ストーブ列車だけじゃない!! 日本最北の私鉄路線「津軽鉄道」の魅力を再発見する旅

おもしろローカル線の旅~~津軽鉄道(青森県)~~

 

津軽富士の名で親しまれる岩木山を望みつつ走るオレンジ色のディーゼルカー。最北の私鉄(第三セクター鉄道を除く)として知られる津軽鉄道の車両だ。

津軽鉄道といえば、雪景色のなかを走るストーブ列車がよく知られ、最果て感、美しい雪景色に誘われ、冬季は多くの人が訪れる。

 

そんな雪のイメージが強い津軽鉄道だが、あえて雪のない津軽へ訪れてみた。すると、雪の降らない季節ならではの発見があり、おもしろローカル線の旅が十分に楽しめた。

 

【津軽鉄道の現状】何とか存続を、と盛り上げムードが強まる

津軽鉄道の路線は津軽五所川原駅〜津軽中里駅間の12駅20.7km区間を結ぶ。北海道に第三セクター方式で経営する道南いさりび鉄道があるが、私鉄=民営鉄道と限定すれば、津軽鉄道は日本最北の地に路線を持つ私鉄会社ということになる。

津軽鉄道を取り巻く状況は厳しい。平成20年度から27年度の経営状況を見ると、黒字となったのは平成20年度と、平成22〜24年度まで、平成25年度以降は赤字経営が続く。路線の過疎化による利用者の減少傾向が著しい。

 

とはいえ、地元の人たちのサポートぶりは手厚い。2006年に津軽鉄道の存続を願うべく市民の機運を盛り上げる「津軽鉄道サポーターズクラブ」が発足。さらに観光案内役の「津軽半島観光アテンダント」が列車に同乗し、好評だ。ほか全国の鉄道ファンの応援ぶりも熱い。熱気を感じさせる具体例が最近あったばかりだが、それは後述することにしよう。

 

【津軽鉄道をめぐる歴史】五能線の開業がその起源となっていた

さて津軽鉄道の歴史を簡単に触れておこう。

 

津軽鉄道のみの歴史を見ると、地方路線によく見られる、地元有志による会社設立、そして路線開業という流れが見られる。津軽鉄道の開業する前、五所川原に初めて敷かれた鉄道が現在の五能線だった。

 

五能線の開業のため、地元有志による出資で、まず陸奥鉄道という会社が創られた。

 

●1918(大正7)年9月25日 陸奥鉄道により川部駅〜五所川原駅間が開業

現在の奥羽本線川部駅と五所川原駅間で、JR五能線の起源となる。ちなみに、この開業後に五所川原駅から先、鯵ケ沢駅(あじがさわえき)との間の路線建設が鉄道省の手によって始められている。そして、

 

●1927(昭和2)年6月1日 鉄道省が陸奥鉄道の川部駅〜五所川原駅間を買収、五所川原線(現・五能線の一部)に編入された

鉄道省の買い上げ条件が良く、その資金が津軽鉄道の開業の“元手”となった。

 

●1930(昭和3)年 7月15日に津軽鉄道の五所川原駅〜金木駅間が開業、10月4日に金木駅〜大沢内駅間が開業、11月13日に大沢内駅〜津軽中里駅間が開業

前年の1929年に鉄道免許状を交付されてから、翌年に開業したというその手際の良さには驚かされる。当時、鉄道の建設ブームということが背景にあり、また新線建設が地域経済の発展に大きく貢献したということなのだろう。

 

【車両の見どころ】個性的な動きを見られる機関車と旧型客車

現在、使われている車両は主力のディーゼルカーが津軽21形で、5両が在籍している。オレンジ色に塗られ、沿線出身の作家、太宰治の作品にちなみ、「走れメロス号」の愛称が付けられている。

 

ストーブ列車などのイベント列車に使われているのは、DD350形+旧型客車のオハフ33系やオハ46系といった1940年代および1950年代に製造された車両だ。DD350形ディーゼル機関車は、動輪にロッドという駆動のための機器が付く。いまとなっては貴重な車両で、走るとユニークな動輪の動きが見られる。

↑ストーブ列車などのイベント列車はディーゼル機関車+旧型客車という編成が多い。写真はGW期間に開かれる金木桜まつり用のイベント列車がちょうど五農校前駅を通過していったところ

 

↑列車を牽引するDD350形は1959年に製造されたディーゼル機関車で、動輪の駆動を助ける棒状の機器、ロッドが付く。津軽鉄道の客車は屋根にダルマストーブの煙突が付くのが特徴

 

同機関車には暖房用の蒸気供給設備がないために、客車にはダルマストーブが付けられている。暖房用にダルマストーブを設置したことが、逆に物珍しさとなり、いまやストーブ列車は津軽鉄道の冬の風物詩にまでなっている。

 

【津軽鉄道の再発見旅1】風が強い路線ならではの工夫が見られる

では、津軽五所川原駅から下り列車に乗り込むことにしよう。

 

筆者が乗車した列車は、津軽五所川原駅を15時以降に発車する列車だったこともあり、あいにく観光案内役の「津軽半島観光アテンダント」の乗車がなかった。「津軽半島観光アテンダント」の同乗する列車内では津軽のお国言葉を生で楽しむことができる。同乗しない列車に乗ってしまったことを悔やみつつ、旅を続ける。

↑乗り合わせた列車は「太宰列車2018」。2018年の6月19日から8月末まで沿線を走った。太宰ゆかりの作家や芸術家たちが手作りしたパネルなどの展示が行われた

 

↑前後の運転席横は図書スペースとなっている。このあたり小説家・太宰治の出身地らしい。津軽に関わる書籍やパンフレットなどもが置かれている

 

さて津軽五所川原駅。津軽鉄道の駅舎で乗車券を購入して、改札口を入る。構内に入ったつもりが、そこはJR五所川原駅の構内。跨線橋もJRと同じだ。このあたり五能線と津軽鉄道の関係が、その起源や歴史を含めて縁が深かったことをうかがわせる。

↑JR五所川原駅に隣接する津軽鉄道の起点、津軽五所川原駅。ホームは改札口からJR五所川原駅の構内へ入り、JRと共用する跨線橋を渡った奥にある

 

↑津軽五所川原駅の軒先に吊られるのは伝統的な津軽玩具「金魚ねぷた」。幸福をもたらす玩具とされている。駅舎内の売店でもお土産用の「金魚ねぷた」が販売されている

 

津軽五所川原駅の3番線が津軽鉄道のホーム。オレンジ色の車体、津軽21形1両が停車する。ホームの反対側には津軽鉄道の車庫スペースがあって、個性的な車両が多く停まっている。このあたりは、帰りにじっくり見ることにしよう。

 

ディーゼルエンジン特有の重みのあるアイドリング音を耳にしつつ車両に乗り込む。ちょうど地元の学校の休校日にあたったこの日は、乗り込む学生の姿もまばら。観光客の姿もちらほらで、半分の席が埋まるぐらいで列車は出発した。

 

しばらく五所川原の住宅地を見つつ、次の十川駅(とがわえき)へ。この十川駅から五農校前駅(ごのうこうまええき)付近が、もっとも岩木山がよく見える区間だ。

 

五農校前駅は、地元では「五農」の名で親しまれる「県立五所川原農林高等学校」の最寄り駅でもある。同高校で育てられた野菜や、生産されたジャムやジュースなどの産品は津軽五所川原駅の売店で販売されている。

 

次の津軽飯詰駅(つがるいづめえき)に注目。駅の前後のポイント部分にスノーシェルターが付けられている。このシェルター、進行方向の左側と上部のみ覆いがあり、ポイントへの雪の付着を防いでいる。

↑津軽飯詰駅の前後のポイント部分にかかるスノーシェルター。片側と屋根部分のみ覆われ、反対側には覆いが付いていないことがわかる

 

なぜ、進行方向左側のみなのか。それは、冬は日本海側から吹く西風が強いため。西風対策として進行方向左側のみ覆いが付けられたのだ。ただし、このスノーシェルター、現在はポイント自体が使われていないため、あまり役立っていないという現実もある。

 

このような風対策は、次の毘沙門駅(びしゃもんえき)でも見られる。

 

毘沙門駅は林に覆われている。西側が特に見事だ。津軽鉄道の社員が1956(昭和31)年に植樹した木々が60年以上の間に、ここまで育ったもので、冬に起こりやすい地吹雪や強風から鉄道を守る役割を果たしてきた。駅ホームには「鉄道林」の案内も立てられている。

↑毘沙門駅には鬱蒼とした林により覆われる。西側を覆う林は津軽鉄道の社員が植樹したもの。鉄道を風害から守る鉄道林の役割をしている

 

次の嘉瀬駅(かせえき)では構内に停まるディーゼルカー・キハ22形に注目したい。

 

倉庫前に停められた古いディーゼルカーは、ユニークな絵が多く描かれている。先頭には「しんご」の文字が。香取慎吾さんと青森の子どもたちが一緒にペイントした「夢のキャンバス号」だ。1997年にTV番組の企画でペイントが行われたもの。同車両は2000年に引退し、嘉瀬駅に停められていたが、2017年に、再度、塗り直しが行われた。

↑嘉瀬駅のホームに停まるキハ22028号車。1997年にTV番組の企画で香取慎吾さんと青森の子どもたちの手でペイント、さらに20年後に同メンバーが集まり塗り替えられた

【津軽鉄道の再発見旅2】太宰治の生家といえば金木の斜陽館

津軽鉄道の各駅には注目ポイントが多く、乗っていても飽きない。時間があれば、それぞれの駅に降りてじっくり見てみたい。

 

津軽鉄道で最も観光客が多く降りる駅といえば、嘉瀬駅のお隣、金木駅(かなぎえき)。津軽鉄道で唯一、列車交換ができる駅でもある。金木駅に進入する手前には、いまでは珍しい腕木式信号機がある(津軽五所川原駅にもある)ので、確認しておきたいところ。

 

金木といえば、小説家・太宰治の故郷であり、生家「斜陽館」が太宰治記念館(入館有料)となり残されている。「斜陽館」は金木駅から徒歩5分ほどの距離にある。

↑太宰治の生家「斜陽館」。太宰が生まれる2年前の1907(明治40)年に建てられた。和洋折衷・入母屋造りの豪邸で、国の重要文化財建造物にも指定されている

 

金木駅の先も見どころは多い。

 

次の芦野公園駅(あしのこうえんえき)は、その名のとおり芦野公園(芦野池沼群県立自然公園)の最寄り駅。春は1500本の桜が見事で、日本さくら名所100選にも選ばれる公園だ。児童公園やオートキャンプ場もある。

 

鉄道好き・太宰好きならば、この駅で見逃せないのが、旧駅舎。太宰治の小説「津軽」にも小さな駅舎として登場する。現在の駅舎に隣接していて、建物は喫茶店「駅舎」として利用される。店では「昭和のコーヒー」や、金木特産の馬肉を使った「激馬かなぎカレー」を味わうことができる。

↑芦野公園駅付近を走る「走れメロス号」。線路は芦野公園の桜の木に覆われている。桜が花を咲かせる季節が特におすすめで、例年、多くの行楽客で賑わう

 

↑津軽鉄道開業当時に建てられた芦野公園駅の旧駅舎。国の登録有形文化財でもある。建物は喫茶店「駅舎」となっていて、ひと休みにもぴったりだ

 

【津軽鉄道の再発見旅3】終点の津軽中里駅の不思議なこといろいろ

芦野公園駅を過ぎると、急に視界が開ける。川倉駅から深郷田駅(ふこうだえき)まで、線路の左右に見事な水田風景が広がる。

↑川倉駅付近の水田風景。路線の左右に広々した水田が広がる。もちろん冬になれば一面の雪原となる。地元、金木では地吹雪体験ツアーという催しも厳冬期に開かれる

 

美しく実る稲穂をながめ、乗車すること35分ほど。終点の津軽中里駅(つがるかなさとえき)に到着した。

 

駅に到着してホームに降り立って気がついたのだが、駅の先の踏切(津軽中里駅構内踏切)の遮断機が下りている。あれれ…この列車は、先には走らず、到着したホームからそのまま折り返すはずだが。

 

数分もしないうち、遮断機があがり、踏切は通れるように。ちょっと不思議に感じた。線路はこの踏切を通り駅の先まで延びているものの、通常、ホームから先の線路は走らない。

 

ストーブ列車などのイベント列車が、進行方向を変えるために機関車を機回しして付け替えるときや、側線を利用する事業用車以外に、ほぼ車両は通らない。それなのに稼働する不思議な踏切となっている。

↑津軽中里駅に到着した列車。駅構内には側線と左に木造の車庫が用意されている。車庫の手前には転車台があり、駅のホームからも望むことができる

 

↑津軽中里駅の北側にある踏切。列車がホームに入ってくると、警報器が鳴る。通常の列車は写真の位置から先に進むことはなく、遮断機を閉める必要はないと思うのだが

 

津軽中里駅には転車台がある。その赤い色の転車台がホームからも見える。さて、この転車台はどのようなものなのだろう。

 

実はこの転車台、開業時から1988(昭和63)年まで使われていたものだった。開業時は蒸気機関車の方向を変えるため、その後は、除雪車などの方向転換にも使われた。近年は使われなかったこともあり、長年、放置されていた。

 

その転車台を復活すべく前述した「津軽鉄道サポーターズクラブ」が立ち上がった。同クラブが主導役となり、クラウドファンディングにより、改修費を全国の鉄道ファンに向けて募った。すると、目標とした改修費を大幅に上回り、倍以上の資金が集まった。

 

これこそ津軽鉄道を応援する鉄道ファンが多いことを示す証でもあった。その資金を元に、2017年5月に本州最北にある転車台として見事に復活。復活イベントも行われ、全国からファンも多く集まり、転車台復活を祝った。

↑復活した津軽中里駅の転車台。右の建物は旧機関庫。ほか給水タンクや給炭台なども古くにはあった。ちなみにこの転車台への車両の入線は構内踏切を通ることが必要になる

 

↑津軽中里駅のホームに立つ「最北の駅・津軽中里駅」の案内板。この案内を見て“最果てに来た”という印象を持つ人も多いのでは無いだろうか。筆者もその1人

 

【津軽鉄道の再発見旅4】昭和初期生まれの雪かき車を見ておきたい

ちなみに北海道新幹線開業後は、新幹線の奥津軽いまべつ駅と津軽中里駅の間を結ぶ路線バスも日に4本出ている。運賃は1200円で、約1時間の行程だ。往復乗車を避けたいとき、または北海道や青森市を巡りたいときなどに便利だ。

 

筆者は津軽中里駅でしばらくぶらぶら。そして折り返しの列車を待って津軽五所川原駅に戻ることにした。

 

上り列車に乗り、おさらいするように車窓風景を楽しむ。

 

そして津軽五所川原駅へ到着。ホーム横に停められた旧型客車、事業用の貨車などを見て回る。ホームから、これらの車両がごく間近に見えることがうれしい。

 

停められる車両のなかで、やはり気になるのが雪かき車キ100形だ。1933(昭和8)年に鉄道省大宮工場で造られた車両で、国鉄時代はキ120形を名乗っていた。1967(昭和42)年に津軽鉄道へとやってきた車両だ。

 

太平洋戦争前の雪かき車で現在も残っている車両は、この津軽鉄道のキ100形と、同じ津軽地方を走る弘南鉄道のキ104形、キ105形の3両のみ。非常に貴重な車両となっている。

↑津軽五所川原駅のホームからはディーゼルカーなどが停まる機関区がすぐ横に見える。通常時は庫内の奥にイベント列車用のディーゼル機関車が停められていることが多い

 

↑夏期は津軽五所川原駅の構内に留置される雪かき車キ100形。近年は保線用の除雪機が使われることも多く、出動も稀だが、イベントなどで走行シーンに出会えることがある

 

雪かき車に後ろ髪を引かれつつも帰路に着くことに。最後に津軽五所川原駅構内の売店でお土産探し。五所川原農林高等学校で収穫または生産された野菜や、ジャムやジュースが並ぶ。

 

さらに津軽鉄道の人気キャラクター「つてっちー」関連グッズがずらり。筆者はそのなかの「つてっちー飴」を450円で購入。りんご味の金太郎飴で、かわいらしいパッケージ入り。どうも、開封するのが忍びなく、いまだにそのままオフィスの机の上に置いてある。

 

つてっちーを見るたびに津軽恋しの気持ちが高まる。「また津軽鉄道に乗りに行きたい!」と思うのだった。

↑津軽五所川原駅の駅舎内にある売店。津軽鉄道のグッズ類、前述の金魚ねぷたなどのお土産、そして農産品など販売する。17時にはクローズしてしまうので注意したい

 

↑キャラクター「つてっちー」飴(450円)。変形袋入りで、裏の顔部分から金太郎飴の姿が見える。津軽で販売されてはいるが、製造しているのは東京の金太郎飴本店だった

 

◆今回のローカル線の旅 交通費

2400円(コロプラ☆乗り放題1日フリーきっぷ)
*コロプラ☆乗り物コロカ【津軽鉄道】乗車記念カードをプレゼント

ほか「津軽フリーパス」2060円もあり。津軽フリーパスは津軽鉄道の津軽五所川原駅〜金木駅間が利用できる。金木より先は乗継ぎ料金が必要。同フリーパスは津軽地方を走るJRの路線(区間制限あり)と弘南鉄道、弘南バスの利用が可能だ。

【中年名車図鑑|日産VWサンタナ】販売こそ低調だったが、日産にとっては大きな収穫だった

1980年代前半に大きな問題となった日本と欧米間での自動車の貿易摩擦。国際戦略に力を入れていた日産自動車は、その対応策として西ドイツのフォルクスワーゲン社と協力関係を樹立し、同社のフラッグシップセダンであるサンタナのノックダウン生産を実施する――。今回は初の和製フォルクスワーゲン車として1984年にデビューした「日産VWサンタナ」の話題で一席。

【Vol.87 日産VWサンタナ】

厳しい排出ガス規制と石油ショックを何とか克服した日本の自動車メーカーは、来るべき1980年代に向けて海外市場への本格進出に力を入れ始める。なかでもこの分野での先駆メーカーといえる日産自動車の戦略は、群を抜いて精力的だった。陣頭指揮を執ったのは、1977年に社長に就任していた石原俊氏で、経済マスコミでは同氏のことを“輸出の石原”と称した。

 

■日産自動車の貿易摩擦への対応策

一方、ここで重大な事態が発生する。日本車の進出によって、欧米の自動車メーカーの自国シェアが大幅に減ったのである。同時に、日本市場での輸入車に対する閉鎖性が大きくクローズアップされるようになった。この状況は徐々に深刻になり、やがて時の政府を巻き込んだ自動車の“貿易摩擦”として大問題となる。

 

このままでは海外市場での事業拡大に大きな支障が出る――。日産自動車の首脳陣は様々な議論を重ね、1980年12月には欧州向けの対策プランを実施する。そのプランとは、西ドイツ(現ドイツ)のフォルクスワーゲンAGとの「国際貿易上の問題解決に積極的に貢献することを目的として、全般的な協力関係を樹立する」という合意だった。そして翌81年9月には、日本でフォルクスワーゲン車のノックダウン生産を行い、販売も日産のディーラーが手がける契約を結ぶこととなった。

 

■ノックダウン生産に選ばれた車種はVWのフラッグシップセダン

日産VWサンタナは80年代の貿易摩擦緩和のため誕生した。生産は日本国内で行うノックダウン方式、販売も日産ディーラーが行った。日本仕様として5ナンバーサイズに収まるようアレンジが施された

 

日本でノックダウン生産するクルマを決める際、日産は自社の車種ラインアップになるべくバッティングしないフォルクスワーゲン車を検討する。選ばれたのは、1981年に欧州デビューしていた同社のフラッグシップセダンである「サンタナ(SANTANA)」だった。

 

日産の開発陣はサンタナを日本仕様に仕立てるにあたり、5ナンバーサイズに収めるためにサイドモールを薄型にするなどして1690mmのボディ幅とする(全長×全高は4545×1395mm、ホイールベースは2550mm)。さらに、日本の法規に則したヘッドライトやサイドマーカー、交通環境に応じた導入口の広いラジエターグリルなどを装着した。ハンドル位置は右。駆動レイアウトはFFで、縦置きに積まれるエンジンはアウディの設計によるJ型1994cc直列5気筒OHC(110ps)、フォルクスワーゲン設計のJN型1780cc直列4気筒OHC(100ps)、そしてCY型1588cc直列4気筒ディーゼルターボ(72ps)の3タイプを用意する。5速MTおよび3速ATのトランスミッションやラック&ピニオン式のステアリングギアなどの主要部品も、フォルクスワーゲン社から供給を受けた。また、エクイップメントに関しては本国でオプション設定の快適装備品をふんだんに盛り込んだ。

 

1984年2月、神奈川県の座間工場に設けた専用ラインで生産され、M30の型式を取得した「日産VWサンタナ」が市場デビューを果たす。グレード展開はJ型エンジンを積むXi5とGi5、JN型エンジン搭載車のGiとLi、CY型エンジン搭載車のGtとLtという計6グレードを設定。トランスミッションはガソリン仕様が5速MTと3速AT、ディーゼル仕様が5速MTだけを組み合わせていた。ちなみに、サンタナの新車記者発表会の席では、当時フォルクスワーゲン車の輸入・販売権を持っていたヤナセも同席。日産のサニー店系列とヤナセの直営店の2体制で日本生産のサンタナを売る旨がアナウンスされた(後にプリンス店系列も販売に加わる)。

 

■販売台数は伸びなかったものの――

バブル景気前夜の日本において、サンタナの質実剛健なインテリアは地味に映った。同クラスのハイテク満載の国産車と比べると割高感があり、販売は苦戦した

 

貿易摩擦の打開策、そして初の和製フォルクスワーゲン車でもあったサンタナは、大きな注目を集めて日本の市場に迎えられる。自動車マスコミからも、高いボディ剛性を芯に据えたしっかりとした乗り心地やハンドリングなどが高く評価された。

 

しかし、実際に蓋を開けてみるとサンタナの販売成績は予想外に伸びなかった。1980年代中盤といえばバブル景気の助走期。日本車はハイテクが積極的に採用され、品質も大きく向上していた。そんな状況下で、サンタナの地味なルックスや質素なインテリア、数値上で見劣りするエンジンスペック、さらに同クラスの国産車に比べて割高な価格設定などが、ユーザーの購入欲を刺激しなかったのである。受け入れたのはドイツ流の固めの足回りが好きで、質実剛健の内外装に惹かれたコアなファンにとどまった。

 

日産はテコ入れ策として、サンタナのラインアップ拡充を実施する。1985年5月には専用セッティングの足回りやスポーツシートなどを装着するXi5アウトバーンを追加。1987年1月にはマイナーチェンジを敢行し、内外装の意匠変更を図った。同時に、Xi5アウトバーンには1994cc直列5気筒DOHCエンジン(140ps)が採用される。1988年1月にはXi5をベースに専用の内外装パーツを組み込んだマイスターベルクを300台限定でリリースした。

 

ところで、日産VWサンタナの広告展開およびグレード名は、当時ドイツ車への憧れが日本の一般ユーザーに広がり始めていたことから、ドイツ・カラーを色濃く打ち出す戦略をとっていた。広告でのキャッチコピーは“アウトバーンから日本の道へ”“ロマンティック街道から”“ドイツの光と風”など。また、デビュー当初は「ドイツの“香り”プレゼント」と称してドイツ産ワインのプレゼント企画も実施した。グレード名には「Xi5アウトバーン」や「マイスターベルク」といったネーミングを採用。Xi5アウトバーン登場時のCMでは、あえてドイツ語でスペック表記を映し出していた。

当時、ドイツ車への憧れが日本ユーザーに広がりはじめていたタイミング。サンタナはドイツ色を強く押し出したPR戦略をとった

 

さまざまな改良を施していった和製サンタナ。しかし、販売成績が大きく回復することはなく、そのうちに貿易摩擦の問題も現地生産化などによって次第に改善され、1988年末にはフォルクスワーゲン社との提携も解消される。そしてサンタナのノックダウン生産は中止となり、販売も1990年中には終了した。

 

販売成績の面では低調に終わった日産VWサンタナ。しかし、日産にとって高いロイヤリティを払ったことは決して無駄にはならなかった。当時の開発スタッフによると、「ドイツ流のクルマ造りを細部にわたって学べた。また、ドイツ車に対する日産の強みも把握できた」という。その結果は、以後に登場する日産車のボディ剛性の出し方や足回りのセッティングなどに存分に活かされたのである。

 

【著者プロフィール】
大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

あおり運転、進路妨害…高速道路での嫌がらせ行為から命を守る方法

あおり運転、進路妨害……高速道路で嫌がらせにあった場合、どうすればいい?

【著者プロフィール】

自動車生活ジャーナリスト 加藤久美子

山口県生まれ 学生時代は某トヨタディーラーで納車引取のバイトに明け暮れ運転技術と洗車技術を磨く。日刊自動車新聞社に入社後は自動車年鑑、輸入車ガイドブックなどの編集に携わる。その後フリーランスへ。一般誌、女性誌、ウェブ媒体、育児雑誌などへの寄稿のほか、テレビやラジオの情報番組などにも出演多数。公認チャイルドシート指導員として、車と子供の安全に関する啓発活動も行う。愛車は新車から19年&24万キロ超乗っているアルファスパイダー。

60年代の米国向けモデルを復刻! ファン垂涎の「スーパーカブ」を解説

誰もが知っているバイク、スーパーカブ。昨年シリーズ累計生産台数1億台を突破した伝説的なシリーズです。今年はそんなスーパーカブ60年目の誕生日。そこでホンダから、ビジネスライクなイメージを覆す記念モデルが登場します。バイク好きもそうでない人も、要注目です!

 

【教えてくれた人】

フリーライター

並木政孝さん

モーター誌編集長を経てフリーに。幼いころ父親がスーパーカブに乗っていたため、特に思い入れが強いです。

 

ビジネスイメージを払拭した所有欲を満たせる一台

スーパーカブといえば、そば店の出前や郵便配達など“はたらくバイク”のイメージが強いです。しかし、1960年代の米国輸出向けモデルCA100をモチーフとしたこの60周年記念車は、ビジネスライクなイメージとはかけ離れたカジュアルでポップなデザインが特徴。目を引く個性的なカラーリングに、クロームメッキのエンブレムやパイピングシートを配することで特別感を演出し、所有欲を満たしてくれます。

 

スーパーカブならではの魅力である燃費性能や静粛性、耐久性は、本車でも高い水準で実現。デザインと使い勝手を両立するため、記念モデルでありながら、日常の足として乗り回したくなる一台です。

 

 

ホンダ

スーパーカブ5060周年アニバーサリー

24万3000

11月22日発売(受注は10月31日まで)

シリーズ誕生60周年記念モデル。1963年に米国で話題を呼んだ広告のイラストをモチーフとします。マグナレッドを主体としたボディに、ツートーン仕様のシートやブラックのリアキャリアなど、特別なカラーリングが施されました。

SPEC●全長×全幅×全高:1860×695×1040㎜●車両重量:96㎏●パワーユニット:49cc空冷4ストロークOHC単気筒●最高出力:3.7PS(2.7kW)/5500rpm●最大トルク:0.39㎏-m(3.8Nm)/5500rpm●総排気量:49cc●始動方式:セルフ式(キック式併設)●燃料タンク:容量4.3ℓ●WMTCモード:燃費69.4km/ℓ

 

↑同社が米国で展開した「ナイセスト・ピープル・キャンペーン」のポスター。老若男女(犬も!)をユーザーとして描くことで、大衆性を訴求しました

 

【ココがプロ推し!】

誰でもパーソナルに使える“快楽性”が魅力

60周年記念車のモチーフとなったCA100は、1960年代当時の米国ではびこっていた「バイク乗り=アウトロー」というネガティブなイメージを払拭したモデル。どんなユーザーでもパーソナルに乗りこなすことができる “快楽性”が魅力です。

 

↑クロームメッキエンブレムをはじめ、独自の意匠が随所に配されています。ファンならずとも購買意欲をかき立てられます

 

 

【スーパーカブの歴史をおさらい】

スーパーカブは昨年、シリーズ累計生産台数1億台突破というモーター史に残る金字塔を打ち建てました。偉大な歴史を彩った名車の数々を振り返ります。

 

【その1】1958年発売

スーパーカブ C100

発売当時価格5万5000円

初代モデル。低床バックボーン式フレームや空冷4ストロークOHVエンジンなどを備える画期的なバイクでした。

 

 

【その2】1983年発売

スーパーカブ50 スーパーカスタム

発売当時価格14万4000円

圧巻の低燃費180㎞/ℓを達成。空気抵抗をできる限り小さくするデザインで燃費性能を徹底追求しました。

 

 

【その3】1991年発売

スーパーカブ50 スタンダード

発売当時価格14万5000円

機械式フューエルメーターを採用するなど機能が充実。サイドカバーとレッグシールドを白色で統一しました。

 

 

【その4】2007年発売

スーパーカブ50 スタンダード

発売当時価格20万4750円

二重構造のチューブに、パンク防止液を封入した独自のタフアップチューブを標準装備。エンジンも大幅改良されました。

 

 

【その5】2017年発売

スーパーカブ50

23万2200円

フロントに初代を彷彿とさせるロゴを配置した現行モデル。ヘッドライトはシリーズで初めてLEDを採用しました。

ネット通販専用! 1万円台で買えるお手ごろ自転車「Cream」シリーズ4モデル登場

サイクルベースあさひは、シンプルで低価格なオンラインショップ限定ブランド「Cream」シリーズの自転車4モデルを発売しました。同社のオンラインショップや楽天市場店で購入可能です。

 

Creamシリーズは、“シンプルでお手頃価格、+αな自転車”をコンセプトに、トレンドに流されないシンプルなデザインを採用。バリエーション豊富なラインナップと装備品に加え、シマノ社製のパーツを採用するなど、品質にもこだわった自転車です。

 

オンラインで注文し、全国のサイクルベースあさひ店頭で受け取りが可能(一部店舗を除く)。店頭受け取りの場合は送料無料で、すぐ乗れる状態に組み立てて引き渡しが行われるので、「通販で自転車を買うとアフターサービスが不安」「自分で組み立てるのが面倒」「自転車は送料が高い」といった、自転車の通販購入にありがちな悩みもありません。

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さっそくシリーズ4モデルをチェックしていきましょう!

 

1.日常使いに便利なカゴ付きママチャリ

Cream City

実売価格1万2980円(変速なし)/1万5980円(変速付き)

通勤・通学や、毎日の買い物などに便利なカゴ付きタイプの軽快車(ママチャリ)。通常0.8mmのチューブの1.5倍の厚さにした耐パンク1.2mmチューブや、錆びにくい特殊なコーティングが施されたハイガードチェーン(変速付きのみ)を採用するなど、耐久性にもこだわった仕様となっています。

↑底がメッシュになっており物が落ちにくい前カゴ

 

【SPEC】

サイズ:26型
変速:なし/外装6段変速

 

2.3サイズから選べるシティクロスバイク

Cream Cross

実売価格1万8981円

身長に応じて選べる3サイズが用意されたスポーティなシティバイク。ホイールやハンドル、グリップなどスポーツ仕様のパーツを使用しており、軽快な走行が楽しめます。ブレーキは前後共にスポーツモデルに使用されるWピボットブレーキを採用しており、音鳴りがしにくく、高い制動力で安心して走ることができます。

↑スポーツタイプのハンドル&グリップを採用

 

【SPEC】

サイズ:430mm/480mm/530mm
変速:外装7段変速

 

3.街乗りに最適なミニベロタイプ

Cream Mini

実売価格1万1980円(変速なし)/1万3980円(変速付き)

小回りが利き、近距離の移動やちょっとした買い物などに便利な小径タイプ。コンパクトで場所を取らないので、駐輪場がない集合住宅などでも玄関先などに停めることが可能。ハンドル位置はやや高めに設計されており、身体が前のめりにならず安定して走ることができます。

↑オプションで前カゴ(2480円)を用意。自転車注文時に同時購入すれば取付料金が無料になります

 

【SPEC】

サイズ:20型
変速:なし/外装6段変速

 

4.安全にこだわった幼児向けモデルも

Cream Kids

実売価格1万1980円

取り外し可能な補助輪が付いた幼児向けモデル。小さい手でもブレーキが握れるように調整可能なレバーを採用したり、安全性の高いパーツを装着したりと、お子さんを安心して乗せられる仕様となっています。

↑ボルトなどの突起物が頭部に当たらないようにステムカバーを装着

 

【SPEC】

サイズ:16型
変速:なし

 

どのモデルもシンプルなカラー・デザインなので、自分でペイントしたりステッカーでカスタマイズしたりしてみてもいいですね。自転車をネット通販で購入しようとお考えの方は、ぜひチェックしてみて下さい。

 

【中年名車図鑑|マツダ・ユーノス500】日本では評価されなかった「世界で最も美しいサルーン」

好景気で盛り上がる1980年代終盤の日本。各自動車メーカーはディーラー網の強化と車種展開の拡大を積極的に推進する。マツダは1989年に新販売チャンネルのユーノス系列ディーラーをオープン。ロードスターや高級スペシャルティカーなどに続き、スタイリッシュな4ドアセダンを1992年に発売した――。今回は“時を超えて輝く品質”を徹底追求した新世代スタイリッシュサルーンの「ユーノス500」で一席。

【Vol.86 マツダ・ユーノス500】

マツダが1989年4月に設立した新販売チャンネルの「ユーノス」系列店では、上質かつ斬新なキャラクターのクルマを販売することが経営上の方針とされた。1990年代初頭にはライトウェイトスポーツのロードスターに輸入車のシトロエン、3ローターエンジンを搭載する高級スペシャルティのコスモ、リトラクタブルライトを配したハッチバック車の100、サッシュレス4ドアハードトップの300、スポーティなハッチバッククーペのプレッソなど、多様なカテゴリーで個性的なモデルをラインアップする。一方、量販が期待できる車種、すなわち“4ドアセダン”に関しては、まだユーノス・ブランド車が用意されていなかった。真打のセダンモデルはどのような形で登場するのか――そんな市場の期待を裏切らないよう、開発陣は懸命にユーノス版セダンの企画を推し進めた。

 

■ユーノス・ブランドにふさわしいセダンモデルの開発

1989年4月に設立した新販売チャンネル「ユーノス」の4ドアセダンとして開発。“いつまでも色あせない価値”をコンセプトに3次曲面を多用した流麗なプロポーションをまとった

 

ユーノスの4ドアセダンでは、“いつまでも色あせない価値”の創出を開発テーマに掲げる。基本骨格については、マツダの新世代ミドルクラス車であるクロノス(1991年10月デビュー)のものを流用。一方、スタイリングに関しては3次曲面を多用した流麗なプロポーションを構築したうえで、ボディの段差や隙間を極少かつ均一に整えた精緻な造り込みを実施する。また、いつまでも美しい艶めきを保ち続ける高機能ハイレフコート塗装を全ボディカラーで採用した。内包するインテリアについても、高品質かつ高機能な空間を演出する。インパネはラウンディッシュで広がり感のある造形でアレンジ。空調パネルをセンター上部に張り出して設置した点も目新しかった。装備面にも抜かりはなく、フルオートエアコンや新イルミネーテッドエントリーシステム、スイングピロー機構付きシート、後席格納式センターアームレストなどを設定。最上級グレードには本革地のシート/ステアリング/シフトノブ/パーキングブレーキレバーや電動ガラスサンルーフを採用した。

 

高品質の追求は走りに関しても貫かれる。搭載エンジンは可変共鳴過給システムのVRISを組み込んだ高性能V6DOHCの2機種で、KF-ZE型1995cc・V型6気筒DOHC24V(160ps)とK8-ZE型1844cc・V型6気筒DOHC24V(140ps)を設定。組み合わせるトランスミッションにはホールドモード機構付き電子制御4速ATと5速MTを用意する。前後ストラット式の足回りについては専用チューニングを実施。とくに高速ツーリングの快適性を高めるようにアレンジした。

 

■“10年色あせぬ価値”を謳って登場

ボディサイズが全長4545×全幅1695×全高1350mmと5ナンバー規格だったことも話題に。カーデザイン界では「小型クラスにおいて世界で最も美しいサルーン」と評された

 

ユーノス・ブランド期待の4ドアセダンは、「ユーノス500」(CA型)の車名で1992年1月に市場デビューを果たす。キャッチフレーズは“10年色あせぬ価値”で、グレードは上位から20G/20F-SV/20F/18Dで構成。個性的なスタイリングや高品質なハイレフコート塗装のほか、ボディサイズを全長4545×全幅1695×全高1350mmの5ナンバー規格に収めた(基本骨格を共用するクロノスやアンフィニMS-6は全長4695×全幅1770mmの3ナンバーサイズ)ことも注目を集めた。

 

当時のカーデザイン界では、「小型クラスにおいて世界で最も美しいサルーン」と評されたユーノス500。しかし、販売成績はデビュー当初を除いて振るわなかった。ユーザーの目がレクリエーショナルビークル(RV)に移っていた、上質で個性的なルックスに仕上がっていたもののデザイン自体のアクがやや強すぎた、V6エンジンの割には回転フィールのスムーズさに欠けた、ユーノス+数字の車名ではユーザーがクルマをイメージしにくかった――要因は色々と挙げられた。

 

■ベーシック仕様とスポーツモデルの追加

ラウンディッシュで広がり感のあるインパネ。空調パネルをセンター上部に張り出して設置したデザインもユニークだ

 

販売成績のアップを目指して、開発陣はユーノス500の様々な改良とラインアップの変更を実施していく。1993年1月にはオフブラックのレザー内装やリアスポイラーを備えた20F-Xを、1993年5月には装備アイテムを充実させた20Fスペシャルを追加設定。1994年3月にはマイナーチェンジを実施し、内外装の一部意匠変更のほかにFP-DE型1839cc直列4気筒DOHC16Vエンジン(115ps)搭載のエントリーグレードや専用ハードチューンサスペンションおよびアドバンA407タイヤ+15インチアルミ等を組み込んだスポーティ仕様の20GT-iの設定などを行った。

 

高品質サルーンとしての商品価値の引き上げを多様なアプローチで敢行していったユーノス500。しかし、販売は低迷が続き、しかもマツダ本体の経営悪化が深刻化してきたことから、結果的にユーノス500の国内販売は1995年いっぱいで中止されてしまう。一方、ユーノス500の欧州市場向けである「クセドス6(Xedos 6)」の販売は継続。高評価を得ながら1999年までリリースされた。マツダが追求した“色あせぬ価値”は、日本よりも欧州で広く認められたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【おもしろローカル線の旅】美景とのどかさに癒される「伊豆箱根鉄道」

おもしろローカル線の旅~~伊豆箱根鉄道(神奈川県・静岡県)~~

 

伊豆箱根鉄道は大雄山線(だいゆうざんせん)と駿豆線(すんずせん)の2本の路線で電車を運行している。この2本の路線は神奈川県と静岡県と走る県が別々で、線路は直接に結ばれず、電車の長さが異なり共用できない。そんな不思議な一面を持つ私鉄路線だが、美景と郊外電車の“のどかさ”が魅力になっている。

 

乗れば癒されるローカル線の旅。今回はおもしろさ満載の伊豆箱根鉄道の旅に出ることにしよう。

 

【路線の概要】2本の特徴・魅力はかなり異なっていておもしろい

最初に路線の概要に触れておこう。まずは大雄山線から。

大雄山線は小田原駅を起点に南足柄市の大雄山駅までの9.6kmを結ぶ。路線は、小田原市の郊外路線の趣。住宅地が続き、途中、田畑を見つつ走る

 

ちなみに路線名と駅名に付く大雄山とは15世紀に開山した最乗寺(大雄山駅からバス利用10分+徒歩10分)の山号(寺院の称号のこと)を元にしている。

↑大雄山線の主力車両5000系。5501編成のみ、赤電と呼ばれたオールドカラーに復刻されている。赤電は大雄山線だけでなく、西武鉄道でも1980年代まで見られた車体カラーだ

 

一方の駿豆線(すんずせん)は三島駅と修善寺駅間の19.8kmを結ぶ。

 

こちらは観光路線の趣が強く、富士山の眺望と、沿線に伊豆長岡温泉、修善寺温泉など人気の温泉地が点在する。東京駅から特急「踊り子」が直通運転していて便利だ。

 

ちなみに、駿豆線の駿豆とは、駿河国(するがのくに)と伊豆国(いずのくに)を走ることから名付けられた路線名。開業当初に駿河国に含まれる沼津市内へ路線が延びていたことによる。現在は同区間が廃止されたため、駿豆線と呼んでいるものの伊豆国しか走っていないことになる。

↑駿豆線の三島二日町駅〜大場駅間は富士山の美景が楽しめる区間として知られる。185系の特急「踊り子」の走る姿を写真に収めるならば、空気が澄む冬の午前中がおすすめ

 

両線の起点は大雄山線が小田原駅、駿豆線が三島駅だ。お互いの路線の線路は別々でつながっていない。しかも、神奈川県と静岡県と走る県も違う。

 

大手私鉄のなかで異なる県をまたぎ、また線路がつながらない路線を持つ例がないわけではない。しかし、伊豆箱根鉄道という中小の鉄道会社が、どうしてこのように別々に分かれて路線を持つに至ったのだろう。そこには大資本が小資本を飲み込んで拡大を続けていった時代背景があった。

 

【伊豆箱根鉄道の歴史】戦前に西武グループの一員に組み込まれる

伊豆箱根鉄道は、現在、西武グループの一員となっている。元は、両路線とも地元資本により造られた路線だった。その後に勢力の拡大を図った堤康次郎氏ひきいる箱根土地(現・プリンスホテル)が合併し、伊豆箱根鉄道となった。

 

まずは駿豆線の歩みを見ていこう。

●1898(明治31)年5月20日 豆相鉄道が三島町駅(現・三島田町駅)〜南条駅(現・伊豆長岡駅)間を開業
同年6月15日に三島駅(現・御殿場線下土狩駅)まで延伸させた。

 

●1899(明治32)年7月17日 豆相鉄道が大仁駅まで路線を延長
ちょうど120年前に、駿豆線が生まれた。同時代の地方鉄道にありがちだったように、運行する会社が次々に変って行く。

豆相鉄道 → 伊豆鉄道(1907年) → 駿豆電気鉄道(1912年) → 富士水力電気(1916年) → 駿豆鉄道(1917年)

と動きは目まぐるしい。駿豆鉄道は、1923(大正13)年に箱根土地(現・プリンスホテル)の経営傘下となる。そして…。

 

●1924(大正14)年8月1日 修善寺駅まで路線を延伸

↑1924年に生まれた駿豆線の修善寺駅。修善寺温泉や天城、湯ケ島温泉方面への玄関口でもある。修善寺温泉へは駅からバスで8分ほどの距離

 

一方、大雄山線の歩みを見ると。

●1925(大正14)年10月15日 大雄山鉄道の仮小田原駅〜大雄山駅が開業

 

●1927(昭和2)年4月10日 新小田原駅〜仮小田原駅が開業

 

●1933(昭和8)年 大雄山鉄道が箱根土地(現・プリンスホテル)の経営傘下に入る

 

その後、1941(昭和16)年に大雄山鉄道は駿豆鉄道に吸収合併された。さらに1957(昭和32)年に伊豆箱根鉄道と名を改めている。歴史をふりかえっておもしろいのは、同社が駿豆鉄道と呼ばれた時代に静岡県を走る岳南鉄道(現・岳南電車)の設立にも関わっていたこと。会社設立に際して、資本金の半分を出資している。そして。

 

●1949(昭和24)年 岳南線の鈴川駅(現・吉原駅)〜吉原本町駅が開業
しかし、駿豆鉄道が運営していた時代は短く、1956(昭和31)年には富士山麓電気鉄道(現・富士急行)の系列に移されている。

↑ライオンズマークを付けた伊豆箱根バス。大雄山駅最寄りのバス停は伊豆箱根バスが「大雄山駅」、箱根登山バスは「関本」としている

 

かつて西武グループの中核企業だった箱根土地が、神奈川県と静岡県の鉄道路線を傘下に収めていった。同時期に東京郊外の武蔵野を巡る路線の覇権争いも起きている。

【関連記事】
西武鉄道の路線網にひそむ2つの謎――愛すべき「おもしろローカル線」の旅【西武国分寺線/西武多摩湖線/西武多摩川線】

 

いずれも首都圏や関東近県まで含めた西武グループ対東急グループの勢力争い巻き起こる、その少し前のことだった。その後の1950年代から60年代にかけて、箱根や伊豆を舞台に繰り広げられた熾烈な勢力争いは箱根山戦争、伊豆戦争という名で現代まで言い伝えられている。

 

いまでこそ、西武池袋線と東急東横線が相互乗り入れ、協力し合う時代になっているが、半世紀前にはお互いのグループ会社まで巻き込み、すさまじい競争を繰り広げていたのだ。

 

伊豆箱根鉄道は、堤康次郎氏が率いる西武グループの勢力拡大への踏み石となっていた。そんな時代背景が、いまも感じられる場所がある。

 

大雄山駅近くのバスセンター。西武グループの伊豆箱根バスと、小田急グループ(広く東急系に含まれる)の箱根登山バスが走っている。伊豆箱根バスのバス停は「大雄山駅前」、一方の箱根登山バスのバス停は「関本」。この名前の付け方など、それこそ昔の名残そのもの。知らないと、少し迷ってしまう停留所名の違いだ。

【大雄山線1】なぜ長さ18m車しか走らない?

↑大雄山線の主力車両5000系が狩川橋梁を渡る。同車両の長さは18m。駿豆線を走る3000系と正面の形は酷似しているものの3000系は20m車両と長さが異なっている

 

大雄山駅の近くでも見られた大企業による争いの名残。いまはそんな争いもすっかり昔話となりつつある。

 

歴史話にそれてしまった。伊豆箱根鉄道の現在に視点を戻そう。

 

伊豆箱根鉄道の大雄山線は、小田原駅の東側にホームがある。同駅は東側からホーム番線が揃えられている。そのため、大雄山線のホームは1・2番線。ちなみにJR東海道線が3〜6番線、小田急線・箱根登山鉄道が7〜12番線、東海道新幹線が13・14番線となっている。

 

大雄山線のホームは行き止まり式。しかし、駅の手前にポイントがあり、JR東海道線の側線に向けて線路が延び、接続している。その理由は後述したい。

↑大雄山線小田原駅のホームは2面あるが、右端のホームは未使用。線路は2本ありそれぞれ1番線2番線を名乗る。左側の東海道線とは線路が結びついている

 

大雄山線の電車は5時、6時台、22時台以降を除き日中は、きっちり12分間隔で非常に便利だ。例えば小田原発ならば、各時0分、12分、24分、36分、48分発。どの駅も同様に12分間隔刻みで走るので時刻が覚えやすい。たぶん、沿線の人たちは自分が利用する駅の時刻を、きっちり覚えているに違いない。

 

小田原駅を発車した電車は、東海道線と並走、間もなく緑町駅に付く。この先で、路線は急カーブを描き、東海道線と東海道新幹線の高架下をくぐる。

 

このカーブは半径100mm。半径100mというカーブは、大手私鉄に多い車両の長さ20mには酷な急カーブとされている。よって大雄山線の全車18mという車体の長さが採用されている。さらにカーブ部分にはスプリンクラーを配置。線路を適度に濡らすように工夫、車輪から出るきしみ音を減らす工夫を取っている。

↑半径100mとされる急カーブを走る様子を緑町駅付近から写す。連結器部分をぎりぎりに曲げて走る様子が見える。線路下にはスプリンクラーがあり、きしみ音を防いでいる

 

↑駅ホームにある接近案内。レトロな趣だが、どちら行きの電車が接近しているのか、明確で分かりやすく感じた

 

緑町駅を過ぎ、JRの路線をくぐると、あとは住宅地を左右に見ながら、北を目指す。五百羅漢駅の先で小田急小田原線の跨線橋をくぐり北西へ。穴部駅を過ぎれば水田風景も見えてくる。

 

しばらく狩川に平行して走り、塚原駅の先で川を渡り、左に大きくカーブして終点の大雄山駅を目指す。

 

終点の大雄山駅へは、きっちり22分で到着した。鉄道旅というにはちょっと乗り足りない乗車時間ではあるものの、大雄山駅周辺でちょっとぶらぶらして小田原駅に戻ると考えれば、ちょうど良い所要時間かも知れない。

↑終点の大雄山駅に到着した5000系。構内には車庫がわりの留置線と検修庫がある

 

↑足柄山の金太郎、ということで足柄山の麓、大雄山駅前には金太郎の銅像がある。熊にま〜たがりという童謡の光景だが、熊が屈強そうで金太郎、大丈夫か? とふと思ってしまった

 

【大雄山線2】今年で90歳! コデ165形という古風な電車は何をしているの?

終点の大雄山駅には茶色の車体をしたコデ165形という古風な電車が停められている。この電車、なんと1928(昭和3)年に製造されたもの。今年で90歳という古参電車だ。17mの長さで国電として走った後に、相模鉄道を経て、大雄山線にやってきた。果たして何に使われているのだろう。

 

実は、このコデ165形は大雄山線では電気機関車代わりに利用されている。大雄山線の路線内には、大雄山駅に検修庫はあるものの、車両の検査施設がない。そのため定期検査が必要になると、駿豆線の大場工場まで運んでの検査が行われる。

↑大雄山駅の検修庫内に停まるコデ165形。90年前に製造された車両で、現在は電気機関車代わりとして検査車両の牽引以外に、レール運搬列車の牽引に使われている

 

大雄山線では検査する車両を、このコデ165形が牽引する。小田原駅〜三島駅は、JR貨物に甲種輸送を依頼。小田原駅構内の連絡線を通って橋渡し。JR貨物の電気機関車が東海道線内を牽引、三島駅からは同路線用の電気機関車が牽引して大場工場へ運んでいる。2本の路線の線路が結びついていないことから、このような手間のかかる定期検査の方法が取られているわけだ。

 

なお、このコデ165形の走行は、事前に誰もが知ることができる。

 

「駅に●月●日、●時●分の電車は運休予定です」と告知される。これは大雄山線のダイヤが日中、目一杯のため、定期列車を運休させないと、この検査する電車の輸送ができないために起こる珍しい現象。

 

他の鉄道会社では、検査列車などの運行は一切告知しないのが一般的だが、この大雄山線に限っては、検査列車の運行をこのように違う形で発表しているところがおもしろい。

↑各駅に貼り出される列車運休のお知らせで検査車両の運行が行われることがわかる。大雄山線の運行が目いっぱい詰ったダイヤのために起こる不思議な現象だ

 

【駿豆線1】元西武線のレトロ車両ほか多彩な電車が走る

伊豆箱根鉄道の2路線を同じ日に巡るとなると、小田原駅から三島駅への移動が必要となる。

 

もちろん東海道新幹線での移動が早くて便利だ。とはいえ乗車券670円のほかに特別料金1730円が必要となる。ちなみに在来線ならば乗車券の670円のみで移動できる。所要時間は新幹線が16分、在来線ならば40分ほどと、差は大きく悩ましいところだ。

 

さらに、小田原駅と三島駅間を直通で走る在来線の普通列車は少なく(特急はあり)、熱海駅での乗換えが必要となる。小田原駅はJR東日本だが、途中の熱海駅がJR東日本とJR東海の境界駅で、三島駅はJR東海の駅となる。ICカードを利用した場合は、下車した駅で改札をそのまま通ることができない。窓口や精算機で乗継ぎ清算が必要となるとあって、やや面倒だ。

↑大雄山線は交通系ICカードの利用が可能。一方の駿豆線は同じ伊豆箱根鉄道の路線ながらICカードは使えず、切符を購入しての乗車が必要。1日乗り放題乗車券も販売(1020円)

 

駿豆線を走る電車はすべて長さ20m車両で、大雄山線に比べて変化に富む。大雄山線が5000系だけだったのに対して、駿豆線の自社車両は1300系、3000系、7000系の3種類。さらにラッピング電車や色違いの車体カラー、JRの特急列車の乗り入れもあるので、より変化に富む印象が強い。

↑7000系はJR乗り入れ用に造られた。当初は快速列車用だったが、現在は普通列車として運用される。正面は写真の金色と、銀色の2編成が走っている

 

↑1300系は元西武鉄道の新101系。2編成走るうちの1編成は西武鉄道で走っていたころの黄色塗装に戻され「イエローパラダイストレイン」の名で駿豆線内を走っている

 

三島駅から駿豆線の電車に乗車してみよう。駿豆線の三島駅は南側にあり、JRの通路からも直接ホームへ入ることができる。JRの三島駅南口と並んで、伊豆箱根鉄道の駅舎も設けられている。

↑JR三島駅の南口駅舎の隣に建つ駿豆線の三島駅駅舎。観光路線らしく、おしゃれなたたずまいになっている

 

ホームは小田原駅とは逆で、JR東海道線のホームが1〜4番線、新幹線ホームが5・6番線。そして駿豆線のホームが7〜9番線となっている。ちなみに駿豆線に乗り入れる特急「踊り子」は、1番線ホームを利用している。

 

【駿豆線2】富士山の清らかな伏流水が街中を豊富に流れる

三島駅から緩やかなカーブを描き、東海道本線から離れていく。そして三島市内をしばらくの間、走る。

 

三島は富士山麓から湧出する伏流水が豊富に流れる街だ。三島駅の次の駅、三島広小路駅の近くでは源兵衛川をまたぎ、さらにその先の三島田町駅の手前で御殿川をまたぐ。

 

いずれも伏流水が流れる河川で、清らかな流れが楽しめる。河川沿いには緑地や親水公園も設けられていて、のんびり歩くのには格好な場所だ。

↑三島駅の次の駅、三島広小路駅近くを流れる源兵衛川。富士山麓から湧き出す豊かで澄んだ伏流水の流れで、親水公園では親子が水遊びを楽しむ様子が見られた

 

3番目の駅、三島二日町駅と次の大場駅の間は、前述したように、富士山の眺望が素晴らしいところ。三島市の住宅街が途切れ、畑ごしに富士山と駿豆線を走る電車の撮影を楽しむことができる。

 

さらに大場駅近くには伊豆箱根鉄道の車両の定期検査を行う大場工場があり、駅側からこの工場へ入る引込線が設けられている。大雄山線の車両も、この工場まで運ばれ、検査が行われているわけだ。

↑大場工場内を望む。構内に停まる電気機関車はED31形で、1948(昭和23)年に西武鉄道が導入した車両。現在は大雄山線の検査車両を主に牽引している

 

大場駅から伊豆長岡駅まではほぼ直線路が続く。途中駅の韮山駅は、世界遺産にも指定された韮山反射炉(循環バス利用で約10分)の最寄り駅。また伊豆長岡駅は伊豆長岡温泉(バス利用で約10分)の最寄り駅だ。

 

伊豆長岡駅から先は、狩野川沿いに電車は走る。大仁駅付近で蛇行する狩野川に合わせてのカーブが続く。普通列車で30分ちょっと、まもなく終点の修善寺駅に到着する。

↑大仁駅付近からは山容に特徴のある葛城山が見える。この葛城山は富士山を望む美景の地として名高い。山頂と麓の伊豆長岡温泉の間にはロープウェイが架けられている

 

↑駿豆線の終着駅・修善寺駅。観光拠点の駅らしくホームは2面、1〜4番線ホームが揃う。停車中の特急「踊り子」は、1日に2〜4本が東京駅との間を走っている

 

ちょうど修善寺駅には特急「踊り子」が停車していた。「踊り子」に使われる185系だが、走り始めてからすでに40年近い。数年内に185系の退役させることがJR東日本から明らかにされており、ここ数年中に、駿豆線を走る特急「踊り子」はE257系(中央本線の特急「あずさ」「かいじ」に使われた車両)に引き継がれる予定だ。

 

国鉄生まれの特急形電車の姿もあと数年後には消えていきそうだ。駿豆線ではお馴染のスター列車だっただけに、ちょっと寂しく感じる。

【中年名車図鑑|第1世代・スバル・インプレッサWRX】スバリストたちに愛され、育てられた高性能スポーツセダン

海外モータースポーツへの本格参戦に際し、世界ラリー選手権(WRC)のフィールドを選択した富士重工業。独創的な技術で勝負する同社は、1992年になると新しいホモロゲーションモデルを市場に放った――。今回は新世代ハードトップセダンのインプレッサをベースに開発した「WRX」グレードの第1世代(1992~2000年)で一席。

【Vol.85 第1世代・スバル・インプレッサWRX】

富士重工業(現SUBARU)は軽自動車のヴィヴィオから小型車のレガシィへのスムーズな上級移行の形成を目指し、1992年10月に新しい中間車となる「インプレッサ(IMPREZA)」発表、翌11月に発売する。シリーズ展開はサッシュレス4ドアのセダン(GC型)およびスポーツセダンのWRX(GC8型)とコンパクトなラゲッジを備えたスポーツワゴン(GF型)で構成した。

 

■走りの性能を徹底的に磨いた最強スポーツセダンのWRX

WRXの第1世代は1992年に登場した。リアスポイラー、サイド&リアアンダースカート、大径フォグランプがシリーズ最強の存在感を主張する

 

シリーズの最強版で、かつWRCグループAのホモロゲーションモデルとなるWRXは、ロードカーバージョンのWRXとコンペティション仕様のWRXタイプRAを設定する。搭載エンジンには大容量高速型の水冷ターボチャージャーやダイレクトプッシュ式バルブ駆動、5ベアリングクランクシャフト、クローズドデッキシリンダーブロックなどを組み込んだオールアルミ合金製のEJ20型1994cc水平対向4気筒DOHC16Vインタークーラーターボを採用。パワー&トルクは240ps/31.0kg・mを発生した。組み合わせるトランスミッションには、油圧レリーズ式プルタイプのクラッチを導入したうえでギア比を最適化した5速MTをセット。駆動機構にはビスカスLSD付センターデフ式フルタイム4WDを採用し、リアにもビスカスLSDを装備する。フロントをL型ロワアームのストラット、リアをデュアルリンクのストラットで構成したサスペンションはアームやブッシュ類を強化するとともに、ダンパーおよびスプリングにハードタイプを装着。ボディは曲げとねじれともに剛性を引き上げ、同時にアルミ製フロントフードを導入するなどして効果的に軽量化を図った。ボディサイズは全長4340×全幅1690×全高1405mm/ホイールベース2520mmに設定する。制動機構にはフロントにローター厚24mm/制動有効半径228mmの2ポットベンチレーテッドディスクを、リアに同18mm/230mmのベンチレーテッドディスクをセット。専用の内外装パーツとしてリアスポイラーやサイド&リアアンダースカート、大径フォグランプ、205/55R15タイヤ+6JJ×15軽量アルミホイール、ナルディ製本革巻きステアリング&シフトノブ、バケットシートなども装備した。

 

富士重工業が大きな期待を込めて市場に送り出した新しい中間車の高性能グレードのWRX系は、走りを重視するスバリストたちから絶大な支持を集める。この勢いを維持しようと、開発陣は精力的にWRXの改良とラインアップの拡充を図っていく。1993年10月の一部改良(Bタイプ)ではスポーツワゴンにも高性能モデルのWRXグレードを設定。このときターボエンジンとATが組み合わされ、駆動機構にはVTD-4WDを採用した。

 

■STiバージョンの登場

WRX専用装備として、ナルディのステアリング&シフトノブ、バケットシートを用意

 

WRC制覇を目指した富士重工業の開発陣、さらに同社のモータースポーツ部門であるSTI(スバルテクニカインターナショナル)は、WRXの改良を矢継ぎ早に実施していく。まず1994年1月には、ハイパフォーマンスモデルの「WRX STi」がデビュー。EJ20ターボエンジンはファインチューニングが敢行され、鍛造ピストンや専用ECU、軽量化したハイドロリックラッシュアジャスター、インタークーラーウォータースプレイ&専用ノズルなどを採用した。さらに排気系にはSTi/フジツボ製のΦ101.6mm大径マフラーを組み込む。得られたパワー&トルクは250ps/31.5kg・m。加速性能とアクセルレスポンスも従来ユニットを大きく凌いだ。さらに1994年10月になるとインプレッサのマイナーチェンジ(Cタイプ)が実施され、セダンWRX系のEJ20ターボエンジンの最高出力は260psにまで引き上がる。また翌月には、競技用ベース車のWRX-RA STiが登場。専用タイプのECUにシリンダーヘッド、ナトリウム封入排気バルブおよび中空吸気バルブ、ダクト部強化型インタークーラーなどで武装し、ターボの過給圧も高めたEJ20ターボは、275psの強力パワーを発生した。

 

WRXの進化は、まだまだ続く。1995年8月にはWRX STiのバージョンⅡがデビュー。1996年9月になると“全性能モデルチェンジ”と称したインプレッサのビッグマイナーチェンジ(Dタイプ)が行われ、同時にWRX STiはバージョンⅢに発展した。全性能モデルチェンジを遂げたWRX系には、“BOXER MASTER-4”と名づけた新しいターボ付きEJ20型エンジンが搭載される。ターボチャージャーの大型化やインタークーラーのサイズアップおよびコアの水平置き化、新ピストンの採用、過給圧アップに対応したメタルガスケットの装着などを実施し、パワー&トルクはついに280ps/33.5kg・mに達した。また、WRX STiバージョンⅢは専用大容量タービンの採用や最大過給圧の引き上げなどによって最大トルクが35.0kg・mにアップ。足回りのセッティング変更も行い、操縦安定性を向上させた。さらに1997年9月には、一部改良を実施してEタイプに移行。WRX STiはバージョンⅣとなり、EJ20ターボエンジンの最大トルクは36.0kg・mにまで引き上がった。

 

■WRカーのロードバージョンを設定

400台限定、500万円で売り出された「22B-STi Version」はわずか2日で完売

 

WRCは1997年シーズンに従来のグループAからWRカーに移行する。このシーズン、マニュファクチャラーズチャンピオンに輝いたのは、インプレッサWRCで参戦したスバル・ワールドラリーチームだった。一方でスバリストたちからは、ちょっとした不満の声も聞かれた。インプレッサWRCと直結するロードバージョンがない――。その意見は、もちろん富士重工業およびSTIの耳に入っていた。最終的に富士重工業は、STI主導でインプレッサWRCのロードバージョンを開発する旨を決断。しかも、徹底して高性能化を図る方針を打ち出した。

 

まずボディに関しては、2ドアクーペ用をベースに大型のブリスターフェンダーを装備してワイド化を図る。組み付けには高田工業の協力を仰ぎ、同社のラインにおいて半ば手作業で溶接を行った。ボディカラーには、インプレッサWRC専用色のソニックブルーマイカを採用する。内包するインテリアでは、シートやドアトリムをボディ色とコーディネートしたブルー系で、インパネをインプレッサWRCと同イメージのマットブラックタイプでまとめた。搭載エンジンはEJ20系のボアを92.0→96.9mmに拡大したうえで、各部のセッティングを変更したEJ22改(2212cc水平対向4気筒DOHC16Vインタークーラーターボ)を採用する。パワー&トルクは280ps/37.0kg・mを発生。サスペンションには専用チューニングのビルシュタイン製倒立式ダンパーとアイバッハ製コイルスプリングをセットした。

 

インプレッサWRCのロードバージョンは、「22B-STi Version」のネーミングを冠して1998年3月に市場デビューを果たす。販売台数は400台限定。車両価格は500万円と高価だったが、その人気は凄まじく、わずか2日で完売した。

 

■モデル末期にSTIコンプリートカーのS201を発売

1998年9月にはマイナーチェンジが行われ、Fタイプへと切り替わる。搭載エンジンは新設計のシリンダーブロックおよびヘッドを採用した“BOXER PHASE Ⅱ”に換装。WRX系には新タイプの倒立式ストラットサスペンションをセットした。WRX STiはバージョンⅤへと進化。WRカータイプの大型リアスポイラーやスポーツABSなどを新規に設定した。さらに1999年9月になると、一部改良でGタイプに移行する。WRX系では空力特性の向上を狙った外装の仕様変更や新16インチアルミホイールの設定などを実施。バージョンⅥとなったWRX STiは、リアスポイラーの翼断面形状の刷新やリアクォーターガラスの薄板化による軽量化、クラッチスタートシステムの採用(MT車)などを行った。2000年4月にはGC8型インプレッサをベースにSTIがコンプリートで仕立てた「S201 STI version」が300台限定で発売される。搭載エンジンは専用スポーツECUを組み込むと同時に吸排気系を変更したEJ20ターボで、パワー&トルクは300ps/36.0kg・mを発生。専用装備として車高調整式強化サスペンションやリア・フルピローラテラルリンクおよびトレーリングリンク、フロントヘリカルLSD、エアロバンパー、ダブルウィングリアスポイラーなどを設定した。

 

2000年8月になるとインプレッサはついに全面改良を実施し、2代目となるGD/GG型系に移行する。じっくりと手間をかけて進化していった初代のGC/GF型系。とくにラリーのベース車となったGC8型のWRXシリーズは、1990年代の高性能スポーツセダンの代表格に昇華したのである。

 

■WRCにおいて3年連続でマニュファクチャラーズタイトルを獲得

インプレッサはWRCで快進撃を続け、グループAカーとWRカーの両カテゴリーでチャンピオンマシンに昇りつめた

 

最後に、第1世代のインプレッサWRXのWRCにおける戦績を紹介しよう。インプレッサWRXがWRCのグループAに参戦したのは、1993年8月開催の1000湖ラリーから。ここでA.バタネン選手がいきなり2位に入るという好成績を成し遂げる。1994年シーズンではC.マクレー選手とC.サインツ選手、R.バーンズ選手らがメインドライバーに起用され、シーズン3勝、マニュファクチャラーズ2位を達成した。そして1995年シーズンでは前年と同様にC.マクレー選手やC.サインツ選手、R.バーンズ選手らがステアリングを握り、シーズン5勝でマニュファクチャラーズタイトルを獲得。さらに、C.マクレー選手がドライバーズチャンピオンに輝いた。1996年シーズンになるとC.マクレー選手やK.エリクソン選手、P.リアッティ選手などを擁し、年間3勝をあげて2年連続のマニュファクチャラーズタイトルの栄冠に輝く。また、改造範囲を最小限に抑えたグループNでもインプレッサWRXは大活躍した。

 

1997年シーズンになると、トップカテゴリーはWRカーに移行する。この新舞台にスバル・ワールドラリーチームは、新開発のインプレッサWRCで参戦した。戦績は見事なもので、第1戦のモンテカルロでP.リアッティ選手が、第2戦のスウェディッシュでK.エリクソン選手が、第3戦のサファリでC.マクレー選手が、第6戦のツール・ド・コルスでC.マクレー選手が、第9戦のニュージーランドでK.エリクソン選手が、第12戦のサンレモと第13戦のオーストラリア、第14戦のRACでC.マクレー選手が優勝を果たし、年間8勝の好成績でマニュファクチャラーズチャンピオンに輝いた。ちなみに、スバル・ワールドラリーチームが同タイトルを獲得したのは、この年で3年連続。つまり、インプレッサはグループAカーとWRカーの両カテゴリーでチャンピオンマシンに昇りつめたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

常時営業を行っていない臨時駅が起点という鉄道路線「鹿島臨海鉄道」の不思議

おもしろローカル線の旅~~鹿島臨海鉄道(茨城県)~~

 

茨城県の南東部を走る鹿島臨海鉄道。鹿島灘の沿岸部に敷かれた路線を旅客列車と貨物列車が走る。旅客列車が走るにも関わらず、路線の起点となる駅は常時営業を行っていない臨時駅だ。えっ、なぜ? どう乗ればいいの? ということで、今回は鹿島臨海鉄道にまつわる謎解きの旅に出かけることにしよう。

 

【路線の概要】まずは鹿島臨海鉄道の路線紹介から

まず鹿島臨海鉄道の路線の概要から見ていこう。

鹿島臨海鉄道には2本の路線がある。まず1本目は鹿島サッカースタジアム駅〜奥野谷浜駅(おくのやはまえき)間の19.2kmを結ぶ鹿嶋臨港線である。2本目は鹿島サッカースタジアム駅〜水戸駅間53.0kmを結ぶ大洗鹿島線だ。

 

鹿島臨港線は貨物列車のみが走る貨物専用線で、大洗鹿島線は旅客列車が走る旅客路線だ。2本の路線の起点が鹿島サッカースタジアム駅となる。

 

この鹿島サッカースタジアム駅だが、常時営業しているわけではない。最寄りの鹿島サッカースタジアムで、サッカーの試合やイベントが行われるときのみ営業される臨時駅だ。よって通常は、同駅を通るすべての旅客列車が通過してしまう。

 

実は同駅が路線の起点なのだが、大洗鹿島線を走る旅客列車は、隣りの鹿島神宮駅まで直通運転をしている。すべての旅客列車が鹿島神宮駅を発着駅としているのだ。鹿島サッカースタジアム駅〜鹿島神宮駅はJR鹿島線の線路で、鹿島臨海鉄道の全列車は、JRの同区間に乗り入れる形になっている。

 

なぜ、このような不思議な運転方式になったのだろう。そこには同社設立の歴史が深く関わっていた。次は鹿島臨海鉄道の歴史に関して触れたい。

↑鹿島臨海鉄道の2本の路線の起点駅・鹿島サッカースタジアム駅。サッカーやイベント開催日のみに営業する臨時駅だ。通常は貨物列車の入れ換え基地という趣が強い

 

貨物輸送用にまず駅が造られた

鹿島臨海鉄道の歴史は鹿島灘沿岸に造られた鹿島臨海工業地帯の誕生とともに始まる。

 

1969(昭和44)年、元は砂丘だった鹿島灘に面した海岸に鹿島港が開港、住友金属鹿島製鉄所の操業が始まった。23の事業所の進出とともに工業地帯が発展していく。鹿島臨海鉄道とJR鹿島線もこの工業地帯の誕生に合わせて路線が敷かれた。

 

●1969(昭和44)4月1日 鹿島臨海鉄道株式会社が設立
主要な株主は日本国有鉄道(後に日本貨物鉄道=JR貨物に引き継がれる)、茨城県、住友金属工業、三菱化学といった自治体および団体、企業だ。つまり第三セクター方式の鉄道事業者として発足したわけだ。

 

●1970(昭和45)年7月21日 鹿島臨港線19.2kmが開業
鹿島臨港線の北鹿島駅(現・鹿島サッカースタジアム駅)〜奥野谷浜駅(おくのやはまえき)間が開業した。当初は貨物輸送のみを行う路線だった。

 

●1970(昭和45)年8月20日 国鉄鹿島線の香取駅〜鹿島神宮駅間が開業

 

●1970(昭和45)年11月12日 国鉄鹿島線が北鹿島駅まで延伸される
この延伸により北鹿島駅構内で鹿島臨海鉄道とJR鹿嶋線の線路がつながった。

 

国鉄鹿島線が北鹿島駅へ延伸した後も旅客列車は鹿島神宮駅止まり。一方、貨物列車は北鹿島駅まで走り、同駅で鹿島臨海鉄道に引き継がれ、鹿嶋臨港線を通って各工場へ貨物が運ばれていった。

↑JR鹿島線(右)と鹿島臨港線(左)の合流ポイント。JR鹿島線の鹿島神宮駅〜鹿島サッカースタジアム駅間は、JR貨物と鹿島臨海鉄道の共用区間となっている

 

●1978(昭和53)年7月25日 北鹿島駅〜鹿島港南駅(現在は廃駅)間で旅客営業を開始
貨物輸送のみだった鹿島臨港線だが、旅客営業を開始、北鹿島駅で折り返し、鹿島神宮駅まで乗り入れた。

 

●1983(昭和58)年12月1日 鹿島臨港線の旅客営業が終了
利用客が少なく、わずか6年で鹿島臨港線の旅客営業が終了した。同時に鹿島神宮駅への乗り入れも中止された。

 

北鹿島駅から北へ向かう大洗鹿島線はどのような経緯をたどったのだろう。こちらは鹿島臨港線に比べて、かなり遅い路線開業となった。

↑鹿島サッカースタジアム駅には入れ換え用の線路が設けられ、貨物列車の信号場としての役割を担う。首都圏では珍しくなったEF64が牽引する貨物列車が乗り入れている

 

●1985(昭和60)年3月14日 大洗鹿島線水戸駅〜北鹿島駅間が開業
北鹿島駅(現・鹿島サッカースタジアム駅)〜水戸駅を走る大洗鹿島線は、当初、国鉄の鹿島線を水戸駅まで延ばすことを念頭に計画が立てられた。そして1971(昭和46)年、日本鉄道建設公団により着工された。しかし、当時の国鉄は巨額な赤字に喘いでいた。改革が迫られ、さらに民営化と推移していく時期でもあり、新線の経営を引き受けることが困難になっていた。

 

着工が間近に迫った1984年に、新線の経営を鹿島臨海鉄道にゆだねることが決定、そして大洗鹿島線は、開業当初から鹿島臨海鉄道の路線として歩み始めたのだった。

 

大洗鹿島線は当初から旅客中心の営業だったため、開業と同時に北鹿島駅から鹿島神宮駅までの列車の乗り入れを開始している。

 

香取駅〜水戸駅間の路線が国鉄鹿島線として計画されたものの、最初の計画が頓挫。北鹿島駅〜水戸駅の新区間が鹿島臨海鉄道に経営が引き継がれたことにより、路線の起点が臨時駅で、実際の列車の発着駅とは異なる、という不思議な運行方式になったわけである。

 

なおその後、1994(平成6)年3月に北鹿島駅は鹿島サッカースタジアム駅と改称された。1996(平成8)年には大洗鹿島線での貨物営業を中止、以降、貨物列車は鹿島臨港線を走るのみとなっている。

↑鹿島サッカースタジアム駅を通過する列車。ホームをはさみ貨物列車用の線路がある。駅周辺には民家も少なく、利用者が見込めないためイベント開催日限定の臨時駅となった

【鹿島臨港線】神栖には謎の階段やホーム跡が残る

路線の歴史説明がやや長くなってしまったが、次は各路線の現在の姿を見てまわることにしよう。まずは貨物列車専用の鹿島臨港線から。

↑鹿島臨港線は東日本大震災による津波の被害を受けた。津波により速度表示もなぎ倒された(2012年撮影)。被害は甚大だったが震災から4か月後に全線復旧を果たしている

 

鹿島臨港線は貨物専用線のため、列車に乗って見て回るわけにはいかない。そこでクルマで巡ってみた。貨物列車が走る様子をたどろう。

 

鹿島サッカースタジアム駅を発車した貨物列車はまもなく、JR鹿島線と分岐、非電化路線をひたすら南下する。しばらくは鹿島市の住宅地を左右に見て走る。

 

10分ほど走ると、鹿島港に近い工業地帯へ出る。工場用に造られた造成地が線路の周囲に広がっている。鹿島サッカースタジアム駅を発車して約20分で、列車は貨物専用の神栖駅(かみすえき)へ到着する。

 

この神栖駅でコンテナの積み降しが主に行われている。神栖駅の西側には和田山緑地という公園があり、この園内に手すり付きの階段がある。ここを上るとフェンス越しに元ホームが見える。この階段やホームは旅客営業時に使われていたもの。いまはフェンスが階段の上に設置されているため、ホーム内に立ち入りはできないが、旅客営業時代の面影を偲ぶことができる。

↑神栖市の和田山緑地内にある、手すり付き謎の階段。フェンスがあり階段の上から先に入ることはできない。構内にはJR貨物のコンテナ貨車が停まっていた

 

↑和田山緑地からフェンス越しに神栖駅構内を見ることができる。このように元ホームや休車となった古いディーゼルカー、そして貨物用機関車の車庫を望むことができる

 

神栖駅から線路は奥野谷浜駅まで延びている。この奥野谷浜駅は、いまも貨物時刻表の地図に掲載されているが、すでに駅施設らしきものはない。不定期で運行される貨物列車がJSR鹿島工場へ走っているが、駅は通過するのみだ。

 

神栖駅より先は、単調に線路が延びるのみで、駅施設などはすべてきれいに取り除かれているのがちょっと残念だった。

↑鹿島臨港線の主力KRD64形ディーゼル機関車が鹿嶋市の住宅地を左右に見ながら進む。鹿島臨港線では写真のような化学薬品を積んだタンクコンテナの割合が多い

 

↑1979年に導入されたKRD5形ディーゼル機関車も使われる。鹿島臨港線の貨物列車は下り2便、上り3便と本数は少なめだが、コンテナを満載して走る列車が目立つ

 

【大洗鹿島線1】 日本一長いひらがな駅名を持つ駅とは?

鹿島臨海鉄道の旅客列車が発車するJR鹿島神宮駅に戻り、水戸行き列車を待つ。鹿島神宮駅発の列車は、朝夕を除き、ほぼ1時間間隔で発車する。水戸に近い大洗駅〜水戸駅間は列車の本数が増え、約30分間隔で列車が走っている。

 

急行や快速列車はなく、すべて普通列車だ。ただし前述したように、鹿島サッカースタジアム駅は通常、普通列車も停まらずに通過してしまう。

鹿島神宮駅でのJR鹿島線から大洗鹿島線への乗換えは、朝夕を除いて、接続があまり良くないのが実情だ。さらに、東京方面からの直通の特急列車は廃止され(6月のみ特急「あやめ」が走る)、また直通の普通列車も1日に1往復という状態になっている。列車利用の場合は佐原駅乗換えが必要で、東京方面からのアクセスがちょっと不便になっているのが残念だ。

 

鹿島神宮駅での待ち時間が長くなりそうな場合は、駅から徒歩10分の鹿島神宮を立ち寄っても良いだろう。巨大な古木が立ち並ぶ参道は、森閑として一度は訪れる価値がある。

↑大洗鹿島線の列車はすべてがJR鹿島神宮駅から発車する。駅から徒歩10分のところに紀元前660年の創建とされる鹿島神宮がある。駅前に古風な屋根が持つ案内が立つ

 

筆者が乗った車両は6000形ディーゼルカー。赤い車体に白い帯を巻いた鹿島臨海鉄道の主力車両だ。中央部の座席がクロスシート、ドア近くがロングシートというセミクロスシートの車両だ。座るシートはふんわり、軟らかさに思わず癒される。鉄道旅には、やはり堅めのシートより、ふかふかシートの方が旅の気分も高まるように思う。

↑鹿島臨海鉄道の主力車両6000形の車内。片側2つの乗降トビラの間にクロスシートがずらりと並ぶ。ふんわりと座り心地もよく、旅の気分が味わえる。トイレも付いている

 

↑6000形の車体にはK.R.T(kasima rinkai tetsudo)の文字が入る。金属製の斜体文字。新車の8000形にも同文字は入るが、金属製ならではの重厚感でレトロな趣が強まる印象

 

さらに、鹿島臨海鉄道の列車は乗っていて快適さが感じられる。それはなぜだろう。

 

全線が単線とはいうものの、建設当初に急行列車を走らせる予定だったため、高規格な設計で造られている。ロングレールが使用され、騒音もなく、揺れずにスピードを出して走ることができる贅沢設計なのだ。

 

しかも踏切が途中になく(水戸駅近くを除く)、全線が立体交差。警笛を鳴らすこともあまりなく、列車は最高時速95kmのスピードで快調に走っていく。

↑大洗鹿島線を走る6000形ディーゼルカー。鹿島サッカースタジアム駅〜大洋駅間は沿線に畑が広がるエリア。踏切はなく、道はすべて立体交差となっている

 

JR貨物の電気機関車や貨車を横目に見ながら鹿島サッカースタジアム駅を通過。その先、2つ目の駅の表示に目が止まる。

↑日本一長い駅名とされる「長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅」。徒歩10分の所に展望台や全長154mという長いローラー滑り台が名物の「大野潮騒はまなす公園」がある

 

長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅。

 

駅名の表示には日本一長い駅名というシールが貼ってある。実際にひらがなで書くと「ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまえ」と22文字になる。これは南阿蘇鉄道の「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」のひらがな文字表記と同じ文字数だそうだ。

 

いやはや、プロのアナウンサー氏でも、一気に読むのが大変そうな駅名だと感心させられる。

 

長い駅名の長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅を過ぎ、大洋駅付近までは、ひたすら左右に畑を見て列車が走る。地図を見ると鹿島灘の海岸線と路線が平行に走っているのだが、内陸部を走るため、列車から海は見えない。

↑北浦湖畔駅から水戸駅近くまでは、このように水田の中を高架線が走る。ロングレールを使った高規格路線で、地方ローカル線としてはトップクラスの最速95kmで快走する

 

【大洗鹿島線2】広がる水田風景の中を高架路線が通り抜ける

北浦湖畔駅まで走ると、風景は一変する。高架路線を走るとともに、北浦、涸沼(ひぬま)といった大きな湖沼が車窓から眺められる。

 

間もなく大洗駅だ。大洗駅は鹿島臨海鉄道で最も賑やかな駅。駅からは海岸沿いにある観光施設行きのバスも出ている。

 

駅舎内に産直品の販売店やインフォメーションコーナー、その前には鹿島臨港線の知手駅(しってき)で実際に使われていたポイント切り替え用の機械(連動制御盤)や、踏切警報器が置かれ、鉄道好きはつい見入ってしまう。

 

大洗駅〜水戸駅間は列車本数も多いので、鹿島神宮駅方面から乗車した場合は、途中下車しても良いだろう。

↑大洗鹿島線の大洗駅。鹿島臨海鉄道の本社もこの駅舎内にある。大洗には多彩な観光施設が揃う。北海道方面へのカーフェリーが発着する大洗港へは徒歩10分ほど

 

↑大洗駅のインフォメーションコーナーの前には写真のような踏切警報器と、以前に鹿嶋臨港線の駅で使われていたポイント切り替え用の機械が置かれ、楽しめる

 

↑大洗駅構内に旅客列車用の車庫がある。大きな洗車機もあり。水戸駅発、大洗駅止まりの列車も多く、頻繁に車両の出し入れを行う様子がホームから眺められる

 

大洗駅から水戸駅までは途中2駅ほどと近い。

 

大洗駅の先で大きくカーブ、常澄駅(つねずみえき)付近からは、水田のなかをほぼ直線の線路が水戸駅近くまで延びている。高架路線、さらにロングレールが使用され、また踏切もないので、乗車していても快適、車窓の広がりも素晴らしく、乗るのが楽しい区間だ。

 

それこそ関東平野のひろがりが感じられる快適区間と言って良いだろう。

 

水戸駅手前で那珂川の支流にかかる鉄橋を渡れば、まもなくJR常磐線と合流。列車はカーブを描き、水戸駅ホームへ滑り込んだ。

↑水戸駅付近でJR常磐線と並走する。写真の車両は2016年3月に導入された8000形。これまでの6000形と異なり片側3トビラで乗り降りしやすくなっている

 

途中下車しなければ、乗車時間は鹿島神宮駅から水戸駅までが約1時間20分。長さはまったく感じず、快さだけが心に残ったローカル線の旅となった。

【中年名車図鑑|第1世代・三菱ランサー・エボリューション】絶えず戦闘力を“進化”させてきた「武闘派セダン」

ワールドワイドなモータースポーツへの参戦に際し、ラリーの舞台を主軸に据えた三菱自動車工業。持ち前の高い技術力で勝負を挑む同社は、1992年になると新世代のホモロゲーションモデルとなる「ランサー・エボリューション」を発売した――。今回は第1世代のCD9A/CE9A型“ランエボⅠ~Ⅲ”の話題で一席。

【Vol.84 第1世代・三菱ランサー・エボリューション】

海外モータースポーツへの挑戦で世界ラリー選手権(WRC)を主戦場に選んだ三菱自動車工業および傘下のラリーアートは、1988年からギャランVR-4を駆ってWRCに参戦。徐々に戦闘力を上げていき、1989年シーズンの1000湖ラリーとRACラリー、1990年シーズンのコートジボアール・ラリー、1991年シーズンのスウェディッシュ・ラリーとコートジボアール・ラリー、1992年シーズンのコートジボアール・ラリーで総合優勝を達成した。勢いに乗る三菱自工。一方で開発現場では、ギャランVR-4に代わる新しいラリーモデルの企画を鋭意推し進める。そして、1992年9月にWRCグループAのホモロゲーションモデルとなる「ランサー・エボリューション」(CD9A型)を発表。グレード展開は、標準仕様のGSRエボリューションとコンペティション仕様のRSエボリューションを設定した。

 

■4代目ランサーをベースにホモロゲーションモデルを開発

1992年に登場したランサー・エボリューション、通称“エボⅠ”。250ps/6000rpm、31.5kg・m/3000rpmと2Lクラス最強を誇った

 

キモとなる搭載エンジンは、ギャランVR-4に採用していたターボ付きの4G63型1997cc直列4気筒DOHC16Vをベースユニットとして選択し、各部の徹底チューニングを図る。圧縮比は8.5にまで引き上げたうえで、ピストンやコンドロッド等の軽量化を実施。4バルブDOHCのヘッド回りでは、ナトリウム封入中空排気バルブを組み込んだ。また、ターボチャージャーには横470×縦256×厚65mmという大容量のインタークーラーをセットし、過給効率の向上を成し遂げる。ほかにも、専用チューニングの電子制御燃料噴射システム(ECIマルチ)や圧力検出型カルマン渦式エアフローセンサー、ローラロッカアーム、オートラッシュアジャスター、空冷式オイルクーラーなどを組み込んでエンジンの高性能化と耐久性のアップを図った。得られたパワー&トルクは250ps/6000rpm、31.5kg・m/3000rpmと2Lクラス最強を誇る。組み合わせるトランスミッションは2/3/4速をクロスレシオ化すると同時に、2速にダブルコーンシンクロを、3/4/5速にサイズアップしたシンクロ機構を導入した専用の5速MTを設定。駆動システムにはVCU(ビスカスカップリング)&センターデフ方式のフルタイム4WDを採用した。

 

ボディやシャシーの強化にも抜かりはない。ボディはベース車比でねじり剛性を約20%引き上げ、同時にアルミ製フロントフードを装着するなどして効果的な軽量化を達成。前マクファーソンストラット/後マルチリンクのサスペンションは各部の取付剛性をアップさせるとともに、専用セッティングのダンパー&スプリングの採用やピロボールの拡大展開(各アーム6カ所)などを実施した。エクステリアについては専用デザインのグリル一体型バンパーやサイドエアダム、リア大型エアスポイラーなどで武装。ボディサイズは全長4310×全幅1695×全高1395mm/ホイールベース2500mmに設定する。インテリアではレカロ製バケットシートにモモ製本革巻きステアリング、本革巻きシフトノブといったスポーツアイテムを標準で装備した。

 

■“進化”を宿命づけられたランエボ

94年登場の“エボⅡ”。最高出力は従来比で+10psをマーク。5速MTのローギアード化で加速性能にさらなる磨きをかけた

 

1994年1月になると、改良版のランサー・エボリューション、通称“エボⅡ”(CE9A型)が登場する。4G63型エンジンはマフラーの排圧を低減し、同時にターボチャージャーの過給圧を増大。また、吸気バルブと排気バルブのリフト量を増やし、バルブ開口面積を拡大させた。さらに、ピストン形状の改良やターボチャージャー本体の材質の見直し、エアインテークおよびアウトレットの容量アップなどを実施する。これらの改良の結果、最高出力は従来比で+10psの260ps/6000rpmを達成(31.5kg・m/3000rpmの最大トルクは同数値)。組み合わせる5速MTのローギアード化も図り、加速性能はさらなる高次元に至った。また、シャシー面ではホイールベースとトレッドの拡大に加え、ボディ剛性を大きくアップさせる。さらに、制動性能やトラクション性能も着実に向上させた。

 

ランエボの進化は、さらに続く。1995年1月になると、再度の改良版となるエボリューションⅢ、通称“エボⅢ”(CE9A型)が市場デビューを果たした。ターボ付き4G63型エンジンの最高出力は270ps/6250rpmにまでアップ(最大トルクは同数値)。主要変更ポイントは排気系パイプの外径拡大やターボチャージャーのコンプレッサーホイール形状の最適化、圧縮比の引き上げ(8.5→9.0)などで、主に高回転域での出力向上を狙った改良が施された。また、インタークーラーについては放熱量を高める目的で大容量化(470×256×65mm)を行い、同時にインナーフィンを細かく最適に配列。本体カラーは外熱を吸収しにくいシルバー色とした。組み合わせる5速MTにも改良を加える。第1・2速のギア比はローギアード化を実施。加えて、2~4速のギア比をエンジン出力特性に合わせてクロスレシオに設定する。同時に、2~4速にはダブルコーンシンクロを採用した。駆動メカニズムについては、いっそうの熟成と耐久性の向上を図ったVCU&センターデフ方式フルタイム4WDを採用する。加えて、ホイールの空転を防いで駆動力を確実に路面に伝えるリア1.5WAY機械式リミテッドスリップデフを組み込んだ。

大型エアダム、大型リアスポを装着した“エボⅢ”。最高出力は270ps/6250rpmまでアップした

 

エボⅢは、従来型以上に空力性能に磨きをかけたことも特徴だった。フロントバンパーは形状そのものを見直したうえで、バンパーエクステンションも大型化してダウンフォースを向上。同時に、インタークーラーやオイルクーラーの冷却性を高めるとともに、ブレーキ冷却エアダクトとトランスファー冷却スリットを新たに設置した。また、大型サイドエアダムを加えてフロア下への空気侵入を防ぎ、不要な揚力を抑制する。リア部ではスポイラーとウィッカーを大型化したことがトピック。リア揚力を抑え、後輪の接地性および操縦安定性を引き上げた。一方でボディについては、軽量かつ高剛性を誇る従来の特性をさらに補強。シャシーに関しては、前後サスのアーム類および支持部を効果的に強化し、同時にダンパー減衰力およびバネ定数の最適化を図った。

 

■WRCにおける第1世代ランエボの戦績

“エボⅢ”のインテリア。momoステアリング、レカロシートを装備

 

ランサー・エボリューションは1993年開催のラリー・モンテカルロにおいてWRC初陣を飾る。当初は苦戦を強いられるものの、緻密かつ徹底した改良によって徐々に戦闘力がアップ。1995年シーズンのスウェディッシュ・ラリーでは、エボⅡを駆るK.エリクソン選手がランエボ・シリーズでの初優勝を飾った。

 

続くランエボⅢは、1995年シーズン途中の第4戦ツール・ド・コルスにおいてWRCへの本格デビューを果たす。このレースでは早くも総合3位に入り、その後APRC(アジア・パシフィックラリー選手権)を兼ねたWRCオーストラリア・ラリーで総合優勝を達成した。結果として同シーズンでは、マニュファクチャラーズで2位、ドライバーズで3位(K.エリクソン選手)の好成績をあげる。続く1996年シーズンになると、熟成が進んだエボⅢが大活躍。スウェディッシュ・ラリーやサファリ・サリー、アルゼンチン・ラリー、1000湖ラリー、オーストラリア・ラリーで総合優勝を果たした。その結果、マニュファクチャラーズでは2位、ドライバーズではT.マキネン選手が初のチャンピオンに輝く。ちなみに、APRCでは1995年と1996年に2年連続でマニュファクチャラーズタイトルを獲得。ドライバーズでは1995年にK.エリクソン選手がチャンピオンに、1996年にはR.バーンズ選手が2位に入るという好成績を成し遂げた。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

なぜ増えている? 百花繚乱「ラッピング電車」の世界

前記事では、この9月に運行を開始したラッピング電車「ベイスターズトレイン ビクトリー号」について紹介した(~2018年9月16日まで運行)。この例に限らず、実はここ数年、全国の鉄道会社がラッピング電車を走らせることが増えている。その理由は何なのか、どんなラッピング電車が走っているのか――。本稿では具体的な例を挙げつつ、ラッピング電車の最新傾向を見ていこう。

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ラッピング電車が増えているのはなぜ?

ラッピングのはじまりは1990年代中ごろからと、意外に古い。2000年に東京を走る都バスに広告ラッピングが施され、その名を「ラッピングバス」と紹介されたことから、ラッピングの名が広まったとされる。

 

昨今、通勤用の電車は銀色のステンレス車体が多くなりつつある。塗料を使っての塗装が不用になってはいるものの、各車両の差はあまりない。沿線PR、キャンペーンなどでPR媒体として車両を利用したいときに、ラッピングはまさにうってつけだったのである。

 

さらに近年は、印刷精度もあがり、また貼りやすいラッピングシールが開発されている。

 

ラッピング費用は、ラッピングシールの大小で大きく異なる。その差は大きいが、車両全部(屋根や床下部分を除く)をラッピングすると1両で百数十万円以上というのが相場のようだ。8両や10両という長い車両を1両ごとラッピング、さらに企業広告ともなれば、広告費も加算されかなり高額になる。

 

一方で車両編成が短い電車となると、ぐっと身近になる。1〜2両編成の路面電車で広告ラッピングされた電車が多いことから、そのあたりの実情が推測できよう。

 

続いて全国を走る代表的なラッピング電車を見ていこう。

 

チームカラーが目を引く「プロ野球応援ラッピング電車」

前回ベイスターズのラッピング電車を紹介したので、まずはその他のプロ野球球団のラッピング電車から見ていこう。

 

例年、新たなデザインで登場しているのがJR西日本の「カープ応援ラッピング電車」。JR山陽線、呉線、可部線などを走行する。カープのイメージカラーである派手なレッドの車体が目立つ。今年の車両には、側面に選手たちがプレーする姿が躍動している。

↑毎年のように登場する「カープ応援ラッピングトレイン」。写真は2015年のもの。地元広島だけでなく、周辺地域を走ることもあり注目度は高い

 

西のカープが赤ならば、東の西武ライオンズはチームカラーでもあるレジェンドブルーで対抗する。全体がブルーのシックな装い、車体には球団のロゴが施される。車内のシートにも球団ロゴがプリントされている。

↑自社の球団を持つ強みを生かす西武鉄道。例年、西武ライオンズの球団ロゴ入りの「L-Train」を走らせる。今年の車両は3代目で、20000系10両×2編成が走り続けている

 

鉄道会社で球団を所有しているといえば、阪神電鉄が代表格でもある。この阪神だが、球団80周年の2015年にタイガースカラーの黄色い車体の「Yellow Magicトレイン」を走らせたものの、その後は大がかりなラッピング電車は走らせていない。今後に期待したい。

 

子どもたちに人気!「キャラクター入りラッピング電車」

キャラクター入りのラッピング電車も各地を走っている。代表的な車両を見ていこう。

 

自社のキャラクター「そうにゃん」を生み出し、そのキャラクター入りラッピング電車を走らせるのが相模鉄道。「そうにゃん」は相鉄沿線出身のネコだそうで、仕事は相鉄の広報担当とのこと。2014年に登場、そうにゃんのイラストが車内外に入るラッピング電車「そうにゃんトレイン」が好評で、すでに5代目の「そうにゃんトレイン」が走っている。

↑相模鉄道のキャラクターといえば「そうにゃん」。車内外にキャラクターが入る「そうにゃんトレイン」はすでに5代目が走っている。写真は4代目そうにゃんトレイン

 

熊本県のPRキャラクターといえば「くまモン」。肥薩おれんじ鉄道では、2012年からくまモン入りの「くまモンラッピング列車」を走らせている。当初は1両のみだったが、その後に増えて2号、3号と色違いのラッピング列車が走っている。くまモンの姿は車体だけでなく、車内にはくまモンのぬいぐるみや立体像などが置かれ、かわいらしい姿を楽しむことができる。

↑肥薩おれんじ鉄道の「くまモンラッピング列車」。ブルーの車体の「1号」以外に、オレンジ色の「2号」、さらに2018年3月から黒と赤の「3号」も走り始めている

 

キャラクター入りラッピング列車は他社でも多く登場している。代表的な車両としては、JR四国の「アンパンマン列車」、京阪電気鉄道の「きかんしゃトーマス号」、富士急行「トーマスランド号」などが挙げられる。子どもたちに人気があるキャラクターがラッピングされる傾向は、今後も強まるだろう。

 

沿線の観光要素を強く打ち出した「観光ラッピング電車」

鉄道会社にとって、定番となりつつあるのが、「観光ラッピング電車」。沿線のPRも兼ねて、また既存の車両とはひとあじ異なる車両を走らせ、乗客の注目を集める狙いもあるようだ。

 

代表的な車両を2車両、挙げておこう。

 

まずは西日本鉄道(西鉄)の観光ラッピング電車「旅人(たびと)」。沿線の太宰府観光用に生まれた電車だ。2014年当時には8000形が使われていたが、現在は、3000形となり、太宰府の観光活性化に一役買っている。さらに西鉄では「水都(すいと)」という観光ラッピング電車も走らせている。こちらは柳川のイメージアップを図るための観光ラッピング電車。こちらも以前は8000形だったが、現在は3000形を利用した2代目となっている。

↑西日本鉄道の「旅人(たびと)」は沿線の太宰府をモチーフにしたラッピング電車。車体には太宰府に咲く四季の花々が描かれる。内装は5つの開運模様で構成される

 

両列車とも注目度は高く、ラッピングや車内の改装などの費用をかけてでも、こうした観光ラッピング電車を走らせる効果は大きいようだ。

 

おもしろいのは南海電気鉄道(以下、南海と略)加太線(かだせん)を走る「めでたいでんしゃ」。

 

和歌山県の海沿いを走る加太線沿線は海産物が特産品となっていて、路線も「加太さかな線」という愛称をもつ。とはいえ、ローカル線ならではの乗客の減少に悩んでいた。そんな同線用に2016年に登場させたのが「めでたいでんしゃ」。加太に縁の深い鯛をモチーフに生まれた電車だ。走る電車で鯛のボディを再現しており、窓には目、車体にはウロコ模様が入るなど凝った造りとなっている。

↑南海電気鉄道加太線の「めでたいでんしゃ」。沿線を代表する海の幸「鯛」が走るイメージ。ピンクの「めでたいでんしゃ さち」と水色の「めでたいでんしゃ かい」が走る

 

↑こちらは2015年9月末から走り始めた京王電鉄の高尾山ラッピング車両。1983年まで走っていた京王2000系の緑色を再現。車体には四季の高尾山の姿が描かれている

 

↑阿武隈急行の「伊達なトレインプロジェクト号」。後に仙台藩主まで出世した伊達政宗のゆかりの地、伊達市を走ることから生まれたラッピング車両。2016年春から走り続ける

 

こんな車両は見たことない!「ユニークなラッピング電車」

ラッピング電車の長所は、デザインの自由度が際限なく生かせる所。発想がユニークなラッピング電車も各地で走っている。最後に、そうしたちょっとユニークなラッピング電車を見てみよう。

 

まずは京浜急行の大師線を走る「京急120年の歩み号」から。

 

4両編成の同列車、それぞれの車体カラーが、太平洋戦争前、戦後そして現代と、時代ごとに変ってきた京浜急行の車体カラーがラッピングされている。1番古い赤茶色の車体には、古い電車を表現すべく、鋼鉄製の車体を組み立てるときに使われたリベットの出っ張りまでがプリントされている。このあたりは、ラッピング電車でなければできない表現だろう。

↑「京急120年の歩み号」と名付けられた京浜急行1500形ラッピング電車。4両それぞれ、異なる年代の車体カラーを施した。2019年の2月まで大師線を中心に走る予定だ

 

東急世田谷線のラッピング電車もおもしろい。

 

「招き猫電車」として名付けられたこの電車。世田谷線が玉電として走り始めてから110周年を迎えることから生まれた。塗装でこのような招き猫のデザインを描くとなると、かなり大変だ。細かい招き猫の模様は、ラッピングシールがあるからこそ表現できたものだろう。残念ながら2018年9月末までの運行の予定。ホームページ上で運行予定が公開されているので、いまのうちに乗ってみてはいかがだろう。

↑東急世田谷線を走る「招き猫電車」。玉電として走りはじめて110周年を迎えたことから走り始めたラッピング電車で、2018年の9月いっぱい走り続ける予定

 

↑こちらは智頭急行のラッピング列車「あまつぼし」。天空の津(港)に集う天上の星をイメージした。車体には発見すると幸せになれる(?)ピンクの「ハート型の星」もデザインされる

 

↑長崎電気軌道の「みなと」。デザイナー水戸岡鋭治さんにより310号電車の車内外がリメークされた。輝くメタリック色、車体にはネコのイラストも入り注目度は抜群

 

まさに百花繚乱となりつつあるラッピング電車の世界。今後、どのようなラッピング電車が登場するか、ますます楽しみだ。

ベイスターズ応援電車「ビクトリー号」、鉄道好きが興味津々のギミックとは?

9月、プロ野球はシーズン終盤戦を迎え、日々、過熱の度合いを高める。そんな折、横浜を本拠地とするDeNAベイスターズを応援する特別ラッピング電車「ベイスターズトレイン ビクトリー号」が東急東横線・みなとみらい線で運転を開始した。ラッピング電車は16日(日曜)まで走り続ける。

↑東急東横線、みなとみらい線を走った臨時「ベイスターズトレイン ビクトリー号」。渋谷駅発、日本大通り駅行きという珍しい特別列車となった 写真協力:HK

 

↑車内の様子

 

選手たちの雄姿を車内外にラッピングした「ビクトリー号」

東京急行電鉄(以下、東急と略)と、横浜高速鉄道、さらにDeNAベイスターズの3社の協力によって生まれた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」。横浜高速鉄道Y500系8両編成を利用して、DeNAベイスターズ一色のラッピング電車として仕立てた。

 

もともとY500系は、車体の色が球団カラーのブルーを基調にした電車。車外にまず選手の写真がラッピングされている。さらに車内がすごい。ドアには躍動する選手たちの姿がラッピングされている。床や中吊りほかの広告スペースもすべてDeNAベイスターズだらけ。吊り革ももちろんDeNAバージョンだ。

 

ビクトリー号を利用した特別ツアーには特別ゲストも登場!

「ベイスターズトレイン ビクトリー号」が走り始めた初日の9月7日(金曜日)から3日間は、同列車を利用した「ビクトリーツアー」が行われた。渋谷駅から横浜スタジアムの最寄り駅、日本大通り駅まで走る臨時列車として運行。列車には公募により選ばれた250名が乗車。DeNAのユニフォームを着込んだ、熱心なファンの姿が目立つ。

↑球団ユニフォームを着込んだDeNAファン一色だった「ビクトリーツアー」。乗り込んだファンたちは、選手の雄姿を熱心に撮り歩くために車内を行ったり来たり

 

乗車したファンたちは、まずはラッピングされた電車の中を熱心に見て回り、記念撮影を楽しむ。取材日の特別ゲストは球団OBの三浦大輔さん、MCはダーリンハニー吉川正洋さんというコンビ。吉川さんは大の鉄道ファンであり、熱心なDeNAファンとして知られている。車内アナウンス用のマイクを利用しての、この2人の軽妙なやり取りに車内は大いに盛り上がった。

↑「ビクトリーツアー」初日は、特別ゲストとして“ハマの番長”ことOBの三浦大輔さんが同乗。乗車したファンにポストカードを配布、ハイタッチで応援ムードを盛り上げた

 

渋谷駅発12時48分、日本大通り13時33分着。途中の数駅で、運転停車はしたものの、ドアは開かずという東急としては非常にレアな臨時列車となった。特別ゲストの三浦大輔さんと吉川正洋さんが車内を巡り、ファンと交流する。あっという間に日本大通り駅に到着した。その後も記念グッズ抽選会や、スタジアム内での練習見学と盛りだくさんの1日となった。

↑乗客を送り届け、車両基地へ戻る「ビクトリー号」。車両は横浜高速鉄道のY500系が利用された。正面にはDeNAベイスターズのヘッドマークも掲げられた

 

ラッピングされた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」は、9月16日まで東急東横線とみなとみらい線を中心に走り続ける。車内のラッピングは、この16日で外される予定だが、車体に貼られた選手たちの写真は、その後しばらくの間はラッピングされたままで走り続ける予定だ。

 

おもしろい車内ラッピングに鉄道ファンも興味津々

ベイスターズファンとして盛り上がり必至な「ビクトリー号」だが、鉄道好きにもおもしろい電車だった。車外をラッピングした電車は多いが、車内をラッピングしている電車となると、そう多くはない。

 

特に興味をひかれたのが、ドアに貼られた選手たちのラッピング。トンネルといった背景が暗い場所では、その迫力のシーンが1枚の写真のようになってしっかり見える。だが明るい背景のところで見ると、ガラス窓のみ透けてみえるように工夫されている。車両の運行のためには、この部分が透けることが必要なのだそう。ちゃんと鉄道車両のラッピングならではの難しい問題もクリアされていたわけだ。

↑ドアに貼られた背番号19は、「小さな大魔神」の愛称を持つ山崎康晃選手。背景が暗いトンネル内では、このように迫力ある投球シーンがしっかりと見える

 

↑明るいところでは、このようにガラス窓部分が透けて見えるようにつくられている。保安上の問題から、窓部分だけこのように透ける特別なラッピングシールが貼られている

 

↑車体の側面にはDeNAの選手たちのプロフィール写真がラッピングされている。乗降トビラのラッピングは、外から見ると、このように選手の姿が見えないことがわかる

 

ここまでは最近走り始めた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」というラッピング電車を見てきた。このほかにも、ここ最近は全国の鉄道会社がラッピング電車を走らせている。次回はそうした事例を挙げつつ、ラッピング電車の最新傾向を見ていこう。

【中年名車図鑑|2代目・日産キャラバン】アウトドア好きスタッフが生み出した乗用1BOXの先駆け

1970年代に入って徐々に浸透し始めた日本のアウトドアレジャーによって、ユーザーは多人数での移動を1台でまかなえるクルマを求めるようになった。日産自動車はその回答として、乗用1BOXカーの刷新を画策。1980年には同社の旗艦1BOXカーであるキャラバンおよびホーミーの全面改良を敢行した――。今回は本格的な乗用1BOXの先駆モデルであり、念願のトヨタ車超えをも成し遂げたE23型系2代目キャラバン(と3代目ホーミー)の話題で一席。

【Vol.83 2代目・日産キャラバン】

モータリゼーションの発展と道路交通網の整備とともに浸透した1970年代の日本のアウトドアレジャーは、ユーザーのクルマに対する要求性能に変化をもたらすようになる。単なる郊外への移動手段から、荷物がたくさん積めて、その積み下ろしが楽で、しかも多くの人間が乗車できるモデルが求められるようになったのだ。さらに、レジャーユースにふさわしいおしゃれなスタイリングや居住空間の快適性も、より重視されはじめる。この市場動向にいち早く気づき、新たな1BOXカーの企画作りに勤しんだのは、日産自動車の開発陣だった。当時の日産スタッフによると、「あの頃の開発陣は、クルマを使って海や山やモータースポーツに出かける趣味人がとても多かった。開発・生産拠点の神奈川県は、どこの遊び場所に行くのにも近かったので。だから、アウトドアレジャーにふさわしい1BOXカーの企画には、とても熱心に取り組んだ」という。アウトドアレジャーの遊びが大好きという開発陣の特性と開発・生産拠点の地の利が、新しい1BOXモデル、具体的には旗艦1BOXカーの新型キャラバンおよび兄弟車のホーミーを造り出すバックボーンとなったのである。

 

■アウトドア好きスタッフの「ほしい」を詰め込んだ

直線基調のフォルムに、シャープなベルトラインや新造形のグリル、大型化したウィンドウを採用。大開口のサンルーフも外観上のアクセントとなった

 

1980年代に向けた新しいキャラバンを企画するに当たり、開発陣はまず経験則を踏まえて「ほしい装備」や「所有して楽しくなる内外装」を検討する。そして、居住性の向上、運転疲労の軽減、利便性のアップ、機能的で遊び心も備えたデザインの構築、安全性の向上などを商品テーマに掲げた。また、ユーザーの多様な使用パターンを鑑み、豊富な車種ラインアップを設定する方針も打ち出した。

 

エクステリアに関しては、従来型のキャラバンで好評だった機能美あふれる直線基調のフォルムをベースに、シャープなベルトラインや新造形のグリル、大型化したウィンドウなどを採用し、現代的で調和のとれた外装を演出する。アウトドアレジャーにふさわしいクルマであることを強調するために、明るいカラーの専用デカールも用意した。また、680×1000mmの開口面積を確保した電動サンルーフを開発し、乗員の開放感を高めるとともに外観上のアクセントとしても昇華させる。ボディサイズは全長4350(長尺バン4690)×全幅1690×全高1925~1950(ハイルーフ2220)mmに設定した。

 

インテリアについては、荷室寸法の拡大やドア開口部の大型化で積載性および乗降性の向上を図ったほか、運転席から荷室への移動が可能なウォークスルー機構を採用して乗員の利便性を引き上げる。さらに、固定フックの設定(バン)や回転対座シートの装着(コーチ)、最後部座席のシート折りたたみ機構の採用、フロントエアコン/リアクーラーの設定、マイクロバスの全車ハイルーフ化などを実施し、多目的車としての実用性と快適性を高めた。また、開発陣はシート表地の素材や柄、クッション厚にもこだわり、乗用車に匹敵する見栄えと座り心地を実現した。

 

メカニズムに関しては、従来のワンボックスカーで見落とされがちだった「運転のしやすさ」を鑑みた改良が実施される。具体的には、パワーステアリングの設定やオートマチック車の拡大展開、運転席のリクライニング機構と120mmのシートスライド機構の採用、ウィンドウ面積の拡大、セーフティウィンドウ(助手席側ドアの視認用の小窓)の装着などを敢行した。また、サスペンションは一般的な1BOXカーと同様のフロント・ウィッシュボーン/トーションバー、リア・縦置き半楕円リーフを踏襲するが、乗り心地とハンドリングを重視した入念なチューニングが施される。ホイールベースは2350(長尺バン2690)mmに設定した。さらに、ブレーキにはバンの一部車種を除いてフロントベンチレーテッドディスクと9インチ大型マスターバックを採用し、制動性の向上と踏力の軽減を図る。搭載エンジンはZ20型1952cc直列4気筒OHC(105ps)、H20型1982cc直列4気筒OHV(92ps)、J16型1567cc直列4気筒OHV(80ps)のガソリンユニットとSD22型2164cc直列4気筒OHVディーゼル(65ps)を設定し、このうち乗用ユースのワゴンモデルにはZ20型とSD22型が組み込まれた。

 

■ワイドな車種展開で市場デビュー

パワーステアリングの設定やオートマチック車の拡大展開で「運転のしやすさ」を追求した

 

1980年代に向けた新しい1BOXカーは、E23型系キャラバンおよびホーミーとして1980年8月に市場デビューを果たす。車種展開はワゴンモデルのコーチ(9~10人乗り)、ロングボディで15人乗りのマイクロバス、商用モデルのライトバン/ハイルーフバン/ルートバンをラインアップ。グレード展開はDXを基準車として、廉価版のCT、上級仕様のGL、高級モデルのSGLを用意し、エンジンやトランスミッションなどの組み合わせによって計55グレードものワイドバリエーションを設定した。また、日産モーター店系列から販売されるキャラバンと日産プリンス店系列で売られるホーミーでは、フロントグリルやエンブレムなどの一部装備で差異化を図った。

回転対座式のシートは多人数乗車の1BOXならではの機構としてユーザーに喜ばれた

 

市場に放たれたE23型系キャラバンおよびホーミーは、従来の1BOXカーとは明確に異なる見栄えの良さや充実した装備、さらに乗用車に匹敵する快適な走りなどで大好評を博す。当時のコーチのユーザーによると、「これほど快適な乗り心地で、しかも運転しやすい1BOXカーは70年代にはなかった。回転対座の機構も、友人や家族にとても喜ばれた」という。また、トランスポーターとして活用していたハイルーフバンのユーザーは、「積載性のよさに加え、ウォークスルー機構がとても便利だった」そうだ。さらに、キャラバンとホーミーは当時のクルマ文化の流行のひとつだった“バニング”のベース車としても用いられ、部品メーカーからは様々なドレスアップパーツが発売された。ちなみに、バニング(Vanning)は元々アメリカの西海岸で1960年代から流行ったピックアップ/バン・ベースのカスタム手法(当初はピックアップが主流で“Truckin’”などとも呼ばれた)で、若者たちがこぞって趣向を凝らした内外装に仕立てる。日本では1970年代ごろから徐々に発展。日産のキャラバンやトヨタのハイエースなどをベースに、外装にはエアロパーツと派手な塗装、内装にはレザー表地のソファーや豪華なオーディオなどを組み込んで個性を競った。並行輸入されたシボレーやダッジのバンも、バニングのベース車として人気を集めた。

 

■車種ラインアップと機能装備のさらなる拡充

1983年のマイナーチェンジで角形4灯式のヘッドライトを採用

 

従来の1BOXカー・ファンだけではなく、一般的な乗用車やボンネットバンのユーザーからも大注目を集めたE23型系キャラバンとホーミーは、デビューから間もなくして最大のライバルであるトヨタ自動車のハイエースの販売台数を抜き去り、クラスのトップシェアに君臨する。他カテゴリーではなかなか達成できなかったトヨタ車超えを、1BOXカーのセグメントでついに実現したのだ。

 

この勢いを維持しようと、日産の開発陣はキャラバンおよびホーミーの改良とラインアップの拡充を次々と実施していく。まず1981年7月には、充実装備の特別仕様車を発売。同年10月の第24回東京モーターショーでは、1BOXカーの新提案形である「キャラバン・フレグラント」と「ホーミーRV」を参考出品した。1982年5月にはマイナーチェンジを実施。コーチのディーゼルエンジンがLD20T型1952cc直列4気筒OHCターボに換装され、またコーチのトランスミッションのフロアシフト化や新グレードの7人乗り仕様(2列目にキャプテンシートを装着)の設定などを敢行する。同時に、バンのディーゼルエンジン(SD22型→SD23型)とガソリンエンジン(H20型→Z18S/Z20S型)の変更も行われた。

 

1983年4月になると、内外装をメインとした仕様変更が実施される。フロントグリルはより豪華な演出がなされ、さらにコーチSGL系には角型4灯式ヘッドライトを装着。SGLとGLの中間に位置する新グレードのFLも加わった。1985年に入ると、1月にバンモデルのラインアップ拡大や安全装備の強化を図り、5月には8人乗りのキャラバン「SGLシルクロードリミテッド」とホーミー「SGLアビィロード」を発売した。

 

■約6年の長寿命を全うする

4年サイクルのフルモデルチェンジが一般的だった当時の日本の自動車業界のなかにあって、E23型系キャラバンおよびホーミーは、6年1カ月もの長きに渡って販売され続ける。そして1986年9月にはE24型系のニューモデルが登場するが、ライバル車の成長などもあって、デビュー時のE23型系ほどの高い人気は獲得できなかった。

 

本格的な乗用1BOXカーの先駆モデルであり、念願のトヨタ車超えをも達成したE23型系キャラバンとホーミー。日本の自動車史では隠れがちな出来事ではあるが、その偉大なる業績は1980年代の日産自動車にとって欠くことのできないトピックなのである。

 

【著者プロフィール】
大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日産「セレナ e-POWER」が売れる本質って?

ベテラン自動車ライターの永福ランプとフリーエディターの安ドが、深いような浅いようなクルマ談義をするクルマ連載。今回は、今年の上半期に最も売れたミニバン・日産セレナの人気を牽引するe-POWERモデルの本質を分析してみました。

 

【登場人物】

永福ランプこと清水草一

日本中の貧乏フェラーリオーナーから絶大な人気を誇る大乗フェラーリ教の開祖。様々な自動車専門誌や一般誌、Webなどで、クルマを一刀両断しまくっています。2018年になってペンネームを「MJブロンディ」から「永福ランプ」へ変更。本連載をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も発売中。

 

安ド

元ゲットナビ編集部員のフリーエディター。永福ランプを慕い「殿」と呼んでいます。

 

 

【今回のクルマ】日産 セレナ e-POWER

SPEC【ハイウェイスターV】●全長×全幅×全高:4770×1740×1865㎜●車両重量:1760㎏●パワーユニット:モーター+1198㏄直列3気筒DOHCエンジン●エンジン最高出力:84PS(62kW)/6000rpm●エンジン最大トルク:10.5㎏-m(103Nm)/3200〜5200rpm●JC08モード燃費:26.2㎞/ℓ●243万5400円〜382万1040円

 

ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにも人気

安ド「殿! 日産のe-POWERシリーズ、売れてるみたいですね」

永福「うむ。ガソリンエンジンで発電してモーターで走る、シリーズハイブリッドというシステムだが、大変よく売れている」

安ド「トヨタのハイブリッドとは構造が違うんですね!」

永福「トヨタのハイブリッドは、エンジンとモーターの動力を合体して走るが、日産のe-POWERは、エンジンは発電することに徹し、モーターのみで走るわけだ」

安ド「それと売れ行きとは関係あるんでしょうか」

永福「あるらしい」

安ド「それはどんなワケで?」

永福「日産のe-POWERはモーターだけで走るので、回生ブレーキの効きをうんと強くできる。ガソリン車でいうエンジンブレーキだ。アクセルを離すだけでかなりブレーキがかかり、ブレーキペダルを踏む必要があまりない」

安ド「ワンペダルドライブというヤツですね!」

永福「ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにもウケているようだ」

安ド「“ひと踏みぼれ”というヤツですね!」

永福「知っておるではないか」

安ド「知ってました! でも、モーター駆動でも走っていて違和感がないので、普通の人は言わなきゃモーターで走っているとわからないんじゃないですか?」

永福「回生ブレーキが強くかかるECOモードでは違いは歴然だが、ノーマルモードでは、音の静かなミニバンだなぁくらいの、自然な感じだ」

安ド「ECOモードとノーマルモード、どっちがいいんでしょう」

永福「一般道ではECOモード、高速道路ではノーマルモードがいい。高速道路でECOモードだと、アクセル操作に敏感に反応しすぎて、疲れてしまうのだ」

安ド「僕も高速道路ではノーマルで走りました!」

永福「ただし、高速道路で『プロパイロット』を使う場合は、ECOモードでOKだ」

安ド「『プロパイロット』というのは、日産の自動運転技術ですね!」

永福「自動運転とまではとても言えず、アダプティブ・クルーズ・コントロール+α程度だな。しかし、クルマまかせで前車に追従して走るときは、エンジンブレーキが強力にかかったほうが、速度をコントロールしやすいのだ」

安ド「なるほど!」

永福「総合的に見ると、セレナe-POWERは、ミニバンのなかではなかなか良いな」

安ド「僕もそう思いました! ライバル車と比べて走りに安定感があって、乗り心地も良かったです」

永福「しかし、ミニバンというヤツは決して安くない」

安ド「おいくらでしたっけ?」

永福「試乗車は、車両本体が約340万円。オプションは約80万円」

安ド「400万円オーバーですね! 実燃費は16㎞/ℓ以上でしたが」

永福「うーむ、焼け石に水だな」

 

 

【注目パーツ01】リアサイドスポイラー

低燃費に貢献するルーフ後端形状

ルーフの後端には両端がウネウネしたスポイラー(羽根)が付けられています。小さなウネウネですが、スポイラーは空力性能を向上させるためのアイテムですから、これも燃費性能の向上に少しは貢献しているのかもしれません。

 

 

【注目パーツ02】フロントブルーグリル

エコなイメージのブルーライン

フロント面積のうち大きな割合を占めるグリルには、ブルーのアクセントラインが施されています。内装にも各所にブルーのアクセントが採用されていて、これがエコなイメージと先進性を高める役割を果たしています。

 

 

【注目パーツ03】ハーフバックドア

上部だけ開けられるから便利

ミニバンのバックドアは巨大なので、開ける際に後方に気を使う必要があります。しかしセレナは上部だけ開けることが可能なので、全面を開けるのに比べてスペースを気にせずOK。軽いので力も小さくて済みます。

 

 

【注目パーツ04】15インチエアロアルミホイール

専用デザインで先進性アピール

不思議な紋様をあしらわれたホイールは、e-POWER専用装備。シルバーの面と黒の面を織り交ぜつつ、風切り線をつけることで、先進性とスピード感を感じさせるデザインに仕上がっています。知ってる人が見ればe-POWERだとすぐわかるはず。

 

 

【注目パーツ05】セカンドキャプテンシート

リラックスできる快適仕様

e-POWER専用装備として、2列目にはロングスライドが可能でアームレストもついたキャプテンシートが採用されています。セレナは室内スペースでもミニバントップクラスですが、このシートなら、さらにリラックスして乗れます。

 

 

【注目パーツ06】ヘッドレスト

ミニバン後席の閉塞感を打破

これは3列目シートからの眺めですが、気になるのは1、2列目シートのすべてのヘッドレストに穴が開いていること。その理由は、少しでも乗員に開放感を感じさせるためだとか。もちろん座面も高めに設定されています。

 

 

【注目パーツ07】スマートアップサードシート

できるだけ窓を隠さない設計

ミニバンの3列目シートは前倒し式や床下収納など様々なアレンジ方法がありますが、セレナは側面跳ね上げ式を採用しています。ただし、跳ね上げてもサイドのガラスをほとんど隠さない設計で、運転時の視界を妨げません。

 

 

【注目パーツ08】キャップレス給油口

手を汚さずに給油できる

フタを開けると中にはキャップのない給油口があります。これは日産としては初採用なんだとか。セルフガソリンスタンドが全盛の昨今ですし、給油時に手を汚したくないというドライバーからは、好評に違いありません。

 

 

【注目パーツ09】プロパイロット

“条件付き”自動運転システム

プロパイロットは、高速道路の同一車線内において、アクセルやブレーキ、ステアリングをクルマが自動操作してくれるシステム。セットすればアクセルやブレーキはほぼ自動ですが、ステアリングはあくまで補助です。

 

 

【これぞ感動の細部だ】e-POWER

ワンペダルのみの操作で加速から減速まで自在に走れる

エンジンで発電した電力を用いてモーターで駆動するのがe-POWERシステムです。モーターならではの強い制動力を持つ回生ブレーキの特徴を利用して、アクセルペダルの踏み戻しだけで、加速も減速もできてしまいます。一昨年にノートで初採用されましたが、ミニバンでもその魅力は健在。トルク感のあるEVらしい走りを味わえます。

 

 

撮影/池之平昌信

今月の乗ってよかったクルマ3台ーーCX-3に、クラリティPHEVに、ポロGTI

本記事では、プロが最近乗って良かったと思ったモデルを厳選して、コンパクトにお届けします。今回は、マツダのクロスオーバーSUV、CX-3の大幅改良モデルをフィーチャー。そのほか、ホンダの燃料電池車に追加されたプラグイン・ハイブリッドや、人気のフォルクスワーゲン ポロのスポーティモデルGTIと、多彩なラインナップを試乗して紹介します!

 

 

その1

エンジンを一新して快適な走りを手に入れた

マツダ CX-3

(SUV)

SPEC【XD Lパッケージ(4WD/AT)】●全長×全幅×全高:4275×1765×1550㎜●車両重量:1370㎏●パワーユニット:1756㏄直列4気筒DOHCディーゼル+ターボ●最高出力:116PS/4000rpm●最大トルク:27.5㎏-m/1600〜2600rpm●WLTCモード燃費:19.0㎞/ℓ

乗り心地が滑らかになりエンジンの力強さもアップ

CX-3は2015年に登場以来、早くも4回目のアップデートとなりました。今回の改良では初めて内外装のデザインをリニューアルしたことも話題となりましたが、注目したいのは何といってもエンジンが一新された点です。本車の主力となるディーゼルターボエンジンは、排気量1.5ℓから1.8ℓに拡大。さらに、昨年追加された2ℓガソリンエンジンも改良されています。足まわりの仕様変更、専用タイヤの採用、シート構造の見直しなどもあり、より快適な走りを手に入れました。

 

今回は、ディーゼルとガソリンの両方に試乗しましたが、いずれも従来モデルからの進化を実感できました。乗り心地は格段に滑らかになり、エンジンは日常域における力強さが大幅にアップしています。また、フロント/リアドアの外板や、リアドアガラスを厚くしたことで、静粛性を高めたのも好印象。スタイリッシュな外観のクルマという印象が強かったCX–3は、走りの質感と快適性が向上して、一層魅力的なモデルとなりました。

 

【注目ポイント01】操縦性はスポーティ

新開発タイヤの採用や足回りの仕様変更などの効果で、従来モデルと比べて乗り心地が格段に滑らかになりました。その一方で、持ち前のスポーティな操縦性は損なわれていません。

 

【注目ポイント02】質感も使い勝手も向上

室内では、前席の構造材が変更されたほか、パーキングブレーキを電動化したことでセンターコンソールのデザインを一新。質感に加えて使い勝手も向上しています。

 

【注目ポイント03】ディーゼルは1.8ℓターボに

ディーゼルエンジン(上)は、実用燃費の向上を図り1.8ℓに拡大。2ℓガソリン(下)も燃焼室や冷却まわりなど、細部を磨いて全域のトルク向上と燃費改善を実現しました。

 

 

その2

EV航続距離はPHEVのなかでもトップ

ホンダ

クラリティ PHEV

(セダン)

SPEC【EX】●全長×全幅×全高:4915×1875×1480㎜●車両重量:1850㎏●パワーユニット:1496㏄直列4気筒DOHC+モーター●エンジン最高出力:105PS/5500rpm●エンジン最大トルク:13.7㎏-m/5000rpm●モーター最高出力:184PS/5000〜6000rpm●モーター最大トルク:32.1㎏-m/0〜2000rpm●WLTCモード燃費:24.2㎞/ℓ●EV航続距離:101㎞

 

FCV仕様をはるかに凌ぐユーザビリティを獲得した

珍しいFCV(燃料電池車)として知られるホンダ クラリティに、プラグイン・ハイブリッド(PHEV)仕様が追加されました。そのシステムはガソリンエンジンに電気モーター、総電力量17kWhのバッテリーを組み合わせたものですが、最大の魅力はEV走行時の“アシの長さ”。JC08モードよりリアルに近いとされるWLTCモードで101㎞という航続距離は、数あるPHEVのなかでもトップの性能なのです。

 

実際に試乗すると、満充電時のEV走行はやはり最高でした。日常的な使用環境ならエンジンの出番はなく、室内は常に静粛。水素充填の不便さが否めないFCVに対して、本車が大きなメリットを持つことは間違いありません。

 

【注目ポイント01】室内はくつろぎ感をアピール

充電&給油口の開閉スイッチが3つもあるのはPHEVならではですが、室内の作りは基本的にFCVと同じ。バッテリーは床下に搭載されるが、室内空間の広さは十分です。

 

【注目ポイント02】容量はFCVより大幅にアップ

FCV仕様は巨大な水素タンクにスペースを取られてしまいますが、PHEVでは512ℓもの荷室容量を実現。後席が分割可倒式となるため、長尺な荷物の積載も可能です。

 

 

その3

パワフルな走りは“ホットハッチ”に相応しい

フォルクスワーゲン ポロ GTI

(ハッチバック)

SPEC●全長×全幅×全高:4075×1750×1440㎜●車両重量:1290㎏●パワーユニット:1984㏄直列4気筒DOHC+ターボ●最高出力:200PS/4400〜6000rpm●最大トルク:32.6㎏-m/1500〜4350rpm●JC08モード燃費:16.1㎞/ℓ

 

ボディサイズに見合わない重厚な乗り心地を味わえた

フォルクスワーゲンの高性能なスポーツモデルに与えられる伝統ある称号「GTI」を冠したポロが、日本に上陸しました。エンジンはゴルフGTIと共通の2ℓターボを採用し、最高200馬力&最高トルク32.6㎏-mのパワーを備えています。全長約4mのコンパクトボディでこれを実現したのは圧巻で、“ホットハッチ”に相応しい性能でしょう。

 

パワフルではあるものの、ドライビングフィールに粗さはありません。わずか1500rpmで最大トルクに到達するエンジンは、日常域での扱いやすさも感じさせました。引き締まった乗り心地は上々で、ボディサイズに見合わない重厚感をも味わえるほど。速いだけでなく、ちょっと贅沢なコンパクトカーとして、オススメしたい一台です。

 

【注目ポイント01】エンジンはゴルフ譲りの2ℓ

ポロGTIで初採用となる2ℓターボエンジンは、ゴルフ用がベース。先代に対して出力が8馬力、トルクは7.1㎏-m向上しています。ミッションはツインクラッチの新世代ATです。

 

【注目ポイント02】チェック柄シートなどを継承

GTIの伝統でもあるチェック柄のシートファブリックや、トリムパネルをはじめとするレッドのアクセントで、室内はスポーティな装いになります。快適装備も充実しています。

 

文/小野泰治 写真/宮門秀行

ホームセンターで見つけてしまった「愛車がピカピカになる洗車グッズ」集

快適なドライブには、キレイなボディが必要。セルフ洗車派は、一度ホームセンターの洗車グッズを試してみてください。専門店より低価格で購入できるうえ、専門的にも負けない品揃えを誇っています。

 

その1

濡れたボディも大丈夫!二度拭き不要の時短ワックス

コメリ

NEW簡単ワックススプレー

598

洗車後のボディとガラスにスプレーし、拭き上げるだけでワックスがけが完了する。洗車後の濡れた状態のボディにも使用でき、二度拭き不要。従来品より撥水力がパワーアップしています。【ボディ・ガラス用ワックス】【全色対応】【撥水】

その2

モコモコの泡が車をやさしくキレイに洗浄!

コメリ

たっぷりの泡で汚れを落とすカーシャンプー 2ℓ

298

豊富できめ細やかな泡と優れた洗浄力でボディをすっきり洗えるカーシャンプー。25倍に希釈して使用します。全色対応だから車の色を気にせず使えて便利。水滴じみを防ぐイオンキレート剤も配合。【ボディの汚れ】【ボディ・タイヤ用洗剤】【全色対応】【水あか防止】

 

その3

汚れが気になったときに水に濡らして拭くだけ

コメリ

水だけで汚れスッキリミトン KW-14

498

洗剤なしで汚れを落とすことのできるミトン型クロス。凹凸加工のマイクロファイバーが頑固な汚れをしっかりかき出します。【ボディ・ガラス用クロス】【洗剤不要】

 

その4

艶と撥水効果を与えるお手軽クロス

DCMホールディングス

水なし洗車ワックスシート L-PS015

429

拭くだけで洗車とワックスがけの両方を行える使い捨てクロス。汚れを落とすだけでなく、艶出しと撥水コーティングを施せます。12枚入り。【ボディ用クロス】【全色対応】【撥水】

 

 

その5

傷を消して艶を出すレスキューセット

コメリ

傷ケシ艶出しセット

698円

ボディのすり傷を消して艶を出す修理セット。磨きやすいネルクロスが2枚付属している。研磨剤でこすって傷を消したあと、ワックス成分を配合した艶出し剤で磨けばきれいなボディが復活します。【傷修理セット】【全色対応】

 

 

その6

泡がじっくり浸透し変色と劣化も防止

コメリ

タイヤワックス KH05

298円

1本でタイヤの洗浄とワックスがけを行えます。スプレーすると泡がじっくりと浸透し、タイヤの変色や劣化を防ぎながら、艶を与えます。【タイヤの洗浄&ワックス】

 

 

その7

トリプルシリコンで約1か月雨を弾く!

コーナン

ウインドガラス撥水剤

ビューコート KFJ07-1778

321

ガラスに塗り込み固く絞ったタオルで拭くと撥水コーティングできます。トリプルシリコンを配合していて、1回塗ると30〜45日間雨を弾きます。【ガラス用撥水剤】

 

【→併用すると効果アップ!】

洗浄力と撥水力が抜群で視界良好!

コーナン

撥水型ウインド ウォッシャー液

2ℓ KT07-8168

375

頑固な窓の汚れを落としながら撥水効果をもたらすウォッシャー液。ビューコートと併用すると、撥水効果がより長持ちします。【ウォッシャー液】

 

 

その8

用途に合わせて自在に変えられるホースノズル

コメリ

伸縮パターンノズル

角度自在

1980円

使用目的に合わせて伸縮するノズル。ヘッドの角度を自在に変えられて、ルーフの上も車体の下も立ったままラクに洗うことができます。ノズルの水形は用途に応じて選べます。

 

その9

素早くたっぷり水を吸う大判クロス

DCMホールディングス

吸水クロス L-EM005

ビッグサイズ

950円

スポンジ加工を施したクロス。タオルのように繊維がくっつくことがなく、ひとふきでしっかり吸収します。55㎝×30㎝のビッグサイズで3枚入り。

 

その10

洗いにくい部分にしっかりフィットし汚れをかき出す!

コーナン

LIFELEX 隙間すっきり

スポンジ KOT07-8451

321円

ドアノブやスライドレールなど狭い隙間にもフィットする凹凸面があるスポンジ。握りやすいように中心がくびれています。

 

その11

Z字型に歪曲した柄が洗いやすさのカギ!

カインズ

ルーフもラクに洗える柄付きスポンジ

1480円

Z字型で持ち手の位置が下がった洗いやすい柄付きスポンジ。スポンジ部分を柄からはずしホースとつなげば、水を流しながら洗車もできます。

 

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カー用品店、顔負け。ホムセンで見つかる「気配りカーグッズ」集

快適なドライブには、心地よく過ごせる車内空間が必須。ここでは、ニオイ対策アイテムから、隙間を生かした収納トレイまで。あなたの愛車を快適空間に変える気配り商品をホームセンターで探してピックアップしました。

 

その1

エアコンの風でドリンクの飲みごろ温度をキープ!

コメリ

コンパクトドリンクホルダー

498

エアコンの送風口に付けるコンパクト設計のドリンクホルダー。吹き出し口にクリップを差し込むだけの簡単装着。エアコンの風によってドリンクを保冷・保温できるのがうれしいです。

 

↑スマホ置きにもなります

 

その2

隙間に差し込むだけで収納スペースを確保!

カインズ

すきまトレイ 2個入り

398

座席とコンソールの間をはじめとした車内の隙間を収納スペースに変えられます。隙間に差し込むだけなので、状況に合わせて簡単に設置場所を変えられます。汚れたら水洗いも可能です。

その3

手ごろな価格なのに香りが上質だから大人気

コーナン

クリップ式 芳香剤

213円

エアコンの吹き出し口に付けるクリップ一体型の芳香剤。コスパの良さに反し、上質な香りがするとして人気です。消臭剤も配合しています。スカッシュ、ムスク、クリアミストの3種類。

 

その4

携帯灰皿にもなるセパレート型の灰皿

カインズ

携帯灰皿にもなるボトルアッシュ

980

ふたとボディが分かれる灰皿。ふた部分は単体で携帯灰皿として使え、車の中ではボディに付けてドリンクホルダーに収まる置き型灰皿になります。ふたとボディはマグネットでくっつきます。

 

その5

長時間のドライブをシートから快適にする!

コーナン

メッシュ腰当て

KOF07-6254 ビーズ付

538

運転席のシートにセットする腰当て。腰にぴったりフィットする立体カーブと通気性抜群の蒸れにくいメッシュ素材で、長時間のドライブも快適です。ビーズの心地よい刺激が腰と背中の疲れを癒してくれます。

 

その6

座席の下から空気を変える陰の立役者

 

DCMホールディングス

シート下消臭剤

537

ゴミが少なく環境にやさしいエコパック仕様の消臭剤。座席の下に置くと車内の空気を良い香りにしてくれます。銀イオン配合で、不快なニオイを防止。効果が2、3か月持続します。

 

その6

ダッシュボードに貼り付く便利なシート

コメリ

すべり止めシート

498

ダッシュボードの上に敷くだけで小物置き場を作れるシート。置いた物が滑らないようにしっかりホールドします。必要なサイズにカットでき、汚れたら水洗いも可能。衝撃吸収効果もあります。

 

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震災被害に遭いつつも復興に大きく貢献する「鉄道会社」が岩手にあった

おもしろローカル線の旅〜〜岩手開発鉄道(岩手県)

 

岩手県の三陸沿岸の街、大船渡市(おおふなとし)を走る「岩手開発鉄道」という鉄道会社をご存知だろうか。

 

自らも東日本大震災で大きな被害を受けながら、いち早く路線を復旧。日々、セメントの材料となる石灰石を大量に運び、東北復興に大きく貢献している。その輸送トン数を見ると、JR貨物を除く私鉄・臨海鉄道のなかで国内トップの輸送量を誇る。

 

さらに貨物専用鉄道ながら、沿線には趣ある駅やホームが残っている。そんなちょっと不思議な光景が見られるのが同鉄道の魅力でもある。今回は震災復興の裏方役に徹する岩手開発鉄道をご紹介しよう。

↑大船渡鉱山で採掘された石灰石が18両の貨車に積まれ、太平洋セメント大船渡工場の最寄り赤崎駅まで運ばれる。牽引するのはDD56形ディーゼル機関車

 

当初は旅客営業のため創立された鉄道会社だった

三陸鉄道南リアス線、JR大船渡線の盛駅(さかりえき)の横を青いディーゼル機関車に牽かれた貨物列車が、日中ほぼ40分間隔で通り過ぎる。

 

岩手開発鉄道の路線は赤崎駅〜岩手石橋駅間の11.5km。下り・上りとも1日に13〜18列車が走る。途中には3つの駅があり、それぞれに行き違いできる施設が設けられている。旅客列車が通らないので、駅というよりも信号所と言ったほうがよいかもしれないが、ホームとともに駅舎が残っている。これらの駅の跡が、貨物列車のみが走る路線なのに、旅情をそそるほど良い“アクセント”になっている。

この岩手開発鉄道、当初は旅客営業のために設けられた鉄道会社だった。

 

ここで、大船渡市を巡る鉄道史を振り返ろう。

 

1935(昭和10)年9月29日 国鉄大船渡線が盛駅まで開業

盛駅までは太平洋戦争前に鉄道が開通したものの、盛から北は地形が険しく鉄道が延ばせない状況が続いた。ちなみに三陸鉄道南リアス線の盛駅〜釜石駅間が全通したのは、1984(昭和59)年と、かなりあとのことになる。

 

1939(昭和14)年8月 岩手開発鉄道を設立

資本は岩手県、沿線各市町村、関係企業が出資し、当初から第三セクター経営の鉄道会社として誕生した。大船渡線の盛駅から釜石線の平倉駅(ひらくらえき)までの29kmの路線の開業を目指して会社が設立された。

 

なお、平倉駅を通る国鉄釜石線が三陸沿岸の釜石駅の間まで全通したのは1950(昭和25)年と、こちらもかなりあとのことだった。

 

1950(昭和25)年10月21日 盛駅〜日頃市駅間が開業

会社は設立したが、太平洋戦争が間近にせまっていた時代。物資の不足で路線工事は進まず、盛駅〜日頃市駅(ひころいちえき)が開業したのが1950(昭和25)年のことだった。

 

1957(昭和32)年6月21日 赤崎駅〜盛駅間が開業

太平洋セメントの大船渡工場の製品を輸送するために、赤崎駅〜盛駅間の路線を延長。同区間では旅客営業は行われず、貨物輸送のみが開始された。

 

1960(昭和35)年6月21日 日頃市駅〜岩手石橋駅間が開業

日頃市駅から先の岩手石橋駅まで路線を延伸され、赤崎駅〜岩手石橋駅間の路線が全通。大船渡鉱山からの石灰石の運搬が始まった。

 

震災による被害――津波により臨海部の線路が大きな被害を受けた

会社設立後、貨物輸送は順調だったものの、計画されていた釜石線平倉駅への路線の延伸は達成できず、当初から旅客営業は思わしくなかった。経営合理化のためもあり、40年以上にわたり続けられた旅客列車の運行が1992(平成4)年3月いっぱいで休止された。

↑2012年春に訪れた時の日頃市駅の様子。「がんばろう!東北」のヘッドマークを付けた貨物列車が行き違う。路線の復旧は早く、震災後、8か月後に列車運行が再開された

 

そして東日本の太平洋沿岸地域にとって運命の日、2011年3月11日が訪れる。岩手開発鉄道の路線や車両の被害状況はどのようなものだったのだろう。

 

岩手開発鉄道の路線では臨海部の盛駅〜赤崎駅の被害が特にひどかった。津波により線路の道床やバラストが流失、踏切や信号設備なども津波でなぎ倒され、流された。

↑臨海部の赤崎駅付近の2012年春の様子。盛駅までの臨海部の線路は新たに敷き直され、信号設備なども新しいものに付け替えられた

 

東北三陸沿岸で唯一のセメント工場でもある太平洋セメントの大船渡工場。震災1か月後の4月に太平洋セメントの経営陣が大船渡工場を訪れ、さらに岩手開発鉄道にも足を運んだ。大船渡工場のいち早い再開を決断するとともに、岩手開発鉄道による石灰石輸送の再開を望んだのだった。

 

とはいえ路線の被害は予想よりも深刻で、臨海部の路線復旧は、ほとんど新線を建設するのと変わらない手間がかかった。

 

岩手開発鉄道にとって幸いだったのは、盛川(さかりがわ)橋梁に大きな被害がなかったこと。ほかにも、ちょうど3月11日は工場の作業上の問題から、石灰石輸送の休止日にあたっていたため、沿線で被害にあった列車がなかった。津波は盛駅まで何度も押し寄せたが、機関車が納められていた盛車両庫までは至らなかった。

 

とはいえ、盛駅に停められていたすべての貨車は津波による海水の影響を受けた。貨車の多くは分解して潮抜きという作業が必要となった。

 

太平洋セメント大船渡工場は2011年11月4日からセメント生産を再開。岩手開発鉄道もいち早く路線復旧と車両の整備を行い、11月7日から石灰石輸送を再開させたのだった。

↑路線復旧後には貨車に「復旧から復興へ〜一歩一歩前へ〜がんばっぺ大船渡」「太平洋の復興の光と共に大船渡」などの標語が掲げられ地元・大船渡を元気づけた

 

ちなみに、盛駅に乗り入れている三陸鉄道南リアス線は、2013年4月5日に盛駅〜釜石駅間が復旧した。またJR大船渡線は、2013年3月2日からBRT(バス高速輸送システム)により運行が再開されている。

 

被害状況の差こそあれ、岩手開発鉄道の路線復旧がいかに早かったかがわかる。

 

JR貨物を除き、輸送量は私鉄貨物トップを誇る

東北の震災復興に大きく貢献している岩手開発鉄道。実は輸送量がすごい。国土交通省がまとめた鉄道統計年表によると、最も新しい平成27年度の数字は、岩手開発鉄道の輸送トン数は205万8156トン。

 

近い数字を上げているのは秩父鉄道の192万7301トン。臨海鉄道で最大の輸送トン数をあげたのが京葉臨海鉄道で185万607トンとなっている。

 

石灰石とコンテナ主体の輸送では、同じ土俵で比べるのは難しいものの、輸送トン数では、JR貨物を除き、貨物輸送を行う私鉄および第三セクター鉄道のなかでは最大の輸送量を誇っている。路線距離11.5kmという鉄道会社が、実は日本でトップクラスの輸送量だったとは驚きだ。

 

大船渡鉱山は石灰石の埋蔵量が豊富で新たな鉱区も開発されている。岩手開発鉄道が復興に果たす役割はますます大きくなっていると言えるだろう。

↑石灰石の輸送に使われるホッパ車ホキ100形。上部から石灰石を載せ、車両の下部の蓋を開けて石灰石を降ろす。ホキ100形は岩手開発鉄道の専用貨車として造られた

【路線案内1】盛駅をスタートして山側の駅や施設を見てまわる

貨物輸送専用の鉄道路線なので、もちろん列車への乗車はできない。そこでローカル線の旅としては異色だが、クルマで路線を見て回ろう。まずは盛駅を起点に山側の路線へ。

 

出発は盛駅から。岩手開発鉄道の盛駅は、JRや三陸鉄道の盛駅の北側に位置する。旅客営業をしていた時代のホームが残る。1両編成のディーゼルカー用に造られたホームは短く小さい。だが、四半世紀前に旅客営業を終了したのにも関わらず、待合室はそのまま、「盛駅」の案内もきれいに残っている。構内には立入禁止だが、盛駅の北側にある中井街道踏切から、その姿を間近に見ることができる。

↑岩手開発鉄道の盛駅。1両編成のディーゼルカー用に造られたホームは短く、またかわいらしい。待合室や案内表示などは、旅客営業をしたときのまま残されている

 

中井街道踏切から駅と逆方向を見ると、岩手開発鉄道の本社と、その裏手に盛車両庫があり、検査中の機関車や貨車が建物内に入っているのが見える。

↑盛駅の北側にある岩手開発鉄道の盛車両庫。東日本大震災の津波被害はこの車両庫の手前までで、施設やディーゼル機関車はからくも被災を免れた

 

ここから路線は、終点の岩手石橋駅へ向けて、ほぼ盛川沿いに進む。クルマで巡る場合は、国道45号から国道107号(盛街道)を目指そう。この国道107号を走り始めると、盛川の対岸に路線が見えてくる。

 

途中に駅が2つあるので、立ち寄ってみたい。

 

まずは長安寺駅。国道107号から長安寺に向けて入り、赤い欄干のある長安寺橋を渡る。すぐに踏切がある。このあたりから長安寺駅の先にかけて、撮影に向いた場所が多くあり、行き来する列車の姿も十分に楽しめるところだ。

↑長安寺駅のホームと駅舎。駅舎やホームは立入禁止だが、線路をはさんだ、盛川の側から、駅舎の様子が見える。木造駅舎で、改札などの造りも趣があって味わい深い

 

↑日頃市駅を通過する下り列車。日中は長安寺駅もしくは、この日頃市駅で列車の行き違いシーンが見られる。駅構内は立入禁止ながら外からでも十分にその様子が楽しめる

 

長安寺駅付近で上り下り列車を見たあと、次の日頃市駅を目指す。道路はしばらく路線沿いを通っているが、その後に、国道107号と合流、しだいに周囲の山並みが険しさを増していく。

 

列車の勾配もきつくなってくる区間で、長安寺駅前後が9.2パーミル(1000m間に9.2mのぼる)だったのに対して、次の駅の日頃市駅前後は19.6パーミルとなっている。

 

日頃市駅は大船渡警察署日頃市駐在所のすぐ先を左折する。細い道の奥に日頃市駅の駅舎がある。駅構内は立入禁止だが、駅舎横に空きスペースがあり、ここから列車の行き来を見ることができる。

 

【路線案内2】山の中腹に岩手石橋駅と石灰石積載施設がある

↑終点の岩手石橋駅に到着した列車は、バックで石灰石積載用のホッパ施設に進入する。施設内に入った列車は数両ずつ所定の位置に停車し、順番に石灰石を載せていく

 

↑石灰石積載用のホッパ施設の裏手には、周辺の鉱山から集まる石灰石がベルトコンベアーを使って、うずたかく積まれていた。この石灰石が施設を通して貨車に積み込まれる

 

日頃市駅から先は、国道107号がかなり山あいを走るようになる。終点の岩手石橋駅へは、岩手開発鉄道の緑色の「第二盛街道陸橋」の手前の交差点を右折する。さらに県道180号線を線路沿いに約1.0km、石橋公民館前のT字路を左折すれば到着する。

 

岩手石橋駅はスイッチバック構造の駅で、列車はスイッチバック。進行方向を変えて駅に進入してくる。山の中腹に、巨大な石灰石の積載用のホッパ施設がある。このホッパ施設内に貨車がバックで少しずつ入り、数両ずつ石灰石を積み込んでいく。ガーッ、ガラン、ガラン、という石が積まれる音が山中に響き、迫力満点だ。

↑岩手石橋駅はスイッチバック構造になっている。ホッパ施設で石灰石を積んだ列車は機関車を前に付替え、後進で写真奥の引込線に入ったあと、進行方向を変え赤崎駅を目指す

 

18両の貨車全車に石灰石が積まれたあとに、ディーゼル機関車が機回しされ、列車の逆側に連結される。そして後進して、スイッチバック用の引込線に入った後に進行方向を変更。石灰石を満載した上り列車は、下り勾配気味の路線をさっそうと駆け下りて行く。

 

岩手石橋駅の構内は立入禁止。踏切もあり注意が必要だ。見学の際は、安全なスペースでその様子を見守りたい。

 

【路線案内3】盛駅から赤崎駅までの路線も見てまわる

↑三陸鉄道の盛駅の横を通り抜ける赤崎駅行き上り列車。貨車には石灰石が満載されている。盛駅から赤崎駅へは約2kmの距離

 

↑太平洋セメント大船渡工場の最寄りにある赤崎駅。左が荷おろし場で、ここに列車ごと入り、貨車の下の蓋を開いて石灰石の荷おろしが行われる

 

盛駅に戻り、臨海部にある赤崎駅を目指す。三陸鉄道の盛駅のすぐ横に岩手開発鉄道の留置線があるが、上り列車はここには停まらず、終点の赤崎駅を目指す。市街地を抜け、間もなく盛川橋梁を渡る。

 

この橋梁よりも港側に架かるのが三陸鉄道南リアス線の盛川橋梁だ。クルマで赤崎駅方面へ移動する場合は、南リアス線の橋梁と平行に架かる佐野橋を渡る。道はその先で、岩手開発鉄道の踏切を渡り、県道9号線と合流する交差点へ。ここを右折すれば、間もなく赤崎駅が見えてくる。

 

この赤崎駅は当初から旅客列車が走らなかったこともあり、ホームや駅舎はない。岩手開発鉄道の職員の詰め所と荷おろし場が設けられ、その姿は県道からも見える。岩手石橋駅を発車した上り列車は、約30分で到着。荷おろし場にそのまま進入した列車から降ろされた石灰石は、ベルトコンベアーで隣接する太平洋セメントへ運ばれていく。

↑学研プラス刊「貨物列車ナビvol.3」誌(2012年7月発行)掲載の時刻表。同時刻はほぼ現在も変らずに使われている。工場の操業により運転休止日もあるので注意したい

 

赤崎駅〜岩手石橋駅間の11.5kmの旅。山あり川あり、趣ある駅舎が残るなど変化に富んでいる。

 

首都圏や、仙台市や盛岡市からも遠い岩手県の三陸海岸地方だが、三陸を訪れた際には震災復興を支える岩手開発鉄道にぜひ目を向けてみたい。最後に、大船渡周辺の復興状況と、そのほかの交通機関の現状を見ておこう。

【沿岸部の状況】大船渡駅周辺にはホテルや諸施設が建ち始めた

↑市街と大船渡湾の間に造られつつある防潮堤。もし大津波がきたときには遮断機が下り、右の重厚なトビラが閉められる。近くに立つと思ったより高く、巨大でそそりたつ印象

 

岩手開発鉄道の盛駅の周囲は、震災前から残る建物が多い。しかし、港側に足を向けると、その被害が大きかったことがわかる。JR大船渡駅付近は大船渡市内でも津波の影響が大きかった地区だ。2012年に筆者が訪れた当時は、ガレキが取り除かれていたが、何もない荒れ野の印象が強かった。

 

現在、大船渡駅周辺は更地となり、複数のホテルやショッピングセンターなど諸施設が建ち始めている。港との間には巨大な防潮堤の建設が進む。

 

一部、線路が道床とも津波にさらわれたJR大船渡線の跡はどのようになっているのだろうか。

 

【沿岸部の交通】北の鉄路は回復したが、南はBRT路線化

↑跨線橋から見た盛駅。右ホームには三陸鉄道南リアス線の列車が停まる。左側はJR大船渡線のBRT用ホームで駅舎側が降車用。右ホームから気仙沼方面行きバスが発車する

 

↑盛駅を発車した三陸鉄道南リアス線の下り列車。2019年3月には釜石駅の先、宮古駅まで旧山田線区間が復旧の予定。三陸鉄道に運営が移管され、全線通して走ることが可能に

 

↑盛駅には三陸鉄道南リアス線の車庫もある。南リアス線では主力のディーゼルカー以外に、レトロな姿の36-R3(写真中央)といった観光用車両も使われている

 

前述のように盛駅からの交通機関の復旧は2015年のことだった。三陸鉄道南リアス線は震災前の姿を取り戻した。

 

2019年3月には、釜石駅から先の宮古駅までJR山田線が復旧される予定だ。復旧後は列車の運行は三陸鉄道に移管され、盛駅と北リアス線の久慈駅まで直通で列車が運行できるようになる。

 

この三陸鉄道の北リアス線と南リアス線が結ばれる効果は、観光面でも大きいのではないだろうか。

 

残念なのは南側のJR大船渡線の区間だ。震災によりJR大船渡線は気仙沼駅〜盛駅間は路線の被害が大きく、列車の運行が行われていない。

 

列車に代わって運行されているのがBRTだ。BRTとはバス・ラピット・トランジットの略で、日本語ではバス高速輸送システムと略される。旧大船渡線の被害の少ない区間では線路を専用道に作り替えた。さらに専用道に転換できない区間は一般道路を利用してBRTを走らせている。

↑大船渡駅付近のBRT専用道。大船渡線の線路はすべて取り除かれ、バス専用道として造り直された。一般道との交差地点には、このように進入できないよう遮断機が設けられる

 

↑盛駅を発車した気仙沼行きBRTバス。元線路を専用道路化、復旧が難しい区間は一般道を利用して専用バスを走らせている。列車に比べて所要時間がかかるのが難点

 

鉄道に比べて本数が増発できるなど、利点はあるが、盛駅〜気仙沼駅間の列車ならば約1時間で着いた所要時間が、+15分〜20分かかるなどの難点も。

 

大船渡線の復旧が進まない現状とは裏腹に、三陸沿岸の海岸線をほぼなぞって走る三陸自動車道が2020年度には仙台市から岩手県宮古市まで全通の予定だ。この高速道路が完成すれば、仙台市方面からの直通の高速バスがより便利になり増発もされることになるだろう。

↑整備が続けられる三陸自動車道。2020年度中には仙台市から宮古市までの全線が開業する予定。全通後は高速バスなどの増発も予想される

 

三陸沿岸の鉄道網は、1896(明治29)年に起きた三陸地震の被害地域に、支援物資が届けられなかった反省を踏まえ構想された。以降、非常に長い期間を経て整備された。それから一世紀以上たち、東日本大震災以降は、鉄道復旧よりも、むしろ高速道路の整備が急がれている。

 

かつて大地震が起きたことで整備された鉄道網が、地震により一部は復旧を断念、代役のバス交通や高速道路網に代わられつつある。さまざまま事情があるだろうが、なんとも言えない寂しさが心に残った。

子乗せタイプだけじゃない! スポーツタイプやシニア向けも揃った最新「電動アシスト自転車」6選

電動アシスト自転車といえば、モーターの力で走行をサポートしてくれる便利なアイテム。近年では、お子さんを乗せてもスイスイ走ることができるファミリータイプのモデルが人気となっていますが、軽快な走りが楽しめるスポーツタイプや、脚力に不安のある高齢者向けのシニアモデルなども登場し、その活用シーンは広がりを見せています。

 

そこで今回は、ファミリータイプ以外の電動アシスト自転車を3タイプ6モデル紹介します。

 

【通勤・通学向けモデル】

通勤・通学先が遠かったり、経路に坂道が多かったりする場合は、断然電動アシスト自転車がオススメ。一般的な自転車に比べてより少ない力で走ることができるので、毎日の疲れを軽減することができます。前カゴが大きなモデルを選べば、荷物が多いときでも安心です。

 

ブリヂストン
カジュナe

実売価格11万5800円

通勤・通学にピッタリなカジュアルモデル。落ち着いたカラーの「ベーシックライン」とフェミニンなカラーの「スイートライン」の2種類から選ぶことができます。バッテリーには、高性能リチウム電池を搭載した「B400バッテリー」を採用しており、より長い距離を走行可能。鉄製チェーンより耐久性の高い「カーボンベルトドライブ」を採用しており、面倒な注油の必要もありません。大きなカバンがすっぽり入る幅広バスケットもポイント。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装3段変速
重量:28.6kg
バッテリー容量:14.3Ah
1充電あたりの走行距離:パワー51km、オート77km、エコ96km
カラー:ベーシックライン(E.XBKホワイト/E.Xモダンレッド/E.Xダークオリーブ/E.Xアメリカンブルー)、スイートライン(E.Xカームブルー/E.Xミストグリーン/E.Xエッグシェルベージュ/E.Xスイートラベンダー)

 

パナソニック
ティモ・I

実売価格11万7500円

実用性とデザイン性を兼ね備えた通勤・通学向けモデル。小型大容量バッテリーを採用し、ロングモードで最大75kmの走行が可能。耐久性が高く安定した走りを実現する「ハードランナータイヤ」と極太スポークを装備しています。スクールバッグが収まりやすいワイドスクエアバスケットを採用。夜道も安心なオートライト機能付きです。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装3段変速
重量:29kg
バッテリー容量:12.0Ah
1充電あたりの走行距離:パワー44km、オート53km、ロング75km
カラー:オフホワイト/シェルピンク/マットミスティグリーン/マットディープグレー

 

【スポーツ向けモデル】

毎日の買い物やお子さんの送り迎えなど、カジュアルシーンで使われるイメージのある電動アシスト自転車ですが、最近では軽快な走りを楽しめるスポーツモデルも増えています。多段変速を備えたクロスバイク風のモデルなら、長距離の自転車通勤もより楽に走ることができます。また、オフの日のちょっとしたサイクリングにもオススメです。

 

ヤマハ
PAS Brace

実売価格16万3900円

通勤にもオフのサイクリングにも対応する本格派スポーツモデル。15.4Ahの大容量バッテリーにより、長距離走行時もパワフルにアシストします。走行状況を高機能センサーがリアルタイムで感知し、最適なチカラでアシストする独自のアシスト制御技術「S.P.E.C.8」と内装8段変速搭載により、坂道の多いルートでも軽快に走ることが可能。雨の日にも安心なフロントディスクブレーキ採用しています。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装8段変速
重量:23.1kg
バッテリー容量:15.4Ah
1充電あたりの走行距離:強60km、標準71km、オートエコ90km
カラー:マットグラファイト/クリスタルホワイト/アースブルー/リッチレッド

 

パナソニック
ベロスター
(2018年9月発売予定)

実売予想価格10万2600円

毎日の通勤時にも快適な走りが楽しめるスポーツモデル。シンプルなアルミダイヤモンド型フレームに、走りが軽く高速巡航も可能な700×38Cタイヤを装備。持ち運びもラクな軽量リチウムイオンバッテリーは1回の充電で最大50km走ることができます。街中のちょっとしたアップダウンにも対応する外装7段変速を採用。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:700×36C
変速:内装7段変速
重量:22.4kg
バッテリー容量:8.0Ah
1充電あたりの走行距離:パワー28km、オート36km、ロング50km
カラー:ミッドナイトブラック/クリスタルホワイト/ワインレッド

 

【シニア向けモデル】

脚力に不安がある高齢者にも電動アシスト自転車はオススメ。漕ぎだしの負担を軽減し、スッと発進することができます。シニア向けモデルはフレームやサドルを低く設計しているので、簡単に両足を地面につけることができ、ふらついてしまったときなども安心して乗ることができます。

ブリヂストン
フロンティア ラクット

実売価格12万740円

乗りやすさと取回しやすさを追求したシニア向けモデル。「ラクあし」設計により、従来モデルと比べ、足首、ひざ、股の関節角度が緩やかになり、乗車時の負担を軽減します。また、フレームやサドルの高さを抑え、またぎやすくサドルに乗ったままでも両足が地面につけやすい。新機能の「走りながら充電」により、走行中にペダルを止める、もしくは左ブレーキをかけると前輪モーターが発電しバッテリーを充電。より長い距離を走行できます。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:20インチ/24インチ
変速:内装3段変速
重量:23.3kg(20インチ)、24.9kg(24インチ)
バッテリー容量:14.3Ah
1充電あたりの走行距離:弱80km、強52km(24インチ)
カラー:T.Xルビーレッド/T.Xサファイアブルー/P.Xミスティミント/P.Xミスティラベンダー

 

ヤマハ
PAS SION-U

実売価格10万6400円

またぎやすく、乗り降りしやすい低床U型フレーム採用したシニア向けモデル。タイヤサイズは20・24・26型の3サイズで、身長や用途に合わせて選ぶことができます。アシストモードは、シンプルな「弱」と「強」の2モードのみ。こぎ出しはなめらか、坂道や重い荷物の時はパワフルにアシストしてくれます。スタンドをかけるときにつかめる取っ手付きのリヤキャリヤや、リングを回すだけでハンドルのふらつきを抑止するパーキングストッパーなどを備え、駐輪時や荷物を載せ降ろしするときも安心です。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:20インチ/24インチ/26インチ
変速:内装3段変速
重量:22.2kg(20インチ)、23.8kg(24インチ)、24.4kg(26インチ)
バッテリー容量:12.3Ah
1充電あたりの走行距離:弱72km、強52km(24インチ)
カラー:レッド/アイボリー/アースブルー/ビンテージブロンズ(20インチモデルのみ)

 

欧米では「e-bike」として様々なメーカーが開発を進めており、次世代の移動手段としても注目を集めている電動アシスト自転車。ぜひファミリーモデル以外の機種もチェックしてみて下さい。

 

話題の“ポタリング”も軽快に楽しめる! 街乗りに最適なクロスバイク6選

近年注目を浴びている「ポタリング」は、自転車で都心や近郊をのんびり散策するサイクリングの一種。従来のスポーツサイクリングと異なり、長距離走行や走行速度を追求せず、途中でカフェに立ち寄ったりショップをはしごしたりと、自転車で“街ブラ”するようなイメージです。

 

徒歩での移動よりも効率的に移動でき、クルマに乗るよりも健康的なポタリングには、軽快車(ママチャリ)よりも走行性に優れたクロスバイクがオススメ。そこで今回は初心者に最適なエントリークラスのクロスバイク6モデルを紹介します。

 

1.軽量化にこだわった日本ブランドのスポーツバイク

KhodaaBloom(コーダーブルーム)
RAIL 700(2018)

実売価格5万8320円

KhodaaBloom(コーダブルーム)は2007年に立ち上げられた国産ブランド。軽量化にこだわった設計とコストパフォーマンスのよさで注目を集めています。この「RAIL 700」は、上位モデルゆずりの軽量アルミフレームを使用したクラス最軽量クロスバイク(※)。高品質のフレームとこだわり抜いたパーツ構成により、軽やかな走行感と抜群の走りやすさを両立するスタンダードモデルとなっています。また、一般的なクロスバイクでは別売となっているスタンド、ライト、ベルを標準装備しているので、初めてクロスバイクに乗る人にもオススメです。

※:国内販売中の10万円以下/前3段変速機付きクロスバイクにおいて(2018年4月現在・同社調べ)

 

【SPEC】
変速:27段(フロント3段・リア9段)
タイヤサイズ:700×28C
重量:9.4kg(480mm)
カラー:レッド/シルバー/ブルー/ブラック/ホワイト

 

2.イタリアの老舗自転車メーカーの定番モデル

Bianch(ビアンキ)
ROMA4(2018)

実売価格6万4260円

イタリアのなかでも非常に長い歴史を持つ自転車メーカーBianch(ビアンキ)。日本でもチェレステと呼ばれる水色のブランドカラーとともによく知られている自転車ブランドの1つです。この「ROMA4」は、力強いデザインでスポーティーな走りを特徴とするROMAシリーズのエントリーモデル。2018年モデルはリムにもチェレステカラーを採用し、よりファッショナブルな外観になっています。

 

【SPEC】
・変速:24段(フロント3段・リア8段)
・タイヤサイズ:700×28C
・重量: –
・カラー:CK16/MATT BLACK PINK/MATT GREY/WHITE/BLACK/MATT MILITARY GREEN

 

3.通勤・通学に適したクロスバイク

ブリヂストン
TB1

実売価格4万2962円

軽快なアルミフレームでスポーティーな走りを実現するクロスバイク。水ハネから衣服を守る泥よけや、サビに強いステンガードチェーン、高耐久性のロングレッドタイヤを装備し、通勤や通学などで日常的に自転車に乗る人にうれしい仕様となっています。バートップに備えたライトは、ハブダイナモ発電式で電池不要。サークル錠やサイドスタンドも標準装備しています。

 

【SPEC】
・変速:7段(フロント1段・リア7段)
・タイヤサイズ:27×1-3/8
・重量:15.2kg(480mm)
・カラー:T.Xネオンライム/E.Xブラック/P.Xスノーホワイト/F.Xピュアレッド/T.Xマットグレー

 

4.ポタリングに最適なレトロデザインのクロスバイク

ブリヂストン グリーンレーベル
CHERO 650F

実売価格5万2760円

流行を取り入れたオシャレなデザインの自転車が揃うブリヂストン グリーンレーベルのクロスバイク「CHERO 650F」は、クラシカルなホリゾンタルデザインが特徴。女性に最適な「650F」のほか、ワンサイズ大きい「700F」もラインナップしています。グリップと鋲付きサドルにはブラウンのレザーテイスト素材を使用するほか、真鍮製のベルや側面がアメ色に加工されたタイヤを装備するなど、レトロテイストあふれる仕様。自転車でのんびり散策する“ポタリング”に最適な1台です。

 

【SPEC】
・変速:8段(フロント1段・リア8段)
・タイヤサイズ:650×32C
・重量:11.7kg(480mm)
・カラー:E.Xクリームアイボリー/E.XHブルーグレー

 

5.ストリート感あふれる街乗りバイク

 

FUJI(フジ)
PALETTE(2018)

実売価格5万2920円

FUJIは1899年に日本で誕生し、現在ではアメリカ資本のブランドとなった老舗。ブランドを代表する定番クロスバイク「PALETTE」は、細いチューブによるスキニールックなフレームとストリート感あふれるカラーリングが特徴。シマノパーツでドライブトレーンが統一されており、優れた操作性とメンテナンス性を実現しています。初めての街乗りバイクにオススメなモデルです。

 

【SPEC】
・変速:24段(フロント3段・リア8段)
・タイヤサイズ:700×28C
・重量:10.8kg
・カラー:ブラッドオレンジ/スターダストグレー/ミント/マットブラック/オーロラホワイト/バーガンディ

 

6.日本人のための作られた国産クロスバイク

RITEWAY(ライトウェイ)
SHEPHERD CITY

実売価格5万1516円

RITEWAY(ライトウェイ)は、「日本人のためのスポーツバイク」をコンセプトにした国産ブランド。日本人の体型データをもとに、日本人ビルダーがフレーム設計を行っています。この「SHEPHERD CITY」は、ハンドル位置を近づけ前傾姿勢を楽にしたシティライド向けのクロスバイク。専用に開発されたフルスリックタイヤにより、静かで快速な走行性能を実現しています。ベル、センターキックスタンドとスマホホルダーが標準付属。

 

【SPEC】
・変速 24段(フロント3段・リア8段)
・タイヤサイズ 700×35C
・重量 10.9kg
・カラー:グロスチタンシルバー/グロスネイビー/グロスホワイト/グロスブラック/グロスダークオリーブ

 

猛暑も一段落し、徐々に涼しくなるこれからの季節に、クロスバイクで軽快なポタリングを楽しんでみてはいかがですか?

1~13歳まで楽しめる、買い替え不要の「乗り物玩具キット」のトランスフォーム力がすごい

子どもが生まれると、カート、手押し車、三輪車、自転車、キックスクーターなど、子どもの成長に合わせていろいろな乗り物を買うことがあります。でも毎回買っていたら、お金も収納場所にも困ってしまいますよね。そこでオススメなのが「INFENTO」。これは1~13歳まで楽しめる機能・強度を兼ね備えた、買い換えの必要もない親子で組み立てられる乗り物キットなんです。

 

クラウドファンディングで目標金額の約17倍を集めた!

INFENTOは、これ1つで4〜16種類の乗り物を組み立てられるキット。Kickstarterでは目標金額(5万ドル)の約17倍となる84万8000ドル以上の資金を集め、同クラウドファンディングにおいて歴代4位の人気を叩き出しました。しかし、ここまで人気が高まったのは一体なぜなのでしょうか。その理由は4つあります。

 

【人気の秘密1】LEGOのように楽しく組み立て、実際に乗れる!

この製品における一番の特徴は、「自分で組み立てる」ということ。組み立てるという行為は、構造を楽しんで学べる教育的要素も含み、子どもだけではなく大人も夢中になってしまうかもしれません。

 

キットにはフレーム、タイヤ、ハンドル、ペダル、ブレーキ、必要パーツ、6角レンチがセットされており、届いたその日からすぐに組み立てられます。付属の説明書に加え、動画配信もしているので組み立てるのは難しくないでしょう。キットのラインナップによって乗り物の種類が変わり、カート、3輪クルマ、自転車、キックスケーターなど、1つのキットでいろいろ楽しむことができるのです。

 

ラインナップは、以下の通りとなっています。

  • Go Kit 139ドル/4台分(対象年齢2~6歳)
  • Junior Kit 299ドル/8台分(対象年齢1~7歳)
  • Inventor Kit 439ドル(現在は399ドル)/8台分(対象年齢2~11歳)
  • Creator Kit 549ドル/13台分(対象年齢1~11歳)
  • Master Creator Kit 649ドル/16台分(対象年齢1~13歳)
  • Skibock Kit(雪用) 199ドル/1台分(対象年齢8歳)
  • Junior Snow Kit (雪用) 229ドル/4台分(対象年齢1~7歳)
  • Big Snow Kit(雪用) 399ドル/10台分(対象年齢1歳)

 

さらにモーターやLEDライト、アドオンパーツを追加すると、もっと多くのカスタマイズができるようになり、可能性も無限大に広がります。

 

【人気の秘密2】10年以上楽しめる耐久性

上述のように対象年齢も1~13歳までと、なんと10年以上も長く遊ぶことができます。耐久性については、素材には高品質アルミニウム、ステンレススチールファスナー、ガラス繊維強化プラスチックジョイントなどが使われており、強度にもかなり力を入れていることが分かります。

 

さらに、新設計のスタビライザーシステムも搭載しており、最新性能がギュッと詰まっています。カラーもシンプルなレッドとグレーで、飽きのこないデザインになっているのがいいですね。

【人気の秘密3】INFENTOを通して学べる、ものづくりへの興味や喜び

道具は付属の6角レンチのみ。モノを組み立てるプロセスは、子どもたちのものづくりへのワクワク感をくすぐります。手先を器用に動かす練習になったり、作ることや仕組みなどへの興味を持つきっかけになったりするかもしれません。また、親子で協力しながら組み立てる時間は楽しい思い出になるでしょう。

 

筆者にも3歳になる息子がいますが、おもちゃの工具でクルマを直したりLEGOブロックで遊んだりするのが大好き。INFENTOは、作って自分が乗れる実物大サイズなので、達成感もひとしおではないでしょうか(今年のクリスマスプレゼントは、このキットを購入しようかと検討中)。

 

人気の秘密4】節約になる

子どもの成長に合わせて買い換えなければいけない、おもちゃの乗り物。INFENTOは1キット139〜649ドルで組み立てられます。1台あたりの金額に置き換えると約$40くらい。毎回買い替えるよりも経済的だと思います。しかも年齢に合わせ、その都度選べる一方、買っても乗らなくなってしまい、捨てたり譲ったりするような時間も節約できるでしょう。さらに、たくさんの収納場所も必要なくなり、自宅のスペースまでも節約できます。

 

いろいろな乗り物へ組み変えられるキットは、これまで意外にありそうでありませんでした。INFENTOという名前の由来は「infinitus(無限)」と「planto(作る)」という意味の2つのラテン語。発音すると、動詞 「Invent(発明)」とも聞こえます。

 

無限の創造と発明――。INFENTOは子どもも大人も夢中にさせる大注目のキットです。

自動車評論家に衝撃走る! 「シングルタイヤ」が日本のベビーカーに革命を起こす

モータージャーナリストの私には、2歳の長男と6か月長女がいます。長男はそろそろベビーカーを卒業し、かわってこれから長女が使う機会が増えていきますが、思えばベビーカーというのは、それなりに長い期間を毎日のように使うもの。

 

わが家は、メインで使う妻の要望で、ネットの情報を参考にしながら、とにかく軽いベビーカーを選びました。妻はこのバギーに対してあまり不満もなく、軽くてよいと感じている様子。しかし、筆者は、職業柄か、4つのタイヤが付いているものならなんでも走りを分析したくなります。わが家のベビーカーについても、走行性能についてはいろいろ思うところもありました。たしかに軽い点では重宝しているものの、走行性能については不満を覚える点も多々あります。そんな折、今回ピジョンのベビーカーを取材することができたのですが、もしこれから述べる話をもっと前に知っていたら、迷わずピジョンのベビーカーを選んだのにと少し悔しく思っています。

 

ベビーカーのタイヤってどうなっているの?

↑シングルタイヤ(左)とダブルタイヤ

 

「Runfee」や「Bingle」をはじめ、ピジョンのベビーカーの最大のポイントは「シングルタイヤ」を採用していること。そして、シングルタイヤは「走行性」に優れていることが特徴です。ベビーカーにダブルタイヤとシングルタイヤがあることは、普段、街中で見かけてなんとなく認識していましたが、両者の間に大きな違いがあることはまったく知りませんでした。そこが、ピジョン開発本部の主任研究員である加藤義之さん(写真下)からお話を伺って思い知らされた点です。

日本製のベビーカーではダブルタイヤが多い一方、海外製品ではシングルタイヤが主流。それぞれ一長一短あります。シングルタイヤは走行性能において優れていますが、どうしても重くなりがち。対するダブルタイヤは軽くできる反面、走行性能に劣ります。

 

また、工業製品というのは生産上どうしてもある程度のバラツキが生じるものですが、しっかり走らせるためにはシングルタイヤのほうが高い精度が求められるのに対して、ダブルタイヤは「ごまかし」が利くとのこと。さらには、車体の骨格や車輪の取り付け部の剛性や角度の設計など、シングルタイヤのほうがはるかにシビアだそうなのです。このような理由でシングルタイヤのほうが作るのが難しくなっていますが、それでも、走行性能を重視する地域、特に欧州ではシングルタイヤが主流。対照的に、日本では軽さが一番に求められるうえ、色やデザインの可愛らしさでベビーカーは選ばれています。

走りのよさを追求するとは、まさしく筆者の専門分野である自動車に通じる話。最近では日本車もレベルアップして、欧州車とりわけドイツ車との差というのは、かつてよりもだいぶ小さくなったように感じていますが、欧州では走りが重視されるのに対して、日本ではそれがなおざりにされているというような話は、まさしくクルマの世界でもよく耳にしてきました。そしてベビーカーの世界でも、欧州の人は走りのよさを求める傾向が強く、それに応えるべく、これから述べるとおり走りの面で有利なシングルタイヤが一般的となっているのです。

 

「ベビーカーの使用期間は一般的に3年です。それなりに長い期間使うものになるので、軽さやデザインなどで選ぶ方も多くいらっしゃいますが、そうした表面的なものだけではなく、ちょっと視点を変えて、使いやすさを基準にして選んでいただいたほうがよいのかなと思っています。競合他社と差別化を図るのはなかなか難しいところですが、そこで私たちが着目したのがシングルタイヤです」(加藤さん)

 

開発にあたって加藤さんは最初、とにかく数多くの競合ベビーカーを試し、特に海外の製品をたくさん押して歩いたと言います。すると、シングルタイヤを採用した海外製品が概ね押しやすかったのに対して、ダブルタイヤを備えた日本製は押しにくいうえ、作りが粗いと感じるようになりました。

↑Runfee RA8

 

「ベビーカーは海外と日本では棲み分けが全然違います。日本製は剛性感に乏しく、ぐらつきがあったりして、押しにくく感じたものばかりで、単に運べればよいと考えているように見受けられたものが少なくありませんでした。それはママさんにとっても赤ちゃんにとっても好ましくない状況でしょう。しかし、海外製のものは非常に重いので、日本市場におけるニーズとかけ離れています。どうやったらこのような壁を打破できるのかと考えていました」(加藤さん)

 

ちょっとクルマに乗せて目的地まで移動するなど、ベビーカーを頻繁に畳んだり開いたりせざるをえないような場面が多々ある日本では、むろん軽いに越したことはありません。日本では軽さが重視されることにも、それなりの理由があるわけです。

 

そこで加藤さんはRunfeeを開発するにあたって、海外製と日本製の優れたところを掛け合わせると面白いものができるのではないかと考え、シングルタイヤながらも日本市場にマッチするように軽さを追求する方針を打ち出しました。

「シングルタイヤにすると走行性能が改善するのはよいけれど、普通にやると絶対に重くなるというのは当初から分かっていました。よくタイヤの数が減る分軽くなると思われがちなのですが、シングルタイヤを成立させるための構造面のことを考えると、実際にはその逆。そこでタイヤの代わりに躯体や車体の部分、赤ちゃんを乗せる部分で重量をできる限り落としました」と加藤さんは言います。

 

他社のシングルタイヤ製品は8kg台のものが多く、10kgを超える製品も多々見受けられるのに対し、Runfee RA8の重量は5.3kgと圧倒的に軽くなっています。また、Runfee RA8をダブルタイヤと比較してみても、ピジョンの「PATTAN」が4.7kgなので、両者の差は小さいといえるでしょう。シングルタイヤでこれほど軽量で押しやすいベビーカーというのは、現状では唯一ピジョンのランフィだけと加藤さんは胸を張ります。

クルマの技術をベビーカーの開発に持ち込んだ

実は、加藤さんは前職で自動車関連の開発に携わっていたという経歴の持ち主。ベビーカーの走行性の向上を図るために参考にしたのは、やはりクルマだったそうです。そこでまず、走りの要素を「直進安定性」、「段差乗り越え性」、「振動吸収性」、「転回操作性」、「転回安定性」、「静粛性」の6項目に分解し、クルマの走りを意識しつつ開発を進めました。また、シングルタイヤの優位性を確かなものとすべく、加藤さんはCAE解析(コンピューター技術を活用して製品の設計や開発をシミュレーションすること)やタイヤメーカー出身の大学教授らの力を借りたと言います。

 

構成する部品の強度や剛性、取り付けの角度などは綿密に計算されたうえで決められたもので、それぞれに意味があります。シングルタイヤとダブルタイヤでは車輪の数が違うだけでなく、部品の取り付け方や接続の構造もまったく異なり、入力の伝わり方も違ってきます。一般的なダブルタイヤの衝撃吸収構造はあまり凝ったものにはならないのに対し、スイング式のサスペンションを持つランフィでは上下だけでなく前方からの力も吸収。さらに、軽くてクッション性に優れる中空構造のタイヤが振動を巧みに吸収してくれます。

また、タイヤの外径が大きいほうが段差を乗り越える際の踏破性が高まります。外径18cmのタイヤを採用したRunfee RA8も、段差の乗り越えやすさについては、すでに多くのユーザーから高く評価されています。

走りにおけるシングルタイヤとダブルタイヤの最大の違いは、タイヤの接地点にあります。荷重のかかり方からして、ダブルタイヤの場合はパイプからくる軸とタイヤ同士の軸が離れているので、実は常に横に細かく揺れるような動き方をします。ところがシングルタイヤでは構造的に同軸上なので、タイヤの横ブレは絶対的に少ないゆえに、不快な振動が減少されます。

実際に試してみると、まさしく目からウロコ! 同じ条件の場所でシングルタイヤと押し比べてみたところ、その違いは歴然としていることがよく分かりました。シングルタイヤのほうが思った通り素直な動き方をします。これは、よくクルマの走りを表現するときに用いる“意のままのハンドリング”そのもの。狙ったとおりにラインをトレースしていけるので、これなら狭い場所を通らざるをえないような状況でも押しやすく、苦になりません。

一方、ダブルタイヤは、直進時の据わりも悪ければ方向性も定まりにくいです。その理由は4か所それぞれで両輪がバラバラに動いてしまうから。2輪ずつあるならより安定するような気がするところですが、実際にはそんなことはありません。安定感は車幅の広さで決まるものであって、タイヤの数の問題ではないのですね。

シングルタイヤが静かなことをご存知?

シングルタイヤのメリットはそれだけではありません。前述したように、振動と密接に関わってくるのが「音」。音の発生するメカニズムにはいくつかの要素がありますが、そのなかで最も大きく影響するのが振動です。

 

ダブルタイヤの場合はキャスターの軸とタイヤの軸が離れていることから、どうしても不規則な動きを常にしていることになります。実は片方のタイヤが上がってはもどり、次に別のほうが上がって下がり、片方だけ上がって下がるなどといったような動きを細かく繰り返していて、それが音になっているのです。

 

これはダブルタイヤ特有の現象で、シングルタイヤではそのような動き方はしないので、振動が圧倒的に少なく、その結果、静粛性も向上します。特に荒れた路面では音の違いが顕著。「ダブルタイヤのベビーカーを押してくると、ダブルタイヤだとすぐ分かります(笑)」と加藤さんは言います。

 

実際にどれぐらい違うのでしょうか? 詳しく測ってみると全然違います。専門の測定メーカーとのコラボレーションにより、ブロック敷きの路面で「ランフィRA8」とダブルタイヤのベビーカーを押したときのタイヤ近傍に設置したマイクラウドネスの結果はこの通り。平滑面において、実に約3分の1も走行音が静かであることがわかりました。シングルタイヤは条件が悪くなるほど優位になると加藤さんは言います。

このように静粛性にも優れることが明らかなので、「シングルタイヤは音も静かだ」ということをもっと伝えていきたいと加藤さんは強調します。

 

「ピジョンが競合他社さんと差別化できる要素として、シングルタイヤによる走りやすさという価値はあると自負しています。軽さももちろん大事だし、見た目の好みもあると思いますが、ママさんが使うことを考えると、ベビーカーを選ぶときにはもっといろいろな着眼点を持っていただいて、そのなかでもぜひ走行性能というものをもっと意識していただき、さらに音という部分にも目を向けていただけると幸いです。そうした走行性能に優れたベビーカーを選ぶと、より快適に子育てしていただけることをもっと伝えていきたいと思います」

 

日本のベビーカーにイノベーションを

そんなわけで冒頭でもお伝えしたとおり、いろいろお話をうかがって、もしもいま私がベビーカーを選ぶとしたら絶対にピジョンのランフィだと強く思ったわけです。筆者だけでなく、シングルタイヤはよいものだということが幅広く理解されると、いずれは日本でも走りのよさで選ぶことがベビーカーの常識となるかもしれません。

 

それにはまず少しでも多くのユーザーによさを実感してもらうことが大事。ピジョンではクルマの試乗会のように、「シングルタイヤ走行体験会」を全国各地で実施し、店頭の段差や疑似ロードを設定したスペースで実感してもらえる機会を設けているので、関心がある方はぜひ足を運んでみることをおすすめします。

 

走行体験会詳細はコチラ

 

テクノロジーの集合体である自動車に比べると、ベビーカーの進化というのはずっとゆっくりであることには違いありませんが、まさしくこうした取り組みからブレークスルーが始まるのではないだろうかと思います。ピジョンのシングルタイヤには、日本のベビーカーに変革をもたらすことを感じさせるだけのインパクトがありました。

 

なぜ別々に発展? 近くて遠い2つの路線を抱えた東北の私鉄ローカル線のいま

おもしろローカル線の旅~~弘南鉄道弘南線・大鰐線(青森県)~~

 

青森県弘前市を中心に弘南線(こうなんせん)と大鰐線(おおわにせん)の2つの路線を走らせる弘南鉄道。同じ鉄道会社が運営する2本の路線だが、起点となる弘前市内の2つの駅は遠く離れ、線路はつながっていない。なぜこのように2本の路線は別々に運営されることになったのだろうか。

今回は列島最北の私鉄電車、弘南鉄道の旅を楽しんだ。そこには、過疎化に悩む地方鉄道の現状と、東北の私鉄ローカル線の魅力が浮かびあがってきた。

 

起点の駅が接続しない謎――弘前駅から中央弘前駅へ歩くと20分はかかる

まずは弘南鉄道の2本の路線の概略に触れておこう。

弘南鉄道の弘南線は弘前駅と黒石駅間、16.8kmを結ぶ。起点となる弘前駅はJR弘前駅に隣接しており、JR奥羽本線を走る列車との乗換えもスムーズだ。

 

一方の弘南鉄道の大鰐線は中央弘前駅と大鰐駅間の13.9kmを結ぶ。起点となる中央弘前駅は、駅名のとおり、弘前市の市街中心部、土手町に近い繁華街の近くにある。桜で有名な弘前城にも、中央弘前駅が近い。

 

この両線の起点となる弘前駅と中央弘前駅。ちょっと不思議に感じるのは、両駅が、約1.2km以上も離れていて(弘南鉄道の乗換案内では約2kmとある)、歩くと20分以上もかかることだ。両線の線路も接続されていない。

 

同じ会社なのに、なぜ駅が離れ、路線も別々となっているのだろう。それは、両線が異なる鉄道会社によって造られた路線だったからだ。

 

【駅が別々の理由1】元・和徳村に作られた官営の弘前駅

↑弘南鉄道弘南線の起点駅・弘前駅。JR弘前駅の駅舎に隣接していて、乗換えも便利だ。官営の奥羽北線の開業当時、同駅は弘前の外れ、和徳村に造られた

 

弘前市に鉄道が敷かれたのは1984(明治27)年のことだった。奥羽北線の弘前駅がこの年に設けられた。

 

実は弘前駅を名乗ったものの、駅は旧中津軽郡和徳村に設けられた。和徳村は昭和になり弘前市に編入されたが、弘前を名乗りながらも駅は市街から遠い場所に造られたのだった。その理由としては、鉄道黎明期に見られた住民の反対の声の高まりとともに、早く線路を敷設させたい明治政府の意向もあった。その結果、弘前駅は市街から遠い、当時は辺鄙な場所に造られたのだった。

 

その後の1927(昭和2)年に弘南鉄道の弘南弘前駅が、弘前駅に併設される形で誕生する。現在の弘南線の弘前駅である。

 

【駅が別々の理由2】市街の不便さを解決するため生まれた大鰐線

↑弘南鉄道大鰐線の起点・中央弘前駅。弘前市の中心街である土手町にも近い。ホーム横には土淵川が流れる。停まるのは主力のデハ7000系電車

 

一方の中央弘前駅だが、誕生したのは1952(昭和27)年と、弘南線に比べるとかなり新しい。当時はバスも普及しておらず、駅の遠さが市民生活のネックとなっていた。その不便さを改善すべく地元の有力者と三菱電機が出資して、弘前電気鉄道という会社を設立、現在の中央弘前駅〜大鰐駅間の路線を通したのだった。

 

だが、後発の弘前電気鉄道は堅調とは行かなかった。地域の幹線である奥羽本線とは、南側の大鰐駅で接続していているものの、肝心の弘前駅につながっていない。さらに台風の被害などの影響もあり、深刻な経営難に陥る。陸運局の仲介もあり、結局、弘前電気鉄道の路線は、1970(昭和45)年に弘南鉄道に譲渡され、会社は解散となった。

 

街から離れたところに幹線の駅が設けられ、駅周辺が次第に繁華になっていく。一方で駅から離れた市街が衰退していくという例は全国各地で見られる。弘前でも、こうした全国の都市と似た状況となっていったわけである。

↑弘前市の繁華街にあたる土手町。大鰐線の中央弘前駅から近いが、JR奥羽本線弘前駅からはバスの利用が必要となる。日中にも関わらず、通行する人の少なさが目立った

 

弘南鉄道に譲渡されてから40年近く。現状はどうなのだろう。国土交通省の鉄道統計年表の平成24年度〜27年度の数字を見ると、弘南線の年間乗車人数を見ると132万人〜134万人でほぼ横ばいとなっている。

 

一方、大鰐線は、平成24年度に57万人あった年間乗車人数は3年後の平成27年度には46万人まで減ってしまっている。中央弘前駅の1日の平均乗降人員も2004年には1814人あったものの、2015年には737人と半分以下にまで落ちている。

 

その理由として考えられるのは、同地域の幹線である奥羽本線との接続が悪いという点が大きいだろう。弘前に住む人が東京方面へ行く場合に、現在は奥羽本線に乗り、東北新幹線の新青森駅経由で移動する人が多い。高速バスも弘前駅前から発着する。大鰐線を使っても、弘前駅へは中央弘前駅からの移動が必要になる。

 

さらに弘前市の人口自体も1995(平成7)年には19万4485人をピークに徐々に減少、2017年1月には17万5721人にまで減っている。沿線人口の減少も、乗客減少に歯止めがかからない1つの要因なのかもしれない。

 

大鰐線は、路線の廃止がこれまで何度も取り沙汰され、そのたびに撤回されているのが現状で、現在も予断を許さない状況となっている。

 

さて、そんな弘南鉄道の2本の路線。まずは弘南線から乗車してみることにした。両路線に乗車する際には、1日フリー乗車券「大黒様きっぷ」(大人1000円)を使うと便利だ。

 

【弘南線の旅1】 東京五輪の年に生まれたデハ7000系に乗車

↑弘前駅に停まるデハ7000系。駅には1・2番線のホームがある。すぐ左にJR奥羽本線の線路が並んでいる。弘南線の線路幅はJR線と同じ1067mmで線路もつながっている

 

弘前駅に停まるのはデハ7000系電車。元東急電鉄の7000系電車だ。銘板を見ると1964(昭和39)年に造られた車両とある。東京オリンピックの年に生まれた電車だ。40年以上にわたり、東急そして弘南鉄道を走り続けてきた古参電車。ロングシート、天井に付けられた首振り扇風機が懐かしい。

↑デハ7000系の車内。2両編成が基本で、朝夕に増結される日もある。ロングシートで天井に付いた首振りタイプの扇風機が懐かしい。渋谷109の吊り革がいまも使われている

 

列車は日中の11〜13時台を除き30分間隔。弘前駅から黒石駅は全線乗車しても約30分の道のりだ。ただし終電が21時台で終了するので注意したい。

 

【弘南線の旅2】新里駅で五能線を走ったSLが保存される

↑新里駅(にさと)駅で保存される48640号機。五能線で活躍した8620形蒸気機関車で、新里駅の駅舎内には当時の写真なども展示されている。保存・塗装状態は非常に良い

 

弘前駅を発車して3つめの新里駅(にさとえき)。窓の外を見ていると、「あれっ!蒸気機関車だ。なぜここに?」

 

駅舎の横に8620形蒸気機関車が保存されていた。弘南線は開業後に、蒸気機関車が使われた時期が短く、1948(昭和23)年には早くも全線電化されている。よってこの路線に縁はないはず……。慌てて駅で降りて見たものの、車両がなぜここで保存されているのか、解説などはない。

 

調べたところ、48640号機は1921(大正10)年、汽車製造製で、晩年は五能線で活躍していた機関車とわかった。青森県の鯵ケ沢町役場で保存されていたが、NPO法人・五能線活性化クラブに譲渡され、2007年7月にこの場所に移設された。有志の人たちの手で整備されているせいか、保存状態も良かった。

 

【弘南線の旅3】 田舎舘(いなかだて)といえば「田んぼアート」

↑弘南線沿線の田舎舘村名物の「田んぼアート」。臨時駅も開設される。色違いの稲を植えることにより絵を描く「田んぼアート」。展望所から見ると素晴らしい絵が楽しめる

 

SLが保存されている新里駅から再乗車。終点を目指す。

 

館田駅(たちたえき)を過ぎると、90度以上のカーブを描き、平賀駅へ着く。ここには車庫があり、デハ7000系とともに古い電気機関車や除雪車などが並ぶ。赤い電気機関車は大正生まれの古参で、武蔵野鉄道(のちの西武鉄道)が導入した車両だ。こうした古参車両も目にできるが、車両のとめ具合により、ホーム上から見えないときもあるので注意したい。

↑平賀駅には車庫がある。左右のデハ7000系は中間車に運転席を設けた改造タイプで、顔つきが異なる。中央のED33形機関車は1923(大正12)年製、西武鉄道で使われた車両だ

 

平賀駅の先、柏農高校前駅(はくのうこうこうまええき)や、尾上高校前駅(おのえこうこうまええき)と学校の名が付く駅に停車する。弘南線、大鰐線では学校の名がつく駅が計7つある。弘南鉄道の電車が通学手段として欠かせないことがわかる。尾上高校前駅の1つ先が田んぼアート駅。この駅は臨時駅で朝夕や冬期は電車が通過となる。

 

この駅のすぐそばに道の駅 いなかだて「弥生の里」があり、こちらで田んぼアートが楽しめる。田んぼをキャンパスに見立て、色が異なる稲を植えることにより見事な絵が再現される田んぼアート。地元の田舎館村(いなかだてむら)の田んぼアートの元祖でもあり、多くの観光客が訪れる。ここで写真を紹介できないのが残念だが、今回訪れたときには手塚治虫のキャラクターが田んぼのなかに描かれていた。

 

【弘南線の旅4】 終点の黒石駅で見かけた黒石線とは?

↑黒石駅には、通常は使われていないホームと検修庫が隣接している。この検修庫の外壁には「黒石線検修庫」とある。弘南線でなく黒石線となっているのはなぜだろう?

 

↑夏祭りが盛んなみちのく。黒石駅前には「黒岩よされ」の飾り付けがあった。日本三大流し踊りの1つとされ、連日2000人にもおよぶ踊り手の流し踊りが名物となっている

 

途中下車しつつも到着した終点の黒岩駅。ホームの横には大きな検修庫が設けられている。その壁には「黒石線検修庫」の文字が。

 

「ここの路線は弘前線なのに、どうして黒石線なのだろう?」という疑問が浮かぶ。

 

調べてみると、黒石線とは以前に奥羽本線の川部駅と黒石駅を結んでいた6.2kmの路線の名であることがわかった。1912(大正元)年に黒石軽便線として誕生、その後に国鉄黒石線となり、1984(昭和59)年に弘南鉄道の黒石線となった。弘南鉄道では国鉄へ路線譲渡の打診を1960年代から行っており、20年以上もかかりようやく弘南鉄道の路線となったわけである。

 

弘南鉄道の路線となったものの、黒石線は非電化路線のためディーゼルカーを走らせることが必要だった。路線距離も短く、効率が悪かった。そのため1998(平成10)年3月いっぱいで廃止となってしまった。もし、鉄道需要が高かった1960年代に弘南鉄道に引き継がれ、電化され電車が走っていたら。時を逸したばかりに残念な結果になったわけである。

 

【大鰐線の旅1】 レトロな印象が際立つ中央弘前駅の駅舎

↑大鰐線の起点駅、中央弘前駅の駅舎。中に切符売場と小さな待合室、改札口がある。1952(昭和27)年からの姿でここにあること自体に驚きを感じる

 

弘南線の弘前駅へ戻って、次は大鰐線の起点駅、中央弘前駅を目指す。弘南バスの土手町循環バス(運賃100円)に乗車して「中土手町」バス停で下車、土淵川沿いの遊歩道を歩けば、すぐに駅がある。

 

見えてきた中央弘前駅。年期が入った駅舎に驚かされた。

 

列車は朝夕30分間隔、除く10時〜16時台と19時以降は1時間間隔となる。中央弘前駅発の終電は21時30分発と早い。弘南線よりも、乗降客が少ないこともあり本数が少なめだ。

 

中央弘前駅はホームが1つという質素な造り。弘南線と同じデハ7000系がそのまま折り返して発車する。

 

【大鰐線の旅2】土淵川沿いを走りリンゴ畑を見ながら進む

↑大鰐線の沿線にはリンゴ畑が多い。9月ともなると沿線のリンゴが赤く色づきはじめる

 

弘南線よりも大鰐線は、よりローカル色が強く感じられた。中央弘前駅を発車するとしばらく土淵川沿いを走る。次の弘高下駅(ひろこうしたえき)、さらに弘前学院大前駅、聖愛中高前駅(せいあいちゅうこうまええき)と3駅とも、学校名が駅名となっている。

 

4つめの千年駅(ちとせえき)を過ぎると、沿線には畑が多くなる。弘南線の沿線に水田が目立ったのにくらべて、大鰐線ではリンゴ畑が目立つ。青森リンゴの産地らしい風景が目を引く。

 

【大鰐線の旅3】津軽大沢駅の車庫にねむる古い車両に注目

↑津軽大沢駅の車庫の全景。1番左側がデハ6000系。中央にED22形電気機関車。ほか右には保線用の事業用車などが並ぶ

 

大鰐線の乗車で最も気になる箇所が、津軽大沢駅に隣接する車庫。ここには珍しい車両が眠っている。

 

まずはデハ6000系。元・東急電鉄の6000系で、1960(昭和35)年に製造された。現在では一般化しているステンレス車体を持つ新性能電車で、東急では試作的に造られ、また使われた車両だった。現在、2両のみが残り、秋の鉄道の日イベントなどの車庫公開時に近くで見ることができる。

 

ほかED22形電気機関車は、1926(大正15)年製で、信濃鉄道で導入、その後、大糸線、飯田線、西武鉄道、近江鉄道を経て弘南鉄道へやってきた車両だ。

↑ED22形は米国のボールドウィン・ウェスチングハウス社製。電気機関車草創期の車両で、国内の鉄道会社の多くが同社製を輸入、使用した。同線では保線などに使われている

 

↑大鰐線の除雪車キ104。元国鉄キ100形で、国鉄では貨車の扱いだった。機関車が後ろから押して走る。くさび状の先頭部で線路上の雪を分け、左右のつばさで雪をはねのける

 

赤い電気機関車ED22形と並び注目したいのが、除雪用のラッセル車。弘南線とともに大鰐線でも、国鉄で使われていたラッセル車キ100形を導入、冬期の除雪作業に使用している。大鰐線の除雪車はキ104形と名付けられた車両で、1923(昭和12)年に北海道の苗穂工場で造られた車両だ。

 

ED22形電気機関車と組んで使われる除雪車。冬期は大鰐駅に常駐して、降雪に備えている。寒い冬に、ぜひともこうした車両の雪かきシーンを見たいものだ。

 

【大鰐線の旅4】大鰐駅の名前がJRと弘南鉄道で違う理由は?

↑平川橋梁を渡る大鰐線のデハ7000系。同線沿線は周囲の山や河川など、変化に富み、写真撮影にも最適なポイントが多い

 

車庫のある津軽大沢駅を過ぎると、JR奥羽本線を立体交差で越え、さらに平川を越える。周囲の山景色が美しいあたりだ。

 

平川沿いに走ると、間もなく終点の大鰐駅に到着する。同駅は弘南鉄道の駅は大鰐駅。併設しているJR奥羽本線の駅は大鰐温泉駅を名乗る。この駅名にもおもしろい経緯がある。

 

1895(明治28)年に奥羽北線の駅が開業。大鰐駅と名乗った。1952(昭和27)年に弘前電気鉄道の大鰐駅が開業した。

 

その後、1970(昭和45)年の弘南鉄道に譲渡されたあとに同駅は、弘南大鰐駅と名が変更された。さらに1986(昭和61)年には国鉄と同じ大鰐駅に改称された。一方の国鉄・大鰐駅はJR化後の1991(平成3)年に大鰐温泉駅と改称された。

 

大鰐駅が、元々の名前で、二転三転していている。一時期、同じ名前となっていたものの、JR側の駅に新たに「温泉」が付けられていった。

↑弘南鉄道大鰐駅の全景。ホームは4・5番線となっている。JRの大鰐温泉駅のホームが1番線と、2・3番線となっているので、それに続く連番となったわけだ

 

↑弘南鉄道大鰐駅の北口出入り口。建物の中を通り、左に見える通路を使うと国道7号側の出入り口がある。北口駅舎は目立たたない造りで筆者も気付かず通り過ぎてしまった

 

↑JR奥羽本線とつながる跨線橋。昭和の香りがする構造物がこうして残っていることがおもしろい。この跨線橋を通り、先にある階段を下りれば弘南鉄道大鰐駅の南口がある

 

↑JR奥羽本線の大鰐温泉駅の玄関。写真右手には足湯も用意され、無料で大鰐温泉の湯が楽しめる。足湯とJR駅舎のちょうど間、奥に見えるのが弘南鉄道大鰐駅の南口の建物

 

弘南線と大鰐線の両線に乗車して、次のように思った。

 

1950年代に大鰐線を開業させた人たちが将来を見越して、いまのJR弘前駅と中央弘前駅を結ぶ路線を計画し、さらに大鰐線の線路と結びつけていたら。大鰐線もいまほどに乗客数の減少に苦しみ、廃止を取り沙汰されることもなかったかもしれない。

 

さらに廃止されてしまった黒石線が、鉄道需要が高かった時代に弘前鉄道の経営に移管されて姿を変えていたら。弘前市や黒石市をめぐる鉄道網も状況が変ったかもしれない。

 

歴史に“もし”や、“たられば”は禁物だとは思うものの、両線に乗車しつつ、そんな思いにとらわれた。

【中年名車図鑑|ダイハツ・リーザ・スパイダー】「平成ABCトリオ」と同時期にデビューした超希少オープン

ダイハツの新世代スペシャルティ軽カーとして、1986年に市場デビューを果たしたリーザ。同車は1990年に新規格に移行し、翌91年にはユニークなオープンボディ仕様が追加される――。今回は平成ABCトリオと同時期にデビューし、往年のコンパーノ・スパイダーに倣って車名がつけられたダイハツ製軽自動車の超希少モデル、「リーザ・スパイダー」の話で一席。

【Vol.82 ダイハツ・リーザ・スパイダー】

軽自動車の個性化とハイパワー化が一気に進んだ1980年代後半の日本の自動車市場。この状況下でダイハツ工業は軽自動車のさらなる車種強化を図り、1986年12月にはミラ/クオーレに続く乗用軽シリーズの「リーザ」をデビューさせた。

モナ・リザのように“多くの人々に愛される”魅力的なクルマとの願いを込めて命名されたリーザ(Leeza)は、パーソナルユースをメインとした3ドアハッチバック車で、“エアロヘミサイクル”と呼ぶ半球形のクーペ風スタイリングに前席重視の室内レイアウトを採用する。また、電動ドアミラーやAM/FM電子チューナーといったクラス初の快適アイテムも装備した。車両タイプはL100S型系のセダンとL100V型系のバンを用意し、販売の主力には維持費の安いバンを据える。搭載エンジンはEB型系547cc直列3気筒OHCの自然吸気(32ps)とターボ仕様(50ps)の2機種を設定した。

 

リーザはその後、1989年1月にEFIの燃料供給装置を採用したターボ付きEB26型エンジン(64ps)を搭載するTR-ZZ EFIを追加し、同年中には特別仕様車のケンドーン/クラブスポーツをリリースする。そして、1990年8月になって軽自動車の新規格に対応したマイナーチェンジを行い、EF-HL型系659cc直列3気筒OHCエンジン(50ps)を積み込み、ボディも大型化したL111S型系に移行。キャッチコピーに“CRAFTSMANSHIP”“ダイハツしか作れない”と冠し、車種展開も大きく見直された。最大の特徴は、従来型では限定モデルのグレード名として使われたネーミングがカタログモデルに発展したことで、マイナーチェンジ以後はスポーティモデルが「OXY」(オキシー)、女性ユーザーをターゲットに据えた充実装備のモデルが「ChaCha」(チャチャ)を名乗るようになる。同時に、スタンダード仕様は「R」のグレード名に変更された。また、このマイナーチェンジではバン仕様が廃止され、セダンモデルに一本化される。物品税の廃止および消費税の導入などに伴う軽ボンネットバンの税制上のメリットが大幅に失われたための処置だった。

 

■参考出品時は4シーターオープン

専用ボディで開発された「平成ABCトリオ」とは異なり、「既存車のオープンボディ化」の手法をとった

 

市場ニーズに即したリーザの改良を着実に図る一方、ダイハツの開発陣は同車のスペシャルティ度をさらに引き上げる企画を打ち出す。“オープンボディ”の採用だ。1980年代終盤、軽自動車をリリースする各メーカーは後にバブル景気といわれる好況を背景に、スペシャルティ度満点の新型軽カーの開発に勤しんでいた。ホンダはミッドシップ・オープンスポーツのビートを、スズキはハードトップ/Tバールーフ/タルガ/フルオープンに変身するFRスポーツのカプチーノを、マツダはガルウィングドアを組み込んだミッドシップスポーツのオートザムAZ-1を企画する。これらのモデルは専用ボディを採用するまっさらな新型車として開発されるが、一方のダイハツは既存車のオープンボディ化という方策をとった。

 

オープンカーのリーザは、まず1989年開催の第28回東京モーターショーに参考出品される。車名は往年のコンパーノのオープン仕様に倣って「スパイダー」のサブネームが付けられた。このモデルは福岡のコーチビルダーが製作したもので、スポーツグレードのTR-ZZをベースとする。ハッチバックのルーフはAピラー以降を大胆にカット。そこに補強のためのドア三角窓フレームと折りたたみ式の幌を装着し、室内レイアウトはベース車と同じ4シーターのままとしていた。

ベルトラインのリアスポイラーやカラードバンパー、専用デカール、アルミホイールなどを装着

 

スポーティに演出されたショーモデルのリーザ・スパイダーは、現実的なフルオープン軽自動車として観客の注目を集める。当時のスタッフによると、「ちょっと見では展示車の完成度がかなり高かったため、多くの来場者がすぐに市販されると思ったようです。だから販売時期や価格を尋ねる人が予想以上に多かった」という。これに自信を深めたダイハツの首脳陣は、リーザ・スパイダーの市販化にゴーサインを出した。

 

■2シーターオープンに改良されて市場デビュー

既存車のオープンボディ化のため、ボディ剛性の確保と幌の設計に苦労した。人工皮革のプリセーム地バケットシートやモモ製本革巻きステアリングを装備

 

市販版のリーザ・スパイダーは、新規格モデルをベースとすることが決定される。オープン化に当たっては、幌の収納性やボディ後部の剛性確保を検討した結果、2シーターに変更。また、ボディ補強に伴う重量増(市販時の車重は730~740kg)に対応するため、搭載エンジンはEF-JL型659cc直列3気筒OHC12Vインタークーラーターボ(64ps/9.4kg・m)に1本化し、トランスミッションには5速MTと3速ATを組み合わせた。前マクファーソンストラット/後セミトレーリングアームの懸架機構にも専用セッティングを施し、滑らかでバランスのいい走りを実現した。

 

オープン化に当たって開発陣が苦労したのは、やはりボディ剛性の確保と幌の設計だった。ボディについてはフロアやドア、さらにコクピットまわりを可能な範囲で補強。幌に関しては防水性と格納操作性(手動開閉式)、デザイン性などを踏まえながら開発していく。とくに防水性能では、開発の最終段階までシールゴムの形状チューニングを繰り返した。

 

開発陣は内外装の演出にもこだわる。エクステリアではベルトラインのリアスポイラーやカラードバンパー、専用デカール、アルミホイールなどを装着。ボディサイズは全長×全幅×全高3295×1395×1345mm/ホイールベース2140mmとする。内包するインテリアでは、人工皮革のプリセーム地バケットシートやモモ製本革巻きステアリングといったスポーティなアイテムを標準で装備した。

 

当初リーザ・スパイダーは改造自動車扱いで発売することを予定していたが、役所から「指定自動車扱いにするように」という指導があり、急遽認証車両を製作して公式試験を受ける。これにパスしたのが1991年9月。その2カ月後の11月には、L111SKの型式をつけてついに発売にこぎつけた。

 

苦労を重ねた末に市場に放たれたリーザ・スパイダー。しかし、軽のオープンスポーツとしてはホンダ・ビートやスズキ・カプチーノの陰に隠れ、また走行性能の面でもクローズド時の幌のバタつきやボディの剛性不足が指摘されてしまう。結果的にリーザ・スパイダーは1992年に生産を中止。リーザの実質的な後継モデルとなるオプティではオープン仕様が設定されず、ダイハツ製オープン軽カーの再登場は2002年6月発表のコペンまで待たなければならなかったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日本で生み出される廃タイヤは年間1億本近く――「リトレッドタイヤ」が解決する?

みなさんは「リトレッドタイヤ」ってご存知ですか? タイヤは使っているうちに摩耗し、スリップサインが出たら交換。そして廃棄されるというのが一般的ですよね。日本自動車タイヤ協会によれば、こうして生み出された廃タイヤは年間8300万本、廃車に伴う廃タイヤを含めると9700万本にも達するそうです。なんと日本だけで1億本近くが廃棄されているんですね。そんななかで登場したのがリトレッドタイヤなんです。

 

名前の由来は次のとおり。タイヤが路面に設置する面を“トレッド(Tread)”と呼びますが、これに“リ(Re)”を付けたもの。つまり、タイヤとしての機能を復元して再利用(リユース)するタイヤのことなのです。そのため、別名「更生タイヤ」とも呼ばれています。

 

リトレッドタイヤを早くから利用していたのは飛行機です。飛行機が着陸する際の速度は270km/h近いと言われ、数十トンもの機体をタイヤが一手に受け止めて停止させます。このとき、タイヤは機体の速度に一致するまでスリップすることとなり、摩擦によって白煙が上がるわけです。

↑着陸時に上がる白煙。飛行機にはリトレッドタイヤが早くから使われていた

 

当然ながらこのとき、タイヤは激しく摩耗しますが、その耐用回数は約500回! とはいえ、いずれは耐用回数に到達します。かといって、そのたびにタイヤを廃棄していたのでは環境にも悪影響を与えることになります。そこで、交換時期がきたらリトレッドタイヤとして再利用することが考えられたわけです。

 

ではリトレッドタイヤはどうやって作られるのでしょうか。そんな疑問を持っていた矢先、日本ミシュランタイヤのトラックやバスなど商用車向けリトレッドタイヤを製造している現場を見学できる貴重な機会を得ました。場所は新潟県糸魚川市。ここでは日本ミシュランタイヤの顧客が使用済みとしたタイヤを回収して、リトレッドタイヤとして再利用しています。これによって新品を新たに購入するよりもコストも下がって環境にも優しい、そんなリユースの流れを作り出そうと取り組んでいるのがこの工場なのです。

↑積み上げられた摩耗したタイヤはすべて契約した顧客から回収したもの

 

タイヤを再利用するうえで日本ミシュランタイヤが柱としているのが「ミシュラン3R」コンセプトです。「Reduce(リデュース)」「Reuse(リユース)」「Recycle(リサイクル)」の頭文字を取ったもので、「リデュース」はロングライフ性能の向上でタイヤの負担を軽減し、「リユース」で摩耗したタイヤの溝を掘り直して寿命を延ばしつつ安全性を向上させます。さらに「リサイクル」となるのがタイヤにトレッドを貼り直して再利用する(リトレッド)となるわけです。

↑ミシュラン3Rは、「リグルーブ」「リトレッド」を活用することで、タイヤ経費を削減するとともに、廃棄物の削減や省資源化、CO2排出量削減に貢献する

 

↑ミシュランが提供する「3R」コンセプトのソリューション

 

↑最初に摩耗したタイヤは専用の工具で溝を作り出す「リグルーブ」で対応する

 

日本ミシュランタイヤが商用車向けに提供しているタイヤは、あらかじめこの再利用を前提とした造りとなっており、そのためトレッド面は摩耗したトレッド面を削れるだけの厚みが与えられている構造となっています。日本ミシュランタイヤのリトレッドタイヤはこの段階からスタートしているのです。

↑ミシュランのタイヤはリグルーブやリトレッドに適した構造体を備えているのが特徴となっている

リトレッドタイヤはいかにしてできる? 生産工程をチェック【動画アリ】

工場を訪れてまず目にするのが山となった使用済みタイヤです。そのタイヤはまずしっかりと洗浄され、そのうえで超音波ウルトラソニックを使うシアログラフィ検査機にかけて部材の剥離がないかをチェック。さらにこの検査機によって通ったものをベテランの検査員が目と触診でもう一度チェックします。以前はこの目視だけだったとのことですが、シアログラフィの導入により「検索漏れは大幅に減った」(日本ミシュラン)と言います。

↑超音波ウルトラソニックで部材間の剥離を見つけ出すシアログラフィ

 

意外だったのは工程のなかで想像以上に人の手が介在していたことでした。工場のなかには工程ごとに必ずと言っていいほど担当者が割り振られ、相当な暑さ(この日は外気温が32度にもなっていた)のなか、黙々と作業が進められていたのです。ここまで人の手を経ていた理由について日本ミシュランは、「コストはかかるものの、日本ミシュランタイヤでは多品種少量生産を基本としており、その目的を達成するには人手を介在するほうが効率が良い」とのことでした。

 

検査工程を終えるとタイヤは次に「バフがけ」の工程に入ります。ここでタイヤはトレッド面をサイズ/パターンに応じて設定値まで削り、続いて損傷部分を整えるスカイプ工程へと移されます。貫通した傷があった場合は、それを埋めたり、パッチを貼って修理も実施。そして、削ったゴム面が酸化しないように加硫用セメントを塗られると、トレッドを貼り付けるケーシングの下準備が整うわけです。

↑トレッド面をサイズ/パターンに応じた設定値に削るバフがけ。すべてコンピュータ制御で行われる

 

↑削ったゴムが酸化しないように加硫用セメントを塗り、そのうえで溶けた合成ゴムで削った部分を埋めていく

 

ここからはいよいよトレッド面の貼り付けとなります。このトレッド面はあらかじめパターンが付いており、溶剤を塗布したうえでこれをケーシングに巻き付けていきます。ここで求められるのは継ぎ目をブロック形状に合わせる高度な技術。作業ではトレッド面とケーシングと一体化するためのテーピングも同時に行われていましたが、作業を終えたタイヤを見ると合わせ目が寸分の狂いもなく貼り付けられ、ホチキスでしっかりと固定されていたのです。これには驚きました。

↑トレッドをビルディング機の台の上で一旦伸ばし、溶剤を塗ってビニルに巻き直す

 

↑ケーシングにトレッドを貼り付ける。継ぎ目はホチキスで止め、加硫を終えたあとの仕上げ工程で取り外す

 

<動画でもチェック!>

 

そして、タイヤに熱を加えてケーシングと一体化させる最終工程へと移ります。ここで成形作業を終えたタイヤはエンベロープと呼ばれるゴム袋で包まれ、包んだあとは不要な空気を抜いていよいよ加硫機のなかに入れられて熱が加えられます。数時間後、加硫を終えたタイヤはエンベロープが外され、もう一度機械を用いて実際の走行状態と同レベルの圧力をかけて耐久性をチェック。目視でも検索を終えたタイヤは温かいうちに専用塗料を塗られてリトレッドタイヤは完成となるわけです。

↑エンベロープと呼ばれるゴム袋で包まれたタイヤは加硫機に投入され、長時間加硫されたあと、取り出される

 

↑加硫されたタイヤを手早くエンベロープから取り出す。かなり力のいる作業だ

 

↑加硫で仕上げられた直後のリトレッドタイヤ。このあと、ホチキスの針が抜かれる

 

↑加硫を終えたタイヤは実際の走行状態と同レベルの圧力をかけて耐久性をチェック

 

↑左から新品の「X One」、摩耗した「X One」、リトレッドした「X One」

 

<動画でもチェック!>

ところでこの方法は「コールド(プレキュア)方式」と呼ばれるもので、“多品種少量生産”に向いているとされます。たとえば多くのパターンに対応するのに有利とされます。一方、ケーシングにパターンがついていないトレッド面を貼り付けて金型に入れてパターンを付けるのが「ホット(リ・モールド)方式」です。生産効率が高いのはこちらの方式ですが、あくまで同一のパターンであることが前提となります。日本ミシュランタイヤによれば、海外では一部で「ホット(リ・モールド)方式」で生産している工場もあるが、大半は日本と同じ方式で対応しているとのことでした。

 

なお、日本ミシュランタイヤは、今年10月よりトラック・バス向けワイドシングルタイヤ「MICHELIN X One(ミシュラン エックスワン)」のリトレッドタイヤ2種を発売すると発表しました。1つはあらゆる天候の路面で優れたグリップを発揮する「MICHELIN X One XDN 2 リトレッド」で、もう1つはトレーラー用「MICHELIN X One MULTI ENERGY T リトレッド」。

 

もともと「MICHELIN X One」は、トラックの後輪に装着されている2本(ダブルタイヤ)を1本にするというコンセプトで開発されたタイヤで、1車軸当たり約100kgの軽量化を達成することができ、車両の輸送効率向上と環境負荷低減の貢献に寄与するとのことでした。日本ミシュランでは「X One」のリトレッド化を実現することで、ユーザーの選択肢を広げていく考えです。

 

日本で生み出される廃タイヤは年間1億本近く――「リトレッドタイヤ」が解決する?

みなさんは「リトレッドタイヤ」ってご存知ですか? タイヤは使っているうちに摩耗し、スリップサインが出たら交換。そして廃棄されるというのが一般的ですよね。日本自動車タイヤ協会によれば、こうして生み出された廃タイヤは年間8300万本、廃車に伴う廃タイヤを含めると9700万本にも達するそうです。なんと日本だけで1億本近くが廃棄されているんですね。そんななかで登場したのがリトレッドタイヤなんです。

 

名前の由来は次のとおり。タイヤが路面に設置する面を“トレッド(Tread)”と呼びますが、これに“リ(Re)”を付けたもの。つまり、タイヤとしての機能を復元して再利用(リユース)するタイヤのことなのです。そのため、別名「更生タイヤ」とも呼ばれています。

 

リトレッドタイヤを早くから利用していたのは飛行機です。飛行機が着陸する際の速度は270km/h近いと言われ、数十トンもの機体をタイヤが一手に受け止めて停止させます。このとき、タイヤは機体の速度に一致するまでスリップすることとなり、摩擦によって白煙が上がるわけです。

↑着陸時に上がる白煙。飛行機にはリトレッドタイヤが早くから使われていた

 

当然ながらこのとき、タイヤは激しく摩耗しますが、その耐用回数は約500回! とはいえ、いずれは耐用回数に到達します。かといって、そのたびにタイヤを廃棄していたのでは環境にも悪影響を与えることになります。そこで、交換時期がきたらリトレッドタイヤとして再利用することが考えられたわけです。

 

ではリトレッドタイヤはどうやって作られるのでしょうか。そんな疑問を持っていた矢先、日本ミシュランタイヤのトラックやバスなど商用車向けリトレッドタイヤを製造している現場を見学できる貴重な機会を得ました。場所は新潟県糸魚川市。ここでは日本ミシュランタイヤの顧客が使用済みとしたタイヤを回収して、リトレッドタイヤとして再利用しています。これによって新品を新たに購入するよりもコストも下がって環境にも優しい、そんなリユースの流れを作り出そうと取り組んでいるのがこの工場なのです。

↑積み上げられた摩耗したタイヤはすべて契約した顧客から回収したもの

 

タイヤを再利用するうえで日本ミシュランタイヤが柱としているのが「ミシュラン3R」コンセプトです。「Reduce(リデュース)」「Reuse(リユース)」「Recycle(リサイクル)」の頭文字を取ったもので、「リデュース」はロングライフ性能の向上でタイヤの負担を軽減し、「リユース」で摩耗したタイヤの溝を掘り直して寿命を延ばしつつ安全性を向上させます。さらに「リサイクル」となるのがタイヤにトレッドを貼り直して再利用する(リトレッド)となるわけです。

↑ミシュラン3Rは、「リグルーブ」「リトレッド」を活用することで、タイヤ経費を削減するとともに、廃棄物の削減や省資源化、CO2排出量削減に貢献する

 

↑ミシュランが提供する「3R」コンセプトのソリューション

 

↑最初に摩耗したタイヤは専用の工具で溝を作り出す「リグルーブ」で対応する

 

日本ミシュランタイヤが商用車向けに提供しているタイヤは、あらかじめこの再利用を前提とした造りとなっており、そのためトレッド面は摩耗したトレッド面を削れるだけの厚みが与えられている構造となっています。日本ミシュランタイヤのリトレッドタイヤはこの段階からスタートしているのです。

↑ミシュランのタイヤはリグルーブやリトレッドに適した構造体を備えているのが特徴となっている

リトレッドタイヤはいかにしてできる? 生産工程をチェック【動画アリ】

工場を訪れてまず目にするのが山となった使用済みタイヤです。そのタイヤはまずしっかりと洗浄され、そのうえで超音波ウルトラソニックを使うシアログラフィ検査機にかけて部材の剥離がないかをチェック。さらにこの検査機によって通ったものをベテランの検査員が目と触診でもう一度チェックします。以前はこの目視だけだったとのことですが、シアログラフィの導入により「検索漏れは大幅に減った」(日本ミシュラン)と言います。

↑超音波ウルトラソニックで部材間の剥離を見つけ出すシアログラフィ

 

意外だったのは工程のなかで想像以上に人の手が介在していたことでした。工場のなかには工程ごとに必ずと言っていいほど担当者が割り振られ、相当な暑さ(この日は外気温が32度にもなっていた)のなか、黙々と作業が進められていたのです。ここまで人の手を経ていた理由について日本ミシュランは、「コストはかかるものの、日本ミシュランタイヤでは多品種少量生産を基本としており、その目的を達成するには人手を介在するほうが効率が良い」とのことでした。

 

検査工程を終えるとタイヤは次に「バフがけ」の工程に入ります。ここでタイヤはトレッド面をサイズ/パターンに応じて設定値まで削り、続いて損傷部分を整えるスカイプ工程へと移されます。貫通した傷があった場合は、それを埋めたり、パッチを貼って修理も実施。そして、削ったゴム面が酸化しないように加硫用セメントを塗られると、トレッドを貼り付けるケーシングの下準備が整うわけです。

↑トレッド面をサイズ/パターンに応じた設定値に削るバフがけ。すべてコンピュータ制御で行われる

 

↑削ったゴムが酸化しないように加硫用セメントを塗り、そのうえで溶けた合成ゴムで削った部分を埋めていく

 

ここからはいよいよトレッド面の貼り付けとなります。このトレッド面はあらかじめパターンが付いており、溶剤を塗布したうえでこれをケーシングに巻き付けていきます。ここで求められるのは継ぎ目をブロック形状に合わせる高度な技術。作業ではトレッド面とケーシングと一体化するためのテーピングも同時に行われていましたが、作業を終えたタイヤを見ると合わせ目が寸分の狂いもなく貼り付けられ、ホチキスでしっかりと固定されていたのです。これには驚きました。

↑トレッドをビルディング機の台の上で一旦伸ばし、溶剤を塗ってビニルに巻き直す

 

↑ケーシングにトレッドを貼り付ける。継ぎ目はホチキスで止め、加硫を終えたあとの仕上げ工程で取り外す

 

<動画でもチェック!>

 

そして、タイヤに熱を加えてケーシングと一体化させる最終工程へと移ります。ここで成形作業を終えたタイヤはエンベロープと呼ばれるゴム袋で包まれ、包んだあとは不要な空気を抜いていよいよ加硫機のなかに入れられて熱が加えられます。数時間後、加硫を終えたタイヤはエンベロープが外され、もう一度機械を用いて実際の走行状態と同レベルの圧力をかけて耐久性をチェック。目視でも検索を終えたタイヤは温かいうちに専用塗料を塗られてリトレッドタイヤは完成となるわけです。

↑エンベロープと呼ばれるゴム袋で包まれたタイヤは加硫機に投入され、長時間加硫されたあと、取り出される

 

↑加硫されたタイヤを手早くエンベロープから取り出す。かなり力のいる作業だ

 

↑加硫で仕上げられた直後のリトレッドタイヤ。このあと、ホチキスの針が抜かれる

 

↑加硫を終えたタイヤは実際の走行状態と同レベルの圧力をかけて耐久性をチェック

 

↑左から新品の「X One」、摩耗した「X One」、リトレッドした「X One」

 

<動画でもチェック!>

ところでこの方法は「コールド(プレキュア)方式」と呼ばれるもので、“多品種少量生産”に向いているとされます。たとえば多くのパターンに対応するのに有利とされます。一方、ケーシングにパターンがついていないトレッド面を貼り付けて金型に入れてパターンを付けるのが「ホット(リ・モールド)方式」です。生産効率が高いのはこちらの方式ですが、あくまで同一のパターンであることが前提となります。日本ミシュランタイヤによれば、海外では一部で「ホット(リ・モールド)方式」で生産している工場もあるが、大半は日本と同じ方式で対応しているとのことでした。

 

なお、日本ミシュランタイヤは、今年10月よりトラック・バス向けワイドシングルタイヤ「MICHELIN X One(ミシュラン エックスワン)」のリトレッドタイヤ2種を発売すると発表しました。1つはあらゆる天候の路面で優れたグリップを発揮する「MICHELIN X One XDN 2 リトレッド」で、もう1つはトレーラー用「MICHELIN X One MULTI ENERGY T リトレッド」。

 

もともと「MICHELIN X One」は、トラックの後輪に装着されている2本(ダブルタイヤ)を1本にするというコンセプトで開発されたタイヤで、1車軸当たり約100kgの軽量化を達成することができ、車両の輸送効率向上と環境負荷低減の貢献に寄与するとのことでした。日本ミシュランでは「X One」のリトレッド化を実現することで、ユーザーの選択肢を広げていく考えです。

 

セグウェイだけじゃない! 特別感たっぷりの「ハワイの乗り物」3選

国が違えば、道路を走る乗り物も違うもの。ハワイでは、日本ではなかなかお目にかかれないような乗り物を街中で頻繁に見かけます。なかには、世界有数のリゾート地・ハワイならではというエンターテイメント性の高いものもあります。本記事では、観光旅行でも楽しめる、ハワイのおすすめの乗り物をご紹介しましょう。

 

遅ればせながらハワイ上陸! アメリカ製・電動バイク「URB-E(アービー)」

「URB-E(アービー)」は、世界一のコンパクトさをうたう電動バイク。ペダルのない三輪車のような超コンパクトな見た目で、折りたたみもできて持ち運びも可能なことが特徴です。最高時速は29km/h。自転車のペダルをこぐ必要はなく、ラクラク移動ができると、アメリカで誕生した際はかなり話題となった乗り物です。2015年に市場に出てから、いまでは世界26か国に輸出されているそう。

 

そんなアービーがハワイに初上陸したのが2017年。主要な観光スポットをアービーに乗ってまわるオプショナルツアーが登場しています。アメリカではアービーは電動自転車としてみなされているため、運転免許などは不要で、ハワイにあるアービーのオプショナルツアーは14歳以上なら誰でも参加可能できます(身長制限あり、14~18歳は要保護者同伴)。自転車よりも小回りがきくし、誰でも自転車に乗る感覚ですぐに乗りこなすことができるため、観光ツアーに最適な乗り物のひとつと言えます。

 

15人乗りのビアカウンター付き自転車「パラダイスペダル」

頻繁ではないものの、ハワイの道路で時々見かけるのが、「パラダイスペダル」と名づけられた15人乗り自転車。座席の中央にはバーカウンターがあり、そこに腰掛けながら足元にあるペダルを全員でこいで、前に進むというものです。大人数で一斉にこいで、ハワイの街中を進んでいくので、楽しさは満点。

いまハワイで注目のエリア・カカアコ地区の観光スポットをめぐる観光ツアーのほか、グループ旅行などで貸し切りで使うこともできます。

ただ残念ながら、乗車しながらビールを飲むことはハワイの法律で禁じられているそうなので、のどが渇いたときはノンアルコールドリンクをお供にどうぞ!

 

やっぱりハワイ観光では定番「セグウェイ」

ハワイの観光地をめぐるツアーでは、もしかすると最もメジャーではないかと思われ、避けずに通れないのが「セグウェイ」です。ハンドルではなく、わずかな体重移動だけで行きたい方向に進める、この電動の乗り物は、一般的な移動手段として使われるだけでなく、羽田空港など世界中の空港で警備に利用されたり、ゴルフ場での移動に利用されたり、日本のショッピングセンターでインフォメーションスタッフが館内をまわるときに乗ったりと、様々なシーンで活用が広がっています。

 

そんなセグウェイの遭遇率がとても高いのがハワイの街中。砂浜でも公園の芝生のうえでも、そのまま進むことができるセグウェイは、ハワイ観光を効率的にめぐるのにもってこい。日本でも、北海道から沖縄など、さまざまな観光地でセグウェイを利用した観光ツアーが催されているそうです。

 

新しい乗り物に興味がある方は、ハワイを訪れる際、これらの乗り物に乗って観光地めぐりを楽しんでみてはいかがでしょうか? きっとハワイ旅行の思い出がさらに楽しいものになりますよ。

「日本以上の日本車大国」インドネシアの最新クルマ事情。特に人気なのは――

インドネシア国内最大のモーターショー「ガイキンド・インドネシア国際オートショー2018(GIIAS2018)」が8月2日より12日までの11日間にわたって、ジャカルタ市郊外のインドネシア・コンベンションセンター(ICE)で開催されました。

↑昨年の来場者は約40万人だったGIIAS

 

インドネシア経済を支える重要産業ともなっている自動車産業。開催初日の8月2日はインドネシアのジョコ・ウィドド大統領が会場を訪れており、いかに国を挙げてこのショーを盛り上げようとしているかがわかります。そんなインドネシアで開かれるモーターショーにはいったいどんなクルマが出展されたのでしょうか。

↑オープニングセレモニーではジョコ・ウィドド大統領も登場(右から2番目)

 

日本車の存在が圧倒的なインドネシア。今年はその状況に異変が――

実はインドネシアは東南アジアのなかでも特に日本車が強いことで知られています。直近の今年1月から7月までのシェアはなんと97.6%(トラックなど商用車含む)! これは日本国内よりも日本車のシェアが高い数字です。メルセデスやVWなど欧米勢はもちろん、韓国のヒュンダイなど“自動車業界の列強”が束になってかかっても敵わないという状況になっているのです。

 

なかでも圧倒的強さを誇るのが、トヨタ/ダイハツ連合です。ご存知のようにダイハツはトヨタの完全子会社の関係にあり、それはインドネシアでも同じ。ダイハツはインドネシア国内において2003年以降、トヨタとの共同開発車を相次いで発売。トヨタからの受託生産も行うことで両社合計でそのシェアは46.8%(今年1-7月)になり、半数近くを占めているのです。

 

その牽引役となっているのが、インドネシアで人気の多人数乗車ができるMPV「トヨタ・アバンザ」と、その兄弟車「ダイハツ・セニア」です。現在のタイプは3世代目で、いずれもダイハツがインドネシア国内で生産しています。2003年に登場した初代以降、この両車の人気は極めて高く、販売台数も常にトップを維持してきました。

 

ところが、昨年8月のGIIAS2017でこれを覆すことになる強敵が登場しました。それが三菱のMPV「エクスパンダー」です。このクルマ、登場時から評価が高く、インドネシアのカーオブザイヤー2018を受賞したほど。昨年10月に発売されると人気はうなぎ登りとなり、ついに今年1-7月の車種別販売台数ではアバンザ/セニアを抜き去ってトップの座に躍り出ました。三菱全体のシェアも13.2%と急伸。逆にそのあおりを受けたのがトヨタで、13.4%減。まさにエクスパンダーの影響をまともに受けた格好となったわけです。

↑昨年10月に発売開始以来、人気急上昇中の三菱「エクスパンダー」。今回発表された新グレードは上級志向に振った「GLS/AT」とスポーティな「SPORT/MT」の2タイプ

 

一方、海外勢でもその力を見せつけ始めているのが中国のウーリンです。今年1-7月のシェアはなんと1.4%を獲得。日本車と比較すればその数字は小さいように見えますが、この時点でマツダや日産よりもシェアは上回っているのです。インドネシアに参入してわずか1年足らずでこの実績は快挙と言っても過言ではないでしょう。

 

どうしてこんな快挙が達成できたのでしょうか。

 

ウーリンは中国国内でGM系メーカーとして販売実績を伸ばしており、海外進出の機会を虎視眈々と狙っていました。そうしたなか、2015年にGMがインドネシア国内での生産から撤退。このあとを受けたのがウーリンで、16年より国内生産を開始し、同時に販売店も充実させました。その結果、わずか1年で欧米勢を上回る実績を獲得できたというわけです。

↑“Drive、Grow、Progress”のテーマのもと、7人乗り多人数乗用車「ウーリンSUV」を発表

 

↑100%EVの「E100」は、中国で補助金の支給を踏まえると実質55万円という破格の価格で話題を呼びました

 

↑7人乗りMPV「コンフェロS」。これが市場拡大の牽引役となりました

日本では見かけないクルマが勢揃い!ダンスやミニコンサートなど見どころもいっぱい

そうした背景のもと、GIIAS2018は開催されました。会場となったICEはジャカルタ市内からクルマで小一時間ほどかかる再開発地域にあります。周囲にはショッピングモールやホテルなどが多数あるほか、インドネシア国内における自動車販売の最大手「アストラ」が手掛ける大型施設「AUTO2000 BSD City Astra」があることでも知られます。

↑会場となったICE

 

会場は中央ホールを中心に北ホールと南ホールに分かれ、その規模は千葉市にある幕張メッセと同じぐらい。ここの中央ホールには例年同様、BMW/MINIグループが陣取り、北ホールにバスやトラックなどの商用車と用品系が出展。南ホールに日系や欧米系乗用車メーカーが出展する配置となっていました。

↑会場の面積は5万㎡と、幕張メッセとほぼ同等の広さ

 

登場した新型車の大半は、すでにほかのモーターショーなどでお披露目されたものばかりで、目新しさという点ではイマイチの感は否めません。その意味では今年は新型車の端境期だったようです。それでも、MPV系やクロカン系など日本では見かけない車種が数多く出展されており、それを見れば東南アジアに来ていることを実感させてくれました。

↑バスのボディを架装する業者を「カロセリ」と呼びますが、インドネシア国内では大手だけでも100社以上あると言わています。LAKSANAはそのなかでも最大手のメーカーとして知られています

 

そんななか、唯一のワールドプレミアとなったのがホンダ「ブリオ」です。累計で23万台以上も販売した前モデルに続く第二世代モデルで、全長とホイールベースを拡大し、家族がゆったりと乗車できるのが最大のポイント。上級指向が強まっているユーザーの声に応え、あらゆる面で高品質さを追求しています。ラインナップは最上位の「TYPE RS」を筆頭に、標準車でエコカー減税が適用されるLCGC対象車である「TYPE E」「TYPE S」の3タイプを用意。この市場でのナンバーワンを狙います。

↑唯一のワールドプレミアとして発表されたホンダ「ブリオ」。全長とホイールベースを拡大し、家族がゆったりと乗車できるのが最大のポイント。ユーザーの上級志向に合わせています

 

各ブースはどこも平置きのフロア以外にステージを用意。ステージ上にはウリとする新車を並べ、ここではプレスカンファレンスも行われました。また、東南アジアで開催されるほかのモーターショーと同様、ダンスやミニコンサートといったイベントもこのステージ上で展開されました。

↑各ブースに設営されたステージではダウンスやミニコンサートなどが繰り返し披露されていました。これを見るために会場を訪れる人も少なくないそう

 

ほかのモーターショーでは見かけないのが「アストラ・フィナンシャル」のブースです。実は東南アジアで開催されるモーターショーは、新型車のお披露目をするだけでなく、実際に新車の販売も行われます。つまり、購入契約にあたってローンの仲介をするのがこのフィナンシャル会社なのです。親しみやすさを演出するためか、子どもが遊べるスペースを用意したり、ジョコ大統領が来場した際は民族衣装を着た子どもたちが出迎えたりするなど、その存在感は抜群でした。

↑ローン会社としてGIIASをサポートしていた「アストラ・フィナンシャル」。会場の至る所にブースを設け、ジョコ大統領が訪れた際は民族衣装を纏った子どもたちが出迎えました

 

また、会場の外に出ると「FOOD TRUCK FESTIVAL」という、キッチンカーが集まる屋台村ができていました。飲料メーカーの「Kopiko 78°」がスポンサーとなっているイベントで、インドネシア風弁当からホットドッグ、ケバブ、そして吉野家もあるなど、ここを巡るだけでインドネシアの食事情がわかるんじゃないかと思うほどの充実ぶり。

↑会場の外ではキッチンカーが集まる屋台村「FOOD TRUCK FESTIVAL」を開催。インドネシア風弁当からホットドッグ、ケバブ、そして吉野家など多彩なメニューが用意されていました

 

そして、今回のGIIAS2018で否応なく日本との違いを感じさせられたのが気温でした。連日35度を超えていた日本を出発し、赤道直下のジャカルタに着いたらどんだけ暑いんだろうと身構えていたわけです。ところが、驚いたことに日本よりも涼しかったのです! 朝晩は風が心地良く感じられ、昼間でも日陰にさえ入れば、屋外での食事も無理なくできてしまうほどでした。今年の気象状況がいかに異常なのか、身をもって体験したわけです。

 

また、「クルマ離れ」と言われて久しい日本と違い、インドネシアではクルマが憧れの存在。それだけにモーターショーには大勢の人が詰めかけます。会場を訪れるとその盛り上がり方が日本とはまるで違うことを肌で実感できました。そんな雰囲気を味わうためにもインドネシアをはじめ、東南アジアのモーターショーへ海外旅行のついでに出掛けてみてはいかがでしょうか?

 

最後に、各ブースの展示の様子をまとめました。

 

【ダイハツ】

↑ダイハツはコンパクトSUV「テリオス」をベースとした特別仕様車「テリオス・カスタム」を初出展

 

↑インドネシアで展開するコンパクトカー「アイラ」をベースとしたレーシングコンセプト、アイラ・ターボを出展

 

↑東京オートサロン2018出展車「ブーン」

 

【ジムニー】

↑あくまで参考出展としたジムニーはここでも大人気。ジョコ大統領も足を止めたほど。出展車は日本から持ってきたシエラで、「Jimny」のエンブレムを付けていました

 

【レクサス】

↑アジア初披露となったレクサスの新たなコンパクトSUV「UX」を出展。車両はジュネーブショーで披露された左ハンドルのままでした

 

↑北京モーターショーでデビューしたレクサス「ES」も東南アジア初披露となりました

 

【日産】

↑日産の新世代グローバル・ピックアップトラック「NP300ナバラ」の車台をベースに開発されたSUV「テラ」。インドネシアでの発表は4月の中国、5月のフィリピンに続く3番目。会場には懐かしい「テラノ」の姿もありました

 

【スズキ】

↑イグニス・スポーツは、ボディカラー別に3つの外観バリエーションを用意

 

↑インドネシア特産のバティック柄で身をまとったエルティガも出展

 

↑エルティガ・スポーツはノーマルよりもローダウンしたイメージで、精悍さを感じさせていました

 

【トヨタ】

↑東京モーターショーなど、ほかのモーターショーで披露された「コンセプト愛i」をインドネシア初出展

 

↑新たにCH-Rを加え、プリウスPHVなどとともにハイブリッドカーによる環境負荷の少ない社会を訴えていました

 

【BMW】

↑BMW/MINIは今年も中央ホールに“別枠”で陣取っていました

 

↑中央ホールをすべて使っただけにBMW/MINIの会場は広々としていました

 

【マツダ】

↑日本ではラインナップされていないマツダの最上位グレードSUV「CX-9」も出展

 

【いすゞ】

↑ピックアップのD-MAXをベースにしたSUVの「mu-X」。エンジンはコモンレール直噴ターボディーゼル

 

【アウディ/メルセデスベンツ】

↑欧州勢はBMW/MINI以外にもアウディやメルセデスベンツ、フォルクスワーゲンが出展

 

【シボレー】

↑アメリカ系で唯一出展したGM。マイチェンしたコンパクトハッチ「スパーク」と、SUV「トレイル・ブレイザー」を発表した

 

【オートバイ】

↑自動車への憧れは強いものの、インドネシアの庶民の足はいまもなおオートバイが中心。出展車両のなかには排気ガス規制の厳しい先進国では見られないキャブレター搭載車も

 

100万円台のVW車は本当にお得か? 「クルマ&カー用品」4製品をプロが○×チェック

価格が安い、安すぎてちょっと心配になってしまうくらいの格安アイテムを、プロ・専門家が徹底的にチェック! 独自機能やおすすめポイントなど、良いところも悪いところも含めて惜しみなくレビューをお伝えしていきます。

 

クルマというとどうしてもハードルの高い買い物と思いがちですが、今ではデザインと実用性にこだわった国産ミニバンと、上質なスタイリングと走りを両立する輸入ハッチバックはいずれもU-200万円と、意外とお手ごろな価格で手に入ります。話題のドラレコや電アシも含めて、専門家がシビアに〇✕判定しました。

 

【○×判定した人】

クルマ編集・ライター 安藤修也さん

元ゲットナビ編集部員。スーパーカーから軽自動車まで、幅広いジャンルのクルマに日々触れています。

軽より少し高いだけの価格ではるかに凌ぐ満足度を得る

近年の新車ランキング上位で多くを占めるのは軽自動車ですが、人気の理由はもちろんコスパの高さ。車両価格が安いだけでなく、燃料代や税金、保険料などの維持費も普通車に比べてリーズナブルです。

 

とはいえ、高速道路を走行するときなどは、軽自動車ののんびりとした加速感に不満を感じる人も多い。また、ボディ剛性にはどうしても不安が残る。これらを解消するためにターボエンジン搭載グレードを選んだり、安全装備をオプションで付けたりすると価格が大きく跳ね上がり、結局200万円を超えてしまうこともままあります。

 

ここで紹介するトヨタ シエンタとフォルクスワーゲン up!は、いずれも普通車ながらエントリーグレードなら100万円台で購入できる。前者は、ミニバンらしからぬスポーティなデザインと3列シート7人乗り、後者はVWらしい質感の高いスタイリングと走りが特徴です。最近の軽自動車は、全体に性能が高められているのも事実。とはいえ、それらに少し上乗せした価格で、はるかに凌ぐ満足度を手に入れられるクルマとしてオススメしたい。

 

【その1 トヨタ シエンタの場合】

スポーティなコンパクトボディに余裕のある3列シートを搭載

トヨタ

シエンタ

168万9709円〜

「ユニバーサルでクールなトヨタ最小ミニバン」をコンセプトとし、従来の“ハコ型”イメージを覆すスポーティな外観が特徴。小型ながら3列目までゆとりある室内空間や、高齢者や子どもにやさしい乗降性も備えています。SPEC【X“Vパッケージ”・FF】●全長×全幅×全高:4235×1695×1675㎜●車両重量:1310㎏●パワーユニット:1496cc直列4気筒DOHCエンジン●最高出力:109PS(80kW)/6000rpm●乗車定員:7人●JC08モード燃費:20.6㎞/ℓ

 

↑後方に絞ったキャビンと、コーナーが張り出したアンダーボディが特徴のリアデザイン。安定感のあるスタンスです

 

【Check!】

デザイン:〇

有機的でシトロエンのよう!

「まるでシトロエンのような有機的なデザインは、ミニバンのイメージとは一線を画します。カラーリングもアバンギャルド!」

 

走り:×

走りは凡庸だが燃費性能は高い

「走りは凡庸で高速走行には向きません。ただ、街乗りがメインなら問題なく、ハイブリッドでもガソリンでも燃費性能は◎」

 

快適性:〇

3列目シートは床下収納式

「このコンパクトボディに3列シートを収めたのは素晴らしい。3列目は床下収納式で、使わないときは室内をかなり広く使えます」

 

総評

「デザインに面白みの欠けるミニバンのなかではユニークな存在。最もリーズナブルな価格で買える7人乗りカーとして高く評価したいです」

【その2 フォルクスワーゲン up!の場合】

VWのエントリーモデルながら質感の高いスタイリングが魅力

ハッチバック

フォルクスワーゲン up!

159万9000円〜

スタイリッシュなデザインが人気の小型ハッチバック。軽自動車よりひと回り大きいほどのサイズで、大人4人が無理なく乗れる室内スペースを確保します。ユーロNCAPで最高評価5つ星の安全性能も魅力。SPEC【move up! 2ドア】●全長×全幅×全高:3610×1650×1495㎜●車両重量:930㎏●パワーユニット:999㏄直列3気筒DOHCエンジン●最高出力:75PS(50kW)/6200rpm●乗車定員:4人●JC08モード燃費:22.0㎞/ℓ

 

【Check!】

内外装の質感:〇

上質かつポップなスタイリングが魅力

「エントリーモデルといえども、内外装は輸入車らしく質感高い仕上がり。ドライバーを選ばないポップなスタイリングも魅力的です」

 

走り:〇

路面に吸いつくように走る!

「同クラスの国産車と比べて、シャーシ性能がかなり高いです。運転操作にリニアに反応するだけでなく、路面に吸いつくように走ります」

 

パワーユニット:×

パワーは物足りなさを感じる

「1ℓ3気筒エンジンに5速ASG(セミAT)の組み合わせ。先代からギクシャク感は改良されましたが、パワーに物足りなさを感じることも」

 

総評

「200万円以下で買える輸入車が少ないなか、本車はかなり割安感あり。トランスミッションも改善され、普通に乗れる良いクルマとなりました」

 

 

【その3 オウルテックのドライブレコーダーの場合】

証拠映像に使うのは厳しいが基本性能は必要十分

オウルテック

OWL-DR05-BK

実売価格6790円

W71×H69×D31㎜の小型サイズながら、視認性が高い2.4インチTFT液晶モニターを搭載。画質はHD/30fpsですが、LED信号対策や、地デジ放送受信時に影響を及ぼさないノイズ低減など、基本性能を押さえています。

 

【Check!】

操作性:〇

物理ボタンの操作が快適

「タッチ操作には非対応ですが、画面下部にまとめられた物理ボタンによる操作は快適。ボタンピッチも適度で誤操作が少なくなります」

 

画質:×

細かい文字は視認しづらい

「HD画質のため解像感は低く、ナンバープレートなどは読み取れないことも。サイズのわりに画面が大きくて見やすいのは好印象でした」

 

機能性:○

車上荒らしなども録画できる

「モーションセンサーが動くものを検知すると、自動で録画がスタート。いざというときの録り逃しを防げます」

 

総評

「画質の粗さやGPS非搭載など“省略点”は多いものの、ドラレコとしての機能性は及第点。『とりあえず付けたい』という人にオススメです」

 

 

【その4 電動アシスト自転車の場合】

各パーツにこだわって快適な走りを実現

21Technology

DA246

実売価格5万4800円

3段階のアシストモードを搭載し、走行環境によって使い分けて節電可能。CST製の高品質タイヤや、軽量アルミクランク、肉厚のU字型サドルなど、一つひとつのパーツにこだわった。カラバリは4色を用意します。

 

【Check!】

乗り心地:〇

シフトチェンジが滑らか

「シマノ製6段変速ギアが、滑らかなシフトチェンジを実現。街乗りなら快適な走りを楽しめます。グリップシフターもシマノ製です」

 

アシスト力:〇

バッテリーは小型でも高性能

「最新ではないものの、小型軽量のパナソニック製リチウムイオンバッテリーを採用。約3.5時間の充電で最長約60㎞走行可能です」

 

デザイン:×

ママチャリ感は否めない

「いかにもママチャリなデザイン。スーツスタイルでのライドも訴求していますが、スタイリッシュではないです」

 

総評

「子どもの送り迎えや買い物時などに乗る、実用車としての用途なら十分な性能。一般的な電アシの半額程度と考えればかなりお買い得に思えます」

 

 

【中年名車図鑑|オートザムAZ-1】あまりにマニアック…短命に終わった“軽自動車界のスーパーカー”

1989年に発売したオートザム・キャロルによって軽乗用車市場への復活を果たしたマツダは、その勢いを駆って新しい軽スポーツカーの企画を推し進める。そして、1992年に軽ミッドシップ2シータークーペの「オートザムAZ-1」を市場に放った――。

【Vol.81 オートザムAZ-1】

好景気を背景に車種設定の強化を目論んだ1980年代終盤のマツダは、1975年末から退いていた軽乗用車の本格生産に再び乗り出すための方策を鋭意検討する。最終的に決定した案は、他社との生産協力。当時のマツダにとって、一から軽乗用車を開発するのにはコストや時間などの制約の面で難があったからだ。首脳陣が提携先として選んだのは、直接のライバル関係にはない、つまり国内№3を競う自動車メーカーではないスズキ(当時の社名は鈴木自動車工業)だった。スズキ側にとっても、自社製品の販売量が無理なく増えるというメリットが生まれる。結果的に両社は、1987年12月に軽自動車生産の協力体制を構築する旨を発表した。

 

クルマそのものの供給、すなわちOEM供給については、まず軽商用車のカテゴリーで行われる。スズキ・エブリイ(バン)/キャリイ(トラック)をベースに専用エンブレムなどを装着したスクラムが、1989年6月にマツダのオートザムブランドを通して発売された。以後、スクラムはマツダの定番軽バン/トラックとしての地位を確立していく。また、スズキからは軽乗用車用のコンポーネント、具体的にはF5B型547cc直列3気筒OHCエンジンと駆動機構、2335mmのホイールベースを持つプラットフォームおよびシャシーなどの供給も受け、スズキの浜松工場で生産されたこれらの製品を広島に運び、独自のボディと内装パーツを組み付けて新型キャロル(AA型系)を完成させる。さらに、軽自動車が新規格に移行してからはF6A型657cc直列3気筒OHCやOHCターボなどを購入し、新しいキャロルを生み出した。

 

一方で開発現場では、マツダ製軽自動車のイメージをより向上させる目的で、オリジナルのスポーツモデルの企画を積極的に推し進める。1989年開催の第28回東京モーターショーでは、その具現作となるコンセプトカーの「AZ550 SPORTS」を発表。ガルウイング式ドアを採用したAタイプ、ノッチバッククーペボディのBタイプ、レースマシンのCカーを彷彿させるCタイプの3モデルを披露した。そして、市販化に向けては来場者から好評を博したAタイプの車両デザインをベースとすることに決定。設計統括には、初代ロードスターの主査を務めた平井敏彦氏が就任した。

 

■レースカーのような基本骨格で登場した「AZ-1」

トランスミッションは5速MT。パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpm。44:56という前後重量配分(車両重量は720kg)と相まって俊敏なハンドリングと運動性能を実現

 

マツダ渾身の軽スポーツカーは、「オートザムAZ-1」(PG6SA型)の車名で1992年9月に発表、10月に発売される。ディーラー名のAutozamを略した「AZ」に、同ディーラーの設定車種内での車体の大きさを示す数値の「1」を組み合わせたAZ-1は、まずその基本骨格とデザインで注目を集めた。2シーターのミッドシップレイアウトで構成する基本骨格には、フロアの周囲にフレームを組み付けるペリメーター型をメインに、大断面サイドシルを有するスケルトンモノコックを採用。アウターパネルには軽量で成形自由度の高いFRP材を多用する。高剛性かつ軽量なボディ構造は、外装を取り外した状態でも走行が可能だった。一方、サイドシルが高くなることから、ドア形状には上ヒンジ式のガルウィングタイプを導入。ドアガラスは基本的に固定タイプで、チケットウィンドウと称する開閉式の小窓が組み込まれる。また、コクピット上部はグラスキャノピーで仕立て、ルーフ部には光の透過率を30%に抑えるセラミック処理を施した。ボディサイズは全長3295×全幅1395×全高1150mmに仕立てる。懸架機構にはアルト・ワークス用のフロントサス(ストラット/コイル)を専用チューニングで前後にセット。ホイールベースは2235mmに設定した。

2シーターのミッドシップレイアウトを採用。コクピット上部はグラスキャノピー仕立てで、ルーフ部には光の透過率を30%に抑えるセラミック処理を施した

 

ミッドシップ配置するエンジンは、アルト・ワークスから流用したF6A型657cc直列3気筒DOHC12Vインタークーラーターボで、パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpmを発生する。トランスミッションには5速MTを採用。ラック&ピニオン式のステアリング機構はロック・トゥ・ロック2.2回転とクイックにセットし、44:56という前後重量配分(車両重量は720kg)と相まって俊敏なハンドリングと運動性能を実現していた。

 

少量生産を想定したために組み立てラインを協力会社のクラタ(当初からAZ-1の外板の生産を担当。現在は三浦工業と合併してキーレックスに移行)に設置し、量販を始めたAZ-1は、そのキャラクターから“軽自動車界のスーパーカー”“究極のハンドリングマシン”などと称され、市場から大きな注目を集める。デビュー翌年の1993年の1月からはスズキへのOEM供給も開始し、「キャラ(CARA)」の車名で販売された。

 

■販売はわずか3年強で終了

1994年5月に発売されたM2の限定車1015

 

平成ABCトリオのなかでもとりわけ異彩を放ったAZ-1は、そのマニアックな特性からユーザーは限定され、デビュー当初を除いて販売は低調に推移する。テコ入れ策としてマツダは、1993年1月に充実装備の特別仕様車となるTYPE L、1993年6月にエアロパーツを装備したマツダスピードバージョン、1994年5月にM2が企画した限定車の1015をリリースするが、成績の回復には至らなかった。そのうちにバブル景気の崩壊によるマツダ本体の経営逼迫が深刻化。結果的にAZ-1は車種整理の対象となり、1995年12月に販売を終了したのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

険路に鉄道を通す! 先人たちの熱意が伝わってくる「山岳路線」の旅【山形線・福島駅〜米沢駅間】

おもしろローカル線の旅〜〜山形線(福島県・山形県)

 

ステンレス車体の普通列車が険しい勾配をひたすら上る。せまる奥羽の山々、深い渓谷に架かる橋梁を渡る。スノーシェッド(雪囲い)に覆われた山のなかの小さな駅。駅の奥にはスイッチバック用の線路や、古いホームが残っている。駅を囲む山々、山を染める花木が一服の清涼剤となる。

JRの在来線のなかでトップクラスに険しい路線が、山形線(奥羽本線)の福島駅〜米沢駅間だ。福島県と山形県の県境近くにある板谷峠(いたやとうげ)を越えて走る。

 

いまから120年ほど前に開業したこの路線。立ちはだかる奥羽山脈を越える鉄道をなんとか開通させたい、当時の人たちの熱意が伝わってくる路線だ。

 

8時の電車の次は、なんと5時間後!

福島発、米沢行きの普通列車は5番・6番線ホームから出発する。5番線は在来線ホームの西の端、6番線は5番線ホームのさらにその先にある。この“片隅感”は半端ない。さらに普通列車の本数が少ない。2駅先の庭坂駅行きを除けば、米沢駅まで行く列車は日に6本しかない。

↑板谷駅の「奥羽本線発車時刻表」。この日中の普通列車の少なさは驚きだ。一方で山形新幹線「つばさ」はひっきりなしに通過していく *現在は本写真撮影時から時刻がやや変更されているので注意

 

上の写真は板谷駅の時刻表。光が反射して見づらく恐縮だが、朝は下り・上りとも7時、8時に各1本ずつ列車があるが、それ以降は13時台までない。さらにその後は、下りは16時台に1本あるが、上りにいたっては、13時の列車以降、5時間半近くも列車が来ない。

 

山形線の普通列車は、米沢駅〜山形駅間、山形駅〜新庄駅間も走っているが、こちらはだいたい1時間に1本という運転間隔だ。福島駅〜米沢駅間の列車本数の少なさが際立つ。沿線人口が少ない山岳路線ゆえの宿命といっていいかもしれない。

 

一方、線路を共有して運行される山形新幹線「つばさ」は、30分〜1時間間隔で板谷駅を通過していく。新幹線のみを見れば山形線は幹線路線そのものだ。

 

福島駅〜米沢駅間で普通列車に乗る際には、事前に時刻を確認して駅に行くことが必要だ。また途中駅で乗り降りするのも“ひと苦労”となる。新幹線の利便性に比べるとその差は著しい。

 

今回は、そんな異色の山岳路線、福島駅〜米沢駅間を走る普通列車に乗車、スイッチバックの遺構にも注目してみた。

 

【驚きの険路】 標高差550m、最大勾配は38パーミル!

上は福島駅〜米沢駅の路線マップと、各駅の標高を表した図だ。福島駅〜米沢駅間は40.1km(営業キロ数)。7つある途中駅のなかで峠駅の標高が1番高く海抜624mある。峠駅をピークにした勾配は最大で38パーミル(1000m走る間に38m高低差があること)で、前後に33パーミルの勾配が連続している。

 

一般的な鉄道の場合、30パーミル以上となれば、かなりの急勾配にあたる。ごく一部に40パーミルという急勾配がある路線もあるが、山形線のように、急勾配が続く路線は珍しい。

 

いまでこそ、強力なモーターを持った電車で山越えをするので、難なく走りきることができる。しかし、1990(平成2)年まで同区間では、赤岩駅、板谷駅、峠駅、大沢駅の計4駅でスイッチバック運転が行われ、普通列車は徐々に上り、また徐々に下るという“手間のかかる”運転を行っていた。

↑開業時から1990(平成2)年まで使われていた板谷駅の旧ホームはすっかり草むしていた。米沢行き普通列車は本線から折り返し線に入り、後進してこのホームに入ってきた

 

【山形線の歴史1】 難工事に加え、坂を逆行する事故も

さて、実際に乗車する前に、山形線(奥羽本線)福島駅〜米沢駅間の歴史をひも解いてみよう。

●1894(明治27)年2月 奥羽本線の福島側からの工事が始まる

●1899(明治32)年5月15日 福島駅〜米沢駅間が開業

当時の鉄道工事は突貫工事で、技術の不足を人海戦術で乗り切る工事だった。奥羽本線は北と南から工事を始めたが、青森駅〜弘前駅間は、わずか1年5か月という短期間で開業させている。一方で福島駅〜米沢駅間の5年3か月という工事期間を要した。この時代としては想定外の時間がかかっている。

 

特に難航したのが、庭坂駅〜赤岩駅間にある全長732mの松川橋梁だった。川底から高さ40mという当時としては異例ともいえる高所に橋が架けられた。開業後も苦闘の歴史が続く。

●1909(明治42)年6月12日 赤岩信号場(現・赤岩駅)で脱線転覆事故

下り混合列車が急勾配区間を進行中に蒸気機関車の動輪が空転。補助機関車の乗務員は蒸気とばい煙で意識を失ったまま、列車は下り勾配を逆走、脱線転覆して5人が死亡、26人が負傷した。

●1910(明治43)年8月 庭坂駅〜赤岩信号場間で風水害によりトンネルなどが崩落

休止した区間は徒歩連絡により仮復旧。翌年には崩落区間の復旧を諦め、別ルートに線路を敷き直して運転を再開させた。

●1948(昭和23)年4月27日 庭坂事件が発生、乗務員3名死亡

赤岩駅〜庭坂駅間で起きた脱線事故で、青森発上野行きの列車の蒸気機関車などが脱線し、高さ10mの土手から転落する事故が起きた。列車妨害事件とされるが、真相は不明。太平洋戦争終了後、原因不明の鉄道事故が各地で相次いだ。

 

当時の非力な蒸気機関車による動輪の空転・逆走事故、風水害の影響と険路ならではの問題が生じた。そこで同区間用の蒸気機関車の開発や、電化工事が矢継ぎ早に進められた。

●1947(昭和22)年 福島駅〜米沢駅間用にE10形蒸気機関車5両を製造

国鉄唯一の動輪5軸という珍しい蒸気機関車が、同路線用に開発された。急勾配用に開発されたが、思い通りの性能が出せず、同区間が電化されたこともあり、稼働は1年のみ。移った北陸本線でも走ったのは1963(昭和38)年まで。本来の機能を発揮することなく、稼働も15年のみという短命な機関車だった。

↑E10形蒸気機関車は国鉄最後の新製蒸気機関車とされ、福島駅〜米沢駅間の急勾配区間向けに開発された。登場は昭和23(1948)年で、1年のみ使われたのち他線へ移っていった

 

↑E10形は石炭や水を積む炭水車を連結しないタンク車。転車台で方向転換せずにバック運転を行った。現在は東京都青梅市の青梅鉄道公園に2号機が展示保存されている

 

●1949(昭和24)年4月29日 福島駅〜米沢駅間が直流電化

当時はまだ電化自体が珍しい時代でもあった。東海道本線ですら、全線電化されたのが1956(昭和31)年と後になる。いかに福島駅〜米沢駅間の電化を急がれたのかがよくわかる。

 

【山形線の歴史2】 新幹線開業後に「山形線」の愛称がつく

●1967(昭和43)年9月22日 福島駅〜米沢駅間を交流電化に変更

交流電化の変更に加えて路線が複線化されていく。1982(昭和57)年には福島駅〜関根駅間の複線化が完了している。

●平成4(1992)年7月1日 山形新幹線が開業(福島駅〜山形駅間)

線路を1067mmから1435mmに改軌し、山形新幹線「つばさ」が走り出す。それとともに、福島駅〜山形駅間に山形線の愛称がついた。

●平成11(1999)年12月4日 山形新幹線が新庄駅まで延伸

これ以降、福島駅〜新庄駅間を山形線と呼ぶようになった。

 

【所要時間の差は?】 新幹線で33分、普通列車ならば46分

さて福島駅〜米沢駅間の列車に乗車してみよう。同区間の所要時間は、山形新幹線「つばさ」が約33分。普通列車が約46分で着く。運賃は760円で、新幹線利用ならば運賃+特急券750円(自由席)がかかる。

 

所要時間は13分の違い。沿線の駅などや風景をじっくり楽しむならば、やはり列車の本数が少ないものの普通列車を選んで乗りたいものだ。

 

山形線の普通列車として使われるのは標準軌用の719系5000番代と701系5500番代。福島駅〜米沢駅間の普通列車はすべて719系5000番代2両で運行されている。

↑福島駅の5番線に停車する米沢駅行き電車。車両はJR東日本719系。2両編成でワンマン運転に対応している。ちなみに5番線からは観光列車「とれいゆつばさ」も発車する

 

車内は、窓を横にして座るクロスシートと、ドア近くのみ窓を背にしたロングシート。クロスシートとロングシートを組み合わせた、セミクロスシートというスタイルだ。

【山形線の車窓1】営業休止中の赤岩駅はどうなっている?

筆者は福島駅8時5分発の列車に乗った。乗車している人は定員の1割ぐらいで、座席にも余裕あり、のんびりとローカル線気分が楽しめた。同線を走る山形新幹線「つばさ」の高い乗車率との差が際立つ。

 

福島駅の先で、高架線から下りてくる山形新幹線の線路と合流、まもなく最初の笹木野駅へ到着する。次の庭坂駅までは沿線に住宅が連なる。

 

庭坂駅を発車すると、しばらくして線路は突堤を走り、右に大きくカーブを描き始める。ここは通称、庭坂カーブと呼ばれる大カーブで、ここから山形線はぐんぐんと標高をあげていく。ちょうど福島盆地の縁にあたる箇所だ。

↑庭坂駅から赤岩駅間の通称・庭坂カーブを走るE3系「つばさ」。同カーブ付近から列車は徐々に登り始める。福島盆地の雄大なパノラマが楽しめるのもこのあたりだ

 

庭坂駅から10分ほどで、眼下に流れを見下ろす松川橋梁をわたる。ほどなく赤岩駅へ。駅なのだが、普通列車もこの赤岩駅は通過してしまう。さてどうして?

↑赤岩駅は現在、通年通過駅となっている。普通列車も通過するので乗降できない。利用者がいない駅とはいうものの、ホーム上は雑草も無くきれいな状態になっていた

 

赤岩駅は廃駅になっていない。が、2016年秋以来、通過駅となっていて乗降できない。時刻表や車内の案内にも、赤岩駅が存在することになっているのだが、乗り降りできない不思議な駅となっている。営業していたころも長年、乗降客ゼロが続いてきた駅であり、このまま廃駅となってしまう可能性も高そうだ。

 

【山形線の車窓2】 スイッチバック施設が一部に残る板谷駅

板谷駅の手前で山形県へと入る。

 

板谷駅は巨大なスノーシェッド(雪囲い)に覆われた駅で、ホームもその中にある。おもしろいのは、旧スイッチバック線の先にある旧ホームだ。実際にスイッチバック施設が使われていた時代には、現在のホームの横に折り返し線があり、米沢方面行き列車は、この折り返し線に入り、バックしてホームへ入っていった。

 

特急などの優等列車は、このスイッチバックを行わず、そのまま通過していった。板谷駅は山間部にある同線の駅のなかでは、最も人家が多く、工場もある。が、列車の乗降客はいなかった。国道13号が近くを通るため、クルマ利用者が多いのかもしれない。

↑板谷駅は駅全体が頑丈なスノーシェッドに覆われている。駅舎はログハウスの洒落た造り。右側のホームが福島駅方面、左に米沢駅方面のホームがある

 

↑上写真の立ち位置で逆を写したのがこの写真。右の2本の線路が山形線の本線で、左の線路の先に古い板谷駅のホームがある。現在は保線用に使われている

 

↑上写真のスノーシェッドの先にある旧板谷駅のホーム。行き止まり式ホームで、列車は前進、または後進でホームに入線した。このホームの右手に板谷の集落がある。同駅は国道13号からも近くクルマでも行きやすい

 

【山形線の車窓3】雪囲いに覆われる峠駅、峠の力餅も楽しみ

板谷駅から5分ほどの乗車で、福島駅〜米沢駅間で最も標高が高い峠駅に到着した。

 

海抜624m。山あいにあるため冬の降雪量も尋常ではない。多いときには3mも積もるという。この峠駅の周辺には、滑川温泉などの秘境の温泉宿があり、若干ながら人の乗り降りがあった。

↑峠駅は巨大なスノーシェッド(雪囲い)に覆われている。標高624mと福島駅〜米沢駅間では最も高い位置にある駅で、冬の積雪はかなりの量になる

 

この峠駅、雪から駅を守るために、スノーシェッドが駅の施設をすっぽりと覆っている。この駅の改札口付近から、さらに別のスノーシェッドが200mほど延びている。

↑峠駅へと続くスノーシェッド。スイッチバックして旧峠駅へ進入するためのルートに使われた。複線分のスペースがあり非常に広く感じられる

 

こちらは現在、使われていない施設だが、複線の線路をすっぽりと覆う巨大な大きさだ。スノーシェッドは、200mぐらい間を空けて、さらに先の山側に入った地点にも残っている。このスノーシェッドの間に元の峠駅があったという。

 

駅近くの「峠の茶屋」で聞くと、「スノーシェッドですべて覆ってしまうと、蒸気機関車の煙の逃げ場がなくなる。あえて、スノーシェッドを空けた部分を設けていたんです」と教えてくれた。

 

現在の峠駅ホームをはさみ反対側には折り返し線用のトンネルがあった。福島方面行き列車は、この折り返し線に入り、バックして旧駅に入線していた。スイッチバックが行われた時代、さぞや楽しい光景が展開していたことだろう。

↑峠駅の目の前にある「峠の茶屋」。江戸時代は参勤交代が行われた羽州米沢街道の峠で茶屋を営んでいた歴史ある店だ。現在の「峠の茶屋」といえば、名物「峠の力餅」で有名

 

↑現在も峠駅のホームでの立売り(窓越し販売)が行われている。停車時間の短いのが難点だが、電話で事前予約しておくこともできる

 

↑峠の力餅10ヶ入り(926円)。餅米は山形置賜産のヒメノモチ、小豆は厳選した大納言、地元吾妻山系の伏流水を使用して製造する。ボリュームあり、お土産にも最適だ

 

峠駅近くの「峠の茶屋」。峠駅で下車した際には、昼食、小休止、そして次の列車待ちに利用するのも良いだろう。

 

【山形線の車窓4】関根駅〜米沢駅間は不思議に単線となる

峠駅から米沢駅側は、ひたすら下りとなる。峠駅の1つ先の大沢駅もスノーシェッド内の駅だ。峠駅や板谷駅のように明確ではないが、スイッチバックの遺構が残っている。

 

4駅に残るこうしたスイッチバックの遺構などは、1999(平成11)年5月に「奥羽本線板谷峠鉄道施設群」として産業考古学会の推薦産業遺産として認定された。

 

推薦理由は、「奥羽山脈の急峻な峠を越えるために、スイッチバック停車場を4カ所連続させ」、加えて「広大な防雪林を造営するなど、東北地方の日本海側地域開発にとって記念碑的な鉄道遺産である」こと。この路線が、歴史的に重要であり、国内の鉄道遺産としても貴重であるという、学会から“お墨付き”をもらったわけである。

 

大沢駅を過ぎると、右に左にカーブを描きつつ列車は下っていく。田畑が見え集落が広がると関根駅へ着く。

 

この関根駅の次が米沢駅。この区間は米沢盆地の開けた区間となり路線もほぼ直線となる。険しい福島駅〜関根駅間が複線なのに、関根駅〜米沢駅間のみ単線となる。

↑関根駅〜米沢駅間の単線区間を走る観光列車「とれいゆつばさ」。ほかの駅間と比べて平坦な同区間がなぜ複線とならなかったのだろうか

 

米沢駅の先、赤湯駅まで単線区間が続く。よってこの区間で列車に遅れが生じると、対向列車まで影響を受ける。米沢駅〜赤湯駅間も米沢盆地内の平坦な土地なのに、この米沢盆地内のみ単線区間が残ることに、少し疑問が残った。

 

終着の米沢駅に付くと、ちょうど向かいに観光列車「とれいゆつばさ」が停車していた。「とれいゆつばさ」の車内にある「足湯」を浸かりながらの旅も癒されるだろうな、とつい誘惑にかられてしまう。

↑米沢市の玄関口・米沢駅。江戸時代は上杉藩の城下町として栄えた。現在は人気ブランド米沢牛の生産地でもある。駅2階のおみやげ処でも米沢牛関連商品が販売されている

 

だが、今回はローカル線の旅なのだ。帰りにもこだわり、4時間ほど米沢周辺で時間をつぶして、福島行き普通列車に乗車した。逆からたどる山岳路線も味わい深い。峠駅を過ぎると、福島市内までひたすら下り続ける。普通列車とはいえ標準軌ならではの安定した走行ぶり、快適な乗り心地が心に残った。

【中年名車図鑑|スズキ・カプチーノ】ワゴンRのおかげで生き延びたスズキ初のリアルスポーツ

ホンダ・ビートの登場から5カ月ほどが経過した1991年10月、スズキ初のリアルスポーツ軽自動車が「カプチーノ」の名で市場デビューを果たす。開発陣が目指したのは、乗ることで心を解放してくれるオープンマインドの2シータースポーツだった――。

【Vol.80 スズキ・カプチーノ】

1990年1月に軽自動車の規格が改定されてエンジン排気量が660cc以内、ボディサイズが全長3300×全幅1400×全高2000mm以内になると、各メーカーはこぞって新規格に合わせた軽自動車をリリースする。当時はバブル景気真っ盛りのころ。豊富な開発資金を下支えに、まっさらなニューモデルが数多くデビューした。

 

軽自動車のトップメーカーであるスズキは、1989年10月開催の第28回東京モーターショーに出展した軽規格の試作スポーツカー「Cappuccino」を市販化する決定を下す。このころは軽自動車の高性能化が一気に加速した時代で、スズキのアルト・ワークス、ダイハツのミラ・ターボTR-XX、三菱自動車のミニカ・ダンガン、富士重工業のスバル・レックス・コンビ・スーパーチャージャーVXなどがハイパフォーマンス軽自動車の№1を目指して凌ぎを削っていた。ユーザー側にとっても安い価格と維持費で速いクルマを購入できるため、この流行を大いに支持する。軽自動車のピュアスポーツが造られる下地は、十分に熟成されていたのだ。

 

■軽FRスポーツカーのデビュー

ハードトップ、Tバールーフ、タルガトップ、フルオープンという4通りのバリエーションが楽しめるオープン2シーター

 

スズキの開発陣が目指した軽スポーツカーは、乗ることで心を解放してくれるオープンマインドの2シーターだった。開発に携わったあるエンジニアは、「当時の開発スタッフは英国のライトウェイトスポーツのファンが多かった。スポーツカーを造るなら、やっぱりオープン2シーターにしたいという意見が強かった」と、当時を振り返る。しかしそのルーフは、単なるソフトトップではなかった。頂上部は着脱が可能な3分割式のアルミ材パネルを採用し、外したパネルはトランク内に収納できる。リアガラスを組み込んだピラー部は、そのままの形でボディ後部に押し込むことができた。その結果、ハードトップ、Tバールーフ、タルガトップ、フルオープンという4通りもの走りが楽しめた。

駆動方式はFR。ロングノーズ&ショートデッキとスポーツカーの定石に則ったスタイルを持つ。前後重量配分は51対49と理想的

 

開発陣はメカニズムにもこだわった。エンジンはアルト・ワークス用のF6A型657cc直列3気筒DOHC12Vインタークーラーターボユニットを縦置きにして搭載し、後方に専用シャフトドライブを通してFR(フロントエンジン・リアドライブ)の駆動方式を構成する。パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpmを発生。トランスミッションには専用セッティングの5速MTを組み合わせた。専用設計のプラットフォームおよびロングノーズ&ショートデッキのオープンモノコックボディ(全長3295×全幅1395×全高1185mm/ホイールベース2060mm)にフロントミッドシップ化したエンジン搭載位置は、前後重量配分51対49という好バランスを達成。エンジンフードや脱着式トップ、フロアトンネルカバーなどにはアルミ合金材を用い、車重は700kgと軽量に抑える。さらに、足回りには前後ダブルウィッシュボーンサスペンションと4輪ディスクブレーキ(フロントはベンチレーテッド式)、専用開発の165/65R14サイズのラジアルタイヤを奢った。

 

1991年10月、スズキ初のリアルスポーツ軽自動車が「カプチーノ」(EA11R型)の名で市場デビューを果たす。車名はイタリアのコーヒーの一種であるcappuccinoに由来。小さなカップに入ったちょっとクセのあるお洒落な飲物と小さなオープンカーのイメージを重ねて命名していた。車両価格は145万8000円~169万8000円と当時のリッターカー・クラスを上回る設定だったが、5カ月ほど前にデビューしたホンダ・ビートとともに、販売台数を大いに伸ばした。

 

■ライバルよりも長く生産された理由

ミッションは5MT(MC後に3ATが追加)。パワー&トルクは64ps/6500rpm、8.7kg・m/4000rpm

 

カプチーノは1995年5月にマイナーチェンジを受け(EA21R型)、オールアルミ製のK6A型658cc直列3気筒DOHC12Vインタークーラーターボエンジンに換装される。同時に5速MTに加えて3速ATを設定し、イージードライブを可能とした。

1998年まで7年あまり生産される。結果的にホンダ・ビート、マツダAZ-1に比べ長寿命となった

 

K6Aエンジンは、ヘッドカバーからロアケースまで本体部品すべてをアルミ合金材で仕立て、そのうえでシリンダーブロックのスカート部とロアケースを一体構造とする。また、シリンダーブロック自体には軽自動車用エンジン初の圧入セミウエットライナーを採用。さらに、ツインカム4バルブ(DOHC12V)のヘッド部には中空カムシャフトや直打式バルブ、ダイレクトチェーンドライブ・カムシャフト駆動を組み込み、メカニカルロスの低減や軽量化を図った。ほかにも、高回転までシャープに吹き上がるショートストローク設計(ボア68.0×ストローク60.4mm)や新タイプの複合センサーにより制御の精度を高めたEPIなどを採用する。もう1点、新オールアルミエンジンではトータルでのコンピュータ制御も試みられた。SHICと呼ぶこの制御機構では、コンピュータに当時最新の16ビットを採用。従来比で約5倍の処理速度を実現し、緻密で最適な燃料噴射&点火タイミングやターボ過給圧などを実現した。パワー&トルクは64ps/6500rpm、10.5kg・m/3500rpmを発生し、690kgあまりの車重を俊敏に加速させる。ユーザーからは「ノーズが軽くなったうえに、加速性能とレスポンスも向上した」と好評を博した。

 

カプチーノはその後、大きな変更を受けることもなく、1998年10月をもって販売を終了する。しかし、ライバルのホンダ・ビートやマツダ(オートザム)AZ-1と比べると生産期間は長かった。AT仕様を設定していた、ハードトップ時はトランクルームが使えた、ボディが丈夫だったなどのメリットもあったが、それよりも重要なのは、「ほかの大ヒット作が生まれたから」という事実だった。そのクルマとは、1993年9月にデビューしたワゴンRだ。バブル景気の崩壊で日本の自動車メーカーの多くは四苦八苦し、車種ラインアップの縮小を余儀なくされたが、スズキはワゴンRが大ヒットしたために車種の整理が少なくて済んだ。もちろん、同社独自の低コスト開発戦略なども効果をあげていた。スズキ渾身の軽リアルスポーツは、身内のクルマの助けを得ながら7年あまりの長寿を全うしたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

東京方面行きが“下り”になる不思議ーー会津線はほのぼの旅に最高の路線

おもしろローカル線の旅〜〜会津鉄道会津線(福島県)~~

 

南会津の山あい、阿賀川(あががわ)の美しい渓谷に沿って走る会津鉄道会津線。2017年4月21日に東京浅草駅から会津鉄道の会津田島駅まで、特急「リバティ会津」が直通で運転されるようになり、山間のローカル線も変わりつつある。

 

さて、今回は1枚の写真から紹介しよう。次の写真は会津下郷駅で出会ったシーン。列車の外を何気なく撮影していた時の1枚だ。

↑会津下郷駅でのひとコマ。列車の発着時にスタッフの人たちがお出迎え&お見送りをしていた。さらに停車する列車の車掌さんも素敵な笑顔で見送ってくれた

 

これが会津鉄道会津線(以降、会津線と略)の、魅力そのものなのかもしれない。緑とともに鉄道を運行する人たち、そして会津の人たちの「素敵な笑顔」に出会い、心が洗われたように、ふと感じた。

 

ほのぼのした趣に包まれた会津線らしい途中駅でのひとこま。南会津のローカル線の旅は、この先も、期待が高まる。

 

【会津線の歴史】 開業してからすでに91年目を迎えた

会津線は、西若松駅〜会津高原尾瀬口駅間の57.4kmを走る。

 

その歴史は古い。およそ90年前の1927(昭和2)年11月1日に、国鉄が西若松駅〜上三寄駅(現・芦ノ牧温泉駅)間を開業させた。その後、路線が延伸されていき、1934(昭和9)年12月27日に会津田島駅まで延ばされている。

 

会津田島駅以南の開通は太平洋戦争後のことで、1953(昭和28)年11月8日に会津滝ノ原駅(現・会津高原尾瀬口駅)まで路線が延ばされた。

 

1986(昭和61)年には、野岩鉄道(やがんてつどう)の新藤原駅〜会津高原尾瀬口駅(当時の駅名は会津高原駅)間が開業した。この路線開通により、東武鉄道(鬼怒川線)、野岩鉄道、会津線(当時は国鉄)の線路が1本に結ばれた。

 

翌年の1987(昭和62)年4月1日には、国鉄が民営化され、会津線はJR東日本の路線になった。さらに同年7月16日に会津鉄道株式会社が設立され、会津線の運営がゆだねられた。

↑会津線ではディーゼルカーが入線するまでC11形蒸気機関車が主力機として活躍した。その1両である254号機が会津田島駅の駅舎横に保存・展示されている

 

【会津線の謎】ちょっと不思議? 東京方面行きが“下り”となる

会津線は西若松駅〜会津田島駅間が非電化、会津田島駅〜会津高原尾瀬口駅間が電化されている。

 

電化、非電化が会津田島駅を境にしているため、会津田島駅から北側、そして南側と別々に運行される列車が多い。北側は会津若松駅〜会津田島駅間、南側は会津田島駅〜新藤原駅・下今市駅間を結ぶ。さらに北はJR只見線に乗り入れ、南は野岩鉄道、東武鉄道と相互乗り入れを行う。

 

会津線全線を通して走るのは快速「AIZUマウントエクスプレス」のみで、会津若松駅〜東武日光駅(または鬼怒川温泉駅)間を日に3往復している。週末には、会津若松駅から北へ走り、ラーメンや「蔵のまち」として知られるJR喜多方駅までの乗り入れも行う。

 

昨年春から運行された特急「リバティ会津」は東京・浅草駅〜会津田島駅間を日に4往復、両駅を最短で3時間9分で結んでいる。以前は直通の快速列車が運行されていたが、最新の特急列車「リバティ会津」の登場で、より快適な鉄道の旅が楽しめるようになっている。

↑会津田島駅まで直通運転された特急「リバティ会津」。会津線内では、各駅に停まる列車と主要駅のみ停車する2パターンの特急「リバティ会津」が運行されている

 

↑快速「AIZUマウントエクスプレス」と、特急「リバティ会津」のすれ違い。会津田島駅〜東武日光駅間では、会津鉄道のディーゼルカーと東武特急とのすれ違いシーンが見られる

 

さて、一部の時刻表などで表記されているのだが、会津線にはちょっと不思議なルールが残っている。通常の鉄道路線では、東京方面行きが上り列車となるのだが、会津線内の西若松駅〜会津田島駅間では会津若松駅行きが上り列車となっている(会津田島駅から南は、会津高原尾瀬口駅方面行きが上り列車となる)。

走る列車番号にも、その習慣が残されていて、会津田島駅行きには下りということで末尾が奇数の数字、会津若松駅行きの上り列車には末尾に偶数の数字が付けられている。

 

この上り下りの基準が、通常と異なるのはなぜなのだろう。

 

【謎の答え】 国鉄時代の名残そのまま受け継がれている

国鉄時代、栃木県との県境を越える野岩鉄道の路線がまだできていなかった。会津線は福島県内だけを走る行き止まり路線だった。

 

行き止まり路線の場合は、ほとんどが起点側の駅へ走る列車が上りとなる。国鉄時代の会津線は、会津若松駅へ向かう列車がすべて上りだった。

 

野岩鉄道の開通により東京方面への線路が結びついたものの、会津田島駅を境にして、上り下り方向の逆転現象は残された。西若松駅〜会津若松駅間ではJR只見線の路線を走る。只見線の列車も、会津若松駅行きを上り列車としており、会津線の上り下りを以前のままにしておけば、同線内で列車番号の末尾を上りは偶数、下りは奇数に揃えられる利点もあった。

↑東武日光駅へ直通運転を行う「AIZUマウントエクスプレス」。漆をイメージした赤色のAT700形やAT750形と、AT600形・AT650形と連結、2両編成で運行される

 

↑2010年に導入されたAT700形やAT750形は、全席が回転式リクライニングシートで寛げる。その一部は1人用座席となっている

【人気の観光列車】 自然の風が楽しめる「お座トロ展望列車」

会津線には週末、観光列車も走っている。その名は「お座トロ展望列車」。2両編成で、1両はガラス窓がないトロッコ席(春〜秋の期間)、もう1両は展望席+お座敷(掘りごたつ式)席の組み合わせとなっている。

 

会津線の絶景スポットとされる3か所の鉄橋上で一時停車。絶景ビューが楽しめる。さらにトンネル内ではトロッコ席がシアターに早変わりする。

 

お座トロ展望列車は乗車券+トロッコ整理券310円(自由席)が必要になる。会津若松駅〜会津田島駅間の運転で、所要約1時間30分。のんびり旅にはうってつけの列車だ。

↑阿賀川を渡る「お座トロ展望列車」。左側のAT-351形がトロッコ席のある車両。右のAT-401形が展望席+お座敷席付きの車両だ。ちなみに阿賀川は福島県内の呼び方で、新潟県に入ると阿賀野川(あがのがわ)と名が改められる

 

↑湯野上温泉駅〜芦ノ牧温泉南駅間にある深沢橋梁。若郷湖(わかさとこ)の湖面から高さ60mを渡る橋で一時停止する。なお写真の黄色い車両AT-103形はすでに引退している

 

【歴史秘話】江戸時代の会津線沿線は繁華な街道筋だった

会津線の旅を始める前に、ここで会津、そして南会津の歴史について簡単に触れておこう。

 

まずは「会津西街道」の話から。会津西街道は会津線とほぼ平行して走る街道(現在の国道121号と一部が重複)のことを指す。会津藩の若松城下と今市(栃木県)を結ぶ街道として会津藩主・保科正之によって整備された。江戸時代には会津藩をはじめ、東北諸藩の参勤交代や物流ルートとして重用された。いわば東北本線と平行して延びる東北道とともに、東北諸藩には欠かせない重要な道路だったわけだ。

 

その栄えた面影は、大内宿(おおうちじゅく)で偲ぶことができる。すなわち、いまでこそ山深い印象がある南会津の里も、江戸時代までは華やかな表通りの時代があったということなのだ。

↑茅葺き屋根の家並みが残る大内宿。会津西街道の宿場として栄えた。会津線の湯野上温泉駅から乗り合いバス「猿游号」が利用可能。所要約20分(日に8往復あり)

 

あと忘れてならないのは、会津藩の歴史だろう。会津若松の鶴ヶ城を中心に3世紀にわたり栄えた会津藩。戊辰戦争により、西軍の目の敵とされた会津藩の歴史はいまでも、その悲惨さ、非情さが語り継がれる。会津藩の領地でもあった南会津や、会津西街道は戦乱の舞台となり、多くのエピソードが残されている。

 

【会津の人柄】朴訥な人柄を示す言葉「会津の三泣き」とは?

会津の人柄を示す言葉として「会津の三泣き」という言葉がある。

 

会津の人は山里に育ったせいか、朴訥な趣の人が多い。それはよそから来た人、とくに転勤族にとっては、時に“とっつきにくさ”を感じさせてしまう。そのとっつきにくさに、他所から来た人は「ひと泣き」する。

 

やがて暮らしに慣れると、その温かな心に触れて「二泣き」する。さらに会津を去るときに、情の深さに心を打たれ、離れがたく三度目の「三泣き」をするというのだ。

 

筆者は、個人的なことながら、会津とのつながりが深く、ひいき目につい見てしまうのだが、このような人々の純朴さは、訪れてみて、そこここで感じる。

 

先にあげたように列車に乗り降りする客人を迎え、見送る駅スタッフや乗務員の人たちの笑顔。こうした会津の人柄を知ると、旅がより楽しくなるだろう。

【車窓その1】まずは会津高原尾瀬口駅から会津田島駅を目指す

さて、会津鉄道会津線に乗車、見どころおよび途中下車したい駅などを、写真をメインに紹介していこう。

 

まずは野岩鉄道との境界駅でもある会津高原尾瀬口駅から。ここは、尾瀬沼への登山口でもある尾瀬桧枝岐方面へのバスが出発する駅でもある。

 

実際に野岩鉄道と会津鉄道の境界駅ではあるのだが、鉄道会社が変わったということはあまり感じられない。野岩鉄道方面から走ってきた電車は、ここでの乗務員交代は行わない。普通列車の大半が、東武鉄道6050型で、この車両は会津田島駅まで野岩鉄道の乗務員により運転、また乗客への対応が行われる。

↑会津高原尾瀬口駅は野岩鉄道との境界駅だが、駅案内には野岩鉄道の社章が付く。停まっているのは東武鉄道6050型電車。野岩鉄道、会津鉄道両社とも同形式を所有・運行させている

 

一方、ディーゼルカーにより運行される「AIZUマウントエクスプレス」は、野岩鉄道、東武鉄道線内も、会津鉄道の乗務員により運転、乗客への対応が行われる。

 

山深い会津高原尾瀬口駅からは、徐々に視界が開けていき、田園風景が広がり始め、20分ほどで会津田島駅へ到着する。

↑会津田島駅に停車する東武鉄道の特急「リバティ会津」。2017年4月に運行を開始した。東京の浅草駅〜会津田島駅間を日に4往復している

 

【車窓その2】「塔のへつり」とは、どのようなものなのか?

会津田島駅からは、非電化ということもあり、よりローカル色が強まる。

 

会津線の駅名表示。見ていると面白い仕掛けがある。田島高校前駅は高校生のイラストとともに「青春思い出の杜」とある。養鱒公園駅(ようそんこうえんえき)は、鱒のイラストとともに「那須の白けむりを望む」。会津下郷駅は昔話の主人公の力持ちのイラストと「会津のこころと自然をむすぶ」という、各駅それぞれ、キャッチフレーズが付けられている。こんなキャッチフレーズを探しつつの旅もおもしろい。

 

会津下郷駅を過ぎると、山が険しくなってくる。阿賀川も間近にせまって見えるようになる。そして塔のへつり駅に到着する。

 

「へつり」とは、どのようなものを指すのだろうか。「へつり」とは福島県または山形県の言葉で「がけ」や「断崖」のことを言う。駅から徒歩3分ほどの「塔のへつり」。阿賀川の流れが生み出した奇景が望める。

↑森のなかにある塔のへつり駅。独特の門が駅の入り口に立つ。景勝地・塔のへつりへは駅から徒歩3分の距離。塔のへつり入口には土産物屋が軒を並べ賑やかだ

 

↑100万年にもわたる阿賀川の侵食作用により造られた塔のへつり。対岸から吊橋が架かる。断崖絶壁に加えて人が歩行できるくぼみもできている

 

【車窓その3】 茅葺き屋根の駅やネコの名誉駅長がいる駅など

塔のへつり駅の隣りの駅が湯野上温泉駅。この駅は、時間に余裕があればぜひ途中下車したい。

 

ここは駅舎が茅葺きという珍しい駅だ。会津鉄道が発足した年に建て替えられた駅舎で、2005(平成17)年度には日本鉄道賞・特別賞も受賞している。

 

駅内には売店があり、また地元・湯野上温泉の観光ガイドも行われている。駅舎のすぐ横には足湯があってひと休みが可能だ。また駅から周遊バスに乗れば、会津西街道の宿場として知られる大内宿に行くこともできる。

↑湯野上温泉駅の駅舎は珍しい茅葺き屋根だ。駅舎内には観光案内所があり、南会津の特産品を中心に多くの土産品が販売される

 

↑湯野上温泉駅にある足湯「親子地蔵の湯」。列車を見送りながら“ひと風呂”が楽しめる。ちなみに駅から湯野上温泉へは徒歩2分〜15分の距離で、23軒の温泉宿や民宿がそろう

 

湯野上温泉駅の先はトンネルが多くなる。湯野上温泉駅〜芦ノ牧温泉駅間は、大川ダムが造られたことにより、1980(昭和55)年に建設された新線区間となっている。ダムにより生まれた湖を迂回するように長いトンネルが続く。

 

大川ダムにより生まれた若郷湖(わかさとこ)が芦ノ湖温泉南駅の手前、深沢橋梁から一望できる。会津若松駅行き列車の左手に注目だ。さらに大川ダム公園駅は、初夏ともなるとホームを彩るあじさいが美しい。

 

そして芦ノ牧温泉駅へ到着する。

 

この駅で良く知られているのが名物駅長の「らぶ」。2代目駅長で、芦ノ牧温泉駅の人気者となっている。施設長の「ぴーち」とともに働いているが、大人気のため営業活動(?)に出かけることも多い。ぜひ会いたいという方は、会津鉄道のホームページ上に“勤務日”が掲載されているので、確認してから訪れたほうが良さそうだ。

↑芦ノ牧温泉駅の名誉駅長「らぶ」がお座トロ展望列車をお見送り。施設長「ぴーち」とともに駅務に励んでいる/写真提供:芦ノ牧温泉駅(※写真撮影等はご遠慮ください)

 

【車窓その4】会津磐梯山が見えてきたら終点の会津若松駅も近い

芦ノ牧温泉駅あたりになると、両側に迫っていた山も徐々になだらかになっていき、沿うように流れていた阿賀川の流れも、路線から離れていく。

 

そして沿線に田園風景が広がっていく。このあたりが会津若松を中心とした会津盆地の南側の入口でもある。いくつか無人駅を通り過ぎると、右手に会津のシンボル、会津磐梯山が見えてくる。

 

南若松駅あたりからその姿はより間近になっていき、そして会津線の起点駅・西若松駅に到着する。

↑会津線の南若松駅付近は田園地帯も多く、好天の日には会津磐梯山の姿が楽しめる。秀麗な姿で、会津地方に伝えられた民謡では「宝の山よ」と唄われてきた

 

↑会津鉄道会津線の起点となる西若松駅。駅表示にJR東日本と会津鉄道の社章が掲げられている。鶴ヶ城の最寄り駅だが、城まで歩くと20分ほどかかる

 

西若松駅は会津線の起点駅だが、ここで終点となる列車はなく、全列車がこの先、JR只見線を走り会津若松駅まで乗り入れている。

 

会津若松駅は、会津若松市の玄関駅。会津藩にちなんだ史跡も多い。街の中心や主要な史跡は、会津若松駅からやや離れているので、まちなか周遊バス「ハイカラさん」を利用すると便利だ。

↑会津若松市の玄関口、JR会津若松駅。会津線の全列車は同駅からの発車となる。駅前に戊辰戦争の際に犠牲となった少年たちを讃えた「白虎隊士(びゃっこたいし)の像」が立つ

 

【超保存版】清水草一が「最新スーパーカー&パフォーマンスカー」28台をひらすら解説。フェラーリ、ランボから国産勢まで

 

 

【解説する人】

モータージャーナリスト

清水草一さん

「サーキットの狼」作者の池沢早人師先生から直接薫陶を受けた唯一の自動車評論家。これまで11台のフェラーリを乗り継いでいます。GetNaviの連載「クルマの神は細部に宿る」をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も先日発売。

 

【ブランド01:フェラーリ】

レース参戦のために存続する世界でただひとつのメーカー

創始者のエンツォ・フェラーリはレーシングチームを経営し、生涯をレース活動に捧げました。その資金稼ぎのために、レーシングカーを乗りやすく改良して販売したのが、同社の市販車部門の始まり。1988年のエンツォが亡くなって以降もF1参戦は継続し、世界中のクルマ好きの憧れとなっています。

 

【モデル01】フェラーリの長い歴史のなかで最もパワフルなV型12気筒エンジン

フェラーリ 

812スーパーファスト

3910万円

名の「812」は「800馬力の12気筒」を表し、FRのロードカーとしてはフェラーリ史上最強と称されるほどのハイパフォーマンスを誇ります。電子制御デバイスが多数盛り込まれ、超弩級の能力を危なげなく体感させてくれます。

SPEC●全長×全幅×全高: 4657×1971×1276㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 800PS(588kW)/8500rpm●最大トルク: 73.2㎏-m(718Nm)/7000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー】

F1をイメージさせるスポーティなインテリア

非日常性を感じさせるF1のようなコックピット。カラーも自由に選択できる。F1システムと呼ばれる独自のトランスミッション形式は、パドルシフト式セミATの先駆的存在です。

 

最新技術が盛り込まれた大柄ながら美しいボディ

ボディは先代のF12ベルリネッタとほぼ同サイズで、前後ともに20インチの大径ホイールが装着されます。ボディ下部にはディフューザーを採用し、高速走行時の空気の流れを調節。

 

最高馬力のエンジンは印象的な赤塗装が特徴

V型12気筒エンジンのヘッド部には赤い結晶塗装が施されています。6.5ℓの大排気量で、フェラーリの自然吸気式エンジンを積む市販車では史上最高となる800馬力を発揮します。

 

旗艦モデルのエンジンは12気筒でなくてはならない

フェラーリは、誰もが認める自動車の頂点、太陽神的存在。その立脚点は、F1グランプリにおける輝かしい戦績にあります。日本でフェラーリといえば市販のスーパーカーですが、海外では第一にレーシングチーム。その栄光を市販車に投影しているという文脈が、他社とは決定的に異なります。

 

すなわち、フェラーリにおけるスーパーカーの出発点は、レーシングカーをちょっと乗りやすくして一般販売したところ。そのため、同社が何よりも重視しているのは、常にエンジン。フェラーリのフラッグシップモデルは、最もパワフルで、最もエレガントな12気筒エンジンを積んでいなければなりません。現在のフラッグシップである812スーパーファストは、その12気筒エンジンをフロントに搭載し、後輪を駆動するFR方式。一般的にスーパーカーと言えば、エンジンをキャビン後方に置くミッドシップがイメージされます。しかし、フェラーリは元々FRからスタートしており、812スーパーファストは原点に回帰したモデルといえます。

 

フェラーリの名声はあまりにも高く、もはや性能は二の次と見る向きもあります。しかし、フェラーリの魂は常にエンジンであり、続いて重視されるのが美しさ。そのプライオリティは不変なのです。

 

【清水草一の目】

ほかでは味わえない官能的なV12エンジン

スーパーカーとしては車高が高く、FRなのでパワーを路面に伝えきれない面がありますが、V12の官能フィールは唯一無二。地上最高のブランド力を満喫できます!

 

【モデル02】ツーリングにも最適なハードトップオープン

ポルトフィーノ

2530万円

車体に収納できるリトラクタブルハードトップを備えたオープンモデルで、優雅な佇まいと優れた多用途性や快適性が特徴。スーパーカーの快楽を満喫できるうえに、日常使いでのストレスが皆無というのは大きな魅力です。

SPEC●全長×全幅×全高:4586×1938×1318㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:600PS(441kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【モデル03】コンパクトなボディにターボエンジンを搭載

488GTB/488スパイダー

3070万円〜3450万円

458イタリアの後継モデルとして登場し、2015年に日本へ導入されました。V8エンジンの排気量はそれまでの4.5ℓから3.9ℓへとダウンサイズされていますが、ターボの採用によって出力、トルクともに大幅な向上が図られています。

SPEC【488GTB】●全長×全幅×全高:4568×1952×1213㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:670PS(492kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【ブランド02:ランボルギーニ】

トラクターなどの製造や販売を手がけていたイタリアの富豪、フェルッチオ・ランボルギーニが、スーパーカー好きが高じて1963年に設立。ミウラやカウンタックなどの名車を生み出しました。99年にアウディ傘下となり、より高品質を追求する現代的メーカーとなっています。

 

伝統のポップアップドアを受け継ぐのは旗艦モデルのみ

巨大なエンジンをキャビン後方に置くミッドシップレイアウト、上方に跳ね上がるように開くポップアップドア……ランボルギーニならではのスタイルは、世界中の人々を虜にし続けています。

 

ポップアップドアは、スーパーカー史上最高のアイドル、カウンタック以来、ランボルギーニの伝統。ただし、それが採用されるのは、フラッグシップモデルのみで、現在はアヴェンタドールに受け継がれています。ドアを開けただけで周囲の空気を一変させてしまう“魔力”は凄まじいです。

 

かつては、クルマのとしての品質に問題があるとも言われていましたが、アウディ傘下となってからは劇的に改善。販売台数でも、フェラーリを猛追しています。

 

 

【モデル04】伝統の跳ね上げドアを受け継いだ“猛牛”

ランボルギーニ

アヴェンタドール

4490万4433円~4996万9107円

カウンタック、ディアブロ、ムルシエラゴと続く往年のモデルに通じる風格と性能を持つランボルギーニの旗艦であり、ブランドアイコン的一台。クーペボディのほか、オープントップ仕様のロードスターもラインナップされています。

SPEC【Sクーペ】●全長×全幅×全高: 4797×2030×1136㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 740PS(544kW)/8400rpm●最大トルク: 70.4㎏-m(690Nm)/5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

オープンモデルもポップアップドア

カーボン製の脱着式ハードトップを備えたSロードスターも発売間近。ドアは当然跳ね上げ式です。

 

最新機能も備えた伝統のV型12気筒

「S」モデルで最高出力が40馬力向上したV型12気筒エンジン。シリンダー休止機構も採用しています。

 

赤いフタを開ける「いかにも」な演出

センターコンソールにフタ付きのエンジンスタートボタンを配置。いかにもスーパーカーらしいです。

 

【清水草一の目】

周囲の注目を集める跳ね上げ式のドア

スーパーカーの象徴的一台。高い性能もさることながら、伝統の跳ね上げドアの威嚇力は無敵で、どこへ行っても子どもたちが集まる!

 

【モデル05】v10エンジンの最新モデル

ウラカン

2535840円〜38462614

クーペやスパイダー、後輪駆動仕様、ハイスペックなペルフォルマンテなど、バリエーションが多彩。いずれのモデルも圧巻の走りを楽しめます。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4459×1924×1165㎜●パワーユニット:5.2ℓV型10気筒エンジン●最高出力/最大トルク:610PS(449kW)/57. 1㎏- m(560Nm)

 

 

【ブランド03:マセラティ】

「三叉の銛」で知られる高級スポーツカーブランド

トライデント(三叉の銛)のエンブレムで知られる、イタリアのラグジュアリースポーツブランド。一時期の経営難から、イタリア最大のメーカーであるフィアットの傘下となり、現在はエンジンなどをフェラーリと共有しています。4ドアGTのクアトロポルテも有名。

 

【モデル06】速さと同時に快適を味わえるGTスポーツ

マセラティ

グラントゥーリズモ

1890万円〜2216万円

タイトなドレスを纏った女性の曲線美を思わせる、エレガントで気品に溢れたフォルムが目を引くクーペモデル。スポーツ性に特化しすぎず、日常的な場面での扱いやすさや利便性、さらに快適性にも配慮したイタリアンGTです。

SPEC【スポーツ】●全長×全幅×全高: 4910×1915×1380㎜●パワーユニット: 4.7ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 460PS(338kW)/7000rpm●最大トルク: 53.0㎏-m(520Nm)/4750rpm●トランスミッション: 6速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

ハイブランドの哲学を味わえる内装

内装はアダルトかつ優美な印象。最新のインフォテインメントシステムを搭載するのも特徴です。

 

フェラーリと共同で開発したV8エンジン

昨年の改良以降、エンジンはフェラーリと共同開発したノンターボ式の4.7ℓV8のみとなっています。

 

センター2本出しでスポーティな印象

名匠・ピニンファリーナがベースデザインを手がけました。マフラーはセンター2本出しでスポーティ。

 

フェラーリ製エンジンを美しいクーペボディに搭載

戦前からの長い伝統を誇るマセラティは、これまで何度も厳しい経営危機に直面。その結果、フェラーリ製エンジンを搭載することになり、いまやそれが最大のウリです。

 

グラントゥーリズモのエンジンは、フェラーリF430用のV8を、ややジェントルにチューンしたもの。それをエレガンスの極致ともいえる美しいクーペボディに積むことで、圧倒的に優美な仕上がりになっています。ボディが重いため速さはそれほどでもありませんが、フェラーリさながらの“陶酔サウンド”を奏でつつ疾走します。

 

トランクを備えた4人乗りのため、フェラーリよりはるかに実用性が高いのもポイント。普段乗りに使えるスーパーカーとして、世界中の富裕層から支持されています。

 

【清水草一の目】

官能的エンジンのフィールは最高

フェラーリ製V8エンジン搭載のスーパースポーツクーペ。エンジンのフィール&サウンドをたっぷり堪能できる、超官能マシンです!

 

【モデル07】上品な佇まいでも走りは◎

グランカブリオ

2000万円〜2175万円

躍動感と優雅さを兼ね備えた4人乗りコンバーチブル。上品な佇まいが特徴ですが、自然吸気式の大排気量エンジンならではの、気持ち良い走りを実現します。

SPEC●全長×全幅×全高:4920×1915×1380㎜●パワーユニット:4.7ℓV型8気筒エンジン●最高出力/最大トルク:460PS(338kW)/53.0㎏-m(520Nm)

 

【ブランド04:アストンマーティン】

ボンドカー”で知られる英国のスポーツカーブランド

英国発祥のスポーツカーブランド。高性能であることはもちろん、高い質感を持つクルマ作りが伝統です。巷でよく知られたアストンマーティンのイメージといえば、映画「007」シリーズでのジェームズ・ボンドの愛車、いわゆる“ボンドカー”として活躍する姿です。

 

【モデル08】エンジンのフィーリングはジェントルにして大迫力

アストンマーティン

ヴァンキッシュ S

3457万9982円〜3691万1983

DBSの後継として2012年に登場したアストンマーティンの旗艦モデル。アルミとカーボンで構成されたスペースフレームに、フルカーボンのボディを組み合わせました。パワーユニットは588馬力を発揮するV12エンジンを搭載しています。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高: 4730×1910×1295㎜●パワーユニット: 5.9ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 588PS(433kW)/7000rpm●最大トルク: 64.2㎏-m(630Nm)/5500rpm●トランスミッション: 8速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

圧倒的な存在感を放つエアロパーツ

走りを究極にまで高めたモデルでありながら、モダンなエアロを装着したスタイリングも高レベルです。

 

軽量なカーボンはスポーティな印象

ドアミラーのほか、外装パーツの様々な箇所に軽量なカーボンを使用。スポーティな印象を与えます。

 

室内はレザーを惜しまずに使用

室内空間は至るところにレザー素材を使用。キルティングレザーが用いられたシートも質感が高いです。

 

まるで英国紳士のように優雅な佇まいがシブすぎる

アストンマーティンといえば“ボンドカー”であり、英国を代表するスポーツカーメーカー。長い低迷時代を乗り越えて、現在は経営も絶好調。手作りの工芸品のようなクルマ作りに定評があります。

 

フラッグシップモデルであるヴァンキッシュは、同社オリジナルの5.9ℓV12エンジンをフロントに搭載。そのフィーリングは、ジェントルでいて獰猛です。

 

しかしながら、人々が目を奪われるのはその速さだけでなく、英国紳士然とした優雅なクーペボディの佇まい。このクルマが似合うのはジェームズ・ボンドをおいてほかにいないのでは——? そう思えるほどのシブすぎるカッコ良さが、アストンマーティンの本質ともいえます。

 

【清水草一の目】

クルマから高貴なオーラがにじみ出る

自然吸気式V12エンジンによる加速力は、いまや飛び抜けたものではありません。しかし、クルマ全体からにじみ出る気品はあまりにも高貴!

 

 

【モデル09】ラグジュアリーなスポーツGT

DB11/DB11ヴォランテ

2278万1177円〜2524万3177

5.2ℓV12ツインターボに、昨年4.0 ℓV8エンジン車が追加。クーペ(上)、オープントップのヴォランテ(下)ともに美しいプロポーションを誇ります。

SPEC【V8】●全長×全幅×全高:4750×1950×1290㎜●パワーユニット:4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:510PS(375kW)/68.8㎏-m(675Nm)

 

【モデル10】獰猛なデザインに刷新

ヴァンテージ

価格未定(2018年発売予定)

AMG製のV8ツインターボをはじめ、最先端技術が数多く搭載されたライトモデルの新型。“獰猛さ”を謳う大胆で斬新なニューデザインも特徴です。

SPEC●全長×全幅×全高:4465×1942×1273㎜●パワーユニット:4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:510PS(375kW)/69.9㎏-m(685Nm)

 

 

【ブランド05:マクラーレン】

メーカーの歴史は浅いが印象的なモデルを輩出

F1チーム「マクラーレン」の市販車部門として2009年に設立。ライバルと比べるとメーカーとしての歴史は浅いですが、印象的なスーパーカーを生み出してきました。なかでも、F1デザイナーが設計したマクラーレンF1は、センターシートを採用した、伝説に残るモデルでした。

 

【モデル11】扱いきれないほどの想像を絶する速さ

マクラーレン

720S

3338万3000円

世界最先端といわれるサスペンションシステムを採用。ワインディングやサーキットなど、高度なドライビングスキルが必要とされるシーンでも、驚異的な操作性を発揮する。限界領域でのコントロール性は群を抜いています。

●SPEC●全長×全幅×全高: 4543×1930×1196㎜●パワーユニット: 4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力: 720PS(537kW)/7500rpm●最大トルク: 78.5㎏-m(770Nm)/5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: MR

 

加速性や操縦性を追求した硬派なクルマ作りを貫く

F1の名門チームがスーパーカー製造に乗り出したという経緯は、かつてのフェラーリを彷彿とさせます。しかも、マクラーレンのクルマ作りの哲学はレーシングカーそのもの。つまりゴージャス感よりも、加速性や操縦性など、絶対的な速さを何よりも重視する“超硬派”メーカーです。世界的トレンドであるSUV市場にも参入しないことを宣言しています。

 

エンジンは全モデルでほぼ同一のV8ターボをベースとし、チューンナップの違いでパワーが異なります。720Sはその名の通り720馬力を誇り、超軽量のカーボン製ボディと相まって想像を絶する速さを見せつけます。速すぎて、公道ではどうにも扱いきれません。さすがはレーシングカーです。

 

 

【清水草一の目】

ついに完成した芸術的フォルム

速さを追うあまり芸術性に欠けていたマクラーレンだが、720Sでついに完成形に。MRスーパーカーとして、究極の美しいフォルムを得た!

 

【ココがスーパー!】

スポーツカーらしい跳ね上げ式ドア

スーパースポーツMP4-12Cから受け継いだ、跳ね上げ式のドア。低目の車高は上げることもできます。

 

スピードに応じて姿を変えるウイング

停車時は格納されているリアウイング。走行速度が上がるにつれて立ち上がる設計となっています。

 

未来的な雰囲気の異形ヘッドライト

エアインテーク(空気取入口)と一体でデザインされたフロントライト。車高の低さが強調される。

 

【モデル12】エントリーでも走りは一流

540C

2242万円

エントリーモデルという位置付けながら、0〜100㎞/h加速が3.5秒、最高速は320㎞/h。上級モデルと比べても遜色のないパフォーマンスを誇ります。

SPEC●全長×全幅×全高:4530×2095×1202㎜●パワーユニット:3.8リッターV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:540PS(397kW)/55.1㎏-m(540Nm)

 

【モデル13】GTは快適さも重視した設計

570GT

2752万7000円

同社のスポーツシリーズ。GTはSよりソフトに味付けされたサスペンションや横開き式テールゲートなどを備えるのが特徴。快適性を重視しています。

SPEC【GT】●全長×全幅×全高:4530×2095×1201㎜●パワーユニット:3.8ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:570PS(419kW)/600Nm(61.2㎏m)

 

 

【モデル14】基幹車もハイパフォーマンス

570S

2617万5000円〜2898万8000円

2016年、ベーシックライン「スポーツシリーズ」のなかで先陣を切ってデビュー。昨年にオープンモデルの570 Sスパイダーが追加されました。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4530×2095×1202㎜●パワーユニット:3.8ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:570PS(61.2kW)/61.2kg-m(600Nm)

 

【ブランド06:ロータス】

ロータスは英国人のコーリン・チャップマンが設立したレーシングチームで、後にF1の名門にまで成長。ヨーロッパは、マンガ「サーキットの狼」で主人公の愛車として知られています。市販車の開発も行っており、エランなどのライトウェイトモデルで人気を博しました。

 

【モデル15】汎用エンジンにチューンを施したスペシャルモデル

ロータス

エヴォーラ

1258万2000円〜1519万5600

ストイックに走りを極めたモデル。乗員の後方にエンジンを積むMR駆動方式を採用しながら後席シートが設置され、普段使いにも適した懐の深さを持ちます。フラッグシップとはいえ小型で扱いやすく、日本の交通環境でも持て余しません。

SPEC【400】●全長×全幅×全高: 4390×1850×1240㎜●パワーユニット: 3.5ℓV型6気筒スーパーチャージャーエンジン●最高出力: 406PS(298kW)/7000rpm●最大トルク: 41.8㎏-m(410Nm)/3000〜7000rpm●トランスミッション: 6速MT/6速AT●駆動方式: MR

 

【ココがスーパー!】

ロータス史上最もパワフル

エヴォーラは多彩なラインナップも特徴。昨年限定販売されたGT430(写真)は最もパワフルです。

 

V型6気筒エンジンはエスティマと共通!

ベースは何とトヨタ製V6エンジン。独自のチューニングを施すことでスポーティに仕立てています。

 

簡素なインテリアに高級感も漂う

必要なもの以外を省いたインテリアがロータス車の特徴。エヴォーラでは高級感が演出されています。

 

トヨタ製V6エンジンがレース的なフィーリングに

小さなエンジンを小型・超軽量のボディに乗せて、大パワーのスーパーカーを食う。ロータスは、そんな独自のスタンスを持つメーカーです。スーパーカーブームを象徴する一台であるヨーロッパはその典型。同社の哲学は、現行のエリーゼやエキシージに生きています。

 

フラッグシップモデルのエヴォーラは、それらよりもやや大きなボディを持ちます。エンジンは、なんとトヨタ製の3.5ℓV6を採用しています。ただし、そのエンジンフィールはトヨタ製とは到底思えないほどスポーティで、さすがはロータスチューンと唸らされる。同社としては大きめのボディのため、快適性も高いです。乗ればヒラリヒラリと、フィギュアスケーターのように路上を舞ってくれます。

 

【清水草一の目】

妥協を感じないコーナリング性能
ロータス車としてはやや大きく重いですが、公道走行ではこのあたりがベスト。同社の命であるコーナリング性能には妥協が感じられない!

 

【モデル16】爽快な走りの軽量モデル

エキシージ

880万円〜1366万2000

エントリー車のエリーゼをベースとした軽量スポーツモデル。クルマと一体になって走れる爽快感は、スーパーカーのなかでもすば抜けて高いです。

SPEC【スポーツ380】●全長×全幅×全高:4080×1800×1130㎜●パワーユニット:3.5ℓV型6気筒スーパーチャージャーエンジン●最高出力/最大トルク:380PS(280kW)/41.8㎏-m(410Nm)

 

【ブランド07:シボレー】

パワフルなスーパーカーが世界を魅了し続ける

シボレーは、アメリカ「BIG3」のひとつゼネラルモーターズの主要ブランドのひとつ。同ブランドのスーパーカーといえば、1954年にデビューしたコルベットです。パワフルな大排気量エンジンやマッチョなスタイリングで、北米だけでなく世界を魅了し続けています。

 

【モデル17】マッチョなアメ車の象徴が現代的でスタイリッシュに

シボレー

コルベット

1120万2500円〜1545万4800円

初代登場から約65年の歴史を持つ、アメリカンスーパーカーの代名詞モデル。多気筒、大排気量というアメ車の定石に則った作りが魅力です。欧州系スーパースポーツとも互角に渡り合える個性とパフォーマンスを持ち合わせています。

SPEC【グランスポーツ クーペ】●全長×全幅×全高: 4515×1970×1230㎜●パワーユニット: 6.2ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 466PS(343kW)/6000rpm●最大トルク: 64.2㎏-m(630Nm)/4600rpm●トランスミッション: 7速MT/8速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

大迫力の排気音が気持ちを高ぶらせる

4本のマフラーがリアバンパー下部中央に並びます。その排気音も大迫力で、気分を高めてくれます。

 

大ボンネット内のフロントエンジン

フロントの長大なボンネット内に収められた6.2ℓV8エンジン。次期型はミッドシップという噂も。

 

オープン仕様のコンバーチブル

オープン仕様のコンバーチブルも人気が高い。アメリカの西海岸を走る姿をイメージできます。

 

ワイドな車体に強力エンジンを搭載

グランスポーツが昨年に追加されました。さらにワイド化された車体に強力なエンジンを搭載しています。

 

アメ車らしいパワフルさと緻密なテクノロジーが融合

コルベットは、アメリカ唯一のスーパーカー。アメ車というと、大排気量のパワーだけで押す直線番長というイメージが一般的ですが、コルベットは違います。なかでも、Z06やZR1といったスペシャルモデルは、600馬力を超える大パワーを、レーシングテクノロジーを生かして見事に路面に伝えます。その緻密な設計には、「これがアメ車か?」と感嘆させられます。

 

ただし、いたずらにハイテクを追ってはいません。コルベットのエンジンは、古めかしいOHV(オーバーヘッドバルブ)方式を採用。バイクでいうハーレー・ダビッドソンのような、独特のアメリカンなフィーリングをしっかり感じられます。伝統を守ることもまた、スーパーカーの命なのです。

 

【清水草一の目】

十分な性能だがもっとマッチョに!

性能は文句なくアメ車の味わいも十分ですが、スタイルに「フェラーリコンプレックス」が色濃い。個人的にはさらなるマッチョ感を望む!

 

 

【ブランド08:ポルシェ】

超有名ブランドにしてスポーツカーの象徴でもある

フォルクスワーゲンの開発者だったフェルディナント・ポルシェ博士とその息子が創業した超有名ブランド・ポルシェは、マニア垂涎のスポーツカーメーカーだ。すでに50年以上販売され続けているフラッグシップモデル911の歴史は、スポーツカーの歴史です。

【モデル18】スポーツカーのベンチマーク的存在

ポルシェ

911

1244万円〜3656万円

長きにわたってRRの駆動方式を中心に採用している、スポーツカーのベンチマーク的存在。走行性能の高さはもちろん、カレラシリーズをはじめとするターボ系やGT3といった、多彩なバリエーションを揃えていることも人気の要因です。

SPEC【カレラ4 GTS】

●全長×全幅×全高: 4528×1852×1291㎜●パワーユニット: 3.0ℓ水平対向6気筒ターボエンジン●最高出力: 450PS(331kW)/6500rpm●最大トルク: 56.1㎏-m(550Nm)/2150〜5000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

簡素ながらもスポーティな内装

内装はシンプルかつスポーティ。MT車もラインナップしますが、現在では販売のほとんどがATです。

 

伝統のRR駆動を継続して採用

911では、ボディ後方に水平対向エンジンを搭載し、後輪で駆動するRRが継続して採用されてきました。

 

レーシングカーと同等のエンジン

今年のジュネーブショーでデビューしたGT3 RS。歴代最高性能のノンターボエンジンを搭載します。

 

 

【清水草一の目】

スタンダードほど快適性が高い

グレード構成が幅広く、性能も大差がありますが、スタンダードクラスほど快適性が高いのが特徴。トップエンドはまるでレーシングカーです。

 

操縦性や快適性も備えた無敵のスポーツカー

ポルシェは以前より、4人乗りで前部にトランクを備える、“最低限の実用性”を持つスポーツカーとして支持されてきました。そのため、「ポルシェはスーパーカーではない」と見る向きもあります。ですが、少なくともトップエンドモデルでは、あらゆる性能が「スーパー」。GT3やターボSがそれです。

 

かつては「バババババ」と回る空冷エンジンがポルシェの代名詞でしたが、効率化のため水冷になってすでに20余年。快適性も大幅に向上し、“楽チンにブッ飛ばせる”無敵マシンとなっています。RRレイアウト車では、お尻が重すぎて操縦性がシビアだったのも昔の話。課題をすべて解決した現代のポルシェは、何ひとつ犠牲にしないオールマイティなスーパーカーです。

 

【モデル19】時代の声に応えるミッドシップコンパクト

718ケイマン

673万〜999万円

車名に「718」が追加されたコンパクトスポーツは、エンジンをダウンサイズするなど大幅改良。燃費性能もなおざりにせず、時代に合わせた進化を遂げています。

SPEC【GTS】●全長×全幅×全高:4393×1801×1286㎜●パワーユニット:2.5ℓ水平対向4気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:365PS(269kW)/43.8㎏-m(430Nm)

 

【モデル20】開放感きわまるミッドシップオープンスポーツ

718ボクスター

712万〜1038万円

水平対向エンジンをミッドシップ搭載するオープンスポーツ。1996年に登場し、現行型で3代目となります。クーペ仕様のケイマンは、同車の2代目から派生しました。

SPEC【GTS】●全長×全幅×全高:4379×1801×1272㎜●パワーユニット:2.5ℓ水平対向4気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:365PS(269kW)/42.8㎏-m(420Nm)

 

【ブランド09:メルセデス・ベンツ】

【モデル21】レーシング魂を感じられるスーパースポーツクーペ

メルセデス・ベンツ

AMG GT

1709万円〜2325万円

同社のスポーツブランドであるAMGのレーシングスピリットとテクノロジーが投入されたスーパークーペ。往年のレーシングカー300SLを彷彿させる「AMGパナメリカーナグリル」を採用した外観が、独特のキャラクターを構築します。

SPEC【R】●全長×全幅×全高: 4550×1995×1285㎜●パワーユニット: 4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力: 585PS(430kW)/6250rpm●最大トルク: 71.4㎏-m(700Nm)/1900〜5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

強大なパワーを誇る4.0ℓエンジン

4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジンに、7速のAMGスピードシフトDCTを組み合わせました。強力なパワーを後輪に伝えます。

 

軽量トップで高い静粛性を実現

オープンのロードスターは、マグネシウム、スチール、アルミを組み合わせたソフトトップを採用。軽量ながら静粛性も高いです。

 

存在感を主張するスタイリング

ワイドなボディ幅に超ロングノーズを備えた迫力のスタイリング。同ブランドの最高峰モデルであることをアピールしています。

 

ブランドの名に恥じない高級感

室内は適度にタイトで、同社らしく様々な高級素材が採用されているのが特徴。上質感にあふれた雰囲気が演出されています。

 

 

メルセデスらしからぬ危険な香りがプンプン漂う

AMGのコンセプトは、「ベンツの快適さはそのままに、戦車のごとく力強く、ミサイルのごとく速く移動するマシン」だ。しかし、AMG GTは少し異なります。何しろ、同車は専用設計のスーパーカー。FRレイアウトのため、あり余るパワーを路面に伝えきれず、簡単にホイールスピンをかます。雨の日に乗ろうものなら、メルセデスらしからぬ危険な香りがプンプンと漂うことでしょう。

 

しかし、さすがはメルセデス、実用性のことは忘れていませんでした。同車にはまもなく4ドアクーペが追加されます。そちらは4WDのみで、ハイブリッド車も用意されます。ハイパワー版は最高315㎞/hで、もちろんAMGらしく力強い走りも楽しめるはずです。

 

【清水草一の目】

伝統から脱却したキモカッコ良さ

目を引くのは、深海生物的なぬめっとしたフォルム。スーパーカーの伝統的なカッコよさとは一線を画した、キモカッコ良さがあるぞ!

 

 

【ブランド10:BMW】

「スーパーPHEV」で世界に衝撃を与えた

BMWは、M1やZ8など歴史に残るスーパーカーを発売してきました。同社ではZ8(2003年に販売終了)以来となるスーパーカーのi8は、なんとプラグインハイブリッド仕様。スーパーカーのイメージとは相反する高い環境性能を備えた同車の登場は、世界に衝撃を与えました。

 

【モデル22】BMWが歩む道を示す近未来スーパークーペ

 

BMW

i8

2093万円〜2231万円

エコカーとして注目されているプラグインハイブリッドカーを、スポーティなクーペスタイルで実現した次世代スーパーカー。コンパクトカーに匹敵する燃費性能と、他のスーパーカーに劣らない走行パフォーマンスを両立します。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高: 4690×1940×1300㎜●パワーユニット: 1.5ℓ直列3気筒ターボエンジン+モーター●エンジン最高出力: 231PS(170kW)/5800rpm●エンジン最大トルク: 32.6㎏-m(320Nm)/3700rpm●トランスミッション: 6速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

約15秒で開閉するオープン車が追加

最新の改良ではオープンモデルが追加されたのが目玉。スイッチを押せば約15秒で開閉できます。

 

上方へと開くバタフライドア

低くワイドなスタイリングはいかにもスーパーカー。上方開きのバタフライドアがそれを強調します。

 

出力がアップした電動パワートレイン

デビュー5年目にして改良されたパワートレインは出力が大幅に向上。バッテリー容量も拡大されました。

 

近未来デザインのインパネ回り

大画面を備えたインパネ回りは近未来的。「スポーツ」モードでモーターの機能が最大に発揮されます。

 

どんなスーパーカーより未来的なルックスと構造

走りの性能という点だけ見れば、i8をスーパーカーと呼ぶことに抵抗を感じる人もいるでしょう。しかし、そのルックスや構造は、どんなスーパーカーよりも未来的です。

 

アルミとカーボンの組み合わせによる超軽量ボディに積まれるのは、たった1.5ℓの3気筒エンジン+電気モーターのハイブリッドシステム。システム最高出力は374馬力と、600馬力が当たり前のスーパーカー界においては見劣りする。とはいえ、プラグインゆえにモーターのみで50㎞ほど走行することも可能で、新世代のサステナブルなスーパーカーとしてその地位を確立しつつあります。最新のマイナーチェンジでオープンモデルも登場。スーパーカーとしての価値をさらに高めています。

 

 

【清水草一の目】

スーパーカーの新境地を開いた

絶対的な速さを捨て、未来のデザインと抜群の環境性能で存在感を示しています。従来モデルにはないスーパーカーの新境地を開いた意欲作です!

 

【ブランド11:アウディ】

レース技術を満載するR8が初のスーパーカーとして成功

アウディはこれまでに数多くのスポーツモデルを手がけてきましたが、スーパーカーとして開発されたのは、2006年に登場したクーペ型のR8が初めて。レースで磨かれたテクノロジーを満載する同車の販売は成功し、16年には2代目へとモデルチェンジを果たしました。

 

【モデル23】インテリジェンス溢れるプレミアムスポーツ

アウディ

R8

2456万円〜2906万円

同車史上最高性能を誇るV10ユニットをミッドシップ搭載し、最高出力540PS/最大トルク540Nmを発揮。圧倒的なポテンシャルを持ちながらも日常的な場面で気難しさは皆無で、扱いやすいスーパーカーに仕上げられています。

SPEC【スパイダー】●全長×全幅×全高: 4425×1940×1240㎜●パワーユニット: 5.2ℓV型10気筒エンジン●最高出力: 540PS(397kW)/7800rpm●最大トルク: 55.1㎏-m(540Nm)/6500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

日常的に使いやすいスマートな加速性能

デュアルクラッチトランスミッションの7速Sトロニックを搭載。加速はスマートでスムーズです。

 

コックピット風のスポーティな運転席

戦闘機のコックピットを思わせるスポーティな運転席。正面に大型ディスプレイも備えるのも特徴です。

 

最先端技術を用いて設計されたボディ

ボディ素材にはアルミやカーボンを採用。下面は空力性能に配慮してフラットな設計になっています。

 

クールで高級感のあるスタイリング

プレミアムブランドらしい上質感に満ちたデザイン。プラスグレード(左)のスポイラーは固定式です。

 

理知的でジェントル、それでいて官能的

アウディは1999年からランボルギーニの親会社となったことで、スーパーカー作りのノウハウを吸い上げてきました。そして、アウディならではのスーパーカーとして誕生したのがR8です。

 

現行型の2代目R8は、V10エンジンなどをランボルギーニ ウラカンと共有しますが、乗り味はまったく異なります。ひたすら獰猛なウラカンに比べると、R8は理知的でジェントル、それでいて官能的。アウディらしい、安心できるスーパーカーに仕上がっています。駆動方式はもちろん、アウディ伝統のクワトロ(フルタイム4WD)です。

 

ルックスでは、他のアウディ車と同様に、シングルフレームグリルを備えるのが特徴。“一族”であることをアピールしています。

 

 

【清水草一の目】

効率を求めずに官能性を追求

いたずらに効率性を追うことなく、あえて自然吸気式のV10エンジンを温存したのがポイント。官能性を追求しているのが素晴らしい!

 

 

【ブランド12:レクサス】

真の実力が垣間見れるトヨタの高級ブランド

レクサスはトヨタの高級ラインという位置づけ。2010年に500台限定のスーパーカーLFAを発売するなど、ブランドのスペシャルなイメージを構築してきました。昨年には、カタログモデルの大型クーペとしてLCが登場。LFA以来のレクサススーパーカー復活となりました。

 

【モデル24】ラグジュアリーなルックスに意欲的なメカニズムを搭載

レクサス

LC

1300万円〜1525万円

これ見よがしに主張するスーパーカーとは一線を画し、プレミアムブランドにふさわしい快適性を備えた、懐の深さを信条とするラグジュアリークーペ。大パワーを生かした攻めの走りというよりは、優雅にクルージングする姿が似合います。

SPEC【LC500 Sパッケージ】●全長×全幅×全高: 4770×1920×1345㎜●パワーユニット: 5.0ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 477PS(351kW)/7100rpm●最大トルク: 55.1㎏-m(540Nm)/4800rpm●トランスミッション: 10速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

2種類の最新パワートレインを用意

パワートレインは、加速感に趣のある5.0ℓV8エンジンと、環境性能に配慮したハイブリッドを設定。

 

スポーツ走行をサポートする機能

後輪自動操舵システムやギア比可変ステアリングなどの機能を搭載。最新テクノロジーを駆使します。

 

触感まで追求したプレミアムな内装

内装の素材や形状は、触れるところのフィット感まで計算し尽くされています。高級車らしさが光ります。

 

高出力エンジンの快音はまさにスーパーカーのそれ

一見するとラグジュアリークーペのLCだが、なにしろ5ℓのV8自然吸気エンジンを積んでいるのですから、スーパーカーと呼んでさしつかえはないでしょう。

 

実際に走ってみると、ボディは約2tあるため加速はそれほどでもありませんが、その快音はまさにスーパーカー。V6エンジン+電気モーターのハイブリッドモデルをラインナップしているところに、トヨタらしい気遣いが感じられます。

 

【清水草一の目】

実用性を含めて高い完成度を誇る

性格的には高級クーペですが、その完成度は驚くほど高く、メルセデス・ベンツ SLなどに対抗できます。スタイリッシュで快適性もピカイチ!

 

 

【モデル25】従順な操作感で安心・安全

RC F

982万4000円〜1059万4000

LCよりひとクラス小さいクーペ車のRCに設定されたハイパフォーマンスモデル。操作感は従順で、安全かつ安心して大パワーを堪能できます。

SPEC●全長×全幅×全高:4705×1850×1390㎜●パワーユニット:5.0ℓV型8気筒エンジン●最高出力/最大トルク:477PS(351kW)/54.0㎏-m(530Nm)

 

【ブランド13:ホンダ】

日本を代表するスーパーモデルが2016年に復活!

ミッドシップレイアウトやアルミモノコックボディなど、先進のスタイルとメカニズムで1990年に登場した初代NSXは、日本初のスーパーカー。一時生産中止となっていましたが、2016年に復活し、世界中のファンを歓喜させました。

 

【モデル26】高性能でモダンな現代的ハイパースポーツ

ホンダ

NSX

2370万円

パワーユニットは、V6ツインターボエンジンと3基のモーターによって構成される「SPORT HYBRID SH-AWD」を搭載。モーターとエンジンの協調によるパワフルな加速を実現しつつ、優れた環境性も発揮します。

SPEC●全長×全幅×全高:4490×1940×1215㎜●パワーユニット:3.5ℓV型6気筒ツインターボエンジン+モーター●エンジン最高出力:507PS(373kW)/6500〜7500rpm●最大トルク:56.1㎏-m(550Nm)/2000〜6000rpm●トランスミッション:9速AT●駆動方式:4WD

 

【ココがスーパー!】

4WDで洗練された走行フィーリング

モーターを用いた4WDが極めてスムーズな加速を実現。コーナリング中の挙動変化も抑えられます。

 

ターボが加えられた現代的なエンジン

3.5ℓV6エンジンにはターボが加えられました。独立制御される3基のモーターもスポーツ性能を高めます。

 

10年を経て登場した2代目は圧倒的な走りが健在!

日本初のスーパーカー・NSXの2代目は、初代が生産中止になってから10年を経てようやく登場しました。システム最高出力は581馬力を誇り、十分過ぎるほどに速いです。

 

しかもフロントのモーターのトルクを変化させることで、恐ろしいほど鋭く曲がります。スーパーカー日本代表の名に恥じない、卓越した走りを実現しています。

 

 

【清水草一の目】

最高クラスの走りを電子制御で実現

世界最高レベルの加速とコーナリングは、すべて緻密な電子制御の賜物です。一方で、スタイリングが凡庸で、何の特色もないのは残念。

 

 

【ブランド14:日産】

毎年のように改良されて性能がブラッシュアップ

2007年にデビューした日産初のスーパーカー・GT-Rは、同社がグローバル展開を視野に入れて開発した現代的なスーパースポーツ。ほぼ毎年のように改良モデルが登場し、走りを中心に性能がブラッシュアップされています。

 

【モデル27】走りが研ぎ澄まされた世界基準のジャパンスポーツ

日産 GT-R

1023万840円〜1870万200

スカイラインGT-Rの発展後継車で、圧倒的なパフォーマンスを誇る国産屈指のスーパースポーツカー。基本性能の高さはもちろんのこと、ハイテク装備による車両制御が実現する、異次元の操縦安定性は特筆ものです。

SPEC【NISMO】●全長×全幅×全高:4690×1895×1370㎜●パワーユニット:3.8ℓV型6気筒ツインターボエンジン●最高出力:600PS(441kW)/6800rpm●最大トルク:66.5㎏-m(652Nm)/3600〜5600rpm●トランスミッション:6速AT●駆動方式:4WD

 

ハイコスパな一台に世界中のファンが熱狂

初代GT-Rの登場から10年以上が経っているが、たゆまぬ進化により、いまでは実質的な世界最速車として認められています。その圧倒的な走行性能を考えれば、価格はかなりリーズナブルです。

 

海外に熱狂的なファンが多くいるのも同車の特徴。陸上100メートル世界記録保持者のウサイン・ボルトもそのひとりです。

 

【ココがスーパー!】

必要な情報を取捨選択して表示

インパネ中央にディスプレイを搭載。運転に必要な各種情報を任意で選んでデジタル表示できます。

 

ファンの郷愁を誘うテールランプ形状

丸目4灯式のテールランプは、唯一残されたスカイラインらしさ。ノスタルジーを感じさせます。

 

【清水草一の目】

チューニングで超パワーアップ

スペックを見るとそれほどでもありませんが、実際の速さは世界一。チューニングで1000馬力にすることもできるなど、ある意味で別格の存在です!

 

 

【連載をまとめたムックが好評発売中】

タイトル:清水草一の超偏愛クルマ語り

価格:926円+税

 

 

20年ぶりにモデルチェンジしたジムニーの魅力とは?

スズキの軽自動車・ジムニーが、この度20年ぶりにフルモデルチェンジを行いました。ここでは、本格的なオフロード車として高い人気を誇るジムニーの新型の魅力に迫ります。

 

コンパクトな軽ながらプロも納得のオフロード性能を備える4WD

スズキ

ジムニー

145万8000円〜184万1400円

約20年ぶりのフルモデルチェンジとなった4代目。新開発ラダーフレームや、FRエンジンレイアウト、独自方式のサスペンションなどにより、高い悪路走破性を実現しています。

SPEC【XC・4AT】●全長×全幅×全高:3395×1475×1725㎜●車体重量:1040㎏●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/6000rpm●最大トルク:9.8㎏-m(96Nm)/3500rpm●WLTCモード燃費:13.2㎞/ℓ

 

↑同車伝統のラダーフレーム構造が進化。ねじり剛性を従来の約1.5倍に高めつつ、上下方向に柔らかくすることで乗り心地の良さも追求しました

 

↑シートは幅広のためオフロード走行でも乗り心地は良好。シート表皮には撥水ファブリックを採用するため、少々の水濡れなら問題ありません

 

↑リアシートを倒せば荷室容量は352ℓに。フロアは完全なフラットとなり、スクエアな室内空間と相まってスペースをムダなく使えます

 

本格オフローダーらしいスクエアなフォルムに回帰

ジムニーは軽自動車初の4WDとして1970年に登場。小型ボディならではの取り回しの良さと、それに見合わない悪路走破性の高さで人気となり、世界累計約285万台を販売するロングセラーです。

 

約20年ぶりとなる今回のフルモデルチェンジでは、スクエア型に回帰したボディに注目したいところ。近年のトレンドであるクロスオーバーSUV的な丸みを帯びたデザインとは一線を画し、メルセデス・ベンツ Gクラスのような本格オフローダーとしての風格をたたえています。新開発のラダーフレームなどを採用し、そのスタイリングに悖らない走行性能を備えるのも好印象。

 

衝突被害軽減ブレーキ「デュアルセンサーブレーキサポート」をはじめ、安全装備も最新機能を搭載。レジャー用途から山間部や積雪地などの交通手段に至るまで、あらゆるシーンで誰もが快適に使えるクルマに仕上げられています。

 

 

<LINE-UP>

1.5ℓエンジンで動力性能を高めた

ジムニーシエラ

176万400円〜201万9600円

ジムニーのデザインや使い勝手を踏襲しつつ、新開発の1.5ℓ「K15Bエンジン」を採用して動力性能を高めました。ジムニーと同じく、予防安全技術「スズキ セーフティ サポート」を搭載しています。

子鉄&ママ鉄必見!夏休みの締めくくりは、ドクターイエローに会いに行こう!――『スーパー特急のひみつ100』

男の子のママあるあるだと思うのだが、今まで電車になどまったくもって興味がなかったのに、我が子が電車に目覚め、プラレールにハマり、呪文のように列車名を唱え始めると、嫌でも電車の種類を覚えてしまう。

 

散歩コースとして、線路沿いの「電車がよく見えるスポット」をしっかりおさえている。ハッピーセットにトミカのおもちゃがつくとわかるや否や、息子を喜ばせたいがためにマックに通う。なんならコンプリートしたいので、同じく男の子を持つママ友とトレードしたり。いつのまにか自分自身が電車好きになっていた、なんてことは珍しくない。

 

そして、子どもも親も電車に夢中になると、おそらくこんな願いが心の中に生まれてくるのではないだろうか。

 

ドクターイエローを生で見たい!」と。

 

 

子鉄&ママ鉄の憧れ!「ドクターイエロー」とは

ご存じない方のために簡単に説明すると、「ドクターイエロー」とは線路の歪みや架線の状態などを走りながら調べる、いわば「電車のお医者さん」。輝く黄色のボディが印象的だ。

 

東京~博多間を10日に1回ほどの頻度で走っていて、運行予定などは公に発表されていない。そのため、見かけたら幸せになれるというジンクスがあるくらいである。

 

独身の頃、出張や帰省で東京~大阪間をかなり頻繁に移動していた私だったが、実は一度もお目にかかったことがなかった。そもそも「ドクターイエロー」という存在を知らなかったため、もし遭遇していたとしても視界に入っていなかったのかもしれないが。

 

今回は、そんな幸福の黄色い新幹線・ドクターイエローをなんとか生で見たいと思い、見事成功した私の記録をお伝えしたい。

 

 

ネットを駆使してドクターイエローに出会う!

確実にドクターイエローを見るためのポイントは2つ。

 

ネットで検測時刻をリサーチ

まずは、いつ走るかがわからないと始まらない。

 

JRに勤めている友人に聞いたらダイヤを教えてくれないかとも思ったが、さすがにそれ無理だろう。というわけで、ネットで検索しまくった結果、ドクターイエローに関する情報や今月の検測(走行、ではなく検測というのも、なんだか通っぽくていい)予想日をアップしているブログやHPにヒット!

 

なかには、ビックリするくらい細かい情報をアップしてくれているブログもあり、アメンバーであれば「○○駅は何時頃通過予定ですか?」などというコメントにも、親切に返答してくれていた。一体どこのどなたなのだろうか。ドクターイエローへの深い愛情を感じずにはいられない。

 

ひとつのブログで確認できればOKだが、複数のサイトの情報を見比べておくとさらに安心である。

 

当日は、ツイッターや掲示板などでリアルな運行状況をチェック

ドクターイエロー通の方の情報はほぼ間違いがないが、もちろん運行状況に乱れが起こることも有り得る。

 

そこで、当日はツイッターやドクターイエローマニアたちの掲示板をマメにチェックしておこう。「西の皆さん、東京駅をいま出発しました!」「○○駅、いま通過しました!」など、ドクターイエローが今どのあたりを走っているかがリアルタイムでわかるのだ。

 

自分が待機している駅近くの投稿や情報が得られれば、ドクターイエローはもう目の前だ。

 

私の場合は、ちょうど帰省とドクターイエローののぞみ検測日が重なることをキャッチしたため、岐阜羽島駅にて待機。予定時刻が近づくに連れて、ホームには少しずつ人が集まってくる。今日は通過するだけなのに。どうやら毎月来ている人もいるようだ。ドクターイエロー、半端ないって。

 

そして見事、ドクターイエローが通過していくところに遭遇できた。こだま検測であれば停車しているドクターイエローを拝めたのだが、致し方ない。ほんの数十秒だったが、そのかっこよさと言ったら…写真にもバッチリおさえることができた!

 

もう、とにかくカッコいいのだ。オーラが違う。息子も大喜びしていたが、私自身がめちゃめちゃ興奮してテンション上がりまくりだった。

 

 

見たい!乗りたい!特急列車が目白押し

あれから数年。最近は少し電車への熱が下がり気味だった息子と私だが、こんな本を見つけて、再びアツい想いが再燃! 『スーパー特急のひみつ100』(栗原 景・著/学研プラス・刊)は、見開きにドカンと迫力ある電車の写真が載っていて、文句なしにカッコいい!

 

息子と2人でページをめくるたび、「あ、これ乗ったことある!」「うわ、めちゃカッコいい!」と盛り上がる盛り上がる。

 

外観や車両の特徴、豆知識なども盛り込まれているので、「へーそうだったのかー!」という発見もあり、見ていて飽きない。

 

いろいろと気になる電車はあったが、「かっけー!」と声を揃えたのがラピート。なんばと関西国際空港を結ぶ南海電鉄のアクセス特急で、ロボットみたいな顔と発色の良いブルー、「レトロフューチャー」をテーマにした車両デザインに魅了されてしまった。客室の窓が楕円形なのもクールだ。

 

それから、車両のデザインだけでなく、内観や設備などがユニークなものも。阿蘇~別府間を走るJR九州の「あそぼーい!」は、木のボールのプールや図書館など、親子で楽しめる設備がたくさんあるとのこと。

 

東京~新庄間を走るJR東日本の「つばさ」には、なんと足湯や湯上がりラウンジつきの車両があるらしい。

 

鹿児島中央~指宿間を走るJR九州の「指宿のたまて箱」は、ドアが開くと、浦島太郎がたまて箱を開けた時の煙に見立てて、ミストが出るのだとか! いつか乗ってみたい。

 

 

お金がかからず、最高の想い出が作れること間違いなし!

これらの列車は、ドクターイエローと違って運行時刻が簡単にわかるので、乗車することはもちろん、お目当ての列車を見るために駅に行くだけでも楽しめる。

 

夏休みも残りわずか。テーマパークなどに遊びに行くのもいいが、どこも混雑しているだろう。何かとお金もかかる。ここはひとつ、駅へお好みの特急列車に会いに行くというプランはいかがだろうか。

 

そして、タイミングがあえば、ぜひドクターイエローとの遭遇にチャレンジしてみてほしい。我が家は、ラピート目的でなんばまで遊びに行こうかと計画中である。

 

 

【書籍紹介】

 

乗ってみたい! スーパー特急のひみつ100

著者:栗原景
発行:学研プラス

日本全国の特急列車のひみつを100紹介。新幹線からJR、私鉄の特急、観光特急から通勤特急まで、たくさんの列車を掲載する。迫力の写真と正面のイラスト、くわしいデータなど、乗りたくなる情報が満載のSG(スゴイ)100シリーズ第6巻。

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【中年名車図鑑|ホンダ・ビート】豊富な開発資金を背景に生まれた斬新な軽スポーツカー

1990年代初頭に相次いで登場した軽自動車のスポーツカーたちは、その頭文字から“平成ABCトリオ”と呼ばれた。Aは1992年10月デビューの「マツダ(オートザム)AZ-1」、Bは1991年5月に発売した「ホンダ・ビート」、Cは1991年10月発表の「スズキ・カプチーノ」を指す。各車が主張するスポーツ性はさまざまで、ボディ形状やエンジンレイアウトなどを含めて非常に個性的だった。今回から3席に分けて、ABCモデルの名車ぶりを紹介していこう。トップバッターは最初にリリースされたホンダ・ビートだ。

【Vol.79 ホンダ・ビート】

1980年代後半は軽自動車の高性能化が一気に加速した時代だった。スズキのアルト・ワークスやダイハツのミラ・ターボTR-XX、三菱自動車のミニカ・ダンガン、富士重工業のスバル・レックス・コンビ・スーパーチャージャーVXなどがハイパフォーマンス軽自動車の№1を目指して凌ぎを削る。ユーザーにとっても安い価格と維持費で速いクルマが購入できるため、このムーブメントは歓迎された。

 

1990年1月に軽自動車の規格が改定されてエンジン排気量が660cc以内、ボディサイズが全長3300×全幅1400×全高2000mm以内になると、各自動車メーカーはこぞって新規格に合わせた軽自動車をリリースする。当時はバブル景気真っ盛りのころ。豊富な開発資金を背景に、まっさらなニューモデルが数多くデビューした。同時に、市場からはより高性能な軽自動車の登場を望む声が一気に高まる。これに応える形で、メーカー側は軽ピュアスポーツの企画を積極的に推し進めた。

 

■ミッドシップレイアウトを採用したホンダの軽スポーツ

軽自動車ながら、2シーターミッドシップオープンという趣味性の高いモデルに仕立てられた。専用設計のミッドシップ用プラットフォームと高剛性のオープンモノコックボディを採用

 

まず先陣を切ったのは、本田技研工業だった。1991年5月、軽自動車初の本格的な2シーターミッドシップオープンスポーツとなる「ビート」(PP1型)を市場に放つ。車名は英語で強いリズム、心臓の鼓動などを意味するBEATに由来。風を切るときめき、走らせる楽しさを響かせるクルマであること表していた。

 

“Midship Amusement”のキャッチを冠したビートは、基本骨格に専用設計のミッドシップ用プラットフォーム(ホイールベース2280mm)と高剛性のオープンモノコックボディを採用する。懸架機構にはフロントにマクファーソンストラット、リアにデュアルリンクストラットをセットし、タイヤには前後異形サイズ(前155/65R13、後165/60R14)を装着。各構成パーツのレイアウトにも工夫を凝らし、重心高は低めの440mm(空車時)、前後重量配分は理想的なバランスの43:57(1名乗車時)を実現した。

ソフトトップは手動開閉タイプ。全長3295×全幅1395×全高1175mm

 

スタイリングは固まり感のあるコンパクトなオープンボディを基本に、ミッドシップエンジンの証しであるサイドの大型エアインテークや手動開閉のソフトトップ、低くワイド感あふれるフロントノーズなどで個性を主張する。ボディサイズは全長3295×全幅1395×全高1175mm、車重は760kgに仕立てた。一方、2シーター構成のインテリアはドライバー中心のキャビンレイアウトで演出。同時に、モーターサイクルを思わせる3眼メーターやゼブラパターン表地のバケットシートなどを装備してスポーティ感を強調した。

 

肝心の動力源については「ハイパワーはもちろん、どこまでもドライバーの気持ちに直結した小気味よいレスポンス」を追求した新開発の“660 MTREC 12VALVE”エンジンをミッドに横置き搭載する。ベースとなったのは、既存のE07A型656cc直列3気筒OHC12V。ここに、ホンダF-1テクノロジーを応用した多連スロットルと2つの燃料噴射制御マップ切り換え方式によるハイレスポンス・エンジンコントロールシステムの“MTREC”(Multi Throttle Responsive Engine Control system)を組み込んだ。

インテリアはドライバー・オリエンテッドに仕上げられている。3眼メーターやゼブラパターン表地のバケットシートが印象的

 

多連スロットルに関しては、各気筒のインテークマニホールドにそれぞれスロットルバルブを設置し、そのうえでスロットル同調をシンプルな機構で正確に行なうために3ボアのバルブ作動を一体式とした3連スロットルボディを採用する。これにより、スロットルボア径をφ36mm×3と大幅に拡大するとともに、インテークマニホールドの直前にエアクリーナー兼用の大容量チャンバーを設けることで各気筒間の吸気干渉を抑え、吸入効率を飛躍的にアップさせた。

 

一方の燃料噴射制御については、アイドリング時のほかに定速時やゆるやかな加減速時、低負荷時に使用する「吸気圧力とエンジン回転数を基準にした燃料噴射制御マップ」と急加速・急減速時や高負荷時に使う「スロットル開度とエンジン回転数を基準にした燃料噴射制御マップ」の2タイプを設定。これをドライブ状況に応じて電子制御でマップを切り換え、パーシャル域から全開までの高精緻な燃料供給とレスポンスの向上を達成した。

 

ほかにも、クラス初の大気圧センサー内蔵ECUの採用や10.0の高圧縮比、ステンレス製トリプルエグゾーストマニホールドおよび大径エグゾーストパイプの装着、ピストン/コンロッド/メタル類の強化、オイルパン容量の拡大などを実施し、エンターテインメント性と信頼性のアップを図る。スペックに関しては最高出力が64ps/8100rpm、最大トルクが6.1kg・m/7000rpmを発生した。

 

■特別仕様車の設定のみでモデル末期まで基本は変えず

斬新なMRレイアウトに自然吸気の高回転型エンジン+5速MT、未来的かつスポーティな内外装に古典的なソフトトップを組み込んだビートは、「いかにもホンダらしい斬新な軽スポーツ」として多くのファンを獲得。発売とともに販売台数を大いに伸ばしていく。これに応える形で、メーカー側はビートの魅力度をより高める特別仕様車を相次いでリリースした。

 

まず1992年2月には、アズテックグリーンパールのボディカラーを纏った「バージョンF」を限定800台で発売。同年5月にはキャプティバブルーパールのボディ色やホワイトアルミホイールを採用した「バージョンC」を限定500台で市場に放つ。そして、1993年9月には専用色のエバーグレイドグリーンメタリックにリアスポイラーやマッドガード、エキパイフィニッシャーなどを装備した「バージョンZ」を設定し、後にこの仕様を標準グレード化した。

1992年2月に登場した限定800台の「バージョンF」

 

1990年代中盤になると、バブル景気の崩壊やレクリエーショナルビークル(RV)の隆盛もあって、ビートの販売は大きく落ち込んでいく。本田技研工業としても手薄なRVの開発に注力する必要があり、結果的にビートは1996年に生産を終了した。しかし、カタログ落ちした後もビートは一部ファンから熱い支持を受け続け、ユーズドカー市場で高い人気を博す。また、2010年5月にツインリンクもてぎで開催されたオーナーミーティングではパレードランに569台のビートが参加し、ホンダの同一車種による世界最大のランとしてギネス記録に認定。2011年11月には傘下のホンダアクセスがビート発売20周年を記念した専用純正アクセサリーを発売する。さらに、2017年8月にはホンダ自身がビートの一部純正パーツの生産再開および再販を発表し、後に再販パーツの展開を拡大。HONDAブランドの記念碑であるビートの長寿命化を下支えしたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

そう簡単にはいかないでしょ… 「中央線グリーン車連結問題」に立ちはだかる壁

「ほんとに実現すんのかなぁ?」

炎天下の聖橋に立っているだけで、大汗といっしょに魂まで流れ出ちゃいそうな、酷暑。ここまで暑いと、こんな半信半疑で半ばあきらめモードな独り言が出てきてしまう。

 

聖橋でいろいろ思っていることは、「月曜から夜ふかし」的にいうと、「中央線グリーン車連結問題」。中央線といえば、混雑率200%超え、2分ヘッド過密ダイヤ、東京カウンターカルチャーの高円寺や吉祥寺といった人気の街を結ぶステータス抜群の「語れちゃう路線」……といったイメージ。

 

そんな中央線に、有料座席車両のグリーン車(下の写真がそのイメージ)を連結させるという計画が、静かに熱くすすめられている。

 

■グリーン車を2両プラスして12両編成に

JR東日本の首都圏を走る通勤電車には、グリーン車が組み込まれている路線がある。普通列車グリーン車というサービスで、湘南新宿ラインや上野東京ライン、東海道線、横須賀線、総武線快速、そして足立を貫き茨城へと誘う常磐線などの電車がグリーン車を連結して走っている。

 

この普通列車グリーン車がいま、めちゃめちゃ好評。平日朝ラッシュ時間帯の都心方面は、満席も続出。せっかくグリーン券を買ったのに、座れずにデッキで席が空くのを待つ人の姿も見かける。土休日になると、電車旅グループや親子、仲良し男女たちが、グリーン車を躊躇なく選ぶ。

 

この利用者増を受けてか、中央線のサービス向上計画の切り札か、JR東日本は突然、中央線にグリーン車を2両追加連結すると公表。ことし春には、2020年のサービス開始をめざしてきた計画を、2023年度末までに実現させるとプランを後ろ倒しした。

 

素人目で見ても、その実現はいろいろ難しいと感じる。車両導入、地上設備、人材確保、サービス展開、特急列車とのすみ分け……前途にはいろいろハードルが立ちはだかる。

 

■ホーム延長の壁

車両は、既存の普通列車グリーン車に似たモデルだから、そのままいけそう。ただ、中央線グリーン車計画では、両開きドアを採用したり、普通車にトイレを設置したりといった変更がある。

 

通勤や通学、仕事で中央線を使うとき、ちょっと視点を変えて見てみると興味深いのが、地上設備。グリーン車2両を増結することで、中央線は既存の10両から12両編成に変わる。車両が2両ぶん増える計画だけど、中央線の駅のほとんどが、ホームは10両ぶんの長さしかない。

 

たとえば御茶ノ水駅のホームは、東京・秋葉原方はけっこう急な勾配の途中にあって、黄色い総武線各駅停車とオレンジ色の中央線電車ののりばは、階段2段ぶんほどの大きな段差がある。さらにホーム端には詰め所もあったりで、東京方にホームを延ばすことは難しい。そうなると、新宿寄りのホームを延ばすことになるか。でも、こちらも急カーブやポイント(分岐器)がすぐ迫っていて、難工事確実。

 

■IoTのチカラを借りるか…

グリーン車を組み込む位置も気になる。車両の構造上、東京側から4両目と5両目、12両編成時の4号車・5号車がグリーン車になる計画。で、特急電車を使用した中央ライナー用のライナー券を買う場所と、グリーン車の位置も微妙に違う。グリーン券を購入できる端末は、新たにまた設置するスペースが要る。

 

ひょっとしたら、IoTのチカラを借りて、グリーン券 券売機の端末を省略するという作戦もあるか。利用者はスマホやSuicaを座席上スキャンにピッとかざすだけで、座席が確保できるという時代がくるかもしれない。

 

12両化で信号類の位置変更もあるだろうし、車両基地には車両トイレの地上処理施設もつける必要が出てくるし、グリーン車の車内サービスを担うグリーンアテンダントの人材も確保しなければならない。

 

クリアすべき課題がいろいろある中央線グリーン車連結問題。だけど、実現したらそれはまた、中央線ユーザーに好評を博すことは間違いない。中央線の競合路線のひとつ、京王線は「京王ライナー」という有料座席指定列車サービスで先手を打った。

 

中央線にグリーン車が走る日まで、あと5年。後手には後手のやり方がある。5年間で、中央線の風景が少しずつ変わっていく。実現すれば儲かることはわかっている。損益分岐点もすぐにきちゃいそう。

 

【著者プロフィール】

モビリティハッカー Gazin

GazinAirlines(ガジンエアラインズ)代表。1972年生まれ。浦和市立南高、島根大(中退)、東京学芸大を卒業。東北新社、鉄道ジャーナル社、CAR and DRIVER、TVガイドなどを経て独立。SNSなどをやってないせいか、人格の問題か、友だちゼロ&人脈ゼロ。著書に『ワケあり盲腸線探訪』(えい出版社)、『ひとり、ふらっと鉄道』(イースト・プレス)ほか。

街乗りするなら断然ミニベロ! 初心者にオススメの人気モデル5選

自転車の種類のなかでも、ここ最近人気なのがミニベロとよばれる小径車タイプのモデルです。一般的にはタイヤが20インチ以下のモデルを指し、折り畳みが可能なタイプも存在します。

 

タイヤが小さいので小回りが利き、ロードバイクなどに比べてこぎ出しからスピードに乗るまでの時間が短いため、ストップ&ゴーの多い街乗りや近距離の移動に適しています。また、ママチャリなどに比べて車体がコンパクトなので駐輪スペースを確保しやすく、玄関などの室内に持ち込むことも容易なことから、居住スペースの限られる都市部を中心に人気となっています。

 

そこで今回は、初めてのミニベロとしてオススメな5モデルを紹介します。

 

1.クロスバイクのような走行性

Bianch(ビアンキ)
PISA FLAT

楽天市場最安値価格:5万5080円

 

イタリアのなかでも非常に長い歴史を持つ自転車メーカー「ビアンキ」。日本でも「チェレステ」と呼ばれる水色のブランドカラーとともに。よく知られている自転車ブランドの1つです。この「PISA FLAT」は、初心者でも扱いやすいフラットハンドルバーを採用したスポーティーなミニベロ。アルミフレームに8段変速ギアを搭載しており、近所への買い物のほか、ちょっとした遠出にも使えます。ミニベロでもクロスバイクのような走行性を求める方にオススメ。

 

2.スポーティーに走れる本格派ミニベロ

Tern(ターン)
Surge

楽天市場最安値価格:7万6896円

 

Ternは自転車大国・台湾発のブランドで、折り畳みができる小型モデルに定評があります。このSurge(サージュ)は折り畳みには対応していませんが、スポーティーなホリゾンタルシルエットで、街乗りもロングライドもOKなクロスバイク的立ち位置のミニベロ。ロングブレードのフォークを採用することでステアリングのヘッド位置が高く、ミニベロ特有のハンドリング時のふらつきを解消して、より安定したコーナリングを行えます。こちらもスポーティーな走行性を求める方にオススメです。

 

3.気軽に乗れる「ご近所チャリ」

ブリヂストン
グリーンレーベル
VEGAS

楽天市場最安値価格:3万9744円(点灯虫・内装3段変速モデル)

 

流行を取り入れたオシャレなデザインの自転車が揃うブリヂストンのグリーンレーベルのミニベロ「VEGAS」は、ギヤ比の最適化により、コンパクトでも高い走行性を実現。太めのタイヤで安定した乗り心地です。また、汚れに強くサビにくいステンガードチェーンを採用。毎日の「ちょっとそこまで」に活躍する1台です。

4.クラシカルなデザインと軽快な走りを両立

ブリヂストン
グリーンレーベル
クエロ20F

楽天市場最安値価格:5万1224円(510mmフレーム・外装8段変速モデル)

 

同じくブリヂストン グリーンレーベルの「クエロ20F」は、レトロでクラシックな雰囲気のスリムフレームで、女性にオススメなミニベロ。サドルとグリップにはブラウンのレザーテイスト素材を使用し、シフトレバーやカンチブレーキ、真鍮ベルはこだわりのクラシカルテイストパーツを採用。オシャレなデザインと軽快な走りを両立した本格派で、休日の散策なども楽しめます。

 

5.買い物に便利なミッド・キャビン搭載

ドッペルギャンガー
ROADYACHT(ロードヨット)

楽天市場最安値価格:2万6136円

 

フレームの中央に荷室スペースを設けたミッド・キャビン形状で、お買い物にピッタリなミニベロ。荷物が中心にあるので、重い荷物を運んでもハンドルがふらつきにくく、安定して走行できます。また、オプションで前カゴをつければ、より多くの荷物を運ぶことも可能。毎日のお買い物に最適なモデルとなっています。

 

コンパクトなミニベロは街乗りや近所の散策用にピッタリ。毎日気軽に乗れる自転車を探している方は、ぜひチェックしてみて下さい。

実に「絵」になる鉄道路線!! フォトジェニックな信州ローカル線の旅【長野電鉄長野線】

おもしろローカル線の旅~~長野電鉄長野線(長野県)~~

 

信州の山々を背景に走る赤い電車は長野電鉄長野線の特急「ゆけむり」。最前部と最後部に展望席があり、列車に乗りながらにして迫力ある展望風景が楽しめる。

長野電鉄長野線は長野駅と湯田中駅間を結ぶ33.2kmの路線。起点となる長野駅はJR駅に隣接した地下にホームがあり、また長野市街は路線が地下を走っていることもあって、ローカル線というより都市路線だろう、という声も聞こえそうだ。

 

しかし、千曲川を越えた須坂市、小布施(おぶせ)町、中野市を走る姿は魅力あるローカル線そのもの。山々をバックに見ながら走る姿が実に絵になる。ここまで“写真映え”する鉄道路線も少ないのではないだろうか。今回は、絵になる長野電鉄の旅を、写真を中心にお届けしよう。

 

【写真映えポイント1】

赤い特急と山や草花、木の駅舎の組み合わせが絶妙!

なぜ、長野電鉄長野線は写真映えするのだろう。まず車体色が、赤が基本となっていることが大きいように思う。色鮮やかで写りがいい。

 

特急は、1000系「ゆけむり」(元小田急ロマンスカー10000形HiSE)と、2100系「スノーモンキー」(元JR東日本253系「成田エクスプレス」)の2タイプが走る。それぞれ赤ベースの車体が鮮やかで、青空、周囲の山々、花が咲く里の景色、そして木の駅舎と絶妙な対比を見せる。

 

普通電車の8500系(元東急8500系)や3500系(元営団地下鉄3000系)も、車体に赤い帯が入り華やかで、こちらも信州の風景と良く似合う。

↑特急「ゆけむり」が信濃竹原駅を通過する。1000系は、元小田急電鉄のロマンスカー10000形。赤い特急電車と古い駅舎とのコントラストが何とも長野電鉄らしい

 

↑桜沢駅付近を走る特急「ゆけむり」。4月末、ようやく信州に遅い春がやってくる。沿線は桜などの草花が一斉に花ひらき見事だ。車窓から望む北信五岳にはまだ雪が残る

 

【写真映えポイント2】

プラス100円で乗車可能な「ゆけむり」展望席がGOOD!

車内から撮った風景も写真映えしてしまう。

 

特に特急「ゆけむり」の前後の展望席から見た風景が素晴らしい。展望席は、広々した窓から迫力の展望が楽しめる特等席で、志賀高原や高社山など沿線の変わりゆく美景が存分に楽しめる。

↑夜間瀬駅〜上条駅付近からは志賀高原を列車の前面に望むことができる。ぜひ特急「ゆけむり」の展望席から山景色を楽しみたい

 

↑長野線の夜間瀬川橋梁から望む高社山(こうしゃさん)標高1351.5m。整った姿から高井富士とも呼ばれ、信州百名山にも上げられている

 

特急「ゆけむり」は、元は小田急ロマンスカー10000形として生まれた車両で、小田急当時のニックネームはHiSE。車内に段差があり、バリアフリー化が困難なため、登場からちょうど25年という2012年に小田急電鉄から姿を消した。この2編成が長野電鉄へやってきて大人気となっているのだ。

 

筆者が乗車した週末には、小布施人気のせいか、長野駅〜小布施駅間は混んでいた。その先の小布施駅→湯田中駅はそこそこの空き具合となった。湯田中駅発の上り「ゆけむり」にも乗車したが、湯田中→小布施間で、運良く後部展望席を独り占めという幸運に出会えた。

 

この美景が乗車券+特急券100円(乗車区間に関わらず)で楽しめるのが何よりもうれしい。指定席ではなく自由席なので、席が開いてればどこに座っても良い。

 

週末には「ゆけむり〜のんびり号〜」という、ビューポイントでスピードを落として走るなど、まさに写真撮影にぴったりの特急も走るので、ぜひチャレンジしていただきたい(列車情報は記事末尾を参照)。

 

【写真映えポイント3】

長野電鉄のレトロな駅舎が、また絵になる!

駅で撮った写真も絵になる。

 

長野電鉄の路線の開業は大正の終わりから昭和の初期にかけて。開業したころに建てられた木造駅舎が信濃竹原駅、村山駅、桐原駅、朝陽駅と、複数の駅に残っている。トタン屋根、ストーブの煙突、木の腰板。木の格子入りガラス窓といった、古い駅の姿を留めている。

↑須坂駅の跨線橋で写した1枚。長野電鉄の多くの駅ではいまも昭和の駅の懐かしい情景がそこかしこに残されている

 

↑先にも紹介した信濃竹原駅の駅舎。開業は1927(昭和2)年のこと。90年も前の昭和初期の駅舎がほぼ手付かずの状態というのがうれしい

 

↑こちらは村山駅。駅の開業は1926(大正15)年のこと。沿線ではほかに、桐原駅、朝陽駅に古い木造の駅舎が残っている

 

長い時間、そこに立ち続けてきた駅舎。日々、人々を見送り迎えてきたそんな多くのストーリーが透けて見えてきそうだ。この4駅ほど古くはないものの、ほかの駅で目に触れる風景もレトロ感たっぷりで、何気なく撮った風景が実に絵になるのだ。

 

【写真映えポイント4】

さりげなく置かれる古い車両や機器にも注目

停車中の保存車両や、古い機器も絵になる。

 

例えば、須坂駅には赤い帯を取った3500系06編成2両が停められている。同車両は元営団地下鉄日比谷線の3000系で、当時、珍しかったセミステンレス車体を採用、車体横はコルゲートと呼ばれる波形の板が使われている。

↑須坂駅構内の3500系。この車両はすでに引退した車両で、長野電鉄の赤い帯やNAGADENという表示も取られ、営団地下鉄当時のオリジナルの姿に戻されている

 

1961(昭和36)年に登場し、高度成長期に都心を走る日比谷線の輸送を支え、1994(平成6)年に、日比谷線の最終運転を終えている。同車両は、長野電鉄のみに計39両が譲渡され、現在も現役車両として活躍している。ちなみに2両は2007年に東京メトロに里帰りした。

 

日比谷線を走っていた往時の姿を知る人にとっては、この須坂駅にたたずむ古い車両に、胸がキュンとなってしまう人も多いのではないだろうか。

 

また、須坂駅のホームには、いまでは使われていない古い転轍器(てんてつき)が多く置かれ、保存されている。

↑ポイント変更用の転轍器(てんてつき)なども須坂駅のホームで保存されている。右側に発条転轍器が並ぶ。このような古い装置が特に説明もなく保存されていておもしろい

 

これらの保存車両や転轍器は、特に案内があるわけでなく、また乗客に見せるために保存展示されているわけではない。さりげなく置かれているといった様子である。そこに案内表示はなくとも、長野電鉄を守ってきたという誇りが伝わってくるようでほほ笑ましい。

【残る路線の謎】不自然なS字の姿をしているワケを探る

ここからは長野電鉄長野線の歴史と路線の概要を説明していこう。

上の路線図を見るとわかるように、路線は長野駅からSの字を描きつつ湯田中へ向かう。

 

まずは長野駅と東西に結ぶ路線が千曲川を越えて須坂駅へ向かう。須坂駅の手前で急カーブ、信州中野駅までではほぼ南北の路線が結ぶ。信州中野駅から先で急カーブ、路線が東に向かい回り込むようにして湯田中駅を目指している。

 

この路線、須坂駅と信州中野駅付近の曲がり方が極端に感じてしまう。どうしてなのだろう。

 

現在は長野線という1つの路線になっているが、開業時は千曲川東岸を走る路線が先に設けられた。その歴史を追うと、

1922(大正11)年6月 河東(かとう)鉄道により屋代駅〜須坂駅間が開業

1923(大正12)年3月 須坂駅〜信州中野駅間が開業

1925(大正14)年7月 信州中野駅〜木島駅間が開業 河東線全線開通

 

そのほかの路線は

1926(大正15)年6月 長野電気鉄道により権堂駅〜須坂駅間が開業。この年に河東鉄道が長野電気鉄道を合併、長野電鉄となる

1927(昭和2)年4月 平穏線の信州中野駅〜湯田中駅間が開業

1928(昭和3)年6月 長野駅〜権堂駅間が開業、現長野線が全線開通する

 

このように、長野電鉄は、元々、千曲川東岸の屋代駅と木島駅(長野県飯山市)を結ぶ鉄道が最初に造られ、その後に沿線の途中駅から長野駅へ、また湯田中駅へ路線が延ばされていった。

 

長年、この路線網が引き継がれていたが、利用者減少が著しくなり、まず2002(平成14)年3月末に木島駅〜信州中野駅間が、2012年3月末に屋代駅〜須坂駅間の路線が廃止された。南北に延びていた路線がそれぞれ廃線になり、S字の路線のみが長野線として残されたわけだ。

↑2012年3月まで運行していた長野電鉄屋代線(須坂駅〜屋代駅間)。真田松代藩の城下町・松代(まつしろ)を通る路線でもあった。写真は松代駅に入線する3500系電車

 

↑現在、須坂駅から屋代方面へ延びる線路の一部が残り河東線(かとうせん)記念公園として整備されている。例年、10月中旬の土曜日にイベントも開かれている

 

↑信州中野駅の先で湯田中方面へ線路が右にカーブしている。左の線路は木島駅へ向かった元河東線の線路跡。この分岐付近のみ線路が残されている

 

【輝かしい歴史】上野駅発、湯田中駅行き列車も走っていた!

長野電鉄が最も輝いていたのが1960年ごろから1980年ごろだった。1961(昭和36)年からは、長野電鉄への乗り入れる上野駅発の列車が運転された。国鉄の急行形車両を利用、信越本線の屋代駅から、屋代線経由で湯田中駅まで直通運転を行った。翌年には通年運転が行われるほど乗客も多かった。この直通運転は1982(昭和57)年11月まで続けられている。

 

自社製の車両導入も盛んで1957(昭和32)年には、地方の私鉄会社としては画期的な特急形車両2000系も登場させた。その後、1967(昭和42)年には鉄道友の会ローレル賞を受賞した0系や10系といった一般列車用電車も新製するなど、精力的に新車導入を続けた。

 

路線も長野駅〜善光寺下駅間の地下化工事が1981(昭和56)年3月に完了している。

↑かつての須坂駅構内の様子。中央が2000系特急形車両でツートン塗装車と、後ろにマルーン色の編成が見える。2006年に特急運用から離れ2012年3月をもって全車が引退した

 

そんな順調だった長野電鉄も1980年代から陰りが見えはじめた。先の国鉄からの直通列車も1982年に消えた。営業収入は1997年の35億2000万円をピークに、長野冬期五輪が開催された1998年から減収に転じ、2002年には24億6000万まで落ち込んでいる。

 

この2002年に信州中野駅〜木島駅間の河東線の路線を廃止した影響もあったが、急激な落ち込みは河東線と平行して走る上信越自動車道が、徐々に整備されていったのが大きかった。まず1993年に更埴JCT〜須坂長野東IC間を皮切りに2年ごとに北へ向けて延ばされていき、1999年には北陸自動車道まで全通している。高速道路網の充実で、クルマで移動する人が増え、また高速バスの路線網も充実していった。

 

長野電鉄では2002年と2012年に河東線を廃線にし、車両は首都圏の鉄道会社の譲渡車を主力にするなど、営業努力を続けてきた。同社の平成24年度から平成27年度の損益を見ると(鉄道統計年表による)、平成24年度の5億から平成27年度には8億円まで数字を上げ好転している。前述した古い駅舎が数多く残る理由は、駅舎を建て直すほどの余裕が、これまではなかったという理由もあるのだろう。

 

ただ、古いものが数多く残り、昭和と平成が混在する、まさに写真映えする状況が生まれているわけで、少し皮肉めいた現象とも言えるだろう。

【鉄道好き向け乗車記】長野駅から湯田中駅まで撮りどころは?

長野電鉄長野線の始発駅はJR長野駅西口の地下にある。JR駅を出てすぐのところにあり便利だ。行き止まり式のホームからは、朝夕が特急を含めて15分間隔、日中は20分間隔で列車が発車する。

 

特急は一部列車を除き湯田中駅行き、普通列車は須坂駅もしくは信州中野駅行きが出ている。

↑長野駅の西口を出てすぐ目の前にある長野電鉄長野駅の入り口。こうした造りは都市と近郊を結ぶ都市鉄道の起点駅といった趣だ

 

↑長野電鉄長野駅の地下ホーム。停まるのは2100系「スノーモンキー」と8500系。8500系はいまも東急田園都市線で現役として活躍する車両だ。長野電鉄では2005年から走る

 

長野市街は地下路線が続き、3つ先の善光寺下駅まで地下駅となる。善光寺下駅の先で始めて地上へ出る。長野駅から朝陽駅まで複線区間が続き、しなの鉄道の路線などと立体交差する。朝陽駅から先は、単線区間となり、柳原駅〜村山駅間で千曲川を越える。

↑長野駅〜朝陽駅間は複線区間となっている。2100系「スノーモンキー」と8500系がちょうどすれ違う。写真の桐原駅近くでは都市路線らしい光景が見られる

 

25分ほどで須坂駅に到着する。ここには車両基地があるので、ぜひとも降りて見ておきたい。先の3500系などの保存車両や、古い転轍器などにも出会える。

 

須坂駅からは、ローカル色が強まる。長野ならではリンゴ園も沿線に多く連なる。

 

須坂駅から乗車7分ほどで小布施駅(おぶせえき)に到着する。小布施といえば、名産の栗、そして江戸時代には地元の豪商、高井鴻山(たかいこうざん)が葛飾北斎や小林一茶が招いたことで、独自の文化が花開いたところでもある。

 

そうしたうんちくにうなずきつつも、鉄道好きならばホームの傍らにある「ながでん電車の広場」に足を向けたい。ここには現在、特急として活躍した長野電鉄2000系3両が保存展示されている。車内の見学もできる。

↑小布施駅の構内にある「ながでん電車の広場」。長野電鉄オリジナルの特急型電車2000系が保存展示される。傍らの腕器式信号機もいまとなっては貴重な存在を言えるだろう

 

信州中野駅から先は、長野線の閑散区間となる。長野駅から湯田中駅まで直通で走る普通列車はなく、途中の須坂駅か信州中野駅での乗り換えが必要となる。

 

信州中野駅〜湯田中駅間では、朝夕30分間隔、日中は特急を含めて1時間に1本の割合で電車が走っている。本数は少なくなるものの、信州中野駅〜湯田中駅間には絵になるポイントが多く集まっている。

 

まず夜間瀬川橋梁。左右に障害物のないガーダー橋で、橋を渡る車両が車輪まで良く見える。もちろん撮影地としても名高い。車内からは高井富士とも呼ばれる高社山が良く見えるポイントでもある。

↑夜間瀬川橋梁を渡る2100系「スノーモンキー」。元JR東日本253系で、特急「成田エクスプレス」として走った。長野電鉄では2編成が入線、4人掛け個室(有料)も用意される

 

夜間瀬川を渡ると、路線は右に左にカーブを切りつつ、勾配を登っていく。このあたりの沿線はリンゴ園や、モモ園などが多いところ。GWごろは薄ピンクのリンゴの花、桃色のモモの花が沿線を彩り見事だ。

↑夜間瀬駅〜上条駅間を走る1000系「ゆけむり」。GWごろ高社山を仰ぎ見る夜間瀬付近ではモモやリンゴの花が見ごろを迎える

 

リンゴ園を見つつ急坂を登れば、列車は程なく湯田中駅に到着する。

 

この駅の構造、少し不思議に感じる人がいるかもしれない。現在のホームと駅舎とともに、すぐ隣に古い駅舎とホームがある。実はかつて、普通列車よりも長い編成の特急列車などは駅の先にある県道を越えて引込線に入り、折り返してホームに入っていた。

 

駅構内でスイッチバックする複雑な姿の駅だったのだ。さすがに不便だということで、2006年に大改造、スイッチバック用の施設は取り外され、現在のホームと線路のみとなっている。

↑湯田中駅に到着した1000系「ゆけむり」。右側の駅舎がかつての駅舎で、現在は日帰り温泉施設として使われている。線路は右側ホームにも沿って敷かれていた

 

↑日帰り温泉施設「楓の湯」として使われる旧湯田中駅舎。この建物の前には足湯(写真円内)もあり、無料で湯田中温泉の湯を楽しむことができる

 

列車が到着すると「美(うるわ)しの志賀高原」という懐メロがホームに流れる。志賀高原、そして湯田中・渋温泉の玄関口である湯田中駅らしい演出でもあるのだが、この曲が作られたのは1956(昭和31)年だという。このタイムスリップ感は並ではない。これぞ世代を超えた永遠のリゾート、志賀高原! というところだろうか。

↑湯田中駅前のバス乗り場。奥志賀高原ホテル行きや白根火山行きのバスが出ている。こうした“高原行きバスと乗り場”の光景も昭和の面影が強く感じられ、懐かしく感じられた

 

【観光列車の情報】

毎週末、下り:長野駅13時6分発、上り:湯田中駅11時25分発の上下2本は特別な「ゆけむり〜のんびり号〜」として走る。普通列車のようにゆっくりと沿線を走る観光案内列車で、撮影スポットで徐行運転を行うサービスもあるので、期待したい。料金は通常の特急と同じで、乗車券プラス特急券100円が必要。一部の車両はワインバレー専用車両となる(要予約)。

ロシアは「カーナビの進化」も独自! とあるナビアプリが自由すぎる

日本では車内設置型のカーナビもよく見かけますが、ここロシアでは、車内に残すと盗まれる可能性が高いので、スマートフォンやタブレット内のカーナビアプリを使うのが一般的です。そんなロシアでとってもユニークな、大人気カーナビアプリが存在。遊び心溢れるサービスで、ロシア人の心をわし掴みしたカーナビアプリを紹介します。

 

戦車や戦闘機でドライブ

ユニークなアプリを提供しているのは、世界4位の検索件数を誇るロシアの大手検索エンジン・ポータルサイト「ヤンデックス」。そのヤンデックスが出している、「Яндекс.Навигатор(ヤンデックス・ナビゲーション)」というアプリが好評を博しているのです。

 

基本設定では、現在地を表すカーソルは矢印になっていますが、矢印をスポーツカーや戦車、戦闘機の表示に変更することが可能。自分のクルマが戦車となって、ナビ上を動く様子は運転しながらもワクワクしてしまいます。

 

有名人とドライブしているかのようなナビシステム

ヤンデックスナビはロシアで誰もが知る有名人の声をナビゲーターに起用し、まるでセレブと一緒にドライブしているかのように楽しくドライブをすることが可能。声の出演者は、日本でいう徳光さん的存在のワシリーをはじめ、ラッパーのバスタ(日本でいうZEEBRAさん)、ガーリク(くりぃむしちゅー上田さん)、ナギエフ(明石家さんまさん)、映画監督のフョードル(宮藤官九郎さん)、人気映画トランスフォーマーのコンボイの声、さらに、大手インターネット会社「ヤンデックス」の営業部長でキャリアウーマンの憧れアクサナです。

 

一人ひとりの話し方や誘導がとても特徴的で、どれを選んでもドライブが楽しくなること間違いなし! なかでも人気はコメディアンのガーリク。行き先を設定した途端「俺はいま飲んできちゃったから、お前が運転な!」と、なんだかガーリクを助手席に乗せたような気分にさせてくれます。曲がり角を間違えると「もー、ちゃんと見ろよなー」と愚痴をこぼされることも。コメディアンの彼らしく、ナビには至る所にユーモアが散りばめられています。

 

また、ロシア映画賞など複数の映画賞を受賞したフョードル監督では、行き先を設定すると、「さぁ、いまから俺が監督として導く! 一緒に新しいストーリーを創り出そう!」と言ってナビがスタート。フョードルは運転手を俳優に見立て、監督が指示するように目的地までナビしてくれます。

 

また「変わりネタ」として人気なのは、唯一女性として収録されているヤンデックスの敏腕営業部長アクサナです。ロシアメディアでも強気なキャラクターとして有名なのですが、ナビではそんな彼女にガンガン指示されます。「速度制限よ。私が言うのだから、必ず守りなさい」と、実際に彼女の部下になったような指示が。目的地に到着した暁には「あら、あなたでも到着できたじゃないの」と、お褒めの言葉をもらうことができます。

スターウォーズにオンラインゲーム! アップデートしたくなる仕掛け

本製品は2017年末にスターウォーズとのコラボレーションを発表。なんとヨーダかダース・ベイダーに道案内してもらえるのです。また、現在地を表す矢印もXウイングなどの宇宙船に変更が可能。

 

ひとつひとつの表現も期待通り、ユニークに仕上がっています。「ヨーダバージョン」では行き先を入れると「わしについてこい。若き者よ!」、オービスの前では「気をつけろ、帝国にスピードを見張られているぞ!」、道路工事については「シスたちが道を掘っているようだ」と言ってくれます。一方、ダース・ベイダーでは行き先を登録すると「ダース・ベイダーはお前を待っていたぞ」、「スーパースターデストロイヤーは軌道に乗った」という声が聞こえてきます。スターウォーズのファンにとってはたまらないでしょう。

最新のアップデートでは、戦車を扱った参加型オンラインゲーム「World of Tanks(ワールドオブタンクス)」とコラボレーション。現在地を表す矢印のカーソルの代わりにТ-34-85など、ゲーム上で人気の戦車5台が表示されます。道路工事に差しかかると「対戦車障害物を避けろ」オービスが近づくと「スナイパーに狙われているぞ! 気を付けろ!」など、ナビ上で「World of Tanks」の世界を楽しむことができます。

有名人やコメディアンの声を起用することだけでもユニークですが、それだけではなく、ひとつひとつの表現までもそのキャラクターや作品に合わせる徹底ぶりがユーザーを楽しませています。遊び心溢れるシステムアップデートもユーザーを飽きさせることはありません。オリジナリティ満載のアイデアで、ダウンロード数を着々と伸ばしています。

寺岡呼人×横山剣が語る「クルマと音楽」――横浜の産業道路を走ると思い出す「SUMMERBREEZE」

 

ドライブ中、ふと昔なじみの道を通ることがあります。そんなとき、当時聴いていた曲が無意識に頭の中で再生されることってないですか? バイトへ行くときやドライブデートのときにヘビーローテしていた曲が、「そういえばここで聴いていたなぁ」と思い出とともに蘇ること、ありますよね。

 

シンガーソングライター兼音楽プロデューサーの寺岡呼人さんがナビゲートする「クルマと音楽」、今回はクレイジーケンバンドを率いる横山剣さんをお迎えしました。誰しもが各々に抱いている特別な思い出の曲――横山剣さんの場合は「SUMMERBREEZE」、それもアイズレー・ブラザーズがカバーしたバージョンとのことです。いまでもクルマで横浜の産業道路を走ると思い出すそうですが、いったいどんな思い出があったのでしょう。

 

【横山剣】

クレイジーケンバンドのリーダー、そしてダブルジョイレコーズの代表取締役も務める。中学時代からバンド活動に勤しみ、1981年にクールスのローディーからメンバーへと抜擢。1983年に脱退してからは数多くのバンドを経て、1997年にクレイジーケンバンドを結成。また数多のアーティストに楽曲を提供している、作曲家・プロデューサーとしての姿もみせる。

クレイジーケンバンド オフィシャルサイト:http://www.crazykenband.com/

 

「GOING TO A GO-GO」 

クレイジーケンバンド

2018年8月1日発売

クレイジーケンバンドのデビュー20周年を記念した約3年ぶりのニューアルバムがリリース決定! アルバムのテーマは「支離滅裂」。「だって作曲中毒の僕が3年もオリジナル・アルバム出すの我慢してたんだから!」と横山剣さんが語るように、ソウル、ファンク、ジャ ズ、ボッサ、レゲエ、ガレーヂ、和モノ、亜モノ、モンド、あらゆる音楽が爆発しています!

 

【寺岡呼人】

シンガーソングライター兼音楽プロデューサー。1988年、JUN SKY WALKER(S)に加入。1993年にソロデビューし、1997年にはゆずのプロデュースを手がけるようになる。ライブイベントGoldenCircleを主催し、FMCOCOLOの番組「CIRCLEOFMUSIC」で、さまざまな音楽とアーティストをナビゲートしている。筋金入りのオーディオマニアであり、カーマニアでもある。

寺岡呼人オフィシャルサイト:http://www.yohito.com/

 

家からスタジオまで、クルマで移動し始めた瞬間からトップギア!

寺岡 今日のテーマはクルマと音楽なんですけど、まずは音楽のお話から聞かせてください。僕は1988年にデビューして、今年30周年になったんですが、剣さんは1981年でしたっけ。

 

横山 そうです20歳の時です。

 

寺岡 僕も20歳でした、一緒なんですね! クレイジーケンバンドは昨年で20周年を迎えられたそうですが、実際のプロミュージシャン活動としては。

 

横山 37年なりますね。

 

寺岡 先日の渋谷クラブクアトロで行われた「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」を見てから、クレイジーケンバンドのファーストアルバム「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」を改めて聴いたら、僕がいうのもあれなんですけどその進化っぷりがすごいなぁと思いまして。現在は、どのように曲を作られているのか不思議なんです。

 

横山 まずはデモテープ作りですね。自宅には録音設備がないので、スタジオで全部作業しています。スタジオまで、クルマで移動している間にアイデアが出てきたりするものでして。

 

寺岡 その前までは真っ白なんですか?

 

横山 真っ白です。頭のなかに、おぼろげなメロディがあったりはするんですけど。

 

クルマに乗り、スタジオに移動する時間からトップギアに入れるという横山さん。その間に脳内で煮詰めた最新のフレーズを持って、スタジオという現場に乗り込むのですね。

 

寺岡 クレイジーケンバンドのサイクルとしては、夏のツアーがあって、その前にレコーディングがあると思うのですが、その間の製作期間って、僕の想像だとかなり短いのではないかと。

 

横山 2月くらいからスタジオに入ってますね。とはいっても、ずっとスタジオに入れるわけではないんですが。

 

寺岡 曲そのものは、どのような作り方をしていますか?

 

横山 歌メロよりも先にベースラインから思いついてしまうことも多いですね。ベースラインから考えてそれにコードをつけていきます。それをメンバーに聴いてもらって直したりとか。

 

寺岡 じゃあ最初は剣さんお一人で!

 

横山 はい。鍵盤でなんですけど、それでベースを弾いています。で、僕が好きなタイプのベーシストの感じで「弾いてくれる?」とシンヤくん(クレイジーケンバンドのベーシスト洞口信也さん)に頼んだりして。ドラムはドラムループの音源を使ったりするんですが、何もないときは自分で叩いていますね。最後までは叩けないので、それでループを作ったりしています。

 

寺岡 そうやってイメージを固めていくのですね。

 

 

「みんなのうた」の「山鳩ワルツ」は構想50年!

寺岡 もっと不思議なのは歌詞なんですよね。何でこのトラックでこの歌詞なんだろうと思うことがあって(笑)。剣さんの頭の中はどうなっているのかと不思議で不思議で仕方がないんです。いま、かっこいいトラックって高校生でも作れるかもしれないけど、プロというか、音楽で個性を出すって最終的には歌詞かなと思うんです。「山鳩ワルツ」とかすごいじゃないですか。なんで山鳩が出てくるんだろうと。

 

横山 あれはですね、構想50年以上の曲なんですよ。

 

寺岡 本当ですか! 歌詞の通り、本当に親戚のおじさんとの思い出からですか!

 

横山 本当です。山鳩の鳴き声って、「クークー、ポーポー、」と三拍子で鳴っているという思い込みがずっとありまして。これは何だろうなと気になりながらツチャッチャチャー、ツチャッチャチャーとTAKE5っぽいリズムが思い浮かんだりして。「山鳩ワルツ」はNHKの「みんなのうた」が決まったときになにか良い題材がないかと考えて、そうだ山鳩だ! と。それまでタイトルと「クークー、ポーポー、」だけはずっとあったんだけど、そこから先に進んだことはなかった。今回初めてそこから進んだんですよね。だから構想50年以上です(笑)

 

情緒たっぷりの歌詞にジャジーなワルツが魅力の「山鳩ワルツ」に、そんなバックグラウンドがあっただなんて、びっくりですね。

 

横山 あと、踏切が開くのを待っているときに退屈だったから、「カーンカーンカーンカーン」の音に合わせてリズムを作ったりして、いつか曲にしようとか。電車の「ガタンゴトン」から曲にしてやろうとか。

 

寺岡 じゃあ「そうるとれいん」も、そういう鉄道のイメージがあったんですね。

 

横山 今回の「GOING TO A GO-GO」もそうです。生活音や擬音か何かから生まれたメロディやリズムが入っています。

 

クレイジーケンバンド20周年を象徴する「MIDNIGHT BLACK CADILLAC」

寺岡 「GOING TO A GO-GO」といえば過去アルバムで一度はボツになったという「MIDNIGHT BLACK CADILLAC」が入っていましたよね。あれも当時のデモテープみたいのがストックしてあったんですか。それとも頭の中にあったのでしょうか。

 

横山 あれは、当時「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」のアルバムのためにレコーディングをしていたんですよ。だからドラム、ベースギター、ボーカルは、20年以上前の当時のまんまの音です。

 

寺岡 あ、だから声がお若い! なるほど!

 

横山 デッドストックです。そのサウンドにいまの音をトッピングして、20年かかって完成した曲なんですよ。

 

寺岡 じゃあ当時のマルチトラックのマスターがあって、それをコンバートしたんですね。でも、もう機器がないですよね。

 

当時、ヨンパチこと48トラックの録音ができるPCM-3348でレコーディングをしていた横山さん。このマルチレコーダーは現在メンテナンスサービスが終了しており、実働状態のものが少なくなってきているそうです。

 

横山 ダメ元でやってみたんだけどちゃんと再生できて、「よしっ!」って感じでしたね。クレイジーケンバンドにはその当時サックス一本しかなかったんです。でも「MIDNIGHT BLACK CADILLAC」はホーンセクションがないとダメだよなと思ってて。いやあ、あの時出さなくてよかった、いまこの編成でこそやってよかったですね。

 

寺岡 全部やり直そうとは思わなかった?

 

横山 やっぱり20周年を記念するアルバムなので、それを象徴するようなものってないのかなと考えたんですよ。ゼロから作るよりもその当時のデッドストックから仕上げるというのも一つの手だなと。

 

寺岡 あと今回は全体の音が柔らかくも研ぎ澄まされてる感じがしました。すごく音が良くて抜けていて、「ここに来てこういう音を出すんですか!」と落ち込むぐらいでした。

 

横山 結構好みの音ですね。ちょっとやりすぎちゃったかなという気もするけど。マスタリングはBernieGrundman Mastering Tokyoの前田さんにお願いしています。デジタルすぎると角が立って音が痛いと思ったから、アナログの機材でマスタリングするところじゃないとダメだと考えまして。

 

寺岡 そうなんです。アナログで録ったみたいな音ですよね。ある意味、剣さんがやってこられたことの集大成的なすごく良い音で本当によかったです。ところで、クレイジーケンバンドのライブって何度見てもまったく飽きないというのが不思議なんですよね。例えば同じオチがありますけど、あれもどっかで待っている感じがあるし。

 

横山 チャックベリーのダックウォークとかJBのマントショーとか。わかっているのに待っているところがありますよね。

 

寺岡 そういうときにクレイジーケンバンドのような大編成だからこそいい意味での「ドリフ感」があるというか、何回か見ると年齢を問わず病みつきになっちゃう要素がありますよね。

 

 

小学生時代は一人で東京モーターショー見学に行っていたほどのカーマニア

寺岡 クレイジーケンバンドにはクルマの曲も多いし、ファンの人たちにとってクルマと剣さんって切っても切れない関係だと思うんですけど、そもそもクルマに興味を持ったきっかけは何だったんですか?

 

横山 5歳のとき、幼稚園の同級生のお父さんがベレット1600GTに乗っていたんです。その子の家に遊びに行くとお父さんとクルマ話をするわけですよ。「これツインキャブですか」とか言うとエンジンかけてくれたり、「かっこいい!」と言うとその友だちをほっておいてクルマに乗せてくれたりして。同様に、友だちのお父さんが乗っている日野コンテッサとかプリンススカイライン54Bとか、そういったクルマに興味を持っていましたね。

そして6歳のとき、父親に「より特化したものを見せてやる」と言われて、三船敏郎さんが出てる「グラン・プリ」という映画を観に連れて行ってもらったんですよ。これはF1をテーマにした作品なんですけど、ここからモータースポーツに入りましたね。

 

「路面電車」「ベレット1600GT-CKB仕様」「アメ車と夜と本牧と」などなど、クルマがモチーフとなった曲が多いクレイジーケンバンド。横山さんご自身もクルマが好きだとは聞いていましたが、まさか5歳のときからハマっていたとは!

 

寺岡 日本だと18歳からしかクルマの免許は取れないじゃないですか。5歳からの18歳までの13年間はどうだったんでしょう。

 

横山 晴海の見本市会場でやっていた東京モーターショーに行っていました。友だちにもカーマニアはいたけど、一緒に行くと集中できないので一人で行ってました。

 

寺岡 小学生で! 会場には当時の新車が並んでいたんですか?

 

横山 あとコンセプトカーですね。東京モーターショーにコンセプトカーが出ると、翌年にその市販版が発売されるという時代でした。確か1970年のモーターショーでセリカとカリーナがデビューしたんですが、もうほんとにセンセーショナルでしたね。

 

気がつかずに買ってしまったアメ車は7500cc!

寺岡 ご自分で一番最初に乗ったクルマは?

 

横山 18歳のときに買ったサニー1200GXです。ただそれはレース用なので公道は走れなかったんですよ。あとオールズモビルのカトラスも買いました。これ7500ccでした。

 

寺岡 ななせんごひゃくしーしー!

 

横山 35万円くらいで売っていて、「これは俺、買える!」と思って買ったんですが、まさかそんなに排気量があるとは知らなくて、車検証を見て「え!? 7500cc!?」と。知らないで買っちゃったんですよ。そして1年経つと13万円弱の自動車税が(笑)

 

寺岡 だから人気がなく安かったのか…。ではその2台から始まってたくさん乗り換えてきたんですよね。

 

そうして教えていただいたクルマ遍歴のすごいこと、すごいこと。スカイライン2000GT、アルファロメオ1750GT、ベレットGTは3種類乗り継いだし、オールズモビルのカトラスも多数乗り換えてきています。

 

横山 急に気分が変わってアコードのエアロデッキとか、ワーゲンのタイプ3をフラット4に改造してもらってすごく速くしたり。

 

寺岡 目黒通り沿いのワーゲン専門店ですよね。

 

横山 そうです。「これちょっと速くしてほしいんですけど」って(笑)

 

寺岡 じゃあクルマの乗り換えは、10年とか3年毎といった周期的ではなかったと。

 

横山 もう次から次へでしたね。

 

寺岡 「MIDNIGHT BLACK CADILLAC」には、曲名にキャデラックの名前が使われていますけど、キャデラックも乗っていたんですか。

 

横山 最初に乗ったのはフリートウッドブロアムです。ローライダーにしようと思って買ったんですけど、フルノーマル状態で見たらこれはカスタムしたらもったいなと思いましたね。その次はコンコース。その次はCTS。いわゆる現代車ですね。今月にATS-Vという小さめのクルマが来ます。

 

 

ヨコハマの女子ウケがよかった曲はアイズレー・ブラザーズの「SUMMERBREEZE」

寺岡 クレイジーケンバンドの「中古車」という曲の、「カーステレオのなかに得体の知れないカセットテープが入っていた」っていう歌詞が面白いですよね。

 

日本の自動車メーカーの名前を羅列していますが、曲調はエスニックな雰囲気が濃厚の「中古車」。前のオーナーが残していったテープを聴いたら、得体が知れないけど懐かしくも美しいビートが流れる…という歌詞なのです。

 

横山 当時の横浜の港は、パキスタン人の車業者が多かったんですよ。その人たちはパキスタンの音楽が入ったカセットテープを聴いていたのですが、あるときその業者が扱う中古車を試乗したら、パキスタンの音楽が流れ出したんです。カセットテープを抜き忘れてていたと。で、「なんだこの曲は!」と、業者の方にカセットテープを譲ってもらいまして。

 

寺岡 ではあの歌も実話なんですね。クルマで聴く音楽って、最初はカセットテープだったと思うんですけど、こだわりの選曲をした思い出ってありますか。

 

横山 ありましたね。特にデートのときは気合い入れましたね。でもカセットテープはCDと違って、そのタイミングでその曲が来てくれるか、わからないじゃないですか。だから夕暮れ時にムーディな曲をかけたいと思って、気づかれないように巻き戻したりするんだけど、女の子はお喋りに夢中で、そのシチュエーションになっても曲に気づいてくれなかったりとか(笑)。いまでもデートコースだった場所を通ると、頭の中で鳴るんですよね、昔聞いた曲が。

 

寺岡 ありますあります!

 

横山 当時は毎年夏になると本牧市民プールにラジカセのでかいのを持って行ってたんです。そのときかけていた曲のなかでも、特に女の子が反応する曲があったんですよ。それがアイズレー・ブラザーズの「SUMMERBREEZE」。これかけてると結構釣れるといいますか(笑)

 

寺岡 じゃあ「タオル」の歌詞はまさに!

 

横山 その思い出を曲にしました。いまだに産業道路をクルマで走っていて、本牧市民プールの看板をみると、「サマーブリーズ~」と鳴るんですよ。

 

寺岡 そういう音楽との出会い方っていうのもいいですよね。音楽との接し方が変わってきている現在ですが、色々な音楽の聴き方をしてほしいなと思いますね。

 

ちょい聴きだったらオンラインサービス。本気で欲しくなったらパッケージ

寺岡 ところでクルマの中ではどのように音楽を慣らしていますか?

 

横山 いまのクルマにはCDプレーヤーがないので、iPodからBluetoothで飛ばして聴いています。でもCDの方が音がいいので、次に来るキャデラックにはCDプレーヤーをつけましたね。

 

寺岡 お、iPodですか。

 

横山 電話がガラケーなんで、音楽はiPodに任せてます。

 

寺岡 ご自宅で聴くときはどうでしょう。

 

横山 自宅はCDとアナログと、パソコンに保存した曲を聴くことが多いのですが…ボリューム上げるとうるさいと言われてしまう(笑)

 

寺岡 よくわかります(笑)。ところで、いわゆる音楽配信サービスについてはどう捉えていますか?

 

横山 娘はそれで聴いてます。僕はやり方が分からないので娘に教えてもらって。ちょい聴きしたいものにはいいですよね。その曲が気に入れば、CDやアナログのパッケージが欲しくなってきます。

 

寺岡 ほどよく利用しているわけですね!

 

横山 そういうことになります(笑)

 

↑実は音楽ストリーミングサービス大好きという寺岡さんは、愛車に装着したパイオニア・サイバーナビの「ミュージッククルーズチャンネル」をよく聴いています。音質もハイクオリティなサイバーナビだから、作成中の音源チェックを車内で行うこともしばしば

 

撮影/横山勝彦

 

避けられる? 予防できる? 渋滞との賢い付き合い方

「行楽シーズンは渋滞する」と分かっているはずなのに、渋滞にハマるとやっぱりイライラ……。そんな状況を打破する方法をお教えします。渋滞は、走り方次第で予防できたり、コツさえつかめば避けられるものです。渋滞予測が出ている日のお出かけ時に、ぜひ思い出してみてください。

 

■「高速道路の走行車線利用」で渋滞が予防できる!?

多くは追越車線から混みはじめるという。追越車線はその名のとおり、走行車線にいる遅いクルマを追い越すために使う。なので道路が混んできて前のクルマのスピードが落ちてくると、多くのドライバーは反射的に追越車線に移る。よってここに車両が集中し、こちらから渋滞が始まるそうだ。

 

前の車のスピードが落ちてきたときに反射的に追越車線に車線変更する人が増え、ここに車が集中することで渋滞がはじまるという仕組み。「渋滞予防のため走行車線をご利用ください」というメッセージを出している区間もあるのだそうです。

 

もっと詳しく知りたい方はコチラ>>なぜ「高速道路の走行車線利用」が渋滞予防につながるのか?

 

■そもそもなぜ渋滞するのか? 賢い付き合い方は?

なぜ渋滞するのか。これについてはテレビなどでも取り上げられるのでご存知の人もいるかもしれないが、クルマが多い、車線が減る、料金所があるなどの物理的な理由以上に、感覚的な理由もある。

よく使われるのが「サグ」という言葉。英語で書くとsagで、辞書を引くと「たるむ」「たわむ」「ゆがむ」「落ち込む」など、ネガな言葉ばかり出てきて、自分の肉体や精神まで気になってしまうけれど、道路関連でこの言葉を使うときは、下り坂から上り坂に切り替わる場所になる。

 

時間あたりの通過台数が減る、渋滞を敬遠して高速道路に乗らない人も出てくるなどの懸念から、高速道路会社にとっても渋滞はマイナスなのでさまざまな策が講じられていることは事実。それでも避けられない渋滞と賢く付き合うコツとは?

もっと詳しく知りたい方はコチラ>>連休前に知っておきたい! 高速道路が渋滞する理由と、渋滞との賢い付き合い方

 

■渋滞を避けることは可能なのか?

高速道路の場合、交通が集中すれば渋滞する場所は決まっているし、曜日と時間帯である程度は予測できる。また、GWにはサンデードライバーが大挙して高速道路に乗り出して来るので、事故による渋滞も覚悟しておいた方がいい。

 

ちなみに、NEXCOの渋滞予測はかなりおおざっぱである。たとえば「御殿場ICと厚木ICの間で、午前9~午後3時の間に5km以上の渋滞が予測される」という予測は、あまり参考にならない。渋滞予測を参考にするなら、距離は15~20km以上をチェックすべし。

 

高速道路も一般道もくまなく渋滞予測をチェックし、ときには小道にもトライしてみる価値があるという著者。それでも渋滞を避けられないなら、せめて渋滞によるドライバーのストレスを減らすのが賢明だとアドバイスしています。

もっと詳しく知りたい方はコチラ>>ゴールデンウィークの大渋滞を避けるコツ、乗り切るコツ

 

【著者プロフィール】

citrus 編集部

citrus(シトラス)は各界の専門家が監修する「SNS配信型ウェブメディア」。「カジュアルに知性をアップデート」をコンセプトに、単なる一次ニュースではない、専門家ならでは視点・解釈をプラスした有益で信頼感のある情報をお届けします

【中年名車図鑑|日産FIGARO(フィガロ)】いまや「右京の愛車」!? 20年以上愛される“最速パイクカー”

Be-1やPAO、S-Cargoと、いずれも成功裡に終えた日産自動車のパイクカー戦略。この余勢を駆って、同社は新しいパイクカーを1989年開催の東京モーターショーで発表した――。今回はパイクカー・シリーズで唯一のクーペ&オープンボディで、かつターボエンジンを搭載した「FIGARO(フィガロ)」の話で一席。

【Vol.78 日産FIGARO(フィガロ)】

1987年に発売したBe-1、1989年に発売したPAO(パオ)およびS-Cargo(エスカルゴ)というパイクカー・シリーズをヒット作に昇華させた日産自動車は、市場の要望に即して4作目となる新パイクカーを鋭意企画していく。商品テーマは“満足の新しいカタチ”の創出。既存の枠にとらわれない車両デザインを心がけながら、これからのライフスタイルにふさわしいクルマの具現化を目指した。

 

■パイクカー・シリーズの4作目はクーペボディで企画

使用するプラットフォームはBe-1やPAOと同じくK10型マーチをベースとする。ただし、そのスタイリングは従来と路線を大きく変えた。基本フォルムは2ドアクーペデザインで構成し、そのうえでルーフとリアウィンドウが一体で開いて後部の格納トランクに収納されるユニークなオープントップ機構を組み込む。オープン時に残るのはサイド部分やフロントのウィンドシールドのみで、横方向からのプライバシーを守りながら気軽にオープン走行が楽しめるようにアレンジした。また、リアウィンドウには視認性と耐久性を考慮して熱線入りガラスを採用。さらに、リアセクション下部にはトランクルームも用意する。ルックス自体はレトロ調を基本としながら都会の風景にお洒落になじむ造形に仕立て、同時にフロントエプロンやフェンダーの部材に熱可塑性樹脂パネルを、外板にスーパーファインコーティング(フッ素樹脂塗装)を導入した。

ルーフとリアウィンドウが一体で開いて後部の格納トランクに収納される

 

内包するインテリアは、前席重視(乗車定員は4名)のパーソナルな空間にふさわしい心地よいデザインと装備・素材で構成する。インパネは穏やかな曲線を基調として優美さを表現。丸形のメーターや上品な装飾を加えたステアリング、随所に配したメッキパーツ、専用の本革シートなどもアクセサリーを付けたときのようなテイストを醸し出した。また、内装色には明るいカラーリングを採用。インパネやピラートリム類には柔らかい質感のソフトフィール塗装材を施した。

乗車定員は4名だが、メインは前席。心地よいデザインと装備に囲まれたパーソナルな空間が広がる

 

搭載エンジンにはパイクカー初の過給器付きユニット、MA10ET型987cc直列4気筒OHCターボ(76ps/10.8kg・m)を採用する。組み合わせるトランスミッションは3速ATのみの設定で、駆動方式はFF。懸架機構には専用セッティングの前マクファーソンストラット/後4リンクを導入し、シューズには165/70R12タイヤ+専用デザインホイールを、制動機構には前ベンチレーテッドディスク/後リーディングトレーリングを装備した。

 

■限定2万台、3回に分けた抽選で販売

4作目のパイクカーは、まず1989年開催の第28回東京モーターショーに参考出品され、1991年2月に市販に移される。車名はモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』に登場する、機知に富んだ主人公の名前にちなんで「FIGARO(フィガロ)」と名乗った。型式はFK10で、ボディサイズは全長3740×全幅1630×全高1365mm/ホイールベース2300mmに設定。車体色はすべてツートンカラーで仕立て、上部をホワイト、下部をエメラルド/ペールアクア/ラピスグレイ/トパーズミストという4タイプで彩った。車両価格は187万円とし、生産台数は限定2万台。同年8月末まで3回に分けて抽選するという販売方法をとったため、Be-1のような大きな混乱は起こらなかった。また、製造については従来に引き続き高田工業が専用ラインで行った。

 

“東京ヌーベルバーグ”のキャッチを冠して発売されたフィガロは、従来とはちょっと異なる宣伝手法を展開した。同キャッチをコンセプトに据えながらフィガロをフィーチャーした3部作の短編映画『フィガロストーリー』を製作し、1991年4月から全国主要都市の映画館で上映したのだ。監督・脚本を務めたのは、アレハンドロ・アグレスティ、林海象、クレール・ドニという気鋭の人物のたち。バブル景気の最終盤ならではの、豪華なプロモーション活動だった。

フィガロをフィーチャーした3部作の短編映画『フィガロストーリー』が全国主要都市の映画館で上映された

 

■歴代パイクカーの中で最速の呼び声高し!?

市場に放たれたフィガロは、その個性的なスタイリングのほかに歴代パイクカーのなかで唯一、走りでも注目を集める。ターボエンジンによる俊足ぶりが、Be-1やパオとは一線を画していたのだ。また、2車に比べてやや固めの足回りや低い車高なども、印象が異なる要因となった。これでMTモデルの設定があれば、小型スポーティクーペの仲間入りを果たしたかも――とは当時のクルマ好きの評である。

 

2年近い歳月をかけて当初予定の生産台数をクリアしたフィガロは、Be-1やパオと同様、中古車市場でも高い人気を維持し続ける。一部は英国などにも流出し、オーナーズクラブができるほどの熱い支持を獲得した。また、人気TVドラマの『相棒』のシーズン11以降では水谷豊さん演じる杉下右京の愛車として、ボディカラーを黒く塗り替えたフィガロが登場。ネットなどではデビュー当時を知らない視聴者から「あのクルマの名前は?」という質問が、知っている人からは「いい意味で変人の右京っぽいクルマ選びだなぁ」といった感想が書かれる。発売から20年以上が経過しても人々の琴線に触れ、話題を提供するクルマ――それがフィガロ、延いてはパイクカーの身上なのだ。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

サッカー日本代表・吉田麻也選手がランドローバーの新アンバサダーに就任!! その理由は?

日本が2大会ぶりにベスト16に進んだサッカーワールドカップ。その興奮の余韻が残るなか、東京・銀座の「JAGUAR LAND ROVER STUDIO」に日本代表のセンターバック、吉田麻也選手が現れた。ランドローバーの新アンバサダー就任式典に出席するための登場だ。サッカー解説者の北澤 豪氏とのトークセッションも行われ、ワールドカップの裏話なども含め、式典は大いに盛り上がった。

↑ランドローバーの新ブランド・アンバサダーに就任したプロサッカー選手の吉田麻也氏。右は2018年に入って新たにラインナップされた「ヴェラール」

 

↑ランドローバーの歴代アンバサダーに加わり、パネルにサインをした吉田選手

 

イギリスと日本の架け橋に

式典の冒頭、ジャガー・ランドローバー・ジャパンのマグナス・ハンソン社長が登壇し、吉田選手をアンバサダーに起用した背景について説明した。

 

「吉田選手はイギリスのプレミアムリーグで7年目となり、日本人として初めて100試合以上のゲームに出場している。ランドローバーと同じように、イギリスと日本の架け橋になるべく就任していただいた。吉田選手は際限なく完璧を目指して頑張っており、それは“Above & Beyond”というランドローバーのフィロソフィーと同じ。ランドローバーに乗ってもらうことで、吉田選手が次なるチャレンジに邁進する助けができると思っている」(マグナス・ハンソン社長)

 

その後、ハンソン社長が吉田選手を招き入れると、「Welcome to Land Rover Family!」と吉田選手に声をかけながらランドローバーのビッグキーを手渡した。今後、吉田選手は「ランドローバー」のクルマに乗りながら、アンバサダーとしてランドローバーの魅力を発信していくことになる。

↑吉田選手を笑顔で迎え入れるジャガー・ランドローバー・ジャパン 代表取締役社長のマグナス・ハンソン社長(右)

 

あの激闘の裏側を語る

続いて、サッカー解説者の北澤 豪氏のMCによるトークセッションが開かれた。ワールドカップから間もないとあって、取材陣はあの激闘の裏側に興味津々。吉田選手にワールドカップを戦った感想を北澤氏が根掘り葉掘り聞いた。

↑就任会見では北澤 豪氏(左)と吉田選手によるトークショーが開かれた

 

北澤氏:ワールドカップを終えて、いまの感想はでどうですか?

吉田選手:最低限の目標だった予選突破ができたという安心感はちょっとありますが、個人的な目標は“次のところ”(ベスト8)だったので、正直、悔しさのほうが大きいですね。成田空港で多くの方から祝福されたのは驚きましたが、自分にとっては大きなギャップがありました。多くの方から「ありがとう」「おめでとう」と言ってもらえたのはもちろんうれしいですが。でも、選手は何が必要なのかを考えながら次のワールドカップまでの4年間を突き進んでいきたいと思ってます。

 

帰国した日、最初に行ったのは選手とスタッフを交えての焼肉パーティ。そこでは大いに飲んで笑って涙も分かち合ったという。

 

吉田選手:強化試合のパラグアイ戦のあとぐらいからチームの状態はよくなってきました。監督が替わってゴタゴタしているなかで、試合がうまくいっていない。これはやるしかないと追い込まれた状態になって覚悟ができたんだと思います。何より、ワールドカップでのコロンビア戦で勝てたのが大きかったですね。日本の皆さんの期待値も変わったでしょうし、僕らも勢いに乗るきっかけになりました。

 

北澤氏:ベルギー戦で2-0になったときに「いけるぞ」って感じはあったのでしょうか?

吉田選手:そう思ってしまったのがよくなかったんじゃないかなと思っています。2-0のままでOKという感覚になった瞬間、裏でボールをもらう回数が減り、セーフティな選択をするようになって相手が前に出てくるきっかけを作ってしまった。横パスなんかのミスからシュートまでいかれるシーンも出てきましたからね。本来ならDFは集中すべきなのに(これで)バタついてしまった。アンラッキーなところから失点し、そこから修正できなかったというのはやはり経験値が足りないんだなと思いました。

 

北澤氏:逆にヤバイと思ったのはいつ頃なのでしょうか?

吉田選手:フェライニ選手が入ってきたところですかね。フェライニ選手とシャドリ選手が入ってきたところから相手のリズムをなかなかこっちのリズムに持っていけなくなって。センタリングを上げられたとき、ルカク選手をマークしていてフェライニ選手がフリーになっているのが一瞬見えたんですが、そこをカバーに行けなかったし、コーナーキックをキャッチされてGKをブロックできなかった。これもサッカーですし、ここから学んでレンジローバーと同じように走り続けていかなくてはいけないと思います。

↑アンバサダーとして早くもランドローバーの魅力について語る吉田選手

 

サッカーの話から無理やりレンジローバーに結び付ける発言には北澤氏も思わず苦笑。吉田選手は早くもアンバサダーとしての自覚を持っているようだ。ただ、吉田選手は以前からランドローバーに対して憧れを強くしていたという。

 

北澤氏:ランドローバーの新ブランド・アンバサダーに就任した気持ちはどうですか?

吉田選手:ランドローバーはずっと憧れのブランドでしたし、イギリスでは国産車ですがみんなが憧れるブランドです。プロに入ったばかりの頃、先輩が乗っているのを見て羨ましく思ってました。そんなブランドにこうしたお話をいただけたのは光栄ですし、うれしく思います。

 

北澤氏:プレミアリーグの選手たちはレンジローバーをどう見ているんでしょうね。

吉田選手:レンジローバー、ランドローバーは家族用に1台は持っていて、特にイギリス人にとってこのブランドへの憧れは強いと思いますね。試合のとき、駐車場を見ると必ず6~7台は駐まっていますからね。

 

北澤氏:ここにあるヴェラールにも乗ったとのことですが、感想はいかがでしたか?

吉田選手:いやー、ホントに乗り心地が良かったです。運転もスムーズでしたし、安定感もあります。後ろもいいですね。

 

北澤氏:お、運転手付き?

吉田選手:あ、この言い方はよくなかったですね(笑)。後ろに子どもを乗せたシチュエーションでも安定して乗れると思いますし、(SUVなんで)奥さんから「荷物が入らない」なんてことも言われなくて済みます。インテリアも品の良さも半端ないです。リビングでソファに座っているような感覚で座れるのは、ある意味部屋みたいなもの。身体が大きいのでレンジローバーのサイズはとてもありがたいですね。

 

長谷部選手や本田選手の代表引退があり、監督も替わって、これから日本代表は新チームになっていく。そのなかで吉田選手はリーダーシップをとって若手を引っ張っていかなければならない存在となる。ここで吉田選手がパネルに記したのは、「Best 8」というシンプルなキーワード。もちろんこれは2022年のワールドカップでの目標であり、吉田選手も「これ以外考えられない」とコメントした。最後に吉田選手からは「今回のワールドカップでの悔しさをバネに、さらに上へと邁進していく」ことが宣言された。

↑次なる目標について「Best8」を掲げた吉田選手

 

なお、JAGUAR LAND ROVER STUDIOでは、吉田選手のランドローバー・アンバサダー就任を記念し、7月26日~8月26日までに吉田選手直筆のサインボールや目標を記したパネルなどが展示される予定となっている。

↑7月26日~8月26日までの期間、JAGUAR LAND ROVER STUDIOでは吉田選手がロシアワールドカップで着用したユニフォームやシューズ、目標を記したパネルなどが展示される

寺岡呼人×ABEDONが語る「クルマと音楽」――バッハとトランス・ミュージックがロングドライブには最高!

 

彼女とのドライブなら、ムーディなトラックを。家族とのドライブなら子どもたちが喜ぶ音楽を。ドライブにマッチする曲は、シチュエーションによって変わります。では一人で長距離を淡々と走るシーンであればどうでしょうか? それも通勤のような、定期的に同じコースを走る場合だと。

 

シンガーソングライター兼音楽プロデューサーの寺岡呼人さんがナビゲートする「クルマと音楽」、今回はユニコーンのキーボーディストとしてだけではなく、音楽業界でマルチに活躍するABEDON(阿部義晴)さんをお迎えしました。プライベートでも親交の深いお二人の対談中、その答えの1つとなりそうなキーワードが出てきましたが、それがびっくり、なんとトランス・ミュージックだというじゃないですか。いったいどのような理由でロングドライブとトランス・ミュージックがマッチするのでしょうか。

 

【ABEDON

1966年7月30日生まれ。山形県出身。A型しし座ペガサス〜遊び心満載の自由人! 2014年に阿部義晴からABEDONに改名し、2009年より再始動した「ユニコーン」と「ABEDON」としてのソロ活動を並行して活動中。作詞・作曲、演奏はもちろんのこと、MIXやマスタリングの幅広い領域まで対応。ユニコーンの「D3P.UC」(2017年リリース)では映像総監督としての新たな分野へも進出した。

1998年に自身のレーベル“abedon the company”を設立し、「氣志團」「グループ魂」「私立恵比寿中学」などさまざまなアーティストへのプロデュース並びに楽曲提供、CMソングやドラマ主題歌、映画音楽を手がける。

ABEDON オフィシャルサイト:https://www.abedon.jp/

 

【寺岡呼人】

シンガーソングライター兼音楽プロデューサー。1988年、JUN SKY WALKER(S)に加入。1993年にソロデビューし、1997年にはゆずのプロデュースを手がけるようになる。ライブイベント Golden Circleを主催し、FM COCOLOの番組「CIRCLE OF MUSIC」で、さまざまな音楽とアーティストをナビゲートしている。筋金入りのオーディオマニアであり、カーマニアでもある。

寺岡呼人オフィシャルサイト:http://www.yohito.com/

 

いろいろなクルマを乗り継いできたABEDONさん

寺岡 ABEDONくんが自分で一番最初に買ったクルマは何だったの?

 

ABEDON クルマを運転できるようになってからは機材の関係でほとんどハイエースに乗ってたかな。自分で買ってというのは…ホンダのプレリュードだね。

 

寺岡 それは中古だったの?

 

ABEDON うん中古。知り合いからほぼタダで譲ってもらったみたいな。でも楽器が載らないので、知り合いのカメラマンからスカイラインのバンを譲ってもらってさ。その後はフィアット500。でもあまりに非力なのでアバルトに乗り換えた。そこからは異常なほどに乗り継いでいったね。

 

 

一時期、寺岡さんはABEDONさんの影響を受けてメルセデス・ベンツのSクラスに乗っていたとのこと。ABEDONさん、スペシャリティカーにライトバン、可愛らしいコンパクトカーにゴツい1台まで、本当にいろんなクルマに乗っていたんですね!

 

 

寺岡 例えば、新車でボルボの240を買ったんだけど、これは結局18万km ぐらい乗ったよ。

 

ABEDON 結構持つねぇ。

 

寺岡 そう考えるとクルマも好きだけど、どっちかっていうと運転するのが好きだったのかも。ABEDONくんはどうだった?

 

ABEDON 若いときはクルマに乗るのも、クルマそのものにも興味を持ってたな。スピード感があるし、サウンドもあるし。バンドをやって入ってきたお金はこういうところで使っていこう、みたいのがあったし。

 

シンプルな4つ打ちだからロングドライブに合うトランス・ミュージック

寺岡 車内での音楽環境はどうだった?

 

ABEDON カーオーディオはMから始まる青く光るレシーバーを入れてたよ。

 

寺岡 マッキントッシュね!  音は良かったの?

 

ABEDON というかカッコ良かった(笑)

 

寺岡 確かにあれは当時一番カッコ良かったな。車内で聴く音楽にこだわりはあった?

 

ABEDON クルマってさ、録音した音をチェックする場所という意識が自分の中にあったのね。スタジオとは違ってどう聴こえるんだろうというのを、クルマの中で確認する感じ。

 

寺岡 あるある。ミックスダウンのバランスを確認するのはクルマの中だよね。

 

ABEDON わざわざスタジオから駐車場まで降りていったりしてね。

 

寺岡 クルマの中で確認してから戻って、もうちょっとベース上げてくださいと言ったりとか。僕らの場合、音楽は家よりもクルマの中で聴く時間の方が長かったからついついやってたね。

 

ABEDON フェラーリに乗り始めるまではずっとやってたね。それまでは音楽がかかってないと嫌だったし。でもああいったスポーツカーだとすぐに調子が悪くなるから、運転中はいつもエンジンの音を聞いてなきゃいけないんだよね。

 

寺岡 それで一巡して、今はまた聴くようになったんだっけ。

 

ABEDON そう。移動時間が長くなっちゃって、さすがにスポーツカーだと疲れるから楽ちんなラグジュアリーなクルマにしたわけだ。そうすると、またね。移動時間のあいだに何を聴くかとなっちゃって。 最近のクルマは最初からわりと上等な音だからカーオーディオはそのままで。あとは何をかけるかってところで悩んでた。そしてたどり着いたのが、トランスなんだよね。

 

寺岡 へえええ!

 

ABEDON 四つ打ちでシンプルな小節を繰り返してるジャンルじゃない。だから長距離でも、長時間聴き続けていても持つのよ。これはいいわと、もうノリノリ。

 

いつも同じコースを長時間走るとなると、時には集中力が途切れがち。でもメロディラインが象徴的ではなく、ループ的なリズム・パターンを持つトランス・ミュージックだからこそ、ドライブ中のBGMにぴったり、と。運転に集中したまま走れるということですか!

 

 

SDカードにクルマの中で聴きたい曲をコピーしておくテクニック

寺岡 いま、クルマの中ではどんな音楽ソースを使っているの?

 

ABEDON それがSDカードなんだよね。

 

寺岡 えー、そうなの! 自分はスマートフォンからBluetoothで飛ばして聴いているんだけど、そうかSDカードか。

 

ABEDON スマートフォンだと電話かかってきたり色々ややこしいことが起きるから、クルマ専用ということにしたSDカードにクルマで聴きたい音楽を入れているんだよね。

 

寺岡 自分のクルマのカーオーディオにもSDカードスロットはあるけど、使ったことはなかったな。そういう風に使うんだね。

 

SDカードをカセットテープやCD-Rなどのように使っている、ということなのですね。これはカーオーディオ環境のライフハックといえるワザかもしれません。

 

ABEDON あれね、結構いいよ。そして曲なんだけど、実は、いまはバッハしか聴かなくなっちゃった(笑)

 

寺岡 トランスからバッハって(笑)。なんでバッハなの?

 

ABEDON 余計な情報がないというか。キース・ジャレットが好きなんだけど、彼が演奏しているバッハのインヴェンションにはすべての基礎が詰まっていてね。それをずーっと聴いてる。ハイブリッドのクルマにしたからというのもあるかな。 ハイブリッドって静かなんだよね。だから車内でクラシックも聴けちゃう。

寺岡 フェラーリだとバッハは聴けないよね。

 

ABEDON 全然聴けないね(笑)

 

寺岡 バンドを始める前はクラシックをやってたの?

 

ABEDON やってた。

 

寺岡 じゃあ先祖返りってわけじゃないけど、原点に戻ってきたのかな。

 

ABEDON そうなのかな。さらにいうと、普段聴く音楽はレゲエしかないんだよ。ポップスなりロックなりを聴くと、仕事モードになっちゃう。資料でもらったCDとかも、考えながら聴いちゃうし。

 

寺岡 そういう耳で聴いちゃうのってあるよね。

 

ABEDON クラシックだとそれがないんだよね。 仕事と関係ないから頭が切り替わって純粋に音楽を楽しめるし。レゲエも自分でやりたいとは思わないジャンルだから(笑)

 

寺岡 なるほど、BGMで聴けちゃうってことか。

 

またベッドルームではブライアン・イーノの曲を聴くことが多いそうです。曰く、「音楽を聴きたいわけじゃないけど音がないと嫌」というときに、彼のゆったりとしたアンビエント・ミュージックがマッチするということなのでしょう。

 

寺岡 家で聴くときのオーディオ機器はどんなのを使っているの?

 

ABEDON BOSE M3っていう小さいスピーカーのプロトタイプにPCをつなげているね。なぜかというとうちのスタジオにも同じスピーカーがあってさ。

 

寺岡 ABEDON君のお家に2、3度お邪魔したことがあって。そのときはスタジオができる前だったから、地下に小さいスタジオを作ってたよね。今もそこで作業はしているのかな。

 

ABEDON いや、完全にスタジオの方に移行してる。地下はもう使ってないね。

 

寺岡 じゃあアイデアが浮かんできたときとかは、スタジオに通うんだ。絶対そっちの方がいいよね。前に誰かのインタビューで読んだんだけど、家にスタジオがあるとパジャマのままでやっちゃうと。生活と地続きだから仕事モードになかなか切り替わらない。だから10mでも20mでもいいから自宅からは離れたほうがいいと書いてて。

 

ABEDON 家だと風呂にも入っちゃうし(笑)

 

 

マスタリングも自分でやるしかない!

寺岡 最近マスタリングエンジニアをやってると聞いたんだけど、そのきっかけはなんだったの?

 

ABEDON 自分のソロアルバムのマスタリングを、ニューヨークのテッド・ジェンセン(STERLING SOUND)にお願いすることになったのね。そのとき、インターネット経由で戻ってきた音の感じがあまりにも衝撃的で。音を録ったのは自分のスタジオだけど洋楽に聴こえてね。これはなんかアプローチが違うんだなと思ったの。日本のマスタリング事情を話してしまうと、エンジニアが高年齢化していて普遍的な音になることが多く、なかなかクリエイティブな感じにならないところがあるし。

 

俺はこれだけ長く作曲も作詞もやっているし、アレンジもレコーディングもやってるし、やることがなくなってきてるわけ。もう残すところはマスタリングしかない! となってね。

 

寺岡 普通はそうはならないよね(笑)

 

マスタリングとはCDや配信用の音楽ファイルを作る際の、最終的な音質・音量のバランスをとる作業のことです。様々なトーンの曲が入っているアルバムでも、優れたマスタリングを行うと一貫性のある作品に仕上がります。この分野においてテッド・ジェンセンは巨匠といわれる存在で、日本のアーティストのアルバムも数多く手がけています。

 

寺岡 実際はどんな環境でやっているの? 特別なシステムみたいのを使ってるの?

 

ABEDON ニューヨークに行ったときにテッドが色々教えてくれたの。で、彼が使ってるのと同じシステムを買っちゃった。

 

寺岡 マジで!

 

ABEDON ジミー・ペイジに憧れたらレスポールを持ちましょうというのと同じで、同じ機材、同じルーティンにしてしまえば、 違いは自分の実力しかないじゃない。そこから研究が始まるわけ。

 

寺岡 ハードは全部そろえたの? STERLING SOUNDのスピーカーはB&Wだったよね。

 

ABEDON 基本的なものだけかな。だって高っっっかいんだもん! ひとつひとつが! スピーカーだけでもすごく探したよ。 新品だとエイジングされていないのですぐには使えないから中古で探すしかなくてね。でも、見つけてもみんな小さな音でしか鳴らしてないのよ。ガンガン鳴らしてるスピーカーじゃないとスピーカーの音がふっくらしないから。反応が硬いんだよね。だから結局、輸入会社のデモ機みたいなものをつけてもらったのよ。

 

寺岡 自分もSTERLING SOUNDに行ったときに、B&Wってこんなにいい音がするんだと思ったよ。でも日本のオーディオショップで聞いたB&Wはもっとカチカチの音でさ。なんであんな音なんだろうと。これは手を出しちゃいけないなと思っていたんだけど、ABEDONくんは手を出しちゃった派なんだ(笑)

 

ABEDON ユニコーンのベスト、全部のリマスターをそこでやったんだけどすごい勉強になったよ。

 

寺岡 当時出たものと比べてどんな感じだった?

 

ABEDON 直に聴くと、いいところもあるし未熟なところもあるし。

 

寺岡 恥ずかしいところもあるし。そういうの1枚1枚聴きながらマスタリングをすると(笑)。なかなかシビレる作業だね。

 

ABEDON 1枚目2枚目はサウンド的にも楽器的にも未熟だったから音が痛いんだよね。それで1枚やったら耳をやられちゃうから、作業後は1日海で過ごしてさ。海の音は低音から高音までフラットだから、そこで耳を癒して、また次の日にやるとか。

 

寺岡 マスタリングしたものはメンバーに聴かせるわけだよね。

 

ABEDON 全然聴きやしないよ(笑)。でも、ああみえて、民生君はちゃんと聴いてるんだけどね。

 

寺岡 やっぱり。はい任せるみたいな(笑)。しかしベストアルバムをメンバーがマスタリングするというのは、 ABEDONくんだけだと思うだよね。

 

ABEDON ニューヨークのマスタリングエンジニアのアーティスティックなところを見ていると、アプローチがすごく音楽的でそこがすごくいいなと思って。でも俺らは自分たちが鳴らしたのはどんな音だったか、目指した音はどんなんだったかとか、ライブでいいと思ったときの感触をどうやって出すかとか研究していけるから、そこは分があると思ってる。そこを俺は、握らなきゃいけないなと思ったのよ。

 

 

音楽ストリーミングは時代の流れ。問題は知的財産の守り方

寺岡 音楽ストリーミングってあるじゃない。自分は結構利用してる派なんだけど、ABEDONくんはどう?

 

ABEDON ちょっと迷ったけどね。最初は業界全体の流れがNGみたいな雰囲気もあったでしょ。だからハイレゾに行きますみたいな感じだったけど、俺アナログは興味あるけど、ハイレゾには興味がなくて。

 

寺岡 えー、そうなんだ。

 

ABEDON 俺らの子どものころって家にでっかいステレオコンポがあったじゃない。でもいまそういう環境がある家は少ない。聴きたい曲はその場で手に入れたいしヘッドホンで聴くし。だからわざわざハイレゾに行くことには興味がなかったんだよね。ストリーミングに関してはまだ問題はあるだろうけど、この流れは止めることができないし、行くしかないんじゃないかなと。

 

寺岡 昔はクルマに乗ってレンタルCDショップまで行ってCDを借りて、何日か後に返しに行くというのが普通だったけど、今は、なぜわざわざ借りに行かなければいけないんだろうという価値観になってきたよね。

 

ABEDON 人間の順応性はすごいよね(笑)。音楽を発信する媒体が変わってきてるというだけの話で、そこに目くじらを立てる必要はないと思ってる。ただミュージシャンはお金がないと音楽活動ができないので、知的財産をどうやって守るかっていうところが大事だよね。

 

気軽に好きな曲を聴けるし、今まで知らなかった曲もレコメンドしてくれる音楽ストリーミングは便利。という共通の見解を持っているお二人。同時に、好きな曲はパッケージで買いたい、物質として欲しいという声もありました。

 

50代からの展望

寺岡 我々も、もう50歳を超えたわけだけど、この先の10年、野望というか展望というか目標はある?

 

ABEDON 俺ね、10年ごとに節を区切っているのね。20代のときはバンドをやっていて散々色々なものを見てきた。いいこともいろんなこともあったけど、30代は業界に貢献しようと思っていたの。だからプロデュースをやって、氣志團を見つけてヒットさせることに10年を費やしたの。40代は自分の周りのためにも動こうと思ったの。それで、一番すごいのは再結成じゃないかと。自分の周りにいるスタッフ、バンドメンバー、みんながハッピーになると思って、それでもう一回バンドをやり始めたの。

 

さあそれで50代に入りました。40代の目標は、ほぼやり終えた。次は下の子たちを育てなきゃいけないと思ってて。今の音楽ビジネスはミニマムなものが多く、大規模な現場を体験できる機会がないんだよね。

 

寺岡 ミュージシャンだけじゃなくて音楽業界全体の、これからの人たちを育てる…。わかった専門学校の校長だ!

 

ABEDON ああ! そういえば俺ら両親がさ。

 

寺岡 教師だから(笑)

 

ABEDON その血はあるはず! それを呼人くんとかもやってくれたら(笑)。呼人くんは人を引き寄せて引っ張っていく魅力というか力があると思ってるんだけど。

 

寺岡 自分ではまったくそうは思ってないんだけど、結果そういう役回りをやることが多いかも。

 

ABEDON 向いてると思うんだよね。俺は気まぐれだからさ。

 

寺岡 じゃあ俺、理事長で。ABEDONくんが副理事長で(笑)

 

↑愛車ではパイオニア・サイバーナビの「ミュージッククルーズチャンネル」をよく聴いており、音楽ストリーミングサービスも積極的に活用しているという寺岡さん。サイバーナビが対応しているメディア・接続機器はCD、Bluetooth、SDカードなど14種類も。最新モデルはハイエンドホームオーディオ級のパーツや素材がふんだんに使われており、車の中でもハイクオリティな音楽再生が可能で、オーディオに一家言ある寺岡さんも大満足とのこと

 

[ABEDON 公演情報]

ABEDONのソリスト公演「リストなきソリスト」が開催決定! キーボード、ボーカルはもちろん、ギターやベースもマルチにこなすABEDONが、ソリストとしてどのような舞台を繰り広げるのか、ミュージシャンシップと遊び心に満ちあふれたステージにご期待ください。

ABEDONソリスト公演「リストなきソリスト」

2018年7月19日(木) 宮城 仙台retroBackPage

2018年7月25日(水) 東京 Billboard Live TOKYO

2018年7月30日(月) 大阪 Billboard Live OSAKA

✳7/30(月)大阪公演は、ABEDONの誕生日当日、バースデーライブです!

 

ABEDONソリスト追加公演「リストなきソリスト」

2018年7月24日(火) 東京 Billboard Live TOKYO

2018年7月31日(火) 愛知 名古屋ブルーノート

 

詳細はABEDON オフィシャルサイト:https://www.abedon.jp/をご覧ください。

 

憧れの「マイ・ガレージ」を低価格で。モスクワっ子のDIY欲を満たしまくる「時間制ガレージ」が人気

約2人に1人がクルマを所有しているというモスクワ。クルマを所有するということは当然、車検や定期点検などが必要となってきますが、予約を取って順番待ちするディーラーより、自分で点検や簡単な部品交換をしたいという意見や、「自宅にガレージがないけれど自由にいじってみたい」という声が多くあります。そんなニーズから生まれたのが「時間制ガレージ」。現在、モスクワっ子の間で人気が高まっています。

 

人気の時間制ガレージとは?

ロシアの修理屋についての記事でも述べましたが、ロシアには、もともと物が少なかったソビエト連邦時代から「自分のものは自分で直す」という文化が根付いています。ソ連時代の名残で、自分でクルマをいじったり、いまだに自分で点検や修理をする人々が多いのですが、大都市モスクワではアパート住まいが一般的。クルマをいじる場所がないというのが問題です。

 

そんななかで時間制ガレージが需要を伸ばしています。電話やオンラインで予約をすれば、自分だけのガレージを24時間使用することが可能。価格は、店舗によってある程度の差はあるものの、1時間あたり400ルーブル(約800円)ほどです。広々としたガレージと専用の工具が使いたい放題ということで一躍大人気に。

 

時間制ガレージでは、クルマごとにガレージが独立している場合もあれば、1つの大きなスペースに何台か入れるようになっていることもあります。チェーン展開をしている店舗はまだないものの、一つひとつの店舗が工夫を凝らしたサービスを提供。

人気店の1つ「сбой гаражスボイガラーシュ」には、486個もの工具が揃っており、しかも、それらすべてはプロが使用するレベルのもの。自宅での修理にありがちな「修理を始めたはいいが、必要な工具がない」ということもありません。また高い専門的な工具を購入する費用も節約できます。ドライバーに始まり2トン以上を持ち上げられるクレーンまで、なんでも揃うガレージ内。USB充電ポートを増設するのに必要な端子類セットや電工ペンチ、検電テスター、よく使う端子やコネクターなど、細々したものもしっかり揃っています。クルマにバックカメラを装着することも可能。

 

使用者の口コミには、「自分のお粗末な工具より断然作業しやすかった。また、どこかの駐車場でいじるより快適に作業できた」と前向きなコメントが寄せられています。

 

ガレージの使い方は無限大?

また、修理に限らないユニークな使い方を提案している時間制ガレージもあります。例えば、4台同時に入れる大きなスペースを友だち同士で使って、お互いのクルマをいじるという「改造愛好家の遊び場」として利用することができます。

 

さらに、冬はマイナス40度にもなるモスクワでは、放っておくとクルマのバッテリーが凍ってしまうことも多々あります。そんな寒い日や夜中だけ、愛車をガレージに避難させるという「時間制パーキング」サービスもあります。

日本やアメリカにも広がるガレージサービス

日本にもレンタルピットというサービスがあります。クルマユーザーが、クルマの整備やカスタマイズ、ドレスアップに必要なプロの「作業場所」や「設備」、「工具」などを自動車工場からレンタルできるというもの。このサービスでは既存の工場内に場所を借りるということで「自分のガレージ感」がないものの、同じスペースに専門家がいるというのは心強いかもしれません。

 

また、アメリカでは「U DO IT(ユードゥーイット)」というサービスが広く知られています。こちらはロシアと同じくガレージになっているうえ、専門の修理工が常駐。ただし、常駐の修理工はあくまで手助けが必要な時の「ヘルプ」だそうです。

 

場所とお金を節約できる都会の愛車ライフ

ディーラーでの定期点検の相場は約2万ルーブル。時間制ガレージなら、2時間ほどかかるとしても800ルーブル(約1600円)と価格の差は歴然です。また、自分の家で修理するよりも、専門工具が揃っているうえに、終わった後の片付けや掃除の手間が省けるのもとても便利ですよね。

 

安くすませられて、時間の融通もきく時間制ガレージは、忙しいモスクワの人々のライフスタイルに合わせやすくなっていることも人気の理由の一つかもしれません。

762mm幅が残った謎――三重県を走る2つのローカル線を乗り歩く【三岐鉄道北勢線/四日市あすなろう鉄道】

おもしろローカル線の旅~~三岐鉄道北勢線/四日市あすなろう鉄道(三重県)~~

 

今回のおもしろローカル線の旅は、線路の幅について注目してみたい。

 

日本の鉄道の線路幅は次の2タイプが多い。まずは国際的な標準サイズを元にした1435mmで、新幹線や私鉄の一部路線の線路幅がこのサイズだ。JRや私鉄など在来線には1067mmという線路幅が多い。ほかに1372mmという線路幅も、京王電鉄京王線や都営新宿線で使われている。

 

さて、そこで注目したいのが、今回紹介する、三重県を走る三岐(さんぎ)鉄道北勢(ほくせい)線と四日市あすなろう鉄道という2つの路線。この2つの路線は762mmという、ほかと比べるとかなり細い線路幅となっている。

↑三岐鉄道北勢線の線路。踏切を渡る軽自動車を比較してみても、762mmという線路幅の細さがよくわかる

 

↑コンパクトな車両に比べると集電用のパンタグラフがかなり大きく、ちょっとアンバランスに感じてしまう

 

↑三岐鉄道北勢線の車内。細い線路幅に合わせ車内の横幅もせまい。そのためシートに大人同士が座ると、このような状況になる

 

ちなみに762mmという線路幅はナローゲージとも言い、この線路幅の鉄道は軽便鉄道(けいべんてつどう)と呼ばれる。大正末期から昭和初期、全国さまざまなところに鉄道路線が敷かれていったころに、地方の鉄道や鉱山鉄道、森林鉄道などが採用したサイズだった。1435mmや1067mmといったサイズに比べて、小さいために建設費、車両費、維持費が抑えられるという利点がある。

 

一方で、ほかの鉄道路線と車両が共用できない、また貨車などの乗り入れできない、スピードが出せない、といった短所があり、鉄道が成熟するにしたがって、多くの軽便鉄道が線路幅を広げるなどの変更がなされ、あるいは廃線になるなどして消えていった。

 

現在、762mmという線路幅を採用している旅客線は、三重県内を走る三岐鉄道北勢線と四日市あすなろう鉄道の2路線に加えて、富山県の黒部峡谷鉄道のみとなっている。黒部峡谷鉄道の場合は、山岳地帯、しかも峡谷沿いの険しい場所にダム工事用の鉄道を通すために、あえて軽便鉄道のサイズにした経緯がある。

 

では、三重県の平野部に、なぜ762mmという線路幅の鉄道が残ったのだろうか。

 

【762mm幅が残った謎】広げる機会を逸してしまった両路線

三岐鉄道北勢線と四日市あすなろう鉄道の両路線は、いまでこそ運行している会社が違うものの、生まれてからいままで、似た生い立ちをたどってきた。762mmの線路幅の路線が残った理由には、鉄道の利用者が多かった時代に、線路の幅を広げる機会を逸してしまったからにほかならない。

 

路線が開業したのは、四日市あすなろう鉄道が1912(大正元)年8月(日永駅〜伊勢八王子駅=1976年廃駅に)、三岐鉄道北勢線が1914(大正3)年4月(西桑名駅〜楚原駅間)と、ほぼ同時期だ。

 

開業させたのは三岐鉄道北勢線が北勢鉄道、四日市あすなろう鉄道が三重軌道(後に三重鉄道となる)という会社だった。太平洋戦争時の1944(昭和19)年に両社を含めて三重県内の複数の鉄道会社が三重交通として合併する。

 

その後に三重交通は、三重電気鉄道と名を変え、さらに近畿日本鉄道と合併(1965年)という経過をたどり、それぞれが近鉄北勢線と、近鉄内部線(うつべせん)・八王子線となった。

 

三重電気鉄道と近畿日本鉄道が合併した前年に、三重電気鉄道三重線(いまの近鉄湯の山線)が762mmから1067mmに改軌している。1960年代は鉄道需要が高まりを見せた時代であり、利用者が急増していたそんな時代でもあった。湯の山線は、沿線に温泉地があり、その観光客増加を見込んだため、改軌された。

 

その後の、モータリゼーションの高まりとともに、地方の鉄道路線は、その多くが利用者の減少に苦しんでいく。線路幅を変更するための工事は、新路線を開業させるくらいの資金が必要となる。近鉄湯の山線のように利用者が増加していた時代に改軌を実現した路線がある一方で、近鉄北勢線と、近鉄内部線・八王子線の路線は762mmという線路幅のまま残されてしまった。

 

40年以上にわたり、運行を続けてきた近鉄も、路線の維持が困難な状況に追いこまれていった。

 

2003(平成15)年4月に、近鉄北勢線が三岐鉄道に運営を譲渡、さらに2015(平成27)年4月に近鉄内部線と八王子線が四日市あすなろう鉄道へ運営が移管された。ちなみに四日市あすなろう鉄道は、近鉄と四日市市がそれぞれ出資して運営する公有民営方式の会社として生まれた。

【三岐鉄道北勢線】見どころ・乗りどころがふんだんに

前ふりが長くなったが、まずは路線距離20.4km、西桑名駅〜阿下喜駅(あげきえき)間、所要1時間の三岐鉄道北勢線の電車から乗ってみよう。

↑三岐鉄道北勢線の電車は一部を除き、車体はイエロー。車体の幅は2.1mで、JR在来線の車両幅、約3m弱に比べるとスリムで、コンパクトに感じる

 

北勢線の車両の幅は2.1m。車両の長さは15mが標準タイプとなっている。ちなみにJR山手線を走るE235系電車のサイズは幅が2.95m、長さは19.5mなので、幅はほぼ3分の2、長さは4分の3といったところだ。

 

乗ると感じるのは、そのコンパクトさ。先に紹介した車内の写真のように、大人がシートに対面して座ると、通路が隠れてしまうほどだ。

 

北勢線の起点はJR桑名駅に隣接する西桑名駅となる。列車は朝夕が15〜20分間隔、日中は30分間隔で運転される。そのうち、ほぼ半分が途中の楚原駅(そはらえき)止まりで、残りは終点の阿下喜駅行きとなる。

↑JR桑名駅に隣接する北勢線の西桑名駅。ホームは1本で、阿下喜行きか楚原行き電車(朝夕発車の一部電車は東員・大泉行きもあり)が15〜30分おきに出発している

 

↑北勢線の電車は正面が平たいスタイルの電車がほとんどだが、写真の200系は湘南タイプという形をしている。同編成のみ三重交通当時の深緑色とクリーム色に色分けされる

 

ほかの路線では経験することができない面白さ

さて762mmという線路幅の北勢線。床下からのモーター音が伝わってくる。かつての電車に多い吊り掛け式特有のけたたましい音だ。さらに乗ると独特な揺れ方をする。横幅がせまく、その割に車高があるせいか、横揺れを感じるのだ。クーラーの室外機も昨今のように天井ではなく、車内の隅に鎮座している。

 

ただこうした北勢線の音や揺れ、車内の狭さは、ほかの路線では経験することができない面白さでもある。

 

途中の楚原駅までは、ほぼ住宅地が連なる。楚原駅を過ぎると、次の駅の麻生田駅(おうだえき)までの駅間は3.7kmと離れている。この駅間が北勢線のハイライトでもある。車窓からは広々した田畑が望める。車内からは見えないが、コンクリートブロック製のアーチが特徴の「めがね橋」や、ねじれた構造がユニークな「ねじれ橋」を渡る。楚原駅から麻生田駅へは、傾斜も急で吊り掛け式モーターのうなり音が楽しめるポイントだ。

↑橋脚のアーチ部分が美しい「めがね橋」を北勢線140形が渡る。楚原駅からは1.2km、徒歩で15分ほどの距離で行くことができる

 

麻生田駅から終点の阿下喜駅へは員弁川(いなべがわ)沿いを下る。西桑名駅からちょうど1時間。乗りごたえありだ。運賃は全区間乗車で片道470円、1日乗り放題パスは1100円で販売されている。この1日乗り放題パスは、北勢線とほぼ平行して走る三岐線の乗車も可能だ。北勢線と三岐線を乗り歩きたい人向けと言えるだろう。

 

阿下喜駅には駅に隣接して軽便鉄道博物館もある。開館は第1・3日曜日の10〜16時なので、機会があれば訪れてみたい。

↑阿下喜駅に隣接する軽便鉄道博物館には、モニ226形という車両が保存されている。1931(昭和6)年に北勢線を開業させた北勢鉄道が導入した電車で荷物を積むスペースがある

 

さて北勢線の現状だが、順調に乗客数も推移してきている。2003年に三岐鉄道に移管され、運賃値上げの影響もあり一時期、落ち込んだ。その後に車両を冷房化、高速化、また曲線の改良工事などで徐々に乗客数も持ち直し、最近では近鉄当時の乗客数に匹敵するまで回復してきた。沿線の地元自治体からの支援が必要な状況に変わりはないが、明るい兆しが見え始めているように感じた。

【四日市あすなろう鉄道】車両リニューアルでイメージUP!

四日市あすなろう鉄道は全線が四日市市内を走る鉄道だ。

 

路線はあすなろう四日市駅〜内部駅間を走る内部線5.7kmと、日永駅〜西日野駅間の八王子線1.3kmと、2本の路線がある。西日野へ行く路線に八王子線という名が付く理由は、かつて同路線が伊勢八王子駅まで走っていたため。集中豪雨により西日野駅〜伊勢八王子駅間が1974(昭和49)年に不通となり、復旧されることなく、西日野駅が終着駅となった。

 

電車は起点のあすなろう四日市駅から内部駅行きと、西日野駅行きが出ている。それぞれ30分間隔、朝のみ20分間隔で走る。路線の距離が短いため、あすなろう四日市駅〜内部駅間で18〜20分ほど。あすなろう四日市駅〜西日野駅間にいたっては8分で着いてしまう。

 

四日市あすなろう鉄道になって、大きく変わったのが車両だ。近鉄時代の昭和50年代に造られた車両を徹底的にリニューアル。車内は、窓側に1人がけのクロスシートが並ぶ形に変更された。通路も広々していて、通勤通学も快適となった。同車両は、技術面で優れた車両に贈られる2016年のローレル賞(鉄道友の会が選出)にも輝いている。たとえ762mmと線路の幅は細くとも、居住性に優れた車両ができるということを示したわけだ。

↑四日市あすなろう鉄道となり、旧型車をリニューアル、新260系とした。同車両は車内環境の向上などが評価され、2016年に鉄道友の会ローレル賞を受賞している

 

↑リニューアルされた新260系は、ブルーの車両に続いて薄いグリーンの車両も登場。3両編成に加えて2両編成も用意され、輸送量に応じた運用が行われている

 

↑新260系の明るい車内。1人掛けクロスシートで、座り心地も良い。通路は広く造られていて、立っている乗客がいても圧迫感を感じることなく過ごすことができる

 

↑車内には吊り革(車内端にはあり)の代わりに座席にハート型の手すりが付けられている。車内が小さめなこともあり、吊り革よりこの手すりのほうが圧迫感なく感じる

 

まるで模型の世界のような可愛らしい駅や車両基地

近鉄四日市駅の高架下に同路線の起点、あすなろう四日市駅がある。ホームは1面、2本の線路から内部駅行き、西日野駅行きが出発する。
料金はあすなろう四日市駅から日永駅・南日永駅までが200円、それより先は260円となる。この200円と260円という料金以外はない。1dayフリーきっぷは550円。全線乗車する時や、また途中下車する場合には、フリーきっぷの方がおトクになる。

↑四日市あすなろう鉄道の車両の形をした1dayフリーきっぷ550円。あすなろう四日市駅の窓口で購入できる

 

↑内部行きと西日野行きが並ぶあすなろう四日市駅。朝は3両編成の新260系がフル回転で走っている

 

車両は現在、新260系が大半を占めている。新会社に移行したあとに、リニューアルされた車両だけに、きれいで快適。乗っても762mm幅ならではの狭さが感じられなかった。乗り心地も一般的な電車と差がない。

 

路線は内部線、八王子線ともに四日市の住宅街を走る。面白いのは内部線と八王子線が分岐する日永駅。駅の手前、四日市駅側で路線が分岐、八王子線用のホームはカーブの途中に設けられている。急カーブに車両が停車するため、ドアとホームの間に、やや隙間ができる。

 

ちなみにこの急カーブ、半径100mというもの。新260系などの車両の先頭部が、前にいくにしたがい、ややしぼむ形をしているが、この半径100mという急カーブで、車体がホームにこすらないようにするための工夫だ。

↑日永駅で内部線と八王子線の線路が分岐している。手前が内部行き電車。向かいが八王子線の電車。同駅で必ず内部線と八王子線の電車がすれ違うダイヤとなっている

 

ちなみに内部線は国道1号とほぼ平行して線路が敷かれている。途中、追分駅前を通る道は旧東海道そのものだ。古い町並みも一部に残っているので、時間に余裕があれば歩いてみてはいかがだろう。

 

八王子線の終点、西日野駅は日永駅から1つ目、行き止まりホームで駅舎もコンパクトだ。

 

内部線の終点は路線名のまま内部駅。この駅も味わいがある。駅の建物を出ると、すぐ右手に引込線があり、検修庫に電車が入っている場合は、駅のすぐ横まで先頭車が顔をのぞかせている。762mmという線路幅ならではの小さめの車両が顔をのぞかせるシーンは、普通サイズの車両のような威圧感もなく、見ていて何ともほほ笑ましい。それこそ鉄道模型のジオラマの世界が再現されているような、不思議な印象が感じられた。

↑内部駅を出たすぐの横にある検修庫。鉄道模型のジオラマの世界のような趣がただよう。普通サイズの電車ではとても味わえないサイズ感の違いが楽しめる

 

帰りは偶然だが、古くから走るパステル車両に乗り合わせた。3両編成のうち中間車両はロングシートで、乗るとナローゲージ特有の狭さが感じられた。昭和生まれの1編成(265・122・163号車)は何と2018年9月で引退する予定とされている。昔ながらの内部線・八王子線の雰囲気が味わえるのもあと少しとなった。

↑新260系が増えているなか、パステルカラーの旧車両の面影を残した車両も1編成3両のみ残っている。2018年9月には引退となる予定。乗るならいまのうちだ

【中年名車図鑑|4代目 トヨタ・ハイエース】15年にわたって愛された“1BOX界のハイソカー”

上級1BOXカテゴリーの代表格に君臨するトヨタ・ハイエースは、1989年になると全面改良が実施され、第4世代となるH100型系へと移行する。新エンジンの投入や新機構の採用に加え、内外装の徹底した高級化を図った4代目は、従来と同様にクラスのベンチマークに成長。ユーザー志向に合わせた改良も随時行われ、結果的に15年もの長きに渡って生産される人気の定番ロングセラー車に昇華した。今回は“トヨタの、もうひとつの最高級車”を謳った4代目ハイエースで一席。

【Vol.77 4代目 トヨタ・ハイエース】

後にバブル景気と呼ばれる未曾有の好景気に沸いていた1980年代終盤の日本の自動車市場。その最中にあって、レジャーユースで多く活用された多人数乗り車の1BOXワゴンも、ユーザーからより高級で利便性の高いモデルが求められていた。

 

このカテゴリーの旗艦としてハイエースを設定し、市場をリードしていたトヨタ自動車は、来るべき1990年代に向けた高級1BOXワゴンの姿を鋭意検討する。入念なユーザー調査を行い、得られた結論は、動力性能のさらなる向上とスタイリッシュな外観の構築、そして快適さと豪華さを実現した室内空間の演出などであった。

ステアリング角の変更、フロアシフト化などで乗用車感覚を向上。2列目席に90/180/270度の回転が可能な大型2人席ベンチシートを採用した。ダブルカーテン、3段階調光式蛍光灯、湯沸しポット&アイスメーカー付冷温蔵庫など、高級1BOXとしての装備も多数用意

 

まずエクステリアに関しては、未来を予感させる先進的で伸びやかな曲面フォルムを基調とし、上級モデルではフォグランプ組み込み型の大型異形ヘッドランプや大型PPバンパー、バックドア一体デザインの横長大型リアコンビネーションランプなどを装備して高級感を主張する。また、バンパーコーナー部にエアロスリットを配するとともに、サイドウィンドウのフラッシュサーフェス化を図って空力性能の向上と風切音の低減を実現した。従来型の特徴だったルーフ部のアレンジでは、新たにリアムーンルーフを追加した“トリプルムーンルーフ”を設定。乗員の開放感を引き上げると同時に、ルックスの個性化を成し遂げる。ボディサイズやホイールベースも従来型より延長し(ワゴン・スーパーカスタムで全長4615×全幅1690×全高1980mm/ホイールベース2330mm)、高級1BOXとしての存在感をいっそう高めた。

 

インテリアについては、質感の高い新形状のインパネを組み込むとともに、ステアリングポスト角の変更(52度→39度)やパーキングブレーキの移設(インパネ下ステッキ型→前席間レバー型)、全車フロアシフト化などを実施して乗用車感覚を向上させる。また、上級グレードの2列目席には90/180/270度の回転が可能な大型2人席ベンチシートを、3列目席には前後680mmも移動するスーパースライド機構を採用した。開発陣はエクイップメント面にもこだわり、電動スライドドアおよびイージークローザーやハンドフリーマイクとスピーカーを活用したジョイフルトーク、バックソナー&クリアランスソナー、電動チルト&マニュアルテレスコピックステアリング、ダブルカーテン、3段階調光式蛍光灯、湯沸しポット&アイスメーカー付冷温蔵庫、10スピーカー式高性能オーディオ、液晶6.5インチTVなど、豪華なアイテムを豊富に用意した。

ステアリング角の変更、フロアシフト化などで乗用車感覚を向上。2列目席に90/180/270度の回転が可能な大型2人席ベンチシートを採用した。ダブルカーテン、3段階調光式蛍光灯、湯沸しポット&アイスメーカー付冷温蔵庫など、高級1BOXとしての装備も多数用意

 

前席床下に搭載するエンジンでは、直接駆動カム式動弁系やクロスフロー吸排気系、EFIなどを組み込んだ新開発ガソリンユニットの2RZ-E型2438cc直列4気筒OHC(120ps)と1RZ-E型1998cc直列4気筒OHC(110ps)を採用したことがトピックとなる。さらに、大幅な改良を施した2L-Ⅱ型(2446cc直列4気筒ディーゼル。85ps)およびターボ付きの2L-TⅡ型(94ps)や3L型(2779cc直列4気筒ディーゼル。91ps)といったディーゼルユニットもラインアップ。3L型には副変速機付きのパートタイム4WDも設定した。操縦性や走行安定性の向上についても抜かりはない。動力性能の引き上げに合わせて、シャシーを大幅に改良。同時に、TEMS(Toyota Electric Modulated Suspension)やPPS(Progressive Power Steering)といった先進機構も積極的に盛り込んだ。

 

第4世代となる新型ハイエースは、1989年8月に市場デビューを果たす。乗用モデルのキャッチフレーズは“トヨタの、もうひとつの最高級車”。同社のクラウンなどに匹敵する豪華装備を満載した高級1BOXワゴンであることを、声高に主張していた。

 

■ユーザー志向に合わせた改良を続けて15年の長寿命車に発展

華やかなスタイリングや豪華な装備類などで、1BOX界の“ハイソカー”と呼ばれた4代目ハイエースは、デビュー後も市場の志向に即した様々な改良を着実に実施していく。1990年10月には4WD車のラインアップを拡充するとともに、積載性に優れるSW(スイッチワゴン)を設定。1993年8月にはマイナーチェンジを行い、内外装の刷新や4WDのフルタイム化、1KZ-TE型ディーゼルターボエンジン(2982cc直列4気筒ディーゼルターボ。130ps)への換装などを敢行した。4代目ハイエースの進化は、まだまだ続く。1996年8月には再度のマイナーチェンジを実施し、内外装に変更を加えると同時に安全性能を強化(前2席エアバッグおよびABSの標準装備化)。1999年7月には3度目のマイナーチェンジを行い、フロントマスクの変更やインパネ形状の刷新、1KZディーゼルターボエンジンへのインタークーラーの追加などを施した。

 

モデル進化の過程では、ノーズを伸ばして動力源をフロント部に置いたワゴン専用パッケージのグランビア(1995年8月デビュー)や実質的な後継モデルのアルファード(2002年5月デビュー)といった高級ミニバンが登場したものの、1BOXならではの使い勝手の良さや耐久性に富むシャシーなどがユーザーから根強く支持され、それに応える形でメーカー側も4代目ハイエースの生産を継続していく。結果的に全面改良を実施して第5世代に移行したのは、デビューから15年あまりも経過した2004年8月のことであった。

 

■ハイエースをベースに生み出された国産初の高規格救急車「ハイメディック」

最後に4代目ハイエースに関連したトピックをひとつ。1991年4月、日本で救急救命士法が制定(施行は同年8月)される。救急救命士とは救急車等で傷病者を病院へ搬送する途上に医師の指示のもと、救急救命措置を施す任にあたる有資格者だ。それまでは法律上、救急隊員が医療行為を行えなかったために、傷病者の救命率や社会復帰率などは欧米に比べて低かった。これを解消するために、前記の法律が生み出されたのである。一方、救急救命士が満足のできる仕事を行うためには、従来型以上に高規格な救急車が必要とされた。そこでトヨタ自動車のグループ企業であるトヨタテクノクラフトは、4代目ハイエースのバンモデル(スーパーロング・ハイルーフ)をベースとした高規格救急車の開発に着手。1992年5月になって、国産初の高規格救急車となる「トヨタ・ハイメディック」を誕生させた。ハイエースとパラメディック(救急医療隊員)を組み合わせた車名を冠する高規格救急車は、ボディ幅を広げるなどして救助器具等を配備。エンジンにはハイエースに設定のないセルシオ用の1UZ-FE型3968cc・V型8気筒DOHCを専用にチューニング(最高出力220ps)して搭載した。ハイメディックはデビュー後も細かな改良を施しながら生産され続け、1997年5月になってグランビアおよび欧州仕様ハイエース(セミキャブオーバー型ロング)をベースとする第2世代にバトンタッチしたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

清水草一が最新フェラーリの魅力を語る! 「美しさ」と「エンジン」、重視されるのはどちら?

誰もが知っているスーパーカーの代名詞、フェラーリ。しかし、その魅力や特徴を実は細かく知らなかったという人も多いのではないでしょうか。ここでは、モータージャーナリストの清水草一さんがフェラーリの魅力を徹底的に語り尽くします。

 

【解説&採点】

モータージャーナリスト 清水草一さん

「サーキットの狼」作者の池沢早人師先生から直接薫陶を受けた唯一の自動車評論家。これまで11台のフェラーリを乗り継いでいます。GetNaviの連載「クルマの神は細部に宿る」をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も先日発売に。

 

【そもそもフェラーリとは?】

レース参戦のために存続する世界でただひとつのメーカー

創始者のエンツォ・フェラーリはレーシングチームを経営し、生涯をレース活動に捧げました。その資金稼ぎのために、レーシングカーを乗りやすく改良して販売したのが、同社の市販車部門の始まり。1988年のエンツォが亡くなって以降もF1参戦は継続し、世界中のクルマ好きの憧れとなっています。

 

フェラーリの長い歴史のなかで最もパワフルなV型12気筒エンジン

フェラーリ

812スーパーファスト

3910万円

名の「812」は「800馬力の12気筒」を表し、FRのロードカーとしてはフェラーリ史上最強と称されるほどのハイパフォーマンスを誇ります。電子制御デバイスが多数盛り込まれ、超弩級の能力を危なげなく体感させてくれます。

SPEC●全長×全幅×全高: 4657×1971×1276㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 800PS(588kW)/8500rpm●最大トルク: 73.2㎏-m(718Nm)/7000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー】

F1をイメージさせるスポーティなインテリア

非日常性を感じさせるF1のようなコックピット。カラーも自由に選択できる。F1システムと呼ばれる独自のトランスミッション形式は、パドルシフト式セミATの先駆的存在です。

 

最新技術が盛り込まれた大柄ながら美しいボディ

ボディは先代のF12ベルリネッタとほぼ同サイズで、前後ともに20インチの大径ホイールが装着されます。ボディ下部にはディフューザーを採用し、高速走行時の空気の流れを調節。

 

最高馬力のエンジンは印象的な赤塗装が特徴

V型12気筒エンジンのヘッド部には赤い結晶塗装が施されています。6.5ℓの大排気量で、フェラーリの自然吸気式エンジンを積む市販車では史上最高となる800馬力を発揮します。

 

旗艦モデルのエンジンは12気筒でなくてはならない

フェラーリは、誰もが認める自動車の頂点、太陽神的存在。その立脚点は、F1グランプリにおける輝かしい戦績にあります。日本でフェラーリといえば市販のスーパーカーですが、海外では第一にレーシングチーム。その栄光を市販車に投影しているという文脈が、他社とは決定的に異なります。

 

すなわち、フェラーリにおけるスーパーカーの出発点は、レーシングカーをちょっと乗りやすくして一般販売したところ。そのため、同社が何よりも重視しているのは、常にエンジン。フェラーリのフラッグシップモデルは、最もパワフルで、最もエレガントな12気筒エンジンを積んでいなければなりません。現在のフラッグシップである812スーパーファストは、その12気筒エンジンをフロントに搭載し、後輪を駆動するFR方式。一般的にスーパーカーと言えば、エンジンをキャビン後方に置くミッドシップがイメージされます。しかし、フェラーリは元々FRからスタートしており、812スーパーファストは原点に回帰したモデルといえます。

 

フェラーリの名声はあまりにも高く、もはや性能は二の次と見る向きもあります。しかし、フェラーリの魂は常にエンジンであり、続いて重視されるのが美しさ。そのプライオリティは不変なのです。

 

【清水草一の目】

ほかでは味わえない官能的なV12エンジン

スーパーカーとしては車高が高く、FRなのでパワーを路面に伝えきれない面がありますが、V12の官能フィールは唯一無二。地上最高のブランド力を満喫できます!

 

【OTHER SUPER CAR】

ツーリングにも最適なハードトップオープン

ポルトフィーノ

2530万円

車体に収納できるリトラクタブルハードトップを備えたオープンモデルで、優雅な佇まいと優れた多用途性や快適性が特徴。スーパーカーの快楽を満喫できるうえに、日常使いでのストレスが皆無というのは大きな魅力です。

SPEC●全長×全幅×全高:4586×1938×1318㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:600PS(441kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

 

コンパクトなボディにターボエンジンを搭載

488GTB/488スパイダー

3070万円〜3450万円

458イタリアの後継モデルとして登場し、2015年に日本へ導入されました。V8エンジンの排気量はそれまでの4.5ℓから3.9ℓへとダウンサイズされていますが、ターボの採用によって出力、トルクともに大幅な向上が図られています。

SPEC【488GTB】●全長×全幅×全高:4568×1952×1213㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:670PS(492kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【連載をまとめたムックが好評発売中】

タイトル:清水草一の超偏愛クルマ語り

価格:926円+税

日本一短い地下鉄となぜか電化されない路線――名古屋の不思議2路線を乗り歩く【名古屋市営地下鉄上飯田線/東海交通事業城北線】

おもしろローカル線の旅~~名古屋市営地下鉄上飯田線・東海交通事業城北線(愛知県)~~

 

今回紹介する名古屋市営地下鉄上飯田線/東海交通事業城北線の2路線。東海地方にお住まいの方でも、あまりご存知ないのではないだろうか? 沿線に住む人以外には馴染みの薄い路線となっている。だが、2路線とも謎が多く、実に不思議な路線なのだ。

 

【地下鉄上飯田線の謎】なぜ路線距離が0.8kmと短いのか?

まずは名古屋市営地下鉄上飯田線(以降、上飯田線と略)から。こちらはローカル線とは言えないかもしれないものの、異色路線として紹介しよう。

 

上飯田線は平安通駅(へいあんどおりえき)と上飯田駅(かみいいだえき)を結ぶ路線で、その距離は0.8kmしかない。わずかひと駅区間しかなく、上飯田駅より北は、名古屋鉄道(以降、名鉄と略)小牧線となる。そのため、ほぼ全列車がひと駅区間のみ走るのではなく、小牧線との相互乗り入れを行っている。

 

ちなみに0.8kmという路線距離は日本の地下鉄路線のなかで、最も短い。まさか記録を作るために短くしたのではなかろうが、0.8kmという短さは極端だ。なぜこれほどまでに短い路線になってしまったのだろう。

↑路線図ではわずかひと駅区間のみラインカラーが変わっているのがおもしろい

 

当初は名古屋市の中央部まで延ばすプランがあった。しかし−−

上飯田線が誕生したのは2003(平成15)年のこと。開業してから今年でちょうど15年となる。上飯田線が造られた理由は、名古屋市中央部への連絡を良くするためだった。

 

かつては、上飯田駅からは名古屋市電御成通(おなりどおり)線が走り、その市電に乗れば平安通や大曽根へ行けて便利だった。ところが、高度成長期、路面電車がじゃまもの扱いとなり、御成通線も1971(昭和46)年に廃止されてしまった。

 

それ以降、小牧線の上飯田駅は起点駅でありながら、鉄道駅との接続がなく、“陸の孤島”となっていた。その不便さを解消すべく造られたのが上飯田線だった。最小限必要なひと駅区間のみを、先行して開業させた。

↑名古屋市営地下鉄上飯田線の起点となる平安通駅。この駅で名古屋市営地下鉄の名城線と連絡している。車両は名鉄の300系

 

↑上飯田線の終点・上飯田駅。終点でもあり名鉄小牧線との境界駅となる。駅の表示には名古屋市交通局のマークと名鉄の両マークが併記されている

 

利用者が伸びない将来を考えて延伸プランは白紙に

上飯田線の路線着工は1996(平成8)年のこと。当初は0.8km区間に留まらず、名古屋市営地下鉄東山線の新栄町駅、さらに南にある中区の旧丸太町付近まで延ばす計画だった(1992年に答申の「名古屋圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画」による)。

 

ところが、2000年以降、大都市圏の人口が増加から減少傾向に転じ、新線計画が疑問視されるようになった。そのため名古屋市は当初の計画を見直し、新たな路線開業は行わないとした。こうした経緯もあり、今後も上飯田線は0.8kmという路線距離のままの営業が続けられていきそうだ。

 

希少な名古屋市交通局7000形に乗るなら朝夕に訪れたい

上飯田線の電車はすべて平安通駅での折り返し運転。朝夕は10分間隔、日中でも15分間隔で、便利だ。平安通駅〜上飯田駅の乗車時間は、わずか1分あまり。

 

さすがにひと駅区間は短いので、乗車したら上飯田駅の隣駅、味鋺駅(あじまえき)、もしくは小牧駅や犬山駅まで足を伸ばしてみてはいかがだろう。

 

味鋺駅付近からは、地下を出て、外を走り始める。郊外電車の趣だ。小牧線の終点、犬山駅までは、平安通駅から片道30分ちょっと。犬山駅で接続する名鉄犬山線の電車で名古屋駅方面へ戻ってきてもいい。

↑上飯田線を走る電車のほとんどが名古屋鉄道の300系だ。電車は平安通駅発の小牧駅行きや犬山駅行きが多い。平安通駅から犬山駅までは所要時間30分ほど

 

上飯田線を走る電車は、ほとんどが名古屋鉄道の300系だ。ヘッドライトが正面中央部の高さにない不思議な顔立ちをしている。客席はロングシートとクロスシート併用タイプだ。

 

この上飯田線には名古屋市営地下鉄(運行する名古屋市交通局が所有)の電車も走っている。それが7000形だ。この7000形、4両編成×2本しか造られなかった車両で、この路線ではレアな存在となっている。切れ長のライトで、個性的な顔立ちをしている。

↑名古屋市交通局の7000形。2編成しか走っておらず、レアな存在。朝夕の時間帯のみを走ることが多い。フロントのピンク部分が色落ちしているのがちょっと残念だった

 

日中はあまり見かけることのない車両でもある。7000形に乗りたい、撮りたい場合は、朝夕に訪れることをオススメしたい。

【東海交通事業城北線の謎】なぜJR東海城北線ではないのか?

東海交通事業城北線(じょうほくせん・以下、城北線と略)は、中央本線の勝川駅(かちがわえき)と東海道本線の枇杷島駅(びわじまえき)間の11.2kmを結ぶ。

 

この路線には不思議な点が多い。まずはその運行形態について。

 

城北線は名古屋市の北側を縁取るように走る。起点となる勝川駅は、名古屋市に隣接する春日井市の主要駅で、JR中央本線の勝川駅は乗降客も多い。終点の枇杷島駅は、東海道本線に乗れば名古屋駅から1つめの駅だ。名古屋から近い両駅を結ぶこともあって、利用者は多いように思える。しかも全線が複線だ。

 

それにも関わらず非電化でディーゼルカーが使われている。しかも1両での運転だ。列車本数も朝夕で20〜30分に1本。日中は1時間に1本という、いわば閑散ローカル線そのものなのである。

↑東海交通事業城北線の車両はキハ11形のみ。朝夕を含め全時間帯、ディーゼルカー1両が高架橋を走る光景を見ることができる。正面に東海交通事業=TKTの社章が入る

 

↑枇杷島駅の駅舎にはJR東海と東海交通事業の社章が掲げられる。同駅の1・2番線が城北線の乗り場となっている

 

↑非電化にも関わらず、ほぼ全線が高架で複線という城北線。線路は名古屋第二環状自動車道の高架橋に沿って設けられている

 

JR東海の路線だが、列車を走らせるのは東海交通事業

城北線は運営方法も不思議だ。

 

路線を保有するのはJR東海で、JR東海が第一種鉄道事業者となっている。運行を行っているのはJR東海でなく、子会社の東海交通事業だ。城北線では、この東海交通事業が第二種鉄道事業者となっている。

 

さらに不思議なのは他線との接続。

 

終点の枇杷島駅のホームは東海道本線と併設され、乗り継ぎしやすい。

 

一方の勝川駅は、中央本線のJR勝川駅と離れている。JR勝川駅には城北線乗り入れ用のスペースが確保されているのだが、乗り入れていない。乗り入れをしていないどころか、両線の高架橋がぷっつり切れている。両鉄道の駅名は同じ勝川駅なのに、駅の場所は500mほど離れていて、7分ほど歩かなければならない。

 

JRの路線以外に、路線の途中で2本の名鉄路線とクロスしているが、接続はなく、最も近い城北線の小田井駅と名鉄犬山線の上小田井駅(かみおたいえき)でさえ約0.5kmの距離がある。

 

利用する立場から言えば、不便である。なぜこのような状況になっているのだろう。

↑手前はJR中央本線の高架橋。右奥が城北線の勝川駅がある高架橋。写真のようにぷっつりと両線の高架橋が切れている。さらにJR勝川駅と城北線勝川駅は500mほど離れている

 

↑城北線の勝川駅ホームから200m近く歩道が設けられている。その横に城北線用の留置線があり保線用の車両などが置かれている。先に見えるのがJR中央本線の高架橋

 

↑城北線ではICカードが使えず、車内清算のみ可能(一部駅では乗車券を販売)。枇杷島駅で下車するときは降車証明書が渡され、JR東海道本線へは一度ゲートを出て乗り換える

 

40年間にわたり必要となる路線のレンタル料

JR東海は現状、城北線を建設した鉄道建設・運輸施設整備支援機構(着工時は日本鉄道建設公団)から路線を借りて列車を走らせている。当然、そのための借損料を支払っている。借損料とは造った鉄道建設・運輸施設整備支援機構に対して払う賃借料のこと。「借りている路線の消耗分の賃料」という名目になっている。その金額は膨大で年間49億円とされている。この支払いは開業してから40年(城北線の全線開業は1993年)という長期にわたって行われる。

 

借損料は、現時点の設備にかかるもので、もし電化や路線延長など改良工事を“追加発注”してしまうと、支払う金額は、さらに上がってしまう。

 

投資金額に見合った収益が上がれば良いのだろうが、城北線の開業時点で、そこまでは見込めないと考えたのだろう。そのため、運営は子会社に任せ、運行も細々と続けられている。現状、駅の改良工事などの予定もなく、いわば塩漬け状態になっている。

 

路線の途中で上下線が大きくわかれる理由は?

城北線の路線は、不相応と思えるぐらい、立派な路線となっている。なぜこのような路線が造られたのだろう。小田井駅~尾張星の宮駅間にそのヒントがある。

↑小田井駅〜尾張星の宮駅間で上下線が大きく離れ、また高低差がある。ここから東海道本線の稲沢方面へ路線が分岐する予定だった

 

この駅間では上の写真のように上下線が離れ、また高低の差がある。ここから東海道本線の稲沢方面へ分岐線が設けられる予定だった。稲沢駅には旅客駅に加えてJR貨物の拠点駅がある。

 

下の地図を見ていただこう。名古屋周辺のJRの路線と、未成線の路線図だ。城北線と未成線の瀬戸線を結びつけることで、中央本線と東海道本線との間を走る貨物列車をスムーズに走らせたい計画だった。

 

かつて名古屋中心部を迂回する遠大な路線計画が存在した

JRとなる前の国鉄時代。輸送力増強を目指して、各地で新線計画が多く立てられた。城北線もその1つの路線だった。前述の地図を見てわかるように、城北線は中央本線と東海道本線を短絡する路線であることがわかる。

 

この地図には入っていないが、東側に東海道本線の岡崎駅〜中央本線の高蔵寺駅間を結ぶ岡多線・瀬戸線が同時期に計画され造られた。その路線は現在、愛知環状鉄道線として利用されている。

 

この愛知環状鉄道線と城北線をバイパス線として利用すれば、列車の運行本数が多い名古屋駅を通らず、東海道本線の貨物列車をスムーズに走らせることができると考えられた。

 

首都圏で言えば、東京都心を通る山手貨物線を走らずに貨物輸送ができるように計画されたJR武蔵野線のようなものである。

↑中央本線を走る石油輸送列車。四日市〜南松本間を走るが、名古屋近辺では一度、稲沢駅まで走り、そこでバックして中央本線、または関西本線へ向かうため不便だ

 

↑名古屋の東側を走る愛知環状鉄道線も名古屋のバイパスルートとして生まれた。同路線は国鉄清算事業団が賃借料を引き継ぎ開業、城北線のように借損料が発生しなかった

 

↑流通拠点、名古屋貨物ターミナル駅は名古屋臨海高速鉄道あおなみ線の荒子駅に隣接している。貨物列車は全列車があおなみ線経由で入線する(写真は稲沢駅行き貨物列車)

 

↑城北線や愛知環状鉄道線と同じ時期に造られた南港貨物線の跡。東海道本線から名古屋貨物ターミナル駅へ直接向かう路線として着工されたが、現在その跡が一部に残る

 

借損料の支払いが終了する2032年以降、城北線は変わるか

名古屋近辺では、東海道本線から名古屋貨物ターミナル駅へ直接乗り入れるために南港貨物線の工事も行われた。この南港貨物線も、当初に計画された貨物列車を走らせるというプランは頓挫し、一部の高架施設がいまも遺構として残っている。

 

貨物列車の需要は伸びず、また貨物列車もコンテナ列車が増え、高速化した。こうしたことですべての路線計画が立ち消えとなり、一部の路線が旅客線として形を変えて復活し、開業した。

 

さて城北線の話に戻ろう。城北線の借損料の支払いは、これから14年後の2032年まで続く。ここで終了、めでたくJR東海が所有する路線となる。

 

そこから城北線の新たな時代が始まることになるのだろう。複雑な経緯が絡む城北線の問題。せっかくの公共財なのだから、もっと生かす方法がなかったのだろうか。

 

国鉄時代の負の遺産にいまも苦しめられる構造に、ちょっと残念な思いがした。

【中年名車図鑑|初代 スズキ・カルタス】「オレ・タチ、カルタス」──ダジャレが印象的なFFリッターカー

軽自動車の先駆メーカーとしてその名を馳せていた鈴木自動車工業は、1981年に重要な決定を下す。米国の自動車会社、GMとの業務提携だ。その戦略の一環として、両社は小型乗用車の開発に乗り出した――。今回はスズキが小型乗用車カテゴリーへの復活を果たす端緒となった初代カルタス(1983年~)の話題で一席。

【Vol.76 初代 スズキ・カルタス】

1970年代後半の鈴木自動車工業(現スズキ)は、軽自動車のカテゴリーで確固たるリーダー的な地位を築き始めていた。とくに1979年5月に発表した軽ボンネットバンの初代アルトは、47万円~の低価格などが話題となり、軽自動車史上空前の大ヒット作に昇華する。1977年10月に登場した初代セルボも、軽自動車唯一のスペシャルティカーとして若者層を中心に人気を博していた。一方で鈴木自工の首脳陣は、この現状に決して満足していなかった。1978年6月に鈴木修氏が代表取締役社長に就任すると、小型乗用車市場への再参入や大規模な海外進出を本格的に画策するようになる。とはいえ、鈴木自工一社の力だけでは、資金面でも技術面でも心許ない。そこで首脳陣は、海外メーカーとの提携を模索した。

 

鈴木自工が提携先として選んだのは、世界最大の自動車メーカーとして君臨するゼネラル・モーターズ(GM)だった。GM側もアジア市場への進出や小型車を新開発するうえで、鈴木自工に魅力を感じていた。両社は1981年8月に業務提携を発表。さっそく共同プロジェクトを手がけるようになった。

カルタスはスズキ初の量産FFリッターカーとして誕生した。ワールドカーを目指して、エクステリアとインテリアは提携先のGMが主導で開発した

 

最初のプロジェクトは両社の念願である小型乗用車、通称“Mカー”の開発だった。エンジンやシャシーなどのメカニズム関連は鈴木自工が設計し、エクステリアとインテリアはGMが主導する。もともと鈴木自工は1970年代後半から小型車の開発を企画していたため、そのノウハウは十分に持ち合わせていた。そこにワールドカーとして仕立てることを目指してGMの意見を取り入れ、開発は鋭意進められた。

 

メカニズム面での最大の注目はエンジンだった。開発陣は“小型・軽量・低燃費”をコンセプトに新エンジンの設計図を描き、Gの型式を名乗る993cc直列3気筒OHCユニット(市販時の名称はG10型。最高出力は60ps)を完成させる。G型はコンセプト通りの性能を発揮し、しかも非常によく回った。後継のM型ユニットに変わるまで、G型は長いあいだ鈴木自工のメインエンジンとして活躍する。

 

一方でエクステリアに関しては、直線基調のボクシーなフォルムを採用する3ドアハッチバックに決定した。3ドアに絞ったのは、アメリカでの市場動向に配慮したためだ。インテリアはデジタルメーターを採用した点が特徴。これもアメリカ人の好みを反映した結果だった。FFレイアウトで企画したプラットフォームは新設計で、ここに軽量かつ剛性の高いモノコックボディをセット。ホイールベースは2245mmに設定する。懸架機構には軽自動車のコンポーネントを一部流用した前・マクファーソンストラット/後・縦置き半楕円リーフを採用した。

 

■ワールドカーとして世界市場で発展

デビュー当時はG10型エンジン+5速MTの3ドアハッチバックのみの設定。ボディサイズは全長3585×全幅1545×全高1350mm

 

1983年9月、鈴木自工初の量産FFリッターカーとなる「カルタス」が市場デビューを果たす。車名のCULTUSは造語で、“崇拝”を意味するラテン語が語源の英語CULT(カルト)およびこれを接頭辞とするCULTURE(カルチャー=文化)に由来。文化・教養に関係が深く「思想のあるクルマは文化だ」という主張と、現代のクルマ文化に貢献したいという鈴木自工の願いを込めて命名されていた。

 

カルタスのデビュー当初の車種展開はG10型“エクスター”エンジン+5速MTの3ドアハッチバックのみの設定で、ボディサイズは全長3585×全幅1545×全高1350mm。1984年5月にはターボ付きG10エンジン(80ps)搭載車と3速AT車を、8月にはホイールベースを100mm延長(2345mm。全長は3685mm)した5ドアハッチバックや新開発のG13A型1324cc直列4気筒OHCエンジン(75ps)搭載車をラインアップに加える。また、スイフトの車名で輸出も展開。さらに、米国市場ではGMがシボレー・スプリントの名でリリースし、ほかにもカナダ市場でポンティアック・ファイヤーフライ、オーストラリアおよびニュージーランド市場でホールデン・バリーナとして販売される。いずれの市場でも、使いやすく、しかも低燃費なサブコンパクトカーとして高い人気を獲得した。

 

カルタスのデビューと前後して、鈴木自工は待望の海外進出も果たす。1982年9月にはパキスタンのパックスズキモーター社で4輪車の生産を開始。1983年12月にはインド政府と合弁で立ち上げたマルチ・ウドヨグ社が4輪車の生産を始めた。もちろんアジア市場でもカルタスの現地仕様が大活躍。鈴木自工のさらなる発展の原動力として、重要なモデルに成長していった。

1984年5月にはターボモデルも登場。のちに5ドアハッチバックモデルもラインアップに加わる

 

日本市場におけるカルタスの改良も鋭意続けられる。1986年6月にはマイナーチェンジを敢行し、内外装の一部変更やリアサスペンションのアイソレーテッドトレーリングリンク(I.T.L.)化、G13B型1298cc直列4気筒DOHCエンジン(97ps)搭載車の設定、ターボ付きG10エンジンへのEPIの採用(82ps)などを行う。この時に新設定されたG13Bエンジン搭載の1300GT-iは、モータースポーツのシーンでも大健闘。軽量ボディと高性能エンジンの特性を活かして、ダートトライアルなどで数々のクラス優勝を成し遂げた。

 

SUZUKIブランドの小型乗用車として独自のポジションを築いていったカルタスは、1988年9月に全面改良を実施して第2世代に切り替わる。ただし、2代目が上級移行し、価格も上昇していたため、初代はラインアップを縮小しながらしばらくのあいだ販売が続けられた。デビューから5年あまりが経過しても、実用車としてのポテンシャルが色褪せなかった証である。

1984年5月にはターボモデルも登場。のちに5ドアハッチバックモデルもラインアップに加わる

 

■イメージキャラクターでも注目を集めた歴代カルタス

誕生の経緯や開発過程、販売戦略など、注目点の多い歴代カルタスだが、実はもうひとつ、大きな特徴があった。イメージキャラクターとして、数々の有名人を起用した事実だ。

 

今回ピックアップした初代モデルでは、1984年から俳優で歌手の舘ひろしさんを起用。「オレ・タチ、カルタス」や「Hard Touch, CULTUS.(ハード・タチ、カルタス)」のキャッチフレーズで、インパクトの強い広告展開を披露する。また、数回に渡って「TACHI VERSION」と称する特別仕様車もリリースした。2代目モデルでは1988年から米国俳優のロブ・ロウさんを、1991年以降はミュージシャンの大江千里さんを起用。大江さん時代のキャッチフレーズは、「カルタス、千里 走る」だった。舘さんといい、大江さんといい、歴代カルタスの宣伝担当者はダジャレが好きだったのかもしれない。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

Amazon限定の「自転車」は本当に買いか? ポチる前に読む「キャプテンスタッグ Oricle」の実力

“Amazonで売れている”激安チャリの実力を、ガチの自転車専門誌でも執筆するプロがレビュー。販路はAmazon限定ゆえ、ユーザーが購入前に試乗するのは難しいものです。ぜひ、本稿で納得してからポチっていただきたい!!

 

【レビューした人】

カメラマン/ライター 下條英悟さん

本業は雑誌や広告を中心に活動するカメラマン。趣味が高じて自転車を追い、“乗って撮って書く”。専門誌への寄稿も多数。

 

乗って、たたんで、安すぎる全部のせ自転車の決定版

キャプテンスタッグ

Oricle 20インチ

折りたたみ自転車 FDB206

1万3980

キャンプ用品でおなじみのブランド「キャプテンスタッグ」による、Amazon専売モデル。廉価版ながら、シマノ製6速の変速機を搭載。バッテリーライトやワイヤー錠なども付属します。

SPEC●タイヤサイズ:20×1.75●シフト段数:6段●全長×全幅:約1440×565㎜●質量:約15.5㎏

 

約15.5㎏と重いのが気になるが総合的にコスパは高い!!

キャンプ用品で名のあるキャプテンスタッグは、実は20種以上の自転車のラインナップも持つ。今回のOricleは、折りたたみ小径車のアマゾン専売モデル。1万3980円と、にわかには信用しがたい超低価格です。

 

半信半疑でパーツ類をチェックしてみます。まずは、安全を司るブレーキ。前キャリパー、後バンドブレーキで、レバーのフィール自体は悪くありません。車体は、中国製スチールフレーム。溶接の荒さがやや目立ちますが、代わりに補強パーツの数が多く、強度安全性には気を使っているように見えます。そのぶん、車体が約15.5㎏と重いです。

 

駆動部のキモ、変速機は廉価版ですが安心のシマノ製6速。

 

アップダウンのある100㎞のルートを実走しました。懸念した車体の重さは、逆に安定性という利点を生み、ペダリングに素直で思いのほか前に進む印象。変速性能も必要十分です。ただし、下り坂などで前ブレーキの効きが甘く、後は効きますが、キーキー音がかなり出ました。

 

走って50㎞超えるあたりから、若干車体のきしみ音が出始めました。多少のガタだろうか、走行自体には支障なし。念のため折りたたみ部を改めて締め直して走りました。

 

100㎞走ってみた結果。突然の雨で備え付けの泥除けも役立ってくれたし、総じて、日常使い用に購入検討の価値はありそうです!!

 

では、ここからは、ディテールの完成度の高さを紹介していきましょう。

 

【ポイント01】シンプルな梱包!組み立ては簡単で誰でもできる

カゴと右ペダルが外れた状態で、ダンボール箱入りで届く。付属の簡易工具で手軽に組み立て可能です。ただし、車体そのものが重いので箱から取り出すときは多少大変かも!

 

【ポイント02】いわゆる普通の折りたたみ手持ちよりも車載向きの印象

 

 

車体が軽量アルミではなくスチール製なので、約15.5㎏と重い。長時間の持ち運びにはかなり気合いが必要。車載などの用途が向きそうです。

 

【ポイント02】“おまけ”と侮れない機能・光量とも十分なライト

一般的な自転車では別売となるライトですが、Oricleでは付属。しかも光量が大きく、点滅機能も付いたなかなか有用なライトです。

 

【ポイント03】盗難防止用のワイヤー錠もついておトク

ライトと同じく、盗難防止ロックまで付いてくれます。キーロック方式でかなり太めのワイヤーロックが、あらかじめ車体に取り付けてあります。

 

【ポイント04】雨天時や未舗装路での泥ハネをガード

ママチャリなどではあって当たり前のマッドガードも採用。組み付けにアラはありますが、1万円台の自転車に付属するだけでありがたいです!

 

【ポイント05】使いやすいグリップシフターで快適サイクリングをサポート

走行中の変速は、ハンドル右手に配されたグリップ型のコントローラーを回すだけ。手の持ち替えなどの要らない自然な変速操作が可能です。

 

【ポイント06】信頼のジャパンブランド、シマノ製変速機採用

グローバルスタンダードたるシマノ製変速コンポーネントを採用。大量生産の廉価版とはいえ、信頼性は高いです。6速も必要十分な機能です。

 

【Color Variation】

低価格もさることながら、圧倒的なカラバリの豊富さも魅力。ブラックなど落ち着いたカラーのほか、イエローやピンクなども選べます

【このロード、バイクも激売れ!!】

クラシックなデザインにシマノ製21速を採用して2万円台!!

 

グランディール

ロードバイク 700C

2万3215円

日本企画・中国製造の超低価格ロードバイク。クラシックかつシンプルななスポルティーフ風デザインに、シマノ製の変速コンポーネントを採用しています。ロードバイクながら、サムシフター方式21速の珍しい仕様です。

SPEC●タイヤサイズ:700×28c●シフト段数:21段●全長×全幅:1690×440㎜●質量:14.6㎏

 

●実売価格やサービス内容、ランキングは、2018年6月13日現在、編集部調べの情報です。最新の価格やサービス内容はAmazon.co.jpでご確認ください

●AmazonおよびAmazon.co.jpは、Amazon.com,Inc.またはその関連会社の商標です

Amazon.co.jpの「カー用品」ベストバイはどれだ? 空気清浄機からドライブレコーダーまで色々紹介

話題のドライブレコーダーやコンパクトなクリーナーなどの通電アイテムから、スマホスタンドやクッションなどの小物まで、Amazon内の幅広いジャンルからセレクト。ドライバーと同乗者、両方の目線から、リアルな使い勝手をレビューします。

 

【レビューした人】

本誌クルマ担当 川内一史

趣味であるゴルフの行き帰りなどでロングドライブの機会が多い。ドラレコの導入を検討しています。

 

【その1】シガーソケットに挿し込むとマイナスイオンが車内の空気を浄化

Idealmuzik

JO-6281

1599円

シガーソケットに挿し込んで駆動する、車内用の空気清浄機。食べ物やタバコ、エアコンなどのイヤなニオイをカットできるほか、本機から発生するイオンの効果で花粉対策にもなる。超小型で邪魔にならず、香りでごまかさないので気分が悪くなることもありません。

 

↑駆動時は青色のLEDライトが点灯。省スペースで設置できて安価のため、導入して損はありません

 

【その02】フルHD対応&広角170°レンズで昼夜を問わずキレイに撮れる!

TOGUARD

CE65

3980円

300万画素CMOSセンサーと対角170°のレンズにより、高画質で広いエリアを撮影できます。Gセンサーを内蔵し、動きを検知すると自動で録画が始まるので安心。小型で運転中も視界を邪魔せず、しっかり固定できつつも、取り外しが楽チンな吸盤を採用しているのも良かったです。

 

↑かなり小さいため設置の自由度は高いです。モニターの両脇に備えたボタンは見やすく、直感的に操作できます

 

【その03】扱いやすい小型ハンディながら吸引力もまずまず!

HOTOR

乾湿両用カークリーナー

2630

シガーソケットから給電するタイプのハンディクリーナー。3種のアタッチメン