賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

「青豆ハウス」は”育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅として注目され、その年のグッドデザイン賞を受賞。多数のメディアに紹介されてきた。設立9年目を迎えた青豆ハウスを訪ね、運営する株式会社まめくらしの青木純さんに、地域と溶け合うコミュニティ創出やその背景にある思いを取材。大家さんしかできない役割や賃貸住宅の可能性をたっぷり語ってもらった。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

“住む人集う人で育てる賃貸住宅”「青豆ハウス」

青豆ハウスは、東京都練馬区平和台にある。副都心線平和台駅から5分歩くと住宅街の中に突如大きな農園が現れて驚く。練馬区が管理する田柄一丁目区民農園だ。青豆ハウスは、その農園に隣接して建っている。3階建てのメゾネットが2階にあるデッキを介して繋がる様子は、まさに豆の木が絡まるよう。畑を一望できる青豆ハウスは、農園を見守っているようにも見える。

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

「畑を見下ろす風景を住民に見せたかったんですよ」と青木さんは、白菜や大根の葉っぱで青々とした畑を指さす。門を入り、2階デッキへと上る階段から眺める235区画もの区民農園は壮観。東京とは思えないほど空が広く感じる。

「これだけの自然環境の中で暮らすことに価値を感じてもらえる住宅にしたかったんです。デッキに面しているのは各住戸のリビングダイニング。食卓には、朝昼晩だいたい同じ時間に灯りがともるでしょう? 人の営みを感じながら同じ時間を共有することを大事にしていますね」(青木さん以下同)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

青木さんは、住み手と大家が一緒につくる「カスタマイズ賃貸」をはじめるなど日本の賃貸文化の変革者として知られ、公民問わず講演の依頼が絶えない。ジェイアール東日本都市開発と組んだ高円寺アパートメントや南池袋公園など公共空間活用も公民連携で実践してきた。それらの活動の原点が青豆ハウスだ。

「2011年ごろは、東京のシェアハウスブームがはじまって10年くらい経ったタイミングでした。当時シェアハウスは、単身世帯用の独身寮をコンバージョン(※)していた背景がありましたので、そこで出会って結婚すると卒業しなきゃいけない、ということが少なくありませんでした。シェアハウス卒業組が、シェアハウス時代と同じ感覚で誰かと繋がりながら住めるところが賃貸にない。これはおかしいなという思いが、青豆ハウスの構想につながりました」
※コンバージョン/用途変更

自然環境や天然素材を活かし「暮らしの価値」を創造する

青木さんが青豆ハウスで試みたのは、建物などハードだけでなく、暮らしの価値にお金を払ってもらうこと。いわゆるポータルサイトでの不動産広告はせずに、賃貸住宅では珍しい、物件専用ウェブサイトをつくり、パーススケッチやコンセプトを掲載。ブランディングデザイナーの土屋勇太さんや素描家のshunshun(しゅんしゅん)さんと会話を重ねながら、コンセプトに沿ったロゴや未来の暮らしがイメージできるイラストを作成した。出来上がったロゴは、「青」という文字をモチーフにしたものだった。

「コンセプトは、『住む人集まる人が育む賃貸住宅』。青という漢字にはもともと育つと言う意味合いがあるそうです。8枚の葉っぱの形が違うのは、それぞれの個性を尊重するって意味を込めて。それぞれの暮らしが実って、共用デッキに人が集うことによって、大きな木になる。建築過程は、『そらと豆』という成長日記のブログに公開しました」

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建物の設計は、ブルースタジオに依頼。「目の前でむくむく緑が育つ農園と、のびのびと広がる空にインスピレーションを得て」企画された。内装も外装も天然素材にこだわった。外壁や床などには天然木を、中庭などの外構には古くから使われてきた大谷石(おおやいし)がふんだんに用いられている。いずれも年月を経ると変色などが発生する。一般的には「経年劣化」と言われてしまうが、青木さんは「経年変化」と呼んで慈しむ。

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「日本だと築年数が経つほど価値が毀損されて原状回復しきゃいけないって考え方があるけど、欧米の賃貸市場では、築年数が古ければ古いほど、関係性ができればできるほど建物の価値が上がっていく。日本もスクラップアンドビルドじゃなくて、いいものを大切に使って無駄をなくしていく方がいいと思います。建った瞬間はゼロ歳で一歳、二歳、三歳となるうちに暮らしも豊かになるし、建物の雰囲気、味わいも出ていくのだから」

コミュニティづくりは、無理しない、無理強いしない初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

青豆ハウスの世界観を理解してくれる人に入居してほしいと、建築中から募集を開始し、1組1組丁寧にコミュニケーション取りながら面接を重ねること3カ月。青豆ハウスの家賃は、当時の練馬区の賃料相場の1.5倍ほどだったが、オープンする時には満室に。青豆ハウスには、青木さん夫妻も入居している。コミュニティづくりでいちばん大切なことをたずねると、「正直であること」と青木さん。

「僕も正直です。なんでも正直にしゃべる。言いにくいことも『言いにくいんだけど』ってちゃんと話します。虚勢を張ったり無理しているとどこかで破綻してしまいますから。あとは、自分ファーストじゃなくて、相手の感情、相手の状況を思いやることが大事かな。青豆ハウスに管理規約はないけど、『無理せず気負わず楽しむ』という家訓があります。住民同士の食事会などのイベントの参加は、無理しない、無理強いしない。自分の意志で集うことを大事にしています」

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

中庭のピザ窯を使ったガーデンパーティや地域の人も参加できる夏祭り、区民農園での野菜づくりなどコミュニケーションをとる機会が多く、居住者は皆家族ぐるみのつきあいだ。

苦しいことも分かち合ったコロナ禍を経て再び街に開く

9年の間には、設立時からいた住民の卒業も経験した。青木さんに、筆者がどうしても聞かなければと考えていたことがあった。青木さんのブログのトップに固定されている2020年8月に書かれた記事のことだ。「実家、のようなもの。」というタイトルがつけられた記事の文章は、青木さんの決意表明のようにみえた。記事に登場する「けんけんさん、くにーさん」のことを問いかけると、青木さんは、ふたりが暮らし、今は居住者がいないlens(レンズ)という住居へ案内してくれた。

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

「ふたりともクリエイターで、部屋の名前に惹かれて、青豆ハウスありきで練馬に引越してくれました。青豆ハウスに来てから、はなちゃん、うたちゃんという双子の女の子も生まれました。彼ら“レンズファミリー”は住民にとても愛されていたんです。はなちゃん・うたちゃんは未熟児で大変でしたが無事に成長してよかったと思っていたところ、お母さんのくにーが重い肺の病気を患ってしまったんです。僕はけんけんからこの話を聞いたとき、皆には僕から話すって言いました。皆が大好きな家族がこういう状況にあると。全員、できる限りの支援をしたいという気持ちでした」

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

住民の皆で、子どもたちのお守りや食材の買い出しを手伝い、面白い動画や写真を撮影して励ましのメッセージをくにーさんに届けた。

「そうしたら、肺移植が必要なほど悪かった病気がお医者さんもびっくりするくらい回復して退院できたんです。皆で大喜びしました。ところが、今度はコロナがやってきたんですよ。肺の疾患だったのでコロナに感染したら致命的。レンズファミリーは、緊急事態宣言中に群馬の実家に戻ったまま帰京することなく、ぼくはオンラインで退去したいと連絡を受けました。『悩みに悩んだし、ずっとここに暮らしたいと思ってたけど、一緒に暮らすことで、誰かからコロナをもらってしまうかもしれない。自分も相手も傷つけちゃうから。それだけは嫌だ』って。パソコン越しに泣く泣く。僕もとっても辛かった」

別れのとき、はなちゃん・うたちゃんが「絶対嫌だ、ここで皆と暮らす!」と泣き叫ぶのを聞いて、青木さんはひとつの決断をする。

「ぼくは、大家として一連のやり取り見ていて、他の人にlensを貸したくなくなったんですよ。じゃあ、ここは、はなうたの実家だ、残すよってふたりに約束したんです」

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

こうして、lensは、欠番の部屋になった。レンズファミリーが帰った時に使うだけでなく、コロナ禍で住民たちのもうひとつの部屋として活用されることに。テレワークをする人たちがスケジュールを共有し合うことで、こどもの面倒を交代でみたり、英語の先生に出張してもらって英会話教室をしたり。それぞれの部屋に人を受け入れるのは抵抗がある中、lensのおかげでコミュニケーションをとることができた。

現在、lensの1階部分はまちのキオスク「まめスク」として活用されている。コロナ禍で疎遠になってしまった地域の人とキヨスクのように気軽に関わりを持てるスペースとして活用され、植栽さんや洋裁屋さんなどが出店する日は近所の人でにぎわっている。

悲しい別れもあれば、出会いもある。イラストレーターの熊谷奈保子さんは、初期住民以外の引越し組第一号だ。まめスクで個展中だというので青豆ハウスの暮らしをたずねてみた。

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

近所で賃貸暮らしをしていた熊谷さんは、建築中から青豆ハウスが気になっていたという。決め手になったのは?

「建物に良い素材を用いていること。単純に高級ということではなく、以前から惹かれるものだった、ということが大きいです。大家さんが心地よく感じるものと自分のそれがフィットした感じでしょうか。『住む人に心地よく過ごして欲しい』という大家さんの思いを感じました」(熊谷さん)

すでにあるコミュニティに入る不安もあったが、内覧会で住民の人と話が盛り上がり、心配は吹き飛んだという。「今回の個展の設営や告知も手伝ってもらったんですよ」と嬉しそう。

ご自宅を訪ねるとどこを切り取ってもおしゃれな空間! 緑の壁やキッチンのタイルは先住者が選んだものだが、もともと大好きな色なので、お気に入り。在宅で仕事をしているので、「窓越しに隣の人の気配を感じると、ほっこりした気持ちになる」と話してくれた。

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

住む人の暮らしをつくる大家さんの仕事は面白い!

青木さんは、住民として大家として、居住者に向き合い続ける中で、疲れたり、いやになってしまうことはないのだろうか。

「初めのうちは力みがありましたね。大家さんとして、こうしてほしい、こうなったらいいなって押し付けてしまったり。最初は、緊張感を持っていたけど、段々と気を緩ませ始めて。壁を自分が取っ払ってありのままでいることを意識し始めたらすごくうまく回ったんですね。ぼくのダメな部分は、皆が知ってます。例えば酔っ払って寝ちゃうとか、承認欲求が強そうとか、意外と根暗とか(笑)。ぼくも、それぞれのいい部分、悪い部分、ぜんぶ知っています。家族みたいなものです。共同で暮らすのは、楽しいことばかりじゃない。でも、辛いこと、苦しいことも分かち合えることが、コロナの時によくわかりました」

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木さんは、「大家さんの仕事は、皆が考えているより、ずっと楽しい!」と力説する。青木さんが不動産業界に関わることになった時、感銘を受けたのが、リクルート住宅総研(当時)のレポート「愛ある賃貸住宅を求めて」だった。

「『日本の大家さんへ』という島原万丈さんからのメッセージを今でもおぼえています。『あなたが建てたアパートやマンションの部屋で毎日眠り目覚め、食事を摂り勉強したり、仕事にでかけたり、時に友と語らい、時に恋をして、社会人として成長していく若者のことを、自分の物件にふさわしいとあなたが選んだ若者の人格を慈しみ、その暮らしを思いやることはできる。いやそれはあなたにしかできない仕事だ。』って書いてあったんですね。家だったり、共同住宅は、街の前にある一番最初の単位。そこでいい関係性をつくって、ちょっとはみ出して、街に幸せを広げていきたい。地方都市で移住者と先住者が対立する問題があるけど、大家さんが地域とその人をちゃんと繋いであげて関係性つくってあげたらうまくいくと思うんです」

話を聞いていると、大家さんはなんて面白い仕事だろう。自分も大家になってみたい!と思えてくる。自ら校長を務める「大家の学校」や池袋東口グリーン大通りで開催するイベント「池袋リビングループ」など、青豆ハウスの経験やノウハウを未来に繋ぐ活動も取り組んでいる。

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

最後に、青木さんの夢を聞いた。

「青豆ハウスが、百年後も続いていることですね。きっと建物も僕も残っていないだろうけど、地域の人に『青豆ハウスがここにあったよね』って言われたい。子どもたちが成長して、自分に子どもが出来た時にここに来てくれたら嬉しいなあ」

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

取材が終わった時、朝、入口で見つけた小さな看板のことを思い出していた。迎えてくれたのは、住民の方が描いたというスーモ君の絵。取材は、皆で相談して引き受けることを決めたという。さりげない歓迎の印が嬉しくて、少しの時間、青豆ハウスの仲間に含まれた気持ちがした。いつか青豆ハウスがなくなっても、だれかの心にきっと残り続ける。そんな思いを胸に青豆ハウスを後にした。

●取材協力
・青豆ハウス
・大家の学校
・池袋リビングループ

サラリーマン30代コンビ「週末縄文人」、石斧や土器から竪穴住居まで手づくり。文明ゼロからスタート、人気YouTuberの縄文ぐらしに密着

「現代の道具を使わず、自然にあるものだけでゼロから文明を築く」。そんなテーマで週末、山に籠り、縄文生活を実践してYouTubeで発信する「週末縄文人」。膨大なエネルギーと時間をかけ、竪穴住居までつくり上げた二人には、高度なテクノロジーに支えられた現代の住まいや暮らしはどのように見えているのでしょうか。縄文生活は、現代の生き方にも変化をもたらしたのでしょうか。山の中の活動拠点にお邪魔して話をうかがってきました。

スーツ姿がトレードマークの週末縄文人。縄さん(左)は学生時代、ワンダーフォーゲル部に所属し、多くの時間を山で過ごしていたという。1991年秋田生まれ。文さん(右)は幼少期、アメリカ・ニュージャージー州やアラスカ州で暮らしていた経験をもつ。1992年東京生まれ(写真撮影/嶋崎征弘)

スーツ姿がトレードマークの週末縄文人。縄さん(左)は学生時代、ワンダーフォーゲル部に所属し、多くの時間を山で過ごしていたという。1991年秋田生まれ。文さん(右)は幼少期、アメリカ・ニュージャージー州やアラスカ州で暮らしていた経験をもつ。1992年東京生まれ(写真撮影/嶋崎征弘)

平日サラリーマンであり、週末縄文人というおもしろさ

二人が配信するYouTubeチャンネル「週末縄文人」は現在、登録者数13万人超。8月には初の著書『週末の縄文人』(発行:産業編集センター)を上梓し、話題を集めています。そんな彼らの正体は、ふだんは東京に暮らし、映像制作会社で働くサラリーマン。YouTubeは会社に内緒でスタートしたため、それぞれ顔に「縄」「文」のモザイクをつけて活動しています。

縄文生活を始めたのは、必死に働いている仕事が果たして人や社会の役に立っているのだろうか?と心にモヤモヤを抱えていた文さんが、同期入社の縄さんに「山で遊ばないか」と声をかけられたことがきっかけ。大学時代、ワンダーフォーゲル部にいた縄さんは、映像制作の仕事で「文明が崩壊したらどうなるか」というサバイバル映像を制作したいと考えていたものの、企画が通らず、自分たちでやってYouTubeで発信しようと提案します。
そこで、「どうせ文明を築くなら歴史の教科書に最初に出てくる縄文時代まで遡り、現代の道具を一切使わないところからやってみよう」と、二人で「週末縄文人」を結成。縄さんと文さんのとてつもない冒険がスタートしたのです。

それにしても、現代のサラリーマンが、教科書の一ページ目のような縄文生活を送ったら、現代の暮らしは一体どんなふうに目に映るのでしょう。住まいに求めることは変わったのでしょうか。たくさんの困難が待ち受ける縄文の暮らしを体験して、きっといろいろな発見や心境の変化もあったはず……。とある日の活動を見せてもらいながら、お話をうかがってみました。

縄文人がやっていたであろうことを実践。ひたむきに向き合うその過程が見られることに視聴者はワクワクする(写真撮影/嶋崎征弘)

縄文人がやっていたであろうことを実践。ひたむきに向き合うその過程が見られることに視聴者はワクワクする(写真撮影/嶋崎征弘)

秋まっさかりの週末、取材チームが訪れたのは、長野県某所の山の中。生い茂るススキの間にある小道を通り抜けると、開けた小さな広場のような空間が現れ、そこで野焼き(焚き火で土器を焼くこと)が行われていました。
活動拠点にしている場所は、知り合いのツテで借りている土地。縄文時代の住まいである竪穴住居(竪穴式住居)を建てることを目的に、「平坦で、石ころがなく、砂っぽくないところ」を条件に探したのだそうです。面積は0.5ヘクタール(約5000平米)と広大、まわりに人家はありません。
ちなみに、広場に来るまでに通ってきたススキの小道は二人がつくったのではなく、行き来するうちに自然と道のようになったのだとか。「目的があれば道はできます」。早速深い言葉が飛び出します。

起こした火のまわりに土器を並べて乾燥させ、熾火(おきび)になったところでその上に直接土器を置く。このあと薪をくべて火力を上げ、本焼きに入る。円錐形に尖った「尖底(せんてい)土器」は縄文時代にはメジャーなもので、今回が初挑戦(写真撮影/嶋崎征弘)

起こした火のまわりに土器を並べて乾燥させ、熾火(おきび)になったところでその上に直接土器を置く。このあと薪をくべて火力を上げ、本焼きに入る。円錐形に尖った「尖底(せんてい)土器」は縄文時代にはメジャーなもので、今回が初挑戦(写真撮影/嶋崎征弘)

火にくべられていたのは、土器7、8、9号(粘土に戻ったものも含めこれまで1~6号までつくっている)と、“縄文茶道”のための茶碗2つ。縄文茶道とは二人の造語で、文さんは実際に茶道の経験もあるそうです。この茶碗でお茶を点てたらさぞかしおいしいのだろうな、と妄想が広がります。

この野焼きの段階に来るまでに、果てしない時間がかかっています。まず粘土づくりに丸2日。知り合いの土地から粘土質の土を採取してきて、小石やゴミを取り除きます。その後3~4日かけて捏ね、粘りが出たらようやく粘土が完成。成形するのに1日、文様を入れるのに1~2日。さらに水漏れを防ぐために内側を磨き、3週間ほどかけてゆっくり乾かしていきます。もちろんすべて手作業です。こうした作業ができるのも週末だけ。ゆえに、今回の土器づくりは実に2カ月ほど前から始まっていたといいます。

2カ月かけてつくった縄文土器をいよいよ野焼き。成功を祈る!

これまで何度となく失敗してきた土器づくり。工数が多いため原因がつかめず、懇意にしている考古博物館の館長にわずかな手がかりをもらい、実践を積み重ねてここまで進化してきました。その館長いわく、「自分は答えを知ってしまっているからもう失敗することはできない。君たちは失敗できるからおもしろい。失敗できるということは財産なんだ」。些細なヒントをもとに考え、知恵を絞り、工夫しながら答えを見つけていく。失敗の中にこそ大きな発見があり、そしてそれは土器に限らず、すべてのものに当てはまることなのでしょう。

果たして、今回の野焼きは無事成功するのでしょうか。今日初めてここに来た取材チームも、成功を祈る気持ちで見守ります。

縄文生活の第一歩である火起こしも、もちろん自然にあるものだけを使って行う。今は早ければ30秒で火種がつくれるようになったが、最初は3カ月かかったという(写真撮影/嶋崎征弘)

縄文生活の第一歩である火起こしも、もちろん自然にあるものだけを使って行う。今は早ければ30秒で火種がつくれるようになったが、最初は3カ月かかったという(写真撮影/嶋崎征弘)

落ちている木の枝を集めてきては、火にくべていく(写真撮影/嶋崎征弘)

落ちている木の枝を集めてきては、火にくべていく(写真撮影/嶋崎征弘)

土器の運命は、すべてこの火の中に……(写真撮影/嶋崎征弘)

土器の運命は、すべてこの火の中に……(写真撮影/嶋崎征弘)

自分の手で自分の暮らしをつくる、その豊かさに気づいた

焼き始めて1時間近く経ったころ、「パァン!」と不穏な爆発音が。もしや、7~9号土器あるいは茶碗が割れた音だろうか……? 不安を隠せない取材チームでしたが、二人は倒れ込みながらも気を取り直して声を掛け合い、ポジティブにお互いを励まし合っています。

ここまで時間と手間をたっぷりかけてつくった、愛着のかたまりのような土器。それが割れてしまったときの気持ちは、計り知れません。失敗の原因を分析して、工夫して次につなげる、できるようになるまでやる、その原動力はどこから来ているのでしょう。そしてこうした体験を経て、見えてきたことはあったのでしょうか?

土器が赤く輝きだしたら焼き上がりのサイン。少しばかりの亀裂が入っていても、めげない(写真撮影/嶋崎征弘)

土器が赤く輝きだしたら焼き上がりのサイン。少しばかりの亀裂が入っていても、めげない(写真撮影/嶋崎征弘)

「文が『原始からやろう』と言ってくれて始まった縄文人生活。それは、『自分の手で自分の暮らしをつくること』だったんです」と縄さん。それまでほかの動物と変わらなかった人間が、最初に編み出した発明は、現代にも続く暮らしの基礎の基礎。文明の原点である火起こし。水が汲めて、煮炊きができる土器。布を縫える糸と針。木を切れる石斧……。「革新的な発明ですよね。そのひとつひとつ、できなかったことを少しずつできるようになる。発明した縄文人に想いを馳せ、できたときの達成感を存分に味わっています」。その過程の苦しみを超えるほど、達成したときの喜びが大きいのだなあと感じます。

文さんも、「自分の手で自分の暮らしをつくる“豊かさ”に気づきました」と言います。「料理をするとか、安全に暮らすとか、命をつなぐための本質的なことは、縄文時代も現代の暮らしも同じ。日々の営みを自分でちゃんとすることで豊かな気持ちになれると知って、東京に戻ったときも、野菜を買ってきて料理しようとか、シーツを週1回は洗おうとか、少し丁寧に、営みに時間をかけること。そんなふうに変わってきました」

爆発して割れてしまったものは確認できたようだが、ひび割れや欠けは火が完全に消えて取り出すまではわからない(写真撮影/嶋崎征弘)

爆発して割れてしまったものは確認できたようだが、ひび割れや欠けは火が完全に消えて取り出すまではわからない(写真撮影/嶋崎征弘)

火が消え、姿を現した土器。竹で渦巻文様をつけた8号土器、右奥の7号の円筒土器は成功したように見える(写真撮影/嶋崎征弘)

火が消え、姿を現した土器。竹で渦巻文様をつけた8号土器、右奥の7号の円筒土器は成功したように見える(写真撮影/嶋崎征弘)

焼き上がったばかりの土器は言うまでもなく熱い。そんなとき文さんは、足元の草を素早くちぎって鍋つかみのように使う(写真撮影/嶋崎征弘)

焼き上がったばかりの土器は言うまでもなく熱い。そんなとき文さんは、足元の草を素早くちぎって鍋つかみのように使う(写真撮影/嶋崎征弘)

縄さんの表情が見せられないのがもったいないほど、嬉しそうな笑顔!(写真撮影/嶋崎征弘)

縄さんの表情が見せられないのがもったいないほど、嬉しそうな笑顔!(写真撮影/嶋崎征弘)

このときの縄文土器づくりの動画は「週末縄文人」のチャンネルにアップされているので、ぜひチェックしてみてください!

なにか愛らしいキャラクターにも見える、週末縄文人渾身の住まい(写真撮影/嶋崎征弘)

なにか愛らしいキャラクターにも見える、週末縄文人渾身の住まい(写真撮影/嶋崎征弘)

制作日数30日。自然にあるものだけでつくり上げた、愛すべき竪穴住居

焚き火広場の先には、二人が30日かけてつくり上げた縄文人の住まい、竪穴住居が佇んでいます。ノコギリもトンカチも釘も使わずに、自分たちで一からつくった石斧で木を切り出し、骨組みをつくり、柱と梁をつくり、大量のクマザサで覆う。
クマザサの屋根はいい感じに色褪せ、まわりの木々やススキと同化していました。

入り口には階段を、住居中央には焚き火口を設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

入り口には階段を、住居中央には焚き火口を設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

竪穴住居の直径は2m、広さは3.5畳ほどでしょうか。中に入らせてもらうと、想像していたよりも広く感じます。深さ50cmほど地面を掘り下げてあり、天井高は中央部分で最高1.7mくらい。立つことも可能です。座れば大人が6~7人は入れそう。穴の中に入り込んだような落ち着ける感覚があり、外よりも2度くらいひんやり。この日は秋にしては暖かかったので、それが心地よく感じられます。

「夏は涼しく、冬暖かい。静かで、最初は暗いけどだんだん目が慣れてきて見えるようになる。不思議な安心感がありますよ。これまで僕たちがつくったものの中でいちばん時間がかかったのが、この竪穴住居です。縄文時代の本物と比べたらだいぶ小ぶりですが、これが今自分たちにできる限界の大きさ。二人で力を合わせて屋根を乗せ終わったときは、今までに経験したことのない達成感がありました」と縄さんは言います。

「これまではここで夜を過ごそうと思ったら、野宿ですよね。雨が降るかもしれないし、動物も来るかもしれない。原っぱの中で寝られる場所を自分たちでつくり出せたというのは、すごい体験です」と文さん。葉っぱを敷けば、二人が寝転ぶこともできます。

この骨組みとササ葺き屋根を、現代の道具を使わずにつくったというのがちょっと信じ難い。柱と梁を結束しているのは、剥いだ木の皮(写真撮影/嶋崎征弘)

この骨組みとササ葺き屋根を、現代の道具を使わずにつくったというのがちょっと信じ難い。柱と梁を結束しているのは、剥いだ木の皮(写真撮影/嶋崎征弘)

現代の住まいと比べて、居心地はどうですか?
「現代の家が外と遮断されているのに対し、この家は外とつながっているという感覚があります。家によく現れる、小さなカナヘビが動くカサカサ、という音や、風が吹き始めて壁のクマザサが揺れる音。一瞬で風だ、とか雨が降り始めた、とわかるんです。そのセンサーがすごいんですよね」と文さん。感覚が研ぎ澄まされる感じ、確かに遮音性や気密性にすぐれた現代の家のつくりでは味わえないものです。

竪穴住居をつくったときの動画は、こちら。二人のすごさ、縄文人のすごさ、現代のテクノロジーのすごさ……いろいろと実感します。

竪穴住居とは切り離せない、火の存在クマザサを使ったのは、この近くに大量に自生していたから。住居の中で火を焚くと、屋根から煙が抜けていく(写真撮影/嶋崎征弘)

クマザサを使ったのは、この近くに大量に自生していたから。住居の中で火を焚くと、屋根から煙が抜けていく(写真撮影/嶋崎征弘)

縄さんは慣れた様子でスムーズにイン。記者はお尻をついてのけぞるようにしてやっとのことで入れた(写真撮影/嶋崎征弘)

縄さんは慣れた様子でスムーズにイン。記者はお尻をついてのけぞるようにしてやっとのことで入れた(写真撮影/嶋崎征弘)

竪穴住居で火を起こすため、野焼きで使った熾火を運ぶ(写真撮影/嶋崎征弘)

竪穴住居で火を起こすため、野焼きで使った熾火を運ぶ(写真撮影/嶋崎征弘)

火を焚くと、家の中の空気がたちまち循環する(写真撮影/嶋崎征弘)

火を焚くと、家の中の空気がたちまち循環する(写真撮影/嶋崎征弘)

竪穴住居には、火は欠かせない存在だといいます。家の中央には焚き火口がつくられ、先ほどの野焼きで使った熾火と拾ってきた小枝で、文さんが瞬く間に火をつけてくれました。すると、家の中がほわっと明るく照らされます。
「火があると、家も生き生きとするんです。夏は暑いと思われるかもしれませんが、空気が動くから換気ができて快適です。煙で家中がコーティングされると乾燥してカビも生えない。煙に燻されて虫も追い払えるし、獣も近寄りません」と縄さん。いいことずくめなんですね!焚き火の効力もあって、縄文時代の家は20年持つといわれているそうです。

「火があって初めて家だといえるんです。火は光になり、暖かい温もりがあり、ごはんもつくれ、燻すこともできる」(文さん)

地中50cmほどの深さが、穴の中にこもっているようで落ち着く(写真撮影/嶋崎征弘)

地中50cmほどの深さが、穴の中にこもっているようで落ち着く(写真撮影/嶋崎征弘)

骨組みや柱になる木材は、知人の山から3日かけて切り出したもの。安定した構造がつくれたのが本当にすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

骨組みや柱になる木材は、知人の山から3日かけて切り出したもの。安定した構造がつくれたのが本当にすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

自然の移り変わりを感じながら、非効率なことを楽しめる暮らし

4年目に入った縄文生活は、二人の日々の感じ方に変化をもたらしていました。
「東京での仕事が忙しくて終電帰りが1カ月続いたりすると、家と会社を往復するだけの毎日で、なんだか息苦しい。ふとまわりを見ると、確か夏の終わりだったはずなのに、もうイチョウの葉が落ちていて、冬が始まろうとしていたりする。その変化に気づかなかったことにショックを受けました。週末ここに来ると、町から山にかけて紅葉の色が変わってきて、グラデーションを感じる。デジタル時計とアナログ時計みたいな違いなのかも。環境や自然の変化にとても敏感になります」(文さん)

例えば石を磨くのも、何時間もかけて削れるのはほんの数ミリ。縄文生活の変化の速度はとにかくゆっくり、ゆっくり。
「現代の暮らしと、スピード感がなにもかも違うんです。土器を焼くのも、家をつくるのも。時間がかかることは非効率的といえますが、その分じっくり味わえるということ。各駅停車の旅みたいに」(縄さん)

研いだ石はナイフ、どんぐりはアク抜きをして食べる予定。どんぐりの煮汁はひび割れた土器の目止めにも使える。目止めは現代でも陶器をおろすとき最初にやること。縄文時代から続いていたとは……(写真撮影/嶋崎征弘)

研いだ石はナイフ、どんぐりはアク抜きをして食べる予定。どんぐりの煮汁はひび割れた土器の目止めにも使える。目止めは現代でも陶器をおろすとき最初にやること。縄文時代から続いていたとは……(写真撮影/嶋崎征弘)

血豆だらけの縄さんの手が、現代の道具を使わずになにかをつくる過酷さを物語る(写真撮影/嶋崎征弘)

血豆だらけの縄さんの手が、現代の道具を使わずになにかをつくる過酷さを物語る(写真撮影/嶋崎征弘)

石磨きに没頭すると、感性が研ぎ澄まされていくという文さん。磨き込んだ石を使った二代目の石斧は、縄文人レベルに達するものができたという(写真撮影/嶋崎征弘)

石磨きに没頭すると、感性が研ぎ澄まされていくという文さん。磨き込んだ石を使った二代目の石斧は、縄文人レベルに達するものができたという(写真撮影/嶋崎征弘)

縄文人目線で見ると、現代の文明がまぶしい!

近い将来挑戦したいことは、縄さんは「鉄をつくりたい。鉄で鍬(クワ)をつくって、田んぼを耕したい」。文さんは「衣服づくり。カラムシという植物の茎から糸をつくって布ができるんです。ただ、大人ひとり分の服をつくるのに1年くらい時間がかかると聞いたので、尻込みしてなかなか始められていません(笑)」

では、現代の暮らしから縄文生活に取り入れたいものがあるか聞いてみると、
「『まっすぐ』があったらいいなぁ。この家に、直線のものってないんです。現代の道も床も、まっすぐだからこそ快適なんですよね。まっすぐは偉大です」と文さん。確かに、自然のものは曲がっているのが当たり前。そんな縄文人目線で現代を見ると、人工物が輝いて見えてきそうです。
縄さんが欲しいものは、ひとしきり悩んだ末、「リアルに軽トラかな。遠方から土や木を運んだりするために使いたい。文明の利器ってやっぱりすごいです」

二人がおじいさんになったころ、時代がどれくらい進んでいるのだろうか、楽しみにしたい(写真撮影/嶋崎征弘)

二人がおじいさんになったころ、時代がどれくらい進んでいるのだろうか、楽しみにしたい(写真撮影/嶋崎征弘)

二人でこうして家まで建てられたのだから、リアルな暮らしでも古民家をリノベーションするとか、DIYして住むとか、そういった次のことに興味は出てきたり……?
「それは全然思わないです(笑)。その時間があったら、今の縄文人活動に使いたいので」

現代の暮らしにおいて、原点回帰したいとか、自給自足したいとかいう気持ちが芽生えたわけじゃない。そうやって一見、現代の生活とは切り離している縄文生活ですが、暮らしの本質は変わらず、1万年前から地続きでつながっていることに気づいたと二人は言います。

過酷とも思える縄文人の活動はすべて、自分たちが安全に、豊かに、幸せに暮らすために必要なこと。現代に生きる私たちはなかなか実感しにくいけれど、仕事(労働)と営みが直結していた縄文生活。
その「自分の手で暮らしをつくる」ことの尊さを身をもって知ったからこそ、二人は生きている証のようなものを日々味わい、楽しみ尽くしているように見えました。どう生きたら人生が豊かになるのか、幸せなのか。それはコスパやタイパ※では計れないものなのだと感じました。

※タイムパフォーマンス/時間対効果。かかった時間に対する満足度

この先、何十年か経っておじいさんになっても、文明をつくり出すまでこの活動を続けたいと言う週末縄文人の二人。その悠久とも思える日々を共有してもらえることを楽しみにしながら、私も今度の週末は火起こし、やってみたいな……などと思ったのでした。

●取材協力
週末縄文人
週末の縄文人

『週末の縄文人』(産業編集センター刊)

■関連記事:
縄文人さん、「竪穴住居」でどんな暮らしを送っていたんですか?

転出超過つづきの危機から一転、転入者が10倍以上に!「おしゃれ田舎プロジェクト」の勢い、長野県小諸市が移住者から熱視線

長野県東部に位置し、軽井沢にもほど近い小諸(こもろ)市。3年連続で転入者が転出者を上回り、2021年は16人増、2022年は一気に169人増、2023年は7月末時点で187人増と目覚ましい伸びを見せ、注目を集めています。その理由のひとつは、「小諸のまち歩きが楽しくなってきたから」。若い世代の人たちが出かけたくなるまちをめざしたプロジェクトの立役者のひとり、高野慎吾さんにお話をうかがいました。

小諸市役所の産業振興部商工観光課企業立地定住促進係に勤める高野慎吾さん(写真撮影/窪田真一)

小諸市役所の産業振興部商工観光課企業立地定住促進係に勤める高野慎吾さん(写真撮影/窪田真一)

小諸市は、雄大な浅間山を望む自然豊かなまち。古くは小諸城の城下町として、また北国街道の宿場町として栄え、明治~昭和初期には多くの人が集まる商都としてにぎわいました。しかしながら、時代の流れとともに人は減少。まちには空き店舗や空き家が目立つように。転出者が転入者を上回る社会減は、年間100人を超えるほどになりました。
そんな危機的状況が、ここ数年で一転。2020年からは転入者が転出者を上回る社会増が続き、今年度は200人増に近づく勢いを見せています。さまざまな要因が考えられるなか、高野慎吾さんたちが立ち上げた「おしゃれ田舎プロジェクト」の取り組みが、ひとつの鍵となっているようです。

長野県松本市出身の高野さんは、小諸市役所に勤めるいわゆる行政マン。以前は移住担当の仕事をしていたことがあり、当時移住相談に来た人に「小諸、いいところですよ」と口では言っていたものの、胸を張ってアピールできなかったと本心を明かします。「市役所の周辺にも空き店舗が多く、シャッター通り。地域に元気がないなと感じていました」
そこで2019年秋、市の職員有志で、まちを考える会を開きます。移住促進のその前に、まずは空き店舗を解消し、にぎわいのあるまちにすることが大切だと考えた高野さんたちは、「若い世代が出かけたくなるまち」をめざすことに。それが「おしゃれ田舎プロジェクト」の始まりでした。

「休みの日、小諸の人たちは上田や佐久、軽井沢に買い物に行っていたんですよね。小諸にもっと行きたくなるお店が増えれば、逆に上田や佐久、軽井沢から小諸に来てくれるようになる。車で30分の距離は、十分、商圏になり得ます」
そうしてまちに活気があふれれば、住みたいまちになるはずだ、と考えたのです。

しなの鉄道とJR小海線が利用できる小諸駅。駅前にはコンビニをはじめチェーン店は見当たらない(写真撮影/塚田真理子)

しなの鉄道とJR小海線が利用できる小諸駅。駅前にはコンビニをはじめチェーン店は見当たらない(写真撮影/塚田真理子)

メンバーは、「まちなかで商売をする商人たち」と「少数の行政マン」

「おしゃれ田舎プロジェクト」の具体的な活動内容は、田舎で開業したい人と、空き店舗をマッチングすること。高野さんはじめプロジェクトメンバーは、まちを歩いて物件情報を集めておき、開業希望者に事業内容や要望に合った物件を紹介します。

ただそれだけではありません。プロジェクトでは、お店同士、お店と地域といった横のつながりを最重視。「個」でがんばるのではなく、新規に開業する人と既に商売をしている人たちが「チーム」となって、ともに楽しみながらまちを盛り上げ、経営を軌道にのせて長く続けていく。そのためのサポートに取り組んでいます。

小諸宿が栄えた江戸、明治、大正時代の大きな商家が立ち並ぶ本町の通り(写真撮影/塚田真理子)

小諸宿が栄えた江戸、明治、大正時代の大きな商家が立ち並ぶ本町の通り(写真撮影/塚田真理子)

「おしゃれ田舎プロジェクト」のメンバーは現在18人。市役所職員は高野さんともう1人だけで、施工会社や飲食店経営者、地域おこし協力隊、地元テレビのキャスターなど、小諸で働く“まちのプレイヤー”が大半を占めます。「行政が主導でやると、つまらなく見えてしまうかなと。異動があれば引き継げなくなるし。それよりも、まちの中のプレイヤーたちに混じって課外活動的にやる方が、全力で盛り上げられると思いました」

とはいえ、市役所職員が関わっていると聞けば、開業希望者にとって安心感もあるものです。めぼしい空き店舗は所有者に電話したり、ときには呼び鈴を鳴らして賃貸のお願いをしたりするそうですが、そうした際の信頼度は行政マンの強みといえるでしょう。

新しいこと好きという小諸市長からも公認され、高野さんが「おしゃれ田舎プロジェクト」に関わることは職務の一部としてみなされています。週末に活動することも少なくないそうですが、をモットーに、「できる範囲でやる、おせっかい団体のようなものです」と高野さんは朗らかに笑います。

もちろん、高野さんらプロジェクトの仲間たちは物件をマッチングした際も手数料などは受け取らず、物件の契約は地元の不動産会社に引き継ぎ、そこで仲介業務をしてもらう形をとっています。

それでは、実際に「おしゃれ田舎プロジェクト」を通じて小諸でお店を始めた人たちに話を聞いてみましょう。

高品質な小諸の花を地域から発信したくて、花屋をオープン小諸の冬は寒いけれど、人は本当にあったかいと話す黒木さん夫妻(写真撮影/窪田真一)

小諸の冬は寒いけれど、人は本当にあったかいと話す黒木さん夫妻(写真撮影/窪田真一)

花屋「CAKES(ケイクス) ハナトコモノ」を営むのは、神奈川県から移住してきた黒木幸太さん、可奈さん夫妻。贈り物に、自分へのご褒美に、ケーキを買うように気軽に花を取り入れてほしい、という思いでつけた店名です。

花の専門学校で学び、長年花の仕事に携わってきた幸太さんは、信州の花は色のりが良く持ちがいいことを知り、現地からその魅力を発信できないかと考えました。「コロナ禍で、家で調べる時間がたくさんあって、オンラインで長野県の移住セミナーを受けたんです。その後、レンタカーで佐久市と上田市に行ってみた帰り、小諸市のことはなにも知らなかったんですけど、小諸駅を目的地にして立ち寄ってみたら、駅前に『停車場ガーデン』という緑いっぱいの素敵なガーデンがあって。まちを歩けば通りには古い家並みが残っていて、そのなかに新しいお店もできていて、肌感でおもしろそうなまちだな、と感じました」(幸太さん)

「おしゃれ田舎プロジェクト」のことはネットで知り、「どうせ移住するならおもしろい取り組みをやっているところがいいな」(可奈さん)と、小諸での開業を希望。連絡を取り、高野さんに物件を案内してもらったのです。

色とりどりの生花やドライフラワーが並ぶ。晴れの日が多く、坂があって風が抜ける小諸のまちは、ドライフラワーをつくるのにうってつけの環境だという(写真撮影/窪田真一)

色とりどりの生花やドライフラワーが並ぶ。晴れの日が多く、坂があって風が抜ける小諸のまちは、ドライフラワーをつくるのにうってつけの環境だという(写真撮影/窪田真一)

高野さんには本当によく面倒を見てもらった、と感謝するふたり(写真撮影/窪田真一)

高野さんには本当によく面倒を見てもらった、と感謝するふたり(写真撮影/窪田真一)

地域のつながりを大切に。「小諸に来てくれてありがとう」の言葉が支えに

2022年7月に小諸に移住し、9月に開業。旧北国街道沿いに立つ花屋の物件は、もともと酒屋だったところで、4年間ほど空き店舗になっていました。上下水道が使えて広さは18坪ほど。大きな植物を運ぶのに駐車場が付いているのが気に入った点です。

「高野さんは、物件をただ案内してくれるだけでなく、まちの人たちに『今度花屋を開く方たちです』と紹介してくれて。商工会議所の青年部にもつないでくださり、開業前に横のつながりができたのが本当にありがたかった」とふたりは話します。

特に「CAKES」のある与良(よら)地区は地域の結びつきが強く、古くから住む人も外から移住してきた人も、分け隔てなくお付き合いする文化があるのだそう。2~3カ月に1度開かれる「与良会」という意見交換会のような集まりにも、積極的に参加しているふたり。高野さんは物件を案内する際、そういったまちの輪に溶け込める人なのかどうかも、さりげなく見極めているといいます。

地元の花農家の規格外の花は、低価格で提供してくれる(写真撮影/窪田真一)

地元の花農家の規格外の花は、低価格で提供してくれる(写真撮影/窪田真一)

黒木さん夫妻がもうひとつ小諸でいいなと思ったのは、毎週のようにさまざまなイベントが行われていたこと。「CAKES」もマルシェなどへの出店を重ね、異業種との交流や販路の開拓につなげてきました。昨年12月には、開業3カ月にして、後述する「まちタネ広場」でクリスマスマーケットを初主催。「冬は寒さが厳しいので、どうしても人の流れが止まってしまうと聞いて。自分たちもクリスマスの雰囲気が大好きだし、冬の小諸を盛り上げたいなと企画したところ、1000人近くの方にご来場いただきました。もちろん今年も開催します。一過性のものでなく、恒例にしていけたら」と意気込みます。

「地元の人に、『小諸に来てくれてありがとう』と言われたことが、すごくうれしかった」と話すふたり。現在は「おしゃれ田舎プロジェクト」のメンバーとして名を連ね、地域の人々や新しく小諸で開業したい人たちとのつながりを深めています。

可奈さんと、山梨に住む可奈さんの兄がつくるアクセサリーも販売(写真撮影/窪田真一)

可奈さんと、山梨に住む可奈さんの兄がつくるアクセサリーも販売(写真撮影/窪田真一)

レンガ造りの建物。昔の酒屋の看板はそのまま残している(写真撮影/窪田真一)

レンガ造りの建物。昔の酒屋の看板はそのまま残している(写真撮影/窪田真一)

小諸のメインストリートに、夫婦で営むヘアサロンと量り売りショップが誕生オーガニックにこだわったヘアサロン「parte(パルテ)」と、量り売り専門店「giro by parte(ジーロ バイ パルテ)」(写真撮影/窪田真一)

オーガニックにこだわったヘアサロン「parte(パルテ)」と、量り売り専門店「giro by parte(ジーロ バイ パルテ)」(写真撮影/窪田真一)

「物件は有限だから、いい人に入ってもらいたい。まちの人たちに紹介したとき、福島さん夫妻は気が合いそうだなと感覚で思いました」と高野さんは言う(写真撮影/窪田真一)

「物件は有限だから、いい人に入ってもらいたい。まちの人たちに紹介したとき、福島さん夫妻は気が合いそうだなと感覚で思いました」と高野さんは言う(写真撮影/窪田真一)

小諸市役所の目の前に立つ3階建てビルの2階に、2022年5月、ヘアサロンとオーガニック食材の量り売りショップがオープンしました。店主は、埼玉県で9年間ヘアサロンを営んでいた福島史明さんと智恵美さんです。もともと長野県東信エリアで子どもの教育移住を検討していた福島さんは、山が近くのどかな雰囲気や、車で30分圏内に買い物施設や日帰り温泉がある小諸の住環境が気に入り、2021年、家族5人で移住。その後、サロンの物件を探す際に頼ったのが、智恵美さんがSNSで知った「おしゃれ田舎プロジェクト」でした。

「ここは小諸のメインストリート。最初は1階がいいと思っていたんですが、2階に上がってみたらスケルトンで広々、大きな窓から市役所前の公園の緑と花が見渡せて、開放的でいいなって」と智恵美さん。
リノベーションは「おしゃれ田舎プロジェクト」のメンバーである施工会社に依頼し、埼玉時代の店のテイストと同様、ぬくもりのある心地よい空間が誕生しました。

公園の緑が見える開放感が気に入って、2階を契約。一度量り売りショップを通ってヘアサロンへ(写真撮影/窪田真一)

公園の緑が見える開放感が気に入って、2階を契約。一度量り売りショップを通ってヘアサロンへ(写真撮影/窪田真一)

頭皮&ヘアケアに定評のあるサロン。ヘッドスパの個室も用意している(写真撮影/窪田真一)

頭皮&ヘアケアに定評のあるサロン。ヘッドスパの個室も用意している(写真撮影/窪田真一)

築50年ほどの3階建てビル、空いていた3フロアすべてに借り手が智恵美さんが手がけるバルクショップは、包装をなくしてできる限りゴミを出さない、量り売りの販売スタイル(写真撮影/窪田真一)

智恵美さんが手がけるバルクショップは、包装をなくしてできる限りゴミを出さない、量り売りの販売スタイル(写真撮影/窪田真一)

ドライフルーツや焼き菓子、パスタ、ハーブ、調味料など、オーガニック食材がずらり。必要な分だけ買えるから、フードロス対策にも(写真撮影/窪田真一)

ドライフルーツや焼き菓子、パスタ、ハーブ、調味料など、オーガニック食材がずらり。必要な分だけ買えるから、フードロス対策にも(写真撮影/窪田真一)

屋上部分にビニールカーテンのテントがあるのが、「parte」が入居するビル。1階は弁当屋、3階は別の人が住居として使用(写真撮影/塚田真理子)

屋上部分にビニールカーテンのテントがあるのが、「parte」が入居するビル。1階は弁当屋、3階は別の人が住居として使用(写真撮影/塚田真理子)

福島さん夫妻が内見した時はビルの3フロアとも空いていましたが、この2年で全フロア入居者が決まり、人の流れができました。その活気が後押しとなり、昨年、ビルのオーナーが屋上でビアガーデンをスタート。冬以外は営業を行い、オープンな雰囲気が楽しめるとあって、なかなか盛況のよう。静かだった空きビルが、新たに息を吹き返したのです。

風情ある建物をリノベーションした魅力的な店舗が続々

2020年以降「おしゃれ田舎プロジェクト」が関わって小諸で開業に至った店舗は、上で紹介した2件以外にも、パン屋、イタリアンレストラン、ビストロ、洋裁店、インテリアギャラリーなど30件に上ります。そのうち、プロジェクトが一から十まで携わったのは3年で約15件。第一号は、小諸駅舎内の電源が使えるカフェ「小諸駅のまど」。なんと、みどりの窓口だったスペースを活用したカフェだとか。

また個人経営の店以外にも、企業と空き物件をマッチングさせた例もあるそうです。

「CAKES」の近く、明治時代に旅館として使われていた建物は、コワーキングスペース「合間」に。取材時、1階ではカフェ「エトセトラ」がプレオープン中だった(写真撮影/窪田真一)

「CAKES」の近く、明治時代に旅館として使われていた建物は、コワーキングスペース「合間」に。取材時、1階ではカフェ「エトセトラ」がプレオープン中だった(写真撮影/窪田真一)

コーヒーのほか、日本茶もサイフォンで抽出する「彩本堂」。古民家の奥には移築した土蔵がつながっている(写真撮影/窪田真一)

コーヒーのほか、日本茶もサイフォンで抽出する「彩本堂」。古民家の奥には移築した土蔵がつながっている(写真撮影/窪田真一)

紅葉しかけた蔦が味わい深い、花屋とカフェ「FLORO cafe(フロロカフェ)」。以前の店「スナック夕子」の看板はあえてそのまま(写真撮影/窪田真一)

紅葉しかけた蔦が味わい深い、花屋とカフェ「FLORO cafe(フロロカフェ)」。以前の店「スナック夕子」の看板はあえてそのまま(写真撮影/窪田真一)

駅前の通りから小さなトンネルを抜けたところにある、という立地も、隠れ家感があって素敵すぎる(写真撮影/窪田真一)

駅前の通りから小さなトンネルを抜けたところにある、という立地も、隠れ家感があって素敵すぎる(写真撮影/窪田真一)

極め付けは、蔦の絡まるレトロな建物。これは新築では出せない味わいです。3階建てのビルにはかつてスナックや居酒屋9店が営業していたものの、10年以上空き店舗になっていました。2022年、軽井沢などで花屋とカフェを営む「FLOWER FIELD」が小諸に出店したいという話があり、高野さんが案内したところ、社長がここに一目惚れ。その日のうちに「購入したい」と申し込んだとか。その後、レトロな趣を残しながらセンスよくリノベーション。奥にはウッドデッキのテラス席もあるというギャップもまた魅力的です。

「FLORO cafe」に入ると、ドライフラワーに彩られた空間が広がる(写真提供/FLORO cafe)

「FLORO cafe」に入ると、ドライフラワーに彩られた空間が広がる(写真提供/FLORO cafe)

komoroと描かれたオリジナルドアの先には、開放的なテラス席が(写真提供/FLORO cafe)

komoroと描かれたオリジナルドアの先には、開放的なテラス席が(写真提供/FLORO cafe)

古民家カフェがリノベ中。オープン後は、蕎麦の実や蕎麦茶を使ったスイーツが楽しめるそう(写真撮影/窪田真一)

古民家カフェがリノベ中。オープン後は、蕎麦の実や蕎麦茶を使ったスイーツが楽しめるそう(写真撮影/窪田真一)

小諸城大手門隣の重厚な古民家は、小諸の老舗蕎麦店が手がける「CLOVE CAFE」として来春オープン予定。現在はリノベーション中で、「おしゃれ田舎プロジェクト」を通して市民参加の壁塗りイベントなどが行われています。みんなでこのお店をつくった、なんていい思い出になるに違いありません。

NG事項ナシ! みんなの想いが実現できる「まちタネ広場」が楽しい「おしゃれ田舎プロジェクト」メンバーでもある岡山千紗さんと、高野さん。左の葉っぱ(?)が「こもろ」とくり抜かれているのがわかるでしょうか?楽しい遊び心!(写真撮影/窪田真一)

「おしゃれ田舎プロジェクト」メンバーでもある岡山千紗さんと、高野さん。左の葉っぱ(?)が「こもろ」とくり抜かれているのがわかるでしょうか?楽しい遊び心!(写真撮影/窪田真一)

もうひとつ、小諸でにぎわいを創出しているのが、駅から歩いて3分、大手門公園エリアにある「まちタネ広場」です。まちの“タネ”をつくる広場とは、どんな経緯でできたのでしょうか?
「ここはもともと駐車場だったのですが、駅前という立地、大手門公園という観光資源をもっと有効活用した方がいいのではということで、自由広場のような場所を整備したのです」と高野さん。

でも、ただ遊具を置いただけでは、多くの人には使ってもらえない。どんな仕掛けがあれば市民みんなが楽しめるのか。市民参加の意見交換会やワークショップを重ね、「ルールをつくらないのが唯一のルール」という方針に。
小諸市地域おこし協力隊として横浜から移住し、まちづくりに関わる岡山千紗さんによると、「禁止事項ほぼナシ、ペット連れも、花火も、焚き火も、プロレスも、なんでもやってOKな、社会実験の場なんです」

芝生エリアを中心に、まわりには自転車やスケボーの練習ができる園路、工作などものづくり体験ができるガレージエリアが整備され、可動式のテーブルや日除けタープなども自由に使えます。近くに住んでいるなら、きっと通いたくなってしまうはず。

奥にはステージがあり、ふだんは自由に座ったり寝転んだりする場に。イベント時には、音楽やダンスのステージとしても使える(写真提供/まちタネ広場)

奥にはステージがあり、ふだんは自由に座ったり寝転んだりする場に。イベント時には、音楽やダンスのステージとしても使える(写真提供/まちタネ広場)

これからの楽しいことを伝える掲示板“お知らせウォール”(写真提供/まちタネ広場)

これからの楽しいことを伝える掲示板“お知らせウォール”(写真提供/まちタネ広場)

広場の運営は、総合建設コンサルタント「URリンケージ」と小諸市が共同で行っています。まちのにぎわいづくりの一環として行われているため、広場の占有使用料は受け取っていません。ゆえに、地域の方々のやりたいことの実現からイベントまで、週末を中心になにかしらの取り組みでにぎわいを見せています。
これまでに催されたのは演劇ワークショップ、まちタネシネマ、夕涼み会、焼き芋大会、クラシックカーミーティング、サウナイベントなどなど。規模もさまざまな催しが、年間に約60回も行われています。
「イベントの来訪者の内訳は、小諸が3割、佐久・上田が3割、東京3割。いろいろな方に来てもらえているのがうれしい」と岡山さん。

イベントの合間や帰りには、小諸のまちなかで食事したり、散策したりという人の流れができたそう。まさに、「おしゃれ田舎プロジェクト」がめざす、理想の形が見えてきました。

小諸ボンバイエ×信州プロレスリングによるパフォーマンスも大盛況(写真提供/まちタネ広場)

小諸ボンバイエ×信州プロレスリングによるパフォーマンスも大盛況(写真提供/まちタネ広場)

手持ち花火大会のイベントでは、サプライズでナイアガラの滝が!仕掛け花火が楽しめる広場なんて、なかなかない(写真提供/まちタネ広場)

手持ち花火大会のイベントでは、サプライズでナイアガラの滝が!仕掛け花火が楽しめる広場なんて、なかなかない(写真提供/まちタネ広場)

クラシックカーイベントは、小諸のまちなか回遊・散策を支援するスマートカー「egg」の運転手が主催(写真提供/まちタネ広場)

クラシックカーイベントは、小諸のまちなか回遊・散策を支援するスマートカー「egg」の運転手が主催(写真提供/まちタネ広場)

最後に、小諸のまちなかをぶらり歩いてみた駅近くにはスナック街も。空き店舗で若い世代がスナックを開いてくれたら楽しそう(写真撮影/塚田真理子)

駅近くにはスナック街も。空き店舗で若い世代がスナックを開いてくれたら楽しそう(写真撮影/塚田真理子)

駅から7~8分歩くと、本町・商家の町並みへ。明治時代、小諸銀行だった由緒ある建物も残っている(写真撮影/塚田真理子)

駅から7~8分歩くと、本町・商家の町並みへ。明治時代、小諸銀行だった由緒ある建物も残っている(写真撮影/塚田真理子)

市役所がある一帯に、医療センターや市立図書館、市民交流センターなどが集結(写真撮影/塚田真理子)

市役所がある一帯に、医療センターや市立図書館、市民交流センターなどが集結(写真撮影/塚田真理子)

大きなタンクがあるのは、老舗の味噌蔵。隣には味噌ラーメンの店がオープンし、連日行列だとか。お向かいにはデリカテッセンの店も(写真撮影/塚田真理子)

大きなタンクがあるのは、老舗の味噌蔵。隣には味噌ラーメンの店がオープンし、連日行列だとか。お向かいにはデリカテッセンの店も(写真撮影/塚田真理子)

花屋「CAKES」の黒木さんが、小諸に降り立って真っ先に気に入ったという駅前の「停車場ガーデン」。ライトアップイベントが行われていてきれい(写真撮影/塚田真理子)

花屋「CAKES」の黒木さんが、小諸に降り立って真っ先に気に入ったという駅前の「停車場ガーデン」。ライトアップイベントが行われていてきれい(写真撮影/塚田真理子)

小諸のまちなかを歩いてみると、駅から徒歩15分圏内でぐるりとめぐれて、ほどよいコンパクト感がありました。車を駅前に停めて、ぶらぶら歩いて、若い世代が開いたセンスのいいお店をホッピング。ちなみに、人気のご当地スーパー・ツルヤはここ小諸が創業の地なのだとか。自分がもし小諸に住んでいたら、友達をあちこち案内したくなるなぁ。

今回、高野さんと岡山さんの話で印象的だったのは、まちが元気になってきたことで、古くから地域に住む人の意見もポジティブに変わってきた、ということ。北陸新幹線の停車駅が佐久平に決まった当時は、どこか悔しい思いがあったようですが、いまでは「駅近くの古い家並みが壊されずにこうして残っているから、良かったよ」と話しているとか。地元の方の小諸愛が感じられるエピソードです。

そして現在60代、70代で商売をしている人たちに目を向けてみると、跡継ぎがいなければ、ここ10年ほどの間にいずれは店を閉めることになるでしょう。そのときに、いま「おしゃれ田舎プロジェクト」がまちの人たちとつながっていることで、安心して「店を貸したい」と相談しやすくなるはず。高齢化の波は避けては通れませんが、愛着のある店を、建物を、小諸のまちを、次世代につなげる未来があることは、とても幸せなことだなと感じた1日でした。

●取材協力
・おしゃれ田舎プロジェクト
・CAKES
・parte
・まちタネ広場

北欧の街がレンガ造りから木造にシフト中の理由。海藻・ススキ・ワラもサステナブルな新建材として再注目、デンマークからレポート

ヨーロッパやデンマークの街並みを考える時、まず思い浮かぶのはレンガ造りの建物ではないでしょうか?でも、ここ数年、環境負荷を下げ、持続可能な住まいや建物をつくることを意識する上で、デンマークでも木造建築に注目が集まりはじめています。でも、人々の関心は木材以外のものにも広がっているようで……。デンマークが考える、これからの持続可能な建築素材について探ります。

レンガと瓦がデンマークの街並みをつくってきた建築材料の中心的存在

レンガ造りの家、と聞いて、私がいつも真っ先に思い浮かべるのが、『3びきのこぶた』の童話です。みなさんも、子どものころ読んだことがあるかと思います。子豚を食べてやろうと虎視眈々と狙うオオカミ。長男の子豚はワラで、次男の子豚は木で家を建てるもののどちらの家も簡単に吹き飛ばされてしまいますが、働き者の三男の子豚が建てたのは、レンガの家。そのおかげでオオカミに食べられずにすみ、しかも、オオカミ退治までしてしまうというお話でした。

これは、イギリスのお話だそうですが、デンマークでもレンガや瓦屋根は1000年以上にわたり、建築材料の中心的な役割を担ってきました。見た目が美しく、寒さと熱の両方に対して断熱性を備え、耐久性も優れた素材です。また、デンマークの下層土には粘土が大量に埋蔵されているので、レンガや瓦屋根をつくるのに適していたことも影響しています。

瓦屋根は、はじめは国王や教会、領主だけが使うことができる非常に高価な建築材料でした。しかし、その当時多かった茅葺屋根の家々が連なる町は度重なる火災に見舞われ、何世紀にもわたり大きな人的、金銭的被害を出してきたことと、時代とともに瓦の製造技術が上がったことで、レンガと同様、瓦も一般の人々の家に普及していきました。

今、デンマークのあちこちで見かけるようなレンガと瓦屋根の家が増える前は、木組みにレンガを組み合わせた木骨レンガ造の家に茅葺屋根、というのが主流で、18~19世紀に建てられました。地震や台風がなく、戦争でも大きな被害を受けなかったこともあり、当時建てられた木骨レンガ造の家や茅葺屋根の家は今でもデンマーク各地で現役で使われており、古き良きデンマークの面影を町や田舎の風景の中にとどめています。リゾートエリアにあるこうした建物もとても人気があり、資産価値も高いのです。

私が暮らすロラン島のマリボにある、木骨レンガ造に瓦屋根の家 (C)Daniel Villadsen

私が暮らすロラン島のマリボにある、木骨レンガ造に瓦屋根の家 (C)Daniel Villadsen

家づくりの材料としての木材の利用が少しずつ増加傾向に

私も最初にデンマークで引越したアパートは、なんと1670年代に建てられたもので、レンガ造り。でも、外装も内装も何度もリノベーションが施されているので、そこまで古い感じはしませんでした。一部、床は少し傾いているかな~というところはありましたが……(笑)。

前述したように、デンマークは地震や台風はないので、古い建物でも、補強や断熱などのリノベーションをすれば、家や建物は長く使うことができます。ですから、引越す時に、前あった家を壊して新築する、ということは非常にまれで、もともとあった家に引越して、そこで自分の好みになるように手を加えて暮らすことが主流です。

そうは言っても、人口の自然増が進むデンマークでは、新築の住宅や新しい建築物なども増えていて、近年の住宅完成件数は一年あたり約20,000~35,000件にのぼります。そして、建築材料として木材を使う割合が少しずつ増加傾向にあります。レンガの原料自体は天然素材ですが、これまでのレンガづくりは石炭を燃料とする焼成窯を利用することが多く、製造過程で多くの二酸化炭素を排出します。また、コンクリートも石灰石を他の原料と混ぜて高温で燃焼するプロセスで、二酸化炭素が大量に排出されます。こうした建築材料に、少しでも再生可能な木材などを使うことは、地球上全体の化石燃料による二酸化炭素の排出量を減らすことにつながります。デンマークでは、2020年6月に制定されたデンマークの『気候法』で、二酸化炭素の排出量を2030年までに、1990年比で70%削減するという野心的な目標を定めています。デンマークの二酸化炭素の総排出量の約3分の1以上は建設業界が占めていることから、その削減を確実に進めるために、翌2021年の4月に『持続可能な建設のための国家戦略』が策定されています。
これは、重点分野に

1)より気候に優しい建築と建設 
2)高品質で耐久性のある建物 
3)資源効率が高い建設 
4)エネルギー効率が高く、健康的な建物 
5)デジタル対応の建設

という5つを据え、さらに持続可能な建設の3つの次元として

1)自然、環境、気候、資源に影響を与える環境の質 
2)幅広い観点で人々の健康と幸福に関係する社会的資質 
3)総経費と建設の質のバランス

という意味合いで経済の質が保たれていることにフォーカスし、2030年までのロードマップを示すものです。

そうしたなか、木材が気候への影響を軽減する有効な手段であるという認識の高まりも相まって、建築における木材の使用は、過去10年で約25%増加しています。しかしながら、木造建築が劇的に増えたかというとそういうわけでもなく、2020年のデンマークの総建設の9%、住宅建設の11%が木造建築となっています。デンマークの木材関連団体では、2030年までにデンマークの建築の20%を木造建築が占めるという目標を掲げています。

木造の住宅コミュニティAgorahaverne。大人と高齢者向けで、自由、コミュニティ、自然、そして持続可能性がテーマ(C)Tetriis A/S

木造の住宅コミュニティAgorahaverne。大人と高齢者向けで、自由、コミュニティ、自然、そして持続可能性がテーマ(C)Tetriis A/S

(C)Tetriis A/S

(C)Tetriis A/S

ワラ、亜麻、海藻……木材だけじゃない、古くて新しいこれからの建築材料

これからデンマークが、二酸化炭素の排出量を大幅に削減して、国連の気候目標を達成すると同時に資源不足を解消するためには、再生可能な生物由来の資源を建築材料として使いこなしていくことも重要です。農業先進国であり、周りをぐるりと海岸線に囲まれたデンマークは、林業、農業、海洋環境から生物由来の資源を生み出せる可能性も大きく、これまで建築材料として使用してきた、環境負荷が高く再生不能なコンクリート、鉄鋼、レンガ、ミネラルウールの代わりにそうした生物由来の資源を使用することで、建設における二酸化炭素の排出量の削減に大きく貢献できます。
前述したデンマークの茅葺屋根ですが、その素材となっているのは実は日本原産のススキで、1990年代にデンマークに輸入され、全国で栽培されるようになったものなんです。もともとは、デンマーク産の葦が屋根に使われていて、200~400年も長持ちしていたそうですが、1930年にその葦が全国的に病気に侵され、既にあった茅葺屋根の家の補修も困難になってしまいました。そこで1990年代に、デンマークでは茅葺屋根の素材に関する世界での大規模調査が行われ、その時に日本のススキは丈夫で、経年劣化もゆっくりで金色とも例えられる美しい色合いが長持ちするということで、デンマークに移植されることになりました。日本では、ススキというと河原や山沿いの原っぱに生えているのが私たちに馴染みある風景だと思いますが、デンマークではススキは畑や湖や海岸近くの平地で栽培されています。ですから、刈り取る機械などもデンマークで開発されました。

私は、たまたま日本とデンマーク、両方の茅葺屋根職人さんの友人がいて、彼らの技術交流のお手伝いをさせていただいていたこともあります。現在、デンマークには約55,000軒の茅葺屋根の家があります。余談ですが、国際茅葺き協会というものがあり、現在、デンマーク、日本、フランス、ドイツ、英国、オランダ、南アフリカ、スウェーデンの職人さんたちが会員になり、2年毎に「世界茅葺き会議」も開催されています。ちなみに2019年には日本の白川郷、京都、美山、神戸を会場として開催されました。次回は2025年にデンマークでの開催が予定されています。

茅葺屋根の家。部屋の中は夏涼しく冬暖かい (C)Visit Lolland-Falster

茅葺屋根の家。部屋の中は夏涼しく冬暖かい (C)Visit Lolland-Falster

最近の茅葺屋根建築の代表的なものは、記事冒頭の写真で紹介した、デンマーク最古の町リーベにある、Vadehavscenteret。国立公園にあるこの海洋センターは、ファサード、屋根、天井裏が葦で覆われていて、自然と一体化した特徴的なデザインです。通常、茅葺きは屋根の部分のみの場合が多いですが、この建物は、地面に続くところまですべて葦(あし)でつくられています。

Vadehavscenteret(ワッデン海洋センター)。自然に溶け込む、全体が葦で覆われた雄大な建物 (C) Vadehavscentret (2017) - Dorte Mandrup. Photographer: Adam Moerk

Vadehavscenteret(ワッデン海洋センター)。自然に溶け込む、全体が葦で覆われた雄大な建物 (C) Vadehavscentret (2017) – Dorte Mandrup. Photographer: Adam Moerk

デンマークには、伝統的に海藻を使って屋根を葺く伝統もレス島に残っています。レス島は女性の島と呼ばれることもあります。歴史的に男性は漁に出たり、船乗りが多かったので、屋根を葺くなどの重労働も女性が手仕事で担っていたためです。その歴史から生まれたのが、アマモを使って屋根を葺く海藻屋根。島には17世紀に葺かれた海藻屋根が健在で、長持ちすることが証明されていますが、アマモには塩が染み込んでい
るため、燃えたり腐ったりすることがないのだそうです。

レス島の海藻屋根の家。とてもユニークな外観。断熱、防音効果も高い(C)Kjetil Loeite

レス島の海藻屋根の家。とてもユニークな外観。断熱、防音効果も高い(C)Kjetil Loeite

デンマークの建築というと、日本でも人気の北欧デザイン、最新のシャープで斬新なものがイメージされるかもしれませんが、その良さを活かしつつ、今後は温故知新、身の回りにもともとあった自然素材の価値を再定義して、うまく組み合わせていくことになりそうです。どこか温かみのある住宅や建物がある町や地域、住む場所、使う場所が他の誰かや地球にストレスをかけない暮らし。スピードと効率性を究極まで求めてきた時代から、ようやくまた人が、地球が自然なテンポで生きることに戻っていくのかもしれないと思うと、心まで温かくなるような気がするのは私だけでしょうか?

●取材協力
・Eksporteventyr og lØsningen på fremtidens bæredygtige byggeri – KØbenhavns Universitet
・LæsØs tangtage | VisitLæsØ
・Vadehavscentret i Ribe

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制度の狭間で住宅支援から取り残される人をなくしたい。社会福祉協議会が不動産会社・NPOらとあらゆる手段で連携する菊川市の凄み 静岡県

静岡県菊川市では、既存の福祉制度の狭間にある人や複合的な問題を抱えた人たちへの支援策を検討する場として2011年から「セーフティネット支援ネットワーク会議」を設置し、さまざまな情報共有をしています。ここでは寄せられる相談一件いっけんに対し、連携する多くの機関と協働することで具体的な支援を可能としているそうです。

菊川市における、居住支援活動について、菊川市社会福祉協議会の堀川直樹(ほりかわ・なおき)さん・後藤瑞希(ごとう・みずき)さん・上村ユカ(かみむら・ゆか)さん・野崎恭子(のざき・きょうこ)さんに話を聞きました。

支援の多様化と、制度の狭間で支援の対象とならない人たち

高齢者、子育て世帯、低所得者、障がい者など、住居を確保することが難しい人たちの入居を促進するよう、2017年にセーフティネット住宅法が改正されました。そして住まい探しに困難を抱える人たちをサポートする居住支援法人の登録数が増え、「居住支援」という言葉も少しずつ認知されつつあります。

しかし、支援を必要としている人たちのうち、ただ住居問題だけで困っている人というのは実は少ないのです。
例えば、身体的に問題があるわけではないけれど引きこもりで働くことができなかったり、障がいのある外国人で家賃が払えなくなり、住むところがなくて困っていたり。複数の問題を抱えている場合や、困っているけれども、制度の対象から外れてしまって支援が受けられないという人もいます。

このような人たちに対して、どのような支援ができるのでしょうか。

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

菊川市の「セーフティネット支援ネットワーク会議」とは

この問題に一つの答えとなり得る支援を行っている自治体があります。

静岡県菊川市では、2011年から制度の狭間の問題や複合的な課題を抱えている事例を検討する場として「セーフティネット支援ネットワーク会議」(以下、ネットワーク会議)を設置しています。
菊川市社会福祉協議会(以下、菊川市社協または社協)が相談窓口となり、支援団体に繋ぐ体制をとっているものの、複雑な相談内容は、既存の制度に当てはめて解決できるものばかりではありません。

「福祉の支援をしていると、よく『制度の狭間の問題』にぶつかります。国土交通省や厚生労働省といったように分野別に制度ができているからです。そこで、ネットワーク会議で地域の福祉法人やNPOなどの各支援団体と問題を共有し、どう解決していくかを協議していくことが必要でした」(菊川市社協のみなさん、以下同)

多様化・複雑化・そして複合化する生活相談に、社協やそのほかの居住支援団体が単独で解決するのはとても難しいことだといえるでしょう。そして、これらの問題は決して個人やその家族だけの問題ではなく、地域全体の問題として捉え、市民・行政・支援団体が向き合っていく必要があると、菊川市社協は考えています。

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

ネットワーク会議には、菊川市の福祉団体が多く参加し、協働が実現しています。堀川さんいわく「信念をもって取り組む多くの福祉法人の存在と、支援団体が連携する場をつくっていくことが大事」だそうです。

「ネットワーク会議は現場で相談業務に関わる職員さんが集まって事例を共有していく会議ですが、それ以前にも、2008年ごろから『地域福祉研究会」という、ネットワーク会議の前身のような集まりがありました。

さまざまな福祉法人の代表者と菊川市の地域課題について話し合い、2010年に「菊川市における『地域福祉推進』への提言」として7つにまとめた提言を市長に対して行った経緯もあり、そのころから連携していく土壌ができ上がっていたといえます。課題を通して社協と法人が同じ方向を向けたのが体制としてうまくいった要因でしょう」

この言葉からも菊川市はほかの地域に先駆けて、かなり早い時期から協働で支援に取り組んでいたことが伺えます。

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

できることを分担すれば継続した「伴走型支援」も可能に

現在、ネットワーク会議で複合的な支援を提供するために経過を共有しているのは30数件ほど。これらの支援は、継続的に行っていく必要があるといいます。

「支援とは、一つ解決すれば終わりというものではありません。サポートがあって自立できている人は、支援が途切れたら社会との接点がなくなり、孤立してしまう恐れがあります。そういう人たちの存在を地域の皆さんと一緒に認識し、向き合っていくことが地域福祉につながっていくのではないでしょうか。支援を必要としているなら、できる限り全ての問題が解決するまで寄り添って見守っていこう、というのが菊川市社協の考えです」

現在、社協で居住支援にあたっているのは、堀川さんたち4人です。全ての支援を同時進行で続けていくとなると、担当者に負担がかかるのではないか、と心配になります。しかし堀川さんによると、一つの機関で支援するのではなく、いくつもの団体ができることを分担してサポートするので、困っていること、大変なことは支援団体みんなで対応にあたるそう。そのため、今のところ、どこか1カ所に負担がかかりすぎたり、支援の手が回らなかったりすることは起きていないとのこと。支援する側も「大変だから助けて!」と言える環境があるのです。

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

社会福祉協議会が居住支援法人に登録したわけ

社協としては全国でも珍しく、2021年に菊川市社協は居住支援法人に登録されました。居住支援法人となった経緯についても、複合的な課題を解決するための一つの手段だったといいます。

「菊川市の市営住宅に入居するには2名の身元保証人が必要です。そのため、これまでは身寄りのない人の入居は難しいと諦めていたのです。しかし、福岡市の社協に話を聞く機会があり、いろいろな団体を巻き込んだネットワークで居住支援を支えていることにとても共感できました。

そして任意後見制度などを活用しながら、居住支援法人として身元保証サポートや死後事務委任などの支援を提供できることを知り、登録に踏み切った次第です」

居住支援法人となったことで、これまで福祉関係の団体としか関わりのなかった社協が、市内の不動産会社と繋がりました。入居可能な物件がないかなどをざっくばらんに相談できるようになったことは大きな前進だったといえるでしょう。身元の保証や万一亡くなられたあとの手続きが事前に明確化されていることで民間の賃貸オーナーも身寄りのない人に部屋を貸すことのハードルは低くなります。

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

「居住支援」という言葉を知ってもらうことからのスタート

しかし、最初から不動産会社と良好な協力関係が築けたわけではありません。2021年に居住支援法人に指定されてから市内の不動産会社を回り、アンケートを実施したところ「居住支援法人を知っていますか」という問いに対し「知っている」という回答はなんとゼロだったとか。まずは居住支援について知ってもらうところから始めました。その甲斐あってか、この2年で市内の不動産会社7社のうち、地元の会社を中心に5社が協力してくれるまでに。

「最初に訪問した時から比べると関係性もできてきて、こちらからの相談はもちろん、不動産会社の方も困ったことがあれば社協に相談してくれます。また直接不動産会社に相談に行った人で居住支援が必要な場合は社協に繋がるルートができていますね」

結果、居住支援法人として2022年度に社協が受けた相談は1年間で292件にのぼりました。

「今では、『菊川市の住まいの相談なら社協が乗ってくれる』とみなさんに認識していただいている感触があります。ご本人だけでなく地域包括支援センターや障がいのある方の支援事業所、民生委員さんなどが社協に繋いでくださっています」

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の伴走型支援のこれから

そして、2023年には菊川市にも居住支援協議会が発足。居住支援協議会とは、住まい探しに配慮が必要な人たちを支援する団体が連携して、より円滑な入居を可能にしていくための組織です。市内の協力不動産会社5社のほか、福祉医療関係団体や市の関係部署も参加して、居住支援に関わる勉強会を開催しています。

参加者へのアンケートで「菊川市社会福祉協議会が居住支援法人となり、居住支援の取組みを始めたことで協議会参加者が解決した問題や助かったことがあるか?」との問いには、約6割の人が「はい」と回答しています。

「地域の中でいろいろな支援機関が見守りの網を張って、入居中も孤立しそうな人たちがSOSを発したときにすぐに対応できる体制を整えておくことが、取り組みの目的です」と話す堀川さん。

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

今は、「施設ではなくて地域の中で共同生活をしたい」と話す障害のある人の人生の夢を叶えるため、不動産会社や支援団体と連携を取りながら、どのような応援ができるかを探っている最中とのこと。
少しずつ、そして確実に、居住支援法人としての社協の存在が浸透していっているようです。

いくつもの要因が重なった複雑な問題や制度の狭間にいる人たちを、一つの支援団体だけで支援するのではなく、みんなで認識し共有する仕組みが、菊川市の問題が解決するまで寄り添う伴走型支援を継続可能にしているポイントでしょう。
制度に人を当てはめるのではなく、一人ひとりにどう寄り添うか、そのためにはどうすれば良いか。当たり前のことのようですが、これこそが本来のあるべき支援の姿なのだと感じました。

●取材協力
社会福祉法人・菊川市社会福祉協議会

令和5年度補正予算で住宅の取得やリフォームでおトクに!補助金や優遇制度を先取り解説!キーワードは子育てと省エネ住宅

令和5年度補正予算について、概算が閣議決定した。国土交通省関係の補正予算の中から、住宅・不動産に関するものを中心に、どういった政策があってどのような優遇が受けられるようになるのかを見ていこう。キーワードは「子育て」と「省エネ住宅」だ。

【今週の住活トピック】
令和5年度国土交通省関係補正予算の概要について/国土交通省

「子育てエコホーム支援事業」に2100億円

国土交通省では、「エネルギーコスト上昇に対する経済社会の耐性の強化」として、「質の高い住宅ストック形成に関する省エネ住宅への支援」に2100億円を充てる。この支援事業は「子育てエコホーム支援事業」という名称となった。

「子育てエコホーム支援事業」は全く新しい事業というわけではない。「こどもみらい住宅支援事業」(令和3年度補正予算542億円、令和4年度予備費等600億円)、「こどもエコすまい支援事業」(令和4年度補正予算1500億円、令和5年度当初予算209.35億円)が、いずれも予算に達して早期に受付を終了したことを受けたものだ。予算を拡大し、適用条件などを変更しているので、以前の支援事業と同じ条件ではないことに注意が必要だ。

「子育てエコホーム支援事業」は、以前の支援事業と同様に、子育て世帯または若者夫婦世帯による(1)省エネ性能の高い住宅の新築と(2)住宅の一定のリフォームが対象。ただし、補助額とその条件が少し異なる。

■子育てエコホーム支援事業の補助対象 (下線部が前回の支援事業と異なる点)
(1)子育て世帯または若者夫婦世帯による省エネ性能の高い住宅の新築(注文住宅/新築分譲住宅の購入)
長期優良住宅の場合【補助額】100万円/戸
ZEH住宅の場合  【補助額】80万円/戸
※1:「子育て世帯」は、18歳未満の子どもがいる世帯、「若者夫婦世帯」は、いずれかが39歳以下の夫婦世帯
※2:ZEH住宅とは強化外皮基準かつ再エネを除く一次エネルギー消費量▲20%に適合するもの

(2)住宅の一定のリフォーム
【必須工事】住宅の省エネ改修
【任意工事】子育て対応改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等
【補助額】リフォーム工事内容に応じて定める額
【上限額】
子育て世帯または若者夫婦世帯:上限30万円/戸
※長期優良住宅リフォームの場合は上限45万円/戸、子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合は上限60万円/戸
その他の世帯:上限20万円/戸
※その他の世帯が長期優良住宅リフォームを行う場合は上限30万円/戸

いずれも、事前に登録した事業者により、閣議決定日の2023年11月2日以降に工事に着工したものが対象で、補助金の申請は事業者が行うものとされている。

3省が連携して、住宅の省エネ化への支援を強化

住宅の省エネ化に対する補助事業は、国土交通省だけではない。現在も、国土交通省と経済産業省、環境省の連携による「住宅省エネ2023キャンペーン」が実施されており、「こどもエコすまい支援事業」以外の事業はまだ補助金の申請を受け付けている。こちらも、「住宅省エネ2024キャンペーン」が予定されているが、新しいキャンペーンも少し内容が変わる。

■住宅省エネ2024キャンペーンの対象
住宅の省エネリフォーム等を支援する補助制度で、住宅の省エネ改修、断熱窓への改修、高効率の給湯器の導入支援の補助制度をワンストップで利用可能とするもの。

(1)断熱窓への改修促進等による住宅の省エネ・省CO2加速化支援事業(先進的窓リノベ事業の後継)
高断熱窓の設置:【補助額】工事内容に応じて定める額(補助率1/2相当)上限200万円/戸

(2)高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金(給湯省エネ事業の後継)
高効率給湯器の設置:【補助額】高効率給湯器の機器・性能ごとに定める額

(3)既存賃貸集合住宅の省エネ化支援事業(新規事業)
既存賃貸集合住宅におけるエコジョーズ等の取り替え

(4)子育てエコホーム支援事業

なお、子育てエコホーム支援事業で定める必須の省エネ改修を行うだけでなく、キャンペーンの(1)~(3)のいずれかの工事を行った場合でも、(4)の任意工事が支援事業の対象となり、複数の支援事業を申請する場合は一つの窓口で申請できるなどの連携が行われる。

子育て世帯を応援する【フラット35】子育てプラスを新設

令和5年度補正予算については、「こどもまんなかまちづくり」の実現に向けた子育てにやさしい住まいの支援として、子育て世帯を応援する【フラット35】子育てプラスの新設を挙げている。これは、子どもの人数に応じて【フラット35】※の金利の引き下げをするもの。
※【フラット35】は民間金融機関と住宅金融支援機構が提携して提供する長期固定型の住宅ローン

対象は、借入申込時点で、子育て(同居する孫を含む)世帯または若者夫婦(同性パートナー含む)世帯で、借入申込年度の4月1日に子どもの年齢が18歳未満または夫婦いずれかが40歳未満、などとなる。

【フラット35】の金利が引き下げられる【フラット35】Sなど※は、ポイントによって引き下げ幅が変わる仕組みになっているが、これに「子育てプラス」の以下のポイントが加算される形となる。
※【フラット35】Sのほかにも、管理・修繕に関する「維持保全型」、エリアに関する「地域連携型」などの金利引き下げ制度がある

○「子育てプラス」によるポイント
・若年夫婦世帯または子ども1人世帯:1ポイント
・子ども2人世帯:2ポイント
・子ども3人世帯:3ポイント
・子どもN人世帯:Nポイント

既存のそれぞれに与えられたポイントに「子育てプラス」のポイントを加算し、合計ポイントによって最終的な金利の引き下げ幅が決まる。1ポイントごとに5年間年0.25%の金利引き下げとなる。
※ただし、「子育てプラス」を利用しない場合は4ポイントまでが上限となる。

○「子育てプラス」を利用した場合の金利引き下げ例
1ポイント~4ポイントの場合、「当初5年間」1ポイントごとに年0.25%ずつ引き下げる(最大で当初5年間年1.00%引き下げ)
5ポイント~8ポイントの場合、さらに「6~10年目まで」1ポイントごとに年0.25%ずつ引き下げる(最大で当初10年間すべてで年1.00%引き下げ)
9ポイント以上の場合、さらに「11~15年目」も1ポイントごとに年0.25%ずつ引き下げる

この新しいポイント制度は、令和5年度補正予算が成立し、住宅金融支援機構が告知する適用開始日の資金受け取り分から適用される。ポイント制度についてはかなり複雑なので、住宅金融支援機構の案内などで確認してほしい。

なお、今回紹介した支援事業はすべて、国会で令和5年度補正予算が成立することが前提であり、まだ正式に決定しているわけではない。また、ここで説明したことのほかにも詳しい条件が定められているので、実際に利用したいと思う人は、告知サイト等でしっかり確かめてほしい。

●関連サイト
「子育てエコホーム支援事業」
新たな住宅の省エネ化への支援 「子育てエコホーム支援事業」の事業の内容を公開します!
「住宅省エネキャンペーン2024」
住宅の省エネ化への支援強化に関する予算案を閣議決定!~国交省・経産省・環境省が連携して取り組みます!~
「【フラット35】子育てプラス」
子育て世帯を応援する【フラット35】子育てプラス(仮称)が新登場

「入居条件はパン屋さん」大家さんの狙いとは? 入居者も街の人もハッピーになる賃貸1階の”小さな商店街”化が進行中 東京・蒲田

おいしいパン屋さんのある街は、きっと素敵な街。そんな印象を持っている人も多いのでは。パンブームが続く昨今、おいしいパン屋さんは地元はもちろん遠方からも人を呼ぶ求心力を持ち、さらには「引越すならパン屋さんのご近所に!」なんてケースも少なくない。蒲田(東京都大田区)の住宅街にある「SONGBIRD BAKERY」は、実は大家さんが「パン屋さん限定」で募集した物件なのだ。その背景にある思いや、開店後の住宅街の変化について、大家の茨田禎之(ばらだ・よしゆき)さんと店主の本藤正敏(ほんどう・まさとし)さんに伺った。

こだわりのパン屋さんを呼び込めば、街の魅力も上がると考えて

JR・東急 蒲田駅前のにぎわいを抜け、小さな川沿いを10分ほど歩いた先にある「SONGBIRD BAKERY(ソングバードベーカリー)」。周辺はのんびりとした住宅街で、近くを流れる呑川の反対岸の児童公園の緑が目を和ませる。2021年7月、ここでベーカリーをオープンさせたのは本藤正敏さん。国産小麦を使った高加水のもちもちパンがパン好きの間でも評判となり、オープン以来、地元はもとより遠方からもお客が訪れる人気ぶりだ。

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

店があるのは「カマタ_ブリッヂ」という4階建てマンション。1階は「SONGBIRD BAKERY」を含む3軒のテナント用スペース、上階は1~2人用の賃貸物件だ。テナント募集にあたり、オーナーである不動産会社「仙六屋」代表の茨田禎之さんは「パン屋さん限定」という条件を設定した。

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「オーナーとして、1階に何の店が入ると魅力的な物件になるかを考えてのこと。1階においしいパン屋があったら、入居者さんも街の人もハッピーでしょう?」
からっと笑う茨田さん。そのアイデアは、彼がこの界隈で行ってきた街づくりの活動がベースにある。

「当社はこのエリアにいくつか物件を所有していますが、街に波及効果のあるテナントに絞ったリーシング(商業用不動産の賃貸サポート)を行っています。この『カマタ_ブリッヂ』1階はもともと中華料理店でしたが、2015年の耐震リノベーションの際に、店は継続しつつ、残り2区画をクリエイター向けの工房併設型シェアオフィスとして開発。町工場の多いこのエリアと親和性の高いモノづくりスペースを通して、地域とつながりつつ物件の付加価値を高めようと考えたのです」

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

多彩なイベントやプロジェクトを創出したシェアオフィスは2019年に京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」に移転が決定。そこに中華料理店閉業のタイミングが重なり、「カマタ_ブリッヂ」1階を再開発することに。そこで掲げたコンセプトは”小さな商店街”だ。

「シェアオフィスのクリエイティブな雰囲気は引き継ぎつつ、より対象を広げたい。職人さんがこだわってつくるパンならば、幅広い世代が日常的に親しめるし、隣の2店舗との相乗効果によって街に活気を生み出せる。物件としての魅力も上がり、住居部分の入居率向上にもつながると考えました」

「仙六屋」では周辺エリアを独自にリサーチ。競合ベーカリーの存在や、前と横の道路の通行量とその年齢層などを調べ、いかにこの物件がパン屋の新規出店に有利かをデータ化した。

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「しかしコロナ禍も重なり、なかなか応募はなく……。そこで当社メンバーがそのデータをまとめた冊子を手づくりし、イメージに近いパン屋さんを回って営業も行いました」(茨田さん)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

営業先では好反応もありつつ、やはり動きはないまま約1年が経過したころ、ベーカリー予定地の隣にカフェ開業希望者から申し込みが。

「当時はコロナ禍真っ最中でしたので、本当にいいの?という感じで。でも店主の30歳になるまでに独立したいとの決意を伺い、心意気を感じました。カフェとパン屋さんは相性がいいし、パン屋さんが出店を検討する時に、すでにカフェがあることが『ここで新しいお店がやっていけている』と説得力にもなるので、ありがたくて」と茨田さん。

そうして2020年6月にカフェ&バー「SSYET」が誕生。店主のセンスあふれるこのカフェはすぐ人気店に。そこから半年が経過したころ、ついにパン屋さんから応募が! それが本藤さんだった。

「住宅街で、地域の人たちに愛されるパンを」との店主の想いに合致

独立を考え、都内と神奈川県で物件を探しこちらを発見した本藤さん。「最初に内見した物件だったんですが、魅力的だったのですぐ申し込みました」と驚きの発言!

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「物件の条件はいくつか考えていましたが、ここはすべてを満たしていて。家賃も想定内だし、住宅街にあって、公園も近くて、隣に素敵なカフェもある。『周辺パン屋マップ』などの資料もすごく助かりました。でも最終的な決め手は直感ですね。ここで自分がお店を開いているところをイメージできたんです」と本藤さん。

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本藤さんが申し込みを急いだのは、ほかにも希望者がいるからでもあった。茨田さんは当時をこう振り返る。
「ずっと動きがなかったのになぜか同時に3件の申し込みをいただいて。ほかのお二方も素敵だったので悩みましたが、社内で協議を重ね、本藤さんに決めました。決め手は、実績はもちろん試食でいただいたパンがおいしかったこと。お人柄もパンも、優しくて柔らかい。この街にファンがついて、長く店をやっていただけそうだなと、いち住民としてイメージができました」

両者の「街に根付くパン屋さん」というイメージがぴたりと合致したのだ。そこに到達するまで時間はかかったが、茨田さんは「不動産は、ニーズが合うただ一人が見つかればいい。対象を絞ることで多少労力はかかっても、テナントが何度も入れ替わるよりずっと苦労は少ない」と確信している。

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

地域に愛されつつ、遠方から人を呼び込み街の認知を高める存在に

とうとう待望のパン屋さん「SONGBIRD BAKERY」がオープン。長い間「ここにパン屋さんが入ります」と「仙六屋」のSNSなどでも告知してきたこともあり、オープン日は雨の中行列ができる反響が。

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

本藤さんはもともと蒲田にゆかりはなかったそうだが、「お客様から『パン屋さんができてうれしい』『この街に来てくれてありがとう』とのお声をオープン以来たくさんいただいて、地域とのご縁が育っています」と微笑む。「上階にお住まいの方々もよく買いに来てくださって、懇意にしていただけています。付近は住宅やマンションが多く、30~40代の子育て中のお客様が中心。対象にしたかった層とも合致しています」

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

茨田さんも「パパ友やママ友、いろんなところで評判を聞くんですよ」とうれしそう。「上の階に『パン屋さんがあるから入居したい』という直接的な影響はまだないですが、空き部屋が出てもすぐ埋まるように」。マンション1階に毎日通いたい素敵なお店があることが、入居者の生活の質の向上にもつながっている。

「SONGBIRD BAKERY」「SSYET」ともに遠方から訪れる人が多く、彼らにこの街を知ってもらえることも茨田さんはうれしいという。「蒲田=飲み屋街の印象を持っている人には、この界隈はギャップを感じてもらえるのでは。蒲田も駅から少し離れるとこんなに落ち着いていて、新しい素敵なお店もある。発見する喜びがここにはあります」

波及効果あるテナントを集めて、街の魅力をさらに高めていく

連日行列ができる人気の「SONGBIRD BAKERY」。週末などはお昼すぎに売り切れ閉店することも。「買えない方には申し訳ないし、経営者としてもったいないとも思うので、難しい部分もありますが、生産量や商品ラインアップを少しずつ増やしていけたら」と本藤さん。

将来的には新たな展開も視野に。「イートインができるカフェも併設できたら。今のお店では少ないですが、個人的にはカンパーニュのようなハード系をもっとつくりたい。食事とともに出せば、そんなパンも受け入れられやすいかなと」

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

一方の茨田さんは、現在空き店舗の「カマタ_ブリッヂ」の3つめのスペースに入るお店を見つけることが目下の課題。

「現状の2店舗さんとの相性も考えつつ、長く地域に根付いて成長してくれそうなお店を探し、お互いの希望をすり合わせる。そこをしっかりやらないと」と茨田さんが言うと、「茨田さんは入居前から親身になってくださって、信用金庫に融資を受ける際も一緒に来て口添えしてくださったりも」と本藤さん。

茨田さんは照れつつも「テナントさんは運命共同体。でも口うるさいオーナーにはなりたくないから、最初にしっかりセッティングしたら、その先は口出しなし!」ときっぱり。

茨田さんは、こんなふうに影響力あるテナントを地域に点在する自社物件に呼び込むことで、街の価値を上げていくことに取り組んでいる。「大規模な都市開発ではなく、個人単位の小さな点と点をつなげる”マイクロデベロップメント”。仲間とともにまちづくりとものづくりの企画開発を行う『@カマタ』を立ち上げて活動しています」。将来的には、この取り組みによる経済的効果も実証し、他エリアにも広めたいと茨田さんは考えている。

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」のように魅力ある個人商店や、「梅森プラットフォーム」のようなクリエイターの創造拠点の存在は、街を変える種火となる。その種火が連なり、燃え広がってこの街にどんな上昇気流をもたらすのか。俄然おもしろくなっていく蒲田~梅屋敷に、ぜひ注目したい。

●取材協力
茨田禎之さん
・仙六屋 
・@カマタ
本藤正敏さん
・SONGBIRD BAKERY 

地方でのデザイナーのプレゼンス、存在価値を高めたい。「場」をもって示す、佐賀発のデザインユニット「対対/tuii」の挑戦

佐賀で活動する、建築デザインユニット「対対/tuii」(以下、tuii)。田中淳さんと伊藤友紀さんの二人が2020年に結成し、パッケージから空間のデザイン、建築設計までを行う実力派チームだ。彼らの本業はデザインや建築だけれど、とあるビル一棟を、オーナーに代わり運営している。

誰とどんなふうに関わって、仕事をしていきたいか。それはどんな仕事でも、大事な要素に違いない。とくに地方では、仕事の関係性が他者からも見えやすい。だから「場」をもつことが大事なのだとtuiiの二人は教えてくれた。

tuiiが関わるようになって、20年以上空いていた2〜3階を含め、このビルの全テナントが埋まった。1階には本屋、カフェ、おにぎり屋、2階には洋服店、3階には彼ら自身の建築・デザイン事務所。

夜遅くまで明かりが灯るようになり、新たな文化スポットとして、感度の高い人びとが集う場所になっている。

本業の傍ら、ビルを運営するのはどんな理由からなのか。ここをどんな場所にしていきたいのか。tuiiの二人に話を聞いた。

徳久ビル、外観。1階のカフェは23時まで営業(写真撮影/藤本幸一郎)

徳久ビル、外観。1階のカフェは23時まで営業(写真撮影/藤本幸一郎)

建物から感じたエネルギーと、そのポテンシャル

tuiiの入る徳久ビルは、お堀に囲まれた佐賀城跡地から徒歩5分ほど。佐賀市内でも文教感あふれる落ち着いたエリアの一角にある。
角のビルで、カフェは県庁前通りに向かってあり、もう一方のおにぎり屋は、水路沿いに遊歩道のある松原川通りに対して、大きなガラス窓が面している。

1階に「nowhere・tuii books」という本屋兼カフェ、おにぎり屋「shiroishimori」がオープンしたのは、昨年、2022年の夏のことだ。

朝から午後にかけては、おにぎり屋がにぎわう。白石という地区で半農半漁を営む、森卓也さんが経営する店。森さん一家が育てた米と、有明海で育てた海苔をおにぎりにして販売している。美味しいと評判で、人気がある。

午後から深夜にかけては、本屋兼カフェ「nowhere・tuii books」がオープン。カフェオーナーの平井開太(かいた)さんが居心地のいい空間をつくり出していて、常連も多い。奥にはtuiiが運営する本屋。2階には、服飾雑貨の店「ある晴れた日に」がほぼ毎日営業している。

洞窟のような空間をイメージしたというカフェと本屋。お客さんの視線がカフェオーナーと自然と合うように設計されている(写真撮影/藤本幸一郎)

洞窟のような空間をイメージしたというカフェと本屋。お客さんの視線がカフェオーナーと自然と合うように設計されている(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の外観。一面ガラス窓で店内は明るい。カフェ、本屋とは対極のつくり(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の外観。一面ガラス窓で店内は明るい。カフェ、本屋とは対極のつくり(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiの田中さんは建築畑の出身で、伊藤さんはグラフィックデザイナーとして仕事をしてきた。それぞれ東京、大阪と、都会で働いた経験がある。数年前に二人とも出身地である佐賀に戻り、別々にフリーランスでデザインの仕事をしていた。

出会ったこの徳久ビルを、先に見つけたのは、田中さんの方だった。

tuiiの二人。右が田中淳さん、左が伊藤友紀さん。ビルの3階、tuii事務所にて(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiの二人。右が田中淳さん、左が伊藤友紀さん。ビルの3階、tuii事務所にて(写真撮影/藤本幸一郎)

「一目見て、この場のポテンシャルを感じたんです。建築家さんがつくられた建物なので存続しようとするエネルギーが宿っているのか、そこにデザインを加えれば、建物がもつ気配を取り戻せると思いました。ここで何か始めれば、自然と人が集まってくるんじゃないかなと」(田中さん)

ところが、このビルを借りたいと申し出たとき、オーナーからは「すでに支払いも終わっているし、人に貸すつもりはない」と断られる。

それでも諦めきれず、3~4度もオーナーの元へ通ったというのだから、田中さんが感じたポテンシャルは大きかったのだろう。二度目に訪れた時はさすがに嫌な顔をされたと田中さんは振り返って笑うが、その熱意は、オーナーの気持ちを少しずつ溶かしていった。

ビルが生き返る。「対対/tuii」の結成

オーナーの徳久正弘さんはビルの1階で、文房具屋兼印刷所を営んできた人だった。
創設時の大正時代は写真館で、その後、建築用のブループリントと呼ばれる青焼きを、佐賀ではかなり早く始めた印刷会社だったらしい。

「このビルは私の亡き親友が設計した建物なんです。それを気に入ってもらえたら、やはり嬉しいですよ。何とか貸す方向で、と考えるようになりました。トイレが壊れていたので、そのままじゃ貸せない。でも直せば空いていた部屋も、また貸し出せるかもしれないと思い、改修費は負担するので後はお任せしますと」

徳久ビルオーナーの徳久正弘さん。今も2階の一室に事務所をもち印刷の仕事を続けている(写真撮影/藤本幸一郎)

徳久ビルオーナーの徳久正弘さん。今も2階の一室に事務所をもち印刷の仕事を続けている(写真撮影/藤本幸一郎)

そうして田中さんはさっそく、2階のトイレを友人の建築家とリノベーションし、3階を借りてデザイン事務所を構えた。

剥き出しのコンクリートを生かした内装。tuiiの事務所。2階の洋服店にも同じテイストの内装が踏襲されている(写真撮影/藤本幸一郎)

剥き出しのコンクリートを生かした内装。tuiiの事務所。2階の洋服店にも同じテイストの内装が踏襲されている(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレ掃除はオーナーも入れて4軒のテナントで平等に分担し、当番制にしているというのが面白い(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレ掃除はオーナーも入れて4軒のテナントで平等に分担し、当番制にしているというのが面白い(写真撮影/藤本幸一郎)

翌年、新たに2階に入ったのは服飾雑貨屋。この時、一緒にビルを見に訪れたのが、伊藤友紀さんだった。佐賀に戻りフリーでデザインの仕事を始めて6年目。そろそろ違った形で仕事したいと考え始めていた頃だった。

洋服屋のリノベーションを一緒に手がけたのがきっかけで、伊藤さんと田中さんはtuiiを結成することになる。このビルがなければ、二人は出会わなかっただろうし、tuiiも存在しなかっただろう。そう考えると運命的だ。

洋服店「ある晴れた日に」(火曜日のみ定休)(写真撮影/藤本幸一郎)

洋服店「ある晴れた日に」(火曜日のみ定休)(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレがきれいになり、3階にはデザイン事務所、2階には洋服屋が新たに入った。オーナーにとってビルが生き返るような感覚があったに違いない。

徳久さんが引退を考え始めたとき、「1階も田中さんにお任せしたい」という気持ちになったのも、ごく自然な流れだっただろうと思う。

おにぎり屋の面する通り。水路沿いに遊歩道が続く、雰囲気のいいエリア(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の面する通り。水路沿いに遊歩道が続く、雰囲気のいいエリア(写真撮影/藤本幸一郎)

1階に入る3店のユニークな関係性としくみ

どんな店を入れるにしても、1階は開かれた場にしたい、という思いが強くあった。そう田中さんは話す。これには伊藤さんも同意だった。二人がたどり着いたのは本屋だ。

「仕事にまつわるアートやデザイン系の本を中心に、まちに開かれた資料室のような本屋ができたらいいねと。それなら本と相性のいいコーヒーも欲しい。近くでカフェを営んでいた平井開太さんに話をしたら、移転してきてくれる上に、本屋の店番も兼ねて引き受けてくれることになったんです」

今の場所から数百メートルの場所でカフェを営んでいた平井開太さん(写真撮影/藤本幸一郎)

今の場所から数百メートルの場所でカフェを営んでいた平井開太さん(写真撮影/藤本幸一郎)

農家であり、海苔の養殖も行う森卓也さん。農業や海苔の生産と同時に、おにぎり屋「shiroishimori」も営む(写真撮影/藤本幸一郎)

農家であり、海苔の養殖も行う森卓也さん。農業や海苔の生産と同時に、おにぎり屋「shiroishimori」も営む(写真撮影/藤本幸一郎)

面白いのは1階に入る3店、カフェ、本屋、おにぎり屋とtuiiの関係性だ。カフェ「Nowhere」を運営する平井さんは、カフェの仕事をしながら、同時に田中さんたちと共にtuii booksの運営に参加し、店番を受け持っている。そのためカフェの家賃をtuiiに支払ってはいるものの、本屋の管理をしているぶん、同額の業務委託費をtuiiから受け取っている。金銭だけみるとプラマイゼロ、ということだ。

一方で、おにぎり屋の森さんも、家賃を支払ってはいるが、同額に相当するデザインディレクションをtuiiは行っている。

つまり、tuiiはサブリースの形でカフェとおにぎり屋に1階のスペースを貸しながらも、家賃を店番代と相殺したり、家賃をデザインディレクション費も兼ねて受け取っているということだ。

それでは圧倒的に、tuiiが損なのでは?と問うと、「金額の面だけ見ると、たしかに損です」と田中さんは笑って言った。

「でも、例えばどこかに場所を借りて誰かに店番を頼んで本屋をやると、今よりずっと高くつく。平井さんは元編集者で、本に関わっていたいという思いがあって一緒にやってくれています。だから本のセレクトなど一緒に話し合うこともできるし、店番も任せられる。そうした諸々と家賃がトントンで、お互いOK。

森さんとの関係も同じです。もともとデザインディレクションを僕らに頼んでくれていたのですが、森さんがここでおにぎり屋を始めて、僕らが一緒に商品開発したものを売ったり、情報発信したりしてくれれば、最終的に僕たちの仕事にもかえってくると考えました」(田中さん)

関わる人たちそれぞれがやりたいことを実現するために、出せるものを出し合う。その、ちょうどいいバランスの取れる点で均衡をとったという。

「すべて計画通りではないですが、自然とこういう店があったらいいねって話をしているうちに、場を求めている人たちが集まって、お互いにウィンウィンの形を探していった結果なんです。tuiiにはあまりお金が残りませんけど(笑)、デザインの本業があるので何とかなっています」(伊藤さん)

tuiiが手がけた、「しろいしもり」のお米パッケージのデザイン(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiが手がけた、「しろいしもり」のお米パッケージのデザイン(写真撮影/藤本幸一郎)

「誰とどんな仕事をしていきたいのか?」を見せる場所

さらに1階では、3店の営業のほか、型染め、イラスト、写真などあらゆる展示会や、「Good Knowledge」の名でイベントを企画し、開催している。

「Good Knowledge Vol.4」では、若林恵さん(黒鳥社コンテンツディレクター)と山田遊さん(method代表 バイヤー)を招いてのトークイベントを開催。発売と同時に全席完売し、福岡をはじめ、県外から多くの人が訪れた。(写真撮影/藤本幸一郎)

「Good Knowledge Vol.4」では、若林恵さん(黒鳥社コンテンツディレクター)と山田遊さん(method代表 バイヤー)を招いてのトークイベントを開催。発売と同時に全席完売し、福岡をはじめ、県外から多くの人が訪れた。(写真撮影/藤本幸一郎)

つまり、このビルの運営にかけている労力やお金は、tuiiの二人にとって「投資」なのだ。建物、一次産業などあらゆるものにデザインをかけ合わせると魅力的に変化する。そのことを世の中に見せる、場なのである。

「実際、ここに来て見ていただいた方からお仕事をいただくことも少なくないんです」(伊藤さん)

ただし、tuiiが思う「場」の価値は、制作物を見てもらうためだけの場ではない。
どういうことか。

「デザイナーにとって、どこで誰とどんな仕事をしているか?を見せることがとても重要だと思っているんです。だから場所が大事。僕たちの場合、ここに場を構えたことでそのスタンスが明確になりました。作品のPRの場としてだけではなくて、誰とどんな仕事をしていきたいのか、というメッセージを発する場所です」(田中さん)

地方では、どれほどデザインが優れていても、商品が並ぶ先に選択肢が少ない。

「地方ではデザインの出来に加えて、どこに並べられるのか?がとても重要です。極端に言えば、どれほどデザインが優れていても、商品が並ぶのは普通のお店。それが都市部へいくと、いいお店がたくさんあるので、どんなものも商品として育ててくれる環境があります。

僕たちはデザインの種をつくることはできるけれど、それがどう世の中に浸透していくか?の面で、地方ではまだ陽の当たる環境が整っていない。だから自分たちでその環境をつくるしかないと思いました」

場づくりが、地方のデザイナーのプレゼンス、存在感を高めることにつながる、ということだ。

shiroishimoriのおにぎり(写真撮影/藤本幸一郎)

shiroishimoriのおにぎり(写真撮影/藤本幸一郎)

「デザイナーの社会的地位」を上げたい

「かねてから、地方のデザイナーの社会的地位を上げる、という課題意識はかなり強くもっていました。その地域に居るってことはすごく重要。でも同時に、地方のデザイナーでもクオリティ高いものをつくるってことを示せないといけない。

デザインの質やクオリティを上げることも大事ですが、どのような人たちと関わり、ともに行動したり議論しているかが大切だと考えています。日本や世界に対して影響力がある方々に、徳久ビルで行うトークイベントや展示に参加いただくことで、運営している私たちの見え方も変わり、プレゼンスが変わる。それが結果的に、地域やまちにも還元されていくのだと思うんです。
そのために、デザイナーはデザインにもっと投資すべきだと感じています」(田中さん)

地域のためや、まちのため、ではなく、デザイナーの社会的地位、プレゼンスを上げるための投資。そう聞いて驚くと同時に感心した。これまでに、幾人もの地方のデザイナーを取材してきたけれど、そんな話をする人は一人もいなかったからだ。

一方で、パートナーの伊藤さんは、tuiiにそうした考え方があるゆえに、仕事の現場では、葛藤も生じると話した。

「私はどちらかといえば、クライアントに寄り添う形で仕事をしてきました。一方、tuiiとしてはデザインの世界でいうだいぶ先、エッジの効いた提案をすることも多いので、クライアントに理解されないこともあるんです。パッケージの見た目をただ素敵にデザインして売れれば喜ばれる。でもそれで課題の本質が解決しない場合、違ったアプローチを提案することになります。

初めは相手を不安にさせることもあって。でも形になった瞬間に、相手の態度ががらりと変わることも多いんです。こういうことだったんですね!と喜ばれる」(伊藤さん)

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

たとえば、「佐賀えびすもなか」のパッケージデザインを依頼された際には、少しいい素材をつかった箱のパッケージをデザインすると同時に、商品の価格帯を上げることまでを提案した。結果、ヒット商品になったという。

田中さんと伊藤さんのバランスがいいのだろう。ユニット名の「対対」には「優劣がつけられないこと」という意味がある。

一方で、「場」を大事にして育てていこうという感覚は二人とも同じようにもっていた。
場所は変わらずここにあり、時間が積み重なっていく。

「ここで生きているってことが大事だなと。人や場とちゃんと向き合って、育てていきたいって感覚は一緒だから、多少ぶつかっても一緒にやっていけています」

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

ローカルデザインのステージは、ここ数年で明らかに変わりつつある。10年ほど前までは「地方でデザイン」といっても、物々交換でしか対価を支払ってもらえないという話をよく聞いた。デザインの価値をわかる人や企業が少なかったからだ。だが今や、地方でもデザインはあらゆる分野に不可欠という認識が広まっている。

これまでは東京の大手代理店に流れていたような仕事を、tuiiがコンペに勝ち、手がけるようになった。目に見えて、ここ数年で佐賀のデザインシーンには変化が起きている。

魅力的なデザインを発するチームが各地に存在する、百花繚乱の時代になれば、文化の発信拠点も増えるのかもしれない。
そうなれば、地方はもっと面白くなるに違いない。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

●取材協力
tuii

「外国人入居可」物件が2割→7割に! 外国人スタッフの採用、専門店の設置まで、社会課題に挑む不動産会社 神奈川・エヌアセット

神奈川県・溝の口エリアを拠点とする不動産会社、エヌアセットは、外国人対応専門店を設置するなど、外国人の賃貸探しに力を入れている不動産会社です。まだまだ全国的には外国人入居可の物件が少ない中、オーナーへの啓蒙や提案によって、エヌアセットの管理物件では5年前の2割から7割へと飛躍的に増えました。この成果は外国人スタッフの能動的な活躍によるところが大きいようです。

そこでエヌアセット 営業部部長の上野謙さん、そして国際営業チーム チーム長の林同財(りん どうざい)さんに外国人スタッフの採用や育成のポイントについて話を聞きました。

外国人スタッフ第1号を採用、外国人専門店舗ができるまで

エヌアセットが初めて外国人スタッフを採用したのは、2017年のこと。通常のポータルサイトへの広告掲載による賃貸の集客に限界を感じて、新たな集客ターゲットを探していた時でした。そのタイミングで同社に入社してきた外国人スタッフ第1号が林さんです。

日本の大学の国際学部で学んだ林さんは、来日当初は日本語がうまく話せなかったり、住まい探しで外国人だからと断られたりしたことも。いろいろな国から来た同級生も同じような経験をしていたため、自分が同じような人たちの頼りになれないかという思いがあったそうです。

「大学4年生の秋ごろに、ほかの日本人大学生と同じように就職活動をしました。エヌアセットにたどり着いたのは、募集する文章に『国際的』『外国人』というキーワードがあり、多言語を話す能力を活かせると思ったからです。面接で社長から直接、『一緒に外国人事業をやっていきましょう』と言っていただいたのが決め手となり、この会社に入社しました」(林さん)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんは、入社して1年目はほかの日本人スタッフと同様に日本人のお客さまからの電話を取ったり、来店者の対応をしたりしていました。2年目になり、ついに外国人事業に本格的に着手することに。2022年9月に外国人専用店舗ができたことで、外国人のお客さまに特化した対応ができるようになりました。外国語での物件紹介や資料作成、日本の商慣習や生活に必要なルールの説明など、外国人スタッフのもつスキルを活かせる業務に時間を割けるようなったと林さんは感じているそうです。

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

「外国人入居可」の物件を、5年で2割から7割に引き上げた取り組み

不動産賃貸の市場全体においては、日本に住む外国人の数に対して、入居が可能な物件の数はまだまだ少ないのが現実です。しかし、エヌアセットでは、5年前には管理物件の2割程度に過ぎなかった「外国人入居可」物件が、今は約7割程度にまで増えたとのこと。それに伴い、外国籍の顧客を仲介する件数も飛躍的に伸びています。

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

外国人の受け入れが可能な物件を増やすために、林さんたちはオーナーに対するセミナーを開催したり、外国人スタッフ自らオーナーの説得を行ったりしてきました。時には実際に入居希望者をオーナーや物件の管理会社に引き合わせ、その人自身を見て納得してもらうことも。

さらに、入居者に対してのサポートも欠かせないといいます。日本で暮らしていくには、例えば電気・ガス・水道といったライフラインの開通は、日本の電話番号がなければできません。このような行政手続きをサポートし、水漏れなど緊急を要するときは、林さんたちスタッフが連絡を受けて対応することもあるそうです。

「入居希望者の中には、日本語がうまく話せない人もいます。海外では馴染みのない敷金・礼金など日本独特のルールについても、事前に母国語で理解できるまで説明をすることで、これまでに大きなトラブルはほとんど起きていません」(林さん)

「賃料面・入居後のサポートについて、自社だけでなくアウトソースでも対応ができるよう、外国人専用の家賃保証会社とパートナー関係を結びました。家賃滞納の不安を解消すると同時に、入居者も困ったことやトラブルがあったときに24時間コールセンターを利用できるようになったのです」(上野さん)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

入居中のサポートを充実させることで入居者も安心でき、オーナーの理解を得られるようになったことが外国人可の物件の増加につながったのでしょう。

変化をもたらしたのは、オーナーや管理会社だけではありません。自社内においても変化が見られたといいます。かつてエヌアセットの管理部門の中には、オーナーの気持ちに寄り添うがゆえに、外国人の入居をポジティブに捉えられない空気も少なからずあったのだとか。

「一番変化を実感しているのは、自社の管理部門に所属するスタッフの対応です。私が入社する以前は、日本語が話せないお客さまは基本的にお断りしていたそうです。それが今では外国人の入居促進に向け、管理部門の責任者が積極的に賃貸物件のオーナーへの説明に同行してくれます」(林さん)

「営業部門において、外国人の入居は普通のことになってきています。取引数においても外国籍のお客さまは、全体の約2割を占める重要な顧客層です。このことを社内外へ絶えず発信し続けることが必要と考えています」(上野さん)

外国人スタッフに聞く、日本企業で働く苦労は?

今では敬語の使い方も上手で、流暢な日本語を話す林さんですが、最初のころは、やはり言語の壁があったと言います。

「日本で日本語を勉強して、基礎的な日本語はある程度理解できましたが、職場や接客での敬語の使い方は難しかったです。ネイティブの日本語ではないため、お客さまから、日本人スタッフに担当を変えてほしいと言われたこともありました」(林さん)

しかし、そんな林さんの助けとなったのは同期入社の仲間たちでした。同期は林さんを含め5人。ほかの4名は日本人でしたが、休みの日には一緒にスキーを楽しむほど、みんな仲が良いそうです。

「周りの中国人の知り合いからは、なかなか職場に馴染めないという話を聞いていましたが、良い人に囲まれて私はラッキーでした。外国人だからと言って特別扱いもされず、だからこそ早く慣れることができたのだと思います」(林さん)

外国人スタッフ採用と育成のポイントは?

林さんの入社後、外国籍のスタッフの採用は続いており、現在は4名の中国人スタッフが、日本語、英語、北京語、広東語、韓国語にも対応していて2024年度は新たにベトナム人スタッフも加わる予定。

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

外国籍の顧客対応に注力するためには、外国人スタッフは必要不可欠な存在です。外国人スタッフは顧客がコミュニケーションをとりやすい母国語で話せるだけでなく、日本に来て入居希望者と同じような経験をしているので、顧客が何に困っていて何を欲しているのかを的確に掴むことができます。

林さんは、外国人スタッフの採用に際し、一次面接も行っているそう。そこで、どのような点を重視しているのかを聞いてみました。

「まずは言語力です。日本語と英語は最低限必要で、さらに他言語も話せればなお良いですね。ほかに見るのはこの仕事に合うかどうか。いろいろな文化や国の人と話す仕事なので、人と話すことが好きであることもポイントです」(林さん)

そして今後ますます増えると見込まれる外国人スタッフの育成や定着については、外国人スタッフ用の接客マニュアルを作成しようと検討している最中とのこと。また普段から定期的にスタッフ同士で飲食の機会を持つなど、アットホームな雰囲気づくりを心掛けているそうです。

「私が新たに入社する外国人スタッフに対していつも心がけていることは、『会社にとってあなたがいかに大事な存在か』を伝えるということです。外国人スタッフはみんな最低でも3言語は話せて優秀ですし、その分プライドも高い。それぞれの意見を尊重し合うよう、私もチームリーダーとして勉強中です」(林さん)

より多くの外国籍の入居希望者を受け入れていくために

これからは賃貸市場において、外国籍の顧客層は今以上に増加していくと考えられます。エヌアセットのように外国人の住まい探しを推進しようとしている不動産会社も多いはず。先駆者としてのアドバイスはあるのでしょうか。

「外国人のほとんどは、慣れない土地での暮らしで、ある種の孤独感を抱えています。周囲の人たちは普段からの声がけや表情の変化に気づけるように様子をうかがう必要があるでしょう。それと忘れてはならないのは、日本で働く多くの外国人は自国でもトップクラスのエリート層だということです。よく言えば芯があり、ネガティブに捉えると頑固な一面があるので、そのようなことを理解して接すると良いと思います」(上野さん)

しかしその一方で、林さんは現場のスタッフが入居中のトラブルに対応したり、相談に乗ったりと日本人のお客さまへの入居後対応と比べて手間がかかるため、負担が大きくなっていることも指摘します。事業として継続していくためには、外国人スタッフが長く働ける環境を整えることも考えなくてはなりません。外国人専用の家賃保証会社とのパートナーシップは、オーナーや入居者だけでなく、外国人スタッフの負担を減らし、長く働いていくための一つの解決策となっているようです。

そして、最後に林さんから全国のオーナーさんへのメッセージです。

「『外国人を受け入れたことがない』『日本語が得意な人でないとうまくコミュニケーションが取れないのではないか』といった不安はあると思いますが、やってみなければわからないことがあります。外国人専用の家賃保証会社の活用で365日対応を任せることができるサービスもありますし、当社のように仲介会社がサポートできることもありますので、まずは最初の一歩を踏み出していただきたいです」(林さん)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

賃貸物件の空室問題がクローズアップされる中、これからは外国籍の入居希望者も重要な顧客層と捉えていくことが、問題解決の鍵となるでしょう。そのために、日本で同じような経験をし、入居希望者の気持ちを汲み取れる外国人スタッフは、なくてはならない存在です。

林さんは3年以内の目標として、賃貸だけでなく外国人を対象にした不動産売買、投資売買などへの進出も考えているそう。外国人市場は今後ますます拡大していくかもしれません。会社として本腰を入れた外国籍のスタッフの雇用・育成、そして一部のスタッフだけに負担をかけすぎない、組織としてのバックアップ体制を整えていくことが必要になってきていると感じました。

●取材協力
株式会社エヌアセット

東京都の相談窓口には不動産取引の相談が年間約2万件も!その中でも多い契約に関するトラブルの適切な契約手順とは?

東京都では、2022年度に消費者から都に寄せられた不動産取引に関する相談と、それを受けて都が宅地建物取引業者(宅建業者)に行った行政指導などについて取りまとめ、その概要を公表した。その内容を見ると、不動産の売買や賃貸借の取引でどういったトラブルが多いのかが分かる。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「不動産取引に関する相談及び指導等の概要(令和4年度)」を公表/東京都

不動産取引に関する消費者相談は売買・賃貸ともに契約に関する相談が多い

まず押さえておきたいことは、東京都の相談窓口では、「宅地建物取引業法(宅建業法)」の規制対象となる不動産取引の消費者相談について受け付けていること。都は宅建業者を指導監督する立場にあるからで、物件選びなどの相談は対象外となる。また、都民(個人)を対象に「不動産取引特別相談室」を設けて、宅建業者が関わる民事上の紛争などについて、弁護士などによる相談も行っている。

東京都が公表した概要によると、窓口での相談受付件数は、過去5年間は年間2万件前後で推移しているが、コロナ禍以降は面談による相談が減少し、2022年度は電話による相談が99.0%を占めたという。

その相談内容を見ると、「面談による相談」では、売買、賃貸借ともに重要事項説明や契約内容など契約に関する相談が多い。また、「電話による相談」でも、契約に関する相談が多いが、賃貸借では敷金(原状回復)についての相談が最多の3800件にのぼった。

「面談による相談」における主な相談内容

順位売買に関する相談(全86件)賃貸借に関する相談(全112件)1重要事項説明31件重要事項説明・契約内容42件2契約内容15件敷金(原状回復)25件3報酬・費用請求等/契約前相談各6件管理(設備の瑕疵等)10件

「電話による相談」における主な相談内容

順位売買に関する相談(全4,118件)賃貸借に関する相談(全15,265件)1契約前相談602件敷金(原状回復)3,800件2重要事項説明517件重要事項説明・契約内容2,729件3契約の解除407件管理(設備の瑕疵等)2,249件※特別相談室における相談及びその他の相談(不動産取引以外の相談等)を除く。
消費者からの相談内容(出典/東京都「不動産取引に関する相談及び指導等の概要(令和4年度)」)

「面談」で契約に関する相談が多いのは、不動産取引の最大の山場であり、重要事項説明書や契約書などの関係書類を実際に見せながら相談できるからだろう。特に金額が大きい売買の相談の比率が高くなっている。一方、「電話」相談は、移動などの時間的な制約を受けないことに加えて、退去するときに原状回復費用の負担について宅建業者と借主で合意できずに早急に相談したいといった、緊急性がある場合も多いからだろう。

相談内容に法令違反の疑いがあれば調査し、行政処分も行う

東京都では、相談の内容に法令違反の疑いがある場合は、宅建業者に対して調査などを行い、違反が認められれば監督処分を行うことになる。2022年度は76件で宅建業法違反の疑いがあり、調査に至っている。

その具体的な事例も公表されているので、いくつか見ていこう。

重要事項説明(宅建業法第35条)については、宅地建物取引士が説明を行わなかった事例、本来説明すべき内容について説明をしなかった事例などがあった。重要事項の不告知(宅建業法第47条)については、買主に不利になる情報を認識していたのに、故意に告げなかった事例があった。

ほかにも、おとり広告(取引できない物件を広告)を行ったり、契約書を交付しなかったりといった法令違反の事例も見られた。

調査で違反が認められれば、東京都は業務停止等の処分や指導勧告などを行うが、2022年度では72件の事例があった。ただし、この件数は年々減少している。

ルールに則った適切な不動産取引の契約とは?

ここで、不動産取引における契約に関するルールを確認しておこう。

○物件を決めて申し込む
買うあるいは借りる物件を決めたら、宅建業者を通じて正式に申し込む。この際に、申込金などの名目で内金を入れる場合があるが、一般的には契約の意志を表示するために預けたお金なので、正式に契約を結ぶ前であれば撤回でき、預けた申込金は返還される。念のために領収書ではなく、「預かり証」を受け取っておくとよい。

○契約前に重要事項説明を受ける
買う場合であれば住宅ローンの審査を経て、借りる場合であれば入居審査を経て、正式に契約することになる。宅建業法では、契約する前に、宅建業者が宅地建物取引士をもって物件や契約条件などに関する重要事項説明を行うことを義務※づけている。
※賃貸借契約の場合、宅建業者が仲介や代理ではなく、貸主として借主と直接契約する場合は、重要事項説明が義務づけられていない。

○正式に契約を結ぶ
重要事項説明を受けて納得できたら、正式に契約を結ぶ。一般的には、契約書を作成して取り交わすことになる。契約が成立したら、宅地建物取引士が記名押印した契約書を遅滞なく交付することが定められている。売買契約の場合、契約時に買主が売主に「手付金」を支払うのが一般的だが、契約後に買主が契約を解除する場合は手付金を放棄することになる(売主が解除する場合は手付金の倍返しをする)。

なお、重要事項説明や契約の際に、かつては書面を交付して押印する必要があったが、オンライン上の電子書面で取引するなど「電子契約」も可能になった。

○原状回復の取り決めについて
国土交通省では「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を、東京都では「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」を定めている。これらによると、「経年変化や通常の使用による損耗等の復旧」は貸主が負担し、「故意・過失や通常の使用方法に反する使用など、借主の責任によって生じた住宅の損耗やキズ等の復旧」などは借主が原状回復として負担するとしている。ただし、契約時に双方が合意して、特約によって異なる取り決めをすることは可能。

不動産取引の参考になる手引きなどもホームページに公開

さて、東京都では、不動産取引の知識や経験があまりない消費者が、ともすれば宅建業者に言われるがまま十分に確認をしないで契約を結んでしまい、トラブルが生じるケースが多いことから、ホームページにいろいろな手引書を公開している。

「不動産売買の手引」、「住宅賃貸借(借家)契約の手引」などの基本情報から、特に賃貸借で多い原状回復における貸主・借主の費用負担の基本的な考え方を示した「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」(日本語・英語版)など、不動産取引で知っておきたい情報を公開しているので、見ておくとよいだろう。
注:東京都の「賃貸住宅紛争防止条例」については、東京都内の居住用の賃貸住宅のみが対象となる点に注意。

さて、生活の拠点を手に入れるために不動産取引を行う場合、トラブルになると拠点が定まらず、生活に支障をきたす場合もある。さらに、それなりの金額が動くこともあり、後悔のないようにしたいものだ。知らなかった、確認を怠ったでは済まされないので、物件を検索することと併せて、適切な手順やルールなどについても情報を収集し、チェックすべきポイントを見逃さないようにしてほしい。

●関連サイト
東京都「不動産取引に関する相談及び指導等の概要(令和4年度)」の公表について」
東京都「不動産取引に関する相談及び宅地建物取引業者指導等の概要」

東京を”食べられる森”に! 渋谷や新宿などに農園が続々登場している理由「トーキョーアーバンファーミング(Tokyo Urban Farming)」

「アーバンファーミング」という言葉をご存じでしょうか。一般的には、農地ではなく、都市の空きスペースを利用して行う都市型農業を指し、SDGsの観点やコミュニティ創出の場として、世界的に注目されています。ここ数年、東京都内に鑑賞用のグリーン(植物)だけでなく、ビルの屋上や駅構内などのちょっとしたスペースで小さな畑を見かけるようになっています。その背景では、何が起きているのでしょうか?2023年5月に事例をまとめた書籍も発売されました。「Tokyo Urban Farming」の発起人で書籍を監修した近藤ヒデノリさんに、最新事情やその魅力を教えてもらいました。

都市で農的に暮らす「Urban Farming Life」とは武蔵野大学有明キャンパスの屋上菜園(画像提供/Tokyo Urban Farming)

武蔵野大学有明キャンパスの屋上菜園(画像提供/Tokyo Urban Farming)

最近、都内では、さまざまな場所にコミュニティファームができ、 “農”的体験ができるイベントが開催されています。駅で野菜苗が無料配布されていたり、渋谷や新宿の街中で野菜を育てる小さなファームを目にしたことがあるかもしれません。「Tokyoを食べられる森にしよう!」をテーマに掲げた「Tokyo Urban Farming」は、2021年4月に開設されたオープンプラットフォームで、アーバンファーミングをもっと楽しく、美しく、あたりまえにすることをミッションに、コミュニティファームの設置やイベントの実施、情報発信を通じて都市の再生型ライフスタイルの普及を目指しています。

5月に発売された新刊『Urban Farming Life』を読むと、ビルの谷間で野菜を収穫し、土に触れる人たちの姿が。子どもも大人もとっても楽しそう!

新宿駅東口前にあるSinjuku Farmと運営するJR新宿駅の駅員さん(画像提供/Tokyo Urban Farming)

新宿駅東口前にあるSinjuku Farmと運営するJR新宿駅の駅員さん(画像提供/Tokyo Urban Farming)

金融の街、茅場町のEdible Kayabaenは、子どもたちの食育の場に(画像提供/Tokyo Urban Farming)

金融の街、茅場町のEdible Kayabaenは、子どもたちの食育の場に(画像提供/Tokyo Urban Farming)

世田谷区が所有する遊休地を活かしたタマリバタケ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

世田谷区が所有する遊休地を活かしたタマリバタケ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「駅前に畑があったり、オフィスビルの屋上に大きな農園ができたり、少し前だったら想像もしなかった風景が東京に広がっています。田舎では昔から当たり前だったことが都会に入ってきて、ウェルビーイングにつながるものとして定着し始めているのです」(近藤さん)

2023年5月に発売された「Urban Farming Life」(画像提供/Tokyo Urban Farming)

2023年5月に発売された「Urban Farming Life」(画像提供/Tokyo Urban Farming)

東京23区内12の事例とキーパーソン、アーバンファーミングの文化や方法をまとめた1冊(画像提供/Tokyo Urban Farming)

東京23区内12の事例とキーパーソン、アーバンファーミングの文化や方法をまとめた1冊(画像提供/Tokyo Urban Farming)

『Urban Farming Life』の冒頭では、アーバンファーミングを、「農家による野菜生産や販売を目的とした農業ではなく、誰もが自宅や市民農園、コミュニティファーム等で仲間と野菜を育てたり、食べたり、学んだりできる農的ライフスタイル」と定義しています。食べ物を共に育てることを通じて都会の人と人、自然をつなぐほか、生ごみをコンポストで堆肥にするなどと都市を再生する役割も。アーバンファーミングの社会的メリットとして以下が挙げられています。

都市に住む人に農的体験の場を提供気候危機を解決していくための意識変革持続可能な街づくり(コミュニティ・防災や治安の向上)地産地消やフードロス解消アーバンファーミング 6つの役割(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーバンファーミング 6つの役割(画像提供/Tokyo Urban Farming)

住宅街の中にある「たもんじ交流農園」は、地域のコミュニティの場(画像提供/Tokyo Urban Farming)

住宅街の中にある「たもんじ交流農園」は、地域のコミュニティの場(画像提供/Tokyo Urban Farming)

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誰でも収穫して食べてOKな農園も!? 公園の一角やビル屋上などに都市型農園が増加中! 『まちを変える都市型農園』新保奈穂美さんに聞く3事例

ニューヨークやロンドンなど世界で都市型農園が拡大中

さまざまなイベントは、近藤さん自らプロデュースするだけでなく交渉、広報、SNSなどほぼすべてを行っています。広告を手掛ける博報堂が、アーバンファーミングのオープンプラットフォームを自ら立ち上げ、イベントを運営しているのは意外な気もしますが、きっかけを教えてください。

「博報堂には、創造性を研究しているUNIVERSITY of CREATIVITY(以下UoC)という機関があります。僕はサステナブル領域のディレクターをしていますが、UoCが立ち上がったのは、ちょうどコロナの時期。地球環境や社会の状況、都市の課題を調べたり、有識者などとトークセッションをする中で見えてきたのが、アーバンファーミングという再生型のライフスタイルだったんです」

近藤さんは、自宅を「地域共生のいえ」KYODO HOUSEとしてアーバンファーミングや様々な文化活動を実践している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんは、自宅を「地域共生のいえ」KYODO HOUSEとしてアーバンファーミングや様々な文化活動を実践している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

コロナ禍やそれにより普及が進んだリモートワークの影響で、屋外の庭や貸農園で野菜を育てる需要が世界的に高まっていました。近藤さんが感銘を受けたのは、ニューヨークにあるブルックリン・グランジという世界最大の屋上農園。国際展示場の2つの屋上に、サッカー場が2つ入るくらいの広さの農場が広がっています。

「ブルックリンに住んでいたことがあるので、あそこに素敵な農園ができたんだ!と驚きました。もともとドイツにはクラインガルテンという都市型農園がありますし、イギリスのロンドンでも次々と創設されていました。日本でも広がりつつあったので、これから来るんじゃないかと。日本では草の根的な個別の活動が多かったので、博報堂が企業や行政を繋いで大きなうねりにできないかなと思って始めたのがきっかけです」

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下北沢の駅前や大手町のオフィスビルの屋上にも緑豊かな「のはら」。管理するのは、地元の参加者で構成されたシモキタ園藝部の部員たち(画像提供/Tokyo Urban Farming)

緑豊かな「のはら」。管理するのは、地元の参加者で構成されたシモキタ園藝部の部員たち(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「Urban Farming Life」では、行政や企業、大学などが主体となったモデルケースとなる事例がピックアップされています。例えば、小田急線の地下化に伴い空いた敷地を活用した広場「のはら」は、下北沢の駅前に広がる里山の野原のような畑です。レモングラスなどのハーブ類やズッキーニなどの野菜を栽培し、養蜂も行っています。千代田区大手町一丁目にある大手町ビルの屋上にも農園ができました。2022年5月に開設されたThe Edible Park OTEMACHI by growです。巨大ビルの屋上にプランターが並び、ビルの就業者や近隣の人で野菜を育てています。オフィス街で、ウィークデーに土に触れて自然を体感できる場所があるなんて今までは考えられなかったことです。

オフィスビルの屋上にコンテナを並べたThe Edible Park OTEMACHI by grow。木製の棚には植物の種や書籍が並ぶ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

オフィスビルの屋上にコンテナを並べたThe Edible Park OTEMACHI by grow。木製の棚には植物の種や書籍が並ぶ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

区民農園の隣にある家族向けシェアハウス「青豆ハウス」。地域の人を招いたお祭りも催される(画像提供/Tokyo Urban Farming)

区民農園の隣にある家族向けシェアハウス「青豆ハウス」。地域の人を招いたお祭りも催される(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんが監修する際、意識したのは、今までバラバラに存在していた活動をまとめることで、アーバンファーミングの役割や価値、その魅力を広く伝えることでした。

「取材を進める中で、同じような思いを持っている人が増えていると実感しました。たくさんの仲間に出会えてさらにアーバンファーミングの可能性を感じたし、東京だけでなく、都市とそのライフスタイルを再生型に変えていくバイブルにできればと考えてつくりました。集合住宅での始め方も掲載しているので興味を持った人が真似できるネタ本として使ってもらえたら嬉しいです」

左は、渋谷に4つのコミュニティファームを持つNPOの代表理事小倉崇さん。右は、The Edible Park OTEMACHI by growを運営する三菱地所の担当者。さまざまな人たちがアーバンファーミングで繋がっていく(画像提供/Tokyo Urban Farming)

左は、渋谷に4つのコミュニティファームを持つNPOの代表理事小倉崇さん。右は、The Edible Park OTEMACHI by growを運営する三菱地所の担当者。さまざまな人たちがアーバンファーミングで繋がっていく(画像提供/Tokyo Urban Farming)

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都市に住む人の琴線に触れる粋なデザインを

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォームや書籍のデザインは、スタイリッシュで、今までの牧歌的な“農”のイメージとは異なる印象を受けます。

「もちろん、牧歌的な農的表現も素敵だし、美しいと思うんですけど、それだと都会の人たちは、距離を感じちゃうかもしれない。ぼくらは、農家ではないし、農業の専門家でもないから、いかに創造性で農的文化をわくわくさせるものにできるかを意識しています」

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォーム(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォーム(画像提供/Tokyo Urban Farming)

UoCでは単管パイプとLED照明を用いて陽のあたらない屋内空間でも野菜やハーブを栽培できるMicro Farmを実験している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

UoCでは単管パイプとLED照明を用いて陽のあたらない屋内空間でも野菜やハーブを栽培できるMicro Farmを実験している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんがキーワードに掲げているのは、「粋」という江戸時代の美意識です。

「江戸の人は、粋か野暮かを判断基準にしていたそうです。それを現代の東京でアップデートできないかなと。例えば、ゴミを分別しないのは間違っている! と言われるより、ゴミをちゃんと捨てないのは野暮だよねと言われた方が響くような。そうした現代における粋な美意識を育てていけたらなと思っているんです」

「都市の食と農の未来」をテーマに東京駅でフェス「TOKYO ART FARM」を開催

「Tokyo Urban Farming」は、東京の地場に発する国際芸術祭「東京ビエンナーレ2023|に「TOKYO ART FARM」という名の祭典を企画・プロデュースするなどアートシーンにも活動の場を広げています。

(画像提供/Tokyo Urban Farming)

(画像提供/Tokyo Urban Farming)

不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMワークショップも開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMワークショップも開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「テーマは、都市の食と農の未来。野菜を通じたアートの力で人工的な東京駅を、繋がりを生み出す場に変えようと。不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMであったり、首都圏の水源の森の間伐材で、東京駅グランルーフ2Fに長さ22mのLONG TABLEを制作したり。11月の3、4日には、そこで、食べられるアート体験を行いました。現代美食家のソウダルアさんのイベントで、22mのテーブルに白い紙をブワーッとひいて、その上に東京野菜から作ったソースや料理が広がる。東京のど真ん中で、そんな50人以上での特別な食のアート体験を2回開催しました」

10月8日には、アーティストの諏訪綾子(food creation主宰)さんなどによるイベントやマルシェ・ワークショップ・トークが夜更けまで行われた(画像提供/Tokyo Urban Farming)

10月8日には、アーティストの諏訪綾子(food creation主宰)さんなどによるイベントやマルシェ・ワークショップ・トークが夜更けまで行われた(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの岩切章悟と大丸東京店VMDチームの協働で古着やプラスチックハンガーなどの廃棄物を活用して制作されたKAKASHI ART(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの岩切章悟と大丸東京店VMDチームの協働で古着やプラスチックハンガーなどの廃棄物を活用して制作されたKAKASHI ART(画像提供/Tokyo Urban Farming)

TODOが廃棄野菜を漉き込んだ和紙によるポップアップ茶室でアートユニット花信風が「再生」をテーマにもてなす「東京野菜茶会」も開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

TODOが廃棄野菜を漉き込んだ和紙によるポップアップ茶室でアートユニット花信風が「再生」をテーマにもてなす「東京野菜茶会」も開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの山本愛子さんがN高生と共に野菜から染めてつくった人と自然の共生社会を象徴する旗(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの山本愛子さんがN高生と共に野菜から染めてつくった人と自然の共生社会を象徴する旗(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「展覧会のフィナーレとなる11月5日には、15人のダンサーがテーブルの上で躍りました。野菜に扮装したり、キャベツに電極をつないで楽器にしたり、駅という移動の場が、東京の食と農の未来を感じる体験に変わる特別な日になりました」

アーバンファーミングの先にあるポジティブな未来

近藤さんは、自らアーバンファーミングを実践し、活動を続ける中で、「未来をポジティブに捉えられるようになった」といいます。

「物価上昇や、異常気象など明るいニュースがあまりない中で、人生100年時代と言われても、先行きが不安になりますよね。環境問題を身近に感じて、何かしたいと思っても、何をしたらいいかわからない。そんな人が多いのではないでしょうか。活動を通じてたくさんの人に会いましたが、皆、希望的な未来を見ていました。やれることをやらないで未来に臨んでいくと、人生後悔しそうだし、自分に嘘つくことになると思うんです。何もしないでいるよりもやれることをやろうと。そういう風に始める人たちが着実に増えています。アーバンファーミングに関わるとマインドがすごくヘルシーで気持ち良くなります。環境にも良いし、いろんな友達ができるし、幸せへの道なのかなと思います」

活動を通じて消費者から生産者へ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

活動を通じて消費者から生産者へ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「The Edible Park OTEMACHI by grow」で開催された「Night Farm」の参加者。DJ HIROの音楽とともに、収穫した野菜を素揚げにして食べたり、ハーブを使ったカクテルが提供された(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「The Edible Park OTEMACHI by grow」で開催された「Night Farm」の参加者。DJ HIROの音楽とともに、収穫した野菜を素揚げにして食べたり、ハーブを使ったカクテルが提供された(画像提供/Tokyo Urban Farming)

最後に、「Tokyo Urban Farming」の活動をはじめて2年。今、近藤さんが思う「アーバンファーミング」とは?

「自然農法家の川口由一さんの著書の中に、『命の道・人の道・わが道』という言葉があります。別の言い方をすると、環境問題、人間社会、自分の生き方なんですよね。それらが重なっていくのが、アーバンファーミングだと感じています。もちろん、さまざまな課題を解決するすべての答えがアーバンファーミングにあるかといえば、そんなわけでもないし、そう言うと逆に嘘くさいと思いますが、誰でも入りやすいし、意識を変えるきっかけとしては、すごくいいなと思っています」

2050年までには人類の80%が都市に住むといわれています。大量のゴミを排出する消費型の都市から循環型の都市へ転換するためにも、アーバンファーミングの果たす役割は大きいと感じました。スーパーに並んでいるものを買うのではなく、自分で育てて、収穫し、いただく。命の根源ともなる体験は、社会的メリット以上に人生で大切なものを教えてくれそうです。

●取材協力
株式会社博報堂
「UNIVERSITY of CREATIVITY」サステナビリティフィールドディレクター
近藤ヒデノリさん

UXデザイナーが自宅マンションリノベの”要求定義”した結果。「絶対に後悔しない家づくり」のプロセス【ビジネスパーソン必見】

UXデザイナーのMさんと夫のRさん。今年から、東京郊外のマンションをリノベーションした新居で暮らし始めました。ユニークなのは、二人の家づくりのアプローチ。夫妻が望む暮らしを住まいに落とし込むための「要求定義」からスタートしたのだとか。

仕事では、ユーザーにとって嬉しい体験を実現するためにどんなシステムが必要なのかを考えていく役割のMさん。IT業界では欠かせない工程である要求定義ですが、理想の住まいを実現するために、どんなプロセスでそれをまとめ、家づくりに活かしていったのでしょうか? 夫妻の要望を受け取り、設計を行った建築家の伯耆原洋太さんを交え、Mさん夫妻にお話を伺いました。

暮らしに最適化した住まいをつくる

デザインエージェンシーに勤め、システム開発に携わるUXデザイナーのMさん。夫は建築ライター・編集者のRさん。夫妻は結婚6年目となる今年、東京の郊外に住宅を購入しました。

駅近に立つ、築40年ほどのマンション。80平米の一室をリノベーションし、二人の生活スタイルや望む暮らしに最適化した空間をつくりあげています。

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

それまで暮らしていた賃貸マンションでは家事の動線や収納、機能面などで不満を感じる点が多かったといいます。家を買うからには、そうしたストレスの種は全て取り除きたい。「中古マンションリノベ」を選んだのも、二人の生活にフィットする間取りや機能を実現するためでした。

Mさん「まずは、複数のリノベーション専門会社に話を聞きに行きました。でも、こちらで設計担当者を選べなかったり、打ち合わせの回数が決められていたり、使える建材が少なかったりと、思った以上に制約が多くて。特に、設計担当者がどなたになるのか分からないのは不安でした。だったらリノベ会社を介さず、自分たちで見つけた建築家さんに直接お願いしようかと」

二人はまず、Instagramで「建築家」「リノベーション」などのハッシュタグで検索し、さまざまな建築家の作例をチェックしました。気になる人がいれば、noteやブログ、インタビューでの発言までも追い、家づくりに対する姿勢や考え方を含めて吟味。そこまで徹底的にリサーチを重ねたのは、こんな理由からでした。

Rさん「僕は建築ライターという仕事柄もあって、建築家をリスペクトしています。国内外の建築物を見て回るのも好きで、建築を文化として楽しんでいます。しかし、そうした建物に自分が住むとなると、まるでイメージが湧かなくて。

建築家が手掛ける家はその人の『作品』としての側面があるので、ある種の自己表現が入ります。建築家が表現したいことと僕らが求めていることが、本当に合致するのかという心配はありましたね。妻は妻でこだわりが強いタイプなので、こちら側の思いや要望をちゃんと汲み取ってくれる建築家じゃないと、きっと衝突してしまうだろうなと。だから、素敵な空間をつくれることと同じくらい、住まいに対する考え方が合う建築家さんにお願いしたいと思いました」

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

検討に次ぐ検討の末にたどり着いたのが、建築家の伯耆原洋太氏。伯耆原氏は自らリノベーションした自邸に住み、noteなどで住まいと暮らしの関係性や、必要な機能などについて発信していました。生活者の視点に立った住まいづくりの感覚を持っていることが、依頼の決め手になったといいます。

Rさん「伯耆原さんはnoteで『一つ目の自邸が生活の変化に対応しきれなくなった点』や『その経験を次にどう活かしたか』といったことも率直に書かれていました。建築家として表現したいことがありながらも、暮らす人の声にもしっかり耳を傾けてくれる人なんだろうなと。妻にも『この人、どうかな』と提案して、ぜひ相談してみようということになりました」

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

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玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの指針や要望を明確化

伯耆原さんに設計を依頼するにあたり、はじめに妻のMさんが着手したのは住まいに対する「要求定義」。要求定義とはシステム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくステップ。プロジェクトの目的を明確に定義することで、手戻りや取りこぼしを防ぐことにもつながります。それはUXデザイナーのMさんが普段、仕事で当たり前にやっていることでもありました。

要求定義にあたっては、まずユーザーのことを徹底的に知る必要があります。家づくりの場合、ユーザーはそこに暮らす人、つまりMさん夫妻です。そのため、Mさんはまず自分たち自身を「リサーチ」し、夫妻が住まいに対して不満に感じていること、建築家にお願いしたいことなどをまとめていきました。

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

Mさん「UXデザインでは人間中心設計、つまりユーザーを中心に置く考え方が根付いています。私が仕事でつくっているシステムのように何千人、何万人が使うものであっても、できるだけ多くの人に話を聞くなどしてリサーチを重ね、ユーザーが使いやすいよう設計していくのが当たり前なんです。

家だって本来はそうあるべきですが、多くの分譲マンションはどちらかというと『限られた敷地をいかに効率よく使って建てるか』が優先されて、暮らす人目線の間取りになっていないような気がします。だから、設計は『私たちのことをできるだけ知ろうとしてくださる方』にお願いしたいと思いました。

その点、伯耆原さんは私たちが前に住んでいた家にも来てくださって、暮らし方をインプットするところから始めてくれたので、とても信頼できる方だなと。こちらとしても、なるべく詳細に私たちの状況をお伝えしようと思い、住まいに求める要望をまとめた資料を共有することにしたんです」

資料には基本方針や自分たちの暮らしについてなるべく具体的に、細部にわたるまで書き出しました。さらには「収納するもの・置くもの」を全て洗い出し、現状の収納状況やモノの量が分かるよう各所の写真も添付。これをたたき台に、伯耆原さんと打ち合わせを重ねたそうです。

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

プロの仕事を信頼し、任せる部分は任せる

ただ、建築家によっては、こうしたやり方を好まないケースがあるかもしれません。当の伯耆原さんは、このような家づくりをどう感じていたのでしょうか?

伯耆原さん「特にやりづらさは感じませんでした。家づくりに対してここまで強いエネルギーを持ってくれているのは設計する側としても有り難いですし、むしろやりやすかったですね。先ほどRさんがおっしゃっていたような建築家の表現が先行してしまう家って、結局は施主さんとのコミュニケーション不足が原因だと思うんです。施主さん側も『相手はプロだから大丈夫だろう』『実績のある建築家だから口出ししづらいな』と、ちゃんと要求を伝えていないケースもあるのではないかと。結果的に、実際に暮らし始めてから不満が出てきてしまう。Mさん、Rさんくらいやりたいことを明確にしてくれると、そうした心配もなくなりますしね」

施主側の積極的な介入を歓迎する一方で「時には、建築家視点の意見やアドバイスを受け入れてもらう姿勢も必要です」と伯耆原さん。間取りから刷新できるリノベーションとはいえ、建物の構造上できないこと、専門家の目から見てオススメできないこともあります。それをゴリ押しされると、かえって使いづらく、ストレスを感じる家になってしまいかねません。

伯耆原「お二人は家づくりに対して強いこだわりがありましたが、同時に建築やデザインに対するリスペクトもお持ちでした。こちらの意見にも耳を傾けてくれるスタンスだったので、僕のほうも単に要望をそのまま聞き入れるのではなく、思うことはしっかり伝えるようにしていました」

Mさん「わたしたちの考えていることをまとめた資料はつくりましたが、私たちとしてもこれを建築家さんに押し付けたいわけではないんです。あくまで『我々としては、いったんこう考えています』というたたき台のようなものであって、これをもとにディスカッションしながら、最終的に良い家になればいいなと考えていました。

そもそも、家づくりの素人である私たちがあまりにガチガチな要求をしてしまったら、伯耆原さんもやりづらいだろうなと。私も普段はクライアントワークをしている側なので、お互いにとって心地よい進め方をしたいという思いはありました。」

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

さらに、もう一つMさんが伯耆原さんとのコミュニケーションで気をつけていたことがあります。それは、施主として伝えるのは「目的」だけ。それを叶えるための「手段」については、プロにお任せするというものです。

Mさん「たとえば『掃除がしやすい家にしたい』という目的と、『床はロボット掃除機+フローリングワイパー程度で掃除できるようにしたい』という最低限の希望だけはお伝えします。でも、具体的なやり方は、基本的に伯耆原さんに考えてもらいました。当たり前ですが、そこはプロのほうがたくさんの引き出しをお持ちですから。それに、伯耆原さんなら細かい部分にも気を配って、私たちの想像を超える提案をしてくれるだろうという安心感もありました」

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの要求をあらかじめ整理することで、迷いや後悔がなくなった

家づくりに際し「要求定義」を行うことは、施主側、建築家側にとってどんなメリットがあるのでしょうか? 改めて、双方に伺いました。

伯耆原さん「僕は、今回の家づくりにおける辞書のように捉えています。Mさんがつくってくれた資料は単なる要望リストではなく、ご夫婦の思想や大切にしたいことなどが詰まっていました。設計で悩んだり、建物の構造の問題で要件書の通りにできない箇所があったりした時も、その辞書を引くことで『二人が本当にやりたいこと』を起点に別の手段を考えることができたと思います」

Mさん「住まいに求めることを明確にするためには、『自分たちがしたい暮らし』を見つめ直す必要があります。洗濯をした後に、洋服をどこにどう収納するのか。夏の間に冬用の布団はどこにしまっておくのか。そうした細かい暮らしのシーンを含めて、頭の中で何度もシミュレーションしたんです。『これなら大丈夫』と思えるところまで、徹底的に突き詰めたうえでスタートしているので、迷いや後悔が全くなくて。

逆に理想の暮らしを考えないまま進めていたら、『これでいいのかな?』という思いを抱えたまま何となく完成してしまって、住み始めてからもモヤモヤしていたと思います。正直大変でしたけど、やってよかったですね」

人が家に合わせるのではなく、住む人の暮らしに合わせて家をつくる。そのためには施主を含めた家づくりに関わる全員が、同じゴールや具体像を共有する必要があります。

住まいに対する自分たちの要求を整理することから始める最大のメリットは、最初に施主と建築家の目線を合わせられるだけでなく、度重なる打ち合わせの過程でズレてしまいがちなイメージをその都度すり合わせ、最初から最後までブレのない家づくりが叶う点ではないでしょうか。Mさんたちのような資料をつくるとまではいかなくても、専門家相手でも遠慮せず、自分たちの意志や希望を明確に伝えること。それが後悔のない家づくりの第一歩といえそうです。

●取材協力
Mさん・Rさん夫妻
建築家・伯耆原洋太さん(一級建築士事務所HAMS and, Studio株式会社)
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新築・中古マンションの価格は平均年収の10倍以上に上昇?エリア別に詳しく解説

東京カンテイの調査結果によると、2022年のマンションの年収倍率(全国平均)は、新築マンションで9.66倍、築10年の中古マンションで7.27倍になり、いずれも前年度より0.73拡大したという。気になるのは首都圏、特に東京都だ。マンションはどこまで遠くに行くのだろう?

新築マンションで13、中古マンションで5の都道府県で年収倍率が10倍超えに

東京カンテイが算出した都道府県別の年収倍率は、“マンションの買いやすさ”を検証するためのもの。都道府県ごとに「2022年に分譲された新築マンションの平均価格(70平米換算)」と「2022年における築10年の中古マンションの平均価格(70平米換算)」が、平均年収※の何倍に相当するかを割り出したもの。
※内閣府発表の「県民経済計算」を基に平均年収を予測した数値

新築マンションの年収倍率は、全国平均で9.66倍となり、前年から0.73拡大した。最も倍率が高いのは東京都の14.81倍、次いで京都府の13.66倍、最も低いのは徳島県の7.35倍だった。東京カンテイによると、「全国的に平均年収が低下する中でも圏域を問わず高額な物件の供給が続いている」ことが、背景にあるという。

年収倍率が10倍を超えるのは、北から北海道10.98倍、青森県11.26倍、岩手県10.56倍、埼玉県12.38倍、東京都14.81倍、神奈川県12.42倍、石川県11.14倍、静岡県10.70倍、京都府13.66倍、大阪府12.45倍、奈良県10.52倍、鹿児島県10.13倍、沖縄県11.59倍の13都道府県だった。最も倍率の低い徳島県でも、新築マンションを買うには年収の7.35倍が必要という計算になり、新築マンションの価格は全国的に手が届きにくい状況にある。

一方、築10年の中古マンションの年収倍率は、全国平均で7.27倍となり、前年より0.73拡大した。これにより、2008年の集計開始以来で初の7倍台に達した。最も倍率が高いのは東京都の14.49倍、次いで京都府の11.35倍、最も低いのは富山県の4.31倍だった。東京カンテイによると、「全域的に拡大した首都圏や近畿圏がけん引する形で全国平均はさらに押し上がる結果となった」という。

築10年の中古マンションで年収倍率が10倍を超えるのは、北から埼玉県10.87倍、東京都14.49倍、神奈川県10.43倍、京都府11.35倍、大阪府10.45倍の5都府県。中古マンションといえども、都市部では手が届きにくい状況にある。ただし、年収倍率が5倍台以下になるのは、茨城県5.92倍、群馬県5.68倍、新潟県5.31倍、富山県4.31倍、福井県5.94倍、三重県5.42倍、鳥取県5.25倍、島根県5.57倍、山口県5.07倍、徳島県5.92倍、香川県5.05倍、愛媛県5.52倍、佐賀県5.20倍の13県あり、新築マンションよりも価格的に手が届きやすいことは間違いないだろう。

東京都の年収倍率は、新築マンションも中古マンションも14倍台に

新築と中古の年収倍率の開きは、前年も2022年も2.39で変わっていない。全国的に平均年収が前年より下がったのに対して、新築も中古も全国的に価格(70平米換算)が上がったという構図だ。

マンションの最大供給エリアである首都圏に絞って見てみよう。
新築マンションでは、千葉県を除いて1都2県が過去17年間で最高値を記録した。特に埼玉県と神奈川県で、前年より大きく倍率が拡大した。東京都が小幅な拡大だったのは、平均年収が上がっていることも影響している。片や中古マンションでは、首都圏1都3県ともに前年より倍率が拡大した。首都圏全域で中古マンション価格が上昇したということだろう。

特に年収倍率が、新築マンション(14.81倍)と中古マンション(14.49倍)ではほとんど差がない、東京都に注目だ。新築マンションの年収倍率は想定できたが、中古マンションの年収倍率がここまで上がるとは驚きだ。東京都や京都府などでは、マイホームとして買う層だけでなく、投資目的や海外組が買う事例が多いことも影響しているのだろう。

●首都圏の年収倍率
■新築マンション

都道府県2022年2021年年収倍率平均年収
(万円)70平米価格
(万円)年収倍率平均年収
(万円)70平米価格
(万円)埼玉県12.384505.57011.044725.213千葉県9.774814.7019.075034.563東京都14.815788.56114.695708.373神奈川県12.424725.86410.055535.555首都圏12.474956.17411.295255.926

●首都圏の年収倍率
■中古マンション

都道府県2022年2021年年収倍率平均年収
(万円)70平米価格
(万円)年収倍率平均年収
(万円)70平米価格
(万円)埼玉県10.874504.8928.124723.832千葉県8.324814.0006.045033.037東京都14.495788.37313.355707.612神奈川県10.434724.9247.755534.285首都圏11.214955.5478.945254.692出典:東京カンテイ「都道府県別 新築・中古マンション価格の年収倍率 2022」より抜粋して編集部で作成実際に買った人の年収倍率は現実的な範囲

年収倍率だけ見ると、一部の地域を除いて、新築も中古もマンション購入のハードルが高くなったという印象を受ける。上記の年収倍率は、世帯年収(2022年首都圏平均495万円)で計算している。

実際にどの程度の年収倍率でマンションを買っているかに関しては、住宅金融支援機構の「2022年度フラット35利用者調査」で見ていこう。長期間固定金利の住宅ローン【フラット35】を利用して住宅を取得した人の世帯年収や年収倍率は、次のようになっている。

●「2022年度フラット35利用者調査」の結果
■新築マンション

年収倍率世帯年収購入価額全国7.2844.2万円4848.4万円首都圏7.8821.6万円5327.7万円近畿圏7.3832.0万円4973.9万円東海圏6.4909.6万円4434.9万円その他地域6.2872.9万円4018.5万円

■中古マンション(築年限定なし)

年収倍率世帯年収購入価額全国5.9621.5万円3156.9万円首都圏6.3637.8万円3518.0万円近畿圏5.7562.0万円2775.6万円東海圏4.8578.7万円2220.7万円その他地域4.9670.8万円2546.6万円出典:住宅金融支援機構「2022年度 フラット35利用者調査」より抜粋して筆者作成

実際にマンションを買っている人で見ると、やはり年収倍率は新築マンションで6~7倍、中古マンションで5倍前後と、現実的な範囲で買っている。買った人の世帯年収はそれなりに高いので、世帯年収が500万円を切る世帯では、マンションは遠い存在になっているかもしれない。

さて、“買いやすさ”の指標である年収倍率は上昇が続いている。ここにきて、住宅ローンの長期固定金利が上昇局面に移りつつある。マンションを買おうとしている人には厳しい環境にあるが、こうした時は背伸びをしないで、自分たちの世帯年収に見合う、長期的に無理なく返済できるマンションを探すことをお勧めする。新築マンションやリノベーション済みの中古マンションの性能は、以前より高くなっているという側面もあるので、価格だけでなく、それに見合う住宅性能であるかも見てほしい。

●関連サイト
東京カンテイ「都道府県別 新築・中古マンション価格の年収倍率 2022」
住宅金融支援機構「2022年度 フラット35利用者調査」

コンビニが撤退危機だった人口減の町に、8年で25の店がオープン。「通るだけのまち」を「行きたいまち」に変えたものとは? 長崎県東彼杵町

自分の暮らすまちで「その地域は人が減っているから、あなたの仕事はもう続けていけないよ」と言われたら、いったいどうするだろう。場所を変える、仕事を変える、撤退する……などいろいろ選択肢はあるけれど、地域に訪れる人を増やそうとする人は、そう多くいないのではないだろうかと思う。

長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町は旧千綿(ちわた)村と彼杵町が合併してできた、人口約7700人の町。過疎の進む一方だったこのまちに、近年新しいお店が続々とオープンし、活気を取り戻している。8年間で新しいお店が約25店舗オープン。50人以上が移住し、交流拠点「Sorrisoriso(ソリッソリッソ)」は、年約2万7000人が訪れる場所に。
一体ここで何が起きているのだろう?現地を訪れて話を聞いてきた。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

「まちづくりの鍵は自営業者にある」

東彼杵町は、大村湾を望む山に一面にお茶畑が広がる、海と山に囲まれた美しいまち。長崎から観光スポット、ハウステンボスへ向かう通過点にすぎないと言われてきたこのエリアに、近年、若い人たちが集う小さな店がいくつもできている。

その中心が、元JA(農業協同組合)の米倉庫を改修してできたまちの拠点「Sorrisoriso」だ。

まちの拠点「Sorrisoriso」外観。2013年には解体予定だった建物。今は県の「まちづくり景観資産」に登録されている(写真撮影/藤本幸一郎)

まちの拠点「Sorrisoriso」外観。2013年には解体予定だった建物。今は県の「まちづくり景観資産」に登録されている(写真撮影/藤本幸一郎)

Sorrisorisoの内観。中には珈琲店「ツバメコーヒー」と、お隣に地産品として有名なそのぎ茶の試飲ができる体験型のショップ「くじらの髭」が入っている(写真撮影/藤本幸一郎)

Sorrisorisoの内観。中には珈琲店「ツバメコーヒー」と、お隣に地産品として有名なそのぎ茶の試飲ができる体験型のショップ「くじらの髭」が入っている(写真撮影/藤本幸一郎)

今、Sorrisorisoの周囲にはフレンチレストラン「Little Leo(リトル・レオ)」、アンティークと古着の店「Gonuts(ゴーナッツ)」、障がい者がデザイン製作した雑貨やアート作品を販売する「=VOTE(イコールボート)」などの店ができている。

車で数分圏内には、オーガニック食の「海月(くらげ)食堂」、洋食料理人が作る鶏魚介ラーメン専門店「多々樂tatara(タタラ)」、雑貨屋「きょうりゅうと宇宙」などポップで楽しそうな店が、ここ数年の間に続けてオープン。県内外から若い人や、感度の高いお客さんが訪れるエリアになっている。
各店のオーナーはIターン者や地元の若手、Uターン者とさまざま。

元はコインランドリーだった建物に入る「=VOTE」(写真撮影/藤本幸一郎)

元はコインランドリーだった建物に入る「=VOTE」(写真撮影/藤本幸一郎)

アート作品やプロダクトが並ぶ「=VOTE」の店内。VOTE代表の坂井佳代さん(右)(写真撮影/藤本幸一郎)

アート作品やプロダクトが並ぶ「=VOTE」の店内。VOTE代表の坂井佳代さん(右)(写真撮影/藤本幸一郎)

とくに大きな資本が入って再開発が行われたわけではない。

Sorrisorisoを運営する、一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」代表理事の森一峻(もり・かずたか)さんは、地域の活動に取り組む中で、あることに気付いたという。

それは、「まちづくりの鍵は自営業者にある」というもの。

「自営業者にとって、まちに活気があるかどうかは自分の店の経営にダイレクトに影響します。だからまちのことも自分ごととして捉えることができる。同じベクトルをもてる自営業者同士がコミュニティをつくれば、まちの活動が盛んになると思ったのです」

森さん自身が旧千綿村に生まれ育ち、5年半ほど県外で働いた後、24歳でUターンして家業のコンビニエンスストアを継いだ地元の自営業者である。

森さんはLINEグループなどを使って、まちの自営業者同士が支え合うゆるやかなコミュニティをつくり、Sorrisorisoを中心に新しい店を増やす取り組みを始めていった。

フレンチレストラン「Little Leo」店内(筆者撮影)

フレンチレストラン「Little Leo」店内(筆者撮影)

鶏魚介ラーメン専門店「多々樂tatara」の「そのぎ茶つみれラーメン」(写真撮影/藤本幸一郎)

鶏魚介ラーメン専門店「多々樂tatara」の「そのぎ茶つみれラーメン」(写真撮影/藤本幸一郎)

雑貨屋「きょうりゅうと宇宙」、小玉一花さん(筆者撮影)

雑貨屋「きょうりゅうと宇宙」、小玉一花さん(筆者撮影)

新しい店を支援する「パッチワークプロジェクト」

まずはSorrisorisoで、起業したい人が小さく自営業を始めることのできるしくみ「パッチワークプロジェクト」をスタートさせる。

うまくいくかどうかわからない中で店を構えて商売を始めるのはハードルが高いもの。そこで、まずは試験的にSorrisoriso内のスペースを貸して商いを始めてもらい、お客さんがついたら独立してもらう。開業の養成所のような役割を果たす。

さまざまなカラーの店がSorrisorisoに集い、卒業した後もまちを彩る。その様を布のパッチワークに例えた。

「とくにIターンで外から入ってきた人たちには、新しい土地で商売を始めるのは難しいと思うんです。そこで僕たちが間に入って、このエリアへ出店する場合はすべて無償で移住を含めたサポートをします。空き物件を紹介したり、情報発信をしてお客さんとつないだり。名前やロゴを一緒に考えることもあります」(森さん)

一般社団法人東彼杵ひとこともの公社の代表理事、森さん(写真撮影/藤本幸一郎)

一般社団法人東彼杵ひとこともの公社の代表理事、森さん(写真撮影/藤本幸一郎)

筆者が初めてSorrisorisoを訪れたのは、2018年の夏だった。この時は「Tsubame coffee(ツバメコーヒー)」のほかに、古着やアンティークを置く店「Gonuts」がSorrisorisoで営業していた。その後「Gonuts」は独立して近くに店をオープン。

筆者が訪れる以前に、Sorrisorisoで営業していた「海月(くらげ)食堂」や「千綿食堂」はすでに独立していて、海月食堂は近くの元製麺工場を改装してオーガニックカフェレストランをオープン、千綿食堂は駅で営業していて人気があった。

そんなふうに、パッチワークプロジェクトを通して、新しい店がいくつも東彼杵町にできてきたのである。

勢いのあるエリアだという印象が広まると、佐世保市内で営業していた飲食店が、こちらへ移転してくるなどの動きも起こり始めた。

新しいお店ができる過程が自営業者のコミュニティ内で情報共有され、地元で応援する構図がSorrisorisoを中心にできていった。

例えば、フレンチレストラン「Little Leo」が千綿に移転してきた際には、みなで歓迎し、リノベーションを手伝ったのだそうだ。

フレンチレストラン「Little Leo」のリノベーション前、地域の方々や手伝ってくださる方に森さんやレストランオーナーの宮副(みやぞえ)シェフがSorrisorisoにて説明会および交流会を開催した時の様子(写真提供/くじらの髭)

フレンチレストラン「Little Leo」のリノベーション前、地域の方々や手伝ってくださる方に森さんやレストランオーナーの宮副(みやぞえ)シェフがSorrisorisoにて説明会および交流会を開催した時の様子(写真提供/くじらの髭)

地域のみなで空き家のリノベーションを手伝った(写真提供/くじらの髭)

地域のみなで空き家のリノベーションを手伝った(写真提供/くじらの髭)

「Little Leo」オープン前日のパーティー。お手伝いした人や知人を含め大勢が集まり、翌日からのオープンを祝った(写真提供/くじらの髭)

「Little Leo」オープン前日のパーティー。お手伝いした人や知人を含め大勢が集まり、翌日からのオープンを祝った(写真提供/くじらの髭)

地元の自営業者たちがサポートしてくれるとなれば、よそから移住してお店を始める人たちにとっても、どれほど心強いか。

「Iターン者の存在は、閉鎖的な町に刺激を与えてくれるなど、まちに新しい風を吹き込む意味で重要です。ただしそれを迎え入れて活躍する場を用意するUターン者や地元の人たちに関心をもってもらうのも大切。自営業者が集って楽しみながらまちの活動も進めていることで、お店だけでなく、ライターやカメラマンなどクリエイティブな仕事をする人たちも集まってきています」(森さん)

さらに地元の人がお店を新しくオープンするなど、相乗効果が生まれていった。

Sorrisorisoの裏手の道には、お店案内の看板も出ている。それほど店がありそうでない場所に店がある(筆者撮影)

Sorrisorisoの裏手の道には、お店案内の看板も出ている。それほど店がありそうでない場所に店がある(筆者撮影)

閉店勧告を受けた時、後退せずに「攻め」で進んだ

森さんがSorrisorisoを立ち上げたきっかけは、実家のコンビニエンスストア(八反田郷店)を父から引き継いだ翌年、本社から受けた勧告だった。2012年のことである。

「このままでは八反田郷店は閉めるか、ほかのエリアに移すしかない、と本社から宣告されたのです。普通なら店を閉じて後退するところなんでしょうけど、父が始めた地元店をなくすことは考えられなかった。借金背負ってでも前進しようと。翌年、八反田郷店をリニューアルした上に、資金繰りのためさらに新しい店舗を隣の川棚町でも始めて、同時にSorrisorisoをつくる動きを始めました」

この時、森さんが痛感したのは、「自分の店だけでなく、エリア全域が活気づかなければ店の継続は難しい」ということ。

コンビニは、地方ではもはやインフラである。宅配やATM、買い物など生活を支える機能は、それはそれでまちにとって大事。

それでも、森さんは、コンビニのもつ限界も同時に感じてきたと話す。デジタルマーケティングによって絞り切った商品のみを投下する、合理性の極みのようなビジネスと、Sorrisorisoで始めた、地域性や文化的な要素を大事にしながら自営業を支援する展開は、まるで方向性がちがう。

「コンビニも大事ですが、それを目指してよそからお客さんが来るというふうにはなりませんから」

地域性や人、文化を大事にする商いは、効率はよくないかもしれないけれど、持続的に地元の人たちに愛され、土地の個性を発揮する武器、キラーコンテンツにもなりえる。地域性のあるお店を大事にすることが、長い目でみれば、地域の大きな価値になる。

森さんのそうした考え方が、Sorrisorisoをはじめとする展開のベースにある。
Sorrisorisoでも、地元のそのぎ茶を試飲できたり、活版印刷機を展示していたり。地域性や文化を前面に打ち出した展開は、その後開発した「くじら焼き」にも広がっていった。

全国茶品評会で連続日本一となった地産品、そのぎ茶を店内で試飲できる。(写真撮影/藤本幸一郎)

全国茶品評会で連続日本一となった地産品、そのぎ茶を店内で試飲できる。(写真撮影/藤本幸一郎)

森さんには、生まれ育った旧千綿村の原風景がずっと頭にあった。

「昔、千綿の浜はいつも漁師さんたちでにぎわっていました。朝が早いので、昼には漁から戻った人たちが、漁港や浜でわいわい飲んでいて。

僕が8歳の時、浜でゴミを燃やしているところへスプレー缶を投げ入れて、爆発して大やけどしたことがあったんです。この時、浜にいた大人たちがすぐに僕を海に放り込んでくれたおかげで、一命をとりとめました。全身包帯でぐるぐる巻きにされて数カ月入院したのですが、危なかったと言われました。

つまり、浜に人が居たから助かったんです。あの浜の風景が自分にとっては大事。もう当時の方々は亡くなったりしているので、地域に恩送りしたい気持ちが強いんです」

元は浜だった場所が今は小さな魚港になっている(写真撮影/藤本幸一郎)

元は浜だった場所が今は小さな魚港になっている(写真撮影/藤本幸一郎)

コロナの状況下で目を向けた、地元の老舗店

2015年から2020年の5年間は、外から訪れる人の移住支援や、20~40代など若い人たちの新規起業を中心に、自営業者のコミュニティを育ててきた。だが2020年のコロナ禍によって、事態が変化。
地元に古くからある自営業者を応援しようという動きにシフトする。

森さんたちは、ひとこともの公社で運営する「くじらの髭」というウェブサイトで、地元企業30社近くを取材し、情報発信をしていった。取材の過程で、森さん自身も地元の店のことを改めて知ったのだと話す。

「例えば割烹懐石料理を楽しめる、創業96年の栄喜屋さん。美味しい店だとは思っていましたが、大将が若いころ、京都の老舗で修行されたと取材で初めて知って。鰻の炭火焼きのタレを、創業者でオーナーのおばあさんにあたる“おるい”さんが防空壕にまで持ち込んで守り抜いてきたタレであるってことも知ったんです」

そうした諸々を知って初めて「おるいさんのストーリーをアピールした方がいい」「この写真を活用するといいのでは」といったアドバイスをするような関係に。

創業96年の栄喜屋の歴史を感じさせる写真。創業者は、大将の祖母にあたる方で、森ルイさん、通称「おるい」さん(写真提供/くじらの髭)

創業96年の栄喜屋の歴史を感じさせる写真。創業者は、大将の祖母にあたる方で、森ルイさん、通称「おるい」さん(写真提供/くじらの髭)

もう一つ例を挙げると、同じく旅館兼老舗の料亭「若松屋」さん。コロナ禍でくじらカツ弁当を販売することになり、お弁当のパッケージデザインの制作に森さんが入り、地元のデザイナーとつないで、若い人にも訴求しそうなデザインに仕上げたのだそう。これが若松屋のリブランディングにもつながった。

くじらカツ弁当(写真提供/くじらの髭、撮影/小玉大介)

くじらカツ弁当(写真提供/くじらの髭、撮影/小玉大介)

森さんたちと話したのがきっかけで、お店の側でSNSも活用し始め、コロナ禍が落ち着き県外からもお客さんが訪れるようになり、すっかり繁盛しているのだとか。

この時期、こうした老舗料理屋のオーナー同士がSorrisorisoに集まった時のこと。「初めて会った」とお互いが言い合っているのを聞いて森さんは驚いたのだそう。

「何十年もこの小さなまちで同業でやってきて、組合に属していても、会ったことがないんだなって。そういう機会がないんですね。みんなその場で一緒に弁当食べたりして、さっそく仲良くなっていました」

Sorrisorisoのような「まちの拠点」があると、内外から人が集まってくる。外からふわっとやって来る人たちを、森さんたちが適材適所に導く。ただそれだけでなく、元々いたまちのプレイヤーもここを介して知り合い、新たな共同の動きを始めている。地元の民間事業者同士のつながりも強くなり、外の人を受け入れる土壌ができているのだ。

地域の文化に目を向ける さらなる展開の広がり

これまでの取り組みが評価され、2020年には九州電力との協業もスタート。2022年には新たに複合施設「uminoわ」がオープンした。

「uminoわ」外観。コインランドリーをはじめ、喫茶「CHANOKO」、服のお直しをしてくれる縫製場、子どもの遊び場、観光案内所といった機能が内包され、たい焼きならぬ「くじら焼き」を商品開発し、出張販売も行っている(写真撮影/藤本幸一郎)

「uminoわ」外観。コインランドリーをはじめ、喫茶「CHANOKO」、服のお直しをしてくれる縫製場、子どもの遊び場、観光案内所といった機能が内包され、たい焼きならぬ「くじら焼き」を商品開発し、出張販売も行っている(写真撮影/藤本幸一郎)

「くじらの髭」プランニングマネージャーの池田晃三さん(左)と、「CHANOKO(チャノコ)」のストアマネージャー兼ブランドマネージャーでありパティシエの中村雅史さん(右)(写真撮影/藤本幸一郎)

「くじらの髭」プランニングマネージャーの池田晃三さん(左)と、「CHANOKO(チャノコ)」のストアマネージャー兼ブランドマネージャーでありパティシエの中村雅史さん(右)(写真撮影/藤本幸一郎)

「uminoわ」内観(写真撮影/藤本幸一郎)

「uminoわ」内観(写真撮影/藤本幸一郎)

2022年秋には、ひとこともの公社が、「国土交通大臣賞 地域づくり部門」を受賞。

森さんは、今、さらに新たな会社を通して、人と人のつながりを東彼杵町の中だけでなく長崎県全域、ひいては九州に広げようとしている。各地に拠点をもつプレイヤーがつながり合うことで、お互いに協力し合ったり、情報交換したり刺激し合うことができる。

筆者が、全国で行われているさまざまなまちづくりの例を見てきて思うのは、地域に活気を取り戻そうとする行為は、とどのつまり、人と人のつながりを繋ぎ直すことに集約されるのではないかということ。

一度途切れてしまったつながりを地域内でつなぎ直すという意味もあるし、新しく入ってきた人と地元の人をつなぐ、地域をこえて外の人同士がつながり刺激し合う。
Sorrisorisoでの取り組みにはそのすべてが含まれていた。

東彼杵町の「ひとこともの」をつなぐ取り組みは、いまも続いている。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

●取材協力
Sorrisoriso ひがしそのぎの情報サイト「くじらの髭」

東日本大震災の”復興建築”を巡る。宮城県南三陸町の隈研吾作品や石巻エリア、坂茂設計の駅舎など、今こそ見るべきスポットを建築ライターが紹介

2011年3月11日に発生した東日本大震災。津波によって多くの人命が失われ、街の主要な機能が流されてしまった東北の沿岸地域では、復興が急ピッチで進められました。同時に、惨劇を二度と繰り返さないために、地震が発生したときにどのようにふるまうべきか、教訓を語り継いでいくための取り組みが行われています。
紙媒体やインターネットを通じたアーカイブも充実していますが、やはり現地を訪れてこそ感じ取れることがあるのも確か。特に被害の実態や被災者の生の声を伝える資料をコンテンツとしていかに体験してもらうか、建築家やデザイナーが綿密な計画を練った復興建築を巡ることは、被災地から離れた地域に住む人にとって有効なツアーになるのではないでしょうか。

今回、各地の建築やまち歩きをライフワークにしてきた筆者が、都内からも比較的アクセスしやすい宮城県石巻市を中心に、宮城県の三陸海岸エリアの復興建築をレポートします。前編では三陸海岸の北側、岩手県沿岸部を紹介していますので、合わせてご覧ください。

東日本大震災の”復興建築”を巡る。今こそ見るべき内藤廣・乾久美子・ヨコミゾマコトなどを建築ライターが解説 岩手県陸前高田市・釜石市

海と川、2方向から津波が襲った石巻市

仙台市から電車で1時間、国内有数の水揚げ量を誇る漁港の町として知られる石巻市には、市街地の中心に旧北上川という河川が流れ、川が見える風景が長らく市民の生活とともにありました。しかし東日本大震災時にはこの旧北上川を逆流した津波が市内に流れ込んだことで大きな被害を生み、河岸部分に防潮堤を築くことになります。それでも少しでも川とともにある生活を受け継ぐことを意図してデザインされたのが、大きくゆとりをもたせ広い散歩道として整備された防潮堤でした。一段低い市街地から防潮堤に架け渡すように設計された建築も見られ、市民の憩いの場として川と街をつないでいます。
東日本大震災からの復興にあたっては、防災のために巨大な土木スケールの防潮堤を築くことに対し、古くからの町の風景が失われてしまう葛藤がどの地域にもありました。人命には替えられないと、防潮堤の建設は進められていきましたが、デザインの力によってその間を取り持つ可能性が示されているように感じます。

河岸に整備された散歩道(写真撮影/筆者)

河岸に整備された散歩道(写真撮影/筆者)

防潮堤に設置された東屋は、仮設的で華奢なデザイン。設計は萬代基介建築設計事務所による(写真撮影/筆者)

防潮堤に設置された東屋は、仮設的で華奢なデザイン。設計は萬代基介建築設計事務所による(写真撮影/筆者)

防潮堤と市街地をつなぐブリッジのように建つ、観光情報施設「かわべい」(写真撮影/筆者)

防潮堤と市街地をつなぐブリッジのように建つ、観光情報施設「かわべい」(写真撮影/筆者)

復興が進んだ中心部に対し、痛ましい被害の様子が伺えるのが南の沿岸部側。津波により被災した門脇小学校は、震災遺構として遺され見学ができるようになっています。震災時に発生した津波火災によって黒焦げに焼けた校舎は、見学用のルートが真横に新設され、間近で見ることができます。
少し小高い日和山を背に立つ門脇小学校では、発災時に校舎内にいた児童は迅速に山へ避難し津波を逃れることができました。一方で校庭に集まった住民の多くが津波の被害に合いました。少しの判断の差が生死を分けた現実は、悔やんでも悔やみきれません。その教訓を風化させまいという残された人々の想いが、校舎を取り壊すことなく保存する決断につながっています。ご遺族の言葉も、資料とともに展示されることで画面越しで見るのとは違う切実さを、訪れる人に与えているのではないでしょうか。

石巻市震災遺構門脇小学校の外観。右側に見えるボックス状の回廊が、新設された見学ルート(写真撮影/筆者)

石巻市震災遺構門脇小学校の外観。右側に見えるボックス状の回廊が、新設された見学ルート(写真撮影/筆者)

校舎1階部分。左手側の旧校舎は被災当時のまま残され、通路から見学することができる(写真撮影/筆者)

校舎1階部分。左手側の旧校舎は被災当時のまま残され、通路から見学することができる(写真撮影/筆者)

門脇小学校からさらに南へ向かうと、更地になった海岸部に整備された広大な復興祈念公園が見えてきます。中心に位置するのが「みやぎ東日本大震災大津波伝承館」です。こちらは語り部として活動している被災者のメッセージに加え、津波のメカニズムなど震災を科学的な視点から紹介するコーナーなど、より包括的に震災の記録がアーカイブされた施設となっています。市が運営し、石巻市にフォーカスした門脇小学校と、宮城県が運営する伝承館、さらにその中間には市民により運営されている「伝承施設MEET門脇」があり、それぞれの視点で伝承のための活動が行われています。さらに町の中心部では、津波被害に限定せず、石巻市の歴史や市民の生活そのものを知ってもらう展示がなされた場所も見られました。町の魅力を伝えることで興味をもってもらう、そのうえで津波被害について学ぶことは、ただ単に事実を見せられるのとは違う印象を与えるのだと思います。

復興祈念公園の遠景。防潮堤が海との境界になっている。左手前に見えるのが伝承館で、庇最上部の位置まで津波が達した(写真撮影/筆者)

復興祈念公園の遠景。防潮堤が海との境界になっている。左手前に見えるのが伝承館で、庇最上部の位置まで津波が達した(写真撮影/筆者)

石巻市に限らず、こうした伝承施設は特定のエリアに集中して建てられるケースが多く見受けられます。遠方から訪れた観光客は、そうした施設を順に見て回る人も多いでしょう。そのなかでいかにして被害の実態を記憶にのこるかたちで伝えていくか。官民それぞれの取り組みが重なり合いながら、相互に補い合って伝承している石巻は、町全体で展示デザインがなされているように感じるほど、震災にまつわる豊富な学びのある町でした。

中心部から離れた高台に新設された「マルホンまきあーとテラス」。大小のホールや市立博物館を備えた文化施設の設計は、藤本壮介建築設計事務所によるもの(写真撮影/筆者)

中心部から離れた高台に新設された「マルホンまきあーとテラス」。大小のホールや市立博物館を備えた文化施設の設計は、藤本壮介建築設計事務所によるもの(写真撮影/筆者)

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震災の記憶を次世代に。伝える取り組みや遺構が続々と

新しく整備されたプロムナードで海産物を楽しむ女川

石巻からさらに電車で30分、町の中心部全体が浸水し町の主要な機能が失われてしまった女川町では、中心市街地全体を盛土により嵩上げし、居住区域を高台に移す復興がなされました。これにより防潮堤の高さを制御し、町から海が見える風景が守られました。そして震災後の新たなシンボルとして、世界的建築家の坂茂氏設計による駅舎が建てられました。

長年、建築家としての設計活動と並行して、世界中の災害現場や難民キャンプで仮設住宅など避難用の建築のデザインや施工をボランティア活動として取り組んできた坂氏は、東日本大震災でも東北各地で復興支援活動にあたりました。避難所での生活にプライベートな空間を確保するためのダンボール間仕切りの提供のほか、ここ女川では輸送用コンテナを活用し短期間での施工を可能にした仮設住宅の設計を手掛けています。この仮設住宅設計後も継続的に女川に関わり、近隣の仮設住宅に住む住民への聞き取り調査を行っていた坂氏は、狭い仮設住宅のユニットバスでは望めない、ゆったりくつろげる銭湯が多くの方に望まれていることを知ります。その矢先に、女川駅の設計を依頼された坂氏は、駅舎と温浴施設を一体的にデザインする提案を行いました。災害復興への長年の取り組みあってこそのデザインだったと言えるでしょう。

女川駅全景。白い膜でつくられた大きな屋根が象徴的なデザイン(写真撮影/筆者)

女川駅全景。白い膜でつくられた大きな屋根が象徴的なデザイン(写真撮影/筆者)

女川駅の展望台から海方向を見る。海への見晴らしが維持された(写真撮影/筆者)

女川駅の展望台から海方向を見る。海への見晴らしが維持された(写真撮影/筆者)

「海が見える終着駅」として知られる女川駅からは、駅舎からまっすぐ海へと向かってプロムナードが延び、その両サイドに地産の食材が楽しめる料理屋や土産物屋が並びます。星野リゾートのホテルの設計などで知られる建築家の東利恵氏が手掛けた、シーパルピア女川です。漁港の町らしい木造の家屋が立ち並び、個性のある商店が店を構え、分棟形式の隙間には庭が整備されています。決して多くはない商店を、単純に横並びにするのではなく前後の奥行きをもたせて配置することで、散策しながら買い物を楽しむことができるよう計画されたデザインです。

観光客であふれるシーパルピア女川(写真撮影/筆者)

観光客であふれるシーパルピア女川(写真撮影/筆者)

中・小規模の建屋が雁行するように連なり、隙間の空間を散策できる(写真撮影/筆者)

中・小規模の建屋が雁行するように連なり、隙間の空間を散策できる(写真撮影/筆者)

女川にも、観光客が必ず目にするであろう場所、プロムナードの突き当りに、津波の猛威を示す震災遺構が遺されています。鉄筋コンクリート造の建物が基礎ごと引き抜かれ、横倒しにされた光景がメディアを通じて大きな衝撃を与えた旧女川交番です。被災当時のままの状態で保存され、その周囲を取り囲む回廊が新たに設置されました。回廊に掲げられたパネルには、女川町の震災被害や復興までの歩みが記されています。小さいながらも強いメッセージを発する震災遺構です。

横倒しになった旧女川交番。剥き出しになった杭が津波の威力を伝えている(写真撮影/筆者)

横倒しになった旧女川交番。剥き出しになった杭が津波の威力を伝えている(写真撮影/筆者)

隈研吾氏設計の建築が集まる南三陸町

石巻駅から電車とバスを乗り継ぎ2時間弱、南三陸町も復興建築が集中するエリアです。津波によって線路が流されてしまったため、中心部にある志津川駅はBRT(バス高速輸送システム)の停留所として使われています。

駅の目の前で一際目を引くのが、新国立競技場の設計などで知られる建築家・隈研吾氏設計による「南三陸ポータルセンターアムウェイハウス」。南三陸産の木材を用いたルーバーは平行ではなく放射状に配置され、建物内部に視線が引き込まれるようにデザインされています。アムウェイハウスは被災地の地域コミュニティの再生支援を行う施設として、ここ南三陸を含む東北3県7箇所に設置されています。

隈研吾氏は2013年から継続的に南三陸町の復興計画に携わり、一帯のマスタープランも手掛けています。地元の海産物を楽しめる商店街さんさん市場、駅とメモリアルパークを結ぶ中橋、そしてこのアムウェイハウスです。メモリアルパークには、津波襲来の直前まで避難を呼びかける様が大きく報じられた南三陸旧防災庁舎が震災遺構として遺されており、多くの観光客が日々訪れています。駅から市場へ、メモリアルパークから山方向にある神社へ、2つの軸線の中間に位置するアムウェイハウスには、人の流れを誘発するように穴が設けられています。マスタープランがあってこそ生まれたデザインです。

南三陸ポータルセンターアムウェイハウス。斜めに傾いたいくつもの立体が統合されたデザイン(写真撮影/筆者)

南三陸ポータルセンターアムウェイハウス。斜めに傾いたいくつもの立体が統合されたデザイン(写真撮影/筆者)

南三陸さんさん市場。シンプルな構成により、低コスト化と短納期化を図っている(写真撮影/筆者)

南三陸さんさん市場。シンプルな構成により、低コスト化と短納期化を図っている(写真撮影/筆者)

メモリアルパークから駅方向を見たところ。右手前に鉄骨フレームだけとなった旧防災庁舎が見える(写真撮影/筆者)

メモリアルパークから駅方向を見たところ。右手前に鉄骨フレームだけとなった旧防災庁舎が見える(写真撮影/筆者)

東日本大震災による被害の状況は、発災当時メディアを通じて視覚的なイメージとして発信されていました。その光景はどの町も同じように悲惨なものとして、記憶に焼きつけられているのではないでしょうか。しかし震災から10年以上が経ち、新しいコミュニティが築かれ新たな町として生まれ変わった被災地の現状は、町ごとに、エリアごとに異なる復興が行われ、それぞれの歩みを進めています。その土台としてデザインされた復興建築を巡ることは、東北の今を知るきっかけとして気軽にできる最初の一歩になるのではないかと思っています。

●取材協力
門脇小学校

既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説

政府はいま、住宅の省エネ化を加速している。特に新築住宅では、建築する際に求められる省エネ性能の基準を2030年までにZEH水準に引き上げる考えだ。一方で、既存のマンションはその多くが現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準に引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。そこへ、積水化学工業とリノベるが協業して、既存マンションのZEH水準リノベーションの提供を始めたというのだ。

【今週の住活トピック】
既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始/積水化学工業・リノベる

ZEH(ゼッチ)水準とは?ZEHとは違うの?

まず、ZEH(ゼッチ)とは何かについて、説明しよう。
ZEHとは、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロ以下にしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーを創り、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに太陽光発電設備を設置できる屋上の面積が広くないなどの制約がある。そこで政府は、建物の階数が高くなるほど太陽光発電などの再生エネルギーによる削減の基準を緩める形で、ZEH水準を定めている。

政府が定めたマンションのZEHの定義は次の4種類があり、1~3階建ては「ZEH-M」か「Nearly ZEH-M」を、4~5階建ては「ZEH-M Ready」、6階建て以上は「ZEH-M Oriented」を目指すべき水準としている。なお、いずれの場合も、再生エネルギーを除いた状態で、基準一次エネルギー消費量から20%以上削減することが条件となる。

○マンションの4種類のZEH
ZEH-M(ゼッチマンション):再生エネルギーを含めて100%以上を削減する
Nearly ZEH-M(ニアリーゼッチマンション):再生エネルギーを含めて75%以上100%未満を削減する
ZEH-M Ready(ゼッチマンションレディ):再生エネルギーを含めて50%以上75%未満を削減する
ZEH-M Oriented(ゼッチマンションオリエンティッド):再生エネルギーの導入を条件としない

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを行う方法は?

今回提供を開始した、積水化学工業とリノベるが協業するZEH水準リノベーションは、住戸で「ZEH Oriented」に適合するようにしている。合わせて、建築物省エネルギー性能表示制度のBELSでは★5,リノベーション協議会の基準ではR1エコ★★の取得もするという。

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

まず、ZEH化の断熱改修では、積水化学グループの「マルリノ」の断熱特許工法を活用する。「グリーンシティ鷺沼」の事例では、住戸をスケルトンにした状態(上の写真)では、外気温34.6度のときには壁面温度も同程度になっているが、壁面の断熱工事後(内窓設置前=下の写真)では、外気温36.0度のときに31.8度になっている。

○断熱改修前(スケルトン)

断熱改修前(スケルトン)

○断熱改修後(内窓設置前)

断熱改修後(内窓設置前)

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

さらに、樹脂サッシLow-E複層ガラスの内窓を設置し、高効率のエアコン、エコジョーズ(高効率給湯器)、高断熱浴槽などの設備を設置することで、ZEH水準に適合させる。光熱費削減シミュレーションをしたところ、ZEH水準化によって光熱費が約30%削減できるという。

このZEH水準リノベーションによる追加の費用は、300万円(税抜き)弱。この額は、通常並みに間取り変更や一般的な設備にリノベーションした場合の費用を除き、スケルトンから断熱等級5への断熱工事費用や内窓の設置費用、設備を高効率なものにグレードアップした差額などによる。両社によると、この追加費用による住宅ローン返済額のアップ分は、光熱費の削減分でカバーでき、住宅ローン減税のZEHによる上乗せ分などの支援制度でさらに経済的メリットが見込まれるという。

今後、ZEH水準リノベーションは、区分マンションの買取再販事業、個人向けのリノベーション請負事業、法人向けのリノベーション請負事業の3つのチャネルで展開される予定だ。

カーボンニュートラル実現に向けて、既存住宅の省エネ性能向上に期待

説明してきたように、新築の住宅では法規制により、省エネ基準の適合、さらにはZEH水準への対応が進んでいくと考えられる。一方で、既存の住宅はその時々の省エネ基準に適合しているため、現行の省エネ基準よりも低い性能で建てられているものが多い。そのため、省エネ性能を引き上げる改修を行わないと、新築住宅と既存住宅の省エネ性能の開きが大きくなる一方だ。

カーボンニュートラル社会が実現するためには、既存の住宅の省エネ性能の向上が進むことが必要になる。また、新築と比べて省エネ性能が劣る中古住宅には、買い手がつきにくいという問題も考えられる。

特に、住宅の構造を共有するマンションなどの集合住宅では、一戸建ての改修よりも制約を受けやすい。既存のマンションでもZEH水準化するリノベーションが可能だということなので、こうしたリノベーションが進むことが期待される。

マンションの省エネ性能が高くなると、それ以前より夏は涼しく冬は暖かいといった、快適な室内環境で過ごすことができる。さらに、ヒートショックのリスクが減ったり、結露が解消してカビなどを吸い込む健康被害を抑制する効果もある。中古マンションを改修する際には、ぜひ省エネ性能を引き上げるリノベーションを検討してほしい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

世界の名建築を訪ねて。建物の30%がリサイクル素材! スティーヴン・ホールによる「Cofco Cultural and Health Center(コフコ文化&健康センター)」/中国・上海市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載11回目。今回は、中国・上海市、約7,500平米という広大な敷地に立つ2021年に誕生した住宅街の交流施設「Cofco Cultural and Health Center(コフコ文化&健康センター)」(設計:スティーヴン・ホール・アーキテクツ(Steven Holl Architects))を紹介する。

地域コミュニティに貢献するサステナブル建築

中国の上海にある「コフコ文化&健康センター」は、健康的な生活と文化交流を促進させるために、近隣の大きな住宅コミュニティにグリーンのパブリック・スペースを提供するという社会的使命をもっている。

(c)Aogvision

(c)Aogvision

敷地面積約7,500平米の公園のような大きな敷地に位置する建物は、社会的な“コンデンサー“(建築には社会的行動に影響を与える能力があるというソビエト構成主義理論の考え方)となることを目指しており、上海の浦南運河沿いの周辺住宅地域に対し、近隣コミュニティが待ち焦がれているパブリック・スペースやランドスケープ・エリアとなるよう、近隣住民の期待に応えるべくデザインされた。

浦南運河は、上海の南側にある杭州湾から北側の内陸に10kmほど入ったところを、東西に長く延びる運河である。この運河沿いに位置する「コフコ文化&健康センター」の近隣には、大きなハウジング・ブロックが広範囲にわたって展開している。

“Clocks and Clouds”(時計と雲)に着想を得たデザイン

これらのハウジング・ブロックの建築デザインは、同じような繰り返しのデザインとなっているが、建物の空間はエネルギーに満ち、開放性に富み、全コミュニティの住人をレクリエーションや文化的プログラムへと誘っている。健康願望の達成に励む人たちは、全体の中核施設であるヘルス・センターに足しげく通っている。

スティーヴン・ホール・アーキテクツのポスト・コロナ建築戦略に沿って、建物はグリーン・スペースを取り込み、新鮮な空気と自然光を最大に導入し、オープンなサーキュレーションと広いパブリック・スペースを特徴にしている。

ランドスケープと二つの新しい建物は、哲学者カール・ポパー(オーストリア出身のイギリスの哲学者)の有名な1965年のレクチャー、“Clocks and Clouds”(時計と雲)のコンセプトにより導入された。ランドスケープは時計のような大きな円形となり、中心となるパブリック・スペースを構成し、建物は雲のようなユニークな形態をした開口部と開放性を有している。

薄いグレー色のコンクリートでできた延べ床面積約6,000平米の「文化センター」は、1階のガラス張り透明空間にカフェ、ゲーム&レクリエーション・ルームを擁している。2階へ向けて徐々に上昇していくカーブしたスロープを歩いていくと、見下ろし風景の連続的な変化が楽しめる。これはフランスの著名20世紀建築家、ル・コルビュジエが言った有名な”建築散歩”の好例である。

(c)Aogvision

(c)Aogvision

(c)Aogvision

(c)Aogvision

同じような薄いグレーのコンクリートをまとっている延床面積約1,500平米の「健康センター」は、中心部にあるランドスケープ・スペースによって建物形態が形成されており、雲のような部分とランドスケープ全体との緊密な関係を助長している。「文化センター」と「健康センター」という二つの建物は共にグリーン・ルーフをもち、上部から見下ろしたり、近隣のアパートメント・ビルから眺めると、緑のランドスケープ・スペースに溶け込んで一体になったように見えて素晴らしい。

建物全体の30%がリサイクル材料!のサステナブル建築

2021年に完成した「コフコ文化&健康センター」は、主なサステイナブル・デザインとして、最大限のグリーンやオープン・スペースを擁し、リサイクル材料を建物全体の30%に使用している。またセントラル冷暖房システムを採用し、CO2モニタリング・システム、蓄熱システム、生活排水&雨水のリサイクルなど、広範囲にわたってサステイナブル・デザインを実現している。ヘルシーな生活と文化交流を促進する二つの建物は、大きな近隣住宅コミュニティに対し、グリーン・パブリック・スペースを提供するなど、多くの地域貢献に役立っている。 

(c)Aogvision

(c)Aogvision

●関連サイト
Cofco Cultural and Health Center

”シャッター街”と呼ばれた「柳ヶ瀬商店街」が、今ディープなおしゃれスポットに。定期イベント「サンデービルヂングマーケット」等で活気 岐阜県岐阜市

古き良きレトロな雰囲気のアーケード街が広がる、岐阜県岐阜市の「柳ヶ瀬商店街」。数年前まではシャッター街だったが、近年は若者も多く訪れ、活気を取り戻している。「サンデービルヂングマーケット」をはじめとする定期開催のイベントもにぎわっている。仕掛け人である「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」のメンバーに話を聞き、街を歩いた。

「柳ヶ瀬ブルース」で全国的にブレイクするも、時代の流れで衰退

名鉄岐阜駅から徒歩10分ほどで到着する「柳ヶ瀬商店街」は、岐阜県岐阜市にある。天候を気にせずぶらぶらできる昭和生まれのアーケード街があり、本通りの「フローレンス柳ケ瀬」の東西の入口では、頭の上から5体のイタリア彫刻が来客を見守る。これらは、岐阜市と姉妹都市であるイタリア・フィレンツェにちなんだものだそうで、1991(平成3)年のアーケード改装時に設置されたものだそうだ。 

柳ヶ瀬商店街のアーケードの中にある、水路に沿って延びる路地「アクアージュ柳ヶ瀬」。入口は古代イタリアの装飾を模しているといい、円柱もステンドグラスも全てがレトロ(写真撮影/本美安浩)

柳ヶ瀬商店街のアーケードの中にある、水路に沿って延びる路地「アクアージュ柳ヶ瀬」。入口は古代イタリアの装飾を模しているといい、円柱もステンドグラスも全てがレトロ(写真撮影/本美安浩)

柳ヶ瀬エリア一帯は、明治30年ごろから盛り場としてにぎわった。大正時代になると、博覧会ブームで「内国勧業博覧会」などが柳ヶ瀬で開催され、商業の街として大きく発展。呉服店が多数開業してトレンドの地となり、界隈をぶらつく「柳ぶら」という言葉も生まれたという。

戦後、空襲によって焼け野原になるものの、バラック小屋での劇場興行がいち早く再開したことで、娯楽の街として再び繁栄。1960(昭和35)年には県下初の全天候型アーケードが完成し、1966(昭和41)年には美川憲一が歌う歌謡曲「柳ヶ瀬ブルース」が全国的にヒットした。「チャームタマコシ(後のファッションビル『岐阜センサ』)や「岐阜タマコシ(後のファッションビル『岐阜センサPartⅡ』)」、「岐阜近鉄百貨店」「岐阜高島屋(2024年7月末で閉店の予定)」などが建ち、このころには一大繁華街として全国にその名を轟かせていた。

時代は平成に入り、人々の移動手段が公共交通から自動車へ移ると、郊外型モールに客層が流れ、大型商業施設が相次いで撤退。「岐阜高島屋」以外のビルは次々に閉店した。それらの跡地は長年放置され、“シャッター商店街”といわれるようになっていった。

柳ヶ瀬で商売をしていた人たちが自発的にイベントを企画

そんな柳ヶ瀬商店街だが、令和の現在、「サンデービルヂングマーケット実行委員会」としてイベントを企画・運営する組織も立ち上がり、新たな展開を見せている。コロナ禍を経て、出店は140店舗。カフェやギャラリー、アパレルショップなど、若い人たちを取り込んでいる。「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」のクリエイティブディレクターである末永三樹さんと、同社の事務局の福富梢さんにお話を聞いた。

「『柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社』では、柳ヶ瀬を愛するメンバーが、新たな時代を生きる商店街を目指して、ここにしかないモノや空間の創造にチャレンジしています。具体的には、マーケットの企画・運営のほかに『ロイヤル40』や『マルイチビル』などの遊休不動産の再生・運営・管理、公共空間の利活用、柳ヶ瀬のまちの情報発信などを行なっています」(福富さん)

柳ヶ瀬の「Yポーズ」を披露! クリエイティブディレクターで一級建築士、株式会社ミユキデザイン代表取締役でもある末永三樹さん(左)と、同社の事務局の顔でイラストもプロ級の福富梢さん(写真撮影/本美安浩)

柳ヶ瀬の「Yポーズ」を披露! クリエイティブディレクターで一級建築士、株式会社ミユキデザイン代表取締役でもある末永三樹さん(左)と、同社の事務局の顔でイラストもプロ級の福富梢さん(写真撮影/本美安浩)

柳ヶ瀬の街の20年ほどの変遷を目にし、まちづくりに関わってきた末永さんは次のように話す。
「柳ヶ瀬商店街は、今から10年から12年くらい前がどん底でした。全国の多くの商店街と同じように寂れ、ほとんどの店舗のシャッターが閉まった状態。車で気軽に行ける距離に『マーサ』や『モレラ』『イオンモール』といった大型商業施設ができたことや、商店街に関わる人々が高齢化して、新しい人を取り込むことができていないことも要因でした。

もともとこの地域に長く住んでいた人達もいましたが、戦後の復興で柳ヶ瀬が商業地になったことで、敷地をテナントとして人に貸したケースが多く、そこが抜けると次のお店が入らないのです。かつて景気がいい時代があり、当時の家賃は今の13倍で、それが急降下をしたものですから、貸し手と借主側の家賃や広さのマッチングがうまくいかず、そのままになっていたのです」

スナックなどの呑み屋が集まる小柳町周辺は、夜になると明かりが灯るディープな界隈(写真撮影/本美安浩)

スナックなどの呑み屋が集まる小柳町周辺は、夜になると明かりが灯るディープな界隈(写真撮影/本美安浩)

2人が在籍する、「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」の前身としてそれまで存在していたのが、「サンデービルヂングマーケット実行委員会」だ。この実行委員会発足のきっかけは、柳ヶ瀬の街で商売をしていた人々が、「街に新しいお客さんを呼び込もう!」と考えてイベントを始めたことだった。

2010年のオープン後間もなく柳ヶ瀬を代表する和菓子店となった「ツバメヤ」や、古書店「徒然舎」、雑貨店店主など、それまでローカルフリーペーパーを発行していた仲間達が、「ハロー!やながせ」というイベントを企画。街に若者を呼び込み、柳ヶ瀬の魅力を知ってもらおうと、年1回、商店街のアーケード下や空き店舗などを使って、古本市やワークショップ、マルシェなどを開催した。1日だけの開催でなく、1週間、1カ月と続く長期のイベントを企画したこともあった。

商店街にあるおしゃれなコーヒースタンド「coffee stand TIROL」。世界観のある壁の絵を描いたのは、柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社の福富さん!(写真撮影/本美安浩)

商店街にあるおしゃれなコーヒースタンド「coffee stand TIROL」。世界観のある壁の絵を描いたのは、柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社の福富さん!(写真撮影/本美安浩)

「coffee stand TIROL」で一番人気の「杏仁コーヒー(650円)」は、おやつ感覚のドリンク。近年は20代から40代くらいの若い人達も商店街に出店している(写真撮影/本美安浩)

「coffee stand TIROL」で一番人気の「杏仁コーヒー(650円)」は、おやつ感覚のドリンク。近年は20代から40代くらいの若い人達も商店街に出店している(写真撮影/本美安浩)

末永さんは振り返る。
「イベントには集客があり、それなりに手応えがありました。でもみんな本業もあるので大変だったし、継続的にお客さんが来るわけでもない。次第に『誰が何のためにやっているんだっけ?』と思うようになり、負担を感じて、『1回、おこう』という話しになったんです」。
ちなみに「おく」とは、岐阜の方言で「止める」という意味だ。

工事中の目隠しにも、学生がイラストを描いて商店街をにぎやかに(写真撮影/本美安浩)

工事中の目隠しにも、学生がイラストを描いて商店街をにぎやかに(写真撮影/本美安浩)

アーケードの下、商店街に出店できるイベントを立ち上げる

「イベントでは継続するお客さんをつくることはできないとわかったけど、何かしないとヤバい。柳ヶ瀬商店街がどうにもならなくなる前に、何かできないかな?と模索したのが2012年ごろでした」と末永さん。

末永さんの本業は設計事務所を営む建築士なので、店舗再生を手掛けたり、リノベーションしたビルに店舗を招致したりという経験もあった。それでも、商店街再生への案は浮かばなかった。

「商店街再生に関して、すでにそのころ、全国的な動きが始まっていました。参考にしたいイベントの一つに、兵庫県神戸市の公園で行われる『湊川公園手しごと市』があり、そこに視察に行きました。すると、話を聞いた街の再生の専門家に言われたんです。『かっこいい場所やお店をつくれば、人が自然とやってくるような時代ではない。建物のことを考えるのは最後で、まずは街の中で、お客さんがいる場所にお店を出すことを考えないと』って。そこで、私たちには、アーケードがかかっていて雨風が凌げて、人が行き交う場所があるじゃないかと気がつき、もとからいる商店街の人が出店したり、新規参入した人が商店街の中にお店を出したりできるようなイベントをつくろうと考えました」

当時、東海エリアで毎月28日に定期開催していた愛知県名古屋市の「東別院てづくり朝市」を参考に、月1回決まった日に開催して、お客さんに覚えてもらう仕組みをつくることにした。これが「サンデービルヂングマーケット」の始まりだった。

通常、商店街でイベントを行うとなると多くの配慮が必要だが、柳ヶ瀬の商店主たちは当初から歓迎ムードだったという。「岐阜柳ケ瀬商店街振興組合連合会」と連携して運営し、準備が整った。1年目はサンデービルヂングマーケット実行委員会の主導で開催した。

2014年にスタートして、現在は毎月第3日曜日と偶数月の第1日曜日に定期開催しているイベント「サンデービルヂングマーケット」。この日は柳ヶ瀬の街全体に、飲食や物販などの100を超える店舗が並ぶ。「アート&クラフト」「ブック&アンティーク」「スナック&スイーツ」「野菜」「カフェ」「ディッシュ」「キッチンカー」と、カテゴリーもさまざまだ。開催の1カ月前にはホームページで出店者を発表して、来場者の期待感を膨らませている。

「月1回のイベントでも、5000人の来客で1軒が1日30万円売り上げれば、商店主の生計は成り立ちます。ここで新たに出店してみたいという人なら、商店街の空き店舗で、小さくビジネスを始められるのもいいところ。『ハロー!やながせ』では、若い人が柳ヶ瀬でやりたいことを試しました。一方『サンビル(サンデービルヂングマーケットの略、以下同)』では、商店街に新しいお店を呼んで、新しいお客さんをつくることを目標にしたところが違いだと思います」

柳ヶ瀬本通のアーケード(写真撮影/本美安浩)

柳ヶ瀬本通のアーケード(写真撮影/本美安浩)

ちなみに、出店料は通路のブロック6×6マス分の区画で4000円とリーズナブル。
新規出店だけでなく、商店街の既存店が店頭の区画に露店を出したり、この日のために新商品を考案して販売したりするケースもあるという。例えば、オーガニック系雑貨店が、「サンビル」で新たにキャンドル販売を始めた事例などがあった。また、商店主が店の前の区画を新規店に貸しつつ、そのブースの横でセットで販売できるような商品を並べたこともある。区画の貸し手側と借り手側の距離感が近く、相乗効果を生み出している。

「サンデービルヂングマーケット」の様子。コロナ禍以降は規模を分散して月2回開催している(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

「サンデービルヂングマーケット」の様子。コロナ禍以降は規模を分散して月2回開催している(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

ほかにも、同社主催のイベントとしては、毎月第4日曜日に商店街の古道具店や輸入雑貨を取り扱うアンティークショップが出店する「GIFU ANTIQUE ARCADE」を開催。こちらは、柳ヶ瀬商店街の古道具店「古道具mokku mokku」の店主がオーガナイザーとなる蚤の市で、県内外のアンティーク好きが集まる。柳ヶ瀬のレトロでミックスされた雰囲気と合わさって、「サンビル」とは少し異なる客層が目当てにする人気イベントとなっている。

アンティークショップや古道具店が並ぶ「GIFU ANTIQUE ARCADE」(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

アンティークショップや古道具店が並ぶ「GIFU ANTIQUE ARCADE」(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

さらに、11月19日(日)から12月31日(日)にかけては、「柳ケ瀬日常ニナーレ」という、地域のあちこちで体験プログラムやアクティビティに参加できるイベントも開催される。福富さんによると、「今年のコンセプトは『ローカル×ローカル』。商店街のお店のオーナーさんが、自分たちの商品や技術を使って、訪れたお客さんや新たな出店者さんと交流できるようなプログラムを企画している最中です」とのこと。

「柳ヶ瀬があなたの日常になーれ。」の想いを込めて、商店街の店主の技を体験する企画などが用意された「柳ケ瀬日常ニナーレ」。今年は11月19日からスタート(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

「柳ヶ瀬があなたの日常になーれ。」の想いを込めて、商店街の店主の技を体験する企画などが用意された「柳ケ瀬日常ニナーレ」。今年は11月19日からスタート(写真提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

柳ヶ瀬エリアの価値を高めることで、次の世代につなぐ

「新しく何かを始めようという人達が街に集まってくると、街の雰囲気が明るくなります。『柳ヶ瀬で、ずっとイベントを続けたいよね』と、みんなが商店街の未来を語れるようになりました」と末永さん。

柳ヶ瀬の魅力を尋ねると、「世代ごとに惹かれるものがあると思います。30代後半から40代前半なら、かつては周辺に『岐阜パルコ』があったり『センサ』があったりして、親に連れられてきた特別な場所です。そんな柳ヶ瀬なのに、社会に出て一旦離れてから戻ったら、遊びに行く場所がなくなっていました。そして仕事で柳ヶ瀬と関わるようになり、街に出ていろいろな人と話すうちに、柳ヶ瀬の違った良さが見えてきて、また別の愛着が湧きました。今は、柳ヶ瀬に転がっているような地域資源を探して磨いて、光らせているところ。『どうにもならんな』と思われそうなコトやモノを、自分たちで面白くするのが面白いんですよね」と笑う末永さん。それはまるで、「長年かけてジーンズを履きこなしていくような感覚」だという。

一方で20代の福富さんは、「私は柳ヶ瀬が面白いと思って参画した世代なので。最近では、私たちのまちづくりを応援したいという商店主さんもいて、受け入れ態勢もあり、新しく出店する側の人も参入しやすいように思います。私と同年代でギャラリーを経営している知人も、商店街に馴染んで可愛がられています。商売っ気が多すぎない人でもやりくりしていけるような、優しい環境になっています」

末永さんは言う。
「今ではオーナー側の意識も変わりました。テナントの家賃は安くなり、『街も変わってきたし、誰かに貸して使ってもらった方がいい』という声も聞こえてきます。まちづくり会社として目指すところは、柳ヶ瀬エリアの価値が上がることです。商業地として、柳ヶ瀬があることで地価が上がるという状態は必要なこと。その土地を持っている人にメリットがある状況をつくることで、まちを次の世代に繋いでいくことができますから」

若手クリエイター達のアトリエ兼ギャラリーショップである「やながせ倉庫」。カフェや布雑貨、古書店、アクセサリーショップなどが入居している(写真撮影/本美安浩)

若手クリエイター達のアトリエ兼ギャラリーショップである「やながせ倉庫」。カフェや布雑貨、古書店、アクセサリーショップなどが入居している(写真撮影/本美安浩)

若手オーナーは再開発による活性化にも期待

柳ヶ瀬エリアは、南北に走る「長良橋通」や「神田町通」などと、東西に走る「柳ヶ瀬本通」「日ノ出町通」など、いくつかの通りが組み合わさって街が形成されている。「柳ヶ瀬本通商店街」のほか、「ヤナガセ銀天街」や「柳ヶ瀬劇場通北商店街」など、複数の商店街がアーケードでつながる。通りごとに少し雰囲気が違うので、食べ歩きやウインドーショッピングをしながら行き来するのも楽しい。

柳ヶ瀬エリアのマップ(画像提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

柳ヶ瀬エリアのマップ(画像提供/柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社)

現在、岐阜高島屋南側は、「高島屋南地区第一種市街地再開発事業」により再開発が進む。
柳ヶ瀬商店街のほぼ中央にある「日ノ出町通」には映画館やカラオケが入った「CINEXビル」や「日ノ出町ど真ん中広場」があってにぎわっている。老舗の「ロイヤル劇場」も残っていて、現在は昭和の名作シネマを上映する映画館として活用されている。

この人気エリアで、コーヒースタンド「TIROL」や、ファッションのセレクトショップ「phenom」と「phenomerica」を経営している成田満弘さんに、柳ヶ瀬の印象を聞いてみた。

左がカジュアル系衣料中心の「phenom」、右がレディースのコレクションブランドなどをそろえる「phenomerica」、中央が「coffee stand TIROL」とオーナーの成田満弘さん(写真撮影/本美安浩)

左がカジュアル系衣料中心の「phenom」、右がレディースのコレクションブランドなどをそろえる「phenomerica」、中央が「coffee stand TIROL」とオーナーの成田満弘さん(写真撮影/本美安浩)

ユニセックスのカジュアル系衣料を扱うセレクトショップ「phenom」は、カップルも訪れやすい。売れ筋のブランドは「ATON(エイトン)」や「YOKE(ヨーク)」(写真撮影/本美安浩)

ユニセックスのカジュアル系衣料を扱うセレクトショップ「phenom」は、カップルも訪れやすい。売れ筋のブランドは「ATON(エイトン)」や「YOKE(ヨーク)」(写真撮影/本美安浩)

「もともと『サンビル』のイベントに遊びに来ていて、お店を始めるなら、ここにいるようなお客さんに来てほしいなとイメージができたことが、このエリアに出店したきっかけです。

今42歳の自分が18~19歳くらいのころ、セレクトショップへ服を買いに行く時は、名古屋ではなく岐阜に来ていました。岐阜駅周辺の玉宮エリアにショップがあって、人が集まっていたんです。当時、愛知に住んでいた人はそういう人が多いんじゃないかな。30代になってまた岐阜に遊びに来たら、以前通った服屋さんがなくなっていました。そこで、当初は思い出のある玉宮で出店しようかと考えましたが、現在は飲み屋さんが多く雰囲気が違うと思い、柳ヶ瀬もいいかなと思い至りました。

2019年にユニセックスブランド中心の『phenom』を出店し、ここでコーヒーが飲めたらいいなというお客さんの声を聞いて、2020年に『coffee stand TIROL』をつくりました。レディースへの要望も増えていたので、2022年に隣の一軒が空いたタイミングで、レディースのハイブランドを置く『phenomerica』をオープンしました。

柳ヶ瀬にはポテンシャルがあると思いますが、自分のショップも3年、4年経ったばかりで、まだまだ様子見です。でも、再開発には期待しています。ショップの目の前が広場になる予定なので人が集まりそうだとか、高島屋の南側にマンションが建って人が増えるとか……。今後の変化も楽しみにしています」

レディースのハイブランドを扱う『phenomerica』には20代から60代までが来店。「来店するお客さん達は見る目があり、ブランドや価格にこだわらず、モノで判断している印象です」とオーナーの成田さん(写真撮影/本美安浩)

レディースのハイブランドを扱う『phenomerica』には20代から60代までが来店。「来店するお客さん達は見る目があり、ブランドや価格にこだわらず、モノで判断している印象です」とオーナーの成田さん(写真撮影/本美安浩)

筆者が名古屋の情報誌の編集部で新人だったころ(22年前)、東海圏でファッションスナップの場所といえば、岐阜駅周辺は外せなかった。当時は週末になるとおしゃれな人が集まっていたのを覚えている。

今回、柳ヶ瀬に伺ったのは小学1年生の息子の夏休み期間。福富さんにお願いして、取材に息子も同行させていただいた。そこで、アーケード付きの歩行者天国である商店街は、親子連れにも安心して出かけられる場所だと改めて思った。新店だけでなくおすすめの老舗の話も聞き、どちらも行ってみたいと思う。

時代の流れの中、変化に対応してにぎわいをつくりだす柳ヶ瀬。応援の気持ちを込めて、またゆっくり遊びに行きたい。

●取材協力
サンデービルヂングマーケット
柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社
岐阜柳ヶ瀬商店街

一橋大卒24歳女子、スナックのママになる。若者も女性も楽しめる「街の社交場」に、全国展開も視野 「スナック水中」東京都国立市

スナックは不思議だ。カフェで初対面の知らない人といきなりおしゃべりすることはないのに、狭い空間、お酒の力、そしてママのアシストで、いつもより社交性2、3割増しの自分が出てくる。
とはいえ、一見さんにはハードルが高いのも事実。担い手と顧客の高齢化、コロナ禍の影響で廃業が相次ぐ業界のなか、「一橋大学を卒業してすぐスナックを引き継いだ」という現在25歳のママがいる(継業時は24歳)。スナックを“おじさん”だけでなく、若者も女性も楽しめる「街の社交場」に――そんな想いで「スナック水中」(東京都国立市)をスタートし、「目指せ!100店舗展開」という野望を持つ彼女にインタビューをした。

スナック=常連の男性客だけの場にするのはもったいない

その、少し毛色の違うスナックは、国立市、南武線谷保駅から徒歩4分にある。その名も「スナック水中」。
「水の中を漂うように楽しんで、明日に向かって再浮上していく場所」という願いを込めたという、ママの坂根千里さん。例えば、うまくいかない事があった時、なんとなく家に帰りたくない時、少しだけ誰かと話したい時――そんな時に気軽に立ち寄れる場所をつくりたいと思ったのだ。
変わっているのは、「スナックは地元の常連の男性客がほとんど」という常識を覆し、遠方からも訪れる方、ふらっと訪れる新規のお客さんも、女性客も多いこと。

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

「そもそも、スナックって外から見えず、重い扉を開ける勇気って、なかなかないですよね。通りかかった人がふらっと入りやすく感じてほしいという想いから、外から室内が見える造りに改装しました」
ほかにも、会計システムがよく分からない、ボトルと乾きものしかない、そもそも遊び方が分からない――そんなハードルを解消する店づくりを意識している。

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

決して即決ではなかった。新卒でスナックを引き継いだ理由

そもそもどうしてスナックを引き継いだのだろう。
「一橋大学を卒業したら、“バリキャリ”になって丸の内あたりで働くイメージでした」という坂根さんがスナックを継いだ経緯は、不思議な縁でもあり、必然でもあった。
大学3年の時、知り会いに連れられて入店した「すなっく・せつこ」(スナック水中の前身)で人生が変わった。そこは70代のママが切り盛りする不思議な空間。昭和歌謡を歌う、見知らぬ人としゃべる、そんな様子を観察しながらお酒を飲む――。
「なんだ、これは。この混沌は!って驚きました。楽しくて自由で、気を遣い過ぎない、カッコつけなくていい、こんな桃源郷が地元にあったんだと感動したんです」

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

スナック初体験で、すっかりその楽しさに魅了される坂根さんに、突然ママから「あなた来週から、働いてみない? なんか、楽しそうに飲んでるから」と声をかけられた。それがスタートだ。
それからすっかりスナックの沼に。大学を休学して暮らしたカンボジアでは、屋台を買って即席スナックを始めたこともある。
そしてママから「うちの店を継いでくれない?」という打診を受けた。大学3年生、就職活動を始めだしたころだ。決して即決ではなかった。周囲は絶賛就職活動中。しかし、友人たちが厳しい就職活動のなか疲弊していくのを目の当たりにし、かえって「そんな彼女たちが気持ちを少し打ち明けて、気持ちを軽くできるような、そんな場所をつくりたい」と思うようになったそう。

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

スナックを縁に、地元知り合いが増え、愛着が増していく

お店の準備資金は、銀行の融資や行政の補助金、さらにはクラウドファンディングで募った。もともと地元でゲストハウスを運営していたこともあり、坂根さんの人となりを知る地域の人々の協力もあった。
「SNSを使ってDMでたくさんお願いしました。スナックでは珍しいでしょう」
さらに、「一橋大学を卒業したばかりの23歳の女の子がスナックを引き継ぐ」――その物語性、話題性からたくさんの取材も受けた。話題になり、遠方から訪れる人も、初めてスナックで遊ぶという人もいた。

都内で働く、埼玉県在住の会社員Tさんは、クラウドファンディングがきっかけに常連さんになった一人。
「メルメガだったかな? 坂根さんの記事を読んで、若い世代が頑張っているのを応援したくなったんです。クラファンきっかけにボトルをキープして、今は月に3、4回来てます。もともと、あまりスナックで飲むタイプではなかったのに(笑)。しかも谷保も、どこ?でした。不思議な縁ですよね」

一方、国立が地元のTさんは、坂根さんがゲストハウスを運営していたころからのお付き合い。料理上手で、ちょっとした惣菜を手土産に店を訪れることもある。「帰っても一人なので、ココで若い子たちとおしゃべりする時間が楽しいんです」

坂根さんはこう話す。
「ほかにも、このあたりに引越してきたけれど、知り合いがまったくいない方が、このスナックでどんどん知り合いができていくのはよく目にします。単身赴任の方は特にそうですね。子どもがいたら子どもを通して地元の知り合いができるんでしょうけど、単身者は帰って寝るだけになりがちじゃないですか。街との接点がない。知り合いが増えればそれだけ街に愛着がわくと思います」

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

力強い味方のスタッフはバックグランドも多様

もちろんすべてがスムーズだったわけではない。新しいお客さんを受け入れていく過程で、先代の常連さんが離れていった例もある。
「社会人経験ゼロのまま、いきなり経営者になったので、本当に手探り状態。今思えば非効率なことばかりしていたような気もします」
ただし、「人にだけは恵まれました。オープン当初から良いスタッフがいっぱい来てくれたんです」と坂根さんは誇らしげだ。
まず21名(店舗14名、バックオフィス専業スタッフ7名)いるスタッフは20代が中心と、ほかのスナックに比べて圧倒的に若い。男女一人ずつのスタッフがカウンターに立つのは、どんなお客さまもウェルカムの証だ。大学生も多いが、さまざまな生業を持つ社会人が副業としてカウンターに立つのも「水中」のユニークさ。いわゆる接客だけでなく、デザイン、SNS運営、PR、財務など、+αの業務も担当してもらうこともある。

例えば取材日にスタッフで入っていたかれんさんは、本業は外資系企業でマーケティングに携わるキャリア女子。「もともと人と話すのが好き。会社の飲み会も好きだったんですけど、スタートアップ企業に転職したら、そういう付き合いがなくなって。スナックで働いてみるのも面白いなぁと思っていたところ、知人の紹介で始めてみました」。以前は埼玉から通っていたが、今は通勤先にも電車1本、スナックにも通いやすい街へと引越したほど。

だいごさんはフリーのデザイナー。名刺やメニューのプロダクトデザインは彼の手によるもの。「在宅で仕事をしているので、基本あまり人と話さない生活。だからココでの時間が気分転換になるんです」

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

メディアやSNSで新規客は増加中。目下の課題は女性客

現在、常連さんは7割、新規のお客様は3割。ほかのスナックと比べると新規客が多い。
撮影時も、「いつもこのあたりをウォーキングするんだけれど、いつも気になってたんだよね。だけどいつも混んでて、今日は入れるかもってのぞいてみました」というスナック好きの新規のお客さんがふらり。

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

初対面だから、知らない者同士だから、かえって弱音を吐けたり、話せてしまうこともある。年代も立場も属性も違う、普段は接点のない人だから、ちょっとしたアドバイスが身に染みることもある。スナック初体験の若者にも女性にもそんな価値を体験してもらいたい。そんな坂根さんの挑戦が、少しずつ実を結びつつある。

さらに坂根さんと出会ったことで「自分もスナックを準備中」と、次なる野望を抱いた20代女子も友人を連れて来店。人が人を呼び、常連さんに。インパクトのあるメディア露出に加え、noteやSNSで坂根さんが普段感じていること、スナック水中の様子、目指すものを絶えず情報発信していることで、坂根さん自身とスナック水中のファンをつくっているのも強みだ。

「とはいえ、本当は当初の目的を考えると、現在は2割程度の女性がもっと増えてほしいなぁと思っています。だって男性だけが疲れて、ちょっと飲みたいと思っているわけじゃないはずでしょう。スナック=男性の夜の社交場のイメージを脱して、女性が一人でお店に入ってきたときに、“はっ、場違いだった“って思わせないようにするためにはどうしたらいいかって、ずっと考えています」

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

2号店を計画中。後継者不足の店舗を継ぐモデルを広げたい

そして今後はさらに事業を拡大するつもりだ。
2号店として、国立駅近く、22年続くミュージックバー「NO TRUNKS」を、スナック&ミュージックバーとして受け継ぐプロジェクトを進行中。経営権は坂根さんが引き継ぎ、音楽とお酒を媒体にした社交場へリニューアルする予定。

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

「“お店を引き継いでもらいたい”と、オーナーから打診があったのも、“街に欠かせない場所を残し、新たな人の流れを呼び込む”というスナック水中の事例を知ってのことだったので、うれしかったです。私、間違えていなかったんだなって」

 ゆくゆくは全国のスナック・バーを100店舗承継することを目標としている。
「スナックは全国に10万件 あると言われていて、コンビニより断然多い。それくらい、どの場所でも成り立ちうるビジネスモデルではあるんですね。ですが、今はスナックママの担い手が高齢化していて担い手が減少しているのでお店も減っています。私の役割は、スナックママという職業を始めるハードルを下げながら魅力を発信し、素敵な担い手を増やすこと。スナックがこれからも街に残ることです。
街の価値につながるお店が、後継者がいないことで閉店してしまうのってもったいない。このフォーマットなら、街の社交場が残り、自分でお店をやりたい若者も、既存の財産を再利用してビジネスができるはずでしょう。
スナックの条件は、大きすぎず20席ぐらいが理想的。ふらっと入れる路面店がいいですね。高い家賃の一等地で利益を出すために客数を稼ぐよりも、二等地、三等地でいい。お店そのものの価値を上げて、そのお店目当てでやって来る常連さんとゆっくり関わりたい。そんなふうに考えています」

――バリキャリ女子を目指していたけれど、スナックのママになったという坂根さんだが、自分のやりたいことに頑張った結果が、自分自身だけでなく、周囲の人へ良い影響を及ぼし、さらには社会に還元していってほしい。そう願う坂根さんは、もしかしたら、自分自身が憧れていたバリバリ働く女性の姿なのかもしれない。

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
スナック水中
Instargam

「東京ビエンナーレ」で市民全員がアーティスト! ゴミ分別をアート化、道路も交流の舞台に、街にもたらしたものとは?

東京ビエンナーレとは、千代田区、中央区、文京区、台東区を中心とする、東京の街を舞台にした芸術祭。国内外からクリエイターが集結し、街に深く入り込み、地域住民の方々と一緒に作り上げていく芸術祭だ。本格的な開催は今年で2回目となり、テーマは「リンケージ つながりをつくる」。東京ビエンナーレの総合ディレクターを務める、東京藝術大学絵画科教授の中村政人さんに、アートが地域にできることは何なのか、お話を伺った。

街で偶然出合うアートで心のスイッチがオンになる

最近は日本各地で芸術祭が開催され、その土地ならではの自然、景色、歴史を活かした著名な作家によるアート作品が置かれている。国内外の観客がアート目的で訪れ、その経済効果は計り知れない。街の活性化にもつながっている。
「それもとても意義のあることだと思いますが、もともと人の多い、東京ビエンナーレは少し目的が違うのかもしれません。もっと日常的で、もっと偶発的です」と、総合ディレクターの中村政人さん。

東京ビエンナーレ総合ディレクターの中村政人さん。アートを介してコミュニティと産業を繋げ、文化や社会を更新する都市創造のしくみをつくる社会派アーティスト。東京藝術大学絵画科教授でもある(写真撮影/片山貴博)

東京ビエンナーレ総合ディレクターの中村政人さん。アートを介してコミュニティと産業を繋げ、文化や社会を更新する都市創造のしくみをつくる社会派アーティスト。東京藝術大学絵画科教授でもある(写真撮影/片山貴博)

というのも、東京ビエンナーレでは、街のあちこちで、アートな仕掛けがあるからだ。
飲食店で出されたおしぼり。広げてみると刺繍がある。実はこれ、日本の文化「おしぼり」を白いキャンパスに見立てて、アーティストの作品を刺繍にしたもの。思わぬ場面でアートに出合うとともに、リユースする「おしぼり」のおもてなし文化を再確認するきっかけになるものだ。

会田誠氏、マイケル・アムターなど25組のアーティストが描いた原画をもとに刺繍を施した。レストランで無地のおしぼりに混ざってランダムに提供され、期間中にいろんな人と出会い、戻ってくる。同じ絵柄の左側の少し小さくなったおしぼりが、何度も洗いを繰り返し、旅をしてきたもの(写真撮影/片山貴博)

会田誠氏、マイケル・アムターなど25組のアーティストが描いた原画をもとに刺繍を施した。レストランで無地のおしぼりに混ざってランダムに提供され、期間中にいろんな人と出会い、戻ってくる。同じ絵柄の左側の少し小さくなったおしぼりが、何度も洗いを繰り返し、旅をしてきたもの(写真撮影/片山貴博)

「アートを美術館で観賞するものと考えている方は多いでしょう。でも、それはあくまでの他人の創作物を見ている。距離があるんです。でも街の中で偶然出会って、『なんだろう? 面白そう』とワクワクする。そんな感情のスイッチが押される。そんな仕掛けが街のいろんな場所にあればいいと思うんです。そうした感情は、大人でも子どもでも内在しているはず。自分自身がアートの当事者になることで、自分の日常に変化が生まれるはずです。東京は不特定多数の多くの人が行き交い、そんな偶然性が期待できる場所じゃないでしょうか」
そのため東京ビエンナーレの会場は、商業施設やホテル、寺院のほか、緑道の仮囲いの中、地下鉄出口からの通路、電車の高架下と、あらゆる場所が舞台だ。

例えば丸の内周辺のストリートやビルのすき間で行われる「Slow Art Collective」によるプロジェクトは、カラフルなロープや紐が結びつき、有機的に広がる作品。これは道行く人が「つくって参加」するもの。
「平日はランチや休憩の合間、仕事帰りに、丸の内で働く会社員が立ち寄ってつくっています。“無心になれるのがいいみたいです。休日は親子連れが多く、特別なイベントもあります」

オーストラリア・メルボルン在住の加藤チャコとディラン・マートレルが主宰する芸術グループ「Slow Art Collective」によるもの。竹やロープなどの自然素材、街で拾い集めた素材を用いた市民参加型のアートプロジェクトだ。写真は東京サンケイビルにて(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

オーストラリア・メルボルン在住の加藤チャコとディラン・マートレルが主宰する芸術グループ「Slow Art Collective」によるもの。竹やロープなどの自然素材、街で拾い集めた素材を用いた市民参加型のアートプロジェクトだ。写真は東京サンケイビルにて(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

丸の内の新国際ビルの裏手、オフォスビルの「すき間」でも展開。近くを通勤している人でも気づかない、都会の中の路地を、アートで誘い込み、アートを目にすることになる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

丸の内の新国際ビルの裏手、オフォスビルの「すき間」でも展開。近くを通勤している人でも気づかない、都会の中の路地を、アートで誘い込み、アートを目にすることになる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

訪れる人が自由に編み込み、自分の作業がそのままアートの一部になる。リリアン編みが得意という近所に暮らす女性が緻密な作品を残して行ったり、たまたま通った男子学生がボランティアスタッフに教えてもらいながら「生まれて初めての三つ編み」に挑戦したり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

訪れる人が自由に編み込み、自分の作業がそのままアートの一部になる。リリアン編みが得意という近所に暮らす女性が緻密な作品を残して行ったり、たまたま通った男子学生がボランティアスタッフに教えてもらいながら「生まれて初めての三つ編み」に挑戦したり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3日間のみ丸の内仲通りで出張型ワークショップが開催され、コンテンポラリーダンスなども披露された。撮影時は土曜日で、小さな子どものいる家族連れも多い。次回開催は10月28日予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3日間のみ丸の内仲通りで出張型ワークショップが開催され、コンテンポラリーダンスなども披露された。撮影時は土曜日で、小さな子どものいる家族連れも多い。次回開催は10月28日予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

海外アーティストが東京に暮らしながら制作

東京ビエンナーレでは、プロセスも重視している。立ち上げた構想段階から、当時、千代田区のアート拠点だった「3331 Arts Chiyoda」で、2018年は構想展、2019年は計画展として一般公開されていた。2020年にはコロナ禍に遭い、2020年ー21年として開催をスタート。今年は2回目だ。

海外からもアーティストを公募。街に暮らしながらリサーチ・作品制作をする「アーティスト・イン・レジデンス」を実施した。一定期間、東京で暮らしたからこそのインスピレーション、魅力を自分の作品に投影している。外からアーティストの視点で東京を切り取ることで、地元で暮らす人々が魅力に気づく効果もある。
「正直、生活コストの高い東京なので、条件は厳しかったのに、たくさんの応募をいただきました。最長1カ間暮らしながら、東京の街を歩き、交流し、東京をテーマに創作や活動をしてくれました」

例えば、海外作家ペドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」なる作品は、へッドフォンをつけると、その人だけに向けた音楽をその場で奏でてくれるというもの。
「偶然居合わせた人の心の中まで入り込み、その場でしか起こらない感情を共創するようなプロジェクトです。私も体験しましたが、その街の環境音と電子ピアノの音色が体に入り込んでくるのがわかり、何故か目の前の都心の風景に郷里の原風景が脳裏に見えてきたんです。感情がこみ上げてきてきました。サイトスペシフィック(その場所の特性を活かした)な音が他者によって自分の心の中だけに生まれます。アーティスト自身が東京に滞在制作したからこそ実現できたプロジェクトかと思います」

ドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」。中央区京橋のアーティゾン美術館前にて(画像提供/東京ビエンナーレ)

ドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」。中央区京橋のアーティゾン美術館前にて(画像提供/東京ビエンナーレ)

長い期間、多くの人が関わる、そのプロセスこそが重要

プロセスを重視するため、長い期間に及ぶプロジェクトもある。「超分別ゴミ箱2023」はその代表例だ。テーマは「プラスティックのゴミの分別を極端に進めていったらどうなるか」で、東京都立工芸高等学校の学生やPTAの協力を得て、ゴミの収集、記録を実施。さらにコンビニ3社と、プラスティック容器を製造する企業の協力を得て、商品パッケージを一挙並べた展示は圧巻だ。来場者はここにゴミを持ち込み、分別することもできる。自分が普段利用している商品があちこちに見つかり、「生きることはゴミを出すこと」と否応なく実感することになる。

メイン会場であるエトワール海渡リビング館の1階に展示されている「藤幡正樹:超分別ゴミ箱 2023 プロジェクト」のひとつ。自分たちが普段使いしている商品パッケージがずらりと並んでいることで、「自分が食べた後にでたゴミはどうなる?」と当事者にならざるをえない (写真撮影/片山貴博)

メイン会場であるエトワール海渡リビング館の1階に展示されている「藤幡正樹:超分別ゴミ箱 2023 プロジェクト」のひとつ。自分たちが普段使いしている商品パッケージがずらりと並んでいることで、「自分が食べた後にでたゴミはどうなる?」と当事者にならざるをえない (写真撮影/片山貴博)

東京都立工芸高等学校でのワークショップ自体は夏から開始(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

東京都立工芸高等学校でのワークショップ自体は夏から開始(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

市民がアーティストともに当事者になる

「アート×コミュニティ」も東京ビエンナーレの主な目的だ。
例えば賛助会員は、さまざまな会議やイベントに参加でき、クリエイター、研究者や専門家など、普段接点のない人々との交流も得られる。
ほか、会場の受付、広報やイベントなどサポートのほか、アーティストの作品制作やプロジェクト準備の手伝いもボランティアの手によるものだ。

ボランティアの年齢層は幅広く、さまざまなバックグラウンドを持つ人たち。美術鑑賞が趣味という会社員、街のコミュニティに興味のある社会学を学ぶ学生、まったく縁のない世界だからこそ覗いてみたかったという公務員など。「気分転換、癒されたいという方、経験を通してアートを楽しみたいという方たちがほとんどです。しかしなかには、何度も、それこそ毎週のように参加される方もいて、そうなってくると、もう当事者なんですよね。アーティストや主催者と同じモチベーションに近くなります。協働制作者のような関係なんです」

「Slow Art Collective」のワークショップに参加する正則学園の高校生(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「Slow Art Collective」のワークショップに参加する正則学園の高校生(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

なかでも天馬船プロジェクトは、最も規模の大きく、関わり方もさまざまだ。
ミニの天馬船一万艘で、常盤橋→日本橋まで日本橋川を流すタイムトライアルのイベントだ。1艘1口1000円の寄付金でミニ天馬船に好きな名前を登録してみるのものも良し、日本橋川を流れるミニ天馬船の眺めを愛でるのもよし、ボランティアとして準備、当日の運営、後片付けなどに関わるのもあり。
「天馬船プロジェクトは、実行委員会から日々の作業まで全てがボランティアの方によって支えられているといっても過言ではありません」
NPO法人、町内会、デベロッパーの担当者――同じ街づくりという同じ分野で違う立場で活動するメンバーがまるで文化祭のようにプロジェクトを盛り上げる経験は、今後の街の未来にも大きな強みになるだろう。参加費用は活動費の助成とともに、河辺の活性化、浄化活動を行う団体への寄付に活用している。

今年の開催は10月29日(日)8時から。写真は去年のプロジェクトの様子。1万のミニチュア和船が流れる様子に、道行く人も足を止める。水運や物流の要だった日本橋川が注目されるきっかけにもなる(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

今年の開催は10月29日(日)8時から。写真は去年のプロジェクトの様子。1万のミニチュア和船が流れる様子に、道行く人も足を止める。水運や物流の要だった日本橋川が注目されるきっかけにもなる(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「このミニ天馬船にタグを付ける手作業は、地域に暮らす女性たちが手伝いにくれているのですが、おしゃべりしたり、すごく楽しそうですよ」(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「このミニ天馬船にタグを付ける手作業は、地域に暮らす女性たちが手伝いにくれているのですが、おしゃべりしたり、すごく楽しそうですよ」(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

アートとコミュニティで、社会的課題にアプローチする

アートに触れることで、今直面する社会的課題に気づく契機にもなる。
「コミュニティ・アートやソーシャリー・エンゲイジド・アートと呼んでいますが、美術館という場を飛び出して、観客を巻き込みインタラクティヴな実践を行うことで、社会的な課題に感じることができるはず。見る人が一方的に鑑賞するのではなく、参加者が心を開いて受け止める、その一連のプロセスがアートなんです」
前述の「超分別ゴミ箱2023」では当然、そのゴミの量に圧倒されるだろうし、「天馬船プロジェクト」では、川の汚れ、ゴミの多さに衝撃を受けるだろう。

単発のワークショップだけでなく、それ以前の準備段階からもそれは始まっている。
「そもそも、コミュニティの形成をプロジェクトの主眼とする場合、アイディアや活動そのものを、アートは専門外の参加者が決めていく場合もあります。アーティストが全ての意思決定になるわけではありません。
主導する意思を大切にファシリテートするのがアーティストの役割なんです」

2023年11月3日に神田の路上で開催される「なんだかんだ」。神田錦町の路上を封鎖して道路全面に畳を敷き、「縁日」に。畳があると、のんびり寛いでしまうもの。ワークショップや演劇も開催され、通常では行えないコトが可能になった空間で、普段あまり設定のない人たちとの交流が体験できる。写真は昨年の様子(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

2023年11月3日に神田の路上で開催される「なんだかんだ」。神田錦町の路上を封鎖して道路全面に畳を敷き、「縁日」に。畳があると、のんびり寛いでしまうもの。ワークショップや演劇も開催され、通常では行えないコトが可能になった空間で、普段あまり設定のない人たちとの交流が体験できる。写真は昨年の様子(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

街の歴史をアートで刻み、街の文化を保存する

「歴史と未来」もテーマのひとつ。東京の「記憶」を呼び覚ますことは、未来の可能性を考えることに不可欠だからだ。その舞台となるのが、再開発がどんどん進む東京において、歴史を感じさせてくれる建造物だ。

例えば、もともとは紳士服のディーラーだった海老原商店は関東大震災後の復旧時期に建てられた建物。今年の展示のテーマは「パブローブ:100年分の服」。関東大震災から現在まで100年の間に着られた服を募集し、見るだけでなく「着ることができる」体験型の展示だ。1930年代から2000年代までの服がずらりと並び、本人だけでなく、母や祖母が大切に保管していた服もある。
そして、服にはそれぞれ、その服にまつわる逸話が記されている。その文章をひとつひとつ読むだけで、その服の時代性と、個人個人の物語が浮かび上がってくる。男女雇用機会均等法の黎明期に働きだした女性のスーツ、祖母が祖父のために縫った浴衣、晴れのシーンに特別に誂えたワンピース、曾祖父が戦中に着ていた国民服……。
美術館に飾られているのではなく、実際に袖に手を通すことで、その物語がずっとリアルに感じられる。
職人によって丁寧に縫製されたワンピースは50年以上たった今も現役。ファストファッション中心の廃棄の多いファッション業界を少しだけ見直すきっかけにもなるかもしれない。

一部の展示のみの服を除けば、実際に着ることができる。着たまま街に出かけることもできるので、レトロな街並みと一緒に撮影をする若い世代が多いそうだ(写真撮影/片山貴博)

一部の展示のみの服を除けば、実際に着ることができる。着たまま街に出かけることもできるので、レトロな街並みと一緒に撮影をする若い世代が多いそうだ(写真撮影/片山貴博)

提供してくださった方の祖母が子どものころ、1920年代に着ていた着物、戦中の国民服から、1980年代に大流行していたブルゾンまで(写真撮影/片山貴博)

提供してくださった方の祖母が子どものころ、1920年代に着ていた着物、戦中の国民服から、1980年代に大流行していたブルゾンまで(写真撮影/片山貴博)

千代田区が指定した景観重要建造物である海老原商店(写真撮影/片山貴博)

千代田区が指定した景観重要建造物である海老原商店(写真撮影/片山貴博)

スクラップ&ビルドで変化し続ける東京の街並みのなか、かろうじて残っている歴史的建築物を舞台に、「記憶をつなげる」アートも展開している。
例えば、巨大な顔看板が目立つ「顔のYシャツ」。元は紳士服のオーダー店だが、この看板は60年以上も前から、この神田の街にあるもの。ただ、実はすでに解体が決まっている。

オフィスビルの多い神田の街に突如現れる看板。初代店主の青年時代の似顔絵が元だとか(写真撮影/片山貴博)

オフィスビルの多い神田の街に突如現れる看板。初代店主の青年時代の似顔絵が元だとか(写真撮影/片山貴博)

「目立つでしょう。ここに昔から住んでいる人にとっては、あって当たり前の存在なんですよね。子どものころの思い出に強力に結びついているんです」。取り壊しまでの期間、こうして「誰でも訪れることができる」ギャラリーに。Tシャツやワッペンなどグッズも販売している。実際に使っていた包装紙をモチーフにしたアイテムもおしゃれだ。
古い建物が壊されてしまう流れは止めようもない。しかし、いきなり解体、瓦礫の山になるのではなく、ゆっくり時間をかけて、お別れを言う。そんな猶予を与える役目もあるだろう。

室内は、自分の人生を振り返るような、ひとつずつ言葉を巡るギャラリーに(写真撮影/片山貴博)

室内は、自分の人生を振り返るような、ひとつずつ言葉を巡るギャラリーに(写真撮影/片山貴博)

この「顔」をモチーフにしたTシャツやステッカーなどグッズ化するほか、そっくりコンテストやお面をつけたパーティなども企画(写真撮影/片山貴博)

この「顔」をモチーフにしたTシャツやステッカーなどグッズ化するほか、そっくりコンテストやお面をつけたパーティなども企画(写真撮影/片山貴博)

「とはいえ、“アートに興味がある”人が限定されているのも事実です。ただ、前回ボランティアで参加した方の多くが今回も参加していることから、少しずつ広がっていくんじゃないでしょうか。当初は懐疑的だった協賛企業の方も、実際に利用者の反響を聞いたことで、ぐっと今年は前向きに参加してくださっているケースもあります」
アートは、言葉や年齢を超える力があり、ただ鑑賞する、だけではなく、体験する、参加する行為は、より能動的だ。これらの活動が継続されれば、それだけ街の文化として定着し、アートを媒体としたコミュニティは街の魅力になるだろう。

●取材協力
東京ビエンナーレ

空き家を建築学生らが補修しながら住み継ぐシェアハウス×地域のラウンジに。断熱改修のありがたみも実感!「こずみのANNEX」横浜市金沢区

どの地域も、増える空き家を上手に活用したい思いとは裏腹に、放置されていることが多いのではないでしょうか。国もこの問題をサポートするべく、空き家再生等推進事業や建物改修工事に対する補助金などといった、金銭補助や制度の設立をしています。今回紹介するのは、地域の住民や学生の力を上手に利用して、空き家を新たな拠点として生まれ変わらせたケース。神奈川県横浜市金沢区にある地域のラウンジ×シェアハウス「こずみのANNEX」です。彼らはどのように空き家を街の拠点として蘇らせたのでしょうか。本プロジェクトのキーパーソンである関東学院大学 准教授の酒谷粋将さん、藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻を中心にお話を聞きました。

ベッドタウンにある長年放置された空き家を再生

神奈川県横浜市金沢区は、いわゆるベッドタウンと呼ばれる街です。京浜急行電鉄「金沢文庫」駅から徒歩10分ほどの小泉(こずみ)という住宅街の一角にある、築50年の一軒家「こずみのANNEX」。かつては使い道のないまま長年空き家になっていました。2020年から空き家を再生し始めて、現在はコミュニティスペース兼シェアハウスとして地域に開放しています。

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

外観はまるで普通の一軒家。しかし塀がなくオープンな敷地は、道路に広い小上がりが面しており、道ゆく人が自由に座ることができるつくりです。例えるならば「誰もが使える縁側」という感じでしょうか。

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

靴を脱いで小上がりから家の中に入ると、1階リビング部分はキッチンを中心としたコミュニティスペースが広がります。そのほかにも1つの居室と、洗面所にシャワースペース、そして2階は2つの居室があります。私たちが訪れたこの日は、これまで活動を共にしてきた小泉町内会の方々が中心となったグループがスペースを使用中。来たるイベントに向けた試食会を実施していました。

特徴的なのは、3つの居室それぞれに、地域の学生3名が住んでいること。彼らはこの家に住みながら補修をし続けているのです。
「こずみのANNEX」プロジェクトを推進する、関東学院大学 建築・環境学部 建築・環境学科 准教授の酒谷粋将さんは「家の修復に終わりはありません。いつまでも直し続け、模索をするのがコンセプトです」と話します。

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

家のオーナーは、金沢文庫エリアで不動産賃貸業を営む、フードコーディネーターの平野健太郎さん。かつては関東学院大学を中心とした、多数の学生が下宿をしていたエリア。しかし学生の減少、居住者の高齢化による人口減少の影響で、このエリアに空き家が増えていることに課題を感じていました。なかでも、放置されている一戸建の空き家をどうしていくか考えあぐねていたそうです。

2019年4月のこと。平野さんがオーナーであるコンセプトハウス「八景市場」に、酒谷さんと藤原さんは一家で引越してきました。すぐに意気投合した3人。すると平野さんから酒谷さん・藤原さんに「空き家があるんだけど、何かいい活用ができないか?」という相談をもらいました。

「これは学生にとって壮大な実験ができるかもしれない」そう思った酒谷さんは、自身の研究室に所属する学生と藤原さんが代表を務める設計事務所との連携のもと、空き家を改装するプロジェクトを開始しました。

ゼミ生たちを中心に、毎年テーマを変えて補強と補修をする

2020年10月から空き家改装のプレ期として、まずは躯体の補修作業を開始します。何しろ築50年の家ですから、耐震補強をしなくては安全に過ごせません。運営メンバーや学生が解体及び改修作業に臨むほか、小泉町内会の住民の方々を交えたワークショップを定期開催することで、作業を進めていきます。

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

「もちろん、大きな梁の補修などは、専門の工事業者に依頼しましたが、それ以外のできることは運営メンバーや地域の住民の方々と一緒に自分たちの手で行いましたね」(酒谷さん)

耐震補強後は2023年の現在に至るまで、毎年運営メンバーらによる話し合いの中でどこをどんな形で改修するのかテーマを設定して遂行していきます。
2021年には、それまで壁だった場所に、新たに窓を設置するワークショップを実施するほか、1階・2階にあった部屋の個室の壁や扉、押し入れなどを改修。翌22年のテーマは、主に1階リビングの床の張り替え作業。さらに古い家ゆえこれまで設置されていなかった、断熱材を追加導入しました。

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

23年度は家の中から飛び出し、主に外構部や庭部分の改修をテーマとしました。小上がりや、植物用をつるすための藤棚を作成、さらに庭の土を掘り起こし、菜園用に仕立て直す作業を行っているそう。訪れた日も、ちょうど居住する学生が庭いじりの真っ最中でした。

さて、この改修作業。いったいどうやって費用を工面したのでしょうか。酒谷さんは、「あらゆる面から資金を調達した」と話します。

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、オーナーである平野さんの自己資金、そして金沢区空き家等を活用した地域の「茶の間」支援事業補助金、なにより横浜市による、ヨコハマ市民まち普請事業令和3年度の申請にて採択されたことが大きいそうです。

「運営メンバーで何度も練習を重ねてプレゼンテーションに挑み、無事審査を通過することができました。おかげで500万円の資金をいただけたため、とても助けられています」(酒谷さん)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もちろん、オープンしてからの費用や運営面も課題です。しかしそこは、居住者の家賃と、1階リビング部分のコミュニティスペース利用料にてまかないます。
3つの居住スペースは、同大学の学生が居住しています。一部屋の家賃は30,000円ですが、3人のうち1人は5000円家賃を安く設定。家賃負担が少ない代わりに、この家の家守として共用部の管理を担っているのです。このように日常の運営管理面も安心して維持されています。
利用者が支払う家賃はオーナーさんの収入。共用部の使用料は運営資金に充てられます。

補修しながら暮らす、生きるか死ぬか実験の毎日

一見すると酒谷さん、藤原さんはボランティアのようにも見えます。しかし二人は「その代わりに、この場所を自分たちを含めた運営メンバー全体で、地域活動の拠点や様々な研究の対象として大いに利用させてもらっているのだから損はない」と話します。

例えば建築の温熱環境が専門の、同大学山口研究室との協働で取り組んだ「空き家の断熱改修」に関する研究。断熱材があるかないかによって、どの程度室内の快適さが変わるのかといった実験を行いました。入居する同大学院1年生の飯濱由樹さんは、

「実験途中に入居開始したのですが、まだ断熱材も入っていませんでした。とにかく寒くて、そしてとんでもなく暑かった。ただのボロい屋根のある家だけの場所に住んでいる感じでしたね。家に住んでいるのに、冬は寝る時にシュラフにくるまらないと寝れない。まるで山籠りをしているかのよう。生命維持するのが大変でした(笑)」と当時を振り返ります。

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を設置してからは、保温性が増し、現在はシュラフを脱して寝られるようになりました。その時に断熱材のありがたみを身をもって実感したそうです。夏場は、屋根の内側にどんな素材を仕込むと一番遮熱の即効性があるのか、といった遮熱の実験にもトライしたそう。

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

「グラスウールを詰めたり、打ち水をしたりと手軽にできて最も環境改善の効果があるのは何か?と体をはって実験しましたね」(酒谷さん)

まるで、サバイバルゲームのような日々だが、それでも学生たちにとって、この暮らしはとても楽しいのだと口をそろえて話します。

「必死に生活しているように見えるかもですが、この生活を気に入っています。先生や研究室のメンバーがここに、ふらっと訪れてくるから、学校に行かずともすぐに悩みや疑問が解消できるんです。家を直す過程で悩んだこと、授業のこと、就職活動のことなどあらゆる聞きたいことが聞けるのは嬉しいです」(飯濱さん)

この秋学期に卒業した長橋佳穂さんも、この家の面白さを語ります。

「座学で建築の勉強をし、模型の作成や図面を設計しても、実際に体を使って創作する経験はめったにありません。だからこそ、この場を使って家を補修できることは貴重な経験なのです」

酒谷さんも長橋さんの言葉に同意します。

「私も学生の頃、たくさん図面は描いたけれど、実は具体的なモノを扱い、手を動かす機会はほとんどなかったのです。いろんな工具や器具に触れてみることで、図面で起こしたことがどのようにして形になるのか、初めてわかるようになりましたね。今の自分にも大いに学びがあります」

地域に開かれるようになった現在とこれから

2020年の改修作業後、地域住民との接点も少しずつ増えていきました。はじめはオーナー平野さんが運営するコンセプトハウス「八景市場」でのマルシェやワークショップなどを通じて、「こずみのANNEX」のことを知ってもらいました。また、「こずみのANNEX」も町内会に加入してからは、地域の高齢者の方、若い夫婦と子どもたちにも訪れてもらえるように。

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

歩いて5分ほどの場所に、藤原さんと酒谷さんが主宰する建築事務所を設置したことも功を奏しました。

「私たちが近所で暮らして、仕事して、いつでも顔や姿を見せられるのが良い関係を育めているのだと感じます。これがもっと離れた距離で暮らしていたら活動に対しての理解度が随分違ったように思いますね。私たち家族も、学生も、あの場所をリビングや遊び、実験の場代わりにしている。
ゆるやかに地域の人が出入りし、第二の我が家のように使ってくれて、なんとなく人のつながりができていく経験がいいなと感じています」(藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

建物の使い道が、学生たち用の居住がメインだと、いつか卒業を迎え、仕組みが途切れないか心配になります。しかし、今後ここを継続させるために、地域との関わりに強い関心を持つ学生が必ず住み続けることを念頭に入れているそうです。そうすることでオーナー及び居住する学生、街の人との関係性が途切れないといいます。
「例えば建築を学ぶ学生に限らず、街の活動を通じて知り合った学生がここに住むというのも選択肢の一つです。この活動に興味を持った人ならいつでも参画してほしいなと思います」(酒谷さん)

誰か一人が無理をするのではなく、街に関わりたい人、関わる人がみんなで支え合う。こうして有機的な活用ができるのがこれからの空き家活用の理想なのかもしれません。

●取材協力
・こずみのアネックス
・関東学院大学建築・環境学部酒谷研究室
・藤原酒谷設計事務所

省エネ先進県・鳥取、中古住宅の省エネ性能を資産価値として評価! 「築22年以上の住宅も価値がゼロにならない」評価法を来年4月スタート

住宅は築22年以上になると価値がゼロになる――。そんな古い慣習を日本からなくしてしまうかも知れない委員会が今、鳥取県で開かれています。その名は「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」。高気密・高断熱の住宅価値が高まる評価プログラムづくりを目的にしたもので、別に古い慣習を打ち破ってやろうという、血気盛んな人々の集まりではありません。鳥取県が、県民の豊かで健康な暮らしのために、設置した委員会です。

始まりは国の基準より高い高断熱・高気密の住宅促進から

同委員会を紹介する前に、まずは鳥取県がこれまでに取り組んできた住宅に関する施策について説明しておく必要があります。

令和2年(2020年)から、鳥取県は「とっとり健康省エネ住宅普及促進事業」をスタートさせました。独自に国の基準より高い、家の「断熱」と「気密」の性能基準「NE-ST」を設け、NE-STを満たす家づくりを推奨・助成するという事業です。

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ちなみに「寒い北海道や東北地方でもない鳥取県がなぜそこまで?」と思う人もいるかもしれませんが、同県のシンボルである大山(だいせん)にスキー場があるように、冬になれば雪が積もる地域です。そして2014年時点(※)では、冬季の死亡増加率割合が全国の都道府県でワースト16位だったのです。

※慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出(出典/慶應義塾大学 伊香賀研究室提供資料)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

死因のすべてが、冬に多いヒートショックによって引き起こされる心疾患や脳血管疾患等とはいいませんが、少なくとも家の断熱・気密性能を高めれば、こうした疾患を防ぎやすくなります。

こうして始まった新築住宅へのNE-STの認定制度。「国の基準より高い」と述べましたが、ではどれくらい高いのかというと、下記表のとおりです。

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

※断熱性能(UA値):建物内の熱が外部に逃げる割合を示す指標。値が小さいほど熱が逃げにくく、省エネ性能が高い
※気密性能(C値):建物の床面積当たりの隙間面積を示す指標。値が小さいほど気密性が高い
※ZEHは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略。断熱化による省エネと太陽光発電などの創エネにより、年間の一次消費エネルギー量の収支をプラスマイナス「ゼロ」にする住宅をいう

令和2年7月からNE-ST認定住宅の助成が始まりましたが、鳥取県住宅政策課企画担当の槇原章二さんによれば「初年度である令和2年(2020年)度は、新築の木造一戸建てにおけるNE-ST認定住宅の割合は約14%でした。それが令和4年度(2022年4月~2023年3月)には約31%まで伸びています」。つまり、施主の3人に1人はNE-STを建てたことになります。

またNE-STを建てるには県に登録された工務店等に依頼しなければなりませんが、「現在は県内の住宅供給者の約8割がNE-STの登録事業者です」(槇原さん)。要するに、認定されていない事業者を探すほうが難しいほどになっています。

新築だけでなく既存住宅に対しても認定&補助金制度を拡充

もちろん、住宅は新築ばかりではありません。既存住宅に対してもNE-ST同様の高断熱・高気密化のリフォームを促す「とっとり健康省エネ住宅改修支援事業補助金」制度が令和4年(2022年)7月から始まりました。

こちらは、上記「NE-ST」の「T-G1」基準同等の断熱リフォームを行った既存住宅を「Re NE-ST」認定住宅として助成するだけでなく、住宅の一部のみ「T-G1」基準同等の断熱リフォーム(ゾーン改修)を施したり、国の省エネ基準をクリアする断熱リフォーム(国省エネ基準改修)を行った場合のみでも、県が助成してくれる制度です。

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

「住宅全体をRe NE-ST基準まで引き上げるには、やはり家全体を改修すると費用がそれなりにかかります。そこで、予算やライフスタイルに応じた省エネ改修がしやすいようにしました」(槇原さん)

例えば「子育てを終えて今は夫婦2人で暮らしているので、2階はあまり使っていない」といった場合などは、老後の快適な暮らしを考えて、普段生活をする1階だけRe NE-ST基準まで改修して費用を抑える「ゾーン改修」を選ぶことができます。

さらに賃貸住宅についても、NE-STの基準を満たせば、新築・改修を問わず賃貸住宅のオーナーに対して助成が施されます。

「健康的な暮らし」の好サイクルを「古い慣習」が阻んでいた!?

確かに、こうやっていけば鳥取県民が豊かで健康的に暮らせそうです。とはいっても、新築でもリフォームでも、性能の高い家を建てようとするとそれなりに費用はかさみます。施主にとっては、この先の暮らしに“投資”することになります。

ところが現状の建物の評価方法では、木造住宅の場合、築22年で価値がゼロになってしまいます。税法上の木造住宅の減価償却年数が22年なのですが、この数字が建物の評価にも慣習的に使われるようになったためだといわれています。

つまり、せっかくお金をかけて快適な自宅を建てた(あるいはリフォームした)としても、22年たてば何もしていない住宅と価値が同じだと評価されてしまうのです。これでは費用のかかるNE-STを建てたり、Re NE-ST改修を行おうという意欲を削ぎかねません。

「従来の建物の評価方法は、築年数と床面積で評価され、性能や改修が評価されにくかったのですが、例えばアメリカでは、改修などの投資が資産価値に反映されます。」(槇原さん)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

上記の国土交通省がまとめた報告書「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」の資料では、アメリカでは「大規模なリフォーム投資も住宅投資・資産額に反映」されているのに対し、日本はリフォームしてもそれが「住宅投資・資産額に織り込まれ難い」と指摘しています。

「これでは、何をやっても築22年で価値がゼロになる住宅を建てるために、多くの人が35年ローンを組んでいることになってしまいます」(槇原さん)

費用をかけただけ住宅の価値を高める「鳥取県版評価法」

NE-ST/Re NE-STを推進したい鳥取県としては、こうした現状の評価方法を何とか変えられないかと考えるのは当然の流れ。そこで集められたのが冒頭の、「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」というわけです。

(写真提供/鳥取県)

(写真提供/鳥取県)

委員長には、NE-ST基準の設定以来携わっている慶応義塾大学の伊香賀俊治教授が就任。また優良住宅部品(BL部品)認定事業や、住宅の部品・部材等の評価・試験などを行っているベターリビング住宅・建築評価センターの斉藤卓三氏といった面々が加わっています。

なかでも注目したいのは、鳥取県宅地建物取引業協会長の長谷川義明氏と全日本不動産協会鳥取県本部長の細砂修二氏というように、実際に住宅の売買を担う不動産業界の大手2団体からも参画を得ていることです。せっかく評価プログラムを作成しても、それを使ってもらわなければ意味がありません。その点、大手2団体が委員会として推進していく立場であることは、大きな意味を持っているといえます。

同委員会が鳥取県とともに目指すのは、下記のような独自の「鳥取県版評価法」です。

従来評価法と鳥取県版評価法の比較

鳥取県版では、従来は評価されにくかったリフォームや住宅の性能についても評価できるようにしようと考えている

上記表内にある「目標使用年数」とは、従来の減価償却年数に変わるものと捉えるとわかりやすいでしょう。例えば木造(木造軸組工法)の場合、旧耐震基準で建てられた住宅の躯体の目標使用年数を40年とし、新耐震基準なら50年、2000年耐震基準(※)なら60年、という具合に、耐震性の高い住宅は資産価値が高いことを示す「目標使用年数」を定めていくのです。

※2000年耐震基準とは、阪神・淡路大震災で多くの木造住宅が倒壊したことから、特に木造軸組工法に関して厳しい基準を設けた耐震基準のこと。現行の耐震基準とよく呼ばれている。

従来評価法と鳥取県版評価法の経年による評価の違いのイメージ

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

また上記を見れば、住宅の性能を高める投資(初期投資費用やリフォーム費用)を行うほど、資産の“延命”が図られることがわかると思います。

下記を見れば「お金をかけて性能・品質のよい家を建てると、資産価値が高まる」ことがよりイメージしやすいでしょう。

評価のイメージ(築12年の木造住宅(木造軸組工法)の場合)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表内の「残存年数」とは、「目標年数(目標使用年数)」から築年数を引いた数字になります。例に取り上げられているのは、2000年耐震基準で建てられた築12年の木造住宅ですから、目標使用年数60年-築年数12年=48年が「残存年数」となります。

また「グレード補正率」とは、グレードの高い装備の場合は価値が高いと評価されるようにした指標で、例えば表内では壁に普及品のビニルクロスが使用されているので、グレード補正率は100%ですが、高級な壁クロスの場合は割増しするなどして、その価値の高さが評価額に反映されるようになります。

ちなみに、実際にある住宅を鳥取県でシミュレーションしてみたところ、下記のように実勢価格と大きなズレはないものの、微妙な差がありました。

実勢価格との差額

いずれも仕様は中級品とし、リフォーム履歴はなしとしてシミュレーションした場合

この差額について槇原さんはこう話します。「実際に取引される価格は建物だけでなく、周囲環境など立地の条件や、これまでの販売実績などから建物価格が算出されるでしょから、鳥取県版評価法よりも高かったり、低かったりしているのだと思います」

別の見方をすれば、現状は築22年以上の建物の価値はゼロ、あとは立地と、ここならこれくらいで売れるだろうという、買い手と売り手の間に立つ不動産会社の“長年の経験値”から価値が決まっているということ。ですから売り手も買い手も、本当にこの金額が適正なのか、判断しようがありません。

しかし鳥取県版評価法を使うと、しっかりと建物の価値を売り手/買い手が理解した上で、立地条件を考慮して、両者も納得の、少なくとも売り手としてはわが家の価値を把握した上で売りに出すことができます。

今後の鳥取県版評価法を定める流れとしては、建築や不動産などの関係団体と鳥取県でコンソーシアムを組織し、実務者によるワーキングを開催して、そこで評価の指針や評価プログラムなどを詰めていきます。それを元に今度は先の委員会に諮り、最終的にコンソーシアムが定めていくというイメージです。

また、こうした鳥取県版評価法を実際に不動産会社に使ってもらえるよう、なるべく簡単に操作できる評価システムを用意しなければなりませんが、それは一般社団法人建物評価研究機構の「THK住宅査定システム」をベースに同機構と県及び関係団体の協働により製作します。

県民が健康に暮らすようになれば鳥取県は実入りが増える!?

こうして見てくると、鳥取県の取り組みは、国が行っても不思議ではない内容です。確かに県民のために性能の高い住宅を普及させたい、そのためには性能の高い住宅をきちんと評価できる仕組みが必要だ、というのはわかりますが、だからといって、なぜ鳥取県がここまで行うのでしょうか。

「まず1つは、NE-ST/Re NE-STが普及することで地場産業が活性化するため、県としては税収の増加につながります。リフォームでいうと、従来は100万~200万円のリフォーム費用が多いイメージでしたが、Re NE-ST認定住宅の平均工事費はだいたい2000万円くらいです。昨年から始まったばかりなので、まだ事例件数は10件ほどですが、こういった大規模なリフォームにより市場が拡大してきていることは大きいと思います」(槇原さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

しかも、新築と比べてリフォームに携わる事業者は県内企業が多いので、より地場産業の活性化につながりやすいそうです。それに、高断熱・高気密の住宅で多くの県民が暮らせるようになれば、長い目でみると医療費の削減にも繋がるのではないでしょうか。

「また、空き家問題の解消にもなるのではないかと期待しています。現在は、子どもが成長して家を離れても、たいていは夫婦2人であまり使わない2階を抱えたまま、最後まで暮らします。なぜなら従来の評価方法では、たとえNE-ST認定住宅だったとしても思うような金額にならないので、移り住むことは難しいからです」(槇原さん)

しかし、鳥取県版評価法によって資産価値が高まれば、自宅の売却益を元手に老後の2人の生活に合った住宅に移り住むことができるかもしれません。

「一方の買い手としては、新築住宅はハードルが高いといった若い世代が考えられます。これから子育てなどでお金がかかるため、なるべく出費を抑えたい彼らが、NE-STの中古住宅の購入や、中古住宅を買ってRe NE-STするなら、と考えてくれるかもしれません」(槇原さん)

そんな風に、ライフステージに応じた住み替えが進んで行くのでは、と槇原さんは期待しています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「さらに、こうして住宅の寿命が延びることで、解体による廃棄物の抑制につながれば、SDGsでもあると思います」(槇原さん)

こうした鳥取県の取り組みに対し、既に全国の工務店などから問い合わせが多数あるそうです。「やはり性能の高い住宅をつくっている事業者は、自分たちの仕事をしっかりと評価してほしいと思っているのではないでしょうか」(槇原さん)

なかには「指針にはこんなことを盛り込んでほしい」など、メッセージを寄せる工務店もあるのだとか。これを機に各地で工務店レベルからのボトムアップが起これば、他県でも鳥取県同様の施策が行われるかもしれません。「他県で鳥取県版評価法を使いたい場合は、建物評価研究機構のシステムが使用できます」(槇原さん)。そうなれば、全国から「築22年以上だから価値はゼロになる」という古い慣習が消える日も近いのではないでしょうか。

鳥取県では来年の4月から鳥取県版評価法の運用を開始する予定。果たして古い慣習の消滅が始まるのでしょうか? 期待を込めて注目しましょう。

●取材協力
鳥取県
●関連サイト
鳥取県建築物環境総合性能評価システム「CASBEEとっとり」

中古住宅買取再販市場は2030年に22%増の5万戸へ。市場拡大の理由とは?買取再販物件の購入ポイントも解説!

矢野経済研究所が、国内の中古住宅買取再販市場の市場規模を調査し、将来展望を明らかにした。今後も市場は拡大基調で推移し、2030年には2022年比で22.0%増の5万戸になると予測している。買取再販物件が人気を博しているのはどういった理由なのだろう。

【今週の住活トピック】
「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」(2023年10月5日発表)を実施/株式会社矢野経済研究所

中古住宅買取再販市場は堅調に推移し、今後も拡大する見通し

「買取再販」とは、中古住宅を事業者が買い取って、リフォームやリノベーションを実施したうえで、事業者が売主となって再度販売するもの。株式会社矢野経済研究所が、こうした中古住宅買取再販の市場規模(成約戸数ベース)を調査した。

それによると、国内の中古住宅買取再販市場は、新築住宅価格が高止まりしていることもあり、新築と比較して相対的に割安な中古住宅の需要が増えていることから、2022年は堅調に推移しているという。2023年の中古住宅買取再販市場の規模は、前年比2.4%増の4万2000戸と予測。2030年には5万戸になると予測した。

同研究所は、市場が拡大する主な要因として、「住宅ローン金利で低金利を前提とした緩やかな上昇が見込まれること」や、「住宅取得時の税制優遇措置の継続」など、良好な住宅取得環境が継続する見通しであることを挙げた。買取再販物件への需要も堅調に増加し、中古住宅が在庫として増えていくことも拡大要因としている。

中古住宅買取再販市場規模推移と予測

中古住宅買取再販市場規模推移と予測(出典:矢野経済研究所「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」を参考に弊社でグラフ作成)

中古住宅の買取再販物件に需要が高まる理由は?

さて、新築住宅の価格が高騰して高止まりしているので、中古住宅の需要が高まるのは分かるが、中古住宅の中でも買取再販物件の需要が高まるのはなぜだろうか。

築年数の経過した「古い住宅」は、今の住宅より性能が低かったり、老朽化が進んでいたりするので、その分低価格になる。個人が買う場合は、性能を確認してどこをどうリフォームするのかすぐに判断するのが難しく、トータルでいくらかかるか分からないということがある。

一方、不動産会社などの事業者であれば、数多くの売買やリフォームの経験から、いくらで買ってどの程度のリフォームをしたうえで、いくらで売り出せば売れるか、すぐに判断することができる。また、リフォームする際には、多くの人が好むように、現在の新築住宅と同じような間取りや設備仕様で仕上げることが多い。

買う人にとっては、判断が難しい築年数の経過した中古住宅よりも、新築並みにリノベーションされた買取再販物件のほうが、手軽で費用が明確というメリットがある。自分でこだわりを持ってリフォームをしたいという人は別だが、リフォームにかかった費用もまとめて住宅ローンの対象となり、引き渡し後すぐに入居ができるなど、多くのメリットを感じる人もいるだろう。

中古住宅の買取再販物件は多様になっている

事業者側にとっても、大量発注してリフォーム工事の費用を抑えることができるので、利益を上乗せしても個人が買いやすい価格で売ることができる。とはいえ、1戸ずつ判断してリフォームしていくので、手間のかかるビジネスモデルではある。そのため、以前は、買取再販の専業事業者を中心に展開していた。

また、一戸建てはマンションに比べて、土地や住宅の形状、建て方などの個別性が高く、買取再販が難しいとされていた。例えば、「浴槽を取り外したらシロアリの食害で損傷していた」というような事例も多く、隠れた部分の損傷具合が表から見て分かりづらいという側面もあるからだ。そのため、マンションの買取再販専業事業者が多かったが、一戸建ての専業事業者も登場し、それに伴い買取再販物件も増えてきた。

最近では、デベロッパーやハウスメーカーなど新築に力を入れていた事業者が、買取再販事業に参入する事例が増えている。というのも、人口や世帯数が減少するなか新築住宅市場が縮小すると言われているうえ、既存の住宅をリノベーションすることは、建て替えて新築するよりもCO2の排出量や廃棄物を削減できるので、『脱炭素社会』や『SDGs』について寄与することができる、といった背景があるからだ。

その結果、一般的な古いマンションや一戸建てだけでなく、都心部の高額マンションや一戸建てなども買取再販の対象になり、多様な物件が市場に出る環境が整いつつある。

買取再販の中古住宅を選ぶ際の注意点

実際に住宅市場で物件を選ぶ際には、買取再販ではなく、リノベーション物件などと記載されることが多い。

一般的に「リフォーム」は新築当時の状態に改修すること、「リノベーション」は今の生活水準に応じて性能を引き上げる改修をすることといわれている。しかし、これらの違いは明確ではなく、混在して使われることも多い。

つまり、「リノベーション住宅」として販売されているものが、必ずしも性能を引き上げているとは限らず、内装だけを改修して見栄えをよくし、リノベーション済みと説明している場合もある。逆に「リフォーム済み」という記載でも、性能を引き上げた改修がされている場合もある。

特に、構造に関する部分や給排水管などの設備については、表面を見ただけでは分からないので、改修前はどういった状態で、どの部分をどのように改修したかを確認することが大切だ。隠れた部分までしっかり改修されていないと、住み始めてから想定外の不具合が生じるリスクもある。改修箇所の履歴を残し、一定期間の保証を付ける事業者なら安心だろう。

自分で改修内容まで確認することにハードルを感じるという人は、(一社)リノベーション協議会の「適合リノベーション住宅」かどうかを目安にする方法もある。建物検査をしたうえで改修工事を行い、その履歴を保管したり、改修箇所に一定の保証を付けたりしている。また、数は少ないが、国土交通省が定める「安心R住宅」かどうかをチェックする方法もある。

※安心R住宅とは、国土交通省が定めた基準を満たした住宅であり、リフォームについて情報提供が行われる(リフォーム済みかリフォーム工事提案書付き)中古住宅。

中古住宅を自分好みにリフォームするのを醍醐味に感じる人もいれば、プロのお勧めでリフォームされた住宅を買うのがよいと感じる人もいる。ある程度長く住むマイホームなのだから、自分に合った買い方をするのがよいだろう。ただ、市場における選択肢が増えることは、買い手にとっては喜ばしいことなので、多様な買取再販物件が市場に出回るとよいと思う。

●関連サイト
(株)矢野経済研究所「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」(2023年10月5日発表)

賃貸の大家、高齢者や外国人などの入居「大変だけどやりがいもある」。トラブル回避や対策はどうしてる?

高齢者やひとり親世帯、外国人など、住宅確保に配慮が必要な人の賃貸物件への入居受け入れ。多くの賃貸物件のオーナーが気になるのは、その実情でしょう。前編「賃貸の大家、”孤独死””勝手に民泊”などへのホンネ。『不安はある』が受け入れる理由『誰でも自由に住む家を選べる社会に』」では受け入れの際の心構えや受け入れを決めるポイント、トラブルについてオーナー3名に話を聞き、賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんの見解も交えながらお届けしました。後編では、トラブルを減らすための工夫や、周辺関係者との連携などの実例について迫っていきます。

参加オーナー:
・Oさん: 40代男性、兼業オーナー。親が所有する木造アパート18室を管理している。
・Kさん: 50代女性、兼業オーナー。相続で先代から管理物件を受け継いだ。RC(鉄筋コンクリート造)2棟、区分所有住戸1件、合計35室を所有 。
・Mさん:50代女性、専業オーナー。木造アパート2棟10室、一戸建て8軒、区分所有住戸2件を所有。
※3名とも、築40年~50年ほどの築古物件を中心に所有。大家の会などに参加し、不動産管理の勉強をしている。

トラブルにはどう対応する? オーナー3名の工夫

――前編では入居に配慮が必要な人を受け入れた後に、経験した問題について伺いました。実際にトラブルが起こらないようにどんな工夫をされていますか?

Oさん 家賃滞納などを防ぐために、家賃保証会社の活用は必須です。私は、平日は地方公務員として仕事をしているため、基本的に入居している方とのやりとりは管理会社を通しています。

――皆さん家賃保証会社の利用がマストなのでしょうか?

Kさん 最近は賃貸借契約全般で連帯保証人をつけないことの方が一般的で、家賃保証会社を利用する傾向にありますね。少子化で親戚も少なくなる中、どなたであっても連帯保証人を確保するのが難しいという事情もあります。

Oさん しかし、家賃保証会社を利用したからといって、それだけでは解決しないことも。先日、排水管清掃を行ったんですが、その際に何年かぶりに入居者全員にあいさつをしたんです。「ご迷惑かけます」と、商品券を持ちながら全員の家に回って。その際に高齢の入居者とも話ができて私も楽しかったし、問題なく暮らしている様子にホッとしました。顔を合わせて話すことでトラブルを未然に防ぐことができるかもしれないと気付き、今後もこのような直接のコミュニケーションを継続する予定です。また、高齢の方が入居される際にはセンサーや監視カメラ、遠隔制御などといったIoT機器の導入も検討したいと考えています。

Mさん すばらしいですね。私は入居者のアンテナ不法設置事件があって以降(前編の記事参照)、自主管理をしている物件は、入居を希望する方と必ず電話面談を行うようになりました。

Mさんは自主管理している物件に入居を希望する人には、必ず電話面談を行うようにしていると言う(画像/PIXTA )

Mさんは自主管理している物件に入居を希望する人には、必ず電話面談を行うようにしていると言う(画像/PIXTA )

Kさん 私は本来ならば管理会社に入居審査を含めてすべてお任せしているサブリース物件でも、管理会社を通じて入居申込書をしっかり取得し、気になることがあれば「これまではどんなところに住んでいたのか」や「連絡を取れる人がいるか」などを尋ねることもあります。申込書の内容だけだと、入居者の個別事情を把握できず、家賃を払い続けられるのかどうかや万一のときにどうすればいいかなど、わからないことが多いからです。入居する方が今後、困りごとや悩みごとがあった際に、私たちも対応やコミュニケーションが取れるように、把握しておきたいのです。例えば日本に頼る人が作りにくい外国籍の方にはお勤めの企業を伺うことも。ちゃんと生計が立てられるかどうかという点がポイントで、国籍は関係ありません。また居住登録した人以外に住まれないよう、入居時に禁止事項についての条件確認をして書面に署名をもらうようにしています。

不動産会社や行政のサポートは期待できる?

――みなさん、自主的にトラブルを未然に防ぐ対策を講じていますね。

Mさん 入居者から「聞いていません」「知りませんでした」と言われないように、オーナーがあらためてきちんと入居条件を話すようにしています。

――仲介会社や管理会社、保証会社などは、居住配慮者に対するサポートや説明などはしないものですか?

Mさん 不動産会社さんがきちんと説明できているか、私たちは案内の現場に居合わせるわけではないのでなかなか把握できませんが、事細かな説明はしていないこともあると感じます。

不動産会社も知識をもち、丁寧にコミュケーションを取ることが理想 (画像/PIXTA)

不動産会社も知識をもち、丁寧にコミュケーションを取ることが理想 (画像/PIXTA)

Kさん 仲介会社の担当者がもっと知識を持っていてくれたら……と思うことはありますね。例えば、入居申込の際に、入居希望者の事情や個別性に合わせて賃貸物件の案内ができていれば、オーナーと入居希望者のミスマッチが起きないと思うからです。入居者への資金的なサポート面については、行政の補助金申請等は、オーナーが行うものではなく、本人の申請が必要なのです。私たちは情報の提供ができても、本人が申請しないと始まらないため、それ以上のことができないことも多いです。

Oさん Kさんのおっしゃる通り、本人の了承を得ずに行政への補助金申請をできない。だから制度があっても活用しきれていないのが実情だと感じます。

行政のちょっとした介入など、社会の仕組みとして整備されれば

――こうした悩みはどうすれば解決できるものなのでしょうか。

Kさん オーナーだけで解決するのは限界があるため、行政ももう少しおせっかいな交流ができるようになるといいなと思いますよね。例えば「最近はどうですか。元気ですか」「何か困っていることはないですか」という声がけなど、小さなことでもいいんです。役所の方、地域包括支援センターの方がほんのひと手間かけてくれるだけでも違う気はします。

Oさん 昨今確立している生活困窮者自立支援制度というのがあり、これは金銭的な困窮だけではなく、社会との繋がりに困窮している人をサポートをしています。例えば大人のひきこもりの対応などです。実は8年ほど前からこうした制度もスタートしているんです。この制度では、本人の申し込みにより自立支援を開始する仕組みだけではなく、その人に関わる機関(介護事業所や支援団体など)の情報から支援につながっていない人を早期に発見し、支援方法を関係者みんなで検討していく仕組みもあります。支援が必要な人の孤立を防ぐためにも、こうした制度がもっと広まっていけばいいなと思っています。

Mさん 一般の人が、この情報や制度になかなかたどり着けないことが問題。「いいことやってるのに」と感じる制度があっても、情報が水面下に埋もれてしまっていますよね。

――一方、オーナーができることとして、どのようなことがありますか。

Mさん 他オーナーと情報交換したり、横のつながりを得るためにも現役オーナーやオーナーになりたい人が集まり、勉強会や情報交換をするオーナー会に参加しています。自分と同じような経験をしたオーナーが必ずいて、解決策や誰かが既にやっているとわかったら不安じゃなくなるからです。

Oさん 都道府県や市区町村で設置している「居住支援協議会」や「居住支援法人」などが、オーナー向けに行うセミナーなども増えているように感じます。そういったセミナーで情報を得るのも一つだと思います。また少し大変ではありますが、オーナー自らが入居者や管理会社、そのほかの支援者などと積極的に連携して解決方法を探していくことも、結果的に問題を最小限にとどめることにつながるように思っています。

「小さな声がけでもいいから、周囲がおせっかいをしていければ」とOさんたちは語る(イラスト/アンドウカヲリ)

「小さな声がけでもいいから、周囲がおせっかいをしていければ」とOさんたちは語る(イラスト/アンドウカヲリ)

居住配慮が必要な人の受け入れは過渡期。これから日の目を見ていく

――今後、賃貸物件のオーナーが物件を貸しに出す際、住宅確保に配慮が必要な人を受け入れることは増えていくのでしょうか。

Oさん 今は賃貸オーナーの中で、住宅確保に配慮が必要な人を受け入れる人はマイノリティなのかもしれません。しかし空室も増えている中で、これからはもっと幅広く入居を受け入れていくオーナーは増えていくと思います。今が過渡期なのかもしれません。

Mさん そのためにも、オーナーはトラブルが起こらないシステムを構築していくことが必要です。例えば先に述べた入居者の家族との連絡体制などがそうですね。トラブルが起きた時に相談できるところがあることも知っておきたいところです。

Kさん 地域包括ケアシステム(高齢者などが住み慣れた地域で医療・介護・福祉などのさまざまな支援を受けられるよう地域の人たちが助け合う体制)とつながることや、賃貸借契約書の整備も必要です。入居に配慮が必要な人向けの特記事項や条文を記載した契約書の雛形を作成するなどして、受け入れのために整備していきたいところ。そうすることで、もっと多くのオーナーさんが住宅確保要配慮者を受け入れやすくなるのではと感じます。

あらかじめ起こりうることを想定して入居者との約束事を契約条文に記せば、トラブルになりにくい(画像/PIXTA )

あらかじめ起こりうることを想定して入居者との約束事を契約条文に記せば、トラブルになりにくい(画像/PIXTA )

居住配慮者の受け入れの背景として、複合的な問題がある

このように賃貸オーナー3名から、これから入居に困難を抱える人たちの受け入れを考えるオーナーにとって貴重な実体験やトラブル回避のための方策を聞いてきましたが、賃貸トラブルの専門家であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんは、どのように考えているのでしょうか。

司法書士で、OAG司法書士法人代表でもある太田垣さんは、とくに高齢者の入居問題について法整備の必要性を訴え続けている(画像提供/OAG司法書士法人)

司法書士で、OAG司法書士法人代表でもある太田垣さんは、とくに高齢者の入居問題について法整備の必要性を訴え続けている(画像提供/OAG司法書士法人)

太田垣さんは入居に配慮が必要な人の受け入れは「一つの問題ではなく、複合的な問題である」と話します。
「昔の居住トラブルはシンプルで、『家賃滞納』が主だった。しかし時を経て、入居トラブルの質が変わっている」と感じているそうです。また以前は、高齢者は子世帯と住むことが多く、賃貸物件を借りるということも少なかったそうです。しかし、核家族化・単身世帯の増加などで高齢者をはじめとした住宅確保に配慮を必要とする人たちが、自ら住宅を借りることが増えています。

太田垣さんは「賃貸物件のあるエリアで地域の人と繋がっていき、まちを活性化させていけばトラブルが減る」と提唱します。「地域が良くなれば、同じ価値観を共有できる気持ちの良い人たちがまちに暮らし、オーナーさんが所有する物件にもそのような入居者が集まります。住宅の確保に配慮が必要な人たちをまち全体で見守っていけば、もっと安心感が高まるのではないでしょうか」(太田垣さん)

少子高齢化、核家族化の影響を受けて、住宅確保に配慮が必要な人たちと周辺の関係者とのつながりが希薄になっています。一方、賃貸オーナーも管理サービスの多様化により直接管理をしなくてもよく、便利になった分、入居者とのつながりが希薄になってきているようです。

「トラブルは顔が見えないから起こるもの。顔を見て言葉を交わせば、きっと想像以上に未然に防げるもの」と太田垣さんは言います。ですが、オーナー一人で頑張る必要はありません。管理会社や居住支援法人はもちろん、近隣のオーナーや地域住民、地域コミュニティとしっかりつながり、まちぐるみで「お節介」をしていければ入居に配慮が必要な人もそうでない人も、みんなが安心して暮らせるのではないでしょうか。

●取材協力
OAG司法書士法人 代表 太田垣章子さん

賃貸の大家、”孤独死””勝手に民泊”などへのホンネ。「不安はある」が受け入れる理由「誰でも自由に住む家を選べる社会に」

賃貸住宅のオーナー(大家)は所有物件の空室を避けるために、空室があればできる限り入居の希望を受け入れたいと考えるものです。一方で、高齢者やひとり親世帯、外国人などの入居に対しては、「トラブルは起きないか」「突然連絡が取れなくならないか」など、受け入れに悩むオーナーがいるのも事実。今回は、これらの入居に配慮が必要な人たちを受け入れているオーナー3人に実情を赤裸々に語っていただきました。どのようにして受け入れの不安を軽減したのか、また実際にトラブルは起きていないのでしょうか。
賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんの見解も交えながらお届けします。

参加オーナー:
・Oさん: 40代男性、兼業オーナー。親が所有する木造アパート18室を管理している。
・Kさん: 50代女性、兼業オーナー。相続で先代から管理物件を受け継いだ。RC(鉄筋コンクリート造)2棟、区分所有住戸1件、合計35室を所有 。
・Mさん:50代女性、兼業オーナー。木造アパート2棟10室、一戸建て8軒、区分所有住戸2件を所有。
※3名とも、築40年~50年ほどの築古物件を中心に所有。大家の会などに参加し、不動産管理の勉強をしている。

住宅確保要配慮者が増加するも、理解と仕組みが追いつかない

社会や価値観の多様化によって、単身者、高齢者、ひとり親家庭と家族の形態も多様化し、その数は年々増えています。また障がいがある人やLGBTQ、外国籍の人などの存在や、住まい探しが難しい状況について、世間で少しずつ認知されてきているようです。それぞれが抱える事情や生活、住環境に関する困りごと、悩みごとは幅広く、必要なサポートも異なります。

一方のオーナーは、事情がよくわからない、あるいは居住に配慮が必要な人への知識が不足しているために、漠然とした不安を抱えて、受け入れに躊躇している人もいるようです。また、入居後の家賃支払いが継続できるかどうかや、入居後の有事があった際に連絡が取れるかなどといった連絡体制の課題も。国土交通省が実施した「2021年度(令和3年度)家賃債務保証業者の登録制度に関する実態調査」によると、住宅の確保に配慮が必要な入居者に対し、多くのオーナーが受け入れに不安を感じていることがわかります。

住宅確保要配慮者に対する賃貸人の入居制限の状況

住宅確保要配慮者はさまざまな事情の方がいるが、どの事情の人に対しても一定の不安を感じている様子(資料/国土交通省)

とはいえ近年、家族形態や暮らし、価値観などは多様化し、もちろん住環境、つまり賃貸する際にも多様性が求められています。オーナーも居住に配慮が必要な人の事情や実態を知って、受け入れについて考えていく必要があるでしょう。
では、実際に入居に配慮が必要な人たちを受け入れているオーナー3人に話を聞いていきましょう。

高齢者や外国人など、配慮が必要な人たちの受け入れの実態はいかに

――はじめに、入居に配慮が必要な方のうち、現在どのような方を受け入れているのか、教えてください。

Oさん 私の物件には高齢者と外国籍の方、生活保護受給者やシングルマザーなどがいらっしゃいます。

Kさん 私は高齢者と外国籍の方ですね。過去にはLGBTQの方がお一人で入居されていたこともありました。

Mさん 私はシングルマザーです。少し前には生活保護を受給している方もいました。

賃貸オーナー3名はいずれも別の仕事を本業としながら「兼業」で賃貸物件を所有している (イラスト/アンドウカヲリ)

賃貸オーナー3名はいずれも別の仕事を本業としながら「兼業」で賃貸物件を所有している (イラスト/アンドウカヲリ)

――みなさん多様な方を受け入れていますね。配慮が必要な方を受け入れる際には不安はありませんでしたか?

Oさん 最初は不安はありましたね。

Kさん 私もありました。ですが入居に配慮が必要な方々、特に高齢者は一人暮らしになればなるほど新たな情報を確保するネットワークや媒体との接点が減り、「情報弱者」になりがちなので、主に情報提供の面でケアをしたかったのです。所有する物件が全て自主管理(管理会社などに管理を委託せず、オーナー自身が直接管理すること)だからケアができるのだとは思います。とはいえ、中にはオーナーとそんなに関わりたくないと思う入居者もいるので、コミュニケーションの距離感をつかむのが難しいです。

Mさん 私も不安はありましたが、配慮が必要な人を「住宅確保要配慮者」とくくって入居制限をするようなことはしたくなかったのです。誰でも自由に住む家を選べるようにしたかった。私は不動産の専門知識はないのですが、入居者の話を聞くことはできます。しっかり対話をしてから入居していただいており、物件は自分の目が届く自主管理物件に限定しています。

オーナーが受け入れを決めたポイントは?

――Mさんは入居希望者と対話をして、入居決定をしているという話でした。皆さんは配慮が必要な人を受け入れる際に、どんな点を判断材料にしていますか?

Kさん 私の場合、緊急連絡先になる親族がいるかどうかで判断しています。一番心配なのは、何かあった際にすぐに連絡を取ることができるかどうかなのです。契約の前にそのルートを確保しておくことが大切です。

入居に配慮が必要な人が一人暮らしをする場合、連絡が取れるように見守りやコミュニケーションが必要(イラスト/アンドウカヲリ)

入居に配慮が必要な人が一人暮らしをする場合、連絡が取れるように見守りやコミュニケーションが必要(イラスト/アンドウカヲリ)

――親族がいない場合はどうするのでしょうか?

Kさん 親族がいない場合は、判断能力がなくなった時のためにあらかじめ代理人と委任契約しておく「任意後見制度」を活用し、きちんと連絡先を確保することができれば有効です。
また、入居後も何か起こった際に代理人のほかにもケースワーカーさんやヘルパーさんなど関係者の誰に連絡をするべきか決めておきたい。複数の連絡先を確認した上で、順位付けしたリストをつくっておくとよいかもしれません。

Oさん 私は高齢の方の入居を検討する際、近所に娘さんが住んでいて連絡が取れることが分かったため、入居していただくことにしました。またヘルパーさんが週2回来訪していること、デイサービスも利用しているという話を聞き、日常的に介護や見守りをされていることが確認できた点も決め手になりましたね。Kさんの意見には同意で、高齢者を受け入れるとなると、やっぱり緊急時に連絡ができる体制や、見守りサービスの導入など、仕組みづくりが必要かなと思います。

Mさん 私は入居後にトラブルがあることが一番困るなと思っています。実際にトラブルに遭ったこともありまして……(トラブルの詳細は後述)。それ以降は、必ず入居前に電話面談をして判断をしています。

孤独死や精神疾患、10本以上の無断アンテナ設置に汚物投棄……「実際、トラブルもある」

――Mさんからトラブルのお話がありましたが、実際にみなさん、トラブルの経験はあるのでしょうか。どんなケースがありましたか?

Mさん 最もインパクトがあったのは、約6年間入居されていた方とのトラブルです。コミュニケーションを十分とることが出来なくて、問題が発覚したのは、隣の所有戸建ての屋根工事をオーナー負担にて実施した際です。工事に入ったリフォーム会社の人が「家の上に塔が立っています」と。なんと知らない大きなアンテナと数本のアンテナが立っていたのです。どうやら趣味のアマチュア無線をやるために勝手につけたようで……。工事担当者から「このままだと屋根が浮いて雨漏りしますよ」と言われ、入居者にアンテナを下ろすようお願いしたのですが、「入居の時から雨漏りしている」「アンテナは下ろしたくない」と抵抗にあい、話が進まなくて困りました。結局、司法書士さんに相談して交渉してもらい、アンテナを撤去することができました。

――KさんとOさんはどんなトラブルがありましたか。

Kさん 外国籍の方が、貸室で民泊事業をしているかもしれないと疑われるケースがありました。防災点検の際に部屋の中に立ち入ると、一人暮らしなのにベッドが4つもあったんです。これはおかしいなと思い……。別の機会に部屋をのぞいた際にも、まるで宴会や合宿のように人がたくさんいたんです。

――それは疑わしいですね。

Kさん でも同室にいる人を「この子、自分の孫なの」と紹介してくださることもあって。決定的に疑えない状況でもありました。それ以来、民泊サイトで自分の物件が掲載されてないかチェックをしています。

民泊を経営してない?と調べてみるけど、本当のところはわからない……(イラスト/アンドウカヲリ)

民泊を経営してない?と調べてみるけど、本当のところはわからない……(イラスト/アンドウカヲリ)

他にも70代の入居者が精神疾患になり、連絡が取れなくなったこともありました。ある日、「いよいよこれは生命の危機があるかもしれない」と判断して、警察の立会いのもとに部屋に入ったんです。すると実は部屋の中にいたようで。「警察なんか嫌いなんだ」と叫ぶばかりで、話し合いもできないし、退去も促せないしで、大変困りました。

また共同ベランダに、ある時汚物が投棄されていることが発見されたこともあります。誰かの嫌がらせかもしれないと思って、警察を呼んで調べてもらったんです。すると、先の精神疾患のある方が部屋からベランダに向かって汚物を投棄したということがわかりました。共用部の汚れは清掃すれば取れますが、何より物件内に臭いがただよって厳しい環境だし、1階に住む方のベランダに干した洗濯物にも汚物の飛沫が飛ぶしで、他の住民にも迷惑がかかってしまい、とても申し訳ないことをしてしまいましたね。

部屋からベランダに汚物を投棄されて、住民にも迷惑が…… (イラスト/アンドウカヲリ)

部屋からベランダに汚物を投棄されて、住民にも迷惑が…… (イラスト/アンドウカヲリ)

Oさん 私は高齢者の孤独死がありました。幸い死後に入居者の親族と連絡が取れ、撤去や部屋の特殊清掃はできました。このように孤独死にならないようにするためには、抜本的な対策が必要。しかし、どうするべきかと考えあぐねている状況です。その後、この部屋は貸しに出しましたが、また高齢の単身者が入って亡くなってしまったら……と少し躊躇しましたね。

大家さんがもっとも避けたいことの一つに「孤独死」がある(イラスト/アンドウカヲリ)

大家さんがもっとも避けたいことの一つに「孤独死」がある(イラスト/アンドウカヲリ)

大変なこともあるが「やりがい」もある。ただしオーナーの資質は問われる

――お話を聞いていると、何かあった時のオーナーさんの負担が重たく、胆力や対応力が必要だと感じます。

Oさん そうですね。話だけ聞くとそう感じるかもしれません。ですが、実は配慮が必要な方たちが入居する物件の方が手をかけているし、その分やりがいを感じています。人が好きで、コミュニケーションをとることが好きだからかもしれません。

人が好きなオーナーさんだったら、入居に配慮が必要な人の受け入れは向いているのでしょうね。配慮が必要な高齢者や外国籍、障がいのある人、ひとり親の方などは孤独を感じている方も多く、その分、多少のおせっかいをしても、結構受け入れてくれる印象があります。ですから、積極的にコミュニケーションが取れる人は、入居者の方たちとも上手にコミュニケーションが取れると思います。

Mさん 私も正直、高齢者や障がいのある人など、実際に生活のサポートが必要な方もいるためお世話好きな人じゃないと、入居に配慮が必要な人たちへの対応は務まらないと思います。お世話が好きじゃない人は、きっと「私はできない」と思うかもしれません。実は「大家側の資質」が大きいとは思いますね。

トラブルが起きても困らないように 知識をつけて、しっかり交流すること

ここまで賃貸物件のオーナー3名から居住配慮者の受け入れ実情を聞いてきましたが、専門家はどのような見解なのでしょうか。賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんは、オーナーのみなさんと同じように「家主の資質や努力が問われる」と話します。

一方、単に資質や努力だけで全てが解決できることではありません。社会の多様化により、単身者、高齢者などといったさまざまな世帯、暮らし方が存在するようになりました。私たちにとってまず一番大切なことは、相手の立場を想像すること、理解しようとすることなのかもしれません。そのためにはオーナーは社会背景や事例をインプットしていくことから始めると良いでしょう。

お話を伺った賃貸トラブルの専門家、太田垣章子さん。司法書士で、OAG司法書士法人の代表でもある(画像提供/OAG司法書士法人)

お話を伺った賃貸トラブルの専門家、太田垣章子さん。司法書士で、OAG司法書士法人の代表でもある(画像提供/OAG司法書士法人)

太田垣さん オーナーはただ管理をするだけではなく、住まいの確保に配慮が必要な人を取り巻く法律や対応方法、事例などといった知識をどんどん入れて対応していくことが必要です。オーナーは利益を追求するために不動産を所有しているものだと思いますが、そこには支出をいとわず、お金をちゃんと払ってセミナーや勉強会などで学んで知識を入れていくべきです。あるいは対応実績のあるプロに相談したり、コンサルティングを依頼するという選択も考えると良いかもしれません。

また“住まい”という、人が生活する場所を収益を得て提供する以上、オーナーも現場に行くべきです。なぜなら現場に社会的な問題が隠れているから。「どうして家賃を滞納してるんだろう」「どうしてこの人は連絡が取れないのだろう」といった疑問は現場に行けばすぐにわかります。入居者にあいさつし、様子を見て、相手の状況や立場を想像する。根本的なことですが、こうした行動を欠いてしまう人が多いのです。
私の経験上、オーナーが足繁く通っている物件ではトラブルがほとんどないんです。結局コミュニケーションが「最後の砦」になります。オーナーはそのことを肝に銘じておくべきですね。

少子高齢化に伴い、高齢者、とくに単身高齢者の増加による住まい確保の問題は「孤独死」や「認知症発症時の対応」などとも関係し、深刻な社会問題となっています。また高齢者に限らず全国で住宅の確保に配慮が必要な人たちが増えています。賃貸オーナーとして賃貸物件を所有している以上、こうした配慮が必要な人たちの受け入れは、空室対策の範囲を超えて、検討が必要なテーマとなってくるのではないでしょうか。

もちろんオーナーとしての資質や努力は問われるかもしれません。ですが、入居者とのコミュニケーションなど地道な取り組みだけでなく、見守りの導入、居住支援法人との連携等、仕組みの部分も加えて学んでいくことで、受け入れが増えていってほしいと思います。

●取材協力
OAG司法書士法人 代表 太田垣章子さん

「観光客への宣伝やめる」オーバーツーリズム問題へのデンマーク流解決。美しい港町ニューハウンの決断とは コペンハーゲン

多くの観光客やビジネス関連の人々が訪れる、デンマークの首都・コペンハーゲン。人気の場所は数あれど、ほとんどの人が必ず足を運ぶエリアがカラフルな港町「ニューハウン」ではないでしょうか。所狭しと並ぶレストランやカフェの椅子に座って、人々がのんびり食事をしたりビールを飲んだりする様子は、最もコペンハーゲンらしい風景のひとつ。ところが、2019年からコペンハーゲンは「宣伝することをやめる」などの新しい動きも……。今回は、そんなニューハウンについてのお話です。

ニューハウンとはどんなところ?

色とりどりの建物が立ち並ぶ特徴的な風景。たくさんのレストランやカフェが立ち並び、目の前の運河には停泊している船やカナルツアーの観光ボートがゆったりと行き来しています。そして、通りには一年中そぞろ歩きの人が絶えない場所。それがニューハウンです。
デンマーク、コペンハーゲンといえばここ、というアイコン的な場所なので、私も日本や各国からのゲストを連れて、またはテレビ番組の撮影や取材で何度も訪れています。みなさんも「みなさん、こんにちは!私たちは今、デンマークの首都、コペンハーゲンに来ていまーす!」というテレビの番組の中継などを、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークの2022年の延べ宿泊数は約6,270万人泊(人泊/宿泊人数×宿泊数)。このうちコペンハーゲンは約1,500万人泊。おそらく、そのほとんどの人たちが、滞在中に一度はニューハウンを訪れていることでしょう。日が長い夏の間は、お昼から冷たいビールや白ワインを飲んだり、昼食を食べた後に、ワッフルやアイス屋さんをはしごしてデザートを食べたり。デンマークを代表する伝統的なメニューである、Smoerrebroed(スモアブロ)と呼ばれるオープンサンドイッチや、港町らしくニシン料理や西洋ガレイのムニエル、ムール貝のワイン蒸しなども人気です。

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ニューハウンからコンゲンスニュトー広場を臨む夕陽はとても美しく、マジックアワー(※)を堪能できます。少し肌寒い季節にも、外のテラス席にはヒーターやブランケットが用意されるので、道行く人を眺めながら、のんびりコーヒーを飲んで過ごす人も。クリスマスの時期には、ニューハウンの通りにたくさんのクリスマスマーケットの屋台が並び、グリュック(ホットワイン)と甘い香りのエーブルスキーバ(小さな丸いパンケーキのようなもの。粉砂糖やジャムをつけて食べる、クリスマスの時期の伝統的デザート)を楽しみながら散策する人でにぎわいます。

※日没や日の出の前後に空が幻想的な色に染まる限られた時間帯のこと

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

老舗のレストランやホテルもあり、コンゲンスニュトー広場やアマリエンボー宮殿、ロイヤルシアターにも近いこのエリアは、一年中人通りが絶えずにぎわいを見せています。

Nyhavn=新しい港!? かつては新しかった、歴史的な港町

ニューハウンはデンマーク語でNyhavnと書きます。英語ならNew Portという意味。つまり「新しい港」という意味なんです。その歴史は1673年まで遡ります。この運河が開港した当時は、国王フレデリック三世の息子であったウルリク・フレデリック・ギュルデンローヴにちなんで「ギュルデンローヴ運河」と名付けられましたが、コペンハーゲンっ子にこの名前が馴染まず、1682年から”Dend Nye Hafn”と呼ばれるようになり、そこから”Nyhavn”(ニューハウン)という名前に落ち着きました。

開港当初は、世界中から船が集まり停泊する商業港として名を馳せ、海運と貿易の中心地となり、大勢の船乗りや彼らを相手にする酒場、居酒屋、売春宿で活況を呈しました。余談ですが、コペンハーゲンはデンマーク語ではKoebenhavnと言いますが、これは「商港」を意味します。コペンハーゲンの歴史とニューハウンとの関係が垣間見えますね。

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

やがて、時代の流れとともに船乗りも去り、売春宿も閉鎖されましたが、いくつかの歴史的な宿やレストランは、18世紀の多くの大火からも生き残り、数百年経った今も歴史を留めて存続し続けています。ニューハウンの絵画のように美しい家のほとんどは 17 世紀後半から 18 世紀に建てられたものです。 ニューハウンで最も古い家は Nyhavn9番地で、運河の開通からわずか 8 年後の1681 年に建てられました。以降、何の変更も増築も行われていません。ニューハウンは、裕福な商人が自分の船を家のすぐ前に停泊させる、にぎやかな港となりました。 当時は港全体がロープとタールのにおいだったそうです。
例えば、1900年代初頭にニューハウン5番地にあったホワイト・スター・ラインではタイタニック号のチケットを安く買うことができたそうですが、その建物は現在は「Nyhavns Faergekro」というレストランに改装されています。今でも、大きな古い木製の窓に、当時のタイタニック号の行き先が記されたものが残っています。

オーガニックレストラン「Cap Horn」のあるNyhavn21番地を含む、ニューハウンの多くの地下室や裏の建物は、1940年代の抵抗運動の隠れ家として使用されていました。また、同じく1940年代にはニューハウンで大作映画がいくつか撮影されたこともあり、デンマーク全土からニューハウンへの関心が高まるきっかけになりました。そこから観光に活況をもたらし、それが今日まで続いています。

この年代には、当時のコペンハーゲン市の社会民主党勢力は、ニューハウンを取り壊し、新しい住宅を建設し、さらにはクリスチャンハウンとをつなぐ高速道路のランプにする計画を立てていたというのだから驚きです。しかし、1943年にニューハウンはそのまま存続する決定がなされたのは幸いでした。
そして、このころから海運の様相も変化し、より少ない船員で運行するコンテナ船が主流になり、港での滞在時間も短くなって、船乗りの町、ニューハウンも現在の形に少しずつ変貌を遂げていったのです。

そして、もう一つ忘れてはならない歴史が、童話作家として知られるアンデルセンとニューハウンの関係です。
HC アンデルセンはニューハウン20番地で5年間暮らし、ここで「火打ち箱」、「小クラウスと大クラウス」、「エンドウ豆の上のお姫さま」を書きました。その後、彼はニューハウン67番地で16年間、18番地で2年間暮らしました。

これからは、ニューハウンは宣伝しません!?

このように国内外の人々の観光地として大人気のニューハウン。
しかし、2019年、コペンハーゲンの観光団体、Wonderful Copenhagenは、ニューハウンを主要な観光地のひとつとして宣伝することをやめることを決めました。ハイシーズンには、多すぎるほどの観光客でにぎわうニューハウン。Wonderful Copenhagenは年間を通じて、コペンハーゲンを訪れる観光客が一極集中ではなく、よりまんべんなくコペンハーゲンを体験してほしいとの願いからの新たな方針です。日本でも京都や鎌倉などで問題になっているオーバーツーリズムの緩和が目的です。

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenの調査によれば、アムステルダム、バルセロナ、ドゥブロヴニク、ヴェネツィアなど、市民が観光客に対し否定的で大きな課題を抱えているヨーロッパのいくつかの都市とは異なり、コペンハーゲン市民は、80%以上が旅の目的地としてコペンハーゲンが宣伝されることを支持しており、世界中の人々がコペンハーゲンを選んでいることを誇りに感じているということがわかっています。
また、観光業が売上高や雇用という形で経済的価値を生み出すだけでなく、例えば幅広いレストランや文化体験の基盤を形成することによっても経済的価値を生み出すということを、市民の間で強く認識しているということも示されています。しかし、だからこそ、これからさらに増え続けることが予想される観光客と地元住民が相互に良好な関係を保ち続けることができるよう、できるだけ観光客がコペンハーゲン全体に訪れることができて、人が良い形で分散される方向に前もって手を打っていこう、というのがWonderful Copenhagenの考え方です。

現在は、観光マーケティングのコンテンツの大部分がニューハウンを含む、コペンハーゲン市中心部以外の地域に関するものになっています。 同時に、Wonderful Copenhagenのデジタルマーケティングの75%は、ハイシーズン以外の秋、冬、春の旅行先としてコペンハーゲンに焦点を当てています。

彼らの分析によると、旅行者は大都市と都市以外での体験を両方経験することに興味を持っているのだそう。 同時に、訪問する地区が増えるほど満足して旅を終えていることもわかっています。

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenでは、2019年以来「TOURISM FOR GOOD」という、2030年をターゲットに据えたサステナブル・ツーリズム戦略を策定。「コペンハーゲン大都市圏での観光が地域と世界の持続可能な開発によい影響を与える」という目標のもと、さまざまなプロジェクトが行われてきています。

例えば、ひとつの訪問先に観光客が集中しない工夫として、Visit Copenhagenのウェブサイトで「A sustainability guide to Copenhagen」「A guide for going on daytrips outside of the city’s boundaries 」「A Comprehensive guide to exploring Copenhagen’s different neighbourhoods」といった情報を提供し、自転車や公共交通を使ってコペンハーゲン郊外や周辺都市への訪問を促すなど、コペンハーゲンの中心部以外の興味深い訪問先を一年を通じて観光客に提供しています。

Wonderful CopenhagenのKPIとして、コペンハーゲン市を含まない首都圏の延べ宿泊数は、2025年までに 2,738,157人泊 (2019年レベル)と同等かそれ以上である必要がある、と設定していますが、2022年の首都圏(コペンハーゲン市を除く)の延べ宿泊数は2,801,534人泊で、目標値をすでに上回るという結果が出ています。

ちなみに、2019年の第1四半期、首都圏の延べ宿泊数は 372,729人泊でした(コペンハーゲン市を除く)が、今年2023年第1四半期の延べ宿泊数は383,185人で、こちらも順調な伸びを示しています。

日本でも、人気の観光地で、観光客を受け入れる地元住民との確執は多いと聞きます。
より持続可能な観光を考える上で、一大観光地、コペンハーゲンの決断は参考にできる考え方かもしれません。

でも、ニューハウンはデンマークに来るなら一度は訪れてほしい場所に変わりありません。
夏は人が多すぎるのも確かなので、春先や秋にゆったり時間を過ごしたり、12月の冬の時期に、外は寒いけれど、クリスマスを楽しみに待つ人々の温かな表情や、美しく飾られたクリスマスデコレーションを楽しみに、ニューハウンを訪れるのもいいものです。
あなたの次の旅の計画のひとつに、ぜひ入れてみてくださいね!

●取材協力
Wonderful Copenhagen
Visit Denmark

2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

不動産情報サイト事業者連絡協議会や国土交通省などによる、「省エネ性能表示制度で住宅の省エネ化は進むのか?」記者発表会が開催された。2024年4月から始まる「省エネ性能表示制度」に関する説明会ではあるが、国の制度について、アットホーム、LIFULL HOME’S、SUUMOの主要不動産ポータル事業者が深くかかわっていることに、実は意味があるのだ。

2024年4月から始まる「省エネ性能表示制度」とは?

新しい「省エネ性能表示制度」とは、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告等に表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする制度」だ。

改正建築物省エネ法に基づき、省エネ性能表示制度を強化し、表示すべき事項などを定めることなどになっていたが、国土交通省では「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度に関する検討会」を設置して、省エネ性能の表示ルールなどについて検討を重ねてきた。それを踏まえて作成されたのが、9月25日に公表したばかりの「建築物の省エネ性能表示制度のガイドライン等」だ。

このガイドラインの概要に沿って、国土交通省の住宅局参事官付課長補佐・池田亘さんから、制度に関する説明があった。そのポイントを整理しよう。

・開始時期:2024年4月 (これ以降に建築確認申請を行う新築および再販売・再賃貸される物件)
・努力義務になること:広告する際に省エネ性能ラベルを表示する
・対象:住宅や建築物を販売・賃貸する事業者 (物件の売主や貸主、サブリース事業者など)
・罰則:従わない場合は、国が勧告等を行う (既存建築物は勧告等の対象にならない)
・目的:省エネ性能を示すラベルや評価書を発行し、消費者が省エネ性能の把握や比較ができるようにする

該当する物件については、「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」が発行されることになる。

発行される「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」とは?

「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」を発行するには、「自己評価」と「第三者評価」のいずれかで行う。販売・賃貸事業者側が国の指定するWEBプログラムなどを使って、評価を行うのが「自己評価」。第三者評価機関に評価を依頼するのが「第三者評価」で、その場合は、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使うとされている。

では、まず「省エネ性能ラベル」について説明しよう。その特徴は3つある。

(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
国が定める省エネ基準より消費エネルギーが少ないほど、星の数が増える。省エネ基準に適合していれば★1つ。それより10%削減するごとに、★が1つずつ増える計算だ。ただし、エネルギーを使っても、太陽光発電などで補えばさらに削減できるので、★4つ以上は再生エネルギー設備がある場合に付けられる。そのため、★4つからは★が光るようなデザインになっているのだ。
※なお、再エネ設備の有無や削減率により、光らない★が4つのケースや3つ目以下で光る★が付くケースもある。

(2)断熱性能が数字で分かる
「建物から熱が逃げにくく、日射しなどの外からの熱が入りにくい」ほど数字が大きくなる。国が定める省エネ基準に適合していれば「4」、ZEH(ゼッチ)水準に達していれば「5」になる。
※ZEH水準とは省エネ基準適合住宅より、一次エネルギー消費量が20%以上削減(再生エネルギーを除く場合)されたもの

(3)目安光熱費が金額で分かる
その住宅の省エネ性能であれば、電気やガスなどの年間消費量がどの程度になるか計算し、エネルギー単価をかけて算出した年間光熱費が目安として表示される。ただし、家族が何人でどんな暮らし方をするかで、実際に使う光熱費は異なるため、あくまで目安としての金額だ。

なお、(3)の目安光熱費は任意項目なので、表示される場合もされない場合もある。表示されていないからといって、義務に反しているわけではない。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

次に、「エネルギー消費性能の評価書」だが、これは省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。評価書は消費者に渡されるので、必ず保管しよう。例えば、住宅を購入してその後に売却する場合に、評価書があれば(仕様を変更していないなど、省エネ性能が維持されていることが条件)、売る際の広告でもラベルが使用できる。

不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベルが掲載される

さて、この記者発表会を不動産情報サイト事業者連絡協議会(略称RSC)が運営しているのには理由がある。住宅を探す際に、不動産情報サイトの不動産広告を見る人が多い。国が表示方法などを決めてから対応したのでは遅くなるし、どのように消費者に届けた方が浸透するかなどの助言の機会もあったほうがよい。ということもあって、国土交通省の検討会には、SUUMO編集長・SUUMOリサーチセンター長の池本洋一さんが委員として参加している。

不動産ポータル事業者では、不動産情報サイトの信頼性を保持するために、RSCという組織で、連携をしている。現在6事業者が加盟しているが、理事会社がアットホーム、LIFULL HOME’S、SUUMOの運営会社で、池本さんはRSCの監事も務めている。

RSCでは、2019年から省エネ性能の表示はどうあるべきか検討してきたというが、幹事会社3社の不動産情報サイトで2024年4月から省エネ性能ラベルを広告表示する、共通ルールを策定しているところだ。

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

例えば、新築マンションでは、「住棟ラベル」(共同住宅の住棟全体の性能を表示するものであるなどの注釈の表記必須)を掲載し、新築一戸建てでは、販売戸数1戸なら「住戸ラベル」、多棟販売なら「代表住戸ラベル」(特定の住戸の性能を示すものであるなどの注釈表記必須)を、賃貸では「住戸ラベル」を掲載することなどを検討しているという。

実際の光熱費とズレがあっても目安光熱費を表示してほしい

省エネ性能ラベルでは、★の数で性能の高さが分かるようになっている。目安光熱費はあくまで目安なので、実際に光熱費がその金額にはならない。それでも、消費者は目安光熱費の表示を希望しているという。

リクルートの調査によると、ズレが生じることを考慮しても、「目安光熱費と星印表示どちらもあったほうが良い」が44.8%、「目安光熱費のみあれば良い」が29.3%となり、「星印表示のみあれば良い」の18.3%を大きく引き離した。

プレス説明会の資料より

プレス説明会の資料より

消費者に届くまでに関与する工程が多く、消費者まで届けることが課題

制度は2024年4月にスタートするが、課題もある。売買に詳しい松浦翼さん(アットホーム)と賃貸に詳しい加藤哲哉さん(LIFULL HOME’S)は、ラベルや証明書が発行されてから、その物件の広告としてラベルが消費者に届くまでの間に、多くの関係者が関わり、さまざまなシステムやツールを経由して情報が伝達されるため、システム改修の必要性や人為的な問題により、せっかくの情報が消費者に伝わらないリスクを指摘した。

省エネ性能表示の努力義務の対象となるのは、販売・賃貸事業、つまり売主や貸主、サブリース事業者などだが、実際に広告を出すのは不動産の仲介事業者や賃貸管理事業者になる。そのため、こうした間を取り持つ関係者がラベルなどの情報をきちんと伝達しないと、消費者にデメリットとなるだけでなく、仲介や入居者募集を依頼した売主や貸主が国から勧告を受けることにもなる。

また、広告への表示を努力義務としているが、評価書を受け取る消費者にその内容が説明されるのが望ましい。それを担うのも、直接消費者と接する仲介事業者や賃貸管理事業者になるので、関係者すべてにこの制度への理解を深めてもらう必要があるのだ。

さて、国は2050年のカーボンニュートラルに向けて、段階的に省エネ性能の基準を引き上げる予定だ。基準が変わったり新しい制度ができたりすると、省エネ性能を評価する基準も複雑になっていく。専門知識のない消費者がそれらを理解することは難しいので、住宅を選ぶ際に★の数や目安光熱費を見比べることは、性能を知るのに大いに参考になる。業界を挙げて、消費者に分かりやすく伝えることに取り組んでほしいものだ。

●関連サイト
建築物の省エネ性能表示制度のガイドライン等を公表/国土交通省
築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度(国土交通省特設サイト)

賃貸住宅、省エネ性能が高いと”住み続けたい・家賃アップ許容”ともに7割超! 大家などの理解進まず供給増えない課題も 横浜市調査

猛烈に暑かった2023年の夏。過去126年でもっとも暑い夏だったという気象庁の発表を憶えている人も多いことでしょう。季節は移ろい、秋へと進んでいますが未だに暑く、「夜もエアコンつけっぱなし」という人もいるのでは。一方で、寒さ対策が不可欠な冬もあっという間にやってきます。そこで、今こそ大事になるのが「住まいの断熱化」。少しずつ世間の意識は高まっているものの、なかでも賃貸住宅における省エネ性能には課題がいっぱい。なかなか思うように進まない賃貸住宅の省エネ化、横浜市建築局住宅政策課の杉江知樹さん、横浜市住宅供給公社街づくり事業課の都出祐司さんらに話を聞くとともに、神奈川県横浜市が実施したデータとモニター調査などから実情を探ります。

暑さ寒さ対策には住まいの「省エネ性能」が大事。でも賃貸では普及せず

そもそも、住まいの「省エネ性能」といっても、ピンとくる人は少ないかもしれません。省エネ性能が高い家とは、断熱性や気密性が高いということ。それらが高いと、住む人にどのようなメリットがあるのでしょうか。

住まいの省エネ性能が高いと……
(1)少量のエネルギーで室温を保ちやすい →夏涼しく、冬暖かい
(2)使用エネルギーが少ないので省エネになる →電気代が抑えられる、二酸化炭素排出量を抑制できる

さらに、以下のようなメリットがあることが近年の研究でわかっています。

(3)結露が起きにくくなるためカビやダニの繁殖が抑えられアレルギーを軽減する
(4)部屋間の温度差が少なくなることで健康を維持しやすくなり、ヒートショックも抑制
(5)防音性能が高まり、生活音に悩まされることが減る

ほかにもいくつかあるのですが、端的にいうと、住む人が健康・快適で、エネルギー量が抑えられ、家計面、二酸化炭素排出量削減にも貢献できるというものです。近年はこうしたメリットが知られるようになり、持ち家の省エネ化は進んでいますし、なかでも注文住宅ではパッシブハウスのような超高気密・高断熱の住まいも増えつつあります。

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

■関連記事:
世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

とはいえ、省エネ化が進んでいるのは「持ち家」が中心で、借りて住む、いわゆる「賃貸」では進んでいるとはいえない状況です。

理由はいくつかありますが、主には
(1)借り手・大家・金融機関ともに省エネ住宅のメリットを知らない
(2)住まいの省エネ化を進めなくても、入居者が決まる
(3)住まいを省エネ化するために、建築費が割高になる
(4)割高な建築費をかけて省エネ化しても、賃料に反映できるか不透明

要は賃貸住宅の高性能化、省エネ化のメリットが「知らない」「知られていない」のです。こうした背景があることから、建築費をかけてわざわざ高性能化、省エネ化をしなくともいい、と思われているのが現状です。

横浜市は「省エネ賃貸住宅モニター」事業を実施。でも、なんで?

実はこの状況、地方自治体にとって看過できるものではありません。なぜかといえば、日本は2050年までに「2050年カーボンニュートラル」を国際公約として掲げているからです。また、直近の目標として国では、「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比46%削減」とし、横浜市では、これを上回る「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比50%削減」を宣言しています。二酸化炭素排出量の削減は短期では実現できるものではありませんし、むしろ、あと7年と考えると「今、取り組まなければマズイ」という極めて厳しい状況といえます。

そのため、どこの地方自治体でも二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいますが、なかでもベッドタウンとして発展し、多くの住宅ストックを抱える横浜市は住宅、とりわけ賃貸住宅の省エネ性能の低さに着目しました。

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

「グラフを見てもらうと一目瞭然ですが、横浜市で最も二酸化炭素を排出しているのは家庭部門(住宅)からで、約3割にものぼっています。これは全国の他の市町村と比べても高い割合なんですね。また今ある住宅の課題として、耐震性やバリアフリー、省エネ性を高めていく試みをしていますが、二酸化炭素の排出量を見たときに、住宅から出る量を抑制しないことには、2050年のカーボンニュートラルは難しい。そのため、賃貸住宅の省エネ性能を高めることが本市の喫緊の課題となっているのです」(横浜市建築局住宅政策課・杉江知樹さん)

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

そのために、まず「省エネ性」を高めると「住む人にはどのようなメリット」があるのか、あらためて可視化し、周知徹底をする必要があると考えたそう。周知するにしても、まずは確実なデータが必要ということで、横浜市の賃貸住宅のなかでも断熱等級4以上の省エネ性能の高い賃貸住宅で生活する人を対象にして、モニターを募集。約1年間かけて「横浜市省エネ賃貸住宅モニター事業」を実施したのだとか。モニターには、年4回のWEBアンケート、1年分の室温の測定と記録、電気とガスの使用量の提供をお願いしたそう。いわゆる「室温と光熱費の可視化」になります。

「現時点で、市内で省エネ性能が高い賃貸物件は多くはないのと、自宅がどの程度の省エネ性能かを知らない・関心がないという人も多い中、どの程度、協力を得られるか未知数だったのですが、地道にモニターにご参加いただける方を探し、結果として42組にご参加いただきました。総数としては多くはありませんが、電気代の記録や満足度など、得られたデータは非常に貴重で、大きな手応えがありました」(横浜市建築局住宅政策課・杉江さん)

きっかけはコロナ禍での在宅時間の増加。温熱環境で改善されストレス軽減

横浜市鶴見区の賃貸住宅に住む稲子さん(40代女性)も、このモニター調査に協力した一人です。欧米の断熱基準と比較しても見劣りしない断熱等級6、HEAT20でいうとG2グレードに該当し、賃貸住宅ではレア中のレア物件。2021年から入居し、室内温度や防音性などに満足していて、今後も住み続ける予定だといいます。ただ、もともと住まいの省エネ性能に関心があったわけではなく、暮らしてみてはじめてその「快適さ」に驚きました。

「以前は東京都内の賃貸に暮らしていましたが、光も入らない狭い空間で、圧迫感があって。コロナ禍で外出もままならなかったので、とにかく住環境をアップグレードさせたいという思いで住まい探しをはじめました。ここはデザインに惹かれて見学しにきたんですが、すぐにピンときて。その場で申し込みました」(稲子さん)

最寄り駅は東急東横線の綱島駅ですが、まったく土地勘もなかったそう。バス便で、さらに周辺の家賃相場と比較すると1.2~1.3倍ほど高い賃料設定ですが、十分に満足しているといいます。

「性能がよいためか、窓が大きいのに室温はおどろくほど安定しています。真夏も真冬も経験しましたが、こんなにも違うのか、とびっくりしました。音も気にならず、家に感じていたストレスがかなり軽減されました」(稲子さん)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

今回、横浜市の賃貸モニターに参加したことで、ガス代や電気代を記録するようになり、現在もその習慣を続けているそう。昨今、電気料金の高騰が叫ばれている中、連日35度を超えていた7月でも4000円弱、使用量にしても123kWでした。

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

「シングルの家って手狭だからエアコンをつければすぐに涼しくなるので、あまり省エネなどを気にしたことはなかったんですね。ただ、もともとエアコンが好きじゃないから、この家でも窓を開けて暮らしていたんですが、そうすると外の音がうるさくって、湿度も高くなってしまって。そこで、ためしに窓を閉めて生活をしてみたんです。するとエアコンは入れずとも、室温はずっと快適に保たれて、午前中はつけなくてもいいくらいでした」といい、快適さに驚いたといいます。

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

住宅好きだからこそ見つけた家。平均値で「断熱等級4」になってほしい

今回、もう1組、モニターとして協力してくれたHさんご家族にも話を聞きました。

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

横浜市神奈川区にあり、こちらは日本の持ち家では一般的な断熱等級4に相当します。この4とは2025年にはすべての新築住宅に適合が義務化される基準ですが、現時点の既存住宅では満たしていないのがほとんどです。Hさんご夫妻は結婚をきっかけに住まいを探し始めました。

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

省エネは家探しの条件にはありませんでしたが、妻はもともと間取りを見ることや家探しが好きで、SUUMOなどを日常的に閲覧していたとのこと、夫は大学で建築について学んでいたことで窓や構造に関する知識があったそう。

「住んだあとから変えられない、周辺環境、窓や壁、動線を重点的に確認しました。省エネや温熱環境について言うと、正直、今回のモニターに協力するまであまり意識しませんでした。ただ、印象に残っているのが、引越してきてすぐのときに感じた室内の暖かさでしょうか。3月だったのですが、前の家だと朝暖房を使って帰ってきたとき室内が寒かったのが、ここでは帰ってきても暖かかった。それはすごく印象に残っています」(夫)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

「1年間、モニターをしてみて、すべてつじつまがあったな、というのが実感です。なんとなく暖かいね、寒いね、というのが数字でクリアに現れたのでびっくりしました。子どもが泣くのでどうしたんだろうと思ったら暑かったりとかして。あとは窓の性能がしっかりしているのか、周辺の生活音が聞こえてこなくて、静かなのでびっくりしています」(妻)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

今回の家探しは、2人の今までの賃貸での失敗や経験、知識を活かしましたが、感想としては、「賃貸住宅のアベレージ(平均値)でこれくらいの住まいになってほしい」と夫。

今回2組に取材しましたが、声をそろえて「当たり前になってほしい」「もう、以前のような(断熱性能に配慮されていない)賃貸住宅には住めない」とおっしゃっていました。住宅探し時の条件には入っていないけれど、省エネ性能の高い住まいに暮らしてしまうと、もう元の住まいには戻れない、それくらい心地がよいようです。

満足度と居住意向の高さはデータでも! では、大家さんの意見は?

こうした満足度の高さは、アンケート結果ではより鮮明になっています。
「省エネ賃貸住宅全体で、住んでいる人の満足度が高いことがわかっていますし、長く住み続けたいという意向も明らかになっています。大家さんからみたときには、物件の差別化ができ経営が安定することにつながります。住んでいる人にとっても、大家さんにとってもメリットが大きいということが改めて把握できました」(横浜市住宅供給公社街づくり事業課・都出さん)

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

遮音、断熱性、部屋の暖かさといった点で、一般的な賃貸住宅と省エネ賃貸住宅で圧倒的な差がついています(一般賃貸5割強、省エネ賃貸住宅9割超)(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

光熱費が抑制できる分、家賃が高くなっても許容できると答えた人が73.2%も。「知り、体感する」ことで納得度が増すのでしょう(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から加工))

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅ではなんと75%の人が住み続けたいという。劇的な差ですね(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

では、大家側さん、物件を所有する人からみたときには、省エネ性能を高めるには、どのような課題があるのでしょうか。賃貸住宅「パティオ獅子ヶ谷19号館」を手掛けた、岩崎興業地所の岩崎さんにお話を伺いました。

「弊社は横浜市内と東京都内に不動産を抱え、賃貸経営や不動産企画・管理業をしており、バス便立地、築年数30~40年の物件を多数抱えています。物件の差別化、または付加価値という意味で、リノベなども手掛けきており、以前から省エネ性・断熱性について関心がありました。新築の物件を建てるにあたり、建築家の内山章先生に相談して手掛けたのが、パティオ獅子ヶ谷19号館です。ただ、大家の視点でいうと、省エネ性だけで訴求するのはまだまだ難しいというのが正直な感想です。内山先生のデザイン性、住みたいと思う人のプロフィールや背景を想像して、丁寧に戦略を立てたことが奏功しました」(岩崎さん)

と率直に話します。また物件は2021年築ですが、まだまだ「最新事例」として紹介されます。クルマなどであれば例年のように新モデルが登場しますが、住宅、なかでも賃貸住宅では、断熱等級の高いものは「レア」な存在です。裏を返せば、圧倒的な競争優位性を保っていることになります。

「ただ、正直にいえば、ワンルームや一人暮らし用の賃貸では、ある程度立地条件が良ければ省エネ性を高めなくとも入居者が決まるというのが、現実だと思います。それほど省エネ性能の認知度や重要度はやはり高くないのです。あと、個人的にいえば、ネックになっているのは金融機関ではないでしょうか。省エネ性能を高めた結果、建築費が2~3割割高になりますが、競争優位性も高まります。しかし、それで金融機関の融資がおりるかというと、実際はかなり厳しい。手間も時間もかかりますよね」(岩崎さん)といい、よほどの使命感か情熱がある人でないと、まず難しいというのが省エネ賃貸住宅を建てる側のホンネのようです。

お金を持っているところが強いというのは、いつの時代も真実ですよね。ただ、これは制度や世の中の流れという後押しがあれば、変わることも十分ありえます。

ひとつは2025年、省エネ性能に関わる断熱性能が義務化されるようになり、新築住宅では「等級4」(Hさん一家宅と同水準)が最低基準になります。賃貸住宅であっても、「等級4」を満たさない水準の住まいは建てられなくなります。競争優位性を保つために等級5や等級6(稲子さん宅と同水準)の事例が出てくれば、賃貸物件も徐々に高性能化が進むことでしょう。

もう一つは、若い世代の台頭です。SNSでも、住まいについての情報収集が容易になった今、Hさん夫妻のように、住宅についての知識を蓄えた人が、「住まいの選別」をはじめています。また、若い世代ほど、環境についての問題意識は高いもの。クルマや家電に省エネ性能が求められるように、賃貸住宅も「省エネ性能が高くないと戦えない」という時期に近づいていると感じます。

また。金融機関もESG投資(環境や社会に配慮して事業を行っていて、適切なガバナンス(企業統治)がなされている会社への投資)のひとつとして、「省エネ賃貸住宅」に積極的に融資を行うようになるかもしれません。

夏の暑さ、冬の寒さ、電気代の高騰に振り回されないために。また、2050年カーボンニュートラルという大きな目標のために。今こそ大人世代の行動や決断が問われているときなのかもしれません。

●取材協力
横浜市建築局住宅政策課
横浜市住宅供給公社
岩崎興業地所株式会社

登録有形文化財を有する旧赤羽台団地に、「URまちとくらしのミュージアム」がオープン!建物好きや団地マニアも驚きの仕掛けが満載!

「URまちとくらしのミュージアム」が9月15日に開館すると聞いて、都市再生機構(UR都市機構)に問い合わせたところ、オープン前にプレス向け発表会があるというので参加した。実は、八王子にあったUR都市機構の技術研究所が2017年度に閉鎖となったが、敷地内で2021年度まで開館していた集合住宅歴史館の資料は、今回開館するミュージアムに移設されるということだったので、興味を持っていたのだ。

【今週の住活トピック】
都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設「URまちとくらしのミュージアム」9月15日に開館/都市再生機構(UR都市機構)

旧赤羽台団地の中に開設されるミュージアム

「URまちとくらしのミュージアム」が開設されるのは、旧赤羽台団地の一角。

赤羽台団地(全3373戸)は、昭和30年代後半に都市部のモデル団地として誕生した、公団住宅として当時では23区内最大の大規模団地。その当時としては先駆的な住棟配置や多様な間取りが導入された団地で、赤羽駅周辺より高台にある団地の崖線部分には、ポイント型住棟(スターハウス)と呼ばれる特徴ある住棟が建つなど、団地マニアには聖地と呼ばれていたほどの名団地だった。

今では、建物の老朽化に伴って、その多くが建て替え事業により新たに「ヌーヴェル赤羽台」に生まれ変わっているが、日本建築学会が保存活用に関する要望書を出したことなどから、2019年に以下の4棟が国の登録有形文化財として登録された。

41号棟(板状階段室型:鉄筋コンクリート造地上5階建)
42号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)
43号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)
44号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)

41号棟は、団地で多く見られる標準的な建物で、4つの階段の左右に住戸が設けられている。42~44号棟は、三角形の階段室の周囲に各階3住戸が放射状に配置され、全体がY字形の形状になっている。

UR都市機構のリリース「旧赤羽台団地の「ポイント型住棟(スターハウス)」を含む4棟が団地初の登録有形文化財(建造物)に登録へ」より抜粋

UR都市機構のリリース「旧赤羽台団地の「ポイント型住棟(スターハウス)」を含む4棟が団地初の登録有形文化財(建造物)に登録へ」より抜粋

登録有形文化財4棟とミュージアム棟、オープンスペースが丸ごとミュージアム

「URまちとくらしのミュージアム」とは、今回新たに建設された「ミュージアム棟」に加え、登録有形文化財の4棟と屋外空間(オープンスペース)を合わせたもの。団地の歴史を語る特徴ある住棟と団地らしい広々としたオープンスペースも見学の対象だ。

ミュージアム棟(筆者撮影)

ミュージアム棟(筆者撮影)

ミュージアムを開館するにあたって、4つの住棟には修復工事が行われたが、その際に当時の建物の外壁の色を再現するため、白黒写真をカラー化したり、残っている塗膜を分析したりして、当時の色を探し当てたという。

オープンスペースには適宜解説ボードがあり、登録有形文化財についても紹介している(筆者撮影)

オープンスペースには適宜解説ボードがあり、登録有形文化財についても紹介している(筆者撮影)

広いオープンスペースには遊具や大きな樹木もある(筆者撮影)

広いオープンスペースには遊具や大きな樹木もある(筆者撮影)

馬場正尊さんお勧めのミュージアム棟の見どころをじっくり紹介

メインの見どころは、ミュージアム棟の展示資料だろう。UR都市機構の前身である「日本住宅公団」時代からのまちづくりや住まいの歴史が詰まっている。開館式後のプレス向け説明会で、ミュージアムの施設プロデューサーであるオープンエー代表の馬場正尊さんが説明してくれた見どころを中心に紹介していこう。

まず、2階にある「メディアウォール」。これは筆者も熱中してしまったが、壁一面のタッチパネルに、全国につくられた団地が次々と出てくる。見たい団地をタッチすると、その団地の当時のパンフレットや間取り図などの貴重な資料がどんどん表示される。興味深くて、次々とタッチしてしまった。団地研究者には垂涎(すいぜん)の資料だろう。

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

2階から4階には、歴史的に価値の高い集合住宅の団地の復元住戸などがある。最初に、「同潤会代官山アパート」を見よう。同潤会は、関東大震災後の住宅復興のために設立された財団法人で、小規模戸建て住宅なども供給したが、本格的な鉄筋コンクリート造りの先進的な同潤会アパートを供給したことで知られている。

同潤会を紹介したコーナーでは、その歴史を語るパネルのほか、実際に代官山アパートで使われた食堂の椅子や食堂カウンター、鶯谷アパートや清砂通りアパートの階段手摺親柱、名板、外壁レリーフなども展示されている(筆者撮影)

同潤会を紹介したコーナーでは、その歴史を語るパネルのほか、実際に代官山アパートで使われた食堂の椅子や食堂カウンター、鶯谷アパートや清砂通りアパートの階段手摺親柱、名板、外壁レリーフなども展示されている(筆者撮影)

同潤会アパートは今ではその姿を見ることができないので、貴重な歴史的資料となる。1927年(昭和2年)竣工の代官山アパートの復元住戸は、独身用住戸と世帯向け住戸があり、紹介するのは独身用住戸(和室型)だ。玄関扉は鉄板を巻くなど地震や火災への対策が取られている。独身用をのぞくと、明るく住みやすそうな部屋だと分かる(写真上)。造り付け収納の取っ手のデザインなども洗練されたものだ。室内に入ると(写真下)、造り付けベッドがあり、当時としては斬新な間取りだ。廊下側の窓もおしゃれなデザインだった。

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

次は、1957年(昭和32年)に竣工した「蓮根団地」の復元住戸。食寝分離を基本とする2DKを標準設計とした代表的な団地だ。ダイニングキッチンにはテーブルが備え付けられ、イス座の食事を促したとか。キッチンは人研ぎ(※)の流し台、テーブル横の棚には当時の炊飯器やトースター、ラジオに加え、カネヨクレンザーの赤い箱も置かれていた(写真上)。DKの背面に和室があり、ほかに和室や木製の浴槽、和式便所などもあった。
※人研ぎ(人造石研ぎ出し)/石の粉とモルタルを混ぜた人造石を成型し、研ぎ出したもの。ステンレス製が普及する以前の主流だった

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

最後に紹介したい復元住戸は、前川國男設計による1958年(昭和33年)竣工の「晴海高層アパート」。公団初のエレベーター付き10階建て高層集合住宅だ。スキップアクセス方式(エレベーターの停止階とそこから階段で行く階がある)が採用されたので、廊下アクセス住戸と階段アクセス住戸の2つが復元されているが、紹介するのは階段アクセス住戸だ。

ここは馬場さんが「住みたい」というほど、明るく風通しがよい。玄関から入ると、フローリングの縦長DKと畳の和室2室がある。和室とフローリングの間の欄間にガラスがはめられているのも、室内が明るく開放的な要因になっている。キッチンはステンレス製の流し台、トイレは洋式になっていた。海に近いこともあって、バルコニーはプレキャストコンクリートの手摺になっている(写真下の奥がバルコニー)。隣戸との壁がコンクリートブロックというのも目を引く。

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

ミュージアム棟には、ほかにも「多摩平団地テラスハウス」の復元住戸やシアター、住宅の設備や部材の歴史が分かる展示、UR都市機構による団地づくりや住宅づくりの歴史が分かる展示などもある。

住宅の設備や部材の歴史が分かる展示(筆者撮影)

住宅の設備や部材の歴史が分かる展示(筆者撮影)

見落としてほしくないのは、プレス見学会では全く説明されなかったのだが、ミュージアム棟の外側に移設された「晴海高層アパートの円形階段」だ。ミュージアム内にはQRコードが掲示された箇所があり、スマートフォンで読み取ると詳しい説明が表示される。円形階段については、スキップアクセス方式だと2階でもエレベーターで3階に行って階段で下がるために不便だと、直接2階に行ける階段が後から設置されたといった説明がされていた。ぜひここも見てほしい。

晴海高層アパートの円形階段(筆者撮影)

晴海高層アパートの円形階段(筆者撮影)

晴海高層アパートの円形階段のQRコードからの説明画面

晴海高層アパートの円形階段のQRコードからの説明画面

歴史だけでなく、未来を志向するミュージアムとは?

さて、このミュージアムは、「都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設」だという。

前述の閉鎖になった八王子の技術研究所には実験棟もあって、地震防災や風環境、環境共生、省エネ、耐久性などさまざまな研究の成果も分かる施設があったし、集合住宅歴史館に、水まわり設備や電気設備などの変遷が分かる展示物などもあった。ここにそうしたものが移設されていないのは残念だ。とはいえ、歴史だけではなく、未来を志向するために、今後はここでさまざまなトライアルも行うという。

現状では、41号棟や42~44号棟の内部を見ることはできない。しかし、ここではすでに実証実験なども行われている。実は筆者は、今年3月に41号棟を見学している。41号棟には、Open Smart UR研究会(代表:東洋大学情報連携学部学部長・坂村健さん)による生活モニタリング住戸が4戸作られている。ここで、住戸から出てくるさまざまなデータを収集して、住宅を最適設計するための検討データを取るために、大量のセンサーなどを設置して、生活モニタリングが行われている。

センサーは視線から隠れる場所に設置されているが、あらゆる箇所で温度や湿度、気圧、CO2の測定ができ、住んでいる人が今どこにいるかも分かる。IoTを活用して、スマートロックやエアコン、カーテン、照明がタブレットで制御できるようにもなっていた。筆者個人では、洗面所の上部にあるディスプレイに最新の公共交通の運行情報が表示されるのが便利だと思って見学していた。

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

また、スターハウスでは、「URまちの暮らしのコンペティション」(スターハウスを舞台としたこれからの暮らし方のアイディア・提案コンペ)を実施し、最優秀賞受賞作品を実現化する計画が進行中だ。さらに、「まちとくらしのトライアルコンペ」を2024年1月19日まで募集する予定で、今後もさまざまなアイディアの研修や実現の場として活用していく考えだ。

このミュージアムのよいところは、気軽に行けることだ。以前の八王子の技術研究所はかなり不便な場所で、筆者が訪れたときは特別公開日だけしか見学できなかった。ところが、「URまちとくらしのミュージアム」は、水曜・日曜・祝日以外の10:00~17:00に3回、事前予約制で見学ができる。しかも、赤羽駅から徒歩圏。オープンスペースもあるので、子どもも楽しめるのではないだろうか。団地や住宅に興味のある人には、訪れてほしいミュージアムだ。

●関連サイト
都市再生機構(UR都市機構)「都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設「URまちとくらしのミュージアム」9月15日に開館」
「URまちとくらしのミュージアム」公式サイト

512戸の賃貸タワーマンション「プラザタワー勝どき」で防災イベント!消防署・警察署協力ならではの幅広いメニューに子どもも興味津々!

不動産業や海運業を行う乾汽船(いぬいきせん)が所有し、東急住宅リースが賃貸管理を行う、賃貸マンション「プラザタワー勝どき」で、大掛かりな防災イベントを開催すると聞いて、見学させてもらった。大掛かりに開催できるのは、東京消防庁臨港消防署と警視庁月島警察署が全面協力をしていることで、防災メニューが豊富になっているからだ。

防災イベントは512戸の「安否確認訓練」でスタート!

「プラザタワー勝どき」は、地上43階で総戸数512戸の大規模なタワーマンションだ。

賃貸タワーマンション「プラザタワー勝どき」外観(筆者撮影)

賃貸タワーマンション「プラザタワー勝どき」外観(筆者撮影)

今回の防災イベントは、「安否確認訓練」からスタートした。安否確認訓練とは、地震などの災害に見舞われたときに、居住者の被災状況を確認すること。このマンションでは事前に「無事」(黄色)「要救助」(赤色)などと記載したカードを配り、ドアノブに配布されたカードのいずれかをかける形を取っている。その状況をフロアごとに見て回り、各戸の「無事」「救助」「未貼付」を記録して、とりまとめて全戸の状況を把握するわけだ。

さて、防災対策本部(冒頭の写真参照)の準備ができると、館内放送で「訓練です」と伝えた後に、無事であれば黄色のカードを、救助が必要であれば赤色のカードをドアノブに掛けるようにとアナウンスが流れた。次に、事前に居住者から募集した“集計報告ボランティア”の方々に、担当するフロアの用紙をはさんだボードを渡し、担当フロアに行ってもらう。ボードは10個あり、43階までのフロアを10ブロックに分けて、担当フロアを振り分けている。

筆者もその様子を見ようと、一番にスタートした組に付いていった。もちろん、災害時を想定しているので、エレベータは使えない。階段を上がっていくことになると分かっていたものの、5階までの100段でかなり息が上がる。付いていこうとしている組は何階まで行くのか聞いてみたら、「43階です」と言われ、ギブアップ。一番低い階は9階からと聞いて、その組を待つことにした。

9階から5階を担当する組は、女性2人と子ども2人の4人組。応募した理由を聞くと、「前回は見ていただけだったが、子どもが大きくなって確認作業ができると思い、今回初めて集計報告ボランティアに応募した」という。1戸ごと玄関を見て、9階の1号室は無事の欄に✓、2号室は未貼付の欄に✓といったように記入していく。9階が終わると、また階段で降りて、8階を同じように回る。付いて見た限りは、半分以上がいずれかのカードをかけているという印象だ。

左:無事ですカードがドアノブのかかっている 右:1戸ずつ確認しながらシートに記入していく(筆者撮影)

左:無事ですカードがドアノブのかかっている 右:1戸ずつ確認しながらシートに記入していく(筆者撮影)

その集計作業を見ようと、一足先に1階の防災対策本部まで戻った。しばらくすると、最初にスタートした、43階~41階の組が確認を終えて戻ってきた。対策本部がその記入結果を見て、集計したり、ホワイトボードに書き込んだりしていく。

担当フロアの確認が終わって防災対策本部に結果を報告する(筆者撮影)

担当フロアの確認が終わって防災対策本部に結果を報告する(筆者撮影)

「早かったですね」と43階組の二人に筆者が声をかけると、一番乗りを目指してダッシュでやったのだという。ボランティアに応募したのは、その日が空いていたし運動になると思ったからという、エネルギッシュな若者らしい答えだった。

筆者が同行した9階~5階の組も含めて、続々と残りの組も報告にやってくる。同行した子どもに感想を聞くと、「ちょっと疲れちゃった」と。9階から5階まで同じ作業を繰り返すので、子どもには飽きてしまうことなのかもしれない。

きて、その集計結果がまとまって結果が公表される。集計に要した時間は36分、512戸の掲示率は51.7%だった。

集計結果。この右側には全住戸の状況が一覧になって掲示されている(筆者撮影)

集計結果。この右側には全住戸の状況が一覧になって掲示されている(筆者撮影)

スタンプラリーなど、多彩なメニューで楽しく参加できる工夫

実は、賃貸マンションであっても一定数以上の居住者がいる場合は、オフィスビルや分譲マンションと同様に、防火管理者を置いて、避難訓練などを行う必要がある。とはいえ、512戸となると訓練も大変なことだ。大勢が参加しないと訓練の意味がないが、賃貸居住者の防災意識は長く住み続ける分譲マンション住民よりは低くなりがち。そこで、参加しやすい工夫が必要となる。

「ぼうさいさい2023」と名付けられた防災イベントの内容を見ると、スタンプラリーや24キログラムの水を担いで屋上ヘリポートまで駆け上がる競争などが用意されている。ほかにも、消防署や警察署による訓練メニューもあり、なかなか充実している。

筆者が見た限りで最も参加者が多いように思ったのは、警察官の帽子や制服を着るコーナーだ。子どもに帽子や制服を着せて、親が写真を撮る姿が途切れることなく続いていた。ほかにも、消防車や白バイに乗る子どもの姿も多く見られた。小さな子どもでも気軽に参加できるからだろう。

「ぼうさいさい2023」のタイムテーブル(筆者撮影)

「ぼうさいさい2023」のタイムテーブル(筆者撮影)

スタンプラリーのメニューも多彩(筆者撮影)

スタンプラリーのメニューも多彩(筆者撮影)

筆者も体験!「蹴破り」「エレベータ閉じ込め」「煙」

さて、筆者が特に興味を持ったのは、「蹴破り」「エレベータ閉じ込め」「煙」の3つの体験だ。居住者でなくても参加できると聞いて、参加者に交じって体験してみた。

まずは「蹴破り体験」。火災のときの避難ルートは、一つは玄関からの避難。ただし、玄関に向かう方向で火災が発生しているときには、逆のベランダ側から避難することになる。ベランダが横に並ぶ形状のときには、隣戸の壁を蹴破って避難はしごのあるところまで行くことになる。この蹴破りが、意外に難しいと聞いたので、体験したかったのだ。

蹴破り体験。小さな子どもには蹴破りがなかなか難しい(筆者撮影)

蹴破り体験。小さな子どもには蹴破りがなかなか難しい(筆者撮影)

「蹴破り体験」の列に並んで、他の参加者のやり方を見ていると、小さな子どもでは力不足でなかなか蹴破れない。スニーカーではなくサンダル風の靴では特に難しそうだ。それでも、サッカーをしているという子どもは一度で穴を空けることができた。それを見て、筆者も思い切り蹴ったら、成功した。やはり避難時にはスニーカーだ。消防署の署員によると、壁に背を向けてかかとで蹴ると破れる場合もあるという。筆者の後の女性はかかとで成功していた。

蹴破り体験に筆者も挑戦(東急住宅リース撮影)

蹴破り体験に筆者も挑戦(東急住宅リース撮影)

次に、「エレベータ閉じ込め体験」へ。事前に衝撃があると言われたから冷静でいられたが、思いのほか衝撃が大きかった。その後は、連絡ボタンを押して外部と連絡を取る必要があるが、基本は中でドアが開くのを待つのだという。ほかの参加者に感想を聞いたところ、「衝撃が大きいのでびっくりしたが、災害時には冷静を心がけようと思う」「イメージトレーニングができた」といった声が返ってきた。

さらに、「煙体験」へ。消防署の署員から、煙は天井からたまっていくので低い姿勢で避難するのがよいと指導され、いよいよ煙が充満した通路に侵入。たしかに立ったまま見る景色としゃがんで見る景色では、見通しがかなり違う。避難を難しくする障害物として段ボールが置かれているが、立ったままではどこにあるかわかりづらい。段ボールを避けながら先に進むが、出口が見えないので距離感が分からない場所では相当な恐怖になるだろうと思った。

煙体験。左が立ったままの視線、右がしゃがんだ視線(筆者撮影)

煙体験。左が立ったままの視線、右がしゃがんだ視線(筆者撮影)

煙体験を終えた参加者に感想を聞いたところ、「見えにくかったけど、案外息はできた」「視界が悪いので段ボールが突然出てくるし、出口がどこにあるか分からないのが怖かった。白い煙だったが、黒い煙だともっと怖いと思う」。確かに白い煙で息はしやすかった。そこで再度、消防署員に煙について確認したら、体験なので無害の煙になっているが、実際の火災では煙もかなり熱く、燃え始めには有害な黒い煙が出るという。消火で水がかかると白い煙になるのだが、いずれも有害で息はしづらいのだという。こうした話を聞いたり、煙が充満する視界を体験したりして、心構えをしておくことが重要なのだと分かった。

ほかにも、AED(電気ショックを与えて正常なリズムに戻すための医療機器)訓練、消火器訓練などの防災に役立つメニューがあり、どれかひとつでも体験しておくと万一のときに役立つと思った。筆者も以前に、どちらも体験しているのだが、時間が経つと忘れてしまうので、繰り返し体験することが災害時に役立つと感じた。

AED訓練(筆者撮影)

AED訓練(筆者撮影)

消火器の使い方を体験する消火器訓練(筆者撮影)

消火器の使い方を体験する消火器訓練(筆者撮影)

自分が住む住戸を所有している分譲マンションでも、防災意識が高いとは限らない。自分たちで資産を守る役割の管理組合という組織のない、賃貸マンションであればなおさらだ。しかし、災害が発生した場合、近所の人たちと助け合って消火や救助に当たらないと、間に合わないということも多い。

タワーマンションであれば、エレベータが使えなくなる大変さを実感するだけでも、災害時の心構えが違うだろう。日頃の準備が災害時に大いに活きるものだ。

元厚労省・村木厚子さんら「全国居住支援法人協議会」設立で“住まいの差別”はなくなったのか? 4年の活動で見えた現実と課題

元厚生労働事務次官で津田塾大学客員教授の村木厚子さんを中心に、三好不動産代表取締役社長の三好修さん、NPO法人抱樸理事長の奥田知志さんらが中心となって立ち上げた「全国居住支援法人協議会」。住まいの確保に困っている人たちを支援する団体として都道府県から指定されている居住支援法人の活動を促進するために、ノウハウやスキームなどの情報を共有し、縦横のつながりを強化することを目的とした組織です。2019年の設立から4年が経ち、居住支援の形はどのように変化したのでしょうか。会長の村木さんと共同代表の三好さんに話を聞きます。

官庁の垣根を越えた居住支援法人協議会とは?

子育て世帯や高齢者、障がいのある人、生活保護受給者など、さまざまな事情から住まいを確保することが困難な人たちに対して、民間の賃貸住宅や空き家などを有効活用することで供給促進を図ろうと「住宅セーフティネット法」が改正されたのは2017年のこと。

この法律に基づいて設けられたのが住宅セーフティネット制度で、主な施策の一つが、住まい探しやその後の生活をサポートする団体として各都道府県が民間企業やNPO法人などを「居住支援法人」として指定する仕組みです。

「この制度は、住宅施策を管轄する国土交通省と福祉の施策を管轄する厚生労働省が省庁の間に落ちていた居住支援を制度化するという、当時としては画期的なものでした。しかし、組織の体制が違う省庁の協働なので、省庁間や各地方自治体の部局間、民間との連携がうまくいかなかったり、支援を必要としている人たちに的確な支援が行き届かなかったりする懸念がありました。

そこで、全国の居住支援法人が、互いの居住支援に関する情報やノウハウを共有、関係を強化し、また、複数の省庁との連携をスムーズに行い、政策提言もすることによって、より的確な居住支援を行っていくために2019年に組織化したのが、全国居住支援法人協議会(以下、全居協)です」(村木さん)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

「福祉領域を担う厚労省は継続的なソフトの支援が得意で、住宅領域を担う国交省はハードの支援が得意。制度についても、福祉は支援対象者ごとに支援を充実するように『縦』に発展してきましたが、住宅の制度は『横』割りで、全国を網羅する形で住宅の分類ごとに制度が設けられています。この異質なもの同士をどうやって有機的に機能させていくかがポイントです」(村木さん)

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コロナ禍で見えた、潜在していた課題とは

設立から4年の間に、社会の情勢はコロナ禍やウクライナ侵攻、世界的な物価変動など大きな変化がありました。例えば、コロナ禍で住宅確保給付金の支給額が格段に増えたことについて村木さんはこう話します。

「企業の社宅など、仕事と住宅がセットになっている形で生活していた人たちが、コロナ禍のもと、企業の業績悪化により仕事と住居の両方を同時に失うケースが多くありました。社会全体で見れば近年の経済状況は比較的良く、人手不足といわれる状況の中では、このような問題は見えにくかっただけで、解決していなかったということを再認識させられたコロナ禍の3年間でした。

ホームレスの方の存在は目に見えますが、車上生活をする人、ネットカフェや友人・知人の家を転々とする人など、見えにくい形で住まいの不安定な人たちがたくさんいることがわかってきました」(村木さん)

特に煽りを受けたのは非正規雇用の人たち。そして在宅時間が長くなったことで家庭内の問題や虐待が増加し、女性や若者の自殺率が急増しました。

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

「非正規雇用の多い女性や働き盛りの若者たちは自立して働けると見られてしまい、支援の網(セーフティネット)からすり抜けてしまいます。高齢者や生活保護受給者など、社会的に弱い立場にあると認識される人たちに対して整えられてきたサポートの手厚さと比べ、福祉の弱い部分です。このような潜在化した問題が見えてきたことは、コロナ禍で学んだことの一つでしょう」(村木さん)

3年間で物件数・団体数は格段に伸び、「死後事務委任」のルールづくりも

現在、住まい探しに困難を抱える人たちを受け入れる住宅「セーフティネット住宅」の登録件数は11万件、86万戸を超え、居住支援法人の登録数は718法人、うち全居協会員は278団体にまで増えました。

「ここまで増えたのは大きな成果です。ですが、80万戸におよぶセーフティネット住宅の多くは一般の人も入居できるもので、住まいに困っている人のみを対象とした『専用住宅』は5000戸ほど。全く数が足りない状況です。

居住支援法人の数も増えていますが、全居協に参加している団体は5割を切っています。より多くの団体が参加して協力し合うことで救える人たちも増えていくので、まずは半数以上、6割を目指したいですね。そのためにも私たち全居協は居住支援法人立ち上げのお手伝いと活動を続けていくための体制づくりに力を入れていきたいと考えています」(村木さん)

「居住支援」という言葉も徐々に世の中に認知されつつあります。

「国交省、厚労省、法務省などの施策の中でも『居住支援』というワードが自然に出てくるようになったことは大きな変化です。例えば、法務省が今年3月に策定した第2次再犯防止推進計画には、居住支援法人との連携強化といった施策が登場します」(村木さん)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の共同代表であり副会長を務める三好さんは、「国交省が、高齢の入居者が万が一、孤独死したときのために、死後に必要な事務処理を第三者に任せられる『死後事務委任』『残置物処理』などのルールづくりを法務省とともに示したことで、居住支援法人が担える役割の範囲が大きく広がった」と評価しています。

これまで死後の手続きは相続人でなければできなかったため、居住支援法人やオーナー、不動産管理会社などの第三者が残置物などを勝手に処分することができませんでした。そのため部屋を原状回復し、次の人に貸せるようになるまでに時間がかかるので、オーナーや管理会社が高齢者の受け入れに難色を示すことの一因となっていたのです。

「現在、住まいを探している高齢の方だけでなく、入居当時は高齢ではなかった人も、年月の経過とともに高齢化してきています。全国の管理会社が同じように入居者の高齢化問題を抱えているのではないでしょうか。生前に死後事務委任の手続きができるようになったことで、もしもの事態にも居住支援法人や管理会社が速やかに対応できるようになりました」(三好さん)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

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支援が必要な人のニーズに応えるため、地域ごとの拠点とリーダーを

全居協がスタートした当初、村木さんたちは、セーフティネット住宅の登録数が増えたことを素直に喜んでいたそう。しかし、登録物件数のうち、実際にどれだけの住宅が支援を必要とする人に供給できているかが重要だということに気づきます。

「大きな課題は、そもそも各地域にどんな物件がどれくらい必要なのか、その条件を満たす物件がどれくらいあるのかが見えていないことです。物件が豊富にあっても家賃や勤務先までの距離など、住宅に対する個別のニーズに見合った家を提供できなければ本当の意味で『入居可能な物件』とはいえません。実態を把握するためにもまず『地域ごとのニーズ調査』が行われることが重要です」(村木さん)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

ニーズに合った支援を提供していくには、支援を必要としている人と複数の居住支援法人とをそれぞれの地域で繋ぐ、拠点や“つなぎ役”の存在も不可欠です。

「地域で十分な支援を受けられる状態にするためには、居住支援法人がその地域の人たちに『うちの地域の居住支援法人はここ』『このサービスを提供してくれるのはここ』と認知される必要があります」(村木さん)

「部屋を貸すといっても、地域によって必要な住まい・生活の支援は異なります。全てが東京発信ではなく、地域ごとのニーズとノウハウを集約して支援体制を築くべきでしょう。そのために地域の拠点となる場所を設ける必要があると考えています」(三好さん)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

居住支援活動を持続していくために必要なものとは

全居協では、居住支援法人の育成のために、個別の法人にアドバイスするアドバイス事業を始めています。しかし、このような全居協の活動や、各地域の居住支援法人が支援活動を継続するためにはある程度の資金も必要です。

自治体では居住支援法人の活動資金として補助金などを用意しています。ところが、ある自治体では、補助金の予算総額が変わらないまま居住支援法人の数が増えたことにより、1法人あたりに支給できる補助金の額が減ってしまったというのです。

「居住支援法人事業を本業とするのは非常に難しく、どうしても別の事業から資金をまわすなど、企業自身がリスクを負うしかないのが現状です。

各地域に居住支援法人の拠点をつくるべく育成に力を入れても、受給できる助成金の額が減れば、活動を停止せざるを得ない居住支援法人が増えるのではないかと心配しています」(三好さん)

「居住支援法人が、居住支援事業で食べていけるようになる仕組みをつくっていくことは、次に残された課題といえるでしょう。それには各法人が得意分野を活かし、地域のニーズを把握したうえで役割分担をしながら連携していくことが大事になってくると思います。また、行政への働き掛けも必要です。持続可能な絵が描けるかどうか、勝負の時が来ているのかもしれません」(村木さん)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

立ち上げから4年が経ち、これからの数年間は居住支援がこの国に根を張っていくための、全居協の真価を問われる正念場となるのかもしれません。お二人の話からは、地域ごとの拠点づくりとリーダーの育成に力を入れていこうとする全居協の「本気」を感じました。
この実現のためには、資金の調達を含め、継続可能な体制をどう組み立てていくかが鍵。その仕組みづくりや国への働きかけも、今後の全居協の役割として期待されそうです。

●取材協力
・一般社団法人全国居住支援法人協議会
・株式会社三好不動産

出没!アド街ック天国、執念の「街リサーチ術」をついに語る。最高の街の見つけ方とは

放送29年目に突入した「出没!アド街ック天国(テレビ東京系列)」。今まで1400を超える街を紹介してきた。
街の魅力を徹底的に掘り下げる番組だが、あまり知られていないリサーチ方法がわかった。
それは数週間も一つの街を徹底的に歩いて駆けずり回る、愚直な手法だ 。
他の番組でも類を見ないほどのアナログ式の徹底リサーチで、街調べを完遂する達人たち。その詳細から、「自分にピッタリの街」を見つけるヒントまで聞いた。

まず『アド街』と明かさずに地元民と仲良くなる?(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

番組制作会社ハウフルスの会議室にいたのは、出没!アド街ック天国の演出・堀江昭子さん。
放送開始3年目で飛び込み、アド街を知り尽くした人だ。

さらに、プロデューサーの佐藤実さんにも話を聞く。

左から、プロデューサー・佐藤実さん、演出・堀江昭子さん(イラスト/タテノカズヒロ)

左から、プロデューサー・佐藤実さん、演出・堀江昭子さん(イラスト/タテノカズヒロ)

堀江「まず、リサーチをするのは担当ディレクター1人とアシスタントディレクター(AD)2人、計3人の班です。インターネットや書籍などで事前取材もしますが、基本はとにかく街歩きですね」

そもそも「3人」とは、あれだけの内容を調べるには少なくないか?

堀江「他の番組って、放送までにかけられる時間がすごく短いんですよね。うちは一つの街にリサーチから放送まで約2カ月かけていますから、少ない人数でもくまなく調べられるんです」

「8班」体制を組むからこそ可能な約2カ月スパン。リサーチだけで1カ月かけることもあるという。それでも、人数と予算が限られている中でどうやって探すのか。

番組制作には、ロケハン、ロケ、VTR編集、収録、番組全体の編集などの工程を経る(写真提供/ハウフルス)

番組制作には、ロケハン、ロケ、VTR編集、収録、番組全体の編集などの工程を経る(写真提供/ハウフルス)

一つの街では、メイン通りだけではなく、私道でなければ地元の人しか通らないような細い路地裏に至るまで、くまなく歩いてリサーチを行うという。

ちなみに、どんな方から話を聞くのか。

堀江「まず、商店街があったら商店街の会長さんや老舗のご主人など、地元の『生き字引みたいな人』に聞きます」

より街を知っている可能性の高いキーマンに話を聞くわけだ。

堀江「街にとって大事なスポットを聞いて、居酒屋をオススメされたら足を運び、周りの常連客とも『アド街』と明かさずに仲良くなって。他においしいお店も聞きます」

飲みニケーションからの数珠つなぎである。

さらに居酒屋にいるお客さんだけだと偏ってしまうので、美容室に髪を切りに行ったり、八百屋さんに行ったりして、「アド街」とは言わずに話しかける。そして目星をつけて各所を訪問するのだ。

田無で「スコップ三味線」を体験するディレクター(写真提供/ハウフルス)

田無で「スコップ三味線」を体験するディレクター(写真提供/ハウフルス)

ちなみに、担当ディレクターが一つの街につき1人だけなのはなぜか。

堀江「この街をどう見せようかの演出を統一できますから。同じ街でも魅力の見せ方次第で変わって見えますので。街の人とも1人の方が、仲良くなれますし、端的に言うと『深く』できるんです」

たしかに、1人で話しかけた方が向こうも心を開いてくれやすい。深いリサーチや演出に必要なのは「孤独」なのだ。

ディレクターは猫しか通らないような路地も探索する。そのおかげで白山・千石(東京都文京区)の放送回では、花街だった名残を多く見つけられた。

白山・千石エリアの路地裏には現役の井戸&手押しポンプがあり、住民が植物の水やりなどに使う(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

白山・千石エリアの路地裏には現役の井戸&手押しポンプがあり、住民が植物の水やりなどに使う(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

堀江「たとえば、白山が花街だったのは有名ですけど、路地に石畳が残っています。ふつうは通り過ぎちゃうような場所なんですけど、そこを調べれば街の歴史がわかるんです」

お蔵入りの街も「時代が変われば放送できる」

ちなみに、ネタが見つからなさそうなときはどうするのか。

堀江「正直、放送までこぎつけられなかった街もあります」

過去に3つほどあったという。

佐藤「時代が変われば放送できると思っています」

時間をおいて、見直された街はあるか。

佐藤「ありますよ、西武新宿線の武蔵関とか。2022年に取り上げたんですけど、これまでは『何もないかな?』と思いこんでいたのですが、行ってみたら、すごく面白い街でした」

世界的かつ日本を代表するお店が多くあったという。たとえば、バイク店の「チェリーズカンパニー」。

堀江「メディアに一切出てないとこだったんですけど、行ってみたら凄腕のバイク職人さんのお店で。カスタムバイクの全国大会で3連覇し、ブラッド・ピットのバイクも手がけた人のお店だったんです」

パーツのほとんどはこの店の黒須さんのオリジナル。『仮面ライダーBLACK SUN』に登場するバイクやブラッド・ピットが愛用するバイクも手がけた(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

パーツのほとんどはこの店の黒須さんのオリジナル。『仮面ライダーBLACK SUN』に登場するバイクやブラッド・ピットが愛用するバイクも手がけた(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

それでもベッドタウンの住宅街などは、特筆すべきところが見つからなさそうだが。

佐藤「地元の方からは『うちの街は1時間も紹介できないでしょう』とよく言われるんですけど、そんなことはなくて。地元民だからこそ魅力に気付かない、『灯台下暗し』なこともあるんです。人が住んでいれば、僕らはできると思います。街の方にとって大事なスポットをどれだけ浮き彫りにできるかです」

理想の街の見つけ方

「自分にとってピッタリな街」を見つけたい人も多いはず。

佐藤「お店などで人と話せばわかりやすいんですけど、『人との距離感の違い』が見えてくるんです。都市でも大阪は距離感が近くて、東京だとやや遠いですが、下町の方ならもっと近いとか。人それぞれに距離感がちょうど合う街があると思います」

都心で「江戸っ子の人情」が残っているのが、老舗も多い日本橋や神田、墨田区あたりという。

佐藤「アド街はロケハンや撮影の期間も長いんですが、顔なじみになり、昔ながらの方に『本当にあの子たち頑張ってるんだ』と思ってもらえて、『暑いから冷たいもの飲んでよ』と差し入れまでいただきました」

「うちなんかいいから。あそこの店頑張ってるし、取材してやってよ」と言われて、そのお店に行ったら、本当にいい店だったことも。

押上・東京スカイツリー回では「最先端とは真逆の、渋さ満点の定食屋さん」たちを紹介(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

押上・東京スカイツリー回では「最先端とは真逆の、渋さ満点の定食屋さん」たちを紹介(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

東陽町の居酒屋「あづま」でロケハン後にあめのお裾分けをたくさんいただく(写真提供/ハウフルス)

東陽町の居酒屋「あづま」でロケハン後にあめのお裾分けをたくさんいただく(写真提供/ハウフルス)

堀江「あと、元気のいい街は商店街がしっかりしていると思っていて。(山田)五郎さんに言わせると、お茶屋さんが営業できている商店街はいいそうです。専門店で買い物する意識の高い人や、お茶の習慣を持った昔からの人たちが住んでいる街なので」

そして、老舗のお店が多い街はこんな土壌も育つ。

堀江「老舗をみんなで支えていこう、みたいなね。コロナのときにも周りが、大変だろうから、どうにかしなきゃって意識があったようで。店が住んでる人を育てて、人が店を育てているんでしょうね」

古いものを守り、未来に向かう街のよさ

最近見てきた中で、印象的な街はあるか。

佐藤「たとえば蔵前(東京都台東区)とか。かつて倉庫が立ち並ぶ街でしたが、今では使われなくなった倉庫が生まれ変わり、外観を残しつつ、中が綺麗にリノベーションされています」

単なる再開発にとどまらず、新しいものの利便性と、古いもののいい部分を調和させた街ができあがっている。

年貢米を貯蔵するなど、江戸時代から倉庫街だった蔵前。倉庫リノベーションで生まれたお店たちによって若者にも人気に(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

年貢米を貯蔵するなど、江戸時代から倉庫街だった蔵前。倉庫リノベーションで生まれたお店たちによって若者にも人気に(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

堀江「蔵前みたいに、古いものを大事にしている街を見つけるのも手ですよね。街の魅力をわかっていて、未来にこの街をどう残すかをちゃんと考えている人たちがいることが、すごく大事」

さらには、未来へ向かう街がある。

堀江「つくば市(茨城県)は子育て世代にはすごくいいと思います。都会と田舎のよさが共存し、教育環境もすばらしくて。このご時世で、子どもがすごく増えています」

1977年からスタートしているICT教育をはじめ、2012年度から市内全ての小中学校で9年一貫教育を完全実施。最近では生成AIの活用を学ぶ授業を全小中学校に順次取り入れるなど、先進的な学びを推し進めてきた。

つくば市にある学園の森義務教育学校では児童数の多さを活かして、2,039人でだるまさんが転んだを行い「ギネス世界記録」に認定された(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

つくば市にある学園の森義務教育学校では児童数の多さを活かして、2,039人でだるまさんが転んだを行い「ギネス世界記録」に認定された(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

堀江「北海道の東川町も、バブル期直前の1985年、当時の町長さんが『写真の町宣言』をして。他の町が特産物をアピールする中ですよ。インスタなんかない時代に、未来が見えていたんでしょうね。今では写真を軸とした文化の町になりました」

東川町の人口は25年で20%増加し、約8600人の住民は半数以上が移住者。家の新築、薪ストーブの設置などに補助金が出るなど、助成・支援制度が充実する(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

東川町の人口は25年で20%増加し、約8600人の住民は半数以上が移住者。家の新築、薪ストーブの設置などに補助金が出るなど、助成・支援制度が充実する(写真提供/テレビ東京・ハウフルス)

数え切れないほどの街の魅力を見せてきたアド街は、ついに30周年が目前。何を大事にして番組を続けたいか。

佐藤「(初代宣伝部長の)愛川欽也さんが言っていた、『街をつくるのは建物じゃない、人なんだ』が、アド街の真髄です。本当に街をつくるのは人だと思います」

そして、街の移り変わりを見届ける。

佐藤「地元の人が頑張って街は成長していきますし、魅力も膨らんでいきます。街並みが変わっても変わらなくても、アド街は何度でも出没していきますので」

番組が29年間も探求してきた「アド街視点」を学べた今回の取材。知らない街から、知ってるつもりの街まで、もう一度イチから魅力を探してみたくなった。

30周年とその先へばく進する番組に期待しつつ、いつかどこかの店で「アド街見た」と言ってやろう。

最後に、取材後の立ち話で「今住んでいる街のさらなる魅力」を発見するコツを教えてもらった。

・いつもと違うルートを歩く
・いつもと違うことをやる
・入ったことのない店に入る

堀江「自分のテリトリーを変えることじゃないですかね。そのお店で周りやご主人と話してみるとか。意外な街の側面が見えてくるかもしれませんよ」

北鎌倉の円応寺でロケ後の記念撮影(写真提供/ハウフルス)

北鎌倉の円応寺でロケ後の記念撮影(写真提供/ハウフルス)

●取材協力
「出没!アド街ック天国」テレビ東京系列にて毎週土曜日夜9時~9時54分放送中

レトロ商店街を地元の若者達が再生! セレクトショップやオフィスなどでにぎわい生み、鉄道会社とコラボイベントも 埼玉県飯能市・飯能銀座商店街

全国各地で商店街の衰退が課題になっています。そんななか、埼玉県飯能市にある「飯能銀座商店街」では、まちづくりユニットAkinaiが、市民や町に関わりたい次世代の人たちを巻き込み、商店街の空き店舗を再生しています。個人的に始めた取り組みはどんどん幅を広げており、ついに地元鉄道会社とも連携。なぜ彼らはそこまで飯能のまちづくりに熱を込めているのか、その思いを話してくれました。

自分たちが暮らす街に面白い拠点が欲しかった

今回訪ねたのは、埼玉県西部にある人口8万人ほどの街、飯能市。西武鉄道池袋線「飯能」駅があり、特急電車も停車します。森林文化都市と宣言する市の面積は約75%が森林。豊かな緑に囲まれたエリアです。都心から約 50 km圏内の距離で、気軽に非日常を味わえることから、最近は日帰り観光やキャンプで訪れる人が増えています。また、2018年から2019年に、ムーミンをテーマにした施設「メッツァビレッジ」と「ムーミンバレーパーク」がオープンしたことから耳にしたことがある人もいるかもしれません。

このように観光業が発展する一方で、地元住民にとって悩ましいのは街に暮らす人が高齢化していること。飯能駅前は市内で唯一の活気あるエリアですが、商店街も店主の高齢化により次々廃業となり、シャッター商店街になり始めていたのです。西武鉄道池袋線「飯能」駅北口から徒歩5分ほど歩くと見えてくる、飯能銀座商店街もしかり。

シャッターの閉まる店舗がポツリポツリと存在しますが、現在は新旧のお店が入り交じる飯能銀座商店街(写真撮影/片山貴博)

シャッターの閉まる店舗がポツリポツリと存在しますが、現在は新旧のお店が入り交じる飯能銀座商店街(写真撮影/片山貴博)

そんななか、2017年から当時30代だった若者たちがシャッター商店街を盛り上げようと仕掛けをつくり始めました。彼らの拠点は、飯能銀座商店街の中央部にあるシェアスペース「Bookmark」です。ここを運営するのが、代表の赤井恒平さんと徳永一貴さんを中心としたAkinaiのメンバー6人。全員、飯能市在住か在勤しています。仲間の中には一時は都心で暮らしていたけれど、この活動に賛同して家も仕事もUターンすることを決意した人もいます。

「2017年にオープンした『Bookmark』は元書店で、長らく空き店舗となっていたスペースでした。大家さんから“ここを使って、商店街が少しでも活気付き、若い人が集まる場所にしてほしい”と相談をいただいたのです」(赤井さん)

赤井さんは、商店街の至近距離にある金属工場跡地を利用した、クリエイティブスペース「AKAI FACTORY」の立ち上げ人。ここでは地域に住むクリエーター達が創作活動や販売活動を行っています。彼らの存在に光を当てたことで、「何も特徴のない街と思われていたのに、実は地域にこんなに面白い人がいた!」と商店街周辺ではにわかに話題となりました。

その様子を目の当たりにした大家さんが「面白い取り組みをしている」と驚き、赤井さんたちに相談を持ちかけたのだそうです。

飯能銀座商店街の中央部に位置するシェアスペース「Bookmark」(写真撮影/片山貴博)

飯能銀座商店街の中央部に位置するシェアスペース「Bookmark」(写真撮影/片山貴博)

「実家で暮らしていたときは、飯能を田舎で特徴もなく、中途半端な街と思っていました。しかし一度飯能から離れて暮らし、その後この街で仕事を通じて地域の人たちと関わるようになり、考え方が変わりました。実は面白い活動をしている人や個性的な人がもっといるんじゃないか?と思ったのです。彼らが集まったらもっと街の魅力の発信力が上がるし、個性あふれる場所や人のつながりが生まれるのではと思い、2016年に『AKAI FACTORY』を立ち上げました。その勘は間違っていなかったです」(赤井さん)

拠点をつくったら自然と仲間が集まり、商店街から必要とされる存在に

こうして赤井さんは、幼少期からの仲間を集めてシェアオフィスとイベントに利用できるスペースとして「Bookmark」の立ち上げに挑戦することになりました。

書店跡を活かした「Bookmark」は、シェアオフィスとイベントスペースが共存するつくり。室内は地元木材である西川材を使用してつくられていて、穏やかでゆるやかな空気が流れています。

「Bookmark」の室内。室内は、イベント用スペースとシェアオフィスブースが共存している(写真撮影/片山貴博)

「Bookmark」の室内。室内は、イベント用スペースとシェアオフィスブースが共存している(写真撮影/片山貴博)

イベント用スペースでは、地元の作り手を中心に、ワークショップが定期的に開催されている(写真撮影/片山貴博)

イベント用スペースでは、地元の作り手を中心に、ワークショップが定期的に開催されている(写真撮影/片山貴博)

「Bookmark」を開業後、この場に興味を持った人やクリエイティブな人々が、続々と集まってきます。シェアオフィスにはデザイナーや小商いをする人が集い、イベントスペースではものづくりワークショップや読み聞かせイベント、ヨガ教室などが行われるようになりました。
こうしてじわりじわりと商店街が若者の往来する姿に変化をしていきました。

同じ商店街内の古民家を活用したコワーキングスペース「Nakacho7」もAkinaiの運営(写真撮影/片山貴博)

同じ商店街内の古民家を活用したコワーキングスペース「Nakacho7」もAkinaiの運営(写真撮影/片山貴博)

「Nakacho7」は2階建ての一軒家の中に、2つの会議スペースを備える。Akinaiのメンバーもここをよく利用する(写真撮影/片山貴博)

「Nakacho7」は2階建ての一軒家の中に、2つの会議スペースを備える。Akinaiのメンバーもここをよく利用する(写真撮影/片山貴博)

「Bookmark」の活動を機に、商店街の取り組みはどんどん広がっていきました。そして、2022年のこと。赤井さんの元にはさらに新しい相談が寄せられるのでした。
その主は、商店街で70年近く営んできた金物店「深田屋商店本店」の店主。110坪ほどある商店街一大きな店内に、鍋や包丁、ジョウロやホース、ほうきや釘にネジまで、街の人の暮らしを支える生活雑貨がそろう、まるで生活雑貨の総合デパートのようなお店でした。店主の山﨑さんの年齢は90代。継ぎ手がないことなどさまざまな理由から2021年にこの店を閉め、空き家になっていました。ここを活用してほしいと赤井さんに相談をしたそうです。

金物店時代の深田屋商店の姿(写真提供/Akinai)

金物店時代の深田屋商店の姿(写真提供/Akinai)

「話をいただき、『何ができるだろう』と改めて店内を見せていただきました。するとたくさんの時代を感じさせる日用品が残っていたのです。今では貴重な農具やレトロな食器などもありました。これらを活かした『生涯現役』『生活に近い活用』をキーワードとしたスペースづくりをしたいと思ったのです」(赤井さん)

彼らは、一部のスペースを次世代の地元クリエーターが入居するシェアショップにリノベーションすることに。店内にたくさん残っていた「深田屋商店本店」の商品はAkinaiの審美眼で厳選し、アンティークショップに変化させました。そしてシェアショップの登録メンバーが店番をするように仕組み化したのです。こうして、「深田屋商店本店」は2023年5月に「くらしの循環センター フカダヤ」として再オープンしました。

「くらしの循環センター フカダヤ」。前店時代の日用品をAkinaiのメンバーによって選別し、古道具として販売している(写真撮影/片山貴博)

「くらしの循環センター フカダヤ」。前店時代の日用品をAkinaiのメンバーによって選別し、古道具として販売している(写真撮影/片山貴博)

今やあまり目にすることがなくなった黒電話や、茶箱、そろばんなどが並ぶ。懐かしい道具を喜んで購入していく人もいるそうだ(写真撮影/片山貴博)

今やあまり目にすることがなくなった黒電話や、茶箱、そろばんなどが並ぶ。懐かしい道具を喜んで購入していく人もいるそうだ(写真撮影/片山貴博)

もちろん「生涯現役」をキーワードに掲げたのは、古き良きものを掘り起こすこと、若者を活性化させるためではありませんでした。Akinaiのメンバーはこのスペース内に、地元のシニア団体のショップスペースも設けたのです。こうすることで、古き良きもの、これからも長く生き生き活動をするシニア、未来を担う若者が共存する空間ができあがりました。

地元のシニア団体が営む布小物店と旅行代理店が入居。多世代の人たちが一つの場所に集うのも特徴(写真撮影/片山貴博)

地元のシニア団体が営む布小物店と旅行代理店が入居。多世代の人たちが一つの場所に集うのも特徴(写真撮影/片山貴博)

主体的なまちづくりを見て、地元の鉄道会社が動き出した リニューアル後の「くらしの循環センター フカダヤ」外観。ファサードは、眠っていた日用品を活かして作成した(写真撮影/片山貴博)

リニューアル後の「くらしの循環センター フカダヤ」外観。ファサードは、眠っていた日用品を活かして作成した(写真撮影/片山貴博)

シェアショップ内に入居する市内在住のペーパークラフト作家の小針真菜実さんは、車でフカダヤに通い、ここで店番をしながら創作活動をしています。

「今までクリエーターの交流地点がなかったので、こうした場所ができて嬉しい。店番をしていると、街の人との交流ができるので、日々の生活に潤いができた。知っているようで知らなかった街のことを知ることができている」と嬉しそうに話します。

日用品コーナーの店番をしながら、自分のシェアショップにて作業をする小針真菜実さん(写真撮影/片山貴博)

日用品コーナーの店番をしながら、自分のシェアショップにて作業をする小針真菜実さん(写真撮影/片山貴博)

拠点づくりにとどまらず、飯能市内でイベントやワークショップ、マルシェの実施を行うようになったAkinai。折しも自治体としての飯能市は街への移住者、就農者をもっと増やしたいと願っているタイミングでした。そこに、地元の鉄道会社・西武鉄道株式会社が着目したのです。

沿線の価値を上げたいと願っている同社は、Akinaiに声をかけ、飯能エリアでの移住促進プロジェクトを共に実施していくことになります。

同社事業創造部 沿線深耕担当の今成瞬さんと佐藤友美さんは、当時のことをこう話します。

「私たちも街に住む人と接点を持ちたいと思っていたけれど、どうしたら接点が持てるかわからなかったのです。ところがAkinaiのメンバーは市民を上手に巻き込み、街のコミュニティをつくり上げている。そのことに感銘を受けました。私たちよりも、街をよく知るプレーヤーである彼らが主導となって地域のイベントの運営をしたり、人と人を繋ぐ役割を積極的に自由にしてくれたら、もっと街は面白くなる。ひいては沿線の価値向上も期待できると思ったのです。そのために力を借りることにしました」

名栗エリアで実施した自然体験イベント「ピクニックデイ」(写真提供/Akinai)

名栗エリアで実施した自然体験イベント「ピクニックデイ」(写真提供/Akinai)

西武鉄道株式会社の社有地で開催した「はんのーとマルシェ」には、多くの地元客が来場した(写真提供/Akinai)

西武鉄道株式会社の社有地で開催した「はんのーとマルシェ」には、多くの地元客が来場した(写真提供/Akinai)

現在は双方が手を組み、地域でのマルシェやワークショップ、街歩きイベントやローカルWebメディア「はんのーと」の運営など、あらゆる角度から飯能の魅力や面白さを発信する「はんのーと」プロジェクトに取り組んでいます。まちづくりといえば、とかく行政や民間が主体となることが多いなか、Akinaiは市民の代表という立場で、まちの魅力をつたえ、周囲の人たちの心を動かし、行動させたのです。

強制しないゆるやかなつながりと場所づくりを

「地域に関わりたいけれど、気後れして足が遠のいてしまっている人がいることはもったいないことですよね。飯能にも多分、何かに挑戦したいと思っている人たちは、まだまだいると思うのです。僕たちはその敷居を取り除いていけたらと思っています」(Akinai徳永さん)

とはいえ、Akinaiのメンバーは肩肘はらず、これからもできることを淡々と、そして楽しく時間をかけて取り組んでいきたいそうです。

マルシェを運営するAkinaiのメンバーと地元のクリエーターたち(写真提供/Akinai)

マルシェを運営するAkinaiのメンバーと地元のクリエーターたち(写真提供/Akinai)

「自分達が“思いっきり前面に出て街づくりをアピールしたい”という気概はなくて。ただあるのは、せっかくならば住んでいる街をもっと面白くしたいよねという純粋な動機のみです。この街に眠る面白さや人との出会いを少しずつ紡いでいき、柔らかくつながれる関係と場所をつくっていきたい。みんながやりたいことをやれるようにできたら暮らす街はもっと楽しくなります」と、Akinai代表の赤井さんは穏やかに話してくれました。

Akinaiの徳永一貴さん(左)と、赤井恒平さん(右)(写真撮影/片山貴博)

Akinaiの徳永一貴さん(左)と、赤井恒平さん(右)(写真撮影/片山貴博)

飯能に限らず、今地域にある商店街は店主の高齢化、継ぎ手の不足により閉店を余儀なくされています。こうした跡地を利用して街を面白くしたい、活性化させたいと思っている若者がいるものの、由緒ある商店組合の存在に敷居を感じてしまい、なんとなく挑戦しにくく思っている人もいるようです。

飯能銀座商店街のように、Akinaiのメンバーをはじめとした地元のクリエイターたちがゆるやかにつながり、自分の持つスキルを活かす形でまちに関われば、街はもっと発展していくのでしょう。そのためには受け手である商店街の店主たちも、柔軟に門扉を開くこと、規則やルール、既成概念をほんの少し緩めてみることによって、新たな街の担い手と関係を築くことができるのかもしれません。

実際に、ここ飯能銀座商店街を訪れる人たちの顔ぶれがじわりじわりと変わっていることを思うと、未来はそう遠くないと感じさせてくれますね。

●取材協力
・Bookmark
・Nakacho7
・くらしの循環センターフカダヤ
・株式会社Akinai
・西武鉄道株式会社

一般向け3Dプリンター住宅、水回り完備550万円で販売開始! 44時間30分で施工、シニアに大人気の理由は? 50平米1LDK・二人世帯向け「serendix50」

球体の3Dプリンター住宅「serendix10(スフィアモデル)」が話題になっているセレンディクス社(兵庫県西宮市)が、ついに夫婦向け一般住宅となる3Dプリンター住宅「serendix50」・開発コード「フジツボモデル」を完成させた。2023年8月末から6棟限定で販売を開始している。つい先日、商用日本第一号の完成をお伝えしたばかりだが、いよいよ、3Dプリンターの家に住める時代が現実のものになりつつある。今回は、セレンディクス 代表取締役の小間裕康さんのインタビューに加え、「serendix50」がつくられた愛知県小牧市にある住宅施工会社「百年住宅小牧工場」の現場から、現物をレポートする。

壁を3Dプリンターで「印刷」してでき上がる一般住宅「serendix50」!(写真提供/セレンディクス)

(写真提供/セレンディクス)

SUUMOジャーナルが、「家は24時間で創る」を(写真提供/セレンディクス)キャッチフレーズとするセレンディクス社の3Dプリンター住宅を紹介するのは、今回で3回目。既出モデルの「serendix10(スフィアモデル)」(床面積10平米・価格330万円)は、3Dプリンターで出力した場合に最適な形を導入することで、施工時間計24時間以内を実現。さらに、コンクリート単一素材を利用することで、資材のコストが下がり、作業は3Dプリンターが自動で行うため人件費もかからないというメリットもある。「serendix10」は国内外から大きな反響があり、販売されたうちの1棟は現在、長野県にある整骨院のプライベートサロンとして利用が予定されている。

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※長野県にある整骨院のプライベートサロンはこちらで紹介

セレンディクス社はデジタルデータをつくる会社。3Dプリンター住宅の建築手順は、まず設計データをつくり、最先端のロボット工学を駆使した3Dプリンターにデータを送信。提携する工場にある3Dプリンターで出力(抽出)したモルタルの4つのパーツを乾燥させて、プレキャスト素材として輸送し、現場で組み立てて施工する、という流れだ。
「serendix10(スフィアモデル)」では開発と普及のスピードを速めるため、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、カナダの3Dプリンターメーカー5社にそれぞれ出力を依頼し、日本に移送するスタイルを採用。5カ国で同一データでの同時出力に世界で初めて成功したことも話題になった。

3Dプリンターでモルタルを抽出して積層し、壁を「印刷」していく(写真撮影/本美安浩)

3Dプリンターでモルタルを抽出して積層し、壁を「印刷」していく(写真撮影/本美安浩)

今回、「serendix50」のモデルハウスが完成したのは、愛知県小牧市にある住宅施工会社「百年住宅」工場敷地内。全国に約213社(8月末時点)あるセレンディクス社の協力会社の1社だ。

ハウスメーカー「百年住宅」工場敷地内に完成した「serendix50」。リビング、寝室、水回りに分かれた50平米の室内に入ってみると、コンパクトながらホテルのスイートルーム並みの十分な広さに感じられた(写真提供/セレンディクス)

ハウスメーカー「百年住宅」工場敷地内に完成した「serendix50」。リビング、寝室、水回りに分かれた50平米の室内に入ってみると、コンパクトながらホテルのスイートルーム並みの十分な広さに感じられた(写真提供/セレンディクス)

この「serendix50」は、3Dプリント技術の第一人者である慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授率いる慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターとの共同プロジェクト。

用途がグランピング施設などに限られていた「serendix10」に対して、「serendix50」は一般住宅仕様。キッチン、バス、トイレといった水回り設備を完備した鉄骨造の50平米の1LDKで、価格は550万円の平屋。完成までにかかった施工時間は44時間30分。

現在は複数台の3Dプリンターでパーツを出力し、それらをトラックで施工場所へ運び、現地の施工会社が組み立てるという「セントラルキッチン」のような方法を採用している。
この「serendix50」へは、すでに6000件(8月末時点)の問い合わせがあるそうだ。

壁には9本の鉄骨の柱が等間隔に入っている。今後は、「百年住宅」をはじめとする協力会社で「印刷」したパーツを、施工場所に運んで組み立てる(写真撮影/本美安浩)

壁には9本の鉄骨の柱が等間隔に入っている。今後は、「百年住宅」をはじめとする協力会社で「印刷」したパーツを、施工場所に運んで組み立てる(写真撮影/本美安浩)

一般住宅向け3Dプリンターの家「serendix50」の断熱性能は、日本国内より厳しいヨーロッパの住宅基準をクリアした断熱性能

グランピングなどのレジャーや、趣味のスペースなどに使うことを想定された「serendix10」に対して、一般住宅としての用途を想定した「serendix50」は、追求される内容も変わる。

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さんによると、より居住性や定住性を重視したという。
まず、鉄骨コンクリート造であることは前モデルとの大きな違いだ。

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さん(写真提供/セレンディクス)

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さん(写真提供/セレンディクス)

「以前の『serendix10』はコンクリートの間に鉄筋を挟むRC造でしたが、今回の『serendix50』は鉄骨の柱を入れた鉄骨コンクリート造です。コンクリート単一素材で現在の建築基準法に準拠し、高い機能性を持たせたことは大きな違いだといえます。壁厚は30cm以上で、耐震面は国内の最先端の耐震技術を採用しています。また、二重構造になっていて、断熱性能は夏と冬の寒暖差が激しいヨーロッパの断熱基準をクリアし、パートナー企業さんと共に特許出願をしました。

『serendix50』では細部まで最新の技術を駆使し、人が快適に住むための工夫を追求しています。断熱性も高いので、猛暑が続いた愛知県内でも、『serendix50』に入ると、クーラーもないのに空気がヒンヤリとしているのが感じられます」

耐震性能をはじめとする強度や安全性などに関しては、これからも実証実験を続けていくという。
「私たちは兵庫県の会社で、私自身も阪神・淡路大震災を経験しているだけに、耐震性能やセシリティ(定住性)のテストには万全を期しています。神戸市には耐震性をチェックする公的機関があるのですが、そこでも実大耐震実験を行う計画をしています。

『serendix50』のシミュレーションは、車の開発の過程と近いものがあります。コンピュータ上では基準の強度に耐えうるというデータが出ていても、車であれば衝突実験をしたり、振動を加えたりしますよね。それが住宅となると、よりさまざまな環境下で、住む方に24時間365日、安全かつ快適に過ごしていただく必要があります。それらを担保するために、最初の6棟で詳細なデータをとることにしています。

一般住宅でも、夫婦お二人の場合と一人暮らしの場合とでは、住まい方や求められる快適性、家にいる時間帯も違うでしょうから、データを取りながら、それぞれの快適性を追求したいと思います」

はじめの6棟はエリアや目的を分けて販売

この1年間は調整期間として、6棟のみの販売に数を絞るという。
「現在は、パートナーである協力会社さんと開発した試作の位置付けになりますので、先行する6棟はエリアや目的を分けて販売し、1年間、実際にお客さまに使っていただきながら実証実験をします。もちろん、シミュレーション上のデータでは問題がないのですが、大量出荷できるようになるのはもう少しお時間をいただくと考えています。現在は、お問い合わせをいただいた中から販売先を選定している段階です。エリアは国内で、協力会社さんがある地域を優先していこうと思います。まだ公表できないのですが……」と小間さん。7月末時点で、すでに1041棟分の具体的な購入希望者がいるというからその注目度合いがわかる。

(写真提供/セレンディクス)

(写真提供/セレンディクス)

課題は2つ、「品質の均一化」と「さまざまな用途への対応」

「目指すのは、住宅産業の完全ロボット化です。そう考えると、現在、我々の中では2つの課題があります。1つ目は、各施工会社さんでの工程や技術のバラつきを抑え、品質を合わせなければならないということ。デジタルデータによる3Dプリンター住宅においては、データの共有が強みなので、同じ品質のものを複数つくれるかどうかが大切です。

全国に協力会社さんが散らばっているからこそ、『このエリアでは完全に施工できるが、このエリアは一部できない』ということがないよう、エリアを分けながら、どこでも同じように施工できるということを、デジタルデータで事実確認し、実証したいと思います。また、現場で施工に関わる職人さんの数は、専門分野の違いを加味しても4人以下が目標です。いずれにしても新たな人員を配備せずに、元からの現場のリソースを活かして、より自動化して、3Dプリンター住宅をつくることが重要だと思っています。

2つ目の課題は、購入された方による用途の違いへの対応です。それはこの1年間、6棟で多様な使い方ができることを実証する中で、クリアしていきたいと思います。ですから、販売先は先着順でも関係先優先でもなく、我々が想定するエリアと用途の方をピックアップさせていただきました。購入者さんや協力会社さんからもフィードバックをいただきながら、経過を見ていきたいと思います」

全国で213社を超えるという協力会社は、オンラインミーティングや施工現場で3Dプリンター住宅づくりを学ぶ。さらに、先行する6棟の施工では、自社の1棟前の家づくりを次の1社に見学に来てもらうことで、現場での技術研修を行うそうだ。

デジタルデータをもとにCNCカッターで切り出した屋根部分のパーツ。44時間30分の施工を24時間に短縮してより高機能にアップデートするため、施工に時間がかかっている屋根部分を取り外して改良中(写真撮影/本美安浩)

デジタルデータをもとにCNCカッターで切り出した屋根部分のパーツ。44時間30分の施工を24時間に短縮してより高機能にアップデートするため、施工に時間がかかっている屋根部分を取り外して改良中(写真撮影/本美安浩)

鉄骨コンクリート造の「serendix50」だが、屋根のみ今回は木造。デジタル+新しいデジタルファブリケーションを実現している(写真提供/セレンディクス)

鉄骨コンクリート造の「serendix50」だが、屋根のみ今回は木造。デジタル+新しいデジタルファブリケーションを実現している(写真提供/セレンディクス)

住宅の“オートクチュール信仰”に一石を投じる

現場でセレンディクス社COOの飯田國大さんにも話を聞いた。「serendix50」で、住宅産業に革命を起こしたいと考えている飯田さんは、いくつかの問題を提起する。

「かつてはオートクチュールだった自動車も、1980年代にロボット化が始まり、多くの人にとって手が届く価格になりました。住宅産業においても、3Dプリンターはまさにその始まり来ているのではないかと思います。まず価格面で、平均73歳まで返済が続くような日本の住宅ローンを見直したい。国内では4割の人が住宅を持っていないというデータがありますが、車を買う値段で家を買う自動車のように、望めば誰でも家を持てる世の中にしたいと思います。

セレンディクス社COOの飯田國大さんは、「自動車産業のように住宅産業も完全ロボット化して、住宅を提供したい」と話す(写真撮影/本美安浩)

セレンディクス社COOの飯田國大さんは、「自動車産業のように住宅産業も完全ロボット化して、住宅を提供したい」と話す(写真撮影/本美安浩)

また、現代の家づくりでは、施主さんが間取りを考え、素材から外装まで一つずつ決めることができます。でも果たしてこれが住宅において、本当に良いことばかりなのでしょうか。プロが一生懸命研究開発をして、これが完璧だと思った間取りをつくっても、カスタマイズできると知ると、施主さんはカスタマイズされます。ですが、住宅専門のメーカーが快適性や安全性を何十年も追求した家と、施主さんが短期間で考えた家とでは、ノウハウの違いが出てしまうかもしれません。

また、日本の木造住宅は、持ち主が退去すると、いったん更地にして新しい家を建てますが、海外ではセカンドハンド(中古)の概念が浸透し、物件をリフォームしながら買い繋いでいくのが普通です。現在国内では建築資材の価格が高騰し、高止まりしています。それなのに建てて20年も経つと、建物の価値は0に近くなってしまう。建物において、日本と海外とで資産性に差があります。こういった問題を鑑みて、『serendix50』のように、プロが企画した品質の良い建物を、スピーディーに低価格で提供して、お客さまの選択肢を増やすべきではないかと考えたのです」

汎用性を考慮し、窓やドアは特別なものではなく、あえて「リクシル」で統一。外壁の塗料は1度塗りでOKの新開発「アミコート」。住む人が自由に色付けできるよう、最初の塗装を白にしている(写真撮影/本美安浩)

汎用性を考慮し、窓やドアは特別なものではなく、あえて「リクシル」で統一。外壁の塗料は1度塗りでOKの新開発「アミコート」。住む人が自由に色付けできるよう、最初の塗装を白にしている(写真撮影/本美安浩)

自動車と同じように、カスタムやオートクチュールを望む人はその商品を選べばいい。ただ一方で、手が届きやすい価格の量産された商品を望む人にも選択肢を提示したいと、飯田さんは展望を語る。

また、決まった素材を決まった分だけ使用する「serendix50」の場合、建築資材の納期の遅れや大幅な価格の高騰という問題は起こりにくく、一定の工期や価格で家を建てることが叶う。これは結果的に、住宅の資産性や市場価値の向上につながるのではないかと考えているそうだ。

第2の人生での住まいに期待、シニア層から問い合わせが多数

「serendix50」は、どんな層に支持されているのだろうか。小間さんに尋ねると「60歳以上の方からのお問い合わせが多い」といい、これは前モデルの時から続く傾向だという。

「60歳以上になると、一生住むつもりの賃貸住宅が契約更新できなくなったり、新たな賃貸契約をしてもらえなかったりという問題にぶつかることがあるのが現状です。また、持ち家でも『築30年を超えたので夫婦2人用にリフォームしよう』と考えたところ、1000万円近くかかる、という多くの問い合わせもあります。そんな時も『serendix50』なら、自動車を買うくらいの価格で、最新技術を駆使した住みやすい間取りの新築戸建が手に入ります。それに、リタイア後は『自然豊かな地域に住みたい』という人も多いと思いますが、住み替えるにも条件のいい中古物件が見つからない……というケースが多いのです」

シニアの購入希望者の中には、「時間が掛かるのは理解しているから」と、気長に順番を待っている人も。「serendix50」は、新生活の楽しみの一つとして捉えられているのだ。

従来の工法ではコストがかかる曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意なところ。ふっくらした見た目だが、触るとかなり重厚感がある(写真撮影/本美安浩)

従来の工法ではコストがかかる曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意なところ。ふっくらした見た目だが、触るとかなり重厚感がある(写真撮影/本美安浩)

「ゴールは3Dプリンターで家をつくることではなく、世界最先端の家で人類を豊かにすること」という目的を掲げている同社。常識に捉われない考え方で住宅業界に一石を投じ、若年層からシニア世帯までのマイホームの夢を叶えるための探求は続く。「serendix50」の大量生産が可能になるまで未来の「3Dプリンターの家」が、多くの人の選択肢に並ぶ日が待ち遠しい。

老後の蓄えを切り崩しながらリフォームしたり、「夫婦2人だけだから」と気が乗らない中古物件に住み替えたりすることと、ゆとりを残して「3Dプリンターでつくった未来の家に住む」というチャレンジを比べると、その差は大きい。必要に迫られて家づくりを急ぐ子育て世帯よりも、ワクワクする第2の人生を思い描くシニア世帯から引き合いが多いというのも納得できる。
世帯構成やエリアなどを分けた6棟の購入者の、1年後の感想が楽しみだ。

●取材協力
セレンディクス

パリの暮らしとインテリア[18] 古アパルトマンを自分で設計! イームズや北欧名作チェアなど椅子13脚がアクセント。アートディレクター家族の素敵空間

フランス・パリで大人気のおしゃれスポット北マレ地区とカナル運河のちょうど真ん中に位置するレピュブリック広場(PLACE DE LA REPUBLIQUE)。その近くにアートディレクターのフレデリックとファッションデザイナーのマグダさん、子どもたち2人の4人が住むアパルトマンがあります。アパルトマンの3階と4階の部分から成るデュプレックススタイル(メゾネットスタイル)を、自分の思うように改装するために建築の勉強までしたフレデリックさん。やっと理想的な空間になった!ということで、訪問してきました。

アパルトマンから徒歩5分のサンマルタン運河沿いの道路は車が通れないようになり、子どもたちも安心して散歩できるようになったそう (写真撮影/Manabu Matsunaga)

アパルトマンから徒歩5分のサンマルタン運河沿いの道路は車が通れないようになり、子どもたちも安心して散歩できるようになったそう (写真撮影/Manabu Matsunaga)

大人になったらパリに住みたい!という思いが叶ったアパルトマン

パリ郊外で育ったフレデリックさんは、小さいころにたびたび訪れていたパリを気に入っていました。高等教育ではデザインを専攻して兄と共にパリの1区で暮らすことになり、そのころにはいつか自分のアパルトマンをパリで!という夢を抱いていたそうです。

そんな彼は、妻のマグダさんと出会う前からパリの中心部の物件を熱心に探していたそうで、もう何軒見て回ったかわからないほど。そして13年前、ついにフランス革命以前からあるこの古いアパルトマンに出合い「恋に落ちた!」とこの物件に決めました。

立地条件の良さ、敷地に一歩入ったときの静けさ、アパルトマンの全体の広さなど、全てがパーフェクトだったそうです。フレデリックさんは、自分好みに合わせた空間につくり直すために建築も勉強したのですが、そのための”箱”として、このアパルトマンは完璧だったそう。

家族みんなでリラックスできる場所が、オープンキッチンのカウンター。蛇口や換気扇、キッチン用品全てに夫妻のこだわりが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家族みんなでリラックスできる場所が、オープンキッチンのカウンター。蛇口や換気扇、キッチン用品全てに夫妻のこだわりが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

最初に購入したのは3階部分

現在は建物の3階と4階が住まいになっていますが、まずはじめに購入したのは3階部分でした。当時、パリの古いアパルトマンは小さな部屋が何部屋にも区切られていることが多く、ここも例外ではなく、1フロアが3部屋に区切られた状態でした。

玄関から入ってすぐの部分にトイレとランドリーのスペースを設けた他は、全ての壁を取り払って、オープンキッチンを中心とした大きなワンルームにしました。壁をなくすことによって、中庭に面した窓から入る光が部屋全体に行き渡り、明るい暖かなスペースに生まれ変わったそう。
「手直ししなければ住めないような状態でしたが、間取りのつくり替えから全てやり直そうと思っていたので、問題ありませんでした。中庭に面した一面は長方形の長辺部分だったため、窓がたくさんあり、とても明るいところが気に入りました」と購入の決め手をフレデリックさんは語ります。

玄関はアパートの3階にあり、入ってすぐのところにトイレとランドリースペースがある。写真の小さな棚はスカンジナビア専門の家具屋「TACK」で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

玄関はアパートの3階にあり、入ってすぐのところにトイレとランドリースペースがある。写真の小さな棚はスカンジナビア専門の家具屋「TACK」で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

大きなワンルームにした空間は、オープンキッチン、赤いソファと映画鑑賞をする大きなテレビがある空間、大きなテーブル(オランダのLouis van teeffelenルイ・ヴァン・テッフレンのデザイン)を配した空間の3コーナーに分かれています。「家具の中でも、椅子は購入しやすく、配置換えも楽なアイテムだと思うんです。その1脚で部屋のイメージを変えることができる。時には本を置いたり、時には子どもたちのカバンを置いたりと、座るだけじゃない万能な存在」。なるほど、このサロンには椅子がたくさんあって、ソファ以外に13脚もありました。

フランスのミッドセンチュリーデザイナーのジェラール・ゲルモンプレ(GERARD GUERMONPREZ)のソファーの赤がサロンのアクセント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスのミッドセンチュリーデザイナーのジェラール・ゲルモンプレ(GERARD GUERMONPREZ)のソファーの赤がサロンのアクセント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

食卓の奥に置かれた50~60年代のビュッフェはスカンジナビアのもの、椅子はHelge Sibastヘルゲ・シバストのNo.8(写真撮影/Manabu Matsunaga)

食卓の奥に置かれた50~60年代のビュッフェはスカンジナビアのもの、椅子はHelge Sibastヘルゲ・シバストのNo.8(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが宿題をしたりお絵描きをしたりするためのテーブルと椅子も古いものだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが宿題をしたりお絵描きをしたりするためのテーブルと椅子も古いものだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真左)スウェーデンのデザイナー、イングヴ・エクストローム(Yngve Ekstrom)のSibboチェアを階段の下に置いたり、チェストの横の小さな空間にイームズ(Eames)のプラスチックアームシェルチェアを配置したり。椅子使いもマネしたい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真左)スウェーデンのデザイナー、イングヴ・エクストローム(Yngve Ekstrom)のSibboチェアを階段の下に置いたり、チェストの横の小さな空間にイームズ(Eames)のプラスチックアームシェルチェアを配置したり。椅子使いもマネしたい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもが生まれたタイミングで4階部分を購入

建物の3階と4階にある現在の住まいになるタイミングは、長男のドリスくんが生まれた10年前でした。アパート内の組合連絡網で4階部分が空いたというのを聞き、即購入を決めたご夫妻。
「ワンルームの3階部分だけでは、狭すぎると感じていたときに、4階部分を購入できてとてもラッキーでした。しかも最上階で屋根裏部分もあったので、天井の高い部屋を設計するのもとても楽しかった」とフレデリックさん。この時点でアパルトマンの総面積が80平米になり、4人家族が住むには十分な広さになりました。購入してまずは3階と4階を行き来できる階段を室内につくったそう。手すりや壁のないストリップ型の階段にすることによって、3階部分の部屋に圧迫感を与えないこのアイディアは彼の自慢でもあります。

階段下のスペースの空間が開放的になるのが特徴なストリップ型に設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

階段下のスペースの空間が開放的になるのが特徴なストリップ型に設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階部分は全て、天井の屋根裏との仕切りを取っ払ったため六角の天井になっています。思いのほか広い! というのも、4階部分は隣の物件も買い取ったからだといいます。
4階の中央には多目的の書斎のような部屋があり、主に子どもたちとマグダさんが使っています。その横には、屋根の斜めの部分に窓を取り付けた、とても明るいバスルームがあります。

4階の小さなスペースはマグダさんがテレワークのときに仕事場として使っていたそう。現在は、子どもたちがここで勉強したり、自由に使えるスペースになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階の小さなスペースはマグダさんがテレワークのときに仕事場として使っていたそう。現在は、子どもたちがここで勉強したり、自由に使えるスペースになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

同じデスクスペースの反対側には植物がたくさん置かれている。日光が降り注ぐ部屋なので、冬は子どもたちがここで遊ぶことも多いとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

同じデスクスペースの反対側には植物がたくさん置かれている。日光が降り注ぐ部屋なので、冬は子どもたちがここで遊ぶことも多いとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉はもう使われていないが、オブジェを置き彼らの旅の思い出のものが飾られている。ここでもイームズなどの椅子が効果的に置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉はもう使われていないが、オブジェを置き彼らの旅の思い出のものが飾られている。ここでもイームズなどの椅子が効果的に置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

隣の部屋との仕切りをすりガラスにして、天窓をつけることによって明るいバスルームが出来上がった (写真撮影/Manabu Matsunaga)

隣の部屋との仕切りをすりガラスにして、天窓をつけることによって明るいバスルームが出来上がった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階は、浴室を挟んで左奥にご夫妻の寝室、右奥に子ども部屋という間取り。3階同様、梁をそのまま活かしたシンプルながらも素朴な雰囲気でリラックスできる空間になったそう。
大人の寝室は、天井の高さを利用した収納があるのですが、もちろんこれもフレデリックさんの設計。取っ手部分は全て革製の特注です。

寝室のクローゼットは天井高くまで作り付けられていて、収納量の多さを誇っている。全てフレデリックさんの設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室のクローゼットは天井高くまで作り付けられていて、収納量の多さを誇っている。全てフレデリックさんの設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の高さを利用するというのは、子ども部屋も共通。10歳の長男ドリスくんと7歳の妹ペアちゃんは同室ながら、ドリスくんのベッドを限りなく屋根に近いところにつくることで、隠れ家的に自分の時間を過ごせるようフレデリックさんが配慮したそう。

子ども部屋はとても狭いが、兄妹が別空間にいるような配置。特にドリスくんはこのベッドが大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子ども部屋はとても狭いが、兄妹が別空間にいるような配置。特にドリスくんはこのベッドが大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どものころからパリに住みたいと憧れ、結婚をする前からパリでアパルトマンを探し始めたフレデリックさん。まずは3階を購入してリノベーションし、子どもが生まれるのとほぼ同時に4階部分を購入し……と、家族と共に変化していった住まい。「私たちはこのアパルトマンが大好きです」と語ります。

とはいえ、子どもの成長とともに、今のアパルトマンでは近々手狭になってくるはずだとも言い、子ども部屋を2つ作ることを計画しているそう。「(子ども部屋をそれぞれ持つことは)自分の時間を持ち、成長していくには欠かせないスペースだと思うから」とのこと。
「私たちは何年もパリの中心部で暮らしてきました。でも、そろそろパリ郊外の広いスペースのある家を見つける時期に来たのかもしれないとも話しています」とフレデリックさん。
数年後には、新しい家の取材もぜひさせていただきたいと約束をしたのでした。

最後に、フレデリックさんのスマートフォンにびっしりと入っているインテリアショップ情報の中から、パリに来たらここには絶対に行ってみて!というおすすめのアドレスをお聞きしました。
「『la tresorerie』は家具、キッチン用品、ライト、リネンなどがセンスよく厳選された物がそろってます。1軒で満足できるはずです。『coin canal』はヴィンテージ家具が本当に魅力的で、頻繁に訪れています」

「coin canal」厳選されたヴィンテージ家具のお店「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「coin canal」厳選されたヴィンテージ家具のお店「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

北マレの立地にあるお宅の周辺は雑多な地区ですが、最近は注目するお店も増え、フレデリックさんが引越したときと比べておしゃれエリアになりました。建物自体は階段が傾いていたり、外壁工事などが長い間続いていますが、フレドリックさんの家に入ると別世界! センスのいいインテリア、それぞれの家具にもこだわりがあり、快適な生活を楽しんでいました。

●関連サイト
coin canal
la tresorerie

【梅田駅30分以内】中古マンション価格相場が安い駅ランキング2023年。TOP3に2000万円以下で乗り換え0回の駅も!

「SUUMO住みたい街ランキング2023 関西版」で、2年連続で1位に輝いた梅田駅。関西随一のビジネス・商業の拠点といえる繁華街としてだけでなく、近年は“暮らす街”としても注目を高めている。とはいえ梅田駅周辺にあるカップル・ファミリー向け中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)は、価格相場が5980万円と高額。そこで、便利な梅田にアクセスしやすくて物件価格はリーズナブルな街を調査! 梅田駅まで30分圏内にある、中古マンションの価格相場が安い駅トップ15をチェックしよう。

梅田駅まで電車で30分以内の中古マンション価格相場が安い駅TOP15

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/梅田駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 萱島 1930万円(京阪本線/大阪府寝屋川市/21分/1回)
2位 大和田 1980万円(京阪本線/大阪府門真市/29分/2回)
3位 園田 1989万円(阪急神戸本線/兵庫県尼崎市/19分/0回)
4位 北伊丹 2030万円(JR福知山線/兵庫県伊丹市/26分/1回)
5位 出来島 2080万円(阪神なんば線/大阪府大阪市西淀川区/22分/1回)
5位 加美 2080万円(JR関西本線/大阪府大阪市平野区/28分/1回)
5位 千船 2080万円(阪神本線/大阪府大阪市西淀川区/13分/0回)
8位 福 2120万円(阪神なんば線/大阪府大阪市西淀川区/23分/1回)
9位 岸里 2180万円(大阪メトロ四つ橋線/大阪府大阪市西成区/15分/1回)
10位 花園町 2190万円(大阪メトロ四つ橋線/大阪府大阪市西成区/14分/1回)
11位 七道 2280万円(南海本線/大阪府堺市堺区/30分/1回)
12位 住之江公園 2290万円(大阪メトロ四つ橋線/大阪府大阪市住之江区/23分/1回)
13位 古川橋 2335万円(京阪本線/大阪府門真市/27分/2回)
14位 徳庵 2380万円(JR片町線/大阪府東大阪市/23分/1回)
15位 岸里玉出 2448万円(南海本線/大阪府大阪市西成区/23分/1回)

トップ3は価格相場2000万円以下ながら、梅田まで乗り換え0回の駅も

梅田駅には大阪メトロ御堂筋線が通っているほか、すぐ近くにはJRの大阪駅、阪急電鉄と阪神電鉄の大阪梅田駅、大阪メトロの谷町線・東梅田駅と四つ橋線・西梅田駅、さらにはJR東西線の北新地駅が密集している。今回の調査ではそうした近接駅から梅田駅に徒歩で行くルートも含めて「梅田駅まで30分圏内」にある駅のうち、中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場が安い駅をランキングした。例えば、ランキング3位になった園田駅の場合、阪急神戸本線で大阪梅田駅まで約11分、そこから徒歩で梅田駅まで約8分なので所要時間は約19分(乗り換え0回)としている。

そうして調査した結果、1位には大阪府寝屋川市にある京阪本線・萱島(かやしま)駅が、価格相場1930万円でランクイン。まず京阪本線の通勤準急で淀屋橋駅に向かい、大阪メトロ御堂筋線に乗り継ぐと計約21分で梅田駅にたどり着く。寝屋川をまたぐように立つこの駅は、一見すると普通の駅だけれど大阪方面行きのホームに大きな特徴がある。それは高架駅のホーム床と屋根を突き抜いて、樹齢約700年のクスノキの大木がそびえていること。駅の高架下にたたずむ「萱島神社」のご神木であるクスノキを保存するため、このような変わった造りの駅になったそう。

萱島駅(写真/PIXTA)

萱島駅(写真/PIXTA)

そんな萱島駅は、お惣菜や持ち帰り握り寿司、こだわりのパンなどを扱う駅ナカ商店「もより市」を併設。高架下は商店街「エル萱島」「エル萱島東」となっており、100円ショップやドラッグストア、飲食店が並んでいる。駅前にも飲食店が点在し、徒歩10分圏内にスーパーも複数。また、昭和レトロな商店街があることでも知られ、生活感が感じられる街並みだ。駅から東に自転車で10分ほど進むと、ファッションや家電のショップから飲食店街に映画館まで備えた「イオンモール四條畷」があるのも便利だろう。

2位は大阪府門真市にある京阪本線・大和田駅で、価格相場は1980万円。梅田駅まで乗り換え1回で行ける1位・萱島駅の隣駅だが、こちらは乗り換えが2回で梅田駅まで約29分という結果に。これは萱島駅と違って大和田駅には通勤準急が停車しないため。梅田駅に向かう大阪メトロ御堂筋線に接続する淀屋橋駅まで最速で行くには、京阪本線の普通列車と準急を乗り継ぐ必要があるのだ。とはいえ大和田駅から区間急行1本で淀屋橋駅に向かってから大阪メトロ御堂筋線に乗る「乗り換え1回」のルートでも、梅田駅まで計約32分で行くことができる。

大和田駅の改札内には駅ナカコンビニがあるほか、高架下がドラッグストアや100円ショップ、飲食店が並ぶ商店街「エル大和田」になっている点は萱島駅と造りが似ている。線路を挟んで北側にも南側にも複数のスーパーがあり、それぞれ“激安”と評判だったり24時間営業だったりするのも嬉しいところ。駅から南へ徒歩13分ほど、国道163号沿いに向かうと家電量販店やホームセンターが立っている。また、映画館を備えた「イオンモール大日」と産直市場やクリニックもある「ベアーズ」という2つのショッピングモールが隣接する大日駅前にも、自転車なら大和田駅から13分ほどでたどり着く。

3位は阪急神戸本線・園田駅が価格相場1989万円でランクインし、トップ3は2000万円以下という結果になった。園田駅は大阪府内ではなく兵庫県の尼崎市に位置しているが、梅田駅までは約19分の近さ。この所要時間は冒頭で述べたように、園田駅~大阪梅田駅間の4駅・約11分に、大阪梅田駅から梅田駅までの徒歩約8分をプラスしたものだ。なので園田駅から「梅田エリア」までだと体感としては10分ちょっと、といえる。また、「SUUMO住みたい街ランキング2023 関西版」にて梅田駅に次いで2位に選ばれた西宮北口駅まで、阪急神戸本線1本で約9分という点も魅力的だ。

園田駅には駅ビル「園田阪急プラザ」が併設されているが、現在は耐震工事のため閉鎖中。2023年秋以降にリニューアルオープンの予定だそうなので、楽しみに待ちたい。駅の北側には個人商店が連なる商店街が広がるほか、複数のスーパーも。商店街の途中には小学校や保育園もあり、子どものお迎えついでに買い物ができそうだ。駅の南側には飲食店が豊富。さらに南下し、藻川を越えて自転車を7分も走らせると、関西には希少な「コストコ」に加え、「イオンスタイル尼崎」、ホームセンターなど大型店舗が並ぶエリアへ。さらに、園田駅から車で北に15分ほど、電車なら30分ほどで伊丹空港にアクセス可能。日常生活にも遠出の際にも便利なロケーションだ。

駅ビル「園田阪急プラザ」は現在閉鎖中だが、2023年秋以降にリニューアルオープン予定(写真/PIXTA)

駅ビル「園田阪急プラザ」は現在閉鎖中だが、2023年秋以降にリニューアルオープン予定(写真/PIXTA)

梅田まで3駅の駅や、人気の街・なんばにも高アクセスな駅もトップ15入り

続いて4位以下の駅からもピックアップ。トップ15のうち梅田駅までの所要時間が最短だったのは、価格相場2080万円で5位にランクインした阪神本線・千船(ちぶね)駅。阪神本線の区間急行で大阪梅田駅まで3駅・約9分、そこから梅田駅まで歩いて約4分なので所要時間は計約13分だ。

千船駅前(写真/PIXTA)

千船駅前(写真/PIXTA)

5位・千船駅は大阪市西淀川区佃の地名をもつ、神崎川の中州に位置。江戸時代に徳川将軍家に献魚するため、当地から江戸に移住した漁民が開拓したのが東京の佃島なんだとか。そんな歴史があるこの佃の中州は端から端まで歩いても35分ほど。しかし住宅のほかに小・中学校や幼稚園、公園があり、商店もスーパーや100円ショップにドラッグストア、飲食店などが立ち並んでいる。さらに中州の北側を流れる左門殿川、南側を流れる神崎川を渡った場所にはそれぞれスーパーとホームセンターがあり、どちらも駅から歩いて10分ほど。コンパクトな範囲で日常生活が送れそうな環境だ。

トップ15に並ぶ駅の路線を見てみると、京阪本線が1・2位を含めて計3駅ランクインしたほか、大阪メトロ四つ橋線の駅も3駅ある。9位・岸里(きしのさと)駅(価格相場2180万円)、10位・花園町駅(同2190万円)、12位・住之江公園駅(同2290万円)だ。いずれの駅からも、まず大黒町駅に行ってから大阪メトロ御堂筋線に乗り換えると計約14分~23分で梅田駅にたどり着く。

また、この3駅が位置する大阪メトロ四つ橋線に乗って大国町駅で降りずに次の駅に向かうと、各駅から約7分~14分でなんば駅に到着。大阪メトロ千日前線やJR関西本線、阪神なんば線、近鉄けいはんな線、南海本線に乗り換え可能ななんば駅は、「SUUMO住みたい街ランキング2023 関西版」で4位にランクインした人気の街だ。さらに、なんば駅から4駅先は終点の西梅田駅であり、各駅から約13分~23分。西梅田駅は梅田駅とほぼ同じような場所にあるので、岸里駅・花園町駅・住之江公園駅の3駅は人気の街である梅田エリアにもなんばエリアにも、乗り換えずに行ける。

そんな便利な3駅のうち、価格相場が最も安いのは大阪市西成区に位置する9位・岸里駅。地下鉄駅から地上へと2番出口を出ると、そこには西成区役所がある。区役所周辺には税務署や郵便局、市立図書館も。また、地上出口から北に6分ほど歩くと、南海電鉄の南海線・高野線と大阪メトロ堺筋線が通る天下茶屋駅へ。この辺りは駅の密集エリアで、岸里駅の徒歩10分圏内には南海汐見橋線・西天下茶屋駅、阪堺電軌阪堺線の北天下茶屋駅と聖天坂駅も。岸里駅周辺に住むと、行き先に応じてさまざまな駅・路線を使い分けられるのだ。岸里駅近くには安さが自慢のスーパーがあるほか、天下茶屋駅前には個人商店が軒を連ねるアーケード商店街が続いている。岸里駅の西側を流れる木津川を目指して歩くとホームセンターやベビー用品店もあり、日常の買い物は近場で済ませられそうだ。

岸里駅(写真/PIXTA)

岸里駅(写真/PIXTA)

16位~30位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている梅田駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/12~2023/6
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年6月26日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む。ランキングに表記しているものより乗り換え回数が少ない経路があっても、所要時間が早い場合はそちらを優先)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

国土交通省の令和6年度予算要求、住宅施策は何が変わる?施策概要を解説

国土交通省が令和6年度予算の概算要求の概要を公表した。まだ要求した段階で決定したものではないが、国土交通省がどんなことに力を入れようとしているのかが分かる。その中から、住宅に関することをピックアップして、見ていくこととしよう。

【今週の住活トピック】
令和6年度予算概算要求概要等を公表/国土交通省

新築・既存住宅の省エネ化の推進や中古住宅流通・リフォーム市場の活性化などに予算を充てる

国土交通省の令和6年度の予算では、(1)「国民の安全・安心の確保」、(2)「持続的な経済成長の実現」、(3)「個性をいかした地域づくりと分散型国づくり」に重点を置いている。

(1)「国民の安全・安心の確保」では、自然災害の激甚化・頻発化に対応する強靭な国土づくりを掲げている。住宅関連について見ると、以前から行っている「密集市街地対策や住宅・建築物の耐震化」や近年多く発生している土砂崩れの要因ともなる「盛土の安全確保対策」を推進するとしている。

(2)「持続的な経済成長の実現」における住宅関連の主眼は、「ZEH・ZEBの普及や木材活用、ストックの省エネ化など住宅・建築物の省エネ対策等の強化」となる。また、住宅にも関係がある、建設業の「2024年問題※」の解決に向けた支援をするとしている。
※2024年4月から時間外労働の上限規制が建設業に適用されることで、さまざまな影響が生じること

(3)「個性をいかした地域づくりと分散型国づくり」では、「多様な世帯が安心して暮らせる住宅セーフティネット機能の強化」や「既存住宅流通・リフォーム市場の活性化」が住宅関連の項目と言えるだろう。加えて、「空き家対策、所有者不明土地等対策及び適正な土地利用等の促進」や「地方への人の流れを創出する移住等の促進」もテーマに掲げている。

また、岸田政権はこども・子育て政策に力を入れていることから、「こどもまんなかまちづくり」を推進するとして、「子育て世帯等に対する住宅支援の強化」や「通学路等の交通安全対策の推進」にも予算を充てるとしている。

こども・子育てへの支援内容とは?

次に、具体的な支援内容について、国土交通省住宅局の予算概算要求概要で見ていこう。詳しく見ると、おおむね継続または拡充となっているので、2023年度の支援策が2024年度にも継続され、一部の内容が見直されるということになりそうだ。

子育て世帯等に対する住宅取得支援の強化としては、「【フラット35】の金利引き下げ」が挙がっている。これは、【フラット35】のなかでも、「【フラット35】地域連携型」によるもの。地域連携型とは、地方公共団体がそれぞれ該当する住宅取得に関する補助金などの財政的支援を行っている場合に、併せて【フラット35】の金利を引き下げるもの。つまり前提として、地方公共団体が子育て支援策を設けている場合に限られる。残念ながら東京都は、首都圏でも神奈川県や千葉県に比べると子育て支援をしている区市が少なく、2023年4月時点の資料によると、台東区、墨田区、福生市、多摩市、奥多摩町となっている。

【フラット35】の金利引き下げ制度については、2023年4月に見直しが図られた。地域連携型で「子育て支援」と「空き家対策」については、返済当初10年間、0.25%の金利を引き下げる形になっている。また、【フラット35】地方移住支援型では、当初10年間、0.3%の金利引き下げとなる。省エネ性の高い住宅の場合に金利を引き下げる「【フラット35】S」などと組み合わせると、さらに金利が引き下げられる仕組みだ。これらは、2023年度の制度なので、2024年度も予算をつけて継続すると考えられる。金利の引き下げ幅については、2024年度でどうなるか見守りたい。

また、「子育て支援型共同住宅推進事業」という補助制度もある。マンションなどの共同住宅で、子どもの安全・安心や快適な子育て等に配慮した改修などを行った場合に補助金を出す事業だ。今住んでいる分譲マンションの住戸で、子育て中の区分所有者などが、条件に該当するリフォームを行うと、2023年度の場合は、補助対象事業費の3分の1までで上限100万円の補助金が交付される。2024年度は、この補助制度を拡充する予算を要求している。

子育て支援型共同住宅推進事業の拡充を要求(現行制度の概要)/令和6年度「住宅局関係予算概要要求概要:国土交通省住宅局」より抜粋

子育て支援型共同住宅推進事業の拡充を要求(現行制度の概要)/令和6年度「住宅局関係予算概算要求概要:国土交通省住宅局」より抜粋

住宅のリフォームへの支援策とは?

住宅のリフォームに関する補助金の制度もいくつかある。省エネリフォームや長期優良住宅化リフォームについての支援制度などだ。

たとえば「住宅エコリフォーム推進事業」では、省エネ診断や省エネ設計、省エネ改修(または建て替え)の費用に対して、上限枠まで補助金が交付される。2023年度の事業では、省エネ基準適合レベルなら30万円(交付対象費用の4割まで)、ZEHレベルなら70万円(交付対象費用の8割まで)を限度に補助金が交付されるものだったが、すでに予算枠に達してしまい受付を終了している。2024年度の予算要求では拡充となっているので、より多くの件数に対応できるように予算枠を増やす考えなのだろう。

また、「長期優良住宅化リフォーム推進事業」では、所定のリフォームを行った場合に、工事費用の3分の1を限度に、100万円(長期優良住宅(増改築)認定を取得する場合は200万円)まで補助金が交付される。ただし、若者・子育て世帯が工事を実施する場合や既存住宅を購入して工事を実施する場合などでは上限額が50万円加算される。この事業については、2024年度に継続する予算要求をしている。

長期優良住宅化リフォーム推進事業の継続を要求(現行制度の概要)

長期優良住宅化リフォーム推進事業の継続を要求(現行制度の概要)

対象が限られたり、申請や受領が事業者となったりするものも含めて、補助金などの支援策はほかにも数多くあり、継続や延長、拡充などの予算要求がされている。

なお、令和6年度予算概算要求概要の公表と同時に、令和6年度国土交通省税制改正要望事項についても公表されている。税制改正要望についても、期限切れを迎える減税制度の延長が多いが、住宅のリフォームに関する減税制度で、現行の「耐震」「バリアフリー」「省エネ」「三世代同居」「長期優良住宅化」のリフォームに加え、「子育て対応」に関するリフォームを加えるように要望している。

2024年度のこども・子育て政策については、目新しいものはないが、地道に予算や税制の要望をしているという印象を受けた。

●関連サイト
国土交通省 令和6年度予算概算要求概要等を公表(令和5年8月24日)
国土交通省「令和6年度予算概算要求概要」
「令和6年度国土交通省税制改正要望事項」

「外国人の入居受け入れに壁を感じる」広島県ならではの賃貸事情。外国人専門店舗つくり不動産会社が奮闘 良和ハウス

2020年に外国人専門店舗を構え、広島県で居住支援を行っている良和ハウス。外国人専門店舗では、それまで複数の店舗に配属されていた外国人スタッフが集まり、母国語で外国人の住まい探しや入居のサポートをしています。専門店舗として新しい体制になったことで、外国人の住まい探しにどのような変化がもたらされたのか、また新たに見えてきた課題とは? 広島ならではの事情や、その中での奮闘について良和ハウス 広島賃貸営業部の熱田健輔さんに話を聞きました。

人口減が止まらない広島県、賃貸市場にも影響が

広島県は厳島神社、平和公園など海外からも人気の高い観光名所があり、2023年5月に開催された先進国首脳会議「G7広島サミット」でも注目された地です。外国人居住者の数もコロナ禍で一時は減ったものの、ここ最近は増えているそう。しかし、日本人も含めた広島県の人口は、ここ数年、転出者の数が転入者を上回る年が続き、このままではどんどん人口が減り続ける懸念があります。

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

熱田さんは「人口の減少は、賃貸市場にも少なからず影響を与えている」と言います。
人口減少にともない、バブルのころに建てられた築30年以上の物件、特に当時流行したワンルームにバス・トイレが一緒の3点ユニットバスの部屋などは、日本人の単身者にはあまり人気がなくなり、空室が増えているそうです。

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像提供/PIXTA)

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像/PIXTA)

一方、広島には介護・福祉関係の専門学校が複数存在し、外国人留学生が多い一面も。「外国人留学生を積極的に受け入れることは、広島の人口減少を食い止め、街に活性化をもたらすことにもなる」と、熱田さんは期待をしています。

「私たちだからこそできること。例えば、住まいをスムーズに確保する体制を整えたり、住まいを探す人たちが住みやすい環境をつくったりすることを、広島に本社を置く不動産会社の社会的使命として捉えています」(熱田さん、以下同)

外国人居住支援に立ちはだかる困難。広島ならではの事情も……

しかし、空室に悩まされる状況があるにもかかわらず、言葉や文化の違いからトラブルになることを懸念するオーナーや管理会社の意向で、外国人の入居を拒むケースが広島ではまだまだ多いそうです。このことは、外国人の住まい探しを難しくする要因の一つとなっています。

熱田さんによると、広島県民は他県の人から「よそ者に冷たいと言われてしまうことがある」のだとか。また、賃貸物件のオーナーも高齢の人が増えている中、今なお欧米人に対して抵抗のある人もいるそうです。そのような事情を十分理解したうえで、良和ハウスはそのような高齢者の気持ちにも寄り添いながら、外国人受け入れの必要性を根気強く伝え続けています。

「転出超過が続き、少子高齢化が進む中、このままでは経済が回らなくなり、生活基盤自体が危うくなるでしょう。生まれ育った街で過疎化が進むのは、やるせない気持ちになります。

広島を元気にするには、外国人の受け入れが一つのポイントになる、というのが私たちの考えです。人口減少に立ち向かうためにも、私たちは特に外国人の入居に特化していきたいと思います」

さらに、良和ハウスは、広島市や廿日市市などの行政とも協力して、オーナーさんや不動産会社向けにセミナーを開催して講演するなど、外国人を受け入れるための啓蒙活動を積極的に行っているそうです。

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

外国人専門の楠木店設立の背景は

現在、良和ハウスでは、楠木店を外国人専用店舗として、英語、中国語、ネパール語、ベトナム語、スペイン語、ヒンズー語のできる外国人スタッフ5名が住まい探しのサポートにあたっています。

きっかけは、2016年のこと。広島市内に中国からの留学生が増え、その問い合わせに対応するために中国人スタッフ1人を雇用したことが始まりでした。

「そもそも、私たちは、外国人だからといって特別扱いをするのではなく、どのお客さまにも同じように、ご希望の暮らしを叶えるために精いっぱいお手伝いをするのがモットーです。しかし、日本人スタッフだけの対応では、言葉や日本の習慣がうまく伝わらないことによるトラブルが起こりやすくなります。

そのために中国人スタッフが新たに加わったのですが、母国語でコニュニケーションを取れることや母国と日本の生活習慣の違いを理解したうえで説明できることで、トラブルが格段に減りました。結果、口コミで来店する中国人のお客さまの数が飛躍的に伸びたのです」

その後もベトナム人、ネパール人、アメリカ人と外国人スタッフを雇用するたび、同じ国の人からの相談が2倍以上に増えました。同郷の人同士のコミュニティやネットワークの力を実感した熱田さんたちは、外国人専門店を開店することになったというわけです。

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人専門店だからできるようになったこと

熱田さんは「外国人専門店に外国人スタッフを集約したことで得られるメリットも大きかった」と言います。

「それまでは外国人スタッフは別々の支店に勤務していたのですが、日本人のお客さまが多かったため、外国人スタッフは日本人スタッフのサポートに回ることが多く、能力をフルに活かせていませんでした。外国人専門店をつくってそこに勤務してもらうようにしたことで、外国人のお客さまからの相談に集中して、効率よく業務に当たれるようになったのです。日本語がよくわからないお客さまも、安心してご相談いただける場所になったと思います」

さらに2021年には、外国人が入居できる日本の物件情報を検索できるサイトを立ち上げ、海外からでもアクセスしやすいよう、英語・中国語・ベトナム語で展開しています。このサイトを利用して来日前からメールやビデオチャットでコンタクトを取り、物件案内や電子契約の締結などを行えるようになりました。日本に来てすぐ、入居当日に全ての手続きを終えることも可能だそうです。

YouTube動画でも、ゴミ出しなどの日本のルールをわかりやすく説明している。契約時などには外国人スタッフが母国語で説明するが、言い忘れや、担当によって話す内容が異なるなどのミスを避けられる(画像提供/良和ハウス)

また、外国人からの問い合わせを受ける窓口を一つの店舗に集約したことで、新たなビジネスチャンスにつながったとか。

「専門学校や技能実習生を受け入れている会社などは、大勢の外国人留学生や外国籍の従業員を受け入れる前にあらかじめ住まいを確保しなければなりません。担当者が一つひとつ物件を見に行って探すのは大変です。良和ハウスがその業務を代行することによって、学校や企業の担当者が抱える業務の負担を大きく減らせます。

さらに、物件の紹介や入居手続きといった仲介会社としての業務だけではなく、入居後のトラブルまで対応できるのが弊社の強みです」

居住支援法人としてのあり方と今後の課題

外国人を含む住まいの確保に困難を感じている人たちの居住支援に、より注力していくために、良和ハウスは、現在、住まい探しに困っている人に賃貸住宅に関する情報の提供や相談を受ける団体として、都道府県が指定する居住支援法人に登録申請中です。

また、熱田さんは社内の組織体制について「物件を紹介して契約する仲介部門と、入居後の物件や入居者の管理を行う管理部門との連携は不可欠」だと言います。

「外国人入居者には、入居後も習慣の違いによる困りごとやトラブルに対応するため、外国語でのサポートが必要です。外国人入居者の数が増えれば、おのずと管理部門の負担も増えるわけですが、当社では外国人スタッフのいる仲介部門と管理部門が文書の作成や通訳などの業務を連携しています。そうすることで入居後のトラブルに対応する管理業務でも母国語で対応でき、オーナーさんを悩ます問題を減らせると考えています」

会社以外の組織との連携だけでなく、社内の横の連携も大事。各方面との理解と体制を整えていくことが重要ということですね。

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

さらに、熱田さんは「手厚いサポートを行うには、マンパワーの問題もある」とも指摘します。
日本で暮らしたことのない外国人にとって、家具の手配や電気・ガス・水道といったインフラ周りの手続きや銀行の振込などは、簡単なことではありません。良和ハウスの外国人スタッフは代わりに手続きをしたり、一緒にATMまでついて行ってサポートしたりもするそう。

楠木店で取り扱う物件紹介数は年間で400~500件ほど。それを5人の外国人スタッフで行い、さらにさまざまな相談や困りごとにも、頼まれれば支援の手を惜しみません。

「母国の事情がわかる外国人スタッフは、日本人スタッフよりは効率的に説明等行える一面はあるものの、相談や疑問に対応していると、スタッフ一人ひとりにかかる負担はどうしても多くなってしまいます。外国人スタッフの頑張りに頼るだけでなく、会社全体でうまく分担させながら改善していくことが今後の課題です」

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

外国人が日本で住まい探しをするときは、言葉や文化を理解する外国人スタッフがいることで、うまくコミュニケーションができ、トラブルを防げることが多くあります。

良和ハウスの外国人専門店や外国語サイトは、外国籍の入居検討者にとってわかりやすく、安心して住まい探しができる場所になっています。さらに、外国人スタッフにとっても効率的に仕事ができるようになり、外国人の居住支援策を考えるうえで、一つのモデルケースになるのではないでしょうか。

そして、居住支援を継続していくには、そこに携わる人たちへの負担をかけすぎない努力や仕組みも必要だと感じました。

●取材協力
良和ハウス
・English
・中文
・Tiếng Việt

これが図書館? 全面ガラス張りの開放的な空間。大企業が始めたコミュニティ型図書館「まちライブラリー」を見てきました 西東京市

地縁型のつながりが薄れ、都会では近隣に暮らす人たちと接点をもつのが難しくなっています。そこで、地域密着のゆるやかなコミュニティの入口として、全国に増えているのが「まちライブラリー」です。本を介して気軽に人と関わることができるコミュニティ型の図書館。自宅やお店の一角に本を置いて、誰もが気軽に始められるというので人気があり、今や登録数は1000件以上にのぼるのだとか。

そんなまちライブラリーのひとつが、新たに6月末、東京都西東京市に誕生しました。資本力のある大企業がバックアップすることで、これまでとはまた違う、市民にとって嬉しい空間が生まれている。そんな先行事例を見てきました。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)が始めた「まちライブラリー@MUFG PARK」です。

広大な芝生広場の中に建つ「まちライブラリー@MUFG PARK」(写真撮影/田村写真店)

広大な芝生広場の中に立つ「まちライブラリー@MUFG PARK」(写真撮影/田村写真店)

まちライブラリーとは?

五日市街道から一歩入ると、都会の喧騒を離れ、すっぽりと木々に囲まれた緑豊かな空間が広がります。気持ちのいい芝生奥に見えてきたのは、屋根の大きい低層の建物。

2023年6月下旬にオープンしたばかりの「まちライブラリー@MUFG PARK」です。すでに休日は1000人以上が訪れるというこの図書館。一体どんな場所なのでしょう。

「まちライブラリー@MUFG PARK」入ってすぐの雰囲気(写真撮影/田村写真店)

「まちライブラリー@MUFG PARK」入ってすぐの雰囲気(写真撮影/田村写真店)

もともと東京都西東京市のこの場所には、三菱UFJ銀行の福利厚生施設、約6ヘクタールほどの広い敷地がありました。敷地内のスポーツ施設、芝生の広場がリニューアルして一般市民向けに開放されるのと同時に新設されたのが「まちライブラリー@MUFG PARK」です。

まちライブラリーは、蔵書や寄贈の本を貸し出す形で、個人がどこでも気軽に始められる図書館のしくみ。自宅やお店の一角に少数の本を置くだけもよし、固定した拠点がなくてもピクニックのように本を囲んで集まる場さえあれば始められます。2014年に始まって以来、これまでに登録された数は1026件。そのうち800件がいまもアクティブに活動しています。

館内の様子。壁一面に設置された本棚は全長35m。日々新たな本が持ち込まれ、蔵書は増えている。本の貸し出しは2週間3冊まで(写真撮影/田村写真店)

館内の様子。壁一面に設置された本棚は全長35m。日々新たな本が持ち込まれ、蔵書は増えている。本の貸し出しは2週間3冊まで(写真撮影/田村写真店)

この取り組みを始めた一般社団法人「まちライブラリー」代表の礒井純充さんは、理由をこう話します。

「まちのことって、みんな関心があるようで、意外と関心をもちにくいですよね。周りが『いいまちをつくりましょう』と言っても、みんな自分の生活のほうが大事。でも、地域で活動を始めてみると、自然とまちを意識するようになるんじゃないかと思ったのです。

例えば小さな図書館を始めれば、利用するのは必然的に地域の人たちになります。子どもの居場所になったり、シニアの人たちが協力してくれたり。自分は一人で生きているのではなく、まちの一員として生きていることが実感としてわかってくる。すると初めて、まちのことを考え始めます」

まちライブラリーの創設者である礒井純充さん。もとは森ビルに勤め、まちづくりに携わってきた方(写真撮影/田村写真店)

まちライブラリーの創設者である礒井純充さん。もとは森ビルに勤め、まちづくりに携わってきた方(写真撮影/田村写真店)

もう一つの理由は、個人の力でできることの大きさを提示したかった、というもの。

「私たちは組織や資本がないと何もできないと思いがちですが、個人のできることって意外と大きいと思うんです。例えば家庭で親が子どものお弁当をつくるのは、家族にとって大事な役割ですが、あくまで個人の思いでやっていることです。そこには組織も資本も貨幣も必要ない。そんな我々の日常的な行動が、じつは社会全体のインフラをつくっている面があるのではないかと思うんです」

話してもOK、飲食もOKのライブラリー

中へ入って驚いたのは、一般の図書館と違って、館内で自由に話をしてもいいし、飲食もOKなこと。お茶を飲みながら本を読む人がいたり、打ち合わせをする人がいたり、子どもたちが走り回って遊んでいたり。本が介在しながら、異なる世代が自由に時間を過ごせるコミュニティスペースなのです。

どのまちライブラリーもそうではないですが、ここでは十分なスペースが確保できるため、自由に遊びまわる子どもたちと、静かに本を読みたい人たちとが同じ空間を共有できています。おしゃれなカフェに近い雰囲気。

広く明るい空間。本棚のほかにゆっくり腰掛けられる椅子とテーブル、奥には子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

広く明るい空間。本棚のほかにゆっくり腰掛けられる椅子とテーブル、奥には子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

「小学校が終わると子どもたちがわーっとやってきて、ただいま~なんて言う子もいるんです(笑)。宿題をやる子や、そのまま芝生に出て行って遊ぶ子などいろいろですけど、子どもたちだけで訪れても、安心して過ごすことができる居場所になっています」

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さんはそう教えてくれました。

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さん(写真撮影/田村写真店)

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さん(写真撮影/田村写真店)

スタッフの数も充実しているため、お客さんとの交流も丁寧にできる。一般的な図書館では本の貸し出し手続きのときしか接しませんが、好きな本の話で盛り上がったり、世間話をしたり。

そのコミュニケーションに一役買っているのが、本につけている感想カードです。カードには、まず本の寄贈者が自分自身のことや本の感想を記入します。その後、借りて読んだ人が一言感想を書き入れて、また次へ。一冊の本が人と人をつないでいく流れが、カードによって可視化されます。

「はじめは、古い本が多いわね、なんて言っていらした方が、メッセージカードを見て、『この本、亡くなった奥さんが大事にしていらした本なんですって。私読んでみるわ』と言って借りていかれたり。スタッフが、カードの感想を紹介しながら本をお勧めすることもあります。自然と話が弾みます」(藤井さん)

感想カード。本の寄贈者が本の感想を記入し、その後、借りた人たちが一言ずつ感想を書き入れるようになっている(提供:まちライブラリー)

感想カード。本の寄贈者が本の感想を記入し、その後、借りた人たちが一言ずつ感想を書き入れるようになっている(提供:まちライブラリー)

子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

なぜ金融機関がコミュニティの場を?

本を寄贈するのはまちの人たち。運営するのは一般社団法人「まちライブラリー」ですが、「まちライブラリー@MUFG PARK」は、MUFGという大企業により設立されました。ここまで大きなまちライブラリーはこれまでにも多くはありません。

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さんは、こう話します。

「2019年ごろから、弊社でも社会貢献への考え方に変化がありました。世の中でSDGsといったことが言われ始めて、社員のエンゲージメント(会社や組織に対する愛着心)が重視されるようになって。

社会貢献活動の一環として、もともと自社でもっていたこの場所を活かすことができないかと考えたんです。いろいろ検討するなかで、まちライブラリーの取り組みを知りました」

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さん(写真撮影/田村写真店)

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さん(写真撮影/田村写真店)

このライブラリーを新設するのはもちろん、維持していくにもそれなりのコストがかかります。ですが、額面の話だけでなく、本件はMUFGの社会貢献としても大きなチャレンジだったといいます。

「新しくハードをつくっただけではなく、オープンより2年前から、社員全員に呼びかけて、ここをどんな場所にしていくかを話し合うワークショップを行ってきました。地域の人もお招きして、月に2~3度集まってフィードバックをし合いながら。結果的に、全社員の中から約300名がボランティアで参加してくれました」

こうしたワークショップを通して、オープン後にライブラリーで開催するイベントの企画を考案。すでに地産の野菜を販売するマルシェの開催や、星空観察会などの企画が進んでいます。一方、地域の人たちや、市民団体が主催するイベントをこの場所でも積極的に提供していく予定です。

館内からの眺めもいい(写真撮影/田村写真店)

館内からの眺めもいい(写真撮影/田村写真店)

同じく同社のブランド戦略グループの森川貴博さんが、活動の背景を教えてくれます。

「当グループでは自社のブランドをどう変えていくかを考えているわけですが、最近は外に対してだけでなく、社内でのイメージ、社員の働き甲斐や誇りといったことがとても重要になっています。

4年前から社員が誰でも社会貢献の企画を出せる取り組みが始まりました。一人一人が地域に何ができるのか、自分の身近でできることがないかを考えて提案する。

その提案が社会貢献として意義あるものであれば、1件あたり最大50万円の予算をつけます。2022年度はグループ内で240件ほどの申請があり、約3500人の社員参加がありました。こうした試みを通して地域に対する活動がかなり増えているんです」

MUFGでは「業務純益の約1%」をビジネスでアクセスしにくい社会課題に対して社会還元すると公表しています。(2021年度の社会貢献活動費の実績は81.5億円)

子ども食堂でクリスマスパーティーを開く企画や、地域の人たちを巻き込んで清掃活動を行うといった公共性の強いものなど、社員が身近なところで関心をもち、社会課題の解決につながることを後押し。その内容は多岐にわたります。

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの森川貴博さん(写真撮影/田村写真店)

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの森川貴博さん(写真撮影/田村写真店)

もともと日本の企業は、地域に寄り添う社会的な存在だった

まちライブラリーの礒井さんは、こうした企業の姿勢を、日本企業がかつてもっていた、本来あるべき姿ではないかと話します。

「近江商人の三方よしではないですが、もともと日本の企業は、社員や家族、地域に寄り添って社会的なものであろうとしてきた企業文化があったと思うんです。僕が社会に入った40年ほど前はまだそうでした。

それが変わったのはバブルが弾けて、ここ20~30年のことだと思います。景気が後退して日本企業が自信を失いつつあったところにアメリカ流の金融資本主義や合理性第一主義の考え方が入ってきた。

でもいま、そうしたアメリカ式の企業のあり方は限界を迎えていて、再び日本式の企業のあり方が注目されています。日本的な企業がもっていた公共性が再評価されて、本来あるべき形に企業が戻ろうとしているのではないでしょうか」

本の上段に並ぶのはカラフルな「タイムカプセル本箱」。「思い出や、何年後かの自分への手紙を入れるなど人それぞれに楽しんでもらえたら」と礒井さん(写真撮影/田村写真店)

本の上段に並ぶのはカラフルな「タイムカプセル本箱」。「思い出や、何年後かの自分への手紙を入れるなど人それぞれに楽しんでもらえたら」と礒井さん(写真撮影/田村写真店)

一方で、大きな組織だけでなく、個人の変容が大事。礒井さんが書かれた『まちライブラリーのつくりかた』(学芸出版社 刊)の一説が印象的です。

「いまの社会は、大きな火力を使って、大きな鍋でシチューやカレーを煮ているようなものだと感じています。…大きなものを力ずくで変えるのではなく、中にいる一人一人が変わっていくことで、いいものに変えていくという方法があると思います」

おいしいカレーをつくるには鍋の中の具材一つ一つがおいしくなる必要がある。つまり社会にとっても一人一人が大事。その流れに大企業の資本が入ることで、個人の力がより大きな力になったりする。まちライブラリー@MUFGは、まさにそんな企業が個人の力をエンパワーしている例かもしれません。

(左から)森川さん、松井さん、礒井さん、藤井さん(写真撮影/田村写真店)

(左から)森川さん、松井さん、礒井さん、藤井さん(写真撮影/田村写真店)

●取材協力
まちライブラリー@MUFG

【渋谷駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1位・2位は5万円代の小田急小田原線の駅

近年の大規模再開発により大型商業施設が次々と誕生し、幅広い世代が楽しめる街へと変ぼうしている渋谷駅。JR各線をはじめ東急電鉄の東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京メトロの銀座線・半蔵門線・副都心線が乗り入れており、日々多くの人が利用するターミナル駅でもある。そんな渋谷駅の近くに住まいがあれば、渋谷にふらっと出かけやすいのはもちろん、乗り入れ路線を利用して各方面へ向かうのも便利だろう。そこで渋谷駅まで30分以内にある駅の家賃相場を調査した。シングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅トップ15を紹介しよう。

渋谷駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP16

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/渋谷駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 生田 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/2回)
1位 読売ランド前 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
3位 宿河原 6.4万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/26分/1回)
4位 久地 6.48万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/24分/1回)
5位 向ヶ丘遊園 6.5万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 和泉多摩川 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/25分/2回)
5位 戸田公園 6.5万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/28分/0回)
5位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/23分/2回)
9位 武蔵浦和 6.6万円(JR埼京線/埼玉県さいたま市南区/29分/0回)
10位 大倉山 6.65万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
11位 和光市 6.7万円(東京メトロ有楽町線/埼玉県和光市/30分/0回)
11位 日吉本町 6.7万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/29分/1回)
11位 青葉台 6.7万円(東急田園都市線/神奈川県横浜市青葉区/28分/0回)
14位 井荻 6.8万円(西武新宿線/東京都杉並区/30分/2回)
14位 喜多見 6.8万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/21分/2回)
14位 日吉 6.8万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/21分/0回)
※17位~30位は記事末に記載

1位&2位には小田急小田原線の隣り合う駅がランクイン

今回、調査の基点にした渋谷駅周辺にあるシングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は13万300円。そんな渋谷駅の30分圏内にある駅のうち、家賃相場が最も安かったのは生田駅と読売ランド前駅。小田急小田原線の隣り合うこの2駅が、家賃相場5万6000円で同額1位に並んだ。

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅から小田急小田原線の各駅停車に乗ると次が生田駅、そこから2駅目の登戸駅で快速急行に乗り換えて下北沢駅へ。そして京王井の頭線に乗ると渋谷駅まで計約27分~30分。両駅ともに、小田急小田原線の通勤準急~快速急行を乗り継ぐと新宿駅まで25分以内で行くことも可能だ。この2駅は直線距離で1.3kmほどしか離れておらず、所在地はどちらも神奈川県川崎市多摩区。住環境はさほど大きく違いはないが、読売ランド前駅の北側一帯は日本女子大学のキャンパスを含む丘陵地が広がり、住宅地は駅の南側が中心となっている。一方の生田駅は明治大学や専修大学の最寄り駅でもあり、駅周辺で学生の姿を見かけることがより多いだろう。

読売ランド前駅、生田駅ともに駅周辺にはスーパーやコンビニ、ドラッグストア、100円ショップなど日常生活を支える店舗がそろっている。学生が多い街にしてはリーズナブルな飲食店が豊富というほどにはないが、ラーメン店やファストフード店など気軽に利用できるお店も両駅の間に点在している。家賃相場がリーズナブルで大学に近いことから、このエリアは学生が一人暮らしする街としてニーズが高く、一人暮らし向け物件も豊富。時期によっては空き物件数が少ないこともあるだろうが、物件数が多いだけに自分好みの住まいを探しやすいかもしれない。

3位にはJR南武線・宿河原駅が家賃相場6万4000円でランクイン。1位の読売ランド前駅・生田駅と同じ神奈川県川崎市多摩区に位置している。渋谷駅に向かうには、JR南武線で3駅目の武蔵溝ノ口駅から東急田園都市線・溝の口駅に乗り換える。すると計約26分で渋谷駅にたどり着く。ちなみに4位のJR南武線・久地駅(家賃相場6万4800円)は、宿河原駅から武蔵溝ノ口方面行きに乗って1駅目だ。

宿河原駅(写真/PIXTA)

宿河原駅(写真/PIXTA)

さて、宿河原駅と言えば「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」の最寄り駅の一つ。1駅隣の登戸駅のほうが最寄り駅として知られているが、宿河原駅からも歩いて15分ほど。そんなご縁から、駅の発車メロディは藤子作品のアニメ曲が使用されている。ミュージアムがある駅南側には、『ドラえもん』や『パーマン』のキャラクターが看板や店内を彩る特別仕様の「ローソン 宿河原駅前店」などのコンビニやスーパーがある。駅の北側にもコンビニやスーパーがあり、さらに北に進むと多摩川の河川敷へ。息抜きに川沿いを散歩やジョギングするのもいいだろう。

渋谷・池袋・新宿まで30分以内で行ける駅もランクイン

ここまで見てきた読売ランド前駅、生田駅、宿河原駅の3駅と、5位・向ヶ丘遊園駅(家賃相場6万5000円)は、いずれも川崎市多摩区にある。そして4位・久地駅が位置するのはその隣町、川崎市高津区。さらに向ヶ丘遊園駅と同額5位となった和泉多摩川駅と狛江駅は、川崎市多摩区と多摩川を挟んで隣接する東京都狛江市の駅。つまり上位7駅は多摩川にほど近いエリアに集中しているわけだ。この7駅から気になる物件をいくつかピックアップして、まとめて下見のために物件めぐりをするのもよさそうだ。

トップ15の駅のうち、渋谷駅まで乗り換え0回だったのは5駅。そのうち家賃相場6万6000円で9位にランクインした、JR埼京線・武蔵浦和駅について見てみよう。同駅は埼玉県さいたま市南区に位置し、JR埼京線の通勤快速に乗ると渋谷駅まで約29分。途中の停車駅である池袋駅までは約19分、新宿駅までは約24分で行くことができ、都心部までのアクセスのよさが魅力だ。

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

9位・武蔵浦和駅には改札内外に多彩な店舗を備えた駅ビル「ビーンズ武蔵浦和」が併設されているほか、食品フロアや飲食店街がある「マーレ」が直結。また、駅周辺はさいたま市の副都心に位置付けられており、近年の再開発により高層マンションや大型施設も林立している。その一つ、駅西口とペデストリアンデッキでつながる複合公共施設「サウスピア」には、区役所や図書館が入っているのも便利なところ。駅周辺の再開発は現在も進行中で、2024年夏には西口側に「商・住・職」一体型の大規模複合施設が開業予定。さらに駅東口側でも再開発が検討されており、今後もさらなる発展が見込まれる。

渋谷駅まで乗り換え0回、かつトップ15で渋谷駅までの所要時間が最短と言う便利な駅も14位にランクイン。それは東急東横線の通勤特急に乗ると渋谷駅まで4駅・約21分で行ける日吉駅で、家賃相場は6万8000円だった。この駅には東急目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインも通っているほか、2023年3月に開業した東急新横浜線の停車駅としても注目を集めた。同路線の開業にともなって日吉駅の約2.2km南方には、新たに新綱島駅も誕生。この新路線・新駅の誕生を契機に日吉駅~新綱島駅間のエリアでは再開発ラッシュを迎え、大型マンションも誕生している。そうした背景もあってかここ数年の家賃相場は上昇傾向にあるが、駅前に慶應義塾大学の日吉キャンパスがあることから学生の一人暮らし向け物件が豊富な街でもある。

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

14位・日吉駅には地下1階~地上3階に多彩な店舗が展開する駅ビル「日吉東急アベニュー」が併設されており、駅前にも商店が立ち並んでいる。飲食店も豊富で、「ラーメン激戦区」と言われるほど個性的なラーメン店が多いのは学生の街らしいところだろう。また、日吉駅を通る東急東横線は東京メトロ副都心線と直通運転されているため、新宿三丁目駅や池袋駅にも1本で行ける。同様に東急目黒線は目黒駅から先で都営三田線または東京メトロ南北線と直通運転される列車に分岐し、三田線沿線の大手町駅や神保町駅、南北線沿線の永田町駅や市ケ谷駅など、都心の各方面に乗り換えせずに行くことができるのも日吉駅の魅力と言えるだろう。

17位~30位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/11~2023/5
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年5月29日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

居住支援少ない男性にもシェルターを。犯罪歴ある人の身元引受けなど、金沢市の不動産会社エリンクが支援つづける理由とは

金沢のまちは、観光地としても名高く、冬は雪深い土地。この石川県金沢市で居住支援を行っている不動産会社、エリンク代表の谷村麻奈美さんは、生活保護受給者や障がいのある人に住まいの斡旋だけでなく、一時的な避難シェルターや入居した後の継続的な支援、見守りを提供しています。エリンクの不動産会社としての活動のほか、NPOの設立や金沢における居住支援の課題などについて聞きました。

住まい確保に困っている人たちを断るのが辛かった

石川県金沢市。北陸新幹線が通り、県庁所在地でもあるこの地に、エリンクという不動産会社があります。従業員4人という規模ながら、子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人など、賃貸住宅への入居に困難を抱えている人たちに物件を紹介し、2022年には住まい探しをサポートする居住支援法人として登録されました。

金沢市にある不動産会社エリンク。子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人などを中心に、賃貸物件の仲介や管理を行っている(画像提供/エリンク)

金沢市にある不動産会社エリンク。子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人などを中心に、賃貸物件の仲介や管理を行っている(画像提供/エリンク)

住まい探しが困難な人たちは、さまざまな事情を抱えています。生活保護を受給するために自治体の定めた家賃以下でなければ入居できなかったり、生活支援や見守りといった入居後の暮らしに継続的な配慮やサポートが必要な場合があります。また、家賃の滞納や孤独死などを懸念するオーナーや管理会社が、入居を敬遠することも。居住支援では、それらの課題を一つひとつ乗り越えていかなければなりません。

代表の谷村さんがエリンクを立ち上げたのは、2017年のこと。
それまでは会社員として別の不動産会社に勤めていましたが、会社の収益を上げるため、効率の良い仕事が優先されることに違和感を感じていたと言います。

「通常よりも手間がかかる案件に時間をかけることについて十分理解されていませんでした。個人の思いとは裏腹に、住まい探しに困っている人が来ても断らざるを得なかったのです。相談に来た人が残念そうに店を後にする姿を見るのは、とても辛いものでした」(エリンク 谷村さん、以下同)

組織の中にいては思い通りにできない。どんな人でも受け入れられる不動産会社をつくろう、と立ち上げたのがエリンクでした。

「時間をかけて入居者との関係を築いていく」エリンクの居住支援

現在、谷村さんを含むスタッフ4名のうち、普段から住宅の確保に配慮が必要な人たちの居住支援を行っているのは、谷村さんと従業員2人の3名。この記事のインタビューの最中も、ひっきりなしに電話がかかってくる忙しさです。

賃貸物件の紹介だけでなく、入居後、連絡が取れなくなったときには様子を確認しに行ったり、「体調が悪くて家賃の振り込みに行けない」と連絡があれば谷村さんたちが部屋まで集金に行ったりします。時には「給付金の申請をするのに書き方がわからない」と電話がきて書き方を教えに行くなど、頼まれれば入居者を訪ねることも日常なのだそう。

居住支援には、谷村さんともう2人の3人体制であたっている。社員4人の小さな街の不動産屋さんだ(画像提供/エリンク)

居住支援には、谷村さんともう2人の3人体制であたっている。社員4人の小さな街の不動産屋さんだ(画像提供/エリンク)

また、ある時は上の階に住む人とけんかをした入居者が警察に連れて行かれ、ほかに身寄りがないため、谷村さんが身元の引き受けに行ったこともあります。「なんでお前が来たんだ」と怒鳴られ、すかさず谷村さんも「オーナーさんの迷惑になることを考えて!」 と大声で言い返したのだとか。谷村さんは「『なんでも相談所』のようでしょう?」と笑いながら話します。

「大事なのは入居者と信頼関係を築くこと。大げんかしたその入居者とも、1年以上の時間をかけて、時には人生相談にも乗り、関係をつくり上げてきました。だからこそ、本音でぶつかり合えるのだと思います」

入居者とは、時に言い合いになることもあるけれど、その分、笑い合うことも多い。「(日常的な声掛けをすることなどを)しつこいと言われたこともあります。でも途中で諦めたくはないんです」と谷村さん(画像提供/エリンク)

入居者とは、時に言い合いになることもあるけれど、その分、笑い合うことも多い。「(日常的な声掛けをすることなどを)しつこいと言われたこともあります。でも途中で諦めたくはないんです」と谷村さん(画像提供/エリンク)

経営的にはギリギリ。それでも達成感を感じている

それでも経営は赤字ギリギリの状態です。居住支援法人に登録した理由の一つには、助成金がないと居住支援事業を継続するのが難しいという背景もありました。

「会社や事業には、それぞれの客層やターゲットというものがあります。低所得者など住まい探しに困っている人に重点を置いている不動産会社がなかったので、私は逆にそこに事業としてのチャンスがあるのではないかと思ったのです。何より、さまざまな問題を解決していかなければならないことは、むしろ楽しそうだと感じました。

私自身が、そういう性分なんです。普段の仕事はもちろん大変ですけど、達成感があるので忘れちゃう。嫌なことも楽しいことも波があることを楽しんでいます。経営は厳しくても、私がやりたかったことを実行できているという点では『成功』だと思っています」

現在、エリンクのホームページに掲載している物件の中で、生活保護受給者が入居できる家賃のものは1200件以上。それ以外の物件数は600件ほどなので、住まいに困っている人の支援にいかに力を入れているかがわかります。しかしそれぞれの物件で入居に必要な条件が異なるため、どうしても入居できない場合は、谷村さんが保有している3室を含め、160室ほどのエリンクの管理物件から紹介しているそう。

これらのエリンクが管理する部屋は、長年空室で悩むオーナーさんが、エリンクの取り組みをメディアを通して知ったり、別のオーナーさんからの紹介で「空室にしておくよりは、困っている人に貸してほしい」と託されたもの。オーナーさんの理解も得て、エリンクでは2022年中に住まい探しに困難をかかえる人から相談があった約95件のうち、67件が入居に至っているのだそうです。

エリンクの管理物件は、理解のあるオーナーさんから預かったもので、管理物件を獲得するための営業は一切していないという(画像提供/エリンク)

エリンクの管理物件は、理解のあるオーナーさんから預かったもので、管理物件を獲得するための営業は一切していないという(画像提供/エリンク)

緊急で住まいを必要とする人には男性が多い!? 石川県・金沢市の事情とは

エリンクを訪れる相談者の特徴は、30~60代の男性が圧倒的に多いということ。
その理由は、ちょうど一般的に「働き盛り」とされるこの年代で、行政には住まいに困っている男性を受け入れる受け皿がないためだと、谷村さんは分析しています。

「石川県には、住まいに困っている女性や子どもに対しては『女性センター』や『母子寮』など、行政で受け入れる場所があるのですが、住まいを失った男性向けの一時的な避難場所となる『シェルター』のような施設がありません。職を失って社宅や寮を出なくてはならなくなった人が、ネットカフェや車中生活をせざるを得ない状況が多いのです」

そこで普段はNPO法人「安心生活ネットワークいち」(活動内容については後述)の事務所として利用している店舗の2階を、緊急用の民間シェルターとして確保しています。しかし一度に1名しか利用できないので、いつでも空いているわけではありません。「もっと一時的に避難するシェルターとなる場所が必要」だと、谷村さんは訴えています。

普段は事務所として使用している2階をシェルターとして使用できるように家具家電などを配置。さまざまな事情を抱えた人の中には、緊急で一時的に避難できる場所を必要とする人がいる(画像提供/エリンク)

普段は事務所として使用している2階をシェルターとして使用できるように家具家電などを配置。さまざまな事情を抱えた人の中には、緊急で一時的に避難できる場所を必要とする人がいる(画像提供/エリンク)

金沢における居住支援法人の活動、行政との連携は?

また、もう一つ、谷村さんが課題として挙げるのが、居住支援に携わる人たちや組織が連携するためのネットワークや体制づくりです。

住まい探しに困っている人たちに居住支援を行う各地方自治体の住宅部門は、福祉部門との連携がうまく取れていないことが課題になっているところも少なくありません。かつてエリンクの存在は、石川県や金沢市の住宅部門・福祉部門いずれの担当者にも知られておらず、住まいと福祉の連携もありませんでした。

「生活保護を受けている人が提出する賃貸借契約書などの書類にエリンクの名前がたびたび上がるのを知った金沢市の社会福祉協議会の方が当社を訪ねてくださって。2019年ころから、家賃を支払えず困って社会福祉協議会に相談に来る人の紹介を受けたり、こちらから給付金が利用できないかを尋ねたりというつながりができました」

今では、金沢を地盤にしている福祉関係団体や弁護士から多くの問い合わせが来るようになったそうです。

「ただし、今は何かトラブルや問題が起きた時にその都度、担当者同士の個人的なつながりを頼りに連絡をとって対応しているので、スムーズに支援ができている状態とは言えません。支援を必要とするより多くの人たちを的確にサポートしていくためにも、ネットワークづくりや連携の仕組みが必要です」

現状は図のとおり不動産会社であるエリンクがそれぞれに連絡を取っている状況。「住まいに困っている人には、不動産会社が中心となって行政や民間企業・団体が連携して支援するネットワークやスキームが築けるはず」だと谷村さんは考えている(画像提供/エリンク)

現状は図のとおり不動産会社であるエリンクがそれぞれに連絡を取っている状況。「住まいに困っている人には、不動産会社が中心となって行政や民間企業・団体が連携して支援するネットワークやスキームが築けるはず」だと谷村さんは考えている(画像提供/エリンク)

「入居後の孤立を無くしたい」谷村さんの新たな一歩

協力してくれるオーナーさんも増えて入居まではサポートできるようになったものの、谷村さんは「入居した後も人や社会とつながりを持てない、孤立している人をどうにかしなければ」との思いを強くしたそうです。

不動産事業のオプションとしてではなく、本腰を入れて入居後の生活までサポートする必要があると考え、2022年12月にオーナーさんや司法書士、引越し業者や特殊清掃業者など、応援してくれている人たちを会員としてNPO法人「安心生活ネットワークいち」を設立しました。

NPO法人「安心生活ネットワークいち」を立ち上げ、入居前の住まい探しから、入居後の暮らしや職探しなどトータルのサポートに本格的に乗り出した(画像提供/エリンク)

NPO法人「安心生活ネットワークいち」を立ち上げ、入居前の住まい探しから、入居後の暮らしや職探しなどトータルのサポートに本格的に乗り出した(画像提供/エリンク)

孤立を防ぐために谷村さんたちが早速始めたのは、金沢市社会福祉協議会の事務所を会場として開催する「おむすびの会」。

「支援者も受益者も関係なく、ごちゃ混ぜで『みんなで楽しくおむすびをつくっておしゃべりをしよう』という趣旨の会で、誰でも参加できて、しかも無料です。不要な食べ物をもらいに行って、それを欲しい人に届けるフードバンクの活動も行っていて、今は車1台のみで配っていますが、もっと増やしていきたいと考えています」

入居前のサポートから入居後の見守り、そして引きこもりがちな高齢者や障がい者、犯罪歴のある入居者などが社会とつながるサポートを目指す谷村さんたちの活動は、前へ前へと進んでいるようです。

誰でも参加OKで参加費無料のおむすびの会。気軽に参加しておしゃべりを楽しむことで、引きこもりがちな人が社会とつながるきっかけに(画像提供/エリンク)

誰でも参加OKで参加費無料のおむすびの会。気軽に参加しておしゃべりを楽しむことで、引きこもりがちな人が社会とつながるきっかけに(画像提供/エリンク)

不要となった食べ物を集め、必要としている人に届ける。外に出たくないと自宅にこもりがちな人も多いので、それならこちらからいけばいい!という発想。安否確認もできる(画像提供/エリンク)

不要となった食べ物を集め、必要としている人に届ける。外に出たくないと自宅にこもりがちな人も多いので、それならこちらからいけばいい!という発想。安否確認もできる(画像提供/エリンク)

「孤軍奮闘」。谷村さんと周囲の人たちの活動を知り、そんな言葉が頭をよぎりました。

最後に谷村さんは、「ライバルをつくることになるかもしれないですが、私たちのような不動産会社がもっと増えればいいと思っています。それだけ、困っている人がいるということです」と話してくれました。

金沢市内には他にも居住支援や生活支援に携わる団体や企業が存在するでしょう。しかしネットワークや仕組みが未だできてない理由の一つは、金沢にはとても奥ゆかしい人が多い風土だからなのだそうです。「『やれたらいいよね』という人はいても『よし、やろう』という人がいない」と谷村さんは打ち明けます。

谷村さんのようなリーダーが増え、その人たちが繋がることができれば、金沢の居住支援は大きく前進するのかもしれません。そして、住まいに困っている人たちを包括的に支援するためには行政の協力も欠かせません。現状の周知と連携強化を訴え、谷村さんたちは今日も活動を続けています。

●取材協力
株式会社エリンク
特定非営利活動法人安心生活ネットワークいち

9月に多く発生する大型台風。その大雨から雨漏りを防ぐには?チェックすべき項目を紹介

2023年も、異常気象が猛威を振るっている。世界的な海面水温の上昇との関連も指摘され、酷暑の一方で大型台風や線状降水帯などによる被害も生じている。9月は、大型台風が発生するリスクが高まる時期でもある。住宅リフォーム・紛争処理支援センターでは、「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」をホームページに掲載し、注意を呼び掛けている。

【今週の住活トピック】
「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」を掲載/住宅リフォーム・紛争処理支援センター

頻発する線状降水帯への危機感は感じるが、対策はしないという人も

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」を見る前に、一条工務店が発表した「防災に関する意識調査2023」の結果を見ていこう。地震に関する調査と水害に関する調査をまとめているが、“水害”については、どんな結果が出ているのだろうか。

まず、「線状降水帯による大雨の可能性がある場合、大雨警報などに先駆けた発表で、早期の備えを促すために、半日程度前から 6 時間前までに気象情報で発表しているのを知っていますか」と聞いたところ、49.1%、約半数が「知らない」と回答した。

気象庁のホームページには、“「顕著な大雨に関する気象情報」の発表基準を満たすような線状降水帯による大雨の可能性がある程度高いことが予想された場合に、半日程度前から、気象情報において、「線状降水帯」というキーワードを使って呼びかけます。”とあり、呼び掛け例として以下のようなものを紹介している。

出典:気象庁「線状降水帯に関する各種情報」より転載

出典:気象庁「線状降水帯に関する各種情報」より転載

次に調査で、「お住まいの地域で線状降水帯が発生すると予報された場合、危機感を感じて何らかの対策を取りますか」と聞くと、「危機感を感じるが対策はしない」という人が38.8%、「危機感を感じない」という人が6.1%いることが分かった。

出典:一条工務店「防災に関する意識調査2023」

出典:一条工務店「防災に関する意識調査2023」

長時間の大雨が予測される場合には、まず自宅から出ないこと、一戸建ての場合は2階以上で崖や斜面から離れた部屋に移動すること、「避難指示」などの避難情報が出された場合は早めに避難所へ行くなどが求められる。

住宅には雨漏りのリスクがあるが、後から対策することが難しい

さて、長時間の大雨で自宅に留まったとして、雨漏りがするようであれば心もとない。

住宅リフォーム・紛争処理支援センターが掲載した「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」によると、「住宅は、屋根や壁の部材、窓(サッシ)、玄関扉など、いろいろな部材・部品が集まってできており、それぞれ素材が異なる部材・部品を組み合わせているため、継ぎ目の雨水侵入対策がしっかりしていないと雨漏りが生じる場合がある」という。特に近年は、局地的な大雨などの発生回数が増加傾向にあるため、さらに雨漏りへの注意が必要だとしている。

一方で、雨漏りが発生した場合の原因の特定が難しいことから、住宅を建築したり取得したりする段階で、雨漏りリスクを意識することが大切だと強調している。

では、雨漏りはどこで発生するのだろうか?同センターが、木造新築住宅での「瑕疵保険の事故情報※」を分析したところ、サッシまわりなどの「外壁開口部」、「外壁面」、「勾配屋根や天窓」からが多くなっている。
※瑕疵保険(かしほけん)とは、住宅の検査と保証がセットになった保険制度。保険対象となる部分に起因する事故情報のデータベースを利用

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より転載

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より転載

サッシや天窓の枠の部分は外壁や屋根との継ぎ目ができる部分であり、外壁自体は常に雨にさらされる部分だ。こうした部分に雨漏りリスクがあることをまずは知っておこう。

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」で詳しくチェック

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」の住宅取得者向け資料には、雨漏りリスクの高い6カ所について、リスク低減のアイデアを紹介している。その6カ所とは、(1)モルタルの外壁、(2)窓(サッシ)、(3)片流れ屋根の頂部、(4)屋根の側端部、(5)屋根と外壁が接する部分、(6)天窓(トップライト)。例えば、(1)のモルタルの外壁については、次のように説明している。

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より抜粋転載

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より抜粋転載

それぞれの箇所については専門的になるので、ぜひ直接資料を確認してほしい。自身で雨漏りのリスクと防ぐアイデアを理解することのほか、住宅の設計者や販売事業者などに、この資料の内容を見せて、きちんと設計施工されるか説明を求めるという使い方もあるだろう。

マンションなら雨漏りはしないかというと、そうでもない。筆者が住むマンションで、大雨の翌日、1階で共用廊下を見上げたら、廊下のコンクリートの下部(見上げた階からは天井部)がふくらんでいた。雨水がたまった証だ。ただし、大規模修繕工事の際に防水工事を行って修復された。

このようにマンションであれば、管理組合が建物診断や大規模修繕を行うが、一戸建ての場合は自身でチェックして補修する必要がある。建てたときに注意を払うだけではなく、雨どいが落ち葉などでつまらないように掃除をしたり、住宅の窓まわりの継ぎ目のシーリング材に破損が見られたら修復したりといった、メンテナンスを行うことも忘れないようにしたい。

●関連サイト
住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料
一条工務店「防災に関する意識調査2023」

電力の半分は風力、7割以上が再生エネルギーのデンマーク。約5000基の風車で叶えるまでの軌跡とは?

環境先進国として先進的な取り組みを続ける国、デンマークを象徴する存在のひとつが、なんといっても風力発電です。古くは粉挽きや排水の役割を担うために村々にあった風車が、時代の変遷とともに、発電のための風車へと変わりましたが、今も昔も「風車のある風景」がデンマークらしさ、と言えるかもしれません。今回は、デンマークのエネルギー分野で主役的な役割を果たしている風力発電にフォーカスします。

農家は「農耕と発電」の二毛作!

飛行機でコペンハーゲンのカストラップ空港に近づくと窓から見えてくる、くるくる回るたくさんの白い風車たち。デンマークに(帰って)来たなぁと嬉しくなる瞬間です。この光景を見ると嬉しくなるのは私だけではないようで、デンマークを訪ねてくれる人のほとんどが、同じように「風車が見えてきてワクワクした!」と話してくれます。なぜなんでしょう、この感覚。自然が電気をつくっているのを目の当たりにできるからでしょうか。

そして、コペンハーゲンから約160km南下すると、私が暮らすロラン島があります。現在、デンマーク国内で一番風力発電が盛んなのは、デンマーク西部の沿岸地域ですが、2番目に盛んなのが、ロラン島です。

ロラン島(写真提供/ニールセン北村朋子、撮影/ Rune Johansen)

ロラン島(写真提供/ニールセン北村朋子、撮影/ Rune Johansen)

ここまで来ると、どの方向を見ても、必ず風車が視野に入るような感じで、本当にたくさんの風車が立っています。ロラン島では現在約260基の陸上風車があり、洋上にも162基の風車があります。風力発電以外に、近年は太陽光発電も増え、また農業から出るワラを燃料としたバイオマス発電や、家畜の糞尿や食糧残渣を利用したバイオガスによる発電なども含むと、ロラン島は、島内で使う電力の8倍~10倍の電力を、主に風力による再生可能エネルギーでまかなっています。

ロラン島の2023年7月までの再生可能エネルギーでの発電と消費電力のデータ。青が風力発電、黄色が太陽光発電。今年はこれまでに82.9%の電力を再エネでまかなっている(画像提供/REEL、出典:Lollands Energisystem)

ロラン島の2023年7月までの再生可能エネルギーでの発電と消費電力のデータ。青が風力発電、黄色が太陽光発電。今年はこれまでに82.9%の電力を再エネでまかなっている(画像提供/REEL、出典:Lollands Energisystem)

現在、デンマーク全国では約4,200基の陸上風車があり、1時間あたり約470万kWのエネルギーを生み出すことができます。また、洋上風車は630基にのぼり、1時間あたり約230万kWのエネルギーを生み出していて、デンマークの電力供給の約半分は風力発電で賄われています。

デンマークの風力発電機の分布図。風力発電がいかに盛んかがわかる(画像提供/Plan- og Landdistriktsstyrelsen、出典:Info om vedvarende energikilder)

デンマークの風力発電機の分布図。風力発電がいかに盛んかがわかる(画像提供/Plan- og Landdistriktsstyrelsen、出典:Info om vedvarende energikilder)

風力発電の容量と国内電力供給に占める風力発電の割合。青は洋上風力、緑は陸上風力、赤は風力による電力供給の割合(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

風力発電の容量と国内電力供給に占める風力発電の割合。青は洋上風力、緑は陸上風力、赤は風力による電力供給の割合(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

自治体別風力発電の容量。青色が濃いほど風力での発電容量が多い。右下にあるロラン島は西側が濃い青色(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

自治体別風力発電の容量。青色が濃いほど風力での発電容量が多い。右下にあるロラン島は西側が濃い青色(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

陸上風車を所有するのは、主に設置できる土地を持つ農家や、地域の風力発電組合で、近年は、風車の大規模化に伴い、再エネ関連企業が所有する例も増えてきています。ロラン島をはじめ、デンマークでは農家の人たちが作物を収穫するのと同時に、収穫後のワラを売却して地域の熱供給や発電の原料にしたり、畑にある風車や太陽光パネルから電力を収穫して売電し、収入を得るのは当たり前のこと。それぞれが持つリソースを最大限に利用することで、各農家の収益も安定しますし、農家の収入が増えれば、地方自治体は税収が増え、地域が潤うことにつながります。また、当然ながら、地域や国のエネルギーの自給率を上げることにも繋がり、エネルギーの安全保障にも大きな意義をもたらします。

デンマークの農家(写真提供/ニールセン北村朋子)

デンマークの農家(写真提供/ニールセン北村朋子)

陸上風車の高さは、約150m。ビルの高さに例えるなら、およそ40階くらいと同じになります。また、東京タワーの大展望台も地上150mで、デンマークで見かける陸上風車とほぼ同じ高さです。洋上風車はさらに大きくて、200mにもなります。ブレード(羽根)はゆっくり回っているように見えるのですが、実はブレードの先端部分では時速250kmを超えるスピードで回転していて、新幹線に近い速さなのですから驚きです。

農地に立つ大型風車たち。高さは150m!(写真提供/ニールセン北村朋子)

農地に立つ大型風車たち。高さは150m!(写真提供/ニールセン北村朋子)

ロラン島沖の洋上風力発電パーク(写真提供/ニールセン北村朋子)

ロラン島沖の洋上風力発電パーク(写真提供/ニールセン北村朋子)

■関連:デンマークのまちづくりやエコ関係の記事

自分たちが使うエネルギーは自分たちで選びたい!

冒頭にも触れたように、デンマークでは、風車のある風景は昔から馴染みのあるものでした。12世紀から13世紀にかけて小麦から粉を挽くために、また低地の湿地の排水をするために、風車は重要な役割を果たしていました。また、当時は製粉は地域の権力者が管理する仕組みで、地域の穀物を挽く独占的権利を持っていましたが、1862年に食の自由化がなされて、農民が農場製粉所を設置することが可能になり、風車は市民のものとなっていきました。1920年ごろには、2万~3万基の家庭用製粉風車があったようです。

発電のための風車が初めてつくられたのは1891年、物理学者のポール・ラ・クールがアスコウ・ホイスコーレ(デンマーク発祥の「人生の学校」と呼ばれるフォルケホイスコーレ(※)のひとつ)で実現しました。実際に普及するまでには少し年月がかかりましたが、1970年代のオイルショックによるエネルギー危機が大きな転機となります。今でこそ、デンマークは再生可能エネルギーの先進国として知られるようになりましたが、70年代当時は中東の石油に頼りきりで、エネルギー自給率は5%を切るほどでした。

※フォルケホイスコーレ……デンマーク発祥の全寮制の成人教育機関。17.5歳以上なら誰でも入学でき、資格やスキルを得るのではなく、より良く生きるために、誰にも評価されずに自分や社会、世界と向き合う時間を持つことができる。

そこで、エネルギーの自給を高めるための議論が活発になり、その解決策として急浮上したのが原子力発電でした。当時の国と電力会社は原発を推し進めようとしましたが、原発についてもっと詳しく知ってから活用するかどうかを考えたいと訴える市民団体OOA(原子力発電情報協会)が立ち上がり、原発のメリットとデメリットについて幅広く情報を集め、国民と共有し、議論を促したことや、79年にスリーマイル島で原発事故が起きたことも影響し、時が経つにつれて世論は原発反対へと傾いていきました。

そして1985年、デンマークはついに原発を選択肢から外したエネルギープランを採択。チェルノブイリで原発事故が起きたのは、デンマークのこの決定の翌年の86年のことでした。以降、デンマーク国内で自給自足できるエネルギーの大きな可能性を秘める選択肢として、風力発電の開発と普及が一気に加速して今に至ります。

(写真提供/ニールセン北村朋子)

(写真提供/ニールセン北村朋子)

デンマークの農民や市民が風力発電に関心を持つようになったのは、投資目的だけではありません。ロラン島で初めての市民風車のメンバーになったビャーネ・エネマークさんは、以前インタビューした時に「どういうエネルギーを使いたいかは、国や電力会社ではなく、国民や一般市民に決める権利がある」と話してくれましたが、地域のみんなと環境に良いことに取り組みたい、という気持ちと連帯感が、デンマークの市民を突き動かしています。そして、その意志を尊重する民主主義と政治があることも不可欠です。

デンマークの現在のエネルギー政策は、2012年に打ち出されたもので、2050年までに化石燃料から脱却することと、それに先立って2030年には二酸化炭素の排出量を1990年比で70%削減するという目標を設定しています。さらに、昨年暮れに発足した新政権では、2050年の化石燃料からの脱却目標を2045年に前倒しし、二酸化炭素の削減に関しては2050年までに110%を達成するという、野心的な目標を新たに設定しています。EUの2040年目標となっている、2019年比で二酸化炭素排出量を90%削減する、という方向性とも連動しながら、これからもデンマークではさらに風力発電を増やしていく予定です。

余るほどできる再エネの電力を、さまざまに使い回す

風力発電をはじめとして、再生可能エネルギーによる電力供給は増える一方のデンマーク。今の一番の関心事は、大量につくられる電力を、供給過多の時に効率的に貯めておいて、電力供給が足りない時に使ったり、電気としてだけでなく、輸送燃料や熱供給に使うためのPower to X への取り組みです。

Power to X とは、電力を熱や水素、メタンなどに変えて蓄え、輸送エネルギーや熱エネルギーなど電気以外のエネルギーで幅広く活用するための技術とデザインのこと。例えば、再エネの電力が余っている時間帯に水を電気分解して水素を取り出し、水素そのものとしてだけでなく、水素と二酸化炭素を組み合わせてメタンやメタノール、アンモニアやケロシンを生成することで貯めておくことが可能になり、輸送燃料などに利用することができるようになります。実際に、デンマークを代表する世界的海運会社、マースク社も、こうしたグリーンメタノールを燃料とするコンテナ船を今年から北欧で導入予定です。

また、ロラン島でも、Power to X の設備の建設が予定され、予定通りに進めば2027年から稼働の見込みで、さらに、こうしたPower to X によってつくられるグリーンな天然ガスを利用する、デンマーク国内初のバイオ小麦精製所もつくられる予定になっています。このバイオ小麦精製所は、食品に使うための小麦の精製だけでなく、現在は輸入に頼っているグルテンを国産できるようになることで、魚の養殖用の餌や養豚の飼料に活用することができたり、また食用にできる部分以外からさまざまな成分を取り出して、バイオポリマーをつくることによって、現在は石油化学原料からつくられている衣類や靴、医療品などを、こうしたバイオ素材でつくることを目的としています。化石燃料からの脱却は、石油化学製品からの脱却も同時に行っていくことを意味します。風力発電などの再生可能エネルギーは、こうした私たちの生活を支える素材づくりにも、大きく関わってきます。

Power to X を図解したもの。再生可能エネルギーの電気と水と二酸化炭素があれば、分子の形で貯めることができるほか、輸送部門など、さまざまな形で利用が可能になる(画像提供:Ranboll、出典:ANALYSE AF MULIGHEDER FOR POWER-TO-XOG GRON GAS PA LOLLAND)

Power to X を図解したもの。再生可能エネルギーの電気と水と二酸化炭素があれば、分子の形で貯めることができるほか、輸送部門など、さまざまな形で利用が可能になる(画像提供:Ranboll、出典:ANALYSE AF MULIGHEDER FOR POWER-TO-XOG GRON GAS PA LOLLAND)

再生可能エネルギーにおけるエネルギー生産は、天候に左右されるなど不安定要素が多いと指摘する声もあります。ただ、その再エネによる発電が高度に進むと、それをどううまく使い回すかという可能性も広がります。
今年の夏は、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が「地球温暖化から地球沸騰化の時代が到来した」と警告するほど、世界各地を酷暑が襲い、深い爪痕を残しています。気候変動対策は、正真正銘、待ったなしです。

みなさんが毎日使っている電気は、どこから買っていますか? その電気は、どこから来ていますか?何でつくられていますか? それは、あなたが望む形でつくられていますか?

「どういうエネルギーを使いたいかは、国や電力会社ではなく、国民や一般市民に決める権利がある」ことをぜひ忘れないでください。そして、自分だけでなく、子どもたちや未来の世代のためにも、責任のある選択をできているかどうか、今一度、考えてみませんか?

●取材協力
・REEL
・andel

●参考文献
ロラン島のエコ・チャレンジ デンマーク発、100%自然エネルギーの島(ニールセン北村朋子著、新泉社)

「3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成」「7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に」【7月人気記事まとめ】

暑い日が続きますね。SUUMOジャーナルで7月に公開した記事では、「3Dプリンターの家、国内初の実用版は約23時間で完成!内装や耐震性は?」「7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!?」などが人気TOP10入りしました。詳しく紹介します。

1位
3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成!内装や耐震性は? ファミリー向け一般住宅も登場間近 長野県佐久市

2位
7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

3位
世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる62階建て超高層集合住宅タワー「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」/アメリカ・マイアミ

4位
相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

5位
シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

6位
愛知「住みたい街ランキング2023年版」不動の1位は名古屋! NHK大河ドラマ『どうする家康』影響で三河エリアに熱視線

7位
障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

8位
2023年は郊外ファミリー賃貸で賃料が上昇!? 国分寺など上昇した駅のデータとともに解説

9位
ニューヨーク人情酒場 さよなら、トシさん…入れ替わり激しいNYの飲食業界、雇用事情とは?

10位
厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市
※対象記事とランキング集計:2023年7月1日~30日に公開された記事のうち、PV数の多い順

1位
3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成!内装や耐震性は? ファミリー向け一般住宅も登場間近 長野県佐久市

3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成!内装や耐震性は? ファミリー向け一般住宅も登場間近 長野県佐久市

(画像提供/セレンディクス)

2022年5月に紹介された「約300万円で購入できる10平米の3Dプリンター住宅」から1年、セレンディクス社が手掛ける商用で日本第一号となる「serendix 10(スフィアモデル)」が長野県佐久市で完成したと聞き、最新事情を取材するため現地へ。直径3.3mの球体で、10平米の3D プリンターハウスは、わずか22時間52分で建設されました。個人向け3D プリンターハウスの開発も着々と進められています。3D プリンターハウスができる過程がわかる動画もお見逃しなく!

2位
7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

(写真撮影/桑田瑞穂)

神奈川県三浦半島にある「もぐら号」は、相馬由季さんと夫の哲平さんが約2年をかけて手づくりで完成させたわずか7畳のタイニーハウス。ふたりの暮らしに憧れて、「遊びに行きたい」「泊まりたい」という要望が殺到! そのため、今年、宿泊・体験も可能な「カワウソ号」をつくりました。早速、編集部員とライターが滞在。三浦半島の新鮮なお刺身を堪能し、ロフト下のベッドでぐっすり! 滞在レポートを読んで、タイニーハウスの暮らしをプチ体験してください。

3位
世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる62階建て超高層集合住宅タワー「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」/アメリカ・マイアミ

世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる62階建て超高層集合住宅タワー「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」/アメリカ・マイアミ

「One Thousand Museum(ワン・サウザンド・ミュージアム)」(アメリカ、マイアミ) 設計:ザハ・ハディド(ザハ・ハディド・アーキテクツ) Zaha Hadid (Zaha Hadid Architects)((c)Hufton+Crow)

建築ジャーナリスト、淵上正幸氏による世界中の名建築を巡る連載7回目。取り上げるのは、アメリカ・マイアミにある「ワン・サウザンド・ミュージアム」。高さ約213m、62階建ての超高層集合住宅タワーです。建築家ザハ・ハディドの建築哲学が凝縮された外観、贅沢な設備と上質な素材が使われた建物内部を紹介! 住人の優雅な生活が垣間見えます。

4位
相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

(写真撮影/片山貴博)

東京都墨田区に昨年2022年4月に誕生した「クリエイティブハウス文花」は、1階に相撲部屋を備えた賃貸マンションです。事前に申し込みすれば、朝稽古の見学もできるとあって、取材当日もたくさんの外国人観光客の姿が。ちゃんこ会など住民と力士が交流するイベントもあるというユニークな物件はなぜ生まれたのか。親方や管理会社、入居者に話を聞きました。

5位
シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

めぐみ不動産コンサルティングは、シングルマザー向けシェアハウスや障がい者グループホームの運営を通じて、住居と福祉の包括的な支援を地域に提供しています。このような取り組みを続ける原動力は、創業者・竹田恵子さんのシングルマザーとして奮闘した実体験。「シングル」だから「高齢者」だから「障がい者」だからと区切られることなく皆で支え合える社会を目指す竹田さんの思いに胸が熱くなります。

6位
愛知「住みたい街ランキング2023年版」不動の1位は名古屋! NHK大河ドラマ『どうする家康』影響で三河エリアに熱視線

3年ぶりの住みたい街ランキング愛知県版、不動の1位は「名古屋」!

(写真/PIXTA)

2023年、リクルートが3年ぶりに発表した「住みたい街ランキング」愛知県版。暮らしやすさや景観の良さが向上し、トレンド感も加わった都市部の街や、NHK大河ドラマ『どうする家康』の影響で注目が高まった「岡崎」がランクイン。愛知県春日井市生まれ、名古屋に住み続けて19年目の記者が、上位にランクインした街の魅力を紹介します。住みたい街、住みたい沿線、住みたい自治体のランキング10位までの解説は、愛知県へ移住を考えている人に有益な情報がたっぷり! 県内在住者は、自分の住む街の魅力を再発見でき、住み替え先探しにも役立ちます。

7位
障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

(写真提供/メイクホーム)

メイクホーム(東京都足立区)は、障がいのある人や高齢者などの住まい探しに特化した不動産会社です。障がい者や高齢者の物件探しや入居手続き、生活支援に関するさまざまな取り組みをしています。代表の石原幸一さん自身も視覚障がいがあります。広く多くの人を支援する前に、まずは目の前の困っている人から……。真のバリアフリーな社会を目指す活動は、私たちに何ができるのかを問いかけています。

8位
2023年は郊外ファミリー賃貸で賃料が上昇!? 国分寺など上昇した駅のデータとともに解説

国分寺、さいたま新都心、千葉中央のファミリーマンションの賃料が上昇!?

(写真/PIXTA)

長谷工ライブネットは、首都圏の沿線・駅ごとの賃料相場を分析し、「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」を公表しました。調査対象は95沿線および延べ1,030駅で、間取りタイプはシングル(25平米)、コンパクト(40平米)、ファミリー(60平米)の3タイプに分類し調査。賃料相場の変動率を前年と比較すると、首都圏全体ではシングルが37%、コンパクトが47%、ファミリーが51%の割合で上昇傾向にあることが浮き彫りに。エリアやタイプ別の状況や背景を探ります。

9位
ニューヨーク人情酒場 さよなら、トシさん…入れ替わり激しいNYの飲食業界、雇用事情とは?

(イラスト/ヤマモトレミ)

(イラスト/ヤマモトレミ)

漫画家ヤマモトレミさんによる、アメリカのブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事を描いた漫画エッセイ「ニューヨーク人情酒場」の人気連載。レミさんは、2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。趣味で描いていた漫画が思った以上に楽しくなり、2021年に脱サラして本格的に漫画家としての活動を開始し、2022年にアメリカで起業して個人事業主に。漫画業のかたわら、ブルックリンのレストランで週4回“寿司ローラー”(寿司を巻く仕事)をしています。今回は、レミさんの師匠トシさんが解雇されることに……。悲しい別れの理由は。そして、トシさんが去ったあと、レミさんに訪れる転機とは。ニューヨークで働く人たちの「心」が伝わるあたたかな漫画をぜひ。

10位
厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市

厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市

(写真撮影/片山貴博)

埼玉県和光市に、環境性能評価システムLEEDを取得する賃貸住宅「鈴森Village」が誕生しました。LEED認証は、建物や敷地利用の環境性能評価システムで、世界で多く用いられています。2024年度からは、建築物の販売・賃貸時に省エネ性能を表示する新制度が導入される予定で、住まいの省エネ性能・環境性能がますます重視される時代に。「鈴森Village」を訪ね、住人や設計者に取材しました。今後の住宅市場を変える新しい住まいを紹介します。

3Dプリンターハウスやタイニーハウス、LEEDを取得する賃貸住宅など最新の住宅事情や、障がい者、シングルマザーの住まい探しを紹介する記事は、これからの暮らし方、生き方へ気づきを与えてくれます。記事には、同じテーマを扱った関連記事のリンクもあるので、「もっと詳しく知りたい!」と思ったらぜひチェックしてみてください。

【福島県双葉町】帰還者・移住者で新しい街をつくる。軒下・軒先で共に食べ・踊り、交流を 東日本大震災から12年「えきにし住宅」

東日本大震災から12年が経過した福島県双葉町では、次の双葉町を描き、新たな暮らしを築いていくプロジェクトが盛んに動いています。その中心拠点を担うのが、今回の取材先である「えきにし住宅」。双葉駅の西口を降りてすぐ目の前に広がる住宅街ですが、ただの住宅街じゃない。知れば知るほど暮らしを豊かにする工夫が散りばめられていて、歩いているだけでワクワク感があふれる新しいまちです。今回は設計を担当したブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さんと、現在「えきにし住宅」に暮らしている入居者2名の方に、住まいの特徴や魅力、暮らしてみた感想などをお話しいただきました。

さあ双葉町の未来をはじめよう

標葉(しねは)の谷戸(やと)に抱かれた、かつての農村風景を思わせるデザインえきにし住宅の全体イメージ(画像提供/ブルースタジオ)

えきにし住宅の全体イメージ(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

えきにし住宅の集会所・軒下パティオ(写真/白石知香)

えきにし住宅の集会所・軒下パティオ(写真/白石知香)

福島県の浜通りエリア、双葉町の双葉駅西側地区に2022年10月~オープンした「えきにし住宅」。2022年8月30日に福島第一原子力発電所の事故に伴う避難指示区域が解除され(※)、再び居住が可能となった「特定復興再生拠点区域」に新しく建設された公営住宅です。災害公営住宅30戸、再生賃貸住宅56戸からなる全86戸を建設するプロジェクトで、第2期工事が完了した現在(2023年7月)は30代のファミリー層から80代まで、多様な人たちが暮らしています。

※特定復興再生拠点区域については、一部2020年3月に避難指示が解除(えきにし住宅がある場所は2022年8月に解除)

えきにし住宅のオープンをきっかけに双葉町に移住された大島さん(写真/白石知香)

えきにし住宅のオープンをきっかけに双葉町に移住された大島さん(写真/白石知香)

もともと双葉町の町民で、えきにし住宅のオープンにともない双葉町に帰還された猪狩(いがり)さん(写真/白石知香)

もともと双葉町の町民で、えきにし住宅のオープンにともない双葉町に帰還された猪狩(いがり)さん(写真/白石知香)

「えきにし住宅」を歩いていると、いい意味で「公営住宅」らしくない高いデザイン性や、のびのびと暮らせる風通しのよさを感じます。その秘密は……?設計を担当したブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さんに話をうかがいました。

「このまちを故郷とされる方にとって、何が双葉町らしさなんだろう。どんな要素が『えきにし住宅』に必要なんだろうかと、地元住民の方との座談会を重ねながら、リサーチを行いました。その過程でたくさんのまちづくりのヒントを得たのですが、『標葉(しねは)』というキーワードにたどりついたんです。

双葉町の『双葉』って比較的新しい単語でして、明治維新までは、双葉町は相馬氏の領土である『標葉郡』として位置付けられていたんですね。そして地形を見てみると、山と丘の間に谷筋があり、その先に田んぼが広がっている。まさに日本の原風景ともいえる『谷戸(やと)』が、双葉町の象徴的な風景だと考えました。

浜通りという名前に引っ張られて、海によって発展してきたように感じるんだけども、実は海ばかりでなく温暖な気候に恵まれた山側の農村集落が栄えてきた歴史もある。実際に、『えきにし住宅』がある駅の西側地区は、豊かな谷戸のせせらぎの風景と田んぼが広がっていた場所なんですよ。そうした背景からも、遠方のなだらかな阿武隈山地を借景に、農村集落の情景を思わせる屋根の形や建物の連なりを、建築的なエッセンスとして取り入れています」

ブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さん(写真/白石知香)

ブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さん(写真/白石知香)

平屋で設計された一戸建住宅。屋根の雰囲気や、木材の表情など、どこか農家建築を思わせるデザイン(写真/白石知香)

平屋で設計された一戸建住宅。屋根の雰囲気や、木材の表情など、どこか農家建築を思わせるデザイン(写真/白石知香)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

「タウンハウス」と呼ばれるスタイルの集合住宅。住民同士のあいさつや気軽な交流が生まれるよう玄関が向かい合い、緑が多く気持ちのいい空間(写真/白石知香)

「タウンハウス」と呼ばれるスタイルの集合住宅。住民同士のあいさつや気軽な交流が生まれるよう玄関が向かい合い、緑が多く気持ちのいい空間(写真/白石知香)

玄関前にある縁側では、ここに座ってひと休みしたり、ご近所さんとお話したりと、いろんな過ごし方ができる(写真/白石知香)

玄関前にある縁側では、ここに座ってひと休みしたり、ご近所さんとお話したりと、いろんな過ごし方ができる(写真/白石知香)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

「現在は工事中なのですが、敷地の北側を流れる戎川(えびすがわ)のせせらぎのほとりにあるテラスでほっとひと息ついたり、駅前広場ではピクニックや趣味を楽しんだり思い思いの時間を過ごしたりと、えきにし住宅全体がひとつのまち、あるいは公園のような過ごし方ができる工夫をあちこちに取り入れています」(大島さん)

川のせせらぎに癒やされながら、ゆったりと過ごせる環境(写真/白石知香)

川のせせらぎに癒やされながら、ゆったりと過ごせる環境(写真/白石知香)

双葉駅を降りてすぐ広がる芝生の駅前広場。車両の出入りもなく、ここに集まる人がのびのびと過ごせる場所(画像提供/ブルースタジオ)

双葉駅を降りてすぐ広がる芝生の駅前広場。車両の出入りもなく、ここに集まる人がのびのびと過ごせる場所(画像提供/ブルースタジオ)

暮らす人の「なりわい」をシェアする

「えきにし住宅」の大きな特徴ともいえるのが、「なりわい暮らし」です。これは何かというと、暮らす人それぞれの個性的な生き方をみんなで分かち合う暮らし。例えば、料理をふるまってみんなで味わったり、ワークショップを開いてみんなとの交流を育んだり、自分の趣味をみんなで楽しんだり。ここで暮らす人が主体となって、自分の暮らしをより豊かに、より楽しいものにできる空間づくりがなされています。

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

すべての家の玄関には土間があって、絵を描いたり、ものづくりをしたり、またはそれを通りかかった近所の人にお披露目してみたり。

玄関入ってすぐに土間があり、靴を脱がなくとも気軽に住民同士が交流できるようになっている(写真/白石知香)

玄関入ってすぐに土間があり、靴を脱がなくとも気軽に住民同士が交流できるようになっている(写真/白石知香)

「軒下パティオ」と呼ばれる中庭では、ベンチでひと休みしたり、天候に左右されずにワークショップや出店が開けたりするようなオープンなスペースが広がっていたり。

高い屋根があり、日差しや雨を気にすることなく広々と過ごせる「軒下パティオ」(写真/白石知香)

高い屋根があり、日差しや雨を気にすることなく広々と過ごせる「軒下パティオ」(写真/白石知香)

「軒下パティオ」の一つに隣接するかたちで集会所があり、ここにも土間があったり、他にもキッチンや畳スペースが配置されていたりと、ここに集まる人たちが和気あいあいと交流できる場所が開かれています。

集会所で取材させていただいた時の様子。「どこで話します? じゃあ集会所にしましょうか」と、ふらっと行ける気軽なスペースで、いろんな使い方ができる(写真/白石知香)

集会所で取材させていただいた時の様子。「どこで話します? じゃあ集会所にしましょうか」と、ふらっと行ける気軽なスペースで、いろんな使い方ができる(写真/白石知香)

カフェやイベントが開かれるなど、暮らしを豊かにする時間が育まれている(写真/白石知香)

カフェやイベントが開かれるなど、暮らしを豊かにする時間が育まれている(写真/白石知香)

大島さんはこう話します。

「双葉町は、震災からおよそ11年もの間、残念ながら人が住むことのできない地域でした。それだけの空白の時間を経過した今は、もともと双葉町に住んでいた方が帰還されるにあたっても、また新しく双葉町に移住される方にとっても、未来の双葉町の暮らしをゼロからつくっていくくらいの『フロンティア精神』が必要だと考えたんです。そこには、帰還者も移住者もバックグラウンドの違いに関係なく、対等な立場で、ここに住まう仲間として、共に双葉町の未来を描いていくことが重要。だからこそ、一人ひとりの個性や生き方を住民同士でシェアし、交流が生まれる工夫を、建築にも盛り込みました。ゆくゆくは、住民同士の交流だけでなく、外から遊びに来た人と住民同士で、境界線をゆるやかに溶かしていくようなコミュニケーションが生まれていけばいいなと期待しています」

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

実はこうした「なりわい暮らし」の集合住宅のスタイルは、ブルースタジオでは4プロジェクト目となる事例(お店を開けるものもあるなど、プロジェクトによって“なりわい”の内容は異なる)。この5年ほどで首都圏を中心に、広島の民間賃貸や大阪の公営住宅でも「なりわい暮らし」の集合住宅を展開し手応えを得て、被災地の公営住宅では「えきにし住宅」が初の事例だそうです。

●関連記事
『土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市』

古い市営住宅が街の自慢スポットに変貌! 周辺地価が1.25倍になったその仕掛けとは? 「morineki」大阪府大東市

「これまで」の暮らしが、「これから」の暮らしに受け継がれていく

「えきにし住宅」の全体像をご紹介したところで、実際に暮らしている方はどんなきっかけで「えきにし住宅」に入居し、どんな住み心地なのか。かつて双葉町在住で帰還された方、新しく双葉町に引越しされた方の2名にお話をうかがいました。

お一人目は、浪江町出身でご結婚を機に隣町の双葉町に暮らすようになった猪狩(いがり)敬子さん。震災発生後、県内外を転々とされながも「いつかは家族の思い出が詰まった双葉町に帰る」と心に決めていたそうです。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

「この玄関の土間スペースが、使い勝手がいいんです。お友達が遊びに来てくれた時に、ここに腰掛けてみんなでおしゃべりして。靴を脱いでリビングにお通しするとなると、おもてなししなきゃ!ってなるけど、土間だったら気さくに肩肘張ることなく過ごせるでしょ。

夫が他界して、今は一人暮らしをしているんですが、近所の人たちとも顔が見える距離でお付き合いできるから安心。住んでいる人との交流もあってね。双葉町って、もともと盆踊りが町のお祭りとしてにぎわっていたんですけど、震災があってから町内で開催できていなかったんです。でもそれが今年、約13年ぶりに駅前で開催できることになって。だから集会所に集まって、わたしが踊りを住民の方に教えて、みんなで踊りの練習をしたりしていますよ。双葉町の伝統を、みなさんに伝えることができて嬉しく思いますね」(猪狩さん)

猪狩さんは「タウンハウス」プランの住まいに入居中。手前がリビング、奥が寝室になっている(写真/白石知香)

猪狩さんは「タウンハウス」プランの住まいに入居中。手前がリビング、奥が寝室になっている(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

盆踊りを通じて、双葉町の地元の方と新しく双葉町に引越してきた人を結んでいる猪狩さん。それが猪狩さんにとっての「なりわい暮らし」なのかもしれません。

お二人目は、福島県中通りエリアにある福島市出身で、東京にあるコンピューター関連の会社で勤めた後、うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)相双支援サテライトに勤務し、浜通りエリアの楢葉町、富岡町で働き暮らされていた大島さん。現在も富岡町にある「とみおかワインドメーヌ」でブドウの栽培をされたり、楢葉町の小学校で子どもたちの学習をサポートする活動をされたりと、「えきにし住宅」を暮らしの拠点に、新しいことへのチャレンジを楽しまれています。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

「東京で長年勤めて、地元の福島に帰って新しいことを始めてみたいと思い、浜通りに暮らし始めました。『えきにし住宅』に入居しようと思った決め手は、コミュニティになじめそうだと思ったから。双葉町には、町民主体のまちづくりを牽引する『ふたばプロジェクト』という団体があり、そのスタッフさんたちが入居の窓口となって、移住者でも町の暮らしに溶け込めるように住民同士の交流を育むサポートをしてくださるなど、細やかなケアがなされていることが安心だなと感じました。

初めて住む地域だと、なかなか地元の方との接点を持ちづらかったりしますが、ここはそんなこともなく、気軽にコミュニケーションをとれるのがいいなと思います。お向かいの猪狩さんには、盆踊りの踊りを教えてもらっていますし。盆踊り当日は、町民有志の『双葉郡未来会議』という任意団体があるんですけど、そのスタッフとしてお祭りを盛り上げたいと思っています。

暮らしの面では、双葉町にはスーパーやコンビニがないのですが、隣町に足を延ばせばいくつも商業施設があるので不便に感じたことはないです。車で出かけたり、趣味のバイクで近隣の市町村に遊びに行ったりすることもありますね。この辺りは山や川など自然がいっぱいありますから、のびのび過ごせて気持ちいいですよ」(大島さん)

暮らしのサポートをされている「ふたばプロジェクト」の事務局長を務める宇名根さん。双葉町と、ここで暮らしたい人をつなぐ架け橋のような存在(写真/白石知香)

暮らしのサポートをされている「ふたばプロジェクト」の事務局長を務める宇名根さん。双葉町と、ここで暮らしたい人をつなぐ架け橋のような存在(写真/白石知香)

玄関には、愛用されているバイクが。スタイリッシュでかっこいい!(写真/白石知香)

玄関には、愛用されているバイクが。スタイリッシュでかっこいい!(写真/白石知香)

心地よい自然光が差し込むリビングで、ゆったりと過ごす時間がお気に入りなんだそう(写真/白石知香)

心地よい自然光が差し込むリビングで、ゆったりと過ごす時間がお気に入りなんだそう(写真/白石知香)

可動式のスポットライトが、空間をおしゃれに演出。白とウッドを基調とした天井が高い空間で、お部屋が明るく広々とした印象に(写真/白石知香)

可動式のスポットライトが、空間をおしゃれに演出。白とウッドを基調とした天井が高い空間で、お部屋が明るく広々とした印象に(写真/白石知香)

この先も進化し続ける、「えきにし住宅」から広がる双葉町の暮らし

「えきにし住宅」の入居がスタートしてから、取材時(2023年7月)までおよそ8カ月間。その期間中にも、全86戸のうち47戸の入居(予定含む)が決定しており、その属性の割合は帰還された方が約4割、新しく住まわれた方が約6割を占めるそう。「えきにし住宅」の建設プロジェクトは現在も進行中で、住宅エリアが拡充されたり、駅前広場が新設されたり、まちには商業施設がオープンしたりと、まちの盛り上がりは今後さらにはずみをつけていきそうです。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

集会所の壁には、住民の方のものだと思われる似顔絵が(写真/白石知香)

集会所の壁には、住民の方のものだと思われる似顔絵が(写真/白石知香)

双葉町の町章と、江戸時代からダルマ市が開かれていた歴史がある双葉町で誕生した「双葉ダルマ」(写真/白石知香)

双葉町の町章と、江戸時代からダルマ市が開かれていた歴史がある双葉町で誕生した「双葉ダルマ」(写真/白石知香)

「外」と「中」の境界線がゆるやかに溶けていく暮らしのあり方や、「えきにし住宅」のリアルが気になる方はぜひ、双葉町を訪れてみてください。新しいはじまりを告げるワクワク感、みんなで一歩ずつ前進するあたたかなつながりの輪が、日常から感じられますよ。

●取材協力
えきにし住宅
ブルースタジオ
ふたばプロジェクト

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とみおかワインドメーヌ

日本橋兜町がウォール街からおしゃれタウンに大変貌! 「BANK」「K5」など旧銀行跡のカフェ、レストラン、ホテル、バーなど勢ぞろい

東京都の日本橋兜町・茅場町は、「日本のウォール街」とも呼ばれ、江戸時代から続く金融街として知られていますが、東京証券取引所「立会場」の閉鎖(1999年)を受け、一時期、街の活気が失われていました。ところが、近年は、新しいオフィスビルや商業施設が建設ラッシュ! 金融系スタートアップ企業が集積し、金融の街として復活しただけでなく、個性的な飲食店などにぎわいが生まれ、活気のある街へ生まれ変わりました。再活性化プロジェクトの経緯や話題のスポットを取材しました。

「日本のウォール街」日本橋兜町、再開発で新しい金融・ビジネス・文化の発信地に

日本橋兜町・茅場町は、東京都中央区にある歴史的な「証券・金融の街」です。東京メトロ日比谷線「茅場町駅」の10番出口を出て、平成通りを東京証券取引所へ向かうと、徒歩約1分のところに、日本橋兜町の新しいランドマークである大規模複合用途ビル「KABUTO ONE」があります。

街には歴史的建造物も残っている。右は、大正12年に建てられた旧第一銀行(写真撮影/池田礼)

街には歴史的建造物も残っている。右は、大正12年に建てられた旧第一銀行(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町は日本ではじめて株式取引所がつくられた場所。写真は現在の東京証券取引所ビル(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町は日本ではじめて株式取引所がつくられた場所。写真は現在の東京証券取引所ビル(写真撮影/池田礼)

KABUTO ONE。地上15階、地下2階、高さ82メートル(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONE。地上15階、地下2階、高さ82メートル(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONEには、オフィス、商業施設などが設けられ、金融機関や証券会社、IT企業などが多数入居し、約2千人が勤務しています。「日本の食文化と生産者を応援する食堂」をコンセプトにした「KABEAT(カビート)」やカフェ「KNAG(ナグ)」、スリランカレストラン「HOPPERS(ホッパーズ)」があり、平日でもにぎわいを見せています。

カフェ「KNAG」は、コミュニティスペースとしても利用できる(画像提供/平和不動産)

カフェ「KNAG」は、コミュニティスペースとしても利用できる(画像提供/平和不動産)

「KABEAT」。店内は、200坪、220席の広々とした大空間(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」。店内は、200坪、220席の広々とした大空間(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」ではお酒も提供(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」ではお酒も提供(写真撮影/池田礼)

永代通りと平成通りの交差点に面するKABUTO ONEのガラス張りの大空間(アトリウム)には、世界最大規模のキューブ型大型LEDディスプレイThe HEARTがあります。「金融の心臓」を象徴して設けられたもので、マーケットの動向に連動して色が変わり、視覚的にマーケットを感じることができます。

高さ約14m、3層吹き抜けのアトリウム。見上げると巨大なThe HEARTがある(写真撮影/池田礼)

高さ約14m、3層吹き抜けのアトリウム。見上げると巨大なThe HEARTがある(写真撮影/池田礼)

株価が上昇すると赤に変わる(画像提供/平和不動産)

株価が上昇すると赤に変わる(画像提供/平和不動産)

現在の活況からは想像がしにくいですが、長年日本経済の中心地として発展してきた日本橋兜町・茅場町が、衰退の危機を迎えた時期があります。1999年、株券の電子化やインターネット取引などにより、東京証券取引所株券売買の立会場が閉鎖された影響で、多くの証券会社が移転し、活気を失ってしまったのです。

このような状況を打開するため、平和不動産は、2014年から現在に至るまで、日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト(以後、再活性化プロジェクト)を進めています。プロジェクトの第一弾として建設されたのが、KABUTO ONEでした。KABUTO ONEは、金融関連の情報発信や人材育成のためのオフィス、投資家と企業の対話・交流促進を図るための施設。東京都が掲げる「国際金融都市・東京」構想の一翼を担っています。

KABUTO ONEには、ホールや飲食店があり、周辺には、2020年に開業したホテル「K5」のほか、飲食店を設けた複合施設「BANK」などが続々オープンしています。日本橋兜町・茅場町は、今まさに、東京の新しい金融・ビジネス・文化の拠点として、生まれ変わろうとしているのです。

KABUTO ONEを中心に店舗などが次々と建設されている(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONEを中心に店舗などが次々と建設されている(画像提供/平和不動産)

新たに金融人材育成や起業を支える機能を街にプラス

当初から再活性化プロジェクトに携わっている平和不動産ビルディング事業部の伊勢谷俊光さんに経緯を伺いました。

「日本橋兜町は、明治時代、東京実業界の有力者であった渋沢栄一らにより、東京株式取引所がつくられ、その後も為替会社や通商会社などが設立されてきた歴史のある街です。再活性化プロジェクトのために行った有識者の座談会では、証券の街、金融の街というアイデンティティを守りながら、渋沢栄一の新しいことにチャレンジするマインドを継承しようと話し合いました。具体的には、金融人材の育成や海外からのスタートアップ企業受け入れ、投資家と企業の対話交流促進など、起業の拠点となる取り組みを推進しています」(伊勢谷さん)

取り組みの一環として、2017年に、資産運用を行う国内のスタートアップ企業や、海外から日本に進出する資産運用企業等を対象にしたサービスオフィス「FinGATE」シリーズをスタートしました。

FinGATE KAYABAを皮切りに、FinGATE KABUTO、FinGATE BASE、FinGATE TERRACE、FinGATE BLOOMの計5施設を展開しています。

FinGATE BLOOMの会議スペース(画像提供/平和不動産)

FinGATE BLOOMの会議スペース(画像提供/平和不動産)

「FinGATEシリーズは、FinTech(フィンテック)など金融ベンチャー企業や金融専門サービス事業者の発展への貢献にフォーカスした施設で、2023年6月現在、計5施設に約60社が入居しています。FinGATE KAYABAは、資産運用を中心とした金融ベンチャー企業を集めた施設。FinGATE KABUTOは、海外から運用会社として日本に来る企業を受け入れるためのもので、支援にあたる東京都の執行機関も入居しています」(伊勢谷さん)

※FinGATE……金融と技術を組み合わせた造語で、金融サービスと情報技術を結びつけた革新的な動きを指す。

FinGATEシリーズでは、金融サービスの立ち上げや経営に必要なオフィスなどのインフラ設備のみならず、起業家同士が交流できるスペースなど、コミュニティ機会の創出や行政連携支援などを充実させていることが特徴です。

1923年竣工の旧第一国立銀行をリノベした「K5」

再開発の目的は、金融の発展効果だけではありません。街の課題を解決し、さらに、にぎわいを生み出そうと、リニューアルとリノベーションを並行して進めてきました。

「再開発前は、細分化された土地に老朽化した建物が密集して立ち並び、地震や火事などの災害に弱いという課題がありました。KABUTO ONEは、中間層免震構造を取り入れ、The HEARTでNHK放送など災害情報を発信します。災害時の帰宅困難者受け入れ施設として指定を受けました」

街を盛り上げるために、飲食を中心とした店舗の誘致にも力を入れてきました。建物のリノベーションや内装含めて好評で、訪れた人からは、「街づくりにポリシーを感じる」「センスのいい街だね」という感想が寄せられているといいます。オリジナリティのある飲食店が多く、「どうやって個性的な店舗を集めることができたの?」という質問も多いそうです。

「もともと、日本橋兜町は、建物の1階部分が店舗ではなく証券事務所になっているビルが多かったため、外から人が来て回遊するような場所がありませんでした。店舗がないということは、マーケットがないということなので、店舗を集めるのは難しいエリア。街にはオフィスワーカーが多くて、夜は他のところへ飲みに行ってしまう。新しい人材を街に呼ぶためには、居たくなるような環境をしっかり整える必要があると考えました。クリエイティブな店舗を集めることができたのは、2020年2月に開業したK5の存在が非常に大きかったですね」(伊勢谷さん)

1923年に竣工した歴史的建造物、旧第一銀行の外観を残してリノベーション(写真撮影/池田礼)

1923年に竣工した歴史的建造物、旧第一銀行の外観を残してリノベーション(写真撮影/池田礼)

K5は、旧第一銀行の外観、躯体はそのままに、内部をリノベーションしたホテルと4つの飲食店からなる複合施設です。

石造りで重厚な雰囲気をまとう外観(写真撮影/池田礼)

石造りで重厚な雰囲気をまとう外観(写真撮影/池田礼)

「建物に魅力があり、人を惹きつけたのだと思います。印象深かったのは、米国の代表的なクラフトビールメーカーであるブルックリン・ブルワリーが、『自分たちが街の拠点をつくるんだ』という思いで一緒に取り組んでくれたことです。ブルックリン・ブルワリーは、元気がなかったブルックリンの街にブルックリン・ブルワリー酒造所ができ、そこを拠点に人が集まり、街が盛り上がったという歴史を持っているそうです。ブルックリン・ブルワリーのおかげで、『彼らがいるならやってみよう』という人も増えてきて、エネルギッシュでクリエイティブな方々に興味を持っていただけました」(伊勢谷さん)

K5の地下1階にあるブルックリン・ブルワリー世界初のフラッグシップ店「B(ビー)」(画像提供/平和不動産)

K5の地下1階にあるブルックリン・ブルワリー世界初のフラッグシップ店「B(ビー)」(画像提供/平和不動産)

K5の2~4階を占めるのが、ブティックホテルHOTEL K5です。ストックホルムを拠点に活動する建築家パートナーシップCLAESSON KOIVISTO RUNE(クラーソン・コイヴィスト・ルーネ)が、リノベーションしました。高級インテリアブランドとのコラボレーションも手掛けるデザインチームが、築97年のレトロな趣を活かしながらデザインした内装は、海外の方にも好評です。

「ホテルの利用者は8、9割が海外の方です。リノベーション物件や建物、デザインが好きな方が多いですね。カジュアルに利用したい方は、ビアホールやバーを使ってくださっています」(伊勢谷さん)

客室ごとにタイルが異なり、廊下のタイルと響き合うように一部同じタイルを使用している(写真撮影/池田礼)

客室ごとにタイルが異なり、廊下のタイルと響き合うように一部同じタイルを使用している(写真撮影/池田礼)

ベッドは藍染のカーテンで囲まれ、オリジナルの北欧家具が配されている(写真撮影/池田礼)

ベッドは藍染のカーテンで囲まれ、オリジナルの北欧家具が配されている(写真撮影/池田礼)

図書館とライブラリーが一体化したバーAo。館内だけでなく街の滞在を楽しめるように、宿泊客には兜町のお店で使用できる2000円のクーポンを配っている(無期限)(写真撮影/池田礼)

図書館とライブラリーが一体化したバーAo。館内だけでなく街の滞在を楽しめるように、宿泊客には兜町のお店で使用できる2000円のクーポンを配っている(無期限)(写真撮影/池田礼)

内観は、山梨拠点の造園家「Yard Works」が手掛けたグリーンでいっぱい(写真撮影/池田礼)

内観は、山梨拠点の造園家「Yard Works」が手掛けたグリーンでいっぱい(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町・茅場町の見どころは? 話題のスポット「BANK」を紹介

「再活性化プロジェクトの前と後で、明らかに街を歩く人の姿が変わりました」と伊勢谷さん。以前は、スーツを着た人が多かったですが、最近では、私服の人や若い女性も増えていると言います。

話題のスポットをたずねると、2022年12月にオープンした複合施設「BANK」を紹介してくれました。商業施設フロアには、レストラン、カフェ、インテリアショップ、フラワーショップなど、さまざまな店舗が入居しています。注目は、Bakery bank(ベーカリー バンク)。水分量と粉の種類にこだわったパンを提供する人気店です。

Bakery bankの入口(写真撮影/池田礼)

Bakery bankの入口(写真撮影/池田礼)

お店のおすすめは、オリジナル熟成発酵バターを使用したクロワッサン。パリパリサクサクで、中はフンワリもっちり(写真撮影/池田礼)

お店のおすすめは、オリジナル熟成発酵バターを使用したクロワッサン。パリパリサクサクで、中はフンワリもっちり(写真撮影/池田礼)

お店の名前を冠した「BANK」(パンの種類:サワードゥ)も人気。季節変わりで数種類を提供(写真撮影/池田礼)

お店の名前を冠した「BANK」(パンの種類:サワードゥ)も人気。季節変わりで数種類を提供(写真撮影/池田礼)

フラワーショップFlowers fete(フラワーズ フェテ)。ドライフラワーブーケやポプリ、アロマディフューザーを販売(写真撮影/池田礼)

フラワーショップFlowers fete(フラワーズ フェテ)。ドライフラワーブーケやポプリ、アロマディフューザーを販売(写真撮影/池田礼)

「日本橋兜町には、歴史的な建物やそれをリノベーションしたものも多く、非常に見ごたえのある街だと思います。昔の植木市をモチーフにした体験型のグリーンフェスや、個性的な出店を飲みながら街歩きする兜町夜市など、イベントもたくさん開催していますので、日本橋兜町を知る機会として参加してみてください」(伊勢谷さん)

再活性化プロジェクトは、2023年現在も進行中で、2025年には、ハイアットの最新ライフスタイルホテルブランド「キャプション by Hyatt 兜町 東京」が竣工予定。さらに多くの海外のお客さんが街にやってきます。日本橋兜町・茅場町は、金融の街として再生しただけでなく、新たなビジネス・文化の発信地、東京の新しい観光地となりつつあると感じました。発展を続ける街は、海外からやってくる人だけでなく、今まで日本橋兜町・茅場町を訪れることがなかった新しい層の人たちも惹きつけています。個性的なカフェやレストランを巡りながら、金融の昔と今を感じに出かけてみませんか。

●取材協力
・平和不動産株式会社
・KABUTO ONE
・FinGATE
・K5
・BANK

「不動産価格は上がっていく」と思う人が過去最高の42%に!「今が売り時」と思う人も8割超

住宅ローンの金利上昇への圧力が高まるなか、野村不動産ソリューションズが「住宅購入に関する意識調査(第25回)」を実施した。その結果を見ると、売り時と考える人が多い一方で、買い時だと考える人も多いことが分かった。どんな住宅市況になっているのだろうか?

【今週の住活トピック】
「住宅購入に関する意識調査(第25回)」を実施/野村不動産ソリューションズ

「不動産価格は上がると思う」が調査開始以来最高に

調査対象は、不動産情報サイト「ノムコム」会員(購入検討者を中心としたWeb会員)で、有効回答数は1964人。調査は、2023年7月3日~16日に実施された。

日本銀行の植田和男新総裁は従来路線を引き継いできたが、国債を買い入れて長期金利の上昇を抑制する水準を従来の0.5%から1.0%に引き上げると発表したのは、第5回日銀金融政策決定会合後の7月28日のことだ。これにより、長期金利の上昇可能性が高まったのだが、それより前に調査が実施されていることを念頭に置いてほしい。

まず、「今後の不動産価格はどうなると思うか」を聞いたところ、「上がると思う」が42.0%に達し、前回(2023年1月調査)より大きく増加した。2011年の調査開始以降で最も高いという。「下がると思う」は17.9%だった。物価の上昇を実感するなか、建材費や人件費なども上がるので不動産価格も上がると考えたようだ。

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

今は「売り時」であり「買い時」でもある!?

住宅価格が上がっていることで、「売り時」と感じる人も多いようだ。「不動産は売り時だと思うか」と聞いたところ、「売り時だと思う」が22.6%、「どちらかと言えば売り時だと思う」が59.6%で、合わせて82.2%が売り時だと思っていた。

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

その理由は、「不動産価格が上がったため」(77.4%)と「今なら好条件での売却が期待できるため」(52.4%)が過半数を占めた。

次に、「不動産は買い時だと思うか」と聞いた結果は、「買い時だと思わない」が48.1%と最多だったが、前回より減少した。また、買い時だと思う人(「買い時だと思う」8.8%+「どちらかと言えば買い時だと思う」24.3%)は33.1%になり、前回より増加した。

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

出典/野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」より転載)

「売り時」かどうか、判断する指標は?

さて、住宅を高く売りたいと思うなら「住宅価格が高止まりしている」ときか、「住宅価格が下落に転じた」ときがよい。「高止まり」のタイミングなら安心して売ることができるし、「価格が下がり続ける」タイミングならできるだけ早く売ったほうがよい。逆に「価格が上昇し続ける」なら、様子見をしてもっと上がったタイミングで売ったほうがよいわけだ。

ただし売り時かどうかは、住宅価格だけでなく、需給バランスも重要だ。売る側から見れば、競争相手となる売り手が少ないか、買い手が多い方が有利だからだ。買い手が多いかどうかの条件はいろいろあるが、住宅ローンの金利が低いこと、優遇税制などが多いことなど、購入環境が好条件であることも大きな要因となる。

今回の調査対象者は、住宅価格が横ばいと見る人が29.7%で、まだ上がると見ている人が42.0%と多いが、大きく上がり続けるというよりは、わずかに上がっていくと見ているのだろう。そこで、価格が高止まりに近いことや購入環境が良好なことから、売り時と判断している人が多いのではないか。

「売り時」か「買い時」か、今後はどうなる?

では、今の住宅市況はどうなっているだろうか。

住宅市況は立地条件によっても異なるが、一例として、東日本不動産流通機構の四半期ごとの「首都圏不動産流通市場の動向(2023年4~6月)」のデータから傾向を見ていこう。首都圏の中古マンションの新規登録件数は増えているので、売り手は増えていることになるが、成約に至った件数は2021年を山場に2022年以降は少し落ち着きを見せている。つまり2021年は売り手市場だったが、次第に需給バランスが変わりつつある。ただしまだ買い手は多いので、首都圏の中古マンションの価格は上がり続けている。首都圏の中古一戸建ても、おおむね似たような傾向が見られる。

では、今後の需給バランスはどうなるのだろう。

気になるのは、住宅ローンの金利の動向だ。特に、長期金利はいずれ上がる可能性がある。好景気に転じれば、変動金利も上がっていく。住宅ローンの金利が上昇すれば、利息が増え、借りられる額が減少するので、住宅購入意欲の減退につながる。つまり、買い手が減ることで需給バランスは大きく崩れる可能性がある。

とはいえ、今すぐ金利が上がるわけではないので、金利上昇気配を感じて駆け込みで購入する人も出るだろう。どのタイミングでどのような上がり方をするかで、買い手の動きも変わってくるので、注視が必要だ。

超低金利が長期間継続したことで、住宅ローンの金利はいつも低いと思いがちだが、今後は住宅ローンの金利も、売り手や買い手の動きも、住宅価格の動向も変わる可能性がある。そのことを頭に入れて、マネープランや購入する住宅の条件などを、きちんと整理しておくとよいだろう。

●関連サイト
・野村不動産ソリューションズ「住宅購入に関する意識調査(第25回)」を実施
・東日本不動産流通機構「首都圏不動産流通市場の動向(2023年04~06月)」

「平屋の多い都道府県」ランキング1位は沖縄じゃない!? TOP10を九州が席巻、新築半分以上が平屋の県とは?

「今、平家が空前のブーム」この言葉にピンときますでしょうか? SUUMOでは、2023年のトレンドワードとして、「平屋回帰」「コンパクト平屋」という言葉を発表しました。比較的地価の高い都会に暮らす人には、平屋が建てられるような条件はなかなかそろうわけもなく、その人気は実感しようもありません。ところが、全都道府県の新築一戸建て(※注)の平屋率を調査してみると、都会暮らしの人には想像もできないような意外な事実が……。都道府県別であまりにも違う平屋事情を見ていきましょう。

九州で高い平屋率。宮崎県、鹿児島県では新築一戸建ての半分以上が平屋

SUUMOが2023年のトレンドワードとして「平屋回帰」「コンパクト平屋」という言葉を発表した背景には、最近の平屋のニーズの大きな変化があります。現在ブームになっている平屋は、建物面積で15坪(約50平米)から25坪(約83平米)くらい、間取りは1LDK~2 LDK位のコンパクトなもの。適度な大きさで動線が効率化されていること、価格の手ごろさから、子どもが独立して2階部分を持て余しているシニア夫婦、一人暮らしや一人親世帯など、さまざまな世帯で平屋が選ばれており、2022年に着工された新築の一戸建て住宅(※注)のうち、約7件に1件は平屋になっています。
それでは、気になるランキングはどのような結果になっているのでしょうか。

※注 記事中の「一戸建て」と「平屋率」の定義=国土交通省が発表している建築着工統計調査より、居住専用住宅の建築物の地上階数1階~3階の総棟数のうち、地上階数1階の棟数の割合を集計し「平屋率」としている。構造は木造・鉄骨造など全構造の合計。3階建てまでの居住専用住宅には、アパートやマンションなどの集合住宅も含むため、すべてが一戸建てではないが、本記事では便宜上一戸建てとしている。1階建ての集合住宅は非常に出現率が低いため、実際の新築一戸建ての平屋率は本記事の試算より高くなると考えられる(本記事内共通)

都道府県別平屋率1位~20位

都道府県別色見表

都道府県別平屋率21位~47位

出典:国土交通省 『建築着工統計調査 / 建築物着工統計』※注に記載の通り

なんと、1位の宮崎県、2位の鹿児島県は2022年に着工された3階建て以下の新築住宅のうち、過半数以上が1階建て、つまり平屋です。九州地方は福岡県を除くすべての県で平屋率3割を超え、上位10位以内にランクイン。続く平屋率が20%を超える20位までの上位グループには、香川県、愛媛県などの四国勢、群馬県、茨城県、栃木県の北関東勢が並びます。全国最下位の東京は1.4%と、新築約71件に1件の割合。そりゃ都内では見かけないはずです。上位の地域はもともと平屋率が高かったことに加え、前述の世帯の少人数化や、家事動線の良さ、冷暖房がワンフロアで完結するため光熱費が低く済むこと、さまざまなメリットが認知され、この8年の間に平屋率は150%~250%ほど上がっています。

■関連記事:
2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

熊本地震をきっかけに、揺れに強い平屋の関心が増加。地域独特の気候も影響

では、どうしてこんなに九州で平屋率が高いのか?熊本県で注文住宅を中心に手掛ける工務店、グッドハート株式会社の営業・宮本紬麦さんに聞いてみました。

「同じ九州地方でも地価が高い福岡が上位に入っていないことからも、まず、土地が比較的安く手に入ることが大きいと思います。さらに九州は日常の移動はほとんどが車で平置き3台の駐車場を希望される方がとても多く、ご家族で3台乗るケース、ご家族2台に来客用、という方も多くいらっしゃいます。それから、熊本では、2016年の熊本地震をきっかけに、平屋を希望される人がぐっと増えました。建物が自らの重みでつぶれている様子を目の当たりにして、2階の重みがなく、地震の揺れに強い平屋に、より注目が集まったのです。家が倒壊して建て替えが必要になった人だけでなく、初めてマイホームを持たれる方も、これから建てるなら地震に強い構造がとりやすい平屋がいいと希望される方が増えました」

(写真提供/グッドハート)

(写真提供/グッドハート)

実際、熊本県で震災後に平屋を希望する人が増えたことは話題になっていたそうです。一方、災害といっても、近年多い水害においては、高い建物に避難する必要があり平屋は不利です。ただ、いつ来るかわからない地震に比べ、水害は何日か前から予測でき、早めに避難をすれば命は守れることを考えると、まずは日常の生活のしやすさと、予測不能な有事を優先するというのは合理的です。

台風・火山噴火、地域独特の気候が平屋率にも影響

また、宮崎県、鹿児島県を中心に注文住宅・分譲住宅を手掛ける万代ホームのハウジングアドバイザー西原礼奈さんは、以下のように話します。

「宮崎、鹿児島は、以前から建売住宅やモデルハウスも平屋で建てることが多く、2階建にする場合でも総2階(※1)でなく、一部分だけや、中2階(※2)を取り入れる程度です。これには台風や桜島の噴火などの影響があると思います。壁面は低いほど台風の強風に耐えられます。火山灰が降ってくる地域では、屋根に積もった灰の掃除なども雨どいを守るためには必要で、平屋は高い建物に比べ対処しやすいのです」

(写真提供/万代ホーム)

(写真提供/万代ホーム)

熊本大学 大学院で建築構造・防災建築を研究している友清衣利子教授も、「台風が多い九州は、耐風性の観点から、住宅の高さや屋根の勾配を低く設計する傾向にあります」とコメント。

「九州では、屋根の対策のほかにも、雨戸やシャッターなどで窓やドアなどの開口部を守る建築上の工夫がされているのが一般的です。
さらに、2018年と2019年の台風被害をきっかけに、住宅の耐風性が着目されるようになったと実感しています。国土交通省が屋根の留め付けなどの対策を発表していますが、それらが世の中で反映され、変わっていくのはこれからだと思います」(友清教授)

では、台風と平屋の関係について、気象庁が発表している1951年以降の都道府県別、台風の上陸数上位ランキングを見てみましょう。

※1.総2階/1階部分と2階部分がほぼ同じ面積となる建て方。直方体のような形になる
※2.中2階/階と階の中間に設けられる床部分のことで、スキップフロアともいう。平屋の場合の中2階は、2階がなくロフトのような形状となる

台風の上陸が多い都道府県ランキング

出典/気象庁ホームページ 台風の統計・資料より 統計期間:1951年~2023年第1号台風まで

最も台風の上陸数が多かったのは平屋率2位の鹿児島県、続いて長崎県、宮崎県、熊本県も平屋率が高く、台風の影響を受けやすい地域で平屋率が高いことは明らかです。

ここで疑問が。台風といえば、沖縄県が上位のランキングに入っていないのはどうしてでしょう。気象庁の解説をよく見ると、「上陸」の定義は台風の中心が「北海道、本州、四国、九州の海岸線に達した場合」。小さい島や半島を横切って短時間で再び海に出る場合は「通過」、そして、沖縄県、鹿児島県の奄美地方のいずれかに近づいた(各気象官署等から300 km以内)場合は「沖縄・奄美に接近」と、「接近」という分類になるため、この地域には台風の「上陸」と定義される事象が存在しないようです。

そんな台風の通り道、沖縄といえば、イメージするのは低く構えた赤瓦屋根の平屋に風よけの石垣やブロック塀、屋敷林の伝統的な家。さぞかし平屋率は高かろうと見てみると全国3位。ただ、2014年から2022年の8年の間に平屋率は47.4%から41.7%にダウンしています。ほとんどの都道府県が8年間で平屋率が大きくアップする中、これは何故なのでしょうか。

沖縄の住宅(写真/PIXTA)

沖縄の住宅(写真/PIXTA)

台風接近の多い沖縄県の平屋率がダウンしている理由には、独自の住宅文化とその変化があった!

前出の都道府県別平屋率を全国と沖縄県について住宅の建て方(構造)別に集計してみました。

全国と沖縄県の構造別着工棟数の割合(2014年と2022年の比較)

全国と沖縄県の構造別平屋割合(2014年と2022年の比較)

構造別の着工棟数割合を見ると全国では圧倒的に木造の比率が高く約9割。これはどの都道府県でも同じ傾向です。ところが、沖縄は鉄筋コンクリート造(RC造)、コンクリートブロック造の比率が高く、木造比率は2014年時点で14% と低い、独特な住宅文化を持っています。沖縄県は全国の中でも比較的森林比率が低く、特に木材の生産目的で苗木を植えるなどして人が手を加えている「人工林」の割合は全国一低いのです。

そのため、貴重な木材を再利用しながら家を住み継いでいく「貫木屋(ぬちやー)」という独特の工法が古くから受け継がれてきました。戦後の復興では伝統的な工法でない木造住宅が一時的に増えますが、多湿な気候に合わず白アリ被害が拡大したこと、度重なる台風被害を受けたことからRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)やコンクリートブロック造のニーズが高まっていったことがこの独特な住宅文化の背景です。

ところが近年、コンクリート価格の高騰、本州からのハウスメーカーの進出、木造住宅の工法や建材、防蟻処理の進化などにより木造住宅の割合が急速に増えてきました(2014年14.0%→2022年38.6%)。これら、増加してきた木造住宅が平屋ではなく2階建て以上で建てられていること(木造の平屋率2014年30.9%→2022年16.5%)が、沖縄県の平屋率ダウンの要因です。

■関連記事:
沖縄の家、台風や災害に負けない家づくりを現在・過去に学ぶ

岩手・宮城でも平屋率ダウン、福島県で横ばいとなっている背景には東日本大震災の影響が

沖縄と同じく、平屋率が2014年より下がっている県がほかにもあります。
岩手県 2014年 16.0% →2022年 15.7%
宮城県 2014年 13.6% →2022年 8.8%
また、福島県も 2014年 14.7% →2022年 15.4%と、平屋率はほぼ横ばいです。

市区町村別の人口や着工戸数の変化を見てみると、東日本大震災直後は、被害の大きかった地域の住宅再建が進み、それらの地域は比較的土地区画が広く平屋が建てやすかったのに対し、近年は人口も住宅需要も都市部に集中してきており平屋という形態がとりにくくなっていること、また、宮城県の都市部では新築マンション供給が増加しており、平屋志向が強い高齢者がそれらも選択肢に入れていること等の要因が考えられます。

割高とされていた平屋の価格は2階建て並に。メンテナンスしやすさも魅力(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

このように、都道府県によって事情は違えど、全国的にはますますシェアが高まる平屋は、その家事動線の良さ、地震や風などへの強さ、コンパクトなことで光熱費を抑えられることなど時代に合った魅力が多く、検討してみたいと思っている人も多いかと思います。ただ、私がかつて工務店に取材した際には、例えば100平米の平屋を、1階50平米、2階50平米の総2階建てと比べた場合、建築コストは1.2倍程度と割高になる、と聞いたことがあります。理由は、平屋は基礎部分や屋根の面積が大きいことによる材料費や施工費の増加。実際今もそうなのでしょうか?

「施工方法や工務店によって一概には言えませんが、当社の場合では、同じ面積ならば平屋も2階建てもほとんど坪単価は変わりません。確かに屋根や基礎の大きさは平屋の方が大きいのですが、平屋の場合、工事用の足場が低く済むこと、高所作業が減ることで建物の施工費が安く済むんです。メンテナンスにおいても、約10年ごとに必要な壁の塗り替えも大きな足場作りは不要ですし、屋根修理にも同じことが言えます。また近年注目が集まっている太陽光パネルは、床面積に対して屋根が広い平屋は広く置くことができ、発電できる量において有利です」とグッドハート宮本さん。

建設作業現場での事故を無くすために建設現場には「労働安全衛生規則」という詳細なルールを守ることが義務付けられているのですが、墜落・転落防止のための足場の作り方や管理については法改正がたびたび行われており、今後もさらに強化される予定です。
このような変化がある中で、平屋は割高とは限らなくなってきているんですね。

ちなみに、SUUMOジャーナルの人気記事ランキングでも、4月~6月は平屋の実例記事の数々が上位を占拠しました。東京にいると、平屋の人気は実感しがたく、実例紹介を始めてからの反響の多さには本当に驚きました。地域独特の住宅文化は気候や時代の影響も強く受けていることがわかり、私たちもさまざまな情報をアップデートしていかねばと強く実感した取材でした。

●取材協力
・グッドハート
・万代ホーム
・熊本大学大学院 先端科学研究部 物質材料科学部門 建築構造・防災分野 友清 衣利子教授

●関連サイト
・林野庁ホームページより都道府県別森林率・人工林率(平成29年3月31日現在)

誰でも収穫して食べてOKな農園も!? 公園の一角やビル屋上などに都市型農園が増加中! 『まちを変える都市型農園』新保奈穂美さんに聞く3事例

都市に暮らしていると感じにくい、大地に根差して「生きている」手ごたえ。今、都市部の農地や公園の一角、ビルの屋上などに、市民が参加し、農体験できる「都市型農園」が増加中だ。「都市型農園は、生の実感を取り戻せる場所」と語るのは、『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』(学芸出版社)の著者・新保奈穂美さん。都市型農園が増加している背景を事例とともに紹介する。

農園ブームで進む、都市のスキマ活用土に触れる機会がない都市での生活。都市型農園では、自分自身で自分の食べるものをつくることができる(画像提供/平野コープ農園)

土に触れる機会がない都市での生活。都市型農園では、自分自身で自分の食べるものをつくることができる(画像提供/平野コープ農園)

新保さん(現・兵庫県立大学大学院の緑環境景観マネジメント研究科講師)が執筆した『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』。さまざまなケースの都市型農園18例を収録(画像提供/学芸出版社)

新保さん(現・兵庫県立大学大学院の緑環境景観マネジメント研究科講師)が執筆した『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』。さまざまなケースの都市型農園18例を収録(画像提供/学芸出版社)

著書では、アーバンガーデニングや農的活動の場となる自宅外の空間を、都市型農園と呼んでいる。新保さんによると、都市型農園は、コロナ前から需要が増え始め、コロナ後は、利用申し込みが数倍になった農園があったり、民間の貸農園の数が拡大したりなどブームが高まっているという。

「地方移住などで若い世代の田園回帰の意識が高まっており、農を取り入れたライフスタイルが注目されつつあったところに、新型コロナウィルス感染症のパンデミックが起き、比較的安全な屋外の庭や貸農園で野菜や花を育てる需要が高まりました。SDGsや環境問題への関心の高まりから、社会や環境のために何かをやりたい人が増加し、その手段になっている印象です」(新保さん)

世界的にも、都市住民が都市の空間を活用して野菜や花を育てる活動「アーバンガーデニング」の人気が高まっている。日本では、開発により消えつつあった農的空間を、積極的に都市に取り入れようとする動きが出てきた。

日本の市民農園は、大正後期~昭和初期に、ドイツ発祥の区画貸し農園「クラインガルテン」をルーツとして始まり、1960年代ごろから現在のような市民農園が存在していた。従来の市民農園は、都市部の農家が所有する農地を、区画に分けて貸し出している農園を指す。農林水産省の発表によると、調査を開始した2002年以来、2017年~2018年に減少したほかは増加し続けており、2022年3月末時点で、全国に4235農園が存在している。

ドイツにあるクラインガルテンの区画の一例(画像提供/新保奈穂美さん)

ドイツにあるクラインガルテンの区画の一例(画像提供/新保奈穂美さん)

アートとガーデンの融合で多様な住民同士の交流を活性化するドイツ・ベルリン市のグーツガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

アートとガーデンの融合で多様な住民同士の交流を活性化するドイツ・ベルリン市のグーツガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

住民主導でマイノリティの居場所をつくったドイツ・ハノーファー市のシュペッサートガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

住民主導でマイノリティの居場所をつくったドイツ・ハノーファー市のシュペッサートガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

「東京、横浜、神戸、福岡などの大都市で盛んで、農家や民間のスタッフが農を教える体験農園、利用者が自主的に運営するコミュニティガーデンなどバリエーションの幅も広がりました。今、野菜を育てるだけでなく、コミュニティの課題解決や持続可能なまちづくりのアプローチとして、注目されているのです」(新保さん)

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住宅地内の農地を住民の居場所に。「せせらぎ農園」

ここからは、具体的に全国の事例を見ていこう。

そもそも新保さんが、都市型農園の持つ可能性を強く意識したのは、東京大学の学生だった2009年に、クラインガルテンの研究のためオーストリアのウィーンを訪れた時のことだった。

「首都の都心部に農園があって、のんびり花に水をあげたり、ベンチに寝そべって日向ぼっこをする人々の姿が印象的でした。それまで、私にとって都市の生活は、ぎゅうぎゅうの満員電車で学校や職場に通うイメージでしたから、こんな暮らし方があるんだと、カルチャーショックを受けたのです」(新保さん)

以来、世界の都市型農園を訪れ、「都市における農」の研究に携わってきた。ヨーロッパを研究の舞台としてきた新保さんが、日本の都市型農園の研究に関わるきっかけとなったのは、「せせらぎ農園」との出会いだった。

東京都日野市の住宅地内にある「せせらぎ農園」は、2008年に設立された老舗の都市型農園だ。「せせらぎ農園」の特徴は、地域の生ごみを肥料として活用し、環境保全に貢献しながら、野菜やハーブの栽培が行われていること。設立者である佐藤美千代氏が農園設立以前に、市民団体「ひの・まちの生ごみを考える会」を立ち上げた経緯があり、障がい者支援を行うNPOなど地域のさまざまな主体と連携し、地域住民が集うコミュニティ拠点として成長してきた。利用者は60代が中心で、子育て世帯も参加している。

運営者は、市民団体「まちの生ごみ活かし隊」。活動日には、毎回、10~20人程度の利用者が集まり、生ごみを活用した農作物栽培などを行う(画像提供/せせらぎ農園)

運営者は、市民団体「まちの生ごみ活かし隊」。活動日には、毎回、10~20人程度の利用者が集まり、生ごみを活用した農作物栽培などを行う(画像提供/せせらぎ農園)

軽トラックで地域から収集した生ごみを下ろす参加者(画像提供/新保奈穂美さん)

軽トラックで地域から収集した生ごみを下ろす参加者(画像提供/新保奈穂美さん)

土壌還元作業に子どもと一緒に参加する利用者。障がい者施設に生ごみの発酵を促す竹パウダーの袋詰め作業を依頼するなど、多世代・多様な人々が関わる(画像提供/新保奈穂美さん)

土壌還元作業に子どもと一緒に参加する利用者。障がい者施設に生ごみの発酵を促す竹パウダーの袋詰め作業を依頼するなど、多世代・多様な人々が関わる(画像提供/新保奈穂美さん)

廃家具を再利用した薫製箱でつくったチーズやベーコンにハーブを添えて(画像提供/新保奈穂美さん)

廃家具を再利用した薫製箱でつくったチーズやベーコンにハーブを添えて(画像提供/新保奈穂美さん)

「せせらぎ農園」の農活動は、「援農」という農家の農作業を都市住民が手伝い、無償もしくは謝礼として農作物を得るというスタイルだ。「せせらぎ農園」を視察し、農作業を手伝った新保さんは、都市型農園の持つ可能性を実感したという。

「現代は、あらゆることが私たちの体から、切り離されています。食糧生産の場から離れた都市に暮らし、パソコンで仕事をしていると、自分の手で何ができるんだろう? という気持ちになってきます。草を取って、水やりをすると、だんだん野菜が育っていく。目に見えて成果が分かるのが、とても嬉しくて。都市の中に農と関われる場所がある大切さを再認識しました」(新保さん)

都市型農園の多くは、農家所有の農地を活用している

都市型農園には、公園の一部やビルの屋上を活用する事例もあるが、多くは地元の人が所有する農地を利用している。都市型農園発展の転換期になったきっかけは、生産緑地法の改正と「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」の制定だ。

大きく分けて都市には、市街化を促す市街化区域と市街化を抑制する市街化調整区域がある。従来の市民農園は、土地代が安く、比較的自由に貸し出ししやすい市街化調整区域に多かった。一方、市街化区域の農地では、1974年に生産緑地法が制定され、営農の継続を希望すれば、都市環境を保全するための生産緑地地区(以下、生産緑地)の指定を受けられるようになった。

市街化区域内の農地はいずれ住宅や商業地になるはずだったが、人口減少による需要減もあり、都市の環境保全の場として見直されている(画像提供/新保奈穂美さん)

市街化区域内の農地はいずれ住宅や商業地になるはずだったが、人口減少による需要減もあり、都市の環境保全の場として見直されている(画像提供/新保奈穂美さん)

「生産緑地の指定を受ければ、土地に対する課税が安くなるものの制限も多く、生産緑地指定を受ける農地は少なかったのです。ところが、1992年の法改正で、三大都市圏の特定市にある生産緑地指定を受けていない農地に対し、宅地並みの課税が実施されることに。生産緑地の指定を受ければ、固定資産税の軽減や相続税の納税猶予の措置が認められたため、生産緑地の指定を受ける農地が一気に増えました。しかし、指定を受けるには、30年間、所有者自らがそこで農業を続けることが条件。所有者以外の都市住民が耕作する都市型農園に生産緑地を利用するには、『せせらぎ農園』のように、援農が主流でした」(新保さん)

都市型農園の近年の発展は、2018年に「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」が施行されたことが大きい。生産緑地に指定された農地を他人に貸して耕作してもらえるようになり、「援農」の形式に縛られず、多様な活用が可能になったのだ。農家でない市民やNPO、民間企業による市民農園の開設ができるようになり、農園内に、農産物の直売所や農家レストランを設けるなど、都市部の高齢者や子育て世代までさまざまな住民が関わる拠点として、期待が高まっているのだ。

公園の活用や防災・減災への貢献も

最近では、農地以外の土地の活用も始まり、全国には、「ベトナム人住民が創る農園」(兵庫県姫路市)や「金町駅前団地コミュニティガーデン」(東京都葛飾区)など、異文化交流や地域活性化などさまざまな取り組みが行われている。その中からユニークな取り組みを紹介しよう。

公園の一角を再生した「平野コープ農園」

兵庫県神戸市にある「平野コープ農園」は、2021年4月に開設された比較的新しい都市型公園だ。市が管理していた低利用の公園に近隣住民が定期的に訪れる場所をつくろうと、神戸市経済観光局農水産課と建設局公園部が協働し、住民コミュニティの再生を目指す市の実証実験として誕生した。

コミュティ農園の入口に掲げられた看板。誰でも入れることや収穫物は自己責任で自由に食べていいことが書かれている(画像提供/新保奈穂美さん)

コミュティ農園の入口に掲げられた看板。誰でも入れることや収穫物は自己責任で自由に食べていいことが書かれている(画像提供/新保奈穂美さん)

「全国でも珍しい公園を使った都市型農園です。皆のためにある公園を一部の人が主に利用するには、課題が多く、議論を重ねて実現しました。エディブルパーク(食べられる公園)がテーマで、ユニークなのは、誰でも入って収穫できるコミュニティ農園があること。ただ、人通りが少ない場所にあり、コミュニティ農園の利用はまだ少ない状況です。自分で区画を持ち野菜栽培を実践できる『学びの広場』の利用者は、30・40代の女性が多く、商店街の人たちと連携して、イベントを行ったりしています。子育て中は孤独を感じやすいので、地域の人と繋がる大切な場所になっているようです」(新保さん)

六甲山系の山裾にある平野展望公園内の約390平米を利用(画像提供/新保奈穂美さん)

六甲山系の山裾にある平野展望公園内の約390平米を利用(画像提供/新保奈穂美さん)

多くの子どもたちも参加(画像提供/平野コープ農園)

多くの子どもたちも参加(画像提供/平野コープ農園)

地域活性化と過密な住宅地の防災に貢献「たもんじ交流農園」

地域活性化のために始めた都市型農園が、地域の防災の場になった事例もある。東京都墨田区の「たもんじ交流農園」だ。

墨田区たもんじ交流農園。地元野菜寺島なすのほかトマトやサトイモなどを栽培(画像提供/新保奈穂美さん)

墨田区たもんじ交流農園。地元野菜寺島なすのほかトマトやサトイモなどを栽培(画像提供/新保奈穂美さん)

「2017年に、現・寺島・玉ノ井まちおこし協議会(以下、てらたま)が、街を盛り上げるため、この地にルーツがある伝統江戸野菜「寺島なす」を活用するプロジェクトを立ち上げ、3年がかりでコミュニティ農園『たもんじ交流農園』をつくりました。約660平米の敷地に12の交流農園があり、農園利用者が使用する毎週日曜日以外にもいつでも誰でも入ることができます。もともと、このエリアは、木造住宅密集地域(木密地域)で、地震・火災の防災・減災対策が課題でした。都市型農園によるオープンスペースの創出が、結果的に、防災・減災対策に繋がりました。災害時には避難スペースになりますし、水やりに使っている雨水タンクは火消しにも役立ちます」(新保さん)

多聞寺の臨時駐車場を無償で借りてつくられた。12区画の交流農園のほか、ウッドデッキやピザ窯がある。画像は、てらたま提供資料に新保さんが加筆したもの(画像提供/新保奈穂美さん)

多聞寺の臨時駐車場を無償で借りてつくられた。12区画の交流農園のほか、ウッドデッキやピザ窯がある。画像は、てらたま提供資料に新保さんが加筆したもの(画像提供/新保奈穂美さん)

農園で収穫された寺島なすは、地域住民や飲食店に提供(画像提供/たもんじ交流農園)

農園で収穫された寺島なすは、地域住民や飲食店に提供(画像提供/たもんじ交流農園)

そもそも、雨水タンクは、循環型農園を目指し、自然資源を活用した農作業を実現するために他の施設から使わなくなったものを譲り受けたものだが、結果として、防災にも生きている。「たもんじ交流農園」に限らず、続けるうちに、農体験から派生して、活動が複合的になっていくことが多々あるという。「いい感じに有機的につながっていくのが面白いところ」と新保さん。

著書の最後には、研究の原点となった「せせらぎ農園」を訪れた時のエピソードが書かれている。都市型公園の研究を続ける原動力ともなった大切な体験だった。

「『せせらぎ農園』の皆さんは、私が何者かも聞かずに、受け入れてくれました。『ここにいていいんだよ』と救われた気持ちがしたのです。こんないいところが、街のあちこちにあったらなあと。都市型農園が増えれば、私のように救われる人が増えるかもしれません」(新保さん)

新保さんが研究を通じて触れた「農のふところの深さ」。都市型農園がもっと身近になり、地域のハブとして、多世代・多様な人々を繋ぐ日は、そう遠くないのではと感じた。

●取材協力
・新保奈穂美さん
・『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』(学芸出版社)

”障がい者も入居可”ではなく”入居したい”部屋の選択肢を。賃貸の負に挑む小さな不動産屋さん エステートイノウエ・岡山県倉敷市

家とは、生活の拠点であり、自分の心と体を休める場所。誰にでも住まい探しにはいろいろな要望があります。住まい探しに苦労が多い住宅確保要配慮者と呼ばれる人たちのサポートに積極的に取り組む岡山県倉敷の街の小さな不動産屋さん、LIXIL不動産ショップエステートイノウエでは、住まい探しに加え、自立・社会復帰のサポートにも力を入れています。支援を必要とする人に「入居できる」という最低限の選択肢ではなく「入居したいと思える」ような部屋を(複数の選択肢の中から)紹介する取り組みとその意義とは? 同店の曽我敬子さんに、話を聞きました。

「入居できる」ではなく、「入居したい」家に至ったきっかけとは

LIXIL不動産ショップエステートイノウエは、桃や白壁が多い街としても知られる岡山県倉敷市にある、従業員4名の小さな不動産屋さん。そして住まい探しに困っている人たちに賃貸物件を紹介して、地域社会に貢献している会社でもあります。

きっかけは、およそ10年前に地域の生活支援センターから依頼を受け、住まい探しに困っている人のお部屋探しをサポートしたことでした。住宅確保要配慮者とは、障がい者や高齢者、一人親世帯、外国人など、住まい探しで不当な偏見や差別を受けたり、住宅そのものに特別な配慮が必要だったりと、一般の人に比べ、住まい探しに大変な思いをすることが多いのです。担当の曽我さんは月に約60件以上の相談をほぼ一人で対応しているそう。そして、2012年以来、住宅の確保に配慮が必要な人たちに住まいを仲介した実績は600件以上に上ります。

(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

LIXIL不動産ショップエステートイノウエで居住支援を担当している曽我さんが、何人もの入居希望者と話していて感じたのは、「あなたに貸せる部屋はここしかない」と言われるのと、いくつかの選択肢の中から自分が選んだ部屋に住むのでは、入居した後の暮らし方が全然違うということです。

「住まい探しに困って相談にいらっしゃる人が希望されることは、例えば『職場に近い部屋が良い』だったり『ウォシュレット付きのトイレがある物件が良い』だったり。一般の人と変わりはありません。自分で気に入って選んだ部屋ならば、そこに長く住みたいと思うので、近隣とのトラブルは起きにくくなります。ですから、希望の部屋を選べるよう、少なくとも2件以上の物件をご紹介することを心掛けています」(LIXIL不動産ショップエステートイノウエ 曽我さん、以下同)

2023年には、地域の協力者とともに行うLIXIL不動産ショップエステートイノウエの居住支援スキームが高く評価され、国土交通省の「第1回 地域価値を共創する不動産業アワード」で優秀賞を受賞しました。住みたいと思える部屋の提供を目指すとともに、生活の立ち上がりの支援なども行って入居者の負担を軽減することが、高い入居率やトラブル発生防止につながると、曽我さんは話しています。

国土交通省の第1回地域価値を共創する不動産業アワードの居住・生活支援部門で優秀賞を獲得したLIXIL不動産ショップエステートイノウエの曽我さん(右から二人目)(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

国土交通省の第1回地域価値を共創する不動産業アワードの居住・生活支援部門で優秀賞を獲得したLIXIL不動産ショップエステートイノウエの曽我さん(右から二人目)(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

低家賃でも「住みたい部屋」を叶えるための支援

多くの場合、住まい探しに困っている人たちが払える家賃には上限があります。その中で入居したいと思えるような、設備が充実した部屋を紹介するのは、なかなか困難です。

「倉敷市では、築浅の賃貸物件はハウスメーカー施工・管理のものが多いのですが、生活保護を受けている人の入居がOKなものがほとんどありません。オーナーさんがOKだとしても、入居後のトラブルを懸念する管理会社の判断でNGとなってしまうケースがあるのです。オーナーさんや管理会社に対して、支援者によるサポート体制があることやトラブルのリスクが一般の入居者と変わらないことを何度も説明し、お願いしていますが、どうしても受け入れてもらえないことがあります」

そのような人たちも入居でき、さらに快適に暮らせるよう、同社では自社で物件を購入してリフォームを施し、入居を希望する人に選択肢をつくる取り組みもしているとのこと。所有している物件は現在では9棟になるそうです。

自社でオーナーとなってリフォームを行い、外壁塗装など手を加え、見た目もキレイに(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

自社でオーナーとなってリフォームを行い、外壁塗装など手を加え、見た目もキレイに(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「私たちのような小さな会社が自社で物件を購入して保有し続けるには、多額のお金も必要になるため勇気のいることです。しかし、これだけ理解を得られるよう頑張って説明しても入居が難しい人たちに住まいを提供するには、もう私たちがオーナーになるしかないと社長が決断しました。

低所得の人が多く、家賃を低く設定せざるを得ない分、利益は少なくなるかもしれませんが、気に入っていただければ長期で借りていただけることが多いので、事業として成立しています」

実際、購入時は30室中10室が空室だった中古の1棟物件が3カ月で満室に。そして全9棟(計80室)のうち、現在、空室はわずか2室のみだとか。その2部屋も、急きょ入居が必要な人が現れたときのための戦略的空室なのだそうです。

家賃を抑えつつ、住宅確保要配慮者が住みたいと思える部屋を実現。選択肢を増やす取り組みを行っている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

家賃を抑えつつ、住宅確保要配慮者が住みたいと思える部屋を実現。選択肢を増やす取り組みを行っている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

家財道具を持たない人にも設備の充実した住まいを。その仕組みとは

支援を必要としている人たちは、さまざまな事情を抱えています。なかには家財道具を一切持たず、着の身着のままで部屋を探す人も。そのような状況でも入居者が安心して暮らせるよう、曽我さんたちはいろいろな工夫をしながら支援を充実させています。

その一つが、家財道具の提供です。入居する物件によっては、カーテンや照明器具がついていない部屋もあります。同社では、事業の一環で残置物(※)をそのままの状態で家ごと買取をすることがあり、ある一定の手順を踏んで、有用なものを社会福祉法人に声掛けをして、使えるものを渡したり、生活支援を必要とする入居者に提供したりしているそうです。

※入居者が貸主の許可のもと自らの負担で設置した設備や、家を売却する際に家具など使用していたものをそのまま撤去せず残していったもの

リユース可能な残置物や不要品は、社会福祉施設への寄付や生活保護者への再販のほか、社内で保管をして、必要な入居者に提供することもあるという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

リユース可能な残置物や不要品は、社会福祉施設への寄付や生活保護者への再販のほか、社内で保管をして、必要な入居者に提供することもあるという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

その手順とは、以下のとおり。
1. 残置物のうち売主(物件のオーナー)や親族が引き取れるものは引き取ってもらう
2. 古物店やリサイクルショップを紹介して買い取ってもらう
3. 最終的に誰もいらないとなったものを支援団体に渡す

この方法は、それぞれの関係者によってニーズが異なることがポイントです。支援で必要としているのは、カーテンやタオル、石鹸など日々の生活で使うもので、売主や親族が必要とする貴金属類などではありません。また、古物店はアンティークのものを探していて、リサイクルショップは使用年数が約3年以内の比較的新しい中古品のみを引き取ってくれます。それ以外の中古品は引き取ってくれないので、結果的に残ったもののなかに支援に使えるものがあるというわけです。

オーナーや売主から不要なものを引き取り、活用していく仕組み。電気店や古物店など、協力者の存在も大きい(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

オーナーや売主から不要なものを引き取り、活用していく仕組み。電気店や古物店など、協力者の存在も大きい(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「例えば、中古のエアコンを素人が取り外すのは大変です。そこで、協力してくれる電気店に依頼して取り外してもらって、必要とする人に提供します。基本的に現在ご協力いただいている電気店さんはその作業を無償でやってくださるのですが、生活保護を受けている人は家具什器(じゅうき)代が倉敷市から支給されます。そのため、必要とする人に安く再販売することで、そこから電気店にわずかでも費用を支払うことができるという仕組みです」

支援が必要な人とオーナー、両面からのアプローチが必要

曽我さんのところには、社会生活に困難を抱えている人たち(生活困窮者やひきこもりなど)の相談窓口である倉敷市の「生活自立相談支援センター」や、一時的避難施設であるシェルターを運営する「倉敷基幹相談センター」のほか、数々のNPO法人や同業の不動産会社からも入居できる物件がないか、相談が寄せられるそう。

居住支援では、支援が必要な人の不安を取り除くことと、オーナーや管理会社の不安を取り除くことの両面からのアプローチが必要だと、曽我さんは話します。

「支援が必要な人の不安を取り除くためには『気持ちに配慮した距離感』が必要です。住まいのご希望や転居理由などについては詳しくヒアリングしますが、住まいのマッチングに必要のないことにはできるだけ触れないようにしています。ヒアリングでは必ず各センターの支援員さんを通して話すようにし、直接相談者さんに連絡することはありませんし、お申し込みに至るまで、私から相談者のお名前や障がいの内容、借金の有無などを聞くこともありません」

親身に住まいの希望を聞くが、プライベートな話には立ち入らないように配慮して、相談者の不安を和らげることが大切(画像/PIXTA)

親身に住まいの希望を聞くが、プライベートな話には立ち入らないように配慮して、相談者の不安を和らげることが大切(画像/PIXTA)

「一方、入居後の近隣とのトラブルや滞納などを不安視するオーナーさんや管理会社に対しては、きちんと説明をしないと、後からだまされたと感じてしまわれたり、一度でもトラブルなどの対処で失敗してしまったりすると、二度と協力していただけない可能性があります。安心して任せていただくためにも、家賃保証会社の利用は必須です。そして、Face to Faceのコミュニケーションを大事にしています」

正しい知識を持ってより詳細な情報を伝えられるよう、曽我さん自身、FP(ファイナンシャルプランナー)や不動産コンサルティングマスターの資格を取得して知識向上にも努めてきたそうです。

「私がやらなければ困る人がいる」10年以上にわたる支援で見えてきた成果

街の小さな不動産会社が住まいだけでなく、家財道具やメンタル面にも踏み込んだ居住支援を行うのは簡単なことではないでしょう。曽我さんは「私がやらなければ、誰もやる人がいない。私がやらなければ、困る人たちがいる」という思いに突き動かされ、気がつけば10年以上が過ぎていたと言います。そして、曽我さんの周りの支援環境は少しずつ変わってきているようです。

「ここ数年で大きな支援団体だけでなく、大小さまざまな団体や、市の職員の方から直接お問い合わせをいただくことが多くなっています。支援は私一人ではとてもできることではありません。行政や地域の企業、オーナーさんなどさまざまな方たちとの連携によって、住宅確保が困難な人たちにも住み心地に配慮した住まいの提供が持続的に可能となったのです」

支援者やオーナーと密に連絡を取り、要支援者の暮らしをサポートしている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

支援者やオーナーと密に連絡を取り、要支援者の暮らしをサポートしている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

さらに、ほかにもいろいろな成果があると曽我さんは話します。

「オーナーさんへの説得や不安解消にと勉強したことが、今とても役立っていると思います。
建築の知識が身につき、お部屋を見に伺ったときにアドバイスなどもするようになった結果、自社管理物件以外の物件のオーナーさんにも顔を覚えていただき、直接、外壁塗装やリフォーム工事の依頼を受けるようになりました。2022年にはリフォームだけでおよそ1000万円を売り上げています。不動産売買のご相談も増え、自社所有物件については、ほぼ満室が続く状態です」

居住支援を継続していくには、収益についても考えていかなくてはなりません。
「そこが本当に大変なのですが、これら居住支援以外の事業収益とトータルでなんとかバランスをとっている」そうです。

「私がやらなかったら誰もやる人がいない、私がやらなければ困る人たちがいる」という想いに突き動かされて、10年以上居住支援に携わってきたという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「私がやらなかったら誰もやる人がいない、私がやらなければ困る人たちがいる」という想いに突き動かされて、10年以上居住支援に携わってきたという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

2012年に生活困窮者への住まい斡旋(あっせん)を始め、2019年には家財道具の提供や自社物件への入居と居住支援に幅を持たせてきたLIXIL不動産ショップエステートイノウエ。街の不動産屋さんや電気屋さん、古物商など、私たちの近くにもありそうな普通のお店がタッグを組むことで「ここまでできるんだ」ということを見せられた気がします。

そもそも、入居できる部屋がなかなか見つからないからといって、どんな部屋でもいいわけではないのは当然のこと。入居を検討する人の希望が叶う「住みたいと思える部屋」は長期入居につながり、空室の解消や近隣とのトラブル回避だけでなく、入居する人の前向きな気持ちを引き出すことにも大きく貢献できるのだと感じました。

●取材協力
LIXIL不動産ショップエステートイノウエ

放置自転車だらけの駅前が激変! 座間市のリノベ革命「ホシノタニ団地」から8年の新展開

団地を現代の暮らしに合うようリノベーションし、活用する。この10年ですっかり暮らしの選択肢として当たり前になった「リノベ×団地」ですが、その地位を不動のものにしたのが、ブルースタジオが手掛けた「ホシノタニ団地」(神奈川県座間市)ではないでしょうか。2021年、そのホシノタニ団地の周辺を再整備したといいます。建物だけでなく、地域までリノベした物語を教えてもらいました。

1965年築の団地。リノベ後は高めの家賃設定でも人気をキープ

「住みたい街ランキング」や「住み続けたい街」の常連である、横浜市や湘南エリア(藤沢市鵠沼など)がある神奈川県。県内中央部では、近年、海老名駅周辺の再開発が進み、注目を集めています。そんな花形の街に囲まれているのが、座間市です。小田急線では新宿駅まで50分ほど、各駅停車の「座間駅」と「相武台駅」があります。

座間駅前を別の角度から見たところ。「ざま」の凧が目をひきます(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前を別の角度から見たところ。「ざま」の凧が目をひきます(写真撮影/嘉屋恭子)

2015年、この「座間駅」の徒歩1分の場所にあった小田急電鉄の社宅をリノベして誕生したのが、「ホシノタニ団地」です。小田急電鉄とブルースタジオが手掛けた団地再生プロジェクトは注目を集め、東京都心からも入居希望者が殺到するという人気物件へと生まれ変わりました。2023年現在でもその人気は健在で、家賃は7万5000~10万円を維持しているといいます。座間駅周辺の家賃相場は4~6万円台といいますから、その強気の賃料設定がわかるというもの。しかも今なお、入居希望者は絶えないといいます。まずは今から約10年前、リノベ前の座間の状況を、ブルースタジオ専務取締役、クリエイティブディレクターの大島芳彦さんに話を聞きました。

リノベ前の姿。「立入禁止」の看板が掲示されています(写真提供/ブルースタジオ)

リノベ前の姿。「立入禁止」の看板が掲示されています(写真提供/ブルースタジオ)

「開発着手前、座間駅前には小田急電鉄の4棟の社宅があったんですが、旧耐震基準の建物ということもあり、駅前すぐの2棟は使われておらず、敷地は立ち入り禁止の状態でした。駅徒歩1分の場所に閉鎖された建物があると、雰囲気がぐっと重くなるんですね。駅前、街そのものにマイナスのイメージを与えてしまっている状態でした」と言います。

駅前の商業施設の奥に見えるのがホシノタニ団地(写真撮影/嘉屋恭子)

駅前の商業施設の奥に見えるのがホシノタニ団地(写真撮影/嘉屋恭子)

地形や住んでいる人から街の価値・魅力を再定義する

社宅の閉鎖を含め、いわば負のスパイラルに陥っていた座間ですが、建物をリノベする前に、まずは街の価値を再定義・再発見するところからはじめた、と大島さんは言います。

現在のホシノタニ団地の様子。緑と外壁の焦げ茶が美しく調和(写真撮影/嘉屋恭子)

現在のホシノタニ団地の様子。緑と外壁の焦げ茶が美しく調和(写真撮影/嘉屋恭子)

「座間は市の東部に相模原台地、西部には相模川に沿った沖積低地があって、起伏に富んだ地形です。駅北側には里山の風景が残る『谷戸山公園』があり、歴史をさかのぼっても人類が暮らしてきた、住みやすい土地であることがわかります。また、半径200~300mの人口動態調査を行うと実は子育て世帯がとても多く居住している。これは周囲の街や駅と比べて、家賃がリーズナブルという点が大きいのでしょう。あわせて、新宿まで通勤圏だったこともあり、仕事を引退した元気な高齢者も居住している。だけど、街のなかに集ったり交流したりする場所がない。駅前は、前述の通り、重い雰囲気で人が集う場所じゃない。だからこそ、駅前の団地を都市公園のように地域の人にひらいて、広場をつくろうと。ホシノタニ団地は、そもそものスタート地点がココにあるんです」(大島さん)

団地の一部にできた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

団地の一部にできた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

なんと、団地をリノベする時点でそこまで思い描いていたとは……。一般にリノベというと、見た目にどれだけ変わったかに目を奪われてしまいますが、本質的には「街の持つ力」や「建物の持つ強み」「課題」を明確にして、強みを最大化するという作業なんですね。建物や建築、デザインの影響力の大きさを感じます。

座間の持つポテンシャルがわかった大島さんたちは、近未来の街ビジョンとして、『こどもたちのための駅前広場のあるまち座間』と設定、行政にもかけあって「ホシノタニ団地」内に子育て支援施設「ざまりんのおうち かがやき」を誘致しました。あわせて「人と人をつなぐ団地」「人と街をつなぐ団地」を掲げ、団地の敷地内に会員制サポート付き貸し農園、ドッグラン、カフェなどをオープンさせました。すると、案の定、見えなかった座間市民の姿が見えるようになったのだといいます。

農園、団地の一階には喫茶ランドリーがある。風が心地よいテラス席がおすすめ(写真撮影/嘉屋恭子)

農園、団地の一階には喫茶ランドリーがある。風が心地よいテラス席がおすすめ(写真撮影/嘉屋恭子)

「ハタムスビ」と名付けられた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

「ハタムスビ」と名付けられた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

子育て支援施設からは子どもの声が聞こえる。いいですよね、子どもの声って(写真撮影/嘉屋恭子)

子育て支援施設からは子どもの声が聞こえる。いいですよね、子どもの声って(写真撮影/嘉屋恭子)

「農園やカフェ、子育て支援施設など、街の人たちが集える場所があると、今までいなかった、座間に暮らしていた人の姿が見えるようになるんです。もともと駅前だから人が来る『結節点』の役割ももっている。そこに来る人たちが楽しそうに子育てしたり、緑の手入れをしていると、また人が寄ってくるじゃないですか(笑)」と大島さん。

もちろん、冒頭で紹介した通り、「ホシノタニ団地」の住まいにも入居希望者が殺到。暮らす人が増えると商店も増え、交流が生まれて、新しいカルチャーが醸成されていく……。団地リノベによってこうして「正のスパイラル」が生まれたのです。

団地の一部は市営住宅に。緑に囲まれているのでシームレスなのもすてきです(写真撮影/嘉屋恭子)

団地の一部は市営住宅に。緑に囲まれているのでシームレスなのもすてきです(写真撮影/嘉屋恭子)

生まれ変わったのは団地じゃない、座間駅や街そのもの

「ホシノタニ団地」が成功したことで、座間の街に活気、人の姿が戻ってきました。そこで今回の本題である「座間駅前広場」の再整備に着手したのだといいます。

「先程も紹介したとおり、団地のリノベ時から、商業施設の衰退や街の元気のなさは、ずっと気になっていたんです。そのため、商業施設含めて、建物の修繕が発生するタイミングを見計らって、駅前一帯の活用を提案しました。それまで駅前にドーンって、駐輪場があったんですよ。よくある郊外の駅前の風景かもしれませんけれど、これは駅を通り過ぎる場所としてしか認識していないからのデザインですよね。住む人のためになっていない」と大島さん。

座間駅前にできたベンチと植栽。カフェがあるので、コーヒー片手にぼんやりできます(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前にできたベンチと植栽。カフェがあるので、コーヒー片手にぼんやりできます(写真撮影/嘉屋恭子)

郊外の駅は座間に限らず、どこも同じ設計となっていることが多いでしょう。もちろん、駅近くに必要な施設や設備は、人や世代によって異なり、交通の要衝としてバスの発着場やロータリー、駐輪場も必要ではありますが、住む人、歩く人を中心に考えたとき、よいデザインかというと、実はそうとは言い難いもの。人が集まる駅前だからこそ、自然にいたくなる/過ごしたくなる/交流したくなる、緑やベンチのようなユーザーフレンドリーな設備やデザインのほうが、価値は高いように思います。

「今回は、建物全体のサインやビジュアルの統一、駐輪場だった場所を緑広がる庭『ざまにわ』と商業施設内にあるレンタルスペースを『ざまのま』としての整備を行いました。団地の延長上というかあえて、敷地の境界をぼかすことで、『みんなの中庭』『みんなの仕事部屋』という設計。住む人、駅前にいる人に居場所をつくるデザインです」と大島さん。

「ホシノタニ団地」や座間駅前のこうした再整備は、沿線の開発を行っている小田急電鉄、商業施設を運営している小田急SCディベロップメントなどにも、大きな印象を残したようです。

「ホシノタニ団地の建物は、もともと小田急電鉄の社宅ということもあり、現在の電鉄の役員の方々も、新人のころにお住まいだったようです。『俺は座間の価値を知っていたよ』なんていわれたこともあります(笑)」と大島さん。眠っていた価値を発掘するのは、やはりリノベならではのおもしろさではありますよね。

小田急SCディベロップメントの担当者によると、思わぬ波及効果があったそう。
「まず、駐輪場をロータリー内に配置したことで無断駐輪は明らかに減りました。また建物、敷地などが一新されたことにより、早朝のゴミ拾いやベンチ清掃など地元のボランティアの方たちが以前にも増して活動して下さるようになりました」

座間駅前のロータリーの様子。外観が統一され、おしゃれな印象に(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前のロータリーの様子。外観が統一され、おしゃれな印象に(写真撮影/嘉屋恭子)

なるほど、統一感あるキレイな空間ができると、汚しにくくなるというか、キレイにしたくなるのが自然な行動なんですね。地域の人を結びつける働きもありそうです。

「座間だけに限らず、高度経済成長期に建設されたニュータウンや建物は孤立化、高齢化が進んでいます。でも、交通や商業施設、医療施設などが集積した駅前は住む人たちのハブ、中心地、拠点となる可能性があるんです。価値が眠っているといってもいい。それを居場所として整備する。それが私たちの仕事でもあるんです」(大島さん)

実際に駅に行ってみると、駅周辺に木々や広場、憩いの場があり、「なんだか居心地がいい」「おしゃべりしたくなる」というのがよくわかります。ほかにも、駅の観光協会区画はレンタルスペースとして「ざまのま」が誕生しましたが、利用者からは駅近で使いやすくとても好評だとか。現在は英会話教室などのスクールもはじまったそうで、地域に必要な場所として活用されているといいます。

植栽が豊富なため、手入れには専門の業者が入っていて、座間の名物でもある「ひまわり」を多く植栽しているといいます。そういえば、座間には首都圏では55万本のひまわり畑という名物がありますが、これにあわせて、昨年は「イルミネーション」を実施したそう。こうして見ると、座間の人、地元の人自身が、地元の良さを発見していくという利点もある気がします。

人口減少、高齢化、人々の孤立化、今まであったコミュニティの機能不全、空き家の増加。座間で起きている問題は、今、日本中で起きている問題でもあります。「ホシノタニ団地」「ざまのま」「ざまにわ」は単なる「成功したプロジェクト」ではなく、成熟した今の時代に必要なディベロップメント、処方せんなのではないでしょうか。

●取材協力
ブルースタジオ

世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

夏涼しく冬暖かい快適さと、世界基準の超省エネを両立した、ドイツ発祥の「パッシブハウス」。これまで30軒以上のパッシブハウス計画に携わってきたパッシブハウス・ジャパン代表理事の森みわさんが、長野県軽井沢町に自ら設計したセカンドハウスをつくったと聞き、お邪魔してきました。
高次元な断熱性能と、斬新な熱供給システム、自然素材や自然のエネルギーを取り入れたデザイン……パッシブハウスの最新の取り組みを見ていきましょう。

似ているようで異なる、パッシブハウスと省エネ住宅軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

ルームツアーの前に、パッシブハウスは日本でいう省エネ住宅と何が違うのか、改めて整理してみましょう。
まず、省エネ住宅とは、高断熱・高気密につくられ、エネルギー消費量を抑える高効率設備を備えた住宅のこと。対してパッシブハウスは、太陽や風など自然の持つ力を建物に取り入れて、必要とするエネルギーを最小化。さらに高断熱・高機密、熱ロスの少ない換気システムなどを駆使してエネルギー消費量を抑える、というアプローチの違いがあります。

「ヨーロッパでは、ゼロエネルギーハウス(エネルギー収支をゼロ以下にする家)・プラスエネルギーハウス(プラスにする家)への足掛かりとして、パッシブハウスがあります。少ないエネルギーで快適に暮らせるパッシブハウスの普及がまずあって、その先に創エネハウス(※)があるという位置付けです」と森さん。

※創エネハウス…太陽光パネルなどでエネルギーをつくり出すことができる住宅

省エネルギーを実現するために、高い断熱性能が必要ということは、共通事項です。
国が定める省エネ基準は、2025年以降すべての新築住宅に「平成28(2016)年基準」の適合が義務づけられます。2030年頃までには、さらにZEH(ゼッチ/エネルギー収支をゼロ以下にする家)基準(断熱等級5、一次エネルギー消費量等級6)まで引き上げるとしていますが、それだけでは不十分だと森さんは言います。

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

「ZEHで地域ごとにUA値(外皮平均熱貫流率)を定めて断熱性能を高めようというのは、家を魔法瓶化するという意味で良い方向に向かっています。ただ、例えば同じ地域にあっても家を180度回してみれば全然条件が違うはずなのに、家の向き、近隣に住宅や樹木があるか、樹木は落葉樹か常緑樹か、夏と冬で日射量がどれだけ違うかは考慮されません。

『太陽と風に素直に設計する』ということを大切にするパッシブハウスでは、PHPP(Passive House Planning Package)というシミュレーションソフトを使って、建設する場所の標高、気象条件、月ごとの日射量、周辺環境、家族構成に給湯需要まで、あらゆる個別の条件を入力して温熱計算をしています。それはもうシビアに。そうやって建物のエネルギー収支を厳密に予測しながら設計して、入居後の実測値とのギャップをなくしているのです」

日本の省エネ基準の数倍もの温熱性能・省エネ性能が求められるパッシブハウスは、その土地の条件に合わせてオーダーメイドで設計され、冷暖房に頼らずとも年中快適に過ごすことができる“究極のエコハウス”というわけです。

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

今回訪問した森さんの別邸「信濃追分の家」は、これまで森さんが設計を手掛けてきた中での発見を踏まえ、パッシブハウスの進化形をめざしたといいます。コンセプトである「パッシブハウス+α」を実現するための、具体的なメソッドを6つ教えてもらいました。

メソッド1 南から45度振れた敷地で、太陽光を最大限に味方につけるコーナーガラス真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

まずリビングに入ると、斜めに向いた階段が目に飛び込みます。実はこの敷地、南から45度振れたロケーション。そこで、階段室を真南に向けて、2階のコーナーガラスの大開口から各方向に光が差し込むようにレイアウトしています。建物角からの日射によって、冬の暖房エネルギーを積極的に取得する工夫です。

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

2階の間取りはこの階段室を中心に、東西にシンメトリーになるよう居室を配しています。1階には間仕切りの壁はなく、軸がずれたようなこの階段室が、玄関、和室、キッチン、リビングといった領域をやんわりと区画し、視線を切る役割を担っています。おかげで、開放的でありながら落ち着いた、居心地のいい空間になっているのですね。

「軽井沢の冬の厳しい外気温にも関わらず、この向きの敷地を選んだのは、“エコハウスの意匠は自由である”というメッセージを放つための挑戦だったかもしれません」と森さん。真南向きじゃなくてもパッシブハウスはつくれるし、自由で堅苦しくないデザインも叶う。そんな証となった実例です。

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

メソッド2 バイオマス燃料と太陽熱、太陽光とEV車でエネルギーを地産地消森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

この家の最大の特徴といえるのが、ペレットストーブと太陽熱集熱器による熱供給を取り入れて、給湯と補助暖房に充てていること。ガス給湯器は設置していません。太陽光発電パネルは搭載しているものの、電気を熱に変える割合は大幅に減らしています。

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

玄関にビルトインされたペレットストーブは、16畳用エアコン並みのパワーがあり、温水出力に対応。燃焼エネルギーの8割を温水に、残り2割が輻射暖房として放熱されます。庭に設置した太陽熱集熱器は、真空ガラス管内のヒートパイプが太陽光により加熱され、不凍液を温め循環させるもの。
木質バイオマスと太陽光という再生可能エネルギーを温水という熱エネルギーに変えて、キッチンにある300Lのタンクに熱を貯湯していく仕組みです。

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

もうひとつ注目したいのが、電気自動車を蓄電池に見立てていること。屋根の東西に載せた3.8kWの太陽光パネルで発電した電気は、主に照明と冷蔵庫、換気システムに使用します。「それらの消費電力はだいたい400Wとして、15時間で6kWh。EV車のバッテリー40kWhのうち6kWhをまわせばいいのですから、夜間に車から家に送る量としては大した量ではありません」と森さん。冬の夜間に仮に暖房を切っても、翌朝の室温は1~2℃も下がらないパッシブハウスだからこそ実現できるライフスタイル。
「ただし、オフグリッド仕様にはしていません。数日間曇りの日が続けば、発電量は低下します。そういうときは電力会社に頼る。逆に発電して余った分は渡すこともできる」

太陽光・熱エネルギーを最大限活用し、電力系統ともつながりながら、無理のない範囲でエネルギー自立している家なのです。

メソッド3 高性能の家は床暖不要!土壁暖房パネルを日本初導入無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

建物自体の性能が高いパッシブハウスは、床暖房がなくても、窓辺も頭上も室温がほぼ同じ、温度ムラがないのが特徴です。「もう床から温める必要がそもそも無いですし、実は木の床は、床下から温めようとしても断熱してしまうのです。ここはヨーロピアンオークの無垢フローリングを使っていて、木は熱伝導率が低い。だから床暖房にすると放熱の効率が悪いんです」と森さん。
かわりに導入したのが、ドイツ製の土壁暖房パネルによる輻射式暖房です。給湯がメインのペレットストーブですが、余ったお湯はこの土壁暖房の熱源として使われます。パネルは厚みのある自然素材のため、調湿性、蓄熱性も期待できそうです。

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

メソッド4 信州カラマツのサッシ+仏・サンゴバン社製のガラスで美しく窓断熱トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

断熱性に優れた木製サッシは、長野県千曲市の山崎屋木工製作所によるもの。長野県産材のカラマツの美しい木目がぬくもりを感じさせます。ガラスは、仏・サンゴバン社製のトリプルガラスECLAZを採用。一般的なトリプルガラスより熱貫流率が低く高断熱、さらにペアガラス並みに日射熱取得率が高い、高性能ガラスです。
「しかも高透過なミュージアムガラスのため、非常に景色が良く見えるという特徴もあります」(森さん)。映り込みの少ないクリアな窓からは、軽井沢のみずみずしい緑が鮮やかに眺められます。

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

ドイツのヘーベ・シーベ金物の技術により隙間なくぴったり閉まるエアタイトサッシ。空気や熱、音をシャットアウト(動画撮影/塚田真理子)メソッド5 田舎暮らしをより豊かにする“パッシブセラー”ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

高い断熱性と気密性により、夏季は25℃、冬季は20℃前後と、家中の温度ムラがないのがパッシブハウスのメリットですが、実は保存食の保管が難しいところでした。漬物や味噌などの食品を保管したくても、室温だと傷みが早いので冷蔵庫に入れないといけないと以前クライアントに言われてしまったのです。

でも、田舎暮らしをするとなれば、自分で仕込んだ発酵食品を置きたいとか、たくさん採れた野菜を保管したいという声は多い、と森さんは言います。そこで、基礎の断熱材をあえて取って、自然の温度変化にまかせた“パッシブセラー”を階段下に設けたのが、今回の新たなチャレンジ。

「軽井沢は凍結深度が80cmでこの家は基礎も深いので、建物直下の土中の温度変化が少ないという特徴があります。昔ながらの床下空間のような感覚ですね」。エアコンで温度管理せずとも、室内よりも7℃ほど低い空間が完成しました。ワインセラーとしても活用できそうです。

メソッド6 防音して空気は逃す。プライバシーと換気を叶える、革新的な室内ドアドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

2階の寝室と洗面室のドアには、通気機能を持つ革新的なドア「VanAir」を導入しました。従来の室内ドアは、閉めた状態でも換気ができるよう、ドアの下部に1cmほどの隙間を設けているのが一般的。このドアは、表と裏で互い違いに縦のスリット(通気口)があり、空気はドアの芯を経由して反対側へと流れる仕組み。24時間、空気は一定の方向に流れ、においや淀みもしっかり排気してくれるのです。かつ、防音性能を備えており、音漏れの心配もありません。

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

なお、換気システムには、室内の熱をリサイクルしながら室内と室外の空気を入れ替える「Zehnder CHM200」を使用。換気ユニットにヒートポンプを組み込んだもので、熱交換換気、冷暖房、除湿、空気清浄が1台で行えます。
基本的には自動制御ですが、タッチ式パネルで操作も可能です。

取材時(6月下旬)の室温は24.5℃、湿度53%。真価が問われる冬が楽しみ(写真撮影/新井友樹)

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世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

家族が集う家、ずっといたくなる家新しい挑戦がたくさん詰め込まれた家(写真撮影/新井友樹)

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大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

信濃追分の家の設計期間は約1年、施工工事は10ヵ月ほど。初挑戦の取り組みも多く、建築費はおよそ5,500万円。一般的には、パッシブハウスの建築費は新築住宅+1.5~2割というのが目安だそうです。毎月の光熱費は月1万円以内と、ランニングコストはかなり抑えられる見込み。ただ、目に見える数字以上に一年中過ごしやすく、その快適さはプライスレスなもの、と森さんは言います。

「パッシブハウスに住んでいる方のお話を聞くと、朝スッと布団から出られるようになった、冷え性が治ったという声が多いですね。あとは、家があまりにも快適だから家にずっといたくて、会社を辞めて自宅でできる仕事を始めたとか、孫がしょっちゅう遊びに来るようになった、という声も。家族が集う家、といえるかもしれません」
パッシブハウスが心身にいい影響を与えてくれたり、大袈裟ではなく人生が変わったりすることもあるのですね。

信濃追分の家は、今後体験宿泊も受け入れていく予定だそうです。パッシブハウスを検討したい方は、一度この心地よさを体感してみてはいかがでしょうか。

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

さらに近い将来、太陽光でつくる余剰電力を分解してメタンガスをつくる、Power to Gasにも着目しているという森さん。こちらはまずパッシブタウン(富山県黒部市の集合住宅)での挑戦を見守りたいとのことですが、次々と新たな可能性を追求する森さんの取り組みに注目したいと思います。

●建物概要
在来木造2階建て
【フラット35】S適合(耐震等級3)
建築面積:88.04平米
延床面積:129.58平米
敷地面積:519.61平米

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン
KEY ARCHITECTS

世界の名建築を訪ねて。名建築家ビヤルケ・インゲルスが設計した低所得者用集合住宅「Dortheavej Housing(ドルテアベジ・ハウジング)/デンマーク・コペンハーゲン

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載8回目。今回は、デンマークの首都コペンハーゲンにある低所得者向け集合住宅(アフォーダブルハウス)である「ドルテアベジ・ハウジング(Dortheavej Housing)」(設計:ビヤルケ・インゲルス(BIG))を紹介する。

手ごろな家賃で、豊かな空間をもつ低所得者用ハウジング

現代世界建築界において、建築家としてのデザイン力、交渉力、組織力など、およそ建築家が必要とする能力を兼ね備えた若手建築家といえば、今やアメリカのニューヨークにオフィスを構えるビヤルケ・インゲルスの右に出る者はいないのではないだろうか。彼がデザインする作品群は、当然スケールの大きな建築やハイエンドな建築などの作品が多いのは当たり前だ。しかしここに紹介する「ドルテアベジ・ハウジング」は、そのような範疇から逸脱したまさに”アフォーダブル・ハウジング”なのだ。

アフォーダブル・ハウジングとは日本語では、手ごろな料金のハウジングのという意味である。早い話がここでは低所得者用ハウジングなのである。ニューヨークの都市計画や、最近ではトヨタのウーブン・シティなど話題となるプロジェクトを数多く手掛けるビヤルケ・インゲルスが、低所得者用集合住宅をどのような理由からデザインするようになったのであろうか。故郷であるデンマークのコペンハーゲンのために一肌脱いだといえばそれまでだが、彼のことだから単なる低所得者用のハウジングでないだろうことは想像に難くない。何らかのユニークなデザインがあろうと推察される。

■関連記事:
世界の名建築を訪ねて。ウーブン・シティなど手掛けるビヤルケ・インゲルス設計の集合住宅「ザ・スマイル」/NY

世界中の話題となる建築家ビヤルケ・インゲルスが設計する故郷の集合住宅とは

敷地はコペンハーゲンの北西部に位置するドルテアベジと呼ばれる、1930年代から50年代の車修理工場や車庫などの工業ビルが櫛比(しっぴ)する工業地帯である。そこにインゲルスは必要とされるアフォーダブル・ハウジングとパブリック・スペースを生み出し、他方歩行者通路や隣接する手付かずのグリーン広場を一般の人々のために開放したのである。

施主であるデンマーク低所得者ハウジング非営利団体の建設意図は、低所得者用ハウジングを世界一流の建築家に設計してもらうことが狙いであった。彼らはビヤルケ・インゲルスと共に、サステナブル・デザインであり、安全かつ機能的で、そこに住む人々が目と目を合わせて生活できる低所得者用ハウジングを目指したのである。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

6,800平米の敷地に完成した5階建てのハウジングには、66戸のアパートメントが収められている。各住戸は60~115平米の広さをもち、天井高が3.5mもあるという大振りなつくりで低所得者用とは思えないリッチさなのだ。しかも開口部は床から天井までフルハイトの大きさという贅沢さである。自然光がたっぷり導入され、さらにグリーン・コートヤードの緑も内部に侵入してくるという、明るい素晴らしいインテリア空間が生まれた。大きな開口部からテラス越しに街を見晴らす生活は、ローコスト住戸といえどもパノラミックな景観が楽しめるメリットが住民に大人気である。

建物ファサード全体を覆う四角いチェッカーボード・パターンはプレハブ構造によるもので、コンクリートと長い木造板でできたスクエアなユニットを、5層に積み上げてできたものである。各住戸の南側には、居心地のよいサステナブル・ライフのための小さなテラスが装備されている。北側ファサードはコートヤード側であり、緩やかな曲面を描く外観形態となっている(夜景写真)

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

南側曲面壁の凹んだ1階中央部は、3ユニット分が北側コートヤードへのゲートとなっている。建物へのメイン・エントランスはこのゲートの両側に配置されている。南側外壁はスクエアなグリッドで覆われているが、ファサードで凹んだ部分がテラスとなっているために彫りの深い表情を見せている。このグリッド状のファサード・デザインは独特のアトモスフィア(雰囲気)を放ち、従来の一般的な集合住宅やマンションとは一線を画した造りが魅力を発揮している。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

建物の北側ファサードは、建物群に囲まれた草木が青々と茂るグリーンのコートヤードに面している。ここは「ドルテアベジ・ハウジング」の住人と、近隣の住人たちによる共同のコミュニティ・レクリエーションにおける活動の場となっている。休日や時間のあるときに人々は集まり、老若男女全てがスポーツをはじめ種々のイベントなどに興じることができるパブリック・スペースとして利用している。

低予算で、高い建築デザイン性を実現するための工夫

「ドルテアベジ・ハウジング」の建設は予算的には非常に厳しい統制があったと思われる。建築デザイン的に如何に対応していくかという、ハードなチャレンジそのものだったといえそうだ。インゲルスは比較的に控え目な材料を用いたモジュラー工法を採用している。これは工場で部分部分をつくり上げて組み立て、それを解体して現場で組み立てる工法で、ここではプレハブ化されたエレメントを現場で積み上げて、高さのあるインテリアと、殊のほか広いリビング・ダイニング空間を巧みに生み出して住民に満足感を与えている。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

なおインゲルスは住民にとっての経済的不満は、しばしば建物における過疎化につながるケースが多いので、個人のみならずコミュニティに対しても、十分な付加価値をつけたアフォーダブル・ハウジング(低所得者用ハウジング)を創造したのはさすがである。     

●関連サイト
Bjarke Ingels Group: BIG

農作業ひたすら8時間のボランティアに10・20代が国内外から殺到! 住民より多い600人が関係人口に 北海道遠軽町白滝・えづらファーム

北海道の北東に位置する、遠軽町白滝エリア(旧白滝村)にある「えづらファーム」。地方の過疎化と人材難が深刻な社会課題になるなか、江面暁人(えづら・あきと)さん・陽子(ようこ)さん夫妻が営むこの農園では、農業や農家民宿事業を手助けしてくれるボランティアが次々とやってきます。10・20代を中心に、その数はなんと年間で70人にのぼります。農家民宿の観光客延べ人数を含めると、年間約600人もの人たちが関係人口として、住民500人ほどの地域と関わっていることに。決して便利ではない小さな田舎町へやってくる理由は何なのか?現地で話を聞きました。

農業の魅力・価値をパワフルに掘り起こし、「年に1つの新規事業」に

「えづらファーム」を経営する江面暁人(えづら・あきと)さん、陽子(ようこ)さん夫妻。もともと東京在住で会社員をしていた夫妻は、2010年に新規就農者として遠軽町白滝エリアへ移住。現在の農園にて農業経営継承制度を利用した研修を開始しました。2012年に独立し、新規就農からこの11年で、広大な土地をパワフルに耕すだけでなく、新しい価値を次々と掘り起こしてきました。

2012年の農場経営スタートとほぼ同時に農作物のネット通販を始めたことを皮切りに、2013年には住み込みボランティアを受け入れ始め、その翌年に観光事業の畑ツアー・収穫体験などを提供する農業アクティビティを開始。そのあとも、簡易宿泊所の認可を取得し、企業研修やインバウンドの受け入れ、空き家を活用した農家民宿のコテージ、レストランなど、「農業」を軸とした新規事業を立ち上げ続けています。

ちなみに新規事業は夫婦の経営会議で、毎年1つ、挑戦することを決めているそうです。なるほど、これは日々のアンテナの張り方もちょっと変わってきそうです。

空き家を活用した一棟貸し民泊コテージ。今夏は早々に予約が埋まるほどの人気ぶりです(画像提供/えづらファーム)

空き家を活用した一棟貸し民泊コテージ。今夏は早々に予約が埋まるほどの人気ぶりです(画像提供/えづらファーム)

その結果、人口500人の地域に「えづらファーム」を通じて年間で延べ600人もの人たちが訪れるまでになりました。特に住み込みボランティアは「えづらファーム」最大の特徴と言っていいでしょう。年間70名の、そのほとんどが、10・20代の若者たち。実働8時間、無償であるボランティアに、申込はその3倍近く年間200人から応募が集まるというから驚きです。

農業のやりがい、田舎の豊かさなど、見えない価値を伝えたい

「えづらファーム」は畑作農場を42ha保有しており、これは東京ドーム約9個分の広さに当たります。農業の生産性を示す収量は地域平均を上回っていて、農業だけでも十分な収益を得られるように思います。

広い農場はどこを切り取っても北海道らしい景観。主な栽培作物は、小麦、馬鈴薯、てんさい、スイートコーンなど(画像提供/えづらファーム)

広い農場はどこを切り取っても北海道らしい景観。主な栽培作物は、小麦、馬鈴薯、てんさい、スイートコーンなど(画像提供/えづらファーム)

ではなぜ、このような画期的な取り組みを次々と行っているのでしょうか。

「自分たちは、もともとよそから来たので、なんで農家なんかになるの、田舎つまんないでしょ、と言われることがありました。決して悪気があるわけではないのはわかっていますが、僕らは夢を描いて北海道へやってきたので、寂しいなと感じたことを覚えています。

農業のやりがい、田舎の豊かさ。この地で培われた文化の希少性。それには圧倒的な価値があると確信しています。見えていない価値を、どうしたら伝えることができるだろう。一人でも多くの人に、地域、農業に興味を持ってもらいたい。そして実際に、この地に訪れてもらいたい。そのためにはどうしたらいいかを常に考えて、農業体験、民宿、レストランと、毎年コツコツと挑戦しています。

経営面でみても、新規事業は必要な柱となります。例えば天候不順で農作物収量が計画通りにいかなかったとしても、多角的に事業を運営することで、他の事業でバランスを取りリスク分散ができるという利点があるんです」(暁人さん)

夫の暁人さんは北海道出身、ですが農業一家で育ったわけではありません。北広島市という北海道中部の都市部出身で、遠軽町とは250km以上離れてます。妻の陽子さんは京都市出身。同じく“非農家”の家で育ちました。

夫妻は東京での6年の会社員生活を経て、北海道北見市の畑作法人で農業研修に入る道を選択。遠軽町白滝の農場主で継承者を探していた先代さんと出会い、この縁から、移住することになったといいます。この地で生まれた娘さんは11歳になりました(画像提供/えづらファーム)

夫妻は東京での6年の会社員生活を経て、北海道北見市の畑作法人で農業研修に入る道を選択。遠軽町白滝の農場主で継承者を探していた先代さんと出会い、この縁から、移住することになったといいます。この地で生まれた娘さんは11歳になりました(画像提供/えづらファーム)

夫妻にとっては、移住後の暮らし方、働き方が大きな魅力でした。自然豊かな地域で私生活と仕事がくっついた暮らし。陽が沈んだら家路につき、当たり前のように毎日家族と食卓を囲む。夫妻のように、田舎暮らしに興味がある人は多いかもしれません。ですが、いざ縁もない地方へ仕事を求めていくかというと、やすやすとはいかないもの。

住み込みボランティアの受け入れ、農家民宿やレストランを提供することで、こうした暮らしを味わえるのは、他の地域の人にとって、得難い経験になるでしょう。地域と農業が本来持っているはずの「見えていない価値」に光を当てるため、夫妻は新規事業にチャレンジしています。
根底にあるのは、「人が集まる農場をつくりたい」という想い。だから、損得勘定や合理性だけではなく、「農」と馴染む人肌を感じるような新規事業が育っているのだと感じます。

8年前(2015年)の農家民宿スタート当時の写真。自宅2階を冬レジャー客用として開放したことがはじまりだったそう(画像提供/えづらファーム)

8年前(2015年)の農家民宿スタート当時の写真。自宅2階を冬レジャー客用として開放したことがはじまりだったそう(画像提供/えづらファーム)

21歳と25歳、外国人の住み込みボランティア。“Japan farmstay”で検索してやってきた

夫妻の取り組みの一つ、住み込みボランティアでは、若い世代がやってきて、平均2~3週間ほど滞在します。
ボランティアとはいえ、「ガチ」な農作業。実働8時間です。フルタイム勤務と変わらない時間、毎日汗を流します。筋肉痛で悲鳴を上げそうな農の仕事で、これは観光気分だけでは続かないと想像できます。
実際に6月にボランティアに来ていた2人に話を伺いました。

この時滞在していたのはアメリカから来たヤンセイジさん(21歳)、シンガポールから来たJJさん(25歳)の2人です。

ブロッコリー畑の雑草取り中のセイジさんとJJさん。2人はファームで出会って仲良くなりました(写真撮影/米田友紀)

ブロッコリー畑の雑草取り中のセイジさんとJJさん。2人はファームで出会って仲良くなりました(写真撮影/米田友紀)

筆者が現地に到着してすぐ、偶然2人にお会いし、ご挨拶。日に焼けた顔から白い歯で笑顔をみせてくれ、「お水いりますか?」とペットボトルのお水を差しだそうとしてくださり、初対面から好青年です。

2人はネット検索で“Japan farmstay”と2ワードを叩き、検索結果で表示されたえづらファームのウェブサイトからメールで問い合わせたそうです。

セイジさんはアメリカの大学に通う学生。昨年はアメリカのIT企業でエンジニアのインターンシップに参加し、今年は何か違うことをやってみたい、と日本へやってきました。世界的な食糧問題に関心があり、食の原点として農業を体験したいという想いがあったそうです。

JJさんはシンガポールの大学を卒業し、就職前の期間を利用して日本に滞在中。シンガポールの金融企業に就職予定で、サステナビリティ分野での投資に関心があり、農業を学びたいとえづらファームにやってきました。

「体力的には大変だけど、楽しくて貴重な経験をさせてもらっています。みんなでご飯を食べることが楽しいですし、特にポテトが美味しい。陽子さんがつくったポテトサラダが最高に美味しいです」(JJさん)
「来る前とのギャップは特にないですね。何をできるかなとワクワクしていましたし、イメージ通りです」(セイジさん)

ボランティアの2人は、陽子さんのまかないは最高に美味しい、と口をそろえます(画像提供/えづらファーム)

ボランティアの2人は、陽子さんのまかないは最高に美味しい、と口をそろえます(画像提供/えづらファーム)

セイジさんもJJさんも、ネット検索結果をきっかけに異国の田舎にある農場にポンとやってきてしまうのだから、行動力があります。

夫妻によると、同様の検索ワードでえづらファームのサイトを見つけて応募する人が多いとのこと。食や観光分野での起業、地方創生への関心など、2人のように目的が明確な若者が多いそうです。「未来はきっと明るいぞ」と、日々感じるのだとか。

単なる労働力ではなく、想いを実現する場に

ボランティアの皆さんは夫妻の自宅2階で同居しています。
常時2~4人ほどが住み込み、食事は家族とテーブルを囲みます。お風呂もトイレも共用で、洗濯も家族と一緒にガラガラと洗濯機を回します。さらに休日は、みんなでバーベキューや窯でピザを焼いたり、夜空を見たり。釣りやスキーなどレジャーを楽しみ、衣食住の全てを家族同然に生活しています。

夫妻には11歳になる娘さん、ののかさんがいます。ののかさんにとっては、生まれてからずっと家にボランティアのお兄さん、お姉さんがいることが当たり前の暮らし。世界中からやってくるボランティアさんたちから自然と多様性を学べる環境が、人口500人の地域の自宅にあるわけです。娘さんは逆にボランティアがいない生活を知らないので、もし家族だけになったら寂しいと話しているんだそう。

収穫レストランを手伝うののかさん。娘さんの気持ちに配慮しながら事業に取り組んでいます(画像提供/えづらファーム)

収穫レストランを手伝うののかさん。娘さんの気持ちに配慮しながら事業に取り組んでいます(画像提供/えづらファーム)

毎年来てくれたり、高校生の時にきて、今度は大学に入ってから、と2回、3回とやってくるボランティアさんも多いそうです。
ボランティアさんとは事前にオンライン面談を行います。その時点で必ず声掛けしていることがあります。
「ここにきて、何をしたいのか」
それはやりたいことを叶える場所として、えづらファームを活用してほしい、という想いがあるからだそうです。

「単純に労働力として来てもらえるのは農場にとってはありがたいですが、本人がやりたい何かを実現できる場所として、白滝へ来てもらいたいです。人生に役立てることに一つでも、ここで出会えてもらえたら」(暁人さん)

労働力として考えたら、農繁期に作業に慣れた人を雇う方が効率的だといえます。訪れるボランティアとの出会いを楽しみ、彼らにも「やってみたい」「楽しい」を感じてもらいたい。夫妻にはそんな願いがあります。

建築を学ぶボランティアさんが「つくってみたい!」と建てた小屋。立派すぎるDIYです(写真撮影/米田友紀)

建築を学ぶボランティアさんが「つくってみたい!」と建てた小屋。立派すぎるDIYです(写真撮影/米田友紀)

ドラム缶風呂は「入ってみたい!」を叶えるためにボランティアと一緒につくりました(画像提供/えづらファーム)

ドラム缶風呂は「入ってみたい!」を叶えるためにボランティアと一緒につくりました(画像提供/えづらファーム)

衣食住を共にして、ボランティアがやりたいことを叶えられるように努める。夫妻のおもてなしには舌を巻きます。ですが、ボランティアから自分たちに与えてもらっているものも大きい、と感じているそうです。

「農業って、人と接することが少ないんです。外から人が来てくれること、出会いが刺激になることに感謝しきりです。ここにきて10年経っても、ボランティアの子たちと星空を見て一緒に感動できる。田舎の贅沢さをいつまでも新鮮に感じることができるのは、彼らのおかげです」(暁人さん)

小さな一歩が、新事業のとっかかり

とはいえ、毎年一つの新規事業を始めるというのは労力も勇気も伴います。
失敗が怖くないのかと聞いてみると、陽子さんがこう語ってくれました。

「私たちの事業は始めの一歩が小さいんです。もし上手くいかなかったら撤退できるように、意識的に小さくしています。そして需要があることをかたちにするようにしています。農家民泊も最初はウィンタースポーツに訪れる人がいるのに『地域には宿泊できる場所がなくて困っている』という近所の人の声を聞いたことがきっかけでした。だったらうちの2階に部屋が余っているから宿泊所にしよう、と始めました。最初から何百人もの観光客を呼ぶ、なんて始めたわけではないんです」(陽子さん)

もちろん上手くいかなかったこともある、といいます。例えばボランティアの受け入れではせっかく来てくれると言っているのだから、と最初は面談をせず受け入れていたところ、リタイアする人がいたそうです。

「当時はこちらのケア不足もあると思いますし、想像してたのと違った、とギャップを話す子もいました。せっかく来てくれたのに、上手くいかないことはお互いにとって大変残念なことですので、今では必ず全ての人と事前面談をしています」(陽子さん)

なるほど、ボランティアのセイジさんが話していた「ギャップのなさ」は事前の丁寧な面談の賜物なのですね。
冬レジャーの困り事解決のために始まった民宿は、現在では空き家を活用したコテージに。地域の人による親戚の集まりや、離れて住む子どもや孫が帰省時に泊まるといった機会でも活用されているそうです。

小さな一歩からはじめることは、地域での暮らしでも大切だと陽子さんは言います。
「急に世界中から人を受け入れたいだなんてと宣言したら、きっと地域で理解してもらえないでしょう。大きな目標を立てるより、まずは身近な人にとって役立つことをしたいと思い、ここまでやってきました。小さな一歩をとっかかりに、そこから地道に広げていく。本当にちょっとずつかたちにしてきて、今に至ります」(陽子さん)

新規事業というと大がかりですが、イチかバチかの大勝負に打って出るというより、周りの地域の人たちの困り事や願いに耳を傾けて自分たちにできることは何か、とちょっとずつ軌道修正をしながら広げているようです。

広大な地で軽やかなチャレンジが進んでいます(画像提供/えづらファーム)

広大な地で軽やかなチャレンジが進んでいます(画像提供/えづらファーム)

若者が「やってみたい」を投じる場として

夫妻の昨年の年1チャレンジは、収穫レストラン「TORETATTE」(トレタッテ)オープンでした。レストランでは地元在来種の豆を扱ったティラミス、アイヌネギのキッシュやヨモギのコロッケ、ふきのマリネなど地域に根付く食文化を味わうメニューも期間限定で提供しています。

「きなこと抹茶の植木鉢ティラミス」在来種豆を提供する地元商店の豆を使用し、白滝の春景色の表した一品(画像提供/えづらファーム)

「きなこと抹茶の植木鉢ティラミス」
在来種豆を提供する地元商店の豆を使用し、白滝の春景色の表した一品(画像提供/えづらファーム)

また、地域に戻ってきたい人や新しいことに挑戦する人を後押しすべく、「間借りカフェ」としての活用もスタート。
今年6月と7月には地元出身の若者2人による一日カフェが開かれ、それぞれが得意とするコーヒーやスイーツがふるまわれました。

さまざまな人の挑戦の舞台となる収穫レストラン「TORETATTE」(画像提供/えづらファーム)

さまざまな人の挑戦の舞台となる収穫レストラン「TORETATTE」(画像提供/えづらファーム)

実際に夫妻との出会いをきっかけに遠軽町に移住したり、新規就農をめざしてやってきた人もいるそうです。

「毎年新しいことを立ち上げる」

言葉でいうほどカンタンではないのは、たゆみなく努力する夫妻をみるとよくわかります。ですが近くの困り事に耳を傾け、スモールスタートで自分のできることを進めれば、夫妻のようにワクワクする取り組みができるかもしれません。

新規事業を毎年立ち上げる2人は、農家であり、起業家です。「農」を起点に新しい価値を次々と創造しています。ボランティアや間借りカフェで訪れる次世代の若者にも、そのチャレンジスピリットが伝播しています。
2人はきっとこれからも、白滝から小さな一歩のチャレンジを踏み出していくのでしょう。

●取材協力
えづらファーム

タイニーハウスが旭川市の田園地帯にポツン、なぜ? 冬はマイナス25度でも快適か住人に聞いてみた 北海道

「いつかこんな暮らしがしてみたいという願いが叶いました」
満面の笑顔でそう語るのは、北海道旭川市の田園地帯にポツンと置かれたタイニーハウスの住人、曽根優希さんだ。牽引可能なこのタイニーハウスは、さまざまな人の手を経て、いまこうしてここにある。なぜ、タイニーハウスがつくられたのか? 冬には極寒の環境で果たして暮らしが成り立つのか? タイニーハウスをめぐる物語を紐解くと、そこにはシンプルな生き方を追い求める眼差しがあった。

新たなライフスタイル求めて、タイニーハウスプロジェクトが始動

さえぎるものが一切なく、遥か遠くの山並みが見渡せる田園地帯に、白とピンクベージュの外壁のタイニーハウスがある。設置されたのは2019年。なぜ、この場所にタイニーハウスが置かれるようになったのか、まずはそのストーリーを見ていこう。

旭川の市街地から車で15分ほどのところに2棟のタイニーハウスがある。左の棟に曽根さんが暮らしており、右はゲストの宿泊スペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

旭川の市街地から車で15分ほどのところに2棟のタイニーハウスがある。左の棟に曽根さんが暮らしており、右はゲストの宿泊スペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

始まりは5年前。企画したのは、東京在住で映画監督の松本和巳さん。
きっかけは、松本さんが当時制作中だった映画『single mom 優しい家族。』で出会った女性たちの声を聞いたことだった。シングルマザーへの取材をもとに脚本をつくるなかで、彼女たちが社会で生きづらさを感じている現実を知ったという。
「人と比べてしまうことでコンプレックスが生まれ、それが必要以上に心を苦しめている」と感じたという。そこから人の気持ちを癒やしたり変えていくための、新たなライフスタイルの提案をしてみたいという思いが芽生えた。

株式会社マツモトキヨシ(現株式会社マツキヨココカラ&カンパニー) 取締役、衆議院議員を務めたほか、劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、また映画監督、ソーシャルイノベーターとして今は活躍(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

株式会社マツモトキヨシ(現マツモトキヨシホールディングス) 取締役、衆議院議員を務めたほか、劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、また映画監督、ソーシャルイノベーターとして今は活躍(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

映画『single mom 優しい家族。』の予告編。北海道ニセコ町でロケを行った。

これまでとは違う“新たなライフスタイル”とは何か。そのヒントを探るべく、松本さんが赴いたのはアメリカ オレゴン州・ポートランド。個人個人の価値観を尊重する魅力的な街として知られるここで、5棟の個性的なタイニーハウスが置かれたホテルを訪ねた。旅行者たちが心から解放された様子で、思い思いに交流する姿に触れたという。

「タイニーハウスは、シンプルなライフスタイルを実現するためのツールであると感じました。このとき、身の回りのものをシンプルにすることから、人と比べない、自分なりの生き方が見つかるんじゃないかと思いました」(松本さん)

アイデアが実現に向かい始めたのは、『single mom 優しい家族。』のロケ地であった北海道ニセコ町で、市川範之さんに出会ったことだ。市川さんは道内でも指折りのドローンの技術者で、松本さんの映画撮影に協力。また旭川で農薬に頼らない米づくりや糖質の吸収を抑える機能性米を開発するなど、新たな農業や暮らしのあり方の模索もしていた。そんな市川さんと松本さんは意気投合。映画撮影が終わっても交友は続き、市川さんの地元である旭川を松本さんは訪ねた。そのとき、都市にも近く、大雪山系のダイナミックな山並みも見え、自然と街が調和するポートランドと似たポテンシャルを感じたという。

市川範之さん。農業生産法人市川農場の代表取締役。現在タイニーハウスは市川農場の敷地に置かれている(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

市川範之さん。農業生産法人市川農場の代表取締役。現在タイニーハウスは市川農場の敷地に置かれている(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

2018年8月、プロジェクトが本格化した。タイニーハウスを利用したホテルを旭川につくることを考え、これまでの人との縁をつなぐ中で旭川駅前に実験的に設置するという計画が持ち上がる。
ホテルのオープンまでわずか5カ月という限られた時間の中で、松本さんと市川さんは活動母体となる「シンプルライフ協会」を設立。旭川と、映画のロケ地でつながりが生まれたニセコ、そして国士舘大学などの協力を得られた東京という3つの地域で、それぞれタイニーハウスをつくることになった。

工法や素材の違う、3つのタイニーハウスを制作

タイニーハウス1棟の総予算は600万円。サイズは、道路を通行できる2.45mが幅となり、長さは6.02m、高さは3.8m(いずれも外寸)というコンパクトなつくりとした。
最大の課題となったのは重量。牽引を可能とするために2500kg以内で収めるための工夫をしなければならなかった。

それぞれのチームが設計から手がけた。左は旭川で設計された「サンタフェ」。右はニセコで設計された「モダン」。「当時は、予算を600万円に納めることができたが、現在は材料費の高騰などでコストはもっとかかるのではないか」と松本さん(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

それぞれのチームが設計から手がけた。左は旭川で設計された「サンタフェ」。右はニセコで設計された「モダン」。「当時は、予算を600万円に納めることができたが、現在は材料費の高騰などでコストはもっとかかるのではないか」と松本さん(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

「旭川の冬を越せるように断熱材をしっかり入れつつ、重量オーバーにならないギリギリまで削るというせめぎあいがありました」(松本さん)
旭川、ニセコ、東京のチームはそれぞれ独自に研究を行い、必要な建材を選び取っていった。

タイニーハウスの建設中には、それぞれの場所でワークショップも実施され、設計から約3か月で完成。旭川とニセコでつくられたタイニーハウスは旭川駅に運ばれ、東京でつくられたタイニーハウスは、国士舘大学の世田谷キャンパス(東京)や東京タワーで体験展示会が開催された。

東京タワーでの体験展示会の様子(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

東京タワーでの体験展示会の様子(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に設置されたタイニーハウス(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に設置されたタイニーハウス(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に置かれた2つのタイニーハウスは、2020年の1月より約半年間、ホテルとして稼働した。コンセプトは「機能制限体験ホテル」。例えばドライヤーと電子レンジを一緒に使うとブレーカーが落ち、シャワーの水圧にも制限があり、ゴミはゴミ箱一杯分までと、普段意識していないエネルギーや環境問題に、頭で考えるのではなく体験から目を向けるきっかけづくりが行われた。
贅沢なサービスをあえて提供しないことに共感する人々は多く、常に1週間ほど先まで予約が埋まる状態だったという。

(画像提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(画像提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

利用者からは、駅という騒音と隣り合わせの場所にもかかわらず「中に入るとほとんど音が気にならない」や「思った以上に暖かい」という声があったという。

旭川駅から田園地帯へ。「実際に住んでみる」という次なる実験が始まった

旭川と東京でのお披露目を終えて、タイニーハウスは現在の場所となる市川さんの農場の一角に移され、見学希望者を案内したり、松本さんや市川さんの友人らが宿泊に利用するなどしていた。
そんな中でタイニーハウスに度々泊まりに来ていたのが曽根優希さんだ。父の曽根真さんが旭川でタイニーハウスの制作を請け負った建設会社の代表を務めており、市川さんや松本さんと家族ぐるみの交流があった。

市川農場に集められたタイニーハウス。一番左のニセコで制作されたモデルは、その後売却された(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

市川農場に集められたタイニーハウス。一番左のニセコで制作されたモデルは、その後売却された(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

タイニーハウスの周辺は田園地帯(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウスの周辺は田園地帯(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

優希さんがここに住むことになったのは何気ない会話からだった。

「市川さんに誘われてタイニーハウスのある敷地でバーベキューをしたことがありました。そのとき、星空の下で、自分の大切に思う友人たちと美味しいものを囲み、話したり歌ったり。季節の移り変わる美しさを感じるひとときがありました。こんなふうに心に余裕を持った暮らしがしたい。ここには私が求めていた暮らしのすべてがありました」

敷地にある使い込まれたピザ窯。客人が来ると優希さんは、手づくりピザでもてなす(撮影/久保ヒデキ)

敷地にある使い込まれたピザ窯。客人が来ると優希さんは、手づくりピザでもてなす(撮影/久保ヒデキ)

そして優希さんは、松本さんに「タイニーハウスに住みたいくらい、気に入りました!」と語ったという。
「それなら住んでみる?」と松本さんが提案すると、「はい!」と即答。

「冬にホテルとして使ったことはありましたが、果たしてずっと住み続けることができるのか、暮らしてもらいながら実験をしてもらおうと思いました」(松本さん)

優希さんは3歳のころから旭川で暮らし始め、高校生までこの地で過ごした。その後、大阪の専門学校に進学し、名古屋などでサービス業の経験を積み、その後コロナ禍となって実家に戻り、現在は旭川にある水回り設備のショールームで働いている(撮影/久保ヒデキ)

優希さんは3歳のころから旭川で暮らし始め、高校生までこの地で過ごした。その後、大阪の専門学校に進学し、名古屋などでサービス業の経験を積み、その後コロナ禍となって実家に戻り、現在は旭川にある水回り設備のショールームで働いている(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウスの広さはわずか8畳。入り口すぐのところにキッチンがあり、その奥が居間兼寝室。さらに奥にトイレとシャワールームがある。
非常にコンパクトなつくりだが、都会の小さなワンルームとそれほど変わらない印象だ。

「サンタフェ」で優希さんは暮らしている。キッチンは壁に棚やフックをつけて収納スペースを確保(撮影/久保ヒデキ)

「サンタフェ」で優希さんは暮らしている。キッチンは壁に棚やフックをつけて収納スペースを確保(撮影/久保ヒデキ)

キッチンの奥にソファベッドが置かれている(撮影/久保ヒデキ)

キッチンの奥にソファベッドが置かれている(撮影/久保ヒデキ)

その奥がシャワー付きトイレとシャワールーム(撮影/久保ヒデキ)

その奥がシャワー付きトイレとシャワールーム(撮影/久保ヒデキ)

優希さんのお気に入りは、ソファベッドの窓から見える景色。春には田んぼに水が張り、夏には緑が萌え、秋には稲穂が黄金色に輝き、そして冬は一面真っ白になる。刻々と変化する景色と、遠くの山並みに夕陽が落ちる様子が見られることが「最高のぜいたく」と語る。
タイニーハウスの中は極小だが、一歩外に出ると無限に空間が広がっている。デッキにテーブルを出して、ランチやお茶を楽しむこともあるという。

朝起きると、ソファベッドから窓の外を必ず眺める(撮影/久保ヒデキ)

朝起きると、ソファベッドから窓の外を必ず眺める(撮影/久保ヒデキ)

日中も氷点下の旭川で快適に暮らせるの?

ここで暮らし始めたのは2020年12月から。旭川の積雪は、道内ではそれほど多くないが、盆地のため冷え込みは厳しい。1月、2月の最低気温の平均はマイナス10度を下回り、ときにはマイナス25度になることもある。

暖房器具は約7畳用のガスファンヒーターが1台。それ以外に水道管の凍結を防止するヒーターが取り付けられている。

ガスファンヒーターが窓際に一台置かれている(撮影/久保ヒデキ)

ガスファンヒーターが窓際に一台置かれている(撮影/久保ヒデキ)

「空間が小さいので、ファンヒーターをつけるとすぐに暖まります」と優希さん。室内は暖かく快適。
また、水道管が凍結する場合もあり、ファンヒーターを消したときは、蛇口の水を少し流しておくなどの対策をとっているそうだ。

外に設置されたプロパンガス。隣が洗濯機。厳冬期の光熱費は月に2万円ほど。都市ガスに比べてプロパンガスは割高ではあるものの、空間が狭いので効率よく暖められている(撮影/久保ヒデキ)

外に設置されたプロパンガス。隣が洗濯機。厳冬期の光熱費は月に2万円ほど。都市ガスに比べてプロパンガスは割高ではあるものの、空間が狭いので効率よく暖められている(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウス設置のために、電気設備と浄化槽設置の工事が行われた(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウス設置のために、電気設備と浄化槽設置の工事が行われた(撮影/久保ヒデキ)

「一番、困ったのは冬の洗濯でした。ホテルとしてつくられていたので、洗濯機を置く場所が設けられていなかったんです。夏は外に洗濯機を置いていますが、冬は積雪のため倉庫にしまってしまうので、コインランドリーを利用しています」

タイニーハウスで暮らし始めた1年目は運転免許を持っていなかったそうで、バスを乗り継いだり、友人に頼んで車に乗せてもらったりなど、コインランドリーに行くのも一苦労だったという。
また積雪の多いときは道路までの道を除雪しなければならず、夏よりも通勤に30分以上余計にかかってしまうことも。
そんな困難があってもここに住み続け、優希さんは今年で3回目の冬を越した。

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

「いろいろなことが起きますが、それを楽しめるかどうかで意識は変わってくると思います」

もう少しキッチンが広ければ、とか、収納があれば、と思うこともあるが、モノを増やせない環境に身を置くからこそ買い物の仕方が変わり、それが良い方向に向かっていると話す。
以前は、カレールーやドレッシングなど既製品を買うことが多かった調味料だが、いまは基本的なものを組み合わせて料理をすることを覚えたという。
また100円均一ショップで暮らしの便利グッズを買うのも好きだったというが、本当に必要なものをよく考えて買うようになったそう。

「便利なものをなくしたほうが、むしろ工夫が生まれて楽しいことがわかりました。また環境問題についても考えるようになって、ゴミを出さない暮らしをしたいと思うようになりました」

調味料は量り売りのものを買うなど、ゴミを減らす取り組みもしている(撮影/久保ヒデキ)

調味料は量り売りのものを買うなど、ゴミを減らす取り組みもしている(撮影/久保ヒデキ)

最近、気に入ってつくっているのが塩麹や醤油麹。お肉を漬け込むとやわらかくなり味わいも深くなる(撮影/久保ヒデキ)

最近、気に入ってつくっているのが塩麹や醤油麹。お肉を漬け込むとやわらかくなり味わいも深くなる(撮影/久保ヒデキ)

シンプルライフの選択は、自分らしく生きることにつながる

松本さんは、優希さんが厳冬期もたくましく暮らし、少しずつ意識が変わっていくその姿に触れる中で、新しい映画の構想を温めていった。
撮りためてきたタイニーハウスの制作過程の映像と、自分なりの暮らしを模索する女性たちにスポットを当てた映像とを組み合わせたドキュメンタリー映画を制作した。

東京でつくられたもう一棟のタイニーハウス「ホワイトファンタジー」はキッチンが広い。こちらはマイナス20度までの寒冷地用の断熱を施していない分、内装の素材に凝ることができたそう(撮影/久保ヒデキ)

東京でつくられたもう一棟のタイニーハウス「ホワイトファンタジー」はキッチンが広い。こちらはマイナス20度までの寒冷地用の断熱を施していない分、内装の素材に凝ることができたそう(撮影/久保ヒデキ)

冬は閉鎖し、夏のみ友人らが宿泊できるスペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

冬は閉鎖し、夏のみ友人らが宿泊できるスペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

この映画には、優希さんを筆頭に、松本さんが全国から探したそれぞれの道を歩む女性たち、合計7名が登場している。
北海道で羊飼いをする女性だったり、以前はキャバクラで働き現在は農業をする女性だったり。映画の中では彼女たちの人生が語られると同時に、それぞれが旭川へと赴き、お互いがお互いのことを深く知り合うことにより、再び自身を見つめ直し、新たな一歩を踏み出そうとするシーンもあった。実際に旭川に移住した女性もいるとのこと。

映画『-25℃ simple life』の予告編。枠にハマった人生から抜け出し、自分らしく生きる選択をした7人の女性たちのドキュメンタリー。

映画『-25℃ SIMPLE LIFE』は2023年新春に劇場公開された。

「タイニーハウスで暮らせることを知ってもらえれば、何十年とローンを組んで家を購入するといった人生設計とは違う選択肢に気づけるのかなと思いました」(松本さん)

今回、筆者は3人の人物に取材をし、またこの映画を見て、シンプルな暮らしを追い求めることは、これまで自分の中に溜め込んできたものを一度手放してみることであると感じた。
物質的な豊かさや社会的な地位や名誉などから解き放たれたとき、そこには何が残るのだろう? それが自分の本質的な部分であり、もっとも大切にするべきものである。そんなメッセージを受け取った気がした。

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

●取材協力
一般社団法人シンプルライフ協会
映画『-25℃ simple life』の予告編
曽根優希さんのInstagram

厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市

ここ数年でますます環境問題への関心・意識が高まり、2024年度からは、省エネ性能や断熱性能を表示する新制度(建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度)がはじまる予定と、今、住まいの省エネ性能・環境性能が重視されつつあります。そんななか、埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」が誕生しました。どんな住まいなのでしょうか。入居者、開発を手掛けたオーナーの株式会社鈴森 社長・鈴木早苗さん、設計をした一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんに話を伺いました。

賃貸住宅「鈴森Village」は、木々に囲まれた“結界”。住まいが生活に与える影響の大きさを実感

LEED認証とは、建物と敷地利用の環境性能を評価する国際認証制度のこと。世界でもっとも多用されている評価システムで、環境性能を証明できることから、不動産の価値向上、環境を意識したテナントを誘致しやすくなり、主に商業ビル、倉庫、工場などで認証を受ける建物が増えています。今回、このLEED認証の取得を目指そうと建てられた賃貸住宅が「鈴森Village」です。

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建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

「鈴森village」を語る上で欠かせないのが、LEED for Homesの基準に準拠した計画・設計・施工がなされていることです。LEEDはLeadership in Energy and Environmental Design(リーダーシップ・イン・エナジー・アンド・エンバイロンメンタル・デザイン)の略で、米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運用している国際認証制度。環境的視点から、敷地、水、エネルギー、資材、室内環境などを評価します。世界で広く用いられており、環境性能の高いプロジェクトを評価するため、認証を得るのが難しいのです。

LEED認証を目指して完成した鈴森village、どのような建物なのでしょうか。

まず建物そのものは、高断熱・高気密で、効率エアコンや節水トイレ・蛇口・シャワーといった省エネ設備を備えています。電気だけでなく水やガスなど、すべてのエネルギーに対して、省エネとなっているのが特色です。つまりここで暮らしていると、自然と光熱費が抑えられるうえに、夏涼しく冬暖かい快適な暮らしが自然と送れるようになっているのです。また、LEEDの要件である「交通利便性」「敷地内の豊かな緑を在来種や適合種(地域の環境に適した種類の植物)で構成していること」「植栽の灌水に雨水を利用し、節水に配慮していること」などにも合致しているため、建物だけでなく、より広く、周辺環境に配慮した建物となっているのです。

とはいえ、環境性能がよいといっても、やはり重要なのは住みごこち。従来の住まいとはどう異なるのでしょうか。今年4月、夫と妻、2人の娘とでともにこの建物に入居し、暮らしはじめたMさん一家に話を聞いてみました。

「前の住まいは築年数が古く、子どもの泣き声が響く、カビが発生する、など気になることばっかりだったんです。この住まいに引越してきて、本当に住居の性能の差に驚いていて。たとえば断熱性や気密性でいうと、外気温に比べて、驚くほど室温が一定してるんです。外気温と差があるので、外に出てびっくりすることもしばしばです。子どもの声もお隣に響くことはないですし。住宅がここまで生活の質、クオリティ・オブ・ライフをあげるのか、と。ストレスがないというか、人生がガラリと変わるというか。木々に囲まれていて、大げさにいうと結界があるというか、守られている感じがします」と夫は話します。

夫は現在、育休を取得しているため、平日の日中は夫妻と下の娘の家族3人で日中過ごしているそう。そのため、なおのこと、今の住まいの居心地の良さを痛感しているといいます。

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

「ベランダなど共用部に植物がたくさん植えられているので、毎日、いろんな鳥がやってくるんですね。鳥のさえずりも緑も心地よくて。日々、家族で鳥を観察しています。また、敷地内外の緑を手入れする職人さんや管理人さんも2~3日おきにいらっしゃって、丁寧にメンテナンスされていると感じます。収納も多く、動線なども考え抜かれていて『間取り決め、設備決定など、家造りの大変なプロセスを全部ふっとばして、『いちばんいいとこ取りした状態』で生活できるんですから、ぜいたくだなあと思いますね」と妻もうれしそうです。

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

夫妻の住まい探しのきっかけは夫の転勤。そのため、この物件が「環境性能」に配慮していたり、「LEED認証」取得を目指していることを知っていたわけではなく、本当に偶然の出会いだったといいます。

「通勤を考えて、和光市というエリアに住むことは決めていたんです。ただ、引越し期限も決まっていたし、良い物件がないかな~って、それこそ夫婦で毎日、SUUMOの新着物件をチェックして。ある日、妻が興奮しながらすごいのが出た!というので、見たんです。コレはよさそうだと思いましたね」(夫)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

夫は仕事柄、一定期間、家を不在にすることもある。そのときに妻と子どもが安全・安心して過ごせるかが、決め手になったのだそう。

「妻が二人の子どもと過ごすことを考えたときに、高層物件は我が家向きではないと。また、引越してきたときに大家の鈴木さんがご挨拶に来てくださって。以前も賃貸物件に暮らしたことはありましたが、大家さんが挨拶にいらっしゃる経験は初めてで、すごく印象に残っていますね。安全や安心、快適、それと環境を大事にしたいという価値観が似ているからか、隣の住戸に住む家族とも仲良くなりました。人とのつながりという面でも安心できますね」と夫。

国際環境性能をクリアした建物の住み心地が「緑で建物が守られているよう」「結界のような安心感がある」というのはなんとも不思議ですが、実はオーナーが願っていた通りでもあるといいます。この「鈴森Village」のプロジェクトを牽引したオーナーの鈴木早苗さんにも話を聞きました。

“道路村長さん”のDNAがもたらす、100年先まで持つ「賃貸住宅」

鈴森Villageのプロジェクトを立ち上げたのは、株式会社「鈴森」の鈴木早苗社長です。鈴木家は400年以上、この和光市周辺の地主であり、現在の「和光市駅」の開設や郵便局の設置にも携わったそう。なかでも、無報酬で地元のために尽力してきた曾祖父(鈴木佐内氏)は、地元の人たちから尊敬を込めて通称“道路村長さん”と呼ばれていたとか。早苗さんにとって、「鈴森Village」のプロジェクトのきっかけとなったのは、「代替わり」を見据えたときのこと。鈴木社長のお母様、現社長の早苗さんと受け継いできましたが、将来のことを考えれば「どの土地を残すのか」「どの土地を整理するのか」は、避けて通れない課題です。

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

「ここは和光市駅から徒歩5分、2000平米の土地なので、土地活用の方法は多数あります。しかし、売却して分譲一戸建てが並ぶ、賃貸マンションを建てるなどすると、土地がバラバラになって風景が変わっていく。とにかくそれは避けたいなと。100年後も人が和やかに行き交う街であってほしい、100年後も残るものをと考えたとき、建築に造詣が深い夫から出てきたのが、これからは『LEED』のように国際環境規格に合致した建物でないとダメだということでした」と鈴木社長。

地域社会にとっても、地球にとっても持続可能であるというのは、慧眼です。とはいえ、いくら環境によいものといっても、LEED認証を取得するには、コンサルティング費用、建築費・資材費も含めてコストアップは避けられず、生半(なまなか)な覚悟でできることではありません。

「『鈴森Village』の話をしていたとき、ちょうど夫が大病を患っていたこともあり、厳命というか、約束のように思えて、必ずやり遂げるんだ、という思いはありました。また、大家にとって、住む人の安心安全は絶対であるという思いはあります。やはり災害、有事の発生時に家はそこに住む人たちの命と財産を守る砦になるもの。大家には、その責任と覚悟が必要だと思っています」といい、短期的な利益よりも、社会的責任を強く感じているのがわかります。

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

ただ、建設途中にはウッドショックが発生し、建築費も当初の想定よりも高くなっていくなど、プロジェクトには困難が次から次へと押し寄せます。
「とにかく認証の検査も厳しくて。『この状態だと認証はとれません』とまで言われたりして。建築士、コンサルティング会社、施工会社とも相当のやり取りをしました」と、やはり一筋縄ではいかなかったよう。

そんなさまざまな苦労を経て、実際に建物が竣工したときの鈴木さんの印象を聞いてみました。

「手前味噌ながら『こんな賃貸住宅、見たことない!!』ですね。よくある◯LDKの部屋とあまりにも違うので、一見すると、生活しているイメージがわかなかったんです(笑)。ただ、よくよく見ていくと、間取りや動線、収納などよく考えられているし、特に1階の住戸は自分でも住みたいと思うくらいです。ただ、ぱっと見て、その良さが伝わるかどうかは別。この建物の良さを、どうやって知ってもらうかが、成功のカギになるんだろうな、と思いました」と鈴木さん。

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

緑の手入れには費用がかかる、虫を殺すには殺虫剤を使わないように指導する、建物周辺の空間の清掃など、苦労はつきません。それでも、やり抜けたのは、「これから100年先のことを考えたら『LEED』のような建物を」という夫との約束があったからでしょう。

「今度ね、鈴森Villageで防災訓練をしようと思っています。自然災害は必ず来ますから。そのときに消火栓が使えません、何があるかわかりませんじゃ、困りますから。安全対策は忘れたくないですね。あと、思い描いているのは鈴森Villageに住んでいるみなさんと昔から近隣に住んでいる方々などを交えたコミュニティづくり。年齢を重ねて、長く住んでいただけたらうれしい」(鈴木さん)。

100年持続するというのは、建物だけでなく、そこに暮らす人たちの集いと思いが結実してこそでしょう。建物は完成しても、鈴木さんの挑戦はまだまだ続きそうです。

建築家も「材から考える」「持続可能」を説明する責任がある

鈴木さんの思いを形にした、設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんも重要な登場人物です。

「今まで道の駅や図書館など、公共施設を中心に設計してきましたが、入居者の顔が見えない賃貸住宅というのは初めてでしたので、重責だなと思いました。また、鈴木社長からは、とにかく『アフターコロナの時代を想像して設計してほしい』『100年持続可能』というオーダーでしたので、自分なりに仮説を立てて試行錯誤して設計をして。今、こうやってたくさんの方の住まいになって本当に幸せだなと思います」と今の心境をあかします。

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

「LEEDは、単なる建物の「設計基準」ではなく、建物と敷地利用に関わる環境性能を評価対象とします。そのため、建物の環境性能(高気密高断熱、節水など)というだけでなく、施工、建物、完成後の暮らし方まで、さまざまなことが細かく取り決められているそう。こういう「あいまい」を許さず、「細部まで徹底」するあたりが国際基準ですね。建築家としても、かつてない取り組みだっただけに、改めて発見・気付かされることもあったといいます。

「僕ら建築士は、建材を仕様やメーカーで選ぶことが多いんですけれど、建材ができるところ、例えば木材がどのように伐採されるのか、普段はそこまで想像力が働いてなかったんですよね。LEEDはとにかく細かく基準が決まっていて、違法に伐採されていないかなど、トレーサビリティ(※)のところまで問われるんです。施工時の現場でからでる濁水や粉塵を隣地に影響のないように管理するなどもチェック項目です。いわゆる使う責任、つくる責任ですね。基準が細かく定められていることで、改めて設計や建築・建設に携わる責任の重さを痛感しました」

※製品がいつ、どこで、だれによってつくられたかがわかるように、原材料の調達から生産、消費あるいは廃棄まで追跡ができるようにすること

一方で、これからは「環境性能が問われることが当たり前になっていくな」という手応えも感じたそう。

「若い世代にとっては、環境配慮は当たり前のことになってくるでしょう。また、少しずつですが、良い住まいの持つ、居心地よさというのは伝わっていくのではないでしょうか。今回、お住まいの方が『結界』と仰っていたように、環境性能の持つ心地よさを評価してくれる人が増えるし、そのための普及や情報発信も大切だなと思いました」と三浦さん。

日本の住宅、特に賃貸住宅では、賃料、駅からの距離、広さや間取りといった、わかりやすい「スペック」が重視されます。そのため、環境性能、温熱環境で、住まい、特に賃貸住宅を選ぶ人はまだまだ少ないことでしょう。「鈴森Village」の賃料設定は周囲の相場と比較すれば1割程度高めですが、それでも鈴木さんがかけた建設コストや維持管理費用を考えれば、「安い」とすら思えます。

鈴木さんは、自らを「逆境ラバー」と言っていました。鈴木家がなぜ地主として400年以上もその土地と周囲で愛されてきたのか、腑に落ちた気がします。

そんな思いを経て誕生した「鈴森Village」が、今後この地でどんな暮らしを育んでいくのか、楽しみでなりません。

●取材協力
鈴森Village
SUUMO物件ライブラリー 鈴森Village

2023年猛暑は「無理せず節電」がキーワード!? 節電効果を感じやすい対策とは?

今夏は、豪雨に見舞われる一方で、連日危険な猛暑が続く気候になっている。熱中症への注意喚起も毎日のように行われ、適切な冷房による暑さ対策が求められている。猛暑の本番はこれからとなるので、エアコンを使いたいものだが、電気代の高騰で節電も気になるところだ。

【今週の住活トピック】
「暑さ対策における節電調査」結果を公表/積水ハウス 住生活研究所

この夏の暑さ対策で節電はするけど、無理はしない!?

積水ハウスの住生活研究所が、「暑さ対策における節電調査 (2023年)」の結果を公表した。それによると、夏の日中に「外出(屋外)したい派」は54.7%となり、昨年(2022年)の32.8%より20ポイントも増えた。これまで我慢していただけに、積極的に外出しようという人が多いようだ。

ただし、外出(屋外および屋内)したい理由のなかには、外出が楽しい・快適だからとか、運動不足対策などに加えて、「家計(光熱費)の節約」「自宅の電気代懸念」といった声も多く、電気代が高騰するなか、自宅の電気代の節約がこの夏の大きな課題にもなっている。

今年の夏を自宅で過ごすうえで、「電気代節約のための暑さに関する節電対策を実施する」と回答した人は60.6%。この人たちに「暑さ対策における節電の意向」を聞くと、「積極的な節電派」は43.6%(「極限まで節電対策をしたい」8.3%+「対策はできる限り行い節電したい」35.3%)だったのに対して、「無理しない節電派」(対策は心掛けるが無理はしない)が48.2%だった。ほぼ拮抗するが、やや「無理しない節電派」が多いという結果だ。「無理しない節電派」は、この夏を自宅で過ごしたい派に限るとさらに多くなり、58.1%に達するが、逆に、外出したい派では「積極的な節電派」の方が多くなった。

出典:積水ハウス 住生活研究所「暑さ対策における節電調査 (2023年)」エアコンの運転方法を工夫して節電するが、実感を得やすいのは窓の断熱

では、昨年の夏にはどんな節電に取り組んだのだろう?
「エアコンの設定温度を上げる」(49.7%)、「エアコンとサーキュレーターや扇風機を併用する」(33.8%)など、節電になるとしてよく知られている方法が上位に挙がる結果となり、おおむねエアコンの運転に関する対策が多くなった。

出典:積水ハウス 住生活研究所「暑さ対策における節電調査 (2023年)」

こうした節電対策を行ったことで、節電の効果は実感できたのだろうか?
意外な結果なのだが、節電対策の効果を実感した人が多いものを見ると「窓からの日差しを遮る」(78.5%)、「窓の断熱性向上」(75.0%)が1位と2位を占めた。この2項目は、前の質問で節電対策として実施した割合を見ると5位(20.7%)と10位(8.4%)で、多くの人が実施したことでもなかったので、意外に感じたわけだ。

出典:積水ハウス 住生活研究所「暑さ対策における節電調査 (2023年)」

にもかからず実感した人が多いのは、暑い日差しが遮断されたという体感が得られたからだろう。すだれなどの日除けを置くだけでも、窓から入る直射日光を遮っているのが実感しやすいものだ。一方、エアコンの運転による節電では、電気代の削減によってしか効果が測れず、電気代自体が上昇しているのでいくら削減されたのか分かりづらいということもあるのだろう。

気になる夏バテ、予防法は運動と入浴

さて、リンナイが「夏バテに関する47都道府県意識調査」の結果を公表した。夏バテとは、「夏季の高温と多湿に対応できずに起こる不調のこと」(リンナイのリリースより)。この調査結果によると、「これまでに夏バテを感じたことがある」という回答は78%に達し、かなり多くの人が夏バテを経験していることが分かる。ちなみに、夏バテ経験者が最も多いのは「群馬県」「宮崎県」(90%)で、最も少ないのは「沖縄県」(64%)だった。

では、夏バテの予防法はあるのだろうか?
リンナイが監修を依頼した久手堅 司医師によると、「エアコンをつけて過ごすことが多い現代は、夏の暑さに身体が慣れる『暑熱順化』が獲得しづらい環境にある」という。

久手堅医師によれば、身体に備わっている熱を逃す能力を機能させるために、運動をして発汗量や血流量を増加させるのがよいという。「ウォーキングであれば30分以上、ジョギングであれば15~20分程度」の運動が望ましいそうだ。

また、「運動ができない場合は、入浴時に湯船に浸かることで『暑熱順化』を獲得し、夏バテや熱中症予防の効果が期待できる」という。「38~40℃のお湯に首までしっかりと浸かって、10~15分程度」入浴すれば、深部体温があがり、血流も改善し、発汗効果もあるという。

節電だけでなく夏バテ防止にも、エアコンを上手に使おう

久手堅医師によれば、「エアコンは快適な半面、『暑熱順化』を妨げる」リスクがあるという。しかし「特に夜間は、質の良い睡眠で身体を休ませるためにも、最低気温が25℃以上の熱帯夜にはエアコンを使う」のがよいのだとか。

積水ハウス 住生活研究所の調査結果では、「夏の就寝時におけるエアコンの稼働実態」について、「一晩中エアコンをつけている」人は38.4%で、「タイマーを使用して数時間で切る」人は37.2%、「エアコンをつけない」人は23.8%という結果になった。この中で「ほとんど毎日快適に眠れた」という回答が多かったのは「一晩中エアコンをつけている」人(26.0%)で、「快適に眠れた日の方が多かった」(30.2%)と合わせると、56.2%が睡眠の質の高さを感じていることが分かった。

節電のためだけでなく、睡眠の質を上げて夏バテ予防につなげるためにも、エアコンを上手に活用することが推奨される。直接風を当てると体の熱が奪われるので、扇風機やサーキュレーターで室内の空気を循環させるなどの工夫も必要だ。また、窓の断熱性を引き上げる改修なども行って、エアコンで冷やした室内の温度を外気の熱で暖めないようにすることも大切だ。

ほかにも、暑いからと冷たいものばかり飲み食いするのではなく、しっかり睡眠をとったり適度に発汗したりして、自身でも健康管理をするようにしてほしい。

●関連サイト
積水ハウス 住生活研究所「暑さ対策における節電調査」
リンナイ「夏バテに関する47都道府県意識調査」

高齢者や要介護者の”家族と外食したい”を叶える横浜中華レストラン「風の音」。介護食対応・バリアフリーで地域の集える場に

神奈川県横浜市瀬谷区にある中華レストラン「風の音(かぜのおと)」。店内はバリアフリーで、メニューは介護食にも対応という、高齢者など外食のハードルが高い方も安心して食事を楽しめるお店です。その背景には、「家族と外で食事したい」という高齢者からの声がありました。2008年にオープンした同店は、地域の中でどのような存在となってきたのでしょうか。風の音を経営する株式会社アイシマ総務部長の栗原雅也さんと店長の外川純子さんに、開業のきっかけや地域との関わりについて伺いました。

地元・瀬谷区産の野菜を使い、本場の料理人が腕を振るう「風の音」外観(写真撮影/阿部夏美)

「風の音」外観(写真撮影/阿部夏美)

神奈川県横浜市の西端に位置する瀬谷区。東部の三ツ境エリアには、駅周辺の商業施設や商店街のほか、閑静な住宅街が広がります。

横浜駅から相模鉄道本線で約20分の三ツ境駅から10分ほど歩くと、奥行きのある2階建ての建物が見えてきます。この1階が、中華レストラン「風の音」です。経営する株式会社アイシマは、横浜市西部を中心にデイサービスやグループホームなどの介護事業を運営する企業。この建物も、2階はサービス付き高齢者住宅となっています。

人気メニューは平麺を使った「五目やきそば」。大ぶりの魚介と野菜をふんだんに使ったあんが、カリカリに焼いた麺にたっぷりからむ(写真撮影/阿部夏美)

人気メニューは平麺を使った「五目やきそば」。大ぶりの魚介と野菜をふんだんに使ったあんが、カリカリに焼いた麺にたっぷりからむ(写真撮影/阿部夏美)

開業当初は、横浜中華街でお店を持っていた経験をもつ中国人シェフが調理を担当していましたが、引退後の現在は中国から呼んだ弟子たちが腕を振るっています。高齢のお客さんに合わせ、味付けは一般的な中華料理と比べると塩分・油控えめの優しい味わい。好みに応じて濃く調整してもらうことも可能です。

野菜は地産地消を意識して、瀬谷区阿久和産のものを使っており、以前は店先の花壇で育てたパクチーを使った料理を提供していたこともあるそう。週替わりのランチメニューは、仕入れた野菜に応じて都度メニューを考えるので、旬の食材をいつでも楽しめます。

「家族と外で食事したい」 施設利用者からの要望でレストラン開業

同店の大きな特徴は、介護食にも対応していること。食べ物を飲み込むことが困難なお客さんに向け、食材をミキサーにかけたり、刻む大きさを3段階で用意したりするほか、食べ物が喉を通るスピードを調整するとろみ剤の準備も。どんなメニューでも、追加料金なしで対応可能です。

「食事には、彩りを見る楽しみもあります。刻む場合は完成した料理ごと細かくするのではなく、食材ごとに刻んでから盛り付けるんですよ」と店長の外川純子さん。

そんな風の音がオープンしたのは、2008年12月。アイシマが運営する施設の利用者からの要望がきっかけでした。

店長の外川純子さん(左)、アイシマ総務部長の栗原雅也さん(写真撮影/阿部夏美)

店長の外川純子さん(左)、アイシマ総務部長の栗原雅也さん(写真撮影/阿部夏美)

「介護施設の入居者から『たまには家族と外食したい』という声があったんです。でも、車椅子の高齢者が外食に行くにはさまざまな困難があり、なかなか難しいんですよね」

そう語るのは、アイシマの総務部長で、風の音事業を担当する栗原雅也さん。

「一般的な飲食店だと、設備面では通路やトイレの狭さがネックになります。料理に関しては、高齢者は嚥下(えんげ)力が弱まりむせやすいため、食材の硬さや大きさによって飲み込みにくいことがハードルに。また、マイクロバスなどの送迎サービスがあったとしても、車椅子に対応している車でなければ移動ができません。それならば、その声に応えようと思いました」(栗原さん)

こうして、介護事業を通して得た知見を活かしたレストランの運営が始まりました。

完全バリアフリーの店内。誰もが外食を楽しめる環境づくり

「高齢者が外食できる場所を」という目的でつくられた風の音。アイシマが運営する介護施設入居者の訪れやすさや、当時の本社にも近かったことにより、瀬谷区三ツ境にオープンしました。瀬谷区は横浜市内でも高齢者が多い地域の一つで、都心で生活している子ども世代がアクセスしやすい場所でもあるといいます。

1階はレストラン、2階はサービス付き高齢者向け住宅という業態にするため、建物を新築し、店内にさまざまなバリアフリーの工夫を施しています。

レストラン店内。奥のテーブルは、大人数での利用向けに長くつなげている(写真撮影/阿部夏美)

レストラン店内。奥のテーブルは、大人数での利用向けに長くつなげている(写真撮影/阿部夏美)

どの通路も車椅子やベビーカーが通れるように座席を配置。全てのテーブルは一般的なものより高さを上げている特注品で、車椅子に乗ったまま利用できます。車椅子利用者でない人にとっては使いづらいのでは?と思いましたが、筆者が使ってみても、使いづらさは全く感じませんでした。

約30坪のスペースにはテーブル11卓、席数52席を置いています。広さに対してテーブルや席が少なめの印象で、悠々と食事を楽しめそうな雰囲気です。このほか、6人掛けや8人掛けの中華テーブルを置いた個室の宴会場を設けています。

入口の境にも段差がない造り(写真撮影/阿部夏美)

入口の境にも段差がない造り(写真撮影/阿部夏美)

入口のスロープから客席、トイレまで、店内には一切の段差がありません。車椅子やベビーカーの利用者はもちろん、杖をついている人や幼児にとっても移動しやすそうです。扉は全て自動ドアかスライド式のもので、店内の通路には手すりを取り付けています。

車椅子での方向転換にも不便がないよう、トイレは広々としたスペースを取っている(写真撮影/阿部夏美)

車椅子での方向転換にも不便がないよう、トイレは広々としたスペースを取っている(写真撮影/阿部夏美)

印象的なのは、トイレの設備の充実度。風の音では一般の個室が3つあるほか、車椅子利用者とともに介助者が入っても十分な広さのある個室を3つ設けています。高齢者はトイレが近い方が多いため、例えばグループでの食事会の際、お店に来たときや帰るときにトイレが大混雑、なんてことがあるのだそう。広い個室はベビーカーと一緒でも入りやすく、おむつ交換台も完備。4つの洗面台も全て、車椅子のままでも使いやすい高さにつくられています。

店のイベントで顔なじみに。入居者や地域住民が集う場としてオープン10周年記念イベントの様子。地元出身のアーティストを呼んでコンサートを開催しました(写真提供/風の音)

オープン10周年記念イベントの様子。地元出身のアーティストを呼んでコンサートを開催しました(写真提供/風の音)

アイシマでは、風の音で毎月イベントを開催し、地元とのつながりを育む活動を行ってきました。瀬谷区出身の歌手や三味線奏者のライブ、茶道の先生を呼んでお茶をたてる体験のほか、アイシマグループの会長が所有する山に咲いた花を使ったフラワーアレンジメント会を開いたこともあるそうです。

歌手の方やお茶の先生は、もともとお客さんとして訪れた方で、会話を通して活動を知り、「ぜひうちでイベントをやってみませんか」と声をかけたとのこと。こうして、地域のつながりから輪を広げていきました。

「イベントに参加してくださる方は、主に近隣住民や施設の入居者です。イベントで一緒になるうちに顔なじみになり、『また次に会いましょうね』なんて交流が生まれるんですよ」(外川さん)

アクセサリーやドリンクホルダーなど、お客さんがつくったハンドメイド作品を店内で販売しています(写真撮影/阿部夏美)

アクセサリーやドリンクホルダーなど、お客さんがつくったハンドメイド作品を店内で販売しています(写真撮影/阿部夏美)

お客さんのなかには、中華料理を食べずに友人同士の定期的なお茶会の場所として使っている人もいるとか。月に1回ほど、家族が車でお店まで送り届け、数人でデザートを食べながらひとしきりおしゃべりして帰る、という使い方だそうで、なんとも楽しそうです。

「自宅でお茶会をするのはお互いのご家族にも気を使わせてしまうとのことで、場所に困っていたそうです。みなさん普段からよくランチに来てくれる常連さんなので、『ぜひ協力できれば』と風の音を使ってもらうことになりました。お客さんからは『ここに来るとすごく落ち着く。スタッフの方と会話もできるし、家族と過ごすときとは違う楽しさがあるからまた来るね』と言っていただいたり、家族の方からも『風の音なら安心して送り出せる』といった声を聞いたりしていて、すごくうれしかったです」(外川さん)

施設や家とは別の居場所があるということ

2階に併設する高齢者向け住宅の入居者には食事が用意されていますが、家族や友人が訪ねてきたときに1階で一緒に食事をしたり、中華が食べたくなったときに電話で注文して1階や2階で食べたりすることが可能です。

風の音で提供するニラレバ。「過去の入居者さんで、ここのニラレバをすごく気に入っていた方がいたんです。オープン以来、毎週必ず食べに来てくれました」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)

風の音で提供するニラレバ。「過去の入居者さんで、ここのニラレバをすごく気に入っていた方がいたんです。オープン以来、毎週必ず食べに来てくれました」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)

アイシマが運営するほかの施設の入居者にとっても、風の音へ食事に行くのは楽しみな行事の一つ。定期的に開催される食事会のためにメイクをしたりネイルを塗ったりして訪れる利用者も多いそうです。帰ってきてからも、食事会の感想をおしゃべりしながらまた次回を心待ちにするなど、ただ1回の外食ではなく、その前後にいろいろな楽しみが生まれているといいます。

「介護施設に入ると、どうしても家族と会話する機会が減ってしまうので、生活の中でいかに刺激を得るかが課題になってくるんです。いつもと違う場所に出かけて食事をするといったイベントをつくることは、普段の話題が豊かになる点でもやっぱり大事だなと感じます」(栗原さん)

入口のドア前で。「当初は、来店時に施設の高齢者グループと一緒になると少し戸惑われるお客さんもいましたが、現在では風の音がどのような店なのかをどなたも理解してくださっているように感じます」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)

入口のドア前で。「当初は、来店時に施設の高齢者グループと一緒になると少し戸惑われるお客さんもいましたが、現在では風の音がどのような店なのかをどなたも理解してくださっているように感じます」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)

アイシマ全体として高齢者と関わる事業を運営していることから、新型コロナウイルス感染症には慎重に対応し続ける必要があり、2023年6月時点ではまだイベントの開催や他施設からの来店を再開できていません。今後についてお二人は、「少しずつ元の状態に戻って、これまでと変わらず地域に寄り添ったお店でありたい」と話してくれました。

一方で最近は、県外の特別支援学校などから「イベントの一環として利用したい」という連絡が増えているそうです。取材に伺ったときも、翌日には長野県の学校から修学旅行で訪れる予定が入っているとのことでした。

「観光で横浜に来たとしても、バリアフリーで介護食対応のお店は、中華街にはなかなかないと思うんです。風の音でゆったりと本格的な中華料理を楽しんでもらって、『横浜でおいしい中華を食べた』という思い出を残せるような使い方をもっと広めていきたいですね」(外川さん)

いくつになっても安心して通えるからこそ、「長く愛せるお店」にニラレバや餃子、前菜の盛り合わせ、五目焼きそばなど。奥に映るのは筆者の祖父母(写真撮影/阿部夏美)

ニラレバや餃子、前菜の盛り合わせ、五目焼きそばなど。奥に映るのは筆者の祖父母(写真撮影/阿部夏美)

実は、風の音の近所に筆者の祖父母が住んでおり、以前から親戚の集まりなどでお店を利用していました。かつての食事会ではベビーカーに乗った乳幼児もいて、高齢者から子どもまでいるグループでみんながのびのびと食事できる場所は貴重だったのかなと思います。

祖父母とは3年ほど会えていませんでしたが、今回の取材後、久しぶりに声をかけて一緒に風の音に行ってみました。わいわいしながら大皿を取り分けて食べる中華料理は、誰かと食事する楽しみをより一層感じられる気がします。祖父母は以前会ったときよりも移動が大変そうになっていたり、耳が遠くなったことでお互いに大きめの声で会話したりしましたが、ここでは周りを気にすることはなく、当事者のみならず同行者も落ち着いて過ごせるお店なのだと再認識しました。

風の音に関して特徴的だと感じたのが、施設の入居者のためにつくられたお店でありながら、地域住民も利用できるという点です。栗原さんによると、入居者限定の食堂を併設している施設などはあっても、一般の方も入れるところはあまりないとのこと。実際、風の音のお客さんは6割ほどが地域住民の方々だそうです。施設の中だけで閉じてしまうのではなく、イベントの開催も通じて、異なる施設の入居者同士や近隣住民同士などがつながれる場を積極的につくってきたことが、長い月日にわたって風の音が地域に愛されるお店になった理由なのかもしれません。

●取材協力
中華レストラン「風の音」、株式会社アイシマ

高齢化率30%の北九州市が居住支援のフロントランナーに。官民連携の理想モデルが全国で話題 市&NPO抱樸インタビュー

高齢者や生活困窮者の住宅確保と自立支援を一体的に進めるため、厚生労働省と国土交通省が連携して取り組む『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体として、2022年度まで選定された全国5市の1つ、福岡県北九州市。かつて北九州工業地帯の中核として繁栄したこの街は、今は全国の政令指定都市の中で最も高い30%を超える高齢化地域となりました。同時に単身・高齢世帯は、オーナーや不動産会社が物件の提供を拒否する対象となりやすいことから、住宅確保問題の課題先進地域となっています。

事業実施自治体として選出された背景には、ホームレスや居住困難を抱える人たちに寄り添い尽力してきたNPO法人や困窮者問題に取り組む民間の不動産会社の存在と、行政との連携・協働体制がありました。全国から注目されるようになるまでの軌跡や北九州市における居住支援の今、そして今後の課題を当事者の皆さんに聞きました。

高齢化とともに拡大した「住まいの確保に困難を抱える人たち」

北九州市 建築都市局 住宅計画課の尋木さやかさんと樋口泰輔さん(取材当時、現在は別部署に異動)によると「北九州市において住まいの確保に配慮が必要な人の中でも特に増加しているのが、高齢者」だと言います。高齢者の単身世帯や夫婦のみで暮らしている世帯は市内に11万世帯を超え、高齢者のいる世帯の60%以上に達し、今後も増加が見込まれます。

「また、障がいがある人のうち、知的障がいと精神障がいのある人が2017年以降はおよそ2万6000人を数え、少しずつ増加傾向にあります。その一方で、市営住宅の世帯数に占める割合は2022年度末現在で全国の政令市平均の約2倍、管理戸数にして約3万2000戸程度あるものの、将来的な世帯数の減少予測などを踏まえ、2055年までに約2万戸まで減らす計画が進行中です」(北九州市 樋口さん)

北九州市の高齢者は年々増え続け、特に単身世帯や夫婦のみの世帯が増加している。また、障がいのある人の数自体は横ばいだが、知的障がいのある人、精神障がいのある人は増加傾向にある(資料提供/北九州市)

北九州市の高齢者は年々増え続け、特に単身世帯や夫婦のみの世帯が増加している。また、障がいのある人の数自体は横ばいだが、知的障がいのある人、精神障がいのある人は増加傾向にある(資料提供/北九州市)

市営住宅を減らしていくためには、すでに十分存在している民間の賃貸住宅への入居を増やしていくことも必要です。しかし、賃貸オーナーや管理会社の中には、孤独死や近隣トラブルなどを懸念し、高齢者や障がい者などの受け入れに消極的なところも少なくありません。市営住宅に安価で入居できていた人たちが、新たに居住困難に陥ることがないよう、貸し手の不安を軽減しながら、民間の賃貸住宅に入居しやすくなるような支援がますます必要です。

国のモデル事業に指定された、北九州市の居住支援とは

北九州市は、厚生労働省と国土交通省が行う『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体に選定されています(他に2022年度までに選定されたのは神奈川県座間市、兵庫県伊丹市、宮城県岩沼市、石川県輪島市)

「2012年には、北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる『北九州市居住支援協議会』を設立し、居住支援の体制をつくってきました。さらに市内の不動産会社に呼びかけ、高齢者や障がいのある人が安心して賃貸住宅を探せるよう協力する不動産会社を『住まい探しの協力店』として登録しています。住まい探しの協力店は高齢者世帯・障がい者世帯であることを理由に入居を拒むことはありません」(北九州市 尋木さん)

住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るために、2012年に北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる北九州市居住支援協議会が設立された(資料提供/北九州市)

住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るために、2012年に北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる北九州市居住支援協議会が設立された(資料提供/北九州市)

さらに北九州市では、居住支援協議会と居住支援法人とがより密接に連絡・連携を図るため、2022年2月に「居住支援法人連絡協議会」を設置しており、2022年度から会長及び副会長が委員として正式に居住支援協議会に参加しています。

北九州市では、居住支援法人の存在をより多くの不動産会社やオーナーに届け、理解を深め、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居に協力を得られるよう、動画やリーフレットによる普及啓発活動も行っている(画像提供/北九州市)

北九州市では、居住支援法人の存在をより多くの不動産会社やオーナーに届け、理解を深め、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居に協力を得られるよう、動画やリーフレットによる普及啓発活動も行っている(画像提供/北九州市)

NPOが行政に提言。「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」

市民協議会の発足などを先導してきた NPO法人の抱樸は、低所得層や高齢者への支援活動を行ってきました。

しかし、かつては、低所得者や高齢者、障がい者などへの福祉的な支援や対応について、抱樸と北九州市の福祉部門の間で意見がぶつかることもあったそう。転機となったのは、2003年に抱樸から「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」を提言書としてまとめて行政(北九州市)に提出したことだったといいます。

これを機に、行政と民間の協働が本格的に始まります。

「私たち抱樸は、最初にアパート5部屋を借り上げて、低所得者や障がいのある人が社会への自立を目指していくための『自立支援住宅』をつくりました。民間の団体がスピードをもって実践してみせた結果、その3年後に北九州市は自立支援住宅を参考に、50床を有し、24時間支援員を配置し、朝・昼・夕の3食を提供する『ホームレス自立支援センター』を立ち上げたのです。

民間だけでこれだけの規模の施設をつくることはとてもできません。行政ができることと民間ができることは違うので、これからの住宅問題においても、その間をどう繋げていくかの議論が重要になってくると思います」(抱樸 奥田さん)

北九州市が立ち上げたホームレス自立支援センター。抱樸に委託する形で運営されているが「ここまでの規模の支援施設を民間だけの力で立ち上げることは難しい、行政との協働が必要だ」と奥田さんは語る(資料提供/抱樸)

北九州市が立ち上げたホームレス自立支援センター。抱樸に委託する形で運営されているが「ここまでの規模の支援施設を民間だけの力で立ち上げることは難しい、行政との協働が必要だ」と奥田さんは語る(資料提供/抱樸)

2017年以降、支援の実務を担う抱樸は、居住支援の枠組みを作る組織「北九州市居住支援協議会」に、居住支援法人としてオブザーバー参加。行政と民間の繋ぎ役として、新しい一歩を踏み出します。さらに2019年ごろからは福祉部門だけでなく、北九州市の住宅部門とも協働するようになりました。北九州市内の居住支援法人の代表として行政と民間を繋ぐ役割を果たし、現在、奥田さんは先に紹介した「北九州市居住支援法人連絡協議会」の会長としても活動を続けています。

地域の不動産会社との連携で、民間の賃貸住宅を提供しやすくなる仕組みづくり

さらに抱樸は、先で紹介した「自立支援住宅」を皮切りに、社会生活に困難を抱える人たちの状況に応じたさまざまな形態の住まいを提供してきました。自分で生活できる人に対しては入居できる住宅の提供を、生活の支援が必要な人には24時間生活支援付きの共同居住施設を運営しています。

しかし、奥田さんは「高齢者や障害のある人、ひとり親家庭など、住まいを必要とする人が多様化するなか、多くの人に必要なのは、ただ家を提供するのではなく、社会とのつながりを支援する住宅と暮らしの一体型支援」だと考えています。そこで行き着いたのが、「地域居住型」の居住支援でした。

抱樸が行っている居住支援。利用者の状況によって提供する支援も変わるが、図のBのような、住宅と一部見守りや互助支援で社会参加を支える「地域居住型」のニーズが高まっているという(画像提供/抱樸)

抱樸が行っている居住支援。利用者の状況によって提供する支援も変わるが、図のBのような、住宅と一部見守りや互助支援で社会参加を支える「地域居住型」のニーズが高まっているという(画像提供/抱樸)

地域居住型の住宅支援は、住まいの確保に困難を抱える人たちが一般の民間賃貸住宅に入居し、地域に見守られながら支援を受けて暮らしていくものです。この形態を維持しながら運営し続けるためには、人手もお金も必要です。また、民間企業の理解や協力も欠かせません。

北九州市で不動産業を営んでいる田園興産は、1981年ごろから北九州市内でワンルームマンションを中心に住宅を供給している会社です。田園興産の代表・田園直樹さんは、抱樸から「住宅の確保に配慮が必要な人が入居できる住宅を提供してもらえないか」との相談に、自社の所有する築30年超えのマンション60室を「家賃は通常家賃の6割、入居者が入ってからの家賃支払い」という条件で、抱樸にサブリース(一括借り上げ)形態で物件を貸すことにしました。

「本来、サブリースは、管理者が複数の住戸を一括で借り上げてオーナーに定額の家賃を支払う方式なので、空き部屋が出ると管理者(このケースでは抱樸)がリスクを負うことになります。田園さん(オーナー)が居住支援に対して理解があり、抱樸にとってリスクの小さい条件設定をしてくれたおかげで、公的な資金に頼らずに支援費を出すことができるようになりました。3万円の家賃の物件を抱樸が2万円で借り上げ、その差額が入居者の生活支援を行うスタッフの人件費などに充てられています」(抱樸 奥田さん)

これにより抱樸では、性別や年齢、収入などにかかわらず、多様な人たちを受け入れることができるようになりました。

プラザ抱樸など借上型支援付住宅は、抱樸が家主(オーナー)からマンションを借り受け、入居者に部屋を提供するサブリース型。入居者が支払う家賃から、見守りなどの支援費用が充てられる(画像提供/抱樸)

プラザ抱樸など借上型支援付住宅は、抱樸が家主(オーナー)からマンションを借り受け、入居者に部屋を提供するサブリース型。入居者が支払う家賃から、見守りなどの支援費用が充てられる(画像提供/抱樸)

しかし、この破格の条件は、企業の事業として成立するのでしょうか。

「奥田さんから物件を貸してほしいとお話をいただいたのはちょうど、建設時の融資の返済が終わった時期です。マンションが古くなり空室も多くなっていたため、そのままで部屋の状態が悪くなっていくよりも、どなたかに住んでもらったほうが良いと考えました。借金の返済が終わっていたので、『6割の家賃』でも『入居してから家賃発生』でも当社が損をすることはなく、事業として問題はなかったのです」(田園興産 田園さん)

ただし「田園興産のような会社は稀有」だと奥田さんは話します。一般的な物件の管理契約では、オーナーの考えや、すでに入居している人たちへの配慮などにより、入居できる人が限られてしまう可能性もあります。そのため抱樸は、一括借り上げのマスターリースという方法を選択することで、審査を自分たちで行い、オーナーの意志に大きく影響されずに住まいを必要とする人が入居できるようにしたのです。

見守り支援付き住宅「プラザ抱樸」は、先の画像で「B2.借上型支援付地域居住」として運営しているもの。抱樸が一括で借り上げて管理することで、オーナーの意志に影響されることなく、どのような人でも入居できるようになった(画像提供/抱樸)

見守り支援付き住宅「プラザ抱樸」は、先の画像で「B2.借上型支援付地域居住」として運営しているもの。抱樸が一括で借り上げて管理することで、オーナーの意志に影響されることなく、どのような人でも入居できるようになった(画像提供/抱樸)

今後は「支援付き住宅」ではなく、「住宅付き支援」が必要

奥田さんは、今後の居住支援は、福祉と住宅の連携がますます必要になってくるといいます。

「福祉に携わっている人は、不動産の取引や法制度についてよく知らない人が多く、不動産業界の人は福祉のことをほとんど知りません。お互いの領域を勉強していかないと、理解し合うことができずに話が進まなくなってしまいます。

そして、机上の会議や勉強会を行うのではなく、いま目の前の困っている人にどう対応するか、実際に動いていくことが大事です」(抱樸 奥田さん)

また、日本の社会保障制度は、家族がいてその支えがあることが前提となっていますが、実際は総世帯のおよそ40%が、いざというときに支える家族や相談できる相手がいない単身世帯です。

日本の医療や介護といった社会保障制度は家族がいることが前提だが、現在は40年前とは違い、総世帯数のおよそ40%が単身世帯というのが現実(画像提供/抱樸)

日本の医療や介護といった社会保障制度は家族がいることが前提だが、現在は40年前とは違い、総世帯数のおよそ40%が単身世帯というのが現実(画像提供/抱樸)

この現状を踏まえ、奥田さんは今後の居住支援のあり方に関しても提言します。

「これからの居住支援は、身内に頼れない単身者を社会とどうつなげていくかを真剣に考えなければなりません。これまで当たり前のように家族が担ってきた機能をこれからは社会が担う『家族機能の社会化』を目指すべき、というのが私の考えです。これからは私たちのような第三者が単身者と社会とをつなぐ役目を果たしながら、新しい民間のあり方や制度が必要とされています」(抱樸 奥田さん)

家族や企業の支援が前提の従来の日本型社会保障制度では成り立たなくなっている。家族や企業の支援が受けられない人たちを取りこぼさない、新しい支援や制度が必要(画像提供/抱樸)

家族や企業の支援が前提の従来の日本型社会保障制度では成り立たなくなっている。家族や企業の支援が受けられない人たちを取りこぼさない、新しい支援や制度が必要(画像提供/抱樸)

「住まいにおいては、これまでのように生活支援と住宅をセットにした『支援付き住宅』だけではなく、切れ目のない伴走型の支援の中でその時々に合わせた住まいを提供する『住宅付き生活支援』という考え方へのシフトが必要です。その実践のためにはより多くの低廉な民間賃貸住宅が必要で、先のサブリース形態やオーナーさんが福祉部分をアウトソースするような形が有効に働くと考えます。不動産会社、とくに管理会社にとってこれはビジネスチャンスにもなり得るのではないでしょうか」(抱樸 奥田さん)

奥田さんの言葉に、居住支援と福祉は決して別々に考えることはできないことを改めて認識しました。

住まいの確保に困難を抱える人たちの支援を定めた住宅セーフティネット法を、空き家や空室を活用し減らすための法律と捉える自治体も多いようですが、居住支援とは、住まいを提供するだけのものではありません。社会的な孤立や孤独をどう防ぐかが、奥田さんが目指す「助けを必要としている人が『助けて』と言える、助け合える街。誰もが一人にならない、誰もが安心して暮らせる街」を実現する鍵となるのではないでしょうか。

そのためには行政がつくる土台を前提に、支援が必要な人たちに寄り添い、継続して支援するNPO法人や民間企業が果たす役割は大きいと感じました。

特に高齢化と単身化が進む日本で、これまで身内が担ってきたケアを支援や制度でどうカバーしていくのか、住宅付き生活支援型の居住支援が全国規模で実現する日が来るのか、北九州市の居住支援、今後の展開にも目が離せません。

●取材協力
・北九州市
 北九州市居住支援協議会
 居住支援法人に関する情報提供
・NPO法人 抱樸
・株式会社田園興産

相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

“1階が相撲部屋のシェアハウス”というユニークな形態の賃貸マンションが昨年2022年4月、墨田区に誕生しました。朝稽古の見学会やちゃんこ会など住民を招いてのイベントもあるというこのユニークな物件について、親方の思いのほか、管理会社、入居者に話を聞きました。

1階に相撲部屋がある賃貸マンションとは?

1階にコンビニなどの商業施設やクリニックが入っているマンションはよく目にします。「1階に自分の好きな店や、よく使う施設が入っていること」は、物件探しの際にも意外と重要な要素ともいえるでしょう。他にはなかなかない「1階に相撲部屋がある」物件に住んでいるというのは、ちょっと得難い体験ができるのでは?と、思うのですが、実際はどうなのでしょうか?

大都会のなかのローカル線、といった趣のある東武亀戸線小村井駅から歩いて5~10分ほどの住宅街のなかに、モダンなマンションがあります。よく見ると1階の入口に「押尾川部屋」の立派な看板が見えます。これが、相撲部屋のある賃貸マンション「クリエイティブハウス文花」です。

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

緊張感漂う相撲の朝稽古を見学

朝8時、朝稽古の様子を見学できるということなので、実際にお伺いしてみました。

この日の見学者は20名ほどいましたが、そのほとんどが外国人です。外国人に交じって稽古場がオープンするのを待ちます。

稽古場は、土俵がすっぽり入るのはもちろん、土俵の横にはすこし広めの板間もあります。力士は、稽古が終わると板間でちゃんこを食べるわけです。

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

稽古が始まると、力士はすり足、四股といった基礎練習を黙々とこなします……ふだんテレビで見るような取り組みとは違った迫力があり、力士の真剣さがダイレクトに伝わってきます。

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

驚嘆したのは、力士たちの股割りの角度です。股割りは、ケガを防止するための、いわゆるストレッチですが、どの力士もほぼ180度の信じられない角度で足を広げて床に突っ伏します。椅子から立ち上がるだけでも体がガクガクするほど運動不足の僕にとってはまさに異次元の世界です。さすが力士です。

基礎練習が終わると、ぶつかり稽古が始まります。真剣に稽古を行う力士の掛け声が真新しい稽古場に響きます。親方や先輩力士が後輩力士に対し、丁寧かつ真剣にアドバイスする様子など、見学者は身動きせず、固唾をのんでその様子を見守っています。

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

おそらく、外国人観光客の方には、どんなことがやりとりされているのかは、わからないかもしれません。しかし、その真剣な雰囲気は、十分に感じ取ることができたでしょう。

朝稽古の見学は、8時からスタートし、1時間半ほど見学することになります。誰でも無料で見学することは可能ですが、ふらりと行って見られるわけではなく、開催日と定員が決まっており、事前に申し込みが必要です。時間厳守の上で途中での入退場ができませんので、見る方も本気で見に行かなければいけません。

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

張り詰めた雰囲気の稽古が終わると、一挙に緊張がほぐれます。親方が海外からの見学者に「ウェアーアーユーフロム?」とフランクに声を掛けると、にこやかに「Hong Kong」だとか「France」という答えが。
そうこうするうちに、見学者たちと記念撮影の時間が和やかに始まります。本物の力士さんと写真が撮れるという機会、日本人でもなかなかありません。

ちなみに、昔から「お相撲さんに赤ちゃんをだっこしてもらうと健康で丈夫になる」という言い伝えがありますが、押尾川部屋では、力士に赤ちゃんをだっこしてもらって写真を撮影できる『赤ちゃんだっこ体験会』も開催しています。

戦災を受けずに残った町に相撲部屋が来た

押尾川部屋は、元関脇の豪風だった押尾川親方が2022年に独立し、17年ぶりに再興した相撲部屋です。そのため、稽古場を新しくつくることになり、墨田区の文花に、賃貸マンション付きの相撲部屋を新築しました。

押尾川親方がこの墨田区文花に相撲部屋をつくることを決断したのは、両国国技館からの近さもあるそうですが、地域との交流、地域に愛される相撲部屋を目指すためという目的もあったとのこと。
地域住民ファーストのため、朝稽古の見学は、近隣の方が最優先となっています。実際、取材の日も近隣からの見学者も何名かいらっしゃったようです。

クリエイティブハウス文花と道を挟んだ向かい側は、墨田区京島三丁目の趣のある町並みが広がります。京島二丁目と三丁目は、戦災での空襲を受けなかったため、大正時代の古い町並みが今でも残り、築100年を超えるような長屋もいくつかあります。

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

珍しい「1階に相撲部屋があるシェアハウス」

クリエイティブハウス文花を管理する不動産会社「エイゼン」は、墨田区のこの地域に物件をいくつか所有していますが、築年数の古い住宅や長屋をシェアハウスとして再生したり、創作活動を行うアーティストや美大生のための住居兼アトリエにリノベーションするなどの物件を、展開しています。

今、押尾川部屋のあるマンションも、数年前までは築90年以上の古い長屋建築でしたが、容積率の関係で、すこし大きめの建物が建てられることから、今回建て替えし、下層階に相撲部屋、上層階にワンルームとシェアハウスというちょっと珍しい形態のマンションとなりました。

元々、墨田区のこの地域に「相撲部屋をつくりたい」と考える親方は多かったようですが、今回はたまたま押尾川親方と、古い建物の建て替えを検討していたエイゼンを地元の銀行が仲介し、この「相撲部屋のある賃貸マンション」が誕生しました。
建物自体はエイゼンが管理し、そこに押尾川部屋が力士の住居も含めて家賃を払って入居する、という形ですが、相撲部屋部分の内装は特別仕様となっており、風呂場やトイレなどのサイズは力士仕様の大きいサイズのものが設置されているそうです。

なお、入居者はエイゼンが運営する近所のトレーニングジムが使い放題になります。もちろん、このジムは力士も使うため、力士用のサイズの大きなトレーニング装置を設置したとのこと。力士と一緒にジムで体を鍛えられるというのも、他にはない魅力のひとつでしょう。

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

賃貸部分の部屋が、普通のファミリータイプの部屋ではなく、ワンルームとシェアハウスという形になっているのは、このマンションのすぐ近くに、大学が2つもあるためです。ただし、実際に入居者を募集したところ、学生よりも相撲が好きな社会人からの問い合わせが多く、なかには、いわゆる“スー女”と呼ばれる相撲好きの女子や、かつて学生相撲などをやっていた会社員など、相撲に関心のある人が入居するなどし、これに関しては、「嬉しい誤算だった」とエイゼンの片桐社長はいいます。

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

実際に、入居されている島田(仮名)さんは、SNSで「1階が相撲部屋のマンションがある」という情報を知り「なんだか面白そう」ということで、入居しました。入居して間もないため、朝稽古の見学にはまだ行ったことがないそうですが、それよりも先に、押尾川部屋の後援会が主催するちゃんこ鍋食事会には参加されたそうです。

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

片桐社長は、「押尾川部屋の力士たちは、人数は少ないものの、健闘している力士たちばかりで、場所が始まると、エイゼンの事務所では相撲中継で押尾川部屋の力士を応援している」といいます。
大相撲の力士は、同じ県出身の力士というだけでも、なんだか気になったり、応援したくなる存在です。ましてや、自分の住んでいるマンションの1階で、いつも稽古をしている力士が、相撲をとっている、しかもその姿がテレビで中継されると思うと、マンション住人の応援の熱の入り方は、ただ事じゃないでしょう。
クリエイティブハウス文花は、住むだけで大相撲中継に対する見方がエキサイティングになるという。なかなかに面白い物件といえます。

マンション住人や地域との交流を促進人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、感染症対策のため、人の集まるようなイベントは控えていたということですが、今年より、マンション入居者同士や、近隣の住民などを招いた交流会はいくつか計画しているといいます。

マンションからは東京スカイツリーが目の前に大きく見えます。文花周辺は、あまり高い建物がないため、非常に見通しがよく、夜景などは実にきれいだそうです。「でもまあ、見慣れちゃうけどね」と、親方は謙遜しますが、夏には隅田川の花火が大変よく見える位置にあるそうです。
交流会の一環として、7月29日(土)には、押尾川部屋特製のちゃんこを食べたあと、4年ぶりに復活開催される隅田川花火大会をマンション屋上から観覧するイベントが開催されるそうです。

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、できれば地域のお祭などへの参加も考えており、地域との交流に関しては可能な範囲で積極的に行っていきたい……とのこと。

当初、親方としては、クリエイティブハウス文花のすぐ近くにある2つの大学に通う学生が、シェアハウスに入居し、若い力士との交流を持ってくれればという思いもあったようです。
親元を離れ、相撲部屋に住み込み、相撲の世界で研鑽を積む若い力士は、どうしても人とのつながりが狭くなってしまいがちだといいます。同じマンションの住人として、境遇の全く異なる同年代の人たちと交流することができると、力士にとっても大変心強いことであり、また、マンションに住む人にとっても得難いものになる……というわけです。
ところが、コロナ禍による行動制限があったためそういった交流もままなりませんでした。
行動制限が解除された今年からは、入居している学生だけでなく、所属力士と住民との交流を積極的に行うことによって、地域に根差した相撲部屋を目指したいとしています。

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

ゆくゆくは、押尾川部屋の力士が活躍し、いつかは大関、そして横綱となる日が来ると、マンション住人はもちろん、地域住民も含めて歓喜することになるのは確実です。
マンション住人だけでなく、地域の人々も巻き込んだ相撲部屋の交流が活発になれば、地域全体の盛り上がりにも繋がるでしょう。

●取材協力
クリエイティブハウス文花
押尾川部屋

2023年は郊外ファミリー賃貸で賃料が上昇!? 国分寺など上昇した駅のデータとともに解説

長谷工ライブネットは、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の沿線・駅別の賃料相場を分析し、「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」を完成させた。その結果からは、「特に郊外のファミリー賃貸で大幅上昇の傾向が見られた」という。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成/長谷工ライブネット

首都圏でファミリー向け賃貸マンションの需要が高まる!?

「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」は、間取りタイプをシングル(25平米)・コンパクト(40平米)・ファミリー(60平米)の 3タイプに分類し、沿線・駅別の賃料相場を同社独自の分析調査によりまとめたもの(対象:95沿線、延べ1,030駅)

タイプ別の賃料相場について、前年との比較で駅別に変動率を算出してまとめた結果、首都圏全体では「上昇」(やや上昇・上昇・大幅上昇)の割合がシングル37%、コンパクト47%、ファミリー51%を占め、面積が広いタイプほど上昇の割合が高い結果になった。なかでも埼玉県と千葉県では、ファミリータイプで「大幅上昇」(グラフの赤い帯部分)が20%を超えるなど、大幅上昇が目立つ。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

エリア別・タイプ別で見ると状況はそれぞれ異なるので、詳しく見ていこう。

東京23区では、シングル、コンパクト、ファミリーともに低下(やや低下・低下)よりも上昇の割合のほうが大きく、なかでもファミリータイプでの上昇傾向が大きいという点で、首都圏全体と同じ傾向にある。
東京都下のシングルだけは、低下の割合のほうが上昇より大きいのが特徴だ。が、都下でもファミリータイプでは上昇傾向が見られる。神奈川県は、首都圏のなかでは他のエリアよりは変動が小さい。
埼玉県と千葉県では、コンパクトタイプの上昇割合が最も大きいのが特徴。シングルタイプの上昇割合も、他の都県より大きいが、ファミリータイプについては「大幅上昇」の割合が大きいのが目立つ。このことから、埼玉県と千葉県は賃貸相場が上昇傾向にあるが、特にファミリータイプが特定のエリアで大幅に上昇していると推測できる。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

国分寺、さいたま新都心、千葉中央のファミリータイプ賃料が大幅上昇

次に、エリア別に賃料のランキング1位を紹介しよう。

■エリア別賃料相場ランキング(1位を抜粋)

●東京23区
シングルタイプ(25平米)表参道(東京メトロ)147,000円コンパクトタイプ(40平米)神谷町(東京メトロ)265,000円ファミリータイプ(60平米)※同率1位表参道(東京メトロ)379,000円外苑前(東京メトロ)379,000円●東京都下
シングルタイプ(25平米)吉祥寺(JR・京王)102,000円コンパクトタイプ(40平米)三鷹(JR)147,000円ファミリータイプ(60平米)国分寺(JR)238,000円●神奈川県
シングルタイプ(25平米)武蔵小杉(JR・東急)103,000円コンパクトタイプ(40平米)馬車道(みなとみらい)155,000円ファミリータイプ(60平米)馬車道(みなとみらい)278,000円●埼玉県
シングルタイプ(25平米)川口(JR)88,000円コンパクトタイプ(40平米)大宮(JR他)129,000円ファミリータイプ(60平米)さいたま新都心(JR)235,000円●千葉県
シングルタイプ(25平米)浦安(東京メトロ)87,000円コンパクトタイプ(40平米)柏の葉キャンパス(つくばEX)127,000円ファミリータイプ(60平米)千葉中央(京成)188,000円

このなかでも、東京都下の「国分寺」(前年2位)、埼玉県の「さいたま新都心」 (前年2位)、千葉県の「千葉中央」 (前年7位)のファミリータイプが、大幅上昇によってそれぞれ 1 位にランクアップした。この理由として「分譲マンションの一部が賃貸された影響で賃料が大幅上昇した」のだという。

埼玉県と千葉県では、ほかにもファミリータイプで大幅上昇した駅がある。埼玉県では「北浦和」(前年8位→5位)、「所沢」(前年9位→5位)、「和光市」(前年12位→7位)、「与野」(前年14位→9位)、千葉県では「松戸」(前年13位→7位)、「柏」(前年16位→8位)だ。

首都圏のファミリータイプで賃料が上昇する背景は?

筆者は、SUUMOジャーナル1月25日公開の記事で「東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?」を執筆した。このときは、三菱UFJ信託銀行が公表した「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)の結果を参照した。

ファミリータイプについては、東京23区と首都圏(東京23区を除く)は、現状も半年後の予測も稼働率と賃料は好調だった。その理由として、2つの要因を挙げた。

まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいこと。次に、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこと。これは在宅勤務やオンライン授業などの影響でおうち時間が長くなったことなどが影響している。その結果、広さと駅からの利便性を求めて、手の届く住まいとして、ファミリータイプの賃貸マンションへの需要が高まったと分析した。

こうした状況は今も継続している。さらに、長谷工ライブネットが指摘した分譲マンションの一部が賃貸されているということも加わって、好立地で手が届きやすい賃料のファミリータイプの需要が高いと見てよいだろう。

さて、近年は首都圏のファミリータイプの賃貸需要が高くなっているが、今後も続くのだろうか?住宅の需要はさまざまな要因で変わる。コロナ禍を経て日常生活が戻りつつあるので、就業状況や収入などが改善される方向に進んでいる。また、テレワークは一定レベルで定着しつつある。一方で、住宅ローンの金利上昇リスクが高まっているので、住宅の購入環境が変わる可能性も考えられる。さらには、感染拡大の可能性がなくなったわけではない。

その時々で、最適の住まいを選ぶということになるので、どういった住まいに需要が高まるかは予測しづらい状況になっている。

●関連サイト
長谷工ライブネット/「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成

コペンハーゲンは2人に1人が自転車通い! 環境先進国デンマークの自転車インフラはさらに進化中、専用高速道路も

環境先進国として有名なデンマーク。その先進性の一翼を担っているのが、自転車です。古くから最も人間にとって身近な移動手段であった自転車の存在が、デンマークでますます輝きを増しています。コペンハーゲンなど都市部の人にとっては、もはやなくてはならない生活ツール。今回は、デンマーク人がなぜ、これほど自転車に魅了され続けているのかについて、探求してみたいと思います。

そこのけ、そこのけ!自転車が通る!!

コペンハーゲンで街歩きをしていて、信号待ちをしたり、バスの乗降をしようとするとき、猛スピードの自転車にぶつかりそうになったり、ベルを激しく鳴らして通り過ぎていく自転車に呆然とすることがあります。特に、自転車専用道路の存在に慣れていない私たち日本人にとっては、歩道と車道の間に広がるかなり大きめなその空間を、つい歩道だと勘違いしてしまいがち。

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

デンマークでは誰でも、どんな天気でも自転車に乗ります。大人も、子どもも、王室の方も、政治家も。通勤、通学、子どもの送り迎え、買い物、レジャー、引越し。自転車の霊柩車もあるほどです。とにかく、自転車はみんなのものなのです。そして、いつもとても感心するのが、誰もが、停まるときや曲がるときに手信号で合図すること。そして、自分の体型や乗り方に合ったサドルやハンドルの高さにきちんと調整していること(デンマークで自転車に乗っている人はとても姿勢が良いのです。これは、学校で低学年で正式に公道デビューするときにサドルやハンドルの高さが自分と合っているかを確認することを教わるから)。これは、自分も相手も守る、自転車のルールの基本。当たり前のことを、きちんと当たり前にやっています。

ちなみに、コペンハーゲン市の自転車に関するデータを最新の情報から拾ってみると、全市民が平日にコペンハーゲンを走る自転車の総距離は約140万km。コペンハーゲン市で登録されている自転車の数は約74万5千台で、市の人口(約63万3千人)を上回ります。コペンハーゲン市の自転車専用道路の総距離数は約380kmで、市内を網の目のように結ぶ自転車や歩行者の専用橋は24箇所。もちろん、自転車専用信号も各交差点に設置され、現在では、自転車道の幅が自動車道の車線の幅と同じくらい広くなっているところも多く存在します。

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークでは、私が移住した20数年前もすでに自転車が多いなと感じる国でしたが、ここ15年ほどはさらにそれに拍車がかかり、特にコペンハーゲンやその近郊、オーデンセ、オーフスなどの大きな都市では、上記のように、自転車と徒歩の人にとって暮らしやすく、車では移動しにくい街づくりへとどんどん「進化」しているのが感じられます。私は時折、日本のメディアの撮影をコーディネートすることがあるのですが、そのときにも、例えばコペンハーゲン市や、現地のカメラマンなどには、車ではなく、自転車で取材をすることを勧められることがあります。実際に、カーゴバイクを数台借りて、その荷台から撮影したことも何度かあります。

関連記事:
環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた

車の便利さを取るか、自転車&歩きやすい憩いの街を取るか、それが問題だ

そうは言っても、デンマークもずっと昔から自転車国家だったわけではありません。世界的にも車が増えはじめた1970年代には、コペンハーゲンでも車があふれ、高速道路の建設や駐車場の増設が次々に計画されていました。しかし、1980年代~90年代にかけて、コペンハーゲン市で都市エンジニアをしていたイェンス・ロアベックさんは、こうした市議会の決定に疑問を投げかけます。
「コペンハーゲンに住むみなさんや、コペンハーゲンを訪れる人たちは、たくさんの車を見るためだけにそこにいるのですか?」
「街中に高速道路を通したり、そんなにたくさんの駐車場をつくることが本当に必要で、そんな街を私たちは求めているのでしょうか?」

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

そこから、市民の間に街のあり方や車との付き合い方の議論が活発になり、その勢いを受けて、コペンハーゲン市のアーバンデザインと自転車インフラを司る専門家としてまちづくりを主導していたロアベックさんは次々にコペンハーゲンの街角を車から解放して、人が徒歩や自転車で街をめぐり、憩うことができる広場や場所を取り戻すまちづくりを進めていき、今のコペンハーゲンの姿に近づいていったのです。

例えば、みなさんもよく知っている、コペンハーゲンの運河沿いにあるカラフルな街、ニューハウン。今は、通りに面したレストランやカフェにテーブルや椅子が所狭しと並べられ、食事やビールを楽しむ人でにぎわう一大観光地のひとつです。でも、実はここも70年代はすべて車で埋め尽くされた駐車場だったのです。当時、議会の決定ではさらに駐車場を増やす予定でしたが、その決定を覆して逆に駐車場を取っ払い、人々の憩いの場にするという当時の思い切った決断のおかげで、今はすっかりデンマークを代表するランドマークとなって、一年中、徒歩や自転車で訪れる人が絶えません。

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

「こんなのがあったらいいな」を次々に形に!

デンマークでは、90年代から、環境や気候変動への意識の高まりから、国と都市が連携して、市民の一般車両を利用しての移動を減らし、徒歩、自転車、公共交通の利用を促す政策が打ち出されるようになりました。

コペンハーゲン市では1996年以来、2年ごとに「自転車会計白書」を発行して、市の自転車政策や目標に対して、どれくらい実現できているかを調査・公表。2011年には、2025年に世界一の自転車都市を目指して、自転車政策を発表し、ここ10年間で約2億ドル(約287億円)を自転車インフラに投資しています。

デンマーク政府も2014年に「デンマーク、自転車に乗ろう!」という国の自転車政策を打ち出し、ツール・ド・フランスの開幕地を務めた昨年は、今後の新たな全国規模の自転車インフラ構築のために4億5800万ドル(約658億円)の拠出を決定しています。

こうした予算を投じてつくられてきたユニークで便利なインフラの数々の代表的な例をいくつかご紹介しましょう。

まずはバイシクル・スネイク。ビルの合間を縫うように運河を越えて走る、自転車専用の高架橋です。くねくね曲がったその様子がヘビのようだからと、こんな名前がついています。この橋が2014年にできたおかげで、その先の自転車と歩行者専用のBrygge橋にスムーズにつながり、HavneholmenエリアとIslands Bryggeエリアが、あっという間に行き来できる場所になりました。

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) - Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) – Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

そして、サイクル・スーパーハイウェイも特徴的なインフラのひとつ。コペンハーゲンとその近郊の29自治体を結ぶ、850km強の自転車専用高速道路です。住宅エリアと通勤、通学エリアを、ほとんど途中で止まることなく、通過する自治体に関係なく同じクオリティ(走行速度や自転車レーンの幅、交差点での信号の設置など)の走りができるのが大きな特徴です。日本でも、車専用の高速道路は、自治体をまたいでも同じクオリティですよね。そうでなければ、利用しにくいし、事故も起きやすい。その考えをすっぽり自転車に応用したのが、このサイクル・スーパーハイウェイなのです。コペンハーゲン市内の多くの職場も、サイクル・スーパーハイウェイを利用した通勤を奨励しているところも多く、職場には移動後に服を乾かす部屋やシャワーやサウナが併設されているという話もよく聞きます。

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

最近は、自転車専用レーンを走る乗り物の種類もさまざま。一般的な二輪の自転車に加え、市民の自転車での走行距離が延びていることもあり、E-バイク(電動自転車)も急増。そして、二輪や三輪で前に荷台がついているカーゴバイクや電動カーゴバイクも人気です。電動キックボードだけでなく、デンマークではスクーターも自転車専用レーンを走るのがルールです。自転車も、街の要所要所にレンタサイクルや電動シティバイクがあり、シティバイクはナビゲーションもついていてとても便利です。

お天気がくるくる変わりやすいデンマークですが、それでもやはり便利な自転車に乗りたい人は多く、ファッションも四季折々、みな工夫をこらして、おしゃれに乗りこなしています。

デンマークでは、たいていのホテルで自転車をレンタルしているので、みなさんにもぜひ一度、自転車で街を巡る体験をしてほしいと思っています。自転車に乗って実際に整備された自転車専用レーンを走ってみると、いかに快適で、安全に、車よりも早く目的地に着けるのが実感できますし、風を切って走りながら、気になったところでさっと自転車を降りて散策できるという自由さも、自転車と自転車インフラは叶えてくれます。もし、いきなり自分だけでまわるのが難しいかな、と感じる人は、例えば自転車でコペンハーゲンのGXを体感するツアーや、デンマークを代表する建築を回るツアーなどもあるので、ぜひ参加してみてくださいね。きっと、デンマークという国が、もっとわかる、ワクワクする体験になるはずです!

●取材協力
・コペンハーゲン市
・Jens Roerbech
●参考資料
「Mobilitetsredegoerelse 2023」

東日本大震災の”復興建築”を巡る。今こそ見るべき内藤廣・乾久美子・ヨコミゾマコトなどを建築ライターが解説 岩手県陸前高田市・釜石市

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、建築デザイン業界にも大きな衝撃を与えました。おびただしい数の建築物が津波によって流されたことで、街ごと新たにつくり直す必要に迫られただけではありません。建築の仕事に携わる人にとっては、これまで設計してきた建築を、復興が急務となる被災地において、そしてまたそうした地域を抱える日本において、同じような考え方で設計して良いものなのかと自問する契機にもなったのです。

そうは言っても急速に復興が推し進められるなか、建築家もさまざまなかたちで被災地の建築デザインに関わってきました。避難所の生活を改善するための取り組みや、仮設住宅の建設といった応急対応から、この先の長い街づくりの礎となるような恒久的な施設まで、震災復興をきっかけに初めて試みられたデザインも多岐にわたります。

そうした人類の新たな叡智を見て歩くことは、被災地に限らず日々の生活をより良くしていくための発見に満ちているはず。今回、各地の建築やまち歩きをライフワークにしてきた筆者が、被災から10年以上が経ち、大方の復興が完了した岩手県南東部の沿岸エリアで見学ができる震災復興建築をレポートします。

あらゆるタイプの復興建築がそろう陸前高田

震災復興のために建てられた建築といっても、その内実はさまざまです。街づくり全体の広域復興計画に位置づけられる、市民生活のインフラとなるもの。地域住民の多様な活動をサポートする拠点となるもの。地域産業、特に漁業や観光業のための施設として使われるもの。観光を目的に東北に訪れる人々、そしてまた現役の、未来の地域住民のために津波の教訓を伝えていくために設計された伝承施設や追悼祈念碑。さらに、実際に津波や地震の被害を被った震災遺構も、解体することなく遺し、見学するためのルートを整備したことを鑑みると広い意味でのデザインとして見ることができるでしょう。
以下では、それぞれの特徴をおさえつつ、実際の建築物をエリアごとに紹介していきたいと思います。

まずなんといっても被災地での復興建築デザインを見学するなら、陸前高田市は外せません。ここには建築家の内藤廣氏が全体計画を担った高田松原津波復興祈念公園があります。
津波によって流されてしまった防潮林のうち、ただ1本残された「奇跡の一本松」をご存じの方も多いのではないでしょうか。あの松林があったエリアに整備された公園です。

公園の整備にあたり、内藤氏は海に向かってまっすぐ延びる祈りの軸線を設けました。そこに直交するかたちでデザインされたのが、道の駅高田松原を併設した「東日本大震災津波伝承館」です。国と岩手県、陸前高田市が連携し、津波被害の実態を後世に伝えるために整備されたメモリアルパークでありながら、道の駅として地域住民にも日常の延長として使われる、風景と一体化した複合施設です。

高田松原津波復興祈念公園全景。左中央に見える直線状の白い建物が東日本大震災津波伝承館。右手の三角形は、震災遺構「タピック45」。津波の際、屋上を駆け上った避難者が助かった(写真/ロンロ・ボナペティ)

高田松原津波復興祈念公園全景。左中央に見える直線状の白い建物が東日本大震災津波伝承館。右手の三角形は、震災遺構「タピック45」。津波の際、屋上を駆け上った避難者が助かった(写真/ロンロ・ボナペティ)

伝承館の中央ゲートから祈りの軸線を見る。軸線の先に象徴的なモニュメントを設けるのではなく、海に向かって祈りを捧げるよう演出されている(写真/ロンロ・ボナペティ)

伝承館の中央ゲートから祈りの軸線を見る。軸線の先に象徴的なモニュメントを設けるのではなく、海に向かって祈りを捧げるよう演出されている(写真/ロンロ・ボナペティ)

防腐処理を施され、もともと立っていた場所に再設置された奇跡の一本松。津波が直撃し変形した「陸前高田ユースホステル」が被害の実態を伝えている(写真/ロンロ・ボナペティ)

防腐処理を施され、もともと立っていた場所に再設置された奇跡の一本松。津波が直撃し変形した「陸前高田ユースホステル」が被害の実態を伝えている(写真/ロンロ・ボナペティ)

海を強く意識させるデザインは、津波により亡くなった方への追悼を促すとともに、ここを訪れる人がその瞬間海の間近にいること、地震が発生したらすぐに避難しなければならないことを同時に印象付けます。伝承館でも繰り返し実例が示される、2011年の3月11日に生死を分けた人々の判断と行動。いざという時にどのような対応をすべきか、公園全体で訴えかけるようなデザインがなされていました。

さらに陸前高田市では、高台にも内藤氏が設計した建築をはじめ、復興後の市民生活を支える建築が集まっています。そのひとつ、陸前高田「みんなの家」は、日本を代表する建築家の伊東豊雄氏の呼びかけに応じ、名だたる建築家が集まり地域の方々とともにつくりあげた集会所。世界各国が建築の実践を展示し建築界のオリンピックとも称される第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展ではその建設プロセスを紹介し、最高栄誉の金獅子賞を受賞しました。応急的な復興が一段落したことで役目を果たし、一度解体されましたが、駅前に再建されました。併設の総菜屋さんは、みんなの家の設計に携わった平田晃久氏が手掛けており、建築家と被災地との継続的な関わりが伺えます。

伊東豊雄氏、平田晃久氏、藤本壮介氏、乾久美子氏らが協働した陸前高田「みんなの家」。右側に延びる低層の建物が新しく設計された総菜店(写真/ロンロ・ボナペティ)

伊東豊雄氏、平田晃久氏、藤本壮介氏、乾久美子氏らが協働した陸前高田「みんなの家」。右側に延びる低層の建物が新しく設計された総菜店(写真/ロンロ・ボナペティ)

内藤廣氏設計の「東日本大震災犠牲者刻銘碑」三陸特有の山々が入り組んで連なるリアス式海岸を見晴らす(写真/ロンロ・ボナペティ)

内藤廣氏設計の「東日本大震災犠牲者刻銘碑」。三陸特有の山々が入り組んで連なるリアス式海岸を見晴らす(写真/ロンロ・ボナペティ)

内藤廣氏設計の「陸前高田市立博物館」。屋上の展望台からは、防潮堤の先に広がる海の景色を望むことができる(写真/ロンロ・ボナペティ)

内藤廣氏設計の「陸前高田市立博物館」。屋上の展望台からは、防潮堤の先に広がる海の景色を望むことができる(写真/ロンロ・ボナペティ)

■関連記事:
・震災の記憶を次世代に。伝える取り組みや遺構が続々と
・「被災地の復興の記憶を風化させたくない」。『東北復興文庫』立ち上げ“本”に

生活に密着した復興建築が揃う釜石市

陸前高田から北上することおよそ50km、三陸海岸の中央に位置する釜石市も、震災後の建築デザインを知る上で重要なエリアです。

街の中心部が津波で流され、多くの住民が亡くなった鵜住居町(うのすまいちょう)では、市民生活の立て直しに必要なさまざまな施設が震災後に整備されました。駅前に整備された「うのすまい・トモス」には、「東日本大震災の記憶や教訓を将来に伝えるとともに、生きることの大切さや素晴らしさを感じられ、憩い親しめる場」として複数の公共施設が配置されました。追悼施設の釜石祈りのパークには、震災で亡くなった方の名板があしらわれた祈念碑が設置されています。離れた位置から見ると白い板にしか見えませんが、近づいていくと個人名が刻印されており、報道で知る客観的事実としての被害とその一人ひとりにそれぞれの人生があった、その対比が表されているよう。少し土が盛られた上段に設置されたモニュメントは上端のラインが津波浸水高さ(11m)となるように設計され、ここを訪れる人々に有事の際は一目散に高台へ避難する意識を植え付ける計らいがなされています。

「釜石祈りのパーク」上段の壁の上端ラインが津波到達地点を示す(写真/ロンロ・ボナペティ)

「釜石祈りのパーク」上段の壁の上端ラインが津波到達地点を示す(写真/ロンロ・ボナペティ)

「うのすまい・トモス」全景。奥に体育館、左手前が震災の資料展示を行う「いのちをつなぐ未来館」、右手前が土産物などを販売する「鵜の郷交流館」(写真/ロンロ・ボナペティ)

「うのすまい・トモス」全景。奥に体育館、左手前が震災の資料展示を行う「いのちをつなぐ未来館」、右手前が土産物などを販売する「鵜の郷交流館」(写真/ロンロ・ボナペティ)

駅前からすぐ目に入る高台には、小学校・中学校・児童館・幼稚園の、子どもたちのための4施設が新たに建設(設計:小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt)されました。通学路となる階段は、津波到達地点で階段の色が塗り分けられており、市街地から見上げた際に一目でどの高さまで避難すれば良いのかがわかる指標になっています。子どもたちが毎日登下校する様子は市街地のどこにいても目に入り、その風景が復興のシンボルとなるように、という願いが込められているそうです。

また震災当時、沿岸部にあった小学校と中学校は被災後に取り壊され、跡地には「釜石鵜住居復興スタジアム」が建設されました。周囲から隔絶された専用施設とするのではなく、日常的に使用できる公園として周囲と一体的に整備することで、海から山へと連続する鵜住居町の風景の一部となっています。2019年のラグビーワールドカップでは会場の一つとして使用され、まさに復興のシンボルとして人々の生活とともにあるスタジアムとして愛されています。
「鵜住居小学校・釜石東中学校」、「釜石鵜住居復興スタジアム」、「釜石祈りのパーク」では、個々の施設の設計に建築から関わったほか、神戸芸術工科大学の長濱伸貴教授がランドスケープデザイン・監修に携わっています。

「釜石市立鵜住居小学校・釜石市立釜石東中学校・釜石市鵜住居児童館・釜石市立鵜住居幼稚園」敷地へ至る階段のオレンジのラインが津波到達地点(写真/ロンロ・ボナペティ)

「釜石市立鵜住居小学校・釜石市立釜石東中学校・釜石市鵜住居児童館・釜石市立鵜住居幼稚園」。敷地へ至る階段のオレンジのラインが津波到達地点(写真/ロンロ・ボナペティ)

梓設計による「釜石鵜住居復興スタジアム」グラウンドと周囲がフラットにつながり、風景の一部となっている(写真/ロンロ・ボナペティ)

梓設計による「釜石鵜住居復興スタジアム」。グラウンドと周囲がフラットにつながり、風景の一部となっている(写真/ロンロ・ボナペティ)

釜石市の中心部にも、ぜひとも訪れたい重要な建築プロジェクトがあります。

世界最大水深の防波堤としてギネスブックの世界記録にも登録されていた湾口防波堤が震災でも大きな減災効果を発揮した釜石市中心部は、リアス式海岸が連なる三陸沿岸エリアにおいては比較的津波の被害がおさえられたエリアでした。震災前から残る商店街「のんべい横丁」と連続する位置に計画されたのが、釜石市民のさまざまな活動の受け皿となる、「釜石市民ホールTETTO」でした。折しも街区をひとつ挟んで隣接するエリアに大型ショッピングセンターの建設が進んでいました。そのままでは既存の商店街とショッピングモールが断絶してしまうことを恐れた市は、市民ホールの建設にあわせて隣接する街区も取得し、ショッピングセンターと市民ホールをつなぐ広場を整備することを決定。ガラスの大屋根が架かる市民ホールの前面広場と接続させることで、のんべい横丁からショッピングセンターへと連なる一連の商業エリアを創出することに成功しました。

建築はaat+ヨコミゾマコト建築設計事務所による設計。施設内部での活動が街に滲み出すようデザインされました。展覧会の一部が外からでも鑑賞できるようになっていたり、スタジオで練習するバンドの様子がうかがえるなど、文化が日常のなかで育まれることが実感できる市民ホールになっています。前面広場に面するステージでは、コロナ禍において全国でも先駆けて屋外コンサートを開催するなど、TETTOでは市民による市民のための精力的な活動が展開されています。

ショッピングセンター側からTETTOを望む。4方向に出入口が設けられ、建物のどこにいても避難できる動線が考えられた。手前の広場が市が取得した「大町広場」(写真/ロンロ・ボナペティ)

ショッピングセンター側からTETTOを望む。4方向に出入口が設けられ、建物のどこにいても避難できる動線が考えられた。手前の広場が市が取得した「大町広場」(写真/ロンロ・ボナペティ)

TETTOの前面広場に架かるガラスの大屋根は、建設費高騰の折に建設中止も検討されたが、建築家のさまざまなコスト削減策により実現された(写真/ロンロ・ボナペティ)

TETTOの前面広場に架かるガラスの大屋根は、建設費高騰の折に建設中止も検討されたが、建築家のさまざまなコスト削減策により実現された(写真/ロンロ・ボナペティ)

前面広場を客席として披露された、市民によるブラスバンドの演奏(写真/ロンロ・ボナペティ)

前面広場を客席として披露された、市民によるブラスバンドの演奏(写真/ロンロ・ボナペティ)

釜石市南部の集落に立つ「唐丹小学校・唐丹中学校・唐丹児童館」斜面を活かして建てられた校舎は、建築家の乾久美子氏による設計(写真/ロンロ・ボナペティ)

釜石市南部の集落に立つ「唐丹小学校・唐丹中学校・唐丹児童館」。斜面を活かして建てられた校舎は、建築家の乾久美子氏による設計(写真/ロンロ・ボナペティ)

被災地に観光目的で訪れるのは不謹慎なのではないか、そんな想いをもたれる方もいらっしゃるかもしれません。筆者自身、現地を訪れるまでは住民の方からどのような目で見られるのだろうかと不安に思うところもありました。

しかし実際に現地の方とお話をすると、理由はどうあれ来てくれる事自体が喜ばれ、また震災の実態を知ってほしいと活動される方も多くいらっしゃいました。
ここで紹介したような施設も、伝承館はもちろんのこと、そうでない建築にも津波の悲劇を繰り返さないためのデザインが施されていました。それは被災地で日常を送る住民の方はもちろんのこと、被災地を訪れた人たちにも、自然災害の恐ろしさを伝え、やがて来る東北以外の地域での災害を防ぐ一助となることを見越したものでしょう。

災害大国である日本において、建築はどうあるべきか、これ以上ない模範事例が集まる東北、三陸海岸を訪れてみてはいかがでしょうか。

■施設リスト
東日本大震災犠牲者刻銘碑
陸前高田市立博物館
東日本大震災津波伝承館 (いわてTSUNAMI(つなみ)メモリアル)
釜石市立唐丹小学校
釜石市民ホール TETTO
釜石市立鵜住居小学校
うのすまい・トモス
釜石鵜住居復興スタジアム

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7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

わずか7畳のタイニーハウス「もぐら号」は、神奈川県・三浦半島にある、現在進行形で「人が暮らしているタイニーハウス」です。電気・ガス・水道完備、シャワー・トイレ付きと、一般的な住まいと変わらず、快適な暮らしが送れているといいます。そのもぐら号に、今年、きょうだいの「カワウソ号」が仲間入りしたそう。しかもこちらは宿泊・体験できるとか。さっそく編集部とライターで宿泊してきました。

「カワウソ号」は約8畳(室内11平米+ロフト4平米)。タイニーハウスを知り・体験できる場所に

神奈川県三浦半島にある、まるで絵本に出てくるようなタイニーハウスの「もぐら号」は、相馬由季さんと夫の哲平さんの住まいです。もぐら号は約2年かけて相馬さんが設計から施工、2020年に完成。ほぼ自作したタイニーハウスに現在も夫妻で暮らしていらっしゃいます。そんな「もぐら」のきょうだいが「カワウソ号」です。もぐら号よりもやや小ぶりで、名前も愛らしい「カワウソ号」ですが、なぜもう1棟、タイニーハウスをつくったのでしょうか。

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

「もぐら号の話をすると、ほとんどの人に『遊びに行きたい』『泊まりたい』と言われるんです。みんなタイニーハウスに興味津々なんですね。もぐら号にも宿泊していただけるんですが、私たちも毎日、暮らしているので、そうそう泊めるわけにもいかない。じゃあ、もう1棟をということで、『カワウソ号』を計画したんです」と相馬さん。

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

主眼を置いたのは、単なるホテルではなく、「タイニーハウスを体験できる場所」であること。
「タイニーハウスに宿泊できる施設はありますが、まだ少数です。ここではホテルのような滞在ではなく、料理をしたり思い思いに過ごしたりと、あくまでも『暮らし』を体験する場所として考えているんです」と話します。

「基本設計や建材、建具のチョイスなどはすべて自分で行い、実施設計と施工を大工さんにお願いしました。ただ、制作途中も足を運び、吟味、調整をしてもらいました。タイニーハウスはとにかく余分なスペースがないので、数センチで使い勝手が変わるんです。だから、何度も何度も測って、思い入れを込めてつくったのは、カワウソ号も同じですね。『もぐら号』で自作した経験が生きています」

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

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稼働率高し! 20代~40代、シングル、カップル、ファミリー、さまざまな層がステイ

「もぐら号」と「カワウソ号」の共通点でいうと、大きめのキッチン&シンク、電気ガス水道といったインフラ、窓や外壁などには断熱性・遮熱性などの性能を高めた「快適な暮らし」が送れる点です。一方で間取りは異なり、「カワウソ号」はロフト付きで、玄関が横付きになっています。また、大きなフィックス窓、横にスリット窓が入っています。スリット窓からチラリとのぞく緑がキレイです。

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

昨年の暮れに施工場所から今の土地に移動させ、塗装など内部の仕上げや棚の設置、家具やインテリアの選定を行い、今年3月末より宿泊の受け入れを開始しました。では、その反響は?

「開始して2カ月ほどですが、平日、休日問わず多くの予約が入っています。メディアを介して知ってもらったり、SNSで知ってくださったり。いろいろです。若い世代はここだけしかできない体験ということで、カップルや友人同士で来てくださいます。ほかはご家族ですね。最大3人まで宿泊できます。」(相馬さん)

とはいえ、一人で滞在する40代~50代の人もいるのだとか。
「自分を見つめ直したい、という方でしょうか。タイニーハウスに籠もって、暮らしや人生に向き合う場所が欲しいという人が滞在されていきます。何かするのではなく、ゆっくりと過ごしていらっしゃいます」といい、今までの暮らしのあり方、人生のあり方を問い直す場所になっているのだそう。

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで住まい感が変わる。自分に必要なモノ・コトが見えてくる

では、実際に滞在するのはどのような感じなのでしょうか。

筆者と編集部担当の2人は午後にチェックインし、翌日朝まで滞在。合間に仕事をしたり、ランニングをしたり、周囲のスーパーで食材を買い込み、暮らすように「プチ日常」を味わってみました。

シャワーの水量や温度、トイレの水量などもストレスフリー。また、はじめはタイニーハウスのセキュリティってどうなのだろうと少し不安があったのですが、駅近くの立地でほどよく人目があり、おまわりさんのパトロールエリアとのことで、ひと安心。とにかく快適な滞在となりました。

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

そして、ひと晩過ごした結論をひと言でいうと、「これは……住まい感が変わるな」に尽きます。

筆者は、今まで不動産会社やさまざまな建物、建築家の先生方を取材し、天井高は2m40cmではちょっと低いのではとか、広さは一人あたりの面積25平米は確保したいなどと原稿を書いてきましたし、正直なところ「家の広さは気持ちのゆとりにつながる」、なんなら「天井高は正義」「収納は命」だと思ってきました。

ですが、実際に過ごしてみると11平米でも狭さは感じないのです。女性2人がほぼ1日、同じ空間にいてもストレスを感じない。これはすごいことだなと思いました。おそらくですが、備え付けの食器や寝具など、目に入るものすべてが吟味されていること(当たり前ですが子どものおもちゃやごちゃごちゃした生活のものはありませんし)、人間同士の目線が必要以上に重ならないこと、余計な音が入ってこないこと、室温が快適であること、暮らしに必要なものがきちんとそろっているからこそ、「コンパクトでも快適」は叶えられるのですね。

おそらくですが、窓からの緑や地面との近さ、自然な雨音、小鳥のさえずり、室内に漂う木々の香りなど五感に訴えるものがあり、タイニーハウスでしか感じたことのない、貴重な感覚が残りました。

もう一方で、自分に必要なものも浮かびあがってきたのです。筆者の場合は、カワウソ号になかった三面鏡、浴槽です。われながらお風呂という、わかりやすい欲が反映されていてびっくりしました。人生初の感覚です。本当に不思議。

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした、気づきや発見があるのは筆者だけではないようで、「カワウソ号」の宿泊ノートには、さまざまな思いが記録されています。貴重ですね……。

相馬さんも、普段は会社勤務しながら、タイニーハウスづくりを行ってきたため、週末は何かしら「タイニーハウスづくりの予定」が入っていたそう。現在、「カワウソ号」が完成してやっとひと段落ではありますが、けしてラクではないタイニーハウスづくりに取り組み、宿泊運営者になった今、得るものはあるのでしょうか。

「やっぱり、タイニーハウスの暮らしを体験してもらって、その人の価値観が変わるとか、なにか湧き上がるものがある瞬間を見られるのがすごく好きですね。当たり前を疑うというか、その瞬間に立ち会えるというか……。タイニーハウスを通しての出会いもとても貴重ですし。その中で自分自身も、その先に湧き上がってくる次の挑戦の兆しを待っています。」(相馬さん)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

筆者個人としては、「タイニーハウスでの宿泊」は、家を借りたい人、家を買いたい人、注文住宅で家をたてようと考えている人、リフォームしたいと思っている人など、今、住まい・暮らしについて考えているすべての人におすすめしたい体験だなと思いました。自分にとって家とはなにか、家に必要なものはなにか、自分が大事にしたいものはなにかが明確になるからです。タイニーハウスの宿泊費は1泊あたり1万3000円~2万円程(人数、時期によって変動)。得るものは小さくなく、大きなものとなるはずでしょう。

●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
ブログ
カワウソ号宿泊予約

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タイニーハウスに一家4人で暮らし、エゾシカを狩る。ハンター兼大工の長谷耕平さんの日常 北海道池田町
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タワマン節税にメス!? 国税庁のマンション相続税評価額見直しを解説

以前から、タワーマンションを節税目的で購入する事例が多いことが指摘されていた。すでに、固定資産税については、高さ60m以上のマンションで高層階の税率を引き上げる“補正率”が採用されている。今回は、相続税の評価方法について、市場価格に近づける見直し案が公表された。

【今週の住活トピック】
マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議が見直し案を公表/国税庁

「マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」で見直しを検討

そもそも相続税では、相続した財産の価額はその財産を取得したときの時価によるとされている。いわゆる時価主義といわれるものだ。不動産の評価方法は、国税庁の「財産評価基本通達」で定められている。マンションについては、この通達の内容を見直そうと、2023年1月30日に第1回有識者会議が開かれた。

昨年末に公表された政府の「令和5年度税制改正大綱」で、マンションの相続税評価が、市場での売買価格と通達に基づく評価額が大きく乖離しているケースが見られるとして、「時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する」と記載された。これを受けて、適正化のための有識者会議が動き出したわけだ。

第3回の有識者会議で見直し案の要旨が提示され、6月30日に国税庁のホームページに有識者会議の資料が公表された。

なぜ、タワーマンションの高層階が相続税の節税になる?

現状のマンションの相続税の評価額は、どのように計算されるのか?

マンションの1つの住戸を相続した場合、建物の価額(かがく※)と敷地の価額をそれぞれ計算し、足し合わせたものが相続税評価額になる。建物の価額は「固定資産税評価額」が用いられ、敷地の価額は敷地全体の価額のうち持ち分割合で計算される。つまり、同じマンションで同じ面積の住戸を所有する場合、1階の住戸も20階の最上階住戸も同じになる計算方法だ。

※売り手が品物に対して設定するのが「価格」に対し、品物の値打ちに相当する金額が「価額」

ところが、実際に市場で売買されるときには、同じマンションの同じ面積の住戸であっても、1階と最上階では、価格にかなりの開きが出る。タワーマンションでは、住戸からの眺望がウリになるからだ。つまり、実際に売れば高く売れるものが、相続税評価額では価額を抑えることができるので、高層階ほど相続税の節税効果が大きいということになる。

また、元になる敷地全体の価額は、路線価が用いられる。路線価は地価公示の8割程度になっているので、市場価格より低くなるのが一般的だ。もともと相続財産を不動産にすれば、現金より相続税評価額が抑えられるといったこともあり、不動産は節税対策に用いられることが多い。加えて、タワマンでは高層階住戸でより大きな節税効果を生むというわけだ。

マンションと一戸建てでは、市場価格との乖離率に大きな開き

有識者会議の資料(画像1)によると、近年はマンションの市場価格は相続税評価額の2.3~2.4倍にまで開いているという。

マンションの相続税評価額と市場の乖離率の推移

【画像1】国税庁「マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)」より転載

市場価格との乖離率を一戸建てと比べてみる(画像2)と、平成30(2018)年の平均で、マンションは2.34倍まで開いているが、一戸建ては1.66倍にとどまっている。0.68倍の開きがあるが、例えば市場で同じ1億円で売れるマンションと一戸建てがあった場合、相続税評価額はマンション(約4273万円)と一戸建て(約6024万円)で、約1751万円の差が生じるという計算になる。10億円というタワーマンションの最上階住戸もあるだろうから、この場合は評価額を5億円以上も大きく下げることができるという構図になっているわけだ。

(上)マンションの乖離率の分布、(下)一戸建ての乖離率の分布

【画像2】国税庁「マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)」より転載

相続税の評価方法が定められた頃には、タワーマンションのような不動産は市場になかっただろう。ところが、好立地で高額のタワーマンションが数多く供給されたいま、マンションでは評価額が市場価格の半分以下になる事例が約65%もあるというのが実態のようだ。

マンションの相続税評価額はどう見直される?

有識者会議の資料を見ると、マンションの評価額が市場価格と乖離する要因として、マンションの総階数や所在階、築年数などが加味されていないうえ、タワーマンションのように立地条件が良好で地価の高い場所であっても、多くの住戸で持ち合うために敷地の持ち分が狭小になる度合いが大きいといったことを挙げている。

そこで見直し案は、この「築年数」「総階数(総階数指数)」「所在階」「敷地持分狭小度」の4つの指数に基づいて、市場価格との乖離率を予測し、評価額が市場価格理論値の60%に達しない場合は、60%になるまで価額を補正するというものになった。

60%というのは、一戸建ての乖離率にマンションを近づけようというもの。マンションの市場価格との乖離率を一戸建て並みにすることで、税負担の公平を図るという考え方だ。

この見直し案では、築浅や高層階で評価額がこれまでよりも引き上がるので、相続対策としてタワーマンションの住戸を購入し、相続後に売却するという方法での節税効果は薄れるだろう。

政府は、2024年1月から見直したいとしている。有識者の中には、「今後のマンション市況の変化には適切に対応していく必要があるので、新しい評価方法が適用された後においても、重回帰式の数値等については定期的に実態調査を行い、適切に見直しを行うべきではないか」と、継続的な見直しを求める声があった。

税金は国民が相応に負担するものなので、公平であってほしいものだ。

●関連サイト
マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)

シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

めぐみ不動産コンサルティングは、まちの不動産屋さんでありながら、社会生活が困難な状況にある人の住居・福祉・仕事を包括的にサポートできるようにと、シングルマザー向けシェアハウスの運営や障がい者グループホームの運営をしています。まちの不動産屋さんが、なぜ生活に困難を抱える人たちを支える取り組みをしているのでしょうか。そこには「自身の原体験がある」と話す創業者の竹田恵子さん。これまでの事情や、事業の現在、これから取り組むべきことについて話を聞きました。

シングルマザーにとって、家を探すことが困難だと気づいた

神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間ほど、田畑が目の前に広がるのどかな住宅街です。この街にあるのが「めぐみ不動産コンサルティング」。伊勢原市近郊にて不動産の賃貸や売買を行う会社です。不動産事業以外にも、シングルマザーをサポートするシェアハウスや社会福祉施設の運営サポート、就業支援、農園の運営や食事支援など、「困った人の拠り所」となる取り組みを行っています。

創業者の竹田恵子さんは、「もちろん不動産の賃貸や売買もしますが、半分は人と人をつなげるボランティアのような感じ。人との距離が近くなって家族が増えているように感じるのが嬉しい」と笑います。竹田さんの優しさは、住居や仕事、社会復帰に悩みを抱える人たちにとって、あたたかい布団にくるまったかのような温もりが感じられるのでしょう。

めぐみ不動産コンサルティングが母子シェアハウス事業を始めたのは、2016年のこと。始まりはニュースを見て母子家庭の貧困がこんなにも切実だという事実を知ったことでした。折しも自身もシングルマザーとして、不動産会社を経営しながら必死に子育てをしている最中。

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「困っている人たちが支え合い、少しでも安らぐことができるあたたかな環境をつくりたい」。そう考え、ひらめいたのがシングルマザー向けのシェアハウスでした。しかし当時、市内にはシェアハウスが一つも存在しませんでした。専用物件の購入を検討しても、シェアハウスの運営に対して事業の持続性や、家賃収入をコンスタントに得ることができるのか、というリスクや不安を感じている銀行から融資が下りない日々。

そこで恵子さんは子育てに理解のある幼稚園経営者の知人から一軒家をマスターリース(一括賃貸)し、シェアハウス運営を始めます。

多様なタイプのシェアハウスがそろう

運営するシェアハウスは2種類。女性専用の「めぐみハウス東大竹I」と、男女共に入居可能で、上下階で暮らしが別世帯に分かれた「めぐみハウスたからの地」です。現在子どもを含めて8世帯13人が暮らします。

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

各世帯が利用できる収納、キッチン、浴室など一般的なシェアハウスよりもゆとりのある設計ながら、家賃は月額38,000円~46,000円(同居する子どもの家賃費用は人数当たりで別加算)。50,000円のデポジット(保証金・一時預かり金)は必要ですが、保証人は不要です。

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

入居する人たちには、離婚や未婚、独身や独居で誰かと共に暮らしたいなど、さまざまな事情があります。以前は「家賃が割安で住めるから」と選択されることが多かったシェアハウスの価値が、最近では変化をしているそう。特にコロナ禍で、人との関わりが欲しいとあえてシェアハウスに入居を希望している人が増えたそうです。入居希望者の中には、「一人っ子のためにシェアハウスで兄弟体験をさせたい」という人も。

「2016年のシェアハウス開業当時は、伊勢原という土地柄からか、仕組みに対して認知度がなく、『シェアハウスって見知らぬ人との共同生活だし、安全面など大丈夫なの?』と不安に感じるようで。入居してもらうのに苦労しました。ひとり親は収入が低かったり、DVで逃げてきた場合は連帯保証人になってくれる人がいないなど、家賃保証面がクリアできず、借りることができる賃貸住宅の選択肢がなく、仕方がなくシェアハウスに入居したという人も。しかし徐々にシェアハウスの認知も上がり、これまでにシングルマザー20組弱が入居してくれています」(竹田さん、以下同)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

一方で、シェアハウスが合わないといって退去していった人も。共同生活を営むため、それぞれの人に雰囲気や生活スタイルに合う・合わないがあるのはやむを得ないことです。そのため、竹田さんは事前に必ず面談をすると話します。

「入居する前に必ず2時間ほどかけて面談をして、互いの信頼関係をつくっていきます。面談を通してお断りすることも。社会でしっかり自立した生活を営んでいきたい、仕事に復帰したいという人の背中を押したいからです」

こうやって信頼関係をつくることで、家賃は6年間未払いなしだというから驚きです。

「家賃の支払いが遅れるなら事前に言ってね、と声がけをするようにしています。またお仕事をしておらず支払能力を獲得しようと励むお母さんには『お仕事どう?』と声がけして様子をうかがうことも。信頼をしているからこそ、家賃の支払いについてはじっと待つスタンスを保つように心がけています」(竹田さん)

誰もが孤立しない、安心した暮らしとつながり

ある日、神奈川県の行政担当者から竹田さんに連絡がありました。話を聞くと、シェアハウスの取り組みがメディアに取り上げられたことをきっかけに、めぐみ不動産コンサルティングの存在を知ったそう。この出会いからめぐみ不動産コンサルティングは「住宅確保要配慮者の居住支援法人」としての推薦を受けることになりました。

そして、竹田さんは居住支援法人としての活動を通じて「ひとり親だけではなく、高齢者や障がいを抱える人も複合的に住居や暮らしに困っている状況」ということを知るのです。「家だけではなく総合的に支援できる環境をつくれたらいいのでは?」と思い立ったのが、複合的なビジネスを始めるきっかけに。

「『社会に出てみてうまくいかなかったら、またうちに帰ってきたらどう?』そう言える安心の材料や、場所をつくってあげたかったんです」

その後、竹田さんは障がい者支援のため、パートナーと一般社団法人ワンダフルライフを立ち上げ、グループホームを9棟(うち1棟はリフォーム中)と無農薬野菜を栽培する「めぐみ農園」を開設します。さらに今後2023年7月には障がい者の就労継続支援B型作業所「ワンダフルワークス」の開設と子ども食堂「めぐみキッチン」をオープンする予定です。

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

グループホームで助け合いながら暮らす。そしてそこで仕事をしながら、併設の食堂や畑では就労や食事、交流もできる。暮らす×働く×食べる×交流、というお互いの仕組みが混ざり合い、補完をする循環型の仕組みになりました。
理想的なスタイルである一方、特にシェアハウス事業は、単体では事業収支的にも大きく利益が出るとは言い難い状況です。さらに入居者であるひとり親世帯を継続的に集客し続けることや新たな建物・施設の確保が資金条件的に難しかったり、DV被害や精神疾患などハードな状況で入居するお母さんも多くてサポートしきれない、といった理由で撤退をしていく事業者も。

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

竹田さんも「ある意味、薄利多売な感じ。複数の棟を所持するから成り立っているし、どうしても拡大するまではしばらく経営が苦しいのです。ここを乗り切れなくて事業閉鎖をする人も多いです」と居住支援の現実について話します。

また、オーナーから建物をマスターリース(一括賃貸)する際、シェアハウス利用という点に「大勢の入居者が同居することで室内が荒らされたりしないか、近隣に迷惑がかからないよう生活の統率が取れるのか、と難色を示されがち」と課題を指摘します。それゆえに竹田さんは所持するシェアハウスと、グループホームのほとんどを自社で購入して賃貸しています。

あの時の自分の苦しみがよぎる

それでもなお社会生活に困難を抱える人たちを支援する事業を続けているのはどうしてなのでしょう。不動産事業だけを行うほうが順調なのかもしれません。竹田さんは「困っている人をほっとけなかった。あの時に自分が感じた言いようのない不安が重なってしまい……」と振り返ります。

自身が離婚をしてシングルマザーになった時代。「とにかく自分の子どもを食べさせていくために稼がなきゃ」とがむしゃらに働いていました。市や国の補助やサポート制度などを探す余裕もない状況です。

そんなある日、ちょっとした身体の違和感を感じて病院で検査をします。ことなきを得ましたが、こうした経験を経て「私が死んだら子どもたちはどうなる?」という不安を色濃く感じることに。初めてその時に住まいの確保、家があることの重要性について深く考えることになります。

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「もし自分がもっと助けてもらえる手段があると知っていたら。そして手を差し伸べてくれる場所や人とのつながりがあったら、困らなかっただろうな。と今になって思うのです。だからこそ誰かを助けたい。それが私の原動力です」

このような竹田さんの取り組みに助けられ、シェアハウスを卒業して一般賃貸住宅に移り住んでいった人もいます。「安心して寝られて、相談できる相手がいて、自分の将来が描けるようになると、みんなだんだん強くなる」そう。もちろん一般賃貸住宅を探すときも竹田さんが不動産会社として仲介し、相談に乗り続けているので、卒業した後も農園のイベントやお手伝いに卒業したひとり親世帯が遊びに来ることも。

「私にとって、シェアハウスに居住する人たちはみんな子どもや孫のような存在。彼ら彼女らが社会に巣立ち、そして互いに助け合える関係であることが、今望んでいることです」

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

しかしシェアハウス事業の中でも、特にシングルマザー専用のシェアハウスは、日本の中でも普及の速度が鈍重な印象です。特に竹田さんが開設した2016年当初はほとんど周囲にそうした事例がありませんでした。だからこそ全国の限られたシェアハウス運営事業者は、お互いにつながりを持ち、互いの知見を交換しながら今日まできたそうです。

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「同じことで困っている人たちはちゃんと共感しているし、連携しています。ここ数年は、居住支援協議会やNPOの仲間を通じて、困っていることを事業者からも相談ができるようになったので、志を持って担っている事業者の運営状況が少しずつ明るくなっていくことを願っています」と竹田さんは力強く語りました。

これまで竹田さんが話してくれたように、住まいの確保だけでなく、社会生活に困難を抱えるのは母子だけではありません。立場や年齢によらず、困っている人が存在することは確かな事実でした。

竹田さんは「だからこそ今後、福祉との連携がより必要です」と話します。今後は「シングル」だから「高齢者だから」「障がい者だから」と区切るのではなく、さまざまな社会的困難を抱える人もそうでない人も、みんなが支え合える環境が理想だと感じます。それこそが誰もが生きやすい社会なのでしょう。めぐみ不動産コンサルティングの取り組みはこれからの暮らし方、住まいのあり方として、一つのモデルを見せてくれているようです。

●取材協力
株式会社めぐみ不動産コンサルティング

“音楽の殿堂”、“アイドルの聖地”「中野サンプラザ」が誕生50年で閉館。再開発で新たな中野のシンボル誕生へ

数々のコンサートが開かれ、“音楽の殿堂”などと呼ばれた「中野サンプラザ」がついに閉館した。5月3日から7月2日まで2カ月開催された、50年の歴史の集大成となる音楽祭「さよなら中野サンプラザ音楽祭」を終えた晩に、クロージングセレモニーが開催された。今後は、野村不動産を中心としたプロジェクトが推進される。

【今週の住活トピック】
さよなら中野サンプラザ音楽祭最終日!50年の歴史のクロージングセレモニー開催/株式会社中野サンプラザ

中野のランドマークで昭和の名建築でもあった「中野サンプラザ」

筆者は、以前、中野区に住んでいた。子どものときから社会人になってしばらくの間まで。だから、子どものころの繁華街といえば、中野ブロードウェイだった。中野ブロードウェイの高層棟のマンションには著名人が住み、商業施設には都知事だった青島幸男さんがオーナーのスパゲッティ店(この頃はパスタとはいわなかった)もあった。

1973年当時の中野サンプラザ(株式会社中野サンプラザ提供)※手前は中野区役所

1973年当時の中野サンプラザ(株式会社中野サンプラザ提供)※手前は中野区役所

そんな中野の中心地に、1973年、地上21階、高さ92mの中野サンプラザという大きな建物が建った。竹橋のパレスサイドビルなどで知られる、林昌二さんの設計による建物は、白い三角形の特徴的なビルで、中野のランドマークとなった。建物の中には、ホテル・レストランや宴会場、結婚式場、研修室などの施設のほか、スポーツクラブ、スタジオ、ボウリング場まであった。当初の「全国勤労青少年会館」という名称の通り、集団就職で上京した若者のための施設として、大きな建物の中にさまざまな機能を集約した珍しいものだった。

2000人規模のホールでは、アーティストがコンサートを行うようになると、“音楽の殿堂”といわれるようになり、モーニング娘。などのアイドルがコンサートを行うようになると、“アイドルの聖地”といわれるようになった。

その中野サンプラザが老朽化などを背景に閉館し、解体されることになった。

閉館直後の中野サンプラザ(広場には別れを惜しむ大勢が集まった)※筆者撮影

閉館直後の中野サンプラザ(広場には別れを惜しむ大勢が集まった)※筆者撮影

50年の歴史に別れを告げる、クロージングセレモニー開催

50年間の歴史を閉じるにあたって、5月3日から7月2日の2カ月間にわたり、「さよなら中野サンプラザ音楽祭」が開催され、37公演で約6万人の観客を集めて終了した。この後、関係者によるクロージングセレモニーが行われた。

「さよなら中野サンプラザ音楽祭」ポスター(中野サンプラザにて筆者撮影)

「さよなら中野サンプラザ音楽祭」ポスター(中野サンプラザにて筆者撮影)

中野区長(酒井直人さん)、中野区議会議長(酒井たくやさん)、中野サンプラザ代表取締役会長(金野晃さん)、同代表取締役社長(佐藤章さん)及び跡地再活発事業者を代表して野村不動産代表取締役社長(松尾大作さん)によるメッセージがあり、ゲストの“サンプラザ中野くん”さんから花束贈呈などが行われた。

金野会長は、東日本大震災で帰宅困難者を受け入れたり、コロナ禍でしばらく休館を余儀なくされたりといった歴史もあり、人が集い交流する50年だったと振り返った。最後は、中野サンプラザの従業員の方々が一斉に並び、別れを惜しんだ。

最後に挨拶をした中野サンプラザの従業員の方々(筆者撮影)

最後に挨拶をした中野サンプラザの従業員の方々(筆者撮影)

セレモニーの前、最後の山下達郎さんのコンサートが開催されているときから、中野サンプラザ前の広場に多くの人が集まり始め、正面玄関のガラス越しに隙間なく立ち並んで、セレモニーの様子を見守っていたのが印象的だ。この中野サンプラザが成人式の会場だった筆者としては、感慨深いものがあった。

跡地は「(仮称)NAKANOサンプラザシティ」へと変貌する予定

さて、跡地については、野村不動産を代表とするグループ(共同事業者:東急不動産、住友商事、ヒューリック、東日本旅客鉄道)が、中野区と「中野駅新北口駅前エリア拠点施設整備の事業化推進に関する基本協定書」を締結し、再開発することが決まっている。事業者によると「本事業は同エリアの象徴的な存在である中野サンプラザの機能を再整備する事業でもあることから、文化を原動力としたまちづくりを目指し生活・産業・交流を活性化させるため整備を図っていく」ということだ。

中野駅新北口駅前地区第一種市街地再開発事業 建物完成イメージ

中野駅新北口駅前地区第一種市街地再開発事業

野村不動産等の事業者の資料より転載※この地図は、国土地理院発行の地理院地図(電子国土Web)を使用したものです。

低層棟には、最大7000人収容の大ホールとライフスタイルホテル、バンケットホールなど従来の施設を継承する機能、高層棟にはオフィスや住宅・商業施設が入る予定だ。また、事業者が立ち上げるエリアマネジメント協議会が事務局となり、地域の活性化につながるさまざまな活動を展開していくという。

ほかにも、中野駅とホールをつなぐ歩行者空間や広場の整備なども計画しており、2028年度内の竣工を目指すということだ。

中野駅周辺には100年に1度の再開発が進行中

実は、中野駅周辺では、100年に1度といわれるほど、開発計画が目白押しだ。

すでに、2012年には警察大学校跡地に「中野四季の都市(まち)」ができ、四季の森公園の周囲のオフィスビルに、キリンビールなどの企業を誘致した。その後、3つの大学(早稲田大学、帝京平成大学、明治大学)の新キャンパスも開校するなど、活気ある街になっている。なお、中野区役所は「中野四季の都市(まち)」の一部、北東エリアへ移転する。

姿がはっきりしてきたのは、中野駅南口の公社中野駅前住宅跡地周辺(中野二丁目地区)の開発事業だ。業務棟と住宅棟(住友不動産の賃貸マンション)の2棟が工事中で、2023年度に竣工予定だ。

駅自体も再開発の対象だ。「中野駅西側南北通路・橋上駅舎等事業」によって、2026年に新たに西口が誕生する。歩行者専用道路である「南北通路」と「橋上駅舎」、「駅ビル」を一体の建物として建設する計画だ。

中野駅周辺まちづくり事業一覧

中野区の「中野駅周辺まちづくり事業一覧」より抜粋転載

中野駅周辺は、中野サンプラザ跡地だけでなく、駅前広場の整備や駅の利便性向上なども考慮した、連携した再開発計画が進んでいる。昭和の名建築が取り壊されることは残念ではあるが、この後の数年間で街が一気に様変わりすることになる。

セレモニーでゲストとして登壇したサンプラザ中野くんさんは、「今日で閉館となるが、2028年にはまた中野サンプラザという名前が戻ってくる。その間は、自分が名前を守っていく」とスピーチしていた。新しい街がどんな街になるのか、筆者も見守っていきたい。

●関連サイト
・さよなら中野サンプラザ音楽祭最終日!50 年の歴史のクロージングセレモニー 開催
・中野駅周辺まちづくり

3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成!内装や耐震性は? ファミリー向け一般住宅も登場間近 長野県佐久市

「約300万円で購入できる10平米の3Dプリンター住宅」のプロトタイプが登場したと2022年5月に紹介しましたが、あれから1年、商用日本第一号がついに長野県佐久市で完成しました。その全貌をお届けします。

整骨院の大きな看板があった場所に3Dプリンターの家を設置。今後はこの球体が看板がわりに(画像提供/セレンディクス)

整骨院の大きな看板があった場所に3Dプリンターの家を設置。今後はこの球体が看板がわりに(画像提供/セレンディクス)

10平米の3Dプリンターの家。施工時間は22時間52分!

北陸新幹線が停車する佐久平駅から徒歩7分、大通りに面した整骨院の敷地内に立つ、球体のような白い物体。通りを歩く人も信号待ちの車の人も、興味深そうに眺めています。それもそのはず、数日前までなかった近未来的な物体が、突如現れたのだから。
建物の正体は、商用3Dプリンターハウスの日本第一号棟。施工時間は1日8時間×3日、計24時間を予定していましたが、実際に完成までに要したのはわずか22時間52分でした。

手がけたのは、セレンディクス(兵庫県西宮市)。「30年もの住宅ローンは現代の経済環境に即していない。車を買うような感覚で、ライフスタイルやライフステージに応じて、家を自由に買い替えられる社会を」と、これまでの家づくりの概念を根本から考え直し、低コストで短納期の3Dプリンターハウスの量産をめざす企業です。

令和の一夜城ともいえる3Dプリンターハウス「serendix 10(スフィアモデル)」は、床面積10平米、価格は330万円です。同社COOの飯田國大(はんだ・くにひろ)さんによると、「2022年秋に6棟を一般販売したところ、国内外から大きな反響があり、購入申し込みは30件ほどありました。その完売したうちの1棟が、今回の佐久市の物件です」
夢の日本第一号をもぎとったのは、全国に介護・医療施設を展開するカスケード東京。同社が運営する整骨院の敷地内に建築し、特別な施術を行うプライベートサロンとして利用する予定だといいます。

2日目、施工開始から10時間ほどたったころ。既に完成形が見えています(撮影/塚田真理子)

2日目、施工開始から10時間ほどたったころ。既に完成形が見えています(撮影/塚田真理子)

セレンディクスCOO飯田さん。初回販売数を6棟にしたのは、「かつてトヨタが紡績業から自動車産業に転身したとき初めて販売した車が6台だったそうです。問題点があったら教示してくれる、理解のあるお客様に協力いただいています」(撮影/塚田真理子)

セレンディクスCOO飯田さん。初回販売数を6棟にしたのは、「かつてトヨタが紡績業から自動車産業に転身したとき初めて販売した車が6台だったそうです。問題点があったら教示してくれる、理解のあるお客様に協力いただいています」(撮影/塚田真理子)

NASAの火星移住プロジェクトを手がける建築家がデザイン

serendix 10はスフィアモデルという名前のとおり球体で、直径3.3mで広さ10平米、天井高は4m。NASAの火星移住プロジェクトを進める建築家、曽野正之氏とオスタップ・ルダケヴィッチ氏による、近未来的なデザインが目を引きます。設計は、日本、アメリカ、オランダ、中国の企業コンソーシアム(共同企業体)が手がけました。

「風を逃す球体の建物形状は、風速140mにも耐えうる自然災害に強い構造。火星への移住をめざすNASAのプロジェクトでも採用されており、物理的に最強の形状といえます。従来の工法ではコストがかかるこうした曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意とするところです」と、飯田さんは話します。

三角形の窓がこのあと取り付けられます。30cm以上という壁の厚さから、遮音性、気密性も期待できます(撮影/塚田真理子)

三角形の窓がこのあと取り付けられます。30cm以上という壁の厚さから、遮音性、気密性も期待できます(撮影/塚田真理子)

コンクリート壁の厚さは30cm以上、躯体全体の重量は約20tもあり、まるでビルのように頑丈な造り。プロトタイプでは鉄筋などの構造体を使わずとも、十分な安定性と強度を実現しています。ただし、建築基準法で指定された鉄筋などの材料を使わない構造物は、個別に国土交通大臣の認定が必要なため、大臣認定の取得に向けて現在申請に着手しているところだそうです。

鉄筋を組み込んで日本の現行法に準拠

ちなみにserendix 10の実用棟は、当初、政令指定都市から90分のエリア内に設置することを想定していました。冒頭でもふれた、10平米300万円、車を買うように家を所有できるように、というコンセプトゆえ「土地代が安く、かつ必要なときに都市に行きやすい距離」というのがその理由です。
ところが、第一号に決まった佐久市の土地は条件が異なり、都市計画区域内のため建築確認申請も必要です。現段階では大臣認定が未取得だったことから、建築基準法に則り、3Dプリンターで出力したコンクリートの間に鉄筋を入れて構造設計をし直すことに。

躯体には断熱材も組み込み、日本より厳しいオランダの断熱基準をクリア(撮影/塚田真理子)

躯体には断熱材も組み込み、日本より厳しいオランダの断熱基準をクリア(撮影/塚田真理子)

構造設計は、駅やスタジアム、ホテルなどさまざまな規模の建築物を手がけるKAPの桐野康則さんが担当。鉄筋の柱を4本入れ、上に鉄筋の梁をつけることで耐震強度を高め、建築基準法に適合させているといいます。
「KAPを含め、現在205社のコンソーシアムの協力を得て、社会実装を重ねながら研究開発を進めています。セレンディクス1社では到底できませんが、課題ができるたびにさまざまな企業が声を上げてくれ、手を取り合って解決に向けて進んでいけるのです」(飯田さん)

工場で出力して輸送、現地で組み立てるプレキャスト工法を採用

ところで、3Dプリンターハウスはどんな手順で建築しているのでしょうか。
「セレンディクスはデジタルデータをつくる会社です。まず、設計データをつくり、最先端のロボット工学による3Dプリンターにデータを送信。そのプリンターで出力した4つのパーツをプレキャスト素材として輸送し、現場で組み立てて施工しています」と飯田さん。

serendix 10は開発と普及のスピードを速めるため、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、カナダの3Dプリンターメーカーに出力を依頼。昨年、世界5カ国で同一データでの同時出力に世界で初めて成功し、ビジネスモデルを確立しつつあります。佐久市をはじめ初回販売した6棟は、それぞれの国で出力したものを建てる場所まで住宅輸送会社が輸送し、施工する計画なのだそうです。

今回使用したのは、中国の工場にある3Dプリンター。あらかじめ4つのパーツに分けて出力します。10平米のserendix 10の出力に要した時間は約14時間(映像提供/セレンディクス)自動で3Dプリンターがすべての作業を行うので人件費が削減できます(映像提供/セレンディクス)

3Dプリンターを現場に運び、出力しながら施工するのかと思っていましたが、「将来的にはそれも可能だと思います。ただ3Dプリンターは精密機械なので、輸送の際に故障してしまうリスクがあります。また現場で雨が降ってしまえば出力したモルタルが乾かず、施工時間が大幅に遅れてしまいます。現段階では、工場で安全に出力したパーツを輸送し、現場で組み立てながら、鉄筋を組み込むという手法をとっています」

今回は、中国WINSUN社の3Dプリンターを使用したとのこと。ところで、プリンターの自社開発も考えているのでしょうか?
「世界の会社と最新情報を共有することが大切だと思っています。汎用化する3Dプリンターは自社でつくらず、競合しないから、情報共有が可能なんです」と飯田さん。日本国内の協力企業では愛知県小牧市をはじめ現在5台の3Dプリンターを導入しており、来年にはさらに12台に増やす予定。今年下半期からは、日本で出力したものをメインに使用していきたいと話します。

20t以上もある躯体パーツを運ぶのには大きな負荷がかかるといい、高い輸送技術が必要。現在は10tトラックで輸送しています(画像提供/セレンディクス)

20t以上もある躯体パーツを運ぶのには大きな負荷がかかるといい、高い輸送技術が必要。現在は10tトラックで輸送しています(画像提供/セレンディクス)

単一素材で複合的な機能を持たせ、資材コストをカット手前に置いてあるのが屋根のパーツ。プロトタイプでは屋根も3Dプリンターで出力し一体成形していましたが、今回の工法ではGRC(ガラス繊維強化セメント)で作成したものをのせる形に(撮影/塚田真理子)

手前に置いてあるのが屋根のパーツ。プロトタイプでは屋根も3Dプリンターで出力し一体成形していましたが、今回の工法ではGRC(ガラス繊維強化セメント)で作成したものをのせる形に(撮影/塚田真理子)

3Dプリンターの活用で人件費が抑えられるのに加え、外壁や内壁、天井、床などを単一素材でつくれることも、資材の大幅なコストカットにつながります。serendix 10には、木材価格の高騰や工期の延長といったウッドショックの影響を受けない、低コストで住環境に適したコンクリートを用いています。「例えば、出力するコンクリートには硬化促進剤を使っているのですが、コンソーシアム企業の中には化学系メーカーも3社協業しており、こうした素材開発にも協力いただいています」(飯田さん)

鉄筋の間にモルタルを入れているところ。このあと屋根を設置し、上棟式も行われました(撮影/塚田真理子)

鉄筋の間にモルタルを入れているところ。このあと屋根を設置し、上棟式も行われました(撮影/塚田真理子)

青空に映えるコンクリートの球体。なだらかな曲線が描けるのは3Dプリンターならでは(撮影/塚田真理子)

青空に映えるコンクリートの球体。なだらかな曲線が描けるのは3Dプリンターならでは(撮影/塚田真理子)

内外装とも、積層痕をあえて残した意匠に(撮影/塚田真理子)

内外装とも、積層痕をあえて残した意匠に(撮影/塚田真理子)

見た目としては、ソフトクリームのような積層痕が3Dプリンターハウスの大きな特徴です。痕を残さずなめらかに均(なら)す技術もあるそうですが、3Dプリンターを象徴するデザインゆえ、あえてそのままにしているのです。
プロトタイプの施工時には、塗装に非常に時間がかかったことから、今回は出力後に塗装を施してから輸送。現場では、組み立てたあと最後に汚れた部分のみ塗装し直し仕上げることで、よりスピーディーな施工が可能になりました。

「すべてにおいて、社会実装を進めながら課題を見つけ、クリアしていく。そのために協業企業にサポートをお願いしています。またお客さまにも協力をお願いしている段階です。3Dプリンターハウスはコンセプトも技術もまったく新しいもの。今回の6棟はそれを理解してくださる方に購入いただけています」と飯田さん。施主も含めみんなで新しいものをつくっている感覚に、こちらもワクワクさせられます。

施工は現場に近いエリアのコンソーシアム会社に依頼するといいます。今回はナベジュウ(群馬県太田市)が担当。ナベジュウ代表の渡辺謙一郎さん(左)と飯田さん(撮影/塚田真理子)

施工は現場に近いエリアのコンソーシアム会社に依頼するといいます。今回はナベジュウ(群馬県太田市)が担当。ナベジュウ代表の渡辺謙一郎さん(左)と飯田さん(撮影/塚田真理子)

内装イメージ。4mの天井高が開放感をもたらします。別途内装工事を経て、プライベートなサロンとしてオープンする予定(© Clouds Architecture Office)

内装イメージ。4mの天井高が開放感をもたらします。別途内装工事を経て、プライベートなサロンとしてオープンする予定(© Clouds Architecture Office)

49平米と70平米の個人向け住宅もまもなく登場

3Dプリンターハウスの今後の展開も気になるところです。
まずはserendix 10の初回販売分残り5棟を順次施工していくといいます。次は岡山県内で、使い道は贅沢にも、飼っているフクロウのための家だとか!どんな空間ができあがるのか楽しみです。

並行して、個人向け3Dプリンター住宅「フジツボモデル」に取り組んでいます。フジツボモデルは、3Dプリント技術の第一人者である慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授率いる慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターとの共同プロジェクト。
グランピング施設や3坪ショップ、離れなどの用途に限られる10平米のserendix 10に対して、49平米のフジツボモデルは水回り設備を完備した「住宅」仕様。3Dプリンターハウスで生活することができるのです。1LDKの平屋で、価格は550万円です。

住居としての役割を担うフジツボモデル。水回りの設備も付いて550万円(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

住居としての役割を担うフジツボモデル。水回りの設備も付いて550万円(慶應義塾大学(慶應義塾大学環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター))

(慶應義塾大学(慶應義塾大学環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター))

(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

間取りは1LDK。天井が高く快適なコンパクト平屋は二人暮らしに最適(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

間取りは1LDK。天井が高く快適なコンパクト平屋は二人暮らしに最適(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

「若いときに購入した2階建て、3階建ての家は年齢を重ねると住みにくくなるし、リフォームするとなると1000万円以上かかってしまう、という声も聞きます。また、賃貸住宅によっては、高齢者の入居をさまざまな理由をつけて断ったりするケースも。フジツボモデルは、そういった60代以上の夫婦2人のニーズに応えられる住宅です」と飯田さん。1LDKのコンパクトな平屋は、子どもが独立して部屋数は必要ない、という人の住み替え先にもぴったりです。既に3000件もの問い合わせがあり、400件を超える購入意向が寄せられているそうで、注目度の高さがうかがえます。

フジツボモデルの出力は、コンソーシアム会社である百年住宅の愛知県小牧工場で行われています(画像提供/セレンディクス)

フジツボモデルの出力は、コンソーシアム会社である百年住宅の愛知県小牧工場で行われています(画像提供/セレンディクス)

さらに年内には、家族で住める70平米の住宅も開発するといいます。こちらの設計はserendix 10と同じ建築家によるもので、デザインはまだ非公開ですが、とても近未来的な佇まいだそう。「電気自動車も、従来のガソリン車とはデザインががらりと変わりましたよね。3Dプリンターの家も、従来の住宅とは一変するのが自然ではないでしょうか」という飯田さんの言葉に大きく納得しました。

こうした社会実装を積み重ね、最終的にめざしているのは、「100平米300万円の家」とのこと。何十年もの住宅ローンを組まずに家を持つ。わずか数年後には、そんな近未来な住まいを実現する可能性に満ちた3Dプリンターハウスに、新しい時代の幕開けをヒシヒシと感じずにはいられません。

●取材協力
セレンディクス

障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

障がいのある人(精神障がいのある人や車椅子の人)が賃貸物件に入居したいと考えたときには、物件探し、入居手続き、そして入居後の生活にも多くの壁があるようです。これらの壁を乗り越えるため、住まい探しから、保証人対応、物件の改修、病院の付き添いまでさまざまなサービスを提供する不動産会社があります。メイクホーム(東京都足立区)の障がいのある人への取り組みについて紹介します。

障がいのある人がぶつかる壁とは

障がいのある人とひと言で言っても、その状態は人によってさまざま。住まい探しには、その人の特徴に合った条件が求められます。視覚障がいのある人であれば、駅から近く、歩いていても事故に遭う心配がないよう歩道があり、道幅の広い道路に面した物件が良いでしょう。また、聴覚障がいのある人であれば、玄関のインターホンの音が聞こえないので、来訪者があることを目で確認できるライトなどの機器を設置する必要があります。

「車椅子でも暮らせるバリアフリーの物件は、場所や条件によりますが、都心であれば最低でも14万円ほどすることが多いです。しかしその家賃が払える人ばかりではありません。障がいのある人で、家族もおらず、生活保護を受けている人は、家賃補助の上限金額である53,700円(東京都一人世帯の場合、また車椅子利用者など特別に部屋探しが困難と認められた場合は69,800円)よりも低い家賃で借りられる物件を探さなくてはならないので、物件は限られます」(メイクホーム石原幸一さん、以下同)

ほかにも内見の際、車椅子を利用する人は一人もしくは二人の介助者が必要だったり、車椅子が物件の床や壁を傷つけないように養生をしなければならなかったりと手間がかかります。障がい者が暮らしていくには、オーナーや近隣に住む人の理解も必要で、一つひとつ状況を説明していくことも欠かせません。
必要とされる対応を知らないことでトラブルに発展する可能性がある上に、仲介手数料や管理費は法や相場から外れた金額にはできないため、対応できる不動産会社が限られているのが現状です。

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

社長自身や従業員の家族に障がいがあるからこそ、親身になれる

石原幸一さんが代表を務めるメイクホームは、障がい者や高齢者など、住まい探しが困難な人たちの住まい探しに特化した不動産会社。利用者は約50%が障がいのある人たち、そして残りの50%は高齢者や低所得者など、住宅確保に何かしらの困難を抱えた人たちです。

「不動産会社を始める前から別の事業で障がい者を雇用していたのですが、事業の縮小に伴い、従業員の次の仕事や住まいを探す必要がありました。仕事はすぐに見つかっても、障がいのある従業員が住めるところを見つけるのは大変でした。それがきっかけで障がい者や住宅確保に配慮が必要な人たちの住宅事業に取り組むようになったのです」

石原さん自身も、3年ほど前から視覚障がいがあります。そしてメイクホームで働くスタッフのなかには、石原さんのSNSでの発信や講演会で話を聞いて、集まってきた人も。小さいころから弟に障がいがある人や親戚が発達障がいでなかなかグループホームが見つからない人、また自身ががんを患っていたり、外国人だったりなど、メイクホームに相談に来る人たちと近い立場にいるスタッフが多いそうです。だからこそ、相談者の痛みがわかるのだと、石原さんは言います。

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

「楽な仕事ではないし、私も従業員に厳しいことも言いますよ。でも辞める人はほとんどいません。障がいによってできることが限られていてもいいんです。人を憎んだり、暴言を吐いたりするような人でないこと。そしてコツコツと努力をする人であれば、仕事はできます」

「壁を乗り越えるには」を追求して広がったサービス

石原さんは「メイクホームの事業の中心は不動産業ではなく、福祉や生活支援」だと言います。自立したいと願う障がい者や、住まい探しに困っている人、一人ひとりに対応していくためにできることをやっていった結果、不動産、リフォーム、引越し、トラブル解決……と、さまざまな事業につながっていったそうです。

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

「私たちが大事にしていることは、何か連絡があったら、断らずに必ず駆けつけるということです」

例えば、DV被害者の人が大阪から東京に逃げてきても、東京に住民票がないので東京都のDV被害センターでは受け入れができません。そこで、石原さんたちが一時的に受け入れをしたこともあったそう。国や地方自治体が法律に縛られてできないことにも支援の手を差し伸べています。

「入居者が倒れて動けなくなったときに備え、室内に赤外線システムを活用した機器を取り付けたり、従業員が1都3県の管理物件を定期的に回ったりするなど、早期発見の策を講じています。家賃保証会社を利用する際に必要になる緊急連絡先のなり手がいない人には、家族などの代わりに連絡を受けて対応する『緊急連絡先協会』も立ち上げました。また、有料で葬儀保険や万一の場合の残置物処理も行っています」

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

そして今後は行政とも協力し、入居者が倒れる前に人感センサーで異常を察知して救出する仕組みをつくろうと準備をしている最中。メイクホームの事業はますます広がりを見せていくようです。

事業として成立させるため、リスク回避のために

数多くのサポートやサービスを整え、必要な居住支援を行うには手間もかかります。会社として事業は成り立つのでしょうか。

「私たちが居住支援を行う不動産会社として事業を継続するために取り入れている特徴的なスキームは『完全管理システム』です。築古などで空室になっているアパートを、投資家から預かった資金でバリアフリーにしたり、手すりを付けたりしてリフォームし、住まいを必要としている人に提供します。

入居者から家賃を回収したり、何かトラブルがあったとしても全ての対応は当社が行い、オーナーさんには入居者がどのような人か、障がいの内容や詳しい事情については一切伝えません。その代わり、確実に家賃としての収入を確保するというものです」

住宅の確保に配慮が必要な人たちは、ひんぱんに引越すことは少なく、一度入居したら長く住み続けることが多いそう。例え空室が出ても、住まいを確保できずに困っている人はたくさんいるので、すぐに次の入居者が見つかるのもオーナーにとってのメリットだと石原さんは言います。

半面、家賃滞納や孤独死、近隣とのトラブルなど、オーナーが不安に思うリスクは全てメイクホームが負います。この方法で、空室率は2%以下を保っているそうです。

「一見、サブリース(不動産会社などが、土地や建物のオーナーから不動産を一括して借り上げて事業展開する形態)のように見えますが、サブリース物件はほとんどありません。事業者が収益をコントロールしやすいサブリース契約よりも管理費のみをいただく管理委託契約のほうが、一般的にはオーナーの収入が増えることが多く、ひいてはより多くの入居者を受け入れることにつながると考えています」

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

住宅・不動産業界全体に支援の輪を広げる

メイクホームは、1都3県を対象エリアとして事業を展開していますが、全国のあらゆる地域でこのようなサポートを望む声は多くあります。そこでより多くのエリアに取り組みを広げるため、志を同じくする仲間を募集し、フランチャイズ事業を始めました。研修を行った上で、行政から直接相談を受けられる体制を整え、メイクホームが提供してきたサービスを展開します。石原さんによれば「必要なのは、優しさとお客さまを思いやる気持ち、そして共感する心」だそう。

一方、地方では空室率が30%を超える地域もあり、このままではアパート経営が続けられなくなるかもと不安を抱えるオーナーも増えています。今や3人に1人は高齢者という時代。さらに高齢化は進むと考えられ、高齢者や障がい者など、これまでオーナーが入居を敬遠しがちだった人たちをも受け入れることが必要になっていくでしょう。

「今後、住まいは箱、ハードとしての問題よりも、入居する人たちを支える福祉などのサービス、ソフトの問題が大きくなってくる」と石原さんは考えます。介護・看護や見守りが必要な人たちへのケアと不動産事業が合体したメイクホームのような事業展開が全国規模で必要なのです。

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

そして、石原さんの訴えは、少しずつ社会にも変化をもたらしているようです。

「各メディアから出演依頼が定期的にあり、地方自治体のセミナーの参加者も年々増えています。オーナーさまからもどのようなリフォームをしたら障がい者の受け入れがしやすくなるのか、などの質問が多く寄せられるようになりました。私たちの居住支援の取り組みを知り、自分も取り組もうという意志のある方や活動に共感していただける方が増えてきていると感じます」

これまでにメイクホームに相談して住まいを見つけた人は、精神疾患のある人、聴覚障がい者、視覚障がい者、車椅子生活者など、さまざま。「多くの不動産会社から断られたが、メイクグループに相談をして希望通りの部屋を見つけてもらった」「携帯電話や住民票の手続きをサポートしてくれ、引越しも引き受けてくれた」「車椅子で生活できるよう、段差の少ない物件を探してくれた。内見の際も毎回車椅子を積んで病院まで迎えにきてくれた」など、感謝の声がたくさん寄せられています。

相談した人たちの「寄り添って共に取り組んでくれた。本当に心強い味方だ」という言葉に、メイクホームの居住支援の本質が表れているのでしょう。

メイクホームでは、SUUMOと協力して視覚・聴覚障がい者がネットで内見できる動画を作成するなどして新しい物件紹介の方法を模索したり、スマートウォッチの装着によって入居者に異常があった際に自動通知を行う仕組みづくりを検討したりしています。さらに大手企業や行政とも連携してバリアフリーや点字ブロックの設置を進めるなど、障がい者や高齢者も暮らしやすいコンパクトな街づくりを目指していきたいと考えているそうです。

しかし、住まいの確保には物理的な問題、何かトラブルが起きた際の対応だけでなく、未だ差別や偏見も存在するとのこと。石原さんは、子どものころから、障がいのある人とそうでない人が一緒に学べる、インクルーシブ教育が必要だと言います。人間の多様性を尊重し、障がいがある人もない人も、自然に近くにいることが当たり前だと思える社会をつくることこそが真のバリアフリーな社会につながるのかもしれません。

「広く大勢を助けることは難しくとも、せめて目の前にいる困った人は助けたい」。これが石原さんが常に持ち続ける思いです。私たち一人ひとりがこのような思いを少しずつでも共有できれば、世の中はもっと優しくなれるのではないでしょうか。

●取材協力
メイクホーム株式会社

「コンテナハウス」のスゴすぎる世界。空き家・防災対策など日本の住宅問題を解決する!?

今、コンパクトな平屋が注目を集めていますが、タイニーハウス(小屋)やトレーラーハウス、コンテナハウスにも注目が集まっています。今回は、物流用コンテナを住まいや店舗などとして活用するコンテナハウスにフォーカス。実は空き家対策や防災対策などでも活用されているのです。そのコンテナハウスの最前線について、日本コンテナハウス建築協会会長の菅原修一さんに話を伺いました。

店舗やホテル、住宅……。コンテナの使い道は実に多彩!

コンテナとは、船や鉄道などの輸送に使われる容器、入れ物のこと。サイズは普及しているもので20ftと40ftが主流であり、大型トレーラー車両がけん引していたり、鉄道の貨物輸送などに使われている12ftと31ftサイズを大型車両が輸送しているのを見かけたことがある人も多いことでしょう。

コンテナ(写真/PIXTA)

コンテナ(写真/PIXTA)

コンテナは世界中の輸送で使用されることから、強度が高く、過酷な環境にも耐え、しかも容易に移動させることができるのです。そのため、このコンテナを住まい、ホテル、店舗などとして活用するケースが増えてきました。例えば、2022年に開催されたFIFAワールドカップカタール大会ではコンテナを建材として積み上げてスタジアムとしたり、ホテルとしても活用されていました。コロナ禍では臨時の医療拠点になったこともあるといい、多用途かつ多目的に使うことができるのです。

「コンテナは日本のみならず世界中で使われていて、港で積荷を降ろし、帰りに荷物を載せる必要がない場合は現地で売り払うのです。そのため、各国で中古コンテナ市場が形成されています。日本でもコンテナは手ごろな価格帯で販売されて、フリマアプリやオークションでも取引されています。こうした中古コンテナを入手し、内外装を施して住居や店舗、ホテルなどに改造して活用しているのです。コンテナを連結したり、多層構造にすることもできますし、インテリアの自由度も高く、フルカスタムで世界に一つだけのコンテナハウスやショップがつくれるんですよ」と話すのは日本コンテナハウス建築協会の菅原修一さん。

なるほど、コンテナハウスのメリットをまとめると、
(1)躯体が頑丈
(2)価格が手ごろ
(3)内装の自由度が高い
(4)工期が短くて済む
(5)移動ができる
(6)不要になったら撤去、売却、再利用ができる
という点にあるようです。世界中で建築資材が高騰しているなか、こうしてみると人気が出るのは当たり前、といえます。

20ftのコンテナを平置きにして店舗にした例。広さは8畳ほど(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

20ftのコンテナを平置きにして店舗にした例。広さは8畳ほど(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カフェ内部に入るとコンテナであると気づかない(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カフェ内部に入るとコンテナであると気づかない(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

40ft(約12m強)のコンテナ3台を並べて店舗にした。千代田区4番町にあるその名も「No.4」。広さにして約80平米(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

40ft(約12m強)のコンテナ3台を並べて店舗にした。千代田区4番町にあるその名も「No.4」。広さにして約80平米(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

天井を見るとコンテナだな、とわかる(写真撮影/嘉屋恭子)

天井を見るとコンテナだな、とわかる(写真撮影/嘉屋恭子)

上下に積み重ねることで、多層構造にもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

上下に積み重ねることで、多層構造にもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

建物内部、吹き抜けで開放的な空間に(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

建物内部、吹き抜けで開放的な空間に(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナの耐用年数60~70年。使い捨てにならず離島や空き家対策にも!

さまざまなメリットがあるコンテナハウスですが、(6)不要になったら解体、売却できるため、「使い捨てにならない」という面でもすぐれています。

「コンテナは先ほど紹介したように各国で利用されているため、使い終わっても廃棄とはなりません。使い捨てなんてもうカッコ悪いし、時代に合わない。場所や用途に合わせて長く使っていく時代です。コンテナの耐用年数は一概にはいえませんが60年~70年は使用できるでしょう。もちろん、海沿いなどの環境条件やメンテナンスなどによって異なってきますが、少なくとも40年~50年は使用できると思います」とのこと。

持続可能なまちづくりや開発は、今や避けては通れない課題です。必要なときに、必要に応じて住まいや店舗、医療施設、学校を建設することも可能です。

コンテナの移動性、構造強度が強いことを利用し、「コンテナに建設資材や物資を積んで、現地に行って、住宅や学校、医療施設をつくることも可能です。基礎は現地で施工し、コンテナはそのまま躯体として活用、積んでいった窓や建材を使って建物をつくるのです。離島は、建築物を建てようとすると資材の輸送費、人材の移動費などの関係で建設コストが高くなりますが、これなら容易につくることが可能です。さらに、離島防衛、国土強靭化にも役立つんですよ。日本だけでなく世界の災害発生時や紛争地帯、アフリカなどの援助にも活用されています」と菅原さん。

石垣島のリゾートホテル『ぱいぬ島リゾート』(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

石垣島のリゾートホテル『ぱいぬ島リゾート』(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを斜めにしてインパクトのある建築物に。構造計算もしてあるため、強度にも問題ないという(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを斜めにしてインパクトのある建築物に。構造計算もしてあるため、強度にも問題ないという(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

客室。こちらもコンテナとは気が付かないはず(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

客室。こちらもコンテナとは気が付かないはず(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

日本では、東日本大震災のときもコンテナハウスは仮設住宅として活躍しました。現在では、トイレやお風呂もついたものを道の駅などに設置しておき、災害発生時は被災者を受け入れる、または被災地まで出向き、仮設住宅として使うという計画もあるといいます。

災害発生時に建設される仮設住宅は、一定程度の敷地が必要で、設置・解体廃棄にもコスト、工期がかかり、そのコストは1棟500万とも600万ともいわれています。コンテナハウスであれば、平時は宿泊施設などとして活用しながら、非常市は仮設住宅になるのであれば無駄もなく、解体、廃棄する必要がありません。地震だけでなく、台風、水害などの自然災害が多発している今、こうした備えは全国各地で普及していくことでしょう。

東日本大震災では仮設住宅としても使われた(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

東日本大震災では仮設住宅としても使われた(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

また、日本の喫緊の課題でもある空き家活用にも、コンテナハウスは役立つ、といいます。

「今、築100年、200年の立派な古民家が日本各地で空き家になっていますが、現在の建築基準を満たそうとすると、耐震性や断熱性などの改修費用が高くなることから、初期費用が高く、利活用の妨げになっています。そこでコンテナハウスと木造住宅の混構造のリノベを提案しています。コンテナにトイレとバス、寝室をもうけて寝室部分とします。木造は、ダイニングや共用部分とするとよいでしょう。ホテルでも自宅でも、なにかあっても耐火性、耐震性も高いのでシェルターになりますし、命を守ることができます」

こうして聞いてみると、用途は限りなくありますし、繰り返し使えます。太陽光発電と蓄電池、下水は浄化槽、空気中の水蒸気を飲み水になどの技術と組み合わせることで、容易にオフグリッド住宅にもなることでしょう。安全性、汎用性が高く、持続可能というあらゆる意味で、21世紀の住まいのスタンダードにもなりそう、そんな気すらしてきます。

建築基準法準拠、断熱や遮熱など、価格以外にも留意を

「国際海上コンテナは世界中で使われているので、国際的に規格化したISOという規格で統一されています。ただし、住居や店舗など、固定した建築物として使う場合は、ISO規格+日本の建築基準法に適合したJIS規格に適合した『建築専用コンテナ』でないといけません。違いは複数ありますが、大きくは使用している鋼材と構法が異なります。そのため、価格ばかりに目を奪われ、何も知らないで中古コンテナを購入、建築すると違法建築になることもあるんです。現に私の元には、『行政から違法建築といわれた』という相談が増えています」と菅原さん。

「ISOコンテナ」と「JISコンテナ」の外地

菅原さんの取材を基に筆者作成

また、海上輸送コンテナはパネル構造でつくられているため、窓やドアを設置するために開口部を設けると強度が大きく損なわれてしまうことも。建築基準法を満たした建築コンテナはラーメン構造であるためこうした問題は発生しませんが、コンテナハウスを手掛ける業者がそもそもこうした建築法規を知らないケースもあるため、注意が必要だといいます。

あわせて、注意したいのが住み心地/使い心地に直結する、断熱や遮熱、気密性です。
「コンテナハウスは北海道から沖縄まで日本全国で使われており、建築基準法を基にきちんと設計・施工すれば住居として冬暖かく、夏も快適に過ごせることがわかっています。ただ、コンテナそのものは壁が1.6mm~2.0mmの鉄板ですぐに熱を通してしまうため、建物内部に断熱材を施工するほか、気密性も高めないといけません。単純に断熱材が入っていればOKではなく、発泡ウレタン吹き付け、ロックウール、グラスウールなど、どのような材料が使われているか、またその厚み、施工精度が非常に重要になります。きちんと施工されていないと、コンテナ壁鋼板と内装仕上げ下地材の空気層が結露してしまってそこからカビが生えてきた……というトラブルも発生しています」(菅原さん)

気密性も同様、どれだけ頑丈なコンテナであっても開口部などから空気が漏れてしまっては意味がありません。コンテナハウスでは、土地の条件、内装の意匠性にもよりますが1棟で700~800万円ほどが目安で、建築法令の理解や施工の精度も含めて、コンテナハウスを扱う業者を選んでほしいとのこと。

コンテナを店舗にしたケース(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを店舗にしたケース(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナをつかった住まい。インダストリアルの雰囲気がかっこいい(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナをつかった住まい。インダストリアルの雰囲気がかっこいい(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

過疎地域に役立つ無人コンビニにもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

過疎地域に役立つ無人コンビニにもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カッコよくて、快適、時代にもあったコンテナハウス。自然災害や離島、空き家問題への活用など、日本の住宅問題をまるっと解決する「コンテナ」の活用方法を聞くたび、筆者はワクワクがとまりませんでした。何より、ひとり1コンテナで、家賃や住宅ローンに縛られず、のびのび暮らせる未来がきたら、楽しいですよね。住宅はコンパクトで、もっと自由度の高いものへ。コンテナハウスにもっと光があたる日も近い気がします。

●取材協力
一般社団法人日本コンテナハウス建築協会
株式会社コンテナハウス2040.jp

SNSが浸透した今、インテリア提案も新たな局面へ。感性を形にするデザインシステムとは?

積水ハウスが、新デザイン提案システム「life knit design(ライフ ニット デザイン)」を6月30日から全国で始動するという。そのプレス向けの発表会が、6月20日に開催された。併せて、「life knit atelier(ライフ ニット アトリエ)」の内覧会もあり、筆者も参加してみた。

【今週の住活トピック】
「life knit design(ライフニットデザイン)」6月30日始動/積水ハウス

「和・洋・モダン」などから、「静・優・凛・暖・艶・奏」の6分類へ

積水ハウスの説明によると、“感性”を住まいに映し出すのが、新デザイン提案システム「life knit design」だという。“時間と共に愛着を編み込む住まい”といった意味合いがあるそうだ。これまでは、その時々に流行した「和・洋・モダン」などといったテイストをベースにしていたが、より普遍的な“感性”をベースにした空間提案をするのが、ライフ ニット デザインということだ。

その感性とは、これまでの積水ハウスの施工事例などのインテリア画像約6600点から受ける印象を言語化して、日本カラーデザイン研究所の言語イメージスケールを元に3D化した結果、おおらかな6つの感性フィールドを導き出したもの。例えば、静かな、くつろいだ、豊潤な、凛とした、などをプロットして、おおらかな(重なる部分もある)関係性をグループ化した結果、「静・優・凛・暖・艶・奏」の6つの感性フィールドに集約した。

【6つの感性フィールド】
「静 PEACEFUL」:しなやかな空気感…ローコントラスト、同系色
「優 TENDER」 : さわやかな空気感…すっきりナチュラルな木質感
「凛 SPIRIT」: 緊張感のある空気感…上質なシンプルさ
「暖 COZY」: 暖かみのある空気感…暖かみのある木質感
「艶 LUXE」: 贅沢な空気感…ハイコントラスト、重厚感
「奏 PLAYFUL」: 心躍る空気感…ワクワクする色やカタチ

6つの感性フィールドをプロット

積水ハウス プレゼン資料より転載

この提案システムはインテリアとエクステリアが対象で、エクステリアについても同様に、美しい景観を構成する「明度グラデーション」を特定している。顧客の感性から、インテリアやエクステリアをプランニングするのが新しい提案の手法だ。

好みのインテリア画像から感性を判断して空間を提案

説明を聞いただけでは具体的なイメージがわかないし、家族といえどもそれぞれ感性が異なる場合はどう提案するのだろうと疑問に思った。「SUMUFUMU TERRACE新宿」内に、実際に提案をする場となる「life knit atelier」があり、そちらに移動してさらに詳しく話を聞いた。

SUMUFUMU TERRACE新宿/筆者撮影

SUMUFUMU TERRACE新宿/筆者撮影

まず、同社が開発した「interior communication tool」で顧客の感性を調べる。内覧会では、筆者のいるグループから、夫役・妻役・子ども役の3人で実際に試してみることに。筆者は手を挙げて、子ども役を担当した。家族3人は、別々のタブレットで次々と映し出される36枚のインテリア画像を見て、好き(♡)かそうでもないか(△)をマークをタップして直感的に選ぶ。すべて選び終わると、好きなインテリア画像だけが映し出されるので、その中からベスト5を選ぶ。ベスト5については、その理由(例えば、使ってみたい家具や小物がある、過ごし方のイメージがわいたなど)も入力する。

積水ハウス プレゼン資料より転載

積水ハウス プレゼン資料より転載

入力が終わると、同社のスタッフが家族3人の選んだベスト5を一覧にして出してくれた。今回は、にわか家族なので、好きなインテリアがあまり重ならない。特に夫役の選んだ画像は、重厚感のある画像が多くて他の家族と全く一致しなかったが、妻役と子ども役はナチュラルな印象の画像が多く、数枚重なって選んでいた。「このように家族でも感性は一致しない場合はどうなるのか」という疑問を抱えたまま、次のステップへ移動。

筆者撮影

筆者撮影

インテリアの提案をしてくれるスタッフのいる部屋には、すでに家族の好みの画像が共有されている(写真左のディスプレイ)。そのうえで、好みの画像やその理由などを基に、一つのインテリアイメージをCG動画で提案してくれる(写真右のディスプレイ)。CG動画では、最初に平面の間取りが提示され、その間取りをどう作りこむかのCGが空間や角度を変えて映し出される。床・壁・天井といったシンプルな空間に、家具などを掛け合わせることで感性を表現するということなので、CG動画には家具、照明、ラグなども入っている。また、サンプルも用意してあるので、実際の色味や手触りなども確かめながら、決めていけるという。

今回の家族に提案されたCG動画は全体的にナチュラルな印象だったので、妻役と子ども役で共通する感性が優先されているのだろう。家具が気に入ったなどの理由によっては、誰かの好みの家具も配置されているのかもしれない。実際には、家族が提案されたCG動画を見ながら、床材はこうしたいなどと話し合い、要望に応じて変更された動画で確認しながら決めていくので、家族の感性が異なれば、家族で協議して解決することになるようだ。筆者が念のために、提案されるCG動画の数を聞いてみると、それぞれを組み合わせて提案するので、何万通りにもなるという。

住宅の範疇といえば、インテリアのうち内装や住宅設備になるが、提案されるCG動画には家具やラグなども配置されている。家具などの販売やあっせんもしてもらえるのかを聞いたところ、家具や照明はもちろん、観葉植物や絵画などの相談にも応じているという。その場ですぐに、照明や観葉植物を差し替えたCGを見せてくれた。至れり尽くせりだ。

最後に、マテリアルビュッフェのあるコーナーに移動した。ここでは、床材や壁紙、カーテン等のサンプルが展示してあるほか、6つの感性フィールド別のコラージュボックスが用意されている。コラージュボックスとは、「暖」の感性ならインテリアの内装はこうした組み合わせがオススメといったセットがボックスに収納されているものだ。残念ながら、どの感性に該当するといった判定はしてもらえないが、好みのセットをベースに、素材を触りながら他の感性の素材も取り入れて決めていくということになるのだろう。

マテリアルビュッフェのコーナー/筆者撮影

マテリアルビュッフェのコーナー/筆者撮影

ベースがあるので、家づくりを効率的に検討できるのがメリット

エクステリアに関する体験はできなかったのでよくわからないが、インテリアについては、感性にマッチしたものをトータルに提案してもらえるので、それをスタートラインにして検討できるという点で、決定するまでの時間の短縮が図れるだろう。

またその際に、家族の好みが見える化されるので、互いに話しやすいという利点もあるだろう。最近は、新築やリフォームの際に、好みの画像を用意して希望を伝える人も多いと聞く。この仕組みでは、積水ハウスが用意した画像だけでなく、例えばインスタグラムの好みの画像を提示すれば、それも加味して分析することも可能だという。

一方で、実際の家づくりでは、インテリアだけでなく、決まった広さの中で間取りを固めるため、スペースの取り合いという側面もある。スペースと好みのインテリアを上手に織り込むのが、スタッフの腕の見せ所となるのだろう。

また、インテリアについては至れり尽くせりなので、あれこれとこだわるほどにいろいろなものを新たに買うことになる可能性もあり、コスト管理という側面も欠かせないように思う。

さて、感性を軸として空間を提案するという新しい手法は、画像や動画に親しんでいる今の人たちにマッチしているのだろう。「何となく好き」な画像が、こうした手法でつきつめていくと、床や壁が好みなのか、家具が好みなのか、居住空間が好みなのかといったことが認識できるようになり、言語化されていくのも面白い。

一方でトータル提案されるのがメリットである半面、提案から外れるものを加えた途端、デザインが崩れてしまうので、住む人のインテリアセンスも問われることになるのだろう。

●関連サイト
積水ハウス「life knit design(ライフニットデザイン)」6月30日始動
「life knit design」ウェブサイト

空き家所有者「3年以上放置」が6割以上! 対策がより厳しくなった「改正空家特措法」が成立し、放置空き家改善の兆し生まれるか?

空き家が社会的な問題になって久しいが、(株)AS IT ISが、空き家所有者などを対象に「空き家の実態と活用方法」について調査を行った。その結果を見ると、空き家の所有者はかなり長期間、空き家のままにしていることが分かった。政府も法改正などで、空き家対策を強化している。

【今週の住活トピック】
「空き家の実態と活用方法」の調査結果公表/(株)AS IT IS

空き家所有者の6割以上が空き家になって3年以上経過。8割が「今後も暮らす予定はない」

まず、空き家の所有者に「家が空き家となってどれくらい経つか」聞いたところ、最多は「10年以上」の22.2%、次いで「3年~5年」の21.9%、「1年~3年」の20.5%が続く結果となった。空き家になってから「3年以上経つ」という回答が合わせて63.2%に達した。

次に、「今後、空き家に自身もしくは親族が暮らす予定はあるか」と聞くと、80.9%が「ない」と回答した。では、空き家は今後どうするつもりかというと、「土地と家を売却する」が38.0%と最多だったが、次いで「特にない」が29.5%だった。

空き家になってどれくらい経ちますか?

出典:AS IT IS【空き家の実態と活用方法調査】より転載

空き家対策のための法律を改正してさらなる強化へ

調査結果では、空き家の多くが誰も住むことがないまま、長期間経過していることになる。これらの空き家の中には、適切に管理されているものもあるだろうが、管理が行き届かずに建物が老朽化したり庭の草木が生い茂ったりしているものもあるかもしれない。

適切な管理をしないで空き家が放置されると、景観を乱したり、衛生面や防災面、防犯面などの問題を起こしたりする場合がある。一方で、空き家といえども個人の所有物なので、勝手に入ったり処分したりできないので、問題がある空き家に手をこまねく形となる。

その解決策として、2015年5月に全面施行されたのが、「空家等対策の推進に関する特別措置法(空き家対策特措法)」だ。この法律によって、自治体が空き家に立ち入って実態を調べたり、空き家の所有者に適切な管理をするよう指導したり、空き家の跡地の活用を促進できるようになった。さらに、地域で問題となる空き家を自治体が「特定空家」に指定して、立木伐採や住宅の除却などの助言・指導・勧告・命令をしたり、行政代執行(強制執行)もできるようになった。

この空き家対策特措法は、さらに踏み込んだ形で改正され、「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律」が2023年6月14日に国会で成立し、公布された。問題のある空き家の除却をさらに促進させること、近隣に悪影響を及ぼす前の段階で有効活用や適切な管理を強化することが目的だ。

適切に管理しないまま放置すると、固定資産税の軽減措置が受けられなくなる?

今回の改正で注目されているのが、「特定空家」の前段階となる「管理不全空家」という区分を設けたことだ。今回の改正により、適切な管理が行われておらず、そのまま放置すれば「特定空家」に該当するおそれのある空き家を「管理不全空家」として、管理指針に即した措置を、自治体が指導・勧告できるようになる。勧告を受けた管理不全空家は、固定資産税の減額措置が解除される。

そもそも誰も住んでいない空き家を放置する背景に、「住宅用地の課税標準の軽減特例」の存在がある。住宅用地と認められた土地で、住宅1戸当たり200平米までの土地は「小規模宅地」として、課税標準=固定資産税評価額が1/6に軽減される。固定資産税の額を抑えたいために、住める状態でなくても家を取り壊さないでおくという事例が多いからだ。

空き家対策特措法では、すでに「特定空家」に対してはこの軽減特例を解除する形になっているが、今回の改正で「管理不全空家」に対しても同様に軽減特例を解除する形となる。解除されると、固定資産税がおおむね4倍になるといわれている。

なお、空き家対策特措法の改正は、公布から6カ月以内に施行されることになっている。早ければ年内にも施行される可能性があるので、空き家を管理せずに放置している場合は、注意が必要だ。

空き家を放置すると、近隣とトラブルになったり、法規制の対象になったりする可能性がある。住む予定がないなら、老朽化が進行する前に売却したり、更地にしたりリフォームしたりして、活用することを検討しよう。相談窓口を設けたり専門家を紹介したりする自治体も多いので、早めに相談するとよいだろう。

●関連サイト
(株)AS IT IS【空き家の実態と活用方法調査】
国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律案」を 閣議決定
政府広報オンライン「空き家にしないためのポイントは?」

4人家族で平屋79平米のコンパクトな暮らし。「リビングを通る動線」で思春期の子ども、夫婦ともに仲良しな距離にこだわりました

“家族4人が暮らす一戸建てマイホーム”と聞けば、多くの人が、2階建て・3LDK以上をイメージするのではないでしょうか。それより狭く、最近需要が伸びている約70平米前後の“コンパクト平屋”は、実はこのような子どものいるファミリーのマイホームとしても選ばれているようです。今回訪れたのは、40代のご夫妻と小学生・中学生が暮らす79平米の平屋。家族それぞれのプライバシーは? 部屋数は十分とれるの? 収納は? 家族4人平屋暮らしのリアルを取材しました。

広すぎた築40年超の家から、コンパクトな平屋に住み替え

5月の陽射しの強い日、千葉県の石井さん宅を訪ねました。住宅街に現れたのは、広々とした芝生の向こうに建つカバードポーチ(屋根付き玄関ポーチ)が印象的な平屋。ブルーグレーの外壁に白い枠の窓が映えます。アメリカの映画に出てくるさまざまな色の外壁やファサードにデッキやテラスのある家が並ぶ住宅街を訪れたような気持ちになる佇まいです。

もともとは北米で開発されたアスファルトシングルという屋根材を使用。瓦と比較して薄い素材で、アメリカの住宅に使われている。軒先がカバードポーチの庇(ひさし)と一体のデザイン(写真撮影/北島和将)

もともとは北米で開発されたアスファルトシングルという屋根材を使用。瓦と比較して薄い素材で、アメリカの住宅に使われている。軒先がカバードポーチの庇(ひさし)と一体のデザイン(写真撮影/北島和将)

「リビング・ダイニングは、落ち着いた雰囲気にしたかったので吹き抜けなど開放感のあるデザインは求めませんでした」と正美さん(妻)(写真撮影/北島和将)

「リビング・ダイニングは、落ち着いた雰囲気にしたかったので吹き抜けなど開放感のあるデザインは求めませんでした」と正美さん(妻)(写真撮影/北島和将)

迎えてくれた正美さん(妻:46歳)に導かれて中に入ると、開放的な外観から一転して、リビング・ダイニングは、隠れ家カフェのような佇まいです。正美さんは、夫(46歳)と、長女(13歳)、長男(10歳)の4人家族。平屋は、築40年以上の中古住宅を建て替えたものです。

「もともと住んでいた中古住宅は築40年を超えていて、雨漏りや隙間風に悩まされていました。木造2階建てで約83平米、1階は二間続きの和室になっており、奥の部屋を居間として使っていたため、手前の部屋は通り道としか使っていませんでした。2階の部屋数は2部屋でしたが1つは物置と化しており、あまり人が出入りすることがなかったんです。階段のスペースも、無駄だなと感じていました」(正美さん)

庭の芝生や敷石は家族皆で敷いたもの。もともとの庭にあったサルスベリの木が、庭のシンボルに(写真撮影/北島和将)

庭の芝生や敷石は家族皆で敷いたもの。もともとの庭にあったサルスベリの木が、庭のシンボルに(写真撮影/北島和将)

「子ども2人が過ごす時間はわずか20年ほど。その後のふたり暮らしを考えると広い家は必要ない」と考えていた夫妻。建て替えるなら平屋にしようと決めていました。将来を見越して建て替えをする上で、いちばん大切だったのは、家族と距離が生まれないこと。子どもが独立するまで家族の時間を大切に過ごせる家へ……。2016年、下の子どもが3歳になったのを機に、石井さんの家づくりがスタートしました。

関連記事:2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

海外映画に出てくる家に憧れ。デザインはアメリカンハウスを希望

アメリカ映画に出てくるようなカバードポーチ(屋根付き玄関ポーチ)に憧れていた夫妻。インターネットでアメリカンハウスの施工例が多い建築会社を見つけ、建築中の家を見学した上で、依頼することにしました。

希望したのは、板を横に重ねて張り上げていくラップサイディングの壁と、瓦より薄くて軽いアスファルトシングルの屋根。いずれも伝統的なアメリカンハウスに用いられているものです。

アメリカンハウスの特徴のひとつラップサイディングの外壁。色は悩みに悩んで落ち着いたブルーグレーに。建築会社の「よりアメリカンハウスらしい」という提案でポーチの柱は太め(写真撮影/北島和将)

アメリカンハウスの特徴のひとつラップサイディングの外壁。色は悩みに悩んで落ち着いたブルーグレーに。建築会社の「よりアメリカンハウスらしい」という提案でポーチの柱は太め(写真撮影/北島和将)

間取りと動線でこだわったのは、帰宅した家族がリビングを通って自室に行けること。

「家事がしやすいのも大事ですが、家族がリビングを通る動線は絶対条件でした。子どもが思春期になっても、お母さんの顔を見ずに部屋に行くのは、嫌だなあと」(石井さん)

完成したアメリカンハウスは、玄関を入ってダイニング・リビングを通り、主寝室、子ども部屋に行く動線です。「家の中に使わないスペースがあるのはもったいない」と、家族4人にとって広すぎず狭すぎずの79平米にしました。

延床面積79平米・3LDK。DKは、約28平米。ウォークインクローゼットのある洋室が夫妻の寝室で、玄関側の2室はもともとつながっていたが、点線部分にDIYで壁を新設し、別々の部屋として使っている(写真撮影/JKホーム)

延床面積79平米・3LDK。DKは、約28平米。ウォークインクローゼットのある洋室が夫妻の寝室で、玄関側の2室はもともとつながっていたが、点線部分にDIYで壁を新設し、別々の部屋として使っている(写真撮影/JKホーム)

長女の部屋。右側がDIYで新設した壁。ベニヤに部屋の雰囲気に合う木目調の壁紙を張った(写真撮影/北島和将)

長女の部屋。右側がDIYで新設した壁。ベニヤに部屋の雰囲気に合う木目調の壁紙を張った(写真撮影/北島和将)

長男の部屋。お気に入りは、「窓が大きくて開放的」なところ。以前の家には、断熱材が全く入っておらず寒かったが、断熱材と二重サッシの窓で、冬も快適(写真撮影/北島和将)

長男の部屋。お気に入りは、「窓が大きくて開放的」なところ。以前の家には、断熱材が全く入っておらず寒かったが、断熱材と二重サッシの窓で、冬も快適(写真撮影/北島和将)

来客時は、カウンターテーブルが活躍。友人家族の計20名以上が集まることもあるそう。普段は、カウンターと高さをそろえて夫がDIYしたテーブルを食卓として使用(写真撮影/北島和将)

来客時は、カウンターテーブルが活躍。友人家族の計20名以上が集まることもあるそう。普段は、カウンターと高さをそろえて夫がDIYしたテーブルを食卓として使用(写真撮影/北島和将)

正美さんのお気に入りは、キッチンです。

「料理や洗い物をしながら、家族の様子がよくわかります。『玄関から必ずリビングを通る間取りにしてよかったね』と夫と話しています。個室はあるのに、家族全員リビングにずっといるんですよね」と笑います。

子どもたちからも、「どこからでもリビングに行きやすい」「どこにいても家族の声が聞こえる」と好評です。

思い思いに過ごす石井さんファミリー。ソファに4人でぎゅうぎゅうに座って一緒にテレビを見ることも(写真提供/正美さん)

思い思いに過ごす石井さんファミリー。ソファに4人でぎゅうぎゅうに座って一緒にテレビを見ることも(写真提供/正美さん)

「部屋がつながっているから、エアコンを各自がつけなくても、家中が快適な温度です。このあたりは、プロパンガスで、ガス代が高いのですが、エコキュートを設置し、夜間割安のプランにして、オール電化にしたこともあり、光熱費が格段に安くなりました。家が完成したあと、高齢の愛犬が寝たきりになってしまったんです。大型犬を抱っこしてトイレをさせていたので、そのまま出られて掃除しやすいカバードポーチに助けられました。犬を介護しながら、自分の将来を考えても平屋でよかったなあって思っていました」(石井さん)

ポーチのタイルは、アンティークの雰囲気があるものをセレクト。汚れも目立ちにくい(写真撮影/北島和将)

ポーチのタイルは、アンティークの雰囲気があるものをセレクト。汚れも目立ちにくい(写真撮影/北島和将)

コストを抑えるため、洗面台やライトは施主支給に

平屋は、2階建てに比べて、基礎や屋根の面積が広いため坪単価が高くなりがち。石井邸では、設備や材料でコストを削減していますが、デザイン性にできるだけこだわるため、洗面台やライトはインテリアに合わせて石井さん自ら購入し、建築会社に支給(通称、施主支給)して取りつけてもらいました。もともと、ダイニングとリビングの床には、無垢材を使おうと考えていましたが、コスト面から傷・汚れに強いラミネートフロアを薦められイメージに近い木目調のデザインを選びました。

洗面台は正美さんが予算内でイメージに近いデザインを探した(写真撮影/北島和将)

洗面台は正美さんが予算内でイメージに近いデザインを探した(写真撮影/北島和将)

さまざまなタイプの照明を設置しているが、色味をそろえることで統一感が出ている(写真撮影/北島和将)

さまざまなタイプの照明を設置しているが、色味をそろえることで統一感が出ている(写真撮影/北島和将)

ニューヨークの街角で見かけるような両面の壁掛け時計(写真撮影/北島和将)

ニューヨークの街角で見かけるような両面の壁掛け時計(写真撮影/北島和将)

建築会社の提案で取り入れたアーチ壁(Rの垂れ壁)(写真撮影/北島和将)

建築会社の提案で取り入れたアーチ壁(Rの垂れ壁)(写真撮影/北島和将)

各部屋をまわると気になることが。家族4人に対して、収納が少ないのでは?

「主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに、家族全員の洋服を収納しています。もともとミニマムな暮らしをしてみたかったんです。以前の2階建てから平屋にする際に、物を捨てました。空間があるといらないものも残してしまいますが、これしかないと思えば、減らせるものです。すっきりして気持ちがいいですよ」(正美さん)

主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに1年分の家族4人の服を収納(写真撮影/北島和将)

主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに1年分の家族4人の服を収納(写真撮影/北島和将)

玄関には十分なシューズクロークを設けたので、靴だらけになる心配なし。リビングのアーチ壁と響き合うニッチ(壁をくぼませてつくった飾り棚)に鍵を吊るして。何気ないけどおしゃれ!(写真撮影/北島和将)

玄関には十分なシューズクロークを設けたので、靴だらけになる心配なし。リビングのアーチ壁と響き合うニッチ(壁をくぼませてつくった飾り棚)に鍵を吊るして。何気ないけどおしゃれ!(写真撮影/北島和将)

最後に、平屋にしなければよかったと思うことはありますか?と直球な質問をぶつけると、「私がひとりになれないことかな」と苦笑する正美さん。

「リビングで家族がずっとしゃべっているので、静かになりたい時になれない(笑)。思春期の子どもだと距離が近すぎて嫌がるかもしれないけれど、今のところ、子どもたちから不満は出ていません。二人暮らしの両親も『掃除や移動が楽そう。うちも平屋がいいなあ』ってうらやましがっています」(正美さん)

コンパクトな平屋は4人家族には狭いのでは?と思っていましたが、家族が自然と集えるなどのメリットもあるのですね。子どもが独立したあとの二人暮らしを想定して建てた平屋ですが、子どもたちは「ずっと住みたい!」と話しているそうです。

●取材協力
株式会社リビングライフ・イノベーション

シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌信吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌信吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

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・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
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ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

Instagram

Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

Instagram

Instagram:@overlap.clothing

Instagram

Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

Instagram

Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌真吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌真吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

関連記事:
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
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ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

Instagram

Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

Instagram

Instagram:@overlap.clothing

Instagram

Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

Instagram

Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

リニューアルしたハザードマップがかなり使いやすい!実際の使用感を解説

災害のリスクを知るには「ハザードマップ」を見る! このことは、かなり一般に浸透していると思う。実はこの国土交通省のハザードマップポータルサイトが、新しい機能を追加してバージョンアップした。最新のハザードマップは、スマホの位置情報からその場所の災害リスク等を探せたり、音声でリスクの程度を読み上げたりするようになった。

【今週の住活トピック】
ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて/国土交通省

「わかる・伝わる」ハザードマップへとリニューアル

国土地理院は、「ハザードマップ」を「自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図」と定義している。ハザードマップには、「地震」「火山」「土砂災害」「洪水」「内水※」「高潮」「津波」などの種類がある。この中でも、「洪水」「内水」「高潮」「津波」のハザードマップを総称して、水害ハザードマップと呼んでいる。
※大雨によって下水道などの排水能力を超えた場合の浸水被害

ハザートマップは、平常時に自宅などの場所の災害リスクについて把握し、災害に対する備えや避難場所などについて理解することが第一の目的だ。加えて第二の目的が、実際に災害リスクにさらされたときに対処できることにある。ところが、実際に災害リスクにさらされるのは、事前に情報を把握していた自宅などの場所に限らない。

「ハザードマップポータルサイト」の今回のリニューアルによって、TOP画面で「住所」や「現在地」を入力するとハザートマップがすぐに検索できるようになった。これなら、仕事や観光などで地縁のない場所に行っていた時に、洪水のリスクが高いとなったときでもすぐに情報を把握できるようになる。

実際に最新のポータルサイトで「わが家」のスマホの位置情報で試すと、すぐにハザードマップが表示された。次に、住所欄に「国土交通省」と入力して見ると、同様に国土交通省の所在地を示したハザードアップが検索できた。国土交通省の所在地では特にリスクはないようだ。災害のうち「洪水」を選んで調べると、周辺で浸水リスクのあるエリアが色別に表示された。近くの「日比谷公園」の場所をクリックすると「洪水によって想定される浸水深:0.5メートル未満」と文字が表示され、音声が流れた。

さらに、情報の中から「指定緊急避難場所」を選ぶと、その場所が地図上に表示された。洪水で避難するなら、浸水リスクエリアを超える避難場所(泰明小学校)よりも虎ノ門方面の避難場所(虎ノ門いきいきプラザ)のほうがよさそうだ。なお、避難場所は災害によって異なるので、災害種別を変えると表示される避難場所も増減する。

ハザードマップポータルサイト

住所欄に国土交通省と入力すると、ハザードマップが表示され、国土交通省の所在場所に危険性が想定されていない旨のテキストボックスが現れる。災害種別で「洪水」を選ぶと浸水が想定される色の帯と凡例が表示された(【1】)
「指定緊急避難場所」のうち「洪水」の避難場所を選ぶと緑色のピクトグラムが表示された(【2】)。それぞれをクリックすると具体的な建物名などが表示された。※丸印や直線は筆者が加えたもの

ハザードマップポータルサイト

【1】の画面で「千代田区のハザードマップを見る」をクリックすると千代田区のデータに遷移した(【3】)。【1】の画面で「災害種別で選択」や「すべての情報から選択」を開く(+をクリック)と欲しい情報を選ぶことができる(【4】)

ハザードマップポータルサイト

【5】ポップアップの背景色で示される詳細情報の例。災害リスクの程度に応じて、ポップアップの背景色が変化する。白、黄色、橙色、桃色、赤色の順に災害リスクが高くなる(出典:「ハザードマップサイト」の新機能の紹介より)

もちろんスマホやパソコンが利用できる通信環境にある場合に限られるが、これを使えば出先にいるときに万一のことがあっても、すぐ情報にたどりつけそうだ。

ハザートマップはリニューアルを繰り返して進化

国土交通省のハザードマップポータルサイトがオープンしたのは、2007年のこと。ハザードマップは本来、市町村が作成して住民に配布するものだが、いざというときに探せるようにと、市町村の情報を集約したことに始まる。以降もリニューアルを重ねてきた。

市町村ごとのマップだけでは、実は隣の市町村に逃げた方が適切という場合に分からない、河川の氾濫状況を広域で見られないといった課題があった。さらに、避難所の場所を探してそこを目指したら道路が冠水していたといったことも。こうした課題を解決するために提供した「重ねるハザードマップ」では、日本地図上で災害リスクを把握できるようにし、複数の災害リスク(「洪水浸水想定区域」と「道路冠水想定箇所」など)を重ねて表示できるようになった。

ほかにも、自治体によって凡例の区切り方や色分けが異なっていたものを統一したり、災害の種類を一目でわかる図記号 (ピクトグラム)から選択できるようにしたりと、さまざまなリニューアルを行ってきた。

今回は、あらゆる人が避難行動に必要なハザードマップ情報を活用できるように、「ユニバーサルデザイン」の観点からリニューアルを実施している。例えば、専門用語を読み込まないとリスクの程度が理解できないということのないように、「その場所の災害リスクや避難行動のポイント」について絞り込んだ解説がすぐに表示されるようになっている。複数の浸水リスクが該当する場合は、浸水深が最も大きくなる災害種別に絞って表示され、情報が多く出ることで見る人が混乱することを避ける形になっている。

また、目が不自由な人でも音声読み上げソフトを使うことで、ポイントが読み上げられるようになった。

なお、この情報がすべてではないので、自治体(国土交通省の例でいえば千代田区)のハザードマップを確認することを国土交通省では促している。

さて、災害リスクを感じてあわててスマホを取り出しても、使い方に慣れるまでに時間もかかるだろう。まずは、あらかじめハザードマップポータルサイトを使ってみて、どういった情報が得られるのかだけでも把握しておくべきだ。

ハザードマップには、ほかにも機能がいろいろあるが、自治体によってその内容は異なる。自宅や職場など自分の居場所として多い場所については、該当する自治体のハザードマップを事前に読み込んでおくことをお勧めする。自分の居場所の災害リスクを知ることに加え、避難施設や避難経路などの情報が掲載されているほか、防災に関する学習コーナーがあるなど、役立つ情報が多いからだ。災害への対応は、事前の備えがカギになることを肝に銘じておきたい。

●関連サイト
国土交通省/ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて
国土交通省「ハザードマップポータルサイト」
「ハザードマップポータルサイト」の新機能の紹介

リニューアルしたハザードマップがかなり使いやすい!実際の使用感を解説

災害のリスクを知るには「ハザードマップ」を見る! このことは、かなり一般に浸透していると思う。実はこの国土交通省のハザードマップポータルサイトが、新しい機能を追加してバージョンアップした。最新のハザードマップは、スマホの位置情報からその場所の災害リスク等を探せたり、音声でリスクの程度を読み上げたりするようになった。

【今週の住活トピック】
ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて/国土交通省

「わかる・伝わる」ハザードマップへとリニューアル

国土地理院は、「ハザードマップ」を「自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図」と定義している。ハザードマップには、「地震」「火山」「土砂災害」「洪水」「内水※」「高潮」「津波」などの種類がある。この中でも、「洪水」「内水」「高潮」「津波」のハザードマップを総称して、水害ハザードマップと呼んでいる。
※大雨によって下水道などの排水能力を超えた場合の浸水被害

ハザートマップは、平常時に自宅などの場所の災害リスクについて把握し、災害に対する備えや避難場所などについて理解することが第一の目的だ。加えて第二の目的が、実際に災害リスクにさらされたときに対処できることにある。ところが、実際に災害リスクにさらされるのは、事前に情報を把握していた自宅などの場所に限らない。

「ハザードマップポータルサイト」の今回のリニューアルによって、TOP画面で「住所」や「現在地」を入力するとハザートマップがすぐに検索できるようになった。これなら、仕事や観光などで地縁のない場所に行っていた時に、洪水のリスクが高いとなったときでもすぐに情報を把握できるようになる。

実際に最新のポータルサイトで「わが家」のスマホの位置情報で試すと、すぐにハザードマップが表示された。次に、住所欄に「国土交通省」と入力して見ると、同様に国土交通省の所在地を示したハザードアップが検索できた。国土交通省の所在地では特にリスクはないようだ。災害のうち「洪水」を選んで調べると、周辺で浸水リスクのあるエリアが色別に表示された。近くの「日比谷公園」の場所をクリックすると「洪水によって想定される浸水深:0.5メートル未満」と文字が表示され、音声が流れた。

さらに、情報の中から「指定緊急避難場所」を選ぶと、その場所が地図上に表示された。洪水で避難するなら、浸水リスクエリアを超える避難場所(泰明小学校)よりも虎ノ門方面の避難場所(虎ノ門いきいきプラザ)のほうがよさそうだ。なお、避難場所は災害によって異なるので、災害種別を変えると表示される避難場所も増減する。

ハザードマップポータルサイト

住所欄に国土交通省と入力すると、ハザードマップが表示され、国土交通省の所在場所に危険性が想定されていない旨のテキストボックスが現れる。災害種別で「洪水」を選ぶと浸水が想定される色の帯と凡例が表示された(【1】)
「指定緊急避難場所」のうち「洪水」の避難場所を選ぶと緑色のピクトグラムが表示された(【2】)。それぞれをクリックすると具体的な建物名などが表示された。※丸印や直線は筆者が加えたもの

ハザードマップポータルサイト

【1】の画面で「千代田区のハザードマップを見る」をクリックすると千代田区のデータに遷移した(【3】)。【1】の画面で「災害種別で選択」や「すべての情報から選択」を開く(+をクリック)と欲しい情報を選ぶことができる(【4】)

ハザードマップポータルサイト

【5】ポップアップの背景色で示される詳細情報の例。災害リスクの程度に応じて、ポップアップの背景色が変化する。白、黄色、橙色、桃色、赤色の順に災害リスクが高くなる(出典:「ハザードマップサイト」の新機能の紹介より)

もちろんスマホやパソコンが利用できる通信環境にある場合に限られるが、これを使えば出先にいるときに万一のことがあっても、すぐ情報にたどりつけそうだ。

ハザートマップはリニューアルを繰り返して進化

国土交通省のハザードマップポータルサイトがオープンしたのは、2007年のこと。ハザードマップは本来、市町村が作成して住民に配布するものだが、いざというときに探せるようにと、市町村の情報を集約したことに始まる。以降もリニューアルを重ねてきた。

市町村ごとのマップだけでは、実は隣の市町村に逃げた方が適切という場合に分からない、河川の氾濫状況を広域で見られないといった課題があった。さらに、避難所の場所を探してそこを目指したら道路が冠水していたといったことも。こうした課題を解決するために提供した「重ねるハザードマップ」では、日本地図上で災害リスクを把握できるようにし、複数の災害リスク(「洪水浸水想定区域」と「道路冠水想定箇所」など)を重ねて表示できるようになった。

ほかにも、自治体によって凡例の区切り方や色分けが異なっていたものを統一したり、災害の種類を一目でわかる図記号 (ピクトグラム)から選択できるようにしたりと、さまざまなリニューアルを行ってきた。

今回は、あらゆる人が避難行動に必要なハザードマップ情報を活用できるように、「ユニバーサルデザイン」の観点からリニューアルを実施している。例えば、専門用語を読み込まないとリスクの程度が理解できないということのないように、「その場所の災害リスクや避難行動のポイント」について絞り込んだ解説がすぐに表示されるようになっている。複数の浸水リスクが該当する場合は、浸水深が最も大きくなる災害種別に絞って表示され、情報が多く出ることで見る人が混乱することを避ける形になっている。

また、目が不自由な人でも音声読み上げソフトを使うことで、ポイントが読み上げられるようになった。

なお、この情報がすべてではないので、自治体(国土交通省の例でいえば千代田区)のハザードマップを確認することを国土交通省では促している。

さて、災害リスクを感じてあわててスマホを取り出しても、使い方に慣れるまでに時間もかかるだろう。まずは、あらかじめハザードマップポータルサイトを使ってみて、どういった情報が得られるのかだけでも把握しておくべきだ。

ハザードマップには、ほかにも機能がいろいろあるが、自治体によってその内容は異なる。自宅や職場など自分の居場所として多い場所については、該当する自治体のハザードマップを事前に読み込んでおくことをお勧めする。自分の居場所の災害リスクを知ることに加え、避難施設や避難経路などの情報が掲載されているほか、防災に関する学習コーナーがあるなど、役立つ情報が多いからだ。災害への対応は、事前の備えがカギになることを肝に銘じておきたい。

●関連サイト
国土交通省/ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて
国土交通省「ハザードマップポータルサイト」
「ハザードマップポータルサイト」の新機能の紹介

特定技能外国人の受入れ増えるも住まいの提供進まず。11言語・24時間対応で部屋探しと暮らしを支援する不動産会社に理由を聞いてみた 日本エイジェント

外国人居住者も徐々に日本国内に戻りつつあります。一方で、外国人の賃貸住宅への入居はまだまだ困難な状況にあるようです。そのような中、不動産会社として初めて特定技能外国人(特定産業分野に関する専門性・技能を有する外国人)の住宅確保などをサポートする登録支援機関に認定された日本エイジェントは、外国人専用のポータルサイトを立ち上げるなど、外国人の居住問題に取り組んでいます。これまでの取り組みについて、国際事業部ゼネラルマネージャーの草薙匡寛さんに話を聞きました。

コロナ後の日本、外国人居住者の動向は変わった?

高齢化が進み、人口が減少している日本では、労働市場における外国人の受け入れニーズは拡大しています。新型コロナの流行によって、在留外国人数の増加は一時停滞しましたが、ここ数カ月の動向について、草薙さんは「まだ完全回復とまではいきませんが、コロナで帰国したり、日本への来訪を控えていた外国人がかなり戻ってきている」と話します。

在留資格別外国人労働者数の推移

日本における外国人労働者は、ここ10年余りで大幅に増え、今後も増加の見込み(資料引用元/厚生労働白書2022年度(令和4年度))

一方、外国人の入居を受け入れている賃貸住宅は限られているのが現状で、2016年から外国人の入居や生活サポートを行っている日本エイジェントの国際事業部には、ほかの会社で外国人だからという理由で入居を断られて相談に訪れる人も少なくないそうです。

そもそもなぜ、賃貸住宅への外国人の受け入れが進まないのでしょうか。

日本エイジェントが独自でヒアリングを重ねた結果、オーナーと不動産管理会社において外国人入居を敬遠する向きが大きいと分析しています。さらに突き詰めると、実際に無断帰国や原状回復トラブルなどの被害に遭ったことで入居を敬遠するケースと、被害に遭ったことはないけれどもトラブルの話を聞いて外国人の入居に不安を感じているケースの2つに分かれます。

「実際にトラブルは一定数起こりますが、その割合は日本人入居者のそれと大差ありません。外国人入居者のトラブルを未然に防ぐために重要なことは『母国語による事前説明』です。賃貸契約を結ぶときに、日本人が日本語で説明すると、外国人のお客さまは聞いているように見えても、きちんと理解していないことが多いのです。例えば、ゴミの分別問題など、本人に悪気はなくても、理解できていないから母国と違う日本のルールから外れてしまいます」(日本エイジェント 草薙さん、以下同)

生活オリエンテーションの受講歴の有無

調査対象となった在留外国人の約6割が日本で暮らす際の説明を受けていない(資料引用元/在留外国人に対する基礎調査2021年度(令和3年度)調査結果報告書)

対策として日本エイジェントでは多言語の資料をつくり、外国人のスタッフから外国人入居者が理解しやすい言語で母国との生活習慣やルールの違いを説明するそうです。現在6名の外国人スタッフが在籍しており、実店舗では英語・中国語・ベトナム語・ヒンズー語・ロシア語・ウクライナ語に対応しています。

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不動産会社として初めて「登録支援機関」に

国は労働市場の担い手不足を補うため、2019年から「特定技能制度」を新設し、とくに深刻な人手不足が生じている14の業種に新たな在留資格を認めています。日本エイジェントは、不動産会社として初めて特定技能外国人の住宅確保をサポートする「登録支援機関」になりました。

登録支援機関とは、特定の産業分野で経験や知識を有していると認められた特定技能外国人が日本で就労する際に、安定した暮らしを送れるよう支援する機関。就労の受け入れ先である雇い主から依頼を受けて特定技能外国人のサポートを行います。

国の政策で来日する特定技能外国人であっても、その住む場所のサポートまでは施策が十分に追いついておらず、他の外国人同様に言葉や文化の違いから、まだまだ受け入れる賃貸住宅は少ないのが現実。このような登録支援機関の存在は頼りになるはずです。

特定技能1号について

特定技能の在留資格には特定技能1号と2号の2種類がある。登録支援機関は受け入れ先企業の委託を受けて、外国人支援が必須とされる特定技能1号資格(在留期間は通算5年まで)を有する外国人をサポートする(資料提供/日本エイジェント)

「ほかの登録支援機関から、当社の国際事業部に家探しを手伝ってほしいと問い合わせがあったことがきっかけで、登録支援機関の存在を知りました。そこで外国人の居住支援に力を入れていた当社も出入国在留管理庁に申請を行い、登録支援機関に認定されました」

登録支援機関になるには、いくつかの要件がありますが、2016年の国際事業部立ち上げ当初から外国人スタッフが外国人の住まい探しサポートしている日本エイジェントにとって、登録はそれほどハードルの高いものではなかったといいます。

「不動産会社として日本で最初の登録支援機関となったことで、他の登録機関から住まい探しで困っている外国人を直接ご紹介いただき、住まい探しのお手伝いができるようになりました。職探しや職務上の支援をメインに行っている登録支援機関も多く、それまで特定技能制度の中で弱かった『住』の部分で、私たちがお力になれると感じています」

日本で働く外国人を、住まいと暮らしの両面でサポートする

登録支援機関としての日本エイジェントの仕事は、他の登録支援機関からの相談を受け、住まい探しやライフラインの手続きをサポートすることです。

「手続きを円滑に進め、安心して住み続けていただくためには外国人向けのサービスを提供する他社との連携も欠かせません。『外国人専用の家賃保証会社』を活用することで申し込みや契約の手続きを、『引越し』や『家具や家電のレンタル』の事業を行っている会社と連携して入居をスムーズにできるようサービスを整えています。また、入居後に困ったことがあったときには『母国語による24時間コールセンター』で相談を受け付けています」

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

また、外国人を受け入れる賃貸物件を増やすためには、オーナーや管理会社に外国人を受け入れることのメリットを伝え、理解を得るための取り組みも欠かせません。オーナーや管理会社向けのセミナーを開催したり、個別に「既存の建物を外国人向け賃貸に改修したい」という相談に乗ったりすることもあるそうです。

「入居者を日本人のみに絞っている場合、繁忙期は新年度が始まる前の1~3月が中心ですが、外国人が入居を検討するのは、日本人の入社・転勤シーズンに近い2~3月と8~9月。さらに留学生が来日する1月、4月、7月、10月と、1年に何回も入居案内の繁忙期があります。オーナーにとってはそれだけ空室を埋めるチャンスが増えるということです」

外国人繁忙期

外国人にも入居の対象を広げることで、日本人の入居繁忙期を逃しても、年間を通して空室を埋めるチャンスができる(画像提供/日本エイジェント)

外国ではバス・トイレが一緒の住まいが多かったり、平屋が多い国があるなど、日本人とは異なったライフスタイルを持っている人が多くいます。そのため、日本人にはあまり人気のないユニットバスの物件や、1階の部屋に抵抗感のない外国人も結構いるそうです。

「利便性より家賃の低さを重視する人も多いので、駅から遠い部屋や築古の物件も外国人を受け入れれば、日本人には敬遠されて空室になっていた物件の入居率が上がる可能性は十分あり得ます」

大規模なリノベーションをせずに家具・家電付きの物件とすることで賃料アップを見込めることも。オーナーにとっても、外国人の受け入れには魅力がたくさんあるのです。

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

外国人専用の不動産ポータルサイト「wagaya Japan」発足の裏側

ネット上では日本で賃貸物件を借りることの手続きの煩雑さや審査の厳しさなど、いろいろな情報が出回っているので「日本で賃貸物件を借りて住むのはかなり大変そうだ」と尻込みしている外国人も多くいるといいます。

そこで、日本エイジェントでは、日本語を含む5カ国語に翻訳して物件探しができる外国人向けポータルサイト「wagaya Japan」を開設。2018年の立ち上げ当初は、同業他社との差別化を目的としたものでしたが、社内外のいろいろな意見を取り入れてホームページをブラッシュアップしていくうちに、少しずつ社会的な使命感に駆られていったそうです。

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

wagaya Japanの読み物「wagaya ジャーナル」では、外国人の入居希望者ができる限りスムーズに日本の暮らしに馴染めるよう、日本で暮らしていく上でのお役立ち情報を、wagaya Japanと同様に5カ国語で提供しています。
日本エイジェントに相談に訪れる外国人からは、「日本での住まい探しはもっと難しく時間がかかるかと思っていたが、情報を得ることもでき、想像以上に早く入居することができた」という声もよく聞かれるそうです。

そしてサイト運営の裏側には、外国人が入居可能な不動産を扱う複数の管理会社との協業があります。

「最初のうちは方向性も定まっておらず、とにかくたくさんの物件情報を載せようと必死でした。しかし、当社が掲げている『日本の住まいをもっとグローバルに』を実践するには、自社の物件だけを掲載していても規模が知れています。私たちの取り組みに興味を持った会社から物件を載せたいとお声がけいただいて、そこから全国の管理会社と協力するようになりました」

サイトの運営にかかる費用は、物件を掲載する管理会社からの掲載料を充てていて、ユーザーは無料で利用できます。最初は掲載する物件数も少なかったのですが、求められるものをつくっていれば利益は後からついてくると信じて走り出したそうです。

あらゆるお客様のニーズに応えていった結果、最初は賃貸物件のみでしたが、売買物件やシェアハウスも扱うよう変化していき、東京都だけでも9000件以上の物件情報が掲載されるようになりました。年間対応実績は約6000件、wagaya japanを訪れる外国人ユーザーは、月15万人以上に上ります。

国籍も文化も異なる外国人が、暮らしたいと思える国にするために

協業の一方で、草薙さんは日本のオーナーや管理会社と接するときに、外国人に対する正しい知識がまだ足りていないと感じていることも指摘します。

「そもそも『外国人』と一括りにすること自体、ちょっと乱暴ではないでしょうか。アジア人といっても日本と中国、ベトナムでは習慣も文化も全然違います。相手の習慣や文化を知りながらお互いを理解すること、そのためには、多言語対応ができる不動産管理会社の数ももっと必要です」

お互いの理解が進めば、外国人の日本での住まい探しはもっとずっと楽でスムーズになるでしょう。そして、外国人の入居を受け入れることは人口減による日本全国の空室・空き家の増加を食い止める鍵となり、オーナーともWIN-WINの関係を築けるはずです。

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国が特定技能制度で外国人の来日を促すのであれば、その数に見合うだけの住まいがなくてはなりません。そして、ただ家を提供するだけでなく、日本語のわからない人たちが、いかに相談しやすい環境や仕組みを整えるかが大事だと感じました。

日本に住んで働くことを希望する外国人のニーズを真剣に捉え、解決してこうとする日本エイジェントのような考えを持つ不動産会社や、理解を示すオーナーがもっと必要です。不動産会社が登録支援機関に認定を受けることもまた、外国人を積極的に受け入れていく姿勢を示す、一つの方法になるのではないでしょうか。

●取材協力
・wagaya japan
・株式会社日本エイジェント国際事業部専用ページ

13歳、1200世帯マンションの自治会役員になる。楽しんで活動してたら立候補者が倍増!中学生が与えた影響とは? ブリリアシティ横浜磯子

神奈川県横浜市磯子区の「Brillia City(ブリリアシティ)横浜磯子自治会」は、約1200世帯のマンション住人で構成される自治会です。

第6期を迎える2022年、同自治会の役員に1人の少女が立候補します。彼女は、鈴木梨里子(りりこ)さん。住人からは“りりちゃん”と呼ばれているのだとか。りりちゃんは、立候補当時まだ13歳でした。同自治会では役員の年齢制限はなかったものの、これまで未成年の役員はゼロ。市が把握する中でも、最年少の立候補者だったといいます。

総会でりりちゃんの役員就任が可決してから1年が経った今、りりちゃんと自治会長の田形勇輔さんに、1年目の振り返りと2年目にかける想い、りりちゃんが役員になって変わったことなどを聞きました。

なぜ中学生が自治会の役員に? きっかけはボランティア自治会イベントの司会をするりりちゃん(写真提供/Brillia City横浜磯子自治会)

自治会イベントの司会をするりりちゃん(写真提供/Brillia City横浜磯子自治会)

町内会や自治会は、地域住人で構成される任意の団体です。マンションには「管理組合」があり、Brillia City横浜磯子にも自治会とは別に存在しています。管理組合は、建物の修繕やメンテナンスの計画を立てたり、共用部の維持にあたったりするなど、主に“ハード面”の維持・管理を担う団体です。一方、自治会では、住人同士のつながりや集いなど、健全なコミュニティを運営するための“ソフト面”の部分を重視しています。

りりちゃんが自治会の活動に興味を持ったのは、小学5年生のころ。自治会が主催するお祭りにボランティアとして参加したのがきっかけだといいます。Brillia City横浜磯子自治会は、りりちゃんが役員になる前から、会長の田形さんを中心にアクティブに活動する自治会でした。コロナ禍に際しても、オンラインを中心に地域活動を行い、人数制限や感染対策をしたうえでオフラインのイベントもできる限り実施していたそうです。

「ボランティアでスーパーボールすくいの出店を手伝ったのが、想像以上に楽しくて。周りの大人の方々もすごく楽しそうに自治会活動に取り組んでいるし、小さな子どもたちからは『ありがとう!』と言ってもらえる……こんなワクワクする活動に、私も運営側として参加してみたいと思うようになり立候補しました」(りりちゃん)

Brillia City横浜磯子自治会は、当時から「できる人ができることをすればいい」というスタンスで、田形さんからの「どんな関わり方でもいい」という声も役員になることを後押ししたのだとか。現在、中学3年生のりりちゃんですが、学業を優先しながら自治会活動ができているといいます。

りりちゃんが立候補した当時を、田形さんは次のように振り返ります。

「りりちゃんが自治会に興味を持ってくれていることは知っていましたが、まさか役員に立候補してくれるとは驚きでした。大人から子どもまで楽しんでもらえることをモットーに活動してきましたので、当時小学生のりりちゃんにもこの想いが届いていたことが非常に嬉しかったです。これまでの活動が間違っていなかったんだと確信できた瞬間でもあります」(田形さん)

りりちゃんが役員になって変わったこと役員の集合写真(写真撮影/手塚裕之)

役員の集合写真(写真撮影/手塚裕之)

2022年にりりちゃんが役員になってからというもの、自治会の雰囲気が大きく変わったといいます。

「りりちゃんは、子どもたちの求心力がすごいんですよ。お祭りで司会をすれば、子どもたちは羨望の眼差しでりりちゃんを見るし、自治会の活動にも興味を持ってくれます。考えもしっかりしている子なので、大人もすごく良い影響を受けています。りりちゃんがいるだけで、自治会が和やかに進みます」(田形さん)

りりちゃんの役員2期目となる今期は、小学6年生(就任時中学1年生)や高校生、大学生、未就学児のママ、親子、シニア世代などさまざまな人や世帯が役員に立候補し、5月の総会で就任しました。役員の立候補数は、過去最多の13名。自治体が設立した翌年、2018年の立候補者数はわずか1名、りりちゃん就任前は6名だったということから、りりちゃんの活躍がいかに自治体の求心力を高めているかがわかります。

5月に新たに役員に就任した中学1年生の窪塚智祐さんは、Brillia City横浜磯子自治会の印象と抱負について次のように話します。

「自治会は難しい話をする場所だと思っていたのですが、役員の父と一緒にさまざまな活動に参加するなかで、明るく、楽しい集まりなのだと印象が大きく変わりました。防災委員に入って日々できる防災について学び、発信していきたいです。また、お祭りなどで地域の方々と親睦を深め、いざというときに助け合えるコミュニティにしていきたいと思っています」(窪塚さん)

自治会に求められるのは、持続可能性市区町村が把握している指定都市の自治会加入率推移

市区町村が把握している指定都市の自治会加入率推移(出典:総務省自治行政局市町村課)

自治会の加入率は、全国的に低下傾向にあります。

●コロナ禍も相まって思うような活動ができない
●役員や会長の担い手がいない
●若い方の参加率が低い
●高齢化が進む

こういった課題に直面している自治会も、少なくありません。今や、老若男女がアクティブに活動する自治会として全国から注目されるようになったBrillia City横浜磯子自治会ですが、設立当初から順風満帆な活動ができていたわけではないといいます。

「設立したときは、役員の熱量の差が大きかったですね。立ち上げた人たちは『自治会活動はこうあるべき』『自治会はこれをしなければならない』といった義務感が強く、抽選で役員になった人は、戸惑いやプレッシャーなどから『なんでやらないといけないんだ』という気持ちもあったように思います。ただ、これは当たり前といえば当たり前です。自治会は、NPOやサークルのように同じ志を持った人たちの集まりではありません。住むマンションや地域が同じというだけですからね」(田形さん)

今では、役員の立候補が後を絶たず、大人から子どもまで手を取り合って運営しているBrillia City横浜磯子自治会。自治会運営がうまくいっている背景には、独自のタウンマネジメントがあります。

(画像提供/Brillia City横浜磯子自治会)

(画像提供/Brillia City横浜磯子自治会)

Brillia City横浜磯子自治会は2019年、「自治会レボリューション」と銘打った独自のタウンマネジメントを開始しました。笑顔や感謝、心地よさを報酬に、地域住人を街の担い手にする……田形さんが考案したこの取り組みが、自治会の“持続可能性”を創出しています。

「自治会員や役員が“なにかをしなければならない”という仕組みがあると、それだけで住人は負担に感じてしまいます。そうではなく『楽しい』『やりがいを感じる』『好き』といった感情を報酬に『やってみよう』『やりたい』と思ってもらえる活動にできるかどうかが、自治体運営において大切なのだと思います。今では、役員を押し付けるようなことはしません。やりたい人が、できることをする。これを何より大切にしています。自治会には防災や防犯、共助といった役割がありますが、これらは楽しんだ先に得られればいいんですよね。お祭りの体験が、共助につながる。みんなで楽しんで夜道を歩くことが、防犯にもなる。なんだか楽しいから、自治会活動をする。これでいいのだと思います」(田形さん)

2023年1月に開催した落語会には子どもから大人まで58名が参加(出典:Brillia City横浜磯子自治会公式HP)

2023年1月に開催した落語会には子どもから大人まで58名が参加(出典:Brillia City横浜磯子自治会公式HP)

Brillia City横浜磯子自治会では、お祭りのみならず、ミュージックフェスや夏休み期間中のラジオ体操、管理組合と合同で行う防災訓練、通学中の子どもたちを見守る運動、シニアの方々のためのミニコンサートなど、1年を通してさまざまなイベント・企画を催しています。これらすべてが、できる人・やりたい人が運営し、参加したい人だけが参加しているにもかかわらず、2022年のお祭り運営のボランティアには過去最多の192名が、ラジオ体操には延べ1,600名が参加。これら自治会活動の告知や報告にも力を入れており、役員それぞれの得意を活かしてチラシや動画の制作にあたっているそうです。

Brillia City横浜磯子自治会が目指すのは、子どもたちが成長したあとも、またここに戻ってきてくれること。「あの人がいるから」「お祭りがあるから」「思い出があるから」……理由はなんでもいいと、田形さんは言います。

2期目にかける、りりちゃんの想いBrillia City横浜磯子(写真撮影/手塚裕之)

Brillia City横浜磯子(写真撮影/手塚裕之)

役員1期目から、広報活動やイベントの司会、メディアの取材対応など活躍の幅を広げてきたりりちゃん。自治会活動を学ぶにあたっては、田形さんの勧めもあり、コミュニティ運営に必要なマネジメントなどが学べるNPO法人CRファクトリー主催の「コミュニティマネジメント塾」に入ったといいます。受講を終えたりりちゃんの考える自治会の在り方は、関わるメンバーが多様ということを前提とし、コミットメントに応じて関わり方の“グラデーション”をつけることだと話してくれました。

りりちゃん作成のスライド

りりちゃん作成のスライド

「人間に必要な栄養素は、炭水化物やタンパク質、ビタミンなど多岐に渡ります。自治体運営も同様で、炭水化物のように団体を支える絶対的な存在、運営を支えてくれるタンパク質のような存在、サポートしてくれるビタミンのような存在が不可欠です。どの要素が抜けても、運営はうまくいきません。必要のない要素などなく、自治会との関わり方に正解はないのだと思います。各々の関わり方を分けることが、お互い気持ちよく自治会を運営する秘訣だと感じています」(りりちゃん)

そんなりりちゃんも、役員1期目は探り探りの活動だったそうです。イベント1つとっても「参加する側」と「運営する側」では、準備やリスクヘッジに大きな違いがあります。役員就任がコロナ禍だったことも、自治会運営を難しくした要因だったとりりちゃんは振り返ります。昨今では徐々にアフターコロナが見据えられつつあることから、オフラインのイベントも多くなり、その規模も大きくしていけることが今後の楽しみの1つなのだとか。

「1期目は、運営側に立つ楽しさとともに難しさを知った1年でした。学校や同年代の友達とのコミュニティだけでは得られない経験ができたことで、2期目はできることも増えると思います。自分より小さい子も役員になってくれたので、若い視点からの意見や希望を言語化し、Brillia City横浜磯子自治会をもっと魅力的で楽しいコミュニティにしていきたいですね。今期で任期満了を迎えますが、来期も立候補します。10年後も、この自治会の役員をしていたいです」(りりちゃん)

笑顔で2期目の抱負を語るりりちゃん(写真撮影/手塚裕之)

笑顔で2期目の抱負を語るりりちゃん(写真撮影/手塚裕之)

未来を見据えるりりちゃんを見ていると、地域や暮らしのことを考えるにあたって「中学生だから」「子どもだから」ということは関係ないのだと痛感します。そしてBrillia City横浜磯子自治会は、中学生のりりちゃんが役員になったからというだけで注目されているのではなく、理念や取り組みそのものが、りりちゃんはじめ子どもから大人まで惹きつけているのでしょう。

自治会には、持続可能性が求められます。特別なことをしているようで、できること、やりたいことをしている結果が、りりちゃんのような次の時代の地域コミュニティを担う人材を育んでいるのだと感じました。老若男女が、無理のない範囲でやりたいと思える自治会活動を続けるためのヒントが、Brillia City横浜磯子自治会にはあります。

●取材協力
Brillia City横浜磯子自治会

多様化するトレーラーハウス。災害支援、公共施設、宿泊、店舗など様々な可能性に注目

東京ビッグサイトで「東京トレーラーハウスショー2023」が開催されると聞いて訪れてみた。トレーラーハウスが立ち並ぶ姿は圧巻だったが、その利用方法は実に多様だ。どんな利用方法があるかについて、それぞれ見ていこう。

【今週の住活トピック】
日本最大級!43台のトレーラーハウスが一堂に「東京トレーラーハウスショー2023」

トレーラーハウスとは?キャンピングカーとは違うの?

SUUMOリサーチセンターは、2023年のトレンドとして「平屋回帰」を予測した。単なる平屋ではなく、コンパクトな平屋のことで、住宅の面積が小さな主拠点の平屋と、小屋やタイニーハウスなどのサードプレイスの平屋に分類している。トレーラーハウスは後者に該当する。

一般社団法人日本トレーラーハウス協会によると、トレーラーハウスは、次のように定義されている。

「トレーラーを一定の場所に定置し、土地側の給排水配管電気等の接続が工具を使用しないで脱着できる構造体であり、公道に至る通路が敷地内に確保されており、障害物がなく随時かつ任意に移動できる状態で設置したものをトレーラーハウスと呼ぶ。」

キャンピングカーも、小さいながら車の中にベッドやキッチンを設置したりできるが、車のバッテリーの電気を使い、備えたタンクの水を使う。排水もタンクにためて処理する必要がある。一方トレーラーハウスは、タイヤの付いたシャーシ(車台)に載せて、車で牽引して公道を移動する。一定の場所に設置して、住宅と同じように外部の水道や電気などの生活インフラと接続する。そのため、トレーラーの中にはトイレやシャワールームも設置でき、エアコンなどの家電も使うことができる。

まるで小さな小屋のようだ。ただし、小屋は建築物だが、トレーラーハウスは原則として自動車に該当するので、市街化調整区域などの建築物が建てられない場所にも置くことができる。

災害支援から店舗、グランピングまで多様に利用できるトレーラーハウス

こうした特徴のあるトレーラーハウスなので、さまざまな利用方法がある。今回の「東京トレーラーハウスショー2023」では、会場を8つの展示ゾーンに分けて、トレーラーハウスを展示している。
●災害支援
●公共施設
●事務所
●店舗
●グランピング&レジャー
●レンタル
●シャーシ(車台)
●未来型

「災害支援」ゾーンには、防災基地局トレーラーやレスキューホテル、室内のウィルスや細菌を外部に流出させるメディカルキューブ、トイレキューブなどがあった。

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)
※各掲載写真はいずれも筆者撮影

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

同様に「公共施設」ゾーンには、シャワーキューブや低床トイレキューブ、スモーキングキューブ(分煙時の喫煙所)などがあった。

また、「レンタル」ゾーンになるが、ベビーケアトレーラーというのもあった。内部には、授乳スペース、おむつ替えスペース、着替えスペースがあり、ママたちには嬉しい場所だと思った。

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

もちろんトレーラーハウスは、「事務所」や「店舗」としても利用でき、展示会場には担々香麺を提供するキッチントレーラーなどもあった。

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(株式会社トレーラービレッジ)

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(トレーラービレッジ)

さて、住まいとしての利用方法は主に「グランピング&レジャー」だろう。自然豊かな場所などに置いて、のんびりくつろげるトレーラーが数多く並び、サウナ専用トレーラーも2台展示されていた。

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外しができないウッドデッキは、建造物扱いになるため取り付けができないが、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外せないウッドデッキは取り付けられない(建築物になる)が、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

電線から電気を得られなくても生活できるトレーラーハウスも

次に、「未来型」ゾーンの中からオフグリッドトレーラーハウスを紹介しよう。
生活インフラが遮断、あるいは整備されていないといった場所では、電気などが使えなくなるが、太陽光パネルや太陽熱温水器などを搭載したエネルギー自立型のトレーラーハウスなら、発電して蓄電池にためた電気を使い、温水器のお湯でシャワーを浴びるといったことも可能。水を使わないトイレも設置してあった。

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

最後に紹介するのは、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトを主導する工学院大学教授・鈴木敏彦氏の活動に賛同した淀川製鋼所が、中銀カプセルタワーの1つを取得し、トレーラーカプセルとして再生したもの。黒川紀章氏が提唱したメタボリズムの設計思想が、トレーラーハウスとして継承されている。

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

ニーズが変わる!?不動産から可動産へ

さて、展示場では各種のセミナーも開催されていた。筆者はこのうち、YADOKARI代表取締役の上杉勢太氏による「『可動産』と『タイニーハウス』の可能性」を聞いた。

これからは不動産から可動産へと、ニーズが変化するという。その背景には、人口が減り単身世帯が増えることに加え、コロナ禍で二拠点居住やアドレスホッパーといった新しい生活スタイルが広がっていることがある。住宅コストが暮らしを圧迫する一方で、災害住宅としてコンテナ状の住宅が使われるなど、小さな家が注目されるようになった。

海外には先行事例が多い。北欧では、住宅キットを使ってDIYでサマーハウスを建てたりしているし、アメリカではリーマンショックを機に、小さな家でシンプルに暮らすというタイニーハウス・ムーブメントが起きた。同様に、車を使ったVAN×LIFEというムーブメントも起きている。

日本でも、テレワークが加速し、移動式店舗・オフィスが増加している。不動産は建築基準法の制約を受けるが、VANやトレーラーハウス、移動可能な小屋などの可動産であれば、絶景の無人駅に人を集めるといったこともできる。というような可能性の広がりについて、上杉氏は熱く語っていた。

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARI株式会社のトレーラーハウス

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARIのトレーラーハウス

トレーラーハウスは、設置場所の自由度の高さや住宅取得のコスト軽減などのメリットもあるが、暮らし方が多様になるこれからは、生活拠点の選択肢の一つとして注目されていくのではないか。好きな場所で好きなことができるスタイルが広がるほど、トレーラーハウスの新しい利用方法も増えていくだろう。

●関連サイト
日本最大級!43台のトレーラーハウスが一堂に「東京トレーラーハウスショー2023」
東京トレーラーハウスショー2023公式サイト
SUUMO「トレーラーハウスとは?住居にする方法や用途、価格、設置方法、かかる税金は?」

環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた

デンマークといえば、世界的な環境先進国。80年代から再生可能エネルギーの利用へシフトを進め、大気や水のクリーン化や廃棄物の資源化、持続可能な社会への移行に早くから取り組んでいます。
なかでも特徴的なのが、ゴミ処理施設「コペンヒル(Copenhill)」。ゴミ処理施設にもかかわらず、人が毎週こぞって集まるのです。なぜなのでしょうか? 今回は現地から、その秘密に迫ります。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ゴミ処理施設=スキー場&ハイキングコース!?

ゴミ処理施設といえば、なんだかに嫌なニオイがしそうだし、煙突から汚れた排気も出そうだし……という人が多く、NIMBY(Not in my backyard. うちの裏庭にはお断り)というイメージでしょうか? いえいえ、それも今は昔。

デンマークでは近年、ゴミ処理施設の環境改善が進み、排ガス中の有害物質やフライアッシュの除去が高度に行われています。また、巨大な空気の吸込口をつくることでゴミ処理施設特有のニオイが建物の外に漏れないようになっています。さらに、施設の建物自体のデザインもスッキリした美しいデザインを採用しているところが多く、市民や子どもたちに向けた勉強会や見学会などのプログラムも豊富なので、ゴミ処理施設は市民にとってより身近な場所となっています。

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

2019年10月にオープンしたゴミ処理施設「コペンヒル」。その名の通り、銀色に光る、高さ85mの小高い丘のようなその建築物のてっぺんからはコペンハーゲンの街を一望できます。近くにはコペンヒルの建設と同時期にできたアパート群が立ち並び、世界的に有名なレストラン「noma」(食を提供するという文化の新たな形を模索するため、2024年末を持って惜しまれつつも閉店予定)からもそれほど遠くない場所です。海に面した方に目を向ければ、コペンハーゲンのミデルグルン洋上風力発電所や、スウェーデンへと続くオアスンブリッジも見えます。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(c)SLA

(c)SLA

コペンヒルは、コペンハーゲン近郊の5つの自治体で運営するゴミ処理施設、アマー・リソース・センターに位置します。ルーフトップはなんとスキー場! グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデが広がり、一年中スキーを楽しむことができます。

(C)Astrid Maria Rasmussen

(C)Astrid Maria Rasmussen

 グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

スキースロープデザインは、世界有数のデザイナーであり、新潟県妙高市の新井スキー場も手掛けた米国International Alpine Design in Colorado (IAD)のほか、冬季オリンピックで近年トラックデザインを担当しているScandinavian Shapersのデイヴィッド・ナイや、デンマークを代表するハーフパイプとスロープスタイル・チャンピオンのニコライ・ヴァンが手掛けました。

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

さらには、500mのハイキングトレイルやランニングコース、世界で最も高いクライミングウォールも併設され、それぞれ、思い思いにスポーツアクティビティを楽しむ人でいつもにぎわっています。
エレベーターもしくはリフトで上まで上がると、ルーフトップカフェで絶景を楽しみながら休憩したり、スキーを下りた後は、スキーカフェでゆっくり飲食を楽しむこともできます。

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

(C)Daniel Rasmussen

(C)Daniel Rasmussen

コペンハーゲンは古くから自然との共存が大切にされてきた街。近年は生物多様性や気候変動による都市の高温化やゲリラ雷雨対策、自然環境が身近にあることでの心身両面へのポジティブな作用をより重要視して、建築物の屋上をフラットな形状にして緑化を奨励したり、車の車線を減らしてできたスペースや既存の公園に都市型水害対策のため、雨水を受け止めることができる緑地スペースを施したりと、都市計画にもさらにさまざまな工夫を凝らしています。

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境界線をファジーに。デザインでデンマークの都市が促す「つながり」

コペンヒルのあるアマー・リソース・センターは、ゴミ処理施設であると同時に、ゴミを燃やす熱を利用して年間3万世帯分を発電し、7万2千世帯分の熱供給を行うエネルギー施設でもあります。

デンマークでは、1970年代のオイルショック後から、中東のオイルに頼りきりだったエネルギー資源を、自国で自給自足できるように方向転換しました。その結果、それ以前から行われていた熱供給も、ゴミ処理時に発生する熱や、麦ワラなどのバイオマスを利用する方向へと転換していきました。コペンハーゲンでは、ほぼ100%の世帯や公共施設に地域熱供給(※)が導入されていますし、デンマーク国内全体では、どの自治体でもゴミ処理の熱は必ずエネルギーに転換され、地域の住宅に供給されています。

※地域熱供給(地域冷暖房)とは、冷水や温水などを一箇所でまとめてつくり、街や個々の建物に供給する仕組み。個々の場所に設備を設置して行う「個別熱源方式」に比べ、省エネ性や防災性の面で優れており、その導入が期待されている

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

2011年、老朽化したアマー・リソース・センターのゴミ処理施設の建て替えコンペで選ばれたのは、建築界のスター的存在であるビャルケ・インゲルス率いる建築事務所BIG。ゴミ処理施設兼エネルギー施設の屋上をスキー場にするという、他の誰も考えつかなかったアイデアの実現に挑むことになりました。

通常、ゴミ処理施設やエネルギー施設は、一般の人にとって直接訪れることのない場所かもしれません。でもビャルケ・インゲルスという建築家にとって、こうした「境界線」はいつも問いのテーマであり続けているようです。

例えば、彼がコペンヒルに先駆けて、2010年にコペンハーゲンの新開発地域オレスタッドに建設した「8ハウス」。これは、8の字の形をして、なだらかな傾斜のあるユニークな建物で、1階が商業施設、2階以上が住居になった複合施設ですが、ここも、建物の通路が歩道からひと続きになっていて、そのまま居住者じゃなくても歩道のように上がって建物の一番上まで上がることができるようになっています(6人以上のグループは別途有料の見学ツアー申し込みが必要)。

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

通常なら、アパートはそこに住む人だけに入ることが許されるのが普通ですが、歩道からプライベート空間につながり、そのまま動線がつながるという考え方は、公と私をゆるやかに、ファジーにつなぐという、新しい価値を生み出しています。このユニークな建物と、そこから見える絶景を、そこを日常的に使う人だけでなく、もっと多くの人と共有したい。そんな思いが感じられます。

「普段は直接縁のない人たちでも、せっかく新しくつくるインフラだもの、可能な限りとことん使い、楽しんでほしい」。8ハウスに通ずる思想を、コペンヒルにも見ることができます。

山のような傾斜を、自然を少しでも感じながら登るという体験、スキーやスノーボードの体験をするには、山のないデンマークでは不可能だから、海外に行くほかなかった。そんなこれまでの当たり前が、コペンヒルというアイデアを実現したことで、「学校の帰りにスキーに行く」「週末に友達や家族とちょっとスキー」という当たり前にアップデートされたのです。

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

社会に必要なことも、もっと楽しく

ゴミ処理施設のような、今の時点では社会にとって必要なもの(将来的にはゴミという概念すらなくなるかもしれないけれど)は、これまでは私達のような一般市民にとっては、お世話になってはいるものの、直接その場所に出向いたりして関わる場所ではありませんでした。ただ、法に則って、きちんとそこにある、という価値だけが求められていたのかもしれません。

ところが、コペンヒルの誕生で、その概念は覆されました。ゴミ処理エネルギー施設が、誰にとっても必要な場所であるだけでなく、誰でも気軽に行って楽しめるという、ひとつでいくつもの役割を果たせる施設に進化したのです。

スキーやトレッキング、ランニングを楽しむためにそこへ来る人が増えれば、その場所の本来の機能や役割にも関心が向くのは自然なことです。こうして、関わる人を直接的に増やしていくことが、毎日を楽しく、かつ、地域社会のあり方へ気持ちを向ける人を自然に増やしていくことにつながっているのが、コペンヒルの大きな価値の一つと言えそうです。

あなたの街には、ゴミ処理施設がありますか? そこに行ったことがありますか? その施設と、あなたが直接関われることはありそうですか? 自分の街のあり方にも、思わず目を向けたくなってきませんか?

(C)Daniel Rasmussen

(C)Daniel Rasmussen

(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

スキーやスノーボードをやらない人も、コペンハーゲンに来たらバスに乗って、コペンヒルを訪ねてほしい。ルーフトップカフェでコーヒーを飲んで眼下に広がる景色を眺めていたら、ひょっとして、これまで自分が一所懸命線引きしていた何かの境界線が、実はいらないかもしれないと気づけるかもしれません。

(C)Visit Copenhagen

(C)Visit Copenhagen

●取材協力
COPENHILL

テレワークの個室整備、オンライン内見など…コロナ禍から更に変化した住宅市場動向とは

国土交通省は、令和4年度の「住宅市場動向調査」の結果をとりまとめ、それを公表した。毎年実施している大型調査ではあるが、コロナ禍を経て、住宅を取り巻く環境も変わりつつある。その影響がどう表れているか、見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省

インターネットの活用は情報収集や問い合わせまでしか進んでいない

この調査は、2021年4月~2022年3月に住み替えや建て替え、リフォームを行った世帯を対象に行ったもの。注文住宅と中古住宅は全国を、分譲住宅、民間賃貸住宅、リフォームについては三大都市圏を対象にしている。

さてコロナ禍では、対面を避けるためにオンラインによる接客やオンライン上の内覧などの手法が採り入れられるようになった。そこで、まずはインターネットの活用がどの程度進んでいるかを見てみよう。

今回の調査では、住宅の住み替えや取得の際の工程を次のように分けて、インターネットの活用状況を聞いている。
(1) インターネットを通じた情報収集
(2) インターネットを通じた問い合わせ、説明会・内見等の申し込み
(3) オンライン会議システム(ZOOM、Teams、Skype等)を活用した物件説明・商談
(4) VR(仮想現実)またはAR(拡張現実)ツールを活用した物件内見
(5) オンラインでの住宅ローン審査(※民間賃貸住宅は対象外)
(6) オンラインでの重要事項説明(※民間賃貸住宅は(5))
(7) 電子署名等を活用した電子契約(※民間賃貸住宅は(6))
(8) (1)~(7)の経験はない(※民間賃貸住宅は(7))

インターネットの活用状況

住宅取得等の過程におけるインターネットの活用状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

いずれの場合も、「インターネットを通じた情報収集」(図の黄色の棒グラフ)が最多でおおむね6割半~8割を占め、特出して多くなっている。次いで、「インターネットを通じた問い合わせや内見等の申し込み」で、最少の賃貸住宅で2割弱、最多の分譲集合住宅(新築マンション)で5割弱といったところだ。

働く場では普及している「オンライン会議システム」の活用だが、図の赤い棒グラフを見る限り、あまり活用が進んでいないようだ。新築マンションの販売センターなどで話を聞く限りでは、多くのデベロッパーがオンライン会議を使った物件説明をしているという話だったので、意外に活用度合いが少ないなというのが正直な感想だ。

売買契約や賃貸借契約の際の電子書面やオンラインの活用はこれから広がるか?

これから普及が進むだろうと見ているのが、インターネットの活用状況の選択肢のうち、(6)のオンラインでの重要事項説明や(7)の電子書面を活用した電子契約である。売買契約や賃貸借契約を交わすときには、必ず重要事項説明を行う(貸主が不動産会社の場合は対象外)ことになっている。かつては必ず対面で行うこととされていたが、オンラインで行うことが可能になった。ただし、国土交通省が定めた細かいルールに準じて行う必要があるため、その環境が整わない不動産会社もあったりして、エンドユーザーが希望しても必ずしも実施できない場合もある。

また、必ず書面で重要事項説明書や契約書を作成することになっていたので、電子書面の交付が可能になった2022年5月以降には、より一層オンラインによる契約の効率化が図れるようになったので、実施状況が上がっていく可能性がある。

社会実験の取り組み

社会実験の取り組み(出典:国土交通省「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化について」サイトより転載)

在宅勤務の普及によってそのための個室を確保した?

次に、コロナ禍で普及した在宅勤務の影響を見ていこう。今回の調査では「在宅勤務等のためのスペースの状況」について、次の選択肢を用意して聞いている。
(1)在宅勤務等に専念できる個室がある
(2) 在宅勤務等に専念できる仕切られたスペースがある
(3)仕切られてはいないが在宅勤務等に専念できるスペースがある
(4) 在宅勤務等に専念できる個室やスペースなどはない

在宅勤務等のためのスペースの状況

在宅勤務等のためのスペースの状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

賃貸住宅に住み替えた世帯では、在宅勤務のためのスペースがない(図の赤い棒グラフ)という回答が最多で、個室がある世帯は3割強にとどまった。しかし、注文住宅や新築一戸建て、新築マンション、中古一戸建て、中古マンションでは、在宅勤務のための個室があるという回答が最も多かった。また、マンションよりも一戸建てのほうが個室を確保する割合が高い傾向がうかがえる。

これは、住宅の広さの影響があるだろう。一般的な賃貸住宅は持ち家よりも面積が狭いので、在宅勤務のための個室を用意することが難しく、持ち家のなかでも一戸建てのほうが部屋数を確保しやすいので、在宅勤務に充てる個室を用意しやすいということだろう。

個室ではないスペースも含めると、在宅勤務のためのスペースというのは、今後の住まい選びでも意識する必要があるだろう。

住宅スゴロクの崩壊?新築マンションは複数回の取得が多い

最後に、筆者が気になった「住宅取得回数」について見ていこう。
調査で住宅取得回数を聞いたところ、すべての住宅の種類でほとんどが「今回が初めて」と回答している。「今回初めて」の割合が最も少ない新築マンションを見ても、72.9%に達している。逆にいうと、新築マンションを買った世帯のなかで17.4%が「2回目」、9.0%が「3回目以上」と回答しており、4世帯に1世帯は今回の新築マンションが複数回目の取得となる。

理由はさまざまあるだろう。高齢化や少人数世帯の増加により、マンションのほうが暮らしやすいと考える世帯が増えたこと、マンションのほうが売りやすいこと、新築マンションの価格が高騰して購入世帯が限定されたことなどが考えられる。

かつて「住宅スゴロク」といわれた、賃貸住宅→マンション→庭付き一戸建てと住み替えるのが理想とされた時代は終わったようだ。

住宅取得の実態は、そのときの経済状況や社会的な変化が反映された結果になる。ITの進化や働き方の変化、住み心地の価値観の変化など、さまざまな要因が調査結果に表れているようだ。

●関連サイト
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省
国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要

法務省の地図データ無料公開などで進む三次元データやリアルタイム防災情報への活用。空飛ぶ車の実用化や空き家問題解決も!?

ドローンによって収集された災害時の情報を地図に反映したり、ビジネスの用途に合った土地を現地調査なしで世界中から探したりと、地図データを活用したサービスや取組みが進んでいます。それらの基盤となるのが、“G空間情報”です。「地理空間情報技術(Geospatial Technology)」の頭文字のGを用いた地理空間の意味で、将来が期待される科学分野の一つとして注目されています。2023年1月から、登記所備付地図データの一般公開が始まりました。これらの地図データを活用することで、どんな問題の解決が進み、また、私たちの生活はどう変わるのでしょうか? 最新の取組みを取材しました。

登記所備付地図データを無償で誰でも利用できるようになった!

「空飛ぶクルマの実用化に向けた未来のカーナビ」「メタバースを活用して空き家問題を解決するサービス」……夢のような世界の実現化に向けて、G空間情報を活用する動きが広がっています。

2022年12月6日に開催された地理空間情報の活用を推進するイベント「G空間EXPO」には、1424名の人が会場を訪れ、オンラインアクセス数は、4万5493。会場では、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード」の受賞式が行われ、冒頭で紹介したサービスなどが表彰されました。

サービスの基盤となるG空間情報の提供元は、「G空間情報センター」です。「G空間情報センター」は、さまざまな地理空間情報を集約し、その流通を支援するプラットフォーム。法務省から提供された地図データを利用者がワンストップで検索・閲覧し、情報を入手できる仕組みの構築を目指す機関です。

2023年1月から新たに、登記所備付地図データの一般公開が始まり、「G空間情報センター」にログインすることで、誰でも電子データをダウンロードでき、無償で利用することができるようになったのです。

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

背景には農業分野におけるICT活用のニーズがあった

法務省の地図作成事業では、不動産の物理的状況(地目、地積等)及び権利関係を記録してきましたが、登記記録だけでは、その土地が現地のどこに位置し、どんな形状をしているかはわかりませんでした。

以前から、土地の位置・区画を明確にするため、法務局(登記所)に精度の高い地図を備え付ける事業が全国で進められてきました。その結果、全国で約730万枚の図面が整備され、登記情報に地図を紐づけることで、それぞれの土地の所有者などが調べやすくなりました。

しかし、今までは、法務局において地図の写しの交付を受けるか、インターネットの登記情報提供サービスで表示された情報(PDFファイル)をダウンロードする方法しかなく、加工可能なデータ形式で手に入れることはできなかったのです。

農業分野におけるICT活用のため、農業事業者等から、まとまった区域の登記所備付地図の電子データを入手したいと要望があり、個人情報公開の法的整理をした上で、今回、地図データを加工可能な形式で提供できるようになりました。

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

データはXML形式のため、ダウンロードしてすぐに地図として見ることができず、表示するためには、パソコン等にアプリケーションをインストールすることが必要で、一般の人が簡単に利用するのは難しいものです。しかし、加工可能なデータとして得られるようになったことで生活関連・公共サービス関連情報との連携や、都市計画・まちづくり、災害対応などの様々な分野への展開が可能となり、私たちの暮らしに新しい効果がもたらされることが期待されています。

宇宙ビッグデータを活用した土地評価エンジン「天地人コンパス」

冒頭に紹介した「イチBizアワード」では、誰でも手軽に土地の価値がわかる「天地人コンパス」が最優秀賞を受賞しました。G空間情報や地球観測衛星データをビッグデータと組み合わせたサービスです。開発に携わった株式会社天地人の吉田裕紀さんに地図データ公開の価値とG空間情報を活用したサービスで今までより何が便利になるのか伺いました。

天地人は、JAXA公認のスタートアップ企業で、地球観測衛星データとAIで土地や環境を分析し、農業、不動産などさまざまな産業を支援するサービスを展開しています。地球観測衛星データとは、陸や海の温度、雨や雪の強さ、風や潮の流れ、人の目に見えない情報のこと。「天地人コンパス」は、地球観測衛星データとG空間情報を重ね合わせて、ビジネスにおいて最適な土地を宇宙から見つけることができる土地評価サービスです。農作物が美味しく育つ場所を探したり、土地や建物の災害リスクをモニタリングしたりすることができます。

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

「天地人コンパス」で提供されるのは、20種類以上の地図空間情報や最長10年分の衛星データを独自のアルゴリズムで分析したデータ。アカウント登録で誰でも無料で使うことができます(フリープランは一部機能を制限)。

「G空間情報×地球観測衛星データ」を体感できる機能は、エリアの中から条件に一致する場所を探すことができる「条件分析ツール」と2点間の地表面温度や降水量の類似度を測れる「類似度分析ツール」です。東京都近郊の2015年と2020年の地表面温度をビジュアルで比較してみると、温暖化の影響が一目瞭然でした!

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

「一般的に使われているオンラインMAPには、地図の上に道路情報やお店の情報、お気に入りの場所など、いろいろな情報が表示されています。あれは、地図のデータの上に、お店のデータなど、情報ごとに「層(レイヤー)」になって重なっているんです。同様に、『天地人コンパス』はさまざまな情報レイヤーを重ね合わせることで、特定の条件にマッチする場所を視覚的に探すことができます」(吉田さん)

ダムや公園のG空間情報は以前から公開されていましたが、自治体ごとにいろんなフォーマットが混在し、管理もばらばらで統一が難しいという課題がありました。「国が主導して、全国で統一されたデータフォーマットが公開されたのは、かなり価値がある」と吉田さん。

「データを使うビジネスにとって信頼できる唯一の情報源になるのがポイントで、マスターとなるデータを皆が参照できる。2023年に一般公開された登記所備付地図の電子データは主に不動産関係業者が使うことになると思いますね。G空間情報センターが公開しているG空間情報は日本で一番整っている地図データといえます。弊社もそのデータを使って開発をしています」(吉田さん)

今回公開された地図のデータを「天地人コンパス」に組み込めば、農地にしたり、何かを建設しようと決めた時、次のステップとして、土地の所有者は誰か、面積がどのぐらいあるのかということが、コンパスの中だけでわかるようになります。「天地人コンパス」は有料オプションとして企業の持っているデータを重ね合わせることが可能です。実際、不動産関係の企業からの相談が増えているといいます。

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

「今後、『天地人コンパス』に不動産企業が蓄積している部屋の間取りや築年数、建物階数などのデータを組み合わせれば、一気に活用が広がります。天気予報だと東京に雨が降る程度しかわかりませんが、『天地人コンパス』だと1km単位で気象の変化がわかるので、渋谷区の中でも特に暑くなりやすいとか、この公園は日当たりがいいとか自分が住もうとしているエリアがどのぐらい快適なのか現地に行かなくてもわかるようになります。類似検索ツールを使えば、日本の中でヨーロッパの地中海と同じような気候の場所、リゾート気分を味わえる場所がどこか探すこともできるんですよ」(吉田さん)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

「地球規模で仕事することが増えている」と吉田さん。気候変動で温暖化が進んだ場合、地球環境に合わせて作物の農作地を変えていく必要があると指摘されています。

「温暖化・SDGsなどの課題に対して身近に感じています。例えば、日本でも米の銘柄ごとの産地は、今と20年後だったら場所が変わっているかもしれません。『天地人コンパス』は、場所探しが一番軸なので、適した場所を探せる。解決に関わっているという実感があります」(吉田さん)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

G空間情報×ドローンで、自然災害発生後すぐに現地状況を地図へ反映する

大地震が起きたとき、この道は安全に通れるだろうか?、洪水や大規模火災が起きたとしたら、どちらに逃げればいいのだろう?と不安に感じたことはありませんか?

防災分野において、自然災害、政治的混乱等の危機的状況下で、地図情報を迅速に提供し、世界中に発信・活用することを目的に活動をしているのが、NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」です。理事長を務める青山学院大学教授の古橋大地さんは、「空間情報は、安全安心な生活のライフライン」と言います。

「もし自分や家族、大切な人たちの周りで大規模災害が起きたら、とにかく生き延びて欲しいですよね。そのためには、市民が自分たちの力で情報を取得し、自らの判断で安全な場所に逃げることが大変重要です」(古橋さん)

大災害が発生すると、被害が大きいエリアほど被災状況がわからず、住民の避難や救助活動に支障が出るという問題があります。その際、最初に必要となるのが、被災状況をすばやく反映できる発災後の地図づくり活動「クライシスマッピング」です。「リアルタイム被災支援・地図情報」とも呼ばれ、被災地の衛星画像や航空写真画像、地上から撮影されたスマホ写真などから被害状況を地図上に落とし込み、被害のエリアや規模をリアルタイムで視覚的にわかりやすくした地図のことをいいます。

「クライシスマッピング」という言葉が使われ始めたのは2010年のハイチ地震のころです。「オープンストリートマップ」という世界中の誰でも自由に地図情報を共有・利用でき、編集機能のある世界地図をつくる共同作業プロジェクトで、初めてハイチの被災地の地図をリアルタイムで更新する活動が行われました。古橋さんもその活動に参加したひとりでした。

「世界中のボランティアがネット上に集まり、震災後の正確な地図をつくりました。2010年1月にハイチ地震、2月にチリ地震があり、2011年2月にニュージーランドのクライストチャーチで地震があったんですね。3月には、東日本大震災が起こりました。『あっちでも起こった、こっちもだ。今はどこだ』という感じでクライシスマッピングの作業をしていたことを覚えています」(古橋さん)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

世界中で次々と災害が起きていることを痛感し、ますます「クライシスマッピング」の必要性を感じた古橋さん。日本で「クライシスマッピング」を広めるために2016年に設立したのが、「クライシスマッパーズ・ジャパン」でした。被災地で撮影された写真を基に、世界でもっとも詳細で最新の「現地の被災状況マップ」をつくり、国連や赤十字などの救援活動のために必要な情報支援をしています。

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

同時期に立ち上げた「DRONEBIRD」は、G空間情報とドローンで空撮した情報を重ね合わせ、どこで災害が起きても発生から2時間以内に現地状況を地図へ反映する体制を整えるプロジェクトです。津波による浸水や、放射能で汚染された場所でもドローンなら飛ばせます。地図を作成する「マッパー」を募り、ドローンの撮影部隊を育成しています。

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「我々の活動におけるG空間情報センターのメリットはふたつ。大学の研究者や業界関係者の協議会があり、信頼できる組織であること。日本語ベースで情報が公開されていることですね。新しいツールの多くは、英語ベースですから。専門的なツールを使い慣れていない国内の人に向けて、地図データを利用可能な形で提供しているG空間情報センターの存在は大きいと思っています」(古橋さん)

地図データの一般公開により、認知や活用が進むG空間情報。「イチBizアワード」の授賞式は、G空間情報で新しいサービスを開発しようという熱気に溢れ、G空間情報が今とてもアツイ分野だと実感しました。今後、身近で、「地図でこんなことができるようになったの!?」と驚くことが増えるかもしれません。

●取材協力
・G空間EXPO
・株式会社角川アスキー総合研究所
・株式会社天地人
・NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」

個人で公園レンタルできるサービスが誕生!? 子育て・休日の活用に便利な全国の最新情報あつまるアプリも 「PARKFUL」

私達の生活に癒やしをくれる存在、公園。住んでいる街にあると、休憩したり、子どもを遊ばせたりと、いろいろと助かりますよね。公園情報プラットフォーム「PARKFUL」(アプリ)は、全国の公園の情報が集約され、近くの小さな公園も検索でき、口コミ情報でリアルな公園の評判を知ることもできます。「PARKFUL」WEB版では、公園を“レンタル”できる「PARKFUL Rental」のサービスが始まりました。これらのサービスは、地域の人たちにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。パークフルの高村南美さんに伺いました。

全国の公園情報を集約することで何が便利になる?公園を楽しむための情報が充実している「PARKFUL」WEB版(画像提供/パークフル)

公園を楽しむための情報が充実している「PARKFUL」WEB版(画像提供/パークフル)

パークフルは、公園で見かけるベンチや遊具などを製造、販売している株式会社コトブキのグループ会社で、国内12万カ所以上の公園情報を有するプラットフォーム「PARKFUL」(アプリ・WEB)を運営しています。目指しているのは、公園に関する情報を集約し、自治体の情報管理や公園づくりの基盤となること。
自治体の情報発信や広報をサポートしたり、公園情報が一般の人の役に立てるように提供しています。さらに、公園の占用許可などの申請をオンラインでできる「PARKFUL Rental」、公園管理活動を効率化する「PARKFUL Watch」など自治体向けサービスを展開しています。

左:公園のサイズ、地域、特徴、設備情報のキーワードから公園が探せる。右:マイページでは、投稿した公園やフォロー中の公園、保存したイベントをまとめられる(画像提供/パークフル)

左:公園のサイズ、地域、特徴、設備情報のキーワードから公園が探せる。右:マイページでは、投稿した公園やフォロー中の公園、保存したイベントをまとめられる(画像提供/パークフル)

「インターネットで公園を検索しても、位置情報しか出てこなかったり、有名な公園の情報ばかりになることが多いと思います。『PARKFUL』アプリの特徴は、市区町村の境なしに、ひとつのアプリで全国の公園を探せること。マップ機能や検索機能のほか、公園を訪れた人が、写真とコメントで公園の魅力を投稿したり、レポートでき、マイページに、自分の投稿やフォロー中の公園をまとめる機能があります。地元の人しか知らないような小さな公園やどんな施設や設備があるのか、利用状況や評判など細かい情報を一覧で知ることができるのです」(高村さん)

公園で友人とピクニックすることが多い筆者。今までは、誰もが知っている人気の公園に行っていましたが、いつも混んでいて、静かにピクニックができる公園を探したい!と思っていました。さっそく「PARKFUL」アプリを使ってみました。

エリアを「東京都」にして、検索キーワードは「ピクニック」を選ぶと、近くにある大小35の公園がヒットしました。公園情報が一覧で示され、規模、アプリの中で見られた回数、写真点数なども一目瞭然です。

その中で気になった中央区の黎明橋公園を詳しく見てみます。芝生広場があるけれど、どんな状態なのか気になる……。「みんなの投稿」をチェックすると、綺麗な芝生広場の写真が! 「イクシバ」という芝生を皆で手入れする取組みをしているから、芝生は青々としていて、ピクニックに最適そう! ボール遊びをするエリアがちゃんと分けられているのも安心。「超高層ビルの日陰になる時間は暑い日でも過ごしやすい」という有益情報も発見。ピクニックの集合時間を決める参考にしよう……。

筆者がインターネット検索より便利だと感じたのは、「東京都 港区 公園 桜梅の名所 おむつ台」など複数キーワードを一発で検索できることです。場所によっては、インターネット検索より、検索結果が少ない公園もありますが、公園だけの情報が表示されるのでとても見やすく感じました。

左:緑のマークは、公園の規模を表している。右:公園を利用したユーザーが投稿した写真付きの本音レビューが参考になる!(画像提供/パークフル)

左:緑のマークは、公園の規模を表している。右:公園を利用したユーザーが投稿した写真付きの本音レビューが参考になる!(画像提供/パークフル)

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まちの「公園」が進化中! 治安を激変させた南池袋公園など事例や最新事情も

インターネットの検索では出てこない公園情報を知れば、もっと公園が楽しくなる

「実は、あまり知られていない、地域に寄り添った小さな公園が全国には無数にあるんです」と高村さん。

「住んでいる方は、町内にある公園にとても愛着を持っています。『公園を思い浮かべてください』と言われたら浮かんでくる近所の公園が皆さんにあると思うんです。コトブキは、『パブリックスペースをにぎやかにすることで人々を幸せにする』という経営理念で製品をつくってきました。『集めた公園情報を皆で活用して、遊具などをもっと楽しく使ってもらいたい』という思いで、グループ会社の株式会社コトラボが開発したのが、『PARKFUL』(アプリ・WEB)でした」(高村さん)

苦労したのは、47都道府県に何十万とある公園情報を一つのフォーマットに落としこみ、自治体ごとに持っていた公園情報をまとめること。地道な作業を繰り返し、2014年に「PARKFUL」アプリをリリース。13万4300DL、WEB版は、30万PV/月に達しています(2023年5月時点)
※現在、WEB版での全国公園検索は、連携自治体の公園情報のみ掲載される仕様になっているため、他の自治体の公園情報はアプリでの検索を推奨している。

子どもに大人気の大型遊具ロング&ローラーすべり台がある公園や結婚式が挙げられる公園など特集記事が充実(画像提供/パークフル)

子どもに大人気の大型遊具ロング&ローラーすべり台がある公園や結婚式が挙げられる公園など特集記事が充実(画像提供/パークフル)

WEB版のオンラインショップでは、ニューヨークの公園など世界のパブリックスペースをまとめた冊子も販売(画像提供/パークフル)

WEB版のオンラインショップでは、ニューヨークの公園など世界のパブリックスペースをまとめた冊子も販売(画像提供/パークフル)

2017年から週1~3回アプリを利用しているというユーザーの小峰智子さんに使用感を伺いました。

「子どもが小さいので、近くの公園を検索したり、帰省した時やお出かけ先で近くの公園を検索するために使っています」と小峰さん。

使いやすいところは?

「公園に特化しており、遊具やベンチなどの情報があるのがいいですね。検索には公園しか出てこないので、例えば公園名がうろ覚えで一部検索で『代官山』と打てば代官山と付く公園だけが出てきますので、検索が早いなと感じます」(小峰さん)

おすすめの使い方を教えてください。

「公園の特集記事もあるので、読むとワクワクしますし、行ったことのない公園を検索するのが楽しいです。毎回写真の投稿をしているので、あとで過去に行った公園を見返すこともあるし、ほかの人と公園の情報を交換し合っているような感覚があります。行ってみたい公園はフォロー機能でチェックしています。いつか全国の公園の情報がコンプリートされたらいいなぁと期待しています」(小峰さん)

公園レンタルの申請がオンラインでできる「PARKFUL Rental」

2017年に都市公園法が改正され、民間企業の進出が進み、公園内にカフェができるなど、より多様な公園の活用が見られるようになってきました。パークフルの自治体の情報管理・地域との公園づくりの基盤となる事業として、マルシェやフリーマーケットなど公園の占用/行為許可の各種手続きが簡単にできる公園レンタルサービス「PARKFUL Rental」があります。「PARKFUL Rental」では、ヨガイベントなど少人数で費用の発生しない集まりなど個人利用の届け出もできます。

事業者が工事などで公園の一部を占用する場合は占用許可、イベント等で公園内を一部占用する場合などは行為許可の申請をする必要がある(画像提供/パークフル)

事業者が工事などで公園の一部を占用する場合は占用許可、イベント等で公園内を一部占用する場合などは行為許可の申請をする必要がある(画像提供/パークフル)

「サービス導入前の2020年1月、兵庫県芦屋市の道路・公園課と実証実験を行いました。実証実験では、既存の書面での申請を残したまま、公園レンタルサービスを導入。1~3月の間に全34件の申請があり、約8割がオンラインによる申請で、手続きの所要時間は、書面申請に比べて7分の1以下になりました」(高村さん)

申請者側も自治体側も手続きの作業時間が大幅に削減できることが確認され、2021年4月より、芦屋市に正式に導入。市内の公園をレンタルしたい人誰もが簡単にインターネットで各種申請ができるようになりました。

導入前は、窓口まで行き書面で申請する必要がありましたが、一連の手続きを24時間365日できるようになった(画像提供/パークフル)

導入前は、窓口まで行き書面で申請する必要がありましたが、一連の手続きを24時間365日できるようになった(画像提供/パークフル)

自治体・維持団体向け「PARKFUL Watch」から、最新情報をアプリに転載

さらに、2021年6月には、公園の維持団体の活動をデジタルで記録・管理し、発信できる自治体・維持団体向けサービス「PARKFUL Watch」がリリースされました。

「全国の公園の維持管理には、数万団体が関わっていますが、活動内容や頻度などを自治体、維持団体双方で把握することが難しい面がありました。『PARKFUL Watch』は、ボランティアさんなど日常的に公園の維持管理を行う担い手が、活動状況をデジタルで自治体へ簡単に共有できるサービス。『PARKFUL』(アプリ・ウェブ)と連動し、活動内容を一般の方へ知ってもらうこともできます」(高村さん)

維持管理者がスマホで送信した管理情報は、『PARKFUL Watch』を介して自治体が把握できる。公開したい管理情報は、『PARKFUL』アプリに転載(画像提供/パークフル)

維持管理者がスマホで送信した管理情報は、『PARKFUL Watch』を介して自治体が把握できる。公開したい管理情報は、『PARKFUL』アプリに転載(画像提供/パークフル)

一般の人は、アプリに転載された管理情報から、「壊れていたベンチが直ったんだ」「花壇にこんな花を植えたのね」など公園の状態がわかる(画像提供/パークフル)

一般の人は、アプリに転載された管理情報から、「壊れていたベンチが直ったんだ」「花壇にこんな花を植えたのね」など公園の状態がわかる(画像提供/パークフル)

神奈川県茅ケ崎市など複数の自治体・団体での運用が始まっています。「公園内不具合の報告が正確になり、現場調査が減った」「以前よりコミュニケーションが増えた」という声が届いているそうです。

2023年4月現在、パークフルが、連携・公式情報の管理をしている自治体は71。各サービスについて全国の自治体からの問い合わせが増えています。

「地域との公園づくりに役立っているようです。『PARKFUL Watch』は、地域の人にとっては、これまでなかなか目に触れることのなかった維持管理の活動を知ることができます。『PARKFUL』アプリであれば、例えば、『公園のここが夜怖い』という情報を市民の方が載せて、自治体の方が知ることで、明るくしたり、綺麗にするなどの運営指針を立てることができます。各サービスを公園が安全で安心で楽しい場所に変わっていくために皆さんに役立ててもらえたら嬉しいです」(高村さん)

最近の公園は、敷地内にカフェがあったり、マルシェなどのイベントを開催したり、地域コミュニティの要へ進化しています。パークフルでは、今後、「PARKFUL」アプリに、自治体や管理会社が発信したイベント情報をユーザーがプッシュ通知で受け取れる機能を検討中です。全国の公園情報がまとまることで広がる公園の活用。筆者もピクニック以外の楽しみ方をアプリで開拓したいと思っています。

●取材協力
株式会社パークフル

ひとり親同士が助け合えるシェアハウスにニーズ増。基準新設でサポート機会増えるも、課題は?

ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。

新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。

法改正で、ひとり親向けシェアハウスを利用しやすくなる?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」

――どのような理由があるのでしょうか?

葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」

――実際、入居している方からはどんな声がありますか?

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」

――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?

葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」

――基準の新設によるメリットは?

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」

※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?

――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?

葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。

国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」

秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実

――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。

葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」

秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」

制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金

――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。

山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」

秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」

事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす

――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。

山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」

葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」

秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。

今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」

――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?

秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」

葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。

住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」

ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。

グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部

(グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)

ひとり親同士が助け合えるシェアハウスにニーズ増。基準新設でサポート機会増えるも、課題は?

ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。

新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。

法改正で、ひとり親向けシェアハウスを利用しやすくなる?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」

――どのような理由があるのでしょうか?

葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」

――実際、入居している方からはどんな声がありますか?

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」

――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?

葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」

――基準の新設によるメリットは?

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」

※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?

――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?

葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。

国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」

秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実

――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。

葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」

秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」

制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金

――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。

山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」

秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」

事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす

――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。

山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」

葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」

秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。

今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」

――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?

秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」

葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。

住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」

ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)

スニーカー600足が部屋にズラリ! 業界30年の高見薫さんに聞く美しい収納術とストリートファッションの奥深き歴史

床から天井まで壁面いっぱいに、ずらりと並べられたスニーカー。色とりどりの600足に囲まれた空間は、美術館のようでもある。その部屋の主は、ナイキやデッカーズなどで30年にわたりスニーカーのセールスに従事してきた高見薫さん。高見さんの仕事の履歴、そしてスニーカーの歴史が詰まった「スニーカー部屋」を拝見しながら、美しく収納するためのポイントやこだわりを伺った。

ファッションアイテムとしてのスニーカー史

高見薫さんは1991年にナイキジャパンに新卒入社。96年にはナイキショップの立ち上げなどにも携わった。2018年からはデッカーズジャパンに転職し、同社が取り扱う「UGG(R)」のスニーカーのセールスを担当している。

千葉県にある高見さんの自宅の一室には、三面の壁に600足が並ぶ「スニーカー部屋」がある。1990年代から現在までのスニーカーの歴史、高見さんの仕事履歴が詰まった、圧巻の空間だ。

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

――ものすごい数ですね。これだけのスニーカーをコレクションするようになったきっかけは何だったのでしょうか?

高見:確かにすごい数なんですけど、私はコレクターっていうわけじゃないんですよ。

――どういうことでしょうか?

高見:好きで集めている方には失礼かもしれないですけど、私の場合は集めているというより「集まっちゃった」というほうが正しくて。30年間、ずっとスニーカーに近い仕事をしてきたので、必然的にこれだけの数になってしまいました。セールスの仕事をやっていると、その時々で会社が推していく商品のことを知っておかないといけないじゃないですか。だから自分でも買って履いてみたりしているうちに、どんどん増えていったんです。

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

――そのスタンスは少し意外でした。

高見:みんなに不思議って言われますね。ただ、そもそも私がナイキジャパンに新卒入社した1991年って、スニーカーをファッションで履くという感覚がなかったんですよ。当然、今のようにコレクションする人も少なくて。当時はいわゆるスニーカーブームがくる前で、会社もあくまでスポーツシューズとして売っていました。

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

――1996年に「エア マックス95」が大ブレイクし、スニーカーブームが起こる少し前あたりから、何となくスニーカーがストリートファッション系の雑誌にも取り上げられるようになったと記憶しています。

高見:そうですね。大きなきっかけの一つが1992年のバルセロナオリンピックです。アメリカの男子バスケットボール代表が「ドリームチーム」と呼ばれる最強チームを結成し、そこから「バッシュブーム」が起こります。そうした動きと、アメリカのファッションやヒップホップなどの文脈も相まって、スニーカーがファッション誌に掲載されるようになりました。

――そこからスポーツシーン以外でもスニーカーを普段履きするカルチャーがじわじわ広がって、「エア マックス95」の登場によって一気にブレイクすると。

高見:「エア マックス」というのはナイキのスニーカーの最高峰のシリーズとして、1987年から新作が毎年のように発売されていました。そのなかで、たまたまブームになったのが95年モデル。スタイリストさんが気に入ったのか、当時、芸能人の方がテレビなどでよく95マックスを履いていたんですよ。それを見た視聴者の間で「あの靴はなんだ!」となり、1996年に大ヒットするという。

じつは同じ96年にナイキショップがオープンするんですけど、開店と同時に95マックスを求めるお客様が殺到しました。なかにはオープン予定日の1カ月前から並ぶ人もいたりして。

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

――当時の熱狂ぶりはよく覚えています。「エアマックス狩り」なんて事件も起こるほどの社会現象になりましたよね。

高見:ただ、当時はブームが加熱しすぎて「ナイキだったら何でもいい」みたいな人も増えたんですよ。それで、ひと通り商品がお客様に行き渡るとブームが一気に萎(しぼ)んでしまいます。1998年あたりから急激に失速しましたね。

それからは会社も「もう一度しっかりスポーツシューズとしてアプローチしていこう」という方向に向かうんですけど、一方で「せっかく新しいお客様を獲得できたのだから、本格的にファッションアイテムとして仕掛けていこう」という声もあって、2000年前後くらいからスニーカーをスポーツとファッションの両輪で展開していく動きが出てきます。その後、2010年くらいになると、他社ブランドでもスポーツ仕様と普段履きのスニーカーをはっきり区別して売るようになっていきましたね。

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

――確かに、ある時期からシューズ専門店でも、スポーツ用とファッション用のスニーカーのコーナーが分かれるようになりました。

高見:そうですよね。それが2010年代までの動きです。ちなみに、最近では小規模なブランドもスニーカーやスポーツシューズに参入するようになりました。ひと昔前まではナイキやアディダスといった、いくつかの大手しかやっていなかったんですけど、今はそれこそ私が所属するデッカーズジャパンが取り扱う「UGG(R)(アグ)」や「HOKA(R)(ホカ)」だったり、「Salomon(サロモン)」「On(オン)」など、さまざまなブランドがスニーカーやランニングシューズを手掛けるようになっています。

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

高見:多様なブランドの参入と技術の進化により、デザインのバリエーションも広がっています。よりファッショナブルになっていて、洋服に合わせる楽しみも広がっていると思いますよ。

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

600足を収納する「スニーカー部屋」のつくり方

――この家に引越してくる前は、どのようにスニーカーを保管していましたか?

高見:以前は実家近くの団地で一人暮らしをしていたんですけど、スニーカーは箱に入れて天井の高さまで積んでいました。少し大きめの地震がくると一気に倒れて悲惨なことになっていましたね。それに加えて、トランクルームも2つ借りていました。ですから、今みたいにすぐに取り出せる状態ではなかったです。

ただ、この家を買ったのはスニーカーのためというわけではありません。結婚して夫が私の部屋に越してきて、夫婦ともに物が多いから生活スペースが激狭になってしまったんです。通路も片側通行でしか通れないくらい狭くて……。

そんな生活から抜け出したくて引越しを考えていた時に、たまたまこの一戸建てが売りに出ているのを見つけました。それで、せっかく買うならスニーカーをちゃんと保管できるように、一部をリフォームしようと考えたんです。建築士さんに相談したところ、元のオーナーが2人の息子さんの部屋として使っていたスペースを、スニーカー部屋に変更しようということになりました。

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

――壁面棚をつくるにあたって、建築士さんに要望したことはありますか?

高見:とにかくできるだけ多くの靴を並べられるようにしてくださいと。最初は箱ごと棚に収納する案もあったんですけど、そうするとお店のストックルームみたいになっちゃって全然面白くないじゃないですか。だから裸のまま並べちゃおうと。剥き出しだと埃が溜まったりもするんですけど、私はコレクターではないからか、あまりそのへんは気にならなくて。

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

高見:あと、これは建築士さんから勧められたんですけど、棚の材料は北海道のチーク材を使っています。とても綺麗な木材ですし、スニーカーも映えるだろうということで。北海道から輸送しなきゃいけないので高いんですけどね。

――スニーカーのコンディションを保つという点でも、やはり天然木を使った棚のほうがいいのでしょうか?

高見:そうですね。スチールラックなどに置いている人も多いと思いますが、金属は錆びる可能性があるので、靴にとってはあまりよくありません。

それから、スニーカーのコンディションを保つためには、部屋の空気の状態にも気を配る必要があります。なるべく空気を循環させることと、湿度が高くなりすぎないこと。空気が湿っていると、靴がどんどんベタベタになってくるんです。この部屋では、空調でなるべく一定のコンディションをキープできるようにしています。

――ちなみに、ずっと置いておくよりも、たまには履いたほうがよかったりしますか?

高見:はい。履かないと逆に駄目になりやすいです。置きっぱなしにしていると空気中の水分がスニーカーに溜まっていき、ミッドソール部分の素材が加水分解を起こしてしまうんです。すると、靴底からボロボロと崩れてしまう。それを防ぐにはたまに履いてあげて、身体の重力を利用して水分を抜くことが必要です。私もここにあるスニーカーはただ飾るだけじゃなくて、なるべく履くようにしていますよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

グループ分けで美しく。思わず眺めたくなる棚に

――上から下まで、とても美しくスニーカーが並んでいますが、飾る時のコツやポイントがあれば教えてください。

高見:私の場合は、持っているスニーカーをグループ分けするところから始めました。まずは「ランニングシューズ」「バスケットシューズ」といった感じで大まかに分類し、そこからさらに細かく種類を分けます。あとは年代別だったり、シンプル系・派手系みたいな形でグループを分けていきました。そのうえで、エクセルで作った棚の図面に、何をどこに入れるか入力しながらシミュレーションしましたね。

実際に棚に置く時には、薄い色から濃い色の順番に並べたり、背が低い順から並べたりと、なるべく美しく見えるように意識しました。このあたりはナイキで学んだ陳列の法則みたいなものを取り入れています。

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

――ここまで美しく飾られていると、もはやスニーカーというよりインテリアのようです。眺めているだけで楽しくなりますね。

高見:私自身はあまりインテリアという感覚はないのですが、眺めるのは楽しいですね。やはり、一つひとつに思い入れがあるので。「これは、あそこに行った時に買ったよな」とか、「これを履いていた時、仕事大変だったな」とか、いろんなことを思い出します。

――この部屋は、高見さんの歴史そのものなんですね。

高見:そうですね。ですから、一般的なコレクターの方とは違う感覚なんでしょうけど、全てのスニーカーに愛着があります。もともとは狭い空間から逃げるために家を買い、やむにやまれずリフォームした部屋ですが、今となっては懐かしい思い出にひたれる大切な場所になりましたね。

●取材協力
UGG(R)/デッカーズジャパン

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOみたいな先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

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関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOのような先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

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関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

下北沢などの街を変えたグリーン(植物)とコミュニティの力。 NYセントラルパークと感染症対策にも意外な接点

古くは明治神宮の森、近年では池袋の新しいランドマーク南池袋公園など暮らしやすさやまちの心地よさに深く関係している、ランドスケープデザイン(景観デザイン)。最近、“サブカルのまち”下北沢(東京都世田谷区)の風景が、大きく変わったことが話題になりました。下北沢のまちを久々に訪れた人は、豊かな緑をあちこちで目にすることができるでしょう。「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに取り組み、今は共同代表としてシモキタ園藝部で活動を続けるほかにも、全国の様々な地域でランドスケープデザインを通じた街づくりに取り組んでいる株式会社フォルクの代表である三島由樹さんは、緑を通じて社会課題を解決する「ソーシャルグリーンデザイン」の担い手のひとり。いま、緑を使ってどのように都市の課題に取り組んでいるのでしょうか。

下北線路街のランドスケープデザインの構想に携わる。下北線路街の緑の手入れをする地域コミュニティ「シモキタ園藝部」もフォルクが企画と立ち上げに携わった(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街のランドスケープデザインの構想に携わる。下北線路街の緑の手入れをする地域コミュニティ「シモキタ園藝部」もフォルクが企画と立ち上げに携わった(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

東京都八王子市の「AJIROCHAYA」では、明治時代から続くお茶屋さんの改修に伴うランドスケープデザインおよびコミュニティのデザインを行った(画像提供/フォルク)

東京都八王子市の「AJIROCHAYA」では、明治時代から続くお茶屋さんの改修に伴うランドスケープデザインおよびコミュニティのデザインを行った(画像提供/フォルク)

関連記事:総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

都市計画の歴史は、ランドスケープ・アーキテクチャーから始まった

慶應義塾大学とハーバード大学大学院で、ランドスケープデザインを学んだ三島さん。ランドスケープは、「風景・景観」という意味があります。学部時代は「ランドスケープデザインといえば、緑を使って綺麗な空間をつくるもの」と認識していた三島さんは、ランドスケープ・アーキテクチャーの本質が、「都市の課題解決のために生まれた学問と職能」であるとアメリカで学び、衝撃を受けました。

「慶應義塾大学の恩師であった、建築家の坂茂先生からは、社会貢献のできるデザインが大切であること、ランドスケープ・デザイナーの石川幹子先生からは、緑地は社会共通資本であることを学びました。その後、石川先生の勧めでハーバード大学の大学院に進みましたが、アメリカでは、近代化と経済成長によって汚染された土地であるブラウンフィールドをいかに現代において人が暮らすことができる環境として再生するかが、ランドスケープデザインのメインテーマでした」(三島さん)

ハーバード大学院で学んでいたころの三島さん(画像提供/フォルク)

ハーバード大学院で学んでいたころの三島さん(画像提供/フォルク)

「楽しくも猛烈な日々だった」と振り返る(画像提供/フォルク)

「楽しくも猛烈な日々だった」と振り返る(画像提供/フォルク)

最も衝撃を受けたのは、セントラル・パーク(Central Park)の設計思想を学んだときのことでした。セントラル・パークは、19世紀につくられたアメリカのニューヨーク市マンハッタン地区の中央にある美しい都市公園です。

「私はセントラルパークについて、ほとんど知らなかったのですが、調べてみると、それは感染症対策のために計画された公園という一面を持っています。当時ニューヨークは、人口の爆発的な急増があり、道端に馬の死骸が転がっているような劣悪な環境で感染症が蔓延していました。開発されていく街の中に、緑の空間をつくり、人種の差別なく、全ての人が生き続けられる環境をつくることが目的だったのです」(三島さん)

セントラル・パークは、ニューヨークの密集した市街地の中に存在する(画像/PIXTA)

セントラル・パークは、ニューヨークの密集した市街地の中に存在する(画像/PIXTA)

セントラル・パークの設計者のひとりフレデリック・ロー・オルムステッドが、建築、土木などを束ねた環境デザインの専門分野として提唱したランドスケープ・アーキテクチャーは、その後、都市計画分野の基礎になりました。ランドスケープデザインは、都市についての問題意識から生まれたものだったのです。

開発が進む街に開かれた皆の庭「AJIROCHAYA」

アメリカから帰国した三島さんは、東京大学での研究・教育活動を経て、2015年にフォルクを設立。最初に手掛けたのは、出身地である八王子市の中心市街地にある「AJIROCHAYA」です。同郷で同世代の建築家、松葉邦彦さんからの誘いでした。

まわりの高層マンションの中に灯る「AJIROCHAYA」(画像提供/フォルク)

まわりの高層マンションの中に灯る「AJIROCHAYA」(画像提供/フォルク)

「『AJIROCHAYA』のまわりには高層マンションがたくさん建っています。周辺にはかつて専門店が並んでいたのですが、それらがどんどんなくなって高層マンションに建て替わっているんですね。依頼主は、明治時代発祥のお茶屋さんのオーナー。『高層マンションによる街の改変とは異なる、この街の文化を承継し創造していくような新しい場所づくりができないか』という問題意識から、プロジェクトが始まりました」(三島さん)

「AJIROCHAYA」がつくられる前は、前面に歩行者専用道路がありますが、シャッターが下りたお茶屋さんは、街に対して閉じた印象でした。そこで、三島さんは、街に面したスペースに庭をつくってパブリックスペースとしてまちに開放し、街の人が大きな木の下で道ゆく人たちを眺めたり、大きなベンチでくつろいだりできる、「街に開かれた庭」を提案しました。

三島さんが初期に提案したスケッチ(画像提供/フォルク)

三島さんが初期に提案したスケッチ(画像提供/フォルク)

駐車場に完成した庭。カフェなどのテナントも入り、ほっとできる場所に(画像提供/フォルク)

駐車場に完成した庭。カフェなどのテナントも入り、ほっとできる場所に(画像提供/フォルク)

「意識したのは、街の人を受け入れる場所づくり。奥行42mの敷地は、前と後ろが歩行者道路に接していました。そこで、敷地内に、道路と道路をつなぐ路地(私道)をつくり、日中は、街の人が自由に通れるようになっています。通り沿いには、知らない人同士でも気詰まりなく座れる大きなベンチを宮大工さんと一緒につくって設置しました」(三島さん)

敷地の前面(右)は歩行者専用道路、奥(左)は甲州街道に接している。矢印部分を新しく通路にした(画像提供/フォルク)

敷地の前面(右)は歩行者専用道路、奥(左)は甲州街道に接している。矢印部分を新しく通路にした(画像提供/フォルク)

以前は、通り過ぎるだけだった場所でくつろぐ街の人(画像提供/フォルク)

以前は、通り過ぎるだけだった場所でくつろぐ街の人(画像提供/フォルク)

通路が抜け道になり、街に新しい人の流れができた(画像提供/フォルク)

通路が抜け道になり、街に新しい人の流れができた(画像提供/フォルク)

改装中の蔵(画像提供/フォルク)

改装中の蔵(画像提供/フォルク)

ajirochayaの現場で出会った八王子の宮大工、吉匠建築工藝。宮大工の技術を使って金輪継のベンチをつくってもらった(画像提供/フォルク)

ajirochayaの現場で出会った八王子の宮大工、吉匠建築工藝。宮大工の技術を使って金輪継のベンチをつくってもらった(画像提供/フォルク)

職人さん・地域の人が一緒になって、園路に石を据えていく(画像提供/フォルク)

職人さん・地域の人が一緒になって、園路に石を据えていく(画像提供/フォルク)

「AJIROCYAYA」では、コミュニティデザインもフォルクが手掛けています。例えば、施工中は、皆が愛着を持ってこの場所に関わっていけるように、園路の舗装も造園の親方に教わりながら、大学生・地域の人・テナントの人に協力してもらい、時間をかけてつくりました。オープン後の植栽管理については、「にわのひ」というイベントを行い、テナントの人や地域の人が一緒に手入れをする日を設けることを試みました。コロナ禍で休止していましたが、今後また開催していけたらと考えています。

社会を変えるソーシャルグリーンデザインとは

三島さんは、一般社団法人ソーシャルグリーンデザイン協会の立ち上げに関わり、理事を務めています。ソーシャルグリーンデザインとは、緑で地域課題の改善と持続可能な社会を目指す、新しいデザインムーブメントです。

「ソーシャルデザイン(social:社会、design:計画)は、商業主義的、消費的なデザインに対し、社会貢献を前提としたデザインのこと。ソーシャルグリーンデザインは、それを緑を通じて実現しようとしています」(三島さん)

「緑=植物と狭く捉えるのではなく、緑は承継すべき都市の文化であり、新しい文化が生まれる素地であると考えています。『AJIROCHAYA』や『シモキタ園藝部』のコミュニティづくりに関わったのも、場所をつくって終わりではなく、いかに緑に関わる人を増やし、地域社会を育てていくかが、景観をデザインすること以上に大事だと思っているからです」(三島さん)

街づくりを学ぶ学生と地域住民をマッチング

全国には、豊かな自然がありながら、うまく活用できていない地域がたくさんありますが、ソーシャルグリーンデザインは、地域課題を解決するひとつの方法になるのでしょうか?

「ソーシャルグリーンデザインと直接関係するプロジェクトではないのですが、地域住民と大学生とのマッチングをして、街づくりを学ぶ学生に実践の機会を提供するまちづくりワークショップ『PLUS KAGA』を石川県加賀市で2016年から行っています。日本全国で、人口減少などを背景とする身近な地域の課題が置き去りにされていることが多々ありますが、地域住民はそれらすべてをコンサルタントなどのプロに相談できるわけではない。一方、『大学で街づくりを学んでいるけど、自分で考えて実践する機会が少ない』、と感じている学生は少なくないように思います。地域住民と大学生が出会って、ともに地域課題に向き合う機会をつくってきました。その中で、地域と緑に関するプロジェクトもたくさん生まれてきました」(三島さん)

全国の大学から、延べ61名ほどの大学生が活動に参加。地域の人と一緒にプロジェクトを進めていく(画像提供/フォルク)

全国の大学から、延べ61名ほどの大学生が活動に参加。地域の人と一緒にプロジェクトを進めていく(画像提供/フォルク)

加賀市の水と緑の未来マップ(画像提供/フォルク)

加賀市の水と緑の未来マップ(画像提供/フォルク)

「大学生が地域で活動を始めると、地域の人たちもアクティブになっていきます。この6年間で、地域の山や水辺の環境を再生するプロジェクトなど37ものプロジェクトが生まれました。デザインをする人だけじゃなく、行動できる人、関係をつくっていける人を育てていくことが重要です。九州や台湾など、さまざまなところから大学生が加賀市にきましたが、街に愛着が生まれて卒業後も通い続ける人も多くいます。街づくりは行政がやるというイメージを持たれがちなんですけど、ひとりひとりが街づくりは自分でできるんだと思ってもらえたら嬉しいですね」(三島さん)

社会問題を解決に導くランドスケープデザインを生かした街づくり。身近な癒やしの存在である緑が、ソーシャルイノベーションを起こす力があることに驚きました。三島さんは最近では福井県勝山市の建設会社と共に地域の遊休資源を活用した循環型の新規事業の立ち上げや、和歌山県田辺市の中山間地帯で地域と自然と連携した教育施設のランドスケープデザインなどを手掛けているとのこと。ますます持続可能な都市計画が求められる今、街の緑との関わり方も変わってきそうです。

●取材協力
株式会社フォルク

育休中の夫婦、0歳双子と北海道プチ移住! 手厚い子育て施策、自動運転バスなどデジタル活用も最先端。上士幌町の実力とは?

長期の育児休業中に、移住体験の制度を活用して北海道へのプチ移住を果たした私たち夫婦&0歳双子男子。
約半年間の北海道暮らしでお世話になったのは、十勝エリアにある豊頃町(とよころちょう)、上士幌町(かみしほろちょう)という2つのまち。
実際に暮らしてみると、都会とは全然違うあんなことやこんなこと。田舎暮らしを検討されている方には必見⁉な、実際暮らした目線で、地方の豊かさとリアルな暮らしを実践レポートします! 今回は上士幌町&プチ移住してみてのまとめ編です。

上士幌町は北海道のちょうど真ん中。ふるさと納税と子育て支援が有名

9月上旬から1月末まで滞在した上士幌町は、十勝エリアの北部に位置する人口5,000人ほどの酪農・農業が盛んなまち。面積は東京23区より少し広い696平方km。なんと牛の数は4万頭と人口の8倍も飼育されています。そして、十勝エリアのなかでも何と言っても有名なのが、「ふるさと納税」。ふるさと納税の金額が北海道内でも上位ランクなんです。そのふるさと納税の寄付を子育て施策に充て、0歳~18歳までの子どもの教育・医療に関する費用は基本無料、ということをいち早く導入したまち。子育て層の移住がかなり増えたことで注目を集めています。
町の北側はほとんどが大雪山国立公園内にあり、携帯の電波も届かない国道273号線(通称ぬかびら国道)を北に走ると、三国峠があり、そこからさらに北上すると、有名な層雲峡(上川町)の方に抜けていきます。

上士幌町の北の端、三国峠付近の冬のとある日。凛とした空気が気持ちよく、手つかずの国立公園が広がります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の北の端、三国峠付近の冬のとある日。凛とした空気が気持ちよく、手つかずの国立公園が広がります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町にある糠平湖では、この冬から、完全に凍った湖面でサイクリングを楽しめるようになりました(上士幌観光協会にて受付・許可が必要)。タウシュベツ川橋梁のすぐ近くまで自転車で行くことができ、厳寒期しか楽しめないアクティビティ&風景が体感できます(写真提供/鈴木宏)

上士幌町にある糠平湖では、この冬から、完全に凍った湖面でサイクリングを楽しめるようになりました(上士幌観光協会にて受付・許可が必要)。タウシュベツ川橋梁のすぐ近くまで自転車で行くことができ、厳寒期しか楽しめないアクティビティ&風景が体感できます(写真提供/鈴木宏)

糠平湖上に期間限定でオープンするアイスバブルカフェ「Sift Coffee」さん。国道から数百メートル歩いた湖のほとりにて営業。歩き疲れた体に美味しいコーヒーが沁みわたります(写真撮影/小正茂樹)

糠平湖上に期間限定でオープンするアイスバブルカフェ「Sift Coffee」さん。国道から数百メートル歩いた湖のほとりにて営業。歩き疲れた体に美味しいコーヒーが沁みわたります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の暮らし。徒歩圏でなんでもそろうちょうどいい環境

上士幌町は人口5,000人のまちで、中心となる市街地は一つ。この中心地に人口の約8割、4,000人ほどが住んでいるそう。ここにはスーパーがコンビニサイズながら2つ、喫茶店や飲食店もたくさんあります。そして、コインランドリーに温泉に、バスターミナルに……と生活利便施設がきっちりそろっています。中心地から少し離れると、ナイタイテラス、十勝しんむら牧場のカフェ、小学校跡地を活用したハンバーグが絶品のトバチ、ほっこり空間がすっごくステキな豊岡ヴィレッジなどがあり、暮らすには不自由はほぼないと言ってもいいと思います。

そして、なんと、2022年12月から、自動運転の循環バスが本格稼働しているんです! ほかにも、ドローン配送の実験など、先進的な取組みがたくさんなされているまちでもあります。実は上士幌町さんには、デジタル推進課という課があります。ここが中心となって、高齢者にもタブレットを配布・スマホ相談窓口が設置されています。デジタル化に取り残されがちな高齢者へのサポート体制をしっかり取りながら、インターネット技術を十分活用し、まちのインフラ維持、サービス提供を進めていこうという町としての取組みは素直にすごいなと感じました。

カラフルな自動運転バスがまちの中心地をループする形で運行。雪道でも危なげなく動いていてすごかったです(写真撮影/小正茂樹)

カラフルな自動運転バスがまちの中心地をループする形で運行。雪道でも危なげなく動いていてすごかったです(写真撮影/小正茂樹)

十勝しんむら牧場さんにはミルクサウナが併設。広大な放牧地を望める立地のため、牛を眺めたり、少し遅い時間なら、満点の星空を望みながら整うことができます(写真撮影/荒井駆)

十勝しんむら牧場さんにはミルクサウナが併設。広大な放牧地を望める立地のため、牛を眺めたり、少し遅い時間なら、満点の星空を望みながら整うことができます(写真撮影/荒井駆)

ナイタイテラスからの眺めは壮観! ここで食べられるソフトクリームが美味しい。のんびり風景を楽しみながら、ゆっくり休憩がおすすめです(写真撮影/小正茂樹)

ナイタイテラスからの眺めは壮観! ここで食べられるソフトクリームが美味しい。のんびり風景を楽しみながら、ゆっくり休憩がおすすめです(写真撮影/小正茂樹)

我が家イチ押しの豊岡ヴィレッジは木のぬくもりが感じられる元小学校。子ども用品のおさがりが無料でいただけるコーナーがあり、双子育児中の我が家にとっては本当にありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

我が家イチ押しの豊岡ヴィレッジは木のぬくもりが感じられる元小学校。子ども用品のおさがりが無料でいただけるコーナーがあり、双子育児中の我が家にとっては本当にありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

誕生会やママのHOTステーションなどさまざまな出会いの場が

上士幌町では、移住された方、体験移住中の方などが集まる「誕生会」と呼ばれる持ち寄りのお食事会が月1回開催されています。毎回さまざまな方が来られるので、移住されている方がすごく多い、というのがよく分かります。移住して25年という方もいらして、移住者・まちの人、両方の視点を持っていらっしゃる先輩からの上士幌暮らしのお話は、すごく参考になることが多かったです。

毎月行われている移住者の集い、誕生会。12月はクリスマス会で、サンタさんから双子へもプレゼントが!(写真撮影/小正茂樹)

毎月行われている移住者の集い、誕生会。12月はクリスマス会で、サンタさんから双子へもプレゼントが!(写真撮影/小正茂樹)

また、上士幌町といえば、我々子育て世代にとって、すごくありがたい取組みが「ママのHOTステーション」。育児の集まりの場合、子どもたちが主役になり、「子育てサロン」として開催されることが多いのですが、この取組みの主役は“ママ”。ママが子どもたちを連れて、ゆっくりしたひと時を過ごすことができる場を元保育士の倉嶋さんを中心に企画・運営されていて、今や全国的にも注目される取組みになっています。

実は、上士幌町で移住体験がしたかった一番の目的は、この「ママのHOTステーション」を妻に体験してもらいたかったこと、倉嶋さんの取組みをしっかり体感したかったことにありました。ほぼ毎週のように参加させていただいた妻は本当に大満足で、ママ同士の交流も楽しんだようです。ここでは、〇〇くんのママではなく、きちんと名前でママたちも呼び合い、リラックスムード満点の雰囲気づくりも素晴らしいなと感じました。妻は、「ママのしんどい気持ちや育児悩みを共有してくれて、アドバイスをくれたりするのがすごくありがたいし、同じような立場のママが集ってゆっくり話せるのは嬉しい。子どもの面倒も見てくれるし、ここには毎週通いたい!」と言っていました。こういった同じ境遇のお友達ができるかどうかは、移住するときの大きなポイントだと感じました。もっといろいろな同世代、子育てファミリーに特化したような集まりがあってくれると、更に安心感が増すんだろうなと思います。

ママのHOTステーションの取組みとして面白いところは、「ベビチア」という制度。高齢者の方が登録されていて、子どもたちの世話のお手伝いをしてくださいます。コロナ禍になり、遠方にいるお孫さん・ひ孫さんと会えず寂しい思いをしている高齢の方々などが登録してくださっていて、週1回の触れ合いを楽しみにしてくださっている方も。「子育て」「小さな子ども」というのをキーワードに、多世代の方がのんびり時間を共有しているのはすごくいいなと感じました。

ママのHOTステーションが開催される建物は温浴施設などと入り口が一緒になるので、自然発生的に多世代のあいさつやたわいもない会話が生まれていて、ほっこりします(写真撮影/小正茂樹)

ママのHOTステーションが開催される建物は温浴施設などと入り口が一緒になるので、自然発生的に多世代のあいさつやたわいもない会話が生まれていて、ほっこりします(写真撮影/小正茂樹)

乳幼児救急救命講習会にも参加できました。ベビチアさんたちの大活躍のもと、子どもたちの面倒をみていただき、じっくりと救急救命講習に参加できたことはすごくありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

乳幼児救急救命講習会にも参加できました。ベビチアさんたちの大活躍のもと、子どもたちの面倒をみていただき、じっくりと救急救命講習に参加できたことはすごくありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の移住相談窓口は、NPO法人「上士幌コンシェルジュ」さんが担われています。こちらの名物スタッフの川村さん、井田さんを中心に移住体験者のサポートを行ってくださいました。私たちも入居する前から、いろいろと根掘り葉掘りお伺いして、妻の不安を取り除きつつ、入居後もご相談事項は迅速に対応いただきました。

移住体験住宅もたくさん!テレワークなどの働く環境も

私たち家族が暮らした移住体験住宅は、75平米の2LDKで、納屋・駐車スペース4台分付きという広さ。豊頃町の体験住宅に比べるとやや狭いものの、やはり都会では考えられない広さでゆったり暮らせました。住宅の種類としては、現役の教職員住宅(異動の多い学校の先生向けの公務員宿舎)でした。平成築の建物で、冬の寒さも全く問題なく、この住宅の家賃は月額3万6000円で水道・電気代込み。移住体験をさせていただくと考えると破格の条件かもしれません(暖房・給湯などの灯油代は実費負担)。今回お借りできた住宅以外にも、短期~中・長期用まで上士幌町では10戸程度の移住体験住宅が用意されています。ただ、本当に人気のため、夏季などの気候がいい時期については、かなりの倍率になるようです。ただし、豊頃町と同じく、上士幌町でもエアコンがないことは要注意。スポットクーラーはあるものの、夏の暑さはかなりのものなので、小さなお子さんがいらっしゃる場合は、ご注意ください。エアコンはもう北海道でも必須になりつつあるようなので、少し家賃が上がっても、ご準備いただけるといいなぁと思いました。また、ぜいたくな希望になりますが、食器類や家具などの調度品も比較的古くなってきていると思うので、一度全体コーディネートされると、移住体験の印象が大きく変わるのでは、と感じました。

関連記事:
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・育休中の双子パパ、家族で北海道プチ移住してみた! 半年暮らして見えてきた魅力と課題

必要最低限の家具・家電付き。広めのお家やったので、めっちゃ助かりました(写真撮影/小正茂樹)

必要最低限の家具・家電付き。広めのお家やったので、めっちゃ助かりました(写真撮影/小正茂樹)

私たちの住まいになった住宅は、まちの中心からは徒歩10~15分ほど。ベビーカーを押して動ける季節には、何度も散歩がてら出かけましたが、ちょうどいい距離感でした。南側は開けた空き地になっていて、日当たりもすごくよくて、冬の寒い日も、晴天率が高いため、日光で室内はいつもぽかぽかになっていました。

一戸建てかつ納屋まで付いて、月額3万6000円とは思えない広々とした体験住宅。子育てファミリーにとっては、一戸建ては音の心配も少なく、すごく過ごしやすかったです(写真撮影/小正茂樹)

一戸建てかつ納屋まで付いて、月額3万6000円とは思えない広々とした体験住宅。子育てファミリーにとっては、一戸建ては音の心配も少なく、すごく過ごしやすかったです(写真撮影/小正茂樹)

体験住宅の南側は空き地が広がっていて、本当に日当たり・風通しも良く、都会では到底体感できないすがすがしい毎日を過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

体験住宅の南側は空き地が広がっていて、本当に日当たり・風通しも良く、都会では到底体感できないすがすがしい毎日を過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

また、私たちは育児休業中だったため使うことはなかったのですが、上士幌町さんはテレワークやワーケーションなどの取組みについてもすごく前向きに取り組まれています。
まず、テレワーク施設として「かみしほろシェアオフィス」があります。建設に当たっては、ここで働く都市部からのワーカーの方に向けて眺望がいいところ、ということで場所を選定されたそう。個室などもあり、2階建ての使い勝手の良いオフィスとなっています。

個人的に2階がお気に入り。作業で煮詰まったときに正面を見ると気持ち良い風景が広がり、リラックスできる環境(写真撮影/小正茂樹)

個人的に2階がお気に入り。作業で煮詰まったときに正面を見ると気持ち良い風景が広がり、リラックスできる環境(写真撮影/小正茂樹)

さらに2022年にオープンしたのが「にっぽうの家 かみしほろ」。この施設はまちの南側、道の駅のすぐ近くに位置しています。こちらは宿泊施設になりますが、1棟貸しを基本としていて、広々したリビングで交流や打ち合わせ、個室ではプライバシーをしっかり守りつつお仕事に没頭することなどが可能に。また、ワーケーション滞在の方のために、交通費・宿泊費などの助成制度も創設されたとのことで、これからさまざまな企業・団体の活用が期待されます。

にっぽうの家は2棟が廊下で繋がった形状。仕事・生活環境が整っていて、余暇活動もたくさん楽しめる場所で、スタートアップなどの合宿をしてみるのは面白いなと感じました(写真撮影/小正茂樹)

にっぽうの家は2棟が廊下で繋がった形状。仕事・生活環境が整っていて、余暇活動もたくさん楽しめる場所で、スタートアップなどの合宿をしてみるのは面白いなと感じました(写真撮影/小正茂樹)

子育て層にとって、子どもの教育環境というのが移住検討するに当たってはかなり重要な事項となります。上士幌町では、「上士幌Two-way留学プロジェクト」として、都市部で生活する児童・生徒が住民票を移動することなく、上士幌町の小・中学校に通うことができる制度が2022年度から始まりました。この制度を使えば、移住体験中や季節限定移住などの場合も、お子さんの教育環境が担保されることとなり、これまでなかなか移住検討までできなかった就学児がいるファミリーも懸念材料の一つがなくなったこととなります。

十勝には質の高いイベントがたくさん! 起業支援なども盛ん

半年ほど暮らしてみてわかったことはたくさんあったのですが、子育てファミリーとしてすごくいいなと思ったのが、「イベントの質が高く、数も多い」にもかかわらず、「どこに行ってもそこまで混まない」こと。子育てファミリーにとって、子どもを遊ばせる場所がそこここにあるというのはものすごく大きいなと感じました。

とよころ産業まつりでの鮭のつかみ取り競争のひとコマ(写真撮影/小正茂樹)

とよころ産業まつりでの鮭のつかみ取り競争のひとコマ(写真撮影/小正茂樹)

個人的にかなり気に入ったのが芽室公園で行われたかちフェス。広大な芝生広場を会場に、さまざまな飲食・物販ブースや、サウナ体験、ライブが行われていました。すごく心地よく長時間過ごしてしまいました(写真撮影/小正茂樹)

個人的にかなり気に入ったのが芽室公園で行われたかちフェス。広大な芝生広場を会場に、さまざまな飲食・物販ブースや、サウナ体験、ライブが行われていました。すごく心地よく長時間過ごしてしまいました(写真撮影/小正茂樹)

ママたちが企画・運営した「理想のみらいフェス」には3,000人を超える来場が。様々な飲食店やワークショップが並ぶなか、革小物のハンドメイド作家の妻も双子を引き連れて、ワークショップで出店していました(写真撮影/小正茂樹)

ママたちが企画・運営した「理想のみらいフェス」には3,000人を超える来場が。様々な飲食店やワークショップが並ぶなか、革小物のハンドメイド作家の妻も双子を引き連れて、ワークショップで出店していました(写真撮影/小正茂樹)

また、実際に移住して暮らすとなるとお金をどうやって稼ぐかというのもポイントになってくると思います。上士幌町では、「起業支援塾」が年1回開催され、グランプリには支援金も出されるなど、起業サポートも充実しています。また、帯広信用金庫さんが主催され、十勝19市町村が協賛している「TIP(とかち・イノベーション・プログラム)」というものも帯広市内で年1回開催されています。2022年は7月から11月まで。私も育児の隙間を縫って参加させていただきましたが、かなり本気度が高い。野村総研さんがコーディネートをされているのですが、実際5カ月でアイディア出しからチームビルディング、事業計画までを組み上げていきます。ここで起業を実際にするもよし、このTIPには多方面の面白い方々が参加されるため、横の繋がりが生まれたりし、仕事に繋がることもあると思います。

TIPでは、カーリングと美食倶楽部のビジネス化チームに参加しました。チームで体験会を実施して、カーリングの面白さを体感しました(写真撮影/小正茂樹)

TIPでは、カーリングと美食倶楽部のビジネス化チームに参加しました。チームで体験会を実施して、カーリングの面白さを体感しました(写真撮影/小正茂樹)

また、こちらは直接起業とは関連がありませんが、「とかち熱中小学校」というものもあります。これは、山形県発祥の社会人スクールのようなもので、「もういちど7歳の目で世界を……」というコンセプト。ゴリゴリの社会人スクールというよりは、本当に小学校に近い仲間づくりができるアットホームな雰囲気。とはいえ、テーマは先進的な事例に取り組むトップランナーさんの講義や、地元の産業など。こちらも講師はもちろん、開催地が十勝エリア全般にわたるため、参加者の方もさまざまで、人間関係づくりにはもってこい。こちらには家族全員で参加させていただいていました。

2023年1月は豊頃町での開催。当日の講師は金融のプロとお笑い芸人というすごく面白い取り合わせの2コマの授業。毎回、双子を連れ立って授業を聴講でき、育児のよい気分転換にもなりました(写真撮影/小正茂樹)

2023年1月は豊頃町での開催。当日の講師は金融のプロとお笑い芸人というすごく面白い取り合わせの2コマの授業。毎回、双子を連れ立って授業を聴講でき、育児のよい気分転換にもなりました(写真撮影/小正茂樹)

農業に興味がある方は、ひとまず農家でアルバイト、というのもあります。どこの農家さんも収穫の時期などは人手が足りないケースが多く、農業の体験を通じて、地元のことを知れるチャンスが生まれると思います。私も1日だけですが、友人が勤める農業法人さんにお願いして、お手伝いさせていただきました。作物によって時給単価が違うそうなのですが、夏前から秋まで色々な野菜などの収穫がずっと続くため、いろんな農家さんに出向いて、農業とのマッチングを考えてみる、というのもありだと思います。

かぼちゃの収穫はなかなかの重労働でした。農作物によって、アルバイトの時給も違うそうで、なかには都会で働くより時給がよい場合もあるそう(写真撮影/小正茂樹)

かぼちゃの収穫はなかなかの重労働でした。農作物によって、アルバイトの時給も違うそうで、なかには都会で働くより時給がよい場合もあるそう(写真撮影/小正茂樹)

今回、長期の育休を取得し、子育てを実践するとともに、自分のこれからの暮らし方を見つめなおせるいい機会が移住体験で得られました。2拠点居住は子どもができると難しいのではとか、地方で仕事はあるのかなどの漠然とした不安を抱えていましたが、「どこに行っても暮らしのバランスはとれる」ということも分かりました。
大阪の暮らしとは明らかに異なりますが、既に暮らされている方々に教えてもらえれば、その土地土地の暮らしのツボが分かってきます。個人的には、地方に行くほど、システムエンジニアやクリエイターさんたちの活躍の場が実はたくさんある気がしています。こういう方々が積極的に暮らせるような仕組みづくりが出来ると、自然発生的に面白いモノコトが生まれてきて、まちがどんどん便利に面白くなっていくのではないかなと感じました。

我々家族としては、今後2拠点居住を考えていくにあたって、我々1歳児双子を育てている立場として重視したいポイントもいくつか判明しました。それは、「近くにあるほっこり喫茶店」「歩いていける利便施設」があることです。双子育児をするに当たって、双子用のベビーカーって重たくて、小柄な妻は車に乗せたり降ろしたりすることはかなり大変。さらに双子もどんどん重たくなっていきます。そう考えると、私たち家族の現状では、ある程度歩いて行ける範囲に最低限の利便施設があったり、近所の人とおしゃべりができる喫茶店があったりするのはポイントが高いなと妻と話していました。

我々夫婦の趣味がもともと純喫茶巡りだったこともあり、気軽に歩いて行ける範囲に1軒は喫茶店が欲しいなぁと思いました(写真撮影/小正茂樹)

我々夫婦の趣味がもともと純喫茶巡りだったこともあり、気軽に歩いて行ける範囲に1軒は喫茶店が欲しいなぁと思いました(写真撮影/小正茂樹)

今回、長期育休×地方への移住体験という新しい暮らし方にトライしてみて、憧れの北海道に実際暮らすことができました。これまで漠然とした憧れだった北海道暮らしでしたが、憧れから、より具体的なものになりました。また、たくさんの友人・知人や役場の方との繋がりもでき、仕事関係についても可能性を感じられました。
子どもが生まれると、住むまちや家について考えるご家族は多いのではないでしょうか。育休を機会に、子育てしやすく、親たちにとっても心地よいまち・暮らしを探すべく、移住体験をしてみるのは、より楽しく豊かな人生を送るきっかけになると思います。10年後には男性の育休が今より当たり前になり、子育て期間に移住体験、という暮らし方をされる方がどんどん登場すると、地方はより面白くなっていくのではないかなと感じました。
家族みんなの、より心地よい場所、暮らしを移住体験を通じて探してみませんか? いろいろな検討をして、移住体験をすることで、暮らしの可能性は大きく広がると思います。

移住して1カ月ほど経過した時の写真。これからもこの子たちにとっても、楽しく、のびのび暮らせる環境で育ててあげたいなと思います(写真撮影/小正茂樹)

移住して1カ月ほど経過した時の写真。これからもこの子たちにとっても、楽しく、のびのび暮らせる環境で育ててあげたいなと思います(写真撮影/小正茂樹)

●関連サイト
上士幌町移住促進サイト
上士幌観光協会(糠平湖氷上サイクリング)
上士幌町Two-way留学プロジェクト 
十勝しんむら牧場ミルクサウナ
ママのHOTステーション
かみしほろシェアオフィス
にっぽうの家 かみしほろ
理想のみらいフェス
十勝イノベーションプログラム(TIP)
とかち熱中小学校
かちフェス

タイの賃貸は家具付き、知人紹介が基本! バンコク中心部サトーン地区、移住歴15年の日本人のおしゃれアパートにおじゃまします

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや映画、音楽や雑誌などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺いました。
初回はアートディレクター・グラフィックデザイナーで日系企業の会社員、金野芳美さん(40歳)を訪ねました。

タイの首都、バンコクの住宅事情(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク。面積は1,569 平方kmで、東京都の4分の3ほどでしょうか。タイ全土の約1.5%の広さにもかかわらず、経済規模ではタイ全体の約半分を占めています。交通網の整備が進み、おしゃれなショップやカフェも続々とできて、トレンドに敏感な街として勢いを感じるものの、他の国の首都と比べると地価は上がりすぎておらず、比較的手ごろな印象です。

はじめに、タイの住宅の種類について少しお話させてください。タイの住宅は、マンションのような建物の「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」と、長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な「タウンハウス」、そして日本と同様に「戸建」があります。

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」は、建物のグレードによって呼び名が異なるのではなく、所有形態や付帯サービスが違います。「アパート」は、建物全体を一人のオーナーが所有している賃貸マンション。「コンドミニアム」は、部屋ごとにオーナーが異なる賃貸マンション。「サービスアパート」は、家事サービス付きでホテルのように住めるマンションです。

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

また、タイの賃貸物件は家具付きが一般的で、新しめの物件にはおおかた家具がついています。その設備は、一棟全部同じか、部屋のオーナーによってさまざまな場合も。そして、家電がついていることもあります。

それもあってか、わざわざ家具をそろえるのは相当お金に余裕があるか、自分らしく暮らしたいと願うひと握りの人で、その多くはクリエイターや外国人。また、タイブランドの家具は非常に高価なため、若い世代はIKEA率が高いそうです。

日本人女性が住む70平米の1LDKアパート

さて、今回紹介するのは金野芳美さん、40歳。アートディレクター・グラフィックデザイナーで、現在は日系企業の会社員(企画職)です。

金野さんが住んでいるのは、バンコク中心部の大使館などが集まる「サトーン」エリア。オフィス街に近く新しいコンドミニアムが多い、閑静な高級住宅地です。

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

住まいは築30年のビンテージのアパート。道路に面した手前側の棟には30部屋ほど、奥に位置する低層棟には全6部屋があり、金野さんの部屋は低層棟の1室。70平米のたっぷりゆとりのある1LDKで、さらに部屋の周囲にベランダがついています。金野さんによると、もともと軍などに勤務する西洋人が住んでいたそう。部屋の天井も家具も高さがあって、平米数以上の広さに感じられます。

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイに来たのは2007年、23歳の時です。タイのフリーペーパー制作会社にグラフィックデザイナーとして入社したんです。ここで3年間勤務したのちに、2年間のフリーランスを経て、29歳でタイ人の友達と一緒にデザイン会社を設立しました。

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイに来たばかりの当時は物価も家賃も安くて、アパートで一人暮らしをしていました。タイに根付くつもりはなくて、いつでも次の国に行けるようにスーツケースに入るくらいの荷物しか持っていなかったんです。

会社を立ち上げた当初は軌道に乗せるのが最重要項目で、家にお金をかけたくなかったので、友達の家の一室にシェアハウス的に住んだりもしていました。その後数年間がむしゃらに働いて、会社が安定したので、そろそろ住まいにもこだわって、インテリアや持ち物も増やそうと考えたときに出会ったのがこの部屋です」
ここは金野さんがタイに来て、10軒目に出会った住まいでした。

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

物件選びは、大家さんへの直接交渉や友人知人の紹介も

70平米の1LDKは家族3人でも住めるくらいの広さで、一人暮らしには十分すぎるほど。どうしてこの物件を選んだのでしょうか。

「このアパートをあえて選んだのは、立地と広さと家賃、部屋の雰囲気の良さ、大家さんとの相性など、すべてが魅力的だったから。特に広さに関しては、当初はここまで広いところに住むつもりはなかったです。
タイでは、賃貸の住まい選びの際に、不動産会社の仲介を入れないケースも多いです。私は建物のエントランスにいるスタッフを通じて大家さんとやりとりしましたし、そこに住んでいる友人知人に紹介してもらうケースも少なくありません。条件面はすべて大家さんとの話し合いが必要になりますが、外国人でも保証人が不要ということもあり、引越しのハードルは低いですね。不動産会社が仲介するのは駐在の方が住むような高級物件くらいです」

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人の多くは築浅でモダンな物件を好むため、このように築古でビンテージ感ある雰囲気の物件は、同エリアの同じ広さの物件と比べてお得に借りられるそう。センスのいい外国人や、タイ人クリエイターなどに人気です。

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ちなみに、年間の最高気温が35℃で最低気温が22℃のタイ(バンコク)では、南向きと西向きの部屋は「暑すぎる」「電気代がかかる」という理由で不人気だとか。この部屋も、開口部が広くて陽光がたっぷり入るものの、南向きではありません。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

さて、気になる家賃は……?
「お給料も物価も、15年前と比べて1.5倍になりました。現在、日本人現地採用の月給目安は60,000~80,000B(23.3万円~31万円)で、そこから保険料などが引かれます。たとえば家賃が15,000B~20,000B(5.8万円~7.7万円)の部屋を借りると、3分の1が住居費で生活がカツカツになるので、家賃は10,000B~15,000B(3.9万円~5.8万円)が理想でしょうか。この部屋は家賃が13,000B(5万円)で、電気代は高くても2,000B(7760円)。とてもコスパがいい物件です」

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家賃が手ごろなうえに、このアパートは職場までバイクで15分の立地。バンコク在住の人には珍しい、職住近接な環境です。

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイ人は家族と一緒に住みたい人が多いので、バンコクっ子は、たとえ実家がバンコク郊外でも、わざわざ実家から車や電車などで職場に通っています。
また、貯金はしない・投資が好きという傾向があり、少し前までは就職したらすぐローンを組めたことから、若い人も家や車などをバンバン買っていました。
不動産購入の目的は、貸して家賃収入を得られたり、さらには将来へ投資のため。お金持ちはローンを組まずに一括で買い、賃貸に出したり、のちに手放すなどして、利益を得ています。でも、一般の人が後先を考えずにローンで購入して、立ち行かなくなるケースも多々あって。もらったお給料で1カ月やりくりするという概念を持っていない人も、比較的多いように感じます。ちなみに、タイには相続税はありません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

現在、バンコクの地価は東京のおよそ4分の1と聞きました。たしかにその価格であれば、若い世代も不動産を手に入れる夢が持てますね。金野さんも、まわりの人からこれだけタイに長くいるのだから不動産を買ったらいいのにとよく言われますが、外国人は土地の所有が認められていなくて、購入できるのはコンドミニアムのみだそうです。

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

譲ってもらった家具や旅で出合った小物で部屋を飾る

この部屋の床材は風合いのある木材ですが、タイの物件の床はタイル貼りが主流です。タイでは玄関扉周辺で靴を脱ぎ、室内では靴下やスリッパは履かずに裸足で生活します。タイルは冷たくて気持ち良く、水拭きできるというメリットもあるそう。バンコク以外の地域では、タイル床にゴザを敷いて床生活をしている家が多いのだとか。

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「一般的な賃貸物件と同様に、この部屋にももともといくつかの家具や家電がついていました。リビングのテーブルとキッチンのカウンター、テレビ台、クイーンサイズのベッド、冷蔵庫などですね。タイの賃貸住宅についているベッドがたいていクイーンかキングサイズなのは、部屋が大きいからベッドも大きいのでは、と思います」

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「この物件のキッチンにはガスコンロがついていました。新しい物件はIHが主流なので、この点も古い物件ならではです。ちなみに、安い物件にはキッチンがついていないことも少なくありません。タイは屋台文化が発達していて、家で料理をせずに外で食べたり、買ってきたりすることも多いですからね。でも最近は、おしゃれだからとかヘルシーという理由で料理をする若い人も増えてきました」

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「そして、お金持ちの家にはメイドさんがいて、料理・掃除・洗濯等の家事をすべてまかせています。このアパートにも掃除してくれるスタッフがいて、普通の会社員も頼める金額でやってもらえますよ。たしか1回あたり400B(1552円)か600B(2328円)くらいです」

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家具付きの部屋と聞くと、自分らしさを出しにくいのではと感じますが、とんでもない。譲ってもらった家具をゆったりと置き、壁にタイのアーティストの絵を飾り、ミャンマーなど近隣諸国で買ってきたアジア雑貨を足す。ひとつひとつ見ると個性の強いカラフルな家具や小物も、床が濃い茶色だからか、絶妙なバランスでまとまっています。

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「家具はタイを離れる友人から譲ってもらったり、本帰国する人のガレージセールで手に入れたり。このソファも、タイを離れた日本人から2000Bで譲ってもらいました。
タイは気温も湿度も高いためラグではなくゴザが普及していますが、ゴザは本来安価なもの。それをおしゃれにリデザインしたのがタイの『PDM』というブランドで、Facebookで見てこれだ!と柄にひと目ぼれ。すごく派手だから、テーブルで一部を覆って派手さを薄めています」

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

気づいたら在タイ期間も長くなって。「何か月か、住んでみたらいい」

外に出かけるのが好きで、コロナ禍前は外食がほとんどだった金野さん。10人単位の来客もよくありました。でも、コロナ禍で出掛けられなくなって家にいる時間が長くなったときは、空間にこだわって居心地よくしていて良かったと思ったし、家で料理もしていたそう。そして今、ふたたび出かける楽しさを満喫しています。これからの住まい計画はどうでしょうか。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「実は、私はタイに住みたくて来たわけではなくて、根付くつもりはなかったのになぜか今に至っていて。面白いもので、バンコクはそういう人のほうが長く居ついているんです。かれこれ15年以上住んでいるので、タイにいる日本人の中では中堅くらいでしょうか。でも、コロナ前には別の国へ赴任する話もあったので、この先もしかすると他の国に移住するかもしれません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

強い意志を持って、よほど勇気を出さないと海外移住はできないという思い込みがありましたが、意外と住んでから考えることもできるのですね。働き方の自由度が上がった今、まわりでも海外移住を検討している人が何人もいて、もちろんタイを目指している人もいます。
「何か月か、住んでみたらいいのよ」(金野さん)という言葉が、こんなにもリアルに響いたのは初めて。ふらっと行って住んでみる、という可能性を教えていただきました。

●取材協力
金野芳美さん
Instagram @kinnokinno

1バーツ=3.88円(2023年4月10日現在)

総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきました。2022年5月に全面開業して1年。個性的なショップが並ぶ商店街は雑木に囲まれ、駅前には土管のある空き地や草が茂る原っぱも! かつての“サブカルのまち・下北”から記憶がアップデートされていないならば、その変わりように驚くかもしれません。そんな下北沢で、いま、街の緑の維持管理を行っているのが、地域コミュニティ「シモキタ園藝部」です。

下北線路街の緑のコンセプトづくりと「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに携わった、株式会社フォルク代表のランドスケープ・デザイナー三島由樹さんに、下北沢に生まれた新しい街の緑について伺いました。

街の人が鉢植えを持ち寄り緑を育む「下北線路街空き地」

三島さんは、東京やアメリカでランドスケープデザインを学び、帰国後は大学で研究と教育に携わりました。その後、2015年に設立した株式会社フォルクで、ランドスケープデザインと街づくりのプロジェクトに携わってきました。小田急電鉄から依頼を受けて下北線路街の計画に携わっていたUDS株式会社から、「ランドスケープデザインのコンセプトを一緒に考えてほしい」とお願いされ、2018年から下北沢のまちづくりに関わることになりました。

最初に緑の場所づくりをしたのは、「下北線路街空き地」です。冒頭の写真の土管が印象的な「下北線路街空き地」は、「みんなでつくる自由な遊び場」がコンセプトの屋外イベントスペース。小田急線下北沢駅東口から、下北沢交番方面へ徒歩4分のところにあります。

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植えが出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植が出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

入口を入ると、右手に「空き地カフェ&バー」、「空き地キッチン」、左手にはイベント時にキッチンカーの並ぶエリアがあります。中央にあるレンタルスペースAは、土管のある芝生エリアで、ステージがあり、屋外映画上映会やサウナ体験会などさまざまなイベントを開催。レンタルスペースBでは頻繁にマルシェが行われています。

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

最近見かけるおしゃれなイベントスペースかと思いきや、ミミズコンポストがあったり、鉢植えの並んだ棚があったり……。ただのイベント会場とはちょっと違うことがわかります。

「棚にたくさん並んでいる鉢植えは、下北沢の街の人が持ち寄ったもの。下北線路街で皆で緑を育てていったり、緑を通じて交流する仕組みづくりの試みは、ここからスタートしました」(三島さん)

緑の少なかった下北沢に現代の雑木林「シモキタマチバヤシ」をつくる

そもそも再開発前の下北沢の街は緑が少なく、小田急電鉄には、「再開発が行われる時には緑をたくさんつくってほしい」という地元の声が寄せられていたそうです。そこで、下北線路街全体の緑のコンセプトとして三島さんたちが提案したのが、「シモキタマチバヤシ」でした。

「開発で生まれるグリーンは、『美しい緑』『かっこいい緑』であることが多いですが、触っちゃいけない緑が多いですよね。下北線路街の緑のコンセプトは、言ってみれば現代の都市における雑木林みたいな感じです。下北沢も昔は雑木林がたくさんあったそうです。人が植物を暮らしに役立てていた、人と植物が共に支え合って生きていた時代があったんですね。植物が少なくなってしまった下北沢という街に、人と植物が関わり合う新しい文化をつくろうという意味を込めました」(三島さん)

下北線路街にできた商店街「BONUS TRACK」は、あちこちに株立ちの木々が葉を揺らし、道を歩くと、雑木林を通り抜けていくようです。

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「『下北線路街空き地』ができ、これから下北線路街の中にたくさん緑が生まれていく中で、緑をどうやって管理していくか。普通だったら小田急電鉄さんの関連会社が植栽の維持管理をしますが、現代の雑木林みたいな人の暮らしに役立つような緑をつくっていくのであれば、緑を必要とする人が街の緑を育てていくやり方の方がいいんじゃないかと。そこで、緑を育て、活用するコミュニティづくりを提案しました」(三島さん)

関連記事:
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・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!

地域の緑をみんなでつくり育てていく「シモキタ園藝部」

小田急電鉄の賛同を得て、2019年秋からワークショップを始め、2020年春にシモキタ園藝部の前身である下北線路街園藝部を発足。人が苗木を土に植え込む形に由来する「藝」という字をあえて使いました。コミュニティのミッションは、緑を通じた循環型地域社会の担い手となること。メンバーは、駅にポスターを張ったりSNSで一般公募しましたが、最初に集まったのは、20名ほどでした。

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

「半年間、ワークショップを開催しながらどんなコミュニティにしていきたいか、一人一人がそこで何がやりたいかを話し合うことから始めました。用意した企画に乗ってもらうんじゃなくて、皆で園藝部の企画をゼロからつくっていったのです」(三島さん)

その後、2021年に法人化され、シモキタ園藝部という名称に。小田急電鉄から委託され、世田谷区の北沢、代沢、代田地域を主なフィールドに、街の植栽管理を行っています。雑草や剪定後の枝や葉を廃棄するのではなく、コンポストを使ったり、剪定枝をリースとして提供するなど、なるべくゴミを出さずにすべてを循環させる取り組みをはじめました。

植物や様々な生き物と触れ合える、住宅街の中の原っぱ「シモキタのはら広場」

その後、2022年4月、下北沢駅のすぐ近くに、シモキタ園藝部の拠点がオープン。事務所である「こや」、ワイルドティーと天然ハチミツの店「ちゃや」、そして「シモキタのはら広場」ができました。コンセプトは、循環をつくる街の圃場です。憩いの場所であると同時に、土や枝葉の回収や育苗を行い、植物の循環をつくり出す場所。広場にはワイルドフラワーが咲き、虫たちが集まり、動植物が混然一体となって、街の中に原っぱが生まれました。

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

園藝部の拠点と広場づくりは、園藝部のコミュニティメンバーと連携し、一緒に議論してつくっていきました。地域コミュニティであるシモキタ園藝部を、どう運営していくか? ただのボランティアでなく事業として経営していけるか? 今では、一人一人の興味をもとに様々な事業が立ち上げられています。コンポストをつくるキットの商品化が進行中だったり、養蜂の事業、緑の担い手を育てるシモキタ園藝學校という人材育成事業も行っています。

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

ほかには、「古樹屋」という下北沢らしいネーミングのビジネスも。洋服の古着屋の植物版で、街の人が育てきれなくなってしまった植木や鉢植えを引き取って、仕立て直し、新しい引き取り手にマッチングしています。

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「緑を誰かの所有物ではなく、地域のコモンズ、地域で共に生きるパートナーとしてみてほしいんです。街の緑は、自治体だったり、個人だったり、誰かのものになりがちなんですけど、緑は、人間だけでなく全ての生き物が生きていく上で不可欠な存在なんだという意識を持ってもいいのではないかと思うんです。『古樹屋』は園藝部の事業ですが、金額は買い手の人につけてもらうんですよ。子どもはお小遣いで、園藝部の活動を応援したい人は、普通のお店で買うよりも高く出してくださるとか。植物をたくさん売って稼ぐことが目的ではなくて、植物は街で生きる全て誰もにとって欠かせないパートナーなのだというこれからの新しい社会をつくるためにやっている事業というイメージです」(三島さん)

シモキタのはら広場も、見た目の美しさではなく、いかに街の人がいきいきと活動する場所になるかにフォーカスし、住宅街の中の静かな原っぱをつくっていこうとしています。「こんな雑草だらけでいいのか」という声もたまにあるそうですが、「街中にワイルドな野原をつくってくれてありがとう」「子ども達をこういう所で遊ばせたかった!」という声が多いそうです。夏休みには、子ども達が虫取り網を持ってうろうろしている光景が毎日のように見られたそうです。

緑が増えるにつれて、下北沢の街の人にも変化が。20名から始まったシモキタ園藝部のコミュニティメンバーの数は大人から子どもまでの地元の人やプロの造園家など約150人ほどに増え、一人一人のやりたいことを事業の企画にして、みんなで少しずつ実現しています。街の風景が変わるだけでなく、街の緑に対してアクティブに関わる人がどんどん増えているのです。

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「植物は手入れが必要ですが、手間のかかることを面白くして、楽しみながら緑に関わる人を増やしていきたい」と三島さん。新たに生まれた緑の空間が、下北の街にインパクトを与え、ビジネスやイベントが生まれる場所になっています。昔からある街の緑を引き継ぎ、育て、新しいものを生み出す緑の街づくり。学生時代、古着を買いに通った下北沢を久しぶりに訪れてみたくなりました。

●取材協力
・株式会社フォルク
・シモキタ園藝部
・下北線路街空き地

100年先の社会を考えた大家さんが、ご近所や友人みんなの力をあわせて小さな家をつくる理由。人の力で大槌を上げ下ろし地固めする伝統構法”石場建て”の現場にヨイトマケが響く 世田谷区

都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。

はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?

都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。

人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。

100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」

「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。

そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。

関連記事:
・高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる
・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。

大蔵小屋図面

一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。

そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。

すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる

「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。

今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。

参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。

肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。

実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。

「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。

プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。

●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト

100年先の社会を考えた大家さんが、ご近所や友人みんなの力をあわせて小さな家をつくる理由。人の力で大槌を上げ下ろし地固めする伝統構法・石場建ての現場にヨイトマケが響く 世田谷区

都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。

はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?

都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。

人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。

100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」

「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。

そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。

関連記事:
・高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる
・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。

大蔵小屋図面

一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。

そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。

すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる

「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。

今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。

参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。

肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。

実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。

「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。

プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。

●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト

共働き夫婦が建てた67平米コンパクト平屋。エアコン1台で夏冬も家中快適なアメリカンハウス

家を建てるとなれば、かつては「2階建て3LDK以上」が一般的でしたが、最近では約70平米前後のコンパクトな平屋の需要が見られるようになりました。子どもが巣立ったのをきっかけに2LDK・約67平米の平屋を新築したTさんご夫妻の住まいの事例から、“コンパクト平屋”の魅力を探ります。

子育てを終えたのをきっかけに、夫婦2人の家づくりをスタート

賃貸住宅に住んでいたTさんご夫妻(夫30代・妻40代)は、お子さんが巣立ち、2人だけの生活になったのを機にマイホームを検討しはじめます。

大きな壁になったのは資金計画。2人は新築のために貯蓄してきたわけではなかったため、当初は「無理かもしれない」と思っていたそう。しかし偶然、依頼した建築会社が不動産業も営んでいたため、「夫の年齢であれば十分な融資が下りること」「収入に見合った予算の立て方」などのアドバイスを受け、家づくりが現実のものになります。

Tさんご夫妻(写真撮影/片山貴博)

Tさんご夫妻(写真撮影/片山貴博)

家を建てるにあたり、Tさん(妻)にはある譲れない思いがありました。

「私が思春期のとき、実家が2階建てで、2階の子ども部屋にこもりがちになっていました。それもあって、家のつくり次第で家族の過ごし方が変わることを、身をもって知っていたのです。現に子育て期間を過ごした賃貸アパートはワンフロアだったので、子どもたちと料理をしたり気さくに会話したり、コミュニケーションが取れて本当によかったなと。夫婦2人にはなりますが、こうした背景から“コンパクトな平屋”にすることは外せませんでした」

年齢を重ねて体が思うように動かなくなったとき、平屋であれば負担が少ないはず。また、夫は車いじりが大好きで、ガレージでメンテナンスをするほか、屋外で食事や庭づくりをしたいとも思っていました。建坪を抑えれば、庭のスペースを最大限に確保できる。さまざまな点で小サイズの平屋は理にかなっていたと言います。

妻の意見に夫は大賛成。
2年かけていくつかのエリアを見て回り、埼玉県内にある約120坪の土地を購入しました。

ブルーを利かせたリラックス感あふれるアメリカンハウスが完成

夫が元来、車好きだったことや、妻のインテリアの嗜好から“アメリカンハウス”に惹かれていた2人。2021年10月に2LDK・約67平米の平屋を完成させました。

本体価格1000万台前半。2LDK・約67平米。竣工年月2021年10月(画像提供/デザインハウス・エフ)

本体価格1000万台前半。2LDK・約67平米。竣工年月2021年10月(画像提供/デザインハウス・エフ)

アメリカンハウスの世界に忠実に屋根やポーチをデザインしたT邸。敷地は農地転用されたばかりで周辺が静かだったことが決め手に。植樹したヤシの木もこだわり。外構、ヤシの木の植樹はヤシの木を販売している会社「ザルゲートガーデン」に依頼(写真提供/Tさん)

アメリカンハウスの世界に忠実に屋根やポーチをデザインしたT邸。敷地は農地転用されたばかりで周辺が静かだったことが決め手に。植樹したヤシの木もこだわり。外構、ヤシの木の植樹はヤシの木を販売している会社「ザルゲートガーデン」に依頼(写真提供/Tさん)

照明もこだわり。夜は昼間と違った趣に(写真提供/Tさん)

照明もこだわり。夜は昼間と違った趣に(写真提供/Tさん)

「今まで子育てに忙しくて暮らしにあまり手をかけられなかったので、新居には理想を込めました」(妻)

室内はブルーや白の壁・ブラウンの床を基調にした明るく穏やかな空間。LDKを吹き抜けにし、窓を大きく取ったことで、ミニマムな平屋とは思えない開放感が広がります。
リビングのソファに腰掛けると、窓の外にはやさしく葉を揺らすヤシの木が。まるでアメリカ西海岸を訪れたかのようなムードです。

T邸では将来、体が思うように動かせなくなったときに備えて床をフラットにしていますが、部屋ごとに床に異なる素材を使い、アクセントウォールを取り入れるなどして、各スペースの印象が変わるようにしています(写真撮影/片山貴博)

T邸では将来、体が思うように動かせなくなったときに備えて床をフラットにしていますが、部屋ごとに床に異なる素材を使い、アクセントウォールを取り入れるなどして、各スペースの印象が変わるようにしています(写真撮影/片山貴博)

庭を望むリビングのソファは、とくに夫が気に入っている場所(写真撮影/片山貴博)

庭を望むリビングのソファは、とくに夫が気に入っている場所(写真撮影/片山貴博)

高低差をつけてバランスよく配された植物が、くつろぎのムードを演出。スペースごとの色調に合わせ、ダイニングには木製ブラインド、リビングにはブルーのカーテンを採用しました(写真撮影/片山貴博)

高低差をつけてバランスよく配された植物が、くつろぎのムードを演出。スペースごとの色調に合わせ、ダイニングには木製ブラインド、リビングにはブルーのカーテンを採用しました(写真撮影/片山貴博)

関連記事:2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

別々のことをしていても近くに感じられる心地よさは平屋ならでは

T邸では玄関に入るとすぐに洗面室・トイレ・脱衣室があります。とくに洗面室には直接、玄関からアクセスできる通路が設けられていて、帰ってきてすぐ手洗い・うがいをし、そのまま脱衣室で汚れた服から着替えることが可能。もちろん、LDKには掃き出し窓があるので、こちらからも屋外に気軽に行き来することが。
庭でたくさんの時間を過ごす2人ならではの間取りと動線です。

「家中を滞りなく動き回れるよう、2つの個室以外は極力、区切りをなくしました。どこでもつながりを感じられて、逃げ場がないのがよいところ。喧嘩しても、いつまでも口を利かないわけにはいきませんから(笑)」(妻)

「2階建てよりは関わりを持ちやすいと感じている」と語るご夫妻。
休日はソファでくつろぐ夫の傍らで、妻がダイニングのテーブル席で副業のアーティフィシャルフラワーの作品づくり。別々のことをしながらひとつの空間で過ごす心地よさを、この平屋に住むようになってますます実感していると言います。

玄関に入ると右手に洗面室への出入口とシューズクローク。向かいの2つのドアは、右がトイレで左が脱衣室。畑仕事などの後、LDKに入る前に汚れを落とせます(写真撮影/片山貴博)

玄関に入ると右手に洗面室への出入口とシューズクローク。向かいの2つのドアは、右がトイレで左が脱衣室。畑仕事などの後、LDKに入る前に汚れを落とせます(写真撮影/片山貴博)

身支度の時間が重なると洗面台が取り合いになるため、カウンターを長めに取って鏡を2人分配置。「玄関のすぐ近くに洗面台を配したプランは、とくにコロナ禍で役立ちました」(妻)(写真撮影/片山貴博)

身支度の時間が重なると洗面台が取り合いになるため、カウンターを長めに取って鏡を2人分配置。「玄関のすぐ近くに洗面台を配したプランは、とくにコロナ禍で役立ちました」(妻)(写真撮影/片山貴博)

風が強い日が多い地域のため、脱衣室(兼ランドリールーム)を広めにしてたくさん部屋干しをできるよう工夫(妻)(写真提供/デザインハウス・エフ)

風が強い日が多い地域のため、脱衣室(兼ランドリールーム)を広めにしてたくさん部屋干しをできるよう工夫(妻)(写真提供/デザインハウス・エフ)

アーティフィシャルフラワーの作品は、妻が試しに手づくりしたことから虜になり制作しているもの。将来は家のガレージで教室を開きたいと考えています(写真撮影/片山貴博)

アーティフィシャルフラワーの作品は、妻が試しに手づくりしたことから虜になり制作しているもの。将来は家のガレージで教室を開きたいと考えています(写真撮影/片山貴博)

作業部屋もつくりました(写真撮影/片山貴博)

作業部屋もつくりました(写真撮影/片山貴博)

屋内外をつなぐミニマムな平屋は、ご近所づき合いにも好影響

引越してきて約1年半、ドライガーデンに挑戦したり、庭で食事をしたり、自分たちらしく暮らしを満喫している2人。アメリカンハウスの外観が目を引くこともあってか、その光景を見てよく道行く人が声をかけてくれるのだそう。

「子どもがいないと地域に溶け込みにくいイメージがありましたが、そんなことはまったくなくて、BBQに飛び入りで参加してもらって仲良くなり、プライベートでご飯を食べに行ったり、古くから住むお年寄りに家庭菜園で育てた野菜をおすそ分けしてもらったり。豊かな交流を広げています」(夫)

庭から玄関・LDKそしてまた庭へ。屋内外を行き来しやすい“コンパクト平屋”だからこそ、人との距離が縮まっていく――。その好循環も、ここに住む魅力のひとつと言えるでしょう。

軒先には英字の標識を立てた愛らしいドライガーデンが。手前の花壇には、季節ごとに異なる花々を植えています(写真撮影/片山貴博)

軒先には英字の標識を立てた愛らしいドライガーデンが。手前の花壇には、季節ごとに異なる花々を植えています(写真撮影/片山貴博)

フラットな床で将来の備えも万全。一方で防犯対策は念入りに

Tさん(妻)は長年、看護師をしてきたことから、さまざまな介護の現場を見てきたそう。そのため「将来の万一のときに備えて」というのも、平屋を選んだ大きな理由です。仮に車椅子になったとき、平屋だと上り下りがない分、2階建てより負担が少ないと言えますが、床の段差をなくし、さらにスムーズに移動できるようこだわりました。

キッチンの壁は掃除しやすい人造大理石を採用。現在ゴミ箱を収めているカウンター下の空洞は、将来、車椅子を入れて座ったまま料理ができるようにするためのアイデア(写真撮影/片山貴博)

キッチンの壁は掃除しやすい人造大理石を採用。現在ゴミ箱を収めているカウンター下の空洞は、将来、車椅子を入れて座ったまま料理ができるようにするためのアイデア(写真撮影/片山貴博)

「過ごしやすさの話で言うと、エアコンはLDKに1台備えただけ。部屋数を最小限にとどめた分、光熱費を抑えられていますし、掃除もラクにできます。また、意図的に収納スペースを少なくし、ものを目に届きやすくし、管理しやすくする工夫もしました」(夫)

平屋のメリットを享受しているご夫妻ですが、懸念している点がひとつあると言います。

「『平屋は防犯面で気をつけた方がいい』と聞くため、セキュリティサービスに入るほか、窓に防犯フィルムを貼る、フェンスを装備するなどして対策を徹底しています」(夫)

平屋は今後の2人の暮らしを魅力的なものにする、ベストな選択

「屋外との一体感を得られ、家中を移動するときに負担が少なく、ご近所ともつき合いやすくて。これ以上ないくらい自然体でいられるのが、平屋のよさかなと。
今後はガレージとウッドデッキを完成させたいです」(夫)

「何か地域のために役立つことができたらとも考えている」と笑顔を見せる2人。
妻は、幸運にも迎えられた新しい日常をこう話します。

「思えば私の小さいころからの夢は、看護師になって平屋を建てることでした。それが実現したのは夫のおかげ。とても感謝しています。
今は子どもが手を離れ、時間的なゆとりができていますが、そのことと平屋とが融合し、いい状態で過ごせていると感じます。
リビングからヤシの木を眺めては、夫婦で『いいね、うちは』と話しているんです(笑)」(妻)

2人だけの生活になってたどり着いたTさんご夫妻の平屋。
自分たちらしい解である小さな住まいからは、予想を上回る幸せが生まれているようです。

あたたかい季節は週1・2回、庭に出て音楽やお酒を楽しんでいるご夫妻。「夜、家から見る庭があまりにきれいで、自宅にいることが信じられない気持ちになります」と話します(写真撮影/片山貴博)

あたたかい季節は週1・2回、庭に出て音楽やお酒を楽しんでいるご夫妻。「夜、家から見る庭があまりにきれいで、自宅にいることが信じられない気持ちになります」と話します(写真撮影/片山貴博)

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●取材協力
デザインハウス・エフ

世田谷区でも高齢者世帯増の波。区と地元の不動産会社が手を組み、安否確認、緊急搬送サービスなど入居後も切れ目ない支援に奔走

住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。

あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設

「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。

このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。

センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。

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生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例

住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。

「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。

「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)

また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。

「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)

それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。

問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート

住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。

「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)

また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。

例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。

「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)

「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える

高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。

また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。

さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。

「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)

各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる

世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。

その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。

ひとり親世帯の家計を圧迫している費用

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。

住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。

居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。

住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。

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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」

育休中の夫婦、0歳双子と北海道プチ移住! 移住体験住宅は畑付き、スーパー代わりの産直が充実。豊頃町の暮らしをレポート

長期の育児休業中に、移住体験の制度を活用して北海道へのプチ移住を果たした私たち夫婦&0歳双子男子。
約半年間の北海道暮らしでお世話になったのは、十勝エリアにある豊頃町(とよころちょう)、上士幌町(かみしほろちょう)という2つのまち。
人口がそれぞれ約3000人、5000人という規模が小さなまちですが、実際に暮らしてみると、都会とは全然違うあんなことやこんなこと。田舎暮らしを検討されている方には必見⁉な、実際暮らした目線で、地方の豊かさとリアルな暮らしをレポートします! 今回は、豊頃町編です。

写真撮影/小正茂樹

(写真撮影/小正茂樹)

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北海道・十勝は大きい!そして雪は案外降らない!

みなさん、北海道と言えばどのようなことを思い浮かべるでしょうか。「のんびりした大平原」「夏は涼しく、冬は雪にまみれて身動きが取れない」「とにかく自然が多くて、温泉やグルメ三昧」などなど、さまざまなイメージがわくと思います。今回私が移住体験を行った北海道・十勝エリアの面積は約11,000平方kmで、東京都の約5倍。この広大な敷地におよそ35万人が暮らしていて、驚くのは、食料自給率。日本全体で約38%(カロリーベース)のなか、十勝エリアでは約1100%と言われています。およそ29倍です。まさに日本の食糧基地と言えるエリアとなります。

大平原地帯

十勝と言えば大平原地帯。大きな平野部を生かした大規模農業が盛んなエリアが多いです(写真撮影/小正茂樹)

一方で、誤解しがちなのが、気候。近年は北海道でも夏は最高気温が30度を超える日も珍しくなくなり、内陸部などでは35度を超えたり、日本の観測地点で1位の気温だったという日があったりするくらい。一方、冬については、「寒い」ことは間違いなく、1日中氷点下の日も少なくないのですが、実は、私たち家族が降り立った「十勝エリア」は、ほとんど雪が降らないエリア。雪への耐性がない都会暮らしの人にとっては過ごしやすいともいえると思います。
十勝エリアの気候の特徴としては、「晴天率が高い(いわゆる十勝晴れ)」「雪が少ない(年に数回ドカ雪が積もりますが……)」「寒暖の差が激しい」ということが挙げられます。晴れの確率が高く、雪が少ないのは、移住者からするとすごく助かる特徴かなと思います。ただし、路面凍結は当然ありますし、天気によっては地吹雪などで前が全く見えないホワイトアウトになることもあります。私も冬の凍結した道路を運転するのはあまり経験がなく、安全第一で移動していましたが、車を運転される方は、とにかく安全運転を心がけましょう。

真冬の十勝の夕暮れ時

真冬の十勝の夕暮れ時。辺り一面が真っ白で、空気が澄んでいて、とにかく凛としています。気温はすごく低いですが、晴れた日が多いため、心地よい風景を楽しめる日が多かったです(写真撮影/小正茂樹)

雪かきの様子

滞在中、2回だけドカ雪が降り、雪かきも。移住体験中に2回雪かきをする朝を体験出来たのはすごくテンションが上がると共に、冬の暮らしの厳しさを体感することが出来ました(写真撮影/小正茂樹)

また、田舎暮らしをするときに特に気になるのが、人間関係。私の個人的な感想としては、北海道、特に十勝エリアの方々は、明るく朗らかな方が多く、ご近所づきあいも付かず離れず、くらいの気持ち良い関係性になるのかな、と感じました。ゴミ出しの時のご挨拶、散歩のときの世間話、特にプライバシーに踏み込まれたと感じるようなこともなく、よくテレビなどで言われるご近所づきあいが大変、というようなことを感じることはない移住体験でした。
これには、十勝エリア特有の理由があるのかなとも思います。北海道は「屯田兵制」を活用した国主導の開拓の歴史がほとんど。しかし、実は十勝エリアだけは、当初民間の開拓から始まったと言われています。それが、今回私たちがお世話になった豊頃町の大津港エリアというところが起点になったそうです。開拓の歴史としては140年。十勝には、この「開拓者精神」というものが宿っているということで、「チャレンジ精神」に満ちあふれていると十勝にお住まいの方はよくおっしゃいます。新しいモノコトヒトに対しても、受け入れてくれる土壌があるんではないかと感じました。私の出身の大阪では、「やってみなはれ」文化という、とりあえずやってみたら、という考え方がありますが、根底の考え方は似ている気がします。これが、私が十勝エリアにウマが合う人が多い理由なのかもしれません。

豊頃町は十勝エリアの東側にある十勝開拓の祖のまち!

北海道に来て最初に滞在したのは、豊頃町(7月上旬~9月上旬)。豊頃町は、十勝エリアの東側に位置する人口約3000人ほどの小さなまち。北海道民でも、ここ!と指させる人はそこまで多くないかもしれません。とはいえ、海があり、汽水湖があり、十勝エリアを代表する河川「十勝川」の河口部分を有していて、森林面積は約6割。平地部には大規模農家さんが多く、100haを超える耕作面積を持つ農家さんも複数いらっしゃいます。また、海沿いの漁港もあるため、十勝では珍しく、農林水産業すべてがそろっており、十勝開拓の祖となる「大津港エリア」がある歴史あるまちでもあります。

大津港エリアにある開拓の記念碑。ここから十勝エリアの開拓140年の歴史が始まりました(写真撮影/小正茂樹)

大津港エリアにある開拓の記念碑。ここから十勝エリアの開拓140年の歴史が始まりました(写真撮影/小正茂樹)

観光資源としては、「ジュエリーアイス」と「ハルニレの木」という自然系のものが2つ。あと、グルメでは、「アメリカンドーナツ」が有名な「朝日堂」さんや、国道沿いの常連さんに愛されている「赤胴ラーメン」さん。暮らしてみると、面白いものはちょこちょこあるのですが、分かりやすい観光資源というのはそこまで多くないのが、あまり知られていない要因なのかもしれません。

十勝川河口部付近で見られるジュエリーアイス。真冬の一定期間しか見られないのですが、早朝から多くの観光客のみなさんが見学に来られています(写真撮影/小正茂樹)

十勝川河口部付近で見られるジュエリーアイス。真冬の一定期間しか見られないのですが、早朝から多くの観光客のみなさんが見学に来られています(写真撮影/小正茂樹)

移住体験住宅から1kmちょっとのところにあるハルニレの木。川沿いの抜け感のある景色のなか、大きな木が河川敷に。レストハウスでは写真家さんの四季折々のハルニレの木が展示されています(写真撮影/小正茂樹)

移住体験住宅から1kmちょっとのところにあるハルニレの木。川沿いの抜け感のある景色のなか、大きな木が河川敷に。レストハウスでは写真家さんの四季折々のハルニレの木が展示されています(写真撮影/小正茂樹)

また、私が暮らした移住体験住宅は、国道38号線から近く、JR豊頃駅も徒歩10分。そして、徒歩3分で北海道の生活インフラコンビニ「セイコーマート」があり、日常の生活は特に支障ありませんでした。また、色々と買い物に出かけるときは、車が必要なものの、渋滞が起こることはなく、買い物施設は車で20~30分、帯広空港にも30分程度、帯広市内のショッピングモールなどの大きな買い物施設にも40分程度で行くことができます。景色が良いところをドライブがてら行くことができたため、正直、そこまで不便を感じることはありませんでした。車の運転が好きな人なら、おすすめできる立地です。また、帯広空港から車で30分圏内というのは、首都圏との2拠点居住などを考えるうえでも大きなメリットになるのではないかなと感じました。

国道38号線沿いも気持ちいい風景が広がり、気持ち良いドライブを楽しめます(写真撮影/小正茂樹)

国道38号線沿いも気持ちいい風景が広がり、気持ち良いドライブを楽しめます(写真撮影/小正茂樹)

豊頃町での暮らし。家の居心地はもちろん、人があったかい!

豊頃町の移住担当窓口は、企画課さん。移動当日は2022年7月10日(日)で、選挙(我々は期日前投票してからフライト!)と重なっていたのですが、役場で到着をお待ちいただいて、無事鍵を受け取ることが出来ました。当日は日曜日ということもあり、対応いただけないかなと当初は近くで宿を取ろうと思っていましたが、宿泊代ももったいないからと休日対応をいただけました。幼い子ども達を連れての移動は極力ないほうがありがたく、すごくポイントが高かったです。

私たちは空路で北海道入りしましたが、大阪で使っていた車を会社の後輩たちが旅行がてらフェリーで北海道まで乗ってきてくれました。移動当日の夜、十勝の友人と共に記念撮影!(写真撮影/小正茂樹)

私たちは空路で北海道入りしましたが、大阪で使っていた車を会社の後輩たちが旅行がてらフェリーで北海道まで乗ってきてくれました。移動当日の夜、十勝の友人と共に記念撮影!(写真撮影/小正茂樹)

豊頃町役場のみなさんは、意見交換も兼ねて、歓迎会BBQを企画してくださいました。企画課のみなさん、本当にフレンドリーで、課長さん始め、フランクにお話が出来たのはありがたかったです。嬉しかったのは職員の方で双子の方がいらしたこと。双子の成長のあれこれを伺うことも出来て、まちのことはもちろん、豊頃町さんのあたたかさを存分に感じることができました!

豊頃町の高台にある茂岩山自然公園の一角にあるBBQハウスにて。大きさも複数あり、敷地内には宿泊できるバンガローと、友人を集めてのパーティなどにも使い勝手がよさそうでした(写真撮影/小正茂樹)

豊頃町の高台にある茂岩山自然公園の一角にあるBBQハウスにて。大きさも複数あり、敷地内には宿泊できるバンガローと、友人を集めてのパーティなどにも使い勝手がよさそうでした(写真撮影/小正茂樹)

そういえば、豊頃町に来て、まだ右往左往している頃、家に来てくださった方もいらっしゃいました。農家のKさんご家族。ちょうど僕が不在にしているタイミングだったのですが、お母さま、息子さんご夫婦&0歳児娘ちゃんがピンポーン! 豊頃町で地域おこし協力隊をされていた友人が気を利かせてくれて、我々家族を紹介してくださったのです。その後、改めて、お家の方にお招きいただき、焼肉(北海道で焼肉、というと屋外BBQのことを指すことが多い)パーティをしていただきました!!そこには、Kさんご家族4世代、お向かいの農家さんにイケメンエゾシカハンターまで、たくさんの方が集まってくださいました。ハンターさんにはその後、エゾシカ狩りに同行させていただいて、本当に人の繋がりには感謝です。

Kさん宅のガレージで。ガレージというか、ものすごく大きく天井の広いスペースで、音楽をかけながら、みんなでBBQ! Kさんは4世代が勢ぞろいして、にぎやかな食事を楽しめました(写真撮影/小正茂樹)

Kさん宅のガレージで。ガレージというか、ものすごく大きく天井の広いスペースで、音楽をかけながら、みんなでBBQ! Kさんは4世代が勢ぞろいして、にぎやかな食事を楽しめました(写真撮影/小正茂樹)

また、豊頃町の移住体験住宅は、とにかくキレイ! 築10年以上は経過しているものの、木のぬくもりがしっかり感じられると共に、1LDK100平米以上というすごく贅沢な一戸建てだったため、妻はもちろん、我が家に遊びに来てくれた友人・知人もみんなびっくりしていました。土間があり、暖炉があり、憧れののんびり郊外生活のイメージそのままで素晴らしい環境。大阪の狭い住宅で暮らしていた私たちは持て余すほどの状況でしたが、非常に気持ちよく生活することができました。また、夕方から夜にかけてはぐっと気温も下がり、寝苦しい夜とは全く無縁の生活が送れました。

吹き抜け空間で天井が高く、気持ちいい日差しが入ってきてくれるステキな移住体験住宅(写真撮影/小正茂樹)

吹き抜け空間で天井が高く、気持ちいい日差しが入ってきてくれるステキな移住体験住宅(写真撮影/小正茂樹)

ただし、要注意なのが、真夏の昼間。北海道もここ数年で一気に気温が高い日が増えてきているものの、まだ移住体験住宅の多くではエアコン設置ができていないのです。豊頃町も最高気温が30度を超える日も年間数日はあり、自由に外に出回りにくい0歳児双子を連れている我々は、結構困ったこともありました。町役場の方には、涼める場所をいくつもご紹介いただいて事なきを得ましたが、夏場の日中はどこか涼しい場所にお出かけした方がいい日もあるかと思います。それを差し引いたとしても、おしゃれですし、何せゆったりした空間が屋内外に広がっているので、妻とも、「こういう場所で暮らせるのはいいよねぇ」とよく話していました。夜になると涼しく過ごせて、窓を開けて寝ると寒いくらいで、ホンマに星がきれいでよく星空を眺めていました。

移住体験住宅2階にある寝室からの景色。朝起きると本当に気持ち良い景色が広がっていて、心地よく過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

移住体験住宅2階にある寝室からの景色。朝起きると本当に気持ち良い景色が広がっていて、心地よく過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

そして、屋外がのんびりしているだけではなく、なんと、この豊頃町の移住体験住宅は畑付き。それも、きちんとサポートもしてくださいます。サポートしてくださるおじさまが、すごく親切で、我が家の場合は、ほとんどおんぶに抱っこ。ほとんど収穫しかしてないので、偉そうなことは言えませんが、ジャガイモ、トウモロコシ、ズッキーニ、カボチャなどなど。とれたて新鮮な野菜たちが食卓に並んでいくのは本当に贅沢なひとときでした。

植え付けまでしてくださっていて、私の方は水やりと収穫だけで、畑仕事を満喫した良い気分を味わえました(笑)(写真撮影/小正茂樹)

植え付けまでしてくださっていて、私の方は水やりと収穫だけで、畑仕事を満喫した良い気分を味わえました(笑)(写真撮影/小正茂樹)

さらに、この住宅での思い出といえば、ホームパーティです。合計30名ほどの方にお越しいただいて、持ち寄りパーティをしました。遠くは東京、札幌から。近くは十勝エリアのあちこちや豊頃に住まわれている方々。お昼から夜まで、のんびりした空間で様々な人の交流ができて、楽しいひとときを共有できたのはすごくよかったです。十勝エリアにお住まいの方でも、豊頃町にはなかなか来ることがないという方も多かったのですが、このパーティでは、参加者の皆さん全員に、豊頃町の名物の切り干し大根をお土産に、地元でも人気の朝日堂のアメリカンドーナツなども準備して、豊頃町をしっかり楽しんでいただけるように工夫しました。

ホームパーティは基本屋外の広いお庭をメインに。友人が持ってきてくれたキャンプ用品が大活躍し、大人たちは飲み食べ、子どもたちはプールで遊んだり。心地よい空間で過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

ホームパーティは基本屋外の広いお庭をメインに。友人が持ってきてくれたキャンプ用品が大活躍し、大人たちは飲み食べ、子どもたちはプールで遊んだり。心地よい空間で過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

まちにスーパーがない! リアルな生活はどんな感じに?!

豊頃町には、実はスーパーがありません。と言われても、都会暮らしをしている人には徒歩圏内にスーパーがないということ自体あまりないでしょう。どこで買い物するんだろう。でも、その不安は行ってみてすぐに解消されました。その大きな理由としては、町内(移住体験住宅からは車で5分ほど)には「とよころ物産直売所」なる都会に住んでいる身としてはあり得ないたくさんの新鮮なお野菜が並んでいる産直市場があったこと。

国道38号線すぐ近くにある「とよころ物産直売所」。金・土・日の営業ですが、朝からどんどん車で買い物に来られるお客さんが。並びには、蕎麦屋さんや、アイスクリーム屋さんなども(写真撮影/小正茂樹)

国道38号線すぐ近くにある「とよころ物産直売所」。金・土・日の営業ですが、朝からどんどん車で買い物に来られるお客さんが。並びには、蕎麦屋さんや、アイスクリーム屋さんなども(写真撮影/小正茂樹)

豊頃町は大規模農家さんが多く、4大品目と呼ばれる、「小麦」「ジャガイモ」「豆類」「ビート」を大量につくられている農家さんがほとんど。そういった農家さんが家庭菜園(と都会の人が思うレベルではない広さのようですが)的につくったお野菜がいろいろ並んでいるのです。これがめっちゃおいしくて安い。金・土曜の品ぞろえがいいよ、とうわさで聞いたため、毎週、オープンすぐにお野菜を買いに行っていました。また、直売所がお休みのときや、お野菜以外のものは車で15~20分程度の隣町のスーパーに買い出しに行きます。

いろんなお野菜を毎週まとめてゲット! 季節限定(おおむね4月末~11月中旬の営業)の営業になりますが、イキイキとした採れたて野菜が並んでいて、選ぶのも楽しい(写真撮影/小正茂樹)

いろんなお野菜を毎週まとめてゲット! 季節限定(おおむね4月末~11月中旬の営業)の営業になりますが、イキイキとした採れたて野菜が並んでいて、選ぶのも楽しい(写真撮影/小正茂樹)

また、まちの中心部には、社会福祉協議会さんが経営されるカフェ「喫茶ふわり」もあり、すごくお世話になりました。スタッフの方々には双子のお世話もしてくださって、ゆっくりご飯&お茶ができる貴重な時間を過ごすこともできました。
更に、2022年8月下旬には、すっごいおしゃれなカフェ「B&B丘」さんもオープンし、10月には、地元ジビエ料理が楽しめる宿泊機能付きレストラン「エレゾエスプリ」もオープンしたそうで、どんどんおしゃれなお店もまちに生まれています。

豊頃町の中心地にある喫茶ふわり。のんびりした雰囲気でリーズナブルにご飯が食べられます(写真撮影/小正茂樹)

豊頃町の中心地にある喫茶ふわり。のんびりした雰囲気でリーズナブルにご飯が食べられます(写真撮影/小正茂樹)

B&B丘のガパオライス。お店の人がタイに長らくお住まいだっただけに本格的で美味!(写真撮影/小正茂樹)

B&B丘のガパオライス。お店の人がタイに長らくお住まいだっただけに本格的で美味!(写真撮影/小正茂樹)

すごくアットホーム感あるほっこり&手つかずの可能性がたくさんのまち!

2カ月の滞在となった豊頃町。空港からもほど近く、買い物施設は車で20分圏内にいくつもあり、車の運転をする方にとっては、まさに郊外ののんびり暮らし!が満喫できると感じました。
また、まだまだ6次産業化なども進んでおらず、まちにも、産業にも手つかずの可能性というのをたくさん感じました。豊頃団志なる男性の若手グループを農家さん、酪農家さん、役場職員などが集まってつくられていて、実は色々地域の活動をされる横のつながりもあったりします。町役場も若手の方が多くて、アットホーム感ある暮らしを楽しみながら、新しいモノコトづくりなどに興味がある方にはすごくお勧めなまちだと思います。
豊頃町に名残惜しさを感じながら、9月上旬からは同じ十勝エリアの北部にある上士幌町へ。果たして次なるまちの暮らしはどんなものになるのか。乞うご期待!

関連記事育休中の双子パパ、家族で北海道プチ移住してみた! 半年暮らして見えてきた魅力と課題

●関連サイト
豊頃町移住計画ガイド
ジュエリーアイス
ハルニレの木
とよころ物産直売所
B&B丘

”大家さんが変われば、まちが変わる”を横浜の住宅街の一画で体現する「753village(ななごーさんビレッジ)」/緑区中山

かつてのどかな村だった中山地区が「町」になったのは、昭和44年のこと。その後令和元年には町が廃止され「中山」という地区名だけが残った。神奈川県横浜市緑区中山。

いま穏やかな住宅街の一画、半径1km圏内ほどのエリアに、ここ数年、カフェやシェアハウス、交流スペースができ、人知れず「753village(ななごーさんビレッジ)」と呼ばれている。

人が人を呼び、そのまちに根付いていく。なぜいま、中山でそんな動きが起きているのだろう? いったいどんな人たちによる、どんな取り組みなのか? 移住して10年の関口春江さんにお話を伺ってきた。

(写真撮影/池田 礼)

(写真撮影/池田 礼)

屋根の上に草が生える建物。ここはいったい……?

JR横浜線と、横浜市営地下鉄グリーンライン(4号線)が乗り入れる中山駅から歩いて5分。駅の南を走る県道109号からさらに南に入ると、753villageの入口付近にあたる。曲がり角には『753通信』と書かれたイラストの地図が貼ってあった。いくつもの面白そうなスポットが記されている。

「753village」界隈のマップ

「753village」界隈のマップ

発酵をテーマにした古民家カフェ「菌カフェ753」。農園付き一戸建賃貸「なごみヒルズ」、もう20年以上続く多目的レンタルスペース「なごみ邸」、教室を開催できる「楽し舎(たのしや)」、販売拠点や実店舗を持たない人向けのチャレンジスペース「季楽荘」、絵画や写真、工芸などの展示スペース「Gallery N.」……

さらに歩を進めると、不思議な建物が目に入る。屋根の上に草が生えていて、面のガラス戸には大きな白い暖簾が揺れている。

これが最近オープンした「Co-coya」。シェアオフィスと貸アトリエと賃貸住宅の機能がぎゅっと入った建物で、染色や絵画などの作家の工房や、いざという時の地域住民のための避難所も兼ねている。

753villageは、この辺りの大家さんがチームの一員になり、空き家を活かしたカフェやシェアハウス、レンタルスペースを展開しているという。ほかの地域から訪れたシェフや、建築家、自主保育(※)の運営者などが「面白そう」と集まり、自発的にカフェを開いたり、マルシェを催したり。Co-coyaを運営する建築家の関口春江さんもその一人だ。

関口さんの話からは、関わる人たちがほどよい距離感で交流しながら、中山での暮らしを楽しむ様子が伝わってきた。

※自主保育/就学前の子どもたちを保育園や幼稚園に預けるのではなく、保護者同士が協力して子育てをしていく取り組み

753villageの入口付近に建つ「Co-coya」。屋根の野芝は断熱効果のほか、雨水貯蓄にもなる。手前は原っぱと休憩所のある「PARK753」(写真撮影/池田 礼)

753villageの入口付近に建つ「Co-coya」。屋根の野芝は断熱効果のほか、雨水貯蓄にもなる。手前は原っぱと休憩所のある「PARK753」(写真撮影/池田 礼)

古民家カフェに始まり、マルシェの開催へ

関口さんはCo-coyaの管理人であり、菌カフェの発起人の一人でもある。援農(※)をきっかけに中山の隣のまちに通うようになった。そこで出会った仲間とカフェを始めたのが中山地区との最初の関わりだ。

「菌カフェ」は、753villageの起点となった場所。たった一歩、店に足を踏み入れただけで、長年大切にされてきた場所だとわかった。

※援農/無償または最低賃金以下の謝礼や農産物を対価として、農家の農作業を住民らが手伝うもの

毎日11~16時で営業。今は食事メニューには、発酵を用いた多彩なドリンクやランチが提供される(写真撮影/池田 礼)

毎日11~16時で営業。今は食事メニューには、発酵を用いた多彩なドリンクやランチが提供される(写真撮影/池田 礼)

店内には果物などが置かれ、壁の棚にはびっしりスパイスの瓶が並んでいる。店の奥には大きなガラス窓に、アンティーク風の家具(写真撮影/池田 礼)

店内には果物などが置かれ、壁の棚にはびっしりスパイスの瓶が並んでいる。店の奥には大きなガラス窓に、アンティーク風の家具(写真撮影/池田 礼)

「もともとここは大家さんがカフェギャラリーをやっていた場所で、私たちが訪れた時は空き家になっていました。隣に住んでいたのが、当時一緒に援農していたシェフの辻さん。あまりに素敵な場所だったので、仲間うちで何かしたいねという話になったものの、みな本業があるし、毎月定額の家賃を払うのは厳しい。そこで大家さんと一緒に運営する形で、スモールスタートさせてほしいとお願いしたんです」

Co-coya管理人であり、753villageの中心的な人物の一人、関口春江さん(写真撮影/池田 礼)

Co-coya管理人であり、753villageの中心的な人物の一人、関口春江さん(写真撮影/池田 礼)

はじめは木金土の週3日だけ営業。まずはお店のことを知ってもらわなければと、店でマルシェを開催することになった。月に1回、手づくり小物の作家や、パン屋さんなどの出店があり、輪が広がりお客さんが増えていった。

コロナ禍以前に年2回開催していた大規模マルシェ、大753市の様子

コロナ禍以前に年2回開催していた大規模マルシェ、大753市の様子(753village提供)

コロナ以前に年2回開催していた大規模マルシェ、大753市の様子(753village提供)

Co-coyaのまねき市(753village提供)

Co-coyaのまねき市(753village提供)

大家さん次第で、まちはこれほど変わる

関口さんの話にたびたび登場するのが、753villageのほとんどの建物を所有する大家の齋藤好貴さんだ。初めて会った時、齋藤さんは関口さんたちにこんな話をしたのだそうだ。

「『50年後、100年後に、この中山をもっと魅力的にしたい。そのために土地を切り売りするんじゃなくて、まちの歴史や培ってきた空気感を残しながら利活用する方法がないか、ずっと考えている』んですって。そんな地主さん、私は会ったことないなと思いました」

齋藤さんは、鎌倉時代からここに暮らす地主の末裔で、昔から中山近辺の多くの土地を所有してきた。中山には、和風の家も洋風の家もあるが、比較的立派な家が多い。おのずと庭や街並みも落ち着いた、風格のあるものになった。

都市部では、家が空くとすぐに更地にして駐車場にしたり、マンションが建ったりする。だが齋藤さんは、空いた家の何軒かを積極的にギャラリーや、教室など、皆が使える場所にしてきた。

中山地区の一部の地主であり、753villageの建物の所有者である齋藤好貴さん(写真撮影/池田 礼)

中山地区の一部の地主であり、753villageの建物の所有者である齋藤好貴さん(写真撮影/池田 礼)

そのはじまりが、25年前に始まった、「なごみ邸」だ。大きな日本家屋を、サロンのような形で貸し出し、誰でも使える多目的スペースにした。
「当時から空き家は増えていくと言われていて。いくら都心に近くても、横浜であっても、空き家がどんどん使われなくなるのが予測できました。

じゃあ何ができるだろうと考えた時に、このまちに魅力を感じてもらえるような仕掛けをつくろうと。そうすれば自然と人が集まり、結果的に地主や家主も潤うんじゃないかと思ったんです」

齋藤さんのいうまちの魅力とは、交通の利便性や買い物のしやすさではない。
大事にしたかったのは人と人の縁。

「空いた建物や庭を生かして、この土地の雰囲気を味わって楽しく過ごしてもらう。それが人から人に伝わって、まちの評判につながればいい」と考えたのだ。

和室があり、窓が大きく庭が一望できる洋室あり(写真撮影/池田 礼)

和室があり、窓が大きく庭が一望できる洋室あり(写真撮影/池田 礼)

春には庭の桜が見事な花をつける。3月末から4月初期は、庭を一般開放している(写真撮影/池田 礼)

春には庭の桜が見事な花をつける。3月末から4月初期は、庭を一般開放している(写真撮影/池田 礼)

そして10年ほど前に現れたのが関口さんたちだった。関口さん自身も建築家で、新築を建てるのが仕事。楽しい仕事だけれど、空き家が増える中で新たに建て続ける矛盾も感じていた。ハコをつくるより、活用し続けるほうが大事なんじゃないかと考えるようになっていた。

齋藤さんは関口さんたちのカフェの提案を受け入れる。その後、マルシェが始まり、展示スペースなど展開も広がり。

関口さんたちは齋藤さんの「なごみ邸」の名をもじって、このエリアを「753village」と名付ける。
大家さん次第でまちはこれほど変わるのだと、気付いた。

「Co-coya」をまちの案内所に

2021年にはクラウドファンディングと横浜市の助成を得て、職住一体型の地域ステーション「Co-coya」がオープンする。

コロナの影響で753villageの活動がすべてストップした時に、この構想が生まれた。

「今のうちに次に向けての準備をしようと思ったんです。拠点が増えたので、わかりやすく案内するまちの入口、案内所をつくろうと。私たちのしてきた活動が、古くからの住民にもわかりやすいように見える化しようと考えました。子育て世代や世代間の交流を促す場所にもなったらいいなと思ったんです」(関口さん)

Co-coyaの建物へ入ると、まず天井の高い広い土間と大きな机の置かれたコワーキングスペースがある。向かって左には、防災の観点から電気やガスが止まっても薪で沸かせるお風呂があり、その奥はパンの焼ける工房。さらに扉の向こうには井戸があり、何かあった際の水の供給ができるようになっている。

薪で暖をとることができるように、あえて薪ストーブ。左手のお風呂も薪風呂(写真撮影/池田 礼)

薪で暖をとることができるように、あえて薪ストーブ。左手のお風呂も薪風呂(写真撮影/池田 礼)

「ここの構想を話して共感してくれたパティシエの子や、今2階に住んでいる画家、陶芸家さんとはマルシェを通じて知り合いました。共感型投資といいますか。彼女たちが間借りしてくれたおかげで、一緒にこの場所をつくってきたような関係なんです」

Co-coyaの奥のスペースには、井戸がある(写真撮影/池田 礼)

Co-coyaの奥のスペースには、井戸がある(写真撮影/池田 礼)

初めて訪れる人にも安心して立ち寄ってもらえるよう、通りに面した入口は上から下までガラス張りに。関口さん自身も、普段はここで仕事をしている。

福祉の拠点「レモンの庭」

菌カフェのすぐそばには、「レモンの庭」と名付けられた、多世代交流施設もある。これも齋藤さんが新しく建てた賃貸の家を、一般社団法人フラットガーデンが借りて、開催しているものだ。横浜市の介護予防生活支援サービス補助事業でもある。

訪れた日、中へお邪魔すると、若い人からお年寄りまで、集まった女性たちが思い思いに好きな縫いものをしていた。この日行われていたのは「ぬいものカフェ」。参加者同士おしゃべりや笑い声が絶えなかった(写真撮影/池田 礼)

訪れた日、中へお邪魔すると、若い人からお年寄りまで、集まった女性たちが思い思いに好きな縫いものをしていた。この日行われていたのは「ぬいものカフェ」。参加者同士おしゃべりや笑い声が絶えなかった(写真撮影/池田 礼)

フラットガーデンの阿久津さんが、教えてくれる。

「ここは月曜と水曜から土曜日の10時から15時まで開いていて。ほかにも編み物を楽しむ『ニットカフェ』や、餃子づくりやパンづくりを教わる『レモンの学校』、初心者歓迎で子どもからお年寄りまでともに楽しむ健康麻雀『麻雀 はじめの一歩』など、いろんなプログラムがあって参加費は500円。

女性はおしゃべり好きも多いので、こうして集まってわいわいやるんですが、男性は話すのが苦手な方も多いので、2階で健康麻雀もやっています。終わってから下でお茶飲んだりするうちに次第に打ち解けるんですよね」

「ぬいものカフェ」で各自が好きな縫い物をして楽しんでいる様子。子どもから、赤ちゃん連れのお母さん、高齢者まで、誰でも立ち寄ることができ、日によってはランチも提供(写真撮影/池田 礼)

「ぬいものカフェ」で各自が好きな縫い物をして楽しんでいる様子。子どもから、赤ちゃん連れのお母さん、高齢者まで、誰でも立ち寄ることができ、日によってはランチも提供(写真撮影/池田 礼)

健康麻雀のようす(写真撮影/池田 礼)

健康麻雀のようす(写真撮影/池田 礼)

2階へ上がってみると、麻雀には若い人や女性の参加者もいてみんな楽しそうだ。

「多世代交流」とひと口に言うのは簡単だが、一人暮らしのお年寄りや、家族以外の誰かと時を過ごしたい、心を通わせたい人たちにとって、ここは想像以上に大切な場所なのかもしれない。

時間をかけてできたこと

そんな風に少しずつ、外の人と地元住民がつながり、縁が紡がれていく。大きくは「コミュニティが広がっている」と言えるのだろうが、個人から見ると、友達や知り合いが増えて、近所に話相手が増えることになるのだろう。

何気ないことのようで、人が生来求めている、そして都市部の多くでは失われた切実な願いを叶えてくれているのかもしれない。最後に、関口さんは大切なことを教えてくれた。

「ここまでくるには年月がかかっているんです。私たちも、移住してもう10年になりますし、齋藤さんとも、毎月お家賃を手渡ししながら少しずつ関係性を築いてきたので。その間こちらも人間性を見られていたと思うし、私たちも齋藤さんのことを少しずつ理解して。周囲の人たちとも同じように。10年かけて今の関係性があります」

(写真撮影/池田 礼)

(写真撮影/池田 礼)

土地をもつ大家さんと、外から入ったクリエイティブな人たちが出会って新しい動きが生まれる。そこでいい関係性が育てば、地元に根付き、変わらないまちの魅力になっていくのかもしれない。これから10年後の753villageがどうなるのか、楽しみだなと思った。

●取材協力
753village

Z世代は「新築」「一戸建て」がお好き? 駅からの近さより広さ重視の結果に

パナソニック ホームズが、若年者(Z世代)を含む住宅購入検討層や将来的な購入検討層を対象に、「住まいに対する意向調査」を実施した。そのなかでも特に「結婚と住まいの意向についてのアンケート」(リリース資料の図7~13が対象)を中心に、Z世代ならでは住まい観について見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「住まいに対する意向調査」を実施/パナソニック ホームズ

Z世代は一戸建てのマイホームがお好き?

この調査では、住宅購入の潜在的もしくは将来の顧客層と考えられる、15歳から49歳の独身男女に、「結婚したらどこに住みたいか」を聞いている。その結果は、圧倒的に「一戸建ての購入」を選んだ人が多数を占めた。とりわけZ世代(この調査では15歳から25歳と定義)では、他の年齢層が4割ちょっとであるのに対して56.0%が、一戸建ての購入を選んでいる。

図 7 結婚したらどこに住みたいですか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

どの種類の住宅に住みたいかを聞いた調査は過去にも多くあり、賃貸より購入、マンションより一戸建てが多いのが一般的だ。しかし、Z世代では一戸建ての購入を希望する人が極めて多いという点が大きな特徴といえるだろう。

次に、「住宅を購入するとしたら、何を優先するか」を聞いたところ、どの年齢層でも、1位が「立地が良い」、2位が「ローンの返済に無理がない」、3位が「新築であること」、4位が「資産価値があること」となった。

図 8 住宅を購入するとしたら、何を優先しますか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

ただし、他の年齢層と違い、Z世代で目立つのが、「新築であること」の比率の高さだ。2位の「ローンの返済に無理がない」(24.9%)とほぼ同等に「新築であること」(24.2%)を選んでいるのだ。

Z世代などの若年層は「新築」住宅がお好き?

実は、同時期に公表された、リクルートの「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)でも、似たような傾向が見られた。リクルートの調査は、過去1年以内に住宅の購入・建築やリフォームを検討した20歳から69歳の男女を対象にしている。独身に限っていないこと、より住宅への関心が高い層であるといった違いがあることを前提としてほしい。

こちらの調査では、ストレートに新築が良いか中古が良いかを聞いている。その結果、新築派が全体で68%になっているが、20代で見ると「ぜったい新築」が35%と新築への意向が他の年齢層より高いことが分かる。

新築・中古意向

出典:リクルート「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)

どちらの調査結果を見ても、若年層ほど「新築派」が多数を占めている。理由が確認できないのでよく分からないが、かつては若年層ほど新築へのこだわりが弱く、古着文化などに見られる中古を上手に活用するといった傾向が見られたのだが、今はそうではないことがはっきりした結果だ。

Z世代などの若年層は「近さ」よりも「広さ」を選ぶ?

さて、パナソニック ホームズの調査結果に戻ろう。「住宅を購入しようとして、費用が足りなかったら」という質問で選んだ選択肢も年齢層によって違いが見られた。年齢が高くなるほど、購入をあきらめて賃貸にすることを選ぶ比率が高くなる。一方、Z世代で顕著なのが「遠くにしても良い」という選択だ。他の年齢層では、「狭くしても良い」のほうが「遠くにしても良い」を上回っているが、Z世代だけは狭さよりも遠くを選んでいるのが大きな特徴だ。

図 9 住宅を購入しようとして、費用が足りなかったらどうしますか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

この傾向は、リクルートの調査結果でも見られる。こちらはストレートに、広さか駅からの距離かを聞いているが、若い年齢層ほど、駅からの距離派が減って、広さを優先する傾向が強くうかがえる。

広さ・駅からの距離の意向

出典:リクルート「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)

パナソニック ホームズでは、Z世代が、費用が不足していれば遠くても狭くても良いので、新築の一戸建てを購入したいという傾向がうかがえることから、「自分の時間やプライベートを大切にするとされるZ世代は、心地よく快適に過ごせて、共同住宅と比べて比較的近隣に気を使わなくて良い空間を新築一戸建てに求めているのかも知れない」と分析している。

一方、リクルートのSUUMO副編集長の笠松美香さんは「Z世代は、親元で暮らしている人も多く、自分で住まい探しを経験した人は他の世代に比べて少ないと推察されます。どうしても住まいのイメージが実家や友人・親戚の家などの生活感あふれるタイプと、メディアやSNSで見かけるピカピカでおしゃれなものと両極端なイメージになっているのではないでしょうか。だとすると、『新築じゃない家はキレイじゃない』と思いこんでしまっている人も多いのではないかと思いました。中古物件もリフォームすれば新築のような見た目になることを、住まい探しの経験を積んでいくほど認知していくので、年齢が上がっていくことで、中古でもキレイにできるし安い、といったようにコストと天秤にかけて許容していく層が増えていくのではないでしょうか。住まいは一生必要なものだけに、個人の住まい観も、一生アップデートされていくものだと思います」などと考察していただけるとうれしい。

パナソニック ホームズの調査対象である、独身のZ世代(15~25歳)はまだ具体的に住宅の購入を検討している人は少ないと思うが、リクルートが調査した20代でも似たような傾向が見られた。ということは、これから先に住宅購入を検討する世代では、新築志向、広さ志向が強いということは考慮すべき点だ。

一方、これまでは中古住宅をリノベーションして再販する事業者が少なかったが、取り組みを強化する事業者が増えている。新築ではないが、リノベーションによって新築並みの中古一戸建てが増えれば、若年層の有効な選択肢になるのではないだろうか。

●関連サイト
パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」
リクルート「『住宅購入・建築検討者』調査(2022年)」

世界の名建築を訪ねて。巨石の彫刻が躍る韓国の人気デパート「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」/ソウル市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載5回目。今回は、韓国・ソウル南部にある“デパート”「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」(設計:クリス・ヴァン・ドゥイン/OMA)を紹介する。

驚愕的ファサードで魅了する最新の韓国デパート「クァンギョ・ガレリア」

韓国は隣国の中国ほどではないにしても、アジアでは著名海外建築家のデザイン作品が多い国である。例えばレム・コールハース(オランダ)が率いるOMA(Office for Metropolitan Architecture)がデザインした「ソウル国立大学美術館」を筆頭に、ザハ・ハディド(英)の「東大門デザイン・プラザ」、ジャン・ヌーヴェル(仏)の「サムスン美術館 Leeum」、MVRDV(オランダ)の「ソウル・スカイ・ガーデンズ」など、日本と比較したらそうそうたる世界の著名建築家の作品が非常に多いのだ。

今回OMAのパートナーのひとり、クリス・ヴァン・ドゥインがデザインした「クァンギョ・ガレリア(光教ガレリア)」は、1970年代に韓国で初めて生まれた大規模デパートであるガレリアの支店である。以来同デパートは韓国の小売市場において、先端を疾走する大手デパートに成長してきた。今回の新店舗はソウル南部にあるニュータウンのクァンギョ地区に完成した国内6番目の支店で、同社の最大規模のデパートとなった。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

レム・コールハースによるOMAの建築デザインは、非常に多様性があることは世界的に知られた事実であり、全世界にユニークな建築を数多く展開してきた。そうした作品群のなかでも、今回クァンギョに完成した作品は、ビックリもののデザインだ。建物はまさに奇想なデザインをまとった巨大な岩石の彫刻といった印象である。都市のワン・ブロックを占める巨大な矩形の岩石を切り出したような外壁に、切子面状のガラス開口部が、蛇のようにくねって外壁に取り付いているといった特異な外観である。この強烈なアイデンティティーの表現は、OMAデザインの中でも異色中の異色と言える代物であろう。

“自然”にインスパイアされた建築は、市民の視覚的な拠り所に

クァンギョ・ニュータウンの中心街の大通りに位置するこの建物は、新興のアーバン・ディベロップメント(都市開発)による特有の高層集合住宅タワー群に囲まれている。「クァンギョ・ガレリア」のファサードは、自然石のような素材をモザイク状に張り巡らせた不思議な表情に驚かされる。そのような自然的ファサードと、蛇のように曲がりくねるガラス開口部が、異様なシナジー効果(相乗効果)を発揮して人々を驚愕させる。それは近隣にあるクァンギョ・レイクパーク(光教湖水公園)における自然を参照したデザインなのだ。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

建物はそのクァンギョ・レイクパークと、林立する高層集合住宅タワー群のちょうど中間あたりに位置している。建物の外壁を覆うストーン・ファサードのようなテクスチャーが、レイクパークにある岩壁などの自然を喚起させると同時に、クァンギョ市民の自然に対する視覚的な拠り所となっている。

建物は地下1階・地上12階建ての大きなデパートである。外壁を取り巻く長い開口部は、1階から徐々に上昇しながら建物をループ状に取り巻いて行き、文化的なアクティビティもできるルーフ・ガーデンに至る。つまりこの開口部の内部は来客用のパブリック・ループ(回廊)となっており、クァンギョの街並みを楽しみながら、自分の目指す売り場へと至ることができるデザインとなっている。パブリック・ループの途中には、特にコーナー部分には、レスト・スペース、エキシビションやパフォーミング・スペースが設けられており、買い物客は休息したり、展示を見たり、パフォーマンスをしたりすることができる。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

クリス・ヴァン・ドゥインが意図したデザイン・ポイントは、「ショッピングとカルチャー」、「都市と自然」という二項対立的なものをミックスすることで、ショッピングの予測可能性をはるかに超えた場所としてのデパートである「クァンギョ・ガレリア」が、市民に親しまれることであった。そのように単なるショッピングではなく、付加価値を加味して、ショッピングというアクティビティをさらなる高次元へと進化させていく狙いが見事に成功しているデパート・デザインである。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

日本にもある! OMAパートナーによるデザイン「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」

設計を担当したOMAのクリス・ヴァン・ドゥインはデルフト工科大学でマスターを取得した。1996年にOMAに参加し、2014年にパートナーになった逸材。OMAの代表作のひとつである北京の「CCTV(中国中央電視台本部ビル)」をはじめとする主にアジアの作品を担当してきたが、「ユニヴァーサル・スタジオ・ロサンゼルス」「プラダ・ニューヨーク&ロサンゼルス・ストアーズ」などアメリカ作品をも担当。近年では「モスクワ現代ガレージ美術館」(2015)、「ミラノ・プラダ財団」(2015)、「アレクシ・ド・トクビル図書館」(2017)なども手掛けたシャープなセンスをもつパートナーである。
なお現在OMAには8名のパートナーがおり、ロッテルダムの本社以外の世界各地に赴任して活動している。日本人唯一のパートナーである重松象平氏はニューヨークにおり、アメリカを担当しているが、現在「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」のデザインにもタッチしている。

●関連サイト
クアンギョ・ガレリア
OMA

2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

一戸建てのマイホームといえば、2階建て、3LDK以上というのがこれまでの既定路線。いま、家族のあり方やライフスタイルの多様化にともない、70平米前後までのコンパクトな平屋が今需要を伸ばしています。ミニマムな広さと価格で自分らしい平屋暮らしを楽しむ人たちの声をもとに、マイホームの選択肢として注目が高まる「コンパクト平屋」の魅力を探ります。

なぜ今、コンパクト平屋が人気なのか

ここ数年、住宅資材や土地価格の高騰で、従来よりもコストダウンした住宅が関心を集めるようになりました。また、子育てファミリー世帯から、単身や高齢者夫婦、ひとり親世帯(シングルファーザー・シングルマザー)といった多様な世帯が増えたことにより、住宅ニーズも変化してきています。さらに、災害で資産を失うことや、終活、実家じまいなどでモノを多く持つことへの課題に直面し、“ミニマルな暮らし”が注目されています。
そうした背景から、年々需要を伸ばしているのが、コンパクトな平屋です。新しいマイホームの選択肢として、平屋住まいを選んだ方たちの事例取材を進めると、平屋が支持される5つのポイントが見えてきました。

平屋が支持される5つのポイント
1 上層階の重さがかからず、地震に強い構造がつくりやすい
2 施工コストが安く、購入できる人の幅が広がった
3 ランニングコストが安く、高性能な家が実現できる
4 アメリカンテイスト、ログハウスなど、デザインバリエーションの増加
5 ミニマリスト、終活など、モノを持たない暮らしへのシフト

それでは、具体的に見ていきましょう。

ポイント1 熊本地震以降、地震に強い平屋の需要が急増

熊本地震以降、全国と比較して熊本での平屋の需要が急増したことは、平屋の耐震性に着目する人が増えたことを物語っています。

2016年、震度6と震度7を立て続けに観測した熊本では、木造2階建て住宅の1階部分が上階に押し潰される形での倒壊が数多く見られました。こうした経験から、再建築や新築の際需要が増加したのが、シンプルで安定した構造の平屋の住まいでした。

全国と熊本の平屋棟数・着工割合

2016年以降、全国と比較して、熊本の平屋の割合が増加したことがわかります(データ/国土交通省より)

熊本県熊本市の工務店、グッドハート株式会社の営業・宮本紬麦さんにお話をうかがうと、「熊本地震から5年以上経っても、震災後の家づくりとしてやはり耐震性を気にかける方は多い印象です。当社で2022年度に完工した26棟のうち、10棟が平屋でした。セールスポイントであるローコストや自由設計という点にまず着目して来られる方からも、耐震性能の話は確実に出てきます」
地震に強い構造がつくりやすいということが、平屋を選ぶ大きな理由のひとつになっているようです。

外観と内観

(写真提供/グッドハート)

平屋が耐震性に優れているのは、バランスが取りやすい安定した構造であること、また建物の重心が低いため揺れにくいことが挙げられます。家にかかる重量という点でも、2階建て以上の建物と比べて軽いことから、倒壊のリスクは軽減されるといえます。
加えて、玄関や窓から屋外に逃げやすいという点も、平屋のメリットでしょう。

子どもが巣立ったのを機に、2階建ての家からリフォーム済み中古の平屋に移り住んだSさん夫妻(栃木県・夫60歳、妻52歳)。以前は福島県にお住まいで、東日本大震災で大きな地震も経験しています。「前の家では小さな地震でも2階にいると揺さぶられるように感じることがありましたが、平屋に住んでからはそこまでの揺れを感じたことがありません。いざ大きな地震や火災が起きても、足腰に負担をかけずすぐに外に逃げ出せると思うと、安心感があります」と言います。

中古の平屋をリフォーム

中古の平屋をリフォームし、夫妻と愛犬で第二の人生を楽しんでいるSさん宅(写真撮影/masaru tsurumi)

関連記事:50代から始めた終活でコンパクト平屋を選択。家事ラク・地震対策・老後の充実が決め手、築42年がリフォームで大変身

ポイント2 施工コストが低いから、多くの人の手に届きやすい

一般的に、階段や2階トイレの確保、建築中の足場代などがより必要な2階建て住宅と比べ、施工コストが抑えられる平屋。太陽光発電、高断熱といった機能性を追求しつつ、70平米前後で1500万円を切るローコスト新築住宅も登場しています。手元に老後資金を残したいシニア世帯や、住宅ローンの借入額に不安を感じていたシングル世帯、ひとり親世帯など、さまざまな人に手が届きやすい価格帯といえます。

夫と2人、マンションから住み替えたRinさん(千葉県・50代)の平屋は、約60平米で建築費は1600万円台。子どもが就職し、教育費がかからなくなったタイミングでの購入でした。「夫が住宅ローンを組める年齢だったので、10年で完済する予定で住宅ローンを組みました」と話します。

Rinさん宅

夫と二人暮らしをしているRinさん宅。面積は以前のマンションより2割ほど小さくなりました(写真提供/Rinさん)

関連記事:50代人気ブロガーRinさんがコンパクト平屋に住み替えた理由。暮らしのサイズダウンで夫婦円満に

前出のSさん夫妻(栃木県・夫60歳、妻52歳)は、老後を見据えた終活のひとつとして平屋での暮らしを選択。「平均寿命である80歳まで、住むのは20年。手元にもお金を残しておきたかったし、金銭面では無理をしないでおこうと思いました」と、元の家の売却金額をスライドして支払いに充て、住宅ローンを組まずに購入しました。

Sさん夫妻

平屋で、愛犬と一緒に二人暮らししているSさん夫妻(写真撮影/masaru tsurumi)

両親の介護を終え、実家で一人暮らしをしていたTさん(埼玉県・60代)は、実家の敷地の半分を売却し、その資金で65平米の平屋を新築しました。「必要最低限のほどよいサイズで、シンプルなつくりが気に入っています。女性単身で『家を建てるなんて無理』と思われるかもしれませんが、私にもできました」。庭では家庭菜園を楽しみ、広いウッドデッキは地域の憩いの場にもなっています。

自宅の敷地に平屋を新築したTさん。愛猫と一緒に一人暮らしを満喫しています(写真撮影/片山貴博)

関連記事:実家じまい跡に65平米コンパクト平屋を新築。家事ラク&ご近所づきあい増え60代ひとり暮らしを満喫

ポイント3 ランニングコストが安く、高性能な家に住める

この1年余りでエネルギー高に直面し、ランニングコストを下げたいという希望も高まってきました。コンパクトな平屋は冷暖房効率が高く、家中の温度を一定にしやすいのが特徴。高齢になるほど心配なヒートショック対策にもなります。また、同じ床面積の2階建てと比較して平屋は屋根面積が大きいため、より多くの太陽光パネルを設置することができます。発電効率がよく、メンテナンスがしやすいことも、注目したいポイントです。

80代の母と同居するため、2階建ての実家を約50平米の平屋に建て替えたHさん(千葉県)。「冬は朝起きる前に1時間ほどエアコンをつけておき、日中は灯油ストーブとリビングのホットカーペットだけ。廊下もないので、家中の温度差はほとんどありません」と、気密性の高いコンパクト平屋の快適さを実感しているそうです。

Hさん宅

モダンな土間キッチンのあるHさん宅。格子戸で仕切れる和室を母との2人の寝室に(写真提供/木のすまい工房)

関連記事:2階建て実家をコンパクト平屋に建て替え。高齢の母が過ごしやすい動線、高断熱に娘も満足

子どもが社会人になり独立、夫婦二人暮らしになるにあたり、67平米の平屋を新築したTさん(埼玉県・夫30代、妻40代)は、「小さい住まいは断熱性能がとてもよく、夏も冬もエアコン1台で快適に過ごせました」。電気料金が値上がりしても、使用電力が以前より少なく済んだため、電気代は抑えられたといいます。

Tさん宅

Tさん宅にはエアコンがリビングに1台のみ(写真撮影/片山貴博)

夫婦二人暮らしの久保田さん(群馬県・40代)の住まいは、約73平米、2LDKの平屋。「エアコンは3室に設置してありますが、この冬はリビングにある24畳用のエアコンだけ稼働させて、十分暖かかった。寝室に入ったときも寒さは感じませんでした」と言います。屋根には太陽光パネルを搭載。「今後メンテナンスが必要になったときも、足場が最小限で済むから費用は抑えられるはず」と話します。

久保田さん夫妻

開放的なリビングでストレスなくのびのび暮らす久保田さん夫妻(写真撮影/片山貴博)

関連記事:40代共働き夫婦、群馬県の約70平米コンパクト平屋を選択。メダカ池やBBQテラスも計画中で趣味が充実

ポイント4 アウトドア風などデザインのバリエーションも豊富に

カリフォルニアの風を感じるようなガレージ付きのアメリカンスタイルの家に、ぬくもりあふれるログハウスなど、コンパクトな平屋にも多彩なデザインが続々登場。好みや趣味によりフィットした、豊かな暮らしが叶います。テレワーク用の部屋やアウトドアなど趣味を楽しむ拠点として、敷地内に建てる“離れ”感覚のタイニーハウスも人気が高まっています。

前出のTさん夫妻(埼玉県・夫30代、妻40代)は、車をメンテナンスできる大きなガレージがほしいと、67平米のアメリカンハウスの平屋に住み替えました。「西海岸をイメージした、吹き抜けのある白いリビングが気に入っています。庭にはドライガーデンと、季節の花を植えた花壇を作りました。のんびり庭いじりしたり、デッキでお酒を飲んだりする時間が楽しいです」

Tさん夫妻

庭にガレージを建てるのが目標と話すTさん(夫)(写真撮影/片山貴博)

自宅の敷地内に約10平米のログハウスをセルフビルドした桑原さん(長野県・40代)は、10代のときから集めていたビンテージ雑貨や自転車、バイクなどを並べ、趣味の空間をつくり上げました。「6畳だけの空間は、湯船みたいな“おこもり感”もあり、サッシを開け放てばデッキの先につながる庭が見渡せて、視界が広がり開放感もあります」。ログのぬくもりも心地いい、秘密基地のようなサードプレイス平屋です。

桑原さんの小屋

ログ小屋のキットを購入してセルフビルドした桑原さんの小屋。薪ストーブもあります(撮影/窪田真一)

関連記事:10平米以下のタイニーハウス(小屋)の使い道。大人の秘密基地や、住みながら車で日本一周も! ステキすぎる実例を紹介

ポイント5 ミニマリスト、終活など、ものを持たない暮らしが実現

終活や実家じまいなどを通じて、ものを多く持つことで見えてくる課題にふれ、この先はシンプルに暮らしたいと考える人が増えてきました。コンパクトな平屋の住まいは、余計なものを持たないミニマム志向の暮らしにマッチします。

約60平米の平屋に住む前出のRinさん(千葉県・50代)はこう言います。「収納は、扇風機のような季節家電が入るくらいの奥行きがあれば十分。洋服も若いときほど多くなくていい。クロゼットもパントリーも、何があるか一目でわかるように収納しています」。必要なものだけを厳選し、家事動線を整えた小さな平屋暮らしでは、家事ストレスが減って夫婦仲も円満になったそうです。

キッチンとパントリー

写真右はキッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので、何があるのか忘れません(写真提供/Rinさん)

母娘2人で暮らす前出のHさん(千葉県)は、実家を約50平米の平屋に建て替えるのを機に、ものをすっきりと処分。「実家は使っていないものであふれていました。今の家に持ってきたのは本当に必要なものだけ。収納場所も限られていますが、手の届く範囲に収納できて、どこに何があるかきちんと把握できています」

Hさん宅

2階建ての実家を平屋に建て替えたHさん宅。ものを減らしてすっきり暮らしています(写真提供/木のすまい工房)

ライフスタイルの変化に合わせて、ものを減らし、スムーズな動線で快適に心地よく暮らす。地震に強く、広さも価格もミニマム。そんなコンパクト平屋は、世代を問わず、これからの理想の住まいとして、ますます広がりを見せていきそうです。

●関連ページ
「SUUMOトレンド発表会 2023」プレスリリース
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●取材協力
・グッドハート株式会社/ペンギンホーム
・株式会社カチタス
・Rinさん ブログ「Rinのシンプルライフ」
・ヒロ建工
・木のすまい工房
・古川工務店
・ケイアイスター不動産株式会社
・BESS(株式会社アールシーコア)

実家じまい跡に65平米コンパクト平屋を新築。家事ラク&ご近所づきあい増え60代ひとり暮らしを満喫

一戸建てマイホームといえば「2階建て3LDK以上」が一般的でしたが、70平米前後の平屋が少しずつ需要を伸ばしています。実家の土地を相続したのをきっかけに、60代で家を建てることにしたTさんもそのひとり。「家との出合いに感謝している」と話すTさんの、約65平米・2LDKの家づくりストーリーを通して“コンパクト平屋”の可能性に迫ります。

実家の土地を相続したのを機に、単身で家を建てることを計画

都会でひとり暮らしをしてきたTさん(60代・女性)は、約20年前、両親の介護をするために埼玉県郊外の故郷にUターン。その後、15年ほど実家で生活しますが、両親を見送ったことで50代後半のときに再びひとり暮らしになります。
まずTさんを悩ませたのは、実家が立つ広大な土地にかかる、多額の相続税でした。悩んだ末、土地の半分を売って税金の負担を軽くするのがベストだと判断。次に浮かんだのは、「これからの住まい方をどうするか」ということだったと言います。

T邸の敷地は旗竿地。庭は外部から視線が届きにくい位置にあるため、プライベート感が漂います(写真撮影/片山貴博)

T邸の敷地は旗竿地。庭は外部から視線が届きにくい位置にあるため、プライベート感が漂います(写真撮影/片山貴博)

「実家は私が中学生のころに両親が建てたもので、築50年近く経っていたため、断熱性や耐震面で不安がありました。一戸建てであることは気に入っていましたが、110平米もあるため、広過ぎてひとりだと使いづらくて。以前から『人生の後半は豊かな暮らしがしたい』と思っていたこともあり、土地を売却し、手元に残った資金で新しい家に住み替えようと思い立ちました」(Tさん)

Tさんにはマンションを購入して都心に住む選択肢もありましたが、相続した土地に新築することを考えます。それも“コンパクトな平屋”にすることが大前提でした。

「集合住宅だとどうしても、コミュニティと疎遠になりがちではないでしょうか。うちの家族は昔から近所づき合いが大好きだったので、近隣の方が気軽に遊びにきてくれる家にしたかったですし、自然に親しみがあったため、地面に近い暮らしをして、家庭菜園を楽しみたいとも思いました。幼いころから慣れ親しんだ敷地に、ひとりで住むのにほどよいサイズの平屋を建てるのが、一番、好ましかったのです」(Tさん)

建築会社との出合いで問題が解決し、家づくりが現実に

とはいえ「ひとりで家を建てるなんて、無理に違いない」とTさんは当初、家づくりに及び腰だったそう。しかし、建築会社の担当者に話を聞いてもらうなかで「私にもできるかも」と思うようになったと言います。

「ネックになったのは費用面です。というのも相続した不動産は、実家の敷地部分と、そこに隣接する野菜畑。野菜畑のほうが、日当たりが良かったので、そちらに建てたかったのですが、建築資金を得るには『売り先行』で実家側の土地を売却しなければならず、そうなると、住んでいる実家をすぐに出ていかなくてはいけません。それを建築会社の担当者に打ち明けたところ、『うちで不動産事業もしているので、土地を買い取りますよ』と、買主になることで資金面の融通をつけてくれることになったのです」(Tさん)

そうしてTさんは、建築会社と工事請負契約を結び、以降4カ月ほど打ち合わせを重ね、プランを詰めていきます。

間取り図

Tさんの平屋は2LDK・65平米。北側の個室は主に収納に使っていて、クローゼットを大きめにつくってもらいました。

「照明ひとつを選ぶにしても、実際どんな空間になるかは、なかなかイメージできません。それをひとりで決めなくてはならないので、想像力が限界に達するほど大変でした。それでも乗り越えられたのは、建築会社が家族のように親身になってくれたおかげです」(Tさん)

「年を重ねるほど気力も体力も衰える」と感じていたTさんは、「60歳を目途に完成させよう」という強い気持ちで話を進めていったと話します。

ほどよいサイズの平屋で、良好な近所づき合いと自然を満喫

そうして約1年半前に竣工したのが、約65平米・2LDKの平屋です。

アメリカ・西海岸の住宅を思わせる、下見板張りの平屋。玄関とひとつながりにしたカバードポーチが、くつろいだ雰囲気を醸し出します(写真撮影/片山貴博)

アメリカ・西海岸の住宅を思わせる、下見板張りの平屋。玄関とひとつながりにしたカバードポーチが、くつろいだ雰囲気を醸し出します(写真撮影/片山貴博)

LDKは吹抜け、約27平米、17畳弱のゆったりした空間。リビングの延長には約10平米のカバードポーチ(屋根つきのウッドデッキ)が配置されていて、近所の人たちとの格好の交流スペースになっています。

ウッドデッキは屋根つきなので、雨天でも活躍。「道路から見えるためか、近隣の方が気軽に遊びにきてくれるようになりました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

ウッドデッキは屋根つきなので、雨天でも活躍。「道路から見えるためか、近隣の方が気軽に遊びにきてくれるようになりました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

勾配させた屋根裏を現しにしているため、LDKは開放感がいっぱい。無垢の木の梁が、あたたかなムードを加えます(写真撮影/片山貴博)

勾配させた屋根裏を現しにしているため、LDKは開放感がいっぱい。無垢の木の梁が、あたたかなムードを加えます(写真撮影/片山貴博)

キッチンの一角に仏壇を設置。「日常で自然と接することができ、いつも一緒にいる気持ちになれるので、一番いい場所におさまりました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

キッチンの一角に仏壇を設置。「日常で自然と接することができ、いつも一緒にいる気持ちになれるので、一番いい場所におさまりました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

「『人とつながりを持ち、自然とも触れ合いたい』という思いから、ウッドデッキと窓のサイズを大きくしました。自然をダイレクトに感じられるのはもちろんですが、不思議と若いご家族にも立ち寄ってもらえるようになって。お友だちが増えたのは、とても嬉しい変化です」(Tさん)

掃除が断然ラクになるミニマムサイズの平屋は、この先の強い見方

T邸の扉はすべて“上吊りタイプ”のため、床にはレールがなく、すみずみまでフラット。「ひとり暮らしに3つは多すぎる」と個室は2つにとどめ、上り下りが必要になるロフトなどは一切設けませんでした。

扉はすべて、敷居が不要な上吊りタイプ。「リビングの床をコンクリートにすることもできましたが、足が冷えると思い、無垢の床で統一しました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

扉はすべて、敷居が不要な上吊りタイプ。「リビングの床をコンクリートにすることもできましたが、足が冷えると思い、無垢の床で統一しました」(Tさん)(写真撮影/片山貴博)

「最初はLDKと寝室があれば十分だと思ったのですが、やはり荷物専用の部屋が必要だと思い2LDKに。もしこれがファミリー世帯だったら、少しでも部屋を広く使ったり、いろいろな造作を設けたくなったりしたでしょう。でも私にはこれが最適でした」(Tさん)

「ひとり暮らしならではのシンプルで使い勝手のいいつくりが気に入っている」とTさん。
「必要最小限の広さであること」「生活のなかで上下の移動がないこと」「床に段差のないこと」により、格段の暮らしやすさが生まれていると話します。

「床が平坦だと掃除がしやすくて、気がついたときにサッと掃除機をかけられます。ミニマムな平屋だけにキッチン・バスルーム・トイレが近くにまとまり、少ない移動で用事が済むのもよいです。
年上の先輩から『年々、動くのが面倒になるよ』と聞きますし、実際、階段から落ちてケガをする80代の方の話を耳にします。この先の体への負担を考えても、正解だったと思いますね」(Tさん)

洗面スペースはあえて扉を設けず、トイレや洗面室も、開け放てるよう引き戸にして広さを確保。洗面室・洗濯スペース・トイレが行き来しやすいつくりになっています(写真撮影/片山貴博)

洗面スペースはあえて扉を設けず、トイレや洗面室も、開け放てるよう引き戸にして広さを確保。洗面室・洗濯スペース・トイレが行き来しやすいつくりになっています(写真撮影/片山貴博)

玄関は、廊下とLDKの2方向からアクセスが可能。廊下側の通路にはシューズクロークがあり、靴や鞄を置いたり、出がけにサッとコートを羽織ったりできます(写真撮影/片山貴博)

玄関は、廊下とLDKの2方向からアクセスが可能。廊下側の通路にはシューズクロークがあり、靴や鞄を置いたり、出がけにサッとコートを羽織ったりできます(写真撮影/片山貴博)

強固な構造により耐震等級3をクリア。冷暖房費の削減にも成功

メリットが見られる平屋ですが、「耐震面でも理に適っている」と話すのは、設計を担当したヒロ建工の淺見貴寅(あさみ・たかとも)さんです。

「もちろんほかの建物でも耐震性は出せますが、平屋だと2階以上の住居に比べて上部からかかる負荷が少ない分、強固につくりやすいといえます。65平米のT邸は面積の都合上、減税の対象となる『長期優良住宅』の対象外で、認定を受けられませんでしたが、『耐震等級3』はその条件を優に満たしています。そのため『住宅性能評価書』を取得することで高品質な住宅であることを証明し、減税措置を受けられるようにしました」(淺見さん)

断熱面では、断熱材を専任の大工が施工するほか、第三者機関による品質チェックを入れて精度を徹底したと言います。

「家全体が魔法瓶のように冷気・暖気を逃さないため、年中、快適に過ごせます。冷暖房費が思ったよりかからないことに驚きました」(Tさん)

優れた断熱性能によりLDKは年中、快適。ここではヨガにDIYにと趣味にいそしみます(写真撮影/片山貴博)

優れた断熱性能によりLDKは年中、快適。ここではヨガにDIYにと趣味にいそしみます(写真撮影/片山貴博)

快適な平屋でオフは趣味に没頭。かけがえない家との出合いに感謝

現在はマイペースに週3回だけ仕事をしているTさん。たっぷりある自由時間はDIYで家具にペイントしたり、ヨガにいそしんだり、自分らしく過ごすことに使っています。

家を建ててから「全部、自分でつくる」という意識が芽生えたTさん。カラフルな箪笥やスツールは、愛着ある実家の家具をペイントしたもの(写真撮影/片山貴博)

家を建ててから「全部、自分でつくる」という意識が芽生えたTさん。カラフルな箪笥やスツールは、愛着ある実家の家具をペイントしたもの(写真撮影/片山貴博)

軒先に小さな花々を植えるための花壇をDIY。庭では木を植えたり、夏に野菜を育てたりして楽しむ予定(写真撮影/片山貴博)

軒先に小さな花々を植えるための花壇をDIY。庭では木を植えたり、夏に野菜を育てたりして楽しむ予定(写真撮影/片山貴博)

「この家にいると旅先のコテージを訪れたようにリラックスできて、『毎日、わが家にいたい』『早く帰りたい』という気持ちになるのです。つくづく人だけでなく“家”にも出合いがあるのだと実感。とても幸せな気持ちで暮らしています」(Tさん)

「コンパクトな平屋はシニアにこそおすすめ」とTさんは続けます。

「とくに女性だと『家を建てるなんて無理』と思われるかもしれませんが、私にもできました。参考にしてもらえたら、こんなに嬉しいことはありません」(Tさん)

都会での生活に両親の介護にと、人生のさまざまな経験を経てたどり着いた平屋という選択。充実した暮らしぶりが、新たなひとり暮らしのあり方としての可能性を物語っていました。

●取材協力
ヒロ建工

いま北千住でシェアハウスがアツい! 海外協力隊・アート・共同書店などおもしろ住人がつながるまちづくり、仕掛け人はR65山本遼さん

北千住(東京都足立区)の街に面白いシェアハウスが増えているという。アーティストが集う「アサヒ荘」、JICA海外協力隊らが集う「チョイふるハウス北千住」……。シェアハウスを運営するのは65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営するR65不動産の代表として不動産業界では知られる山本遼さんです。実は山本さんは、自らも特定の家を持たず場所を転々としながら生活するシェアハウスホッパーという側面も持っています。身軽に住みたい場所に住めて住民同士の交流が魅力の暮らし方です。さらに、共同書店も運営。それらを通じて、北千住にどのような新しい関係が生まれているのでしょうか。シェアハウスと共同書店「編境」を訪ねました。

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

海外協力隊らが住むシェアハウス「チョイふるハウス北千住」

JR常磐線北千住駅の改札を出ると目の前に大型ファッションビル。しかし、駅の近くには、庶民的な宿場町通り商店街が。少し歩くと、お団子屋さんや八百屋さん……生活を支える小さな商店街もあります。通り抜け禁止の看板がある路地もあちこちに。この街に、山本さんが運営する5棟のシェアハウスと共同書店「編境」、が点在しています。5棟のシェアハウスは、R65不動産で借り上げ、契約や賃貸費用の回収を行い、管理人は住民が務めています。

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

住宅街の曲がりくねった路地に山本さんが運営する5棟のシェアハウスのひとつ「チョイふるハウス北千住」はありました。ここは、海外協力隊や国際支援に関心のある人が集うシェアハウスです。

迎えてくれたのは、管理人の栗野泰成さん。栗野さんも、海外協力隊としてエチオピアで2年間、情操教育やスポーツ教育の普及活動に携わった経験があります。「チョイふるハウス北千住」の立ち上げから運営に至るまで行っています。

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

「もともと国際協力に関心のある人たちを集めるコンセプトのシェアハウスをやってみたかった」という栗野さん。栗野さん自身、当時は、シェアハウスを転々として暮らしていたシェアハウスホッパーでした。つくば市に住んでいたころ、山本さんのTwitter投稿を見て北千住に興味を持ちました。「ショウガナイズ北千住」というシェアハウスで、コンセプトは、新陳代謝。なんと半年ごとに家賃が5000円ずつ値上がりすることがあらかじめ決まっていて、退去を促す不動産会社の経営面からはあり得ないシステムです。

「この人面白いなあと。面白い人の周りには面白い人が集まるので、すぐにDMを送って入居しました。それが5年前。海外協力隊のためのシェアハウスをつくりたいと山本さんに話したら、やってみたらと物件を紹介してくれたんです。『ショウガナイズ北千住』の家賃が値上がるのに追い立てられながら(笑)、シェアハウスを立ち上げ、ぼくも引越しました」(栗野さん)

開業するとすぐにコロナ禍になり、海外に派遣された隊員が緊急帰国することになりました。3カ月で帰国を余儀なくされた人も。日本に戻って来ても家がないので困るだろうと、栗野さんはTwitterでシェアハウスを告知。緊急性、ニーズがあり、隊員に一時的な住まいを提供できました。その後も国際協力や栗野さんが携わる子ども支援の活動に関心のある人たちが集まるシェアハウスとして認知されるようになったのです。

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

「現在の住民は5人。海外協力隊でケニアに行っていた人や、子ども支援の活動に長年携わっているフリーター、海洋ゴミの問題に取り組むNPOの理事などです。人を助けたいという思いでつながっているので、話が盛り上がるし、交友関係も広がります」(栗野さん)

縛られず行きたい場所へすぐ行けるシェアハウスホッパーという選択

取材当日、シェアハウスの共用スペース(畳スペース)でテレワークをしていた西山大貴さんと成田彩花さんに、住み心地や住んで良かったことを伺いました。

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

途上国の農村開発に携わる西山さんは、「チョイふるハウス北千住」が5カ所目のシェアハウス。北千住の別のシェアハウスから引越してきました。「海外協力隊経験者が集まっているので、住みながら、海外の情報が入って来ますし、自分が活動する国以外の支援者とつながれるのが良さですね」といいます。

WEBマーケティングの仕事をしている成田さんは、大学時代からシェアハウス暮らしで、「チョイふるハウス北千住」は10カ所目。「アサヒ荘」のアートイベントに遊びに行き、ここを知りました。

「国際協力に興味があったのですが、今の仕事では経験者となかなか知り合う機会がなくて。実際に活動している人とつながれるのが嬉しいです」(成田さん)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

管理人として特別なことは何もしていないという栗野さん。2021年2月に貧困の子ども支援の一般社団法人チョイふるを立ち上げました。「チョイふる」は、choicefullの略。生まれた環境で選択肢が限られてしまう子どもたちに、食事や居場所を提供し、親の生活相談を行っています。住人がボランティアに参加してくれたり、クラウドファンディングを応援してくれたり、人のつながりに助けられていると言います。

「集客的には入れ替わりが激しいので、大変な面はあります。4カ月ほどで退去する人が多いんです。成田さんも去年の12月に入居して4月にはカンボジアへ行くために退去しますしね。でも、抜けたり入ったりが多いからこそ、面白い人がどんどん集まって関係が広がっていく。日本に帰国したときの一時滞在の場所として今後も使ってもらえるといいんじゃないかな」(栗野さん)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスや共同書店「編境」で街の中に街をつくる

北千住の街の中にコンセプトの異なる5つのシェアハウスをつくった理由を山本さんにたずねるため、共同書店「編境」に伺いました。共同書店とは、本を売りたい人(棚主)で売り場(棚)をシェアするタイプの書店。古い一軒家を改装したお店は、通り過ぎても気づかないくらいです。ところが、扉を開けると、どこか懐かしい本屋さん。椅子もあって、つい長居をしてしまいそう。

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

なぜシェアハウスや共同書店を運営しているのでしょう?

「シェアハウスも、共同書店も街に仕事以外のつながりをつくれないか、そんな思いで始めました」と山本さん。

山本さんが北千住の街に関わるようになったのは、65歳以上向けの不動産サイト「R65不動産」の事業を法人化した2016年ころ。北千住にある中古住宅を活用してほしいと依頼を受け、以前運営したことのあるシェアハウスを北千住にもつくろうと考えました。シェアハウスは、当時、騒音問題や、部屋をきれいに使ってくれないのではというネガティブなイメージが大家さんにあり、別のエリアで経営したときは、周囲の風当たりが強かったと山本さん。

「でも、北千住の人たちは、『若い人で集まってるの? 楽しそうだね』と受け入れてくれました。東京芸大(東京藝術大学)千住キャンパスがあって街に学生やアーティスト、クリエイターが多く、もともと挑戦を受け入れてくれる街なんです。北千住は、今、バズワード的に盛り上がっていて、若い人が外からどんどん入ってきますが、再開発が進んで家賃の値上がりが著しく、だんだん窮屈な街になってきているなあと感じていました」(山本さん)

そこで、山本さんが考えたのは、街の中に1km圏内くらいの嗜好が近い人同士でつながる小さな街をつくること。その拠点となるのが、シェアハウスでした。運営するシェアハウスはそれぞれコンセプトが異なり、入居者のタイプも違います。

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

「賃貸住宅は住民同士が過度に干渉しない良さがありますがが、趣味や嗜好が近い人でつながるのも面白いんじゃないかと思ったんです。北千住ではありませんが、世田谷ではじめたのが、日替わり店長が開く『スナックニューショーイン』です。コロナ禍で閉店しましたが、世田谷の街に住んでいる劇作家、ライター、デザイナー、学生が店長になってくれました。ご近所の人との関わりって面倒くさいんだけど、つながりたい人とつながりたいっていう欲はすごくあるんだなと実感したんです。喋らなくてできるもので、北千住でやるなら何がいいだろう? と考えた末に生まれたのが、共同書店『偏境』でした」(山本さん)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

共同書店には、40名(2023年3月末現在)の棚主がリンゴ箱や木箱に選りすぐりの本を販売しています。棚主は、この街に住むアーティストや近くにある芸大の関係者、近所の人などさまざま。ポップを読むだけで楽しい気持ちになります。

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

年代問わず挑戦を応援する場所をつくっていきたい

シェアハウス、共同書店、今後予定しているギャラリーすべてを束ねるコンセプトはあるのでしょうか。

「あえてつくっていないんです。同じコンセプトだとつまらなくなるし、ぼくを嫌いな人は入って来にくくなる。シェアハウスで、コンセプトを決めたのは、『ショウガナイズ北千住』だけ。ぼくは、5棟のシェアハウスのいずれかに住んでいますが、満室になるとほかのシェアハウスへ移ります。一緒に住んでいると住民のやりたいことを応援するきっかけになるので楽しいですよ」(山本さん)

R65不動産の収入源は、賃貸物件を一括で借り上げ、入居者に転貸するサブリースによるもの。共同書店での収益にはこだわっていないといいます。

「共同書店は、一つの棚がひと月で3000円。1回お店番をすると1000円安くなるので、学生は月3回店番をして無料で使っている人もいます。シェアハウスもサブリースです。若い人で始めたい人はけっこういるのですが、自分でゼロからだとハードルが高いんです。初期費用は中古物件でも100万円以上、空き部屋が出ると賃貸料が持ち出しになるので無理になる。大家さんから見てみてもよくわからない人がシェアハウスをするのは受け入れられない。ぼくらが会社として間に入ることで実現できます」(山本さん)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

R65不動産は、65歳以上の入居希望者に物件を紹介する事業がメイン。ゆくゆくは、年齢に関係なく挑戦できる場所を北千住に増やしたいと考えています。

「だんだん5棟のシェアハウスそれぞれが村のようになってきました。一棟で6人ほど住民がいるので全員で32人。住民の友人で遊びに来る人も含めると80人を超えて関わり合っています。80人いれば、小さい飲食店が成り立つ購買力がある。月に一回ひとり3000円で飲みに行けば、24万円になりますから」

北千住の拠点全部をひっくるめて、オンラインでもリアルでもつながれる仮想の街「北千住浪漫シティ」をつくるのが山本さんの今の夢。浪漫は、挑戦を意味しています。

「祖母が76歳まで自営の薬局で働いていて元気だったんですよ。背筋が伸びて接客してる姿がすごくかっこよくて。そういう挑戦ができる小さな場所をつくっていきたいです」(山本さん)

点在するシェアハウスが拠点となり、つながりあって、街の中の小さな街へ。「北千住に来ると、夢が叶う」。受け入れる文化と新しい挑戦が、街の可能性を広げています。

●取材協力
R65不動産

40代共働き夫婦、群馬県の約70平米コンパクト平屋を選択。メダカ池やBBQテラスも計画中で趣味が充実

自分のライフスタイルに合った暮らしを実現できると、家選びの際に平屋を選ぶ人たちが増えています。40代の久保田さん夫妻も、家を新築する際、迷わず決めたのが平屋の一戸建てでした。タイルのテラスから庭とつながる、約22坪(約73平米)のコンパクトな家。その住み心地と、「多くの人に平屋をすすめたい」という理由をうかがいました。

2階はなくていい。コンパクトなワンフロアが理想

群馬県在住の久保田さん夫妻がお住まいなのは、22坪のコンパクトな平屋の家です。以前住んでいたのも、同程度の広さの平屋の賃貸住宅だったというご夫妻。「趣味で飼っているメダカが増えてしまって、今1000~2000匹くらいいるんです。以前の賃貸の家は古く、庭もなかったので、メダカの水槽を置ける庭付きの家に住み替えよう、と思ったのがきっかけでした」(久保田さん夫)

メダカがみるみる増えてしまったのが住み替えのきっかけだったといいます。庭先に置いたプレハブの小屋には、メダカに関連する道具がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

メダカがみるみる増えてしまったのが住み替えのきっかけだったといいます。庭先に置いたプレハブの小屋には、メダカに関連する道具がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

当初、中古の2階建ての家を見学したおふたり。そこは1階にキッチン、リビングと1部屋、2階に2部屋ある間取りでした。「内覧して、正直、2階はいらないなと思いました。ずっとふたり暮らしだから、部屋数があっても使わないですし。何十年か先、足腰が弱ってきたら、きっと2階には行かなくなって物置になってしまいそう。それなら、ワンフロアでコンパクトな平屋がいいなと思ったのです」(久保田さん妻)

その後、スマホで家探しをしていたところ、近所でモデルハウスを販売するという情報を見つけました。
「見学してみて、ひと目惚れ。廊下もない平屋のワンフロアで、吹き抜けで家中が明るく、住みやすそうだなと感じました。ロフトがあって、なんだか遊び心もあるなぁと」(妻)
ただ、その家は予算に合わなかったこと、完成品ゆえ仕様や色などが選べなかったため、改めて新築を依頼。土地探しから始めました。

22坪、2LDK。南側に3室ある、明るく開放的な住まい

ほどなくして、おふたりの仕事先から近い住宅地に約83.4坪の土地を見つけ、840万円で購入しました。「建物は、17坪、19坪、24坪、27坪の4つのプランのうち、19坪プランを選びました。ただ、住宅ローンは【フラット35】を使いたかったのですが、22坪以上でないと適用にならないとのこと。だけど24坪プランではうちには部屋が多すぎる。そこで相談して、19坪プランの居室部分を3坪分広げるかたちで、22坪の家を建てることにしたのです」(夫)

間取りは、いくつか用意されていたパターンのうち、3室が南に面した2LDKを選択。価格は1000万円台前半でした。

黒×茶色の外壁がシックな平屋。屋根にはソーラーパネルを設置しています。庭の右側、カバーをかけているのがメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

黒×茶色の外壁がシックな平屋。屋根にはソーラーパネルを設置しています。庭の右側、カバーをかけているのがメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

ずらりと並んだメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

ずらりと並んだメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

玄関ドアは明るいブルー。玄関ホールから居室につながり、廊下はありません(写真撮影/片山貴博)

玄関ドアは明るいブルー。玄関ホールから居室につながり、廊下はありません(写真撮影/片山貴博)

玄関脇はアウトドアグッズなどがしまえる土間状の収納スペース。ここにもメダカの鉢が(写真撮影/片山貴博)

玄関脇はアウトドアグッズなどがしまえる土間状の収納スペース。ここにもメダカの鉢が(写真撮影/片山貴博)

完成した住まいは、玄関ホールから洋室とLDKにつながっていて、リビングの奥に和室、キッチンの先に洗面脱衣室と浴室。廊下がなく、無駄なくまとまった間取りです。
「コンパクトなんだけど、キッチンも広いし、脱衣所もゆったりしていて着替えるのも楽です。洋室は寝室として使っていて、和室は今のところなにも置いたりせず、親や友人が泊まりにきたときに使えたらいいかなと思っています」(妻)

客間として使う予定の和室。物干しポール(オプション)もあり、室内干しもここで(写真撮影/片山貴博)

客間として使う予定の和室。物干しポール(オプション)もあり、室内干しもここで(写真撮影/片山貴博)

洗面脱衣所もゆったり広々(写真撮影/片山貴博)

洗面脱衣所もゆったり広々(写真撮影/片山貴博)

コンパクトだからとにかく家事が楽!のびやかな天井高は平屋ならでは。ロフトもプラスしました。テーブルを置かず、ダイニングスペースを広く使っています(写真撮影/片山貴博)

のびやかな天井高は平屋ならでは。ロフトもプラスしました。テーブルを置かず、ダイニングスペースを広く使っています(写真撮影/片山貴博)

当初のプランより広げたというLDKは18.5畳(30.63平米)とゆったり。天井が高く、オプションで2畳ほどのロフトもプラスしたそう。「実家ではロフトが自分の部屋だったので。でも、下で事足りてしまうし、ハシゴの上り下りが大変なので、今は使っていません」(夫)
壁紙の色は用意されていた3タイプから白ベースのカラーを選んだこともあり、明るくすっきり、広々と感じます。

白を基調にしたキッチン。リビングからカウンターの手元が見えないのですっきり(写真撮影/片山貴博)

白を基調にしたキッチン。リビングからカウンターの手元が見えないのですっきり(写真撮影/片山貴博)

「天井が高いのは憧れでした。以前住んでいた賃貸と広さはそんなに変わらないのに、おかげでここは開放的だなと感じます。ダイニングテーブルを置くと動線の邪魔になりそうだったので、食事はリビングのテーブルで。それもあって空間が広々と使えています。収納スペースも限られているけど、本当に使うものだけにして、すっきりさせています。いちばん気に入っているのは、家事が楽なところ。特に掃除は、お互い仕事をしているので週末に掃除機をかける程度ですが、10分もかからないで終わってしまうのがうれしい」と久保田さん(妻)は笑います。

シンプルな洋室はふたりの寝室に(写真撮影/片山貴博)

シンプルな洋室はふたりの寝室に(写真撮影/片山貴博)

動線も無駄がありませんよね。
「そこも便利だと感じています。うちの実家は3階建てで、私の部屋は3階にあったので、忘れ物をするといちいち3階まで階段を上がって取りに行かないといけなくて、それが本当に大変でした。今は車に乗ってから、『あ、アレ忘れた』と家に取りに戻っても、探すのは1階だけだからささっと(笑)。とても楽ちんです」(妻)
家の中の温度差がないのもよかった点。各部屋にエアコンは設置してありますが、この冬はリビングにある24畳用のエアコンのみ稼働させ、家中快適に過ごせたといいます。

休日はリビングでひたすらごろごろ

ふたりともテレビを見るのが大好きで、リビングのソファでまったり、お酒を飲みながら過ごすのがなによりの楽しみだといいます。
「せっかく庭もあるので、これから活用していきたいですね。先日、暖かい日に七輪を出して焼肉をしたんです。春にはBBQするのもいいな」と妻。

ソファでテレビを見ながら過ごすのが楽しみというふたり(写真撮影/片山貴博)

ソファでテレビを見ながら過ごすのが楽しみというふたり(写真撮影/片山貴博)

夫は「以前鯉を飼っていた知人が、ひょうたん型の大きな生簀をくれたので、庭に置いてメダカを放したんです。ここに屋根を付けたり、自然池みたいにしたい」と夢がふくらみます。
両親が遊びに来たときも、「ここはふたりにちょうどいい広さだね!」と絶賛したという住まい。ストレスなくのびのび過ごしているおふたりの姿が印象的でした。

大きな生簀にたくさんのメダカが。いずれは屋根も付ける予定(写真撮影/片山貴博)

大きな生簀にたくさんのメダカが。いずれは屋根も付ける予定(写真撮影/片山貴博)

久保田さんがこの家で暮らして半年ほど。今後どんな方に平屋ライフをおすすめしたいですか?
「もう、みんなにすすめたいです。土地が狭いとどうしてもスペースが足りず2階建て、3階建てになってしまうと思うんですけど、ある程度土地の広さがあれば、平屋ってとても便利ですよ、と伝えたいです。普段の家事も、メンテナンスや将来的にリフォームするのも楽だと思います。うちは屋根に太陽光発電をのせているんですが、いつか劣化して交換するときも、2階建てより平屋の方が便利ですよね」(妻)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

ふたり世帯、シニア世帯のニーズを捉えるコンパクト平屋

平屋商品に注力するIKI株式会社(ケイアイスター不動産グループ)によると、平屋の販売数は年々増加傾向にあるといいます。特に契約者の割合が高いのは、夫婦/パートナーとのふたり世帯、次いでシニアで、年齢でいうと40~50代の関心を集めているようです。

まさしく久保田さん夫妻のように、ふたり世帯からの注目が高まる平屋暮らし。一戸建てといえば、部屋数を確保した2階建てをイメージしがちですが、自分たちの暮らし方によりフィットした、シンプルでミニマルな平屋、そんな選択肢も定着しつつあるのだなと実感しました。

●取材協力
ケイアイスター不動産株式会社
規格型平屋注文住宅IKI(イキ)
※ひら家IKIは、ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する商品です