







永遠の藍染。
日本海に突き出た石川県の能登半島。その中心に位置する七尾市の一角に、イタリア・フィレンツェ帰りのテーラー・甲 祐輔氏によるオーダースーツの名ブランド『Sartoria Cavuto(サルトリア カブート)』のアトリエがあります。前編では、甲氏が仕立てるスーツの特徴や魅力に迫ります。
22歳で単身イタリアに渡り、フィレンツェの名店で9年間腕を磨いたテーラー・甲氏。2012年に満を持して独立し、現地で『Sartoria Cavuto』を立ち上げました。以来、丁寧な手仕事から生み出される甲氏のテーラードスーツは、まるで身体に吸いつくようなフィット感と、オリジナリティの光るデザイン性で話題を呼び、国内外の紳士たちを魅了しています。
2015年には帰国し、拠点を置いたのは生まれ育った石川県七尾市。街の中心部に構えたアトリエを訪ねると、意外にも和の風情たっぷりの佇まいに驚かされます。古き良きものを愛するという甲氏らしく、ベースとなる建物は築130年の、大きな白壁の蔵を備えた古民家。その趣を存分に生かしつつ、アトリエへとリノベーションした空間に、甲氏セレクトのビンテージ家具がセンス良く配置されています。
年に数回、東京・大阪・神戸に出向いて受注会を実施。そこでオーダーを取りまとめると、後はこのアトリエで右腕となるスタッフ1名とともに、日々黙々と作業に没頭しているのです。
『Sartoria Cavuto』のスーツは、正真正銘のフルオーダー。丁寧な採寸で依頼主の体型を細かく把握し、その人専用となる型紙を一から作成。それに合わせて生地を裁断し、2度の仮縫いを経て、依頼主にぴったりと寄り添う1着に仕上げます。
しかも、縫製に要する時間の99%は手縫いによるもの。早く楽に縫えるミシンに極力頼らないのは、「例えば、身体の関節にあたる部分は糸を引っ張りすぎないようにして縫うなど、その都度細かく加減できるのが、手縫いの良さなんですよね」と甲氏が話すとおり、最高の着心地を追求した結果です。確かによく見ると、運針に適度なゆとりがあるため、手縫いの服は柔らかく身体になじむことがわかります。
「もともとテーラーを目指したのは、一流の職人による丁寧な手仕事の美しさに惹かれたから。だから、いつも初心に立ち返って、志を忘れず、妥協のない仕事を追求しています」と甲氏は語ります。それは、決して目に見える部分だけではなく、裏地の中までもきっちりと。「私が仕立てたスーツでも、ちょっとしたお直しであれば、私以外のテーラーに依頼されることがあると思うんです。その時、同業者が中を空けて『この仕立てはすごい!』と思うものになっているかどうかも、自分の中でのひとつの基準になっていますね」と甲氏は続けます。
故に、甲氏が手がけるスーツは1着45万円~、製作期間は1年半を要します。しかしながら、根強いリピーターと、噂を聞きつけた新規顧客からの依頼が後を絶ちません。
スーツのスタイルは、主にイギリスとイタリアの2大系統に分けられます。更に、イタリアスーツにおいては、ナポリ、ミラノ、ローマ、フィレンツェなど、都市ごとに異なる特徴が見られます。
当ブランドのスーツは、基本的には甲氏のルーツであるフィレンツェスタイル。芯が軽く、ショルダーラインは緩やかで、山なりに弧を描いて肩に落ちるような様で、上襟は隙間なく首回りに沿います。ゴージは返り線の高い位置から、なだらかに湾曲しながらノッチに向けて下っていきます。幅広にとられたラペルは、第2ボタンの少し上からふわりとノッチに向かって伸び、内から外へと弧を描き立体的に返るのが特徴です。
更に、大胆にラウンドした裾もさることながら、印象的なのが省略されたダーツ。通常は前身ごろの胸部から腰ポケットにかけて入る、縦に長い縫い目のラインのことですが、アイロンワーク等の技術を用いて省略しながらも、腰回りのフィット感を持たせています。パッチポケットの仕様でも柄のずれは解消され、正面から見た時によりすっきりと優美に見せます。
こうした独特のディテールにより、全体的に曲線の連続で紡がれ、柔らかさを感じさせるシルエットが特徴的なフィレンツェスタイル。そこに甲氏は、「ウエストはやや絞り気味でよりグラマラスに、フィレンツェのスタイルよりも若干着丈は長めにしています。フロントカーブも、ラペルからのつながりを重要視し、美しい弧を描くように仕上げています」と話し、独自のアレンジをプラス。優雅な丸みと軽やかさに、華やかさと上品さも兼ね備えた、魅惑的なフォルムの1着を生み出しているのです。
甲氏の仕立てたジャケットを間近で見ると、更に細かな部分に目が留まります。そのひとつが、ユニークな作りのボタンホール。甲氏曰く、「一般的なものはもう少し幅が長いと思いますが、私はそれがあまり好みではないので、短くしています。玉のない、細かい仕上げと、直線ではなくティアドロップ型なのも特徴ですね」。
このボタンホールは、『Sartoria Cavuto』における一種のアイコン的存在に。これを見ると、甲氏の仕事だと認識する人も多いそうです。
そして、少し視線を落とすと、これまた目を引くスタイルのチェストポケットが。口布の形状が船形に湾曲している、いわゆるバルカポケットですが、右上がりに描かれた美しいカーブに、甲氏独特のセンスと技術が感じられます。また、このポケットはデザインのアクセントになるのはもちろん、バストが体型にそって丸みを持ち、立体的で美しいシルエット作りにもひと役買っているのです。
「もちろんポケットについては、バストを体型に合わせて立体的に膨らませているので、ポケットを置いた際に内外差が生じ、柄が合わなくて当然。ですが、アイロンワークを用いて、地の目を周囲としっかり揃えて製作しています」と甲氏。
確かに、柄がひと続きになっているため、後から取ってつけたような、変に浮いた感じはなく、あくまでデザイン性の高さが際立って見えます。ここにもまた、丁寧な仕事ぶりが光っているのです。
一方、甲氏には生地選びにも独自のこだわりがあります。主に用いるのは、イングランドやスコットランドのビンテージ生地。「生地においては、軽いものは好きではなくて。ヘビーウエイトの、素朴で重みのある生地を好んで使っています」と甲氏は話します。
アトリエの棚には、イタリア在住時に自らあちこち歩いて買い求めたという、厳選された生地のストックが。無地のものも、チェックやストライプなどの柄物も、ビンテージならではの気品と風格を醸し出しています。
フィレンツェスタイルの丸みを帯びた軽やかな仕立てでありながら、こうした重厚感のある生地を使うことで、よりいっそう曲線美の構築的なラインを描き、立体感を生み出している『Sartoria Cavuto』。丁寧な手仕事と絶妙なバランス感覚で、着心地の良さとデザイン性の高さを両立し、多くの人を虜にしているのです。
次回の後編では、甲氏の経歴、イタリアでの修業時代のエピソードなどを紹介します。
1981年石川県七尾市生まれ。東京の服飾専門学校を卒業した2003年、テーラーを志し、イタリア・フィレンツェへ。名店『リヴェラーノ&リヴェラーノ』にて、師であるFRANCESCO GUIDA(フランチェスコ グイーダ)氏のもとで、約7年間修業。後に、フランチェスコ氏が移籍した大手アパレルのビスポーク部門にも、師を追って約2年勤めた後、2012年に独立。『Sartoria Cavuto』を立ち上げた。2015年には帰国し、故郷にアトリエを開設。フィレンツェスタイルをベースに、甲氏ならではの技とセンスに溢れた1着を求め、国内外から依頼が絶えない。
住所:〒926-0808 石川県七尾市木町19-1 MAP
電話: 03-5579-9403