経営者に求められる「人間性」とは

私の連載は本日で一旦終了となります。最後に「弁護活動」を通して感じることを書きたいと思います。

社員目線から経営を考える

この連載は、株式会社吉原精工の改革にスポットを当ててきました。「社員目線から経営を考える」という吉原会長の試みを、法的に分析するという取組みをして来ました。弁護士として活動している中で、よく遭遇する①退職の場面の問題、②賃金にまつわるトラブルをメインに取り上げ、法的なアプローチの一端を解説しました。

しかし、語弊を恐れずに言えば、私が一番伝えたかった点は「法律のテクニック」ではありません。

「法律」を使うのは人間です。どのような立派なテクニックを使っても、土台となる経営者の「人間性」がぶれていれば長続きはしません。この考え方に賛否両論はあると思いますが、私は経営者の「人間性」こそが一番大切だと思います。ここでいう人間性とは、経営者は聖人君子であれということではなく、多角的な視点をもって考え、「脳に汗をかく」ことができる知性のことです。

このような考え方に至った理由は、私の弁護活動に起因している点が大きいと思います。

企業側の弁護士をしていると、

  • 「一円も残業代を支払いたくないから、賃金規程をうまく作って欲しい」
  • 「経営者が絶対なので、歯向かう人間はすぐにクビにできて当然だ」
  • 「有給を平気な顔で取得する従業員がいると、士気が低下するからどうにかして欲しい」

といったような、一方的に過ぎる要望を伝えてくるクライアントがいます。

しかし、このような経営者に従業員はついてこないのが現実です。ついてきていると思っているのだとすれば,それは恐怖政治を敷いた結果、「裸の王様」になっているだけであり、土台が足元から崩れている危険性を認識できていない非常に危ない状態だと言えるでしょう。

働き方改革

私が吉原会長に出会い、直接お話をして書籍も拝読したとき、一貫していたのは「人間に対する洞察力の深さ」でした。逆の立場だったらどう思うのか、自分が従業員だったら働きたいと思うか、という点にストイックに向き合い、企業の舵取りをしておられました。その「多様な視点で物事を考え抜く」という知的労働が習慣化しているため、気がつけば「働き方改革を体現している会社」として多くのマスコミに取り上げられることになったのだと思います。

「働き方改革」という言葉が独り歩きしている感はありますが、すべて「人」の所業です。

私も一経営者として、「多角的な視点からストイックに考え抜く」ということを習慣化し、一緒に働く人が幸せになる組織を作りたいと思います。それ以外に、「良い組織」は作ることはできないと思います。

「法律」はその上でこそ活きるものだと信じて疑いません。

本連載を最後までお読み頂いた読者の皆様、お付き合い頂き本当にありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!

有給休暇制度の有効活用で働き方改革を実現しよう!

1.吉原精工の有給休暇制度の考え方

「従業員目線で経営を考える」という吉原会長。

実践した改革のひとつに「社員全員が、年に3回10連休をとれる」というものがあります。長期間の休暇を取得することで従業員は家族と過ごすことができたり、心身ともにリフレッシュができ、仕事の効率がさらに上がると吉原会長は言います。

吉原精工では、入社1年目から年間20日の有給休暇を設けています。その上で、会社側で14日分の有給をゴールデンウイーク、お盆、年末年始に割り振り、それぞれ10連休を作っています。法律では、最低5日間を従業員が取得できるようにしておけば何ら問題ありません。

ちなみに、法律では、入社後最初の有給休暇がもらえるには、

  1. 入社から半年間継続して働いた
  2. その間の全労働日の8割以上出勤した

という2つの要件を満たした者に、19日間付与されます。そうすると、吉原精工では法律以上に優遇した運用をしているということになります。

2.計画年休の実施

この「会社が有給を割り振る」というやり方を専門的に解説すると、「計画年休」という制度を取り入れているということになります。計画年休とは、有給休暇のうち5日を超える部分について、会社が有給休暇を強制的に付与できる制度です(労基法39条6項)。この制度は、年休取得率の向上のために導入された制度です。「誰も有給の取得なんてしていないのに自分だけ有給を下さいなんて言いにくい」と思っている従業員は全国に非常に多くいるはずです。

特に製造業や美容業界は、有給休暇を取得することはまだまだ当たり前になっていません。有給休暇の取得率がいまだに低い会社は、是非とも計画年休を検討して欲しいと思います。なお、計画年休の導入に当たっては、労働者の過半数で組織する労働組合、そのような労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者と書面による協定で、有給休暇の時季を定めることが必要です。

3.労基法改正~使用者に義務付け

さて、有給休暇に関して、新たなルールが追加されることになりました。

平成30年6月29日に成立した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(以下「改正法」といいます)で、年次有給休暇の時季指定義務というものが新設されることになりました。改正法は、労基法に基づき会社が与えなければならない有給休暇の日数が10日以上である者にについて、その有給休暇のうち5日間について、取得する時期を労働者ごとに会社が決めなさいと規定しています(改正労基法39条7項)。しかも、これは罰則付きの規定なので、会社としては対応が必須となります(労基法120条1号)。この制度の新設がなされた理由は、有給休暇取得率を向上させるという点にあります。

「会社が必ず5日間は有給を取得させなければならない」と聞いて、衝撃を受ける経営者の方は多いのですが、筆者としてはそこまで心配する必要はないのではないかと思います。その理由は、従業員から有給休暇の申請があり、実際に5日間取得させた場合や、先に述べた計画年休の実施により5日以上有給休暇を取得させている場合については、年次有給休暇の時季指定義務は会社にはないと定められているからです(改正労基法39条8項)。

以上、有給休暇制度をうまく活用して働き方改革を進めていきましょう。

「退職勧奨」について

前回は「解雇」について取り上げました。

「A君は、同じミスを繰り返し、改善しようとしない。反省の態度も全く無く、不貞腐れて他の従業員にも迷惑がかかっている。」という社長が、A君に対して「解雇」という選択をした場合の問題点を指摘しました。

1、前回のまとめ

簡単に前回のポイントをまとめると、

  1. 解雇は裁判で争われた場合、会社が敗訴するケースの方が多いこと
  2. これとこれを行えば解雇は有効になるというようなチェックリストは存在しないこと
  3. 解雇を選択することで、「お金で解決できない」事態に陥る可能性があること
  4. 解雇を選択する場合は、事前に必ず労働法に詳しい弁護士に相談すること

の4つです。

しかし、そもそもこのようなリスクの高い「解雇」という選択肢は安易に選ばないことが賢明だと言えるでしょう。では、どのような手段が好ましいのでしょうか?結論から申し上げますと、「対話」を重視して下さい。コミュニケーションを尽くした上で、「合意による退職」を勧めることが穏当な手段です。前回と同様の下記の図の「合意退職」というゾーンです。これは、会社から一方的に通告する「解雇」とは異なるものです。詳しく見ていきましょう。

2、「退職勧奨」について

(1)退職勧奨の具体的な場面

退職勧奨とは、文字通り、使用者から従業員に対して「会社を辞めたらどうだ?」と退職を勧めることです。その際、使用者から従業員に対して、具体的にどのような点が問題であると思っているのかを説明することが必要です。おそらく、どの会社でもいきなり退職を勧めることはしないでしょう。今まで何度も注意指導してきたけれども、一向に改善されず、また改善する努力の形跡も見えないような場合に、最終手段として「退職してくれないか?」と勧めると思います。

なお、この「何度も注意指導してきた」というプロセスを証拠として残しておくことは非常に重要です。具体的には、注意指導書という書面という形で残す、もしくは、注意指導したことをメールで送信しておくといった方法です。(補足ですが、メールで注意指導を行う場合に、他の従業員にもCCで送信すると、場合によってはパワハラ等に該当するリスクがあるので控えましょう。)

退職を勧める、という行為は、あくまで使用者から従業員に対する「申入れ」に過ぎません。従業員の言い分も聞いた上で、最終的に従業員が納得するのであれば、合意退職が成立します。何度も書きますが、「合意退職」と「解雇」とは異なるものです。合意退職が成立する場合は、「退職合意書」という題名で、双方の合意により退職した証拠を残しておきましょう。この証拠を残していないことで、後日、解雇された、と争われることもあるからです。サンプルの書式を以下に掲載しますので、是非ご参考して下さい。

退職合意書書式.pdf

(2)退職勧奨

最後に、退職勧奨も無制限にできる訳ではないということも押さえておきましょう。具体的には、労働者が自発的な退職意思を形成するために、社会通念上相当と認められる程度をこえて、当該労働者に対して不当な心理的威迫を加えたりその名誉感情を不当に害する言辞を用いたりする退職勧奨は不法行為になります(日本アイ・ビー・エム事件―東京地判平成23年12月28日労経速2133号3頁)。

まとめ

退職勧奨の際に気を付けるべきポイントをまとめると、

  1. 労働者が明確に退職する意思の無いことを表明した場合には、新たな退職条件を提示するなどの事情がない限り、一旦退職勧奨を中断すること
  2. ことさら長期間あるいは多数回にわたる退職勧奨は避けること
  3. 労働者の名誉感情を害したり、対象者に精神的苦痛を与えるような行為・発言を差し控えること

の3点に注意して下さい(下関商業高校事件:最判昭和55年7月10日参照)。

「労働契約の終了」について

1、「労働契約の終了」には種類があることをご存じですか?

前回の連載では、固定残業制の誤用例を学びました。今回のテーマは「労働契約の終了」です。なぜこの場面を取り扱うのか、と言うと、労働トラブルに発展することが多いからです。毎度おなじみ『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』(ポプラ社)の中でも、原会長が古参の従業員に会社を辞めてもらう際、苦悩したシーンが描かれています。

会社の理念に合致しない従業員がいた場合、「他の従業員の士気を下げる人には会社を辞めて欲しい」と考える経営者は数多くいます。しかし、誤った対応をしてしまい、辞めた(辞めさせた)従業員から訴えられ、多額の損失を被る会社が多くあります。今回の連載では、「労働契約の終了」という場面に関する基本的知識をお伝えします。

簡単に労働契約の終了の場面をまとめました。

労働契約の終了には、大きく分けて「解雇」と「退職」の2種類があります。

【図:労働契約の終了】

2、「解雇」とは何か?

「A君は、同じミスを繰り返し、改善しようとしない。反省の態度も全く無く、不貞腐れて他の従業員にも迷惑がかかっている。A君に『君は明日から会社に来なくても良い。』と告げた。」このように、会社側から一方的に労働契約の解約を告げることを「解雇」と言います。この「解雇」ですが、後日その有効性を従業員から争われると、多くの会社は敗訴します。

その理由は、「解雇権濫用法理」(労働契約法第16条)にあります。

つまり、①客観的に合理的な理由を欠き、②社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして解雇は無効になるのです。裁判では、①と②に当てはまる事実について会社側が主張立証する責任を負っており、これが大変な作業になります。

3、「解雇」が無効と判断されるリスク~「お金で解決できないことがある」~

最大のリスクは、辞めさせた従業員が会社に戻ってくる、ということです。そんな馬鹿な、と思われるかもしれませんが、裁判において解雇無効を争ってくる場合、従業員の訴えは「従業員としての地位が会社にあることの確認」という形を取ります。

要するに、会社が敗訴した場合、解雇した時点から、ずっと従業員はその会社に在籍していたということになるのです。

例えば、Bさん(月額30万円の給料)が平成30年8月1日に会社から解雇されたとします。その後、Bさんは会社を訴え、平成31年7月31日に解雇は不当だという判決が出ました。そうすると、会社は、平成30年8月1日から平成31年7月31日までの12か月分の給料合計360万円を支払うことに加えて、Bさんを再び元の職場で働かせなければならないのです。

現在、日本の法制度では、解雇について金銭的に解決する制度はまだ存在しません。

「お金を払ってでもこの従業員を辞めさせたい」と思っていても、解雇という方法を取った場合、「お金で解決できない」事態に陥る危険性があるのです。

4、それでも「解雇」を選択するのであれば・・

それでも「解雇」とい手段を選択するのであれば、「解雇」に至るプロセスを重んじる必要があります。ポイントは、会社が従業員に対して、いかなる注意指導を積み重ねてきたのか、という記録です。そして、「解雇」という最終手段を取るまでの間、会社がその従業員の能力に応じた仕事を与える努力をしたのか、という点もポイントになります。

これとこれをすれば「解雇」は有効になる、といったチェックリストは存在しません。

「解雇」を選択するのであれば、その前に必ず、「労働法に詳しい弁護士」に相談するようにして下さい。

意外と多い固定残業制の誤用

3回目の連載では、固定残業制についての説明をしました。

その使い方を一歩間違えてしまうと、①残業代を1時間分も支払っていないこととなるばかりか、②残業代計算の基礎となる時給単価が極端に跳ね上がるというダブルパンチを喰らうことになるとの警笛も鳴らしています。

では、具体的にどのような使い方が正しいのでしょうか。

結論から申し上げます。固定残業制に関する最高裁判例の概要は以下のとおりです。

「基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意され、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合のみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべき」(最判昭和63年7月14日労判523号6頁)

一読では理解が難しいと思いますので噛み砕いて説明します。要するに、固定残業制として有効だと認められるためには、

  1. 明確区分性
  2. 清算の合意

の2つが要件として必要だということです。

具体例で紹介しましょう。

第3回目の連載で取り上げたAさんの給与体系を元に説明します。

Aさん
月給:30万円(月の所定労働時間173.8時間)
残業:毎月50時間程度
固定残業制導入前 基本給30万円業代10万8375円=40万8375円

これが通常の給与体系に基づいた給与計算方法です。

経営者が「こんなにも長時間労働が生じている状態は良くない。労働時間を短くして、なおかつ賃金が変わらないようにしよう。」と決意し、残業時間が仮にゼロになったとしても給料総額を変えない規定にしました。その規定が以下のとおりです。

Aさんの月給を41万円とする。
ただし、この給料の中に残業代は含まれているものとする。

仮に固定残業制を導入している経営者がこの記事を読まれていて、「うちの会社も同じような規定になっているな」と感じられたら要注意です。これがまさにダブルパンチを喰らう典型例です。私は過去に何度もこのような「粗い」規定を目の当たりにしました。

この規定は、Aさんからすると、自分の基本給が一体いくらなのか、残業代として支払われている金額は一体いくらなのか、が全く理解できない規定になっています。要するに、先ほどの判例の1.明確区分性を満たしていません。したがって、固定残業制として有効なものとは認められません。

その結果、どのようなことが起きるのか。

仮に、この規定を導入後、残業ゼロに移行するまでの間、1年間、平均して毎月30時間の残業が発生していたとしましょう。固定残業制が認められない結果、何と、残業代の計算としては、Aさんの基本給は総額41万円を基準として計算することになるのです。

<固定残業制が認められない結果>

Aさんの月給は41万円とみなされ、基礎時給金額=41万円÷173.8=2359円となる。

<1年分の残業代はどうなるか>

時給2359円×1.25×月当たりの残業時間30時間×12か月=106万1550円

以上のとおり、何と、1年分の残業代として106万1550円が未払いとして扱われてしまうという結果になります。実際にこのような計算方法により会社が何百万円という残業代を請求されるケースが後を絶ちません。

少なくとも規定としては、以下のようにすべきです。

Aさんの月給を30万円とし、固定残業代として11万円支給する。11万円は50時間の残業時間に相当する。
Aさんが50時間を超えて労働した場合は、50時間を超えた分の残業代を別途支給する

固定残業制を導入している企業は今一度自社の規定を見直しましょう。

固定残業制という制度

2回目の連載では、株式会社吉原精工の残業ゼロの達成に大きく寄与した「固定残業制」という概念をご紹介しました。

本連載以降では、固定残業制という制度を労働基準法等の法令の視点を交えながら解説していきます。

1.残業代の計算方法

そもそも労働基準法では、使用者は労働者に、1週間について40時間をこえて労働させてはならないと定められています(労基法32条1項)。週40時間制です。

そして、1日について8時間をこえて労働させてはならないとも定められています(労基法32条2項)。

戦後の労働基準法は週48時間制を採用しており、週休1日制が原則でした。その後、漸進的な法改正の結果、現在の週40時間制の原則は、平成9年4月1日から完全に実施されています。ちなみに学校週5日制も、このような労働時間短縮をめぐる政治的動向が背景になったとの指摘もあります(私が小学生の頃の話ですね。土日が休みになったときは小躍りしたものです)。

さて、ここに月給30万円をもらっているAさんがいました。このAさんが勤めているB会社では長時間労働が常態化しており、毎月80時間程度の残業時間が発生しています。B会社は、就業規則も特に作成しておらず、個々の従業員との間で雇用契約書も作成していませんでした(このパターンの会社は実際には非常に多いのです)。

ここで、このようなB会社における残業代の計算方法を確認しておきましょう。意外と残業代の計算方法のプロセスを理解している人は少ないので、一度思考過程を一緒に辿っていきましょう。

Aさんがもらっている月給30万円は、何に対する対価かというと、所定労働時間に対する対価です。所定労働時間とは何かと言うと、始業時間から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間のことです。B会社は就業規則も雇用契約書も無いので、ここでは、1日8時間、1週40時間が所定労働時間と考えることになります。

そうすると、月あたりの所定労働時間は下記のとおり、173時間となります。

週40時間÷1週間7日×365日÷12か月=173.8時間

今何をしているのかというと、残業代の計算の前提として、Aさんの時給は一体いくらなのかを考えています。Aさんは月給30万円、月の所定労働時間は173時間ということまで分かりました。

そうすると時給は、30万円÷173時間=1,734円ということになりますね。

さてAさんは、毎月80時間程度の残業をしているという設定です。したがってAさんの残業代は、1,734円×1.25×80時間=17万3,400円ということになります。なかなか高額な残業代です。

時給単価に1.25を乗じている、すなわち、通常の時給を25%増しにして計算しようというのが労働基準法のルールです(労働基準法37条、深夜等は割愛)。よって合計金額は、基本給30万円+残業代80時間分17万3,400円の47万3,400円となります。

2.固定残業制とは何か

固定残業制とは、文字通り一定の金額により残業代を支払うことを言います。

吉原会長(吉原会長については以前の連載参照)が行った改革は、労働時間を短くするために、労働時間が仮に80時間から50時間になったとしても、給料は下がらないという仕組みを構築することによって、従業員の生産性を上げよう(どうせ同じ給料をもらうなら、仕事の効率を上げてさっさと帰ろう!と動機づけ)というものです。

Aさんのケースで説明すると、残業が80時間あった場合、47万3,400円のところ、仮に残業が50時間に減ったとしても47万3,400円を変わらず支給し続けますよ、という制度です。

ここまで聞くと素晴らしい制度ですね。しかし、この固定残業制の使い方を一歩間違えてしまうと

①残業代を1時間分も支払っていないこととなるばかりか、②残業代計算の基礎となる時給単価が極端に跳ね上がるというダブルパンチを喰らうことになります。実際に正しく運用できていない企業で、多額の残業代を支払う羽目になっているケースが多々生じています。次回は正しく固定残業制を導入する為の方法と、失敗例を見て行きましょう。

今、時代が求める「経営者の考え方」とは

第1回目の連載では、経営とは、全人格を賭けた戦いであり、経営において最も大切なことは経営者の考え方であると書きました。

では、「経営者の考え方」とは一体なんなのでしょうか。経営者のタイプは千差万別であり、解は決して一つではありません。それを承知の上で、ここでは、敢えて私が一つの正解だと信じて疑わない原会長の考え方を紹介します。

原会長:株式会社原精工の原博会長のこと。社員7人という小規模の町工場において、残業ゼロ、社員の年収全員600万円超え、年3回10連休を導入という働き方改革の先駆者、体現者とも評すべき神奈川県綾瀬市在住の経営者のこと。

本書:『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』(ポプラ社)のこと

経営改革を社員目線で考える

それは、「経営改革を社員目線で考える」という考え方です(本書p.135)。

要するに、「自分が社員なら満足して働けるか」という視点から経営を考えるということです。株式会社吉原精工の労働条件をざっくりと見てみましょう。

①残業ゼロ

基本的な労働時間は、午前8時30分から午後5時まで。休憩は1時間。一日7時間30分就労の完全週休2日制です。

「社員は、17時に仕事を終えたらクルマでさっさと帰宅します。18時にはみんな風呂から上がり、さっぱりしてビールを飲む生活を送っています」(本書p.50)

②ボーナスは夏冬手取り100万円

→ポイントは「手取りで100万円」というところです。つまり、社会保険料や税金などを諸々差し引いて100万円(だから実質は約140万円!)。これを帯付きで現金で手渡しするというのです。

→しかも、ボーナスの金額は、古参社員も新入社員も一律手取り100万円です。一見、古参社員の反発を招くのではないか、と思いますが、原会長は「配慮しなければならないのは、伸び盛りの若手」であると断言します(本書p.71)。ボーナスの原資を「利益の半分」とすることによって、社員一丸となって利益を出そうと奮闘する効果があるのだと言います。古参社員は、能力に見合った基本給を支給していれば少々のことで辞めることは無いとのことです。

③年3回10連休

「有給休暇のうち14日間を私が割り振るのは、ゴールデンウイーク、お盆、年末年始にそれぞれ10連休をつくるためです」(本書p.76)

有給休暇制度を効果的に利用し、年3回の10連休を実現しています。

 

以上が、大まかな労働条件です。社員が気持ちよく働ける環境が整備されていると言えますね。

残業ゼロを達成できた理由

では、ここから原会長の改革を法的に分析していきましょう。

まずは、残業ゼロを達成するために原会長が最初に導入した「残業代は基本給に組み込んで支給する」という固定残業制という制度です(定額残業制という呼び方もあります。)。

株式会社原精工も昔から残業時間がゼロだった訳ではありません。むしろ、設立した1980年から多いときで月80時間から月100時間程度の残業時間があったとのことで、残業ゼロを達成できたのは、リーマン・ショックが起きた2008年以降のこと。そう、残業ゼロに至るまで実に30年ほどの歳月を要しているのです。

残業ゼロの達成に一躍を買ったのは固定残業制。

原会長は、それまでに支払っていた残業代と同じ水準の金額を、固定給に組み込むことで、「給料が下がらないのだったら、できるだけ時給単価を上げるために生産性を上げて早く帰れるようにしよう」という意識を社員に植え付けることに成功したのです。

次稿以降では、この固定残業制という制度を労働基準法等の法令の視点を交えながら解説していきます。この制度は、まさに経営者の覚悟が問われる制度だと断言できます。誤った目的(もっとはっきり言うと、従業員に利益は残さず、会社に利益が残ることを目的とした使用方法)でこの制度を利用することはお勧めしません。制度自体の有効性を争って従業員から裁判を起こされ、会社が負けるという例が昨今増加傾向にあり、固定残業制に対する法の目は厳しさを増しています。誤った使い方により、結果的に会社に大ダメージが発生するケースが増えている現代でこそ、正しい使い方を次稿以降学んでいきましょう。

連載開始に当たって

はじめまして。法律事務所かなめの代表弁護士の畑山浩俊(はたやまひろとし)です。ご縁があってこれから、ものづくり経革広場で連載を担当させて頂きます。お付き合いのほどどうぞ宜しくお願い申し上げます。最初に、簡単に私の自己紹介と今後連載するコラムの概要をお伝えします。

自己紹介

私は、1986年奈良県で生まれ育ちました。現在32歳です。実家は肥料販売店を営んでいます。農家の方々に肥料を配達したり、来店されるお客様に施肥のアドバイスをしたり種苗を販売したりと、商売人の息子として育ちました。土日祝の休みは無し、一年の休みは田植えの時期と盆正月のみでした。朝7時頃には開店に向けて家の中が騒がしくなるという状況でしたので、私の育った幼少期の環境は、「大阪船場編の落語の世界観」に近いと言えるかもしれません。

そのような育ち方をしたお陰で、弁護士として活動している今も、「サービス業としての弁護士」という意識で活動しています。「肥料」の先には人がいますし、「法律」の先にも人がいます。「人」を相手にしているという点で、すべての仕事に違いはありません。

弁護士になってからも「早く自分の看板を掲げて勝負したい」という意欲が人一倍強く、弁護士登録をしてから1年9ヶ月で法律事務所かなめを立ち上げました。「かなめ」とは扇の中心の金具の部分のことであり、「すべての物事の重要な起点になるような場所になろう」という気持ちを込めています。

現在、同期の弁護士4名でフットワーク軽く活動しています。

今後連載するコラムの概要

私の専門分野

私の専門は、労働法です。労働法に携わる弁護士は大きく分けて2種類に分かれます。「会社側で労働問題を扱う弁護士」「従業員側で労働問題を扱う弁護士」です。

このうち、私は「会社側で労働問題を扱う弁護士」です。企業の抱える労務管理全般にまつわるトラブル対応、就業規則作成、労基署対応、労働組合との団体交渉対応等、幅広く労働問題の対応をしています。

株式会社吉原精工 吉原博会長との出会い

様々な労働トラブルを担当する中で、「どうしたら労働トラブルを生じない会社を作ることができるのか」「弁護士としてもっとできることはないのか」と試行錯誤を繰り返すようになりました。

最初に結論めいたことを書くと、どのような会社にしたいのかは、すべて「経営者の考え方次第で決まる」ということです。こう書くと、「経営者の考え方が立派だったら労働トラブルは生じないのか」という意見が聞こえてきそうですが、勿論そんなことはありません。どんな会社であっても、トラブルが起きるときは起きてしまいます。しかし、経営者が労務問題にきちんと向き合っている会社は、そうでない会社に比してそのリスクが格段に低いことも事実です。

私自身も一経営者として、「経営」というものを学ぶために様々な人と積極的に会うようにしています。その中から、今回の連載では、私が直接お会いした経営者の方々の中で、最も強い衝撃を受けた株式会社吉原精工の吉原会長のお話をさせて頂きます。

連載に先立ち、まずはこの記事を読んで下さい。

https://newswitch.jp/p/7811

私と吉原会長との出会いもこの記事から始まりました。この記事に衝撃を受けた私はすぐに株式会社吉原精工に電話し、翌週には吉原会長にお会いし、奇跡の改革についてお話を伺いました。現在は、『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』(ポプラ社出版)という書籍も販売されているので、是非手に取って読んでみてください。

この連載では、吉原会長の改革を「弁護士目線で」分析します。そこから「経営は全人格を賭けた戦いである」ということを今一度確認していきたいと思います(自戒も込めて)。

最後に少し宣伝

吉原会長と4月18日に大阪でコラボセミナーをするので、参加頂ける方は是非お越し下さい!

https://www.facebook.com/events/1997617487116895/

お申し込みはこちらから

では、次回以降の連載をお楽しみに!