住宅でも高まる「スマートロック」人気。どんな鍵?なぜ人気がある?

「スマートロック」が普及し、進化している。それはさまざまなメリットがあるからだ。スマートロックとはどんなものか、なぜ普及しているのかについて見ていこう。【今週の住活トピック】
近づくだけで解錠できる最強のスマートロック発売/エナスピレーション

鍵を使わずに鍵を開ける?スマートなロックとは?

「スマートロック」とは、鍵(キー)を使わずに玄関の解錠や施錠をする仕組みのこと。従来は、鍵を錠前に差し込んで、錠前の形状と鍵ヤマが一致することで解錠するのだが、スマートロックはITを使って一致することを認証する。認証の方法はいろいろあるが、最近では、スマートフォン(スマホ)を使う方法が一般的になっている。

そのメリットは利便性にある。帰宅したときに、鍵を探して取り出し、ダブルロックなら2回差し込んで解錠するという工程が不要になる。なかにはスマホを近づけるだけで解錠できるものもあり、両手に荷物を持っていても解錠がラクにできる。

(画像提供:エナスピレーション)

(画像提供:エナスピレーション)

また、スマートロックの多くは、一定時間を過ぎると自動で施錠するオートロック機能が備わっているので、鍵のかけ忘れの心配がない、という防犯上のメリットも。

「ファミリーキー」や「ゲストキー」の合鍵を発行することも可能で、不在時に一定時間だけ解錠できるゲストキーを使って知人を入室させることも可能だ。

その一方で、スマホを持たずに外に出て自動施錠で締め出されることもあれば、システムトラブルや電池切れなどで認証が行われないというリスクもある。そうした場合の対応方法をあらかじめ用意しておく必要もある。

今回リリースを紹介した、エナスピレーションのスマートロックは、スマホアプリに加え、指紋、カード、暗証番号などさまざまな解錠方法に対応することで、締め出しにも対応し、開き戸だけでなく引き戸にも使える製品だという。

こうした多様な製品が登場することで、スマートロックの利用者が増えているのが現状だ。

住宅を仲介する現場では、「セルフ内見」のニーズが高かった!

そもそも筆者が、住宅のスマートロックを知るようになったのは、住宅を仲介する現場で使われるようになったことからだ。

賃貸住宅や中古住宅を仲介する場合、部屋の内見のために、借り手や買い手側の不動産会社の営業担当者が大家や売り手側の不動産会社から鍵を受け取り、現地に行って鍵を開ける必要があった。あるいは、内見する家のどこかに設置されたキーボックスの暗証番号を聞いて、営業担当者がキーボックスから鍵を取り出して解錠するかになり、いずれの方法でも営業担当者が必ず現地に行かなければならない。

案内する側にとっては、住み替えのオンシーズンになると、平日の夕方や週末に内見者が増えて手が回らないという課題があり、内見する側にとっては、好きな時間に見たい、営業担当者なしでじっくり見たいという要望があった。

この課題を解決したのが、スマートロックだ。スマートロックを使うことで、営業担当者不在でも「セルフ内見」ができるようになった。

また、賃貸住宅では、入居者が入れ替わるとその都度、防犯上の理由から鍵を交換するのが一般的だ。所有する貸室の鍵をスマートロックに切り替えれば、鍵自体(キーシリンダー)を交換する必要がなくなるため、手間も費用も掛からない。こういったこともあって、特に賃貸住宅でスマートロックが普及していった。

さて、不動産会社や大家側の課題は別として、利用する側の利便性も認知されるようになった。特にITの利用に慣れている若い世代にとっては、スマートロックの認証方法を理解し、上手な活用も検討できるので、より利便性を感じることができる。

住宅にスマートロックが搭載されていない場合でも、既存の鍵にカバーをかぶせる後付けの製品を使って、個人単位で利用することもできる。こうした環境を受けて、今後もスマートロックの普及と進化が続くことだろう。

名古屋・円頓寺商店街のアイデアに脱帽! 初の「あいちトリエンナーレ」会場にも

2019年10月14日(月)まで開催中の「あいちトリエンナーレ2019」。愛知県で2010年から3年ごとに開催されている、国内最大規模の現代アートの祭典は今年で4回目。企画展「表現の不自由展・その後」の展示中止問題を耳にした人も多いだろうが、それは全体の作品の中の一部。ほかにも愛知県の街中を広く使って、さまざまな現代アートを展示しているイベントだ。筆者は毎回参加しており、現代アートに詳しくなくても、気負わずに世界の新しい感性に触れられる場だと感じている。
都心部の美術館を飛び出して、名古屋市内外の街なかで作品の展示や、音楽プログラムを実施する2会場のうち1つに、名古屋の下町にある商店街が選ばれた。ここ数年、店主手づくりの祭りの開催などで話題を集め続ける、円頓寺(えんどうじ)商店街だ。四間道・円頓寺地区では10カ所でアートの展示などのプログラムが実施されている。
店主のパワーを集積してシャッターを開けた、名古屋の元気な商店街

円頓寺商店街は、名古屋駅から2km以内の距離。高層ビル群から北東へ15分ほど歩くと、精肉店が店頭でコロッケを揚げる、昔ながらの下町の風景が広がる。すぐ隣には、江戸時代からの土蔵が残る街並みの四間道(しけみち)エリアもあり、タイムトリップしたような気持ちにさせられる。この「四間道・円頓寺」地区が、今回初めて、「あいちトリエンナーレ」の会場の一つに選ばれたのだ。

昨今、全国にある商店街の多くがシャッター街と化しているように、かつて円頓寺商店街も衰退の道をたどっていた。そんな円頓寺界隈を活性化させようと、2005年には円頓寺界隈に特化した情報誌が発行され、2007年には「那古野下町衆」という有志のグループが結成された。以来、円頓寺界隈の情報発信や魅力ある新店の空き店舗への誘致など、少しずつ商店街復活に向けて取り組んできた。

そして2013年に、店主が企画した「円頓寺 秋のパリ祭」が大ヒット。このイベントでは、アーケード街に、人気フレンチのデリや花、ブロカント(古道具)などを売る屋台約80店舗が並び、アコーディオンの演奏が流れる。今年で6年目を迎えるが、年々熱が高まり、近年は歩きにくいほどの人出だ。

また、2015年には老朽化していたアーケードを改修。これは太陽光パネルを搭載し、売電で商店街の収入も得られるという優れものだ。この年、パリ最古といわれるアーケード商店街「パッサージュ・デ・パノラマ」と姉妹提携し、パリ祭は本場のお墨付きとなった。

2015年に改修し、モダンで実用的に生まれ変わったアーケード。現在はトリエンナーレ仕様で、アーケードから吊るされたロープが珊瑚色になっていることにも注目。これはトルコ出身のアーティスト、アイシェ・エルクメンによる作品「Living Coral / 16-1546 / 商店街」(2019年)(写真撮影/倉畑桐子)

2015年に改修し、モダンで実用的に生まれ変わったアーケード。現在はトリエンナーレ仕様で、アーケードから吊るされたロープが珊瑚色になっていることにも注目。これはトルコ出身のアーティスト、アイシェ・エルクメンによる作品「Living Coral / 16-1546 / 商店街」(2019年)(写真撮影/倉畑桐子)

あいちトリエンナーレの候補地になり、新理事長が芸術監督を案内

四間道・円頓寺界隈が「あいちトリエンナーレ2019」の開催地に内定という第一報があったのは、2018年1月だという。前後の活動について、「喫茶、食堂、民宿。なごのや」のオーナーで、円頓寺商店街振興組合で2018年5月から理事長を務める田尾大介さんにお話を聞いた。

「僕はこれまでも、円頓寺界隈を訪れる機会がなかった人を、宿に引き込んできました。あいちトリエンナーレを含め、今取り組んでいることのすべては、これまで『商店街が盛り上がればいい』と思って行動してきたことの延長線上にあります」と話す。

「2年ほど前に、四間道・円頓寺界隈があいちトリエンナーレのまちなか会場の候補地になっているという話があり、2017年から、津田大介芸術監督や実行委員会の方が、度々下見に訪れるようになりました。僕たちは、一緒に街の見どころなどを案内して回りました」

「なごのや」の名物タマゴサンド。きれいに巻かれた熱々の玉子焼きと、マヨネーズ和えのキュウリが好相性で、リピートしたくなるやさしい味(写真撮影/倉畑桐子)

「なごのや」の名物タマゴサンド。きれいに巻かれた熱々の玉子焼きと、マヨネーズ和えのキュウリが好相性で、リピートしたくなるやさしい味(写真撮影/倉畑桐子)

1階が喫茶店兼食堂、2階がゲストハウスになっている「なごのや」。外国人旅行客も多く訪れる、商店街のランドマークだ(写真撮影/倉畑桐子)

1階が喫茶店兼食堂、2階がゲストハウスになっている「なごのや」。外国人旅行客も多く訪れる、商店街のランドマークだ(写真撮影/倉畑桐子)

プロジェクトチームを結成し、街とアーティストをマッチング

「津田大介芸術監督は、アーケードのある商店街と、古い街並みが気に入ったと話していました」と振り返るのは、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局の竹内波彦さんだ。

開催地に決定後すぐに、田尾さんたち円頓寺商店街界隈のメンバーは、まちなか展開のプロジェクトチーム「あいちトリエンナーレ 四間道・円頓寺地区推進チーム」を結成。

「街の中のどこにアートを展示するかを、僕らもゼロベースから考えなくてはなりません。『こういうところにこんな空きスペースがあるから使えるのでは』とこちらから提案することもあれば、逆に『このような展示をしたいから、それに合う場所はないか』というアーティストやキュレーターからの要望もありました。街とアーティストとのマッチングはかなり大変でした」

円頓寺商店街には古くから続く店も多い。「この地域の歴史も生かした展示がしたい」と考えるアーティストも多かった。

「やはり、初めてのことなので……引き受けたときはこんなに大変だとは思わなかった」と苦笑いする田尾さん。最初に話を聞いたときは、「いいじゃん!」と手放しで喜んだという。

「県内で行われる一番大きなアートイベントであり、アートで地域を盛り上げるというテーマもいい。商店街やこの地域に人が訪れるきっかけをどうつくるかは、いつでも一番の課題です。中でも“アート”という切り口は、自分たちだけでは持てないものなので、円頓寺界隈に新たな魅力を持ち込んでもらえることがうれしかったですね」

また、円頓寺界隈にはギャラリーもあり、プロジェクトチームの中には、元々アートに興味を持っているメンバーもいたという。

「視察のときから、そういったメンバーの観点をプラスして、街を紹介できたのもよかったのではないかと思います」

円頓寺商店街の中にある「ふれあい館えんどうじ」では、会場マップの配布や有料展示のチケットを販売(写真撮影/倉畑桐子)

円頓寺商店街の中にある「ふれあい館えんどうじ」では、会場マップの配布や有料展示のチケットを販売(写真撮影/倉畑桐子)

地域住民に理解を求める事前準備に、何より注力

当初から田尾さんは、事務局側に「地元の人あってこその商店街」だと強調していた。「あいちトリエンナーレが来ることで、街の良さやあり方が変わってしまうなら、必要ないと思いました」と話す。

「田尾さんに『まず、住民の人に向けて説明会を開かないと』と言われて、初めて気付かされた。ありがたかったです」と、前出の竹内さんは言う。

プロジェクトチームからの提案を受け、2018年12月、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局は、地域住民に向けた説明会を旧那古野小学校の体育館で実施した。津田大介芸術監督からの企画概要の説明に、約80人の住民が耳を傾けた。これは前例がないことだという。また今年4月には、ジャーナリストの池上彰氏を招き、同じ場所で事前申込者向けのプレイベントも実施している。

「あいちトリエンナーレで新しいお客さんが来たら、お店の人は喜ぶけれど、地域に住む人の反応は違いますよね。今回のことに限らず、地域の人に迷惑をかけるイベントなら意味がない。だから、事前の段取りには何より注意を払いました」と田尾さん。

説明会の実施によって、地域に住む人も「街に何が起きているかが分かっているし、変化の具合も受け入れられる範囲だと知っている」ことから、「変に日常を変えられることなく、街自体はすごくいいスタートを切ることができました」と話す。

会期中は毎週、木曜から日曜の19時から「円頓寺デイリーライブ」という音楽プログラムが実施されている。長久山円頓寺駐車場の特設ステージで、さまざまなアーティストが、アコースティックの弾き語りなどの音楽ライブを繰り広げる。

「それでも、人が集まりすぎてどこかに迷惑がかかるようなこともなく、音楽が好きな人がやって来て、いい感じに過ごしている。これなら、アートと一緒になった街づくりもいいなと思えます」と田尾さん。

「円頓寺デイリーライブ」が行われるのは、鷲尾友公による「情の時代」がテーマの壁画「MISSING PIECE」(2019)前(写真撮影/倉畑桐子)

「円頓寺デイリーライブ」が行われるのは、鷲尾友公による「情の時代」がテーマの壁画「MISSING PIECE」(2019)前(写真撮影/倉畑桐子)

商店街の中にトリエンナーレを取り込んで、一体となったおもてなし

四間道・円頓寺地区の10カ所の展示やプログラムのうち「メゾンなごの808」「幸円ビル」「伊藤家住宅」の3つの見学は有料となっているが、他は無料。自由に作品を見て回りながら、名古屋市町並み保存地区である四間道や、円頓寺商店街、江川線を挟んで隣接する円頓寺本町商店街をブラブラ散策できる。勝手に自分の名前を掲示するというグゥ・ユルーの「葛宇路」(2017年)や、古いスナップ写真の人物への妄想を膨らませ、ポーズを再現したリョン・チーウォー+サラ・ウォンの「円頓寺ミーティングルーム」(2019年)など、考える前にクスッと笑ってしまうような作品もあり、肩肘を張らずに楽しめる。

円頓寺銀座街店舗跡に自分の名前を掲示した標識は、グゥ・ユルーの作品「葛宇路」(2017年)(写真撮影/倉畑桐子)

円頓寺銀座街店舗跡に自分の名前を掲示した標識は、グゥ・ユルーの作品「葛宇路」(2017年)(写真撮影/倉畑桐子)

円頓寺商店街・四間道界隈店舗では、「トリエンナーレチケット提示サービス」として、割引や1ドリンク付きなどのサービスを38店が実施。8店は「トリエンナーレコラボメニュー」として料理やドリンク、グッズを提供している。

また、期間中は「パートナーシップ事業」として、界隈の6つのギャラリーで展示やイベントを開催。それらの情報は、円頓寺界隈の情報誌の別冊として、1冊のパンフレットに分かりやすくまとめられている。

界隈で店を営む女性メンバーで制作する円頓寺・四間道界隈の情報誌『ポゥ』の別冊として、あいちトリエンナーレのガイドブックを発行(写真撮影/倉畑桐子)

界隈で店を営む女性メンバーで制作する円頓寺・四間道界隈の情報誌『ポゥ』の別冊として、あいちトリエンナーレのガイドブックを発行(写真撮影/倉畑桐子)

「商店街としては、訪れる人への対応という意味で、いつもどおりのおもてなしをしているつもりです。トリエンナーレの総合案内所である『ふれあい館えんどうじ』も商店街の中に設置していますし、店側はサービスに協賛するだけでなく、街の中にトリエンナーレを取り込んで、本体と一緒になっておもてなししている気持ちです」と田尾さん。

会期中は、四間道・円頓寺地区における拠点「なごのステーション」にあいちトリエンナーレ実行委員会事務局のスタッフも常駐する。ボランティアスタッフも多く、各店も協力的なので、訪れた人が「どこをどう回ったらいいのか?」と迷うことも少なそうだ。

店によっては、リョン・チーウォー+サラ・ウォンの作品に写真を提供したり、越後正志の「飯田洋服店」(2019年)のために古い什器を探したりするなど、アーティストの作品制作を手伝ったケースもあり、まさに、街とあいちトリエンナーレが一体となって取り組んでいる印象がある。

越後正志の「飯田洋服店」(2019年)は、円頓寺本町商店街にある実際の店との出会いから生まれた作品(写真撮影/倉畑桐子)

越後正志の「飯田洋服店」(2019年)は、円頓寺本町商店街にある実際の店との出会いから生まれた作品(写真撮影/倉畑桐子)

円頓寺界隈に住む人が昔の写真を提供した、リョン・チーウォー+サラ・ウォンの「円頓寺ミーティングルーム」(2019年)(写真撮影/倉畑桐子)

円頓寺界隈に住む人が昔の写真を提供した、リョン・チーウォー+サラ・ウォンの「円頓寺ミーティングルーム」(2019年)(写真撮影/倉畑桐子)

「円頓寺デイリーライブ」の終了後も、訪れた人が余韻に浸れるよう、夜7~8時ころからのドリンクやスイーツメニューを自主的に充実させたという店もあるという。

「デイリーライブというナイトエンターテインメントは、あいちトリエンナーレで初の試みです。愛知芸術文化センターなど別会場での展示が終わってから、こちらのライブに流れてくるお客さんもいるので、そういった人にも引き続き楽しんでもらえれば」と田尾さんは話す。

作品の展示も行われている拠点「なごのステーション」は、円頓寺商店街と四間道エリアの間に位置する。作品の制作期間中は、2階がアーティストの作業場や宿泊所としても活用された(写真撮影/倉畑桐子)

作品の展示も行われている拠点「なごのステーション」は、円頓寺商店街と四間道エリアの間に位置する。作品の制作期間中は、2階がアーティストの作業場や宿泊所としても活用された(写真撮影/倉畑桐子)

パートナーとして選ばれるような、「面白い」街づくりを

最後に、全国の商店街の示唆にもなるような、日ごろからの取り組みはないかと聞いてみた。

「トリエンナーレで言えば、誘致するものではなく選んでもらうもの。商店街で何かをしたからトリエンナーレがくるのではなくて、自分たちが価値を出し合った結果、こういう広がりにつながっていくのではないでしょうか。

商店街とは、商売をしながら街をつくっていくものなので、一つ一つのお店の魅力や、サービスの良さの集合体で成り立っています。それでお客さんを満足させて、また来たいと思わせる何かがあるか、ということ。街の数だけ色々な展開があると思いますが、いつか芸術監督が下見に来たときに、『面白そうだ』と思われる街になっているかどうかです。それは自分たち商店主自身が、いかに日ごろからお客さんのことを考えているかによるのでは」

「一時的にワーッと盛り上がるのではなく、好きな人が思い思いに過ごしながら、街とアートが融合している方がいい」と話す田尾さん。そういった意味で、四間道・円頓寺界隈とあいちトリエンナーレは合っているように感じるという。

トリエンナーレの期間終了後については、「壁画やロープは街の中に残せるだろうし、“アフタートリエンナーレ”のように、今回の縁で繋がったアーティストやキュレーターのみなさんと、何かを仕掛けるのも面白そうですね」と思いを巡らせる。

「これをきっかけに、1日に一人か二人でも、この界隈をフラフラするファンが増えてくれたらいいな」とのことだ。

アートには詳しくないけれど、筆者は2010年のスタート時から、毎回あいちトリエンナーレを楽しんでいる。これまでは愛知芸術文化センターを中心に見ていたが、今回、円頓寺界隈のファンになり、街とアートが一体となった「まちなか会場」の魅力に目覚めた。あいちトリエンナーレを回る楽しみがまた増えた。

●取材協力
・円頓寺商店街振興組合
・あいちトリエンナーレ実行委員会事務局

デュアルライフ・二拠点生活[17] 都会のオフィスを離れ、徳島で働き・暮らす夏 “ワーケーション”で働き方改革を

徳島県三好市(みよしし)、周囲を山に囲まれた吉野川の渓谷は大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)と呼ばれ、国の天然記念物や名勝にも指定された観光の名所でもある。渓流を利用したラフティング、紅葉などで人気の高い場所だ。そんな自然に恵まれた山間の街をサテライトオフィスとして社員が長期滞在し、働き、暮らす。そんな試みを野村総合研究所(以下、野村総研)が行っているという。巨大IT企業と山間の街、意外な組み合わせが生み出す効果とは? 三好市に行ってみた。徳島県三好市。四国では一番広い市で、日本で初めてのラフティング世界選手権や、アジアでは初となるウェイクボード世界選手権も開催されるウォータースポーツの街としても注目を集めている(写真撮影/上野優子)

徳島県三好市。四国では一番広い市で、日本で初めてのラフティング世界選手権や、アジアでは初となるウェイクボード世界選手権も開催されるウォータースポーツの街としても注目を集めている(写真撮影/上野優子)

三好市の市街地の中心にあるJR阿波池田駅。特急も停まる四国交通の古くからの要所。ホームが5つあるのは四国ではこの駅と高松駅のみで、鉄道マニアによく知られた駅だ(写真撮影/上野優子)

三好市の市街地の中心にあるJR阿波池田駅。特急も停まる四国交通の古くからの要所。ホームが5つあるのは四国ではこの駅と高松駅のみで、鉄道マニアによく知られた駅だ(写真撮影/上野優子)

連載【デュアルライフ・都会と地方とで新しい働き方を】
今、デュアルライフ(二拠点生活)に注目が集まっています。空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、特別な富裕層、リタイヤ層でなくてもデュアルライフを楽しむ選択肢がでてきているのも背景です。しかし、自分の希望する仕事は都会にしかないし、いける頻度も限られるし、デュアルライフの実現に、自由な働き方は不可欠。そんな新しい働き方に取り組む企業や、個人についてシリーズで紹介していきます。徳島県三好市をサテライトオフィスにした実験的な取り組み古くからの面影が残る本町通り。このあたり一帯は、幕末から明治にかけて刻みたばこ産業で発展してきた(写真撮影/上野優子)

古くからの面影が残る本町通り。このあたり一帯は、幕末から明治にかけて刻みたばこ産業で発展してきた(写真撮影/上野優子)

四国のほぼ真ん中に位置し、古くから宿場町としても栄えてきた三好市は、さまざまな人とモノとが交流する拠点となってきた歴史を持つ。中心街となるJR阿波池田駅を降り、アーケード付きの昔ながらの商店街、刻みたばこ業で栄えた商家の並ぶ風情ある街並みを抜けた先に三好市交流拠点施設『真鍋屋』愛称MINDE(ミンデ)がある。広い中庭を有するこの空間は、江戸時代は刻みたばこ業、その後、醤油(しょうゆ)製造で栄え、三好のシンボルとも言える場だった。事業終了後、この真鍋屋の土地家屋は持ち主の好意により市に寄贈、リノベーションを経て、現在の地域交流拠点施設となった。野村総研では、三好市をサテライトオフィス兼宿泊場所として年に3回、約1カ月間ずつ従業員を派遣しており、今回はここ、真鍋屋がその場となった。三好キャンプと呼ばれるこの取り組みは、2017年冬から始まりすでに5回。普段は東京大手町・横浜のビルで働くのべ60人余りの社員が参加し、実験的な活動が続いている。

歴史を感じさせる真鍋屋MINDEの外観(写真撮影/上野優子)

歴史を感じさせる真鍋屋MINDEの外観(写真撮影/上野優子)

正面。「MINDE(みんで)」は食べてみんで、寄ってみんで、のように気軽にしてみない?という意味でつかわれる地元の方言(写真撮影/上野優子)

正面。「MINDE(みんで)」は食べてみんで、寄ってみんで、のように気軽にしてみない?という意味でつかわれる地元の方言(写真撮影/上野優子)

真鍋屋は大きなガラス窓の開放的な日本家屋が中庭を取り囲む構造。中庭ではマルシェやジャズフェスティバル、結婚パーティーが行われることも(写真撮影/上野優子)

真鍋屋は大きなガラス窓の開放的な日本家屋が中庭を取り囲む構造。中庭ではマルシェやジャズフェスティバル、結婚パーティーが行われることも(写真撮影/上野優子)

起きてすぐ起動! 明るい時間に街と自然を堪能

私たち取材班が真鍋屋に着くと、サテライトオフィスと中庭を挟んだ古民家カフェ「MINDE KITCHEN(ミンデキッチン)」へ。まずは野村総研の従業員の方と一緒にランチをいただいた。ここでは、新鮮な地元の野菜を使った食事が楽しめ、2階部分はドリンク片手に自習する学生たちも。ランチの間も、ベビーカーを押した地元のママや、夏休み前で早く授業を終えた高校生たちがやってくる。中庭には地域猫の「ぬし」ちゃんがパトロール。生活者がいる風景、普段の都会の社員食堂とは違う、リラックスした雰囲気だ。

リノベーションで梁部分をむき出しにしたことで開放的な空間になっている(写真撮影/上野優子)

リノベーションで梁部分をむき出しにしたことで開放的な空間になっている(写真撮影/上野優子)

2階の畳スペースで勉強をしていた地元高校生たち。2階には他にも会合やサークル活動などにも使えるフリースペースも(写真撮影/上野優子)

2階の畳スペースで勉強をしていた地元高校生たち。2階には他にも会合やサークル活動などにも使えるフリースペースも(写真撮影/上野優子)

(写真撮影/上野優子)

(写真撮影/上野優子)

野菜中心でヘルシーなビュッフェスタイルのランチが提供されている(写真撮影/上野優子)

野菜中心でヘルシーなビュッフェスタイルのランチが提供されている(写真撮影/上野優子)

そしてワークスペースへ。昼食を終え、午後の業務が始まった。真鍋屋の中庭を望む土間タイプの室内に、大きなテーブルを置き、各々ワークを行う。東京との会議は、会議システムを使って音声や資料のやり取りをする。従業員参加者に聞くと、音声の遅れ等、特に不便は感じないという。

中庭に面したワークスペース。お試しオフィスとして、三好市に起業・開業する際の準備拠点としても利用ができる(写真撮影/上野優子)

中庭に面したワークスペース。お試しオフィスとして、三好市に起業・開業する際の準備拠点としても利用ができる(写真撮影/上野優子)

ワークスペースを対面のカフェから望む。中庭を挟んですぐだから仕事中のちょっとした休憩にもカフェとの間を行き来できる(写真撮影/上野優子)

ワークスペースを対面のカフェから望む。中庭を挟んですぐだから仕事中のちょっとした休憩にもカフェとの間を行き来できる(写真撮影/上野優子)

仕事中もふいと中庭に現れる地域猫のぬしちゃん(写真撮影/上野優子)

仕事中もふいと中庭に現れる地域猫のぬしちゃん(写真撮影/上野優子)

実は徳島は県全域に光ファイバーが普及した通信環境が強みの県、CATV網の普及率は7年連続日本一という。交通利便性が低く、企業誘致が難しい課題に対し、この環境を活かして企業のサテライトオフィスを誘致しようと長く取り組んできたことが成果を上げてきており、現在65社(うち三好市は8社)の誘致に成功している。通信網は、その環境にどれだけ利用があるかで速度に差が出る。高速道路に例えると利用者の多い都会は渋滞しているのに比べ、ここ徳島はガラガラの道路をスイスイと走行しているようなものだという。

このワークスペースの2階と奥の主屋部分が宿泊できるようになっており、野村総研の従業員はそれぞれ個室に寝泊まりしている。ダイニングキッチン、リビングは共用で、仕事を終えると、近くのスーパーに買い出しに行ってみんなで鍋を囲み、朝はそれぞれ好きなものを好きな時間に食べて仕事に臨む。

左/ワークスペースの奥の共同ダイニングキッチン 右/2階の宿泊場所。もともと民家として利用されていたのでアットホームな雰囲気(写真撮影/上野優子)

左/ワークスペースの奥の共同ダイニングキッチン 右/2階の宿泊場所。もともと民家として利用されていたのでアットホームな雰囲気(写真撮影/上野優子)

「宿泊施設がオフィスですから、朝のスタートダッシュがとにかく早いですね。東京だと、9時から仕事を始めるにも、1時間以上前には家を出て、まず満員電車通勤に疲れ、仕事のスイッチを入れるのにコーヒーで一服、と起動に時間がかかるところが、ここなら、起きて朝食を食べたらすぐにフル稼働です。7時から仕事を始めて16時に終えてしまうといったことも。先日、夕方の明るいうちから、かつてたばこ産業や宿場町として栄えた歴史ある街道や吉野川の自然をレンタサイクルでめぐるツアーに参加してきました。とにかく1日を有効に使えますね」(従業員参加者)
通勤時間に追われ、毎日同じ景色を見ている都会での働き方とは時間の流れ方が大きく違うわけだ。

ポルタリングと呼ばれるレンタサイクルのツアーで、ガイドが付いて、史跡を巡りながら説明を受けることができる。今回は夕方5時から1時間ほどのツアーに参加。半日コースや一日コースなども。地元を盛り上げる企画として事業化しており海外からの問い合わせも多いそう(写真提供/野村総合研究所)

ポルタリングと呼ばれるレンタサイクルのツアーで、ガイドが付いて、史跡を巡りながら説明を受けることができる。今回は夕方5時から1時間ほどのツアーに参加。半日コースや一日コースなども。地元を盛り上げる企画として事業化しており海外からの問い合わせも多いそう(写真提供/野村総合研究所)

キャンプ参加者が撮影した土讃本線の大歩危小歩危。偶然出会った地元の撮り鉄に、吉野川水面ぎりぎりで撮れるスポットを案内してもらったおかげで、このような絶景が撮れた。前日の雨で増水した川と特急南風を収めた一枚は人気鉄道雑誌が運営する「今日の1枚」に選ばれ、三好の方もとても喜んだそう(写真提供/野村総合研究所)

キャンプ参加者が撮影した土讃本線の大歩危小歩危。偶然出会った地元の撮り鉄に、吉野川水面ぎりぎりで撮れるスポットを案内してもらったおかげで、このような絶景が撮れた。前日の雨で増水した川と特急南風を収めた一枚は人気鉄道雑誌が運営する「今日の1枚」に選ばれ、三好の方もとても喜んだそう(写真提供/野村総合研究所)

夕方の真鍋屋。カフェは18時まで営業しており、手前側には、22時まで営業する日本酒バーも。地域の人たちの交流の場となっている(写真撮影/上野優子)

夕方の真鍋屋。カフェは18時まで営業しており、手前側には、22時まで営業する日本酒バーも。地域の人たちの交流の場となっている(写真撮影/上野優子)

一度きりで終わらない、地域の人との交流とビジネスを生む工夫も

野村総研ではこのキャンプで地域貢献や、地域特有の課題解決にも挑戦している。地元の学校へのロボットやVRをテーマとした出張授業、行政職員向けに業務改善を目的としたIT勉強会、鳥害獣害や水害などに対するITを活用した対策検討などだ。またこれらオフィシャルな活動だけでなく、「四国酒祭り」や「やましろ狸まつり」といったローカル活動へのボランティア参加も積極的に行っている。キャンプには前回参加した従業員を案内役として必ず1名以上入れることで、せっかく顔見知りになった縁が途切れずに、次のキャンプ参加者につなげていけるよう運営も工夫をしている。この三好キャンプにも早期から関わり、毎回参加している野村総研 福元さんが街中を歩けば、役場の人、商店の人、あちこちから声をかける人が現れる。今回が初めてという参加者も、おかげでスムーズに地域の人たちとの交流に入ることができたという。

三好市へ貢献したいとの思いから出前授業で実施している、カードを使ってゲーム形式で情報システムを学ぶプログラム。3DVRやリモート操作ロボットの最新IT機器体験も用意しており、子どもたちからはいつもと違った授業で、初めての体験ができたと好評を得ている。講師役の従業員も、素直に喜んでくれる様子を見て喜びを感じるという(写真提供/野村総合研究所)

三好市へ貢献したいとの思いから出前授業で実施している、カードを使ってゲーム形式で情報システムを学ぶプログラム。3DVRやリモート操作ロボットの最新IT機器体験も用意しており、子どもたちからはいつもと違った授業で、初めての体験ができたと好評を得ている。講師役の従業員も、素直に喜んでくれる様子を見て喜びを感じるという(写真提供/野村総合研究所)

真鍋屋で開催された三好市へ新たに移住された方と先輩移住者との交流を目的としたBBQ交流会。野村総研従業員は会場設営や炭焼き担当としてサポート参加。移住者には三好で新しい事業を起こしている方もいて、自身の働き方の見直しという観点からも、野村総研従業員が気づきや刺激をもらう場となった(写真提供/野村総合研究所)

真鍋屋で開催された三好市へ新たに移住された方と先輩移住者との交流を目的としたBBQ交流会。野村総研従業員は会場設営や炭焼き担当としてサポート参加。移住者には三好で新しい事業を起こしている方もいて、自身の働き方の見直しという観点からも、野村総研従業員が気づきや刺激をもらう場となった(写真提供/野村総合研究所)

「都会では職場の人間関係ばかりになりがちですが、ここでは多様な人と交流を持つ場があり、その出会いからいろんなところを案内していただきました。商店街を歩いていても、JR四国の備品をシンボルにした鉄道好きにはたまらないおしゃれなカフェやゲストハウス、都会にあっても驚くほど種類が豊富なワインショップなど、個性あるお店も多いんです。歴史的にさまざまな人たちが行き交う宿場町だったことからも、情報感度の高い人が集まりやすい街だそうです。今では馴染みのお店も増えて気軽に行くことができます」(福元さん)

農家の方の誘いで、野菜収穫と野菜のみのBBQを体験。トマト、ナス、キュウリなどの夏野菜の収穫はほとんどの社員が初体験で、その場でかじる採りたて野菜のおいしさにも感激。トマトが苦手だった社員が食べられるようになったとも(写真提供/野村総合研究所)

農家の方の誘いで、野菜収穫と野菜のみのBBQを体験。トマト、ナス、キュウリなどの夏野菜の収穫はほとんどの社員が初体験で、その場でかじる採りたて野菜のおいしさにも感激。トマトが苦手だった社員が食べられるようになったとも(写真提供/野村総合研究所)

非日常環境での経験をキャリアの見直し、イノベーションに

野村総研といえば、シンクタンクとしての役割はもちろん、コンサルティング、システム開発など、幅広い分野でビジネスを支える企業。そんな野村総研がこのキャンプで挑戦していることは、働き方改革の推進、地域貢献活動、そしてイノベーションの創出だ。都心に人も職も一極集中しているなか、地方は高齢化や過疎などにより地域社会の担い手が減り、従来からのインフラ、生活環境が維持できなくなってきている。政策でもビジネスでも地方創生は大きなテーマだ。
「行政や地域事業、イベントに関わる体験を持つことで、地方ならではの新しい価値を発掘することや、同じ従業員でも、異なる経験やスキルを持ったメンバーによる共同生活の中から、新たな価値を生み出す相乗効果にも期待しています。私自身もそうですが、50歳くらいの年齢を迎える人に積極的に参加してもらいたいと思っています。会社としては、これからも活躍してほしい、一個人としては、あと10年以上は続くビジネスパーソンとしてのキャリアをどうしていきたいか、どんなことが生み出せるか、刺激のある場で考える機会ができます。ここでの時間の流れ方、さまざまな経験や出会いは、後から振り返ったとき、きっとキーポイントになっていると思いますね」(福元さん)
実際、参加者からは、自分の働き方や時間の使い方を見直すきっかけになった、地域課題に直接触れるので、その後のアンテナや関心も広がったと、キャンプ終了後の働き方にもプラスの効果が表れているようだ。

「うだつ」のある街並み。「うだつが上がらない」とは、うだつがあるような立派な家を建てられるほどは、まだ出世していないということ(写真撮影/上野優子)

「うだつ」のある街並み。「うだつが上がらない」とは、うだつがあるような立派な家を建てられるほどは、まだ出世していないということ(写真撮影/上野優子)

取材班が訪ねた日の夜は、今回の宿泊場所の共用キッチンダイニングで地元の市役所の人たちと、持ち寄り式の懇親会が行われていた。三好市もほかの地方都市同様、高齢化、少子化が進む。そんななか、市役所の人をはじめ三好市の人たちは、街の住み心地を上げ、持続可能な産業を育てていくために、野村総研のような「関係人口」の知恵や力に期待している。「関係人口」とは、そこに暮らす「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉。日本全体の人口が減っていく中で、一人の人が一つの地域に縛られるのではなく、複数の地域と関わることで、活躍の機会を増やすとともに、地域にとっては、地域社会の一部担い手となってもらおうという発想だ。

市役所の皆さんからのお手製の天ぷらや、きゅうりのからし漬などの持ち込みに、野村総研の従業員の皆さんは前日からつくったラタトゥイユやピクルスでおもてなし。三好の話が弾む(写真撮影/上野優子)

市役所の皆さんからのお手製の天ぷらや、きゅうりのからし漬などの持ち込みに、野村総研の従業員の皆さんは前日からつくったラタトゥイユやピクルスでおもてなし。三好の話が弾む(写真撮影/上野優子)

野村総研メンバーより三好に来て体験したこと、気に入った風景などを即席スクリーンにプレゼンテーション。市役所の皆さんには見慣れた風景が、訪れる人にどんな印象を与えているのか聞き入る(写真撮影/上野優子)

野村総研メンバーより三好に来て体験したこと、気に入った風景などを即席スクリーンにプレゼンテーション。市役所の皆さんには見慣れた風景が、訪れる人にどんな印象を与えているのか聞き入る(写真撮影/上野優子)

参加者の一人、市役所の中村さんは言う
「地方市役所と都会のIT企業、まったく異なる環境で働く人たちがこうして交流することに、進化の可能性を感じています。今日、焼いているこのお肉は猪で、畑を荒らす害獣ですが、豚よりもうまみが強くおいしいんです。三好の資産としてもっと広げていけないか、安定的に供給していくために日々考えています。三好に住んでいる人間には当たり前で目にとまらないことが、都会の人の目にはどう映っているのか、刺激をもらうことで私たちも進化していくきっかけになればと。このような出会いや機会を大切にしていきたいですね」

猪肉の特徴を話す市役所の中村さん。徳島県では「阿波地美栄(あわじびえ)」として消費拡大を狙っている(写真撮影/上野優子)

猪肉の特徴を話す市役所の中村さん。徳島県では「阿波地美栄(あわじびえ)」として消費拡大を狙っている(写真撮影/上野優子)

たった1日だけだったが、見学と取材とでこのキャンプに触れ、今、置かれている都会の環境の方が、むしろ仕事がしづらいのではないかと気付かされた。満員電車に乗り降りし、人混みの邪魔にならない速さで歩き、フロアに行くためにエレベーターに並び、会議のたびにいろんな部屋を行ったり来たり。蛍光灯でいつも同じ明るさのオフィスにいると、いつ夕日は沈んだのか、雨はいつ止んだのかに気が付くこともない。一日の天気の変化を感じ、生活者がすぐそばにいる環境だからこそリラックスして発揮できる集中力や、ビジネスを生むための生活者目線がここでは強く持てる気がした。リモートワークが普及して、仕事などどこでもできるのだと思っていたが、それは単に合理性の追求だけではなかった。積極的にここでしかできない体験や交流をするという24時間の使い方すべてが成果であり、個人にとって価値あるものだろう。働き方と住まい、幸せのために重要なこの要素が柔軟に混じり合う三好市のような地方がビジネスを生む場としてより機能していくことに期待したい。

3Dプリンターで家をつくる時代に! 日本での導入は?

大型の3Dプリンターを使って、家の形は自由自在で低価格、しかも1日で建てられる――そんな夢のような世界がもう現実になってきた。この分野に詳しい建設ITジャーナリストの家入龍太さんに、海外の事例や日本の状況について詳しい話を聞いた。
これまでにない家が、簡単にできる

3Dプリンター住宅には3つの建設方法がある。1つめは巨大な3Dプリンターを住宅の建設予定の場所に設置し、そこで材料を積み上げる方法、2つめは砂のような素材に凝固剤をかけて固めたものを、掘り出していく方法、3つめは3Dプリンターを設置してある工場でパーツを生産し、現地で組み合わせていく方法だ。使用する素材によっても建設方法は変わってくると言うが、強度の関係などで、最近では積み上げ式や工場生産方式が主流になっているという。

後述で登場する3Dプリンターハウス「GAIA」。3Dプリンターが得意とする曲線を描いたこの家は、巨大なクレーンを現地に設置して素材を積み上げてつくられている(©WASP)

後述で登場する3Dプリンターハウス「GAIA」。3Dプリンターが得意とする曲線を描いたこの家は、巨大なクレーンを現地に設置して素材を積み上げてつくられている(©WASP)

3Dプリンターハウス「GAIA」が通称ライス・ハウスと呼ばれるのは、断熱材として米のもみ殻を使っているから(©WASP)

3Dプリンターハウス「GAIA」が通称ライス・ハウスと呼ばれるのは、断熱材として米のもみ殻を使っているから(©WASP)

いずれの手法でも、この3Dプリンター住居の最大のメリットは、「曲線も描けること」と家入さんは話す。これまで、直線でしか描けなかった家づくりの世界に、曲線が入り込む余地ができたため、狭い土地でもデザインや機能を考え、丸みを帯びた家をつくりあげることも可能になった。今後、さらに自由度の高い住宅が建設できるようになると言われている。

家入さんは、「こうしたユニークな構造の家は、家というものに対する新しい価値を生む。さらに3Dプリンターの躯体だけをつくる専門家が登場するなど、新たな専門職も生まれるかもしれない」と話す。

防水シートで覆われたスラム街をなくすために始まった3Dプリンター住宅

そもそも3Dプリンターの住宅は、新興国における住宅や、災害や事故によって必要になった仮設住宅を建設するために発展してきた。「現地の材料で、一定以上のクオリティで家を素早くつくることが目的だった」と家入さんは語る。不衛生な上、雨風もしのぎづらい防水シートに覆われたスラム街が形成されるのを防ぐために、人口の多いエリアで骨組みが1日(24時間)で完成する3Dプリンター住宅は、非常に重宝されるのだ。

防水シートに覆われたインドのスラム街の様子(写真提供/PIXTA)

防水シートに覆われたインドのスラム街の様子(写真提供/PIXTA)

実際、すでに米国カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置くNPO団体、New Storyは、コンクリート造形の3Dプリンター住宅を、ハイチ共和国やエルサルバドルなど4カ国で2000棟以上建設しており、その費用は1棟わずか6500ドル(約69万円)だという。現在では、技術改革が進み、4000ドル(約42万円)でも建設できるようになったようだ。

米国NPO団体New Storyが2000棟以上開発途上国で建設してきた、3Dプリンター住宅(©Business Wire)

米国NPO団体New Storyが2000棟以上開発途上国で建設してきた、3Dプリンター住宅(©Business Wire)

オランダでは3Dプリンターの橋づくりが盛ん

最近では、住宅だけでなく、研究所やオフィスなどの施設でも、3Dプリンターを使って世界中で建造物がつくられ始めている。

特にオランダは、政府が積極的に3Dプリンター技術を採用しようと資金面の補助も行っているという。例えば、3Dプリンターでつくられたパーツを組み合わせた橋は、3Dプリンターの研究を進めるアイントホーフェン工科大学と、民間企業(建設会社のBAM Infra)による合同プロジェクト。

PCケーブルが通された3Dプリンターでつくられた橋(BAM InfraのYouTube動画より)

PCケーブルが通された3Dプリンターでつくられた橋(BAM InfraのYouTube動画より)

橋の強度を保つため、3Dプリンターから積み上げられるコンクリートの間には、配力筋としてワイヤーケーブルが織り込まれた。8の字を書いたようなユニークなデザインの理由は、空洞にPCケーブルを通すことで、引っ張りを利用して橋桁を完成させたという。強度の面など従来の建設に求められる基準もすべて満たしているという。オランダでは、この他に世界最長となる全長29mの3Dプリンターでできたコンクリートの橋も完成間近とのこと。

日本のゼネコンも3Dプリンター住宅の取り組みを本格化

こうした新しい技術は、既存の業界から脅威と見られているのだろうか。「もともとミリ単位の建築を行う日本では、精度の管理が難しい3Dプリンターはあまり適していなかった。しかし、型枠なしでコンクリートの建造物を建てられるその生産性の高さから、今では各社が注目し、開発を進めている」と家入さんは話す。

アメリカやオランダに後れを取っていた日本だが、ここにきてゼネコン各社がかねてから開発を水面下で進めていたことを公表しているという。特に日本ではその「材料」にこだわった技術が目立つ。例えば、速乾力や鉄筋が不要な強度を兼ね備えたセメント系の材料など。日本独自の開発力で、これからの飛躍が期待できる技術が続々と登場している。

「3Dプリンター建築の現場では、機械が主役。人間は機械の補佐役になっている。今慢性的な人手不足に悩む日本の建築現場では、事故を防止したり、単純作業をロボット化したりすることは、まさに業界の求めるところ。職人の仕事がなくなる前に、現場で考え行動できる人間の価値はこれまで以上に上がると思う」と家入さん。

建設ITジャーナリスト、家入龍太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建設ITジャーナリスト、家入龍太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターは、建築現場における人の働き方を大きく変えそうだ。家入さんは、国土交通省が進める「i-Construction(i-コンストラクション)」という取り組みを通じて、日本の建築業界の環境がさらに変わっていくだろうと話す。この取り組みによって、どんどん民間の意見を反映した建物の設計基準が採用され、時代にあった内容へとアップデートしているのだという。

「基準内容が変われば、生産性は一気に向上していく」と家入さんは言う。災害の多い日本の基準をクリアした強度を確保しつつ、従来同等以上に快適な家を早く建てることができる技術が、3Dプリンターを用いることで可能になる日も近いかもしれない。

※記事中の3Dプリンター住宅の価格(日本円)は2019年9月5日時点のレートで計算しています

●取材協力
家入龍太さん
株式会社イエイリ・ラボ代表。3Dプリンターをはじめ、建築業界にまつわる最新技術から、生産性向上、地球環境保全、国際化といった業界が抱える経営課題を解決するための情報を、「一歩先の視点」で発信し続ける建設ITジャーナリスト。

パリの暮らしとインテリア[2]アクセサリーアーティストが家族と暮らすアトリエ付きの一軒家

私はフランスのパリに暮らすフォトグラファーです。パリのお宅を撮影するたびに、スタイルを持った独自のインテリアにいつも驚かされています。今回はアクセサリーアーティストの純子さんが家族と暮らす、アトリエの離れが付いた一軒家に伺いました。連載【パリの暮らしとインテリア】
フランス・パリで暮らす写真家が、パリの素敵なお宅を撮影。インテリアの取り入れ方から日常の暮らしまで、現地の空気感そのままにお伝えします。アパルトマン暮らしから一軒家へ

二人目の子どもを授かった2002年の当時、純子さんは夫のピエールさんとパリの最新トレンド発信地として人気の北マレ地区でアパルトマンの6階に住んでいました。まだ2歳だった長女と買い物などで毎日何度も階段を上り下りするのが大変で、ピエールさんと一軒家を探し始めました。
条件を夫婦でよく話し合ったそうです。

1.治安が比較的良いパリ南西部
2.パリのメトロで行ける場所
3.車が止められるスペースがあること
4.アクセサリーのアトリエをつくるスペースがあること

母屋(奥)とガレージ(手前)の間には中庭がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

母屋(奥)とガレージ(手前)の間には中庭がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さんは、当時のことをこう話します。
「売りに出されている物件を20軒くらい見に行きました。とてもいい物件でも、郊外で電車やバス移動があるところだと、どうしても気が向きませんでした。
決め手になったのは、近所の住民が親切だったことです。今住んでいる家の契約書類のサインがせまっていた時期に、住民が道にテーブルを出して、飲んだり食べたりしているところ(日本でいう町内会の集まり)に遭遇し、みんなこの周辺のことなどを親身になって教えてくれました。
今の家は、パリのメトロでのアクセスが良いところ、通りが袋小路になっていて静かなところが気に入っています。購入当時はまだ小さかった長女、これから生まれてくる次女のためにも、歩いて10分以内に幼稚園から中学校まであることも助かりました」

ピエールさんは食関係の仕事をしていてたくさんの荷物を積んで車で朝早くに出かけるので、パリにもアクセスが良いこの場所がお気に入りと言います。また、レコードコレクターでもある彼は、近隣に気にせず音楽を楽しめるようになったことも大きかったようです。

「パリにいたころは車を駐車するのにも時間がかかったりして、ストレスフルな日々でした。それと僕は音楽が大好きなので一軒家に憧れていました。
パリのアパルトマンでは、こちらが注意していても音が近隣トラブルのもとになったりしますし、どこからかいろんな音が聞こえてきて、絶えずリラックスできない環境でした。
一軒家を手に入れてからは近隣のことも気にならないし、時間に自由ができて満足しています」

ピエールさんはリビングの一部に自分のスペースをつくり、いつでも好きな音楽を聴けるように配置しています。年に何度か季節に合わせて額に入れたレコードジャケット入れ替え、まるでギャラリーのよう。「次女と音楽センスが合ってうれしい」とピエールさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピエールさんはリビングの一部に自分のスペースをつくり、いつでも好きな音楽を聴けるように配置しています。年に何度か季節に合わせて額に入れたレコードジャケット入れ替え、まるでギャラリーのよう。「次女と音楽センスが合ってうれしい」とピエールさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階に上がって左右に子ども部屋がある。ブルーのペンキは空をイメージして、自分たちで色を配合(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階に上がって左右に子ども部屋がある。ブルーのペンキは空をイメージして、自分たちで色を配合(写真撮影/Manabu Matsunaga)

手づくりの花瓶が飾ってあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

手づくりの花瓶が飾ってあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2002年当時は、まだユーロ通貨になって間もないころ。不動産もそれほど高騰はしていない時期で、とてもリーズナブルに購入できたそう。
「住居スペースは95平米、離れのガレージは25平米、中庭、車が2台分置ける駐車スペースもあって、申し分ない物件でした。それとカーヴ(ワイン貯蔵庫)が地下にあり、買い貯めていたワインも安全にストックできるのも気に入っています」とピエールさん。

購入したあとは、家族にとってより快適な空間にするために居住スペースとガレージの改装をしました。

「住居スペースは4人家族が住むには広さとしては理想的でしたが、細かく部屋が仕切られていたので、開放的なスペースにしたいと夫婦で意見が一致しました。まずは仕切り壁を取り壊し、台所も配置を換え、床がタイルだったのをフローリングにしました。
それとガレージをアトリエにするために、断熱材を入れたりして大工事になりました。
物件の購入金額に加え、その10~15%相当の工事費がかかりました」(純子さん)

一軒家でアクセサリーアーティストの活動拠点を手に入れた

純子さんは日本の服飾学校を卒業後、パリでアクセサリーアーティストとして活動。一軒家購入を機に、念願のアトリエを手に入れました。

ガレージを改装して純子さんのアトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ガレージを改装して純子さんのアトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

使う道具や材料は作業をしながらでも手が届くところに置いています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

使う道具や材料は作業をしながらでも手が届くところに置いています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さんの作品はパリのブティック数カ所に置かれているほか、ポップアップショップでも頻繁に展示・販売しています。

「ポップアップショップでは、お客さんと対話を通じてその方の趣味や求めているものが分かり、自分のクリエーションの参考にもなります。そこで得たことを活かしながら、アトリエでの制作活動に集中したいんです」

パリの歴史的なパッサージュ(アーケード商店街)で展示の準備(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリの歴史的なパッサージュ(アーケード商店街)で展示の準備(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新作は陶器のピアス。手づくりなので、同じものは一つもない一点物です(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新作は陶器のピアス。手づくりなので、同じものは一つもない一点物です(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お客さん対応をする純子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お客さん対応をする純子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

手づくりの感覚を大切にして一点物にこだわる姿勢、お客さんに真摯に対応する純子さんの姿に、写真家として同じくクリエーションに携わる筆者も心打たれました。

作品制作中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

作品制作中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが小さいときにつくったオブジェも大切に飾っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが小さいときにつくったオブジェも大切に飾っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

数年前から始めた陶器アクセサリーや、自分で使うお皿などは、地元にある美術学校エコール・デ・ボザールの窯を週1で借りて制作しているとのこと。

「そのうち、アトリエに自分の窯を置きたいです。アトリエの奥は夫のキッチンラボになっていますが、少しスペースを貸してほしいと交渉中です」と笑顔で語ります。

花瓶やお皿などの陶器づくりにも凝っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

花瓶やお皿などの陶器づくりにも凝っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

撮影にうかがったのは夏休み前の天気の良い日曜日でした。庭には桜の木やフランボワーズなどがありました。夏が終わるころには、甘いブドウも実るでしょう。

家の門を開けるとすぐ、桜の木と母屋が見えます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の門を開けるとすぐ、桜の木と母屋が見えます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さん一家は毎年できるブドウを楽しみにしています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さん一家は毎年できるブドウを楽しみにしています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピエールさんは20年間シェフとしてレストランで働いていたので、料理はお手のもの。キッチンは中庭に簡単にアクセスできるようにつくられていて、天気の良い日はパラソルを立てて食事をします。

ピエールさんの料理をする手さばきはさすが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピエールさんの料理をする手さばきはさすが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

イタリア製のプロ用のガスレンジ。今後改装しても、これだけは使い続けていきたいとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

イタリア製のプロ用のガスレンジ。今後改装しても、これだけは使い続けていきたいとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンからの眺め。バーベキュー用の窯も奥に見えます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンからの眺め。バーベキュー用の窯も奥に見えます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家購入20年の記念に。まだまだ夢が広がる

「今、アトリエ以外の改装計画も立てているところなんです。家を購入してから20年の記念に、バスルームを全面改装したいのです。日本風の洗い場があってくつろげる空間にしたくて。でも子どもたちはイタリア式の水圧が高いシャワールームがいいと言っていて。なかなか意見がまとまりませんね(笑)」と純子さん。

ピエールさんも夢を膨らませます。
「僕は地球環境問題に興味があるので、エネルギーの節約の意味も込めて家の断熱材の強化をしたいです。
また、今は庭のコンポストで生ゴミを使って庭用の肥料をつくっていて、自分の庭で取れるサクランボ、フランボワーズ、ブドウを安全で美味しく食べられるようにしています。本当は庭に鶏を飼って新鮮な卵を毎朝食べるのが夢なんです。でも隣近所に迷惑にならないようにしないと」

いろんな夢を持ち続け、それを素直に話し合い、お互いの世界を展開しているお二人に乾杯!です。これからの家の進化も楽しみです。

二人で見つけたヴィンテージのランプ、ガラスと木の素材が他のインテリアにもマッチ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

二人で見つけたヴィンテージのランプ、ガラスと木の素材が他のインテリアにもマッチ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さんが少しずつ集めたアンティークのレース類(写真撮影/Manabu Matsunaga)

純子さんが少しずつ集めたアンティークのレース類(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピエールさんを唸らせた(!)純子さんの父親のフランス車と純子さんが5歳の時の写真が大切に飾ってあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピエールさんを唸らせた(!)純子さんの父親のフランス車と純子さんが5歳の時の写真が大切に飾ってあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

まちなかに学生街を!産官学連携で挑む山形市の中心市街地活性化

衰退した中心市街地をもう一度活性化するにはどうすればいいのか。山形県や山形市の関係者が着目したのは若者たちの柔軟な思考と実行力だった。若者のまちへの定住を支えるため、産官学で構築した新たな住宅供給事業に注目したい。
商業を含む多様なテーマで活性化を図り始めた山形市

山形県の県庁所在地、山形市の人口は2005年をピークに微減し続け、現在24万9682人(2019年7月1日)である。「2000年から2006年の間には、山形市中心部から4つの大型商業施設や百貨店が撤退したほか空き店舗が目立つようになり、まちの衰退が始まりました」と山形市商工観光部山形ブランド推進課の岩瀬智一さんは話す。
その状況に歯止めをかけるため、山形市は中心市街地活性化基本計画を策定し、2019年2月には長中期ビジョンを公開した。そこで示されたグランドデザイン(将来像)のコンセプトは、「次世代へつなぐ魅力ある新しい『中心市街地』の創造」。大きな特徴は、商業への依存からの脱却。目指すべき方向として、居住(暮らし)、ビジネス、観光、医療・福祉・子育て、文化芸術など多様なテーマが掲げられている。まちのエリアごとの特性に合わせて、それぞれに合うテーマの取り組みが進められていく予定だ。

グランドデザインの具現化に向けて、2019年3月には、山形エリアマネジメント協議会を発足させた。会長は山形商工会議所会頭、副会長を山形市副市長が務め、構成員には金融機関4社、山形県宅地建物取引業協会山形と不動産関連の組織が含まれている。事務局は山形市などが担う。「このようにテーマや対象エリアを明確にし、エリアマネジメントの考え方を導入した形で中心市街地の活性化を図るのは、初めてです」と山形エリアマネジメント協議会の佐竹優さんは説明する。

エリアマネジメントのベースとなるゾーニング図(出典/山形市中心市街地グランドデザイン)

エリアマネジメントのベースとなるゾーニング図(出典/山形市中心市街地グランドデザイン)

学長同士の会話が機となった、中心市街地での“学生街”案

こうした動きの中、七日町など中心市街地に学生たちを含む若年層の「居住」を増やし、“学生街”をつくるための取り組みが始まった。空き家や空き店舗をシェアハウスやワンルームなどの賃貸住宅にコンバージョン(用途変更)して、なるべく低価格で住んでもらえるようにする。この取り組みには、山形県や山形市、市内の大学、山形県すまい・まちづくり公社(以下、公社)など複数の関係者が連携している。
きっかけは、山形大学学長と、東北芸術工科大学学長の内々の話だったという。東北芸術工科大学企画広報課長の五十嵐真二(真は旧字)氏はこのように説明する。「まちなかの店舗の空きは減りつつあるものの、住んでいる人はわずかです。やはり、人が住まなければにぎわいは生まれにくいでしょう。そこから、まちなかに新たに学生街をつくってはどうかという話に発展しました。山形市は学んでいて楽しいところだという空気感をつくりたいですね」

大学も自治体も、多くの学生が在学中からに住んでもらうだけでなく、卒業後もここで就業してほしいという希望をもっている。学生獲得及び、市内に住むことで街に愛着を持ってもらうことが、人口減抑止の一手と捉えているからだ。現在、大学生の約7割が県外に住み、宮城県仙台市から高速バスで通う学生も少なくないという。仙台-山形間直通の高速バスは、7,8分間隔で走っているから無理もない。

市中心部の七日町周辺。近年、感度の高い若者が集まりつつあるシネマ通り(写真撮影/介川亜紀)

市中心部の七日町周辺。近年、感度の高い若者が集まりつつあるシネマ通り(写真撮影/介川亜紀)

学生向け住宅増加を目指し、「住宅セーフティネット制度」を整備

山形市のまちなかでは現状、学生向けの賃料の安い住宅は多くない。そこで、大学と県、市、公社の産官学連携で、住宅や店舗などの空き家を、シェアハウスやワンルームなどの賃貸住宅にコンバージョン(用途変更)する仕組みが考えられたのだ。

課題はまず、建物のオーナーがコンバージョンに着手しやすくすることだった。コンバージョンのハードルは、金額がかさみがちな改修費用だ。これを解決するため、「住宅セーフティネット制度」を活用した。当制度は全国で展開されており、低所得者や障がい者など、住宅が借りにくい層を対象にした住宅として改修する際に、オーナーなどに改修費の一部を補助するもので、補助対象工事費の2/3、一戸あたり最大で200万円が充当される。山形県では当制度の対象に、全国で初めて、学生を含む「若者」を加えた。これにより若者を対象にした住宅への改修に、補助金が活用できるようになった。
ただし、対象の住宅として活用するためには、現行の基準を満たした耐震性が求められる。旧耐震の建物では、補助金が十分とは言えないケースも考えられるという。

もうひとつの課題は、建物のオーナーの安定した家賃収入だ。せっかくシェアハウスをつくっても、空室が続くなどして家賃が入らなければ経営は中断せざるを得ない。その対策のために、産官学連携の事業スキームも立ち上げられた。仕組みはこうだ。1.オーナーが対象となる建物を改修、2.公社がオーナーと10年間の定期借家契約を締結、3.公社はサブリース事業者として住宅を管理・運営、4.大学が公社住宅を学生に紹介し、入居をあっせん、5.学生は公社と2年間の定期借家契約を締結、6.事業期間終了後、公社はオーナーに建物を返還。返還の際、入居者はそのまま住み続けることができる。

学生向け住宅への改修・管理運営で産官学連携(資料提供/山形県)

学生向け住宅への改修・管理運営で産官学連携(資料提供/山形県)

山形市中心市街地では、すでに若者が自ら空き家活用を開始

実は山形市の中心市街地では、居住用ではないものの、2014年ごろからすでに学生を含む若者たちによる空き家、空き店舗活用が始まっている。駅から徒歩20分ほど、往年は百貨店や映画館を訪れる多くの客でにぎわっていた七日町周辺だ。2014年に行われた山形リノベーションスクールのほか、東北芸術工科大学デザイン工学部の馬場正尊教授のゼミでシネマ通り沿いの空き店舗の再生に取り組んだ学生たちが、卒業後も関わった店舗の経営に携わり続け、にぎわいづくりに寄与している。長年空いたままだった物件をリノベーションやDIYでコストを抑えつつ刷新し、カフェや書店、雑貨店などを経営。それだけでなく、これらの経営者らが中心となり、年2回のペースで“シネマ通り”でマルシェの開催などもする。今年6月に開催したマルシェは「日本一さくらんぼ祭り」とも重なり大いににぎわった。ちなみに、期間中の祭りの参加者は、累計27万3000人だったという。

学生時代からシネマ通りに関わり、卒業後、2014年12月に空き店舗を活用したカフェ「BOTAcoffee」を開店した佐藤英人氏はこう話す。「『BOTAcoffee』を皮切りに、毎年徐々に長らく空いていた店舗を再生した案件が増え、現在までで計8店舗になりました。並行して、シネマ通りに魅力を感じる人が集まるようになっています」

今後、山形市中心部で進む、若者を中心とした自主的な活性化の活動はどのような変化を遂げるのだろうか。
「シネマ通りではすでに空き店舗が解消しつつあります。こうしたまちの活性化に関わる動きをさらに広げ、エリアリノベーションに発展させたほうがいい。まず山形の第一印象を決める駅付近まで、この動きを広げたいと思います」と、シネマ通りで「郁文堂書店」を再生した追沼翼氏は話す。
「山形市全体が魅力的になることが重要です。僕は今、駅前のカフェとオリジナルメニューを共有するなどして、連携を始めています」と佐藤氏は付け加えた。

左が佐藤氏、右が追沼氏(写真撮影/介川亜紀)

左が佐藤氏、右が追沼氏(写真撮影/介川亜紀)

BOTAcoffeeの店内。築50年の洋傘店を改修した(写真撮影/介川亜紀)

BOTAcoffeeの店内。築50年の洋傘店を改修した(写真撮影/介川亜紀)

郁文堂書店。追沼氏と有志が山積みだった古い本を整理。最低限の解体をし、DIYで改修した(写真撮影/介川亜紀)

郁文堂書店。追沼氏と有志が山積みだった古い本を整理。最低限の解体をし、DIYで改修した(写真撮影/介川亜紀)

郁文堂書店の外観は昔の看板を残した。建物は約築85年(写真撮影/介川亜紀)

郁文堂書店の外観は昔の看板を残した。建物は約築85年(写真撮影/介川亜紀)

若者たちが自主的に仕事と仕事の拠点をつくり、今後そこに若者向けの住宅が増えて職住隣接が可能になれば、相乗効果で山形市のまちなかのにぎわいは増していくのではないか。産官学を巻き込む中心市街地活性化のひとつの方策として、注目の動きである。

●取材協力
・東北芸術工科大学 
・山形市商工観光部山形ブランド推進課 
・BOTAcoffee
・郁文堂書店

五輪開催が迫る今こそ民泊を始めるチャンス!? 民泊ホストのリアルを紹介

東京五輪開催まで1年を切り、懸念されているのが宿泊施設不足。五輪が開催される8月は、ホテルの客室不足が懸念されている中、解消の期待を担うのが「民泊」だ。今回は、民泊の現状と、仕事をしながら民泊している家族を紹介し、民泊のリアルライフを紹介する。
供給が不足傾向。民泊を始めたい人にとって、今はチャンス?

民間シンクタンクによると、2020年の訪日外国人旅行者数は4000万人を超えるとの試算があり、五輪が開催される8月、観光客が多い11月や12月では宿泊施設不足が指摘されている。

その解消で期待されているのが「民泊」だ。2018年6月には民泊について定めた住宅宿泊事業法が施行。施行から1年以上が経過し、五輪開催に向けて、民泊の供給が増えて盛り上がっていると思いきや、実情は異なるという。

「海外の仲介サイトで違法な民泊物件を掲載できなくなったこともあり、施行前にはピークで6万件程度あったとされる民泊施設は、施行後は約1万件まで落ち込み、その後、一部の規制が厳しい地域(例えば、東京23区)では件数が回復していません。つまり、需要は伸びているにもかかわらず、供給は不足傾向にある地域が存在します。民泊を始めたい人にとって、今はチャンス」と、民泊に詳しい行政書士の石井くるみさんは解説する。

民泊を始めるに当たっての注意点は何だろうか。「まず、民泊は日数制限があります。1年間のうち180日以内しか営業できません。住居専用地域などではさらに厳しい日数制限がある自治体もあるので事前に確認しましょう。多くのマンションでは管理規約で民泊が禁止されているため営業できません。民泊を始める際に最も大事なことは、近隣住民への説明や配慮です。これを怠ると後々トラブルになりかねない」(石井さん)

住宅宿泊事業法では、民泊できる住居や運営でやることなどが定められている。民泊する住居にトイレ、洗面所、キッチン、浴室の4つがあり、きちんと使えること。運営面では、施設の清掃、宿泊者名簿の備え付け、外国人観光旅客に向けた外国語を用いた情報提供などの業務をすることなどが定められている。
 
今回は、民泊を始めたい人が少しでもイメージが具体的に湧くよう、東京の代々木上原で一戸建て(賃貸)で家族と暮らしながら、新法施行前後で民泊をしている山崎史郎さん(会社員)のお話しを聞きながら、民泊のリアルライフを紹介しよう。

始めた動機は、現地で暮らす新たな旅のスタイルに感動して(写真提供/山崎史郎さん)

(写真提供/山崎史郎さん)

「民泊を始めた動機は、2014年にカリフォルニアに一人で旅行した際、民泊を体験したこと。通常のホテルに泊まる旅行では味わえない、現地の暮らしを体験できる新たな旅のスタイルに感動したからです」(山崎さん)

山崎さんは、新法が施行される前の2016年から民泊をしていた。しかし、新法施行の際に住んでいた分譲マンションの管理組合からNGが出てできなくなり、断念。2018年9月に賃貸一戸建てを借りて、今年6月から再開した。一戸建ての間取りは3LDKで、1階に1部屋、2階にLDK、3階に2部屋がある。広さは87平米だ。宿泊客に提供する部屋は1階の部屋と2階のリビングルーム。2階のダイニングとキッチンは共同で利用する。3階は家族のプライベート空間だ。「民泊を始めるのにかかった費用は、宿泊客向けの寝具やタオルなどの購入に充てた数万円程度。大変だったのは、届け出書類の種類が多くて作成も煩雑だったこと。区役所に通いつめました」

民泊は大別して、自らが居住する住宅に宿泊させる「居住型」と、居住しない住居を利用する「不在型」の2種類がある。不在型の場合は消防設備の設置など規制が厳しく、開始の手間や費用はそこそこかかる。一方、居住型の場合は特例措置などをうまく活用すれば、始めるハードルは意外に低いという。

「運営は夫婦で分担しています。宿泊希望者の問い合わせ対応や連絡は英語が得意な私(夫)が行い、チェックイン対応や部屋の清掃などは妻がしています。2人の娘がいますが、チェックイン時に英語で自己紹介したり、時には一緒に食事したりするなど、日本にいながら国際交流できるので楽しんでいます」

(写真提供/山崎史郎さん)

(写真提供/山崎史郎さん)

稼働率35%程度で、月収は8万~10万円

気になる収入はいくらだろうか。「今年6月から始めて稼働率は35%程度で、月のうち約10日が宿泊しているという状況。月収にして8万~10万円でしょうか。ただ、この稼働率はプライベートの予定を犠牲にせずに出た数字で、今の需要からすればもっと高められると思います。五輪開催期間は宿泊料を10倍にして稼働率100%も十分狙えると思います」(山崎さん)

民泊するうえで気になるのは、宿泊客や近隣住民などとのトラブルだ。一般的な民泊の仲介サイトでは、宿泊予約を受ける方法が2つから選べる。宿泊希望者が申し込めば予約が即成立するパターンと、宿泊希望者が予約依頼後、提供者が確認して了承すれば予約が成立するパターンだ。

「我が家は、後者を採用しています。宿泊ルールを先に読んでもらって了承したお客しか宿泊させないこともあり、大きなトラブルはありません。また居住型の場合、ゴミ出しはホストである私が行い、騒音トラブルがあっても同居しているため、すぐに注意できる。管理の目が届きにくい不在型と異なり、目が行き届く居住型はトラブルは起きにくいと思います」

大変だったのは近隣住民への周知だ。渋谷区の条例では、住居専用地域で民泊を行う際、周辺地域の住民などに対面や書面で事前周知したり、町会などが実施する地域活動に積極的に参加したりするなどの必要がある。「一戸建てを借りたのが2018年9月なので、開始までに9カ月間かかりました。仕事しながらということもあるが、住民を回っての説明や届け出書類の整備に時間を費やしました」(山崎さん)

民泊を専門に行う業者や、住宅を新規購入して取り組む不在型民泊は増加しているが、自ら住む家に宿泊客を泊める居住型は減少傾向にあるという。しかし、その一方で「日本の生活や暮らしに触れたいという外国人観光客にとって、家族が暮らす家に宿泊する居住型民泊のニーズは根強いと感じています。自宅に他人を宿泊させることに抵抗感が少なく、国際交流に興味がある人にとって魅力的」(山崎さん)

山崎さんの妻は料理研究家。宿泊した外国人ゲストに料理教室をすることもある(写真提供/山崎史郎さん)

山崎さんの妻は料理研究家。宿泊した外国人ゲストに料理教室をすることもある(写真提供/山崎史郎さん)

エリア限定だが、届け出不要の「イベント民泊」も

ラグビーワールドカップ、東京五輪、大阪万博など国際イベントが目白押しで、イベント開催地の宿泊施設不足が指摘される中、8月1日、観光庁と厚生労働省はイベント開催期間に宿泊施設不足が見込まれる場合、住宅宿泊事業法に基づく届け出をせずに自宅を民泊として活用できる「イベント民泊ガイドライン」を改訂して発表した。

イベント民泊は、自治体が公募している場合に申し込みできる。「ラグビーワールドカップの開催地である熊本県、岩手県釜石市、大阪府東大阪市などの自治体がイベント民泊の実施を予定している。気軽に取り組めるので、興味がある人は自治体に問い合わせてほしい」(観光庁)

イベント民泊でも宿泊料をもらうことができるため、副業として民泊を検討している人のお試しとしてもおすすめだ。東京五輪や大阪万博の開催時にもイベント民泊を公募する可能性は高いので、今後の動向に注目したい。

●取材協力
石井くるみさん(日本橋くるみ行政書士事務所)
山崎史郎さん
観光庁

あなたの家の火災報知器は大丈夫? 設置義務化から10年経過で新たな問題

防災の日(9月1日)を中心に、今年は9月5日までが「防災週間」です。近年、多様化する災害に備えた取り組みが全国で展開されています。自宅でも防災グッズを備えるなど意識は高まっていますが、法律で設置を“義務”付けられているのが「住宅用火災警報器」。
実は今、その火災警報器が設置していても機能しないという問題が増加中で、消防庁も注意喚起を促しています。
火災警報器設置率は全国で82.3%。義務化後、被害は半減

2006年、消防法の改正で全国の新築・既築全ての住宅に火災警報器の設置が義務付けられました(東京都は2004年に施行)。今年8月に消防庁から発表された、全国での住宅火災警報器設置率は82.3%(※)。

それを聞き、「あれ?そんなにみんな設置してるんだ!」と焦ったのは筆者だけ?

新築住宅やマンションなどは建築確認もあって必ず設置されているでしょうが、既築の戸建は自分で購入・設置するので未設置なところがまだ多いかも(筆者も築15年の戸建に住んでいます)。

実は筆者、何を隠そう35年前、実家が全焼し自分も煙で死にかけた経験があるにも関わらず(!?)未設置とは、大反省。

未設置に罰則は無いものの、命を守るためには自ら防災意識を高めなければと自戒の念で取材をしました。

住宅火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

住宅火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

順調に設置住宅数が増える中、ここへ来て新たな課題が出てきたということで、消防庁からも警鐘が鳴らされています。住宅火災警報器を設置しているにも関わらず、機能していない可能性があるというケースが増加しているようです。

正しい場所に設置している?台所よりも重要な部屋とは

以下のデータは、住宅火災警報器の設置義務化が1970年代後半、日本より先に施行された米国の調査結果です。設置により犠牲者の数は減っているものの、設置済み住宅での犠牲者が約2割あるという事実が示されています。

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ている理由があります(資料/パナソニック)

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ている理由があります(資料/パナソニック)

火災警報器設置住宅において犠牲者が出る理由の一つに、適切な場所に設置されていないケースがあります。
全国の設置率は82.3%でしたが、条例適合率(市町村の火災予防条例で設置が義務付けられている住宅の部分すべてに設置されている世帯の全世帯に占める割合)は67.9%と低いのです。

条例で義務付けられている設置場所は、基本的には“寝室”と“寝室がある階の階段上部(1階の階段は除く)”。住宅の階数等によっては、その他の箇所も必要になる場合があります。

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

筆者の実家火災のケースは、父が出勤後の早朝、母が弟の弁当を作っていた揚げ物油が発火したという台所からの失火。2階で寝ていた筆者と弟は、1階から母が叫ぶ声で起き、階段に面したドアを開けた瞬間……煙に襲われ、息が詰まりました。

なので、火の元がある台所への設置が優先されるのでは?と思いがちですが、就寝中に起きる火災は気付くのが遅れて死に至る危険性が高いとのこと。義務化の設置場所として“寝室”が優先される理由です。さらに用心するために、台所への設置も推奨されています。

最近の機器は、複数の部屋をワイヤレスで連動できるものがあるので商品をチェックしてみてください。

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

さらにもう一つ、設置していて機能しないケースで最近増えている問題があります。

まさかの電池切れ!機器の寿命は10年だった!?

先の米国データにある現象、警報器を設置している住宅での犠牲者が日本でも発生しています。消防庁調査でも作動確認を行った警報器の1%は作動しなかったと言います。義務化の法令施行から13年が経過し、多くの住宅の火災警報器が設置後10年以上となった結果、電池切れと機器の故障が発生しているのです。

昨年あたりで寿命となる警報器は4000万~5000万台にのぼり、電池が切れると一定期間ブザーが鳴り続けるなど、消防やメーカーへ問い合わせが増え、対応に追われているとのこと。あなたのお宅でも慌てることがないように、設置後も点検と性能維持が重要です。

点検の方法は、以下の図のようにして反応を確認することです。

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

設置して5年前後のものであれば電池切れの可能性もあるので、電池を入れ替えてみること。それでも音が鳴らない場合は、機器が劣化して機能していないということになるので交換するべき。設置後10年経っている場合は、ほぼ機器の寿命なので取り替える必要があるそうです。

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

火災による犠牲者の主な死因は、「一酸化炭素中毒・窒息」と煙を吸って気絶したまま「火傷」するというもの。筆者もあの煙を、もう一呼吸吸っていたら気絶していたのでしょう。火災の煙は、恐ろしく濃いものでした。当時は母も40代、筆者も弟も10代だったので、即座に2階の窓から飛び降りて逃げることができましたが、もし歳をとっていたら、あるいは高齢者と同居していたら助からなかったかもしれません。

火災の犠牲者は減っている中で、高齢者の占める割合は約7割と増加しています。死亡火災は就寝時間帯、ストーブによる出火、逃げ遅れが最も多いケースとなっているそうです。

ぜひ、みなさんも火をつかう機会が増える冬が来る前に、火災警報器を点検し、10年経っているものは迷わず買い替えて用心していただきたいと思います。

ちなみに、設置義務のない消化器ですが、同じく約10年が寿命のようです。(置いているだけで、用心しているつもりの筆者。消化器も買い替えなきゃ!)

※この調査は、消防庁が示した訪問調査を原則とする標本調査の方法に基づき、各消防本部等が実施した結果をとりまとめたものであり、一定の誤差を含む

●取材協力
パナソニック【住宅火災警報器】
●参考
総務省消防庁【住宅防火関係】
あなたの地域の設置基準をチェック!(パナソニック)

あなたの家の火災警報器は大丈夫? 設置義務化から10年経過で新たな問題

防災の日(9月1日)を中心に、今年は9月5日までが「防災週間」です。近年、多様化する災害に備えた取り組みが全国で展開されています。自宅でも防災グッズを備えるなど意識は高まっていますが、法律で設置を“義務”付けられているのが「住宅用火災警報器」。
実は今、その火災警報器が設置していても機能しないというケースが出てきそうなので、消防庁も注意喚起を促しています。
火災警報器設置率は全国で82.3%。義務化後、被害は半減

2006年、消防法の改正で全国の新築・既築全ての住宅に火災警報器の設置が義務付けられました(東京都は2004年に施行)。今年8月に消防庁から発表された、全国での住宅用火災警報器設置率は82.3%(※)。

それを聞き、「あれ?そんなにみんな設置してるんだ!」と焦ったのは筆者だけ?

新築住宅やマンションなどは建築確認もあって必ず設置されているでしょうが、既築の一戸建ては自分で購入・設置するので未設置なところがまだ多いかも(筆者も築15年の一戸建てに住んでいます)。

実は筆者、何を隠そう35年前、実家が全焼し自分も煙で死にかけた経験があるにも関わらず(!?)未設置とは、大反省。

未設置に罰則は無いものの、命を守るためには自ら防災意識を高めなければと自戒の念で取材をしました。

住宅用火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

住宅用火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

順調に設置住宅数が増える中、ここへ来て新たな課題が出てきたということで、消防庁からも警鐘が鳴らされています。

正しい場所に設置している?台所よりも重要な部屋とは

以下のデータは、住宅用火災警報器の設置義務化が1970年代後半、日本より先に施行された米国の調査結果です。設置により犠牲者の数は減っているものの、設置済み住宅での犠牲者が約2割あるという事実が示されています。

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ているのには理由があります(資料/米国防火協会)

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ているのには理由があります(資料/米国防火協会)

火災警報器設置住宅において犠牲者が出る理由の一つに、適切な場所に設置されていないケースがあります。
全国の設置率は82.3%でしたが、条例適合率(市町村の火災予防条例で設置が義務付けられている住宅の部分すべてに設置されている世帯の全世帯に占める割合)は67.9%と低いのです。

条例で義務付けられている設置場所は、基本的には“寝室”と“寝室がある階の階段上部(1階の階段は除く)”。住宅の階数等によっては、その他の箇所も必要になる場合があります。

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

筆者の実家火災のケースは、父が出勤後の早朝、母が弟の弁当をつくっていた揚げ物油が発火したという台所からの失火。2階で寝ていた筆者と弟は、1階から母が叫ぶ声で起き、階段に面したドアを開けた瞬間……煙に襲われ、息が詰まりました。

なので、火の元がある台所への設置が優先されるのでは?と思いがちですが、就寝中に起きる火災は気付くのが遅れて死に至る危険性が高いとのこと。義務化の設置場所として“寝室”が優先される理由です。さらに用心するために、台所への設置も推奨されています。

最近の機器は、複数の部屋をワイヤレスで連動できるものがあるので商品をチェックしてみてください。

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

さらにもう一つ、設置していて機能しないケースで最近増えている問題があります。

まさかの電池切れ!機器の寿命は10年だった!?

先の米国データにある現象、警報器を設置している住宅での犠牲者が日本でも発生する恐れがあります。消防庁調査でも作動確認を行った警報器の1%は作動しなかったと言います。義務化の法令施行から13年が経過し、多くの住宅の火災警報器が設置後10年以上となった結果、電池切れと機器の故障が発生しているのです。

昨年あたりで寿命となる警報器は4000万~5000万台にのぼり、電池が切れると一定期間ブザーが鳴り続けるなど、消防やメーカーへ問い合わせが増え対応に追われているとのこと。あなたのお宅でも慌てることがないように、設置後も点検と性能維持が重要です。

点検の方法は、以下の図のようにして反応を確認することです。

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

設置して5年前後のものであれば電池切れの可能性もあるので、電池を入れ替えてみること。それでも音が鳴らない場合は、機器が劣化して機能していないということになるので交換するべき。設置後10年経っている場合は、ほぼ機器の寿命なので取り替える必要があるそうです。

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

火災による犠牲者の主な死因は、「一酸化炭素中毒・窒息」と煙を吸って気絶したまま「火傷」するというもの。筆者もあの煙を、もう一呼吸吸っていたら気絶していたのでしょう。火災の煙は、恐ろしく濃いものでした。当時は母も40代、筆者も弟も10代だったので、即座に2階の窓から飛び降りて逃げることができましたが、もし年をとっていたら、あるいは高齢者と同居していたら助からなかったかもしれません。

火災の犠牲者は減っている中で、高齢者の占める割合は約7割と増加しています。死亡火災は就寝時間帯、ストーブによる出火、逃げ遅れが最も多いケースとなっているそうです。

ぜひ、みなさんも火を使う機会が増える冬が来る前に、火災警報器を点検し、10年経っているものは迷わず買い替えて用心していただきたいと思います。

ちなみに、設置義務のない消火器ですが、同じく約10年が寿命のようです。(置いているだけで、用心しているつもりの筆者。消火器も買い替えなきゃ!)

※この調査は、消防庁が示した訪問調査を原則とする標本調査の方法に基づき、各消防本部等が実施した結果をとりまとめたものであり、一定の誤差を含む

●取材協力
パナソニック【住宅用火災警報器】
●参考
総務省消防庁【住宅防火関係】
あなたの地域の設置基準をチェック!(パナソニック)

「タイニーハウス村」誕生!? 山梨県小菅村から未来の住まいを発信

アメリカ西海岸を中心に広がりを見せている「タイニーハウス」。日本でもブームの兆しを見せているものの、現在は個人での所有や商業施設で利用されるにとどまっています。しかし山梨県小菅村では、この10~25平米ほどの小さな住まいが続々と建てられているとか。小菅村がタイニーハウスに注目する理由とは? 現地に行ってみました。
タイニーハウスが住宅不足の救世主に?

東京都心部から車で2時間ほど、多摩川の源流部にある山梨県小菅村。村の面積の約95%を山林が占める大自然の中で、山の斜面を利用した畑作や、清らかな水を活用したヤマメやイワナの養殖などが行われています。時間がのんびりと流れ、ノスタルジックな雰囲気です。

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

村の人口は714人(2019年7月時点)、小菅村源流親子留学や多摩川源流大学、地域おこし協力隊などで村外の人も積極的に迎え入れています。今回、取材の対応をしてくれた一級建築士・技術士の和田隆男さん(トップ写真)も、もともとは地域おこし協力隊のひとり。25年前から小菅村役場、小菅村体育館などの村内の公共施設づくりに携わってきましたが、小菅村への地域貢献を本格化。山梨県甲府市のマンションと村内のタイニーハウスで二拠点生活を送り、72歳になった現在も村のために日々奔走しています。

そんな和田さんが中心となって3年前に始動したのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」です。タイニーハウスのデザインを全国から公募し、その中から最優秀賞や優秀賞に輝いたものも含め、年2~3棟のペースで建てています。3年目の現在、9棟が建ち、そのうち7棟は村営住宅として移住者や地域おこし協力隊へ貸し出されていて、2棟はモデルハウスとして利用されています。

この取り組みの背景には、移住者等の増加による住宅不足があると言います。

和田さんが3年前にこの現状を知ったときに思い出したのが、住宅不足が深刻化しているイギリスでの経験でした。ホームステイ先の庭先7坪ほどの場所でビジネスをするためのアイデアを求められた際に、日本のワンルームに着想を得た小さな家の提案をして興味を持たれたそうです。さらに、その後に日本で起きたタイニーハウスのムーブメントもあって、ますます実現してみたい気持ちが大きくなっていったそう。

「小菅村には豊富な森林資源があります。これを活用しつつ、住宅不足を緩和できる糸口になるのではと、まずは個人的に別荘を建てるつもりで設計していました。そうしたら村長に興味を持ってもらえて、地方創生事業として本格的に取り組めることになったんです」

百聞は一見にしかず。モデルハウス2棟と、和田さんが住んでいるタイニーハウスにおじゃましてみましょう。

暮らしに家を合わせるのではなく、家に暮らしを合わせる

和田さんいわく、タイニーハウスの条件は、トイレ、風呂、キッチンなどの家としての機能を完備している“快適な住まい”であること。設備込みで500万円前後から購入でき(土地代を除く)、建設期間は2カ月ほど。維持費もほとんどかからず、光熱費が年間1万4000円という人もいるそう。とても経済的です。

村では高齢化が進んでいることもあり、地区ごとに若い人に住んでもらうためにタイニーハウスを点在させて建築しています。

小菅村のタイニーハウス第1号では、住まいの最小単位を追求。「はじめは8畳一間で何ができるだろうと不安でした。50年近く仕事で設計に携わっているのに、イメージできなかったんです。ところがつくってみたら、狭さを感じないし、逆にほかに何が必要なの?と思うようになりました(笑)」(和田さん)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2軒目は、リビング・就寝スペースがある主屋、トイレ・風呂がある水屋と、2棟に分割されたタイニーハウス。「家具は可動式。暮らし方は変化していくものですから、快適な間取りも変わっていくはずです。だから、はじめから間取りを決めてしまうのではなく、家具などで変えられるようにしました」(和田さん)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

これらモデルハウス2棟は、今年中に民泊申請をする予定とのこと。実際にタイニーハウスでの暮らしを体験できるのが楽しみですね。

3軒目は和田さんのご自宅です。キッチン、トイレ、寝室、クローク、書斎、バスタブ付きの風呂場、2段ベッド付きの子ども部屋と、かわいらしいサイズ感の外見からは想像がつかないたくさんのスペースがあります。

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

甲府市では50平米の1LDKマンションに住んでいるという和田さんですが、ここ2年のタイニーハウスでの暮らしはいかがでしょうか?

「十分です。3歩以内で身の回りのことが何でもできます(笑)」

たくさん物があるから収納はたっぷり欲しい、家具をたくさん置きたいから広々としたスペースが欲しいと思いがちですが、タイニーハウスに住むことで足るを知る、ということでしょうか。

また、和田さんは以前から「大きい家はいらないという思いは持っていました」と言います。

「このタイニーハウスが、長年向き合ってきた住まいに対する僕のひとつの答えです。
僕もかつては大きな家を買うためにローンを払ってきました。無理をしてきた部分があったと思います。資産になる、家族のため、と思っていましたが、子どもたちとその大きな家で暮らしたのは15年ほど。子どもが家の中からいなくなって思ったのは、建設費が安く、維持費も少なくてすむ小さな家で、心軽やかにいろいろと好きなことをやったほうがいいなと」

そう話しながら和田さんは、こだわりのBOSEのスピーカーでジャズをかけてくれました。音が家中に反響して、まるで自分のためだけのコンサートホールのようです! 展望台にのぼると、大きな窓一面に山々の緑が広がりました。夜は満点の星空を見ることができるそうです。

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「豊かさってこういうことなんだな、ということを実感しています。この先進的な小さな家では、精神的な豊かさを得られています。

僕も、おそらく建築業界の人も、住宅に対してあえて小さな家をつくるという発想を持っていませんでした。戦後から団地に見られる個室と浴室・トイレのついた2DKの田の字形プランがスタンダードになりましたが、昔は長屋や屋敷など、住まいの形はもっと自由でした。特に、鴨長明や良寛和尚などの偉人が山の中に建てた小さな庵は、タイニーハウスに通じるものがあります。

欧米では、地球温暖化防止や持続可能な社会実現のために、社会に対する自分の意志の表現や行動としてタイニーハウスで暮らす人々が増えていますが、日本人にとっても、思想として受け入れやすい住まい方なんですよね。

新しい暮らしに敏感な人がよく見学に来てくれています。今、求められているのはこういう精神的な豊かさが得られる暮らしだと思いました。

何より、小さな家なら自分の好きな空間を簡単につくることができて、楽しいんですよ。50年後、タイニーハウスが家のスタンダードになったら面白いですよね」

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タイニーハウスには“未来の家”の可能性が詰まっている

「タイニーハウスデザインコンテスト」の作品応募数は、1年目50、2年目126、3年目260と年々倍増しています。3年目となる今年の最優秀賞は、なんと女子高校生の作品。次世代の可能性を感じます。コンテスト1年目はタイニーハウスの可能性を探った作品、2年目は実現可能性が高い作品、3年目は住まいという概念を飛び越えた“未来の暮らし”を提案する作品が多かったそうです。

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、村の住民にも変化があったと言います。

「はじめは、『そんなちっぽけな家をつくることに意味があるのか』という声もありました。ですが、タイニーハウスを通じて若い人にも村自体に興味を持ってもらえるようになったことで、『村を良くすることに必要。そうしないと村の未来がない』と言ってくれる人も出てきました」

小菅村に「タイニーハウス・ビレッジ」が生まれる!?

現在はものづくりを楽しめる工房「小菅つくる座」での取り組みに力を入れているとのこと。タイニーハウス建設はいったんお休み?と思いきや、「タイニーハウスを進化させるための『小菅つくる座』なんです」と和田さんは話します。「タイニーハウスはスペースが限られていますから、既存の家具を入れることが難しい。だから、タイニーハウスに合う家具をつくることが必要だと考えました」

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロッキングチェアをひっくり返すと安定性の高い作業用の椅子になる一石二鳥な家具や、バラバラにして移動しやすくした本棚やスツールなどを見せてもらいました。タイニーハウスで暮らす和田さんだからこその発想です。

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ゆくゆくはセルフビルドできるタイニーハウスキットの販売や、森の中にタイニーハウス・ビレッジをつくりたいと思っています。借りられそうな森は、もう目星がついているんですよ」

なんと夢のある話でしょう! 木漏れ日の美しい森で日々を過ごし、近くの温泉で癒やされる。そんな贅沢な暮らしが目に浮かぶようです。

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バンで移動しながら暮らす「バンライフ」や、好きな地域で週末を過ごす「二拠点生活(デュアルライフ)」、定住しない暮らし方「アドレス・ホッパー」などが注目を集めています。いろんな場所におじゃまできるこれらの暮らしも魅力ですが、タイニーハウスでは理想の住まいの形にじっくり向き合うことができそうです。

“欲しい家”ではなく、“欲しい暮らし”を考えた先にあるのは、どんな住まいの未来でしょうか。

●取材協力
小菅村タイニーハウスプロジェクト

「タイニーハウス村」誕生!? 山梨県小菅村から未来の住まいを発信

アメリカ西海岸を中心に広がりを見せている「タイニーハウス」。日本でもブームの兆しを見せているものの、現在は個人での所有や商業施設で利用されるにとどまっています。しかし山梨県小菅村では、この10~25平米ほどの小さな住まいが続々と建てられているとか。小菅村がタイニーハウスに注目する理由とは? 現地に行ってみました。
タイニーハウスが住宅不足の救世主に?

東京都心部から車で2時間ほど、多摩川の源流部にある山梨県小菅村。村の面積の約95%を山林が占める大自然の中で、山の斜面を利用した畑作や、清らかな水を活用したヤマメやイワナの養殖などが行われています。時間がのんびりと流れ、ノスタルジックな雰囲気です。

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

村の人口は714人(2019年7月時点)、小菅村源流親子留学や多摩川源流大学、地域おこし協力隊などで村外の人も積極的に迎え入れています。今回、取材の対応をしてくれた一級建築士・技術士の和田隆男さん(トップ写真)も、もともとは地域おこし協力隊のひとり。25年前から小菅村役場、小菅村体育館などの村内の公共施設づくりに携わってきましたが、小菅村への地域貢献を本格化。山梨県甲府市のマンションと村内のタイニーハウスで二拠点生活を送り、72歳になった現在も村のために日々奔走しています。

そんな和田さんが中心となって3年前に始動したのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」です。タイニーハウスのデザインを全国から公募し、その中から最優秀賞や優秀賞に輝いたものも含め、年2~3棟のペースで建てています。3年目の現在、9棟が建ち、そのうち7棟は村営住宅として移住者や地域おこし協力隊へ貸し出されていて、2棟はモデルハウスとして利用されています。

この取り組みの背景には、移住者等の増加による住宅不足があると言います。

和田さんが3年前にこの現状を知ったときに思い出したのが、住宅不足が深刻化しているイギリスでの経験でした。ホームステイ先の庭先7坪ほどの場所でビジネスをするためのアイデアを求められた際に、日本のワンルームに着想を得た小さな家の提案をして興味を持たれたそうです。さらに、その後に日本で起きたタイニーハウスのムーブメントもあって、ますます実現してみたい気持ちが大きくなっていったそう。

「小菅村には豊富な森林資源があります。これを活用しつつ、住宅不足を緩和できる糸口になるのではと、まずは個人的に別荘を建てるつもりで設計していました。そうしたら村長に興味を持ってもらえて、地方創生事業として本格的に取り組めることになったんです」

百聞は一見にしかず。モデルハウス2棟と、和田さんが住んでいるタイニーハウスにおじゃましてみましょう。

暮らしに家を合わせるのではなく、家に暮らしを合わせる

和田さんいわく、タイニーハウスの条件は、トイレ、風呂、キッチンなどの家としての機能を完備している“快適な住まい”であること。設備込みで500万円前後から購入でき(土地代を除く)、建設期間は2カ月ほど。維持費もほとんどかからず、光熱費が年間1万4000円という人もいるそう。とても経済的です。

村では高齢化が進んでいることもあり、地区ごとに若い人に住んでもらうためにタイニーハウスを点在させて建築しています。

小菅村のタイニーハウス第1号では、住まいの最小単位を追求。「はじめは8畳一間で何ができるだろうと不安でした。50年近く仕事で設計に携わっているのに、イメージできなかったんです。ところがつくってみたら、狭さを感じないし、逆にほかに何が必要なの?と思うようになりました(笑)」(和田さん)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2軒目は、リビング・就寝スペースがある主屋、トイレ・風呂がある水屋と、2棟に分割されたタイニーハウス。「家具は可動式。暮らし方は変化していくものですから、快適な間取りも変わっていくはずです。だから、はじめから間取りを決めてしまうのではなく、家具などで変えられるようにしました」(和田さん)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

これらモデルハウス2棟は、今年中に民泊申請をする予定とのこと。実際にタイニーハウスでの暮らしを体験できるのが楽しみですね。

3軒目は和田さんのご自宅です。キッチン、トイレ、寝室、クローク、書斎、バスタブ付きの風呂場、2段ベッド付きの子ども部屋と、かわいらしいサイズ感の外見からは想像がつかないたくさんのスペースがあります。

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

甲府市では50平米の1LDKマンションに住んでいるという和田さんですが、ここ2年のタイニーハウスでの暮らしはいかがでしょうか?

「十分です。3歩以内で身の回りのことが何でもできます(笑)」

たくさん物があるから収納はたっぷり欲しい、家具をたくさん置きたいから広々としたスペースが欲しいと思いがちですが、タイニーハウスに住むことで足るを知る、ということでしょうか。

また、和田さんは以前から「大きい家はいらないという思いは持っていました」と言います。

「このタイニーハウスが、長年向き合ってきた住まいに対する僕のひとつの答えです。
僕もかつては大きな家を買うためにローンを払ってきました。無理をしてきた部分があったと思います。資産になる、家族のため、と思っていましたが、子どもたちとその大きな家で暮らしたのは15年ほど。子どもが家の中からいなくなって思ったのは、建設費が安く、維持費も少なくてすむ小さな家で、心軽やかにいろいろと好きなことをやったほうがいいなと」

そう話しながら和田さんは、こだわりのBOSEのスピーカーでジャズをかけてくれました。音が家中に反響して、まるで自分のためだけのコンサートホールのようです! 展望台にのぼると、大きな窓一面に山々の緑が広がりました。夜は満点の星空を見ることができるそうです。

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「豊かさってこういうことなんだな、ということを実感しています。この先進的な小さな家では、精神的な豊かさを得られています。

僕も、おそらく建築業界の人も、住宅に対してあえて小さな家をつくるという発想を持っていませんでした。戦後から団地に見られる個室と浴室・トイレのついた2DKの田の字形プランがスタンダードになりましたが、昔は長屋や屋敷など、住まいの形はもっと自由でした。特に、鴨長明や良寛和尚などの偉人が山の中に建てた小さな庵は、タイニーハウスに通じるものがあります。

欧米では、地球温暖化防止や持続可能な社会実現のために、社会に対する自分の意志の表現や行動としてタイニーハウスで暮らす人々が増えていますが、日本人にとっても、思想として受け入れやすい住まい方なんですよね。

新しい暮らしに敏感な人がよく見学に来てくれています。今、求められているのはこういう精神的な豊かさが得られる暮らしだと思いました。

何より、小さな家なら自分の好きな空間を簡単につくることができて、楽しいんですよ。50年後、タイニーハウスが家のスタンダードになったら面白いですよね」

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タイニーハウスには“未来の家”の可能性が詰まっている

「タイニーハウスデザインコンテスト」の作品応募数は、1年目50、2年目126、3年目260と年々倍増しています。3年目となる今年の最優秀賞は、なんと女子高校生の作品。次世代の可能性を感じます。コンテスト1年目はタイニーハウスの可能性を探った作品、2年目は実現可能性が高い作品、3年目は住まいという概念を飛び越えた“未来の暮らし”を提案する作品が多かったそうです。

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、村の住民にも変化があったと言います。

「はじめは、『そんなちっぽけな家をつくることに意味があるのか』という声もありました。ですが、タイニーハウスを通じて若い人にも村自体に興味を持ってもらえるようになったことで、『村を良くすることに必要。そうしないと村の未来がない』と言ってくれる人も出てきました」

小菅村に「タイニーハウス・ビレッジ」が生まれる!?

現在はものづくりを楽しめる工房「小菅つくる座」での取り組みに力を入れているとのこと。タイニーハウス建設はいったんお休み?と思いきや、「タイニーハウスを進化させるための『小菅つくる座』なんです」と和田さんは話します。「タイニーハウスはスペースが限られていますから、既存の家具を入れることが難しい。だから、タイニーハウスに合う家具をつくることが必要だと考えました」

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロッキングチェアをひっくり返すと安定性の高い作業用の椅子になる一石二鳥な家具や、バラバラにして移動しやすくした本棚やスツールなどを見せてもらいました。タイニーハウスで暮らす和田さんだからこその発想です。

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ゆくゆくはセルフビルドできるタイニーハウスキットの販売や、森の中にタイニーハウス・ビレッジをつくりたいと思っています。借りられそうな森は、もう目星がついているんですよ」

なんと夢のある話でしょう! 木漏れ日の美しい森で日々を過ごし、近くの温泉で癒やされる。そんな贅沢な暮らしが目に浮かぶようです。

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バンで移動しながら暮らす「バンライフ」や、好きな地域で週末を過ごす「二拠点生活(デュアルライフ)」、定住しない暮らし方「アドレス・ホッパー」などが注目を集めています。いろんな場所におじゃまできるこれらの暮らしも魅力ですが、タイニーハウスでは理想の住まいの形にじっくり向き合うことができそうです。

“欲しい家”ではなく、“欲しい暮らし”を考えた先にあるのは、どんな住まいの未来でしょうか。

●取材協力
小菅村タイニーハウスプロジェクト

デュアルライフ・二拠点生活[16]東京と小淵沢。「保育園落ちた!」がきっかけで始まった新たな暮らしとは?

新宿駅から特急あずさで約2時間、小淵沢駅に到着した。住所でいうと山梨県北杜市になる。標高は約880メートル。北に八ヶ岳、南に南アルプスを望む風光明媚なエリアだ。小淵沢には数多くの乗馬クラブがあり、「馬のまち」としても知られている。

駅から車で数分の場所に、安井さん家族が送るデュアルライフの拠点となる家があった。家族構成は安井省人さん(45歳)、妻の陽(あきら)さん(37歳)、5歳の双子の息子と娘。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます日本産の木材、土、自然素材でつくられた家は4年ほど前に完成(撮影/片山貴博)

日本産の木材、土、自然素材でつくられた家は4年ほど前に完成(撮影/片山貴博)

取材に訪れたのは7月中旬。降るような蝉の声と鳥のさえずりが耳に心地よい。

屋内外を自由に行き来するアビシニアンの「あちゃ」が出迎えてくれた(撮影/片山貴博)

屋内外を自由に行き来するアビシニアンの「あちゃ」が出迎えてくれた(撮影/片山貴博)

省人さんは東京でいくつかの会社で仕事を兼業している。平日は神奈川県川崎市のマンションに一人で生活し、金曜夜から翌月曜の夜までを小淵沢で家族と過ごす。

二拠点生活に踏み切るきっかけは一時期話題になった「保育園落ちた!」だ。とはいえ、事態を前向きに捉えた。

火曜から金曜までは東京のオフィスで働く省人さん(写真提供/安井さん)

火曜から金曜までは東京のオフィスで働く省人さん(写真提供/安井さん)

省人さんは当時をこう振り返る。

「子どもが生まれて、まず0歳児の時点で保育園に入れなかった。でも0歳のときはそもそも入園できる保育園も近所には1園しかなく、それほど大事には捉えていませんでした。しかし、結果として妻は仕事に復帰できないし、途方にくれました。そして、1歳の入園申し込みの時期が来たときに子どもにとっての都会暮らしについて深く考えるようになりました」

陽さんも言う。

「保育園を申し込むために、いろんな園を見学しましたが、田舎育ちの主人や、郊外のニュータウンで育った自分の環境に比べると、園庭が狭かったり、歩道のない道を子ども2人と歩く想像などをして、都会でのびのびとした子育てをすることの難しさを感じていました」

元々、夫婦の間では、遠くない将来、田舎暮らしをしようという話はしていた。伊豆、九十九里、茨城、福島、長野。結婚後は車でいろんな田舎を巡っていた夫妻。漠然とした将来の生活の下見のような意味もあった。保育園に入れない間にも刻々と時間が過ぎていく中で、もう少し先に描いていた田舎暮らし計画が、今の自分たちにとって必要なものとして、少しづつ現実的に考えられるようになっていった。

広いリビングには大きな窓を採用、緑の風景を眺めながらくつろげる(撮影/片山貴博)

広いリビングには大きな窓を採用、緑の風景を眺めながらくつろげる(撮影/片山貴博)

「海沿いの生活にも惹かれましたが、そもそも、僕が兵庫の山あいのまち、妻が千葉の内陸の出身。二人ともサーフィンやマリンスポーツを楽しむというのも志向的にイメージできなかったし、山の姿に妙に落ち着くことに気づきました」

小淵沢にピンと来たのは陽さんだった。

「『水がきれいだから美味しいウイスキーができるんだよね』と言って水と自然の美しさを求めて白州に行ってみました。帰るときに小淵沢インターを使うんですが、そこで見た八ヶ岳と南アルプスの眺望に感動したのが最初のきっかけ。2人が好きなニュージーランドの風景にどこかしら似ているのも決めた理由のひとつです」

1階と2階、その上のロフトは吹抜けでつながっている(撮影/片山貴博)

1階と2階、その上のロフトは吹抜けでつながっている(撮影/片山貴博)

二人はさっそく北杜市内の不動産屋を訪れた。そこで紹介されたのが現在の土地だ。

「周辺の土地相場に比べて、ここは斜面の雑木林でさらに安かった。約200坪の土地は都会では考えられない額でした」と省人さん。

2015年1月に土地を探し始めて3月に決定。長野県原村に営業所を構えるアトリエDEFとの打ち合わせが始まる。「木と土の力を活かして、自然に寄り添う暮らし」がコンセプトの工務店だ。床はカラマツ、梁は杉、土壁に漆喰(しっくい)という理想の家は8カ月で完成した。

双子の保育園もすぐに見つかり、陽さんはパート勤務で仕事復帰を果たしている。

「以前は正社員で働いていたので、給料こそ減りましたが、通勤時間も短くなり、ここでは余裕をもてる時間が増え、平日の出費がほぼゼロ。都会の子育てでは、子どもを連れて移動するだけでも一苦労で、心の余裕がなく、ふさぎ込んでしまうこともありましたが、移住後は開放的な環境で、自然と共に暮らす充実した毎日です」

小淵沢の夏は冷房いらず、冬は薪ストーブで暖を取る(撮影/片山貴博)

小淵沢の夏は冷房いらず、冬は薪ストーブで暖を取る(撮影/片山貴博)

薪割りは省人さんの仕事。数年の間できれいに割るテクニックも身に付いた(撮影/片山貴博)

薪割りは省人さんの仕事。数年の間できれいに割るテクニックも身に付いた(撮影/片山貴博)

「割った薪は乾燥させて1、2年後に使えるようになります。エアコンはいらないし、光熱費として考えると川崎に家族で住んでいたころより安くすんでます」

省人さんは庭に畑をつくって、トマト、トウモロコシ、枝豆、かぼちゃ、さつまいもなどを育てている。

子どもの食育のためにも実験的にいろいろ植えてみたそうだ(撮影/石原たきび)

子どもの食育のためにも実験的にいろいろ植えてみたそうだ(撮影/石原たきび)

さらに、夏場はご近所さんから野菜のおすそ分けがある。

「今朝もお隣さんからじゃがいもとズッキーニの差し入れをいただきました。留守の場合は玄関先に置いてくれるんです。地元のみなさんに馴染んでご近所付き合いができるのか当初は不安もありましたが、杞憂でした。北杜市は移住者が多いから受け入れる土壌ができているんでしょうね」

こうしたうれしいおすそ分けも食事が楽しくなった理由のひとつ(撮影/片山貴博)

こうしたうれしいおすそ分けも食事が楽しくなった理由のひとつ(撮影/片山貴博)

冬には「八ヶ岳ブルー」と呼ばれる真っ青な空と白い雪山とのコントラストが楽しめる。身近に絶景のある暮らしは最高だ。

晴れていれば夜は満天の星空を眺めながら山梨ワインを飲むといった贅沢なひと時も(撮影/片山貴博)

晴れていれば夜は満天の星空を眺めながら山梨ワインを飲むといった贅沢なひと時も(撮影/片山貴博)

浴室は2階に設置して、入浴しながら窓外の景色を楽しめるようにした(撮影/片山貴博)

浴室は2階に設置して、入浴しながら窓外の景色を楽しめるようにした(撮影/片山貴博)

そして、何といっても移住を最も喜んでいるのは子どもたちだ。二人とも引っ込み思案だったが、小淵沢に来てからは社交的かつ活発になったという。

お気に入りのストライダーで家の周囲をぐるぐる回るのが今、子どもたちのお気に入りの遊び(撮影/片山貴博)

お気に入りのストライダーで家の周囲をぐるぐる回るのが今、子どもたちのお気に入りの遊び(撮影/片山貴博)

陽さんが言う。

「神奈川県川崎市で暮らしていた場所は交通量が多いので、子どもたちと道を歩いていても、ずっと『危ない!』と言わなきゃいけない。そういうストレスが子どもたちにも自然に溜まっていたんじゃないでしょうか」

二人の子どもはネット動画も見ないし、キャラクターグッズでも遊ばない。テレビもほとんどつけない。すぐそばにあるもので自由に自分たちで考えて遊ぶ。子ども部屋にあったオモチャは実にクリエイティブだった。

牛乳パックの船は息子、手前のお弁当箱は娘の作品だ(撮影/片山貴博)

牛乳パックの船は息子、手前のお弁当箱は娘の作品だ(撮影/片山貴博)

独創的なコース設定のレール。リュックをかける棒は省人さんが白樺の枝でつくった(撮影/片山貴博)

独創的なコース設定のレール。リュックをかける棒は省人さんが白樺の枝でつくった(撮影/片山貴博)

省人さんは言う。

「最初はこっちでもパソコンを開いて仕事をしてましたけど、今は楽しいことが多すぎて徐々にしなくなりました。田舎暮らしは意外とやることが多いんです。その分、東京のオフィスと特急あずさの車内では集中して働いています(笑)」

今後について、省人さんは笑いながらこう言った。

「でも、せっかくだからまた違う土地にも暮らしてみたい。老後は海沿いもいいし、逆に都会という選択肢もあるなあという話はしています。あまり生きる場所を固定せず旅するように生きていけるといいなぁと」

子どもたちがつくったてるてる坊主は一家の未来も見守る(撮影/片山貴博)

子どもたちがつくったてるてる坊主は一家の未来も見守る(撮影/片山貴博)

最後に二拠点生活を検討している人たちへのアドバイスを聞いた。

「やりたいなら早く実行した方がいい。子どもが成長すれば生活環境を変えるのが大変になりますから。育てる場所が決まれば、その後の教育プランも立てやすいでしょう」

小淵沢に完全移住するか。別の場所でさらに田舎暮らしを満喫するか。あるいは、東京に戻るか。いずれにせよ、家族全員が大満足の二拠点生活は当分続きそうだ。

デュアルライフ・二拠点生活[15]70代で仕事も現役。「仕事があるから、山里田舎暮らしが楽しい」

今回、インタビューを受けて下さったのは、70代にして大阪で勤務する技術士(電気電子)の加藤進さん。2014年から大阪池田市と岡山県久米郡美咲町でデュアルライフ(二拠点生活)を満喫中です。その動機や経緯などについて、緑ゆたかな美咲町でうかがいました。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきますデュアルライフのきっかけは、太陽光発電。妻の実家近くでたまたま見つけたのが美咲町

大阪から車で約2時間。美咲町は岡山県の中央部に位置する町で、山道を抜けて町に入ると美しい田園風景が広がる。その小高い丘の上にあるのが、加藤さんの家だ。私たちが到着するやいなや、加藤さんが真っ先に紹介してくれたのが、近くにお住まいの中村隆重さん。この方なくして、デュアルライフは成り立たないと感謝する。

「中村さんは私の師匠!今も土木会社に務めながら、人の田畑まで世話するパワフルな方で、すごく丁寧に教えて下さって。うちの田んぼも、もともと中村さんがずっと世話をしてくれていた関係から、今もサポートしていただいて。裏にある畑も中村さんの指導のおかげです」

加藤さん(右)と中村さん(左)。「加藤さんはすごく丁寧な方ですね」と中村さん。中村さんの畑は加藤さんの畑と隣同士(写真撮影/出合コウ介)

加藤さん(右)と中村さん(左)。「加藤さんはすごく丁寧な方ですね」と中村さん。中村さんの畑は加藤さんの畑と隣同士(写真撮影/出合コウ介)

加藤さんがこの生活を始めたきっかけは、太陽光発電というからびっくり。

「私は電気工学科出身の技術士(電気電子)で、自分なりに楽しみながら太陽光発電をやりたかったわけですが、大きな敷地がいる。最初は大阪で探していたのですが、いい物件がなかなか見つからなくて。それなら田舎がいいなと、岡山県津山市にある妻の実家近くで探すことにしました。年に何度か帰っていたのですが、どうせ田舎に家を構えるなら、やはり妻が時々両親を見に行ける環境が欲しいなと思ったんです」

親(嫁)孝行と趣味生活の両立。まさに一石二鳥と加藤さんは笑う。地元の不動産店から3カ所紹介してもらい、この美咲町の物件を見た瞬間、「ここだ」とピンと来て即決した。

「築70年の物件は、柱と梁も立派で、太陽光を搭載するのに家の大きさもちょうどいい。義父の後押しも大きかったですね。山と田んぼ、家がぽつりぽつり。ここから見えるそんな景色も、すごく気に入りました」

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

庭の奥に山と田園が広がるこの景色が加藤さんのお気に入り。「この緑の絨毯がね、秋には黄金に変わるんです」と加藤さんの妻(写真撮影/出合コウ介)

庭の奥に山と田園が広がるこの景色が加藤さんのお気に入り。「この緑の絨毯がね、秋には黄金に変わるんです」と加藤さんの妻(写真撮影/出合コウ介)

「ここに座ってぽかんと外を眺めているだけで、気が晴れる。山から抜ける風も気持ちいいです」(写真撮影/出合コウ介)

「ここに座ってぽかんと外を眺めているだけで、気が晴れる。山から抜ける風も気持ちいいです」(写真撮影/出合コウ介)

技術者の血が騒ぐ?「ああしたい」「こうしたい」がいっぱい出てくる、田舎暮らし

梅田の高層ビルで週4日パソコンに向かう加藤さん。今は月2、3回美咲町に通い、妻は津山市の実家へ、夫は田畑作業と農機調整に励み、リフレッシュ!「お互い気を使わず、好きなようにやっているのがいいんですね。でも、田畑はおまけでついてきたようなもので。田舎暮らしで畑くらいはやるつもりだったけど、まさか田んぼまでやることになるとは」と加藤さん。田んぼの登記簿謄本を譲度する場合の規制は厳しく、本当にできるかどうか審査が必要だ。加藤さんは「そこに山があるから登るように、そこに田んぼがあるから耕すだけ」と、行政書士の方に営農計画を造ってもらい、時間をかけて譲り受けた。1年目はそのまま中村さんに預かってもらっていたが、「このままじゃプランの趣旨に外れる」と2年目から奮起して、農業開始!

「素人がイチから始めるので、中村さんの教えやネット情報をたよりに、娘夫婦やその友達に手伝ってもらいました。1年目は田畑を耕す耕運機を使う初歩的なやり方でしたが、2年目からトラクターを使うなど、失敗しながら自分なりにソリューションを見つけて対処していくのもまた楽しい(笑)。それは畑も同じですね。稲作は実は繊細で、毎日水の状態を見て、水を充てる、水を引くなどの対処が必要ですが、中村さんがわずかな金額でやってくださるから、続けられるんです。何かあればスグに連絡下さるし、頼もしい味方です」

家から歩いて5分の場所にあるハート型の田んぼは2反(600坪)は物件購入時についてきた。中村隆重さんと加藤さんとお孫さん(写真撮影/出合コウ介)

家から歩いて5分の場所にあるハート型の田んぼは2反(600坪)は物件購入時についてきた。中村隆重さんと加藤さんとお孫さん(写真撮影/出合コウ介)

今や田植えは家族の年中行事のひとつ「田植えの時期に合わせて来るようにしています」と娘さん(写真/ご本人提供)

今や田植えは家族の年中行事のひとつ「田植えの時期に合わせて来るようにしています」と娘さん(写真/ご本人提供)

畑にはキャベツやピーマン、トマト、キュウリなどの旬の野菜が育つ。「このあたりはムジナが出て、トマトの皮だけ残して食べるんです」(写真撮影/出合コウ介)

畑にはキャベツやピーマン、トマト、キュウリなどの旬の野菜が育つ。「このあたりはムジナが出て、トマトの皮だけ残して食べるんです」(写真撮影/出合コウ介)

念願だった太陽光も、業務用10kwを屋根に上げ、申請から設計、電気工事、メンテナンスまで全部自分でやり、「古民家の柱は太陽光パネル800kgを支えてくれる頑丈なつくりでした」と大満足。家の電気配線も自ら工事(※)、井戸にポンプをつけて配水したり、草刈り機がオーバーヒートしたから自分で直したり、水やりが大変だから今度はスプリンクラーつくりたいと、田舎暮らしは技術屋の血が騒ぐそう。

「のびのび、マイペースにやりたいようにやれる環境がすごくいい。頭使うのも身体動かすのも大好きで、最初は漠然と始めた田舎暮らしでしたが、住み始めたら、ああしたい、こうしたいがいっぱい出てきて。今後は使っていない部屋のDIYもゆっくりしていきたいですね。もともと趣味だったアマチュア無線、今はお休みしています(笑)」

小高い丘の山裾にある加藤さんの家。太陽光発電が搭載され、田舎の町並みで一際目立つ(写真撮影/出合コウ介)

小高い丘の山裾にある加藤さんの家。太陽光発電が搭載され、田舎の町並みで一際目立つ(写真撮影/出合コウ介)

井戸にポンプを付けて、簡単に水が使えるように。さすが、エンジニア(写真撮影/出合コウ介)

井戸にポンプを付けて、簡単に水が使えるように。さすが、エンジニア(写真撮影/出合コウ介)

「子どもたちがトカゲに触っているのを見て、お友達も触れるようになりました」

もともと池田市でもしょっちゅう集まっていた仲良し家族だが、「家族イベントが増えました」と加藤さん。お孫さんたちもここがお気に入りで、川遊びしたり、BBQしたり。特に娘さんの次男坊は昆虫や生き物が大好き。今回、美咲町をおとずれたときも、あぜ道を歩くと足の踏み場もないほどの数の生まれたての小さなカエルにびっくり!トカゲや蝉、トンボと、本当に豊かな自然の恩恵を受けた生き物がいっぱい。「あれ、かなへび」。加藤さんのお孫さんがそっと教えてくれた。

「この子はねえ、本当に生き物が大好きでね。この前もかなへびを手のひらに3匹も乗せて、顔を見ては『かわいいかわいい』って喜んでいて。帰る時間になって、母親が捨てなさいと言うと、泣いて悲しがってるんですよ」と加藤さんは目を細める。孫の知らない一面が垣間見れたのも、「田舎暮らしのおかげ」と喜ぶ。

昆虫や生き物が大好きなお孫さんと(写真撮影/出合コウ介)

昆虫や生き物が大好きなお孫さんと(写真撮影/出合コウ介)

下流で川遊び。網で魚をとって、みんな楽しそう(写真/ご本人提供)

下流で川遊び。網で魚をとって、みんな楽しそう(写真/ご本人提供)

田んぼでとれたお米でつくるおむすびは最高!おばあちゃんを手伝う、娘さんの長男くん(写真撮影/出合コウ介)

田んぼでとれたお米でつくるおむすびは最高!おばあちゃんを手伝う、娘さんの長男くん(写真撮影/出合コウ介)

バーベキューを楽しむ加藤さんとお孫さんたち(写真撮影/出合コウ介)

バーベキューを楽しむ加藤さんとお孫さんたち(写真撮影/出合コウ介)


(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

小さいながらも地元の祭りも多く、桜祭りや夏祭り、花火大会など季節の行事を楽しみにしていて、「花火はね、田んぼの向こうに上がるんですが、これがまたキレイで。今では孫もこっちに地元の友達もできて、喜んでます」。夏休みには、お孫さんのお友達家族も訪れ、合宿を行うそう。

「住宅街では近所に気兼ねしますが、ここなら大声を出しても大丈夫だし、駐車スペースもいっぱい。気軽に集まれるのがいいですね。次男が昆虫や生き物を喜んで触っているのを見て、最初は怖がっていたお友達も触れるようになったんですよ」と娘さんが教えてくれた。加藤さんも「都会の子に田舎の良さを伝えられるのも、田舎暮らしの醍醐味(だいごみ)です」

娘夫婦の友達とその子どもたちもいっぱい遊びに来て夏を過ごすのも年中行事に(写真/ご本人提供)

娘夫婦の友達とその子どもたちもいっぱい遊びに来て夏を過ごすのも年中行事に(写真/ご本人提供)

偶然にも隣家の妻が同級生!「町内会を紹介してもらい、地元にもすんなり溶け込みました」

「今日も着いた早々、近所の方から『豆が出来すぎたから取りに来て』と言われ、孫と取りに行って来ました。旬の食材をよくいただきます」。実は、隣にお住まいの中村勉さんの妻が加藤さんの妻と偶然同級生だったことから、町内会の人を紹介してもらい、地域に溶け込んでいった。

隣にお住まいの中村勉さんはもくもくと草刈り。この方の妻が加藤さんの妻と同級生だった。ちなみに、この近くの方々はみんな中村さんらしい(写真撮影/出合コウ介)

隣にお住まいの中村勉さんはもくもくと草刈り。この方の妻が加藤さんの妻と同級生だった。ちなみに、この近くの方々はみんな中村さんらしい(写真撮影/出合コウ介)

「おかげで、スムーズにお付き合いさせて頂けて、本当に助かりました。美咲町は外から来た人々に対して寛容というかそういう風土があり、2人ほど先輩の移住者の方がいらっしゃいましたが、私たち同様、初めての稲作も助けてもらいながらやっていたみたいです」

前出の中村隆重さんも、管理している11反のうち、9反は遠くに住んでいたり、手がまわらない方の田んぼを預かって面倒をみているという。当たり前のように支え合う精神。なるほど、週末だけ来ては楽しむ別荘とは違い、月に数回ではあるが、地域とつながってこその、二拠点生活。今後の目標は?

「都会でランニングマシンに乗るより、農作業をしていい汗かくのが気持ちいい!梅田での忙しいオン生活があるからこそ、田舎でのオフ生活。この生活を始めて、両方手放せないことがよく分かりました。みなさん、よく終活って言いますが、私は今の暮らしの延長線上に将来があると思っています。70歳で現役続行していますが1年契約です。1年、1年できる範囲で仕事をがんばり、この二拠点生活のまま、ピンピンころりといきたいものです(笑)」。70代でお仕事をしているだけでも驚きだったが、デュアルライフを通じて、思いがけなく、自分にぴったりのライフスタイルを見つけた加藤さん。今後も妻や子どもたち、その家族に囲まれて、末永く笑顔で暮らしていただきたいものだ。

※加藤さんは、第1種電気工事士の有資格者のため、ご自身で電気工事を行っています。電気工事士法により、電気工事は専門の資格を持つ者・事業者が行うことが定められています

ハイスペックなエコハウスが並ぶ「山形エコタウン前明石」誕生! 全棟トリプルガラス搭載

JR山形駅から東へ車で20分ほど山形市の郊外に、新たに土地一区画が約210~260平米弱の建売住宅地の開発が進められている。名称は「山形エコタウン前明石」といい、その名の通り、エコを重視した住宅地である。東北芸術工科大学(山形市)と地元デベロッパーの荒正(山形市)、そして、アウトドアブランドのスノーピーク(新潟県三条市)がタッグを組んで立ち上げた。1棟の価格は3600万円台~4100万円台、間取りは3種類だ。6月末の暑い日、筆者は現地の見学会に訪れた。
エアコン1台で1年中、快適な室温をキープ

「山形エコタウン前明石」の大きな特徴はまず、全19区画に建つ予定の建売住宅が、すべてハイスペック・エコハウスであることだ。室内の温熱環境を保つため、外・内断熱を施し、窓にはペアガラスどころかなんとトリプルガラスの樹脂サッシを採用している。これは、今回採用した「ファース工法」に基づくもの。建物を高気密・高断熱に仕立て、小屋裏に取り付けたエアコン1台で、壁内から床下まで一定の温度の空気を循環させて、1年中、快適な室温を保つシステムである。北海道を拠点とする工務店が特許を取得している工法だ。建物の基本設計は東北芸術工科大学、実施設計はエネルギーまちづくり社(東京都)が担当した。

また、全住宅とも省エネルギーを目指し、自然冷媒ヒートポンプ給湯機、太陽光発電システムといった設備を標準搭載。ちなみに、年間の冷暖房の消費電力料金は約6万8000円と、山形県の平均的な料金の5割程度だという。この設備のみで、冬は半そでで過ごせるほど家全体が暖かく、夏は適度な涼しさを保てる。

「これは、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が設定する、G2グレードをクリアしています」と、当住宅地の企画に関わった、東北芸術工科大学の教授であり建築家の竹内昌義氏は話す。
そもそも寒冷な山形県では、室内の温度変化で急激な血液低下を起こす「ヒートショック」で入浴中に亡くなる人が交通事故死よりも多く、2016年度には200人以上だった。こうした事情を問題視した県では、「やまがた健康住宅」という定義をつくり、住宅の高気密・高断熱化を推奨・サポートしている。

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

高気密・高断熱に徹したから実現した、大きな窓と広々した間取り

こうした高気密・高断熱住宅を設計する際に課題となるのが、住宅の開放感だ。延べ床面積は94.67~125.86平米と、都市部に比べ住宅が広い傾向にあるこのエリアとしては比較的コンパクト。室内の温かさは開口部から逃げるので、それを防ぐために、通常であればどうしても窓は小さくせざるを得ない。そこで、ここの建売住宅は、断熱性の高いトリプルガラスを採用することで、開口部を大きく取った。そのため、外の景色が見渡せるようになり、視覚的に広がりが増した。

また、間取りにも工夫して開放感を加えた。間取りは「吹き抜けのある家」「土間のある家」「デッキテラスのある家」の3種類。いずれも間仕切り壁を最小限にしたほか、1階玄関をリビングダイニングと一体化させた土間にする、1階から2階まで吹抜けにするなどだ。
とはいえ、こうした間取りがすんなりと決まったわけではない。「デッキテラスのある家」は2階にリビングダイニングを設け、そうした家族がくつろぐスペースからの眺望の良さと開放感が売りだ。首都圏では人気でも、ここ山形県では事情が異なった。

「リビングダイニングは1階にあること、また、部屋数が多い住宅のほうが売れます。ところが、竹内さんから提案された間取りのひとつは、2階にリビングダイニングのみがある。お客様の反応が不安でした」と、荒正の代表取締役、須田和雄氏は思い返す。
しかし、オープンハウスに訪れた30代夫婦に感想を聞くと、「リビングは1階にあるのが当たり前だと思っていましたが、実際にモデルハウスに入ってみると(日常生活に不自由はなさそうで)違和感はありませんでした」という答えが返ってきた。

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

緑豊かなランドスケープ、アウトドアリビングでコミュニティ形成を狙う

もうひとつの特長は、全体のランドスケープだ。敷地の境界線上は住民が誰でも散歩できるように、幅90cmの遊歩道になる。その中のいくつかの場所には、住民が自由に使えるベンチや井戸を配する予定だ。また、それぞれの住宅は塀などで囲まず、いくつかの箇所に常緑樹のシラカシや四季を感じられる樹木を植えて緩くゾーニングするのみだ。それぞれの庭はアウトドアリビングである。バーベキューグリルなどのアウトドア用品を置き、思い思いに楽しむ。
そのうちに、各住宅の草木が茂って住宅地全体が緑で一体化し、それぞれのアウトドアの楽しみも隣家同士でつながっていく。その姿に象徴されるように、徐々にコミュニティが形成されていくことを企画者たちはイメージしている。「室内が暖かいとかえって外に出るようになるのではないでしょうか。アウトドアの仕掛けがあればなおさらです」(竹内氏)

こうしたエコハウスにバーベキューなどアウトドアの楽しみを組み合わせる提案をしたのは、スノーピークである。同社営業本部東日本事業創造部シニアマネージャーの吉野真紀夫氏はこう話す。「オール電化も重要ですが、高性能な住宅に住みつつ、昔からの自然な火を囲む暮らしも目指したいと考えました」
山形では、仲間が集まり、屋外でサトイモの鍋を煮炊きする「芋煮会」という慣習があり、アウトドアに抵抗がないという声もあったようだ。

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

岩手県の注目住宅地、「オガールタウン日詰二十一区」がヒントに

そもそも、なぜ、このような建売の高気密・高断熱のエコハウスと、緑豊かなランドスケープが融合した“ハイスペック”な住宅地がここに誕生することになったのだろうか。

きっかけは3年前に遡る。地主から相談を受け、現住宅地の敷地を荒正が購入する運びとなった。そこは市街化調整区域であり、当時は住宅地として開発することはできなかった。実際に着手したのは、市街地調整区域の開発要件が緩和された後の2018年のことだ。
しかし、すでに敷地購入当初から、荒正の須田氏は建売の住宅地として展開する計画を想定していたのだという。駅から遠く、利便性が優れているとはいえない場所であるからこそ、確実に販売するため、近隣の住宅地より明らかにエッジが立っている住宅地にしたいと考えた。
その具体的なコンテンツのひとつが、建売の住宅をハイスペックなエコハウスに仕立てること。そこで、東北芸術工科大学の竹内氏にアドバイスを求め、企画を進めた。もうひとつが緑豊かなランドスケープだ。「一昨年訪れた、岩手県紫波町にある『オガールタウン日詰二十一区』を見て“これだ!”と感じた。緑に囲まれた、まるで公園のような心地よさをもつエコハウスの住宅地でした」と須田氏。
紫波町を訪れたときの縁で、ランドスケープやアウトドアをキーに住民のコミュニティ形成をデザインする、スノーピークの合流も決まった。

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

すでに購入手続きに入った30代の3人家族に、当住宅地の気に入ったポイントを聞いてみると、「居住中の賃貸マンションは、夏は暑くて冬は寒く、結露が原因でカビも生えます。このエコハウスは(断熱性が高く)そういう悩みは少ないのかもしれません。今よりランニングコストが抑えられるのはいい」「スノーピークのアウトドアグッズはおしゃれなイメージ。庭や周囲の散歩道にあるならぜひ使ってみたい」「コストパフォーマンス重視の住宅でなくていい」といった回答だった。

この住宅地に同じように魅力を感じる、住環境への価値観が近い居住者がこれから集ってくるだろう。そこから生まれる新たなつながりで、この住宅地のコミュニティやランドスケープ、もしかすると住宅も独自の変化を遂げていくのではないか。全住棟に居住者がそろった1年後、2年後にまた取材に訪れたい。
(構成・文/介川 亜紀)

●取材協力
・東北芸術工科大学
・スノーピーク
・荒正
・ファース工法
・エネルギーまちづくり社

デュアルライフ・二拠点生活[14] 11年目のリアル「子どもの入園を機に、ほぼ完全移住しました」

二拠点生活(デュアルライフ)は楽しそう。でもずっと続けると、どんなことが起きるのか。今回は、二拠点生活11年目、週末だけの田舎暮らしから、ほぼ移住生活となった先輩デュアラ―の暮らしを紹介。きっかけや当初の目的はもちろん、子どもの教育、働き方の変化、親の介護、コミュニティなど、これまでのデュアルライフをインタビューしました。

今回、インタビューを受けてくださったのは、建築家の高木俊さん。2008年から、東京都江東区の住まいと千葉県館山市で二拠点生活を始め、現在は、妻と2人のお子さんとともにほぼ完全移住をしています。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきますどこかハワイを思わせる丘の一軒家を週末の家に高木俊さん(写真撮影/片山貴博)

高木俊さん(写真撮影/片山貴博)

――二拠点生活を選んだきっかけは?

当初は妻の母が古民家暮らしをしてみたいと、都内から車で行ける古民家を探していたんです。また、私たち夫妻にも、娘が生まれ、自然豊かな環境でも子育てしたいと思うように。本格的に探し始めたところ出合ったのが、現在の館山の住まいでした。急勾配の坂道を上った丘の上に位置しているので、周囲に建物がなく、開放的。温暖な気候、海が近い、丘の上。どこか妻の好きなハワイに似ているなぁと。そこで、思い切って購入したんです。自分たちの手でどんどんリフォームしていくつもりでしたので「借りる」選択肢はありませんでした。

室内は壁をぶちぬき、リビング、ダイニング、ワークスペースを兼ねた、ひとつの大空間に(写真撮影/片山貴博)

室内は壁をぶちぬき、リビング、ダイニング、ワークスペースを兼ねた、ひとつの大空間に(写真撮影/片山貴博)

――当初は、こちらの館山の住まいは、週末の家だったんですよね。

そうです。月に一度、家族全員と犬と猫と一緒に大移動していました。草むしりをしたり、家の中をDIYしたり、のんびり過ごすはずが、意外とすることはいっぱいありました。また、妻の父が若くして病に倒れ、介護が必要になったことも、二拠点生活を選んだもうひとつの理由でした。たまには田舎でのんびり過ごさせてあげたかったんです。そのうち、訪れる頻度こそ変わりませんでしたが、滞在日数が長くなり、仕事が許す限り、1週間程度こちらにいましたね。家屋の改修をまとまってやることができました。

子育て重視で移住へ。仕事環境も少しずつ変化

――その後、2012年に家族で移住するわけですが、何故でしょうか。

息子が生まれ、娘が幼稚園に入園する前のタイミングのときに、妻と“東京でずっと子育てするイメージがわかない”という話になり、定住を決めました。当時の東京都内の住まいは賃貸で身軽でしたし。
東京はいろいろ恵まれていますが、どうしても閉塞感がある。雄大な自然の前では、人間が決めたルールなんてふき飛んでしまう。そんな自然の力を子どもたちと共に肌で感じたいと思ったんです。
移住を決める前に、地元の運動会をのぞいてみたりして、ここでの子育てをイメージしてみました。散歩していると、道行く子どもたちが「こんにちは」とあいさつしてくれるのもいいなぁと思いました。ここは1学年20人ほどの1クラス。小・中とずっと一緒なので、結束力も強い。保護者みんなが子どもたち一人ひとりを知っているので、社会全体で子どもたちを育てる姿を目の当たりにしています。

周囲に建物がなく、森の中に急に現れたような趣の住まい。敷地は1000坪以上で、まだ手付かずの場所も(写真撮影/片山貴博)

周囲に建物がなく、森の中に急に現れたような趣の住まい。敷地は1000坪以上で、まだ手付かずの場所も(写真撮影/片山貴博)

庭にはハーブや果実を収穫できる植物が生育。今日は、サラダの彩りに、食べられる花、エディブルフラワーを摘む贅沢さ(写真撮影/片山貴博)

庭にはハーブや果実を収穫できる植物が生育。今日は、サラダの彩りに、食べられる花、エディブルフラワーを摘む贅沢さ(写真撮影/片山貴博)

取材時には、大豆ミート、ドライベジタブルなどを使ったランチをご馳走してもらった(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材時には、大豆ミート、ドライベジタブルなどを使ったランチをご馳走してもらった(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――現在、高木さんの仕事はどうされているのでしょうか。

現在、本業の設計の仕事とは別に、東京理科大学で1スタジオの授業を持っているので、週に一度、僕だけ東京に戻っています。オフィスも一応都内に残していて、夜は妻の実家に泊まっています。都内に設計の仕事があれば、頻繁に現場に行くなど、フレキシブルに働いています。
実はここに拠点を移して3年経ったころから、少しずつ地元(千葉)の仕事を増やしている最中なんです。田舎では「建築家に設計を頼む」という文化はあまりないので、今までどおりとはいきませんが、だんだん地元の友人が増え、仕事につながるケースも少なくありません。地元の青年団、小学校のPTAなどには、必ず地元の大工さん、職人さんがいて、顔を出しているうちに自然と人脈ができるんです。

――コミュニティが仕事につながるんですね。

狭い社会ですし、僕は臆せず飛び込んでいける性格なんです。
確かに東京をベースにしたほうが、仕事も多く、収入面ではメリットが大きいかもしれません。でもここでなら、自給自足をしたり、物々交換をしたり、都会とは別の価値観で十分暮らせて行けるんではないかなと思っています。暮らしの延長が仕事になっていると実感しています。
都会は都会で刺激がたくさんあり、都会暮らしを決して否定はしません。でも、たくさん働いてたくさん稼ぐ働き方でなくてもいいなと思っているんです。とはいえ、何があるのか分からないので、都内のオフィスはそのまま残していますけど(笑)。最近は、後輩の建築家とシェアオフィスにするなど、コストは削減していますし、こちらで得た知見を都会で広める野望もあります。

もとからあったビニールハウスは修繕を加えて洗濯物干し場兼DIYの作業場に(写真撮影/片山貴博)

もとからあったビニールハウスは修繕を加えて洗濯物干し場兼DIYの作業場に(写真撮影/片山貴博)

家の裏手には大きなテントを張れるスペースも。学生たちが寝泊まりした(写真撮影/片山貴博)

家の裏手には大きなテントを張れるスペースも。学生たちが寝泊まりした(写真撮影/片山貴博)

子育てを通してコミュニティに馴染む。義父の看取りも経験

――ほぼ定住することで、暮らしはどう変わりましたか?

地元のコミュニティに深く関わるようになったことが大きいですね。今は、小学校のPTA会長をやっています。実は僕の大学のスタジオのテーマは「二地域居住」。この前は、学生たちが30人ぐらいやってきて、ウチに宿泊していきました。地元のみなさんの協力を得て、農作業など貴重な経験をさせてもらいました。家庭菜園もバージョンアップして、妻はパーマカルチャーを学ぶなど、僕よりずっとこの暮らしを謳歌しています。

1匹の犬と6匹の猫たちとも同居生活。猫たちは自分なりの居心地のいい場所を見つけるのが得意(写真撮影/片山貴博)

1匹の犬と6匹の猫たちとも同居生活。猫たちは自分なりの居心地のいい場所を見つけるのが得意(写真撮影/片山貴博)

独立した広いキッチンにはたくさんの食器や調理器具が並べられている。最大30人分の食事を用意したこともあったそう(写真撮影/片山貴博)

独立した広いキッチンにはたくさんの食器や調理器具が並べられている。最大30人分の食事を用意したこともあったそう(写真撮影/片山貴博)

――4年前からは、義理のお父さまと同居されたんですよね。

はい。近くの白浜にとてもいい介護施設があり、利用できるのは地域住民であることが前提だったことから、2015年より同居を始めました。週に5日、デイサービスに通い、月に一度は一週間の宿泊をお願いしました。その間、介護をしていた義母は東京で骨休めでき、よかったと思います。
残念ながら、2年前に義父は亡くなりました。お葬式はこの自宅で、近くの神社の宮司さんが取り仕切ってくれるなど、とてもアットホームな式になりました。この家で、義父を看取ることができたことは大変良かったと思っています。しばらくして、義母が古民家を求めた意図に気付くことができました。今では義母が週末に田舎を楽しんでいます。

――最後に、二拠点生活をしたい方たちにアドバイスをお願いします。

私たちの場合、子育てと田舎生活をほぼ同時に開始したので、慣れないことが多く、大変かなと思っていました。でも、できないことはできないと開き直れました。田舎生活の初心者だからこそ、周囲に素直に「助けて」とお願いできます。都会ではカッコつけていた、ってことなんでしょうね。都会にいたら、情報がいろいろ集まってくる分、自分の子育てを比較したり、焦ったりしていたでしょう。
特に子どものいる世代での二拠点生活は、学校の問題などハードルはありますが、子どもがいるほうが、地元のコミュニティに溶け込みやすいという利点は大きいと思います。

週末だけの二拠点生活から、ほぼ移住生活に移行した高木さんファミリー。とはいえ、将来子どもたちが東京の学校に進学したいと希望したら、妻の実家から通うこともできるとフレキシブルに考えているそう。仕事も子育ても決めすぎず、軽やかに拠点を変えるライフスタイルは、まさに新しい暮らし方といえるでしょう。

館山の住まいは丘の上に建つ、平屋の一戸建て。特に出かけなくても、自然を身近に感じる子育てができる(写真撮影/長谷井涼子)

館山の住まいは丘の上に建つ、平屋の一戸建て。特に出かけなくても、自然を身近に感じる子育てができる(写真撮影/長谷井涼子)

パリの暮らしとインテリア[1]ヴィンテージ家具に囲まれたデザイナー家族のアパルトマン

私はフランスのパリに暮らすフォトグラファーです。パリのお宅を撮影するたびに、スタイルを持った独自のインテリアにいつも驚かされています。

今回はヴィンテージ家具を20年以上かけて少しずつ集めて生活を楽しんでいる、ブティックなどの内装を手がけるデザイナーのヴァレリーさん、ファッションデザイナーの仁美さんらが暮らすアパルトマンに伺いました。

連載【パリの暮らしとインテリア】
フランス・パリで暮らす写真家が、パリの素敵なお宅を撮影。インテリアの取り入れ方から日常の暮らしまで、現地の空気感そのままにお伝えします。人気エリア11区から静かな『北マレ』への引越し

ヴァレリーさんと仁美さんが子どもたちと暮らすお住まいは、今パリの最新トレンド発信地として大人気の北マレ地区にあります。2005年に引越してきたときにはまだ「北マレ」というエリア名では呼ばれておらず、パリの中心地にある割にはとても静かなところでした。今では多くのギャラリーやおしゃれなカフェなどが点在し、活気がある地区に変化を遂げました。

お住まいの通りは北マレにあっても静かな通りです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お住まいの通りは北マレにあっても静かな通りです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前は子育てにも人気な地区である11区に住んでいましたが、当時の家は子ども部屋が小さかったこと、子どもたちを公立の小学校に通わせるために、パリ中心部への引越しを決めました。ちなみにそのとき住んでいた家は、お二人自身でDIYで改装していたので、売買するときもすぐに買い手が見つかり、スムーズだったといいます。

今の住まいを見つけたきっかけはインターネットでのアノンス(通知)で、とても興味深い物件だったとのこと。
「長女のアリスと長男ジェレミーがまだ小さかったので、共働きの私たちにとって、お手伝いさん用の小さなスペースが隣接していたのがここと契約する決め手になりました」と仁美さん。

入り口の共用部分の階段は、最近ようやく工事が終了! カラーリングは住人たちで相談して決めました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

入り口の共用部分の階段は、最近ようやく工事が終了! カラーリングは住人たちで相談して決めました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓から見える風景。向かいは歴史的建造物。マレ地区には古い館が点在しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓から見える風景。向かいは歴史的建造物。マレ地区には古い館が点在しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「ただ、部屋を自分たちでデザインしてDIYしていたので、完成には6カ月もかかりました。でも楽しい時間でした」(ヴァレリーさん)
購入した金額のプラス12%が改装費。もちろん業者さんに支払った額も含まれています。ヴァレリーさんの仕事柄、通常よりリーズナブルに収まったようです。

特に部屋の色合いには気を付けているとのこと。階段側面のグレーは自然素材のペンキFarrow&Ballで、自分たちでペイント。一部を塗ることでメリハリをつけています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

特に部屋の色合いには気を付けているとのこと。階段側面のグレーは自然素材のペンキFarrow&Ballで、自分たちでペイント。一部を塗ることでメリハリをつけています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

偶然に見つけた椅子からインテリアのヒントを得る

ヴィンテージ家具をコレクションするきっかけになったのは、仁美さんが20年以上も前にドイツ旅行をしたときにさかのぼります。たまたま見つけたオレンジの椅子が始まりです。「パットンチェアーと呼ばれる椅子に目が留まって、当時10ユーロもしなかったのですぐに飛びつきました。それからはどんなものを加えていくか夫婦二人でよく話し合うようになりました」
ひと目惚れのパットンチェアー以降はほとんど衝動買いをせず、部屋の空間バランスや色合いなどを考慮して買い足して今日に至った様子。

最初に購入したヴィンテージのオレンジの椅子がイメージを膨らませました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

最初に購入したヴィンテージのオレンジの椅子がイメージを膨らませました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具にはいろいろな想いも詰まっているといいます。例えば息子のジェレミーの部屋に入る扉の上には、彼が生まれた記念に購入したネルソンクロックのオレンジの時計が飾られています。パリでは、子どもの出産時に記念品を購入することが多いのです。
今回写真には登場しないジェレミーは、バレエダンサーになるべくレッスンでオランダのサマースクールへ。お部屋は見せてもらえませんでしたが、彼の部屋にも少しヴィンテージ家具が置いてあるとのことでした。

息子のジェレミーが生まれた記念に購入した時計。奥がジェレミーの部屋になっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

息子のジェレミーが生まれた記念に購入した時計。奥がジェレミーの部屋になっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

東欧製のピアノ上には、ハンドプレーイングという小さなサーフボードのオブジェが飾られています。ヴァレリーさんはフランスのサーファーの聖地、ビアリッツ近くの街オースゴー出身で、子どものころからサーフィンをしていました。

ピアノは東欧のPetorf、イケアのデザインランプの横にはHand Playing(ハンドプレーイング)を飾っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ピアノは東欧のPetorf、イケアのデザインランプの横にはHand Playing(ハンドプレーイング)を飾っています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「気に入るのはどうしても北欧系の家具になってしまいますが、ソファと椅子の2点だけはフランスものです」

家具のアクセントになるような小物もところどころに配置されています。「最近では特にドナ・ウィルソン(ロンドンを拠点に活動するクリエイター)のぬいぐるみ、ブロッコリー、ピーナッツモチーフが気に入って少しずつ足していっています」(仁美さん)

ブロッコリー、ピーナッツモチーフが気に入っているが、次は狐を狙っているとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ブロッコリー、ピーナッツモチーフが気に入っているが、次は狐を狙っているとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「家具だけでなく、デザイン性が高い小物を飾ることも大好きです。食器に関してはフランスのツェツェ・アソシエのものが大好きですが、デリケートな陶器なので扱いが難しいですね。それでも食卓に登場する頻度は高いです」(仁美さん)

大好きなツェツェ・アソシエのカップでお茶の準備中。お茶の時間は大切な家族の対話に必要(写真撮影/Manabu Matsunaga)

大好きなツェツェ・アソシエのカップでお茶の準備中。お茶の時間は大切な家族の対話に必要(写真撮影/Manabu Matsunaga)

料理はヴァレリーさんもよくつくるそうで、得意料理はパスタ。家族みんなの大好物! 仁美さんは、日曜日に必ずバスチーユのマルシェに季節の野菜や果物類を買いに行きます。

日曜日はヴァレリーさんの出番も多いです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日曜日はヴァレリーさんの出番も多いです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

将来的な計画も

「今、改装を考えているところです。アリスが高校を卒業したタイミングで、彼女の部屋を使用人部屋に移そうかと。台所が2人で作業できないほど狭いので、キッチン部分を小さな寝室にして、隣接するサロン(ダイニングのような部分)をアメリカンオープンキッチンにしたいと考えているのです」(仁美さん)

改装を考える一方で、いい部屋があれば引越しも検討しているとか。仁美さんは不動産探しも趣味。アプリで自分の気に入った条件を力すると最新の情報のお知らせが来ることで、夢も広がり、寝る前のリラックスタイムになっているそうです。

「でも今は物件が高くてなかなか手が出るものはないんです。
特に今のこの場所がどこに行くのも便利なのでなかなか離れられませんね」

4人ともそれぞれの自転車を持っているので、あまり電車には乗らないそうです。
かつてヴァレリーさんがスケートボードのお店をやっていたせいか、子どもたちはスケートボードで出かけることも多いとのこと。

近所にはアリスはスケートボードで出かける(写真撮影/Manabu Matsunaga)

近所にはアリスはスケートボードで出かける(写真撮影/Manabu Matsunaga)

散歩を兼ねてよく行く近所のホテルレストランはアートセンスが満載(写真撮影/Manabu Matsunaga)

散歩を兼ねてよく行く近所のホテルレストランはアートセンスが満載(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中庭には心地よいレストランもあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中庭には心地よいレストランもあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お互いの興味をよく話し合い快適な住まいづくりを実践している素敵な夫婦でした。これからも家も家庭も進化していくと感じました。

30年も前からヴァレリーさんが少しずつ描き続けているデッサンを絵巻にして保存。 過去にギャラリーで展示したことがありますが、新しいものもあるのでまたやってみたいとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

30年も前からヴァレリーさんが少しずつ描き続けているデッサンを絵巻にして保存。
過去にギャラリーで展示したことがありますが、新しいものもあるのでまたやってみたいとのこと(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ヴァレリーさん自身がスケッチした間取図(画像提供/ヴァレリーさん)

ヴァレリーさん自身がスケッチした間取図(画像提供/ヴァレリーさん)

メザニン(中二階)から見下ろすサロン空間(写真撮影/Manabu Matsunaga)

メザニン(中二階)から見下ろすサロン空間(写真撮影/Manabu Matsunaga)

駅近からチャリ近へ。シェアサイクルの普及によって変わる? これからの住まい選び

ここ数年、東京の街角でよく見かけるようになった赤いシェアサイクル。このサービスの利便性と可能性に惹かれ、生活の中心に据えて暮らしているというAさんに、その魅力と住まい選びへの影響について聞きました。
「シェアサイクルのポートが近くにあったこと」が家探しの決め手に

「ポートに近かったことが、今の物件に住むことにした決め手です」

そう語るのは東京都内に住む30代前半の男性、Aさんです。渋谷区に暮らすAさんは、2019年初頭に渋谷区内で引越しを経験。その際、セキュリティや築年数、日当たりなどといった要素と同じように重視した、通常の物件情報からは読み取れないポイントがあったといいます。

「今の物件は駅近で間取りや広さも希望通りだったのですが、似たような物件はほかにもいくつかありました。そんななかこの物件にした決め手になったのが徒歩圏内にシェアサイクルのポート(借り出しと返却が可能な無人の駐輪場)があることでした。駅近であり、チャリ近の物件だったんです」

Aさんのいうシェアサイクルとは、2019年7月現在、東京都内10区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区、品川区、目黒区、大田区、渋谷区)主導で行われている自転車シェアリング事業実証実験のこと。都内にお住まいの方には「Uber Eats(ウーバーイーツ)の配達員がよく乗っている赤い自転車」と言えば分かりやすいでしょうか。先述の10区内に設置された専用ポートであれば、いつどこで借りて、どこに返却してもOK。しかも電動なので、坂道の多い東京の街でも体力を奪われることはありません。Aさんは2年前に使い始めて以来ほぼ毎日利用していて、もはやシェアサイクルのない生活は考えられないといいます。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

「通勤はもちろん、買い物や通院などにも利用しています。ポートにしか返せないと聞くとめんどうに思われる方もいるかもしれませんが、駐輪場を探す手間がないとも言えます。渋谷や新宿といったエリアに行くとき、停める場所の心配がないのは快適です。また、終電後もすごく便利ですね。わたしはお酒を飲まないので、会食後で遅くなっても自転車の運転ができます。ポートを探して多少歩くことはありますが、自転車を見つければ1回30分150円の料金で帰れる。深夜にタクシーに乗ることはほとんどなくなりました」

また、シェアサイクルは手軽に利用できるのが魅力とのこと。

「スマホさえあれば、すでにアカウントのある人なら1分以内に、アカウント未登録の状態からでも5分以内には手続きが完了してすぐ乗車することができると思います。毎朝指定業者が各ポートまでトラックでやってきて、自転車を回収し、充電とメンテナンスをしてくれるため、管理のストレスもありません。

料金も手ごろで、支払いも簡単です。初乗り150円の料金は、その後30分経過ごとに100円ずつ課金されます。例えば70分乗ったら、最初の150円+200円で350円の利用料。基本料金などは不要で、これがいちばんライトな使い方で、他に、初乗り分が乗り放題になる(30分ごとの100円課金は有り)月額会員もあります。いずれも、入会時に登録したクレジットカードから引き落とされるので楽ちんです。月4000円で完全乗り放題となる法人会員制度もありますよ」(Aさん)

便利で手軽なだけでなく、自転車を使うことによる「たのしみ」も

かように便利で手軽に利用できるのはもちろん、それ以外にも「たのしみ」があるとAさんは続けます。

「公共交通機関を利用するときにはなかなか体感しづらい、街やスポットの位置関係の把握ができるのはおもしろいですね。神田・秋葉原・神保町ってこんなに近いんだ、とか。あとこれは乗ってから分かったことなんですが、自転車のいいところって簡単に“停まれる”ことなんですよね。ちょっと気になるお店があったら片足をおろして表にあるメニューをながめたり、いい感じの公園を見つけたらGoogleマップにピンを立てておいて、休日にゆっくり訪ねるなんてこともできます。そういう発見があるので、天気のいい日なんかは移動自体がたのしみになりますね」

Aさんのご友人には、同じように日常的にシェアサイクルを利用している方が何名もいらっしゃるといいます。時には、このシステムを使ってちょっとしたあそびをやることもあるとか。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

「いつも集まる同世代の男性10人ぐらいのグループがあるんですが、そこでは8割の人間がシェアサイクルのアカウントを持っています。一昨年の10月ぐらいかな、ようやく涼しくなった日の深夜、それぞれが自転車を借りて日本武道館に集合し、みんなで都内を“流した”こともありました。あてもなく移動してたまたま見つけた銭湯に入って、深夜までやってる町中華を見つけて夜食を食べて、また適当に帰る。普段とは違う速度で移動すると街の見え方が全然ちがって、すごくたのしかったです」

改善点はありつつも、似たような物件があったら絶対ポートに近いほうに住みたい

シェアサイクルのおかげで東京という街をこれまで以上にきめ細かく知ることができ、より好きになったと語るAさん。課題はないのでしょうか。

「改善してほしいところはたくさんあります。ポートの数はその筆頭ですね。渋谷区は後発ということもありますが、まだまだ十分な数とは言えません。それと、これは利用者が増える以上仕方のないことだと思いますが、メンテナンス不良の車両を見かけることが多くなりました。パンクしていたり、サドルが壊れていたり。多少利用料金が値上がりしてもいいのでそこはしっかり対応してほしいなと思います。あとこれは友人の話なのですが、同じようにポートに近いからと物件を選んだらそのポートが閉鎖されてしまって……あれはかわいそうでしたね」

Aさんが不足していると語る、渋谷近辺のポート網(写真撮影/今井雄紀)

Aさんが不足していると語る、渋谷近辺のポート網(写真撮影/今井雄紀)

最後に「次に引越しするとき似たような物件があって、家賃の差が数千円なら、絶対ポートに近い方を選びますね」と語ってくれたAさん。駅近の物件の価値がすぐに変わるといったことはないかと思いますが、「駅徒歩15分(でもシェアサイクルのポートには徒歩2分)」といった風に、シェアサイクルのポートに近いことが、物件の付加価値になるなど、住まいの選びかたが変わっていく可能性を感じたインタビューでした。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

コンビニが団地で生活支援! 1号店「セブン-イレブンJS森之宮団地店」反響は?

大阪市城東区にあるUR賃貸住宅・森之宮&森之宮第二団地は総戸数約2000戸の大型団地。JR大阪環状線の車窓からも望むことができるこの団地に、今までにないタイプのコンビニが誕生したという。さっそく現地を訪ねてみた。
高層棟の1階に登場した「セブン-イレブンJS森之宮団地店」

JR大阪環状線&大阪メトロ中央線「森ノ宮」駅から徒歩数分、幹線道路に面し、利便性の高い立地の森之宮団地。この5号棟の1階部分に2019年5月10日にオープンしたのが「セブン-イレブンJS森之宮団地店」だ。現地を訪ねてみると、片側2車線の道路に面した「団地の顔」となる場所に、見慣れた「セブン-イレブン」の看板があった。コインパーキング形式の駐車スペースもあり、一見したところ他店との違いは分からない。マンションの1階がコンビニというスタイルは都市部ではよく見かけるし、あえて探すなら「JS」という文字が入っているところが違いだろうか?

(左)15階建ての高層棟の向かいには大型の医療機関(右)JSという文字が入った看板は珍しい?(写真撮影/井村幸治)

(左)15階建ての高層棟の向かいには大型の医療機関(右)JSという文字が入った看板は珍しい?(写真撮影/井村幸治)

何が新しいのか? UR都市機構 西日本支社住宅経営部ウェルフェア推進課の高橋俊氏にお聞きしてみた。
「URでは初となる、生活支援サービス拠点としてのコンビニエンスストアという点がポイントです。2016年度から検討を始め、試行店の運営などを重ねて、本格展開の全国1号店となります。通常のコンビニ機能に加えて、団地の管理窓口の営業時間外には集会所の鍵や駐車場ゲートコインの貸し出しを行います。また、森之宮団地と森之宮第二団地にお住いの方への商品配達サービス、多世代コミュニティづくりを目的とした掲示板設置、パンフレットの配布などを実施しています」とのこと。

団地住民の生活支援サービスの拠点となること、同時に住民同士のコミュニティづくりの拠点となることを目指している点が一般のコンビニとの違いになりそうだ。

500円以上で団地の部屋まで配達をしてくれる!

配達サービスは森之宮&森之宮第二団地の居住者限定で500円以上の購入で無料配達を行ってくれる。トイレットペーパーなどかさばるもの、お米やお水など重たい商品も含めてお店の商品は全てが対象。翌日の昼食・夕食の配達もオーダーできるし、電話・FAXでの注文も可能だ。高齢の方には助かるサービスだし、普段から顔を知っているスタッフが配達にも来てくれるという安心感もあるだろう。

レジの下には配達サービスの告知があった(写真撮影/井村幸治)

レジの下には配達サービスの告知があった(写真撮影/井村幸治)

団地住民に対して行った事前アンケートによると、大型スーパーは森ノ宮駅周辺の徒歩圏にあるのだが、幹線道路を横断して買い物にいくのがおっくうになるとの、心理的なハードルから生鮮食品も扱ってほしいとの声が上がっていた。その結果も踏まえて野菜など食料品の取り扱いも増やしている。

野菜などの生鮮食料品も販売(写真撮影/井村幸治)

野菜などの生鮮食料品も販売(写真撮影/井村幸治)

店内の掲示板では、集会所で開催されるヨガ教室の案内など、コミュニティを活性化する情報を提供。このほか、AEDの設置もしており、緊急時に対応する場としても期待されている。また、店頭の屋根付きスペースに3つのテーブル席を設置することで、自然なコミュニケーションが生まれるようにしているとのことだ。

店内の掲示板には団地内のイベントも告知されている(写真撮影/井村幸治)

店内の掲示板には団地内のイベントも告知されている(写真撮影/井村幸治)

店員にも気さくに話しかける、大阪のお客さん!

オープンから約3カ月が経過し、住民の反応はどうなのか?運営を担っている日本総合住生活株式会社(JS)事業企画課副長で店長の那須俊吾氏にお客さんの反応をお聞きしてみた。
「ご好評をいただいています。想定した以上に高齢のお客様が多いですね。高齢者に特有の反応も含めて、これまでの接客経験からいくつかの特徴や課題も見え始めてきました」とのこと。お聞きした特徴を整理してみた。

【特徴 その1】買い物を楽しみたいから店に来る
団地住民には無料配達のサービスを実施しているので、高齢のお客様には「次回から家までお届けしましょうか?」とレジで申し出ると「いや大丈夫、お店に買い物に来るのが楽しみだから、自分で来るよ」という方が結構いるそうだ。必要品を手に入れるだけの場所ではなく、散歩感覚、散歩や、自宅以外の外の空気に触れることを楽しむ目的で店を訪れる方が多いのだろう!

【特徴 その2】店員にとても気さくに話しかける
「あんた、5階の●●さんの息子さんやな、大きなったなぁ、がんばりや」と、スタッフにとても気さくに話しかけるお客様が多いそうだ。実は、スタッフの約4割は団地住民が担っており、地域の雇用創出にもひと役かっている。そのため「店員さんは知り合い」というケースも多いことで、コミュニケーションが生まれやすいのだろう。もうひとつ「買い物は店員さんとやりとりすることが当たり前、それが楽しい」という大阪特有の距離感もありそうだ。私の友人にもコンビニ店員さんにいつも話しかける人がいるが、東京ではあまり見かけない風景だと思う。ただし、「値段、まけてや!」という本気の値引き交渉はないようだ(笑)。

【特徴 その3】店頭のテーブルは「お茶会」の場に
店舗外側のテーブル席も想定以上に利用されていて、“お年寄りの社交場”となりつつある。淹れたてのコーヒーが買え、お茶菓子もそろっていて雨にも濡れない。朝早くからお友達同士が集まって数時間おしゃべりしていることも増えているとのこと。“団地カフェ”の誕生だ(笑)。

店頭にはテーブル席があり、のんびり時間を過ごす方も多い(写真撮影/井村幸治)

店頭にはテーブル席があり、のんびり時間を過ごす方も多い(写真撮影/井村幸治)

【特徴 その4】孫が遊びに来る機会が増えた
「孫と一緒に買い物に行ける場所ができてうれしい」という声もあった。お孫さんが「おばあちゃんの家に行って、コンビニでアイスを買ってもらうのが楽しみやねん」と言ってくれるそうだ。コンビニのお陰で、孫が来てくれる回数が増える……これもコミュニティ創造効果のひとつと言えそうだ。

【特徴 その5】商品に関するさまざまな要望
「いつも使っている角砂糖はないの?」「●●カレーが欲しいの」「健康器具は置いてないの?」などなど、商品や品ぞろえに対する細かな要望の声が多いそう。特に高齢の方は長年培ってきたこだわりや商品への愛着があるのだろう。しかしコンビニのスペースと品数は限られている。「角砂糖はないからスティックシュガーではどうでしょうか?」「XXXカレーはないけれど、このブランドの商品はいかがでしょうか?」というように細やかに案内をすることで理解してもらうとのこと。新しく紹介したものを「これ、おいしかったわ」と喜んでいただけると、スタッフも笑顔になるそうだ。

トイレットペーパーなど日用雑貨も豊富にそろう(写真撮影/井村幸治)

トイレットペーパーなど日用雑貨も豊富にそろう(写真撮影/井村幸治)

団地の住民に、もっと認知度をあげていくことが課題

一方で課題も見えてきたという。
「団地の住民へのコンビニ認知ですが、まだ100%には至っていないように思います。分かりやすい場所にはありますが、日常の動線が違うと気が付いていない人もいらっしゃるようです。認知度アップをはかり、コミュニティの一員となるために5月には森ノ宮フェスティバル、8月の盆踊り(予定)といった地域イベントにも積極的に参加しています」と話すのはJS住生活事業部事業企画課長の北野雅之氏。

認知度アップには団地住民を代表する自治会もバックアップしてくれている。自治会とも定期的にミーティングを行っている北野氏によると、今年(2019年)6月に大阪で行われたG20の際には、商業施設や交通機関が自粛営業など大きな影響を受け「コンビニは臨時閉店するの? 変更があるなら自治会で広報するよ」との声を掛けていただいたそうだ。「自分たちの店なので、つぶしたくない、自分たちで支えていく」「つぶれたら元も子もないので、ぼちぼち頑張って長く続けてほしい」といった温かい声をいただいているとのこと。

コンビニの裏側、団地の中庭は静かな空間(写真撮影/井村幸治)

コンビニの裏側、団地の中庭は静かな空間(写真撮影/井村幸治)

ウェルフェアの取り組みの一環として位置づけられるコンビニ

「自分たちの店」という言葉はとても重要なフレーズだと思う。
他人事ではなく、自分事として考える人が増えると、事業や組織は活性化していくもの。この団地ではコンビニの開店によって着実に新しい団地コミュティが育っているように思う。取材させていただき、そんな感想を話しているとUR都市機構ウェルフェア推進課の石井里絵氏が改めて解説してくれた。

「私たちウェルフェア推進課は、団地という住み慣れた住まいで、より長く住み続けていただくために住宅提供者として何ができるかという課題に取り組んでいます。その仕掛けのひとつが生活拠点サービスの拠点となるコンビニの誘致なのです。ほかにも、城東区や隣接する大型医療機関、薬局ともこの団地との連携を進めています」とのこと。

なるほど! ウェルフェアの推進という大きなミッションの取り組みの一つとして、団地でのコミュニティづくりがあり、その実現策としてコンビニ誘致があるのか。合点がいった。

UR都市機構の石井里絵氏と高橋俊氏(写真撮影/井村幸治)

UR都市機構の石井里絵氏と高橋俊氏(写真撮影/井村幸治)

コンビニが団地の鉄の扉を開かせるきっかけになってほしい

このような形態での団地内コンビニは今後も拡大を進めていく方針とのこと。コンビニ出店のスペースを確保しやすい中層&高層住宅で、一定規模の住戸数がまとまっている団地が候補として挙げられそうだ。

「高齢者には鉄の扉を開けて、外に出て行くこと自体がおっくうに感じる人もいる」。
これは以前、団地の取材で聞いた言葉だ。団地の鉄の扉を開かせるきっかけとして、各地でコンビニが活躍してくれるといいなと思う。

●取材協力
UR都市機構ウェルフェア情報サイト

JR東日本の社宅と寮をリノベーション。“まちのホーム”「リエットガーデン三鷹」

日本では木造であっても、コンクリート造であっても、築30年~40年で建物が取り壊され、建て替えられることが少なくありません。そんななかで、リノベやコンバージョン(用途変更)などで、建物を活かしつつ、再活用する動きが年々、増えてきています。そんなケースのひとつ「リエットガーデン三鷹」をご紹介しましょう。
ファミリー向け賃貸住宅、シェア畑、シェア型賃貸住宅からなる複合施設

「リエットガーデン三鷹」があるのは、東京を背骨のようにまっすぐ走る中央線の「三鷹駅」と「武蔵境駅」から徒歩圏内の住宅街です。目の前にJR東日本の三鷹車両センターがある敷地で、もともとはJR東日本の独身寮と社宅として使われていました。それらの建物と敷地をリノベーションしてできたのが「リエットガーデン三鷹」です。

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

今年3月にファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」が、7月にシェア型賃貸住宅の「シェアプレイス三鷹」、サポート付きの貸し農園「シェア畑」が完成、過日、内覧会が行われました。

「リエットガーデン三鷹」の一番の特徴は、7200平米の広々とした敷地に2つの建物が建っている点です。駐輪場やバイク置き場など充実した共用施設のほかに、「森の広場」や「食の広場」などがあり、住民が自由に使えるようになっています。ファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」では、こうした敷地の「ゆとり」を魅力にあげる人が多く満室となっております。

「現在、住宅を開発しようとしたら、ここまでゆとりのある設計ではできないと思います。建物は1981年築ですが、リノベーションしてあって古さを感じさせません。視界に緑がたくさん入り、のびのび過ごしたいというカップル・ファミリーに大変好評で、現在満室稼働中です(取材時点)」と教えてくれたのは、ジェイアール東日本都市開発のオフィス住宅事業部・大竹涼土氏さん。

土地売却ではなくなぜリノベ? その狙いは?

通常、社宅や寮を活用する場合、一度更地にして、敷地面積を最大限活かした賃貸または新築マンションになるのが一般的です。では、なぜ今回はリノベーションという手法だったのでしょうか。

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

前出の大竹涼土氏によると、「弊社では沿線活性化を目的として、賃貸物件を2026年までに3000戸まで増やしたいと考えています。今回は、敷地や周辺地域との調和を考え、リノベーションだけでなく、独身寮も100戸超のシェアハウスとして活用するのがもっとも最適だと考え、シェアハウスの企画、運営に実績のあるリビタさんと協力し、開発することとなりました」と背景を教えてくれました。

また、企画・デザイン監修を担当したリビタの資産活用事業本部地域連携事業部事業企画第一グループ鈴木佑平さんは、「改修前に敷地を見学したときは草木がうっそうとしていましたが、武蔵野の自然と既存の建物の風合いを活かして、多様な人が多様な過ごし方のできる“まちのホーム”にしていきたいなと思いました」といいます。

かつて独身寮だった建物は1975年築、家族向けの社宅だった建物は1981年築なので、耐震診断および必要な補強をし、建物が持つ独特の味わいを活かしたプランニングを考え、複合施設として蘇ったというわけです。

今回、完成したシェアプレイス三鷹は、112部屋あり、家賃6万4000円~7万5000円(別途共益費1万5000円/水道光熱費・ネット利用料込み)で利用できます。居室の広さは13.5平米ほどで、トイレやシャワーといった水まわり設備は共有のスペースに集約されております。

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

1階には広いシェアラウンジがあり、キッチン、ダイニング、ライブラリー、リラックススペースがあります。その他にもシアタールーム、パントリー、トランクルーム、サイクルガレージなど、充実した施設が魅力です。キッチンには食器や調理道具・家電などもそろっています。また、コイン式のランドリーもあるので洗濯機を用意する必要もなく、見学した人の反響も上々だそう。

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

シェア畑や広場があることで、地域住民にもひらかれた空間に

「リエットガーデン三鷹」のもう一つの狙いが地域交流です。

「以前は企業の社宅・寮ということもあり、地域に対して閉じられた場所でしたが、今回はシェア畑や食の広場、森の広場を設け、地域に開かれた場所といたしました。」とリビタの鈴木さん。
(株)アグリメディアが運営するサポート付き農園の貸出は現在、3割ほど。今後、シェアプレイスの住民が増え、認知が広がることで、じょじょに利用者も増えていくことでしょう。

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

また、畑をのぞむようなかたちで「食の広場」があり、緑を眺めながら食事をしたり、おしゃべりをすることができます。こうした共有場所があれば、シェア型賃貸住宅・ファミリー向け賃貸住宅と、普段は別々の棟で暮らしていても、住民同士の自然な交流が生まれ、心地よく過ごせるに違いありません。

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

鈴木さんは「リエットガーデン三鷹を多様なアクティビティの受け皿にしたいですね。広場でマルシェやアコースティックライブ、ヨガなどもできますし、住民や地域の方々とともに、新たな文化・新たな価値を生み出していきたいです」と話します。

既存建物を有効活用して時代に合うカタチとしてリ・デザインし、新しく住む人と今まで地域で暮らしていた人がゆるく、自然に交流できるように工夫する。今後、これまで以上に建物のストックが増えていくなか、これからのまちづくりはこうした「リノベ型」「シェア型」「地域交流」が主流になっていくことでしょう。

●取材協力
リエットガーデン三鷹
シェアプレイス三鷹

二拠点生活(デュアルライフ)は日本で定着する? 先進国・フィンランドの暮らしを訪ねた

日本で今、広がりを見せている「二拠点生活(デュアルライフ)」。とはいえ、実践者は1.3%(リクルート住まいカンパニー調べ)。一方、フィンランドは、“サマーハウス”と呼ばれる二拠点目の暮らしを楽しむ人が半数を超え、中には「8割超えではないか」と言う人もいる、いわば二拠点生活の先進国。今回は、自らも二拠点生活を実践するSUUMOジャーナル編集長が、フィンランドの二拠点生活を視察。親族がサマーハウスを持っていて、自身もよく活用しているというフィンランド人オッリさんに、現地の二拠点生活事情を聞いてみました。「森と湖の国」と言われるだけあって、フィンランドは、陸地の約65%が森林に覆われ、18万8000の湖がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「森と湖の国」と言われるだけあって、フィンランドは、陸地の約65%が森林に覆われ、18万8000の湖がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

フィンランドでは、戦前と戦後にサマーハウスブームがあった!

サマーハウスの文化が始まったのは19世紀後半。産業の繁栄を背景に、金銭的に豊かな人々が、湖畔などの水辺にサマーハウスを建て始めたのがはじまりです。そして、1920~30年にかけての経済成長期に、富裕層から中間層への広がりを見せますが、この時はセルフビルドが主流。50平米未満のコンパクトなサマーハウスを建てる「第一次サマーハウスブーム」的なものがやってきました。第二次世界大戦が始まると、ブームはいったん下火になりますが、戦後、再び経済成長が始まると再燃。1960年代には工場生産のサマーハウスも登場し、「第二次サマーハウスブーム」が到来します。ピークである1980年代には10万戸を超えるサマーハウスが建設されました。2000年代以降は落ち着きをみせ、年間約2000戸ペースとなりました。
「最近、建てられているサマーハウスの平均面積は72平米に達し、住宅設備は通常の住宅とほぼ同レベルとなっています」(オッリさん)

フィンランド語の「ruska」は、「紅葉」や「秋の色」を意味する言葉。この言葉の通り、秋には、色づいた森の広葉樹や針葉樹が鮮やかにサマーハウスの周りを彩る(写真提供/オッリさん)

フィンランド語の「ruska」は、「紅葉」や「秋の色」を意味する言葉。この言葉の通り、秋には、色づいた森の広葉樹や針葉樹が鮮やかにサマーハウスの周りを彩る(写真提供/オッリさん)

2018年時点で、国内にあるサマーハウスは、約50万9800戸。うち約43万2300戸が私有で、残りの約7万7500戸が企業や自治体、外国人などの所有です。フィンランドの総世帯数が267万7000世帯であることから算出すると、サマーハウスを私的に所有している世帯の割合は、約16%となりますが、親族同士で1つのサマーハウスを共有していることを考慮すると、実際は、もっと多くの割合の世帯がサマーハウスを利用していると考えられます。実感値としては、少なくとも過半数の人が、自分か親族所有のサマーハウスを利用している感覚です。

統計によると、サマーハウスの平均面積は49平米とコンパクト。ただ最近、建てられているものの平均面積は72平米と、広くなっている傾向があります。内訳を見ると、約3分の1は20~39平米で一番多く、次いで40~59平米が3割弱。総じてコンパクトなサイズであることが分かります。

出典:「建物とサマーハウスの調査」フィンランド統計局

出典:「建物とサマーハウスの調査」フィンランド統計局

フィンランド人はなぜサマーハウスを持つのか?

オッリさんによると、サマーハウスが流行った理由として最も大きいのは、「自然の中に身を置くことで、平日の仕事や日常生活の煩わしさを忘れてリラックスしたいという願望でしょう」とのこと。
「また、自給自足的な昔の暮らしを楽しみたいというのもありますね。子どものころに親や親族、知人を通じてサマーハウスでの暮らし経験をしていて、新しい家族を持ったときに子どもにも経験させてやりたいというのもあると思います」(オッリさん)

日本では、“別荘”というと「避暑」の目的が強いですね。軽井沢、那須、八ヶ岳などは、いずれも避暑地です。でもフィンランドは違います。快適な短い夏を目いっぱい楽しむためにサマーハウスを活用することから、高原避暑地ではなく、湖のほとりに建てるのが一般的です。

森と湖の国フィンランドには、10万を超える湖があります。湖のほとりはそこら中にあるのです(笑)。そこに小さな家とサウナ小屋を建て、サウナに入って汗かいて湖に飛び込んで泳ぐ。お腹が空いたら魚を釣る。近くにあるマッシュルームやブルーベリーを摘んで、バーベキューを楽しむ。こんな生活です。

フィンランドの人々が二拠点生活に求めるもので、日本人と共通しているのは「リラックス」「自然と親しむこと」。違いは、「自給自足的な生活を楽しめるか、あるいは面倒と思うか」というところでしょうか?

サマーハウスの周辺には、鹿などの野生動物もしばしば出没。これぞ自然と共存するシンプルライフの醍醐味(だいごみ)だ(写真提供/SUUMOジャーナル編集部)

サマーハウスの周辺には、鹿などの野生動物もしばしば出没。これぞ自然と共存するシンプルライフの醍醐味(だいごみ)だ(写真提供/SUUMOジャーナル編集部)

サマーハウスのマストアイテムは水道でも電気でもなくサウナ!

さて、サマーハウスの設備はどうなっているのでしょうか。驚いたのは、なにはともあれ「サウナ」ということ。水道や電気を引くよりも、サウナが優先なんだそうです。「水道、電気なしで生活できるの?」と聞くとオッリさんからはこんな答えが返ってきました。
「水道が通っていないサマーハウスは、湖から水を運べばいいのです。サウナに使う木は、ふんだんにある森から調達できます。最近のサマーハウスは、シャワーが付いていますが、古めのサマーハウスはシャワーなしです。その場合は、サウナの熱で湖のお湯を沸かし、体や髪の毛をサウナの脇で洗えばいい。トイレも通常は屋外です。最近は下水道完備のサマーハウスが増えていますが」(オッリさん)

かつてはセルフビルドでサマーハウスを建てていたフィンランド人も、最近は「Honka」などのログハウスメーカーに建ててもらうケースが増えました。価格は、夏に住む仕様だと1平米あたり約1500ユーロ(約18万円・2019年6月時点・以下同様)、冬でも住める仕様になると1平米あたり2000ユーロ~2500ユーロ(約24万円~30万円)となり、平均的な広さである49平米に換算すると、夏仕様で約890万円、冬仕様で約1200万円~1500万円となります。

オッリさんのサマーハウスのサウナ。フィンランド人のサウナ好きは、海外にあるフィンランド大使館やヘルシンキにある国会議事堂にもサウナが設けられていることからも分かる(写真提供/オッリさん)

オッリさんのサマーハウスのサウナ。フィンランド人のサウナ好きは、海外にあるフィンランド大使館やヘルシンキにある国会議事堂にもサウナが設けられていることからも分かる(写真提供/オッリさん)

自分や親族で使うのが基本だが、サマーハウス貸し出しサイトもある

フィンランド統計局の調査では、自宅からサマーハウスまでの距離は平均92kmですが、中央値は39kmであることから、半数以上は38km以下の近距離にサマーハウスがあることが分かります。ただし、首都ヘルシンキのあるUusimaa県に住む人で見ると、平均が167km、中央値が131kmと、全国平均よりは距離があり、首都圏ほどサマーハウスが遠い傾向があることが分かります。サマーハウスへの移動手段は、基本は自動車です。
 
さて、このサマーハウス。使わないときはどうしているのでしょう。

「使わないときは人に貸すこともありますが、基本的には自分や親族だけで使います。フィンランド最大のサマーハウス賃貸サイトを見ると、貸し出されているサマーハウスは約4000戸ありました。総数50万戸と比べると少ないですが、貸せる仕組みはあるということです。また、企業が所有するサマーハウスは、安い利用料で従業員に貸し出されています」(オッリさん)
 
また、この調査によると、サマーハウスを持つ人の24%が夏の長期休暇中をまるまるサマーハウスに滞在するとしており、62%の人は長期休暇の一部をサマーハウスで過ごすとしています。冬でも住める仕様のサマーハウスであれば、年間を通じて週末をサマーハウスで過ごすのが一般的です。

なお、サマーハウスに対して特別な税金の控除や補助金はなさそうです。ただし、サマーハウス用途の住宅の固定資産税はメイン居住の住宅よりも負担が軽いのが通例です。

夏にはハイキング、冬にはクロスカントリースキーなどが楽しめる森の中のサマーハウス。フィンランドでは、誰でも自然の中の好きな場所を自由に歩けるという権利「自然享受権」が認められている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

夏にはハイキング、冬にはクロスカントリースキーなどが楽しめる森の中のサマーハウス。フィンランドでは、誰でも自然の中の好きな場所を自由に歩けるという権利「自然享受権」が認められている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

若い世代の「サマーハウス離れ」について

この取材に行く前に、「フィンランドの若い世代には、サマーハウス離れという現象があるのではないか」という記事を読みました。調べてみると、フィンランド統計局の調査では、サマーハウス所有者の平均年齢63歳であり、40歳未満は6%とわずか。やはり、「若者離れが進んでいるのでは?」と感じるデータです。でもオッリさんの見解は違いました。

「若い世代の”サマーハウス離れ“と言いますが、少なくとも私はそうは思いません。現に、水道や電気が通っていなくてもサマーハウスを利用したいと考えている20~30歳の人たちを、私は個人的に知っています。統計調査でも、18~25歳以上の人の半数がサマーハウスを所有したいと考えており、80%以上がサマーハウス生活を送ることに前向きです」

にもかかわらず、なぜこれほど多くの高齢者がサマーハウスを持っているのでしょうか。そのひとつめの理由として考えられるのが、40歳未満の人々は自宅の住宅ローンを払っている最中か、あるいは自宅購入すらしていないためではないかということ。また、サマーハウスの多くは、所有者の死亡時に子どもに相続されることによって所有権が移るため、必然的に、所有者の年齢が高くなるという事情もあるようです。

湖では、ボートこぎ、カヌー遊び、釣りなどが楽しめる。もちろん、サウナの後に体をクールダウンさせるときにも、湖は天然の水風呂に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

湖では、ボートこぎ、カヌー遊び、釣りなどが楽しめる。もちろん、サウナの後に体をクールダウンさせるときにも、湖は天然の水風呂に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ボートで湖に漕ぎ出して、静寂に包まれながら湖上で釣り糸を垂れるひととき。フィンランドでは誰でも無料で釣りができるが、ルアー・フィッシングには許可が必要(写真提供/オッリさん)

ボートで湖に漕ぎ出して、静寂に包まれながら湖上で釣り糸を垂れるひととき。フィンランドでは誰でも無料で釣りができるが、ルアー・フィッシングには許可が必要(写真提供/オッリさん)

湖にかかる桟橋は、ときに“飛び込み台”になったり、腰を掛けて足先を水につけて読書するときの“椅子”になったりと、大活躍(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

湖にかかる桟橋は、ときに“飛び込み台”になったり、腰を掛けて足先を水につけて読書するときの“椅子”になったりと、大活躍(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

日本でも二拠点生活は一般的になるのか?

実は妻が日本人で、日本の事情にも詳しいオッリさん。日本での二拠点生活の普及の可能性についても聞いてみました。

「フィンランドが日本よりも二拠点生活が盛んなのは、フィンランド人のほうが自由な時間が多いという理由が最も大きいでしょうね。長時間労働が定着している日本では、サマーハウスでの生活を楽しめるほど十分な休暇はなかなか取れませんから。ただ、ライフスタイルや暮らしを楽しみたいという気持ちは、日本人もフィンランド人も、さほど変わりません。日本人には、フィンランドの人々と同じように自然や住まいに親しみ、故郷の親戚を訪ねたり、温泉でリラックスしたいという志向があるからです。フィンランドでは、土曜日が休日になったことで、週末に小旅行をする時間が生まれて、サマーハウスのブームが始まりました。当初、自給自足的に野菜を栽培するときの拠点であったサマーハウスは、やがてリラックスするために求められるようになり、今やフィンランドの人々は、自然と触れ合いながら、サマーハウスでのシンプルな生活を通じて、都会での忙しい生活とのバランスを取ることができています」(オッリさん)

そう考えると、日本人の働き方が変わり、自由な時間が増えれば、二拠点生活がさらに広がり、浸透するのではないでしょうか。

また、もう一つのキーは「自給自足的な生活を楽しめるかどうか」。交通や商業の利便性を重視する人が多い日本で、ある意味「面倒で手間のかかる生活」をしたいのか? 魚や山菜を取ってBBQをする、あるいは薪を割るなどという生活を好むのかどうか? そうした志向を日本人が持てるようになるかどうか…。
この点においても、日本人の志向が変わりつつある兆しを感じます。その一つがキャンプ。オシャレなキャンプ道具が増え、キャンプ人口は着実に増えています。家庭菜園も人気ですね。部屋の内装をDIYでつくりこむ日本人も増えてきています。また、都心の物件価格が異常に上昇する一方で、地方や田舎では空き家も増え、買うにせよ借りるにせよ、価格や家賃はリーズナブルになっています。加えて、法が整備されたことで、地域によっては持ち家を合法的に宿としても貸せるようになり、取得コストを10年以内に回収できる選択肢も出てきました。
豊かな二拠点生活の一般普及の環境は、徐々に整いつつあるように感じます。

「当たり前の人生」を生きたい トランスジェンダー家を買う

LGBTの当事者は、賃貸の部屋探しや物件購入に関していまだ制約を受けることが多い。
リクルート住まいカンパニーが実施した「SUUMO『不動産オーナーのLGBTに対する意識調査2018』では「LGBTを応援したい」と答えた不動産オーナーは37.0%と、まだまだ業界的に受け入れられているとはいいがたいのが現実だ。しかしLGBT当事者が実際に部屋を借りたり、物件を購入したりする際にどんな言動を受け、どんな思いをしているのか、生の声を知る機会は少ないのではないだろうか。

今回は、関東近郊に住む30代のトランスジェンダー、Aさんにお話を伺った。Aさんは戸籍上は「女」だったが、自分で認識している性別は「男」だった。20代で性別適合手術を受け、戸籍上の性別を「女」から「男」に変更。名前も同時に男性名に変えた。大学時代は賃貸で一人暮らしをしていたが、現在は結婚して一戸建てを購入。一児の父として暮らしている。Aさんはこれまで「住まい」に関してどんな不を感じて、どのように乗り越えてきたのか。当事者の一人称でお伝えする。

性別を書くと、担当者が「えっ?」

僕はいま30代後半だ。いまは注文住宅に住んでいるが、その前は3~4回ほど賃貸を住み替えてきた。なので、まず購入の前に、賃貸の部屋探しで記憶に残っていることを伝えておきたい。ただ、これは10年以上前の話なので、今もまったく同じとは限らない。そのことは心にとめておいてほしい。

まず、トランスジェンダーについて少し説明しておこう。「性的少数者に関する人権啓発リーフレット」(法務省)によると、トランスジェンダーとは「身体の性」と「心の性」が一致せず違和感をもつ人、と紹介されている。僕自身は、自己認識している性別が男性で、戸籍上の性別がかつては女性であった。

ちなみに僕は、20代半ばに戸籍上の性別を変更した。現在の日本では、戸籍の性別変更をするには性別適合手術をした後に、家庭裁判所に申し立てをして認められないと変えることができない。

性別変更をするためには、家庭裁判所に申し立てをして認められる必要がある(画像/家庭裁判所HPより)

性別変更をするためには、家庭裁判所に申し立てをして認められる必要がある(画像/家庭裁判所HPより)

住まいのことを考えるのにあたり、まず、戸籍の性別変更をする前のことを思いだしてみた。残念ながら、当時(約10年ほど前)賃貸の部屋探しで、必ずしも僕のような事情の人をすべての大家さんが認めてくれるわけではなかった。変更前は、見た目と戸籍が違う。当時の僕は、見た目は男。でも戸籍上の性別は「女性」で、名前も女性のものだった。

問い合わせの時点ではウェルカム。しかしいざ店舗に行って、申し込み用紙に性別を書いて名前を書くと、まず不動産仲介の担当者が「えっ?」と怪訝な顔をする。案内をしてくれて、申込をしたとしても、大家さん審査でNG。そんなことが覚えているだけで2回はあった。もちろん、自分がトランスジェンダーだったことが原因とは決めつけられないが、収入面など、他に目立った問題はなかったと記憶している。

もちろん、住民票どおりの女性を「演じること」はできなくはないが、当事者としては苦しいことだし、見た目が「男」であればそれも難しい。パートナーができれば、パートナーも一緒に好奇の目にさらされる。賃貸契約のたびに、心理的ストレスがかかることになる。

性別変更で経験した「根掘り葉掘り」

僕が戸籍上の性別を変更した当時は、賃貸マンションに住んでいた。つまり借りている途中で、自分の名前と性別が変わる。管理会社に連絡したら、契約変更に来てほしいとのこと。管理会社に伺うと担当者だけではなく、大家さんもいらっしゃった。大家さんは女性で40代後半から50代前半、管理会社の担当者も女性で、当時の僕と同年代(20代半ば)だったと思う。

(イラスト/tokico)

(イラスト/tokico)

彼女たちは大変理解がある人たちで、僕を温かく応援してくれ非常に感謝したのを覚えている。一方で(おそらく初めて見る)トランスジェンダーの僕に、とても好奇心を持っていた。「病気を自覚したのはいつ?」「手術はどういった内容なの?」「痛みはあるの?」――。普通、入居者にそのようなことを聞くだろうか?という疑問も湧いた。

追い出されるかと思っていたから、本心からありがたかったし、彼女たちに悪気がないことも十分に伝わっている。しかし好奇心ゆえの「根掘り葉掘り」をされないか、それ以来少し身構えてしまう。

性別変更という“告知事項”

そうして何回か部屋を住み替えた後、僕は結婚して一戸建てを買うことにした。家は注文住宅。ロフトに、暖炉もつくりたい。理想の家を創るのはすごくクリエイティブで、わくわくした。

Aさん宅の1F間取図。ウッドデッキやトイレを開けると目に入る薪ストーブなど、クリエイティブな仕掛けがたくさん(イラスト/tokico)

Aさん宅の1F間取図。ウッドデッキやトイレを開けると目に入る薪ストーブなど、クリエイティブな仕掛けがたくさん(イラスト/tokico)

Aさん宅の2F間取図。納戸はDIYで作成。天窓の位置にもこだわった(イラスト/tokico)

Aさん宅の2F間取図。納戸はDIYで作成。天窓の位置にもこだわった(イラスト/tokico)

しかし、トランスジェンダーの住宅購入には、ある難関がある。もし住宅ローンを組む3年以内に、性別適合手術をしていたとしよう。これはほかの病気と同じ「告知事項」に該当する。そして告知した後、住宅ローンを組む銀行側にどう判断されるのか分からない。

例えば生命保険の場合は、圧倒的に不利に働く。結婚したとき、僕自身、生命保険に加入したくて何社にも問い合わせをした。しかし性別適合手術を「告知事項」として記載したことで、いずれの会社からも「前例がない」と加入を断られてしまった。

告知事項ではなくても、住宅ローンを組む際に戸籍謄本を提出する場合、銀行側に戸籍の性別変更の事実も当然伝わる。僕の場合は、社会人として働きはじめたころから長年お付き合いしているメインバンクの担当者が、20代半ばの性別変更時も親身になって相談に乗ってくれた。なので、住宅ローンについてもあらかじめその担当者に相談をすることができ、無事に住宅ローンを組むことができた。ただ、某銀行の【フラット35】の担当者からは「そういう事情(戸籍変更をしたこと)については、告知しなくていいです」とアドバイスをもらった。人により事情もさまざまだろうから、自分自身が信頼できる複数の銀行や機関に相談して納得して決めることが大切だと思う。

とらわれずに「住まう」

先人が努力してくれたおかげで、日本でもLGBTをはじめとした多様性が理解されつつある。声を上げて道をつくっていくことも一つの方法だ。ただそれができる人ばかりではないし、他にも道のつくり方はあると思っている。「衣食住」の一つである「家」を借りる、買う、そこに対して社会とのコンセンサスをとれていないならば、LGBTの当事者が取り組んでいくことも今後につながるはずだ。

家も、今は購入することが全てではない。今は住まいのあり方が多様化している。住宅ローン審査のハードルが高いなら、その時その時で住みたい家に住まう賃貸の選択肢や、今払える金額で中古物件を購入しリフォームするなどしてみても楽しいかもしれない。

トランスジェンダーに限らず、世の中にはいろいろな障害や病気があるし、人それぞれに過去がある。そんな中でどう生きたいか。どんな家に、なぜ住みたいのか。それをひとつひとつ自問自答していけばいいと思っている。

僕自身の家は、開かれた家にしたい。近所の人も気軽に遊びにきてほしいし、近所の人の庭仕事を手伝ったり、冬には暖炉の周りに集まって焼き芋を焼いたり。

自宅暖炉のイメージ(写真提供/Aさん)

自宅暖炉のイメージ(写真提供/Aさん)

今も壁を塗ったり、ビスを打ったりとDIYしていると、近所の人が話しかけてきてくれるのがすごく楽しい。ご近所も社会の関係のひとつだ。家を建てて、周囲との関係性も一緒に育てていきたいと思っている。

DIYで収納棚をつくっている様子(写真提供/Aさん)

DIYで収納棚をつくっている様子(写真提供/Aさん)

家ができたとき、自分の両親はとても喜んでくれた。それ自体はいいのだが、同時に僕は、そのことに違和感もあった。両親を含め、なぜか「結婚も就職もできない。家も買えない」つまり「人並み」に生きられないと決めつける人が多い気がする。ほかの障害を持つ人に対してもそうかもしれないけれど、僕としては、それ自体も差別だと思うのだ。

普通の、当たり前の人生を生きたい。就職、結婚、家を買うことも、子どもを持つことも。「できないことなんてなかった。なーんだ、普通の人生だったじゃん」いつかそう呟けるように。トランスジェンダーにとらわれることなく、自然に生きてやりたいのだ。

デュアルライフ・二拠点生活[13]8年目のリアル「二拠点生活のために会社を辞めました」

二拠点生活(デュアルライフ)は楽しそう。でもずっと続けると、どんなことが起きるのか。
今回は、二拠点生活8年目となった先輩デュアラ―の暮らしを紹介。きっかけや当初の目的はもちろん、コミュニティ、働き方の変化、家族の反応、お金のことなど、これまでの様子をインタビューしました。

今回、インタビューを受けてくださったのは、会社員の菅原祐二さん(63)。2011年から、東京都葛飾区の自宅と、南房総(千葉県冨津市)の二拠点生活を送っています。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきますローンは組めない。そのときに下した大胆な決断

――そもそも、二拠点生活を始めた理由、きっかけは何だったんでしょうか?
釣りが好きで、千葉の海に通ううち、荷物を置いたり休憩したりできる、釣りの拠点になるような小さな家でいいから欲しいと思ったんです。そこで不動産会社をのぞいたら、“けっこう空き家がある。価格的にも買えるかも。DIYで改修するのも楽しそうだ”と思ったんです。その後、仲良くなった不動産会社の担当者から「探している物件とは違うけど、面白い古民家を見に行くので一緒に行きませんか」と誘われて、興味本位で付いて行きました。築100年ほどの古民家、長屋門や蔵、そして現役の井戸などがある、時代劇に出てくるような物件をそのとき初めて目の当たりにしました。それから一気に古民家に興味が移り、本格的に探し始めて出会ったのが、現在の古民家でした。

もともと建具屋さんの家だったらしく、造りも凝っていたし、太い立派な梁がすっかり気に入りました。正直、予算オーバーだったけれど、購入を決めました。当初は、土・日と月曜が休みの週4日勤務だったので、金曜日に仕事が終わったら、車で南房総に。金、土、日、月と過ごし、月曜日の夜に東京の自宅に戻る生活でした。

8年かけて少しずつ改修した古民家。建具や窓は、もともとあったものを再利用したものもあれば、解体現場を手伝いに行った際にもらい受けたものもある(写真撮影/片山貴博)

8年かけて少しずつ改修した古民家。建具や窓は、もともとあったものを再利用したものもあれば、解体現場を手伝いに行った際にもらい受けたものもある(写真撮影/片山貴博)

元々は小さな和室が並んであった1階は、すべて広げてフローリングの洋室に。置いてある家具や家電もほぼもらいもの(写真撮影/片山貴博)

元々は小さな和室が並んであった1階は、すべて広げてフローリングの洋室に。置いてある家具や家電もほぼもらいもの(写真撮影/片山貴博)

――週休3日制なんですね! 二拠点生活にあこがれていても、過ごせるのが土日だけと躊躇する人も多いです。二拠点生活当初からそのような勤務スタイルだったんですか?
それには事情がありまして……。実はこの古民家を購入するときに、ローンを組めず、現金が必要になったんです。そこで、先輩が代表を務める会社から“仕事を手伝ってもらえないか”と、ずっと誘われていたことを思い出したんです。“退職金が手に入れば買えるな”と決断。早期退職し、転職。誘われたのを幸いに、勤務を週4日にしてもらえるよう交渉したんですよ。2年前からは週3日勤務にして、金曜日の夜から火曜日までここで過ごしています。

――うらやましいです。二拠点生活が、仕事面での転機にもなったんですね。家族の反応は?
実は内緒だったんですよ。でもさすがに会社を辞めるときには言わざるを得なくて……。

――え、内緒だったんですか?
そうなんです。最初、妻は口をきいてくれませんでした。でも、実際に手を入れてキレイになったこの住まいを見て、ビックリしていました。東京じゃ、ありえない暮らしですからね。今は、友人たちが孫と一緒によく遊びに来ます。

古民家の現状を見て、初日に「失敗した」と大後悔

――確かに。子どもたちにとっては、夢のような環境ですね。二拠点での暮らしぶりについて教えてください。
当初は、まず “住める状態にしないといけない”ミッションがあったので、ひたすら、片付け、大工仕事に明け暮れる毎日でした。トイレをつくる、ピザ釜をつくる、ふすまでつながった和室を全部つなげて広いフローリングのリビングにする。次から次へとやるべきこと、やりたいことは出てくるので夢中でした。今は一段落しましたが、まだまだ手を加えてみたいので、改修工事に終わりはないですね。だから、当初の目的だったはずの釣りはしばらく、まったくできなかったんですよ(笑)。
今は、同じような移住者やデュアラー仲間の家に行って、改修を手伝ったり、ウチで集まって酒を飲んだりしています。釣りも再開しました。

仲間と談笑する菅原さん(中央)。自然と周囲に人が集まるのも、菅原さんのとてもフレンドリーでオープンマインドな人柄ゆえ(写真撮影/片山貴博)

仲間と談笑する菅原さん(中央)。自然と周囲に人が集まるのも、菅原さんのとてもフレンドリーでオープンマインドな人柄ゆえ(写真撮影/片山貴博)

――楽しそうです。でも、つらかったことはありませんか? やめたいと思ったことは?
実は初日に“やめたい”って思ったんですよ。まず室内が住める状態じゃないし、電気も通っていなくて、真っ暗。見学したときには気付かなかった欠点が目に付いて、大失敗したぞって思っちゃったんです。パンドラの箱を開けた気分でした。

でも、当初反対していた家族の手前、後には引けなくて頑張るしかないんですよね。今は仲間ができてお互いに工事を手伝い合っていますが、そのときは一人。例えば板を上に持ち上げるのも一苦労でした。でもそうなったら、なんとか創意工夫するんですよ。竹で足場をつくれば一人で持ち上げるのも可能だぞって。その試行錯誤する過程も、便利すぎる東京では、得難い経験だと思います。

もちろんプロにも改修工事をお願いしていたので、休憩の合間に教えてもらったりもしましたね。今では、確実にDIYのスキルは上がって、当時お願いしていた大工の棟梁さんから“定年になったら、ウチでアルバイトすればいい”って、言われています(笑)。そんな暮らしも悪くないですね。

小屋1階は作業スペース。道具類をさっと取りやすいように棚をDIY。秘密基地のようなスペースは菅原さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

小屋1階は作業スペース。道具類をさっと取りやすいように棚をDIY。秘密基地のようなスペースは菅原さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

デュアラー仲間が、菅原さんの作業場を使って大工仕事。お互い助け合いながら楽しんでいる(写真撮影/片山貴博)

デュアラー仲間が、菅原さんの作業場を使って大工仕事。お互い助け合いながら楽しんでいる(写真撮影/片山貴博)

コミュニティの存在は大きい一方、想定外の困りごとも

――この8年間で一番の変化は何でしょうか。
何より、仲間ができたことが大きいですね。最初の4年間はほぼ一人で作業していたのですが、4年前の断熱材のワークショップに参加してみたら、同じような境遇の仲間がたくさんいて、お互いの家の改修工事を手伝いに行くようになったんです。一人でやっていたことも仲間がいたら、圧倒的にはかどる。そのうち、宴会になって、泊まって、また翌日作業するっていうのが日課になりました。

こっちの人間関係の何がいいって、すごくフラットなこと。年齢も職業もまったく違う人たちと、素の付き合いができるんですよ。それに、この暮らし方を選ぶということは、どこか価値観が似ているということ。オープンマインドな人たちが多く、共通の作業を通して付き合いが深まるのがいい。東京だけでは得られない付き合いは、今では宝物です。

日曜日、取材に伺うと、南房総の仲間たちと朝ごはんの準備をされていました。かまどは元々あったものを移築、修理したもの(写真撮影/片山貴博)

日曜日、取材に伺うと、南房総の仲間たちと朝ごはんの準備をされていました。かまどは元々あったものを移築、修理したもの(写真撮影/片山貴博)

かまどで炊き上げたごはん。美味しそう! (写真撮影/片山貴博)

かまどで炊き上げたごはん。美味しそう! (写真撮影/片山貴博)

――コミュニティの存在が、二拠点生活を長く続けられる理由になるんですね。また、お金の面も気になります。コストについて教えてください。
この640坪の古民家は、土地代合わせて1200万円。さらにこれまで解体・改修にかかったお金はトータル1000万円くらいですね。確かにお金はかかりますが、キャッシュという動産を家という不動産に変えただけ。リフォームで住まいの価値を上げていると思っているんです。

――確かに。今後二拠点生活がもっと普及すれば、二拠点生活向きのエリアや、古民家の雰囲気は残されたまますぐに生活ができるよう改修された住まいは人気が集まりそうです。いいことばかりのように思えますが、想定外の困ったことってありますか?
やはり移動時間は正直、しんどいなと思うこともあります。今は職場もしくは自宅から通っていて、多少ルートは違いますが、車で1時間半くらいかかります。本当はもっと南に行ったほうが海も近く、温暖な気候になるので、二拠点目としては理想的。ですが、私は車の運転があまり好きじゃないので、これが限界かなと。また高速道路代やガソリン代などの移動費用は1回往復で約7000円。月に4回行けば、3万円弱ですから、小さな出費とは言えないでしょうね。

釣った魚、採れたて卵、地元のルバーブジャム、と豪勢な朝食に。ジャムは、地元「よぜむファーム」さんのもの。生産者自らがそれぞれ持ち寄った(写真撮影/片山貴博)

釣った魚、採れたて卵、地元のルバーブジャム、と豪勢な朝食に。ジャムは、地元「よぜむファーム」さんのもの。生産者自らがそれぞれ持ち寄った(写真撮影/片山貴博)

卵は、南房総山名のたまご屋さん「すぎな舎」のもの。平飼の有精卵を生産していている。卵かけご飯が最高(写真撮影/片山貴博)

卵は、南房総山名のたまご屋さん「すぎな舎」のもの。平飼の有精卵を生産していている。卵かけご飯が最高(写真撮影/片山貴博)

南房総仲間と一緒に、日曜日の朝食。建築家、コンサルタントなどをしているデュアラーや、地元を中心に活動するライター、地元の果物農園、養鶏業者の方々でにぎやか(写真撮影/片山貴博)

南房総仲間と一緒に、日曜日の朝食。建築家、コンサルタントなどをしているデュアラーや、地元を中心に活動するライター、地元の果物農園、養鶏業者の方々でにぎやか(写真撮影/片山貴博)

――旅行と違って何度も通うことになるので、移動費用や時間もシビアに考えないといけないですね。今後も二拠点生活を続けますか? それとも完全移住をしますか?
う~ん、まだ決めていません。完全移住も考えなくはないですが、東京の家は、現在、妻と成人した息子が暮らしていて、完全に引き払うことはありえない。となると結局、二拠点生活を続けていくんでしょうね。ただ、こっちの暮らしが楽しくなっちゃって、今後、さらに休みを増やして、週2日勤務にする予定。若い人たちも成長していて、職場での私が担う役割も変化してきたと思いますしね。

――人手不足や技術の伝承の必要性が問題になっている社会では、まさに理想的なセカンドキャリアですね。
最後に、二拠点生活を検討している方にアドバイスをお願いします。特に、“定年退職したら、田舎暮らしを始めよう”と思われている方も多いですが、もし菅原さんは55歳の現役ではなく、定年退職されてから二拠点生活を始めていたら、どうだったと思いますか?
正直、大変じゃないでしょうかね。きっと身体が思っていた以上に動かないと思いますし、誰も知り合いがいない土地に、いきなり暮らすのは正直キツイと思います。働き方も暮らし方もゆっくりシフトチェンジしていくには、55歳で決断したのは良かったと思います。二拠点目を持つことがセカンドキャリアに移行していく、いい機会にもなりました。

購入直後に菅原さんが手掛けたのが、屋外にあるトイレ。配管など、初めてのことばかりで悪戦苦闘したそう(写真撮影/片山貴博)

購入直後に菅原さんが手掛けたのが、屋外にあるトイレ。配管など、初めてのことばかりで悪戦苦闘したそう(写真撮影/片山貴博)

現在、進行中なのが小屋の二階。元々は干し草を保管する場所で、屋根に断熱材を設けたり、窓を設置するなどの改修を施している(写真撮影/片山貴博)

現在、進行中なのが小屋の二階。元々は干し草を保管する場所で、屋根に断熱材を設けたり、窓を設置するなどの改修を施している(写真撮影/片山貴博)

当初は趣味を充実させるために二拠点生活を始めた菅原さん。その後、新たなコミュニティを得ることで、地域に根を下ろし、二拠点目がリタイア後の人生の拠点へと移行していったように思われます。働き方のシフトチェンジも見事。二拠点目を持つことは、お金や仕事が大きな障害になることは事実ですが、100年生きる人生であることを考えれば、自分自身の働き方、生き方を変化させる、またとない機会となることは間違いありません。

ふるさと納税、新制度後も注目したい地域は?「関係人口」貢献で地域おこしに参加

自分の好きな自治体へ寄付をすることで、税制控除が受けられる「ふるさと納税」。家計の節約効果の大きさや魅力的な返礼品からすっかり世に浸透したが、今年2019年6月1日に法律が改正され、新しい制度が導入された。「ふるさと」を冠する制度にふさわしく、地方やその自治体ならではの特色を打ち出す新制度の内容とともに、地方にかかわる手段のひとつとしてのふるさと納税のケースを考えてみたい。
返礼品が地場産品限定、地方を意識する契機に

2008年に導入されたふるさと納税は、出身地や本籍地などに関係なく任意の自治体に寄付をすると、翌年の確定申告で自己負担の2000円を超えた金額が所得税と住民税から上限までの全額控除される制度。寄付をした自治体からは、その地方の農作物などお礼の品が届くことで人気となり、2016年には受入額約2844億円、受入件数約1271万件に達している。一方、その地域と直接関係のない金券などを返礼品に設定するなど、自治体による納税者の奪い合いの過熱が問題となり、新制度の下では、返礼品は地場産品、返礼割合は寄付金額の3割以下で、寄付できる自治体も総務省が指定した対象地域となった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

都心に人が集中するなか、地方は人口が減少し、財政面でも厳しい状況が続いている日本において、人口や経済活動は都心に集中し、地方は厳しい現状におかれている。地方の経済の再生と資源を活用する地域創生は、政府が推進する大きなテーマのひとつだ。

その地域に住んでいなくても、地域や地域住民との関係を持つとして、近年、「関係人口」というキーワードが注目されている。その地方に移住した「定住人口」、または観光にきた「交流人口」でもなく、多様なかかわり方をするひとびとのことで、地域外の人材が地域づくりや変化を生み出すとして期待されている。政府は今年6月、2020年度から地方創成に向けた新たな戦略の基本方針案を示しており、「関係人口」拡大もその一つだ。

ふるさと納税は、生まれ育った地域を離れて東京や大阪など都市部に移住した人たちにとって故郷を意識する契機であり、また、国内の各地方の魅力を知ったり接点を持ったりする大きな機会にもなりうる。

ふるさと納税は、地方の「関係人口」として貢献できる

ふるさと納税を行うことは、関係人口としてその地域に貢献できるこということでもある。ふるさと納税の返礼品には、物そのものをもらうことができるものが目を引くが、「体験」を提供するものも多い。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

和歌山県田辺市の返礼品は、同市にある世界文化遺産に登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」の熊野古道を語り部の解説を聞きながら歩く宿泊付きのウォークプラン(額によっては和歌山の特産である梅製品をもらえるプランもある)。寄付金は、間伐や枝打ちなど森林の手入れとともに、観光地にとって共通の悩みであるトイレや多言語案内の設置などの環境整備に使用されている。

また、来年にせまった東京オリンピック・パラリンピック開催を契機にしたスポーツ振興の機運を、地方から支えることもできる。富山県氷見市は、ハンドボール振興のため「春の全国中学生ハンドボール大会」を2005年から実施しており、寄付金は大会継続のための資金として使用されている。野球やサッカーのような競技人口の多い競技と違って、そのスポーツに親しむ人数が多いとはいえないマイナー競技には、甲子園や花園といった“聖地”の設定が難しいこともある。氷見市は小中学生のチームが全国優勝するなどハンドボールが盛んな土地であり、市民の意欲を満たす一方で、各都道府県の代表チームを応援するサポーターを市内の地域ごとに設定、他県からの参加者の応援をすることで、大会自体を盛りあげている。

かつてサッカーの日韓ワールドカップで、カメルーンのキャンプ地となったことで同国との交流が話題になった大分県の小さな村・中津江村が、現在でも同国との親交が続いているように、支援された氷見市だけでなく、サポーターとなった先の都道府県との相互の関係人口となれることも、ふるさと納税がもたらす恩恵といえるだろう。寄付者には大会決勝戦のチケットが届けられるが、氷見漁港でとれた海産物による郷土料理や氷見牛など、食べてうれしい返礼品も希望することができる。

岡山県の和気町では、日本最古の庶民の学校といわれる「閑谷学校」にゆかりのある地であることから、「教育の街」を推し進めることにふるさと納税を活用している。2016年から本格的に始められた公営塾では、特に英語教育に力を入れており、当初は中学生のみだった対象生徒も、小学校高学年の児童にも拡大。塾で学ぶ子どもたちの英検合格実績が報道で取り上げられたこともあり、同年の和気町への移住者は、前年の約3倍になった。ふるさと納税から、知識に関係するだけでなく定住人口の増加につなげられた好例といえるだろう。

お得さや返礼品のラインナップについつい目を奪われてしまうが、ふるさと納税の理念に立ち返れば、本当に気にかけたいのはその使途のはず。自分の寄付したお金がどのように使われているかで選べば、その地域への愛着や興味とともに、そこを訪れたい気持ちや実際に行った際の楽しみもふえるだろう。地場産品の返礼品を眺めるとともに、その地域への貢献に、改めて思いをはせてみたい。

「デュアラーを面白がる会」開催。切実なるお金と移動問題はどうなる?

6月25日(火) 、SUUMO(リクルート住まいカンパニー)による『第1回 デュアラーを面白がる会』が開催されました。
この『面白がる会』は、「お酒を飲みながらワイワイ」と、課題の洗い出し、解決方法のアイデア出しをブレストするというもの。
今回は、デュアルライフに憧れている、実際に検討している人、彼らにサービスを提供する・したいと考えている企業の担当者などが集まりました。当初はぎこちなかった初対面同士も、お酒を飲みながら打ち解け、いろんなアイデアが飛び出しました。
どうして始められない? 実践して困ったことは何?

「面白がる会」は、難しい課題を“自分ごと”としてとらえ、今までの慣例や常識にとらわれず、“こうだったらいいんじゃない”とアイデアをみんなでブレストする会。「意見を否定しない」、「難しい言葉・業界用語を使わない」、「偉そうにしない」、「思いついたアイデアをどんどん発表」をルールに、お酒を飲みながら、軽く食べながら、ワイワイ話し合います。

まずは、「デュアルライフの課題は何か」を話し合いました。
参加者の立場はそれぞれ。憧れつつも、実現していない人が「乗り越えられないハードルは何か」というアプローチと、実践者ならではの「現在進行形の悩み」について、情報共有されていたようでした。

「面白がる会」運営代表の唐品知浩さんの音頭で、まずは乾杯からスタート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「面白がる会」運営代表の唐品知浩さんの音頭で、まずは乾杯からスタート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最初に発表したグループからは、デュアラー実践者である男性から、「二拠点を持つということは生活コストが二倍になる。購入となると、固定資産税も二カ所分です」と早々にシビアな意見が。
ほかにも移動に関わるコスト面を指摘したグループは多数。「高速代、ガソリン代だけでなく、車検代、保険、税金など出費がかさみます、都会だけなら車ナシ生活でもOKですが、田舎は車がマストになるので、正直痛いです」

そもそも「車を運転しないので、基本は公共交通機関を利用するしかありません。でも、そんな生活って都会では可能でも、田舎では難しいですよね」という女性も。田舎は路線バスの本数が少ない事情もあります。コスト面だけではなく、移動時間の長さも、デュアルライフの阻害要因になるようでした。

さらに、田舎でのコミュニティに入りづらいと指摘をする人もたくさんいました。「基本はよそもの。独特の近所付き合いに慣れない」、「交流はしたいけれど、きっかけがない」、「そもそも、デュアラー全員が地元コミュニティに深く入りたい人ばかりではないのでは」など、立ち位置はそれぞれ違うものの、都会とは異なる地域との距離感に戸惑う声が多く聞かれました。また、受け入れ側も「空き家であっても貸したがらない」、「知らない人には警戒してしまう」という事情もあるようです。

家族の問題も課題です。特に子どもがいる場合、小学校に入るタイミングで、どちらかに拠点を決めざるを得ないケースも。ほかにも、自分1人がデュアラーをする場合は、「家族の同意が得られないのでは」、「家族バラバラになりそう」という心配がありました。

ほかにも、「ゴミを決まった曜日に捨てられず、都内まで持って帰っている」、「やはり人が住まないと建物が傷む」「冬場は水道が凍結してしまう」「とにかく寒いので、エアコンを稼働して温かくするまで時間がかかる」、「事前に荷物や食材を送りたくても、受け取る人がいない」など、実践者ならではのリアルな悩みも多々ありました。

開催されたのは平日の19時~。約半数が「デュアラー」未経験者。3割が実践者、それ以外が不動産会社や支援団体などの関係者という顔ぶれ。ほぼ誰もが初対面同士(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

開催されたのは平日の19時~。約半数が「デュアラー」未経験者。3割が実践者、それ以外が不動産会社や支援団体などの関係者という顔ぶれ。ほぼ誰もが初対面同士(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

デュアルライフの経験がない人も、自分がするとしたらまずはこんな壁にぶち当たりそうと、想像を巡らせて発言していきます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

デュアルライフの経験がない人も、自分がするとしたらまずはこんな壁にぶち当たりそうと、想像を巡らせて発言していきます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コスト削減だけではない。デュアラーを支援するアイデアいっぱい

デュアルライフの課題発表終了後は、2回目のブレストタイム。これまでに出た課題に対し、「何でもあり」でアイデアを出し合うことに。時間も経ち、お酒も回って、話は大盛り上がりました。

以下、課題として多く指摘された「住居費」「移動」「コミュニティ」「ゴミ出し」に関して発表された、面白いアイデアを箇条書きで紹介します。

住居費について
・「10人で10軒をシェア」各拠点をみんなでシェアすれば二居住どころかマルチ居住
・「交換デュアラー」田舎の人も東京で過ごしたいのでは?→だったら交換してみればいい
・「デュアラー特区」デュアラーに力を入れている自治体。固定資産税などの減税、空き住戸含めた情報提供など、自治体の積極的なPRあれば二拠点目のエリアとして選びやすい
・「私、〇〇できます」宣言。料理人がいろんなシェアハウスを転々としながら暮らしている例がある。一年中、収穫を手伝いながら旅する人もいるそう。自分のスキルを田舎暮らしで活かし、コストに充てる
・「デュアルアワー貸し」人によっては短い間だけ借りるのもアリでは

移動について
コストを削減する方法と、移動=価値を見出す方法の2通り提案されました
・「定額新幹線乗り放題」自由席ならどれだけ乗ってもいい。デュアラー割引でも可
・「長距離トラックに相乗り」
・「移動するついでに宅配」車移動のついでに荷物を運び、利益を得る
(「あなたの代わりに墓参りします」墓参りを代行も)
・道の駅に「コワーキングスペース」(すぐにでも実現できそう!)
・「自動運転でラクに移動」:乗用車2台を前後につなぎ、2台目のほうは自動運転で付いていく形なら技術的にもスムーズでは?(完全妄想!)

女性ばかりのテーブルでは、女性ならではのコミュ力で一気に打ち解け、話が盛り上がる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

女性ばかりのテーブルでは、女性ならではのコミュ力で一気に打ち解け、話が盛り上がる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コミュニティについて
・「草刈りフェス」コミュニティに入るきっかけになる、お祭りも兼ねて一石二鳥
・「村人に聞こう~ドラクエ化」地元の人に話しかけ、交流が生まれるような仕掛け。
例:この人にこの質問をしないと、家の鍵がもらえない。まずは「〇〇店」で〇〇を購入、装備する、などロールプレーイング風に
・「よろしくステッカー」家の前に、交流ウェルカムという意思表示のステッカーを貼る。
逆に「サーフィンに来ています」ならサーフボードのステッカー、「ひとりでのんびりしにきています」なら寝ているステッカーなど、二拠点の目的を明確にする
・受け入れ側も「うちはウェルカムですよ」というステッカーがあれば、きっかけがつかみやすい。
・「おじいちゃんおばあちゃんとシェアハウス」広い一軒家にひとりで住んでいるお年寄りは多いはず。遠方にいる子世帯に様子を知らせれば安心(例:草刈りを手伝ったり、車で病院に連れて行ってあげたりなど労働力を提供すれば、住居費はタダ)

デュアルライフ実践者からリアルな意見も。みなさんプレゼン慣れしています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

デュアルライフ実践者からリアルな意見も。みなさんプレゼン慣れしています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ゴミ出しなどについて
・「マッチングアプリでお願い、ご近所さん」 ゴミ出しや荷物の受け取りをご近所の方にお願いして、電子マネーで謝礼を払う
・「ドローンでゴミ捨て」 広告を載せて宣伝にも使えばコスト削減できる
・「大学生が管理するデュアラー村」 複数の家の1つを大学生の寮や合宿所に。不在時のさまざまな雑務を引き受けてもらう

デュアラーに愛される街が、もうかる自治体になればいい

ほかにも、「学校データ化で、子どもの勉強の進度などを情報共有。どこでも学べる環境になる」、「デュアラー向けに家を貸すのを躊躇するオーナーさん向けに、デュアル保険を用意して貸し手の不安を払拭する」、「まずは公共施設を開放し、再活用できるような動きをするべきでは」というさまざまな意見が出ました。

「デュアラーによる“住みたい街ランキング”も面白そう。スーモさん、是非やって」という声も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「デュアラーによる“住みたい街ランキング”も面白そう。スーモさん、是非やって」という声も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さらに、「デュアルライフに市場原理を持ち込もう」という切り口で、「デュアルファンドを創設する」→「投資に値する、選ばれる行政を目指すようになる」→「投資した人は、家族、友人を誘って足を運ぶようになる」→「もうかる自治体はさらに魅力的になる」など、経済がまわっていく仕組みをつくれないかなど、壮大なアイデアもありました。
具体的に「奥多摩を盛り上げよう」という地名が出たことで、「以前は東京の人がみんな軽井沢などの別荘地に憧れましたが、現在のデュアラーは移動の時間とコストにシビア。例えば中央線沿線なら奥多摩や山梨方面、東京北部なら秩父方面、東京東部なら千葉の南房総など、今の生活圏の延長線上にある立地を選ぶほうが、現実的で愛着が持ちやすいのでは」と主催者のひとりが提案。そのあたりにもデュアラーを盛り上げるヒントがありそうです。

以上、すぐに取り組めそうなものから。かなり壮大なレベルのものまで、さまざまにアイデアが上がった、盛況な会に。数年後には、なにかが実現しているかもしれません。

「子どもをもつ、もたない」人生、どっちが幸せと言えるの? 窪美澄の新刊『いるいないみらい』インタビュー

子どもをもつ、もたないという選択は、多くの人が人生のなかで直面することです。そして、2011年ころから使われ始めた「妊活」という言葉は、それをより突きつけるものかもしれません。でも果たして、「子どもをもつ、もたない」が幸せの尺度だと言えるのでしょうか。第161回直木賞候補作である『トリニティ』や『じっと手を見る』などで知られる作家・窪美澄(くぼみすみ)さんの新刊『いるいないみらい』では、「子どもをもつ、もたない」の選択に直面し、家族のカタチを考える人たちが描かれています。
窪さん自身は離婚を経験し、シングルマザーになってからライター活動をはじめ、子育てを経験されています。自身が経験したことと、作品に出てくる登場人物の人生、それぞれを聞いてみました。
家族のカタチを模索しながら、懸命に生きる人々を描く作品

――著書『いるいないみらい』は、どのような背景があって書かれたのでしょうか。

もともと私は女性の妊娠や出産などをテーマに書くことが多かったのですが、今回は「妊娠や出産以前、子どもをもつかもたないか、迷っている人たちの物語を書いてみませんか」と編集者に提案されたんですね。そのことで悩んだり、考えているうちに時期が過ぎてしまったり、子どもをもつことはできたけど亡くしてしまったりという人たちを書きました。それぞれ悩みながらも一生懸命生きる人々の姿を書こうと思いました。

『いるいないみらい』(窪美澄 著、KADOKAWA刊)

『いるいないみらい』(窪美澄 著、KADOKAWA刊)

――1話の「1DKとメロンパン」のように、子どもに関する考え方の違いで悩む夫婦は実際にも少なくないと思います。「子どもをもつ、もたない」ということについて、窪さんはどのようにとらえているのでしょうか。

私が考えるのは、「子どもがいる人生だけが絶対的な幸せではない」ということです。子どもがいなくても不幸せではないし、何かが欠けているわけでもないと思います。世間では子どもをもつ家庭が完璧な丸のようなイメージがあるかもしれませんが、実際はそうとも限らない。
「1DKとメロンパン」の夫婦もそうですが、たとえ子どもというパーツがなかったとしても、カップルや夫婦二人だけでも、もちろん一人であっても、十分丸く満たされていますよ、ということを思いますね。

――「子どもをもつ自信がない」「子どもが嫌い」という女性のお話や、男性の不妊治療についてのお話もありますね。

そうですね。「私は子どもが大嫌い」のお話の主人公のように、「子どもが嫌い」という価値観も全然アリだと思うんです。でもなかなか言いにくいことじゃないですか。子どもが嫌いっていうとヒトデナシ、のような目で見られがちですよね。でも、子どもに興味がない女性だって実際はいるわけです。みんながみんな子どもが好き、と思うほうが間違っていると思います。

少子化などの問題があって国は「子どもは二人以上産むべき」みたいな風潮がありますが、私は少し反発があって。押し付けのように感じることがありますね。だって産みたかったけれどタイミングが合わなかったり、産めたけどあえて産まなかった選択をすることもあるわけでしょう。子どもをつくる、つくらないの選択の自由はあっていいはずだと思うんですね。

私は今回の作品を書くにあたってほとんど取材はしていないんですが、第2話「無花果のレジデンス」だけ、不妊治療の男性のお話を聞きに行きました。不妊治療は女性ばかりがクローズアップされるけれど、子どもをつくろうとなったときに、実際は男性不妊の治療も女性と同様に大変。だけどなかなか知られていない部分がありますよね。性別で分けるのは間違っているかもしれないけれど、もしかしたら男性不妊のほうが、告げられる側としてのショックは大きいのかもしれないと思いました。

当事者の気持ちを大事に。世間の価値観で生きる必要はない

――窪さんがこうしたさまざまな価値観を世の中に広く伝えたいと思うようになったバックグラウンドをお聞きしてもよいでしょうか。また、窪さんは自身の人生で世間の価値観を押し付けられたり、「これは違うでしょ」と感じたりした経験はありますか。

私の両親は、離婚して12歳のときに母親が出ていってしまって。その年齢で今の自分の状況を周りに説明するのが難しかったという経験があります。だからかもしれませんが、片親だから何だ、のような反骨精神が昔からありました。「世間の風潮や意見はこうだけど」と周りから言われても、当事者が感じていることがすべてだと気づいてからはスルーできるようになりました。子どものころからスルースキルを身に付けた感じです。

結婚して出産したあと、私は離婚を経験し、シングルマザーになりました。息子が中三くらいから書く仕事を始めたのですが、仕事が忙しいときも、朝早くから起きて、朦朧とした頭で息子のためにトンカツを揚げて。思わず指まで揚げそうになりました。毎日のお弁当に加えて、部活後にお腹が減るのでおにぎりを持たせるんですが、10kgのお米があっという間になくなって、それも大変でしたね。

いくらスルースキルを身に付けたと言っても、息子を片親にしてしまったことの責任は感じてはいます。でも、息子の学費も払ったし、卒業できたし、とりあえずは大丈夫だったと思っています。

また、子育て中の記憶では、街の八百屋のおじちゃんとかが息子に「おう、歩けるようになったか坊主!」なんて声をかけてくれることがよくあって。それはうれしかったですね。血縁は関係なく「街に家族がいるような感覚」で育てていけたのも良かったと思います。

今私は一人暮らしですが、とても楽しく過ごしています。でも周りから「一人で大丈夫?」「寂しくないの?」などの世間の多数派の見方で心配されることには違和感があります。今回の小説の登場人物たちもそうですが、人それぞれ見方は違うし、感じることも違います。どんな人生を生きても、当事者である自分の気持ちを大切にするべきだと思います。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

――息子さんを育て上げた窪さんですが、息子さんの妊娠中などに「子どもをもつことに不安を感じる」ことはなかったのでしょうか。

実は私、最初の子を産んで18日で亡くしているんですね。今いる息子は二人目なんです。一度、子どもの死を経験してしまったので、子どもが大きくなるまではとても怖かったです。実際に何かあったらどうしよう、病気になったらどうしよう、など不安がつきまといましたね。

最初の子は今生きていたら28歳なんですけど、仕事で出会う若い編集者さんを見ると「あ、うちの息子は今生きていたらこのくらいなんだ」と思ってビックリすることがあります。

第4話「ほおずきを鳴らす」のなかで、子どもを亡くした男性の主人公が出てくるのですが、今回の作品のなかで一番実体験の心情を投影したストーリーだったかもしれませんね。

家は、その人の暮らしぶりのベース、気持ちも変えるツール

――第1話「1DKとメロンパン」というタイトルや、エピソードの中に必ず家の特徴や間取り、街の描写があるなど、窪さん自身も家がお好きなのでしょうか。

そうですね。家を見るのは結構好きです。家の間取りもよく見たりしますね。ちなみに私はつい2カ月前に引越したばかりなんです。場所は直前に住んでいた家から20m先の隣のマンション。それまでは8階建ての3階だったんですけど、そばに建物が建ってしまって。日当たりが悪くなって穴蔵みたいになってしまったので、仕事するには落ち着くのですが、やっぱり普段は日当たりがある部屋がいいですよね。今は13階建ての10階です。日当たりはいいし、眺めもいいんですけど、眺めはしばらくすると飽きますね(笑)。

――家の特徴や間取りを描写されることには、どのような意図がありますか?

私は登場人物のバックボーンをしっかり考える作家でありたいと思っているのですが、今回の登場人物を考えるときに、「その人たちがどんな家に住んでいるのかを書こう」という裏テーマがありました。このぐらいの年収だったらこのくらいの部屋かなとか、この人たちだったらこういう間取りの家だろうな、などを考えてストーリーに入れていきました。細かな部屋の間取りが分からないと主人公たちの行動をなかなか追えないんですよね。家がその人の暮らしのベースになるわけですから。

「無花果のレジデンス」の参考にした稲城市(画像/PIXTA)

「無花果のレジデンス」の参考にした稲城市(画像/PIXTA)

――各ストーリー内の舞台として想定している地域はありましたか。

そうですね、きっちり決まってはいないんですけど、「無花果のレジデンス」のお話ではファミリータイプのマンションが並ぶ地域であり、自分が生まれ育った稲城市を参考にしました。あのあたりはどのマンションも子ども二人くらい生まれるとちょうどよい3LDKの間取りなので、「育児を想定して買った場合、子どもがいなかったらツライかもなあ」とは思いましたね。
あとはメロンパンを売るパン屋さんのある街は、何となく東京の東側のイメージがあります。自分の知っている街を思い浮かべることが多いのでどうしても東京のイメージになって書くことが多いですね。

これからの未来を見据えて、自分の希望とする「家族の形」を模索している人はたくさんいると思います。ただ、今回の窪さんのインタビューを通して感じたことは「幸せって未来にくるものではなく、すでにこの場にあるもの」ということでした。今、そばにいてくれるパートナーや親兄弟、友人、自分を丸ごと受け入れてくれる人たち。その人たちが、今の自分のほっこりとした丸い幸せをつくってくれているということ。未来は「子どもをもつ、もたない」の選択肢があるかもしれないけれど、それはタイミングやパートナーの意見、いろんな条件が合わさって決まるということ。そして、どんな未来を選んだとしても、それは「今の幸せの延長」なのだということ。

「子ども」というパーツがあってもなくても、今の幸せは欠けることなく続いていくのでしょう。どんな未来があってもいい。いろんな家族があっていい。そう、窪さんに教えていただいたような気がしました。

●プロフィール
窪 美澄
1965年、東京都生まれ。フリーの編集ライターを経て、2009年「ミクマリ」で第8回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞しデビュー。11年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位に選ばれた。12年、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨のなまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』『すみなれたからだで』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『トリニティ』などがある。

デュアルライフ・二拠点生活[12] 新鮮マグロに採れたて野菜。5組11人が集う三崎港ビューの“シェア別荘”とは?

玄関のドアを開ければ目の前に三崎港――。「三崎の『ミ~』で!」という掛け声とともにポーズをとってくれた彼らは、この場所に建つ築80年の古民家で週末移住を楽しむ5組の人々だ。

職業もバラバラで知り合ってからの年月も浅い。しかし、旧知の仲のように息もぴったりだ。そんな彼らが営むデュアルライフと地域との交流の様子を覗いてみよう。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます品川から京急本線で1時間ちょい、そこから路線バスで15分

三浦半島の南端に位置する三崎港(神奈川県三浦市)。全国有数のマグロ水揚げ港として知られ、年間15隻前後のマグロ漁船が入港する。

最寄駅の三崎口駅までは、品川駅から京急本線快特に乗って1時間ちょい。そこから路線バスに揺られること15分で三崎港に到着した。

2階の窓からの風景。晴れた日には左の方角に富士山も見える(撮影/相馬ミナ)

2階の窓からの風景。晴れた日には左の方角に富士山も見える(撮影/相馬ミナ)

港内に係留された水中観光船の脇には、「うらり」の愛称で親しまれている「三崎フィッシャリーナ・ウォーフ」。2001 年に旧三崎魚市場の跡地の一部に建てられた施設で、新鮮な魚や野菜を販売している。年間の来館者数は130万人を超える。

「うらり」の2階デッキからは360°の眺望が楽しめる。料理教室やお笑いライブなども定期的に開催(撮影/相馬ミナ)

「うらり」の2階デッキからは360°の眺望が楽しめる。料理教室やお笑いライブなども定期的に開催(撮影/相馬ミナ)

また、毎週日曜の目玉は早朝5時~朝9時に開催される「三崎朝市」。マグロを中心に、海の幸、山の幸を求める人々で大いににぎわう。

白首系の「三浦大根」は食感が柔らかいのに煮崩れしにくい。おでんなどの煮物に最適(写真提供/山本葵)

白首系の「三浦大根」は食感が柔らかいのに煮崩れしにくい。おでんなどの煮物に最適(写真提供/山本葵)

さらに、街を歩くと美味しそうな飲食店が続々と現れた。例えば、老舗の「まるいち魚店」では店頭で選んだ地魚を隣の食堂で食べられるというサービス付き(調理代は別)。

扱う魚のほとんどは三崎港で水揚げされたもの。すべて量り売りで販売してくれるのもうれしい(撮影/相馬ミナ)

扱う魚のほとんどは三崎港で水揚げされたもの。すべて量り売りで販売してくれるのもうれしい(撮影/相馬ミナ)

平日は表参道のアパート、週末は三崎の古民家というデュアルライフ

街の紹介はここまで。満を持してデュアラーたちにご登場いただこう。すべてのきっかけをつくったのは、コンサル業を営む杉本篤彦さん(29歳)。うらりにほど近い、三浦の看板ともいえるような通りにたたずむ古民家がデュアルライフの舞台だ。

杉本さんは言う。

「きっかけは、この物件を管理していた大家さんの姪っ子さんとの出会いから。4年前に三浦市が2週間のお試しで空き家に住める『三浦トライアルステイ』という企画を始めたんですが、私がそれに参加した際に住む家の相談をしました」

以前から、自分と波長が合う人が集まるスペースをつくりたいと思っていた杉本さん。この出会いをきっかけにデュアラーとしての第一歩を踏み出した(撮影/相馬ミナ)

以前から、自分と波長が合う人が集まるスペースをつくりたいと思っていた杉本さん。この出会いをきっかけにデュアラーとしての第一歩を踏み出した(撮影/相馬ミナ)

とはいえ、二つ返事で物件を貸してくれたわけではない。

「三崎はマグロで儲けた人たちが多い街。収入のために空き家を売ったり貸したりするよりは、思い出が詰まった空き家のままにしておきたいと考える人が多いため、物件サイトに載っていない空き家もたくさんあります。仲良くなれば中を見せてくれて、『月いくらでいい』と言われるパターンも少なくないですね」

杉本さんも、そのパターン。姪っ子さんとかなり打ち解けた段階で、週末移住者のための共同スペースをつくるという「シェア別荘計画」を打ち明けた。「それなら、親戚の空き家でこんな物件があるよ」という流れで、この古民家を紹介してもらった。

撮影場所はメンバーお気に入りの喫茶店「トエム」。人気のクリームソーダは380円(写真提供/山本葵)

撮影場所はメンバーお気に入りの喫茶店「トエム」。人気のクリームソーダは380円(写真提供/山本葵)

平日は表参道のアパート、週末は三崎の古民家というデュアルライフが始まったのは2年半前。家賃は5万円以内という“お友達価格”だ。しかし、11年間誰も住んでいない物件は予想以上に手強かった。

「まずは普通に住めるような家にしようと、一人で黙々と作業。掃除が本当に大変で、ぶっちゃけ、何度も心が折れそうになりました(笑)」

杉本さんがFacebookに載せていた夕日の写真が決め手

そんな杉本さんの思いに賛同して合流したのが、自営業役員の山本陽平(33歳)さんとインテリア雑貨企画開発の葵(33歳)さん夫妻。

陽平さんはお祭り好きが高じて「オマツリジャパン」という全国のお祭り情報サイトを立ち上げた“お祭り男”だ。

取材前日も後ろの海南神社の八雲祭で御輿を担いだ陽平さんは「肩、バッキバキですよ」と笑う。葵さんはシェア別荘のオシャレ担当(撮影/相馬ミナ)

取材前日も後ろの海南神社の八雲祭で御輿を担いだ陽平さんは「肩、バッキバキですよ」と笑う。葵さんはシェア別荘のオシャレ担当(撮影/相馬ミナ)

神輿は地元の青年会のメンバーらが担ぐ(写真提供/山本葵)

神輿は地元の青年会のメンバーらが担ぐ(写真提供/山本葵)

現在、山本さん夫妻は西新宿の賃貸マンションに住んでいるが、杉本さんからの誘いに軽い気持ちで乗ったという。

「費用の負担も少ないし、二人ともアウトドア好き。そして、何よりも杉本さんがFacebookに載せていた夕日の写真が決め手でした」(葵さん)

三崎のすぐ南にある城ヶ島から望む夕日と大島の影。夕日好きの葵さんにとっては堪らない1枚だった(写真提供/山本葵)

三崎のすぐ南にある城ヶ島から望む夕日と大島の影。夕日好きの葵さんにとっては堪らない1枚だった(写真提供/山本葵)

時代を感じさせる柱や掛け軸など、古民家の魅力は残したい

古民家での週末移住に山本さん夫妻という戦力が加わった。杉本さんとしては家賃負担が半分になったこともうれしい。

「こないだ部屋の畳を剥がしたら昭和48年の新聞が敷かれていました。つまり46年間、そのままだったということ」(葵さん)

とはいえ、古民家の魅力は極力残したい。時代を感じさせる柱や掛け軸もそのひとつだ。長年にわたって誰も触れなかった調度品が家の歴史を物語る。

コンロや洗濯機を設置したことで、ようやく“普通に住める”レベルの家に(撮影/相馬ミナ)

コンロや洗濯機を設置したことで、ようやく“普通に住める”レベルの家に(撮影/相馬ミナ)

みんなと場をつくる楽しさ、喜びも悲しみも共有できる

仲間はどんどん増えていった。昨年11月に会社員の永田篤史さん(42歳)と1歳の息子を連れた栗山和基さん(36歳)、奈央美さん(34歳)夫妻が参戦。

Negiccoファン歴6年の永田さん。推しメンを聞くと「箱推し」、すなわちグループ全体を推すスタイルらしい(撮影/相馬ミナ)

Negiccoファン歴6年の永田さん。推しメンを聞くと「箱推し」、すなわちグループ全体を推すスタイルらしい(撮影/相馬ミナ)

「多拠点居住にはもともと興味があったんです。今は江戸川区に住んでいますが、将来的にはマレーシアと日本の両方に拠点を持ちたくて。さらに、エストニアの電子国民の資格も取りました」

「東京と比べて、ここは時間の流れもゆっくり。魚も美味しいし」と語る永田さん。シェア別荘が旅館に泊まるのと決定的に違うのは、「みんなと場をつくる楽しさ、喜びも悲しみも共有できる点」だという。

一方で、栗山家は西新宿でシェアハウスを運営。自身もそこで暮らしている。メインの住居も週末用の別荘もシェアしているのだ。

「今日は『ジモティー』経由で乾燥機をもらいました。子ども連れだと服が多くなるので、ここで乾かせるといいなと思って」(撮影/相馬ミナ)

「今日は『ジモティー』経由で乾燥機をもらいました。子ども連れだと服が多くなるので、ここで乾かせるといいなと思って」(撮影/相馬ミナ)

三浦半島には大人も子どもも楽しめるスポットがたくさんある

最後に仲間入りしたのは、中国人でエンジェル投資家のロウさん(39歳)家族。妻は42歳の会社員で、小学5年生の娘と小学2年生の息子がいる。

「住居は天王洲アイルにあるので、ここへのアクセスもいい。子どもが大きくなるにつれて、テーマパークとかよりは山や海で遊ばせたいと思うようになったんです」

この日も目の前の海で魚獲り(撮影/相馬ミナ)

この日も目の前の海で魚獲り(撮影/相馬ミナ)

見事、ハゼと沢ガニをゲット(撮影/相馬ミナ)

見事、ハゼと沢ガニをゲット(撮影/相馬ミナ)

妻が言う。

「最近は小網代の森でホタルを観察したり、ソレイユの丘でバーベキューをしたり。三浦半島には大人も子どもも楽しめるスポットがたくさんあって気に入っています」

全国のデュアラー共通の悩みは「ゴミ出し」

ここに来るのは月に1回から3回程度と、皆さん頻度こそ違う。しかし、じつに濃い顔ぶれでそれぞれ専門分野を持っている。サッカーチームならかなり強力なイレブンになりそうだ。

ポイントは、週末移住者を“募集”しているわけではないということ。

「すべて、メンバーからの紹介です。“シェア別荘”で一番の醍醐味(だいごみ)は人。どの物件をシェアするかより、誰とシェアするかが重要なんです」(杉本さん)

複数の家族が円滑に利用するためのチェックシート。三崎の先っちょにあるから「みさきっちょ」だという(撮影/相馬ミナ)

複数の家族が円滑に利用するためのチェックシート。三崎の先っちょにあるから「みさきっちょ」だという(撮影/相馬ミナ)

「あと、全国のデュアラー共通の悩みは『ゴミ出し』。平日はいないので、私たちも各自で持ち帰ったり、たまに地元の方にゴミ捨て代行してもらったりしています」(葵さん)

看板娘がいるような港町のバーもつくりたい

取材後、杉本さんと山本夫妻の案内で再び近所を散策した。

どこか落ち着く懐かしい街並み(撮影/相馬ミナ)

どこか落ち着く懐かしい街並み(撮影/相馬ミナ)

「よく外に飲みに行くので、この辺の飲み屋の店主はみんな友達。看板娘がいるような港町のバーもつくりたいねと飲食店をやっている友達と相談しているところです。適任者がいたらやろうかなと」(杉本さん)

三崎港バスロータリー前の「山田酒店」では看板犬がお出迎えしてくれた。

購入したお酒を店内で飲めるうえに、2階は民泊として開放しているという。天国か(撮影/相馬ミナ)

購入したお酒を店内で飲めるうえに、2階は民泊として開放しているという。天国か(撮影/相馬ミナ)

毎年8月13日、14日の2日間は「みうら夜市」で盛り上がる(写真提供/山本葵)

毎年8月13日、14日の2日間は「みうら夜市」で盛り上がる(写真提供/山本葵)

この場所に5組全員がそろうのは2カ月に1回ぐらい

ちなみに、2週間に1回は都内で顔を合わせてミーティングを行う。来られない人はオンラインで参加する。この場所に5組全員がそろうのは2カ月に1回のペースだ。

「貴重な機会なので、今日はこれからみんなでバーベキューです」というので、「ぜひ、写真を送ってください」と頼んで三崎を後にした。

届いた写真がこちら。どう見ても美味しいに決まっているやつだった(写真提供/山本葵)

届いた写真がこちら。どう見ても美味しいに決まっているやつだった(写真提供/山本葵)

今回取材した人々は皆、社会の第一線で活躍する人々。しかし、そんな彼らでも東京での生活に疲弊することがある。月に数回、東京に背を向けて眺める美しい夕焼けは心の避難所なのかもしれない。

風光明媚(めいび)で食べ物も美味しい土地に建つ別荘を安く“シェア”するという発想。今後、こうした動きはますます増えていくだろう。

新鮮な魚、採れたての野菜、そして“シェア別荘”がある人生に乾杯!(写真提供/山本葵)

新鮮な魚、採れたての野菜、そして“シェア別荘”がある人生に乾杯!(写真提供/山本葵)

●取材協力
・オマツリジャパン

空き家を抱えたらどうしたらいい? 東京都がつくった「東京空き家ガイドブック」話題

親から相続した家を空き家にしたくない、ましてや朽ちさせたくない。そう思いつつも、予防策や解決策を知る人はそう多くないのでは? そこで東京都はこの春、基礎知識や解決事例を分かりやすくまとめたガイドブックの無償提供を開始した。東京都の空き家事情や、提供の背景とは?
誰にでも分かりやすい、空き家のガイドブックを追求

2019年3月、東京都は、「東京空き家ガイドブック」を公開した。冊子を5000部用意するとともに、ホームページからダウンロードもできるようにした。いずれも無料だ。内容は、2016年12月から2018年3月まで実施した「東京都相続空家等の利活用円滑化モデル事業」で収集した空き家の事例と、空き家の解決の手がかりとなる基礎的な知識をまとめた「空き家のギモン」から構成されている。東京都職員が主導し編集したという。公開の理由を、住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏はこう話す。

「空き家が社会的な問題となって久しいのに、空き家を抱えている個人に向けた、具体的な解決策を紹介するガイドブックがありませんでした。そこで、実際の相談事例を交えた、分かりやすいガイドブックの制作に踏み切りました」

住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

モデル事業が扱った63件の解決事例から15件を紹介

取り上げた15の事例は、モデル事業に選定されたNPO法人空家・空地管理センターと東京急行電鉄、ミサワホームが対応したもの。期間内に3事業者が対応した63件の解決事例の中から選定された。相談事例の内容を見ていくと、おおよそ下記のようにグルーピングできる。

まずは、「なかなか売れない古い家。費用がかからず早期解決する売却方法は?」「借地権付きの空き家が売れない時は?」など、固有の条件を持つ空き家を売却する方法を探るもの。

もうひとつは「敷地が狭く、活用が難しい家。何か良い活用方法はない?」「自分に一番適した利活用の方法は何でしょう?」など、空き家を所有し賃貸住宅などの利活用の方法を聞くものだ。

そのほか、「親族間で共有名義の建物の活用について、意見が合いません……」といった、親族間の問題を含んだものがみられるのも特徴だろう。

売却に関する悩み、利活用に関する悩み、どちらも適切な専門家への相談が大切(「東京空き家ガイドブック」より抜粋。資料提供/東京都)

売却に関する悩み、利活用に関する悩み、どちらも適切な専門家への相談が大切(「東京空き家ガイドブック」より抜粋。資料提供/東京都)

15事例それぞれにある「お悩み解決プロセス」が参考に

こうした空き家にはどのような問題であっても、解決に向けては、建築的なこと、売買に関すること、相続など法的なことなどさまざまな要素がからみ、一体何から着手していいか悩みがちだ。これは、個々人の空き家解決が長引く一因でもあるだろう。
当ガイドブックでは、それぞれの事例について、「相談内容」「お悩み発生プロセス」「状況課題」「(事業者からの)提案」「解決」「お悩み解決プロセス」に分けてそれぞれ端的にまとめられており、読者はどのような流れで、誰に相談し、どのような手続きを踏んで解決したらいいかがつかめる。また、「お悩み発生プロセス」のフロー図を見ると、読者が現在抱えているであろう悩みとの類似点を把握しやすい。

事例ごとに「お悩み発生プロセス」から「お悩み解決プロセス」まで、解決までの過程が時系列で把握できる(資料提供/東京都)

事例ごとに「お悩み発生プロセス」から「お悩み解決プロセス」まで、解決までの過程が時系列で把握できる(資料提供/東京都)

「空き家のギモン」には、空き家の問題点、相談窓口情報も

ガイドブック後半の「空き家のギモン」は、Q&Aの問答を基本にして、空き家についての基礎的な知識がまとめられている。その内容は、空き家を生じさせないために、また、空き家の状態が長期化しないために知っておくべき情報も多い。
例えば、下記のような内容だ。

Q.どんなときに空き家になるのですか?
A. 日本全国で見た場合、相続や転居、高齢者施設などに入居したときに空き家になるようです。モデル事業の相談事例では、相続時と高齢者施設への入居時などに空き家になる傾向が強いです。

そのほか、「Q.空き家を相続したら、まず何を確認すればいいのですか?」「Q。相続に関する手続きなどについて気を付けることはありますか?」「Q.空き家でも税金がかかるのですか?」などの問答からは、親など家の所有者と生前のうちから相続について話し合い、できれば必要な手続きを済ませておくことが重要だと分かる。

また、ガイドブックの前半に取り上げられた事例の解決策の「除却」「利活用」「管理」などについて、より踏み込んだ情報が盛り込まれている。終盤のページには空き家の利活用や相続について相談できる専門家による相談窓口、ワンストップ相談窓口などの情報がまとめられている。さらに、空き家に対する補助金などの支援制度や空き家・空き地バンクといった関連情報も付加されている。東京都内の空き家の現状から、空き家の成り立ち、解決策、相談窓口まで一気通貫して把握できる、空き家について初めて学ぶ人に必携の一冊といえるだろう。

上/後半冒頭のチェックリストで自分の空き家の問題を再確認できる。下/それぞれの空き家の課題に対して一般的な解決の流れや使える制度などが紹介されている(資料提供/東京都)

上/後半冒頭のチェックリストで自分の空き家の問題を再確認できる。下/それぞれの空き家の課題に対して一般的な解決の流れや使える制度などが紹介されている(資料提供/東京都)

区部、市部とも「ひどいボロ家」に関する苦情が問題に

さて、ところで、東京都内の空き家の現状やその特徴はどうだろうか? 2013(平成25)年の「住宅・土地統計調査」では東京の空き家率は11.1%だったが、2018(平成30)年の同調査では10.6%とわずかだが減少した。とはいえ実数は約81万戸に上り、47都道府県の中で最も多い。ちなみに、同調査で2018年時点の全国の空き家数は846万戸、空き家率は13.6%。過去最高の数字だ。
東京都23区内、特に交通至便な地域では空き家の問題はそれほど深刻ではないという。「いったん空き家になってもほどなく入居者が決まるなど、中古住宅が“循環”している様相です。平成28年に目黒区で調査したところ、約660棟あった戸建て空き家が、9カ月後には約30%埋まっていました」と磯山氏は話す。通常、空き家実態調査を行った後は空き家が課題となっている自治体では対策計画が立てられるが、23区のうち千代田区や中央区、港区では行われていない。「喫緊の課題とされていないからではないか」と磯山氏はみる。

東京都内で区部、市部ともに周辺住民から苦情が多いのは、「ひどいボロ家」、いわゆる特定空家にまつわるものであることが特徴的だという。長期間放置された空き家が朽ち、防災面、衛生面で支障をきたす。2018年の「住宅・土地統計調査」によれば、東京都の空き家約81万戸のうち、腐朽・破損のあるものは11万8900戸を占める。「東京都の場合、家が隣接する住宅地が多いだけに、特定空家があると苦情になりやすい」(磯山氏)

今回話を伺った磯山氏自身も、相続した家に買い手がつかず、図らずも空き家を抱えた経験があるという。現在の居住地と離れていたりすると、手続きなどがままならず思いのほか解決に時間を要することもある。家を相続する可能性のある人は、なるべく早く自分の事としてとらえ、対処法を探っておくべきだろう。当ガイドブックはすでに品薄だが、間もなく増刷予定だ。

●取材協力
・東京都住宅政策本部住宅企画部
・「東京空き家ガイドブック」

大学生がシニアと団地で暮らす理由とは。世代間交流深める高蔵寺ニュータウンの今

愛知県名古屋市に隣接する春日井市の丘陵地に広がる、UR都市機構が開発した高蔵寺ニュータウン。東京の多摩、大阪の千里と並ぶ日本三大ニュータウンの一つと言われ、当初は約700haに8万人超が暮らす大規模な街づくりが行われた。最初に完成した藤山台団地が1968年に入居を開始してから、昨年で50年が経過。全国各地で課題となっている少子高齢化の波はここにも押し寄せているようにも見える。だがこの団地では、住人に新しい気持ちが芽生えるような取り組みが進んでいた。
通学時間を短縮して有意義に!

現在、高蔵寺ニュータウンの団地には、そこから3kmほど離れた場所にある中部大学の学生83名(2019年4月1日時点)が「地域連携住居」という取り組みを利用して暮らしている。団地内にはファミリー向けにつくられた間取りも多く、十分な広さがある。入居を希望する学生は、各地区の自治会加入・地域活性化に資する活動(以下、地域貢献活動)への継続参加が条件。地域貢献活動への参加によって与えられるポイントを学期(春・秋)内に一定数集めることが要件となっており、その特典として家賃が割引になる。これがUR都市機構・春日井市・中部大学の3者で取り組む「地域連携住居制度」の仕組みだ。スタートした初年度は21人の学生が入居、年々入居者は増え、現在のこの人数になっている。

高度経済成長とともに増加した高蔵寺ニュータウンの人口は、95年をピークに減少がはじまり、少子高齢化が進んでいる。そんな中「春日井市と、市内にある中部大学から、URにニュータウンへの学生の入居促進に対する協力の依頼があったのは2014年のことです。私たちとしても、年月が経った団地への魅力づけを、何かしなくてはと考えているところでした。学生さんたちへの生きた教育の場の提供にもなるのであればと考え、協力をさせていただくことにしました」と話すのは、UR都市機構中部支社で団地マネージャーを務める所義高さん。

高蔵寺ニュータウン内には遊具のある公園や広場が点在。保育園や幼稚園もあり、子ども達の元気な声が響く(写真撮影/倉畑桐子)

高蔵寺ニュータウン内には遊具のある公園や広場が点在。保育園や幼稚園もあり、子ども達の元気な声が響く(写真撮影/倉畑桐子)

この取り組みのきっかけについて、依頼側である中部大学学生教育部学生支援課の殿垣博之さんはこう話す。
「本学は東海三県から通学する学生の割合が大きく、中には片道2時間以上をかけて通学する学生もいます。そこで大学としては、学生の通学時間を短縮し、その時間を学業やクラブ活動、インターンシップなどに役立ててほしいと考えました。ただ、経済的に厳しい状況の学生も多いので、可能な限り通学にかかる交通費に近い金額で下宿代がカバーできるような取り組みを模索し、この制度が提案されました」

元気な学生たちの住まいは上層階

地域連携住居制度を利用する入居者で組織される学生団体、中部大学KNT創生サポーターズ(以下、CU+)の今年度リーダーを務める、中部大学人文学部三年生の西井皓祐さんにお話を聞いた。
「地域連携住居制度については、大学の合格通知に同封されていたので、入学前から知っていました。実家は県外なので、当初からここに住もうと決めていました」

明るい日差しが差し込む西井さんの住まい。ゆとりある間取りを活用し、自炊や洗濯をして一人暮らしを満喫中だ(写真撮影/倉畑桐子)

明るい日差しが差し込む西井さんの住まい。ゆとりある間取りを活用し、自炊や洗濯をして一人暮らしを満喫中だ(写真撮影/倉畑桐子)

それまでは、地域イベントへの参加経験がなかったという西井さん。「入学するまであまり興味がなかった」と正直だ。そんな西井さんの住まいにお邪魔してみた。ファミリーでも住むことができる2DKの間取りは「1人なら十分すぎる広さです」といい、住み心地には大満足。毎月の家賃も割安で、大学からも近いので、友達が遊びに来ることもある。

学生の住まいは、エレベーターのない指定された棟の空いている部屋から、好きな間取りを選べる。4~5階は高齢者や幼児がいる世帯にとっては不人気であるため、学生たちが住めば、UR都市機構側としてもメリットがある。西井さんも上の方の階に住んでいるが、若いだけあって「階段にはすぐ慣れました」と笑顔を見せた。

UR都市機構による賃貸物件なので、仲介手数料や礼金などが必要なく、退去時の精算も国土交通省のガイドラインに則って行われるので、初めて一人暮らしをする学生にも分かりやすい。

入居は空室があれば随時で、年度の途中から住むこともできる。入居可能な住居や家賃については、希望者がUR都市機構の窓口に問い合わせることになっている。なかには、部屋をシェアして住んでいる学生もいるそうだ。

参考書などが並び、いかにも学生らしい西井さんの居間兼寝室。大学へは車で10分ほどの距離なので、授業の合間にちょっと帰宅することもできる(写真提供/西井さん)

参考書などが並び、いかにも学生らしい西井さんの居間兼寝室。大学へは車で10分ほどの距離なので、授業の合間にちょっと帰宅することもできる(写真提供/西井さん)

力仕事と爽やかな「おもてなし」で学生が本領発揮

入居のための必須条件である地域貢献活動への参加は、大きく分けて2種類ある。
1)依頼を受けて自治会等主催の地域活動に参加すること。地域の運動会や餅つき大会、防災イベント、防犯パトロールなど
2)地域連携住居制度を利用する学生が地域住民に向けて、自主的に行事を企画し開催すること。コーヒーサロンの企画・実施、高蔵寺ニュータウン内の清掃活動、夜警など

「団地に住む学生は、毎月、月例会で地域貢献活動内容について話し合います。内容ごとにポイントが違い、どれに参加するかは自由です。ポイントは学期(春・秋)で最低5ポイントずつ、1年で10ポイント以上を取得するように決められています」と西井さん。

西井さんに、地域貢献活動への参加記録である「地域貢献活動カード」を見せてもらった。入学以来、定期的に地域の祭りや運動会の運営サポート、草刈りや団地内の夜警、自治会の防災倉庫の点検などの地域貢献活動に参加し、主催者側と大学の学生支援課がチェックした記録があった。

「自治会から頼まれるものの中には、イベント時のテントの設営と片付けなどの力仕事や、ウォーキング時のコース案内など、炎天下での活動もあります。学生の僕たちでも疲れるような作業があるので、無事に終了すると、地域の方から『とても助かったよ』と喜ばれます。地域のみなさんの役に立っているんだなと実感しています」と話す。

自治会主催のイベントへの参加は、自身が住む地域でどのような催しが行われているのかを知る機会になり、大人から子どもまで、多世代の地域住民と交流するきっかけにもなっているという。

一方、学生からの人気が高い地域貢献活動は「コーヒーサロン」の企画・実施だ。これは、団地の集会室で、学生が淹れたコーヒーを振る舞う無料のおしゃべりサロンのこと。「一人暮らしの地域の方から、『部屋を出て若い人と話すだけでもうれしい』と喜んでもらったり、『君は将来、何がやりたいの?』と進路を聞かれて身が引き締まるような思いをしたり。昔の春日井市の話を聞かせていただくこともあり、僕たちも楽しんでやらせてもらっています」。時には団地の住民から差し入れがあることも。開始以降好評で、毎年秋に開催される、住民の世代間交流の場になっている。

学生たちによる自主企画である、団地内の清掃活動の様子(写真提供/中部大学)

学生たちによる自主企画である、団地内の清掃活動の様子(写真提供/中部大学)

安心・安全な街づくりを呼び掛ける、地域の防犯パトロールに住民と共に参加(写真提供/中部大学)

安心・安全な街づくりを呼び掛ける、地域の防犯パトロールに住民と共に参加(写真提供/中部大学)

視野が広がり気付いた、「地域貢献って楽しいもの」

昨年秋からCU+のリーダーを務める西井さん。当初は地域貢献に興味がなかったが、年配者から力仕事に対して感謝されるだけでなく、「若い人と話して元気が出た」「孫と接しているみたい」と言われることで、「自分にできる範囲の、何気ないことでも喜んでもらえるんだ」と感じるようになった。次第に「地域貢献活動自体が自然なことで、楽しみの一つにもなりました」という。

ただ、80人以上の学生がいると、なかなか足並みがそろわない部分もある。「家賃を割り引きしてもらっている義務感で、仕方なく地域貢献活動に参加している人も見受けられました。でも、それってちょっと違うんじゃないかと。みんなが心から、楽しいな、やりたいなと思うような地域貢献活動にしようと思って」、昨年のリーダー交代のタイミングで立候補。自分自身が「みんなを鼓舞しよう」と思うほどに変化するとは、想像していなかったという。

リーダーの任期は1年間。西井さんが率先して、楽しみながら地域貢献活動に参加することで、月例会で活発に意見が交わされるようになるなど、「一人一人が考えながら、自主的に行動できるように変化してきた」と感じている。

現在は、団地内で一人暮らしをする年配の女性から、おかずを分けてもらうこともあるという西井さん。ナチュラルな形で、すっかり地域に溶け込んでいる。

大学側も取り組みの手応えを語る。「シニアの方からは、イベントなどに学生が参加することで『地域の活性化につながる』というありがたいお言葉もいただいています。学生たちは、人生の先輩であるシニアや親世代の方々と交流することで、さまざまな考え方に触れることができ、視野を広げるきっかけとなっています。地域連携住居制度によって、授業だけでは学ぶことのできない経験をすることができ、学生にとってのキャンパスが学外にも広がりつつあります。これを本学では第3の教育として推奨しています」(※第1:正課教育(授業)、第2:正課外教育(クラブ活動など)、第3:社会連携教育)(前出の中部大学学生教育部学生支援課 殿垣さん)

昨年、団地の敷地内に、廃校になった藤山台東小学校を利用した多世代交流拠点施設「グルッポふじとう」がオープン。カフェや図書館、児童館などが入り、地域の人々でにぎわう(写真撮影/倉畑桐子)

昨年、団地の敷地内に、廃校になった藤山台東小学校を利用した多世代交流拠点施設「グルッポふじとう」がオープン。カフェや図書館、児童館などが入り、地域の人々でにぎわう(写真撮影/倉畑桐子)

制度をきっかけに、自然とコミュニティが活性化

前出のUR都市機構・所さんは、「コミュニティの活性化は、日本全国どこでも、住宅を管理する側の課題です。でもこれらは住民の方の気持ちがあってこそ成り立つので、本来、家主側がやろうと思ってできることではありません。一緒に住んでいただきながら、自然な形で多世代が交流するというのは、ミクストコミュニティの良い事例だと思っています」と話す。

地域連携住居制度については、現在まで、学生と元から住む住民との双方から好評の声を聞いているという。「学生さんの住まい方については、特に何もお願いをしていませんが、騒音などの不満も聞きません。多世代と共同住宅に住むということで、よりマナーをわきまえて生活しているのでは」(UR都市機構・所さん)

中部大学側からは、「学生が多く入居しているため、気が緩みがちになりますので、常に中部大学の学生として見られていることを意識して、日ごろの挨拶やゴミ出しなどのマナーの遵守を徹底するように伝えています」(殿垣さん)とのことだ。

双方が「今後も望ましい形を模索しながら、この取り組みを続けていきたい」と話す。毎年度末には、春日井市や自治会、UR都市機構の担当者を交え、地域連携住居制度の年間活動報告会を行っている。

「核家族が増えている中で、ご高齢の方と日常的に接する機会があり、自分が住む地域で地域貢献活動の経験ができるというのは、価値があることなのでは。学生さんたちが、今後も自主的に考えて行動するきっかけの一つになればうれしいですね」とUR都市機構・所さん。

中部大学は「取り組みが5年目を迎え、入居する学生の増加につれて、地域からの期待や要望も大きくなっていると感じます。今後は、これまでの経験や地域の皆さんからいただいたご意見を活かしつつ、持続的に地域と連携していくための制度や、地域貢献活動への参加方法などをさらに改善していきたいと思います」(殿垣さん)と展望を話す。

これからも地域に馴染みながら、より快適な制度へと姿を変えていくのだろう。

中部大学で行われた「防災企画」の講習会に、地域連携住居制度を利用するメンバーと地域住民が参加。共に災害に関する知識を身に付けた(写真提供/中部大学)

中部大学で行われた「防災企画」の講習会に、地域連携住居制度を利用するメンバーと地域住民が参加。共に災害に関する知識を身に付けた(写真提供/中部大学)

同世代ではない人たちへの理解、お年寄りへの細やかな気遣い、自分も地域の担い手であるという責任感。それらを身に付けることは、これから社会へ出ていく学生にとって、無駄なことが一つもない。

一方で、団地内に顔見知りが増えれば、独居のシニアの体調の変化などに学生が気づくこともあるかもしれない。どちらにもメリットが多い取り組みだと思う。

お邪魔した西井さんの部屋は、ザ・大学生の一人暮らし!という懐かしい雰囲気。そこから一歩外へ出ると、公園の遊具や時計台があり、子どもの声が響くのどかな環境というのもいい。人生のうちの数年間、団地で暮らしてみるという経験は、社会へ巣立つ前の彼らを温かく育むに違いない。

●取材協力
・UR都市機構 中部支社 
・中部大学

街とつながるライフスタイルホテル【後編】「ノーガホテル上野」で東京の食と文化とアートに触れる

宿泊客と地域の人々との交流を促すライフスタイルホテルが注目されています。前編「星野リゾート OMO5 東京大塚」に続き、後編では、館内のアメニティやレストランの食材、アート作品などを地元で製作、調達することで、地域の魅力を世界に伝える「ノーガホテル上野」に伺いました。
住宅のプロ「野村不動産」グループがホテル事業に初参入!

ニューヨーク発のメンズファッション&ライフスタイル誌『GQ』や、ロンドンに拠点を構えるグローバル情報誌『MONOCLE(モノクル)』など、高感度な海外メディアにも取り上げられ、世界的に注目を集めている「ノーガホテル上野」。野村不動産グループによる初のホテル事業の第1号店で、JR上野駅浅草口から東へ徒歩5分のところにあります。

吹抜けのラウンジスペースは、道路に面したガラスドアからテラス席に続いています。通りからふらっと立ち入りやすい、開放的な雰囲気です(写真提供/ノーガホテル上野)

吹抜けのラウンジスペースは、道路に面したガラスドアからテラス席に続いています。通りからふらっと立ち入りやすい、開放的な雰囲気です(写真提供/ノーガホテル上野)

パリの「The Hoxton」やニューヨークの「11 howard」のエッセンスを感じさせるデザイン性の高いラウンジでお茶を飲んでいると、ここが上野だということを忘れてしまいそうになります。

なぜ、1号店を上野に決めたのでしょうか? 野村不動産ホテル事業部の中村泰士さんに尋ねてみました。

「上野のある台東区を訪れる観光客は、年間5000万人とも言われています。上野エリアには国立西洋美術館や東京国立博物館、上野動物園、上野東照宮もありますよね。浅草寺や仲見世通り、アメ横や合羽橋も、ホテルのすぐ近く。多くの人が訪れてみたいと思う観光資源が豊富な点が、このエリアの魅力のひとつです」

ワインエキスパートとSAKE DIPLOMAの資格も有する、美味しいもの好きの中村さん。2年かけて、地元の飲食店や工房を400軒以上も巡ったそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワインエキスパートとSAKE DIPLOMAの資格も有する、美味しいもの好きの中村さん。2年かけて、地元の飲食店や工房を400軒以上も巡ったそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さらに上野は、新・旧が融和したプロダクトの街である点も魅力なのだとか。

「江戸切子や東京硝子といった伝統的なものづくり文化が残るだけでなく、蔵前のように若いクリエーターが集まる街もあります。ホテル事業を通して『人と人、人と街をつなぐコミュニティづくり』を推進していきたいと考えていた我々にとって、上野は1号店にベストな立地だったんですよ」

エレベーターホールには、地元の家紋職人である「京源」波戸場承龍氏、耀次氏による家紋アート作品が飾られているほか、4種類の客室カードキーにも両氏によるオリジナルデザインが採用されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

エレベーターホールには、地元の家紋職人である「京源」波戸場承龍氏、耀次氏による家紋アート作品が飾られているほか、4種類の客室カードキーにも両氏によるオリジナルデザインが採用されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ノーガホテルのコンセプトは、『地域との深いつながりから生まれる素敵な経験』。ゲストがその地域の文化を感じられるよう、地元の職人やデザイナーとともに製作したオリジナルプロダクトがホテル内のいたるところで採用されています。

客室のドアノブにかける「ECO FRIENDLY CLEANING(タオル・ベッドリネン交換不要)」などのサインプレートは、生活デザイン雑貨の企画会社「SyuRo」のオーナー、宇南山加子氏とのコラボレーションで製作(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

客室のドアノブにかける「ECO FRIENDLY CLEANING(タオル・ベッドリネン交換不要)」などのサインプレートは、生活デザイン雑貨の企画会社「SyuRo」のオーナー、宇南山加子氏とのコラボレーションで製作(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「客室のハンガーや靴べら、レストランのカトラリーレストやメニューボードなども、地元のクリエーターと一緒につくりました。お客様のご要望を受けて店頭で販売するようになったものもあるんですよ。製作しているショップや工房をお客様にご紹介すると、とても喜ばれます。『お土産に』と、たくさんお買い物してこられる方もいますね」

谷中、鳥越、入谷……イベントの開催も食材の調達も地元と連携

ノーガホテルでは、館内で使われるものだけでなく、イベントやワークショップの開催も地域と連携して行っているそうです。

谷中に本店のある自転車専門店「トーキョーバイク」とのコラボレーションでは、上野エリアを自転車で巡るサイクリングツアーを企画。地元、台東区の魅力を知り尽くしたトーキョーバイク代表のきんちゃん(金井一郎さん)が案内役を務めます。

洗練されたデザインと高い機能性を誇る「トーキョーバイク」の自転車は、国内外にファン多数。ツアーに使用される自転車は、スポーツバイク初心者にも扱いやすい「26」と、乗車姿勢が高く広い視野を確保できる「BISOU 26」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洗練されたデザインと高い機能性を誇る「トーキョーバイク」の自転車は、国内外にファン多数。ツアーに使用される自転車は、スポーツバイク初心者にも扱いやすい「26」と、乗車姿勢が高く広い視野を確保できる「BISOU 26」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

野村不動産ホテル事業部の竹村明里さんによると、「日本酒のテイスティングセミナーも人気」なのだとか。

ホテル事業部にくる前は、野村不動産のマンションシリーズ「PROUD」の賃貸部門にいたという竹村さん。「新しい取り組みに挑戦したい」という考えで、ホテル業界未経験のスタッフが多く採用されたそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ホテル事業部にくる前は、野村不動産のマンションシリーズ「PROUD」の賃貸部門にいたという竹村さん。「新しい取り組みに挑戦したい」という考えで、ホテル業界未経験のスタッフが多く採用されたそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「テイスティングセミナーは、ホテルのすぐ近くにある木本硝子さんにご協力いただいて開催しています。全国各地の日本酒の蔵元からゲスト講師を招いてお話を伺いつつ、木本硝子さんの日本酒グラスで実際に試飲いただくという内容です。グラスの形が違うだけで味がこんなにも変わるんだと、毎回参加者の方に驚かれますよ」

「ワイングラスはあるのに、なぜ日本酒グラスはないのか」という着想から生まれた木本硝子の『es』シリーズ。セミナー参加者には、ノーガホテルオリジナルの平杯グラスがプレゼントされます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ワイングラスはあるのに、なぜ日本酒グラスはないのか」という着想から生まれた木本硝子の『es』シリーズ。セミナー参加者には、ノーガホテルオリジナルの平杯グラスがプレゼントされます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、ホテル内のレストラン「ビストロ・ノーガ」では、地域の食材を積極的に採用しているそうです。コーヒーは台東区鳥越の喫茶店「蕪木」とコラボレーションしたオリジナルブレンド、パンは隅田川沿いにある手づくりパンの店「マニファクチュア」から、ハムやベーコンは入谷の隠れた人気店「太田ハム」から取り寄せています。

蕪木珈琲とマスカルポーネを合わせた大人の風味の和モダンかき氷『蕪木珈琲をティラミスのイメージで』。このほか、塩を効かせたグラノーラが香り高いほうじ茶シロップの甘みを引き立てる『ほうじ茶シロップと塩グラノーラ』も人気(写真提供/ノーガホテル上野)

蕪木珈琲とマスカルポーネを合わせた大人の風味の和モダンかき氷『蕪木珈琲をティラミスのイメージで』。このほか、塩を効かせたグラノーラが香り高いほうじ茶シロップの甘みを引き立てる『ほうじ茶シロップと塩グラノーラ』も人気(写真提供/ノーガホテル上野)

「どのお店も、ホテルから徒歩や自転車で気軽に行ける距離にあります。レストランのディナー等で召し上がって気に入ったからと、店舗を訪れる方も多いです。初めての場所でも、事前に少しお店の雰囲気が分かっていると訪れやすいのかもしれませんね」

地元アーティストの作品が展示される館内でギャラリーホッピング

館内には、あちこちにアート作品が展示されているのも印象的。たくさんのギャラリーを巡らなくても、ホテルにいながらギャラリーホッピングしている気分が味わえます。

中村さんによると、「キュレーションは『IDÉE』創始者の黒崎輝男さんと、『東京画廊+BTAP』の山本豊津さんによるもので、多くは地域のアーティスト、デザイナーの作品です。若手アーティストの成長を支援するとともに、ホテルを訪れたゲストにアートを楽しんでいただきたいという思いで作品をセレクト、展示しています」

有機的なラインが美しいコンシェルジュ・カウンター。手前はゲスト対面して話しやすい低さ、奥はゲストにタブレット画面を見せながら話しやすい高さを採用。カウンターを取り囲むようにギャラリーとショップが設けられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

有機的なラインが美しいコンシェルジュ・カウンター。手前はゲスト対面して話しやすい低さ、奥はゲストにタブレット画面を見せながら話しやすい高さを採用。カウンターを取り囲むようにギャラリーとショップが設けられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「アーツ千代田3331」と提携し、3カ月ごとに企画展を実施。現在、展示されているのは「21_21 DESIGN SIGHT」の「デザインあ展」などでも知られるデザイナー、寺山紀彦氏の作品『自然と人工の共通点』。気に入った作品は購入可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「アーツ千代田3331」と提携し、3カ月ごとに企画展を実施。現在、展示されているのは「21_21 DESIGN SIGHT」の「デザインあ展」などでも知られるデザイナー、寺山紀彦氏の作品『自然と人工の共通点』。気に入った作品は購入可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

野村グループの創業者、野村徳七氏は茶の湯や能楽に造詣が深く、文化、芸術の支援に力を注いできたといいます。その想いを受け継いで、現代アートの未来を担う新人アーティストを表彰、支援する「野村アートアワード」を創設するなど、グループ全体に文化、芸術の発展に貢献していきたいという考え方が根付いているようです。

エントランスを入ってすぐ、右手の壁面を飾るのは、東京藝術大学出身の山田悠太朗さんによるインスタレーション『Apollo Program』(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

エントランスを入ってすぐ、右手の壁面を飾るのは、東京藝術大学出身の山田悠太朗さんによるインスタレーション『Apollo Program』(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

欧米の宿泊客にニーズの高いフィットネスルームには、「テクノジム」のトレッドミルやスキルロウなどのマシンのほか、壁面には清水総二氏による大判のアート作品も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

欧米の宿泊客にニーズの高いフィットネスルームには、「テクノジム」のトレッドミルやスキルロウなどのマシンのほか、壁面には清水総二氏による大判のアート作品も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今のところ、ホテルの宿泊客は8割が外国人。日本の文化や歴史、食に関心の高い方が多く、地域との結びつきが強いノーガでの体験を楽しんでいるそうです。一方で、日本の宿泊客はまだまだ少ないのが課題だといいます。

「日本の方、地元の方にも、コミュニティスペースとして気軽に活用いただけるよう、イベントや企画を考えていきたいと思っています」という中村さん。

野村不動産の「PROUD」や「OHANA」を手がけるインテリアデザイナーとともに「家とホテルの中間」を目指したという客室は、家より洗練された上質な空間、ホテルよりは開放的で寛げる雰囲気に仕立てられています。宿泊料金は一室約1万6800円(大人一名、約8400円/泊)から。9歳までの子どもは無料(写真提供/ノーガホテル上野)

野村不動産の「PROUD」や「OHANA」を手がけるインテリアデザイナーとともに「家とホテルの中間」を目指したという客室は、家より洗練された上質な空間、ホテルよりは開放的で寛げる雰囲気に仕立てられています。宿泊料金は一室約1万6800円(大人一名、約8400円/泊)から。9歳までの子どもは無料(写真提供/ノーガホテル上野)

「大規模な再開発、地域に根ざした街づくりでは長年の実績がある野村不動産ですが、そこでの我々の仕事は建物をつくって販売するところまででした。でも、ホテルはつくってからがスタート。街の魅力をお客様にお伝えして楽しんでいただけるよう、今後も時間をかけて地域の人々との交流を深めていきたいと考えています」

これまで、ホテルといえば旅行客のための場所で、ある意味、それ以外の人には閉ざされた空間でした。けれども、ライフスタイルホテルは旅行客だけでなく、その街で働く人、暮らす人、暮らしたい人にも開かれた場所です。そこで私たちを迎えてくれるのは、「ホテルのコンシェルジュ」ではなく「街のコンシェルジュ」。住みたい街選びの強力なサポーターになってくれるかもしれませんね。

ノーガホテルは今後、2020年に秋葉原店、2022年には京都店をオープンする予定だそうです。それぞれの地域ならではの食、文化、アートを、独自のスタイリッシュな切り口で紹介してくれる日が今から楽しみです!

●取材協力
NOHGA HOTEL UENO

地下鉄構想も!都心湾岸エリアの交通問題、五輪後はどうなる?

2020東京五輪の開幕に向けて、選手村や各種競技施設の建設が急ピッチで進む。選手村は五輪後に約5600戸のマンションに生まれ変わり、老若男女さまざまな人が暮らす街となる。国家戦略特区やアジアヘッドクォーター特区といった東京圏の発展を担う拠点に指定され、訪日外国人の増加に対応した国際的ビジネス・交流拠点としての機能強化にも期待がかかる注目のエリアだ。

住む人も訪れる人も急激に増え続ける湾岸エリアで課題となっているのが交通アクセスだ。現状でも地下鉄駅の整備やバス網の強化などが進められているが、五輪特需やその後の需要増をにらんで大規模なインフラ整備構想も控える。五輪のその先の未来にどんな生活が待っているのか、想像してみた。

選手村の開発で晴海の人口が2倍に増える

中央区晴海5丁目で建設中の五輪選手村は、五輪後にリニューアルされ分譲や賃貸、シニア住宅やシェアハウスも含め約5600戸のマンション「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」として供給される。五輪から4年後の2024年には、約1万2000人が暮らす街が完成する予定だ。

「HARUMI FLAG」晴海ふ頭公園からの風景完成予想CG

「HARUMI FLAG」晴海ふ頭公園からの風景完成予想CG

中央区のデータによると、晴海地域の2019年6月1日時点の人口は1万4536人となっている。晴海5丁目のプロジェクトが完成すると、それだけで人口が現在の約2倍に増えるのだ。さらに晴海以外でも月島や勝どきなど周辺の湾岸エリアでタワーマンションの供給が活発になっており、人口が増加している。

こうしたなか、通勤・通学時の地下鉄駅の混雑や、都心方面への交通手段の確保といった課題に対応すべく、東京都交通局が対策を打ち出しているところだ。

東京都交通局担当者によると、有明、豊洲、晴海などの臨海部で大規模マンションの開発等により利用者が大幅に増えていることから、都営バスでは、2017年4月に東京駅から臨海部へ、深夜バスの運行を開始したとのこと。また、2019年4月には東京駅から銀座、勝どきを通り東京ビッグサイトへ向かう都05-2系統で増便を行うなど、地域住民のニーズをダイヤに反映しているという。
加えて、都営地下鉄では、大江戸線勝どき駅でのラッシュ時の混雑緩和に向けてホームや地上出入口の増設などの改良工事を実施し、2019年2月に一部完了したとのことだ。

写真上が改良前。下が改良後。線路の向こう側に新たにホームがつくられた(画像提供/東京都交通局)

写真上が改良前。下が改良後。線路の向こう側に新たにホームがつくられた(画像提供/東京都交通局)

BRTや地下鉄が実現すれば都心と湾岸が直結

さらに今、湾岸エリアの新たな輸送システムとして整備が進められているのがBRT(バス高速輸送システム)だ。BRTとは、連節バスの導入や走行環境の改善などにより、速達性・定時性を高めた運行を目指す交通システムのこと。東京都では都心と湾岸エリアを結ぶ「東京BRT」の開業準備を進めている。

計画では、2020年の東京五輪前に環状2号線の地上部道路開通後、虎ノ門~晴海二丁目のルートでプレ運行を開始させる予定。五輪後には虎ノ門~東京テレポート駅の幹線ルートに加え、虎ノ門~市場前駅の晴海・豊洲ルート、新橋駅~勝どきの勝どきルートの3系統を運行させる。2022年度に予定される環状2号線本線トンネル開通後には、新橋駅~晴海五丁目の選手村ルートを加えて本格運行させる考えだ。

(東京都都市整備局HPより)

(東京都都市整備局HPより)

さらに注目されるのが、都心と湾岸エリアを地下鉄で結ぶ構想だ。中央区が打ち出した銀座と国際展示場を結ぶルート案を受けて、「都心部・臨海地域地下鉄構想の新設及び同構想と常磐新線延伸の一体整備(臨海部~銀座~東京)」として2016年の交通政策審議会答申に盛り込まれた。

答申によると、地下鉄は臨海部から銀座を通り、東京駅まで延伸されるつくばエキスプレスへとつながる構想だという。着工時期などは未定だが、中央区では早期実現を目指して2018年10月に「都心・臨海地下鉄新線推進大会」を開催するなど、地元では大いに期待が高まっている状況だ。

水辺の風景が広がる開放的な街の発展に期待

では地元に住んでいる人たちは、湾岸エリアの住み心地や交通アクセスの現状と未来をどのように考えているのか。聞いてみた。

「駅まで歩く道は水辺が近く開放的で気持ちがいいです。東京駅の丸の内側や八重洲側行きなど複数の路線が通るバス停が近く、本数が多いのでそれほど待たずに通勤にも使えます」(晴海在住・30代会社員)

「隅田川の河口から東京湾が広がる景色が、自宅の窓から見られます。東京の水辺を見渡せる開放的な眺望は希少価値が高いし、なくなる心配もありません」(勝どき在住・40代会社員)

「今は大江戸線が混んでいるので乗るのが億劫になります。週末はシェアリング自転車で豊洲へ行ったり、豊洲から船でお台場に行ったりすることも。地下鉄ができると都心に出やすくなるので楽しみです」(晴海在住・Fさん)

「月島に住んで5年になりますが、最近はおしゃれなバーやカフェが増えており、今後も街としての発展に期待できます。ただ、保育園はたくさんあるけど入りづらいです。交通面では有楽町から深夜バスがあるので便利。豊洲まで行けば羽田空港までリムジンバスが出ています。車も豊洲から湾岸線にすぐに入れて、だいたい空いているので遠出もしやすいです。BRTはまだ実感がわきませんが、東京駅や有楽町に行きやすくなればうれしいですね」(月島在住・30代会社員)

人口の急増で交通や生活のインフラ整備が課題とはなるものの、今後の整備が進めば住み心地はさらに向上しそうな湾岸エリア。東京の未来を担うともいえる街の今後に期待したいところだ。

●取材協力
>東京都交通局
>東京都都市整備局

伝説の家政婦「志麻さん」に聞く “家事代行で作り置き“100%活用術

共働き家庭の増加に伴い、流行している「作り置き料理」。さまざまな家事代行マッチングサービスで探した家政婦さんに、作り置き料理を依頼することも一般的になった。しかし、せっかく頼んだ作り置き料理を「100%おいしく食べきるのは難しい」という声も聞こえるようになった。食べきれずに捨ててしまった。冷蔵しておいたら水っぽくなってしまったり、冷凍保存したものをレンジでチンしたらスカスカになったり――。筆者にも似たような覚えがある。こういった事態はどうしたら防げるのか? 「作り置きブーム」を巻き起こしたフリーランスの家政婦、タサン志麻さんに聞いた。
調理前のオーダー方法も大切

志麻さんによると、どうやら作り置き料理をおいしく食べきるにはいくつかのポイントがあるようだ。まず大切なのは「調理前のオーダー」とのこと。どうやって依頼するのが適切なのか、詳しく聞いてみよう。

――「調理前のオーダー」というのは、家政婦さんに作り置き料理をオーダーするときのことですね。

志麻さん:そうです。“食“ほど好みが分かれるものはありません。外食のときですら、個人の食べたいものや好き嫌いははっきり分かれますよね。食べるものは、相性がすごく出てしまうんです。毎日食べる家庭料理であればなおさらです。相性のよい家政婦さんを見つけるためにも、とにかくつくってもらう前に、家政婦さんとよくコミュニケーションをとるといいと思います。

――コミュニケーションの取り方について、志麻さんはどんなことを心がけていますか。

志麻さん:まず家族構成や生活スタイルをヒアリングします。ただ4人分、という分量だけではなく、食べるリズムについても聞いておきたいですね。例えば4人家族でも「夫が仕事で夜は食べないんです」というご家庭もあります。好き嫌いやアレルギーについても、はっきり要望がある人ははじめに伝えるとよいと思います。

一口に作り置き料理といっても、人によって求めている内容は全く違うんです。品数を重視する人もいれば、「そんなに量はいらないから手の込んだ料理を」という人もいます。また「完成品でなく、最後にちょっとだけ自分で手を加えたい」という方もいます。例えば、作り置きグラタンを冷凍しておくからつくってほしい、でも最後にチーズをかけてオーブンで焼くところは自分でやりたい、とかね。保存方法についても、冷蔵派と冷凍派に好みが分かれますね。

作り置きに向く料理と向かない料理がある

――私自身も作り置きを頼んでいたのですが、最後までおいしく食べきるのが難しいときがありました。「3日間は持つ」と言われていたのに、その前に水分が出ておいしくなくなってしまったり、冷凍しておいたものをいざ食べようと温めたらソースが分離してしまったりしたことがあります。

調理法などについて語る志麻さん(写真撮影/富谷瑠美)

調理法などについて語る志麻さん(写真撮影/富谷瑠美)

志麻さん:作り置きや冷凍保存には、向いている料理とそうではないものがあるんです。例えば私はフレンチ出身ですが、じっくり煮込んで素材の水分を飛ばすフレンチは、冷凍できる料理が多い傾向があります。フランスには、ピカールという冷凍食品スーパーが存在するくらいですから。ワインやコンソメ、クリームソースなどを使ってしっかり煮込む洋食の煮込み料理は冷凍しても状態が変わりにくいのです。

一方で、さっと火を通す和食は、水分が多く素材に残っていることがあり、一般的には保存には適していないといわれています。私の場合は、和洋中なんでもつくりますが、冷凍してもおいしく食べられるものと、冷蔵で2日くらいで食べきっていただくものを交ぜてつくるようにしています。

私は料理の仕事は長いのですが、家政婦になったときにあらためて作り置き料理についてしっかり学ぶ必要性を感じ、いろいろと研究しました。作り置きは特殊です。温めなおしておいしいものは、つくりたてでおいしい料理とは違いますから、つくり手がしっかりと知っておかないといけないことだと思います。

「小分けにラップをしてジップロック」まで頼んでいい

――保存についてはいかがでしょうか。つくってもらえるのは助かるのですが、帰宅して数々のお料理がタッパーやお皿にどーんと盛られていると、家族の分をすべて一食ずつ取り分けて、ラップに包んで冷凍するのが意外と大変で……。それくらい自分でやるべきかなとは思うのですが。

ある日筆者が頼んだ作り置き料理。これを小分けにして保存するのはなかなかの手間(写真撮影/富谷瑠美)

ある日筆者が頼んだ作り置き料理。これを小分けにして保存するのはなかなかの手間(写真撮影/富谷瑠美)

志麻さん:私の場合は、例えば「子どもの分のハンバーグをお弁当に入れたいの」と言われたら、その日の晩御飯の分に加えて、子どものお弁当用は小さくつくって、ラップをしてジップロックに入れて冷凍しておく、ということをします。保存するところまでお願いしてしまっていいと思いますよ。

――以前、小分けにして保存するところまでお願いしたことがありました。しかしそのときは「品数をつくるためにギリギリまで調理しているので、冷めないから無理です」と言われてしまいました。

志麻さん:作り置きがブームになって、品数をとにかくたくさん作れるのがいいことだ、といった風潮があるのには違和感があります。つくるほうからすると、数だけを重視するとどうしても手の込んだ料理を敬遠しがちになります。とにかくたくさんつくってほしい、という方ばかりではありませんし、それで余計な手間が増えてしまったり、おいしく食べられなかったりするのでは本末転倒という気がしてしまいますね。

いきなりレンチンせず、先に「解凍」を

――最後に、冷凍した作り置きをおいしく食べるコツはありますか。

志麻さん:凍ったまま、レンジでいきなり温めないことですね。レンジで急激に火を入れると、外側だけはやく溶けて煮詰まってしまい、中はまだ冷たい、といった加熱ムラが起こりがち。味も均一ではなくなってしまいます。

――ある作り置き料理のレシピ本には「朝出勤前に、夜の献立を考えて冷凍庫から一食分の作り置き料理を冷蔵庫にうつしておき、帰宅後はオーブントースターでじっくり温めて食べるとおいしく食べられる」と書かれていました。しかし朝は保育園送りに気を取られて解凍を忘れたり、帰宅後は子どもがおなかをすかせていたりと、ついいきなり「レンチン」してしまうことが……。

志麻さん:簡単です、レンジに凍った作り置き料理を入れて、まず「解凍」ボタンで解凍してから「レンジでチン」。がちがちに凍ったものにレンジでがっと火が入ってしまうよりは、そのほうがむらなく温められるのでおいしく食べられますよ。

日本人も、もっと食卓を楽しもう

――今日お話を聞いて「作り置きを頼んでいる家政婦さんに、もっといろいろお願いしてもいいのかも」と思うようになりました。

志麻さん:そう思います。忙しいから家政婦を頼んでいるのですから、どんどんコミュニケーションをとって、お願いしたいことは積極的に伝えるとよいと思います。

家政婦マッチングサービスの流行で家政婦さんのチョイスが増えている分、いろいろなスキルの人がいるのも確かです。スキルだけではなく相性も大切なので、自分の要望をなるべく細かく伝え、それをかなえてくれる人が見つかるまで、何人かにお願いして試してみるとよいのではないでしょうか。

日本だとどうしても「一汁三菜が基本」といわれたりしますけれども、私が好きなフランスの食卓は、料理はすごくシンプル。でもみんなで食卓を囲んで話をしながらおいしく食べる、その時間がかけがえのないものなんです。家で食べるお料理をもっと楽しく、もっと簡単につくれるように。そしてそのことで、ご家族で食卓を囲む時間が少しでも長くなるように。私自身も精進していきたいと思っています。

登山家・野口健さんが指南する、生き抜くための本当の防災対策

富士山などに散乱するゴミ問題に着目した清掃登山活動で有名な登山家の野口健さんは、東日本大震災やネパールの大地震、熊本地震でも支援活動を行い、熊本の避難所に被災者用のテントを張る「テント村」活動も展開している。
命がけで数々の険しい登山に成功し、被災地での様子を見続けてきた彼は、日本での地震や津波、豪雨などの震災発生時に最大1週間、自分の力で生き延びれば、自衛隊の助けを得られるなど何とか生き延びることができると言う。「自分の命は自分で守る」ために、個人として日ごろからどのような「防災対策」をしておくべきだろうか。経験談をもとに考えを聞いた。
被災者のストレス軽減につながった「テント村」

――2016年4月に熊本地震が発生後、避難所にテント村をつくったきっかけは何ですか?

プライバシーの確保が難しいので、長期間避難所にいると誰でもイライラしてきます。幼い子どもがいると周りに迷惑をかけるし、子どもたちもストレスを感じてしまう。そもそもペットがいるご家庭は避難所に入れません。そんな方たちはやむなく車中泊になりますが、肉体的に辛いですし、エコノミークラス症候群で命に危険が及ぶかもしれない。そんな状況を見て、何ができるかと考えたときに、ヒマラヤ登山でのベースキャンプの経験が役立つと思いました。つまり「テント村」をつくるということです。

陸上競技場の外周に市販のテントを1m間隔で並べる。「これだけでも、避難所で過ごすよりはプライベートを保つことができ、ストレスが軽減します」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

陸上競技場の外周に市販のテントを1m間隔で並べる。「これだけでも、避難所で過ごすよりはプライベートを保つことができ、ストレスが軽減します」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

余震が続く中、屋根がある避難所で過ごすと、いつ天井が落ちてくるか分からないため恐怖を感じます。その点、歩いて動けるぐらいの高さがあるテントなら天井が落ちる心配もないし、閉塞感もさほど感じません。車中泊や、避難所のシーツで仕切られた区画で寝るぐらいなら、寝袋で寝る方が快適だし、アウトドアグッズは色が鮮やかなので、気持ちも暗くなりにくいんです。また隣のテントとの間を1m以上空けることができれば、意外と隣の話し声が気にならず、ある程度のプライベート空間を持つことができます。

そうして実際に、陸上競技場のグラウンドの外周にテントを張ったところ、車中泊の方だけでなく、避難所で過ごされていた方も移動して来られ、300人分のテントを張る当初の予定が、その倍の600人弱を収容できる分のテントを張ることになりました。昼間はグラウンドの真ん中で子どもたちが走り回るなど、キャンプ場のような雰囲気になるので、目の前の光景が明るくなりました。

「アウトドア用品は明るい色が多いし、広々としたグラウンドを子どもたちが笑いながら走り回っている光景が目に入ると、元気が出てきます」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

「アウトドア用品は明るい色が多いし、広々としたグラウンドを子どもたちが笑いながら走り回っている光景が目に入ると、元気が出てきます」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

何よりもうれしかったのが、テントを張っていた期間、救急搬送が1人も出なかったことです。「避難所暮らしをしていると体調を崩す人が多いのですが、これはなかなかないことですよ」と医療関係者の方に言われたぐらい、テント村は被災者のストレス軽減につながったと思います。ストレスは人間の健康に及ぼす害が大きいので、災害後は少しでも軽減するよう環境を整えることが大事ですし、何があっても動じない心を養うことも大事だと思います。

―――どうしたら災害後に動じない心を養えますか。

2018年6月23日にタイ王国・チエンラーイ県のタムルアン森林公園内の洞窟で、地元のサッカーチームメンバーのコーチ1人と少年12人が閉じ込められました。残念ながら救出に向かった1人のダイバーは亡くなりましたが、7月10日に全員無事に救出されたニュースは記憶にある方も多いでしょう。電気もなく、水位がどんどん上がっていく不安しかない中で、10日間以上も閉じ込められたら、ノイローゼになったとしても不思議はありません。でも救助に来た救助隊にしがみつくわけでもなく、泣きながらパニックになるわけでもなく、子どもたちが淡々と会話をしていた映像を見たときに、国民性というものもあるかもしれませんが、育ってきた環境の影響も大きいのではと思いました。

タイでは「ボーイスカウト活動」が義務教育なんです。チームワークの重要性や役割分担の中での責任感、リーダーシップやフォロワーシップを自然の中で学んでいます。1つの課題に向けて一致団結して進める能力、総合的な人間力が身についていたからこそ、パニックになる子どもがいなかったのでは、と思うんです。

「自然の中で遊ぶという子どもたちは減少しているように思います」(写真撮影/片山貴博)

「自然の中で遊ぶという子どもたちは減少しているように思います」(写真撮影/片山貴博)

だから、幼いころからボーイスカウトに所属して自然の中でさまざまな経験をしたり、家族でキャンプに出かけて楽しみながら役割分担などを行ったりするアウトドア体験は、災害時に役立つと思います。

また、普段から家や会社など自分が過ごすエリアの地盤をハザードマップでチェックし、家族会議を開いて、災害時にどこに避難して、どこで集合するなどの打ち合わせをしておくだけでも、パニック状態に陥りにくいのではないでしょうか。

「プチ・ピンチ」の経験が生き抜く力につながる

――環境学校を開催され、子どもたちが自然と触れ合う機会をつくっていらっしゃいますが、災害時に役立つ経験につながることも目的なのでしょうか。

最初は、子どもたちに自然の素晴らしさを知ってもらって、自然環境を守ってもらいたいという考えでした。でも実際に始めると環境を守る以前に、自分の命を危険から守ることができない子どもたちが多いことに驚いたんです。

例えば、シーカヤックの乗り方を教えて転覆したときの脱出方法を練習させますが、実際に足がつく浅瀬で子どもが乗っているカヤックをひっくり返すと、カヤックの底を見せたまま何の動きもしない子どもたちが何人もいました。水中に潜って見てみると、子どもはパドルを握った姿勢のまま固まっているので、急いで引っ張り出しました。地上で練習して知識を身につけたけど、いざ危険な状況になると頭が真っ白になり、動けなくなってしまうんです。それは災害時も登山でも同じで、頭が真っ白になって固まったり、パニックになったり、諦めやすい人ほど、助かる可能性は低くなります。

本文の内容とは別の日に行われた、小笠原での環境学校(写真提供/野口健事務所)

本文の内容とは別の日に行われた、小笠原での環境学校(写真提供/野口健事務所)

だから自然の中で小さな失敗、怖かった経験、凍える状況などの「プチ・ピンチ」を体験することは大事です。人は死ぬかもしれないという危険に晒されたときに、死を感じた分だけ生きたいと思う、生に対する執着心が大きくなるもの。「絶対におぼれたくない」と思って必死にカヤックから抜け出そうとし、反射神経や自己防衛力などが磨かれるように思います。

それが分かってから「プチ・ピンチ」やチームワークを経験させるために、僕は環境学校に近場の岩登りや富士山に登るといったメニューを取り入れました。最近は危ないからと禁止している学校もありますが、木登りは手軽に「プチ・ピンチ」がつくれる遊びの1つです。アウトドアこそ防災術になると思いますね。

――ご自身のお子さんに経験させている「プチ・ピンチ」は?

環境学校では事故につながるといけないので、「プチ・ピンチ」にとどめていますが、自分の娘には時に死を感じるほどのもっと大きなピンチを経験させています(笑)。

野口さんの講演会や取材現場などに一緒に出向き、父親の話を熱心にノートに記録する娘の絵子さん。富士山の清掃や被災地の支援活動に向かう父の背中を見て育った(写真撮影/片山貴博)

野口さんの講演会や取材現場などに一緒に出向き、父親の話を熱心にノートに記録する娘の絵子さん。富士山の清掃や被災地の支援活動に向かう父の背中を見て育った(写真撮影/片山貴博)

娘の初登山は小学校4年生の時で、冬の八ヶ岳に連れて行きました。マイナス17度という低い気温の猛吹雪で、ほっぺが痛いし、服も濡れて凍えるほど寒いし、精神的にも追い詰められて「もう助からないかも」と彼女は泣きべそをかいていました。僕自身、山頂まで行くのは無理だと思いつつも、「娘に自然を体験させる」というテーマがあったので、「泣いてないでちゃんと岩を掴みなさい。泣いて助かるものは山にないよ」と語りかけていました。山頂から2時間ほど手前にあった山小屋でひと休みしながら、「今日はここまで。山には『していい無理』と『してはいけない無理』がある。ここから先は『してはいけない無理』だから下りるよ」と伝え、下山しました。

ヒマラヤ登山をする野口さんと絵子さん(写真提供/野口健事務所)

ヒマラヤ登山をする野口さんと絵子さん(写真提供/野口健事務所)

(写真提供/野口健事務所)

(写真提供/野口健事務所)

翌日テレビで、八ヶ岳で遭難して凍死したというニュースが流れました。僕らが撤退した同じ時間帯に登っていたパーティーで、吹雪の中で立ち往生してしまったとのこと。そのニュースを見て僕は、死を身近に感じるような強烈な経験をしてしまった娘がトラウマにならないかと心配しました。親に殺されかけたんですからね。でも彼女は「してはいけない無理だったんだね」と納得していました。「絵子さん(娘さんの名前)は、またパパと山に登りたいですか?どうですか?」と聞くと、「なんでそんなことを聞くの?」と言いながら、「リベンジする」と言いました。そして中学校1年の冬に、一緒に登り切りました。頂上で「やったね!」というと、「パパ、無事に下山するまでが登山だよ」と生意気にも言われてしまいました(笑)。
  
最近では一緒に15時間以上山道を歩いたり、ヒマラヤに登ったりもしていますが、予定外のことが起こっても彼女は簡単にパニックにならないようになりました。こうした自然環境の中で養われる経験こそ、自身の危機管理能力やメンタル力の向上につながっているように思います。

「よくトラウマにならなかったよね?」と絵子さんに語りかける野口さん。「どうしてもリベンジして登りたかったから」と絵子さんは微笑む(写真撮影/片山貴博)

「よくトラウマにならなかったよね?」と絵子さんに語りかける野口さん。「どうしてもリベンジして登りたかったから」と絵子さんは微笑む(写真撮影/片山貴博)

家にテントを張って寝袋で寝てみる

――防災グッズを準備しておくだけではあまり意味がないんですね。

準備することで満足しているだけでは、災害時にいざ使おうと思ってもうまく使えません。防災グッズの1つとしてテントを購入しても、納戸にずっとしまいっぱなしでは、いざというときに組み立てられないでしょう。テント内に細いロープを張ると洗濯物を吊るしたり、ランタンを吊るしたりすることもできますが、知らないとどう道具を使えば快適に過ごせるかも分からない。だから普段から使うことが大事になります。

そもそも「防災」という切り口から入っても、起きるか起こらないか分からないネガティブな状況を考えることは面白くないから、防災意識は定着しないように思います。だったら、趣味や遊びといったアウトドア体験を楽しんで、自ずと防災意識や経験も身についている方が、よっぽどもしものときに役立つと思うんですよね。

テントには不思議な魅力があります。登山での山小屋やテントの中の方が普段の生活よりも、娘がよく喋ってくれるんですよね。親子のコミュニケーションの場にもなっていると思います。また、友人であるレミオロメンの藤巻亮太さんとヒマラヤに3~4年ほど毎年正月に登っていたんですが、テントを張って日本酒を並べて飲むんですよ。二人で「何よりの贅沢だな」と言いながら楽しみました。

そんな楽しいと思えることこそ、継続できます。最初はご自宅の庭や屋上、駐車場などにテントを張って、家族並んで寝袋で寝てみてもいいと思います。1人用の小さなテントならマンションのベランダでも張れるのではないでしょうか。少しずつハードルを上げて、今まで3日間観光地巡りをしていた旅行を、「湖畔で3日間キャンプ」に変えてみてもいいでしょう。

日本人は真面目なので机上で防災知識を学ぼうとしますが、いくらインプットしてもいざというときに実践できなければ意味がありません。可能な限りパニックにならず、適切な判断力を身につけるには経験しかない。自分たちでできる範囲のアウトドアを楽しむことから始めてみてください。

●取材協力
登山家
野口 健さん
1973年米国ボストン生まれ。亜細亜大学卒業。故・植村直己さんの著書に感銘を受け、登山を始める。99年エベレストの登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山に散乱するゴミ問題に着目して清掃登山を開始。東日本大震災や熊本地震でも支援活動を展開。こうした経験を講演するほか、子ども向けの環境学校なども開催する。『震災が起きた後で死なないために~「避難所にテント村」という選択肢』(PHP研究所)など著書多数。

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」とは? 地域やシェアハウス住人と一緒に行う新しい子育ての形

共働きで小さな子どもがいれば、引越しの際のポイントのひとつとして「保育園」を挙げる家庭も多いのではないだろうか。待機児童などの問題はあれど、子どもにとっての “もうひとつの家”の環境には、できるだけこだわりたいもの。保育園ごとにさまざまな特色があるが、東京都渋谷区にある「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」は、“シェア”がテーマとなっているユニークな保育園だ。
「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」とは?「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」学校法人正和学園 理事長・齋藤祐善さん(中央)、施設長・佐藤喜美子さん(左)、まち暮らし不動産 代表取締役・齊藤志野歩さん(右)(写真撮影/片山貴博)

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」学校法人正和学園 理事長・齋藤祐善さん(中央)、施設長・佐藤喜美子さん(左)、まち暮らし不動産 代表取締役・齊藤志野歩さん(右)(写真撮影/片山貴博)

2017年に不動産に特化した投資型クラウドファンディングのプラットフォーム「クラウドリアルティ」上で資金を募り、申込金額は1億7400万円を達成。準備期間を経て2019年2月に開園した「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」は、“日本初のクラウドファンディング保育園”として話題になった。

代々木上原から徒歩約10分。閑静な住宅街の中にあるレンガ造りの建物の1階が「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」だ。園内は、仕切りが少なく、異年齢の子どもたちがのびのびと遊ぶことができ、明るく開放的だ。都心部でありながら周辺環境にも恵まれ、近隣の東京大学や駒場公園などにお散歩に行くのだとか。月極での契約のほか一時保育も利用可能で、海外在住の親子が日本滞在中に利用者することもあるとのこと。
地下1階は、通常は事務所として使われているが、イベントスペースとしても活用できる設計になっている。
2・3階はシェアハウスで、現在2家族が入居中。子どもを1階の保育園に預けることができれば通園時間も大幅に短縮できる。複数の家族がともに子育てをする“大きな家族”を育むことができるのは、共働きの家庭にはメリットも大きいだろう。将来的には一部を民泊としても貸し出す予定で、希望があれば民泊宿泊者と保育園の交流も行っていきたいという。

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」外観(写真撮影/片山貴博)

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」外観(写真撮影/片山貴博)

この保育園の大きな特徴は、施設名のように“子育てをシェアする”というメッセージだ。行事は保育園関係者だけで行うのではなく、近隣住民・親子、クラウドファンディングの出資者、この保育園のメッセージに共感してくれる人たちなどに開かれたものにしていく計画だという。多くの人と触れ合うことによって子どもには大きな刺激となるだろうし、孤独になりがちで悩むことの多い子育て世代や地域の交流の場ともなるだろう。

「ほかの保育園との一番大きな違いが、その名称のとおり、人とのつながり、生活そのものをシェアしていくという発想で運営しているところです。渋谷区はシェアリングエコノミーに対して積極的に取り組んでいる自治体のひとつ。そして、そのような事柄に感度の高い人がたくさん住んでいます。そのため、保育園にシェアハウスを併設して、保育園自体も社会に開いていくという形が取れないかと考えました。ただ地域や社会とつながりをもつだけではなく、さらに生活そのものをシェアしていくことで、子どもたちの成長の共有はもちろん、お母さん同士のコミュニティづくりもさらに一歩踏み出していければと思っています」(理事長・齋藤さん)

つながりをイメージしたサインもかわいい(写真撮影/片山貴博)

つながりをイメージしたサインもかわいい(写真撮影/片山貴博)

日本初のクラウドファンディング保育園

クラウドファンディングではわずか10日で目標金額を達成したことからも、“子育てをシェアする”というメッセージは、多くの人に共感・支持されていることが分かる。
「保育園を開園する際、銀行から資金を借りるのが通常のルートだと思うのですが、あえてクラウドファンディングという手法を使ったのは、仲間を増やしたかったからなんです。今回の大きなチャレンジのひとつが、保育園というハードウェアの所有をシェアすること。クラウドファンディングを使って出資者から集めた資金でファンドを組成し、クラウドリアルティさんの子会社がその資金をもとに土地を購入して、我々の学校法人がその土地をお借りするという形になるので、ここは実質的には出資していただいた数百名の方々がみんなで持っている保育園なんです。保育園で何かするときにも、出資者に声がけができるユーザーグループを持ったことが大きなポイントだと思っています。開園直前にはみんなで棚をつくったり、シェアハウスに置く本を持ち寄ったりしました。
通常の保育園だと、サービス提供者=保育園とサービス受給者=保護者・児童という関係性ができてしまうことも多いですが、ここの出資者はお金のみならず気持ちもコミットしている。そういう関係性が一番欲しかったんです。今後は、出資者の方々が時折遊びにきて一緒におやつを食べたり、一緒に遊んだりする機会を積極的につくっていきたいと思います。もちろん、まだ開園したばかりで課題もたくさんあるのですが、そのきっかけづくりはできたかなと思っています」(理事長・齋藤さん)

子どもがいることで、社会は素敵に、より安全になる保護者にその日の様子が分かるように、保育園入口横には給食のメニューやその日撮影された園児の写真などが掲示されている(写真撮影/片山貴博)

保護者にその日の様子が分かるように、保育園入口横には給食のメニューやその日撮影された園児の写真などが掲示されている(写真撮影/片山貴博)

子育てを社会や地域とシェアする。そのテーマは、保育園の内装にも表れている。光がたくさん入る大きな窓や床の一部に屋外に使うことが多いテラコッタ素材を使用して外部とのつながり感を演出した内部は、子どもはもちろん、大人も長居してしまいそうな居心地のいい空間。保育室も仕切りがなく広々としていて、子どもたちにも自然と兄弟のような関係性が生まれている。
「例えば、低年齢の子がバウンサーで泣いていると、上の子が近寄ってきてバウンサーを揺らしてあげたり、おもちゃを持ってきてあやしてあげたりしています。食事も、給食の先生含めて保育士・子どもみんなで食べていますので、『おいしいね』『もう少したべたら?』など自然と声をかけあいます。幼稚園の後に一時保育でくる子もいるのですが、保育園に入ってくるとみんなで『おかえり!』と声をかけたりして、本当に大きな家の家族のような感じです」(施設長・佐藤さん)

シェアハウス入口前のテラスには、保育園の園芸部の鉢植えが。「私と2歳の子のふたりの園芸部です(笑)。シェアハウス入口のテラスでトマトやきゅうりを育てています。毎日時間になると、『先生、園芸部の活動の時間だよ』と声をかけてくれて、毎日一緒にお水をあげています」(施設長・佐藤さん)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス入口前のテラスには、保育園の園芸部の鉢植えが。「私と2歳の子のふたりの園芸部です(笑)。シェアハウス入口のテラスでトマトやきゅうりを育てています。毎日時間になると、『先生、園芸部の活動の時間だよ』と声をかけてくれて、毎日一緒にお水をあげています」(施設長・佐藤さん)(写真撮影/片山貴博)

「“自分はここにいていいんだ”という安心感や所属感は、今の時代に欠けていると思うんです。特に、最近は痛ましい事故が相次いでいますよね。1990年代に学校での事件が相次いだときは、国から180cm以上のフェンスで学校のまわりを囲めという通達が出て、全国の学校・幼稚園・保育園はそのようになった。ただ、それによって地域と隔絶してしまったので、その断絶をどのように埋めるかがこの数十年のテーマだったんです。行政は、フェンスの件やお散歩などのルート改善など事件・事故を未然に防ぐための通達を出します。
もちろんそれも大切ですが、私たちは施設だけが子どもを守るということではなく、社会全体で子どもが大切だと認識して守っていくことが重要だと考えています。『つながりシェア保育園』はその最前線にいる砦。事件・事故が起こることで子どもたちを守ろうとするが故に施設に縮こまっていくのではなく、『みなさん、子どもたちと一緒に安全な地域をつくっていきましょう』と呼びかけていきたいんです。
だから、保育士には施設に閉じないようにとよく言っています。社会の中に子どもがいて、子どもがいることで社会はより素敵なものになるということをこの施設からも発信していく必要があるからです。それを徹底してやることで、地域の目も浸透してきて、子どもの安全も確保されていくと思います。このような考えの味方としてクラウドファンディングの出資者がいるということは、私たちの大きな力になっています」(理事長・齋藤さん)

子育てのハブとなる保育園を目指してシェアハウスのリビング(写真提供/まち暮らし不動産)

シェアハウスのリビング(写真提供/まち暮らし不動産)

シェア保育園が提唱する“拡張家族”の概念は、海外に住む保護者からも支持されているようだ。
「先日、お母さんが日本人、お父さんがアメリカ人で、アメリカ在住のお子さんを一時保育でお預かりしたんです。そうしたら非常に喜んでいただいて、『アメリカに帰ったらみんなに宣伝する!』と言ってくださったんです(笑)。『つながりシェア保育園』には英語を話せる保育士もいますし、親御さんが海外の方のお子さんをお預かりすることもあります。日本だけではなくて世界ともつながっていく。これからは、もっとグローバルな関係性もつくれるといいなと思っています」(施設長・佐藤さん)

シェアハウス内観。天窓から注ぐたくさんの光と木の匂いに癒やされる明るい室内。シェアハウスに住むAさんは、1階にある保育園で働き、子どもも預けている。「通勤時間は30秒。“職住近接”ならぬ“職住直接”です(笑)。1階で保育士として働いていますから、なおさら日常の暮らしと仕事、子育てなどのすべてが、つながっているのだと実感しています」(撮影/片山貴博)

シェアハウス内観。天窓から注ぐたくさんの光と木の匂いに癒やされる明るい室内。シェアハウスに住むAさんは、1階にある保育園で働き、子どもも預けている。「通勤時間は30秒。“職住近接”ならぬ“職住直接”です(笑)。1階で保育士として働いていますから、なおさら日常の暮らしと仕事、子育てなどのすべてが、つながっているのだと実感しています」(撮影/片山貴博)

(写真提供/まち暮らし不動産)

(写真提供/まち暮らし不動産)

子ども用トイレがシェアハウスの脱衣所にあるのも特徴的(撮影/片山貴博)

子ども用トイレがシェアハウスの脱衣所にあるのも特徴的(撮影/片山貴博)

「今後は併設のシェアハウスの一部を民泊として貸し出し、関わる人をもっと増やしたいと思っています。海外の人でも子どもたちと関わっていただいて、子どもに刺激を与えてもらったり、そこでつながった仲間が“子育てをシェアする”という発想を各国で発信するようなきっかけづくりは、この施設の大きなミッションのひとつです。この施設がシェア、保育、子どもの未来などについて考えたいという人たちがつながるハブになりたいと思っています」(理事長・齋藤さん)

シェアハウスの間取り(画像提供/まち暮らし不動産)

シェアハウスの間取り(画像提供/まち暮らし不動産)

民泊として貸し出す予定の部屋(撮影/片山貴博)

民泊として貸し出す予定の部屋(撮影/片山貴博)

子育てをシェアする。「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」のテーマが浸透すれば、もっと子育てしやすく、老若男女の笑顔があふれる社会・地域になるだろう。保育園の今後の取り組みに注目し、機会があればぜひイベントに参加して“子育てのシェア”を体感してほしい。そして、この考えが社会全体に浸透していくよう、ひとりひとりがそれぞれの地域で心がけていくのが理想だ。

●取材協力
>学校法人 正和学園「つながりシェア保育園・代々木上原」
>クラウドファンディングプラットフォーム「クラウドリアルティ」
>まち暮らし不動産

SDGs発信の拠点「鎌倉みらいラボ」として鎌倉市景観重要建築物・旧村上邸が生まれ変わった!

お屋敷の多い鎌倉の中でも、個人宅でありながら茶室や池のある日本庭園に加え、能舞台まであるといえば、その荘厳さの想像がつくだろうか。鎌倉市の景観重要建築物にも指定されているこの建物は、所有者であった村上梅子さんの「建物を残し、日本古来の良きものを伝える場に」との想いを受け継ぎ鎌倉市に寄付され、SDGs未来都市に選ばれた鎌倉市のモデル事業として新たなスタートを切った。そのお披露目会で公開された建物の詳細、保存活動の流れと今後の活用方法をレポートしよう。780坪(約2600m2)もの広大な敷地には、母屋と別棟の茶室があり、日本庭園も池がある立派なお屋敷だ(写真撮影/飯田照明)

780坪(約2600m2)もの広大な敷地には、母屋と別棟の茶室があり、日本庭園も池がある立派なお屋敷だ(写真撮影/飯田照明)

キーワードは「サスティナビリティ(持続可能性)」。継続的に、みんなで、関わる場に

旧村上邸は、鎌倉の旧市街地の中でもひときわ静かな西御門にある和風木造住宅。母屋には茶室や能舞台、敷地内には日本庭園や別棟の茶室もあり、能や謡曲の会、茶会などが行われて文化伝承や交流の場として愛されてきた。所有者である村上梅子さん(以下梅子さん)が2014年逝去し、遺志を継いで市に寄付されたのが2016年。2018年6月には内閣府から自治体SDGsモデル事業に選定され、ますますこの保存活用事業が注目されることに。

その後プロポーザル(※1)を経て、保存活用のための民間の事業主体がエンジョイワークスに決定、改修工事やイベントが実施された。そして2019年5月20日、企業の研修所や市民の文化活動の場として「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」がお披露目された。完成お披露目会には松尾崇鎌倉市長をはじめ、このプロジェクトを支えた約20名の来賓と報道陣がこの家の代名詞でもある能舞台に集まった。
※1.旧村上邸の保存・活用する企画提案を市が公募し優れた提案を選ぶこと

SDGs未来都市に選定された鎌倉市の取り組みを語る松尾市長。お披露目当日は村上家の親族やご友人、事業主体者や工事関係者、研修運営関係者など旧村上邸に縁が深い方々が列席(写真撮影/飯田照明)

SDGs未来都市に選定された鎌倉市の取り組みを語る松尾市長。お披露目当日は村上家の親族やご友人、事業主体者や工事関係者、研修運営関係者など旧村上邸に縁が深い方々が列席(写真撮影/飯田照明)

鎌倉では街のあちらこちらで、この旧村上邸の近くでも古民家が取り壊されているのが現実。旧村上邸は鎌倉市の所有となり取り壊しは免れたものの、歴史ある大きな建物や敷地を安全に活用するための改修には莫大な費用が掛かるうえに、継続的な維持管理も必要になる。たとえ国や市からの補助金が出たとしても、一時的なもの。この静かで緑豊かな環境を維持しながらこれだけの規模のお屋敷を活用していくためには、官だけでなく、市民、企業みなが一体となって継続的に関わっていく仕組みが必要だった。

大切にされたお屋敷の和の趣を残しながら耐震性をクリアして多目的に活用しやすく

では、具体的な改修のポイントを紹介していこう。最も大きな課題だったのが耐震性だ。昭和14(1939)年以前に建てられた母屋は耐震補強が必要だったものの、筋交いや耐力壁を設けてしまっては、この荘厳な日本家屋や能舞台が台無しになる。趣を損なうことなく、大空間を残しながら耐震性を高め安全に活用できる建物にする方法が検討され、「仕口ダンパー」を採用。一棟で、なんと80~90個もの仕口ダンパーを使って柱と梁の接続部を補強したという。それでも安全性を考慮し、2階建ての建物だが2階部分は使用しない判断がなされた。

能舞台というこの建物の特徴的な大空間の趣を壊さず耐震補強するため、目につく部分とつかない部分に分けて2種類の仕口ダンパーで補強された(写真撮影/飯田照明)

能舞台というこの建物の特徴的な大空間の趣を壊さず耐震補強するため、目につく部分とつかない部分に分けて2種類の仕口ダンパーで補強された(写真撮影/飯田照明)

入口近くの計28畳の和室は、趣を変えないよう畳敷きのまま会議室に。和室ならではのフレキシブルさで8畳ふたつ、6畳ふたつの4部屋に仕切ることもできるし、オープンな大空間として使用することも可能。和室としてはもちろん、写真のように畳の上で使えるテーブルと椅子もある。新しくWifiも完備され、ホワイトボードやプロジェクター、スクリーンなど、会議に必要な備品も用意された。

畳敷きで和室の風情を残した会議室で、庭の緑を眺めながらの企業研修に。和室4室に分けることも、オープン28畳の大空間として使うことも可能。4時間利用で5万円のところ、オープン割引期間は1万5000円、一日利用は3万円(写真撮影/飯田照明)

畳敷きで和室の風情を残した会議室で、庭の緑を眺めながらの企業研修に。和室4室に分けることも、オープン28畳の大空間として使うことも可能。4時間利用で5万円のところ、オープン割引期間は1万5000円、一日利用は3万円(写真撮影/飯田照明)

梅子さんが居室にしていたという家の中心部のニ間続きの和室は、じゅうたん敷きに変更してラウンジスペースに。こことキッチンは、会議室利用者が研修時の休憩スペースや憩いの場として活用できる。

ソファやじゅうたんも古民家に合う和の色合いで、欄間の梅の模様ともマッチしている(写真撮影/飯田照明)

ソファやじゅうたんも古民家に合う和の色合いで、欄間の梅の模様ともマッチしている(写真撮影/飯田照明)

元の間取りをベースに、入口脇の和室と能舞台をそれぞれ貸し出しスペースに。その他を共用部分として手を加え、ラウンジやキッチン、トイレも男女別に増設された。別棟の茶室はそのまま茶室として貸し出し(写真提供/エンジョイワークス)

元の間取りをベースに、入口脇の和室と能舞台をそれぞれ貸し出しスペースに。その他を共用部分として手を加え、ラウンジやキッチン、トイレも男女別に増設された。別棟の茶室はそのまま茶室として貸し出し(写真提供/エンジョイワークス)

静かな伝統ある古民家で、10年後、100年後の自分たちのあるべき姿を考える

梅子さんが足袋を履かずに上がることを許さなかった、というほど大切にしていた荘厳な能舞台は、そのままで企業研修、講座、お稽古など多目的に使用する場に。座布団や椅子を並べることができるが、場の雰囲気を壊さないよう神社仏閣などで使われる椅子を選び、さらに椅子の脚裏には能舞台を傷付けないようフェルトを付けるなど配慮されている。

旧村上邸の特徴である日本庭園に面した能舞台。最大収容30名程度で、能のお稽古はもちろん、椅子や座布団で講座や研修などにも。4時間で3万5000円、一日7万円(写真撮影/飯田照明)

旧村上邸の特徴である日本庭園に面した能舞台。最大収容30名程度で、能のお稽古はもちろん、椅子や座布団で講座や研修などにも。4時間で3万5000円、一日7万円(写真撮影/飯田照明)

梅子さん百寿を記念してつくられた冊子には、2002年当時、能舞台で多くの観客を前に笛を吹く梅子さんの姿が。多くの人に愛された場であったことが伝わってくる(写真撮影/飯田照明)

梅子さん百寿を記念してつくられた冊子には、2002年当時、能舞台で多くの観客を前に笛を吹く梅子さんの姿が。多くの人に愛された場であったことが伝わってくる(写真撮影/飯田照明)

別棟の茶室は炉も切られ、水屋もある本格的なつくり。独立感もあるため個室として、お茶のお稽古はもちろん、10名までの少人数の集まりなどに使用できる。

別棟の茶室は4時間で1.5万円のところ、オープン割引料金1万円、1日(8時間)2万円で利用可能(写真撮影/飯田照明)

別棟の茶室は4時間で1.5万円のところ、オープン割引料金1万円、1日(8時間)2万円で利用可能(写真撮影/飯田照明)

旧村上邸再生にあたっては、補助金だけでなく一般からの投資も受けるため投資型クラウドファンディングも募集し、目標金額900万のところ、見事120%の目標達成にて終了。投資家特典は施設利用割引券や企画会議参加権などということからも、市民の関心の高さがうかがえる。イベントにも多くの市民が参加して、実際に障子の張り替えやペンキ塗り、暖簾の草木染めなど、普段触れることが少なくなった昔ながらの暮らしの手仕事を体験する貴重な機会となった。

威風堂々とした門構えの「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」。所有者であった村上梅子さんにちなんで梅のマークの草木染の暖簾は、市民参加のワークショップを開催し手づくりされた(写真撮影/飯田照明)

威風堂々とした門構えの「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」。所有者であった村上梅子さんにちなんで梅のマークの草木染の暖簾は、市民参加のワークショップを開催し手づくりされた(写真撮影/飯田照明)

梅子さんの百歳を祝う「百寿の会」には瀬戸内寂聴さんも村上邸を訪れ、その日のことがエッセーに書かれているというから、その交友関係の広さには驚くばかり。そうやって梅子さんが日本古来の良きものを伝え、交友を広げてきた場が、いまもここに存在している。

100年先の未来に伝えるべき事、そのためにこの10年自分ができること。実際梅子さんは100歳をこの家で迎え、最後までこの家で暮らした。この家も正確な築年数は不明だが、80年前の昭和14年には既に建っていることから、100歳に近いといわれる。そんな100年という時の流れをリアルに感じるこの場所で、日常を離れ、自分が、会社が、鎌倉が、日本が、世界が、より幸せであるために何ができるか考えるために、これ以上ふさわしい場所はない。これから市民も参加可能なお茶体験や手仕事のイベントも企画されている。目の前にあるものを五感で味わい、次世代につなげるべきものを生み出す場として楽しみに活用していきたい。企業研修担当者の皆さん、非日常で斬新な研修場所、ここにあります!

(写真撮影/飯田照明)

(写真撮影/飯田照明)

窓の外には緑豊かで池もある本格的な日本庭園が広がる。会議室、能舞台、茶室,それぞれの利用もでき、全館利用の場合は9時から17時の8時間で15万円。オープン割引中は8時間が10万円、4時間なら5万円に(写真撮影/飯田照明)

窓の外には緑豊かで池もある本格的な日本庭園が広がる。会議室、能舞台、茶室,それぞれの利用もでき、全館利用の場合は9時から17時の8時間で15万円。オープン割引中は8時間が10万円、4時間なら5万円に(写真撮影/飯田照明)

●取材協力
旧村上邸 ―鎌倉みらいラボ―
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料理家のキッチンと朝ごはん[4]後編 男性料理家が選ぶ! 男前で機能性も高い調理器具ベスト5

トライアスロン世界選手権の日本代表でもあるアスリートらしい機敏な動きと、3つの店舗の経営者として自ら厨房に立つ料理人らしい習熟した手つきで、タンパク質がたっぷり取れる朝ごはんをつくってくれた料理家のYOSHIROさん。今回は、愛用している調理器具についてお聞きしました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。統一感のある男前キッチンのテーマカラーは、白・黒・シルバー

「白」は、大きなスペースを占める収納家具やカーテン。「シルバー」は、スチールラックや調理道具。「黒」は、トレーニング用品やカメラ機材。3色のテーマカラーでまとめられたYOSHIROさんのキッチンは、全体的にかっこいい雰囲気です。けれども、自宅のキッチンに立つのはご自身ばかりではありません。奥様もよく料理をされるのだとか。

「見た目がシンプルでかっこいいし、水や汚れに強くてガンガン使えるから」という理由でスチールラックが好きなのだそうです。「自宅だけでなくお店でも使っています」(写真撮影/相馬ミナ)

「見た目がシンプルでかっこいいし、水や汚れに強くてガンガン使えるから」という理由でスチールラックが好きなのだそうです。「自宅だけでなくお店でも使っています」(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

ご夫妻そろって料理だけでなくインテリアもお好きで、それぞれ食器を買い集めたり、花を飾ったりするそうです。ふたりでものを持ち寄っても空間に統一感があるのは、テーマカラーがしっかりしているからだけではありません。お話をお聞きしていると、「もの選びに対する軸がブレていない」気配を強く感じました。

スチールラックの隣にニトリの本棚を2つ並べ、たくさんある料理本を収納。グルメマンガも大好きでよく読むというYOSHIROさん一番の愛読書は『クッキングパパ』(写真撮影/相馬ミナ)

スチールラックの隣にニトリの本棚を2つ並べ、たくさんある料理本を収納。グルメマンガも大好きでよく読むというYOSHIROさん一番の愛読書は『クッキングパパ』(写真撮影/相馬ミナ)

そんなYOSHIROさんに、かっこいいだけでなく機能性も高い「愛用の調理器具ベスト5」をご紹介いただきました。

見た目がいいだけじゃない!機能性も大満足の調理器具ベスト5

1つめの愛用品は、マイヤーのフライパンと両手鍋。アメリカの調理器具メーカーとして数多くのラインナップを誇るマイヤーですが、YOSHIROさんが特に気に入っているのはハイエンドシリーズ「アナロン ヌーヴェルカッパー」のフライパンと「サーキュロン クール」の両手鍋。

銀に次いで熱伝導率が高い銅を使ったフライパンは、プロの料理人にも愛用者が多いそうです。「アナロン ヌーヴェルカッパー」の底面は銅を挟んだ多層構造、内面は耐久性の高いテフロンコーティング(写真撮影/相馬ミナ)

銀に次いで熱伝導率が高い銅を使ったフライパンは、プロの料理人にも愛用者が多いそうです。「アナロン ヌーヴェルカッパー」の底面は銅を挟んだ多層構造、内面は耐久性の高いテフロンコーティング(写真撮影/相馬ミナ)

内面に渦巻き状の凹凸があるため、肉や魚を加熱すると余分な脂や水分が溝に流れ出て、パリッとした仕上がりに。世界でも限られたメーカーしか取り扱いのない高品質のコーティングが施されているため、お手入れもラク(写真撮影/相馬ミナ)

内面に渦巻き状の凹凸があるため、肉や魚を加熱すると余分な脂や水分が溝に流れ出て、パリッとした仕上がりに。世界でも限られたメーカーしか取り扱いのない高品質のコーティングが施されているため、お手入れもラク(写真撮影/相馬ミナ)

「いずれも耐久性と熱伝導性に優れていて家庭で使われることもありますが、機能性に加えて持ったときの重厚感があることからプロの現場で使われていることも多いです。 女性だと少し重いと感じる方もいるかもしれませんが、その場合は少し小ぶりなサイズにするとフライパンをあおったりもしやすいと思います。あおるシーン以外だと食材にじっくり火を通して旨味を引き出すような使い方もいいですね」

チョッパーを使って野菜をみじん切りにする場合、野菜から出る水分量に要注意。「チョッパーで大根おろしもつくれますがべちゃっとしてしまうから、手でおろしたほうがおいしいんですよ。食材によって使い分けています」(写真撮影/相馬ミナ)

チョッパーを使って野菜をみじん切りにする場合、野菜から出る水分量に要注意。「チョッパーで大根おろしもつくれますがべちゃっとしてしまうから、手でおろしたほうがおいしいんですよ。食材によって使い分けています」(写真撮影/相馬ミナ)

2つめは上の写真手前、クイジナートの「スリム&ライト マルチハンドブレンダー」。1台で「つぶす・混ぜる」「切る・刻む」「泡立てる」の3役をこなす多機能ハンドブレンダーです。YOSHIROさんは主に肉をミンチにするため、チョッパーアタッチメントを使用することが多いそう。「店でも、同じクイジナートの業務用フードプロセッサーを使っていますが、やっぱり丈夫でパワーがある。信頼できるブランドです」

3つめは上の写真奥、パナソニックの密封パック器「ハイシール」。専用袋に食材を入れて本体にセットすると、脱気して真空状態にしてくれます。食材の酸化や乾燥・湿気を防止するため、食品の保存に使われることが多いのですが、YOSHIROさんはこれを調理に使っているのだとか。「例えば煮豚をつくる場合、袋の中に肉と調味料を加えてパックし、そのまま低温の湯煎で煮込むんです。真空なので旨みを逃さず、ムラなく加熱できるから、ほろほろに柔らかく、しっかり味の染みた煮豚が簡単にできますよ。調味料も最小限で済みます」

愛用品の特徴や使い方を楽しそうに、詳しく解説してくれる姿から、ひとつひとつのものに対する「愛」を感じました(写真撮影/相馬ミナ)

愛用品の特徴や使い方を楽しそうに、詳しく解説してくれる姿から、ひとつひとつのものに対する「愛」を感じました(写真撮影/相馬ミナ)

美味しいものを食べるだけでなく、美味しいお酒を飲むのも大好きだというYOSHIROさん。ソムリエ(ANSA)やきき酒師の資格を保有するはもちろんのこと、きき酒師の上位資格である日本酒学講師の試験に当時史上最年少で合格したという記録の持ち主です。「ワインや日本酒だけでなく、ハイボールやチューハイも好きで、毎晩必ず晩酌してます(笑)」

そんなYOSHIROさん愛用の調理道具、4つめはソーダストリームの炭酸メーカー「Source Power」。ボタンひとつで炭酸水がつくれる全自動モデルです。「飲むお酒に合わせて、簡単に強炭酸、中炭酸、弱炭酸が選択できます」

専用のガスシリンダーを本体にセットしてボタンを押すだけで、普通の水をわずか数秒で炭酸水にできます。こちらは、プラダの香水ボトルなども手掛けるプロダクトデザイナー、イヴ・ベアール氏との共同開発モデル(写真撮影/相馬ミナ)

専用のガスシリンダーを本体にセットしてボタンを押すだけで、普通の水をわずか数秒で炭酸水にできます。こちらは、プラダの香水ボトルなども手掛けるプロダクトデザイナー、イヴ・ベアール氏との共同開発モデル(写真撮影/相馬ミナ)

料理するときに音楽が欠かせないYOSHIROさんにとって、スピーカーはもはや調理道具のひとつ?! ということで、愛用品5つめはBoseのポータブルスピーカー「SOUNDLINK REVOLVE BLUETOOTH SPEAKER」。ワイヤレス再生できるうえ防滴仕様なので、テラスに持ち出して音楽を楽しむこともあるそうです。

意外なことに、「自宅でも店でも、かけているのは90年代のJ-POPです。お客さんに『聴いていると、つい歌っちゃう~』と言われます(笑)」

このとき部屋に流れていたのは、織田哲郎作詞・作曲、相川七瀬が歌う『夢見る少女じゃいられない』でした。思わず歌っちゃうお客さんの気持ちがよく分かります(写真撮影/相馬ミナ)

このとき部屋に流れていたのは、織田哲郎作詞・作曲、相川七瀬が歌う『夢見る少女じゃいられない』でした。思わず歌っちゃうお客さんの気持ちがよく分かります(写真撮影/相馬ミナ)

簡単におしゃれ&美味しいを手に入れたい人に捧げる番外編!

最後に“番外編”として、「あまり料理はしないけれど、キッチンを素敵にしたい」「料理は苦手だけれど、手軽に美味しいものが食べたい」という、私のような人におすすめのものを聞いてみました。

1つめは、「香りがサイコー」だというミセスメイヤーズ クリーンデイの洗剤です。オープンキッチンに生活感のある洗剤を置いてしまうと、リビングから丸見えになって残念な印象になってしまいます。けれども、この洗剤はむしろ積極的に出しっ放しにしたくなるおしゃれなデザイン。「食器を洗ったり、カウンターを拭いたりするたびにいい香りがして癒やされます」

香りのラインナップはラベンダー、レモンバーベナ、バジル、ハニーサックルの4種類。食器用洗剤、クリーナーのほか、食洗機用洗剤やスクラブクレンザーなどもあるため、トータルで香りを楽しめます(写真撮影/相馬ミナ)

香りのラインナップはラベンダー、レモンバーベナ、バジル、ハニーサックルの4種類。食器用洗剤、クリーナーのほか、食洗機用洗剤やスクラブクレンザーなどもあるため、トータルで香りを楽しめます(写真撮影/相馬ミナ)

「手軽におつまみをつくりたいなら、缶詰を活用してみてください」。なかでも扱いやすく美味しいのが、魚の缶詰。「例えばオイルサーディンだったら、ニンニクをすりおろして醤油をひと回しして、缶ごとトースターで焼くだけで、おつまみ完成です。缶詰なら魚の骨まで丸ごと食べられるから、カルシウムも取れますよ」

特に「缶つま」と「ラ・カンティーヌ」のシリーズにはハズレがなく、お気に入りだそうです。アスリートだけでなく、成長期のお子さんやダイエット時の補助食として、ケンミンの「高タンパクめん」も便利(写真撮影/相馬ミナ)

特に「缶つま」と「ラ・カンティーヌ」のシリーズにはハズレがなく、お気に入りだそうです。アスリートだけでなく、成長期のお子さんやダイエット時の補助食として、ケンミンの「高タンパクめん」も便利(写真撮影/相馬ミナ)

運動する人のタンパク質摂取におすすめなのは、プロテイン。「ぼくが愛飲しているのはDNSの『ホエイプロテインG+』。チョコレート味がイチオシです。体にいいと分かっていても美味しくないと続かないので、味も大事です」。本物のアスリートが言うと説得力があります。

料理家として活躍するYOSHIROさんですが、アスリートとしての次の大きな目標は2019年9月、スイスのローザンヌで行われるトライアスロン世界選手権だそうです。日本代表として出場予定で、日々トレーニングに邁進中。YOSHIROさんの爽やかな笑顔がローザンヌでも見られることを、取材チーム一同、心より応援しております!

●取材協力
YOSHIROさん HP
神奈川県生まれ。和食料理人である父の影響で、幼少期から実家の店舗で料理の基礎を学ぶ。専修大学卒業後、日本食研(株)に入社。退職後は日本料理店での店長勤務を経て、料理家として独立。世田谷区経堂の「凧」など3店舗を経営するほか、トライアスロン世界選手権の日本代表として「食 ✕ 健康 ✕ スポーツ」を普及する活動も行う。著書に『燃やすおかず つくりおき』(学研プラス)、『BRUNOの絶賛ホットプレートごはん』(宝島社)など。

サ高住「パークウェルステイト浜田山」が追求する理想的な終の棲家とは?「人生100年時代」の最新住宅事情

うっかりしていたら、昨年還暦を迎えてしまった。私も立派なシニア世代だ。まだまだ元気なつもりだが「終の棲家をどうするか」という問題がたまに頭をよぎることがある。三井不動産レジデンシャル株式会社がシニアをターゲットにしたサービス付き高齢者向け住宅の新商品「パークウェルステイト浜田山」を誕生させたと聞き、そのプレス説明会と内覧会に参加してみた。
自立したシニアに向けた「住まい」としての快適さを重視したプランニング

同物件のある浜田山は渋谷と吉祥寺を結ぶ京王井の頭線沿線の静かな住宅街だ。現地は駅の北側を歩いて9分(約720m)。周辺は低層住宅が広がり、善福寺川緑地(約560m/徒歩7分)や三井の森公園(約970m/徒歩13分)も点在する緑豊かな環境だ。

テーマは街なかに居ながらにして樹々と静寂に包まれた「市中の山居」。住まいと庭園とが一体となって四季の息吹を肌で感じるように企画されたそうだ。「彩の庭」と名付けられたプライベートガーデンは約1100本のさまざまな樹木が植えられ、館内の随所から眺められるように設計されている。建物は地下1階地上3階建て、62戸の一般住戸と8戸の介護用住戸が備えられている。

安心して散策できる敷地内のプライベートガーデン「彩の庭」。四季折々の表情を楽しめる緑豊かな中庭だ(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

安心して散策できる敷地内のプライベートガーデン「彩の庭」。四季折々の表情を楽しめる緑豊かな中庭だ(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

ガーデンの緑が絵画のように印象的なエントランス(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

ガーデンの緑が絵画のように印象的なエントランス(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

高齢者向け住宅としては「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」と「住宅型有料老人ホーム」の2つが話題になっているが、同物件の場合は国土交通省の所轄による高齢者向け住宅である「サ高住」として企画されている。一方の「住宅型有料老人ホーム」は厚生労働省の所轄による「介護施設」になる。

つまりシニアが快適に暮らせる「住まい」としての位置づけで企画されている。同物件の場合は、入居する際は自立できる健康な状態が条件だ。ただサ高住で取りざたされる「要介護度が大きく進んだ場合に別の介護施設に移り住まなくてはならない」懸念は解決されている。本格的な介護用住居も用意されているからだ。

シニアの住まいのニーズの変化に応じて、自宅での介護でも、介護施設でもない、新たな選択肢を提供(イメージ)(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

シニアの住まいのニーズの変化に応じて、自宅での介護でも、介護施設でもない、新たな選択肢を提供(イメージ)(画像提供/三井不動産レジデンシャル株式会社)

同事業の基本的なスキームは、三井不動産レジデンシャル株式会社が建物を開発したのち、三井不動産レジデンシャルウェルネス株式会社に建物を賃貸し、同社が入居者と終身建物賃貸借契約を締結する。同社は、生活相談やフロントサービスなど、入居者へのホスピタリティサービスを提供するほか、介護事業者やレストラン事業者への運営委託および医療機関との連携等を通じて、さまざまな専門性の高いサービスを提供する。

資生堂美容室と提携したヘアサロン、フィットネスルーム、大浴場なども

まずは共用施設から見学させてもらった。男女共に、檜風呂と石風呂の2種類の浴槽をしつらえた大浴場はバスタオルも用意され、着替えを持っていくだけの気軽さだ。自室の浴室を利用した場合の清掃の煩わしさを軽減できるようにという考えで設置されたそうである。確かに浴室の掃除は手間がかかるのでうれしい設備だ。

フィットネスルームでは200種以上の運動が可能というキネシスをはじめ、さまざまな機種が整っている。トレーナーが定期的に常駐するので初心者でも使い方を教えてもらえ、さらに希望すればパーソナルトレーニングも受けられる(予約制・有償)

またシアタールーム、アトリエ、ビリヤード場、自動麻雀卓を備えたゲームルームなどが備えられ、時間にゆとりのあるシニアが充実した1日を送ることができそうだ。各々経験がある人はもちろん、はじめて挑戦する場合も気軽に始められる多彩なラインナップで、趣味の幅が広がる。

特徴的なのはヘアサロンの存在だ。資生堂美容室提携でおしゃれなシニアの要望に応えられる施設は、「7割が女性」という入居者の想定に即したものだろう。送迎シャトルバスを活用して、日本橋エリアなどに買い物ツアーに出かけるアクティビティも用意されるようだ。「買い物とおしゃれ」は、これからのシニア女性には欠かせない。いつまでも身だしなみに気を配る方に満足してもらえる工夫だ。

イタリア・テクノジム社の人間工学に基づく最先端マシンを備えたフィットネスルーム(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

イタリア・テクノジム社の人間工学に基づく最先端マシンを備えたフィットネスルーム(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

資生堂美容室と提携したヘアサロン。カットやパーマだけではなくネイルやフェイシャルも受けられる(有料)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

資生堂美容室と提携したヘアサロン。カットやパーマだけではなくネイルやフェイシャルも受けられる(有料)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大浴場「明鏡(めいきょう)・清香(せいか)」。自室のお風呂の利用頻度が低いという顧客の声から、男女共に、檜風呂と石風呂の2種類の浴槽をしつらえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大浴場「明鏡(めいきょう)・清香(せいか)」。自室のお風呂の利用頻度が低いという顧客の声から、男女共に、檜風呂と石風呂の2種類の浴槽をしつらえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

58~100平米超の居室は都心高級マンションのクオリティ。クルマ椅子利用も視野に

次にプライベートスペースである各個室を見せてもらった。単身用の58平米超の1LDKと夫妻でも入居できる100平米超の2LDKの2つのタイプだ。いずれもスペースに余裕があり、ガーデンの緑が眺められる。バルコニーの手すりはガラスが使用され、室内からの眺望を大切にしていることが見て取れる。

特筆すべきは引き戸を多用した設計だ。水まわりを含めて出入りする場所は極力引き戸が採用されている。万一車椅子を利用することになっても、廊下の広さを含めて移動が簡単にできるように工夫されている。

単身入居者向けの1LDK。引き戸を開放すればワンルームにもなる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

単身入居者向けの1LDK。引き戸を開放すればワンルームにもなる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

100平米超の広い2LDK。家族が来ても宿泊できるように主寝室以外に個室が用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

100平米超の広い2LDK。家族が来ても宿泊できるように主寝室以外に個室が用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

急に具合が悪くなったときなど、万一の場合に対応することができるように居室にはスタッフと直接話せるスピーカーとマイクが用意されている。また、ホテルのカードキーのような仕組みで在室しているかどうかを把握。在室中にも関わらずトイレ前に取り付けられたセンサーに、一定時間反応がない場合、呼びかけや駆けつけの対応がなされる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

急に具合が悪くなったときなど、万一の場合に対応することができるように居室にはスタッフと直接話せるスピーカーとマイクが用意されている。また、ホテルのカードキーのような仕組みで在室しているかどうかを把握。在室中にも関わらずトイレ前に取り付けられたセンサーに、一定時間反応がない場合、呼びかけや駆けつけの対応がなされる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「もしも」の場合も介護ルームを用意。1.5人に1人の体制で看護スタッフを用意

元気なうちは自立して暮らせても、何かあれば病院に行き、そのまま入院ということになるが、ここでは介護が必要になった際に入室できる介護用住戸が8戸も用意されている。また大学病院(※1)との連携を軸として、24時間常駐の看護スタッフ(※2)や同一建物内にクリニック(※3)も設置、医療のプロたちが常に健康を見守る体制が用意されている。

訪問介護事業所「TOKIORI浜田山」が併設。介護サービスは、「ケアサービス(生活支援サービス)」「訪問介護サービス」「自費サービス」の3種類があり、入居者の要望に応じて支配人とケアマネジャーが提案してくれる。

介護用住戸で提供される「ケアサービス(生活支援サービス)」(※4)は、サービス料金に含まれており、日常的な服薬管理、健康管理、訪問診療所医師(主治医)の指示によるレジデンスの体制で可能な医療ケアへの対応をしてもらえる。また看護・介護スタッフと介護用住戸利用者の比率は、1.5:1相当の体制を実現しており、短時間・随時・緊急の場合でも24時間対応が可能だ。
要支援、要介護の認定を受けた方を対象とした「訪問介護」は、介護保険を利用したケアサービスで、一般住戸、介護住戸に関わらず利用可能だ(介護保険適用サービス)。本人の健康状態に応じて訪問医療や訪問看護(有償)によるサポートの利用も含めて、館内で看取りまでを行う予定だそうだ。

一般住戸での生活が難しくなった場合、住戸はそのままに、この介護用住居に移ることができる。夫婦のどちらかに介護が必要になった場合でも、最も近い距離で暮らせる。バルコニーから眺める中庭の緑が美しい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一般住戸での生活が難しくなった場合、住戸はそのままに、この介護用住居に移ることができる。夫婦のどちらかに介護が必要になった場合でも、最も近い距離で暮らせる。バルコニーから眺める中庭の緑が美しい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

寝たままの体制で入浴できる浴室を介護スペースには設置。ほかに座ったまま入浴できる浴室も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

寝たままの体制で入浴できる浴室を介護スペースには設置。ほかに座ったまま入浴できる浴室も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

自然光を取り込むダイニングで朝・昼・晩の3食、コース料理も可能

ワイドなガラス窓から四季を感じる植栽と滝の織りなす美しい水景が眺められるダイニング「季饗(ききょう)」は、ホテルのレストランのような贅沢な空間だ。ゲストが来たときのための個室、夜のバー活用(週1回)、予約不要の自由喫食など、それぞれのライフスタイルにあわせて使えるそうだ。

食事は管理栄養士による栄養バランスが管理された上質な日替わり・定番メニューを提供。健康を意識したメニューや栄養バランスの分かるサービスはニーズが高いだろう。試食させてもらったが、目を楽しませてくれる盛り付けから、薄味に留意しながら深い味わいのある料理は満足度が高い。朝食500円、昼食850円、夕食1300円(すべて税抜)で提供される予定だが、十分に価値がある。さらに要望があればコースメニュー(有償・予約制)の提供も可能のようだ。

専属のシェフが栄養と健康に気を配り、和・洋・中のバラエティーに富んだ日替わりメニューや軽食等のアラカルトメニューなど提供してくれるダイニング(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

専属のシェフが栄養と健康に気を配り、和・洋・中のバラエティーに富んだ日替わりメニューや軽食等のアラカルトメニューなど提供してくれるダイニング(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

朝食の一例。和食も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

朝食の一例。和食も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

夕食の一例。洋食も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

夕食の一例。洋食も用意されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シニア世代の新たなライフスタイルに合わせたコンセプト

三井不動産レジデンシャルではシニア向け住宅事業を新たな成長戦略の柱の一つとし、2017年4月にはシニアレジデンス事業部を新設。人生100年時代に向けた新商品として、「パークウェルステイト」シリーズを発表、これからも展開していく予定だ。

というのも平均寿命が延びただけでなく、80歳代前半でも約8割が介護保険を利用していないなど、自立した元気な高齢者が増加したことで、静かな老後ではなく、もっとアクティブなライフスタイルのニーズが生まれている。

元気なときから介護が必要になったあとも、そして最期を迎えるときまでも、住み慣れた環境で暮らしたいと願う人は多い。しかし自宅介護は家族の負担が大きい。そんな人たちにとっての理想的な環境が用意されているのが同物件ではないだろうか。確かに入居金は単身者用でも1億3593万円(前払方式・80歳入居)、毎月94.4万円(月払方式・年齢不問)と高めの設定だ。ほかに月額利用料や光熱費も必要になる。しかし歳を重ねることをポジティブにとらえるためにも、このシニアレジデンスの誕生は「終の棲家」の選択肢を広げてくれるきっかけになりそうだ。

※1 順天堂大学医学部附属〈順天堂医院・ 練馬病院〉(総合科目)
※2 看護スタッフ1名常駐(週40時間常勤換算で常勤2名、非常勤3名(予定)によるシフト制。夜間(18時~翌9時)看護スタッフ1名。ただし休憩等による最少時は0名)
※3 クリニックによる提供サービス(健康診断・健康相談・生活アドバイス・健康管理等)に関わる費用は、基本サービス料金に含まれます
※4 ケアスタッフ1名常駐(週40時間常勤換算で常勤2名、非常勤3名(予定)によるシフト制。夜間(18時~翌9時)ケアスタッフ2名。ただし休憩等による最少時は1名)。介護用住戸の利用者がいない場合はケアスタッフの配置はございません

●取材協力
パークウェルステイト浜田山

便利?不安?“キャッシュレスな街“の暮らし心地を調査してみた

2018年~2019年にかけて、にわかに注目を集めるようになった「キャッシュレス決済」。最近では商店街での買い物、税金などの公共料金の支払いにも対応するようになっています。では、暮らしはどう変わっていくのでしょうか? 現在、東京都墨田区では約800の個人商店でQR決済が利用できるようになっていますが、そのなかの一つ、「向島橘銀座商店街(通称:キラキラ橘商店街)」を歩いて聞いてきました。
実証実験中に墨田区の個人商店800店でQR決済が可能に。その効果は?

東京都墨田区の曳舟駅から徒歩数分の場所にある「向島橘銀座商店街(通称:キラキラ橘商店街)」は、飲食店など、大小のさまざまな店舗が軒を連ねる下町の商店街です。2018年12月から2019年3月まで、QRコード決済「PayPay(ペイペイ)」が利用できる実証実験を行い、一躍、脚光を浴びました。でも多数の個人商店が集まる商店街でなぜ「QRコード決済」を導入しようと思ったのでしょうか。墨田区商店街連合会・事務局長である井上佳洋さんに、まずは背景を伺いました。

墨田区商店街連合会の井上さん。当初の想定よりも「PayPay」の実証実験に参加する店舗が増え、商店街連合会としても手応えがあったよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

墨田区商店街連合会の井上さん。当初の想定よりも「PayPay」の実証実験に参加する店舗が増え、商店街連合会としても手応えがあったよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「今回の実証実験は、私ども墨田区商店街連合会から『PayPay』に持ちかけ、実施となりました。QRコード決済を導入しようという背景ですが、2点あり、(1)2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、海外からの訪日客の決済需要に答えたいということです。墨田区には両国国技館があり、ボクシングが実施されるので、当然、海外のお客様が多く訪れることが予想されます。(2)地元客に対しても今後、普及するであろうQRコード決済にいち早く対応して生活利便性を上げていきたい、との狙いがありました」(井上さん)

とはいえ、キャッシュレス決済の事業者は乱立気味。「キャッシュレスって言ったって、どこの事業者を導入したらいいのか分からない」と商店街のみなさんも困惑していたそう。そこで、商店街連合会が複数のQRコード決済事業者を比較し、導入コスト、入金までの期日といった使い勝手を比較、最も商店の導入負担の少ない「PayPay」を選定したそう。

加えて、「PayPay」が2018年12月に大規模キャンペーンを打ったこともあり、認知度が急激にアップ。そのため、当初、実証実験に参加したのは約300店舗だったものの、最終的には墨田区商店街連合会が把握するだけでも約800店舗にものぼったそう(チェーン店などは除いた個人店の数)。実証実験が終わった取材日(2019年5月末)でも、およそこの800店でキャッシュレス決済が継続しているといいます。

「当初は、『よく分かんない』『怖い』『めんどくさい』などのネガティブな意見を想定していたのですが、煩わしくないし、トラブルもほとんど聞きませんでした。拍子抜けするほどです」とあっさりしたようす。

利用者の年代はやはり若い世代が中心のよう。
「20代、30代が多くて、ついで40代といったところでしょうか。このあたりは平坦なので自転車を利用者が多いんですが、スマホさえあれば会計できるので、ドライブスルーのように自転車を降りずに買い物している姿なんかも見かけましたね」。確かに!自転車に乗ったまま買い物できるという発想はありませんでした。キャッシュレスの進展でドライブスルーならぬ、「チャリンコスルー」が流行るかもしれません。

平坦な地勢で、買い物に自転車利用者も多い商店街。スマホひとつで買い物できるのは便利なはず。ただ利用時には自転車を完全停車のうえ、周囲にも十分配慮したいところ(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

平坦な地勢で、買い物に自転車利用者も多い商店街。スマホひとつで買い物できるのは便利なはず。ただ利用時には自転車を完全停車のうえ、周囲にも十分配慮したいところ(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、筆者もですが、小さな子どもがいると大荷物になってしまい、お財布を探すのに時間がかかってイライラ……ということがしばしばあります。QRコード決済であれば、スマホさえ取り出せればお会計できるのでスムーズになるかもな、と思いました。

では、実際の使い勝手は? 商店のみなさんに聞いてみた

さらに使い勝手を知るべく、商店街を歩いて店舗のみなさんと利用者に話を聞いてみました。まずは和菓子屋さん。

和菓子屋さんのご主人と筆者が操作をするところ。あっけないほど簡単に買い物できます。店舗側でも思ったよりも不安なく導入できたと話します(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

和菓子屋さんのご主人と筆者が操作をするところ。あっけないほど簡単に買い物できます。店舗側でも思ったよりも不安なく導入できたと話します(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「『PayPay』利用者の利用者は一日に数人かな。こちらも慣れたので不安もないし、スマホですぐに入金確認できるし安心。これがパソコンだったら面倒だけど、スマホで見られるのもいいよね」と満足そう。

それでも困ったことは? と聞くと「たま~に支払い画面を見せてくれないお客さんがいることかな。そうすると『あれ? ほんとに払ったかな?』って不安になっちゃうよね。『ペイペイ♪』って決済音が出るんだけど、それが聞こえないときもあるしさ(笑)」と笑います。

次に訪れたのはお惣菜も売っているお肉屋さん。名物の東京コロッケや焼き鳥がずらりと並んでいて、晩ごはんやおつまみとしてついつい買って帰りたくなります。

「PayPay」のキャンペーン中は客単価もアップ。みなさん「おトク!」に敏感なんですね(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「PayPay」のキャンペーン中は客単価もアップ。みなさん「おトク!」に敏感なんですね(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「『PayPay』の利用者はやはり若い人が多いですね。100億円キャンペーンのときは、おトクに買えるということもあって、1人当たりの購入単価が多少、高くなっていた感触があります」とうれしそう。夕方、買い物客が増える時間帯にレジをあけずにさっと会計できるのもよいようです。

たこ焼き屋さんでも聞いてみました。
「たこ焼きってつくっているときに、手を休めることができないでしょう。だから、スマホを見るだけでいいQRコード決済はすごく助かりますよ。それに、導入するときに『PayPay』さんにいろいろと操作方法を教えてもらえたからね。とりあえず実験ということで、だめだったらやめればいいし(笑)、その点はすごく心強かったかな」と話します。

こちらのお店で「PayPay」払いを利用する人は、多いときで1日に10人ほど。たこ焼きさんのように、常に手で作業している店と親和性は高いよう。また、席で会計できる「飲食店」などでも使い勝手がよく、じわりと浸透してきているのを実感しました。

ちなみに各種電子マネーだと読み取り用の端末が油まみれになってしまうため、店頭での導入は難しいそう(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ちなみに各種電子マネーだと読み取り用の端末が油まみれになってしまうため、店頭での導入は難しいそう(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

消費者の使い勝手も悪くない。では後の展望と課題は?

また、この日、キャッシュレスを駆使して買い物をしているたこ焼き屋の常連さんにも話を伺いました。

「現金を持ち歩きたくない主義なんだよね。だからキャッシュレス決済で5種類ほどスマホに入れているよ。この商店街では『PayPay』を使える店は多いってことになっているけど、それでももっと増えてほしいよね。今だと、一度、チャージするとお金を使い切るのに3カ月ほどかかる。つまり、それほど使える店が少ないってことなんだよ」と、もっと普及してほしい様子。

たこ焼き屋さんの常連で、現在、キャッシュレス生活を満喫中。財布は持ち歩かないけど「ぜったいにスマホは落とせない」といい、バッテリーも持ち歩いているそう(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

たこ焼き屋さんの常連で、現在、キャッシュレス生活を満喫中。財布は持ち歩かないけど「ぜったいにスマホは落とせない」といい、バッテリーも持ち歩いているそう(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

よくある「使いすぎそうで怖いという不安」に問いに対しては、「キャッシュレスのいいところは、あとから買い物を振り返ることができるでしょ」と答えてくれました。課題としては、「やっぱりLINE、楽天、PayPayも含め、交通系ICカードの電子マネーなどと、規格が乱立しているから、もう少し統一されるといいかな」と話します。

確かにユーザー側から見ると、電子マネー払いやクレジットカード、さらにQRコード決済などと分散気味ですし、「何から導入したらいいか分からない」というのはよく分かります。そして、「管理できない」「設定がめんどくさそう」となり、「まだ様子を見ようかな(というだけで、何もしない)」となりがちです。

ただ、筆者はこの日、実際に「PayPay」を使って買い物をしてみましたが、想像以上にスムーズで拍子抜けするほど。キャンペーンで500円もらえたし、「タダで買い物できた、ラッキー!」が本音です。一方で、近所で使える店舗はまだチェーン店が中心で、よく行く店では使われていません。「もうちょっと規格が整理されて、使える店が増えてほしいなあ」というのが実感です(なお、利用者からのリクエスト機能もあるようです)。

公共料金や税の支払いにもキャッシュレス化の波が

日々の暮らしにかかわるキャッシュレス化は、日常の買い物だけではありません。最近は、行政が積極的に税や公共料金などの支払いをキャッシュレス化しようとしています。筆者が暮らしている神奈川県では、『キャッシュレス都市(シティ)KANAGAWA宣言』をしており、各種税金や上下水道料金の支払いがLINE Payで行えます。試しにアプリを入れ、現金でチャージをして、納付書に記載されていたバーコードを読み取ると支払い画面に。それをクリックするとあっという間に完了してしまいました。自宅にいながらにして納税できるのは便利ではありますが、「クレジットカード払いだったらポイントついたな……」となぜか損した気持ちに。

キャッシュレス化に取り組む行政の事例

ただ、個人的にはむしろ高額になる税金よりも、「保育園や学童などの細々とした支払いにQRコード決済が使えたらいいのに!」と思います。こういう教育現場では、衛生費や延長保育代など、期日までに現金で端数漏れなく用意してと言われることが多いのですが、「小銭の手持ちがない!」ということがよくあり、いつも半泣きになって用意しています。教育現場では先生や職員の業務負担軽減も叫ばれていますし、相性は悪くないと思うのですが……。

キャッシュレスを敬遠しがちな消費者も、一度なにかのきっかけで「QR決済」にふれることで便利さが実感できれば、加速的に普及していくことでしょう。スマホ決済が増えることで、現金管理のストレスが減り、今よりもっと楽しく買い物・決済ができるこれからの暮らしに期待したいと思います。

●取材協力
・向島橘キラキラ商店街
・PayPay

料理家のキッチンと朝ごはん[4]前編 アスリート料理家・YOSHIROさんの筋肉をつくるスクランブルエッグ

料理家ながら、トライアスロンの国内大会で優勝するほどの実力をもつYOSHIROさん。「食 ✕ 健康 ✕ スポーツ」を普及する活動を精力的に行うだけでなく、現役アスリートとしての実績も評価されています。そんなYOSHIROさんに朝ごはんについて伺いました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。開放的で明るいアイランドキッチンが住まい選びの決め手に

昨年8月に引越してきたばかりだというYOSHIROさん。今年5月1日に「令和婚」され、現在は夫婦おふたりで1LDKのマンションにお住まいです。

玄関から廊下を抜けた先に広がるリビングの主役は、開放的なアイランドキッチン。YOSHIROさんは、「コンパクトな部屋ですが、キッチンが大きくて明るいところが気に入っています」

リビングの片隅には本格的なトライアスロンバイクのほか、YouTubeの動画チャンネル「Cooking Athlon(クッキングアスロン)」用の撮影機材も。壁に飾ったIKEAのアートプラント「FEJKA(フェイカ)」が爽やかな印象(写真撮影/相馬ミナ)

リビングの片隅には本格的なトライアスロンバイクのほか、YouTubeの動画チャンネル「Cooking Athlon(クッキングアスロン)」用の撮影機材も。壁に飾ったIKEAのアートプラント「FEJKA(フェイカ)」が爽やかな印象(写真撮影/相馬ミナ)

YOSHIROさんの家の間取り

YOSHIROさんの家の間取り

今回、お教えいただくのは「ソーセージとチーズのスクランブルエッグ」。アスリートにとって重要な栄養素であるタンパク質を、朝からしっかり摂取できるレシピです。

トライアスリートの肉体をつくる! チーズ入りスクランブルエッグ

用意するもの(1人分)
・ソーセージ2本
・卵2個
・プチトマト(お好みで)
・しめじ(お好みで)
・ベビーチーズ1個(1センチ角にカット)
・オリーブオイル 大さじ1
・塩、こしょう 少々

今回はチョリソーとベビーチーズを使っていますが、それぞれお好みのものを選んでOK。より高タンパクな魚肉ソーセージや、切らずに使えるピザ用シュレッドチーズを使っても(写真撮影/相馬ミナ)

今回はチョリソーとベビーチーズを使っていますが、それぞれお好みのものを選んでOK。より高タンパクな魚肉ソーセージや、切らずに使えるピザ用シュレッドチーズを使っても(写真撮影/相馬ミナ)

材料をひととおり準備したら、アイランドキッチン背面のスチールラックにS字フックで引っ掛けたフライパンを手にとるYOSHIROさん。体の向きをキッチン側にさっと戻してフライパンをコンロに置き、熱し始めます。

天井近くまであるスチールラックを2台ならべ、キッチンツールや食器を配置。ものを持つたびに盛り上がる、YOSHIROさんの前腕の腕橈骨筋に歓声をあげる取材班(全員女子)。騒がしくてすみません(写真撮影/相馬ミナ)

天井近くまであるスチールラックを2台ならべ、キッチンツールや食器を配置。ものを持つたびに盛り上がる、YOSHIROさんの前腕の腕橈骨筋に歓声をあげる取材班(全員女子)。騒がしくてすみません(写真撮影/相馬ミナ)

今度は左手でコンロ下の引き出しを開けてボウルを取り出し、右手でコンロ脇に置いたツールスタンドから菜箸を取り出しました。

深さのある引き出しの右側にボウルを、左側に片手鍋をスタッキングして収納しています。手前の隙間には、鍋の蓋とまな板を立てて収めているため、それぞれ出し入れしやすそうです(写真撮影/相馬ミナ)

深さのある引き出しの右側にボウルを、左側に片手鍋をスタッキングして収納しています。手前の隙間には、鍋の蓋とまな板を立てて収めているため、それぞれ出し入れしやすそうです(写真撮影/相馬ミナ)

よく使う菜箸やターナー、木ベラなどのキッチンツール類は、コンロ脇に出しっ放しにして取り出しやすく。ツールスタンドとしてガラス製のメジャーカップを使っているため、汚れが気になったらさっと洗えます(写真撮影/相馬ミナ)

よく使う菜箸やターナー、木ベラなどのキッチンツール類は、コンロ脇に出しっ放しにして取り出しやすく。ツールスタンドとしてガラス製のメジャーカップを使っているため、汚れが気になったらさっと洗えます(写真撮影/相馬ミナ)

ボウルに卵を割り入れ、菜箸を使ってさっくり混ぜます。

とろっとした食感に仕上げたい場合は、卵白のコシが残るくらいに軽く混ぜるのがポイントだそうです(写真撮影/相馬ミナ)

とろっとした食感に仕上げたい場合は、卵白のコシが残るくらいに軽く混ぜるのがポイントだそうです(写真撮影/相馬ミナ)

熱しておいたフライパンにオリーブオイルを入れ、ソーセージをこんがり炒めます。焼き色がついたら弱火にして、再びぱっとスチールラックのほうを振り返り……。

使用頻度の高いお皿はスチールラックの中段に配置されていました。同一メーカーのものでなくても、形や色を合わせてスタッキングすれば、オープン収納でもすっきり見えます(写真撮影/相馬ミナ)

使用頻度の高いお皿はスチールラックの中段に配置されていました。同一メーカーのものでなくても、形や色を合わせてスタッキングすれば、オープン収納でもすっきり見えます(写真撮影/相馬ミナ)

ラックから平皿を取ってキッチンカウンターに置いたら、ソーセージをフライパンから取り出して、お皿に移します。

ソーセージの美味しさを引き出すコツは、少し焦げ目がつくまでじっくり焼くこと。弱火で4~5分、菜箸で転がしながら焼き付けます。「ソーセージから肉汁が滲み出てきたら焼き上がりです」(写真撮影/相馬ミナ)

ソーセージの美味しさを引き出すコツは、少し焦げ目がつくまでじっくり焼くこと。弱火で4~5分、菜箸で転がしながら焼き付けます。「ソーセージから肉汁が滲み出てきたら焼き上がりです」(写真撮影/相馬ミナ)

ソーセージを炒めたフライパンにプチトマトとしめじを入れて軽く炒め、塩こしょうします。

ソーセージと具材は火の通る時間や付けたい焦げ目の度合いが違うので、別々に炒めるのが大事。ソーセージを焼いた油をそのまま使えば、具材にソーセージから溶け出した旨味や香りが移って美味しさアップ(写真撮影/相馬ミナ)

ソーセージと具材は火の通る時間や付けたい焦げ目の度合いが違うので、別々に炒めるのが大事。ソーセージを焼いた油をそのまま使えば、具材にソーセージから溶け出した旨味や香りが移って美味しさアップ(写真撮影/相馬ミナ)

全体に油がまわってミニトマトとしめじがくたっとしたら、卵を溶いたボウルにチーズを加えて軽く混ぜ……。

ひとつの動作と同時に次の工程の準備を進めるため、流れるようにスムーズに動くYOSHIROさん。細かい質問に笑顔で丁寧に答えながらも、まったく手が止まらないのがすごい(写真撮影/相馬ミナ)

ひとつの動作と同時に次の工程の準備を進めるため、流れるようにスムーズに動くYOSHIROさん。細かい質問に笑顔で丁寧に答えながらも、まったく手が止まらないのがすごい(写真撮影/相馬ミナ)

フライパンにじゅわわっと卵液を流し込み、菜箸でぐるぐるっと大きくかき混ぜます。

卵を入れたら火を強めます。ここからは時間との勝負。必ず側にお皿を用意しておいてください(写真撮影/相馬ミナ)

卵を入れたら火を強めます。ここからは時間との勝負。必ず側にお皿を用意しておいてください(写真撮影/相馬ミナ)

「あっという間に卵に火が通るので、強火で10秒くらいを目安に仕上げてくださいね」(写真撮影/相馬ミナ)

「あっという間に卵に火が通るので、強火で10秒くらいを目安に仕上げてくださいね」(写真撮影/相馬ミナ)

スクランブルエッグをお皿に盛り付けたら、仕上げに塩、こしょうをお好みでパラリ。

ソーセージとチーズの塩分が入っているため、仕上げの塩は控えめに。「黒こしょうはぜひ挽きたてを使ってください。香りがまったく違いますよ」(写真撮影/相馬ミナ)

ソーセージとチーズの塩分が入っているため、仕上げの塩は控えめに。「黒こしょうはぜひ挽きたてを使ってください。香りがまったく違いますよ」(写真撮影/相馬ミナ)

最後にお皿のフチに粒マスタードを添えたら、完成です!

レース前など、YOSHIROさんご自身は炭水化物の摂取を制限されるそうですが、「一般のご家庭で朝食に出すなら、クロワッサンなどのパンを添えるといいですね」(写真撮影/相馬ミナ)

レース前など、YOSHIROさんご自身は炭水化物の摂取を制限されるそうですが、「一般のご家庭で朝食に出すなら、クロワッサンなどのパンを添えるといいですね」(写真撮影/相馬ミナ)

この日はとても天気がよかったので、テラスで朝食を取ることに。テラスに出るドアの脇に置いたスチールワゴンからクロスとカトラリーを取り出して、テーブルに運びます!

スチールワゴンにダイソーの「アルティメットコンテナ」を乗せてキッチン雑貨を収納。最上段から順に、クロス類、スパイス類、カトラリー類、食品のストック類。整然と分類されていました(写真撮影/相馬ミナ)

スチールワゴンにダイソーの「アルティメットコンテナ」を乗せてキッチン雑貨を収納。最上段から順に、クロス類、スパイス類、カトラリー類、食品のストック類。整然と分類されていました(写真撮影/相馬ミナ)

カトラリーを収めたコンテナの中はボックスで細かく仕切り、お箸や木製カトラリー、ナイフ&フォークのセットなどをアイテムごとに収納(写真撮影/相馬ミナ)

カトラリーを収めたコンテナの中はボックスで細かく仕切り、お箸や木製カトラリー、ナイフ&フォークのセットなどをアイテムごとに収納(写真撮影/相馬ミナ)

あんなにイヤだと思っていた料理の世界に飛び込んだ理由は……

つくり慣れた朝食だったこともあるとは思いますが、キッチンでのYOSHIROさんの動きはとにかく機敏で、つくり始めてから完成までがあっという間でした。料理家であるだけなく、3つの店舗を経営し、自ら料理人として厨房に立つこともあるというから、手際がいいのは当然のことかもしれませんね。

われわれにレシピの説明をしてくれるときは優しい料理の先生ですが、味見をするときの鋭い目つきはプロの料理人、重いフライパンを持つときに盛り上がる上腕二頭筋はさすがアスリート!の貫禄がありました(写真撮影/相馬ミナ)

われわれにレシピの説明をしてくれるときは優しい料理の先生ですが、味見をするときの鋭い目つきはプロの料理人、重いフライパンを持つときに盛り上がる上腕二頭筋はさすがアスリート!の貫禄がありました(写真撮影/相馬ミナ)

ところで、お父様が和食料理人だというYOSHIROさんですが、大学卒業後は営業職で一般企業に勤められていたとのこと。そのまま家業を継ぐという選択をしなかった理由は何なのでしょうか?

「毎日帰りが夜遅い、店が休めず学校の授業参観には来られない。そんな父の姿を幼いころから見てきて、子ども心に料理人なんかイヤだと思っていたんですよ(笑)。大学を出てサラリーマンになるんだと意気込んで希望の会社に入ったのですが、入社式当日に東日本大震災が起こって式は延期になりました。いろんな意味で、今でも忘れられない1日です。

後日、有給を使って被災地を訪れ、ボランティアとして多くの人と接するうちに、改めて自分にできることは何なのかと自問自答するようになって……。悩んだ末、自分にできるのは見よう見まねで父から学んだ料理だと行き着いたんです。あんなにイヤだと思っていたのに、結局父と同じ、料理の世界に飛び込むことになりました」。爽やかな笑顔で、そう語ってくれたYOSHIROさん。

その後、活躍の場は料理の世界だけにとどまらず、2015年には農林水産省・JICAの共同事業に参画し、日本食文化を世界に発信する活動にも携わった経験も。現在はパラ卓球ナショナルチームの公認フードアドバイザーにも就任し、2020年の東京パラリンピックで選手と共にメダル獲得を目指しています。「食」を軸に活躍の場を広げるYOSHIROさんの今後に、これからも目が離せませんね。

次回は、かっこいいインテリアとしても楽しめるだけでなく機能性も高い「愛用の調理器具ベスト5」をご紹介いただく予定です!

■料理家 YOSHIROさんのキッチン

●取材協力
YOSHIROさん HP
神奈川県生まれ。和食料理人である父の影響で、幼少期から実家の店舗で料理の基礎を学ぶ。専修大学卒業後、日本食研(株)に入社。退職後は日本料理店での店長勤務を経て、料理家として独立。世田谷区経堂の「凧」など3店舗を経営するほか、トライアスロン世界選手権の日本代表として「食 ✕ 健康 ✕ スポーツ」を普及する活動も行う。著書に『燃やすおかず つくりおき』(学研プラス)、『BRUNOの絶賛ホットプレートごはん』(宝島社)など。

新しい郊外を模索する「ネスティングパーク黒川」。なぜ焚き火付きシェアオフィス?

働き方改革のひとつとしてリモートワークの推進や副業など、多様な働き方が広がりつつある昨今、職場以外の仕事ができる場所「シェアオフィス」「コワーキングスペース」がどんどん増えています。でも、シェアオフィスなのに「焚き火ができる」となると、驚く人も多いはず。シェアオフィスながら新しい郊外の形を体現しているものだといいます。では、果たしてどんな空間なのでしょうか。2019年5月、川崎市麻生区にある小田急多摩線・黒川駅前にできた「ネスティングパーク黒川」を訪問し、オープニングイベント「ネスティングパーク・ジャンボリー」の様子と、郊外のあり方を模索するトークイベントから、「選ばれる郊外の姿」をご紹介します。
自然豊かな「黒川駅」。その駅前にできた心地よい空間

焚き火ができるシェアオフィス「ネスティングパーク黒川」ができたのは、小田急多摩線黒川駅の駅前です。シェアオフィス(デスク・ブース・ルーム)を中核に、カフェ「ターナーダイナー」、さらに芝生広場が広がり、夏にはコンビニエンスストアも開業予定です。木のぬくもり溢れる空間、青々と茂った芝生広場、広い空を見ていると「いい場所だな」という思いが心の底からこみ上げてきます。

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

もともとこの黒川駅周辺は、緑豊かなで良質な住宅街が広がっていましたが、駅前は鉄道用の資材用地になっていました。今回、その土地を利用して小田急電鉄がデザイン事務所ブルースタジオと組み、「ネスティングパーク黒川」を開業しました。でも、なぜ「シェアオフィス」だったのでしょう。立地と経済合理性を考えれば、(失礼ながら)よくある駅ビルをつくり、飲食店を誘致するというのが開発の鉄板にも思えますが……。

「背景になるのは、鉄道会社としての危機感です。少子化でこれから沿線人口がどんどん減っていくのは明らかです。だからこそ、今が良ければいい、ではなく、先手を打って『選ばれる郊外』を目指さなければ、と考えています」と話すのは小田急電鉄生活創造事業本部開発推進部の志鎌史人さん。

そもそも、神奈川県川崎市と東京市部を結ぶ小田急多摩線は、多摩ニュータウン構想のなかで生まれたいわゆる「郊外路線」。黒川駅もそんな一つで、都心に通勤して眠るために帰る「ベッドタウン」でした。もちろん、路線が走る川崎市も「かわさきマイコンシティ」に企業を誘致してはいたものの、街は本質的に子育てに特化していて、「眠る・暮らす」という性格が強かったのです。そこで、「働く」「遊ぶ」「暮らす」のあいだの場所として「シェアオフィス」をつくり「単一機能」の街から住む、働く、遊ぶといった「複合機能の街にしたい」というのが、今回の狙いだと話します。

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

現役世代、ママ、リタイア世代などの地元の交流の場に

今回のシェアオフィスの利用者として想定しているのは、(1)現在は子育て中で仕事をセーブしているものの、ショップなどを開きたい主婦、(2)リタイアしたけどビジネスを始めたいシニア、(3)現役会社員がリモートワークで働く場所、フリーランサーのオフィス、といったさまざまなライフスタイルの人たちです。当面の目標は「満室稼働です」(志鎌さん)ということですが、シェアオフィスの内覧見学会には続々と希望者が来ていて、すでに数十組の申し込みがあり、第1号のショップも誕生しました。

シェアオフィスにはデスク利用だけなら月1万円~、ルーム(約4平米~約8平米)であれば3万2000円~5万6000円から利用できます。都心にあるシェアオフィスと比べたら格安ですし、「何かをはじめたいけど、高額費用は出せない」という人にも、利用しやすい価格であることは間違いありません。

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした「職住が近接した、新しいワークライフスタイルに挑戦できるのも、郊外だからこそ」と話すのは、企画・設計を担当したブルースタジオの広報担当 及川静香さん。
「ネスティングという名前には、『巣(NEST)』として暮らしを育む、人生を楽しむ人が『集う(NESTING)』、さらに『ビジネスを育む』という3つの意味があります。ふるさとのように、いつでも戻れるような、どこかほっとする温かい言葉にしています」(及川さん)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

今回、カフェ「ターナーダイナー」を運営する株式会社ワットの石渡康嗣さんは、「働くならこんなに最高な場所はないよね。夕日はキレイだし、焚き火もできる。僕らも仕事している場合じゃない(笑)」と話します。石渡さん自身、都心に複数の飲食店を運営していますが、ネスティングパーク黒川の「ターナーダイナー」ではお客さんからポジティブな声を聞き、手応えを感じています。

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

「『待っていました!』『また来ます!』って声をもらうことがすごく多いって、スタッフが言っていました。自分たちの店を軸に、地元の人の交流の場所として活用してもらえたら、こんなにうれしいことはない」とにこやかです。

お祭り感ある「ジャンボリー」。これからの郊外を考えるトークショーも

取材に訪れた日は、「ネスティングパーク・ジャンボリー」という、オープニングイベントが開催されていました。木工ワークショップやオイルランプワークショップ、ワインツーリズムのほか、地元JAが運営する「セレサモス麻生店」が産直野菜を販売しており、家族連れなどが大勢訪れていました。何より子どもたちが楽しそうに芝生を走っている様子は、見ているこちらも微笑ましくなるほど。

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

日が傾きはじめた17時30分からは、ブルースタジオのクリエイティブディレクターの大島芳彦氏、郊外を研究しているマーケティングリサーチャーの三浦展氏、株式会社ワット代表の石渡康嗣氏、スノーピークビジネスソリューションズ取締役の山口昌浩氏による「焚き火を囲んで語りあおう、これからの『郊外』の楽しみ方」と題したトークイベントがスタート。

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

はじめに大島芳彦氏による現在の「郊外」が抱える課題、つまり「高齢化」「空き家の増加」「縮退」「若い世代が帰ってこない」といった流れの説明があり、それに対して「ネスティングパーク黒川」でできること、「未来をどうして行きたいか」という説明がありました。続いて、三浦展氏からは、「脱・典型的なベッドタウン」になるために、「多様性を増すこと」「夜の魅力を増すこと」「女性に選ばれる街」という「処方せん」が提案されました。

三浦展氏は、ベッドタウンはこれまで「都心で働く男性」「郊外で子育てする女性」というロールモデルを前提にして街が設計されていたため、「夫婦共働き」や「生涯働きつづける」という現代のライフスタイルに合わなくなっていると指摘します。今後は「郊外で昼間仕事ができる」ことに加え、「街を散歩してリフレッシュして新しい発想を得られる」「仕事のあとの夜の娯楽がある」といった要素を加えることで魅力的な郊外として再生するというのです。今回、シェアオフィスなのに、焚き火ができるのは、そうした大人の「遊び心」の象徴なのかもしれません。

スノーピークの山口氏も「日常のなかに、こうしたアウトドアの『非日常』があることで、人生も働き方ももっと豊かになるはず。火をかこむだけで、自然と人とのコミュニケーションが生まれますから」と焚き火の魅力を語ります。確かに焚き火を囲んでいるとなぜか自然と笑顔に。昔の日本の農家には「囲炉裏」があったように、実はとても落ち着くスタイルなのかもしれません。

小田急電鉄としては、今回の「ネスティングパーク黒川」はパイロットケースとしていて、仮に成功したからといってむやみに増やすという計画はなく、「小田急線沿線はエリアごとに特色があります。だからこそ、その土地、その街にあった開発、暮らし方の提案をしていきたい」(志鎌さん)と話します。首都圏の郊外エリアでも人口減少は少しずつ、でも確実にはじまっています。ただ、それを嘆くのではなく、時代にあった豊かなものへと価値を転換していけるかどうか、鉄道会社も不動産会社も試行錯誤をするなかで、「魅力的な郊外」として再生していくのかもしれません。

●取材協力
ネスティングパーク黒川

“賃貸住宅でDIY”これで安心。注意点や知識まとめた「賃貸DIYガイドライン」が必読

賃貸住宅に住んでいる人は、「原状回復できる範囲でのDIY」を楽しんでいるケースが多いと思いますが、知らぬ間に同居している家族や他の入居者の安全を脅かしている可能性があることをご存じでしたか? また、最近少しずつ増えてきた「DIY可」と記載がある賃貸住宅でも、火災予防の観点からやりたいDIYが出来ない場合もあることや、退去時にどんなトラブルが予測されるのかもまだあまり知られていないと思います。
「そんな情報どこで教えてくれるの?」という方には、2019年5月20日に公開された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」がおすすめです。その内容から、賃貸住宅でDIYする場合に知っておきたい情報をご紹介します。
「原状回復できるDIY」での注意点とは?

インテリアやDIY好きな人たちが実例画像を共有するサイトRoomClipを見てみると、「原状回復(現状回復)」というタグで3600枚以上の写真が投稿されています。賃貸住宅でDIYをやりたい人にとって「退去時に余計なお金がかからないように原状回復できること」が大きな関心ごとであることが分かります。
DIY材料店や100円ショップのDIYコーナーでは、「賃貸でも貼って剥がせる壁紙用の糊」や「きれいに剥がせてデザイン性の高い幅広マスキングテープ」などが売られ、インターネット上では「原状回復できるDIY」に関する情報がたくさん公開されています。

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

しかし、賃貸住宅の管理会社の立場から見ると、その中には心配なDIYも混じっていると感じます。かわいいから、便利だからと、ガスコンロのまわりに100円ショップで買った木製のすのこを貼ったり、燃えやすい粘着シートを貼ったりすれば、火災の危険が増してしまうのです。アパートやマンションなどの共同住宅で万一火災になれば、大家さんの財産である建物に被害を及ぼすだけでなく、人命にも関わります。火災保険に入っているから大丈夫、というレベルの話ではありません。

DIYする人が知っておくべき「内装制限」

賃貸住宅で火災が発生した場合の危険度は、構造や規模、場所によって違います。
例えば、木造のアパートと鉄筋コンクリートのマンションでは火の燃え広がる範囲やスピードが違いますし、1世帯しか住んでいない戸建て貸家と10世帯が暮らす共同住宅では火災発生のリスクが異なります。同じ1つの住戸の中でも、キッチンのある部屋のほうが浴室やトイレよりも火の用心が必要です。

そのような事情を加味し、火災が発生した場合の危険度が高い場所では、万一のときに避難する時間を稼ぐために内装に使う材料を燃えにくいものにするというルールがあります。「内装制限」と呼ばれるそのルールは建築基準法や消防法、都道府県の火災予防条例で規定されており、不燃材料、準不燃材料、難燃材料などの防火性能の高い内装材を危険度に応じて使用することとされています。
ちなみに、内装制限があるのは壁と天井だけで床材には制限はありません。火は上に燃え広がる性質があるからです。同じ理由で、例えば同じ2階建アパートの中の住戸でも、101号室には制限があるのに201号室にはない場合があります。101で火災が起きた場合は201にも早々に被害が及びますが、201で火災が起きた場合は上階に住戸がないのですぐには被害が広がらないと見られているからです。
賃貸住宅でDIYしたい場合は、ご自分の住んでいるお部屋の内装制限を知り、それに合わせたDIYをする必要があります。

内装制限をどうやって調べたらよいか

内装制限を調べる行為は、新築や増改築の建築設計の際に一級建築士などの専門家が行っています。「賃貸住宅でのDIY文化をつkうっていくためには、建築の知識がない人でもこれを簡単に調べられるようにする必要がある」と立ち上がったのが、一般社団法人HEAD研究会でした。現場の第一線で活躍する一級建築士や、DIYを促進したい不動産管理会社、メディア関係者などの有志が集まり、2年の歳月をかけて「賃貸DIYガイドラインver.1.1」を完成させたのです。

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

賃貸DIYガイドラインではフローチャート形式を採用し、その住戸にかかる内装制限を簡単に調べられるようにしています。「延べ面積」などの専門用語は、その用語の意味や調べ方が書いてあります。大家さんや管理会社に聞く必要があるもの、専門的な判断が必要で「建築士にご相談ください」というゴールになっているものもありますが、このガイドラインを使うことで多くの人が自分の住んでいる住戸の内装制限が分かるはずです。
調べた結果、「内装制限があります」となった場合でも、例えば棚や突っ張り棒など内装制限にかからないものを使用してDIYする方法もあります。しかし、その際の安全の判断は個人個人に委ねられますので、くれぐれもガスコンロのまわりなどに可燃物を置かないように気を付けましょう。

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能、原状回復不要の賃貸住宅も増えている

賃貸住宅でいろいろなDIYをやりたい人は、内装制限がない物件を探して原状回復できるDIYをするのも一つの手ですが、DIY可能で原状回復不要の物件があればもっと自由なDIYが出来ます。最近ではDIY可能な賃貸物件も少しずつ増えており、それを探せるお部屋探しサイトも出てきました。SUUMOでも「DIY可」で物件検索できるようになっています。
DIY可能な物件でも内装制限を守る必要がありますが、賃貸DIYガイドラインには「内装制限がある場合のDIYの実例」も掲載されており、例えば準不燃材料の壁紙の探し方や施工上の注意点などが記載されています。

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能な物件は原状回復義務が免除されている場合も多いので、多くの人がやりたくても諦めていた「壁に穴をあけて棚やフックを付ける」ことも可能です。しかし、原状回復義務がなければどこにでも穴をあけて良いかというとそうではなく、防火や防音、断熱の観点から穴をあけてはいけない壁があるので注意してください。

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

穴をあけてはいけない壁に棚を付けたい場合は、天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツが活躍します。有孔ボードを取り付けてフックを使い、見せる収納をつくるなど、このパーツを使用したDIY事例はインターネット上にたくさん公開されているのでとても参考になります。原状回復できる範囲でDIYを楽しんでいる人にも大人気で、間仕切りなどにも利用されています。

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

DIY可能な賃貸住宅で揉めないための注意点4つ

DIY可能な物件に入居したのに、退去時にトラブルになったら困りますよね。トラブルになりがちなポイントを知っておき、必要があればDIYを行う前に取り決めをしておくと良いでしょう。
一番重要だと思われるのは、実施したDIYに原状回復義務があるかどうかを確認することです。DIY可能な物件で時々見かけるのが「DIYして良いが退去時に原状回復が必要」というものです。そもそもこういう物件をDIY可能と言って良いのかどうかは微妙ですが、DIY可能という貸し方がまだ一般的ではないため、貸す側も管理する側も混乱しているのが現状です。退去時に困らないよう必ず確認するようにしてください。

二番目は、DIYした部分を退去時に残置するのか撤去するのかを決めておくことです。棚など取り外しできるものは、退去時に残置するのか撤去するのかを決めておいたほうが良いでしょう。

三番目は、残置する場合に不具合があった場合のことを考えておくことです。例えば設置した棚の取り付け方が悪く、棚板がひび割れたりぐらついたりしている場合、そのまま残されても次の入居者が使えないので、補修か撤去をする必要が出てくると思います。

四番目は、撤去する場合の原状回復をどうするか決めておくことです。例えば棚を取り付けるためにあけた穴などを原状回復する必要があるか、必要ならばどのくらいの費用が掛かるのかを確認しておいたほうが良いでしょう。
賃貸DIYガイドラインには、DIY可能な物件の契約書式の例も入っていますので、取り決めた事項をどうやって書面にしたら良いかの参考にしてください。

貸すほうも借りるほうも安心できることが肝心

DIY可能な物件は差別化となるため、空室に困っている大家さんや管理会社にもメリットがありそうですが、大家さんや管理会社が不安に思っていると増えていかないと思います。「次の入居者募集に支障があるようなDIYをされてしまったらどうしよう」「DIYの申請や承諾で業務が煩雑になり、対応しきれないかもしれない」「建築に詳しくないので法的にどんなDIYが可能なのか判断できない」などという不安があるのです。
DIY可能な物件を増やそうとしている管理会社は、この不安を払拭するためにさまざまな取り組みをしています。DIY可能壁をつくり、その部分だけは申請なしに自由にDIY出来て原状回復義務もなしにする、DIYショップに住まい手のDIY相談をアウトソーシングする、物件に出向いてDIY作業をサポートしてくれる人と提携するなどの取り組みが各地で少しずつ始まっています。
そんな中で、今回公表された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、大家さんや管理会社の法的な不安を取り除く役割を担っているのです。

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

近年のDIYブームによって、自分の住まいを好みの空間にする楽しみに多くの人が目覚めています。この動きは日本の住生活を豊かにし、暮らしの文化の充実と発展につながっていくでしょう。しかし、その暮らしを守るためには建物自体の安全が大前提であり、大家さんや管理会社などの関係者の安心感も重要です。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、その住戸で「何ができて、何ができないのか」を明確にし、「住まい手にとっての自由」と「大家さん、管理会社にとっての安心」を両立させ、日本の賃貸住宅のDIY文化を発展させるために制作されました。賃貸住宅に住んでいる人もこれらの知識を得ることで、自分で自分の暮らしの安全を守ることが出来るようになります。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」が広まることで、自由で豊かに暮らせる賃貸住宅が増えることを期待しています。

●取材協力
>平安伸銅工業株式会社●参考
>HEAD研究会
>賃貸DIYガイドラインダウンロードページ

グリーンカーテンは6月でも間に合う! マンションでのつくりかたも紹介

令和元年5月は、全国各地で過去最高気温を更新。夏本番を前に、何か暑さ対策をと考えた方が多いのでは? そこで、今から手軽にできる暑さ対策としておすすめしたいのが「緑のカーテン(グリーンカーテン)」。通常の植える時期は4・5月上旬だが、種類や方法によっては6月以降につくり始めてもまだ間に合う。電気代を節約することができ、植物を育てる楽しみもあるのが魅力だ。
緑のカーテンは生きているから涼しい

グリーンカーテンは、長時間日光に当たると熱くなる簾(すだれ)や葦簀(よしず)とは異なり、根から吸い上げた水を葉から蒸発させること(蒸散作用)で、自らの熱を逃している。夏の強い日差しを遮るだけでなく、周りの気温をわずかに下げてくれ、室温の上昇を抑えることができる。冷房の使用が控えられて省エネになるほか、緑が見た目にも涼しく、リラックスできるという効果もある。
ただ、グリーンカーテンは植物を育てネットに這わせる期間が必要になる。夏本番まであと1カ月ほど。今からでもグリーンカーテンづくりに間に合う植物の種類や栽培方法を、2013年から毎年グリーンカーテンづくりをしている三郷市立ピアラシティ交流センター・副センター長の河地伸浩さんに話を伺った。

三郷市立ピアラシティ交流センターの菜園「ポタジェ」前に立つ河地さん。ここで栽培した野菜の収穫体験や調理教室を通じて、地域コミュニティの形成に取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

三郷市立ピアラシティ交流センターの菜園「ポタジェ」前に立つ河地さん。ここで栽培した野菜の収穫体験や調理教室を通じて、地域コミュニティの形成に取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アクティビティももたらす公共の場のグリーン

河地さんの所属は、三郷市立ピアラシティ交流センターの指定管理者である、日比谷花壇 三郷街づくり共同事業体。日比谷花壇というとフラワーショップのイメージが強いが、北は宮城県から南は福岡県まで、公園や交流センター、霊園、文化財などで植栽管理を含めた施設の管理運営も行っている。
近ごろでは、公共施設でグリーンカーテンをよく目にするようになった。三郷市立ピアラシティ交流センターでグリーンカーテンに取り組んでいる背景は「ガラスをグリーンカーテンで覆うことで、より快適に過ごすことができ、冷房代の削減になるため」と河地さん。さらに三郷市立ピアラシティ交流センターでは、収穫したゴーヤを使った料理教室や、ヒョウタンランプづくりなどのアクティビティを実施し、地域のコミュニティづくりにもグリーンカーテンが一役買っている。「料理や工作といったアクティビティにつながるゴーヤやひょうたんなどの品種が、公共施設では需要があります」(河地さん)。

三郷市立ピアラシティ交流センターの窓辺の様子。左はグリーンカーテンが育つ前、右は成長後。体感温度だけでなく見た目の涼しさも大きく異なる(上・写真撮影/SUUMOジャーナル編集部、下・画像提供/日比谷花壇)

三郷市立ピアラシティ交流センターの窓辺の様子。左はグリーンカーテンが育つ前、右は成長後。体感温度だけでなく見た目の涼しさも大きく異なる(上・写真撮影/SUUMOジャーナル編集部、下・画像提供/日比谷花壇)

苗ならまだ間に合う!目的に応じた品種選び

「ゴーヤの場合は、6月前半までに苗を植えれば間に合います。苗からでしたら育てるのも比較的簡単ですし、初心者にもオススメです」(河地さん)
種からの場合は、4月から5月までに蒔き終えていなければならない。しかし、苗から植えるのであれば、7月に実の収穫や花を咲かせたい場合、6月中旬くらいまでに植えると、ゴーヤ以外にもほとんどの品種が間に合うという。

三郷市立ピアラシティ交流センターで恒例となったグリーンカーテンの植付イベントの様子。毎年5月中旬から下旬にかけて実施(画像提供/日比谷花壇)

三郷市立ピアラシティ交流センターで恒例となったグリーンカーテンの植付イベントの様子。毎年5月中旬から下旬にかけて実施(画像提供/日比谷花壇)

グリーンカーテンをつくるのに、ほとんどの品種がまだ間に合うと聞いて、ひと安心。しかし、選択肢が広い分、何を植えようか悩むところだ。
「まずは、食べる・見る・使うの3つの中から、目的を何にするか決めると選びやすいですよ」と河地さんは言う。三郷市立ピアラシティ交流センターでは、食べる=ゴーヤ料理教室、見る=グリーンカーテン de 記念写真、使う=ヒョウタンランプづくり、といったアクティビティが行われている。

“見る” グリーンカーテンの一部を顔を出せるように開けて、フレームに見立てたグリーンカーテン de 記念写真。インスタへの投稿や暑中見舞いの画像にぴったりと子ども連れの来園者に人気(画像提供/日比谷花壇)

“見る” グリーンカーテンの一部を顔を出せるように開けて、フレームに見立てたグリーンカーテン de 記念写真。インスタへの投稿や暑中見舞いの画像にぴったりと子ども連れの来園者に人気(画像提供/日比谷花壇)

“使う”乾燥させたヒョウタンに穴を開けて光源を中に入れればおしゃれな照明に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

“使う”乾燥させたヒョウタンに穴を開けて光源を中に入れればおしゃれな照明に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「”食べる”では、定番のゴーヤをはじめ、オカワカメやトケイソウ(パッションフルーツ)、ぶどう、小玉スイカなどがあります。ゴーヤやオカワカメ、”使う”のヒョウタン・ヘチマくらいでしたら大丈夫ですが、小玉スイカくらいになると、実の重さに耐えられるようにネットを張る必要があるので中級者向きです」(河地さん)。藤棚などしっかりした柵に応用すれば、かぼちゃなど重い実がなるものも栽培できるという。

ヒョウタンのグリーンカーテン。藤棚やテント状に組んだ柵などにツルを這わせると、緑の屋根のようにもアレンジできる(画像提供/日比谷花壇)

ヒョウタンのグリーンカーテン。藤棚やテント状に組んだ柵などにツルを這わせると、緑の屋根のようにもアレンジできる(画像提供/日比谷花壇)

花を楽しむ”見る”であれば、支柱を組む必要がなく、ネットを張るのが初めての方によさそうだ。ツル性の植物というと、筆者はアサガオしか思い浮かばないが、他にはどんな品種があるのだろうか?
「開花期が長く繁茂しやすい、スネールフラワーやアサリナは初心者向きです」と河地さん。6月上旬に苗を植え付ければ、9月や10月ごろまで花が咲いているという。
定番のアサガオも育てやすく初心者にオススメだが、中でも、ノアサガオや西洋朝顔(ヘブンリーブルー・ソライロアサガオ)は、茎や葉が枯れても根は枯れない宿根性のため、冬越しが可能。盛り土をしたり土の表面をビニールなどで覆ったりしておけば、種まきせずに翌年も花を楽しむことができるのはうれしい。

ねじれた蕾の形がカタツムリ(スネール)に似ていることから名付けられたスネールフラワー(画像提供/日比谷花壇)

ねじれた蕾の形がカタツムリ(スネール)に似ていることから名付けられたスネールフラワー(画像提供/日比谷花壇)

特に実がなる品種では、育てる場所が大切となりそうだが、河地さんに伺うと「南向きがベストですが、北向きでもゴーヤは育ちますよ」と教えてくれた。ただ、強風は植物の成長阻害要因となるため、ビル風が通る場所や室外機の近くは避けたほうがいいだろう。
また、水やりについて。苗を植えて根がしっかりと張るまでの1カ月ほどは、土の表面が乾いたら根腐れに気を付けつつ水をたっぷり。7月から9月の猛暑時には朝・夕の水やりが必要になる。ただ、この時期はお盆などで家を空ける日があるだろう。そういった場合は、自動散布機のほか、給水キャップを付けたペットボトルを土に挿しておくという手軽な対処法もある。

道具をそろえたら成長を待つのみ

バルコニーが西向きで、夏の強い西日に悩まされていた筆者。西洋すだれを使っているが、見た目に文字どおり華がないため、昨年もグリーンカーテンをつくりたいと思っていた。ただ面倒臭がりのため、ためらっていたが、河地さんの「繁殖力がすごいので、初心者でも簡単に綺麗につくれる」という言葉に惹かれ、今年は西洋朝顔を育てることに。
必要な道具は、深さがある大きめのプランター、培養土、肥料、鉢底石、ネット(10cm角目)、苗。そのほか環境に応じて、ネットを窓辺に取り付ける道具や支柱を用意する。

面倒臭がりな筆者は、グリーンカーテンづくりに必要な道具がセットになったものをネットショップで購入(税込2725円・送料込)。苗はホームセンターで実際に見て選んだ(2つで税込643円)(写真撮影/大川晶子)

面倒臭がりな筆者は、グリーンカーテンづくりに必要な道具がセットになったものをネットショップで購入(税込2725円・送料込)。苗はホームセンターで実際に見て選んだ(2つで税込643円)(写真撮影/大川晶子)

プランターや土は、運ぶのが大変。ネットショッピングでスターターキットを購入したら、グリーンカーテンづくりのハードルが心理的にも物理的にもがグッと下がった。ネットの張り方や植え付け方法については、「SUUMO」(アサガオ、ゴーヤ)や「日比谷花壇」の緑のカーテン紹介ページを参考に。筆者宅では、窓上に洋風すだれ用のフックを取り付けていたので、そこにネットの端を引っ掛けた。
あとは、毎日水をやり、ツタがネットに這うのを調整するだけ。こんなに簡単だったとは!
冒頭で述べたように、グリーンカーテンは生きているからこそ、育てる喜びがある。「ヘブンリーブルー、ソライロアサガオという名前のように、鮮やかな青い花を咲かせますよ」という河地さんの言葉にワクワク。今年の夏はどんな涼を取れるのか、楽しみだ!

植え付けて1週間ほどの状態。苗を購入する際、すでに他の苗と絡まり合っていたほどで、成長が本当に早い!(写真撮影/大川晶子)

植え付けて1週間ほどの状態。苗を購入する際、すでに他の苗と絡まり合っていたほどで、成長が本当に早い!(写真撮影/大川晶子)

(写真撮影/大川晶子)

(写真撮影/大川晶子)

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島でのリモートワークってどう?「ITアイランド」奄美大島と姫島に聞いてみた

ここ数年で「働き方改革」という言葉が浸透し、今後もリモートワークを導入する企業は増加する見込みだという。今は仕事によってはインターネットや移動手段・時間が確保できればどこでも仕事できる時代。Uターン・Iターン・移住・二拠点生活など、さまざまな形で仕事・生活の拠点を都市部から地方へ変更・検討している人もいるのでは。その中でも、交通面・仕事における環境面などでハードルが高いと思われているのが離島だろう。
しかし、現在はそんな離島でこそ、自治体を挙げて環境整備・リモートワークを推進しているところも多いようだ。今回は鹿児島県奄美大島と大分県姫島の話を聞いてみた。

鹿児島・奄美大島が目指すのは「フリーランスが最も働きやすい島」

東京から飛行機で2時間10分。鹿児島の南に位置する人口約6万1000人の島・奄美大島は、日本全国の離島の中でも3番目に大きな島。温暖な気候で、美しい海や原生林などを持つことから、観光地としても人気の島だ。

(写真提供/奄美市)

(写真提供/奄美市)

奄美市では、「2020年までに200名の フリーランスを育成すること、50名以上のフリーランス移住者を呼ぶこと」を目標に、2015年より「フリーランスが最も働きやすい島化計画」を推進。ランサーズ、GMOペパボ、Schoo、PIXTAなどの企業とも協業している。
「奄美大島に位置する奄美市は経済・産業のマーケットの規模は小さく、都会の巨大なマーケットまでは物理的な距離があるといった地理的不利性があります。その不利性を克服する産業として、情報通信産業の振興を重点分野に位置づけ、各施策に取り組んでいます。技術力をもったU・Iターン者が年々増えていることから、元々の住民も含めクラウドソーシングで都会の仕事をできる環境を整備する必要があると考えたためです」(奄美市商工観光部商工情報課 森永さん)

フリーランスの移住者を呼ぶための施策も積極的に行っている。
市内のインターネット環境の整備はもちろん、住民のフリーランス育成を推進するための奄美市オリジナルの教育プログラム「フリーランス寺子屋」などのイベント開催、住宅などの移住支援やコワーキングスペースの提供など、「フリーランスが最も働きやすい島」にするために必要な支援を、島のフリーランサーとともに検討・実行しているという。

イベント「2018観光フォトライター講座」の様子(写真提供/奄美市)

イベント「2018観光フォトライター講座」の様子(写真提供/奄美市)

奄美大島でドローン撮影・写真撮影・映像撮影・Webライター・予備校スタッフなどを行う田中良洋さんも、2017年に移住したフリーランサーだ。移住前も東京・大阪でフリーランスとして活動していたが、病気をきっかけに移住を考えはじめたという。

田中良洋さん(写真提供/田中良洋さん)

田中良洋さん(写真提供/田中良洋さん)

「ずっと都会で事業をしていましたが、体調を崩し、目の病気になりました。幸い完治はしましたが、スマホを見るのも太陽を見るのもつらく、寝てばかりの生活の中で『本当は何がしたいんだろう?』と思い悩んでいました。そのときふと浮かんだのが『島に住みたい』ということ。観光で与論島に行ったことはあり、もう一度行きたいと思っていたところ、たまたまネットで島おこしインターンシップというプログラムを見つけて参加。1カ月半与論島で生活しました。実際にやってみて、島の生活の魅力を改めて感じると同時に、奄美群島が面白いと感じました。その後、群島のいろんな地域を調べる中で奄美市はフリーランスの支援を行っていることを知ったのと、奄美市での予備校の仕事が見つかったのでここを選びました」

移住してまず心配なのが、家のことや今後の仕事のこと。田中さんは自治体の施策を利用し、コミュニティへの参加・事業の育成を行っている。
「家がなかなか見つからなかったり、生活費や家賃が思っていた以上にかかるのでどうやって仕事を広げていこうか不安はありました。けれど、奄美市が提供している『フリーランス寺子屋』という講座に参加し、フリーランスの知り合いができたり人づてに仕事をいただいたりして、不安は徐々に解消されていきました。現在もホームページ制作をしているフリーランスの人とよく一緒に仕事をさせてもらっています。仕事の打ち合わせをしたり、一緒に飲みに行ったり遊びに行ったりして情報交換をしています」

それでは、実際に移住して仕事や生活はどのように変わったのだろうか。
「もともといろいろなことをやりたがる性格だったので、島での働き方は合っていたと思います。都会では、ひとつの分野に絞って専門性を高めていかないといけないと思っていましたが、島では幅広くさまざまな仕事が求められます。驚きや不安もありますが、機会があることはありがたいですよね。ドローンでの撮影・素材映像の提供をしていますので、奄美ではどこを撮影しても絵になるのもメリットです。仕事で疲れたときや煮詰まったときに、すぐに海の見えるところでリフレッシュできるのはとてもいいと感じています。

ヒカゲヘゴ(写真提供/奄美市)

ヒカゲヘゴ(写真提供/奄美市)

笠利サトウキビ畑(写真提供/奄美市)

笠利サトウキビ畑(写真提供/奄美市)

生活面では、奄美市は思っていた以上に便利なので、普段の生活は大きく変わっていません。満員電車に乗らずにすむようになったことや、飲み会に無理矢理参加しなくてよくなったことは精神衛生上よかったと思います。休日の過ごし方は大きく変わりました。奄美大島の自然の中で遊べるので、今まで考えられなかった経験ができています。休日は友人の船に乗り、海に行ってマリンレジャーをしています」

大分県・姫島は2018年から本格化!「姫島ITアイランド構想」姫島(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

今年より新たな動きを見せる離島がこちら。
大分県北部。温暖な気候の瀬戸内海に浮かぶ人口約2000人の島・姫島。水産業が主要産業のこの島で、2018年1月から「姫島ITアイランド構想」が本格化した。水産業の低迷、若い世代を中心に村外への人口流出などによる人口減少が進む中での雇用創出、離島を舞台にした新しい雇用の形を創り地元の活力を高めたいという自治体の想いから生まれたプロジェクトだ。

お試しリモートワークの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

お試しリモートワークの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

この「ITアイランド構想」には、ふたつの取り組みがある。
ひとつは、IT企業や人材を呼び込むことで「離島×IT」の可能性を広げる取り組み。旧校舎を活用し、企業が入居できるオフィスやコワーキングスペースを設置した「姫島ITアイランドセンター」を整備。すでに2社が姫島にサテライトオフィスを設置し、稼働しているという。もちろん、都心と変わらない通信環境も整備済だ。始まったばかりのプロジェクトでフリーランサーの移住者はまだいないそうだが、「住居探しのサポートや広報活動も本格化していきたい」と姫島ITアイランド運営事務局の担当者は話す。

姫島ITアイランドセンター(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島ITアイランドセンター(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ふたつめは、未来のIT人材の育成・創出・定着を目指す取り組み。学生を対象としたプログラミング教室や住民のITに対する関心を高めるためのIT落語寄席などのイベントを開催したり、電気自動車を活用したカーシェアリングシステムや村営フェリーの運航状況通知システムを構築したりと、さまざまな取り組みを実際に行っている。

ITアイランドセミナーの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ITアイランドセミナーの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

離島での暮らしは、生活にもうるおいが生まれそうだ。通勤時間のストレスはもちろんなし。島内には保育所(待機児童数ゼロ!)・幼稚園・小学校・中学校や病院はもちろんある。治安もいいので、家族での移住も安心だろう。海や山などの自然が近く、海産物や野菜なども豊富。平日は通勤ラッシュもなく夜遅くまで仕事をする文化もない。休日は海、キャンプ、温泉など、自然の恵みをふんだんに受けた暮らしができそうだ。

姫島のビーチ(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島のビーチ(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ジオクルーズの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ジオクルーズの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

離島でのリモートワークは、もちろん利便性の面では都市部のほうが上かもしれない。けれど、豊かな自然の残る島だからこそ得られることも多いだろう。ライフスタイルや目指すもの・求めるものによっては、離島への移住・二拠点生活は最良の選択肢になるかもしれない。場所によってはお試し体験を実施しているところもあるので、気になる人はチェックしてみては。

●取材協力
>奄美市「フリーランスが最も働きやすい島化計画」公式サイト
>ゆったり×最先端リモートワークのすすめ「姫島ITアイランド」

ローカルで長屋暮らし。福岡県八女市で賃貸住宅「里山ながや・星野川」を選んだ人たちに起きたこと

福岡の山どころとも呼ばれる八女市。お茶の産地として有名だが、特によい茶葉が取れるエリアとして人気の高い上陽町に2018年7月に誕生したのが、この賃貸住宅「里山ながや・星野川」だ。自然あふれるローカルエリアに突如できた長屋にどのような人たちが移り住み、生活しているのだろうか。現地の暮らしぶりをリサーチしてきた。
民間企業が運営。移住前のお試し居住として、長屋の暮らしを提供

上陽町久木原は近隣にスーパーなど日用品をそろえる施設がなく、八女の市街地からも車で20分と、ローカル中のローカル、という声が地元でもちらほら聞こえるエリアだ。

もともと小学校跡地のグラウンドを民間会社が土地を借り利活用、建築設計事務所アトリエ・ワンの塚本由晴氏が設計を手掛けている。施工は地元の若手大工が行い、全8戸がつながった長屋様式の建物は、ほぼ全てが八女産の木材を使用して造られている。

この場所に賃貸の長屋を構えることを決めたのは、この住宅の管理会社でもある八女里山賃貸株式会社。自然資源の活用と、無理のない移住生活へのステップを創出しようという想いから、あえてこの田舎で長屋建築を計画実行した。

地域おこし協力隊で八女移住。夢を形にする助走期間として住まう山内淳平さん(28歳)は、福岡県小郡市出身。新卒で大手家電メーカーに就職後、2018年9月から八女の地域おこし協力隊に就任。地元企業のIT指導や広報支援を行う(写真撮影/加藤淳史)

山内淳平さん(28歳)は、福岡県小郡市出身。新卒で大手家電メーカーに就職後、2018年9月から八女の地域おこし協力隊に就任。地元企業のIT指導や広報支援を行う(写真撮影/加藤淳史)

まずお話をお聞きしたのは、会社員時代は営業職を担当していたという山内淳平さん。東京、大阪、福岡と転勤を繰り返すなかで、今はローカルが時代の最先端だと感じ、地域おこし協力隊の求人を一年かけて探したという。全国的にも珍しい、商工会に配属されるという募集要項を見て、八女への移住を決めた。「この建物はSNSで見て一目惚れ。地域資源を使って地元の若手大工がつくったというコンセプトもとても良くて、絶対ここに住もうと思っていました」と、協力隊就任とともに入居を開始した。大学時代を含めると、ひとり暮らしは4拠点目になるが、今が最も心にゆとりがあるという。

部屋はメゾネットタイプの2階建て。天井、柱、家具、格子などは全て八女杉を使用。1階は土間空間で、ひんやりと涼しい空気が流れる。写真はモデルルーム。どの部屋も同じ間取りとなる(写真撮影/加藤淳史)

部屋はメゾネットタイプの2階建て。天井、柱、家具、格子などは全て八女杉を使用。1階は土間空間で、ひんやりと涼しい空気が流れる。写真はモデルルーム。どの部屋も同じ間取りとなる(写真撮影/加藤淳史)

同じく八女杉を使ったキッチン。通常、八女杉を素材に使ったキッチンはほぼないそう。木の良い香りが漂う(写真撮影/加藤淳史)

同じく八女杉を使ったキッチン。通常、八女杉を素材に使ったキッチンはほぼないそう。木の良い香りが漂う(写真撮影/加藤淳史)

キッチン裏は浴室とトイレ、ランドリースペースと水まわりが1カ所にまとめられている。小屋の先には元ランチルームがあり、それが程よい目隠しに。日光が差し込んで開放感あふれる空間が広がる(写真撮影/加藤淳史)

キッチン裏は浴室とトイレ、ランドリースペースと水まわりが1カ所にまとめられている。小屋の先には元ランチルームがあり、それが程よい目隠しに。日光が差し込んで開放感あふれる空間が広がる(写真撮影/加藤淳史)

「室内は木材がいっぱいで、玄関をくぐるたびにふわっと森林の香りがします。朝には鳥のさえずりが聴こえます。星野川は星が綺麗な地域なので、空を見上げると満天の星空が望めますし、目の前にある清流の音も心地いい。空間や家具に木が使われていることでおだやかな気持ちになり、料理や入浴の時間とかも、ひとつひとつを丁寧に過ごせるようになりましたね」と話すように、飲み会の多かった会社員時代と比べて自宅でゆっくりと過ごす時間が増えたそうだ。

当初は、八女でなくてもどこでも構わないと思っていたが、至るところに野菜の直売所があり、どれを食しても美味しいことや、長屋暮らしを通じて隣人や地元の人たちとも程よい交流ができたおかげで、暮らしを通じて、この土地に住む人のあたたかさや生活環境の良さが分かってきた山内さん。特に八女の星空と山の景色に魅せられ、地域おこし協力隊の任期を終えたあとは、この地形を活かし体験型のアクティビティをメインにした事業を起こそうと計画中だ。

「地域を盛り上げることを目標とするより、八女にいる自分がどう幸せになれるかを考えた方が地域にとって良くなりそうな気がするんです」と語る。自分の生活像も将来のことも八女に来た当初はぼんやりとしか持っていなかったが、自分の環境を変えたことで少しずつ考えがクリアになってきたそうだ。

「自身のステップの場としてこの環境があることに満足しています」と最後、爽やかに答えていただいた。

「長屋暮らしだからか周囲に人がいなくて寂しいと感じたことはないです。地域の方とは年に数回、近くの公民館で親睦会を開いてお酒を飲みながら交流するのが楽しいです」(写真撮影/加藤淳史)

「長屋暮らしだからか周囲に人がいなくて寂しいと感じたことはないです。地域の方とは年に数回、近くの公民館で親睦会を開いてお酒を飲みながら交流するのが楽しいです」(写真撮影/加藤淳史)

夫婦生活のはじまりの場として。職場は変わらずとも気持ちに変化が桜木愼也・有希子さんご夫妻。お互い理学療法士で、同じ病院に就職したことがきっかけで知り合い、昨年結婚。初めての同居生活をこの里山賃貸でスタートさせた。仕事は結婚後も継続中(写真撮影/加藤淳史)

桜木愼也・有希子さんご夫妻。お互い理学療法士で、同じ病院に就職したことがきっかけで知り合い、昨年結婚。初めての同居生活をこの里山賃貸でスタートさせた。仕事は結婚後も継続中(写真撮影/加藤淳史)

次にお話を聞いたのは、里山賃貸住宅の利用者第一号となった桜木愼也・有希子さんご夫妻。「八女のロマン」という地元の移住ポータルサイトを見て竣工式から完成まで何度も足を運び、入居開始と同時に二人暮らしを始めた。
お互いアウトドア好き、また、夫が柳川、妻が筑後から職場のある八女の中心街まで通っていたということもあり、もともと3,40分の通勤時間が発生していたことから、星野川から勤務地まで車で20分という距離もさほど気にならず、それよりも自然に囲まれた環境が良いということで、長屋生活を選んだ。

「最初は、キャンプのコテージに泊まっているような気分でしたね。春は家の窓から桜並木を眺めたり、夏は目の前にある川に足を浸して涼んだり、冬はストーブで暖をとったりと、四季を生活のなかで楽しんでいます」

そう話す愼也さんは、この物件に移り住んでからドライフラワーの制作に目覚めて、趣味でつくった花々を壁に吊るして飾っている。

ドライフラワーは愼也さんの趣味。「いつの間にか始めてましたね」とコメント。中には結婚式のブーケで使った花もあるそう(写真撮影/加藤淳史)

ドライフラワーは愼也さんの趣味。「いつの間にか始めてましたね」とコメント。中には結婚式のブーケで使った花もあるそう(写真撮影/加藤淳史)

日用品などの買い物については市街地の病院で働いていることもあり、仕事帰りに済ませているので田舎暮らしに不便は感じていない。むしろ、周囲に店が少ないことで、なるべく自宅にあるもので済ませるうちに、物を買うことへの意識が変わってきたとのこと。ひとつひとつを吟味して買うようになったので、無駄遣いがなくなり貯金ができるようになったそうだ。また、家庭菜園を始めたことで、病院に来るおじいちゃん、おばあちゃんと肥料の種類など、野菜の栽培についての話が盛り上がるようにったという。

「接客業という仕事柄、ストレスを溜めることもあります。しかし、夫への悩み相談は通勤中にするようになったので、家に帰ると自然とスイッチが切り替わって、全く仕事のことは考えなくなりますね」とにこやかに話す有希子さん。外出してもすぐに家に帰りたくなるくらい、自分の住まいが好きなんだそう。

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

「以前は、せかせかして時間にゆとりが持てていなかったんだろうな、と思うときがあります。自分たちは、職場は変わらず、ただ住環境を変えただけなのですが、木のお風呂に浸かったり、2階のスペースで横になって休んだり、そういう暮らしが手に入ったことで変わってきたような気がしますね」と有希子さん。場所の力をひしひしと感じているようだ。

長屋の住人たちとの軽い挨拶や日常会話は毎日。「さっきイタチを見たよ」など気軽に話せる相手が近くにいることが生活の安心・安定感にもつながっている(写真撮影/加藤淳史)

長屋の住人たちとの軽い挨拶や日常会話は毎日。「さっきイタチを見たよ」など気軽に話せる相手が近くにいることが生活の安心・安定感にもつながっている(写真撮影/加藤淳史)

愼也さんも「もともと意識下にあった自分の好きなことや物が引き出された感じがありますね」というように、住まいによってご夫婦それぞれの行動や心境にポジティブな変化が生まれたようだ。

「子どもが生まれても生活的に問題なければずっとここにいたいですね。それ位この自然環境と木の生活は気に入ってます」と話す桜木さんご夫婦は最後、顔を見合わせて穏やかに微笑みあっていた。

シンプルに心地よい暮らしを求めたら、たまたま移住につながった(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

今回取材した山内さん、桜木さんはともに都市部からの移住。一般的にはそのように環境の大きく異なる地域への移住は、うまく生活していけるかなどの不安で、ハードルが高く感じるものだ。しかしこの2組の場合は、いきなり完成形を求めるのではなく、まずは里山賃貸住宅の暮らしに惹かれてコンパクトな長屋暮らしを始め、そこから少しずつ自分たちの好きなことや、やってみたいことに出会え、将来的にもここに住み続けるという「移住」という思いに至った。

全く違う環境に飛び込んでいく「移住」を大げさにとらえずに、こんな暮らしをしてみたいな、とか、単に住まい環境を変えたい、他者のコンセプトや物に惹かれた、という心のままにローカルでの暮らしを始めるのもいいのかもしれない。特にこの八女里山賃貸住宅では、同じ感覚で集まった人同士がつながることによって、それぞれが良い方向へと進んでいるようだった。

継続的な生産性は、無意識レベルでの「好き」から始まるのかもしれない。

取材当日に地域住民の有志で植えた芝生。今後はここでBBQや星空観察などを計画中だ(写真撮影/加藤淳史)

取材当日に地域住民の有志で植えた芝生。今後はここでBBQや星空観察などを計画中だ(写真撮影/加藤淳史)

●取材協力
>八女里山賃貸住宅ホームページ

台湾の家と暮らし[3] スタイリスト女子が暮らす古跡級ヴィンテージなシェアハウスin台北

私、暮らしや旅について書いているエッセイスト・柳沢小実が台湾の友人の家に訪れる本連載。3軒目でおじゃましたのは、スタイリスト&デザイナーであるヒッキー・チェンさんの台北・迪化街(ディーホワジェ)にあるご自宅です。彼女が住む、古跡級の住宅とシェアハウス事情について、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。柳沢さんと台北へ飛んで、自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔してきました。静かな空間をめざして、迪化街へ

長いおつき合いのカメラマンさんに、何年も前に見せていただいた1枚の写真。台湾の古い住宅で、窓枠や床のタイルなどは長い年月を経た趣があって、ずっと記憶に焼きついていました。まるで映画のワンシーンのような神秘的な空間。現代の台北とは思えない、しんとした空気が漂っている。今回、縁あってこちらに伺えることになりました。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

この家に住むヒッキーさんは、37歳のスタイリスト&デザイナー。主に映画やミュージックビデオで洋服や小物のスタイリングをしていて、イメージに合う既成服がなければつくることも多いそう。
彼女は、布地や小物の問屋がある迪化街(ディーホワジェ)で、外国人のルームメイト6人と家をシェアしています。

迪化街は台北市の西側に位置する、200~100年前に貿易や商売が盛んだったエリアです。歴史を感じさせる街並みは、日本人観光客にもおなじみ。
若い人を中心に、5年ほど前から台湾らしさを残す古き良きものを再評価する流れが起きて、クリエイターが流入し、迪化街は再び活気を取り戻しました。これは、東京東側エリアの状況とも似ています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

数年前から、街並みや景観の保護のために、迪化街周辺では古い建物の取り壊しや改装等が制限されています。古跡指定されている建物もありますし、古跡保護政策により新しい建物を建てる際の規制もあります。

家から近い、永楽市場内の麺の店がヒッキーさんのお気に入り(写真提供/KRIS KANG)

家から近い、永楽市場内の麺の店がヒッキーさんのお気に入り(写真提供/KRIS KANG)

基本的に夜は自炊、昼は外で食べることも(写真提供/KRIS KANG)

基本的に夜は自炊、昼は外で食べることも(写真提供/KRIS KANG)

台湾のヴィンテージ住宅へ潜入

彼女たちの住まいは、日本統治時代以前の1885年に建てられた建物。前面はかつて貿易の会社だったそうです。
台湾の店舗物件は、うなぎの寝床のように縦に長く、前面が店、中庭があって、奥が住宅という構造です。どうやら店舗部分と住宅部分が分けて売られたようで、彼女たちは店の奥の住宅部分の2階と3階に住んでいます。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

家の中に足を踏み入れると、人通りの多い迪化街の一角とは思えないほどの静けさが広がっています。石造りの教会のような、厳かな空間。ただ古いだけでなく、家主の細やかな心配りを感じさせる上品なしつらえ。
こんな建物は見たことがない。
後にも先にも、これほどに美しくて愛らしい住宅に入れる機会はないのでは、と胸が高鳴ります。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

2フロアに6人が住んでいることからも分かるように、ここはかなり大きな邸宅です。コンクリート造で、昔の建物のため天井が高い。2階は10畳ほどの私室が4部屋とキッチン、トイレ。3階は私室2部屋とリビング、お風呂。一番奥にあるキッチンの形や場所から推測するに、お手伝いさんがいたのかもしれません。そのくらい大きな建物です。

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いたヒッキーさんの部屋の間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いたヒッキーさんの部屋の間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

昔の家は「風通しがいい=風水的にも良い」と言われたそうですが、たしかにここも建物のいたるところに窓が、中庭側とその逆側にはテラスがあって、爽やかな風が抜けています。

(写真提供/KRIS KANG)

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家そのものを活かした部屋づくり

インテリアは、アメリカや南アフリカ出身のルームメイトたちの、外国人らしいセンスが端々に見られます。例えば、お祭りの被りものは縁起がいいものではないけれど、外国人には面白いみたいでインテリアに使っている。壁を塗ったりするのはOKだそうですが、家自体を変にいじったりはせず、元の良さをそのまま受け入れて住んでいます。

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家具は拾ってきたものも多いのだとか。人が捨てた物を拾うのはよくあること。台湾の人たちはお正月の前に大掃除して不用品を処分しますが、迪化街はお金持ちが多いので、いいものが捨てられていることも。夜出して朝に回収依頼をするため、その間に拾ってくるそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

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この部屋の大家さんは地元のおじいちゃん。住人代表のニュージーランド人が20年前にここを借りて、ヒッキーさん以外のメンバーは、20代後半~40代の男女。男女カップルもゲイの人もいます。
住人たちは台湾の英字誌『Taipei Times』のライターや英語教師、DJ、スペイン語の先生など、仕事も生活スタイルも全員バラバラ。短い人で半年、長い人は3、4年くらい住んでいるそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

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住人代表とは趣味の友達で、「場所」「シェアハウス」「値段」の情報だけで入居を決めました。1回目、2回目で取材した方もそうでしたが、部屋を見つけるのは友人や知人からの紹介が多いようです。他の台湾の友人からは、大家さんはできれば信頼できる知り合いに貸したいため、しばしば不動産屋さんを介さずに直接交渉すると聞いたことがあります。

家賃は破格で、一部屋7000元(約2万4800円)+水道代。迪化街の人気が出てきたために、近隣は家賃が上がったりもしましたが、ここはそのままです。
新たな住人が入居する際は、全員で面接。0時以降は静かにする。恋人を連れてくるのはOK。居住者の友達がリビングなどに泊るときは、その旨メモが貼られることも。大人同士なので、特にルールは決めていませんが、お互いマナーは守っています。

独立したキッチンスペース(写真提供/KRIS KANG)

独立したキッチンスペース(写真提供/KRIS KANG)

窓からたっぷり光が入ってくる(写真提供/KRIS KANG)

窓からたっぷり光が入ってくる(写真提供/KRIS KANG)

シェアハウスに住むということ

ヒッキーさんはお父様が外交官だった関係で、かつては東京・恵比寿にも住んでいました。仕事は一人で作業する時間が多く、イメージに合わせて服を自作することもあります。この日着ていた服も、自分でつくったもの。仕事に集中したいので、友達ともあまり遊んだりはしないそうです。仕事と内面の世界をとても大切にしている彼女がこの家と出合ったのは、必然だったのかもしれません。

そんな彼女がシェアハウスとは少し意外に思えますが、「友達と住むのは気を使うけれど、彼らは外国人だからちょっと気楽」だと言います。ご両親とは週に1度会っていて、家族やルームメイトとの距離感がちょうどいいこの生活を6年続けています。

この家で最も好きな場所は、2階のテラス。猫が入ってきたり、窓から見ていたりするのもいい。この周辺は、夜はお店が閉まって静かで、家も大きいためとても落ち着くのだそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

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「この家を出るのは、外国へ行くときか大家さんが売りに出すとき」
古いけれど考え方が新しいものが好きだというヒッキーさんは、この先どこでどのような暮らしをするのでしょうか。そして、台湾の宝物ともいえる美しい建物が、今後も良いかたちで守られていくことを、心から願っています。

あの家を訪れたのは、白昼夢だったのかもしれない。今でもそう、思っています。

(写真提供/KRIS KANG)

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>HikkyさんのHP

「東京防災」に関わった電通プロデューサーが語る、“防災意識の低い人のための防災”

東京都民なら、黄色の表紙の防災ガイドブック『東京防災』は、ご存じだろうか。
分かりやすいビジュアル、リアルなノウハウが話題となり、今は電子版など全国で入手可能となった。その『東京防災』の仕掛け人のひとりが電通の谷口隆太さん。
ほかにも、ラップグループ「スチャダラパー」と共同で、防災ソング「その日その時」を制作するなど、「防災・災害支援」を軸とした官民連携プロジェクトを推進している。
今回はその谷口さんに、活動内容や目指すところ、本人の防災対策についてお話を伺った。
「防災」は日常。意識が高くない人がターゲット

――最初に、谷口さんが防災の活動に関わるようになった経緯を教えてください。

子どもが楽しく暮らせる世界を目指したいと考え、以前の仕事では紛争地域に赴き、資金調達や実地調査など、現場で活動していました。その後、スマトラ島沖地震、パキスタン地震など、海外の緊急支援に関わるようになったのですが、そのうち、何か起きてから行くのが嫌になったんです。“起こらないようにするためにどうすればいいのか。そのためには民間セクターのほうが動きやすいと考え、2009年電通に入社しました。

そんななか、2011年に東日本大震災が起こりました。

「防災」を考えなきゃいけないことは思い知らされました。
ただ、震災の当事者でない限り、多くの人は記憶が薄れ、防災に関して「やらなきゃ」と思っているのに、やらなくなるのが普通です。だから、「防災」という言葉をあえて使わないで、いつもの暮らしのなかで無理なくできることを、いざというときの安心をプラスしようと始まったのが、「+ソナエ(プラスソナエ)」プロジェクトです。

――その一つが、『東京防災』であり、スチャダラパーさんとコラボした「その日その時」なんですね。

そうです。『東京防災』は、いざというときに「あ、防災の本、あったな」と気付いて手に取ってもらって、パニックになっていても理解できるように、最小限の文字と絵になっています。

スチャダラパーさんのラップは、いつもの暮らしの中で無理なく防災を身近に感じてもらいたくてつくりました。彼らもとても気に入ってくださって、よかったと思います。

■電通、スチャダラパーが共同で作成した防災ソング「その日その時」

――どちらもとても分かりやすく、リアルでした。私たちにとって災害に備えることがアタリマエになるのが理想的ですよね。

私たちがターゲットとしているのは「防災意識が高くない人」。防災に関しては、つい後回しになっている人。そういう人でも、普段の生活の延長線上なら対策できるはず。
8割以上の人が「地震が起きると思っている」と答えているのに、なにかしら具体的なことをしている人は3割にも満たないのが現実です。正直にいうと、防災の必要性を啓発するのは難しい。でも、クリエイティビティの力で、「なんだろう」「おもしろそうだな」「やってみようかな」と考えてもらうのが我々の役目と考えています。

もちろん、その土台であるものは信頼性のある裏付けが必要で、それが、我々の「+ソナエ・アルゴリズム」です。これまで蓄積された世界中の防災ノウハウをもとに、いつ、どこで、状況などを入力すると、約400の知見の中から、適切なコンテンツを対象者別、テーマ別に抽出するデータベースです。これらをもとに、さまざまなプロダクトを制作しています。

「防災に関する知識も、“知っているとちょっとカッコいい豆知識”として情報にまとめています」と語る谷口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「防災に関する知識も、“知っているとちょっとカッコいい豆知識”として情報にまとめています」と語る谷口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

当たり前の文化や日常の風景に“防災”を潜ませる

――ビジネスとしての側面はどうでしょうか。どうしても、防災というと公共、地域のサービスというイメージが強いのですが……。

「多少高くても安心・安全な機能のあるプロダクト、サービスを買う」という人は多く、我々の試算では、安心・安全に関わる潜在市場は6.4兆円の規模とされ、さまざまな分野での需要拡大が期待できます。 

左:「+ソナエ」プロジェクトのロゴマーク 右:潜在的防災市場規模(出典/ウェブ電通報 「新しい防災、はじめます(1)」(2015年8月31日公開))

左:「+ソナエ」プロジェクトのロゴマーク 右:潜在的防災市場規模(出典/ウェブ電通報 「新しい防災、はじめます(1)」(2015年8月31日公開))

――6.4兆円ですか。例えば、最近はキャンプブームで、軽量なキャンプ用品がたくさん出て、売れていますよね。

確かにそう。いいアイテム、いっぱいありますよね。アウトドア用品は、普段使いも便利だしそのまま防災用品として使えます。
また、日本防災産業会議の活動の一環として、防災知識のない営業でも使える「防災営業支援ツール」を制作しています。これは、各自治体が出しているハザードマップ等を参考にしています。

また、日常的な暮らしのなかに、“防災要素をプラスする”仕掛けも有効です。例えば、「贈る」という行為。日本人は、出産、引越し、入学など、折に触れてモノを贈る習慣があります。例えばお中元に日持ちのする飲み物、出産祝いに液体ミルクなど、大切な誰かのためにいざというときのソナエを贈るという習慣を提案しています。

――防災用品ってなかなか自分では買わないけれど、贈られたら確かにうれしい。「贈る防災」が習慣のひとつとして根付けば、すごくいいですね。どうしても災害はいつ起こるか分からないため、自分ではつい後回しになってしまうのも事実です。

でも、災害って地震だけじゃないでしょう。強風、ゲリラ豪雨、極暑による熱中症など、命にかかわる災害は、実は多い。そのため、もっと普段から情報にふれることで、1人1人の災害対応力を高めていく必要があります。その一環として、私が今取り組んでいるのが、防災情報配信チャンネル「City Watch」です。

これは、商業施設や公共施設、マンションやオフィスビルの共用部にある電子看板に、地域ごとに細かく分けた災害情報を配信するサービスです。前述の「+ソナエ・アルゴリズム」を使い、エリア特性とそのときの震度などの災害情報に基づいて、私たちが「どう行動すればいいか」を示す情報を自動で配信します。しかも英語をメインに多言語配信で、海外の方も安心ですし、強制的に配信されるので、誰もが平等に情報を得ることできます。

これなら、スマホのバッテリーを心配しながら、みんなが同じ情報をスマホで検索するという不合理な事態も避けられます。これを活用することで、街のどこにいても安心できて、住み続けたくなる街が増えることを願っています。

CityWatch 平常時の画面イメージ(提供/電通)

CityWatch 平常時の画面イメージ(提供/電通)

自分の防災対策は「特別なことはしていない」

――話は変わりますが、電通での防災の取り組みなど教えてください。

私は企画には関わっていないのですが、「電通防」という活動で、9月の防災週間には、誰もが通るエントランスに、人工呼吸の人形を置いたり、地震時にオフィスがどうなるかリアルに再現したり。みんな真剣に見ていましたよ。

――まさしく、防災のプロである谷口さんですが、ご自身が普段行っている防災にはどんなことがあるのでしょうか。

普段持ち歩いているバッグには、バッテリーが2個、何かしら腹持ちする食べ物や飲み物が入っているくらいでしょうか。
3.11を機にこれらを持ち歩くようになったのですが、今は会社がフリーアドレスになって荷物を持ち歩いていたほうが楽なので、当たり前のスタイルとなりました。

最近は非接触で使えるモバイルバッテリーなど、技術も進歩しているし、お洒落なアウトドア用品や美味しい高級缶詰も増えているので、自分なりに楽しみながら備えられるといいですよね。いざというときに必要なものは人それぞれに違うはずですから。

――ご自宅ではなにか特別なアイテムなどご用意されているのでしょうか。

特別なことはしていないです(笑)。
ただ“普段使い”しているもののなかで、何が災害時に使えるか考えています。
普段子どもが自転車に乗るときに使うヘルメットは、地震のときも被らせようとか、いつも履いているこの歩きやすいスニーカーを、避難のときにも履いていこう、とか。

日常の暮らしのなかで、ちょっと視点を変えてみるだけで、いざというときに役立つアイテムは沢山あると思います。気取ったり、気合を入れすぎずに、日々の生活のなかでちょっとした“プラスアルファ”のとして防災を考える。それだけでも、いざというときに安心ですし、冷静な行動ができるようになると思います。

3.11の大震災の時には、汐留の社内にいた谷口さん。すぐに交通機関がすべてストップするだろうと考え、すぐ帰宅。帰宅難民にならずに済んだそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3.11の大震災の時には、汐留の社内にいた谷口さん。すぐに交通機関がすべてストップするだろうと考え、すぐ帰宅。帰宅難民にならずに済んだそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
電通 ビジネス・プロデューサー
谷口隆太さん
筑波大学第三学群国際関係学類を卒業後、1999年より株式会社博報堂を経て、2001年よりセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンで、広報・FR担当としてベトナム・ネパールの栄養改善・教育事業に、アフガニスタン・イラクの緊急人道支援に従事、2004年よりジャパン・プラットフォームにて海外の緊急支援(スマトラ島沖地震、パキスタン地震、インドネシア地震、スーダン人道支援、イラク人道支援他)に従事。 2009年電通に入社。以後、食料自給率向上、健康、被災地支援、防災等の社会課題で官庁や民間企業とNPO/NGOの連携等によるコミュニケーション、ビジネス開発に取り組む。
>CityWatch

名古屋のタワマンでママが「子ども会」をつくってみました

多くの人の子ども時代の記憶に残る「子ども会」の活動。近所の子と一緒に、夏の朝はラジオ体操、秋はお祭りやスポーツ大会……。筆者も楽しく参加した思い出がある。その子ども会は今、少子化などの影響により減少の一途をたどっているという。そんな中、名古屋市の都心部にあるマンションで「子ども会がなかったから、自分で立ち上げました」という人に、立ち上げの経緯や理由、子ども会の良さを取材した。
少子化や指導者不足…、子ども会は減少傾向

はじめに、全国の子ども会や指導者、及び連合組織を会員とする「公益社団法人 全国子ども会連合会」に子ども会の現状を聞いてみた。山本哲哉常務理事によると、「マンション単体での子ども会の立ち上げは、全国的にも希少な例でしょう」という。「現在、全国の子ども会が直面している最大の課題は会員減少です。少子化による、人口の自然減少以上の加速度的な会員減少に、歯止めがかけられていません」

子ども会とは、「基本的には、小学生から中学生までの子どもたちによる地域密着型の団体。異年齢の子どもたちが、その地域になじんだ活動へ主体的に取り組むことが、地域における子ども会の本質であり意義であると考えています」と山本常務理事。

データから見ても子ども会の会員数減少は明らかだ。子ども会の会員数(全子連共済加入者数で、カウントは就学前3年の幼児から中高生までの構成員)の推移表を見せてもらうと、筆者が10歳だった昭和63年は、子どもの会員数が604万3228人、大人の会員数が155万5429人で、合計759万8657人。一方、平成29年の調査では、子どもの会員数が247万2960人、大人が102万9157人で、合計350万2117人。合計人数が2分の1以下になり、大幅に減少しているのが分かる。

令和元年5月に総務省統計局から公表された平成30年12月の確定値では、15歳未満の総人口は1538万7000人。一方で政府統計によると、昭和63年は15歳未満の総人口が2398万5000人となっている。
確かに、子どもの人口減少以上に、会員数の減少が目立つ。

また、「少なくとも都市圏では子ども会の組織そのものが減少しています」と山本常務理事。「子どもの減少で活動が思うようにいかなくなった近隣の数カ所の子ども会が合併し、新たな名称の子ども会をつくったという場合や、児童数の減少により、今まであった単体の子ども会を、校区全体で1つの子ども会にしてしまった例なども聞いています」という。

さらに、「会員減少は、役員や指導者の後継者不足という、大人側の問題ともつながっています」と話す。核家族や多忙な共働き世帯、シングルマザーやシングルファザーの世帯も増えている現代では仕方がない面もあるのかもしれない。「指導者を含む人材不足による行事のマンネリ化、子ども会の魅力のなさが、会員減少の根本的な問題であることはいうまでもありません」

会員減少、そして子ども会の減少により、「子どもの体験不足やコミュニケーション能力不足を引き起こす可能性があるのでは」と懸念しているという。

越してきたマンションが「子ども会に入っていない」!

今回取材した「子ども会立ち上げママ」は、名古屋市在住のUさん。3歳・8歳・10歳の3児の母で、約100世帯が住むタワーマンションに住んでいる。日中は自宅でPCを使って仕事をする兼業主婦だ。子ども会を立ち上げるきっかけは偶然だった。

「関東から名古屋市内のマンションに引越してきた最初の夏休みに、近所の広場でラジオ体操をしているのを見かけて、子どもと出かけると、『そこのマンションは子ども会に入っていないから』と説明され、参加できませんでした。
小学生の夏休みといえば、ラジオ体操があって早起きをするというイメージがあったので、自分のマンションが子ども会に入っていないことに驚きました。マンションの世帯数が多いので、子ども会に加入したいのであれば、よその子ども会に入るのではなく、自分たちで子ども会をつくらなければならないのだとその際に知りました」

数年後、順番が回ってきてマンションの役員になったUさん。
「役員になり、さらにクジ引きで理事長に就任しました。理事長として、小学校区の連絡協議会で子ども会の現状について報告する機会があり、人から『どうしてそこのマンションには子ども会がないの?つくればいいのに』と言われて。それもそうだと気がつき、さっそく区役所に行って、子ども会のつくり方を調べてみました。すると、会則と会員名簿を作成して区役所に申請すれば、子ども会を立ち上げて、助成金をもらうことができると知って、思ったより簡単だなと感じました」

ちなみにUさんの自治体では、会員数が10~34人までの場合、年間約2万円(申請時期により異なる)の助成金を受けることができるそうだ。

Uさんがパソコンで制作した新規会員募集のチラシは、管理組合を通してマンションの掲示板に掲示(写真提供/Uさん)

Uさんがパソコンで制作した新規会員募集のチラシは、管理組合を通してマンションの掲示板に掲示(写真提供/Uさん)

マンションの住民にアンケートを実施し、子ども会が発足

「立ち上げにあたり、事前に、マンションの住民に『子ども会が必要かどうか』というアンケート調査を実施しました。すると、子どもを持つ世帯の半数以上から『子ども会をつくってほしい、あれば参加したい』という回答をもらったことがモチベーションに。さっそく会則と会員名簿を作成して申請し、人数に応じた助成金をいただけるようになりました。
役員については、1年目なので、顔見知りのお母さんたち数名にお願いして引き受けてもらうことに。マンションの住民に対しては、立ち上げに関しての説明会も実施し、アンケート結果などの資料を配りました」

現在は14世帯、子どもは30名ほどがマンションの子ども会に在籍。子ども会を立ち上げて最初の夏休みであった昨年、さっそく近所の広場でラジオ体操を実施した。

「町内の子ども会に共催という形で入れてもらい、スタンプカードを分けてもらうなど、進め方を教えてもらいながら同じ広場で開催しました。子どもたちは元々同じ校区の仲間なので、夏休み中もクラスメイトたちと会うことができ、喜んで参加していたようです。マンション内では、ラジオ体操の当番表をつくり、役員ではない保護者にも持ち回りで当番をしてもらいました」

そのほか、小学校の長期休みの日中に「子ども映画鑑賞会」を実施して好評を博した。
「マンションの集会室にプロジェクターとスクリーンがあるので、権利関係を確認してDVDを用意し、映画を上映しました。その際、助成金で買ったお菓子やジュースを食べられるようにして、好評でした。子ども会会員以外の住民のお子さんも、100円を持って来れば参加可としました」

子ども会行事についての連絡は、管理組合の許可を得て、マンションの掲示板にチラシを掲示している。
「ただ、なかなか掲示物を見ない人もいるので、会員の保護者には子ども会のLINEグループに参加してもらい、ダイレクトにお伝えもしています。春休みなどの長期の休みでも、親が仕事だったり、子どもたちの習い事があったりと、なかなか日程がそろわないので、LINEの予定表で、参加者が一番多い日に開催するようにしています」

助成金を活用して、子ども会を卒業する6年生に図書カードを配布した(写真提供/Uさん)

助成金を活用して、子ども会を卒業する6年生に図書カードを配布した(写真提供/Uさん)

親も子も安心できる、共用施設でのイベント開催

マンション単体で子ども会を立ち上げたことに、メリットを感じているというUさん。

「集会場など、マンションの共用施設で映画鑑賞会などのイベントを開催することで、子どもだけでも気軽に参加できるのは大きなメリットだと感じました。例えば、夏休みや春休みなどの長期休み中に、親が仕事で、一人で留守番をしなければならない子も、マンション内であれば、エレベーターで降りるだけで友人や知り合いがいて、安全に参加できます。これは大型マンション単体の子ども会ならではのメリットだと考えています」

エントランスの出入口には管理員も常駐しているので、大人の目は多い。それまで空いている時間が多かった集会室や、プロジェクター設備の活用につながっていて良いという、住民からの声も聞かれた。

Uさんは「自分自身、役員としてイベントに付き添ってみて、顔と名前が一致したり、新たに知った子もいたりして、マンション内や近所でも、会うと挨拶したり話をする機会が増えました。普段はなかなか会わないので、親子にとってよかったと思います」と感じている。

「イベントに関しては『映画鑑賞会で、友達と一緒に映画を観たのが楽しかった』と言った子がいて、小さな子が、初めて友達と一緒に映画を観るいい機会にもなったようです」と振り返る。「ただ、ラジオ体操は『習ったことがないので難しかった』という声があり、今は小学校で習っていないのだと気がつきました。今年は練習会などを考えています」

今後は、どの程度の規模のイベントを企画していくかを検討中だという。
「引率者の問題もありますが、よりイベントの幅を広げることも考えていきたいです。自治体が開催する既存のイベントに、子ども会ごと参加するのもいいかもしれません。費用の面では、助成金だけでなく会員から会費を集めるのか、自治会(町内会)とも交渉して助成金をもらうようにするのか……と考えているところです。自分たちのマンションで、まだ回収していない古雑誌などの資源を集めるというアイデアもあります。もちろん、安心・安全なマンションの共用部は、これからも活用する予定です」

マンションの集会室に講師を招いて、親子で参加できるようなワークショップを行うことなども検討しているという。

“気張らない活動”でも、子どもと大人に大きなメリットが

現在、まだ遠出するイベントなどは実施していないというUさん。マンション内を中心としたあまり気張らない活動がメインながら、子どもたちは楽しみ、刺激を受けているようだ。

一人っ子家庭も多い現代では、異年齢や異性と関わり、遊びながら社会性を身に着けられる場としても意義は大きい。Uさんのマンションの「映画鑑賞会」のイベントでも、年上の子が率先して集金し、小さな子にお菓子やジュースを配るなど、自然とリーダーシップを発揮している場面が見られたという。

前出の全国子ども会連合会の山本常務理事も話す。「子ども会の理想は、大人は見守るスタンスで、子どもが主体となり成功体験につながるような活動です。でも現実は、限られた時間の中、少子化や共働きなどの現代の状況下での活動になりますから、各自が負担にならないように運営することが大切です」

Uさんのように、マンションで子ども会を立ち上げた場合、子ども会の存在によってコミュニケーションが生まれ、活動がない日もマンション内での見守り効果が高くなるというメリットもあるだろう。キッズルームやライブラリーを備えたマンションなら、活動はさらに広がり、共用施設の有効活用にもつながりそうだ。

この数年でマンションが増加している名古屋の街並み(写真/PIXTA)

この数年でマンションが増加している名古屋の街並み(写真/PIXTA)

かつては地域単位だった子ども会が、マンション単位で実施されるのは現代的。子ども会の発足を機に、マンションが1つの街のようにまとまり「みんなで子どもを育てよう」という住民の意識が高まるかも。

働く女性が増えて忙しい世の中だからこそ、子ども会の活動をきっかけにして、もしものときに助け合えるママ友や、子どものコミュニティが増えたらいいなと感じた。

できる人が、できることから。ゆるやかに始めてみるのも、令和時代の子ども会のスタイルにマッチしているかもしれない。

●取材協力
・公益社団法人 全国子ども会連合会

福岡で誕生、100年先の暮らしを模索する実験的 コミュニティ

近年、東京都内でも拡張家族をテーマにしたシェアハウスなどができ、新たな社会関係が生まれはじめている。その中で昨年、福岡では「100年先の暮らし」をテーマにした実験的コミュニティ『Qross』が誕生。その特徴と、ファミリーやシングルマザー、多拠点生活者などさまざまな立場の中でコミュニティへ参加することへのメリットを、立ち上げから1年経った今、振り返りながら語っていただいた。
コンセプトは「100年先の暮らしを実験する場所」

Qrossができたのは、2018年4月。立ち上げ当初のメンバーが、たまたま同じ価値観をもっており一緒に暮らす場が欲しいということで、移動にも便利な天神に拠点をおいた。

ここはシェアハウスのように住むことが前提ではない。住む人もいれば、日中の生活拠点として利用する人、たまに遊びに来る人もいる。0歳から66歳まで多様な人が所属し、思い思いに自分の生活をゆだねることができる場所といった感じだろうか。

現在の利用者は約30名。クリエイターをはじめ、プロジェクトデザイナー、映画プロデューサー、新米猟師、不動産会社社長、シェアハウス運営者、アイドル、デザイナー、編集者、日韓ツアープロデューサー、占星術師、鍼灸師、小学校教師、元大学教授、学生……と、肩書きはそれぞれ。

ニュースでも流れるように、テクノロジーの急速な進化、地球温暖化など環境への不安、政治や経済も含めた既存の社会システムの限界など、さまざまな社会問題が世界を取り巻き、これからの未来が予測不能ななかで個人として暮らしはどうあるべきか?100年後、どういう暮らしが残っていたらうれしいのか?そういった問いかけをそれぞれに感じながら、ともに生活という場で実験をしている。

基本的には暮らしに重きをおいてはいるが、コミュニティ内でも集団子育てなど、さまざまな活動もこの1年で行ってきた。

Qrossでの社会実験1.「きいちの学校」。集団子育ての一環として、さまざまな肩書きをもつ利用者の特性を活かして、非婚シングルマザーの子どもの先生を日替わりで担当。この活動だけではなく、普段の生活でも利用者同士で子育てをしている。 ※)背景の松は、もともと能の練習場だった時の状態をそのまま残したもの。現在はリビング・ダイニングとして使用(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験1.「きいちの学校」。集団子育ての一環として、さまざまな肩書きをもつ利用者の特性を活かして、非婚シングルマザーの子どもの先生を日替わりで担当。この活動だけではなく、普段の生活でも利用者同士で子育てをしている。
※)背景の松は、もともと能の練習場だった時の状態をそのまま残したもの。現在はリビング・ダイニングとして使用(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験2.「田んぼ部」。都心の天神から車で30分ほどの糸島で田んぼを借りて自分たちのお米を育てる。手植えから脱穀まで、プロの指導を仰ぎつつ自分たちで管理(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験2.「田んぼ部」。都心の天神から車で30分ほどの糸島で田んぼを借りて自分たちのお米を育てる。手植えから脱穀まで、プロの指導を仰ぎつつ自分たちで管理(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験3.「ソウルツアー」。韓国のまちづくりをアートの視点で観光。また韓国と日本での共同イベントも今後実施予定(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験3.「ソウルツアー」。韓国のまちづくりをアートの視点で観光。また韓国と日本での共同イベントも今後実施予定(写真提供/Qross)

Qrossは8割が多拠点居住者で、残り2割が定住者であることが特徴。それぞれに個人の家、または家族と住む家を持っている中でコミュニティを利用している人のほうが多い。職業も働き方もバラバラ、単身者もいれば家族もいて、さらにここに定住する人もいれば多拠点先のひとつとして利用している人もいる。このように多様な、人・暮らし方が生まれたのは、それぞれこの場所のどこに魅力を感じたからだろうか?

年齢層も0歳~66歳と幅広い(写真撮影/加藤淳史)

年齢層も0歳~66歳と幅広い(写真撮影/加藤淳史)

コミュニティにしかない価値

主にあげられたのはこのような理由だ。

▪「ただいま」と言える場所が複数あると心に余裕が生まれて、いろいろなことに挑戦しやすい。会社と一人暮らしの往復だと視野が狭くなる気がした。自分の拠点を3つ以上持つと一つ一つの拠点にいる時間は短いけれどもその分、その場にいる人を大切にしようと思えた(多拠点居住/デザイナー)

▪起業を予定してシェアオフィスも探したけれど、皆が黙々と作業している雰囲気がそもそも苦手。変にルールに縛られる空間よりも自分は多様な空気、カオス感を感じる場所に身を置いていたかった。60歳代ともなると、ルールをつくることは簡単だけれどもカオスに戻るのが難しい。認識論より存在論。ありかたの大切さに重きを置きたかった(同県内にて家族と居住中/元大学教授・イドビラキ伝道師)

▪ある程度仕事をしながら収入は確保できるし、それなりにやりたいこともできるけれど、こなし作業になる気がした。自分がこの先どうなるか分からない、ワクワク感に身を置いていたかった(長崎壱岐と二拠点居住/プロジェクトデザイナー)

▪子育ては自分が運営しているシェアハウスでもしていたけれど、大家と入居者という立場だと遠慮して言えないことがあったかもしれない。ここでは全員で子育てしているので、子どもを叱ってくれることもあるし、叱るポイントも人それぞれなのが面白い。多様な価値観に触れ合えることで、柔軟性や社会性も自然と身について、キャパも広がりそう。(非婚シングルマザー/シェアハウス運営者)

▪友達と一緒に子育てがしたかったからQrossの利用者になった。結果的にはいろんな世代の人がいて、今まで出合わなかった価値観を知ることができた。大人になるにつれ、どんどん居心地の良い空間や人を求めがちだから、ここで暮らすことはすり合わせも大変だけれどいい刺激になる。(東京からUターン/フリーランス)

Qrossの入居は基本紹介制。さらに入居前に「100年先の暮らし」について事前に説明があり、その価値観を共有した上で利用者を迎えている。さまざまな肩書きや背景はあるけれども、皆が共通で感じているのは、時間や心の「余白」だった。

非婚シングルマザーで0歳と3歳の子どもをQrossで子育て中の江頭聖子さん。「最近は、私以外のQrossメンバーと子どもだけで海外旅行に行ったり、逆に私も子どもを残して数日海外に行けたり。集団子育てをすることで、安心信頼できる大人が実親以外にもいることは、私にも子どもにとっても有難いです」と語る(写真撮影/加藤淳史)

非婚シングルマザーで0歳と3歳の子どもをQrossで子育て中の江頭聖子さん。「最近は、私以外のQrossメンバーと子どもだけで海外旅行に行ったり、逆に私も子どもを残して数日海外に行けたり。集団子育てをすることで、安心信頼できる大人が実親以外にもいることは、私にも子どもにとっても有難いです」と語る(写真撮影/加藤淳史)

東京と福岡の二拠点生活中の山崎瑠依さん。東京でもシェアハウス居住中。「一人暮らしのときと違い、職場と自宅の往復だけではない、心が満たされている感じがする。人といる時間を大切にするようになった」と話す(写真撮影/加藤淳史)

東京と福岡の二拠点生活中の山崎瑠依さん。東京でもシェアハウス居住中。「一人暮らしのときと違い、職場と自宅の往復だけではない、心が満たされている感じがする。人といる時間を大切にするようになった」と話す(写真撮影/加藤淳史)

元大学教授であり、Qross最年長利用者の坂口光一さんはこう話す。「コミュニティは生き物のようで一人が入ってくるとまた色を変える。リアルな生命体のような印象で、それがさらに新しい可能性を見出しそう」糸島に自宅もあるが、「ダンナ元気に外遊び、おかげで手数いらず」と、コミュニティに参加することは妻も大賛成だったそう(写真撮影/加藤淳史)

元大学教授であり、Qross最年長利用者の坂口光一さんはこう話す。「コミュニティは生き物のようで一人が入ってくるとまた色を変える。リアルな生命体のような印象で、それがさらに新しい可能性を見出しそう」糸島に自宅もあるが、「ダンナ元気に外遊び、おかげで手数いらず」と、コミュニティに参加することは妻も大賛成だったそう(写真撮影/加藤淳史)

新しい暮らしは余白から生まれる

このようにお互いのバックグラウンドが違っていることをQrossでは歓迎し、お互いがそれぞれでできる範囲で暮らしの役割分担をしている。入居前に価値観をすり合わせていることもあり、利用後に「イメージと違う」と言う人はほぼいない。お互いが依存しすぎない、程よい距離感の中で付き合っているから良い関係性が成り立っているようだ。

「集団子育てや田んぼの耕作なども、この余白ができた上で成り立つ活動ですね。なので目立たない普段の日常での状態が、暮らしの実験そのものなんです」

今回、Qross立ち上げの際の呼びかけ人でもある坂田賢治さんはこう話す。

「Qrossは経営者などほぼ日常すべてがビジネスに関連づいている、という人たちも多く所属しています。ですがQrossの暮らしのなかでは互いの社会的立場はさほど関係なく、お互いが素でいられる状態が自然とつくられています。それによってビジネスの世界とはまた別の、感覚的なものや言語化できないものを、生活を通じて知ることができる。それによって自分一人では気がつかない感覚を知ることは、この先の未来、意味があることだと思っています」

新しい生活は、新しい社会関係の中で生まれる。

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

Qross呼びかけ人のプロジェクトデザイナー・坂田賢治さん。「100年先の暮らしがどうなるかについて、ゴール設定はしていません。どうなるか分からないのに設定しても無理があるので、まず個人がどうありたいか、社会から個人の暮らしを考えるのではなく、個人から暮らしのあり方を発信していくことを大切にしています」(写真撮影/加藤淳史)

Qross呼びかけ人のプロジェクトデザイナー・坂田賢治さん。「100年先の暮らしがどうなるかについて、ゴール設定はしていません。どうなるか分からないのに設定しても無理があるので、まず個人がどうありたいか、社会から個人の暮らしを考えるのではなく、個人から暮らしのあり方を発信していくことを大切にしています」(写真撮影/加藤淳史)

フリーランス(たまにDJ)で昨年、東京からUターン帰省した梅田佳枝さん。「いろんな人と交わると、なぜそうするの?と疑問をもつこともあるけれど、伝え合うことで幅広い視野が身につく!」とコメント(写真撮影/加藤淳史)

フリーランス(たまにDJ)で昨年、東京からUターン帰省した梅田佳枝さん。「いろんな人と交わると、なぜそうするの?と疑問をもつこともあるけれど、伝え合うことで幅広い視野が身につく!」とコメント(写真撮影/加藤淳史)

不動産やWEB、映像関連事業など多岐にわたってプロジェクトや会社を立ち上げている後原宏行さん。「今社会が分断され続けて改めてコミュニティが出来ているけれど、元々は皆、大きなコミュニティに属しているという認識です。それが曖昧になってきているから、昨今では分かりやすい場所のあるコミュニティが増えている。Qrossはそんなコミュニティのひとつですが、天神という福岡の都心部なのに気を張らずにいられる、ということは大きな価値だなと感じています」(写真撮影/加藤淳史)

不動産やWEB、映像関連事業など多岐にわたってプロジェクトや会社を立ち上げている後原宏行さん。「今社会が分断され続けて改めてコミュニティが出来ているけれど、元々は皆、大きなコミュニティに属しているという認識です。それが曖昧になってきているから、昨今では分かりやすい場所のあるコミュニティが増えている。Qrossはそんなコミュニティのひとつですが、天神という福岡の都心部なのに気を張らずにいられる、ということは大きな価値だなと感じています」(写真撮影/加藤淳史)

さまざまな立場でも、コミュニティに参加するしないの選択はできる

コミュニティに参加して1年、マインド面で変化したことは?と聞くと皆が「そんなに変わっていない」と一様に答える。ただ、コミュニティ、イコール「参加者が似通った、閉ざされた集団」というネガティブなイメージがポジティブに変わったり、朝起きてリビングに一人一人現れてコーヒーを誰かが淹れたり、子どもの楽しそうな声がBGMに加わったり、誰かと誰かが盛り上がって話していたりと、これまでの自分の暮らしに加えて、さらにQrossでお気に入りの場所やシーンが増えたみたいだ。無理なく生活の延長上に新たな視点を添える。それもまた、コミュニティを続ける秘訣なのかもしれない。

どうしてもコミュニティとなると、その場に生活拠点を構えたり、活動への参加が半ば強制的になったりと、特に子育て世代などには参加のハードルが高いように感じることもある。けれどもQrossのような、ある一定条件を満たせば、どんな社会的立場でも参加可能なコミュニティも誕生している。コミュニティは、いわば小さな社会でもある。このようなコミュニティに関わることで、自分の周囲にはない、新たな視点が得られる機会となり、社会に出る前の学びにもなりそうだ。

これからまたさらに変化する時代のなか、自分たちの暮らしのありかたもまた、再構築する時期がやってきているのかもしれない。

台所道具店とキッチンが一体となった土切敬子さんの一軒家 その道のプロ、こだわりの住まい[7]

井の頭公園近くの住宅街にある「だいどこ道具ツチキリ」は、店主の土切敬子さん一家が暮らす自宅でもある。1階を改装して一部を店舗にしていて、すぐ横にはキッチンとダイニングがあるというつくり。キッチンは、商品の使い心地を確かめながら、日々の食事をつくる場所。また、ダイニングは、商品を包んだり会計をしたりすることもあれば、毎日のご飯を食べるスペースでもある。仕事柄、決して物が少ないわけではないが、きちんと整理されて動きやすい空間になっている。それは、長年培ってきた道具を選ぶ目があってこそ。その秘訣を教えてもらった。【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。店のすぐ隣にある生活の場所

土切さんの冷蔵庫には、タイマーが4つも貼り付けてある。ガス台の下の収納には、たくさんの鍋やフライパンが置かれていて、ツール立てには、さまざまな形状のおたまや菜箸、トングなどの調理道具がある。
「自分で使い勝手を試しているから、同じ道具が増えてしまって。でも、使いやすい重さや長さかどうかはもちろん、台所で目にして気持ちのいいデザインかどうか、確かめているものもあるし、気に入って使い続けているものもあるんです。どうにかしたいけれど、こればっかりは仕方ないですね。楽しいんですよ」と笑いながら教えてくれる。
土切さんが営むのは台所道具を専門とした店。主婦として日々の食事をつくりながら、ひとつひとつの道具の使い勝手を確かめ、合格と思えたものを店に並べている。キッチンは、店のすぐ横にあって、店に訪れたお客さんもまた、そこで実際に使い込んだ道具を目にしたり、試しに使ったりもできるという。

扉を開けた先が店としてのスペース。左手にダイニング、さらに左奥にキッチンがあり、柱と段差で緩やかに区切っている(写真撮影/嶋崎征弘)

扉を開けた先が店としてのスペース。左手にダイニング、さらに左奥にキッチンがあり、柱と段差で緩やかに区切っている(写真撮影/嶋崎征弘)

「家で使う道具も、店に並べる道具も、使い勝手がいいことはもちろん、毎日目にして嫌にならない、すっきりしたデザインのものを選んでいます」と土切さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「家で使う道具も、店に並べる道具も、使い勝手がいいことはもちろん、毎日目にして嫌にならない、すっきりしたデザインのものを選んでいます」と土切さん(写真撮影/嶋崎征弘)

二度のリフォームで一軒家を住居兼店に

お店のスペースは、以前はリビングだった場所だ。この一軒家は2003年に購入した中古住宅。購入後にすぐリフォームをして、天井を抜いて広さを感じさせるようにしたり、使いやすい大きさのキッチンスペースを確保したりと暮らしやすく整えていた。
もともと土切さんは、デザイナーとしてテキスタイル業界や紅茶店などで働きながら、家事を切り盛りしていた。娘が成長して手が離れ、仕事を辞めて自宅でできることはないかと考えるようになったという。そして、もともと好きだった台所道具を扱う店をやりたいと考え、2016年に1階の一部をリフォームをして翌年にオープンしたというわけだ。

築23年だった一軒家を、購入時にまずは左の状態にリフォーム。店舗を構えるため、2016年に再度一部を右の状態にリフォームした

築23年だった一軒家を、購入時にまずは左の状態にリフォーム。店舗を構えるため、2016年に再度一部を右の状態にリフォームした

キッチンは、最初のリフォーム時からそれほど変化はしていないという。大きなシンクとステンレス製の調理台があって、料理も掃除もしやすいつくりになっている。「本当はガス台横のオーブンを置いているスペースもステンレス製にしたかったけれど、予算を考えて断念したんです。もともと使っていた木製の棚を組み込んでさらに大きな天板を乗せたらこれはこれでいいかな、と」
木製の棚は使いやすい高さにカットし、棚板の間隔も調整して、鍋や大皿を収納している。下にはワイン箱に手を加えた収納ケースもあり、食材や日用品のストックを入れていて収納力は抜群だ。

ガス台の横にある棚は高さをカットしてオーブンの使いやすい高さに。窓にも木製棚を取り付けて収納スペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

ガス台の横にある棚は高さをカットしてオーブンの使いやすい高さに。窓にも木製棚を取り付けて収納スペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

重さのある鍋類は、出し入れしやすいようスライド式の棚板に。リフォーム時に伝えてつくってもらったもの(写真撮影/嶋崎征弘)

重さのある鍋類は、出し入れしやすいようスライド式の棚板に。リフォーム時に伝えてつくってもらったもの(写真撮影/嶋崎征弘)

毎日使う道具も、試す商品もあるキッチン

たくさんの道具がしっかりと収まるように工夫されたキッチンは、窓から奥まった場所にあるにもかかわらず、明るい。ここには天窓が設置されているからだ。そこから光が差し込んでキッチン全体を明るくしているうえに、さらには道具にとってもいい環境を生み出している。

「ちょうど光の当たる場所に、せいろやざるなどを掛けるようにしました。しっかり乾かしたい道具の定位置にしているんです」

天然素材のものは、手にもほかの道具にもあたりがやわらかい。とはいえ、洗った後には水分を蒸発させなければカビの元になってしまう。風通しが良く、光の当たる場所が定位置なら安心というわけだ。

天窓からの光が当たる収納棚の横を、せいろやざる、カッティングボードなどの定位置に。乾かしやすく、取り出しやすい状態(写真撮影/嶋崎征弘)

天窓からの光が当たる収納棚の横を、せいろやざる、カッティングボードなどの定位置に。乾かしやすく、取り出しやすい状態(写真撮影/嶋崎征弘)

調理台の上に並ぶ調味料入れは、店で扱っている商品でもあり、かねてから愛用しているというアウトドア商品だ。「中身が見えてすぐ手に取れるし、アウトドアで使うためのものだから、軽いうえに密閉性も高い。出しっ放しになるものだからできるだけシンプルなデザインもいいですよね。口が広くて洗いやすいのも主婦にとってはありがたいし」と教えてくれる。その言葉には、一人の使い手としての視点をもって選んでいることがしっかり伝わってくる。「今はこっちの鍋を試しているところ。パッと持った感じは軽くていいなと思っているけれど、使い続けているうちに不便なところが出てこないか検証中」と話す。

透明のボトルは「ナルゲン」のキッチンキャニスター。「プラスチックの匂いもしないし、冷凍も煮沸もできるんですよ」。土切さんは焙煎麦と小豆を入れている(写真撮影/嶋崎征弘)

透明のボトルは「ナルゲン」のキッチンキャニスター。「プラスチックの匂いもしないし、冷凍も煮沸もできるんですよ」。土切さんは焙煎麦と小豆を入れている(写真撮影/嶋崎征弘)

使い続けたらどう変化していく道具なのか。液だれせずに使える調味料入れなのか。鍋を重ねたら収納スペースはどれくらい必要なのか。実際に使うとなったときに湧き出る疑問の答えが、土切さんのキッチンには詰まっている。
ただ、あえてオープンにしているからこその悩みもあるだろう。

「キッチンもダイニングも家族が使う場所です。オープンしたばかりのころは、お客さんがいるときに飲み物を取りに来るのにも躊躇していました。私もお昼ご飯をどこで食べたらいいのかむずかしかったりして。でも、お互いに少しずつ慣れてきたし、解決法をいろいろ試しながら、なんとかなっています」

キッチンの奥にある洗面所。白いタイルと大きな洗面で海外のような雰囲気。掃除用のスポンジやクロスなどを試して使っている(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチンの奥にある洗面所。白いタイルと大きな洗面で海外のような雰囲気。掃除用のスポンジやクロスなどを試して使っている(写真撮影/嶋崎征弘)

経験に基づいて選んだ台所道具

お店スペースは、住居スペースよりも一段低くなっていて段差がある。お客さんがそこに腰掛けてゆっくり話すことができ、昔の商店のような雰囲気だ。すぐ目の前がキッチンだから、土切さん自身が使い込んだ商品を持ってきて、どういう状態になるか見せることもできる。もちろん、希望すればキッチンに入って実際に使うこともできるというおおらかさにびっくりする。
「場所柄お子さん連れのお母さんも多いので、ここに絵本も置いておくようにしました。子どもが退屈しないでいられれば、ゆっくり見られるかなと思って」と、さすがの気配りもある。

オープン時から少しずつ棚が増えて、商品も幅広くなってきた。企画展やイベントを行うことも多い(写真撮影/嶋崎征弘)

オープン時から少しずつ棚が増えて、商品も幅広くなってきた。企画展やイベントを行うことも多い(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時、新しい鍋を買おうかと悩むスタッフに、土切さんは雪平鍋について教えてくれた。
一般的に雪平鍋としての定番は、アルミの打ち出しのものが多い。しかし、見せてくれたのは、さらに内側にテフロン加工を施したものだった。

「こびりつきにくいし、手入れが楽なんです。野菜をさっと炒めてそのまま煮込んだりできて使いやすいし、持ち手が熱くなりにくい構造なのもいい。容量目盛りもあるし。それに出しっぱなしでも嫌じゃないすっきりしたデザインなのもいいですよ」

さらにもう一種類を取り出して説明は続く。

「これは、ステンレス製の多重構造のタイプ。アルミよりもちょっと重くなるけれど、保温性は高いから、じっくり煮込む料理には向いていますよね。これはこれですごくおすすめ。どんな料理をつくりたいかで選べばいいと思いますよ」

どちらも蓋のない鍋だが、横にはセットのように蓋が並んでいる。土切さんがサイズもデザインもぴったり合うものを探した。自身が使ってみて、あったほうが便利だと思ってのことだ。

鍋一つとってみても、土切さんの言葉にはリアリティがある。生活のなかで実際に使い、それぞれのメリットだけでなくデメリットも確認したうえで教えてくれる。使い手と売り手、二つの視点を大切にして道具と向き合っていることが伝わってきた。

土切さん自身も愛用している片手鍋。商品にはどれも実体験に基づいた丁寧な解説が書かれていて分かりやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

土切さん自身も愛用している片手鍋。商品にはどれも実体験に基づいた丁寧な解説が書かれていて分かりやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

「これで目玉焼きをつくるとおいしいし、スルンと取れて気持ちいい!」と教えてくれたエッグベーカー。卵以外にちょっとした野菜を蒸したりできて便利(写真撮影/嶋崎征弘)

「これで目玉焼きをつくるとおいしいし、スルンと取れて気持ちいい!」と教えてくれたエッグベーカー。卵以外にちょっとした野菜を蒸したりできて便利(写真撮影/嶋崎征弘)

変化していく、家と店ダイニングにある食器棚には、海外で買い付けてきたものなどこれから店に置く予定の商品がスタンバイしている(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングにある食器棚には、海外で買い付けてきたものなどこれから店に置く予定の商品がスタンバイしている(写真撮影/嶋崎征弘)

店とキッチンが隣り合っていることで、夏には冷たい麦茶をお客さんに出せることもあるし、冬にはストーブに置かれた鍋からおでんのいい匂いに満たされることもある。土切さんのキッチンは、道具を試す場所でもあり、毎日のご飯をつくる場所。それがお客さんにもきっと伝わるに違いない。
最近、キッチンに小ぶりのダイニングテーブルが導入された。お店からは見えないので気兼ねなくお昼を食べることができるし、家族も使いやすいスペースになってきたという。店の棚は少しずつ増えてきて、土切さんが紹介したい商品も、試していきたい道具もまだまだたくさんありそうだ。

ダイニング側から見たキッチン。カウンターの下も収納になっていて、普段の食事に使う食器が並んでいる(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニング側から見たキッチン。カウンターの下も収納になっていて、普段の食事に使う食器が並んでいる(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
土切敬子
テキスタイルの企画デザインや紅茶店でのデザイン、アートディレクションの仕事を経て、2017年に自身の店「だいどこ道具 ツチキリ」をオープン。確かな道具選びの目と暮らしぶりが注目され、さまざまな媒体で紹介されている。●店舗情報
だいどこ道具 ツチキリ
三鷹市井の頭5-2-28
0422-46-8759
11:00~18:00
火、水曜定休

台湾の家と暮らし[2] 植物好きクリエイター男子が住む、広々テラスの贅沢屋上ワンルーム in台北

私、暮らしや旅について書いているエッセイスト・柳沢小実が台湾の人の家を訪れる本連載。2軒目でおじゃましたのは、ブランドデザインや空間デザインなどを手掛けるクリエイターで、カフェ「好氏研究室」オーナー兼ディレクターでもある陳易鶴(Van)さんの台北市内にあるご自宅です。植物と暮らす部屋づくりや、日本とはかなり違う台湾の賃貸住宅の収納事情について、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。柳沢さんと台北へ飛んで、自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔してきました。贅沢屋上物件に潜入

陳易鶴さんの住まいは、台北・松山空港の北側エリア。近隣にはデザイン系の大学や軍事基地があり、車道も歩道もゆったりしていて、空が広い。人や店、情報が凝縮されている台北中心部からほんの数駅離れただけで、街の雰囲気が大きく変わります。

右は大学、左は軍事基地(写真提供/KRIS KANG)

右は大学、左は軍事基地(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

42歳、賃貸物件、一人暮らし。
陳さんが住んでいるのは、台北ではごく一般的な築35年の5階建てマンション。こういった建物にはエレベーターがないことが多く、建物のつくりは日本の団地とよく似ています。
息を切らしながら階段を上がった先に、彼の住居である屋上物件がありました。部屋の三方は真っ白く塗られたテラスで、サボテンの鉢が置かれています。眩しい白と強い日差しに、ハレーションを起こしそう。ここは一体どこだろう。

建物は、ごく普通の集合住宅(写真提供/KRIS KANG)

建物は、ごく普通の集合住宅(写真提供/KRIS KANG)

最上階に、別世界が広がっていました(写真提供/KRIS KANG)

最上階に、別世界が広がっていました(写真提供/KRIS KANG)

台北には屋上物件が数多くありますが、大抵は簡易的なつくりで壁も薄く、暑さが厳しいのだとか。ですが、ここは壁がコンクリート。取材日は気温が27度ありましたが、窓が大きいため風通しも良く、室内はクーラーなしでも涼しい。そういう物件は珍しいそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いた間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いた間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

陳さんがこの部屋と出合ったのは、ご自身のお姉さんを介してでした。お姉さんの友人が自分でデザインして20年ほど住んでいた物件で、「あなたに合うんじゃない?」と紹介されたそうです。家主が自分のためにしつらえた部屋だからか、ドイツの老舗であるGAGGENAU社のコンロが入っていたり、バスルームが全面タイル張りで浴槽もついていたりと、水まわりの設備も充実しています。ちなみに、GAGGENAU社は、料理研究家の有元葉子先生のアトリエでも使われている高級メーカーです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

インテリアを入れ替え、変わっていく空間

陳さんの部屋は、“Calm(穏やかさ、静けさ)”がテーマです。中央にベッドが配されている、リラックスするための場所。〇〇系とカテゴライズできない、陳さんの現在の感性が具現化した空間です。

「インテリアは専門じゃない」と謙遜しますが、自身のショップなどでスタイリングもしていることもあって、空間づくりはお手のもの。植物を天井から吊るしたりして、空間を立体的に見せています。サボテンやコウモリランなど植物が多いから、とびきりおしゃれですが有機的で居心地が良い。長居したくなる部屋です。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

空間に置くインテリアアイテムは自分の足で探す派で、何年も常に探し歩いています。「アンティークショップやフリマは高い」から、台湾各地のリサイクルショップで安く買ったり、拾ってきたりもする。値段やブランドからではなく、自分に合うものを見つけられる人だから、玉石混交の中から探すのが楽しいのかもしれません。

引越してきたときに持っていた家具は本棚だけ。ガラスケース入りのペンギンも台南で見つけて、抱えて新幹線で持ち帰った(写真提供/KRIS KANG)

引越してきたときに持っていた家具は本棚だけ。ガラスケース入りのペンギンも台南で見つけて、抱えて新幹線で持ち帰った(写真提供/KRIS KANG)

家具や置物はデコラティブなものが多いが、ほぼ台湾製だそう(写真提供/KRIS KANG)

家具や置物はデコラティブなものが多いが、ほぼ台湾製だそう(写真提供/KRIS KANG)

日当たりのいいテラスの反対側は、直射日光を嫌う植物のための自作のサンルーム。台湾やタイなどが原産のサボテンや蘭などがのびのびと育っています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

驚くことに、こんなに完成された空間にもかかわらず、陳さんはインテリアも洋服も4カ月くらいで丸々変えてしまいます。「変わるのが好き」で「ずっと同じは嫌」だから、その時々でたくさん買って、ごっそり入れ替える。ちなみに、以前のテーマは“ジャングル”で、鹿の頭や大きな樹などがあったそうです。

B&Oのスピーカーからはクラシック音楽が流れ、洗面所にはAēsopやavedaなどのグルーミングアイテムが無造作に置かれている。本棚には、たくさんのヨーロッパ製の香水。黒いサンゴやうさぎの頭の骨は、インテリアが変わっても持ちつづけているもの。
私は常々、ディテールにその人の本質があらわれると考えています。このインテリアは今の彼自身で、次に訪れたときはきっと変わっているでしょう。でも、端々に見え隠れする上質さと心地よさを好む彼の価値観は、変わらないのかもしれません。

インテリアと調和しているB&Oのスピーカー(写真提供/KRIS KANG)

インテリアと調和しているB&Oのスピーカー(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

台湾の人の収納事情とは

ところで、この部屋には造り付けの収納は皆無で、もちろんクローゼットもついていません。台湾の一人暮らし向け物件は、収納なしも珍しくなくて、ほかの友人によると、台北の20・30代が住む賃貸の部屋は、収納ありとなしが半々くらい。ファミリータイプは収納がある場合が多いけれど、それも必ずではありません。
台湾の人のほうが持ち物は多い印象だけど、一般的には「収納」や「隠す」という概念が日本ほどは育っていないよう。近年は、日本の影響で、収納に凝る人もぽつぽつ出てきています。

そのため、もともと入口だった幅80 cm×奥行80cm×高さ230 cmのくぼみにカーテンをつけてクローゼットにし、ほかの洋服は棚に入れています。実はベッドの下部も収納になっていて、そこにも持ち物を収めています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

心の豊かさを追求した、新しい暮らし方

陳さんの一日の過ごし方は、朝5時に起きて、ゆっくり1時間ジョギング。朝ごはんはクロワッサンと鶏のエキス。午後13、14時ごろに出社し、退社は18時半。夜に瞑想を30分~1時間して、22時には寝る。週末は片づけをしたり、友達を招いたりしています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

一見華やかに見えますが、朝型の規則正しい生活をしています。外食は口に合わないし不健康だからと、自炊もする。オーガニック食材を買ってきて、簡単な麺や野菜料理をつくっています。外食やテイクアウトが浸透している台北では、彼のような人はごく少数派です。

本棚にはインドや京都、瞑想についての本や、海外のインテリア雑誌、日本の雑誌『POPEYE(ポパイ)』などが(写真提供/KRIS KANG)

本棚にはインドや京都、瞑想についての本や、海外のインテリア雑誌、日本の雑誌『POPEYE(ポパイ)』などが(写真提供/KRIS KANG)

陳さんの自宅周辺は、デザイン系の大学があって夜は静か。川があって、星も見えます。
この連載の第1回でも書いたように、台湾では中心部かつ駅から近い場所が好まれる傾向があります。仕事で成功していて中心部に十分住めるはずなのに、便利さやにぎやかさから離れて、あえて静かな場所を選び、仕事とプライベートを切り離す。それは新たな価値観であり、新たな住まい方。クオリティ・オブ・ライフの指針を示しています。
今後、台湾では彼のような人たちが先駆となり、暮らしもさらに多様化していくのではないでしょうか。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

>好氏研究室

家具や家電が借り放題!?モノをシェアする新しい賃貸物件のカタチ

シェアハウス、ソーシャルアパートメント、DIY可能物件、クリエイタープロデュース型物件など、いまは賃貸物件もバリエーション豊か。個々のライフスタイルにあった物件を選択できるようになった。そんな中、賃貸物件の新たな形を提案しているのが「カスタムアパートメント」だ。敷金礼金なしで家具・家電が借り放題。空間をシェアするシェアハウスとは違う、“モノをシェア”する新しい暮らしとはどのようなものだろうか。
カスタムアパートメントとは?カスタムアパートメント多摩川外観。1階がカフェ、2・3階が住居となっている(写真撮影/片山貴博)

カスタムアパートメント多摩川外観。1階がカフェ、2・3階が住居となっている(写真撮影/片山貴博)

JR・小田急線の登戸駅から徒歩3分。多摩川の土手沿いにある3階建の新築の建物が「カスタムアパートメント多摩川」だ。駅近で新築、2・3階の住居部分からは多摩川が一望できるという、聞いただけで気になる物件。部屋は全室バス・トイレ・ミニキッチンの1Rタイプ。さらに、冷蔵庫・洗濯機・シングルベッド・デスクや収納になるシェルフが付いているので、コンパクトな荷物で新生活をスタートすることができる。

レンタルアイテムを使ったインテリアコーディネート例(写真提供:デモクラシ。)

レンタルアイテムを使ったインテリアコーディネート例(写真提供:デモクラシ。)

50種類以上の家具や家電が借り放題!レンタルできる家具・家電の一部。スツール、デスクなどの家具、最新の家電やデジタル機器、そしてスーツケースまでもがレンタルできる。その他にもゲーム機器やフィットネス用品も(写真撮影/片山貴博)

レンタルできる家具・家電の一部。スツール、デスクなどの家具、最新の家電やデジタル機器、そしてスーツケースまでもがレンタルできる。その他にもゲーム機器やフィットネス用品も(写真撮影/片山貴博)

何といっても、この物件の最大の魅力は、50種類以上の家具や家電が借り放題という家具・家電のサブスクリプションサービスが付帯されていることだろう。レンタルできる家具・家電は、ダイソンの掃除機、LEDプロジェクター、BoseのBluetoothスピーカー、Play Station VR、バルミューダのトースター、シェルフ、スツール、テーブルなど、デザインや機能性に優れた幅広いアイテムがラインナップされている。レンタル方法も、住民専用サイトで商品・日時を指定して予約するだけなのでとても簡単。一人暮らしにはちょっと高価なアイテムを日常で気軽に使うことができるのがうれしい。家具・家電のサブスクリプションサービスが付いている分家賃は相場より少し高めだが、最新の家具・家電を購入することなく使いたいときに気軽にレンタルできる環境は、日々の生活をより豊かにしてくれそうだ。

住人専用のレンタルアイテム管理ページ。24時間予約の申し込みができる(写真提供:デモクラシ。)

住人専用のレンタルアイテム管理ページ。24時間予約の申し込みができる(写真提供:デモクラシ。)

レンタルできるアイテムの例。絵画やオブジェ、多肉植物などもある(写真撮影/片山貴博)

レンタルできるアイテムの例。絵画やオブジェ、多肉植物などもある(写真撮影/片山貴博)

リビング代わりとなる、管理員のいるカフェリビングカフェ内観。大きな窓からたくさんの光が注ぎ込む明るい空間だ。窓際にはレンタルできる家具・家電がディスプレイされている(写真撮影/片山貴博)

リビングカフェ内観。大きな窓からたくさんの光が注ぎ込む明るい空間だ。窓際にはレンタルできる家具・家電がディスプレイされている(写真撮影/片山貴博)

予約したアイテムをレンタルする場所であり、この物件のリビング的な場所となるのが1階にあるリビングショップ。ここでは、カフェやレストラン開業を目指す人が地域の住民に向けた実験店舗を経営している。2019年4月からは、「リビングショップ 旅カフェ SHANTI店」がオープン。日中はカフェ、夜はバーとして利用できるこのお店では、ネパールで修行した店長によるカレーや世界のビール、コーヒーなどを楽しめる。

カスタムアパートメント多摩川の管理員・住人の千丈さん。「多摩川の土手沿いなので風も抜けるし、東京も近いわりに自然を感じやすい。東京も多摩川を越えればすぐですし、向ヶ丘遊園、宿河原、狛江、二子玉川など自転車でいろいろな街にアクセスできるのがいいですね」(写真撮影/片山貴博)

カスタムアパートメント多摩川の管理員・住人の千丈さん。「多摩川の土手沿いなので風も抜けるし、東京も近いわりに自然を感じやすい。東京も多摩川を越えればすぐですし、向ヶ丘遊園、宿河原、狛江、二子玉川など自転車でいろいろな街にアクセスできるのがいいですね」(写真撮影/片山貴博)

「リビングショップ 旅カフェ SHANTI店」のスタッフ・千丈さんは、この物件の管理員でありカスタムアパートメントの住人でもある。千丈さんも他の入居者もこの4月から新生活をスタートさせたばかり。新社会人、新大学生が多いそう。
「僕もこのカスタムアパートメントに住んでいるのですが、冷蔵庫や洗濯機、ベッドまでついているのがありがたいですよね。レンタルできる家具・家電もいいものがそろっています。“ちょっといいもの”“使ってみたかったもの”を試すことができると、生活がグッと明るくなりますよね。また、いいものの効果を実感すると、今後の人生で“安物買いの銭失い”をしなくなるのではと思います(笑)。家電などを購入する必要がないので、引越しも車1台に収まるくらいの荷物でできました」

現代版長屋暮らしができる場所取材中にもご近所さんが来店。お客さんとの距離が近い店内では、おいしい食事をしながら会話もはずむ(写真撮影/片山貴博)

取材中にもご近所さんが来店。お客さんとの距離が近い店内では、おいしい食事をしながら会話もはずむ(写真撮影/片山貴博)

千丈さんが一番魅力を感じているのが、このカスタムアパートメントの在り方だという。モデルは“昔の長屋暮らし”なのだとか。
「今のシェアハウスの主流は、空間をシェアするシェアハウスですよね。でも、カスタムアパートメントは、個人の生活が自分の部屋で完結するワンルームのアパートに加えて、モノだけをシェアする。その中継地点となるのがこのリビングカフェというイメージなんです。隣人の顔が見える一人暮らしってなかなかないじゃないですか。新しい暮らし方の実行役になれたらいいなと思います」

都市ではなかなか感じることのできない、隣の人の顔が見える暮らし。その魅力について、千丈さんはこう続ける。
「僕は東京出身なんですけど、ここに引越すまでの1年はたまたま仕事の関係で地方を転々としていて。それで分かったことがあるんです。地方では生活する地域で働いている人が多いため、働いているときも暮らしているときも人の顔が見えるということ。一方東京は、東京で働いていても暮らす場所は別の地域だったりするし、生活する時間帯も違うから、人がたくさんいるのにすぐ近くにいる人は知らない人だったりします。当たり前のことなんですけど、ずっと住んでいるとなかなかそれに気づかない。地方だといつも誰かに見られているように感じる人もいるかもしれませんが、東京にずっと住んでいた僕からすると、いつもそばに知っている人がいることってすごく安心するんですよね。それは、東京に欠けているような部分だとも思うんです。

この カスタムアパートメントの取り組みは、近くの人と顔を合わせることができる。“あそこに行けば誰かがいる”という安心感って大事じゃないですか。リビングカフェでも、日常的に使うモノの貸し借りを通して、人とのつながりを感じてもらいたいです。そういう安心できる場所があるだけで孤独じゃなくなるし、ライフスタイルは変わると思うんですよね」

春には桜も美しい多摩川沿い(写真撮影/片山貴博)

春には桜も美しい多摩川沿い(写真撮影/片山貴博)

「地域コミュニティを担う場を目指したい」

また、カスタムアパートメントの住民だけではなく、近隣の住民やお店の常連さんにも優しい場所をつくりたいと語る千丈さん。
「ここは多摩川沿いで、ランニングや散歩をする人が多い場所。ご近所さんにお散歩途中に気軽に立ち寄ってもらったり、地域の人がわいわいできる場として活用してもらえるようにしていきたいですね。また、今後は地域の人もここのレンタルアイテムを借りられる制度をつくってもいいかもしれません」

店内には旅をイメージさせる食器や小物がたくさん(写真撮影/片山貴博)

店内には旅をイメージさせる食器や小物がたくさん(写真撮影/片山貴博)

ミニマリストやアドレスホッパーなど、モノを持たない新しい生き方が提案されている昨今。カスタムアパートメントは、モノを介して生まれるコミュニティ、いまの時代に必要なちょうどいいつながりの豊かさを感じられる場所になりそうだ。まだ始まったばかりのカスタムアパートメントの取り組みに今後も注目したい。

●取材協力
デモクラシ。
カスタムアパートメントは2019年11月ごろ、初の関西展開となる「カスタムアパートメント灘」が完成予定。2019年夏ごろより問い合わせ開始。
>カスタムアパートメント

〈ミラノサローネ2019〉インテリアデザインも職人技からAI技術まで!世界の感性が集結

2019年4月9日~14日のMilan Design Week(イタリア・ミラノ)は、インテリア世界最大の見本市「ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)」(以下、ミラノサローネ)を核に、街中がデザインの祭典に沸いた。レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年のオマージュ企画から、最先端のテクノロジーとデザインの融合も見られた刺激的な1週間となった。
デザイン都市ミラノ、イタリアオペラの殿堂「スカラ座」とも共演

今年2418の出展数となったミラノサローネ見本市会場には、181カ国から38万6236人が来場。加えて街中でのイベントが1,350カ所もあり、その一つTortona地区にあるSurperStudioでも8万人が来場とのこと。総勢50万人を超えるデザイン・コンシャスな人々であふれた、Milan Design Weekとなった。

ミラノは世界一の“デザイン・シティ”を目指し、国を挙げて産業界を盛り上げている。今年から、芸術の中心であるミラノ・スカラ座財団とのパートナーシップを結び、デザインとアートの融合も強化。そのスカラ座でミラノサローネ前夜祭が開催された。

スカラ座音楽総監督リッカルド・シャイーによる前夜祭のコンサート。筆者もバルコニーから鑑賞(写真撮影/藤井繁子)

スカラ座音楽総監督リッカルド・シャイーによる前夜祭のコンサート。筆者もバルコニーから鑑賞(写真撮影/藤井繁子)

驚かされたのは、その後のディナー。なんと、オーケストラがはけた、舞台上にテーブルがセットされていた!

別室でアペリティーボ(食前酒)を楽しんでいる間に、約300名のテーブルがステージ上で完璧にセッティング!? スゴイ技(写真撮影/藤井繁子)

別室でアペリティーボ(食前酒)を楽しんでいる間に、約300名のテーブルがステージ上で完璧にセッティング!? スゴイ技(写真撮影/藤井繁子)

スカラ座ディナーでも椅子は、Kartell社『MASTERS』のゴールド・バージョン! 樹脂製で軽く、スタッキング可能という特性が、このような場でも活かされている。

さて、翌日からミラノサローネが開幕。見本市フィエラ会場でも、そのKartell社が朝一注目を集めていた。

世界のメディアを前に登場したのは、やはりこの方。御歳70歳のP.スタルク氏がプレゼンテーション(写真撮影/藤井繁子)

世界のメディアを前に登場したのは、やはりこの方。御歳70歳のP.スタルク氏がプレゼンテーション(写真撮影/藤井繁子)

実は今年、Kartell社は創業70周年記念(スタルクと同い年!)。ここで発表されたのは、「世界初のAI(人工知能)によって創られた椅子」。基本AIが描き出したデザインに、スタルクがアングルなどの注文を付けただけというプロセスが動画で紹介され、会場の目が釘付けになった(動画は記事末にて掲載)。

『AIデザインの椅子』3D 技術を使ったデザイン・設計ソフトのAUTODESK社(米国)とコラボ(写真撮影/藤井繁子)

『AIデザインの椅子』3D 技術を使ったデザイン・設計ソフトのAUTODESK社(米国)とコラボ(写真撮影/藤井繁子)

スタルクは「デザイナーの仕事も無くなる? そうじゃない、素晴らしい友ができたって気分だ!」とAIとの協働を楽しんでいた。

また、Kartell社70周年を記念した特別展〈The Art side of KARTELL〉は、Palazzo Reale(王宮) Museumで開催された。

夜のパーティーは家具・照明から食器・花器までKartellずくし。王宮の階段にも、充電式のランプ『BATTERY』が並んでお出迎え。大理石の床に放たれた光模様の美しいこと!(写真撮影/藤井繁子)

夜のパーティーは家具・照明から食器・花器までKartellずくし。王宮の階段にも、充電式のランプ『BATTERY』が並んでお出迎え。大理石の床に放たれた光模様の美しいこと!(写真撮影/藤井繁子)

アジアン・デザイナーがラグジュアリーブランドで活躍

日本でも人気のイタリア・ラグジュアリーファニチャーブランドのMinotti社。
昨年、日本のデザイナーnendo(佐藤オオキ)などを起用し話題を集めたが、今年は更に斬新なプロダクト&展示に驚かされた。

このゼブラ柄ファーが空間のアクセントにたくさん使われていた。ほかにもパープルのファーやガラス使いなども素敵だった。ソファはR.ドルドーニによる新作『LAWSON』、アームで抱かれるようなデザイン(写真撮影/藤井繁子)

このゼブラ柄ファーが空間のアクセントにたくさん使われていた。ほかにもパープルのファーやガラス使いなども素敵だった。ソファはR.ドルドーニによる新作『LAWSON』、アームで抱かれるようなデザイン(写真撮影/藤井繁子)

そして、nendoによるアウトドア家具『TAPE CORD OUTDOOR』シリーズが発表された。

Minotti社で遭遇した佐藤オオキ氏。昨年リリースの家具『TAPE』が、翌年アウトドアラインとして追加されるとは……評判が良かったに違いない(写真撮影/藤井繁子)

Minotti社で遭遇した佐藤オオキ氏。昨年リリースの家具『TAPE』が、翌年アウトドアラインとして追加されるとは……評判が良かったに違いない(写真撮影/藤井繁子)

アウトドア家具としては小ぶりにデザインされていて、日本の住宅にもフィットするサイズ感。

このデイベッド、バルコニーや中庭に置けば、日常が非日常になること間違いなし(写真撮影/藤井繁子)

このデイベッド、バルコニーや中庭に置けば、日常が非日常になること間違いなし(写真撮影/藤井繁子)

一方、同じく歴史あるラグジュアリーブランドMolteni&C社で見られたのは、初めてアジア人としてデザイナーに起用されたNeri&Hu(中国)のベッドルーム。

『TWELVE A.M.』ベッドとサイドベンチ。Neri&Huは世界で活躍する男女のユニット。シンプルでプラクティカルな上品さに共感する(写真撮影/藤井繁子)

『TWELVE A.M.』ベッドとサイドベンチ。Neri&Huは世界で活躍する男女のユニット。シンプルでプラクティカルな上品さに共感する(写真撮影/藤井繁子)

話題を呼んだ新企画パビリオン〈S.Project〉、日本のMaruniも登場

〈S.Project〉と名付けられた新企画のパビリオン。従来のカテゴリーにとらわれず、家具・水まわり・照明などブランド横断で空間展示を行うなど多目的な場が見本市会場に用意され87社が出展した。

ここで4000平米もの巨大ブースで注目を集めていたのが、家具のB&B Italia社、照明のFlos社 ・Louis Poulsen社の合同展示(Design Holdingグループ)。B&B Italia社が久しぶりに見本市会場へ出展することもあって、来場者が押し寄せていた。
面白かったのは、ブースの壁にイラストで描かれた著名デザイナーたちと3社の代表作品。センサーを感知すると、デザイナーたちが動いてウィットのあるリアクションを見せてくれる。

黄色の丸ゾーンに手を置くと、センサーで動き出すデザイナー。インタラクティブなプレゼンテーションが今っぽい(写真撮影/藤井繁子)

黄色の丸ゾーンに手を置くと、センサーで動き出すデザイナー。インタラクティブなプレゼンテーションが今っぽい(写真撮影/藤井繁子)

P.ウルキオラ女史(B&B Italia社)は、あまり似てないが……nendo佐藤くん(Flos社)はよく似てる!(写真撮影/藤井繁子)

P.ウルキオラ女史(B&B Italia社)は、あまり似てないが……nendo佐藤くん(Flos社)はよく似てる!(写真撮影/藤井繁子)

外で遊んでから中の展示へ。B&B Italia社の家具を分解し構造を見せることで、クオリティの高さを解説するゾーンが興味深かった。

V.V.デュイセンによる新作チェア『Pablo』も一枚の革で構成されているのが分かる(写真撮影/藤井繁子)

V.V.デュイセンによる新作チェア『Pablo』も一枚の革で構成されているのが分かる(写真撮影/藤井繁子)

A.チッテリオがデザインしたダイニングも、M.アナスタシアデスがデザインした照明(Flos社)と合わせることで、また違った空間が生まれる。

テーブル『Astrum』とチェア『Fulgens』はチッテリオ氏、照明『Arrangements』はアナスタシアデス氏の共演(写真撮影/藤井繁子)

テーブル『Astrum』とチェア『Fulgens』はチッテリオ氏、照明『Arrangements』はアナスタシアデス氏の共演(写真撮影/藤井繁子)

M.アナスタシアデスの今年の新作照明(Flos社)も素晴らしかった。

『Coordinates』=座標、と言う名のとおり縦横3次元の軸が交差するデザイン。ニューヨークのホテルFour Seasonsのレストラン用にデザインしたものを商品化(写真撮影/藤井繁子)

『Coordinates』=座標、と言う名のとおり縦横3次元の軸が交差するデザイン。ニューヨークのホテルFour Seasonsのレストラン用にデザインしたものを商品化(写真撮影/藤井繁子)

次も人気グループの出展、キッチンやバスルームなど水まわりの老舗ブランドBoffi社を中心に、家具の人気ブランドDePadova社などグループ4社で〈S.Project〉に出展。
メインデザイナーのP.Lissoniが、大きな池の上に建つようなブースをデザインした。

Boffi社の新作『Round Fisher』かなり大きい丸のバスタブ(高さ45×直径190cm)コーリアン人工大理石コーリアン®製。シャワーはM.ワンダースのデザイン(写真撮影/藤井繁子)

Boffi社の新作『Round Fisher』かなり大きい丸のバスタブ(高さ45×直径190cm)コーリアン人工大理石コーリアン®製。シャワーはM.ワンダースのデザイン(写真撮影/藤井繁子)

DePadova社でも、リッソーニ氏デザインの丸いテーブル。今年は丸く収めたい?

新作テーブル『FRENCH CONCESSION』(高さ73×直径250cm)リッソーニ氏は「花が咲くように」と表現。照明は人気の女性建築家E. オッシノによる『ELEMENTI』(写真撮影/藤井繁子)

新作テーブル『FRENCH CONCESSION』(高さ73×直径250cm)リッソーニ氏は「花が咲くように」と表現。照明は人気の女性建築家E. オッシノによる『ELEMENTI』(写真撮影/藤井繁子)

そんな世界的なトップブランドが居並ぶ〈S.Project〉に、日本のMaruni(マルニ木工)も出展。

昨年までのパビリオンから〈S.Project〉へ移動し、スペースも約2倍に拡大したMaruniの挑戦。深澤直人氏(右)デザインの『Roundish』アームチェアにクッションシートが登場(写真撮影/藤井繁子)

昨年までのパビリオンから〈S.Project〉へ移動し、スペースも約2倍に拡大したMaruniの挑戦。深澤直人氏(右)デザインの『Roundish』アームチェアにクッションシートが登場(写真撮影/藤井繁子)

AI(人工知能)と、人・暮らしの関わり方を探るプロジェクトも

市内の展示(フオリ・サローネ)で筆者が興味をもったのは、Google社の体験型インスタレーション。
デザインが感情や健康に、どう影響するのかを探求するプロジェクトだ。Google Design Studioが建築事務所Reddymade Architecture、デンマークの家具ブランドMuuto社、そして米国のJohns Hopkins Universityと組んだ企画。

心拍数、皮膚温、運動、皮膚伝導性などのデータを測定するセンサーを備えたリストバンドを巻いて、10人1グループで入場。3つのインテリアデザインが異なる部屋に5分ずつ滞在する。

3つの部屋で参加者が感じた快適性や感情を、biological(生物学)データを分析して“最も心地よい”と感じた部屋を教えてくれる。(意外と自分が感じた部屋の印象と、データに現れた生理反応が違うことも多いそう。頭と体の反応が違うってこと?)

左/3部屋から退出後、リストバンドを計測モニターに置くと、3部屋での反応データが現れる。筆者は真ん中の部屋が心地よく反応したと出た。インテリアの色や素材、デザインだけでなく、香りや音楽も影響している。右/一人一人の結果データを即、カードにプリントアウトし解説してくれる。その手際良さにも、IT企業らしさを実感し感動(笑)(写真撮影/藤井繁子)

左/3部屋から退出後、リストバンドを計測モニターに置くと、3部屋での反応データが現れる。筆者は真ん中の部屋が心地よく反応したと出た。インテリアの色や素材、デザインだけでなく、香りや音楽も影響している。右/一人一人の結果データを即、カードにプリントアウトし解説してくれる。その手際良さにも、IT企業らしさを実感し感動(笑)(写真撮影/藤井繁子)

Googleとしては、デザインの影響を可視化することで、さらに感性デザインを深く追求する事に役立てたいということだ。

Sonyは昨年同様、Tortona地区で企画展示。
〈Affinity in Autonomy -共生するロボティクスー〉というテーマで、人とロボティクスの関係性についての新しいビジョンを提案した。5つのセクションで構成された展示を進むと、センサーによって人を感知したロボットが反応する様々な形を体験できる。

生命感をそなえたロボティクス『aibo』。名前を呼ぶと反応し、撫でると喜ぶ。ここでは感情が下のモニターに色彩で現れる、赤くなっているのは怒っているらしい(写真撮影/藤井繁子)

生命感をそなえたロボティクス『aibo』。名前を呼ぶと反応し、撫でると喜ぶ。ここでは感情が下のモニターに色彩で現れる、赤くなっているのは怒っているらしい(写真撮影/藤井繁子)

最後のセクションでは、ロボティクスが来場者に今回の展示に関するフィードバックを尋ねる。

記入台が自動で人に寄ってきて、身長に合わせて台の高さが変わる(写真撮影/藤井繁子)

記入台が自動で人に寄ってきて、身長に合わせて台の高さが変わる(写真撮影/藤井繁子)

人とロボティクスの共演を、エンターテインメントで魅せたのがLEXUSのインスタレーション。
日本のテクノロジーアーティスト集団ライゾマティクス(Rhizomatiks)を起用(リオ五輪の閉会式や紅白歌合戦のPerfumeも手掛けた)。
暗闇で一人のダンサーと一緒に踊るのは……4輪の付いたパーテーションのようなロボットたち!?

〈LEADING WITH LIGHT〉@Tortona地区Superstudio Piu会場。ダンサーの後ろを付いて回ったりするパーテーション・ロボット。そこにも光が投影され、空間にリズムが出る( 写真撮影/藤井繁子)

〈LEADING WITH LIGHT〉@Tortona地区Superstudio Piu会場。ダンサーの後ろを付いて回ったりするパーテーション・ロボット。そこにも光が投影され、空間にリズムが出る( 写真撮影/藤井繁子)

ダンス・ショーが終わると観客に光るボールが渡されて、照明にかざしてみる。照明が光るボールを追随するセンサーシステムを体験。

センサー技術によって人の動きにリアクションする、インタラクティブな体験型イベント展示が増えてきた。インスタレーションも“見て感動する”から、”やって見て感動する“時代になった。

日本からはインテリア以外の企業の参加も増えている。ダイキン工業がnendoと個展を行ったり、AGCやグランドセイコーは継続して出展、YAMAHAやLIXIL(INAX)が復活出展、住友林業は初出展など世界に向けたブランディングをミラノで行った。

年々、出展者・来場者共に増加し、世界のメディアが注目するMilan Design Week。
来年のミラノサローネは、2020年4月21日(火)~26日(日)と今年より遅い開催スケジュールと発表された。キッチン・バス見本市が併催の年。さらなる技術革新や新たなタレントと会えるのを楽しみに。Chao!

■「世界初のAI(人工知能)によって創られた椅子」Kartell社発表会の様子

【Salone del Mobile.Milano(ミラノサローネ国際家具見本市)】
 来年の会期:2020年4月21日(火)~26日(日)
>ミラノサローネ・オフィシャルサイト
>日本版 ミラノサローネ・オフィシャルサイト

日本に「オープンカフェ」が少ない理由って?“住みたい街”の条件が見えてきた

「エリアマネジメントの実践」や「パブリックスペースの重要性」なんて言葉にはピンとこない人も「オープンカフェのある街っていいな」「ご近所にいい感じのカフェや公園があったら」なんて考えたことはあるのでは。
これこそ、「パブリックスペース」であり、それを実現する仕組みが「エリアマネジメント」なんです。でも、ヨーロッパではよく見かけるオープンカフェは、日本には少ないもの。その理由を深堀りしていくと、その価値や今後の課題がおのずと見えてくるはず。
今回は、エリアマネジメントやパブリックスペースの社会実験の専門家であり、こうした活動の情報発信をするWEBメディア『ソトノバ』編集長の泉山さんにインタビューしました。
お話を伺った『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん(写真提供/泉山塁威さん)

お話を伺った『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん(写真提供/泉山塁威さん)

日本は路上を使うのはハードルが高いもの

――海外に旅すると、街のあちこちにオープンカフェがありますが、日本は、こうしたオープンカフェって少ないですよね。どうしてなんでしょう。

まず、日本のオープンカフェは民間の敷地内にあることがほとんどですが、海外では加えて公道に展開されていることをよく見かけます。
日本の場合、道路を使うには行政や警察への申請が必要で、これが、けっこう大変。まず、申請者は、個人やお店は基本的にはダメで、商店会やNPOなど地域団体に限られるのが実情です。一方、先日、研究のためにオーストラリアの都市のメルボルンとアデレードに行きましたが、実にオープンカフェが多いんですよ。というのも、オーストラリアはカフェやバーなどのお店からの申請がOKで、使用料は必要ですが、あまりNGにされることはないようです。

――その違いって何なんでしょうか。

まず、日本では、路上が「公共の場」(=行政の場所)という意識が強いからでしょうか。何かしら問題があったときに、行政や警察に連絡がきて対応を求められてしまうので、避けたい意識が働くのでしょう。だから規制することになる。
また、海外では、路上でアルコール販売は禁止なので、公共の場では、お店で提供するしかない点も関係あるでしょう。

――それは残念。オープンカフェ、あったらいいですよね。公共のものだから制限を設けるのか、公共のものだからみんなのために活用すべきなのか、その考え方の違いが根本にあるのですね。

ただ、小泉政権(2001-2006年)以降の規制緩和によって、少しずつではありますが、行政が民間の力を借りて、バブリックスペースを魅力的にしようという動きはあります。

パブリックスペースの充実が街の魅力を上げていく

――私たちは「パブリックスペース」というと公園や駅前広場などをイメージしますが、路上もバブリックスペース。海外で見かけるようなオープンカフェもそうですね。

はい。やはり「ソトで過ごす」時間を考えると飲食できる場は重要なファクターです。
住んでいる街のあちこちに、まるでリビングのようにくつろげる場所があるでしょう。私たちはそんな場所やライフスタイルを「PUBLIC LIFE(パブリック・ライフ)」と呼んでいます。

泉山さんがよくパブリック・ライフの例に挙げるパブリックスペース、ニューヨークのブライアントパーク。「図書館と公園、カフェがあり、まさに理想形です」(写真提供/泉山塁威さん・Shutterstock)

泉山さんがよくパブリック・ライフの例に挙げるパブリックスペース、ニューヨークのブライアントパーク。「図書館と公園、カフェがあり、まさに理想形です」(写真提供/泉山塁威さん・Shutterstock)

例えば、このニューヨークのマンハッタンにあるブライアントパーク。公園と図書館があるだけでは、単に「空間」ですが、可動式のベンチやテーブルを置き、「場」を提供することで、ここで食事したり、本を読んだり、子どもと遊んだり、昼寝したり、「人」が主役となります。街で、それぞれが思い思いに過ごすことができ。多様な目的とアクティビティが存在することが日常の風景になる。気づけば長い滞在時間、そこで過ごすようになる。そんな形が理想的。

例えば、ビアガーデンに行く人の目的は飲食で、それが達成すれば帰ってしまうでしょう。一方で、パブリックライフのある場所は、食事をした後に、運動をしたり、昼寝をしたり、はたまた読書をしたりと、いろんな目的がある。多様な行動ができるということは多様な人が使える。こうしたパブリックスペースが自分の街にあれば、暮らしが豊かになるはずです。

――確かに。そういうパブリックスペースがあることが、街の魅力につながり、住み替えるときに街選びの基準にもなりますよね。
泉山さんが手掛けられた既存の街のパブリックスペースを魅力的に変えた事例を教えていただけないでしょうか。

2014・2015年に行った、池袋駅東口グリーン大通りオープンカフェ社会実験ですね。ここはオフィス街で、とても広い歩道沿いにチェーンの飲食店が並んでいました。こうしたチェーン店の協力のもと、期間限定でテイクアウトスペースをつくり、オープンカフェやマルシェを開きました。「何をしているんだろう」と、道行く人が足を止め、食事をしたり、お店の人とおしゃべりしたり、日常的なアクティビティが一時的に行われました。

池袋駅東口グリーン大通りのブロジェクト(2014-2015)。(左)普段は広い歩道が続く通りだが、(右)期間中はイスやテーブルを置いて飲食できるスペースに(写真提供/泉山塁威さん)

池袋駅東口グリーン大通りのブロジェクト(2014-2015)。(左)普段は広い歩道が続く通りだが、(右)期間中はイスやテーブルを置いて飲食できるスペースに(写真提供/泉山塁威さん)

また、2018年には、さいたま新都心周辺で「パブリックライフフェスさいたま新都心2018」を行いました。もともと歩車分離の高質な歩行者デッキがあり、地域の企業と一緒に、ゾーンごとに、ガーデンのような場所や、60mのロングテーブルとイス200脚程度、インスタ映えするチャンネル文字を置くなどして、通り過ぎるだけの場所から、くつろげるスペースに変えました。特に日陰のリラックスチェアは大人気。普段使えない場所も出店者を集めたり、ビル風を風力発電のスマホ充電に利用したり、いろいろ仕掛けを実験し、課題や可能性を抽出するためのデータ分析も行っています。

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ。「元々あった公共施設を使い倒そうと仕掛けました」(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ。「元々あった公共施設を使い倒そうと仕掛けました」(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ(写真提供/泉山塁威さん)

――どちらもとても楽しそうですし、こうしたイベントは、自分たちが働く、もしくは暮らす街に愛着がもてるきっかけになりますね。

実験に終わらせない。継続させるために必要なこと

――どちらも期間限定ですが、継続的に行うことは難しいのでしょうか?

元々、どちらも社会実験のひとつとしてスタートしたことが大きいです。また、期間限定だからこそ協力を得られた部分もあり、同じことをそのまま継続するには、マンパワー的に難しいのが実情です。今かかわっているさいたま新都心では、実験のコンテンツ自体は好評のものは多く、常設化や継続できるものはないか、今後の方向性を検討中です。

現在、都心のバブリックスペースで日常的に使われている例として思い浮かぶのは、東京の丸の内や六本木界隈、中野セントラルパーク。新しいところでは、虎ノ門ヒルズ周辺の新虎通り、渋谷ストリームですが、どれも企業のパワーか、企業と地域が連携して実施しています。

東京は再開発ビルのオープンスペース(公開空地)を活用できる場所が多く、デベロッパーや企業が主導的にかかわっていくことは、資産価値やテナントへの訴求力につながりやすい。一方で、道路や公園になると、地域や行政との連携を密に行っていかなければならない。いずれにしても、世界の各都市と競争する東京ならではのやり方です。東京以外では、違う状況や方法で考えていかなければなりません。

――継続的に行うためには何が必要でしょうか。

ひとつのヒントになりそうな海外事例があります。
メルボルンから電車で30分の街、ポイントクックという街で、期間限定の公園「ポップアップパーク」が行われていました。去年と今年2月~4月の3カ月間、街の中心地であるショッピングモールのメインストリートに人口芝生を敷いて、みんながくつろげるスペースがありました。

オーストラリアのポイントクックの事例(写真提供/泉山塁威さん)

オーストラリアのポイントクックの事例(写真提供/泉山塁威さん)

この街は急激に郊外開発が進み、住宅がどんどん増えて人が移り住んできたベッドタウンで、コミュニティが希薄だったんです。そこで、「自分の街に住んでいる人を誰も知らないなんて嫌」と思った主婦2人が始めたのがきっかけ。元々は彼女たちが、仲間を募って始めたものなんです。今年はスポンサーもつき、法人化し、プロジェクトが発展しています。

この事例がすごいのは、主催する側のホストと、参加する側のゲストの境目があいまいなこと。「ヨガを教えたい」「ライブをやりたい」など、遊びに来た人が、今度は仕掛ける側にまわっていく。
FacebookなどSNSのツールを駆使して、共感や仲間を集めています。企画をやりたい人が集まってきたり、あるいは人同士をつなげることで、勝手に企画が始まる。ゲストの立場だけなら、数回足を運んで「楽しかったね」で終わりますが、ホストの立場も兼ねるなら、そのつながりは強くなります。

人工芝を敷き、ベンチ、パラソルを各自で持ち寄った。随時、さまざまなイベント情報がFacebookで紹介されている(POINT COOK POP UP PARK FACEBOOK)

人工芝を敷き、ベンチ、パラソルを各自で持ち寄った。随時、さまざまなイベント情報がFacebookで紹介されている(POINT COOK POP UP PARK FACEBOOK)

――確かに、イベントでは遠方からくるゲストと地元に暮らすホストは明確な境目がありますが、みんな同じ街に暮らすコミュニティが前提なら継続的になっていく可能性は高まりますね。

「パブリックスペース」が使えるという事例が増えてきているなかで、人が歩いている街で、人が休んだり、出会ったりする場所が大事だと思っています。そのためには、イベントのように、人を呼んで楽しませて終わり、ではなく、日常的にくつろげたり、楽しめたり、継続的に取り組む必要性があります。
前出の、オーストラリアのポイントクックの主婦の方もスキルのある「当事者市民」です。今後は行政も、民間企業だけでなく、当事者意識の高い市民を巻き込みながら、街を盛り上げてほしいですね。

ポイントクックの活動を始めた主婦2人と泉山さん。日本ではなかなか難しいストリートミューラル(横断歩道のカラフルなペイント)も、イベント時に「後で黒く塗って原状回復する」として街の風景に。日本では考えられない大らかさと交渉力だ(写真提供/泉山塁威さん)

ポイントクックの活動を始めた主婦2人と泉山さん。日本ではなかなか難しいストリートミューラル(横断歩道のカラフルなペイント)も、イベント時に「後で黒く塗って原状回復する」として街の風景に。日本では考えられない大らかさと交渉力だ(写真提供/泉山塁威さん)

●取材協力
『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん
東京大学先端科学技術研究センター 助教/ソトノバ編集長/博士(工学)/認定准都市プランナー/タクティカル・アーバニスト/アーバンデザインセンター大宮|UDCO ディレクターほか/1984年札幌市生まれ/明治大学大学院理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了。エリアマネジメントやパブリックスペース利活用及び規制緩和制度、社会実験やアクティビティ調査、タクティカル・アーバニズムの研究及び実践にかかわる
>ソトノバ

つくば市が「バンライフ」の聖地に? 車を家にする新しい暮らし

最近、世界中でひそかに注目されているのが車を拠点とする暮らし「バンライフ」。2019年3月、茨城県つくば市で開催されたのは、その「バンライフ」をテーマにした「つくばVAN泊2019」という取り組みだ。つくば市が掲げる「世界のあしたが見えるまち」というビジョンをもとに、これからの社会や暮らし方を考える実験の一つとしてのイベントである。
なぜ、つくば市は「バンライフ」に注目するのか? つくば市が目指すまちづくりとは? 実際にバンライフを送る人々の話を交えながら探っていく。
国内初の「バンライフ」イベント「つくばVAN泊2019」

真っ青な空を見上げると、視線の先には大きなロケットがそびえ立っている。つくば駅からすぐの「中央公園」では、そのロケットの麓近くに、たくさんの車が並んでいた。そのほとんどがバンタイプ。どの車もオープンに開かれて、展示されている。訪れた人たちは、車の中を覗き込み、所有者と話をしたり、実際に車に乗り込んでみたりと楽しそうだ。

車やモバイルハウスなどの「動く拠点」を持って生活することは「バンライフ」と呼ばれ、つくば市では、バンライフから広がる暮らし方や働き方に注目している。移動できるということは、都市から地方への移住の後押しになり、定住までいかずとも、地域を活性化することにもつながると考えているからだ。

ずらりと並んでいた車は、バンタイプの他にキャンピングカーあり、モバイルハウスを設置したトラックあり。幅広い暮らし方や働き方を見ることができた(撮影/相馬ミナ)

ずらりと並んでいた車は、バンタイプの他にキャンピングカーあり、モバイルハウスを設置したトラックあり。幅広い暮らし方や働き方を見ることができた(撮影/相馬ミナ)

参加していたバンタイプの車は約20台。個人が所有しているものもあれば、企業としての参加もある。
まずは、実際にバンライフを送る人の話を聞いてみよう。

「車上生活」のイメージを一新する渡鳥ジョニーさんのバンライフ渡鳥ジョニーさん(左)とパートナーの奥はる奈さん(右)。「VAN + LDK = VLDK」をコンセプトに、シェアリングサービスを活用しながら実際にこの車に二人で暮らしている。スタイリッシュな内装が人気で、トークショーに取材にと大忙しの様子だった(撮影/相馬ミナ)

渡鳥ジョニーさん(左)とパートナーの奥はる奈さん(右)。「VAN + LDK = VLDK」をコンセプトに、シェアリングサービスを活用しながら実際にこの車に二人で暮らしている。スタイリッシュな内装が人気で、トークショーに取材にと大忙しの様子だった(撮影/相馬ミナ)

入口付近で人気だったのは、渡鳥ジョニーさんのバン。渡鳥さんは「VLDK(バンエルディーケー)」というウェブメディアでバンライファーとしての暮らし方を提案している。離婚を機に北海道から東京へ戻る際、スーツケース2つの荷物だったことから「これだけで暮らせるのかもしれない」と気づき、車に目を向けた。「車上生活=みじめなイメージがあるかもしれないけれど、そうではない暮らしをしたかった。だからあえてベンツのバンを選んで改装し、永田町のシェアオフィスに駐車スペースを確保しています」と話す。

二人が暮らす車は「ベンツ トランスポーターT1 307D」で通称「ベントラ」と呼ばれているもの。「『マイホームはベンツです』と話しているんです」とジョニーさん(撮影/相馬ミナ)

二人が暮らす車は「ベンツ トランスポーターT1 307D」で通称「ベントラ」と呼ばれているもの。「『マイホームはベンツです』と話しているんです」とジョニーさん(撮影/相馬ミナ)

左側手前にキッチン、奥に収納ソファ、右側の壁収納にはセミダブルのベッドも。ベッドを広げるとクローゼットが現れる。コンパクトながらも必要最低限のものが収まっている(撮影/相馬ミナ)

左側手前にキッチン、奥に収納ソファ、右側の壁収納にはセミダブルのベッドも。ベッドを広げるとクローゼットが現れる。コンパクトながらも必要最低限のものが収まっている(撮影/相馬ミナ)

実際に見せてもらうと、パートナーであり防災・リスク管理コンサルタントである奥はる奈さんとの二人の居住空間だという。北欧モダンを意識してリノベーションしたという車内には、洋服やキッチン道具、日用品などをコンパクトに収納している。さらに、壁の一面を引き出せば大きなベッドが登場。シモンズのマットレスを組み込んでいて快適な寝心地だという。必要最低限のものではあるが、どれも二人がこだわりをもって選んでつくり上げているバンだ。

「トイレや電源は、拠点にしているシェアオフィスで、お風呂はジム。洗濯はランドリーサービスを活用しています。足りないものはシェアでまかなえているんです」と二人は笑う。
街ならこれで十分。車を駐車できる拠点があればそこから自由に好きな場所へ行けるというわけだ。

二人はバンで旅しながら、隠れた絶景を借景にその土地のものを料理しながら、超移動時代の豊かな食卓を提案している。「今日はどこで誰と、何を食べよう。 Van a Table」がキャッチコピーだ(写真提供/奥はる奈さん)

二人はバンで旅しながら、隠れた絶景を借景にその土地のものを料理しながら、超移動時代の豊かな食卓を提案している。「今日はどこで誰と、何を食べよう。 Van a Table」がキャッチコピーだ(写真提供/奥はる奈さん)

泊まれて働けるバンは、仕事場でもあり、旅の相棒でもある

都会から離れ、移住先を探す旅の最中にバンを手に入れた人もいる。鎌倉出身の中川生馬さんは、東京での会社中心の生活から離れ居住地を探すためにバックパッカーとして全国の田舎を中心に旅をした。九州を旅していたときに出会ったのが車旅をしていた夫婦。車移動の快適さに憧れて、自身もバンを手に入れたという。「以前は夫婦それぞれ60L級のザックに寝袋・炊事道具などを入れて移動していたのですが、車になったことですごく楽になって。そこから住む場所を探して能登に決めた後も、旅をするときにはいつもこの車です」と話す。

特注したという中川さんの仕事用の机。能登・穴水町岩車にいる際も、頻繁に仕事場としてバンを使うこともあるという(撮影/相馬ミナ)

特注したという中川さんの仕事用の机。能登・穴水町岩車にいる際も、頻繁に仕事場としてバンを使うこともあるという(撮影/相馬ミナ)

「気持ちのいい季節なら、車の中でも快適で集中できるんです。自宅から140m先にある漁港にバンを停めて、穏やかな海が広がる前での仕事は最高です」と中川さん(写真提供/中川生馬さん)

「気持ちのいい季節なら、車の中でも快適で集中できるんです。自宅から140m先にある漁港にバンを停めて、穏やかな海が広がる前での仕事は最高です」と中川さん(写真提供/中川生馬さん)

ライターや広報など、遠隔から仕事をすることが多いため、バンの後部にはパソコンを使うためのテーブルがきちんとつくられたワークスペース、子どもと一緒にくつろげるソファありの“リビング”スペースもある。夜になればここがベッドに変わるという仕組みだ。

後部座席はソファ仕様にしてくつろげるスペースに。寝る際はシートの背もたれを中央にはめ込んでフルフラットに、さらにソファの上に板を渡して2段ベッドにもできる(撮影/相馬ミナ)

後部座席はソファ仕様にしてくつろげるスペースに。寝る際はシートの背もたれを中央にはめ込んでフルフラットに、さらにソファの上に板を渡して2段ベッドにもできる(撮影/相馬ミナ)

「キャンプに行ってテントを張る場所を探すのは大変ですが、車に泊まれると思えば気持ちが楽になります。バックパックであちこち行くにも、拠点としての車があるとすごく便利なんです。最近では、車中泊スポットが簡単に探せるサービス『Carstay(カーステイ)』もできたので、より快適になりました」

旅に出ないときは、自宅の敷地内にクルマを停めて自分のオフィスとして活用。250Wのソーラーパネルと、エンジン内にあるものとは別に2つの大容量バッテリーがついているので電源が確保できる。アイドリングなしで少量のガソリンと電気で動く「FFヒーター」があるので、冬も楽に乗り越えられる。
「限られたスペースなので、不要なものを持たなくなる。旅をしたおかげで、人生に必要なものが何かがしっかり分かるようになりました」と話す。

ハイエースをベースにしたアネックス社のキャンピングカーの「ファミリーワゴン」タイプ。後部にはバックパックのほか、キャンプで使うあれこれを収納できるスペースもある(撮影/相馬ミナ)

ハイエースをベースにしたアネックス社のキャンピングカーの「ファミリーワゴン」タイプ。後部にはバックパックのほか、キャンプで使うあれこれを収納できるスペースもある(撮影/相馬ミナ)

「気軽にグランピングしたい」という願いを叶えたバン

より自然と触れ合うためにとつくられたバンもある。YURIEさんは、身軽にキャンプに行きたいと考え、日産のバネットを自身の手で改装した。収納に便利な木製のりんご箱を土台にしてベッドをつくり、寝泊まりできる空間にしている。さらに、折りたたみできるテーブルや椅子、プラスチック製の食器などを積み込んでいるので、思い立ったらすぐにキャンプへ行けるというわけだ。

車内の改装はもちろん、外装のペイントも自身で手がけたYURIEさん。「都内でも小回りがきいて、かつ、荷物も詰める最適なサイズのバンです」(撮影/相馬ミナ)

車内の改装はもちろん、外装のペイントも自身で手がけたYURIEさん。「都内でも小回りがきいて、かつ、荷物も詰める最適なサイズのバンです」(撮影/相馬ミナ)

「キャンプが好きなんですけど、いつも準備が大変だったんです。バンを持ったことで、気軽にセルフグランピングできるようになりました」とうれしそうだ。普段は都内で働き、週末や休日にキャンプだけでなく、日本各地へと旅に行っているという。

もともと趣味で始めたキャンプだが、愛車で各地をまわり、女子でもできる「週末ソトアソビ」を提案するうちに、その活動が人気となった。今ではアウトドア商品のスタイリングや空間プロデュースなども手がけているというだけあって、たくさんの人が集まってきていた。
「これからはエコな仕様も取り入れていきたいし、将来的に家族が増えることを考えて大きいバンも考えたい」とまだまだやりたいことはたくさんある様子だった。

収納は下にまとめ、上部をベッドとして使えるように。板を載せているだけなので、手軽に後部座席を起こして座ることもできる(撮影/相馬ミナ)

収納は下にまとめ、上部をベッドとして使えるように。板を載せているだけなので、手軽に後部座席を起こして座ることもできる(撮影/相馬ミナ)

大工が手がけたバンは、上質で見事な仕上がりの空間

あるバンは、内装のクオリティの高さに驚いた。天井も壁面もきれいに木で覆われていて、棚板は美しいアール状にカットされている。聞けば持ち主の鈴木大地さんの本職は大工というから納得だ。

さりげなく棚板の角が曲線になっているなど、ディテールにこだわりがうかがえる。「実際につくってみて、まだまだやりたいこと、できることはたくさんあると感じています」(撮影/相馬ミナ)

さりげなく棚板の角が曲線になっているなど、ディテールにこだわりがうかがえる。「実際につくってみて、まだまだやりたいこと、できることはたくさんあると感じています」(撮影/相馬ミナ)

「仕事で使う車ですが、移動先で寝泊まりできたら便利だと思って。キャンピングカーがほしかったのですが、ちょっと高いし、だったら自分でつくってみようと」
細部までこだわって丁寧に仕上げた内装は、自分の作品でもある。大工の仕事はなかなか現場に行かなければ見られないものだが、これなら移動させて取引先へ見せることができる。実際にこの日も、鈴木さんに自分のバンの内装を頼みたいと話している人もいた。
また、仕事だけでなく、この車で旅をすることも増えたと話していた。

鈴木さんが室戸岬を旅したときの写真(写真提供/鈴木大地さん)

鈴木さんが室戸岬を旅したときの写真(写真提供/鈴木大地さん)

鈴木さんのバンは「ベンツ トランスポーターT1N 313CDI」。中古で手ごろな価格で手に入れたそう(撮影/相馬ミナ)

鈴木さんのバンは「ベンツ トランスポーターT1N 313CDI」。中古で手ごろな価格で手に入れたそう(撮影/相馬ミナ)

バンライフの可能性と、広げていくための課題とは?

「つくばVAN泊2019」では、さまざまな視点のトークセッションも行われた。バンライフを実践している「バンライファー」同士はもちろん、「限られた空間での暮らしかた」という視点から、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員とのトーク、さらにはバンライフから「防災」を考えるトークとして、防災科学技術研究所の職員などが登壇し、バンライフの可能性とこれからの課題について議論されていた。

バンライフの楽しさや可能性を語るだけでなく、防災の視点からのメリット、限られた空間での暮らしのデメリットなど、幅広いテーマで議論が行われていた(撮影/相馬ミナ)

バンライフの楽しさや可能性を語るだけでなく、防災の視点からのメリット、限られた空間での暮らしのデメリットなど、幅広いテーマで議論が行われていた(撮影/相馬ミナ)

「もともと市では、地域外から訪れてくれて、愛着や関心をもって関わってくれる人=「関係人口」を創出しようと考えていました」と、つくば市のプロモーションプランナーである酒井謙介さんは話す。バンライフをする人たちはまさに関係人口そのものである、と。
確かに、ある程度の生活や仕事をこなせる設備が整った車があれば、1カ所に留まる必要はなくなるだろう。気になる土地へ自由に車を走らせて、好きな場所で生活したり、働いたりしてもいいのだ。
ただ、車だけでは完結しないこともたくさんある。車にキッチンがついていても、食材はどこかで調達しなければならない。ましてやトイレやお風呂、洗濯の機能をもつバンは少ないし、夜になって就寝となれば、道の駅やサービスエリアなどバンを安全に停められる場所も必要だ。
酒井さん曰く「つくば市では、これらを有料サービス化したり、マッチングサービスを活用したりすることで、地域との関わりにできないかと考えています。生活や仕事に伴う買い物のほか、銭湯やコインランドリーなどを利用してもらえれば、街が活性化するでしょうし、定住までせずとも、地域外からの人材が留まることで「関係人口」が生まれ、コミュニティの発展にもつながるかもしれないと考えています」

これからの地方の活性化を考えれば、バンライフがもつ可能性は大きい。そのためには課題をクリアしていくことは不可欠だが、解決策はきっとあるはずだ。
バンライフが広がることで、私たちの暮らし方、働き方の選択肢はぐっと増えるだろう。さらに、地方の活性化につながるのであれば、日本でのこれからの生活はもっと魅力的になるのかもしれない。どこで暮らしてもいい、どこで働いてもいい。そう感じる未来は近いのかもしれない。

(撮影/相馬ミナ)

(撮影/相馬ミナ)

●取材協力
・TSUKUBA TOMMORROW LABO
・渡鳥ジョニーさんのウェブメディア「VLDK(バンエルディーケー)」
・「今日はどこで誰と、何を食べよう。 Van a Table」
・中川生馬さんのブログ「田舎バックパッカー」
・YURIEさんのHP
・鈴木大地さんのInstagram

切り絵作家YUYAさんとパン・お菓子研究家スパロウ圭子さんの狭さを活かした一軒家 その道のプロ、こだわりの住まい[6]

東京、中野にある三角屋根の一軒家。切り絵作家でありイラストレーターのYUYAさんと、パン・お菓子研究家のスパロウ圭子さん夫婦の自宅兼アトリエだ。生活する場であるのはもちろん、教室を開いたり、月に一度はオープンアトリエとして開放して作品を販売したり。棚には二人が好きだという民芸の器や郷土玩具が並び、夫婦で楽しみながら暮らしていることが伝わってくる。決して広いとは言えないが、自分たちの好きなものを詰め込み、やりたいことを実現し続けている空間なのだ。コンパクトなスペースをどう使いこなしているのか、コツを教えてもらった。【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。コンパクトな空間を、多機能に使う1階はダイニングキッチンであり、教室や作品展示スペースとしても利用する「店舗」でもある。棚はオープンにして出し入れしやすくしている。「使ったらすぐにしまえるし、気が付いたときにパッと掃除もできます」と圭子さん(写真撮影/嶋崎征弘)

1階はダイニングキッチンであり、教室や作品展示スペースとしても利用する「店舗」でもある。棚はオープンにして出し入れしやすくしている。「使ったらすぐにしまえるし、気が付いたときにパッと掃除もできます」と圭子さん(写真撮影/嶋崎征弘)

玄関の扉を開けると、すぐ目の前にダイニングがあり、両脇の棚には切り絵や郷土玩具が飾られている。切り絵は、この家の住人である切り絵作家でありイラストレーターのYUYAさんの作品。そして、奥に見えるキッチンは、妻でパン・お菓子研究家のスパロウ圭子さんの仕事場でもある。
二人がこの一軒家を手に入れたのは2015年。リフォームをしてから翌年に引越してきた。それまで住んでいたのはマンションで、この家よりも広い空間だったという。なぜ、あえて狭い一軒家に住むことにしたのだろうか。

一軒家のリフォーム前と後の間取り

一軒家のリフォーム前と後の間取り

YUYAさんの切り絵作品やイラスト、さらにそれらをプリントしたポストカードや手ぬぐいなどが並ぶ。作品の色が映えるよう、壁は白くしている(写真撮影/嶋崎征弘)

YUYAさんの切り絵作品やイラスト、さらにそれらをプリントしたポストカードや手ぬぐいなどが並ぶ。作品の色が映えるよう、壁は白くしている(写真撮影/嶋崎征弘)

「自宅でパンやお菓子の教室をやりたかったのと、夫の作品を販売するスペースがほしいという気持ちがあったからです。それを可能にする家を探し回りました」と話す圭子さんに、YUYAさんが続ける。「以前、建築の仕事をしていたので、内見したときに『この家ならなんとかなる』と判断できました。リフォームすれば生活の場としても、仕事場としてもうまく使えるだろう、と想像できたんです」

取材時に圭子さんがつくってくださったパンとお菓子。粉やフルーツなど素材の味を大切にしていて、素朴な手仕事の器との相性の良さは抜群だ(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に圭子さんがつくってくださったパンとお菓子。粉やフルーツなど素材の味を大切にしていて、素朴な手仕事の器との相性の良さは抜群だ(写真撮影/嶋崎征弘)

リフォームが完了してから、それぞれ勤めていた会社を辞めて独立をし、念願の仕事に専念するようになった。
圭子さんは1階のダイニングキッチンでパンとお菓子を教えている。YUYAさんは2階の仕事場で作品をつくっている。
「月に一度オープンアトリエとして、1階を開放しているんです。そこでパンやお菓子、作品を販売していて。その日はみなさんが靴を脱ぐのが面倒かもしれないと思って、土足でOKにしているんですよ」とYUYAさんが教えてくれた。だから、この家には、いわゆる玄関のたたきスペースがない。扉を開ければすぐにダイニングというつくりになっているのだ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

使いたいものにすぐ手が届くキッチン

奥のキッチンはコンパクトなスペースながらも、大きなオーブンが組み込まれ、必要なものに手が届くような配置になっている。
「道具も器もたくさんあるので、『隙あらば棚』みたいになっています」と圭子さんは笑う。器は二人で民芸店や地方で活動する作家に会いに行って手に入れたものがずらりと並んでいる。

キッチンの棚には民芸の器がぎっしり詰まっている。「好きなものこそ、毎日大切に使いたいし、愛でるようにしたい」(圭子さん)(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチンの棚には民芸の器がぎっしり詰まっている。「好きなものこそ、毎日大切に使いたいし、愛でるようにしたい」(圭子さん)(写真撮影/嶋崎征弘)

大きな器はダイニング側の棚に収納。民芸の器とYUYAさんの切り絵は手仕事ならではの素朴な良さがあり、並んでいる姿にホッとさせられる(写真撮影/嶋崎征弘)

大きな器はダイニング側の棚に収納。民芸の器とYUYAさんの切り絵は手仕事ならではの素朴な良さがあり、並んでいる姿にホッとさせられる(写真撮影/嶋崎征弘)

「民芸品にこだわっているわけではないのですが、二人とも好きなのが民芸の器が多くて。作り手さんの気持ちが伝わってくるものに出合うと、使いたくなるんです」と圭子さん。器は普段の食事でも教室でも分け隔てなく使っているので、生活の楽しみとして大切な存在でもあるのだろう。
狭い空間で開け閉めするのは不便だからと、食器棚には扉がついていない。教室に限らず、オープンアトリエの際にも、訪れた人の目に入り、楽しませてくれている。

上部に収納を固めて、狭さを感じさせない空間に2階の仕事スペース。左がYUYAさん、右が圭子さんの机。右奥の扉付き収納に布団をしまっている。「慣れてしまえば毎日の上げ下ろしも苦になりません」と二人(写真撮影/嶋崎征弘)

2階の仕事スペース。左がYUYAさん、右が圭子さんの机。右奥の扉付き収納に布団をしまっている。「慣れてしまえば毎日の上げ下ろしも苦になりません」と二人(写真撮影/嶋崎征弘)

2階はプライベートな空間として使っている。リビング兼寝室と、それぞれの机が置かれた仕事部屋がひと続きになっていて、それほど狭さを感じさせない。その理由の一つは、本棚などの収納スペースを上部に設置したことにある。

YUYAさんの仕事机。正面の壁には制作途中の切り絵の下書きなどが貼ってあり、それすらもアートの一部のように感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

YUYAさんの仕事机。正面の壁には制作途中の切り絵の下書きなどが貼ってあり、それすらもアートの一部のように感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

整理整頓が得意というだけあり、YUYAさんは机の上はすっきりしている。制作途中に出た小さな紙片も大切に収納している(写真撮影/嶋崎征弘)

整理整頓が得意というだけあり、YUYAさんは机の上はすっきりしている。制作途中に出た小さな紙片も大切に収納している(写真撮影/嶋崎征弘)

仕事スペースの対面にあるリビング。上部に棚を配したおかげでソファを置くことができた。棚や壁には民芸品が飾られていて、二人が日常的に楽しんでいることが分かる(写真撮影/嶋崎征弘)

仕事スペースの対面にあるリビング。上部に棚を配したおかげでソファを置くことができた。棚や壁には民芸品が飾られていて、二人が日常的に楽しんでいることが分かる(写真撮影/嶋崎征弘)

「できるだけ床の面を広くして有効に活用しようと考えました。天井を抜いたことも効果があったと思います」とYUYAさん。収納の機能を目線より上の位置に集約したことで、圧迫感を減らしながら、机やソファを置くスペースも確保できた。

並べ方に規則はなく、好きなものを好きなように置いているコーナー。YUYAさん曰く「買った時の店主さんとのやりとりや、旅した時の風景を思い出したりします」(写真撮影/嶋崎征弘)

並べ方に規則はなく、好きなものを好きなように置いているコーナー。YUYAさん曰く「買った時の店主さんとのやりとりや、旅した時の風景を思い出したりします」(写真撮影/嶋崎征弘)

そして、壁面には1階と同じく郷土玩具が飾られている。これらも、器と同じく二人で買い集めてきたもの。日本に限らず、世界各国の民芸品と呼べるものだ。
「国ごとに分けて飾ることもないし、買うときにもどこのものかを特別に意識はしていません。どれも愛嬌のある感じが好きで、見ていると楽しくなってくるんです」と二人は言う。なんとも言えないとぼけた表情や、素朴な色使いと質感は、夫婦にとって何ものにも代えがたい魅力だ。

壁だけでなく、棚の上にもディスプレイ。違う国のものでも不思議となじんでまとまりが出るのが民芸品の良さなのだろう(写真撮影/嶋崎征弘)

壁だけでなく、棚の上にもディスプレイ。違う国のものでも不思議となじんでまとまりが出るのが民芸品の良さなのだろう(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

屋根裏は、好きなものを集めて気分転換できる部屋に

じつは、郷土玩具は1階と2階だけにとどまらない。上階にある屋根裏部屋には、さらにたくさんのものが並んで愛嬌を振りまいている。
「郷土玩具のほかに二人の本もたくさん収納していて、ここは完全に趣味の部屋です」とYUYAさん。右の壁面には郷土玩具がずらりと並び、左には民芸やアート、お菓子に関する本がぎっしり詰め込まれた棚がある。

三角屋根の一軒家ということが分かる屋根裏部屋。左の本棚はYUYAさんがサイズに合わせて自作したもの。キャスター付きなので奥のものも取り出しやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

三角屋根の一軒家ということが分かる屋根裏部屋。左の本棚はYUYAさんがサイズに合わせて自作したもの。キャスター付きなので奥のものも取り出しやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

「仕事に煮詰まったり、気分転換したいときはここで過ごすんです。生活と仕事が同じ空間だからこそ必要なスペースかもしれません」と圭子さん。ランチを食べたり、お茶を飲んだり、ちょっと贅沢な空間にうらやましくなってくる。

民芸館のような棚。「郷土玩具も民芸品も器も、好きだからどんどん増えてしまう。どこにどう飾ろうか、どう使おうか、考えてから選ぶようにしています」と圭子さん(写真撮影/嶋崎征弘)

民芸館のような棚。「郷土玩具も民芸品も器も、好きだからどんどん増えてしまう。どこにどう飾ろうか、どう使おうか、考えてから選ぶようにしています」と圭子さん(写真撮影/嶋崎征弘)

好きなもの、やりたいことを詰め込んだ暮らし

二人は好きなものや嫌だなと感じることが同じだと言う。だからこそ、飾っているものも使っている器も、それを収納する家の内装にもブレがなく、統一感がある。やみくもに好きなものを集めているのではなく、狭いからこそ選び抜いているということもあるだろう。
そして何よりも、二人は生活と仕事において、何をしたいかがはっきりしている。好きな民芸品を使いたい。パンとお菓子の教室をしたい。作品をつくりたい。そして、それを喜んでもらえる人に届けたい、と。この一軒家は、その想いを叶える場所なのだ。

2階の本棚にも郷土玩具が並び、なんとも愛らしいスペースになっている。「どんな場所でどんな人がつくっているのか、知りたくなっちゃうんです」と二人はうれしそうに話してくれた(写真撮影/嶋崎征弘)

2階の本棚にも郷土玩具が並び、なんとも愛らしいスペースになっている。「どんな場所でどんな人がつくっているのか、知りたくなっちゃうんです」と二人はうれしそうに話してくれた(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
YUYA / スパロウ圭子
YUYAさんは、切り絵作家、イラストレーターとして、広告・カタログ・ロゴデザイン等で活躍中。個展も開催している。スパロウ圭子さんは、パン・お菓子研究家として「食のアトリエ・スパロウ」を主宰。二人で「アトリエ・フォーク」として活動し、月に一度オープンアトリエで切り絵作品や天然酵母パン、ジャムなどを販売している。
>HP

デュアルライフ・二拠点生活[11]京都府福知山市 ライフステージの変化を受け入れ、無理なくしなやかに変わる二拠点暮らし

2012年、単身で京都府福知山市雲原地区に移住し、農家民宿を運営する吉田美奈子さん(30)。地域の人との関り、地域に溶け込み、雲原生活を楽しみながらも、結婚や出産などライフステージの大きな変化とともに京都市との二拠点生活へと移行しました。環境の変化に合わせて無理なく、しなやかにデュアルライフを楽しむ吉田さんの暮らしぶりをうかがいました。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます「こんな風になりたい」と思える人たちとの出会いに移住を決意

京都府福知山市の北端に位置し、山に囲まれたのどかな風景の広がる雲原地区。吉田さんが雲原に移住したのは2012年、地域の方々が主催する『歩こう会』という山を歩くイベントに参加したのがきっかけでした。
福知山市の中心部出身の吉田さんにとって、雲原は知っているようで知らなかった場所。特に観光的目玉や「これ!」といった特徴がある地域ではないけれど、雲原の人たちはとても雲原を愛していて、明るくて、カラッとしていて……関われば関わるほど、その風通しの良い人柄に惚れ込み「ここで暮らしたら、皆さんみたいになれるんじゃないか」と移住を決意したのだそう。

移住の半年前に偶然空き家になった一軒家を借り、農家民宿を運営しながら地域の方々と関わる日々。消防団員になったり、地元の人の憩いの場になるように100円カフェを開いたり、畑で農作業をしたり、雲原での暮らしは想像以上の充実ぶりで、あっという間に5年が過ぎました。

『雲原の父』『雲原の母』と呼べるような間柄の人もでき、「結婚するなら、この山の暮らしに抵抗がない人に婿養子に来てもらわないと!って思っていました」と吉田さん。

「生きるところを探していたら雲原にやってきた」という吉田さん。最初はひとりだった雲原生活も、今ではプログラマーの夫(42)と娘さん(2)の3人に。実はもうすぐもうひとり家族が増える予定。ますます雲原がにぎやかになりそうだ(写真撮影/中島光行)

「生きるところを探していたら雲原にやってきた」という吉田さん。最初はひとりだった雲原生活も、今ではプログラマーの夫(42)と娘さん(2)の3人に。実はもうすぐもうひとり家族が増える予定。ますます雲原がにぎやかになりそうだ(写真撮影/中島光行)

結婚や出産など、ライフステージにおける大きな変化が起きがちな20代後半にさしかかったとき、吉田さんにとってひとつの転機が訪れます。京都市出身で京都市に暮らす夫と付き合いはじめた当時、「結婚後も雲原で暮らし続けることは、結婚成立への最大にして唯一のハードルである!」と思っていた吉田さんは「結婚しても雲原生活をやめたくない」と相談。すると、夫から「田舎だけとか都会だけとか、どっちかに決めなくてもいいんじゃないの?」という答えが!

結婚を機に、夫か妻かどちらかの生活圏に合わせて拠点を構えねばならないと思い込んでいた吉田さんにとって意外過ぎる、まるで目から鱗が落ちるような言葉だったそう。そして、そんな柔軟な発想をもっていた夫と結婚。吉田さんの暮らしは夫の拠点である京都市と、吉田さんの拠点である福知山市のデュアルライフに移行していきました。

吉田さんも手伝っていた『北陵うまいもん市雲原店』。町内のおばちゃんたちが調理する『水車定食』は遠方から食べにくる人も。この日はこんにゃくと、おかずの仕込みをするために集まっていた。みんな「あら!おかえり!」と家族のように吉田さんを迎える(撮影/中島光行)

吉田さんも手伝っていた『北陵うまいもん市雲原店』。町内のおばちゃんたちが調理する『水車定食』は遠方から食べにくる人も。この日はこんにゃくと、おかずの仕込みをするために集まっていた。みんな「あら!おかえり!」と家族のように吉田さんを迎える(撮影/中島光行)

雲原地区は福知山市の北端、四方を山が囲む標高300~400mの盆地にある小さな集落。「他の地域をたくさん見たわけではないけれど、ここは田舎特有の囲い込み感が少なく居心地がいい。これまで暮らしたどこよりも大切にしたい場所」と吉田さん(撮影/中島光行)

雲原地区は福知山市の北端、四方を山が囲む標高300~400mの盆地にある小さな集落。「他の地域をたくさん見たわけではないけれど、ここは田舎特有の囲い込み感が少なく居心地がいい。これまで暮らしたどこよりも大切にしたい場所」と吉田さん(撮影/中島光行)

2009年、地元中学校の閉校をきっかけにつくられた「みんなの水車広場」。村の人の手によって建てられた水車と水車小屋は動かすことができ、この水車で約12時間かけて精米した「水車米」は、隣接する「みんなの和楽家(わがや)」で提供するランチに使用(撮影/中島光行)

2009年、地元中学校の閉校をきっかけにつくられた「みんなの水車広場」。村の人の手によって建てられた水車と水車小屋は動かすことができ、この水車で約12時間かけて精米した「水車米」は、隣接する「みんなの和楽家(わがや)」で提供するランチに使用(撮影/中島光行)

水車小屋ができた翌年、新たに地域住民が集える拠点になるよう、昔ながらのおくどさんや囲炉裏、畳敷きの部屋などをそなえた施設「みんなの和楽家(わがや)」が完成。日曜日は「北稜うまいもん市雲原店」として定食の提供も行う。要予約でピザ焼き体験も可能(撮影/中島光行)

水車小屋ができた翌年、新たに地域住民が集える拠点になるよう、昔ながらのおくどさんや囲炉裏、畳敷きの部屋などをそなえた施設「みんなの和楽家(わがや)」が完成。日曜日は「北稜うまいもん市雲原店」として定食の提供も行う。要予約でピザ焼き体験も可能(撮影/中島光行)

この日、つくられていた「雲原こんにゃく」は凝固させるためにそば殻の灰を使用する、雲原地区伝統の製法。灰汁抜きせずにそのまま生で食べられる。おかずはおばちゃんたちがすべて手づくりする人気の「水車定食」の一品にもこのこんにゃくを使用(撮影/中島光行)

この日、つくられていた「雲原こんにゃく」は凝固させるためにそば殻の灰を使用する、雲原地区伝統の製法。灰汁抜きせずにそのまま生で食べられる。おかずはおばちゃんたちがすべて手づくりする人気の「水車定食」の一品にもこのこんにゃくを使用(撮影/中島光行)

支えてくれる、繋がりある人たちのありがたさを実感

●火・水・木曜日→京都市にいて、夫は会社に出勤して仕事をし、吉田さんは京都の自宅で娘さんと過ごす。
●金・土・日・月曜日→福知山市へ。夫は自宅で普段通りに仕事をして、吉田さんは借りている田畑で畑仕事をして農家民宿を開く。
吉田家のスケジュールはだいたいこのようになっています。

吉田さんの運営する農家民宿は、お客さんと一緒に食事をつくって食べる共同調理形式で、お客様と一緒に時間を過ごすスタイル。もちろんそこには夫も娘さんも参加します。「週末もずっと仕事をしている形になるけれど、暮らしの延長のような感じなのでまったく苦じゃないですね」と吉田さん。お客さんのいない日はみんなで農作業をしたり、地域の集まりに参加したり。大変そうなイメージだった二拠点の移動も、夫と娘さんがいればこそで、まるで小旅行気分で楽しんでいるのだそう。

「ただ、二拠点になったことで地域の集まりに顔を出すことがやはり減ってしまいました。月に一度の区費の集金の会なども、参加できるときにまとめて払わせていただいたり、雲原の人たちも私たちの二拠点生活に柔軟に対応してくださっていてとてもありがたいです。二拠点になったからこそ、各場所での自分たちの役割についても、強く意識するようになりました」

吉田さんは二拠点になったからこそ、暮らすこととは家族のことだけでなく、周囲の人たちのとの協働プロジェクトだ、と思うようになったと言います。
「この先もどんな風に変わっていくか分かりませんが、その変化そのものも楽しんでいきたいと思います」

雲原の家は一軒家で、もともと大工さんが使っていた家だったからかメンテナンスもほぼ完ぺき。住むにあたっては天井を少し直したくらいで、手を加えた部分はほとんどなかったのはラッキーだった。部屋数は7部屋で広々としている(撮影/中島光行)

雲原の家は一軒家で、もともと大工さんが使っていた家だったからかメンテナンスもほぼ完ぺき。住むにあたっては天井を少し直したくらいで、手を加えた部分はほとんどなかったのはラッキーだった。部屋数は7部屋で広々としている(撮影/中島光行)

雲原・京都ともに同居する人がいる吉田家。二拠点ならではのゴミ出しの日の合わせにくさや不在時の防犯上の問題をカバーしあえるのが同居のいいところ。この日は偶然、同居する種池徹さんの彼女さんが雲原に。吉田家との顔合わせだった(撮影/中島光行)

雲原・京都ともに同居する人がいる吉田家。二拠点ならではのゴミ出しの日の合わせにくさや不在時の防犯上の問題をカバーしあえるのが同居のいいところ。この日は偶然、同居する種池徹さんの彼女さんが雲原に。吉田家との顔合わせだった(撮影/中島光行)

以前、吉田さんとハウスシェアをしていた佐々井飛矢文さん。佐々井さんもデュアラーで、大学の研究で訪れた雲原に魅了され、埼玉との二拠点暮らしを送るように。雲原では「雲原 大江山 鬼そば屋」の7代目店長を務める(撮影/中島光行)

以前、吉田さんとハウスシェアをしていた佐々井飛矢文さん。佐々井さんもデュアラーで、大学の研究で訪れた雲原に魅了され、埼玉との二拠点暮らしを送るように。雲原では「雲原 大江山 鬼そば屋」の7代目店長を務める(撮影/中島光行)

気構えすぎずに、流れに身を任せてみるのもひとつ

吉田さんが二拠点暮らしの中で「どうすればいいかな」と思ったのは、娘さんの学校のことでした。夫婦ふたりだけだったころと子どもができてからでは、同じ二拠点暮らしでも悩むことが異なってきます。子どもができたことで考えなければならなくなった「教育」に関する問題は、まず「保育園をどうするか」からはじまりました。そもそも、京都市内と福知山市を行ったり来たりするなかで、子どもを保育園に通わせることができるのか?どのように通わせるのがいいのか?

「調べること自体が億劫で、もう通わせなくてもいいんじゃ……なんて考えました」と吉田さん。
京都市内・福知山市内と両方の保育園を見学するなかで、自ら理想の保育園を開けばいいのでは……まで思いつめたことも。結果的に、京都市の一時保育の制度を利用することにしたそうだけれど、もう少し時間がたてば、今度は「小学校をどうするか」を考えなくてはならないのでは。そう思い、聞いてみました。

「小学校は京都市で通わせる予定にしています。こっちは歩いて行ける距離に小学校がないし、通学のバスもいつまで運行されるか分からない部分がありますから。子どもが小学校に通いはじめるときに、この二拠点暮らしがどんな風になるかは分からないけれど、暮らしのバランスを保つためにきっと何かいい方法があるんじゃないかなって思っています」

吉田さん家族の二拠点暮らしのとらえかたは、「こうしなければならない!」という縛りがなく、その時々で一番心地いい方法を選び、楽しんでいるように見えます。それは二拠点暮らしをはじめるときに夫が言った「無理にどっちかに決めなくてもいいんじゃないの?」が根底にあるからなのかもしれません。

雲原ののどかな風景のなかを元気いっぱいに走る娘さん。今、吉田さんは第2子を妊娠中で、秋ごろにはお姉ちゃんになる予定(撮影/中島光行)

雲原ののどかな風景のなかを元気いっぱいに走る娘さん。今、吉田さんは第2子を妊娠中で、秋ごろにはお姉ちゃんになる予定(撮影/中島光行)

吉田さんが単身ではじめた雲原暮らし。夫との結婚を機に二拠点暮らしになり、家族が増え、さまざまな面において雲原との関わりも変化しています。片道115キロを毎週移動する暮らしに無理や大変さを感じないのは、きっと、その時々で無理のない暮らし方を選んできたからなのでしょう。吉田さん家族には、これからもいろんな変化が訪れるはず。でも、きっとその時々に、それぞれの場所で、家族の在り方を考え、その考えにしなやかに寄り添うような暮らし方を実践されていくことでしょう。

●取材協力
・雲の原っぱ社
・北陵うまいもん市雲原店
・雲原 大江山 鬼そば屋

賃貸団地をDIY工房に! 世代や地区を超え、DIYが住民をつなぐ!?

この春、大阪府堺市の大規模賃貸住宅団地「茶山台団地」の一角がDIY工房「DIYのいえ」として生まれ変わった。賃貸住戸をあえて工房に転換させた狙いとは?
団地の空き住戸がDIY工房に変身した!

大阪府堺市・泉北ニュータウンにある総戸数930戸の賃貸住宅団地「茶山台団地」、その一角の空き住戸を使い、「賃貸住宅でも行えるDIY」の普及拠点として2019年2月に誕生したのがDIY工房「DIYのいえ」だ。工房スペースがあり、工具の貸し出し、ワークショップや相談室が随時行われるほか、関連書籍やDIY作品見本の展示、団地サイズに合わせたDIYパーツの販売も行われている。

ワークスペースには電動ノコギリや各種ツールも完備(写真撮影:井村幸治)

ワークスペースには電動ノコギリや各種ツールも完備(写真撮影:井村幸治)

団地の1階、2住戸を利用して「DIYのいえ」がつくられている(写真撮影:井村幸治)

団地の1階、2住戸を利用して「DIYのいえ」がつくられている(写真撮影:井村幸治)

大阪府住宅供給公社の小原旭登氏も「公社ではDIYを施した部分の原状回復義務を緩和する『団地カスタマイズ』制度があり、入居者にはDIYをある程度残したままでも退去可能なので気兼ねなくチャレンジいただけます。2017年1月の開始から約2年間で225件の申し込みがありました」と注目度の高さを語る。
「DIYのいえ」は周辺住民や入居検討中の人など、団地住民以外の利用も可能なので、地域コミュニティを活性化させる拠点になることも期待されているようだ。
実際に2月16日のオープニングには電動ノコ体験や子ども向けのワークショップも行われ、多くの人でにぎわった。

2月16日オープン時には女性も電動ノコギリに挑戦、子どもたちはフォトフレームづくりに参加(写真提供:大阪府住宅供給公社)

2月16日オープン時には女性も電動ノコギリに挑戦、子どもたちはフォトフレームづくりに参加(写真提供:大阪府住宅供給公社)

畳スペースにはおもちゃも用意されている(写真提供:大阪府住宅供給公社)

畳スペースにはおもちゃも用意されている(写真提供:大阪府住宅供給公社)

団地外からも参加者が! 早くもコミュニティ誕生の兆し

3月16日には「内窓フレームづくり体験」のワークショップが開催された。内窓フレームとは、既存窓の内側に簡易的な窓を追加することによって空気層をつくり、結露対策や断熱性のアップ、防音効果を高めようというもの。

戸車付きの内窓フレームキット「I・W・F」を使い、ワーク用に用意されたミニサイズの窓枠に合わせて製作を進める。手順は
1)メジャーでサイズを測り、プラスチックとアルミ製のフレームを金ノコなどで切断していく。
2)バリ(切断面の出っ張り)をやすりで削って組み立て、フレームの枠をつくる。
3)プラ板(中空ポリカーボネート)をカットし、両面テープでフレームに貼り付けていく。
4)戸車を付けて内窓フレームに設置…という流れだ。

作業自体は難しくないが、金ノコでアルミを切断する作業は女性陣が少し苦戦していた(写真撮影:井村幸治)

作業自体は難しくないが、金ノコでアルミを切断する作業は女性陣が少し苦戦していた(写真撮影:井村幸治)

子ども連れで参加された団地の住人Aさんに感想をお聞きした。
「DIYはほとんど経験がなく、アルミを切るのは大変だったけど、もっとやってみたいと思いました。子どもが小さくても遊べるスペースがあるので助かります! 団地の友人たちも参加したいって言っていますし、次回もテーマと時間が合えばぜひ参加したいです!」とのこと。

フレームの下に戸車を付けるときにはピッタリとはまって「おおーっ!」という歓声が♪(写真撮影:井村幸治)

フレームの下に戸車を付けるときにはピッタリとはまって「おおーっ!」という歓声が♪(写真撮影:井村幸治)

もうひと組の参加者、団地外から参加されたというBさんご夫妻は十数年間のアメリカ在住経験があるそう。「アメリカでは DIY が当たり前でした。現在は近くの一戸建て住宅に住んでいるのですが、賃貸なのであまり大きくDIYができません。ワークショップがあることを Facebook で知って参加したのですが、こんな内窓のキットがあるなんて知らなかった! 今後もいろいろやってみたいと思います」とのこと。

金ノコなど工具の扱いも手慣れたご様子(写真撮影:井村幸治)

金ノコなど工具の扱いも手慣れたご様子(写真撮影:井村幸治)

ワークは約1時間で終了し、無事に内窓が完成!
その後Bさんは「内窓フレームにはプラ板ではなくて網を貼って網戸にしてもいいかも。すりガラスタイプにすれば間仕切りにもできるし、シェルフの目隠しにもなりそう!」と、思いついたアイデアを相談されていた。 

素晴らしい!  

DIYは決められたやり方にこだわる必要はない。自分でどんどんアイデアを加えてオリジナリティーを出していけばいい、それが DIYの魅力だ 。今後はさらにコミュニティが広がり、より個性あふれる作品が誕生するのではないだろうか。みなさん、頑張って!

DIYの普及とともに、シニア層の活躍の場づくりを目指す

今回取材を行った茶山台団地は大阪府住宅供給公社が管理する全28棟の大規模賃貸住宅団地だ。1971年に入居が開始され、約800戸の入居世帯のうち契約名義人65歳以上の世帯が46%を占めるなど(2019年1月時点)入居者の高齢化が進んでいる。団地の一室を利用した惣菜屋さん「やまわけキッチン」、野菜などの移動販売「ちゃやマルシェ」、集会所を利用した「茶山台としょかん」、DIYリノベーションスクールの開催やDIYリノベーション住戸の賃貸募集、2住戸を合体させた「ニコイチ」の募集など、さまざまな「団地再生プロジェクト」が実施されているモデル団地でもある。

一方で、大阪府住宅供給公社の小原旭登氏は今後の課題を以下のように述べた。「ただ、利用者は40代までの若年層が中心で、団地居住者の半数以上を占める60代以上のシニア世代には浸透していないのが現状です。だからこそ、「DIYのいえ」を拠点とした世代間の交流を促し、将来的には団地居住のシニア層にこの施設のスタッフとして活躍してもらうことで、生きがいづくりにもつなげていければと考えています」

DIYで仕上げた突っ張りタイプのツールを使ったデスク&テレビ台の組み立て見本が展示されている(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げた突っ張りタイプのツールを使ったデスク&テレビ台の組み立て見本が展示されている(写真撮影:井村幸治)

団地押入れサイズにDIYで仕上げた収納用カート(写真撮影:井村幸治)

団地押入れサイズにDIYで仕上げた収納用カート(写真撮影:井村幸治)

トイレの壁面を利用した収納スペースなどDIYのヒントもたくさん(写真撮影:井村幸治)

トイレの壁面を利用した収納スペースなどDIYのヒントもたくさん(写真撮影:井村幸治)

団地のキーマンにも参加してもらい、技術を継承していきたい

「DIYのいえ」の運営を担当しているカザールホーム代表の中島久仁氏も、
「もっともっとDIY が浸透してほしいと思い、試行錯誤しながら活動しています。ここではツールのレンタルもおこなっていますが、団地内の DIY だけを考えるサンダーや丸ノコといった本格的な工作ツールは必要なく、もっとシンプルなツールだけでもいいのかもしれません。そこも含めて試行錯誤中です」と展望を語る。

「団地に暮らすシニアには、現役のときにさまざまな分野でプロ&職人として活躍された方もいらっしゃいます。そうした人たちの技を、若い人たちに伝えていけるような場になればいいと思っています。団地内の惣菜屋さん「やまわけキッチン」のDIY改装をサポートさせていただいた際には団地住民のリーダー的な方がいらっしゃいました。そんなキーマンとなる方と一緒に活動していきたいと考えています」(中島氏)

「DIYのいえ」はひとまず8月までの期間限定での活動だ。今回のワークショップにも高齢者の女性の方が見学に訪れていたが、DIYがちょっと気になっているけど、きっかけがない……という人もいるだろう。そんな人たちが気軽に参加してくれるようになれば、地域のDIYコミュニティも拡大し新たな活動へとつながっていきそうだ。

若い人からシニア世代まで、それぞれの人の暮らしをもっとより良いものに変えていきたいとおっしゃる中島氏(写真撮影:井村幸治)

若い人からシニア世代まで、それぞれの人の暮らしをもっとより良いものに変えていきたいとおっしゃる中島氏(写真撮影:井村幸治)

北側の部屋には養生用のビニールシートも用意されており、塗装やペンキ塗りの作業にも活用できる(写真撮影:井村幸治)

北側の部屋には養生用のビニールシートも用意されており、塗装やペンキ塗りの作業にも活用できる(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げたボックス(写真撮影:井村幸治)

DIYで仕上げたボックス(写真撮影:井村幸治)

世代やライフスタイルを超えたDIYのつながりで、暮らしを豊かに

この先、「DIYのいえ」では襖張りやペンキ塗り、壁塗りのワークショップも予定されている。日程が合えば工房としても利用でき、工房前の駐車場も利用可能。大きな材料を持ち込んだりまた運び出したりということもできるそうだ。

ワークショップの参加者には友人を誘いたいという人もいれば、アメリカのDIY文化に触れたことがある人もいた。DIYに興味をもつ若年層だけでなく、豊富な人生経験や匠の技をもつ団地住民、周辺に暮らすさまざまなライフスタイルの地域住民が「DIYのいえ」を通じてつながっていくことできれば素敵なことだと思う。それぞれの暮らしが豊かに変わっていく拠点、コミュニティの中心となる場所。そんな役割を「DIYのいえ」が担ってくれることに期待したい。

●店舗情報
「DIYのいえ」
堺市南区茶山台2丁1番 茶山台団地16号棟1階101・102号室
運営時間やワークショップについてはこちら
https://www.facebook.com/diynoie/
TEL:0120-45-8540●内窓フレームに関してのお問い合わせ
和気産業株式会社 EC事業部(直通)
TEL:06-6723-5060(平日9:30~17:00)

台湾の家と暮らし[1] 若手アーティスト夫婦のインダストリアルなDIY賃貸アトリエ in台北

私、柳沢小実は、暮らしや旅について書いているエッセイストです。旅歴はかれこれ30年以上で、一人旅歴は18年。ヨーロッパや北欧への旅を経て、いつしか年に何回も台湾を旅するようになりました。1年のうち1カ月以上は台湾という生活を何年も続けるうちに、現地の友達ができて、家や暮らし方を垣間見る機会が増えました。彼らは好奇心旺盛で前向きで、行動力もある。DIYもいとわず、インテリアは足し算が上手です。
今回は、台湾で素敵な暮らしを送る3軒におじゃましてきました。1軒目は、ブランディングデザイナーのピーター(28)と、イラストレーターのロージー(31)夫妻が台北中心部に借りているアトリエへ。収納が少なくてもまとまりのある部屋づくり、日本との文化の違い、外で買ってくる朝ごはんのこと、自分たちらしい結婚式写真などについて、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年2回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。柳沢さんと台北へ飛んで、自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔してきました。ピーター&ロージー夫妻と、朝ごはんを買いにいく(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

朝10時。ブランディングデザイナーのピーターと、イラストレーターのロージー夫妻と、朝ごはん屋さんで待ち合わせ。台湾の朝ごはんは、豆漿・鹹豆漿(豆乳)や蛋餅(卵を挟んだクレープ)、飯糰(具だくさんのおにぎり)などが伝統的なメニューですが、近年は三明治(サンドイッチ)も人気です。若い人たちは朝から外で食べたり買ったりすることも多く、二人もそう。
だから、台北市内で最も都会的なこのエリアでさえ、一本裏道に入ると、昔ながらの朝ご飯屋さんや食堂が軒を連ねています。なんだか、ホッとする。人が働き、住み、食べる場所がすべて混ぜこぜだから、都会でも無機質にならず、程よい雑多さがあります。

「内用? 外帯?(店で食べる? 持ち帰る?)」
「外帯!(持ち帰ります)」
さあ、朝ごはんを持ち帰って、アトリエで食べながら話を聞きましょう。

ピーターとロージーのアトリエへお邪魔します!パートナーを大切にする台湾男子は、かいがいしく働く。ピーターも料理上手(写真提供/KRIS KANG)

パートナーを大切にする台湾男子は、かいがいしく働く。ピーターも料理上手(写真提供/KRIS KANG)

台湾の伝統的な朝ごはん(写真提供/KRIS KANG)

台湾の伝統的な朝ごはん(写真提供/KRIS KANG)

台湾製の古いグラス(写真提供/KRIS KANG)

台湾製の古いグラス(写真提供/KRIS KANG)

休日のひだまりのような、ほのぼのした雰囲気の二人は、昨年入籍したばかりの新婚夫婦。彼らは2015年から、友人と3人でこのアトリエを持っています。場所は台北市内の中心地で、駅前の大通りに面したオフィスビルの一角。もうひとりのメンバーのお父様が不動産屋さんで、その元オフィスを借りています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

台湾の首都、台北市の広さは東京都23区の40%くらい。人口は2018年の時点で267.4万人ですが、台湾の人は職場のすぐそばなど便利なところに住みたがる傾向があるためか、中心部に一極集中。よって、台北市内の住宅はほぼマンションです。一般的にはエレベーターのない5階建てくらいの建物が多く、近年は高級な高層マンションも増えています。
台北ではマンションの価格が大幅に高騰しており、データではここ5年は減少傾向も見られるものの、15年前の3倍ほどになっていると聞きました(※)。そのため、20~40代の友人・知人の多くは、賃貸マンションや実家住まいです。ピーターとロージーも、普段は台北市の隣の新北市にあるそれぞれの実家で暮らしています。

台北の家賃の目安は、一人暮らしは12000元(約43000円)、二人暮らしだと20000元(約72000円)ほど。沖縄と似た気候の台湾では、入浴はシャワーが主で、バスタブは付いていたりいなかったり。また、外食文化が定着していて日本ほど自炊をしないため、学生が住む小さな部屋などにはキッチンが付いていないこともあります。

アトリエの間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

アトリエの間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

台湾では賃貸物件でもDIYできることは日本よりも一般的。賃貸物件の改装の可否は、貸主との話し合い次第だそう(一般的に原状回復は不要だけれど、貸主によっては必要な場合も)ですが、彼らは改装の許可をもらって、壁を取り払い、天井を抜き、キッチンはピーターがデザインして大工さんに施工を依頼。また、オフィス物件でお風呂がなかったため、シャワーも付けました。窓際の長テーブルや本棚、作業テーブルなどの家具は、美大時代の友人につくってもらったものです。

料理をするピーターが設計したキッチン。手前に作業台があるので、調理しやすい(写真提供/KRIS KANG)

料理をするピーターが設計したキッチン。手前に作業台があるので、調理しやすい(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

この部屋は収納のないワンルーム。アトリエということもあってほぼ見せる収納になっていますが、物が多くても乱雑に見えないのはアーティストである彼ららしいバランス感覚と色づかいゆえ。例えば調理家電と鍋の色をベージュでそろえていたりと、色数を絞って似たトーンでまとめているのでうるさくない。さし色はオレンジと時々ブルー。見せる収納のヒントが満載です。

窓際に置いてあるセサミストリートの照明器具は、閉園する幼稚園からもらってきた(写真提供/KRIS KANG)

窓際に置いてあるセサミストリートの照明器具は、閉園する幼稚園からもらってきた(写真提供/KRIS KANG)

この扇風機、欲しい!(写真提供/KRIS KANG)

この扇風機、欲しい!(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

台湾の人を見ていてすごいなと感じるのは、柔軟な発想と行動力。面白そうなら、とりあえずすぐにやってみる。だから、部屋づくりに関しても自由で、想像力が豊か。さまざまな要素をミックスした足し算と、お金をかけずに楽しむのも上手で、ピーターとロージーも、DIYやアンティークショップ、オークションサイト、蚤の市など、ありとあらゆる方法で、自分たちの空間に合うものを探しています。

さりげなくコラージュした紙類も、素敵なインテリアに(写真提供/KRIS KANG)

さりげなくコラージュした紙類も、素敵なインテリアに(写真提供/KRIS KANG)

本棚には日本の雑誌がずらっと並んでいる(写真提供/KRIS KANG)

本棚には日本の雑誌がずらっと並んでいる(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

彼らの行動力は結婚写真などにも表れていて、お仕着せのウェディング写真ではなくて、自分たちが好きな服とシチュエーションでカメラマンさんに撮ってもらったそう。まるで写真集のような、一生の宝物になる美しい本です。
「みんながそうしているから」「これが普通だから」にとらわれず、台湾の人らしい行動力とアーティストならではのセンスで、「やればできる」「やってみよう」と行動に移すっていいなと、強く感じました。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

今はそれぞれ実家暮らしをしながらアトリエを持っている二人ですが、結婚を機に一緒に暮らせる部屋を探しています。取材後も一軒内覧しに行くのだと、うれしそうに話していました。今後、彼らの暮らしがどう変わっていくのか、とても楽しみです。

※参考資料:日本不動産研究所「第 11 回「国際不動産価格賃料指数」(2018 年 10 月現在)の調査結果」

●取材協力
Peter
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Rosy Chang
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料理家のキッチンと朝ごはん[3]後編 ワタナベマキさんの収納と、新生活におすすめの道具5選

前回、流れるような動きで手際よく朝ごはんをつくってくださった、人気料理家のワタナベマキさん。今回は、その美しくも素早く、ムダのない動きを支えるキッチン収納のヒミツについて伺います。これから新生活をスタートする方に向けて、ワタナベさんおすすめの調理道具もご紹介いただきました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。自分と家族の「今」に合わせて、少しずつ形を変える暮らし方

10年前の入居時に加えて、ワタナベさんは4年前にもご自宅をリノベーションされています。

「もともとリビングの奥に和室がありました。子どもが小さいうちは和室があるほうが快適かなと考えて、当時はそのまま残したんです」とワタナベさん。実際、お子さんが小さかったころは本当によく和室を使ったそうです。けれども、お子さんが大きくなると和室を使う機会がぐんと減りました。そこで改めてリノベーションを検討し、和室をなくしてリビングを広げることにしたのだとか。

2度目のリノベーションで張り替えた、むく材のヘリンボーン床。経年で少しずつ変化した色合いが素敵。約1カ月の工期は夏休みにあわせ、家族や仕事への影響が少なくなるよう配慮したそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

2度目のリノベーションで張り替えた、むく材のヘリンボーン床。経年で少しずつ変化した色合いが素敵。約1カ月の工期は夏休みにあわせ、家族や仕事への影響が少なくなるよう配慮したそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

その際、入居時のまま使ってきたキッチンの天板も交換しました。「見た目はきれいだけれど扱いに気を使う、白い人造大理石の天板だったんです。しばらく使ってみて、プライベートと仕事の両方で、長時間キッチンに立つ私には向いていないことが分かり、水、熱、汚れにも強いステンレスの天板に入れ替えました」

将来の暮らしを先取りしすぎず、今の自分、今の家族に合わせて、段階的に住まいを整えていくことが、そのときどきの快適な暮らしを実現する秘訣なのかもしれませんね。

オープンキッチンの向かいがダイニング、手前側がリビングスペースです。ダイニング、リビングともに南向きのベランダに面しているため、とても明るく風通しのよいお住まいでした(写真撮影/嶋崎征弘)

オープンキッチンの向かいがダイニング、手前側がリビングスペースです。ダイニング、リビングともに南向きのベランダに面しているため、とても明るく風通しのよいお住まいでした(写真撮影/嶋崎征弘)

暮らしながら少しずつ形を変えてきたワタナベさんのキッチンには、どんな「使いやすさ」「美しさ」のヒントが隠されているのでしょうか。

ワタナベさんの手際のよさを支える、動線に合わせた収納計画

キッチン背面の収納スペースには、最小限の動きで必要な道具がさっと出し入れできるよう、計画的にものが配置されています。

オープン棚には、実用的で見た目も端正な鍋やカゴ、蒸篭(せいろ)といった調理道具を収納。陶器の器や木製のまな板、ガラスのケトルなどは、素材ごとにまとめることで、見た目もすっきり整います。「最下段のカウンターは手前にものを置かないようにして、作業スペースとしても使っています」というワタナベさん。

壁面の余白が多く見えるため、ものによる圧迫感がありません。トースター代わりに焼き網、炊飯器代わりに土鍋、電気ケトル代わりに鉄瓶を使うなどして、生活感の出やすいキッチン家電を持たないことも美しさの一因(写真撮影/嶋崎征弘)

壁面の余白が多く見えるため、ものによる圧迫感がありません。トースター代わりに焼き網、炊飯器代わりに土鍋、電気ケトル代わりに鉄瓶を使うなどして、生活感の出やすいキッチン家電を持たないことも美しさの一因(写真撮影/嶋崎征弘)

オープン棚の下には、左、中央、右に、それぞれ両開きの扉が付いた収納スペースがありました。左の棚には、おもにバットやボウル、ザルなどを収納。シンクに近いため、水まわりでさっと使うことができる配置です。中央の棚には、主に保存容器をまとめて収納。シンクとガスコンロの間にある作業スペースの真後ろなので、調理中、振り向くだけで容器を取り出すことができます。

腰より低い位置にある収納棚は「高さ」によってゾーニングされています。手の届きやすい上段には使用頻度の高いものを、手の届きづらい下段には使用頻度の低いものが収められていました(写真撮影/嶋崎征弘)

腰より低い位置にある収納棚は「高さ」によってゾーニングされています。手の届きやすい上段には使用頻度の高いものを、手の届きづらい下段には使用頻度の低いものが収められていました(写真撮影/嶋崎征弘)

ガスコンロに最も近い右の棚には、液体調味料をまとめています。火にかけた鍋の様子を見ながら、手早く油やしょうゆを取り出せる場所です。

最下段には使用頻度の低い調理家電を収納。右下は山本電気の精米機。「お米は玄米で買って、3日分くらいずつ精米しています。精米したてのお米はとっても美味しいんですよ」と聞いて、わが家でも同じ精米機を購入(写真撮影/嶋崎征弘)

最下段には使用頻度の低い調理家電を収納。右下は山本電気の精米機。「お米は玄米で買って、3日分くらいずつ精米しています。精米したてのお米はとっても美味しいんですよ」と聞いて、わが家でも同じ精米機を購入(写真撮影/嶋崎征弘)

奥行きが深い、もと・冷蔵庫置き場に造作された収納スペースは、上部が扉付きの棚になっています。スライドレールを使った引き出しを取り付けることで、奥のものにラクに手が届くよう工夫されていました。最も出し入れしやすい引き出しには、普段使いしている業務用の食器が収納されています。

収納スペースの下部には扉をつけず、ゴミ箱置き場に。凹みにゴミ箱を置くと目立たないうえ、調理中の動きの邪魔になりません。キッチンの床が掃除しやすくなるというメリットも(写真撮影/嶋崎征弘)

収納スペースの下部には扉をつけず、ゴミ箱置き場に。凹みにゴミ箱を置くと目立たないうえ、調理中の動きの邪魔になりません。キッチンの床が掃除しやすくなるというメリットも(写真撮影/嶋崎征弘)

「朝ごはんのときや、自宅での撮影などで大勢のスタッフに食事を出したりするときは、ここに収納している業務用のサタルニアやアラビアの食器を使います。丈夫だから気兼ねなく扱えるし、食洗機にもかけられるから、忙しいときに便利です」

一方で、作家による器のコレクションは、リビングスペースに置いた腰高の収納棚にまとめているといいます。「職業柄、器の量が多いため、分けて管理しています。夜ごはんのときや、友人とのんびり食事をするときなどは、ここからゆっくりお気に入りの器を選びます」。器というだけで、すべてキッチンの同じ場所に収納する必要はないんですね。

「最近いいなと思っているのは、伊藤聡信さんと伊藤環さんの器。どちらも丈夫で使いやすいところが気に入っています」。隣のガラス棚には、グラス類をまとめて収納。棚の上にスパイラル状に重ねられた本がかわいい(写真撮影/嶋崎征弘)

「最近いいなと思っているのは、伊藤聡信さんと伊藤環さんの器。どちらも丈夫で使いやすいところが気に入っています」。隣のガラス棚には、グラス類をまとめて収納。棚の上にスパイラル状に重ねられた本がかわいい(写真撮影/嶋崎征弘)

少しずつそろえていきたい。美しく実用性の高いキッチン道具5選

料理家として、さまざまな調理道具を使ってきたワタナベさん。最後に、これから新生活をスタートする人におすすめの道具を5つ教えていただきました。

1つめは、ビアレッティの「モカエキスプレス」。細挽きのコーヒー豆をポットに入れて直火にかけるだけで、本格的なエスプレッソが淹れられます。本体価格が数千円~とリーズナブルなうえ、小さなキッチンでも邪魔にならないコンパクトサイズなのがうれしいところ。「カフェに行かなくても、自宅で手軽に美味しいコーヒーが楽しめますよ」

高いデザイン性と実用性を評価され、ニューヨーク近代美術館「MoMA」に永久収蔵されているモカエキスプレス。ワタナベさんの夫は「自宅で淹れるコーヒーはモカエキスプレスで」と決めているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

高いデザイン性と実用性を評価され、ニューヨーク近代美術館「MoMA」に永久収蔵されているモカエキスプレス。ワタナベさんの夫は「自宅で淹れるコーヒーはモカエキスプレスで」と決めているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

2つめは、ワタナベさんが「これから新生活を始める人にプレゼントすることも多い」という、プジョーの電動式ペッパーミル「ゼフィア」。「コショウは挽き立ての香りが一番いいので、ぜひミルを使ってみてください。電動ミルは、料理中でも片手で挽けるのでとっても便利です」

フランスの自動車メーカーでもあるプジョーの切削加工技術を活かしてつくられた電動ミル。挽いたときにスパイスの香りが引き立つ刃(グラインダー)の構造が採用されているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

フランスの自動車メーカーでもあるプジョーの切削加工技術を活かしてつくられた電動ミル。挽いたときにスパイスの香りが引き立つ刃(グラインダー)の構造が採用されているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

3つめのおすすめはル・クルーゼの「ココット・エブリィ 18」。日本人のために開発された鋳物ホーロー鍋で、ごはんがとっても美味しく炊けるそうです。「専用の内蓋を使えば、炊飯時の吹きこぼれを最小限に抑えられます。小さく見えても、3合までのお米が炊けるんですよ。もちろん、炊飯だけでなく煮物にも使えます」

2Lの容量を備えながら、径を小さくして深さをもたせることで収納スペースを圧迫しないデザイン。鍋底の角を丸くすることで、熱がうまく対流するように設計されています(写真撮影/嶋崎征弘)

2Lの容量を備えながら、径を小さくして深さをもたせることで収納スペースを圧迫しないデザイン。鍋底の角を丸くすることで、熱がうまく対流するように設計されています(写真撮影/嶋崎征弘)

4つめは、前回もご紹介したタークの「クラシックフライパン」。つなぎ目のない一体型の鉄製フライパンです。「蓄熱性が高いため、食材に均一に火が通り、美味しく焼き上げられます。テーブルウェアとして使えるほど、シンプルで素敵な見た目も魅力です」

鉄の塊を高温で加熱して叩いて伸ばしていく鍛造製法でつくられるため、強度と密度が高く、耐久性が高いタークのフライパン。適切に扱えば、半永久的に使えるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

鉄の塊を高温で加熱して叩いて伸ばしていく鍛造製法でつくられるため、強度と密度が高く、耐久性が高いタークのフライパン。適切に扱えば、半永久的に使えるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

5つめは、ステンレス加工で有名な新潟県燕市生まれのブランド、conteによる「まかないシリーズ」のボウル、丸バット、平ザルです。「ボウルは適度な重さがあるため、食材を入れて和えたり混ぜたりしても安定しています。丸バットは単品でバットとして使ったり、ボウルと組み合わせてフタにしたり。平ザルは茹でた野菜を冷ましたり、揚げ物の油を切ったり。何通りにも使い回せますよ」

「まかないシリーズ」とは、「賄い」であると同時に「巻かない」でもあるそうです。ステンレスボウルにつきものの巻き込んだフチがないため、汚れがたまらず、清潔に使えます(写真撮影/嶋崎征弘)

「まかないシリーズ」とは、「賄い」であると同時に「巻かない」でもあるそうです。ステンレスボウルにつきものの巻き込んだフチがないため、汚れがたまらず、清潔に使えます(写真撮影/嶋崎征弘)

気持ちよく使える道具を、使い勝手よく、美しく収めたキッチン

気持ちよく使える道具を厳選し、使い勝手と見た目のバランスをとりながら配置する。……これが細部まで行き届いているのが、ワタナベさんのキッチンなのだと思います。

(左)経年変化によって魅力が増す天然素材の道具が並ぶキッチン。(右)大人シックなインテリアのところどころに、お子さんが描いた油絵の作品が飾られていました(写真撮影/嶋崎征弘)

(左)経年変化によって魅力が増す天然素材の道具が並ぶキッチン。(右)大人シックなインテリアのところどころに、お子さんが描いた油絵の作品が飾られていました(写真撮影/嶋崎征弘)

ひとことで言うと簡単に聞こえるけれど、これがとってもむずかしいことなのです。日々忙しく過ごしていると、「間に合わせ」で手に入れたものを「後で片づけよう」とあちこちに置いてしまい、気づけば扱いづらいキッチンになってしまう……。

新生活が始まる今こそ! ほかの誰でもない自分自身が気持ちよく、そして長く使える道具との出会いを大切に。そして選んだ道具をいつでも心地よく使えるよう、片づけや収納を後回しにしない。そんな習慣を身につけるのに最適なタイミングなのかもしれません。

>料理家のキッチンと朝ごはん[3]前編 ワタナベマキさんの10分でできるカリッふわっトーストと目玉焼き

●取材協力
ワタナベマキさん
神奈川県生まれ。グラフィックデザイナーを経て料理家に。2005年に「サルビア給食室」を立ち上げ、本・雑誌・広告などで体にやさしい料理や季節を感じる料理の提案、ワークショップ、ケータリングなどを行っている。夫、4月から中学生になる息子との3人暮らし。著書に『旬菜ごよみ365日: 季節の味を愛しむ日々とレシピ』(誠文堂新光社)、『何も作りたくない日はご飯と汁だけあればいい』(KADOKAWA)など多数。

料理家のキッチンと朝ごはん[3]前編 ワタナベマキさんの10分でできるカリッふわっトーストと目玉焼き

体にやさしく、おいしく、アートのように美しいひと皿をつくり出す料理家、ワタナベマキさん。料理だけでなく、インテリアやファッション、ライフスタイル全般に及ぶ、洗練されたデザインセンスにファンが多いワタナベさんに、キッチンの工夫や朝ごはんについて伺いました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。キッチンの全壁面をリノベーションして、大容量の収納スペースに

ワタナベさんは現在お住まいのマンションへの入居時、キッチン背面に収納棚を造作したそうです。本来、冷蔵庫を置くために奥まっていたスペースもあわせ、全壁面をリノベーションすることで、大容量の収納スペースを実現しました。

ワタナベさんが愛用している冷蔵庫は、アメリカの「GE(ゼネラル・エレクトリック)」のもの。本体だけでなく、ドアハンドルまで真っ白で余計な装飾がないところが、いかにも“プロ仕様”っぽい(写真撮影/嶋崎征弘)

ワタナベさんが愛用している冷蔵庫は、アメリカの「GE(ゼネラル・エレクトリック)」のもの。本体だけでなく、ドアハンドルまで真っ白で余計な装飾がないところが、いかにも“プロ仕様”っぽい(写真撮影/嶋崎征弘)

収納を増やすために「あえて」そのように造作したのかと思いきや、「愛用している業務用の冷蔵庫が、家庭用の冷蔵庫に合わせてつくられた既存のスペースに収まらなかったんです(笑)。それで、冷蔵庫はダイニングスペースに置き、キッチン背面はすべて収納スペースとして活用することにしました」

そう話しながら、冷蔵庫から食材を取り出して、シンク横のカウンターに置いていきます。

冷蔵庫を開けても、ダイニングテーブル側からは中が見えない配置。ワタナベさんは右利きなので、冷蔵庫を右手で開け→左手で中のものを取り出し→その手で作業スペースに置く、という一連の流れもスムーズ(写真撮影/嶋崎征弘)

冷蔵庫を開けても、ダイニングテーブル側からは中が見えない配置。ワタナベさんは右利きなので、冷蔵庫を右手で開け→左手で中のものを取り出し→その手で作業スペースに置く、という一連の流れもスムーズ(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン側に移動したら、今度は背面カウンターに置かれたカゴからパンをさっと取り出しました。……え? もしや、もうすでに本日の朝ごはんづくりはスタートしている? ワタナベさんの流れるように自然な動きに、取材スタッフ一同、油断しました。

通気性のよいカゴは、食材の一時置きスペースに最適。編み目の大きな六つ目のカゴでも、ほどよく中に入れたものを隠す効果があります(写真撮影/嶋崎征弘)

通気性のよいカゴは、食材の一時置きスペースに最適。編み目の大きな六つ目のカゴでも、ほどよく中に入れたものを隠す効果があります(写真撮影/嶋崎征弘)

今回、ワタナベさんが教えてくださるのは、忙しい朝でも10分でできる「カリッふわっトーストと目玉焼き」。朝食に必要だと言われる3つの栄養素「炭水化物(パン)」「タンパク質(卵、ヨーグルト)」「ビタミン・ミネラル類(野菜と果物)」をバランスよく組み合わせた、健康的な朝ごはんです。

忙しい朝でも10分でできる! カリッふわっトーストと目玉焼き

用意するもの(1人分)
・食パン 1枚
・卵1個
・プチトマト 2~3個(お好みで)
・ブラウンマッシュルーム 2~3個(お好みで)
・オリーブオイル 大さじ1
・塩 ひとつまみ
・コショウ 少々
・オレンジ 1個
・ヨーグルト 1/2カップ(お好みで)

ワタナベさん宅では木次乳業のプレーンヨーグルトが定番。ヨーグルトに合わせるフルーツはオレンジのほか、そのとき手に入りやすい旬のものを使っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ワタナベさん宅では木次乳業のプレーンヨーグルトが定番。ヨーグルトに合わせるフルーツはオレンジのほか、そのとき手に入りやすい旬のものを使っても(写真撮影/嶋崎征弘)

材料をひと通り準備したら、ワタナベさんは背面カウンターからまな板を取り出しました。シンクとガスコンロの間にある作業スペース真後ろなので、振り向くだけで手にとれます。

木目が美しいまな板は、出しっぱなしでもインテリアに馴染みます。左手のカゴには先ほどのパンのほか、キッチンペーパーも収納。無漂白タイプを選べば、カゴからちらりと見えても悪目立ちしません(写真撮影/嶋崎征弘)

木目が美しいまな板は、出しっぱなしでもインテリアに馴染みます。左手のカゴには先ほどのパンのほか、キッチンペーパーも収納。無漂白タイプを選べば、カゴからちらりと見えても悪目立ちしません(写真撮影/嶋崎征弘)

作業スペース側に体の向きを戻したら、シンク下から焼き網を取り出し、ガスコンロにセット。「外はカリッと中はふわっと食パンを焼き上げるコツは、直火を使うこと。今回は焼き網を使ってトーストしますが、ガスコンロのグリルでも美味しく焼けますよ」

「焼き網はトーストだけでなく、お餅や野菜も美味しく焼けます」。キッチンにトースターを置かなければ、広々とした作業スペースを確保できるというメリットも(写真撮影/嶋崎征弘)

「焼き網はトーストだけでなく、お餅や野菜も美味しく焼けます」。キッチンにトースターを置かなければ、広々とした作業スペースを確保できるというメリットも(写真撮影/嶋崎征弘)

弱火にしたら、焼き網にパンをのせます。続いて、ガスコンロ下の収納スペースからフライパンを取り出し、隣のコンロにかけて熱し始めます。

ワタナベさん愛用の焼き網は、辻和金網の「足付焼網」。目の細かい「焼網受」が直火を和らげ、食材に熱をまんべんなく伝えて焼き上げます。足は折りたたみ式なので、使わないときはたたんでコンパクトに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

ワタナベさん愛用の焼き網は、辻和金網の「足付焼網」。目の細かい「焼網受」が直火を和らげ、食材に熱をまんべんなく伝えて焼き上げます。足は折りたたみ式なので、使わないときはたたんでコンパクトに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

再び作業スペースに戻り、シンク下の扉を開けて包丁を取り出し、ミニトマトを半分に、ブラウンマッシュルームは1/4にカット。

直径25cmくらいの丸いまな板は、食材をちょこっと切るのに便利。大きいまな板より洗いやすいから、忙しい朝でも扱いやすそう。ワタナベさんがミニトマトを切っているのは、GLOBALのペティーナイフ(写真撮影/嶋崎征弘)

直径25cmくらいの丸いまな板は、食材をちょこっと切るのに便利。大きいまな板より洗いやすいから、忙しい朝でも扱いやすそう。ワタナベさんがミニトマトを切っているのは、GLOBALのペティーナイフ(写真撮影/嶋崎征弘)

フライパンが十分温まったら、ガスコンロ後ろの収納スペースからオリーブオイルを取り出して、フライパンに注ぎます。「鉄のフライパンをよく熱してから卵を入れると、白身のフチはカリッと黄身はふわっとした美味しい目玉焼きができます。卵は常温に戻しておくといいですよ」

「鉄フライパンを使いこなすポイントはよく熱することと、フッ素樹脂加工のフライパンを使うときより少し多めに油を入れること」。それだけで食材への火の通りがよくなり、こびり付きも防げるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

「鉄フライパンを使いこなすポイントはよく熱することと、フッ素樹脂加工のフライパンを使うときより少し多めに油を入れること」。それだけで食材への火の通りがよくなり、こびり付きも防げるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

油が熱くなったら、フライパンの端のほうに卵を割り入れ、空いたスペースにカットしたプチトマトとブラウンマッシュルームを加えます。

よく熱した鉄のフライパンに卵を落とすと、ジュジュジューーーッ!とよい音が。ワタナベさん愛用のフライパンはタークの「クラシックフライパン」。18cmサイズは、1人分の朝食づくりにちょうどよい大きさ(写真撮影/嶋崎征弘)

よく熱した鉄のフライパンに卵を落とすと、ジュジュジューーーッ!とよい音が。ワタナベさん愛用のフライパンはタークの「クラシックフライパン」。18cmサイズは、1人分の朝食づくりにちょうどよい大きさ(写真撮影/嶋崎征弘)

プチトマトとブラウンマッシュルームは火が通ると水分が抜けてひと回り小さくなるので、「え、こんなに?」と驚くほど高い密度で入れてOK! 焼き上がったときに隙間がないほうが美味しそうに見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

プチトマトとブラウンマッシュルームは火が通ると水分が抜けてひと回り小さくなるので、「え、こんなに?」と驚くほど高い密度で入れてOK! 焼き上がったときに隙間がないほうが美味しそうに見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

背面カウンターに並べた塩壺を手に取り、フライパンの卵と野菜に塩をひとつまみ回しかけます。

厳選された道具だけが並ぶ、ギャラリーのように美しい背面カウンター。インテリアに馴染む美しい塩壺のほか、自家製の梅干し、ガラスの容器に入れた煮干しなど、美味しそうな食材も並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

厳選された道具だけが並ぶ、ギャラリーのように美しい背面カウンター。インテリアに馴染む美しい塩壺のほか、自家製の梅干し、ガラスの容器に入れた煮干しなど、美味しそうな食材も並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

ガスコンロ前に並べたキッチンツール・スタンドから菜箸を取って、プチトマトとブラウンマッシュルームを軽く炒めます。弱火にして蓋をしめ、中まで火を通します。途中、焼き具合を見ながら、食パンをひょいっと裏返しに。

ヨーグルトに入れるオレンジは、包丁で両サイドを切り落としたら、丸みに沿って皮をそぎ落とします。果肉は一口大にカット。ヨーグルトをグラスによそい、オレンジをトッピングします。

朝は食洗機にかけられる、白い磁器の食器を使うことが多いというワタナベさん。けれども、すべて磁器の器でそろえず、ヨーグルトの盛り付けに透明なグラスを使うことで、食卓が軽やかで明るい雰囲気に(写真撮影/嶋崎征弘)

朝は食洗機にかけられる、白い磁器の食器を使うことが多いというワタナベさん。けれども、すべて磁器の器でそろえず、ヨーグルトの盛り付けに透明なグラスを使うことで、食卓が軽やかで明るい雰囲気に(写真撮影/嶋崎征弘)

フライパンの蓋を外して目玉焼きと野菜に火が通ったことを確認したら、最後に電動のペッパーミルでコショウをひと回しして、完成です!

一枚の鉄板から打ち出されたタークのフライパンには継ぎ目がなく、シンプルで美しいたたずまい。そのまま食卓に出しても違和感がありません。蓄熱性が高く冷めにくいので、アツアツのままいただけます(写真撮影/嶋崎征弘)

一枚の鉄板から打ち出されたタークのフライパンには継ぎ目がなく、シンプルで美しいたたずまい。そのまま食卓に出しても違和感がありません。蓄熱性が高く冷めにくいので、アツアツのままいただけます(写真撮影/嶋崎征弘)

美味しい料理は「時間をかける」も「特別な食材」も必須じゃない

冷蔵庫から食材を出し、調理してダイニングテーブルに運ぶまで、かかった時間は約10分。途中、撮影のために手を止めたり、つくり方や収納に関する質問に答えたりしていただいたにも関わらず、本当にあっという間に出来上がりました。

「忙しい朝に時間をかけたり、特別な食材をそろえたりしなくても大丈夫。よい道具とよい調味料を使って、シンプルに調理するだけで、美味しい朝ごはんはできますよ」

とくに、塩、油、酢、しょうゆ、みりん、酒などの基本的な調味料は「昔ながらの製法でつくられたものがおすすめ。同じものをつくっても、調味料を変えるだけで別ものの美味しさが味わえますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

とくに、塩、油、酢、しょうゆ、みりん、酒などの基本的な調味料は「昔ながらの製法でつくられたものがおすすめ。同じものをつくっても、調味料を変えるだけで別ものの美味しさが味わえますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

ワタナベさんご自身も、この春から中学生になるお子さんをおもちのワーキングマザーです。朝、食欲のない子どもが何であれば食べられるか、仕事が立て込んでいる日でもぱぱっと準備できるものは何か、考え続けてきたからこそできる、10分でつくれて美味しい、健康的な朝ごはん。わが家にも今年小学1年生になる、食べムラのある息子がいるので、さっそくつくってみたいと思います。

次回は、効率よく動けるヒミツがつまったワタナベさんのキッチン収納の工夫と、これから新生活を始める人におすすめの調理道具をご紹介いただきます!

■料理家 ワタナベマキさんのキッチン

●取材協力
ワタナベマキさん
神奈川県生まれ。グラフィックデザイナーを経て料理家に。2005年に「サルビア給食室」を立ち上げ、本・雑誌・広告などで体にやさしい料理や季節を感じる料理の提案、ワークショップ、ケータリングなどを行っている。夫、4月から中学生になる息子との3人暮らし。著書に『旬菜ごよみ365日: 季節の味を愛しむ日々とレシピ』(誠文堂新光社)、『何も作りたくない日はご飯と汁だけあればいい』(KADOKAWA)など多数。

「週末婚」のメリットは? 20代の実践者に聞いてみた

多様性(ダイバーシティ)が広がる現代社会。もちろん夫婦の暮らし方も変わってきています。そんな中、自分らしい暮らしを求めて「週末婚」を選択した人がいます。結婚しても週末しか会わない……その実情について、週末婚を実践している女性にお話を伺いました。
週末婚のリアル

東京・池袋にあるビルのワンフロアでお話を聞いたのは、週末婚を実践している後藤沙織(ごとう・さおり)さんです。ここは彼女の職場。後藤さんは20代後半ですが、大学生の就職支援を行う「就活塾 キャリアアカデミー」の代表取締役として日々奮闘されています。

後藤さんは言います。
「週末婚というと、ドライ、冷たいといった印象を持たれる方が多いかもしれませんが、むしろ逆で、私たちは互いに信頼しているからこそ、週末婚が実現していると思います。合理的に考えた結果の選択で、私たちにとってはとても自然なことです」

後藤さんがご結婚されたのは25歳の誕生日を迎えた日でした。結婚をする前は、後藤さんは会社員として働いていた一方、後藤さんの夫は大学院に通っていました。夫が就職し、落ち着いたタイミングでの結婚だったそうです。

高校時代のボーイフレンドがパートナーに(画像提供/PIXTA) 

高校時代のボーイフレンドがパートナーに(画像提供/PIXTA) 

後藤さんと夫との出会いは高校時代にさかのぼります。後藤さんのご家族は転勤族で、高校時代は福岡県に住んでいました。その福岡の高校で同級生だったのが出会いのきっかけ。高2の時に同じクラスになって、勉強会などを行う中で自然に仲良くなったそうです。

「旦那も私も、リベラルな考え方の持ち主というよりは、現実的な考え方の持ち主だと思います。高校生のときから、意見が食い違ったときは、2人でじっくりと話し合って解決をしてきました。戦友のような関係性です」と後藤さん。

それぞれにとって心地よいかたちを選ぶのが一番

高校時代からのお付き合いを実らせて結婚するというのは「純愛」的な雰囲気があります。しかし他の人とのお付き合いを考えたことなどはなかったのでしょうか。

「人生を共に生き抜くパートナーとして、彼は信頼に足る人物でした。『信頼できる人』は、なかなかいません。私は、母親から家事をしっかりと教えられています。家事と、精神的な支えの面で、彼の役に立てると思いました」(後藤さん)。

こうして入籍した後藤さんでしたが、どうして週末婚を選んだのでしょうか。

「長期的な関係を望むからこそ、週末婚を選びました。日本の社会では『結婚=同居』という価値観がありますが、私はそれぞれにとって心地よいかたちを選ぶのが一番だと思っています。多くの人が実践している方法が、自分の心地よさにフィットすることもあれば、フィットしないこともあります」(後藤さん)。

後藤さんの夫さまは信頼できるパートナー(画像提供/PIXTA) 

後藤さんの夫さまは信頼できるパートナー(画像提供/PIXTA) 

それでは、友人など周りの人は「週末婚」についてどのような反応を示すのでしょうか。後藤さんによれば、伝えた際には2種類の反応をする人がいるとのこと。一つ目は「そういう方法もあるね」と受け入れてくれる人。2つ目は「夫婦は一緒に住むべきだ」とネガティブなとらえ方をする人。

「以前は、受け入れてもらえない場合は少し寂しい気持ちになっていましたが(笑)、今はそれほど気になりません。受け入れない人がいることは、むしろ普通です」(後藤さん)

それでも「伝えた人のうち、多くの人はわりと受け入れてくれていると思います」と後藤さんは言います。これも多様化している現代の暮らしを表しているように感じます。

お互いが自立した人間 別居婚では「生活力」が必須

現在、後藤さんは会社の近く、夫は自身の会社の近くに住んでおり、ドアtoドアで約40分程度かかるそうです。

休みの日には、後藤さんの夫の家に行って過ごすとのこと。夫宅には後藤さんの部屋もあるそうです。

「旦那の家選びは、彼に任せました。私は『駅から徒歩3分以内で』とだけお願いしました」(後藤さん)。

料理が好きな後藤さんは夫の家に泊まる時に、食事を作り、一緒に食べるそうです。食事以外は、お互い別々のことをしたり、自分の部屋で過ごしたりすることが多いそうです。

「そういえば同じ趣味もないですね(笑)旦那は福岡出身なのでホークスの試合観戦によく出かけますが、私が同行するのは年に1度くらい。無理にあわせるのではなく、互いが、互いの楽しいと思うことをするのが一番だと思っています」(後藤さん)。

恋人時代も夫婦になってからも、生活はほぼ変わらないといいます。

住まい方はひとそれぞれ(画像提供/PIXTA) 

住まい方はひとそれぞれ(画像提供/PIXTA) 

週末婚で困ることはないのでしょうか。
「困ることはないです。職場が近いので、もし私が病気で動けないときは会社のスタッフが助けてくれます。旦那が病気になった時も、旦那のほうも一人暮らしが長いので、対処法は身についています。どうしてもしんどい時は、もちろんお互いに助けに行きます」(後藤さん)。

そして、毎日連絡することもないとのこと。「連絡がないからと言って何か心配だということもありません。旦那の『生きていける力』を信じているからでしょうか」という後藤さん。こうした自活力がないと週末婚は続けられないのかもしれません。

「週末婚」は特別ではない 選択肢の一つ

後藤さんは言います。
「同居に乗り気になれなくて、結婚を迷っている人がいれば、週末婚はおすすめのスタイルだと思います。私は『自分が、何をしたいのか』ということが常に頭にあり、やると決めたら徹底的に取り組みます。今の私にとって、それは仕事。私が言うのも、偉そうですが、結婚を堅苦しく考えすぎず、それぞれにとって心地よい結婚生活を考えてみるのがいいと思います」。

「私は、大学生まで、やりたいことではなく、『(世の中で)やるべきだといわれていること』を行ってきました。たいした才能はありませんでしたが、努力をする力だけはあったので、国立大学に行くことができました。会社員時代も、会社から求められることを真面目にやっていました。典型的な優等生タイプです(笑)」と後藤さん。

「でも結婚、転職を機に、自分が本当にやりたいことってなんだろうと考えるようになりました。自分の人生を生きようと思い、キャリアアカデミーの代表になる誘いを受けました。学生の皆さんも、就活を通して、自分がどんな人生を送りたいかについて、向き合うことになります。自分がこういう経験をしたからこそ、学生の皆さんにも、自分にフィットする人生を見つけていってほしいと思っています」(後藤さん)。

現在も、就活塾の経営者という立場の傍ら、就活生へアドバイスすることがあるそうです。「こんな道もあるよ」「こんな考え方もあるよ」と様々な可能性をアドバイスするうえで、後藤さんの生き方は説得力を生むかもしれませんね。

「結婚したことで『ここが変わった』ということはありません。それでも、自分一人で生きるよりも、信頼のおけるパートナーがいることは大きなことです。私の考えを尊重してくれる旦那に対しては、いつも感謝でいっぱいです 」(後藤さん)

後藤さんの働く池袋の街は多様な人たちが行き交う(画像提供/PIXTA) 

後藤さんの働く池袋の街は多様な人たちが行き交う(画像提供/PIXTA) 

結婚することでキャリアが阻害されたり、時間や精神的な自由がなくなったり、ということを心配して決断できずにいる方もいるでしょう。今回ご紹介した「週末婚」、自立力、自活力に自信のある方は、ぜひ結婚生活の選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。

●取材協力
キャリアアカデミー

「デュアラー」って何? トークイベントに参加してみた

3月7日(木) 、SUUMO(リクルート住まいカンパニー)による「実践者に学ぶ! 二拠点生活のリアルを語り合う会」が開催されるということで、取材半分&個人的興味半分で参加してみました。前半は実際にデュアルライフ実践者2人によるリアルなトーク、後半は実際のサービスの紹介がされました。

ちなみに、「デュアル」というのは「DUAL=二重の、二通りの」という意味。「デュアラー」というのは、デュアルライフを実践する人。住まい領域でいえば、「都心と田舎の2拠点で生活する人」のことだそう。

今回のトークイベントに登場したのは2人のデュアラー。
3歳の息子をもつワーキングマザーの古後紘子さんと、千葉の流山市と南房総市の二拠点生活を送る現役ビジネスマンの成田剛史さんです。
Case1 自然ならではアクティビティを満喫。子育てデュアラー今回のトークゲスト、八ヶ岳(蓼科)で家族で週末を過ごす古後紘子さん(写真撮影/飯田照明)

今回のトークゲスト、八ヶ岳(蓼科)で家族で週末を過ごす古後紘子さん(写真撮影/飯田照明)

古後さん
「マウンテンバイクで山の中を走りたいと言う夫が、“いちいち自転車を運ぶのは面倒”、“東京の部屋に自転車を置くスペースはない”という理由で、蓼科のアパートを借りました。今は、平日は港区の賃貸マンションで暮らしつつ、家族3人で月に1~2回の頻度で蓼科に。“都会の子育てだけでは得られない経験を”と、夏はマウンテンバイク、登山、バーベキュー。冬はスノーボードと、アクティブに楽しんでいます。

息子くん、3歳にして自転車で山の中を走り抜けています(筆者の息子が自転車に乗れたのは6歳だったことを考えると、凄すぎ! (写真撮影/古後さん)

息子くん、3歳にして自転車で山の中を走り抜けています(筆者の息子が自転車に乗れたのは6歳だったことを考えると、凄すぎ! (写真撮影/古後さん)

夏は登山、キャンプやバーベキューなどアクティビティいろいろ(写真撮影/古後さん)

夏は登山、キャンプやバーベキューなどアクティビティいろいろ(写真撮影/古後さん)

冬はスノーボードに挑戦(写真撮影/古後さん)

冬はスノーボードに挑戦(写真撮影/古後さん)

古後さん
「借りているのは、18平米のワンルーム。家賃は駐車場込みで2万円。狭いけれど、1日のほとんどは、アウトドアで外出しているので、アパートは基本寝るだけと考えれば問題ありません。お風呂は近くに広~い温泉があるので、ユニットバスは使わず、収納スペースに。ガスは使わないから契約もしておらず、光熱費が浮きます。それに狭い集合住宅なので、別荘に比べると暖房費も低く抑えられるのもメリットですね」

蓼科のアパート。お風呂のユニットバスはふたをして上も下も収納スペースに(写真撮影/飯田照明)

蓼科のアパート。お風呂のユニットバスはふたをして上も下も収納スペースに(写真撮影/飯田照明)

古後さん
「車は蓼科でしか乗らないため、蓼科に置き、都内から蓼科(最寄駅は茅野駅) までは電車移動で約2時間半。車のほうが渋滞で時間がかかるうえ、行き帰りの運転でヘトヘトに。電車なら車内に乗ったときから、ワクワクした気持ちになれます。交通費もJRの特別急行あずさの回数券を利用すれば、片道約4000円ですみます」

確かに、家族で週末に旅行すると、ホテル代だけで1泊2万円オーバー。2連泊すると4万円以上することを考えると、別拠点を持つことも、ぐっとリアルティを増してきます。 夏休みやゴールデンウィークなら宿泊料金はかなり高額になるので、なおさら。賃貸なら、「事情が変われば辞める」という選択も簡単です。

Case2 南房総で週末DIYを楽しむデュアラーもう一人のトークゲスト、南房総で週末をDIY中心に楽しむ成田剛史さん(写真撮影/飯田照明)

もう一人のトークゲスト、南房総で週末をDIY中心に楽しむ成田剛史さん(写真撮影/飯田照明)

成田さん
「8年前に南房総にある600坪の古民家を購入しました。最初は家族で過ごしていましたが、現在は1人で、ほぼ毎週、仕事終わりの金曜日から南房総に通っています。何をしているかというと、DIYですね。DIYって1人でやるより、みんなでやるほうがすごくはかどるんですよ。同じデュアラー仲間や地元住民などにも手伝ってもらいながら、反省会、懇談会と称し、飲み会もしょっちゅうやっています(笑)。

仲間が加わり、DIYが形に。東京の友人を呼ぶこともあるそう(写真撮影/成田さん)

仲間が加わり、DIYが形に。東京の友人を呼ぶこともあるそう(写真撮影/成田さん)

DIY仲間、地元の人たちとの宴会の様子。確かに楽しそう! (写真撮影/成田さん)

DIY仲間、地元の人たちとの宴会の様子。確かに楽しそう! (写真撮影/成田さん)

成田さん
「街のイベントに参加しているうちに、自然とDIY仲間ができました。東京では基本、会社や肩書ありきの会話が始まりますが、南房総ではまったく関係ない。その人のキャラクターとか、何ができるかのほうが大事です。例えばDIYでチェンソーをうまく使えるかとか、力仕事は苦手だけど、酒のつまみをつくるのは得意だよ、とか。そういう丸裸の人間関係って、やっぱりすごく貴重だなと思うんです。ビジネスの場面では、どうしても人は営業成績などの“成果”といった面で評価されがちです。でも人ってそれだけじゃないですから」

「旅行と二拠点生活は何が違うのか」の答え

確かに楽しそうなデュアルライフ。でも、
「同じ拠点に通い続けるより、旅行のほうがいろんなところに行けて楽しくないですか?」

「旅行も新鮮な非日常で楽しいですけど、張り切っていろんなことを盛り込んで、疲れる側面もあるでしょう。下調べしたり、知らないことで不安になったり、時にはストレスもあるわけです。でも二拠点生活における2つ目の拠点は、非日常ではなくてあくまでも家。自然に囲まれた生活を、日常の一部とする二拠点生活はリラックスできるし、愛着もわく。旅行のリフレッシュ部分だけ味わえるような感覚なんです」

古後さんの旅行とデュアルライフの解説に会場も納得(写真撮影/飯田照明)

古後さんの旅行とデュアルライフの解説に会場も納得(写真撮影/飯田照明)

正直、二拠点生活のデメリットはある。でもまず体験してみる

古後さん
「冬は本当に厳しい。その代わり、ウインタースポーツが楽しめますけど。二拠点居住をするなら、まずは1年通して経験してからの方がいいですね。あと、土日を丸々遊びに使ってしまうので、週末にまとめて家事ができないというのは、共働きのハードルにはなりやすいかも」

成田さん
「意外と交通費がかかることですね。元々ワンボックスカーで、気ままに日本全国旅するのが趣味。そのときは、普通の一般道路でぶらりぶらり行きましたけど、今は、少しでも早く南房総の家に行きたいので、高速を使う。ガソリン代も含めると、月4回で3万円弱。これは想定外でした」

成田さんは、第二の拠点である南房総の古民家は購入していますが、実際に「購入」となるとハードルが高いのも事実。そんな中、印象的だったのが、成田さんが二拠点目を持つに至った、きっかけ。それが8年前の3.11でした。

「いずれは、自然豊かな場所に別邸を持ちたいと考えて、いろいろ探してはいたんです。でも結局、先送りのままになっていたときに起きたのが、2011年、東日本大震災でした。ボランティアに行った際、倒壊した家、家財道具、がれきの山、途方に暮れる人たちが立ち尽くす光景を目の当たりにして、何が起きてもおかしくない。時間は限られていると痛感しました。いつも仕事では、“時間は有限だ”と言いながら、時間を無駄に使っていたなと思い、それからは別宅探しにギアがかかったんです。私は購入しましたが、最初はシェアハウスや民泊といった形で始めるのも手だと思います。今はそういうサービスも多様化していますから」

デュアルライフをサポートする団体も。具体的に行動を起こす一歩に

2人のイベント後は、こうしたデュアルライフをサポートしてくれる団体の方々が壇上に上がり、さまざまな取り組みを紹介。まずは地域のことを知ってもらおうと、旅行気分で地元の人や先輩デュアラーや移住者と交流できるイベントがあったり、今回のトークイベントのような東京都心の情報発信地もあったりと、興味をもつきっかけになりそう。ほかにも、リゾート・別荘専門サイトや、地方に生活の基盤をもつデュアラーのための定額でホステル泊まり放題のサービスなども。デュアルライフは思っていた以上にぐっと身近になっているようです。

4つのサービス提供団体の代表が取り組みを紹介。まずはイベントに参加するのもアリ(写真撮影/飯田照明)

4つのサービス提供団体の代表が取り組みを紹介。まずはイベントに参加するのもアリ(写真撮影/飯田照明)

左/Little Japan代表取締役 柚木 理雄氏さん  地域と世界をつなぐゲストハウス「Little Japan」をはじめ月1.5万円~のホステルパスで全国のホステルに泊まり放題になる「Hostel Life」など人の移動を つくるサービスを運営 右/「ヤマナハウス」主宰 永森 昌志さん 南房総で古民家と里山をシェアして里山生活を楽しむ「ヤマナハウス」を主宰。自身が共同経営している新宿のシェアオフィス兼イベントスペースでも定期的に南房総のイベントや情報発信を行う(写真撮影/飯田照明)

左/Little Japan代表取締役 柚木 理雄氏さん
地域と世界をつなぐゲストハウス「Little Japan」をはじめ月1.5万円~のホステルパスで全国のホステルに泊まり放題になる「Hostel Life」など人の移動を つくるサービスを運営
右/「ヤマナハウス」主宰 永森 昌志さん
南房総で古民家と里山をシェアして里山生活を楽しむ「ヤマナハウス」を主宰。自身が共同経営している新宿のシェアオフィス兼イベントスペースでも定期的に南房総のイベントや情報発信を行う(写真撮影/飯田照明)

左/Dialogue with代表 中村 一浩さん 「小布施インキュベーションキャンプ」等の活動のほか、長野県小布施町で古民家を活用した小栗八平衛商店を運営。地域のイベントを通し、暮らす人、訪れた人がつながるコミュニティの場を提供している 右/リゾートノート取締役 唐品 知浩氏さん  全国の別荘やリゾートマンションを専門的に扱う唯一の不動産ポータルサイト「別荘リゾートネット」を運営。高級別荘だけでなく、誰でもが別荘を持てる世の中を目指す(写真撮影/飯田照明)

左/Dialogue with代表 中村 一浩さん
「小布施インキュベーションキャンプ」等の活動のほか、長野県小布施町で古民家を活用した小栗八平衛商店を運営。地域のイベントを通し、暮らす人、訪れた人がつながるコミュニティの場を提供している
右/リゾートノート取締役 唐品 知浩氏さん
全国の別荘やリゾートマンションを専門的に扱う唯一の不動産ポータルサイト「別荘リゾートネット」を運営。高級別荘だけでなく、誰でもが別荘を持てる世の中を目指す(写真撮影/飯田照明)

需要がありそうな“夜間保育”。どんな場所なの? 利用者のホンネは?

子育てをしている世帯はもちろん「将来、子どもがほしい」「でも仕事も続けたい」と考えている人たちにとって、「住まい」と「保育所」の問題は切り離すことはできません。特に医療や介護、流通、インフラ、飲食、サービス、マスコミなどの業種で働いている人であれば、「深夜」まで保育を必要とする人もいることでしょう。今回はそんな人たちのニーズに答える、「夜間保育所」について取材してみました。
夜間保育を行う認可保育所は全国でわずか81カ所

そもそも、ひと口に保育所といっても、国が決めた基準を満たす「認可保育所」、自治体が独自に設置した基準を満たす「認証保育所」と、そうではない「認可外保育施設」等があります。毎年、「保育所に入りたい!」「保育所に入れなかった、どうしよう」と話題にのぼるのが「認可保育所」です。

ただ、この認可保育所、開所時間は園によって異なりますが、延長保育を利用したとしても、開所時間は夜8時までというところがほとんど。一方、働き方はますます多様化していて、医療や介護といった仕事だけでなく、流通やインフラ企業など、「夜の保育ニーズ」も増えています。

もちろん、夜勤がある職場であれば夜勤時に利用できる私設の「託児所」を備えていることもあるでしょう。ただ、そうした託児所がなく、夜間帯に保育を必要とする人は、ベビーシッターを手配する、深夜預かりを行うベビーホテル(認可外保育施設)を探して預けなくていけません。仕事をいったん抜けて、認可保育所にお迎えに行き、また夜間保育に預けるとなれば、保護者・子どもへの負担は大きく、「仕事を続けていくのはムリ」となることでしょう。

実は、夜遅くまで保育を行う認可保育所も実はあるのです。しかしその数は、全国に81カ所ほど(厚生労働省調べ、2017年4月1日現在)。全国夜間保育園連盟によると、こうした「夜間保育所」は、通常の開所時間(11時間)に延長時間(1時間、2時間、4時間等)を加えるかたちで夜間~深夜の預かりを実施、昼食と夕食の2食を提供する保育所と定義しています。なんと一部では延長時間をやりくりし、24時間保育を行う認可保育所もあるというのです。

なぜ? 認可保育所が夜間も預かるワケ・意義とは?(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

もちろん、「子どものために、夜は親といっしょのほうがいいだろう」「民間のベビーホテルがあるんだから、そこに預ければ」「そこまで長時間労働する世の中のほうがおかしい」などの考え方もあることでしょう。

それでは、認可保育所が深夜保育を行う意義について、全国夜間保育園連盟の副会長・酒井義秀さんに聞いてみました。

「子どもはどんな家庭に産まれても『その子にとって必要とする最善の保育』を受ける権利があります。認可保育所は広さや職員配置等について児童福祉施設としての最低基準を満たし、保育の質が保たれている場所です。子どもたちが長時間を過ごす、夜間保育においてはなおさら“子どもの安全・安心”を守る必要があると考えています」とその意義を教えてくれました。

また、夜間に子どもを預かっているベビーホテルなどは、認可外保育施設という扱いになり、預かり人数や年齢、施設の広さなどの保育環境は認可に比べ低いところが多いため、保育事故が起きやすくなっているという現状があるそうです。夜間保育を必要とする人が増える中、万一、保育事故が起きてしまってはまさに悲劇です。認可保育所で夜間保育を行うのは、こうした「悲劇を防ぐため」の水際の戦いといえるのかもしれません。

また、夜間保育所は開所時間が長く、子どもの滞在時間が一人ひとり異なり、個別の配慮が必要なうえ、シングルでの子育て、深夜帯の業務など保育が必要となる家庭環境も様々。夜間保育所の保育士には相応の保育スキルが求められるのだそうです。保育のプロによる子どもの安全な居場所が必要であることは間違いないようです。

正社員なら避けられない夜勤。託児所があることで働き続けられる(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ちなみに筆者の友人であるNさんも、昼間は認可保育所に預け、夜は職場内の施設で運営する私設の託児所に子どもを預けて仕事を続けています。Nさんが夜勤のときのみ、「夜間保育」を利用している形です。それでは、夜も子どもを預けるという「夜間保育」そのものについて、不安などはないのでしょうか。

「上の子どものときは、正直、かわいそうかなとも思いましたが、親としては慣れてしまえばそれほどでもありません。夜勤は正社員として働き続けるのであれば避けて通れないと考えています」といいます。

子育て中はなにかと出費がかさむもの、夜勤につく手当も教育費などに充てることができます。夜勤があるときは昼に家事を済ませ、夕方に子どもを認可保育所に迎えにいき、入浴させてから託児所へ。料金は夜ごはん、朝ごはんの2食付きで1回1000円。職場の託児所なので、夜間であっても過去には「業務中ですがお子さんが不安がっているので、お母さん、顔を見せて」なんて呼び出しもあったそう。

「職場の託児所でよいことは、距離が近いので夜間でも安心感があること。また、子どもの人数もそれほど多くないので、子どもと先生が1対1、なんてこともあります。より和やかで家庭に近い感じなので、下の子どもなどは“自分の好きな遊びができていい”といっていました」とお子さん自身も気に入っていたそうです。

ただ、同じ職場であっても、託児所を利用しない職員もいるそうです。
「職員によっては夜、子どもを預けることに抵抗があり、夜勤を免除してもらいながら働く人もいますし、託児所で一時的に預かり、仕事を終えたお父さんがお迎えにくる人もいます。各ご家庭の考え方にもよりますね。わが家は、認可保育所と私設の託児所を併用していますが、夫の勤務状況や子どもの負担を総合的に考え、私の夜勤時には夜間保育の利用がベターだと考えています」とNさん。

それでは、認可保育所で夜間保育を行うのであれば、預けたいでしょうか。

「そもそも夜間保育所が近所にないので、考えられないというか。近くにあったら選択肢に入るかもしれません。託児所の辛いところは、休日、夜勤明けの日は預かってもらえないところです。たとえば、親は夜勤明けで仮眠したいのに、子どもはめちゃ元気。認可保育所の送り出しに間に合えばいいんですが、遅刻厳禁なので預かってもらえないんです。なので、夜勤明けの私がフラフラになりながら公園で遊ばせて、昼を食べさせて午後に子どもとお昼寝、なんてこともあります」

ひええええええ、それは大変……。

これが認可保育所で夜間から昼間まで続けて保育をしてもらえるのであれば、こうしたお母さんの体力的な負担は軽減される気もします(子どもの負担は別として)。

最後に託児所や夜間保育所を見る上でのポイントを聞いてみました。
「夜間の託児所でも昼の認可保育所でも、大切なことは同じ、先生との関係性です。わが家もいきなり夜勤&夜間保育ではなく、日勤で託児所の雰囲気に慣れてから夜勤をするようになりました。夜間は先生と子どもが限られ、密室・少人数になりがちなので、余計、信頼関係が重要かもしれません」とアドバイスしてくれました。

カギは保育の質。良質な夜間保育は子どもの育ちを助ける(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

とはいえ、夜間に預ける身としては、子どもへの影響が気になってしまうもの。ちなみに、前出の酒井さんによると、施設の広さや年齢、食事、保育士の対応など、一定の保育の質が担保された夜間保育は子どもの育ちに好影響があるのだとか。

「夜の預かり保育は、子どもの成長や発達に悪影響を及ぼすという誤解もありましたが、長年の調査/研究により、質が保たれた夜間保育を受けた子どもは『人の役に立つ人になりたい』『人には親切にしたい』などと答えるなど、成長にも好影響を及ぼすという結果がわかっています」(全国夜間保育連盟広報誌「夜間保育」2017年10月号)。

ちなみに、夜間保育を行う認可保育所へ入所を希望するのであれば、通常の認可保育所と同様に、行政に利用申し込みをします。ただ、通常の認可保育所ですら、「保育所、入れなかった」という叫び声があがる昨今、夜間保育を実施する保育所に入るのはより狭き門といえるでしょう。

一方で、夜間保育の需要は年々、増えているのではないでしょうか。特に医療職、介護職などは、夜間の預け先がなく、キャリアを断念している人もいると思います。ただ、酒井さんは、「夜間保育」を実施する認可保育所は、なかなか増えていかないだろう、と指摘。その上で、せめて各自治体に1カ所程度、夜間保育が実施できる予算措置があれば子育て支援の一助になるのではないか、といいます。

今回の認可夜間保育所、知っている人はまだ少数派かもしれません。ただ、子どもの健やかな育ちの「夜の場所」として、夜間保育は必要不可欠です。大切な小さな命とその育ちを守るために、その質・数を充実させる必要があるのではないでしょうか。

●取材協力
全国夜間保育園連盟

デュアルライフ・二拠点生活[10]家族3人で家賃2万円、利便性と暮らしの楽しみと、両方あって成立

東京の都心に住む会社員のIさん(36)は、マウンテンバイク好きの夫(38)の趣味から高じて、長野県の蓼科(茅野市)との二拠点生活を送っています。平日過ごす都心の家は便利さを追求した立地でミニマムに、暮らしの楽しみは蓼科でと切り分けることで家族の生活を充実させているIさんのデュアルライフからは、仕事と子育ての両立のヒントもうかがえました。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。二拠点で物を少なく、家事は省力化で時間確保

3歳の男の子のママであるIさんが暮らす都心の家は、45平米の2DK。月に一度訪問する蓼科の家は家賃約2万円の賃貸で、18平米のワンルームアパートです。借り始めたのは2009年で、Iさん夫妻が2011年に結婚する前のこと。蓼科にある知人の別荘を訪問した際にマウンテンバイクにはまった夫が、自転車を置くスペースや東京の自宅からその都度持参する手間の軽減のための拠点として構えました。八ヶ岳がきれいに見えることが気に入ったという物件は、別荘ではないため管理費などのランニングコストが高額でなく、近隣には同じデュアラーとみられる人も住んでいるそうです。

どこを見ても絵画ような美しい山と空が広がる蓼科。この景色を見るだけで、東京での疲れを忘れ心から癒やされるという(写真撮影/飯田照明)

どこを見ても絵画ような美しい山と空が広がる蓼科。この景色を見るだけで、東京での疲れを忘れ心から癒やされるという(写真撮影/飯田照明)

結婚した時点ですでにデュアルライフの“インフラ”は整っていたわけですが、共働き世帯であれば家事は土日にまとめてやらざるを得ないことは、よくある話。Iさんも当初は「土日を自分の家以外で過ごすことが成立するのか」という不安があったそうです。

しかしIさんのライフスタイルは「家事は省力化」。

料理は、宅配で届くものを使って一度にたくさんつくっておく、洗濯物は、畳んで収納、にはこだわらず洗濯乾燥機から取り出してそのまま使ったり。水まわりも全て強力な洗剤をかけて流すだけ。「たまるほどの家事はほぼないです。貴重な土日を家事にあてること自体をやめたい、という考え方にシフトしました」

また、とにかく立地の良さを求めた東京の家は、一部屋は夫の部屋でもう一部屋は寝室、ダイニングはテーブルと本棚のみ。「家がもうひとつあるから荷物を少なくできるので、手狭な部屋でも困りません」。掃除も毎日箒で30秒くらい掃くだけ。管理が必要な範囲を小さくできるのも、二拠点の利点のようです。

プロフィール 東京都心と蓼科(長野県茅野市)でデュアルライフを送るIさんご家族(写真撮影/古後さん)

プロフィール 東京都心と蓼科(長野県茅野市)でデュアルライフを送るIさんご家族(写真撮影/古後さん)

移動時間は貴重な家族の時間

蓼科の移動には、JRの特別急行「あずさ」を利用しています。回数券の割引を利用すれば、片道約4000円。もともとは車で通っていましたが、東京からの所要時間が渋滞で3時間をこえることが多く、少し遠いと感じたそう。「電車を利用すれば、乗車時間は家族の自由な時間。お酒を飲んだり、仕事をしたりすることもありますが、普段はなかなか時間がとれない家族とじっくり話せるいい機会でもあります」。東京にいると夫婦がそれぞれの用事を優先してしまい、家族で過ごす時間が削られることもありますが、蓼科では必ず家族3人で行動するので、その意味でも大切な時間だそうです。

東京では車を所有していないが、蓼科の生活には欠かせない。自家用車は蓼科のアパートに置いてフル稼働している(写真撮影/飯田照明)

東京では車を所有していないが、蓼科の生活には欠かせない。自家用車は蓼科のアパートに置いてフル稼働している(写真撮影/飯田照明)

アパートから車で15分位のところにスキー場のある生活。長男は早朝から大好きなスノーストライダーで遊び、疲れてぐっすり眠る健康的な週末を送っている(写真撮影/飯田照明)

アパートから車で15分位のところにスキー場のある生活。長男は早朝から大好きなスノーストライダーで遊び、疲れてぐっすり眠る健康的な週末を送っている(写真撮影/飯田照明)

長男のお気に入りトランポリン施設「BASE」。1分間ずつ交代制となっているため、小さい子どもから、本格的に練習したい人も同じ場で楽しむことができる。欧米ではウインタースポーツをはじめとするアスリートがしなやかな筋肉をつくるためにトランポリントレーニングを取り入れるのが当たり前となっているそう(写真撮影/飯田照明)

長男のお気に入りトランポリン施設「BASE」。1分間ずつ交代制となっているため、小さい子どもから、本格的に練習したい人も同じ場で楽しむことができる。欧米ではウインタースポーツをはじめとするアスリートがしなやかな筋肉をつくるためにトランポリントレーニングを取り入れるのが当たり前となっているそう(写真撮影/飯田照明)

蓼科では、知人から3万円で購入した中古車をフル活用。アパートは無料の駐車場付きなので駐車場代はかかりません。滞在中は、マウンテンバイクで山道を下ったり、トランポリンのジムなど、アクティビティを満喫。生活用品は琺瑯(ほうろう)の食器やカセットコンロなどアウトドア用品を活用しているため、バーベキューを楽しむことも多いそう。また、東京では生活感の薄い都会ゆえに近所にない、ホームセンターや百円均一店、回転ずし店へ行くのも楽しみのひとつ。「東京では通勤への便利さで、快適な住環境は蓼科。両方あって初めて成立しているんです。もし蓼科の拠点をやめるなら、東京の家ももう少し広くて緑の多い場所を選んだと思いますね」

蓼科では夏はマウンテンバイクや登山、冬はスキーとアウトドアを存分に楽しむ生活。まだ3歳の長男はもう補助輪なしで自転車に乗れるという(写真撮影/左 飯田照明、右 古後さん)

蓼科では夏はマウンテンバイクや登山、冬はスキーとアウトドアを存分に楽しむ生活。まだ3歳の長男はもう補助輪なしで自転車に乗れるという(写真撮影/左 飯田照明、右 古後さん)

生後1カ月半から一緒に蓼科へ通っている息子に、雄大な自然の中でさまざまな体験をさせられることも重要です。3歳にして補助輪なしの自転車に乗れるのは、おそらくそんな体験のたまもの。「自転車でジャンプできる! パパすごい! っていうリスペクトが強いんです。東京にいるだけではこうはならなかったかも」。川の水が飲めたり、鹿や馬に触れたりできるほか、いろんな人と会う機会も多いため、初めてのことに動じない性格に育っているそうです。

夫のもともとの知人や常連になったお店、また近所の温泉での会話などから、コミュニティーも広がってきています。そのなかで強く感銘を受けたのは、地元の夏祭りだったそう。「小さな神社でやっているお祭りなのですが、子どもたちがみんなすごくおしゃれしてやってきていて。きっととても大事なイベントなのだろうな、と。都会は外から来た人の集合体だから、このお祭りの “地元”な感じがとてもすてきでした。小さいときのそういう思い出は、すごくいいなって」。いまはまだ家族の時間優先の息子も、いずれここに住む友達と一緒に来れたら、と願っているそうです。

行きつけの蕎麦店、傍/katawaraでは無農薬の野菜に合わせと白・黒二種類の蕎麦が楽しめる。窓からの美しい景色もごちそう(写真撮影/飯田照明)

行きつけの蕎麦店、傍/katawaraでは無農薬の野菜に合わせと白・黒二種類の蕎麦が楽しめる。窓からの美しい景色もごちそう(写真撮影/飯田照明)

人気の「グリル野菜モリモリ盛ったベジ温そば」と「もろこしスープ」(写真撮影/飯田照明)

人気の「グリル野菜モリモリ盛ったベジ温そば」と「もろこしスープ」(写真撮影/飯田照明)

「いざとなれば二拠点目がある」は大きかった

蓼科は避暑地や別荘地としても人気で、旅行先に選ぶ人も多い地域です。旅行との違いを尋ねると、「旅行は楽しい刺激がたくさんある一方で、知らない場所への交通手段を調べたり、限られた時間に予定を詰め込んだり、ちょっとしたストレスもありますよね。土地勘のある二地域目ではそのストレスがなく、旅行のいいところだけを体験できるようなものなんです」

東京での駐車場代以下の金額で蓼科なら部屋が借りられることは、Iさん夫妻の場合は自転車という物理的な荷物の大きさもありリーズナブル。拠点ならではの土地勘があることや、宿泊施設のチェックインなどを気にせずゆったり時間を使えることは、旅行のリフレッシュさをストレスなく満喫できることでもあります。大型連休など世間で費用が高くなるときは蓼科へ行き、他の場所への旅行は、安く済む時期などのタイミングを見て出かけています。

また、旅行と拠点の違いを強く実感したのは、東日本大震災のときだったそうです。「会社からも自宅待機と言われ、東京がどうなるか分からないとなったとき、いざとなれば私たちは蓼科に行けると思いました。自分たちの日常はパラレルであるという安心感は、すごく大きかったんです」

蓼科の住まいは18平米のワンルーム。壁は夫がDIYでつくった木製棚。趣味のマウンテンバイクやアウトドアグッズなどの収納になっている。窓からは八ヶ岳連峰の景色が一望できる(写真撮影/飯田照明)

蓼科の住まいは18平米のワンルーム。壁は夫がDIYでつくった木製棚。趣味のマウンテンバイクやアウトドアグッズなどの収納になっている。窓からは八ヶ岳連峰の景色が一望できる(写真撮影/飯田照明)

ユニットバスは収納として利用。「この辺りにはたくさんの温泉施設があるので、お風呂はそちらでゆったり入っています(笑)」。ちなみに料理にはカセットコンロを利用。ガスを契約しないことで光熱費を削減している(写真撮影/飯田照明)

ユニットバスは収納として利用。「この辺りにはたくさんの温泉施設があるので、お風呂はそちらでゆったり入っています(笑)」。ちなみに料理にはカセットコンロを利用。ガスを契約しないことで光熱費を削減している(写真撮影/飯田照明)

新鮮な地元の野菜や特産物が手に入る「たてしな自由農園 原村店」。Iさんの特にお気に入りは試飲もできる田舎味噌。出汁をとらなくても食材から出る味だけでおいしいお味噌汁は長男も大好物(写真撮影/飯田照明)

新鮮な地元の野菜や特産物が手に入る「たてしな自由農園 原村店」。Iさんの特にお気に入りは試飲もできる田舎味噌。出汁をとらなくても食材から出る味だけでおいしいお味噌汁は長男も大好物(写真撮影/飯田照明)

購入ではなく賃貸にこだわり

Iさんは二拠点生活を送るにあたって、家族の生活体系や関係性の調整が常に心にあったといいます。子どもが生まれる前は、車移動のほうがいいのか、場所はこのままでいいのか。雪山があるのだからと夫がスノーボードを始めた際には、のめり込むあまり本格的なゲレンデを求めて蓼科から足が遠のいたことも。「私たちの世代はライフイベントやスタイルの変化がある時期。どのように二拠点目を使っていくのか、考えることは増えますよね」。だからこそIさん夫婦が選んだのは、物件の購入ではなく賃貸で拠点を構えること。購入したとしてもそこまで高額ではありませんが、身軽でいるためにあえて賃貸を続けているそうだ。

実際、息子の出産前には、蓼科の家を持ち続けるかの議論にもなりました。平日の職住近接に、教育環境や待機児童が少ない地区を考慮して現在の家の場所を決めましたが、のびのびとした育児も両立させるには、蓼科の家が必要だと判断したそうです。「平日と週末では、求めていることが違うけれど、両方を満たした環境はすごく高い。だったら拠点自体を分けようよと考えたんです」

二拠点を構えることは旅行とは違い、日常の延長線上にあります。Iさん夫妻にとって蓼科は見知った土地でしたが、より良い場所を求めるがあまり、無理してしまうことには危惧もあるそう。ランニングコストも含め、持続可能かどうか。その見極めのためにも、購入よりも賃貸から始めるのは、賢くそして手堅い選択なのかもしれません。

おいしいコーヒー豆とマスターの五味さんとの楽しい会話を求め茅野市の面白い人たちはみんなここに集まる、と言われるサロン的コーヒー豆店「Molino coffee」。行くと誰かしらに会える茅野の名物スポット(写真撮影/飯田照明)

おいしいコーヒー豆とマスターの五味さんとの楽しい会話を求め茅野市の面白い人たちはみんなここに集まる、と言われるサロン的コーヒー豆店「Molino coffee」。行くと誰かしらに会える茅野の名物スポット(写真撮影/飯田照明)

特急で東京に帰るまでの間、集中してワークしたいとき利用している茅野駅目の前のワークスペース「ワークラボ八ヶ岳」。蓼科の利用者にはIさんと同じようなデュアラー(二拠点生活者)も多いそう(写真撮影/飯田照明)

特急で東京に帰るまでの間、集中してワークしたいとき利用している茅野駅目の前のワークスペース「ワークラボ八ヶ岳」。蓼科の利用者にはIさんと同じようなデュアラー(二拠点生活者)も多いそう(写真撮影/飯田照明)

運転していると東南方向には富士山も(写真撮影/飯田照明)

運転していると東南方向には富士山も(写真撮影/飯田照明)

●取材協力
富士見パノラマリゾート
BASE
傍/katawara  
たてしな自由農園
Molino coffee
ワークラボ八ヶ岳

グラフィックデザイナー葉田いづみさんの余白を活かした美しい空間 その道のプロ、こだわりの住まい[5]

極端に物量が少ないわけではないのに、そのミニマムな印象に驚かされる。グラフィックデザイナーの葉田いづみさんの住まいは、壁や床に面が広く、余白と収納部分とのメリハリがはっきりしているのだ。詰め込みすぎず、かといって、必要なものはきちんとそろっている。モノトーンで統一しながら、木の風合いも適度に取り入れて冷たくなりすぎないように。それは自身が手がけるデザインとどこか似ているように感じられる。グラフィックデザイナーならではの絶妙なバランス感覚の秘密を教えてもらった。葉田さんがデザインを手掛けた『アトリエナルセの服』(成瀬文子著/文化出版局刊)(画像提供/葉田さん)

葉田さんがデザインを手掛けた『アトリエナルセの服』(成瀬文子著/文化出版局刊)(画像提供/葉田さん)

【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。色も物も氾濫させず、きりっとシャープにダイニングでは、壁付けの棚だけを収納スペースに。夫婦それぞれが大切に長く持ち続けたい本を厳選している。右側の壁は何も飾らずにスッキリしていて広さを感じさせる(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングでは、壁付けの棚だけを収納スペースに。夫婦それぞれが大切に長く持ち続けたい本を厳選している。右側の壁は何も飾らずにスッキリしていて広さを感じさせる(写真撮影/嶋崎征弘)

空間に足を踏み入れると、自然と背筋がしゃんとのびる感じがする。凛と美しく整えられたこの部屋は、グラフィックデザイナーの葉田いづみさん、木工作家である夫ともうすぐ小学生になる長男との3人の住まいだ。

3年前にリフォームしたマンションは、構造上間取りを変えることはせず、壁や床などの内装に手を加え、モノトーンを基調にした空間に仕上げている。壁や床は白とグレーを中心に、キッチンは業務用をイメージしてステンレスを多く使うように。テレビ台や椅子、棚などには夫が手がけたものもある。

「たくさんの色があると、どうまとめたらいいのか分からなくなってしまうので、色数は増やさないようにしています」

家具も雑貨も白や黒、グレー、ステンレスを選ぶようにすれば目にうるさくない。色が氾濫せず、すっきりとまとまって見えるというわけだ。

テレビ台は木工作家である夫の西本良太さんが手がけたもの。床置きにせず配線もきれいに隠しているさまはさすが。「広い壁に何か飾るのって難しい。あえてこのままにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

テレビ台は木工作家である夫の西本良太さんが手がけたもの。床置きにせず配線もきれいに隠しているさまはさすが。「広い壁に何か飾るのって難しい。あえてこのままにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

「面」をキープして、広く見せる

リビング・ダイニングでは棚もテレビも壁付けのため、床はすっきりしている。大きな壁も特別に飾ったりはしていない。広い「面」があるおかげで、すっきりと清潔感のある雰囲気になっている。

「広い壁にものを飾るのが苦手なんです。バランスが難しくて悩んでしまう。だったら何もなくていいかな、と。ヌケ感というか余白があったほうが好きということもあります」

棚は一定の高さにそろえ、その上は開けるように。収納する本は棚に入るだけと決めているし、子どものおもちゃはケースに入るだけの分量をリビングに持ち込んでよし、としている。

「子どもはおもちゃを広げるし、夫は仕事柄いろいろな材料を収集しているし、散らかることもあります。でも、元に戻す場所が決まっているので、この片付いた状態にするのは苦にならないのかもしれません」

ケースに入りきらないおもちゃは寝室の収納スペースに。夫は自身の部屋にあれこれ入れていて、葉田さんはほとんどノータッチだという。持ち込む物量を意識し、余白を活かすことで、家族共有のスペースであるリビング・ダイニングのすっきり感が保たれている。

ソファ脇に積んでいるボックスが長男のおもちゃ入れ。放り込めばいいだけなので、自分できちんと片付けができる。ここからはみ出るものは、隣の寝室にあるベッド下のおもちゃスペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

ソファ脇に積んでいるボックスが長男のおもちゃ入れ。放り込めばいいだけなので、自分できちんと片付けができる。ここからはみ出るものは、隣の寝室にあるベッド下のおもちゃスペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

よく使うものは素材と色を厳選して出しっぱなしに

キッチンも床の面が広い。見渡すと、一般的な家のほとんどにある食器棚が存在していないことに気が付く。

「調理台の下の引き出しに全部入っているので必要ないかな、と。奥行きも幅もあるので収納力たっぷりで、調理道具やキッチン用品などはほとんどしまっておける。よく使う道具だけ出しっぱなしにしています」

「業務用のキッチンが好きなのですが、オープンすぎると掃除が大変だから引き出しタイプにしました」という調理台。収納力たっぷりなので必要なものはすべて収まってしまう。色を抑えた空間だからこそ、窓辺のチューリップが映える(写真撮影/嶋崎征弘)

「業務用のキッチンが好きなのですが、オープンすぎると掃除が大変だから引き出しタイプにしました」という調理台。収納力たっぷりなので必要なものはすべて収まってしまう。色を抑えた空間だからこそ、窓辺のチューリップが映える(写真撮影/嶋崎征弘)

調理台上や壁付けの棚に置いている道具も、ステンレスや白、黒と色数を抑えて。リビング・ダイニングでのルールと同じだ。
食器棚しかり、一般的にはそろえてしまいがちな収納家具や雑貨でも、葉田さんは取り入れる際に必要かどうかじっくり吟味しているという。

「引き出しの中にケースがあったら便利だろうな、と思ってもすぐには買いません。紙袋でサイズを確かめて、やっぱり必要だと実感したら探すようにしています」

よく手にする道具は、使い勝手はもちろん、厳選しているため出しっぱなしのままでもすっきり。正面の壁はリフォーム時に薄いグレーのタイルを貼ってクールな印象に(写真撮影/嶋崎征弘)

よく手にする道具は、使い勝手はもちろん、厳選しているため出しっぱなしのままでもすっきり。正面の壁はリフォーム時に薄いグレーのタイルを貼ってクールな印象に(写真撮影/嶋崎征弘)

仕事部屋でも子どもの絵やアート作品を飾ってほっと一息

一方、仕事部屋は葉田さんにとっていちばん悩ましい場所なのかもしれない。自身が手がけた本はもちろん、好きな小説や仕事の資料などは、どうしても増えてしまうから。

「ダイニングと同じように、本棚に入るぶんだけと気を付けて、増えたら誰かに譲ったり処分したりして減らしています」

ボックスを積み重ねて本棚にし、一定の高さを保つようにしている。

窓からのやわらかい光が差し込む葉田さんの仕事部屋。グラフィックデザイナーという仕事柄、書籍や雑誌が多い(写真撮影/嶋崎征弘)

窓からのやわらかい光が差し込む葉田さんの仕事部屋。グラフィックデザイナーという仕事柄、書籍や雑誌が多い(写真撮影/嶋崎征弘)

また、デスクの背面の壁にはほとんど物がなく、アート作品を床置きしているだけで一面が広く空いている。夫の商品や仕事道具も置いているが、白いボックスにまとめて重ね置きすることで、色数を増やさないように。見事に、自身が仕事に集中できる空気を生み出している。

壁に貼っているのは長男の絵。スタイリッシュな空間のなかで、ほっと心を緩ませてくれるかわいらしい作品(写真撮影/嶋崎征弘)

壁に貼っているのは長男の絵。スタイリッシュな空間のなかで、ほっと心を緩ませてくれるかわいらしい作品(写真撮影/嶋崎征弘)

アート作品を飾るためのスペースを設ける

必要なものしかないのかと思うと、決してそうではない。棚には子どもの絵が飾られていたり、夫の作品を収納小物として使っていたり、本棚の隙間にデザインが好きで捨てられない紙箱が積んであったりする。その塩梅が絶妙で、好きなもの、必要なものを厳選しているということが伝わってくる。

さまざまなアーティストの作品が並んでいる玄関。夫婦で好きなものを集めていて、ちょっとしたギャラリーのよう(写真撮影/嶋崎征弘)

さまざまなアーティストの作品が並んでいる玄関。夫婦で好きなものを集めていて、ちょっとしたギャラリーのよう(写真撮影/嶋崎征弘)

「玄関の靴箱の上は、飾るためだけのスペースです。結構幅が広いので、いろいろ置いてしまうし、気が付くと夫が拾ってきた小石とかが無造作に並んでいることもあります。でもそれもおもしろい。ちょっと増えすぎだなと思ったときだけ整理しながら、ここは家族で好きに飾って楽しんでいます」

ドアを開けるとすぐ目に入る場所に、好きなアーティストや夫の作品、花などが並んでいる。ガラスや木の素材、さらに色も白と黒が多い。好きなものを並べても色が増えないということは、好みの基準をブラさずにもっているということなのだろう。

「私も夫も、雑貨やアートが好きなので、つい増えてしまいます。飾るスペースはここだけとしながらも、欲しいという気持ちもあって、いつもせめぎ合いなんです。悩ましい」と笑う。

収納と装飾、余白のバランスを大切に(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

ふとテーブルの上を見ると、天板は薄いグレーで木の椅子、入れてくれたお茶セットもトレーはグレーで器は白と、この家のルールが凝縮した世界になっていた。色であふれるのも、物が増えるのも、苦手だからやっていないだけと話すが、その確固たる基準があってこの空間が保たれている。気が付くと、しゃんと伸びた背筋がふんわり緩み、すっかりくつろいでいた。余白を活かしたキリッとした空間でありながら、子どもの絵やアート作品を要所に飾って楽しむ。モノトーンの内装でありながら、木製の家具や雑貨を少し取り入れて温かみを感じさせる。このメリハリは、デザイナーである葉田さんのバランス感覚が成せる技だ。

ダイニングの天井にさりげなく飾られている蛍光灯を模したオブジェは夫である西本さんの作品(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングの天井にさりげなく飾られている蛍光灯を模したオブジェは夫である西本さんの作品(写真撮影/嶋崎征弘)

「仕事部屋の本が増えてきちゃったので、また整理しないとなと思っています。あと、夫の部屋もカオスだったので年末に整理したのですが、きっとまたいろいろ持ち込んでいるだろうから、今どうなっているかは分からないです」と、悩みながらも楽しそうに笑う。この家での生活がとても居心地のいいものなのだとしっかり伝わってくる、そんな笑顔だった。

リビング・ダイニングでは、本のほかに、CDもこの棚に収まるだけにしているそう。上部には絵を一枚かけているが、そのほかの壁に何も飾っていない。収納と装飾、そして余白のバランスを取っていることがよく分かる。「これくらい限られたスペースの壁なら、何か飾ってもバランスが取りやすい気がします」(写真撮影/嶋崎征弘)

リビング・ダイニングでは、本のほかに、CDもこの棚に収まるだけにしているそう。上部には絵を一枚かけているが、そのほかの壁に何も飾っていない。収納と装飾、そして余白のバランスを取っていることがよく分かる。「これくらい限られたスペースの壁なら、何か飾ってもバランスが取りやすい気がします」(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
葉田いづみ
静岡県出身、東京都在住。木工作家である夫の西本良太さんと息子の3人暮らし。デザイン事務所勤務を経て、2005年に独立。書籍を中心に活躍し、すっきりとシャープでありつつ、柔らかも感じさせるデザインに定評がある。
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豊島区も期待の「コマワリキッチン」とは? めざすは食のスター誕生と商店街活性化!

時間単位でプロ仕様のキッチンが利用できる「シェアキッチン」が、2019年1月、豊島区に誕生しました。その名も「コマワリキッチン」。では、何ができ、どんな場所になのでしょうか。どんな人が利用するのか、また将来像についても聞いてみました。
自分のお店のような感覚で利用できる、「シェアキッチン」

近年、時間単位でオフィスとして利用できるシェアオフィスやコワーキングスペースは増えていますが、シェアキッチンは、文字通りその「キッチン版」で、時間単位でプロ仕様の厨房が利用できる施設です。

飲食店は店を構えようと思ったときに、資金面や許認可のハードルが高く、よほど本気でないと難しいもの。それがこの「コマワリキッチン」であれば、食品衛生責任者の資格さえとれば(1日の講習だけで取得ができる)時間単位で利用でき、「まずはどれだけ一般のお客様相手に通用するのか、腕試しができる」というわけです。ほかにも「パンづくりが好きで販売したい」「焼き菓子を通販で売りたい」「料理教室をしてみたい」というチャレンジの場として利用を見込んでいます。

取材で訪れたのは2月上旬、オープンから半月あまりでしたが、当日はコーヒーショップ「名前はまだない珈琲店」が営業していました。珈琲の焙煎を学んだ女性がレンタルできるキッチンを探していたところ、条件がぴったりの「コマワリキッチン」見つけ、すぐに利用を申し込んだとか。

名前はまだない珈琲店。都内でシェアキッチンを探していたときに、見つけて「ココだ!」と申し込み。トントン拍子に出店が決まった(写真撮影/嘉屋恭子)

名前はまだない珈琲店。都内でシェアキッチンを探していたときに、見つけて「ココだ!」と申し込み。トントン拍子に出店が決まった(写真撮影/嘉屋恭子)

ショップカード、コーヒーのパッケージなど、あちこちに猫の姿(写真撮影/嘉屋恭子)

ショップカード、コーヒーのパッケージなど、あちこちに猫の姿(写真撮影/嘉屋恭子)

コーヒーにあうマフィンも販売している。本格仕様のキッチンで、許認可を得ていて、安心して利用できるのがよいそう(写真撮影/嘉屋恭子)

コーヒーにあうマフィンも販売している。本格仕様のキッチンで、許認可を得ていて、安心して利用できるのがよいそう(写真撮影/嘉屋恭子)

「ここは本格的な調理機器を備え、菓子製造業と飲食店営業許可が取得済みなので、安心して利用できます。お客さまも増えてきて、手ごたえも上々です」と語ります。

住民の関心度合いも高く、取材中もさまざまな方から次々と「今度、ここを使ってみたいんだけど、モノの保管はどうすればいいの?」「今までどんなお店が出店したの?」とかなり本気の質問が投げかけられていました。「キッチンが借りられるのであればチャレンジしたい!」という潜在ニーズはかなりあるようです。

豊島区の公民連携事業に選定。でもなぜシェアキッチンなの?

今回、「コマワリキッチン」は築40年超のビル1階にあった空き店舗を、これまで空き家再生などを手がけてきた会社「ジェクトワン」がリノベーションおよび運営をしています。また、豊島区が公民連携事業として改修と運営費の一部を補助。では、なぜ「シェアキッチン」という業態が選ばれたのでしょうか。

豊島区役所の生活産業課の担当者は、
「豊島区は『としまビジネスサポートセンター』で起業や創業のお手伝いをしています。今回の『コマワリキッチン』でも連携して、新しいチャレンジを応援したいというのが選定理由です。また、商店街では高齢者の代替わりが課題になっています。将来的には『コマワリキッチン』でデビューをした人が、店舗を構えてくれたら、商店街の活性化にもつながると期待しています」と展望を語ります。

ジェクトワンの地域コミュニティ事業部チーフの布川朋美さんも「シェアキッチン」を提案した背景として、以下のように話します。

「この場所は、以前は中華料理店でした。空き店舗を再生するにあたり、近隣住民にヒアリングを行い、“夜、気軽に飲める場所がほしい”“コーヒー・お茶や軽食ができる場所がほしい”など、飲食に関する需要が高いことが分かりました。そこで、地域貢献、創業支援として当社の知見のあった“シェアキッチン”を提案したんです」

つまり、単なる一店舗の再生というより、「新しい才能を発掘する場所」「人が集い、にぎわいを生み出すコミュニティ拠点」としての狙いが強いようです。また、利用者としては、子育て中で現在、働いていない女性を考えていましたが、想像以上に幅広い世代からの問い合わせがあるよう。

厨房設備はガス、オーブン、水道それぞれ2台いれているので、2組の同時利用可能。テーマにそって料理対決する「料理の鉄人」ごっこもできる!?(写真撮影/嘉屋恭子)

厨房設備はガス、オーブン、水道それぞれ2台いれているので、2組の同時利用可能。テーマにそって料理対決する「料理の鉄人」ごっこもできる!?(写真撮影/嘉屋恭子)

「年齢性別問わず、お問い合わせをいただきます。もちこみパーティーや町内会の集い、ママ・パパ、サークルの利用など、使い方はまだまだ未知数です」(布川さん)

さらに、今年3月からは講師を招いて、創業支援の教室も開催予定。参加者は、何かをはじめてみたい人、意欲にあふれる人が集う場所でもあります。参加者同士、顔を合わせることでよい刺激が生まれるのも「シェアキッチン」ならではのよさといえるでしょう。

めざせ新しい食のスター! トキワ荘の復元とのコラボも期待大!

ちなみに、コマワリキッチンができた場所は、若き日の手塚治虫や藤子不二雄などが暮らした「トキワ荘」があった場所のすぐそば。マンガの才能が集った「元祖・シェアオフィス」のあった場所に「シェアキッチン」ができるのも、不思議な縁です。

トキワ荘の建物そのものはなくなっているが、跡地には石碑とモニュメントが立つ。来年にはミュージアムも完成予定で、新たな東京の名所になりそう(写真撮影/嘉屋恭子)

トキワ荘の建物そのものはなくなっているが、跡地には石碑とモニュメントが立つ。来年にはミュージアムも完成予定で、新たな東京の名所になりそう(写真撮影/嘉屋恭子)

「南長崎花咲公園にミュージアムができれば、観光客だけでなく、人の流れができるようになります。現在、南長崎には飲食店も少なく、またお土産品などはありませんが、このコマワリキッチンで、新しいお土産や名物、新しい何かができたらいいなと願っています。単なる消費の場だけでなく、何か行動を起こす、交流がおきる、そんなポテンシャルの高い場所と見込んでいます」(布川さん)

確かに、せっかく訪れたのであれば「何かお土産を買って帰りたい」というのが人情というもの。場所とのコラボでうまれるお土産には、期待したいところです。

「コマワリキッチン」は日替わりで店舗が営業しているため、「今日は何のお店?」と聞きにくる住民の人も多く、早くも地元に根付いているようすが分かりました。

また取材時に質問していた人の多くは「こんな場所があるなら、チャレンジしてみようかな」ととても意欲的なのが印象に残っています。食は万国共通の楽しみでもあります。トキワ荘でマンガのスターが誕生したように、「コマワリキッチン」で生まれた新しい食のスターが世界で活躍する--そんな日が来るのかもしれません。

●取材協力
コマワリキッチン
運営会社:株式会社ジェクトワン

デュアルライフの2拠点目はコスト重視。半数近くがなんらかの運用も

2拠点生活を指す「デュアルライフ」を実践する“デュアラー”に対して、リクルート住まいカンパニーが調査したところ、2拠点目の住まいをなにがしかの方法で運用していることが分かった。デュアルライフ実施者の実態を詳しく見ていこう。【今週の住活トピック】
「デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査」を公表/リクルート住まいカンパニー増えつつある「デュアルライフ」への関心や実施意向

「デュアルライフ」という言葉、まだ聞きなれないという人もいるだろうが、徐々に増えつつある新しい暮らし方だ。2019年のトレンド予測として、リクルート住まいカンパニーがキーワードとして「デュアラー」を挙げている。(詳しくは、筆者の記事「2019年トレンド予測、住まいは『デュアラー』リクルートホールディングスが発表」を参照)

今回の調査では、デュアルライフを現在実施している人は、全体の1.3%とわずかだったが、今後したいと考える意向者は14.0%だった。

別の調査でも見てみよう。ジャパンネット銀行がミレニアル世代(2000年代に成人あるいは社会人になる世代)とその親世代を対象に実施した「住まいと暮らし」に関する意識・実態調査で、「新しい住まい方・暮らし方」のひとつとして、デュアルライフへの興味・関心を聞いている。

その結果、興味・関心を持ったのは、ミレニアル世代で22%、その親世代で13%が興味・関心があると回答している。特に若い層で関心が高いことがうかがえる。
■「デュアルライフ」(2つの地域に拠点をもった生活 ※都市と田舎、国内と海外など)
ミレニアル世代…22%  >親世代…13%

折しも、リクルート住まいカンパニー主催による「2拠点生活のリアルを語り合う会」が、渋谷区恵比寿で開催された。実施している人やサポートしている人がパネラーとして登壇したのだが、多くの報道陣を始めデュアルライフに関心のある一般の人たちが40人ほど参加する、盛況な会となっていた。

「2拠点生活のリアルを語り合う会」の様子(撮影:住宅ジャーナリスト/山本久美子)

「2拠点生活のリアルを語り合う会」の様子(撮影:住宅ジャーナリスト/山本久美子)

一般的な若い世代が都市部から2時間圏内で行ったり来たりの生活

新しい暮らし方として注目されつつあるデュアルライフだが、その実態はどういったものなのだろう?

デュアルライフを実施している人に調査した、今回の調査結果を見ると、20~30代、世帯年収800万円未満が5割を超えた。一般的な若い世代が2拠点での生活を実施していることになる。

デュアルライフ実施者の属性(デュアルライフ実施者(1都3県+2府1県)/単一回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

デュアルライフ実施者の属性(デュアルライフ実施者(1都3県+2府1県)/単一回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

2拠点目の住まいへの移動時間(単一回答)は「1時間以上~1時間30分未満」(22.2%)と「1時間30分以上~2時間未満」(19.7%)で約4割を占め、その移動手段(複数回答)としては 「電車」(68.9%)、「自家用車」(57.2%)が特に高くなっている。都市部の1拠点目から、片道2時間程度(平均124分)で電車や車で行ける場所に2拠点目を持っていることがうかがえる。

2拠点目での滞在日数は、平均90日(3ヶ月)。おおよそ一年の4分の1を2拠点目で、4分の3は1拠点目で過ごしているわけだ。

2拠点目はコスト面を重視。半数近くが共同で使用、友人等に賃貸などの運用

では、2拠点目の住まいは、どのように選んでいるのだろう?

持ち家の割合は約61%、賃貸は約35%で、どちらにもシェアハウスが含まれる。賃貸ではマンスリーやウィークリー、その他では宿泊施設なども含まれ、必ずしも常時住まいを固定しているとは限らないようだ。

2拠点目の住居形態(デュアルライフ実施者(1都3県+2府1県)/単一回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

2拠点目の住居形態(デュアルライフ実施者(1都3県+2府1県)/単一回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

2拠点目の住まいを選ぶ重視ポイントとしては、「維持費(月間・年間の費用)が安く抑えられる」(25.9%)、「自分の好みに合った間取りや仕様の住宅であること」(20.2%)、「初期コストを安く抑えられる」(19.9%)と、コスト面をかなり意識していることが分かる。

そして興味深いのは、不在時の2拠点目の住まいをなにがしか運用している点だ。「共同で使用している」、「賃貸物件・レンタルスペースとして貸し出している」、「友人等に貸し出している」など、なんらかの形で不在時に活用している人が全体の46.1%もいたという。

本人不在時の、2拠点目の運用状況(2拠点目運用実施者(1都3県+2府1県) /複数回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

本人不在時の、2拠点目の運用状況(2拠点目運用実施者(1都3県+2府1県) /複数回答)(出典:リクルート住まいカンパニー「『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態』調査」)

デュアルライフが一般の若い世代にまで広がっている背景に、住まいの多様化などがあるだろう。都市部の住宅価格が高額化する一方、地方の住宅は購入でも賃貸でも低額化している。都市部の駐車場代で地方の狭い賃貸が借りられる場合もある。加えて、シェアハウスや民泊などの新しい形態も登場し、豊かな自然、趣味に没頭できる空間を手に入れる場所を得やすくなっている。

そうしてデュアルライフを実施したことで、「心にゆとりができた」(36.8%)、「趣味が充実した」(31.4%)、「オンオフの切り替えがよりできるようになった」(28.2%)、「新しいことに挑戦する機会ができた」(26.2%)といった変化(複数回答)があったという調査結果になっている。

今後は働き方も変わっていく。それに伴い、1地域1拠点にとらわれない暮らし方が、ますます広がっていくことだろう。

既存家電もIoT化で快適に。週休3日で働く社長のスマートリモコン活用術とは?

「グーグルホーム」「アマゾンエコー(アレクサ)」等が日本に上陸したことで、自宅にある家電がネットワークにつながる「スマートホーム」化が進んでいます。ただ、「対応の専用家電を買わないとダメなんでしょ?」という声もあるのではないでしょうか。最近では、既存の家電を買い換えることなくスマートホーム化し、スマートフォンやスマートスピーカーと連携させて家電の操作ができるようになる「スマートリモコン」が登場しています。実際にこのアイテムを、週休3日・週30時間のワークスタイルに活かしているという効率化のプロ・越川慎司さんに、導入した理由やその暮らしぶりを聞いてみました。
スマートリモコンでかなえる「余裕のある生活」

働き方改革の支援会社である株式会社クロスリバー代表・越川慎司さんは、東京に住まいながら、世界中の拠点とつながって働いています。近著『働きアリからの脱出: 個人で始める働き方改革』(集英社)などを上梓しつつ、自身も週休3日、週30時間というワークスタイルを実践。事務所はテレビにDVD、照明、賃貸の備え付けエアコンなどの既存家電をスマートリモコンでネットワーク化し、スマートホームにしています。テレビなどもアレクサを使って口頭で操作するほか、外出先からスマートフォンを使ってエアコンを操作・設定することも少なくないそう。

柔和な笑顔が印象的な越川慎司さん(写真撮影/片山貴博)

柔和な笑顔が印象的な越川慎司さん(写真撮影/片山貴博)

スマートリモコンは、赤外線でつながるものであれば、既存の家電を買い替えずに対応できるのが魅力です。モノを極力置かないようにしているという越川さん、導入した「スマート家電リモコン」のサイズそのものが小さく、リビングに置いても違和感がないのも良いところ、と言います。

今までは複数あるリモコン(エアコン・テレビ・照明・DVD)を使い分けていたけれど……(写真撮影/片山貴博)

今までは複数あるリモコン(エアコン・テレビ・照明・DVD)を使い分けていたけれど……(写真撮影/片山貴博)

複数のリモコンの操作を、スマート家電リモコン(写真右下)一台で操作できるように。既存家電を買い替えなくてもいいのが魅力的! スマートスピーカーを使えばより快適に(写真撮影/片山貴博)

複数のリモコンの操作を、スマート家電リモコン(写真右下)一台で操作できるように。既存家電を買い替えなくてもいいのが魅力的! スマートスピーカーを使えばより快適に(写真撮影/片山貴博)

1月下旬に発売されたスマートリモコン「スマート家電リモコン」(ラトックシステム)を操作するときのスマートフォンの画面の例。赤外線で既存家電とつながり、スマートホーム化を進めることができる(画像提供/SB C&S)

1月下旬に発売されたスマートリモコン「スマート家電リモコン」(ラトックシステム)を操作するときのスマートフォンの画面の例。赤外線で既存家電とつながり、スマートホーム化を進めることができる(画像提供/SB C&S)

「週休3日を実現するためには、仕事中に眠いな、不快だなと思っている余裕がないんです。だから事務所のエアコンを外から設定できるようにし、帰社・帰宅したらすぐに次の仕事に手をつけられるようにしておく必要があるんです」と越川さん。

ただ、ちょっと接続・設定は分かりにくいものもあり、慣れていないと苦戦するかもしれません(筆者のことです)。

「確かにスマートリモコンの設定は慣れないと戸惑うかもしれませんね。僕もうまく接続できないと、3回くらい試したものもあったかな」

効率化のプロでさえも、設定に試行錯誤していると聞き、少しほっとした人も多いことでしょう。ただ、設定にひと手間はかかっても「効率化」することで得られるメリットが大きいといいます。

「ここまで効率化をするのは、しっかり働いて、オフの時間を好きなように過ごしたいから(笑)。『エアコンや照明のオン・オフなどの操作』は機械にまかせたほうがいいですよね」

音声で家電を操作し、家事も自宅も快適化させていく(写真撮影/片山貴博)

音声で家電を操作し、家事も自宅も快適化させていく(写真撮影/片山貴博)

個人的に「人生のキングオブ無駄な時間」は「捜し物の時間」だと思っているのですが、スマートリモコンであればこうした無駄な時間&ストレスもなくなるもの(筆者は子どもがいるのでなおさらです!)。それでダラダラできるのであれば、まさに理想の生活です!

住まいも仕事も、効率化の目的は「ハッピーに暮らすこと」

業務効率化のプロは「スマートリモコンは、気楽に導入してみるといい」とアドバイスします。

「スマートリモコン自体は複数ありますし、数千円から買えるようになっています。それに、半年に一度のペースで大きな技術革新が起きている。リモコン自身がネットとつながっているから学習して、どんどん賢くなっている。これで室内が快適化できるのであれば、買ってソンはないと思いますよ」

大切なのはいきなり「ベスト」を目指さず、「トライ&エラー」で自分に必要な機能を見極めていくことだといいます。

「目新しさだけで導入しても、すぐに飽きちゃうので。自分にとって必要な機能/効率化を考えつつ、新しいことにチャレンジしていくと、快適に暮らせるのではないでしょうか」

また、スマートリモコンで操作可能なのは、赤外線リモコンが付いている家電のみ。

「家の中を見回すと、実はリモコンがついていない家電のほうが多いんです。例えば(リモコン非対応の)加湿器。これもスマートフォンで操作できるようになれば、より快適になりますよね」

電源アダプターに設置し、スマホや音声操作で、電源オン・オフができるようになるアイテムも発売されている。これで自宅にある家電をスマホで一元管理できるようになる(写真撮影/片山貴博)

電源アダプターに設置し、スマホや音声操作で、電源オン・オフができるようになるアイテムも発売されている。これで自宅にある家電をスマホで一元管理できるようになる(写真撮影/片山貴博)

越川さんが言うように、赤外線非対応の家電も少なくありません。そうした家電は、タップ操作を可能にするアイテム、または電源アダプターに設置するアイテムが複数登場しているため、一緒に使うことでより高いレベルでスマートホーム化できそうです。

こう聞くと家も仕事もまだまだ「効率化」できるように思います。でも、「効率化」というと「徹底的に無駄を排除」と感じてしまうのですが……。

「本来、効率化はしっかり休むときは休み、すべき判断に集中するというのが理想です。『時短』という言葉に代表されるように、義務感があり、時短そのものが目的になると、負担になりますよね。労働時間を短くし、効率をあげる目的は会社の業績をあげること、働く人の幸せ感を高めること、なんです。例えば、朝起きたあとに、すぐにベッドでスマホをメールチェックするのが、効率化だと思っていませんか? でもメールを見たことでストレスを感じ、イライラしながら朝を過ごしている人もいると思いますが、あれは業務にとっても、人にとっても不幸な状態なんです」と、越川さん。

理想の暮らしは、朝、起きたときに室温・湿度・照明がほどよい状況になるよう設定しておき、ヨガや塗り絵などで自律神経を整え、脳や気持ちがすっきりした状態で仕事にのぞむのがいいそう。なるほど、業務の生産性が高まるだけでなく、暮らしの満足度を高めていくのが大事ということですね。

スマートリモコンの魅力は、音声操作が可能なので、高齢者・子どもなどでも家電操作をしやすくなることでしょう。加えて、スマートリモコンが「人の生活の気配」を感知し、万一の際に救助・発見を手助けする日もくるかもしれません。

個人的には「テレビのリモコン、どこだっけ」というイライラ時間をなくすためにも、まずは面倒くさがらずに設定からはじめてみたいと思います!

●取材協力
越川慎司
株式会社クロスリバー代表。元マイクロソフト役員でOfficeビジネスの責任者。「リモートワークを当たり前にする」というミッションを掲げる株式会社キャスターの執行役員も務める。クロスリバーでは全メンバーが複業をしており、これまで500社以上の働き方改革を支援してきた。自著 『新しい働き方』(講談社)、『働きアリからの脱出』(集英社)。
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ミラノ サローネ2019の見どころは? “ダ・ヴィンチ没後500年”とモダンデザイン

インテリア・デザイン世界最大の見本市〈ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)」(以下、ミラノサローネ)〉が、今年4月9日~14日に開催される。今年は〈レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年〉の記念行事と共に、2019年はレオナルドのDNAを感じるデザインの祭典になりそう。
ミラノサローネ主催者による記者発表会が、現地ミラノで開かれ取材に飛んだ。今年の見どころや最新ニュースをご紹介!

レオナルドから受け継ぐ『INGENUITY(創意工夫)』がテーマに

“世紀の天才”“万能の天才”と称されるレオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci)は、1452年に生まれ、 1519年67歳で死去した。2019年は没後500年となり、絵画『最後の晩餐』を残すなど彼が20年間を過ごしたミラノでは、今年、記念イベントが各所で催される。
ミラノサローネでも、その一環となる特別展など新しい取り組みが企画されている様子。現地ジャーナリストに加えて、世界から60名弱の海外ジャーナリストが招待され、記者発表会がトリエンナーレ美術館で開かれた。

文化財・文化活動省Bonisoli大臣の挨拶から始まった記者会見。「トリエンナーレ美術館内に本格的なデザインミュージアムをつくるにあたって、政府は1千万ユーロを投資する」と、イタリア・デザイン継承の重要性にも触れた(写真撮影/藤井繁子)

文化財・文化活動省Bonisoli大臣の挨拶から始まった記者会見。「トリエンナーレ美術館内に本格的なデザインミュージアムをつくるにあたって、政府は1千万ユーロを投資する」と、イタリア・デザイン継承の重要性にも触れた(写真撮影/藤井繁子)

ミラノ市長などの挨拶の後、今年のミラノサローネが“レオナルドへのオマージュ(敬意)”として企画する2つの特別展について、その内容が発表された。

ミラノ公に仕えたレオナルドは、芸術家・建築家・科学者・エンジニアとして、多くのプロジェクトにかかわり、“万能の天才”ぶりを発揮した。
特別展のひとつは、市内San Marco通りにある、レオナルドが木製の水門の設計と建築工事を監督したと言われるConca dell’Incoronata(運河の閘門※)が舞台に選ばれた。数々のオリンピック式典をプロデュースした著名なイタリア人演出家Marco Balichが魅せる、壮大な映像と音楽による〈AQUA. Leonardo’s Vision〉だ。
※高低の差の大きい水面で、船舶を昇降させるための装置

記者会見でBalich氏(右)がミラノサローネ のLutiプレジデント に、過去と現在の運河写真を紹介しながら企画への思いを語った。「ルネサンスの名残りとミラノの未来を語るインスタレーションになる」(写真撮影/藤井繁子)

記者会見でBalich氏(右)がミラノサローネ のLutiプレジデント に、過去と現在の運河写真を紹介しながら企画への思いを語った。「ルネサンスの名残りとミラノの未来を語るインスタレーションになる」(写真撮影/藤井繁子)

〈AQUA. Leonardo’s Vision〉4月5日(金)~14日(日)10:00 ~ 22:00、入場無料 @Conca dell’Incoronata, via San Marco。最先端技術を駆使した映像と音響によって、水が持つ美しさやエネルギーを体験する空間展示(写真提供:ミラノサローネ)

〈AQUA. Leonardo’s Vision〉4月5日(金)~14日(日)10:00 ~ 22:00、入場無料 @Conca dell’Incoronata, via San Marco。最先端技術を駆使した映像と音響によって、水が持つ美しさやエネルギーを体験する空間展示(写真提供:ミラノサローネ)

ミラノサローネLutiプレジデントは、見本市のマニフェストに新しいテーマ『INGENUITY(創意工夫)』を加え、レオナルドの功績を受け継ぐ意思を込めた。「『INGENUITY』とは、未来を見据えた新たな目で常に全てを再発明し、再発見することができると考え、その場で満足せず先を見越すことです」

これを受け、二つ目の特別展〈DE-SIGNO〉がミラノサローネ見本市会場で催される。
イタリア人芸術監督Davide Rampelloによるインスタレーション、ブースは建築家Alessandro Colomboがデザインしている。

〈DE-SIGNO〉4月9日(火)~14日(日) 9:30~18:30 @Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場) ホール24。映画館のような4つの大型スクリーンで、美しいイタリアの文化が映像と音楽に乗って語られるショー(写真提供:ミラノサローネ)

〈DE-SIGNO〉4月9日(火)~14日(日) 9:30~18:30 @Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場) ホール24。映画館のような4つの大型スクリーンで、美しいイタリアの文化が映像と音楽に乗って語られるショー(写真提供:ミラノサローネ)

天才レオナルドが遺産として残した、デザイン力と実行力を称賛する2つの特別展。彼によって開花したイタリア・デザインの文化を、過去と現代で比較する今年のイベントは必見だ。

現在ミラノ市庁舎となっているマリーノ宮前のスカラ座広場では、レオナルド・ダ・ヴィンチ像(ピエトロ・マーニ作)が、今を見下ろしている(写真撮影/藤井繁子)

現在ミラノ市庁舎となっているマリーノ宮前のスカラ座広場では、レオナルド・ダ・ヴィンチ像(ピエトロ・マーニ作)が、今を見下ろしている(写真撮影/藤井繁子)

進化するサローネ、新企画パビリオン〈S.Project〉が登場

ミラノサローネは、今年で58回目。年々、展示構成を見直しながら情報発信を続けてきた。
今年はホール〔22・24〕1万4000平米に、〈S.Project〉と名付けられた特設パビリオンが登場する。ここを“マルチセクター”と位置づけ、家具・水まわり・照明に加えて音楽・ウェルネスなど、既存展示セクターに捉われない多目的な展示で、空間提案のクオリティを高める試みが行われる。
出展する66社のなかには、「B&B Italia」「Boffi」など世界的な人気ブランドと共に日本の「Maruni(マルニ木工)」の名前も並ぶ。

その一つ、1872年から北欧のライフスタイルを牽引してきた「Fritz Hansen」(デンマーク)は、照明メーカーをグループに加えブランドを統一、家具・小物から照明までトータルな空間を〈S.Project〉で展示する。

ペンダント照明『Suspence P1.5』は、直径320mmの新サイズ、新色POWDER BURGUNDY (写真)と PALE PEARLを発表。写真は全て「Fritz Hansen」ブランドで構成された空間(写真提供:Fritz Hansen)

ペンダント照明『Suspence P1.5』は、直径320mmの新サイズ、新色POWDER BURGUNDY (写真)と PALE PEARLを発表。写真は全て「Fritz Hansen」ブランドで構成された空間(写真提供:Fritz Hansen)

新作家具では、デザイナーJaime Hayonが手がけるラウンジチェアが登場。

「Fritz Hansen」では10年以上デザインを手がけている人気デザイナーJaime Hayonの作品も。オーク材構造の後ろ姿が素敵(写真提供:Fritz Hansen)

「Fritz Hansen」では10年以上デザインを手がけている人気デザイナーJaime Hayonの作品も。オーク材構造の後ろ姿が素敵(写真提供:Fritz Hansen)

また「Fritz Hansen」からのニュースでは、日本の〈nendo × Tenoha restaurant〉というコラボレーション展示で、nendoデザイン『NO1』チェアが見られると紹介された。

〈S.Project〉には、バスルームの世界的人気ブランド「antoniolupi」(イタリア)も登場する。
今年は隔年で行われるバスルーム見本市の年ではないが、あえて見本市会場に出展してきた意気込みが楽しみだ。

「antoniolupi」は、〈antoniolupi GALLERY〉と題し、プロダクトをアート作品のように展示。音響ブランドの「K-array」とのコラボが、プレゼンテーションを盛り上げる(写真提供:antoniolupi)

「antoniolupi」は、〈antoniolupi GALLERY〉と題し、プロダクトをアート作品のように展示。音響ブランドの「K-array」とのコラボが、プレゼンテーションを盛り上げる(写真提供:antoniolupi)

照明見本市〈Euroluce〉には421社出展。Artemide社など周年記念も目白押し

隔年開催の国際照明見本市〈Euroluce(エウロルーチェ)〉では、421社もの照明ブランドが出展し、新作を披露する。現代における照明デザインのキーワードを“実験と技術革新・持続可能性・人間中心主義(human-centricity)・美的研究”と掲げた。

LEDから有機EL、AIを含めた技術革新が進む照明界において、“human-centric(人間中心)”、つまり環境や健康、人のためになるライティングをデザインの方向性とした点に共感した。

イタリア照明ブランドの大手「Artemide」は今年創業60周年を迎える。

記者発表では、会社を牽引するCarlotta de Bevilacqua女史がプレゼンテーション、イタリア照明界の中心人物。自身がデザインした『COME TOGETHER』(充電式ポータブルライト)を手に(写真撮影/藤井繁子)

記者発表では、会社を牽引するCarlotta de Bevilacqua女史がプレゼンテーション、イタリア照明界の中心人物。自身がデザインした『COME TOGETHER』(充電式ポータブルライト)を手に(写真撮影/藤井繁子)

今年もBIGなど注目度が高い建築家やデザインユニットが14組、「Artemide」の照明デザインを手掛ける。

見本市〈Euroluce〉と共に、街中で照明デザインを見る楽しみも! LEDで明るくなりすぎない工夫が歴史的建造物には必要(写真撮影/藤井繁子)

見本市〈Euroluce〉と共に、街中で照明デザインを見る楽しみも! LEDで明るくなりすぎない工夫が歴史的建造物には必要(写真撮影/藤井繁子)

レオナルド没後500周年の今年、ほかにも周年記念を迎えるブランドが続く。
モダン家具ブランド「Living Divani」は50周年記念で、見本市会場とPalazzo Crivelliの庭園でも記念展示が行われる。加えてメインデザイナーのPiero Lissoniとの協業30周年を祝し、限定モデル商品が世界で発売されるそうだ。

また、イタリアモダン家具の革新的存在「Kartell」も、今年で創業70周年。
デザイン性の高い家具をプラスティック製で身近な物とし、暮らしを豊かに彩ってきた「Kartell」の歴史。それが、〈The art side of Kartell〉と題したPalazzo Reale(王宮)での展覧会で見ることができそうだ。

ミラノサローネ記者会見で使われていたのは「Kartell」のチェア『MATRIX』、吉岡徳仁のデザイン。ミラノ市内ショールームのウインドウでも大々的にプロモーションされていて、日本人としてうれしかった!(写真撮影/藤井繁子)

ミラノサローネ記者会見で使われていたのは「Kartell」のチェア『MATRIX』、吉岡徳仁のデザイン。ミラノ市内ショールームのウインドウでも大々的にプロモーションされていて、日本人としてうれしかった!(写真撮影/藤井繁子)

ミラノサローネを核に、ミラノ市はデザインが街中にあふれる“Milano Design Week(2019年4月8日-14日”が始まる。ミラノ市は大阪市と姉妹都市でもあり、万国博覧会を控えた大阪はじめ日本企業・デザイナーの参加ニュースも続々と入っている。
2019年は、レオナルドの功績とモダンデザインの今に出会えるスペシャルな年。デザイン・コンシャスな人にとって見逃せない1週間となりそうだ!

Salone del Mobile.Milano(ミラノサローネ国際家具見本市)
会期:2019年4月9日(火)~14日(日)
会場:Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場)
総出展数 約2300社(サローネサテリテ参加デザイナー約550人含む)
総出展面積 20万5000平米
ミラノサローネ・オフィシャルサイト
日本版 ミラノサローネ・オフィシャルサイト

ミラノサローネ2019の見どころは? “ダ・ヴィンチ没後500年”とモダンデザイン

インテリア・デザイン世界最大の見本市〈ミラノサローネ国際家具見本市(Salone del Mobile.Milano)」(以下、ミラノサローネ)〉が、今年4月9日~14日に開催される。今年は〈レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年〉の記念行事と共に、2019年はレオナルドのDNAを感じるデザインの祭典になりそう。
ミラノサローネ主催者による記者発表会が、現地ミラノで開かれ取材に飛んだ。今年の見どころや最新ニュースをご紹介!

レオナルドから受け継ぐ『INGENUITY(創意工夫)』がテーマに

“世紀の天才”“万能の天才”と称されるレオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci)は、1452年に生まれ、 1519年67歳で死去した。2019年は没後500年となり、絵画『最後の晩餐』を残すなど彼が20年間を過ごしたミラノでは、今年、記念イベントが各所で催される。
ミラノサローネでも、その一環となる特別展など新しい取り組みが企画されている様子。現地ジャーナリストに加えて、世界から60名弱の海外ジャーナリストが招待され、記者発表会がトリエンナーレ美術館で開かれた。

文化財・文化活動省Bonisoli大臣の挨拶から始まった記者会見。「トリエンナーレ美術館内に本格的なデザインミュージアムをつくるにあたって、政府は1千万ユーロを投資する」と、イタリア・デザイン継承の重要性にも触れた(写真撮影/藤井繁子)

文化財・文化活動省Bonisoli大臣の挨拶から始まった記者会見。「トリエンナーレ美術館内に本格的なデザインミュージアムをつくるにあたって、政府は1千万ユーロを投資する」と、イタリア・デザイン継承の重要性にも触れた(写真撮影/藤井繁子)

ミラノ市長などの挨拶の後、今年のミラノサローネが“レオナルドへのオマージュ(敬意)”として企画する2つの特別展について、その内容が発表された。

ミラノ公に仕えたレオナルドは、芸術家・建築家・科学者・エンジニアとして、多くのプロジェクトにかかわり、“万能の天才”ぶりを発揮した。
特別展のひとつは、市内San Marco通りにある、レオナルドが木製の水門の設計と建築工事を監督したと言われるConca dell’Incoronata(運河の閘門※)が舞台に選ばれた。数々のオリンピック式典をプロデュースした著名なイタリア人演出家Marco Balichが魅せる、壮大な映像と音楽による〈AQUA. Leonardo’s Vision〉だ。
※高低の差の大きい水面で、船舶を昇降させるための装置

記者会見でBalich氏(右)がミラノサローネ のLutiプレジデント に、過去と現在の運河写真を紹介しながら企画への思いを語った。「ルネサンスの名残りとミラノの未来を語るインスタレーションになる」(写真撮影/藤井繁子)

記者会見でBalich氏(右)がミラノサローネ のLutiプレジデント に、過去と現在の運河写真を紹介しながら企画への思いを語った。「ルネサンスの名残りとミラノの未来を語るインスタレーションになる」(写真撮影/藤井繁子)

〈AQUA. Leonardo’s Vision〉4月5日(金)~14日(日)10:00 ~ 22:00、入場無料 @Conca dell’Incoronata, via San Marco。最先端技術を駆使した映像と音響によって、水が持つ美しさやエネルギーを体験する空間展示(写真提供:ミラノサローネ)

〈AQUA. Leonardo’s Vision〉4月5日(金)~14日(日)10:00 ~ 22:00、入場無料 @Conca dell’Incoronata, via San Marco。最先端技術を駆使した映像と音響によって、水が持つ美しさやエネルギーを体験する空間展示(写真提供:ミラノサローネ)

ミラノサローネLutiプレジデントは、見本市のマニフェストに新しいテーマ『INGENUITY(創意工夫)』を加え、レオナルドの功績を受け継ぐ意思を込めた。「『INGENUITY』とは、未来を見据えた新たな目で常に全てを再発明し、再発見することができると考え、その場で満足せず先を見越すことです」

これを受け、二つ目の特別展〈DE-SIGNO〉がミラノサローネ見本市会場で催される。
イタリア人芸術監督Davide Rampelloによるインスタレーション、ブースは建築家Alessandro Colomboがデザインしている。

〈DE-SIGNO〉4月9日(火)~14日(日) 9:30~18:30 @Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場) ホール24。映画館のような4つの大型スクリーンで、美しいイタリアの文化が映像と音楽に乗って語られるショー(写真提供:ミラノサローネ)

〈DE-SIGNO〉4月9日(火)~14日(日) 9:30~18:30 @Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場) ホール24。映画館のような4つの大型スクリーンで、美しいイタリアの文化が映像と音楽に乗って語られるショー(写真提供:ミラノサローネ)

天才レオナルドが遺産として残した、デザイン力と実行力を称賛する2つの特別展。彼によって開花したイタリア・デザインの文化を、過去と現代で比較する今年のイベントは必見だ。

現在ミラノ市庁舎となっているマリーノ宮前のスカラ座広場では、レオナルド・ダ・ヴィンチ像(ピエトロ・マーニ作)が、今を見下ろしている(写真撮影/藤井繁子)

現在ミラノ市庁舎となっているマリーノ宮前のスカラ座広場では、レオナルド・ダ・ヴィンチ像(ピエトロ・マーニ作)が、今を見下ろしている(写真撮影/藤井繁子)

進化するサローネ、新企画パビリオン〈S.Project〉が登場

ミラノサローネは、今年で58回目。年々、展示構成を見直しながら情報発信を続けてきた。
今年はホール〔22・24〕1万4000平米に、〈S.Project〉と名付けられた特設パビリオンが登場する。ここを“マルチセクター”と位置づけ、家具・水まわり・照明に加えて音楽・ウェルネスなど、既存展示セクターに捉われない多目的な展示で、空間提案のクオリティを高める試みが行われる。
出展する66社のなかには、「B&B Italia」「Boffi」など世界的な人気ブランドと共に日本の「Maruni(マルニ木工)」の名前も並ぶ。

その一つ、1872年から北欧のライフスタイルを牽引してきた「Fritz Hansen」(デンマーク)は、照明メーカーをグループに加えブランドを統一、家具・小物から照明までトータルな空間を〈S.Project〉で展示する。

ペンダント照明『Suspence P1.5』は、直径320mmの新サイズ、新色POWDER BURGUNDY (写真)と PALE PEARLを発表。写真は全て「Fritz Hansen」ブランドで構成された空間(写真提供:Fritz Hansen)

ペンダント照明『Suspence P1.5』は、直径320mmの新サイズ、新色POWDER BURGUNDY (写真)と PALE PEARLを発表。写真は全て「Fritz Hansen」ブランドで構成された空間(写真提供:Fritz Hansen)

また「Fritz Hansen」からのニュースでは、日本の〈nendo × Tenoha restaurant〉というコラボレーション展示で、nendoデザイン『NO1』チェアが見られると紹介された。

〈S.Project〉には、バスルームの世界的人気ブランド「antoniolupi」(イタリア)も登場する。
今年は隔年で行われるバスルーム見本市の年ではないが、あえて見本市会場に出展してきた意気込みが楽しみだ。

「antoniolupi」は、〈antoniolupi GALLERY〉と題し、プロダクトをアート作品のように展示。音響ブランドの「K-array」とのコラボが、プレゼンテーションを盛り上げる(写真提供:antoniolupi)

「antoniolupi」は、〈antoniolupi GALLERY〉と題し、プロダクトをアート作品のように展示。音響ブランドの「K-array」とのコラボが、プレゼンテーションを盛り上げる(写真提供:antoniolupi)

照明見本市〈Euroluce〉には421社出展。Artemide社など周年記念も目白押し

隔年開催の国際照明見本市〈Euroluce(エウロルーチェ)〉では、421社もの照明ブランドが出展し、新作を披露する。現代における照明デザインのキーワードを“実験と技術革新・持続可能性・人間中心主義(human-centricity)・美的研究”と掲げた。

LEDから有機EL、AIを含めた技術革新が進む照明界において、“human-centric(人間中心)”、つまり環境や健康、人のためになるライティングをデザインの方向性とした点に共感した。

イタリア照明ブランドの大手「Artemide」は今年創業60周年を迎える。

記者発表では、会社を牽引するCarlotta de Bevilacqua女史がプレゼンテーション、イタリア照明界の中心人物。自身がデザインした『COME TOGETHER』(充電式ポータブルライト)を手に(写真撮影/藤井繁子)

記者発表では、会社を牽引するCarlotta de Bevilacqua女史がプレゼンテーション、イタリア照明界の中心人物。自身がデザインした『COME TOGETHER』(充電式ポータブルライト)を手に(写真撮影/藤井繁子)

今年もBIGなど注目度が高い建築家やデザインユニットが14組、「Artemide」の照明デザインを手掛ける。

見本市〈Euroluce〉と共に、街中で照明デザインを見る楽しみも! LEDで明るくなりすぎない工夫が歴史的建造物には必要(写真撮影/藤井繁子)

見本市〈Euroluce〉と共に、街中で照明デザインを見る楽しみも! LEDで明るくなりすぎない工夫が歴史的建造物には必要(写真撮影/藤井繁子)

レオナルド没後500周年の今年、ほかにも周年記念を迎えるブランドが続く。
モダン家具ブランド「Living Divani」は50周年記念で、見本市会場とPalazzo Crivelliの庭園でも記念展示が行われる。加えてメインデザイナーのPiero Lissoniとの協業30周年を祝し、限定モデル商品が世界で発売されるそうだ。

また、イタリアモダン家具の革新的存在「Kartell」も、今年で創業70周年。
デザイン性の高い家具をプラスティック製で身近な物とし、暮らしを豊かに彩ってきた「Kartell」の歴史。それが、〈The art side of Kartell〉と題したPalazzo Reale(王宮)での展覧会で見ることができそうだ。

ミラノサローネ記者会見で使われていたのは「Kartell」のチェア『MATRIX』、吉岡徳仁のデザイン。ミラノ市内ショールームのウインドウでも大々的にプロモーションされていて、日本人としてうれしかった!(写真撮影/藤井繁子)

ミラノサローネ記者会見で使われていたのは「Kartell」のチェア『MATRIX』、吉岡徳仁のデザイン。ミラノ市内ショールームのウインドウでも大々的にプロモーションされていて、日本人としてうれしかった!(写真撮影/藤井繁子)

ミラノサローネを核に、ミラノ市はデザインが街中にあふれる“Milano Design Week(2019年4月8日-14日”が始まる。ミラノ市は大阪市と姉妹都市でもあり、万国博覧会を控えた大阪はじめ日本企業・デザイナーの参加ニュースも続々と入っている。
2019年は、レオナルドの功績とモダンデザインの今に出会えるスペシャルな年。デザイン・コンシャスな人にとって見逃せない1週間となりそうだ!

Salone del Mobile.Milano(ミラノサローネ国際家具見本市)
会期:2019年4月9日(火)~14日(日)
会場:Rho Fiera Milano (ミラノ国際見本市会場)
総出展数 約2300社(サローネサテリテ参加デザイナー約550人含む)
総出展面積 20万5000平米
ミラノサローネ・オフィシャルサイト
日本版 ミラノサローネ・オフィシャルサイト

ゆれる民泊、被災地でも 釜石「あずま家」ゲストハウスへの挑戦

2011年に発生した東日本大震災では、多くの宿泊施設も被害を受けた。再建費用や、集客面の課題から、再建を諦めた施設も少なくない。岩手県大槌町にあった民宿「あづま民宿」もその中の一つだ。

しかしその民宿のオーナー夫妻の娘、東谷いずみさん(25)が昨年秋から、釜石市の商店街で民泊「あずま家」を始めた。「ゆくゆくはゲストハウスにしたい」と東谷さん。新たな規制にゆれる民泊を運営する上での苦労や、ゲストハウス開業に向けた意気込みをきいた。

東日本大震災で消えた「あづま民宿」

――ご実家でも民宿を営んでいたそうですね。
東谷:はい、「あづま民宿」という名前で、私もお皿を洗ったり、お布団を敷いたりと手伝いをしていました。なので、小さいころから他の人が家にいる環境には慣れていましたね。

でも東日本大震災をきっかけに、廃業することになりました。震災当時は、私は高校2年生で学校で被災しました。大槌の自宅には父と母と祖母、犬も一緒にいました。父が消防団に入っていたので、水門を閉めに行くなどして家を離れ、祖母と母で逃げたと聞いています。
3人は無事でしたが、犬はそのまま亡くなってしまいました。

――ご実家の民宿は再建されなかったのですか?

民泊「あずま家」の一室で語る東谷いずみさん(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

民泊「あずま家」の一室で語る東谷いずみさん(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

東谷:昔からのお客様やご近所の方には「またやらないの?」と言っていただきました。でも現実には、難しかったです。大槌町はかなり大きな被害を受け、「あづま民宿」の建物も流されてしまったので、建て直すには費用がかかります。実家の民宿があった吉里吉里(きりきり)に三陸道が開通すると、インターチェンジのちょうど間なので、集客も難しそう。父が61歳、母が58歳だったので、年齢的な問題もあって廃業を決意しました。

釜石市とパソナ東北創生は、行政と地域の住民が力を合わせて、最長3年間で起業を準備し、事業を創出する「釜石ローカルベンチャー制度」を推進している。その一環に「起業型地域おこし協力隊制度」という町おこしを推進する制度があり、東谷さんは仙台で行われた告知イベントをきっかけに応募。二期生に選ばれた。

――民泊「あずま家」の物件を見つけたきっかけは?

仲見世通りにある民泊「あずま家」の外観(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

仲見世通りにある民泊「あずま家」の外観(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

「釜石ローカルベンチャー制度」の2017年当時の募集テーマが、釜石観音のふもとにあり、かつて観光地として栄えた「仲見世通り」の再生でした。仲見世通りはかつて20店舗以上が軒を連ね「人にぶつからずに歩けない」と言われるほどにぎわっていたそうです。しかし現在は「あずま家」とシェアオフィス「co-ba」の他は、飲食店が1店舗営業をしているだけとなってしまいました。

仲見世通りは一時期、店舗数ゼロに陥っていた(写真撮影/富谷瑠美)

仲見世通りは一時期、店舗数ゼロに陥っていた(写真撮影/富谷瑠美)

ここで空き店舗や空き家を活用した事業を行うメンバーの募集があり、私がエントリーしたのがきっかけです。ここ仲見世通りにはローカルベンチャー制度の地域パートナーがいて、その方に今のあずま家の物件を紹介してもらいました。以前は1階がお蕎麦屋さん、2階が住居だったと聞いています。
一階ではカフェの開店準備中(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

一階ではカフェの開店準備中(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

現在は2階部分を民泊として運営しています。1階部分には近々カフェがオープンする予定です。

カフェの開店資金はクラウドファンディングで集り、目標額の109%となる約440万円を集めた(画像/キャンプファイヤーHPより)

カフェの開店資金はクラウドファンディングで集り、目標額の109%となる約440万円を集めた(画像/キャンプファイヤーHPより)

「釜石ローカルベンチャーコミュニティ」の二期生は、東谷さんを入れて計5人。三井不動産レジデンシャルを退職し、「あずま家」のある仲見世通りの活性化に取り組む神脇隼人さん(30)らが活動している。1階部分のカフェをオープンするための資金は、神脇さんを中心にクラウドファンディングで募った。最終的に約440万円(目標金額の109%)を集め、クラウドファンディングは大成功。神脇さんは「目標金額達成はゴールではなくスタート。皆さんの思いを、必ず形にしていきたい」とコメントを寄せた。

――東谷さんもここに住んで民泊を運営されているとか。1日をどのように過ごしているのでしょうか。

東谷:まず客室は全部で3部屋で、最大で7人が泊まれます。
チェックアウトは朝10時、チェックインは夕方4時。午前中はお洗濯や掃除で終わってしまうので、お昼過ぎからチェックインまでが自分の時間です。「1人で大変だね」と言われることもあるのですが、そんなに大変だと感じることはないんですよ。

入り口では、手書きのメッセージボードと羊がお出迎え(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

入り口では、手書きのメッセージボードと羊がお出迎え(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

二階の民泊入り口ドアを開けると、釜石の観光地案内や、名産物のパンフレットが並んでいる(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

二階の民泊入り口ドアを開けると、釜石の観光地案内や、名産物のパンフレットが並んでいる(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

室内は和室で、我が家のようにくつろげる雰囲気(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

室内は和室で、我が家のようにくつろげる雰囲気(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

2018年9月に始めてからまだ5か月ですが、物件の家賃と光熱費は民泊で稼ぐことができています。「釜石ローカルベンチャーコミュニティ」からの活動資金を加えて、事業として軌道に乗せていければと思っています。

校庭から100メートルでも“アウト”に

――民泊を運営する上で大変なことはありますか。
東谷:始める前は「民泊というと、楽に始められるのかな」と思っていましたが、たくさんの書類が必要で、申請がとっても大変でした。規制もどんどん厳しくなってきています。つい最近は、新しく県の条例ができました。「学校の半径100メートル以内では、平日に民泊を営業してはいけない」という制限が加わりました(岩手県「住宅宿泊事業法施行条例」平成31年2月1日施行)。

この民泊「あずま家」のそばには釜石商工高校があります。校舎からは100メートル以上離れているのですが、校庭も入れると100メートル以内に入ってしまうと……。保健所の方が説明に来てくださいました。

――騒音や迷惑行為の防止が規制を強化する趣旨だとされています。土日の運営だけでは経営が成り立たないのではないでしょうか。

東谷:「あずま家」は今後旅館業(簡易宿泊所)の営業許可を取得し、ゲストハウスという形にしていきます。しかしもしこのまま民泊で進めるとしたら、やりづらさを感じます。特にこれを本業としてやっていくのであれば、なおさらです。迷惑行為等に関しては様々な声があると思いますが、民泊の運営者側から宿泊者へ民泊がどのような場所(多くは住宅街)で運営されているか説明し、宿泊ルールについて双方がきちんと認識できれば、クリアになる部分もあるのではないかと思います。

民泊はいまも、年間180日以上は運営ができません。「通年営業のゲストハウスならよくて、民泊はなんでダメなのかな」というのが正直な気持ちです。

――それもあって、ゲストハウスに変更されるのですね。

東谷:そうですね。もともとゲストハウスをする方向では考えていましたが(ゲストハウス運営に必要な)簡易宿泊所の営業許可を取るのは、物件によっては大変だと聞きます。でもいまの民泊「あずま家」の場合は、あとは書類を集めればいけるところまできました。民泊新法ができた直後は「スモールスタートとして民泊をやろう」と思ったんですよね。でも今になって考えてみると、ゲストハウスより民泊を始めるほうが、場合によっては手続きや書類の数が多くてはるかに大変だった気がします(苦笑)。

「ふつふつ」している人たちをつなぐ場にしていきたい

――「あずま家」をどんなゲストハウスにしていきたいと思いますか。

共有スペースに飾られている写真。今でも様々なバックグラウンドの利用者の出会いの場となっている(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

共有スペースに飾られている写真。今でも様々なバックグラウンドの利用者の出会いの場となっている(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

共有キッチンにはお菓子やコーヒーが置かれている。利用者同士で料理をすることもある(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

共有キッチンにはお菓子やコーヒーが置かれている。利用者同士で料理をすることもある(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

東谷:外から来る人(旅行客や関係人口層)と中の人(釜石の地元住民や移住者等)をつなぐ場にしていきたいです。いっときの、自分と同じような人たちの出会いの場にしていきたいと思っています。自分の人生を生きよう、一歩踏み出そうとしてるけど踏み出せない。そんな、なにか「ふつふつ」としている人たちをつなぐ場づくりをしたいのです。

――なぜそう思うようになったのでしょうか。

東谷:私自身がこれまでいろんなつながりに出会い、助けられてきました。今度は自分が場をつくることで、これからいろいろな人と出会い、つながれる時間を作っていきたい。じゃあ、その場はどんな形?と迷っていた時に、新潟の粟島にある「おむすびの家」というゲストハウスに行ったんです。そこのオーナーさんの生き方、そこで出会った人たちが、自分で事業をやる、という決意をさせてくれたと思う。あの場を自分でも、釜石に再現できたらと思っています。

近隣のシェアオフィス「co-ba」では仲見世商店街活性化プロジェクトの打ち合わせなどが開催されている(写真撮影/富谷瑠美)

近隣のシェアオフィス「co-ba」では仲見世商店街活性化プロジェクトの打ち合わせなどが開催されている(写真撮影/富谷瑠美)

ここから徒歩1~2分のところにはシェアオフィスもあります。そこはこの(あずま家がある)仲見世商店街を活性化プロジェクトの打ち合わせ場所にもなっています。そこに集う起業家や建築士、主婦やデザイナーといった人たちも、よく「あずま家」にやってきますから、いろいろなバックグラウンドや、スキルを持った人たちとつながることができます。

――そのつながりから、また新しい取り組みも生まれそうですね。

東谷:そうですね。今はまだできていませんが、泊まりに来た人に観光地だけを案内するのではなく、ローカルでディープな釜石の魅力も伝えたいです。釜石市内の他地域、例えば甲子町や尾崎白浜など、ほかの地域をつなぐ役割ができないかなと思っています。甲子町の名物、いぶした柿「甲子柿」なんか、本当に甘くてとってもおいしいんですよ(笑)。でも釜石市内でも、あまり知られていなかったりするのでもったいないと思っています。

それぞれの地域にキーマンはいるので、セットプランを作ったり、ツアーを開催したり、ゲストハウスとしてのコンテンツをもっと増やしていきたいですね。

――逆に、ここは変えたくない、ということは何かありますか?

東谷さんの笑顔も利用者がくつろげる秘訣?(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

東谷さんの笑顔も利用者がくつろげる秘訣?(写真撮影/フォトスタジオクマ・熊谷寛之)

東谷:内装などは、あまり変えないようにしようと思っています。泊まりにきてくれた人たちにアンケートをとっているのですが、あずま家の魅力はリラックスできるところみたいです。「釜石の我が家」と書いてくれた人もいました。共同スペースのこたつで仕事用のパソコンを開いたまま、寝てしまう人も多いです(笑)。よい意味で力の抜けたあたたかい空間を、これからも提供していきたいです。

「防災ママカフェ」主宰・かもんまゆ氏に聞く、子どもを災害から守るための心得

全国で心配されている、地震をはじめとするさまざまな災害。住まいや環境が変わったら、家族が増えたら、私たちはまず何をすべきか――そんな思いを抱くママたちに「分かりやすい」「すぐに行動したくなる」と人気の講座が「防災ママカフェ」だ。日本全国で開催され、これまでに約1万5000人以上が参加(2019年3月時点)。防災ワークショップや防災食試食などを通して、大切な人を災害から守るための備えを伝えている。主宰のかもんまゆさんに、私たちがすべきことを聞いた。かもんまゆさん(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

かもんまゆさん(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

自分と、大切な人の命を守ることは、誰かに“外注”することではない

かもんさんが防災活動を始めたきっかけは、2011年の東日本大震災。当時、マーケッターとしてママコミュニティサイトを運営していたかもんさんは、日本全国のママたちとともに物資支援活動を始めた。そして、被災したママたちから聞いたのは壮絶な体験。「私たちの経験談を伝えてほしい。ママが知っていれば、備えていれば、守れる命があるから」――そのような声をきっかけに、乳幼児ママ向け防災講座「防災ママカフェ(R)」を立ち上げたという。

「東日本大震災では、0~19歳で900人近い子どもが亡くなっています(2013年内閣府調べ)。被災地で一番よく聞くのは、『まさか』『あの時こうしておけばよかった』という言葉。大人が知らない、備えていないということで、大変な思いをしたのは子どもたちでした。

家事に育児に毎日忙しいママにとって、『防災なんて興味ない』『行政や誰かがどうにかしてくれるもの』と思っている人もいるかもしれませんが、自分と、大切な人の命を守ることは誰かに“外注する”、他人任せにすることではないですよね」

「防災ママカフェ」に子どもも一緒に参加(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

「防災ママカフェ」に子どもも一緒に参加(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

「子どもを守りたい!」なら、まずは「戦う相手=敵」を知ることから

かもんさんは“防災”ではなく“備災(びさい)”という言葉を使う。災害は、防ぐことはできないけれど、防災リュックの準備も、備蓄も、けがの手当ても、逃げることすら自分一人ではできない子どもたちのために、ママとして準備しておくことくらいはできるはずという意味を込めているのだ。

かもんさんが話す備災の順番は「敵を知る→自分を知る→準備」という3段階。まずは、自分たちの住む街を襲う “敵”を知ることが大事だという。

2016年4月に起こった熊本地震では、被災地のママと子どもたちへの物資支援などを通じて100人を超えるママの声を集め、東北の地震の被災地のママの声と合わせて、ママのための防災ブック『その時、ママがすることは?』を企画制作した

2016年4月に起こった熊本地震では、被災地のママと子どもたちへの物資支援などを通じて100人を超えるママの声を集め、東北の地震の被災地のママの声と合わせて、ママのための防災ブック『その時、ママがすることは?』を企画制作した

「例えば、RPGゲームを思い出してください。ゲームが始まると、まずは強そうな敵が出てきますよね。そうしたらその敵を倒すために、パワーや属性、弱点などを調べるはずです。それから、戦いに必要なメンバー構成を考えます。『あー、このメンバーでは勝てないかもしれない……』そこで足りない部分を補うために、持つのが武器、なんですよね。

これを防災に当てはめて考えると、まずは自分たちを襲う敵がどんなものなのか――震度、津波の高さ、津波が来るまでの時間など、想定されている災害のことを知ることが、何よりまず最初にやることであるのが分かると思います。だって、どんな敵が来るか分からないのに、『絶対に家族を守る!』なんて、それは無理な話ですから。

そして、ゲームでは、相手によってメンバー構成を変えることができますが、家族の場合は「赤ちゃんは弱いから外そう」なんてことはできませんから(笑)、弱くても固定メンバーで戦わないといけない。

防災リュックや備蓄=武器は、敵の力と、自分たちの戦闘能力を考えた上で準備するもの。武器だけを別に考えて勝てる戦いなんてないんです」

大切な人を守るために備えるものは?

敵を知り、自分の家族の力を知ったら、次は備える。まずは家のチェックから。

「まずは、最初の15分を何とか生き延びること。阪神大震災では、家屋の倒壊、家具の転倒による圧死・窒息死が死因の8割で、地震発生後15分以内に9割の方が亡くなっています。だから、まずは最初の15分を生き延びられる部屋にしないといけません。そのためには、家具を倒れない・動かない・落ちてこないようにする。特に長時間いるリビングと寝室は重要です。あとは、ガラスでめちゃくちゃになってしまったら、家が大丈夫でもそこにいられなくなってしまうので、ガラスのものを減らすというのも大きな備災ですね」

「防災ママカフェ」の様子(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

「防災ママカフェ」の様子(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

そして、防災リュックなどのチェックを。防災リュックをつくる際に重要なポイントは?

「防災リュックで一番大事なのは、『持って逃げられる』こと。女性が持って逃げられる重さは約10kgと言われていて、もし赤ちゃんが5kgだったらあと5kgしか持つことができません。厳選したもの、そして家族が安心できるものを入れてあげてください。両手が空くリュックタイプであることも大事です。

東日本大震災の時、あるママが防災リュックに乾パンを準備していて、持って避難所に行くことができたんですね。子どもが『お腹がすいた』というので、乾パンをあげたのですが、子どもは乾パンを見たことも食べたこともなかったので口には入れたものの、すぐに吐き出してしまいました。

大人は「今は非常時だから」とか頭で考えて食べることができるけれど、子どもはそうはいかない。ただでさえ、避難所は狭い空間で、外に遊びに行くこともできないストレスフルな状態で、子どもにものすごく我慢を強いる場所。そのような状況だからこそ、子どもが食べられるもの、大好きなもの、食べると元気がでるものを準備してあげてください」

防災食試食の様子(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

防災食試食の様子(画像提供/スマートサバイバープロジェクト(SSPJ))

家で備蓄しておくものとなると、「やはり長期間もつ防災食がいいのでは?」と考えがちだが、かもんさんは「特にこだわらなくても大丈夫」「子どもは、いわゆる防災食より、普段食べているようなもののほうが落ち着いた」と続ける。

「いざ発災すると、道路が壊れてしまい、物流が全部止まってしまう。今家にあるもの、持っているものしかあげるものがないという状況が長く続きます。家の中で、缶詰やパスタなど食料をまとめてある場所を確認し、『いま買えなくなると困る』と思うものは、一つ二つ多めに買い足しておきましょう。東日本大震災で被災したママで、粉ミルクがあと少ししかないから明日買おうと思っていたら、次の日にあの地震がきてしまったという人がいます」

普段から親子で質問、想像し合うことが、子どもの人生を大きく変える

子どもがいる家庭の場合、事前に災害のことをきちんと教え、伝えておくことも重要だ。

「熊本地震の10日前に福岡でワークショップをやったのですが、参加して地震の仕組みの話を聞いていた子どもは、『ママ、これはずっと続かないよね。地球がくしゃみしているだけなんだよね。ぼくたちは動いているお家に住んでいるんだもんね』と子どもから言ってきたそうです。

でも、知らなかった子のなかには、震度3くらいでも痙攣したり吐いたりする子もいました。大阪の地震では、2時間くらい声が出なくなった子もいます。

『うちはまだ小さいから』『まだ言っても分からないから』『怖がるから』教えていないという人がいますが、知らないほうが怖い思いをするんですね。そのあとのトラウマも心配です。

日本は地震の国で、私たち親世代より長生きする子どもたちのほうが、今後大きな地震に遭う確率は高い。大切な子どものいのちを守りたいのであれば、自分のいのちは自分で守ること、自分で考え行動することをしっかり教えないといけない」

東日本大震災からもうすぐ8年(画像提供/PIXTA)

東日本大震災からもうすぐ8年(画像提供/PIXTA)

子どもと一緒に災害について考える際に有効なのが、“質問ごっこ”と“想像ごっこ”。

「これは大人の言葉でシミュレーション。一度も考えたことないことは、いざ本番でもできませんので、地震を変にタブーにしないで、『いま、ここで地震がきたらどうなると思う?どうしたらいいのかな』と何度も何度も親子で話をしてほしいと思います」

家族みんなで笑顔で生き続けていくために。すべきことを考え、行動する

住宅の購入を検討している人、引越しを検討している人は、どのようなことに気をつければいいのか。

「家を購入するときや引越しをするときには、地盤を調べたりハザードマップをチェックするのは当然のことですが、ハザードマップは『ここは安全だ』と安心するための地図ではありません。地球は46億歳ですが、人間はたった700万年しか生きていないので、今まで人類が体験したことがなかったようなことだって起こる可能性があるわけです。

でも、過酷な想定がされている地域ほど、自然は豊かで、食べ物がおいしくて、美しく、魅力的な場所であるような気がします。長年に渡ってたくさんの恩恵を地球から頂いておきながら、地震と津波だけはイヤと拒否するわけにはいかない。だからこそ、愛するこの地で家族が笑顔で生き続けていくにはどうしたらいいのか、今何ができるのかを考え、行動することが大事なんだと思います」

●取材協力
かもんまゆ
東日本大震災の際、被災地のママと子どもたちへの物資支援活動を機に、200人を超える東北ママたちの協力のもとに「あの日、ママと子どもたちに何が起こったのか」をまとめた『防災ママブック』を企画制作。現在、「あの日の教えを、明日のいのちを守る学びにする」(一社)スマートサバイバープロジェクト特別講師として、「ママが知れば、備えれば、守れるいのちがある」を合言葉に、「防災ママカフェ(R)」を全国で開催、誰にでも分かりやすい言葉で備災の大切さを伝えている。
>HP
>ママのための防災ブック『その時 ママがすることは?』

無人になった被災地に「小高パイオニアヴィレッジ」誕生。若手起業家が地域再生モデルへ挑む

福島第一原発事故に伴い避難指示区域に指定された福島県南相馬市小高区(旧小高町)。一時無人となった町に2018年1月、新たな営みを生み出す拠点「小高パイオニアヴィレッジ」が完成した。同施設を企画した一般社団法人パイオニズム代表の和田智行氏に話を聞いた。
たくさんのスモールビジネスに支えられた魅力的な町をつくる和田智行さん(写真撮影/佐藤由紀子)

和田智行さん(写真撮影/佐藤由紀子)

「復興拠点の計画が形としてできたことで、今後事業や活動が加速すると思うので、期待と責任が入り混じった気持ちです」と話す、和田智行さん。大学進学で上京し、卒業後はITベンチャー2社を起業、2005年に故郷の南相馬市小高区にUターンして仕事を続けた。

東日本大震災後、小高区の住民1万2842人全員が避難指示の対象となり、5年以上町への立ち入りを制限された。和田さんの自宅も警戒区域に指定され、会津若松市に避難し、起業や創業を志す人たちを支援するインキュベーションセンターに勤めた。そして、避難指示が解除される前の小高区に入り、食堂や仮設スーパー、ガラスアクセサリー工房を経営した。

2016年7月に避難指示が解除され2年半以上。病院や学校などが再開し、小高交流センターがオープンするなど、徐々に生活環境は整いつつあるものの、帰還者は約3000人で、住民のほとんどが65歳以上。人口の回復、若い人の帰還、人材育成など、課題は多い。

「10年、20年後、この町はどうなるのか、多くの人が漠然とした不安をかかえています。ここで事業を起こし、働く場所や住民の暮らしを支えるサービス、失われたコミュニティをつくることで、地域が消滅せず存続していく可能性を示していくことができたら」と和田さんは、南相馬市出身の起業家2人に声をかけ、日本財団の支援金やクラウドファンディングなど、活動を応援する方々の支援を受けて「小高パイオニアヴィレッジプロジェクト」をスタートさせた。

プロジェクトが目指すのは、1000人を雇用する1社に支えられる社会ではなく、10人を雇用する多様な100社が躍動する社会。「一つの大企業に支えられた町は、事業の継続が困難になったとき撤退して町は焼け野原になってしまいます。たくさんのスモールビジネスがあれば、一気に全滅することはなく、多様な商品や人がいて魅力的な町になる。そういう風土が出来上がれば、新しい世代も次々出てくるのではないかと思います」

起業やものづくりをする人が励まし合い成長していくコミュニティ小高パイオニアヴィレッジ北側外観(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ北側外観(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ外観。半透明の壁「ルメウォール」を通して、中の灯りが外に漏れる(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ外観。半透明の壁「ルメウォール」を通して、中の灯りが外に漏れる(写真撮影/佐藤由紀子)

建築中の小高パイオニアヴィレッジ。土地を確保することから始まった(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

建築中の小高パイオニアヴィレッジ。土地を確保することから始まった(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

約10カ月の工期を経て1月に完成した「小高パイオニアヴィレッジ」は、延べ床面積約280平米、鉄骨造りの2階建て。建築費用は日本財団の「東日本大震災復興支援 New Day 基金」の支援金をはじめ、自己資金、クラウドファンディングを活用した。内装はラワン合板をふんだんに使った最低限のシンプルな仕上げで、今後のニーズ、周囲の状況にあわせて柔軟に変えていく予定だという。

小高パイオニアヴィレッジ俯瞰図の構想スケッチ。「境界のあいまいな建築」がデザインコンセプトだ(画像提供/一般社団法人パイオニズム、設計:RFA)

小高パイオニアヴィレッジ俯瞰図の構想スケッチ。「境界のあいまいな建築」がデザインコンセプトだ(画像提供/一般社団法人パイオニズム、設計:RFA)

吹抜けのコワーキングスペース。ひな壇にはコンセントや暖房が装備されている(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

吹抜けのコワーキングスペース。ひな壇にはコンセントや暖房が装備されている(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

中心施設は、ひな段状で、吹抜けで2階とオープンにつながるコワーキングスペース。ここでさまざまな事業、業種の方々が自由に働き、アイデアを練る。また最大50人程度のイベントにも対応可能だ。「起業は孤独な闘いで、起業したい気持ちがあっても諦める人も多いと思いますが、隣に創業を目指す仲間がいれば、励まし合い、化学反応が生まれます」と和田さん。ここは、そんなコミュニティが活性化する場であり “ヴィレッジ”の広場のような存在だ。

2段ベッドが設置されたシンプルなゲストハウス(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

2段ベッドが設置されたシンプルなゲストハウス(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

2階にあるゲストハウスは、長期滞在する人、出張などでコワーキングスペースを活用したい人のための簡易的な宿泊施設で、5部屋用意されている。

メイカーズルームの「HARIOランプワークファクトリー小高」工房では地元の主婦4人が職人として働いている(写真撮影/佐藤由紀子)

メイカーズルームの「HARIOランプワークファクトリー小高」工房では地元の主婦4人が職人として働いている(写真撮影/佐藤由紀子)

1階には、ものづくりを生業とする人たちの共同作業場「メイカーズルーム」を設置。現在は老舗ガラスメーカーHARIOのガラスアクセサリーブランドの生産拠点として、2015年に設立された「HARIOランプワークファクトリー小高」が入所。今後はワークショップを行い、職人の発掘・育成を行う予定だ。

震災の避難生活を経験して気づいた大切なものと新たな価値観2019年1月20日に行われたオープニングセレモニー風景。関係者ら35人が訪れ開所を祝った(写真撮影/佐藤由紀子)

2019年1月20日に行われたオープニングセレモニー風景。関係者ら35人が訪れ開所を祝った(写真撮影/佐藤由紀子)

完成した「小高パイオニアヴィレッジ」に対する地域の反応はどうか。「20~40代の人がほとんど住んでいないので、若い人がいるだけで住民は歓迎してくれるし、喜んでくれているのを感じています」と和田さん。「いつから使えますか?行ってみたい」という利用の問い合わせは全国各地からあり、コワーキングスペースを運営する人から和田さんあてに「一緒に何かやりましょう」という声がけも多いという。

すでに、地元の農家と提携するクラフトビールづくりのプロジェクト、手づくりDJイベント、ガラスアクセサリーの新ブランドの発表といった企画も目白押し。10人の起業家を誘致し、サーフカルチャーや馬事文化など地域資源を活用した事業を起こす「Next Commons Lab南相馬」など、すでに生まれている起業家コミュニティの拠点にもなる。3月10日にグランドオープン、本格的にスタートする。

利用者は、働く場所にこだわらない、自営業のフリーランスやクリエイターを想定している。「旧避難指示区域に住むことに抵抗がある人、大きなスーパーやアメニティ施設がない町に暮らせない人は多いと思います。一方では、むしろ、こういう場所に興味があり、面白いと感じる感性の持ち主もいるはず。やりたいことがある人、今の社会を生きづらいと感じている人がここに滞在して、一緒にさまざまな活動や事業を起こしたりして、結果この町に住むようになれば」と和田さんは期待する。

オフィス機能をもつ2階のフリースペース。状況に応じて柔軟に変えられる設計になっている(写真撮影/筆者)

オフィス機能をもつ2階のフリースペース。状況に応じて柔軟に変えられる設計になっている(写真撮影/筆者)

ITベンチャー企業の役員として働いていた当時は、稼ぐために仕事をしていたという和田さん。「震災が起きて避難生活を余儀なくされ、お金があっても食べ物もガソリンも手に入らず、1歳と3歳だった私の子どもにもストレスを与えるのではないかと心配になりました。けれども、いろいろな人に助けられて生き延びることができて、自分を支える柱は収入ではなく、人との関係性をたくさんもつことだと感じ、価値観が変わりました」と話す。

今後については、「課題は山積みですが、見方を変えれば、ゼロベースで自由なチャレンジができるのが魅力です。真っ白いキャンバスに自由な絵を描くように、自分たち好みの町をつくっていける。将来、小高パイオニアヴィレッジで事業を始めた人が成長して、事業が拡大して施設が狭くなったら、近くの空き地を借りて新しく事業を始める。そうしてコミュニティが広がり、“ヴィレッジ”の“村人”がどんどん増えればと思います」と話す和田さんの表情から静かな自信が伝わってきた。

つくられた価値観のなかで暮らし、欲しいものが簡単に手に入る今。「小高パイオニアヴィレッジ」は、必要最小限のものしかないが、明るい笑顔、人と人の信頼関係、希望が感じられた。一時、無人、無になった町はパイオニアである若手起業家たちの手で、新しい価値観、新しい社会が生まれようとしている。また5年後、10年後の小高区を見てみたいと思わずにはいられない。

●プロフィール
和田智行
福島県南相馬市小高区(旧小高町)生まれ。2005年より故郷の南相馬市で東京のITベンチャーの役員として働く。東日本大震災後、避難生活を経て2014年に避難区域初のコワーキングスペース事業「小高ワーカーズベース」を開始。一般社団法人パイオニズム代表理事として住民帰還の呼び水となる事業の創出に取り組む。●取材協力
小高パイオニアヴィレッジ
Makuakeのプロジェクトページ

料理家のキッチンと朝ごはん[2]後編 オープン収納をセンスよく見せるポイント5つ

世界各地を旅する料理家、口尾麻美さんに、前回はトルコ風の朝ごはんのつくり方を教えていただきました。イスタンブールのバザールのような、パリのアパルトマンのような、ひと言で「●●風」と言いきれない、多国籍なムードが素敵な口尾家で、今回はご自宅のインテリアについて伺います。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。さまざまなものがセンスよくディスプレイされた多国籍インテリア

旅先で気に入ったものをあれこれ持ち帰っているうちに、多国籍ミックスのインテリアにたどり着いたという口尾さん。たくさんのものが目につく場所に並べられているのに、不思議と統一感があるのは、口尾さんの審美眼を通して厳選されたものだけが、研ぎ澄まされたセンスでコーディネートされているから。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

「最初はパリのインテリアを参考にしていたのですが、あちこち旅していろんなものを持ち帰っているうちに、ひと言で●●風と言いきれないミックス・スタイルにたどり着きました」と笑う口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「最初はパリのインテリアを参考にしていたのですが、あちこち旅していろんなものを持ち帰っているうちに、ひと言で●●風と言いきれないミックス・スタイルにたどり着きました」と笑う口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

正直なところ、口尾家のように「さまざまなものを見せながら、統一感を出す」「多くのものを持ちながら、センスよく見せる」のは、インテリア的にかなり難易度が高いです。誰もが気軽に再現できるものではないけれど、やっぱりオープン収納っておしゃれ。ミックス・スタイルってかわいい。ちょっとでも自宅に取り入れてみたい。

……ということで今回は、インテリア初心者さんでも真似できそうな口尾スタイルを、ピンポイントでお教えいただきました。

ポイント1、トレーやカゴに、同じ種類のものをまとめてみる

数が多くて小さなものを出しっぱなしにすると、「単に雑多」な雰囲気になってしまいますよね。そんなときは、トレーやカゴに同じ種類のものをまとめると、ひとつの大きなもののように見せられるため、細々した印象を払拭できます。口尾家でも、たくさんのトレーやカゴが使われていましたよ。

モロッコで買い集めたという小さなミントティーグラスは、色も形も少しずつ違います。口尾さんは、大きなハンドル付きトレーにグラスをまとめて、窓辺のベンチに置いていました。日が当たるとキラキラ光ってきれい(写真撮影/嶋崎征弘)

モロッコで買い集めたという小さなミントティーグラスは、色も形も少しずつ違います。口尾さんは、大きなハンドル付きトレーにグラスをまとめて、窓辺のベンチに置いていました。日が当たるとキラキラ光ってきれい(写真撮影/嶋崎征弘)

ご自宅で開催する料理教室の生徒さんが使うグラスは、トレーにまとめてリビングのシェルフに(写真撮影/嶋崎征弘)

ご自宅で開催する料理教室の生徒さんが使うグラスは、トレーにまとめてリビングのシェルフに(写真撮影/嶋崎征弘)

常温保存の食材もカゴや器にまとめると、お店のディスプレイのように素敵に。よく見ると卵のカゴに親鳥プレートが!(写真撮影/嶋崎征弘)

常温保存の食材もカゴや器にまとめると、お店のディスプレイのように素敵に。よく見ると卵のカゴに親鳥プレートが!(写真撮影/嶋崎征弘)

ポイント2、よく似た色や素材のものを、1カ所に集めてみる

異なる素材や形のものをあちこちに点在させると、やっぱり「単に雑多」なイメージになってしまいます。けれども、よく似た素材や形のものを1カ所に集めてみると、自然と統一感が生まれるから不思議です。重ねる、立てる、並べるなど、口尾家ではさまざまな方法でよく似たものがまとめられていました。

自然素材のカゴや盆ざる、トレーなどはトースターの上に重ねて収納(写真撮影/嶋崎征弘)

自然素材のカゴやざる盆、トレーなどはトースターの上に重ねて収納(写真撮影/嶋崎征弘)

もともとあった窓と、リフォームで取り付けた内窓の間を収納スペースに見立て、普段使っていないガラス製の保存容器やグラスをディスプレイしながら保管(写真撮影/嶋崎征弘)

もともとあった窓と、リフォームで取り付けた内窓の間を収納スペースに見立て、普段使っていないガラス製の保存容器やグラスをディスプレイしながら保管(写真撮影/嶋崎征弘)

ポイント3、フックにかけてみる。カゴに入れて吊るしてみる

片づけに関する本や雑誌で「かける収納」「吊るす収納」を、よく見かけます。浮かせておけば、その下の掃除がラクだし、しまい込まないから出し入れしやすい一方で、何でもかんでもぶら下げると生活感が溢れ出てしまうのが難点。これをおしゃれに見せる高度なテクニックが、口尾家では駆使されていました。

複数のアイテムをかけるときは「ポイント2、よく似た素材や形のものを、1カ所に集めてみる」と、見た目がうるさくなりません。中が透けて見えるメッシュバッグに収めるものも、素材や形をそろえるとすっきり見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

複数のアイテムをかけるときは「ポイント2、よく似た素材や形のものを、1カ所に集めてみる」と、見た目がうるさくなりません。中が透けて見えるメッシュバッグに収めるものも、素材や形をそろえるとすっきり見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

(左)ポットラックには、小鍋やキッチンバサミ、ストレーナーなどを収納。かけるものの高さをそろえているので、雑多な感じが抑えられています。(右)マグカップツリーには、マグだけでなくミルクピッチャーやコースターも(写真撮影/嶋崎征弘)

(左)ポットラックには、小鍋やキッチンバサミ、ストレーナーなどを収納。かけるものの高さをそろえているので、雑多な感じが抑えられています。(右)マグカップツリーには、マグだけでなくミルクピッチャーやコースターも(写真撮影/嶋崎征弘)

ポイント4、オープンシェルフはグルーピングを意識してみる

ものをディスプレイしながら収納できるオープンシェルフ……ですが、気づけばものと一緒に生活感まで陳列してしまっていること、ありませんか(わたしはあります)。ポイントは、ものをひとつずつ個別に見るのではなく、グループにして見ることのようです。

キッチンのシンク上に取り付けられた棚には、普段よく使う「Atelier 16-27」の食器を収納。色とりどりの器でも、つくり手が同じものだけを厳選して並べれば、ショップのように美しくディスプレイできます(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチンのシンク上に取り付けられた棚には、普段よく使う「Atelier 16-27」の食器を収納。色とりどりの器でも、つくり手が同じものだけを厳選して並べれば、ショップのように美しくディスプレイできます(写真撮影/嶋崎征弘)

カトラリーは素材と高さをそろえ、グラスに立てて収納。雑多に見えてしまうときは、大きめのアイテムを近くに置けば目線を外らすことができます。口尾さんはデザインのかわいい鍋敷きをアイキャッチにしていました(写真撮影/嶋崎征弘)

カトラリーは素材と高さをそろえ、グラスに立てて収納。雑多に見えてしまうときは、大きめのアイテムを近くに置けば目線を外らすことができます。口尾さんはデザインのかわいい鍋敷きをアイキャッチにしていました(写真撮影/嶋崎征弘)

収めるものの素材やデザイン、色などをグルーピングしたうえで絶妙のバランスで配置した、口尾ワールド全開のシェルフ。「壁面に固定したシェルフは、地震による揺れが少ないのも利点です。以前、大きな地震があったときも、何も落下しませんでしたよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

収めるものの素材やデザイン、色などをグルーピングしたうえで絶妙のバランスで配置した、口尾ワールド全開のシェルフ。「壁面に固定したシェルフは、地震による揺れが少ないのも利点です。以前、大きな地震があったときも、何も落下しませんでしたよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

ポイント5、手づくりしたものをちょっとだけ飾ってみる

最後にご紹介するのは、ぶきっちょさんでも簡単に真似できる手づくりのアイデアです。口尾さんによると、「やりすぎるとクドくなるので、あまり前面に出さず、ちょっと控えめにディスプレイするのが大人っぽいインテリアにする秘訣」なのだとか。

コリアンダーやシナモンスティックといったスパイス類は、透明のガラスジャーに保存。かわいい紙片にスパイス名をスタンプして一緒に入れておけば、ラベリング代わりになるうえインテリアとしても素敵(写真撮影/嶋崎征弘)

コリアンダーやシナモンスティックといったスパイス類は、透明のガラスジャーに保存。かわいい紙片にスパイス名をスタンプして一緒に入れておけば、ラベリング代わりになるうえインテリアとしても素敵(写真撮影/嶋崎征弘)

赤レンズ豆を保存しているジャーには、スパイス名の紙片ではなく子豚のフィギュアを入れていた口尾さん。「ぱっと見ただけでは分からないけれど、よく見るといる……くらいの、さりげなさがポイントです(笑)」(写真撮影/嶋崎征弘)

赤レンズ豆を保存しているジャーには、スパイス名の紙片ではなく子豚のフィギュアを入れていた口尾さん。「ぱっと見ただけでは分からないけれど、よく見るといる……くらいの、さりげなさがポイントです(笑)」(写真撮影/嶋崎征弘)

ニットで編まれたスイートチョリソーと赤いネットのリヨナーソーセージのオブジェは、フランスのブランド「MAISON CISSON」のもの。「これを見て、自分でもつくれるかなと思ったんです」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

ニットで編まれたスイートチョリソーと赤いネットのリヨナーソーセージのオブジェは、フランスのブランド「MAISON CISSON」のもの。「これを見て、自分でもつくれるかなと思ったんです」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「MAISON CISSON」からインスピレーションを受けた口尾さんによる作品。「リネンのクロスやカットしたソックスに詰め物をして、麻ヒモや調理ネットで結んだだけ」とのことですが、とってもかわいかった!(写真撮影/嶋崎征弘)

「MAISON CISSON」からインスピレーションを受けた口尾さんによる作品。「リネンのクロスやカットしたソックスに詰め物をして、麻ヒモや調理ネットで結んだだけ」とのことですが、とってもかわいかった!(写真撮影/嶋崎征弘)

カットしたモミの木をカゴにのせて吊るせば、部屋中がよい香りでいっぱいに。リースやスワッグをつくるより手軽にドライフラワーが楽しめます。ユーカリやラベンダー、ミモザなどを飾っても(写真撮影/嶋崎征弘)

カットしたモミの木をカゴにのせて吊るせば、部屋中がよい香りでいっぱいに。リースやスワッグをつくるより手軽にドライフラワーが楽しめます。ユーカリやラベンダー、ミモザなどを飾っても(写真撮影/嶋崎征弘)

今回、5つのポイントをご紹介しましたが、改めて「さまざまのものを見せながら、統一感を出す」「多くのものを持ちながら、センスよく見せる」のってむずかしい!と感じました。

食・住だけでなく、衣(ファッション)もすてきな口尾さん。ショートカットに映えるパープルのイヤリングは「Alexandre de Paris」のもの。「料理中はシンプルなスタイルのことが多いので、大振りのイヤリングで変化を楽しんでいます」(写真撮影/嶋崎征弘)

食・住だけでなく、衣(ファッション)もすてきな口尾さん。ショートカットに映えるパープルのイヤリングは「Alexandre de Paris」のもの。「料理中はシンプルなスタイルのことが多いので、大振りのイヤリングで変化を楽しんでいます」(写真撮影/嶋崎征弘)

口尾家のインテリアは、筋の通ったもの選びや、スタイリングのセンス、住まい全体を俯瞰するバランス力が備わっている口尾さんだからこそ実現できる世界観なのだと思います。なかなか自宅で再現できそうな気がしないのだけれど……再現できないからこそ憧れてしまう、大人のおもちゃ箱のように素敵な口尾家のインテリアなのでした。

>前編はこちら

●取材協力
口尾麻美さん HP
北海道生まれ。アパレル会社勤務後、イタリア料理店を経て料理研究家に。旅で出会った料理、食材、スパイス、道具、雑貨、ライフスタイルからインスピレーションを受けたレシピを提案。著書に『おはよう! アジアの朝ごはん: 台湾・ベトナム・韓国・香港の朝食事情と再現レシピ 』(誠文堂新光社)、『はじめまして 電鍋レシピ 台湾からきた万能電気釜でつくる おいしい料理と旅の話。』(グラフィック社)など多数。

料理家のキッチンと朝ごはん[2]前編 旅する気分で料理する。口尾麻美さんのトルコ風朝ごはん

トルコやリトアニア、ウズベキスタンなど、旅先でヒントを得たレシピを、書籍や雑誌、料理教室で提案する料理家、口尾麻美さん。訪れた国で少しずつ買い集めた色とりどりの雑貨が楽しげに並ぶキッチンで、朝ごはんについて伺いました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。旅する料理家、口尾さんに教わるトルコの朝の定番メニュー

東京都内のヴィンテージマンションにお住まいの口尾さん。17年前にフルリノベーションしたキッチンスタジオ兼ご自宅は、全面的に扉のないオープン収納が採用されています。

「料理しているときに扉を開け閉めするのって手間がかかりますよね。扉を汚さないよう、その都度、手を洗うのも大変。中に収納したものを覚えておくのも難しいですから、あえて扉を付けないことにしたんです」という口尾さん。

異国情緒あふれる小さなもの、かわいいもの、不思議なもの、カラフルなものが家中のあちこちにたくさん、けれども美しく、センスが溢れている口尾家(写真撮影/嶋崎征弘)

異国情緒あふれる小さなもの、かわいいもの、不思議なもの、カラフルなものが家中のあちこちにたくさん、けれども美しく、センスが溢れている口尾家(写真撮影/嶋崎征弘)

フルリノベーションする前とした後の間取り

フルリノベーションする前とした後の間取り

今回、口尾さんに教えていただくのは、赤レンズ豆のスープ「メルジメッキ・チョルバス」と、卵料理の「メネメン」です。「メルジメッキ・チョルバスはトルコの伝統的なスープのひとつ、メネメンはトルコ風のスクランブルエッグ。どちらもトルコの朝ごはんの定番メニューで、日本でいう味噌汁と卵焼きのようなイメージです」

ほんのり甘い赤レンズ豆のスープ「メルジメッキ・チョルバス」

用意するもの(3~4人分)
・赤レンズ豆 150g
・玉ねぎ 1/2個分
・サルチャ(トマトペースト。トルコの調味料) 大さじ1
・水 900ml~1L
・オリーブオイル 大さじ1
・塩 小さじ1~2

【仕上げ用】
・バター 大さじ1
・プルビベル(赤唐辛子フレーク。トルコの調味料) 小さじ1
・ドライミント 小さじ1
・レモン くし形切り2~3かけ

「ほのかな甘みがあってクセのないトルコの赤レンズ豆は、火の通りがよいから水で戻す必要はありません。手軽に使えるうえ栄養価も高いので、トルコでは庶民の味方なんですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

「ほのかな甘みがあってクセのないトルコの赤レンズ豆は、火の通りがよいから水で戻す必要はありません。手軽に使えるうえ栄養価も高いので、トルコでは庶民の味方なんですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

サルチャやプルビベルは、輸入食品を扱うスーパーやカルディなどで見つけられるそうです。「サルチャはトマトケチャップ、プルビベルはカイエンペッパーで代用できます。でも、できたら一度は本物を使ってみてほしい。異国の味が楽しめますから」

そう話しながら口尾さんは、壁面に取り付けたマグネット式ナイフラックから包丁をぱっと取り出しました。キッチンカウンターに置いている小さなまな板を引き寄せ、玉ねぎをみじん切りに。

口尾家のキッチンはL型。シンク上の造作棚には、スパイスや豆などの食材が入ったガラスの保存瓶が並べられています。シンク下のオープン棚には食器や液体調味料などが収納されていました(写真撮影/嶋崎征弘)

口尾家のキッチンはL型。シンク上の造作棚には、スパイスや豆などの食材が入ったガラスの保存瓶が並べられています。シンク下のオープン棚には食器や液体調味料などが収納されていました(写真撮影/嶋崎征弘)

L型キッチンの左手にぱっと移動してガスコンロに鍋をのせ、口尾さんはオリーブオイルの瓶を手にとりました。鍋にオリーブオイルを熱し、サルチャと玉ねぎを加えて炒めます。赤レンズ豆をさっと水で洗って鍋に入れ、全体を混ぜたら水を加え、蓋をして弱火で15分。その間に、メネメンをつくります!

トマトの酸味とチーズの塩気がクセになる卵料理「メネメン」

用意するもの(2~3人分)
・卵 3個
・トマト 1個
・玉ねぎ 1/3個
・ししとう 2本
・フェタチーズ 50g
・塩 お好みで
・オリーブオイル 大さじ2

「牛挽肉を入れることも多いのですが、今回は軽めの朝食にするため省きました。その分、今回のレシピではフェタチーズを多めにしています。苦手なら、ししとうはなくても大丈夫ですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

「牛挽肉を入れることも多いのですが、今回は軽めの朝食にするため省きました。その分、今回のレシピではフェタチーズを多めにしています。苦手なら、ししとうはなくても大丈夫ですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

メネメンをつくりはじめる際、L型キッチンからダイニングテーブルに作業スペースを移した口尾さん。「カセットコンロがあれば、家中どこででも料理できます。料理する場所をあちこち変えてみると、気分が変わって楽しいですよ」と話しながら、トマトは角切りに、玉ねぎはみじん切りに、ししとうは輪切りにカット。

最近は小さめのまな板が好きだという口尾さん。「以前は大きなまな板がブームだったのですが、今は小さめのまな板が使いやすいと感じます」。好みが変われば、調理道具もフレキシブルに変更(写真撮影/嶋崎征弘)

最近は小さめのまな板が好きだという口尾さん。「以前は大きなまな板がブームだったのですが、今は小さめのまな板が使いやすいと感じます」。好みが変われば、調理道具もフレキシブルに変更(写真撮影/嶋崎征弘)

トルコのメネメンは、小さなアルミ鍋でつくるのが一般的だそうです。「ガスコンロにかけたときに不安定なら、五徳に網を乗せるといいですよ」と話しながら、口尾さんは四角い焼き網を取り出しました。決してものが少なくない口尾家ですが、必要なときに必要なものがひょいっ!と出てくるのはさすがです。

「小さなフライパンでもいいけれど、こんな小さな鍋でつくるとままごとみたいでかわいいでしょう? 週末の朝ごはんにしたら、キャンプみたいで楽しいですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

「小さなフライパンでもいいけれど、こんな小さな鍋でつくるとままごとみたいでかわいいでしょう? 週末の朝ごはんにしたら、キャンプみたいで楽しいですよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

鍋にオリーブオイルを熱し、カットした玉ねぎを入れて炒めます。玉ねぎがしんなりしたら、ししとうとトマトも入れて炒めます。トマトに火が通ったら、溶いた卵、ほぐしたフェタチーズの順にアルミ鍋へ。

口尾さんは、ダイニングテーブル脇に置いたカトラリースタンドからさっとスプーンを取り出して混ぜていました。小さな鍋なら、大きなヘラやスパチュラよりスプーンのほうが混ぜやすそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

口尾さんは、ダイニングテーブル脇に置いたカトラリースタンドからさっとスプーンを取り出して混ぜていました。小さな鍋なら、大きなヘラやスパチュラよりスプーンのほうが混ぜやすそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

軽くかき混ぜたら蓋をして火を止め、あとは余熱で火を通します。その間にメルジメッキ・チョルバスの仕上げです!

耐熱容器でつくるなら、鍋ごとトースターに入れてもOK。卵が半熟になるまで、様子を見ながら15分から20分くらい加熱すればよいそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

耐熱容器でつくるなら、鍋ごとトースターに入れてもOK。卵が半熟になるまで、様子を見ながら15分から20分くらい加熱すればよいそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

スープの仕上げは、香りバターとレモン汁をお好みで

煮込んでいた鍋の蓋を開けると、赤レンズ豆がホロリと煮くずれておいしそう。「豆や野菜の形が少し残ったままでもいいけれど、今回はハンディブレンダーでなめらかにします」

「メルジメッキ・チョルバスのつくり方は、家庭によってさまざまなんです。トルコの人はみなさん、自分にとっての“お袋の味”といえるメルジメッキ・チョルバスがあるようです」。そんなところも日本の味噌汁っぽい(写真撮影/嶋崎征弘)

「メルジメッキ・チョルバスのつくり方は、家庭によってさまざまなんです。トルコの人はみなさん、自分にとっての“お袋の味”といえるメルジメッキ・チョルバスがあるようです」。そんなところも日本の味噌汁っぽい(写真撮影/嶋崎征弘)

最後に、仕上げ用の香りバターをつくります。フライパンを熱してバターを溶かし、プルビベルとドライミントを加え、香りが立ったら火を止めます。

溶かしたバターにスパイスとハーブを加えると、ぶくぶくっと泡立ちます。「ドライミントはなければ使わなくてもいいのですが、入れると一気にトルコの本場の味に近づきますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

溶かしたバターにスパイスとハーブを加えると、ぶくぶくっと泡立ちます。「ドライミントはなければ使わなくてもいいのですが、入れると一気にトルコの本場の味に近づきますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

煮込んだ赤レンズ豆の鍋に香りバターを入れたら、メルジメッキ・チョルバスの完成です!

香りバターは、鍋に直接入れて味を整えてから器に注いでもいいし、スープを器に注いだ後で各自お好みで入れてもいいそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

香りバターは、鍋に直接入れて味を整えてから器に注いでもいいし、スープを器に注いだ後で各自お好みで入れてもいいそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

「メルジメッキ・チョルバスもメネメンも、どんな食材や調味料を使うかで、味がかなり変わります。料理の途中でも何度か味見をしながら、好みの味に仕上げてくださいね」

「はじめての食材に挑戦するときは、レシピを参考しつつ、ご自身の味覚で確かめながら微調整するのが、おいしく仕上げる秘訣です」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「はじめての食材に挑戦するときは、レシピを参考しつつ、ご自身の味覚で確かめながら微調整するのが、おいしく仕上げる秘訣です」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

日本にいながら旅する気分が味わえるのが、異国料理の醍醐味

食卓には、ふっくらと火の通ったメネメンと、レモンを添えたメルジメッキ・チョルバス、トルコのごまパン「シミット」も並べて、「いただきまーす」

1日の食事のなかでも、特に朝ごはんを大事にするというトルコ人。カフェやレストランには必ずと言っていいほど「朝食」のメニューがあるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

1日の食事のなかでも、特に朝ごはんを大事にするというトルコ人。カフェやレストランには必ずと言っていいほど「朝食」のメニューがあるそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

「海外への旅行となると、なかなか気軽に行けません。けれども、異国のレシピを学んで料理するのは、それよりずっと手軽ですよね。本場の食材でつくった料理を食べれば、日本にいながら旅する気分が味わえます。新しい食材をいろいろ試してみると、楽しみが広がりますよ」

「シミットは食べる直前に軽くトーストすると、ごまの風味がこうばしくなって、よりおいしくいただけます。メネメンをのせたり、メルジメッキ・チョルバスにつけたりしながら食べるのがおすすめ」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「シミットは食べる直前に軽くトーストすると、ごまの風味がこうばしくなって、よりおいしくいただけます。メネメンをのせたり、メルジメッキ・チョルバスにつけたりしながら食べるのがおすすめ」と口尾さん(写真撮影/嶋崎征弘)

口尾さんのお話のなかで、繰り返し登場した「楽しい」という言葉。ヨーロッパや北アフリカ、中東、アジアなど、世界各地を旅しながら集めた色とりどりの雑貨が楽しげにあふれるキッチンで、楽しげに料理をする口尾さんにぴったりの言葉なのが印象的でした。

次回は、口尾さん流の住まいのしつらえ方についてお聞きします!

■料理研究家 口尾麻美さんのキッチン

●取材協力
口尾麻美さん HP
北海道生まれ。アパレル会社勤務後、イタリア料理店を経て料理研究家に。旅で出会った料理、食材、スパイス、道具、雑貨、ライフスタイルからインスピレーションを受けたレシピを提案。著書に『おはよう! アジアの朝ごはん: 台湾・ベトナム・韓国・香港の朝食事情と再現レシピ 』(誠文堂新光社)、『はじめまして 電鍋レシピ 台湾からきた万能電気釜でつくる おいしい料理と旅の話。』(グラフィック社)など多数。

スター猫のお宅訪問[3]インスタで国内外の人気者! “お太りさま”猫・ぐっぴーの暮らし

インスタグラムのフォロワーは約18万人(2019年2月25日時点)! 写真集を発売したり、イベントを開催したりと、たれ目とナイスボディ(?)で多くの人を魅了している“お太りさま”猫が、茶トラのぐっぴー・6歳。“ぐぴ主さん”である二人、さきともさんとともに東京郊外に暮らしているぐっぴー宅を訪問!
DIYもペットもOK! ぐっぴーもお気に入りのデザイナーズ賃貸物件さきともさん撮影のぐっぴー(写真提供/さきともさん)

さきともさん撮影のぐっぴー(写真提供/さきともさん)

ぐっぴーとさきともさんが暮らすのは、個性的な間取りのデザイナーズ賃貸物件。キッチン・リビング・ベッドルームにふたつのロフト。ドアがなく天井が高いため、明るくて開放的だ。

部屋の間取り

部屋の間取り

「(この部屋は)すごく気に入っています。天井が高いから広く感じるんです。窓が南向きで大きくてキッチンが広めで……と、人が幸せを感じる間取りらしいです。そして、DIYもペットもOKなんですよね。あと、ロフトがあって床にものを置かなくてすむので、ぐっぴーが過ごすスペースが広いだろうなと思ったのも決め手でした」

撮影当日スタッフがきてもマイペースにうろうろしているように見えたぐっぴーだが「普段はもっと動かない。緊張していた」そう(写真撮影/片山貴博)

撮影当日スタッフがきてもマイペースにうろうろしているように見えたぐっぴーだが「普段はもっと動かない。緊張していた」そう(写真撮影/片山貴博)

ぐっぴーが一日の大半を過ごすリビング。木の家具で統一された室内には、トイレや爪とぎなどの猫グッズも。南側の大きな窓から太陽の光が入り込んで、室内はとても明るい(写真撮影/片山貴博)

ぐっぴーが一日の大半を過ごすリビング。木の家具で統一された室内には、トイレや爪とぎなどの猫グッズも。南側の大きな窓から太陽の光が入り込んで、室内はとても明るい(写真撮影/片山貴博)

この部屋は、ぐっぴーもお気に入りの様子。廊下を走ったり、ソファやお気に入りの爪とぎ兼ベッドでくつろいだりと自由気ままにすごしている。

「仕事のときはペットカメラを通して様子を見ているのですが、いつもだいたいソファにいるんですよ。ちょっとずつ体勢を変えながらずっと寝ています(笑)。

ぐっぴーは、横の動きは結構激しいんですけど、縦にはあまり動かないんですよね(笑)。だから、ソファくらいはのぼれるけど、ロフトや棚にはのぼれない。普通、猫を飼っていると棚にはものを置けないと思うんですけど、ぐっぴーは棚にのぼれないからその心配もない。すごく一緒に暮らしやすいですね」

部屋のなかでもお気に入りの場所のひとつが、爪とぎ兼ベッド。絶妙なくぼみがぐっぴーの身体にぴったりフィット(写真撮影/片山貴博)

部屋のなかでもお気に入りの場所のひとつが、爪とぎ兼ベッド。絶妙なくぼみがぐっぴーの身体にぴったりフィット(写真撮影/片山貴博)

一番お気に入りのおもちゃは「ドギーマン じゃれ猫 チューチュー」。「ほかのおもちゃがあっても、これがあったら見向きもしない」のだとか。これを使って運動してダイエットも(写真撮影/片山貴博)

一番お気に入りのおもちゃは「ドギーマン じゃれ猫 チューチュー」。「ほかのおもちゃがあっても、これがあったら見向きもしない」のだとか。これを使って運動してダイエットも(写真撮影/片山貴博)

日中はあまり動かないというぐっぴーだが、最近は運動やごはんの量を調整してダイエット中なのだとか。

「もう6歳だし、8kgを超えてちょっとやばいなと思ってダイエットをはじめて。いまは7.6kgくらいまで減りました。猫の標準は3~4kgくらいなので、1匹で多頭飼いしているくらいの重さですね(笑)。でも、小さいころからすごく大きかったし、ごはんもそれほど食べるわけではないので、もともと大きくなる体質だったんでしょうね。身長があるので、そこまで肥満というわけではないらしいんです。毛が長めなのと、太っていたときのルーズスキンがあるから太って見えるのかな(笑)」

その出会いはまさに運命!?人のそばが大好きなぐっぴー。家にいるときはぐぴ主さんにべったり(写真提供/さきともさん)

人のそばが大好きなぐっぴー。家にいるときはぐぴ主さんにべったり(写真提供/さきともさん)

体がとても大きいぐっぴーだが、出会ったときはポケットに入るくらいの大きさで、瀕死の状態だったのだそう。それは、思わず運命という言葉を使いたくなるような出会い。

「ぐっぴーと出会う半年くらい前、以前飼っていた猫の“茶っピー”が12歳11カ月で亡くなったんです。すごくつらくて、会社でずっと泣きながら仕事をしてたんですね。そうしていたら、偶然茶っピーと同じ茶トラの猫に出会った。空き地に一人、動けなくなっていたんですが、『あと1日遅かったら死んでたかも』とお医者さんが言うくらいギリギリの状態だったんです。あまりにもずっと泣いていたから、茶っピーが出会わせてくれたのかなと思います」

クッション、シール、ポストカード、タオルなどのぐっぴーグッズは、さきともさんたちがデザイン。イベントなどで販売しているそう(写真撮影/片山貴博)

クッション、シール、ポストカード、タオルなどのぐっぴーグッズは、さきともさんたちがデザイン。イベントなどで販売しているそう(写真撮影/片山貴博)

テレビの前にはペットモニターが。日中ぐっぴーはほとんど動かないので、逆にモニターに映っていないと心配になるのだとか(写真撮影/片山貴博)

テレビの前にはペットモニターが。日中ぐっぴーはほとんど動かないので、逆にモニターに映っていないと心配になるのだとか(写真撮影/片山貴博)

インスタグラムをはじめたきっかけは、茶っピーが亡くなった後に気付いたことがきっかけなのだとか。

「茶っピーの写真が全然なかったんです。当時はデジカメが今ほど普及していなくてインスタントカメラくらいしかなかったから、茶っピーが小さいときの写真も2~3枚しかなくて。亡くなった後に写真としての思い出が残っていないことをすごく後悔したんです。それで、ぐっぴーは小さいころからかなり写真を撮っていたんですよね。ぐっぴーの写真のアカウントをつくって成長記録にしたら時系列になるしキャプションもつけられるし、万が一携帯が壊れてもログインさえできれば見られるからいいなと思ったのがきっかけです」

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

国境を越えて人々を魅了するぐっぴーは、まさに“福猫”テレビ番組の企画でさきともさんが5時間かけてつくったというぐっぴー号。お気に入りで、1回出すとずっと入っているそう(写真撮影/片山貴博)

テレビ番組の企画でさきともさんが5時間かけてつくったというぐっぴー号。お気に入りで、1回出すとずっと入っているそう(写真撮影/片山貴博)

入るときはちょっとおしりが引っかかっちゃうのもかわいい(写真撮影/片山貴博)

入るときはちょっとおしりが引っかかっちゃうのもかわいい(写真撮影/片山貴博)

さまざまな思いからできたインスタグラムのぐっぴーアカウント。まるで人間のような表情や仕草を捉えた写真たちは、日本のみならず海外でも人気だ。

「当時飾っていた書道のカレンダーとぐっぴーを並ばせて撮った写真をインスタグラムにアップしたら、中国の微博で『Japanese Cat!』みたいな感じですごくシェアされて(笑)。そこで一気にフォロワーが増えたんです。
ぐっぴーがいたから、普通に生活していたら出会わなかったような人たちにたくさん出会うことができました。保護猫のために活動している方やぐっぴーファンの方など、出会いの幅が広がりましたね。私たちも猫のためにできることを、と考えるようになりました。ぐっぴーがいなかったらグッズをつくることもなかったでしょうしね(笑)」

玄関も好きな場所のひとつ。よくごろごろしているそう(写真撮影/片山貴博)

玄関も好きな場所のひとつ。よくごろごろしているそう(写真撮影/片山貴博)

履き古した靴の臭いが好きなんだそう。撮影時もスタッフの靴を一足ずつチェック(写真撮影/片山貴博)

履き古した靴の臭いが好きなんだそう。撮影時もスタッフの靴を一足ずつチェック(写真撮影/片山貴博)

さまざまな幸せを運んできてくれたぐっぴーは、さきともさんにとっての“福猫”だ。

「ぐっぴーがいるから家に帰るのが楽しくなりましたし、いなかったら今の幸せな暮らしがなかったかも。ぐっぴーはすごく空気を読むので、私たちが喧嘩をしても仲裁してくれるんですよね。二人の間にぺとんと寝たりして。本当に心の支えですね。
(猫との生活で)大切にしているのは、ぐっぴーの気持ちになって考えること。大きい音出さないとか、こうしたいんだろうなという気持ちを汲み取ってやってあげることです。少しでも幸せだと感じてほしいんです」

新しい世界や人との出会い、猫があたえてくれる安心感や多幸感。猫がいる生活は、多方面の“豊かさ”を与えてくれるのだ。

>Instagram
アカウント名 @gupitaro

デュアルライフ・二拠点生活[9]兵庫県城崎温泉 ”踊る”ことを見つめ直す、もうひとつの居場所

京都市内在住、「コミュニティダンス・ファシリテーター」という肩書きで活動する千代その子さん(31)。とあるプロジェクトのために訪れ、街と街の人々にもすっかり惚れ込んだ兵庫県豊岡市の城崎温泉をもうひとつの拠点にするべく2018年に社団法人を設立。ダンスを通した地域貢献を実践しています。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。日本にもっともっと踊れる場が増えればいいのに

「物心ついたときには踊っていた」という千代さん。3歳でバレエをはじめてから今まで「息をすること」と同じくらい、日々の中で「踊ること」が当たり前にある人生を歩んできました。17歳でイギリスへバレエ留学。その後、イタリアのダンスカンパニーへの所属や、バレエ講師になるための再留学など、海外での経験が、千代さんの「踊ること」や「ダンサーとしての職業観」へ大きく影響を与えました。そして帰国後、フリーのダンサーやバレエ講師として活動していくなかで、
「どうすれば日本でダンサーが自立して生きていけるんだろう。ダンスが自然に在る世の中にもっとしたいけれど、その在り方ってなんだろう、という疑問に行きつき、大学院の政策学研究科に入りました」

千代さんが代表を務める一般社団法人ダンストーク(Danstork)が主催する「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」。住人も、旅行者も、大人も子どもも、ダンスの経験の有無も関係なく、誰でも普段着で気軽に参加でき、ダンスのもつ根源的な魅力や楽しさを体感できる(写真撮影/田中友里絵)

千代さんが代表を務める一般社団法人ダンストーク(Danstork)が主催する「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」。住人も、旅行者も、大人も子どもも、ダンスの経験の有無も関係なく、誰でも普段着で気軽に参加でき、ダンスのもつ根源的な魅力や楽しさを体感できる(写真撮影/田中友里絵)

大学院では地域政策やまちづくりについて研究し、インターンシップをきっかけにNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークに所属。千代さんはそこで運命の職業「コミュニティダンス・ファシリテーター」に出合います。「コミュニティダンス」とは、ダンス経験の有無・年齢・性別・障がいにかかわらず、「誰もがダンスを創り、踊ることができる」という考えのもと、アーティストがかかわりながらダンスの力を地域社会のなかで活かしていく活動のこと。そしてそのためのワークショップ等の活動において、参加者一人一人の表現力や創造力を引き出し、全体を目的に向かって進行するのが「コミュニティダンス・ファシリテーター」。千代さんはその養成講座の日本初の開講に準備段階から携わり、また、自分自身も「コミュニティダンス・ファシリテーター」としての活動をスタートさせ、やってきたのが兵庫県豊岡市にある城崎温泉でした。

開湯から約1300年の歴史があり、かつては志賀直哉や島崎藤村など文豪に愛された城崎温泉。7つの外湯を巡って楽しむ「外湯めぐり発祥の地」で、旅行誌の人気温泉地ランキングでは常に上位!近年は外国人観光客が5年で約40倍に急増したことで注目を集めている(撮影/田中友里絵)

開湯から約1300年の歴史があり、かつては志賀直哉や島崎藤村など文豪に愛された城崎温泉。7つの外湯を巡って楽しむ「外湯めぐり発祥の地」で、旅行誌の人気温泉地ランキングでは常に上位!近年は外国人観光客が5年で約40倍に急増したことで注目を集めている(撮影/田中友里絵)

「ダンスってなんだろう?」の答えをくれた場所

千代さんが兵庫県北部・豊岡市にある城崎温泉を初めて訪れたのは2012年。2年後に温泉街の中での開館を控えた、舞台芸術のアーティスト・イン・レジデンス施設としては日本最大級となる「城崎国際アートセンター」で行われるコミュニティダンスのプロジェクトのための視察でした。
「初めて来たのにどこか懐かしい雰囲気のする穏やかな街だなぁ、という印象でした」と千代さん。しかしそのときはまだ、自分がこの街とこんなに深くかかわることになるとは思っていなかったそう。しかし、そのプロジェクトの中心となるイタリア人アーティストの通訳兼コーディネーターを担当することになり、事前リサーチやアーティスト帯同のため、2014年・2015年にかけて京都から城崎温泉へ通う日々がはじまりました。

城崎国際アートンセンターは舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンスで、芸術監督は劇作家・演出家の平田オリザ氏が務める。年1回の公募により選ばれたアーティストは最長で3カ月の間滞在し、作品制作を行うことができる(撮影/田中友里絵)

城崎国際アートンセンターは舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンスで、芸術監督は劇作家・演出家の平田オリザ氏が務める。年1回の公募により選ばれたアーティストは最長で3カ月の間滞在し、作品制作を行うことができる(撮影/田中友里絵)

「地元の人を巻き込まないと成立しないプロジェクトだったんですが、どの人が街の人でどの人が観光客か、最初は見分けすらつかなくて。地元の人はどこにいるんですかー!!って感じでした(笑)」

ほんの少しのとっかかりを掴んだら数珠つなぎのように人に人を紹介してもらい、地元の人を訪ねて街を歩きまわり、話を聞き、プロジェクトやダンスについて想いを伝え続ける日々。最初は「自分たちが踊る?」と、どこか警戒していた人たちの表情も、コミュニケーションを重ねるにしたがって次第に和らぎ、街を歩くと手を振ってくれたり、「その子ちゃんなにしとるん!?」と声をかけてくれたり、飲みに誘われることも。コツコツと、とにかく地道に関係性を深めていきました。

「実際の公演では、皆さんに舞台上で踊ってもらったんですが、公演前の1カ月はもう!ところどころ記憶がないほど、とにかく必死で。私のすべてを捧げたというか、作品をつくること・踊ること・踊る人・踊る場を考え続け……実は、こんなにダンスと真正面から向き合ったのは初めてだったのかもしれません。そして、踊りながらときどきふと思っていた”ダンスって何だろう”という疑問に、ひとつの答えが出た気がしたんです。そして私自身、踊ることが大好きだ!って」

千代さんがかかわったプロジェクトでは温泉街の旅館の若旦那たちも舞台に。今も滞在中の生活に必要なものを借りるなど、城崎温泉での活動をサポートしてくれている。「旅館・やまとやの若旦那の結城さんは親戚のお兄さんのような存在」(写真撮影/田中友里絵)

千代さんがかかわったプロジェクトでは温泉街の旅館の若旦那たちも舞台に。今も滞在中の生活に必要なものを借りるなど、城崎温泉での活動をサポートしてくれている。「旅館・やまとやの若旦那の結城さんは親戚のお兄さんのような存在」(写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの近くにある喫茶店スコーピオ。お腹が空いたときはもちろん、一息つきたいときにもよく訪れる。マスターは、城崎に誰も知り合いのいなかった千代さんが最初に打ちとけ、さまざまな相談にのってくれた恩人(写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの近くにある喫茶店スコーピオ。お腹が空いたときはもちろん、一息つきたいときにもよく訪れる。マスターは、城崎に誰も知り合いのいなかった千代さんが最初に打ちとけ、さまざまな相談にのってくれた恩人(写真撮影/田中友里絵)

日本のどこにもないダンスの在り方を、ここ城崎温泉で

プロジェクトが終わったあとも、しばらく城崎温泉のことが忘れられなかったという千代さん。せっかく築いた街の人との関係をどうにか続けられないか……それほどに、城崎温泉の人と街に魅了されていました。そんなとき、城崎の子どもたちのなかから 「ダンスを続けたい」という相談の連絡がきたのです。

「この街の子どもたちのダンスの環境を、私がかかわることでもしも変えることができるのであれば、なんだってしたい!そしてこの街なら、性別や世代、いろんな条件を越えてひとりひとりを大切にできて、ダンスを通したさまざまな繋がりをつくれるんじゃないか。踊る人も踊らない人もすべての人の身近にダンスがある。まさに現代のダンスの在り方が実践できるんじゃないかって思ったんです」

城崎温泉と京都を行き来しながら活動をするにあたり、家族の理解は得られたものの収入面や他の活動とのバランスなどクリアしなければならない問題も。
「私の気持ちだけで見切り発車のように事業をスタートしてしまったら、もし行き詰まったとき、純粋に“ダンス”が好き!って思ってくれた子どもたちからまたダンスを取り上げてしまうことになる。それだけは避けたくて、どうにかできる方法はないかを模索しました」

そんなとき、千代さんの考えに賛同した城崎国際アートセンターが場所を提供してくれることに!ほかにもさまざまな形で協力してくれる人が増え、2016年に「誰でも気らくにたのしめる、みんなのおどる場所」をコンセプトに掲げた「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」がスタートしました。3年目を迎えた今では、豊岡市だけでなく、周辺の市町からもクラスに参加する人たちも。このクラスの存在を聞きつけ、旅を兼ねてわざわざ関東方面から参加してくれた人もいたそう。そして昨年、この活動をさらに広げるべく、城崎温泉を所在地に置く一般社団法人ダンストーク(Danstork)を設立したのです。実際に、設立後は城崎温泉を軸にしながら活動エリアを広げ、出石町やお隣の養父市での「オープンダンスクラス」開催や、豊岡市内の高校でのダンスプログラムの実施など、千代さんはダンスの在る暮らしの愉しさや豊かさをより広く多くの人に届けています。

城崎国際アートセンターの田口館長(真ん中)と、職員でありダンストークのメンバーでもある橋本さん(左)。ふたりとも、千代さんの活動を応援してくれるよき相談相手 (写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの田口館長(真ん中)と、職員でありダンストークのメンバーでもある橋本さん(左)。ふたりとも、千代さんの活動を応援してくれるよき相談相手 (写真撮影/田中友里絵)

城崎温泉では、町内に外湯(そとゆ)と呼ばれる公衆浴場が7つ点在している。地元の人は100円で利用できることもあって社交場のひとつになっており、大切なコミュニケーションの場に。「レッスン後に参加者と一緒になることも。いきなり裸のお付き合いです(笑)」 (写真撮影/田中友里絵)

城崎温泉では、町内に外湯(そとゆ)と呼ばれる公衆浴場が7つ点在している。地元の人は100円で利用できることもあって社交場のひとつになっており、大切なコミュニケーションの場に。「レッスン後に参加者と一緒になることも。いきなり裸のお付き合いです(笑)」 (写真撮影/田中友里絵)

家族と暮らす京都を拠点にしながら、月に1週間ほど(長いときで3週間滞在することも!)城崎温泉に滞在する暮らしは千代さんにとってどんな影響を与えているのかを聞いてみました。
「家族と暮らす京都は、生活面でサポートし合うことができるので、何かを学んだり吸収したりする環境が整っているインプットの場。そして城崎は、京都で得たものを使いながら集中してダンスと向き合う実践の場、という感じでしょうか。行き来することで、人や場ともいい意味での距離感を保つことができています。城崎にいたら京都に帰りたいなぁ、って思うこともあるし、京都にいるときは城崎に早く行きたい!って思いますしね(笑)」

千代さんの理想は、城崎や但馬を「すべての人のまわりに“ダンス”が当たり前のように在る」、そんな場所にすることだそう。そして、他の地域から注目され人が来る場所になれば、人と人との関わりのなかにまたダンスが生まれ、みんなにとってダンスが在って当たり前のことになっていく。それが地域社会をより豊かなものにできるダンスの力である、と千代さんは信じているからです。「私にとって、夢をかなえられる場所が城崎温泉なのかもしれません。踊っても踊らなくてもダンスは必ず、日々を豊かにしてくれます。大好きな城崎や但馬の人たちに、これからもそのことを伝え続け、場をつくり続けていきたい」と千代さん。
人が日常のなかで暮らしと仕事とのバランスをとるように、千代さんは日常の中で京都と城崎温泉をバランスよく行き来し、夢に向かって進んでいます。

(写真撮影/田中友里絵)

(写真撮影/田中友里絵)

●取材協力
・一般社団法人 ダンストーク
・城崎国際アートセンター

デュアルライフ・二拠点生活[9]兵庫県城崎温泉 “踊る”ことを見つめ直す、もうひとつの居場所

京都市内在住、「コミュニティダンス・ファシリテーター」という肩書きで活動する千代その子さん(31)。とあるプロジェクトのために訪れ、街と街の人々にもすっかり惚れ込んだ兵庫県豊岡市の城崎温泉をもうひとつの拠点にするべく2018年に社団法人を設立。ダンスを通した地域貢献を実践しています。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。日本にもっともっと踊れる場が増えればいいのに

「物心ついたときには踊っていた」という千代さん。3歳でバレエをはじめてから今まで「息をすること」と同じくらい、日々の中で「踊ること」が当たり前にある人生を歩んできました。17歳でイギリスへバレエ留学。その後、イタリアのダンスカンパニーへの所属や、バレエ講師になるための再留学など、海外での経験が、千代さんの「踊ること」や「ダンサーとしての職業観」へ大きく影響を与えました。そして帰国後、フリーのダンサーやバレエ講師として活動していくなかで、
「どうすれば日本でダンサーが自立して生きていけるんだろう。ダンスが自然に在る世の中にもっとしたいけれど、その在り方ってなんだろう、という疑問に行きつき、大学院の政策学研究科に入りました」

千代さんが代表を務める一般社団法人ダンストーク(Danstork)が主催する「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」。住人も、旅行者も、大人も子どもも、ダンスの経験の有無も関係なく、誰でも普段着で気軽に参加でき、ダンスのもつ根源的な魅力や楽しさを体感できる(写真撮影/田中友里絵)

千代さんが代表を務める一般社団法人ダンストーク(Danstork)が主催する「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」。住人も、旅行者も、大人も子どもも、ダンスの経験の有無も関係なく、誰でも普段着で気軽に参加でき、ダンスのもつ根源的な魅力や楽しさを体感できる(写真撮影/田中友里絵)

大学院では地域政策やまちづくりについて研究し、インターンシップをきっかけにNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークに所属。千代さんはそこで運命の職業「コミュニティダンス・ファシリテーター」に出合います。「コミュニティダンス」とは、ダンス経験の有無・年齢・性別・障がいにかかわらず、「誰もがダンスを創り、踊ることができる」という考えのもと、アーティストがかかわりながらダンスの力を地域社会のなかで活かしていく活動のこと。そしてそのためのワークショップ等の活動において、参加者一人一人の表現力や創造力を引き出し、全体を目的に向かって進行するのが「コミュニティダンス・ファシリテーター」。千代さんはその養成講座の日本初の開講に準備段階から携わり、また、自分自身も「コミュニティダンス・ファシリテーター」としての活動をスタートさせ、やってきたのが兵庫県豊岡市にある城崎温泉でした。

開湯から約1300年の歴史があり、かつては志賀直哉や島崎藤村など文豪に愛された城崎温泉。7つの外湯を巡って楽しむ「外湯めぐり発祥の地」で、旅行誌の人気温泉地ランキングでは常に上位!近年は外国人観光客が5年で約40倍に急増したことで注目を集めている(撮影/田中友里絵)

開湯から約1300年の歴史があり、かつては志賀直哉や島崎藤村など文豪に愛された城崎温泉。7つの外湯を巡って楽しむ「外湯めぐり発祥の地」で、旅行誌の人気温泉地ランキングでは常に上位!近年は外国人観光客が5年で約40倍に急増したことで注目を集めている(撮影/田中友里絵)

「ダンスってなんだろう?」の答えをくれた場所

千代さんが兵庫県北部・豊岡市にある城崎温泉を初めて訪れたのは2012年。2年後に温泉街の中での開館を控えた、舞台芸術のアーティスト・イン・レジデンス施設としては日本最大級となる「城崎国際アートセンター」で行われるコミュニティダンスのプロジェクトのための視察でした。
「初めて来たのにどこか懐かしい雰囲気のする穏やかな街だなぁ、という印象でした」と千代さん。しかしそのときはまだ、自分がこの街とこんなに深くかかわることになるとは思っていなかったそう。しかし、そのプロジェクトの中心となるイタリア人アーティストの通訳兼コーディネーターを担当することになり、事前リサーチやアーティスト帯同のため、2014年・2015年にかけて京都から城崎温泉へ通う日々がはじまりました。

城崎国際アートンセンターは舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンスで、芸術監督は劇作家・演出家の平田オリザ氏が務める。年1回の公募により選ばれたアーティストは最長で3カ月の間滞在し、作品制作を行うことができる(撮影/田中友里絵)

城崎国際アートンセンターは舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンスで、芸術監督は劇作家・演出家の平田オリザ氏が務める。年1回の公募により選ばれたアーティストは最長で3カ月の間滞在し、作品制作を行うことができる(撮影/田中友里絵)

「地元の人を巻き込まないと成立しないプロジェクトだったんですが、どの人が街の人でどの人が観光客か、最初は見分けすらつかなくて。地元の人はどこにいるんですかー!!って感じでした(笑)」

ほんの少しのとっかかりを掴んだら数珠つなぎのように人に人を紹介してもらい、地元の人を訪ねて街を歩きまわり、話を聞き、プロジェクトやダンスについて想いを伝え続ける日々。最初は「自分たちが踊る?」と、どこか警戒していた人たちの表情も、コミュニケーションを重ねるにしたがって次第に和らぎ、街を歩くと手を振ってくれたり、「その子ちゃんなにしとるん!?」と声をかけてくれたり、飲みに誘われることも。コツコツと、とにかく地道に関係性を深めていきました。

「実際の公演では、皆さんに舞台上で踊ってもらったんですが、公演前の1カ月はもう!ところどころ記憶がないほど、とにかく必死で。私のすべてを捧げたというか、作品をつくること・踊ること・踊る人・踊る場を考え続け……実は、こんなにダンスと真正面から向き合ったのは初めてだったのかもしれません。そして、踊りながらときどきふと思っていた”ダンスって何だろう”という疑問に、ひとつの答えが出た気がしたんです。そして私自身、踊ることが大好きだ!って」

千代さんがかかわったプロジェクトでは温泉街の旅館の若旦那たちも舞台に。今も滞在中の生活に必要なものを借りるなど、城崎温泉での活動をサポートしてくれている。「旅館・やまとやの若旦那の結城さんは親戚のお兄さんのような存在」(写真撮影/田中友里絵)

千代さんがかかわったプロジェクトでは温泉街の旅館の若旦那たちも舞台に。今も滞在中の生活に必要なものを借りるなど、城崎温泉での活動をサポートしてくれている。「旅館・やまとやの若旦那の結城さんは親戚のお兄さんのような存在」(写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの近くにある喫茶店スコーピオ。お腹が空いたときはもちろん、一息つきたいときにもよく訪れる。マスターは、城崎に誰も知り合いのいなかった千代さんが最初に打ちとけ、さまざまな相談にのってくれた恩人(写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの近くにある喫茶店スコーピオ。お腹が空いたときはもちろん、一息つきたいときにもよく訪れる。マスターは、城崎に誰も知り合いのいなかった千代さんが最初に打ちとけ、さまざまな相談にのってくれた恩人(写真撮影/田中友里絵)

日本のどこにもないダンスの在り方を、ここ城崎温泉で

プロジェクトが終わったあとも、しばらく城崎温泉のことが忘れられなかったという千代さん。せっかく築いた街の人との関係をどうにか続けられないか……それほどに、城崎温泉の人と街に魅了されていました。そんなとき、城崎の子どもたちのなかから 「ダンスを続けたい」という相談の連絡がきたのです。

「この街の子どもたちのダンスの環境を、私がかかわることでもしも変えることができるのであれば、なんだってしたい!そしてこの街なら、性別や世代、いろんな条件を越えてひとりひとりを大切にできて、ダンスを通したさまざまな繋がりをつくれるんじゃないか。踊る人も踊らない人もすべての人の身近にダンスがある。まさに現代のダンスの在り方が実践できるんじゃないかって思ったんです」

城崎温泉と京都を行き来しながら活動をするにあたり、家族の理解は得られたものの収入面や他の活動とのバランスなどクリアしなければならない問題も。
「私の気持ちだけで見切り発車のように事業をスタートしてしまったら、もし行き詰まったとき、純粋に“ダンス”が好き!って思ってくれた子どもたちからまたダンスを取り上げてしまうことになる。それだけは避けたくて、どうにかできる方法はないかを模索しました」

そんなとき、千代さんの考えに賛同した城崎国際アートセンターが場所を提供してくれることに!ほかにもさまざまな形で協力してくれる人が増え、2016年に「誰でも気らくにたのしめる、みんなのおどる場所」をコンセプトに掲げた「KINOSAKI OPEN DANCE CLASS」がスタートしました。3年目を迎えた今では、豊岡市だけでなく、周辺の市町からもクラスに参加する人たちも。このクラスの存在を聞きつけ、旅を兼ねてわざわざ関東方面から参加してくれた人もいたそう。そして昨年、この活動をさらに広げるべく、城崎温泉を所在地に置く一般社団法人ダンストーク(Danstork)を設立したのです。実際に、設立後は城崎温泉を軸にしながら活動エリアを広げ、出石町やお隣の養父市での「オープンダンスクラス」開催や、豊岡市内の高校でのダンスプログラムの実施など、千代さんはダンスの在る暮らしの愉しさや豊かさをより広く多くの人に届けています。

城崎国際アートセンターの田口館長(真ん中)と、職員でありダンストークのメンバーでもある橋本さん(左)。ふたりとも、千代さんの活動を応援してくれるよき相談相手 (写真撮影/田中友里絵)

城崎国際アートセンターの田口館長(真ん中)と、職員でありダンストークのメンバーでもある橋本さん(左)。ふたりとも、千代さんの活動を応援してくれるよき相談相手 (写真撮影/田中友里絵)

城崎温泉では、町内に外湯(そとゆ)と呼ばれる公衆浴場が7つ点在している。地元の人は100円で利用できることもあって社交場のひとつになっており、大切なコミュニケーションの場に。「レッスン後に参加者と一緒になることも。いきなり裸のお付き合いです(笑)」 (写真撮影/田中友里絵)

城崎温泉では、町内に外湯(そとゆ)と呼ばれる公衆浴場が7つ点在している。地元の人は100円で利用できることもあって社交場のひとつになっており、大切なコミュニケーションの場に。「レッスン後に参加者と一緒になることも。いきなり裸のお付き合いです(笑)」 (写真撮影/田中友里絵)

家族と暮らす京都を拠点にしながら、月に1週間ほど(長いときで3週間滞在することも!)城崎温泉に滞在する暮らしは千代さんにとってどんな影響を与えているのかを聞いてみました。
「家族と暮らす京都は、生活面でサポートし合うことができるので、何かを学んだり吸収したりする環境が整っているインプットの場。そして城崎は、京都で得たものを使いながら集中してダンスと向き合う実践の場、という感じでしょうか。行き来することで、人や場ともいい意味での距離感を保つことができています。城崎にいたら京都に帰りたいなぁ、って思うこともあるし、京都にいるときは城崎に早く行きたい!って思いますしね(笑)」

千代さんの理想は、城崎や但馬を「すべての人のまわりに“ダンス”が当たり前のように在る」、そんな場所にすることだそう。そして、他の地域から注目され人が来る場所になれば、人と人との関わりのなかにまたダンスが生まれ、みんなにとってダンスが在って当たり前のことになっていく。それが地域社会をより豊かなものにできるダンスの力である、と千代さんは信じているからです。「私にとって、夢をかなえられる場所が城崎温泉なのかもしれません。踊っても踊らなくてもダンスは必ず、日々を豊かにしてくれます。大好きな城崎や但馬の人たちに、これからもそのことを伝え続け、場をつくり続けていきたい」と千代さん。
人が日常のなかで暮らしと仕事とのバランスをとるように、千代さんは日常の中で京都と城崎温泉をバランスよく行き来し、夢に向かって進んでいます。

(写真撮影/田中友里絵)

(写真撮影/田中友里絵)

●取材協力
・一般社団法人 ダンストーク
・城崎国際アートセンター

空き家問題や環境問題の糸口に。古材が注目される理由

古い木材を使ったりエイジング加工が施されたりした木材を使ったリノベーションやインテリア・家具が人気になるなど、古材や古木(※)という素材に注目が集まっている。単純にかっこいいというのはもちろん理由のひとつだが、それらは空き家問題や環境問題などさまざまな社会問題の解決の糸口にもなっているのだという。住む人にも、集う人にも、環境にもやさしい古木という素材の魅力について、2人の古材・古木のプロフェッショナルである、山翠舎の山上浩明氏とリクレイムドワークスの岩西剛氏に話を聞いた。その魅力はもちろん、過去から未来へとつながる古木の可能性に満ちた対談となった。山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

歴史やストーリーが密に詰まった「古木」 長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

岩西剛(以下、岩西):「古木(こぼく)・古材(こざい)・古材(ふるざい)、どう呼べばいいんですか?」ってよく聞かれるんですよね。

山上浩明(以下、山上):今度から「古木(こぼく)」って言いませんか? 「古材」だと、鉄など木以外のいろいろな材料も含まれてしまいますよね。古いものを敬遠する人もいるけれど、例えば「法隆寺にあった木」とか「善光寺のご神木の一部」とかいうストーリーがあるとありがたい感覚になる。そういうストーリー性のあるものを、私は「古木」と定義したいんです。

山翠舎の施工事例

山翠舎の施工事例

岩西:「古木」という言葉は、まさしく僕が感じていた違和感を正しく言い当ててくれています。アメリカでは「リクレイムド(reclaimed:再生利用する)」という資源に対して使う言葉があるので、古木に「リサイクル(recycle)」という言葉は使わないんです。そこにはリスペクトがあるんですよね。だから山上さんが「古木(こぼく)」という言葉のもつ意味にこだわっているのが素晴らしいと思うんです。アメリカには「リサイクル・ウッド」と「リクレイムド・ウッド」は違うというカテゴリがあるのに、日本はいまだに「廃材」「古材」。そこによってかかる手間やコストも全然違うのに、「古材」という言葉で一緒くたにされてお客様が分からなくなっている状態がある。

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:古材には歴史があって、それが木にインストールされているはずなのに、そこを蹴飛ばして全部「古材」と言ってしまっている。ただ、それはこちら側がちゃんとプレゼンしていないのがいけないんですよね。

山上:そうですね。山翠舎では古木を使った店舗づくりをしているんですけど、オーダーする人が「古木」か「古材」かにこだわっていることって少ないんですよね。古木は高価なものですし、予算の関係という現実もあるかもしれませんが、私たちの発信力も足りないという現実もあるんだと思います。

古木が生み出す、人のつながり

岩西:リクレイムドワークスのお客様はアメリカ好き、特に西海岸のテイストが好きな人が多いんです。その雰囲気を醸し出すには、現地の木が必要になってくるんです。古民家もそうだと思うんですけど、やはり木がもっているパワーってすごいんですよね。西海岸のスタイルを使いたかったら西海岸の木を使うのがいいし、日本のスタイルだったら日本の古木を使ったほうがいい。デザインだけでは醸し出すことができないんです。木の力によって雰囲気が大きく変わってくるんですよ。

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

山上:古木のパワーを極力活かすために、私たちは施工時には鉄の釘は使わず、古民家の梁や柱が年月を経て変化した形をもそのまま活かして手作業で組み立てます。
私は、古い木が人を呼ぶものになってほしいと思っているんです。例えば、あるお店でスタッフが来店されたお客様に「机の木は近くの小学校の廊下で使われていたものを利用しているんですよ」と言ったとする。もしかしたら、お客様はその小学校出身の人かもしれないですよね。すると、お客様との距離が縮まるじゃないですか。そういうストーリー性のあるものが建材に内包されていると、人が集まる可能性があるというときめきがある。

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

このようなケースもありました。
長野県で蕎麦屋「とみくら食堂」を経営していたおばあさまが、店舗でもあり、自身も住んでいた築89年の古民家に住む人がいなくなってしまったので、解体することにしたんです。ただ、先祖から引き継いできた大切な家なので、何とかしてもらえないかと相談を受けて。そこで弊社で熱海にある「竹林庵みずの」という旅館を引き合わせて、旅館側が解体費用込みでこの古民家の材を購入してくれて、移築したんです。移築後、息子さんがその旅館に行ったときに、柱に自分が子どものころの成長を刻んだ背比べの跡を見つけてすごく喜んでいて。経済的なうれしさだけではなく、精神的なうれしさもあるんだなあと、改めて感じた事例でした。これは空き家問題の新しい解決方法だと思うんです。

ただ単純にエイジングされていてかっこいいというだけではではなく、古木にはそのような意味合いがあるということをしっかりと伝えていきたいですね。

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

「古木」は、社会問題の解決の糸口になる

山上:現在、日本に空き家は約820万戸あるとされていて、その中で約21万戸が古民家。2033年までに2100万戸くらいまでに空き家が増えるという計算でいくと、古民家も54万戸くらいまで増えると言われています。私が古木を扱おうと思ったとき、使われていない古民家はたくさんあるので、単純に古民家で使われていない材をそのまま利用するのが一番いい気がしたんですよね。
木を伐採しないので環境にやさしいし、古民家をレスキューするという空き家問題の解決にもなる。次に事業者も利益が出る。そして、利用者も心地よく過ごすことができる。古木は、全方位的に社会問題や環境問題を解決する素材だと思うんです。

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

岩西:アメリカでは、よくセレブリティが古木を使うんですよね。例えば、ミュージシャンのジャック・ジョンソンの事務所でダグラス・ファー(ベイマツ)の古木を使っています。エコな商材はアメリカでは「グリーンマテリアル」と呼ばれていて、環境問題に自分が加担しているというのがひとつのステータスになる。FacebookやPatagoniaなどの企業も古木を使っているのはそこには理念があるから。ある世界的なアメリカの企業では、使っている古木すべてに、古木メーカーの名前が入るんですよ。

山上:なんと……!
岩西:木は人間と同じ生命というところで伝わってくるものがあるんですよね。以前、ある企業のミーティングルームに木や人工素材などさまざまな素材の天板を使ったテーブルをたくさん納めたんです。そして1年ぶりに行ってみたら、自然に古木のテーブルに人が集まっていたんですよ。色などほかの要因もあるかもしれませんが、古木には人が惹きつけられるというひとつの説得材料になりますよね。

山上:日本でも古木をグリーンマテリアルにしたいですよね。ただ、いまの日本は、海外のセレブリティのように環境問題に関心があることをアピールするような状況にはない。ただ単に、世界観・空気感という外見的なものがいいという人にとっては、すべて古材は一緒なんですよね。

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:やはり見た目で使っている人が多い。その性質を使う側が分かっていればいいんですけどね。

山上:知らないんですよね。だから、いずれ認定資格のようなものをやろうとも考えています。こういう古い木を扱うためには勉強が必要だと思うんですよ。

岩西:僕も各所にマテリアルのアドバイザーは必要だと思っていて。床の雰囲気を出すためには針葉樹なのか広葉樹なのかとか、なかなか分からないですよね。そのなかでも特異な古木というアイテムにはアドバイザーが必要だと思います。そうでないと、活きた使い方ができない。耐久性の問題もありますし、一番よく見える使い方もありますしね。

山上:先ほどのグリーンマテリアルという考え方には、はやく日本も追いつかなければならないですね。木材をリードしてきた国としていいところはたくさんある。昔は普通だった使い方を今することで、生活がさらに豊かになるというか。自宅に居心地のいい空間があると自分たちがハッピーになりますし、お店で使われていればお客様もハッピーになる。かっこいいという表面的な部分だけではない使い方をしてもらえればいいなと思います。

※「古木/こぼく/koboku」は山翠舎の登録商標です

●取材協力
山翠舎
リクレイムドワークス
Salvage Works

転勤時に4割が持ち家を賃貸に! 貸すときに注意すべきこととは…?

“マイホームあるある”に、「家を買ったら、転勤の辞令が下りる」というものがある。万一そうなったら、マイホームはどうするのだろう? 東急住宅リースが転勤経験のある男女に調査したところ、転勤時に住まなくなった持ち家の対処方法として、約4割が第三者に「貸した」と回答した。実は、転勤で自宅を貸すときに、注意したいことがいろいろあるのだが、それは……。【今週の住活トピック】
「ビジネスパーソンの転勤事情に関する調査」を発表/東急住宅リース望ましいのは「家族一緒に引っ越し」だが、現実は「単身赴任」

ビジネスパーソンであれば、転勤を経験することもあるだろう。
この調査結果によると、転勤の際に「家族も一緒に引っ越しする」のが望ましいと考える人が多数派(転勤経験のある既婚男性で66.8%)だった。

それにもかかわらず、現実では「単身赴任」が多い(転勤経験のある既婚男性で67.2%)という結果だ。子どもがいるほうが少しだけ「家族一緒」が多いものの、圧倒的に「単身赴任」ということに変わりはない。

直近の転勤経験では家族も一緒に引越しをしたか、単身赴任だったか(出典:東急住宅リース「ビジネスパーソンの転勤事情に関する調査」より抜粋転載)

直近の転勤経験では家族も一緒に引越しをしたか、単身赴任だったか(出典:東急住宅リース「ビジネスパーソンの転勤事情に関する調査」より抜粋転載)

家族一緒に引っ越したときの持ち家、約4割が第三者に賃貸

次に、持ち家で転勤を経験した人の調査結果を見ていこう。「家族一緒」に転勤先に引っ越した場合、持ち家の対処に困ることになる。

これについては、「賃貸物件として第三者に貸した」が 37.1%で最も高くなり、「空き家の状態で保有した」(27.6%)、「売却した」(22.4%)、「親戚など身内に貸した」(10.3%)という結果になった。

転勤の際、持ち家についてどう対処したか(出典:東急住宅リース「ビジネスパーソンの転勤事情に関する調査」)

転勤の際、持ち家についてどう対処したか(出典:東急住宅リース「ビジネスパーソンの転勤事情に関する調査」)

こうした場合の選択肢は、「貸す」か「売る」か「そのまま保有する」かになる。いずれを選ぶかは、転勤の期間や元の職場に戻る可能性、持ち家の売却想定価格とローン残高のバランス、代わりに住む親戚や知人の有無など、諸条件によって変わるだろう。

そのまま保有する場合は、放置しておくと急速に家が劣化する。誰かに使ってもらって人の出入りがある状態にするか、管理を委託するなどして、持ち家のコンディションを維持することが大切だ。

住宅ローン減税は?ローンの返済は? 貸すときの注意点

さて、マイホームを買うときに、住宅ローンを利用する人が大半だ。加えて、年末のローン残高の1%が10年間控除される「住宅ローン減税」の適用を受けている人も多いだろう。

そもそも住宅ローンが低金利であるのも、減税が適用されるのも、マイホームだからこそだ。居住するための家なので、優遇しようというわけだ。

「単身赴任」の場合、住宅ローンを借りた人がその家に住まなくなった場合でも、家族が引き続き住んでいれば、住宅ローンの返済や減税はそのままとなる。

ところが、「家族一緒」に引っ越して持ち家を貸す場合は、居住する家ではなく、賃貸事業を行う家になる。住宅ローンがそのまま利用できない場合もあるので、借りている金融機関に相談したほうがよいだろう。

住宅ローン減税も、家族が居住しなくなった年からは適用が受けられなくなる。ただし、再び持ち家に住むようになったら、居住していない期間を除いて残りの控除期間があれば、その年からは適用が受けられるようになる。

また、貸す場合の収支は、「住宅ローンの返済額=賃料」ならトントンというわけではない。不動産会社への委託料や固定資産税などの納税が生じるので、その支出についても考慮しておく必要がある。

勤務先が転勤の多い会社であれば、持ち家の対処法などについてもサポートが受けられる場合があるだろう。また、こうした場合のノウハウのある不動産会社に、売却額や賃料の査定をしてもらったり、収支計算をしてもらったり、手続きに関する情報を得たりということで、選択肢の判断材料を求めることもできるだろう。

いずれにしても、しっかり情報を集めて、冷静に判断できるようにしたいものだ。

「喫茶ランドリー」誕生から1年で地域に変化。住民が見つけた新たな生き方とは?

「どんな人にも、自由なくつろぎ」というコンセプトのもと、2018年1月、東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」。老若男女が思い思いにくつろぎ、家事をし、自主的にイベントを開き、皆が思い思いに楽しんでいる……そんな新たな“公的空間”が注目を集めています。どんな思いでつくられたのか、オープンから1年、どんな変化があったのか、店主の田中元子さんに話をうかがいました。
どんな人にも自由なくつろぎを。通常のランドリーカフェとは一線を画す手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

0歳から80代まで、街のさまざまな人たちが訪れるという喫茶ランドリー。この街で生まれ育ったご近所さん、近くのマンションに暮らすママ友さんたちとキッズ、デート中の若いカップル、PCを開いて仕事をするビジネスパーソンなど、その客層はこの街の縮図そのものだそう。

レトロな雰囲気の喫茶スペースに加え、洗濯機・乾燥機、ミシンやアイロン、裁縫箱が置かれた「まちの家事室」のある店内。「喫茶」と「ランドリー」という分かりやすいストレートなネーミングから、最初店名を聞いたときは、近年各地に登場している「ランドリーカフェ」(コインランドリーにおしゃれなカフェを併設した店舗)なのだろうと思いましたが、「喫茶ランドリー」はそれとは一線を画したお店です。

「喫茶ランドリーは『自由』がコンセプト。スペースごとに、あるいはお店全体をレンタルスペースとしてお貸しするほか、お茶を飲みながら、何かやりたいことがあればどうぞ自由に使ってくださいとお話ししています」と店主の田中元子さん。

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小さな「やりたい」が実現できる場所をつくりたい

「喫茶ランドリーが立地するのは、かつて倉庫や町工場が立ち並んでいた街です。近年は徐々にマンションに建て替わり、人口は増えているはずなのに人通りが少ない。森下駅から徒歩5分、両国駅からも8分と利便性は悪くなく、都心へ出かけやすい立地ですが、都心などへ出かけない日は家の中で過ごしている時間が長いのでしょうね。それは、近所にふらっと立ち寄れる場所がないからだと思いました。

このお店をつくる際にモデルにしたのは、コペンハーゲンで街巡りをした際に出会ったランドリーカフェ。当時、日本でそういう施設は聞いたことがなかったのですが、そのお店では若い夫婦が洗濯しながら赤ちゃんをあやしていたり、おじさんがぼうっと過ごしていたり、子どもがおもちゃで遊んでいたり、さまざまな客層がそれぞれ好きに過ごす、日常生活が垣間見られる場所でした。この街にはそんなお店のように気取らない場所が必要だと考えたのです」

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

「喫茶ランドリーという名前にしたのは便宜上で、ここを喫茶店としてのみ、ランドリーとしてのみ、受動的に消費するだけの場にはしたくありませんでした。ここでは誰もが自由に何かをする場にしたかったんです。

私は2015年から趣味で『パーソナル屋台』を引き、公園でコーヒーを無料で配るという活動をし、自分もパーソナル屋台で何かを振る舞いたいという人を応援しているのですが、その経験から分かったのは『人は意外といろんなことをやりたがっている』ということ。それは大規模なことではなく、日常のほんの小さなことだったりします。

でも、都会では遠慮しながら暮らしている方がとても多いんじゃないでしょうか。みんなふと『これがしたい』と心に浮かぶのに、人目や常識を気にしてしまって気持ちにフタをしてしまう。だから喫茶ランドリーを、心のフタを開けて『やりたい』が実現できる場にしようと思ったんです」

「お客様は、家事をしたり、読書室や工房として使ったり、自主的にイベントを開催したりしています。なかには、『ここで編み物してもいい?』っていうお客様や、カバンづくりが趣味で『家だと音がお隣に響くから、バッグの鋲打ちをここでさせて』という方もいらっしゃいます。普通のお店では人目が気になったり、家でも音が響くからと考えてなかなかできないことです。でもここなら『自由に過ごして』と言っているワケで、皆さん本当に自由ですよ(笑)」

人通りの少ない街にできた、多様な人々が訪れる“私設公民館”道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープン当初2、3週間ほどは全く来店者がなく、田中さんは、毎日店先で「よかったら見ていって」とコーヒーを振る舞い、「自由に使ってくださいね」と語りかけ続けたといいます。ある日、地元の主婦の方たちがコーヒーを片手に家事室で談笑を始めたかと思うと、ご近所さんが通りかかるたびに「あら、久しぶり!」と呼び込んで、“井戸端会議”状態になったそう。人通りが少なかったエリアがこうして徐々に再生し、今では“私設公民館”と呼べるような、人々の交流の場となりました。

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

とにかく受け入れる。使い方はお客様次第

その結果、さまざまな出来事が生まれました。

「大家族の忘年会に使いたい」と総勢20人でモグラ席と周辺席を貸し切った3世代5家族。旧友との再会にと焼肉パーティーを敢行した若者グループ。事務所スペースの「大テーブル席でパン生地づくりを」と集まった女性9人のご近所さんグループ。パン生地はすぐ近くの自宅で焼き、できたてのパンを他の来店者にもお裾分けして新たな交流も生まれたそうです。

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「まちの家事室」でも、子どもの幼稚園バッグづくりやアイロン掛けをするママさんグループが登場し、そこから発生した「ミシンウィーク」(ミシンが得意な人たちが1週間交代で開くワークショップ)を定期開催するようになり、「つくったものをいろんな人たちに見せて交流できるのが楽しい」と手芸を楽しむ年配の女性達も増えました。家事のための場所をつくると、作業をする人同士のコミュニケーションが生まれやすいのだと気付かされます。

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

さらに、毎週フロア席を貸し切って、支店とネット中継しながら業務の勉強会を行う場として活用する会社も現れました。「自由に使える施設公民館」の使われ方は、まさにお客様次第。そうした使い方をされるとは、当初思っていなかったそうです。

ほかにも、ここで婚姻届を記入したカップルが2組、届けた後にここで休憩していったカップルが1組。家出してきたご近所さんを受け入れたこともあったそうです。そうした人生の大切な時期に立ち寄ろうと思える求心力や懐の深さが、この喫茶ランドリーにはあるのでしょう。

「オープン以来1年で、200以上のイベントが開催されました。もともと小さなコミュニティはしていたけど、すべて建物の中にあったのだと思います。こうしたスペースがあることで、わくわくする時間がもてたり、人目に触れることで人とのつながりが深まっていくのだと思います」

なぜ「喫茶ランドリー」でそのイベントを?という葛藤も

喫茶ランドリーは基本的に周辺の住人の方々を想定した場なのですが、自由に使えるレンタルスペースであることもあって、さまざまな想定外のイベント話が舞い込むようにもなりました。

「一番驚いたのは、洗剤メーカーが主催するイベント」と田中さん。「洗濯機に扮したバーチャルユーチューバーと総勢60人のファンが洗濯のコツについて直接会話するという不思議な展開のプロモーションでした。でも最初は、なぜ喫茶ランドリーでそのイベントを?って思いましたね。ここが選ばれたのは洗濯機があるからという理由だけで、喫茶ランドリーの良さを分かってくれたワケじゃないのではと何だか腑に落ちない心の葛藤もありました。

でも大勢の参加者の方々の念願がかなったと喜んでいる様子を見て、この場を選んでもらってよかったなと思いました。きっかけは何であれ、ここで過ごしていただいた方々に良い思いを感じていただいて、こうした自由な場があることの良さを分かってもらえたらとてもありがたいですね」
「人気アイドルのプロモーション撮影の場としてお貸しした際も、なぜウチで?と思ったりしましたが、そのアイドルのファンの方々が訪れてくれるようになり、喫茶ランドリーの良さを感じてくれて、リピーターになる方もいらっしゃって、うれしいです。受け入れること、判断を任せることの大切さを学びました」

人と人のつながりが、店の雰囲気をどんどん変えていくお店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープンから1年。店内は当初よりも彩りが増しています。
「知らないうちに花が飾られている、贈られた果物で新しいスイーツがいつの間にかメニューに加わっているということもあります(笑)。『まちの家事室』の入り口を飾る三角フラッグもスタッフがつけてくれたもの。ほかの仕事でしばらく来ないでいると店の雰囲気が変わっていて、それも何だかうれしいことです。良いことが蓄積されていって、それが見て取れるわけですから」と田中さん。

「最初は私とパートナーの2人だけで運営し、メニューもコーヒー、紅茶と『ツナメルトトースト』だけでした。今、無水カレーやシチュー、オープンサンド、ケーキなどはすべてスタッフが自主的にメニュー開発してくれたもので、すべて手づくりです」

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「スタッフは現在4人ですが、みんなもともとこの店のお客様。募集していないのに働きたいと申し出があってお願いしました。人を雇うことは初めてで戸惑いもありましたが、のびのび働いてもらえているのがうれしいですね。専業主婦の彼女たちには、プロ店員のように接客しなくていい、背伸びせず自分らしく働いてほしいと話していますが、みんなコミュニケーション能力が高いので、お客様との交流は安心してまかせられます。

喫茶ランドリーでさまざまなお客様と出会い、いろいろな話をするようになって、街の出来事をたくさん発見できました。ここがなかったら、この瞬間、この街のどこかの部屋の中で喜んでいる人や悲しんでいる人がいることにも気が付かなかったと思います。予想外のことも起こりますが、そうした経験がいちばんの財産ですね」

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1階が楽しくなれば、街も楽しくなる

喫茶ランドリーの誕生は、田中さんが代表を務める街づくりコンサルティング会社「株式会社グランドレベル」が、この建物の活用を依頼されたことがきっかけでした。

「グランドレベルの理念は『1階づくりはまちづくり』というものです。建物の1階(グランドレベル)を街に開いたつくりにすれば、1階だから誰もが気軽に立ち寄れて、人の流れが生まれ、街が変わる。日本では1階のもつポテンシャルがないがしろにされていると感じています。1階はプライベート空間とパブリック空間のつなぎ目。1階が面白くなければ街は面白くなりません」

その理念が活かされた喫茶ランドリーは、多様な人が訪れる街に開かれた寛容な場をつくった点が高く評価され、2018年10月にグッドデザイン賞のグッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を、同年12月にはリノベーション・オブ・ザ・イヤー2018・無差別級部門最優秀賞を受賞しました。

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そうした評価を受け、第2、第3の出店話も進んでいるそうです。
「出店といっても私たちが直営するのではなく、お店を始めたいという人にコンセプトを共有し、コンサルティング協力をしています。喫茶ランドリーの店名をそのまま使ってもらっても良いですが、地域の特性に合う店舗にしないと人の集まる場所になりません。

喫茶ランドリーはなんとなく出来上がった店舗に見えるかもしれませんが、ハードやソフト、コミュニケーションのデザインを、繊細にコントロールしています。マグカップ一つにしても、おしゃれなものではなく、実家にあるカップのように親しみもあって毎日見ても飽きないものを選ぶなど、格好良すぎに決めないで、多くの人にちょうどいい『ちょっと素敵』で仕立てています。最初から100%つくり込むのではなく、スタッフやお客様の意向も受け止められる器づくりも大切です。そうした点をきちんとお伝えしたいですね。

喫茶ランドリーは、ワクワクを共有できたり、コミュニティのつながりが豊かになったり、さらには自分という存在が社会から受け入れられていると実感できる場所。こうした、街に開かれた自由な場、私的公民館的なスペースがどんどん増えれば、とてもうれしいです」

田中さんのお話をうかがい、ふらっと立ち寄れて自然体で過ごせる居心地の良い場所が自宅近くにある。そこでは人と人が自然とつながることもできる。それはなんと幸せなことなのだろうと感じました。

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
喫茶ランドリー

田中元子さん
株式会社グランドレベル代表取締役。喫茶ランドリー店主。1975年茨城県生まれ。独学で建築を学び、2004年大西正紀氏と共にクリエイティブユニットmosakiを共同設立。建築やデザインなどの専門分野と一般の人々とをつなぐことをモットーに、建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくりを行う。2010年よりワークショップ「けんちく体操」に参加。同活動で2013年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。2015年よりパーソナル屋台の活動を開始。2016年、株式会社グランドレベルを設立。主な著書に『マイパブリックとグランドレベル―今日からはじめるまちづくり』

地主、居住者、行政の“三方良し”を実現する、これからの農園付き住宅

都市近郊の農業生産者が抱える大きな悩みは後継者不足。農地が耕作放棄地になることに加え、これまで「生産緑地」として税が優遇されてきた土地の多くが、2022年にその期限が切れ、宅地並みに課税されます。

その一方、自然、健康、食などに高い関心を持つ人たちは増え続け、市民農園が根強い人気を集めています。こうした動向をとらえて増木工業(埼玉県新座市)が送り出した農園付き分譲住宅が今、注目を集めています。現場を訪ね、その発想や魅力をレポートします。

農地という資産を守りつつ、住宅の魅力を創造する

JR新座駅から歩いて10分ほど、広い農地が残るエリアに、農園付き住宅「新農住コミュニティ野火止台」はあります。

ここを開発・販売する増木工業は、創業140年を越える長い歴史を持ち、地元の新座市を中心とする地域に密着して信頼を築いてきました。地元の地主から土地に関する相談を受けることも珍しくありません。

農園付き住宅の発想もそうした相談がきっかけで生まれました。同社の住宅事業部の大塚嘉孝(おおつか・よしたか)さんはこう振り返ります。
 
「先祖伝来の農地を持ち、お母さんが農業を続けているものの自分は公務員、後継者はいないという地主様から、農地を残す方法はないかと相談を受けました。社長(増田敏政氏)と私が対応する中で、定期借地権付きの一戸建ての賃貸住宅を建てる案が出てきました」。

定期借地権付き賃貸住宅なら、地主は土地の所有権を持ったまま、家賃に加えて地代も得ることができ、しかも固定資産税を大幅に減らすことができます(例えば東京都であれば課税標準は更地の6分の1)。この案は、土地売却より利益が少ないこと、定期借地権の期間が50年と長いことから、最終的には実現できませんでした。しかしこれを機に増田社長と大塚さんは構想を膨らませていきました。

「後継者がいなくても、先祖伝来の土地を失いたくないという農家さんは多いのです。そこで、定期借地権利用に限らず、住宅に農地を組み合わせることを考えました。これなら部分的に農地も残すことができます」。

増田社長はドイツのクラインガルテンを意識していたようです。 また大塚さん自身も、「単に不動産を細切れにして販売するだけではなく、地域に合った価値を付加した、わくわくするような街を作りたいという思いをずっと持っていました」。

埼玉県新座市は調整区域が多く、駅周辺には住宅と広い農地が混在した風景が広がっている(写真撮影/織田孝一)

埼玉県新座市は調整区域が多く、駅周辺には住宅と広い農地が混在した風景が広がっている(写真撮影/織田孝一)

そんなとき、800坪の農地を売却したいという農家からの依頼がありました。そこで、かねてから考えてきた農・住近接のアイデアを取り入れて開発したのが、「新農住コミュニティ野火止台」です。ここでは定期借地権ではなく、分譲住宅としました。

「地主様である農家さんが先祖伝来の土地を失うことを嫌うのは、土地と共に、手塩にかけて作ってきた肥沃な“土”を失うことも大きいと思います。農地付きの住宅なら、この土を活かせるのが、農家さんにとって大きな魅力なのだと思います」。

また、多くの都市近郊の農地が、「生産緑地」として受けてきた優遇税制が2022年には期限が切れることも、懸念材料となっているようです。「当社の農地付き住宅についての説明会には、多くの地主様が参加されています。土地を守り、活かす方法を模索されている背景には、この“2022年問題”もあるようです」。

敷地中央を通る散歩道が美しさと人間関係を生み出す

実際に「新農住コミュニティ野火止台」を歩いてみました。

志木街道に面した、細長い敷地に立つ住宅は15棟。敷地面積は一棟平均約35坪で、各棟に1坪サイズの家庭菜園が設置されています。

敷地の中央を、縁道(えんどう)と呼ばれるゆるやかに蛇行する散歩道が貫いているのが大きな特徴です。これは分譲地の景観を美しく演出するとともに、住まいと住まいの人間関係をつなぐ道でもあります。

「通常だと、中央に車の通れる広い道を通し、両側に住宅を配置するやりかたになりますが、それをせず、もっと自然と親しむ住宅地にしたいと思いました」。

中央部には共用畑を設けました。これは各棟の家庭菜園とは別に、入居者全員が共同利用できる畑です。畑の所有は増木工業。「もう一棟建てられるくらいの敷地(30坪強)をあえて共有の畑にしました。元地主の農家が農業アドバイザーとして農業のサポートをし、相談に乗ってくれるのも新しい試みです」。共用畑の向かいにある防災広場は、災害に備え煮炊きのできるカマドを設置する予定です。また、イベントスペースとして居住者同士のコミュニケーションを図る場として活用していきます。

地主にとってもただ土地を売っておしまいというのではなく、農を通じた土地との関係が続き、そこに住む人たちとの人間関係もできるという点が従来とは異なる魅力になっています。

植栽や畑と一体となったランドスケープデザインは、東京・世田谷区にある建築事務所ボスケデザインによるものです。約80種類もの植栽が、暮らしを彩ります。

整備中の共有畑の前で、住宅事業部の大塚嘉孝さん(営業)と、このプロジェクトの現場監督を務めた福田千尋さん(工事) (写真撮影/織田孝一)

整備中の共有畑の前で、住宅事業部の大塚嘉孝さん(営業)と、このプロジェクトの現場監督を務めた福田千尋さん(工事) (写真撮影/織田孝一)

もう一つ、「新農住コミュニティ野火止台」の大きな特徴は、果樹が数多く植えられていることです。

「果樹を植えた理由には、この『新農住プロジェクト』が、映画『人生フルーツ』に大きな影響を受けたためです。映画に出てきた津端御夫妻のような、“実りある暮らし”を実現する舞台にしたいと考えました」。

『人生フルーツ』(伏原健之監督)は、愛知県春日井市に住む建築家の津端修一・英子夫妻の日常を追ったドキュメンタリー。その自給自足的な生活や思想が多くの人の共感を呼び、隠れたヒット作となりました。「一般に広く上映していない映画なので、当社では何度も自主上映会を開催しました。この映画に共感されるお客様は、農住接近した生活に親和性が高いと考えたからです」。

果樹が数多く植えられていることを語る、住宅事業部営業リーダーの山口愛莉沙さん。そばにあるのはザクロがなっている木(写真撮影/織田孝一)

果樹が数多く植えられていることを語る、住宅事業部営業リーダーの山口愛莉沙さん。そばにあるのはザクロがなっている木(写真撮影/織田孝一)

雨水を利用した給水システムも用意されている(写真撮影/織田孝一)

雨水を利用した給水システムも用意されている(写真撮影/織田孝一)

15棟の内、10棟にはウッドデッキを設置した(写真撮影/織田孝一)

15棟の内、10棟にはウッドデッキを設置した(写真撮影/織田孝一)

住宅には無垢材を多用するなど、自然との調和を図っています。室内の温度ムラが少ない全館空調パッシブエアコンを採用したほか、家庭用燃料電池を使った給湯システム、太陽光発電システム、電気自動車用コンセントなど、環境保全型のしくみが数多く取り入れられています。

屋内は無垢の木を多用。年月が経過し、使い込むほどに美しくなる(写真撮影/織田孝一)

屋内は無垢の木を多用。年月が経過し、使い込むほどに美しくなる(写真撮影/織田孝一)

全棟に屋根裏収納スペースがあり、可動式梯子で上がれるようになっている(写真撮影/織田孝一)

全棟に屋根裏収納スペースがあり、可動式梯子で上がれるようになっている(写真撮影/織田孝一)

「新座でも貸し農園は人気がありますし、食育や自給自足への関心も今まで以上に高まっていると感じます。「新農住コミュニティ野火止台」はそんな時代にも合った分譲住宅でもあると思います」と大塚さんは自信を見せます。この11月3日、4日に開催された町開きでは、大勢の見学者を集め、盛況となりました。

農地を維持したい地主、健康的な生活を求める住民、人口流出をくい止め、景観を守りたい行政、三者いずれもが利益を得る、新しい住宅地の可能性が見えてくるようです。

●取材協力
増木工業株式会社

家に映画館!? 世界を広げる一人暮らし「ソーシャルアパートメント」の魅力

もうすぐ卒業シーズン。そして、新年度のはじまりとともに、入学・就職・転職などで一人暮らしをはじめる人も多いのでは。新生活を迎えるにあたり、ひとつの楽しみが物件探し。立地で選んだり、部屋で選んだり、DIY可能な物件を選んで自分好みにカスタマイズしたり。ライフスタイルにあわせてさまざまな選択肢があるが、その選択肢に、“シェアハウス”や“ソーシャルアパートメント”も加えてみては。実際の暮らしはどのような感じなのか、2018年10月にオープンした映画館付きのソーシャルアパートメント・FILMS和光を見学してみた。
ソーシャルアパートメントはシェアハウスと何が違う?

“ソーシャルアパートメント”と“シェアハウス”の違いは?と疑問をもつ人もいるだろう。ソーシャルアパートメントの大きな特徴は、リビングなどの共用部を通らなくても部屋に行ける動線になっていること。そのため、プライベートが保ちつつ共用部を使え、人とのつながりを通してコミュニティが広がる醍醐味(だいごみ)を味わうことができる。地方から上京したばかりであったり、コミュニティを広げたいと感じていたり、シェアハウスなどに興味はあっても人と暮らすことを不安に感じている人だったり、そういう人にはぴったりの物件なのだ。

物件の顔であるFILMS和光のエントランス。夜になるとサインが灯る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件の顔であるFILMS和光のエントランス。夜になるとサインが灯る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

独立したプライベートと充実した共用部。ソーシャルアパートメント・FILMS和光の魅力とは

FILMS和光があるのは、都心へのアクセスがいいことからいま注目を集めているベッドタウン・埼玉県和光市。和光市駅から10分ほど歩くとマンションが見えてきた。

シアタールーム入口。まるで本当の劇場のよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアタールーム入口。まるで本当の劇場のよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

劇場のエントランスを模したような玄関を入り、まず目に飛び込んでくるのがこの物件の特徴でもある映画館。エントランスのみならず、中ももちろん本格的。座席は実際に映画館で使われているものと同様のシアターシートで、さらに4K高画質プロジェクターや7.1chサラウンドの音響設備など、家にいながら本格的な設備で映画鑑賞が楽しめる。
「これまでシアタールームのあるソーシャルアパートメントはありましたが、ここまで本格的な映画館ははじめてです。動画の定額制配信等のサブスクリプションサービスの隆盛で映画館離れが進んでいるとされる時代に逆行しますが、あえて映画館をつくることで、映画館に行くワクワク感を感じ、そして、本当の映画館にも行っていただきたいという思いもあります」(株式会社グローバルエージェンツ 吉田主恵さん)

シアター内観。ゲーム機器を接続して大画面でゲームを楽しんだり、スポーツ観戦などを楽しむこともできる。もちろん、しっかりとした防音設備も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター内観。ゲーム機器を接続して大画面でゲームを楽しんだり、スポーツ観戦などを楽しむこともできる。もちろん、しっかりとした防音設備も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

座席は映画館で使われているシネマチェア(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

座席は映画館で使われているシネマチェア(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター入口には予定表が。すべての共用部は、貸切や占有はNG。ボードに使いたい時間を書き、観たい人がいたら一緒に参加も可能。映画館もコミュニケーションの場所のひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター入口には予定表が。すべての共用部は、貸切や占有はNG。ボードに使いたい時間を書き、観たい人がいたら一緒に参加も可能。映画館もコミュニケーションの場所のひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ラウンジ内観。「映画」をテーマにした内装・インテリアがGOOD。壁には映画のセリフの引用が書かれてるなど、コミュニケーションのきっかけとなるような仕掛けも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ラウンジ内観。「映画」をテーマにした内装・インテリアがGOOD。壁には映画のセリフの引用が書かれてるなど、コミュニケーションのきっかけとなるような仕掛けも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用部のなかでも、日々入居者同士がコミュニケーションを取る重要な場所がラウンジ。映画館のチケットブースを模したカウンターやビリヤード台などアメリカンクラシックな内装・インテリアなど、「映画」というテーマに沿った空間が広がっている。ソファが多く設置されていたり、Nintendo Switchがあったり、リラックスしながらもコミュニケーションを図れるツールもさりげなく用意されているのもうれしい。ここでは、よくパーティーも開かれているのだとか。

充実した設備のキッチン。食材などを置ける個人のストッカーも完備(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

充実した設備のキッチン。食材などを置ける個人のストッカーも完備(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

リビングの横にあるキッチンには、7台のキッチンセットを完備。調理器具や食器などは共用のものを自由に使うことができる。バルミューダのトースターやル・クルーゼの鍋など一人暮らしではなかなか使うことのできないツールが用意されているのもソーシャルアパートメントのメリットのひとつ。水まわりは、キッチンのほかにトイレ、シャワールーム、ドラム式全自動洗濯乾燥機が完備されたランドリールームなどが。はじめて一人暮らしをはじめる人にとっては、コンパクトな荷物で引越しができるのも魅力だろう。

ワーキングラウンジ。普通の座席のほかにスタンディングチェアの座席、半個室のソファ席も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワーキングラウンジ。普通の座席のほかにスタンディングチェアの座席、半個室のソファ席も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ひとりで仕事や勉強に取り組みたいときは、リビング・キッチンの横にあるワーキングラウンジがぴったり。奥には半個室のソファ席もあり集中するには最適な場所だ。フリーランスで活動する人にとっても、家の中に寝室以外の仕事部屋があるのはうれしいだろう。そのほかにも、ヨガやトレーニングなど身体を動かすときに使えるスタジオや、ちょっとした撮影で使えるフォトスタジオなども。

ヨガや筋トレなどトレーニングを楽しめるスタジオ。ソーシャルアパートメントでは部活動も盛んなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ヨガや筋トレなどトレーニングを楽しめるスタジオ。ソーシャルアパートメントでは部活動も盛んなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本格的な撮影スタジオでは、フリマアプリなどで販売用のちょっとした撮影も可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本格的な撮影スタジオでは、フリマアプリなどで販売用のちょっとした撮影も可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の居室は、ベッド・デスク・ローテーブルを置いても十分な広さ。自分の好みにカスタマイズできそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の居室は、ベッド・デスク・ローテーブルを置いても十分な広さ。自分の好みにカスタマイズできそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の部屋は、広さが8畳以上あるので、ベッドのほかにソファを置いてくつろぐことも可能。クローゼットのほかにベランダがあるのもうれしいポイントだ。

ソーシャルアパートメントの住み心地はどう? 入居者に聞いた(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

プライバシーを確保された動線や映画館をはじめとした充実した共用部など、魅力あふれるFILMS和光だが、実際の住み心地をどうなのだろうか。エステティシャンをしているという女性の入居者に話を聞いた。

「入居した理由は、ずばり、オープンの日が自分の誕生日と同じだったからです(笑)。6年間、正社員として勤務した会社を辞めて、アラサーで転職、引越しで、人生の転機、というと大袈裟ですが、30歳の誕生日に新しい環境を(自分に)プレゼントしたいと思いました。シェアハウスに全く抵抗がなかったわけではありませんが、友人が別のソーシャルアパートメントに住んでいたので、なんとなくイメージは湧いていて、職場にアクセスしやすい立地と建物の中に映画館があるという非日常、しかも新しい物件だったので住んでみたいとシンプルに思いました。

(ソーシャルアパートメントを選んで良かった点は、)個人のプライベートはしっかりありつつ、住人と顔見知りになるので、安心感がありました。都会で隣が誰かも分からないような感じよりいいな、という感覚です。あと、水まわりの掃除から解放されます! これは、結構いいです! そして、住人同士のかかわりについても、お互いの夢?というと大袈裟かもですが、刺激的です。小説を書いている人に感想欲しいです!って言われたり、転職の経緯を聞かれて、いろいろ話していたら、ジャンルが似ているからお互い頑張って勉強して、アウトプットも兼ねてコラボできたらいいね!っていう話になったりするんです」(のりこさん 女性 30歳 エステティシャン)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

家は、自分の世界を広げてくれる場所

のりこさんの話からも分かるように、ソーシャルアパートメントの真の魅力とはハードウェアではない。住人間のコミュニケーションから “ひとり”を拡張できる、ソフトウェアの部分にある。

「基本的に、ソーシャルアパートメントは物件のテーマを寄せ過ぎないようにしているんです。テーマを寄せるとその属性の人が集まってきてしまうのはいいのですが、自分とは違う属性の人と出会う機会は狭まってしまう。私たちは“多様性”を重視していて、物件のテーマは誰もが受け入れられるものにとどめているんですね。
大切なのは、入居者同士のコミュニケーションやそこで生まれる化学反応、そして日常生活で世界が広がるという体験のあるライフスタイル。映画というのは多くの人が観るものであり、世界が広がる体験であり、その価値をより深めるテーマだと思うんです」(吉田さん)

ひとり暮らしのよさは、やはり自由なこと。生活サイクルも食生活も自分のペースで暮らすことができる。ただ、同時にそこには責任や孤独もつきまとう。ソーシャルアパートメントでは、ひとり暮らしでありながら「おはよう」「おかえり」と言ってくれる相手がいる。年をとっていくと新たな友人関係を築くのは難しくなってくることもあるが、家族でも古くからの友達でも同僚でもない、家をきっかけとした新たなコミュニティは、生活に新たな風を吹かせてくれるだろう。長い人生の数年間、ソーシャルアパートメントで暮らしてみると、人生が大きく拡張していくかもしれない。

●取材協力
FILMS和光

2019年の猫ガジェット最新事情がすごい。トイレに給餌器、カメラを使ってみた

IoT(Internet of Things)が加速度的に普及し、家のなかのモノがネットワークでつながることが、当たり前になりつつある昨今。そうした小型家電(いわゆるガジェット)は人間のモノにとどまらず、猫や犬などのペットまわりのアイテムにも波及しつつあります。ということで、今回は仕事や暮らしを「より良く」するアイデアやガジェットを紹介するwebメディア「ライフハッカー[日本版]」の猫好き編集者・岸田祐佳さんと筆者が実際に製品を使ってみた感想をご紹介。これからの猫ガジェットと住まいのあれこれについて紹介していきます。
2018年はペットガジェット元年だった。2019年もユニークな商品が次々登場

2017年、インスタグラムが日本でいちばん投稿されたハッシュタグは「猫・ねこ」、3位は「かわいい」だったという結果もあるほど、猛烈な猫人気が続いています。現在でもTwitterやFacebookなどのSNS、各メディアで猫の写真や画像を見ない日はありません。2017年には猫の飼育頭数が犬の飼育数を上回り、2018年もその傾向が続く(※1)など、猫人気は衰え知らずです。

2018年はシャープの「ペットケアモニター」などのデバイスが続々と誕生。ゆえに2018年はペットガジェット、ペットテック元年とも言われ、2019年はさらに進化を遂げそうです。

スラリと伸びた手足が美しい。めっちゃ美猫のピニャさん(左)。やんちゃなクスさん(右)はお腹をみせてくれる歓迎ぶり。ともに保護猫ですが、縁あって岸田さんと一緒に暮らしています(撮影(左)/嘉屋恭子、写真提供(右)/岸田祐佳さん)

スラリと伸びた手足が美しい。めっちゃ美猫のピニャさん(左)。やんちゃなクスさん(右)はお腹をみせてくれる歓迎ぶり。ともに保護猫ですが、縁あって岸田さんと一緒に暮らしています(撮影(左)/嘉屋恭子、写真提供(右)/岸田祐佳さん)

ちなみに、筆者は今回の企画に際して10年前の猫雑誌を読み返してみましたが、そうしたデジタルアイテムは皆無でした。まさに10年ひと昔、今まで考えられなかった進化と言ってもいいでしょう。

岸田さんによると、「猫ブームも手伝って、賃貸物件やひとり暮らしでも猫やペットを飼うという選択肢が選べるようになったことが大きな背景としてあると思います。どうしてもペットと一緒にいられない時間を補うためのツールやガジェットにも需要が生まれたのではないでしょうか。また、クラウドファンディングなどでアイデアを商品化しやすくなった時代性もあるように感じます」とのこと。

そう話しながら例として紹介してくださったのは、クラウドファンディングを経て今年の夏にリリースされる予定の商品「Catlog(キャトログ)」(RABO)。運動量、食事回数など、猫の活動を24時間記録するウェアラブルデバイスで、留守番中の猫の様子をスマホで見られたり、猫の様子を家族や獣医師にもアカウントシェアでき、将来的には利用している猫たちのログを分析することで病気の予防等に役立てられる、というものです。猫好き&ガジェットならワクワクは止まらない状況といえるでしょう。

岸田さんもクラウドファンディングで支援したという猫用ウェアラブルデバイス「Catlog(キャトログ)」。これから楽しみな新サービスのひとつ(写真提供/RABO)

岸田さんもクラウドファンディングで支援したという猫用ウェアラブルデバイス「Catlog(キャトログ)」。これから楽しみな新サービスのひとつ(写真提供/RABO)

今回は、ライフハッカー編集部の岸田さんが最近気になっているという、体重や排尿を記録するトイレ(シャープ)、自動で追尾し、撮影してくれるカメラ(パナソニック)、設定時間に自動でごはんをあげてくれる給餌器(うちのこエレクトリック)の3つのアイテムをピックアップ。筆者宅と岸田さん宅で実際に使用してみました。使い心地はどのようなものなのでしょうか。

ペットトイレに給餌器、カメラ。実際に使うと「未来が来た!」感が半端ない

【シャープ 猫用システムトイレ型「ペットケアモニター」】

猫トイレを使うところをご披露いただいたピニャさん。トイレ姿もかわいい! 尿の排泄をするとスマホのアプリ経由でお知らせしてくれる(写真提供/岸田祐佳さん)

猫トイレを使うところをご披露いただいたピニャさん。トイレ姿もかわいい! 尿の排泄をするとスマホのアプリ経由でお知らせしてくれる(写真提供/岸田祐佳さん)

ピニャさんは、前髪がとってもキュート。首輪の中央についている円形のアイテムはペットトイレと連動する「個体識別バッジ」。ころんとしたかたちもかわいい(写真提供/岸田祐佳さん)

ピニャさんは、前髪がとってもキュート。首輪の中央についている円形のアイテムはペットトイレと連動する「個体識別バッジ」。ころんとしたかたちもかわいい(写真提供/岸田祐佳さん)

(写真提供/岸田祐佳さん)

(写真提供/岸田祐佳さん)

岸田さんは「ペットケアモニター」の良さについて、「外出先・勤務先で猫たちの排尿の様子が分かるのは不安を軽減してくれます。特に昨年の夏のように毎日、異様に暑いと心配になりますよね。トイレをしたのが分かるとそれだけで安心します」と言います。現在、いっしょに暮らしているピニャさん、クスさんはまだまだ1歳になっておらず、アクティブなやんちゃざかり。あやまってヒモ、おもちゃを誤飲するコも多く、モノによっては開腹手術が必要なことも。それだけに、様子が分かると安心というのは納得です。

一方で、筆者宅のちゃえもんは10歳。見た目は凛々しいのですが、人間でいうと60歳超で、そろそろ健康管理が必要なお年ごろ。特に先に逝ってしまった猫は体重管理が大変だったので、トイレで体重が計れることに感動しました。テクノロジー万歳です! また、猫は我慢強い生き物と言われることがあり、飼い主が異変に気づいたときには重症化していることが多いと聞きます。その点、こうしたログが残ることで、体調をすぐに察知できる点にも魅力を感じました。

実際にペットガジェットに挑んだわが家のちゃえもん(左)。トイレでそそうする(右)など、またひとつ残念な伝説を残す……(撮影/嘉屋恭子)

実際にペットガジェットに挑んだわが家のちゃえもん(左)。トイレでそそうする(右)など、またひとつ残念な伝説を残す……(撮影/嘉屋恭子)

【うちのこエレクトリック 給餌器「カリカリマシーンSP」】
ピニャさんは食事をする姿も撮影させてくれました。なんて分かっているコなんだ、キミは……!(写真提供/岸田祐佳さん)

ピニャさんは食事をする姿も撮影させてくれました。なんて分かっているコなんだ、キミは……!(写真提供/岸田祐佳さん)

「今までもタイマー設定でごはんをあげてくれる自動給餌器はありましたが、こちらは外出先でも、アプリ経由で手動給餌ができます。電車が遅れる、急な残業などにも対応しやすいですよね。こちらもカメラを搭載する見守り機能付きです」と岸田さん。

(写真提供/岸田祐佳さん)

(写真提供/岸田祐佳さん)

また、余っているカリカリがあると自動センサーが感知して給餌をストップ。食べ過ぎ防止にもなります。ぽっちゃり猫も見た目は愛おしいですが、寿命を縮める結果になってしまうので、防げるのは大きなメリットです。

筆者宅で設置した自動給餌器(左)。スマホで給餌時間を設定すると自動でカリカリが出てくる。ちゃえもんは食べムラがあり、毎日同じ給餌量だとごはんが余りました。自動給餌機能をフル活用(撮影/嘉屋恭子)

筆者宅で設置した自動給餌器(左)。スマホで給餌時間を設定すると自動でカリカリが出てくる。ちゃえもんは食べムラがあり、毎日同じ給餌量だとごはんが余りました。自動給餌機能をフル活用(撮影/嘉屋恭子)

カメラとエアコンは連携済み。さらに機器同士の連携で進化するかも? 

ちなみに、岸田さんは自動給餌器とトイレなど機器同士が連携することでさらに進化していくのでは、と推測します。

「今回使用したペットトイレは周辺の温度を感知して『設置場所の温度が低いようです』って出るんです。今後はエアコンと連携して自然と部屋を暖めておくなんてことも可能になるのでは。トイレと給餌器も同様で、便や尿の量を検知して、ごはんを少なめに/多めにってなっていくんじゃないでしょうか」とも。なるほど、それはありえるのかもしれません。

【パナソニック 「HDペットカメラ」】
パナソニックのHDペットカメラ。外出先でも違うフロアでも猫を追尾して撮影。200万画素という高解像度。話しかけることも可能です(写真提供/岸田祐佳さん)

パナソニックのHDペットカメラ。外出先でも違うフロアでも猫を追尾して撮影。200万画素という高解像度。話しかけることも可能です(写真提供/岸田祐佳さん)

これは猫や子どもがいると自動追尾してくれて、その様子が外出先や別フロアからでも分かるというもの。声でもやりとりできるので、コミュニケーションがとれて楽しいだけでなく、先ほどの「機器同士の連携」をすでに実現し、カメラのアプリからエアコンのアプリに自動連携、外出先から室温調整ができます。

ちなみに岸田さんはオフィスでも、「特別に用事がなくても、アプリでピニャとクスを見て癒やされていました」と話します。こちらのカメラは解像度が200万画素ですし、夜間でも撮影できます。出張や泊まりの仕事がある人はより安心なのではないでしょうか。

自動追尾機能付きのペットカメラが捉えた筆者宅のちゃえもんの姿。人間用ベッドをわが物顔で使う(左)が、ペット用ベッドには上に乗ってしまう様子を激写(右)。去年まではちゃんと「猫ベッド」として使っていたのに(撮影/嘉屋恭子)

自動追尾機能付きのペットカメラが捉えた筆者宅のちゃえもんの姿。人間用ベッドをわが物顔で使う(左)が、ペット用ベッドには上に乗ってしまう様子を激写(右)。去年まではちゃんと「猫ベッド」として使っていたのに(撮影/嘉屋恭子)

ちなみに、保護したヤマネコみたいな写真が夜間に撮れました。気分は動物番組です(撮影/嘉屋恭子)

ちなみに、保護したヤマネコみたいな写真が夜間に撮れました。気分は動物番組です(撮影/嘉屋恭子)

猫ガジェットはまだまだ進化途上。殺処分ゼロにも貢献するテックに期待

ちなみに今回は日本で入手できるアイテムをお試ししましたが、海外ではペットアイテムをレンタルしてお試ししてから購入できる「サブスクリプションサービス」なども登場しています。こうしたアイテムやサービスは今後、どんどん改良が進んでいくことでしょう。

ちなみに今回、筆者はガジェットの進化に住まいが追いついていないと思いました。というのも、筆者宅は2012年築で、比較的どの部屋にもコンセントがありますが、それでも「足りないな」と痛感。もちろん、延長コードで対応可能ですが、IoTを想定していない住まいでは、今後、不便だなと感じることが増えるかもしれません。

実はこうして問題を1つ解決すると、またひとつ不安や不便が出てくると、岸田さんも指摘します。
「テクノロジーは、不安や欲求を解決しますが、そうなってくるとまた違う不安や欲求が出てくるもの。いわば終わりなき戦いですよね」と言います。なるほど、際限ってないんですね。

(写真提供/岸田祐佳さん)

(写真提供/岸田祐佳さん)

最後に今後の展望についても聞いてみました。

「今は、家にいる猫・犬を対象にしたアイテム・ガジェットですが、個人的には、将来的には野良猫、保護猫を助ける仕組みやガジェットができたらいいな、と思います。犬や猫の殺処分ゼロを目指すといっても実際にはボランティアのがんばり、個人の努力に支えられているところも大きいので。あとは、SNSでは自宅の猫と似た模様のコがいると気になってお互いフォローしあっていることも多いですよね。マッチングというか、うまく交流を促しながら、やむをえない事情があって飼い猫を手放さなくてはいけなくなった際や、飼い猫が病気にかかってしまった際などに飼い主同士がお互いに助け合えるような仕組みがあってもいいと思います」と岸田さん。

確かに保護猫・保護犬たちを目にする機会も増えていますが、同じ動物好きつながりで連携し、何かもうひと押し、テクノロジーで解決できたらいいのにという思いは同感です。人だけでなく、ともに暮らす猫や犬、ほかの動物たちも幸せになれるような、そんな技術の進歩に期待したいと思います。

(写真提供/岸田祐佳さん)

(写真提供/岸田祐佳さん)

●取材協力
※1 一般社団法人ペットフード協会
シャープ ペットケアモニター
うちのこエレクトリック カリカリマシーンSP
パナソニック HDペットカメラ
RABO Catlog

ZEH(ゼッチ)を子どもと体験してきた! 無料宿泊体験も期間限定で可能

ZEH、つまりNet Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)は、近ごろ、住まいの購入を検討している人であれば、耳にしたことはあるかもしれません。ざっくりいうと家で使う一次消費エネルギー量(空調・給湯・照明・換気)の年間収支をプラスマイナス「ゼロ」にする住まいのことですが、実際にはイメージがわかない、という人も多いことでしょう。今回、なんと、このZEHに無料宿泊体験できるというので、現地に子どもとともに訪問。その一部始終をご紹介します。
外気温9度でも室温は16度。冬でも薄着ですごせる快適さ!

ZEHは断熱性気密性を高めるとともに、太陽光発電などでエネルギーをつくり出し、一次消費エネルギー消費をプラスマイナスゼロにする家のことです。電気やガスのエネルギーを購入するのはいわば当たり前ですから、「特別な家なのでは……」と思う人も多いことでしょう。使用エネルギーがプラスマイナスゼロになるので、光熱費も安く、環境への負担は軽くなりますが、「そうはいってもお高いんでしょ?」「住むとなったら実際、どんなメリットがあるわけ?」と疑問を抱く人は多いはず。

そうした素朴な疑問を解消できるのが、このZEHの無料宿泊体験です。日本各地にあるZEHハウスに事前予約をとり、宿泊してその良さを知ってもらおうという取り組みです。論より証拠、説明より体感ということですね。この環境省の「COOL CHOICE ZEH体験宿泊事業」は2018年12月にはじまり、2019年2月末までの期間限定で行われています。開始して間もないですが、週末は次々と予約が入るほどの人気ぶりだとか。今回、筆者は2人の子どもと訪問し、実際に家族で過ごしてきました。

ちなみに、訪問したのは積水ハウスが設計施工した「RAFFINE石蔵」という亀有駅から歩いてすぐの物件です。ZEHでは一戸建てが多いのですが、ここは珍しいことに集合住宅。しかもすでにほかの部屋は賃貸として入居している人もいます。

訪れた日の気温9度と寒い日でしたが、室内はほんのり暖かく感じる程度の16度。暖房をつけていないのにこの温度にはまず驚きます。床もひんやりとせず、娘はそうそうに上着・靴下を脱いで遊び始めてしまいました。

普段は場所見知りもするのですが、暖かさといつものおもちゃに安心したのか、すぐに遊び始める娘。なじみすぎ(撮影/嘉屋恭子)

普段は場所見知りもするのですが、暖かさといつものおもちゃに安心したのか、すぐに遊び始める娘。なじみすぎ(撮影/嘉屋恭子)

宿泊前に、設備や仕様についてかんたんに説明してもらえるので、最新の設備(例えばIHクッキングヒーター、エネファームなど)についても実際に使い、お試しすることができます。デジタルネイティブの子どもたちはHEMS(※Home Energy Management System/ホーム エネルギー マネジメント システムの略語。使用エネルギーなどがグラフで見えるほか、管理することもできる)に興味しんしん。使用エネルギー、現在の発電量が見える化できるのは、子どもにとってもおもしろいようです。

リビングのデスクコーナーに置かれたHEMS。キャラクターが気になるのか「コレはなに?」と聞かれて説明。子どもの環境教育にも役立ちます(撮影/嘉屋恭子)

リビングのデスクコーナーに置かれたHEMS。キャラクターが気になるのか「コレはなに?」と聞かれて説明。子どもの環境教育にも役立ちます(撮影/嘉屋恭子)

エアコンは22度ですぐに暖かく。線路のそばとは思えないほど静か

ZEHの特徴は、まず暖かいこと。いわゆる高断熱高気密の住宅です。エアコンを切った状態では室温は16度でしたが、エアコンを22度の温度に設定し、スイッチをいれるとすぐに暖かくなります。また窓辺は日差しで暖かく、「すきま風が入る」や「ひんやりとする感じ」はありません。

すぐに窓辺が暖かくなったのは、サーモグラフィカメラで見ても一目瞭然(撮影/嘉屋恭子)

すぐに窓辺が暖かくなったのは、サーモグラフィカメラで見ても一目瞭然(撮影/嘉屋恭子)

このポイントは窓にあり、この物件では高断熱アルミサッシ(アルミの枠の中に熱を伝えにくくする樹脂を採用)、複層ガラスを使っているといいます。ただ、特別な商品ではなく、近年の高断熱・高気密をうたう物件では、採用しているところが増えています。窓の性能がよくなると必然的に遮音性も高くなり、窓から電車が見えるものの、締め切ってしまえば鉄道の存在にまったく気づかないほどに静か。防犯合わせガラスにもなっています。

子どもは「安心できる」「くつろげる」と感じたのか、自分の家のように自由に遊んでいます。やっぱり暖かい家はよいですね。

日差しは春めいて見えますが、外は9度。すぐに室温は24度となり、心地よい暖かさ。音は静かな状態といわれる40~50デシベル。いちばんうるさいのは母ちゃん(筆者)の声でした(撮影/嘉屋恭子)

日差しは春めいて見えますが、外は9度。すぐに室温は24度となり、心地よい暖かさ。音は静かな状態といわれる40~50デシベル。いちばんうるさいのは母ちゃん(筆者)の声でした(撮影/嘉屋恭子)

暖かいのは窓辺だけではありません。エアコンをいれていない、寝室や洗面所もじょじょに暖かくなるので、部屋ごとの温度ムラができにくくなっているのです。ヒートショックは、部屋間の温度差があることで発生すると言われていますが、それが起きにくい状態です。

洗面所と洋室はつながっていて、回遊性のある間取り(撮影/嘉屋恭子)

洗面所と洋室はつながっていて、回遊性のある間取り(撮影/嘉屋恭子)

子どもたちは探検&走りまわってエンジョイしている(撮影/嘉屋恭子)

子どもたちは探検&走りまわってエンジョイしている(撮影/嘉屋恭子)

もちろん、エアコンはつけていないので、洗面所・寝室も16度程度で、けして暖かいわけではありませんが、身体に負荷がかかり、不快になるような温度差(一般的に10度以上の差)ではありません。また、このときは発電量>使用量でしたので、余った電力を売っていた状態でした(!)。少しのエネルギーで、冬は暖かく、夏は涼しく過ごせる。省エネルギーは人間にとって快適でもあり、経済的でもあるのです。

リビングの続きにある寝室。こちらもエアコンなしでも15度程度。遊んでいる娘だけでなく、息子もいちばん気に入ったのはこの寝室だったとか。この日差しのなかでひたすら昼寝がしたい(撮影/嘉屋恭子)

リビングの続きにある寝室。こちらもエアコンなしでも15度程度。遊んでいる娘だけでなく、息子もいちばん気に入ったのはこの寝室だったとか。この日差しのなかでひたすら昼寝がしたい(撮影/嘉屋恭子)

ZEHは特別ではなく、「当たり前」の住まいに

ZEHのもう1つのメリットは、やはりランニングコストで経済的という点でしょう。もちろん、ZEHに必要な太陽光発電やエネファームといった設備には初期コストが必要になりますが、ランニングとなる光熱費がほぼゼロとなるわけですから、トータルコストで比較した場合には収支面でのメリットも大きいのです。また、自治体や国などでは、省エネルギー設備の導入時に補助金制度を設けていることも多いので、賢く利用したいところです。

今回の「RAFFINE石蔵」ですが、床・壁・天井の断熱に配慮し、窓を少しだけグレードアップ、太陽光発電の発電量に少しだけ余裕をもたせたものの、「ZEHとしての特別な仕様」という設計ではないといいます。言い換えればZEHのような高断熱住宅プラス創エネ住宅は、「当たり前」になっていくのだと感じました。

環境への負荷を減らしつつ、自分たちの経済面でも、また快適で健康面でもメリットの大きいZEH。住まいを建てようかなという人、リフォームしようと考える人だけでなく、今、家にまったく興味のない人でも「暖かい家」「エネルギーを創る家」の良さを体感すると、きっと新たな発見と驚きがあると思います。

●取材協力
COOL CHOICE ZEH 体験宿泊事業

「変調」の1年? 2019年の不動産市場を読み解く4つのキーワード

2019年が始まってはや1か月が過ぎようとしています。1月の恒例企画として、2019年の不動産市場を予測してみたいと思います。高止まりしていた中古マンション価格の下落や消費増税など、今年は一言でいえば「変調」の1年といえそうです。
キーワード1「株価動向」:都心部の中古マンション価格と連動、今後は下落傾向に?

まずは誰もが気になる不動産価格。この価格の変動の波は、まず東京都心部から始まります。それがやがて23区に広がると同時に、神奈川・埼玉・千葉県へと波及していきつつ、札幌・名古屋・大阪・福岡圏などへ影響を与えるといった流れです。

そしてとりわけ都心部の中古マンション価格は、株価に敏感に反応します。昨年末から変調をきたしている株価は現在、2万円前後(1月7日時点)で推移していますが、この水準だと、都心3区(千代田・中央・港区)の中古マンション成約平米単価は、15~20パーセント程度割高であるといえます。

新宿・渋谷・品川・港区あたりも同様です。新築マンションは、デベロッパー(売主)が価格をコントロールしているためすぐには反応しません。したがって2019年の不動産市場動向を占うのは、株価動向を予測するのとほぼ同義です。

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先進各国の不動産市場を見ると、明らかに減速感が漂っています。要因は各国様々ですが、共通するのは「株式市場の変動性」「金利上昇」「金融引き締め」「マネーロンダリングへの取り締まり強化」「政府の規制強化」「新興国からの資金流出」「米中貿易戦争などで出金制限から中国人投資の減少」など。マンション価格が東京より高かった、バンクーバー・ロンドン・香港・シンガポール・シドニー・米主要都市・北京・上海など軒並み頭打ちから下落傾向が鮮明となっています。

2012年の民主党から自民党への政権交代以降、右肩上がりで上昇を続けてきた都心部のマンション価格ですが、どうやらこのあたりが天井かもしれません。むしろ株式市場の局面が大きく変わらない限り、下落傾向が見えてくるのではないでしょうか。とはいえ、先進各国の主要都市に比して出遅れ感のあった東京都心部の不動産価格は、その下落幅も限定的であるとはいえるでしょう。

キーワード2「3極化」:不動産価値の3極化は続く

以前にお話しした通り、不動産市場の「3極化」はますます鮮明なものとなります。「価値が落ちない・落ちにくい不動産」「ダラダラと下落を続ける不動産」「無価値・マイナス価値の不動産」といった具合です。

今年7月には統計局の空家調査(住宅・土地統計調査)の結果が公表されますが、この時おそらく全国の空き家数は1000万戸を超え、空家率は17パーセント程度になっているはずです。「都心」「駅近・駅前・駅直結」「大規模・タワー」といったワードに象徴されるマンションは強い一方、「駅から遠い」など利便性が相対的に劣る不動産ほど極端に弱くなり、都市郊外でも一部では「いくらで売り出しても売れない」といったものも出てきそうです。

空き家問題といえば、これまでは一部地方の問題と受けとられてきた節もあります。しかし今後は、高度経済成長期に、団塊世代を中心として人口ボリュームゾーンが一挙に高まった、かつてのいわゆる「ベッドタウン」と呼ばれるところで、人口減少に見合う流入のないところは、かなり厳しそうです。

なぜこれほどまでに、駅からの距離など「利便性」が重要視されるのか。ひとつは30代以下の若い世代の自動車保有率が低下している点です。基本的に彼らは、徒歩圏内で生活ができる環境を求める傾向があるようです。

さらには、共働き世帯の割合が年々増加傾向にあり、彼らのライフスタイルにおいても利便性が重視されています。共働きで小さなお子さんがいる家庭、かつ通勤に使う駅と保育園が離れている場合などでも、クルマで保育園まで送り届けて、家にクルマを戻し、そこからまた徒歩で駅に向かうのは時間的に難しいものがあります。駅前にクルマを停めようにも、首都圏近郊では駅前に駐車場がないケースや、あっても高額であるケースも少なくありません。そうなると、クルマ自体を持たない前提でライフスタイルを設計するケースが多くなるようです。

単身の若い方であっても、駅からの距離が短い物件を求める傾向が強くなっています。「空間」や「快適性」よりも「時間」を重要視する傾向が若い世代を中心に強まっているのです。

キーワード3「金利動向」:低金利のうちに固定金利に借り換えを

住宅購入に大きく関わる金利。2019年はさしあたって金利が大きく上昇する環境にはなさそうです。

ただし、住宅ローンは最大35年という長期にわたって支払いを続けるもの。住宅金融支援機構の「2018年度 民間住宅ローンの貸出動向調査結果」によれば、2017年度の民間住宅ローン平均完済期間は15.2年とのことですが、そうだとしても15年先の金利動向を見通せる人などいないはずですが、現在より上がっていると考えるのが自然でしょう。

「住宅ローンを組んでマイホーム購入を」とお考えの方、すでに住宅ローンを組んでいる方には、低金利の今のうちに固定金利への借り換えをお勧めします。とはいえ相対的に金利が低い変動金利は、毎月の支払額が少ないことや、残金の減りが早いなどの魅力もあります。

この魅力を享受するには、住宅ローンの金利を、いざ金利が上昇を始めたらすぐに固定金利に切り替えることができればよいはず。しかし金利決定の仕組み上、固定金利が上昇を始めた時にはすでに変動金利は上昇しているものです。よほど株価や金利などの経済動向に敏感か、いざというときにはまとまったお金を繰り上げ返済して支払額を抑制できるなどの準備があるケース以外は難しいといえるでしょう。

キーワード4「消費増税」:住宅購入に大きなインパクトなし

2019年10月には8パーセントから10パーセントへの消費増税が予定されています。

政府は、その実行の判断は予算成立後の春先に判断するとしていますが、かつてのような駆け込み購入やその後の市場の落ち込みがないよう、住宅に関しては「住宅ローン減税期間を10年から13年へ延長」「すまい給付金や住宅エコポイントの給付」などが検討されています。想定通りに実行されるようであれば、増税前後で大きな変化は起きなさそうです。

消費増税の前に買うのがいいか、それとも後がいいかと悩むより、より価値の落ちない、落ちにくい不動産選びを心がけるほうが、よほど家計には優しそうです。

そもそもマイホーム選びを「価格動向」「金利」といった外部要因で判断するケースはそんなに多くはなく、「子供の学校」「親と同居」「賃貸契約の期限」といったそれぞれの家庭の内部要因が優先されるべきものです。ご自身やご家族が気に入って、支払いに無理がないのであれば、早く買うほど住宅ローンも早く終わります。慌てず、じっくり、自分に合う不動産選びを心がけてください。

s-長嶋修_正方形.jpg長嶋 修  さくら事務所創業者・会長
業界初の個人向け不動産コンサルティング・ホームインスペクション(住宅診断)を行う「さくら事務所」を創業、現会長。不動産購入ノウハウの他、業界・政策提言や社会問題全般にも言及。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。【株式会社さくら事務所】

テーマのある暮らし[6] ラテンのリズムに囲まれ、国内外の音楽仲間が集うオープンな家

トロピカルなテイストに懐かしさのあるワールド・ミュージック楽団「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」を率いて、世界各国を飛び回っている廣瀬拓音(ひろせ・たくと)さん。楽器とともに暮らし、国内外の仲間が気軽に集まれるオープンな家にリノベーションしました。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。祖母から受け継いだ昭和の家をリノベーション

廣瀬さんが主宰している「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」の本拠地は、23区内でありながら下町風情が漂う板橋区。自宅とスタジオを兼ねた一戸建てに、廣瀬さんと妻、保育園に通う長女と暮らしています。取材に伺ったのは、あと数週間で第二子の出産予定日というとき。臨月の大変ななか、家族そろって快くお話を聞かせてくださいました。

幅広いジャンルの本と並ぶのは、国際色豊かなフェスの写真や珍しい楽器の数々。右上の楽器は、取材中にお嬢さんが披露してくれたモザンビークに伝わる伝統楽器、可愛い音色が特徴の木琴ティンビラ(写真撮影/内海明啓)

幅広いジャンルの本と並ぶのは、国際色豊かなフェスの写真や珍しい楽器の数々。右上の楽器は、取材中にお嬢さんが披露してくれたモザンビークに伝わる伝統楽器、可愛い音色が特徴の木琴ティンビラ(写真撮影/内海明啓)

「この家は、もともと私の祖母が住んでいました。一人暮らしをしていた祖母と私たちで同居をはじめたのですが、1年弱で祖母がケガをしてしまって……。私たちも仕事で家を空けることが多いため十分なお世話ができず、祖母は岩手県在住の両親にお願いして、私たちがこの家を受け継ぐことになりました」と廣瀬さんの妻。

「岐阜県出身の僕は祖母の家によく行き来していたので、前の家も落ち着けて好きだったんです。でも、海外に演奏ツアーへ行ったとき、ホテルや友人の家のざっくりした空間が生活しやすそうだなぁ、と感じていました」(画像提供/TAIMATSU)

「岐阜県出身の僕は祖母の家によく行き来していたので、前の家も落ち着けて好きだったんです。でも、海外に演奏ツアーへ行ったとき、ホテルや友人の家のざっくりした空間が生活しやすそうだなぁ、と感じていました」(画像提供/TAIMATSU)

ひとつひとつの部屋が区切られていた日本家屋に住んで9年。
「前の家に愛着もあったのですが、朝起きてから家を出るまで、とにかくふすまの開け閉めが多くて、座ったり立ったりの動作も多いことがストレスに感じていました」

生活の流れがスムーズで、たくさんの仲間たちが気軽に遊びに来てくれる開放的な空間づくり。そして、廣瀬さんの創作活動となる仕事場を快適にすることをテーマに、リノベーションを決めた廣瀬さん夫婦。友人であり、設計士の松尾さんに相談しました。

20個以上ある太鼓の置き場所を何とかしたい!

廣瀬さんは「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」での活動のほか、ブラジル北東部の伝統芸能「マラカトゥ・ナサォン」をベースとした爆音ブラジル大太鼓集団「BAQUEBA(バッキバ)」の代表も務めています。ご自身の太鼓は5個ですが、メンバーの楽器も預かっているため大小合わせて20個以上の太鼓が自宅にあるのです。

「今まで、太鼓は2階の部屋に積んでいて、いつ崩れてもおかしくない状態。積み上げた太鼓に囲まれて、冷や冷やしながら仕事をしていました(笑)。それに、太鼓の出し入れがもう大変で……。階段が狭いので、太鼓を抱えて1階と2階を何度も往復。太鼓を車に載せるだけで、小1時間はかかっていました。それを頻繁にしていたので、かなりキツかったです」

そこで設計士の松尾さんが提案したのは、バスルームやトイレなど水周りの上を太鼓のスペースにすること。

「1階の天井をギリギリまで上げて、水周りをボックスで囲んで、その上に太鼓を置くことにしました。その分だけ水周りの天井は低くなりますが、太鼓の高さをきっちり計って、十分な天井の高さを取っています」と話す松尾さん。これで、太鼓の置き場所はクリアになりました。

身長178cmの廣瀬さん曰く「前の家は鴨居が175cm程だったので、ちょっと油断すると頭をぶつけちゃうんです。水周りの天井が少し低いといっても、今ではぶつけることもなく快適です」(写真撮影/内海明啓)

身長178cmの廣瀬さん曰く「前の家は鴨居が175cm程だったので、ちょっと油断すると頭をぶつけちゃうんです。水周りの天井が少し低いといっても、今ではぶつけることもなく快適です」(写真撮影/内海明啓)

水周りを囲んだボックスには、南米の路地裏をイメージしたラテンカラーの黄色を施しました。まるで太陽が降り注いでいるような明るさと温かみのあるアクセントは、廣瀬夫婦のお気に入り(写真撮影/内海明啓)

水周りを囲んだボックスには、南米の路地裏をイメージしたラテンカラーの黄色を施しました。まるで太陽が降り注いでいるような明るさと温かみのあるアクセントは、廣瀬夫婦のお気に入り(写真撮影/内海明啓)

玄関はいらない!? 誰でも好きなところから出入り自由

松尾さんが、廣瀬さんとの打ち合せでビックリしたのは「玄関は、なくてもいいから。みんながどこからでも入って来られるようにしたいし、リビングダイニングは土間みたいな仕様にして土足OK!」という点。さすが! グローバルに活動している人は考え方がおおらか(笑)と思いつつ、その楽しい発想にワクワクしたとか。

そこで、従来の玄関は扉1枚分のスペースに縮小して、リビングダイニングの掃き出し窓に幅広の縁側を設置。玄関はもちろん、縁側からも人の出入りができるようにしました。そのうえ、ここが駐車スペースになっているため、太鼓の搬出入にも便利と一石二鳥。いままで小1時間かかっていた搬出入が、わずか10分程度と6分の1に短縮できたそうです。

「我が家に来る人のほとんどは、玄関を使わずにここから出入りしています(笑)」と廣瀬さん。幅が広く、大きな掃き出し窓と縁側がウエルカムな空気を醸し出してくれています(写真撮影/内海明啓)

「我が家に来る人のほとんどは、玄関を使わずにここから出入りしています(笑)」と廣瀬さん。幅が広く、大きな掃き出し窓と縁側がウエルカムな空気を醸し出してくれています(写真撮影/内海明啓)

そして、掃き出し窓の向こうに、何やらもうひとつの扉が……。
実は、こちらはかつての勝手口。キッチンだったスペースを小上がり和室にして、ゲストルームに。海外からもたくさんの友人・知人が訪れる廣瀬家には、ブラジルから来日した太鼓の師匠をはじめ、フランス、カメルーン、台湾……とすでに5カ国の客人が滞在。和のテイストを楽しみながら、寛いでいかれたそうです。

「もし彼らの滞在中に、僕たちが出かけるときは、この勝手口のカギを渡します。そうすれば、彼らも好きなときに外出できるし、いつでも帰って来られます(笑)。それに、この小上がりはカーテンで仕切ることができるので、ひとりになりたいときは閉めればOK。向こうとリビングで違う音楽を流していたこともあったくらい、みんな自由に過ごしています(笑)」

お嬢さんの友達がたくさん来たときは、賑やかな遊び場に変身。畳なので、赤ちゃんの昼寝やハイハイにも最適です。出産後は、しばらくの間、妻と赤ちゃんの寝室になる予定とか(写真撮影/内海明啓)

お嬢さんの友達がたくさん来たときは、賑やかな遊び場に変身。畳なので、赤ちゃんの昼寝やハイハイにも最適です。出産後は、しばらくの間、妻と赤ちゃんの寝室になる予定とか(写真撮影/内海明啓)

ちなみに、当初土足OK! といっていた土間風の床は、靴を脱ぐことにしたそうです。
「実際やってみたんです、土足を。そしたら、思った以上に床が汚れるのでやめました(笑)。よく考えたら、海外でも帰宅したら靴を脱いだり、ルームシューズなどに履き替えたりしていることって多いんですよね。部屋のスリッパとトイレのスリッパを替える、ということは、彼らにとって謎みたいですけど……(笑)」

洗面所って必要? バスルームの扉もいらないよね?

下の写真を見ると、一般的な住まいに当たり前のようにあるものが、ふたつありません。
それは、バスルームの扉と洗面所。

「扉があると、溝なども含めて汚れやすいじゃないですか。掃除も大変だし、なくてもいいかなぁと思ったんです。シャワーカーテンで水の跳ねを防げるし、これが意外と寒くないんですよ。夫にも実家の母にも、反対されましたけどね」と笑う廣瀬さんの妻。

バスルームと脱衣所とはシャワーカーテンで仕切られていて、同じ素材の床でつながっています。扉ひとつないだけで、一体感のある開放的な空間に(写真撮影/内海明啓)

バスルームと脱衣所とはシャワーカーテンで仕切られていて、同じ素材の床でつながっています。扉ひとつないだけで、一体感のある開放的な空間に(写真撮影/内海明啓)

そして、廣瀬家には洗面台はなく、バスルームのなかに小さなシンクを設置してあるだけです。
「帰宅してすぐのところに、手を洗う場所があればいいと思って(笑)。そしたら、洗面所にこだわらなくてもいいのかな、と。だから、キッチンにもうひとつ手洗い用のシンクを設けました」と廣瀬さん。

その一方で、妻は「最初、キッチンとバスルームの2カ所にシンクって必要? と思いました。でも、実際に生活してみると、子どもの上履きとか洗うのにバスルームのシンクは便利で、それぞれ使い方が違うなぁと感じています」

リビングダイニングにつながるキッチンに設けられた手洗い用のシンク。帰ったらすぐに手を洗えて、ここで歯磨きも。大工さんにつくってもらったキッチンテーブルは、収納力も抜群(写真撮影/内海明啓)

リビングダイニングにつながるキッチンに設けられた手洗い用のシンク。帰ったらすぐに手を洗えて、ここで歯磨きも。大工さんにつくってもらったキッチンテーブルは、収納力も抜群(写真撮影/内海明啓)

既存の窓にずっしり重みのある防音戸をつけたスタジオ

2階には、廣瀬さんがレコーディングや演奏で使うスタジオがあります。
壁の中には防音シートを入れて、窓は既存のまま使用し、そこに防音戸を設置しました。この防音戸を実際に持ってみましたが、厚みもあってずっしり。この重厚感ある防音戸をロープで上げ下げするのに役立ってくれるのが、ヨットの金物です。

開け閉め自由の防音戸なので、明るい日差しを取り入れることも可能。CM音楽や映画音楽などの作詞作曲を手がけている廣瀬さんの創作スペース(写真撮影/内海明啓)

開け閉め自由の防音戸なので、明るい日差しを取り入れることも可能。CM音楽や映画音楽などの作詞作曲を手がけている廣瀬さんの創作スペース(写真撮影/内海明啓)

ロープで防音戸を閉めれば、スピーカーからかなりの大音量で音楽を流しても音漏れすることがなく、ご近所への配慮もばっちり(写真撮影/内海明啓)

ロープで防音戸を閉めれば、スピーカーからかなりの大音量で音楽を流しても音漏れすることがなく、ご近所への配慮もばっちり(写真撮影/内海明啓)

「前は、ここに20個以上の太鼓があったので、ものすごい圧迫感がありました。すっきりした環境で音楽づくりができるのは快適で、創作のアイデアもどんどん沸いてきます」

ちなみに、お嬢さんの友達が遊びに来ると、このスタジオは“DJプリキュア化”することも多いのだそう。
「娘たちが大好きなアニメ『プリキュア』のCDをかけると大喜びで、ここで踊りまくってくれるんです。その姿にこっちもテンションと音量が上がって、クラブのようなノリに……。かかっているのは、アニソンなんですけどね(笑)」
その様子も拝見したかったくらいですが、このスタジオが音楽仲間だけでなく、子どもたちにとっても憩いの場になっていることは間違いありません。

将来のライフスタイルを見据えて自由に変更できるつくりに

かつて2部屋に仕切られていた2階は、収納スペースを挟んでスタジオと寝室がつながっている仕組み。収納につけた扉の開け閉めによって、個室にしたり、オープンなスペースにすることも自由自在です。

本棚の反対側はクローゼットになっていて、大容量の収納スペースを確保。スタジオの反対側には家族の寝室があり、将来は子ども部屋として使えるスペースも(写真撮影/内海明啓)

本棚の反対側はクローゼットになっていて、大容量の収納スペースを確保。スタジオの反対側には家族の寝室があり、将来は子ども部屋として使えるスペースも(写真撮影/内海明啓)

「昔の日本家屋って、どちらかといえば家に1歩入ったら全てがプライベートな空間って感じじゃないですか。我が家は、誰もが気軽に来てもらえるオープンなつくりにしていますし、家族が集まるリビングも半分プライベートで半分がオフィシャル。完全なプライベート空間は、寝室だけと思っています。家族といえど、ひとりひとりの個人ですからね。だから、寝室以外はオフィシャルな要素を意識していたい、と思っています」

バーベキューパーティーができそうな広いスペースのバルコニーには、ベンチも設置。もうすぐ家族が増えて、ますます賑やかな笑い声が聞こえてきそうです(写真撮影/内海明啓)

バーベキューパーティーができそうな広いスペースのバルコニーには、ベンチも設置。もうすぐ家族が増えて、ますます賑やかな笑い声が聞こえてきそうです(写真撮影/内海明啓)

家のつくりはもちろん、夫婦のオープンマインドな人柄によって、とにかく明るくてウエルカムな空気にあふれている廣瀬家。国内外の音楽仲間にとっても、子どもたちにとっても音楽を思いっきり楽しめて、人と人とのふれあいを大切にしている家は、つい長居してしまいたくなるような居心地の良さがありました。

●取材協力
・キウイとパパイヤ、マンゴーズ
・BAQUEBA
・TAIMATSU一級建築士設計事務所

近代建築の巨匠ミースに師事した父とその娘、職住近接+αによって生まれた新たな幸福  あの人のお宅拝見[12]

15年ほど前、ある研究会でご一緒したのが渡邊朗子教授との出会い。建築・住空間の研究者である朗子先生、かねて知人から「渡邊邸はミースのファンズワース邸のよう」と聞き、そのご実家『ガラスの家』にも興味をもっていた私。
先日久しぶりにお会いし、ご自宅取材を依頼。「実は『ガラスの家』からは引越して、人に貸してしまっているの!」と言いながらも、快く取材を受けてくださいました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。実家と“スープの冷めない距離”を実現

朗子先生と再会したのは、パナソニックホームズの子育て提案住宅『KODOMOTTO [こどもっと]』の記者発表会。

子どもの知性を育てる環境づくりについて話される渡邊朗子東洋大学教授(写真撮影/藤井繁子)

子どもの知性を育てる環境づくりについて話される渡邊朗子東洋大学教授(写真撮影/藤井繁子)

私が知る朗子先生は、昨今の『スマートホーム』以前から『空間知能化デザイン』を提唱し、ロボティクス・IT(今ではAI)と空間の融合を研究されてきた聡明なキャリア女性。

そのご自宅は東京・恵比寿駅近くの超都心、「子どものころから恵比寿育ちなので、地元民です」(朗子さん)。
今回、プライベートを取材させていただくにあたって
「夫婦二人のわが家はお見せするような物もないので、両親宅にもご案内しますよ」と、記事構成にまで気を使ってくださる対応!

なんと、ご自宅(後ろのマンション)から道路を渡って、お向かいがご両親のマンション(写真撮影/片山貴博)

なんと、ご自宅(後ろのマンション)から道路を渡って、お向かいがご両親のマンション(写真撮影/片山貴博)

「実家とまさしく、スープの冷めない距離ですよね。上の階の窓から、両親が外をのぞいているのが見えたりするんです(笑)」
実は朗子先生が結婚し新居を探していたら、運よく向かいのマンションに空室が出たそうです。

さて、お会いするのも楽しみだった父上、渡邊明次さん(関東学院大学名誉教授)宅である、ご実家へ訪問。
築51年のヴィンテージ・マンション。3LDKを2LDKに7カ月かけてリフォームされたようです。
20坪ほどある大きなルーフバルコニー付きの角部屋で、3方向から採光のある明るいお宅。

赤レンガ色の壁が、空間に活力をもたらしている。80代ご夫婦のお宅としては大胆なデザイン(写真撮影/片山貴博)

赤レンガ色の壁が、空間に活力をもたらしている。80代ご夫婦のお宅としては大胆なデザイン(写真撮影/片山貴博)

北欧デザインのルイスポールセン社ペンダントも赤! マリリン・モンローの口紅とも重なって素敵。
(このモンロー、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン。父上が米国時代の若かりしころ、手にした設計料で購入したとか)

建築家デザインの照明がダイニング、リビングと2つ空間のアクセントに。ダイニングにポール・ヘニングセン(デンマーク)の赤いペンダント(写真撮影/片山貴博)

建築家デザインの照明がダイニング、リビングと2つ空間のアクセントに。ダイニングにポール・ヘニングセン(デンマーク)の赤いペンダント(写真撮影/片山貴博)

リビングにはマリオ・ボッタ(スイス)デザインのスタンド(写真撮影/片山貴博)

リビングにはマリオ・ボッタ(スイス)デザインのスタンド(写真撮影/片山貴博)

ミース・ファン・デル・ローエに学び、実践した『ガラスの家』

少し、父上・渡邊明次さんについて紹介しておくと……
1960年代に米国シカゴ(イリノイ工科大学大学院建築学科卒業)にあるミース・ファン・デル・ローエ事務所で働いた経歴をおもちで、日本では『霞が関ビル』の設計にも参加された建築家。御歳83歳。

「帰国後20代で若かったから、日本での処女作は自邸。ミースに習って鉄とガラスの建築に挑戦したのが『ガラスの家』」(明次さん)(写真撮影/片山貴博)

「帰国後20代で若かったから、日本での処女作は自邸。ミースに習って鉄とガラスの建築に挑戦したのが『ガラスの家』」(明次さん)(写真撮影/片山貴博)

ミースと言えば、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトと共に近代建築の三大巨匠と称される建築家。
建築だけでなく名作バルセロナチェアや、「God is in the detail(神は細部に宿る)」などの名言も知られています。
そのミース代表作の一つが、『ファンズワース邸』(1950年 アメリカ・イリノイ州)。それを彷彿させる渡邊邸『ガラスの家』は、川崎市多摩区に造成されたニュータウン開発の高台に建てられました。

『ガラスの家』が竣工した1965年につくられた、ご夫妻のクリスマスカード(写真提供/渡邊家)

『ガラスの家』が竣工した1965年につくられた、ご夫妻のクリスマスカード(写真提供/渡邊家)

居室は2階のみ、25坪のワンルーム。中心にキッチンやバスルームの水まわりが集約され、回遊できるレイアウトになっています。
「住まいは狭くても回遊性があれば、奥行きや広がりを感じるからね。日本の昔の家も、そうだったでしょ」と明次さん。
今回のマンションリフォームでも、寝室と書斎は廊下と回遊できるレイアウトに設計されています。

ただ、“建築家の家は住み難い”と言う話をよく聞きますが、『ガラスの家』にもあったようで……お住まいだったころの苦労話を、母上の康子さんが聞かせてくれました。
「壁が全面ガラスで『金魚鉢に住んでいるみたいね』と友達に言われましたのよ(笑)」

大きな台風が襲来したときは「ガラスが内側にふくらむのを割れないよう、二人で中から押さえましたのよ!」(康子さん)。結局『ガラスの家』は無傷で、ご近所の木造家屋は屋根が吹っ飛んだらしい(写真撮影/片山貴博)

大きな台風が襲来したときは「ガラスが内側にふくらむのを割れないよう、二人で中から押さえましたのよ!」(康子さん)。結局『ガラスの家』は無傷で、ご近所の木造家屋は屋根が吹っ飛んだらしい(写真撮影/片山貴博)

その後、父上が米国へ転勤することとなり、母娘は日本に残って通学にも便利な恵比寿へ転居したのだそう。
「でもね、都会暮らしをしていますと子どもの朗子が描く絵は、空がグレーだったのね……」と母上。
父上が帰国後には、「朗子が虫を怖がるようになっていて、これは良くないと土のある郊外の生活『ガラスの家』に戻ることにしました」

子どもの成長に合わせ、1階に居室を増築。また、日本の気候にも合わせて大きな庇(ひさし)の屋根を付けるなど大改造を施し、建築家の家も住み心地の良いものとなったそうです。

改築後の『ガラスの家』内観。全面ガラスの壁には障子を入れ、床暖房なども整備して快適に(写真提供/渡邊家)

改築後の『ガラスの家』内観。全面ガラスの壁には障子を入れ、床暖房なども整備して快適に(写真提供/渡邊家)

古い資料を見せていただきながらのお話に、私は驚くばかり。『ガラスの家』の変遷を、朗子先生は近著『生命に学ぶ建築』の中で、建築の“成長”として紹介(写真撮影/片山貴博)

古い資料を見せていただきながらのお話に、私は驚くばかり。『ガラスの家』の変遷を、朗子先生は近著『生命に学ぶ建築』の中で、建築の“成長”として紹介(写真撮影/片山貴博)

ご夫妻は50年近く住まわれた『ガラスの家』から、3年前に恵比寿のマンションへ転居を決意。
「80歳にもなると、車無しでも生活に困らない都会のほうが安心。朗子が住んでいたマンションに売り物件が出たので購入しました」
シニアの郊外戸建から都心マンションへの転居は理想的な住まい方。しかし、お二人は80代にして実行できる体力気力の充実ぶりが超人的!
「マンションには戸建の1/10しか物を持って行けないと知人から聞き、食器・衣類・書籍と毎日ゴミ出しに励みましたのよ」と母上。それでも100箱のダンボールと共に引越してきた。
その直後に、朗子先生が結婚することに……。渡邊家の生活は一変!

渡邊家に挨拶にきたときの朗子夫妻ツーショット。ご両親は「息子ができ、頼りになるしすごく有難い」と微笑む(写真撮影/片山貴博)

渡邊家に挨拶にきたときの朗子夫妻ツーショット。ご両親は「息子ができ、頼りになるしすごく有難い」と微笑む(写真撮影/片山貴博)

そして、こちらが同じく若かりしご両親、米国時代のツーショット。

お二人の出会いはシカゴ時代。何と母上はセクレタリー(秘書)学校に留学され、ロータリーインターナショナルで秘書のお仕事をされていたリアル“MOGA (Modern Girl) ”!(写真提供/渡邊家)

お二人の出会いはシカゴ時代。何と母上はセクレタリー(秘書)学校に留学され、ロータリーインターナショナルで秘書のお仕事をされていたリアル“MOGA (Modern Girl) ”!(写真提供/渡邊家)

半世紀を経て今も知的で好奇心旺盛なご両親のように、朗子さんも素敵な夫婦関係をこれから築かれてゆくのでしょう。

「“遊び”と“仕事”のバランスを取りながら」職住近接+αのライフスタイル

ご両親宅を後にして、同じマンションにある朗子先生の仕事場へ。
独身時代にお住まいだったメゾネットの住戸を残して、オフィスとして活用されています。

「ほとんど書庫みたいになっちゃってますけどね」(朗子さん)。大きなダイニングテーブルがワーキングデスクに(写真撮影/片山貴博)

「ほとんど書庫みたいになっちゃってますけどね」(朗子さん)。大きなダイニングテーブルがワーキングデスクに(写真撮影/片山貴博)

その後、お向かいの朗子先生夫婦の自宅マンションへ移動。
仕事でレクチャーをしている姿は見慣れていますが、キッチンでコーヒーを入れる姿はとても新鮮!

「外食も好きですが、週に4~5日は家で料理して食べたいほうです」(写真撮影/片山貴博)

「外食も好きですが、週に4~5日は家で料理して食べたいほうです」(写真撮影/片山貴博)

「生活のなかで食事を豊かにできるか?って、大切だと思いますね。もちろん、晩酌も!」
料理は仕事と違うアクティビティなので、ストレス発散にもなると言う朗子先生。

お料理を楽しむべく、バルコニーには“Akiko’sアジアン・ガーデン”(写真撮影/渡邊朗子さん)

お料理を楽しむべく、バルコニーには“Akiko’sアジアン・ガーデン”(写真撮影/渡邊朗子さん)

ハーブ類のほか、オリーブの実は塩漬けにしているそう(写真撮影/渡邊朗子さん)

ハーブ類のほか、オリーブの実は塩漬けにしているそう(写真撮影/渡邊朗子さん)

日常生活では、遊びと仕事のバランスを大事にしたいと「わが家のコンセプトは、“お酒&音楽”なの(笑)」(朗子さん)

リビングのスピーカーは、夫の学生時代からのJBLスタジオモニター。ダイニングの奥には結婚祝いの記念に購入した朗子さんお気に入りキャビネット(写真撮影/片山貴博)

リビングのスピーカーは、夫の学生時代からのJBLスタジオモニター。ダイニングの奥には結婚祝いの記念に購入した朗子さんお気に入りキャビネット(写真撮影/片山貴博)

ジャズから歌謡曲、フォーク、ディスコなど幅広いジャンル。「私たちが小学生から高校生くらいに聞いた、70~80年代の曲が特に盛り上がります!」(写真撮影/片山貴博)

ジャズから歌謡曲、フォーク、ディスコなど幅広いジャンル。「私たちが小学生から高校生くらいに聞いた、70~80年代の曲が特に盛り上がります!」(写真撮影/片山貴博)

そして、お気に入りのイタリア製キャビネット(メデア社)には、大好きなお酒が並ぶ!

「お酒が楽しく飲める人でないと結婚してなかったけど(笑)。共通点が多くて良かったです」(写真撮影/片山貴博)

「お酒が楽しく飲める人でないと結婚してなかったけど(笑)。共通点が多くて良かったです」(写真撮影/片山貴博)

「私はアール・ヌーボーとか猫脚とか、装飾系デザインが結構好きなんですよね」(朗子さん)
これは、ミースの建築思想『Less is more.(より少ないことは、より豊かなこと)』に師事した父上の元で育ってきた反動?

ウォールナット材キャビネットに施されたアール・ヌーボーの花模様(写真撮影/片山貴博)

ウォールナット材キャビネットに施されたアール・ヌーボーの花模様(写真撮影/片山貴博)

「今は仕事中心の私たち夫婦にとって都心の住まいがベスト。でも空気の良い自然とのかかわりがあるとリフレッシュできますからね」 
ということもあって、渡邊家は山中湖の別荘で夏の休暇などを過ごすようです。

「2012年に私の設計で木造の別荘を建てました」(朗子さん)(写真提供/渡邊家)

「2012年に私の設計で木造の別荘を建てました」(朗子さん)(写真提供/渡邊家)

緑深い敷地にバンビが訪れる!(写真撮影/渡邊朗子さん)

緑深い敷地にバンビが訪れる!(写真撮影/渡邊朗子さん)

“アラ50(フィフ)”で生活が激変した朗子先生。ご両親も含めたダブル転居などの急展開に、渡邊家の人々はくたびれる風でもなく超ポジティブに笑って過ごされていた。
父上が「スーパーでバッタリ朗子に会ったりする日常が、すごくうれしいよ」と、母上は「お米が無かったの~、ってウチに駆け込んで来たりね」と、近居の小さな喜びを日々感じているご様子。

「今は両親も元気ですけど、これから介護のことも考えると近くに住むっていうのはお互いにとって安心ですよね」(写真撮影/片山貴博)

「今は両親も元気ですけど、これから介護のことも考えると近くに住むっていうのはお互いにとって安心ですよね」(写真撮影/片山貴博)

職住近接に加えた、職住“親”近接によって、キャリアだけでなく心の豊かさに磨きがかかった朗子先生の笑顔を見ることができました。

【プロフィール】
渡邊朗子
東洋大学 情報連携学部教授・一級建築士
東京都生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、93年コロンビア大学大学院建築都市計画学科修了、99年日本女子大学大学院人間生活学研究博士課程修了。コロンビア大学客員講師、慶応義塾大学特別研究准教授などを経て、2018年より現職。また、2015年より夫の経営する株式会社市川レジデンス取締役。
建築家として住居やオフィス、学習空間を対象に建築から家具・情報システムまでの実施設計に携わる。
主な著書に「頭のよい子が育つ家」(共著・日経BP社)、「長く暮らすためのマンションの選び方・育て方」(共著・彰国社)など。近著「生命に学ぶ建築」(共著・建築資料研究社)
株式会社市川レジデンス

雑貨店店主と建築家の夫婦がつくる「変わり続ける家」 その道のプロ、こだわりの住まい[4]

JR国立駅と谷保駅の間に位置する、国立ダイヤ街商店街。精肉店や鮮魚店、青果店が軒を連ね、昔から地元の人たちに愛され続けている場所だ。その一角にあるのが日用雑貨を扱う「musubi」。ここは、店主の坂本眞紀さんと夫で建築家の寺林省二さん、一人娘の吟ちゃん、愛猫のトトが暮らす自宅でもある。道具を扱うプロと、家づくりのプロの生活を見せてもらった。【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。昔ながらの商店を彷彿とさせる仕事場兼自宅坂本さん(左)は元インテリアショップのバイヤーで、独立して自身の店を構えた。寺林さん(右)は「テラバヤシ・セッケイ・ジムショ」として、住宅を中心に設計をしている。坂本さんの膝の上にいるのが、看板猫のトト(写真撮影/嶋崎征弘)

坂本さん(左)は元インテリアショップのバイヤーで、独立して自身の店を構えた。寺林さん(右)は「テラバヤシ・セッケイ・ジムショ」として、住宅を中心に設計をしている。坂本さんの膝の上にいるのが、看板猫のトト(写真撮影/嶋崎征弘)

日用雑貨が並ぶ店内の奥に目を向けると、一段高くなった場所にダイニングキッチンが見える。昔ながらの商店を彷彿とさせるつくりの雑貨店「musubi」。約8年前、自分たちの仕事場と自宅を兼ねた場所として、夫の寺林さん自ら設計した。

間取り(画像提供/寺林省二さん)

間取り(画像提供/寺林省二さん)

器やクロス、掃除道具やかごなど、さまざまな日用雑貨が並ぶ店内。どれも坂本さん自ら選び、使って、確かめたものばかり。箒づくりや刺繍などのワークショップを行うこともある(写真撮影/嶋崎征弘)

器やクロス、掃除道具やかごなど、さまざまな日用雑貨が並ぶ店内。どれも坂本さん自ら選び、使って、確かめたものばかり。箒づくりや刺繍などのワークショップを行うこともある(写真撮影/嶋崎征弘)

「以前はここでお昼ご飯を食べているときにお客様がいらして、扉を開けっ放しにしていて丸見えだったっていうこともあります(笑)。でも、周りの商店街はどのお店も奥に暮らしの気配があるから、それはそれでいいかと思って」と坂本さんはこのつくりを気に入っている様子。「この場所には、もともとクリーニング店があったんです。リフォームして使いたいほど気に入っていたんですが、難しい状態だったので、結局、ほぼ同じ間取りで建て替えました。だから、昔ながらの商店の感じが残っているのかもしれません」

シンクとガス台だけ取り付けた状態で生活を始めたという。カゴやゴミ箱、ツールをかけたバーなどは、生活しながら必要なものを見極め、後から設置した(写真撮影/嶋崎征弘)

シンクとガス台だけ取り付けた状態で生活を始めたという。カゴやゴミ箱、ツールをかけたバーなどは、生活しながら必要なものを見極め、後から設置した(写真撮影/嶋崎征弘)

箱のような状態からスタートした家

「家具も収納もきちんと決めていなくて、ただの箱のような状態だったんです。住みながら少しずつつくってきた感じ」と坂本さんは振り返る。約14坪弱の敷地に建てた自宅は、家、事務所、店という3つの要素を一つの場所に共存させるために、見極めるべきことが多かった。だからこそ、最初に細部まで決めすぎず、住んでみてから自分たちに必要なことを見極めていったという。「暮らしているうちに、ここに棚板があったら便利だな、ここに収納をつくればいいな、と考えていきました」と寺林さんも続ける。

料理に使うバットを引き出し代わりに。カトラリーや箸置きなどの細かいものを収納している。子どもでも手の届く高さなので、吟ちゃんがお手伝いで並べることも(写真撮影/嶋崎征弘)

料理に使うバットを引き出し代わりに。カトラリーや箸置きなどの細かいものを収納している。子どもでも手の届く高さなので、吟ちゃんがお手伝いで並べることも(写真撮影/嶋崎征弘)

例えばキッチン。シンクやガス台の下には、食材を入れたカゴやカトラリーを入れたバット、ゴミ箱などがきちんと収まっている。「ここも最初は何もない空間だったんです。引越してきてからは、紙袋や空き箱をいろいろ使ってみて、どんな大きさの収納道具が必要か考えていきました」。食材はどんなものをどれくらいストックするか、必要なゴミ箱の大きさと数はどれくらいか、よく使う調理道具はどこに置けば便利か、全てを暮らしながら見極めていったのだ。そうして坂本さんが自らスケッチを描き、必要な棚やキャスター付きの箱などを寺林さんにお願いしたという。全てをしまい込まず、頻繁に手にする調理道具は、使う場所の壁面にバーを設置してつるすようにもしている。出し入れしやすいということは、つまりは片付けやすくすっきりした状態を保てるということにつながっているのだろう。

食器棚は大きめの鉢のサイズに合わせて奥行きを設定。店で扱う器や銅なべ、せいろなどもあり、使い込まれた様子を見せてもらうことができる(写真撮影/嶋崎征弘)

食器棚は大きめの鉢のサイズに合わせて奥行きを設定。店で扱う器や銅なべ、せいろなどもあり、使い込まれた様子を見せてもらうことができる(写真撮影/嶋崎征弘)

家具は最初にそろえず、暮らしながら必要なものだけをつくる

食器棚も本棚も、そこにしまう食器や雑誌、文庫本のサイズに合わせてあつらえている。決して広いとは言えない空間だからこそ、きちんとものが収まるように工夫されている。「最初は、クローゼットも布団を入れる場所もなくて。奥行きがどれくらい必要か、どの高さなら届きやすいか、どこにあったら便利か考えて、この形になったんです」と坂本さんは話す。自分たちの洋服の量をきちんと把握し、奥行きや幅を考えてクローゼットをつくった。布団も上げ下ろしがしやすい高さに棚板を設置して、使いやすい収納になっている。

夫婦のクローゼットは、この奥にある吟ちゃんの部屋との間仕切りの役目も担う。洋服と下のケースのサイズに合わせて奥行きを設定したそう。扉はつけず、カーテンで目隠し(写真撮影/嶋崎征弘)

夫婦のクローゼットは、この奥にある吟ちゃんの部屋との間仕切りの役目も担う。洋服と下のケースのサイズに合わせて奥行きを設定したそう。扉はつけず、カーテンで目隠し(写真撮影/嶋崎征弘)

また、随所に棚板を取り付けているのも、ものを収めるのにとても役立っている。キッチンでは食器棚の上、シンクの上にそれぞれ1枚あり、鍋やカゴなどの道具類が置かれている。シンク前の窓にはすのこ状の棚板があり、洗った器や道具などを置いて乾かすのに最適な場所になっている。さらに、トイレ兼洗面所にも奥行きの浅い棚板が1枚あり、洗面道具などの細かなものが並び、隣の洗濯機の上にはタオルがきちんと収まる棚板が2枚取り付けられている。「どれも、奥行きはそこに置くものにサイズを合わせて取り付けています」と寺林さん。使う場所の近くに収納場所を設置することで、出し入れがしやすいというメリットが生まれているのだ。

トイレ兼洗面所。奥行きの浅い棚が一枚あるだけで、歯ブラシやハンドクリームなどの洗面道具の定位置ができる。右にお風呂があるので、タオルは洗濯機の上に収納。手を伸ばせばすぐ使える状態(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレ兼洗面所。奥行きの浅い棚が一枚あるだけで、歯ブラシやハンドクリームなどの洗面道具の定位置ができる。右にお風呂があるので、タオルは洗濯機の上に収納。手を伸ばせばすぐ使える状態(写真撮影/嶋崎征弘)

さらに、階段下も見逃さず、坂本さんの事務スペースとして活用している。「収納にするかどうしようか迷っていたんですが、ここに机を置いてみたらいいんじゃないかということでやってみたんです。最初はふさごうと思っていたので、階段の裏まできちんと仕上げができていないんですけど、これはこれでいいかなと思って」と寺林さんは教えてくれる。坂本さんにとっては、料理などの家事をしながら、事務仕事や店番もできて、とても便利なスペースになっている。

階段の下に天板を置き、坂本さんの事務スペースに。店からは目に入りにくい場所なので、多少ものが多くても気にならない。階段裏には吟ちゃんが描いた絵などを貼って楽しい雰囲気に(写真撮影/嶋崎征弘)

階段の下に天板を置き、坂本さんの事務スペースに。店からは目に入りにくい場所なので、多少ものが多くても気にならない。階段裏には吟ちゃんが描いた絵などを貼って楽しい雰囲気に(写真撮影/嶋崎征弘)

また、2階では、本棚やクローゼットが壁としての役割も果たしているのもこの家の特徴だ。もともとは、がらんとしたひとつながりの空間だった。そこに本棚とクローゼットを設置することで間仕切りになってスペースが生まれている。今は一人娘である吟ちゃんの部屋になっているが、ここはもと寺林さんの事務所だった場所だ。

2階の廊下。右の本棚が廊下と吟ちゃんの部屋の間仕切りとして機能している。そのほかはカーテンで仕切っているので、ほどよく気配が伝わる空間(写真撮影/嶋崎征弘)

2階の廊下。右の本棚が廊下と吟ちゃんの部屋の間仕切りとして機能している。そのほかはカーテンで仕切っているので、ほどよく気配が伝わる空間(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングは夫婦の寝室も兼ねている。大きな家具は置かず、臨機応変に使えるスペースになっている(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングは夫婦の寝室も兼ねている。大きな家具は置かず、臨機応変に使えるスペースになっている(写真撮影/嶋崎征弘)

さかのぼれば、建てた当初は、事務所は1階の雑貨店のスペースに併設していた。店で扱う品が増えてきたことから、2階の一角に事務所を移動。「1階で使っていた本棚を2階で間仕切りのように使うことで事務所スペースにしたんです」と寺林さん。吟ちゃんはというと、リビングの壁面に学習机と収納を設置して使っていた。成長とともに自分だけの空間が欲しいということになり、寺林さんは別の場所に事務所を借りて、吟ちゃんは無事に自分のお城を手に入れたというわけだ。

寺林さんの事務所スペースだった場所を吟ちゃんの部屋に。机とベッドを設置して、プライベートな空間をつくった。吟ちゃんは、好きな生地でカーテンをつくったり、壁に絵を貼ったりと、自分だけのスペースを楽しんでいる様子(写真撮影/嶋崎征弘)

寺林さんの事務所スペースだった場所を吟ちゃんの部屋に。机とベッドを設置して、プライベートな空間をつくった。吟ちゃんは、好きな生地でカーテンをつくったり、壁に絵を貼ったりと、自分だけのスペースを楽しんでいる様子(写真撮影/嶋崎征弘)

好きなものは我慢せず、でも、分量は決めて管理する

ものに合わせた収納だからこそ、きちんと収まってはいるものの、やはりどうしても好きな食器や本は増えてしまうという。「狭いからこそ、棚に収まる分だけと決めています。ここからあふれそうになったら、家族みんなで『ガサ入れ』して、不要なものがないか探すんです。使わないものは誰かに譲ったり、売ったりしています」と坂本さん。一人娘の吟ちゃんもその習慣がしっかり身についていて、読まなくなった絵本や使わなくなったおもちゃなどをダンボールにまとめて『ご自由にどうぞ』と自ら書き、お店がお休みの日に家の前に置いていることもあるのだという。

坂本さんの収納術を日常的に目にしているせいか、吟ちゃんが自分で管理する引き出しの中は見事にすっきり。引き出しごとに分類し、きれいに収めている様子はさすが。ここはマスキングテープなどの文具の段(写真撮影/嶋崎征弘)

坂本さんの収納術を日常的に目にしているせいか、吟ちゃんが自分で管理する引き出しの中は見事にすっきり。引き出しごとに分類し、きれいに収めている様子はさすが。ここはマスキングテープなどの文具の段(写真撮影/嶋崎征弘)

商品の使い心地を、自身のキッチンから伝える

「musubi」では、扱っている商品のほとんどを坂本さんが自身で使っている。「使い込んだらどんな状態に変化するか、知りたいお客様も多いんです。そういうときは、ダイニングキッチンから持ってくることもあるし、実際に使い心地を試してもらうこともあります」と坂本さん。また、寺林さん自身の作品として自宅をオープンハウスにすることもある。どこにどんな家具や収納が欲しいか、この家を見ながら打ち合わせることもできるというわけだ。

テーブルの下やクローゼットの中にトト専用のかごがあり、さりげなくしっかりと居場所をキープしている(写真撮影/嶋崎征弘)

テーブルの下やクローゼットの中にトト専用のかごがあり、さりげなくしっかりと居場所をキープしている(写真撮影/嶋崎征弘)

最初に決めず、生活とともに家をつくればいい

坂本さんも寺林さんも、自分たちの暮らしをよく観察し、それに合わせた家をつくり続けてきた。最初から家具を一式そろえたり、システムキッチンを組み込んだりという考えはなかったという。「小さい家だから、どこに何が必要かしっかり見極めたかったんです」と二人は話す。結果、店の形態の変化とともに、事務所が移動し、娘の成長に合わせて子ども部屋が生まれることになった。
最初から決めつけなくてもいいのだ。暮らし方も好みも変わっていくものだから、家も一緒に変化していけばいい。少しずつ、自由に、生活に合わせてしつらえていけばいい。
寺林家は、これからもきっとどこか変わっていくのだろう。「子ども部屋の棚も新しくしたいし、リビングに合うソファもつくろうかと思っているんです」。寺林さんはそう楽しそうに教えてくれた。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

●店舗情報
musubi
東京都国立市富士見台1-8-37
12:00~18:00
日、月曜定休
>HP●設計事務所
>テラバヤシセッケイジムショ●取材協力
坂本眞紀
1974年岩手県生まれ。商社、インテリアショップのバイヤーとして勤務後、東京・国立市に自身の店をオープン。使い心地がよく、実用性の高い道具を選ぶ目に定評がある。建築家である夫の寺林省二さんと娘、猫の3人と1匹暮らし。

団地の一室に惣菜屋さん!? 「やまわけキッチン」がつなぐ住民の絆

大阪府堺市・茶山台団地の一室に、イートインもできるお惣菜屋さん「やまわけキッチン」が2018年11月にオープンした。クラウドファンディングを活用し、住民たちがDIYでリノベーションをした部屋へ、にぎわいぶりを取材してきた。
ここが団地の一室? 味わいあるカフェのような惣菜とランチのお店

「やまわけキッチン」は大阪府堺市、泉北ニュータウンの一角にある茶山台団地21棟1階の角部屋に2018年11月5日オープンしたばかり。オープン初日には約100名の来場があるなど、にぎわいをみせているそうだ。その人気の秘密を探るべく、12月の土曜日にお店を訪ねてみた。

(左)南側のベランダ面と(右)北側の玄関面にある立て看板が目印(写真撮影:井村幸治)

(左)南側のベランダ面と(右)北側の玄関面にある立て看板が目印(写真撮影:井村幸治)

丘陵地にある団地のなかでも見晴らしの良い場所に建つ21棟に着くと、「やまわけキッチン」の看板が目に入ってくる。数段の階段を上り玄関ドアを開けると「本日のお惣菜」のメニューボード。その奥にはお総菜や調理パン、そして野菜などが展示販売されている。南側のバルコニーに面した明るいスペースにはキッチンとテーブル席とレジ、北側には座卓の客席スペースがある。

ベランダに面したところにあるキッチンとテーブル席(写真撮影:井村幸治)

ベランダに面したところにあるキッチンとテーブル席(写真撮影:井村幸治)

玄関を開けると本日のメニューがある(写真撮影:井村幸治)

玄関を開けると本日のメニューがある(写真撮影:井村幸治)

その横にはお惣菜と野菜類(写真撮影:井村幸治)

その横にはお惣菜と野菜類(写真撮影:井村幸治)

さっそくランチをいただくことに。選んだのは「やまわけ盛り定食」700円。週替わり献立で、この日はひじきの煮物、チキンのトマト煮、五目豆、かき揚げのおかずとご飯、お味噌汁。お惣菜を単品で追加もできるし、うどんも別メニューである。

「やまわけ盛り定食」700円は野菜中心の健康的なメニューで“おふくろの味”(写真撮影:井村幸治)

「やまわけ盛り定食」700円は野菜中心の健康的なメニューで“おふくろの味”(写真撮影:井村幸治)

優しくて、ちょっと懐かしい味を美味しくいただいたころ、続々とお客さんが増え始める。
老人会の役員を務めている男性、その知り合いの人々、小学生の子ども、そして家族連れの親子……。団地の一室なので、それほど広くない空間はいつのまにか、満席の状態に。確かに、なかなかのにぎわいぶりだ!

お昼時にはお客さんで満席に。写真は北側の客席(写真撮影:井村幸治)

お昼時にはお客さんで満席に。写真は北側の客席(写真撮影:井村幸治)

買い物難民の解消、コミュニティの再創生をめざして住民が立ち上がる

茶山台団地は大阪府住宅供給公社が管理する総戸数936戸の賃貸住宅。昭和40年代から開発が進み、当初は多くのファミリー世帯が暮らす団地であったが、現在は約800戸の入居世帯のうち4割以上は名義人が65歳以上の世帯、65歳以上の単身世帯も70戸を超えるなど(2018年12月現在)、高齢化が進んでいる。

なぜ、団地の一室にこんなお店をつくったのか? 「やまわけキッチン」が登場した経緯を大阪府住宅供給公社の笹井純氏にお聞きした。

「団地近くにはスーパーや飲食店がなく、また団地は丘陵地に位置しており、移動手段をもたない高齢者にとっては、最寄駅となる泉ヶ丘駅の商業施設やコンビニなどへは徒歩で20分以上かかるため、買い物支援が課題となっていました。近隣スーパーが閉店して食料品やお総菜を買う場所もなくなったという単身居住者の声もお聞きし、何か良い方法はないかと思案していたところでした」と笹井氏。

毎週土曜日に行われている「ちゃやマルシェ」(写真撮影:井村幸治)

毎週土曜日に行われている「ちゃやマルシェ」(写真撮影:井村幸治)

一方、茶山台団地では集会所を活用したコミュニティ支援事業の拠点として「茶山台としょかん」が2015年11月に開館し、2016年5月からは野菜などの移動販売「ちゃやマルシェ」がスタートするなどコミュニティづくりの仕掛けがすでに動き始めていた。またDIYリノベーションスクールの開催やDIYリノベーション住戸の賃貸募集、2住戸を合体させた「ニコイチ」の募集など、さまざまな団地再生プロジェクトが活発に動いている土壌もあった。

「茶山台としょかん」(写真撮影:井村幸治)

「茶山台としょかん」(写真撮影:井村幸治)

月に1回行われる「ゼロ円マーケット」(写真撮影:井村幸治)

月に1回行われる「ゼロ円マーケット」(写真撮影:井村幸治)

DIYにはのべ181人の住民が参加、クラウドファンディングも活用!

公社から委託を受けて「茶山台としょかん」の運営を担ってきたNPO法人SEIN(サイン)代表理事の湯川まゆみさんは語る。
「茶山台としょかんでは、子どもたちが本を読んだり宿題を片付けたりするばかりでなく、衣類や雑貨の交換会「ゼロ円マーケット」なども実施してコミュニティづくりの活動を続けてきました。そのなかでよくお聞きしていたのは、食べ物を買える場所が欲しい、子どもたちが安心して食べられる場所も欲しい……といった住民の声でした。これまでの活動の枠を超えて、食を通じて住民のみなさんが仲良くなれる場所、暮らしが便利になる場所をつくりたいと思い立ったのです」

NPO法人SEIN(サイン)代表理事の湯川まゆみさん(写真撮影:井村幸治)

NPO法人SEIN(サイン)代表理事の湯川まゆみさん(写真撮影:井村幸治)

間仕切りや展示棚もすべて住民のみなさんのDIY!(写真撮影:井村幸治)

間仕切りや展示棚もすべて住民のみなさんのDIY!(写真撮影:井村幸治)

買い物支援の課題を解決するだけでなく、コミュニティづくりの夢をかなえるために「やまわけキッチン」の設立計画がスタートしたのは2017年11月。改築資金はクラウドファンディングの活用と一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団の助成金を活用し、公社は2020年3月までは無償で部屋を貸し出すかたちでこのプロジェクトをサポートしている。店舗づくりのリノベーション作業はのべ181人の住民が参加してのDIYで完成させた、手づくり感満載のお店だ!

美味しさの秘密は地元の食材と、味付けの工夫!

「やまわけキッチン」を訪ねてみて、にぎわいの秘密をいくつか発見した。
●魅力その1
みんなに当事者意識が強いこと。
老人会の役員を務める川野さん(78歳)がおっしゃった「みんなでつくったんやから、つぶすわけにはいかへんからな」と言う言葉が耳に残っている。運営するスタッフだけでなく、お客さんである住民にも「自分たちでつくりあげた場」という想いが強いことが、にぎわいを継続させる秘密になるのだと思う。

「明日は老人会主催の餅つき大会をやります!」と熱く語ってくれた川野さんは子どもたちの見守り活動にも参加している(写真撮影:井村幸治)

「明日は老人会主催の餅つき大会をやります!」と熱く語ってくれた川野さんは子どもたちの見守り活動にも参加している(写真撮影:井村幸治)

●魅力その2
料理が美味しいこと。
この日のメニューはひじきの煮物、チキンのトマト煮、五目豆、コロッケ、かき揚げなど煮込み料理や揚げ物など家庭料理が中心。家族大勢で暮らしていたころはつくっていた煮込み料理も、1人暮らしになると面倒でつくらなくなったという声をよく聞く。「たくさんつくらないと美味しくないし」という人もいる。だから、あえて家庭の味を思い出させるようなメニューにしている。

(写真撮影:井村幸治)

(写真撮影:井村幸治)

(写真撮影:井村幸治)

(写真撮影:井村幸治)

ただし、おからサラダにも粒マスタードをいれるなど、味付けにはひと工夫している。そうすることで「この味付け、どうやってるの?」というコミュニケーションが生まれるという。さらに、食材にはできるだけ地元の産品を使っている。お米は近くの上神谷(にわだに)で取れたお米、天ぷらのニンジンは住民が畑で育てて間引きしたもの、といった具合だ。

●魅力その3
居心地がいいこと。
高台に位置するお部屋には暖かな日差しが降りそそぎ、窓からは遠く葛城山を見渡せる景色がひろがる。1階住戸だが空が抜けていて気持ちがいい。心地よいBGMが流れ、対流式ストーブの炎にも癒やされるカフェのような空間だ。

ふらっと訪ねると誰か知り合いがいて世間話が始まりそうな「丘の上の惣菜屋さん」、それが「やまわけキッチン」の魅力だ。

団地の斜面で栽培されているレモン。泉北の季候はレモン栽培に向いているそうで、特産品化を目指している!(写真撮影:井村幸治)

団地の斜面で栽培されているレモン。泉北の季候はレモン栽培に向いているそうで、特産品化を目指している!(写真撮影:井村幸治)

喜びや楽しみを「やまわけ」できる場所へ

出足好調な「やまわけキッチン」だが、にぎわいを継続&拡大させていくことがこれからの課題になりそうだ。団地の部屋には鉄の扉がついており、歳を重ねると扉を開けて出かけていくのが億劫になるもの。「やまわけキッチン」に興味はあるのだけど、扉を開けて中に入るのはちょっと勇気がない……、という人もまだいるようだ。老人会の川野さんも「知り合いを誘って、少しずつ仲間を増やしている。週に一度でも通ってくれる人が増えるとうれしい」とおっしゃる。

「やまわけキッチンには、もっと多くの方に通っていただきたいと思っています。ここで感じたうれしい気持ちを、住民のみなさんとわたしたちで“やまわけ”できる場にしていきたいです」とNPO法人SEINの湯川さんは語る。

子どもから高齢者まで、団地の住民みんなが喜びや楽しみをシェアできる場所として「やまわけキッチン」がにぎわい続けることを願いたい!

●店舗情報
丘の上の惣菜屋さん「やまわけキッチン」
堺市南区茶山台2丁1番 茶山台団地21棟1階302号室
営業時間:月・火・金・土 11:00~15:00

「リノベ・オブ・ザ・イヤー 2018」に見る最新リノベーション事情

今年で6回目を迎える「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」の授賞式が2018年12月13日に開催され、「この1年を代表するリノベーション作品」が決定しました。住宅から商業施設までさまざまな施工作品はどれも、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれます。最新傾向を探ってみました。
エントリー数1.5倍増。ここ一年でリノベがより広く認知される

今回の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」は、エントリー作品246件のなかからグランプリ1作品、部門別最優秀賞4作品、特別賞13作品が選ばれました。特別賞の受賞数が例年になく13件と多いのは、昨年と比べて1.5倍、過去最多のエントリー数があったからだそう。

2018年を振り返ると、報道番組や経済番組でさかんにリノベーションやリノベ会社が特集され、リノベーションが社会的に広く認知されるようになった1年だったと感じます。エントリー数が増えたのは、「リノベで自分らしい家を手に入れたい」というユーザーが増え、「中古を購入してリノベ」が、住宅を取得する際の選択肢の一つとして当たり前のように意識されるようになったのが一因だと考えられます。今回のエントリー作品一般投票の「いいね!」数が前回の3倍ほどに増えているのも、そうした背景があるからではないでしょうか。

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、住宅メディア関係者を中心に編成された選考委員によって「今一番話題性がある事例・世相を反映している事例は何か」という視点で選考されるため、年によって受賞作品の傾向がさまざまに変化します。
例えば、2017年は「施主の思いを叶えるオーダーメード」「魅力度を増す再販リノベ物件」、2016年は「空き家リノベが街を活性化」「多様化するDIYリノベ」「インバウンド向けのお宿づくり」「住宅性能を格段に高める」、2015年は「地域再生につながる団地リノベ」「古いものをそのまま活かす」など、リノベトレンドを表した作品が目立っていました。

今回は「作品のクオリティの高さが相当にレベルアップしている」「どれがグランプリに選ばれてもおかしくなかった」と講評されたように、選考は難しく、激戦だったそうです。その戦いを制したグランプリをはじめ、全18受賞作の中から、注目した作品とポイントを見ていきましょう。

【注目point1】「この建物だからこそ」という強い思いが、リデザインを導く

[総合グランプリ]
黒川紀章への手紙(タムタムデザイン+ひまわり) 株式会社タムタムデザイン

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

1999年に建築界の巨匠・黒川紀章氏が設計したマンション「門司港レトロハイマート」の一住戸。レトロな街並みに溶け込む外観に比べて無個性だった室内空間を、海と山に囲まれた立地の魅力を最大限引き出すように工夫。リビングからしか絶景を望めなかった間取りを変え、開口部に向かって空間を縦に仕切り、間仕切り壁全体や壁上部をガラスとすることで、室内のどこからも絶景に視線を誘う仕掛けに。

この作品は、リノベ会社が中古物件を購入し、リノベを施した上で販売する「再販リノベ物件」。万人受けするデザインが求められがちな再販物件ですが、設計士は黒川紀章氏の設計思考を読み解き、この土地に本来あるべきだと考えられる住戸の姿を見出して、あえて大胆にリデザインすることで、質の高い一点モノの個性をもたせています。
「このマンションならではという説得力がある」と選考委員を唸らせていました。

【注目point2】すべての人の居場所となる多目的空間が熱い

[無差別級部門・最優秀賞]
ここで何しようって考えるとワクワクして眠れない!~「喫茶ランドリー」 株式会社ブルースタジオ

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

手袋工場の梱包作業場だった空間を、企業のオフィス兼喫茶イベントスペース「喫茶ランドリー」にコンバージョン。オーナーは「私設の公民館」を目指し、あらゆる人の居場所として設計したそうです。洗濯機やミシン、アイロンなどが置かれ、家事のワークショップやコンサートなども開催。空間の用途を決めず、多目的に誰でも使える場に。オーナーだけでなく、喫茶ランドリーのお客さんがイベントを主催しています。

リノベーションは建物のデザイン性だけでなく、「地域性」も注目される一大要素となっています。地域性とは、そのリノベ物件が新たに街に加わることで、人の流れや暮らしを心豊かに変えてくれるというものです。

空き家となった店舗やオフィス空間などの遊休不動産を、コミュニティスペースや宿泊施設といった人が集う場所にコンバージョンする作品が多く見られますが、使われ方はその作品ごとに多彩です。この「喫茶ランドリー」は使われ方の自由度が“カオス”的に高く、さまざまな交流や出来事を生み出す場所となっている点が高く評価されました。

このほかにも次のような、地域の人々が集う心地よい居場所・複合施設として再生された物件が多いのも近年のトレンド。日本各地で空き物件が生まれ変わっています。

[世代継承コミュニティー賞]
再び光が灯った地域のシンボル『アメリカヤ』 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

【注目point3】無個性な新築を一変。「新築リノベ」が市場ニーズを拓く

[1000万円未満部門・最優秀賞]
『MANISH』新しさを壊す 株式会社ブルースタジオ

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

新築の分譲一戸建てをリノベーションした作品が部門別最優秀賞となりました。一般に、ローコストを売りにしている分譲一戸建ては、コストを抑え、販売しやすいよう汎用的なデザインにするので、画一的で無個性な建物であることが多く見られます。そんな新築で購入した家を、数百万円かけてリノベーションする事例がここ数年で見られるようになりました。セルフリノベーションやDIYする人も年々増えていると感じます。これらは、「より個性的な住まいに」「より自分たちに合う住まいに」というニーズが生んだ現象です。

一般に「リノベーションの意義とは既存建物の再生」であることから、選考会でも受賞対象としてどうかという議論もあったそうです。しかし、新築であっても購入者のニーズを満たさない家に、間取りやデザイン、性能を向上するよう手を加えることで新たな価値をもたらすことは、リノベーションの意義を感じさせます。賢い選択となりうるという点で評価を受けました。
画一的な分譲住宅のあり方にも一石を投じた「新築リノベ」は、時代のニーズを捉え新たな広がりも感じさせています。

【注目point4】デザイン訴求が突き抜けている

[1000万円以上部門・最優秀賞]
家具美術館な家 株式会社grooveagent

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

「家具美術館」という作品名が表すように、数々のデンマーク家具・照明の名作を見せることに特化したミニマル空間に仕立てました。北欧家具を置く家はどちらかというとほっこりしたカフェ的空間となりがちですが、家具の有機的なフォルムやファブリックの色合いを引き立てるよう、美術館のようなホワイトキューブ的空間にして床壁天井を白基調に。家具のデザインが際立つ空間となりました。

住宅デザインでは建築そのものを主役と捉え、家具は二の次という扱いが多いのですが、それが入れ替わった空間づくりとなっています。

このほかにも下記作品のように、施主のデザインへの追求が「半端ないって!」という作品も目立っていました。

[特別賞・こだわりデザインR1賞]
もっと黒くしたい 株式会社ニューユニークス

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

[500万円未満部門・最優秀賞]
groundwork 株式会社水雅

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

【注目point5】温故知新・古さの心地よさを知る

再生によって、古いものが持つ味わいや温かみが蘇った事例は、そこを訪れる人々の心まで温めてくれます。役割を終えて朽ちていくだけの建物、見捨てられた住宅が新たな役目を持ち、人々に愛される存在となるからです。そうした作品も注目を集めていました。

[デスティネーションデザイン賞]
国境離島と記憶の再生(タムタムデザイン+コナデザイン) 株式会社タムタムデザイン

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

[ヘリテイジリノベーション賞]
築187年、執念のお色直し 株式会社連空間デザイン研究所

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

リノベは一点モノのオーダーメードだから、多様化がより深化

これまでのリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、その年ならではのトレンドや社会性というものをはっきり見て取ることができました。しかし今回は、作品数が多いこともあってか、傾向というよりは内容の多彩さとカテゴリーの幅広さが注目されました。

リノベーションは、「こんな暮らしがしたい」「こんな場所をつくりたい」という熱い思いを具体的な形に変えてくれる、住人やオーナー一人一人にとっての一点モノ、究極のオーダーメードでもあるので、事例が多彩なのは当然のことなのだと実感する年となりました。
前章で紹介した作品以外にも、次のようにバリエーションの幅が広く、個性の際立った作品が多々ありました。

●「リビ充(リビング充実)」をテーマにおしゃれに。心豊かに暮らせる築45年の団地(下写真参照)
●6000万円をかけた再販リノベ物件。資産価値を格段に高めた築130年の京町家(下写真参照)
●商店街の中心にある商業ビルを温もりある雰囲気の保育園にコンバージョン(下写真参照)
●ファッションブランドというニュープレイヤーが提案する、コーデも収納もしやすいプラン(下写真参照)
●新宿駅南口駅前の築39年のオフィスビルに、住機能を併せ持ったオフィス空間を提案
●家の中心に箱型階段室を設け、明るさや風通しなど暮らしの快適性能をアップさせた一戸建て
●劣化した屋根や天井床壁、サッシの断熱化、太陽光発電器の搭載などで低燃費に暮らす

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

今回のバリエーション豊富な作品群を拝見し、さまざまな制約のもと自由な発想で施されたリノベーション作品それぞれに、新たな役割をもった建物の「再生の物語」を数多く垣間見ることができました。既存の建物にまったく異なる価値をもたらすのがリノベの一番の醍醐味。今後も一人一人の熱い思いを形にした多彩な作品の完成を期待しています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」

デュアルライフ・二拠点生活[8]「きれいな川」へのこだわり、千葉県いすみ市の夷隅川そばで半自給自足生活を追求

東京・三軒茶屋に住む福島新次さん(38)は多感な高校時代の原体験から、美しい水辺での生活を求め、千葉県いすみ市との二拠点生活を実践。同県最大の流域面積を誇る夷隅川(いすみがわ)の近くに購入した古家のリノベーションを家族や友人とともに楽しみながら、二拠点ならではの子育てを満喫しています。福島新次さん(38)。大好きな夷隅川にて(写真撮影/片山貴博)

福島新次さん(38)。大好きな夷隅川にて(写真撮影/片山貴博)

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。

皆が買わない物件こそ、チャンス

恵比寿でアパレルの営業職として働く福島さんは、妻の美佳さん(47)、長男の凛音(りお)くん(11)、次男の塔七(とな)くん(7)との4人家族。普段は三軒茶屋駅から徒歩10分、約50平米の賃貸住宅に住み、金曜の夜から日曜の昼までいすみ市で過ごしています。

福島新次さんと次男の塔七くん(写真撮影/片山貴博)

福島新次さんと次男の塔七くん(写真撮影/片山貴博)

奈良県出身の福島さんは、地元では「吉野川」の名称で親しまれる豊かな水脈の紀の川の近くで育ち、川遊びを楽しむような高校時代を過ごしました。「就職で上京して、東京は水や自然がきれいではないことがとてもショックでした。水をきれいにするような活動や文化に貢献できたらという思いを抱きながら、きれいな川の近くに住みたくて10年以上ずっと物件を探していたんです」

どこの川がいいかを悩みながら、結婚後の2011年に現在住んでいる物件とは別の、三軒茶屋駅から徒歩5分約50平米のマンションを1980万円で購入。高額すぎるローンは避け、納得のいく物件が見つかるまで約2年探しましたが、一生の住まいにするつもりではなく、東京五輪の開催時期をめどに売却することを見越していたそうです。

福島さんがいすみ市の家と出合ったのは、2017年の夏。きっかけは、物件を探していることを知っていた先輩が見かけた立て看板でした。350坪の敷地に、取り壊すことが前提の昭和47年築の家屋つきで700万円という案内で、インターネット上にも載っていない情報だったそう。「都心から通うことが可能な約1時間半の地域というこだわりはありましたが、決め手は、物件の安さと自然に豊かな環境がそろっていたからでしたね」

築45年あまりの古屋。木製の雨戸はあるもののボロボロに壊れていた(写真撮影/福島新次さん)

築45年あまりの古家。木製の雨戸はあるもののボロボロに壊れていた(写真撮影/福島新次さん)

(上)裏小屋は修復不可能な状態だったので、取り壊して、簡易的な倉庫(下)を建てた(写真撮影/福島新次さん)

(上)裏小屋は修復不可能な状態だったので、取り壊して、簡易的な倉庫(下)を建てた(写真撮影/福島新次さん)

家屋は雨漏りがしていて壁もカビで黒ずみ、一見してボロボロ。「でも梁もしっかりしていて、まだ使える。不動産屋さんも解体するのはもったいないと思っていたので、壊さなくていいから土地代を安くしてほしいと交渉できました」。何度か交渉を重ねて500万円まで値下げされて、2018年1月に購入。「三軒茶屋のマンションを買ったときもそうだったのですが、ちょっとしたことでみんなが買うのをやめちゃう物件こそチャンスというか。壁は確かにカビが生えていたけど、表面が劣化しているだけ。直せばいいんです」

DIYを始めた当初。和室はカビだらけの状態(写真撮影/福島新次さん)

DIYを始めた当初。和室はカビだらけの状態(写真撮影/福島新次さん)

カビだらけだった和室のDIYをほぼ終え、今は眠るところもある小さな居間が出来上がりぐっと居心地がよくなった(写真撮影/片山貴博)

カビだらけだった和室のDIYをほぼ終え、今は眠るところもある小さな居間が出来上がりぐっと居心地がよくなった(写真撮影/片山貴博)

いすみ市に滞在する週末は、ほとんどの時間を家のリノベーションをしながら過ごしています。雨漏りのため家の中にテントを張り、トタンを置いて雨をしのぐことから始め、排泄物をたい肥に加工できるコンポストトイレを設置し、4畳半の居間が完成。快適に住めるようになったことで「テント生活のときは朝の4時や5時には作業を始めていたのに、むしろ起きなくなってしまいました(笑)」

(上)トイレは汲み取り式のものがあっただけ。水洗式にするには汚水を浄化する浄化槽を専門の施工会社に設置してもらう必要がある (下)浄化槽を設置するまではコンポストトイレを使用。排泄物を微生物で分解、農作物の肥料となるたい肥にできる(写真撮影/福島新次さん)

(上)トイレは汲み取り式のものがあっただけ。水洗式にするには汚水を浄化する浄化槽を専門の施工会社に設置してもらう必要がある
(下)浄化槽を設置するまではコンポストトイレを使用。排泄物を微生物で分解、農作物の肥料となるたい肥にできる(写真撮影/福島新次さん)

物がないからこそ、子どもの想像力を育める

元々、棚づくりなどのDIY経験はありましたが、ここまで大がかりなリノベーションは初めて。それでも、近隣に住む二拠点経験のある先輩や近隣住民のアドバイスを受けながら取り組むうち、その楽しさが増していったそう。「都内だと騒音なども気にしないといけないけど、ここは広いから大胆にいろいろできる。自分で自分のものをつくるのが面白くて」。月に1、2度一緒に来る子どもたちも、既製品がないなかから自分で遊びを見出す喜びや成長を見せています。この日一緒に来ていた塔七くんは、福島さんが作業する横で自分も角材にカンナをかけ、お手製の木刀をつくって遊んでいました。

DIYを始めた当初。和室はカビだらけの状態(写真撮影/福島新次さん)

DIYはネットで安い材料を探したり、海で流木を拾ったりと、お金をかけず工夫。塔七くんもハンマーやカンナなどを使うことを覚えた(写真撮影/片山貴博)

暗くなる前に作業を済ませるための段取りを考える必要性は、物にあふれる都会の子どもではできない体験です。「今後の社会で求められるのは、想像力が豊かな人材になるはず。良い影響を与えられているのではと思っています」。また、福島さん自身も、子どもとの向き合い方で発見があったそう。それは、三軒茶屋ではたくさん子どもを叱ってしまうのに、いすみ市では叱ることがほとんどないこと。「子どもの将来のために叱っているのではなく、周囲や世間とのトラブル回避のためにしているんだなと。でもいすみ市では隣近所との距離も離れているし、広い敷地で走り回れるので、叱る内容が少ないんです」。叱るときは、危険なときだけ。そして、計画的に段取りし時間をコントロールすることは、福島さん自身も上達したそう。

わんぱく盛りの次男の塔七くんと、長男凛音くんのお気に入りは庭の大きな木にぶら下げた廃材のタイヤを使ったブランコ。騒いでも誰にも迷惑はかからない(写真撮影/片山貴博)

わんぱく盛りの次男の塔七くんと、長男凛音くんのお気に入りは庭の大きな木にぶら下げた廃材のタイヤを使ったブランコ。騒いでも誰にも迷惑はかからない(写真撮影/片山貴博)

居間が完成したことで、二拠点生活やリノベーション自体に興味をもつ友人が遊びにくることも増えました。リノベーションを本格的に始めた当初は1年半での完成を目指していましたが、彼らと一緒に作業をするうち、最短での完成を目指すのはなく、都会ではできないダイナミックな楽しみをみんなでゆっくりと堪能する方向にシフト。凛音くんと塔七くんも、立派な戦力です。いっぱい働いてくれるので、時給200円の“バイト”制にしたところ、日給1000円を稼ぐことも。

庭にはキャンプファイアスペースを作成。DIYを手伝いに来た友人もここで、アウトドアな食事を楽しんでいる(撮影/福島新次さん)

庭にはキャンプファイアスペースを作成。DIYを手伝いに来た友人もここで、アウトドアな食事を楽しんでいる(撮影/福島新次さん)

二拠点目の購入資金は、マンションの売却益750万円から出し、引越し代などを引いた余剰の200万円弱をリノベーション予算や交通費に充てています。しかしいすみ市での、コミュニティーで物をやりとりしたり、リノベーションに廃材を活用したりするうち、今までは物を消費しすぎていたと実感したそう。「この価値観の変化はとても大きかったです」。それは、水へのこだわりにも通じています。「コンビニでの買い物とか、都会では不可避な消費活動が、水を汚してしまうことにもつながると感じています。こうやって半分自給自足のような生活への共感が広がればいい」

居間以外の部屋も、壁をはがして、これから板を張っていく予定(写真撮影/片山貴博)

居間以外の部屋も、壁をはがして、これから板を張っていく予定(写真撮影/片山貴博)

二拠点を選んだのではなく、自然に二拠点になった

きれいな川のそばに住むことは福島さんの念願ですが、いすみ市への完全移住までは、まだ決めてはいません。妻の美佳さんは二拠点生活に協力的ですが「子どもにも奥さんにも、東京でそれぞれのコミュニティーがある。一気に移ってしまうと、リスクもあります」。それよりは、福島さんが子どもだけを連れていすみ市に来ている間、普段はPTA活動などで多忙な美佳さんがリラックスできる時間を確保できる、現在のスタンスのほうが自然なのだそう。

福島さんの大好きな海もすぐ近く。サーフィンをしたり、流木を拾ったり、いつも身近な存在だ(写真撮影/片山貴博)

福島さんの大好きな海もすぐ近く。サーフィンをしたり、流木を拾ったり、いつも身近な存在だ(写真撮影/片山貴博)

訪れる友人だけでなく、近隣に住む住人との交流も増えています。近所の伊東研二さん(34)とは、共通の趣味があることから親しくなりました。

ご近所の伊東研二さん(34)と犬の空(くう)ちゃん。伊東さんは福島さんより半年ほど早く昨年の7月に引越してきた。スケボーやサーフィンなど共通の趣味があり自然と交流がスタート。今では、伊東さんも同じアパレル業なので東京で展示会があるときに遊びに行くなど、いすみ市だけでないお付き合いとなっている(写真撮影/片山貴博)

ご近所の伊東研二さん(34)と犬の空(くう)ちゃん。伊東さんは福島さんより半年ほど早く昨年の7月に引越してきた。スケボーやサーフィンなど共通の趣味があり自然と交流がスタート。今では、伊東さんも同じアパレル業なので東京で展示会があるときに遊びに行くなど、いすみ市だけでないお付き合いとなっている(写真撮影/片山貴博)

近所の方の薪割りを手伝ったときにいただいたイチゴの苗。廃材でスペースをつくり植えてみた。どうやって育てるのか悩むより、まずはやってみることが大事だそう(写真撮影/片山貴博)

近所の方の薪割りを手伝ったときにいただいたイチゴの苗。廃材でスペースをつくり植えてみた。どうやって育てるのか悩むより、まずはやってみることが大事だそう(写真撮影/片山貴博)

そうした温かい人間関係やゆったりした生活は、多くの人の郷愁を誘うものです。ただ、田舎へのふんわりした憧れだけで移住を考えることは、心配もあるといいます。リノベーション中とはいえ、建物には隙間風が吹き込むこともあれば、都会では見かけない虫に悩まされることも。「いきなり移住して乗り越えられないことは怖いし、そういうお試しの意味でも、二拠点から始めるのはいいかもしれませんね」
デュアルライフは、将来、実現したいライフスタイルを明確にしていくステップとして、さまざまな機会や気づきを与えてくれるようです。

敷地内には古井戸も。今は掃除をしたところ。これから水質を調査して使っていこうと考えている(写真撮影/片山貴博)

敷地内には古井戸も。今は掃除をしたところ。これから水質を調査して使っていこうと考えている(写真撮影/片山貴博)

ライター夏生さえりが妄想! 理想の間取りvol.2「結婚直前の二人が購入するお部屋編」

さあやってきました、理想の間取りを爆妄想するシリーズ、第2弾です。第1弾の公開後、「まさにわたしが描いていた理想はこれです! さえりさんはわたしの心の友、心の神、もはやI am You、すなわち我らは一心同体なりけり!!」というメッセージがたくさん来ることを予想していたのですが、一番多かったのは「わたしの家、まさにこんな感じです!」でした。そうですか、いいですね。みんなに置いて行かれたぼくの心は砕けそうです。

さて、「第2弾はどうしましょうか?」と編集部に尋ねると「中古マンションを購入して、リノベーションするっていうパターンとかどうですか?」と返答が。

ちゅ、ちゅうこまんしょんをこうにゅうしてりのべーしょん!? いまだせっせと家賃を支払っているわたしには大人すぎてちょっと何を言っているのか分かりませんでしたが、一応頑張って妄想してみました。【連載】ライター夏生さえりが妄想! 理想の間取り
恋愛妄想ツイートが話題のTwitterフォロワー数合計19万人の人気ライター・夏生さえりが間取りを見ながら暮らしを妄想。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『やわらかい明日をつくるノート ~想像がふくらむ102の質問~』(大和書房)。第2回 結婚直前の二人が購入するお部屋編

それにしても、中古マンションを購入してリノベーションしようという発想が、まずおしゃれですよね(※筆者には知識がないのでイメージで話しています)。すでに在るものから選ぶのではなく、自分たちの好きな感じにしたい、というそのこだわり感。

きっとそんなことを言い出すのはこだわり派の彼のほう。ちょっとかわいい刺繍が入ったシャツを着ていたり、クラウドファンディングでしか買えないリュックを持っていたり、個性が光るスニーカーとかをたくさん持っているはず。あと、休日は、スパイスを使ってカレーをつくったりする。そうに違いない。

彼女のほうはといえば、「わたし、あんまり洋服詳しくないんだけど」とか言いながらも抜群におしゃれな服ばっかり持っていて、どこで買ったのか聞いたら「えっと、代官山の小道をたまたま歩いてたら見つけたお店で……」とか言い出して、え、代官山の小道ってたまたま歩いたりします?? みたいな気分にさせちゃう系女子だと思うんですよね。あと花をすぐドライフラワーにしちゃうタイプ。

……よし、やっと「ちゅうこまんしょんこうにゅう」の二人のイメージがつかめてきたぞ。そういう二人が、家を買うまでの道のりは多分こんな感じ。

~以下、無駄かつ長めの文章となりますので読み飛ばしていただいても構いません~

付き合って1年9カ月。同棲して1年半。あと3カ月後の二人の2年記念日には入籍。周りの友達には「やっとかぁ」なんて笑われちゃうくらいだし、こちらとしても「2年付き合ったら結婚しようね」って言っていたこともあって、超絶スムーズな結婚。ああ人生ってこんな感じで進むんですね。なんかもっとこう、センチメンタルになり散らかしたりするのかと思っていたし、勢いで元彼とかに連絡して「あたし結婚するの」とかバーで告白したりする夜があるのかと思っていたけど、結婚って日常の延長なんですね~!

ほぼ2年付き合ってきたけど、彼への気持ちは薄れるどころかまだまだ上り坂上りまくりだし、まあたしかに好きの種類は変わってきたかもしれないけど、これは好きが愛してるに変わってきたんじゃないですかねなんつって~という気分で過ごしていたら、彼が「犬飼いたくない?」とか言い出すんですよ突然。えっ……犬? でもねえ奥さん、犬を飼うことに反対する人とか人類にいますか? もちろんわたしも大賛成でしたよね。はい。スムーズオブスムーズ。

それで、今一緒に住んでいる家はペット不可なもんだから、新しく家探しをすることになったんだけど、彼が突然「やっぱ、家買っちゃおっか?」とか言い出すんだよね。

「え、買うの?」って聞いたら、「うん、先輩がその辺詳しくて話聞いてきたんだけど、好きにリノベして、引越したくなったら売ればいいらしい」とか言うんだよ。ふーん? お金のことはよく分かんないけど、そうなんだね、じゃあそうしようかっつって。って、親友に話したら「はぁ? あんたよく分かってないのに、よく家なんか買ったね」って言って怒られたんだけど、いいじゃん? わたしたちの最高の理想ハウス。

ていうかプロポーズの言葉が、「きみといると、普通できないようなこともできちゃう」だったし、返答は「わたしもあなたといると知らない世界が知れる」だったわけで、家を買うのだって反対する理由なんてないし、むしろあなたが言うことにはわたしはもちろん賛成、あなたがのびのび暮らせることが大事よ、だって愛しているから。だっは~~~!!!!

~ここまで無意味でした~

再び妄想部分が長すぎて、すでに書いているほうも息切れしていますが、みなさんは大丈夫でしょうか。ここからが本題なので、どうか最後まで読んでくださいね。あと冷静になってみれば、おしゃれな代官山ガールは絶対「だっは~」とか言わないですよね。すみません。

リノベする二人、理想の間取りはこれ

上記のような二人が、住む部屋。条件を挙げるとすると、こんな感じでしょうか。

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1LDKで大丈夫? と思ったでしょう。わたしも思う。やっぱり将来のことを見据えて、子どもができても暮らせる家がいいんじゃないの? って。でもまあ、この二人は必ずしも子どもが欲しいわけじゃないんですよ。まずは犬。あとのことはその時考えよう。まずは二人の最高の理想の暮らしをかなえようねっていうわけです。いいね、そういう「今を楽しむ姿勢!」。

そしてこれが出来上がった間取りです。

(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

ワッツ イズ ディス? 
オー、イッツ ア ミラクルルーム!

それでは細かく見ていきましょう~!!

会話の減らない造り

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(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

今回のお部屋の特徴は、なんといっても吹抜けのメゾネットと、カウンターキッチン! 2年付き合っているとだんだんお互いが空気みたいになってきて、会話が減り始めることもあると思うんです。でもこれから長い人生一緒にいるわけですから、できるだけ会話はしていたい! ということで、かならずリビングを通らなければ寝室に行けない造りと、カウンターキッチン。さらには、2階にいても1階の人と会話ができるという造りに! 

それにしても、初めのデートのころには無言が続くと心臓が爆発しそうになって、何か話さなきゃ何か話さなきゃと焦っていたはずなのに、時間がたつとどうしてああも会話をしなくなるのでしょうね。それはそれでそりゃ居心地がよかっちゃけどさ。寂しいときもあるとよ。謎に博多弁にもなるったい。でもそんな二人の愛がいつまでも続くように、今回はこんな間取りにしてみたわけばい。

カウンターキッチンでいそいそとご飯をつくり、「できたよ! ごはんテーブルに持っていって~」と話して、「わーい今日のご飯なに?」って聞くわけです。わたしが。料理男子さいこー!

圧巻と言っても過言ではない窓(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

前回同様、やっぱり光と風が入る大きな窓は必須! 今回は2階まで続く大きな窓をご用意いたしました!! 春になったら開け放して、家中の窓も一緒に開け放したら、風が吹き抜けまくって、家の中が“ほぼ外状態”に! ……あれ? なんか魅力的に聞こえないな。でもきっと気持ちがいいはず。

床暖房完備(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

これはわたしの完全なる願望なんですけどね、床暖房が欲しいんですわ。これは今この原稿を書いているわたしの部屋が寒いから思いついたことなんですけど、大事じゃないですか? 吹抜けメゾネットや大きな窓になると、冬寒い問題が生じると思うのですが、床暖房があれば何も怖いものはないはず。

ペット可

大事なことを書き忘れるところでした。なんていっても、ペット可。賃貸だとなかなか見つけられないんですよね、ペット可って。

理想はコッカースパニエル。茶色でふわふわで、「ブラッシングが大変~」とか言いながら飼いたい。もし無理なら、トイプードルにする。ついでに動物病院やペットホテル等が家の近くにあると最高。現実的でしょ?

やっぱりトイレは遠めで(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

これも第1弾のときに書いたんですけど、やっぱりトイレは遠めがいいですね。2年付き合おうが、10年付き合おうが、トイレ事情はいつだってミステリアスでいたいもの(?)。じつは今回間取りをつくるうえで、編集部と何度もやりとりをさせてもらったのもトイレの位置でした。「これでどうですか?」「いや、トイレはもうちょい遠めで……」「これだとどうですか?」「いやもうひとこえ……」って言いまくったので編集部に影で「トイレの人」と呼ばれていてもおかしくない。この勇気を讃えてほしいです。

収納の王様(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

階段下収納に、ウォークインクローゼットも欲しい。やっぱり、2年も付き合っていれば物が増えるんですよ。それをもちろん捨てていくことも大事だけど、捨てたくないものもあるよね。二人で行った栃木で買った餃子型クッション? 沖縄でつくったシーサー? 勢いで買ったツイスターゲーム? 捨てなくていいんです、そう収納があればね。

広すぎるルーフバルコニー(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

そして憧れるのが、広すぎるルーフバルコニー!!!!
何をするかってそりゃ、“ティファニーで朝食を”的なノリで、「まずはバルコニーで朝食を」ですよ。ええ。庶民的。
ほかほかのコーヒーとトーストを持ってバルコニーに上がって「まぶしいねぇ」と言いながら朝ごはんを食べるわけです。夏にはみんなでバーベキューもいいよね! 流星群の時には、シートを敷いて寝転ぶのもいいな! 耳元で、RADWIMPSのスパークルとか流してさ。「エモ」「エモ」とかだけ言い合って、都会でほとんど見えないくせになんとか流れ星を探し出すんだよ。
それから雪が降ったときに、バルコニーで雪だるまつくるのもよくない? 犬たちが遊べるくらいのスペースがあれば、散歩に行けない日にここで遊ぶのもいいかも。

あ~~~広い屋上独り占め、憧れる~~~~!

家の近くにパン屋

「まずはバルコニーで朝食を」のために、おいしい焼きたてパンが買えるところが近所にあるといいな。朝イチでいくと、ほかほかの美味しいパンがあるの。遠くから買いに来る人がいるくらい大人気の店なんだけど、近くに住んでいるから寝起きで行けちゃうという。最高。

パン好きの彼氏

さらにさらに、「寝起きで行けばいいや」とは思いつつも、自分は暑い日も寒い日もめんどくさくなっちゃって、「いいや……スーパーで買った食パン冷凍してるし……」とか思うんだけど、そんなときパンを買ってきてくれる彼がいれば良くないですか? しかもパン好きがゆえに、「おはよー! じゃ、パン買いに行ってくる!」って意気揚々と出かけて行って、パンに合うバターを買って、パンに合うコーヒーを入れて、パンに合う天気の中、パンに合う寝起きのわたしを誘い出してくれるわけです。犬も一緒にバルコニーに連れて行こう。それで「は~!おなかいっぱい!」とか言いながら一緒に寝転んだりしよう。良い、良すぎて苦しい!

最後に

最後はまたも間取りに関係なくなってしまいましたが、購入してリノベまでできるんだったらこんな贅沢な造りがいいですよね。今回は書けなかったけれど、リノベしているってことはきっと内装もすべて自分好みにできるんだろうなぁ。おしゃれな扉にしてみたり、欲しいところにライトをつけてみたり。いいなぁ。

犬のいる暮らしはさぞかしすてきだろうな。たまぁに彼と喧嘩するんだけど、犬があんまりにも悲しそうな顔するから、気を使って小声で言い合って、そんなことしていたらだんだん笑えてきて仲直りしちゃったりとかするんでしょ?(イメージです)
それにリノベもうらやましい。リノベを決める過程で1回か2回は喧嘩しちゃったりもするんだろうな。「絶対カウンターキッチンは左寄せ!」「いや、右寄せだね」「絶対絶対左!」「いーや、右!」とか言って、親友に話したら「たのしそうだね……」って苦笑いされたりするんだろうなぁ(イメージです)。

そうだ、今回のこの間取りを見て「え?こんな最高な家、この世に存在するわけなくない?」と思った人もいるかもしれません。が、じつは昔ほぼ同じような家を見たことがあるんです。これがまあ格好よくて憧れちゃったんですよね。内装もちょ~べり~べり~おしゃれだった。ルーフバルコニーも大きな窓も、まさにこのとおりだった! なぜ住まなかったのかって? 4000万もしたからだよ!!!! 憧れにはどうやらお金というものがいるようです。働こう。

次回は、「ついに家族に! 子どものいるお家編」です。お楽しみに!

ハイパー銭湯「BathHaus(バスハウス)」。仕事の後は風呂に浸かってビールをキュッ!

銭湯にコワーキングスペースとバーを取り込んだのがハイパー銭湯「BathHaus(バスハウス)」。仕掛けたのは株式会社chill & workの代表としてさまざまなプロジェクトを手がけている榊原綾香さん(29歳)だ。

小田急線の代々木八幡駅から歩いて10分弱。一見するとビルの1階にあるカフェのようなたたずまいだが、こここそが「BathHaus」だ。

仕事をしに来る人と地元民とのおもしろい交流を生み出したいもともとは日本茶販売店の自社ビル。地下にコワーキングスペース、1階に銭湯とバーがある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もともとは日本茶販売店の自社ビル。地下にコワーキングスペース、1階に銭湯とバーがある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

せっかくなので、自慢のクラフトビールをいただきながら話を伺うことにした。

タップ(ビールサーバーの注ぎ口)を背に語り始める榊原さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タップ(ビールサーバーの注ぎ口)を背に語り始める榊原さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

彼女は神戸大学を卒業後、GREEに入社し、ソーシャルゲームの開発に携わる。その後、何度かの転職を経て2017年に独立した。

「日常のなかで気軽に立ち寄れるような、仕事もできるしくつろぐこともできる理想の空間があるといいなと、かねてより考えていました。銭湯とクラフトビールバーというオープンなコミュニティを併設したコワーキングスペースなら、働きに来る人と地元民のおもしろい交流が生まれるのではないかと思いまして」(榊原さん、以下同)

内装イメージは1920年から40年ぐらいの海沿いのリゾート地男湯と女湯は1週間ごとに入れ替わる。もうひとつはタイル張りのお風呂(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

男湯と女湯は1週間ごとに入れ替わる。もうひとつはタイル張りのお風呂(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ここで、気になっていたことを聞いた。「BathHaus」って20世紀初頭にドイツで創設された造形学校の「バウハウス」に掛けていますか?

「あ、そのとおりです。名付けは少し意識しました。バウハウスが目指していた、機能的ながら人間味のあるデザインの道具や家具などが元々好きであったことと、1920~40年代のどこか懐かしい雰囲気を目指すことで居心地のいい空間をつくりたかったこともあり、『BathHaus』という名前にしました。だから、ハウスはドイツ語の『Haus』にしています」

内装は1920~40年代のリゾートをベースに、レトロになりすぎないよう現代らしさも加えて仕上げた。

(写真提供/榊原さん)

(写真提供/榊原さん)

戸棚は近所のビンテージ家具を売っている店で、レトロな野球盤はのみの市で購入した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

戸棚は近所のビンテージ家具を売っている店で、レトロな野球盤はのみの市で購入した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「私はビンテージの家具も好きで、当時のつくり手が使いやすさとデザインにこだわったことが感じられる物と出合い、それをまた受け継いで使えるということにうれしさを感じるんです。言葉にできないかわいさや使い勝手のよさに惹かれます」

榊原さんの自宅リビングも好きなイメージ、好きなもので統一されている(写真提供/榊原さん)

榊原さんの自宅リビングも好きなイメージ、好きなもので統一されている(写真提供/榊原さん)

クラフトビール店とコラボして開発した「HINOKI BITTER」

クラフトビールに話を戻す。

5種類のクラフトビールは自身の舌で味を確認したのちに、東京、奈良、京都の醸造所から取り寄せている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

5種類のクラフトビールは自身の舌で味を確認したのちに、東京、奈良、京都の醸造所から取り寄せている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

勧められるまま、「HINOKI BITTER」のハーフ(700円)を注文。

2017年、高円寺にオープンした人気のクラフトビール店、「アンドビール」とコラボして開発したもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2017年、高円寺にオープンした人気のクラフトビール店、「アンドビール」とコラボして開発したもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「カンナで削ったヒノキのチップを、ビールを煮沸する工程で一緒に煮出しています。使用するヒノキの量や煮沸時間などの掛け合わせで、風味を調整しているんですよ」

おお、最後にふわっとヒノキの香りが立ち上がってくる。これは、日を改めてほかのビールも飲まないと……。

気分転換でふらっと訪れた八幡湯がすごくよかった

さて、コトの経緯の続きだ。榊原さんが生まれ育ったのは大阪のベッドタウン、堺市。近所にいわゆる“街の銭湯”はなく、数カ月に一度ぐらいのペースで父親に連れられて国道沿いのスーパー銭湯に行く程度だった。

「神戸に住んでいたときは大学の近くに銭湯が2、3軒あって、そこで初めて銭湯を体験したんです。とはいえ、六甲山に登ったり、スポーツしたりした後に立ち寄るぐらいで日常には入り込んでいませんでした」

上京してから、街のあちこちに銭湯がある環境に驚く。東京で初めて行った銭湯は新卒で入社した会社の近く、黒湯で有名な麻布十番の「竹の湯」だ。

「頻繁に行くようになったのは2017年から。独立したタイミングで代々木公園エリアに引越したんですが、基本的に毎日家で一人で仕事をして、たまに打ち合わせのために外に出るという生活。気分転換に近所の『八幡湯』を訪れてみると、想像以上に気持ちを切り替えることができて驚きました」

のんびりとお湯に浸かって体はすっきりし、さまざまな人としゃべることで気分もほぐれた。地元の八幡湯は今でも一番好きな銭湯だという。

銭湯は江戸時代から庶民や下級武士たちの社交場

そんな榊原さんが今回のプロジェクトを始めるきっかけの一つとなったのは海外での体験だった。大学1年生のときに行ったニューヨークでは、現地の人に洋服を「それ、いいね。どこで買ったの?」と褒められた。日常生活で通りすがりの人に何かを褒められるという経験が初めてだったため、前向きでオープンなカルチャーに衝撃を受けながらも、とても心地よく感じたという。

物件の受け渡し時はスケルトン状態だった(写真提供/榊原さん)

物件の受け渡し時はスケルトン状態だった(写真提供/榊原さん)

「留学や就職を経て、しばらくして銭湯に通うようになり、銭湯でのコミュニケーションに海外で感じた心地よさに近いものがある気がしたんです。ジェットバスに浸かっているおばちゃんに『私、ジェットバス嫌いなのよ』と謎の告白をされたりと、気の抜けた感じがすごく楽(笑)。社会に出てから、満員電車に疲弊したり、固定された働き方に疲れている人が多いことに疑問を持ち続けていたのですが、銭湯のような寛容さが現代人の暮らしに広がればマイペースに気持ちよく日々を過ごせる人が増えるのではないか?と思ったんです」

12月2日に行われたプレオープンパーティーは多くの人々でにぎわった(写真提供/榊原さん)

12月2日に行われたプレオープンパーティーは多くの人々でにぎわった(写真提供/榊原さん)

確かに、SNSなどが発達した昨今は人付き合いも均質化してゆく。銭湯のような雑多な人たちが集まって何でもない会話を交わせる場所は貴重かもしれない。そもそも、銭湯は江戸時代から庶民や下級武士たちの社交場。時には落語会なども行われた。

そんな文化は現在にも受け継がれている。高円寺の「小杉湯」は2017年に隣接する空きアパートにさまざまなクリエイターが入居する「銭湯ぐらし」という試みを実施した。また、上野の「日の出湯」は今年10月、銭湯と音楽が融合するイベント「ダンス風呂屋」を開催している。

融資とクラウドファンディングで資金調達

「やる」と決めてからは一気にギアが上がり、金融機関からの融資を取り付けるとともにクラウドファンディングで資金を募り、初期費用を見事に調達。榊原さんの思いに共感した協力者やクリエイターも続々と集まってきた。

バーと銭湯は誰でも入れるエリアだが、地下のコワーキングスペースはメンバー(有料会員)のみ。全40席でWi-Fi完備。複合プリンター、冷蔵庫も自由に使える。

コワーキングスペースの利用時間は9時~23時(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コワーキングスペースの利用時間は9時~23時(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

月額の利用料金はできるだけ安く抑えた。フリーデスクは5万円、週末のみ利用する場合は2万円、1日利用は3500円などを用意している。

モダンな内装デザインと懐かしいケロリンがマッチ

そして、いよいよ銭湯エリアをご紹介しよう。一般向けには、銭湯 700円(レンタルタオル別途200円)を用意しており、コワーキングスペースの利用者には月額9800円でパスポートならぬ「バスポート」を発行し、入り放題となる。

2018年12月9日にオープン。プレオープンは足湯のみで営業していた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2018年12月9日にオープン。プレオープンは足湯のみで営業していた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

モダンな内装デザインと懐かしいケロリンが妙にマッチするから不思議だ。

のれんのイラストはもともと面識のあった白根ゆたんぽさんにお願いした(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

のれんのイラストはもともと面識のあった白根ゆたんぽさんにお願いした(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

泉州タオルの老舗「ふくろやタオル」のフェイスタオルと、「チル&ワーク」という刺繍入りのスウェットは購入も可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

泉州タオルの老舗「ふくろやタオル」のフェイスタオルと、「チル&ワーク」という刺繍入りのスウェットは購入も可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バースペースで販売するコーラ(500円)は有機栽培の砂糖でつくられたオーガニックドリンク(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バースペースで販売するコーラ(500円)は有機栽培の砂糖でつくられたオーガニックドリンク(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ドリンクやフードは自分がいいと思ったものを出したいという。家具、タオル、スウェットもつくり手の思いが見えるものを厳選した。

仕事して、ひとっ風呂浴び、ビールを引っ掛けてから帰宅

そんな彼女にとって銭湯は多種多様な価値観に触れられる場所、心からくつろげる場所の一つである。

「独立して会社名をどうしようか考えているときに浮かんだのが『チル&ワーク』という単語。一生懸命集中した後は銭湯でのんびりくつろぐ。仕事場と銭湯が併設していれば、普段は面倒が理由で湯船に浸かることができない人でも気軽に安らげるのではないかと思います」

来年1月以降には、こんな光景が日常的に繰り広げられるはずだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

来年1月以降には、こんな光景が日常的に繰り広げられるはずだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コワーキングスペースでは「チル」と「ワーク」のタイミングを自分で設定できる。利用者がマイペースに過ごせる場所という意味では銭湯と同じだ。階段を上がれば銭湯。「仕事して、ひとっ風呂浴び、ビールを引っ掛けてから帰宅」という一連の流れが習慣化すれば、さぞやぐっすりと眠れることだろう。

榊原さんの思いが詰まったハイパー銭湯「BathHaus」。バウハウス創設から100年後の日本で、個々が新しいスタイルを“造形”する場が誕生した。

●店舗情報
「BathHaus」
東京都渋谷区西原1-50-8 1F • B1F
>HP

DIY可の賃貸物件の先駆け「ジョンソンタウン」レポート。埼玉にある米国の暮らしとは?

白い木壁の家が垣根なく立ち並び、足元には緑の芝生が広がる……。埼玉なのに、まるで米国のようなたたずまいで人気を集めているジョンソンタウン。住まいの合間にはショップも点在し、週末には多くの人が訪れ、今や入間の「名所」にもなっています。現在は約80棟があり、約200人が暮らしていますが、実際の暮らしぶりはどのようなものなのでしょうか。
街並みと建物に一目ぼれ。都内のマンションから入間へ引越し

ジョンソンタウンは西武池袋線・入間市駅から徒歩18分、池袋駅まで電車で40分弱かかり、通勤に便利とは言い難い立地の賃貸物件。それでも「ウェイティングリスト」ができ、ほぼ空室がないほどの人気ぶりです。かつて米軍基地のアメリカ兵とその家族のためにつくられた米軍住居地域跡地にあるジョンソンタウンは、DIYが盛んなアメリカ本国と同様に建物内部はDIYが可能で、どうやらそれも人気の理由になっているよう。

米国のような街並みを形成しているジョンソンタウン。その取り組みは2017年に日本建築学会賞(業績)で表彰された(撮影/嶋崎征弘)

米国のような街並みを形成しているジョンソンタウン。その取り組みは2017年に日本建築学会賞(業績)で表彰された(撮影/嶋崎征弘)

そこで、今回、ジョンソンタウンに引越してきてDIYをするようになったという岩下潤さんにお話を伺いました。職業はブルースギターを奏でるギタリスト。単独ライブも行うほか、週6日、都内のスクールでギターを教えています。現在は平屋づくりやゆったりした間取りなどが特徴の米軍ハウス(アメリカン古民家)に妻と2匹の猫ちゃんとお住まいです。

「引越しのきっかけは、都内にある前の住まいが古くなったから。以前、座間の米軍ハウスでライブをしたことがあって、一度、住んでみたいという憧れがあって、ネットで調べてジョンソンタウンを知り、実際に街並みを見たら一目ぼれでしたね」と振り返ります。

ダイニングでお話をする岩下さん。DIYだけでなく、トークも上手!(撮影/嶋崎征弘)

ダイニングでお話をする岩下さん。DIYだけでなく、トークも上手!(撮影/嶋崎征弘)

リビングでギターを弾く岩下さん。床材はこの建物が完成した1954年当時のもの。数々のキズも岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

リビングでギターを弾く岩下さん。床材はこの建物が完成した1954年当時のもの。数々のキズも岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

4棟を見学し、なかでも本来であれば店舗のための場所にある家が気に入ったそう。引越し先は都市部を希望していた妻も現地を見て納得、見学したその日のうちに申し込み、トントン拍子に話が進んだといいます。

「家賃が決して安くないのは分かっています(笑)。ただ、都内まで1本で行けるので不便は感じていないですね」と話します。

人との関係、DIYでの建物への愛着。すべてがちょうどいい

暮らしはじめて大きく変わったのは、玄人はだしの「DIY」と隣人の関係です。

「引越した当初、DIYはやらないつもりだったんです。職業柄、指をけがしたら仕事にならないので。それでも、2~3カ月たったあたりから、庭をいじりはじめたんです。ほぼ砂利だった庭を芝にしたいって思って。ジョンソンタウンのオーナーに相談したら、『どうぞ、やってください』と言われて」

根が凝り性の岩下さん。砂利と土を手作業で選り分け、土壌を改良して、芝の品種も研究。今では自宅だけでなく周囲のお宅の敷地にも芝を植え、手入れするまでに。

「当時ジョンソンタウンに住んでいた人で、DIYの師匠がいてね。はじめ、物干しスペースのところをなんとかしたいって考えていたら、必要な道具を貸してくれただけでなく、『何か問題あったら俺が教えるから』って言ってくれて。その男気がかっこよかった」と振り返ります。今までの人生になかった、隣人との出会い、コミュニティが心地よく、アレもできるかな?これはどうだろう?と研究するうちにDIYにはまっていったそう。現在は防音室やDIYの作業部屋も自作してしまうなど、「もはや素人ではないのでは……」という腕前です。

こちらはリビングの脇につくってしまったDIYの工房。奥の扉を開けると庭へ出られる(撮影/嶋崎征弘)

こちらはリビングの脇につくってしまったDIYの工房。奥の扉を開けると庭へ出られる(撮影/嶋崎征弘)

木に熱を加えて曲げる機械を購入し、使い方をマスター。来年にはついに本業にもかかわるギター制作もしたいそう。本当に意欲的(撮影/嶋崎征弘)

木に熱を加えて曲げる機械を購入し、使い方をマスター。来年にはついに本業にもかかわるギター制作もしたいそう。本当に意欲的(撮影/嶋崎征弘)

「賃貸だから隣人ともほどよい距離の、心地よいお付き合いができる。で、一方でDIYしてきたから住まいにも愛着がある。本当にちょうどいいんだよね」

今でも一日に1つ新しいことを学ぶ、知る、身につける、買うなどをして、「日々、成長している」という思いがあるとか。朝、早起きして庭いじりやDIYをし、その後出勤、帰宅は深夜、というライフスタイルですが、充実感でいっぱいのようです。

DIYで自作した防音室(右手奥)がある仕事部屋。大人の理想がつまっている(撮影/嶋崎征弘)

DIYで自作した防音室(右手奥)がある仕事部屋。大人の理想がつまっている(撮影/嶋崎征弘)

防音室内部。防音室を見た人から問い合わせがあり「6台売れて、その人たちの家までつくりに行ったんだよ」と岩下さん。すごすぎる!(撮影/嶋崎征弘)

防音室内部。防音室を見た人から問い合わせがあり「6台売れて、その人たちの家までつくりに行ったんだよ」と岩下さん。すごすぎる!(撮影/嶋崎征弘)

「人に喜んでもらえる趣味ってほんとにいい。隣人から『アレつくって、こんなことできるかな?』って相談されて、できるよ~って言って。喜んでもらう。こんなに楽しいことはないよね」と言います。

岩下さん宅。玄関から入ってすぐがダイニング。猫が外に出ないようにしつらえた内扉(写真奥)ももちろん、DIYで自作!(撮影/嶋崎征弘)

岩下さん宅。玄関から入ってすぐがダイニング。猫が外に出ないようにしつらえた内扉(写真奥)ももちろん、DIYで自作!(撮影/嶋崎征弘)

猫2匹の名前は「たら」と「ふく」。あわせて「たらふく」。写真は「たら」ちゃん(撮影/嶋崎征弘)

猫2匹の名前は「たら」と「ふく」。あわせて「たらふく」。写真は「たら」ちゃん(撮影/嶋崎征弘)

「お前の手を見せてくれ」。米国のライブで言われたうれしい言葉

土いじり、DIYをするようになり、仕事である音楽面でもいい影響を感じるとか。

「演奏から“土の匂い”がするようになったと感じる。そりゃそうだ。だって、毎日、土いじりしているんだもん(笑)。でも、そもそもブルースって、米国ではキツイ野良仕事の後に演奏していた音楽なんだよ。実はこの前、米国でライブしたときにね、現地の人から『お前の手を見せてくれ』って言われたんだけど、あれは本当にうれしかったなあ」と感慨深い様子。

もともとベランダガーデニングをしていた妻も、建物の表通りは赤で統一、裏庭は青と白というコンセプトで、ガーデニングを満喫しています。

ジョンソンタウンの室内はDIY可だが、外観は基本的に改装不可。街並みを守るための工夫だ(撮影/嶋崎征弘)

ジョンソンタウンの室内はDIY可だが、外観は基本的に改装不可。街並みを守るための工夫だ(撮影/嶋崎征弘)

カエルもギターを持っているなど、庭の小物にも随所に遊び心が(撮影/嶋崎征弘)

カエルもギターを持っているなど、庭の小物にも随所に遊び心が(撮影/嶋崎征弘)

「ここならガーデニングだってやり放題だもん(笑)。日本にいながらにして、米国のライフスタイルができるんだから、本当に理想形だよね。アレもやりたい、コレもできるって、理想をかなえていける」といい、夫婦で日々の暮らしを満喫しています。

また、ジョンソンタウンには、個人店が約50店舗ほどあり、そこも好きなところなのだとか。
「街歩きだって、フラフラしているだけで楽しいし、ちょっとお土産がいるなって思ったら、即、買い物だってできるし、外食もできる。住んでいる人もおもしろい人が多いしね、交流の温度感などもちょうどいい。本当に心地いいんだよ」

写真左/さながらアメリカのようなEAST CONTENTS CAFE。気軽に食事とお酒が楽しめる、岩下さんの行きつけ 写真右/コイガクボのもっちりとした食感が楽しい米粉パンは岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

写真左/さながらアメリカのようなEAST CONTENTS CAFE。気軽に食事とお酒が楽しめる、岩下さんの行きつけ 写真右/コイガクボのもっちりとした食感が楽しい米粉パンは岩下さんのお気に入り(撮影/嶋崎征弘)

写真左/花やリースを扱うブルーメンヒュッテ。庭づくりの相談も可。オーナーは岩下さんのお友達 写真右/イギリスから直輸入した雑貨が並ぶコッツウォルズ。岩下さんはちょっとした手土産をココで買うとか。商品は一点物も多く、見ていて飽きない(撮影/嶋崎征弘)

写真左/花やリースを扱うブルーメンヒュッテ。庭づくりの相談も可。オーナーは岩下さんのお友達 写真右/イギリスから直輸入した雑貨が並ぶコッツウォルズ。岩下さんはちょっとした手土産をココで買うとか。商品は一点物も多く、見ていて飽きない(撮影/嶋崎征弘)

ガーデニング、DIY、そして人との交流と、以前では考えられなかった暮らしを楽しむ岩下さん。引越しがもたらした「思いがけない出会い」が、人生を豊かにしてくれたようです。

●取材協力
ジョンソンタウン
Blumen Hutte
米粉パン専門店 コイガクボ
EAST CONTENTS CAFE
COTSWOLDS●取材協力
岩下潤さん 
日本屈指のブルースギタリスト。ライブだけでなく、ブルースギターに関する著作も多数執筆するほか、講師としても活躍。観客を引き込むブルース演奏に加えて、楽しいMCはさながらお笑いライブのよう。ライブ予定や高田馬場にあるギター教室への問い合わせは以下から。
>ジャグ・サウンズ・ギター・スクール 

デュアルライフ・二拠点生活[7]都市部のマンションと里山が結びつき、住民の第二のふるさとに

通勤便利なJR千葉みなと駅徒歩3分の大規模マンションの管理組合が、マンションの魅力アップ策として新たに「里山縁組プロジェクト」に取り組み、絵に描いたような美しい里山の風景が広がる群馬県川場村との交流を始めた。利便性の高い都市部に住みながらマンションぐるみで里山とつながる、そんな新しい形のデュアルライフを紹介しよう。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。平日は都会の生活、休日は自然豊かな環境へ。住民経営マンションの新たな取り組み

「ブラウシア」はJR千葉みなと駅から徒歩3分と近く都内への通勤者も多い、2005年完成の438世帯約1400人が住む大規模マンションだ。マンションの資産価値を保つことを目的に、管理組合が積極的に活動する「住民経営マンション」としても注目されているブラウシア管理組合が、あらたなマンション魅力アップ策として取り組んでいるのが「里山縁組プロジェクト」だ。

2005年完成、438世帯約1400人が住む「ブラウシア」。大規模マンションながら住民交流も活発で空室もないという人気だ(写真提供/ブラウシア管理組合)

2005年完成、438世帯約1400人が住む「ブラウシア」。大規模マンションながら住民交流も活発で空室もないという人気だ(写真提供/ブラウシア管理組合)

このプロジェクトを仕掛けたのは、資産価値向上のために「住民経営マンション」として活動するブラウシア管理組合の皆さんと、植栽管理およびコミュニティ形成活動にかかわっている東邦レオ株式会社(以下東邦レオ)だ。マンションの立地は変えることはできないが、マンションにとっての「第二のふるさと」をつくって住民が自然を楽しめる環境をつくることが付加価値のひとつになるのでは、というアイデアから「里山縁組プロジェクト」はスタートした。

「利便性のいい都市型マンションに住んで都内に通勤しながら、一方で自然に囲まれのんびりしたいと思っている人が多いのでは、と。私自身移住も考えたこともありますが、通勤のため断念。実際、週末になるとマンションからキャンプに出掛ける車をよく見かけます」と管理組合の吉岡さん。

川場村には山、川、田畑など絵に描いたような里山の風景が広がる。恵まれた自然はすぐにブラウシアの子どもたちの遊び場に(画像提供/ブラウシア管理組合)

川場村には山、川、田畑など絵に描いたような里山の風景が広がる。恵まれた自然はすぐにブラウシアの子どもたちの遊び場に(画像提供/ブラウシア管理組合)

東邦レオ側で面識のあった川場村の永井酒造さんからのご縁で、まずは管理組合が初めて川場村に足を運んだのが2017年7月。その後住民も交えてバスツアーなどのイベントも実施。ブラウシア側は、訪れた誰もが、豊かな自然と温かいもてなしに感激。そしてマンション内交流も盛んであったことから相思相愛となり、さまざまな共同イベントを本格開催するに至った。

住民同士の交流も深めたリンゴ狩り&BBQ日帰りバスツアー

具体的に一つ、ブラウシアと川場村の交流イベントをご紹介しよう。12月に行われたイベントは川場村のリンゴ農家での収穫体験と交流BBQをメインにしたもの。ブラウシア側の参加者は子ども10人を含む28人が、満席のバスで早朝にマンションを出発。バスはまず、川場村のリンゴ農園へ。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

1本のリンゴの樹にブラウシアの家族がオーナーになる「りんごオーナー制度」。自分たちの樹のリンゴを自分の手で収穫(写真撮影/内海明啓)

1本のリンゴの樹にブラウシアの家族がオーナーになる「りんごオーナー制度」。自分たちの樹のリンゴを自分の手で収穫(写真撮影/内海明啓)

川場村との交流のため、あらかじめ川場村のリンゴの樹の年間オーナーを募集し、応募したブラウシア住民家族は、現地で自分たちの樹のリンゴを収穫。オーナー以外の家族も、リンゴ狩りをして自分たちが採ったリンゴを買い取って楽しんだ。川場村は知る人ぞ知る、リンゴの名産地なのだ。

この日収穫したリンゴの一部。自然環境に恵まれた川場村は、リンゴのほかにも米、そば、ブルーベリー、ブドウなど農産物が豊富だ(写真撮影/内海明啓)

この日収穫したリンゴの一部。自然環境に恵まれた川場村は、リンゴのほかにも米、そば、ブルーベリー、ブドウなど農産物が豊富だ(写真撮影/内海明啓)

リンゴ狩りのあとは、川場村の住民中村さんのお宅のお庭で川場村住民、ブラウシア、川場村の取り組みにかかわっている東京農業大学の学生さんら総勢50人余りでBBQを楽しむ。このBBQが川場村のみなさんとの重要なコミュニケーションの場でもある。その後、川場村の自然に触れられる体験イベントや温泉などに移動して最後はマンションまで戻って解散、というもの。イベントのスケジュールは主だったものは決めるが、あまり固定しすぎず、その場のみんなの意見や、川場村の皆さんのアドバイスで臨機応変に変更し、住民交流できるようにしているという。

農家の庭先を借りてのBBQ交流会の様子。ブラウシア住民約30名に加え、川場村のみなさん、川場村と交流のある世田谷川場ふるさと公社や東京農業大学のみなさん合計4団体50人超で大賑わい(写真撮影/内海明啓)

農家の庭先を借りてのBBQ交流会の様子。ブラウシア住民約30名に加え、川場村のみなさん、川場村と交流のある世田谷川場ふるさと公社や東京農業大学のみなさん合計4団体50人超で大にぎわい(写真撮影/内海明啓)

川場村の皆さんは郷土料理だご汁(団子汁)をつくっておもてなし。つくり方や素材の話で会話も弾む(写真撮影/内海明啓)

川場村の皆さんは郷土料理だご汁(団子汁)をつくっておもてなし。つくり方や素材の話で会話も弾む(写真撮影/内海明啓)

単なる旅行でなく田植え、BBQ、地元交流など目的のあるイベントを楽しむ

このような住民を交えたバスツアーを、提携後11月「敬老会」、6月「田植え体験」、7月「古民家とブルーベリー」、9月「稲刈り体験(雨天により中止)」、12月「リンゴ狩り」と計画、実施し、イベント運用の目途も立ってきた。好評な「道の駅 川場田園プラザ」でのお買い物を定番にさまざまな企画を加え、来年度はより多くの住民に参加してもらう予定だという。

「道の駅川場田園プラザ」は東日本でも指折りの充実した道の駅。ここに立ち寄り地元の新鮮野菜をBBQ用やお土産用に買い物するのはイベントの定番コースに(写真撮影/内海明啓)

「道の駅川場田園プラザ」は東日本でも指折りの充実した道の駅。ここに立ち寄り地元の新鮮野菜をBBQ用やお土産用に買い物するのはイベントの定番コースに(写真撮影/内海明啓)

今回、ご家族4名で参加された守屋さんは、6月の田植え体験に続いて2回目の参加。ご夫婦ともに千葉出身で「いわゆる田舎らしい田舎がないので、子どもにここでしかできない田植えやリンゴの収穫などを実際に体験させてあげられることが貴重です」と語る。5歳の長男も田植えをしたら収穫が楽しみになり、いい教育になったという。

6月に行われた田植えは泥んこになって大人も子どもも初体験。夢中になってカエルを探したり、お米ができるまでに興味をもったり、貴重な体験となった(画像提供/ブラウシア管理組合)

6月に行われた田植えは泥んこになって大人も子どもも初体験。夢中になってカエルを探したり、お米ができるまでに興味をもったり、貴重な体験となった(画像提供/ブラウシア管理組合)

小学生の男の子を連れて家族2人で参加した高田さん一家は、なんとプライベートでもおとずれるといい、今回で6回目の川場村訪問。「川場村の道の駅は第七駐車場まであっても一杯になり、一日中遊べるくらいの充実度で都会的です。でもそこから数分走って村までくると観光客には誰にも会わない、この絶妙なバランスがいいですね」と高田さん。川場村との提携の話を聞いて、早速一家で訪問してからすっかりお気に入りだという。「子どもには田んぼでの泥んこ遊びがとにかく楽しかったみたいです。通っているうちに村に、というより出会う村の人に愛着を感じ、人に会いに来ています」

このように、川場村の住民の皆さんとの交流も楽しみのひとつ。地元の親子も参加する交流BBQや自然体験を通じて子ども同士も仲良くなり、「環境が異なる場所で育っている子ども同士の触れ合いもいい刺激です」という声も。「途中の道の駅でBBQ用の野菜を買ったら、川場村側の参加者にその野菜の生産者さんがいた」「メールアドレスを交換して珍しい野菜の調理方法や田舎料理のレシピを教えてもらった」など。相互の交流を楽しむ声が続々聞こえてきた。

バスツアーのほか、マンション内で行われる夏祭りなどのイベントでは、川場村の産直野菜を販売するマルシェはもはや定番。過去2回実施したが、発売前に長蛇の列ができるほどの人気だ。

ブラウシアで実施する夏祭りやクリスマスなどのイベントでは川場村の産直野菜を販売。発売30分で売り切れるほどマンション住民にも大人気だ(画像提供/ブラウシア管理組合)

ブラウシアで実施する夏祭りやクリスマスなどのイベントでは川場村の産直野菜を販売。発売30分で売り切れるほどマンション住民にも大人気だ(画像提供/ブラウシア管理組合)

管理組合のみなさんに今後の抱負を伺うと「川場村でお米や野菜を育てたい」「蛍が見られるときにツアーを」「お米の田植えと収穫体験をセットで」「りんご農家さんで受粉体験を」「川場村の獣害などお困りごと解決ボランティア」「川場村のような提携先を複数の自治体と」など次々にアイデアがあふれ出る。来季からはより多くの住民がイベントに参加し、川場村と交流できるようにする予定。着実に群馬県川場村はブラウシア住民の心の故郷になろうとしている。こんなマンションに住んだら休日も楽しそう、と思ったが「残念ながら現在空室ありません」とのこと。やはり管理組合が活性化しているマンションは人気なのだ。

●取材協力
ブラウシア管理組合
東邦レオ

デュアルライフ・二拠点生活[6] 山梨県北杜市 子育てのために選択した里山の生活で家族全員が変わった!

八ヶ岳や南アルプスなど美しい山々に囲まれた山梨県北杜市。お子さんの入園をきっかけに東京から住まいを移したOさん一家は、夫の通勤のための拠点も持つ、のびのび子育てデュアラーだ。デュアルライフ(二拠点生活)を決断するまでは夫婦で悩み抜いた、と笑顔で振り返るOさんの暮らしをご紹介しよう。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。休日は大自然に囲まれ家族だんらん、夫は通勤のためニ拠点を使いわけ東京都府中市から山梨県北杜市に住まいを移したOさんご家族(写真撮影/内海明啓)

東京都府中市から山梨県北杜市に住まいを移したOさんご家族(写真撮影/内海明啓)

遠くに八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳などの南アルプス連峰がそびえる雄大な景色に囲まれた里山、山梨県北杜市。Oさんご一家が東京からここに住まいを移し、通勤のためデュアルライフ(二拠点生活)を始めるきっかけになったのは、日登(ひのと)くん(4歳)の入園だった。

「子どもは自然豊かな環境で、余計な知識を与えずに育てたいと思っていました。どうしてもここの保育が受けたくて、動くなら入園前にと悩みに悩んだ末の一大決心でした」と妻の未来さん(36歳)。

自宅から園まで、雄大な南アルプスの山々を眺めながら田んぼの間の道をまっすぐ進む、映画のような風景が広がる山梨県北杜市。すぐそこに森も川も広がる、豊かな里山だ(写真撮影/内海明啓)

自宅から園まで、雄大な南アルプスの山々を眺めながら田んぼの間の道をまっすぐ進む、映画のような風景が広がる山梨県北杜市。すぐそこに森も川も広がる、豊かな里山だ(写真撮影/内海明啓)

1年前までのお住まいは、夫・善行さん(37歳)が勤務する新宿まで一本で通勤できる府中の賃貸一戸建て。現在は善行さんが、通勤時は栃木にある妻の実家、休日は家族が待つ北杜市という二拠点を行き来している。「幸い夜勤もあるシフト制の仕事なので、夜勤明けは実質3日間ゆっくり家族で過ごすことができます」

日登くんが4月から通い始めた園は、北杜市の住まいから車で約20分の「森のようちえんピッコロ」。保育士と保護者による共同運営の園で、子どもの感性・想像力・考える力を信じて大人が先導せずに見守る保育を実践している。教育方針に強く共感したものの、山梨県北杜市に地縁があるわけではない。o夫妻が入園と自分たちのデュアルライフを決断するまでには大きな葛藤があった。

文字通り里山に囲まれた「森のようちえんピッコロ」。園庭もまさに自然。つくられた砂場や遊具はなく、遊びを通して危険との付き合い方も覚える(写真撮影/内海明啓)

文字通り里山に囲まれた「森のようちえんピッコロ」。園庭もまさに自然。つくられた砂場や遊具はなく、遊びを通して危険との付き合い方も覚える(写真撮影/内海明啓)

子育て、仕事、住まい、将来設計など悩みぬいて教育方針と環境に惹かれた園へ

東京で一生を終えるイメージが沸かず、自然の中での暮らしにも憧れがあったご夫妻は「自分たちがこれから根を張って生きていく場所を探そう」と、日登くんの入園を前に都内や移住先候補の長野や山梨、実家のある栃木など複数のエリアで幼稚園の情報収集や現地見学を行った。

実際に現地に出かけてみると、似た環境の園でも実情は千差万別であること、移住を考えていた場所がイメージより都会、などさまざまな気付きがあった。教育方針に共感したピッコロは善行さんが通勤するには遠いので、通勤圏内での転職先探し、未来さんが就職して保育園を探すなど、あらゆる選択肢を検討して悩み抜いたという。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

園を選択すると、住まい、仕事、将来設計、など全てがつながって変わってくるので、どんどん身動きが取れなくなる。決断ができないまま月日がたち、日登くんの入園にすべてを間に合わせるはずが、条件がそろってから途中入園でも、と弱気になった。そんなとき先輩ママさんから「年少さんは年中・年長さんたちからたくさんの気持ちを寄せてもらって愛情を浴び、見えないものを積もらせてゆくかけがえのない時」と言われて、未来さんはハッとした。「全てが整うのを待ってからではなく、今できるベストの選択をしよう。全てを一度に変えようとせず、できるところから。まずは園を決めて住まいを山梨に移そう」と善行さんに決心を告げる。

善行さんは「体調が悪くなったとき、そばにいてあげられないし、頼る親も友人もいない」と反対。持病があり健康面の不安がある未来さんにとって、いざというときに親に頼れる実家のある栃木に家族3人で移住することが安全な選択だった。しかし「安全な選択ではあるものの、自分が大切にしたいものを失う気がした」という未来さんを説得しようとしても、「どんどん妻の顔が暗くなっていくのが分かりました」と善行さん。

未来さんの熱意に影響され、善行さん自身も「安定志向で思い切った決断をできない自分を変えたい」「行ってみてダメなら帰ってくればいい」、と二拠点での暮らしに同意したのは入園申し込みの締め切りギリギリだった。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

こうした大きな葛藤を経て、日登くんの園は決まった。入園が正式に決定するとすぐに、北杜市に家を探して引越した。地縁もないなか「ペーパードライバーだったので、家から園までの通園ルートの運転練習から始めた」という未来さん、初めての園通いの日登くん、通勤のため妻の実家を新たな拠点とした善行さん。家族3人それぞれ新しいチャレンジのデュアルライフがスタートした。

山梨は冬が寒いのではと不安だったが、選んだ賃貸は断熱性が高く、ひと冬過ごしてみて、快適で冷暖房費もあまりかからず大正解だったという(写真撮影/内海明啓)

山梨は冬が寒いのではと不安だったが、選んだ賃貸は断熱性が高く、ひと冬過ごしてみて、快適で冷暖房費もあまりかからず大正解だったという(写真撮影/内海明啓)

子どもはのびのび、妻は健康に、夫もオンオフのメリハリができ、家族全員が楽しんで成長自然に恵まれた北杜市は野菜や果物の宝庫でもある。自宅と園の間にある明治・大正・昭和の校舎を活用した「三代校舎ふれあいの里」で地元産の新鮮な野菜を選ぶのも楽しみ(写真撮影/内海明啓)

自然に恵まれた北杜市は野菜や果物の宝庫でもある。自宅と園の間にある明治・大正・昭和の校舎を活用した「三代校舎ふれあいの里」で地元産の新鮮な野菜を選ぶのも楽しみ(写真撮影/内海明啓)

日登くんは、森や川に囲まれた恵まれた自然環境の中、園でたくさんのお友達と心が揺れる経験を積み重ねて大きく成長中。保育では自分で薪に火をつけたり、野菜を包丁を使って切ったりなどの体験を通して、「うまくいかない」や、「揺れる心」を味わい尽くすそうだ。「時間に追われず、ありのままを受け入れてもらうことで、元々持っていた個性がどんどん現れて輝いています。自己主張もはっきりするようになりました。生きる喜びにあふれている様子です」と未来さん。

保育後、お友達とお料理ごっこやお店屋さんごっこで一緒に遊ぶ日登くん。園に行くのが楽しみで仕方ないという(写真提供/未来さん)

保育後、お友達とお料理ごっこやお店屋さんごっこで一緒に遊ぶ日登くん。園に行くのが楽しみで仕方ないという(写真提供/未来さん)

実は変わったのは子どもだけではない。「引っ込み思案な妻が、コミュニケーションを楽しみながら、園の運営にかかわる姿に驚きました」と善行さん。「環境が身体に合うのか、薬のお世話になる日が激減し、健康面の不安も少なくなりました」と未来さん。

都会では遠足に出かけないと見ることができないような森や川がすぐそばにある恵まれた環境。写真は父の日の保育「お父さんと森へゆこう」のひとコマ(写真提供/未来さん)

都会では遠足に出かけないと見ることができないような森や川がすぐそばにある恵まれた環境。写真は父の日の保育「お父さんと森へゆこう」のひとコマ(写真提供/未来さん)

いのちをより身近に感じる機会も東京暮らしのときにくらべ圧倒的に増えた(写真提供/未来さん)

いのちをより身近に感じる機会も東京暮らしのときにくらべ圧倒的に増えた(写真提供/未来さん)

善行さんも育児はもちろん、地域の方々とつくり上げる行事やイベントなどにも積極的に参加。「ほかの子どもたちや地域の方々と触れ合う機会も多く、自分自身も癒やされます」と善行さん。はじめる前は離れて暮らすことに抵抗はあったが、日登くんと未来さんのイキイキとした姿を目の当たりにして、選択して良かったと思うようになった。善行さん自身、オンとオフのメリハリもでき仕事のモチベーションも上がった。子育てのためにと思い切って一歩を踏み出したデュアルライフは、子どもだけでなく、予想外にも大人に変化と成長をもたらしたようだ。園での理想の子育ても、憧れの自然の中での暮らしも、しっかりと手ごたえを感じているOさん一家だ。

●取材協力
・森のようちえんピッコロ

閉店する喫茶店の家具と想いを次の使い手へと届ける「村田商會」の挑戦

赤いベルベットの椅子、カーブを描いた脚のテーブル、レトロなロゴ入りのグラスやあめ色に変わったコーヒーミル。村田商會が販売する古い家具や喫茶道具は、すべてが閉店するという喫茶店から引き取ってきたもの。この仕事を始めた経緯や想いを、2018年12月8日にオープンしたばかりの実店舗で話を聞いた。
ウェブショップから実店舗へ

西荻窪駅から歩いて5分ほど、喫茶店「POT」があった場所。ここが、それまでネット販売で営業していた村田商會の実店舗となる。オープンに向けて準備中だという店内は、以前の喫茶店の雰囲気を残しながらも、客席だったところには椅子やテーブルが所狭しと積まれている。
「これらが商品なんです。もともと喫茶店で使われていた家具や道具、雑貨などを引き取り、手入れをしてから販売しています」と話すのは村田商會の店主である村田龍一さんだ。

喫茶店としても営業するべく、準備中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

喫茶店としても営業するべく、準備中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大好きな喫茶店の家具や想いを受け継ぐ

村田さんが自身の店を立ち上げたのは2015年。それまで勤めていた会社を辞めてのことだった。
「学生のころから純喫茶が好きで、よくいろいろなお店に行っていました。古いお店の内装、雰囲気、マスターやママさんと話す時間が好きで喫茶店巡りをするようになって。社会人になってからも続いていたんですが、それまで何度か足を運んでいた喫茶店に閉店のお知らせの紙が貼ってあったんです。マスターに話を聞いているうちに、家具を捨ててしまうという話が出て、もったいないなと思って1セットくださいとお願いしたんです。そのテーブルと椅子は、今でもうちで使っています」

自身が好きだった喫茶店のテーブルと椅子を自宅で使用している。譲ってもらってから10年以上たった今も現役。「この家具があることで、今でもお店のことを思い出したりして、愛着も増しています」(写真提供/村田龍一さん)

自身が好きだった喫茶店のテーブルと椅子を自宅で使用している。譲ってもらってから10年以上たった今も現役。「この家具があることで、今でもお店のことを思い出したりして、愛着も増しています」(写真提供/村田龍一さん)

そこで、村田さんは自分と同じように純喫茶が好きで、そこで使われている家具を欲しいと思う人がほかにもいるのではないかと考える。お店もしかり。閉店してしまうが、家具を捨てるのはもったいないと思う人もいるのではないか、と。
「純喫茶の家具って、欲しいと思って探してもなかなか見つからないんです。アンティークとも、中古家具とも違う。使い込まれてきた風合いがあって、さらにお店の雰囲気をもっているものだから。閉店するお店そのものは残せなくても、家具なら残せるし、仕事にしてみよう、と始めました」

現在はネットだけでなく、イベントにも出店し、家具だけでなく、喫茶小物や道具なども販売している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在はネットだけでなく、イベントにも出店し、家具だけでなく、喫茶小物や道具なども販売している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

閉店を望んでいるわけではないからこその葛藤

かくして村田商會がスタートする。閉店する喫茶店の情報は、実際に自分の足で探すこともあれば、周りから教えてもらったり、ネットで仕入れたりすることもある。村田さんは必ずお店へ出向き、話をするという。閉店することを決めた店主に話をするのは、かなり気使うことなのではないだろうか?
「それまで自分が通っていたお店だったら、話はしやすいんです。でも、行ったことのないお店だと確かに難しい。混んでいない時間帯に行って、コーヒーを飲んだり、ご飯を食べたりして、お店の雰囲気を伺って、話すタイミングを見計らって、やっと切り出す感じです」
閉店を決めた店主の気持ちがどのようなものか想像し、お客さんとの関係もきちんと汲み取ったうえで買い取りの話をもちかける。友人の紹介があれば信用してもらえるが、よく分からない営業だと思われたこともあったという。
「そりゃ怪しいですよ、僕が逆の立場だったら、なんだ?って思います(笑)。信用してもらえても、高い金額で買い取ることができないので、折り合わないこともあるし、すべてがうまくいくわけではないんです」。それに、とちょっと顔を曇らせて続ける。
「ものすごいジレンマがあって。僕は閉店を望んでいるわけではないんです。喫茶店は一軒でも多く残ってほしいし、続けられるなら続けてほしいから。矛盾というか葛藤というか、複雑な気持ちはいつもあります。

喫茶店ならではのおもしろい雑貨も。これは「かうひい異名熟字一覧」で、さまざまな文献に掲載されたコーヒーの別名を紹介している。非売品。小岩にあった喫茶店「らむぷ」で使われていたもの。(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

喫茶店ならではのおもしろい雑貨も。これは「かうひい異名熟字一覧」で、さまざまな文献に掲載されたコーヒーの別名を紹介している。非売品。小岩にあった喫茶店「らむぷ」で使われていたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「瓦版」の文字がくりぬかれた板も喫茶店「らむぷ」で使われていたもの。当時はお店からの案内を貼るためのものだったのだろうか。村田商會の実店舗で使う予定だそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「瓦版」の文字がくりぬかれた板も喫茶店「らむぷ」で使われていたもの。当時はお店からの案内を貼るためのものだったのだろうか。村田商會の実店舗で使う予定だそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

家具を残すことで、お店の雰囲気を少しでも受け継ぎたい。なくなってしまう喫茶店のことが好きで、家具だけでも欲しいというお客さんもいます。僕自身がそうであったように、喫茶店を好きだという人が、自宅でも楽しめたらいいなと思ってのことなんです」

家庭でも使いやすいよう、丁寧にリペア

仕事は村田さんが一人ですべて行っている。喫茶店店主とのやりとり、買い取る家具の査定、運び出して倉庫に入れ、一つ一つ状態をチェックし、修理をして、写真を撮ってネットに掲載して販売し、発送する。書き出すだけでも膨大な仕事量だ。力仕事なのはいうまでもない。
「買い取る前にチェックはするんですが、照明の暗いお店だったりすると、外に運び出すときに初めて『あれ?』と気付くこともあるんです。ちょっと破れていたり、さびがひどかったり、いろいろです。喫煙可能なお店が多いので、ニオイも気になりますし、ヤニが付いているものもあります。それをすべてリペアしてから販売するので、手間も時間もかかるんです」

東大宮にあった喫茶店「ひまつぶし」の椅子。スポンジがすり減り、生地が擦り切れていた(左)。きれいに張り替え、きちんと使える状態に生まれ変わった(右)。手が触れる場所だからと裏地もしっかり張り替えている(写真提供/村田龍一さん)

東大宮にあった喫茶店「ひまつぶし」の椅子。スポンジがすり減り、生地が擦り切れていた(左)。きれいに張り替え、きちんと使える状態に生まれ変わった(右)。手が触れる場所だからと裏地もしっかり張り替えている(写真提供/村田龍一さん)

リペアの技術は知り合いに教えてもらったり、調べたりして身につけた。自宅でも問題なく使えるように、さび止め加工をしてペイントすることもあれば、生地の貼り直しやぐらつきの修正などもある。家具以外のものも加われば、細かな調理道具などの整理も必要だ。

ただ売るだけじゃなく、喫茶店の空気感も伝えたい

「以前、キャバレーの家具を買い取ったことがあるんです。やっぱりタバコの匂いやお酒のシミも残っていてリペアは必要でした。買ってくれたお客さんのなかに、お父様がそのキャバレーに通っていたから、サプライズでプレゼントしたいという方がいて。その話を聞いたときはうれしかったですね」
自分たちで喫茶店を始めたいと家具や小物を買っていくお客さんもいるという。

ただ単に売っているだけではない。村田商會のホームページには、その家具を使っていたお店について伝えるページがある。どんな歴史があり、どんな雰囲気でどんなお客さんが来ていたのか。閉店前のお店の写真まで掲載している。
「家具を売るだけじゃなく、お店のことをきちんと伝えていきたいと思って。受け継ぐ気持ちでやっています」

今年の夏に閉店した喫茶店「POT」。村田さんが内装や家具もそのまま引き継いで残している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今年の夏に閉店した喫茶店「POT」。村田さんが内装や家具もそのまま引き継いで残している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2018年8月営業当時のPOTの店内。記事トップの写真にある赤いポットは、もともとの喫茶店「POT」の象徴的なアイテムで、こちらも商品になる(家具(椅子・テーブル)は販売対象外)(写真提供/村田龍一さん)

2018年8月営業当時のPOTの店内。記事トップの写真にある赤いポットは、もともとの喫茶店「POT」の象徴的なアイテムで、こちらも商品になる(家具(椅子・テーブル)は販売対象外)(写真提供/村田龍一さん)

そうして、ネット販売を続け、実店舗のオープンにつながった。
「『POT』も好きなお店で、ちょこちょこ来ていたんです。閉店すると聞いてご主人と話をするうちに、家具を買い取るのではなく、この場所を受け継ごうと決心しました。ちょうどお店を持ちたと思い始めた時期でもあったので、ありがたかったです」

実店舗なら、たくさんの喫茶店で使われてきた家具を販売しながら、それぞれのお店のことをお客さんに直接話をして伝えていくことができる。
「今はまだ準備中ですが、ゆくゆくはここも喫茶店としてオープンする予定です。もともとの『POT』さんで使われていた家具や道具は残してあるのでそれをきちんと戻して、昔から通っていたお客さんにも楽しんでもらえるように」

形を変えても残るものがある。楽しめるものがある。喫茶店を営む人、楽しむお客さんへ向けた、村田さんの愛情はここからさらに広がっていくだろう。

12月8日にオープンし、家具や雑貨を販売している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

12月8日にオープンし、家具や雑貨を販売している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●店舗情報
村田商會 西荻窪店
東京都杉並区西荻北3-22-17
2018年12月8日オープン(喫茶店の営業は2019年から予定)
12月中の営業時間 12:00~18:00【不定休】

デュアルライフ・二拠点生活[5]山梨県南巨摩郡、月に一度のゆる田舎暮らし。手間とお金をかけず楽しむデュアルライフ

「まさか、自分の人生で猿と本気で戦う日々が訪れるとは思ってもいませんでした」。そう語るのは、都会暮らしの長いHさん(40代)。月に一度、四方を山に囲まれた、住む人もまばらな里山で、悠々自適なデュアルライフ(二拠点生活)を楽しんでいます。天候や害獣に翻弄されはするものの、それも楽しみ方のひとつ。友人を招いてのアウトドア料理やDIYなど、新たな趣味も生まれました。なぜ、そのようなライフスタイルの変化が起きたのか、Hさんにうかがいました。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
デュアルライフ(二拠点生活)にはこれまで、別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイア組が楽しむものだというイメージがありました。しかし最近は、空き家やシェアハウス、賃貸住宅などさまざまな形態をうまく活用してデュアルライフを楽しむ若い世代も増えてきたようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます東日本大震災をきっかけに、土地に根差した生活を志向

Hさんはフリーランスのライター/雑誌記者。普段は、都心の事務所を拠点に、取材や原稿執筆に追われています。東京で生まれ、大阪を経て、横浜育ち。田舎とは無縁の生活を送ってきましたが、学生時代から、年に1、2回ほど、山梨県南巨摩郡にある人里離れた山中の集落に足を運んでいたとのこと。そこは、Hさんの祖父が生まれ育った土地。鎌倉時代から続くH家のルーツなのだそうです。

「最盛期には90人近くの住民がいたそうですが、急速に過疎が進行。祖父自身も、若くして山を下り、北海道に移り住みました。ただ、晩年になり、故郷に錦を飾りたくなったのでしょう。老朽化が進み、住む人もいなくなった生家を建て直し、瓦葺きの立派な母屋を新築したのです」

それが、40数年前のこと。ただ、新築後の数年を除き、すぐに空き家になってしまったそうです。

「そのため、私の両親や親戚がたまに手入れに行き、家を維持してきました。私自身も、学生時代から年に1、2回、墓掃除などに駆り出されていたんです。ただ、自宅から片道3時間弱かかるし、夜は真っ暗。私にとって、仕方なく行く場所でしかなく、次第に足は遠のいていきました」

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

築40数年。長く無人であったとは思えないほどしっかり保たれた室内。間取りは、なんと8LDK。山間だけあって日照時間は限られるが、室内には明るい日が差し込む(写真撮影/内海明啓)

築40数年。長く無人であったとは思えないほどしっかり保たれた室内。間取りは、なんと8LDK。山間だけあって日照時間は限られるが、室内には明るい日が差し込む(写真撮影/内海明啓)

祖父の実家でありながら、次第に足が遠のいていった土地。そうした意識が、180度変わったのが、東日本大震災だったとHさんは言います。

「テレビ番組で、タレントが畑を耕しながら、『村』を開拓する企画がありましたよね。好きな番組でしたが、原発事故により、その『村』が帰還困難区域に含まれたことを知りました。私も当時、仕事やボランティアで福島に何回か足を運びましたが、多くの人が理不尽にも、土地を追われたことに心を痛めました。私自身は、根無し草のような生活をしてきたけれど、本来、農耕民族である日本人にとって、土地は切っても切り離せないもの。たまたま、自分にはゆかりの土地がある。土地と共に暮らすとはどういうことか、肌感覚として知りたくなったんです」

土いじりやアウトドアとは無縁の生活からの第一歩

そんな思いから、Hさんのデュアラー(二拠点生活者)としての暮らしが始まりました。とは言っても、あくまで「気軽に、肩ひじ張らず」がコンセプト。土地を開墾し、小さな畑でもつくり、新鮮な野菜を肴(さかな)に、うまい酒が飲めればそれでいい、くらいに考えていたそうです。

「当時、『週末農業』という言葉が流行っていましたが、毎週なんてとても無理。そこで、『月1農業』と名付け、月1回のペースで都内から通うことにしたんです。最初のうちは、キュウリやナス、白菜など、さまざまな野菜を育てましたが、収穫のタイミングを逸したり、手入れが追いつかなかったりと大変。3年目以降は、月に1回の訪問でも育つ、ジャガイモやサツマイモなどの根菜を主力作物としています」

ありがたかったのは、設計関係の仕事をしている友人のAさんが趣旨に賛同してくれたこと。畑や造作関係で多大な力を発揮してくれているそうです。なんと、今ではHさんより訪問回数が多いとか。ほかにも、収穫の時期を中心に、多くの友人・知人が遊びに来てくれると言います。

最初のシーズンの収穫物。収穫時期を逸して、キュウリやナスが巨大化してしまった(画像提供/Hさん)

最初のシーズンの収穫物。収穫時期を逸して、キュウリやナスが巨大化してしまった(画像提供/Hさん)

友人のAさん(右)らとジャガイモを収穫。大勢来ても大丈夫なように、たくさんの作業着や長靴が用意されている(画像提供/Hさん)

友人のAさん(右)らとジャガイモを収穫。大勢来ても大丈夫なように、たくさんの作業着や長靴が用意されている(画像提供/Hさん)

農業どころか家庭菜園の経験もなかったHさん。最初は、ホームセンターで購入した苗を、プラスチックの黒いポットごと土に植えようとしていたほど。それが今では、たい肥を自作するまでになりました。

「ジャガイモの茎に、ミニトマトのような実がなって驚いたことがありましたが、ジャガイモもトマトも同じナス科の植物と知って納得。そんな、小さな気づきが、行くたびに生まれました。無農薬で育てた不格好な白菜が、虫の棲み処と化しているのを見たときは、農家さんの努力に頭が下がると同時に、スーパーに並ぶきれいな野菜は、どれだけ農薬を使っているのだろうか、と思ったり」

そうした害虫以上に手強いのが害獣だと、Hさんは力説します。

「新芽をすぐに摘んでしまう鹿や、土を掘り返す猪に対しては、畑に侵入しないよう、柵で囲うことで対抗したのですが、問題は猿との終わりなき攻防です。ご近所の方も、手を焼いているようでした。奴らは上から攻めてくるので、天井を含め、柵を全面ネットで覆うことで防御態勢を敷きました」

柵の中の作物を狙っている猿。人間が近づくとすぐに逃げるが、遠巻きに獲物を狙っている。こちらの画像は、動くものに反応してシャッターを切る「動物監視カメラ」で撮影(画像提供/Hさん)

柵の中の作物を狙っている猿。人間が近づくとすぐに逃げるが、遠巻きに獲物を狙っている。こちらの画像は、動くものに反応してシャッターを切る「動物監視カメラ」で撮影(画像提供/Hさん)

しかし、友人のAさんが、手間暇かけて育てたトウモロコシを、まさに収穫しにいったその日、猿の一団がナイロン製のネットを破って侵入。一瞬のスキをつかれ、すべて奪われてしまったのだと言います。

「ゆでたてのトウモロコシをつまみにビールを飲むことだけを楽しみにやってきたAさんの怒りは、その時、頂点に達しました。一方、私はといえば、猿と本気で戦っている自分たちの姿が、これまでの都会での生活とかけ離れているため、無性におかしくなり、笑いをこらえるのに必死でした。とはいえ、このまま手をこまねいているわけにもいかず、柵を全面、金網で囲うことにしたのです」
その後、半年かけて金網化を完了するものの、その翌年、まさかの大雪が。金網にしたことがあだとなり、柵は見事につぶれてしまいます。「本当にぺっちゃんこになってしまい、笑ってしまいました」とHさん。

積雪量が少ない地域にもかかわらず、数十年ぶりといわれる大雪に見舞われ、単管パイプ(足場パイプ)で組んでいた25mプールほどの大きさの柵が崩壊(画像提供/Hさん)

積雪量が少ない地域にもかかわらず、数十年ぶりといわれる大雪に見舞われ、単管パイプ(足場パイプ)で組んでいた25mプールほどの大きさの柵が崩壊(画像提供/Hさん)

その後、小さな柵を複数再建するも、今に至るまで、猿の軍団の遊び場と化している(画像提供/Hさん)

その後、小さな柵を複数再建するも、今に至るまで、猿の軍団の遊び場と化している(画像提供/Hさん)

新旧の友人が集う、大人の「秘密基地」として機能

それ以外にも「水道管が破裂した」「台風で屋根の瓦が吹っ飛んだ」「付近で山火事が起きた」「土砂崩れで道がふさがれた」「ネズミが食べ物を食い散らかした」など、行くたびにトラブルが生じます。しかし、そんな騒ぎも、楽しめるくらいたくましくなってきたとHさん。人里離れた、山暮らしの魅力とは何でしょうか。

夏から秋にかけてはスズメバチが活発化。日本酒やみりんでつくった自家製トラップの効果は高いが、軒下等に巣を見つけた場合は、シルバー人材センターなどに連絡して駆除してもらう(写真撮影/内海明啓)

夏から秋にかけてはスズメバチが活発化。日本酒やみりんでつくった自家製トラップの効果は高いが、軒下等に巣を見つけた場合は、シルバー人材センターなどに連絡して駆除してもらう(写真撮影/内海明啓)

「昔から、モノづくりやDIYに興味があったんです。けれど、都心の住宅地では、物音を立てるわけにはいきません。でも、ここでは、電気ノコギリや電動ドリル、エンジンチェーンソーを使っても、誰にも迷惑がかかりません。燻製やバーベキューなど、煙や臭いが出る調理もできるし、大音量で映画や音楽を楽しむこともできるんです」

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

屋外での調理やバーベキューでも、煙や臭いを心配する必要はなし(写真撮影/内海明啓)

屋外での調理やバーベキューでも、煙や臭いを心配する必要はなし(写真撮影/内海明啓)

Hさんたちがつくったのは、ウッドデッキをはじめ、テーブル、カウンター、石窯、アウトドアキッチン、ドラム缶風呂など、挙げればきりがありません。

「憧れだった電動工具をひと通りそろえました。コンクリートで基礎をつくるのも、昔からしてみたかったこと。今後は、溶接や鉄工に挑戦しようと思っています」

(画像提供/Hさん)

(画像提供/Hさん)

単管パイプと木材を併用して製作したウッドデッキ。母屋と庭を結ぶ大切な接点であり、憩いの場。この後、1.5倍に拡張したうえ、蚊帳や日除け、照明、ハンモックなどが吊るせるよう、柱と梁を設置した(画像提供/Hさん)

単管パイプと木材を併用して製作したウッドデッキ。母屋と庭を結ぶ大切な接点であり、憩いの場。この後、1.5倍に拡張したうえ、蚊帳や日除け、照明、ハンモックなどがつるせるよう、柱と梁を設置した(画像提供/Hさん)

自作の石窯はHさんの自信作。ただし、ピザを焼く適温の400度になかなか達しないのが悩み。改良の余地ありだとか(写真撮影/内海明啓)

自作の石窯はHさんの自信作。ただし、ピザを焼く適温の400度になかなか達しないのが悩み。改良の余地ありだとか(写真撮影/内海明啓)

裏の竹林から切り出した青竹でオリジナルの門松を製作。コストは限りなくタダに近い(画像提供/Hさん)

裏の竹林から切り出した青竹でオリジナルの門松を製作。コストは限りなくタダに近い(画像提供/Hさん)

先ほどから、料理の写真が続いていますが、Hさん自身は、決して料理が得意なわけではありません。都会の暮らしでは、なかなか味わえないような料理づくりも楽しみのひとつだとか。

「料理好きの友人が多いので、一緒になって、いろいろなことに挑戦しています。そば打ちや、手打ちうどん、流しそうめん、鯛の塩釜焼きといった和食から、自家製ソーセージやハンバーガー、パエリアやシュラスコなどの各国料理まで。七面鳥を焼くこともあるんです」

バウムクーヘンもづく作り。生地を塗った竹を炭火にかざし、回転させながら一層一層、焼き上げたのだそう(画像提供/Hさん)

バウムクーヘンも手づくり。生地を塗った竹を炭火にかざし、回転させながら一層一層、焼き上げたのだそう(画像提供/Hさん)

最近はパンづくりにも挑戦。ピザを焼いた後の石窯に発酵させたパン生地を投入し、鉄扉をとじるだけで見事な食パンが完成(画像提供/Hさん)

最近はパンづくりにも挑戦。ピザを焼いた後の石窯に発酵させたパン生地を投入し、鉄扉をとじるだけで見事な食パンが完成(画像提供/Hさん)

定番メニューと化しているという燻製。安いチーズやウインナーが極上のつまみになる(画像提供/Hさん)

定番メニューと化しているという燻製。安いチーズやウインナーが極上のつまみになる(画像提供/Hさん)

年に2回、農作物の「収穫祭」を実施。ここ数年は、現地に来られない人のために、収穫した作物を東京に持ち帰り、友人宅で豪華なホームパーティーを開催している(画像提供/Hさん)

年に2回、農作物の「収穫祭」を実施。ここ数年は、現地に来られない人のために、収穫した作物を東京に持ち帰り、友人宅で豪華なホームパーティーを開催している(画像提供/Hさん)

月1で通いだして3年目のこと。それまで携帯電話の電波もつながりづらかった土地に、光回線が開通し、インターネットが使えるようになりました。

「画期的な出来事でした。滞在期間中に急な仕事や作業が発生しても、都内の仕事場に戻らずにある程度の対応ができるようになりました。また、映画や音楽の配信サービスも利用できますから、大音量でそれらを楽しむこともできます。いずれにしろ、月に1回、リフレッシュする時間、空間があるというのは、都内で仕事をするうえでも貴重です」

二拠点生活をするようになって、話しのタネに困らなくなったと話すHさん。はじめて会う人でも、興味をもってくれる人が少なくないそう。交通の便がいいとは言えないものの、大勢の友人・知人が遊びに来てくれることが何よりうれしいとも。

「古い友人が訪ねてくれることもあります。知り合いが、その知り合いや家族を連れて来てくれることで、出会いも広がりました。単にうまい酒を飲みに来るのでもいいし、山登りやツーリング、釣りのついでに立ち寄るのでもいい。それぞれの人にとっての『秘密基地』として、機能してくれたらうれしいです」

バーカウンターにはウイスキーが並ぶ。「月に1回程度の訪問だから、封を開けてもボトルキープが利く蒸留酒がちょうどいいんです」とHさん(写真撮影/内海明啓)

バーカウンターにはウイスキーが並ぶ。「月に1回程度の訪問だから、封を開けてもボトルキープが利く蒸留酒がちょうどいいんです」とHさん(写真撮影/内海明啓)

ウッドデッキに照明を灯すと、おしゃれな雰囲気に。雲がないとプラネタリウムのような星空が広がる。初夏にはホタルが飛び交うシーンも(写真撮影/内海明啓)

ウッドデッキに照明を灯すと、おしゃれな雰囲気に。雲がないとプラネタリウムのような星空が広がる。初夏にはホタルが飛び交うシーンも(写真撮影/内海明啓)

夏に、一回り下の友人たちとした花火のひとコマ。世代に関係なく交流が広がっていく(画像提供/Hさん)

夏に、一回り下の友人たちとした花火のひとコマ。世代に関係なく交流が広がっていく(画像提供/Hさん)

祖父から引き継がれた家屋(現在はHさんの父親名義。Hさんは周辺の土地を所有)は、瓦の葺き替えや、井戸水ポンプの交換など、細かい修繕は必要なものの、大規模なリノベーションをしているわけではありません。身の丈にあわせて、コツコツのんびりやるのが性に合っているとのこと。必要以上にお金と手間をかけないことが長続きの秘訣なのでしょう。別荘みたいな使い方だけれど、それよりは頻繁に足を運ぶ大人の「秘密基地」。都会と田舎のいいとこ取り。そんなデュアルライフ(二拠点生活)を求めている人に、ヒントを与えてくれそうです。

デュアルライフ・二拠点生活[4] 千葉県香取市 将来の移住を見据え、都心のタワマンから週末滞在型農園に土いじりに通う

共働きのYさん夫妻のお住まいは、超都心のタワーマンションの高層階。仕事のため利便性重視で山手線沿線の住まいを購入したものの、一生住むつもりではない。将来移住するならば野菜づくりの趣味くらいあったほうがいいと千葉県香取市に居住スペースと畑を借り、毎週末自分の畑の手入れに通う。いわばプレ移住デュアラーであるYさんのライフスタイルをご紹介しよう。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。定年後の移住を視野に、趣味のアウトドアから土いじりにチャレンジ東京都港区のタワーマンションの高層階に愛犬とお住まいのYさんご夫妻(写真撮影/内海明啓)

東京都港区のタワーマンションの高層階に愛犬とお住まいのYさんご夫妻(写真撮影/内海明啓)

都心のタワーマンションに暮らし、ともに公務員として平日は仕事が忙しいというYさんご夫妻は、週末は千葉県香取市に借りた自分たちの畑で汗を流すという一面ももつデュアラーだ。お住まいは10年前に仕事のため利便性重視、資産価値が下がらないよう山手線駅最寄りで徒歩10分以内を条件に購入した港区のタワーマンション高層階。一方、今年4月から千葉県香取市が運営する滞在型市民農園「クラインガルテン栗源(くりもと)」を借り、ここにも自分たちの小屋と畑があるのだ。

休日は愛犬を連れてオートキャンプ、トレッキング、海や山などに出かけることが多かったお二人。「今は仕事があるから都心が便利でも、一生暮らすつもりはない」と、山か温暖な場所への移住を漠然と考えていた。東京都出身で特にほかに地縁があるわけではなく、八ヶ岳、鴨川、館山、などさまざまな場所にリサーチがてら出かけているうちに「定年後移住するなら、土いじりができたほうが楽しめそう」と思ったのが農業に興味をもつきっかけだったという。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

それまではベランダのプランターで野菜をつくる程度だったので、きちんと学ぼうと早速行動開始。まずは夫が一人で農業体験教室へ。千葉県千葉市まで隔週で1年通い、約25万円かけて農業の基礎を学んだのが3年前だ。その後、学んだことを実践する場を探し、たまたまテレビ番組で紹介されていた滞在型市民農園を知り応募するが落選。代わりに千葉県の山奥の畑を1年契約7万円で借りたものの、畑の規模も小さく植えるものも決められていて自由度もなく物足りなかった。そこで1年後のこの4月に再度応募し、約310平米の敷地に畑と宿泊も可能な休憩小屋がセットされたひと区画を借り、デュアルライフが始まった。

畑110平米と休憩小屋35平米と庭のセットで約310平米ひと区画がY夫妻の専用スペース(写真撮影/内海明啓)

畑110平米と休憩小屋35平米と庭のセットで約310平米ひと区画がY夫妻の専用スペース(写真撮影/内海明啓)

週末早朝に都心を出発し、愛犬と畑仕事に一日を費やし暮らしにメリハリ

クラインガルテン栗源は、畑スペースと休憩小屋のセットが全20区画、さらに共同の畑や集会所などの共用スペースもある香取市が運営するコミュニティだ。年間40万円と2.4万円の共益費(電気・ガスは別途)で、最長5年間借りることができる、いわばプチ農業体験スペース。農業に必要な肥料や耕運機などの工具も共用で用意され、地元の農家の方に農業指導をしてもらう機会もある。「道具を一からそろえる必要もなく、気軽にスタートできました。農業といえるほどの畑の広さではありませんが、季節ごとに植える物の場所や配分を計画するのが楽しいです」と夫。

共同利用農業器具、ビニールハウス、洗い場など基本的なものは共用部分にそろっているため、初心者でも手軽に畑仕事をスタートしやすい環境だ(写真撮影/内海明啓)

共同利用農業器具、ビニールハウス、洗い場など基本的なものは共用部分にそろっているため、初心者でも手軽に畑仕事をスタートしやすい環境だ(写真撮影/内海明啓)

現在のYさん夫妻の週末のライフスタイルはこうだ。愛犬を連れて土曜日早朝に都心を車で出発し、香取市に着いたら自分の庭で畑を眺めながら朝食。途中、昼食休憩をはさんで、午前と午後は畑仕事に集中。暗くなるまで作業をしたら、帰路の渋滞の様子を見ながら畑からの収穫物を持ってその日のうちにマンションに戻る。土曜日が雨なら日曜日、必ず週1回は訪れる。

いざ畑仕事を始めると、それぞれの役割分担を黙々と集中してやる、というお二人。実は虫が苦手という妻の手つきもなかなかのもの(写真撮影/内海明啓)

いざ畑仕事を始めると、それぞれの役割分担を黙々と集中してやる、というお二人。実は虫が苦手という妻の手つきもなかなかのもの(写真撮影/内海明啓)

自分たち専用の空間があることで、農地だけを借りていた昨年とは使い勝手が全く違うという。軽く調理して食事、農作業後のシャワー、休憩、必要な荷物を置いておくこともできる。「それでも、実はまだ宿泊したことはありません。その日のうちに都内に戻ったほうが、翌日も有効に使えるからです」。週末の楽しみができたことで、メリハリのある生活になったという。

専用の室内は35平米とコンパクトながら約10畳のリビングと水まわり(キッチン・バス・洗面・トイレ)も一通りそろい、エアコン付き。休憩はもちろん、宿泊も可能な快適さだ(写真撮影/内海明啓)

専用の室内は35平米とコンパクトながら約10畳のリビングと水まわり(キッチン・バス・洗面・トイレ)も一通りそろい、エアコン付き。休憩はもちろん、宿泊も可能な快適さだ(写真撮影/内海明啓)

移住お試し期間で畑やコミュニティを楽しみ将来の選択肢を広げるYさんの区画は全20区画並ぶクラインガルテン栗源のなかで一番共用スペース寄りのため、通りがかるほかの住人とも顔を合わす機会も多く、思いのほかコミュニケーションが増えたという(写真撮影/内海明啓)

Yさんの区画は全20区画並ぶクラインガルテン栗源のなかで一番共用スペース寄りのため、通りがかるほかの住人とも顔を合わす機会も多く、思いのほかコミュニケーションが増えたという(写真撮影/内海明啓)

毎週通うようになって、同じクラインガルテン栗源の住人たちとのお付き合いも始まった。畑仕事という共通の趣味があるため、年齢や職業や住んでいる場所など一切関係なく話が弾むという。「畑の先輩たちが多いので、親切にいろいろ教えてもらって助かっています」と夫。都心のマンション暮らしにはコミュニティがないし、移住していきなりディープなコミュニティに入れるかどうかの不安もある。そんななか、共通の趣味を通じた週末畑仕事のデュアルライフはまさにイイトコ取りで、コミュニケーションもライフスタイルも楽しんでいる。

農作物は生き物でどんどん育つため、連休でキャンプなどに遠出しても、その帰りには必ず通っているという。「大変ですが、世話する喜びもあります。農作物を上手に育てるコツは丁寧に世話することですから」と夫。

今回の瑞々しい収穫物。初年から豊作で、家族では食べきれず職場やご近所の方々に配ったという(写真撮影/内海明啓)

今回の瑞々しい収穫物。初年から豊作で、家族では食べきれず職場やご近所の方々に配ったという(写真撮影/内海明啓)

農業の学校にまで通ったアウトドア派の夫に対し、実は虫が苦手だという妻。「虫は今も嫌いだけど、虫も農作業もだいぶ慣れました(笑)。作物は待ってくれないのでいつも追われて大変なことが多いですが、その分収穫の喜びは大きいですね」という。

移住を考えるために、自分たちに実際何ができて何ができないかを見極めたいというお二人。「定年はまだ先ですがそれに縛られず臨機応変に早めに探してもいいし、将来の可能性を広げておきたいですね」と夫。プレ移住デュアルライフによって、お二人の将来計画のイメージはより具体的になってきているようだ。

お二人が畑作業中、愛犬は庭の一角に設けたドッグランで自由に過ごす。普段はマンション暮らしだけに土の上を走り回ることができてうれしそうだという(写真撮影/内海明啓)

お二人が畑作業中、愛犬は庭の一角に設けたドッグランで自由に過ごす。普段はマンション暮らしだけに土の上を走り回ることができてうれしそうだという(写真撮影/内海明啓)

●取材協力
・滞在型市民農園 クラインガルテン栗源(平成31年度の募集は1月23日まで)

デュアルライフ・二拠点生活[3]南伊豆の廃墟同然の空き家を絶景の夢の家に再生、大自然に囲まれオンオフを切り替える

吉祥寺にお住まいの坂田さん夫妻が、3年前海水浴帰りに運命の出会いをしたのが南伊豆にある視界一面に海が広がる崖に建つ家。初めて訪れたときは、長く空き家だったため草木に覆われ廃屋同然だったというが、その大自然に一目惚れ。DIYと地元の大工さんの協力で見事に蘇ったガラス張りのモダンな建物での自然癒やされデュアルライフ、ご紹介します。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。ダイナミックな自然に囲まれた空き家に一目惚れ、その日のうちに購入を決定海に面した急な崖に建つ全面ガラス張りの外観が印象的な南伊豆の坂田夫妻宅(画像提供/坂田華)

海に面した急な崖に建つ全面ガラス張りの外観が印象的な南伊豆の坂田夫妻宅(画像提供/坂田華)

坂田夫妻の住まいで特に印象的なのは、海に突き出すようなウッドデッキ。「この部分は新しくつくったのですが、第二のリビングとして大活躍です」

坂田夫妻の住まいで特に印象的なのは、海に突き出すようなウッドデッキ。「この部分は新しくつくったのですが、第二のリビングとして大活躍です」

坂田夫妻と南伊豆のクリフハウスとの出会いは3年前の夏。秋に結婚式を控え、新居は実家にも近い吉祥寺の賃貸一戸建てに決まっていた。当初は購入も考えたが、都内で条件に合う広い家は無理だと判断した。暮らす拠点は決まったものの、夫婦ともに大の自然好き。夫のBさんは「婚約指輪の代わりに滝のある森林でも買おうか」と本気で言うほどだ。大都市だけに住むということになんとなく違和感があったし、映像関係の自由度の高い仕事なので東京に縛られることなく、賃貸でない自分たちの居場所も欲しかった。

そんなとき、下田での海水浴帰りに出会ったのが、海と山に囲まれ周りには家もない、まさに理想的な環境の崖に建つ別荘。10年近く空き家だったため、1000平米もある広い敷地内には草木が森のように茂り、1時間半かけてようやく見つけた小さな建物のドアは外れ、ガラス窓は割れ、鉄筋はさび、蔦に覆われ、文字通り廃墟同然。野生動物の巣になっていたらしく家の中に蛇までいて、床も泥だらけだった。

購入時の建物は、鉄筋はさび、ガラスも割れ、室内は野生動物に荒らされ「まさに廃墟同然だった」という(画像提供:坂田華)

購入時の建物は、鉄筋はさび、ガラスも割れ、室内は野生動物に荒らされ「まさに廃墟同然だった」という(画像提供:坂田華)

それでも建物を見つけたときにトキメキを感じ、「二人同時に恋に落ちた」というまさに一目惚れ。廃墟同然の家でも「今から思えばデザインの力でしょう、昔はすごかっただろう雰囲気にピンときて、この家を以前の姿に再生してあげたいと強く感じました」と華さん。売り出し価格は900万円台。初めて訪れた場所で地縁もなかったが、その日のうちに購入を決めた。結婚を控えた30代の二人に資金的なゆとりはなく、ハネムーンや婚約指輪もこの購入費用に充てられた。

大自然に覆われた廃墟がDIYと改修工事で絶景の夢の家に蘇る
全面ガラス張りのモダンな家と広々ウッドデッキとパノラマの海崖に建つ家の前は一面の海、裏には山が連なる、大自然に囲まれたまさに理想的な環境。ただし草木が生い茂って蔦に絡まれた家からは、当初この景色は見えなかった

崖に建つ家の前は一面の海、裏には山が連なる、大自然に囲まれたまさに理想的な環境。ただし草木が生い茂って蔦に絡まれた家からは、当初この景色は見えなかった

海に突き出すウッドデッキで。豊かな南伊豆の食材でのBBQは格別

海に突き出すウッドデッキで。豊かな南伊豆の食材でのBBQは格別

購入しても改修工事の資金はなく、貯めるまでの約1年間は毎週末二人で現地に出かけてDIY。ボロボロでとても人が住める状態ではなかったためキャンプのように家の中にテントを張り、割れた窓をポリカーボネートとガムテープで塞いだり、泥だらけの床を高圧洗浄機で何度も何度も掃除したり、ジャングル状態の蔦を取り払うなど、自分たちでできることは全てやった。

夫婦でできるところからDIYで改修を始める。通路をつくり、絡まった蔦を取り払うと、目の前には絶景の海が現れた(画像提供:坂田華)

夫婦でできるところからDIYで改修を始める。通路をつくり、絡まった蔦を取り払うと、目の前には絶景の海が現れた(画像提供:坂田華)

身内には「返品してきなさい」、大工さんにも「あの物件買っちゃったの」、と言われるほど、改修困難な物件だった。実際見積もりをすると新築より高い3500万円と言われたこともあり、誰もが「直すにはお金がかかりすぎる」と反対した。しかし二人は直感を信じて夢の家通いとDIYを続けた。通ううちに地元の方々との交流も増え、「ユリを植えると球根を猪が食べに来て、石垣が破壊されるからやめたほうがいい」など地元ならではのアドバイスに助けられた。そこから良心的な大工さんにも巡り合い、購入1年後に建物本体の改修工事とウッドデッキ新設を依頼。工事期間も、進捗状況を見るのが楽しみで毎週末現地に通った。

そうして蘇ったのが絶景のクリフサイドハウス。1969年築と、築50年に近いとは思えないモダンな建物と海に突き出す広々したウッドデッキ、まさに夢の家だ。華さんはパソコンさえあれば仕事場所は問わないため、完成後は平日ほとんどをここで過ごすほどだった。「朝日で目が覚める、目の前に海が広がっている、猿が屋根で飛び回る、沈む夕日の美しさにハッとする……。時間がゆったり流れ、自然の中にいるだけで生き返る気がします。都会だけで生活していたときに比べメリハリがついて、仕事にもより集中できるようになりました」

蘇った崖に建つガラス張りの家と新設した海に突き出すウッドデッキ(写真提供/坂田華)

蘇った崖に建つガラス張りの家と新設した海に突き出すウッドデッキ(写真提供/坂田華)

大自然の中でオンオフ切り替え。使わないときは民泊としても利用しフル活用海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

改修工事が終わって住めるようになってからも、DIY仕事はいまだに尽きることはない。玄関まわりのアプローチや外構の整備、埋まっていた階段を掘り返す、草を刈る、など、時には家族や友人も動員して行った。広大な庭の手入れをして、季節ごとに咲く花を見て回り、果実を収穫するのも楽しみのひとつ。特に予定がなくても、現地に行くだけで空気が違うので浄化される。海に突き出した絶景のウッドデッキでのブランチや、ハンモックでの休憩が最高のご褒美だ。

お二人のお気に入りは絶景のウッドデッキで過ごすこと

お二人のお気に入りは絶景のウッドデッキで過ごすこと

現在は利用していないときは民泊として貸し出し、こちらも絶景ゆえに大人気。愛着のある家を他人に貸すというのは気がかりも多いだろうが「多くの人に利用してもらうことで家も活気づき、輝きを増す気がします。この夏は人気のホテル並みに宿泊希望が入ってびっくり。自分たちが使う暇がないくらいでした」。この収入は、全てこの家の改修に還元され、手を付けたいところがたくさんあるので助かっているという。

吉祥寺が生活の拠点であるならば、二拠点目の南伊豆は理想通りの自然に囲まれた夢の家。ここに来れば、心が解放され、夫婦の会話も弾む、リラックス空間としてだけでなく、クリエイティブな仕事もはかどる、最強の仕事場としても機能している。また何よりも巣づくり優先になったので、無駄遣いもしなくなったという。「出来上がるまでの過程も、ここで過ごす時間もどれもとにかく楽しいです。旅行と違って思い立ったときに渋滞を避けて行き帰りできるし、自分たちが時間と手間をかけた家だからこそ思い入れも全く違います」と華さん。デュアルライフはパワフルに人生を楽しむお二人にとって、自然に癒やされパワーチャージする必然の選択だったようだ。

デュアルライフ・二拠点生活[3]南伊豆の廃墟同然の空き家を絶景の夢の家に再生、大自然に囲まれオンオフを切り替える

吉祥寺にお住まいの坂田さん夫妻が、3年前海水浴帰りに運命の出会いをしたのが南伊豆にある視界一面に海が広がる崖に建つ家。初めて訪れたときは、長く空き家だったため草木に覆われ廃屋同然だったというが、その大自然に一目惚れ。DIYと地元の大工さんの協力で見事に蘇ったガラス張りのモダンな建物での自然癒やされデュアルライフ、ご紹介します。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。ダイナミックな自然に囲まれた空き家に一目惚れ、その日のうちに購入を決定海に面した急な崖に建つ全面ガラス張りの外観が印象的な南伊豆の坂田夫妻宅(画像提供/坂田華)

海に面した急な崖に建つ全面ガラス張りの外観が印象的な南伊豆の坂田夫妻宅(画像提供/坂田華)

坂田夫妻の住まいで特に印象的なのは、海に突き出すようなウッドデッキ。「この部分は新しくつくったのですが、第二のリビングとして大活躍です」

坂田夫妻の住まいで特に印象的なのは、海に突き出すようなウッドデッキ。「この部分は新しくつくったのですが、第二のリビングとして大活躍です」

坂田夫妻と南伊豆のクリフハウスとの出会いは3年前の夏。秋に結婚式を控え、新居は実家にも近い吉祥寺の賃貸一戸建てに決まっていた。当初は購入も考えたが、都内で条件に合う広い家は無理だと判断した。暮らす拠点は決まったものの、夫婦ともに大の自然好き。夫のBさんは「婚約指輪の代わりに滝のある森林でも買おうか」と本気で言うほどだ。大都市だけに住むということになんとなく違和感があったし、映像関係の自由度の高い仕事なので東京に縛られることなく、賃貸でない自分たちの居場所も欲しかった。

そんなとき、下田での海水浴帰りに出会ったのが、海と山に囲まれ周りには家もない、まさに理想的な環境の崖に建つ別荘。10年近く空き家だったため、1000平米もある広い敷地内には草木が森のように茂り、1時間半かけてようやく見つけた小さな建物のドアは外れ、ガラス窓は割れ、鉄筋はさび、蔦に覆われ、文字通り廃墟同然。野生動物の巣になっていたらしく家の中に蛇までいて、床も泥だらけだった。

購入時の建物は、鉄筋はさび、ガラスも割れ、室内は野生動物に荒らされ「まさに廃墟同然だった」という(画像提供:坂田華)

購入時の建物は、鉄筋はさび、ガラスも割れ、室内は野生動物に荒らされ「まさに廃墟同然だった」という(画像提供:坂田華)

それでも建物を見つけたときにトキメキを感じ、「二人同時に恋に落ちた」というまさに一目惚れ。廃墟同然の家でも「今から思えばデザインの力でしょう、昔はすごかっただろう雰囲気にピンときて、この家を以前の姿に再生してあげたいと強く感じました」と華さん。売り出し価格は900万円台。初めて訪れた場所で地縁もなかったが、その日のうちに購入を決めた。結婚を控えた30代の二人に資金的なゆとりはなく、ハネムーンや婚約指輪もこの購入費用に充てられた。

大自然に覆われた廃墟がDIYと改修工事で絶景の夢の家に蘇る
全面ガラス張りのモダンな家と広々ウッドデッキとパノラマの海崖に建つ家の前は一面の海、裏には山が連なる、大自然に囲まれたまさに理想的な環境。ただし草木が生い茂って蔦に絡まれた家からは、当初この景色は見えなかった

崖に建つ家の前は一面の海、裏には山が連なる、大自然に囲まれたまさに理想的な環境。ただし草木が生い茂って蔦に絡まれた家からは、当初この景色は見えなかった

海に突き出すウッドデッキで。豊かな南伊豆の食材でのBBQは格別

海に突き出すウッドデッキで。豊かな南伊豆の食材でのBBQは格別

購入しても改修工事の資金はなく、貯めるまでの約1年間は毎週末二人で現地に出かけてDIY。ボロボロでとても人が住める状態ではなかったためキャンプのように家の中にテントを張り、割れた窓をポリカーボネートとガムテープで塞いだり、泥だらけの床を高圧洗浄機で何度も何度も掃除したり、ジャングル状態の蔦を取り払うなど、自分たちでできることは全てやった。

夫婦でできるところからDIYで改修を始める。通路をつくり、絡まった蔦を取り払うと、目の前には絶景の海が現れた(画像提供:坂田華)

夫婦でできるところからDIYで改修を始める。通路をつくり、絡まった蔦を取り払うと、目の前には絶景の海が現れた(画像提供:坂田華)

身内には「返品してきなさい」、大工さんにも「あの物件買っちゃったの」、と言われるほど、改修困難な物件だった。実際見積もりをすると新築より高い3500万円と言われたこともあり、誰もが「直すにはお金がかかりすぎる」と反対した。しかし二人は直感を信じて夢の家通いとDIYを続けた。通ううちに地元の方々との交流も増え、「ユリを植えると球根を猪が食べに来て、石垣が破壊されるからやめたほうがいい」など地元ならではのアドバイスに助けられた。そこから良心的な大工さんにも巡り合い、購入1年後に建物本体の改修工事とウッドデッキ新設を依頼。工事期間も、進捗状況を見るのが楽しみで毎週末現地に通った。

そうして蘇ったのが絶景のクリフサイドハウス。1969年築と、築50年に近いとは思えないモダンな建物と海に突き出す広々したウッドデッキ、まさに夢の家だ。華さんはパソコンさえあれば仕事場所は問わないため、完成後は平日ほとんどをここで過ごすほどだった。「朝日で目が覚める、目の前に海が広がっている、猿が屋根で飛び回る、沈む夕日の美しさにハッとする……。時間がゆったり流れ、自然の中にいるだけで生き返る気がします。都会だけで生活していたときに比べメリハリがついて、仕事にもより集中できるようになりました」

蘇った崖に建つガラス張りの家と新設した海に突き出すウッドデッキ(写真提供/坂田華)

蘇った崖に建つガラス張りの家と新設した海に突き出すウッドデッキ(写真提供/坂田華)

大自然の中でオンオフ切り替え。使わないときは民泊としても利用しフル活用海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

海に面したダイニングでブランチの準備をする華さん。仲良くなった地元のかたから魚や貝を分けてもらうこともあり、それら現地の食材で料理するのも楽しみのひとつ。また広い敷地内にはさまざまな植物があり、みかんも豊作だった

改修工事が終わって住めるようになってからも、DIY仕事はいまだに尽きることはない。玄関まわりのアプローチや外構の整備、埋まっていた階段を掘り返す、草を刈る、など、時には家族や友人も動員して行った。広大な庭の手入れをして、季節ごとに咲く花を見て回り、果実を収穫するのも楽しみのひとつ。特に予定がなくても、現地に行くだけで空気が違うので浄化される。海に突き出した絶景のウッドデッキでのブランチや、ハンモックでの休憩が最高のご褒美だ。

お二人のお気に入りは絶景のウッドデッキで過ごすこと

お二人のお気に入りは絶景のウッドデッキで過ごすこと

現在は利用していないときは民泊として貸し出し、こちらも絶景ゆえに大人気。愛着のある家を他人に貸すというのは気がかりも多いだろうが「多くの人に利用してもらうことで家も活気づき、輝きを増す気がします。この夏は人気のホテル並みに宿泊希望が入ってびっくり。自分たちが使う暇がないくらいでした」。この収入は、全てこの家の改修に還元され、手を付けたいところがたくさんあるので助かっているという。

吉祥寺が生活の拠点であるならば、二拠点目の南伊豆は理想通りの自然に囲まれた夢の家。ここに来れば、心が解放され、夫婦の会話も弾む、リラックス空間としてだけでなく、クリエイティブな仕事もはかどる、最強の仕事場としても機能している。また何よりも巣づくり優先になったので、無駄遣いもしなくなったという。「出来上がるまでの過程も、ここで過ごす時間もどれもとにかく楽しいです。旅行と違って思い立ったときに渋滞を避けて行き帰りできるし、自分たちが時間と手間をかけた家だからこそ思い入れも全く違います」と華さん。デュアルライフはパワフルに人生を楽しむお二人にとって、自然に癒やされパワーチャージする必然の選択だったようだ。

デュアルライフ・二拠点生活[2] 長野県小布施 自分のスキルが地域の役に立つ感覚、刺激的な人とのつながりは都会生活だけでは得られない

普段は東京のデザイン会社でデザイナーとして企業の価値創造のためのデザイン に携わる丸山拓哉さん(35)は、ふとしたことから長野県・小布施町を知り、この町で地域振興に携わるようになりました。川崎市に住む丸山さんですが、今では小布施町に定期的に滞在するというデュアルライフを実現しています。
現在の生活や思いについて、小布施町のコワーキングスペース「ハウスホクサイ」で丸山さんに話を伺いました。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます若者会議から生まれた小布施町のコワーキングスペースをデザインプロフィール/丸山拓哉さんは、ハウスホクサイのチーフデザイナー。石川県・金沢市の美術大学を卒業し、いくつかの企業を経て、東京、銀座のデザイン会社に勤務。川崎市で妻と二人住まい 。(写真撮影/内海明啓)

プロフィール/丸山拓哉さんは、ハウスホクサイのチーフデザイナー。石川県・金沢市の美術大学を卒業し、いくつかの企業を経て、東京、銀座のデザイン会社に勤務。川崎市で妻と二人住まい(写真撮影/内海明啓)

丸山さんが小布施町を知ったのは2年ほど前。六本木ミッドタウンで開催されていた地域の町づくりを紹介する催しを見たことからです。「そこで、『小布施若者会議』というイベントがあることを知りました」と丸山さんは語ります。

これは、小布施町に若者を集め、2泊3日を一緒に過ごす間、地域のありかたを議論し、地域活性化のアイデアを出すプログラムです。「不思議なことをやってる町があるな、というのが最初の印象でした。著名人の講演会など、議論と提案だけで終わってしまうイベントは多いのですが、小布施若者会議では若者の発想を活かし、実践するところに新鮮さを感じました」

もともと町づくりに関心のあった丸山さんは、この若者会議に参加しました。「30人以上が集まり、教育・観光などのテーマに沿って、6人毎のチームに分かれて議論をするのですが、そのチームのなかで僕は最年長でした。ウェブ開発者、SE、デザイナーなどクリエイティブ職の人が多く、大学生もいました。そこから出てきたアイデアが、『ハウスホクサイ』です。

町民向けのギャラリースペースを、宿泊施設が隣接したコワーキングスペースという創造活動の拠点にも使えるように改装したハウスホクサイ。小布施若者会議でのアイデアが形になった(写真撮影/内海明啓)

町民向けのギャラリースペースを、宿泊施設が隣接したコワーキングスペースという創造活動の拠点にも使えるように改装したハウスホクサイ。小布施若者会議でのアイデアが形になった(写真撮影/内海明啓)

小布施若者会議がきっかけでできたハウスホクサイは、小布施町の利用率の低下が課題だった町民向けの施設を改装してできたコワーキングスペース。若者会議でこうした場をつくるアイデアが出て、小布施町との協議を重ねて実現したものです。地元の会員もいますが、2階は町営の宿泊施設になっているので、海外や都心からの利用者も寝泊まりでき、長期的な利用も可能です。

丸山さんはハウスホクサイのチーフデザイナーとして、ロゴ・名刺・告知媒体のデザイン・オフィスレイアウト・内装デザイン・インテリアデザインなど幅広く手がけてきました。これを機に小布施町に人のつながりもでき、今、月に1回ほどのペースで小布施町に滞在し、他のメンバーと企画や運営に携わっています。自宅の川崎市と、勤務地である東京・銀座、そしてそこに小布施町での活動が加わり、まさにデュアルライフを実践中です。

ハウスホクサイの1階。2階は利用者が宿泊できる町営の宿泊施設がある。1日単位のゲスト利用ができ、また会員となって定期利用をすることも可能 (写真撮影/内海明啓)

ハウスホクサイの1階。2階は利用者が宿泊できる町営の宿泊施設がある。1日単位のゲスト利用ができ、また会員となって定期利用をすることも可能(写真撮影/内海明啓)

ハウスホクサイのある小布施町は年間95万から100万人の観光客が訪れる。名産の栗と花で知られ、秋は観光の最盛期だ。周辺は歴史あり自然ありの豊かな環境 (写真撮影/内海明啓)

ハウスホクサイのある小布施町は年間95万から100万人の観光客が訪れる。名産の栗と花で知られ、秋は観光の最盛期だ。周辺は歴史あり自然ありの豊かな環境 (写真撮影/内海明啓)

最大の動機は自己実現の場を求めていたこと

丸山さんは当初は、特に二拠点生活をするつもりはなかったそうです。それが実際にはそうなったのはなぜでしょうか。

「最も大きな動機は、デザイナーとしての能力や可能性を、東京での普段の仕事とは別の形で活かせる場所が欲しかったことです。一種の自己実現と言えるかもしれません」

スケジュールに追われてアウトプットが続くこともある東京の仕事のなかで、自分から進んでインプットをする必要性を強く感じていたことも、動機の一つだったそうです。

ハウスホクサイでは内装やイベント告知など、さまざまなデザインに取り組む丸山さん。ハウスホクサイのチーフデザイナーとして、デザイン全般を担当。現在は、カフェスタンドのデザインを作成中(写真撮影/内海明啓)

ハウスホクサイでは内装やイベント告知など、さまざまなデザインに取り組む丸山さん。ハウスホクサイのチーフデザイナーとして、デザイン全般を担当。現在は、カフェスタンドのデザインを作成中(写真撮影/内海明啓)

丸山さんは愛知県の出身で、小布施町には縁もゆかりもありませんでした。しかし小布施町にかかわった経験から、全く新しい環境で活動を始めるほうが、デュアルライフの拠点には望ましいのでは、と語ります。

「出身地などを拠点の一つにするやりかたもありますが、地縁や血縁のある地域は自由に活動しにくいこともあります 。むしろ、僕を誰も知らない土地でコミュニティに参加するほうがいろいろなことができると思います」

もちろんこれが閉鎖的な地域ではむずかしいのですが、その点、小布施町には非常にオープンな風土があります。

小布施町は、古くから交通の要衝であり、晩年の葛飾北斎が滞在して天井画を制作するなど、外から人が来ることにあまり抵抗がないという気風があります。それに加え、小布施町が外部人材を受け入れやすくしている大きな要因が市村良三町長です。市村町長は、小布施町で「若者版ダボス会議」をやりたいと考えていたなど、町外とのかかわりに積極姿勢で臨みました。

実際に日米学生会議の受け入れ、高校生向け国際サマースクール HLAB の開催など、市村町長のリーダーシップによって実現。この10年ほどで、地域や都市を研究する大学生、研究者などが頻繁に訪れるという若者にとっても開放的な町となりました。

ハウスホクサイでは定期的にイベントを開き、自分の活動などをシェアする機会を設けている。参加者は都心で仕事している若手社会人、地元で活動しているメンバーなどさまざま(写真提供/ハウスホクサイ 写真撮影/Shiho Yokoyama)

ハウスホクサイでは定期的にイベントを開き、自分の活動などをシェアする機会を設けている。参加者は都心で仕事している若手社会人、地元で活動しているメンバーなどさまざま(写真提供/ハウスホクサイ 写真撮影/Shiho Yokoyama)

小布施町は1980年から小布施町並み修景事業として、景観への配慮を打ち出し、それが町のそこかしこに感じられる(写真撮影/内海明啓)

小布施町は1980年から小布施町並み修景事業として、景観への配慮を打ち出し、それが町のそこかしこに感じられる(写真撮影/内海明啓)

丸山さんとともにハウスホクサイにかかわり、小布施町の観光DMO事務局の仕事を任されている谷口優太さん(25)は、こう説明します。

「小布施町は行政も住民もオープンマインドな方が多いです。小布施では“観光”でなく“交流と協働”という言葉を使います。見て帰っておしまいでなく、外の人が地域の人々とかかわりあうことを重視しているからです。長野県で最も面積の小さな町ですが、子連れで移住してくる人、新しく農業を始める人、起業する人など若い世代で移住してくる世帯も多くいます」

谷口さん自身、学生時代に高校生向けの国際英語サマースクールHLABの事業に携わっていた関係で、小布施町を初めて訪れました。大学卒業後、海外の旅行情報サイト運営会社に勤務した後、小布施町で開催されたスラックラインワールドカップのボランティアを契機に小布施に惹かれ、移住しました。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

丸山さんと一緒にハウスホクサイを立ち上げ、ハウスホクサイを運営する法人の代表理事である塩澤耕平さん(31)も、現在は小布施に移住しています。長野県駒ヶ根市の出身で、これまで、IT系企業や在宅医療診療所で新規事業を担当していました。

「30歳を契機に会社から独立して、実家で土蔵を改装したカフェを始めようと考えていたのです。なので、若者会議での提案も、最初は半信半疑でした。丸山さんと『DIYで場所づくりだけ形にできたら合格点だよね』と話していたのです(笑)。しかし、出来上がってくる場所、丸山さんを始めかかわってくれる人たちの応援によって、徐々に意識が変わり、『法人を立ち上げて、運営までやってみよう』と思うようになりました」

塩澤さんは2017年2月の若者会議の参加をきっかけに小布施町とかかわり始め、同年12月に移住するまでは、東京・世田谷区の自宅と小布施町を行き来するデュアルライフを送っていました。

「この期間は小布施町の友人宅に93泊していました。「移住しなよ!」と簡単に言う人がいますが、移住は簡単に決断できるようなことではないと思います。だからグラデーションの期間があることは大事です。家族の理解を得たり、移住先のネットワークを構築して、自分の事業を考える期間をつくるという点でも二拠点居住は役立ちます」

ハウスホクサイ(写真撮影/内海明啓)

ハウスホクサイ(写真撮影/内海明啓)

塩澤さんは、ハウスホクサイの管理運営以外にも、小布施町の地域おこし協力隊でクリエイターと小布施をつなぐ仕事もされています。また、東京でのEC事業もフリーランスとしてやられているとのことで、兼業を組み合わせて事業と生活のポートフォリオをつくっているそうです。

丸山さんと塩澤耕平さん(中央)、谷口優太さん(向かって右)。塩澤さんは丸山さんと「小布施若者会議」で出会い、ハウスホクサイの立ち上げからかかわった。谷口さんは、小布施町で開催されたスラックラインのワールドカップで小布施町との縁が深まって移住を決めたという(写真撮影/内海明啓)

丸山さんと塩澤耕平さん(中央)、谷口優太さん(向かって右)。塩澤さんは丸山さんと「小布施若者会議」で出会い、ハウスホクサイの立ち上げからかかわった。谷口さんは、小布施町で開催されたスラックラインのワールドカップで小布施町との縁が深まって移住を決めたという(写真撮影/内海明啓)

丸山さんは、小布施町での生活や経験が、東京での仕事にも役立っていると語ります。

「以前と比べ、社内でのチーム形成や、業務改善の方法などをより強く考えるようになったと思いますね。小布施町では、普段の東京の仕事のなかでは接することがないタイプの人に出会えることが多いのですが、“やるべき”だけでなく、内面からの“やりたい”を意識して、物事に取り組んでいらっしゃる方が多いように感じます。そんな環境のなかで得たいろいろな新しい経験を社内で共有して、チーム成長のきっかけにすることも、会社での僕の役割だと感じています」

小布施町のまちづくりは全国的に注目され、クリエイターの拠点として、ハウスホクサイにも訪問者が訪れることもある。丸山さんたちは、「内と外」の両方視点をもって、この事業の意義を説明する(写真撮影/内海明啓)

小布施町のまちづくりは全国的に注目され、クリエイターの拠点として、ハウスホクサイにも訪問者が訪れることもある。丸山さんたちは、「内と外」の両方視点をもって、この事業の意義を説明する(写真撮影/内海明啓)

岡山県の片山工業株式会社が開発した、ステップに足を乗せ、左右交互に踏み込んで走るウォーキング・バイシクル。小布施町で観光や健康利用のための実証が行われている。この地ではこのような新規性の高い取り組みに積極的。再生可能エネルギーを活用した新しい地域新電力の取り組みなども始まっている(写真撮影/内海明啓)

岡山県の片山工業株式会社が開発した、ステップに足を乗せ、左右交互に踏み込んで走るウォーキング・バイシクル。小布施町で観光や健康利用のための実証が行われている。この地ではこのような新規性の高い取り組みに積極的。再生可能エネルギーを活用した新しい地域新電力の取り組みなども始まっている(写真撮影/内海明啓)

●取材協力
一般社団法人ハウスホクサイ
>HP 

挿花家・雨宮ゆかさんの自然が身近にある暮らし その道のプロ、こだわりの住まい[3]

一面に広がる田んぼを通り過ぎ、坂道を登ると、庭先に薪を積んだ一軒家にたどり着く。ここは、挿花家の雨宮ゆかさんが夫で写真家の雨宮秀也さんと暮らす自宅。ゆかさんは日常の花を生ける教室「日々花」を主宰しながら、各地でワークショップや生け込みなども行っている。教室とはまた別の空間である自宅でどんな風に花を楽しみながら暮らしているのか、話を伺った。【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。

庭にもエントランスにも季節の草花がある。軒先には積まれた薪、日曜大工の道具、玄関の先にある土間には花材が置かれている。リビングに入れば、広い窓からまぶしいほどの光が差し込み、まるで山小屋に来たかのよう。玄関に入る前から気持ちがいい空間だということが伝わってくる。

「ここは小屋みたいな家なんです。家を建てるときに伝えたのは、自分たちの暮らし方。それをもとに中村さんが考えてくださった形がこの家なんです」とゆかさんは話す。中村さんとは建築家の中村好文氏。住宅を多く手がけているだけあり、暮らしやすい家をつくるスペシャリストである。

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

暮らし方を伝えてできた、五右衛門風呂のある一軒家

家を建てるに当たり、当時住んでいたアパートでの暮らしを要望書にまとめたという。見せてもらうとイラストとともに二人の一日がよく伝わってくる内容になっている。朝から電灯をつけなければいけないのが悲しい、本が入りきらない、夫の秀也さんが自宅で撮影するときのスペースが足りないといった不便さや、お昼ご飯は庭で食べることもある、一日の締めくくりはつくりながら飲みながらの晩御飯、など、食の時間を大切にしていることなどが書かれている。

「これ以外の要望は特に伝えなかったと思います。あ、夫と中村さんが二人で盛り上がって五右衛門風呂にしようというのはありました」とゆかさんは当時を振り返る。玄関前にあった薪(まき)は五右衛門風呂のためのものだったのだ。

建築家の中村好文さんに提出したという要望書。ゆかさんがイラストと文章でそれまでの自分たちの暮らしを表現している。不満や不便なこと、何を大切にしているかがよくわかる一枚(画像提供/雨宮ゆかさん)

建築家の中村好文さんに提出したという要望書。ゆかさんがイラストと文章でそれまでの自分たちの暮らしを表現している。不満や不便なこと、何を大切にしているかがよく分かる一枚(画像提供/雨宮ゆかさん)

完成した家の間取りもゆかさんが描いた(画像提供/雨宮ゆかさん)

完成した家の間取りもゆかさんが描いた(画像提供/雨宮ゆかさん)

完成した家の間取り。神奈川県川崎市に建てた。1階はリビングダイニングキッチン兼スタジオに、夫の仕事部屋、お風呂とトイレ。東西に土間が通っている。2階はもともと納戸にしようとしていたスペースをゆかさんの仕事スペースに変更した(画像提供/雨宮ゆかさん)

完成した家の間取り。神奈川県川崎市に建てた。1階はリビングダイニングキッチン兼スタジオに、夫の仕事部屋、お風呂とトイレ。東西に土間が通っている。2階はもともと納戸にしようとしていたスペースをゆかさんの仕事スペースに変更した(画像提供/雨宮ゆかさん)

土間も五右衛門風呂もあるという一軒家。そこでの暮らしは、仕事をしながら薪割りをしたり、庭の手入れをしたりと、やることはたくさんある。
「最近、地主さんから裏の土地を貸してもらえたので、畑を始めたんです。本当は山野草を植えたかったんですけど、ひとまず野菜を始めたら楽しくて」と言う。

五右衛門風呂用の釜にダッチオーブンを入れて料理をしたり、庭に出てコーヒーを飲んだり、教室の生徒が来てわら仕事をしたり、この家だからこそできる生活を楽しんでいる様子が伝わってくる。

1階は玄関から五右衛門風呂まで土間に。花材はもちろん、食材のストックなどの一時置き場としても活躍している。「買い物や仕事帰りにとりあえず荷物を置いておけるのでとても便利です」(写真撮影/雨宮秀也)

1階は玄関から五右衛門風呂まで土間に。花材はもちろん、食材のストックなどの一時置き場としても活躍している。「買い物や仕事帰りにとりあえず荷物を置いておけるのでとても便利です」(写真撮影/雨宮秀也)

秀也さんの希望で作った五右衛門風呂。「薪割りの大変さとかを差し引いても、つくってよかったと思っています。お湯の温まり方が違う。夏は夜のお湯が朝まであたたかいこともあるほど」(写真撮影/雨宮秀也)

秀也さんの希望でつくった五右衛門風呂。「薪割りの大変さとかを差し引いても、作ってよかったと思っています。お湯の温まり方が違う。夏は夜のお湯が朝まで温かいこともあるほど」(写真撮影/雨宮秀也)

無垢材の良さが感じられるから、スリッパは捨てた

新しい家での暮らしを始めてすぐにゆかさんが気がついたのは、スリッパが要らないということ。
「無垢(むく)の床材を使っているのですが、特に仕上げ材などを塗ったりしていないんです。木の質感をダイレクトに感じられるからとても気持ちよくて、スリッパは捨てました」。

また自然と物を片付けるようになったということも、二人にとってのメリットだったとか。
「それまでは仕事道具を持って帰ってきて、リビングやダイニングに置きっ放しということが多かったんです。でも、この家ではそれぞれの仕事部屋をきちんと確保できているし、何よりリビングに物を出ていると気持ちが悪いなと感じるようになった。この白い壁をきちんと見える状態にしておきたいという気持ちがあるから、お互いに何も言わずとも片付けるようになっているんだと思います」と、壁に目を向ける。そこは夫の撮影スタジオとしても使う空間。

左官で白く仕上げた壁の前には、ゆかさんが生けた花が置かれているほかには物はない。余白があることですっきりと感じられ、花も引き立って見える。余白を生むためには、ものを減らすことにも気を配った。
「本はたくさんあるんですが、それでも厳選しました。それに洋服もかなり減らしたと思います。食器も水屋に入るぶんだけにしていますし」と話す。自分たちに必要なものを見極めた暮らしだということがよく分かる。

広く白い壁は、ご主人のスタジオになったり、ゆかさんの花を楽しむスペースになったり、臨機応変に使っている。ものを出しっぱなしにしなくなったというのもよく分かる気持ちのいい空間(写真撮影/雨宮秀也)

広く白い壁は、夫のスタジオになったり、ゆかさんの花を楽しむスペースになったり、臨機応変に使っている。ものを出しっぱなしにしなくなったというのもよく分かる気持ちのいい空間(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

また、「何よりも、朝起きてパチンと電気をつけなくて済むようになったことがすごくうれしくて。天気が悪くても1階はいつも明るいんです」とゆかさん。リビングダイニング、キッチンが一続きになっているので、どこにいても窓の外を眺めることができる。庭にはゆかさんが選んで植えたという草花が生い茂り、その奥には丘の緑が見える。

「ここに住んで気がついたのは、季節は春夏秋冬4つじゃないということ。もっと細かくて、10日単位で季節が変わっていくんじゃないかと思うくらい。例えば、山を見ていると芽吹き始めたころの緑と、葉が開ききった緑とは違うんです」とうれしそうに教えてくれる。広い窓があることで、外と距離が近くなり、自然の移り変わりを身近に感じることができる。「家で仕事をしていても、ご飯を食べたり、お茶を飲んだりしながらふっと窓の外を見れば気分転換になるし、外とのつながりって大切なんだと感じています」

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

草花を飾る前に、まずスペースをきちんと確保する

そうして感じる季節の移り変わりや外の空気は、花を生けるということで室内にも取り入れている。仕事柄、花は常に身近にあるが、自宅でもそれは変わらない。くだんの白い壁の前以外にも、玄関や食器棚にしている水屋箪笥(だんす)の中には、いつも草花がある。

「水屋の中に花を飾るというのは、アパートに住んでいたころに思いついたことなんです。狭くて飾るスペースがないなかでの苦肉の策です」。一段の半分は何も置かないようにして、花のスペースと決めているのだそう。ガラス戸を閉めるとギャラリーのようにも感じられる一角だ。この方法は、動物と一緒に暮らしている人や小さなお子さんがいる人にとっても、草花にいたずらをされずに済むのでオススメだという。

「花を飾るのが難しいという悩みを聞くことが多いんですが、まずは置くスペースを確保することが大切なんです」。ものが多く飾られていたり、収納されている中に草花を飾っても紛れてしまって引き立たない。食器棚の一段の半分だけでもいいから、スペースを空ける。余白をつくることで、飾った花が生き生きとした姿に見えてくるのだ。

以前住んでいた家から持ってきた食器棚代わりの水屋箪笥。これを使いたいと中村さんに伝え、スペースを階段下に確保してもらった。上段の右下を花のスペースと決めて食器は入れないようにしている(写真撮影/雨宮秀也)

以前住んでいた家から持ってきた食器棚代わりの水屋箪笥。これを使いたいと中村さんに伝え、スペースを階段下に確保してもらった。上段の右下を花のスペースと決めて食器は入れないようにしている(写真撮影/雨宮秀也)

背景にものを置かずにスペースを確保するだけで、ぐんと草花が引き立って見える。使っている花器はカップ。専用の花器を使うこともあれば、食器を転用することもあるそう(写真撮影/雨宮秀也)

背景にものを置かずにスペースを確保するだけで、ぐんと草花が引き立って見える。使っている花器はカップ。専用の花器を使うこともあれば、食器を転用することもあるそう(写真撮影/雨宮秀也)

季節を感じられる花や緑を選んで楽しむ

飾る空間をつくったら、実際にどのような花材を選んだらいいのだろう?
「みなさんお花屋さんで購入することが多いと思うんです。そのときに花として選ぶものは1種類でいい。そこにグリーンを加えるようにするのがオススメです。アイビーでもいいし、ハーブでもいい。枝ものを購入できるなら、紅葉している、実がついている、新緑など、季節感を感じられるものを」。

そう言われて玄関の壁を見てみると、花にプラスされているのは小さな柿がなった枝で、なるほどと思う。もしもベランダで鉢植えをしたり、庭で育てることができる人なら、寄せ植えするのもいい、とも。

「寄せ植えだとそれぞれ競い合うのか、かえって丈夫に育つ気がします。それにお互いの植物が虫除けになったりすることもあるから安心。組み合わせるときは、紅葉するものや線の細いもの、まだら入りの葉のものや花のものなど、それぞれ葉に特徴がある緑を選ぶようにすると、生けるときに重宝します」。例えば、もみじ、ススキ、どくだみを組み合わせると、もみじが紅葉し、ススキの細長い線が動きを出してくれ、どくだみでは花も緑も楽しめる。

(写真撮影/雨宮秀也)

(写真撮影/雨宮秀也)

小さな柿がなった枝をあしらった玄関。花に枝ものや葉ものを組み合わせるだけでいいと考えると、気楽に草花を楽しむことができる (写真撮影/雨宮秀也)

小さな柿がなった枝をあしらった玄関。花に枝ものや葉ものを組み合わせるだけでいいと考えると、気楽に草花を楽しむことができる(写真撮影/雨宮秀也)

花を生けるにも、暮らすにも、無理せずに。ゆかさんたちは、それまでの暮らしを考え、自分たちに何が必要かをきちんと見極めて生活している。五右衛門風呂はあるが、広いスペースは必要ない。花を飾る空間は大切だが、たくさんの洋服はいらない。小屋のような一軒家で自然とともに過ごす毎日は、これからもとても健やかに過ぎていくに違いない。

リビングダイニングとキッチンはひとつながりのスペース。「壁などで仕切らないことで開放感もあるし、動線もスムーズ。何よりどこにいても窓の外が目に入るのがうれしい」とゆかさん(写真撮影/雨宮秀也)

リビングダイニングとキッチンはひとつながりのスペース。「壁などで仕切らないことで開放感もあるし、動線もスムーズ。何よりどこにいても窓の外が目に入るのがうれしい」とゆかさん(写真撮影/雨宮秀也)

●プロフィール
雨宮ゆか
日常の花を生ける教室「日々花」主宰。展覧会やワークショップなども開催。身近な植物をさりげなく美しく生活に取り入れる姿にファンが多く、雑誌や書籍などで活躍中。
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「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ新山下店」レポート。家具店・ホームセンターと本屋が融合!?

2018年12月7日(金)、家具専門店・ホームセンター「島忠」「HOME’S」を展開する島忠とTSUTAYAがコラボレーションし、「ホームズ新山下店」がライフスタイル提案型の店舗へと生まれ変わった。「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ新山下店」店内では、商品の家具が「寛ぐ」「整える」などテーマに沿った12個の小部屋でスタリングがされており、本やコーヒーを楽しみながら使用感を試すことができる。その内容とは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

あなたはどんな暮らしがしてみたい? テーマに沿ってライフスタイルを提案

従来の「島忠」「HOME’S」といえば、商品が広大なフロアにズラリと並ぶ様子が思い浮かぶ人が多いはず。今回のリニューアルでは、商品ではなくライフスタイル提案型へとシフト。「寛ぐ」「眠る」「整える」「育む」「食べる」「癒し」「彩る」「作る」「贈る」のテーマに沿って“12のルームスタイル”を新設。それぞれのテーマごとに家具・本・雑貨を融合させた空間をつくり、理想のライフスタイルを体験しながら買い物を楽しめるようになった。

「魅せる、収納。」(テーマ:整える)のスペース。家具はすべて、もともと島忠で扱っていたものでコーディネート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「魅せる、収納。」(テーマ:整える)のスペース。家具はすべて、もともと島忠で扱っていたものでコーディネート(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

収納にまつわる書籍をあわせて展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

収納にまつわる書籍をあわせて展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

例えば、「魅せる、収納。」(テーマ:整える)では、あえて美しく飾ることができる棚などとともに、収納グッズ、収納の実用書を組み合わせて提案する。「学び舎は、リビング。」(テーマ:育む)は、子どものリビング学習をテーマにしたローソファやコンパクトソファと組み合わせた空間。リビングで家族が楽しくコミュニケーションを取れる雑貨や、地図本や工作の本、図鑑などもあわせて展開している。ほかにも、「シアタールームを作ろう。」(テーマ:寛ぐ)、「ペットと暮らす。」(テーマ:寛ぐ)などバラエティ豊かなラインナップ。
それぞれのスペースでは、各テーマにあわせたワークショップやイベントが行われる予定とのこと。

「ヨコハマブルー。」(テーマ:寛ぐ)のスペースでは海とデニムのブルーをイメージし、外国の情緒にあふれる横浜にどっぷり浸れる、デニム生地を活かした棚やラグなどを展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ヨコハマブルー。」(テーマ:寛ぐ)のスペースでは海とデニムのブルーをイメージし、外国の情緒にあふれる横浜にどっぷり浸れる、デニム生地を活かした棚やラグなどを展開(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「インテリアで遊ぶ。」(テーマ:作る)には手軽にできるDIYアイテムがそろう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「インテリアで遊ぶ。」(テーマ:作る)には手軽にできるDIYアイテムがそろう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

マスキングテープの無料サンプルも充実しており、自由に工作をして試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

マスキングテープの無料サンプルも充実しており、自由に工作をして試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本やコーヒーを楽しみながら家具をお試し

また、同店舗内にはBOOK & CAFE「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」も併設されており、テイクアウトしたコーヒーなどのドリンクや食事を、家具売り場で商品を試しながら楽しむことができる。本やコーヒーを気になる家具で心ゆくまで楽しむのもよし、「作る」のスペースで創作意欲が湧いたら1階の資材売り場でDIYのための材料を調達するのもよし。思い思いのお店の使い方をしてみたい。

「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」で使用しているチェアも購入可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」で使用しているチェアも購入可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「グリーンがある暮らし。」(テーマ:癒し)のスペース。12のルームスタイルで食事やドリンクを楽しめば、理想の暮らしをよりリアルに疑似体験できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「グリーンがある暮らし。」(テーマ:癒し)のスペース。12のルームスタイルで食事やドリンクを楽しめば、理想の暮らしをよりリアルに疑似体験できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、広々としたキッズスペースを設けているほか、専用カートを使用すればペットと一緒にショッピングを満喫することができる(カフェスペースのみ同伴不可)。買い物をするだけでなく、家族みんなで休日を楽しめる憩いの場となりそうだ。

店内にある本20万冊。児童書は3万冊で、横浜エリア最大級の品ぞろえ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内にある本20万冊。児童書は3万冊で、横浜エリア最大級の品ぞろえ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広々としたキッズスペース。ボーネルンドの商品や知育玩具を試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広々としたキッズスペース。ボーネルンドの商品や知育玩具を試せる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

■店舗情報
「ホームズ新山下店」
神奈川県横浜市中区新山下 2-12-34
営業時間:10時~21時、資材館9時~21時、ハニーフラワー10時~19時
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「TSUTAYA BOOKSTORE ホームズ 新山下店」
神奈川県横浜市中区新山下 2-12-34
営業時間:10時~21時(定休日は施設休館日に準ずる)

150万円で買える!? 格安別荘の活用法と注意点

別荘はお金持ちの贅沢――。そんな固定概念を覆すような物件をしばしば見かけるようになった。例えば長野近辺の別荘地で土地建物込み150万円、といった別荘が売りにでていることも決して特殊ではない。こういった別荘を活用する方法はあるのだろうか? それとも何か落とし穴があるのだろうか? 別荘保有者と専門家に聞いた。
現在の別荘のトレンドは? 専門家に聞いてみた

“別荘が高級”というイメージは、既に過去のものかもしれない。日本の人口減にともなって空き家が増えているが、それは別荘に関しても例外ではない。軽井沢などの著名な別荘地でさえも100万円台の物件を多く見かけるようになった。憧れの別荘ライフが格安で手に入るとなると、飛びつきたくなる人は多いだろう。では実際、こういった物件はどのような人が買っているのだろうか。

リゾート物件のポータルサイト「別荘リゾートネット」を運営する唐品知浩(からしな ともひろ)さんは、「現在の別荘事情は二極化してきている」という。

「格安別荘ばかりではなく、昔からあるイメージ通り、広々として暖炉があるような、高級な別荘を保有する文化は健在です。一方で、リーズナブルな別荘を購入してセルフリノベーションするなど、お金をかけずに別荘ライフを楽しんでいる人も増えてきているのも確かです。別荘地を管理する側も多様化しており、2018年6月15日から施行された『民泊新法』に則ったかたちで、民泊を運営できるようにしている別荘地もあります。例えば『オーナーズフォレスト白河別荘地羽鳥湖高原』などは、管理会社が一元化して民泊の運用を管理しています」(唐品さん)

都会での生活に息苦しさを感じ、自然豊かな場所にも拠点を持ちたいと願う人は、若い世代にも多い。そんな新しいタイプのニーズに、柔軟に対応している別荘地もあるようだ。

しかし実際に別荘を購入するとなると、普通の住宅購入とは違う注意点や、普通はかからない経費がかかることもある。特に格安別荘に多い築古の別荘は、安いからと飛びつくと失敗することもありそうだ。実際に築古の別荘を所有する人に聞いた。

安く別荘を手に入れるときに、気をつけなければならないことは?

「150万円や200万円の格安別荘に安易に飛びつくと、思ってもみなかった経費がかかるかもしれません」。そう話すのは、別荘保有者で不動産関係のライターもしているアサクラさん。

「僕の場合は親戚が保有していた築50年の別荘を譲り受けたのですが、維持管理には思った以上の経費がかかっています。僕の別荘ライフを見て『自分も別荘を持ちたい』と決意した友人もいるのですが、一緒に150万円の別荘の内見に行ってみると、修繕にも管理にも経費がかかりそうで、安易に格安の別荘を購入するのは危険だなと思いました。もう100万出して250万円で設備の整った物件を買った方が、その後の経費を考えると安くつく場合もあるのです。 結局その友人は予算をアップして約300万円の別荘を購入しました」(アサクラさん)

アサクラさん自身は祖父から受け継いだ別荘を所有しているが、築50年の家を修繕するのに、結局250万円程かかったそうだ。それに加え、所有にともなうランニングコストも必要になってくる。

築古の別荘を購入後、どのくらいコストがかかった? 所有者に聞いてみた

アサクラさんは東京西部の山間部に、祖父から受け継いだ築50年の別荘を持ち、春は月に1回、夏は毎週のように家族とそこを訪れ、仕事をしたりくつろいだりして、活用している。なんとも羨ましい生活だが、築古の物件を実際に住めるようにするまで修繕するには、かなりの金額がかかったそうだ。

初期修繕費用の詳しい内訳を教えてもらった。

2009年「シロアリ駆除と床下換気扇の設置」約98万円
2011年「ハクビシン駆除」約15万円
2011年「足場を組んで屋根の修繕と外壁塗装」約77万円
2015年「離れの床の補強工事」約9万円
2016年「シロアリ防除剤・防カビ剤の散布」約32万円
2018年「水道管と水栓の修理」約24万円(と、その先の出費も)

総額250万円以上かかり、譲り受けた物件とはいえ、格安別荘を購入する以上の費用がかかっている。

「格安別荘を購入したとしても、メンテナンスの悪い物件を購入すると、同額かそれ以上の修繕費がかかることは覚悟しておかねばならないでしょう。なかでも注意したいのは屋根のコンディションと水まわりです。屋根は僕も77万円かけたように、修繕が高額になりがち。また水まわりの修繕も高額です。下水道のない場所に住む場合には浄化水槽を取り付けるのが一般的ですが、この設置には100万円程かかるのです。ですから屋根の葺き替えが必要だったり浄化水槽がなかったりする物件は、その後に必ずかかってくる費用を価格に上乗せして考える必要がありますね」(アサクラ さん)

また一般的な住宅でも必要な、税金やライフラインなどの維持コストもかかる。参考までにアサクラさんの、年間の別荘維持経費の内訳も教えてもらおう。

火災保険や固定資産税 約8万円
水道光熱費 約9万円
交通費や通信費 約19万円

アサクラさんの場合、別荘の維持コストは年間に約36万円かかっているということだ。当然住んでいる間にどこかが壊れれば、その修繕費もかかる。使わないと家が荒れるため定期的に訪れる必要があるが、そのための交通費もばかにならない。

また物件のある場所が別荘地にあれば、その地域を管理している会社に管理費を払う必要があると指摘するのは唐品さんだ。

「管理会社によって価格はさまざまですが、ゴミ収集や道路の整備は管理会社に委託するので、その為の費用がかかります。加えて留守中の窓開けや、寒冷地であれば冬場にバス・トイレ・湯沸かし器など水を使うところが凍って設備が使えなくなってしまわないよう『水抜き』といって、設備をばらして水を抜く作業なども頼む場合は、追加の費用もかかります」(唐品さん)

家や所有地のメンテナンスには手間がかかる。別荘地に物件を持ち、それらを代行してもらう場合にはそのための費用がかかり、アサクラさんのように自分で行う場合には、交通費などの費用や手間がかかるということだろう。

別荘を持つということは、購入費用以外にもかなりのお金がかかることが分かった。しかし唐品さんもアサクラさんも、「別荘を持つことは、人生を豊かにする」と口をそろえる。確かに、都心の喧騒を離れて、自然と触れ合える居場所があることは貴重だ。またその地で新たな人間関係を築くことができれば、人生の幅も広がりそうだ。

現代は、セルフリノベーションを楽しむことで修繕経費を削減したり、民泊などの制度を利用して使わない間はシェアしたりと、なるべくお金を使わない別荘スタイルも生まれつつある。加えて、唐品さんによれば「今は団塊の世代が別荘を手放すタイミングなので、市場に出回っている中古の別荘の物件数は多い」とのこと。

決して安易な選択肢ではないが、都心で家を買うことを考えれば、別荘を持つ金銭的ハードルが低いことには変わりがない。これを機に新たなスタイルで別荘を使いこなしてみるのも、面白いかもしれない。
 

●取材協力
・別荘リゾート.net
・なんでも大家日記@世田谷