ものづくりに軸足を置いたジャーナリストの伊藤公一です。製造業に関わる業界や企業、経営者などを対象とする取材活動をしています。業界記者歴三十余年の活動を通して感じたことや気づかされたことなどを自然体で取り上げていく考えです。
今年469歳を数える超高齢企業
「伊丹の酒、今朝飲みたい」という文章をすべてひらがなで書き表すと「いたみのさけ、けさのみたい」という回文が浮かび上がります。こうした言葉遊びにさえ地名が織り込まれる伊丹はわが国を代表する日本酒(清酒)の産地の一つです。
この伊丹に本拠を置き「清酒白雪」の製造・発売元として知られる小西酒造(小西新太郎社長)は醸造業としては日本最古です。創業は1550年。キリスト教を広めるためにスペイン人宣教師、フランシスコ・ザビエルが来日したころにあたります。人間の年齢に例えれば469歳という「超高齢者」の会社であるにもかかわらず、同社は常に新しいことに挑み続けています。
「ただ単に歴史が古いだけでは時代に取り残されてしまいます。そうならないように当社は『誰も歩いていない道を行く』という気持ちをいつも忘れないようにしています」。小西社長は最古の醸造業を与(あずか)る責任をそう明かします。
「誰も歩いていない道」の一つが古い時代のレシピを使った商品開発です。同社には創業当時から伝わる古文書がたくさん残っています。そこで、江戸(元禄)時代に記された方法を忠実に再現した復刻版の日本酒を造りました。水を半分しか使わない製法なので琥珀色で甘みがあります。当時の酒が味わえるのは古い資料が470年近くもの間、大切に保管されていたからに他なりません。
食事を楽しむコミュニケーションツール
歴史を生かした酒造りとは逆に、歴史に捉われない斬新な発想で力を注いだのが、輸入を皮切りとするベルギービールの普及活動でした。1988年のことです。日本におけるベルギービールの歴史は同社が紹介したこの年から始まりました。日本酒を造る会社であるにもかかわらず、競争相手になるかもしれないビールを広めた背景には、本社のある伊丹市とベルギーのハッセルト市が姉妹都市であったという縁があります。
ベルギービールを手がけ始めた当初は、仕入れたビールを販売するだけでしたが、現在では自社でもベルギービールタイプの商品の製造・販売に乗り出しています。日本酒という看板商品にこだわらない、酒との柔軟な向き合い方の根底には「食事を楽しむためのコミュニケーションツールとして酒を愛してほしい」という小西社長をはじめとする同社の熱い思いがあります。
小西酒造が手がけているベルギービール(ベルギービールウイークエンド2018の会場で)
栄えある王冠勲章コマンドール章を受章
ベルギービールの普及に対する地道な取り組みは2018年6月、ベルギー王国から「王冠勲章コマンドール章」を受賞するという形で実を結びました。ベルギービール輸入30周年という大きな節目にもたらされた朗報でした。この勲章は国家的な功績を残した人に与えられるもので、外国の民間人に対する叙勲では最高位とされています。
会社として、ベルギービールの輸入・販売に貢献するばかりでなく、小西社長個人としても普及に尽力したことが認められた結果でもあります。小西社長は「輸入を開始した30年前、ベルギービールは日本国内ではほとんど知られていませんでいた。そんな中で、その素晴らしさを地道に啓発し、ファンが少しずつ生まれてきました」とこの事業の「道」の歩み始めを振り返ります。
一方、主力商品である日本酒の今後については「正しい飲み方や、おいしい料理との組み合わせを国内だけでなく、海外に伝えていくことが大事な仕事になる」と言い切ります。
他社が願っても決して追い越せぬ歴史の長さに甘んじることなく「誰も歩いていない道」を探る気概はむしろ、最古の企業に似合わぬ若々しさの表れと言えるでしょう。