医者に眠り薬を煎じさせようかと提案してくれたが、そういう類の薬も寝酒と同じであまり効果を実感したことがないので断った。

これだけの期間、信と離れるのは初めてではない。互いに将という立場である以上、今回のような国境調査に限らず、戦が始まれば数か月会えなくなることだってある。

王騎と摎の養子であり、幼少期から戦を経験していた彼女は、死地と呼ばれるのに相応しい前線に駆り出されることが多い。

次の出征で彼女が命を散らすのではないかと危惧したことは一度や二度ではなかった。

信自身は親友である秦王と中華統一を果たすまで絶対に死なないと宣言しているものの、そんな意志一つで死を回避出来るとは思えなかった。(指摘すれば憤怒されるのは目に見えているので本人に伝えたことはないのだが)

もちろん信の実力を認めている桓騎も、彼女が簡単に首を取られるとは思っていないのだが、絶対はない。

褥で肌を重ねた時に、彼女の武器を持つ腕が驚くほどに細いことを知り、致命傷となった過去の傷痕見る度に、桓騎は複雑な感情を抱いてしまう。

戦場に立たせなければ、信はただの女なのだ。

いっそ彼女を孕ませ、無理やりにでも自分と婚姻を結ばせることで、戦場と無縁な暮らしを強要させる方法も考えたことがある。

だが、自分たちの唯一の共通点とも言える毒への耐性を獲得した代償なのか、信は子を孕めぬ体になったのだという。

確かにこれだけ体を重ねていても、信が未だに孕まないでいるのは体に原因があるからだろう。もしかしたら信が子を孕めぬように、桓騎も同じように女を孕ませられぬ体になっているのかもしれなかった。

もしも自分たちが婚姻を結んだとして、信はきっとこれまでと変わらずに戦場に立ち続けるだろう。秦王との約束さえなければ違ったのかもしれないが、桓騎にしてみれば、好きな女を死の淵に立たせることはしたくなかったのである。

「はあ…」

無意識のうちにまた溜息が零れてしまう。

「お頭~!」

オギコの甲高い声が耳に響く。どこからか自分の溜息を聞きつけて、また指摘しに来たのだろうか。

ばたばたと賑やかな足音と共に現れたオギコは両手に木簡を抱えていた。

「これ!お頭宛てだって!」

木簡を渡され、桓騎は送り主が誰からか尋ねるよりも先に紐を解いて木簡の内容に目を通した。それが信からでないことは分かっていたが、もしかしたら趙との戦の気配を警戒した総司令からだろうか。

いや、もしも総司令からなら簡単に開けられる紐ではなく、機密情報のやりとりをするため、名宛人以外には見らぬように、しっかりと封がされているはずだ。ただ紐で縛っているだけの、誰にでも開けられる木簡ということは総司令からではない。

だとしたら、この書簡の送り主は一体誰だろうか。

「…へェ?」

木簡に記されていた内容と、最後に記された名前に、桓騎は思わず口角をつり上げた。

 

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吉報

昌平君から撤退の指示が届いたのは、陽が沈み始めた後だった。

国境付近の監視を続けていたが、初日から今日に至るまで趙国にそれらしい動きはない。こちらの隙を突いて違う場所から侵攻してくる可能性も考えられたのだが、昌平君からの書簡によると、他の場所でも趙国に関する報告は聞かれていないらしい。

届いた書簡には、あと数日して趙国に動きがなければ一度咸陽に戻って来るようにと記されていた。そこで信は三日後の明朝に撤退することに決めた。

今回は国境調査が目的のため、負傷している兵を引き連れている訳ではないのだが、夜の移動は視界が悪く、冷え込みで体力を奪われる。出立するのなら朝が適切だろう。

「あと数日したら、ここを発つぞ」

兵たちに昌平君からの撤退の指示が出たことを告げ、三日後の明朝に出立準備を行うように告げた。

趙国がいつ侵攻してくるのかと緊張の抜けない時間ではあったが、ようやく帰れるとなって、兵たちも安堵した表情を見せていた。

相手があの李牧ということもあって、こちらが油断した隙を突いて、どこかから秦に侵攻してくるのではないかという不安はあったが、昌平君も相当警戒をしたうえでの撤退命令に違いない。

だが、正直のところ、信は撤退命令が出たことに安堵していた。

冬が迫ってきており、日に日に冷え込みが激しくなって来ていることから、野営生活を続けるのは兵たちへ負担になっていたからだ。

夜間も交代で見張りを行っているが、風邪を引いてしまった兵も出始めている。定期的に供給される物資の中でも特に薪の消耗が激しい。

供給があるとはいえ、無駄遣いをするわけにもいかなかったので、薪が底を尽きそうになったのならその辺の植物を使うしかない。ただ、あまり火を起こしたり、派手に薪収集を行うことで、趙国に監視していることを気づかれてしまうのではないかという危険もあった。

しかし、あと三日で帰還するのなら、次の供給を待たずに、帰還中に間に合う分だけの薪を確保しておけば良さそうだ。近くに生い茂っている木々や落ち葉を薪代わりにするように後で指示を出そう。

(あー、ようやく帰れるな)

一度自分の天幕に戻った信は両腕をぐーっと上に伸ばして、思わず長い息を吐いた。
最初に頭に浮かんだのは、ようやく帰還出来る安堵。それから次に浮かんだのが恋人の顔である。

(桓騎のやつ、ちゃんと俺の分の鴆酒残してるだろうな…)

もちろん寂しいという感情はあるのだが、それよりも好物の毒酒を独り占めされていないかの心配をしてしまう。

咸陽に帰還するとなると、移動に三日はかかる。咸陽で昌平君に此度の国境調査の報告も含めるとなると、桓騎に会うのはまだ当分先になりそうだ。

現況を知らせる書簡の一つでも送ろうかとも考えたのだが、桓騎のことだから昌平君が飛信軍に撤退の命令を出したことをすでに知っていそうな気がした。

こちらが伝えなくても、桓騎は大抵のことをすでに把握している。敵の動きもそうだ。すべてが桓騎の頭の中で動いているのかと思うほど、彼の読みは当たる。

そういった慢心からいつか隙を突かれてしまうのではないかという不安もあるのだが、桓騎が傲慢なだけでないのは確かだし、悔しいが、桓騎に従っておけば全部上手くいってしまうのだ。

 

 

「信ー、飯の支度手伝えよー」

軍師の河了貂に声を掛けられて、信ははっとして周りを見渡した。もう兵たちが夕食の準備を始めており、あちこちで火を焚き始めている。

もう少しでようやく帰還出来ると分かり、兵たちが嬉しそうな顔をしていた。しかし、細い両腕に大量の薪を抱えた河了貂だけは不満気な顔をしている。

「おいおい、なに怖い顔してんだよ、テン」

「本当に李牧がこのまま何もしないと思うか?」

その疑問はもっともだ。信も気持ちが分からない訳ではなかった。

「仕方ねえだろ。昌平君から撤退命令が出たんだから、いつまでもここにいる訳にはいかねェ。俺達がここで待ち構えてんのがバレて、李牧も策を練り直してるのかもしれねえし」

「…うん」

返事をするものの、まだ納得できない表情を浮かべながら、河了貂は薪を抱えたまま歩き始めた。

思い出したように、信が夕食の準備をしている兵たちに声を掛ける。

「三日後に帰還するから、帰還中の野営で使う分の薪は残しとけよ?その辺に生えてるやつで代用してくれ」

国境調査は戦と違い、兵糧や物資の供給は絶えることがないので、飢えや渇きに苦しむことはないのだが、冷え込みに対してはとにかく火を絶やさずに灯しておくしかない。

それに、いつ戦になるか分からない緊張を抱えながらの野営での長期間生活は、体に侵襲を与えるものだ。

軍の総司令である昌平君とは、報告もかねて定期的に書簡のやり取りを行っていた。

もしも書簡の返事が届かなかったり、不自然に兵糧や物資の供給が途絶えるようなことがあれば、途中で敵の襲撃に遭ったとみて間違いないのだが、今のところはそのような事態もなかった。

ただ、薪が足りなくなりそうなのは季節柄、仕方のないことだ。風邪を引いた兵たちもいるので、彼らの体調を悪化させないためにも、予想していた以上の薪を消耗してしまっていた。

野営をしているこの場所のすぐ近くに雑木林があり、薪の代わりになりそうな材料が十分にあったのは救いだった。

(このまま何も起きずに帰れりゃ良いんだがな…)

こちらが国境で動きを監視しているのを気づいた李牧があえて何もしなかったのか、そもそも戦の気配自体が誤認だったのか。

後者だったなら、ただの心配損で済む話なのだが、河了貂も言っていたように、相手はあの李牧ということもあって警戒が解けなかった。

とはいえ、いつまでも国境に潜伏するわけにもいかない。

こうしている間にも、もしかしたら趙国以外の敵国が秦の領土に侵攻して来るかもしれないし、水面下で趙国が別の策を企てているかもしれないからだ。今後に備えるためにも一度撤退し、兵たちを休ませる必要があるだろう。

夕食を終えたあとも交代で趙国の動きを監視するのだが、最後まで気を抜くなと呼び掛け、信は先に天幕へと戻ろうとした。

 

違和感

「ちょっといいか」

背後から声を掛けられて振り返ると、那貴が険しい表情をしてこちらを見つめていた。

「どうした、那貴」

「この辺りの植物は薪にしない方が良い」

信はきょとんと目を丸めた。薪の消耗が激しいことを気にして、雑木林から代用するように指示したのは確かだが、那貴はそれを良く思っていないらしい。

「なんでだよ」

特に冷え込みの激しい夜間は多くの薪を消耗する。帰還中の野営のことも考えると、かなり切り詰めて使わなくてはならないのだが、この近くに生えている草木ならば十分に薪代わりになるはずだった。

派手に火を起こすことで、国境付近にいることを趙国に知られる可能性を忠告しに来てくれたのだろうか。

しかし、那貴が口に出したのは予想外の言葉だった。

「この辺り一帯に生えてる草木は毒を持っているからな。触らない方が安全だ」

「なんだとっ!?」

これにはさすがの信も驚き、すぐに兵たちに警告を呼びかけようとした。

しかし、那貴はいつもの余裕そうな表情で、それはすでに初日から兵たちに伝えており、先ほども用心するように呼び掛けて来たのだという。

兵たちの間で毒が蔓延するのを防げたと安堵したものの、信は目尻を吊り上げて那貴を睨みつける。

「知ってたんなら早く教えろよな!」

「伝えるのが遅くて悪かった。俺がまだお頭のとこにいる時、ここの国境調査に当たったことがあったんでな」

まさかここで桓騎の名前を聞くことになるとは思わず、信は驚いた。

 

 

「それじゃあ、もしかして…この辺りの木々が毒を持ってるって、桓騎から聞いたのか?」

ああ、と那貴が頷いた。

「お頭がその辺に生えてた枝を串代わりにした肉料理を美味そうに食ってたのに、その隣で雷土がゲエゲエ吐いてたのを思い出したんだよ」

「………」

毒で苦しむ雷土を見て、桓騎が大らかに笑っている姿が目に浮かんだ。
串代わりにした枝に毒があるのを知っていたなら、雷土が料理を食べる前に警告してやれよとも思ったが、何も言うまい。桓騎とはそういう男だと信はよく知っていたからだ。

そして雷土も、毒を受けたというのに問題なく生還したあたり、やはり桓騎の右腕に相応しい男である。

「特に枝が危険だ。燃やすと毒性の強い煙が出るらしい」

「枝?」

てっきり桓騎が雷土をからかうために、枝に毒があることを黙っていて同じ料理を食わせたのかと思っていたが、そうではないらしい。

雷土が毒を受けたのは、燃やした枝の煙を吸い込んだからだという。

「煙に毒が含まれてるなんて、マジで危なかったな…」

もしも知らずに薪代わりにしていたらと思うと、信は嫌な汗を滲ませた。
那貴が仲間たちに知らせてくれなかったら、すでに今頃あの枝を薪代わりにして、大勢の兵が毒を受けていたことになっていただろう。そうなれば国境調査どころではない。

「………」

雑木林の方を振り返った那貴は、細長い枝と、竹のように長い葉と、桃色の花が特徴的な植物を見て、僅かに眉間にしわを寄せた。
よくよく見てみると、その毒性を持った植物は雑木林の大半を占めていた。

「…前に国境調査に来たときは、ここまで増殖していなかった。こんな雑木林はなかったはずだ」

「え?」

気になる言葉を聞き、信は那貴が睨みつけている視線を追いかけて、毒を持つ草木が大半を占めている雑木林を見つめた。

 

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束の間の休息

兵たちに雑木林の植物は一切手を出さぬように警告を呼びかけて、天幕に戻り、信はすぐに敷布の上で横になった。

夜間に一度、副長の羌瘣と見張りの交代をするので、早めに休んでおかなくてはいかない。
下僕時代の経験があるおかげか、信は夜露をしのげる場所ならば基本、どこでもすぐに眠ることが出来る。

桓騎も幼少期は恵まれない環境下で育ったと話していたが、彼は信と違って眠り下手・・・・だ。毎晩の寝酒が欠かせないのだと教えられた時、信はとても驚いた。

てっきり眠っている姿を誰かに見せたくないだとか、寝込みを襲われた過去があるのだとか、そういう経験から眠ることへの警戒心があるのかと思っていたのだが、そうではないらしい。

戦の最中で気が抜けず、くたくたに疲れ切っていても、眠りに落ちるまで随分と時間がかかるし、眠ったとしても一刻もしないうちにすぐ目を覚ましてしまうのだそうだ。

自分がそんなにも睡眠不足な生活を送ったならば、三日も持たずに倒れてしまうに違いないと信は思った。

しかし、桓騎と男女の関係になってからは、よく彼の寝顔を見るようになった。といっても、信の方が後に目を覚ますことが多いのだが、時々先に目を覚ますこともある。今回の国境調査へ行く日もそうだった。

桓騎の寝顔は、どんな夢を見ているのか気になってしまうくらい、穏やかな寝顔なのである。

付き合いの長い桓騎軍の側近たちも滅多に見ることがないというのだから、桓騎の寝顔を知っていることに、信は妙な優越感を抱いてしまう。

中華全土で首切り桓騎と恐れられているこの男も、こんな風に穏やかな寝顔を晒すことがあるのだと思うと、不思議な気持ちになる。

基本的に重臣以外は信頼していない桓騎が寝顔を見せてくれるのは、自分に心を開いているのか、重臣と同じくらい信頼してくれているからなのだと思っていた。

(はあ…早く、会いてぇな)

国境調査が長くかかり過ぎたせいか、今は好物の鴆酒を独り占めされないかの心配よりも、早く桓騎に会いたいという気持ちに、信は胸を切なく疼かせていた。

 

 

考え事をしていても、普段通りすぐに眠りに落ちてしまったのだが、あれからどれだけ眠っていたのだろう。

「ん、…」

ぞわぞわとした怖気とも痒みとも言い難い感触が体の上を這い回っており、信は鼻に抜けた声を出した。

(なんだ…?)

何かが胸と足の間を這いずり回っているような、妙な感触に今まさに襲われており、信はゆっくりと目を開いた。

眠る前は仰向けだったのだが、目を覚ますと横を向いていた。

桓騎と褥を共にするようになってから、彼に背中から抱き締められたり、向かい合ってお互いを抱き締め合いながら眠ることに慣れてしまったせいか、最近は仰向けよりも横向きで眠るのが習慣になっていた。

変な夢でも見ていたのだろうかと寝起きの思考で考えた瞬間、何かが胸と足の間を這いずり回るあの感触が、再び信の意識に小石を投げつける。

「…えッ!?」

すぐに自分の下半身に視線を下ろすと、明らかに自分のものではない骨ばった男の手が伸びているではないか。

反射的に後ろを振り返ると、そこにはいるはずのない恋人の姿があった。
桓騎は後ろから信を抱き締めるようにして、彼女の胸と脚の間に手を忍ばせていたのである。

目が合うと、やっと起きたかと言わんばかりに呆れの籠った色を向けられる。

どうして桓騎がここにいるのか。どうやって来たのか。なぜ自分の寝込みを襲っているのか。今何をしようとしているのか。

聞きたいことは山ほどあったのだが、それよりも信は驚愕のあまり、悲鳴を上げるために反射的に息を深く吸い込んだ。

「~~~ッ!?」

しかし、悲鳴を押し込むように片手で口に蓋をされてしまう。
指の隙間からくぐもった声を洩らすと、桓騎がにやりと口角をつり上げて不敵な笑みを浮かべた。

 

このお話の前日譚(5100文字程度)はぷらいべったーにて公開中です。

中編①はこちら

The post 毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)前編 first appeared on 漫画のいけない長編集【ドリーム小説】.