ガジラがつかむ、未来の夢

ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一です。製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。

解体工事や災害復旧工事の現場で活躍

建物や道路などの建設現場で見かける「はたらくクルマ」は子どもたちの目を輝かせます。作業現場で活躍する建設機械は、物を壊す機械と、造る機械に分かれます。このうち、主に壊すための機械に取り付けるアタッチメントを手がけているのが株式会社タグチ工業(岡山県岡山市、田口裕一社長)です。特に、つかむ作業をする製品では国内トップクラスのシェアを誇ります。

同社はもともと、溶接の仕事を営む会社として設立されました。その後、1985年に、建物を壊した後の廃材をつかむ「グラスパー」というアタッチメントを開発。この装置は非常に頑丈であるため、建物を壊す解体工事ばかりでなく、災害復旧工事の現場などでも使われるようになりました。

1993年にはコンクリートなどを壊す「ガジラ小割機」を開発しました。ガジラは有名な怪獣を思わせるインパクトのあるネーミングと相まって、その後も「カッター」(1998年)、「大割機」(2005年)など、シリーズを拡大。「つかむ、壊すのどちらかが得意なメーカーはありますが、どちらも得意なのは当社だけ」と田口社長は胸を張ります。

「今っぽさ」反映してG賞に輝く

しかし、同社は廃材などをつかむアタッチメントを造っているだけではありません。未来の夢をつかむ取り組みにも力を注いでいます。その一つが、総合的なデザイン評価や推奨をするグッドデザイン賞(G賞)への挑戦でした。

“代表選手”に選ばれたのは「ガジラDSカッター」と「マグ・ゴン」。前者はガジラシリーズのエースで、鉄骨や鉄筋を含むコンクリート構造物を切断・圧砕するカッター、後者はスクラップや鉄筋などの廃材を電磁石の力で引き上げ、収集する油圧発電式マグネットです。

解体現場で活躍する油圧ショベルの先端に取り付けられたガジラDSカッター

結果を先に言えば、2つの製品は2018年度のG賞を受賞。ガジラ~は審査委員が選ぶ「グッドデザイン賞ベスト100」「私の選んだ一品」「グッドフォーカス賞(技術・伝承デザイン)」にも輝きました。同社の広報担当者は「専門業者などの直接的なユーザーだけでなく、社会的にも一定の評価を得ることができた」と受賞の喜びを語ります。

審査員の一人は「ガジラのような製品がG賞に出てきたことは“今っぽい“。久々にデザインらしいデザインを見た思い」とコメント。広報担当者も「ものの美しさについて十分なお墨付きをいただけて、大きな自信と励みになりました」と誇らしげに語ります。

「都市の新陳代謝」を担う最前線に

同社の製品がG賞で獲得した合わせて5つの栄冠には、インフラの老朽化や都市のスクラップ&ビルドによる「都市の新陳代謝」という時代の大きな流れが関わっています。実際、首都圏では、東京オリンピック・パラリンピック関連の新たな施設建設に伴う建物の解体工事が目白押し。日々、少しずつ変わっていく風景は、都市の再生、再創造という大がかりな実験が進んでいることを示しているようです。

こうした時代背景を踏まえているだけに、2つの製品をG賞に導いたことは単なる販売促進のアドバンテージにとどまらず、同社が「都市の新陳代謝」という社会的な仕事に携わっていることを世の中に広く印象付ける効果をもたらしました。

ところが、5冠獲得という快挙を達成したにもかかわらず、田口社長の感想は「銅メダルを獲った気分。悔しい!」。短い言葉の中に無念さがにじみます。その思いを奮起のばねにした新製品は、受賞製品を進化させて年内にも発表される計画です。

「誰も歩いていない道を行く」日本最古の醸造業

ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一です。製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。

今年469歳を数える超高齢企業

「伊丹の酒、今朝飲みたい」という文章をすべてひらがなで書き表すと「いたみのさけ、けさのみたい」という回文が浮かび上がります。こうした言葉遊びにさえ地名が織り込まれる伊丹はわが国を代表する日本酒(清酒)の産地の一つです。

この伊丹に本拠を置き「清酒白雪」の製造・発売元として知られる小西酒造(小西新太郎社長)は醸造業としては日本最古です。創業は1550年。キリスト教を広めるためにスペイン人宣教師、フランシスコ・ザビエルが来日したころにあたります。人間の年齢に例えれば469歳という「超高齢者」の会社であるにもかかわらず、同社は常に新しいことに挑み続けています。

「ただ単に歴史が古いだけでは時代に取り残されてしまいます。そうならないように当社は『誰も歩いていない道を行く』という気持ちをいつも忘れないようにしています」。小西社長は最古の醸造業を与(あずか)る責任をそう明かします。

「誰も歩いていない道」の一つが古い時代のレシピを使った商品開発です。同社には創業当時から伝わる古文書がたくさん残っています。そこで、江戸(元禄)時代に記された方法を忠実に再現した復刻版の日本酒を造りました。水を半分しか使わない製法なので琥珀色で甘みがあります。当時の酒が味わえるのは古い資料が470年近くもの間、大切に保管されていたからに他なりません。

食事を楽しむコミュニケーションツール

歴史を生かした酒造りとは逆に、歴史に捉われない斬新な発想で力を注いだのが、輸入を皮切りとするベルギービールの普及活動でした。1988年のことです。日本におけるベルギービールの歴史は同社が紹介したこの年から始まりました。日本酒を造る会社であるにもかかわらず、競争相手になるかもしれないビールを広めた背景には、本社のある伊丹市とベルギーのハッセルト市が姉妹都市であったという縁があります。

ベルギービールを手がけ始めた当初は、仕入れたビールを販売するだけでしたが、現在では自社でもベルギービールタイプの商品の製造・販売に乗り出しています。日本酒という看板商品にこだわらない、酒との柔軟な向き合い方の根底には「食事を楽しむためのコミュニケーションツールとして酒を愛してほしい」という小西社長をはじめとする同社の熱い思いがあります。

小西酒造が手がけているベルギービール(ベルギービールウイークエンド2018の会場で)

栄えある王冠勲章コマンドール章を受章

ベルギービールの普及に対する地道な取り組みは2018年6月、ベルギー王国から「王冠勲章コマンドール章」を受賞するという形で実を結びました。ベルギービール輸入30周年という大きな節目にもたらされた朗報でした。この勲章は国家的な功績を残した人に与えられるもので、外国の民間人に対する叙勲では最高位とされています。

会社として、ベルギービールの輸入・販売に貢献するばかりでなく、小西社長個人としても普及に尽力したことが認められた結果でもあります。小西社長は「輸入を開始した30年前、ベルギービールは日本国内ではほとんど知られていませんでいた。そんな中で、その素晴らしさを地道に啓発し、ファンが少しずつ生まれてきました」とこの事業の「道」の歩み始めを振り返ります。

一方、主力商品である日本酒の今後については「正しい飲み方や、おいしい料理との組み合わせを国内だけでなく、海外に伝えていくことが大事な仕事になる」と言い切ります。

他社が願っても決して追い越せぬ歴史の長さに甘んじることなく「誰も歩いていない道」を探る気概はむしろ、最古の企業に似合わぬ若々しさの表れと言えるでしょう。

物言わぬ、満点宣言

ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一です。製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。

チェンジアップの質問

記者として、記事になるかどうかは分からないけれども、とりあえず尋ねておけば後で重宝することが多い質問に「(製品なり仕事なりの成果を)自己採点すると何点ですか?」というのがあります。「健康法は」「座右の銘は」なども同様です。一種の記者あるあるといえるでしょう。話を聞く相手の緊張をほぐして流れを少し変える効果もあります。野球に例えれば、チェンジアップの球のようなものかもしれません。導いた答は一問一答形式で直接的に引用することがあれば、地の文(記事を形づくる説明や叙述)に織り込むこともあります。無論、まったく使わないこともあります。

富士重工業(現・SUBARU)との共同開発で2012年に発売されたトヨタ自動車のスポーツカー「86(ハチロク)」。その開発チームを率いたチーフエンジニア多田哲哉氏にこの質問をした時、答えは「百点満点」でした。内心はそう思っていても、控えめに言うことが美徳とされる日本社会では、なかなか口にしにくい答えです。

量産化に向けた最終局面では、豊田章男社長が頻繁に足を運び、自らハンドルを握って徹底的なダメ出しをしたそうです。指摘された点は直ちに修正され、完成度を高めるの役立てられました。そういう手順を丹念に積み重ねているので「満点」でないはずがない、との誇りが言外に感じられました。

開発者にとっては破格の厚遇

「本当に納得できるものでなければ無理に出さなくていい。発売日も問わない」。豊田社長が86の開発に臨む多田氏に出していた条件です。製品の種類を問わず、開発を託された担当者にとっては破格の厚遇といえるでしょう。いささか乱暴に言えば「気に入るものができるまでは会社の金で何をしてもいい」からです。

86の開発は「投資対効果」の壁に阻まれ、長らく途絶えていたトヨタ製スポーツカーの新車を世に送り出そうという役員の意見をきっかけに動き出しました。2007年1月のことです。この役員は「技術がしっかりしたら、営業はしっかり売る」と言い切りました。その役員とは現在の豊田社長です。86はプロジェクトの立ち上げ時から「成功させなければならない」宿命を負っていたともいえるでしょう。

写真:東京モーターショー2017で披露されたコンセプトカー、GRハイブリッドスポーツ

採点に込められた思い

実のところ、私には相手から返ってくる答が「零点」でも「満点」でも一向に構いません。それぞれの採点には相応の理由があるからです。その理由から話が広がることもあります。「70点」であれば、理由と共に、足りない30点分を補うためにはどうすればよいのかを聞くことができます。取材者にとって大切なのは点数の単純な大小ではなく、その点数に込められた思いや熱意、言い訳、戸惑いなどを引き出したり読み解いたりすることです。

開発担当となった当初、社内では「(売れない車種の代表である)スポーツカーを押し付けられて気の毒に」と多田氏を哀れむ声が公然と囁かれていたといいます。「俺が断ってやろうか」と男気を見せる役員もいたぐらいです。

多田氏はその後、2017年に創設された社内カンパニーの一つ、GRカンパニーのGR開発担当部チーフエンジニアに就任。BMWとの協業で2018年3月にスイスで公開されたスポーツカー、スープラの開発でも陣頭指揮を執りました。社内の同情をよそに、86で今日的なスポーツカーのムーブメントを起こし、スープラの復活に携わることで、モータースポーツファンの心をざわつかせる多田氏。その仕事ぶりは、無言の満点宣言であるように思えます。

匠の製品や仕事は単純志向

ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一と申します。文字通り、製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。

良い機械は修理がしやすい

「訪問したユーザーの工場で1日中寝ていたことがあります」――。厚生労働大臣が表彰する「卓越した技能者」(現代の名工)に選ばれた、ある大手工作機械メーカーのベテラン技術者から聞いた話です。もちろん、サボって寝転んでいたのではありません。納めた新型マシニングセンタの不具合を直すため、仰向け状態で終日、機械の下に潜り込んでいたというのです。

社内で「匠」と称されるこの技術者は、腕の立つ組立工としての自負から「良い機械の条件は誰にでも修理がしやすいこと」と断言します。修理を要請された機種は採用した新機構や外観が評判となり、発表当時、話題を集めました。その分、部品配置や配線などがしわ寄せを受け、ひとたび故障すると、非常に修理のしにくい代物となりました。

話に耳を傾けながら、SF作家、筒井康隆の初期作品『横車の大八』の一節を思い出しました。

頑丈なくせに簡単に壊せる

写真:高野山・慈尊院にある多宝塔の屋根で解体修理にあたる匠たち

スペースの関係で粗筋の紹介は省きますが、作者は大工の八五郎という登場人物の口を借りて、江戸時代の日本建築の神髄をいくつか披露します。曰く「名のある大工が建てた家は、とてつもなく頑丈なくせに、壊すときには簡単に壊せた」。あるいは「(壊しやすい家を建てるという伝統が)良心的な一部の大工の間には作法やしきたりとしてあった」。

圧巻は「建物には必ず、ここを押せば家全体が壊れるというヘソ(柱や束)がある」という逸話です。「出来の良い家はヘソが1つだが、悪い家は分散しているので壊しにくい。だから、新築時にも、いかに良いヘソをつくるかに心を砕く」。

冒頭のベテラン技術者が気に留める「修理」と、八五郎が執心する「取り壊し」とは仕事の目的も中身も異なりますが、努めて「単純であること」に重きを置いている点で考え方は同じだと思います。

「環境」に対する関心が高まるようになったころから、OA機器業界や家電製品業界が率先して推し進めてきた「製造しやすく分解しやすい設計の追求」や「折り紙の仕組みを取り入れた紙製パッケージの積極的な活用」なども、その延長線上にある取り組みといえるでしょう。

段取り八分、仕事二分

現代の八五郎たちの集まりともいうべき「日本伝統建築技術保存会」というNPO法人があります。寺社を中心とする文化財の修復を手がける一方、後継者の育成にも力を注いでいる組織です。

数多くの歴史的建造物を修復した宮大工でもある会長の西澤政男さんは、職人としての心得を「段取り八分、仕事二分」と言い切ります。「いい加減に始めた仕事は時間ばかりかかるくせに、出来が悪い」というわけです。八分の段取りは、単純な手順を要領よく重ねることで自ずと成り立ちます。

匠と呼ばれる人は異口同音に、簡潔であることの潔さを説きます。入り組んだ考え方や行いを好みません。ちなみに、今年の『日本国際工作機械見本市(JIMTOF)』では「自動化」に狙いを定めた実演が盛んでした。それは匠の知恵を生かし、機械や装置類を単純かつ段取りよく整えることで引き出される成果を訴える試みであったようにも思えました。