前回は「解雇」について取り上げました。
「A君は、同じミスを繰り返し、改善しようとしない。反省の態度も全く無く、不貞腐れて他の従業員にも迷惑がかかっている。」という社長が、A君に対して「解雇」という選択をした場合の問題点を指摘しました。
1、前回のまとめ
簡単に前回のポイントをまとめると、
- 解雇は裁判で争われた場合、会社が敗訴するケースの方が多いこと
- これとこれを行えば解雇は有効になるというようなチェックリストは存在しないこと
- 解雇を選択することで、「お金で解決できない」事態に陥る可能性があること
- 解雇を選択する場合は、事前に必ず労働法に詳しい弁護士に相談すること
の4つです。
しかし、そもそもこのようなリスクの高い「解雇」という選択肢は安易に選ばないことが賢明だと言えるでしょう。では、どのような手段が好ましいのでしょうか?結論から申し上げますと、「対話」を重視して下さい。コミュニケーションを尽くした上で、「合意による退職」を勧めることが穏当な手段です。前回と同様の下記の図の「合意退職」というゾーンです。これは、会社から一方的に通告する「解雇」とは異なるものです。詳しく見ていきましょう。
2、「退職勧奨」について
(1)退職勧奨の具体的な場面
退職勧奨とは、文字通り、使用者から従業員に対して「会社を辞めたらどうだ?」と退職を勧めることです。その際、使用者から従業員に対して、具体的にどのような点が問題であると思っているのかを説明することが必要です。おそらく、どの会社でもいきなり退職を勧めることはしないでしょう。今まで何度も注意指導してきたけれども、一向に改善されず、また改善する努力の形跡も見えないような場合に、最終手段として「退職してくれないか?」と勧めると思います。
なお、この「何度も注意指導してきた」というプロセスを証拠として残しておくことは非常に重要です。具体的には、注意指導書という書面という形で残す、もしくは、注意指導したことをメールで送信しておくといった方法です。(補足ですが、メールで注意指導を行う場合に、他の従業員にもCCで送信すると、場合によってはパワハラ等に該当するリスクがあるので控えましょう。)
退職を勧める、という行為は、あくまで使用者から従業員に対する「申入れ」に過ぎません。従業員の言い分も聞いた上で、最終的に従業員が納得するのであれば、合意退職が成立します。何度も書きますが、「合意退職」と「解雇」とは異なるものです。合意退職が成立する場合は、「退職合意書」という題名で、双方の合意により退職した証拠を残しておきましょう。この証拠を残していないことで、後日、解雇された、と争われることもあるからです。サンプルの書式を以下に掲載しますので、是非ご参考して下さい。
(2)退職勧奨
最後に、退職勧奨も無制限にできる訳ではないということも押さえておきましょう。具体的には、労働者が自発的な退職意思を形成するために、社会通念上相当と認められる程度をこえて、当該労働者に対して不当な心理的威迫を加えたりその名誉感情を不当に害する言辞を用いたりする退職勧奨は不法行為になります(日本アイ・ビー・エム事件―東京地判平成23年12月28日労経速2133号3頁)。
まとめ
退職勧奨の際に気を付けるべきポイントをまとめると、
- 労働者が明確に退職する意思の無いことを表明した場合には、新たな退職条件を提示するなどの事情がない限り、一旦退職勧奨を中断すること
- ことさら長期間あるいは多数回にわたる退職勧奨は避けること
- 労働者の名誉感情を害したり、対象者に精神的苦痛を与えるような行為・発言を差し控えること
の3点に注意して下さい(下関商業高校事件:最判昭和55年7月10日参照)。