コロナ下の苦境を乗り切れ!――インドでマンゴー農家の窮地を救ったJICA主導の直販プロジェクト

「インドのマンゴーを守れ!」――新型コロナウイルス(以下新型コロナ)のパンデミックで人々やモノの動きが止まるなか、インドで農作物の流通を滞らせないための取り組みが注目を集めています。それはインターネットを介して生産者と消費者を結ぶ直販プロジェクト。同様のプロジェクトは、日本をはじめ世界でも始まっていますが、インドでの取り組みの背景には、旧態依然とした農業が抱えるさまざまな課題と、それらを解決しようと奮闘する人々の思いがありました。

 

今回、インドの水プロジェクトに長年携わってきた水ジャーナリスト・橋本淳司さんが現地からの声をリポートします。

 

【著者プロフィール】

橋本淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学客員教授。水問題やその解決方法を調査研究し、さまざまなメディアで発信している。近著に『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『水がなくなる日』(産業編集センター)、『通読できてよくわかる水の科学』(ベレ出版)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。「Yahoo!ニュース 個人 オーサーアワード2019」受賞。

 

私は2015年頃から、インドの水に関するいくつかのプロジェクトに携わっています。インドは水不足が深刻になりつつあるため、それに対応する雨水貯留タンクの製作や実装、水質調査をはじめ、一般向けや学校向けの水教育などを行っています。水は「社会の血液」と言われるほどで、あらゆる生産活動に必要ですが、とくに農業は大量の水が不可欠。また、水があるからこそ、農作物を加工し販売することができると言えます。そして今回のインドにおけるコロナ禍は、ほかにもさまざまな問題を浮かび上がらせました。

 

日本では、3月上旬以降、学校の一斉休校が始まると給食が休止となり、さらに緊急事態宣言により飲食店や百貨店に休業要請が出されたため、収穫された野菜が行き場を失いました。収穫されないまま農地で廃棄される野菜の様子が報道されるなどし、「もったいない」と感じた人も多かったと思います。同様の問題はインドでも起きました。とりわけ農業技術や流通網の整備が不十分な地域では、事態はより深刻でした。

 

よく「バリューチェーン」という言葉を耳にしますが、農作物においては、生産の過程や加工することなどで食品としての価値を高めつつ、消費者の元に届けるプロセスのことだと個人的に考えています。このプロセスなくしてバリューチェーンは成り立ちません。実際、インドでもコロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)が実施され、農作物を流通できず、農家が苦境に立たされました。現地からそうした情報を聞き大変心配しましたが、その救世主となったのが、JICA(独立行政法人 国際協力機構)による、生産者と消費者を直に結ぶ取り組みでした。

 

苦境に立たされたインドの農業

インドでの新型コロナの累計感染者数は、3月3日の時点では5人でしたが、同月24日には492人と急増(9月7日時点での感染者数の累計は420万4613人。アメリカに次いで感染者が多い)。3月25日からは、全土でロックダウンが実施され、ほぼすべての人々の移動や経済・社会活動が制限されました。その後、生活に最低限必要な活動や移動は可能になりましたが、依然として公共交通機関は止まったまま、リキシャー(三輪タクシー)や私用車の利用は禁止され、近隣の町への移動も制限されたままでした。

 

そのため農業従事者が農地に行けない、収穫された農産物を運べない、加工や販売ができないという事態が発生し、流通網がズタズタに寸断されてしまったのです。4月になると、インドはマンゴー収穫の時期を迎えます。このままでは大量のマンゴーを廃棄することにもなりかねません。

↑収穫したマンゴーを箱詰めする現地マンゴー農家の人々

 

この窮地を救ったのが、“Farm to Family”(農場から家族へ)と名付けられた直販プロジェクトでした。オンラインで生産者と消費者を結びつけるデリバリーサービスです。

 

熟したマンゴーを信じられない価格で提供

舞台となったのは、インド南部・デカン高原に位置するアンドラ・プラデシュ州です。人口は4957万人(2017年調査)で、そのうちの62%が農業に従事し、農耕可能な面積は805万ha、ほぼ北海道と同じ面積になります。この広大な農耕地で生産されている作物は多岐にわたりますが、トマト、オクラ、パパイヤ、メイズ(白トウモロコシ)の生産高はインド国内1位、マンゴーは2位、コメは3位という農業州です。

↑収穫時期のマンゴー農園

 

同州にはもう1つ強みがあります。流通の拠点となる海港を5つ、空港を6つも擁しているのです。州政府は農業と流通インフラという強みを活かし、農作物の生産から加工、流通までのフードバリューチェーンを構築し、食品加工産業の発展に注力してきました。ロックダウン下においては、農業従事者が畑に行って収穫することはできましたが、地元の仲介人が収集することも、販売網を通じて販売することもできませんでした。行き場を失ったマンゴーたちは、廃棄せざるを得ません。農家の収入はそもそも多くないのですが、これでは無収入になっていまいます。

 

危機的な状況を受け、州政府はこの地で実施されていたJICAの事業の一環として、州園芸局やコンサルティング会社と対応策を検討しました。そこで考え出されたのが、寸断された流通網をIT技術で修復するという画期的な方法でした。

 

プロジェクトのチラシにはこう書かれていました。「グッドニュース! マンゴーのシーズンが到来しました。政府は、COVID-19でピンチになった小さな農家を支援します。仲介者やトレーダーをなくすことで、農家と消費者に双方にメリットがあります。自然に熟したマンゴーを信じられない価格で提供します」

↑直販プロジェクトの開始を告知するチラシ

 

このプロジェクトには、約350人もの農業者が参画。ネットを使用してコミュニティーごとに需要を把握し、直接消費者に販売しました。ハイデラバードの3つのコミュニティでスタートして以来、これまでに3トンのマンゴーが販売されたほか、12のコミュニティから10トンの事前予約が寄せられ、ロックダウンの解除後も直販体制を継続することが予定されています。

↑農園に集まったプロジェクトメンバー

 

現地のマンゴー農家であるテネル・サンバシバラオ氏はプロジェクトについてこう話してくれました。

 

「この取り組みには大変感謝しています。品質のよいマンゴーを適切な価格で、直接消費者に届けることができました。販売にかかる運搬費や仲介料がかからなかった点もとても助かりました」

 

このコメントの裏からは、農家の深い悩みが窺えます。インドでは一般的に最大4層の仲介業者が存在し、農家には価格の決定権がありません。農家が仲介業者を通じて出荷すると、見込める収益の数十パーセント程度の価格で買い叩かれてしまい、農家の生活は厳しいものとなっているのです。“Farm to Family”(農場から家族へ)は、ロックダウンで分断されていた農家と消費者双方に果実をもたらしたと言えます。

↑出荷を待つマンゴー

 

農業、流通という強み。水不足、技術不足という弱み

そもそもJICAのプロジェクトは2017年12月からスタートしていました。農業と流通に強みをもつアンドラ・プラデシュ州ですが、一方で課題もありました。 まず、バリューチェーンの根幹となる、農作物の収穫量と質が安定していません。そこには農業生産に欠かせない「水」の問題がありました。世界の淡水資源のおよそ7割が農業に使われるというほど、農業と水は切っても切り離せません。

 

アンドラ・プラデシュ州では農業用水の62%を地下水に依存していますが、現在、その地下水の枯渇が懸念されています。これに関しては、原因がはっきりとわかっているわけではありません。私がプロジェクトを行なっている北部のジャンムーカシミール州の村では「雪の降り方が変わったことが地下水不足につながっている」と言う人もいますし、もう1つのプロジェクト地であるマハーラーシュトラ州の村の人々は「森林伐採の影響を受けているのではないか」と主張します。つまり場所によってさまざまな要因が考えられると言えます。

 

また、生産量の高まりとともに地下水の使用量が増加しているという声も多くの州で聞きます。なかには、どれだけの水を農業に使用しているのかわからないという地域も。アンドラ・プラデシュ州も同様で、節水などの地下水マネジメントは急務とされていました。

 

水を管理するうえで、もう1つ重要なのが灌漑用の施設の整備です。施設が老朽化すると水漏れも多くなり、貴重な水が農地まで届きません。それが水不足に追い討ちをかけています。

 

一方で、生産や加工の技術が不足しているという悩みもあります。品質のよい作物を育て、最適な時期に収穫するといった営農技術、収穫後の付加価値を高める加工処理技術などが十分に定着していないため、農産品の加工率が低く、販路が狭くなっています。

 

灌漑設備の改修とバリューチェーンの構築

こうしたさまざまな課題を解決するため、JICAが現地で取り組んでいるのが「アンドラ・プラデシュ州の灌漑・生計改善事業」という、灌漑設備の改修をはじめ、生産から物流までのバリューチェーンの構築を支援するプロジェクトです。「プロジェクトにはいくつかの柱がありますが、重要な柱の1つが、灌漑施設の改修です」とはJICAインド事務所の古山香織さんです。

 

州水資源局によって20年以上前に整備された灌漑施設はあるのですが、前述したように老朽化や破損による漏水、不適切な管理によって、失われる水の量が増えています。農業への水利用効率(灌漑効率)、すなわち農業用に確保した貴重な水の38%しか農地に届いていないのです。実際、末端の水路を利用している農家の中には雨水に頼らざるを得ないところもあります。近年は気候変動の影響で雨の降り方が以前とは変わっているため、収穫量は不安定で一定品質の農作物がつくれません。

↑改修前の灌漑用水路

 

「そこで老朽化した設備を新しいものと交換したり、地面に溝を掘っただけの水路をコンクリート張りの近代的な水路に変えています。 事業は着実に進捗しており、2024年に完了する見込みです。さまざまな規模の灌漑施設の改修が完了(470箇所を予定)すれば、灌漑農業による農作物の収穫量と質の改善が期待できます」(古山さん)

↑改修後の灌漑用水路

 

同時に、現地NGOと連携して地元の農家による水利組合づくりを手伝い、施設改修後の維持管理作業を自分たちで行うことができるよう研修も実施しており、実はこれが大変重要な取り組みなのです。技術を提供するだけでは不十分で、壊れてしまった途端放置される水施設がとても多いことが世界各地の水支援の現場で共通する問題であり、それを防ぐためには、技術を現地に根付かせるための人材育成が欠かせません。

 

さらに灌漑施設の改修を生産量の増加に結びつけるために、関係政府部局と現地NGOで構成する農業技術指導グループも組織しました。

 

「灌漑施設の改修、生産農家の組織化の支援、営農支援などを行うことで、それらが相乗効果をもたらして、高品質の農作物が安定的に生産されるようになります」(古山さん)

 

プロジェクトでは、さらにフードバリューチェーン全体の整備も支援しています。先述のように、マンゴーであればおいしくて大きな果実を育て、それをいちばんよい時期に収穫し、消費者のもとに届けること、あるいは収穫したマンゴーを顧客のニーズにあった製品に加工して付加価値をあげることです。

 

「消費者のニーズに合った加工品を開発・販売することで、付加価値の向上と農産品のロスを抑えることができます。小さな農家同士を組織化することにより、仲介人を介さず消費者と直接取引ができるようになれば、農家の収入向上につながりますし、逆に消費者の立場で考えると、購入できる農作物の種類と品質が向上することになります」(古山さん)

 

実現すれば農作物の収量と品質が高まりますし、農業者の収入も向上・安定します。農業セクターの重要性も高まります。同時にインドの食料安全保障の改善にも寄与していると言えるでしょう。

 

コロナ禍で起きた農家の考え方の変化

新型コロナの世界的な収束は、まだまだ先が見えない状況ですが、人々の心境の変化、生産や流通に対する考え方の変化が確実に起きているとJICAインド事務所のナショナルスタッフであるアヌラグ・シンハ氏は話します。

 

「新型コロナをきっかけに、農家の考え方に変化が起きています。販売のためには農産品の品質の向上が重要で、そのためには収穫のタイミングや選別がとても大切であるという認識がこれまでより強くなりました。同時に、消費者との直接取引などでデジタル・テクノロジーを有効活用すべきとの意識も芽生えています」

↑コミュニティーで販売されるマンゴー

 

農家と消費者が直接つながることで関係性が強くなり、農家は相手に対して「よりよいものを提供しよう」、消費者は「顔の見える生産者を応援しよう」という気持ちが生まれるなど、相乗効果も期待できそうです。

 

またインドでは、テクノロジーを活用して農業の効率と生産性を向上させる「アグリテック」の分野が、2015年頃から注目を集めるようになっています。データを活用した精密農業システム導入のほか、スマート灌漑システムなどの生産性向上、農業経営に特化したクラウドサービス拡充などその事業内容は幅広いのですが、新型コロナはこうした動きを加速させることになるでしょう。

 

一方、日本国内に目を向けると、国産の農林水産物を応援する「#元気いただきますプロジェクト」をはじめ、農家(生産家)と消費者を結ぶさまざまなプロジェクトが立ち上がっています。このような取り組みは今後も世界的に広がることが予想されます。

 

新型コロナにより、従来の社会は大きく変貌を迫られています。しかし、必ずしも悪い面ばかりではありません。大量生産と大量消費を繰り返し、食品廃棄など大量の無駄が存在していたこれまでの社会。しかし、今回ご紹介した、地域社会を大切にし、水や食料を大切にする新しい流通網の構築への取り組みなどは、私たちの社会を持続可能な方向へと向かわせてくれるのではないでしょうか。

 

JICA(独立行政法人国際協力機構)のHPはコチラ