ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一と申します。文字通り、製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。
良い機械は修理がしやすい
「訪問したユーザーの工場で1日中寝ていたことがあります」――。厚生労働大臣が表彰する「卓越した技能者」(現代の名工)に選ばれた、ある大手工作機械メーカーのベテラン技術者から聞いた話です。もちろん、サボって寝転んでいたのではありません。納めた新型マシニングセンタの不具合を直すため、仰向け状態で終日、機械の下に潜り込んでいたというのです。
社内で「匠」と称されるこの技術者は、腕の立つ組立工としての自負から「良い機械の条件は誰にでも修理がしやすいこと」と断言します。修理を要請された機種は採用した新機構や外観が評判となり、発表当時、話題を集めました。その分、部品配置や配線などがしわ寄せを受け、ひとたび故障すると、非常に修理のしにくい代物となりました。
話に耳を傾けながら、SF作家、筒井康隆の初期作品『横車の大八』の一節を思い出しました。
頑丈なくせに簡単に壊せる
写真:高野山・慈尊院にある多宝塔の屋根で解体修理にあたる匠たち
スペースの関係で粗筋の紹介は省きますが、作者は大工の八五郎という登場人物の口を借りて、江戸時代の日本建築の神髄をいくつか披露します。曰く「名のある大工が建てた家は、とてつもなく頑丈なくせに、壊すときには簡単に壊せた」。あるいは「(壊しやすい家を建てるという伝統が)良心的な一部の大工の間には作法やしきたりとしてあった」。
圧巻は「建物には必ず、ここを押せば家全体が壊れるというヘソ(柱や束)がある」という逸話です。「出来の良い家はヘソが1つだが、悪い家は分散しているので壊しにくい。だから、新築時にも、いかに良いヘソをつくるかに心を砕く」。
冒頭のベテラン技術者が気に留める「修理」と、八五郎が執心する「取り壊し」とは仕事の目的も中身も異なりますが、努めて「単純であること」に重きを置いている点で考え方は同じだと思います。
「環境」に対する関心が高まるようになったころから、OA機器業界や家電製品業界が率先して推し進めてきた「製造しやすく分解しやすい設計の追求」や「折り紙の仕組みを取り入れた紙製パッケージの積極的な活用」なども、その延長線上にある取り組みといえるでしょう。
段取り八分、仕事二分
現代の八五郎たちの集まりともいうべき「日本伝統建築技術保存会」というNPO法人があります。寺社を中心とする文化財の修復を手がける一方、後継者の育成にも力を注いでいる組織です。
数多くの歴史的建造物を修復した宮大工でもある会長の西澤政男さんは、職人としての心得を「段取り八分、仕事二分」と言い切ります。「いい加減に始めた仕事は時間ばかりかかるくせに、出来が悪い」というわけです。八分の段取りは、単純な手順を要領よく重ねることで自ずと成り立ちます。
匠と呼ばれる人は異口同音に、簡潔であることの潔さを説きます。入り組んだ考え方や行いを好みません。ちなみに、今年の『日本国際工作機械見本市(JIMTOF)』では「自動化」に狙いを定めた実演が盛んでした。それは匠の知恵を生かし、機械や装置類を単純かつ段取りよく整えることで引き出される成果を訴える試みであったようにも思えました。