3Dプリンター建築に新展開!複層階化や大規模化に大林組が挑戦中。巨大ゼネコンが描く将来像は宇宙空間にまで!?

大手ゼネコンの大林組が、建設業界において3Dプリンター活用の研究に本格的に取り組んでいることが話題になっている。今回取材したのは、現在建設中の、建築基準法に基づく国土交通大臣による認証取得済みの「(仮称)3Dプリンター実証棟」(東京都清瀬市・大林組技術研究所内)。3Dプリンター建築の特徴である「短納期」「曲線美」を具現化した実証棟の建設は、未来の新しい家づくりの第一歩になりそうだ。具体的にどのようなものか取材してきた。

3Dプリンター実証棟の完成は、宇宙空間での建設などまで可能性を広げる第一歩

3Dプリンターを利用した建築は、世界中の企業がこぞって参画する今最もホットな住宅分野のひとつだ。従来よりも圧倒的に工期を短縮できることや、複雑な曲線などデザイン性の高い形状を製造できるようになること、材料を現地に運ぶだけで済むため、建設時のCO2排出量の削減や現場の少人数化が期待できること、これらによって価格をおさえられることなどから、注目を集めている。

これまでSUUMOジャーナルでは、セレンディクス社やPolyuse社、會澤高圧コンクリート社が手掛ける国内における3Dプリンター建築を取材してきたが、今回紹介するのは国内大手ゼネコンの大林組の事例だ。前述の建物は10平米以下、1階建てと小規模なものだったが、大林組の「(仮称)3Dプリンター実証棟」は複数階建てへの展開を意図した延べ面積27.09平米で、新しい3Dプリンター建築の可能性を予感させるものだ。

建屋の外部に設けられた螺旋階段を上ると、屋上へ行けるようになっている(屋上未完成)。3Dプリンターを使って建設した建築基準法に準拠し、国土交通大臣の認定取得をした初の建物は来年3月完成予定だ(写真撮影/片山貴博)

建屋の外部に設けられた螺旋階段を上ると、屋上へ行けるようになっている(屋上未完成)。3Dプリンターを使って建設した建築基準法に準拠し、国土交通大臣の認定取得をした初の建物は来年3月完成予定だ(写真撮影/片山貴博)

この実証棟の完成後は、3Dプリント技術のPR施設として公開されるという(写真提供/大林組)

この実証棟の完成後は、3Dプリント技術のPR施設として公開されるという(写真提供/大林組)

大林組が基礎研究として3Dプリンター建築に乗り出したのは2014年のこと。2019年には当時の国内最大規模となるシェル型ベンチを製作するなど、技術開発を進めてきた。3Dプリンター実証棟は、地上構造部材をすべて3Dプリンターで製作する構造物として、一般財団法人日本建築センターの性能評価審査を受け、国内で初めて建築基準法に基づく国土交通大臣認定を取得した。そして、このプロジェクトは同社が今後3Dプリンター建築の可能性を広げる大事な第一歩だという。

「3Dプリンター住宅を生産したり、プリンター自体をつくったりすることがゴールではありません。ゼネコンとして、今後、3Dプリンターを建築現場で導入するためのステップであり、(3Dプリンターを使って)大規模な構造物を実現できることを、技術的にも法的にも証明することが最大の意義なんです」と大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部の金子智弥担当部長は話す。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

技術本部技術研究所生産技術研究部の坂上肇副課長も、「3Dプリンターの導入によって建設時の自動化施工が実現でき、現場の省人化が期待できます」と続ける。通常の建築現場では、鉄筋を組み、型枠をつくり、さらにそこにコンクリートを流し込むなどの複数の工程を必要とするが、3Dプリンター建築なら、ロボットアームをつけたプリンターを設置し、プリンターへプリントデータを指示するだけで、あっという間に建築物を組み上げていくことができる。

SUUMOジャーナルの取材に対応してくれた大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部、坂上肇副課長(写真撮影/片山貴博)

SUUMOジャーナルの取材に対応してくれた大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部、坂上肇副課長(写真撮影/片山貴博)

将来的には3Dプリンターによる宇宙空間での建設も想定しているといい、今回の実証棟は、今後の3Dプリンター建築の可能性を大きく広げてくれそうだ。

鉄筋や鉄骨を使用しない、独自の技術を開発

大林組は3Dプリンター建築に取り組むにあたり、鉄筋や鉄骨を使用せず、3Dプリンター用の特殊モルタルや、超高強度繊維補強コンクリート「スリムクリート」による構造形式を開発した。

印刷には、コンパクトで汎用性の高い市販の安川電機製「産業用ロボットアーム」を使用。3Dプリンターといえば直線だけでなく曲線も実現できることが大きな特徴だが、曲線に沿って壁の厚みを一定に保つ必要があるため、材料の出力をコントロールできるようにすることでクリアしている。

中央に位置するのはロボットアーム(青色)と、大林組が開発した架台部分(緑色の機材)(写真撮影/片山貴博)

中央に位置するのはロボットアーム(青色)と、大林組が開発した架台部分(緑色の機材)(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターが一層一層積み上げてつくり出す壁は、独特の凹凸のある模様が浮き出る(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターが一層一層積み上げてつくり出す壁は、独特の凹凸のある模様が浮き出る(写真撮影/片山貴博)

曲線と直線の厚みの違いにも、材料の吐出量をコントロールできるようすることで厚みの調整をすることによって対応(写真撮影/片山貴博)

曲線と直線の厚みの違いにも、材料の吐出量をコントロールできるようすることで厚みの調整をすることによって対応(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、分割して出力してあり、後ほど1枚の大きいスラブに。屋上のリブスラブを1階から見上げると、曲線美と機能性を追求したリブの形状が天井として見える(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、分割して出力してあり、後ほど1枚の大きいスラブに。屋上のリブスラブを1階から見上げると、曲線美と機能性を追求したリブの形状が天井として見える(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、工場内でプレキャストされ、工事現場へと運ばれる(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、工場内でプレキャストされ、工事現場へと運ばれる(写真撮影/片山貴博)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという。左下は今後ベンチになる(写真提供/大林組(写真撮影/片山貴博)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという。左下は今後ベンチになる(写真提供/大林組(写真撮影/片山貴博)

勾配の比較的に急な外階段。2階の象徴となる曲線が多く使われている階段部分は3Dプリンターならではの造形(写真撮影/片山貴博)

勾配の比較的に急な外階段。2階の象徴となる曲線が多く使われている階段部分は3Dプリンターならではの造形(写真撮影/片山貴博)

また、今回の実証棟は、単純な円形でも、直線でもない最適化された複雑なフォルムで、前述の技術が、より重要になってくる理由でもある。

同社の設計本部設計ソリューション部 アドバンストデザイン課のカピタニオ・マルコ主任は、こう話す。

「1階でピーナッツ状、2階でラグビーボール状は、3Dプリンター印刷の範囲で平面的に最もコンパクトな形で、材料の経済性と、強度の両方を実現する形状なのです。また、『リブスラブシステム』から着想を得ました。複雑な曲面を描き出せる 3D プリンターの特性を活かして天井を未来的なフォルムにしたことで、2階の床の強度補強も同時に叶えるデザインを実現できました」

「リブスラブシステム」は、イタリア人エンジニアのピエール・ルイージ・ナルヴィが 1950年代に発表した先駆的な床のシステムで、材料の経済性と形状による剛性、強度を両立できるとされたデザインですが、従来の施工方法では建てにくいです。今回、「最小限の建材で、最大の空間を覆える 形態」を追求する中で、このリブスラブシステムを採用するに至ったという。

1階の天井を見上げるとこのように見える(写真撮影/片山貴博)

1階の天井を見上げるとこのように見える(写真撮影/片山貴博)

1階の天井(2階の床)部分は、14のパーツに分割して工場で印刷され、後から架設される。写真は14分割されて印刷された天井の一部(写真撮影/片山貴博)

1階の天井(2階の床)部分は、14のパーツに分割して工場で印刷され、後から架設される。写真は14分割されて印刷された天井の一部(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターによる建築物の複層階化、大規模化の実現性を追求

この実証棟の広さは、延べ面積27.09平米(畳約17畳分)。1階部分が完成した後は、その上にプリンターを移動して屋上の腰壁をプリントすることで、複数階への展開の可能性を証明するという。高さ4mの建物になる予定だ。

「計算上では、プリンターを移動させながら出力し続ければ、現在の技術でも2階以上の建物をつくることは可能なんです」と金子さんは説明する。ゆくゆくは3Dプリンターで高層階の建築物を建てることも夢ではなさそうだ。

また、少ない材料で最大限の空間が得られるようにし、壁を複数層としてケーブルや配管ダクトを配置することで、水回りや空調設備も備えられるようにするなど、通常の建築物と同様に利用することを想定したデザインになっているのも特徴。ただ建物の規模を追求するだけでなく、実用性も考慮されていることも特筆すべき点だろう。

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという(写真提供/大林組)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという(写真提供/大林組)

3Dプリンター実証棟模型。建物の壁は2層になっており、壁と壁の間に断熱材を入れることで、温度調整機能も高めるようにするという。黄色い部分に断熱材が入る(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンター実証棟模型。建物の壁は2層になっており、壁と壁の間に断熱材を入れることで、温度調整機能も高めるようにするという。黄色い部分に断熱材が入る(写真撮影/片山貴博)

複層階、大規模建築の課題は、3Dプリンターの制御と温度対策

「3Dプリンター実証棟」によって複数階、複雑な形状への対応も証明しようとしているが、課題になってくるのが材料の温度管理。3Dプリンター建築の魅力は工期の短期化だが、規模が大きくなれば、その分工期も長引く。

5月に着工し、8月から印刷を開始し約4カ月。前述の坂上さんは、「現在、3Dプリンターを1日5時間稼働していますが、季節や時間帯によって外気温が変わってしまうのです。3Dプリンター用の材料は外気温によって固まるスピードに変化が出てしまいますから、外気温に変化があっても安定してプリントできるように材料の調整が必要になります」と話す。

今後、3Dプリンターによる大規模建築が現実のものとなる上で、この問題は避けられない。この実証棟を通じて、課題や解決策が見えてきそうだ。

いよいよ大林組が複数階を意図した3Dプリンター建築に着手した。耐震面で厳しい日本の評価基準をクリアした技術が日本のゼネコンから登場することで、今後、本格的に建設現場での3Dプリンターの導入が進むだろう。「すでに国内外で受注しているプロジェクトから、3Dプリンター利用に積極的な声も上がっている」と話す金子担当部長の言葉は、まさにその証だ。

建設業界全体で危惧される人手不足問題は、そのまま製品の価格上昇と質への問題へ転嫁されてしまう可能性がある。3Dプリンターの導入が、こうした問題解決に好影響を与えることは、建設時のCO2排出といった環境配慮対策と同じくらい重要な効果なのではないかと取材を通じて感じられた。

●取材協力
株式会社大林組

葉山の築90年の洋館「旧足立邸」を子育て一家が住み継ぎ。大隈講堂を手がけた建築家の優雅な世界に、子ども達が駆け回るぜいたくな日常

「近所に素敵なお屋敷があったのに取り壊されてしまった……」。そんな経験がある人もいるのではないでしょうか。現代日本では建物に歴史的、建築的価値があっても、継承していくことが難しいものです。では、どうすれば歴史ある建物を継承し、住み継いでいくことができるのでしょうか。神奈川県葉山町の旧足立邸を購入し、子育てをしているご夫妻に話を聞きました。

1933年築の旧足立邸。2022年夏には国登録有形文化財に旧足立邸の外観。見た人の心をわしづかみにする美しさ(写真提供/旧足立邸)

旧足立邸の外観。見た人の心をわしづかみにする美しさ(写真提供/旧足立邸)

旧足立邸は神奈川県葉山町にある1933年に建てられた西洋式別荘、いわゆる洋館です。王子製紙取締役だった実業家・足立正氏が、自身の家族と夏を過ごすための別荘として建て、今も「旧足立邸」と呼ばれています。この旧足立邸の設計を手掛けたのは、早稲田大学の大隈講堂、日比谷公会堂の設計などを手掛けた佐藤功一氏。ハーフティンバー様式による美しい外観の佇まいはまさに圧巻のひとことで、2022年夏には、その歴史的価値が認められ、国登録有形文化財(建造物)として登録されました。

旧足立邸の内観。ご家族が暮らしているとは思えないのですが、4人家族のお住まいです(写真撮影/桑田瑞穂)

旧足立邸の内観。ご家族が暮らしているとは思えないのですが、4人家族のお住まいです(写真撮影/桑田瑞穂)

ここで暮らしていらっしゃるのが、柴田夫妻とそのお子さんたちです。「よく、本当に住んでいるの?と聞かれるんです」と妻の結さんは微笑みます。確かに、クラシカルかつ優美な世界観で統一された室内は、生活感が溢れ出てしまう暮らしとはほど遠く、にわかには信じ難いもの。ですがご家族は、確かにこの住まいで暮らし、日々を過ごしていらっしゃいます。

POLYPHON社のオルゴール。アンティークの品々と洋館の組み合わせで、まるで別の世界にいるようです(写真撮影/桑田瑞穂)

POLYPHON社のオルゴール。アンティークの品々と洋館の組み合わせで、まるで別の世界にいるようです(写真撮影/桑田瑞穂)

何気ないインテリアが美しく、ため息がでます(写真撮影/桑田瑞穂)

何気ないインテリアが美しく、ため息がでます(写真撮影/桑田瑞穂)

資金面に建築法規。住宅の継承を阻む難題は山積み!

ただ、歴史的にも建築的にも価値のあるこの建物も、継承者がなかなか見つからず、一時期は取り壊しの危機にありました。歴史的な建物の継承が困難なのにはいくつか理由がありますが、主なものとして
(1)相続などにより売却、現金化の必要がある
(2)継承者そのものを見つけるのが難しい
(3)建物が現在の建築基準を満たさない
(4)購入するにしても住宅ローンが利用しにくい
(5)現在のライフスタイルにあわず、建て替えたほうが使い勝手がよい
(6)保守・維持にも人手、金銭面での負担が大きい
といった点が挙げられます。そのため、第三者が思っている以上に継承は容易ではなく、やむを得ず取り壊されてしまうのが実情のようです。

では、この旧足立邸は、どのようにして継承されたのでしょうか。ご夫妻に住まい探しについて伺ってみました。

応接室。現在、アンティークギャラリーになっています※住まいのため非公開(写真撮影/桑田瑞穂)

応接室。現在、アンティークギャラリーになっています※住まいのため非公開(写真撮影/桑田瑞穂)

「そもそも住まい探しの思い立ちは、よくある話です。結婚して、夫婦で都内の賃貸住宅に暮らしていましたが、妻が妊娠したので住まいを買おうか、というもの。ただ、東京都内のマンション、一戸建てを見学していたものの、なかなかよいものがなくて」と夫が振り返ります。販売されている住まいを見学すればするほど、2人の「なにか違う」という違和感が大きくなっていったのだといいます。

玄関入ってすぐの吹抜け。ドール用の椅子がお出迎えしてくれます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関入ってすぐの吹抜け。ドール用の椅子がお出迎えしてくれます(写真撮影/桑田瑞穂)

「もともと私がアンティークショップに勤務していて、味わいのある古いもの、本物を大切にしたいという価値観だったんです。学校も横浜の山手に通っていたので、本物の洋館を目の当たりにしてきましたし、できるならお城か教会に住みたいと思っていたほど(笑)。だから日本の住まいを見ても、『○○風』だと物足りなくて……、もちろん輸入住宅も見学しましたが、どうも違う。海外の建物を移築してこようかと一時は本気で考えました」(結さん)

夫も「私自身も学生時代から古い建物が好きで、年月とともに味わいを増す、本物の建物で暮らしてみたいという思いがありました」といいます。そんなときにたまたま見つけたのが、売りに出されていた旧足立邸でした。2018年夏のことです。

「すぐに見学して申し込みをしたものの、金額面で折り合わなかったんですね。ただ、前の所有者さんとしては建物を壊さずにここで暮らしてほしいという意向を強くお持ちでした。他の購入希望者は法人が多く、建物を取り壊して開発する話もあったそうです」(夫)

玄関ホール。タイル張りはモダンであり、クラシカルであり。室内の壁材は調湿作用のある繊維板「トマテックス」が使われています(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関ホール。タイル貼りはモダンであり、クラシカルであり。室内の壁材は調湿作用のある繊維板「トマテックス」が使われています(写真撮影/桑田瑞穂)

旧足立邸だけではありませんが、古い建物は敷地にゆとりがあることが多いもの。経済合理性を考えれば、取り壊して土地活用を考えるのがもっとも王道といえるでしょう。それでも、建物を残したいという前所有者の意向もあり、他の購入希望者へすぐに売却という運びにはなりませんでした。

階段をあがった2階。吹抜けに重厚な手すり。フォルムも完璧(写真撮影/桑田瑞穂)

階段をあがった2階。吹抜けに重厚な手すり。フォルムも完璧(写真撮影/桑田瑞穂)

一方、ご夫妻も旧足立邸の購入はいったん保留とし、その後約1年半、住まい探しを続けていましたが、2019年が終わろうとするころ、ついに敷地の開発を計画する法人相手に売却が決定したという話を聞いた不動産会社が「旧足立邸の購入は諦めますか?」と夫妻に声をかけたのだといいます。

「他にもたくさん見学しましたが、洋館ってないんですよね。あったとしても、古いだけでボロボロだったり、場所が神戸などの首都圏外だったり。海外からの移築となれば予算も時間も想像以上にかかる。今後、子どもが大きくなれば、どんどん制限も出てきて、理想の住まいと出合えそうにない。だとしたら、ここで腹をくくろうと判断したんです」。予算を超えて高額とはなりましたが、ついに夫妻は購入を決断しました。

のちに聞いたところ、法人との契約はほぼ最終段階で、あとは判子を押すだけ、というところまできていたそう。「建物を残したい」という夫妻と不動産会社の思いがギリギリの展開を引き起こしたのです。

2階の児女室。今でいう子ども部屋でしょうか。ここは洋室&ベッドのスタイルです(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の児女室。今でいう子ども部屋でしょうか。ここは洋室&ベッドのスタイルです(写真撮影/桑田瑞穂)

ゼネコンや建築関係者、金融機関の熱意で難題を乗り越える

そうして購入を決断したものの、今度は建物の復元と暮らしにあわせたリノベ、さらに住宅ローンの問題が立ちはだかります。

「まず、洋館を買ったといっても、周囲に経験のある人がいない(笑)。完成当時の姿に復元すべきなのか、何からどう手をつけたらいいのか。困って会社の先輩に相談したところ、いい人を紹介してあげる、といわれて、大手ゼネコンで歴史的建造物の改修と活用を手掛ける専門家と出会うことができました。そこから住宅継承を手掛けている『住宅遺産トラスト』につないでもらい、古い建物の修繕やリノベについて情報をもらいました」

詳細を専門家に調査してもらったところ、建物の主要構造部に腐食や劣化はなく、耐震性や断熱性などは厳密には解体しないと詳細はわからないものの、まずは問題ないだろうという結論に至ったといいます。

また、歴史ある旧足立邸は戦後の一時期、GHQに接収され、その後も複数の所有者の手に渡っていました。そのため、キッチンやお風呂などは都度、リフォームされていたといいます。ただ、設計当時の建築図面が散逸していることもあり、完成当時の姿に復元することはあきらめ、お風呂は現在の家族が暮らしやすいデザインへと変更。さらに下水がきていなかったため敷地内に下水道を引き込む工事、食堂の壁紙と建具の修繕などのリノベーションを実施し、当面の家族の暮らしやすさを実現しました。

暮らしやすさを考慮しリノベーションした浴室(写真撮影/桑田瑞穂)

暮らしやすさを考慮しリノベーションした浴室(写真撮影/桑田瑞穂)

脱衣所からみたところ。どこを撮っても美しい(写真撮影/桑田瑞穂)

脱衣所からみたところ。どこを撮っても美しい(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面はツインボウルを採用。家族が多く、忙しい朝でも便利ですね(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面はツインボウルを採用。家族が多く、忙しい朝でも便利ですね(写真撮影/桑田瑞穂)

こうしたリノベーション費用は夫妻の貯蓄から捻出したものの、想像以上に費用はかかったといいます。
「本当ならキッチンや和室も手を入れたかったのですが、まずはすぐに暮らせることを優先しました。ただ、暮らしてみると思ったより和室はしっくりきてなじみますし、子育てもしやすいですね」と結さん。

2階の和室はお部屋からの眺めも良好。和と洋の塩梅が絶妙です。昭和を舞台にした小説などの舞台にもなりそう。ふらっと探偵さんが出てきそう(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の和室はお部屋からの眺めも良好。和と洋の塩梅が絶妙です。昭和を舞台にした小説などの舞台にもなりそう。ふらっと探偵さんが出てきそう(写真撮影/桑田瑞穂)

窓側から室内をみると完全に和室。視線の切り替えによってまったく異なる世界になる設計の妙(写真撮影/桑田瑞穂)

窓側から室内をみると完全に和室。視線の切り替えによってまったく異なる世界になる設計の妙(写真撮影/桑田瑞穂)

住宅購入費用は住宅ローンを利用し、現在、返済しているといいます。
「ただ、大半の金融機関には断られました。まず、住宅ローンの融資条件が上限1億円という金融機関が多く、そこで半分くらいお断り。次に建物ですね。当然ですが(住宅ローン審査に必要な)検査済証などもないので、そこでさらに金融機関に断られるんです。また、『ほんとに住むんですか?』とも聞かれました。この建物は女中部屋も含めると、なにしろ11部屋もあるので(笑)」(夫)

ただ、金融機関のなかでも、古い建築物を残していくことに理解のある大手金融機関の担当者と出会えたことで事態は好転。「ここで夫妻が住宅ローンを組めなければ、旧足立邸が解体されてしまう」と熱意をもって上長に掛け合ってくれたことで、なんとか融資を受けることができたそう。
「ドラマさながらの、熱い金融マンの世界ですよね。いい人に巡り会えました」といい、建築関係者と金融の担当者、それぞれの力と熱意があり、無事、「継承」が行われたようです。

照明などでも残されたものはできるだけ使う一方、絵画などは夫妻の好みでセレクト。世界観に合い過ぎる(写真撮影/桑田瑞穂)

照明などでも残されたものはできるだけ使う一方、絵画などは夫妻の好みでセレクト。世界観に合い過ぎる(写真撮影/桑田瑞穂)

良い建物は人を集め、暮らしを豊かにする

現在、家族が暮らしはじめて2年と少しの月日が経過。建物の一部を撮影場所として貸し出していることもあり、ロケハン(下見)や撮影スタッフ、建物の調査研究者、文化財登録のための行政担当者など、日々、多くの人が住まいと関わり、つながりをもたらしてくれるといいます。

「とにかく庭が広いので、子どもたちは庭でよく遊んでいます。私のきょうだいの子どもたち、つまりいとこたちですが、この建物が大好きでよく遊びにきています。コロナ禍で思うように外出できなかったときも、庭があるので、息が詰まるようなこともありませんでした。日に日に移りゆく、草木の変化も本当に愛おしくて。ただ、庭も理想の姿とは遠いので、もう少し手入れをしたいのですが」と結さん。

夫は現在もテレワークのため、週2日ほど自宅で仕事をしていますが、サンルームに書斎、庭など、仕事をする場所に困ることはありません。
「修繕にかかわった大手ゼネコンの人に言われたのが、『この家は力があるから、何もしなくても人が集まるよ』と。確かに毎週末、誰かが来ていて、話がつきることもないし、子どもたちは常に遊んでもらっています。リノベーションを担当してくれた人も含めて、多くの人が同年代で、価値観も似ている。この住まいに携わらせてほしい、という人もいるほど。東京で、単に不動産を買うだけだったら、こうはならなかったでしょうね」といいます。

経年の味わいを感じられる廊下。傷も唯一無二だと思うと愛着すら感じます(写真撮影/桑田瑞穂)

経年の味わいを感じられる廊下。傷も唯一無二だと思うと愛着すら感じます(写真撮影/桑田瑞穂)

建物の維持・管理を、お金と時間がかかる「義務」ではなく「趣味」として捉えると、こんなにも豊かな考え方ができるのだ、と気付かされます。また、結さんは洋館での暮らしを、「心の支えでもある」と話します。ともすれば子育てや現実に追われがちな日々だからこそ、大切なもの、美しいものが心の支えになるというのです。多くの人の願いと思いによって無事、継承されたこの建物、さらに50年、60年と豊かな時を紡いでいってほしい、そして願わくば次の世代へ……。洋館や古い建物が好きな一人として、そう願ってやみません。

●取材協力
旧足立邸
Velvet Knot /Antiques・洋館暮らし

昭和街角の情緒を伝える名物賃貸群「大森ロッヂ」。コロナ禍経て深まる住人同士の“ゆるやかなつながり” 東京都大田区

昭和の趣が残る「大森ロッヂ」(東京都大田区)は、住む人や地域の人がゆるやかにつながり、コミュニティが醸成される場所です。2009年以降に順次リノベーションされた8棟の住宅のほか、長屋式店舗兼用住宅「運ぶ家」が竣工・営業開始したのが、2015年6月。当時の様子はSUUMOジャーナルでも紹介しました。今年(2022年)4月には、新たに、一戸建てをリノベーションした「笑門の家」(しょうもんのいえ)が完成。コロナ禍を経て変わったこと、時流が変化しても変わらない思いについて、住民の皆さんや大家さんに伺いました。

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

コロナ禍に深まる閉塞感への疑問から生まれた、人とつながる「笑門の家」

京急線・大森町駅から歩いて2分、にぎやかな往来から一本入ると、右側に懐かしい佇まいの木塀と木戸でできた大森ロッヂの「ともしびの門」が見えてきます。前で迎えてくれたのは、大家の矢野一郎さんと住民で管理人もしている山田昭二さん。木戸を開けてもらうと、敷地内には昭和の風情を感じる路地があり、路地を挟んで、黒壁の長屋が並んでいます。昭和30~40年代に建てられた木造アパート群の古いものを活かしてリノベーションした賃貸住宅です。

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂに新しく加わった「笑門の家」は、通りに面したところにあり、温室のような吹抜けの窓が特徴的です。

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」の計画は、2020年春、コロナ禍ではじまりました。

「コロナ禍では、人の自由が奪われて非常に孤立化してしまったという印象を受けました。テレワークもはじまりましたが、感染流行が拡大するなかで、世の中がどんどん閉鎖的になっていくことに疑問を感じていました。人間が生活する上でいちばん大切なものは、社会の状況に影響されない根源的な部分にあるはずです。それは、家に帰ったらリラックスしてゆったりした気持ちでいたいこと。必要なのは、家族や職場以外の誰かとのふれあいだと思いました。高気密で狭いところへ人を押し込めずに、誰かと接しようとすれば接することのできる機会を提供したいという思いがありました」(矢野さん)

「ゆるやかに人と交流できる家に」というコンセプトで、敷地に立っていた昭和の民家をリノベ―ション。設計を担当した古谷デザインから提案されたのは、一部をガラス張りの吹抜けにして半外部化するアイデア。「開いていく・創造していく場所にふさわしい」と考えた矢野さんは採用を決め、2022年4月に「笑門の家」が完成しました。

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

人を招きよせる「笑門の家」。地域とつながる交流拠点に

「笑門の家」に入居し、事務所兼住居として使っているのは、デザイン会社「グラグリッド」の三澤直加さんと尾形慎哉さんです。もともと恵比寿を拠点に仕事をしてきましたが、会社の移転を考えていたころ、新型コロナウイルス感染症の流行が重なりました。

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

古い欄間や梁を活かしてリノベーション。アール型の小上がりを見たとき「どう使うかワクワクしました」と三澤さん。すぐにワークショップのイメージが膨らんだ(画像撮影/桑田瑞穂)

「コロナ禍の影響で、人と繋がりたくてもリモートワークが増えて、知っている者同士しか会えなくなってしまいました。恵比寿のオフィスビルから離れて、大きく生活を変えたいと思うようになったんです。面白い場所に住み替えたいと探していたところ、『笑門の家』に出合い、『これだ!』と思いました」(三澤さん)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「ビルの四角い部屋では出ない発想ができるかもしれないと感じたんです。大森ロッヂにコミュニティがあることを知り、住民の方や地域とのつながりで、ワークショップをするなどして、一緒にデザイン活動ができるのではないかというイメージが湧いて。交流(ワークショップ)ができる温室と、集中して仕事ができる2階があり、ほしかった条件がそろっていました。地域の人とつながりあって、実験しながら、やりたいことを実現できるのではないかと思いました」(尾形さん)

2022年6月に引越してから、庭にあったザクロを収穫し、ジュースをつくるイベントを開催。大森ロッヂに住んでいる人や近隣の子ども達も参加しました。尾形さんが非常勤講師を務める専修大学の学生たちと、大森に昔からある産業の廃材を使ってランタンをデザインするワークショップも行い、手ごたえを感じた二人は、いずれテーマを決めて語り合う「笑門の会」をつくりたいと夢を語ってくれました。

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

「『笑門の家』というネーミングが絶妙なんですよね。人を招くような、不思議な言葉の力があります。名を体現するような使い方ができればいいな。我々のつながりから、周辺の人もつながって、集まった人の話の中から、プロジェクトやイベントのアイデアが自然に発生する。新しいことが生まれるエンジンとしてこの場所を使っていきたいです」(尾形さん)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

アトリエ付住宅「ひらめきの家」や店舗兼用住宅「運ぶ家」のその後

大森ロッヂには、長屋群のほか、通りに面したアトリエ・中庭付の2階建て集合住宅「ひらめきの家」や前回の取材時(2015年)に新築された店舗兼用住宅「運ぶ家」があります。

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「旅する茶屋」を訪ねると、吹抜けの明るい空間に、茶香炉から良い香りが漂っています。オーナーで日本茶ソムリエの津田尚子さんは、もともと大森ロッヂに住んでいましたが、「ひらめきの家」に空室が生じることになり、住み替えをして、店舗を構えました。

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

「『旅する茶屋』という名前のとおり、店舗を持たず旅先でお茶をたてるワークショップをメインに活動していたのですが、まわりの人に勧められて、タイミングも合ったのでやってみようと思いました。近くの小学生が『ただいま』と声をかけてくれたり、旅で留守にしていて帰ると『閉まっていたけど、どうしていたの?』近所の人が心配してくれたり。地域の風景になりつつあるのかな」(津田さん)

「旅する茶屋」のお隣さんは、2020年から絵画工房と絵画教室を営む「アトリエウォボ」。講師を務めるのは、写実絵画の描き手である油彩画家の宮原俊介さんです。

「住居と一体でありながら、居住スペースとは別に絵を描く場所がほしかったので、条件に合う物件を探して『ひらめきの家』にたどり着きました。教室には、年代も職業もさまざまな人が通ってきます。いずれ、大森ロッヂのギャラリーで生徒たちのグループ展をしたいです」(宮原さん)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

前回の取材時(2015年)に建築された店舗兼用住宅「運ぶ家」は、その後、どのように使われているでしょうか。「運ぶ家」は、貸駐車場借主の退去で空いたスペースに新築されましたが、「ただ建てるのではなく、住む人と建築家とみんなで一緒につくりあげたい」という矢野さんの思いが強く反映された建物です。

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「借主は、建築費や設計料がいくらかわからないまま、家賃が決められていますよね。事業収支をオープンにして、設計段階から入居者、設計者、施主が、あたかも自宅を建てるようなプロセスを踏んだら、きっと場所への愛着も増すのではという気持ちもありました」(矢野さん)

「運ぶ家」に建築当時から関わった入居者のうち、コムロトモコさんはカフェ兼カバンのギャラリー「yamamoto store」を、もうひとりは、「たぐい食堂」を営んでいます。入居者が職住一体でなりわいをもつことができる「ひらめきの家」と「運ぶ家」。「地域に開かれた場所になって、街や大森ロッヂの活性化につなげたい」という矢野さんの思いを体現する場所になっています。

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

場が人を呼び、人とのつながりが価値になる門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

現在、大森ロッヂには、15世帯が暮らしています。入居者募集に関しても、矢野さんは、不動産会社任せにするのではなく、自分で入居希望者に会って話を聞くことにしています。入居基準は、「大森ロッヂが好きな人」。長屋の家賃は新築並みで設備も古いですが、納得してくれる人が集まっています。矢野さん主催のイベントは、餅つきや新酒を楽しむ会など年2回ほどですが、住民発案で路地の広場で飲み会が催されることも。イベントは、コロナ禍のため中断していましたが、この11月にやっと再開することができました。

「借りて住む価値はひとりではつくり出せないものなんですよ。お金さえあれば、家は買えますが、周辺は買うことができません。人とのつながりが価値になる。場が人を呼び、自然と街に開かれていけばいいと思っています」(矢野さん)

大家業を通じ、入居者の人生に関わってきた矢野さん。「この仕事は、人間を愛する気持ちが大事」と話す時の優しいまなざしが印象に残っています。これからも、大森ロッヂは、古き良きものを活かしながら、新しいものを生み出す場として育まれていくのでしょう。

●取材協力
・大森ロッヂ
・株式会社グラグリッド
・旅する茶屋
・アトリエウォボ
・fuchidori
・たぐい食堂
・yamamoto store

駅遠&崩壊寸前の空き家6棟を兄妹3人の力で「セレクト横丁」にリノベ! 地元のいいものそろえ、絆も再生 「Rocco」埼玉県宮代町

地方都市や都市郊外で、古い平屋の一戸建てが並んでいるのを見かけたことはありませんか。築年数が経過しているうえに空き家だったりすると、なんとなく不気味な存在、なんて感じたことがある人もいるかもしれません。ところが、その建物の特性を見事に活かしてリノベーションし、地元ならではの「セレクト横丁」にした家族がいます。埼玉県宮代町に「ROCCO」を誕生させた、長年続く建設会社とその家族、出店した地元のみなさんに取材しました。

きっかけは父の病。建築、設計、デザインに携わる3人の子どもたちが地元に集う

高度経済成長期、日本のあちらこちらで、大量に木造賃貸住宅が建設されました。築50年、60年となった建物たちは、今のライフスタイルに合わずに借り手がつかず、放置され空き家となっていることも少なくありません。このまま放置が続けば、倒壊や害虫・害獣の住処になる可能性が出てくるなど、地域にとってはリスクにもなってしまうことも。そんな、日本のあちらこちらにある建物を、地域ならではの“セレクト”横丁として再生させたのが、埼玉県宮代町の「ROCCO」です。

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

リノベーションを手掛けたのは、埼玉県宮代町にある建設会社、中村建設の中村家の3きょうだいです。長男が会社を継ぎ、次男は都内で設計事務所を共同設立、長女はグラフィックデザイナーとしてそれぞれ活躍しています。

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

「はじまりは、ほんとに雑談だった」と振り返るのは、次男で一級建築士でもある中村和基さん。「飲みながら、あそこにお店があったらいいのに、って話したのがはじまりだったんです」と話すのは、末っ子の妹の中村幸絵さん。長男は父から会社を継ぎ、宮代町で暮らしていましたが、当時、2人は都内で暮らしていました。(次男は現在宮代町在住)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

「父は地域に代々続く建設会社を営んでいました。今は長男が経営を継いでいます。2019年、その父が大病を患っていることがわかり、家族が交代で看病や介護をして支えようと、久しぶりに地元の宮代町に帰ってきたんですね。スーパーに買い物に来たら、平屋の空き家が並んでいるのが目について。『あの空き家、コピペ(コピー&ペースト)したみたいで(同じデザインの外観が並んでいる様子が)かわいいよね』『地元で気軽に寄れる場所やちょっとお酒を飲める場所がほしい、あそこは手を加えたらちょうどいいのでは?』と話していたんです」と幸絵さん。ちょうどコロナが流行りはじめ、リモートワークができるようになり、たびたびこの建物の話題があがっていたといいます。

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

「そんなある日、突然、長男が『あの建物の所有者と話してきた』と言うんです。実は、もともと建物の建築を請け負ったのが祖父の代だったということがわかり、売却してもいいよと言ってくださったんです。(書類を取り出して)これが建築当時の昭和45年の書類です。築52年、1戸当たり10坪の2K。戦後によくある建物だったんですね」と和基さん。

空き家問題でよく聞くのが、「大家さんは家賃収入があってもなくても生活には困らないので、知らない人には売ったり貸したりしたくない」という意向です。そのため、宙ぶらりんになってしまうことも多いのですが、このROCCOの場合、大家さんが地元企業の先代、先々代からの付き合いがあるということもあり、建物と土地を快く売却してもらえたそう。

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

春日部市、杉戸町、宮代町、地域に眠っている才能を掘り起こす

そうして土地と建物を売却してもらったものの、長年、空き家になっていたためか、建物はボロボロ。特にお風呂やトイレの状態は悪く、耐震性や断熱性など、現在の建築基準を満たすものではなかったといいます。

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

「かけられる費用のバランスをみながら、大規模リノベをしました。私が建築図面を引いて、妹がサイン等のデザインをして、現場の職人さんたちが作るというような流れで、距離感が近くて、判断が早いんですね。そのあたりのスピード感が内部でできる強みだと感じた」と和基さん。

とにかくこだわったのは、外観。清潔感があり、どんな業種の店舗が出店してもらっても馴染むだろうということから、白を基調にしました。
「完成してから気がついたんですが、白と青空ってすごく『映える』んですね。宮代町の大きな空とあっていて、みなさん写真を撮っていかれます」(幸絵さん)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

「建物のリノベーション、契約などと同時進行で、出店してもらうテナント探しをはじめました」と和基さん。注力したのは、テナントもできるだけ「地元の人」「地元のモノ」「長く続けてもらう」ということ。

「東京で仕事をしてきて、家族の病気やコロナもあって、宮代町で過ごすようになって、その良さがわかった点は大きいですね。仕事柄、東京の飲食店ともつながりがあり、お願いすれば出店してもらうことは可能なんでしょうが、知名度・ブランド力のある店舗に出店してもらうのではなくて、地元でがんばっている人で作る、地元に愛される場所にしたかったんです」といいます。

そのため、隣の杉戸町の「わたしたちの3万円ビジネス」を手掛けるchoinacaさんに出向き、起業を希望する人たちがいるのか、どうすれば盛り上がる場作りができるかを相談したそうです。

「地域で起業したいと考えている人、場所があれば自分のお店にしたいと思っている人は、意外と多いんですね。このROCCOが、そんな人達の受け皿になったらいいなと思っています。地元の人がお店やっているとなれば応援したくなるし、地元だからこそ、何度も行きたくなる、そんな場所を目指したんです」(幸絵さん)

宮代町近郊で頑張っている人を探していたころ、隣の春日部市出身で、日本のバリスタコンテストで2冠を果たし、世界大会で準優勝という畠山大輝さん、地元で名物になっているおかきをつくる牧野邦彦さんなどと出会いました。人と人って、こうやってつながっていくんですね。

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

施工は長年付き合いのある職人。つながりと活気が戻ってくる

ROCCOは全6棟ありますが、コーヒーを扱う「Bespoke Coffee Roasters」、ギリシャヨーグルトとお茶を扱う「M YOGURT」、「宮代もち処 J ファーム」、サカヤ×ビストロ「FusaFusa」、「シェアキッチン棟」など、魅力的な店舗が並んでいます。どれもこれも、きょうだいで力をあわせて見つけてきた、よりすぐりの、熱意があるこだわりのお店ばかりです。

ちなみに、ギリシャヨーグルト専門店「M YOGURT」を運営するのは、春日部市でお茶の販売などを行う、おづづみ園の尾堤智さん。
「母が宮代町の出身ということもあり、今回、ギリシャヨーグルトの店を出すことになりました。私自身が北海道で製法を学んだ、生乳と乳酸菌しか使っていないギリシャヨーグルトを販売しています。正直、高価なので、どこまで売れるか不安だったんですが、杞憂でしたね。宮代町の方に愛されて、製造が追いつかないくらいの人気です」と話します。

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

今回、建物の施工には、先代、先々代から付き合いのある職人さんたちが参加してくれました。外観はROCCOチームが決定し、内装に関しては店舗側の要望にあわせて1棟ずつフルオーダーメイドで作成。職人さんから見ても、幼いときから付き合いのある中村きょうだいが力をあわせた「地域の建物再生プロジェクト」に気合いも入っていたといいます。

「工事期間中、周辺の住民から『ここ何ができるの?』って聞かれたら、職人さんが手をとめて、ここにコーヒー、ここにおかきって、案内までしてくれていたんですよ。みんなの思い、つながりが再生されていく感じでしたね」(和基さん)

残念ながら、きっかけとなったお父さまはROCCOの竣工を見ることなく逝去されたそうですが、きょうだいで力をあわせたプロジェクトに目を細めているに違いありません。
「完成していたら、毎日、それぞれのお店の品を買って周囲に配って、毎日、ビストロで飲んでいたと思います。豪快な人だったから」と幸絵さん。

ともすれば、「負の遺産」になりそうだった建物を、きょうだいの力で再生し、地域のシンボル、新しい場所としていく。工事を手掛けた人も、店舗を運営する人も、訪れたお客さんも地元のよさを再発見する。再生したのは単なる建物だけではなく、地域の人たちのつながりなのかもしれません。

●取材協力
ROCCO

つらい冬の寒さ。住宅の断熱性能を高めることで、健康面など冷暖房効率向上以外のメリットも

LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に「住まいの断熱」に関する意識調査を実施したところ、 省エネ効果などへの理解は深いものの、健康への影響については理解が低かったという。住まいの断熱の影響について、詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住まいの断熱と健康に関する調査」を実施/LIXIL

最も寒さを感じるのは「トイレ」と「浴室」。寒さ対策は「スリッパ」や「暖房の2台使い」

これからは、冬の寒さが気になるところだ。では、冬(主に11月~2月)に自宅で寒さを感じるのはどの場所だろうか。調査結果を見ると、寒さを感じる場所として最も多く挙がったのが「トイレ」(52.2%)で、次いで「浴室」(51.8%)、「洗面所(脱衣所含む)」(48.7%)となった。逆に、「リビング」(33.6%)や「寝室」(37.7%)など、普段生活をしている場所では寒さを感じている人が比較的少ないということが分かった。

冬(主に11月~2月)の住まいで寒さを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬(主に11月~2月)の住まいで寒さを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬(主に11月~2月)の「自宅で寒い時にとっている行動や対策」については、「フローリングの上ではスリッパを履くようにしている」(35.2%)、「エアコンとストーブ、こたつとストーブなど複数の暖房を同時に使用する」(33%)、「ひざ掛けを頻繁に使っている」(20.9%)が上位に挙がった。寒がりの筆者も、スリッパとひざ掛けは冬のマストアイテムにしている。

冬に住まいで寒い時にとっている行動や対策(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬に住まいで寒い時にとっている行動や対策(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

「住まいの断熱」の省エネ効果は理解が進んでいるが、健康への影響については…

脱炭素社会、省エネなどで注目される「住宅の断熱」。この調査で、「住宅の断熱とは、熱の流入・流出を防ぎ、建物の内外の温度差に対して室内が極端な影響を受けないようにすることを意味する」と定義して、認知度を調べたところ、「言葉を聞いたことがあり、どのようなものか知っている」が59.7%になった。

6割が認知していることになるが、「住宅の断熱性能を高めることにより、どのような影響があると思うか」と聞いたところ、半数以上があると回答したのが、「冬は家の中が暖かくなる」(76.6%)、「光熱費を削減できる」(74%)、「エアコンの効きが良くなる」(71.9%)、「夏は家の中が涼しくなる」(62.3%)だった。屋外の暑さ寒さを取り入れにくくするので、室温を保ちやすく冷暖房効率も良くなると理解していることになる。

さらに「CO2排出量の削減に貢献できる」(30.7%)と、省エネへの貢献についても一定の理解がある。その一方で、「心疾患(ヒートショックなどの健康リスク)を低減する」(30.6%)や「アレルギー症状を緩和する」(8.1%)」といった“健康への影響”については、低い回答となった。

住宅の断熱性能を高めることの効果(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

住宅の断熱性能を高めることの効果(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

LIXILによると、「冬季の在宅中平均居間室温の調査では、北海道が19.8℃であるのに対し、最も寒かったのが香川県の13℃、大阪府でも16.7℃と、温暖地、特に西日本エリアほど冬の室温が低い都道府県が多いという結果が出ている」※という。寒冷地は住宅の断熱化が進んでいるせいか、むしろ温暖地のほうが住宅内の室温は低いというのだ。さらに、室温の温度差が心筋梗塞や脳卒中、肺炎での冬の死亡者数と相関しているとされているという。
※「スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 調査解析小委員会(委員長:伊香賀)第5回報告会(2021.1.26)」より

住宅内の寒暖差は、ヒートショックのリスクに

住宅内で、暖かい部屋から寒い部屋に移動するなどで急激な温度の変化があると、血圧が大きく変動することをきっかけにして起こる健康被害のことを「ヒートショック」という。トイレは住宅内で北側に配置されることが多いし、入浴の際には身体を露出するなどで体表面の温度が下がる。その後で身体が暖められると血圧が急激に上下するため、ヒートショックを起こすと考えられている。

消費者庁でも、冬季に多発する高齢者の入浴中の事故(ヒートショック)への注意を呼び掛けている。東京都健康長寿医療センターでは、「脱衣所や浴室、トイレへの暖房器具の設置や断熱改修」により、ヒートショックを防ぐことを勧めているほか、入浴時には「シャワーによるお湯はり」や「湯温設定41℃以下」、「食事直後・飲酒時の入浴を控える」ことなども対策として挙げている。温暖な地域であっても、注意を怠らないほうがよいだろう。

断熱性能の高い住宅では、結露やカビの発生を抑える

では、調査項目にあった「アレルギー症状の緩和」についてはどうだろう?
高断熱高気密住宅についての情報発信を行っている「断熱住宅.com」の近畿大学・岩前篤教授のコラムによると、新築の高断熱高気密住宅に引越した人を対象に健康調査を行ったところ、断熱性能が高くなるほど、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくなどの諸症状が改善されたという結果が出たという。

なぜかというと、高断熱高気密住宅では、人体に害のあるカビの発生を抑える効果があるからだ。カビの多くは結露しやすい湿気の多い場所を好むので、「室内の温度差をなくし、かつ適切な換気システムを使った住宅は結露しにくく、そうした有害なカビを発生させない」のだという。

結露などの湿気がカビを呼び、暖房された部屋ではカビをエサとするダニも呼んで、ハウスダストでアレルギー鼻炎を引き起こす筆者のような人が健康被害を受けるわけだ。

「住まいの断熱」は、省エネ性に注目されがちだが、健康被害の抑制という効果もある。LIXILによると「約5000万戸ある日本の既存住宅の断熱性能をみると、現行基準(高断熱)の住まいは10%にとどまり、残り90%が低い断熱性能、または無断熱であるというのが現状」だという。

政府はカーボンニュートラルに向けて、住宅の省エネ性向上に力を入れている。断熱改修についても、補助金などを用意しているので、自宅の断熱改修について検討してはいかがだろう。

●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」
「断熱住宅.com」近畿大学・岩前篤教授のコラム「第1回冬の寒さと健康」
東京都健康長寿医療センター「入浴時の温度管理に注意してヒートショックを防止しましょう」

名建築ホテルを実測スケッチで味わう。「アマン東京」「LANDABOUT TOKYO」「hotel hisoca」など 一級建築士 遠藤慧さん

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集めている一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくものです。「アマン東京」「hotel hisoca」「LANDABOUT TOKYO」など写真ではなくイラストでホテルを図解することで見えてきた名建築の魅力をインタビューしました。

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

ホテルは寝食住のデザインをまるっと体験できる場所

――実測スケッチからは、遠藤さんがホテルを訪れたときの感動が伝わってくるようです。国内外のメディアにも紹介され、人気を博していますが、ホテルをスケッチしようと思ったきっかけを教えてください。

遠藤慧さん(以下、遠藤):ホテルの実測スケッチは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてはじめました。建築をなりわいにしている人は、デザインの勉強のために実際の建物を訪れることがよくあります。建築家が建てた空間を体験したいと思ったときに、例えば個人宅は公開されていないので、見学するのはハードルが高いですよね。美術館や図書館などの公共施設やレストランは誰でも行けますが、他の人もいるし、基本は夜閉館時間になったら出なくてはいけません。

丸一日その場所に滞在し、ご飯を食べて、お風呂に入って、就寝まで過ごして、デザインを丸ごと体感できるのがホテル(宿泊施設)の良いところだと思っています。部屋で実測していても誰からも変な目で見られないのも良いところです(笑)。

――遠藤さんは、その後も、数多くのホテルを訪れ、30枚以上に及ぶ実測スケッチを描いてSNSで公開されています。ホテルのどこに惹かれたのでしょうか?

遠藤:ホテルってすごいんですよ。建物のデザインはもとより、インテリア、家具、アメニティー、食器、パンフレットや部屋番号のサインに至るまで総合的にブランディングされ、デザインされているところが多いです。特に最近のホテルは体験をデザインすることに重きを置いていて、一つ一つのアイテムにこだわりがあり、食事などもホテルの過ごし方に合ったメニューが用意されています。大袈裟に言えば、ホテルは、「寝食住」のデザインを一番コンパクトに、まるっと体験できる場所だと思っています。

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

――実測スケッチはどのような過程で描かれていくのでしょうか? 

遠藤:チェックインをすませたら、部屋を歩き回って観察して、気になったところをどんどんスケッチしていきます。メジャー、レーザー距離計で実測して寸法値を書き込んだあと、それをもとに鉛筆で下書き・ペン入れをします。水彩絵の具での着彩は帰宅後に行い、細かい寸法などを描き込んで仕上げます。1枚描くのに8~10時間ほどかかっていると思います。

宿泊中は色見本帳(※1)で内装の色を測ったり、水栓金物や家具などのメーカーもチェック。せっかく良いホテルに来て観察ばかりしていてはもったいないので、カフェに行っておやつを食べたり、プールやスパ、レストランなどに行ってホテルステイを堪能します。

※1/ここでは日本塗料工業会が発行している「日塗工色見本帳」のこと。建築物・景観設備・インテリアカラーや日本工業規格(JIS)で定められた色などの実用色を多く収録しているので、建築の色を測る際に便利。

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

間取りだけでなく体感した居心地のよさを描き込みたい

――実測スケッチは、1枚に平面図とパースで構成されていますね。

遠藤:子どものころ、小学館の図鑑を眺めるのが大好きでした。スケールの違うものや、時間軸、表や文字など、ある項目にまつわるあらゆる切り口の情報が、等価にレイアウトされて1ページに収まっているのが好きだったんです。そんな「図鑑」を自分でも作ってみたい、という気持ちがあります。

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

――配置を描いた平面図だけでなく、家具や窓からの眺めなどのパースがあることで、写真だけではわからない部屋の雰囲気までも伝わってきます。

遠藤: どのホテルのスケッチにも平面図は絶対に入れるようにしています。縮尺を設定して描いているので他のホテルとの比較がしやすいし、お部屋全体を一番網羅的に表現できます。空間のイメージはパース(建物の外観や内部を立体的に描いた透視図)や立体的な絵のほうがわかりやすいので、平面図で表せなかった部分を意識して付け加えています。客室で体験したことをギュッとまとめて見せられるような構図を目指しています。

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

描くことで設計者がデザインに込めた物語が見えてくる

――建築士・カラーコーディネーターとしてどのような視点でホテルを見ていますか?

遠藤:仕事で自分でも建築設計やカラーコーディネートを行っているので、それに活かしたいと思いながら見ています。ホテルによって客層や目指している方向性が全然違いますし、どのようにしてデザインに落とし込んだのかとか、いろんな制約をどうやって乗り越えているのか……と思いながら見ていますね。歴史があるホテルも、新しいホテルも、ブランドに対して並々ならぬこだわりと企業努力があって、たくさんの物語があるんですよ。興味をもって調べたり聞いたりするといくらでもそういうのが出てくるので面白いです。

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

図解スケッチやホテルのおすすめの楽しみ方

――実測スケッチで伝えたいことは?

遠藤:設計者はみんな心を尽くして設計をしていますから、その片鱗がスケッチから少しでも伝わったらいいなと思います。私は、体感した空間を図にすることで理解しているんだと思います。描くことの良い点は、ものをよく見ることができること。描いてみると、いかに普段自分がぼんやりとしかものを見ていないのかわかるんですよね。構造がどうなっているのかわからないと描くことはできないんですよ。なんとなくだと描けない。上手い下手とはまた別の話です。

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

――実測スケッチを見ていると、描かれているホテルに行ってみたくなります。ホテルの楽しみ方を教えてください。

遠藤:SNSでも、「写真を見るより雰囲気がわかる!」「行ってみたくなった!」という声をいただくことが多くてうれしいです。行く前にホテルの由来などを調べたり、受付にパンフレットなどがあればぜひ読んでみるのもおすすめです。ホテルのコンセプトや設計者が建物に込めた思いをより感じられると思います。最近は“ホカンス(ホテルでバカンス)”という言葉も流行り、ホテルで過ごすこと自体をおしゃれに楽しむという風潮もありますが、建物の美しさにも目を向けてみるとよりすてきな発見があると思います。ぜひ訪れて、一つ一つのホテルの物語を感じてもらいたいです。

●取材協力
・遠藤慧(Twitter)
・hotel hisoca
・LANDABOUT TOKYO
・アマン東京
・株式会社HAGI STUDIO

愛猫家必見、ペット共生住宅の専門家の自宅におじゃまします! 猫・犬・人が快適に過ごせる間取りや家づくりの工夫は?

ペット共生住宅の専門家で設計事務所fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さん。約20年、愛犬や愛猫と幸せに暮らす家づくりを研究し続ける中で、2020年に家族3人と犬1匹、猫2匹が暮らすマイホームを建築し、自宅を通して試行錯誤しながら今も研究を続けています。そんな廣瀬さんの自宅は「猫も犬も人も快適に美しく暮らす家づくり」のポイントがたくさん。中でも、完全室内飼いで家にしかいない猫は、より工夫が必要です。猫が遊ぶ場所、くつろげる場所、トイレの場所はどうするかなど、猫と暮らす家を検討している人が気になることを専門家かつ実践者の目線で教えてもらいました。

愛猫のシロイちゃん。愛猫は2匹とも保護猫だそう(写真撮影/水野浩志)

愛猫のシロイちゃん。愛猫は2匹とも保護猫だそう(写真撮影/水野浩志)

愛猫のチャイちゃん(写真撮影/水野浩志)

愛猫のチャイちゃん(写真撮影/水野浩志)

フィールドワークを出発点にペット共生住宅を手掛け、犬猫専門建築家へ

ペットとの共生住宅を専門に設計する建築士は国内外を通じてほとんどいません。その第一人者として海外でも知られる廣瀬慶二さんは、ペット共生住宅を100軒以上手掛けています。そのスタートとなったのは2000年ごろ、当時勤めていた設計事務所を辞めてから、犬と暮らす人の家を訪問して聞き取るフィールドワーク(住まい方調査)を始めたことでした。

fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さんとシロイちゃん(写真撮影:水野浩志)

fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さんとシロイちゃん(写真撮影:水野浩志)

「フィールドワークをする中で、ペットと暮らすことで家の中がぐちゃぐちゃになりストレスを感じている人が意外と多くいました。以前所属していた設計事務所で設計した家を引き渡しからしばらくして見に行くと、部屋の隅に大きな檻が置かれて、せっかくの豪邸が台無しになっているケースもありました」
ペットの生態や習性、飼い主の行動に基づく、ペットと人が共生する新しいコンセプトの家が必要ではないか。そう思った廣瀬さんは、まず犬のための家づくりを始めました。

「その分野を誰もやっていなかったこともペットとの共生住宅をつくるようになった理由の一つです。2004年、庭で飼うのが主流だった犬を室内で飼う習慣が出てきたころと同時に、屋外にいることが普通だった猫を外に出さない完全室内飼育が主流になり、それに合わせて家の形も変わらなければならないと、一気に猫の家の仕事が増えてきました」

そして、廣瀬さんは「猫専門建築家」としても認知されるようになりました。

爪研ぎができる猫柱を登ってキャットウォークに向かうチャイちゃん。猫がワクワクするのを見ると飼い主も楽しい(写真撮影/水野浩志)

爪研ぎができる猫柱を登ってキャットウォークに向かうチャイちゃん。猫がワクワクするのを見ると飼い主も楽しい(写真撮影/水野浩志)

そもそも、今はよく耳にするようになった「ペット共生住宅」とは何でしょうか。「今の段階で定義をすると、動物福祉の世界には5FREEDOM(5つの自由(解放))という国際的に認められた基準があります。この「5つの自由」が担保された、動物も人間もストレスを感じない住まいをペット共生住宅といいます」と廣瀬さん。

5FREEDOM(5つの自由(解放))とは、1960年代の英国で家畜の劣悪な飼育環境を改善、福祉を確保するために基本として定められたもので、英国の動物福祉法にも盛り込まれています(以下参照)。この問いかけの文言を一つひとつチェックしていくと、ペットとの共生住宅に必要なものが見えてきます。

「5つの自由」に基づく動物福祉の評価表
Animal Welfare Assessment by(注※)RSPCA,WOAH

■1.飢えと渇きからの自由(解放)
(1) 動物が、きれいな水をいつでも飲めるようになっていますか?
(2) 動物が、健康を維持するために栄養的に充分な食餌を与えられていますか?

■2.肉体的苦痛と不快からの自由(解放)
(3) 動物は、適切な環境下で飼育されていますか?
(4) その環境は、常に清潔な状態が維持されていますか?
(5) その環境には、風雪雨や炎天を避けられる屋根や囲いの場所はありますか?
(6) その環境に怪我をするような鋭利な突起物や危険物はないですか?
(7) その動物に休息場所がありますか?

■3.外傷や疾病からの自由(解放)
(8) 動物は、痛み、外傷、あるいは疾病の兆候を示していませんか?
 もしそうであれば、その状態が、診療され、適切な治療が行われていますか?

■4.恐怖や不安からの自由(解放)
(9) 動物は恐怖や精神的苦痛(不安)の兆候を示していませんか?
 もし、そのような徴候を示しているなら、その原因を確認できますか?
 その徴候をなくすか軽減するために的確な対応がとれますか?

■5.正常な行動を表現する自由 
(10) 動物は、正常な行動を表現するための充分な広さが与えられていますか?
 作業中や輸送中の場合、動物が危険を避けるための機会や休息が与えられていますか?
(11) 動物は、その習性に応じて、群れあるいは単独で飼育されていますか?
(注※)
RSPCA:The Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals(英国王立動物虐待防止協会)
WOAH:World Organisation for Animal Health(世界動物保健機関)

ポイント1 猫専用のものと猫立入禁止の空間を設け、猫の動線を考えて設計する

廣瀬さんがマイホームを建てたのは2021年3月。「実験の場を兼ねて家を建てて1年以上、いろいろなものをつくって、実際に猫たちが使って強度や使い勝手などを見て。お客さまに提供する前の実験をしていたんです」

廣瀬さんの自邸外観。正面の高い所にある正方形の窓は猫が外を見る場所(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自邸外観。正面の高い所にある正方形の窓は猫が外を見る場所(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自宅は見晴らしの良い高台の傾斜地に立つ2階建てで、さらに地下階とロフトがあります。上の写真すべて2階部分、駐車場部分は人工地盤で、本来の1階部分はこの下で、リビング・ダイニング・キッチンと和室、水まわり、さらに、地下階は子ども部屋、書斎、主寝室、ご家族の趣味の音楽室、そしてアクアリウムがあるプライベート空間となっています。1階と地下階が家族の生活の場で、愛犬の主な居場所は1階です。そして、2階は応接室と廣瀬さんの仕事場でもあるアトリエで、勾配屋根の下を利用した屋根裏やロフトは猫が主に利用しています。上の階に行くほど猫の滞在時間は長くなります。

2階の応接室とアトリエ(写真撮影/水野浩志)

2階の応接室とアトリエ(写真撮影/水野浩志)

間取図(以下参照)を見てわかるように、廣瀬さんの家には、猫専用のものと猫の立入禁止スペースを設けています。猫が好きなことも、家族(人間)の趣味や生活も大事にして、お互いに嫌な思いをしないで安全・安心に過ごせるよう線引きをしています。

・猫専用の空間と場所……猫ダイニング、猫用階段、猫大階段、猫柱、キャットウォークなど
・猫立入禁止スペース……書斎、音楽室、子ども部屋、キッチンなど水まわり

廣瀬さんの自邸の間取図。グレー部分は猫の立入禁止ゾーン、黄色部分は猫専用スペース(画像提供/fauna+design)

廣瀬さんの自邸の間取図。グレー部分は猫の立入禁止ゾーン、黄色部分は猫専用スペース(画像提供/fauna+design)

猫専用の空間には猫用の出入口を設けています。一方、猫立入禁止スペースにはドアの両側から鍵が閉められる両面サムターン鍵をつけているので、猫がレバーハンドルに飛びついて戸を開けてしまうことはありません。

右側は猫用のトイレ(下段)と水を飲んだり食事をしたりする場所(2段目)。掃除などで人間が出入りする扉とは別に、左の小さな扉は常時出入り可能な猫専用ドア(写真撮影/水野浩志)

右側は猫用のトイレ(下段)と水を飲んだり食事をしたりする場所(2段目)。掃除などで人間が出入りする扉とは別に、左の小さな扉は常時出入り可能な猫専用ドア(写真撮影/水野浩志)

玄関はメインエントランスのほかに、2階の応接室・アトリエに直接入れる来客用の玄関も設け、職と住を分けています。

そして、猫の動線も行動に合わせてしっかり道がつくられています。下の写真は、1階のリビング・ダイニングに隣接している「猫ダイニング」のくぐり穴(スリット)から専用通路(キャットウォーク)を歩いてキャットツリーを登って2階に行く動線です。ともすれば取ってつけたように感じるキャットウォークが、デザインとしても美しく成立しています。

猫ダイニングから和室、キャットウォーク、猫専用階段へ。出口や道がちゃんと用意されているから、家族の趣味の音楽のアイテムを邪魔しないで自由に動き回れる(写真撮影/水野浩志)

猫ダイニングから和室、キャットウォーク、猫専用階段へ。出口や道がちゃんと用意されているから、家族の趣味の音楽のアイテムを邪魔しないで自由に動き回れる(写真撮影/水野浩志)

ポイント2 猫のお気に入りになるキャットウォーク「大通り、横道、交差点」をつくる

愛猫家が「猫のための家をつくろう」と考えるとき、最初に浮かぶのはキャットウォークではないでしょうか。廣瀬さんの自宅、特にロフトにはキャットウォークがたくさんあります。

「キャットウォークは何も考えずにつくると、使ってくれないことが多々あります。1カ所に固めない方がいいです。まずは猫が好きな場所(A地点)から好きな場所(B地点)に行ける大きい道をつくる、それがメインキャットウォークです。そこから分岐するように、眺めを楽しむ窓の前やご飯を食べる所に行ける道、横断キャットウォークをつくります。交差する交差キャットウォークは、猫はどっちに行こうかと考えて自由に道を選べるので楽しいし、活発になりますね」

廣瀬さんの自宅のメインキャットウォークは部屋の端から端まで渡した、長さ7.5mの一本道。幅もあるので2匹の猫が擦れ違うときも悠々と歩けます。「住まいの中に猫的街並みを展開する」といった視点から解説すると、メインキャットウォークは都市でいえばメインストリート(大通り)という位置づけです。

メインキャットウォークの先には眺めを楽しむ窓。周囲にはすのこを張り巡らせ自在に動ける(写真撮影/水野浩志)

メインキャットウォークの先には眺めを楽しむ窓。周囲にはすのこを張り巡らせ自在に動ける(写真撮影/水野浩志)

メインキャットウォークから横断キャットウォークは、インテリア性も考えて廣瀬さんが好きなアーティスティックな組子細工の板を採用しています。

組子細工の横断キャットウォークは足元の下が見えるか見えないかで猫の冒険心をかき立てる? 厚さは約5cmで強度も問題ない(写真撮影/水野浩志)

組子細工の横断キャットウォークは足元の下が見えるか見えないかで猫の冒険心をかき立てる? 厚さは約5cmで強度も問題ない(写真撮影/水野浩志)

交差キャットウォークは、「猫的街並み」の視点では、信号がない交差点のような場所です。

キャットウォークが交差していると猫は自由で楽しい(写真撮影/水野浩志)

キャットウォークが交差していると猫は自由で楽しい(写真撮影/水野浩志)

猫の寝る場所もキャットウォークで上がれる天井裏を利用した落ち着く場所に設置。チャイちゃんがまったり(写真撮影/水野浩志)

猫の寝る場所もキャットウォークで上がれる天井裏を利用した落ち着く場所に設置。チャイちゃんがまったり(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの家は勾配天井で、屋根材と下地の間に断熱材を入れて通気層となる隙間を設けた「屋根断熱通気層工法」を採用しているため、屋根裏に空間ができ、キャットウォークをたくさん設けることができました。小屋裏収納などに使うことが多い屋根裏を、猫たちが自由に楽しめるパラダイスとして有効活用したのです。平屋でも参考になる事例ではないでしょうか。

ポイント3 トイレと水飲み場がある猫専用の空間「猫ダイニング」をつくる

廣瀬さんの自宅には、1階と2階の2カ所に猫用の小部屋「猫ダイニング」があります。ダイニングといえば食事場所です。

「猫を初めて飼うとき、ほとんどの人が3段ケージを使います。一番下にトイレ、2段目にご飯と水を置いて、一番上にハンモックをつる、3段構成のケージです。飼い主がお世話するのに集中できますが、3段ケージを部屋として初めからつくればいいと考えたのが猫ダイニングです。

猫ダイニングには、猫の頭数分のトイレと猫の水飲み場(食事場所兼用)を置いています。水を少量だけ流しっ放しにできる水栓と手洗いボウルを設けた猫の水飲み場があると、猫はよく水を飲むようになります。水をよく飲む猫は下部尿路疾患のリスクが減り、毛艶もよくなります。猫は15年以上家の中で暮らしますから、長生きしてもらうためにも、間取りの中にあらかじめトイレの場所、猫ダイニングをつくってあげるといいですね」

カウンターにはくぐり穴を造作しトイレから2段目やキャットウォークへのスムーズな動線を設けた。トイレの置き場は防水性があるものを。つり戸棚には猫のものを収納((写真撮影/水野浩志)

カウンターにはくぐり穴を造作しトイレから2段目やキャットウォークへのスムーズな動線を設けた。トイレの置き場は防水性があるものを。つり戸棚には猫のものを収納((写真撮影/水野浩志)

食事場所とトイレが近くても立体的に配置すれば問題ありませんが、猫ダイニングではトイレの清潔感、掃除のしやすさがポイントになります。「猫トイレの置き場所はキッチンのカウンターに用いられる人造大理石で7cmの立ち上がりをつくり、内部の入隅にRをつけて、掃除がしやすいよう工夫しています。そして一番大事なのはトイレの近くに24時間稼働する換気扇をつけることです」。猫も個室があるとうれしいでしょうし、トイレも集中してできそう、飼い主は世話がしやすく省スペースで大助かりです。

廣瀬さんの自宅は猫2匹とジャックラッセルテリアのアリスちゃんが同居しています。犬が猫のトイレの砂を食べてしまうこともあるため、猫のトイレに犬を近づけないことが最重要課題で、だからこそ個室にすることが必要でした。

また、犬は猫が大好きで近づきたいそうですが、猫はマイペースで過ごしたいので犬と一緒にいたがらないそうです。犬と猫が仲良しの例もあるかもしれませんが、住まいにおいては、犬と猫がお互いに邪魔をしないように動線を分けてあげることが大切です。

ポイント4 猫が大好きな縦の運動ができる「猫大階段」などをつくる

キャットウォークは水平方向に動ける道ですが、猫にとっては縦の動き、縦と横をつないで立体的に動くことが大切です。廣瀬さんの自宅では、猫ステップ(上下の行き来ができる棚板)ではなく猫大階段、猫ロフト、猫専用階段を採用しています。

「猫はとにかく高い所が好きです。家の中ばかりにいると刺激も必要ですし、肥満防止にもなるので、縦の運動ができるように工夫しています。猫ステップは過去にたくさんつくって、幅や段差などをいろいろ調査しましたが、見た目(インテリア性)のことも考えて最近、猫ステップは設計に組み込んでいません。猫ダイニングの高さまで登るなら、椅子を一つ置くだけで十分です。
地形レベルで考えると、壁から飛び出した板を上がるより、小さい山があったり谷があったりした方が猫は楽しいので、最近は猫大階段と呼んでいる大きい階段をつくっています。猫は階段が大好きなので、機会があったら人間用の階段が複数ある家をつくりたいですね」

本棚兼用の猫大階段と、その背後にある猫ロフト(写真撮影/水野浩志)

本棚兼用の猫大階段と、その背後にある猫ロフト(写真撮影/水野浩志)

猫ロフトは、猫がのんびりくつろぐ空間。「猫専用の家具は必要ありません。人と猫が共用できる、猫のお気に入りの椅子があればいいですね」。猫は人が使う椅子が大好きですし、猫と住んでもインテリアの質を落としたくないという廣瀬さんのこだわりもあります。

人間用の読書空間にもなる猫ロフトにはカッシーナのすてきなチェアや小田隆の絵画が飾られている(写真撮影/水野浩志)

人間用の読書空間にもなる猫ロフトにはカッシーナのすてきなチェアや小田隆の絵画が飾られている(写真撮影/水野浩志)

デスク横の造り付けの家具は空間を仕切る収納棚であり、キャットウォークに上れる猫階段でもある(写真撮影/水野浩志)

デスク横の造り付けの家具は空間を仕切る収納棚であり、キャットウォークに上れる猫階段でもある(写真撮影/水野浩志)

左がキャットツリーで、1階から2階、猫ロフトまで一気に駆け上ることができる。右は猫用階段(写真撮影/水野浩志)

左がキャットツリーで、1階から2階、猫ロフトまで一気に駆け上ることができる。右は猫用階段(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自宅は、人間の居心地の良さと猫の居心地の良さ、人と猫の使いやすさが両立しています。美しく整然としていることも居心地の良さを高めます。例えば、家族がくつろぐリビング・ダイニングの壁、天井の下のキャットウォークはくぐり戸や猫柱とつながり部屋から部屋へ、上階から下階へと移動する機能をもちながら、インテリアとしてもアクセントになっています。

猫のほかに犬(テリア?の〇〇〇ちゃん)もいますが、

家族がくつろぐリビング・ダイニングにキャットウォークや猫専用階段、猫柱がなじんでいる。犬は主にリビングでくつろぐ(写真撮影/水野浩志)

家族がくつろぐリビング・ダイニングにキャットウォークや猫専用階段、猫柱がなじんでいる。犬は主にリビングでくつろぐ(写真撮影/水野浩志)

仕事の打ち合わせをする2階の応接室。猫が自在に動ける動線、猫が好きな景色を見る窓も、癒やしの植物もある(写真撮影/水野浩志)

仕事の打ち合わせをする2階の応接室。猫が自在に動ける動線、猫が好きな景色を見る窓も、癒やしの植物もある(写真撮影/水野浩志)

まだある!猫も家族もうれしい猫の家を2事例紹介

廣瀬さんの自宅のほか、廣瀬さんが設計した猫と暮らす家を2事例紹介します。

まずは、愛知県のW邸(猫5匹と同居)で、猫が岩盤浴を楽しむという個性的なコンセプトの家です。白とナチュラルを基調としたフレンチモダンのインテリアで統一されていて、猫も優雅に見えます。2階の猫大階段を上がると床暖房が採用された猫ロフトがあり、そこで猫がまるで岩盤浴のようにのんびりと楽しめる、ほんわかした雰囲気です。また、壁面の中に猫階段を設けた「猫壁」をつくるなど工夫を凝らしています。

W邸の猫大階段。左には猫トイレと食事スペース(画像提供/fauna+design)

W邸の猫大階段。左には猫トイレと食事スペース(画像提供/fauna+design)

W邸。猫が岩盤浴にアクセスするには猫大階段、キャットツリー、キャットタワー、爪研ぎ猫柱などいくつものルートがある。白い格子窓の窓台は猫の居場所(画像提供/fauna+design)

W邸。猫が岩盤浴にアクセスするには猫大階段、キャットツリー、キャットタワー、爪研ぎ猫柱などいくつものルートがある。白い格子窓の窓台は猫の居場所(画像提供/fauna+design)

W邸。猫は暖かい所が大好き。猫ロフト(岩盤浴)でくつろぐ猫(画像提供/fauna+design)

W邸。猫は暖かい所が大好き。猫ロフト(岩盤浴)でくつろぐ猫(画像提供/fauna+design)

W邸。壁に飾り棚や収納を設け、階段も猫の居場所に(画像提供/fauna+design)

W邸。壁に飾り棚や収納を設け、階段も猫の居場所に(画像提供/fauna+design)

次に紹介するのは、岡山県のO邸(猫3匹)で、キャット用のパティオ(中庭)、「キャティオ」のある家です。リビング・ダイニングの天井にはキャットウォークや猫ステップ、キャットツリーを設け、上部のすのこ上の猫寝天井(猫が寝るための天井空間)や猫ロフトへの移動をスムーズにしました。まるでバリのリゾートホテルのような趣のインテリアに猫の居場所や遊び場が違和感なくなじんでいます。

O邸。外からの視線も危険もない広いキャティオで、お腹を出して日なたぼっこを楽しむ猫(画像提供/fauna+design)

O邸。外からの視線も危険もない広いキャティオで、お腹を出して日なたぼっこを楽しむ猫(画像提供/fauna+design)

O邸。猫の寝床は人間のベッド。構造上必要な柱を爪研ぎの猫柱とし、連続的に並べているのは、猫のためと、デザイン面への配慮(画像提供/fauna+design)

O邸。猫の寝床は人間のベッド。構造上必要な柱を爪研ぎの猫柱とし、連続的に並べているのは、猫のためと、デザイン面への配慮(画像提供/fauna+design)

O邸。リビング・ダイニングのキャットウォークから猫ステップへリズミカルに移動する猫(画像提供/fauna+design)

O邸。リビング・ダイニングのキャットウォークから猫ステップへリズミカルに移動する猫(画像提供/fauna+design)

O邸。コーナーで折れ曲がるキャットウォーク(画像提供/fauna+design)

O邸。コーナーで折れ曲がるキャットウォーク(画像提供/fauna+design)

以上の二つの事例は、家族の好みや趣味、インテリア性を大事にしながら、猫のストレスがたまらないように、気持ちよく過ごせることを優先的に考えています。そして、猫が幸せだと飼い主も幸せ、お互いが幸せになる家です。

廣瀬さんの自宅を参考に「猫と暮らす家について大切なこと」をまとめてみました。

・お気に入りの場所に行けるキャットウォークを設ける
・縦、垂直に移動できる猫階段、猫柱などを設け、縦と横がつながるようにする
・屋根断熱工法を採用すると屋根裏を猫の遊び場として利用できる
・高い所、外を眺めるのが好きな猫のために窓と窓の前の居場所を設ける
・猫の水飲み場、食事場所、トイレを1カ所にまとめた猫ダイニングを設ける。少量でいいので常に新鮮な水を流しっ放しにし、換気扇をつけて清潔に保つ

廣瀬さんがつくるペット共生住宅は、猫の習性や行動に基づいて猫にとって必要なものをつくり、猫目線で猫が喜ぶこと、幸せに感じることを考えた住宅です。人間がペットのために我慢することがないように、反対にペットが人間のために我慢することがないように、お互いに健やかに暮らせるように工夫して、ペットと暮らす家づくりを考えてみませんか。

●取材協力
廣瀬慶二さん
設計事務所fauna+design代表、犬猫専門建築家、一級建築士、一級愛玩動物飼育管理士。神戸大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。著書『ペットと暮らす住まいのデザイン』ほか

台湾女子の一人暮らしin西荻窪。インテリアやライフスタイルにも個性あり!

エッセイスト柳沢小実が、気になる人のお部屋と暮らしをのぞきにいくシリーズ。第2回目は、台湾・高雄出身で東京在住の郭晴芳(ハル)さんのご自宅へお邪魔しました。

ハルさんは台湾の大学を卒業した後、約15年前に日本の大学院に留学してそのまま就職。現在は、カルチャー系ウェブメディアを運営する会社でプロデューサーをしています。コロナ禍前は日本国内や台湾中を飛び回る日々を送っていました。この数年でどのような変化があったのでしょうか。

Instagramで知り合ってはや数年。最もアクティブな友人

母国語である中国語に加えて日本語も堪能なハルさんは、アジアのクリエイティブシティガイドのディレクターをはじめ、コンテンツ制作やイベントの企画、プロモーション全般も担う、“ひとり広告代理店”のような人。

会社経由のみならず個人でも仕事を受けていて、2021年に高円寺の銭湯「小杉湯」で行われた台北の温泉博物館「北投温泉博物館」のプロモーションイベント、「歡迎光臨 小杉湯的台湾北投」も話題になりました。このイベントでは、台湾のアイテムが購入できるマーケットやトークイベント、ライブ、台湾映画の上映などが行われて大好評。こんこんと湧き出る好奇心と柔軟な発想力、センスの良さで、ますます仕事の幅を広げています。
私とハルさんの出会いは、6年以上前にInstagram経由で私が声をかけたこと。そこから仲良くなり、日本や台湾で頻繁に会うようになりました。もしかすると、家にこもりがちな私といちばん遊んでくれている人かも。遊ぶとはいっても、たいてい散歩して古道具屋や喫茶店に一緒に入るくらいで、あとはイベントに行ったり、ごはんを食べたり。そしてたまに、お互いの家でご飯や梅酒をつくったりしています。

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

形にとらわれない身軽な暮らしぶりは学ぶところが多く、いつか彼女の暮らしや考え方を紹介したいとずっと思っていました。

西荻窪の、繁華街と住宅地の間にある古いマンションに住む

ハルさんの自宅は、西荻窪駅(東京都杉並区)からほど近いところにある築50年ほどのマンション。商店街と住宅地の境目に立つ、愛らしい建物です。部屋の間取りは1Kで、広さはゆったりとした一人暮らしサイズの約39平米。もともとは3部屋が縦に連なるつくりでしたが、リフォームによって2部屋に変えられていて、DKと寝室+リビングとしてゆるやかにゾーン分けできる、住みやすそうな、いい間取りです。

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ここは日本に来てから5軒目の部屋。最初は日本語学校の寮、その後は荻窪、阿佐ヶ谷、西荻窪、そしてまた今回の西荻窪。ずっと中央線沿線に住んでいます。

「古いものや、古いマンションが好き。新しい物件は間取りが似たり寄ったりだけど、この部屋は間取りがオープンで、フレキシブルに使えるのがいい。それが古い物件が好きな理由です。当初は角部屋を探していましたが、そうでなくても二面に窓があって明るいです。
押し入れはクローゼットにリフォームされていて使いやすいですし、キッチンとトイレのタイルや壁の色も、入居時に自分で好きなものを選ぶことができました。

駅から近いと周辺がにぎやかだけど、ここは商店街の端の住宅地に入るところだから静か。窓を開けても外から見えないので、ベランダを縁側のように使っています」

築年数が経っている物件は、建物はレトロで愛らしい一方で、室内は水まわりを中心にこざっぱりとリフォームされていることも。管理状態が良い物件を選べば、同じ予算で築浅物件より駅近や広い部屋に住めたりするケースもあり、メリットも大いにあります。

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんは、コロナ禍のかなり早い時期に完全テレワークになりました。本社オフィスも早々になくなったため、全く出社せず自宅で働く形態に。生活環境の向上のために、広い部屋に引越したり、東京を離れた同僚もいて、自身も同じ西荻窪内で引越しをしました。

新しい部屋を一からつくるのはやはり心躍るもので、友人に手伝ってもらってキッチンのカウンターを製作したり、古い家具を探してインテリアの配置を考えたり、これまでは苦手でほとんどしていなかった料理に挑戦したり(台湾では外食文化が発達していて、特に都市部に暮らす若い世代は自宅で料理をつくる習慣がほとんどないのです)。ずっと外での楽しみがあったのが180度転換して、家で過ごすことが楽しく思えてきたそうです。

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

外食メインだったのが、毎日一食は自炊するように

ハルさんの本棚は、同年代のカルチャー好きな日本人とほぼ一緒。また、作家ものの雑貨やうつわ、洋服などが好きで、インテリアにエスニックなテイストを取り入れるのも上手。〇〇系とくくれないところに、個性が出ています。

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

「ものを直感で選ぶから、どんどん増えています。買うときに、家に合うかは考えない。無機質な質感のものが苦手で、基本的に古いものが好き。クリエーターの友達の作品や、海外のものに惹かれます」

ハルさんのものの選び方は、ミニマリスト寄りで引き算系、使い道や収納まであらかじめ熟考しないと手に取れない私にとっては、ただただ羨ましい。頭で考えすぎずに、偶然性を楽しんでいてとても素敵です。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

そんなハルさん、コロナ前は台湾の同年代の友人たちと同様に、家で料理をほとんどしていませんでした。それが、コロナ禍で数年間台湾に帰れなくなったために、恋しい台湾料理を自分でつくるようになり、おうち時間も楽しむ人に大変身。好きなうつわを使いたくて、毎日昼か夜のどちらかは家でつくって食べる生活になったそうです。台湾の屋台料理の鹽酥鶏(鶏のから揚げと素揚げした野菜にスパイスをかけた料理)をつくってもてなしてくれたこともありました。

「二食も外食するとお金がかかるので、一食は自炊してもう一食は外というサイクルになりました。夜は家で食べることが多くなったかな。放っておいても料理がつくれる台湾の電気調理器、“電鍋”を買おうかと思っています」

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

とにかく西荻窪の街が好き。お店を家のように使っています

「引越してから自宅に置くワークデスクを探していた時に、家の目の前のカフェで仕事ができると知りました。お茶代だけでコワーキングスペースを利用できて、オンライン用の打ち合わせ空間も用意されているので、今は週3日くらいそこで仕事をしています。
リモート生活になってから、これまで以上にオンとオフの切り替えをしなくなりました。仕事と仕事の合間に好きなことをしていて、もちろんその逆もあります。西荻窪はお店が多いから、お昼時になったら外に出て、お店でごはんを食べてそのまま外で仕事をしたり、おにぎりを買ってきたり。フレキシブルに暮らせる街です」

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

西荻窪は、喫茶店や小さな飲食店がひしめく街。自然と繰り返し通う店ができて、お店の人とのコミュニケーションも楽しい。人のあたたかみと優しさを感じます。

台湾の人は、職場の近くや都会に住むことを好み、外に開いているイメージです。喫茶店で息抜きしたり、近くの店をオフィスのように利用したり、内と外の使い分けがとても上手。家の延長に街があって、街の中に家がある。だから、住宅地にばかり住んできて、内と外を明確に線引きして考えがちな私にとって、彼女の視点はとても新鮮でした。

●西荻窪のお気に入りのお店
・オーケストラ(カレー)
・どんぐり舎(喫茶)
・FALL(雑貨) 毎週展示が変わります

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんはコロナ禍を経て、住まいの基準や条件が大きく変わったといいます。出勤がなくなったこともあり、利便性以上に広さや環境を重視するように。家賃も高いので、将来的には都心から1~1.5時間くらいのエリアで二拠点生活をすることも考えているそうです。

私のまわりでも、都市部から離れる人や二拠点生活をする人が年々増えています。暮らしや働き方、住まいに対する価値観の変化は、この先新しいかたちになることはあれ、元には戻らないのではないでしょうか。私自身は持ち家なので簡単に居住地を変えることはできませんが、それでも暮らし方をアップデートし続けたいという気持ちは持ち続けていて。まずは、ハルさんのように直感を大切にして、心の声に素直になってみます。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
ハルさん
Instagram @patsykuo
『日青糸且HARU GUMI』@haru__gumi

住宅街の路地奥、築35年アパートを子育て世帯の”村”に! カフェ・託児所など集う「シェアアトリエ・つなぐば」埼玉県草加市

埼玉県草加市の住宅街にある「シェアアトリエつなぐば」。築35年の鉄骨2階建てアパートをリノベーションした施設内には、子連れでも働けるシェアアトリエやコワーキングスペースとしても開放しているギャラリーワークスペースのほか、カフェ、託児所、美容室などが入居し、地域ににぎわいを生んでいる。運営を担うのは「つなぐば家守舎」代表で、建築家の小嶋直さん。立ち上げの経緯やこれまでの活動内容、そして今後のコミュニティづくりについて聞いてみた。

子育て世帯が集まる「村」のようなコミュニティ

――はじめに、「シェアアトリエつなぐば」を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

小嶋直(以下、小嶋):もともとは「シェアアトリエ」というより、みんなが集まって一緒に過ごせる空間をつくりたかったんです。というのも、私が隣町の川口市で借りていた設計事務所がそういった場所だったんですよ。

「つなぐば家守舎」代表の小嶋直さん(写真撮影/松倉広治)

「つなぐば家守舎」代表の小嶋直さん(写真撮影/松倉広治)

小嶋:そこは駅から離れていたものの、カフェやギャラリー、革小物店、焼き菓子店など、さまざまお店が集まっており、1つの村みたいだったんですよね。そして、私も含めてまわりの結婚や出産のタイミングが重なり、いつしか同じ敷地内で家族やパートナーが集まって働いたり、一緒にご飯をつくって食べたり、みんなで子どもを見守ったり……そういった生活が当たり前になっていました。

――とても楽しそうです。

小嶋:そこに遊びに来た人たちからも「羨ましい」と言われることが多く、こういった生活が豊かな暮らしなんだと思いました。だから、この場所以外にも仕事や子育てをシェアできるコミュニティを広げたいなと考え始めたのがきっかけになります。

そしてある日、草加市が主催するリノベーションスクールに講師として参加することになりました。そこで「つなぐば家守舎」を一緒に運営することになる、松村美乃里さんと出会ったんです。

松村さんは結婚を機に草加市へ引越してきたのですが、縁もゆかりもない街になかなか愛着が持てなかったそうなんです。ただ、出産を機に「私が地元・静岡を愛しているように、子どもにも生まれた場所を大事にしてほしい」と思うようになったと。そこで、2015年に草加市のスタートアップ事業「わたしたちの月3万円ビジネス」を受講され“子連れで働ける場所をつくりたい”という思いを持っていたんです。

――そんな松村さんとリノベーションスクールで出会い、意気投合されたと。

小嶋:そうですね。地域コミュニティを運営したい私と、子育てをする人が集まれる場所をつくりたい松村さんの考えが合致し、リノベーションスクールで「シェアアトリエつなぐば」の原型となる提案をさせていただきました。

リノベーションスクールの様子(画像提供/つなぐば家守舎)

リノベーションスクールの様子(画像提供/つなぐば家守舎)

――この場所は、リノベーションスクールから提供された物件だったのでしょうか?

小嶋:いえ。僕らが本来リノベーションしようとしていた対象物件は別にありました。ただ、契約予定の前日に火事に遭ってしまったんです……。

――なんと。プロジェクトはどうなりましたか?

小嶋:工事業者への発注や会社設立の準備はしていましたが、肝心の物件が燃えてしまったので、全て白紙に戻りましたね。その後、1年近く新たな物件を探していたものの、納得する場所を見つけることはできませんでした。

――残念ですね。では、この場所はどのように見つけられたのでしょうか?

小嶋:当時、ここの大家さんが「この建物が空き家になってしまうので公園にしたい」という、処分の相談を市役所に持ちかけていたそうなんです。そこで、市役所の方を通じて大家さんとのご縁をいただき、この場所を見せていただくことになりました。

――第一印象はいかがでしたか?

小嶋:思い描いていたイメージに合う場所だなと思えました。まず、僕らのなかで決め手になったのは、公園内の3本の木です。私たちの会社「つなぐば家守舎」のロゴマークは3つの葉っぱをつなげたデザインなのですが、この物件の目の前にも似たような木が3本植えられていたんですよ。また、内装も一階に業務用厨房が入っていたことで、さまざまな構想が浮かびました。

「シェアアトリエ つなぐば」の前の八幡西公園に植えられた3本の木(写真撮影/松倉広治)

「シェアアトリエ つなぐば」の前の八幡西公園に植えられた3本の木(写真撮影/松倉広治)

――内見の時点で、どんどんイメージが膨らんできたわけですね。

小嶋:そうですね。もちろんメインである「子連れで働けるシェアアトリエ」としても、目の前に公園があることで子どもが安全に遊べますし、スペースも広かったので車で来られる方々の駐車場にも申し分ないなと。僕らにはうってつけの場所だと思い、借りることを決意しました。

「DIO(ほしい暮らしは私たちでつくる)」の精神を大切に

――契約後、「DIO(Do it ourselves)=欲しい暮らしは私たちでつくる」をテーマに掲げました。どのような意図があったのでしょうか?

小嶋:この場所の利用者を募集する説明会を行った際、みなさんから「シェアアトリエってどういう場所なんだろう」という不安の声が聞こえてきました。ただ、僕らとしてはこちらから「こういうことをやる場です」と示すのではなく、“興味を持ってくれた方々のやりたいことを、全て叶えられる場所”にしたかった。そこで、「やりたい場所が無いなら自分たちでつくっていこう」という思いを込めて「DIO」という言葉が生まれました。

――工事も自分たちで行ったとか。まさに、DIOの精神ですね。

小嶋:はい。「DIO」の合言葉に興味を持ってくれた方々や地域の方々と一緒に、アパートの工事をスタートさせました。未経験の方ばかりだったので、解体工事や断熱材の設置、左官工事などは職人さんを講師に招き、ワークショップ形式にして大人も子どもも楽しめるように進めましたね。

解体中に出てきた廃材は、内装や棚などの備品に再利用した(写真撮影/松倉広治)

解体中に出てきた廃材は、内装や棚などの備品に再利用した(写真撮影/松倉広治)

――その後、晴れて2018年6月にオープン。現在は、どのような形で運営しているのでしょうか?

小嶋:さまざまなライフスタイルに対応できるよう、複数の契約形態を用意しました。一本の木で例えると、根の部分が僕ら「つなぐば家守舎」になります。そして、月極で常時利用する「パートナー」が幹、月1回以上の定期利用をする「セミパートナー」が枝、そして単発で利用する「サポーター」が葉と捉えています。

利用者の多くは「自分の得意なことや趣味を仕事にしたい」という方々で、みなさん家事や子育てをしながら無理のない範囲で携わってくれていますね。また、「仕事につながる・母親とつながる・地域とつながる」のコンセプト通り、ここに来ることでいろんな“つながり”が生まれていると思います。

東武鉄道伊勢崎線・新田駅から徒歩15分の「シェアアトリエ つなぐば」。さまざまなスペースでワークショップやミーティングなどでの利用が可能(写真撮影/松倉広治)

東武鉄道伊勢崎線・新田駅から徒歩15分の「シェアアトリエ つなぐば」。さまざまなスペースでワークショップやミーティングなどでの利用が可能(写真撮影/松倉広治)

オープンから1年後に入居した美容室「コルジャヘアー spa&nail」。子どもがいる美容室のスタッフも「つなぐば」のコンセプトに共感してくれたそう(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから1年後に入居した美容室「コルジャヘアー spa&nail」。子どもがいる美容室のスタッフも「つなぐば」のコンセプトに共感してくれたそう(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから2年後に入居した託児所「ton ton's toy」。もともとはカフェスペースでお子さんの面倒を見ていたパートナーさんが独立し、開業(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから2年後に入居した託児所「ton ton’s toy」。もともとはカフェスペースでお子さんの面倒を見ていたパートナーさんが独立し、開業(画像提供/つなぐば家守舎)

「シェアアトリエ つなぐば」のマップ(画像提供/つなぐば家守舎)

「シェアアトリエ つなぐば」のマップ(画像提供/つなぐば家守舎)

――今では1階にカフェスペースをはじめ、アトリエテーブル、クラスルーム、ウッドデッキ、2階にギャラリーワークスペース、託児所「ton ton’s toy」、美容室「コルジャヘアー spa&nail」、建築事務所「co-designstudio」と、さまざまな機能を持っていますね。

小嶋:そうですね。カフェスペースには近隣に住むママさんやパパさんが飲食店を出店してくれたこともあって、地域の憩いの場となりました。また、アトリエテーブルやクラスルームではフラダンスや茶道、アロマなどのワークショップが開催され、ギャラリーワークスペースではクリエイターが仕事をしています。

時にはこの場所をきっかけに、自分が好きなこと、やりたいことに気づく人もいます。以前、普段はカフェのパートで働いてくれている人が月2回、曲げわっぱのお弁当屋を開いていたのですが、そのうち料理そのものより「曲げわっぱに具材を詰めていく」ことが好きなのだと気づき、「具材を詰めるワークショップ」を始めたなんてこともありましたよ。

カフェのキッチンをママさん達が日替わりで利用。毎日違う料理を楽しめる(写真撮影/松倉広治)

カフェのキッチンをママさん達が日替わりで利用。毎日違う料理を楽しめる(写真撮影/松倉広治)

小嶋:あとは、さまざまなスキルを持った人が集まっているからこそ、実現することも多いです。例えば以前、利用者から「娘の七五三の着付けをお願いしたい」という相談があった際も、パートナーのなかにカメラマン、着付けが出来る人が在籍していて、2階に美容室が入居していたため、すぐに対応することができました。その経験から、「つなぐば写真館」として公に募集したところ、多くの人に七五三の撮影の申し込みをしてもらえましたよ。

――まさに、DIO(欲しい暮らしは私たちでつくる)の精神が根付いているようですね。

小嶋:最近ではDIOの精神が子どもたちにも伝播し「子ども会」が立ち上がりました。月に1回、子どもたち主導でやりたいことを企画してもらい、それを形にできるようにパートナーや親がサポートしています。例えば、昨年は夏の思い出をつくれるように、水遊びとスイカ割りを開催しました。最近では、スライムの販売や、目の前の公園で昆虫探しを企画しましたね。

子どもが販売する、スライム屋さん(画像提供/つなぐば家守舎)

子どもが販売する、スライム屋さん(画像提供/つなぐば家守舎)

大人が見守っているため、安心して参加できるそう(画像提供/つなぐば家守舎)

大人が見守っているため、安心して参加できるそう(画像提供/つなぐば家守舎)

また、最近では僕がこの場にいなくても、パートナーが自主的にプロジェクトを立ち上げることが増えてきました。そこからさらに発展して、新しい仕事や職業が生まれていくこともあるんじゃないかと思います。そんな大人たちの姿を見た子どもたちが、将来やりたいことを見つけるきっかけになったら嬉しいですね。

オープン後、錆びて破れた金網のフェンスを撤去してもらい、生け垣の一部を排除。それにより、建物と公園の行き来がスムーズになり、公園でくつろぐ人も増えたそう。その後、公園管理制度を使い、「つなぐば家守舎」が遊具の安全性や芝生の状態などを含めた公園の管理も行うようになったとのこと(画像提供/つなぐば家守舎)

オープン後、錆びて破れた金網のフェンスを撤去してもらい、生け垣の一部を排除。それにより、建物と公園の行き来がスムーズになり、公園でくつろぐ人も増えたそう。その後、公園管理制度を使い、「つなぐば家守舎」が遊具の安全性や芝生の状態などを含めた公園の管理も行うようになったとのこと(画像提供/つなぐば家守舎)

多世代が豊かな暮らしを感じられるコミュニティに

――オープンから約2年後に「コロナ禍」になりました。影響はいかがでしたか?

小嶋:最初の数カ月はお店を閉め、全ての活動がストップしてしまいました。パートナーさんの収入が絶たれてしまった状況を歯がゆく思っていましたし、「人が集まる」という最大の価値が失われてしまい、関係者の多くがもどかしさを感じていました。

そんななか、あるパートナーさんから「目の前の公園に屋台を出し、お弁当やお菓子のテイクアウト販売をしませんか?」という提案がありました。早速、イベントで使用していた屋台を園内に常設することにしたんです。すると、学校が休校になった子どもたちや、行くところがなくストレスを抱えていた人たちが日中の公園に集まってくれるようになって。

その時に改めて「この地域って、こんなにもたくさんの人がいたんだ」と実感しました。同時にオープンから間もない「つなぐば」を、地域のみなさんに知ってもらうきっかけになったように思います。

――パートナーのアイデアが、ピンチをチャンスに変えたわけですね。

小嶋:そうですね。イベントは過去にも開催していましたが、わざわざ遠くのエリアから出店者を呼んだり、お客さんを郊外から集めるような大規模なものでした。でも、これからはもっと地域の人たちに貢献したいと思うようになり、近隣のお店をメインにした月2回のマルシェ「つなぐ八市」を開催することにしたんです。

毎月第2土曜日と第4水曜日に開催される「つなぐ八市」。豆腐屋や餃子屋のほか、焼菓子やビールなどが販売されている(画像提供/つなぐば家守舎)

毎月第2土曜日と第4水曜日に開催される「つなぐ八市」。豆腐屋や餃子屋のほか、焼菓子やビールなどが販売されている(画像提供/つなぐば家守舎)

――地域の方々の反応はいかがでしたか?

小嶋:近隣のお店をメインにしたものの、意外と地域の方々も地元にそうした店があることを知らなかったんですよ。マルシェで初めてお互いの存在を知った出店者とお客さんが楽しそうに会話している姿を見た時に、やっぱりこういうものが求められているんだなと実感できました。

「つなぐ八市」は“イベント”ではなく、“日常のシーン”にしたいと思っています。イベント化してしまうと、コロナのような有事の際は中止せざるを得なくなる。そうではなく、「つなぐ八市」は地域の人たちにとっての日常、いつでも当たり前にやっているマーケットを目指したいんです。

友人3名で庭付き別荘を400万円で購入・シェアしたら「最高すぎた」話。DIYで大人の秘密基地に改造中!

今年6月、「山梨に別荘を3人で400万で買って今のところ最高過ぎ」というツイートが大きな反響を呼んだ。投稿主の堀田遼人(ほった・りょうと)さんは、友人たちと共同で400万円庭付き中古一戸建てを購入。友人のなかには子持ちのメンバーもいるそう。

計画から物件探し、契約まで戦略と熱意を持って進め、現在は物件をリノベーション中とのこと。堀田さんたちはどうして別荘をシェアすることにしたのか、どんな暮らしを目指し、どのように別荘づくりを進めているのかを伺ってみた。

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

きっかけは飲み仲間と話した「秘密基地みたいな場所、ほしいよね」

シェアスペース関連のサービス事業会社に勤めているという堀田さん。別荘を共同購入した友人とは、どのような関係なのか。

「3人とも都内の近場に住んでいる飲み仲間です。私は前職で不動産関連の仕事をしていたのですが、仲間のうち一人は前職時代から今も仲良くさせていただいている先輩で、もう一人はその先輩とのつながりで飲んだり貸別荘に泊まったりして知り合いました」

堀田さんの家族構成は妻との2人暮らし、ほかの2人は、子どもとの3人家族、独身とバラバラ。職業柄もあって、皆さん「場づくり」には関心が強いという。

今回のシェア別荘の計画が生まれたきっかけは、何だったのだろうか。

「3人で遊んでいるときに、お酒を飲みながら『どこかに古民家や別荘を買って、リノベして秘密基地みたいな場所をつくりたいよね』と話していたんです。そこから、金額感やエリアをなんとなく決めて物件を探しました」

飲みの席で秘密基地の計画を立てるのは、親しい間柄では一種の“あるある”とも言える話題だが、それを実現する例はなかなか聞いたことがない。

「これまで一緒に貸別荘などへ行っていたことから、そのほかの細かな要素は大体の共通認識ができていました。例えば、釣りができる川が近くにあるとか、敷地内にサウナ小屋や囲炉裏がつくれるとか。僕も先輩も、かつては不動産業界にいたので、趣味のような感覚で日ごろから空き物件をチェックする習慣があり、よさそうな物件が見つかったら随時共有して物件探しが進んでいきました」

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

「この物件を逃したら次はない」。3人の熱意を込めた長文で申し込み

物件探しでは、持ち主と購入希望者が直接やり取りできるサイトを利用したという。そうして3人の目に留まったのが、今回購入した山梨の物件。ヤマメが釣れる川、サウナ小屋がつくれる土地、都内からのアクセスなど、求める条件をすべて満たしていた。

「この物件を見つけたのは2021年の暮れごろでしたが、この年の夏まで別荘として使われていました。持ち主のご家族のお子さんが大きくなるにつれて利用頻度が減り、物件を手放すことになったようですが、そういった背景なので水道や電気などは通っていますし、室内もきれいで、すぐにでも使える状態でした」

そんな好条件の物件はすぐに人気を集め、内覧希望者も多かったという。

「僕らも3人で内覧して、ほかの物件とも比べた結果、『この物件を逃したら、ほかには無いかもしれない』という話になり、その日のうちに申し込みを決めました。当時は長期的なリモートワークを見据える人たちが増え始めたタイミングで、2拠点生活をするために物件を探している人も多かったそうです。ほかにも10数組ほど検討している人たちがいたようなので、もはや『買いたいけど買えない』という結果を迎えることのほうが怖かったです」

堀田さんたちは「なぜこの物件を購入したいのか」という理由や熱意、そして希望購入金額などを長文にしたためて売主に送る。そして2週間後、契約を進める旨の返事が堀田さんたちのもとに届いた。

地元の人々と積極的に交流し、スピード重視で「やりたいこと」をやる

「購入費用は、土地を含めて約400万円です。ただ、『土地付き』と言っても、この土地は定期借地契約という形なんです。当面の間自分たちの土地として使えるので、実用面では何も問題はないのですが、所有権を持っていないということは、不動産投資目的など資産として購入しようとする人には不向きなんでしょうね。それもあって安く買えたのかもしれません。調べた限り、ほかの別荘で似たような土地面積・住戸の条件だと、800~1000万円が相場でした」

借地ということもあり、購入に際しては売主とは別に、地主とのやりとりも多かったという。

「地主さんが慣れない土地での拠点づくりを進める僕らにとても優しく接してくれて、連絡を重ねるにつれ、新しい環境への不安も消えていきました。おかげでいいスタートが切れましたね」

手続きや地域へのあいさつを経て、いよいよ入居。物件には、どのように手を加えていったのか。

「まずは虫の駆除やシロアリ対策の工事をしたり、庭に生い茂った雑草を刈り払い、駐車場用の砂利を敷いたりしました。あとはインターネットを引き、風呂やトイレ、キッチンをリフォームして、およそ最低限の整備は完了です。そこからは自分たちがやりたいこととして、畑を耕して小屋を立てたり、囲炉裏をつくったり庭にサウナ小屋を建てたりしました。これらが7月から8月にかけてすごい勢いで進み、現在はもう理想の80%ほどに近づいています」

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

害虫対策から、居室や敷地内の整備、サウナ小屋づくりまで! これらを約2カ月で進めるバイタリティは、一体どこからくるのか。

「そもそも3人とも仕事熱心なタイプではあるのですが、別荘に関してはとりあえず『各自やりたいことを進めていけばいいよね』という方針で、それぞれバラバラに手を加えていました。例えば、一人は料理が好きだからキッチンまわりを整えたり、一人は畑をいじったりとか。

あとは、積極的に外部の人とコミュニケーションをとっています。室内のリフォームについては、早い段階で地元の施工会社に相談しましたし、サウナ小屋は『地元の木材を使って樽型のサウナをつくる』というプロジェクトを行っている会社を見つけて依頼しました」

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

「実は、畑の土地も地主さんがご厚意で貸してくれているんです。畑の耕し方や土の特徴なども教えてもらいました。こうして周りの人に協力いただき、やりたいことをできるだけ早めに実現してみようと考えて動いてきました」

「その土地でものづくりをしている方に施工などを依頼していると、そのうち、仕事と関係ない場面でも野菜をくれたり土のつくり方を教えてくれたりして、いい意味で『境界線が解けているつながり』を感じます。そういった関係性が生まれることも含めて、場づくりの過程が面白いなと。僕らの家族も畑づくりに取り組むなど、シェア別荘での生活は積極的に楽しんでいますね」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

仲間の多さは、人だけでなく土地や物件にとってもプラス

順調に環境が整いつつあるシェア別荘には、毎週3人のうち誰かが足を運んでいるという。今後はどのような計画を立てているのか。

「畑で育てる野菜や果物を増やしていったり、快適に過ごせるような工夫をしていったり、働く場所としてワークスペースを整備したりしたいと思っています。平日は3人とも仕事があるので現在は週末に通う形ですが、ゆくゆくは平日もこの別荘でリモートワークができる環境をつくりたいんです。道路が空いていれば東京の家から1時間ちょっとで来られるので、例えば『今日は暑いから別荘で涼みながら働こう』という感じで、ふらっと来られる場所にできればと思います」

その日の天候や気分で働く場所を選べるなんて、まさに理想の2拠点生活だ。ところで、ここまでにかかった費用と、今後見込まれる維持費はどのくらいなのだろうか。

「物件と土地の購入で400万円、リフォームや追加設備・物品の購入などで300~400万円ほどですかね。煩雑さを回避するために、主な契約は一人が代表して行い、リフォームにかかる出費は立て替えなどを経て最終的に3人で平等に分けています。ランニングコストは、土地関連で年間10万円ほど、水道光熱費やネットで月に1万~1万5000円ほどでしょうか。最近は、空き家を活用した活動への助成金制度などが自治体で用意されていることもあるので、うまく利用すればコストを抑えることもできます」

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

今回のシェア別荘づくりを経て、3人で取り組んできた意義について聞いてみた。

「金銭的な利点ももちろんありますが、何か『これもやりたい』と思ったときに人手が多いとスムーズです。また、1組の家族だけなら、平日は東京で働いて週末を山梨で過ごして……を繰り返すのはとても大変でしょうけど、3人なら無理なく毎週誰かが行く形をつくれる。人がいない期間が長く続くと、家の老朽化が進んでしまいます。仲間を増やすことは、当事者にとっても土地や建物にとってもプラスになると思います」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

実現への第一歩は、物件との出会いを求めて動くところから

怒涛の勢いで別荘の環境を整えてきた堀田さんたち。最後に、シェア別荘計画に憧れる人たちへ向けたメッセージをもらった。

「引越しや家の購入って、とてもエネルギーを使います。挫折するポイントだらけです。だからこそ、とにかく物件を見てテンションを上げることが大事。良さそうだと思ったらとりあえず問い合わせてみて、『ほしい!』『住みたい!』という気持ちを維持し続ける。やっぱりライフスタイルの面で共感できる仲間を増やして、楽しみながら一緒にやっていくのがいいと思います」

誰もがふと思い描く「秘密基地」の計画を実際に成し遂げた堀田さん。本人は楽しげに語ってくれたが、やはり相当なエネルギーが必要だったようで、モチベーションを維持する工夫も大切だという。

正直、「共同購入」というフレーズを最初に見たときは「どれぐらいお得になるのかしら」ということばかり考えてしまっていた。しかし憧れを本当に実現するためには、結局「仲間と一緒に楽しい場所をつくりたい」という根源的な気持ちが鍵になるのかもしれない。

●取材協力
堀田遼人さん

コロナ禍後も家で運動する人増!自宅のどこで?どうやって?

コロナ禍で、運動不足を感じている人たちが自宅で運動をしたいと考えるようになった。こんな調査結果を積水ハウスが公表した。現在まで自宅での運動を続けている人が多いというが、どんな運動をどこでやっているのだろうか? 詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「自宅での運動に関する調査」結果を公表/積水ハウス

運動不足を感じて、自宅で運動する人が増加!?

筆者自身の話で恐縮だが、新型コロナウイルスが蔓延したとき、通っていたスポーツジムがクローズしてしまい、困ってしまった。体力づくりをしてきたので、トレーニングを中断すると元に戻ってしまうのではないかと不安になった。そこで思いついたのが、YouTubeを活用して筋トレやヨガなどを毎日行うことだ。

スポーツジム閉館時は、自宅で一日に何度も運動していた。開館してからは自宅での運動量は減っているものの、座りっぱなしの仕事だけに今も継続して運動するようにしている。

筆者と同じような人が多いということが、積水ハウスの調査結果にも表れていた。「コロナ禍で以前よりも運動不足になったと感じる」人が55.8%(「とてもそう感じる」と「ややそう感じる」の計)と半数を超えた。在宅勤務をしている人に絞ると、同じ回答は70.3%にもなった。

「運動したいと思うか」と聞くと、「自宅で運動したい」という人が55.0%に達し、「屋外で運動したい」(32.4%)や「ジムなどの施設で運動したい」(18.2%)よりも多いことがわかった。自宅で運動したいと考えている275人に、実際に自宅で運動をしているかを聞くと、「コロナ前から現在まで続けている」が30.2%、「コロナ禍で始めて、現在も続けている」が19.3%だった。筆者の場合は、19.3%に該当するわけだ。

一方、自宅で運動したいと回答したものの、現在自宅で運動していない人に理由を聞くと、2番目に多かった「運動が嫌い・面倒」(29.5%)は仕方がないとして、1番目に多かったのは「忙しい・時間がない」(38.8%)、3番目が「スペースがない」(20.1%)で、時間と場所が課題になっていたことが分かる。

女性のほうがコロナ前よりも自宅で運動している!?

では、自宅でどんな運動をしているのだろうか? 何らかの運動をしている人に、「どんな運動をしているか」を聞いたところ、男女でかなり違いがあることが分かった。

男性では、「屋外でのランニング・ジョギング・ウォーキング」が最多で、コロナ前(数年間)で55.1%、現在で54.1%と、過半数が屋外で走ったり歩いたりしている。2番目に多いのは「自宅での器具を使用しない筋力トレーニング」となり、男性は筋肉を使う運動が好きなようだ。

一方、女性も「屋外でのランニング・ジョギング・ウォーキング」が2番目になり、コロナ前から継続している人が多いようだが、それよりも多かったのが「自宅でのヨガやストレッチ」だ。コロナ前では36.4%だったが、現在では46.4%と大きく伸びている。女性では「YouTube動画を参考にしながらの運動」も10ポイント近く伸びているのも特徴だ。

どんな運動をしているか(男/女・コロナ前/現在別) (出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

どんな運動をしているか(男/女・コロナ前/現在別) (出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

全体的に運動する場所の違いを見ると、男性は、「ジムでの筋力トレーニング」と「ジムでのランニング・ジョギング・ウォーキング」がコロナ前から比べると現在では大きく減っていることから、ジムでの運動から自宅での運動へと場所を変えている傾向がうかがえる。また、女性もジムから自宅への流れが見られるが、加えて、コロナ前より自宅での運動量が増える傾向がうかがえる。

自宅での運動、やっぱりリビングが最多

さて、自宅で運動する場合は、どこで行っているのだろう? 結果はやっぱりというか、最も広い空間であろう「リビング」が71.9%と最多となった。次いで、「主寝室」が40.1%。筆者も、主にリビングでYouTubeを見ながら、ヨガをしたり踊ったりしているが、起きた時と寝る前に寝室のベッドの上で、腹筋やヨガをしている。納得の結果だ。

自宅で運動をしている部屋/空間(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

自宅で運動をしている部屋/空間(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

では、自宅での運動を続けるために、どんな工夫をしているのだろう? 最多は、「家具をどかしたり片づけたりする必要のない運動スペースを確保」の42.9%。これは重要なことで、筆者は初め仕事部屋にヨガマットを敷いてやってみたのだが、手を回したり足を伸ばしたりしたときに、ゴミ箱や書棚、椅子の脚などにぶつかってしまい、リビングに移動した。今わが家のリビングの家具はテレビ前に寄せられていて、思い立ったらすぐに運動できるスペースが確保されている。

2番目に多いのが「家事や仕事の隙間時間に実施」(35.6%)、3番目が「時間を決めて実施」(32.8%)となり、時間と空間を上手に活用している人が多いことがわかった。

自宅で運動する理由、感染症対策よりも多いのは?

気になるのが、「自宅で運動する理由」だが、興味深い結果となった。「費用がかからないから」(46.3%)が最多で、現実的な理由だった。続いて、「隙間時間を活用できるから」(40.1%)、「時間に縛られないから(好きなタイミングに運動ができるから)」(37.3%)となり、時間を有効に使えることが上位に挙がった。

屋外やジムで運動するには、女性の場合は身だしなみにも気を使う必要があるが、5番目の「人の視線を気にする必要がないから」も自宅のよさだろう。もっと多いと予想していた感染症対策については、「感染症の恐れがないから」(36.2%)の4番目だった。

自宅で運動を続けている理由(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

自宅で運動を続けている理由(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

さて、自宅で運動をするためには、時間を有効に使うことと、場所を確保することがカギだ。場所は、思い立ったらすぐ運動できるように、片づけなくてもよいスペースを用意して、ヨガマットなどの器具の置き場所をその近くに設けることをお勧めする。

コロナ収束後も、在宅勤務などが続き、自宅での運動も続くだろう。自宅は、仕事をしたり運動をしたりする場所にもなるので、これからは多様な機能を考慮して住まい選びをしてほしい。

●関連サイト
積水ハウス「コロナ禍で広がる自宅トレーニング、手軽に始める4つのヒント」

古びた温泉街の空き家に個性ある店が続々オープン。立役者は住職の妻、よそ者と地元をつなぐ 島根県温泉津(ゆのつ)

日本には、古きよき温泉街が各地に残っている。場所によっては古い建物が増え、まちが寂れる要因になっている一方で、若い人たちが古い建物に価値を見出し、新しい息を吹き入れるまちもある。今、まさににぎわいを取り戻しているのが、島根県の日本海に面する温泉まち、温泉津(ゆのつ)。いま小さな灯りがぽつぽつ灯り始めたところだが、これから点と点がつながればより大きなうねりになっていくだろう。4軒のゲストハウスと「旅するキッチン」を営む近江雅子さんに話を聞いた。

小さな温泉街で起きていること

名前からして、温泉のまちだ。温泉津と書いて「ゆのつ」。津とは港のこと。島根県の日本海に面し、「元湯」「薬師湯」という歴史ある、源泉掛け流しの温泉が二つある。端から端まで歩いても30分とかからない、こぢんまりした温泉街の細い街並みには、格子の民家や白壁の土蔵など趣ある建物が連なり、その多くが温泉旅館や海鮮問屋だった建物で、空き家も多い。

車で20分ほどの石見銀山とともに世界遺産の一部で、重要伝統的建築にもなっている温泉津の街並み(写真撮影/RIVERBANKS)

車で20分ほどの石見銀山とともに世界遺産の一部で、重要伝統的建築にもなっている温泉津の街並み(写真撮影/RIVERBANKS)

正式には大田市温泉津町温泉津。町全体で人口は1000人弱ほどの規模だ。

そこへ、2016年以降、新しい店が次々に生まれている。ゲストハウス、コインランドリー、キッチン、サウナ、バー。
始まりは「湯るり」という一軒のゲストハウスだった。元湯、薬師湯まで歩いて5分とかからない女性限定の古民家の宿である。

ゲストハウス「湯るり」 (写真撮影/筆者)

ゲストハウス「湯るり」 (写真撮影/筆者)

この宿を始めたのが、近江雅子さん。10年前に家族で温泉津へ移住してきた。肩にかからない位置でぱつっと髪を切りそろえた、てきぱき仕事をこなす女性。でもほどよく気の抜けたところもあって、笑顔が魅力的な人だ。隣の江津出身で、結婚して東京に住んでいたが、夫がお寺の住職で、温泉津のお寺を継がないかと話があったのだった。

近江雅子さん(写真撮影/RIVERBANKS)

近江雅子さん(写真撮影/RIVERBANKS)

「東京に住んで長かったですし、子どもも向こうの生活に慣れていたので初めは反対しました。でもいざここへ来てみると、なんていいところだろうって。もともと古い家が好きなので、街並みや路地裏など宝物のように見えて。歩いているだけで漁師さんが魚をくれたり農家さんが野菜をくれたり、田舎らしいコミュニケーションも残っていて」

そんな温泉津の魅力は、一泊二日の旅行ではわかりにくい。そう感じた雅子さんは、お寺の仕事をしながら、中長期滞在できる宿を始める。

まちをくまなく楽しむ、旅のスタイル

第1号のゲストハウスが「湯るり」だった。温泉宿といえば、食事もお風呂も付いて、宿のなかですべてが完結するのが従来のスタイルだろう。だが、雅子さんが目指したのは、お客さんがまち全体を楽しむ旅。2~3泊以上の滞在になれば、食事に出たり、スーパーで買い物をして調理をしたり、漁師さんから直接魚を買ったりと、いろんなところで町との接点が生まれる。

徒歩で無理なく歩ける小さなまち、温泉津にはぴったりのスタイルだった。

たとえば湯るりに宿泊すると、宿には食べるところがないため、地元の飲食店や近くの旅館で食事することになる。予約すればご近所のお母さんがつくってくれたお弁当が届いたり。温泉では常連さんが熱いお湯への入り方を教えてくれる。

「アルベルゴ・ディフーゾ(※)といってよいかわかりませんが、まち全体を宿に見立てて“暮らすような旅”をしてもらえたらいいなと考えました。そのためには一棟貸しもあった方がいいし、飲食や、コインランドリーの機能も必要だよねと、どんどん増えていったんです」(雅子さん)

(※)アルベルゴ・ディフーゾ:イタリア語で「分散したホテル」の意味。1970年代に、廃村の危機に陥った村の復興を進める過程で生まれた手法で、空き家をリノベーションして、受付、飲食、宿泊などの機能を町中に分散させ、エリア全体を楽しんでもらう旅を提供する。

2016年の「湯るり」に始まり、ここ5~6年の間に一棟貸しの「HÏSOM(ヒソム)」「燈 Tomoru」、2021年にはコインランドリーと飲食店を併設したゲストハウス「WATOWA」と4つの宿泊施設をオープンさせた。

WATOWAの外観。奥がキッチン。そのさらに奥の建物がゲストハウスになっている。1階がドミトリーで2階は個室(写真撮影/筆者)

WATOWAの外観。奥がキッチン。そのさらに奥の建物がゲストハウスになっている。1階がドミトリーで2階は個室(写真撮影/筆者)

WATOWAキッチンの入り口。手前がコインランドリーになっている(写真提供/WATOWA)

WATOWAキッチンの入り口。手前がコインランドリーになっている(写真提供/WATOWA)

実際にこうした旅のスタイルによって、お客さんが少しずつまちを回遊するようになった。地元の人の目にも若い人の姿が増え、明らかにまちが活気づいていった。

温泉街でも世界の味が楽しめる「旅するキッチン」

なかでも、WATOWAの1階にできたキッチンは、近隣の市町に住む人たちにも評判で、小さな活気を生んだ。そのしくみが面白い。数週間ごとにと料理人も料理も変わるシェアキッチンである。

「まちには飲食店が少ないので飲食の機能が必要でした。でも平日の集客がまだそこまで多くないので、自社でレストランを運営するのはハードルが高い。そこで料理人に身一つで来てもらってこちらで環境を整えるスタイルなら、お互いにリスクが少ないと考えたんです」(雅子さん)

WATOWAキッチンに、最初に立ったシェフ第1号は中東料理をふるまう越出水月(こしでみづき)さんだった。

「シェフの水月さんもすっかり温泉津を気に入ってくれて、地元の漁師さんの船に乗せてもらってイカを釣ってきたり、畑から野菜を買ってきたり。このあたりでは中東料理なんて食べたこともないって人がほとんどで、新聞にも大々的に取り上げていただいて、地元の人たちも食べに来てくれました」(雅子さん)

(写真提供/WATOWA)

(写真提供/WATOWA)

その後、アジア料理、スパイス料理、フィンランド料理……と、コロナ禍で思うように都市で営業できないシェフが各地から訪れた。なかには新宿で有名なカレー屋「CHIKYU MASALA」を営むブランドディレクターのエディさんも。100種を超えるテキーラを提供するメキシコ料理店として知られる、深沢(東京都世田谷区)の「深沢バル」は温泉津に第2号店を開く予定にもなっている。

「温泉津に来れば世界の料理が味わえる」という楽しさから、旅行者だけでなく、近隣の市町からも若い人を中心に集う場所になっている。私もこれまでに三度、このキッチンで食事させてもらったのだけれど、どの料理も素晴らしく美味しかった。エディさんのカレーも、食堂アメイルのアジ料理も。

ある日のランチで提供された、食堂アメイルのアジのカレー(写真撮影/RIVERBANKS)

ある日のランチで提供された、食堂アメイルのアジのカレー(写真撮影/RIVERBANKS)

交通の便がいいとはいえないこのまちに、途切れることなくシェフが訪れるのはなぜなのか。一つには寝泊まりできる家や車など暮らしの環境が、雅子さんの配慮で用意されていること。滞在できる一軒家は一日1000円程度、車も保険料さえ負担してもらえたら安く貸している。

そしてもう一つは、ほかのシェアキッチンに比べて、経済面でも良心的であること。マージンは売上の15%と、一般的な額の約半分。いずれも雅子さんのシェフを歓迎する意思の表れだ。

「食堂アメイル」の二人は、今年3月初めてこのキッチンで営業をして、すぐまた6月に再び訪れたという。

「初めて来たとき、いいところだなぁと思ったんです。また来たいなって。地元の人たちがみんなすごくよくしてくれて」(Lynneさん)

「何より新鮮な魚介が安く手に入ります。その日に獲れた魚が道の駅にも売ってあるし」(Kaiseiさん)

WATOWAのシェアキッチンで期間限定で営業する「食堂アメイル」の二人(写真撮影/RIVERBANKS)

WATOWAのシェアキッチンで期間限定で営業する「食堂アメイル」の二人(写真撮影/RIVERBANKS)

二人はキッチンでの営業を終えた今も、温泉津に長期滞在したいと、雅子さんが用意した部屋に暮らしている。この後9月、12月にもキッチンでの営業予定が決まっている。

「田舎ではとにかく働き手が少ないので、ここに居てくれるって人の気持ちはそれだけでとても貴重」と雅子さん。外から訪れた人たちが手軽に住みやすい環境を用意できるかどうか。それがその後のまちの雰囲気を大きく変えていく。

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

信用と信用をつなぐ、空き家を紹介する入り口に

雅子さんが、古い家を改修して4軒のゲストハウスを立ち上げたり、Iターン者に家を紹介するのを見た地元の人たちは、次第に「近江さんなら何とかしてくれるのでは」と空き家の相談をもちかけるようになっていく。

都会なら、それほど次々に家を改修するのにどれだけお金が必要だろうと考えてしまうが、温泉津では、古い家にそれほど高い値段がつくわけではない。解体するのに数百万円かかることを考えると、多少安くても売ってしまいたい家主も少なくない。

「連絡をもらうとまず見に行くんです。もちろん私は不動産屋でも何でもないんですけど。屋根がしっかりしているかとか、ここを改修したらいい感じになりそうと頭に入れておいて、IターンやUターンなど、家を探している人が現れた時に紹介します」

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

湯るりやHÏSOMに宿泊したのがきっかけで、その後も何度か温泉津を訪れ、移住する人たちが現れた。まちの勢いを敏感に察知し、温泉津でお店を始めたいという人も出始めている。その都度、雅子さんが地元の人たちとの間に入って、空き家を紹介する。

「温泉津に来て家を買いたいなんて、地元の人たちからしたらストレンジャー。普通ならよそから来た人に、いきなり家は売らない。信用できないからです。それは地域を守るための慣習でもあるんですね。でも私が間に立つことで、何かあったら近江さんに言えばいいのねって。少し気持ちが楽になるんじゃないかと思うんです。

私たちも最初はよそ者ですが、お寺の信用を借りている部分が大きい。皆さん『西念寺さん(お寺の名前)の知り合いなら』といって家を見せてくれます。今までにお寺が築いてきた信用の上でやらせてもらっています」

それにしても、観光で訪れた人が、移住したいと思うようになるなんて、ごく稀なことだと思っていた。でも温泉津で起きていることを見ていると、雅子さんの「住みたいならいつでも紹介しますよ」という声掛けが、温泉津を気に入った人たちの気持ちを後押ししている。

今年夏にオープンしたサウナ&スナック「時津風」。兵庫に拠点を置くデザイナーの小林新也さんが運営している。

今年夏にオープンしたサウナ&スナック「時津風」。兵庫に拠点を置くデザイナーの小林新也さんが運営している。

「観光から移住」の導線をつなぐ

すべてが順調に進んできたわけではなかった。日祖(ひそ)という集落で、ゲストハウスを始めようとしたときには、地元の人たちから大反対を受けた。これまで静かだった集落に騒音やゴミの問題が出てくるのではと危惧されたのだ。その時、雅子さんは丁寧に説明会を繰り返し、草刈りを手伝い、住民との関係性を築いていったという。

そしてある時、こう言ったそうだ。「ここはすごくいい所だから、来てくれた人の中に住みたいって言ってくれる人が現れたらいいですね」
このひと言が周りの気持ちを変えた。そう、地元のある漁師さんが教えてくれた。

「私がこうして中長期滞在型の宿を進めるのは、観光の延長上に移住をみているからです。まちの良さがわかって、何度も足を運んでくれるようになると、住んでみたいと思ってくれる方が現れるんじゃないかって」(雅子さん)

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

この夏には、温泉津の温泉街のほうに新しくバー兼宿「赭Soho」もオープンした。オーナーは東京の銀座でもバーを経営する人で、一年間温泉津に住んで古民家を改修して開業。自らがこの場所を気に入ったことに加えて、今の温泉津の勢いに商売としても採算の見込みがあるとふんだそうだ。何より雅子さんのような頼れる人がいるのが大きかった、と話していた。

地方にはただでさえプレイヤーが少ない。だからこそ雅子さんのような、人材を地元の人につなぐ役割が不可欠。

「田舎では、よそ者が入りづらい暗黙の域があって、事業を始める、家を買うなどの信用問題に関わることには特にシビア。なので間に立つ人間が必要だなと思うんです。

私もこの人なら大丈夫って言う手前、若い人たちにはとくに、地域に入ってしっかりやってほしいことはちゃんと伝えます。都会の常識は田舎の非常識だったりもするから。ゴミはちゃんとしようとか、自治会には必ず入って草刈りは一緒にやろうとか」

最近、温泉津に住みたいという若手が増えてきたため、長期滞在できるレジデンスをつくろうと計画している。

本気で受け入れてもらえるかどうか?を若い人たちは敏感にかぎわけるのかもしれない。
「まちづくり」とは大仰な言葉だと思ってきたけれど、今まさに温泉津では新しい飲食店ができ、バーができ、レジデンスができて……文字通り、まちがつくられていっている。

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

●取材協力
WATOWA

木造でも「火事に負けない」賃貸住宅! 法改正で木造の可能性広がる。地域と住民のハブにも アーブル自由が丘

木造建築は、環境負荷の低さや、性能がここ数年で格段に進化していることで注目されているだけでなく、2020年の建築基準法の改正以降、耐火・準耐火に関する基準の見直しや整備により、利用の可能性が広がったこと、2021年の「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称、改正木材利用促進法」によって、木材利用の推進対象が公共建築物から一般建築物に広がり、「高層木造ビル」といった今までには考えられなかった建築物が続々と登場しています。

植物の緑に木のあしらい。まるで昔からあったかのような佇まい

今回は話題の木造建築のなかでも、今年2月に誕生した店舗+集合住宅の複合施設「アーブル自由が丘」(東京都目黒区)を取材しました。地球環境や安全に配慮しながら、その街らしさを色濃く打ち出したこれからの住まいのカタチとは、どのようなものでしょうか。

スイーツや雑貨店などが集まり、おしゃれな街として知られる自由が丘(東京都目黒区)。「アーブル自由が丘」は、自由が丘駅から徒歩5分の場所に、今年2月に誕生した複合施設です。1階には自家焙煎のスペシャルティコーヒーショップ「ONIBUS COFFEE(オニバスコーヒー)」、ワインのセレクトショップ(角打ちも可!)「VIRTUS(ウィルトス)」、ごま油でおなじみの「かどや製油」による初のカフェ「goma to(ごまと)」のテナント、2階と3階はTECH人材向けのコミュニティ型賃貸住宅「TECH RESIDENCE JIYUGAOKA(テックレジデンス自由が丘)」(全22室)、さらにオーナーがお住まいの2住戸から構成されています。

1階のテナントが設けているテラス席では、植物の緑がつくる心地よい木陰で、ご近所の人たちが思い思いに過ごしています。その風景はあまりにもなじんでいるため、ずっと前からあったかのような佇まいです。

自由が丘らしさを感じる1階。カフェやワインバーのテラス席は大人気です(写真撮影/片山貴博)

自由が丘らしさを感じる1階。カフェやワインバーのテラス席は大人気です(写真撮影/片山貴博)

「アーブル自由が丘」があるのは、準防火地域(市街地における火災の危険を防ぐために定められる地域)。敷地に対して最大限のボリュームを確保するため、1時間耐火建築物(※)とし、さらに1階は鉄骨造、2~3階は木造という「混構造」にしています。火災にも強い、今、大注目の木造建築物というわけですが、ここに至るまでの道のりは平坦ではありませんでした。話の始まりは、なんと10年前、2012年~13年ごろになるといいます。

※耐火建築物……建物の主要構造部(柱・梁・床・耐力壁など)が耐火構造または所定の性能を満たし、延焼のおそれのある部分に設けられた開口部には、防火設備(防火サッシやシャッター)が用いられたもの

アーブル自由が丘の断面図。1階が鉄骨造、2~3階が木造(画像提供/内海さん)

アーブル自由が丘の断面図。1階が鉄骨造、2~3階が木造(画像提供/内海さん)

木造で自由が丘らしい建物を目指し、10年かけてコンセプトを詰めていく

「もともと材木商を営んでいたオーナーのご家族から、『実家を建て替えたいので、相談にのってほしい』ともちかけられたのがきっかけです。そのころ、私は世田谷区下馬で、5階建の木造集合住宅を手掛けていたのですが、できたら木造で建て替えられないかというお話からスタートしました」と話すのは、設計を手掛けた内海彩建築設計事務所の内海彩さん。

仕上げ材にも高知・四万十産の良質のスギをふんだんに使い、新築ですがすでに自由が丘の景観になじんでいます(写真撮影/片山貴博)

仕上げ材にも高知・四万十産の良質のスギをふんだんに使い、新築ですがすでに自由が丘の景観になじんでいます(写真撮影/片山貴博)

もともとは、お隣も合わせた約2倍の広さの土地(借地)に4棟のアパートやご自宅がありました。ちょうど商業地域と住宅地の境目にあり、都市計画道路予定地(※2)でもあります。

完成した現在の敷地はL字型になっていますが、建て替えの話がもちあがったときは、どの範囲が敷地になるのか決まっておらず、敷地面積や建物の床面積・用途に応じてチェックするべき都や区の条例が異なるので、さまざまなケーススタディを繰り返したそう。それにしても、今でこそゼネコン各社を含めて木造高層建築に注力していますが、依頼者から希望はあったとはいえ、なぜ当時はまだハードルが高かった“木造”を想定していたのでしょう。

※2 都市計画道路予定地……都市計画法に基づいて計画された道路が予定されている地。計画であり決定ではないため、土地の売買や建築は可能だが建築物の構造や高さ、階数などに制限がある

(画像提供/内海さん)

(画像提供/内海さん)

「オーナーさんが元木材屋さんということで、木造建築物への関心が高かったこともあり、クリアしなければいけない課題は多くあったものの、『木造でいけたらいいね』という方向性は一貫していました。木造ならではの温かみ、風景との調和など木の持つ良さ、価値を共有できていたんだと思います。一方で、従来の『裸木造』(防耐火性能のない木造のこと)のイメージも強く、耐震性などへの不安もおありのようでしたので、CLT(繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料)といった最新の木質材料もご紹介し、これからの時代にふさわしい耐震耐火性能を備えた『都市木造』を目指すことにしたのです」(内海さん)

設計を担当した内海彩さん(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した内海彩さん(写真撮影/片山貴博)

もともと、内海さんが木造建築に注目したのは2000年前後。建築士として独立した直後で時間もあり、勉強会に参加して、「鉄筋コンクリート造や鉄骨造ばかりの都市に『木造』という選択肢をつくれたらおもしろそう」と夢を思い描いていました。ただ、「世間的には木造というと2~3階建ての一戸建てがイメージされてしまうもの。中高層の木造集合住宅といっても理解されずに、聞きかえされることもしばしばでした」

そんななか、2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称、木材利用促進法)」ができて、国交省の「木のまち整備促進事業(現・サステナブル建築物等先導事業)」に採択されたことが大きな追い風となり、2013年、世田谷区下馬に5階建の耐火木造集合住宅が完成しました。設計プランとしては注目されていたものの、竣工したことにより、「『本当にできるんだ……!』と多くの方が関心を寄せてくださったんです」と内海さん。

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

今回の「アーブル自由が丘」はすべて民間で開発・実現しました。都市計画道路予定地のため、高さ制限や構造制限があり、また、1階は当初より店舗として貸すことが決まっていたため、区画内に柱や壁をつくらず、できるだけ天井高を確保できるよう鉄骨造に。住空間である2・3階を木造とすることにしました。どこにでもある店舗ではなく、暮らしや食に豊かさを感じられるような「自由が丘らしい建物にしたい」というオーナーさんの思いを汲んでテナント募集が進められました。

「コンビニやファミレスへの1店鋪貸しではなく、小ぶりでもセンスの良い、ちょっと入ってみたくなるようなカフェやベーカリー、ギャラリーやフラワーショップなどが並ぶすてきな街並みをつくりたい、というお考えでした。もともと自由が丘に長くお住まいなので、いい街にしたい、この街にふさわしいものをという想いがおありだったんです」(内海さん)

3階にお住まいのオーナーさんのお住い。画廊のお仕事もされていてアートにも造詣が深く、室内のそこかしこに作品が飾られています(写真撮影/片山貴博)

3階にお住まいのオーナーさんのお住い。画廊のお仕事もされていてアートにも造詣が深く、室内のそこかしこに作品が飾られています(写真撮影/片山貴博)

お住まいの一角には、お仕事スペースも。ロールスクリーンを使ってゆるく空間を区切る工夫がされています(写真撮影/片山貴博)

お住まいの一角には、お仕事スペースも。ロールスクリーンを使ってゆるく空間を区切る工夫がされています(写真撮影/片山貴博)

共用ホールにテナント。住民の居場所が複数ある構造に

こうして「木造建築物」「自由が丘らしい」などのコンセプトが固まってきた一方、シェアスペースがあったらいいという話もでてきました。

「この街にふさわしいものを、という話の中で、シェアオフィスもいいねという案が出てきました。単なるワンルームマンションではなく、暮らす人たちが交流・休憩・触発されるような共用空間があったなら……。
シェアオフィス単体で成立させるのは事業計画上難しそうだったのですが、そんな中、テナント募集を進めていた東急さんより、賃貸住宅部分の運営会社としてCEスペースさんのご紹介がありました。CEスペースさんは、IT人材専用コミュニティ型住宅『テックレジデンス』を都内数カ所で運営されています。そのノウハウもプランニングに盛り込み、2・3階を『TECH RESIDENCE JIYUGAOKA(テックレジデンス自由が丘)』として、IT系エンジニアに入居してもらうことになりました。
もともとワンルームだけではなく、2LDK、3LDKと混在させる計画でしたが、これらをシェアタイプの賃貸住戸として利用できるよう調整しました。状況が変われば、シェアハウスの3DKを2LDKに改修できるよう考慮しています。

目黒区の『自由が丘街並み形成委員会』との事前協議でもこの建物の話をしたところ、応援していただきました。自由が丘は、これから駅前を中心に再開発が進みます。そんな未来の自由が丘に才能ある若いIT系エンジニアが集まり、新しい価値観を発信していく、ということに大きな期待があるようでした」(内海さん)

こうして、ワンルーム住戸5室とシェアタイプ住戸内の個室17室、共用ホールという構成が決まり、さらに細部のプランを詰めていき、ついに着工。途中、ウッドショックの荒波に揉まれつつも、1年の工期をかけて完成しました。

入居が始まって約半年が経過した今、共用ホールに至る廊下にはさり気なくオーナーが選んだアートが飾られているほか、トップライトから日光が降り注いだり、木のぬくもりがあったりと、職業はデジタルな「ITエンジニアの住まい」でありつつも、どことなく「アートな香り」「あたたかさ」などアナログの良さを感じられる住まいとなっています。

「アーブル自由が丘」の共用ホール。「ゆ」ののれんが掛かっているのは住戸の玄関で、住民の方がつけたもの。のれんの奥はワンルーム住戸になっています(写真撮影/片山貴博)

「アーブル自由が丘」の共用ホール。「ゆ」ののれんが掛かっているのは住戸の玄関で、住民の方がつけたもの。のれんの奥はワンルーム住戸になっています(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けを上部から見たところ。開放感がお分かりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けを上部から見たところ。開放感がお分かりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けの共用ホールは、住民のみが利用できる場所です。ここで仕事をしてもいいですし、気が向いたときは1階のカフェやワインバーも利用できます。自分だけの水まわりがあるワンルームタイプと、キッチン、バス、トイレを3~4名で共用する3~4DKのシェアタイプが混在するので、自分にあった住まい方、暮らし方ができるのもいいですね。家賃は9万4000円~12万6000円。自由が丘駅徒歩数分、共用スペースがあるので感覚的な“広さ”は十分。住む、働くが一体化していることを考えると、納得なのではないでしょうか。

「1階カフェと連携したサブスクリプションサービスが提供されているので、自分がコーヒーを飲むだけでなく、仕事の打ち合わせ、友達とのおしゃべりにも活用できますよね。仕事の打ち合わせでも、共用スペースや1階のカフェ、レストランなどを”自分のテリトリー”として利用できると、人を呼びやすいだろうなと思います。そこからどこかに出かけてもよいし、そういうときに魅力的なスポットがあちこちにある『自由が丘』という地の利もより活かせると思います」と内海さん。

居室に設けられた部屋番号とインターフォン。工事の端材でつくられたものですが、こちらも木のあしらいがかわいい。施錠にはスマートロックを利用しています(写真撮影/片山貴博)

居室に設けられた部屋番号とインターフォン。工事の端材でつくられたものですが、こちらも木のあしらいがかわいい。施錠にはスマートロックを利用しています(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプ住戸内の個室。家具・家電は備え付けられているので、カーテンとベッド、身の回りのものがあれば生活が始められます(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプ住戸内の個室。家具・家電は備え付けられているので、カーテンとベッド、身の回りのものがあれば生活が始められます(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアタイプ住戸の窓。構造材、耐火被覆、外装仕上げを合わせたため、壁の厚みは40センチ弱あり、一般的な一戸建ての2倍以上! そのため、温熱環境はもちろんのこと、遮音性も高く、驚くほど静か(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアタイプ住戸の窓。構造材、耐火被覆、外装仕上げを合わせたため、壁の厚みは40センチ弱あり、一般的な一戸建ての2倍以上! そのため、温熱環境はもちろんのこと、遮音性も高く、驚くほど静か(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの部屋を外側から見たところ。フシのない杉材は外装材で、内側には木の構造材と断熱材、それを耐火被覆した壁があります(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの部屋を外側から見たところ。フシのない杉材は外装材で、内側には木の構造材と断熱材、それを耐火被覆した壁があります(写真撮影/片山貴博)

住戸と住戸を仕切る隔壁パネルにも杉材を使用。他の賃貸集合住宅では見られない仕様です(写真提供/内海彩さん)

住戸と住戸を仕切る隔壁パネルにも杉材を使用。他の賃貸集合住宅では見られない仕様です(写真提供/内海彩さん)

シェアタイプの水まわり。バス、洗濯機、トイレ、洗面所を共用して使います(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの水まわり。バス、洗濯機、トイレ、洗面所を共用して使います(写真撮影/片山貴博)

キッチンには冷蔵庫や炊飯器も。共用部は週2回の業者による清掃が入ります(写真撮影/片山貴博)

キッチンには冷蔵庫や炊飯器も。共用部は週2回の業者による清掃が入ります(写真撮影/片山貴博)

注目されている木造耐火建築、その街らしいテナント、シェアタイプの住戸と、通常の開発よりも手間と時間をかけて完成した「アーブル自由が丘」。それを実現したのは、オーナーさんと建築家さんの「よい街にしたい」「木とともに心地よく暮らしてほしい」という強い思いでした。

「シェアハウスとワンルームの混在」「共用スペース」「一階に店舗がある」「入居者がITエンジニア限定」「木造」など、この物件の魅力の感じ方は人それぞれでしょう。ただ、暮らしの多様性、生き方や地域への関わり方が増えていることは確かです。成熟した街・自由が丘に、今までにない木造の建物ができ、若い世代/才能がともに暮らす。街をよりすてき・魅力的にするような、そんな化学反応が起きるのではないでしょうか。

●取材協力
内海彩建築設計事務所 内海彩さん

昭和レトロの木造賃貸が上池袋で人気沸騰! 住民や子どもが立ち寄れる憩いの場、喫茶店やオフィスにも活用 豊島区

東武東上線の北池袋駅(東京都豊島区)から徒歩10分ほどの場所で活動する「かみいけ木賃文化ネットワーク」。活動の中心は昭和に建築された3つの木造賃貸建築物。コミュニティづくりやアートワーク、オフィス、住居などに利用し、訪れる人や住まう人たちがゆるやかに活動をする繋がりをつくり上げています。
そのようななか、2022年1月に新たなスペースとして「喫茶売店メリー」をオープン。まちなかに住む人々とのつながりが変化したそうです。一体どのように変わったのでしょうか。

木造賃貸アパートをもっと面白く活用したい

巨大ターミナル駅・池袋駅の1つ隣にある、東武東上線の北池袋駅。周辺には低層住宅が所せましと並び、大都会である豊島区・池袋とは思えぬ穏やかな時間が流れます。駅から住宅街を10分ほど歩いていくと、昔ながらの木造の建物「山田荘」「くすのき荘」「北村荘」が見えてきます。戦後、「木賃(もくちん)」と呼ばれる、狭い木造賃貸アパートが多く建築されたこのまちで、ネットワークをつくりながら”木賃文化”を盛り上げているのは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を運営する、山本直さん・山田絵美さん夫妻。

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」は木造賃貸アパートをどう面白く活用するかを徹底的に考える活動。活動のきっかけは、山田さんが両親から受け継いだ「山田荘」でした。

「『山田荘』は、もともと私の実家が、賃貸アパートとして運営していた建物です。とはいえ、狭くて古い建物を住まいとして貸し続けることには限界があると感じていて。私が受け継ぐ時に、この建物を『もっと良く活用ができないものか』と考え始めたんです」(山田さん)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

「山田荘もそうですが、かなり築年数の進んだ木造アパートなどは、現代の建物と比べると機能も足りてないところが多いんですよね……。風呂なし、トイレ共同、洗濯機置き場がないというのがおおむねスタンダードです。でも暮らしの全てを、自分の住むスペースでまかなうのではなく、まち全体を1つの『家』に見立てれば、いろんな暮らし方ができるんじゃない?と思うのです。台所がないなら食堂へ。お風呂がないならば、銭湯へ。アトリエがないならばガレージへ。庭がないならば公園へ――古き良き木造建築物を楽しんで生かし、”足りないことはまちなかで補い、まちの人や暮らしとゆるく繋がろう”ということを目指しています」(山田さん)

アーティストの拠点として、木造賃貸アパートの居室を利活用

こうした活動に至ったのは、山田さん自身が、豊島区内で実施していたアートイベントとの出合いも影響していたようです。2011年ごろから、東京都や豊島区は「としまアートステーション構想」という、地域資源を活かした「アート」につながる活動をする場づくりをしていました。その一環で山田荘のアパートの一部を、美術家である中崎透さんの滞在制作場所として提供しました。

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

「山田荘をプロジェクトで活用してもらえることはうれしかったですね。この建物は、古い木造建築物で、当時の建築基準法に沿ってつくられており、現行法では既存不適格です。そのため、これを壊すことなく同じ形で、建物そのものが持つ良さを文化として残したいという思いもあったので、これはチャンスだと感じました」(山田さん)

3つの拠点を行き来することで、新たな出会いと交流が生まれる

「山田荘」の、居住する以外の活用方法を通じて、おもしろさを実感した山本さん・山田さん。

「そうしたら、自然と空き物件が目に入るようになったんです(笑)」(山田さん)

その後、2016年に「山田荘」から徒歩5分ほどの位置にある「くすのき荘」を借り、2020年には「北村荘」を借りることとなりました。

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社の名残を残す「くすのき荘」は、1975年築の2階建て事務所兼住居建物です。隣にはくすのき公園があり、あたりには気持ちの心地の良い穏やかな時間が流れています。

運送会社時代に倉庫として使用されていた天井の高い1階スペースは、メンバー制のシェアアトリエとして利用。2階は、山本さん・山田さん夫妻の居住スペースのほか、メンバーのシェアリビング、シェアキッチンとしても開放。時折開かれるイベントには、近所に住むメンバー外の人も訪れることもあり、まさに「まちのリビング」として、思い思いの時間を過ごしています。

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

一方、2020年に活動開始した「北村荘」は一見すると一軒家のようですが、1階・2階にそれぞれ玄関があり、スペースが区切られている2階建ての木造賃貸アパート。1階は住人たちのコミュニティスペース、2階はシェアハウスになっています。

「1964年築のこの建物は、山田荘と同じく、旧耐震基準の建物です。やはり一度壊したら同じ形での再建築は不可です。私たちが山田荘に対して感じていたことと同じように、不動産屋さんからも『この建物を壊すことなく活かす方法を探している』と相談をいただき、引き受けることにしました」(山田さん)

その後、耐震改修を加え、内装をDIYで改装し、「北村荘」は再生されたのです。

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

「3つの建物は、コンセプトも用途も異なりますが、利用者は居住者やご近所さんだけでなく、遠方から”何か楽しい集まり”や”出会い”を期待して足繁く通う人もいます。また、それぞれの拠点を行き来する使い方もあります。そうすることで新たな出会いや交流が生まれますね」(山田さん)

コロナ禍で、半径500m圏内のご近所付き合いを実感

「開けたまちのスペース・まちの人同士をつなぐ場でありたい」という願いがありながらも、「メンバーシップ制」のため、どうしても仲間うちの閉じた活動になりやすいことが悩みだったそうです。

「活動をするメンバーは、”アート”をきっかけに興味を持った人のほか、豊島区近郊ではなく、首都圏内広くから、さらにはそれより遠方から通うクリエイターさんもいて。特に『くすのき荘』はガレージの奥が深く、常にオープンしていたわけではないので、近所の人たちからは『一体あそこで何をやっているのだろう?』と思われがちだったんです」(山本さん)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

そんななか、2020年からのコロナ禍で状況が大きく変化しました。

区外の離れた場所からコミュニティスペースに通えなくなる人が増加した一方で、人々の活動範囲が狭められ、半径500m圏内の生活濃度が上がったのを実感したそうです。

これを機に、『くすのき荘』を、地域の人たちと繋がるためのもっと”開けた場”にし直そうと決意。いつでも誰でもふらっと足を運び、気軽におしゃべりしたり、交流する” 半径500m圏内の憩いの場”にするべく、リニューアルすることにしたのです。

特別な店ではない 日常の延長にある「喫茶売店メリー」をオープン

山本さんは、リニューアルにあたって「喫茶売店メリー」を設けることを決めます。

「喫茶というよりも、イメージは『公園にある売店』といった感じのものを考えていました。ガレージを開放した状態だと、隣にあるくすのき公園と地続きになり、自由に行き来ができる。そういうつくりにして、『喫茶売店メリー』が”街の一角である”ことをイメージさせたかったのです」(山本さん)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

やはり、まちの人にとって「こんな開放的な場所があるのね!」と知ってもらい、いつでも足を延ばしてほしい、という思いがあるゆえなのでしょう。

「このエリアにはお年を召した方も多く住んでいます。若い単身者や外国にルーツを持つ人も多く、まさに多種多様です。さまざまな人にとって魅力的に感じ、いつでも気軽に訪れることができるコンテンツは何か?と考えた結果、カフェという答えに行きつきました。でも僕自身は今までカフェなんてやったことなかったんですよ。だから本当にイチから勉強で、試行錯誤もいいところです(笑)。

最初はレシピやメニューをつくるにも、何からすればいいか分からなかったんです。なので、近所に住む台湾人の料理人のおじさんに教えてもらい、看板メニューであるルーローハンをつくったんですよ。おかげさまで彼はよく顔を出してくれます」(山本さん)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

カフェを増築するにあたっては、山本さんと旧知の関係である建築事務所「チンドン」主宰、建築家の藤本綾さんが設計を担当しました。

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

「中をのぞけば楽しそうにしている方たちがたくさんいるのに、外部から中の様子が見えづらいことで、入りづらさを感じて。開放的な場所づくりを意識し、建物の大きな扉を開けるとコンパクトな売店が出現する設計にしました。テイクアウトで使えるような小さな窓口を設けることで、通りを歩く人との接点がつくりやすいようにしています」(藤本さん)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

ゆるく交わるオープンスペースの連続性で、都心の街並みは変わる

2022年1月に「喫茶売店メリー」がオープンしてから、半年以上が経過。内輪感のある空気にひそかに頭を悩ませていた山田・山本さん夫妻は「顔ぶれに変化が生まれた」と話します。

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

「ワンちゃん連れのお客さんが散歩の途中でコーヒーを買ってくれたり、ベビーカーで赤ちゃんを連れたファミリーが公園に寄る途中で訪れてくれたりすることが増えましたね。あと、たまに小学生がフラっとガレージに紛れ込んでくるんです。何気なくベンチで休憩していて(笑)。そういうのが楽しいですよね。まちの居場所として思ってもらえているんだなと」(山本さん)

これまでに「かみいけ木賃文化ネットワーク」の活動にアドバイスしてきた、「まちを編集する出版社」千十一編集室の代表・編集者の影山裕樹さんは、今回「喫茶売店メリー」オープンに伴い、クラウドファンディングの立ち上げから、コピーライティング、コンセプトの考案などのディレクションに携わりました。その時のことを思い出しながら、こう話します。

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

「昔は、角のタバコ屋のようにちょっとした憩いの場ってありましたよね。いまでも都市公園にある、気の抜けた売店みたいな場所があり、そこに集う人々は飲食や休憩、遊具の購入などいろいろな目的を持って訪れています。ですが、現代の都市空間においては、経済合理性が優先され、お店の機能が限定されてしまっています。複数の機能を持ったゆるいスペースがなくなっているんです。そういう場所をつくりたかったので、今回のプロジェクトは渡りに船だなと感じました。また、東京の人たちは、自分の足元の半径500mのコミュニティとの繋がりがほとんどなく、せいぜいコンビニや居酒屋とかしか行かない。こうした狭い範囲で暮らす人が多様な人と関われる場所にもしたくて、”公園の売店のようなお店”だとか、”開けっぱなしの客席”というコンセプトにつながりました」(影山さん)

上池袋のまちを中心とした、「木賃文化」のことやご近所付き合いについても、続けてこう話します。

「このエリアは木造密集エリアとして知られ、火事などの災害に弱い反面、木貸アパートが持つゆるやかなご近所づきあいという、文化的遺伝子を持つエリアでもあります。都市開発において、木造賃貸アパートは次第に淘汰されていく運命ですが、高度成長期は地方都市からの上京組が、その時代を経て、日本へやってきた外国人や単身者が暮らし、家族とは違うコミュニティを形成してきました。こうしたご近所さんとのゆるやかなつながりを生み出す仕組みを、現代に引き継ぐというのが木賃アパートの価値だと思います。こうしたソフト面でのまちづくりは現代の東京に必要な視点だと思いますね」(影山さん)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

「カフェができることによって、出入り自由のオープンな雰囲気がより強くなったと思います。こうした空気感のある中で生まれる小さなつながりが、徐々に広がっていくと、きっと住みやすい街になっていきそうですよね」(山本さん)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」内にもたらされた、「喫茶売店メリー」オープンという変化は、都市のソーシャルな課題を解決するために多くの人に知ってほしい、”小さくも大きい出来事”だったのではないでしょうか。

●取材協力
・かみいけ木賃文化ネットワーク

わずか7畳のタイニーハウスに夫婦二人暮らし。三浦半島の森の「もぐら号」は電気もガスもある快適空間だった!

「タイニーハウス(小屋)」や「キャンピングカー」「バンライフ」のような、小さな空間での暮らしが関心を集めています。旅行のように数日ではなく、日常生活を送るのは不便ではないのでしょうか? 費用やその方法は? 夫妻でタイニーハウス暮らしをしている相馬由季さんと夫の哲平さんのお二人に、その等身大の暮らしを教えてもらいました。

広さ12平米、ロフト5平米の自作タイニーハウスで夫妻ふたり暮らし

米国では2008年のリーマンショック以降、西海岸を中心に、暮らしの選択肢としてタイニーハウスを選ぶ人たちが増えているといいます。このムーブメントは日本にも押し寄せ、タイニーハウスの認知度もじょじょに高まってきていますが、実際に「住まい」として暮らしはじめた人がいると聞き、取材に行ってきました。

場所は、三浦半島のとある私鉄の駅から徒歩数分、森のなかに、まるで童話のなかに出てくるような車輪付きの「小屋」がぽつんと佇んでいます。あまりのかわいさに「映画やドラマのセット?」にも思えてきますが、これは立派な住まいです。

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

「引越してきたばかりのころは、『人が暮らしているの?』とよく聞かれました(笑)」と話すのはタイニーハウスの主でもある、相馬由季さんと哲平さん夫妻。車輪付きのタイニーハウスを由季さんのニックネームにちなんで「もぐら号」と名付けました。広さはわずか12平米とロフト5平米、室内はキッチン、バス、トイレ付きです。ひとり暮らし向けの物件でも部屋の広さは15~20平米を確保していることが多いことを考えると、よりコンパクトな住まいであることがわかるかもしれせん。

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

このタイニーハウスで驚くのは、由季さんによる水まわりなど以外は自分でつくる「セルフビルド」であるということ。今でこそ、タイニーハウスを販売している会社も増えていますが、こちらはそうした市販品を使うことなく、木材から建材、トイレなどの住宅設備機器まで、ネットやホームセンターで購入し、つくったといいます。

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

「DIYのワークショップに1度参加したくらいで、特別なスキルもなかったんですが、はじめてみないことには何も進まないと思い、材料が置けて作業できる場所を探し、都内の木材屋さんの倉庫を借りて実際につくりはじめたんです。
2年かけて必死になって、どうにかこうにかタイニーハウスが完成し、ここで住み始めたのは2020年の年末。それから1年半経過しましたが、狭さや不便さは感じません」(由季さん)

哲平さんは秘境・登山ガイドという仕事のため留守にすることもありますが、基本的には二人で自宅で過ごしているといいます。仕事はテレワーク中心ですが、必要に応じて近所のカフェを利用できるため、不便ではないそう。二人にとって「広さ」は、暮らしの快適さにおいてさほど問題ではないのです。

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

ひと月にかかる費用は光熱費1万円のみ!?

相馬由季さんがタイニーハウスを知ったのは2014年ごろ。移動ができる小さな住まいにひと目ぼれし、海外のタイニーハウスに住む人々を訪ね歩いたといいます。

由季さんがタイニーハウス暮らしを思い描いていたころ、夫の哲平さんに出会いました。つきあいはじめてすぐに、「タイニーハウスで暮らす夢」について話したといいます。

「もともとシェアハウスで暮らしていたこと、登山が好きということもあって、室内が狭いということにはまったく抵抗がありませんでした」という哲平さん。どのような暮らしを送りたいか価値観をすり合わせるようにし、つくる過程で少しずつ二人で暮らす仕様になっていったといいます。

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

「料理好きなのでキッチンは大きめにしたり、180cm 以上ある身長(夫)にあわせて、室内の高さを考えたり、少しずつ一緒に暮らす前提でつくっていきました」といい、いわばタイニーハウスは結婚する「二人らしさ」を形にした住まいなのです。結婚式を挙行するかわりにタイニーハウスづくり……、ありかもしれません。ただ、どの住宅もそうですが、夢と現実の条件面で折り合いを付ける必要があります。資金面や土地の事情の「リアル」「お金面」では、どのようになっているのでしょうか。

「タイニーハウスの土台となるシャーシが約120万円、設備や材料費、水まわり施工費が約250~300万円、完成したタイニーハウスの移設・設置費が約20万円ほどでした」と由季さん。およそ400万円で完成したといいます。

一方で難航したのが土地探しです。

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「土地は2年くらいかけて探しました。以前は神奈川県横浜市のシェアハウスに暮らしていたのですが、理想の土地を求めて東京都内、千葉、神奈川などさまざま見学したものの、駅からの距離、土地の広さ、上下水道の引き込み、周辺環境など、気に入るものがなくて。今のこの場所は、駅を降りた瞬間から、駅からの距離、海への近さ、スーパーなど含めて気に入って、『ココだね』となったんです」(哲平さん)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

土地の広さは1100平米で、価格は交渉。加えて、上下水道の引き込みなどで費用が100万円ほどかかりましたが、ローンは利用せずに思い切って一括で購入しました。
また、タイニーハウスは車輪がついているため、固定資産税がかかるのは土地のみです。自動車として扱うため自動車税と自動車重量税になり、現在かかっているひと月あたりの費用はこれらの税金と水道光熱費のみだそう。

「電気もガスも水道も少量ですむので、光熱費は毎月1万円程度でしょうか」(由季さん)といいます。生活するための住居費や光熱費を稼がなくては……というプレッシャーとは無縁で、より好きなことを仕事にできる感覚があります。

ほかにも「タイニーハウスづくり」を応援してくれた家具屋さんから、「新居祝いに」と庭のテーブルセットをもらったり、地元の植木屋さんから良い木を植えてもらったりと、人とのつながりに助けられている、と笑います。自然体の二人が楽しそうにタイニーハウス暮らしに挑戦しているからこそ、まわりも助けたくなるのかもしれません。

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

小さくても断熱環境やキッチンのサイズ、「快適さ」はゆずらない

とはいえ、予算重視、予算ありきでタイニーハウスをつくったわけではありません。

「室内が小さいからこそ快適性はゆずりたくなくて、断熱材は厚めに入れましたし、窓は樹脂窓(フレームが樹脂製のため金属製に比べ断熱性の高い窓)にしました。キッチンは大きめにしましたし、トイレもバスも好きなものを選んでいます。また、赤い三角屋根のシルエットは、一貫してこだわった部分ですね」(由季さん)といいます。

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスは、基本的にひと部屋。採用できる建具や設備が限られているからこそ、一つひとつのパーツ、こだわり、自分の好きなものをぎゅっと選べます。だからこそ、扉を開けたときに、つくり手の価値観が一目で表現できるのがおもしろさでもあります。相馬さん夫妻のタイニーハウスは断熱材や窓、開口部にこだわったこともあり、今年2022年の夏のような猛暑でもすぐに涼しくなり、冬は寒さを感じずに快適だそう。

「完成した『もぐら号』にはたくさんの人が遊びに来てくれましたが、『意外と広い!』『快適なんだ』と言われることが多いですね。プロジェクターを設置したり、折りたたみのテーブルをつけたり、快適に暮らせる微調整は日々、続けています。だからこそ外から見ている以上に空間に広がりがあり、自分の好きに囲まれて暮らせていて、本当に心地いいんです」と話します。季節の衣類や登山用具は、庭のガレージに保管しているため、過度に捨てたり処分したりの必要はないといいます。

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

「趣味のカメラでも、登山用品でも、一つ買ったら一つ売るを徹底しているので、すっきり暮らせているのも心地いいですね」と哲平さんは笑います。ちなみにもぐら号を見た哲平さんのお父さんは、「俺もほしい」と話していたそう。その気持ち、わかります。

タイニーハウスは人生を考える「きっかけ」。暮らしはもっと軽やかでいい笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

周囲の人からも大好評の「もぐら号」ですが、泊まってみたいという要望も多いことから、夫妻は今、第2棟となる「カワウソ号」を作成しています。今度は自作ではなくデザインと仕上げの内装は自分で行い、施工はプロに依頼しています。

「タイニーハウスで暮らしてみて改めて思ったのは、住まいを考えるということは、人生を考えるきっかけになるということです。住まいって、暮らし方、働き方、誰とどんな場所で生きていきたいのか、考えるきっかけになりますよね。特にタイニーハウスは小さいからこそ、暮らしや自身の価値観と向き合わないとできないんです」と話します。

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

やはり小さく、制限があるからこそ、本当に大切にしたいものは何かをよく考え、厳選するようになるのかもしれません。特にコロナでさまざまな価値観が変わった今こそ、「やりたいことをベースにする」に、イチから住まい方を考え直したい、そう思う人が多いからこそ、相馬さんのタイニーハウスづくりを応援したい、興味をもっているという人が増えているのでしょう。

「日本で誰もやったことがない」ことから、「自分がやりたいからやってみる」とタイニーハウスづくりをはじめた相馬さん。「住居費のためではなくて、自分の人生を生きたい」と考えるなら、まずは今までの住まいのあり方を疑ってみるのも、ひとつの方法かもしれません。

●取材協力
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地元の北本団地が高齢化。生まれ育った子どもたちが住居付き店舗をジャズが流れるコミュニティスペースに 埼玉県

総戸数2000戸を超える巨大な団地「北本団地」(埼玉県北本市)。しかし、高齢化や少子化に伴って入居数は年々減り、団地中心部の商店街もシャッター通りと化していた。そこで2021年に発足したのが「北本団地活性化プロジェクト」だ。北本団地出身・在住のまちづくりチーム「暮らしの編集室」を主体に、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構の5者が連携し、団地の活性化に取り組んできた。

どうにかして“ふるさとの団地”と関わりたかった

その最初の取り組みが、団地内にある商店街の活性化だ。商店街にある20の建物は全てが住居付店舗(1階店舗、2階住宅)になっているが、その一つをジャズが流れるコミュニティスペース「中庭」として再生。1階は「暮らしの編集室」が改装し、2階の住居部分はMUJIHOUSEとUR都市機構がリノベーションした。なお、2階部分には中庭を運営する夫妻が暮らしている。商店街の住居付店舗を再生し、そこに住みながら地域活性化に取り組むという、全国的にも珍しい試み。その背景や目的、これからについて「暮らしの編集室」メンバーの江澤勇介さん、岡野高志さんに伺った。

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

――2021年にスタートした「北本団地活性化プロジェクト」ですが、その主体である「暮らしの編集室」設立の経緯から教えてください。

岡野高志(以下、岡野):私は北本市の観光協会に勤めているのですが、2019年に埼玉県と北本市から「街を活性化するために、商店街や中心市街地で何かできないか」と相談を受けました。そこで、まずは北本駅前周辺にある空き店舗を活用して何かを始めようと考え、地元の友人だったカメラマンの江澤と建築家の若山に声をかけ「暮らしの編集室」を立ち上げたんです。

江澤勇介(以下、江澤):暮らしの編集室のコンセプトは、地元・北本に暮らしながら楽しめる街をつくっていくこと。北本市って典型的な郊外のベッドタウンで、手付かずの自然や田畑のほかには「何もない街」なんです。でも、何もないからこそ、何か新しいことをやるためのフィールドや余白が残っていると思いました。

――まずは、どんな活動からスタートしましたか?

岡野:はじめは、「市民がチャレンジできる場所」をつくりたいと思い、「暮らしの編集室」の拠点を兼ね、1日からレンタルできるシェアキッチン「ケルン」をつくりました。立ち上げから2年半が経ちますが、延べ35組の方々にご利用いただき、現在は1カ月のうち平均20日くらいは稼働しており、地元野菜を使った、さまざまな美味しい料理が食べられる場になっていますよ。

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

――その後、2021年には「北本団地活性化プロジェクト」を発足させていますが、そもそも北本団地に目を向けた理由というのは?

江澤:北本団地は僕が生まれ育った場所なんです。団地を出た後も「団地祭」という夏祭りには毎年訪れていたのですが、年々衰退していくのを目の当たりにしてきました。とはいえ、自分も今は住んでいないし、関わりしろもない。仕方ないと思いつつも、団地内の商店街がシャッター通りになったままなのは寂しくて。地元の同級生とも「どうにかしたいね」と話していたんです。

岡野:私も団地には7年ほど住んでいます。北本団地は北本町が市になった1971年に完成し、総戸数2000戸を超える巨大な団地として注目を集めました。しかし、次第に高齢化が進み、団地内の商店街の店舗も少しずつシャッターを下ろすようになっていったんです。2021年3月には、団地の子どもたちが通うためにつくられた小学校も閉校してしまいました。

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

江澤:僕も岡野も昔の活気ある商店街の風景を覚えているだけに、非常に寂しい気持ちでした。そして、せっかく「暮らしの編集室」をつくったのだから、北本団地の空き店舗を活用して何かできないかと考えたんです。それから、「ケルン」の運営と並行して、その可能性を模索するようになりました。

――まずは「ケルン」と同様に、自分たちで北本団地の空き店舗を借りたと伺いました。

岡野:そうですね。そこは「ケルン」の成功体験が大きかったと思います。一般的なお店ではなく、ケルンのシェアキッチンのような入り口があれば、その場所を使いたい人が集まってくる。そして、そのコミュニティをきっかけにさまざまな展開が起こる流れを体験していたので、団地でも同じことができるのではないかと考えました。

団地活性化のカギは「住居付店舗の再生」

――「北本団地活性化プロジェクト」には「暮らしの編集室」に加え、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構が参加しています。連携することになった経緯を教えてください。

岡野:もともと、北本市とは地域づくりの事業を進めてきた実績がありました。また、良品計画には私の知人がいて、北本団地についても相談していたんです。良品計画も団地の活性化には課題感を持っていて、これから団地や商店街に活気を呼び起こすには「住宅付店舗」(1階が店舗、2階が住宅)のような、職住隣接の暮らし方がキーになるということでした。ぜひ北本団地でも敷地内の商店街にある既存の住居付店舗を積極的に活用したいと考え、団地を管理するUR都市機構へ提案しにいきました。

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

――それが採択され、大きなプロジェクトへ発展していったわけですね。プロジェクトのなかで「暮らしの編集室」はどんな役割を担っているのでしょうか?

江澤:僕らは現場でプロジェクトを主導するプレイヤーですね。街づくりでありがちなのは、支援者は多いのに、実際にそこで何かをやる人、現場を動かす人がいないことです。特に少子高齢化が進んでいる団地はネガティブなものとして捉えられ、進んでやりたがる人は多くありません。でも、ここは僕らの地元ですし、発起人としての責任もある。そこで、「暮らしの編集室」のメンバーが実際に現場で動くプレイヤーとなり、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構にバックアップしてもらう体制をとっています。

――では、「住宅付店舗」を再生させる取り組みを進めるにあたり、最初に何から始めたのでしょうか?

岡野:「きたもと未来会議」というワークショップを開きました。「団地の活性化」とか「街の未来」といっても漠然としているし、描くものは人によって違うじゃないですか。ですから、まずはみんなが「この場所をどうしたいか」について話し合い、共通言語をつくる必要があると考えたんです。会議には団地の自治会の人、商店街の人、UR都市機構の人、地元の友人などを招き、団地や街に対する思いをぶつけてもらいました。

江澤:従来の団地の自治会でも会議は行われていましたが、これまではそこで出た住民の要望をUR都市機構に伝えるだけでした。でも、今は自治会とUR都市機構、そして僕たちも含めたプロジェクトのメンバーがともに顔を付き合わせて、団地の未来について考えています。直接コミュニケーションをとることでアイデア出しや意見交換も活発に行われるようになり、例えば自治会からはコロナ禍で2年間開催できていない「団地祭」についての相談が出たり、UR都市機構からは「団地の広場を防災のために活用してはどうか」という提案が出たりしています。

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

――みんなで一丸となって「団地や暮らしを良くしていこう」という気概が感じられますね。

岡野:もちろん、それまでにも多くの人が良くしようという気持ちは抱いていたと思います。でも、それがうまく形にできていなかったし、そもそも思いをぶつけられる場がなかった。「暮らしの編集室」では“コミュニケーションを軸とした編集”を基本にしています。だから、みんながフラットに話せる場はとても重要なんです。

――今回の住居付店舗再生の取り組みにあたって苦労した点はありますか? 5者が連携するとなると、足並みをそろえるのも大変だと思うのですが。

江澤:みなさん同じ目線で考えてくださったので、その部分での苦労はありませんでした。しいて言えば、資金繰りですね。「住宅付店舗」を再生させる上で、2階の住宅部分はMUJI×URで改装を行い、1階の店舗部分は「暮らしの編集室」が改装を行ったのですが、僕たちは資金力が豊富にあるわけではありませんでしたから。

岡野:改装には初期投資だけで約350万円かかったんですが、その資金集めはかなり大変でしたね。ふるさと納税型クラウドファンディングで200万円は集まりましたが、足りない部分は会社からの持ち出しによって工面しました。

――どこまで自分たちで改修されたんですか?

江澤:入り口の建具、水回り、電気は工務店にお願いしましたが、その他は自分たちで改修しています。UR都市機構はスケルトン貸し、スケルトン返しが基本なので、例えば天井のほこり留めは塗り直したものの、色はもとのままです。あとは、棚やカウンター、入り口の壁などもDIYしました。

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

「一緒に面白がれる人」に住んでほしかった

――そこに住む人はどう選定しましたか?

岡野:実は、そこが一番のネックでした。プロジェクトは順調に進み1階を「飲食を軸とした交流スペース」にすることまで決定していたものの、肝心の「誰に住んでもらうか」というところが、なかなか決まらなかったんです。初めての試みだけにどういう形になるか分からなかったし、「誰でもいいから住んでほしい」という類いのものでもない。できれば、私たちと一緒にこの場所を“面白がれる”人に来てほしいと思い、慎重に候補を探していました。

江澤:最終的には、僕の知人である落合夫妻が住んでくれることになりました。1階はただのお店ではなく「みんなの居場所」になるようなスペースにしたいと考えていたところ、夫がジャズミュージシャン、妻が喫茶店を営む落合夫妻が「それならジャズ喫茶をやってみたい」と言ってくれたんです。それで、西荻窪(東京)から引っ越していただき、2021年の5月末に「ジャズ喫茶 中庭」がオープンしました。

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

――当初の狙い通り、人が集まる場になっていますか?

江澤:そうですね。現在では落合夫妻だけでなく、地元の人が投げ銭ライブを開催したり、週一でジャズライブを行ったりしています。毎回ライブに来ているお客さんもいて「中庭でのライブ鑑賞が私の趣味になった」と楽しんでくれていますよ。

岡野:お店の1周年記念の時には自治会の人が街宣車を出して、「本日は中庭が1周年です」と告知して回ってくれたんです。「こういうことは、ちゃんと言わなきゃダメだよ」って。自治会のみなさんには本当にいろいろと協力していただいて、感謝しきれません。

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

江澤:正直、団地の人たちとの関わり方は大変だと思います。でも、この2人だからうまくやれていると感じますし、こちらとしても非常に助かっています。実は一度、生音を出した際にクレームが入り、シャッターに生卵をぶつけられたこともあったんですよ。でも、落合夫婦は自粛するのではなく「調整しよう」って言うんです。やりたいことはやりながらも、もしヤダと言われたら折衝していく。疲れるけれど、この場所で新しいことを受け入れてもらうためには欠かせないことなのかなと思います。

「郊外団地」再活性化のモデルケースに

――現在、商店街に「住居付店舗」は20戸あるということですが、他の建物も「中庭」のように再生していくのでしょうか?

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

岡野:そうですね。現在、1階のテナント部分にはスーパーや接骨院、診療所などが入っていますが、2階に暮らしながら運営しているのは「中庭」だけです。せっかくの住居付店舗ですから、やはりそこに暮らしながら地域を盛り上げてくれる人を増やしていきたいと思っています。また、今年5月には同じ商店街内に「まちの工作室 てと」がオープンし、2階部分をシェアアトリエとして活用しています。今までとは異なる、新たな商店街の使い方が広がると、もっと面白くなっていくんじゃないでしょうか。

江澤:「まちの工作室 てと」は、もともとケルンで展示販売をやってくれていた作家さんが、ギャラリー兼シェアアトリエが欲しいということでスタートしました。他にも、この商店街へ遊びに来て「私たちも借りたい」と言ってくれる方は多いので、今後も増やしていきたいですね。

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:実は今、「多肉植物と陶芸のお店を開きたい」という人と交渉中です。私たちには想像もつかない活用法ですが、こうして商店街を訪れる人が「こんなふうに使いたい」と可能性を見いだしてくれるのは、とても面白いですし、いい傾向だと思います。

江澤:また、「中庭」でも空いている日はシェアキッチンとして貸し出しを行っています。この間は川越(埼玉)の台湾料理店が借りてくれましたし、お店を持っていない人たちも間借りなら気軽にトライできる。これまでに例えば、お弁当屋さん、タップダンス教室、坊主カフェなど、いろんなお店が開かれましたよ。あとは、社会福祉協議会の方々と一緒に手話で注文できるカフェも月に1回オープンしています。手話を使う人って、注文の手間だったり、周囲の目線など一般的なお店に入るのを躊躇するそうなんです。それもあってか、毎回大盛況で外に人があふれていますね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:ほかにも、ピザのキッチンカーが来たり、JAが野菜を売りに来たりしています。実は、キッチンカーは団地出身の人がやってくれているんですよ。この場所なら、採算を度外視してでも毎月出たいと言ってくださっています。私たちがそうだったように、なんとかこの思い出の場所に関わりたいという人たちは意外と多いのだと思います。だから、関わりしろさえあれば惜しみなく協力してくれる。クラウドファンディングをやった時も、北本団地ではないですが「昔、団地に住んでいました」という支援者からのコメントが多かったですし、団地って愛着がわきやすいんでしょうね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

――それにしても、決して利便性が高いとはいえない団地に、これだけ多くの人が関わりたいと思っているというのは意外でした。

江澤:そうですね。実際、これまでのMUJI×URのプロジェクトも都内近郊で、都心に通うような人たちをターゲットにしてきたところがあると思います。一方で、北本団地のような場所って言い方は悪いですが、「中途半端な郊外」なんですよね。だけど、日本中にはそんな「中途半端な郊外」の団地の方が多いんじゃないでしょうか。今まで放って置かれがちだった「中途半端な郊外」の団地に、思いを持つ人が集まり再生の道を探るというのは、これまでになかったこと。新しい郊外団地の在り方として、可能性を示していけたらいいですね。

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

●取材協力
暮らしの編集室

新品なのに捨てられる「建材ロス」問題。オトクに販売し建築業界の悪しき慣習に挑む  HUB&STOCK

まだ食べられる食材が廃棄される「フードロス問題」はよく知られていますが、実は建築業界でも同様に余剰となった新品の建築資材が廃棄されている「建築資材ロス問題」があります。まだ使える建材をレスキューして、再利用につなげる、そんな会社をはじめた建築士の挑戦をご紹介します。

新品を廃棄!? 背景は「納期厳守」の建築業界の慣習

日本の、特に都市部などの利便性の高いエリアでは、ビルやマンションの槌音が絶える日はありません。新しいビルが建設されるとき、建築会社は内装材をはじめ資材を必要量よりやや多めに発注します。「引き渡し日」を死守するため、長年、行われてきた業界の慣習です。

そうして、無事に建物が完成すると、使われなかった新品の建築資材、端材が発生します。多くの場合、工事後にまとめて廃棄しています。まだ新品で使えるのにも関わらず、会社が処分費用を払って、です。

建築会社からレスキューしてきた建築資材。どれも使われていない、新品です(写真提供:HUB&STOCK)

建築会社からレスキューしてきた建築資材。どれも使われていない、新品です(写真提供:HUB&STOCK)

こうした余剰の建築資材を集め、必要となる人や企業へ届けようとはじめたのが「HUB&STOCK(ハブ&ストック)」です。立ち上げたのは、一級建築士の豊田訓平さん。ゼネコン、一級建築士事務所を経て、2021年にはじめたスタートアップ企業です。

HUB&STOCKをはじめた一級建築士の豊田さん(写真提供:HUB&STOCK)

HUB&STOCKをはじめた一級建築士の豊田さん(写真提供:HUB&STOCK)

「今、東京をはじめ首都圏で合計約100万トンの建築混合廃棄物が出ています(2018年度)が、うち約2割がこうした新品だと思われます。東京の最終処分場の処理能力は既に限界です。最終処分場がいっぱいになってじゃあ、地方に持っていって捨てていいのか?と。一方で建築会社も建築資材を捨てたくて捨てているわけではありません。半端な量なのと、資材流用になってしまうので、他の現場では使えない。『もったいないよね』『なんとかできないかな』、皆そう思っているけど、既存の仕組みでは難しい。迷っていたときに、社会起業家集団ボーダレス・ジャパンの人と会って話をし、『もう、やるしかないじゃん』と腹を括ってはじめました」(豊田さん)

HUB & STOCKの倉庫には今、約600種類、1万2000点もの、今すぐ使える建材がずらりと並んでいます。資源として「すでに利用可能な状態」の建材を再利用するのは、環境負荷として非常に負荷が低く、無理も無駄もありません。ただ、業界の慣習でなかなか変えられない側面があり、文字どおり豊田さんが身ひとつ、真っ向から挑戦している状況です。

豊田さん自身が回収してきた資材たち。きれいに仕分けされ、ところ狭しと並びます(写真撮影/嘉屋恭子)

豊田さん自身が回収してきた資材たち。きれいに仕分けされ、ところ狭しと並びます(写真撮影/嘉屋恭子)

多いのは床材。これがすべて廃棄されていたと思うと信じられません(写真撮影/嘉屋恭子)

多いのは床材。これがすべて廃棄されていたと思うと信じられません(写真撮影/嘉屋恭子)

自ら会社に出向いて建材を仕入れ。販売はホームセンターで実施

立ち上げから1年が経過し、余剰となった資材提供をしてくれる会社も、1社また1社と増え、現在、一都三県の協力してくれる20もの建設会社にまで増えたそう。また、引取時はどんなに少額でも引取費用を支払っているといいます。そのため、建設会社から見ると、(1)資材を保管、廃棄する手間がなくなる、(2)廃棄処分費用が不要になる、(3)収入になる、と3つのメリットがあることになります。

豊田さんが仕入れるのは主に床材、壁紙、タイル、巾木など。一つずつ、タグをつけて保管するだけでなく、なおかつ実際の使用例まで見せられるのは、豊田さんが一級建築士である強みです。

巾木がずらり。素人が見てもなんだかわかりませんが、タグ付け、仕分けができているので、いつでも出荷できる状態です(写真撮影/嘉屋恭子)

巾木がずらり。素人が見てもなんだかわかりませんが、タグ付け、仕分けができているので、いつでも出荷できる状態です(写真撮影/嘉屋恭子)

「1つの建設会社から出る建築資材は、だいたい2トントラック一杯分です。初めての取引先は青山だったんですが、トラックを運転して行きました。今は2~3カ月に一度程度、回収しています。モノによっては重さ60kgある建材を自身で搬入搬出しているので、だいぶ足腰が鍛えられました(笑)」(豊田さん)

保管されている建材は現在、ホームセンターなどで、メーカーの希望小売価格の7~8割引き、卸売価格の2~3割引きという、アウトレット価格で販売されています。
「DIYをする人やプロからは、必要な資材がすぐに買える貴重な場だけあって、『ぜひ売ってほしい』『店舗を見たい』という要望を多くいただいているのですが、今は、自分ひとりで回しているので、弊社で直接、販売できるキャパシティがないんです。首都圏であればホームセンターの山新さんで、『アウトレット建材コーナー』を設置してもらい販売しています。ホームセンターは全国で約5000店舗あるので、『新古建材を循環する流れ』をつくる意義を考えると、自社で販売するよりもこちらのほうが有利と考えてのことです」と豊田さん。

とはいえ、スタートアップ企業のHUB&STOCKが、ホームセンター大手企業といきなり取引するのは容易ではありません。そこでホームセンターの業界紙に取り上げてもらった記事を片手に、豊田さんが各社社長宛てに直筆の手紙を書き、販売交渉にあたったそう。当たり前ですが、1人で何役もこなすその努力に頭が下がります。

新古建材を使って原状回復をした例。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

新古建材を使って原状回復をした例。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

異なる柄のタイルカーペットも組み合わせることで有効活用できる例。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

異なる柄のタイルカーペットも組み合わせることで有効活用できる例。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

言われなければ新古建材を使っているとはわかりません。豊田さんのデザイナーとしての腕の確かさを感じます。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

言われなければ新古建材を使っているとはわかりません。豊田さんのデザイナーとしての腕の確かさを感じます。平和建設の原状回復工事「下戸田一戸建プロジェクト」(写真提供:HUB&STOCK)

平和建設の原状回復工事「第一たつみ荘 リモートテーブル」のデスクまわりの様子(写真提供:HUB&STOCK)

平和建設の原状回復工事「第一たつみ荘 リモートテーブル」のデスクまわりの様子(写真提供:HUB&STOCK)

平和建設の原状回復工事「第一たつみ荘 リモートテーブル」部屋全体(写真提供:HUB&STOCK)

平和建設の原状回復工事「第一たつみ荘 リモートテーブル」部屋全体(写真提供:HUB&STOCK)

課題は売る建材がない!? 将来は地域拠点やアジアでの進出も視野に

現状、苦労して黒字を計上できる月も出てきたといいますが、このところ建材不足と価格高騰という追い風が吹いていて、ありがたくもあり、困っている状況でもあるといいます。

「とにかく課題は山積みなんですが、今は建材が高騰しているので、とにかく欲しいので売ってくれ、という引き合いが多いですね。要望が多いのはとくに床材です。利用用途としては、賃貸物件の原状回復、個人のDIYなどでしょうか。当社に入ってくる資材は特性上、少量ロットになるので、個人のリフォームや原状回復と相性がいいんですよ」(豊田さん)

まさかの資材不足の影響がココにもきているそう。
「今、ここにある断熱材もすでに行き先が決まっています。いい建材がたくさんあるので、売れていくのはうれしいですね。メーカーはじめ、企業との協業も水面下で進んでいるんですが、まだまだ言えないことも多くて困ります」と苦笑いをします。

いちばん上に載せられた断熱材。すでに使いたいと申し出があるといいます(写真撮影/嘉屋恭子)

いちばん上に載せられた断熱材。すでに使いたいと申し出があるといいます(写真撮影/嘉屋恭子)

「賃貸でも分譲でも、住まいに無関係な人はいません。ぜひ、建築の資材問題を知ってもらいたいですし、欲しいなと思ったらホームセンターで手に取ってほしいですね。実は新築の建材廃棄問題は、メーカーでも卸売会社でも発生しています。販売できなかった商品は処分されているんですね。メーカーさんもこのままじゃいけないのは、わかっている。弊社で引き取り、アウトレット建材ということで販売していけたらいいなと思っています」(豊田さん)

今後の展望としては、建築資材を地域で循環させていくモデルを確立すること。

「利便性のいい土地に大拠点をつくると輸送費のほうが高くなるので(笑)、関東や中部、関西など、その地域地域にあわせたストックをつくり、循環させていくモデルをつくりたいですね」といい、日本のみならず、さらには海外展開も視野に入れているといいます。
「日本だけでなく、現在、発展著しいアジア各地でも同様の問題は起きるはずです。将来はアジアにもビジネスモデルを輸出していけたら」と話します。

ほかにも、余った建材どう組み合わせてデザインするか、設計手法のコンサルティングなども考えているそう。「デザインありき」ではなく、建材をどうやって組み合わせて空間を見せるか、考えただけでもおもしろそうです。今後、国内では中古住宅のリフォーム、修繕、メンテナンスはますます広がりを見せることでしょう。そんなときの、ホームセンターで新古建材を選ぶことが当たり前の選択肢になる、そんな日はそう遠くない気がします。

●取材協力
HUB&STOCK

『魔法のリノベ』ドラマ秘話。コロナ禍で人生を見つめ直している今こそ共感のテーマ 脚本家・プロデューサーインタビュー

「まさかリノベがドラマになるとは。感慨深い……」「国土交通省住宅局イチオシ」など、不動産業界のみならず、住まいを管轄する国土交通省まで注目しているのが、今クールのテレビドラマ『魔法のリノベ』(主演:波瑠)です。その魅力はどこにあるのでしょうか。プロデューサーの岡光寛子さん、脚本を担当するヨーロッパ企画の上田誠さんにお話を伺いました。

きっかけはコロナ禍。2年の構想制作期間を経て実写ドラマ化!リノベを扱ったドラマ『魔法のリノベ』が放映中(写真提供/カンテレ)

リノベを扱ったドラマ『魔法のリノベ』が放映中(写真提供/カンテレ)

今ある建物に対して、新たな機能や価値を付け加える「リノベーション(以下、リノベ)」。修繕をして元通りにする「リフォーム」ではなく、間仕切りを広くする、住宅設備をより現代的で使いやすいものへと変更するなどの工事をすることをいいます。

2022年7月から放映されているテレビドラマ『魔法のリノベ』(カンテレ・フジテレビ系、月曜午後10時)は、このリノベをテーマにしたお仕事ドラマ。このところ住まいや不動産を扱ったドラマはあるものの、主に家を買う、売る、借りるといった題材を扱っているため、「まさかリノベがテーマになる日がくるとは……」と不動産や住宅関連企業、国土交通省まで注目、SUUMOジャーナルも放映開始から熱く見守るなど、まさに「業界騒然」なドラマなのです。

まずは、リノベを扱うようになった、その背景などを岡光プロデューサーに伺いました。
「今回のドラマは、星崎真紀さんの同名マンガが原作です。きっかけとなったのは2年前のコロナ禍。半強制的に自宅で過ごす時間が増え、家や家族、仕事や人生についてあらためて考えた人は多かったはず。私もそのひとりですが、住まいをリノベすることで人生もリノベしていく、人間関係や壊れたものを再生していくというテーマに惹かれました。脚本を上田さんにお願いし、月曜22時にふさわしい実直なお仕事ドラマに、遊び心とクセを付け加え、ヒューマンとコメディが行き交うエンタメにしています」と話します。

波瑠さんが演じる主人公の小梅。もともとは大手リフォーム会社にいましたが、人間関係でやらかし、転職してきます(写真提供/カンテレ)

波瑠さんが演じる主人公の小梅。もともとは大手リフォーム会社にいましたが、人間関係でやらかし、転職してきます(写真提供/カンテレ)

ドラマそのものは、大手リフォーム会社にいた主人公の小梅(波瑠)が、理由あって家族経営の「まるふく工務店」に転職してきたところからはじまります。主人公とコンビを組むのは工務店の長男でもあり、2回の離婚歴があるシングルファーザー福山玄之介(間宮祥太朗)。それぞれ凹凸はあるものの、回を重ねるごとによき理解者、よい雰囲気になっていく、という展開です。

ドラマは1話完結、課題を抱えた家族(ゲスト俳優)がリノベを依頼し、それらを主人公の小梅たちが解決していく、という展開です。そのため、毎週視聴するとよりおもしろいですし、途中から見てもわかりやすいストーリー仕立てです。和モダンと夫婦のかたち、夫婦の寝室どうする、事故物件で暮らしたい、風水と強烈な占い師、防犯と親子など、「今らしさを感じるリノベ」を扱っています。どの回も、何度も見返したくなるおもしろさです。

小梅とコンビを組むのは、間宮祥太朗さん(右)演じる福山玄之介。バツ2のシングルファーザーで圧倒的お詫び力「詫びリティ」の持ち主(写真提供/カンテレ)

小梅とコンビを組むのは、間宮祥太朗さん(右)演じる福山玄之介。バツ2のシングルファーザーで圧倒的お詫び力「詫びリティ」の持ち主(写真提供/カンテレ)

ミニチュア、CAD、アイテム、エンディングまで見どころいっぱい!

ドラマのストーリー、展開もおもしろいのですが、ドラマの舞台となる「1階 工務店」と「2階 玄之介の部屋」に本物の住宅設備を採用しているだけでなく、提案する間取りをCAD(実際に建築の現場で使用されている設計ソフト)とミニチュア模型までちゃんとつくり込んでいてドラマ中に登場したり、リノベ依頼者の家のリノベ前と後のセットを組んで多角的に見せたりしています。主人公たちが使っているお仕事道具なども限りなくリアルで、「予算、すごいことになっているのでは」「凝っているなあ……」という感想しかありません。

1階まるふく工務店の様子(写真撮影/カンテレ)

1階まるふく工務店の様子(写真撮影/カンテレ)

2階にある玄之介と進之介の部屋。キッチンや内窓など、LIXILの本物の住宅設備を使ったセット。室内用窓を採用するとはさすが!(写真撮影/カンテレ)

2階にある玄之介と進之介の部屋。キッチンや内窓など、LIXILの本物の住宅設備を使ったセット。室内用窓を採用するとはさすが!(写真撮影/カンテレ)

「今回の制作費は特別なものではなく、通常のドラマと同じ範囲でやりくりしています。ミニチュアに関しては『シルバニアファミリー』や『ブロックおもちゃ』のように、小さな住まいのもつよさ、シズル感を表現したくてぜひ取り入れようと。住まいのビフォーやアフターも毎回、工夫としてしっかりつくっています。原作に似た物件を探してきたり、それをどう表現するか美術技術VFXチームと相談したり、まさにスタッフ全員の総力戦ですね」と岡光さん。

また、リノベのプロが監修し、脚本のたたき台の段階、脚本執筆後の段階、撮影の段階と、逐一、相談したり、チェックしてもらったりしているそう。当然、出演者が持っている仕事道具なども極力、プロ仕様になっているので、リアリティーが増すようになっています。

オープニングに登場するミニチュア。「1階 まるふく工務店」の様子です(写真提供/カンテレ)

オープニングに登場するミニチュア。「1階 まるふく工務店」の様子です(写真提供/カンテレ)

CADの画面をスタッフが見ているシーン(写真撮影/カンテレ)

CADの画面をスタッフが見ているシーン(写真撮影/カンテレ)

設計図面。リノベのビフォーとアフター、住まいの課題と解決法などをセリフに落とし込んでいるので、「なるほどねー」と納得しながら視聴できます(写真撮影/カンテレ)

設計図面。リノベのビフォーとアフター、住まいの課題と解決法などをセリフに落とし込んでいるので、「なるほどねー」と納得しながら視聴できます(写真撮影/カンテレ)

会社のロゴや住所まで入ったリノベーションを提案するシート。「もう散らからない」というコピーがリアル(写真撮影/カンテレ)

会社のロゴや住所まで入ったリノベーションを提案するシート。「もう散らからない」というコピーがリアル(写真撮影/カンテレ)

セット内のチラシまでつくり込まれています(写真撮影/カンテレ)

セット内のチラシまでつくり込まれています(写真撮影/カンテレ)

「まるふく工務店」の外観。看板やのぼりもあり、「どこかにありそう……」な感じを醸し出しています(写真撮影/カンテレ)

「まるふく工務店」の外観。看板やのぼりもあり、「どこかにありそう……」な感じを醸し出しています(写真撮影/カンテレ)

まるふく工務店のマスコット、「まるふくろう」(写真撮影/カンテレ)

まるふく工務店のマスコット、「まるふくろう」(写真撮影/カンテレ)

ドラマはもちろんファンタジーの部分もありますが、お仕事ドラマの場合は「説得力」と「リアルさ」がカギになります。だからこそ細部に手を抜かないという、制作陣の意気込みを感じます。また、個人的に大好きなのが、エンドロールで紹介されるリノベ後の住まいの様子です。特に出演者がリノベ後の家で幸せそうにしている姿を見ると、見ているこちらもウキウキするので、筆者は何度も見返しています。「まだ月曜日……(白目)」となりがちな時間帯にコレを視聴できるの、いいですよね。

第1話のリノベ後の住まい。夫妻の関係をすぐに見抜いた小梅の観察力、提案力に驚かされます。築60年の住まいを「一気に刷新したい」と乗り気の夫、あまり積極的になれない妻。その根っこにあったわだかまりを見つけ、解決しました(写真撮影/カンテレ)

第1話のリノベ後の住まい。夫妻の関係をすぐに見抜いた小梅の観察力、提案力に驚かされます。築60年の住まいを「一気に刷新したい」と乗り気の夫、あまり積極的になれない妻。その根っこにあったわだかまりを見つけ、解決しました(写真撮影/カンテレ)

大きなキッチンにそば打ちなどのお話に登場したアイテムがちらりと映り込んでいます(写真撮影/カンテレ)

大きなキッチンにそば打ちなどのお話に登場したアイテムがちらりと映り込んでいます(写真撮影/カンテレ)

和モダンのよさ、夫妻のこれからの暮らしが想像できて、明るい気持ちになります(写真撮影/カンテレ)

和モダンのよさ、夫妻のこれからの暮らしが想像できて、明るい気持ちになります(写真撮影/カンテレ)

すべて新しくすればいいというものではないのが、リノベの魅力だと思います(写真撮影/カンテレ)

すべて新しくすればいいというものではないのが、リノベの魅力だと思います(写真撮影/カンテレ)

空間は人間関係を変える。まさにリノベに魔法はある!

ドラマは回を進めるごとに人間関係がより複雑になってきてハラハラする場面も。特に主人公がかつて在籍していた会社の後輩である桜子の怖さ、イラっとさせる具合が絶妙で、Twitterでも「桜子」がトレンド入りしていました。もちろん、社内でのやりとりのコメディシーンは、見ていてニンマリしてしまいます。脚本家の上田誠さんは、セリフをどのように考えたのでしょうか。

脚本を担当する上田誠さん(写真提供/ヨーロッパ企画)

脚本を担当する上田誠さん(写真提供/ヨーロッパ企画)

「マンガ原作があるので、これを非常に大切にしています。それこそ文字起こしをするくらい自分の血肉にして、脚本にとりかかりました。星崎先生もかなりリノベについて取材をされていらっしゃって、尋常ではないこだわり、想いを感じています。ドラマのクライマックスはリノベ案のプレゼンなので、営業の言葉遣いを逸脱することなく、その上で心に残る台詞を目指しています。『どうぞイメージなさってください』『リノベは魔法なんです』というセリフを、役者さんがどう表現するかは見どころのひとつだと思っています」と上田さん。

クライマックスのセリフはいつも同じですが、毎回、言い方が微妙に異なります。役者さんってすごいですね(写真提供/カンテレ)

クライマックスのセリフはいつも同じですが、毎回、言い方が微妙に異なります。役者さんってすごいですね(写真提供/カンテレ)

なるほど、決めセリフがあるからこそ、毎回の変化がおもしろいんですね。また演者さんも役に入り込むことで、「何かやってやろう」というアドリブも出てくるんだとか。これも脚本家と出演者、信頼関係のなせる技ともいえるのでしょう。また、ドラマは、住まいや家族に潜む「闇」や「魔物」「不満」を毎回発見して対峙、解決していくミステリー仕立てにもなっています。これは新築の住まいを買う/借りるだけでは、なかなかできない展開です。

案件が無事終わると、ふたりで打ち上げに行く。ひと仕事終えたあと、緊張がすこしゆるみ、信頼感、距離感がより近づいていきます(写真提供/カンテレ)

案件が無事終わると、ふたりで打ち上げに行く。ひと仕事終えたあと、緊張がすこしゆるみ、信頼感、距離感がより近づいていきます(写真提供/カンテレ)

「既存の住宅を舞台にするので、必ず家族や夫婦の問題が根っこにあるんですよね。第2回がわかりやすいですが、冒頭に夫妻の行動があって、手がかりや引っかかりがある。見ながらアレはなんだったのかと考えていただき、観察やヒアリングを進めるなかで、小梅たちと一緒になって解決し、気持ちよくエンドロールまで向かってもらえたらと思います」と岡光さん。

なるほど、リノベーションはミステリー、その発想はありませんでした。では、上田さんから見たリノベーションの魅力はどんな点にあるのでしょうか。
「舞台を長年、やってきた経験から、空間の変化が人間のコミュニケーションに与える影響を目の当たりにしてきました。人間関係の問題は、空間で具体的に解決できることもあるんです。だからこそ、リノベに魔法はあります!と言いたいですね。また、リノベを通して、人生や家族が再生していく様子も見てほしいなと思います」と話します。

まるふく工務店の面々。左から玄之介と三男の竜之介、従業員の小出誠二、主人公の真行寺小梅、越後寿太郎。小さな会社らしい、わちゃわちゃしたやり取りは見ていて心和みます(写真提供/カンテレ)

まるふく工務店の面々。左から玄之介と三男の竜之介、従業員の小出誠二、主人公の真行寺小梅、越後寿太郎。小さな会社らしい、わちゃわちゃしたやり取りは見ていて心和みます(写真提供/カンテレ)

ドラマでは、住まいや家族に潜む問題を「魔物」と表現しています。ひとりでも、夫妻でも、家族であっても、家に潜んでいる「魔物」に向き合うのは時間、お金、何より気力が必要です。だからこそ、新築物件と同じように「家に自分たちを合わせる=リノベ済み」物件のほうを選ぶ人が増えている傾向もあるようです。でももし、ドラマのように、プロの手を借りつつ、自分たちの課題と向き合い、解決できるのであれば、きっと「暮らしに家を合わせた」家が手に入るのだと思います。仲間といっしょにパーティを組み、前に進む。まさにリノベは人生そのもの、ですね。

リノベの「魔法」にかけて、突然現れるRPG風のシーン。「魔物」も出てきます!(写真提供/カンテレ)

リノベの「魔法」にかけて、突然現れるRPG風のシーン。「魔物」も出てきます!(写真提供/カンテレ)

●取材協力
『魔法のリノベ』(月曜22時~22時54分、フジテレビ系)
Tver
カンテレ
ヨーロッパ企画/脚本家 上田誠さん

京都の細長すぎる家に思わず二度見!1階は立ち飲み兼古本屋、2階は自宅の”逆うなぎの寝床” バヒュッテ

京都にある「細長ぁ~い」お店が話題です。間口がおよそ18mあるのに対し、奥行きはたったの2~3m。この悪条件のなか、なんと住居兼店舗を実現。狭小な敷地の有効活用が高い評価を受け、2021年度「グッドデザイン賞」を受賞しました。

連日にぎわうこの店には、未利用地の活用に頭を痛める人々を救うヒントがあるはず。古書、雑貨、立ち呑みの三つの商いを一堂で行う「バヒュッテ」の清野郁美さんに運用の秘訣をうかがいました。

狭い? 広い? 思わず二度見してしまう不思議な建物

「グッドデザイン賞」を受賞したウワサのお店は、叡山(えいざん)電鉄「修学院」駅を下車し、徒歩およそ5分のところにあります。

駅前のアーケード商店街「プラザ修学院」を抜けると、そこは白川通りという名の車道。ここに築かれた建物こそが、目指すお店「ba hütte.(バヒュッテ)」です。オープンは2019年5月30日。2022年で4年目を迎えます。

あなたは、きっと二度見するでしょう。木立のなかに現れたその建物を。あまりにも、あまりにも「細い」。いや、「細い」を通り越して、「薄い」のです。

白川通りに面して立つ、思わず二度見してしまう細長い建物。これがグッドデザイン賞を受賞した「バヒュッテ」(写真撮影/吉村智樹)

白川通りに面して立つ、思わず二度見してしまう細長い建物。これがグッドデザイン賞を受賞した「バヒュッテ」(写真撮影/吉村智樹)

しかし、通りの反対側から眺めてみると、今度は「ひ、広い!」。間口はなんと、およそ18mにも及ぶといいます。

広いのか、はたまた狭いのか。見る角度によって印象が大きく変わる、まるでトリックアートのような建物。隣接する大学施設や神社の樹木と相まって、とてもファンタジックな印象を受けます。

白川通をはさんで反対方向から眺めると、とても大きな建物に見える(写真撮影/吉村智樹)

白川通をはさんで反対方向から眺めると、とても大きな建物に見える(写真撮影/吉村智樹)

しかし、横から見ると窓サッシと同じサイズの奥行きしかない。神社の石碑もあり、神秘的なムードが漂う(写真撮影/吉村智樹)

しかし、横から見ると窓サッシと同じサイズの奥行きしかない。神社の石碑もあり、神秘的なムードが漂う(写真撮影/吉村智樹)

間口が広く、奥行きが浅い「逆・うなぎの寝床」

「うちの店はよく“逆・うなぎの寝床”と呼ばれますよ」

そう語るのは「バヒュッテ」店主、清野(せいの)郁美さん(38歳)。

古本・雑貨・立ち呑み「バヒュッテ」店主、清野郁美さん(写真撮影/吉村智樹)

古本・雑貨・立ち呑み「バヒュッテ」店主、清野郁美さん(写真撮影/吉村智樹)

「逆・うなぎの寝床」とは言い得て妙。「うなぎの寝床」といえば間口が狭く、反面、奥行きが深い建物のこと。江戸時代、京都は間口の広さに比例して税金の額が決められていました。そのため、住民はこぞって間口を狭くし、奥行きが深い家を建てたのです。京都の建築様式が「うなぎの寝床」と呼ばれているのは、そのためです。

バヒュッテは、うなぎの寝床の正反対。間口は驚くほど広く、しかしながら奥行きはたったの2.2~3.7mしかありません。間口が約18mもありながら、建坪はなんと、わずか8.7坪しかないのです。

清野「自分は見慣れているので日ごろはなんとも思わないのですが、たまに旅から帰ってきて、改めて自分の店を見てみると、『ほそっ!』と思います(笑)。江戸時代だったら、うちの店はものすごくたくさんの税金を払わなきゃいけませんね」

細長い店内には古本と雑貨がひしめく。とはいえ天井が高く、意外と閉塞感がない(写真撮影/吉村智樹)

細長い店内には古本と雑貨がひしめく。とはいえ天井が高く、意外と閉塞感がない(写真撮影/吉村智樹)

細長いだけではありません。敷地は、実はきれいな長方形になっていない不整形地。ご近所の人が言うには、以前この場所には小屋のように簡素な造りの魚屋さんがあったのだとか。さらにそれ以前は水車小屋が立っていました。代々、“地元に根付く小屋がある場所”だったようです。

更地にした状態。細長いうえに台形の不整形地。最南端の奥行きは驚きのわずか2.2m(画像提供/バヒュッテ)

更地にした状態。細長いうえに台形の不整形地。最南端の奥行きは驚きのわずか2.2m(画像提供/バヒュッテ)

かつてはここで鮮魚店が営まれていた(画像提供/バヒュッテ)

かつてはここで鮮魚店が営まれていた(画像提供/バヒュッテ)

清野「偶然なのですが、バヒュッテの『ヒュッテ』も小屋という意味なんです」

なんと、この地のさだめに引き寄せられたかのように、新たな小屋(ヒュッテ)が誕生していたのでした。ではバヒュッテの「バ」とは?

清野「世代を超えた交流の“場(バ)”になったらいいな、と思い……というのは後付けで、本当は“バ!”というパワーがある語感が好きなので名づけました」

本、雑貨、お酒。どれもはずせない要素だった

パワフルな語感のバヒュッテは、建物の細長さのみならず、業態もインパクト強め。コンセプトは「古本と雑貨と立ち呑みのお店」。壁一面に本棚があり、シブめなセレクトにうならされます。

殿山泰司、田中小実昌、深沢七郎、色川武大など「風来坊」「無頼派」と呼ばれた作家や役者の本が数多く並ぶ。風変わりな店の雰囲気とよく合っている(写真撮影/吉村智樹)

殿山泰司、田中小実昌、深沢七郎、色川武大など「風来坊」「無頼派」と呼ばれた作家や役者の本が数多く並ぶ。風変わりな店の雰囲気とよく合っている(写真撮影/吉村智樹)

2016年に結婚した清野郁美さん。パートナーの清野龍(りょう)さん(42)は20年以上にわたり大手書店にお勤めのベテラン書店員です。清野さんも同じ書店に10年以上働いていており、二人はかつての同僚でした。

夫妻ともども本が大好き。バヒュッテで販売している本はほぼすべて、ご両人の私物。センスのいい本ばかりと思ったのもどうりで。二人は二階で暮らし、夫の龍さんは、書店の勤務が休みの日はバヒュッテを手伝うのだそうです。

京都の大手書店で店長を務め、休日になるとバヒュッテを手伝う夫の龍さん。本とともに生きる日々(写真撮影/吉村智樹)

京都の大手書店で店長を務め、休日になるとバヒュッテを手伝う夫の龍さん。本とともに生きる日々(写真撮影/吉村智樹)

雑貨は、ポーチやペン、ノート、手ぬぐいと、バリエーション豊か。

手ぬぐい、靴下、ステーショナリーなど雑貨の品ぞろえも豊富(写真撮影/吉村智樹)

手ぬぐい、靴下、ステーショナリーなど雑貨の品ぞろえも豊富(写真撮影/吉村智樹)

そして注目すべきは、L字になった魅惑の立ち呑みスタンド。背徳の昼呑みが楽しめます。建築物としてのユニークさにばかり目を奪われがちですが、古書店で飲酒ができる点もかなり希少でしょう。

L字の立ち呑みスタンドで午後2時からお酒が楽しめる。意外とない“チョイ呑み”スポットだ(写真撮影/吉村智樹)

L字の立ち呑みスタンドで午後2時からお酒が楽しめる。意外とない“チョイ呑み”スポットだ(写真撮影/吉村智樹)

清野「私自身、本が好きで雑貨が好きで、そしてお酒が大好きだったんです。だから本、雑貨、お酒、三つともそろえました。狭いスペースで欲張りすぎなんですけれど、どれ一つ、はずせなかったですね」

清野さんの朗らかなキャラクターに惹かれ、夕方から続々とお客さんが呑みにやってきます。語感で選んだという「バヒュッテ」の「バ」は、コミュニティーの「場」として根付き、成熟していったようです。

南側の出入口には「外呑み」できるスペースが設けられている(写真撮影/吉村智樹)

南側の出入口には「外呑み」できるスペースが設けられている(写真撮影/吉村智樹)

「理想の物件に出会えないのならば土地を買って建てよう」

住居兼店舗である「バヒュッテ」は店舗としても住居としても非凡な、言わば珍建築のハイブリット。その発想は、どこから生まれたのでしょうか。

清野「結婚するタイミングで、夫と『家を借りようか。それとも買おうか』と話し合っているなかで、『お店もやれたらいいね』という気持ちが芽生えてきたんです」

本好きの二人は、「古本の販売を基本とした、自分たちらしいお店を営みたい」という夢を共有するようになりました。しかしながら、物件探しは簡単にはいきません。

清野「はじめは、『住むマンションは買って、店はテナントを借りる』という方針で動いていました。とはいえ、いいなと感じる住居、面白いと思えるテナント、二つを同時に探すのがものすごく大変で」

「自分たちらしい店がやりたいと思い、はじめは居住とテナントを別々に探していたが、なかなかいい物件に巡り合えなかった」と語る清野さん(写真撮影/吉村智樹)

「自分たちらしい店がやりたいと思い、はじめは居住とテナントを別々に探していたが、なかなかいい物件に巡り合えなかった」と語る清野さん(写真撮影/吉村智樹)

なかなか理想郷にたどり着けない清野さん夫妻。そこで、大胆な発想の転換を試みたのです。

清野「だったら、『いっそ思いきって土地を購入して、拠点を新たに建てたほうが、自分たちにあったかたちにできるんじゃないか』って、考え方が変わってきたんです」

店舗兼住居を借りるのではなく、「建てる」。言わば一世一代の大勝負に出た清野さん。そうしてたどり着いた場所が、「逆・うなぎの寝床」。ユニーク極まりない、尻込みする人が多い不整形地ですが、画期的な業態の店舗を開こうとする二人の新しい門出として、むしろ適していたのです。この土地に出会うまでに、「およそ3年もの月日を要した」と言います。

清野「長かったですね。やっと出会えた、そんな気がしました。私も夫も一目惚れ。『ここ、ここ!』って即決しました。並木道なので緑が豊富。散歩コースだから人通りもそれなりにある。隣接している建物がなく、たとえ少々音をたてたとしてもご近所に迷惑が掛からない。すぐそばに商店街があり、さらにスーパーマーケットがあって、病院があって、銀行があってと、至れり尽くせり。『住む』と『商売をする』の両立を可能とする唯一の物件だったんです」

レアな土地に誕生した、レアな城。遂にバヒュッテは完成し、細長さを逆手に取った仕様がたちまち話題になりました。そうして遂に「グッドデザイン賞」の受賞に至ったのです。

木材を斜めにとりつける大胆な構造。建築のプロたちも驚いた

バヒュッテがグッドデザイン賞に輝いた大きな理由の一つが「筋交い(すじかい)」。筋交いとは建物を強くするために、柱の間などに斜めに交差させてとりつけた木材のこと。とはいえ、実際に筋交いが空間を堂々と斜めに横切る店舗はそうそうありません。バヒュッテのシンボルともいえる武骨な筋交いは、何度見ても驚かされます。

バヒュッテのシンボルといえる、大胆に設えられた「筋交い」。初めて見た人はギョッとする(写真撮影/吉村智樹)

バヒュッテのシンボルといえる、大胆に設えられた「筋交い」。初めて見た人はギョッとする(写真撮影/吉村智樹)

清野「筋交いをしなきゃいけない理由は、通りに面した柱を減らすためです。『間口は全面ガラス張りにする』という設計士さんのアイデアがあり、そのために壁面に大きな筋交いが必要となったんです。これだけ大きいと、隠しようがない」

集成材でできた筋交いで壁側をしっかり固め、揺るぎない構造に。これにより間口の開放感がグンと増しました。

では、そもそも間口を全面ガラス張りにした理由は、なんなのでしょう。それは、「歩道すら建築の一部だと錯覚させるため」。狭いゆえに、外の景色も店内に採り入れようという発想なのです。筋交いは功を奏し、抜群の採光と眺望を手に入れました。視覚的効果がこれほどの爽快感をもたらすとはと、感心してしまいます。

筋交いが建物をしっかり支え、間口の全面ガラス張りを可能にしている。ガラス張りによって店内にいながら屋外の街路樹など眺望を楽しめる。おかげで狭さを感じない(写真撮影/吉村智樹)

筋交いが建物をしっかり支え、間口の全面ガラス張りを可能にしている。ガラス張りによって店内にいながら屋外の街路樹など眺望を楽しめる。おかげで狭さを感じない(写真撮影/吉村智樹)

地面を掘って天井を高く見せる効果は絶大

もう一つ、バヒュッテの構造には大きな特徴があります。それは古本や雑貨が並ぶ店舗部分の地面を掘り下げていること。その深さは約600mm。

清野「地面を掘ったのも設計士さんのアイデアです。掘って床を下げ、天井を高く見せ、狭さを感じなくさせているんです」

書籍や雑貨のコーナーは600mm掘り下げ、それによって天井を高く見せた(写真撮影/吉村智樹)

書籍や雑貨のコーナーは600mm掘り下げ、それによって天井を高く見せた(写真撮影/吉村智樹)

確かに掘られた床に立っていると、窮屈さをまるで感じません。天井が高く、ガラス戸から陽光が差し込み、まるで教会にいるような敬けんな気持ちにすらなってきます。

とはいえ、それは怪我の功名ともいえます。実はこの敷地、かたちがいびつなだけではなく、南北で高低差もある難物だったのです。地面を掘って店舗に床高の変化をつけたのは、やっかいな敷地を店舗として成立させる苦肉の策でもありました。そしてこの店内の起伏が、グッドデザイン賞を受賞したポイントとなったのです。

不整形かつ南高北低の傾斜地というなかなか難易度が高い立地。店内の床を掘り、地面をフラットにせざるをえなかった。最高で地上440mmの基礎を設け、雨の侵入を防いでいる(写真撮影/吉村智樹)

不整形かつ南高北低の傾斜地というなかなか難易度が高い立地。店内の床を掘り、地面をフラットにせざるをえなかった。最高で地上440mmの基礎を設け、雨の侵入を防いでいる(写真撮影/吉村智樹)

工事の様子(画像提供/バヒュッテ)

工事の様子(画像提供/バヒュッテ)

細長い店舗兼住居が「新時代の町家建築」と高評価に

2021年度「グッドデザイン賞」に選ばれたこの類まれなる店舗併用住宅「バヒュッテ」を設計したのは京都市北区にある「木村松本建築設計事務所」。

公益財団法人「日本デザイン振興会」は、バヒュッテを「京都に出現した新時代の町家建築だ。働くことと暮らすことが混ざり合った都市住宅の新しい在り方を示すことに成功している。街の本屋がどんどんと閉店していく中で、古本屋がこうやって暮らしと溶け合うのは、大変に現代的な現象であるとも言える。時代の流れを生む重要なデザインである」と評価しました。それが受賞の理由。

設計者の一人である木村吉成さんはバヒュッテを、「クライアント、構造家、施工者が一丸となってつくった建物」と語りました。自分たちでも会心の作だったという熱い想いが伝わってきます。木村松本建築設計事務所はさらにバヒュッテの設計を高く評価され、日本建築家協会が主催する「JIA新人賞」も同年に受賞。いっそう箔をつけたのです。

グッドデザイン賞の受賞を機に、特殊な構造を一目見ようと、バヒュッテには設計士、建築関係者、大学教授、建築を勉強する学生たちが続々とやってくるようになりました。なかには他府県からわざわざ見学に訪れる人もいるのだとか。

世代や国籍を問わず、建築に関心がある人たちが集まり、交流が始まるという(画像提供/バヒュッテ)

世代や国籍を問わず、建築に関心がある人たちが集まり、交流が始まるという(画像提供/バヒュッテ)

清野「みんな怪訝な表情で10分ほど写真を撮っていかれます。そして居合わせた見学者さん同士でビールを飲んで盛りあがる場合もしばしばあるんです。そんなときはいつも、『こういう仲をとりもてたのが、この構造の一番の効果かな』と思うんです。ただ、ここを設計してくれた木村さんは、『ここまで立ち呑み屋として発展するとは自分でも意外だった。酒がすすむ効果までは考えていなかった』とおっしゃっていましたね」

間口をガラス張りにして閉塞感を拭い去り、筋交いを隠すことなくさらけだした構造には、設計士すらも気がつかなかった、飾らずに楽しく会話させる効能があったのかもしれません。

立ち呑みコーナーには続々と人がやってきて、会話に花が咲く。「立ち呑み屋としてここまで機能するとは」と設計士自身も驚いたという(写真撮影/吉村智樹)

立ち呑みコーナーには続々と人がやってきて、会話に花が咲く。「立ち呑み屋としてここまで機能するとは」と設計士自身も驚いたという(写真撮影/吉村智樹)

珍しい日本酒やクラフトビールがそろう。BGMはアナログレコード。やさしい音色が穏やかな空間に溶け込む(写真撮影/吉村智樹)

珍しい日本酒やクラフトビールがそろう。BGMはアナログレコード。やさしい音色が穏やかな空間に溶け込む(写真撮影/吉村智樹)

不整形地もアイデア次第で活用できる

さて、気になるのは居住部分。さまざまな仕掛けで狭さを感じさせないように設計されたバヒュッテですが、家となるとさすがに「細長すぎるのでは」と心配になります。

間取図。「店を通らずに居住スペースへ行ける」点にこだわったという(画像提供/バヒュッテ)

間取図。「店を通らずに居住スペースへ行ける」点にこだわったという(画像提供/バヒュッテ)

建築模型。周辺の木立は当初から大切な要素だった(画像提供/バヒュッテ)

建築模型。周辺の木立は当初から大切な要素だった(画像提供/バヒュッテ)

清野「お客さんからよく、『本当に夫婦で二階に住んでいるの?』『人が住めるんですか?』と聞かれます。確かによその家よりも細長いので、友達を数人呼ぶと、横一列に並んで座る感じになりますね。『ちょっと、どいて』って言わないと通れませんし。でも、不便を感じるのはそれくらいかな。ロフトになっていて、狭さを感じないです。総面積だと小さめのマンション一部屋ぶんくらい十分にありますよ」

居住スペース。陽当たり良好。西日が強いため厚さが異なる2枚のカーテンで光の量を調節する(写真撮影/吉村智樹)

居住スペース。日当たり良好。西日が強いため厚さが異なる2枚のカーテンで光の量を調節する(写真撮影/吉村智樹)

それを聞いて安心しました。そして、いよいよ核心である「お値段」について踏み込まねばなりません。バヒュッテの建築には、いったいいくらかかったのでしょう。

清野「土地だけで2680万円。魚屋さんの建物を撤去する費用に10万円。そして店舗兼住居の建築費に3000万円。計およそ6000万円ですね。借入は35年の住宅ローンです。35年じゃないとローンが組めなかったので」

人気の京都市左京区内で、しかも駅から徒歩5分ほど場所の土地が2680万円とは安い。さらにもとあった鮮魚店店舗の撤去費用がわずか10万円とは破格にお得。不整形地でも固定観念を覆し、冴えたアイデアさえあれば存分に活かせるのだと、バヒュッテは教えてくれます。

お客さんに寄り添いながら流動してゆく店に

いまや修学院駅周辺エリアのランドマークであり、大切なコミュニティーの「バ」となったバヒュッテ。今後はどんなお店にしたいと考えているのでしょう。

清野「自分たちでこうしたいというより、お客さんに寄り添いながら流動してゆく店でありたい。もともとは古本と雑貨をメインに考えていて、午前11時オープン、夜は早く閉まるお店でした。けれども立ち呑みコーナーが人気となって、現在は昼下がりの午後2時から午後8時までになったんです。お酒の品ぞろえもお客さんの好みに合わせて変わってきました。そんなふうにニーズを探りつつ、自分たちがやりたいことをすり合わせて、変化させていく。そんなお店にしたい。現状維持はつまらないですしね」

夜になるとさらに存在感が増すバヒュッテ。全面ガラス張りの間口から漏れる灯りが街の治安にも貢献している(写真撮影/吉村智樹)

夜になるとさらに存在感が増すバヒュッテ。全面ガラス張りの間口から漏れる灯りが街の治安にも貢献している(写真撮影/吉村智樹)

開店して4年。いまや地元のコミュニティーの場として欠かせない存在となった(写真撮影/吉村智樹)

開店して4年。いまや地元のコミュニティーの場として欠かせない存在となった(写真撮影/吉村智樹)

街角に現れた、見る角度によって大きさが変わる不思議な小屋。そこは、人間の多様性や多面性を受け入れるやさしさがありました。

●取材協力
ba hütte.(バヒュッテ)
住所 京都府京都市左京区山端壱町田町38番地
営業時間 14:00 ~ 20:00
定休日 火曜日 水曜日 臨時休業あり
電話 075-746-5387
地上2階 /敷地面積:52.60平米 /建築面積:29.00平米 /延床面積:53.64平米

入居者全員クリエイター! 築49年の今も作家たちのアイデアで進化する「インストールの途中だビル」品川区中延

東京都品川区中延にある「インストールの途中だビル」は、2012年にスタートした6階建てのビル型シェアアトリエ。現代美術家、ファッションデザイナー、演劇団体、キャンドル作家、靴職人など多業種のクリエイター20組以上が共同利用している。今年10周年を迎えたこの異色の物件には、どのような歴史やライフスタイルがあるのか。訪れて話を聞いてみた。

駅から徒歩1分、騒がしい立地が好条件に「インストールの途中だビル」が入る光洋ビルは築49年(写真撮影/小林景太)

「インストールの途中だビル」が入る光洋ビルは築49年(写真撮影/小林景太)

「インストールの途中だビル」は、東急大井町線・都営浅草線の中延駅から徒歩1分とアクセス良好な場所にあり、6階建てビルの2階から5階を使って運営される。国道1号沿いで、向かいと左右をパチンコ店に囲まれる騒がしい立地だが、音を伴う「ものづくり」の環境としては周りに気を使う必要がないため、むしろ好条件と支持されている。

運営するのは、自らを「まちづくり会社」と称する合同会社ドラマチック。建物の再生事業や全国の公共施設の運営、地域で活動したい人に向けての拠点づくり・イベント運営などを行っている。

「インストールの途中だビル」を立ち上げたドラマチック代表社員の今村ひろゆきさんにお話を伺った。

「インストールの途中だビル」責任者の今村ひろゆきさん(画像提供/ドラマチック)

「インストールの途中だビル」責任者の今村ひろゆきさん(画像提供/ドラマチック)

時間の経過とともにきれいになる。アップデートを前提としたスタート

今村さんがこのビルを知ったのは、2011年4月ごろ。ドラマチックの活動が新聞に掲載された日に、一通のメールが届いた。内容は「中延駅のすぐそばにビルを持っているが、どうにかしてくれないか」というもの。

「ビルを見に来たらびっくりしました。会社の事務所として使われていたようですが、壁もカーペットも汚れていてヤニ臭く……(笑)。しかし、駅チカでほぼ一棟まるまる空いている物件なんてそう無いですし、すごいポテンシャルを感じました」

しかし、普通のシェアオフィスやコワーキングスペースとして利用できる状態に改装するには、初期費用がかなりかかってしまう。

「活動場所を探しているアーティストの知り合いが複数いたので、アトリエとして使うのはアリだなと。ものづくりをしているとどうしても周りが汚れてしまうので、それなら最初からきれいである必要がないですしね」

オープン準備の様子(画像提供/ドラマチック)

オープン準備の様子(画像提供/ドラマチック)

シェアアトリエとして運営する方針を定めてから、どのような準備をしたのか。

「掃除と、窓を拭くこと。基本はそれだけです(笑)。あとは入居ブースごとに仕切りで区画を分けて、そのほかは入居者の自由ということにしました。壁を塗ってもいいし、照明を変えてもいい。正直まだ会社としてもお金が無かったころなので、アイデアで工夫していくしかありませんでした」

廊下の照明は、入居者の提案で蛍光灯から電球に変更。階段のウォールアートは入居者がテープで制作した(写真撮影/小林景太)

廊下の照明は、入居者の提案で蛍光灯から電球に変更。階段のウォールアートは入居者がテープで制作した(写真撮影/小林景太)

合同会社ドラマチックを立ち上げる前は、商業施設の開発をしていたという今村さん。

「新しくつくった商業施設は、時間が経てば建物が古くなって集客も減り、廃れていきます。でもこの『インストールの途中だビル』は未完成な状態から始まり、徐々に人が集まって場がアップデートされていく。いわゆる商業的な開発の流れとは逆の場をつくっていければと思いました」

コミュニケーションの中で生まれるアイデアをインストールし、よりよい環境をつくるという方針が、施設名の由来ともなるコンセプトだ。こういった事業は一般的にリノベーションを済ませてから開始するものと思い込んでいたが、入居者に使ってもらいながら整えていくという手法は、空き物件を活用するうえでの可能性を広げるアイデアだと感じた。

24時間制作可能。展示会やパフォーマンスができるスペースも

「入居している方は『ものづくりをする』という点では共通していますが、活動のジャンルは本当にばらばらですね。ビルが揺れるほどの大きな音を出して金属の彫刻物をつくる方もいます。ここでの活動を本業としている方は3割ぐらいでしょうか」

各アトリエに住宅の機能はないが、24時間出入り可能。賃料はブースの広さによって変わり、月額2万1800円から。入居金5万円と水道光熱費が別途かかる。利用を続ける中で「もう少し広いスペースを使いたい」といった要望があれば、今村さんらが大工仕事ができる入居者に依頼して仕切りを動かし、ブースを拡張することも。

過去に入居していた版画作家のアトリエの様子(画像提供/ドラマチック)

過去に入居していた版画作家のアトリエの様子(画像提供/ドラマチック)

このブースも上の写真と同じ間取りだが、利用者によって部屋の印象は大きく異なる(写真撮影/小林景太)

このブースも上の写真と同じ間取りだが、利用者によって部屋の印象は大きく異なる(写真撮影/小林景太)

ビル内には約50平米のレンタルスペースもあり、入居者は1時間200円で借りられる。演劇の稽古など広い場所が必要な活動や、作品展・イベント会場、打ち合わせ・撮影の場として使われるという。

レンタルブース「インストジオ」(写真撮影/小林景太)

レンタルブース「インストジオ」(写真撮影/小林景太)

屋上は無料で開放され、植物を育てるなど息抜きの場所となっている。気候のいい時期はここで飲食をしながら入居者同士の近況報告会が行われることも。

イベント開催時の様子(画像提供/ドラマチック)

イベント開催時の様子(画像提供/ドラマチック)

入居するクリエイターたちにとって、このビルは制作の場だけでなく、発表や交流の場ともなっているようだ。では、実際の入居者の方々にお話を聞いてみよう。

アトリエが稽古場にも舞台にもなる

まずは「インストールの途中だビル」が始まった当初から入居している演劇団体「Prayers Studio」さん。稽古場として常時利用するほか、アトリエ内に舞台と客席をつくって公演も行う。

代表の渡部朋彦さん、設立メンバーの妻鹿有利花さんが、入居当時のことからお話ししてくれた。

「Prayers Studio」代表・渡部朋彦さん(左)、妻鹿有利花さん(写真撮影/小林景太)

「Prayers Studio」代表・渡部朋彦さん(左)、妻鹿有利花さん(写真撮影/小林景太)

「ここに来るまでは区民施設などを都度借りて稽古しながら活動していました。小道具なども徐々に増えていき、どこかに拠点を構えたいと感じていたところ、劇団員がこのビルのことをTwitterで偶然見つけたんです。すぐに連絡して、4月1日のオープンぴったりのタイミングで入居しました。月末には公演を控えていたので、さっそく本番前は徹夜で稽古しましたね」(渡部さん)

50平米の部屋は、仕切りで楽屋などを設ける(写真撮影/小林景太)

50平米の部屋は、仕切りで楽屋などを設ける(写真撮影/小林景太)

声を出すことが不可欠な演劇の活動にとって、入居者全員がものづくりに理解のある環境は理想的だという。現在、Prayers Studioは11人のメンバーで4チームに分かれて活動しており、ブースには常に誰かがいるような状況。ここを拠点として活動を続けてきた結果、ビル周辺の中延エリアに引越してきた劇団員も多い。

「天井はあえて梁を見せて高さを出し、蛍光灯やカーペットは外して、客席やカーテンの仕切りを設置しました。また、24時間活動できるといっても音に関しては多少気を使います。遅い時間に大道具を組み立てたり大声を出したりするのは控えるなど。逆に私たちの公演期間はほかの入居者が音を出す作業を控えてくれて、積極的に協力してくださりありがたいです」(渡部さん)

もともと天井にあった板を転用したドア(写真撮影/小林景太)

もともと天井にあった板を転用したドア(写真撮影/小林景太)

入居者同士で生まれる活動のつながり

10年間入居していることもあり、入居者とのコミュニケーションが創作活動やプライベートにつながることもあったという。

「キャンドル作家の方に制作を依頼して、アトリエで香りを焚かせてもらったり……」(妻鹿さん)

「結婚を考えている劇団員が、アクセサリー作家さんのワークショップで婚約指輪をつくったことも。その後も結婚式の引き出物としてキャンドルをつくってもらったり、式の撮影も入居者のフォトグラファーさんにお願いしたり(笑)。逆に入居者の方の個展で僕がナレーションをやったり、劇団員がファッションブランドのモデルを務めたりしたこともありますね」(渡部さん)

想像以上に濃いつながりだった。このほかにも、中延商店街のお祭りでの公演や、子ども向けのワークショップ、観客参加型の舞台上演など、地域と関わる活動も多く行ってきたPrayers Studio。現在も「拠点を持つ劇団」という強みをきっかけに、外部のクリエイターと共同で舞台演出上の新企画に取り組んでいる。

「夜、活動を終えて帰宅するときに、ほかの部屋に明かりがついていると『自分も負けていられないな』と思います。モチベーションが刺激される環境ですね」(妻鹿さん)

舞台と客席の配置は、公演内容によって変える(写真撮影/小林景太)

舞台と客席の配置は、公演内容によって変える(写真撮影/小林景太)

イベントでたまたま訪れたビルに入居して9年目

続いては、ファッションブランド「NeLL」のデザイナー・hee(ヒー)さん。「誰でも着られる服」というコンセプトに基づき、1つの素材で1サイズのみの服をつくる『One=Everyone』というシリーズが好評だ。

「NeLL」デザイナーのheeさん(写真撮影/小林景太)

「NeLL」デザイナーのheeさん(写真撮影/小林景太)

NeLLのアトリエ(写真撮影/小林景太)

NeLLのアトリエ(写真撮影/小林景太)

このアトリエには、本職の仕事場として週5日ほど通うheeさん。入居のきっかけは、ビルの屋上で行われた2周年イベントだという。

「最初は、ただ好きなミュージシャンの方がライブをすると聞いて来たんです。でも中に入ってみたら結構良さそうな場所だったのと、ちょうど当時使っていたアトリエを出なくてはいけないタイミングだったので、後日改めて内見をしました」

求めていた条件は「ある程度の広さ」「汚しても大丈夫なこと」など。いずれも問題なさそうで、「夜でもミシンの音など気にせず作業できるのは気楽でいいな」と感じ、入居を決めたそう。

NeLLの展示会で渡したノベルティ。制作は同ビルに入居するキャンドル作家さん(写真撮影/小林景太)

NeLLの展示会で渡したノベルティ。制作は同ビルに入居するキャンドル作家さん(写真撮影/小林景太)

「入居して9年目になりますが、実は今のブースを使い始めるまでにビル内で3回引越しました。一緒に借りていたメンバーが離れるタイミングなどで、その都度ちょうどいい広さのブースに移っています。このビルは『駆け出しの人を応援する場』だという感覚もあるので、本当は早くここを出られるように頑張らなきゃいけないと思うんですけど、なかなか居心地が良くて今に至ります(笑)」

ジャンルを問わない出会いが活動の幅を広げる

heeさんに「入居してから感じた良い点」を聞いてみた。

「やっぱり入居者の知り合いができることですね。創作活動の話や展示など自分の作品を知ってもらう方法について情報交換できますし、そこから依頼が発生することもありました。インストールの途中だビルでは、月一回の定例会があって、コロナ禍で頻度は落ちてしまいましたが、ビルのメンバーとコミュニケーションをとれます。年末の忘年会など交流機会は割とあって楽しいです」

2014年には、インストールの途中だビルが主催となり近隣の商店街で「中延EXPO」を開催。ダンサーやミュージシャンが即興で演奏しながら街を練り歩くイベントで、heeさんはパフォーマーの衣装を提供したという。

「中延EXPO」の様子(画像提供/LAND FES)

「中延EXPO」の様子(画像提供/LAND FES)

「今後もさまざまなジャンルの人と関わっていきたい」と語るheeさん。ビルのレンタルスペースで開催される音楽イベントでミュージシャンの衣装提供なども予定しているとのことだった。

これからもインストールは続いていく

シェアアトリエという空間を活かし、地域や外部との交流も図ってきたインストールの途中だビル。

「料金設定もそうですが、『これからがんばっていこう』という段階のクリエイターを応援したい気持ちがあります。そのために、ハード面である物件に手を加えていくのではなく、人同士のつながりというソフト面でメンバーの活動を応援して、ビルを盛り上げていきたいです。運営を続ける中で、活動が成功して売れっ子になっていった方もいて、そういう過程を見られるのはうれしいですね」と今村さん。

あえてセオリーどおりの「快適な空間」を用意せずにスタートしたこのシェアアトリエでは、入居者自身が過ごしやすいように作業環境をつくることができる。いわば全員が「ビルのクリエイター」として一つの居場所を構築していくことは、ライフスタイルの充実に大きく寄与していると感じた。

インストールの途中だビルは今年で10周年を迎え、入居者はのべ100名を超える。今村さんは「今後も新しいクリエイターの方と出会えるのが楽しみ」とほほえみ交じりに語っていた。

●取材協力
・インストールの途中だビル
・まちづくり会社ドラマチック
・Prayers Studio
・NeLL

倉敷がいま若者に人気の理由。廃れない街並みの背景に地元建築家と名家・大原家の熱い郷土愛

江戸情緒あふれる町並みが魅力の観光地・岡山県倉敷。観光の中心地点となる美観地区を流れる倉敷川に沿って、江戸時代から残る木造の民家や蔵を改装したショップやカフェ、文化施設などが立ち並びます。空襲を免れたことで旧家が残り、観光資源として活用されている倉敷ですが、それだけではなく、印象派絵画のコレクションで知られる「大原美術館」や、工場跡をホテルにコンバージョンした「倉敷アイビースクエア」など、決して広くはないエリアに国内有数の観光施設が点在しています。
古い建物が残る地域は日本各地に見られる中で、倉敷にこれほど魅力的なスポットが集中する理由はどこにあるのでしょうか。
倉敷で生まれ育ち、すみずみまで知り尽くす建築家の楢村徹さんに、長年倉敷の古民家再生にかかわってきたからこそ見えてきたまちの魅力を伺いました。

倉敷の土台を築いた名士、大原家近世以来の細い街路が現代では観光にちょうど良い歩行路となっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

近世以来の細い街路が現代では観光にちょうど良い歩行路となっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「倉敷はまちも人も恵まれた場所ですね。古いものが残っていて、常に新しいことを仕掛けていこうというエネルギーがある。一朝一夕ではない、時間をかけて育まれた文化が根付いています」
建築家として全国のまちを訪れてきた楢村さん。自身の出身地であることを差し引いても、倉敷は面白いまちだといいます。
伝統的な町並みの印象が強い倉敷のまちに対し「新しい」というワードも不思議な気がしましたが、確かに倉敷を代表する建造物は建設当時の最先端を行くものです。大原美術館に採用されているヨーロッパの古典建築を再現するデザインは、建築家の薬師寺主計がヨーロッパ各国の建築を学び設計したもの。文化の面でも欧米列強を追いかけていた当時の日本において、芸術の殿堂と古代ローマ建築をモチーフとするデザインとの組み合わせは、ここでしか見られないオリジナルなアイデアです。蔦で包まれた外壁が特徴のアイビースクエアも、産業遺産である工場をホテルに転用する、日本でも先駆け的なプロジェクトでした。

アイビースクエア外観。江戸時代の旧代官所跡地に建設された倉敷紡績の工場を再活用した(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

アイビースクエア外観。江戸時代の旧代官所跡地に建設された倉敷紡績の工場を再活用した(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

アイビースクエア中庭。柱と屋根を撤去し、元々工場の内部空間だった場所を外部空間へと変貌させた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

アイビースクエア中庭。柱と屋根を撤去し、元々工場の内部空間だった場所を外部空間へと変貌させた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

アイビースクエア内にある、ホテルのエントランスホール。工場建築の特徴であるノコギリ屋根が宿泊客を迎えるトップライトとして生まれ変わった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

アイビースクエア内にある、ホテルのエントランスホール。工場建築の特徴であるノコギリ屋根が宿泊客を迎えるトップライトとして生まれ変わった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「いまの時代にやるべきことがはっきりしているのも、まちづくりにとっては良いことですね。まちの核となるような施設は先代の大原さんが、建築家の浦辺さんと一緒にひと通りそろえているんですよ。それを壊さずに使っていくことを大前提として、足りない部分を補っていけばいいわけですから。まちとしての基盤がしっかりしているから、私が手掛けているような小さな町家の再生であっても、ひとつ完成するごとにまち全体が整っていくことを実感しています」
大原家は倉敷きっての大地主。江戸時代中期に商人として名を成し、明治21年に大原孝四郎が創業した倉敷紡績、その息子孫三郎が創業した倉敷絹織(現クラレ)は現在も上場企業として日本の繊維産業を牽引しています。

現在、旧大原家住宅は一部一般公開されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

現在、旧大原家住宅は一部一般公開されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

旧大原家住宅の倉を改修した「語らい座」。大原家ゆかりの資料が保管され、イベント会場としても活用されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

旧大原家住宅の倉を改修した「語らい座」。大原家ゆかりの資料が保管され、イベント会場としても活用されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「いまの時代にやるべきことがはっきりしているのも、まちづくりにとっては良いことですね。まちの核となるような施設は先代の大原さんが、建築家の浦辺さんと一緒にひと通りそろえているんですよ。それを壊さずに使っていくことを大前提として、足りない部分を補っていけばいいわけですから。まちとしての基盤がしっかりしているから、私が手掛けているような小さな町家の再生であっても、ひとつ完成するごとにまち全体が整っていくことを実感しています」
大原家は倉敷きっての大地主。江戸時代中期に商人として名を成し、明治21年に大原孝四郎が創業した倉敷紡績、その息子孫三郎が創業した倉敷絹織(現クラレ)は現在も上場企業として日本の繊維産業を牽引しています。

大原美術館と大原本邸(旧大原家住宅)とを結ぶ今橋。橋も薬師寺主計の設計(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

大原美術館と大原本邸(旧大原家住宅)とを結ぶ今橋。橋も薬師寺主計の設計(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

同じく薬師寺が設計した旧中国銀行倉敷本町出張所。孫三郎は中国銀行の頭取も務めていた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

同じく薬師寺が設計した旧中国銀行倉敷本町出張所。孫三郎は中国銀行の頭取も務めていた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

伝統を崩さず、新しさを採り入れる

さらに總一郎は、建築家の浦辺鎮太郎とともに市と連携して倉敷市民会館や倉敷市庁舎、倉敷公民館など市民の生活を支える施設を整備していきます。
大原美術館と並び倉敷観光の中心を成す倉敷アイビースクエアも、もともと倉敷紡績の工場だったものを浦辺の設計でコンバージョンして蘇らせた文化複合施設です。

「倉敷には江戸時代以来の商人のまちとしての歴史があって、時代ごとに築きあげてきたものが積み重なっていまの倉敷をつくっているんです。空襲にもあいませんでしたから。ドイツに中世につくられた道や建物がそのまま残っているローテンブルクというまちがあるんですが、總一郎さんが倉敷をドイツのローテンブルクのようなまちにしようと呼びかけた。そこからいろんな人たちが協力して古いまち並みを残してきた結果、一周遅れのトップランナーといった感じで注目されるようになってきた。いま我々がやっているのはそれを生かして新築ではできない魅力をさらに積み重ねていく、新しいエッセンスを加えて次の世代にわたしていくと、こういうことです」

浦辺の代表作のひとつ、倉敷ホテル。建物全体を取り巻く庇と瓦がリズムをつくり、伝統建築を参照しつつ現代的な印象を与える(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

浦辺の代表作のひとつ、倉敷ホテル。建物全体を取り巻く庇と瓦がリズムをつくり、伝統建築を参照しつつ現代的な印象を与える(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「倉敷は町家造りの建物が並んでいて、広場になるような場所がないんです。だけど建物の正面から一歩奥に入ると、細い路地がポケットパーク的に点在しています。日常的に使わないから物置として放置されていたりもするんですが、大きなテーマとして、そういった本来裏の空間である路地空間を表の空間として皆が入ってこられる場所にすることと、それらをつないでいくことでまちに奥行きをつくりだして歩いて散策できるまちにすること、このふたつに取り組んでいます」

楢村さんが改修デザインをしたクラシキクラフトワークビレッジ。自然と奥へ誘導される(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

楢村さんが改修デザインをしたクラシキクラフトワークビレッジ。自然と奥へ誘導される(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

最奥部では複数の商店が中庭を取り囲むように並ぶ。思わず中に入ってみたくなる配置デザインだ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

最奥部では複数の商店が中庭を取り囲むように並ぶ。思わず中に入ってみたくなる配置デザインだ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

同じく楢村さん設計の林源十郎商店。複数の町家の通り庭をつなげ、自由に散策できる遊歩道が設えられている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

同じく楢村さん設計の林源十郎商店。複数の町家の通り庭をつなげ、自由に散策できる遊歩道が設えられている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

林源十郎商店の通り庭。倉敷のまちで見かける散策路の多くに、楢村さんはかかわってきた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

林源十郎商店の通り庭。倉敷のまちで見かける散策路の多くに、楢村さんはかかわってきた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「もともと私は古民家が好きとか、古い建物が好きとかそういうわけでもないんです。新しいデザインを追求した結果、古民家がもっている歴史の積み重ねに新しい要素を加えることを考えました。若いころに読んでいたヨーロッパの建築雑誌には、石造りの古い建物をリノベーションした建築が載っていて、これが非常にモダンで格好良いんです。そういうものを見て、自分もやってやろうというモチベーションでしたから、一番新しいデザインだと思ってやっています。長い年月を朽ちることなく耐え抜いてきた古民家に使われているのは、選びぬかれた本物の材料です。いまでは手にはいらないような貴重な材料でつくられているから、時間が経っても古びない、むしろ味わいが増していく魅力があると思います」

いいものをつくることが、保存への近道

楢村さんは建築家として独立した30年以上前に同世代の建築家たちと「古民家再生工房」を立ち上げ、全国の古民家を改修する活動を続けてきました。当時はバブル真っ只中。建築業界では次々に建て変わる建物の更新スピードと並走するように、目まぐるしくデザインの傾向が変わっていきました。そんななか、地道に古民家の改修を続ける楢村さんたちの活動はどのように受け止められたのでしょうか。

「建築の設計に携わっている専門家ほど、『お前らそんな仕事しかないのか』と見向きもしない傾向はありました。でも建物を建てるのは一般の人なんだから、専門家からどう言われようが自分たちが信じたことをやっていけば良いとは思っていました。
地元のメディアに働きかけてテレビやラジオ、雑誌に取り上げてもらったり、講演会や展覧会を自分たちでずっと継続してきて、一般の人たちに建築デザインの魅力や古民家再生の良さを知ってもらおうと活動してきました。
それまでは古民家というと保存する対象で、古い建物を東京の偉い先生が見に来てこれは残すべきだとか、大切に使ってほしいとかそういうことを言ってきたわけです。でも建物の持ち主からすれば、歴史的な価値がどうとか言われてもよくわからないですよね。
それを我々はアカデミックな見方ではなくて、現代の目で見て良いデザインに生まれ変わらせようという視点で設計してきたから受け入れられたんだと思います。若い人たちがここに住みたいと思うようなものにしてしまえば、保存してほしいなんて言わなくても使い続けてもらえるわけですからね」

楢村さんが設計した施設のブティック。古くから使われてきた自然素材を用いつつ、古民家を現代的な建築にリノベーションした。(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

楢村さんが設計した施設のブティック。古くから使われてきた自然素材を用いつつ、古民家を現代的な建築にリノベーションした。(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「そんなことを十年以上やっていたら、倉敷で中心市街地の活性化事業がスタートしたときに声をかけてもらって。もう十五年以上、倉敷の町家再生に携わっています。といっても単に建物を改修するだけではダメで、そこをどんな場所にするのか、お店をやるならどんな内容にするのかとか、どうしたらちゃんと事業として回っていくのかとか、中身のことも一緒に考えていくから設計の仕事は全体の3割位ですね。
なにかお店を入れようと思ったら周りとの調整も必要だし、1つの建物を生まれ変わらせるのに4、5年かかるのが普通です。その間はお金にもならないし、思うようにいかないことばかりで大変ですが、誰かがやらなくちゃいけないことですから。本当はなにも描いていないまっさらな白紙に、倉敷がこんなまちになったら良いななんてイメージを描いていくのが一番楽しいんですが、実現しないとなんの意味もない。思い描いたうちの8割でも7割でも、かたちにして次につないでいくことが、我々がいますべきことだと思っています」

楢村さん設計の「夢空間はしまや」。楢村さんが設計した建物にはどれも観光で疲れた足を休ませてくれる癒やしの空間が用意されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

楢村さん設計の「夢空間はしまや」。楢村さんが設計した建物にはどれも観光で疲れた足を休ませてくれる癒やしの空間が用意されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「理想は観光客に対してではなく、倉敷に住む人にとって良いまちにしていくこと、その結果、外の人が来ても楽しめるまちになるといいなと思ってやってきました。最近は若い人たちが倉敷のまちづくりに関わるようになってきています。私の事務所から独立して町家の改修をやっている人もいるし、頑張って新築をつくっている人も。
そうやって若い人たちが集まってきて、やりたいことを実現できる土壌があって、それがちゃんと経済的にも成り立つだけのポテンシャルがある。これまで倉敷が積み重ねてきた文化の地層に、新しい要素を付け加えながら、次の倉敷をつくっていってほしいですね」

●取材協力
楢村徹さん

ドラマ『魔法のリノベ』放送開始! リノベーション理解や事業者選びのヒントにも

7月から「魔法のリノベ」というテレビドラマがスタートした。リノベとはリノベーションのこと。住宅関連のテーマのドラマなので、さっそく視聴した。住宅の間取りや製品などが多く登場するのだが、住宅建材・設備機器メーカーの企業LIXILが製品をドラマの撮影セットに提供しているという。で、ドラマはと言うと……。

【今週の住活トピック】
システムキッチンや水栓、サッシ、インテリアなどLIXIL製品をドラマ撮影セットに美術協力/LIXIL

テレビドラマ「魔法のリノベ」放送スタート!

関西テレビの「魔法のリノベ」サイトを見ると、「人生こじらせ凸凹営業コンビが、“住宅リノベ”で家や依頼人の心に潜む魔物をスカッと退治!」とある。どうやら、住宅のリノベーションを通じて、依頼した家族の人生のリノベーションまでしてしまうことが、「魔法のリノベ」という意味らしい。

原作は星崎真紀さんの漫画だ。筆者は漫画を拝読していないので、放送されたテレビドラマでしか、その内容を把握できていない。初回は、波瑠さん演じる真行寺小梅が、間宮祥太朗さん演じる福山玄之介が営業を務める『まるふく工務店』に転職してくる下りが描かれ、中山美穂さんと寺脇康文さんが演じる夫婦の古い家をリノベする…という展開だった。

LIXILによると、このドラマの「1階 まるふく工務店」と「2階 玄之介の部屋」に、システムキッチンや水栓、サッシ、インテリアなどの製品を美術協力しているという。

玄之介の部屋(出典/LIXILニュースルームより)

玄之介の部屋(出典/LIXILニュースルームより)

玄之介の部屋のリビングで、小梅が登山用の寝袋にくるまって寝ていて、芋虫状態で子どもに発見されるというシーンがあった。工務店の2階というからには、それなりの設備機器が設置されていて当然だろう。LIXILでは、最新のシステムキッチンやキッチン・リビング収納、非接触で吐水/止水ができるタッチレス水栓、ハイブリッド窓、内装壁機能タイル、インテリア建材などを美術協力していているという。

美術協力しているLIXILの製品(出典/LIXILニュースルームより)

美術協力しているLIXILの製品(出典/LIXILニュースルームより)

住宅のリノベーションとはなんだ?

今ではよく使われる用語になっている「住宅のリノベーション」だが、実は正式な定義はない。

一般的に住宅業界では、リフォームは経年劣化した部分を建築当時の水準に戻す改修工事のこと。リノベーションとは、キッチンなどの設備の交換や間取りの変更などの大規模な改修工事だけでなく、いまの生活を快適にするレベルに住宅の性能を引き上げることも含んでいる。たとえば、第1話で中山美穂さんの実家をリノベーションする際に、キッチンの交換や間取りの変更に加えて、古い家なので耐震性も引き上げようという話が出ていた。耐震基準なども年代によって変わってくるので、いまの基準に引き上げることが安全性確保のために大切だからだ。

リノベーション業界の団体である(一社)リノベーション協議会のホームページを見ると、リノベーションを次のように定義している。

「リノベーションとは、中古住宅に対して、機能・価値の再生のための改修、その家での暮らし全体に対処した、包括的な改修を行うこと。例えば、水・電気・ガスなどのライフラインや構造躯体の性能を必要に応じて更新・改修したり、ライフスタイルに合わせて間取りや内外装を刷新すること」

この定義について、リノベーション協議会の会長である内山博文さんに話を聞いた。
この定義は10年以上も前、協議会を立ち上げる時に決めたもので、当時はリフォームとリノベーションの違いもあいまいだった、という。包括的な改修としたのは、住宅の機能改修というハード面だけでなく、そこに住む利用者のソフト面も含めて、住宅の価値を上げていこうという考えだった。

10年以上経ったいまでは、世の中にリノベーションがポジティブに受け取られて、今住んでいる住宅をリノベーションするだけでなく、中古住宅を買ってリノベーションをして住むという選択肢も一般的になってきた。リノベーションが、新築という規制の枠にはまらない、自分らしい暮らしをデザインするのに最適な方法だと気づいたからだろうと、内山さんは見ている。

リノベーションで魔法はかけられる?

さて、ドラマタイトルに「魔法の」という修飾語がついているが、「リノベーションで魔法はかけられるか?」と内山さんに聞いてみた。「事業者もいろいろあるので、すべての事業者に当てはまるとは思わないが」という前置きはあったが、「生活者の目線で一緒に課題を解決できる事業者が増えてきたと思っている」と、会長らしい視点のコメント。生活者の希望を超えるものを提案できる、ある意味で魔法が使える事業者も数多くいるということだろう。

第2話では、夫婦別寝室プランを夫婦それぞれで希望するが、希望している理由に加えて、夫婦の関係性を読み取ってプランを提案していた。生活者と同じ目線で課題を解決してこその提案だ。

最後に、「このドラマに、どんなことを期待しているか?」と聞いた。内山さんは「ドラマは、2社のリノベーション事業者が競争する展開となっているので、どういう会社を選んだらよいかということが、視聴者に伝えられることに期待している」という。

ドラマでは、事業者側の都合を上手に隠して顧客に提案するライバル会社と、生活者目線で提案する小梅たちの会社が競争をする形になっている。実際に、リノベーションをやるという事業者は多いが、事業者の提案はそれぞれ異なる。当初の玄之介の営業のように、顧客の希望条件をそのまま図面にする提案もあれば、小梅のように生活者の代わりに課題を解決する提案もある。なかには、顧客の希望を無視した事業者側の都合による提案もあるかもしれない。

建築の専門知識のない一般の消費者には、その違いがわかりにくいだろう。となると、各社から見積もりを取った結果、工事費用の金額だけに目が行きがちということも。ドラマ効果で、提案内容をしっかり見極めるということが一般的になって、自宅での暮らしの価値を上げるようなリノベーションが実現することを、筆者も大いに期待している。

●関連サイト
ドラマ「魔法のリノベ」ホームページ
LIXILニュースルーム「7月スタートのカンテレ・フジテレビ系月10ドラマ「魔法のリノベ」 番組枠内で“夏の断熱リフォーム”を訴求するインフォマーシャルを放映開始」

マンションも木造の時代に! 耐震性や遮音など住みごこち満足度98%のお墨付き 「MOCXION INAGI」東京都稲城市

法律の改正により国土交通省が民間での木材活用を推進したこともあり、2021年から木造ビルが各地に誕生し、今、かつてないほど「木造建築」に注目が集まっています。なかでも、2021 年に完成した「MOCXION INAGI(以下、モクシオン稲城)」(三井ホーム)は木造マンションの幕開けを象徴するような建物です。入居者の実際の住み心地や満足度、マンションの性能、今後どのように普及していくかについて紹介します。

遮音、耐震性もバッチリ! 入居者の98%が住み心地に満足と回答

高層ビルやマンションは珍しいものではありませんが、その多くはコンクリートと鉄骨鉄筋で、構造でいうと、鉄筋コンクリート(RC造)や、鉄骨鉄筋コンクリート(SRC造)にあたります。だからこそ、記事冒頭のように一見よくある新築マンションが「木造なんだよ」と言われたら、多くの人は驚くのではないでしょうか。

「木造マンション」という新しいカテゴリーを生み出した「モクシオン稲城」一見、よくあるマンションですが、実は「木造」なんです(写真撮影/片山貴博)

「木造マンション」という新しいカテゴリーを生み出した「モクシオン稲城」一見、よくあるマンションですが、実は「木造」なんです(写真撮影/片山貴博)

そんな驚くような木造マンション「モクシオン稲城」が2021年11月、東京都稲城市に完成しました。総戸数は51戸、間取りは2LDK~3LDK、専有面積は50平米~96平米で、シングルからディンクス、子どものいる世帯が暮らしています。1階はRC(鉄筋コンクリート)造で、2~5階に木造枠組壁工法を採用しています。賃料は稲城駅の周辺物件の相場よりも高額な設定でありながらも、見学した人の約7割が入居を申し込みたい(内覧即申し込み含む)と回答し、募集開始後約1カ月で満室になるほどの人気物件です。

エントランスの上部にも木をあしらっています。木ってやっぱりカッコいい(写真撮影/片山貴博)

エントランスの上部にも木をあしらっています。木ってやっぱりカッコいい(写真撮影/片山貴博)

木造の建物というと、音や耐火性、耐震性などが心配という人もいるかもしれませんが、住み心地はどうなのでしょうか。

「入居から4カ月が経過した今春、アンケートをしましたが、入居している47世帯からの回答のうち98%もの人が満足と回答してくださっています」と話すのはこのプロジェクトの推進責任者の依田明史(よだあけし・三井ホーム)さん。では、どのような点に魅力を感じているのでしょうか。

「入居開始が12月だったので、入居者のみなさんは冬をマンションで過ごされたわけですが、断熱性にすぐれ、結露が少なくて快適、天井高や断熱、遮音といった点で高く評価していただいています。耐震性でいうと、3月には東京都で震度4の地震が発生しましたが、その際も揺れてモノが落ちるなどもなく、コンクリートのマンションに住んでいたときと体感はまったく変わらなかったとのコメントも聞きました」(依田さん)

「木造」マンションを推進した依田さん。完成するまでは「木造でしょ」と言われることが多く、悔しい思いをしたことも(写真撮影/片山貴博)

「木造」マンションを推進した依田さん。完成するまでは「木造でしょ」と言われることが多く、悔しい思いをしたことも(写真撮影/片山貴博)

見学のきっかけは、「木造マンションに興味」「脱炭素に貢献」

木造建築物をめぐる法改正などの背景はSUUMOジャーナルでもお伝えしてきましたが、そうはいっても、「一戸建てではない木造建築に住みたい!」と意欲的な人は実はまだごく少数なのではないでしょうか。そもそも、入居者のみなさんは、「木造マンション」のどのあたりに魅力を感じて、見学にいらっしゃったのでしょう。

「見学者のみなさんに来場のきっかけのアンケートをしたのですが、『木造マンションに興味があった』が2位、『木造マンションは地球環境にやさしく脱炭素に貢献』が6位となっていました。実はこの『脱炭素に貢献』というのは、マーケットにおける環境意識の変化を知りたくて手探りで選択肢に入れたのですが、驚くほど上位に来ていました。私たちが思っている以上に、環境意識が高まっているのだと思います」と依田さんは分析します。

回答数89、複数回答可

回答数89、複数回答可

近隣エリアからの見学者は当然のことながら多かったそうですが、東京都品川区や文京区といった都心部からの住み替えもあったといい、いかに木造マンションが注目されていたかがわかります。

「コロナ禍で、多くの企業でテレワークが導入されたことで、郊外で少し広め、質のよい建物に住みたいという需要をくみ取れたと思います。室内の広さを確保したい、地球環境意識の高まりなど、まさに時代の流れにあった建物が完成したと思っています」(依田さん)

エントランスホールには木をふんだんにあしらった和モダンな雰囲気に(写真撮影/片山貴博)

エントランスホールには木をふんだんにあしらった和モダンな雰囲気に(写真撮影/片山貴博)

廊下は建物に内包された「内廊下方式」に。高級感があっていいですよね(写真撮影/片山貴博)

廊下は建物に内包された「内廊下方式」に。高級感があっていいですよね(写真撮影/片山貴博)

部屋番号も木製。こういう遊び心のある造りも心躍ります(写真撮影/片山貴博)

部屋番号も木製。こういう遊び心のある造りも心躍ります(写真撮影/片山貴博)

1階のモデルルーム。木造マンションへの関心は高く、デベロッパー、不動産会社、金融機関など見学希望が絶えないそう(写真撮影/片山貴博)

1階のモデルルーム。木造マンションへの関心は高く、デベロッパー、不動産会社、金融機関など見学希望が絶えないそう(写真撮影/片山貴博)

5階のモデルルーム。最上階ですが表面に木材を使って仕上げています(写真撮影/片山貴博)

5階のモデルルーム。最上階ですが表面に木材を使って仕上げています(写真撮影/片山貴博)

テレワークを想定した部屋。コロナ禍のテレワーク需要に応える結果に(写真撮影/片山貴博)

テレワークを想定した部屋。コロナ禍のテレワーク需要に応える結果に(写真撮影/片山貴博)

RC造(写真左)には柱や梁(はり)のでっぱりがありますが、木造(写真右)は壁面工法のため梁のでっぱりがなく、部屋がより広く、のびやかな空間になるのがおわかりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

RC造(写真左)には柱や梁(はり)のでっぱりがありますが、木造(写真右)は壁面工法のため梁のでっぱりがなく、部屋がより広く、のびやかな空間になるのがおわかりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

写真を見ていただくとわかると思いますが、エントランスや内廊下、キッチン、リビングなど、随所に木が使われていて、一般的な賃貸物件のデザイン・仕様とは一味違います。

建物をつくる、住む、解体する。すべてのステップで環境負荷を軽減

木造建築の強みとして(1)快適で住み心地がよい、(2)断熱性にすぐれる、(3)軽量で施工性にすぐれるが挙げられますが、それだけではありません。

「『木』で建物をつくるということは、S(鉄骨)造、RC(鉄筋コンクリート)造、SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造と違い、二酸化炭素を大気中に戻さないわけですから、この建物で炭素を数十年間貯蔵しているわけです。この建物だと約736.4トン、貯蔵している計算になり、これは樹齢35年の杉の木に換算すると約3,000本に相当します。また、建築にかかる二酸化炭素排出量はRC造の半分程度で、将来、解体するときも二酸化炭素の排出量が抑えられるでしょうし、解体後も木材なら再利用も可能です」と依田さん。

コンクリートは二酸化炭素を吸収してくれませんが、木は二酸化炭素を吸収して大きくなります。木材を使っている住まいだとそれだけで「二酸化炭素を貯蔵している」というのは、新しい発見です。また、冒頭に挙げたとおり、(2)木材は断熱性にすぐれているという特性を活かし、省エネルギー集合住宅の証である「ZEH-M oriented(ゼッチ・エム・オリエンテッド)」の認証を取得。住んでいる人から見ると、真夏の冷房、真冬の暖房使用量が少なくて済み、より省エネルギーになるというわけです。よく、“つくる責任、使う責任”といわれますが、トータルで見ても環境性能にすぐれる木造建築は、非常に時代に合った建物といえそうです。

中層建築・大型建築を可能にした高強度耐力壁「MOCX wall」(写真撮影/片山貴博)

中層建築・大型建築を可能にした高強度耐力壁「MOCX wall」(写真撮影/片山貴博)

モデルルームでは生活音を再現し、音の伝わり方を体験できて、遮音性の高さに驚くはず(写真撮影/片山貴博)

モデルルームでは生活音を再現し、音の伝わり方を体験できて、遮音性の高さに驚くはず(写真撮影/片山貴博)

木材に加えて、構造的にも高気密・高断熱とすることで、住宅性能評価の「断熱等性能等級4」「一次エネルギー消費量等級5」を取得(写真撮影/片山貴博)

木材に加えて、構造的にも高気密・高断熱とすることで、住宅性能評価の「断熱等性能等級4」「一次エネルギー消費量等級5」を取得(写真撮影/片山貴博)

課題は部資材や人材確保。「木造マンション」を当たり前の時代に

実は木造マンション、環境負荷が低いだけでなく、工期を短縮できることから、RC造と比較して「建築費が安く、工期も早い」という利点もあったそうですが、昨今のウッドショックの影響と世界情勢による建築費の高騰から「安くて早い」とは断言しにくくなったとのこと。

「住宅建材全般の急激な値上がりが激しいのと、工事を実施する土地の周辺事情により建築費と工期は違ってきます」と依田さん。

もう一つ、今まで木造住宅の普及のネックになってきたのがとポータルサイトでの「ジャンル」です。

「一般的にはアパートよりマンションの方が価値が高いと認識されています。しかし、今まで弊社でどんなによい木造賃貸住宅をつくっても、SUUMOほか、ポータルサイトでは規約によりマンションで募集登録できませんでしたし、同業他社からは『木造アパートはマンションでないため経年すると価値が下がり入居者募集に苦労しますよ』と言われてきました。どんなにいい木造建築をつくっても評価されないのだと、悔しい思いをしてきたんです。今回、一定の要件のもと、木造住宅でも『マンション』として募集できるようになりました。さらに、プロ投資家に向けて、住宅性能評価書と投資判断に重要とされるエンジニアリングレポートを取得することで、木造でもRC(鉄筋コンクリート)造と同等の減価償却期間47年が可能となることを証明し、木造建物に投資する門戸を広げました」(依田さん)

今後の課題は、木材の確保、部資材の調達、施工監理などの人材育成だといいます。
「普及を考えたときの木材や、木造マンションに合った建材、部資材の確保は課題といえるでしょう。あわせて施工してくれる人材は必要不可欠なので、その点を解決していきたいですね。これは私の後輩の役割となると思いますが、RC造と同様に、木造マンションが当たり前の選択肢として世の中に広まっていったら、と願っています」(依田さん)

「同潤会アパート」や「霞が関ビルディング」のように、時代の転換点を象徴するような「建築物」がありますが、後世から振り返ってみたとき、「モクシオン稲城」もそのような存在になるのかもしれません。

●取材協力
モクシオン稲城

空き家リノベを家主の負担0円で! 不動産クラウドファンディングが話題 鎌倉市・エンジョイワークス

人口が減り始めた日本では、売ったり、貸したりといった活用がなかなか進まない「負動産」と揶揄される空き家が増えています。一方で、所有者の経済的な負担を減らしつつ、住まいとして現代の暮らしに合うよう、再生する試みがはじまっています。どんな仕組みなのでしょうか。仕掛け人の株式会社エンジョイワークスが始めた「0円! RENOVATION 」の取り組みを、実際のプロジェクト「鎌倉雪ノ下シェアハウス」とともにご紹介しましょう。

鎌倉駅から徒歩12分。空き家が海を見下ろすシェアハウスに

2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台でもあり、日本を代表する古都・鎌倉。戦前から避暑地として栄え、今なお「住みたい街」として根強い人気があります。そんな鎌倉駅から徒歩12分、細道を抜けた緑豊かな小高い丘に、今年、一軒家を改装したシェアハウスが誕生しました。

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もともとこの一軒家は1960年に、個人の邸宅として建てられたものです。ここ15年ほど空き家になっていましたが、2年程前にこの建物に一目惚れした現オーナーが購入し、別荘として活用する計画だったそう。とはいえ、空き家だったため、建物の痛みが激しく、個人でDIYをして利用するのは難しいと断念、取り壊すには惜しいことから旧村上邸などの「鎌倉市内はじめ湘南エリアでの空き家再生」に実績のあった「エンジョイワークス」に物件を委託されたそう。

物件活用の方法として、ドミトリーなども考えられましたが、個室がしっかりとれること、昔から住んでいる地域の住民との関係、鎌倉らしい暮らしができる立地など、もろもろを考慮して、「シェアハウス」として活用するアイデアが出たそう。

シェアハウスとなる個室は全5部屋、家賃は部屋ごとに異なるものの、平均で7万5000円(Wi-Fi使用料、共益費込み)。庭には桜や紅葉が植えられていて、2階の一部の部屋からは海が見え、隣接した鶴岡八幡宮から早朝に祝詞(のりと)も聞こえるなど、まさに「鎌倉らしい暮らし」を満喫できる物件です。

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

建物には、部屋にマントルピース(装飾暖炉)があったり、化粧梁があったりと、かつての所有者の思い入れを感じる、凝った造りです。今回、1100万円ほどの費用をかけてリノベーションし、現在の暮らしに合うように、手すりをつける、壁を塗り直す、キッチン・設備などを交換する、傷んでいる部分を直すといった工事をしていますが、照明やバス・洗面所などはあえてそのままとし、物件が持つレトロな味わいを極力、残すようにしたといいます。

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

「大きな庭もありますので、ハーブや野菜などを育てることもできます。ゆっくり、ていねいな暮らしをしたいと考える女性に住んでもらえたらいいなと思っています」と話すのは、物件の企画・運営に携わる株式会社エンジョイワークスの事業企画部の羽生朋代さん。

物件所有者も投資家も、入居者も。みんながうれしい仕組みとは?

驚くのは今回の物件改修に際し、物件所有者の負担は「ゼロ円」だという点です。では、どのような仕組みになっているのでしょうか。

まず、物件所有者はエンジョイワークスと定期賃貸借契約を結びます。このときの賃料は、1年間の固定資産税程度の金額です。次にエンジョイワークスがプロジェクトに興味のある人に物件を紹介し、活用のための資金とアイデアを募ります。エンジョイワークスは不動産特定共同事業の匿名組合営業者としてファンドを組成し、ファンドに出資する投資家を募ります。

図版提供:エンジョイワークス

図版提供:エンジョイワークス

今回の「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の場合、リノベーション費用にかかる総額を約1100万円と想定、1口5万円からの投資を募ったところ、約30名の投資家が「参加したい」と申し出があったそう。

ファンド募集期間中は、エンジョイワークスがイベントや意見交換会を4回ほど実施し、プロジェクトの認知を高め、共感を集め、投資家を募り、集まったファンド資金でリノベーション工事を進めます。今後は、エンジョイワークスが一定期間シェアハウスとして運営し、投資家へ利益を還元したところで、オーナーに返却するという仕組みになっています。

鎌倉は住みたい街として人気はあっても、「そもそも賃貸募集物件が少ない」「鎌倉らしい物件が少ない」という弱点を抱えているそう。今回のシェアハウスは、そうした「鎌倉らしい物件を提供する」という意味でも、入居者にもメリットがある、まさに「いいことづくめ」のプロジェクトといえるのです。

ここで、入居者を含めた4者のメリットを整理してみましょう。

入居者を含めた4者のメリット

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

一般に建物所有者が古民家を改修して、現代の暮らしにあうようリノベーションしようとしても金融機関からの融資が受けられない(個人・法人問わず、土地の評価額以上の借り入れが難しい)ため、税金ばかりかかって個人では維持しきれないというのが、古民家再生の大きな課題になっています。

この「0円! RENOVATION 」は、そうした所有者の負担を極力減らし、個人や企業などで事業を応援したい人からの投資という形で資金をまかない、再生するというのが大きなポイントといえそうです。また、日本には家を持っていても、「再生しようにもお金も知識もない」「誰かわからない人には貸したくない」「手放したくない」という人は多いもの。建物の良さを再発見、価値化できるのであれば、「うちもお願いしたい」という人も増えてくることでしょう。

投資家は利益よりも、「つながり」「地域活性化」「空き家再生」「社会課題の解決」に興味大

では、投資家にはどのような人が多いのでしょうか。一般的な不動産投資よりも、「プロジェクトが小さいこと」「アイデア」が出せる点が魅力に思えますが、どのような点に惹かれて、投資を決めるのでしょうか。

「利益というよりも、シェアハウスの運営を学んでみたい、地域の活性化に興味があるといった人が多いように思えます。また建物が好き、プロジェクトに参加してみたい、DIYを手伝いたいといった人もいらっしゃいましたね」と話を聞いていると、単に利益を求めて出資するというよりも、「つながり」「建物再生に携わりたい」「地域をよくしたい」という思いが背景にあるようです。

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

また、今回の物件は、かなり山深い場所に建っています。そのため、当初は庭全面に野草が生えている状態だったそう。そこで、草刈りイベントを実施したところ、投資家を含め協力的な参加者が多く1時間程度であっという間に庭がきれいになったそう。その後に実施したイベントも盛況で、単に投資しておしまいではなく、「社会への投資をしたい」「携わっていきたい」という関心の高さが伺えます。

「やはり、空き家や地域再生に関心が高いんだなと思いました。みなさん、あの建物がどのように再生していくのか、ワクワクしていらっしゃるようです。一方で私は運営の当事者でもあるので、早く入居者に入っていただき、利益を還元していかないといけないという、責任を感じています」

こうしていくと、物件を通して、オーナーさんと投資家のみなさんが、「建物の再生の物語」を共有しているように思えます。

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉に限らずですが、日本全国、不動産を持て余しているオーナーさんはたくさんいらっしゃいますし、よい物件がないという入居希望者もたくさんいらっしゃいます。『自分がいいと思うものに投資したい』『社会をよくするためにお金を使いたい』という投資家もたくさんいらっしゃる。こうした思いを結びつけて、地域の資産である建物や住まいを守っていけたら」と羽生さん。

現代の法律と金融の仕組みでは、どんなに思い入れのある建物でも、残し、住み繋いでいくことは、かんたんなことではありません。その一方で、「空き家のまま終わらせたくない」「建物を残したい」「物件を地域に開いて、暮らしを豊かにしたい」という志を持った人は確実に増えています。家を「負動産」ではなく、価値ある「不動産」にするカギは、不動産とお金、そして人と人を結びつける仕組みにありそうです。

●取材協力
エンジョイワークス
0円! RENOVATION

省エネリフォーム向け「グリーンリフォームローン」新設!最大500万円・融資手数料不要、実家にも利用可!

菅政権下で政府は、「2050年カーボンニュートラル」(温室効果ガス実質排出ゼロ)を宣言した。この実現に向けて、政府は今、住宅の省エネルギー性能の向上を目指している。既存の住宅については、省エネリフォームを推進しているが、住宅金融支援機構では、省エネリフォームを資金面から支援する「グリーンリフォームローン」を創設した。どういったローンなのだろうか?

【今週の住活トピック】
2022年10月から「グリーンリフォームローン」の取り扱いを開始/住宅金融支援機構

最大500万円、返済期間10年以内、融資手数料・担保・保証不要など使い勝手がよい

まず、どういったリフォームローンなのか、商品概要を広報資料で見ていこう。

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより抜粋転載

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより抜粋転載

対象となるのは、住んでいる持ち家の省エネリフォームだけでなく、セカンドハウスや実家などの省エネリフォームも対象となる。年齢的にローンを借りづらい親に代わって実家の省エネリフォームを行う際に、融資を受けることもできる。

融資額は工事額が上限だが、最大500万円(※1)まで。ローンの返済期間は10年以内、全期間固定金利で申し込み時点の金利が適用される。また、融資手数料も不要で、無担保・無保証、団体信用生命保険は利用可能(※2)。住宅ローンを返済中でも利用しやすいなど、条件的には使い勝手がよいローンといえそうだ。

※1:省エネリフォームと併せて行うその他のリフォームも融資対象になるが、その場合は省エネリフォームの工事費の金額までが対象。
※2:住宅金融支援機構の「高齢者向け返済特例」を利用する場合は、有担保、団体信用生命保険の加入不可。

ただし、重要なのは「一定の省エネリフォームが求められる」という点だ。定められたリフォーム工事の実施を証明するために、検査機関による現場検査なども必要になり、その手続きや検査料などの負担が発生する。

「グリーンリフォームローン」の対象となる省エネリフォームの基準とは?

「グリーンリフォームローン」の適用金利などの詳しい内容はまだ決まっていないが、省エネの性能の水準によって、「グリーンリフォームローンS」という、さらに低金利なローンも提供される予定だ。

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより抜粋転載

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより抜粋転載

基準について簡単にいうと、住宅の一部でも「省エネ基準を満たす断熱性能を引き上げるリフォームをする」か、「指定の省エネ設備を設置する」かすれば、「グリーンリフォームローン」の対象になり、さらに「ZEH水準を満たす断熱性能を引き上げるリフォームをする」と「グリーンリフォームローンS」の対象になる。といっても、部位や省エネ性能の基準などが細かく定められているので、対象となるかは建築士や施工会社などにきちんと確認する必要がある。

「省エネ基準」、「ZEH水準」、「断熱等性能等級」について解説

「省エネ基準」や「ZEH水準」、その基準となる「断熱等性能等級」などの専門用語が多く出てくるので、少し説明を補足しよう。

まず、省エネ基準は国が法律で定めているもので、住宅の省エネ基準は法律の改正などに応じて、段階的に引き上げられている。ここでいう「省エネ基準」は最新の省エネ基準(平成28年基準と呼ばれる)のことで、2025年度までにすべての新築住宅に適合させることが義務化されることになっている。つまり、今ある住宅について現時点では、最新の省エネ基準に適合していない住宅が多いわけだ。

省エネリフォームで課題となるのは、住宅の構造体としての断熱性能だ。夏の暑さや冬の寒さを住宅に伝えにくく、室内の冷暖房による熱を外に逃がしにくくする「断熱性能」を高めることがカギになる。断熱性能のレベルのモノサシとして用いられているのが、「住宅性能表示制度」による「断熱等性能等級」だ。

住宅性能表示制度は、住宅の性能を統一基準で評価しようとするもので、新築の場合で10分野のモノサシがあり、その1分野に省エネ性能がある。その省エネ性能は、外皮(外気に接する建物の壁や天井、床、窓など)のモノサシとなる「断熱等性能等級」と一次エネルギー消費量のモノサシとなる「一次エネルギー消費量等級」に分かれる。

この断熱性能等級は等級1から等級5まであり、最新の省エネ基準は等級4、ZEH水準は等級5に該当する。なお、今後、さらに断熱性能の高い等級6や7が新設されることになっている。

ちなみに、ZEH(ゼッチ)とは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略称で、太陽光発電などで創出したエネルギー量と住宅内で消費するエネルギー量が年間でおおむねゼロになる住宅のこと。ここでいう「ZEH水準」とは、住宅の外気に接する壁や床などの断熱性能に注目したもので、ZEH住宅かどうかを問うているわけではない。

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより転載

出典:住宅金融支援機構の「グリーンリフォームローン」に関するプレスリリースより転載

「グリーンリフォームローン」の申し込み方法や適用金利などの詳しい内容が決まるのはこれからだが、住宅の構造体の断熱性能を引き上げるリフォームをするには、それなりに費用もかかる。それを支援するために、対象となる省エネ基準のレベルは高いものの、比較的使い勝手のよいリフォームローンを用意しようということだろう。

説明したように、政府は住宅の省エネ性能の引き上げに力を入れている。そのため、最新の省エネ基準を新築の最低レベルとして、今後求める省エネ性能のレベルをZEHやそれ以上に引き上げようとしている。省エネ性能の高い新築住宅が増えれば、省エネ性能の低い既存の住宅へのニーズが薄れる可能性もある。

住宅内の暑さ寒さに対する快適性に加え、住宅市場への流通性なども考えると、リフォームをするなら省エネ性を高めるという選択肢も検討してはいかがだろう。

●関連サイト
住宅金融支援機構/「グリーンリフォームローン」の取り扱いを開始

いくえみ綾らレジェンド漫画家12名、名作を生んだ住まい秘話にときめきが止まらない!『少女漫画家「家」の履歴書』

青池保子、一条ゆかり、庄司陽子、山岸凉子、美内すずえ、いくえみ綾といった少女漫画家の名前を聞いて、「なつかしい!」「夢中で読んだ!」と思う人は多いはず。そんな少女漫画家たちに、住まいを軸に半生を語ってもらったのが『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)です。レジェンド少女漫画家への取材時のエピソードなど、本が完成するまでの舞台裏を文春新書編集部に聞きました。

庄司陽子先生からの直電も! 読者からも熱いお便りが届く

才能あふれる若き漫画家たちが次々と登場し、少女漫画界に新しい風を吹き込んでいた1970年代。『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)は、そんな70年代にデビューした少女漫画家の半生と住まいを振り返る一冊です。もともとは、2004年から2021年の「週刊文春」に掲載されたものでしたが、この春、新書になって刊行となりました。少女漫画を読んで大きくなった筆者としては、すぐに飛びついてしまいましたが、同じような人は多かったようです。

表紙・裏表紙には不朽の名作12冊の書影が並ぶ『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)

表紙・裏表紙には不朽の名作12冊の書影が並ぶ『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)(画像提供/文春新書編集部)

「発売前から書店員さんを中心に『水野英子、青池保子、一条ゆかり、美内すずえ、庄司陽子、山岸凉子、木原敏江、有吉京子、くらもちふさこ、魔夜峰央、池野恋、いくえみ綾と名前が並んでいるだけでワクワクする』とSNSで話題にしていただきましたが、発売後も読者がどんどん書影とともに感想を紹介してくれ、口コミが広がっていくのを実感しました」と話すのは編集を担当した文春新書編集部・池内真由さん。

実際、編集部には3枚以上にわたる長文の手紙が届くこともあるそうで、少女漫画を心の支えにしていた人はたくさんいるようです。しかも本書の発売後には、なんと庄司陽子先生から直接、池内さんにお電話がかかってきたそう。

「1度目は電話をとれず、2度目に『知らない番号だな……』とおそるおそる出てみたら『庄司陽子です』と! にわかに信じられなくて、先生には申し訳ないのですが、お名前を聞き直してしまいました(笑)。『大変いい思い出になりました。どうもありがとう』と仰ってくださって。私にとってはレジェンドの先生が、ただただ感謝を伝えるためだけに電話をしてくださったことに感動してしまいました。それが自分にとっては一番の『反響』かもしれません」

なんでしょう、そのエピソードだけで、なんだか胸がいっぱいになります。

(画像提供/文春新書編集部)

(画像提供/文春新書編集部)

取材OKがもらえるのは3人に1人! 鮮明な記憶に仰天!

それにしても、掲載されている少女漫画家の先生方は大御所のみなさまばかり。取材交渉も大変なのではないでしょうか。

「『家』というプライベートな話を扱うので、漫画家に限らず3人に依頼してようやく1人に受けていただけるかという企画なんです。何人もの編集者が関わっているので、それぞれ取材を快諾してもらうまでの難しさはあったと思います。残念ながら私は雑誌連載時の取材には同行していないのですが、取材をしてみると、さすが漫画家の先生方は記憶力バツグンで、次から次へと映像的なイメージが浮かぶように話してくださったと聞いています。一流の漫画家はこんなにも映像的な記憶力が優れているのかと思うほどだったと。青池保子先生はあらかじめ大きな方眼紙に手ずからご生家の間取り図を描いてくださって、担当編集者は家宝にしているそうです(笑)」

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

やはり絵を扱うプロだけあって、間取りや住まいへの解像度、理解度は並外れたものがあるようです。インタビューで衝撃を受けたのは、凉子先生。なんとエプロン姿で表れたといいます。

「山岸先生といえば“天才肌”で“知的”で“クール”。先生の描く『青青の時代』の日女子(卑弥呼)や『馬屋古女王』のようなミステリアスで威厳のある女性の姿を想像していました。ただ、実際には白を基調としたモダンな建築のお家の玄関に、エプロン姿で出迎えてくださって。自らセレクトした美味しいケーキと紅茶を振る舞っていただき、誌面に載せきれないほどの怪奇現象をお伺いしました。特に、幼少期に育った北海道の社宅や初めて建てた洋館での怪奇現象が本当に怖かったです」

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

作品さながらの怪奇現象を聞けるなんて、うらやましい……。ただ、エプロン姿でありながらも、同時代を生きる人たちのはるか先を見据えているような雰囲気があり、まるで“生きている厩戸皇子”だと思ったそう。

一輪のバラにすら書き手の表現力があらわれる

本書は表紙だけでなく、随所にバラがあしらわれているのも特徴的です。そうですよね、1970年代の少女漫画といえばバラです。かたい中身が多い新書の装丁では、少し珍しい印象です。

「たくさんの編集者の漫画愛が詰まってできた一冊なので、それが無事に届くようにと思っていました。文藝春秋社の新書の読者層はどちらかというと男性が多いので、少女漫画を読んできた女性は少ないのではないかと思っていたからです。そこで、70年代を想起させるようなバラで表紙を飾ろうと当初から思っていたのですが、たった一輪のバラでも、無料のイラストでは全然70年代の雰囲気が出ないんですよ」(池内さん)

そこで、バラのイラストを笹生那実さん(『薔薇はシュラバで生まれる』(イースト・プレス))に書き下ろしていただいたそう。笹生さんは美内すずえさんや山岸凉子さんのもとでアシスタントをされていた経験の持ち主で、このバラであれば、時代の空気までも伝えられると確信したといいます。

(画像提供/文春新書編集部、(c)笹生那実)※誌面よりトリミング

(画像提供/文春新書編集部、(c)笹生那実)※誌面よりトリミング

「バラ一つとってもそうなのですから、一冊の漫画ができ上がるまでに、漫画家、アシスタント、編集者の方々が注ぎ込む労力はハンパなものじゃないですよね。だから人の心を揺さぶることができるんだと思いました」

そうですよね、先人たちが文字通り「心血注いでできた」少女漫画だからこそ、今のように後進が続いているのだと思います。では、先生方からの原稿への赤字(間違いを正す指示書き)も厳しいものがあったのでしょうか。

「漫画家はセリフを書くプロでもありますから、赤字も面白かったです。さらに新たな要素が加わったり言葉のリズムが生き生きとした会話になったり。今回は連載時に加えて近況を『追伸』という形でメッセージをいただいています。どんな内容かは、ぜひ本書で確かめていただきたいです」
たしかに!! 追伸の内容、くすりとさせられました。あれは先生方からの赤字だったんですね……。

女性が漫画を描く道を切り開き、理想の家を建てた

それにしても、本書では女性漫画家それぞれの歩みのようで、日本の女性が社会に出て働けるようになった足跡とも重なります。

「そうですね、本書に登場するのは、魔夜峰央先生をのぞく11名が女性です。水野英子先生を皮切りに年齢の違う12人の漫画家の半生を見ていくことによって、『女性が漫画を描く』という道を切り拓き、その姿に憧れて新たな女性漫画家が生まれていったという時代の変遷を感じ取れると思います。結果として女性漫画家は、当時の働く女性の中でも飛び抜けた富を得て経済的に自立し、理想の家を建てるまでになりました」

個人的には新築マンションを購入し、3LDKを1Lにリノベーションしたいくえみ綾先生の話が印象的です。その時なんと20歳(!)。あまりの若さから施工業者に「あなたが買うんじゃないんですよね?」と言われ、お父様が「いえこの子が買うんです」と言い返したとか。伝説ですよね……。その他先生方の家を建てるとき、買うときのエピソードもまた個性があって、痛快すぎます。こだわりをつめこんだ注文住宅を建てるだけでなく、今でいうニ拠点生活をしていたり、ホテルで缶詰になって仕事をしていたり、アシスタントとのシェア生活だったりと、さまざまな住まい方のバリエーションが出てきます。やはり少女漫画家にとって「家」は特別な場所なのでしょうか。

「漫画家の場合、自宅が仕事場であることも多く、仲間たちと切磋琢磨した『戦場』でもあります。取材前は、家は傑作が生まれた『舞台裏」だと思っていました。ただ、山岸凉子先生に『あの頃 わたしは あの家で マンガ家になろうと 足掻(あが)いていた』と帯に書いていただき、随分と狭い考えだったと反省しました。12人のレジェンドたちがまだ何者でもなかった時の原体験。それを与えてくれたのが『家』なのだなと。彼らが何者でもない時に、何をみていたのか。どんな家で、家族とどんな時間を過ごしたのか。つまり、『世界をどのように見てきたか』、その視点こそが漫画家としての根っこになっているんだと気付かされたんです。そんな奥行きのあるコピーをわずか2行で書いてしまうんですから、すごいですよね」

(画像提供/文春新書編集部)

(画像提供/文春新書編集部)

やはり、時代をつくった稀代の少女漫画家は違いますね。もっと他の先生のお話や続編にも期待しているのですが、予定はあるのでしょうか。

「個人的には続編を出せたらいいなと思っています。今後も順調に売れてくれればですが……(笑)。本書が出てから『この漫画家に取材してほしい』というメッセージをいただきましたし、こちらとしても出ていただきたくてアプローチをしている先生方もいらっしゃいます。特に里中満智子さんはぜひご登場いただきたい方の一人です」と語ってくれました。

本書を読んで、久しぶりに少女漫画を読んでいたころのときめきを思い出しました。大人になると家は、広さや家賃、価格、駅徒歩、設備などの情報に目を奪われがちですが、実は住まい探しに大切なのは、「幼き日の憧れ」や「ときめき」かもしれません。

●取材協力
文藝春秋

リフォームで使える減税制度や補助制度が分かる「ガイドブック」をチェックしよう

(一社)住宅リフォーム推進協議会では、住宅のリフォームをする際に、リフォームの種類や進め方、リフォームの支援制度などについて、消費者にわかりやすく解説したガイドブックを発行している。このたび(一社)住宅リフォーム推進協議会から発行された令和4年度版「リフォームガイドブック」を参考にして、リフォームの支援制度を中心に紹介していこう。

【今週の住活トピック】
令和4年版「住宅リフォームガイドブック」を発行/(一社)住宅リフォーム推進協議会

令和4年度(2022年度)から大きく変わった、所得税の減税制度

実は、リフォームの減税制度については、2022年度から大きな制度変更があった。以前の減税制度については知っているという人も、減税制度について全く知らないという人も、まずは基本原則を知っておこう。

まず、住宅を買ったり建てたりした場合で住宅ローン(返済期間10年以上)を利用した場合に減税となる「住宅ローン減税」(住宅借入金等特別控除)については、リフォームをした場合でも適用対象になる。リフォームの工事費用が100万円を超える、対象となるリフォーム工事を行うなどの条件はあるが、耐震や省エネなどの特定のリフォームに限定されない点が大きな特徴だ。

次に、大規模な地震や高齢化社会への備えなどを目的として、住宅の性能を向上させるリフォーム工事を対象にした減税制度がある。ここでは「リフォーム促進税制」と呼んでいるが、具体的には、「耐震」「バリアフリー」「省エネ」「同居対応」「長期優良住宅化(耐震や省エネ、耐久性向上などを複合的に行うリフォーム)」の5つのリフォームが対象になる。

実はここまでの基本的な考え方は、2021年度までと大きく変わっていない。変わったのは、減税制度の種類が整理されたことだ。2021年度までは「投資型」と「ローン型」と呼ばれる複数の制度があったが、2022年度からは下表の2つの制度になっている。

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」より転載

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」p.36より転載

性能を向上させるリフォームを支援する「リフォーム促進税制」

先ほど挙げた5つの性能を向上させるリフォーム「耐震」「バリアフリー」「省エネ」「同居対応」「長期優良住宅化」については、それぞれどういった工事が減税制度の対象になるかが、細かく定められている。所定の要件を満たす場合には、リフォーム工事をしたその年分だけ、工事費用の一定額が控除される。

具体的には、次の手順で控除額が決まる。
A:対象となる工事費用(注)の限度額 × 控除率10%
(注)対象となる工事費用は、国がリフォーム工事内容ごとに定めた「標準的な工事費用相当額」から国や地方公共団体からの補助金等を差し引いた額であり、実際にかかった費用とは異なる。

なお、対象となる工事費用の限度額は、「耐震」250万円、「バリアフリー」200万円、「省エネ」250万円(太陽光発電設備設置の場合は350万円)、「同居対応」250万円、「長期優良住宅化」250~600万円(工事内容によって異なる)となる。

加えて、定められた工事の費用が限度額を超えたり、これらの工事以外の対象となるリフォーム工事を同時に行った場合は、その分についても5%が控除される。
B:〔対象となる工事のAの限度額超過分 + (その他のリフォーム工事費用-補助金等)(注)〕 × 控除率5%
(注)Bの工事費用は、Aの対象となる工事費用と同額までで、最大限度額はAの工事費用と合計して1000万円まで。

控除額は、AとBの合計額が控除されるという仕組みになる。

対象が広い「住宅ローン減税」、リフォーム促進税制と併用できない場合も

リフォームで「住宅ローン減税」の適用を受ける場合は、控除期間10年間、控除率0.7%、控除対象のローン限度額は2000万円となり、所得税で控除しきれない場合は一部住民税からも控除される。

なお、国や地方公共団体から補助金や給付金などの交付を受けている場合は、対象となる工事費用から補助金等が差し引かれる。

上の表で○がついている「耐震」「バリアフリー」「省エネ」の条件を満たす工事については、住宅ローン減税の対象にもなる。△がついている「同居対応」「長期優良住宅化」は定められたリフォーム工事の条件を満たせば、それぞれ住宅ローン減税の対象になる。

では、どの減税制度を使えばいいのだろう?
住宅ローン減税は、耐震を除いてリフォーム促進税制とは併用できない。このように、減税制度によって併用できる場合、できない場合があるのが注意点だ。併用の有無も考えて、どの減税制度が最も効果があるかを検討するのがよいだろう。

なお、ガイドブックによると、リフォーム促進税制の最大控除額は1年で105万円(複数の対象となる工事を行った場合)、住宅ローン減税の最大控除額は10年で140万円だという。

固定資産税の減額が適用されるリフォームもある

「耐震」「バリアフリー」「省エネ」「長期優良住宅化」のリフォームについては、家屋にかかる固定資産税の減額の対象にもなる。「工事完了後3カ月以内」に市区町村等に申告手続きを行う必要があるが、工事完了後の翌年度分で次のような減額を受けられる。

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」より転載

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」p.37より転載

なお、所得税の控除と固定資産税の減額に適用される要件は同じではないので、それぞれに細かく確認する必要がある。ガイドブックには、それぞれの主な適用要件が記載されているので、詳しく知りたい場合はガイドブックを参照されたい。

リフォームにはさまざまな補助制度もある!

このガイドブックが優れているのは、リフォームの基本的な知識だけでなく、リフォームの減税制度や補助制度などのお得な情報も得られることだ。

補助制度は、国が行うものと地方公共団体が独自に行うものなど、さまざまにある。リフォーム工事を依頼した事業者が全てを把握しているわけではないので、使える補助金があるかどうか、自分でも調べるのがよいだろう。

さて、ガイドブックでは国土交通省「省エネ」リフォームの補助制度について、どういったものがあるかチャートを掲載している。こちらを紹介しよう。

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」より転載

(一社)住宅リフォーム推進協議会「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」p.46より転載

国土交通省の省エネリフォームの補助事業だけでも、これだけあるわけだ。それぞれの補助事業については、その概要と事業の詳細情報が掲載されたHPのURLがガイドブックに掲載されているので、そちらで確認されたい。

リフォームに関する減税や補助制度などは、それぞれに、リフォーム工事の内容や費用、住宅などに細かい要件がある。使えると思っていたのに、使えなかったということもあるので、事前に十分に調べたり、リフォーム工事の施工会社に相談したりすることが重要だ。また、所得税の減税では納めた所得税額が限度になるので、計算上の額が全額控除されるとも限らない。面倒ではあるが、情報を正確に集めた者勝ちとも言えるので、こうしたガイドブックを利用するとよいだろう。

●関連サイト
(一社)住宅リフォーム推進協議会:「住宅リフォームガイドブック(令和4年度版)」

パリ郊外の古い一戸建てを大改造しモロッコ空間に!緑いっぱいサンルームでガーデンパーティも パリの暮らしとインテリア[14]

二人暮らしから赤ちゃんが生まれて家族が増え。ライフスタイルの変化とともに、住まいに求める内容も変化します。パリ郊外の街モントルイユに暮らすドミニクさん夫妻は、25年前、変化に合わせて暮らしを大きく変えました。未知の環境をどのように選び、どのようにして新しいライフスタイルをつくり上げたのでしょうか ? 緑いっぱいの一戸建てを訪問し、話を伺いました。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

エレベーター無しの7階から、庭のある郊外の一戸建てへ

ドキュメンタリストのドミニク・メタン・ド・ラージュさんは、パリ郊外の街モントルイユに引越して25年になります。ドキュメンタリストという職業はあまり馴染みがありませんが、映画やテレビ番組を制作する際に、歴史的資料やデータといった諸々のドキュメント(文書)を集める仕事なのだそう。今はちょうどNetflix向けに資料集めをしている真っ最中です。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

仕事場は自宅。フランス政府が文化を守るために舞台関係者などを金銭的支援するアーティスト認定制度「アンテルミッタン」を獲得しているドミニクさんは、自由業者にはない安定の保証を得つつ、時間や場所の制約なしで作業ができるライフスタイルに、心から満足しているよう。これというのも25年前、パリを脱出し、環状線の外側の郊外へ飛び出したおかげなのでした。

庭に面した壁を取り壊してつくったサンルーム。キッチンからリビング、サンルームまでひと続きになって庭に抜ける(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭に面した壁を取り壊してつくったサンルーム。キッチンからリビング、サンルームまでひと続きになって庭に抜ける(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「パリ生活は、ミュージシャンが多く住むオベルカンフ通り周辺が拠点でした。夫は今もそうですが、以前は私もレコード会社に勤めていたこともあって、あのエリア特有の自由でクリエイティブな空気がとても気に入っていたのです。ただ、アパルトマンはエレベーター無しの7階で……子どもが産まれてからは、不自由を感じるようになって。そもそも寝室が1つしかなく、リビングの一角に夫婦のベッドコーナーをつくってなんとかやり過ごしていたのです。でも、次男を妊娠した1996年、片方の腕で長男を抱いて、もう片方で紙おむつの大きなパックやミネラルウオーターを抱えながら、毎日7階まで階段を昇る生活をやめる時がきた、と悟りました」

ファミリーのポートレート(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ファミリーのポートレート(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさん夫妻にとって、音楽は人生の重要な要素(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさん夫妻にとって、音楽は人生の重要な要素(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリの古いアパルトマンの、木の階段を昇り降りする日々、しかも小さな子どもと一緒! 想像するだけでよく頑張りましたと絶賛したくなりますが、そのくらいパリ暮らしが気に入っていて、パリ以外の場所での生活は考えられなかったということでしょう。

「実は1年ほどパリ市内で物件探しをしていたのです。でも値段が高いばかりで、ちっともいい物件に出会えませんでした。そんな時、友人のひとりがモントルイユのことを教えてくれました。当時はまだ安かったですし、感じのいい一戸建てが多いんだよ、と」

友人のすすめですぐに不動産屋とコンタクトを取り、3軒目に訪問したこの家でピンときて、即決断。パリではさんざん苦労した物件探しも、モントルイユに来た途端、たった1カ月で目的達成できました。

春には壁伝いに白い藤の花が咲く。クレマチスやケマンソウ、オダマキなど、たくさんの花の見ごろを、ドミニクさんは楽しみにしている。時には庭で読書も(写真撮影/Manabu Matsunaga)

春には壁伝いに白い藤の花が咲く。クレマチスやケマンソウ、オダマキなど、たくさんの花の見ごろを、ドミニクさんは楽しみにしている。時には庭で読書も(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「条件はまず第一に、メトロに近いことでした。なぜなら、パリの友人たちは、みんなが必ずしも車を持っているわけではないからです。友人たちとこれまで通り行き来しやすいよう、交通の便がいいことは絶対でした。第二の条件は、十分な広さがあること。ここは一戸建てですし、庭もあります。住空間は約130平米、庭がだいたい50平米くらい。内見をした時に、庭をどんなふうに手入れして、家をどう改装するか、そこで私たち家族がどんな暮らしを送るのか……情景がすぐにイメージできたのです。家の裏に広い公園があることも、決断を後押しする大きなポイントでした。交通量の多い大通りを渡ったりせずに、すぐに遊びに行ける広い公園があることは、子どもたちにとって何より嬉しいことですから」

アーティストのアトリエが多いモントルイユの環境や、隣人が地下を改装してバンドの練習をしていたことも好印象だったそう。物件購入後、田舎の家そのものだったこの一戸建てを、ドミニクさん夫婦は自分達のライフスタイルに合わせて大改装していきました。

2階建てを3階建てにつくり替えて、寝室を増やす ?!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

夫妻と、息子2人。合計4人の家族全員が、快適に暮らせるようにと購入した一戸建て。その希望に応えるポテンシャルはありながらも、購入時の家は現在の姿とは全く違っていました。

「2階建てとはいえ、中は昔ながらのつくりのせいで廊下ばかりが場所をとり、肝心な各部屋はとても小さかったのです。しかもトイレは、屋外に後付けされていました。私たちはまず、寝室をもう1つ増やすために2階の天井を低くして、屋根裏を寝室につくり変えることにました。つまり、2階建ての家の中身を、3階建てに変えたのです」

冬に家全体を暖めてくれる薪ストーブ。イームズのラウンジチェアはドミニクさんへの60歳の誕生日プレゼント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

冬に家全体を暖めてくれる薪ストーブ。イームズのラウンジチェアはドミニクさんへの60歳の誕生日プレゼント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさんが母から受け継いだナポレオン3世スタイルの長椅子は、ヒョウ柄に張り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ドミニクさんが母から受け継いだナポレオン3世スタイルの長椅子は、ヒョウ柄に張り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

モントルイユ在住アーティスト、ナタリー・シューの作品などを窓辺に。さまざまなスタイルのオブジェをミックスするのがドミニクさん好み(写真撮影/Manabu Matsunaga)

モントルイユ在住アーティスト、ナタリー・シューの作品などを窓辺に。さまざまなスタイルのオブジェをミックスするのがドミニクさん好み(写真撮影/Manabu Matsunaga)

3階に新しく寝室をつくって、ここを長男の部屋にする、というプランでした。

「1階は、庭の魅力を最大限に取り入れたかったので壁をすべて取り払い、代わりにサンルームをつくりました。このおかげで、サンルームの屋根の部分が、2階のバルコニーになったのです。これは本当にいい判断だったと思っています。サンルームのガラスが納品されるまでの間、ベニア板で塞いで暮らしていた1カ月以上にわたる悪夢も、今では笑い話ですね」

天井を低くしたり、壁を取り壊したり。かなりの大工事を経験せねばなりませんでしたが、こうして完成した住まいは広々とした4LDK。もちろんトイレもちゃんと家の中です! さあ、どんな間取りになったのか、玄関から順を追って見ていきましょう。

庭のメリットを最大限に生かす住まいのレイアウト

まず、ピンク色にペイントした玄関を入ってその先へ。右側がキッチンとリビングです。リビングは例のサンルームに続き、その先にドミニクさんお気に入りの庭が広がっています。廊下を挟んでリビングの向かい側、つまり玄関の先の左側は、仕事部屋兼テレビルームです。モロッコ風のニッチは美と実益を兼ねていて、ドミニクさん自慢のコーナーの一つです。

モロッコやアジアなど、色々な文化スタイルをあえてミックス。旅先から持ち帰ったものも多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

モロッコやアジアなど、色々な文化スタイルをあえてミックス。旅先から持ち帰ったものも多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階には夫妻の寝室と、長男の部屋が。サンルームの屋根を利用してできたバルコニーは、夫妻の寝室からひと続きになっています。このバルコニーも、ドミニクさんのお気に入り空間です。一人で静かに過ごす日中、ベッドの上で読書をして、気が向いたらバルコニーに出て空を眺める。そんな時間をドミニクさんは心から愛しているのです。

そしてこの上階、屋根裏につくった寝室が次男の部屋、という次第。今では長男・次男ともに独立し、一緒に住んではいません。現在、次男の部屋にはプロジェクターをセットして、ホームシアターとして使っているとのことでした。ここも、ドミニクさんのお気に入り空間です。

ベッドの上で読書をするのも好きな時間(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドの上で読書をするのも好きな時間(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ここにもモントルイユのアーティスト、ナタリー・シューのオブジェが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ここにもモントルイユのアーティスト、ナタリー・シューのオブジェが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルーム上につくったベランダ。夫妻の寝室からアクセスできる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルーム上につくったベランダ。夫妻の寝室からアクセスできる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルームの屋根を活用してつくったバルコニーは、一人リラックスタイムを過ごすのに最適な場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サンルームの屋根を活用してつくったバルコニーは、一人リラックスタイムを過ごすのに最適な場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

インテリアはミックスで

家を一周して一番印象に残るのは、なんと言ってもモロッコ風のアクセントです。ピンク色の壁とポインテッドアーチ型のニッチは、まるでモロッコの都市・マラケシュにいるよう。なぜモロッコテイストなのかなと思い尋ねたたところ、ドミニクさん夫妻は15年前からモロッコで賃貸の一戸建てを借りていて、バカンスのたびに彼の地へ行くのが習慣になっているのだそう。夫の両親がモロッコに住んでいたこともあり、愛着のある土地なのだと教えてくれました。

モロッコから運んだスパイス棚も「用の美」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

モロッコから運んだスパイス棚も「用の美」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「モロッコの職人芸術には、かなりインスパイアされていると思いますよ。ポインテッドアーチ型のニッチのように、装飾性と実用性を兼ねたものが多いこともその理由かも知れません。加えて、モロッコからパリまではバスを使った格安の配送サービスがあるので、家づくりに必要なものを買ってパリに送ることが簡単にできるのです。例えば、壁のピンクの顔料はモロッコで買ったもの。普通のペンキよりもずっと発色がいいのです」

そして全てをモロッコスタイルにするのではなく、ミッドセンチュリーデザインや、モントルイユのアーティストのオブジェ、世界中の旅先から持ち帰ったものなど、いろいろなスタイルをミックスしていることにも気づきます。あえてひとつのスタイルに統一しないのは、フランスの人々の住まいによく見られる特徴です。ファッションと同じように、住まいづくりにも自分の個性を尊重して、自分のために空間をつくる。だからこそ自分が心地よく暮らせるのだということを、個人主義の彼らは経験から熟知しているのです。

シンク上のミッドセンチュリー風の棚は、なんとドミニクさんのお父様の手づくり作品!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シンク上のミッドセンチュリー風の棚は、なんとドミニクさんのお父様の手づくり作品!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

照明はミッドセンチュリーデザインをセレクト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

照明はミッドセンチュリーデザインをセレクト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁面を覆う印象的な「カケモノ」は、ドキュメンタリストとして関わったテレビ番組で使用したもの。撮影後、ゴミになる前に譲ってもらった。「カケモノ」とは装飾用の幕のことで、フランスの演出業界では一般的な表現。日本の掛け物からきている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁面を覆う印象的な「カケモノ」は、ドキュメンタリストとして関わったテレビ番組で使用したもの。撮影後、ゴミになる前に譲ってもらった。「カケモノ」とは装飾用の幕のことで、フランスの演出業界では一般的な表現。日本の掛け物からきている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

時には60人を招いてガーデンパーティも!

一戸建てを大改装し、自分達の暮らしに合うようつくり替えたドミニクさん。家の中の多くの部分がお気に入り空間になっていることから分かるように、改装工事は大成功でした。

「でも実は、この家で一番気に入っているのは庭なんです。庭は、日々の生活に心の安らぎと喜びを与えてくれます。自然は毎日変化し、時間ごとに変化しますから、見飽きるということがありません。時にはここで、大勢を招いてガーデンパーティをします。一番最近は夫の70歳のバースデーパーティ。60人を招待しました!」

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

そんなに大勢をどうやって !? 食器だって足りないのではと心配になりますが、フランスの人たちは招待客でもパーティの準備に参加する、いわゆる「持ち寄り」精神が旺盛なのだそう。食器はともかく、料理の方はみんなで持ち寄って参加するので、招待する側だけが何日も前から仕込みをしたり、プロのケータリングを頼んだりせずに済むそうです。気負わずに大人数のパーティができるのはいいですね。

「パリの西にあるモントルイユは、近年人気が上昇し続けている街です。エコロジーに根ざした環境と、パリジャンやパリジェンヌとは違ったメンタリティーの人たちが住んでいることが、その人気の理由です。街そのものは特別美しくはありませんが、17世紀から19世紀にかけて作られた『桃の壁』という文化遺産があって、多くのアソシエーションがここで都市型農園や参加型菜園などのプロジェクトを進めています。つまり、いいエナジーのある街。いろいろなバランスがいいので、老後も田舎へ引越すことは考えていません。もし引越すならモロッコです! そのくらい、今のライフスタイルに満足しています」

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この壁面の内側に「桃の壁」がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この壁面の内側に「桃の壁」がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園は、四季折々の姿を見せてくれる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園は、四季折々の姿を見せてくれる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園。この存在は息子たちの成長にとって非常に大きかった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の裏にある広大な公園。この存在は息子たちの成長にとって非常に大きかった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「住まい」とは、家の中だけではなくて、庭や環境、街のエナジーまでも含む自分を取り囲む空間のこと。物件探しをする際は、周辺の環境もしっかり見なくては! そう肝に銘じさせられる、ドミニクさんのお宅訪問でした。

(文/Keiko Sumino-Leblanc)

●取材協力
ドミニクさん

「付加価値リノベ」という戦略。元ゼネコン設計者が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter

「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter

漫画家・山下和美さん「世田谷イチ古い洋館の家主」になる。修繕費1億の危機に立ち向かう

東京都世田谷区豪徳寺にある、推定およそ築130年の洋館。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる政治家・尾崎行雄の旧居と伝えられてきた邸宅だ。1年前、取り壊しの危機にあった洋館は、保存を望む有志によって買い取られ、今なお往時の姿を留めている。ただ、一時的に解体を免れたものの今後も建物を維持し続けるための課題は山積み。当面の補修費用だけでも、およそ1億円がかかるという。

そうまでして、なぜこの洋館を守りたいのか? その思いやこれまでの紆余曲折、これからについて、2019年にスタートした「旧尾崎邸保存プロジェクト」発起人の漫画家・山下和美さん、笹生那実さんに聞いた。

世田谷イチ古い洋館に惹かれて

――山下さんが最初に洋館に出合った時のことを教えてください。

山下和美(以下、山下):13年前、家を建てる土地を探していた時に豪徳寺を訪れ、初めてこの洋館を見ました。水色の外観は清里高原(山梨県)にあるペンションみたいなかわいらしさがありながら、時を重ねた建物にしか出せない品のある古さが感じられる。一目で惹かれましたね。この街に家を建てたのも、洋館の存在があったからです。近くに住み始めてからはより愛着が湧き、散歩をする度に眺めていました。

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――それがじつは、世田谷区内に現存する「最も古い洋館」だったと。

山下:界隈では「旧尾崎行雄邸」と呼ばれていましたが、建てたのは尾崎行雄の妻テオドラの父親である尾崎三良男爵で、明治21年築という説が有力のようです。つまり、築130年以上。鹿鳴館(明治16年築)とあまり変わらない時期に建てられ、世田谷区に移築された洋館と知った時には、なおさら残す価値があると思いました。ちなみに、三良男爵の日記には、新築時に伊藤博文ら政府要人を招いたという記述もあります。

――笹生さんは、この洋館の存在をどうやって知りましたか?

笹生那実(以下、笹生):山下さんが洋館の保存活動をしていることを知って興味を持ち、一人でこっそり見に行ったんです。想像以上に大きくて、風格があって圧倒されました。また、立派だけどかわいくもあり、とても魅力的な建物だなと感じましたね。

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

――笹生さん、山下さんはもともと洋館がお好きだったのでしょうか?

笹生:洋館には子どものころから憧れがありました。私は横浜出身で、山手の西洋館エリアを見て育ちましたから。きれいな建物と広い庭、大きな犬を連れて散歩している住人。とても華やかで、本当に外国にいるような気持ちになりましたね。

――山下さんも、多くの古い洋館が残る小樽で幼少期を過ごしたそうですね。

山下:小樽(北海道)には明治維新のころにたくさんの洋館が建てられて、私が暮らしていた1960年代にはあちこちにまだ残っていました。その一部は父が勤めていた小樽商科大学の宿舎としても使われていて、職員であれば安く住むことができたんですよ。実際、私が赤ん坊のころに円柱形の不思議な洋館に住めることになり、母と姉が見学にも行ったらしいんですけど、「押入れがないと布団が仕舞えない」と母が反対して断念したそうです。当時はベッドを買うという発想がなかったみたいで。残念ながら、憧れの洋館に住むチャンスを失いました。ちなみに、今はもうその建物は取り壊されてしまったそうです。

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

解体工事の2週間前に始めた「ネット署名」が流れを変える

――現在は山下さんたちが所有し、保存されている洋館ですが、一時期は取り壊し寸前までいったそうですね。

山下:3年前に近所の人から「洋館が取り壊されるらしい」という話を聞きました。跡地に建売住宅を作る計画があって、すでに土地と建物は不動産会社を通じて工務店に売却済みという状況だったんです。私たちが買い戻すとなると、3億円はかかるという話でした。

正直、私も借金して自宅を建てたばかりで、とてもそんなお金はない。それでも、何とか残す手はないかと2019年に保存プロジェクトを始めたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――お金のこと以外に、何が特に大変でしたか?

山下:不動産会社との交渉がうまく進まず、1年近くも膠着状態になってしまったのは辛かったですね。不動産会社の言い値や契約内容に不明瞭な点があっても、私たちにそれを確かめるすべはありません。その時には前オーナーである家主さんとの接触も、不動産会社側によって完全にシャットアウトされていましたから。そうこうしているうちに解体工事の日程も決まってしまい、もはや絶望的な状況でした。

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

――そんな絶望的な状況から、潮目が変わったきっかけは何だったのでしょうか?

山下:解体工事の予定日まで2週間を切ったギリギリのタイミングで(保存を求める)ネット署名を集め始めたのですが、そこから少しずつ流れが変わっていきました。たくさんの賛同者が集まってくれて、多くの人に保存プロジェクトのことを知ってもらえたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

また、世田谷区議会議員の神尾りささんからもご連絡をいただき、協力してもらえることになりました。神尾さんはもともとワシントンを拠点に仕事をしていて、尾崎行雄に対して特別な思い入れがあったというんです(※編集部注:尾崎行雄は東京市長時代、ワシントンD.C.のポトマック河畔に3000余本の桜の苗木を寄贈し、日米友好に努めた)。

――それは心強い。

山下:神尾さんは、私たちが立ち上げたネット署名を海外に発信することを提案してくれました。アメリカ側からも“日米友好の象徴”である旧尾崎行雄邸保存の動きを起こそうと、英訳までやってくれたんです。

それからは本当に目まぐるしく、短期間でいろんなことが起こりましたね。さまざまなメディアにもこの一件が取り上げられ、世間的な関心が高まったこともあって、解体工事だけは延ばしてもらえました。

――工事を延ばしつつ交渉を進め、最終的には強力な支援者が現れて一時的に洋館を買い取る形になったそうですね。

笹生:はい。金額が金額だけに大変でしたが、、最終的には「取り壊しを防ぐための一時所有なら」ということで支援してくれたんです。

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

1億円の補修費用、どう捻出?

――所有が保存プロジェクトに移り、取り壊しは回避されました。ただ、このまま維持していくのは大変ですよね?

笹生:そうですね。一時的に解体は免れましたが、次はこれをどう維持・活用していくかという問題があります。当初は洋館を曳家(ひきや/建物をそのままの状態で移動させる手法)で移動し、広くなった土地を分譲して資金を得ることも考えましたが、なかなか買い手は見つかりませんでした。

山下:それに、既存の建物として今の場所にあるぶんには仕方ないけど、場所を移動するなら現在の建築基準法等の法令に合わせなくてはいけないんです。その後、世田谷区にも相談してさまざまなアイディアもうまれましたが、時間がかかりそうでした。

現在は、洋館を使いたい民間企業とテナント契約を結び、収益を得ながら有効活用する道を探っています。

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

――現時点での手応えはいかがですか?

山下:さまざまな企業が興味を示してくれましたが、最終的には都内の有名コーヒー店が本店を洋館に移したいと名乗り出ていただきました。しかも、洋館自体はそのままにして、昔の建物の雰囲気を大事にしたいと言ってくれて。厨房などは、洋館の横にある朽ちかけた小屋を改装してつくるということでした。今は具体的な詰めやスケジュールの調整を行なっているところです。

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

――ただ、築130年の建物は老朽化も進んでいて、補修費用だけでも莫大な額になると思います。家賃収入だけで賄うことは難しいのでは?

山下:当面の補修費用だけでも、およそ1億円はかかります。大家となるからには耐震工事は必須ですし、現在の古い建物のままでは寒すぎるので、暖房器具も入れなくてはいけない。ただ、普通にエアコンを入れてしまうと、せっかくの雰囲気が台無しになってしまいます。外観だけでなく中身も明治を感じさせる趣を残すには、通常よりさらにハイレベルな工事や技術が必要になるんです。他にも、窓のつくりがものすごく複雑だったりするので、修繕できる業者も限られてきます。そうなると、どうしても費用はかさんでしまう。

笹生:正直、家賃収入だけではとても足りません。そこで、保存プロジェクトでクラウドファンディングによる寄付を募り、約1800万円のご支援をいただくことができました。他にも、知人の漫画家など支援の声を挙げてくださる方がいますので、当面はお借りできるところからお借りして、家賃収入で少しずつ返していければと考えています。

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

――とりあえず取り壊しを免れたものの、保存への取り組みはまだまだ続いているわけですね。

山下:そうですね。ずっと進行中です。一番の悩みは、私たちがこの世からいなくなった後のことです。その時には絶対にまた同じ問題が起こりますよね。私たちの願いは洋館を後世にも残し続けることなので、いずれは永続的に所有してもらえるところに譲りたいと考えています。

笹生:いくつか目星はつけているので、私たちが元気なうちに何とか道筋をつけたいです。これからテナントが入り、洋館が活用されている様子を発信できれば、周囲の見方も変わってくると思います。ですから、まずは目の前の計画をしっかり進めていきたいですね。

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
旧尾崎邸保存プロジェクト(Twitter)
旧尾崎行雄邸保存プロジェクト(Facebook)
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(グランドジャンプ)※試し読みあり

省エネになる「木製内窓」に熱視線! 後付けもOK、樹脂や金属の窓枠と何が違う?

コロナ禍での経済活動の再開、おうち時間が増え、住環境の見直しをする人が増えています。住まいの省エネには窓のリフォーム、特に高性能な内窓の取り付けが効果的と言われています。そんななか、YKK APが木材・木建具事業者による木製内窓の商品化の支援を2021年に開始し、話題になっています。樹脂やハイブリッド(アルミと樹脂の複合)などとの違い、取り組みの背景などについて紹介します。

YKK APの窓の部材・部品を使って木製・建具事業者が自社ノウハウで製品化

今すでにある窓の内側に、もう一つの窓を取り付ける「内窓」。工事も簡易で、グリーン住宅ポイント制度や自治体の補助金などができるたびに話題になっていますが、昨今は光熱費の高騰などを背景に、「省エネになるらしい」「家の光熱費の節約にいいらしい」などとして、興味や関心を持つ人が増えています。

左はアルミ樹脂複合窓、右は樹脂窓(写真提供/YKK AP)

左はアルミ樹脂複合窓、右は樹脂窓(写真提供/YKK AP)

窓のサッシ(枠)の素材といえば、樹脂またはハイブリッド(アルミと樹脂の複合)が主流ですが、国産木材を使った、「木製内窓」にも関心が集まっています。高い断熱性能を持つ木製内窓を取り付けることで、元からある窓と付けた内窓の間に断熱効果のある空気層ができ、さらに木材のサッシは金属性に比べ熱を伝えにくいことから、より断熱効果を高めてくれます。木製内窓のメリットは大きく4つで、(1)断熱性が高まる(2)結露の軽減、(3)光熱費の節約、(4)木製素材ならではのあたたかみ、デザイン性があげられます。一方で、(1)価格が高くなる、(2)窓に求められる断熱や耐候性、おさまり(部材が美しく取りつけられた状態)などを確保するのが難しいといった難点があり、なかなか普及に至りませんでした。

今回、木製内窓を開発・発売したのは岐阜県岐阜市にある後藤木材で、その商品化を支援したのがYKK APです。YKK APといえば超大手、高性能な樹脂サッシを取り扱っていて、過去には木材を使った窓を生産していたこともあるといいます。今回、自社での開発でなく、木製内窓の商品化を支援する立場として“木製・木材加工のプロ”へ専用の部材・部品を開発し提供することに至った背景には、どのような理由があるのでしょうか。

木製内窓(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓(写真提供/凰建設 森亨介さん)

「日本は森林資源も豊富にあり、木材は再生可能な材料でもあります。弊社でも活用を図ってきましたが、木材の調達加工、品質を確保しつつ製品化となるとやはり難しい。窓のことならすこしは得意なんですが(笑)、木材加工のプロである後藤木材さんに相談にいき『木材サッシ、木製の製品化にどうやって取り組むのがよいか』とヒアリングをしていたところ、『後付できる内窓をつくってみませんか?』という話になりました。こうした取り組みは初めてですので、お互いに手探りではじまったんです」と話すのはYKK APの住宅本部 住宅事業推進部商品企画部部長でもある山田司さん。

3年ほどの試行錯誤の末、YKK APが窓に必要な複層ガラスや部品や部材、ノウハウを提供し、後藤木材は独自の圧密技術(圧力をかけて木の強度を高める)の強みを活かして木材の調達や加工、組み立て、取り付けまでを行うという事業の枠組みができあがりました。
「YKK APが表にでるのではなく裏方になって、地方にたくさんある木材を扱う会社と組み、ネットワークを広げることが木製内窓にとってもよいのでは、という結論になりました」(山田さん)

木製内窓の提供イメージ。窓に必要な部品、部材、情報提供はYKK APが行い、木材加工ノウハウをもつ木材建具事業者が製品化する(画像提供/YKK AP)

木製内窓の提供イメージ。窓に必要な部品、部材、情報提供はYKK APが行い、木材加工ノウハウをもつ木材建具事業者が製品化する(画像提供/YKK AP)

木材・建具会社など13社から問い合わせ。試作品を製作した会社も

最近では伝統工芸×おもちゃなど、異なる業種・業態のコラボ商品やサービスを目にすることが増えましたが、今回の木製内窓は、「それぞれのプロフェッショナルが得意分野を活かす」という、ある意味で、「王道のコラボ」といえるかもしれません。YKK APは今回のビジネスモデルを後藤木材だけでなく、全国の木材加工・建具企業にも応用していきたいと考えているそう。

「2021年7月にプレスリリースを発表しましたが、13社から問い合わせがあり、6社が商品化を検討、1社が試作品の段階に来ています」と前出の山田さん。
驚いたのは、木材加工だけでなく、建具や家具といったいわゆる工芸品の会社からの問い合わせがあったことだそう。確かに欧米のインテリアと比較した場合、窓のデザイン面では現在の内窓は物足りなさを感じてしまうのが現状です。さまざまな木材加工のノウハウを持つ会社が木製内窓に参入することで、技術面や価格面でも新しい発見があることでしょう。

窓次第で部屋の雰囲気はぐっと変化する(写真提供/YKK AP)

窓次第で部屋の雰囲気はぐっと変化する(写真提供/YKK AP)

「窓辺を美しくしたいという潜在的な需要はありそうですし、何より日本には豊富な森林資源があります。1社で完結するのではなく、他社と強みを活かしつつ、窓の高性能化、断熱化を図っていけたらいいですね」と続けます。

10cmあれば取り付け可能。極薄で高性能な「木製サッシ」

一方、部材の提供を受け、木製内窓の開発にあたった後藤木材の後藤栄一郎社長と内外装事業部上條武さんは、地元の工務店である凰建設の森亨介専務とともに、数年前から木製サッシの製品化に興味を持っていたといいます。

「弊社は杉・ひのきという柔らかい木を複数層重ねて圧縮して強度を増す独自の技術を持っており、床材、テーブルカウンターなど幅広い用途で商品展開をしてきました。また、ユーザーと接点を持つ工務店の意見を聞きたいと、数年前から森さんとも懇談・勉強を重ねてきました。以前に木製窓をつくったこともあったんです」(後藤社長)。

とはいえ、木製サッシを自社のみでつくるのは容易ではなく、風圧や遮音、気密、断熱といった性能については、森さんにリスクを負ってもらうかたちとなり、性能面でもしっかりとしたものを世に送り出したいという思いを抱いていたそう。

「今回、内窓の製品化にあたっては、富山県にあるYKK APの技術施設に行き、木製内窓の試作品確認会や検証試験を行い、強度、施工のしやすさ、おさまり、断熱、防音など徹底的に試験でき、樹脂の内窓と同程度の性能が担保できました」(上條さん)といい、胸を張って送り出せる「木製内窓」が完成したそう。

驚くべきはその薄さで、なんと10cm! 自然素材である木材は節などがあるため、薄くて強度を出すのは容易ではないそう。一方で、10cmという薄さを担保したことで、既存のマンションや一戸建ての窓に施工しやすく、多くの窓に取り付けることができ、見た目にも美しく収まります。

断熱性や気密性といった性能面、薄さを両立(写真提供/後藤木材)

断熱性や気密性といった性能面、薄さを両立(写真提供/後藤木材)

「完成した内窓を今回、我が家で取り付けましたが、施工時間や手間などは樹脂の内窓とほぼ変わりません。なれてくれば1窓1時間あれば施工可能になりそうです」(森さん)

木製内窓を組み立てる様子。10cmと薄いため、マンション/戸建てともにおさまりのよい商品に。木枠ってやっぱり見ていて惚れ惚れします……(写真提供/後藤木材)

木製内窓を組み立てる様子。10cmと薄いため、マンション/戸建てともにおさまりのよい商品に。木枠ってやっぱり見ていて惚れ惚れします……(写真提供/後藤木材)

欧米の高性能窓に遜色なし。日本の技術を集めた窓に木製内窓を取り付けたところ。YKK APが誇る高性能樹脂窓「APW430」と遜色ない断熱性の数値を出せるそう(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓を取り付けたところ。YKK APが誇る高性能樹脂窓「APW430」と遜色ない断熱性の数値を出せるそう(写真提供/凰建設 森亨介さん)

左側が内窓を取り付けていない箇所、右側が内窓を取り付けた箇所のサーモ画像。左側の窓は青みが強く、右側の窓は緑色になっていて、温度に差があることがわかります。「暮らしがてきめんに変わったということはありませんが、気がつくと快適」(森さん)といいます(写真提供/凰建設 森亨介さん)

左側が内窓を取り付けていない箇所、右側が内窓を取り付けた箇所のサーモ画像。左側の窓は青みが強く、右側の窓は緑色になっていて、温度に差があることがわかります。「暮らしがてきめんに変わったということはありませんが、気がつくと快適」(森さん)といいます(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓の第一号は、ともに研究をしてきた森さん宅の住まいに設置。もとから木のぬくもりを感じる住まいでしたが、木製内窓が違和感なくなじみ、「元からこのような住まいだったのでは?」と見紛うほど。

「住んでしまうとすぐに慣れてしまい以前との差が分かりにくいのですが、朝晩の冷えは気にならなくなりましたし、やはり常に快適です。また、既存の窓と内窓をあわせるとYKK APさんのトリプルガラスのAPW430を上回る熱貫流率0.84w/(平米・K)の性能が出せるように。木製の内窓でここまで性能値を出している商品はないので、自信をもっておすすめできます」と森さん。

ちなみに、森さんがこの木製内窓と相性がよいと考える住まいは、(1)既存~新築マンション、(2)2005年~最近に建てられた一戸建て、(3)防火地域に建てる新築一戸建てだそう。

「特に(1)マンションの場合、窓部分は共用部のため、個人で簡単には窓を取り換えることができませんが(新築・中古ともに)、こうした内窓であれば取り付けやすいでしょう。マンションは躯体自体の断熱性は高いものの、北側は底冷えしたり、直射日光を強く受ける夏場は冷房効率も悪くなるので、弱点ともいえる窓の部分を対策するのにお金をかける価値は十分にあることでしょう」

(写真提供/凰建設 森亨介さん)

(写真提供/凰建設 森亨介さん)

「現在13社から問い合わせがありますが、木製内窓の商品化支援を進め、もっとつながりをつくっていきたいですね。後藤木材様をはじめ、今後、商品化される事業者の技術やノウハウを蓄積・共有することで、生産性向上やコストダウンにもつなげていただきたいと思います。また、森林資源の活用をして、地域活性化にもつなげていただきたいと思います」(山田さん)

後藤木材の後藤さんも、地域活性、森林資源の活用を課題に挙げます。
「戦後に植林された木材は今、使い時を迎えています。1本の丸太からさまざまな製品をつくりたいですし、地域で使って、地域にお金を落としていきたい。今回のように業界や会社の垣根を超えて、知恵を出していけたら」といいます。

森さんは、「今回の内窓のように大勢の人が集まっていいものをつくっても、住まいに採用されなかったとしたらあまりにさみしいので(笑)、まず知ってもらうこと、そして体感してもらうことが大切だと思います。日本の住まいの高断熱化は、本当に窓がカギとなっているので」と力説します。

今年は、「こどもみらい住宅支援事業」がはじまり、記事で紹介した内窓「ゴトモクのウチマド」を使ったリフォームも補助対象となっています。もし、「家が寒い」「光熱費が高い」と気になっているのであれば、この木製内窓、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか。ちなみに我が家は2012年築、省エネ等級4ですが、この冬の電気代は3万円を超えました。今、真剣に検討中です。

●取材協力
YKK AP
後藤木材
凰建設 

ニューヨーカー、日本に魅了され自宅を「Ryokan(旅館)」にリノベ! 日本の芸術家は滞在無料

ニューヨーク・マンハッタンの繁華街にある、8階建てのビル。エレベーターで上階に上がるまで、このビルの中に「和の空間」が存在しているなんて誰が想像できるでしょう?
持ち主は、26年前の訪日以降、日本の大ファンになり日本の文化に敬意を表すニューヨーカーの男性です。一体彼はなぜ、自宅を和室空間にリノベーションしたのでしょうか? お部屋を見せてもらいました。

訪日で日本文化に魅了され、自宅を和の空間に大改造

ニューヨーク・マンハッタンのダウンタウン地区。地下鉄ユニオンスクエア駅から徒歩5分の便利な場所に、煉瓦造りのコンドミニアム(日本でいう分譲マンションにあたるもの)があります。この辺ではよく見かける 歴史的なヨーロッパ建築の8階建てビルです。

エレベーターで7階に上がり、廊下の奥のドアを開けると、なんと2間の「和室」が広がっています!

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

持ち主は、スティーブン・グローバス(Stephen Globus)さんというマンハッタン生まれ・育ちの生粋のニューヨーカーです。彼は26年前、出張で初めて日本を訪れ、京都・龍安寺の冬景色の美しさに息を呑んだと言います。その後も、東京・新宿の友人の日本家屋に滞在する機会が幾度かあり、「畳の生活」に魅了されたそうです。

ニューヨークに戻ってからも「畳の間が恋しい」と思うようになり、当地にある日系の施工会社、MiyaSに相談したところ、ニューヨークでも和の空間をつくることができると知り、早速自宅の大改築を依頼。2004年に完成したのが、この和室空間なのです。

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

構想の段階では、ただ「自分のために和室を」いうコンセプトでしたが、完成すると噂は瞬く間に広がっていき、「茶室として利用できないか?」という周囲のリクエストが多く集まったそうです。それに応え、せっかくなので茶室として一般向けに、スペースの提供を始めました。そうして茶会イベントが徐々に増え、日本人や日系の人々、日本文化が好きな地元の人の間で「話題の場所」になりました。

ただ、ここはそもそも茶室専用に つくったわけではなかったため、茶道口(点前をするときの亭主用の出入り口)や炉(ろ)がない状態です。本格的な茶会イベントが頻繁に行われると、どうしても不便が生じてしまうようになりました。

そこでグローバスさんは、今度は8階の別の自室スペースとペントハウスのスペースを利用して、本格的な茶室にリノベをしたのです。そうして誕生したのが「グローバス和室」(憩翠庵)でした。

現在は、7階を「グローバス旅館」としてアーティスト向けのゲストハウスにし、8階とペントハウスの「グローバス和室」を、当地在住の茶の講師(表千家流、上田宗箇流)に使ってもらい、一般向けに茶会を定期的に催しています。

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

「グローバス旅館」について特筆すべきは、ここはアーティストであれば「無料」で滞在できる場所ということです。その理由をグローバスさんに聞いてみると、「私は芸術が好きなので、日本とアメリカの文化交流の場をつくりたいのです。才能ある日本人アーティストにニューヨークで夢を叶えてほしい」と言います。

「予算が限られた中で活動をしている芸術家が多く、いざニューヨークでアート活動と言っても滞在費用はかさみますから、才能ある芸術家のサポートができたら嬉しいです」。つまり、ここで芸術活動をしてもらう代わりに、無料でこの和室空間を彼らの滞在先として提供したい、ということなのです。

これまで滞在したアーティストやパフォーマーの数は100人を優に超え、茶会、絵の展示会やライブ・ドローイング・パフォーマンス、生け花、舞踊、琴や三味線などの演奏会、着物の展示会などさまざまなイベントが行われてきました。

例えば2016年、当地在住の日本人カップルのために、福岡県の宮地嶽神社から宮司や巫女を招き、神前結婚式を行っています。「その時は6人の巫女さんが当旅館に滞在しました」(グローバスさん)。

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

2部屋にある布団は3人分なので、それ以上のグループでは過去に、寝袋で滞在した人もいたそうです。「私の提供しているものは、カルチュラル・グッドウィル(文化に絡んだ親善活動)です。つまり私がトップアーティストを支援したいという気持ちによるものですから、(通常の)ホテルやホテルのようなサービス、アメニティがここにあるわけではないことをご理解ください」。そして、「ニューヨークで夢を叶えてもらって、私が日本に行った時に彼らのプログレス(進化)を見るのを楽しみにしているんですよ」と、目を輝かせながらグローバスさんは言います。

ここでの芸術イベントおよび滞在に興味があれば、下のウェブサイトの「Contact」から問い合わせてみてください。

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

2年に及ぶコロナ禍。年の大半をビーチで過ごす

普段はベンチャー・キャピタリストとして活動するグローバスさん。2020年春、ニューヨークで新型コロナウイルスの感染が大拡大し、人々の間ではリモートワークがニューノーマルとなりました。これを機に州外や国外に居住地を移した人も多いです。

グローバスさんも人口密度が高く、ウイルスが蔓延する市内に留まることをやめ、2020年と2021年はそれぞれ5月から11月の間、セカンドハウスのある郊外のロングアイランド(ニューヨーク州南東部に広がる 地域)にある、車の通行が禁止されている島、ファイアーアイランドのビーチハウスで生活しました。

また今年頭まで、家族の住むフロリダやヨーロッパ、そしてハワイにも滞在。「仕事をしている以外は、人の密度が低いビーチを散歩するような生活でした」と、すっかり大自然の中で充電してきた模様です。

州民の大多数がワクチン接種を完了し、感染状況が落ち着きつつあるニューヨークには、2月に戻ってきたばかりです。避難生活中も着物の展示イベントなどを開催し、そのようなイベントを行うたびに、スーツケースを抱えて、戻って来ていました。

久しぶりに故郷であるニューヨークに戻り、アメリカ用につくられたやや深めの堀ごたつに腰掛けてくつろぐグローバスさん。「やっぱり和の空間は心が落ち着きますね」と言いながら、心底リラックスしているようでした。

●取材協力
グローバス和室
グローバス旅館(ゲストハウス)
889 BroadwayNew York, NY 10003

パリの暮らしとインテリア[13] アーティスト河原シンスケさんが暮らす、狭カッコいいアパルトマン

パリを拠点に活動するアーティストの河原シンスケさんは、若者に人気のエリア、バスティーユに暮らしています。話題のレストランやショップが次々と誕生するそばで、庶民の市場やおじさんたちのカフェが健在しているミックス感が、とても居心地良いのだそう。アーティスト・河原シンスケ(かわはら・しんすけ)さんの住まいにおじゃましました。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

今の自分に合わせて選んだ、コンパクトな住まい

ヨーロッパ、アメリカ、アジアの、さまざまな都市を舞台に活動するアーティスト、河原シンスケさん。日本に生まれ、武蔵野美術大学を卒業し、アーティスト活動を始めてからはパリに暮らしています。

河原さんのアートに頻繁に登場する動物、うさぎ。うさぎをモチーフにしたオブジェが室内のあちこちに点在している。うさぎの黒いキャンバス画は河原さんの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

河原さんのアートに頻繁に登場する動物、うさぎ。うさぎをモチーフにしたオブジェが室内のあちこちに点在している。うさぎの黒いキャンバス画は河原さんの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

その生活は文字通り移動の連続で、フランスでエルメスとのコラボレーションを続けつつ、東京都南青山にあるギャラリーSCÈNEや宮城県仙台市の仙台うみの杜水族館、ブリュッセルの@elevensteens 等で展覧会を開催する、といった具合。フットワークの軽さは引越しにも影響するのか、パリ暮らしの約30年の間に、なんと7回も住居を変え、そのたびに改装を重ねたそうです。

「パリで最初に住んだワンルームは、レピュブリック広場近く、今人気の北マレにある小さな住まいでした。そのあとでエッフェル塔の正面にある住まいや、90平米もある歴史的なアパルトマンなど、広さも、建築年代も、さまざまな住居に暮らしました。8年前に引越してきた今の住まいは、日本式でいう1階(海外では日本の2階部分を1階と数える)にあります。日本やフランスの地方都市への移動が多くなったころに、生活をコンパクトにしたいと思って、これまで住んだことがない20平米のワンルームを買いかえました」と、河原さん。

住まいの目の前は車の入らない路地。通行人の行き来もあまり激しくなく、若者エリアにありながらエアポケットにいるよう。古き良きパリの風情の中に、若者に人気のレストランが点在している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

住まいの目の前は車の入らない路地。通行人の行き来もあまり激しくなく、若者エリアにありながらエアポケットにいるよう。古き良きパリの風情の中に、若者に人気のレストランが点在している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

20平米はともかく、フランスでは1階の物件は人気がありません。集合住宅の入り口の階なので、人が出入りするたびにドアを開閉する音が響いたり、窓の目の前を通行人が行き来したり。都市の喧騒がそのまま住空間の中に入ることが、敬遠される理由です。日当たりも良くありません。住みにくいことが大前提になっている証拠に、かつて建物の入り口脇の1階は、管理人が暮らすスペースの定番でした。そこをなぜあえて、河原さんは選んだのでしょう?

「移動が多い私にとって、スーツケースを簡単に出し入れできる1階の住まいは何より楽です。段差がないので、作品の搬出の際も便利。そしてコンパクトな住まいは戸締まりが簡単で、セキュリティ面の心配も少ないでしょう。以前、90平米に住んでいた時は、出張のたびにチェックポイントが多くてなかなか面倒でした。今は東京からパリに戻って荷物を置いて、そのままブリュッセルへ出張、ということもとても楽にできます」

あえて暗く演出した室内はひっそりとしたムードがあり、とても落ち着く。壁画アートに見える木製の壁は、全て収納の扉(写真撮影/Manabu Matsunaga)

あえて暗く演出した室内はひっそりとしたムードがあり、とても落ち着く。壁画アートに見える木製の壁は、全て収納の扉(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階には1階のメリットがある。これは意外な発見でした。でも、日当たりや通行人による騒音はどうでしょう?

「もちろん日当たりの良い住まいの方が、悪い住まいよりはいいですよね。でも住まいというのは、その時その時の予算の中で、自分が何を優先するかで決まると思うのです。これから先また変わるとしても、今の私にとっての優先順位はまず、移動が楽な1階であること、そしてコンパクトであること。その優先順位の中で納得のいく物件を選び、そしてその中で、自分にとって暮らしやすい空間づくりに挑戦したいと思いました」

「狭くて落ち着く大人な場所」を表現

「自分にとって暮らしやすい空間」をつくる! そう明確な意図があった河原さんは、物件を購入するや否や大改装に着手しました。入り口のドアを塞ぎ、逆に塞がれ使われていなかったほうのドアを開け、こちらを入り口に変更。リビング側から住まいに入るつくりに変えました。リビングの奥に続く細長い空間は、キッチン兼バスルームに。システムキッチンは、奥行きをリビングとの仕切りになった入り口の開口に合わせてオーダーメイドしたものです。そのおかげでシステムキッチン全体が壁面のようにペタンと空間に収まり、全く圧迫感がありません。

リビングの開口に合わせて、ペタンと平面になるようデザインしたシステムキッチン。その向かいにバスタブが設置されている。洗濯機とトイレも、バスタブの延長に並列(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングの開口に合わせて、ペタンと平面になるようデザインしたシステムキッチン。その向かいにバスタブが設置されている。洗濯機とトイレも、バスタブの延長に並列(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オーダーメイドのシンクは奥行き約30cmとコンパクト。収納扉の取っ手は、バーナーを使って自分で焼き色を入れ加工した。河原さんは料理の腕前も有名。シンプルでおいしいおしゃれなレシピを日本の雑誌で連載中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オーダーメイドのシンクは奥行き約30cmとコンパクト。収納扉の取っ手は、バーナーを使って自分で焼き色を入れ加工した。河原さんは料理の腕前も有名。シンプルでおいしいおしゃれなレシピを日本の雑誌で連載中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンに立った時に、背の側になる壁面がバスタブとトイレです。こちらも、リビングからの開口部の幅に合わせた奥行きにそろえて、スッキリと造り付けました。なんと、今バスタブが置かれている壁面が、以前の入り口ドアの場所だというのですから、河原さんの大改装がどれだけ抜本的なものだったのか想像できるというものです。白いパネル式のスライドドアでトイレや洗濯機をカバーして、1枚の壁にして隠す仕組みも、河原さんの考案によるオーダーメイドです。

「一人暮らしだからこんなことも可能」と、大胆な場所に設置したバスタブ。なんと今はタイルで覆われている壁が、物件購入時にはドアだった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「一人暮らしだからこんなことも可能」と、大胆な場所に設置したバスタブ。なんと今はタイルで覆われている壁が、物件購入時にはドアだった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンの向こうは小さな中庭。リビングの窓と合わせて、窓はトータル2カ所ある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンの向こうは小さな中庭。リビングの窓と合わせて、窓はトータル2カ所ある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「小さな住まいだからといって、学生の一人暮らしみたいな場所にはしたくありませんでした。これまでもずっとそうでしたが、ここでも『真似できない独特の空間をつくる』ことをポリシーに、住まいづくりをしています。もし家族がいたら20平米は狭すぎるでしょうし、予算は同じでも優先したいこと、しなければならないことは他にあったでしょう。でも私は今一人で、自分が満足するための空間づくりに集中することができるのです。ここには『狭くて落ち着く大人な場所』をつくりたいと思いました」

居心地の良さに必要な条件は、どうやら広さや日当たりにあるとは限らないようです。河原さんの住まいに居ると、確かにそう感じます。今の自分が満足するには何を優先するべきか、そこがカギになる、とスッと納得できるのです。では、1階にあるこの20平米がなぜ心地よいのか、そのポイントを探っていきましょう。

キッチンとリビングの間の開口部上に、トレーニング用のバーを設置。ジムの役割も備え、今の自分にとって必要な全てを装備した空間に。2カ月間続いたコロナ禍のロックダウン中も、この住まいのおかげで快適に過ごすことができた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンとリビングの間の開口部上に、トレーニング用のバーを設置。ジムの役割も備え、今の自分にとって必要な全てを装備した空間に。2カ月間続いたコロナ禍のロックダウン中も、この住まいのおかげで快適に過ごすことができた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

床暖房と、暗い照明

まず、住空間の快適さのために、河原さんは床暖房を取り入れました。床暖房は暖房装置としての性能が優れていることに加え、もし暖房器具を取り付けるとなった場合に必要な、気に入ったデザインを見つける時間や労力をまるまるカットすることができます。多忙な人ならなおのこと、この素早いジャッジは参考にしたいところです。さらには、暖房器具そのものを住空間に取り付けなくて済む、という大きなメリットもあります。小さい住まいにとって、電気機器等の家電の出っ張りは、できればない方がありがたい!

暖房器具としても、装飾のオブジェとしても、活躍している暖炉。暖炉はもともとあったものを残した。来客のあった時などにムードづくりも兼ねて使用するとか。暖炉の奥行きと窓の開口に合わせて、壁面収納をオーダーした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖房器具としても、装飾のオブジェとしても、活躍している暖炉。暖炉はもともとあったものを残した。来客のあった時などにムードづくりも兼ねて使用するとか。暖炉の奥行きと窓の開口に合わせて、壁面収納をオーダーした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

そして照明。1階であるが故の暗さをカバーするために、天井にスポットを付ける、という発想が一般的なところですが、河原さんはその反対。できるだけ暗くする目的で、アンティークやヴィンテージのライトを採用しました。

うさぎモチーフのネオンを照明に。明るさを抑えた照明をいくつも組み合わせるのが、心地よさのポイント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

うさぎモチーフのネオンを照明に。明るさを抑えた照明をいくつも組み合わせるのが、心地よさのポイント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「ライティングはくつろぎの演出にとってとても重要な要素です。落ち着きやリラックス感を得られるよう、できるだけ暗い照明にしたいと思いました。ライトの他に、キャンドルも毎日の生活に取り入れています」

『狭くて落ち着く大人な場所』は、床暖房の快適さと、抑えた照明がポイントであると言えそうです。実は、リビングにある唯一の窓の前には、屏風が置かれています。自然光をさえぎるのはもったいない、と多くの人が思うところですが、こうすることで窓の前を歩く通行人の存在が気にならず、なんとも言えない隠れ家的ムードが生まれるのでした。

窓の前の屏風は、河原さんの作品。ここにもうさぎが登場している。花は河原さんの生活に欠かせない大切なディテール(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓の前の屏風は、河原さんの作品。ここにもうさぎが登場している。花は河原さんの生活に欠かせない大切なディテール(写真撮影/Manabu Matsunaga)

既製品に手を加えて、自分だけのオリジナル家具に

あえて照明を暗くして、心地よさを演出した小さな住まい。コンパクトだからこそ、空間を最大限に生かすために、システムキッチンや収納をオーダーすることが不可欠だったことがわかりました。照明と、造り付けのオーダー家具の他はどうでしょう? 他の部分の、心地よさのポイントは? そう思って河原さんの住まいを眺めて気づくのは、目に入る全てが河原さん流だということです。

「コンパクトな生活をしたくて決めた20平米の暮らしでしたから、持ち物も厳選して、徹底的にミニマムにしました。ここには必要なもの、気に入っているもの、実際に使うものしかありません。小さい子どものいる家だったら、お客さん用の食器と普段使いのものを使い分けた方が安心です。でも、ここはそうではない。気に入っていて、使う食器だけがあれば十分で、たくさん持つ必要がないのです」

リビングのベッドは毎朝布団を収納に片付け、毎晩眠る前にベッドメイキングしている。毎日きちんとやるのは大変だ、と思ってしまうが「日本の布団だってそうでしょう?」と言われてみれば確かにそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングのベッドは毎朝布団を収納に片付け、毎晩眠る前にベッドメイキングしている。毎日きちんとやるのは大変だ、と思ってしまうが「日本の布団だってそうでしょう?」と言われてみれば確かにそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

そのように厳選されたものが集まっているから、目に入る全てが河原さん流なのでしょう。壁のペイントや、作品のインスタレーション、そして既製品にバーナーで焼き色をつけた家具など、河原さんの手によるものと、アンティークのベッドや椅子、ヴィンテージの照明といった河原さんが選んだお気に入りが混在し、『真似できない独特の空間』がつくられているのでした。

イケアのテーブルと椅子は、バーナーで焼き色を入れて自分で加工した。このテーブルで6人が着席するディナーを振る舞うことも(写真撮影/Manabu Matsunaga)

イケアのテーブルと椅子は、バーナーで焼き色を入れて自分で加工した。このテーブルで6人が着席するディナーを振る舞うことも(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バーナーで焼き色を入れた収納家具と壁面。ここが入り口のドア(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バーナーで焼き色を入れた収納家具と壁面。ここが入り口のドア(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アールデコのカトラリーホルダーも日常使いの小物。そしてこれも、やはりうさぎ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アールデコのカトラリーホルダーも日常使いの小物。そしてこれも、やはりうさぎ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

河原さんのお話を伺いながら、いつか取材した女性内装デザイナーの話を思い出しました。家づくりは洋服選びと違って経験値が少ない分、失敗が怖くて冒険ができません。そう彼女に伝えると、「あなたの住まいなのですから、あなたが好きなようにすればいいのです。第一、外科の手術ではなくてインテリアです、失敗したらやり直せばいい。もし誰かに悪趣味だと言われたとしても、あなたの家はあなたのためのものですよ」との言葉。自分にとっての優先順位を明確にして、自分がいいと思うものを選ぶ、という河原さんのお話と、核心は同じです。そして同時に思うのです、自分が選ぶこと、自分が決めることに、なんと私たちは不慣れなことか! そう河原さんに伝えると、そっと背中を押してくれる言葉が返ってきました。

「予算や、家族等の条件や、色々を含めて、その中で最大限に楽しもうと考えてはどうでしょう? せっかく自分で、住まいづくりができるのですから」

河原さんのように、セオリーではなく、自分を優先してみる! そう考えるだけでプレッシャーから解放され、気が楽になります。住まいづくりを自由に楽しむことができそうです。

自分のバッグのオリジナルペイントは、フランスのファッション&アクセサリーブランドである「ピエール・アルディ」とのコラボの楽しみとして始めた。その後オーダーが殺到し、4月中ごろからピエール・アルディのサイトにも登場することに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分のバッグのオリジナルペイントは、フランスのファッション&アクセサリーブランドである「ピエール・アルディ」とのコラボの楽しみとして始めた。その後オーダーが殺到し、4月中ごろからピエール・アルディのサイトにも登場することに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

個性的なドクロのドアノブは、道端で拾ったもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

個性的なドクロのドアノブは、道端で拾ったもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の高さを生かして設置したインスタレーション。鏡の額装を兼ねている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の高さを生かして設置したインスタレーション。鏡の額装を兼ねている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お気に入りのパリ暮らし。そしてこれから。

フランス人が敬遠する1階のワンルーム、しかもコンパクトな20平米をあえて選んで、自分のための快適な空間づくりに挑戦し、それを実現した河原さん。住まいがあるエリアもお気に入りで、19世紀から続くアリーグルの市場や、目利きが選ぶアンティークショップ、おしゃれなカフェやベトナムレストランなど、庶民の活気と最新アドレスが混ざり合うパリならではの環境を、一人のパリジャンとして日々、満喫しています。朝ちょっと外に出てテラスでカフェを飲む。そんななんでもないことが当たり前にできるのも、パリ暮らしの魅力だ、と。

天気がいい時、気分転換したい時、打ち合わせの時、ふらりと活用できるカフェはパリジャンにとって第2のリビング(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天気がいい時、気分転換したい時、打ち合わせの時、ふらりと活用できるカフェはパリジャンにとって第2のリビング(写真撮影/Manabu Matsunaga)

河原さんがよく立ち寄るヴィンテージのショップ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

河原さんがよく立ち寄るヴィンテージのショップ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリジャンの暮らしに花は欠かせない。庭は無くとも、新鮮な切花が部屋にあればフレッシュな季節感を感じられる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリジャンの暮らしに花は欠かせない。庭は無くとも、新鮮な切花が部屋にあればフレッシュな季節感を感じられる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

19世紀から続くアリーグル市場はいつでも庶民の活気に満ちている。河原さんのお気に入りスポットの一つ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

19世紀から続くアリーグル市場はいつでも庶民の活気に満ちている。河原さんのお気に入りスポットの一つ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「でも実は、そろそろ次を考え始めているのですよ。気に入っていても、飽きるので(笑)。次の住まいは、広々とした郊外もいいかもしれませんし、コロナ禍以降人気の上がっている地方都市も面白いかもしれません。ヨーロッパのほかの都市という選択肢だってあり得ます。いろいろな考えが浮かんでは消えてゆき、まだ確定していません。というのも、ギャラリーや美術館の多いパリの暮らしがやっぱり好きですし、世界中どこへ行くにもここは便利ですから」

新しい住まいづくりは新しいチャレンジ! そう捉えている河原さんだからこそ、暮らし変えを躊躇せず、常に前に進んで行けるのだなあと実感しました。

(文/角野恵子)

●取材協力
河原シンスケさん
HP
Instagram
●関連サイト
ピエール・アルディ

賃貸で内装をオーダーメイド&DIYで自分好みに! 夏水組プロデュース「西荻北ホープハウス」

オーダーメイドで自分好みの内装が決められる賃貸住宅があるという。東京都杉並区・JR西荻窪駅からほど近く(徒歩4分)の西荻北ホープハウスだ。オーダーメイドのみならず、入居後にDIYも可能で「原状回復」の縛りもないのだという。女性を中心に魅力的なインテリアを提案している「夏水組」の坂田夏水さんにお話を聞いた。

憧れのウィリアム・モリスの壁紙で、おうち時間も快適に

リビングの壁と玄関ドアにウィリアム・モリスの壁紙を選んだAさんは「好みのインテリアに囲まれているから一日家にいても飽きません」と話す。昨年に会社員からフリーランスに転じた女性で、在宅の仕事でほぼ一日を家で過ごすことから、この部屋の居心地の良さに満足そうだ。

オーダーメイドで壁紙が選べることに魅力を感じ、物件を内見してすぐにこの部屋に決めたという。いくつか壁紙のサンプルを見せてもらったなかから、モリスの柄から2種類を選んだ。
モリスは、19世紀後半の英国で産業革命による粗悪な工業製品を嫌って、生活と芸術の調和を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動を興した。工業製品に対して、中世の美意識や手仕事に重きを置いた。これは遠く日本の柳宗悦らによる民芸運動にも影響を与えた。
「古い物件でも、手を入れてリニューアルされることに共感をおぼえます。37平米とひとり暮らしに広さも十分で、キッチン周りも広く使いやすく改修されていて料理が楽しくなりました」と話してくれた。

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

築古の賃貸にかかわらず、魅力的なリニューアルによって人気物件に

西荻北ホープハウスのリノベーションを5年前から任っているのは、空間デザインやリノベーションを手がける夏水組(武蔵野市)の坂田夏水さんだ。デザイン事務所・夏水組のほか、東京・吉祥寺と大阪・梅田でDecor Interior Tokyoというインテリアマテリアルショップも経営していて、自分らしい豊かな空間をつくる提案をしている。

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

「こちらのマンションは1975年に建築されて、築年数も40年以上と老朽化が進んでいて、私がご相談を受けたときには、総戸数42戸のうち空き室が30%以上ありました」と話す。

この空き室について、夏水組プロデュースにてリニューアル工事を進めて、ほどなく満室に導いたという。
築古のマンションだけに、入居者が長く住んでいた部屋、入れ替わりがそれなりにあった部屋などあり、入居者が代わるタイミングで行われるリフォーム工事によって、部屋の状態にはバラつきがあった。そこで、坂田さんは、3つのリニューアルプランを提示したという。

もとの間取りには手を入れずトイレやお風呂など水回りを中心にリニューアルする「スタンダードプラン」。2つ目は、キッチンを使い勝手の良い間取りにする「キッチンプラン」。そして、3つ目は間仕切り壁を無くして開放感のあるお部屋にする「フリープラン」という3タイプだ。いずれのプランにおいても、エントランス正面のクロスやバスルームのタイルなどは、部屋ごとに違うものとして、費用を抑えつつも個性をもたせたという。

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

「賃貸住宅のリニューアルは、オーナーさんの負担が原則です。オーナーさんの資金も限られているなかで、部屋ごとの老朽化の具合やこれまでのリフォーム投資を無駄にしないよう、リニューアルの仕方も選択性にしました」と坂田さん。

西荻北ホープハウスのオーナーのBさんは「提案していただいたリニューアルは、空き部屋が出ても次の入居者がすぐに決まり、オーナーとしてもリニューアルへの投資の面からも不安がありません」と話してくれた。

西荻北ホープハウスでは、壁紙だけでなく、DIYも楽しんで欲しい

夏水組にリニューアルを依頼しているのは、5年前から西荻北ホープハウスの管理を請け負っている地元の不動産会社・リベスト(武蔵野市)だ。

リベスト・中道通り店の店長代理・荒井康友さんは「当社で管理をさせていただく以前は、建物の築年数がそれなりに経過していることもあり、空室率が高い状況でした」と話す。

そこで西荻北ホープハウスの管理の請け負いと同時に、築年数の経過にも調和したデザイン力のある夏水組にリニューアルを依頼するようになったという。また、部屋が空いて内装のリニューアルを行っている途中であれば、壁紙やタイル等の入居者が選べる箇所も多く、「期間限定・内装を自分好みにオーダーメイド可能」と記した間取り図付きのチラシを出せば、すぐに次の入居者が決まることも多いという。
荒井さんは、「西荻北ホープハウスは、こうしたインテリアにできるということが評判をよび、空き室待ちが発生することもあります」と話してくれた。

坂田さんは、国交省が賃貸住宅の流通促進の一環として取り組む「DIY型賃貸の普及」にも共感して、住まい手の啓発につとめているという。「西荻北ホープハウスでも、DIYができることをアピールしています。築古の物件でオーナーさんの理解があれば、住まい手が自分の住まいを自分でつくる楽しみを実現できます」と話す。

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

坂田さんが経営するインテリアマテリアルショップDecor Interior Tokyoでは、壁紙などインテリア商品の販売だけでなく、壁紙の貼り方や小物のデコレーションなどワークショップも積極的に行って、自分の住まいを自分でアレンジする楽しみの輪を広げているという。

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

坂田さんは「ヨーロッパでは、古い建物を、住まい手自らがインテリアにこだわりを持って修復やDIYしながら、豊に暮らしています。そんな文化を若いときに暮らす賃貸住宅でトライして楽しみを知ってもらうことで、日本にも根付かせていきたい」と語ってくれた。

画一的でなく、部屋ごとに個性の感じられる西荻北ホープハウスを見ると、住まい手が自由に楽しんで暮らしていることがうかがえる。最近ではリノベーションへの注目から、築古の賃貸住宅を中心に、借り手が好みのインテリアにできるDIY可能な賃貸が増えてきている。こうした流れを受けて、国土交通省では、貸主と借主のトラブルを未然に防ぐためにDIY型賃貸借に関する契約書式例やガイドブックを作成して公開している。参考にしてもらいたい。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・リベスト
・国土交通省 DIY型賃貸

パリの暮らしとインテリア[12] 陶芸作家が暮らすアール・デコ様式のアパルトマン

陶芸作家ソン・ヨンヒさんは、サンマルタン運河沿いのアール・デコ様式のアパルトマンに住んでいます。2年前から画家や写真家などのアーティスト仲間とリニューアル工事に着手し、現在も手を加えながら暮らしています。モノトーンを基調にした空間に、鮮やかな色合いの家具やアンティークの家具を配置して、パリ・シックを見事に体現したおうちです。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

ノスタルジックな下町の雰囲気が残るグルメなおしゃれエリア10区で暮らす

ヨンヒさんは、レースなどの繊細なモチーフにこだわったセラミック作品を生み出す陶芸作家で、絵画も手掛けています。彼女が住むのは10区の主役ともいえるサンマルタン運河沿い。さまざまな小説の舞台になり、名画にも登場しています。とりわけ有名なのはマルセル・カルネ監督の映画『北ホテル』映画『アメリ』など。パリの庶民の暮らしぶりを撮り続けたロベール・ドアノーの写真にも多く登場するフォトジェニックな界隈です。パリのおしゃれなボボ(ブルジョワ・ボヘミアンの略。裕福で高学歴、オーガニックやエコロジーに関心があり、自由なボヘミアンスタイルを好む人々)に好まれる地区で、運河の両サイドには、いまのパリの空気を感じられるようなバーやカフェ、雑貨店がひしめき合っています。もっとも、こうしたエリアも昔は下町で、歩いて数分でインド、オリエンタル、アフリカやアラブ人街があるさまざまな文化が交差しています。

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

特にシャトー・ドー(Château d’eau)界隈やフォブール・サン・ドニ通り(rue du faubourg Saint Denis)は活気があり、チーズ専門店、エピスリー(食材店)、炭火焼きサンドイッチの店などの新店が次々と誕生しています。ヨンヒさんのおうちの周辺は、パリきってのブランジュリーの激戦地区。古代小麦やオーガニックにこだわった「マミッシュ(Mamiche)」や「サン・ブランジュリー(Sain Boulangerie)」、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」といった、いまパリで最も注目を集める店が軒を並べています。「私は食に興味があるので、さまざまな国の料理や食材に囲まれている、この界隈での生活にとても刺激を受けています」とヨンヒさんは語ります。週末の朝はフレッシュな食材が勢ぞろいする「マルシェ・ヴィレット」に行くのが日課。このあたりはパリで第二の中華街ともいわれるベルヴィル街で、懐に優しい中華料理店、新鮮なお豆腐屋、北アフリカ名物クスクスの店など、食の宝庫。ベルヴィルは、19世紀末から移民が移り住み、現在、アジア系、北アフリカ系、ユダヤ系の集まる、コスモポリタンなパリを象徴する地区となっています。

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

心地よい暮らしを求めてリノベーション

ヨンヒさんが渡仏した2000年当初は、パリ郊外の住宅街サン=モール=デ=フォセの友人宅に3カ月間お世話になった後、パリ16区の高級住宅街ジャスマンに3カ月、パリの東ヴァンセンヌ城から目と鼻の先のワンルームに2年間ちょっと暮らしていました。その後、家族の介護のために日本とフランスを行き来していましたが、2005年にフランスに戻り、彫刻家の故・藤江孝さんが生前に住んでいた南郊外ヴァンヴのアパルトマンに1年間居住。その翌年、渡仏直後に出会い、ずっと心の支えになってくれた後の夫の持ち家であるアパルトマンに引越し、現在で16年になります。

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

このアパートは1930年代に建てられたアール・デコ様式の建築で、直線的で機能的なデザインに特徴があります。後に夫となるピエール・リシアンさんは、フランス映画界の重鎮でした。ヌーヴェルヴァーグ(1950年代末に始まったフランスの映画運動)の金字塔『勝手にしやがれ』の助監督を経て、映画宣伝として世界で初めてプレスブックをつくった後、アメリカやアジアの新しい才能を世界に発信し続けた筋金入りの映画人。カンヌ映画祭を長きにわたって影で支えた立役者であるリシアンさんの世界各地の旅に同行し、ヨンヒさんも年の3分の1はパリを不在にする日々が始まります。映画に関するさまざまな雑貨やオブジェのコレクターであった夫は、映画のみならず文学、絵画に関する書籍や何万単位のDVDなど所有量が半端ではありません。まるで映画博物館のようで、「人を招待できる場所ではなかった」とヨンヒさんは述懐します。当時、二人は1階下に35平米のワンルームも所有し、友人知人をもてなしていました。フランスでは自宅に招き合って交流を深める習慣があります。ヨンヒさんはとびきりの料理上手。頻繁に招き招かれの生活を送りながら、夫と世界各国の映画人が深い関係を築いていくのに何役も買いました。
ところが2018年の春、夫が急逝します。ヨンヒさんは失意の時を過ごしますが、1年としばらく経ってから決意をします。「これから生きていく上でより快適に、心地よく暮らせる空間を」とリノベーション工事に着手。その上での絶対条件が「夫の思い出を散りばめた空間」にすることでした。

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

ところが、リニューアルは最初から難題に突入。“フランスあるある”で、夏のバカンス前から始める工事には困難がつきまといました。まずは工事の始まる数カ月前からアパートの管理組合の許可を取り、準備を粛々と進めなければいけないことが後になって判明します。バカンス前には工事が殺到するため、職人の確保も困難を極めます。リニューアルの第一歩はガス工事をする必要があるのに、当初来てくれる人たちのキャンセルが相次ぎました。しかもフランスではさまざまな部品がすぐに届かないことも大きな要因。「このままでは(“完成しない建築”とも言われる)サグラダ・ファミリアのようになってしまう!?」という不安がよぎったそうです。

そこで、2019年6月からヨンヒさんは業者の手を借りずに、画家、写真家などのアーティスト仲間と、一つ一つのディテールにこだわり抜きながら、唯一無二の空間づくりを開始することにしました。
現場監督は室内装飾家であり画家でもある鈴木出さん。彼は壁の質感や色に徹底的に気を配り、丁寧な作業を続けてくれました。元はパリでアンティーク店を営んでいたパク・ソンジンさんは、水道、電気、内装などでマルチな才能を発揮。花瓶をランプに変身させたり、古い家具を加工したりすることはお手の物です。いまはベルリンに居を移して写真家として活躍するパクさんは、工事のためにパリとベルリン間を往復する生活を2年以上も続けました。サックス奏者の北学さんは、アール・デコ様式の古くなった黒いボロボロのドアを溶接し、10日かけて丹精込めて修復しました。サッカーの指導者でジュエリー作家でもある向和孝さんは、強靭な体格を活かして壁を壊したりしたほか、ペンキ塗りを担当。そのほかにも随時、友人知人の手を借りて、一つ一つを丁寧につくり上げていきました。

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

試行錯誤のなかで始めた工事ですが、いろいろな気づきもありました。85平米でサロンと2つの寝室がある間取りのアパルトマンは、最初はやたらにドアが多いことや部屋の形がデコボコしていることなどを不思議に思ったそうですが、実は、どの部屋にも窓があってもプライバシーが守られる機能的な設計だったことが分かりました。リビング、お風呂、トイレの壁は左官技法によって、その空間にぴったりとくる質感の壁をつくり上げました。砂の割合などを緻密に計算してつくる左官による仕事は水回りの水分を早く吸収してくれます。現場監督の鈴木さんは画家の本領を発揮して、表面を美しく整えてくれました。

アンティークを日常生活に溶け込ませて、格調高く

内装は白、黒、グレーのモノトーンを基調に、イエロー、青、赤といったカラフルな色を差し色にした、クラシックとモダンが調和した現代的なパリ・シック。「古いものだけだと重たい印象になるので、明るいトーンの差し色や、少しだけラグジュアリーなものを融合してメリハリがあるように心掛けました」

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

パリでは一つの年代に統一するのではなく、「クラシックとモダンの調和」が好まれる傾向にあります。古いものを現代的なものと融合させてこそ「センスのある人」とみなされます。
かねてからのアンティーク好きのヨンヒさんは、外国を旅行すればその国の骨董街を訪ねて、日常的にアンティークを取り入れてきました。彼女の週末の楽しみの一つは「蚤の市散策」。クリニャンクールの蚤の市(マルシェ・オ・ピュス・サントアン)では、がらくたの山からアンティークのステンドグラスを発見。ドアノブや蛇口も蚤の市の“戦利品”です。

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

4回も旅行で訪れたポルトガル北部ポルトへの目的の一つも、本物のアンティークのタイル探し。昨今、ポルトガルですら本物は希少価値が高く、市場に出回っているものの多くはレプリカだそうです。

ヨンヒさんがポルト中心部のアンティーク街でたまたま入った店では、鮮やかな黄色のタイルに熱狂。高めのものでは1枚100ユーロのタイルも珍しくない中、25枚で400ユーロにまけてもらいました。値段交渉の駆け引きもアンティーク品や掘り出し物探しの醍醐味です。
サロン入り口のステンドグラスの横に配置された人形は、パリ7区のアンティークの老舗店で一目惚れ。高額でしたが、「こんなに優しい表情の人形はかつて見たことがない」と3回も通った末に、「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで購入しました。1700年代につくられたこの人形は、フランス語ではサントン、英語圏ではサントスと呼ばれ、クリスマスに飾る装飾で「小さな聖人」を意味します。

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんが一日で最も多くの時間を過ごすサロンには、「タベルナクル」と呼ばれる、祈りのための装飾的な祭壇があります。「大切な人を身近に感じるために、サロンの一番見晴らしのいい場所に置きました」

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

サロンでのくつろぎの時間こそ、最高の贅沢

彼女が一日のうち、一番くつろげるのは、夕方の黄昏時。「風通しのいい窓際でアペリティフをしながら、静かに過ごすのが至福の時間です」。日差しがさんさんと降り注ぐ窓辺には植物や花を配し、都会にいながらも自然を愛でる暮らしを送っています。窓からはサンマルタン運河が一望でき、四季折々の、胸にしみるような美しさを見せます。

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夫が亡くなった後も、彼女の周りには友人が集います。フランスでは女主人が席につかないと食事を始められない、という暗黙のルールがあります。食事とおしゃべりを楽しみながら交流を深めていくのがフランス流。女性がキッチンで料理にかかりっきりは、良しとされない文化があるのです。そこで今回のリノベーションでは、サロンにつながる食堂の奥にオープンキッチンを設置。「料理をしながら和気あいあいとしたおしゃべりが楽しいのです」。フランスの食事はスタートから終了までがとても長いため、長時間座っていても座り心地のいい椅子を探すために苦心したヨンヒさん。古い椅子を8脚そろえるために時間をかけて、決して妥協を許しませんでした。テーブルは長方形だと端に座った人たちがコミュニケーションを取れないので、正方形を選択しました。

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

寝室とゲストルームは白い壁にシンプルでリラックスできる空間を演出。

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

それぞれの部屋には310cm×320cmのタンスを設置し、ここにほとんどの衣類やモノを収納できるようにしました。このタンスは長年の友人である、93歳のアルジェリア人の家具職人によるものです。彼は13歳の時に故郷アルジェリアからフランスに渡って以来、80年もの間、家具一筋で生きてきた熟練の職人。仕事にシビアで、こだわりの強さは半端ではありません。フランスの木を購入し、車で南仏マルセイユ港まで運び、船でアルジェリアに渡り、そこのアトリエで制作し、パリに持ってくる事をなんども繰り返してくれたのです。「今は使い捨ての家具が多いが、家具を接着剤で貼るのではなく、全部組み合わせる方法でつくったから何百年も使えるんだ」と誇らしげに話すのが彼の口癖だったそう。

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんは今のアパルトマンが気に入っているので、引越しは考えていませんが、将来は田舎で生活をするのが夢です。「花や野菜を育てたりしながら、創作活動を続けたいです」とヨンヒさん。

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

友人知人のアーティストや職人たちの、確かな「手」によってつくり上げた、唯一無二のパーソナルな空間。サンマルタン運河を眺めながら、ゆったりと心地よく暮らす、本当の贅沢を垣間見た気がしました。

(文 / 魚住桜子)

パリの暮らしとインテリア[12] 陶芸作家が暮らすアール・デコ様式のアパルトマン

陶芸作家ソン・ヨンヒさんは、サンマルタン運河沿いのアール・デコ様式のアパルトマンに住んでいます。2年前から画家や写真家などのアーティスト仲間とリニューアル工事に着手し、現在も手を加えながら暮らしています。モノトーンを基調にした空間に、鮮やかな色合いの家具やアンティークの家具を配置して、パリ・シックを見事に体現したおうちです。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

ノスタルジックな下町の雰囲気が残るグルメなおしゃれエリア10区で暮らす

ヨンヒさんは、レースなどの繊細なモチーフにこだわったセラミック作品を生み出す陶芸作家で、絵画も手掛けています。彼女が住むのは10区の主役ともいえるサンマルタン運河沿い。さまざまな小説の舞台になり、名画にも登場しています。とりわけ有名なのはマルセル・カルネ監督の映画『北ホテル』映画『アメリ』など。パリの庶民の暮らしぶりを撮り続けたロベール・ドアノーの写真にも多く登場するフォトジェニックな界隈です。パリのおしゃれなボボ(ブルジョワ・ボヘミアンの略。裕福で高学歴、オーガニックやエコロジーに関心があり、自由なボヘミアンスタイルを好む人々)に好まれる地区で、運河の両サイドには、いまのパリの空気を感じられるようなバーやカフェ、雑貨店がひしめき合っています。もっとも、こうしたエリアも昔は下町で、歩いて数分でインド、オリエンタル、アフリカやアラブ人街があるさまざまな文化が交差しています。

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

特にシャトー・ドー(Château d’eau)界隈やフォブール・サン・ドニ通り(rue du faubourg Saint Denis)は活気があり、チーズ専門店、エピスリー(食材店)、炭火焼きサンドイッチの店などの新店が次々と誕生しています。ヨンヒさんのおうちの周辺は、パリきってのブランジュリーの激戦地区。古代小麦やオーガニックにこだわった「マミッシュ(Mamiche)」や「サン・ブランジュリー(Sain Boulangerie)」、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」といった、いまパリで最も注目を集める店が軒を並べています。「私は食に興味があるので、さまざまな国の料理や食材に囲まれている、この界隈での生活にとても刺激を受けています」とヨンヒさんは語ります。週末の朝はフレッシュな食材が勢ぞろいする「マルシェ・ヴィレット」に行くのが日課。このあたりはパリで第二の中華街ともいわれるベルヴィル街で、懐に優しい中華料理店、新鮮なお豆腐屋、北アフリカ名物クスクスの店など、食の宝庫。ベルヴィルは、19世紀末から移民が移り住み、現在、アジア系、北アフリカ系、ユダヤ系の集まる、コスモポリタンなパリを象徴する地区となっています。

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

心地よい暮らしを求めてリノベーション

ヨンヒさんが渡仏した2000年当初は、パリ郊外の住宅街サン=モール=デ=フォセの友人宅に3カ月間お世話になった後、パリ16区の高級住宅街ジャスマンに3カ月、パリの東ヴァンセンヌ城から目と鼻の先のワンルームに2年間ちょっと暮らしていました。その後、家族の介護のために日本とフランスを行き来していましたが、2005年にフランスに戻り、彫刻家の故・藤江孝さんが生前に住んでいた南郊外ヴァンヴのアパルトマンに1年間居住。その翌年、渡仏直後に出会い、ずっと心の支えになってくれた後の夫の持ち家であるアパルトマンに引越し、現在で16年になります。

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

このアパートは1930年代に建てられたアール・デコ様式の建築で、直線的で機能的なデザインに特徴があります。後に夫となるピエール・リシアンさんは、フランス映画界の重鎮でした。ヌーヴェルヴァーグ(1950年代末に始まったフランスの映画運動)の金字塔『勝手にしやがれ』の助監督を経て、映画宣伝として世界で初めてプレスブックをつくった後、アメリカやアジアの新しい才能を世界に発信し続けた筋金入りの映画人。カンヌ映画祭を長きにわたって影で支えた立役者であるリシアンさんの世界各地の旅に同行し、ヨンヒさんも年の3分の1はパリを不在にする日々が始まります。映画に関するさまざまな雑貨やオブジェのコレクターであった夫は、映画のみならず文学、絵画に関する書籍や何万単位のDVDなど所有量が半端ではありません。まるで映画博物館のようで、「人を招待できる場所ではなかった」とヨンヒさんは述懐します。当時、二人は1階下に35平米のワンルームも所有し、友人知人をもてなしていました。フランスでは自宅に招き合って交流を深める習慣があります。ヨンヒさんはとびきりの料理上手。頻繁に招き招かれの生活を送りながら、夫と世界各国の映画人が深い関係を築いていくのに何役も買いました。
ところが2018年の春、夫が急逝します。ヨンヒさんは失意の時を過ごしますが、1年としばらく経ってから決意をします。「これから生きていく上でより快適に、心地よく暮らせる空間を」とリノベーション工事に着手。その上での絶対条件が「夫の思い出を散りばめた空間」にすることでした。

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

ところが、リニューアルは最初から難題に突入。“フランスあるある”で、夏のバカンス前から始める工事には困難がつきまといました。まずは工事の始まる数カ月前からアパートの管理組合の許可を取り、準備を粛々と進めなければいけないことが後になって判明します。バカンス前には工事が殺到するため、職人の確保も困難を極めます。リニューアルの第一歩はガス工事をする必要があるのに、当初来てくれる人たちのキャンセルが相次ぎました。しかもフランスではさまざまな部品がすぐに届かないことも大きな要因。「このままでは(“完成しない建築”とも言われる)サグラダ・ファミリアのようになってしまう!?」という不安がよぎったそうです。

そこで、2019年6月からヨンヒさんは業者の手を借りずに、画家、写真家などのアーティスト仲間と、一つ一つのディテールにこだわり抜きながら、唯一無二の空間づくりを開始することにしました。
現場監督は室内装飾家であり画家でもある鈴木出さん。彼は壁の質感や色に徹底的に気を配り、丁寧な作業を続けてくれました。元はパリでアンティーク店を営んでいたパク・ソンジンさんは、水道、電気、内装などでマルチな才能を発揮。花瓶をランプに変身させたり、古い家具を加工したりすることはお手の物です。いまはベルリンに居を移して写真家として活躍するパクさんは、工事のためにパリとベルリン間を往復する生活を2年以上も続けました。サックス奏者の北学さんは、アール・デコ様式の古くなった黒いボロボロのドアを溶接し、10日かけて丹精込めて修復しました。サッカーの指導者でジュエリー作家でもある向和孝さんは、強靭な体格を活かして壁を壊したりしたほか、ペンキ塗りを担当。そのほかにも随時、友人知人の手を借りて、一つ一つを丁寧につくり上げていきました。

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

試行錯誤のなかで始めた工事ですが、いろいろな気づきもありました。85平米でサロンと2つの寝室がある間取りのアパルトマンは、最初はやたらにドアが多いことや部屋の形がデコボコしていることなどを不思議に思ったそうですが、実は、どの部屋にも窓があってもプライバシーが守られる機能的な設計だったことが分かりました。リビング、お風呂、トイレの壁は左官技法によって、その空間にぴったりとくる質感の壁をつくり上げました。砂の割合などを緻密に計算してつくる左官による仕事は水回りの水分を早く吸収してくれます。現場監督の鈴木さんは画家の本領を発揮して、表面を美しく整えてくれました。

アンティークを日常生活に溶け込ませて、格調高く

内装は白、黒、グレーのモノトーンを基調に、イエロー、青、赤といったカラフルな色を差し色にした、クラシックとモダンが調和した現代的なパリ・シック。「古いものだけだと重たい印象になるので、明るいトーンの差し色や、少しだけラグジュアリーなものを融合してメリハリがあるように心掛けました」

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

パリでは一つの年代に統一するのではなく、「クラシックとモダンの調和」が好まれる傾向にあります。古いものを現代的なものと融合させてこそ「センスのある人」とみなされます。
かねてからのアンティーク好きのヨンヒさんは、外国を旅行すればその国の骨董街を訪ねて、日常的にアンティークを取り入れてきました。彼女の週末の楽しみの一つは「蚤の市散策」。クリニャンクールの蚤の市(マルシェ・オ・ピュス・サントアン)では、がらくたの山からアンティークのステンドグラスを発見。ドアノブや蛇口も蚤の市の“戦利品”です。

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

4回も旅行で訪れたポルトガル北部ポルトへの目的の一つも、本物のアンティークのタイル探し。昨今、ポルトガルですら本物は希少価値が高く、市場に出回っているものの多くはレプリカだそうです。

ヨンヒさんがポルト中心部のアンティーク街でたまたま入った店では、鮮やかな黄色のタイルに熱狂。高めのものでは1枚100ユーロのタイルも珍しくない中、25枚で400ユーロにまけてもらいました。値段交渉の駆け引きもアンティーク品や掘り出し物探しの醍醐味です。
サロン入り口のステンドグラスの横に配置された人形は、パリ7区のアンティークの老舗店で一目惚れ。高額でしたが、「こんなに優しい表情の人形はかつて見たことがない」と3回も通った末に、「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで購入しました。1700年代につくられたこの人形は、フランス語ではサントン、英語圏ではサントスと呼ばれ、クリスマスに飾る装飾で「小さな聖人」を意味します。

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんが一日で最も多くの時間を過ごすサロンには、「タベルナクル」と呼ばれる、祈りのための装飾的な祭壇があります。「大切な人を身近に感じるために、サロンの一番見晴らしのいい場所に置きました」

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

サロンでのくつろぎの時間こそ、最高の贅沢

彼女が一日のうち、一番くつろげるのは、夕方の黄昏時。「風通しのいい窓際でアペリティフをしながら、静かに過ごすのが至福の時間です」。日差しがさんさんと降り注ぐ窓辺には植物や花を配し、都会にいながらも自然を愛でる暮らしを送っています。窓からはサンマルタン運河が一望でき、四季折々の、胸にしみるような美しさを見せます。

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夫が亡くなった後も、彼女の周りには友人が集います。フランスでは女主人が席につかないと食事を始められない、という暗黙のルールがあります。食事とおしゃべりを楽しみながら交流を深めていくのがフランス流。女性がキッチンで料理にかかりっきりは、良しとされない文化があるのです。そこで今回のリノベーションでは、サロンにつながる食堂の奥にオープンキッチンを設置。「料理をしながら和気あいあいとしたおしゃべりが楽しいのです」。フランスの食事はスタートから終了までがとても長いため、長時間座っていても座り心地のいい椅子を探すために苦心したヨンヒさん。古い椅子を8脚そろえるために時間をかけて、決して妥協を許しませんでした。テーブルは長方形だと端に座った人たちがコミュニケーションを取れないので、正方形を選択しました。

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

寝室とゲストルームは白い壁にシンプルでリラックスできる空間を演出。

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

それぞれの部屋には310cm×320cmのタンスを設置し、ここにほとんどの衣類やモノを収納できるようにしました。このタンスは長年の友人である、93歳のアルジェリア人の家具職人によるものです。彼は13歳の時に故郷アルジェリアからフランスに渡って以来、80年もの間、家具一筋で生きてきた熟練の職人。仕事にシビアで、こだわりの強さは半端ではありません。フランスの木を購入し、車で南仏マルセイユ港まで運び、船でアルジェリアに渡り、そこのアトリエで制作し、パリに持ってくる事をなんども繰り返してくれたのです。「今は使い捨ての家具が多いが、家具を接着剤で貼るのではなく、全部組み合わせる方法でつくったから何百年も使えるんだ」と誇らしげに話すのが彼の口癖だったそう。

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんは今のアパルトマンが気に入っているので、引越しは考えていませんが、将来は田舎で生活をするのが夢です。「花や野菜を育てたりしながら、創作活動を続けたいです」とヨンヒさん。

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

友人知人のアーティストや職人たちの、確かな「手」によってつくり上げた、唯一無二のパーソナルな空間。サンマルタン運河を眺めながら、ゆったりと心地よく暮らす、本当の贅沢を垣間見た気がしました。

(文 / 魚住桜子)

空き家だらけの下町に2000世帯も転入! 大阪・蒲生四丁目がオシャレなまちに「がもよんモデル」

「がもよん」の愛称で親しまれる大阪の下町が、2021年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」に選出されました。昭和の風情が今なお息づく庶民的な街がいったいなぜ、ここにきて注目を集めているのでしょう。それはこの街が日本中の市区町村が頭を抱える「空き家問題」「古民家再生」に対し先鋭的な取り組みをしてきたからなのです。

「がもよんモデル」と呼ばれる、その方法とは? 実際に「がもよん」の街を歩き、キーパーソンをはじめ関わった人々にお話を伺いました。

街をむしばむ「空き家問題」に悩まされた「がもよん」

「がもよん」。まるでドジな怪獣のような愛らしい語感ですが、これは大阪府大阪市城東区の蒲生(がもう)四丁目ならびにその周辺の愛称。「がもう・よんちょうめ」略して「がもよん」なのです。

大阪城の北東に位置する「がもよん」には住宅がひしめいています。蒲生四丁目交差点を中心として半径2kmに広がるエリアに約7万もの人が暮らしているのです。かつては大坂冬の陣・夏の陣の激戦地。現在は大阪きっての住宅密集地となっています。

住宅が軒を連ねる蒲生四丁目。通称「がもよん」(写真撮影/吉村智樹)

住宅が軒を連ねる蒲生四丁目。通称「がもよん」(写真撮影/吉村智樹)

大阪メトロ長堀鶴見緑地線と同・今里筋線が乗り入れる「がもよん」は、副都心「京橋」まで地下鉄でわずか3分で着く交通利便性が高い場所。それでいて昭和30年(1955年)ごろに発足した城東商店街や入りくんだ路地など、のんびりした下町の風情がいまなお薫るレトロタウンなのです。

味わい深い小路が縦横に延びる「がもよん」(写真撮影/吉村智樹)

味わい深い小路が縦横に延びる「がもよん」(写真撮影/吉村智樹)

そんな「がもよん」は下町ゆえの問題もはらんでいました。旧街道に沿う蒲生四丁目は第二次世界大戦の空襲を逃れたため戦前に建てられた木造の古民家や長屋、蔵が多く残っていたのです。住民の少子高齢化とともに築古の空き家が増加し、住む人がいない建物は日に日に朽ちてゆきます。街は次第に寂れたムードが漂い始めていました。

2000世帯以上の流入を成し遂げた「がもよんにぎわいプロジェクト」

そんな下町「がもよん」が2021年10月20日、グッドデザイン賞2021「グッドデザイン・ベスト100」に選出されました。

グッドデザイン賞2021「グッドデザイン・ベスト100」に選出された「がもよんにぎわいプロジェクト」(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

グッドデザイン賞2021「グッドデザイン・ベスト100」に選出された「がもよんにぎわいプロジェクト」(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

約5800件から選ばれたのは、一般社団法人「がもよんにぎわいプロジェクト」の事業。「がもよんにぎわいプロジェクト」とは閉業した昭和生まれの商店や老朽化した古民家などの空き家を事業用店舗に再生する取り組みのこと。これが「住民が地域活性化に参加できる“エリア全体のリノベーション”を実現した」と高く評価されたのです。

「“がもよんにぎわいプロジェクト”を始めて13年。今回の受賞が全国で増加する空き家問題を解決する一手となり、活動を支えてくれた地域の人が、街を誇りに感じてもらえたらうれしいですね」

そう語るのは「がもよんにぎわいプロジェクト」代表理事であり、建設・不動産業を営む会社R-Play(アールプレイ)の代表取締役、和田欣也さん(56)。

「がもよんにぎわいプロジェクト」代表理事、和田欣也さん(写真撮影/吉村智樹)

「がもよんにぎわいプロジェクト」代表理事、和田欣也さん(写真撮影/吉村智樹)

和田さんは無人物件の所有者と事業オーナーとのマッチングによって空き家問題を解決し、「貸す人も借りる人も地域も喜ぶ」三方よしの新たなビジネスモデルを打ち立てています。しかも公的な補助金はいっさい受け取らず、民間の力だけで。「経済自立したエリアマネジメント」を成立させたのです。

「この5年間で、がもよんは2030世帯も住民が増えたんです(令和2年 国勢調査)。『にぎわう』という当初の目標は達成できているんじゃないかな」

「がもよんにぎわいプロジェクト(GAMO4)」のラッピングバスが大阪市内を走る。知名度がアップし、さらににぎわいをもたらす(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

「がもよんにぎわいプロジェクト(GAMO4)」のラッピングバスが大阪市内を走る。知名度がアップし、さらににぎわいをもたらす(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

地道な「街歩き」で人々と接してきた効果は絶大

和田さんがこの10余年に「がもよん」内にて手掛けた空き家再生の物件は40軒以上。そのうち店舗は33軒。刮目すべきは、再生した物件のほぼすべてがしっかり収益を上げ、成功していること。家庭の事情で閉業した一例を除き、業績の不振によって撤退したケースはなんと「ゼロ」なのだそう。コロナ禍の渦中ですら一軒も潰れることなく営業していたのだから感心するばかり。

成功の秘訣は、自らの足で街を巡り、路地に立ち、街の空気を感じること。和田さんが「がもよん」を歩くと、皆が声をかけてくる。いわば「街の顔」なのです。

「僕の顔、み~んな知っています。街を歩けば、近所のおばちゃんから『あそこに新しい店ができたなー。こんど連れて行ってーや』と声をかけられる。サービス券を渡したら、『孫も連れて行くから、もう一枚ちょうだい』って」

和田さんは「がもよん」エリア内にある40軒以上の空き家を再生してきた(写真撮影/吉村智樹)

和田さんは「がもよん」エリア内にある40軒以上の空き家を再生してきた(写真撮影/吉村智樹)

「ここは“がもよん”や。梅田とちゃうぞ」と敬遠された

そんな和田さんには他のまちおこしプランナーにはない大きな特徴があります。それは「耐震診断士の資格」を取得していること。過去に「あいち耐震設計コンペ最優秀賞」「兵庫県耐震設計コンペ兵庫県議長賞」を受賞している和田さん。実はこの耐震診断士資格こそが「がもよんにぎわいプロジェクト」の発端といえるのです。

「がもよんにぎわいプロジェクト」が誕生したきっかけは、2008年6月、築120年以上の米蔵をリノベーションしたイタリアンレストラン「リストランテ・ジャルディーノ蒲生」(現:リストランテ イル コンティヌオ)の開業でした。

再生物件の第一号。古い米蔵をイタリアンの店に蘇らせた「リストランテ イル コンティヌオ」(旧:リストランテ・ジャルディーノ蒲生)(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

再生物件の第一号。古い米蔵をイタリアンの店に蘇らせた「リストランテ イル コンティヌオ」(旧:リストランテ・ジャルディーノ蒲生)(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

老朽化したまま放置された米蔵の扱いに悩んでいた現スギタハウジング株式会社の代表取締役、杦田(すぎた)勘一郎さん。「古い米蔵が醸し出す温かな雰囲気を残したい」と、当初は「そば屋」をイメージしてテナントを募集しました。しかしながら、反応がありません。「先代から引き継いだ古い建物を守りつつ、次の世代へ良い形で残したい」と願うものの、和食という固定観念にとらわれていた様子。

そこで杦田さんは、耐震のエキスパートである和田さんに参加を呼びかけ、古民家再生プロジェクトがスタートしました。そして和田さんは「蔵だから和食、では当たり前すぎる」と、「柱や梁を残し、蔵の装いをそのまま活かしたイタリアンレストラン」への転用を提言したのです。

「フルコースでイタリアン。一番安いコースを3000円くらいで食べられる。そういうタイプの予約制の店は、がもよんにはなかった。ないからこそ、やりたかったんです」

しかし、蔵の所有者は「そんなワケのわからんものにするくらいなら更地にせえ」と猛反対。周囲からも「がもよんでイタリアンなんか流行るわけがない」と奇異な目で見られ、理解が得られませんでした。

「めちゃくちゃ敬遠されました。13年前はまだ外食の際に予約を取る習慣ががもよんにはなかったんです。ジャージにつっかけ履きのままで、ふらりとメシ屋の暖簾をくぐるのが当たり前やったから。『予約がないと入れない? はぁ? なにスカシとんねん。ここをどこやと思っとんのじゃ。がもよんやぞ。梅田ちゃうで』と、訪れた客から捨て台詞まで吐かれる。梅田に比べて破格に安い値段設定にしたのですが、それでも受け入れてもらえませんでした」

「高級レストランへの再生をなかなか理解してもらえず、ナンギした」と当時を振り返る和田さん(写真撮影/吉村智樹)

「高級レストランへの再生をなかなか理解してもらえず、ナンギした」と当時を振り返る和田さん(写真撮影/吉村智樹)

和田さんは「失敗したらギャラはいらん」と覚悟の姿勢を見せて所有者を説得。建築のみならず腕利きの料理人のスカウトまで担ったのです。

古い物件ゆえに耐震や断熱の工事に時間がかかります。蔵は天井が低く、地面を掘り下げる必要が生じるなど工事は困難を極めました。周囲は「失敗を確信していた」といいます。

ところが結果は……オープンと同時にテレビをはじめマスコミが「下町に不似合いなイタリアンの店が誕生」と報じ、噂を聞きつけて他都市からわざわざ訪れる客やカップル、家族連れなどで予約が取れぬほどの盛況に。街のランドマークとなり、がもよんの外食需要が掘り起こされたのでした。

このイタリアンの件を機にタッグを組んだ和田さんと杦田さん。杦田さんは「自分は空き家を数多く所持している。一軒の店の再生という“点”で終わらず、地域という“面”で活性化に取り組まないか」と提案し、これが「がもよんにぎわいプロジェクト」へと発展していったのです。

目の当たりにした阪神淡路大震災の悲劇

和田さんが古民家を再生するにあたり、もっとも重要視するのが「耐震」。

「耐震にはうるさいので、疎ましがられます。『和田さんはさー、耐震野郎なんだよ』とよくからかわれました。喜ばしいことですよ。それくらい耐震を考えて街づくりをしている人が少ないということです」

和田さんが耐震に重きを置く背景には1995年に発生した阪神・淡路大震災がありました。

「震災でお亡くなりになった約7000人のうち、圧死したのはおよそ3000人。多くの人が自分の家につぶされて亡くなっている。最も安心できるはずのわが家に殺されるって、なんて悲しいんだろうと」

和田さんは震災の後、ブルーシートや水を車に積んで被災地へボランティアへ出かけました。そこで見た光景は「忘れることができない」悲壮なものだったのです。

「雪がちらつく寒い夜、公園に被災した人が集まっている。けれども誰も眠っていないんです。『襲われるんじゃないか』と不安になって眠ることができない。みんな殺気立っていました」

生き残った人たちまで疑心暗鬼に駆られる悲劇を二度と繰り返したくない。そのため耐震の重要性を説くものの、当初はなかなか理解してもらえませんでした。

「古民家改修の耐震設計は一から行うより大変なんです。どうしてもお金と時間がかかる。そのわりに目に見えた効果がない。お店に入って『耐震がしっかりしているか』なんて、わからないじゃないですか。そもそも地震が来るかどうかすらわからない。耐震を軽んじれば時間も予算も削減できる。なので、所有者の説得には何度も心が折れそうになりましたよ」

阪神・淡路大震災の経験から、耐震工事の重要性を痛感した和田さん(写真撮影/吉村智樹)

阪神・淡路大震災の経験から、耐震工事の重要性を痛感した和田さん(写真撮影/吉村智樹)

「ちょっと背伸びして」味わえるフードタウンへ

イタリアンの店「ジャルディーノ蒲生」のヒットをきっかけに旗揚げされた「がもよんにぎわいプロジェクト」。このプロジェクトはいったい、なにをテーマとするのか。これが和田さんに課せられた最初の命題でした。

同じころ、大阪の各所では「古い街を活性化させようとする動き」が起こっていました。先駆事例を挙げるなら、北区の中崎町は「雑貨」、天王寺区の空堀(からほり)町は「アート」といったように。

そこで和田さんが選んだプロジェクトのテーマは「ごはん」。

「雑貨はお客さんが『店に入っても何も買わない』選択ができてしまう。アートは『自分には縁がない』と考える人がいる。けれども誰しも必ず食事はする。月に一度は外食をするでしょう。なので、人口密度が高くファミリーが多いがもよんを『フードタウンにしようやないか』と」

食べ物でのまちおこし。下町なら「B級グルメ」が定番。しかし和田さんは、あえてB級を選びませんでした。

「がもよんでB級グルメって、そのまんまでしょう。ギャップがない。目指したのは“地元の高級店”。お祝いごととか、正月に娘や息子が帰ってくるとか。そういうときに『ちょっと、ごはんを食べに行こうや』となりますよね。でもファミレスでは『ざんない』(しのびない)。とはいえオータニはさすがに高い。そのあいだくらいの、“ちょい背伸びする料金”でおいしいものが食べられる街にしましょうよ、と提案しました」

こうして古民家の趣を大切に残しつつ、一店舗一店舗オリジナリティに溢れる飲食店の誘致が始まったのです。

「古民家再生」の気概に触れ、腕のいい料理人が集結

「和田さんと杦田さんから、『がもよんには本格的な和食割烹がない。店をやっていただけませんか』とお誘いをいただいて」

そう語るのは、オープン5年目を迎えるカウンター割烹『かもん』店主、多羅尾光時さん。

カウンター割烹『かもん』店主、多羅尾光時さん(写真撮影/吉村智樹)

カウンター割烹『かもん』店主、多羅尾光時さん(写真撮影/吉村智樹)

和田さんたちからの出店の依頼を引き受けた最も大きな理由は「古民家の再生プロジェクト」という点が琴線に触れたから、なのだそう。

「空き家って、どの街でも大きな問題になっているじゃないですか。私も微力ながら問題解消のために協力できるのでは、と思いまして」

紹介された空き家は「93年前までの資料しか残っていない」という、築100年越えの可能性がある四軒長屋の一棟。もともとは大きな邸宅で、一軒を四軒に分離させた異色の建築です。恐るべきことに、工事前はなんと「耐震措置ゼロ」というつくりでした。

もともとは築100年を超えるとみられる古民家だった(写真撮影/吉村智樹)

もともとは築100年を超えるとみられる古民家だった(写真撮影/吉村智樹)

「和田さんにしっかり耐震工事をやっていただきました。それでいて、できるかぎり元の建物の情緒を残してもらって。なので、とても気に入っています。欄間は当時の家のまま。ガラスも今ではつくる職人さんがいない、割れたら終わりという貴重なものなんです」

風情ある欄間は当時の家のまま。カウンター中央にはしっかりとした太い柱が設えられ、耐震対策は万全(写真撮影/吉村智樹)

風情ある欄間は当時の家のまま。カウンター中央にはしっかりとした太い柱が設えられ、耐震対策は万全(写真撮影/吉村智樹)

「割れると再現できない」という貴重なガラス戸(写真撮影/吉村智樹)

「割れると再現できない」という貴重なガラス戸(写真撮影/吉村智樹)

再生した古民家に「満足している」という多羅尾さん。さらに気に入ったのは「がもよんにぎわいプロジェクト」に加盟している店同士の「仲の良さ」でした。

「ミナミや北新地って各店がライバル関係なんです。けれども、がもよんは店舗さん同士の仲が良くて。一緒に飲みに行ったり、ご飯を食べに行ったり。皆さんで協力し合ってまちおこしをしている。『自分もその輪に入って力になれたら』という気持ちが湧いてきましたね」

古民家に惹かれUターンする人も

かつての「がもよん」の住人が、古民家再生の取り組みに惹かれ、再びこの街へ転入してきた例もあります。

そのうちの一軒が2021年6月にオープンしたイタリアンカフェ『amaretto(アマレット)』。エスプレッソのみならず抹茶やほうじ茶のティラミスなど絶品のイタリアンスイーツが楽しめるお店です。

ほろ苦い「ほうじ茶のティラミス」が人気(写真撮影/吉村智樹)

ほろ苦い「ほうじ茶のティラミス」が人気(写真撮影/吉村智樹)

店主の脇裕一朗さんは他都市でさまざまな飲食関係の業務を経験したのち独立。故郷であるがもよんへ帰ってきました。そうして初めての個人店を開いたのです。

イタリアンカフェ「amaretto(アマレット)」のオーナーシェフ、脇裕一朗さん。古民家再生の取り組みに関心を寄せ、がもよんへUターンした(写真撮影/吉村智樹)

イタリアンカフェ「amaretto(アマレット)」のオーナーシェフ、脇裕一朗さん。古民家再生の取り組みに関心を寄せ、がもよんへUターンした(写真撮影/吉村智樹)

「イタリアの田舎町にある雰囲気の店にしたかったので、古民家を探していたんです。そんなときに以前に住んでいたがもよんが古民家再生でまちおこしをしていると知り、『それはちょうどいいな』と思って和田さんにお願いしました」

吹抜けに建て替えた古民家は、天井はそのまま。梁も玄関戸があった位置も往時の姿を今に残しています。

たっぷりとした広さがあるアプローチも古民家時代のまま。「このスペースが気に入ったんです」と脇さんは語る(写真撮影/吉村智樹)

たっぷりとした広さがあるアプローチも古民家時代のまま。「このスペースが気に入ったんです」と脇さんは語る(写真撮影/吉村智樹)

さらに脇さんが気に入ったのは、街を包む活気でした。

「がもよんは、いい意味で雰囲気は昔っからの下町のまんま。けれども人口が増え、『新しいお店がいっぱいできているな』という印象です」

プロジェクトが生みだす店同士の連帯感

「がもよんにぎわいプロジェクト」は店舗物件の保守管理にとどまらず、マネジメントの一環として、店舗同士が集うコミュニティも運営しているのが特徴。割烹『かもん』の多羅尾さんがプロジェクトに関心を抱いたのも、この点にありました。

コミュニティの本拠地は元・空き家だったスペース「久楽庵(くらくあん)」。ここで毎週木曜日に店主ミーティングが開かれているのです。

元・空き家だったスペース「久楽庵(くらくあん)」。定期的に店主が集まりミーティングが開かれる(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

元・空き家だったスペース「久楽庵(くらくあん)」。定期的に店主が集まりミーティングが開かれる(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

「がもよんにぎわいプロジェクトは加盟金などない非営利団体。鬼ごっこと同じです。『入りたい』と思ったら入っていい。『もういやや』って感じたら抜けていい。ミーティングも任意参加。そんな気楽な関係やけど、参加してくださる方はとても多いんですよ」(和田さん)

ミーティングではハード面での相談はもちろん、経営ノウハウの共有、情報交換や共同イベント企画など、店主さんたちが腹を割って話し合います。そうすることで店同士が経営動向を把握し、悩みを解消し合い、連帯感を生む。支え合い、ひいては、がもよん一帯の魅力を押し上げているのです。

「お店の周年記念には、花を贈り合う。そんな温かな習慣が生まれています。お店同士の仲がいいと、お客さんにもそれが伝わる。常連客が『あっちの店にも行ってみるわ』と他店へも顔を出すようになり、経済が回るんです」

店主同士、仲がいい。この良好な関係を築くため、和田さんには決めている原則があります。それは「同じ業態の店舗はエリア内で一つだけ」というルール。

「例えばラーメン屋さんやったら一軒だけ。同業者がお客さんを奪い合って共倒れになったらプロジェクトが持続できない。それに大家さんも、店子と店子がライバルになったら悲しいでしょう」

「競争ではなく共闘できる環境づくり」。それが和田さんのモットーなのです。

「空き家の活用は普通、物件の契約が済んだら関係は終わる。でも、がもよんにぎわいプロジェクトは“契約からがスタート”なんです。『がもよんに店を開いて良かった』と思ってほしいですから。そのために、やれるサポートはやっていくつもりです」

「まちおこしは“店同士の仲の良さ”が大事」と和田さんは語る(写真撮影/吉村智樹)

「まちおこしは“店同士の仲の良さ”が大事」と和田さんは語る(写真撮影/吉村智樹)

こうして和田さんたちの取り組みは「売り上げ」という目に見える形で効果を表し、いつしか「がもよんモデル」と呼ばれ、評価され始めました。

赤と黒が織りなす戦乱のゲストハウス

成功のノウハウを蓄積し、発起から10年を過ぎて地域密着型まちづくりモデルとして成熟してきた「がもよんにぎわいプロジェクト」。その手法は次第に飲食店というワクを超え、他分野へ応用されるようになってきました。

例えば2018年に「戦国の世」をイメージしてオープンしたゲストハウス「宿本陣 幸村/蒲生」。

がもよんが戦国武将「真田幸村」ゆかりの地であることから、幸村のイメージカラーである赤と黒を基調として内装。寝室には人気アニメ『ワンピース』とのコラボでも話題の墨絵師・御歌頭氏が描く大坂・冬の陣が壁全面に広がっており、大迫力。

ゲストハウス「宿本陣 幸村/蒲生」。かつて「大坂・冬・夏の陣」の合戦場だったがもよん。真田幸村の激闘を描いた真っ赤な寝室が話題に(写真撮影/吉村智樹)

ゲストハウス「宿本陣 幸村/蒲生」。かつて「大坂・冬・夏の陣」の合戦場だったがもよん。真田幸村の激闘を描いた真っ赤な寝室が話題に(写真撮影/吉村智樹)

「『民泊ブームの逆路線を行こう』。そんな発想から生まれた宿です」

そう語るのは、和田さんの右腕として働くアールプレイ株式会社の宅建士、田中創大(そうた)さん。

和田さんの右腕として働く宅建士、田中創大さん(写真撮影/吉村智樹)

和田さんの右腕として働く宅建士、田中創大さん(写真撮影/吉村智樹)

確かに、野点を再現した居間、黒で囲まれた和の浴室など、民泊ではありえない非日常感があります。

「もともとは大きな住宅でした。『せっかく広々とした場所があるのだから、旧来のホテルや旅館とは違う、がもよんに来ないと体験できないエンタテインメントを感じてもらおう』。そのような気持ちから、見てのとおりの設えになりました」

ブッ飛んだ発想は海を越えて口コミで広がり、コロナ禍以前は英語圏や中華圏から宿泊予約が殺到したのだそう。

改修不能な空き家が「農園」に生まれ変わった

古民家の再生によりまちおこしを図る「がもよんにぎわいプロジェクト」。とはいえ古民家のなかには改修不能な状態に陥った物件もあります。そこで和田さんたちが始めたのが貸農園「がもよんファーム」。

住宅地に突如現れる貸農園「がもよんファーム」(写真撮影/吉村智樹)

住宅地に突如現れる貸農園「がもよんファーム」(写真撮影/吉村智樹)

2018年、平成最後の年に大阪に甚大な被害をもたらした「平成30年台風第21号」。風雨にさいなまれた空き家4棟は屋根瓦が崩れ落ちるなど倒壊の危険性をはらんでいました。

「がもよんファーム」は、そんな空き家が連なっていた住宅密集地にあります。「え! ここに農園が?」と驚くこと必至な、意外な立地です。

案内してくれた田中さんは、こう言います。

「台風の被害に遭った空き家を修復しようにも、当時は大阪全体の業者さんが多忙で、工事のスケジュールが押さえられない状況でした。『このまま放置はできない』と、仕方なく解体し、更地にしたんです」

台風により大きな被害を受けた古民家の跡地に貸農園を開いた(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

台風により大きな被害を受けた古民家の跡地に貸農園を開いた(画像提供/がもよんにぎわいプロジェクト)

台風の被害が大きかった建物を解体撤去して拓いた貸農園「がもよんファーム」。令和元年(2019)5月、新元号の発表とともに開園。全29区画。1区画が5平米(約2.5平方m)。1 区画/月に4000円という手ごろな賃料。

開園に先立ち、設置したのが農機具を預けられるロッカー。

「住宅街なので鍬(くわ)を持参するのはハードルが高い。『手ぶらで来られる農園』をアピールしました」

農器具を預けられるロッカー。手ぶらで往き来できる(写真撮影/吉村智樹)

農器具を預けられるロッカー。手ぶらで往き来できる(写真撮影/吉村智樹)

それにしても、いったいなぜ「農園」だったのでしょう。

「街の空き地はコインパーキングにするのが一般的です。けれども、夜中にエンジンの音が聴こえたり、狭路なので事故につながったり。『駐車場では、近隣の人々に喜んでもらえないだろう』と。それで地域のかたが利用できる農園を開きました。これまで農園という発想がなかったです。なんせ畑がぜんぜんない地域だったので。初めての経験で、手探りでしたね」

反応が予想できず、恐る恐る始めた「がもよんファーム」。ところが開園後1カ月で全区画が埋まる人気に。しかも8割以上のユーザーが開園当時から現在まで利用を継続しているというから驚き。いかに貸農園のニーズが潜在していて「待望の空間」だったかがうかがい知れます。

前例がないため不安だった貸農園の開園。しかし、またたく間に予約で全区画が埋まった(写真撮影/吉村智樹)

前例がないため不安だった貸農園の開園。しかし、またたく間に予約で全区画が埋まった(写真撮影/吉村智樹)

さらに幸運だったのが、がもよん在住歴13年という元・農業高校の教師、加藤秀樹さんが退職直後に区画の借主になってくれたこと。加藤さんが他の利用者に栽培のアドバイスをするなどし、おかげで世代間交流が盛んに。農園から新たなコミュニティが生まれたのです。

「がもよんファーム」の救世主と呼んでも大げさではない元・農業高校の教師、加藤秀樹さん(写真撮影/吉村智樹)

「がもよんファーム」の救世主と呼んでも大げさではない元・農業高校の教師、加藤秀樹さん(写真撮影/吉村智樹)

「週に3回、夏は週に4回は『がもよんファーム』へ来ます。自宅から歩いて13~14分なので近いですし。『がもよんファーム』の存在はホームページで知りました。この辺で『がもよんバル』(※)というのをやっていて、『今年もあるのかな』と思ってホームページを見てみたら、たまたま農園が開かれるニュースを見つけたので」(加藤さん)

※がもよんバル……和田さんたちが開催する飲食イベント。店と地域の人をつなぐ取り組み

「加藤さんは一般の人ではわかりにくい病気を発見してくれて、『気をつけたほうがいいですよ』とアドバイスをしてくださるので助かります」(田中さん)

加藤さんの助言によりキュウリがたくさん実り「ご近所に配って喜ばれたのよ」とほほ笑むご婦人も。

さらに『がもよんファーム』は新たなニーズを開拓しました。

「趣味で園芸を楽しんでいる利用者だけではなく、アロマのお店がハーブを育てていたり、クラフトビールの工房がホップを育てていたりします」(田中さん)

ゆくゆくは、がもよん生まれの地ビールがこの街の名物になるかもしれません。住宅密集地に誕生した貸農園が商業利用の需要を発掘したのです。これもまた、街全体を活気づけるエリアリノベーションであり、「古民家再生」の姿といえるでしょう。

「がもよんモデル」を世界へ

こうして文字通り「にぎわい」を創出し、「グッドデザイン・ベスト100」に選出された「がもよん」。和田さんが考える今後は?

「喫茶店でお茶を飲んでいたらね、後ろの席で女性が『昔はな、がもよんに住んでるって言うのが恥ずかしかった。なので、京橋に住んでるねんって言ってた。でも今は『がもよんに住んでるって自慢してるねん』と話していたんです。思わず『よしっ!』って小さくガッツポーズしましたよ。自分が住む街を誇りに思えるって、素敵じゃないですか。こんな気持ちを日本中、世界中の人に感じてほしい。がもよんモデルには、それができる力があると思うんです。なので、ほかの街でも展開していきたいですね」

「がもよんモデルを全国、全世界へと広げてゆきたい」。和田さんの夢は大きい(写真撮影/吉村智樹)

「がもよんモデルを全国、全世界へと広げてゆきたい」。和田さんの夢は大きい(写真撮影/吉村智樹)

空き家問題への対策から誕生した新たなビジネスモデル「がもよんモデル」。地域のお荷物だった空き家が収益を生み、「わが街の自慢」にイメージチェンジする。和田さんはその方法論を全国に広げたいと考えています。

これからますます深刻になってゆく空き家問題。しかしながら、空っぽだからこそ、新しい価値観を芽生えさせるチャンスでもある。がもよんが、それを教えてくれた気がします。

●取材協力
がもよんにぎわいプロジェクト

コロナ禍でもリフォームは堅調。新生活の様式への対応も

コロナ禍によって生活スタイルは大きく変わったが、住宅やリフォームもその影響を受けている。住宅リフォーム推進協議会では、住宅リフォームの実態を把握するために、リフォーム事業者・一般のリフォーム消費者(実施者・検討者)向けにそれぞれ調査を行った。さて、コロナ禍においてリフォームの実態にどんな変化があったのだろうか?

【今週の住活トピック】
2020年度「住宅リフォームに関する消費者・事業者実態調査」を公表/(一社)住宅リフォーム推進協議会

コロナ禍で変化した消費者のリフォームニーズ

まず、リフォーム事業者の調査結果を見ていこう。

回答した事業者の内訳を見ると、工務店が54.2%、リフォーム専業事業者が23.4%、ハウスメーカーが4.4%、デベロッパーが1.1%などとなっている。設計事務所などは回答事業者には含まれない。また、居住用物件のリフォーム工事の年間施工件数は、「10~100件未満」が41.6%、「100~500件未満」が30.1%となっている。

事業者に、消費者への情報提供件数について、2019年度と2020年度を比較してもらったところ、48.0%と半数近くが「変わらない」と回答した。一方で、「減少した」が35.9%、「増加した」が16.1%となり、なんらかのコロナ禍の影響があったことがうかがえる。

また、「増加した」と回答した事業者に、消費者ニーズの変化について聞いたところ、「テレワークのスペースの確保」、「換気設備の更新」、「非接触型器機への変更」、「温熱環境の改善」が多く挙がった。

事業者:コロナ禍による消費者ニーズの変化(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム事業者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

事業者:コロナ禍による消費者ニーズの変化(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム事業者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

「テレワークスペースの確保」は、テレワークの普及によるもので、「換気設備の更新」、「非接触型器機への変更」は、新型コロナ感染予防によるもの、「温熱環境の改善」は、在宅時間が長くなるなかで冷暖房効率のための断熱改修ニーズの高まりということだろう。

「築10年以上15年未満」では初回のリフォームが76.5%

次に、「リフォーム実施者調査」を見ていこう。調査対象は、過去3年以内にマイホーム(築10年以上)のリフォームを実施した25歳以上の人だ。

直近に実施したリフォームが何回目なのかを聞いたところ、「初回」という人が過半数の53.1%、次いで「2回目」の24.7%となった。それを物件の築年数別に見ると、「築10年以上15年未満」では「初回」が76.5%と最も多い。以降、築年数の長期化に伴い、リフォームの回数が増える傾向がある。

筆者が注目したのは、物件の取得とセットでリフォームしたか、もともと保有していた物件をリフォームしたかだ。物件の取得と合わせてリフォームした人では「初回」の割合は67.7%とかなり高いが、保有していた物件をリフォームした人では「初回」の割合は48.1%になる。調査対象となる築10年以上の物件を取得した人では居住する前にリフォームする意向が強く、居住中の人では物件の築年数が長くなって老朽化を感じたり不具合が生じたとき、その都度リフォームするという姿が見て取れる。

実施者:リフォーム実施回数(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

実施者:リフォーム実施回数(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

また、リフォーム実施者の検討時の平均予算額は261.0万円、実際のリフォーム平均費用額は341.3万円だった。予算を上回った人が挙げた理由は、「予定よりリフォーム箇所が増えた」(52.5%)、「設備を当初よりグレードアップしたから」(43.4%)が上位になった。

リフォームの「優遇制度」を自分から相談した活用者も多い

今回の調査では、リフォームに関する「税制優遇制度」についても事業者、実施者、検討者に聞いている。検討者の調査対象は、築年数10年以上の物件に住んでいて、今後3年以内にリフォームを実施する予定の人だ。

まず、7つの税制優遇制度についての認知度を見ると、リフォーム検討者では「耐震リフォーム減税」の61.0%が最も高く、次いで「バリアフリーリフォーム減税」の60.7%となり、最も認知度が低いのが「同居対応リフォーム減税」の44.0%で、意外に全体に認知度は高い。比較的新しい優遇制度である、同居対応リフォームや長期優良化リフォームの減税に対する認知度が低いようだ。

これに対して、リフォーム実施者の認知度は、最も高いのが「住宅ローン減税(増改築)」の36.7%、次いで「バリアフリーリフォーム減税」と「省エネリフォーム減税」の32.4%だった。検討者より実施者の方が認知度が低い理由は、実施者の認知度は「もともと知っていた、または自分で調べて知った」、「業者に勧められてはじめて知った」の合計であるのに対し、検討者は「内容を理解しており活用したいと考えている」、「内容を概ね理解している」、「制度は聞いたことはあるが内容は理解していない」の合計であることから、検討者ではまだ理解途中の人を含んでいることが要因になっているのかもしれない。また、リフォームを検討すると情報収集から始めるのに対し、実際にリフォームの必要に迫られている人には、優遇制度を調べる余裕はないといったこともあるのかもしれない。

さて気になるのは、事業者の優遇制度の認知度だ。認知度が最も高いのは「省エネリフォーム減税」の91.4%で、最も低いのが「同居対応リフォーム減税」の75.9%だった。事業者だけに認知度は高いものの、いずれも「制度を知らない」という事業者が少なからずいるうえ、「制度は知っているが概要を把握していない」と回答した事業者も多い。

事業者:税制優遇制度の認知・理解度(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

事業者:税制優遇制度の認知・理解度(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

では、リフォーム実施者の税制優遇制度の活用率はどうだったのだろう?
優遇制度を認知している人では、「同居対応リフォーム減税」(51.4%)、「長期優良化リフォーム減税(固定資産税)」(49.4%)、「耐震リフォーム減税(固定資産税)」(48.2%)の活用率が高い。

調査では、「自分から業者へ相談して活用した」か「業者に勧められて活用した」かも聞いている。「耐震リフォーム減税(所得税)」、「住宅ローン減税(増改築)」を除いて、「業者に勧められて活用した」ほうが多いが、いずれの制度も実施者側から活用したいと相談した場合も多いことが分かる。

実施者:税制優遇制度の活用度(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

実施者:税制優遇制度の活用度(出典/(一社)住宅リフォーム推進協議会(一社)住宅リフォーム推進協議会「リフォーム実施者調査」の結果をもとにSUUMO編集部作成)

したがって、優遇制度を活用したい場合は、事業者任せにはせずに、自分でもよく調べて活用できるかどうか事業者に相談することも大切だということだ。

リフォームをする場合は、工事の費用や施工の品質が気になるところ。きちんとリフォームして、費用は安く、おまけに優遇制度についても詳しい事業者を選びたいと思うだろうが、すべてが同時には成立しにくいという側面もある。費用が安い理由が施工の品質が低いことにあったり、大きな事業者で丁寧な対応ができ、優遇制度などにも精通するスタッフがいる場合には、工事費用は高くなったりするからだ。

リフォーム事業者に一番求めるのは何かを考え、自身でも情報収集や確認などを怠らないことをお勧めしたい。

●関連サイト
2020年度「住宅リフォームに関する消費者・事業者実態調査」を公表/(一社)住宅リフォーム推進協議会

パリの暮らしとインテリア[11] 内装建築家が郊外の集合住宅をエコリノベーション

内装建築家のカミーユ・トレルさんは、エコ建築が専門です。1年半前に購入したフランスのパリ郊外にある住まいを訪ねると、得意のエコ建築でフルリノベーションを行っている真っ最中でした。ここにパートナーと17歳の長女、6歳の長男と、家族4人で暮らしています。そしてもうすぐ5人に! なぜ郊外なのか、そしてなぜエコ建築なのか? 魅力を探りました。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

緑の多い環境と広々とした住まいを求めて、郊外へ

遠くヴェルサイユの森からビエーヴル川が流れ、そのほとりに木々が連なる静かな街、ヴェリエール・ル・ブイソン。ここはかつてフランス国王の狩猟のための森でした。緑豊かな環境は今も守られ、保存の行き届いた石畳の市内は、古いフランス映画のような可愛らしさがあります。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

内装建築家のカミーユさんは1年半前、この街の中心部にある集合住宅の2階を購入し、引越してきました。子どもたちが通うシュタイナーの学校があること、そしてパートナーの前妻が住む街なので家族みんなが近くに暮らせることが、決断の理由でした。もちろん、緑の多い環境であることも。

築年数約200年の集合住宅2階とその上の屋根裏部分が、カミーユさんの住まい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

築年数約200年の集合住宅2階とその上の屋根裏部分が、カミーユさんの住まい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが通うシュタイナー学校(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが通うシュタイナー学校(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「子どものころは、セーヌ川で船上生活をしていました。父が選んだ船暮らしでしたが、自然を身近に感じられる毎日が私は本当に好きで。当時の経験が今も大きく私に影響を与えていると感じます」と、カミーユさん。
実は、この住まいに引越す前も、パリ郊外に暮らしていたといいます。そのくらい緑豊かな環境は、カミーユさんにとって不可欠なのです。
「パリへのアクセスが便利な郊外は、美術館や文化施設など都市の豊かさを享受できます。それでいてパリ暮らしよりもずっと静かで、ずっと広い住まいに暮らせるのですから、コロナ禍の外出制限を機にパリ市民が大勢引越してきたというのも頷けます」

グラン・パリ構想が着々と実現される郊外エリア。住み心地は?

2016年 、パリ市とその周辺の131の市町村を1つの大都市とする「メトロポーム・デュ・グラン・パリ」が発足しました。現在、周辺地域を結ぶメトロ「グラン・パリ・エクスプレス」の建設工事が進んでいます。カミーユさんが暮らすヴェリエール・ル・ブイソンにも、メトロ18線(注:現在パリには14の路線が存在する)の駅が建設される予定です。今の所、パリへ出るには車か列車で約30分の道中になりますが、メトロ18線が登場すれば移動はぐっと楽になるでしょう。この街に引越してくるパリジャン・パリジェンヌも、よりいっそう増えそうです。

グラン・パリ開発が進む街の一つ、クレムラン・ビセトルに建設予定の集合住宅。MEFエドワー・フランソワ建築事務所が手掛ける(MEF - Kremlin bicetre)

グラン・パリ開発が進む街の一つ、クレムラン・ビセトルに建設予定の集合住宅。MEFエドワー・フランソワ建築事務所が手掛ける(MEF – Kremlin bicetre)

「グラン・パリに関しては、個人的に良い面と悪い面があると考えています。良い面は、郊外が近くなることで、より多くの人々が緑豊かな環境の広い住まいに暮らせるようになることです。コロナ禍を体験し、多くの人が暮らしの質を考え直した今、これは本当に歓迎すべきことだと思います。悪い面は、石造りの建物が取り壊されてビルに変わってしまうこと。まだあと100年は使える住居を壊すなど誰も望んでいませんし、私も同じ考えですから」
カミーユさんの心は複雑ですが、オルリー空港からも近いヴェリエール・ル・ブイソンが、今後注目の高まる街であることは間違いありません。

エコ建築は、今を生きる自分たちのため。そして将来の環境のため。

集合住宅の2階を購入し、その後屋根裏も買い足して、築年数約200年の物件を得意のエコ建築でリノベーションしているカミーユさん。カミーユさんにとってエコ建築は、環境を考慮した持続可能なアプローチで住まいやオフィスをリノベートすること。例えば、フランスのエコ認証の付いたペンキを選ぶことはもちろんですし、その認証が信頼できるものであるかどうかを調べることにも手を抜きません。また、エコ認証のないものでも、例えば無垢材の木の中古家具を採用することは、環境インパクトを最小限に抑えるという意味で持続可能なアプローチであり、エコであると捉えています。

玄関を入ったフロアに広々としたリビングとキッチンがあり、さらにシャワー、トイレ、長女の部屋があります。上階の屋根裏に行くと、長男の部屋と夫妻の寝室。夫妻の寝室には、バスタブとシャワーもつけました。

住まいはトータルで104平米(写真撮影/Manabu Matsunaga)

住まいはトータルで104平米(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前は映画業界で働いていたカミーユさんらしく、ポスターや電飾を使って暮らしを楽しく演出している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前は映画業界で働いていたカミーユさんらしく、ポスターや電飾を使って暮らしを楽しく演出している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2匹いる犬たちも広い暮らしをのびのび満喫中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2匹いる犬たちも広い暮らしをのびのび満喫中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コンパクトなキッチンも、オープンにして広々と(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コンパクトなキッチンも、オープンにして広々と(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クライアントの仕事を優先しているため、自分の住まいは後回しになり、仕上がりのスピードはゆっくりです。今もまだペンキを塗っていないファイバーボードの壁が、剥き出しになっていたりします。しかも、エコ素材のペンキは、通常のものよりも乾くのに時間がかかるので、工事を急ぐ現代人には敬遠されがちなのだそう。金額が高いことも障害になります。それでもエコ建築を選ぶのは、なぜでしょうか?

天井の断熱材には綿・麻・ジュートでできたナチュラルファイバーを使用。暖房のエネルギーを節約するために断熱は入念に。その厚みのため天井の梁が隠れてしまったが、味わいがあるので可能な限り残すようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の断熱材には綿・麻・ジュートでできたナチュラルファイバーを使用。暖房のエネルギーを節約するために断熱は入念に。その厚みのため天井の梁が隠れてしまったが、味わいがあるので可能な限り残すようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

屋根裏の仕切りにはフランスのエコ基準をクリアしたファイバーボードと石膏ボードを使用。軽量素材なので上層階のリノベートに適している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

屋根裏の仕切りにはフランスのエコ基準をクリアしたファイバーボードと石膏ボードを使用。軽量素材なので上層階のリノベートに適している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「建築素材のなかには、そこに含まれる有害物質が人間の身体に悪影響を及ぼすことは、今や誰でも知っています。そして自分の住空間が汚染されていると思いながら暮らすのは、気分のいいものではありません。この仕事を始める前、私は映画のセットをつくる仕事をしていました。それが妊娠をきっかけにヘルシーな住空間について考えるようになり、産休を利用して住まいをD I Yでエコリノベして……自然と、今の仕事につながりました」
つまり、エコ建築を選ぶ理由の核には、家族の健康への思いがある、ということ。
「私のクライアントも、生まれてくる赤ちゃんの健康のためにエコ建築を選ぶ人がほとんどです。仕事では個人宅以外にも、オフィスやレストランも手がけますが、『以前よりずっと快適に感じる』とか『アレルギーが治まった』など、住空間であれ仕事空間であれ、反響はとてもポジティブですよ」と、カミーユさん。
加えて、人の身体に優しいエコ建築は、持続可能でもあります。未来を生きる子どもたちの世代のために、せめて負の遺産を残さない努力はしたいという想いも、カミーユさんは強くお持ちでした。

床、階段、本棚などなど、いたるところに木の無垢材を多用(写真撮影/Manabu Matsunaga)

床、階段、本棚などなど、いたるところに木の無垢材を多用(写真撮影/Manabu Matsunaga)

味わいのある天井の梁はあえて剥き出しにして、エコ基準をクリアしたペンキで白く塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

味わいのある天井の梁はあえて剥き出しにして、エコ基準をクリアしたペンキで白く塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中古品のリサイクルは、2つのエコとおしゃれな暮らしの味方

開放感があって、温もりも感じられて。カミーユさんの住まいの心地よさは、エコ建築以外からももたらされている気がする……そう思いながら住まいの中を1つ1つ見てゆくと、家具や雑貨のほとんどが木や自然素材をベースにしたもの、そしてレトロなデザインのものであることに気づきます。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングのダイニングコーナーの一角に置かれたピアノは、パートナーの仕事道具。なんと彼は、フランスを代表するミュージシャンたちとコンサートを行う著名なピアニスト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングのダイニングコーナーの一角に置かれたピアノは、パートナーの仕事道具。なんと彼は、フランスを代表するミュージシャンたちとコンサートを行う著名なピアニスト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「チャリティーショップや蚤の市で見つけたものがほとんどです。つまり中古品。家具や雑貨をリサイクルすることは、環境へのインパクトを抑える効果的なアクションの一つなのですよ。私のクライアントたちも、中古品の再利用をとても歓迎してくれます。質の良い魅力的なオブジェを、安く購入できる、と」
エコノミックでエコロジック。2つのエコが、おしゃれなインテリアづくりのカギだったとは!
新品のもの、例えばキッチンツールやバスまわりのグッズは、パリの生活雑貨セレクトショップ「ラ・トレゾルリ」(La Trésorerie)で購入することが多いとのこと。ここへ行けば自然素材ベースのタイムレスなデザインのものがそろっているので、カミーユさんの趣味にぴったり。さらに言うと、ヨーロッパで生産された伝統的な品々が厳選されているため、サスティナビリティーや輸送のCO2の配慮面も安心です。こうして選んだものを長く愛用すれば、ここでもエコノミックでエコロジックな2つのエコが実現できると言うわけです。しかもこんなにおしゃれに!

藤の棚は、今やインスタ映えの必須アイテム! チャリティーショップで格安で見つけた。棚に並べた食器も同様(写真撮影/Manabu Matsunaga)

藤の棚は、今やインスタ映えの必須アイテム! チャリティーショップで格安で見つけた。棚に並べた食器も同様(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁の絵画もチャリティーショップで購入した中古品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁の絵画もチャリティーショップで購入した中古品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

古いものこそ最先端?

特注でつくり付けた木の無垢材の階段をのぼって、屋根裏へ。階段の突き当たりの踊り場がデスクコーナーになっています。デスクコーナーも中古品の寄せ集めでつくられていますが、それがなんとも可愛らしい!

中古品を集めて作ったデスクコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中古品を集めて作ったデスクコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「タイプライターは飾り? いえいえ、もちろん使っています! なぜかはわかりませんが、私は古い素材の質感と古いデザインに、とても魅力を感じるのです。手触りも良く使いやすい。今は新しいものが安く簡単に買えますが、遠い国でどんな手段で作られていることか……品質も疑問です。安いものを買ってすぐにゴミにしてしまうよりも、古いものを長く使った方が心地いいと私は思います」
その古いものが、今やヴィンテージとしてもてはやされ、インスタグラマーの間では引っ張りだこになっているのですから、面白いものです。カミーユさんの考えに共感する人は、きっと多いはず。そう思い、カミーユさんのインスタアカウントをチェックしたところ、17,511人のフォロワーが! やはり、そうでしたか。

木の無垢材のクローゼットはオーダーメイド。上にカゴを並べ、小物を収納している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

木の無垢材のクローゼットはオーダーメイド。上にカゴを並べ、小物を収納している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

長男の部屋にも天窓をつけ、自然光をたっぷりと取り入れるようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

長男の部屋にも天窓をつけ、自然光をたっぷりと取り入れるようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

仕事もプライベートも、自分ペースがいちばん贅沢

「私がインスタグラムに上げているのは、子どもと一緒に森を散歩したり、日常のコーナーを飾ったり、そんな写真ばかりです。それに共感してくれる人が大勢いるということは、贅沢の基準や優先順位がとても個人的なものになってきているということかも知れません。若い世代は環境問題に敏感ですし、自分にとって何が大切かをよく考えています。そしてそんな人たちは、どんどん増えていると感じます」
こう語るカミーユさんが自分のために大切にしているとっておきの時間は、バスタイム。毎週1回、自然光の注ぐ天窓下のバスタブにゆっくり浸かって、「心と身体の大掃除」を楽しむのだそうです。市内にあるアーユルヴェーダのサロンでヨガをしたり、オーガニック食材店でアロマオイルを買ったりするのも、お気に入りの自分時間とのこと。自分ペースで豊かに暮らす、カミーユさんの生活のひとコマを垣間見てしまったら、誰でもこの街に引っ越したくなりますね。

ラ・トレゾルリで購入したバス小物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラ・トレゾルリで購入したバス小物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お気に入りのオーガニック食材店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お気に入りのオーガニック食材店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/Keiko Sumino-Leblanc)

●取材協力
カミーユさん
Instagram
●関連サイト
「ラ・トレゾルリ(La Trésorerie)」

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021受賞作に見る、最新トレンド18選

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2021年12月7日に開催されました。応募作品228から選出された総合グランプリをはじめ、各受賞作から最新のリノベーションの特徴を読み解きました。

【注目point1】自然災害、コロナ禍……リノベーションが地域復興の力に

ここ数年、毎年のように発生する大規模な自然災害に加え、一昨年から続くコロナ禍によって、大きな苦境に陥っている地域の文化や経済。物理的に破壊された地域や施設、観光経済に打撃を受けた地域。日本各地に暮らす人々にも多くの暗い影を落としています。

今年のグランプリ作品は、そうした地域に落ちた暗い影を吹き飛ばすような大型案件。2020年、球磨川の氾濫により甚大な被害を受けた「球磨川くだり」の観光拠点となる施設を復興したものでした。被災前、人吉城を踏襲した和風建築だった建物を、川向きに大きく開口した新旧融合の意匠により再生。本瓦の大屋根にガラス張りの開口部を組み合わせ、復興のシンボルとなる美しい佇まいを見せています。

災害復興だけでもかなりの費用やマンパワーなどが必要ですが、観光施設という、コロナ禍においては切り捨てられられがちな要因をものともせず、1年という比較的短い期間で再生を果たした点で、選考委員から「もっとも強烈にコロナの逆風が吹いた分野でのリノベーション」「関係者の決意に胸が熱くなる」「未来期待の創造もなしえた」と高い評価を受けました。

いまだ続くコロナ禍という大きな逆境を乗り越え、地域のシンボルとなる美しい自然と融合した憩いの場をつくり、地域に希望の光がもたらされる。リノベーションが生み出す大きな可能性を感じとることができました。

●総合グランプリ
『災害を災凱へ(タムタムデザイン+ASTER)』株式会社タムタムデザイン

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和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

【注目point2】ワークスペースとプライベート空間の切り離しに特徴

暮らしが劇的に変わったこの2年。テレワーク、おうち時間の充実などは今や普通のこととなってきています。今回のエントリー作品はコロナ禍においてプランされたものがほとんど。そのため、2020年同様、今回も「ワークスペースの設置」という職住融合を形にした作品が数多く見受けられました。

そんな傾向において、今回受賞した「商店街の昔ながらの家」「都市型戸建を再構成する。」の2作品は、ワークスペースとプライベート空間とを切り離すことを重視した点で注目が集まりました。一気に普及したオンライン会議によって、ワークスペースの独立性を確保する必要に迫られた結果だと思われます。

2作品とも、ワークスペースを玄関の土間スペースと合体するという特徴があり、いずれも店舗の奥に居住スペースがある店舗併用住宅や農作業スペースのある農家などをイメージした、職住融合家屋である点が共通しています。「職住一体の暮らしを商店街のお店になぞらえて、新しいオンとオフのつくり方を提示している」と選考委員から評価されました。

●500万円未満部門・最優秀賞
『商店街の昔ながらの家』株式会社ニューユニークス

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

●1000万円以上部門・最優秀賞
『都市型戸建を再構成する。』株式会社アートアンドクラフト

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1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

【注目point3】家族の成長に合わせた2回目リノベ

リノベーションは、家族の成長や人数の変化、ライフスタイルなどに応じて、住まいをより快適に変えていくという役割があります。だから1回では終わらず、中には2回、3回……と行う人も。今回は子どもの成長に合わせて、住み替えではなく、2回目のリノベーションを選んだという作品が受賞しています。

「リノベはつづくよどこまでも」「ハウスインハウスでタイニーハウス」の2作品は、家族4人で約68平米、家族3人で55平米といずれもコンパクトですが、間取り変更によって小さいながらも子どものスペースを生み出しています。ロフトや家内小屋空間など、ユニークな方法で空間を区切っているのが大きな特徴で、さまざまなリノベ手法の可能性があることが見て取れます。

作品名「リノベはつづくよどこまでも」が表すように、今後、必要に応じて全体的に、また部分的にリノベを重ねて長く住み続けることへの可能性を感じさせました。

●1000万円未満部門・最優秀賞
『リノベはつづくよどこまでも』株式会社ブルースタジオ

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ラブリーデザイン賞
『ハウスインハウスでタイニーハウス』株式会社ブルースタジオ

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

社会的課題を解決する作品や個性派リノベなどにも注目集まる

リノベーションが持つ社会的役割は大きく、社会のさまざまな課題を解決する手法としてその有効性を最大限発揮しています。いくつか事例を見ていきましょう。

1. 地域の活動拠点を担う施設へのコンバージョン
使われなくなった建物を、地域の人々が集う別の目的の施設へ変えていくことは、各自治体や各地方で進められています。受賞作の「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」は、神奈川県川崎市の「若い世代が集う賑わうまちづくり」の一環として、NTT基地局を文化施設にコンバージョン。「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」は東北での活動拠点を担う施設となるべく、マンションをコンバージョンした複合施設です。

●無差別級部門・最優秀賞
「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」リノベる株式会社

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

●無差別級部門・最優秀賞
「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」株式会社エコラ

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

2. 可変性の高い仕掛けで、産業廃棄物を最小限に
間取り変更を伴うリノベーションは、産業廃棄物増加の問題も生じさせます。受賞作「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」は、木製の「箱」を組み合わせることで、部屋数や収納量などを変更できるフレキシブルさが特徴。暮らしに合わせて自分で間取りを変更することができるため、工事で生じる廃棄物問題を解決する有効な手法になる可能性を提示しています。一般的な「nLDK」という間取りの概念を壊すこのプランは、今後、より求められていくのではと感じました。

●R1フレキシブル空間賞
「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」株式会社リビタ

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

3. 空き家問題を解決する住宅性能向上リノベ
全国にある空き家は約849万9000戸(「平成30年 住宅・土地統計調査」より)と、過去最多を記録。衛生環境や景観、治安などの悪化につながると危惧されている空き家問題を解決する方法として、リノベーションは有効です。高性能リノベーション、間取りや設備変更リノベーションで居住性能を格段に高めることで、新たな住み手を生み出しています。

●グリーンtoグリーン賞
「Green House」株式会社タムタムデザイン

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写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

●R5アフォータブル性能リノベーション賞
「国交省の長期優良住宅化リフォーム補助金のおかげで」株式会社まごころ本舗

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

●省エネリノベーション普及貢献賞
「省エネリノベーションをもっと身近に」株式会社インテリックス

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

また、理想のライフスタイルを目指した個性派リノベが今回も目立っていました。

●フリーダムリノベーション賞
「ビートルに乗ってリゾートへ? いえ、ここは団地の一室です。」株式会社フロッグハウス

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

●ニューノーマルリノベーション賞
「暮らし方シフト2020」株式会社リビタ

165平米超のゆとりある空間

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

●絶景リノベーション賞
「穏やかな瀬戸内の海とともにある日常」よんてつ不動産株式会社

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

最後に注目したいのが、古き良き建物を生かしたリノベです。古民家は、古き良き情緒を感じさせてくれる地域の宝。とはいえ普段の使い勝手などを考えるとなかなか住み手が見つからない問題も。そんな古民家をリノベーションの力でより魅力的に快適に変えた作品を見ていきましょう。

●地域資源インテグレート賞
「アフターコロナを見据えた、地方建築家の新たな職能への挑戦」paak design株式会社

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

●フォトジェニック賞
「古民家が継なぐ、ふたりの夢」株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

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築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●ビジネスモデルデザイン賞
「目黒本町の家」株式会社ルーヴィス

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

●地域貢献リノベーション賞
「中山道脇のロングライフシンボル、町並みを応援する家」株式会社WOODYYLIFE

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

リノベーションが困難を乗り越え希望を見出す力となる

コロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない年が2年続きました。テレワーク、オンライン会議が当たり前のように行われる状況では、家の中に専用スペースをつくらざるをえない人も増え、そうした「ワークスペースの拡充リノベ」が、リノベーション業界の大きなテーマとなっているのが今回の受賞作品から見てとれました。

ライフスタイルを見直すことが余儀なくされ、生活拠点をも見直すような事例も多かったでしょう。いずれの見直しにおいても、暮らしの質を高める手法としてリノベーションが有効であることを、各作品は教えてくれています。

2020年に洪水による大きな被害とコロナウイルス感染対策の影響をもろにかぶった観光施設の復興がたった1年(関係者にとっては長い1年だったでしょうが)で成し遂げられ、地域の希望となったことに、地元・熊本をはじめ、選考委員会や、投票(反響数830いいね!)した方々も驚いたのではないでしょうか。

希望や心の拠り所が求められる時代、リノベーションは、人が楽しく集える場所を生み出し、仕事も暮らしも快適に過ごせる住まいを数多くつくっています。授賞式を終えて、以前にも増してリノベーションが時代にも人々にも求められていることを感じました。

次回も、人々が希求する素敵なリノベーション作品に出合える日を心から楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

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●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021」

築80年めざす「いなさん団地」。建て替え計画の頓挫から逆転、マンション長寿命化へ 千葉県千葉市

有名建築家が手掛けたり、DIYやリノベを取り入れたり、若い世代を呼び込んだり……この数年、さまざまな「団地」の取り組みが脚光を集めています。ただ、その多くは賃貸で企業や自治体、URなどが所有し、大家さんとして取り組んでいるものですが、区分所有者が多数いる分譲「団地」ではどのような取り組みがされているのでしょうか。千葉県千葉市の稲毛海岸三丁目団地・通称「いなさん団地」を取材しました。

外壁、玄関やサッシを一新し、空き家対策としてDIY賃貸も

広々とした空に美しい芝生、ツートンカラーの外壁、美しい植栽……。「稲毛海岸三丁目団地」、通称「いなさん団地」を見た人なら、「えっ!築50年以上なの!?」と驚くのではないでしょうか。エレベーターこそないものの古さを感じさせず、むしろ今の建物にない「余裕」や「ゆとり」を感じさせる建物が並んでいます。独特の味わいに惹かれて、若い人が転居してくるというのも納得です。

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

この「いなさん団地」は、1968(昭和43)年から分譲され、8万4000平米の広大な敷地に5階建て27棟が配置されています。京成線京成稲毛駅から徒歩12分、京葉線稲毛海岸駅から徒歩約14分でアクセスでき、周囲には近年でも新築マンションの分譲が続くなど、住宅街として根強い人気を感じさせるエリアです。

「2016年に大規模修繕工事を終え、外壁塗装やサッシ交換、玄関などの共用部の工事をしました。NPO法人と管理会社、団地で連携し、空き家対策としてDIY可能な賃貸住戸をつくり、若い世代に住んでもらう取り組みもはじめています」と話すのはこの団地で理事長を務める草刈徹さん。理事長になってからは、管理組合を法人化するなど、住民の住みやすさのために日夜奔走しています。

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

このように現在、共用部も専有部も美しく手入れされている団地ですが、誕生して半世紀、現在に至るまでは、さまざまなできごとがありました。

無償で1.5倍の広さの新築マンションに!? 団地を揺るがした建て替え計画

「築20年を超えたころでしょうか、ちょうどバブル期、自己負担ゼロで1.5倍の広さの新築マンションに建て替えるという話がありました。当然、多くの住民が賛成にまわりました。当時、私は会社員でしたが、賛成にまわりましたよ」と述懐します。

「いなさん団地」のように敷地にゆとりがあり、駅から平坦、子育て世代に人気のエリアであれば、こうした建て替え計画が浮上するのは不思議なことではありません。ただ、建て替えをするのであれば、それが確定するまでの間、外壁や給排水設備の交換などの大規模修繕工事はできませんし、何をするにも「宙ぶらりん状態」となります。当然、メンテナンスをしなければ、建物は傷んでいきます。住民のみなさんには「新しい建物にタダで住みたい」「住宅ローンの残債が残っている」「スラム化させたくない」と、さまざまな思いがあったことでしょう。

しかし、バブル経済崩壊とともにこの建て替え計画も二転三転。2005年、最終的なプランでは、各住戸で約200万円程度負担し、さらに各人で引越し費用や引っ越し先を確保する必要が出てきました。それでも、建て替え決議では82.3%の賛成が得られたのですが、棟別に見たときに賛成4/5に達しない棟が8棟あり、当時の区分所有法で必要だった、「全棟について同一の建て替え決議」をクリアできず、建て替え問題はここでいったん終了となりました。

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

「やっぱりみなさん、この団地に愛着があるし、より良いものにしたいんですよね。建て替えをするとなると工事期間中の仮住まいと戻るのとで2回の引っ越しが必要になるし、心身ともに大きな負担になるでしょう。だから、ひと言で賛成/反対とは言い切れないものがあるんですよね」と草刈さんは解説します。

管理会社まかせにしない。できることは自分たちで

その後、築40年の節目となる2009年、最終的に「いなさん団地は、修繕・改修でいく」ということが決まり、それからは住民が一丸となって、『長寿命化を目指そう』で意見がまとまったと言います。

「建築やコンクリートの専門家に話を聞きましたが、『コンクリートは100年持つ』というので、じゃあ『築80年をめざそう』『ビンテージマンションをめざそう』ということで住民の意向がかたまりました。建物のメンテナンスはもちろん、住民の住みやすさを考えて、この10年、さまざまな対策を講じているんです」といいます。

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

冒頭にあげた大規模修繕工事などのさまざまな試みは、この「長寿命化」の一つだったのです。また長寿命化のために資金面での裏付けとして、修繕費積立金は月額平均4000円を値上げし、現在に至っています。

「現在、清掃や管理業務は管理会社に委託していますが、管理会社まかせにせず、馴れ合うことのない、緊張感が必要だと思います。また、住民ができることは自分たちでやっていて、20カ所の花壇や芝生などは、団地の『植栽会』が担っています」(草刈さん)といい、その甲斐もあって、建物を囲む芝生は青々として美しい姿を保っています。また、住民同士で電球の交換や日頃の不便を解消しあったりと、コミュニティ活動も盛んなのだそう。

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模修繕工事を終え、次は住民の利便性を高めようと、宅配ロッカーや自動販売機などを導入。さらに管理棟に太陽光発電パネル、AEDを設置するなど、できることは次々と取り入れています。

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

「受け取り用の宅配ロッカーは、各社比較検討して、団地の住民だけでなく、周囲の住民も利用できるようにしました」といいます。さらに住民では車を手放したり、免許返納している人が増えていることから、カーシェアやシェアサイクルサービスの導入も検討しているとか。敷地に余裕がある分、こうした設備面でのアップデートは容易なのかもしれません。

もちろん、課題がないわけではありません。団地内には数十戸の空き家がありますし、全戸数768戸に対してはごくわずかとはいえ、管理費や修繕積立金の滞納もあるといいます。

「住民の意識が高いからか、管理費や修繕積立金の滞納はほとんどないんです。ただ、数戸あって、そのうち数件は『相続絡み』ですね。こればかりは粛々と弁護士と対応していくしかないですね」といいます。また、現在、団地内の空き家は70弱。こちらも多くはありませんが、冒頭に紹介した通り、管理会社と元千葉大の教授が主宰するNPOと連携して、DIY可能な賃貸が4戸誕生し、いずれも4組の若いペアが住み始めているなど、新しい試みがうまくまわりはじめています。

「千葉市では新婚カップルを対象に、高経年化した団地に住むと30万円補助金が出るんですが、当団地もこの制度の対象になっています。NPOと連携したリノベーションプロジェクトをして、若い人に住んでもらえたらうれしいですね」と草刈さん。人生100年が言われるようになった最近では、うまくいけば団地も築100年も見えてくるかもしれません。

「それは私たちが決めることではないので、次の世代の住民におまかせすることになると思います。まずは築80年まで、決められた計画通りに、メンテナンスしていければ」と話します。スクラップからストックの時代へ。いなさん団地の取り組みは、マンション長寿命化の時代の道しるべとなることでしょう。

●取材協力
いなさん団地

タイニーハウス村が八ヶ岳に出現!? 「TINY HOUSE FESTIVAL2021」から最先端をレポート

タイニーハウス(=小さな家)による持続可能な暮らしを提案する「TINY HOUSE FESTIVAL2021」が、東京駅前で2021年10月に開催された。コロナ禍を経た今年、タイニーハウスはどう変わったのだろうか。最新のタイニーハウスの話とともに、探ってみた。

暮らしの多様化とともに、住まいの形も変化していく

コロナ禍でワークスタイルが変化してきたなか、自分たちの暮らし方や住まいについて見直す時間が増えてきた人も多いだろう。自宅での仕事スペースの確保や、プライベートとの切り替え方など、新たな課題が浮き彫りになってきたかもしれない。タイニーハウスは、その解決策のひとつとして需要が高まってきているという。
例えば、テレワークのスペースとして活用したいと考える人もいれば、アウトドアでの活動が増えて、移動先でも居心地良く過ごすためにバン型を使いたいという人もいる。テレワークが進んで、都心に住む必要のなくなった方が、二拠点生活をするために取り入れるという形も。

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

そもそも、タイニーハウスは、2000年代にアメリカで生まれた「タイニーハウスムーブメント」が発端と言われている。その後、2007年に住宅バブルの崩壊とともにサブプライム住宅ローンが破綻し、翌年にはリーマンショックが起きた。そんな背景から、消費社会に縛られない、経済に左右されないカルチャーとして今さらなる広がりを見せているのだ。
暮らしにどれくらいの費用をかけ、何に時間を費やし、どのような生活をしていきたいか。「お金と時間の自由」を大切にしたいと考える人たちにとって、そのライフスタイルを体現できる形が「タイニーハウス」というわけだ。
その広さに明確な定義はないものの、だいたい延べ床面積は20平米以内のものが多い。もちろん、キャピングカーなどのバン型の車を使ったモバイルハウスも含まれる。価格の幅は広いが、一般的な住宅に比べれば低コストで手に入れやすい。後から住み手が好きに手を加えやすく、小さいがゆえに移動も自由。そんな魅力が積み重なって、暮らしの選択肢の一つとして注目が集まっている。
その見本として、数々のタイニーハウスが集まったのが「TINY HOUSE FESTIVAL」だ。2019、2020年と開催され、今年は一体どのように変化しているのだろうか。

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

個々の用途に合わせた、幅広いタイニーハウスが登場

主催者の一人であり、「断熱タイニーハウスプロジェクト」などさまざまなタイニーハウスを手掛けている建築家の中田理恵さん(中田製作所/HandiHouse project)は、昨今の流れについて以下のように話す。

「コロナ禍でさまざまな形の暮らし方が広がったと思います。先日は、集合住宅の管理会社から相談がありました。マンション全体で使えるワークスペースをつくりたい、ということでタイニーハウスを設置できないかという話だったんです」

マンションで暮らす人にとって、新たに部屋を確保するのは難しいこと。しかし、全戸共有のタイニーハウスがあれば、テレワークのスペースとして使ったり、ワークショップやフリーマーケットなどの小さなイベントをしたりと、臨機応変なスペースになるに違いない。
また、空地を飲食スペースとして暫定利用するため、タイニーハウスを置きたいという要望にも応えたという。

「コロナ禍で飲食店が大変な状況なため、屋外でテイクアウト専門店を期間限定で出すというプランでした。そういう突発的なことにもすぐに対応してつくれるのは、タイニーハウスならではだと思います」

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

アメリカのムーブメントを取材し、各地での知見をもとにタイニーハウスの製作を行っている「Tree Heads & Co.」の竹内友一さんもタイニーハウスを展示。
「宮城県気仙沼市では、東日本大震災の津波によって流れ着いたものを使って、みんなのシェルターになるツリーハウスをつくりました。ほかにも、障がい者の就労支援の休憩所や、移動式ビアバー、牛舎を解体して宿泊所をつくったりもしました」

今までつくったタイニーハウスは65以上で、この日はキャンピングカーをリビルドしたタイニーハウスが登場。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「オーダーしてくれた方は、これでスキーできる山の近くで過ごしたいということでした。料理はできなくていいということなので、脱ぎ着できるスペースと寝る場所としてのタイニーハウスというわけです。
運転席上の寝室スペースは、断熱材などを入れて暖かさを追求していますが、寝室スペース以外は板壁にしてコストダウンしています。休憩スペースはソファを置いてくつろげるようにしています」

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

タイニーハウスがあることで、自由に移動をしたり、好きなスペースを確保したりと、暮らしの幅が広がっているのだろう。そんな考え方は、他にもさまざまな形態で現れている。

例えば、煙突が出ているタイニーハウスは「旅するサウナ まんぷく号」。軽トラックの荷台に小屋を載せ、移動式のサウナにしている。いつでもどこでもサウナを楽しみたい、楽しんでもらいたいという思いで始まったプロジェクトだ。これなら、自宅にサウナがない人も気軽に自由に使えて、ひとときの満足感を味わうことができる。

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

まだ軽トラックに躯体しかできていないタイニーハウスもあった。これは「スエナイ喫煙所」というプロジェクト。喫煙所でのコミュニケーションを非喫煙者でも楽しめるようにと、中央にはノンニコチンのシーシャを設置している。一つのシーシャを共有することで自然とコミュニケーションが生まれ、新しい形の喫煙所をつくろうというもの。建築学を専攻している学生が中心となっているプロジェクトで、今まさにクラウドファンディングで資金を集めている最中だという。

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

このように用途と目的に合わせ、自由な形で広がっていくことができるのがタイニーハウスなのだ。

持続可能な暮らしを目指すタイニーハウス。断熱など住宅性能も追求

SDGsの流れが強まり、持続可能な暮らしに目を向ける人たちが増えてきたのも、タイニーハウスが注目される後押しになっている。暮らしの幅を広げるだけでなく、脱炭素など環境への配慮や、暮らしやすさを追求したタイニーハウスも見られた。

「断熱タイニーハウスプロジェクト」は、2019年に開催されたイベントから毎年変わらず出展している。発案者は大学で都市環境を学んでいた沼田汐里さん。「断熱」の大切さを身近に感じてもらうために製作したタイニーハウスで、天井や壁、床、すべてに断熱材の「ネオマフォーム」が入っている。省エネを考えたときに、夏の暑さと冬の寒さに対応できなければならないが「断熱と気密がしっかりしていれば、最小限のエネルギーで暮らすことができる」と沼田さんは教えてくれる。また、「Do It Together」を意味する「DIT」をコンセプトに、HandiHouse projectの中田さんたちプロの指導のもとにセルフビルドしたものでもある。環境にも住み手にも快適な住まいを自分たちの手で楽しみながらつくれるということを教えてくれるタイニーハウスだ。

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

同じく毎年出展しているのが「えねこや」で、太陽光発電と蓄電池で電力を自給する「オフグリッド」タイプのタイニーハウスを紹介している。小さなスペースながらも、キッチンやエアコンが設置され、ペレットストーブもあって実に快適そうな空間だ。日本の木窓メーカーの窓を採用し、断熱や気密性を高めて、電力消費を抑える工夫をしながら、太陽光を活用することで、オフグリッドを実現している。再生可能エネルギーだけで快適に過ごせるのは、タイニーハウスならではのこと。もちろん、災害時に強いのはいうまでもない。

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

これからのタイニーハウスの広がりとは?

「Tree Heads & Co.」の竹内さんは、タイニーハウスの製作に加え、新しいプロジェクトをスタートさせた。実際にタイニーハウスで暮らしたい人を募集して敷地を共有し、必要な技術や道具、情報をシェアしてコミュニティをつくっていきたいと話す。

「『ホームメイド』というプロジェクトで、僕たちが持っているタイニーハウスに関する知識をシェアしながら暮らしのコミュニティをつくりたいと考えています。住まいとしてのタイニーハウスだけでなく、食べ物やエネルギーなども、少しでもいいから自分たちの力で手づくりしてみようという試みです」

住まいだけでなく、畑仕事をしたり、周辺の環境整備なども視野に入れているのだそう。

「知識がない、道具がない、場所がない。たくさんの人からそういう話を聞くので、だったら僕たちが持っているものをシェアして、みんなで暮らしを考えていくことができればと思っています」

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

また、HandiHouse Projectの中田さんも、これからのタイニーハウスの可能性について教えてくれた。

「住まいはもちろん、店舗やパーソナルな仕事場など、いろいろな形が求められていると思います。個人だけじゃなく、自治体も目を向けていて、移住者のためにタイニーハウスを取り入れている地域も出てきました」

山梨県ではまず土地のことを知ってもらい、どんな暮らしができるかを試せるようにと、「移住者向けお試し住宅」としてタイニーハウスを建てているのだそう。そこを拠点に仕事や生活のベースを見つけてもらえれば移住の促進につながるというわけだ。「いろいろな要望が増えてきて、タイニーハウスだからこそできることが広がっていると実感しています」(中田さん)

コロナ禍が続き、少しずつ環境や人々の価値観が変わっていくなかで、自分たちの暮らしを考える時間はますます増えていくだろう。暮らしのなかで何を優先し、大切にしたいのか。誰とどこでどんな時間をすごしていきたいのか。働く場所や環境をどう整えていきたいか。
それぞれの答えがあるもので、決めたからといってそれが永遠に続くわけでもないだろう。臨機応変に対応していければ、心地よく健やかに過ごす時間はきっと増えるに違いない。タイニーハウスは選択肢の一つ。選択肢が増えればそれだけ私たちの暮らしは自由になっていくはずだ。

●取材協力
Handihouse project
Tree Heads & Co.
ホームメイドプロジェクト
えねこや

空きビル「アメリカヤ」がリノベで復活! 新店や横丁の誕生でにぎわいの中心に 山梨県韮崎市

山梨県韮崎市の名物ビル「アメリカヤ」。かつて地元で親しまれていたものの、閉店して15年間、抜け殻になっていました。しかし2018年にリノベーションされ復活したことで街に訪れる人が増え、新しいお店が次々とオープン。きっかけをつくった建築家の千葉健司さんにお話を伺うとともに、活性化する「アメリカヤ」界隈の“今”をお届けします。

15年間、閉店して廃墟となっていたかつてのランドマークが復活

JR甲府駅から普通列車に揺られること約13分の場所にある山梨県韮崎市。韮崎駅のホームに降り立つと、屋上に「アメリカヤ」と看板を掲げた建物が見えます。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

1階から5階まで多種多様な店舗が入るこのビルは地元の人気スポット。しかし2018年に再オープンするまでの15年間は、閉店して廃墟と化していました。復活の立役者は、建築事務所「イロハクラフト」代表の千葉健司さんです。

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

子ども時代に祖母の住む和風住宅や、修学旅行で京都府に訪れるなどした経験から「持ち主の想いが宿り、使い込まれた古い家屋」に魅力を感じていた千葉さん。建築家として工務店に勤務し、はじめて一戸建てをリノベーションしたとき、既存の家の劇的な変化を施主が喜んでくれたことに感動。日本で空き家問題が深刻化しているのもあり「古い建物をリノベーションで甦らせていく」ことに注力してきました。

2010年に独立してからは、築70年の農作業機小屋を店舗にしたパンと焼き菓子のお店「asa-coya」、築150年の元馬小屋にハーブやアロマ・手づくり石けんを並べる「クルミハーバルワークス」を改修。若者に人気を博したことから、手応えを感じたと言います。

山梨県出身で韮崎高校に通っていた千葉さんにとって「アメリカヤ」は高校生のときに通学電車から見ていたビル。独自の空気感に魅了され、存在がずっと頭の片隅にありました。

あるときふと知人に「あのビルを再び人の集まる場所にできたら」と話したところ、相続した家族と会えることに。「もう取り壊す予定」だと聞き、たまらず自分たちでリノベーションし、管理・運営まで担うことを提案。二代目「アメリカヤ」が誕生しました。

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

建物単体からまちづくりに視点を変え、飲み屋街や宿を手がける

かつては静岡県清水と長野県塩尻を結ぶ甲州街道の主要な宿場町として栄えた韮崎市。1984年に韮崎駅前に大型ショッピングモールが、2009年に韮崎駅北側にショッピングモールができたことで、とくに駅西側の韮崎中央商店街は元気を無くしていました。しかし名物ビルの再生により、県内外から人が訪れるように。
それまでは建物単体で捉えていた千葉さんですが、想像以上にみんなに笑顔をもたらしたことで、「あれもこれもできるのでは」と街全体を見るようになります。
「あるとき地域の人から、建物の解体情報を聞いたんです。訪ねてみると、築70年の何とも味のある木造長屋。壊されるのが惜しくて、『修繕と管理を含めてうちにやらせてください』とまた直談判しました」(千葉さん)

「夜の街に活気をつけたい」という発想から、今度は個性豊かな飲食店が入居する「アメリカヤ横丁」としてオープンさせます。

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

人との出会いが生まれるなかで、地元の有志と協働する話が持ち上がります。「横丁で食事をした後に泊まれる宿があったら言うことなし」とできたのがゲストハウス「chAho(ちゃほ)」です。
韮崎市は鳳凰三山の玄関口で、登山者が前泊する土地。ここでは「登山者はもちろん、そうでない人も山を感じて楽しめること」をテーマにしています。

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

リノベーションをする際は、古い浄化槽を下水道に切りかえるほか、配線や水道管といったインフラを一新し、適宜、耐震補強。トイレは男女別にするなどして、現代人が使いやすい形に変えています。しかし何より大事にしているのは「建物の価値を生かす」こと。手を加えるのはベースの部分に留め、大工の思いが込められた、趣いっぱいの床やドア・サッシなどは、そのままにしているのが特長です。

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

仲間たちと和気あいあいと楽しく仕事ができる、それが地元のよさ

もともと千葉さんが山梨県に事務所を構えたのは、地元特有の緩やかな空気のなかで、仲間と和やかに仕事がしたかったから。それだけに自分たちのしたことで人のつながりが生まれるのは、何よりの喜びです。

「かつてのビルを知る人がお店にやってきて、懐かしそうに昔話を聞かせてくれることがあるんです。がんばっている下の世代を見て、ご年配の方も応援してくれていると感じます。古い建物の復活は昭和を生きてきた人には懐かしいだろうし、世代間の交流が促されるといいですね」(千葉さん)

「アメリカヤ」を契機にまちづくりの実行委員をつくり、「にらさき夜市」などのイベントを開催。SNSを利用しない高齢の人にも情報が届くよう、ときにチラシを配り歩きます。

こうした取り組みをする千葉さんの元には、SNSや市役所を通じて物件の問い合わせが入ることが少なくありません。そんなときはサービス精神で紹介し、“空き家ツアー”を企画。オーナーと入居者の中継地点になっています。

街の活性化の兆しは、行政や地元のオーナーにとっても喜ばしいこと。韮崎市では補助金制度を拡充し、50万円の修繕費、及び1年まで月5万円の家賃を補助する「商店街空き店舗対策費補助金」を、市民のみならず転入者も対象とするように。「新規起業準備補助金」の限度額を条件次第で200万円まで引き上げるなど、柔軟な対応をするようになりました。
活動に共感し、もっと人が増えて街がにぎわうようになるならと、良心的な賃料にしてくれるオーナーもいるといいます。

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

名物ビルの復活から3年。商店街には新しいスペースが続々と登場

さまざまな動きが後押しとなり、韮崎市では空き家を使って活動をはじめる人が次々と見られるように。既存のスポットも変化を遂げています。

2020年4月に「PEI COFFEE(ペイ コーヒー)」をオープンした谷口慎平さんと久美子さんご夫妻は、東京都千代田区の「ふるさと回帰支援センター」で韮崎市を勧められ、市が運営する「お試し住宅」に滞在。そこで自然の豊かさや人のやさしさを感じ、東京都からの移住を決めました。

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「オーナーは何かに挑戦する人に好意的な方で、自由にやらせてもらえているのでありがたいです。マイペースに長く続けていけたらと思っています」(慎平さん)

2021年2月には「アメリカヤ横丁」と同じ路地のビルの2階に、中村由香さんによる予約制ソーイングルーム「nu-it factory(ヌイト ファクトリー)」が誕生。

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

「以前は甲府市にアトリエがあったのですが、北杜市からもお客さんを迎えられる韮崎市にくることに。のどかでいて文化的なムードがあるのがいいなと思います」(中村さん)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

2021年5月に韮崎中央商店街の北側にオープンした「Aneqdot(アネクドット)」は、テキスタイルデザイナーの堀田ふみさんのお店。スウェーデンの大学院でテキスタイルを学んだ後、10年ほど同国で活動していましたが、富士山の麓で郡内織を手がける職人たちと出会い、山梨県に住むことに。にぎわいあるこの通りが気に入り、ブランドショップを構えました。

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「周辺の方はみなさんオープンで、気さくにおつき合いさせてもらっています。お客さんにきてもらえるよう少しずつでも輪を広げ、長く続けていきたいです」(堀田さん)

「アメリカヤ横丁」の木造長屋裏側の民家には2020年春に「鉄板肉酒場 ニューヨーク」と「沖縄酒場 じゃや」、2021年2月に「ゴキゲン鳥 大森旅館」がオープン。2022年4月にはクラフトビールのバーができる予定です。

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

日本酒場「コワン」の店主、石原立子さんは「アメリカヤ横丁」がオープンした当初からのメンバー。横丁での日々をこう語ります。

「地元に縁のある人がやってくることが多いので、何十年ぶりの感動の再会を目の当たりにすることも。いろいろな人がきて毎日が面白いです」(石原さん)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

“リノベーションのまち、韮崎”のために、できることは無限大

千葉さんは、今では行政や商工会に対し、空き家の活用を進めるうえで何が現場で妨げになっているか発信する役割も果たしています。

「昔は職住一体だった家に住んでいるご年配の場合、いくら店舗部分だけ貸して欲しいと言っても、ひとつ屋根の下でトラブルにならないか心配になります。出入口を2つに分ける、間仕切り壁を立てるなどすれば解決することもあるのですが、状況に即した提案に加え、工事費を助成金で賄えたらハードルはぐんと下がるでしょう。借主だけでなく貸主のメリットも打ち出し、『受け皿』をつくっていくことが大事だと感じます」(千葉さん)

あくまで本職は建築業。まちづくりを生業にするつもりはないという千葉さんですが、「面白そう」というアイデアが次々と湧いてくるよう。最近では休眠している集合住宅をリノベーションして移住者を増やせたら、と想像を膨らませているのだとか。

「誰もが親しんでいた『アメリカヤ』が復活して、イヤな思いをした人はいないと思うんです。地元の人もお客さんも、市長まで関心を寄せてくれました。『みんなにとって良いことは、おのずとうまくいく』と実感しています」(千葉さん)

常にわくわくすることに気持ちを向けている千葉さん。その原動力によって「リノベーションのまち、韮崎」が着々とつくり上げられています。

●取材協力
アメリカヤ
パンと焼き菓子のお店asa-coya
クルミハーバルワークス
BEEK DESIGN
chAho
トレイルランナー 山本健一さん
PEI COFFEE
nu-it factory
Aneqdot
鉄板肉酒場 ニューヨーク
沖縄酒場 じゃや
ゴキゲン鳥 大森旅館
コワン

自宅サウナを楽しむ人が増加中! サウナ付きマンションや一戸建てが人気

サウナ愛好家が増え続けている昨今。ついには、サウナを兼ね備えた分譲マンションや建売一戸建てまで登場しています。住まいのサウナ事情をお伝えします。

サウナをオプションで選べる分譲マンションが登場。ロウリュや外気浴も!

タナカカツキ氏の漫画『サ道』やそのドラマを火付け役に、サウナブームが到来。従来のサウナ施設に加え、自然の中や都心のビルの屋上などで楽しむ新感覚のサウナが人気を集め、アウトドアや家で楽しめるサウナテントも話題になりました。今年に入ってからは、なんと、サウナを備えた住宅のニーズが高まっているといいます。中古マンションのリノベーションでサウナを導入する人も出てきているほか、伊藤忠都市開発はサウナをオプションで選べる分譲マンション「クレヴィアたまプラーザ」の販売を開始。「クレヴィアたまプラーザ」を企画した伊藤忠都市開発 住宅事業部の木内伸太郎さんに企画の背景を伺いました。

クレヴィアたまプラーザ(写真提供/伊藤忠都市開発)

クレヴィアたまプラーザ(写真提供/伊藤忠都市開発)

「コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、今後もテレワーク継続の可能性があります。そのため、クレヴィアたまプラーザは、自宅でいかに快適に過ごせるかを考慮した設備とデザインになっています。サウナをオプションで設置できる『ONE MORE ROOM』は、在宅時間が増える中で趣味などの多目的に使える部屋として企画されたものです。プライベート空間でサウナを楽しみたいという需要を見込み、一つの提案として、サウナをオプションに加えました」(木内さん)

「クレヴィアたまプラーザ」は、東急田園都市線たまプラーザ駅から徒歩7分の南傾斜の丘に立つレジデンスです。窓から街を眺望できる33戸のうち、Lタイプの住戸にオプション(有償)でサウナを選ぶことができます。北欧メーカーのドライサウナは、ロウリュ(サウナストーンに水をかけて熱い蒸気を発生させること)も可能な本格派。発汗したあとは、浴室で水風呂に入り、隣接するルーフデッキで外気浴ができる至れり尽くせりな設計です。温かいお風呂と冷たい水風呂に交互に入る温冷交代浴は、自律神経への刺激と血行を促進するとされ、休憩をとりながら入るとことでヒートショックを防止できます。

バスルーム(「D」)の下に位置する「ONE MORE ROOM」のオプションとしてサウナを設置可能(画像提供/伊藤忠都市開発)

バスルーム(「D」)の下に位置する「ONE MORE ROOM」のオプションとしてサウナを設置可能(画像提供/伊藤忠都市開発)

住宅市場にも訪れたサウナブームは、マンションだけにとどまりません。「クレヴィアたまプラーザ」だけでなく、伊藤忠グループのイトーピアホームでは、都内の建売一戸建て住宅にスウェーデン製サウナの導入を企画。10月初旬にサウナ付き一戸建て2棟を竣工しました。8月20日から購入希望者の事前エントリーを開始したところ、販売会社のアラモード練馬店には多くの反響があり、すぐに完売したというから驚きです。

写真はA棟で導入したサウナ(写真提供/AVANTO)

写真はA棟で導入したサウナ(写真提供/AVANTO)

サウナ付き一戸建て住宅が登場! サウナはパブリックからパーソナルな存在へ

サウナ付き新築一戸建てのドライサウナルームの選定、および空間のデザイン監修を行ったのは、サウナの本場北欧生まれのサウナメーカー「ティーロヒーロ」の販売代理店「AVANTO」です。今回、新築一戸建てに採用したのは、ドライサウナです。

ヒーターは熱くないようにカバーで覆われ、異常温度を察知すると自動停止する安全性を備えています。家庭では一般的に単相100Vが主流ですが、こちらのサウナ導入には、単相200Vが必要です。価格帯は、サウナヒーターは30万円~、サウナルームは228万円~。木造3階建て3LDKのサウナ付き新築一戸建ては、洗面室と浴室に隣接してサウナルームがあり、サウナのあと、浴室の水風呂に入り、階段を上ってルーフバルコニーに出る動線になっています。

1階・2階部分の間取図の一部。1階の洗面室に隣接してドライサウナルームを設け、2階のルーフバルコニーは、周囲の視線が気にならないよう高めのフェンスで囲っている(画像提供/AVANTO)

1階・2階部分の間取図の一部。1階の洗面室に隣接してドライサウナルームを設け、2階のルーフバルコニーは、周囲の視線が気にならないよう高めのフェンスで囲っている(画像提供/AVANTO)

サウナ付き一戸建てを購入したYさん夫妻は、もともとサウナに入るのが共通の趣味。決め手となったのは、サウナを楽しめる間取りと動線と夫のH・Yさん(28歳・会社員)は言います。

「コロナ禍で旅行に行けないストレス発散に週3回ほど街のサウナに通っていました。でも、サウナは密室なのでしゃべる人がいると気になります。それだったら、家にサウナをつくりたいと思うようになりました。今回の物件は郊外ですが通勤に支障はなく、価格は5000万円代でしたが、即決でした」(H・Yさん)

(写真提供/AVANTO)

(写真提供/AVANTO)

(写真提供/AVANTO)

(写真提供/AVANTO)

安全機能があるので自宅での使用に不安はなく、手入れは入浴後にタオルでサウナの内部を拭くだけ。電気代も毎日1時間入ってもひと月3千円以内と二人で何度もスーパー銭湯に行くより割安です。

「外で入るのと違って、温まったままベッドに行けるのもうれしいです」と妻のA・Yさん(27歳・公務員)。入居は11月から。好きなアロマを焚いてみたいと入居を心待ちにしています。

好みに合わせて場所や時間、サウナを選べる流れがきている

AVANTOの広報の竹下あすかさんは、上記のイトーピアホームのサウナ付き新築一戸建てにとどまらず、「サウナを特別な日だけでなく、誰でも自宅で楽しめるものにしたい」と言います。

「今から○年ほど前は、街のスーパー銭湯などで入れるサウナといえば、100度以上の高温になるドライサウナが中心でした。当時はおじさまが、ぐっと我慢して入るというイメージで、若い人にはそれほど人気ではなかったんです。それが、私が学生になったばかりのころ、△年くらい前、スチームタイプのサウナがXXXに登場しました。ジリジリと熱いスーパー銭湯のドライサウナに比べ、スチームサウナは室内の温かな蒸気で温まるものです。不眠などの不調が改善され、疲れが残らなくなったのに感動しました」(竹下さん)

東京都渋谷区神宮前にあるショールームでは、本場北欧のドライサウナとスチームサウナの実物展示をしています(要予約)。在宅ワークの合間に頭を休められるので、IT系やクリエイティブ職の人を中心に、体験し、自宅に導入する人が増えているそうです。

ドライサウナ(左)とスチームサウナ(右)の2種。右はスチームサウナは体験することができる。機器を設置すれば既存の浴室がそのままサウナにできるというもの(写真提供/AVANTO)

ドライサウナ(左)とスチームサウナ(右)の2種。右はスチームサウナは体験することができる。機器を設置すれば既存の浴室がそのままサウナにできるというもの(写真提供/AVANTO)

まずはズラリと並ぶオーガニックのアロマやシャンプー、ボディソープからハニーシトロンのアロマを選び、発汗を促すようにブレンドされたオリジナルハーブティーをいただいてからスチームサウナへ。スチームサウナとは、水蒸気で40℃~50℃の室温にするサウナです。ドアを開けると霧がいっぱいに満ちています。身体を洗ったあとに、壁付けのベンチに腰掛け、10分ほどすると、ジワジワと汗をかいてきました。アロマの香りのする温かな蒸気に包まれます。十分に温まったあと、最後は、水シャワーで汗を流します。シャワーを浴びて驚いたのは、非常に細かい粒子のミストであること。肌に吸い付くようです。

無料のスチームサウナ体験は完全予約制。リネンのフェイスタオルやバスローブも用意されている(画像提供/AVANTO)

無料のスチームサウナ体験は完全予約制。リネンのフェイスタオルやバスローブも用意されている(画像提供/AVANTO)

アメニティーも充実。シャンプーやボディソープは5種類、アロマは13種類から選べる(画像提供/AVANTO)

アメニティーも充実。シャンプーやボディソープは5種類、アロマは13種類から選べる(画像提供/AVANTO)

スチームサウナから出たあとは水分を取りながら、チェアで風を浴びて一休み(画像提供/AVANTO)

スチームサウナから出たあとは水分を取りながら、チェアで風を浴びて一休み(画像提供/AVANTO)

「スチームサウナは、もともと、特別にサウナスペースをつくらなくても、今ある浴室に取り付けることもできます。手入れはシャワーをかけるだけ。蒸気でカラッと乾くので清潔で掃除いらず。1回の入浴で3リットルの水しか使わないので、経済的です」(竹下さん)

木の香りのするドライサウナルームは、シンプルでモダンなデザイン。ボックス状で特別な工事不要で設置ができます。セルフロウリュすることで蒸気と温度を快適に調整することができます。

「10分ほど入れば頭がスッキリするスチームサウナはテレワークなどの休憩時間や朝の忙しくなる前に、温冷交代浴すると1時間ほどかかるドライサウナはゆっくり夜に楽しむのがオススメです。サウナが、自宅で過ごすライフスタイルの新しい選択肢になれば」(竹下さん)

リネンのバスローブを着て水を飲んで心地よい風に当たりながら休憩すると、心身がリラックスして最高に気持ちよく、「ととのう」感じがしました。

北欧のむく材でつくられたドライサウナルームの実物を見ることができます(画像提供/AVANTO)

北欧のむく材でつくられたドライサウナルームの実物を見ることができます(画像提供/AVANTO)

まだまだ高まりそうなサウナ熱。サウナがより日常的な存在になれば、一過性のブームで終わらず、マラソンやヨガのように健康維持のツールとして定着するでしょう。浴室には浴槽とともにサウナ、さらには浴槽を設置せずにスチームサウナのみを楽しむ――。そんなふうに、サウナが日本のお風呂ライフに根付くのもそう遠くないのかもしれません。

●取材協力
・伊藤忠商事株式会社
・株式会社AVANTO

「失敗は学び、思いやりは通貨」離島に移住して知識ゼロからのDIYを楽しむ素潜り漁師マサルさんは語る

素潜り漁師マサルさんをご存じですか? 海に潜ってモリで魚を突く素潜り漁をなりわいとするかたわら、ちょっと変わった海の生き物を捌(さば)いて調理して食べる話題のYouTuber。メインチャンネルの「【素潜り漁師】マサル Masaru.」は、90万人以上の登録者を誇ります(2021年11月現在)。

マサルさんは、2017年に特技を活かした「魚突き&魚捌き」のYouTubeチャンネルを開設。東京海洋大学卒業を控えた2019年末には東京を離れて鹿児島の離島に移住し、就職する代わりに「素潜り漁師」として活動を始めます。2020年3月から島の大きな古民家を借りて住み、DIYの知識がほぼゼロの状態から古民家を大胆にリノベーションする様子を、サブチャンネルの>「【離島移住生活】マサル」で配信しています。

マサルさんはなぜ離島に住むことにしたのでしょうか? そして、古民家のリノベーションにはどんな苦労があってどういった楽しさがあるのでしょうか? 今回はリモートインタビューでお話を伺いました。

あのテレビ番組に憧れて魚突きがライフワークに

――本日はよろしくお願いします。最初に自己紹介をしていただけるでしょうか。

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師のマサルです。YouTuberとして「魚突き」や「魚捌き(料理)」の動画を配信することを中心に活動しています。

――魚料理はまだしも「魚突き」をされる方はそういないと思いますが、どんなきっかけで始めたのでしょう?

『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)というテレビ番組がありましたよね。濱口優(よゐこ)さんがモリを手に海に入って魚を獲っているのを見て、小さなころでしたがすごく憧れたんです。親に頼み込んで、子どもでも魚を突くことができるイベントに連れて行ってもらったり。

それからずっと魚突きをライフワークにしています。YouTuber名の「マサル」も濱口さんにあやかって付けましたし、大学では「魚突きサークル」で月に何度かどこかの離島に行っては魚を突く生活を送ってました。

海と人が好きで離島に移むことを決めた

――そもそもなんですが、離島に魚を突きに行くだけでなく、なぜわざわざ移住したのでしょう?

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

僕は海が好きなので、離島は東京に住んでいたときから好きでした。どっちの方向に行ってもすぐ海があるのはいいですね。魚突きをしてますから、いつでも海に入れるのもうれしいです。
あと移住したことには「YouTuberとして生きていく」という決意もあります。僕は大学在学中からYouTuberとして活動していましたが、卒業後の進路を考えたとき、普通に企業に就職する道もあったのですが、こちらにかけても面白いのかな、と思ったんです。

――マサルさんが移住した島はどんなところでしょう。

鹿児島にある沖永良部島ですが、沖縄の那覇からフェリーで7時間かけて来るのが一般的な交通手段ですね(編集注:費用はかかるが鹿児島などから飛行機もある)。

地理的にはかなり隔離されていて、人口は13,000人くらい。車で1時間もあれば1周できます。スーパーやホームセンターもありますから、DIYに必要な材料や道具もだいたいはそろいます。

――数ある離島のなかでもなぜ沖永良部島に?

学生のころにはいろいろな離島に行きました。お金がなくてSNSで知り合った現地の人に泊めてもらったりしていたんですが、そのつながりで沖永良部島に友達が何人かできてたんです。これが大きかったですね。
観光開発もほぼされていなくて、実際に(コロナ以前も)観光客がほとんど島にいないところも僕にとっては魅力です。何より住んでる人たちが良くって、のんびりしているようで仕事はきっちりとする。一緒に何かするのも気持ちがいいです。

不動産屋さんがないので住む場所は自分で見つける

――現在の拠点にされている古民家は、築50年の5LDK。人が住まなくなって20年にもなるそうですが、どうやって見つけたのでしょうか?

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

そもそも離島には、基本的に不動産屋さんがないんです。だから家を借りるとなると、まず現地を歩いて「空き家」を見つけるところからです。

空き家が見つかったら、今度は持ち主を探し出さなくてはいけません。知り合いの漁師に聞き込んだり、商店街の顔役に聞いたり。それでもわからなかったら、地番を割り出して謄本を取れば持ち主はわかります。いま住んでいる古民家はそこまでしなくてもよかったんですが、いずれにせよかなり大変ですね。

――不動産屋さんがないということは、持ち主が見つかっても個人間の交渉ということになりそうですが……。

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

そうなりますね。僕は知り合いにつないでもらいました。そう簡単に貸してくれるものかなと思っていたのですが、意外とすんなりいきました。島の地主は高齢者が多いのですが、若い世代の僕たちの話もちゃんと聞いてくれます。

地主といってもその土地でお金を稼がないといけないわけではないので、めちゃくちゃ仲良くなれたりしたらただで貸してくれるかもしれません。ただ、そうすると人間関係がちょっと濃厚になり過ぎるような気がして、僕はきちんと賃料を払ってます。

――実際に住んでみて、古民家はどうでした?

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

内装や家具もまとめて好きにしていいということだったんですが、想像以上に傷んでました。床も壁も天井も腐っていて、全部壊して張り替えなくてはいけないところもあります。

――古民家をDIYでリノベーションするサブチャンネル「【離島移住生活】マサル」でも、さまざまなプロジェクトに取り組んでますね。動画も30本近くになっています。

※マサルさんは古民家でこんなリノベーションを実施

リフォーム1. キッチン編(全12本)
以前からの什器をすべて廃棄し、壁や床も張り替えてリフォーム。水まわりも配管し直してアイランド型に。全長1メートル以上の大型魚にも対応できるキッチンスタジオとして、毒々しすぎる巨大魚、グロテスクすぎる巨大エビ、深海から上がってパンパンの魚(いずれも動画タイトルより)などの調理に大活躍。2020年3月から2カ月かけて完成した後、防音シートや、ワニを捌く設備の増設なども。

リフォーム2. 五右衛門風呂編(全11本)
屋外に放置されていたお風呂を生き返らせて露天風呂を楽しむ計画が、風呂釜そのものが朽ちているなどほぼ全面的なつくり直しとなり、薪をくべる炉の耐熱施工などで苦心も多く、10カ月かかる大プロジェクトとなった。なお、釜全体が鋳鉄製なので正しくは長州風呂と呼ばれるそう。

リフォーム3. 和室編(2本、進行中)
物置き状態だった6畳の和室を片付け、腐っていた床や壁もまるごとリフォームして、音楽の部屋に変貌させるプロジェクト。2021年7月から現在進行中のリノベ企画シーズン3。
当初はそこまでたくさん配信する予定はなくて、片付けの様子を1本か2本くらい配信すればいいかなと思ってたんですが、とてもそんな「片付け」程度では住めない状態でしたね。

――壁や床をはがす動画を見ました。白アリがたくさんいたのが衝撃的でした。

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

あそこまで白アリがいるとは、本当に予想外でした。倉庫の床に本を1カ月ほど置いておくと、食い破られてダメになっているんです。それに白アリは年に1度、羽が生えて飛ぶんです。光に向かう習性があって、家の照明にハリケーンのように群がって、終わると死骸だらけ(編集注:羽アリになった白アリは新しい住処を求めて移動する)。これは、しんどいですね。

今になって思えば、白アリは絶対に確認すべきでした。なんとか耐えましたけど、白アリがいる家に住むべきではないと思います。

――かなり辛い状況ですが、引越しは考えなかったんですか?

僕はもともとサバイバルが好きで、YouTubeでもサバイバル企画の動画を出してるように、屋外でも寝られるタイプではあるんです。ましてや古民家には屋根もあるし、一応は大丈夫だったんですが、ショックは大きかったですね。

ただ、3カ月ほど住んでみるとトイレやお風呂も使えなくなってきたので、寝るためだけの家を別に借りてます。築20年程度の2LDKで、デスクワークにも使えますし。

――それならもう最初に借りた古民家は解約してもいいような……。

古民家は物がたくさん置けるところもいいんですよね。漁師をやってるのでその荷物もありますし、車も3台は余裕で停められます。

それに、自分で好きなように何でもいじれる家ってなかなかないですから。リノベーションのために、借りた家の壁を壊すって普通はできないじゃないですか。

知識ゼロから始めたDIY。失敗も学びになる

――かなり本格的にDIYされていますが、そういった知識や技術はどこから得ているのでしょうか?

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

DIYの知識は本当にゼロだったんです。やったことあるのは家具量販店の組み立て家具くらいで、インパクトドライバー(電動ドライバーの一種)を使ったこともなかった。ただ、とりあえずやってみて、その様子を動画にして配信すると、視聴者の方がコメントで全部教えてくれるんです。みんなでつくり上げてるようなものですね。

とはいえ最初に動画を出したときは「素人にリノベーションなんかできるわけないだろ」「やめておけ」みたいなコメントはやっぱり多かったですね。

――DIY知識がない人が「自分でリノベーションをしてみよう」と発想すること自体がすごいと思います。

自己評価が高いのかもしれないですね。「失敗もするだろうけど、やれるだろ」って思っちゃうんです。大工さんも自分も同じ人間だし、調べれば、やれることにそこまで違いはないはず。もちろん、技術では相当劣ることにはなると思うんですが、大まかにならやれるはずだと。

――動画を見ていると、やり方を知らずに失敗して、作業が手戻りしている箇所がたくさんあるのが印象的でした。もっとやり方や技術について勉強してからDIYに取り組んだほうがよかった、とは思わなかったですか?

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

それはまったく思いません。うまくいかなくて手戻りしたとしても「失敗パターン」を学べているので、失敗ではないんです。だから、落ち込むことも後悔することもないですね。そういう気持ちさえもっていれば「やり続ければ作業はいつか終わる」ことになります。

――マサルさんのモチベーションのよりどころを見た思いです。動画では最初の2カ月で「キッチン」のリノベーションを済ませていましたが、気に入っているところはどこですか?

アイランドキッチンの全景

アイランドキッチンの全景

キッチンはアイランド型にしました。正面でコンロを使っていても、後ろを向けば壁側に作業台もあってまな板と包丁がすぐに使える。この動線はかなり気に入っています。

――リノベーションしたキッチンに自分で点数を付けるとしたら何点ですか?

※↑ 完成したアイランドキッチンでは巨大な魚も調理できる(2021年7月18日配信動画「40kg越えのアカマンボウを解体したら家が大惨事に。。。」)

かなりうまくいったと思っていて、80点ですね。アイランドキッチンなら調理風景を正面からも撮れますから、YouTubeの動画を撮影するときにかなり便利です。

欲を言えばキッチンの床板をはがして、コンクリートを流し込んで「土間」にできたら最高だったと思います。それならデッキブラシで掃除ができますから。実はキッチンのリノベーションを始めたときに考えたんですが、さすがにDIY未経験でそこまでするのは腰が引けてしまって。

あとは、フライヤーやオーブンを置くところをつくっておけばよかったとか、カーテンで隠してる古い窓を壁にリフォームしておけばよかったとか、そういうことは思いますね。

――キッチンの次に取り組んだのは、屋外の五右衛門風呂(編集注:動画でも説明されているが様式としては長州風呂)ですね。動画を見ると、かなり手戻りもあって1年近くかかったようでしたが、実感としてはどういったところが大変でした?

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

もう全部大変ではあるんですが……。まずお風呂のそばに生えているガジュマルの木が邪魔でしたね。あれを短く切っていくのがメチャクチャに面倒くさくて。

それから炉の耐熱に関して、耐火モルタルの扱いには苦労しました。どう使えばいいのか島の誰に聞いてもわからない。かなり試行錯誤しました。

――お風呂に点数を付けるとしたら?

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

あれは50点くらいですかね。入るのは最高なんですが、沸かすのが大変です。薪を入れる炉の容量が小さくなってしまってお湯がなかなか沸かないことと、その炉を掃除できるようにつくらなかったことが残念ですね。

あとは母屋からつながる屋根があれば本当にいいお風呂だと思います。つくりたいとは思っているんですが、ほかにもやることがいろいろあって優先順位は低めになっています。

――リノベーションをしてみて、どういうところに楽しさがあると思いましたか?

自分の思い通りの部屋が実現できるところですね。例えば、キッチンにかなり大きなシンクを取り付けました。これだけのシンクがある部屋を探すのは、なかなか大変だと思います。

それから家の構造がどうなっているかって、僕たちは全然知りませんよね。壁をはがして、床をはがして、こういうつくりになっているんだと初めて理解できる。それが何の役に立つかはちょっとわからないのですが、毎日住んでいる家ですから、構造も知っていたほうが健全だと思うんです。魚を食べるだけじゃなく、捌き方も知ってるように。

――ということは、みんな一度はDIYをやってみたほうがいいですね。

環境が許すならやってみたほうがいいと思います。僕もリノベーションをやる前と後では世界の見え方が変わりました。家や建物を見るときにも、細部に目が行くようになったり、「ちょっと雑かもな」なんてことがわかるようになったりします。

人とのコミュニケーションで生活が成り立っていく

――離島の暮らしについてもお伺いしたいです。以前に住んでいた東京とは違うなと感じたことなどあれば。

言い方が悪いかもしれませんが、東京だったら「お金があれば何でもできる」と思うんです。例えば、家事が面倒になったら家事代行サービスを呼んでみたり。

ところが、離島ではお金を持っていたとしても、まずサービスがないんですね。家事代行サービスなんてないですし、さっき話したように不動産屋さんもない。だから、お金じゃない価値が大切になってくるんです。

例えば「あの人にこれをしてもらったから、あの人にこれをしてあげよう」みたいに、人への思いやりが通貨のようになっているんです。こういうコミュニケーションは東京では味わえないですね。

――なるほど……。離島で暮らす上で必要になってくるものは何でしょうか?

やはりコミュニケーション能力でしょうね。野菜をつくっている人と仲良くなれば、野菜をもらえます。もっと仲良くなれば「晩ご飯食べていきなよ」なんて誘われるかもしれません。

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

僕も島の人から軽トラをかなり安く譲ってもらいました。これを島の外で購入して輸送してもらおうとしたら、輸送代だけでも相当高くつきます。島では逆に、お金はあまり必要ないかもしれませんね。

――ただ、都会から来た人は、そういったコミュニケーションがおっくうになってしまいそうです。

確かに、慣れないうちは大変かもしれません。でも多分、みんなが思っているほどではないですよ。僕も忙しいと思われているのか、飲み会は月に一度誘われるかどうかというくらいです。

――マサルさんはコミュニケーション能力ありそうです。

いや、実は全然そういうタイプじゃないんです。気合いでなんとかしている部分もありますね。ただ、離島で暮らす以上、基本的にそういったコミュニケーションは楽しむようにしたほうがいいです。いろいろな人とつながりをもつ世界を知ると、逆に以前の東京の暮らしの生きづらいところを感じるようにもなりました。

離島の人に恩返しをしていきたい

――これから離島でやってみたいことはありますか? 古民家のリフォームは「和室」編に突入してますね。

現在リノベーションしている和室は、ピアノを置けるようにしたいんです。そこまで得意というわけではないんですが、中学校のときに合唱コンクールで伴奏したこともありますし、置いてあったらきっと弾きたくなるはずです。そのため、部屋にどのくらいまで防音の機能をもたせられるかにもチャレンジしたいですね。

あとは、囲炉裏やバーベキュー場をつくりたい。友達が遊びに来たときに時間を共有できるような場所をつくっていきたいと思っています。

――島の人とのかかわりにおいてはどうでしょうか?

この島に来て、水産関係の人たちにものすごくお世話になりました。僕は漁協に入っていますが、それには漁師の保証人が必要なんです(編集注:条件は地域による)。だから「マサルを漁師にしてあげよう」という漁師さんがいなかったら、僕は今の活動ができていません。

それから、YouTubeで珍しい魚を捌く動画も上げていますが、全てが自分が突いたわけではなく、一般の人が買えないような魚もあります。それは仲買の人が僕に買ってきてくれるんですね。

でも、水産関係でお金を稼ぐのは今なかなか難しいんです。特に漁師を専業で続けていくのは厳しいです。さらに最近は新型コロナウイルスの流行で、魚の価格が大幅に下がってしまっています。

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

そこで、クラウドファンディングで資金を集めて、水産加工場を立ち上げるプロジェクトを立ち上げました。最終的には水産物の販路をつくって、離島の人たちに恩返しをしたいですね。

――最後に、このインタビューで離島に興味をもった人がいたら、どういったメッセージを送りますか?

興味があって悩んでいるのなら、やってみたらいいと思います。うまくいかないこともあるかもしれませんが、やってみてから考えたらいいんじゃないでしょうか。やらないで後悔するより、そのほうがずっといいと思います。

――マサルさんに言われると納得感がすごいです。本日はありがとうございました。

●取材協力
素潜り漁師マサル
●Twitter: @masarumoritsuki
●YouTube(メイン): 【素潜り漁師】マサル Masaru.
●YouTube(サブ): 【離島移住生活】マサル
●クラウドファンディング: 【素潜り漁師マサル】島の漁師たちが稼げるようにしたい!

家庭用蓄電池はもはや必須!? 防災や節電でニーズ増、選び方は?

災害時に役立つなど話題になっている家庭用蓄電池。少し前までは蓄電池のある家は珍しかったが、防災目的だけでどれだけ増えているのか?どんな蓄電池が売れているのか?……それらを探るうちに、家庭用蓄電池がこの先、必須になる可能性がわかってきた。家庭用蓄電池の現在を見てみよう。

9年で約60倍に! 災害による停電時ニーズが高まっている

電気をためて必要なときに使える蓄電池。2011年度には約2000台だった蓄電池の出荷台数は、2020年度には約12.7万台に増えた(日本電機工業会「JEMA蓄電システム自主統計2020年度出荷実績」)。この数字には家庭用と商業・産業用も含まれているが、その約90%は10kWh未満だから、多くは家庭用と考えられる。とはいえ2019年度の新築住宅の着工数に占める蓄電池の導入割合はまだ約9%(経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」)。それでも今後の私たちの暮らしに、蓄電池は欠かせなくなるようだ。

家庭・商業・産業用「定置用リチウムイオン蓄電システム」の出荷台数の推移 (出典:一般社団法人日本電機工業会※2021年11月4日時点)

家庭・商業・産業用「定置用リチウムイオン蓄電システム」の出荷台数の推移(出典:一般社団法人日本電機工業会※2021年11月4日時点)

幅広いメーカーの家庭用蓄電池を販売しているゴウダの合田純博さんは「特に2019年の台風15号による千葉県内での大規模な停電以降、お問い合わせが増えました」という。残暑の厳しい時期に約1週間もエアコンが使えなくなる様子がニュースで流れたことで、検討する家庭が増えたのだろう。

その少し前から、いわゆる「卒FIT需要」により蓄電池は注目を集めるようになってきたという。卒FITとは太陽光発電など再生可能エネルギーの余剰電力を、一定期間固定価格で国が買い取る制度(FIT制度)の買取期間が満了したことを指す。太陽光発電の買取期間は10年間で、この制度が2009年11月に始まったことから、最初に満了者が発生する2019年の直前くらいから「売れる単位が約6分の1に下がるならためて使おう」と蓄電池が注目されるようになったというわけだ。

このように家庭用蓄電池のメリットとしてはまず災害による停電の際に、家の中で電気を使うことができる、つまり停電してもしばらくは普通に生活ができるということ。また太陽光発電システムと蓄電池があれば、停電時に便利なだけでなく、天気のよい昼間の間に太陽光発電で得た電力を夜中や雨の日に使うことで節電=光熱費を削減できる。さらに、電気料金の安い深夜電力を蓄電池にためておき、料金の高くなる日中に使うことで電気代を節約することも可能だ。特に昨今は原油価格の高騰などもあり、電気料金が高くなっているので、蓄電池のメリットは大きい。

(画像提供/ゴウダ株式会社)

(画像提供/ゴウダ株式会社)

メリットをまとめると次のようになる。
■太陽光発電との併用で効果をアップできる(余った電気をためたり、売ったりできる)
■高騰が懸念される電気代の大幅削減ができる
■災害時の安心を確保できる(停電時にも電気製品を使うことができる)

「蓄電池には家中の電気製品をまとめて使える全負荷型と、リビングなど特定の場所のみ使える特定負荷型がありますが、最近よく売れているのは全負荷型で10kWh前後の大容量タイプです」と合田さん。また卒FIT組を含め、従来はリフォームの際に合わせて蓄電池と太陽光発電システムをセットで設置したいという消費者からの問い合わせが多かったが、最近は新築を手掛ける工務店等からも増えているという。

「2020年に、菅元首相が2050年までに脱炭素社会を実現すると宣言してから、工務店等への消費者からのお問い合わせが増えたようです」(合田さん)。大手ハウスメーカーでは太陽光発電や蓄電池の標準化が進んでいるものの、中小工務店ではまだまだ。それでもオプションで用意するようになってきているなど、蓄電池に対する世の中の関心は増しているようだ。

ゴウダでの太陽光発電システム設置の施工事例(写真提供/ゴウダ株式会社)

ゴウダでの太陽光発電システム設置の施工事例(写真提供/ゴウダ株式会社)

施主は停電に備え、シャープの太陽光パネル3.39kWと6.5kWhの蓄電池を同時設置(写真提供/ゴウダ株式会社)

施主は停電に備え、シャープの太陽光パネル3.39kWと6.5kWhの蓄電池を同時設置(写真提供/ゴウダ株式会社)

さらに「今後は太陽光発電システム+蓄電池が各家庭に必須アイテムになる」というのはプライム ライフ テクノロジーズの小島昌幸さん。同社はテクノロジーを駆使し、未来志向の「まちづくり事業」の展開を目指すパナソニックとトヨタなどが設立した会社だ。

「2050年カーボンニュートラル達成とこれからの脱炭素化社会に向けて、国はEV(電気自動車やハイブリッドカーなどの電動車)の普及を促進していますが、街中にEVがあふれるようになれば、当然今より電力需要が高まります。住宅でEV充電すると消費電力が2~4割も増えるという試算があるほどです。だからといって石炭や石油を燃やして電力を増やすのでは本末転倒。やはり太陽光発電など再生可能エネルギーでEVを走らせるのが望ましいシナリオです」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

太陽光で発電した電気を受け止められるよう、自宅にEVを置いて充電できればよいが、太陽光発電が発電する日中にずっとEVに乗らないなんて非現実的だ。ここは蓄電池に電気をためて、後でEVに充電するほかないだろう。

そもそも脱炭素化社会には太陽光発電などの再生可能エネルギーは欠かせないが、自然は人間の思った通りに発電したり、止めたりしてくれない。つまり再生可能エネルギーの普及には、そのエネルギーをためておき、自由に使えるようにする蓄電池が欠かせないのだ。

海外と比べても日本は意外と蓄電池の普及が進んでいる

一方、海外と比べると日本は意外と家庭用蓄電池の普及が進んでいる。環境対策が進んでいるイメージのあるドイツや、蓄電池工場の多い中国よりも実は累計導入量は多いのだ。

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より、SUUMOで作成

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より、SUUMOで作成

また再生可能エネルギー(太陽光発電システム+風力発電)の導入量はドイツの約56%でしかないが、別の見方をすればこの先再生可能エネルギーの導入が増えれば、その受け皿となる家庭用蓄電池も増える余白が大きいといえるだろう。

こうした家庭用蓄電池の普及は、先ほど述べたメリット以外にも、新しい社会インフラの構築面でも役に立つ。その一例がコミュニティZEH(ゼッチ)だ。これは太陽光発電や蓄電池、電気自動車や住宅設備などを、特定の地域でまとめて管理することで、災害時にその地域の安定的な電力供給を図るというもの。そうしたまちづくりが既にいくつも始まっている。

プライム ライフ テクノロジーズグループが手掛ける愛知県みよし市の分譲地「MIYOSHI MIRAITO」もコミュニティZEHVの一例。経済産業省の「コミュニティZEHによるレジリエンス強化事業」に採択された。(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

プライム ライフ テクノロジーズグループが手掛ける愛知県みよし市の分譲地「MIYOSHI MIRAITO」もコミュニティZEHVの一例。経済産業省の「コミュニティZEHによるレジリエンス強化事業」に採択された(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

コミュニティZEHは蓄電池・EV×戸数という大容量の電気をエリア内で融通し合えるので、外部からの電気の供給が断たれても(停電しても)そのエリアの各住戸はより長い間電気を自給自足しやすくなる。ほかにも、頻発する自然災害に対して住民同士で助け合う地域社会の醸成に役立つ。

家庭用蓄電池の選び方や、選ぶ際の注意点とは?

では家庭用蓄電池はどうやって選べば良いのだろう。合田さんに教えてもらった。

(写真/ゴウダ株式会社)

(写真/ゴウダ株式会社)

「まずは先ほど述べた全負荷型か特定負荷型のどちらにするか」。災害による停電時を想定した上で、家中の家電をまかなえる全負荷型を、一部屋だけでも使えるようになればいいなら特定負荷型となる。

次に「200Vに対応するかどうか」。テレビやドライヤーなど、コンセントの口が2口の家電だけなら100Vで対応できる。しかし一部のエアコンやIHクッキングヒーター、エコキュートなどは200V仕様であることが多い。200Vの家電を使いたいなら、やはり200Vに対応した蓄電池を選ぶべきだろう。

ためられる容量も肝心だ。容量が多いほど使える電気の量も増える。停電時を想定すると「一家庭(4人家族を想定)の平均で1日13.1kW程度です。例えば容量13kWhだと1日はいつもどおりに電気を使うことができます」。あとは予算に応じて、どれくらいの容量にするか検討するといい。

「さらに忘れてならないのが『出力』です。容量を大きなバケツだとすると、出力はそこについている蛇口です。蛇口の口が小さければ、一気に取り出せる電気が少なくなります」。いくら200Vに対応しているとしても、出力が小さければエアコンとIHクッキングヒーターを同時には使えない。これも予算に応じてだが、どれくらいの出力(カタログには3kVA(キロボルトアンペア)などと書かれている)にするか考えておきたい。

まとめると、選ぶ際のポイントは以下のようになる。
・全負荷型か特定負荷型か
・200Vに対応するか
・容量をどれくらいにするか
・出力をどれくらいにするか

用途や予算に応じ、上記のポイントに注意しながら家庭用蓄電池を選ぶようにしたい。なお製品の保証期間については、現在主流になっているリチウムイオン電池を使うタイプであれば10年間が標準で、メーカーによってはプラス5年間の延長保証を用意しているところもあるという。

脱炭素化に向けて太陽光発電+蓄電池は各住戸1セットが必須になるかも

では現在の家庭用蓄電池の価格はどれくらいなのだろう。もちろんメーカーや容量等によってさまざまだが、経済産業省が公表している資料(経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」)によれば2019年度の家庭用蓄電池は1kWh当たり14.0万円(工事費を除く)だという。

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より。流通コストなども含むが、工事費は除いた価格

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より。流通コストなども含むが、工事費は除いた価格

これは2015年度の22.1万円と比べて約36%安い価格だ。家庭用蓄電池やEVの普及などにより、確実に価格は下がってきているようだ。国としてはさらに価格を下げようとしている。「工事費も含めた価格で2030年時点に7万円/kWh以下を目指しているようです」とプライム ライフ テクノロジーズの小島さん。

「7万円という数字は、家庭用蓄電池を導入した自家消費型住宅のほうが経済的に有利になる、簡単にいえば『元が取れる』と想定している価格です」。2019年度の約半分というかなり戦略的な価格に見えるが、小島さんは「不可能ではない数字です」と言う。

「太陽光発電システムもほんの10年前まで、4kWで200万円以上したが、今では100万円程度になっています」と小島さんはいう。確かに1kW当たりの太陽光発電システムの価格は、2012年に46.5万円/kWだったのが、2020年には29.6万円にまで下がっている(経済産業省「令和3年度以降の調達価格帯に関する意見」)。4kWだとすれば118.4万円ということだ。

一方で合田さんによれば、需要の高まりによって「リチウムイオン電池に使うレアメタルなど、材料の価格が高くなり、それが販売価格に反映されて最近は価格が高くなってきました」と言う。

そうした懸念材料もあるが、EVの急速な普及に対してレアメタルを使わないリチウムイオン電池や、従来と同じサイズでも容量が増えて劣化しにくい全固体電池の開発も進むなど、いつの時代も技術革新が私たちの生活を豊かにしてくれるはず。

そういうと、あまりにも楽観的過ぎるかも知れないが、2050年の脱炭素化社会に向けて国は2030年代に販売する全ての車を電動化(ハイブリッドも含む)を目指しアクセルを踏んでいるのは事実。東京都では太陽光発電システムを義務化するなんて話も聞こえてきた。

ともかく、地球温暖化防止に向けて脱炭素化はこれからも進んでいく。そのなかで、太陽光発電+蓄電池は1住戸1セットが必須といえるだろう。まずは今の自宅で停電が起こった際に、どんな家庭用蓄電池があればいいのか、それはいくらするのか。あるいは太陽光発電システムも搭載したら容量は多少少なくて済むかも!?など、検討してみることから始めてみてはどうだろうか。

●取材協力
プライム ライフ テクノロジーズ
ゴウダ
●関連資料
一般社団法人日本電機工業会「JEMA 蓄電システム自主統計 2020 年度出荷実績」
経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」

コロナ対策、人気は「玄関クローゼット」。一戸建ての設計に世相が見えた!

住宅金融普及協会が、住宅事業者を対象に、近年供給されている一戸建ての設備及び仕様等に関する実態を把握するためのアンケート調査を実施した。その結果は、近年のコロナ禍や災害頻発などの社会情勢を反映したものになった。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」結果を公表/住宅金融普及協会

住宅設計上のコロナ対策では、玄関にクローゼットが人気?

筆者が注目した調査結果の一つが、「住宅設計における新型コロナウイルスの感染予防対策への取り組み」についてだ。住宅事業者がコロナ下の2020年度に供給した、一戸建ての注文住宅または建売住宅について、次の4つの設備等を設置したかどうか聞いている。

(1)玄関に手洗い設備等の設置
(2)玄関にクローゼット等の設置
(3)在宅勤務スペースの設置
(4)宅配ボックスの設置

その結果は以下の通り。各住宅事業者が供給した「すべての住宅に設置した」か「一部の住宅に設置した」か、あるいは「設置実績がない」かを回答したものだ。

住宅金融普及協会「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」より転載

住宅金融普及協会「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」より転載

最も設置されたと考えられるのが「玄関にクローゼット等」だろう。玄関に下足入れ(靴箱)を設置するのは当然として、その脇などにコートなどが収納できる高さのクローゼットを設置するプランだ。そこにコートや上着、カバンなどを収納すれば、外出先から持ち込んだウイルスを玄関で留める効果が期待できる。

「宅配ボックス」や「在宅勤務スペース」の設置も多い。宅配ボックスは、外出が減ってネット購入が増えたこと、対面せずに受け取れることなどから、ますますニーズが高まった。在宅勤務がコロナ下で普及したことで、自宅にワークスペースを設けるニーズも生まれた。

「すべての住宅に設置」と「一部の住宅に設置」の比率の違いは、コロナ前からニーズがあったかどうかではないだろうか? 玄関脇のクローゼットや宅配ボックスはコロナ前からニーズがあったものだが、ワークスペースは一部の人にしかニーズがなかったし、「玄関手洗い」はコロナ禍で創出されたニーズだ。コロナ前は洗面所で手を洗えば十分だったので、玄関に給排水管を引いてまで手洗い場を設けるプランはめったになかった。こうした違いが、今回の調査結果にも影響していると思われる。

いずれにせよ、新型コロナウイルス感染拡大により、住宅の設計に変化が生じたことは間違いないだろう。

住宅の耐震性向上のために制振の採用が増加?

次に筆者が注目したのは、「震災対策への取り組み」だ。南海トラフ地震などの巨大地震が発生するリスクが高まっている。そんななかで、住宅の耐震性をより高めたいというニーズが感じられる結果だ。

住宅金融普及協会「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」より転載

住宅金融普及協会「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」より転載

住宅の耐震設計には「耐震」「免震」「制振(制震)」がある。地震の揺れで倒壊しない頑丈な構造にしようというのが「耐震」で、一戸建ての一般的な建て方になる。

これに対して、「免震」は基礎の上に揺れを吸収する免震装置(積層ゴムやボールベアリングなど)を設置して、その上に建物を支える鉄骨の架台を置いて建物の土台を載せることで、建物と地面を切り離す工法。地震の揺れが建物に伝わる前に吸収されるので、揺れが大幅に軽減される。ただし、費用もかかるので一戸建てで採用される事例は少ない。

一方、最近増えているのが、壁などの構造材の一部に制振装置(ダンパーなど)を使って、地震の揺れを吸収する「制振」だ。免震が地震の揺れを建物に伝えないようにするのに対して、制振では揺れは建物に伝わるものの建物内で揺れを吸収するので、一般的な耐震工法に比べて揺れを抑えることができる。免震ほど費用が掛からないので、採用しやすいという側面もある。

今回の結果を見ると、大規模地震のリスクが高まるなか、より住宅の耐震性を高めようと「制振」を提案したり、選ばれることが多いと見てよいのかもしれない。

また、今回の調査では、行政が普及を図っている「感震ブレーカー」についても質問している。大規模地震では、電化製品が落下することなどによる発火や停電が復旧した際に起こる通電火災などの「電気による火災」も多い。感震ブレーカーは、震度5強以上の地震を感知して分電盤の主幹ブレーカーを強制遮断するもの。不在時やブレーカーを落とす余裕のないときでも自動的に遮断できるので、電気火災を防止する効果がある。

調査結果では42%の住宅事業者が感震ブレーカーを設置(「すべての住宅に設置」22%、「一部の住宅に設置」20%)していた。

こうして調査結果を見ていくと、住宅設計においてはその時々の情勢によるニーズが反映されていると感じる。その後に情勢が変わっても、日々の生活に便利だったり安全だったりするものは、引き続き採用されていくだろう。社会情勢と住宅のプランは、密接に関係しているのだ。

「住宅の設備および仕様等に関する事業者アンケート調査」結果を公表/住宅金融普及協会

無重力猫ミルコの家!DIYで注文住宅を“猫の巨大なジャングルジム”へ

元気に美しく空中を舞う姿がSNS等で話題の「無重力猫・ミルコ」をはじめ5匹の猫と暮らす、中川ちささん。猫を迎えてから、DIY未経験だった夫が猫トンネルやキャットウォークなどを家中に巡らせ、シンプルな注文住宅が激変!「自分たちの手でここまでできるの?」と驚く「猫の巨大ジャングルジム」のような家ができるまでのストーリーと、素人でもトライできる「猫のためのDIY」について話を伺いました。

「初めて猫を飼う不安」より目の前の猫の可愛さが勝り5匹の親に

TwitterやInstagramで人気の「無重力猫ミルコの家」を発信している中川ちささん。中川夫妻は15年前に、たくさん持っていた絵が映えるようにと、ダークブラウンと生成り色の壁でコーディネートしたシンプルシックな注文住宅を建てました。「いつか猫か犬を飼いたい」と思っていたことを知る友人から、「里親を募集している子猫の引き取り手がいなくて困っているから見に行こう」と誘われて会いに行きました。2人とも猫との暮らしがどういうものか分からなかったこと、壁や家を汚されるのではないかという不安はありましたが、猫のあまりの可愛さにほだされて、その場で迎え入れることを決意したのです。

猫専用通路を張り巡らせた家で、ミルコを抱いた中川ちささん(写真提供/中川ちささん)

猫専用通路を張り巡らせた家で、ミルコを抱いた中川ちささん(写真提供/中川ちささん)

「里親を募集していたのはオスとメスの2匹でしたが、夫が仲のいい2匹を引き離すのはかわいそうと言うので、2匹を同時に連れて帰ることにしました。飼う前は不安があったのに、実際暮らしてみたら癒やししかありませんでした」(ちささん)

2012年にうしお(オス)とピーチ(メス)と暮らし始め、1年後にベンガルのレオン(オス)を、2015年に駐車場でひろったミルコ(オス)も加わり、2017年に保護猫シェルターにいたロッケ(オス)を迎えました。ロッケは子猫のころから腎臓の持病があることが分かりましたが、獣医師に診てもらい、投薬を続けながら普通の生活ができています。「猫の飼いやすさは個体差があって何匹なら飼いやすいとは言えませんが、病気になったときのことなどを考えると、うちで飼えるギリギリは5匹です」

飛び跳ねるポーズがダイナミックで美しい白猫のミルコ(写真撮影/中川ちささん)

飛び跳ねるポーズがダイナミックで美しい白猫のミルコ(写真撮影/中川ちささん)

(写真撮影/中川ちささん)

(写真撮影/中川ちささん)

ユニークだったのは、躍動的に飛び跳ねるミルコでした。その写真を撮影してちささんがSNSに投稿するとたちまち話題になり、出版社からのオファーで「無重力猫、ミルコ」の名前が入った写真集が2冊発売され、「バレリーナのような猫」と海外でも話題に。ちささんは、「もっと猫について正しい知識を得たい」「猫と暮らす住まいについて学びたい」と、愛玩動物飼養管理士、ペット共生住宅管理士の資格を取得。猫との暮らしに関するコラムを執筆したり、猫イベントに呼ばれて参加するなど生活が一変したのです。

釘やビスを使わず組み立てた初めてのDIY作品「猫棚」

夫は週末DIYを始め、住まいは猫仕様に変わりました。リビング・ダイニング・キッチンを見ていきましょう。

猫トンネル、キャットウォーク、スケルトンキャットウォーク、本棚兼キャットタワーへ、家中を走り回れる住まいになった(写真撮影/中川ちささん)

猫トンネル、キャットウォーク、スケルトンキャットウォーク、本棚兼キャットタワーへ、家中を走り回れる住まいになった(写真撮影/中川ちささん)

DIYを始めたきっかけは、猫を完全な室内飼いにしたこと。「猫が3匹だったころ、庭で木登りをしたりして遊んでいるうちに塀を越えて隣の庭に入ってしまって。ご近所に迷惑をかけてはいけないと、庭に出さないことを決意しました。すると、外遊びができなくなった猫たちが淋しそうで、猫たちが家の中で楽しく遊べるようにと、夫がDIYを始めたのです」

DIY未経験の夫が初めてつくったのは、ちささんが欲しかった本棚と、猫たちが上り下りできる遊び場の2つのニーズを叶えた「猫棚」でした。収納したかった本が収まり、色合いもデザインも部屋になじんでいます。

初めてつくった猫棚(右)(写真撮影/中川ちささん)

初めてつくった猫棚(右)(写真撮影/中川ちささん)

「猫棚は、これまでつくったDIY作品の中でも最も苦労したものです。初めてで分からないこともあって、DIYは釘やビスを使うと猫が爪を傷めないかと心配で、ビスや釘を一切使わず、木と木の凸凹を組み合わせるほぞ組みで組み立てました。今考えると取り越し苦労でした」と夫。

作業は仕事がオフの週末だけ。実際の制作時間は短いものの、構想に時間がかかるそう。「『こういうものをつくりたい、欲しい』と思いついてからプランを練って作業に入るまで2、3カ月かかります。デザインが決まったら、サイズ、手順、必要な材料などを考えてメモして、完成イメージが決まれば、ホームセンターで材料を買って作業に入ります。作業時間は物にもよりますが、だいたい数日でできます」(ちささん)

細かいことが得意だという夫が描いた自分用のメモのような設計図(写真撮影/中川ちささん)

細かいことが得意だという夫が描いた自分用のメモのような設計図(写真撮影/中川ちささん)

Excelでつくった猫棚の立面図。ここまでできれば完成が見えてくる(画像提供/中川ちささん)

Excelでつくった猫棚の立面図。ここまでできれば完成が見えてくる(画像提供/中川ちささん)

猫棚の扉の取っ手を猫型にくり抜いたのはちささんの希望。細かいところも愛がキラリ(写真撮影/中川ちささん)

猫棚の扉の取っ手を猫型にくり抜いたのはちささんの希望。細かいところも愛がキラリ(写真撮影/中川ちささん)

もともとあった丸窓の前のステップ台とカーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

もともとあった丸窓の前のステップ台とカーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

壁に穴を空けて部屋から部屋へ抜けて遊べる「猫トンネル」

夫が猫棚の次につくったのは猫専用通路「猫トンネル」でした。猫を飼ったことがある人は分かると思いますが、猫は狭い所、高い所、隠れられるところが大好きです。中川家の猫トンネルは、壁に穴を空けて、壁を通り抜けて隣の部屋や1階と2階への行き来をショートカットできる猫専用通路。「あそこの壁に穴をあけよう」と夫が言い出して、リビングの小さな吹抜けから2階の寝室に抜けるトンネルをつくりました。

くぐったりお昼寝したりできるトンネルは猫たちに人気(写真撮影/中川ちささん)

くぐったりお昼寝したりできるトンネルは猫たちに人気(写真撮影/中川ちささん)

食器棚の上から階段へ続く猫トンネル。くぐるミルコの後ろ姿が可愛い(写真撮影/中川ちささん)

食器棚の上から階段へ続く猫トンネル。くぐるミルコの後ろ姿が可愛い(写真撮影/中川ちささん)

上の写真のトンネルを抜けるとそこは階段。『マツコ会議』(日本テレビ系列)で紹介されたトンネルは穴から顔だけ出したり、覗いたりして遊べる(写真撮影/中川ちささん)

上の写真のトンネルを抜けるとそこは階段。『マツコ会議』(日本テレビ系列)で紹介されたトンネルは穴から顔だけ出したり、覗いたりして遊べる(写真撮影/中川ちささん)

「猫トンネル」のつくり方を教えてもらいました。

猫トンネルのつくり方
(1)壁に穴を空ける前の準備として、壁の中の間柱を調べる機器「下地センサー」で柱がない場所を確認して、壁の中が空洞になっている部分に穴をあけます。電気配線が通っていそうな場所を避けるよう注意。
(2)猫の胴回りなどのサイズから、(4)の塩ビパイプのサイズ(直径)を決めます。
※塩ビパイプは決まった規格があるので、塩ビパイプに壁の穴の大きさ(5)の木枠の穴の大きさを合わせます。
(3)引き回しのこぎりで壁(入口と出口になる壁)に同じ大きさの穴をあけます。
(4)貫通した壁に塩ビパイプを通します。
※塩ビパイプは、下水道管や土木管など、排水や輸送配管として使われる建築資材です。
(5)円の周囲に木枠を当てて木工用ボンドで接着して完成。

写真のようにトンネルの木枠の色は、部屋のテイストと合わせてペイントしています。「1階のリビングから寝室へ続く道、リビングから夫の部屋に続く道、キャットウォークからキャットウォークに続く道、そして食器棚から階段に続く道と、家では4つも猫トンネルをつくってしまいましたが、失敗したら大変なので、おすすめはしません」と、ちささん。つくる際は、自己責任で正確かつ慎重に行う必要があります。マンションは自分のモノでも、外周壁や戸境壁は共用部分になるため、穴をあけられません。また、住戸内の壁も、管理規約で穴をあけることが禁止されている場合があるので確認が必要です。

猫も人も楽しめる天井の下の猫専用通路「キャットウォーク」

猫トンネルをくぐる猫たちの姿を見て、もっと駆け回れる範囲を広げたいと、夫はキャットウォークに着手しました。キャットウォークは、猫たちの専用歩道のようなもので、室内飼いの猫の運動不足、ストレス解消にもうってつけ。猫の飼い主が注文住宅を建てるときに要望が多いアイテムです。中川家は、ウォーキングコースを増設するようにキャットウォークを次々とつくり、猫の動線を伸ばしていきました。

板を棚受け金具で留めただけのシンプルなキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

板を棚受け金具で留めただけのシンプルなキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークを製作中の夫と作業を見守るレオン(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークを製作中の夫と作業を見守るレオン(写真撮影/中川ちささん)

猫好きが大好きな「肉球」を下から見放題のスケルトンキャットウォークは、透明な椅子に猫をのせて肉球の写真を撮っていたちささんが、肉球が歩く様子を見たいと要望して、夫が製作したもの。写真のように真っすぐ一直線に長くするのではなく、角度をつけているのは猫が全速力で走って、勢い余って落ちたりすることがないようにとスピード抑制対策です。また、アクリル板と木の枠の間にナットをはさみ少し隙間をあけたことで猫たちの抜け毛が溜らずに落ちて、植物や飾りを吊るすこともでき、一石二鳥でした。

アクリル板と木の枠の間に隙間を確保するのがポイント(写真撮影/中川ちささん)

アクリル板と木の枠の間に隙間を確保するのがポイント(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークの両脇に設けた木の枠は特別な部屋のよう(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークの両脇に設けた木の枠は特別な部屋のよう(写真撮影/中川ちささん)

上の写真はキャットウォークの支柱を枠上にデザインしたものですが、猫たちが手やあごをのせて休むのにちょうどよいスペースになりました。

形を変えるとキャットウォークにもなる「見晴らし台」のつくり方
窓際の高い所から外を眺める「見晴らし台」(写真撮影/中川ちささん)

窓際の高い所から外を眺める「見晴らし台」(写真撮影/中川ちささん)

パーツをステインで着色。パーツは正確に丁寧に切り出す(写真撮影/中川ちささん)

パーツをステインで着色。パーツは正確に丁寧に切り出す(写真撮影/中川ちささん)

天井や壁に穴をあけるのはちょっと困るという方のために、簡単につくれるキャットウォークを教えてもらいました。もともとカーテンレールの上を平行棒のように歩いたり、カーテンを上るのが好きな猫も多くいます。カーテンレールの上に細長い板を置いて、U字型のサドルバンドで留めて固定すれば完成。設置する前には、カーテンレールが壁にしっかり固定されているか念のため確認しましょう。

これなら、マンションでも穴をあけずにつくれますね。ただし、カーテンレールの上のキャットウォークまで上れる、足掛かりになるものを用意してあげましょう。

カーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

カーテンレールの上のキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

サドルバンドでカーテンレールと板をしっかり固定してつくったキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

サドルバンドでカーテンレールと板をしっかり固定してつくったキャットウォーク(写真撮影/中川ちささん)

人と猫の喜ぶものを次々とつくり広がる「猫パラダイス」

中川家は、長年使っていた食器棚の一部を活かして食器棚を新たに製作し、食器棚の上をキャットウォークにしました。普通なら、人と猫が使うものは別で、空間が狭くなりがちですが、キャットステップ兼用の本棚も同様に、猫の遊び場と人の使い勝手が調和しています。

キャットウォークから食器棚の上のキャットウォークへ、さらに猫トンネルを通って階段に出られる(写真撮影/中川ちささん)

キャットウォークから食器棚の上のキャットウォークへ、さらに猫トンネルを通って階段に出られる(写真撮影/中川ちささん)

キャットステップ兼用の本棚には猫トンネルや隠れ場所もある(写真撮影/中川ちささん)

キャットステップ兼用の本棚には猫トンネルや隠れ場所もある(写真撮影/中川ちささん)

見晴らし台やキャットウォークへアクセスするのに便利な螺旋階段(写真撮影/中川ちささん)

見晴らし台やキャットウォークへアクセスするのに便利な螺旋階段(写真撮影/中川ちささん)

中川家のDIYがステキなのは、夫、妻、猫たちの三位一体の作品だから。妻が欲しいものと猫たちが喜ぶことを頭に描きながら、時間と手間をかけて形にする夫。ときには製作を見守り、完成したらうれしそうに使う猫たち。最近は色を塗ったりするなどの作業を手伝うこともある妻は、猫たちが作品を使う様子を撮影してSNSで発信。「真似したい」「つくり方を教えて」という問い合わせが多く、誰かの役に立つならと、目で見て分かりやすいYouTubeでつくり方を発信し始めました。

夫が仕事から帰ってくると、最短ルートのキャットウォークを駆使して、猫たちが玄関まで走って出迎えるそう。「DIYの面白さは、自分のセンス、知識、技術を自由に発揮できること。難しいのは、見栄えと機能性をどう両立させるかですが、だからこそやりがいを感じます。猫たちはキャットウォークで昼寝をしているか、走り回っているか、存分に活用してくれるのもうれしく、つくり甲斐があります」(夫)

夫が庭で作業する様子を並んで見守っている猫たち(写真撮影/中川ちささん)

夫が庭で作業する様子を並んで見守っている猫たち(写真撮影/中川ちささん)

「何をつくっているのかにゃ?ボクたちのもの?」と、興味津々な猫たちに見守られて作業するのは楽しいもの。けれども、仮止めした製作途中の作品に猫がのらないよう注意が必要です。

15年前に注文住宅を建てた中川さんは、猫5匹の大家族になり生活スタイルも変化、時とともに家具やインテリアの好みも変わったそうです。「注文住宅を建てるときにもし猫たちがいたら、全然違う家を建てていたと思います。例えば、猫のトイレと人のトイレを近くに置きたかったですが、後から変えられる部分と変えられない部分があります。DIYにトライして、失敗したら自己責任でやり直しての繰り返しで、家とともに自分たちも成長してきました。これからも少しずつDIYのアイテムを増やしたいです」と、ちささん。

家の購入、注文住宅は完成・引き渡しがゴールではありません。変化するライフスタイルや好みに合わせて自らが手を加え工夫して、家族が喜ぶ家にカスタマイズしていく。そして、家族の豊かなおうち時間を過ごし思い出を育む、そこからが「世界にたったひとつのわが家づくり」はずっと続いていくのです。

●無重力猫ミルコのお家
●Instaglam

住まいの水害対策の最新事情2021年版!「浮く家」「床下浸水しない家」など

全国各地の水害被害が以前よりも話題にのぼるようになった今、これから家を建てるなら水害リスクを頭に入れて検討したいもの。ではどうやったら水害に強い家をつくれるのか? 専門家や住宅メーカーに聞いてみた。

5つの水害対策法を費用対効果の面から検証している(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ひとたび床上浸水すれば建物だけでなく家具やキッチン、浴室、トイレ等の設備もダメになり、下手をすればリフォームに1000万円近くかかることもある。またその地域に被害が集中するため、職人が不足して、復旧までに時間がかかりがちだ。避難生活のストレスも計り知れない。そうしたことが毎年のように全国のどこかで起こるようになってきた。

「水害対策は従来、土木分野の課題だと言われてきました」と国立研究開発法人建築研究所の主席研究監である木内望さん。「川から水が溢れないようにする、という考え方です」。ところが最近はそれだけでは被害が防げないという声が上がってきた。そのためここ数年で、土木だけでなく建築でも対策を考えなければならなくなってきているという。「特に2019年に甲信越地方から関東、東北地方まで記録的な豪雨をもたらした台風19号が大きな転換期でした」

台風19号により大きな進展がもたらされた、建築方面からの水害対策。木内さんは現在、住宅の水害対策方法を5つ挙げ、それらを費用対効果の面から検証している。「もちろん他にも方法はあるでしょうが、まずはこれらの方法が浸水レベルによってどれだけの費用対効果があるのかを検証しています」

その5案とは以下の通りだ。
(1)修復容易化案
(2)建物防水化案
(3)高床化案
(4)早期生活回復可能案
(5)屋根上避難可能案

(1)修復容易化案とは、浸水した後の復旧をなるべく簡単に済ませることができるようにするもの。浸水すると床下や床上の清掃から、濡れて使えなくなった部材を撤去しなければならないが、例えば断熱材を発泡ウレタン系など乾かせば再び使えるものを使用したり、電気設備と配線の位置を高くしておいたりすることなどで被害を小さくし、早めに復旧できるようにする。

浸水した後の復旧をなるべく容易にできるよう、部材の選び方などさまざまに工夫する方法(画像提供/建築研究所)

浸水した後の復旧をなるべく容易にできるよう、部材の選び方などさまざまに工夫する方法(画像提供/建築研究所)

(2)建物防水化案とは外壁をある程度の高さまでRC(鉄筋コンクリート)など止水性のある材料で覆うなどにより、住宅内への浸水を食い止めるというもの。水面が一定程度の高さになるまでは浸水しないようにするという考え方だ。

外壁をある程度の高さのRC(鉄筋コンクリート)壁で覆う方法。RC壁で覆えない掃き出し窓等には止水板を備える(画像提供/建築研究所)

外壁をある程度の高さのRC(鉄筋コンクリート)壁で覆う方法。RC壁で覆えない掃き出し窓等には止水板を備える(画像提供/建築研究所)

(3)高床化案とは基礎を高くしたり、敷地をかさ上げなどして住宅への浸水を防ぐという方法。こちらも(2)建物防水化案同様、水面が一定程度の高さになるまでは浸水させないという考え方だ。豪雪地帯では冬の積雪に備えて1階部分をRC造にしている住宅が多いが、それと同じような考え方といえる。

図のように基礎を高くしたり、敷地をかさ上げすることなどで浸水を防ぐ(画像提供/建築研究所)

図のように基礎を高くしたり、敷地をかさ上げすることなどで浸水を防ぐ(画像提供/建築研究所)

(4)早期生活回復可能案は(1)修復容易化案をさらに一歩進めた考え方で、浸水後の修復期間でも2階で生活が出来るようにしたもの。本来、修復する際は避難所等での生活が強いられるが、修復中も2階で生活できるので避難生活のストレスを軽減できる。

 2階部分に浴室やトイレなど水まわりを用意することで、1階部分の修復中も生活できるようにする方法の例。太陽光発電を備えれば、停電になっても電気も使うことができる(画像提供/建築研究所)

2階部分に浴室やトイレなど水まわりを用意することで、1階部分の修復中も生活できるようにする方法の例。太陽光発電を備えれば、停電になっても電気も使うことができる(画像提供/建築研究所)

(5)屋根上避難可能案は(1)修復容易化案や(2)建物防水化案の派生形。水位の高い氾濫時に、屋上などから避難できるようにしておく方法で、水流が早い場合でも住宅が流されないようにしておくことが必要。水に浸かった部分は諦めるしかないが、命だけは守るという考え方だ。

水位が高い氾濫の場合でも、住宅が水流に流されず、屋上などから避難できる方法の例(画像提供/建築研究所)

水位が高い氾濫の場合でも、住宅が水流に流されず、屋上などから避難できる方法の例(画像提供/建築研究所)

いずれの方法も、従来の家づくりと比べたら費用がかかる。また浸水後の被害もそれぞれ違う。一方で浸水リスクは一様ではない。そのため浸水リスクに応じて対策方法を選んだ方が効率的だ。

「例えば、滋賀県の『地先の安全度マップ』では10年に1回、100年に1回、200年に1回の頻度で起こる水害の時に、それぞれ想定される水深がどれくらいになるかを公表しています。これをもとに水害対策でかかった費用と、無策のため復旧にかかった費用がイーブンになる年数、つまり水害対策費用がどれくらいの期間で回収できるのか、上記案の費用対効果を調べてみました。すると(1)修復容易化案の水害対策で約6割のエリアが20年で回収できる計算になります。同様に(2)建物防水化案なら約3割のエリアが、(3)高床化案は約5割のエリアが20年で回収できると分かりました」

上記5案に関するこれまでの検討は、あくまで水害対策の概ねの方向性と費用対効果を調べるためのもので、例えば(1)修復容易化案ならどの部材ならOKなのか、といった建築の詳細を詰めるものではない。むしろこれらの方法をマンションならどう活用できるかといった応用を検討したり、今後のまちづくりや浸水リスクのゾーン分けを考えるベースになるものだと木内さんはいう。とはいえ今後の家づくりに大いに参考になるはずだ。

浸水を“重し”にする、それでもダメなら水に浮いて被害を抑える住宅

木内さんも述べているように、上記5案以外にも方法はある。その1つが、一条工務店が開発した「耐水害住宅」だ。「開発のきっかけは2015年の集中豪雨による鬼怒川の氾濫でした」と一条工務店の津川武治さん。耐水害の対策だけなら、例えば先述の(3)高床化案なども検討したというが、コストが高くては普及が難しいと判断。コストを抑えつつ耐水害を実現する方法を模索したそうだ。

「当初は水害に遭った際、どうやって基礎の通気口から水や泥を入れないか、壁や窓、ドアの密閉性をどう高めるか、その方法の開発にかなり時間をかけました」。ようやく目処がついて実証実験が行われたのは、開発スタートから約4年後の2019年のこと。これを便宜上、耐水害住宅の初期型とする。

その際の水面の高さの目安は1m。これは鬼怒川の氾濫で多かった膝くらいの高さ(50cm前後)に十分対応できるものだった。「ところが実験の直後に台風19号による水害が長野県や関東地方で起こりました。それを見て『今後はもっと水害被害が大きくなるのではないか』と考え、もう一段上の耐水害住宅を目指そうということになったのです」

(出典:国土交通省 河川事業概要2020)

(出典:国土交通省 河川事業概要2020)

そこで販売直前だったにもかかわらず、初期型の販売をとりやめ、開発を進めることに。初期型の開発時に、一般的な規模の住宅の場合、水深が1.3mほどになると建物が浮力によって浮き始めることを突き止めていた。この浮力をどうするかがこの先の課題だった。

「そこで考えられたのが、床下から水をあえて入れ、水を重しにする方法です」。これが現在販売されている耐水害住宅の「スタンダードタイプ」だ。災害後は簡単に水抜き穴から排水できるようになっている。もちろん初期型で開発した壁や窓等の密閉性能も盛り込まれた。これなら浮力が大きくかかる水深1.3m前後でも耐えることができる。

しかし同社はさらに開発を進めた。「もしもさらに高い浸水の水害は遭ったらどうするか?」

最初は基礎にアンカーを埋めて浮いた住宅を引き留める方法が考えられたが、水害時の浮力はアンカー装置ごと引き抜いてしまうくらいの力があった。アンカーの本数を増やしたり、アンカーを長くしたりという方法も検討されたが、それではコストがかさむ。

2020年10月に行われた実証実験では水深3mで検証が行われた(写真提供/一条工務店)

2020年10月に行われた実証実験では水深3mで検証が行われた(写真提供/一条工務店)

その時に「だったら浮かしてしまおう、という発想が生まれたのです。耐震住宅ではなく免震住宅のように、加わる力に対して抗うのではなく、いなすという考え方です」。そして、水が引いた後に建物が再び元の位置に戻れるよう、ポールと建物をつなぐダンパーを用いたシステムも開発した。実験の結果では、水が引いた後に着地した時の誤差は3cm。給排水管は浮上時に一定の力がかかると配管の接続部が引き抜け、着地後は簡単に差し込み直せる工夫がされている。水道管は住宅が浮き上がって引き抜かれると同時に自動で止水弁が閉まる仕組み。これは洗濯機の給水管と同じ仕組みが応用された。

ポールを自由に上下できるワイヤーが住宅をつなぎ止め、ワイヤーの間に備えられたダンパーが住宅を元の位置にとどめる役割を果たす。基礎の下にもコンクリートを敷く二重基礎構造により、安定した着地が可能に(画像提供/一条工務店)

ポールを自由に上下できるワイヤーが住宅をつなぎ止め、ワイヤーの間に備えられたダンパーが住宅を元の位置にとどめる役割を果たす。基礎の下にもコンクリートを敷く二重基礎構造により、安定した着地が可能に(画像提供/一条工務店)

実験の結果、耐水害住宅は、床下、室内ともに被害を受けなかった(画像提供/一条工務店)

実験の結果、耐水害住宅は、床下、室内ともに被害を受けなかった(画像提供/一条工務店)

この浮上タイプは最大5m、同社のスタンダードタイプの住宅でも1m程度の浸水まで対応できる。建築地の浸水リスクに応じて、どちらがいいかをユーザーが選べるようにした。コストの目安としては、35坪の住宅でスタンダードタイプなら、同社の通常の住宅+約46万円、浮上タイプで+約77万円と、当初の同社の狙い通り、コストが抑えられている。

光熱費を削減するためのシステムが水害対策で注目を集める!?

一方、もともとは別の目的で開発されたユニバーサルホームの「地熱床システム」も、近年注目を集めている。「2002年に開発したシステムで、その名の通り地熱を活用して室内温度を一定に保つことで冷暖房費を削減できるシステムとして当初は販売していました」とユニバーサルホームの安井義博さん。ところが最近は水害対策の住宅として注目されるようになってきたという。

「地熱床システム」はもともと地熱を利用して室内温度を一定に保つことで冷暖房費を削減できるシステム。床下は土と砂利、コンクリートで密閉される(画像提供/ユニバーサルホーム)

「地熱床システム」はもともと地熱を利用して室内温度を一定に保つことで冷暖房費を削減できるシステム。床下は土と砂利、コンクリートで密閉される(画像提供/ユニバーサルホーム)

その理由は、「地熱床システム」の住宅が床下浸水しないからだ。このシステムは、地下の熱を得るために床下が密閉構造になっているため、浸水が起こっても床下に水が入らず、建物に対する浮力が発生しない。実際、津波被害に遭ったエリアで、他の住宅が波に流される中、地下熱システムを備えた住宅はその場にとどまったままだった。「また床下に水が入らないので、床下浸水自体が発生しません。さらに強固な基礎構造ですので、地震にも強いというメリットがあります」

(写真提供/ユニバーサルホーム)

(写真提供/ユニバーサルホーム)

万が一、基礎部分を超えて浸水(床上浸水)した場合でも、復旧処理は床上だけで済む。本来は床を剥がして基礎部分に入った泥や水を取り除き……といった作業が必要なのだが、それが不要になるのだ。

通常は床下を乾燥させるために基礎には通気口が設けられている。浸水時はここから床下に水や泥が入るので復旧時の作業が大変なのだが、地熱床システムは床下が土や砂利、コンクリートで密閉され、通気口もないため水が入ってくる心配がない(画像提供/ユニバーサルホーム)

通常は床下を乾燥させるために基礎には通気口が設けられている。浸水時はここから床下に水や泥が入るので復旧時の作業が大変なのだが、地熱床システムは床下が土や砂利、コンクリートで密閉され、通気口もないため水が入ってくる心配がない(画像提供/ユニバーサルホーム)

「床下浸水は損害保険が適用されないことが多いのですが、地熱床システムなら床下浸水の心配がないので安心です」

最近では水害に強い住宅として注目を集めるようになってきたため、同社では水害対策としてエアコンの室外機等を床より高い位置に設置したり、窓の止水版なども用意したりしている。また災害後もすぐに自宅で過ごせるよう太陽光発電+蓄電池のセットも用意しているという。水害に強い上に、光熱費を削減でき、地震にも強いとあっては今後も注目を集めそうだ。

ハザードマップを見ながら各自で水害対策を練ることが必要

頻発する水害を受け、国も水害対策に関する法律「流域治水関連法(特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律)」をつい最近、2021年5月に公布し、7月に一部施行した。「この法律で水害が起こりやすいところの建築や開発規制をかける仕組みはできました。ただし、法律で守るのは建物ではなく人の命です。具体的にこの方法で建てるように、という規制のための法律ではありません」と建築研究所の木内さん。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

とはいえ「例えば水害リスクを伝えるために宅建業法の重要事項説明に盛り込んだり、耐震等級のように耐水害対策についても性能表示項目に定めるという動きがあってもおかしくありません。また周囲の住民が逃げられる施設をつくったマンションは容積率を緩和するとか、水害対策をする住宅に補助金を出すとか、そういった形は今後考えられると思います」という。

現状、われわれができることは、ハザードマップを見て、大河川の氾濫は無理だけど内水氾濫(集中豪雨によって用水路等の排水能力を超え、市街地が浸水してしまう災害)には耐えられるようにしようとか、冒頭の5つの案を参考に対策するか、上記で紹介した水害対策が施された住宅を選ぶなど、各自で対策を判断するほかない。

ただし注意したいのがハザードマップの見方だ。従来のハザードマップは数百年に1度の水害に対応したものだったが、現行のハザードマップは、命を守る目的もあって、1000年に1度の水害に対応したものになっている。しかし1000年に1度の大洪水ともなると、エリアによっては想定されている水深が3~5m、5m~10m……となる。

「水害によって水面が5mを超えると、たいていその数字を見ただけで諦めてしまいがちです。しかし起こる頻度の低い水害ではなく、本来は浸水による水深が低くても起こる頻度の高い水害を想定したほうが住宅においては水害対策になります」。先述した「地先の安全度マップ」を作成した滋賀県など、既に動いている自治体もあるが、こうしたハザードマップの改善も今後の課題と言えるだろう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また、浸水の頻度が低くて浸水した場合に想定される水深が低いエリアなら、被害に遭った時は保険でカバーするのが費用対効果としては高いこともある。あるいは自治体で水害時に逃げ込める高い建物をつくったほうがよいケースもある。「滋賀県の場合、浸水リスクの高いエリアでは避難先としての高い建物をつくるという条例ができました」。浸水リスクが一様ではないのと同様、対策もさまざまあるのだ。

いくつかある対策方法の中から、自ら選ぶ必要がある。簡単に言えば「自らの命は自らで守る」と行動することが、現状の最善策なのだ。まるで新型コロナウイルス対策みたいだが、どちらも従来にはなかった新たな脅威。少なくとも「自分は大丈夫」と思う「正常性バイアス」にだけは気をつけたい。

●取材協力
建築研究所
一条工務店
ユニバーサルホーム

築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町

戦時中、奇跡的に戦火を免れたことから長屋が多く残り、豊かな風景をつくっている東京都墨田区の京島。歴史ある建物と、下町のコミュニティに魅せられ、ここ10年ほどで定住するクリエイターが増えています。古い家屋を現代に生かし、2008年から人と人を結ぶ活動を続けてきたまちづくりの立役者と、このまちで活動する方々に話を伺いました。
築約100年の長屋と働く人たちに魅了され、地元に根差して奮闘

東武スカイツリーライン「曳舟駅」、京成電鉄「京成曳舟駅」の南東の50万平米に満たないエリアに、約6900の世帯が集まる東京都墨田区京島。もともと一帯は水田と養魚場でしたが、1923年の関東大震災を境に急速に宅地化。新潟からきた大工衆「越後三人男」が、家を失った人々に向けて長屋を建て、賃貸住宅にしていったのがその理由です。
戦時中は近隣の線路や川・道路が防火提の代わりになったのに加え、住人の懸命な消火活動もあって戦災を免れ、それらの家屋がそのまま残存。昔懐かしい風景を引き継いでいます。

至るところにある長屋はすべて関東大震災後に大工衆「越後三人男」が建てた築約100年のもの(写真撮影/内海明啓)

至るところにある長屋はすべて関東大震災後に大工衆「越後三人男」が建てた築約100年のもの(写真撮影/内海明啓)

奥は千葉大学の学生らが手がけたシェアハウス「すみだアカデミックハウス」。収益性を見込みにくい長屋の課題を払拭した画期的なケース(写真撮影/内海明啓)

奥は千葉大学の学生らが手がけたシェアハウス「すみだアカデミックハウス」。収益性を見込みにくい長屋の課題を払拭した画期的なケース(写真撮影/内海明啓)

映画制作をしていた後藤大輝さんがはじめて京島の魅力に触れたのは、知人から聞いて訪れた2008年のこと。味わい深い家屋はさることながら、木工・樹脂・板金・切削・プレス加工などあらゆる町工場が存在。地元に根差し、支え合いながら働く人たちのあり方に“ものづくりのまち”としてのポテンシャルを感じ、「とことん引き込まれた」と言います。

京島のまちづくりの立役者である後藤大輝さん。職人が話す文化的な言葉と“土着”する姿に惹かれたそう(写真撮影/内海明啓)

京島のまちづくりの立役者である後藤大輝さん。職人が話す文化的な言葉と“土着”する姿に惹かれたそう(写真撮影/内海明啓)

築96年になる後藤さんの事務所。向かいの建具屋の方が植樹してくれた葡萄のツルが風情を加えています(写真撮影/内海明啓)

築96年になる後藤さんの事務所。向かいの建具屋の方が植樹してくれた葡萄のツルが風情を加えています(写真撮影/内海明啓)

新しい住人と既存コミュニティがものづくりを通してつながる土壌

13年前から京島で暮らし、アートイベントの開催や空き家の発掘・再生・運営など、あらゆる京島のまちづくりに携わっている後藤さん。ものづくりをする人にとって、着想を得やすい環境や、近くに助け合える人がいることは何よりの財産。京島にそうした可能性を感じたクリエイターらが、徐々に集まるようになりました。古い家屋をDIYでアトリエにしたり、ギャラリー・ショップを開いたりと、動きが広がります。

軒先は格好の作業場であり作品の展示スペース。シェアアトリエ「京島共同木工所」の前で木材をカットする「すみだ向島EXPO」実行委員会の山越栞さん(写真撮影/内海明啓)

軒先は格好の作業場であり作品の展示スペース。シェアアトリエ「京島共同木工所」の前で木材をカットする「すみだ向島EXPO」実行委員会の山越栞さん(写真撮影/内海明啓)

作品づくりのために問屋や職人が近くにいる京島にアトリエを構えた「totokoko(トゥートゥーコッコ)」デザイナーの工藤智未さん。「何かをするときに協力してくれる人がたくさんいるのがいいですね」(写真撮影/内海明啓)

作品づくりのために問屋や職人が近くにいる京島にアトリエを構えた「totokoko(トゥートゥーコッコ)」デザイナーの工藤智未さん。「何かをするときに協力してくれる人がたくさんいるのがいいですね」(写真撮影/内海明啓)

地域に新しい人が来たとき、ともすると古くからいる人たちとの間で温度差ができそうですが、ここでは逆に職人たちが力を貸してくれるのだと言います。

「そのきっかけは、例えば展示会の準備でのこと。大抵のクリエイターは趣ある会場にしたいので、職人にそれを相談します。すると教えてもらいながら一緒につくることになるケースが少なくありません。自分たちの活動に関心を持ってもらえますし、コミュニケーションも取りやすい。完成した空間を喜んでもらえると、こちらもうれしさがこみ上げます」

午後の休憩中の建具職人の方々と後藤さんが談笑。「家屋は長く大事に使うもの」という共通の思いが、新旧の住人をつないでいます(写真撮影/内海明啓)

午後の休憩中の建具職人の方々と後藤さんが談笑。「家屋は長く大事に使うもの」という共通の思いが、新旧の住人をつないでいます(写真撮影/内海明啓)

ものづくりのまちでは自分の表現したいものをさらけ出すことが自己紹介になる――。
後藤さん自身も京島にきた当初、子どもたちの施設で撮影をしたり、ワークショップの手伝いをしたりして地元の人と親睦を深めてきたからこそ、実感を込めて言います。

空き家を知ったら大家のもとへ。防災性も備えた長屋を住人につなぐ

地域に新しい人が定着するには、受け皿となる住居が欠かせません。大家と住人をつなぐことが後藤さんのライフワークになっています。

「歴史を重ねた家屋には、入居者が建物にどう関わってきたかが現れているもの。使い込まれた床や梁・柱などにあたたかみが宿り、アイデンティティを感じます。
空き家が出たとき、黙っていると駐車場やマンションになってしまいかねません。『価値ある物件がまちで生かされて欲しい』その一心で大家に交渉します」

1925年に建てられたかつてのブリキ職人の家屋の内部(現後藤さんの事務所)。屋根裏の目隠しの屏風がユニーク(写真撮影/内海明啓)

1925年に建てられたかつてのブリキ職人の家屋の内部(現後藤さんの事務所)。屋根裏の目隠しの屏風がユニーク(写真撮影/内海明啓)

かつてのブリキ職人が洋風建築をモチーフに手がけた装飾的な雨どい(写真撮影/内海明啓)

かつてのブリキ職人が洋風建築をモチーフに手がけた装飾的な雨どい(写真撮影/内海明啓)

大家へのアプローチは、はじめこそ上手くいかなかったものの、2010年に長屋を一軒、リノベーションしてシェアカフェにしたのを足がかりに「まちで活用されるのなら」と、受け入れてくれるように。
今では大家が親しくしている不動産会社とも関係が築かれ、率先して空き家の情報を教えてもらえるまでになったそう。

「後々トラブルにならないよう、『こんなふうにDIYしたい』『家賃はこのくらいがいい』といった入居者の要望と、大家の許容範囲をすり合わせ、不動産会社にしっかり契約書をつくってもらっています」

日替わりでカレーや洋食などの飲食店が入るシェアカフェ「爬虫類館分館」。京島の長屋に興味のある方は後藤さんに直接、連絡を入れれば紹介してもらえることも(連絡先は記事末の取材協力リストに)(写真撮影/内海明啓)

日替わりでカレーや洋食などの飲食店が入るシェアカフェ「爬虫類館分館」。京島の長屋に興味のある方は後藤さんに直接、連絡を入れれば紹介してもらえることも(連絡先は記事末の取材協力リストに)(写真撮影/内海明啓)

長屋は現代の建築基準法に合わせて建てられていないため、耐震性や耐火性にも注力。墨田区の「木造住宅耐震改修促進助成」を利用したり、現場の施工会社の判断を仰いだりしながら、改修のタイミングで筋交い・柱・耐力壁を入れるなどして耐震補強。
防火のために古い配線や、既存のブレーカー・照明を撤去。耐火性能の高い石膏ボードを入れるなどの試みをしています。

仲間を迎えて古い家屋を現代に蘇らせ、さらに表現を楽しめるまちへ

「京島の長屋を借りた場合の家賃は、近隣の賃貸アパートとほぼ一緒。むしろ築古だからこそ、大家も住人も育てる気持ちで労力をかけていかないと、維持できないと言えるでしょう。たとえ面倒に思えても、この歴史的な建物がベースにあるからこそ、自己表現の場としての懐の深さ・創作の伸びしろ・地域のつながりが生まれるのだと。このまちで得られる豊かさを、多くの人に体験してもらいたいです」

これまでも自身で長屋を借り、レンタルスペースやシェアハウスなどを企画・運営してきた後藤さん。今後は、滞在制作の後押しなど、まちと表現したい人をつなげる活動を、さらに推し進めたいと考えています。

約2年前から京島のプロジェクトに関わるようになったヒロセガイさんは、大阪で住宅をリノベーションしたり、全国の芸術祭で企画・制作したりして活躍してきたアーティスト&ディレクター。

京島で建物の再生を手がけるヒロセガイさん。自身が芸術監督を務める街なか芸術祭「すみだ向島EXPO」がこの10月から開催(写真撮影/内海明啓)

京島で建物の再生を手がけるヒロセガイさん。自身が芸術監督を務める街なか芸術祭「すみだ向島EXPO」がこの10月から開催(写真撮影/内海明啓)

「もともと東京には“最先端”のイメージがありましたが、約20年前、アートプロジェクトをきっかけに向島エリア(京島を含む墨田・東向島などの地区)でものづくりをする人たちと出会い、よい意味で遠慮がない『下町つき合い』に触れ、『本当の東京って、こういうことでは』と心を打たれたんです」

以来、現代美術の分野で向島エリアの仲間とつながってきたヒロセさん。約2年前、後藤さんから声をかけられたのを機に、古い家屋と人々が連帯する京島に身を置き、活動していくことにしました。

今、手がけているのは「京島駅」と名づけたまちの駅。京島に来たら訪れるべきところで、旅立つところです。
ここはかつて米屋でしたが約2年前に店主が他界。相続した親族は当初、駐車場にする予定でしたが、後藤さんが「賃貸にして欲しい」とかけ合い、ヒロセさんが企画・監督。コミュニティづくりに役立つ施設へと蘇らせました。

もとは「小倉屋」という米屋だった「京島駅」。1階の一角にはネパールレストラン「Art & Nepal」(「すみだ向島EXPO」に合わせて10月1日に オープン予定)があります(写真撮影/内海明啓)

もとは「小倉屋」という米屋だった「京島駅」。1階の一角にはネパールレストラン「Art & Nepal」(「すみだ向島EXPO」に合わせて10月1日に オープン予定)があります(写真撮影/内海明啓)

一歩入ると懐かしい空気に包まれる「京島駅」ですが、それだけでなく、あちこちにアーティストの仕かけが隠されているのがポイント。1階は田舎に帰って家族とくつろぐ空間、2階は祭りを眺める客席をイメージし、レストランやイベントスペースを設けています。

「墨田の人たちには“江戸っ子”の気風があって、私からすると未だ江戸時代を生きているように見えるんです。この場所が、現代とは違う未来につながれば面白いなと思っています」

「京島駅」の壁をセメントモルタルで装飾するのは、左官アーティストの村尾かずこさん(写真撮影/内海明啓)

「京島駅」の壁をセメントモルタルで装飾するのは、左官アーティストの村尾かずこさん(写真撮影/内海明啓)

2階のイベントスペース。家屋に合わせて入れ替えた建具が雰囲気をアップ。天井にはタコとエビの絵を描いています(写真撮影/内海明啓)

2階のイベントスペース。家屋に合わせて入れ替えた建具が雰囲気をアップ。天井にはタコとエビの絵を描いています(写真撮影/内海明啓)

家屋の構造上、水道の配管が露出されること、昔の銅管の質感のよさに着目し、配管で文字を描いたアート作品を制作。「配管工がさながら伝統工芸士になり、その場を感じてこうした作品をつくったらいいなと思い、手がけました。“配管グラフィティ”と名づけています」(写真撮影/内海明啓)

家屋の構造上、水道の配管が露出されること、昔の銅管の質感のよさに着目し、配管で文字を描いたアート作品を制作。「配管工がさながら伝統工芸士になり、その場を感じてこうした作品をつくったらいいなと思い、手がけました。“配管グラフィティ”と名づけています」(写真撮影/内海明啓)

ヒロセさんにかかると廃材さえ場をつくるための材料。家屋のところどころで感じるエピソードに着想を得て、人々がワクワクとするものへと昇華させてゆきます。

「決して取り残されたものではなく、建物側から広がる風景を大事にしたいと思っています。お祭りのアイデアを浮かべるのも好きなので、商店街でも面白いことをしていきたいです」

京島を代表するスポット「キラキラ橘商店街」。コッペパン専門店「ハト屋パン店」をはじめ、趣あるお店が並びます(写真撮影/内海明啓)

京島を代表するスポット「キラキラ橘商店街」。コッペパン専門店「ハト屋パン店」をはじめ、趣あるお店が並びます(写真撮影/内海明啓)

下町文化の魅力は国籍を超えて。まだまだ進化する京島に期待

この5月には、京島にフランス出身のギヨームさんとクロエさんによるワインショップ「アペロ」がオープンしました。

ワインショップ「アペロ」は、京島の玄関ともいえる商店街入口にある長屋に(写真撮影/内海明啓)

ワインショップ「アペロ」は、京島の玄関ともいえる商店街入口にある長屋に(写真撮影/内海明啓)

東京都港区南青山で7年間、ワインバーを営んできた2人。以前から下町のコミュニティに親しみを感じていて、2号店の場所を京島に定めました。

「フランス人は、古いものやオールドスタイルだと感じられるものが大好き。旧来の価値観や伝統をどう“今”に生かすか、いつも考えているところがあって、その感覚とまちがリンクしたんです。いつかゆったりワインを楽しむ時間を、地域の人たちとつくっていけたらと思っています」

「アペロ」スタッフの猿田知子さん。ワインはビオがほとんど。フランスのあらゆる地域と種類をそろえます(写真撮影/内海明啓)

「アペロ」スタッフの猿田知子さん。ワインはビオがほとんど。フランスのあらゆる地域と種類をそろえます(写真撮影/内海明啓)

メキシコ出身の建築家、ラファエル・バルボアさんは約1年前からオフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を構え、一角にフリースペース「UNTITLED SPACE」を設けています。

「ここでは誰もが住む人の顔を知っていて、そのことで面白さが生まれている。コミュニティのセンスがあるまちだと感じます。
私はパブリックとプライベートスペースの役割に興味があって、週末にギャラリーとして使ったり、卓球台を置いたりして、仕事場を開放しているんです。今後はさまざまなクリエイターとのコラボレーションにも挑戦してみたいですね」

「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を主宰する建築家のラファエル・バルボアさん。日本の建築に関心があったのが、来日のきっかけです(写真撮影/内海明啓)

「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を主宰する建築家のラファエル・バルボアさん。日本の建築に関心があったのが、来日のきっかけです(写真撮影/内海明啓)

フリースペース「untitled space」兼オフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の入口。地元の人がくつろげるよう軒先にベンチを置き、週末は三角スペースまでをまちに開いています(写真撮影/内海明啓)

フリースペース「untitled space」兼オフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の入口。地元の人がくつろげるよう軒先にベンチを置き、週末は三角スペースまでをまちに開いています(写真撮影/内海明啓)

さまざまな動きのなかで、古さが今に生かされるまちへと進化していった京島。豊かさに触れるには、まず訪れてみるのが一番。それがこのまちとつながり、自分らしい表現をする一歩になるのかもしれません。

●取材協力
すみだ向島EXPO
キラキラ橘商店街
アペロワインショップ
STUDIO WASABI ARCHITECTURE

後藤大輝さん
090-4164-8383
info@himatoumejii.co.jp

パリの暮らしとインテリア[10]元テニスプレイヤー、マラットさんの高層マンションで本に囲まれた暮らし

幼少のころからテニス中心の生活を送り、世界中をまわっていたマラットさん。プロのテニスプレイヤーだった16年前からパリに移り住み、このアパルトマンは4軒目。バルコニーがなくても開放感のあるおうちにお邪魔しました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

パリでは珍しい眺めの良いアパルトマンを購入

一般的にパリのアパルトマンは、狭くてエレベーターがない、日当たりが悪い、ベランダ付きは珍しいという特徴があります。パリに住むのは便利だけれど、そこが難点と言われてきました。このコロナ渦で家で過ごす時間が増え、パリで暮らす私たちは、自分たちの暗い部屋での暮らしと、郊外のベランダや庭から空が見える暮らしとの違いを痛感。住まい選びの基準も大きく変化したと実感しています。

そんななか、パリを見渡せて開放感のある“高層マンション”の人気が急上昇しているそうです。マラットさんが5年前から住む14階からも、パリの街並みと空が眼前に広がっています。

マラットさんが住んでいるのは、22階建ての高層マンションの14階。3棟同じデザインが並ぶ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マラットさんが住んでいるのは、22階建ての高層マンションの14階。3棟同じデザインが並ぶ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリでは、アパルトマンの標準は5、6階建てで、その3、4倍のいわゆる“高層マンション”は建てていい地区が決められています。中心部に近いモンパルナスタワー近辺、13区の中華街近辺、自由の女神とセーヌ川を見渡せる15区の元ホテル街、ミッテラン図書館近辺の個性的な高層マンション街、新凱旋門のあるデファンスのオフィス街、そしてマラットさんとパートナーが二人で住むパリ北東のヴィレット近辺です。

ヴィレット通り付近は近年、パリで最も人気の地区のひとつとされています。特徴のある小さなお店や美味しいレストランもたくさんあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ヴィレット通り付近は近年、パリで最も人気の地区のひとつとされています。特徴のある小さなお店や美味しいレストランもたくさんあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリの住まい探しは口コミ&大家に交渉、がコツ

ノルウェー人の父とポーランド人の母を持つマラットさんは、以前はノルウェーやポーランドに住んでいて、16年前にパリに移住しました。今まで4軒の物件に住んできましたが、いずれも知り合いの口コミで見つけたそうです。「パリでは不動産会社に空き部屋の情報が出る前にクチコミで見つけ、大家と直接交渉できることが多いんです。その方が安く借りることもできるので得ですね」とマラットさん。

実は、今住んでいる14階の部屋の前には、同じ建物の4階に住んでいたそう。

「4階だと向かいのビルが風景を遮っていて、窮屈な感じがしていました。遠くを眺められる住まいが重要と気付き、上層階の空き部屋が出るのを待っていたんです」

同じマンションに住んでいれば、上層階の空き情報をいち早くキャッチできる。それは「サンディカ(住民の組合)」の集会などで話題になることがほとんどで、大家への直接交渉が可能なのだそう。

「地平線と空が私にとって不可欠です。そして街を見下ろして景色を眺めながら自分の内面に目を向けるひと時が大切」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「地平線と空が私にとって不可欠です。そして街を見下ろして景色を眺めながら自分の内面に目を向けるひと時が大切」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

75平米の部屋を購入し、セルフリノベ

現在の14階の部屋を購入した当時、1970年代に建てられた時のままで、壁紙などが時代遅れな印象だったとか。それでもサロンの二面のガラス窓や各部屋からの眺めは格別で、パリによくある部屋とは違った明るい空間が、新しい暮らしへのイメージを膨らませてくれたと言います。

「内装がとても傷んでいたので、パリに住む叔父とパートナーと一緒に工事を始めました」

工事にあたり、内装を自分でデザイン。床や壁のほとんどを取り除き、気に入った素材などを集めながら、少しずつ作業していったそう。フランスでは、改装工事は高額で時間がかかるのはよくあること。セルフリノベをしたことで業者の4分の1ほどの出費に抑えられたとか。何より、「達成感を味わえた」と満足そう。

キッチンから見たサロンの様子。二面に窓があり、特に明るい場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンから見たサロンの様子。二面に窓があり、特に明るい場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

白色で統一された収納たっぷりのキッチンは、仕切りなしでサロンとつながっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

白色で統一された収納たっぷりのキッチンは、仕切りなしでサロンとつながっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一番のお気に入りの場所はサロンのソファー

こだわったのは、二面の大きな窓ガラスのあるサロンとオープンキッチンをシームレスにつなげたことと、寝室を2部屋つくったこと。

サロンは、すべての壁を真っ白に塗り、そのうちの一面に凹凸のある石をはめ込みました。

「暮らす前から、このサロンの壁際にソファーを置こうと決めていました。自分が一番長く過ごす場所になるだろうというイメージもわいていました。読書をしたり、映画を見たり、窓から夕焼けを眺めたり……」

サロンでくつろぐマラットさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンでくつろぐマラットさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「X」のオブジェはアーティストの1点ものでランプが取り付けられています。ソファーのクッションはいろいろな国で購入したもの。赤と白のクッションは2年前にマダガスカルで(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「X」のオブジェはアーティストの1点ものでランプが取り付けられています。ソファーのクッションはいろいろな国で購入したもの。赤と白のクッションは2年前にマダガスカルで(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私は花が大好きで、パリにいるときは週に1回は自分でブーケをつくるようにしています。特に、珍しい形、明るい色、紫、緑、黄色、赤の花が大好きです」。 黒いコーヒーテーブルはフランスの建築家でありデザイナーのジャン・プルーヴェの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私は花が大好きで、パリにいるときは週に1回は自分でブーケをつくるようにしています。特に、珍しい形、明るい色、紫、緑、黄色、赤の花が大好きです」。 黒いコーヒーテーブルはフランスの建築家でありデザイナーのジャン・プルーヴェの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

テニスコーチとなった今もトレーニングを欠かせない。サロンにマシーンを設置(写真撮影/Manabu Matsunaga)

テニスコーチとなった今もトレーニングを欠かせない。サロンにマシーンを設置(写真撮影/Manabu Matsunaga)

世界中で知り合った友達を迎え入れるためのゲストルームも

子どものころから世界中を旅していたマラットさんは、各地で知り合った友達がパリに来た時に泊まれるように寝室を2部屋つくりました。サロンにある大テーブルも最大10名が座れます。まさに、友達の集まる家なのです。
「コロナ禍で友達を迎えることはできていませんが、外出制限の時には私の仕事部屋として使っていました」と言います。

ここには、マラットさんが繰り返し読みたい本、新しく買った本を置くメインライブラリーもあり、本を読んだり、絵を描いたりと集中できる空間になっています。

客室にはテーブルを設置し、現在は仕事部屋として使用。窓際にはたくさんの本がしまわれています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室にはテーブルを設置し、現在は仕事部屋として使用。窓際にはたくさんの本がしまわれています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室のメインライブラリー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室のメインライブラリー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室はグレーで統一。「整頓された空間で眠るのが好きなので、私の部屋は常に整理されています」とマラットさん。やはりこの部屋の窓際にも本が収納されていました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室はグレーで統一。「整頓された空間で眠るのが好きなので、私の部屋は常に整理されています」とマラットさん。やはりこの部屋の窓際にも本が収納されていました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドテーブルには、デザイナーもののランプとB&Oスピーカーがあり、夜寝る前に音楽を聴きながら読書をするのが日課だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドテーブルには、デザイナーもののランプとB&Oスピーカーがあり、夜寝る前に音楽を聴きながら読書をするのが日課だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の中には好きなものしか置かない主義

「本に囲まれて生活するのが好きで、どの部屋にも本棚があるんです」

サロン、キッチン、寝室2部屋、バスルームにまで本が置いてあります。

飾り方もとてもおしゃれ。本棚やキッチンの棚などに飾っているほか、装丁もサイズもバラバラな本を横に積むように置いたりして、インテリアの一部のように演出しています。

サロンの窓際にある本棚。本棚に収まりきらない本はカーヴ(地下の倉庫)に保管しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンの窓際にある本棚。本棚に収まりきらない本はカーヴ(地下の倉庫)に保管しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのお茶コーナーにはレシピ本を飾ってあります。「私はお茶が大好きで夢中!」とマラットさん。 旅行では最高の緑茶を探し歩くそう。お茶は彼にとって小さな儀式のようなもので、少なくとも1日1回は飲み、リラックス、熟考を楽しむとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのお茶コーナーにはレシピ本を飾ってあります。「私はお茶が大好きで夢中!」とマラットさん。 旅行では最高の緑茶を探し歩くそう。お茶は彼にとって小さな儀式のようなもので、少なくとも1日1回は飲み、リラックス、熟考を楽しむとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オスロのフリーマーケットで小さな赤い銅の鍋を購入。本は非常に質の高い版のアートブックで知られるファイドン出版が編集した日本料理の本。「これは私の心に強く訴える料理の聖書です」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オスロのフリーマーケットで小さな赤い銅の鍋を購入。本は非常に質の高い版のアートブックで知られるファイドン出版が編集した日本料理の本。「これは私の心に強く訴える料理の聖書です」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

本のほかにも、アーティストものやデザイナーもののインテリアや雑貨などが飾られた部屋からは、マラットさんの「好きなもの以外は部屋に置かない」というこだわりが伝わってきます。

自分たちの寝室の壁には、アメリカ人の映像作家、詩人、活動家のジョナス・メカスが撮影したピエル・パオロ・パゾリーニの写真が飾ってありました。花瓶には3、4カ月ごとにパリで今流行りのドライフラワーで活け直すそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室の壁には、アメリカ人の映像作家、詩人、活動家のジョナス・メカスが撮影したピエル・パオロ・パゾリーニの写真が飾ってありました。花瓶には3、4カ月ごとにパリで今流行りのドライフラワーで活け直すそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドの金の箱には絵の具を収納。客室は普段使われていなかったので収納場所としても活用。絡み合う二人のオブジェは友人からの贈り物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドの金の箱には絵の具を収納。客室は普段使われていなかったので収納場所としても活用。絡み合う二人のオブジェは友人からの贈り物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こけしは東京と京都で見つけたもので1960年代のこけしと現代的こけし。マラットさんは日本が大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こけしは東京と京都で見つけたもので1960年代のこけしと現代的こけし。マラットさんは日本が大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「木製のスツールは友人から贈られたアート作品ですが、アーティストの名前は覚えていません。でもとても気に入っています」 窓際に置かれた物はすべて旅行先で見つけて持ち帰った大切な思い出だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「木製のスツールは友人から贈られたアート作品ですが、アーティストの名前は覚えていません。でもとても気に入っています」 窓際に置かれた物はすべて旅行先で見つけて持ち帰った大切な思い出だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

漆塗りの木のアルバムは、1960年代に彼の祖父が日本に旅行したときのもの。艶を失わず大切にしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

漆塗りの木のアルバムは、1960年代に彼の祖父が日本に旅行したときのもの。艶を失わず大切にしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

また、機能的でリラックスしやすい空間づくりにも工夫がたくさん。選手生活中に旅先でさまざまなホテル暮らしをしてきたことが、現在のライフスタイルにも影響しているといいます。

今もパリにいないことが多く、数カ月ぶりに帰ってきた時にささっと埃を掃除できる設計にしていて、大量の本も半分以上は引き戸の付いた本棚に収納するなどして、お茶の道具とナイフ以外は全てしまわれています。

「今のところ引越しは考えていません、今よりも良い条件の物件を探すのは難しい」とマラットさん。現在の住まいの界隈が、パリで一番好きな場所だそう。

また、フォンテヌーブローの近くには庭付きの広い別荘もあり、気持ちいいテニスコートでテニスや乗馬などをして自然に触れながらトレーニングをしているのだとか。

コロナ禍ではテニスの大会も制限があったようですが、選手と同行することが多く、今でもホテル暮らしも多いマラットさん。そんな彼が、遠征生活とコロナ禍を経て自分の住まいとして行き着いたのは、ホテルのような機能的で快適な生活空間と見晴らしの良い環境。そして街での暮らしと自然のバランスがとれた生活でした。

ビュットショーモン公園は、パリ中でマラットさんの一番のお気に入りの場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ビュットショーモン公園は、パリ中でマラットさんの一番のお気に入りの場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/松永麻衣子)

新店ラッシュの千葉県館山市で何が起きてる? 一人の大家から“自分ごと化できるまち” へ

自分のまちが静かに寂れていく。やるせない気持ちになるけれど、どうしようもない。道路ができて便利になった。そのぶん駅前の店は1軒減り、2軒減り。ふと気づけば私たちはたくさんの居場所を失っている。同じような状況が日本各地にある。

ところがそれに逆行して、新しい店が次々に生まれているまちがある。千葉県館山市。中心街に今年新たに4軒、ここ2年でみれば7軒の店がオープンした。マイクロデベロッパーを称する漆原秀(うるしばら・しげる)さんの働きかけで“まちを自分ごと化する”という流れが形になり始めている。いま館山で起きていること、これまでを聞いた。
tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めてのご近所づきあいで知った、心強さ

東京湾の青い海をアクアラインで横切り、濃い緑の山々を抜けて房総半島を南下する。新宿からバスで1時間半。海まですぐの立地だけあって、館山は潮風の吹く明るいまちだった。あちこちに残るレトロで小洒落た風の建物は、ここがリゾート地だった名残でもある。

駅から10分ほど歩くと、漆原さんの運営する「tu.ne.Hostel」の白い壁が見えてくる。元診療所だった建物をリノベーションしたゲストハウス。
それ以外にも、お隣の立ち食いそば屋「常そば」。向かいのビル2階にはtu.ne.の別館。図書室やシェアハウスなど、徒歩10分圏内に新しい施設や店をオープンさせてきた漆原さん。
周囲から “ウルさん”と呼ばれるこの男性、いったい何者なのだろう?

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんの称するマイクロデベロッパーとは、大きな開発ではなく、リノベーションによって小さな拠点を再生し、その点と点をつなぐことで人の営みを取り戻し、エリアの価値をあげていこうとする事業者のこと。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めて手がけたのは、賃貸住宅「ミナトバラックス」だった。

「館山に移住してきたのは4年半ほど前です。以前は都内のIT系企業に勤めていたんですが、仕事のストレスでパニック障害になってしまって。子どもも小さかったし、違う生き方を考えないといけないなって。もともと趣味だったDIYと不動産投資をかけ合わせて仕事にできないかと、本気で勉強しました。館山には両親のために建てた家とアパートがあって、その隣の官舎をコミュニティ型賃貸住宅にできたらいいなと思ったのが始まりです」

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

DIYで共用スペースを改修し、「DIY自由、原状回復義務なし」の物件として入居者を募集したところ、全13戸のうち11戸はすぐに埋まった。県北からの移住者が多く、映像クリエイターや翻訳者などの自営業者、勤め人など、単身者から子育て世帯までさまざまな人たちが暮らしている。
漆原さんも大家として、妻と当時8歳だった娘さんと3人ですぐそばの家に暮らし始めた。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も。(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も(写真撮影/ヒロタケンジ)

このミナトバラックスの入居者との交流が、漆原さんにとって人生で初めてのご近所付き合いになった。

「七夕や夏祭り、ハロウィーン、バーベキューなど、しょっちゅうみんなで集まってイベントしたり、食事したり。これが想像以上に楽しくて居心地がよかったんですよね。うちの娘は一人っ子ですけど、一気に妹や弟、親戚のおじちゃんおばちゃんができたみたいで」

コミュニティを運営するには、入居者のやりたいことをサポートするのが一番だと気付いた。子育て中の女性の提案から美容師を呼んで出張ヘアカット会を開いたり、月に一度はマッサージ会を行ったり。共用スペースで入居者の作品展を行ったこともある。

「令和元年の房総半島台風の時には、停電の不安な夜を、ろうそくを囲んでみなで過ごしました。水も止まったので、隣のアパートのシャワーを使えるようにしてあげて。冷蔵庫の食材がいたむ前にみんなで食べようってバーベキューをしたり」

親戚のようなご近所の存在が、心強く感じられた体験でもあった。

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

大家さんからマイクロデベロッパーへ

こうして暮らすうちに、不動産投資に対する考え方も変わっていったという。

「“ミナバラ”で起こっていることがもう少し広い、まちの規模で起これば、館山全体が変わるんじゃないかと思ったんですよね。お金だけの投資が目的じゃなくなってきて。もちろん物件を購入する時は多額の借入をします。だけど収支計画を立てて回収できる絵を描けば銀行も融資してくれますし、それほど怖いことではないんです」

そうしてミナトバラックスに続いてtu.ne.Hostelを開業後、今度は元薬局だったまちのシンボルのような建物「CIRCUS」のリノベーションに着手。1階は大量に残っていた戦時中の蔵書を活かした戦争資料館「永遠の図書室」を2020年3月に、2階以上はシェアハウスとして2021年5月にオープンした。図書室の取り組みはNHKなど広くメディアでも取り上げられた。

「私利私欲じゃなく、公的な意味でやっている面が初めてまちの人たちにも伝わったのではないかと思います。たまたま見に来てくれた女性が働いてくれることになって。戦争という少し重いテーマなんだけど、若い人がフロントに居ることで、気軽に立ち寄ってお茶を飲んだり、勉強するようなサードプレイスとしても活かしてもらえるんじゃないかと」

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

台風の後、まちの中心部が真っ暗だったときには、CIRCUSの屋外にイルミネーションを灯し続けた。それを見てほっとしたと言ってくれる人もいた。

例えばシェアハウスの住人がまちの床屋へ出向く。お金を落とすだけでなく、床屋のご主人と言葉を交わす。そんな小さなアクションの連続でまちは成り立っていて、建物が空き家のままでは何も生まれない。

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

面白い大家さんが増えれば、まちは楽しくなる

「まちって、土地建物の所有者のつながりでできているんだなって気付いたんです。だから物件オーナーや大家さんにもっと新しい挑戦をする人が増えれば、まちも楽しくなるんじゃないかなと」

漆原さんには、いつか館山で開催できたらと思い描くプロジェクトがあった。全国80カ所近くで行われてきた「リノベーションスクール」。空き家や空き店舗を活かすためのアイデアを参加者が考え、オーナーに提案して実現をめざす実践型の遊休不動産再生事業である。

「でもリノベーションまちづくりに取り組んでいるのは、全国でも数十万人規模の、都道府県の代表か中堅にあたるような市町村がほとんど。人口4万5000人の館山では難しいだろうなぁと思っていました」

ところが物件のリノベーションを進めるうちに、同じような想いをもつ人たちと知り合っていった。地元の有力企業の後継者や行政職員、NPO従事者などさまざまな顔ぶれ。そうしたメンバーと合宿や視察を重ね、ついに市の主催でリノベーションスクールが開催できることになった。漆原さんは実行委員として尽力した一人。後に地域おこし協力隊として担当者になった大田聡さんに「突然だけど、館山に来ない?君しかいない」と、公募情報を提供したのも漆原さんだった。

2020年1月に第1回目のリノベーションスクールが開催され、その後1年半で館山に新しい店が3軒も生まれたことを考えれば、漆原さんがつないだ縁は大きい。

tu.ne.Hostelの向かいのビル1階には大田さんが開いた明るく開放感のある「CAFE&BAR TAIL」、その奥にはクラフトジンの製造所ができた。少し離れた場所には内装の9割が古材でつくられ、10年来そこにあったような雰囲気を醸すナイトバー「WEEKEND」がオープン。これもリノベーションスクールで結成したチームが手がけた。

そして、やはりまちづくりリノベーションの講演会を聞いて、「自分も実家があるのだから、まちの当事者だと気付いた」という都内勤務の男性が、退職後に自宅の一部を改装してカフェ&ガーデン「MANDI」をオープンさせた。

いま、館山では、2年前には想像もつかなかった開店ラッシュが起きている。

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

こうして店の増えているエリアは、古くからの地名「六軒町」をもじって「ROCK‘N’CHO」とも記される面白いエリアになりつつある。

かっこいいパパで居るために

それにしてもなぜ、生まれ故郷でもないまちにそこまで深くコミットできるのか。

「子どもが生まれた時、この子が20歳になるまで、僕はなんとしても生きて、稼ぎ続けなきゃいけないんだなって思ったんですね。それも家賃収入でまったり暮らせればいいとかじゃなくて、やっぱりかっこいいパパでありたい。かっこいいって、挑戦し続けることじゃないかなって思ったんです。

さらに言えば、シャッター街を横目に、このまちに未来があるとは、子どもたちにとても言えない。それで変な責任感がわいてきたところもあります」

いまtu.ne.Hostelでは、漆原さんのあとを担う、二代目マネージャーを募集中。ゲストハウスはその人に任せて、漆原さんはもう少し広い視野で館山の駅周辺を活性化する事業を手がけていきたいと考えている。駅前の空きテナントビルを活用するために、仲間とともにリノベーションまちづくりを進める家守会社を新たに立ち上げた。

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

「僕自身、今しかできないこと、僕にしかできないことをやろうと思っていて。
関わる相手の『居場所』と『出番』を用意することを意識しています。安心していられる居場所と、その人が自分の役割を見出して、ここなら役に立てるという出番。

それをつくるのも今の自分ができること。そこに自分自身の居場所と出番もあると思う。いまの仕事は、その対価がお金だけじゃなくて、信用とか、感謝とか、別の形でかえってくるのが、とても心地いいんです」

取材の間、どこへ行っても「ウルさん」と親しげに声をかけられていた漆原さん。暮らすまちに自分の居場所と出番があれば、人は何より幸せを感じられるのかもしれない。

■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分たちの手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。

●取材協力
tu.ne.Hostel

「中銀カプセルタワービル」2022年に取り壊しへ。カプセルユニット保存へ向けて挑戦はじまる

2021年夏。世界の建築ファンが注目する建築が、いま取り壊しへのカウントダウンを刻みつつあるという。東京都・銀座8丁目に建つ、建築家・黒川紀章の代表作「中銀カプセルタワービル」(1972年)だ。丸窓を有するキューブ状のユニット140個が塔状に張り付くユニークな建築は、世界ではじめてのカプセル型の集合住宅と言われている。その住戸であるカプセルユニットの保存を、クラウドファンディングの資金援助によって行おうとしているグループの代表いしまるあきこさんに話を聞いた。
目標150万円を大きく上回る400万円の支援金を獲得

「2カ月間のクラウドファンディングの期間(5月30日~7月28日)に、延べ300人を超える方々から、当初目標とした150万円を超えて、約400万円の支援をいただきました」と「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるさんはその支援・共感の手応えを話してくれた。

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるあきこさん(写真:蔵プロダクション)

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるあきこさん(写真:蔵プロダクション)

「中銀カプセルタワービル(以下、中銀カプセル)は建築関係者だけでなく、一般の建築ファンやかつての未来感に共感を寄せる人々、しかも、若い方から建設された1970年代に子ども時代を過ごして懐かしむ方まで、幅広い世代に関心を寄せていただきました」(いしまるさん)と支援者の幅広さを強調する。

2カ月間のクラウドファンディングで、308人・406万円の支援を得た(画像提供/READYFOR)

2カ月間のクラウドファンディングで、308人・406万円の支援を得た(画像提供/READYFOR)

この独創的なカプセル建築は、建築家・黒川紀章(1934~2007年)の設計によるものだ。「中銀カプセル」は、黒川が参画した建築運動「メタボリズム」(※1)のもと、1969年に黒川が提唱した「カプセル宣言」に端を発し、1970年の大阪万博での未来型カプセル住宅の仮設パビリオンに続く、恒久的な建築として、銀座という一等地に燦然とその姿をあらわした。
日本はもとより世界で、黒川の建築思想と斬新な意匠とあいまって注目される建築となった。
ただし、黒川氏の構想ではカプセルをそれぞれ個別に25年毎に交換するアイデア(建築の新陳代謝)だったものの、現実的には建物の構造上これが難しく、結果的にカプセルはひとつも、一度も交換されないまま老朽化を迎えることになった。(※2)
また、その後には、カプセルホテルでおなじみのカプセルベッドの開発(1979年)という別の形のカプセルとしても実現した。黒川氏の60年代末に提唱した「カプセル」というコンセプトは、いまも私たちの暮らしの中の一隅に生き続けている。

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※注1:メタボリズムとは「新陳代謝」を意味し、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を目指すという、1960年代から70年大阪万博にかけての前衛建築運動だった。
※注2:建物の構造体となる階段室シャフトに対して、カプセルユニットを下から順番に引っかけて固定しており、また、カプセル同士の隙間が30cm程度しかないため、1つのカプセルを外すときに周囲のカプセルに干渉しやすく、設備配管を外すことも難しかった。棟ごとでカプセルを交換することで、ようやく実現できる。さらに、法的には一般的な分譲マンションと同様の区分所有建物であり、多くのカプセル交換は大規模修繕にあたるため所有者の大多数の合意がないと建物を改修できないという制約もカプセル交換を阻む壁となった。

黒川氏のカプセル建築は、50年のときを経て老朽化が進んでいる。
その一つ、別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(1973年・長野県御代田町)は、黒川の子息である黒川未来夫氏が取得して、同じくクラウドファンディングで資金の一部を調達して改修され、21年秋ごろには民泊として、誰もが宿泊体験できる予定だ。(黒川紀章の「カプセル建築」が再注目される理由)

別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(画像提供/カプセル建築プロジェクト)

別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(画像提供/カプセル建築プロジェクト)

古い建物好きが高じて、中銀カプセルタワービルにたどり着く

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表で一級建築士のいしまるさんは、大学の建築学科の学生のころから新しいピカピカの建築よりも、歴史を重ねて年月の深みを刻んだ住宅や建築に心を引かれてきたという。
例えば、関東大震災(1923年)の復興住宅である同潤会青山アパート(※3)について、解体前年の2002年から「同潤会記憶アパートメント展」を計7回主宰し開催してきたという。(2012年に「Re1920記憶」と改称したのちも、計5回開催)最初の開催時には、大学院生だった。
また、自ら古い住宅や店舗をデザイン・リノベーションする設計やDIY活動も行ってきた。
いずれも「古い建物を使うことで残すことにつなげたい、建築を体感してもらうことでその記憶を未来につくりたい」と取り組んできたのだという。

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※注3:震災義援金をもとに1924年に設立された財団法人同潤会が、34年までに東京・神奈川の16箇所に鉄筋コンクリート造の集合住宅、いわゆる同潤会アパートを建設した。青山アパートは1926-27年建築。2003年解体。現在跡地には安藤忠雄設計の表参道ヒルズが建つ

そんないしまるさんが、中銀カプセルにたどり着いたのは、2013年のことだという。偶然見つけたカプセルの賃貸だったが、「身軽なうちに名建築に住んでみたい」と思い、お湯も出ず、キッチンも洗濯機置き場もないが、借りて住むことにした。中銀カプセルは分譲マンションで、140個のカプセルそれぞれにオーナーがいる。当時から、建て替えや保存について管理組合で議論されていたが、保存派の所有者からB棟の1室を借りて1年ほど住み、2019年まではシェアオフィスにしていた。2017年からは、B棟のシェアオフィスでの取り組みが評価されて、保存派の所有者から別のカプセルA606号室を借り受け、シェアオフィスとして企画・運営することになったという。現在は、自身を含む8人の会員とともにA606号室を活用している。(シェアオフィスの利用は8月末で終了し、退去予定)

東京都・銀座8丁目に建つ中銀カプセルタワービル。2022年に取り壊される予定だ(写真撮影/村島正彦)

東京都・銀座8丁目に建つ中銀カプセルタワービル。2022年に取り壊される予定だ(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんは「私が、中銀カプセルに住み始めた2013年には、すでにカプセルでさまざまなリフォームが行われていました。雨漏りや経年劣化で傷みがひどいところも多く、もとのカプセルのオリジナルパーツを残すのも難しかったようです。オリジナルが残っているものは、できる限りそのまま残したい、竣工時の空間をもっとちゃんと知りたいと思うようになりました」と語る。
「そこで私たちは、もともとオリジナルの棚などが多く残っていたA606を、1972年の建てられた当時の状態に“レストア”することにしました。レストア(restore)とは、クルマなどの古い乗り物を販売当初の姿に修復して使えるように復活させるときによく使われる言葉です。当初のカプセルユニットには、当時最先端の機器類がオプションで設置できました。ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオ、電卓、電話、冷蔵庫などです。これらを竣工時の状態にレストアして、A606号室では全て使えるように直しました。カメラマンの副代表が設備機器の修復、メンテナンスを担っています」(いしまる)と説明してくれた。円形のブラインドについては、竣工時の写真などをもとに工夫して復元したのだという。
いしまるさんは「セカンドハウスという位置づけでカプセルは生まれました。黒川紀章さんが1人1カプセルと謳った思想は現代にも通用すると思います。ユニットバスを含めた全部で10平米(壁芯で2.5m×4m)のコンパクトな空間ですが、直径1.3mの大きな丸窓のおかげで閉塞感も無く、過ごしているうちにちょうど良い大きさで快適だと感じていきます」と話してくれた。

カプセルの広さはユニットバスを含めて10平米。現在の標準的なビジネスホテルのシングルルームが約13平米という点からも、そのコンパクトさが分かるだろう(写真撮影/村島正彦)

カプセルの広さはユニットバスを含めて10平米。現在の標準的なビジネスホテルのシングルルームが約13平米という点からも、そのコンパクトさが分かるだろう(写真撮影/村島正彦)

ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオなどはレストアした。ブラウン管テレビに地デジやNetflixが映し出される念の入れようだ(写真撮影/村島正彦)

ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオなどはレストアした。ブラウン管テレビに地デジやNetflixが映し出される念の入れようだ(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんによると、オプションの機器類で当時最も高価だったのは「電卓」だという。いまの電卓と入力方法が異なる。タイプライターの貸出もあったという。(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんによると、オプションの機器類で当時最も高価だったのは「電卓」だという。いまの電卓と入力方法が異なる。タイプライターの貸出もあったという(写真撮影/村島正彦)

玄関脇に備えられた冷蔵庫。カプセルによってはミニシンクを備えるものもある(写真撮影/村島正彦)

玄関脇に備えられた冷蔵庫。カプセルによってはミニシンクを備えるものもある(写真撮影/村島正彦)

直径1.3mの丸窓。円形のブラインドは工夫してオリジナルに近いように作成した(写真撮影/村島正彦)

直径1.3mの丸窓。円形のブラインドは工夫してオリジナルに近いように作成した(写真撮影/村島正彦)

コンパクトに設計されたFRP製のユニットバス+トイレ。老朽化でお湯がでないので、バスタブを物置として使っている部屋が多いという。(写真撮影/村島正彦)

コンパクトに設計されたFRP製のユニットバス+トイレ。老朽化でお湯がでないので、バスタブを物置として使っている部屋が多いという(写真撮影/村島正彦)

トイレを納める角度に至るまで、コンパクト化への強いこだわりが見て取れる(写真撮影/村島正彦)

トイレを納める角度に至るまで、コンパクト化への強いこだわりが見て取れる(写真撮影/村島正彦)

ユニットバスから室内の見返し。丸いドア開口部が丸窓と呼応していてモダンに感じられる。洗面台の丸鏡もデザイン上合わせたものだろう(写真撮影/村島正彦)

ユニットバスから室内の見返し。丸いドア開口部が丸窓と呼応していてモダンに感じられる。洗面台の丸鏡もデザイン上合わせたものだろう(写真撮影/村島正彦)

クラウドファンディングを手がかりに「3つの保存」に取り組む決意

「わたしたちは、カプセルを借りているに過ぎないので、保存や解体などに直接的な権利はありません。このような意思決定は区分所有者の話し合いに委ねられています。解体に向けて2018年に大きく舵は切られ、私たちにA606号室を貸してくれていた保存派のオーナーも2019年には『買い受け企業』にA606を売却しました」ということだ。
いしまるさんは、その「買い受け企業」と弁護士を通しての粘り強い交渉の末、「1.A606住戸ユニットを譲り受けること、2.全カプセルの学術調査、3.それら費用のクラウドファンディング実施、4.見学会等の実施」を認めてもらうよう裁判所での調停で合意を取り付けたという。

7月28日に終了したクラウドファンディングを呼びかけのサイトから、いしまるさんたちの「保存」についての考え方を引用してみよう。

####(引用はじめ)
残念ながら、2022年3月以降に中銀カプセルタワービルの解体が予定されています。解体にあたって、私たちは「3つの保存」に取り組み、未来にカプセルをシェアしていきたいと考えています。

1. 記録保存  中銀カプセルタワービルの全戸調査による記録保存
2. カプセル保存 カプセル躯体とオリジナルパーツの保存
3. シェア保存  動くモバイル・カプセルとして多くの方とシェアして残す

1. 記録保存
中銀カプセルタワービル全戸の学術的調査(実測調査、写真撮影、Theta撮影、ドローン撮影など)をおこない、解体されたら消えてしまう中銀カプセルタワービルのさいごの姿を、記録を残すことで後世に伝えます。

2. カプセル保存
A606オーナーである中銀カプセルタワービルの「買い受け企業」から譲り受けるカプセルユニットと、取り外す予定のカプセルのオリジナル家具・機器類を、のちに組み合わせることでカプセルのオリジナルを保存します。オリジナルパーツが消えてしまう前に救って、再度オリジナルのカプセルユニットと組み合わせます。

3. シェア保存
「使うことで残す」ことを実践してきた私たちは、使い続けながらより多くの方とカプセルをシェアしていけるようにします。
カプセルを動かせるようにすることで、たとえば、建築学科のある大学や美術館・博物館に移動して、多くの方とオリジナルのカプセルユニットをシェアできるような仕組みをつくっていきたいと考えています。どこかに移築保存するやり方もあるとは思いますが、私たちはカプセルを移動できるようにすることがふさわしいと考えました。動くカプセルは黒川紀章氏の「カプセルは、ホモ・モーベンス(=動民)のための建築である」、「動く建築」の思想の実現でもあるからです。
####(引用終わり)

いしまるさんによると「カプセルの保存にあたって、一番問題なのはアスベスト(石綿)がカプセルに使われていることです。建設時には合法でしたが、壁の内側にある鉄骨の吹き付けアスベストと外壁にもアスベスト含有塗料が用いられています」。
かつてアスベストは柔軟性、耐熱性、耐腐食性などに優れ、さらに安価のため「夢の建材」と言われ、断熱材、耐火材、塗料などにあらゆる建材に多用された(※4)。現在では、吸入することで中皮腫・肺ガンの原因となり死に至る毒性が明らかになったことから、取り壊しなどの際には飛散防止など慎重な取り扱いが法的に義務づけられている。
建物解体時のアスベスト除去作業によって、オリジナルパーツが廃棄されてしまうのを避けるために、自分たちでアスベスト対策をした上で、オリジナルパーツを取り外して救い出すのだという。このため、いしまるさんらは自ら「石綿取扱作業従事者特別教育」を受け、更に「石綿作業主任者講習」などを受けてアスベスト関連作業を取り扱うことができるようになったという。自分たちで取り組むことでコストダウンになるが、それでもアスベスト環境下の内装解体作業だけで約100万円はかかりそうだという。そのためにクラウドファンディングを行っていた。
##
※注4:アスベストによる建材等は1990年ころまでは当たり前に使われており、日本では2006年全面禁止された

このほか、黒川氏は「カプセル宣言」のなかで、カプセルそのものを動かすことを謳っていることから、いしまるさんらは、移築保存ではなくこれを「牽引化(=車で引っ張って動かせるようにする)して動くモバイルカプセル」にすることで、動かして使いながらの保存を目標としている。
また、50年を経て傷んでいるカプセル外壁の処理などを考えると、牽引化のための特殊な台車と合わせてさらに約500万円がかかるだろうと試算している。

いしまるさんは「中銀カプセルタワービルが取り壊されるのは残念ですが、老朽化や修繕の費用負担を考えると致し方ない状況だと思っています。建物が解体されるのであれば、黒川紀章さんの当初の想いを継承して、1つのカプセルをオリジナルに近い状態で保存して、多くの方とシェアしながら使って残していくことが私たちのやるべきことだと考えています。どうやって、どこで使うのか……など、まだまだ決まっていないことだらけです。今回のクラウドファンディングで寄せられた支援金や、暖かい励ましのメッセージを受け止めて、私たちのやり方で、しっかり取り組みたいと思います」と決意を語ってくれた。

「買い受け企業」とはA606室のユニットを譲り受けることを合意した(写真撮影/村島正彦)

「買い受け企業」とはA606室のユニットを譲り受けることを合意した(写真撮影/村島正彦)

最後に筆者の個人的な思いについても、少し紹介しておきたい。
いしまるさんによる同潤会アパートの記憶の展示や、オリンピックの舞台となった新国立競技場近く千駄ヶ谷の古いRC造マンションをコツコツとセルフ・リノベーションしていたお住まい等でお会いしたのは、かれこれ10年以上前のことだ。筆者は、かつて、日本の近代建築を大学・大学院で専攻していたこともあって、いしまるさんの地に足がつき、なおかつ継続的な取り組みに共感するところは大きい。
このたびの取材においても、いしまるさんの小さな身体から、このエネルギーはどんなふうに湧いてでているのだろうと、お話しになる姿をたのもしく拝見したものだ。今後のカプセル保存までには幾つもの困難が待ち受けているだろうが、応援したい。

中銀カプセルタワービルA606プロジェクト代表のいしまるあきこさんと筆者(写真撮影/村島正彦)

中銀カプセルタワービルA606プロジェクト代表のいしまるあきこさんと筆者(写真撮影/村島正彦)

●取材協力
・中銀カプセルタワービルA606プロジェクト/カプセル1972 
・READYFOR中銀カプセルタワービルA606プロジェクト(クラウドファンディングは終了) 
・いしまるあきこWebサイト

おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる

中古マンションや一戸建てをオシャレに変えるリノベーションという選択肢はすっかり浸透してきたが、住宅性能は中古のまま……ということは珍しくない。しかし、元の住宅よりも「性能向上」をさせるリノベーションが最近注目を集めている。全国でそのプロジェクトに取り組むYKK APリノベーション本部の西宮貴央さん、4月に完成した「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さん、リノベーションコンサルティングの黒田大志さんに話を聞いた。
「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」で住宅性能の向上が脚光を浴びている

鳥のさえずりが心地よい神奈川県鎌倉市内の高台にある「鎌倉の家」。フルリノベーションされた築46年の民家だ。南側の道路に面したガレージの横にある階段を上り、玄関を開けると、水まわり部分を除けばほぼワンルームという広い空間が広がる。施主のライフスタイルに応じていかようにも仕切られたり、生活しながらインテリアを施主の好みに仕上げられる、こうした令和の時代に即したモダンな間取りや内装の仕上げについ目を奪われがちだが、「鎌倉の家」 の一番のウリは「一年中快適に過ごせる断熱性の高さと、ずっと安心して暮らせる耐震性の高さ」にある。

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

間取り

断熱性能はHEAT20のG2グレードを満たすUa値0.39。これは国の省エネルギー基準で言えば北海道に推奨されているものよりも高いレベルで、断熱先進国のドイツ並みの断熱性能であることを示している。一方、耐震性能のほうも上部構造評点1.61。新築住宅の耐震等級で言えば最も高い等級3に相当する。

実は最近、こうした「住宅の性能を向上させるリノベーション」に注目が集まっている。きっかけは、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」での受賞だ。「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」とは優れたリノベーション事例を表彰する制度で、「鎌倉の家」を手がけたYKK APが、「鎌倉の家」より前に全国5カ所で取り組んだリノベーションに対し、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019」無差別級部門の最優秀作品賞が贈られた。

翌年の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」でも、同様に省エネ性能を高めた古民家が1000万円以上部門で受賞している。もはや「今の時代に即した間取りにする、空間をおしゃれにする」のはマストで、これからのリノベーションに求められることは「本当に“快適”と呼べる住宅まで性能を向上させる」ことだと示唆するように。

実際、「鎌倉の家」を購入した夫妻は、住宅の性能の高さが決め手となったそうだ。海外旅行を年に1回楽しむなど、自分たちのライフスタイルを大切にしたい、そのためには家の購入費用を抑えたいと考えていた二人は、新築ではなく中古住宅を購入してリノベーションすることを検討していた。そんな時に見つけたのが「鎌倉の家」だった。正直、当初の予算よりは少し増えたそうだが、それでも「鎌倉の家」の性能の高さに惹かれたという。

リノベーション前の1階リビングルーム(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階リビングルーム(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階キッチン(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階キッチン(写真提供/YKK AP)

リノベーション後の1階のリビングダイニングキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

リノベーション後の1階のリビングダイニングキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

1階は既存の洋室+和室+廊下部分をワンルームに間取りを変更(写真撮影/桑田瑞穂)

1階は既存の洋室+和室+廊下部分をワンルームに間取りを変更(写真撮影/桑田瑞穂)

使える梁や柱はそのまま使用されている(写真撮影/桑田瑞穂)

使える梁や柱はそのまま使用されている(写真撮影/桑田瑞穂)

実は日本は“断熱性後進国”、しかも地震が多い国

YKK APでは、住宅の断熱性能と耐震性能を向上させるリノベーションを「戸建性能向上リノベーション」と呼んでいる。同社のリノベーション本部の西宮貴央さんは「我々の主力商品である窓やドアなどの開口部は、断熱性や耐震性を高める際の要です。例えば家の熱の出入りは、窓やドアなど開口部が一番大きいのです。そのため従来から断熱性の高い窓やドア、耐震性能を高める商品を開発してきました」

一方で、今後の人口減少が見込まれる中、既に住宅総数が世帯総数を上回っていることを考えると既存住宅をきちんと手入れして、次の住民が快適に長く住める家にすることが重要だ。「そうした時代背景もあり、我々の『戸建性能向上リノベーション』のプロジェクトが始まりました」(西宮さん)

左から、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを手掛けたu.company株式会社の黒田大志さん、不動産事業者として関わった株式会社プレイス・コーポレーションの浜田伸さん、YKK APリノベーション本部の西宮貴央さん(写真撮影/桑田瑞穂)

左から、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを手掛けたu.company株式会社の黒田大志さん、不動産事業者として関わった株式会社プレイス・コーポレーションの浜田伸さん、YKK APリノベーション本部の西宮貴央さん(写真撮影/桑田瑞穂)

2017年からスタートしたこのプロジェクトは、最新の「鎌倉の家」で16例目。北海道から神奈川、長野、鳥取、京都、兵庫、福岡……と全国各地で「戸建性能向上リノベーション」が行われている。

「最初は東京都の下北沢の事例でした。確かに断熱性や耐震性をもとの住宅より高めるリノベーションはこれまでにもあったとは思いますが、我々は断熱性ならHEAT20のG2レベル、耐震性は耐震等級3相当と具体的な数値目標を掲げて始めました」(西宮さん)

断熱性も耐震性も、「高い」といった抽象的な表現より、具体的な数値を示されたほうが説得力はある。しかも国の省エネルギー基準や、国が最低限求めている耐震等級1相当よりも高い基準値をクリアしているとなればなおさらだ。また将来手放す際においても性能が可視化(それも高いレベルで)できるため、家の価値も高いままで売ることが期待できる。

道路から一段高く、庭もあるため、南側に大開口の窓を備えてもプライバシーを確保しやすい。窓の周りの壁にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入っている。さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームで、この写真だけで耐震フレームが4つ備わっていることになる(写真撮影/桑田瑞穂)

道路から一段高く、庭もあるため、南側に大開口の窓を備えてもプライバシーを確保しやすい。窓の周りの壁にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入っている。さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームで、この写真だけで耐震フレームが4つ備わっていることになる(写真撮影/桑田瑞穂)

実は日本は“断熱性後進国”だ。本来、家の断熱性能を高めるには同時に気密性を高める必要がある。しかし『徒然草』にも書かれているのだが、昔から蒸し暑い夏のある日本では、気密性を高めるのとは逆に、開口部を大きく開けることで風通しをよくすることが重んじられてきた。そのため日本人は「夏は暑い、冬は寒い」ものとして、住宅の断熱性をあまり気にしなかった。

やがて世界の国々と比べて日本の省エネルギー基準は遅れを取り、現在ではドイツやアメリカ、中国よりも低い基準となってしまった。しかもヒートアイランド現象や近年の地球温暖化の影響で、『徒然草』の書かれた約700年前のように窓を開放しても、今や体温と同じ、あるいはそれ以上の温度の空気が入ってきて、ちっとも涼しくなどなくなっている。

そこで地球温暖化やエネルギー問題に対応するため「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」が2009年に発足した。この組織の略称が「HEAT20」で、住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている。以前、SUUMOジャーナルでもご紹介したように、HEAT20で推奨している省エネ基準は、断熱先進国と呼ばれるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルで、近年自治体が独自に採用し補助金制度を導入する例もある(「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由)

耐震性にしても、開口部が大きければ当然建物を支える力は弱くなる。1981年に新耐震基準が施行され、2000年にその改正が行われたが、その最低基準である耐震等級1は阪神・淡路大震災レベルの大地震でも「倒壊しないこと」が求められている。しかし要は「命が助かること」を最優先しているため、壁にヒビが入ったりして、損傷の度合いによっては住み続けることが難しくなる。

窓はYKK APの高断熱の樹脂窓、ドアも断熱性の高いものが使用されている。また壁には断熱材(グラスウール)がたっぷりと入れられた(写真撮影/桑田瑞穂)

窓はYKK APの高断熱の樹脂窓、ドアも断熱性の高いものが使用されている。また壁には断熱材(グラスウール)がたっぷりと入れられた(写真撮影/桑田瑞穂)

これが等級3になると、ダメージが少なくなるため、地震後も住み続けやすい。ちなみに災害時の救護活動の拠点となる消防署や警察署は等級2以上が必須だ。

新築ではなく、リノベーションだからこその課題が多い

世界トップレベルの断熱性能を備え、地震の多い日本で安心して過ごせる耐震性能のある住宅。しかし、既存住宅でこれらの性能を世界トップレベル等に押し上げるのは実は容易なことではない。イチから断熱性能と耐震性能を計算できる新築住宅と違い、既存住宅の性能は住宅ごとに千差万別。加えて既存住宅のリノベーションする際に、現代の暮らしに合わせるため間取り変更はほぼ必須といえる。

「立地条件、既存住宅の性能、リノベーション後の間取り……それらの評価を正しく判断した上で、何をどんな風に追加すれば基準をクリアできるか計算しなければなりません」とは同プロジェクトをYKK APとともに推進し、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを担当した黒田大志さん。しかも単純にそれぞれを高めるだけでは、コストがあっという間に跳ね上がる。いかにコストを抑えて性能を高めるかも肝心だ。

1階北側はドアで仕切ると東と西側にそれぞれ個室として利用できる。またそれぞれの個室の間は大きなクローゼットにするなどのフリースペース。リモートワークなど新しい生活様式にも対応する間取りだ(写真撮影/桑田瑞穂)

1階北側はドアで仕切ると東と西側にそれぞれ個室として利用できる。またそれぞれの個室の間は大きなクローゼットにするなどのフリースペース。リモートワークなど新しい生活様式にも対応する間取りだ(写真撮影/桑田瑞穂)

階段は従来よりも北側に新たに設置された。床はオークの無垢材。手入れを施主に楽しんでもらうことで、住宅に愛着をもってもらおうと、あえて無塗装での引き渡しとなる(写真撮影/桑田瑞穂)

階段は従来よりも北側に新たに設置された。床はオークの無垢材。手入れを施主に楽しんでもらうことで、住宅に愛着をもってもらおうと、あえて無塗装での引き渡しとなる(写真撮影/桑田瑞穂)

3部屋あった2階もこのようにワンルーム化されている。ただし、既にドアが用意されていて、ライフスタイルの変化に応じて容易に3部屋に仕切ることができる(写真撮影/桑田瑞穂)

3部屋あった2階もこのようにワンルーム化されている。ただし、既にドアが用意されていて、ライフスタイルの変化に応じて容易に3部屋に仕切ることができる(写真撮影/桑田瑞穂)

新たに用意されたバルコニー。屋根がついているので、どんな時間でも周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができる。晴れた日は富士山も見える。ダウンライトや電源も備えられているので、BBQなど用途に応じて使いやすい(写真撮影/桑田瑞穂)

新たに用意されたバルコニー。屋根がついているので、どんな時間でも周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができる。晴れた日は富士山も見える。ダウンライトや電源も備えられているので、BBQなど用途に応じて使いやすい(写真撮影/桑田瑞穂)

「プロジェクトを始めた当初は、こうした技術的要素の検証と、そもそも『性能を向上させた既存住宅』に対するニーズがあるのか、それはビジネスモデルとして成り立つのかという検証からスタートしました」(西宮さん)

例えば断熱性能はエリアによって、あるいは南向きか北向きかなど立地条件によっても変わる。同じHEAT20のG2レベルでも、北海道と九州では数値が異なる。だからこそ、これまで検証を兼ねて取り組んだ16事例は全国各地に点在しているのだ。

こうして行われた技術的検証によって「技術ノウハウの確立や、課題の洗い出しなど、ある程度の検証ができました」(西宮さん)という。同じ立地で、同じ大きさの同じ性能を有する建替えよりも販売価格を抑えられることにビジネスモデルとしても手応えを感じているようだ。

一方、見えて来た課題の中で特に大きいのが「施工する業者の断熱性に対するリテラシーがバラバラだということです」(黒田さん)。同プロジェクトとしてはもっと事例を増やしたいのだが、対応できる施工業者がまだまだ少ない。

従来の方法で十分商売ができた施工業者の中には、なぜ断熱性能をそこまで上げる必要があるのか、そもそもどうやって上げればよいのか、知らない人がいても不思議ではない。
「性能を向上させるリノベーションの知識を持つ設計士や建築会社、販売する不動産会社をもっと増やして、全体を底上げしなければなりません」(黒田さん)

「鎌倉の家」の壁断熱の工事の様子(写真提供/YKK AP)

「鎌倉の家」の壁断熱の工事の様子(写真提供/YKK AP)

例えば自宅や、購入したい中古住宅の性能を向上させるリノベーションを考えても、身近にそれを叶えてくれる施工会社などがいなければ、なかなか「G2レベル」や「耐震等級3相当」まで性能を向上させることは難しいのだ。

「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さんは「自社で物件を仕入れて、リノベーションして、販売するのが我々不動産事業者の仕事。また建築士や施工会社と比べて、エンドユーザーに一番近い立場です。購入した中古住宅の性能を向上させることで再価値化し、自信をもってお客さまに勧めることができます。ですから不動産事業者が率先して推進するべきじゃないかと思います」という。

さらに、我々エンドユーザーの意識も変わるべきなのではないだろうか。冷暖房費を今より約38%削減してくれ、大きな地震に遭っても住み続けることのできる住宅。税制優遇や補助金、地震保険料の割引など数々のメリットも生まれる『戸建性能向上リノベーション』。少なくとも「夏は暑く、冬は寒い」のは、世界レベルでみたら“当たり前ではない”ことに、早く気付くべきだろう。

●取材協力
YKK AP

猫マスター響介さんが叶えた“猫ファースト”の注文住宅。賃貸ワンルームから猫御殿まで変遷も紹介!

ブログ「リュックと愉快な仲間たち」やTwitterで、可愛い愛猫の写真とユニークな文章が人気の猫マスター兼作曲家の響介さん。20代前半はワンルームのアパートに住んでいましたが、5匹の猫を飼い始めてからなぜか運気が上がり、本気度も急上昇。猫のための豪邸(一戸建て)を建ててしまいました。その家づくりをまとめた書籍『下僕の恩返し』(ビジネス社 刊)も好評発売中です。猫のためにこだわりつくした注文住宅を建てるまでのストーリーを聞きました。
猫5匹と暮らし、賃貸ワンルームから100平米のマンションへ

子どものころ、家に帰る途中でついてきた猫を飼いたいと言ったところ、母親に怒られて、元の場所に戻しに行ったことが忘れられずに「いつか猫と暮らしたい」と思っていた響介さん。実家を出てアパート暮らしを始めて、ようやく猫を飼える環境になりました。

そんな時、たまたま目に入った里親募集の広告に載っていた2匹の猫にひと目惚れして、身体に衝撃が走ったそう。「この子たちはうちにくる、絶対この子たちと暮らすんだ」とすぐに電話をかけて、翌日迎えに行きました。

猫専用のソファで人間のようにくつろぐ2匹は、最初に恭介さん宅に来た保護猫のリュックとソラ(画像提供/恭介さん)

猫専用のソファで人間のようにくつろぐ2匹は、最初に恭介さん宅に来た保護猫のリュックとソラ(画像提供/恭介さん)

その後も行き先が決まらない保護猫を2匹引き取り、「もうこれ以上増やせない」と思っていたところ捨て猫と出会い、猫5匹との同居生活が始まりました。「当時はワンルームの賃貸アパート住まいで、楽器や機材、漫画、キャットタワー、おもちゃもあり、寝るときは僕の頭の周りに5匹が囲むように寝ていました。家の中を1、2歩歩くと壁にぶつかる約8畳(約26平米)のワンルームで、運動もできないし健康にも良くない環境でした」

面積に対する猫の人口密度(猫密度)が高かった賃貸アパート時代。「狭かったから5匹が仲良くなれたのかも?」と振り返る(画像提供/響介さん)

面積に対する猫の人口密度(猫密度)が高かった賃貸アパート時代。「狭かったから5匹が仲良くなれたのかも?」と振り返る(画像提供/響介さん)

「このままでは猫たちがかわいそう、と思っても、当時は仕事の芽が出ず、録音機材を含む設備投資や楽器代などで1000万円もの借金がありました。それでも、30歳までには家を建てよう、絶対建てる!という謎の自信がありました」と響介さん。「念ずれば叶う」のか、「猫たちを幸せにしたい」という意識の変化か、仕事の調子がぐんぐん良くなってきたのです。

「まずは猫たちが走り回れる広さのマンションを買おう」と突然思いたった響介さんは、約100平米のマンションの購入を決断。25歳で、音楽制作の仕事部屋のひと部屋以外はすべて5匹の猫たちが自由に走り回れる、広々とした4LDKのマンションを、なんと現金一括払いで手に入れたのでした。

猫とテレビを同時に見られる壁とアウトドア気分の“庭部屋”をつくった

響介さんにとってマンション購入は注文住宅への通過点でしたが、「自分の持ち家ができると気持ちは変わって、一気にいろいろやりたくなりました」とDIYやインテリアに凝り始めました。下の猫部屋も一例です。

猫のためだけのひと部屋。悠々とくつろぐ猫たちの姿を見るのは何よりの喜び(画像提供/響介さん)

猫のためだけのひと部屋。悠々とくつろぐ猫たちの姿を見るのは何よりの喜び(画像提供/響介さん)

2匹の猫を飼っている筆者も常々経験していますが、猫はパソコンに向かって仕事をしているとパソコンの前やキーボードの上を行ったり来たりしますし、テレビを見ていると「テレビより私を見ニャさい!」と画面の前でポーズをとって立ちふさがります。響介さんは、そんな「かまってちゃん」にデレッとしているだけでなく、「テレビを見ていると、その間は猫が見られない。1秒でも猫を視界に入れたい」と、猫もテレビも同時に見られるようテレビの壁掛けを造作しました。

「壁に穴を開けずにテレビを壁掛けにできるDIYセット」を使うと、初めての人でも簡単にできるそう。さらに、石膏ボードや軽量レンガタイルを貼り、配線を隠す工夫をして、間接照明をしつらえ、インテリアとしてもかっこいい壁に仕上げました。

Before(画像提供/響介さん)

Before(画像提供/響介さん)

After/テレビ台には猫のベッドを置いて、テレビを見ながら愛猫の寝姿も見られるようになった(画像提供/響介さん)

After/テレビ台には猫のベッドを置いて、テレビを見ながら愛猫の寝姿も見られるようになった(画像提供/響介さん)

次につくったのは“庭部屋”。響介さん宅の猫たちは脱走や交通事故などの危険から守るために完全室内飼いです。賃貸アパート時代よりはるかに広いマンションで猫たちは走り回ることができるようになりましたが、「猫たちに外を経験させたい」と、庭を模した部屋をつくることにしたのです。

まるでリゾート(画像提供/響介さん)

まるでリゾート(画像提供/響介さん)

庭部屋には人工芝を敷いて、ウッドデッキを手づくりし、草花のモチーフや切り株のクッションで森の雰囲気を演出しました。キャンプ風に猫テントやランタンも設置しました。天井には星のモチーフを貼り、プロジェクターで外の世界が映るようにしました。

ハンモックに響介さんが寝てリラックスすると、猫たちがお腹や脚に乗ってきます。猫たちとリゾートホテルに遊びに来たような気分が味わえる猫のための部屋。「人間の部屋より豪華」とため息をつく方もいるのではないでしょうか。

30歳までを目標に、理想の家のイメージに向かって着々と準備

マンションに引越してから、猫たちは運動量が増えて筋肉がつき、多少太めだった猫は身体が引き締まり、ストレスも減ったそうです。けれども響介さんは「30歳までに家を建てる」という目標を達成するために、がむしゃらに働き、「こんな家を建てたい」と紙に書いたり、好みの家の写真を保存したりして、家づくりの次のステップの準備を始めました。

30社くらいのモデルハウスを見て、候補を7社にしぼり「猫のための家を建てたい」と相談してプランの提案をしてもらいました。「猫のための家なんて大丈夫?」「フリーランスの音楽家が家を建てるのは無理でしょう」という反応を肌で感じたこともあったそうですが、担当者の年齢が近く、前向きに賛同してくれた建築会社に依頼を決めました。

「家を建てるぞ」と誓ってから約4年、打ち合わせ開始から上棟まで約1年、工期約5カ月、響介さんは31歳で理想の「猫たちを最強に幸せにする理想の家」を実現したのです。

左からピーボ(オス)、ソラ(メス)、ニック(メス)、リュック(オス)、ポポロン(オス)。約150平米と5匹が横並びでも悠々と歩ける新居が完成した(画像提供/響介さん)

左からピーボ(オス)、ソラ(メス)、ニック(メス)、リュック(オス)、ポポロン(オス)。約150平米と5匹が横並びでも悠々と歩ける新居が完成した(画像提供/響介さん)

目標は「人間から見てもカッコイイオシャレな家で、猫のためもしっかり考えている家」。
「猫と暮らす注文住宅」をうたっている建築例には、猫が部屋を自由に行き来できるペット用ドア、壁に造作したキャットウォーク、階段下を利用したトイレスペース、ペット用の壁紙や腰壁、床材、消臭対策などがあります。

けれどもそういった“あるある”にとらわれず、響介さんが5匹の猫たちと暮らした経験をもとにイチから考えたプランでした。「人間が良かれと思うことが必ずしも猫にとっていいとは限らない」という考えのもと、希望条件を箇条書きに。建築基準法でクリアできない部分を除いて希望をほぼ叶えたのです。

約30畳(約100平米)のLDKの一角に設けた画期的な「リビングイン猫部屋」

響介さんならではのアイデアが生かされたプランのひとつに、リビング・ダイニング・キッチンがあります。以下は最初に響介さんが描いたラフです。

1階のイメージ。「画力ゼロのゴミのような図面」と響介さんは謙遜しますが、ポイントはおさえています(画像提供/響介さん)

1階のイメージ。「画力ゼロのゴミのような図面」と響介さんは謙遜しますが、ポイントはおさえています(画像提供/響介さん)

リビングダイニングはできるだけ広い空間を確保するために、1階は玄関、トイレ、LDK(リビング・ダイニング・キッチン)のみ。猫たちが屋外に脱走しないよう玄関との間にはリビングドアを設け、居室と完全に分けています。希望したのは以下の7点でした。

LDKの絶対条件
●LDKは最低30畳以上、壁や仕切りはいらない(猫が追いかけっこするときに邪魔になるため)
●猫たちが窓辺に寝転んで日向ぼっこができるように大きな窓をつくる
●高級マンションさながらのアイランドキッチン(猫たちが周りをぐるぐる回れる)
●テレビの背面壁を造作(猫たちが周りをぐるぐる回れる)
●造作壁の裏側に落ち着ける猫スペースをつくる
●キャットウォークはあらかじめ取り付ける造作ではなく、自分で設置したり取り外せたりするアイテムを設置
●リビングイン階段はスケルトン階段に(常に猫たちが見えるように)

3階建て(画像提供/響介さん)

3階建て(画像提供/響介さん)

内装やインテリアにもこだわり、間接照明を多用したリビング・ダイニング・キッチン(画像提供/響介さん)

内装やインテリアにもこだわり、間接照明を多用したリビング・ダイニング・キッチン(画像提供/響介さん)

LDKの鏡面の床は、以前5匹全員が同じ日にウイルスに感染して10分に1回ぐらい嘔吐物を処理した経験から、掃除のしやすさで選びました。猫にはつきものの吐き戻しも、さっと拭くだけできれいになり、清潔さが保てます。

また、猫は高い所、縦運動が大好きです。キャットウォーク代わりになり運動不足解消に役立つ階段は、響介さんが上下左右から猫を見られるようスケルトン階段にしました。サイドからの落下を防ぐ手摺りも透明なポリカーボネイト製を採用しています。

階段も猫の遊び場。踊り場に窓を設け、日中は自然光で、夜は照明で足元が見えるようにしている(画像提供/響介さん)

階段も猫の遊び場。踊り場に窓を設け、日中は自然光で、夜は照明で足元が見えるようにしている(画像提供/響介さん)

部屋の壁の手前、テレビを掛けているのは造作壁で、周囲はぐるりと回ることができ、リビングと猫スペースをさりげなく仕切る役割も併せ持っています。造作壁の向こうは、猫たちの「遊ぶ、眠る、寛ぐ、トイレをする」スペースで、人と猫がお互いの気配を感じながら自由に過ごし、気になったときは小窓から猫を眺めたり、眺められたり双方向のコミュニケーションができるのです。このアイデアは、子ども部屋にも応用できそうです。

LDKの壁掛けテレビ用の造作壁。上の小窓から猫たちがリビングを見ている(画像提供/響介さん)

LDKの壁掛けテレビ用の造作壁。上の小窓から猫たちがリビングを見ている(画像提供/響介さん)

テレビを掛けた造作壁の後ろの猫スペース。トイレ、遊び場、寝床を設置している(画像提供/響介さん)

テレビを掛けた造作壁の後ろの猫スペース。トイレ、遊び場、寝床を設置している(画像提供/響介さん)

「壁にキャットウォークをあらかじめつくると、猫たちが年をとったときに、ジャンプに失敗して落下してケガをするリスクがあり、再工事が必要となるため、将来の変化に応じて取り外せるキャットステップを採用しました」

それが、六角形や三日月、雲の形など見た目も可愛らしい「MY ZOO」というブランドのもので、DIYで壁をつくると、賃貸でも元の壁に穴を開けずに設置が可能になります。

リビング側から三日月のキャットステップに乗った猫も見える(画像提供/響介さん)

リビング側から三日月のキャットステップに乗った猫も見える(画像提供/響介さん)

可愛くてスタイリッシュなデザイン(画像提供/響介さん)

可愛くてスタイリッシュなデザイン(画像提供/響介さん)

猫スペースの窓際にハンモックのベッドを一列に並べた。直射日光に当たりすぎるのも良くないそうでカーテン越しの光で日向ぼっこ(画像提供/響介さん)

猫スペースの窓際にハンモックのベッドを一列に並べた。直射日光に当たりすぎるのも良くないそうでカーテン越しの光で日向ぼっこ(画像提供/響介さん)

約150平米の3階建ての一軒家には、ほかにも猫のための工夫がいろいろ

2階には響介さんの仕事部屋(音楽スタジオ)、寝室を含む洋室3室、ウォークインクローゼットと、お風呂、トイレ、浴室、ランドリールームを設けました。猫が自由に移動できるようにドアや仕切りは極力少なくしていますが、仕事部屋には猫は入れません。また、柔軟剤のニオイが気化して部屋に充満することは猫の健康に良くないことから、各室に収納を設けずに大きなウォークインクローゼットを別途設け、室内干しをするランドリールームも独立させました。

猫は入室禁止の仕事部屋。防音対策は万全、配線を表に出さずにすっきりさせ、照明にもこだわった(画像提供/響介さん)

猫は入室禁止の仕事部屋。防音対策は万全、配線を表に出さずにすっきりさせ、照明にもこだわった(画像提供/響介さん)

3階には天井高140cmギリギリにして小屋裏収納扱いになる部屋を設けました。ここはマンション時代にも確保した、猫のモノだけを置いた、猫が寝て遊んでくつろぐオールインワンの猫部屋です。勾配天井には空のクロスを貼り、遊園地のように楽しそうな空間になりました。

3階の部屋のイメージを建築会社に伝えたラフ画。部屋の目的は明確(画像提供/響介さん)

3階の部屋のイメージを建築会社に伝えたラフ画。部屋の目的は明確(画像提供/響介さん)

ベッドやトイレを置いた約7.5畳の猫部屋は、たとえ響介さんでも掃除のとき以外は立ち入り禁止(画像提供/響介さん)

ベッドやトイレを置いた約7.5畳の猫部屋は、たとえ響介さんでも掃除のとき以外は立ち入り禁止(画像提供/響介さん)

「トイレは猫の頭数プラス1個は必要と言われています。トイレを我慢するのは健康にも良くないので、したいときにできるように各階に2、3個ずつ、合計6個設置しています。トイレ掃除だけでも大変です」と響介さん。ちなみに各室の壁は消臭効果のあるクロスを採用しています。

爪とぎは、リビングに7個、寝室に4個、廊下に3個、3階の猫部屋には爪とぎ兼ベッドも置いています。他にも、猫のおもちゃ、猫専用のソファ、猫が入れるテーブル兼居場所なども、インテリアになじむオシャレなアイテムを設置しました。

豪邸への引越しに最初は戸惑った猫たちですが、約3、4カ月で新しい住まいと生活に馴れて、我が物顔で家を使いこなしています。

個人事業主でも住宅ローン審査は通る、トラブルは猫愛で解決?

「家が完成するまでは、いろいろなことがありました。猫のためにと一般的な家づくりと違うことを要望して『本当にそれでいいんですか?』と何度も聞かれたり、『猫のために』と思いついて急に変更させてもらったこともありました。

リビングの天井の高さの変更が新しい担当者さんに引き継がれていなくて建築がだいぶ進んでから気づいたりといった予定外のこともありました」と振り返る響介さん。それでも、それらのトラブルは、担当者と円滑なコミュニケーションを常日ごろから取っていたこと、熱い猫愛を冷静に伝えることで乗り越えることができました。

資金面では、フリーランスの作曲家、個人事業主という仕事柄、毎月の収入は一定額ではないため、多少の不安はありました。「住宅ローンの審査基準は明らかにはなっていませんが、どうしたら住宅ローンが借りられるかを考えました。買い物は極力クレジットカードで買い物をして、毎月一定の金額を返済するリボ払いにして、3年間一日たりとも遅れずに返済して、毎月このくらい払えるという実績をつくったんです」

個人事業主だから住宅ローンを組めないということはありませんが、クレジットカードの支払いの延滞履歴がないことは信頼につながります。マンションを持っていることも評価されたかもしれません。努力の甲斐あって住宅ローン審査を無事クリアすることができました。

新居に馴れてソファで大の字になって人間のようにくつろぐリュックくん(画像提供/響介さん)

新居に馴れてソファで大の字になって人間のようにくつろぐリュックくん(画像提供/響介さん)

「愛猫たちを思いきり走り回れるストレスフリーな環境で育てたい」「僕と暮らせて幸せだ、この家に来て良かった」と猫に思ってもらいたい一心で建てた注文住宅。猫たちは保護猫から「ニャンデレラ」になりましたが、響介さんにとっては幸運の招き猫だったのかもしれません。大切なものと出会ったからこそ目標を持ち、人生や働き方、意識が変わり、Twitterで人気を得て2冊の書籍を発売し、豪邸を実現し、理想の未来を切り拓くことができたのではないでしょうか。

徹底した猫ファーストの家ですが、“好き”にこだわって家を建てたり、好きな家族が喜ぶ顔や姿を見たくて家を建てるという観点では、家づくりを検討している人の参考になる点が多くあると思います。響介さんの理想の家づくりのサクセスストーリーはひと段落ですが、新居でのハッピーストーリーはまだ始まったばかりです。

●取材協力・関連リンク
響介(Twitter)
リュック愉快な仲間たち(ブログ)
『下僕の恩返し 保護猫たちがくれたニャンデレラストーリー』

空き家のマッチングサービスが始動!「やりたい」を叶える物件をリコメンドする「さかさま不動産」

空き家の借り手・買い手が見つからず、増え続ける一方……。そんな問題が深刻化するなか、物件を世に出してアピールするのではなく、まず借り手の「やりたい想い」を聞き、そこに共鳴して物件を貸してくれる大家を探すという逆転の発想で解決しようという、ユニークなサービスが誕生した。従来のやり方を“さかさま“に進める「さかさま不動産」の取り組みについて取材した。
“借り手の想い”から空き家をマッチング

「自分のお店を持ちたい」という場合、物件はどうやって探すだろうか。まず、不動産仲介業者を介して物件の情報を得て、内見などをしてから契約し、そうしてやりたいことをスタートさせる。これが一般的な流れだ。

ただ、これは空き家自体の情報が不動産仲介業者に開示されていなければ、選択肢から抜け落ちる。

そんな従来のやり方を「さかさま」にし、借り手の需要に合った空き家を探してマッチングさせるサービスが「さかさま不動産」だ。運営するのは、東海エリアを中心に空間プロデュースなどを行う株式会社On-Co(三重県桑名市)で、メンバーは代表取締役水谷岳史さんと共同代表の藤田恭平さん、執行役員で広報を担当する福田ミキさんの3名だ。

地域の未解決問題を今までにない手法で解決することを目指した企画やディレクションも行うOn-Coのメンバー(写真提供/さかさま不動産)

地域の未解決問題を今までにない手法で解決することを目指した企画やディレクションも行うOn-Coのメンバー(写真提供/さかさま不動産)

「まずはじめに、やりたいことがあるプレイヤーの想いを聞き出し、それをオープンにすることで、『この人に貸したい、この人を応援したい』と共鳴したオーナーさんが物件を貸してくれる、というやり方です。僕たちがそのマッチングのお手伝いをしています」と水谷さん。

広報の福田さんは、「やりたいことや出会いがベースなので、空き家のあるエリアを特定せず、物件の場所は全国どこでもいいというフットワークの軽いプレイヤーが多いですね」と、借り手の傾向を話す。

シニア世代の大家側にも分かりやすいシンプルな仕組み

前提にはまず、増加する空き家問題がある。総務省統計局の住宅・土地統計調査によると、日本の住宅のうち空き家の割合は13.6%を占め、846万戸と過去最高に (2018年10月)。さらに、この空き家率が2040年には43%に達すると見られている(2003年のペースで新築約120万戸を造り続けた場合、野村総合研究所)。

背景には、高齢化が進み住む人がいなくなってしまうということと、所有者自身が空き家の管理や活用方法をうまく見出せていないということがある。

「『空き家バンク』などの空き家情報のポータルサイトは以前からありますが、それらは総じて築年数や間取り、広さなどの情報が羅列されただけのもの。そういった情報は若い借り手の心には響きにくいと感じています。また、多くの大家はシニア世代で、彼らにとって、インターネットサイトに掲載すること自体がハードルなんです。『Webに掲載すると(個人情報をさらすようで)不用心だ』と考える人や、『(所有物件を空き家にしてしまうなんて)あの人は身内との意思疎通ができてないと思われる』と親戚やご近所の目を気にする人もいます」と水谷さん。

「一方で、大家が借り手を選ぶこの方法であれば、所有物件のことはインターネットに情報を掲載しなくてすみますし、あらかじめ借り手の顔や考え方を知ることができることで、親戚、ご近所に対しても説得・説明したりすることもできます。実際、相手が安心できる相手だと事前に分かることで貸したくなる、というデータも出ていて、物件の流通を促進する効果もあります」

さかさま不動産のホームページには、物件を探すさまざまな人の「やりたい想い」が並ぶ(写真提供/さかさま不動産)

さかさま不動産のホームページには、物件を探すさまざまな人の「やりたい想い」が並ぶ(写真提供/さかさま不動産)

熱意や人柄など、やりたい人の情報をインタビューしてWeb上で可視化できるように

「さかさま不動産」の立ち上げは、水谷さんたち自身の体験がもとになっている。
「2011年、僕らは名古屋駅から半径1km以内の場所で空き物件を探し、大家さんに交渉して借り、自分たちで改装してシェアハウスを運営していました。なぜ半径1km以内かというと、地道に交渉するのにほどよい距離だったからです。借りた後も、台風が来たら借りた建物を自分たちで補修したり、時には大家さんにお土産を渡したりして、いい関係が続きました。

そんな物件の一つで飲食店を経営した時に、若い人から『自分もこんなことをやってみたい。どうやって物件を探したの?』といった質問を受けることがありました。何かをやりたい人って、想いはあるけれど、人に伝える場がなかなかないんですよね。こういった子たちの面白い物語をなんとか大家さんに伝えたいと思い、彼らの情報を発信しようと考えました」

On-Coが空き家を活用した飲食店(写真提供/さかさま不動産)

On-Coが空き家を活用した飲食店(写真提供/さかさま不動産)

具体的には、さかさま不動産のメンバーが、「やりたい想い」を持つ借り手にインタビュー。想いや理由を可視化して記事にしたものをさかさま不動産のWebサイトなどに掲載したり、記事をSNS等でシェアしたりすることで、周囲が応援したくなるような仕組みをつくった。

それを見た物件所有者が、さかさま不動産側に問い合わせる。借り手は、物件所有者と直接会って、改めて想いを伝えることができるのもメリットだ。

さらには、物件を所有していない人が、自分が住む地域で条件に合う空き家を見つけて、その大家さんへ情報を伝えるというケースにも期待している。

「例えば近所の喫茶店のオーナーが高齢で店を閉めざるを得ないというようなケースでは、近所の人が『さかさま不動産に、このエリアでカフェをやりたい若者が掲載されていたよ』と情報を持ってくる……ということも考えられます」

借り手と貸し手だけでなく、その人たちを応援したい人、地域を盛り上げたい人など、関わる誰もが地域を良くするために考え、参加することができる。物件の所有者以外もマッチングに参加できる仕組みだ。

空き家に人の想いと地域性をプラスして、新たなコミュニティが生まれる

「さかさま不動産」の正式なサービス開始は2020年6月で、2021年6月現在までに愛知県名古屋市の本屋「TOUTEN BOOKSTORE」など、登録された「借りたい側」累計66件中6件がマッチング。現在もホームページを見ると、個性豊かな「借りたい人」の情報や想いが綴られている。

コンセプトデザイナー、知覚材料研究者、調香師の浅井睦さんは、自身の研究ラボ兼、誰でも出入りできる公民館のような場所をつくる「ニューコウミンカン構想」を実現するため、奈良県吉野市の空き家とマッチング。浅井さんは大阪府出身だが、知人がいて、バイクで出かけたこともある吉野エリアに親しみを感じていたことから、活動の拠点を吉野にしたいという想いがかなった。

奈良県吉野市の空き家。コンセプトデザイナーの浅井睦さんが、現在東屋のような施設に改装中(写真提供/浅井さん)

奈良県吉野市の空き家。コンセプトデザイナーの浅井睦さんが、現在東屋のような施設に改装中(写真提供/浅井さん)

コンセプトデザイナーとして、フリーランスで研究や制作を続けている浅井睦さん(写真提供/浅井さん)

コンセプトデザイナーとして、フリーランスで研究や制作を続けている浅井睦さん(写真提供/浅井さん)

「鍵は開けっ放しで、使いたい人がいつでも使える東屋のような秘密基地をつくりたかったんです。空き家を安く借りられないかと考えて、当初は知り合いのつてで遠方の物件をあたっていましたが、なかなか進まず断念しました。2020年11月にさかさま不動産の藤田さんと出会い、この面白いマッチングサービスのことを知りました。12月に掲載してもらいましたが、エリアを吉野に限定していたので、そううまくはいかないだろうなと思っていました」

ところが間もなく、吉野市に古民家を所有する人からメッセージが届いた。

物件のオーナーは、建築・改装業と不動産業を営む大阪府堺市の岡所さんだった。岡所さんは、
「もともと空き家の活用法について考えていて、これまでは古民家を購入して自分で改修し、レンタルスペースなどにしていましたが、別の方法で地域を活性化できないかと考えていたところでした。吉野の古民家を借りたい人なんているのかな?と思いながら、さかさま不動産のサイトをのぞいたら、偶然、浅井さんを見つけました」と振り返る。

岡所さんが「とりあえず物件を見てみて」と提案し、ふたりは一緒に改修前の物件を見学し、そのまま契約に至った。「もともと自分もものづくりをしているので、クリエイティブな人を応援したいという気持ちと、古い物件を守りたいという想いが重なり、浅井さんに貸したいと思いました」と岡所さん。

浅井さんは家の構造を知りたいという思いもあり、自分で改修を行うことにしたので、家賃も月2万円ほどに抑えられた。

他府県から駆けつけてくれた友人も改修を手伝ってくれ、開業前から仲間が集まるように(写真提供/浅井さん)

他府県から駆けつけてくれた友人も改修を手伝ってくれ、開業前から仲間が集まるように(写真提供/浅井さん)

現在も改修中で、「ニューコウミンカン」のオープンは2021年10月ごろ、改修完了は年内を想定している。

「岡所さんもたびたび見にきて改修のアドバイスをしてくれたり、端材を持ってきてくれたりするので助かっています」と浅井さん。岡所さんは「完成したら、自分もこのエリアに立ち寄るスペースができるから楽しみです」と話す。

浅井さんは、地域の人からの期待や応援も感じているという。「地元の工務店さんがいい材木屋さんを紹介してくれ、その人のつてで、廃棄される予定だった軽トラックを10万円で譲ってもらいました。改修には吉野の材木を使うようにしています。また、通りすがりのご近所さんから話しかけられることも多く、『30年来の空き家に、あなたのような人が入ってくれてうれしい』と言われたこともあります」

作業する中で、浅井さんは歴史や自然に恵まれた吉野エリアの良さを再認識したという。「空き家だったところに自分がやりたいことの想いを乗せて、さらにその地域ならではの要素が加わって、人が集まり、でき上がることは何か。僕自身がそれを見届けたいと思います」

今後、「ニューコウミンカン」が各地から新たな人を誘引すれば、エリアの活性化にもつながるだろう。

「壁や床の裏側がどうなっているかなどを知ることができるいい機会」と、自ら空き家改修を進めている(写真提供/浅井さん)

「壁や床の裏側がどうなっているかなどを知ることができるいい機会」と、自ら空き家改修を進めている(写真提供/浅井さん)

借り手と大家、地域が良好な関係を築けるシステムへ

さかさま不動産のメンバー藤田さんは、愛知県瀬戸市「ライダーズカフェ瀬戸店」の物件所有者でもあり、シャッター化が進んでいた商店街にプレイヤーを誘引した実績がある。
「物件の大家として当たり前の感情ですが、関係性を構築できる人が借主になってくれたらうれしいし、お店が今後どうなっていくか自分自身が楽しみでもあります。借り手のことは、コミュニティを共有しているパートナーだと思っています」と藤田さん。

せと銀座通り商店街に位置する「ライダーズカフェ瀬戸店」。名古屋・大須に1号店を構えていた借り手を、藤田さんが瀬戸市へ誘引した(写真提供/ライダーズカフェ瀬戸店)

せと銀座通り商店街に位置する「ライダーズカフェ瀬戸店」。名古屋・大須に1号店を構えていた借り手を、藤田さんが瀬戸市へ誘引した(写真提供/ライダーズカフェ瀬戸店)

水谷さんも「やりたいことベースだと、契約までの話が早く、その後もいい関係が続きやすいんです。貸し手と借り手の関係性ができているし、お互いに顔を出したりしてコミュニケーションが取れているので、契約後も『自分の家にこんなリフォームはしてほしくなかった』などの齟齬が生まれません」と話す。

最近では若い人が副業で不動産のオーナーをしているケースも多いといい、「先に借りたい人を決めて、その人のやりたいことに合わせて改装した方がいい」と考える場合も。そんな時も「さかさま不動産」が活用されているという。

実はこの「さかさま不動産」のサービスに関して、これまでOn-Coでは仲介手数料などを一切もらっていない。

「今後の課題は、借りたい人にこのサービスをもっと知ってもらうことと、マッチングの質を大切にしていくことです。これからは『このエリアでこんな人を求めています』という具体像を出していきたい。また、シニアなどWebを見ない層である物件オーナーへの直接的なアプローチも課題です。その地域でやりたいことがある人の情報を貼り紙で掲載することや、紙媒体をカフェや銀行の支店に置いてもらう方法、協力者が直接物件所有者の家を回ることなども考えています。

まずは情報を集め、プレイヤーの想いを聞き出すインタビュアーを各地域に増やそうと思います。地域に新しく仲間入りして活躍するかもしれない人のニーズを聞き出すことは、そのエリアにとっても大切なことです。そして、もともと地域に根付いた活動をしている人にもメリットが生まれるといいなと考えています。今後は誰もが利用しやすいようにシステムを広げていきたいと思います」

「さかさま不動産」の運営メンバーは20代から30代で、登録者も20代、30代が多いという。若い人たちが新しい取り組みをしているようにも見えるが、実は仲介者と地域住民、登録者による世代を超えた対人コミュニケーションがサービスの核であり、温もりを感じる。

海洋プラスチックゴミ問題解決を目指して製作活動をしている元航海士のアーティストは、マッチングした三重県鳥羽市内の空き倉庫で地域の海洋プラスチックを使ったアート活動を本格始動(写真提供/さかさま不動産)

海洋プラスチックゴミ問題解決を目指して製作活動をしている元航海士のアーティストは、マッチングした三重県鳥羽市内の空き倉庫で地域の海洋プラスチックを使ったアート活動を本格始動(写真提供/さかさま不動産)

福田さんは「空き家を、街の“余白”であり“関わりしろ”だという目線で前向きに見ているのが、このサービスのいいところです」と話してくれた。

柔軟な頭で、くるりと反対側から物事を考えたら、深刻な空き家問題の解決策が浮かぶのかもしれない。

●取材協力
・さかさま不動産

最新トレンドは「心と健康にいい住宅」。コロナ禍に世界中で注目される“WELL認証”って?

最近、住宅のキーワードとして“住宅性能”“環境配慮”などが話題にのぼっている。一方で、このコロナ禍において、世界中で住環境の見直しが進む中、新たな視点が注目を集めている。“人の健康やウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好であること)”の視点で空間を評価する「WELL認証(WELL Certification)」だ。一体どんなものなのか、国内外の最新情報を探った。
住宅性能、環境の次は「健康と心」にやさしい住まい。WELL認証とは

日本国内で省エネと環境配慮を評価するLEED認証やWELL認証の普及に尽力している「グリーンビルディングジャパン(GBJ)」(2013年設立)で、WELLワーキンググループの主査を担う清水建設の沢田英一さんに話を聞いた。

サステナブルな住環境づくりに関心の高い建築や不動産関係者へ、WELL認証を始めとしたワークショップやセミナーを提供している(写真提供/GBJ)

サステナブルな住環境づくりに関心の高い建築や不動産関係者へ、WELL認証を始めとしたワークショップやセミナーを提供している(写真提供/GBJ)

「いま、ウェルビーイング(Well-being)という言葉が注目を集めています。身体的、精神的、社会的にも健康な、幸福度をあげていこうという考え方です。日本では、主に職場環境や公共ビルに対してこのウェルビーイングを向上させようという動きが進んでいて、実際、GBJへの問い合わせもLEED認証よりもWELL認証が増えています」(沢田さん)

例えば、昨年8月にWELL認証(v1)を取得した京阪ホールディングスの「GOOD NATURE HOTEL KYOTO」では、清潔で安心な空間をつくる「空調方式」を採用し、手洗い環境の整備と除菌清掃に関する取り組みが高く評価されたという。また、緑や自然を感じさせる空間を、ロビーや客室に配置。さらに、快適な安眠と目覚めを可能にするための「快眠照明システム」が導入された。

WELL認証は、こうしたウェルビーイングに基づいた「人々の健康や生活の快適さなどに焦点を当てた、建築物や居住区の環境や運用に対する性能評価システム」だ。建物を客観的に評価することにより、不動産価値を数値化できる点と、国際的な評価基準と照らしあわせることができるのが特徴。

(画像提供/G B J)

(画像提供/G B J)

2014年にv1から、2018年からはv2 pilotに移行し、コンセプトの数が10項目になった(画像提供/G B J)。現在は、v2、WELL Community、WELL Portfolio、WELL Health-Safety Rating(HSR)の4種類で登録が可能。また今年、住宅を対象にしたWELL Homes Advisoryが立ち上がったばかり

2014年にv1から、2018年からはv2 pilotに移行し、コンセプトの数が10項目になった(画像提供/G B J)。現在は、v2、WELL Community、WELL Portfolio、WELL Health-Safety Rating(HSR)の4種類で登録が可能。また今年、住宅を対象にしたWELL Homes Advisoryが立ち上がったばかり

沢田さん曰く「2014年にアメリカで誕生してから評価基準もどんどんアップデートされており、現在は『空気、水、栄養、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティ』という10項目に。特筆すべきは、WELL認証は建物の設備的な点だけではなく、建物をどのように運用するかや、どのようなプログラムを導入するかが、認証を取る際の評価の重要なポイントになっている点です」
さらに、世界的に認証取得件数も2017年の635件から2021年6月に2万5253件に増え、注目度も上がっていることがうかがえると話す。
ではWELL認証の建物で生活すると、どんなメリットがあるのだろうか? この認証では、人生の90%を室内で生活していると言われている現代人が、健康に生活するためのスタンダードをつくることで、肉体的にも、精神的にも健康に、豊かに生活できる環境を整えようとしているものだ。例えば、建物の空気質環境が良ければ、気管支炎やぜん息に罹るリスクは減るといったことなど。
現在日本では、WELL認証を導入した建物の多くはオフィスビルで、住まいへの本格導入はこれからといったところのようだ。そんななか、オランダで世界発となるWELL認証を取得した既存建築物を利用した賃貸マンションが2018年に登場しているという。

「はじめは『健康的な建物?ジムでもつくるのか?』と笑われた」

その物件は、オランダ・アーネム市にあるマンション「Aan de Rijn(アン・デ・ライン)」。

名称通り、ライン川沿いに7階建てと9階建ての2棟が並ぶ複合マンション(写真提供/Vesteda)

名称通り、ライン川沿いに7階建てと9階建ての2棟が並ぶ複合マンション(写真提供/Vesteda)

物件オーナーはオランダの不動産管理会社Vesteda(ヴェステダ)だ。そこのサステナビリティ責任者ステファン・デ・ビーさんはこう話す。

「実はVestedaがオーナーになった時点では、既存の住民からは“健康的な建物”に対する需要はなかったんです。ですが私たちは、住まいは『サステナブル』で『幸せをもたらすもの』であるべきだという信念があり、それにもとづいて、この物件も改善することにしたんです。となると、既存の住民にもそれを理解してもらわないといけない。そこで私たち自身が学ぶ場を得ると同時に、住民にも認識をうながす手段として、『WELL認証を取得すること』を思いついたのです」

その時点で、すでにマンション94室はほぼ満室。取得を決めてから最初に行ったのは、住民たちとのコミュニケーションだった。

「ある住民に『建物の健康度を測る認証をオランダのマンションで初めて取得する』という話をしたら、“ジムでもつくるつもりなのか?”と聞かれました」と笑うデ・ビーさん。

通称「緑のエントランス」と呼ばれているマンションの1F玄関部分©(写真提供/Vesteda)

通称「緑のエントランス」と呼ばれているマンションの1F玄関部分©(写真提供/Vesteda)

「居住空間の“禁煙”」に反対の声も……どう住民たちの理解を得たのか

認証取得のためのリフォームにも住民たちに積極的に関わってもらうことで、「コミュニケーション頻度が増えるなど距離が縮まり、理解を得ることができた」という。例えば、エントランスを改装する際には、デザインを住民に選んでもらった。

なかでも最も苦労したのは、評価基準の「空気」の項目。建物すべてがWELL認証を得るためには、共有部分だけでなく居住空間でも“禁煙”を徹底しなければならない。オランダでは、タバコが吸えない賃貸住宅ビルはそれまで存在しておらず、もちろん当初は反対する人も多かったという。

しかし、繰り返し「清浄な空気の大切さ」を訴えたこと、入居済みの住民に対してはこの条件が適応されないこともあって、徐々に賛同者を増やしていくことができたそうだ。(ただし、既存住民に対しては禁止ではないものの、禁煙が推奨されている)

「アン・デ・ライン」は、85平米/100平米の広さ、2LDKまたは3LDKの2種類の部屋がある。家賃は月に950ユーロ(12万円)前後(写真提供/Vesteda)

「アン・デ・ライン」は、85平米/100平米の広さ、2LDKまたは3LDKの2種類の部屋がある。家賃は月に950ユーロ(12万円)前後(写真提供/Vesteda)

ちなみにこの物件では、特別な浄化装置によってろ過される飲料水が蛇口から飲める(写真提供/Vesteda)

ちなみにこの物件では、特別な浄化装置によってろ過される飲料水が蛇口から飲める(写真提供/Vesteda)

新規の住民に対しては、「ペット不可」と同様の法的プロセスをとることで、入居時に“禁煙”の建物だと伝え、あらかじめ理解を得られるようにする。さらに、自治体にも協力を仰いで建物から半径20m以内の地域を「禁煙区域」と指定してもらうことで周辺の環境基準も整えた。

また建物全体に微粒子フィルターを備えた換気システム(熱回収機能付き)が設置されているほか、その日の外気の状態(空気の汚れ度)に応じて窓を開けるべきか/エアコンを使うべきかのアドバイスを、エントランスに設置されたタブレットや各住民のアプリを通じてチェックできるといった工夫もされている。

WELL認証のための改修費用などはどうした?

厳しいWELL認証の項目をクリアするためにリフォームを行うなど、当然、費用もかかったに違いない。一体どうやってまかなったのだろうか。

「WELL認証の改修費用は、物件の価値を上げるための投資として弊社が負担していますが、WELL認証導入後の管理費は、1戸に対して年間数ユーロだけです。管理費自体は増加しましたが、それは清掃費の分だけ。それ以外のメンテナンス関連の費用は、初期投資だけで運営費をゼロに抑える仕組みをつくりました」(デ・ビーさん)

その方法は、多くのサプライヤーにVestedaのアイデアに賛同してもらい、導入費用の割引や、パートナーシップの契約に協力を仰ぐというものだ。

例えば、施設の清掃の課題として、マンション内の植物の水やりがあった。植物が枯れないように、パートナー企業の支援で1カ月分の水を貯水できるタンクを設置した。タンクに水を入れるのは1カ月に1度だけで、必要な量についても自動的に判断し、給水される仕組みだ。そのため、清掃員は追加作業をする必要はなく、運営費もほとんど追加されていない。

定期的な水やりが心配されていたエントランスの植物(写真提供/Vesteda)

定期的な水やりが心配されていたエントランスの植物(写真提供/Vesteda)

また、前述の「換気システム」は半年に1回のフィルター交換が必要だが、メーカーに交渉し、定期的にフィルターを提供してもらう代わりにその効果を測定し、そのデータのフィードバックを行うことにした。

パートナー企業らも、革新的なプロジェクトに参画することで製品の良さを宣伝できるうえ、顧客からのフィードバックを得られるということで、プロジェクトへの参加に積極的だという。

パートナー企業等からの協力があったとはいえ、始動から3年、これらの一連の投資に見合う価値はあったのだろうか?

その問いに対し、デ・ビーさんは「間違いなくY E Sです。実際に住んでみるとその良さが分かるはず」と話す。

とはいえ、現在もWELL認証を取得しているかどうかは物件価値につながっておらず、賃料を設定するときのプラス材料とすることはできない。だが、「アン・デ・ライン」の住民たちからの評価は上々だ。「将来的にWELL認証の物件は、もっと価値が上がるのではないかと考えています」とデ・ビーさんは胸を張る。

左からRonald Papingさん(Arnhem市の市会議員)、“WELLマーク”を抱えるVestedaのCEOゲルトヤン・ヴァン・デル・バァンさん、Dick Vinkさん(BBI)、Ann-Marie Aguilar(IWBI)、Alexandra Boot(BBI)(写真提供/Vesteda)

左からRonald Papingさん(Arnhem市の市会議員)、“WELLマーク”を抱えるVestedaのCEOゲルトヤン・ヴァン・デル・バァンさん、Dick Vinkさん(BBI)、Ann-Marie Aguilar(IWBI)、Alexandra Boot(BBI)(写真提供/Vesteda)

GBJの沢田さんいわく、日本でのWELL認証の本格導入にはもう少し時間がかかりそう、とのこと。

「資料が英語で書かれ、審査書類の準備も英語で行わなければいけない。こうした言語のハードルの高さと、WELL認証を継続的に持ち続けるための運用コストの償却方法が、日本での普及の課題になっているんです」(沢田さん)

現時点で日本国内のWELL認証取得済みの建物は、オフィスや寮のみで、一般住宅はない。
とはいえ一方で、国内の認証制度である「CASBEE」でも、サステナビリティや健康に照準を当てた基準ができつつあるという。

オランダの賃貸マンションの事例では、サステナブルな住まいに対して、多くの企業が積極的に参画していただけでなく、自治体や行政も協力的だった。また、賃貸オーナーが自ら「テナントの生活環境と活力の向上に積極的に貢献する」という発想が、今後、日本でも芽生える可能性はあるのだろうか。関係する多くの協力が必要なものだけに、これからの日本での浸透に注目していきたい。

●取材協力
・一般社団法人グリーンビルディングジャパン(GBJ)
・Vesteda

賃貸物件なのに全室テーマが違う! ゴルフ、バイク、ボルダリングなど9室の趣味部屋

賃貸住宅の多様化が進み、独自のテーマや付加価値を持つ物件が増えてきました。こうした流れのなかで評判になっているのが千葉県柏市にある「ガルガンチュア」。その特色は、全9部屋が一部屋ごとに、ゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏など、異なるテーマに沿って設計され、設備があることです。ここはどのような発想でつくられ、また居住者はどのように感じているのか、取材しました。
長く住んでもらうために趣味嗜好に特化する

「ガルガンチュア」は、豊四季駅(東武アーバンパークライン)から徒歩約14分の住宅地の中にあります。大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長)はこう語ります。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

「この地域はもともとカブの名産地。奥山家もカブ農家で広い農地を持っていました。しかし義父の代からはそれを賃貸住宅に転用するようになったんです」
奥山さんは医療機器メーカーや自動車メーカーに勤務する会社員でしたが、先代の娘さんと知り合って結婚し、婿養子となりました。2017年に先代が現役を退いたのを機に、不動産賃貸業の有限会社奥宮園を引き継ぎました。

ところが当時所有していた物件の入居率は5割以下。「そのうちの1件の木造アパートに足を運んでみると、古く、利便性も悪く、私も借りたいと思えないような部屋でした。そこで、自分が借りたい、こういう人に借りてほしい、を思い描きながら、リフォームしたのが始まりです」

9室すべてコンセプトが異なる(写真提供/奥宮園)

9室すべてコンセプトが異なる(写真提供/奥宮園)

大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長) (写真撮影/内海明啓)

大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長)(写真撮影/内海明啓)

「ガルガンチュア」もこの発想の延長に誕生しました。奥山さんが奥宮園を引き継ぎ、空いていた農地に賃貸住宅を建てようとしたとき、意識したのは入居者に長期入居してもらうということでした。「長期で住んでいただくなら、万人向けの必要はありません。個々の入居者の好みに合えば、長く住んでいただけるはず。そこで個人的な趣味嗜好を追求できる部屋にしようと決めました」

奥山さん自身はクルマ好きなため、当初はガレージハウスにすることを考えました。しかしすべての世帯がをガレージハウスにすることには物足りなさもありました。見積もりを依頼した設計施工メーカーが、ガレージハウスに加えて防音室を提案してきたことをきっかけに、それならいっそ、全室異なる個性の部屋にしよう、と考えました。

この決断自体が奥山さんの個性とも言えるでしょう。奥山さんはクルマのほか、読書好きでもあります。陶芸の経験も楽しかったし、ボルダリングもやってみたかったそうで、趣味を持つ人の「あったら良いな」を現したいという想いがありました。「ただ設計の方々にはご苦労をかけたと思います。注文住宅が9つあるようなものですから」と奥山さん。

こうした住宅のつくり方では投資額も増えますから、財務面も慎重に検討しました。会計事務所に相談しながら事業計画を立案、投資額や利回りから家賃を算定し、近くの、流山おおたかの森駅(東武野田線、JRつくばエクスプレス)周辺の同面積の物件の家賃と比較してみると、大きな差が出ないことが分かり、着工を決断しました。
ちなみに、賃貸住宅の名「ガルガンチュア」は、奥山さんが大好きな米映画『インターステラー』に登場するブラックホールの名にちなんだもの。一度入ったら居心地が良くて出られない空間をつくりたい、奥山さんはそんな想いをこめて名付けました。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

趣味や仕事に活かす派、関係なく利用する派、両方が住む

各部屋の特色は次のようになっています。
typeA(マイバッハクラスの大型車が2台格納できるガレージ付き)、typeB(自転車愛好者のため、10.9畳の土間と勝手口を設置)、typeC(吹抜けに高さ4mのボルダリングウォール付き)、typeF(大型壁面鏡、ランニングマシンなどの設置が可能な耐衝撃床を持つフィットネスルーム付き)、typeG(天井高2.8mのスクリーンを持つゴルフシミュレータールーム付き)、typeL(20.6畳のLDKに大型書棚、2階ホールにも大型書棚がある)、typeM(主にバイクのためのガレージ付き)、typeS(楽器演奏のための防音室付き)、typeW(陶芸用土間と専用庭に立水栓がある。電気釜を使えるようにするため、200V、50Aの電源を確保)。

ちなみに、typeに付けられたアルファベットはBならBicycle、LならLibraryのように、テーマの頭文字を意味しています。

ボルダリング付きのtypeC(写真提供/奥宮園)

ボルダリング付きのtypeC(写真提供/奥宮園)

大型書棚付きのtypeL(写真提供/奥宮園)

大型書棚付きのtypeL(写真提供/奥宮園)

入居者はこれらを趣味や仕事に活用している方もいれば、それと関係なく広さやデザインに惹かれている方もいます。
前者の趣味や仕事に活用しているケースではtypeLには数学の大学講師の方、typeSには音楽家の方が入居しています。
typeAに入居しているTさんは東京都内にあるバイクショップの経営者で、ガレージは趣味の外車や旧車(過去の名バイクなど)を置くのに使っています。

typeAのガレージ(写真提供/奥宮園)

typeAのガレージ(写真提供/奥宮園)

「ガレージ部、住居部のどちらも満足しています。特に2階部から階段を降りてくると大きなはめ込み窓からガレージ内部が見え、愛車やバイクを日々感じられるのがうれしいですね」と語ります。
Tさんは最初この物件を知ったとき、この地域としては家賃がやや高いかな、と感じたそうです。「しかし住んでみると、設備も含め、すべて快適で不満はありません。私の例に限らず、個人の趣味嗜好や生活様式は多様になっていますから、こうした住宅形態は今後、東京近郊中心に増えていくのではないかと思います」

プロゴルファーが自宅兼スタジオとして利用

typeGの入居者はゴルフのレッスンプロの石井昭仁さん。プロゴルファーになって4年目、トーナメントにエントリーする一方、自宅や池袋でレッスンも行います。
この物件はたまたま石井さんの父が見つけて教えてくれたそうです。

ゴルフシミュレータールーム(写真撮影/内海明啓)

ゴルフシミュレータールーム(写真撮影/内海明啓)

機種は「JoyGolf smart + (ジョイゴルフスマートプラス)」(株式会社ゴルフランド)のもの(写真撮影/内海明啓)

機種は「JoyGolf smart + (ジョイゴルフスマートプラス)」(株式会社ゴルフランド)のもの(写真撮影/内海明啓)

石井さん。ゴルフシミュレータールームを活かし、ゴルフのレッスンスタジオを運営(写真撮影/内海明啓)

石井さん。ゴルフシミュレータールームを活かし、ゴルフのレッスンスタジオを運営(写真撮影/内海明啓)

「ゴルフシミュレータールームはお客様のレッスンにも、自分のトレーニングにも使っています。シミュレーターにはいろいろな種類があり、性能の良し悪しもさまざまですが、ここに設置された機械は、実際のショットのイメージに近く、満足しています」
弱点は収納です。プロゴルファーにはかなりの量のゴルフウェアが必要なため、普通の人以上の収納が必要です。しかしtypeGは9部屋の中でも収納が少ない部屋なので、そこがややミスマッチというところ。一方、ゴルフバッグやシューズの収納には困らないほどの玄関の広さには満足しています。

広い玄関まわりはゴルフバッグを置くのも楽々(写真撮影/内海明啓)

広い玄関まわりはゴルフバッグを置くのも楽々(写真撮影/内海明啓)

家賃が高めとも言われますが、石井さんはそうは考えていません。「自分でゴルフシミュレーターを購入してスタジオを経営することを考えたら、その設備があってこの家賃というのは決して高くないと思います」

入居者の意見をすぐに反映させるオーナーの姿勢もうれしいとのこと。「駐車場が暗く、心配だと伝えたらすぐに照明を設置してくれましたし、シミュレータールームの出っ張り部分がショットのとき気になることを伝えたら、すぐに改修し、取り除いてもらえました」

石井さんはスタジオ(豊四季ゴルフスタジオ)を始めたばかりですが、今後仕事が増え、別のところに住むことになっても、この部屋を事務所として利用することも想定しています。

石井さんの部屋のリビングルーム部分。階下にゴルフシミュレータールームがある(写真撮影/内海明啓)

石井さんの部屋のリビングルーム部分。階下にゴルフシミュレータールームがある(写真撮影/内海明啓)

リビングルームに接してパティオ的なスペースがある。テーブルと椅子は石井さんが購入して置いた(写真撮影/内海明啓)

リビングルームに接してパティオ的なスペースがある。テーブルと椅子は石井さんが購入して置いた(写真撮影/内海明啓)

先ほど、部屋のテーマと直接関係のない入居をしているケースもあると述べましたが、その例としては、typeCのボルダリング付きの部屋には広いLDKに魅力を感じた経営者の方が入居していますし、建材商社勤務の鈴木敏夫さんもテーマとは関係なく、陶芸ができる部屋のtypeWに入居。陶芸のために用意された土間を鈴木さんはガーデニングの鉢を置くのに利用しています。妻との二人暮らしですが、飼い猫2匹と一緒に暮らせることも大切な条件でした。
「観葉植物や寄せ植えなど10鉢くらいを屋内に置いています。以前住んでいた賃貸ではベランダに並べていましたが、風雨の強いときにそれを避ける場がなかったので、今は助かっています」
以前の住居から引越しを決意した理由は上階の物音が大きかったからだそうです。「この部屋の環境は静かですし、使い勝手もよいですね。(陶芸のためにつくられた)土間はベランダと寝室それぞれにつながる出入口があります。猫は自由に走り回っていて、私たちより喜んでいるのではないでしょうか(笑)」

typeW 広々としたリビングルーム部分(入居前)(写真提供/奥宮園)

typeW 広々としたリビングルーム部分(入居前)(写真提供/奥宮園)

前述のTさんが指摘されたように、個人の趣味嗜好や生活様式の多様化は今後も進むでしょう。また働き方としては副業も増える時代になっています。そうしたなかで、ガルガンチュアのようなコンセプト賃貸は今後、増えていくかもしれません。

●取材協力
有限会社奥宮園
豊四季ゴルフスタジオ

空き家DIYをイベントに! カフェなど地域の交流の場に変える「solar crew」

増え続ける空き家が、社会問題化した昨今。そんななか、「空き家再生のDIYに地域住民を巻き込んでいく」プロジェクトに挑戦し続けている、小さなリフォーム会社がある。「solar crew」と名付けられたこのプロジェクトの仕掛け人、太陽住建 代表取締役の河原勇輝さんに、スタートした経緯や反響、今後の展開について、お話を伺った。
DIYイベントで地域の交流の場づくりの土台に

空き家リノベーションのDIYをイベント化するというプロジェクト「solar crew」。2020年からスタートしたこの事業は、再生された空き家は、オフィスやコワーキングスペース、一部は地域の交流の場として開放され、つくって終わりではなく、使うことで継続的な地域のつながりの場となり、新たな空き家活用法として注目されている。

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

プロジェクトを始めたきっかけは、河野さんが1日限定のDIYのワークショップに初めて行った時の、参加者の意外な反応だったという。
「最初の空き家再生事業で、地域住民の方を対象に、お披露目も兼ねて開催したんです。壁を塗ったり、テーブルをつくったりする簡単なものでしたが、参加者の方から、“解体もやってみたかった””デザインの仕事をしているので、プランを考えてみるところから参加してみたかった”という感想をいただいたんです。こちらとしては、ほぼ出来上がったものを提供するほうが負担がないと考えていましたが、でき上がるまでのストーリーのほうに関心のある人が増えているんだと、新たな発見でした」

共同作業をしながら自然と会話。愛着が生まれる

その後、単発のワークショップではなく会員制(2021年6月末時点で184名)にすることで、DIYのイベントをきっかけに、継続的な関わりが生まれている。
「参加者は、家族で参加している3歳のお子さんから、腕に覚えのある70代の方まで。普段は接点がないような方が、作業をしていると、自然と会話が生まれて、楽しそうなんですよ。特に、普段は何かと会話の外にいるお父さんたちが仲を深めている様子はよく見ます」

自ら工事を手掛けることで、その拠点に愛着がわき、自分のサードプレイスになりやすい利点もある。

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

現在、「solar crew」で再生された空き家は5件。
完成した家は、町内会のイベント、ママたちのランチ会、趣味のワークショップなど、さまざまな使い方がされている。カフェ、シェア型の畑、宿泊もできる施設など、スタイルもさまざま。会員は、その土地のエリア特性に合ったコンセプトづくりから参加できる。
「例えば、このあたりは公園が少ない、子ども連れでも気兼ねしなくていいカフェがほしい、テレワークスペースのニーズがあるなど、その地域の課題を解決できる場でもあってほしいと考えています」

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

大家も利用者も“Win-Win”な収支システムを実現

ここまで「solar crew」のメリットに関して解説してきたが、“収支”も気になる。
「空き家のリノベーション費用は当社が負担し、大家さんへは、ほぼ固定資産税程度の賃料を支払っています。このシステムなら、空き家を持て余していた方も参画しやすいでしょう。大家さんの“使わないけれど手放したくない”という切実な思いに応えたいんです」

個人会員は一部のイベント開催は別として、参加費は無料。法人会員は協賛金を支払い、ワークスペースやイベントの開催、ショールームとして使用することもできる仕組みだ。

また、いわば社会問題でもある空き家を活用する事業として、区役所、地域ケアプラザ、社会福祉協議会、町内会からなる「運営協議会」を設け、空き家の活用方法を協議している。
「地域に密着した事業を行う企業は、この場がマーケティングの場となっています。例えば、地元で数店舗の美容室を経営するオーナーの方が、ファンづくりをする場としてイベントを開催するなど、うまく機能していました」

ほかにも、「プレゼンが苦手」という職人気質の個人事業主さんに、大手IT企業勤務の会社員の男性がパワーポイントで資料を作成する業務を副業として請け負ったりと、新たなビジネスのきっかけになることも。
「最初は、大工仕事をしてみたいなぁとか、親子で遊べる場として利用してみようかなぁなどのささいなことがきっかけでも、思わぬ出会い、発見があります。最近では、DIYに興味があると参加した大学生が、どっぷり『solar crew』にハマり、当社にインターンとしてやってくる予定なんです」

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

倒産の危機を乗り越え、たどり着いたのは“地域に貢献したい”という想い

このように順調に見えるが、実は河原さん、2009年に創業した会社は、2年目には倒産の危機にあったそう。
「当時は、マンションやアパートの原状回復、細々とした修繕など、施工を首都圏全域でやっていました。しかし、遠方へは時間も交通費もかかる。さらに、DIYブーム、大型ホームセンターの盛況から、単純な工事を請け負うだけではまわらなくなると、相当な危機感を感じました」
そんな、河原さんが目指したのは、とことん「地元に愛される」会社になること。
「最初は街のゴミ拾いから。半年続けました。その後、街のお祭りに声を掛けられたり、町内会に呼ばれるようになったり……。そのうち自然と、地域の人、行政の人とつながりができ地域の課題が見えてきた。これが現在の空き家活用事業につながっていると思います」

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

「空き家を地域の交流の場として再生する」「その過程から地域住民にも参加してもらう」「地域の課題を解決するための場とする」の3つを目的とする「solar crew」は、SDGsの観点からも注目されており、「第8回 グッドライフアワード 環境大臣賞」(環境省)を受賞。
テレビ、雑誌などに取り上げられることも多く、空き家に悩む方からの問い合わせも急増。コロナ禍でリアルのイベントを休止していたが、現在は、人数を制限し、感染対策をしたうえで、少しずつ再開している。

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「コロナ禍で地元で過ごす時間が増え、地域コミュニティに関心が高まっている人も多いはず。そんなとき、『solar crew』が地域のプラットフォームになれたら。どんな街でも、暮らす人がいれば、必要な機能があるはず。現在は神奈川県が中心ですが、今後は、浅草など都心の案件にも挑戦していくつもりです」

次回は7月25日(日)「床の造作・カウンターづくりDIYイベント」(in真鶴)。気になる人はチェックを。

●取材協力
株式会社太陽住建
Facebook「空き家でつながるコミュニティ『solar crew』」
(25日のイベント参加等の問い合わせはFacebookまで)

入居者DIYでアトリエや花屋に! 築古賃貸なのに大人気の「ニレノキハウス」がすごかった

築古の賃貸物件が年々増える中、住み手によるリノベーションが可能な「DIY賃貸」が注目を集めている。しかし、中には退去時の「原状回復」を必須としており、そのメリットが活かされていないケースも多い。
そんな中、「原状回復不要」で住み継がれてきたDIY賃貸の草分け的存在が熊本県熊本市の「ニレノキハウス」だ。オーナーの末次宏成さんと2組の入居者へ、ニレノキハウスの成り立ちと、実際の暮らしについて話を聞いた。

築古マンションに付加価値を

末次さんが元オーナーである両親から3階建・11戸の賃貸マンションを引き継いだのは2011年のこと。
決して条件が良いとは言えないエリアにあり、当時で築27年と古く、全室空室状態だった。そこで末次さんは、従来のような賃貸募集ではなく、入居者が主役になれるような自由に建物をカスタマイズできる賃貸を目指した。
当時は「リノベーション」という言葉もまだ珍しい時代だったが、反響は大きく、オープンハウスには2日間で200名以上が来場。すぐに満室となり、現在に至るまでほぼ満室状態が続いている。
結果的に、リノベーションを通じて入居者・不動産会社・オーナーの親密なつながりが生まれ、ニレノキハウスならではのコミュニティが育ったのだ。

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。 九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。
九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

学生へ、リアルな現場を「教材」として提供

ニレノキハウスのユニークな点はもうひとつある。大学との連携だ。全11戸のうち1戸は熊本大学・熊本デザイン専門学校・九州大学と連携し、学生たちが設計~施工までを行った。階段など共用部の壁画も学生の手によるものだ。

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

大学職員として、もともと産学連携の仕事にも携わってきた末次さん。自身も都市建築デザインやまちづくりを経験してきたことから、「建築を学ぶ学生がリアルな現場を体感できることで、良い教材になる」と感じており、大学との連携が実現した。
学生たちが手掛けた1室もすぐに入居者が決まり、6年にわたり最初の入居者が暮らしていた。その後6年ぶりに空室になると、再び熊本大学の学生たちがリノベーションを実施。現在は次の入居者が暮らしている。

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

アトリエ兼住居として活用。入居者同士の交流も魅力

ここで、ニレノキハウスに入居している2組の暮らしを見せてもらった。

園田さんご家族は、2012年のリニューアル当初からニレノキハウスに暮らし続けている。夫妻で花屋を経営しており、1階角部屋・土間付きの約70平米をアトリエ兼住居として使用している。

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

以前は店舗での販売を中心に経営していたが、SNSが普及したこともあり、マルシェや注文販売、教室運営をベースに切り替えようと考え、移転先を検討していたところだった。

そんなときに、知人からニレノキハウスの話を聞き、オープンハウスで見た部屋に、一目ぼれしてしまったという。
「当時は『部屋』というより、最低限のリノベーションを施した『箱』という状態でしたが、ショップで使用していた什器や家具類がぴったりはまるイメージを持てました。オーナーの末次さんと会話し、花屋として使用することも歓迎してもらえましたし、幸い子どもの学校区も変えなくてよいエリアだったこともあり、こんな場所は他にない、と即決でした」(園田さん)

花の受け渡しや教室などで人の出入りもある。周囲の理解がなければできないことで、一般的なアパート等だとやはり他の住民に迷惑をかけてしまうだろう、と考えていた園田さん。
「ニレノキハウスはDIYだけでなく、店舗や事務所との併用も歓迎されています。入居者もその方針に共感する方々でしょうから、そんな物件なら安心できる、と思いました」(園田さん)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

入居後は3LDKだった間取りを土間+1ルームにリノベーション。寝室やダイニングスペースはカーテンでゆるく仕切って使用している。アトリエスペースと住居スペースを仕切る扉や玄関扉、外壁もオーナーに許可を得た上でリノベーションを行った。DIYも可能だったが、園田さんの場合は、ショップ時代から付き合いのある大工さんに全て依頼したそうだ。

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

入居者同士の交流も魅力、と語る園田さん。
「昨年はコロナの影響でできませんでしたが、例年、屋外の共有スペースを使ってバーベキューなども行っています。手づくりのチラシで呼びかけて、好きな時間に来て好きな時間に帰る気楽な会です。差し入れだけ持ってきてくれるような方もいますね」(園田さん)

コロナの影響で、園田さんの花屋が他所で出店予定だったイベントが急遽中止になった際には、オーナー末次さんに相談の上、この屋外共有スペースでマルシェを開いたことも。同じイベントに出店予定だったカレー屋やパン屋も招き、行列ができたそうだ。
「入居者の皆さんもご自身の駐車場スペースを貸してくれたり、遊びに来てくれたり、何かと協力してくださり本当にありがたかったです。こうしたイベントのとき以外でも、お花を注文してくれることもありますし、既に退去された方とも交流が続いています」(園田さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

部屋の見学に来た方が園田さんのアトリエを訪ね、住み心地や入居者コミュニティについて話を聞いていくこともあるそうだ。リニューアル当初はオーナー主催で実施することが多かったイベントも、今は入居者が企画することが中心になっている。

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

念願の「制作に没頭できる空間」を実現

2組目は、2021年2月に入居したばかりのHさんご家族。Hさん一家は、もともと長く東京で暮らしていた。

「コロナ禍で外に出ることも難しくなり、なぜ東京にいるのだろうという気持ちになりました。だったら、地元である熊本に戻って、陶芸の制作に打ち込みたいと思うようになりました」(Hさん)

美大の出身で、デザインに関わる仕事を続けてきたHさん。移住を機に制作に集中できる空間が欲しい、と考えるようになったそう。 

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

当初は熊本県内でも阿蘇など自然豊かなエリアで中古戸建てのリノベーションを検討していたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず、気候の厳しさにも不安が生まれた。そんなときに、ニレノキハウスの存在を知ったという。
「面白そうな物件があるなと。実際に部屋を見に行ってみて、ここしかない!と思いました。陶芸窯を設置しても良いかとダメ元で相談してみたら、『良いよ』と。オーナーも陶芸をされるということで意気投合して、トントン拍子に入居が決まりました」

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

音や振動などでご迷惑をおかけすることもあるだろう、と入居直後に全入居者のところへ挨拶に行ったというHさん。その後の交流も続いているそう。
「みなさんとても良い方ですし、デザイナーさんなど創作に関心がある方も多く、理解があると感じます」

現在は土間+陶芸用の作業スペースと、1ルームをダイニング・リビング・寝室とゆるやかに区切った居住空間として使用している。寝室と陶芸用スペースの床張り、アトリエの棚、壁面の塗装などは1カ月強をかけてDIY。愛着ある住まいへと仕上げていった。
「今後は自分で焼いたタイルを壁面に貼ったりもしたいですね」と語るHさん。さらに素敵な部屋へと進化していきそうだ。

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら貼った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら張った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

「賃貸でも自由度を上げる」選択が、価値向上につながった

似た間取りをベースにしながらも、暮らす人によって、それぞれ全く違う個性が発揮されているニレノキハウス。リニューアル以降、実は家賃が上がっている。入居者自身のリノベーションによって価値が上がっており、仲介をしている不動産会社の担当者より、値上げが妥当と提案があった。末次さん自身も、「立ち上げた当初、そこまでは予想していなかった」と語る。
賃貸物件に自由度を与えた結果、9年目の今、不動産としての価値が上がっている。

もちろん、うまくいくことばかりではなかったという。
「住んでいた方の好みやDIYの力量で、次の方に入ってもらうのが難しそうなときもあります。そうした場合には、空室になったタイミングに私が手を入れることもあります」(末次さん)

入居者は20~30代、特に30代前半の夫妻やカップルが多いそう。やはりリノベーションに興味があり、自分でカスタマイズをしたい、という人が多いが、希望するリノベーション内容はさまざま。ほんの少しの人もいれば、間取りから変えたいという人もいる。そうした希望に合った部屋を紹介するため、そして「ニレノキハウス」という場で気持ちよく暮らしていける人か判断するため、入居前に必ず面談を行っている。

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

今後の展望について、末次さんはこう語る。
「9年経ち、コミュニティを含めて良いマンションに育ってきたと感じています。
コロナの影響もあり、働き方、ライフワークバランスのあり方などが変わってきたなかで、ニレノキハウスは新しい働き方・暮らし方にマッチする住まいでもあると考えています。
オープン当初から、オフィス兼住宅、店舗兼住宅といった使われ方がされてきましたし、今後、熊本でもそうしたSOHO的な場所、ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる場所のニーズは増えていくのではないでしょうか」

賃貸集合住宅の、新しい可能性

ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる住まい、一定の共通項を持つ人たちが集まる集合住宅。それはとても魅力的に思えた。
“新築”“築浅”が好まれ、それらの価値が高いとされる傾向にある日本において、築年数を経た物件が、住み継ぐ人の手によって価値を上げていく。「ご近所付き合いが希薄になりやすい」とされる賃貸集合住宅においても、共通項を持つ人々が住民となることで、ゆるやかなコミュニティが育まれていく。「ニレノキハウス」は、賃貸住宅の新しい可能性を示唆してくれているように思う。

●取材協力
ニレノキハウス
末次デザイン研究所「空き家再生スミツグプロジェクト」
ひご.スマイル株式会社

村民総出でおもてなし!空家が客室、村がリゾート!? 島根「日貫一日プロジェクト」

中国山地の山あいにある島根県邑南(おおなん)町「日貫(ひぬい)」地区。のどかな田園風景が広がるこの場所に、新しいスタイルの宿泊施設が2019年に誕生した。地方の空き家率増加や人口減が課題となっているなか、それらを逆手に取って、「関係人口」という形であたたかなつながりを育む「日貫一日(ひぬいひとひ)プロジェクト」。その立ち上げの中心人物、一般社団法人弥禮の代表理事・徳田秀嗣さんに話を聞いた。
地域ゆかりの建築家の旧家を、1日1組限定の“籠もれる”宿に

中国山地を貫く山道を車で走ると、川沿いにのどかな田園風景が広がる小さな村、日貫に辿り着く。緑の山々が重なり、そのふもとには水を張り始めた田んぼや、住人たちが日々の糧にと育てる畑。赤褐色の石州瓦を葺いた民家が点々と続く、のんびりした村だ。

山々の間に田んぼと畑と民家。のどかな日貫の遠景(写真撮影/福角智江)

山々の間に田んぼと畑と民家。のどかな日貫の遠景(写真撮影/福角智江)

その風景に溶け込むように、村の古民家をリノベーションした宿泊棟「安田邸」がある。どこか懐かしい日本の家。その雰囲気をそのままに、緑の中にひっそりたたずむその建物は、日貫にゆかりの建築家・安田臣(かたし)氏が暮らした旧家だという。
ここは1日1組限定の宿。宿泊者は滞在中、この「安田邸」を1棟丸ごと利用することができる。建物内には、寝室はもちろん、ゆっくりくつろげる和室、キッチンやダイニング、のんびりしたテラスや、木の香りが心地よいヒノキ風呂までそろう。

(写真撮影/福角智江)

(写真撮影/福角智江)

「日貫一日」の宿泊棟「安田邸」(写真撮影/福角智江)

「日貫一日」の宿泊棟「安田邸」(写真撮影/福角智江)

のれんをくぐって建物の中に入ると、広い土間にキッチンとダイニングテーブル。大きな窓の向こうには、のどかな村の風景が広がる(写真撮影/福角智江)

のれんをくぐって建物の中に入ると、広い土間にキッチンとダイニングテーブル。大きな窓の向こうには、のどかな村の風景が広がる(写真撮影/福角智江)

土間からリビングスペースとなる和室、さらにその奥には寝室が続く。一棟貸しならではの贅沢な空間でくつろげる(写真撮影/福角智江)

土間からリビングスペースとなる和室、さらにその奥には寝室が続く。一棟貸しならではの贅沢な空間でくつろげる(写真撮影/福角智江)

浴室も驚くほどの広さ。壁も天井も木張りで、ほのかな木の香りに包まれる(写真撮影/福角智江)

浴室も驚くほどの広さ。壁も天井も木張りで、ほのかな木の香りに包まれる(写真撮影/福角智江)

日貫での一日をゆっくりと、という願いを込めた「日貫一日」

「もともとこの地域には建てられた当時のままの風情を残した古民家がいくつもあって、それを何とか地域の活性化のために活かせないかと考えたのが、このプロジェクトの始まりでした」と徳田さん。当初、自治体で観光関係の仕事をしていた徳田さんが、この地区に残る「旧山崎家住宅」の活用提案に手を挙げたのがその第一歩。残念ながらその提案は不採用となったが、その後も古民家活用の模索を続けるなかで出会ったのが「安田邸」だった。
農林水産省の農泊推進事業など、地域・産業活性のために国や行政が用意したスキームを活用するため、思いを共有できる地元の仲間たちと一般社団法人を設立。宿泊施設を計画した。「幸いにもさまざまな人とのつながりに恵まれて、建築家はもちろん、ロゴなどのデザインを手掛けるデザイナーや、フードディレクターなど、たくさんの方と一緒にプロジェクトを進めてきました」

日貫は人口440人ほどの小さな村だ(写真撮影/福角智江)

日貫は人口440人ほどの小さな村だ(写真撮影/福角智江)

しかし、一番の課題は「どうやって人を呼ぶか」。客室を区切って複数の宿泊客を受け入れるゲストハウスのような構想も挙がったなかで、徳田さんが一番しっくり来たのが、「籠もれる宿」というコンセプトだったという。「1日1組のお客様が朝から夜までのんびりと心豊かに過ごせる、そんな空間づくり、おもてなしを目指しました」。「日貫一日」という名前も、そんな想いで名づけられたものだという。

日貫という地域の魅力をじんわり味わう、心温まるおもてなし

例えば料理。通常、ホテルでは調理された料理がテーブルに並ぶが、日貫一日では宿泊者自身が料理を楽しめるように、設備が充実したキッチンが用意されている。しかも、「日貫は農業が盛んで新鮮な野菜がたくさん採れますし、石見ポークや石見和牛も有名です。せっかくなので、そうした食材を存分に味わってもらえるように、こだわりの3種類のレシピを準備しました」。事前に依頼しておけば、必要な食材を冷蔵庫などに準備しておいてくれるしくみだ。

近所の農家さんから仕入れることも多いという新鮮な野菜(写真撮影/福角智江)

近所の農家さんから仕入れることも多いという新鮮な野菜(写真撮影/福角智江)

豚本来のヘルシーさと脂の美味しさを併せ持つ石見ポーク(写真撮影/福角智江)

豚本来のヘルシーさと脂の美味しさを併せ持つ石見ポーク(写真撮影/福角智江)

自分たちで料理して食べるのも楽しい「へか(日貫伝統 すき焼き)」。味噌が効いた甘辛いお出汁で、素材のおいしさを満喫。ごはんが止まらない!(写真撮影/福角智江)

自分たちで料理して食べるのも楽しい「へか(日貫伝統 すき焼き)」。味噌が効いた甘辛いお出汁で、素材のおいしさを満喫。ごはんが止まらない!(写真撮影/福角智江)

ほかにも、室内には日貫や周辺地域のものを多く備えてある。「独特の風合いの食器類は、邑南町の森脇製陶所のもの。香りもいい野草茶は、近所に住んでいる80歳のおばあちゃんが育てているもので、今朝、煎りたてを分けていただきました」。新鮮な野菜も、近所の農家さんから買い取っているものが多いという。和室のちゃぶ台の上には、「せいかつかのじかんにつくりました」とメッセージ付きで、地元の小学生による「日貫の生き物」の手づくり図鑑も置かれている。

地元の小学生が手描きでつくった日貫の生き物図鑑(写真撮影/福角智江)

地元の小学生が手描きでつくった日貫の生き物図鑑(写真撮影/福角智江)

安田邸で使われている茶器と、ご近所さんお手製の野草茶(写真撮影/福角智江)

安田邸で使われている茶器と、ご近所さんお手製の野草茶(写真撮影/福角智江)

時間が合えば、日貫を流れる川沿いにある荘厳な滝や、かつての庄屋さんの住まいだという立派な茅葺の住宅を案内してもらえることもある。田んぼのあぜ道をのんびり歩けば、畑仕事をしている住民たちと気軽に言葉を交わせる。「これ、持って帰りんさい!」とたくさんの野菜をもらったと、うれしそうに話してくれた宿泊者の人もいたという。
のんびり過ごすほどに味わいが増す、そんな場所だ。

大きな田んぼをトラクターで耕していたのは住人の草村さん。徳田さんの姿を見るとみんな笑顔で話しかけてくれる(写真撮影/福角智江)

大きな田んぼをトラクターで耕していたのは住人の草村さん。徳田さんの姿を見るとみんな笑顔で話しかけてくれる(写真撮影/福角智江)

宿から車で10分ほどのところにある「青笹滝の観音」。普段はもっと水流が多く迫力もあるそうで、角度によって観音様のように見えるのだとか(写真撮影/福角智江)

宿から車で10分ほどのところにある「青笹滝の観音」。普段はもっと水流が多く迫力もあるそうで、角度によって観音様のように見えるのだとか(写真撮影/福角智江)

日貫の庄屋を務めた旧家・旧山崎家住宅。立派な茅葺屋根が見事(写真撮影/福角智江)

日貫の庄屋を務めた旧家・旧山崎家住宅。立派な茅葺屋根が見事(写真撮影/福角智江)

フロント「一揖(いちゆう)」は住民との交流の場。人の集まるイベントも

「この場所に宿泊施設をつくるという話をしたとき、近所の人たちの多くは半信半疑のようでした。こんなところに泊まりに来る人が居るのか?と(笑)。しかし、プレオープンで試泊を受け付けていた半年ほどの間に、ほぼ毎日明かりがともるのを見ていた人も多いようで、少しずつ、興味を持ってくれる人も増えてきました」
カフェやイベントスペースとしても利用できる日貫一日のフロント「一揖」は、近所の人が集まることも多く、地域の人が気軽に集まっておしゃべりできる社交場にもなっている。かつて電子部品工場だったという建物をリノベーションし、「会釈する」という意味の「一揖」と名付けた。現在は、宿泊者の朝食場所になっているほか、日貫にコーヒーの焙煎所ができたことで、スタッフが焙煎した豆でコーヒーを淹れる、カフェ営業も定着してきている。

カフェやイベントスペースとしても利用できるフロント「一揖」。かつての部品工場時代を知っていて「なつかしい!」という人も(写真撮影/福角智江)

カフェやイベントスペースとしても利用できるフロント「一揖」。かつての部品工場時代を知っていて「なつかしい!」という人も(写真撮影/福角智江)

「一揖」のカウンターは、日貫一日のフロントであり、カフェのキッチンでもある(写真撮影/福角智江)

「一揖」のカウンターは、日貫一日のフロントであり、カフェのキッチンでもある(写真撮影/福角智江)

丁寧に淹れられるコーヒーの豊かな香りにも癒される(写真撮影/福角智江)

丁寧に淹れられるコーヒーの豊かな香りにも癒される(写真撮影/福角智江)

最近では、日貫に移住してきた若者が「食で繋がる 日貫の台所」と銘打って、「一揖」に集まって、地域のみんなでご飯をつくり、一緒に食べる、そんなイベントも定期開催。「今後は宿泊者も巻き込みながら、住人と宿泊者が交流できる場にもなればいいですね」(徳田さん)

地域の住人の皆さんが関わりやすい、「お仕事」スタイルで笑顔の循環

「日貫一日では、木製のお風呂の掃除や、朝食の支度など、地元のお母さんたちにお給料を払ってお手伝いしてもらってるんです。このプロジェクトを長く続けていくためには、地域の方を巻き込みながら、いかに楽しく運営していけるかが大切だと思うんです」と徳田さん。
地域おこしというと、ボランティアという形で関わるケースも少なくない。しかし、徳田さんたちがこだわるのは、興味をもってくれた人にあくまで「仕事」として、何らかの形で関わってもらえる機会をつくるということ。「きちんと報酬があるということが強いやりがいと人のつながりを生み、ひいては日貫全体を盛り上げていく力になると信じています」
朝食の支度にやってきては、「ええなぁ」と満足そうにテーブルに並んだ料理を眺めるお母さん。宿泊者の方から「野菜がおいしい!」という感想を聞いて、畑仕事にも力が入るお父さん。「日貫一日に関わることで、地域のみなさんの笑顔が増えるとうれしいですね」

日貫に縁を持つ次世代の若者たちをスタッフに迎え、持続可能な施設運営を

最近、日貫一日のスタッフに新たに2人が加わり、計3人になった。立ち上げメンバーである夫と一緒に日貫にやってきたという湯浅さん。邑南町に住むおじいちゃんと一緒に暮らすために京都の大学を卒業後に日貫に来たという倉さん。そして、以前は公務員をしていたが、日貫一日に興味をもって関わるようになったという、地元出身の上田さん。それぞれが不思議な縁をたどって、今は日貫一日で働いている。
「日貫を盛り上げたいという想いを継いで活動してくれる次の世代の存在はとても重要です。このスタッフがそろったことで、その布石ができました。今後は彼女たちも一緒に、プロジェクトを盛り上げていけたらいいですね」

日貫一日で働くスタッフのみなさん(左から2番目が徳田さん)。みんなそれぞれの縁で、このプロジェクトに関わっている(写真撮影/福角智江)

日貫一日で働くスタッフのみなさん(左から2番目が徳田さん)。みんなそれぞれの縁で、このプロジェクトに関わっている(写真撮影/福角智江)

取材の最後に、「今度は施設のすぐ裏にある神社の境内でマルシェを企画しているんですよ」と教えてくれた徳田さん。「昔のお宮さんのお祭りみたいな雰囲気で、フリーマーケットとかをしてもいいかな~」。そう話す徳田さんは笑顔満面。日貫に新たな人の笑顔が満ちるのが目に見える、そんな素敵な笑顔だった。

●取材協力
日貫一日

DIYで部屋をアート作品に! クリエイターが集う名物賃貸「MADマンション」

若手のクリエイターが東京に拠点を持ちたいと思っても、家賃が高く、借りられる部屋がない……。それならば、東京よりも家賃相場が低く、アクセスのいい郊外にクリエイターが集まる街をつくろう。こう考え、まちづくり会社のまちづクリエイティブが2013年ごろから松戸に展開しているのが「MAD City(マッドシティ)」です。そのランドマークとも言えるマンション「MADマンション」に住み、製作活動をつづける小野愛さんの住まいにお邪魔しました!
「30歳になってしまう」焦りから上京を決意

都市の規制やクレームの発生などによってクリエイターの活動が制限されることが多いなか、「地域住民とコミュニケーションを図りながらクリエイターが活躍できる『まちづくり』をしたい」という想いでまちづくりプロジェクトを行っているまちづクリエイティブ。千葉県松戸市にある拠点「MAD City Gallery」から半径500mの範囲を核とした「MAD City」は、そのモデルケースとなる街です。これまで、まちづクリエイティブを通じてこの街に住んだクリエイターの数は570人以上。いまも170人以上のクリエーターがこの街に住んで、さまざまな分野の創作活動に取り組んでいます。

玄関に通された瞬間、あっ! と思わず息をのむような、奥行きのある白い空間と白い作品たち。小野さん(32歳)の住まいは、まるで部屋全体が一つの作品のようにも感じられる、静かで神秘的な雰囲気を醸し出しています。

(撮影/嶋崎征弘)

(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

小野さんがそれまで住んでいた大分県別府市から首都圏に活動拠点を移して、本格的に制作活動を行う決意をしたのは2019年のこと。「30歳を目の前に控えて、焦りもあった」と言います。

「もともとは、福岡のファッション系の専門学校を卒業しました。卒業後、布を使用した立体作品をつくるようになり、地元である大分県に戻ってアルバイトをしながら7~8年ほどは別府で活動を続けていました。29歳のころに美術家として生きていく覚悟を決めて、東京に拠点を移そうと考えたんです」(小野さん、以下同)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

松戸を拠点にクリエイターが集う「MAD City」に住みたい

ところが、いざ東京都内で住居兼アトリエとして制作ができるだけの広さを確保しようとすると家賃が高くなり、なかなか予算に合う物件が見つけられなかったそう。そこで同郷のまちづクリエイティブのスタッフに相談をしたのが、入居のきっかけでした。

「都内の家賃は払えないので、もう少し郊外で、と思ったときにMAD Cityのことを知り、松戸で探すことにしました。関東での生活が初めてなので、同じようなクリエイターさんと知り合えたらいいなと。このマンションはひと目で気に入りました。広いワンルームのように使える間取りであること、そしてマンション内に他のクリエイターさんも多く住んでいることが何よりの決め手です」

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

小野さんの部屋を見ると、以前は2DKとして使われていたのだろうと思われる引き戸の溝があります。実際に内見をしたときには襖があったのだそうです。

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

DIYで、住まいが独特の空気感をもつアート作品に!

MADマンションは、全20室中、15室をまちづクリエイティブが借り上げています。見逃せない大きなポイントが“DIY可能”で、さらに退去時の“原状回復が不要”なこと。マンション内の1室はDIY作業が可能な共有スペースとして確保され、住人たちが道具を保管する物置として、また作業部屋として自由に使えるそう。

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

別府にいたころからDIYができる賃貸物件に住んでいた、という小野さん。「なぜかは分からないけど、白が好きで」自分好みの空間になるよう、手を入れてきました。

「奥の部屋はもとから床の板がむき出しになっていましたが、ダイニングと中央の部屋はクッションフロアでした。試しにめくったところ、簡単にはがれたので、中央の部屋も床の板をむき出しにして白く塗りました。梁やキッチンの扉、引き戸も白くしています」

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

空間全体が白くなり、光がよく入る5階の部屋は曇りの日でも明るく、「制作に向かう環境としてとても贅沢な空間」だと言います。

「私の動画作品の一部としても、この空間を活用しています。このマンションに住んでいたダンサーの方を紹介してもらい、撮影したんです」

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

なんと! 住まいやアトリエとしてのみならず、部屋の空間が作品にもなったんですね! それだけ小野さんのセンスを刺激する物件だったということでしょう。

住人同士や地域とのコミュニケーションも盛ん

「先日まで個展を開催していたのですが、その会場にもこのマンションに住む人たちをはじめ、MAD Cityの人たちが足を運んでくれました。いろいろな人と知り合いたいと思って関東に出てきたわけですが、コロナ禍でイベントなどが少なくなり、出会える機会もなく……。それだけに、まちづクリエイティブさんが、このマンションに住む他のクリエイターさんを紹介してくれて、少しずつ輪が広がってきたことがとてもうれしいんです」

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんが話してくれたように、まちづクリエイティブはクリエイター同士の交流も促進してきました。現在、その活動は物件や人の紹介だけにとどまらず、地元企業と連携した仕事の創出や、クリエイターとの商品開発などにまで及んでいます。

昨年には、松戸駅エリアでは20年ぶりとなる全長4mの新しいスタイルの商店街「Mism」を発足させて回遊性を高めるプロジェクト行ったり、松戸で唯一のクラフト瓶ビール「松戸ビール」の商品ブランディングや販売を行ったりしているそう。

若い才能を発揮できる環境が整っているからこそ、個性的な魅力を宿す住まいや新しい作品、商品が生まれるのでしょう。かくいう筆者も小野さんの作品・空間を体感して、すっかりファンになりました! 一層盛り上がっていきそうなMAD Cityと、そこに住むクリエイターさんのつながり。これからの展開にも期待がふくらみます!

●取材協力
・小野愛さん
・まちづクリエイティブ

オーナー・建築家・入居者の3者が出資してリノベ。伝説のDIY賃貸「目白ホワイトマンション」の今

差別化できず空室になっている賃貸物件も多い中、入居者が費用を負担すれば好きなようにDIYができる代わりに、退去時に原状回復義務を負わなくていい「DIY型賃貸住宅」という新しい契約形態に注目が集まっています。しかしまだまだ実績は少なく定着というにはほど遠い状況。そんな中、「目白ホワイトマンション」はこれでほかの空室も、たちまち決まったそう。どんな背景があるのか、お話を伺いました。
レトロで味のある外観の路線のままに、ターゲットを定めることを提案

JR線・目白駅から住宅地を歩いていくと現れる「目白ホワイトマンション」。1970年の竣工当時は最新の設備がそろい、外観のハイカラさもあって順調に入居が途絶えませんでしたが、その後、近隣に似たような条件の賃貸マンションが次々と建設、築古になるほどに空室が出るようになり、オーナーの浅原賢一さんは頭を抱えていました。建築家の嶋田洋平さんに、「どうにかならないか」と約7年前に相談したのがことの始まりです。

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

「最初に空室を見せてもらった感想は、『どうにもチグハグだな』と。外観は思いを込めてつくったであろう個性的なマンションなのに、内装には競合と見劣りさせないように真新しいクロスやフローリングが採用されていて。“新品”感が好きな人はかえって古さが目につくし、ビンテージマンションに惹かれて来た人は、がっかりしてしまう。もったいないので『古さを理解してくれる人に届くよう考えませんか』とお話しました。

とはいえ、単に内と外のテイストを合わせてリノベーションしても、確実に空室が埋まるとは限りません。一番は『入居者の理想通りの部屋にカスタマイズできる物件にすること』。しかし一室、数百万もする費用を何室分もオーナーが負担していくのは、ハードルが高すぎるだろうと感じました。そこで『オーナーと設計事務所・入居者の3者が費用を負担する方法』を提案したんです」(嶋田さん)

オーナー・建築家・入居者の3者が出資する、新しいDIY型賃貸住宅

賃貸物件の住戸をリノベーションする場合、通常ならばオーナーは設計料と工事費を負担し、後に家賃収入を得ることでその投資分を回収していきます。この物件では、まずリフォーム費用をできるだけ圧縮しその工事費用(約200万円)を、オーナー100万円、入居希望者50万円、建築会社(嶋田さんが経営するらいおん建築事務所)50万円ずつ、合計200万円分を3者で折半、また全ての工事を施工会社に頼むのではなく可能な部分はDIY(入居者負担)でつくり上げることにしました。さらに本来ならばリノベーション費用の約20%、50万円程度を設計料としていただくことになるのですが、この時点では嶋田さんは受け取らず、入居者が支払っていく家賃から後で報酬として得られるような仕組みにしました。

具体的には、らいおん建築事務所がオーナーよりこの住戸を4年間、月額3万円で借り受け、入居者に5万円/月で転貸、差額の2万円(※)は初期投資の50万円の回収と、受け取っていなかった設計料にあたる報酬となっていきます(※3年目以降は7万円/月で転貸し、差額は4万円/月)。通常、設計士の役割は工事とともに終了、その後、入居者が決まらずオーナーが家賃収入を得られない時期がでたとしても責任は持ちません。そうではなく、設計者は工事が終わっても物件と関わり続けることで、入居者が絶えないようサポートしていけば投資や設計料が回収できるようにしたのです。オーナーも本来は約360万円必要だった初期投資が100万円で済み、その後の3万円/月で3年以内で投資が回収できます。さらに、入居者は自分の好みにリノベーションでき、当初負担した50万円は2年分の前家賃として機能することで、家賃の設定は同レベルの物件(家賃7万円)と比べ当初2年間は5万円と、月額約2万円低く抑えられています。

3者が出資するDIY型賃貸住宅の仕組み

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

嶋田さんは、“空き家再生と地域活性化”のプロフェッショナル。これまで建物をリノベーションするだけでなく、オーナーと借り手の間に立って転貸することで不動産事業のリスクを負い、まちづくりをしてきました。偶然、DIYできる賃貸物件を探している知人がいて、持ちかけると即OKの返事をもらえたという幸運も重なります。
予想外のプランを、浅原さんはどう受けとめたのでしょう。

「これまで関わってきた建築会社は、『どれだけ空室が改善するかまでは保障しない』というスタンス。それなのに嶋田さんは『目白ホワイトマンション』に魅力を感じてくれて、出資もする、すでに入居希望者もいます、とまで。当時、空室が7戸もあったので、借り手が1人でも決まり、回収を見越して出資できるのは願ってもないこと。二つ返事でしたね」(浅原さん)

それぞれの入居者に合わせた契約が、スムーズな管理・運営を導く

1人目の部屋は嶋田さんが設計し、ともに投資・転貸もしましたが、2人目からは入居者と浅原さんだけでのやり取りを始めます。

「オーナーであるこちらのスタンスはシンプルに言うと、『家賃は低めにするし、好きにDIYして構いません。その代わりDIY費用は入居者のあなた持ちになります』というもの。例えば本来、家賃7万円の部屋を3万円で貸すとします。そうすると入居者は2年間、住めば確実に96万円を得られる目処がつくため、これを資金としてオリジナルの部屋に変えられるのです。DIYで部屋の価値が上がれば退去後、家賃設定を有利にできるため、オーナーにもメリットがあるんです」(浅原さん)

といってもすべてが自由なわけではなく、DIYの内容を事前にオーナーと入居者とで擦り合わせ。この人ならやり遂げられると判断できた場合にOKを出し、かつ退去時の条件などの契約内容は個々に合わせて変えているそう。ごく普通の賃貸住宅だと何でも一律なので大変そうですが、

「入居者の人となりが見えると、おのずと対応の仕方が分かるため、トラブルが少なくなるんです。コミュニケーションが取れているので設備などに不具合が出ても、お互いに話をしてその時点で最適な対応がとれるんです。私もこうなって実感したのですが、こうして一人ひとりに合わせるのが、あるべきオーナーの姿なのかもしれません」(浅原さん)

またとない物件に、建築関係の仕事をするご夫婦やインテリアショップで働く一人暮らしの方など、住まいづくりに意欲の高い人たちが集まり、唯一無二の部屋へと変化を遂げていきました。

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

初代入居者の思いを受け継いで暮らすことで、自分の未来を育む

「目白ホワイトマンション」がDIY型賃貸住宅として踏み出した1件目は、入居者とDIY好きのメンバーが技術集団「HandiHouse project」と7年前につくり上げました。あたたかな雰囲気を醸し出すその部屋に、現在、2代目として住んでいるのが小林杏子さん(20代)です。

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「もともと初代の入居者とは同僚の紹介で知り合った仲。4年前に引越し先を探していた当時、限られた条件下だとどこも味気ない『小さな箱』で。落胆していた矢先だったため、見た瞬間、悲鳴を上げるほど感動しました」(小林さん)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

アパレル関係で仕事をしていた経験から、つくり手のこだわりが込められたものに強く惹かれるという小林さん。この部屋も随所に思いが宿っており、そこに愛着を感じて過ごすことが生活の豊かさになっていると言います。

「以前は日々、バタバタして地に足が着かない感覚があったのですが、寝転がって外を眺めたり、風の音を聞いたり、洗面台で落ち着いて髪を巻いたり。ここに来て“暮らしている”感覚をしっかり持てるように。友だちや同僚から『角が取れたね』『優しくなったね』と言われるようにも。きちんとした大人になるタイミングと重なったのかなと感じています」(小林さん)

「自分らしく素敵に暮らしてね」というのが、前入居者からのメッセージ。小林さんは「そのマインドごと引き継ぎたい」と、あえて自分では手を加えず、前入居者が残した部屋をそのまま享受しているそう。。満面の笑みからは、余すことなく住みこなしている様子が伝わってきます。

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

「無機質な部屋も格好良いですが、日常はさまざまなことが起きるもの。少し間が抜けていても人の手が加わったものの方が、気持ちを受けとめてくれて、内面が充実することがあると思うんです。それがDIYの魅力なのかなと。もう手垢のついていない新築には住めないですね(笑)」(小林さん)

この部屋で暮らすことで将来の住まいへの想像力が膨らんでいき、自分で家を買ってリノベーションしたいと思うようになったそう。もし3代目にバトンパスされれば、好循環が引き継がれることでしょう。

単なる入居者ではない、物件の価値を理解し高めてくれる協力者に変化

「入居を迷う方がいるとき、それまでは家賃を下げるくらいしかやり方がなかったのですが、DIY可能にしてから入居者への意識が『物件の価値を高めてくれる方』に変わり、つき合い方も前向きになりました。

もちろん、外観に特徴のある『目白ホワイトマンション』だからマッチしたのであり、すべてに通じる方法とは思いませんが、何をその物件のコンセプトにできるかを考えるのは無駄ではないと感じます」(浅原さん)

オーナー・建築家・入居者のめぐり会いで実現した新しいDIY賃貸住宅。発端は、浅原さんが相談相手を探し、嶋田さんの取り組みを受け入れたことからでした。こうした一歩が増えれば、賃貸住宅はもっと明るく変わっていきそう。そして、自分にぴったりの賃貸住宅との出会いは、確実に暮らしのクオリティを上げてくれることでしょう。

●取材協力
株式会社らいおん建築事務所
アサコーホーム株式会社
株式会社HandiHouse project

パリの暮らしとインテリア[9]家具は古材でDIY! テキスタイルデザイナーが暮らす市営アパルトマン

パリ市が運営するOffice Public de l’Habitat (OPH・市営住宅)に入居して4年目になる、ニット作家兼テキスタイルデザイナーのメゾナーヴ・シリルさん。彼のアパルトマンは、工業廃材や木材に彼が手を加えたオリジナルな家具に囲まれています。小さなアパルトマンで快適に生活するために欠かせないものとは? そんなヒントが見つかりました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

10年待ってやっと条件の合うOPH(市営住宅)に入居

シリルさんが住む市営住宅の最大の魅力は、不動産屋や大家から直接借りる物件よりも家賃が安いということ。
入居希望の場合は事前にOPH(市営住宅)のサイトで登録が必要です。どの地区に住みたいか、部屋の数、住む人数、1年間の収入、などの情報を書き込みます。 「更新手続きは毎年でパズルのように複雑です。入居者を抽選で市が決め、当選すると連絡が来るのですが、場所や間取りなど気に入らなかったので数回断りました。条件の合った物件に巡り合うには忍耐が必要です」とシリルさん。彼は14年前に登録してから10年目にしてやっと自分たちの条件に合う物件に巡り合ったそう。

市営住宅の事情を調べてみると、パリの古いアパルトマンにはベランダがないことが多いのですが、最近建てられるほとんどの市営住宅にはベランダがあるそう。バルコニーで食事をしたり、ベランダ菜園をしたり、このように現代のライフスタイルに合わせて設計されているため、人気はうなぎ登りだそうです。「なかなか入居できなくても、将来のことを考えて登録だけはしておく」という若い人たちも多いそう。

シリルさんのアパルトマンはベランダはないが窓の外に植木鉢が置けるスペースがある古いタイプの間取り。広いリビングではないけれど、長方形を区切ってさまざまなコーナーをつくった。窓際から順番に、書斎、ソファーのあるくつろぎの場、一番奥は作品や小物を収納した本棚を置いたスペースにしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんのアパルトマンはベランダはないが窓の外に植木鉢が置けるスペースがある古いタイプの間取り。広いリビングではないけれど、長方形を区切ってさまざまなコーナーをつくった。窓際から順番に、書斎、ソファーのあるくつろぎの場、一番奥は作品や小物を収納した本棚を置いたスペースにしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓際の左手の書斎の本棚。古い木の扉を仕切りにして、細々としたものを隠したりライトを取り付けたりしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓際の左手の書斎の本棚。古い木の扉を仕切りにして、細々としたものを隠したりライトを取り付けたりしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バタフライテーブルは使っていないときには畳めるので「省スペースの優れ家具の代表」とシリルさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バタフライテーブルは使っていないときには畳めるので「省スペースの優れ家具の代表」とシリルさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの身の丈に合った部屋選びが重要

このアパルトマンは、パリの東にあるナション駅に近い静かな通りにあります。周りには木が多く、寝室とサロンが大きな公園に面していて、彼が幼少のころに住んでいた街を思わせる庶民的な雰囲気が魅力だそう。住宅街ではあるけれど、買い物にも便利なカルチェ(地区)で、シリルさんが「アイデアの宝庫!」と絶賛するホームセンターも近くにあります。
また、間取りがリビングと寝室の2部屋というこの51平米のアパルトマンが、パートナーと3匹の猫と暮らすのに十分の広さだと考えたそう。
「パリのアパルトマンは小さいので、スペースを節約して暮らすことが重要課題です。私たちは年齢とともに必要でないものは手放し、大事なものだけに囲まれて生活することが幸せということも知っているから、私たちにぴったりな物件でした」とシリルさん。
4年前の引越し当初は、壁や天井が真っ白に塗られたとても明るい部屋でした。シンプルな空間がまっさらなキャンバスのようで、これからどんな風に部屋を自分たちらしくしようかとワクワクしたそうです。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室とサロンから見える公園「Square Sarah Bernhardt (スクエア・サラ・ベルナール)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室とサロンから見える公園「Square Sarah Bernhardt (スクエア・サラ・ベルナール)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具のDIYに欠かせない、シリルさん行きつけのホームセンター「castorama(カストラマ)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具のDIYに欠かせない、シリルさん行きつけのホームセンター「castorama(カストラマ)」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分でDIYしたインテリアに囲まれて暮らす幸せ

シリルさんは料理人、菓子職人、フローリストを経て現在のニット作家とテキスタイルデザイナーなりました。「手で何かをつくり上げる仕事は、常に前進する喜びと学びがあり、私の人生そのものなのです」とシリルさん。
そんな彼がインテリアで大切にしていることは、やはり手でつくり上げていく制作過程だそう。落ち着いた装飾、空間のアレンジ、それによって出来上がった部屋で過ごすのは何ものにも変えられない喜びだそう。
引越してきてからの4年間は“木の温もりや手づくり感があふれるものに囲まれた生活”をコンセプトとして、部屋づくりをしてきました。
彼は成形された材木を買ってくるのではなく、廃棄されてしまうようなものを積極的に再利用しています。例えば、“パリの胃袋”と呼ばれるランジス市場からもらってきたいくつもの木箱を使って本棚にしたり、ランジス市場で荷物を運ぶリフト用の板をベッドヘッドにしたり。そうすることによって想像もつかないオリジナルなインテリアができ上がったそうです。

市場でりんごを入れて運ぶための木箱を本棚にして廊下へ。ホームセンターで購入したグリーンのコードのライトは、本来庭やカフェのテラスよく使われている防水性のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

市場でりんごを入れて運ぶための木箱を本棚にして廊下へ。ホームセンターで購入したグリーンのコードのライトは、本来庭やカフェのテラスよく使われている防水性のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陽光がたくさん入るベッドルームは公園に面していてとても静か。ベッドの土台はたっぷり収納ができる引き出し付き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陽光がたくさん入るベッドルームは公園に面していてとても静か。ベッドの土台はたっぷり収納ができる引き出し付き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廃材を利用したベッドヘッド。これからここに棚を取り付ける予定(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廃材を利用したベッドヘッド。これからここに棚を取り付ける予定(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

両ベッドサイドにはお店で購入した軍の放出品の救急箱を置いて。猫の毛はすみに溜まるから、掃除がしやすいように底にローラーを付けて可動式に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

両ベッドサイドにはお店で購入した軍の放出品の救急箱を置いて。猫の毛はすみに溜まるから、掃除がしやすいように底にローラーを付けて可動式に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

どの部屋にも植物を欠かさない。鉢植えにもテーマを

シリルさんのインテリアへの想いは、引き出しや鏡にも。これらは子どものころに家族が使っていたものです。「古いものには物語があり、私が知らない過去を教え語ってくれているようにも思います。画家が創作時期によって色に偏りがでるように、私も以前は赤で統一した少しエキセントリックなインテリアをつくったり、緑に偏っていた時期は洋服まで緑のコーディネートにしていたこともあります」と語ります。
一方で、切り花のブーケをはじめとする全ての植物が好きだということは変わりませんでした。このアパルトマンでも「品種を混ぜ合わせた寄せ植えの鉢をつくっています。自分が温室や森に住んでいるのだと想像しながら」とシリルさん。中でも天井に届きそうな背の高いサボテンは25歳になり、引越しのたびに一緒に移動してきた家族のような存在。将来、地方に移住したとしてもこのサボテンだけは連れて行くそう。
ものや植物とテーマを決めて対話をし、ひとつひとつに愛情を注ぐことが大事だと話してくれました。

暖炉の上に置かれた“赤時代”の鏡。写真左のチェストは古くから家族の家にあったもの。その上はサボテンコーナーになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉の上に置かれた“赤時代”の鏡。写真左のチェストは古くから家族の家にあったもの。その上はサボテンコーナーになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

25年も一緒に暮らしている背の高いサボテン(写真左)。右の台に乗せられているのは寄せ植えの観葉植物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

25年も一緒に暮らしている背の高いサボテン(写真左)。右の台に乗せられているのは寄せ植えの観葉植物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この一角だけで森をイメージしてしまう」というシリルさん。白い円柱の台を使って山の斜面のような高さを演出(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この一角だけで森をイメージしてしまう」というシリルさん。白い円柱の台を使って山の斜面のような高さを演出(写真撮影/Manabu Matsunaga)

あちこちに取り付けられている木の格子は、バラやクレマチスなどを絡ませるためのもの。本来は庭やベランダで使うものだが、木の質感が気に入り、友達から譲り受けたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

あちこちに取り付けられている木の格子は、バラやクレマチスなどを絡ませるためのもの。本来は庭やベランダで使うものだが、木の質感が気に入り、友達から譲り受けたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

明るいバスルーム。この棚にも植物をもっと置く予定だ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

明るいバスルーム。この棚にも植物をもっと置く予定だ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの洗面台の上の壁に取り付けた棚にも観葉植物が(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの洗面台の上の壁に取り付けた棚にも観葉植物が(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのランプシェードにポトスを絡ませるアイデアが素敵。窓辺にはハーブ類を鉢に植えて料理に使っているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのランプシェードにポトスを絡ませるアイデアが素敵。窓辺にはハーブ類を鉢に植えて料理に使っているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今後の夢は海の見える家で暮らすこと

シリルさんの夢は、海の見える庭のある家で暮らすことだそう。今の候補は、パリからTGVで2時間ほど離れている、昔実家のあったフランス西部の学園都市のナント周辺。現在、ナントで週に一度大学でテキスタイル・デザインと編み物を教えていて、この街の良さを再確認したそう。
「そこでは、私の一番大切にしている思い出が詰まったオブジェだけを置き、シンプルな世界をつくってみたいです」とシリルさん。
魂を感じられない量販店の装飾などよりも、海を毎日見ることを大切にしたいそう。
「海の風景は、日の出や夕焼けも素敵ですが、雨でも美しいですし、潮の満ち引きや季節によっても大きく変化します。嵐が来た時の波が荒れる海の表情が大好きでなんです! 自然に勝るデコレーションはありません」

廊下の壁の一部に古い木材を立てかけて、お気に入りのベルエポック時代の骨董品を飾っています。色合いがシリルさんの作品と共通してナチュラル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下の壁の一部に古い木材を立てかけて、お気に入りのベルエポック時代の骨董品を飾っています。色合いがシリルさんの作品と共通してナチュラル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

りんご箱に飾ったシリルさんのニットの作品。りんご箱は窓辺に置いていて、時には椅子としても使うそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

りんご箱に飾ったシリルさんのニットの作品。りんご箱は窓辺に置いていて、時には椅子としても使うそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんの作品は使い込まれた木の風合いによく似合う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シリルさんの作品は使い込まれた木の風合いによく似合う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

現在、「パリ市内は高すぎてアパルトマンを買うことはできない」と、郊外へ脱出をする人が増えています。一方で、仕事の都合や、子どもの学校関係、それに「やっぱりパリに住みたい!」など、いろいろな理由でパリ市内を希望する人も少なくありません。そんな人たちにとって、市営住宅はとても魅力的です。
市営住宅自体は個性的ではないけれど、シリルさんのように自分たちにとって心地よい、唯一無二の空間をつくっていくこともできます。
何を選択するかは人それぞれ。このコロナ禍で、パリでも住まいの選び方がますます多様化してきています。それぞれの暮らしに何を望み、それをどう実現していくか。小さなアパルトマンという制限のある空間でも、本人次第で暮らしを楽しむことができるのだということが伝わってきました。

(文/松永麻衣子)

DIYし放題の賃貸で自作ピザ窯BBQ!住民のための図書館をつくった人も

国土交通省が2014年に「DIY型賃貸借」を提示したなどの背景から、少しずつ増えているDIY型賃貸住宅。なかでも「アパートキタノ」は入居者同士でDIYのノウハウをシェアしたり、イベントを催したり、豊かなコミュニティを育んでいるよう。建築家・加藤渓一さんをはじめ、入居者の方々にお話を伺いました。
自分の家をつくる楽しさを知ることで、人生がよりよく変わる

「アパートキタノ」(東京都・八王子市)は京王線・北野駅から徒歩約10分の、ゆるやかな坂の上に立つ賃貸マンション。当初、投資用に購入したオーナーですが、都心から距離があるなどの立地条件から賃料を下げることでしか価値付ができず、困っていたそう。そこで相談したのが建築家の加藤渓一さんです。

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「こうした場合、賃料を下げるのが常套手段ですが、もっとプラスの価値を付けたいと思いました。そこで約18平米のワンルームの片方の壁と床に合板を張り、その部分だけDIYできる賃貸住宅を提案したんです。

もともとALC板の壁だったので、合板を張り付けることによりクギが打ちやすくなるなどのメリットが出ますが、オーナー側からすれば部屋中すべてDIY可能にすると『何をされるのか』と心配になるし、退去後に改修費がかかります。範囲を限定し、安価で簡単に取りかえられる素材を使うことで管理のハードルを下げ、DIY賃貸を導入しやすくしました」(加藤さん)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

「住み手」と「施工のプロ」が肩を並べて家づくりする「ハンディハウスプロジェクト」を主宰する加藤さん。「アパートキタノ」にも同様の思いがあるそう。

「日本だとなかなか文化が定着しませんが“自分で考えたものを自分でつくる”のは本来、楽しいものだと思うんです。住まいへの理解が深まり、完成後の暮らしも変わって来ます。

オリジナリティを出すことが許されない賃貸住宅は、これを阻む最たるものですが、多くの人が最終的に『家を購入』する現実を考えると、その手前の『賃貸住まい』が『練習場』になったほうがいい。DIYに挑戦することで感性を磨き、これからの住まいとの関わりを良好にしてもらえたらと思いました」(加藤さん)

「与えられたものを受け入れるのではなく、クリエイティブな力をつけることが、これからの時代の豊かさになるのでは」と語る加藤さん。このコンセプトにオーナーも賛同。2018年からスタートし、今では47戸中15戸がDIYできる部屋として貸し出されています。
入居者に特別な条件は設けていませんが、集まるのは手を動かすことや発想することが大好きな“表現者”ばかりです。

部屋は好きなものやアイデアを自由に試せる、小さな実験場

「どこにもない秘密基地のような“自分だけの部屋”が欲しいと、ずっと思っていました」と話すのは、大学の建築学部に通うマサさん(仮名・20歳)。

進学と同時に初めて一人暮らしを始めた物件では、オーナーの許可を得てDIYをしていましたが、ごく一般的な賃貸アパートだっただけに「原状回復」がネックとなり、限界を感じていました。
そんな時に知人からこの物件の存在を聞き、約1年前に引越してきました。

「授業では設計のアイデアを膨らませても実際につくることはないのですが、この部屋では『やりたい』と思ったことにのびのびとチャレンジできます」(マサさん)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「大学で学んだ建築の意匠や、ドラマを観て着想したことを形にした」という部屋は、壁に本棚や小物入れ・工具などが美しく収められており、日常のアイテムをインテリアとして昇華させたさまは圧巻です。

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

マサさんにとってDIYは、自分を表現する手段。部屋を見てもらうのは自己紹介と同じ感覚なのだそう。
最初に構成を決めるよりは、考えながらつくる方がアイデアが浮かびやすく、一度取りつけた本棚を数日後にわずかに移動させてみるなど、日々、アップデートしています。

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

「DIYをきっかけに暮らしを楽しむ感覚が芽生え、料理や家庭菜園などにも挑戦するように。また、こだわった部屋を自慢したくて、友人を招くようにもなりました。アパートキタノに住んでから人とのつながりも含めて暮らし全体が彩られていっているように感じています」(マサさん)

「アパートキタノ」には工具や端材が置かれた共用の倉庫があり、外のウッドデッキでも作業が可能。入居者が自然と顔を合わせるため、作業を助け合ったり、ノウハウを聞いたりできると言います。

「DIYについて教えてもらううちに打ち解けて、一緒にご飯を食べに行くことも。部屋を見せてもらうこともあるのですが、同じ間取りなのにまったく趣向が違うので刺激を受けるし、モチベーションになります」(マサさん)

第二の住まいを図書館として開放し、サードプレイスを目指す

学生時代から街づくりや地方の若者の雇用問題に関心を向け、各地の無人駅を間借りして本屋にする「無人駅をめぐる本屋」や「歩く本棚」の名でイベントに出店している堤 聡さん(30歳)。

夜勤が多い会社で働いており、「第一の住まいは会社施設」「第二の住まいは自宅」という、デュアルライフを送っていました。持て余し気味の自宅と本を「住み開き」で活用できたら、と思っていたそう。そんなときこの物件を知り、やってきたのが昨年11月。
コロナ禍で足踏みしたものの、同じマンションの住人限定の「人んち図書館」をこの4月にオープンしました。

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「家賃は約5万円ですが、そのうち2万はライブラリーの場所代、残り3万は住居費と思えばかなりお手ごろ。

図書館は今後、『アパートキタノ』の入居者に向けて、週1回ほどの間隔で開放する予定。『自宅に不特定多数の人を入れるのはどうかな』という気持ちがあったのですが、単なる顔見知りとも違う、DIYなどを通して友達レベルで知っている人ばかりなので、安心感を得られるのが良いですね。

とはいえ普通の賃貸アパートだと、少しでも変わった取り組みは敬遠されたでしょう。やりたいことを柔軟に聞き入れてくれる『アパートキタノ』だからこそ実現できたのだと思います」(堤さん)

本来、壁と床を取りつけてもらった状態で入居しますが、堤さんは「せっかくなら」とハンディハウスと一緒に合板を打ちつけるところから始めました。

プレーンなシナに味のある古材を合わせてオープン棚を造作。ジャンルごとに本を分けつつ、目を引く表紙は面陳(めんちん)するなどして、訪れる人の興味をそそる置き方にしています。こうした工夫ができるのも、DIY型賃貸住宅だからこそ。

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

「1人もいいけど何となく誰かと過ごしたいときってあると思うんです。そうしたときに学校でも家庭でもない第三の居場所として、気軽に来てまったりしつつ、考えをまとめたり、新しい発想を浮かべたりしてもらえたら良いなと思います。

ここは本がメインですが、料理ができる部屋・映画を楽しめる部屋など、テーマに特化した部屋がほかにも現れると面白そう。モデルケースがあると『出来るかな』と思えるものなので、自分がその契機になれたらうれしいです」(堤さん)

生き生きと語る堤さん、マサさんからは、「アパートキタノ」がアクションを起こしたい人のやる気と想像力を促す土壌になっていることが伝わってきます。

現代のアプリとウッドデッキ・ピザ窯でコミュニティが充実

「アパートキタノ」では、アプリ「Slack」で入居者同士が交流できるようにもしているため、スムーズかつほどよい距離感で付き合えるそう。ご近所のおいしい飲食店や、緊急時に防災情報を伝えたり、イベントの声かけをしたりと役立てています。

この3月にはマサさんが中心になって、ウッドデッキ横にピザ窯を製作。ここではしばしば、食事会が催されます。「お花見とピザの会」(4月10日開催)をのぞかせていただきました。

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

「Slack」で日程と料理を決めたら、基本の材料を集まれるメンバーで買い出し。食べたいものやシェアしたいものがあれば、それぞれがゆるく自由に持ち寄るスタイルです。昨秋「サンマの会」をしたときは、煮つけや日本酒・お漬物・たこ焼きが並んだと言います。

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

「大学生をしていると『大学』と『アルバイト先』に人づき合いが限られてきますが、ここにきたことで、もうひとつの居場所を持てたと感じます。年代が違ったり、目新しい活動をしていたり、自分とは異なる人たちと出会えるのがうれしいですね。
いつも会っている訳ではなくても、存在として大きいものだなと感じます」(マサさん)

例えば「バーベキューがしたい」と思っても、準備などを考えると実際はハードルが高いもの。でもふらりと集まれる広場と一式の道具類、アプリがそれを可能にしているよう。
DIY型賃貸住宅というハード面の強みと、コミュニティを促すバックアップ体制、そこに意思のある人々が加わることで関係性がすくすくと育ち、入居者のクリエイティブな世界を広げていると言えそうです。

(写真撮影/田村写真店)

(写真撮影/田村写真店)

●取材協力
アパートキタノ
HandiHouse project
人んち図書館

コロナ禍で賃貸物件をセルフリノベする人が増加中!? やり方や注意点を実例で紹介

コロナ禍でおうち時間が増え、自分の暮らしを見つめ直す人が増えています。もともとあった中古住宅のリノベーション需要に加え、最近では、壁や床を張り替えるなどのセルフリノベーションをする流れが出てきました。実際、自分でやるには?注意点は? 実例を通じて、内装デザイン会社夏水組の坂田夏水さんに聞きました。
在宅時間の増加で、セルフリノベをしたい人が増えている!

DIY(Do It Yourselfの略)は、日本では、主に机や棚などの家具を自作する場合を指すことも多く、「日曜大工」として親しまれてきました。一方、セルフリノベーション(以後セルフリノベ)は、壁や床の張替え、間取りの変更などの大掛かりな部屋のリフォームを指します。セルフリノベには、すべてDIYする、専門業者に一部依頼するなどがあります。セルフリノベへの関心の高まりにはどのような背景があるのでしょうか。

「私が2020年に『セルフリノベーションの教科書』を出版する以前にもDIYのハウツー本を書いてきましたが、10年前は、本屋にDIYのコーナーはありませんでした。今では料理本のコーナーに並んでDIYコーナーにも本がたくさん並んでいて、関心の高まりを感じています。以前からDIYをやってみたいという潜在層はいたのですが、コロナ禍で在宅時間が長くなり、実際に着手する人が増えたのでしょう。オンラインで部屋が背景に映る機会もあり、身につけるものと同じように空間をおしゃれにしたいという気持ちもあるのかもしれません」

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

坂田さんは、十数年前にヨーロッパやアメリカを訪れた際、DIYの文化が広く根付いていることに驚いたといいます。
「街には、レストランや洋服のお店の隣にインテリアショップが並んでいました。ファッションや料理など趣味や家事の延長線上にDIYがあるのです。日本のDIYについては、当時はホームセンターで材料を買って、庭にデッキをつくるなどが多かった印象です。最近では、自分で壁紙を張替えたり、ペンキを塗り替えたりするDIY(セルフリノベ)が増えてきました。それでも賃貸だからと諦めていた人が多かったと思いますが、日本の不動産業界も変わりつつあり、DIY可や原状回復不要の賃貸物件も出てきています」

吉祥寺で人気の築古賃貸の床やキッチンをセルフリノベ

2008年に坂田さんが立ち上げた夏水組では、不動産会社、オーナーと住む人との間に入り、リノベーションやセルフリノベーションを行ってきました。入居者がリフォームできる新しい賃貸住宅、DIY型賃貸の企画をする不動産会社のリベストと提携し、DIYを希望する借主の相談にのっています。DIY型賃貸の借主のメリットは、賃貸物件でもDIYができること。退去時に原則、原状回復をしなくてもいいので、持ち家のように自由にセルフリノベが可能です。貸主としては、現状のまま貸せて手間がかからないメリットがあります。

それでは、DIY型賃貸でセルフリノベを行ったふたつの事例を紹介しましょう。

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

蔦の絡まる外観が特徴の「潤マンション」に住む宮本涼さん(20代)は、DIY可なことに惹かれ、入居を決めました。白壁に木のぬくもりを感じるリビングは、イギリスやアメリカ、インドなどの家具が置かれ、ヴィンテージな雰囲気。10.5畳ほどあるリビングの床の板張りをすべてDIYしたことに驚きます。

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

「ピカピカの新しいものより、味わいのある古いものが好きなんです。部屋を内見したとき、古い設えや前に住んでいた人が手を加えたところが残っていて面白いと思いました。リビングの床板は以前住んでいた人が敷いたものですが、木の板がささくれて裸足で歩けなかったので、真っ先に手を加えることにしたんです」

リビングの床の板をいったん剥がし、ささくれた表面をサンダーで削り、一枚ずつ張り直していきました。作業のほとんどはひとりで行い、かかった日数は延べ3日間程。初めての本格的なDIYでしたが、そろえた工具は、カンナ(約1000円)、ノコギリ(約1000円)、電動ドライバー(約3000円)、電動ヤスリ(約6000円)のほか紙やすりやビス、ワックスなど総額2万円ほど。自分でやり方を調べ、工具を用意するほか、夏水組からも機材の貸し出しやアドバイスをもらいました。

「壁と床の隙間に合うように、木を加工するのが難しかったですね。木の表面をヤスリでなめらかにするのも大変でした。床のDIYは音にも気を使います。両隣や向かいの方には引越しの挨拶の際、DIYする旨了承をいただいていましたが、作業する時間には気をつけていました」

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

そのほか、玄関の床の張替えやキッチンのリフォームを行った宮本さん。セルフリノベの魅力は、「自分で住む空間をデザインできること」だといいます。憧れていたDIYにチャレンジし、暮らしやすくなりましたが、さらに玄関脇のお風呂場の前に仕切りをつくろうと計画中です。

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

「テレワークで家にいる時間が増えて、できるだけ過ごしやすい部屋にしたいと思うようになりました。手をかけるとその分使いやすく見栄えが良くなってきます。業者に依頼してリノベした方が早いですが、リノベは一回やるとなかなか変えられません。セルフリノベは、住んで使ってみて柔軟に変えていける良さがあります」

難しいところはプロに頼りつつDIYできるDIY型賃貸物件の魅力

もうひとつの事例は、白い外壁に赤いドアが印象的なフラットハウス(平屋)です。夏水組により入居前にリノベーションされた室内は、白を基調にブルー系の差し色のシンプルでおしゃれな内装。DIY型賃貸なので、そのまま住むことも、さらに自分でDIYすることもできます。C.Kさん(39歳)とK.Kさん(38歳)は、引越したばかり。初めての賃貸暮らしなので、家具などをそろえながら、少しずつ、DIYしていきたいと考えています。

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

「アメリカンハウスのような外観に惹かれ、内見すると、グリーンと白にまとまった空間にモザイクタイルやエキゾチックな壁紙が、私の好きなモロッコ風のインテリアを連想させ、一目で気に入りました。さらに、DIYができる物件なので、自分たちが好きなように間取りを変えたり、足りない物を足したりでき、暮らしながら補えるところにも魅力を感じました」(C.Kさん)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

間取り

間取り

間取りは、寝室やキッチン、リビングに仕切りのない1フロアです。

「住みながら必要なところに仕切りをつくったり、棚をつけたりしたいと思っています。キッチンカウンターは自分たちでつくるのは無理そうなので、デザインだけして木材屋さんに相談中です。自由度が高いところが、楽しい面でも難しい面でもありますね」(K.Kさん)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

DIYする箇所はオーナーに事前に確認が必要ですが、原状回復の義務はなく、管理費もありません。エアコンなどの備え付けの設備の故障についてはオーナーへ修繕を依頼できます。

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

「どこに何を置こうか、どう手を加えていこうか、ふたりで想像をふくらませてワクワクしています。完成するまでに長い年月が必要ですが、ブラッシュアップできるのが楽しみです。きっと終わりはない気がします」(C.Kさん)

先日は、グリーンの更紗模様の壁紙に合わせて、エスニック柄のカーテンをつけました。内装を手掛けた夏水組の実店舗「Decor Interior Tokyo」では、照明や鏡、モロッコタイルに合わせたマスキングテープを購入し、アクリルBOXに貼り小物入れに。
「Decor Interior Tokyo」では、DIYグッズや壁紙、床材などの内装建材のサンプルを取りそろえ、部屋づくりをサポート。リベストで入居した人には、買い物の割引サービスも。二人は入居後、何度も訪れ、インテリアやDIYの相談をしています。

セルフリノベで必要なスキル、注意すべき点とは

セルフリノベをする際、気をつけなければいけないところを坂田さんにたずねました。

「自分でやれるところとプロに任せた方がよいところを理解するのが大切です。水まわりは、水漏れが起きると階下に迷惑がかかり、トラブルになってしまいます。電気については、漏電や感電の心配があり、専門の資格を持っていないとほとんどの施工ができません。キッチンのガスコンロの近くにスノコで収納をつくるなど防火上問題のあるDIYをしている例もSNSなどで見受けられます」

特に注意が必要なのは、建築基準法で火災の拡大や煙の発生を遅らせるために規制されている内装制限についてです。内装制限のある場合、床や壁に燃えにくい内装仕上げ材を使うなどの決まりがあります。

そのほか、貸主や管理会社の申請と承諾を得て行うことやほかの住民へ迷惑となるDIYはしないなど、オーナーと入居者、管理会社が事前に書面で確認をとるなど共通認識を持つのが大切です。

夏水組では、賃貸でDIYするときの注意点や防火法、内装制限について理解を深めてもらおうと、DIY型賃貸借のスタートブックを作成し、インターネットで公開。ブックには、全国各地のDIYショップマップもついています。

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

「輸入資材を豊富にそろえる店や工務店が運営している店など、今はさまざまなショップがあります。DIYを一度やってみると、床の張替え、ペンキの塗り替えと次々にやりたいことが増えていくときに頼りになるのがこうしたショップです。オーナーと借主との間に入ったり、施工の相談に乗ったり、日本のDIYを支える存在になってきています。賃貸だからと諦めず、洋服を選ぶように、自分らしい家をつくってほしいですね」

DIY・セルフリノベで、時間が経つほど暮らしやすく、愛着が増す住まい。インテリアショップやプロの力をうまく借りながら、自分らしい暮らしを自分でつくり上げる文化が日本でも根付き始めています。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・株式会社リベスト

トラックで家を運ぶ!移動しながら好きな空間で暮らすSAMPOの新提案

住まいは土地から離れられないものゆえ、『動かせない』を意味する「不動産」と言われてきました。でも、もしかしたら「住まいは動く」「人とともに動く」のは、今後、当たり前になるかもしれません。新しい暮らしとして最近注目されている、タイニーハウス、DIY、バンライフをはじめとする移動する暮らしの、“いいとこ取り”がぎゅっとつまった建築集団「SAMPO」の「モバイルハウス」などの取り組みをご紹介しましょう。
移動できて、コンパクト、その人らしい住まいをつくる試み

おしゃれな人が集う三軒茶屋の住宅街の一角、味わいのある一軒家と隣接するコンテナと緑の建造物が目を惹きますが、ここが建築集団「SAMPO」のハウスコアです。

一戸建ての住宅街に現れるハウスコア。普通の住まいとは異なる趣があり、思わずと足を止めたくなるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

一戸建ての住宅街に現れるハウスコア。普通の住まいとは異なる趣があり、思わずと足を止めたくなるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

左部分のコンテナと手前の緑の個室(モバイルセル)は移動できて居住できる部屋。茶色と黒が建物でハウスコア。内部は窓や通路でつながっていて、行き来可能です(写真撮影/嶋崎征弘)

左部分のコンテナと手前の緑の個室(モバイルセル)は移動できて居住できる部屋。茶色と黒が建物でハウスコア。内部は窓や通路でつながっていて、行き来可能です(写真撮影/嶋崎征弘)

「SAMPO」が提案するのは、軽トラックに搭載できるサイズの個室「MOC(モバイルセル)」で、一つの場所にとらわれない暮らしです。キッチンやバス、トイレといった水まわりは「HOC(ハウスコア)」に接続することで対応します。三茶のケースでは、写真の右側の一戸建て(茶色・黒の建物)がハウスコアにあたります。このハウスコアに住民票をおいて、郵便物などを受け取ることも可能です。モバイルセルは所有者の個性を大切にしたデザインで、コンパクトながらも快適な空間をDIYで一緒につくり出します。この暮らし方であれば、人も住まいも、いつでも心地よく、自由に動くことが可能になります。

コンテナ側から見た接続したモバイルセルの様子。コンテナに小さなドアがついていて、開閉します(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ側から見た接続したモバイルセルの様子。コンテナに小さなドアがついていて、開閉します(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルの内部。大人2人が眠れて暮らせるサイズ。用途はさまざまで、音楽スタジオにした例も。これが軽トラに搭載できるってすごい!(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルの内部。大人2人が眠れて暮らせるサイズ。用途はさまざまで、音楽スタジオにした例も。これが軽トラに搭載できるってすごい!(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ内部の住まい。こちらはSAMPOを主宰する村上さん夫妻が暮らしている部屋。おしゃれ!!(写真撮影/嶋崎征弘)

コンテナ内部の住まい。こちらはSAMPOを主宰する村上さん夫妻が暮らしている部屋。おしゃれ!!(写真撮影/嶋崎征弘)

考え方はシェアハウスと同じ。動く住まいの構想は100年以上前から

ちょっと今までの住まい方とあまりにも異なるのでびっくりしてしまいますが、このSAMPOの主宰者の一人の塩浦一彗さんによると、何も難しいことはないですよ、と言います。

塩浦一彗さん(写真撮影/嶋崎征弘)

塩浦一彗さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「シェアハウスは個人が過ごす部屋と、バス・トイレ・キッチンなどの共用部分から成り立っていますよね。その部屋が『DIYでつくって、可動する』だけ。ごくごくシンプルなんですよ」と笑いながら解説します。そのため、ハウスコアの建物提供者となる大家さん、モバイルセルとの所有者の不動産契約なども、すべてシェアハウスと同様の手続きをとっているといいます。そうか……部屋が動くシェアハウスといえば理解も早いですね。

現在、拠点となるハウスコアは日暮里など都内に複数箇所あり、モバイルセルは今まで40人以上とつくってきたといいます。

日暮里のハウスコア(写真提供/SAMPO)

日暮里のハウスコア(写真提供/SAMPO)

(写真提供/SAMPO)

(写真提供/SAMPO)

「2016年に移動できる住まいの構想を僕と村上で考えていた当初はなんのコネもなかったのですが、おもしろい人がおもしろい出会いをつくって、またそれが人を呼んで、翌日にまた違う展開があって……というかたちで広がっていきました」(塩浦さん)
もともとイギリスの大学で建築を学んでいた塩浦さんによると、住まいをコンパクト&移動するという発想は自動車が誕生した直後から、主に米国で提唱されてきたといいます。

「今までは技術的に可能であっても、人々の住まい方や思想がついて来ませんでした。ただ、世界中の都市部の地価が高騰し、若い世代ほど暮らすことが難しくなっている。そのため、モバイルな暮らし、タイニーハウスが世界中の都市部で脚光を集めています。建築というより思想が先に変わりはじめたと言ったほうがいいかもしれません」(塩浦さん)

アトリエにあるキッチンとDJブース。食や音楽などライフスタイルや文化を大切にする塩浦さんたちの個性があふれています(写真撮影/嶋崎征弘)

アトリエにあるキッチンとDJブース。食や音楽などライフスタイルや文化を大切にする塩浦さんたちの個性があふれています(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

モバイルセルは、“共につくる体験”を売っている

「モバイルセルは世界の都市部の住宅難に対する一つの答えでもあります。日本でも35年の住宅ローンを背負うというのは人生の足かせになってしまうし、何より幸せそうに見えない。経済的に豊かになったはずなのに、幸せを感じられないのはなぜかと、依然からずっと疑問に思っていました。もっと身軽であれば、決断できること、チャレンジできることもあるはず」と力説します。

そのために大切なのは、住まいを買う・借りるという、消費者のスタンスから脱却して、「つくる」ことが大切だと考えているそう。

「現在、村上と他の会社で “キャラメルポッド”という名称で500万円のキャラメルのおまけにコンテナハウスとモバイルセルがドッキングしているタイプのものを販売していますが、キャラメルを買うくらいの感覚で部屋を買ってほしいからという意味も含めて名前をつけたんですよ。ただ、販売するとはいえ、完全なできあがったパッケージ商品を売るという感覚ではありません。所有希望者と対話しながら、一緒に空間を模索していく感じでしょうか。一人ひとり、モバイルのなかで何がしたいのか、最小限の空間で何ができるのか、その過程が大事なんです」と話します。
これは……「家を売る」というよりも、「家をつくる」という共同体験を販売しているのかもしれません。

シンガポール政府と共にSAMPOを支援している会社から依頼があり、商業施設とモバイルの生活空間の可能性を追求するプロジェクトに参画しています(写真撮影/嶋崎征弘)

シンガポール政府と共にSAMPOを支援している会社から依頼があり、商業施設とモバイルの生活空間の可能性を追求するプロジェクトに参画しています(写真撮影/嶋崎征弘)

災害の多い日本だからこそ広がる、モバイルセルの可能性

「それにモバイルセルを自分たちの手でつくれるようになると、すごく生き抜く自信がつくんですよ。軽トラと数十万円あれば、とりあえず家で雨露がしのげるって思うと、不確実な時代のサバイバルスキルとしてはとても有効だと思うんです」と塩浦さん。ここまで思うようになったのには、理由があります。

「モバイルセルの原点は、3.11の東日本大震災の体験にあります。当時、日本にいることに危険を感じ、震災発生の2日後にイタリアに渡ることになって、そこで高校を卒業しました。その後ロンドンの大学で学んで、日本に帰国。日本は小さいものを愛でる文化、茶室もあるし、モバイルな住まいととても相性がいいんです。現在も、モバイルセルのワークショップ形式でイベントを企画したり、学生と話す機会も多いんですが、今後はもうちょっと災害発生時の可能性を広げていけたら」と話します。

確かに災害発生時にモバイルセルがあったら、被害の甚大な場所に必要な台数分、配置すればいいですし、安全な場所に移動・避難ができます。建設にも解体にも時間とお金のかかる現状の仮設住宅よりも、こうした「モバイルセル」のほうが機動力もあり、有効な気がします。

また、個人としても、非常時に安心できる「巣」「家」をつくるスキルがあるって、それだけで、こう心強い気持ちになるのは、分かる気がします。すごく原始的な活力で、生き抜く力なのかもしれません。ただ、もともと、塩浦さん自身は、DIYの経験もほとんどなかったといい、やるなかでスキルを身に着けていったそう。
「DIYのほかに、料理やアクセサリーもつくりますし、音楽環境を整えたり、本を出版したり……、いろんなスキルを持つ人が周囲にいるので助けたり、助け合ったりして、今に至ります。やっぱり経験することで何かが生まれるし、触発される。何かをつくりたい、生み出したいって、本能に近いんだと思います」(塩浦さん)

アクセサリー工房の一角。建築にアクセサリー、音楽とちょっと才能があふれすぎ(写真撮影/嶋崎征弘)

アクセサリー工房の一角。建築にアクセサリー、音楽とちょっと才能があふれすぎ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

一方、現在のアトリエは、7月に予約制の店舗(古着・骨董・アクセサリーのスタジオ)としてもオープンするそう。職住融合、モバイルハウスといっても、少し前までは絵に描いた餅だと思っていましたが、若い世代は、時代に即したかたちで適切にアップデートしていくんですね。自然災害や住まいの領域でも課題は山積みですが、若い才能が世界をより良く変えていくのかもしれません。

●取材協力
SAMPO

最大300万円の補助!「長期優良住宅化リフォーム推進事業」の募集が開始

政府は、既存の住宅の性能を引き上げるリフォームを推奨している。「長期優良住宅化リフォーム推進事業」もその一つで、最大の場合300万円になる補助金を出している。令和3年度(2021年度)の募集が始まったが、令和3年度版で追加された項目もある。注意点なども含めて、どういった事業なのか説明していこう。【今週の住活トピック】
令和3年度「長期優良住宅化リフォーム推進事業」の募集開始/国土交通省

長期優良住宅化リフォームでは、どんな工事が対象になる?

「長期優良住宅化リフォーム」とは、その名の通り、長期間にわたって高い性能を維持する住宅にリフォームすることだ。したがって、ベースになるのは、既存住宅への一定水準の劣化対策や耐震性と省エネ性の確保がなされることだ。

(出典/国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」パンフレットより転載)

(出典/国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」パンフレットより転載)

補助の対象になるためには、事前に「インスペクション(建物検査)」を行い、既存の住宅の状態を把握する一方、どういったリフォームを行ったかの記録(リフォーム履歴)を残し、今後どういったメンテナンスをするかの計画(維持保全計画)を作成することが求められる。

また、性能向上のリフォームだけでなく、インスペクションで指摘を受けた箇所の改修工事やバリアフリー工事、テレワークの環境整備のための工事(令和3年度追加項目)、高齢期に備えた住まいへの改修工事(令和3年度追加項目)など、いくつかの関連する工事も補助の対象になる。

さらに、性能向上のリフォームのほかにも、複数世帯が同居しやすい住宅とするためのリフォーム工事(三世代同居対応改修工事)や子育てしやすい環境整備のためのリフォーム工事(子育て世帯向け改修工事)、自然災害に対応するための改修工事(防災性の向上・レジリエンス性の向上改修工事=令和3年度追加項目)なども補助の対象になる。

(出典/国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」チラシより転載)

(出典/国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」チラシより転載)

引き上げる性能のレベルで変わる補助金の額

補助金の額は対象となるリフォーム工事費の1/3。ただし、リフォーム後の性能によって、補助金の限度額が変わる。
基準となるのは、国が定めた「長期優良住宅(増改築)」の認定基準に達しているかどうか。認定基準に達した場合は「認定長期優良住宅型」となり、認定基準に達したうえでさらに省エネ基準が高い場合は「高度省エネルギー型」となる。また、認定基準に達していない場合でも、劣化対策、耐震性、省エネ性が一定の水準に達した場合は「評価基準型」となる。それぞれの補助金の限度額は次の通り。

●補助限度額(戸当たり)
(1)評価基準型:    100万円 (150万円)
(2)認定長期優良住宅型:200万円 (250万円)
(3) 高度省エネルギー型:250万円 (300万円)

なお、「三世代同居対応改修工事を実施する場合」、「若者(40歳未満)や子育て世帯(18歳未満の子がいる世帯)が工事を実施する場合」、「中古住宅を購入し、売買契約後1年以内に工事を実施する場合」には、50万円が加算され、( )内の限度額になる。

個人が利用する場合は、申請タイプのうち「通年申請タイプ」になると考えられるので、上記のいずれかで申請することになるだろう。

補助金を使いたい場合は、業者選びに注意

さて、最大の注意点は、この補助金を申請できるのは、リフォーム工事の施工業者または買取再販事業者(中古住宅を買い取ってリフォームして売り出す事業者)ということだ。したがって、個人が利用する場合は、この事業の「事業者登録」をした施工業者を選ぶ必要がある。

この事業者の登録は現在受付中だが、以前の事業ですでに登録している事業者もおり、国土交通省では登録された事業者の情報を公表している。
○令和3年度 長期優良住宅化リフォーム推進事業・事業者情報の公表

求められる性能や補助金の計算方法など、施工会社でないと分からない点が多いので、まずは登録された事業者に相談してみるのがよいだろう。

コロナ禍で、在宅時間が長くなり、住まいの性能を気にする人が増えてきた。自宅に長くいるからこそ、地震による被災リスクが気になるし、省エネ性による快適さや光熱費の軽減を感じるようになる。性能向上のためのリフォームには費用がかかりがちだが、こうした補助金などでカバーする方法もあるので、リフォームを検討する際には知っておいてほしい。

○国土交通省「長期優良住宅化リフォーム推進事業」チラシ

「グリーン住宅ポイント」は10月31日が申請期限。お得な住宅購入・リフォームは期限に注意

新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ経済の回復を図る目的で、「グリーン住宅ポイント」が創設されたが、いよいよポイント申請の受付が始まった。住宅の新築やリフォームで、工事完了前と完了後に申請する方法があるが、今回受付が開始されたのは完了前のポイント申請の場合。「グリーン住宅ポイント」は、2021年10月末日までに契約が必要で、スケジュールなどに注意を払う必要がある。【今週の住活トピック】
グリーン住宅ポイント制度、申請受付を開始/国土交通省「グリーン住宅ポイント制度」は新築住宅の取得やリフォームが対象になりやすい

「グリーン住宅ポイント」の制度内容については、筆者の「コロナ禍で「グリーン住宅ポイント制度」を創設!気になる条件とポイントを解説」ですでに紹介したが、申請の受付期間が短いこともあるので、再度内容について確認をしていきたい。

■新築住宅一番シンプルなのが、新築住宅を建てたり買ったりする場合だ。定められた省エネ住宅であれば、その性能に応じて30万または40万ポイントが受け取れる。さらに、政策上の課題(空き家解消、東京からの移住促進、災害リスク区域からの移転、多世代同居等)に寄与する場合に限り、受け取れるポイントが30万→60万ポイント、40万→100万ポイントに引き上げられる。

■リフォーム
次に、計算は複雑でも利用しやすいのが、リフォームの場合。窓回りの断熱改修や外壁、エコ住宅設備の設置、屋根・天井の断熱改修のいずれかが必須で、これに加えて耐震やバリアフリー改修などもポイントの対象になる。工事内容ごとに0.2ポイント~15万ポイントが設定され、それを合計して上限30万ポイントまで受け取れる(ただし、合計5万ポイント未満は対象外となる)。

さらに、中古住宅を購入しリフォーム(売買契約から3カ月以内にリフォーム工事請負契約を締結)を行う場合は、ポイント数が2倍にカウントされる(上限は30万ポイント)。

なお、次の場合は、上限が45万ポイントまで引き上げられる。
(1)若者・子育て世帯(40歳未満の世帯・18歳未満の子を有する世帯)がリフォームを行う場合
※中古住宅を購入してリフォームを行う場合は、さらに65万ポイントまで引き上げ
(2)若者・子育て世帯以外の世帯が、「安心R住宅」を購入してリフォームを行う場合

中古住宅の購入でポイントを受け取れるのは、特殊な事例に限られる

中古住宅の購入では、政策上の課題を解消する場合にのみ、ポイント給付の対象となる。具体的には次の場合だ。

■中古住宅
(1)空き家バンク登録住宅 30万ポイント
(2)東京圏から移住するための住宅 30万ポイント
(3)災害リスクが高い区域から移住するための住宅 30万ポイント
(4)住宅の除却に伴い購入する中古住宅 15万ポイント
※(1)~(3)で住宅の除却を伴う場合は計45万ポイント

(1)~(3)はかなり特殊な事例になるので、ポイントの対象となる場合が少ないだろう。一般的な中古住宅の購入でポイントの対象となるのは、(4)の事例(不動産登記された住宅を解体業者に発注して取り壊し、同時期に中古住宅を購入する)だろう。この場合の購入する中古住宅は、2019年12月14日以前に建築された、売買価格100万円(税込)以上の住宅などの条件がある。

詳しい条件は、「グリーン住宅ポイント事務局」のホームページに記載されているので、参照してほしい。

契約もポイント申請も2021年10月31日が期限。スケジュールに注意しよう

注意したいのがスケジュールだ。まず、大原則が、「2020年12月15日(令和2年度3次補正予算案の閣議決定日)から2021年10月31日までに契約(売買契約や工事請負契約)を締結する」こと。次にポイントの申請期限が2021年10月31日まで(予算の消化状況によって早まる可能性あり)。

新築マンションのように建物が完成するまで時間がかかる場合もあるので、完了前にポイントを申請することができるが、工事完了後の報告にも期限があり、分譲の新築一戸建ては2022年4月30日まで、新築マンションは10階以下の建物は2022年10月31日まで、11階以上の建物は2023年4月30日までとなっている。

また、発行されるポイントは家電やインテリア、食料品などの商品に交換することができ、交換できる商品の検索サイトもオープンされた。このほか、ワークスペースの設置工事や防音工事、菌・ウイルス拡散防止工事などの「新たな日常」に資する追加工事、防災に資する追加工事の代金に充当することもできる。

新築住宅やリフォームの追加工事でポイントを利用しようとする場合は、さらにスケジュールが複雑になる。追加工事の完了報告の期限が2022年1月15日となっているからだ。

そのため、住宅生産団体連合会では、スケジュールに関するチラシを用意している。それによると、注文住宅の契約は遅くとも2021年5月にはしておいたほうがよいとしている。

(出典:住宅生産団体連合会のプロモーションツールより転載)

(出典:住宅生産団体連合会のプロモーションツールより転載)

いずれにせよ、細かい条件や性能基準が定められているうえ、「空き家バンク」「安心R住宅」などの耳慣れない専門用語も出てくるので、不動産会社や施工会社などに早めに相談して、自分の希望の住宅の場合はどうか、無理のないスケジュールかなど説明を聞きながら判断しよう。このときに減税制度なども合わせて確認し、トータルで判断するのがよいだろう。

住宅を建てたり買ったり、リフォームしたりするには多額の費用がかかるもの。新居なら新しい家具や家電などもほしいだろうし、今ならワークスペースもつくりたいだろう。その際に使えるポイント給付はうれしいものだが、ポイントをもらうのが目的になってしまい、施工会社と詳細を詰めないまま契約してしまったり、特に必要でない工事を加えたり、あるいは住宅購入時の希望条件や予算を変えたり、といったことはしないほうがよい。マイホームに必要な条件や工事を見極めつつ、「もらえるポイントはしっかりもらう」といったスタンスでいるのがオススメだ。

●取材協力
・グリーン住宅ポイント事務局のホームページ
・住宅生産団体連合会のプロモーションツール

あなどれない木造! マンションもオフィスビルも建てられる最新事情

全国47都道府県の木材を軒庇(のきひさし)に使用した新国立競技場など話題の建築を引き合いにだすまでもなく、昔から日本では家を建てる際に「木」が使われてきた。その多くは3階建てまでだが、最近は技術的な進化で中高層の木造住宅も建築されるようになってきた。こうした背景には何があるのか? 国土交通省の一重(ひとえ) 喬一郎さんに話を伺いながら、木造住宅・木造建築の最新事情をさぐった。
実は燃えにくく、地震にも強い!?木造住宅

童話『三匹の子豚』ではオオカミにあっという間に壊されてしまった“木の家”だが、世界で最も古い木造建築物は、607年に建てられた法隆寺の五重塔だ。子豚の次男は、正確には“木の枝”を集めてちゃちゃっと建てたから、文字どおり“木っ端みじん”にされたのであって、きちんと建てて、メンテナンスさえ怠らなければ1400年以上も長持ちするのだ。

法隆寺(写真/PIXTA)

法隆寺(写真/PIXTA)

「そもそも日本は国土の約7割が森林に覆われています」と一重さん。そのため木の家は昔から私たちにとって身近な存在だった。今でもそれは変わらないようで「国土交通省がまとめた令和元年度の『建築着工統計』によると、3階建て以下の住宅のうち、木造は実に82.5%を占めています。また内閣府の『森林と生活に関する世論調査(令和元年)』でも、『新たに住宅を建てたり、買ったりする場合、どんな住宅を選びたいか?』という問いに対し、73.6%が木造住宅を建てたいと回答しています」。つまり、私たちは木の家が大好きなのだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

それを示すように21世紀に入ってからは古民家が見直されるようになってきたし、無垢(むく)の床材が流行ったり、木のフィトンチッド(木が発散する物質で、消臭や抗菌、リラックス効果があると言われている)が注目を集めるようになった。

一方で「木造は燃えやすい」とか「地震に弱い」と思われていたのも事実。けれど、一昔以前と比べて、木造建築の技術は飛躍的に進歩している。

たしかに木は燃えるが、燃えた部分が炭化層となり、酸素供給を阻むことで燃え進みにくくなる。この性質を活かし、「準耐火建築物」では、一定の厚みを増した上で木の柱や梁を“現し”(=燃えしろ設計)にすることが可能である。防火地域内では、一般の住宅でも3階建て以上か、延べ面積100平米を超えるものは、これまで「耐火建築物」とする必要があったが、平成30年の法改正により石膏ボードなどで覆わずに、燃えしろ設計で木造住宅を建築することができるようになっている。

さらに古くは漆喰壁など、昔から “防耐火技術”の研究が絶え間なく続けられ、現在は難燃薬剤の注入や、不燃材を内部に埋め込み木の柱や梁をつくる技術なども開発されている。

また耐震性に関しては、木造だろうと鉄筋コンクリート造であろうと、現在の耐震基準を満たすことが求められている。つまり、基準を満たしている住宅は、構造種別とは関係なく、すべからく一定以上の耐震性があるということだ。実際「2016年に起きた熊本地震の悉皆調査によれば、2000年に改正された基準を満たして建てられた木造の住宅は一部の特殊なものを除き全てが倒壊を免れており、約6割が無被害でした。さらに、耐震性のレベルを示す耐震等級で、最も高い耐震等級3の住宅はほとんどが無被害であったため、被災後も安全に住み続けられることができると考えられます」

そもそも木は、鉄やコンクリートと比べて、「軽い割に強い」素材だ。加えて、最近は「CLTなどの新しい素材の開発や、木材と木材を強固に繋いで耐震性を高める要となる金具の開発などによって、木造でも高層建築物が建てられるようになってきています」という。

CLT(直交集成板)パネル(写真提供/国土交通省)

CLT(直交集成板)パネル(写真提供/国土交通省)

ちなみにCLTとはヨーロッパで生まれた技術で、繊維方向が直交するように積み重ねて接着した集成パネルのこと。そのため大木を必要とせず、また節の多い木でも使えるため、木材を有効に活用できるというメリットがある。また厚みや強度があるので、構造を支える壁や床として使用できる。

鉄筋コンクリート造と組みあわせれば高層建築物も可能!

では、実際の最新木造住宅とはどんなものがあるのか。

(写真提供/三井ホーム)

(写真提供/三井ホーム)

「例えば東京都千代田区に三井ホームが建てた木造(ツーバイフォー構法)4階建て住宅は、『防火地域』『4階建て』『狭小』という3つもの課題をクリアして、3世代が暮らせるような造りになっています」。『防火地域』と『4階建て』は最新の木造技術を使って、隣家との間が狭くて足場の組めない『狭小』では独自の「建て起こし工法」と呼ばれる方法を使って、4階建てを実現した。

また神奈川県横浜市で大林組が「仮称OYプロジェクト」として建築を計画しているのは「木造軸組構法による11階建ての研修所です」。柱と梁の接合部分に「十字型剛接合プレファブユニット」という技術を採用し、高層化を実現している。

高層純木造耐火建築物「仮称OYプロジェクト」(画像提供/大林組)

高層純木造耐火建築物「仮称OYプロジェクト」(画像提供/大林組)

鉄骨造や鉄筋コンクリート造と組みあわせる方法でも、もっと高い“木の家”を建てることも可能だ。2020年9月に、三井不動産と竹中工務店は東京都中央区日本橋において、木造高層建築物として国内最大・最高層となる木造賃貸オフィスビル計画の検討に着手したと発表した。構造は「ハイブリッド木造」とされ、規模は地上17階・高さ約70m・延べ面積約26000平米になるという。今後、詳細の検討を勧め、2023年着工・2025年竣工を目指すとしている。

(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

このように木造建築の高層化は着々と進んでいるのだ。

竹中工務店は木造技術を多く採用した12階建ての単身者向け社宅「フラッツ ウッズ 木場」も手掛けている(写真提供/竹中工務店)

竹中工務店は木造技術を多く採用した12階建ての単身者向け社宅「フラッツ ウッズ 木場」も手掛けている(写真提供/竹中工務店)

(写真提供/竹中工務店)

(写真提供/竹中工務店)

“木”は日本にとって貴重な天然資源

それにしても、いくら日本人が「木が好き」だといっても、なぜ近年こうした高層化プロジェクトが続々と生まれているのか。それには「天然資源が乏しい日本にとって、森林は他国よりも豊富にある、貴重な資源」であることが関係している。

昔から日本は森林が豊富だと思う人は多いだろうが、実は日本の長い歴史の中では、森林伐採と植林の歴史を繰り返してきている。日本人にとって木は最も身近な材料ゆえ、森林乱伐が幾度となく行われてきたのだ。あまりにも乱伐が進んだため676年に天武天皇が伐採禁止令を出したほどである。

太平洋戦争の終戦直後は、現在よりも荒廃した国土で、統計が取られ始めた昭和41年(1966年)時点では、人工林の資源量は現在の約3分の1ほどだった。しかし戦後の植林や間伐などに手入れにより順調に日本の国土では豊かな森林資源がはぐくまれ「最近10年では年平均で約8100立米の『森林資源ストック』が増え続けています」という。

約8100立方メートルとは、平成30年(2018年)の木材需要量とほぼ同等。つまり普通に木を使っていても、1年間分の需要量に相当する“ストック”が毎年増え続けているというわけだ。これを秒単位でみると、9秒で家一軒分の木材が増えているという計算になる。

(写真提供/国土交通省)

(写真提供/国土交通省)

「そこで木材をもっと積極的に利用してもらおうと、国としてさまざまな施策を行っています」。その一つが、中高層の木造建築物の振興施策だ。「3階建て以下の低層住宅の82.5%は木造ですが、オフィスや店舗などの「非住宅」は3階建て以下の低層であっても木造は15.7%、4階建て以上では、住宅、非住宅ともに木造はほとんどありません。そのため木造のシェアを伸ばせる余地の多い、非住宅や、4階建て以上の木造住宅を増やすためにさまざまな施策を行っています」。先述した4階建て木造住宅やOYプロジェクトは、いずれも「木造先導プロジェクト」として国が費用の一部を支援している。

こうした資金面の支援だけではなく「先進的な木造建築を建てられる人材の育成にも力を入れています」という。例えばCLTをはじめとした先進技術の知識やノウハウの共有を目的に、欲しい情報がすぐに見られるようにしたポータルサイトの整備、開設に向けた準備を進めている。

木造住宅で生活の質も高められる

一方で、木造住宅の割合が高い3階建て以下の低層住宅だが、「生活の質をより向上させるための住宅や、長年にわたって住み続けられる住宅を増やすための取り組みも行っています」。例えば一定の省エネ基準や耐久性、耐震基準などを満たした「長期優良住宅」に対する税制優遇はその一例だが、「事業者別にみると、年間1万戸以上供給する大手事業者が建てる住宅のほとんどは長期優良住宅なのですが、年間50戸未満の中小事業者の場合、平成28年度の数字でみても12.6%と、まだまだ少ないという現状です」

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

年間50戸未満の中小事業者の多くは、地元に密着して活動していることが多い。そこで地域の中小工務店や建築事務所、原木供給者、製材事業者などがグループを形成して補助金を申請できる「地域型住宅グリーン化事業」が用意された。例えばグループで長期優良住宅を建てると一戸につき最大110万円、省エネルギー性の高いゼロエネルギー住宅なら最大140万円といったように、各種補助金を受け取ることができる。こうした補助金制度を活用してもらうことで、木造住宅を建てようとする人々の「生活の質の向上や、長年にわたって住み続ける」ことを支援しようというものだ。

先述したように3階建て以下の低層住宅のほとんどは木造住宅。しかもこの10年間というレンジで見ると、その割合はじわじわと上昇している。だから木造住宅を増やすという意味では、ここまでの施策は必要ないのだが、「原木供給者や製材事業者など、地方には林業に関連する産業が多いので、こうした施策で地域が活性化することも目的としています」。それゆえ中小工務店単体ではなく、グループでの申請というわけなのだ。

森林という貴重な資源が豊富な日本で、豊かな暮らしを得るために、木材を上手に活用する。しかも木材はCO2を貯め込んだ材料のため、50年、100年と長きにわたり使われる建築物の材料としては、とてもエコな資源だ。木材を上手く使い、都市や地方を問わず生活の質を向上させるというのは、日本の風土に合った暮らし方だと言えそうだ。

●取材協力
国土交通省

祖母の思い出の家を“住み開き”! 地域で子育て・防災できる住まいに

長らく住宅不足が続いてきた日本ですが、2010年代に入って住宅が余りはじめ、昨今は空き家が問題となっています。築年数の経過した祖父母・父母の思い出がつまった住まいをどうするのか、今から考えておきたい人も多いことでしょう。今回は東京・下町で思い出の場所を現代の暮らしにあわせて、コワーキングスペース&シェアキッチン付き住宅へと建て替えた鈴木亮平さんに話を伺いました。
まるで朝ドラ! 祖父母の行政書士・税理士事務所兼住まい

2020年4月、とうきょうスカイツリー駅のすぐそばに、コワーキングスペース・シェアオフィス、シェアキッチン、住居などが一体となった「PLAT295」が誕生しました。働く場所、勉強場所を探している人はもちろん、多目的に使えるキッチンがあり、動画撮影などのスタジオとしても活用されているとか。複合型の施設のため、地元の人はもちろん、検索してわざわざ訪れる人まで、さまざまな利用者がいるといいます。

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

「もともとこの場所は僕の祖父母が暮らしていた住まいがあったんです。1棟は築40年超、1棟は築60年超。建物が隣接していて、ベランダで行き来できるような建物でした」と話すのは、PLAT295の立案者であり、NPO法人バルーンでアーバン・デザイナーとして活躍する鈴木亮平さん。

聞くと、暮らしていたのは鈴木さんの母方の祖父母。祖母は東京大空襲で焼け野原となったこの場所で、6人の弟妹を養うために進駐軍の事務手続きの仕事をはじめ、その後、日本の女性ではまだ珍しかった行政書士の資格を取得。この場所で行政書士事務所を始めたそう。のちのち縁あって税理士の夫と結婚、税理士業とあわせて仕事を行うなかで土地と建物を買い増して、成功を収めていたといいます。

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

日ごろから「ちまちま稼いでも儲からない、不動産を買わないと」というような、下町っ子らしい毒舌(!)で気風のよい人だとか。とはいえ、築60年超の建物は老朽化し、ネズミが出る、漏電や耐震面でも不安があり、暮らしやすいとはいい難い状況でした。

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

安全性、防災、まちづくり、子育てなどを考慮して建て替えへ

建物の老朽化を懸念していたころ、この場所で暮らしてきた祖母が施設に入ることが決まりました。鈴木さん夫妻は、既存の建物を壊して、ここで建て替えることを決断します。

「建物の老朽化、子育てしやすい間取りで暮らしたいという理由もありますが、大きいのは、長くじっくりとまちづくりに関わっていきたいと考えたこと。仕事柄、地域活性化といっても2~3年でプロジェクトが終わってしまうのですが、もうすこし長いスパンでまちづくりに携わりたいと考えました。もう一つは防災面です。災害が起きたとき、近所の誰かに助けてもらえる、気にかけてもらえることが運命を大きく変える気がするんです。祖母は東京空襲に遭ったとき、近所のおじちゃんに火から身を守るため泥を全身に塗られて生き延びられたと言っていました。私は仕事柄、出張も多いので、不在にしていることも多い。そんなときに被災したら、妻と子どもを気にかけ、守ってくれるのは地域の人だなと思い、地域の人とつながれるスペースが必要だと感じました」(鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

まさか戦争のエピソードが出てくるとはちょっとびっくりしますが、戦火をくぐり抜けた人が語るコミュニティの大切さは実感がこもっていて、言葉に重みがあります。

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

「本所吾妻橋駅周辺はアクセスも最高で、庶民的で本当に住みやすいんです。ただ、人口密集地域ですし、海抜ゼロメートル地帯。地震、台風など防災のことは常に考えておかないといけません。また、仕事柄、さまざまな人と出会って刺激を受けたいといった実利的な側面も考慮しました。この下町って、職住近接が当たり前なんですよ。印刷や建築、職人さんなど、路地から仕事の音やニオイ、気配がする。この土地で暮らすうちに、自然とこういう街並みを守っていきたいと思うようになりました」(鈴木さん)

東京は利便性が高く、日々、目まぐるしく変貌している街です。でも、経済合理性が優先されるがゆえに、その街ならではの良さがどんどん失われている側面もあります。鈴木さんが選んだのは、単に新しい住宅を建てることではなく、街の良さを活かすために、時代に合わせた設備を備えた建物にするという答えでした。

住まいから見上げる東京スカイツリー。子どもたちもご近所顔なじみに!

「PLAT295」の誕生と同時に、妻は転職し、現在はPLAT295などの管理や運営の仕事をしています。1階が仕事場、4・5階が鈴木さん一家の自宅というかたちになりました。暮らしはどのように変わったのでしょうか。

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

「ここで働くようになり通勤がなくなったので、子どもと過ごせる時間が増え、気持ちのうえでもゆとりが生まれました。子どもは4・5階の居室スペースだけでなく、1階のシェアオフィスも家だと思っているようで、よく訪れています。シェアオフィスがオープンした当初はそれこそ大人と一緒に店番していました(笑)」と妻のすみれさんは話します。

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

働く大人、働く親の姿を見られるのって貴重ですよね。子どもにとっては一番よい学びの場所になる気がします。

「そうですよね、1階にいれば誰かしらいて、アイスをもらったりと遊んでもらえて、親もうれしいですね。あとはシェアキッチンには大型オーブンを入れたので、本格的なピザなどが焼けるのが楽しいですね」といいます。キッチンのコーディネートを担当したのもすみれさんで、インスタグラムや動画撮影で使われることも意識し、照明のデザインなども工夫したのだとか。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「本当は小さいお子さんを連れたママたちの子ども会やパーティーなどにも使ってほしいんですが、コロナ禍でなかなかできず……、そこは今後に期待ですよね」。確かに。でも近所にこんなシェアキッチンがあれば、自然と持ち寄りパーティーなどもできそうですし、じわじわと利用も増えていくに違いません。

「下町はお祭りがあるので、地域のつながりが今もあるんですよ。ただ、それだけだと、いつものメンバーに偏ってしまう。会社員の人や単身赴任の人など、普段はワンルームに暮らしている人も、地元の人と顔なじみになれることが大事かなあと。シェアオフィスがあることで、そのきっかけになれたらいいなと思っています」と鈴木さん。

この場所のはじまりとなった祖母は、コロナの影響でまだ施設から外出することができず、建物を見ていないそう。

「この『PLAT295』という名前は、おばあちゃんの名前、ふくこ(295)から取りました。建物ができあがった姿を見たら? そうですね、儲からなそうだな、って言うんじゃないでしょうか(笑)」(鈴木さん)

もちろん、既存の建物を残す選択肢もありましたが、「建物の質がよくなかったこともあって、残せるものではなかったことを考えて」、建て替えを決断した夫妻。残すことだけが、住み継ぐことではありません。時代にあわせて変化をさせ、思いを残すにはどうしたらいいのか。「地域とつながる」「人をつなげる」場所にした夫妻の決断を、きっとおばあちゃんも誇らしく思うのではないでしょうか。

●取材協力
PLAT295

商店街を百貨店&シェアハウスに!? 北九州「寿百家店」がつくる商店街の新スタンダード

全国で“シャッター商店街”が増え続ける一方、さまざまな工夫により再生し、注目を集める商店街もある。福岡県北九州市黒崎の「寿通り商店街」でも、“ニューノーマルの商店街”を目指す新たなプロジェクトが始まった。商店街を“百家店”に、を掲げる「寿百家店」プロジェクトだ。商店街の一部区画をフルリノベーションし、店舗とシェアハウスに生まれ変わらせるという。取り組みの詳細を伺った。
シャッター通りを、店舗+シェアハウスにリノベーション

黒崎は、北九州市内でも小倉に続く中心街だ。しかし、2020年7月には駅前の百貨店「井筒屋」が閉店。まちのにぎわいに陰りが出ている。
寿通り商店街は、そんな黒崎駅からほど近くにあり、戦後間もないころから続いている。長らく地元の人々の暮らしを支えてきたが、2016年時点では13店舗中8店舗が空き店舗となり、シャッター通りと化していた。

そんな寿通り商店街の“ニューノーマル”をつくろうと2020年5月から始まったのが、「寿百家店」プロジェクトだ。
商店街の一角にある3物件、合計174.83平米(52.88坪)の1階部分をテナント11区画に、2階部分を4室+LDKのアーケードシェアハウスへと変化させる、という。シェアハウスの住民と商店街の人々が相互に関わり合い、まちを活性化させることを目指す。計画はコロナ禍以前から始まっていたが、オンラインマーケットの構想もあり、注目を集めている。

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

テナント誘致には“起爆剤”がいる

プロジェクトをリードするのは、PR・企画会社「三角形」代表の福岡佐知子さんと、建築事務所「タムタムデザイン」代表の田村晟一朗さん。二人とも、寿通り商店街との付き合いは長い。

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

はじまりは、福岡さんのもとへ当時の商店街の組合長から「寿通り商店街を活性化したい」という依頼があったことだ。当初はイベントの企画・運営などを行っていたが、「イベントをやっても、一時的に盛り上がるだけで終わってしまう」ことに課題を感じていたという。
「本格的な活性化に取り組むためには、“中心人物”が必要です。でも、当時の商店街は高齢の方も多く、なかなか先頭に立って進められる方がいなかった。ならば自分がと思い、商店街に事務所を移転することにしたんです」(福岡さん)

その後、商店街に、自身でワインバー「TRANSIT」や総菜店「コトブキッチン」をオープン。それまで飲食店経営の経験はなかったというから驚きだ。
「飲食店があることで、さまざまな人が集まって言葉を交わしたり、お金を落としてもらったりすることができる。“まちづくり”に興味を持つ方は限られますが、飲食店を介してなら、多くの方に自然な形で“まちづくり”に参加してもらうことができると思うんです」(福岡さん)

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旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

さらに、まちの人たちを巻き込み、空き店舗のシャッターを塗り替える「トム・ソーヤ大作戦」などさまざまなプロジェクトも仕掛けていった。
並行し、テナントを誘致する活動も行ってきたが、「このままでは限界がある」と感じるようになったという。
「家賃が安いからと見に来てくれた方がいても、シャッターを開けてボロボロの建物を目にすると、すっと引いていってしまう。このままの状態で待つのではなく、こちらで場を整えて待つ必要がある、何か起爆剤がいる、と考えるようになりました」(福岡さん)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

商店街と住宅の共存関係をつくる

「TRANSIT」の常連客として福岡さんと知り合い、「コトブキッチン」の設計を担当したのが田村さんだ。
二人が会話を重ねる中で、「寿百家店」の構想は生まれた。

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

2階をシェアハウスに、というのは田村さんのアイデアだ。実は、田村さん自身が手掛けた先行事例が福岡県行橋市に存在する。「アーケードハウス」と呼ばれるその住まいは、同じく衰退していた商店街に灯りをともした。テナント入居のポテンシャルを失った空き店舗の優れた利活用方法として、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2016で総合グランプリを受賞している。

「暗いシャッター街に、街灯ではなく住宅の灯りがあることで、安心感が生まれます。寿通り商店街でも、商店街と住宅の共存関係をつくっていきたいんです」(田村さん)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

住んでもらいたいのは「1階の店主やまちづくりに関心がある方など、一緒にプロジェクトに関わってくれる方」、そして「学生や若い世代」という。
「大人が頑張っている姿を間近で見て、『このまちって面白いな』と思ってもらえたら理想ですよね。それは将来的なUターンにもつながると思うんです」(田村さん)

田村さん自身は、実は高知県の出身だ。
「自分は若いころにふるさとの魅力に気づけず、北九州で事務所を立ち上げました。北九州のまちがすごく気に入ったからですし、後悔もしていません。ですが、地域にとって理想は、若い方が地元の魅力に気づいた上で一度外に出て、地元に無いものを持ち帰ってくることだと思うんです」(田村さん)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

1物件につき3店舗のテナントが入れるようコンパクトに区切り、さまざまな店舗を誘致するアイデアは福岡さんから生まれた。1店舗ずつのスペースをコンパクトにして水まわりなどを共有することで家賃を抑え、入居ハードルを下げている。

誘致する店子についても、二人には明確なイメージがあった。
「自分で生み出せる方。自身で技術を持っている方、自身で表現ができる方。誰にでもできる商売ではなく、専門性を持った店・人があつまることで、商店街全体の価値が上がる。ここでしか得られない体験をつくることが重要だと考えています」(田村さん)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

一人ではできない「面白いこと」を、一緒に

現在、2021年5月までの全店オープンを目指し準備を進めている。シェアハウスの入居者は募集中だが、1階は約半年で全テナントが決定したという。
「ネイルサロン」「ガラス細工のお店」「アートギャラリー」「地元野菜を売る八百屋」「地元の飲食店に役立つ本屋」「アパレル販売店」「ラーメンと甘味の店」、そしてドライヘッドスパとハーブティの販売をする「To me…」が開業予定だ。

「To me…」店主の豊東久美子さんは、これまで店舗を持った経験がない。地元の北九州で店を開きたいと考え、物件を探していたときに、たまたま寿百家店のことを知った。入居説明会を聞き、即決したという。

「福岡さんと田村さん、お二人の話を聞いて、『北九州で、こんな面白いことができるのか!』とわくわくしました。
一人で『面白いこと』を仕掛けるには、アイデアの面でも費用の面でも限界があります。新規開業ということもあり、孤独感、不安感もありました。この場所なら、一緒に面白いことを仕掛けていけるのではないかと思ったんです」と語る。

ドライヘッドスパをもっと身近なものにしたい、という思いにもマッチする場所だった。
「仕事の合間や買い物のついで、家事育児の合間に寄れるような場所にしたいんです。この場所なら、美容室や飲食店、いろんなお店のついでに立ち寄ってもらえるのではないかと思いました」(豊東さん)

商店街ならではの、「お隣さん」との関係も魅力と語る。かつて商業施設内のテナントに勤めていたこともあるが、近隣店舗との交流はほとんど無かったという。
「既に田村さんや福岡さん、学生スタッフの方々にもたくさんサポートしていただいています。
先日も1日限定のマルシェに参加しましたが、その時も商店街の方はじめ、たくさんの方とつないでいただきました」(豊東さん)

オープン後は、アロマやハーブを使ったワークショップもやりたい、と意気込みを語る豊東さん。
「大人だけでなく、例えば夏休みの宿題に合わせたものなど、子どもたち向けのイベントもやりたいと考えています。地域に根差していけたら」(豊東さん)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

オフラインとオンラインが同居する商店街へ

寿通り商店街の目指す姿について、田村さん、福岡さんはこう語る。
「『あそこに行ったら何かやっている』という期待感がないと、人は集まらないですよね。昭和40年代~50年代は、商店街がそういう場所だったと思うんです。それが無くなったから衰退している。ワクワク感、期待感をつくっていくことが大切だと考えています」(田村さん)
「用事がなくても行ってみよう、ちょっと遠回りして帰ろう、と思ってもらえるような場所にしていきたいですね」(福岡さん)

コロナ禍の影響で、当初の計画に狂いも出た。しかし、田村さんはこう語る。
「前提として、寿通り商店街はロケーションが良いです。換気も良いし、アーケードだから雨が降っても大丈夫。内でもあり外でもある、特別な空間です。それはコロナ禍においても武器になるはず」

さらにコロナ禍において特に中国で活発になった、ライブ動画を見ながら商品を購入できるライブコマースからもヒントを得た。5月の全店オープンに合わせ、オンラインマーケットのオープンも準備中だ。
「オンラインで買い物する場合も、リアルと同じように店主と会話したり、他の客と店主の話を聞いたりできるよう、システムを整えていく予定です。海外のお客さんにも来てもらえるように、ゆくゆくは店主の皆さんに英語を習得してもらう必要もありますね」(田村さん)

寿百家店は、商店街の11区画中3区画を使用したプロジェクトだ。今後、残りの区画にも着手していくのだろうか。
「まずは今の区画でモデルケースをつくるつもりです。それをもとに、寿通り商店街内だけでなく、全国に広めていけたら、と考えています。
『前例』がないので、テナントやシェアハウス入居者の集め方、オープン後の集客の仕方も、自分たちでイチから試さなければいけない。それはとても苦労している点ですが、周囲の方々がさまざまな形で後押ししてくれていますし、ここで事例をつくれたら、全国の同じような商店街の方々にとっても意味があると思うんです」(田村さん)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

全国へと広がる商店街の“ニューノーマル”になるか

シェアハウスと店舗が共存する商店街。ただでさえ前例のないプロジェクトに、コロナ禍が重なり、難易度は増した。苦労を重ねる一方で、オンラインが広く浸透したこの時勢を、二人はチャンスとも捉えている。
寿百家店の取り組みは、全国の商店街に展開できる“ニューノーマル”となるか。5月のオープンを、楽しみに待ちたい。

●取材協力
株式会社 寿百家店

美大生のための伝説のアパート、DIYし放題で“住み継ぐ”

美術大学(美大)や美術系学科のキャンパスが集まる東京都町田市。多摩美術大学、東京造形大学、東京工科大学などに通う多くの美大生が生活しているこの町に、約15年にわたり歴代の美大生らが住み継いできたアパートがある。DIYし放題で現状復帰も不要という一風変わったこの物件では、どんな暮らしが営まれているのだろうか?
芸術を学ぶ学生を支えたい。元コーヒーショップ店主の思い

町田駅からJR横浜線で4駅。相原駅から歩くこと5分、黄色い外壁が特徴的な大きなアパートが現れた。ここが美大生の受け継ぐ“伝説のアパート”「アップル&サムシングエルス」だ。

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

「アップル&サムシングエルス」は、全31部屋の4階建てアパート。1部屋の広さは33平米前後で、家賃は5万5000円~7万5000円。広さの割にリーズナブルな価格設定が魅力的だ。

現オーナーの青木さんは、近隣のコーヒー専門店「パペルブルグ」の元店主。「造形美の宿る作品が好き」と話す青木さんの親しみやすい人柄に惹かれ、多くの美大生が集った。学生の作品を店内に飾ることもあったという。

次第に、「もっと美大生のためになることをしたい」と考えるようになった青木さんは、賃貸物件の経営を思い立つ。そうして生まれたのが、ここ。建物全体のデザインは近隣5大学の学生によるコンペを実施し、上位3組のアイデアを採用し、今から15年前に建てられた。

この物件の最大の特徴は、「DIYし放題」。ほとんどの賃貸物件はDIY禁止か、DIY可でも現状復帰が求められるなか、ここは入居者が自分の好きなように部屋を変えることができ、退去時に元に戻す必要もない。

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「DIYし放題・現状復帰不要」というルールを設けた理由を、青木さんに聞いた。

「普通の賃貸の部屋より、気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ。学生には、『イタズラじゃなきゃ何してもいいよ』と言っています。壁に絵を描いても、ビスを打ってもいい。事前に言ってくれれば、必要な道具を貸します。僕自身もDIYをするので、ペンキや電動のこぎり、材木が家にあるんです」

気さくな青木さんは、入居者との交流も深い。取材中にすれ違った人は全員、笑顔で青木さんと挨拶を交わしていた。多くの学生は卒業と同時に退去するが、その後も多くの卒業生たちとLINEや年賀状で連絡を取り合っている。卒業後の活動報告を兼ねて、作品や関わった商品などを送ってくれる人もいるそうだ 。青木さんと歴代の美大生との間の絆がうかがえる。

「この部屋に住めて幸せ」空間から得たインスピレーションが創作に活きた入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者にも話を聞いてみよう。4階の部屋に住むショウさんは、もともと近隣の家賃3万円の物件に住んでいたが、老朽化に伴い退去を要請されてしまった。そこで一緒に暮らしていたルームメイトがインターネットでこの物件を見つけ、約1年前に2人で引越してきた。1学年上のルームメイトは先に退去したため、現在はショウさんの一人暮らし。

4階まで階段を登らなくてはならないのが少し辛いところではあるが、この部屋は33平米で家賃6万円。都内ではほぼあり得ない好条件だ。

「白が好きなので、壁も床も真っ白なこの部屋がとても気に入っています」と話すショウさん。この部屋に引越してきてから、自身の気持ちが大きく変化したと話す。

「前の部屋はすごく古く、家に帰ってもあまり楽しくありませんでした。友達が来てくれても、少し恥ずかしくて。でも、今は好きな部屋に住んでいるので幸せです。友達を呼んで話すのが楽しいし、広いので機材や好きなものをたくさん置けるんです」

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

この部屋の中で、ショウさん自身がDIYを施した場所はまだないという。青木さんによると、DIYによって部屋を大きく変えて暮らす入居者もいれば、ショウさんのように前の内装が気に入り、そのままの状態で暮らすケースもあるそう。

ショウさんは、「この部屋がきっかけになってつくった作品がある」と、自身の制作した映像を見せてくれた。大学の教授から高い評価を受けたそうだ。

「映像作品のアイデアは、この部屋にいたからこそ浮かんだもの。撮影もこの部屋で、白い壁や自然光を利用して行いました。もし他の部屋に住んでいたら、この作品はつくれなかったと思います」

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

まさに現オーナーの青木さんが言った「気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ」という言葉のとおり。きっとこれまでも多くの美大生が、それぞれの部屋からインスピレーションを得て、創作活動に邁進してきたのだろう。

「この部屋で暮らせて、今すごく幸せです」と笑顔で話すショウさんの表情は、実にのびのびとしている。白い背景と柔らかい日差しの中で、創作に打ち込んでいる姿が目に浮かんだ。

一般的に、賃貸物件は住む人を選ばないよう画一的なつくりになりがちだ。しかし、美大生たちがここで豊かな時間を過ごしているのは、あえて「住む人を選ぶ」部屋にしたからなのだろう。現オーナーの青木さんは、美大生が輝くために必要な環境を知っている。「DIYし放題・現状復帰不要」の物件が長年住み継がれている理由が分かった気がした。

暖かい地方の家は“無断熱”でいい? 実は鹿児島県は冬季死亡増加率ワースト6!

夏は涼しく冬は暖かい。そんな快適な暮らしに欠かすことのできない「断熱」。今や、“家づくり”を考える人たちが最も重要視すると言っても過言ではないが、実は地域によってその意識はさまざま。今回は、南国・鹿児島から、その重要性を訴え、断熱の輪を広げる株式会社大城の大城仁さんにお話を伺った。
南国だって冬は寒い!「冬季死亡増加率上位県」鹿児島のこれまでの実態

“南国”として知られる鹿児島県が、冬季死亡増加率ワースト6位(※1)だという事実を、一体どれだけの方がご存じだろうか。

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

確かに、年間の平均気温は他県と比べると若干高めであるが、実は冬場の最低気温は関東や関西と変わらず、厳しい寒さをみせる。
暖かい部屋から寒い部屋への移動など急激な温度差により、血圧が大きく変動することで起きる脳梗塞や心筋梗塞などのリスクを防ぐための手段として重要視されているのが、外気温からの影響を最小限に抑える「断熱」であるが、鹿児島県には必要ない、そんな間違った常識が生み出した悲劇こそが、先に述べた結果なのだ。
ここ数年、全国で断熱の重要性が認知されるようになってきているが、「鹿児島は南国という意識を強く持っている人も多いこともあって、その重要性を感じていない人も少なくありません」と大城さん。
断熱とはその名の通り、“熱を断つ”こと。つまり、外の冷気だけでなく、夏の熱気を遮断することも忘れてはいけない。
近年の新築住宅でこそ、“高断熱高気密”はもはや当たり前となっているが、築年数の古い既存住宅では未だに断熱不足や無断熱のものが多い。賃貸住宅に関してはその比率はさらに高いのが現状だ。

経験から学んだ、性能向上の重要性

これまでリノベーションは、デザイン性重視の風潮が強く、 “いかにカッコよく仕上げるか”を競い合う傾向にあった。しかし、大城さんが着目したのは『断熱リノベーション』だった。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

『断熱リノベーション』とはその名の通り断熱性能を上げるリノベーションのことで、室内の温度を一定に保つ効果が期待できる。その他にも、省エネや遮音などさまざまなメリットがあるのだ。
「私自身も、無断熱のRCマンションで生活していました。同じ家で生活しているのに、妻や子どもたちが寝ている南向きの部屋と、私が寝ている北向きの部屋では明らかに温度が違いました。寒さの厳しい冬場になると、私だけ厚着をし、布団も一枚多くかぶらないと寝られないくらい過酷な状況。同じ家に暮らしながら何故こんなにも環境が違うのだろう?と疑問を持ったのがそもそもの始まりです。デザイン性だけではなく断熱性能を向上させることで、もっと快適な暮らしが出来るのではないか?と、断熱の重要性に気づかされました」と当時を振り返る。

学びから実践へ

「断熱」の重要性に着目した大城さんが、さまざまな学びの場を探して出合ったのが「エネルギーまちづくり社」が開催する『エコリノベーションプロフェッショナルスクール』だった。

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

これはエネルギーまちづくり社の代表取締役である竹内昌義さんと、スタジオA建築設計事務所代表の内山章さんら講師のもと、3日間という短い時間で熱の基本や、断熱リノベーションの進め方を学ぶ実践型ワークショップを行うというもの。ここでの経験が現在の活動へと繋がる大きなきっかけとなった。
このワークショップは、学びを学びで終えず、「全国各地で断熱の正しい知識を広めていこう」という趣旨だったこともあり、鹿児島に戻った大城さんは一例目となる『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』に施工業者として参加することとなった。対象となったのは築37年のRCマンション『ルクール西千石』。このマンションを所有するのは鹿児島市にある日本ガス株式会社。省エネと住環境の向上の実現を目指しタッグを組んだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

断熱施工で最も重要なポイントは、熱がどのように伝わるかをしっかりと把握した上でその熱を断つこと、一番熱損失が大きいのは壁や天井ではなく、実は窓だという。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回はRC造の共同住宅であったため、残念ながら窓の交換はできなかったが、樹脂枠を用いた内窓、または木製枠の内窓を設置することで、断熱性と遮音性を高めた。
日本ではアルミ製、スチール製の窓枠を採用していることが多く、金属は樹脂や木に比べ熱伝導率が高いため断熱性が低いことが問題だ。
次に重要となるのは、外気に面する天井・壁・床に断熱材を隙間なく充填し、気密シートで密閉すること。ただ断熱材を敷き詰めるだけでは足りず、室内と外部の空気をしっかり遮断することが求められる。いくら性能の良い断熱材を用いても、気密性が悪ければその性能は発揮できず、断熱と気密は必ずセットで考えることが重要なのだそう。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の実証対象となった2部屋は、北海道・東北地方の次世代省エネ基準と同等の性能を確保するため、UA値0.46(九州地区の次世代省エネ基準を大きく上回るHEAT20 G2グレード相当)を基準とし、温熱計算によって断熱材の種類や厚みを選定した結果、天井には60mm、壁には30 mm、床には45 mmの厚みの高性能断熱材(熱伝導率0.02W/(m・k))を採用した。(実際の温熱計算によって出された本物件のUA値は0.41と、目指していた0.46より高い省エネルギー性を示した)。
施工後、断熱施工を行った部屋と同じ間取りの無断熱既存空室を対象に、同一機種のエアコンを用いた温度測定と電気使用量のデータ測定を鹿児島大学の協力の下で行った結果、無断熱の部屋は外気からの影響を大きく受け室内温度の低下が見られたが、断熱施工された部屋の室内温度は外気に左右されることなく、体感温度は3.1度上昇。電気使用量は30%減というデータを得た。この実証実験で、暖かく快適に過ごしながらも電気代は今までよりも30%程度安くなるということが証明されたのだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の試み『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』は高い評価を受け、1年を代表するリノベーション作品を価格帯別に選別するコンテスト、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリを受賞。
南国に「断熱」は必要ないというこれまでの間違って広がっていた意識を大きく払拭する事例となった。

“断熱リノベ”の今後の動き

賃貸マンションで実証した「性能向上リノベーション」が日本一(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリ)の称号を得たことは、周囲に大きなインパクトを与えた。
「『断熱が大事なのは分かるけど、コストも掛かるしなかなか踏み出せない』と言っていた同業種の仲間たちも、『今回の実証実験を機に断熱について真剣に取り組んでみたいと思うようになった』と声を上げ始めてくれた」(大城さん)
実証実験の結果を示すことができたおかげで、“高断熱施工は暮らしに必要なもの”と理解してもらえるようになったそうだ。 他にも断熱DIYワークショップの相談を受ける機会が増え、着実に南国鹿児島にも断熱の輪が広がっていると手応えを感じているそうだ。

(写真提供/頴娃おこそ会)

(写真提供/頴娃おこそ会)

「このような取り組みが全国的に広がることを祈りつつ、今後の既存住宅、建物の活用の一つの事例となればと願っています。断熱は、“特別なもの”ではなく、“当たり前のもの”と定着するよう、これからも活動していきたい」と話してくれた。
これまでの住宅は、デザイン性を一番に求められがちだったが、大城さんのように、冬は暖かく夏は涼しい快適な住まいの提案を行う工務店が増えることで、目に見えない性能価値を求められる時代へと移り変わっていくのではないだろうか。

●取材協力
大城

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」に見る最新キーワード3つ。コロナ禍の影響も?

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2020年12月10日に開催されました。この1年、新型コロナウイルス感染拡大が暮らしや経済を直撃し、リノベーション業界も多大な影響を受けました。そんな状況下にありながらも、今回の受賞作品からはリノベーションが持つ力、多様性を垣間見ることができました。注目作品とともに今年の傾向を紹介します。
【注目point1】コロナ禍の影響で、職と住の見直しが加速

日本中で人々の行動が制限されるという厄災下で開催されたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2020。リノベーション業界でも住まいづくりの全ての過程で大きな制約を受けたため、盛り上がりが心配されましたが、エントリー作品は前年とほぼ同程度をキープし、さまざまな作品が出そろいました。

今回の大きな傾向は、何といっても「コロナ禍が住まいに及ぼした影響」。コロナ禍の影響を受けていない作品も多い中、リモートワーク、職住融合など、近年の潮流が一気に加速されたことで、審査の場では「リノベーションはいかにコロナ禍の影響を受け止めたのか」という観点で見ざるをえなかったそうです。

「毎日会社に出社する」という今まで当たり前だったことが、職場や職種によってそうではなくなりました。働き方改革の一環で以前からリモートワークを推進する企業は増えつつありましたが、半ば強制的に、暮らす場所と働く場所のボーダーレス化が一気に進んだ形となりました。それを最も象徴するのが、総合グランプリ受賞作品です。

職住融合のミニマルな形
総合グランプリ:『リモートワーカーの未来形。木立の中で働く。住まう。』株式会社フレッシュハウス

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

長年、別荘地で放置されていた60平米に満たない小さな家。オーナーは一人暮らしのプログラマーで、元は祖母の家でした。築50年という建物の耐震・断熱改修を行い、間取りの変更などを施して、自宅兼職場に。シンプルな空間に床の高低差でメリハリを付け、目線の位置を低く抑えることで、森の風景に入り込むような臨場感をもたらしています。

「リモートワークによる職住融合」というウィズコロナ時代のニューノーマルを示すだけではなく、郊外&地方移住、実家の空き家問題、古家の性能向上、お一人様社会といった、「今」を象徴するテーマや、問題解決の手法が詰まっていることが高く評価されて、総合グランプリ受賞となりました。

総合グランプリ受賞作のほかに、「ウィズコロナ時代」を象徴するのが次の作品。「職と住」を見直して、魅力ある場に仕立て上げている作品です。

立地を活かした職住融合
審査員特別賞(ニューノーマル・ライフスタイルデザイン賞):『山と渓谷、エクストリーム賃貸暮らし。』株式会社ブルースタジオ

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

山へのアクセスが比較的便利な地に立つ賃貸住宅。気持ちの良い朝、山に足を運び、自然の力を浴びてパワーチャージしてから仕事に取り組むという「エクストリーム出社」が増えている現状に合わせて、アウトドア派のための部屋として設計されました。住む場所の選択肢が広がる状況に対し、「山が好きなら山の近くに住んでしまえばいい」といった新しいライフスタイルを簡潔に提示している点が評価されました。

アウトドアという“地域ならではのプラス要素”を賃貸住宅に付加することで、オーナーの空室不安を解消する物件にもなっています。

多拠点な職住の場
審査員特別賞(ニューノーマル・ワークスタイルデザイン賞):『働く場所から、自由になろう。』株式会社LIFULL

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

廃校や閉鎖した企業の保養所などの遊休不動産を再生し、多拠点居住&労働の場及びコミュニティの場として定額制で提供するプロジェクト「LivingAnywhere Commons」。近年、多拠点居住という新たなライフスタイルが確立されてきましたが、このプロジェクトは各拠点でのコミュニティづくりにも取り組んでいるのが特徴。滞在者のコミュニティづくりをサポートするマネージャーがいることで、共創型プロジェクトに容易に参画できたり、快適な空間になるよう利用者がDIYやルールづくりをしたりと、手を掛けて育てていくことが可能です。

【注目point2】コロナ禍の影響で「おうち時間」の質向上に注目

「おうち時間」が否応なく長時間化することで、暮らしの場の質を高めたいというニーズが高まっています。リノベーションはそもそも家の質を高めるために行われるものなので、「おうち時間の質が高まっている」のはすべてのエントリー作品に当てはまるのでしょうが、そのなかでも、次の作品は充実したライフスタイルが垣間見られるとして、審査の場で注目されていました。

充実の家族時間
1000万円未満部門 最優秀賞:『日曜漁師』株式会社オレンジハウス

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

ダイニングキッチンとリビング、廊下を隔てていた壁を取り払い、勝手口からシンクへダイレクトに魚を持って入れる動線に。日曜大工ならぬ“日曜漁師”の夫が獲ってきた魚を家族で調理するというストーリーが、リノベーション空間の中に見て取れる作品です。「家族時間の一つのあり方を提示している点に好感が持てる」「生活ファーストの穏やかなワークスタイルを自然体なリノベーション空間が演出している」といった観点で評価されました。

2つのワーキングスペース
審査員特別賞(ユーザービリティリノベーション賞):『この先もつづく日常に根差した家』株式会社grooveagent

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

夫婦とも在宅での仕事が多いという住まいのリノベーション。2つのワークスペースを離れた場所に配置して、就業中の距離の問題をうまく解いています。「おうち仕事時間」の質を高めた作品です。

【注目point3】「性能向上リノベ」の合理的手法が示される

断熱性・耐震性などの性能を高めるのはリノベーションの使命です。ここ数年、「性能向上リノベ」のさまざまな手法が示されてきましたが、昨年来、「性能向上リノベを、合理的で経済性のあるプランにまとめて商品として普及させることが重要」という観点が審査の現場で上がっていました。その流れを受けて今回は、全国の中規模ビル、古民家、中古マンションなどの性能を向上させる、ひとつの指標となるような取り組みが登場しました。

ビルのゼロエネルギー化
審査員特別賞(先進的省エネビルリノベーション賞):『未来への贈り物~地中熱ヒートポンプにより生まれ変わるZEB社屋』棟晶株式会社

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

中規模のオフィスビルをZEB(「ゼブ」。ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略称)にリノベーション。NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)の支援を得て北海道大学工学部と共同開発した地中熱ヒートポンプシステムを採用し、壁面ソーラーパネルと合わせて102%の創エネルギ−を実現。イニシャル・ランニングの両面で誰もが導入しやすい低コスト化に成功しています。全国の中規模ビルのゼロエネルギー化に一つの指針を示した点で高く評価されました。

エリア断熱で性能アップ
1000万円以上部門 最優秀賞:『Old & New 古くて新しい・古民家のカタチ』株式会社ラーバン

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

築150年という代々受け継がれてきた古民家に、現代のデザイン要素を付加。古家特有の断熱性・省エネ性能の低さについては、断熱パッシブの施工エリアを決めることで、国が定める省エネ等級4を大幅に上回る数値を達成。デザイン、性能の両面をバージョンアップさせる部分改修の手法は、古民家活用のお手本となるのではないでしょうか。

新築以上の断熱性をスタンダードに
審査員特別賞(次世代再販リノベーション賞):『THE NEW STANDARD』株式会社リアル

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

「買取再販リノベーション(リノベ会社が購入した中古物件をリノベーション後、販売する手法)のスタンダードにしたい」という意気込みのもと、築38年の中古マンションに新築以上の断熱性能を実現させ、性能とデザインの両面で魅力を高めているプランです。

“今”の時代を表すこんな作品にも注目!

今回は、「コロナ禍をリノベーションはどう受け止めたのか」「性能向上リノベの合理的手法」という観点の作品に注目が集まりましたが、他にも“今”という時代性を宿している作品もあります。筆者が注目した2作品を紹介します。

廃棄物を最小まで削減
500万円未満部門 最優秀賞:『サスティナブルにスマートハウス』株式会社シンプルハウス

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

既存の建具や建材を徹底して選別し、リユース、リサイクル。同時に無駄な解体をせず、廃棄物を最小限とする。新しく用いるものも間伐材、地産地消の素材にする。こうすることで、約70平米の住戸のフルリノベーション が税込498万円という低コストで実現した作品です。単なるコストダウンに留めるのではなく、リユース等による廃棄物削減、環境に優しい素材の採用といった、サスティナブル(持続可能性)なリノベーション方法を確立しています。

三密回避の旅行に最適
審査員特別賞(公共空間リノベーション賞):『予約殺到のトレーラーホテル。PFIによるビーチリノベーション。』9株式会社

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

客室とテラスはともに37.4平米の広さ。テラスにジャグジーとバーベキュー設備が付いており、他の宿泊客と顔を合わせることがないそう。移動可能なトレーラーハウスのため、工期が短くて済み、将来的な移設が可能で、暫定利用地での活用に向いています。

まだある! お手本にしたいこだわり空間リノベや空間伝承リノベ

ほかにも、空間美が光る作品や、古き良き時代を継承したリノベーションも。いくつかご紹介します。

審査員特別賞(エスセティック空間リノベーション賞):『熊本城をのぞむ望楼の住まい。清正に倣う、永く愛される建築の教え。』株式会社ヤマダホームズ

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

審査員特別賞(借景空間リノベーション賞):『心を掴むストック 都住創を継ぐ』株式会社アートアンドクラフト

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

無差別級部門 最優秀賞:『SWEET AS_スポーツを中心に地域コミュニティが生まれる場所』リノベる株式会社

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

審査員特別賞(地域創生リノベーション賞):『旧藩医邸を癒しの温泉宿に再生 城下町アルベルゴディフーゾへの挑戦』paak design株式会社

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

審査員特別賞(古民家再生リノベーション賞):『「おばあちゃんの家みたい!」が一番の褒め言葉』G-FLAT株式会社

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

審査員特別賞(コンパクトプランニング賞):『団地育ちの原風景』grooveagent

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

変革の時代にリノベーションは力を最大限発揮する

2020年はコロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない1年となりました。リモートワーク、密を避ける、不要不急の外出を控える、ときにはオンライン会食などが求められる新しい生活様式は、住まいに与える影響も大きく、働き方だけでなく、仕事そのものや暮らす場所までも一気に転換させていく人も少なからず見られました。

コロナ禍でそうした動きが一気に加速したのは事実ですが、そもそも以前から、リモートワークや多拠点居住での田舎暮らし、移住、通勤混雑回避などは社会的なニーズとして存在しており、それらに対してリノベーションは常に、多様な解決策をさまざまな形で示してきました。

今回の受賞作品はコロナ禍に立ち向かう可能性を提示してくれましたが、影響が住宅市場に本格的に出始めたのは下半期以降で、現在も進行中です。そのため、コロナ禍の影響が色濃く抽出されたリノベーション作品が出そろうのは2021年になると予想されます。

社会的・意識的変革が求められる時代に、リノベーションという技術は力を最大限発揮して、新しい暮らし方、住まい方、働き方の可能性を提案してくれるはず。授賞式を終えて、リノベーション業界にはそんな期待を抱かずにはいられませんでした。次回のエントリー作品、受賞作品に出合える日を今から楽しみにしています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」

パリの暮らしとインテリア[8] 壁のカラーリングで狭くて暗い部屋が大変身! 建築家のアパルトマン

女性の建築家、カミーユ・エチヴァンさんは、パリによくある陽の光があまり入らないアパルトマンに住んでいます。部屋ごとに壁の色や壁紙を変えることで、見事に明るい印象のアパルトマンに変身させました。壁に手を加えることでここまで素敵になるというお手本のようなおうちです。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。人気が出ることを予想して20年前に20区に引越し

パリの住宅価格の高騰のため、今では「パリで家が買えるとしたらもうこのあたりしかない!」と注目度のとても高いカルチェ(地区)の19区と20区。カミーユさんのアパルトマンは20区の坂の多いメニールモンタン地区にあります。
パリ中心部へのアクセスはメトロで10分程度、それなのに20年前は、とても静かで、お店もそれほどありませんが、特に物価が安くて住みやすい地域でした。しかしカミーユさんは、きっとここは人気になるだろうと予想してアパルトマンを探し始めたそう。
近くには大きなベルヴィル公園があったり、あまり知られていないパヴィヨン・ボードインという18世紀の美しい石造りの邸宅もあり、散歩をしたり、くつろいだりすることができる場所がたくさんあるのも、この地区でアパルトマンを借りる決め手となったとか。
最初は友人と共同でアパルトマンを借り、今はカミーユさんと11歳と14歳の息子さん、雄の子猫“SUN”という家族構成で暮らしています。

年に3回描き変えられるパヴィヨン・ボードイン邸宅の壁のストリート・アート。壁の向こう側には、公園と、今はミュージアムになっている邸宅がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

年に3回描き変えられるパヴィヨン・ボードイン邸宅の壁のストリート・アート。壁の向こう側には、公園と、今はミュージアムになっている邸宅がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

20年前は静かだった通りも、色々なお店ができてにぎわっている。このパン屋&サロン・ド・テがカミーユさんのお気に入り(写真撮影/Manabu Matsunaga)

20年前は静かだった通りも、色々なお店ができてにぎわっている。このパン屋&サロン・ド・テがカミーユさんのお気に入り(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁紙で部屋を明るい印象に

「このあたりに住みたいと漠然と思っていた時、たまたま通りかかった建物の管理員が”アパート貸します”と、張り紙をしていたんです」とカミーユさん。そのころは子どももいなかったので、65平米で寝室2部屋、サロン、ダイニングのあるこのアパルトマンは、友人と2人で住むのにちょうどよかったそうです。
「契約者が2人で連名契約ができる、パリでも珍しい物件でした。何年か後に友達が出ることになったので、通常の1名契約に切り替えて住んでいます」
仕切りなどは入居当時のままで、自分と子どもたちだけになったことを機に大改装をしたそう。フランスでは、賃貸物件でも引越す時に元に戻せば自由に壁に色を塗ったり、壁紙を張ったりしてもいいというのもお国柄。パリではありがちな光のあまり入らないアパルトマンを、建築家の専門知識を活かして明るい雰囲気に仕上げました。

3人暮らしになった事を知人に知らせるポストカード。改装前の部屋の写真を見るとやはり暗いアパルトマンだったことが分かる(写真撮影/Camille Etivant)

3人暮らしになった事を知人に知らせるポストカード。改装前の部屋の写真を見るとやはり暗いアパルトマンだったことが分かる(写真撮影/Camille Etivant)

「この壁紙を貼っ他ことによって、部屋の雰囲気がガラッと変わりました」とカミーユさん。これによって部屋を変えていくアイディアがつぎつぎと浮かんできたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この壁紙を張ったことによって、部屋の雰囲気がガラッと変わりました」とカミーユさん。これによって部屋を変えていくアイデアがつぎつぎと浮かんできたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

まずはアパルトマンの部屋の中で一番目を引く植物柄の壁、「通路の壁で家具を置くことができなかったところを、植物の雰囲気のある“強い”パターンの壁紙を張りました」とのこと。

ペリカンのクチバシの黄色に合わせて、寝室の扉と壁の一部を黄色にしようと思いついたそう。これによって、ただの白壁だった空間が奥行きのあるものになり、アパルトマンの印象が大きく変わりました。

ハビタ(Habitat)で見つけた籐ランプ。アームチェアはイームズ。チェストの上には植物を欠かさない(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ハビタ(Habitat)で見つけた籐ランプ。アームチェアはイームズ。チェストの上には植物を欠かさない(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ブルーの壁のダイニングはペンキ選びにこだわった

「L字型のサロンには大きなテーブルが置けるスペースがあり、ダイニングとしてどうにか活用したかったのです」とカミーユさんは言います。もともと陽の光が入らない間取りだったけれど、この空間を心地よいものにしたかったそう。
そこで一面だけ壁をブルーに塗ることで空間にメリハリが出るのでは?と思いついたそう。自分でペンキを塗ったという壁は、フランスのペンキの高級ブランドRessourceのSarahLavoineという色を選びました。
フランスでは、ペンキの色だけではなくブランドにこだわる人が多いのです。
このブランドのブルーは、微妙な風合いの“強い”色。ブルーは冷たい印象になりがちだけれど、逆に温かみも持ち合わせているそう。それによって開放感も出て、明るいイメージになったようです。
ここに置いたテーブルで、食事をするだけではなく、子どもたちは勉強をしたり、時にはゲームをしたりするそうです。

「ブルーの壁で動植物の宇宙をつくりたかった」とカミーユさん。ドライフラワー、ゼブラの写真、サボテンなどの観葉植物で演出 (写真撮影/Manabu Matsunaga)

「ブルーの壁で動植物の宇宙をつくりたかった」とカミーユさん。ドライフラワー、ゼブラの写真、サボテンなどの観葉植物で演出 (写真撮影/Manabu Matsunaga)

ダイニングとサロン。左にあるチェストはバタフライ式で、机を広げるとカミーユさんの仕事場になるこだわりのミッドナイトブルーのペンキで自分で塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga) 濃紺なので黒に見えてしまいますが、これがミットナイトブルーのチェストです。

ダイニングとサロン。左にあるチェストはバタフライ式で、机を広げるとカミーユさんの仕事場になるこだわりのミッドナイトブルーのペンキで自分で塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)
濃紺なので黒に見えてしまいますが、これがミットナイトブルーのチェストです。

家族が多くを過ごすサロンは飾るための部屋

「サロンはこの家で唯一白い壁にしています」とカミーユさん。サロンはくつろぐための部屋であると同時に、飾るための部屋でもあります。壁には絵が飾られ、チェストの上の壁には小さな鏡が数個吊るされています。
カミーユさんはソファからダイニングのブルーの壁を眺めるのが好きなのだとか。ダイニングでも家族は集うけれど、サロンで過ごす時間が一番多く、子どもたちも自分の部屋にいるよりも大好きだそう。
「このサロンで自分の好きなものに囲まれながらくつろいでいると幸せを感じます」と言います。
このサロンも陽の光があまり入らないので、窓際には大きな鏡を置き、光を部屋の中に取り込む工夫をしています。

ソファとローテーブルをグレーで統一。通路の壁紙がインパクトあるので家具は抑えめの色をチョイス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ソファとローテーブルをグレーで統一。通路の壁紙がインパクトあるので家具は抑えめの色をチョイス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

60年代につくられた本棚は、無垢材に丁寧にニスが塗られた良いものをeBay(個人間売買サイト)で購入。 彼女の祖母が使っていたアームチェアをフランスの生地メーカー『ピエール・フレイ』の生地で再装飾(写真撮影/Manabu Matsunaga)

60年代につくられた本棚は、無垢材に丁寧にニスが塗られた良いものをeBay(個人間売買サイト)で購入。
彼女の祖母が使っていたアームチェアをフランスの生地メーカー『ピエール・フレイ』の生地で再装飾(写真撮影/Manabu Matsunaga)

祖母からゆずり受けた鏡はleboncoin(個人売買サイト)で購入したレコード入れの棚の上に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

祖母からゆずり受けた鏡はleboncoin(個人売買サイト)で購入したレコード入れの棚の上に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

小さい棚も取り付けた。左から、インドの旅で見つけた写真、昔の写真機に使われていた鏡、50年代のビーチの写真、サイン入りのイタリア人作家のリトグラフ、パリの小さいギャラリーで出会った写真。ここでも鏡が効果的に飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

小さい棚も取り付けた。左から、インドの旅で見つけた写真、昔の写真機に使われていた鏡、50年代のビーチの写真、サイン入りのイタリア人作家のリトグラフ、パリの小さいギャラリーで出会った写真。ここでも鏡が効果的に飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランス人デコレーターのピエール・グアリッシュのキャビネットの上には、3つの鏡のほかにフランス人デザイナーのイオナ・ヴォートリンによるゴールドのランプや、デンマークの家具ブランド「フリッツ・ハンセン」の「IKEBANA JAIMEHAYON(花瓶)」が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランス人デコレーターのピエール・グアリッシュのキャビネットの上には、3つの鏡のほかにフランス人デザイナーのイオナ・ヴォートリンによるゴールドのランプや、デンマークの家具ブランド「フリッツ・ハンセン」の「IKEBANA JAIMEHAYON(花瓶)」が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子ども部屋と寝室は壁を2色に塗り分けることで、広々とした印象に

子ども部屋にも彼女の職業の知識がふんだんに活かされています。天井が3mくらいと高かったので、メザニン(中二階)をつくって息子たちのベットを配置しました。以前はとても狭かった床が広々としたそう。
「自分で設計して、できるだけお金もかけないようにしたから、木の素材はむきだしのまま。そのかわり、壁はペンキにこだわって自分たちで塗りました」
下の方は明るいブルーに、メザニンの高さより上と天井は白にすることによって、さらに広々と明るい空間を演出しました。

メザニンのベッドは「秘密基地みたいでうれしい」と二人。それぞれのベッドの間は薄い板で仕切られているのでプライバシーを保つことができる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

メザニンのベッドは「秘密基地みたいでうれしい」と二人。それぞれのベッドの間は薄い板で仕切られているのでプライバシーを保つことができる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シングルベッドを2台置くと狭いけれど、メザニンをつくってからは子ども部屋が広く使えるようになり、子どもたちも満足している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シングルベッドを2台置くと狭いけれど、メザニンをつくってからは子ども部屋が広く使えるようになり、子どもたちも満足している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私の寝室は白と薄いグレーのツートーンにして落ち着いた雰囲気に仕上げました。壁の2色とカーテンの薄い紫のグラデーションが好きです。季節によってベッドカバーを変えると、部屋の印象が変わるんです」
家具は中古品を個人で売買するwebショップのleboncoin(個人売買サイト)やブロカント市(アンティークまで古くない物を売る露天市)で購入。新しい物よりも古い物の方が味があって、人と違った空間をつくることができるから好きなのだそう。

サロンから見た寝室「この全ての色のバランスが私にとってパーフェクトなんです」と語る(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンから見た寝室「この全ての色のバランスが私にとってパーフェクトなんです」と語る(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室の窓際に置くことによって光が拡散して明るくなる。鏡は古い洋服ダンスから鏡だけを外したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室の窓際に置くことによって光が拡散して明るくなる。鏡は古い洋服ダンスから鏡だけを外したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンに置いてあるバタフライ式の仕事机と同じミッドナイトブルーのペンキを塗ったチェスト。鏡の近くにランプを置くことによって光が広がる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンに置いてあるバタフライ式の仕事机と同じミッドナイトブルーのペンキを塗ったチェスト。鏡の近くにランプを置くことによって光が広がる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「このアパルトマンにバルコニーがついていたらパーフェクトなんですけどね。でも、このカルチェ(地区)から離れたくないという気持ちの方が今は上です」とカミーユさん。20年間でこの地区が変わっていくのを目の当たりにして、よりいっそう愛着が湧いたと語ります。

カミーユさんのアパルトマンは壁の色使いや、鏡の効果が最大限に活かされていました。部屋に入ったときに暗いとは感じず、むしろ生き生きとした空間が広がっていました。そして、建築家の知恵が散りばめられた一つの作品のようにも思えたのです。
今ではないけれど、引越すとしたら陽の光がたくさん入るアパルトマンを選びたいとのこと。このカルチェを始め、パリが大好きなので田舎や郊外で住むことはないと話していました。
外出制限が続くパリ。だれもが太陽の光を求めています。

(文/松永麻衣子)

副業・多拠点生活・田舎暮らし、会社員でもやりたいことはあきらめない! 私のクラシゴト改革4

民間気象会社に勤めながら副業でカメラマンの仕事をしつつ、東京・京都・香川での3拠点生活を実現している其田有輝也(そのだ・ゆきや)さん。最初から柔軟な働き方が可能な職場だったのかと思いきや、其田さんの入社時点では、副業自体が認められていない環境だったそう。其田さんはどのように会社を説得し、現在の働き方・暮らし方を手に入れたのか?連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今、私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。副業を認めてもらうために、入社一年目で会社と交渉

其田さんは大学生時代、フリーランスのフォトグラファーとして活動する夢があった。

一年間休学して世界を旅しながら写真を撮ったり、ファミリーフォトやウェディングフォトの仕事を請けるなどして、独立の可能性を探っていた。しかし、単価の低い仕事を多く受けるスタイルから抜け出せず、フリーランスへの道は断念。卒業後は、大学で学んだ気象予報の知識を活かせる民間気象予報会社に就職した。

プロモーション関連の部署を希望していたものの、配属されたのは希望とは異なる部署。其田さんは、「これでは自分のやりたいことが全然できない生活になってしまう」と感じ、副業でフォトグラファーの仕事を始めることを思い立つ。

当時、其田さんの会社では、副業は認められていなかった。しかし、其田さんは諦めることなく、約半年かけて交渉を重ねた末、会社に副業を認めてもらったのだ。一体どのように会社を説得したのだろうか?

「会社で副業が認められていないからといって、社内の全ての人が反対しているわけではありませんでした。本当に大変でしたが、若手に対して柔軟な姿勢を持っていて、かつ人事系の要職に就いている方に、直接相談して、少しずつ自分の味方になってくれる人を増やしていきました」

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

其田さんは入社から2、3カ月を待たずして、会社と交渉を始める。新人の立場から会社に制度変更を訴えるのは勇気がいるはずだが、すぐに動いたのには理由があった。

「勤続年数が経ってから相談をすると、交渉のハードルがさらに高くなってしまうと思ったんです。副業で得たスキルや経験をどれぐらい会社にフィードバックできるのかを定量的に示さなければ、認めてもらえない気がして。でも一年目なら、そこまでシビアな要求はされないのではと思い、早めに行動しました」

それでも、説得する際には、副業で得られるスキルを会社に還元できる旨を、会社側にはっきりと伝えたという。

「副業を始めてしばらく経ってから、気象予報士のキャスター名鑑作成の仕事や顧客Webサイトのデザインリニューアルを任せてもらったんです。キャスターの写真撮影にも、冊子やWebサイトのデザインにも、副業で得られたスキルが活きています。『副業は本業にも役に立つ』と口で言うだけでなく、少しずつ地道に行動で示したことで、会社の信頼を獲得してこれたのではないかと思います」

コロナ禍で分かった、会社員でいることの価値

其田さんのInstagramやnote、TwitterなどSNSのフォロワー数の合計は約5万人。カメラメーカーのキヤノンや定額住み放題サービスのHafH、バンシェアのCarstayのプロモーションを請け負うなど、フォトグラファーとしての活動の場を広げている。撮影するだけでなく、SNSでの発信に力を入れたり、自分のWebサイトを検索サイトの検索結果で上位表示させるなどの努力も地道に重ねてきた結果だ。

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

これだけの実力があるならば、会社員を辞めて、フリーランスになったとしても十分にやっていけそうだ。しかし其田さんは、「自分は副業としてフォトグラファーの仕事をすることが独自化や差別化、リスクヘッジになると思っています」と強調する。

「副業を始めたてのころは、外国人観光客の写真を撮る仕事を中心に手掛けていたんですが、その仕事はコロナ禍の影響でほとんどゼロになってしまいました。今は企業からプロモーションの仕事をいただけるようになったので、副業の収入は徐々に回復していますが、もし会社員でなかったら一時的に収入がゼロになっていたことを思うと、やっぱり会社員をやっていてよかったと思います」

収入だけでなく、メンタルの面でも、副業のメリットは大きいという。

「平日に通勤して、土日に副業をしていると、休みがないので体がきつくなることもあります。でも、副業は好きなことなので、どんなに忙しくても精神的な辛さはないですね。会社でストレスを感じる出来事があったとしても、副業でリフレッシュできるので、心のバランスを保つ上でも、副業は効果があるなと感じました。ただ、自己管理がちゃんとできていないと体調を崩してしまい、会社や取引先に迷惑をかけてしまうこともあり得るので、その点には注意が必要です」

築100年の古民家を購入。東京・京都・香川の多拠点生活へ

もともと、東京と京都を拠点にフォトグラファーとして活動していた其田さん。コロナ禍によりテレワークが認められると、同じくフォトグラファーとして働く妻が暮らしている香川県高松市を含めた、3拠点での暮らしを始めた。

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ところが、其田さんが始めたのはただの多拠点生活ではない。香川県でも街の中心部ではなく、田舎の築100年の古民家を購入し、田舎暮らしも同時に実現しようとしている。

仕事や暮らしに効率を求めるなら、拠点の場所は駅近がベストなはず。其田さんはなぜ、都心から遠く、しかも駅からも離れた場所に3拠点目を構えたのだろうか?

「都会でずっといそがしく働いていると、心がすり減ってしまう気がして。でも、田舎だけだと副業の単価がどうしても低くなってしまいがち。田舎と都会を行き来することで、心のバランスだけでなく、収入のバランスも保っていけるのではないかと考えました」

新たに物件を所有する場合、固定資産税や光熱費などの費用が発生する。多拠点生活において、こうした固定費は重くのしかかってくるのではないだろうか?

「香川県の古民家は、シェアハウスやゲストハウスとしての運営を視野に入れています。せめてランニングコストだけでも利用者と分担しあえる仕組みをつくれば、この暮らしを長く続けていけるのではないかと考えました。妻が現在もシェアハウスの経営をしているので、そのノウハウも活かしながら力を合わせてやっていければ。また、こんな変わった物件には、自分たちと共通する価値観を持った人たちが訪れてくれると思っています。ここで新しいコミュニティが生まれると思うと、今からすごく楽しみですね」

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

コロナ禍が追い風となって実現した現在の暮らしのメリットを、其田さんは次のように語る。

「時間を柔軟に使えることですね。以前は週5日出勤しなければならなかったので、地方へ出られるのは週末だけでした。でも今は、テレワークで会社の仕事をした後、すぐに副業やリノベーションの作業に移れます。1日の時間を無駄なく使えるようになり、この一年でガラッと生活は変わったなと感じています」

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

会社員をしながら、どこまでやりたいことをできるか挑戦中

フォトグラファーとしての副業、多拠点生活、田舎暮らし……と、次々と新しい挑戦をしてきた其田さん。今後については、「会社員をしつつ、地道にコツコツどこまでやりたいことを実現できるのか挑戦してみたい」と、意気込みを語る。

「今は働き方の選択肢が増えただけに、今後のキャリアについて悩んでいる方は多いと思うんです。そんな中で自分は、会社員とフリーランスを組み合わせながら新しいことに挑戦しつつ、テレワークや複業、多拠点の魅力を自身のSNSやメディアを通じて発信していきたいですね。もちろん、大変なことや辛いことも本当にたくさんあります。大切なのは諦めずに少しずつ前に進むこと。ちいさくはやく、行動に移すことが大切だと感じています。自分もまだ、もがきつつチャレンジしているフェーズなので、こんなやり方もあるんだと面白がってもらえたらうれしいです」

自分のやりたいことに向かって臆せず前進し続ける其田さん。その背中は、働き方や暮らし方に迷う私たちに、「会社員だからって、やりたいことをあきらめる必要なんてない」と、語りかけているように見える。

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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鹿児島発「こどものけんちくがっこう」って? 未来の地域づくりに種をまく!

数学や英語、プログラミングなどは学校以外で子どもが学べる場があるけれど、「建築」について子どもが学べる場は聞いたことがなかった。鹿児島県鹿児島市が拠点の「こどものけんちくがっこう」は、自分たちが暮らす地域の環境や住まいについて学べる学校だ。2020年度には日本建築学会教育賞(教育貢献)や第14回キッズデザイン賞のキッズデザイン協議会会長賞・奨励賞も受賞している。大学に建築学科があるのだから、国語や算数のように、小さなころから建築に意識を向けるのは良いことに違いない!「こどものけんちくがっこう」を立ち上げた鹿児島大学准教授の鷹野敦先生にお話をお聞きした。
日本の子どもたちに、一般教養として建築を学ぶ場を

まず、2016年の「こどものけんちくがっこう」立ち上げの背景について。
「私は鹿児島大学に着任して5年目になりますが、その前はフィンランドの大学に研究員として勤めていました。向こうで木造建築に関する研究をしながら暮らし、子育ても経験しました。

フィンランドの人たちは、街や建物への意識や関心がとても高いんです。多くの人が、それらを『自分のこと』として考えていて、それって大事だなと。日本ではなかなかないことなので、感銘を受けました」

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

では、フィンランドの人たちは、具体的にはどんな風に街と関わっているのだろう。

「例えば公共の建物をつくる場合、日本ではプロポーザル方式で委託先を選んで進めることが多く、その決定に至るまでのプロセスの中で、実際にその建物を使う一般の住民との接点はあまりありませんよね。一方、フィンランドでは情報をオープンにして、住民投票を行うこともあるし、住民が反対したら建設自体を止めることもあります。それに、大人も子どもも長い夏休みがあるので、コテージなどのセカンドハウスを持っている家が多く、親子で自宅やそれら住まいのメンテナンスをすることも日常的なのです」

確かに日本では、気づいたら空き地で工事が始まっていて、施設が建っていることが多いし、そういうものだと思っていた。建物の建設に住民が関わる場がないまま物事が決まっているので、賛否に関わらず、活動に参加する機会があまりない。

「だから、自分が日本に帰ることがあれば、子どもたちへの一般教養として、塾やピアノやそろばんのように、建築を学べる場をつくりたいと思っていたんです」と鷹野先生。2016年に帰国することとなり、鹿児島大学の准教授に着任してから、知り合いだった地元の工務店「ベガハウス」に声をかけ、わずか1カ月で「こどものけんちくがっこう」を立ち上げたという。

薩摩藩の「郷中教育」に習い、先輩が後輩へ伝える

以来、鹿児島大学構内で、月に2回、毎回5コマの授業を実施してきた。生徒は小学3年生から中学生まで。コロナ禍でオンライン授業となる前までは、学年ごとのクラス制で授業を行っていた。

「授業内容は、ものづくりが中心です。2~3コマで完成するような、住まいの模型や家具づくりなどを行います」(鷹野先生)

レベル別に3段階の内容があり、
小学3・4年生は「建築を楽しむ!をテーマに、簡単な木工や模型づくり」
小学5・6年生は「建築を考える!をテーマに、環境や森の座学から少しハイレベルなものづくり」
中学生は「建築を深める!をテーマに、建物の構造や日当たり、通風など屋内環境などの座学からハイレベルなものづくり」
といった具合だ。

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもたちには、ノコギリやインパクト、金槌、メジャー、直角定規といった“マイ道具”を毎回持参してもらうというから本格的だ。

マイ道具をそろえることで、道具の使い方を覚え、モノづくりに愛着がわき、また日ごろから建築への興味を深めることができるそうだ。実際に、木工で余った端材を持ち帰り、家庭でも親と一緒に工作に挑戦する子たちがいるという。

そして最大の特徴は、鷹野先生は裏方に回るということ。代わりに大学生が1年間、生徒たちの「担任の先生」として教壇に立つ。「担任は、年間の授業計画や材料費の見積もりなど、お金のマネジメントも行います。子どもたちに建築を教えつつ、学生本人のためにもなるという取り組みなのです」

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

先生役の大学生は、鷹野先生の研究室所属生だけでなく、やりたいと申し出た学生たち。やる気があれば学年も問わないという。

「かつて薩摩藩には、郷中教育(ごじゅうきょういく)という伝統の縦割り教育がありました。先生を立てずに、先輩が後輩に伝えていくという教育方法です。『こどものけんちくがっこう』を、現代版の郷中教育の場にしたいと考えました」

子どもたちが持つ建築への興味をさらに引き出す授業

では、受講生はどんな子どもたちなのだろう。子どもか、もしくはその親が、かなり建築に対し意識が高いのでは?!

「そもそも、子どもたちは建築への興味が高いものですよ」と鷹野先生。「受講者の親御さんも、もちろん興味を持っている方たちが大半ですが、子ども自身が建築や建物に関心を持っているということが多いのです。また、申し込んだのは親でも、子どもがどんどんのめり込むというケースが多いです」

そういえば我が家の子どもも、幼児期から木工などのイベントを楽しんでいるし、道を歩くと景色の変化によく気がつく。木や自然も大好きだ。子どもたちはもともと、建築への“意識高い系”だったのだ。

街並み見学や製材所、建設現場の見学、森へ連れて行くこともあるそうだ。「括りは『建築』ではなく、『環境に対してどう意識を持つか』だと思うのです。家だけでなく、街全体を自分たちが住む場所だと考えれば、森も家も関係なく、自分を取り巻くエリアが住まいだといえます。子どもたちにそう思ってもらうことは、地域の貢献にも繋がると思います」と話す。

また、毎年夏休みには、2日間かけて特別授業を実施。「工務店の大工さんにサポートしてもらいながら、実際の建物を子どもたちが建設します」

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「こどものけんちくがっこう」を受講する子どもたちは、「街にこんな建物があったよ」「なんで窓がここにあるんだろう?」と、自分が住む地域や住まいを見る目が変わる。自分の家を新築するタイミングがあった生徒は、「プロの大工仕事を手伝った」と喜んでいたという。

受講した子どもたちが、将来建築の道に進んでも進まなくても、どちらでもいいと考えているという鷹野先生。「衣食住の中の住に目を向けてもらえればいいと思っています」

それでも受講生の中には、すでに工業高等専門学校の建築学科に進んだ女の子もいるという。「建築への興味に男女差もないですね」とのことだ。

身の回りのことから街を住みやすく変える意識を

これまでも、鹿児島大学の農学部など他の学部や、行政ともコラボレーションして活動してきた。
「コラボレーションする側の大人にも、環境や建築に関して『やはり子どもたちへの教育が大事だ』という機運が広がったと感じます」という鷹野先生。

「本来、住む建物や街は他人事ではありません。『家は製品のように買うもの』『壊れたら誰かに直してもらおう』といった意識を変えていかなければ。これは、地域や年代に関わらず、国内全体に対して言えることです」

そして鷹野先生から、「日本の建築教育は世界でもトップクラスなのに、日本の街並みは統一感やビジョンがなく、あまりキレイではないですよね」とドキリとするような指摘が。

「住む街を自分たちのものだと思わないと、住環境は変わっていきません。専門家の考えだけではなく、一般の方々が何を求めるのかということです。行政の人も住民ですから、そういった人も含めて、一人ひとりが危機感を持たなければ。市井の人が『ここはもっとこうならないの?』と街を意識しなければいけません」

それでは、専門知識がない私たち住民が、街への意識を持つためには、何をしたらいいのだろうか。

「例えばみんなで地域を掃除するとか、そういった身の回りのことからでもいいのです。こどものけんちくがっこうの活動も、まだ“点”ではありますが、自分たちの住む街を変化させようと、子どもたちと取り組んでいるところです」

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

これまでも前述の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設の屋上に、子どもたちが考えた居場所をつくるなどの取り組みを行ってきた。

「これは商業施設とのタイアップによるものでしたが、若いファミリーが多く訪れる施設ですので、子どもも行きたくなる遊び場をつくってはどうかとみんなで考えました」

翌年は、同じ商業施設の「ジュンク堂書店」児童書コーナーに、子どもの読書スペースを制作。靴を脱いで座ったり、柱にもたれたり。子どもたちの「こんな場所で自由に本が読みたい」というアイデアが表現された、秘密基地のようなスペースだ。こちらは現在も利用することができる。

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

そして今年は、同じ商業施設の授乳室に小さい子の遊び場を制作中とのこと。赤ちゃんの授乳時、上の子の待ち時間などに重宝しそうだ。

「街歩きをするときには、『ゴミ拾いをしながらやろう』と子どもたちに呼びかけて実施してきました。そのほうが、街のことや環境のことなどがいろいろと目に入ってくるんですよ」と鷹野先生。子どもたちの純粋な気持ちとキラキラした好奇心が、活動の原動力だ。

時間と場所を飛び越え、「オンラインだからできる建築」を模索中

今年はコロナ禍で、「こどものけんちくがっこう」も思うように現場で活動ができなくなり、代わりにオンライン授業をスタートした。

「オンラインだからこそできることもありますよね。まず、時間や場所を飛び越えられます」と鷹野先生は前向きに捉えている。実際、これまでの受講生は鹿児島県内在住の子どもたちだったが、今年は全国の子どもたちが受講する機会を得た。

「また、各自が家で過ごす時間が長くなり、『家の中を調べてきて』などと、より住まいを教材にしやすくなりました。これまで以上に、自分の住まいに目を向けていくこと。それを探索するのが今年だと思います」

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

例えば、「世界の住まいを学ぼう」という授業では、フィンランドやスウェーデンに住む知人とオンラインでつなぎ、約7時間の時差を超え、ライブ配信で北欧の住まいや街を知る授業を実施したという。

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「今後は状況を見ながらですが、来年からは、オンサイトでの授業とオンライン授業を並行し、規模や内容を広げていきたいと思います。また、全国で同じ志を持つ人たちと連携し、こどものけんちくがっこうの全国展開も考えています」

すでにフィンランド・ヘルシンキやイタリアにある建築学校とも繋がりを持っているといい、オンラインを活用して世界はますます広がっていく。

大人も受講してみたいと話すと、「保護者の方からそういった声もあがっているので、いずれはオンラインで大人向けの『けんちくがっこう』も考えています」とのことだ。

子どもたち目線で暮らしやすければ、親目線でも子育てしやすい環境であり、もちろん大人も暮らしやすいはず。そうなると街に愛着を持つ人が増え、定住率が高まっていく……。これからの新しい街づくりにも活かされそうだ。

今後全国に広がるであろう「こどものけんちくがっこう」の卒業生たちが、建築だけでなく行政や街づくりに関わる仕事についたら、未来の街並みも変わるかもしれない。

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「建築」と難しく捉えなくても、自分たちの住まいや街・地域から気づきが得られ、還元できる学問だと考えれば、深めるほど毎日が楽しくなりそう。それに、子どもが住まいのことに興味を持ってくれれば、家のメンテナンスや大掃除がラクになるかも……!? 子にも親にもいいことばかりだ。

オンラインの「こどものけんちくがっこう」は、ZOOM環境があれば受講可能(小学校低学年は保護者の同席が望ましい)。ホームページのメールフォームから申し込み、授業料(1講座1000円~2500円)を振込む形なので、気になるテーマから選ぶことができる。

公園でゴミ拾いを始めた我が子を、「ダメ!」と制した記憶が蘇った筆者……。今週末は子どもと一緒に街を歩いてみよう。改めて、自分が住んでいる地域を見つめ直してみようと思った。

鷹野敦さん●取材協力
鷹野敦さん
1979年生まれ。Doctor of Science (Tech.) / 一級建築士、鹿児島大学大学院修了。アアルト大学木質材料学修士・博士課程修了(フィンランド)。2016年度より鹿児島大学大学院理工学研究科准教授。
建築設計、木質材料・構法、環境評価、児童向け建築教育など、幅広く実践・研究活動を行っている。
受賞歴に2020年日本建築学会教育賞(教育貢献)、第14回木の建築賞(活動賞)、ウッドデザイン賞2019優秀賞(林野庁長官賞)、第14回キッズデザイン賞(キッズデザイン協議会会長賞・奨励賞)、2020年度かぎん文化財団賞(学術)など(写真提供/鷹野先生)
・こどものけんちくがっこう
・FaceBookページ
・Instagramページ

パリの暮らしとインテリア[7]18世紀築のアパルトマンを大改装! 2度目の外出禁止令のお家時間

2度目のロックダウンになる前に訪問した、パリの中心部にも近いサン・ドニ門近くに住むファッション小物ブランド「MAISON N.H PARIS」代表、紀子さんのアパルトマンをご紹介。外出禁止令が出てからのお家時間についても伺いました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。アパルトマン購入のきっかけと決め手になった条件

紀子さんは雑誌や広告のファションコーディネーター、プロデューサーとして活躍し、並行して6年前から始めたラフィアのバック、帽子スカーフなどのファッション小物のブランドMAISON N.H PARIS代表でもあります。娘で22歳のマヤさんはすでに独立し、息子のリュアン君18歳はロンドン留学中、レイ君14歳は父親(元夫)のところと紀子さんのアパルトマンを1週間おきに行き来しています。
20年前、このアパルトマン購入を決意したのは、マヤさんが生まれて3人家族になり、パリ18区にあった50平米のアパルトマンが手狭になったから。「当時、彼(元夫)の仕事場に向かう郊外列車の駅が北駅で、徒歩で通える範囲で探しました」と紀子さん。
メトロの駅にも歩いて行けて、日当たりが良く、大きな浴槽を置くことができる物件を、広さ80平米という条件で探していましたが、18世紀に建てられた130平米のこのアパルトマンをとても気に入ってしまったそう。パリの住宅事情では、明るい部屋を探すのはとても大変ですが、このアパルトマンの日当たりの良さが購入の決め手となりました。「全てを得るのは難しいので、どこで折り合いをつけて、その中で幸せを見つけるかが私の人生のテーマ」 (紀子さん)。パリの古い建物にはよくありがちなエレベーター無し、階段で5階まで上り下りをすることにも躊躇しなかったそうです。

4部屋に区切られていた壁を全部取り払い、日当たりの良い広いサロンに改装(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4部屋に区切られていた壁を全部取り払い、日当たりの良い広いサロンに改装(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サン・ドニ門の商店街に面するアパルトマン

パリの中心地にも近い10区にあるサン・ドニ門の商店街はもともとコスモポリタン的な街です。紀子さん家族が移り住んだ2001年ころは、中近東インドをはじめオリエンタル系、アフリカ雑貨のお店がほとんどを占めていたそう。
ここ6、7年でおしゃれなカフェやレストランなどが増えたため、集まる人たちも多様になりつつあります。BOBO(ボボとはブルジョワ・ボヘミアンの略で、中流階級で高学歴、自由に生きている人々。ファッション業界や自由業が多いとされている)と呼ばれる人々が物価の安かったころに物件を買って住み始めたのも影響しているそう。
近くにはヘアサロン用のヘアカラーやウィックなどプロの卸問屋が軒を連ねたり、小さなテアトルがあったり「にぎやかな地区でお店もいろいろあって生活にはとても便利です」と紀子さんは話します。

紀子さんのアパルトマンから見下ろした商店街。外出制限の時もこの窓辺で過ごすことが多かったそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

紀子さんのアパルトマンから見下ろした商店街。外出制限の時もこの窓辺で過ごすことが多かったそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自宅からこのサン・ドニ門をくぐればパリの中心地へ、毎日必ず見る光景(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自宅からこのサン・ドニ門をくぐればパリの中心地へ、毎日必ず見る光景(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パッサージュ・ブランディはインドのレストランや雑貨、食材の店が並んでいる。「よくここで香辛料などを購入して自宅で料理します」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パッサージュ・ブランディはインドのレストランや雑貨、食材の店が並んでいる。「よくここで香辛料などを購入して自宅で料理します」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

Chez Janetteは紀子さんは子どもを学校へ送り届けた後に、ママンたちとお茶をして情報交換をする場所。今は仕事帰りやひと息つきたいときにカウンターでカフェを飲むそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

Chez Janetteは紀子さんは子どもを学校へ送り届けた後に、ママンたちとお茶をして情報交換をする場所。今は仕事帰りやひと息つきたいときにカウンターでカフェを飲むそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

18世紀築のアパルトマンを大改装

2000年の購入当時、扉や天井が歪んでいたりして全てがボロボロだったため、大規模な改装工事を物件の購入価格の1/6の工事費をかけて行いました。物件は洋服関係の作業場だったらしく、130平米に何部屋も小部屋があり、床にはボタン類が散らばっていたそう。今の大きなサロンはもともと4つの部屋に分かれていて、まずは壁を取り除くことから始まりました。キッチンをサロンの一角に設置し、お風呂場、ベッドルームを4部屋つくるという大工事です。そのうちの2部屋はバスルーム&トイレを真ん中に置く設計で、両部屋から入ることができ、扉の鍵を締めればプライバシーが保てる仕組みになっています。「引越しした時は長女も小さくまだ3人家族だったので、この使わない2部屋には小さなキッチンもつけて部屋貸できるようにしました。工事費用の足しになるように考えたのです」と紀子さん。

部屋貸しできるよう設計された部屋は、今はレイ君の部屋に。スケートボードに夢中の男の子14歳の部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

部屋貸しできるよう設計された部屋は、今はレイ君の部屋に。スケートボードに夢中の男の子14歳の部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

階段やファサードなどの日本では「共用部」と呼ばれる部分の改装工事や修理代、時には壁の中の配管や防湿剤など直接隣接していない工事に関してもアパルトマンの全住人がお金を出して直していきます。興味深いのがフランスの建物のシステム。その金額は住んでいる家の大きさによって何%払うかが決められるといいます。紀子さんの家は広いので、工事費の10%を支払う義務があり、この19年間で1000万円ぐらい支払ったそう。
18世紀築の古い建物なので、日常的に修繕が行われ、住民同士が助け合って、大切にこの後も住み続けていくことになります。

大きなサロンの5つの役割

大工事の末にでき上がった大きなサロンは55平米あり、玄関、キッチン、大きなテーブルのあるダイニング、ソファーとローテーブルのあるくつろぎのスペース、そして、思いがけずコロナの外出制限のときにはとても重要な場所になった窓辺の5つのスペース。

冬でも季節関係なく使っているMAISON N.H PARISの籠バッグ。北マレの人気ブロカント市で購入したチェストと棚。一輪挿しや旅から持ち帰った物が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

冬でも季節関係なく使っているMAISON N.H PARISの籠バッグ。北マレの人気ブロカント市で購入したチェストと棚。一輪挿しや旅から持ち帰った物が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

まずは家の中に入ると、友達から譲り受けたベンチがあり、ここでコートを脱いだり靴を履いたりする玄関コーナーがあります。サロンへ続く壁際のチェストには鍵やマスクや郵便物を置いた、生活の流れを感じることができる配置。
「天井はちょっと低いけど、広いサロンがバスルームと同じぐらい好きな場所。高級な家具はないけどお気に入りばかり」と紀子さん。ほとんどがヴィンテージ家具で、蚤の市や友人から譲り受けたり、道で拾ったりしたもの。
離婚して1人になった時に、大人は自分しかいない家になったから「好きな物だけに囲まれたい」と思ったのが今のライフスタイルの原点だそう。
サロンの窓に向かって右側がダイニング。最大15人座れる大きなテーブルも友達から譲り受けたもの。食事以外でもこの大きなテーブルで仕事をしたり、子どもたちと話たり、時には仕事のミーティングもする場所。

写真右奥にはNYのイサムノグチ美術館で購入したグリーンの版画と赤いイケアの引き出しがある「ファッションは黒っぽい格好が多いけど、インテリアはJoyeuse Bordel(明るく雑然とした感じ?というような意味)が好み」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

写真右奥にはNYのイサムノグチ美術館で購入したグリーンの版画と赤いイケアの引き出しがある「ファッションは黒っぽい格好が多いけど、インテリアはJoyeuse Bordel(明るく雑然とした感じ?というような意味)が好み」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この本棚はイケア製。テーブルには花を活けることが多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この本棚はイケア製。テーブルには花を活けることが多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

くつろぎのソファーコーナーと窓際

サロンの窓に向かって左側のスペースの日の差し込み方が好き、と紀子さんが言うように、購入の決め手となるのも頷けるほどとても明るい。そこはくつろぎのコーナーで大きなソファーは、なんと紀子さんが道で見つけてきたもの。こういうときは力が出てしまうと、5階の家まで担いできたといいます。
フランスでは古いものを大切に使うし使えるものは拾ってきてしまう、これはとても一般的。粗大ゴミをネットで回収日と時間を決めて道に出しても、必要と思う人が持って行ってしまうことも多いのです。拾うことに抵抗がない国民性なのかもしれません。たしかに100年経っていない、でも古いものを売る”ブロカント市”は全国的に人気で、紀子さんも年に2回開かれる北マレのブロカント市の常連です。フランスにはさらに「ヴィッドグルニエ」という家庭の不用品を売る市もここ数年人気を博しています。紀子さんもサイト情報をチェックしているそう。

道で拾ってから家のメンバーになったソファ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

道で拾ってから家のメンバーになったソファ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「前はサロンにテレビとゲームがあったのですが、子どもたちも大きくなってどかしました。そうしたら子どもたちとの会話が増えたような気がします」と紀子さん。ラグはインドのハンドメイド」ハンドメイドというものが好きと言う紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「前はサロンにテレビとゲームがあったのですが、子どもたちも大きくなってどかしました。そうしたら子どもたちとの会話が増えたような気がします」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラグはインドから持ち帰ったハンドメイド(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラグはインドから持ち帰ったハンドメイド(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓から見えるのはコロナ前と変わりのない普通の景色。けれど、ロックダウンで外を眺めてコーヒーを飲む癖がついてしまったそうです。「テーブルと椅子を窓辺に置いて朝食を食べたり、今は第二の外出制限中。不要な外出を避けて自宅窓際カフェで我慢するしかないようです」(紀子さん)今では一人のときは窓際で多くの時間を過ごす、重要な場所になったそう。

天井を真っ直ぐつけると窓が開かなくなるので、実は湾曲している。古い建物ばかりのパリではそんな事がよくあるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井を真っ直ぐつけると窓が開かなくなるので、実は湾曲している。古い建物ばかりのパリではそんな事がよくあるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓と窓の間に置かれたチェストの上にある個性的な花瓶は、実は60年代の北欧のDANSK社のワインクーラー (写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓と窓の間に置かれたチェストの上にある個性的な花瓶は、実は60年代の北欧のDANSK社のワインクーラー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日のよく当たる窓際の隅には大きな籠を置いてひざ掛けやテーブルクロス。紀子さんの見せる収納術(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日のよく当たる窓際の隅には大きな籠を置いてひざ掛けやテーブルクロス。紀子さんの見せる収納術(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「植木類を育てるのは苦手だけれどサボテンはぐんぐん伸びるので面白い」と紀子さん。伸びすぎた部分をカットして今乾かし中で、もう少ししたら土に植えるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「植木類を育てるのは苦手だけれどサボテンはぐんぐん伸びるので面白い」と紀子さん。伸びすぎた部分をカットして今乾かし中で、もう少ししたら土に植えるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンにあるオープンキッチンは見せるスタイル

元夫はミニマルなシステムキッチンにして全てを収納しようと思っていたといいますが、バスルームにお金をかけすぎてしまったため、28年前に救世軍で買ったビュッフェ(食器棚)を置いてオープンキッチンにしたそうです。「いつか工事と思いながら仮の姿でそのまま20年経ちました(笑)。
ビュッフェはもともと黄色にペイントされていて、フランス北部の街アミアンのアパートから18区のアパートを経てこの定位置に落ち着きました。ハゲていても全然気になりません」と紀子さん。
「見えるところに調味料など置いてあった方が使いやすいし、カゴを使ってラップなどのキッチン消耗品を入れたり、そんなスタイルの方が好きだし自分らしい」。ミニマルや超モダンなものに疲れてしまう自分を発見したと話します。
家のいろいろなところに食器が飾られている紀子さんのアパルトマン「私は食器は使ってなんぼと思っているので、身の丈に合わないものは買わないようにしているんです。毎日の日常生活を彩ってくれるので、割れても後悔しないくらいの金額」というのが紀子さんのバランスです。

28年前に5000円ぐらいで買った黄色いビュッフェでキッチンとダイニングコーナーを仕切っています。この裏が流し台調理台になっている。花を活けることが好きで、たくさんの花瓶を持っている紀子さん。特に一輪挿しが好きで、気に入ったものがあれば買ってしまうほど(写真撮影/Manabu Matsunaga)

28年前に5000円ぐらいで買った黄色いビュッフェでキッチンとダイニングコーナーを仕切っています。この裏が流し台調理台になっている。花を活けることが好きで、たくさんの花瓶を持っている紀子さん。特に一輪挿しが好きで、気に入ったものがあれば買ってしまうほど(写真撮影/Manabu Matsunaga)

豚の籠の中にはビニール袋、調味料はガラス瓶に入れて中身が分かるように。<SIMPLE>という料理本はエスニックな調味料を上手に使っていてとても美味しいレシピばかりだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

豚の籠の中にはビニール袋、調味料はガラス瓶に入れて中身が分かるように。<SIMPLE>という料理本はエスニックな調味料を上手に使っていてとても美味しいレシピばかりだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日本茶、中国茶、ハーブティー、紅茶。お茶というお茶が大好きな紀子さんは、いろいろなポットを持っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日本茶、中国茶、ハーブティー、紅茶。お茶というお茶が大好きな紀子さんは、いろいろなポットを持っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一番こだわったバスルームへ続く寝室

前に住んでいたアパルトマンいは小さなシャワー室しかなく、それがストレスだった紀子さん。だから、絶対に大きなバスタブにしたかったそう。そして、フランス式に溜めたお湯の中で体を洗うのではなく、バスタブとは別にシャワーを設置して、シャワーとバスタブは行き来できるようにセメントのブロックで階段をつけました。
当時インターネットも普及しておらず、今ほどおしゃれなパーツが売っていなかったそう。探しに探してたどり着いた蛇口は一目惚れしたVolaシリーズ、デザインはアルネヤコブセン。洗面器は木の上に置けるようなタイプが見つからず、イタリアからお取り寄せというこだわりぶり。
「家で一番好きなバスルームで本を読んだり、スマホをいじりながらお風呂に入るのがワーカホリックな私の唯一無二のリラックスタイムです」と紀子さん。

バスルームもたくさんの光が入る。床はフローリングのままというのが紀子さんらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームもたくさんの光が入る。床はフローリングのままというのが紀子さんらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスソルトはハーブやエッセンシャルオイルをミックスして楽しんでいるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスソルトはハーブやエッセンシャルオイルをミックスして楽しんでいるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームへ直接アクセスできる紀子さんの寝室は、小さな中庭に面していてとても静か。
「家で過ごす土曜日がこんなに好きなのはお昼寝できるから。家でずっと過ごすからこその至福の時」。外出制限中のおうち時間も苦ではないそう。
ベッドカバーは季節ごとに変えるようにしているとか。夏はカラフル、冬になったらメキシコの市場で購入した白黒に模様替え。インドのSerendipity Delhiのランプシェードは苦労して持ち帰った旅の思い出。

寝室は中庭側、サロンは光の入る道路に面した側、というのがフランス式(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室は中庭側、サロンは光の入る道路に面した側、というのがフランス式(写真撮影/Manabu Matsunaga)

帽子好きな紀子さんは、旅で見つけたものもコレクションに。自分のブランドでもつくっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

帽子好きな紀子さんは、旅で見つけたものもコレクションに。自分のブランドでもつくっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

年々パリの物件価格は上昇していて、不動屋に見積もってもらったところ、購入金額の4倍にもなっていたとか。このアパルトマンは、すでにローンも払い終わっていますが、子どもたちもほとんど家にいない時間が多くなり、紀子さん一人で住むには広すぎると言います。「この際ここを売って新たに物件を探そうかと考えているところです。パリ市内にこだわっていませんが、コロナ以降は、比較的アクセスがよく、もっと自然と寄り添える、周辺環境が静かな地区で、庭などの空間があったらいいなと漠然と考えています。広さは今の半分で十分」。コロナはまだまだ猛威を振るっていますが、考えや価値観を見直すきっかけになり、得ることも多かったのも確かなようです。

●取材協力
MAISON N.H PARIS

コロナ禍で50万円以下プチリフォームが増加! 換気、テレワーク、おうち時間の見直しで

新型コロナウイルスの影響で、おうちで過ごす時間が増え、自宅をリフォームする人が増えているといいます。リフォームというとトイレやキッチン、バスなどの水まわりがまず頭に浮かびますが、新型コロナウイルスの影響か換気や内装の工事も増えているとか。どんな工事が多いのか、一戸建て・マンションのリフォームのプロに聞いてみました。
「換気」や「抗ウイルス対応壁紙」「除菌水」のリフォームが急増中!

今、不動産市場のなかで、最も活況といわれているのがリフォームです。在宅時間が増えたことで、長年、放置されてきた「家の不具合」「故障箇所」などに気が付き、リフォームを依頼するという流れがあるようです。

「今回、新型コロナウイルスの対策として、換気が大きく注目されました。2003年以降、分譲された住宅には24時間空調換気が義務付けられていますが、それ以前の建物はそうではありません。『動いているのか分からない古い換気扇を交換したい』との問い合わせから、熱交換機能付きや24時間換気機能付きの換気扇をご案内することは多かったですね」と話すのは、静岡鉄道株式会社 不動産分譲事業部リフォームグループ 茂木 仁志さん。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

先のことは誰にも分かりませんが、来年以降の第二波、第三波を考慮し、早めに対策をして「家を快適にしておこう」「より安全な環境にしたい」という人も多そうです。

「抗ウイルスなどの壁紙や床材、抗菌水などは、もともとよく知られている商品ではないと思います。ですから、『換気扇を交換したい』という問い合わせから、話が広がっていくことが多いですね」と茂木さん。建物の状況にもよりますが、総額でも50万円ほどの少額で収めている人が増えているといいます。

事例内容:一戸建ての玄関ドアをリフォームして通風ドアに 施工費用:36万円~ 施工期間:1日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:一戸建ての玄関ドアをリフォームして通風ドアに
施工費用:36万円~
施工期間:1日
(写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:外から帰ってすぐに手洗いできるよう、玄関入ってすぐのところに洗面台を増設 施工費用:15万円~ 施工期間:4日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:外から帰ってすぐに手洗いできるよう、玄関入ってすぐのところに洗面台を増設
施工費用:15万円~
施工期間:4日
(写真提供/静鉄リフォーム)

「コロナの影響で、収入減を予測している人が多いのだと思います。壊れてしまって生活できない『修繕』は別ですが、しなくても暮らしが成立する高額リフォームは、『贅沢品』という側面があるんです。それゆえになかなか高額にはなりにくいのではないでしょうか」(茂木さん)とその理由を明かしてくれました。

ちなみに予算をおさえつつ、プチリフォームで頼りになるのがDIYです。実際、コロナウイルスの影響もあって、ホームセンター各社の売上は好調ですが、特にDIY用品がよく売れているといいます。近年は塗料や手軽に加工できる壁紙・床材が出ているので、気軽にチャレンジしやすくなっているのかもしれません。

おうちオフィス化計画は、リビングまわりに机を配置する人多数

コロナの影響で増えたといえば、テレワークです。『おうちオフィス化計画』、リフォームでさらに充実したものにしたいと考えている人はいることでしょう。筆者もその一人で、大人2人がそろって自宅作業してもストレスがないよう、リフォームを検討しています。

「特にマンションにお住まいだと、室内の広さに余裕がある、または部屋が余っているというご家庭は少ないもの。そのため、クローゼットなどに書斎をつくろうという人はあまり多くないように思います。多いのは、リビングの一部にパソコン台をつくって子どもを見ながら仕事ができるようにするご依頼です。家族の生活音は、ヘッドホンをしてしまえば意外と気にならないようですね」(茂木さん)

事例内容:マンションのリビングにカウンター机を造作 施工費用:10万円~ 施工期間:2日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:マンションのリビングにカウンター机を造作
施工費用:10万円~
施工期間:2日
(写真提供/静鉄リフォーム)

50万円のリフォームなら、どこまでできるの? 期間はどのくらい?

リフォーム検討者として気になるのが、ほかにも50万円以下でどんなリフォームができるのか、という点です。茂木さんに目安を伺いました。

「通常のトイレなら節水トイレに交換し、床と壁天井の内装も施工できます。また、12畳ほどのLDKの壁天井クロスの張り換え、テレワーク用の作業台を設置するのもいいですね。ただ、マンションも一戸建てでも、建物の状況によるので、一概には言えません。基本的には、住まいの下見や素材のご相談のあと見積もりという流れになり、見積もり作成まで無料というのが一般的です」と解説します。

次に50万円以下でできるリフォームの例を紹介していきましょう。おうち時間の増加により、「家で遊べる」「家が楽しい」と、リフォームを考えているなら、以下のようなケースが参考になりそうです。神奈川県を中心にリフォーム事業を展開する株式会社フレッシュハウスが手掛けた事例から紹介しましょう。

事例内容:インナーガーデンをつくって、家なのにカフェ気分が楽しめる 施工費用:床部分10万円、上部スポット等照明追加工事5万円※面積により金額は変わります 施工期間:2日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:インナーガーデンをつくって、家なのにカフェ気分が楽しめる
施工費用:床部分10万円、上部スポット等照明追加工事5万円※面積により金額は変わります
施工期間:2日
(写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:階段の手すりを使ってデスクをつくり、趣味のDTMコーナーに 施工費用:5万円~※机にする材料や面積などにより金額は変動します 施工期間:1日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:階段の手すりを使ってデスクをつくり、趣味のDTMコーナーに
施工費用:5万円~※机にする材料や面積などにより金額は変動します
施工期間:1日
(写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:吹抜けに大型スクリーンプロジェクターを設置。家が映画館に早変わり 施工費用:スクリーン取り付け10万円、手すり変更(既存の手すりを撤去し、新たに枠を設けて強化ガラスをはめ込み)30万円 ※プロジェクターやスクリーンの費用は含みません 施工期間:同時施工で2日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:吹抜けに大型スクリーンプロジェクターを設置。家が映画館に早変わり
施工費用:スクリーン取り付け10万円、手すり変更(既存の手すりを撤去し、新たに枠を設けて強化ガラスをはめ込み)30万円
※プロジェクターやスクリーンの費用は含みません
施工期間:同時施工で2日
(写真提供/フレッシュハウス)

室内以外にも、「部屋から目に入る場所」に手を加える人も増えているようです。例えば新潟県を中心にデザイン性の高い注文住宅、リフォームなどを手掛ける株式会社アンドクリエイトでは、以下のようなリフォームができるといいます。

事例内容:青石と青砂利を敷くことで庭をおしゃれに。家庭菜園スペースもつくっておうち時間を楽しめるように 施工費用:7万円(材料費のみ)施工は施主 施工期間:2日 (写真提供/アンドクリエイト)

事例内容:青石と青砂利を敷くことで庭をおしゃれに。家庭菜園スペースもつくっておうち時間を楽しめるように
施工費用:7万円(材料費のみ)施工は施主
施工期間:2日
(写真提供/アンドクリエイト)

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事例内容:タタミコーナーと浴槽から眺める庭をつくった。2階タタミコーナーと浴槽から見える坪庭バルコニーを枕木で隣地目隠し施工し、植木鉢と石敷きを行った 施工費用:25万円 施工期間:3日 (写真提供/アンドクリエイト)

事例内容:タタミコーナーと浴槽から眺める庭をつくった。2階タタミコーナーと浴槽から見える坪庭バルコニーを枕木で隣地目隠し施工し、植木鉢と石敷きを行った
施工費用:25万円
施工期間:3日
(写真提供/アンドクリエイト)

こうして事例を見ると、やっぱりリフォームって、快適になるだけでなくおしゃれになりますよね。目にする空間が自分好みだと、やっぱりストレスなく暮らせる気がします。

「インスタグラムをはじめ、SNSの影響は大きいと思います。弊社でもリノベアイテムをそろえたECサイト『HAGS』と提携しており、インスタ映えするようなおしゃれな建材をお客様がWEB上で選ぶこともできます」(茂木さん)

最後にもう一つ聞いておきたいのが、リフォームを依頼してから着工までにかかる期間です。もともと、建設業の人手不足から施工までに時間がかかるなどと言われていましたが、コロナの影響も加わったことで、依頼してから施工まで、余計に時間はかかるのでしょうか。

「工事の規模や内容にもよりますが、弊社の場合は相談して現地確認後、1週間ほどでプランの提案、ご契約から1週間程度で工事着工を心がけています。ただ、住設機器メーカーのショールームで現物を確認するとなると時間がかかってきます。現在、各社ショールームの週末予約が取りにくい状況が続いているので、その場合、お時間をいただく場合がございます」(茂木さん)

なんと、やっぱりここにもコロナの影響があるんですね。新しい生活様式にはさまざまな不便もありますが、住まいに関心が高まるのは個人的にとても良いことだと思っています。住まいを大事にすれば、暮らしの充実度や満足度は高まるはず。気軽にできるリフォームが多くの人に広まり、「わが家って、手入れするとめちゃ快適じゃん!」という人が増えてほしいなと思います。

●取材協力(※50音順)
静鉄リフォーム 
アンドクリエイト
フレッシュハウス

【柳沢小実さんインタビュー】暮らし上手なあの人のモノと家

改めてわが家を見回すと、気に入らない一角や整理すべきモノが目についたり、逆に物足りなさを感じたり……。
自分にとって何が大切か、この機会にもう一度考えてみてはどうだろう。
しっかりした価値観をもってモノを選び、家を整えた、暮らし上手な柳沢小実さんの家と話をヒントにしてみよう。

好きなモノを愛でたいから余白を大事に、キレイにしまう

モノを買うときは置き場や使い方を想像する

旅や暮らしにまつわる本を数多く著しているエッセイストの柳沢小実さん。整理収納アドバイザーの資格をもつ専門家でもあり、「機能的な白い箱をつくるつもりで建てた」という家は、どこを見渡してもさっぱりとしている。「耐震性や断熱性を第一にして、インテリアは余白を残しておきたかったんです」
言葉どおり、この家のモノは白い壁や窓の光を背景に、自らの居場所を心得て収まっている印象。「モノは好きでよく買いますが、置き場所や使い方が想像できるモノに限っています。物欲をコントロールしているんです」

だから衝動買いはしない。するとしても、それは前から欲しくてイメージしていたモノに出合ったとき。あるいは、服や食器などあらかじめ決めたジャンルだけ。また、妥協して中途半端なモノを二つ買うようなら、高くても本当に欲しいモノを一つ買う。「でないと、結局満たされません」
「少なく」ではないが「少なめ」にもつ。それも柳沢さんから学びたい暮らしの態度だ。「もち過ぎると、モノに振り回されてしまいます。特にキッチンとクロゼットは広さに対して物量が多いので、あふれないよう気をつけます」

閉めて隠せばそれで解決という状況をつくりたくないからクロゼットの扉も常時開けているという。「家で仕事をしているので余計に気になるんでしょう。リビングにもあえて造作収納を設けず、お気に入りの家具に入るだけのモノをもつようにしています。好きなモノはキレイにしまって、いつも愛でていたいんです」

おしゃれに見えるコーナーも実用的。椅子の上のイエローのバッグは来客時にDMや書類など夫のものを一時的にしまうためのもの。スタンドに掛けてあるのはハタキ。スツールはスタックできるものを 

おしゃれに見えるコーナーも実用的。椅子の上のイエローのバッグは来客時にDMや書類など夫のものを一時的にしまうためのもの。スタンドに掛けてあるのはハタキ。スツールはスタックできるものを 

アジアの食器は料理をおいしく見せてくれる

アジアの食器は料理をおいしく見せてくれる

アンティークの本棚も食器棚に。カップ&ソーサーは北欧、グラスはオールドバカラと種類を決めている

アンティークの本棚も食器棚に。カップ&ソーサーは北欧、グラスはオールドバカラと種類を決めている

収納は「省エネ」にして家時間を楽しむ

さらにポイントは、無駄と無理がないこと。「収納で大事なのは狭い場所にたくさんしまうテクニックではなく、置き場を決めるなどの簡単なルールです。置き場所は動線とセットにすれば無理がありません。例えばわが家も、夫が帰宅してからダイニングの椅子に座るまでの動線上で、鍵もリュックもコートも片付くようにしてあります。収納が得意な人だけが頑張るのではなく、家族でシェアでき、ラクに片付く省エネ収納でないと続きません」

昨年まで、年に6回は海外を旅していた柳沢さん。旅先で買ったモノも多く、仕事の合間、大好きな中国茶でひと息つく時間にそれらを眺める。「旅の風景がよみがえりますが、思い出として懐かしむというより、必ずまた行きたいと思わせてくれる現在進行形の感情です」。片付けに終始するのではなく、こんなふうにモノと付き合える家をつくって暮らしたい。

アーチの奥はリビング続きの柳沢さんの仕事部屋。扉はなく、程よい見え方が部屋をキレイに保つモチベーションに

アーチの奥はリビング続きの柳沢さんの仕事部屋。扉はなく、程よい見え方が部屋をキレイに保つモチベーションに

朝の光が爽やかだというダイニング。端正なキッチンはオーダーメードで、壁付けにコンロ、アイランドにシンクがあるⅡ型。 下部収納はダイニング側からも使えるようにして食器を収めた

朝の光が爽やかだというダイニング。端正なキッチンはオーダーメードで、壁付けにコンロ、アイランドにシンクがあるⅡ型。下部収納はダイニング側からも使えるようにして食器を収めた

キッチンの造作棚も一面ではなく控えめに。カウンターの上にはよく使うモノが置いてある

キッチンの造作棚も一面ではなく控えめに。カウンターの上にはよく使うモノが置いてある

モノに振り回されないように、愛おしいモノたちだけを厳選して大切にする。そのために必要なのは簡単なルールをつくること。柳沢さんのおかげで、なんだか収納をシンプルに考えるための糸口が見えてきた。

構成・取材・文/今井早智 撮影/平野太呂

エッセイスト 柳沢小実さん
衣・食・住・旅・台湾について綴るエッセイスト。収納好きが高じて、整理収納アドバイザー1級を取得。最新刊は読売新聞の連載をまとめた文庫『おうち時間のつくり方』(だいわ文庫)。そのほか、『これからの暮らし計画』(大和書房)、『大人の旅じたく』(マイナビ出版)文庫判も。
*HP
*Instaglam

コロナ禍で家でもキャンプ! テレワークにも役立つアウトドアな暮らし

新型コロナウイルスの影響で、「ベランピング」「おうちキャンプ」などの言葉が普及し、実際に暮らしにキャンプのエッセンスを取り入れた人も多いのではないでしょうか。今、住まいとアウトドアがかつてなく近づいているようです。それでは、どんな住まいや住まい方が登場しているのでしょうか、アウトドアブランドとハウスメーカーに聞いてみました。
暮らしにアウトドアを取り入れる人が急増!

このところキャンプブームが続いていましたが、住まいの世界でも「キャンプのようなインテリア」「アウトドアっぽい暮らし」は、ひとつのトレンドとなっていました。ところが今年に入り、新型コロナウイルスの影響でその流れは一気に加速。外出自粛しながらも家でも外遊びがしたいと、「おうちキャンプ」「ベランピング」などを取り入れる人がぐっと増えているようです。

アウトドア総合メーカーのスノーピークのアーバンアウトドア事業担当・王治菜穂子さんによると、「世間では『メスティン』レシピが話題になっていますが、同社でも、1~2人を対象にしたミニサイズのダッチオーブン『コロダッチ』や、コンパクトに収納できて家使いでも重宝する『HOME&CAMPクッカー』、チタン製のマグカップといったテーブルウェアの売れ行きが大変好調です」といいます。

「HOME&CAMPクッカー」は2020年度グッドデザイン賞で「グッドデザイン・ベスト100」にも選出(写真提供/スノーピーク)

「HOME&CAMPクッカー」は2020年度グッドデザイン賞で「グッドデザイン・ベスト100」にも選出(写真提供/スノーピーク)

「外出自粛期間中は店舗を閉めておりましたが、その後営業再開してからは、かなりのスピードで売上が回復。キャンプビギナーから、根っからのキャンパーまで、おうちのなかでもキャンプを楽しみたい! という動きを肌で感じています」(王治さん)と話します。

ハウスメーカーとアウトドアのコラボは反響大!

ハウスメーカーでも同様の手応えがあるようです。ヘーベルハウス(旭化成ホームズ)では、アウトドアな暮らしを提案していますが、資料請求数が前年同期比5割増になっているといいます。キャンプ道具はインテリアアイテムとしても優秀なので、今、流行している「男前インテリア」の影響もあるかもしれません。

バルコニーを有効活用する暮らし方を提案(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

バルコニーを有効活用する暮らし方を提案(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

注文住宅に留まらず、新築の完成物件でもアウトドアを取り入れた住まいは好調のようです。例えば、中央住宅とアウトドア家具ブランド「INOUT(イナウト)」とコラボしたモデルハウスは、新型コロナウイルスの影響が深刻だった今年5月に販売を開始しましたが、全14棟完売したそう。

(写真提供/中央住宅)

(写真提供/中央住宅)

写真を見ても分かる通り、リビングとデッキがひとつづきになっていて、家の中と外がゆるくつながっています。シェードがあるので、いつでもキャンプ気分が楽しめる住まいと言えるでしょう。

実はスノーピークも2018年、地元・新潟の工務店などとコラボした「天野エルカール」という住宅街の開発に取り組んでいて、当時も大変好調だったといいます。

「地元工務店、ハウスメーカー、全10社とコラボした企画でしたが、計画中はどこまで反響があるか分からず、手探りだったのです。3週連続、週末に住宅展を開催したときは計7日間で1200組以上の方にご来場をいただき、関心の高さに驚かされました」(王治さん)と話します。

コロナ前からあったアウトドアな住まいですが、ブームで終わるとは考えにくく、今後、加速して一大ムーブメントとなっていくかもしれません。

家でもキャンプの楽しさを! アウトドアな住まいの良さとは

では、アウトドアな住まいの特徴や魅力は、どこにあるのでしょうか。

「うちと外がゆるやかにつながり、自然を感じられる工夫がされている点でしょうか。『天野エルカール』では、キッチン・リビングにつづいた土間やデッキをマストで設置しました。すると、窓をあければすぐに外の空気が感じられるのです。また、住まいにシェードを張りつけました。これだとすぐにシェードを張ることができ、さっと設営して、すぐにキャンプ気分が楽しめます」と王治さん。

スノーピーク 企画開発エグゼクティブクリエイター佐藤さんの自宅にもウッドデッキが。「自宅でのテレワークの際、晴れて気持ちいい天気のときは、ウッドデッキにさっとテーブルとチェアを持ち出します。休憩中はアウトドアギアを使ってコーヒーを豆から挽いて気分転換しています」(佐藤さん)

スノーピーク 企画開発エグゼクティブクリエイター佐藤さんの自宅にもウッドデッキが。「自宅でのテレワークの際、晴れて気持ちいい天気のときは、ウッドデッキにさっとテーブルとチェアを持ち出します。休憩中はアウトドアギアを使ってコーヒーを豆から挽いて気分転換しています」(佐藤さん)

シェードを張ると、キャンプ気分がアップ(写真提供/スノーピーク)

シェードを張ると、キャンプ気分がアップ(写真提供/スノーピーク)

とはいえ、家づくりからというと、なかなかハードルが高くなるもの。今すぐにできる「おうちキャンプの楽しみ方」を教えてもらいました。

「アウトドアグッズの良さは、収納してコンパクトに持ち運べ、使わないときにはしまっておける点があります。例えば、テレワークだと気分転換が難しいですが、アウトドアグッズがあると気分転換も自宅でも容易にできます。弊社の社員では、おうちのバルコニーに机と椅子を置いて、テレワークする人もいます。リビングで仕事をするより、気分も変わって良いですよ」といいます。

なるほど、おうちアウトドアをチェアと机からはじめられるというのは、手軽ですね。

スノーピークビジネスソリューションズ  HRS事業部オフィスディレクションチーム  神原さんのご自宅。「在宅ワークでは気分転換が重要。集中したいときはリビングで、Webミーティングはテラスのお気に入りローチェアで。家の中でも場所を変えるだけで、気分も変わって生産性をアップできます」(神原さん)(写真提供/スノーピーク)

スノーピークビジネスソリューションズ HRS事業部オフィスディレクションチーム 神原さんのご自宅。「在宅ワークでは気分転換が重要。集中したいときはリビングで、Webミーティングはテラスのお気に入りローチェアで。家の中でも場所を変えるだけで、気分も変わって生産性をアップできます」(神原さん)(写真提供/スノーピーク)

もう一つ、アウトドアな住まいの良さとして、王治さんが教えてくれたのは、コミュニティを円滑にしてくれる点です。

「焚き火や火の匂いを敬遠する人もいるなか、やっぱりキャンプに憧れる人たち、してみたいなという人たちは一定数いるのだと思います。弊社では都心の新築マンションに住まわれる方でも、気軽に野遊びやキャンプを楽しめるための提案を行ってきましたが、実際にイベントをしてみると、やはりみなさんとてもうれしそうなんですね。焚き火を囲んで、会話がはずみ、打ち解けるきっかけになります」と王治さん。

住んでいる場所は大都会でも郊外でも、風や光、緑を感じたい、というのはいつも変わらぬ願いかもしれません。アウトドアな暮らし、これからはブームではなく、定番となっていくのではないでしょうか。

●取材協力
旭化成ホームズ
スノーピーク
スノーピークビジネスソリューションズ
中央住宅

リフォーム経験者500人に聞いた!プラン&設備の満足度ランキング

リフォーム成功の秘訣(ひけつ)は、自分たちの暮らしに合ったプランや設備を選ぶこと。
今回はプランと設備に分けて、先輩500人が「とても満足」と答えたものをランキングでご紹介。
実際に使ったからこそわかるリアルな口コミを参考に、わが家にぴったりなリフォームを探ってみよう。
プランの満足度ランキングTOP5

第1位 対面キッチン(満足度67%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

リビングに向いたキッチン 家族と会話がしやすい

壁側ではなくリビングやダイニングに向いたキッチンのこと。料理をしながら家族と会話ができたり、テレビを見たりすることができる。リビングとの一体感があり開放感も高い。

対面キッチンにしたら調理しながら部屋を見渡せるようになり、小さな子どもの様子がわかるのがうれしい。泣き出したときもすぐに駆けつけられます。(男性・36歳・一戸建て)テレビを見たり、夫と会話したりしながら料理できるのが楽しいです。同じ空間にいるから片付けも孤独感を感じず、家族と過ごす時間が増えました。(女性・60歳・一戸建て)以前は壁付けキッチンで別の部屋で料理をしていたけど、リビング一体の対面キッチンにしてから配膳がすごくラクに。家族も手伝いやすいです。(女性・55歳・一戸建て)壁付けから対面キッチンにしたら、リビングに光が入るようになり空間が明るくなりました。手元も見やすくなったので料理もしやすく一石二鳥。(女性・65歳・一戸建て)

第2位 部屋を広くした(満足度59%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

壁や廊下をなくして部屋を拡大 開放感のあるスムーズな動線に

隣接する個室や廊下などの間仕切り壁を取り払い、リビングやダイニング、部屋などの空間を広くするリフォーム。開放感が増して、明るさも確保できるため、快適性が向上する。

個室をなくして広いLDKにしたら家族が自然と集まるように。読書をしたり、PCをしたりと、各自が自由に過ごせてだんらんの時間が増えました。(男性・44歳・マンション)リビングを広くしてコーナーに机とイスを設置。PC作業をしたり、物を書いたりできるように。リモートワークが始まって予想以上に大活躍!(女性・31歳・一戸建て)和室とLDKの柱やふすまを取り払い、一続きの空間にしました。部屋全体が明るくなり、開放感たっぷり。狭くて暗いLDKが快適になりました。(女性・59歳・マンション)活用できてなかった二つの部屋をつなげて、寝室+セカンドリビングに。寝室でテレビを見ながらくつろげ、収納も増やしたので快適になりました。(男性・57歳・マンション)

第3位 大きな玄関収納(満足度55%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

玄関に大型収納をつくり外で使う物もすっきり収める

シューズクロークやウォークインの収納など、玄関を広げて大きな収納を設置すれば、家族の靴から外で使う雑多な物まで収納できる。土間スペースをつくるのも人気。

玄関収納を大きくしたので、家族全員の靴だけでなく、普段着のコート類やレインウェア、ペットの散歩用品なども収納できるのがうれしい。(男性・40歳・マンション)以前は収納しきれない靴を部屋の中の棚に収めていましたが、玄関収納を大きくしたことで全て収めることが可能に。居室内の棚を撤去できました。(男性・37歳・マンション)玄関に広い土間収納をつくりました。アウトドア用品やガーデニンググッズなど、部屋に持ち込みたくない汚れた物をそのまま収納できて便利です。(男性・61歳・一戸建て)靴が多いので玄関に箱を置いて並べていましたが見た目が残念……。そこで壁面収納にしてお気に入りのスニーカーを飾ったら、来客の反応も上々です。(女性・49歳・一戸建て)

第4位 大きな衣類収納(満足度51%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

大型クロゼットを設置 家族の衣類をまとめてイン

衣類や掃除道具などをまとめて収納できる大きなファミリークロゼットや、ウォークインクロゼットのこと。家の物を一カ所にしまうことができ、家事の効率化にもつながる。

使いにくかった押入れをクロゼットにリフォーム。衣類をたくさん掛けることができ、棚も自由につくれたので収納力が抜群にアップしました。(女性・54歳・一戸建て)寝室とリビングの間に大型のクロゼットを設置。両方からすぐに出入りでき、遅く帰った際に、先に寝ている夫を起こさずに着替えられます。(女性・45歳・一戸建て)ファミリークロゼットに家族の衣類を全て収納しています。洗濯物をしまう際に家族それぞれの収納に戻す必要がなく、家事がラクになりました。(女性・56歳・一戸建て)衣類や下着やタオルなどを全部収納できるクロゼットをつくりました。おかげで古いたんすを処分することができ、部屋が広くなりました。(男性・62歳・マンション)

第5位 インナーテラス(満足度49%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

外につながる半屋外空間 多彩な用途で使用できる

家の中や半屋外の空間につくったテラス。リビングなどが明るく開放的な空間になり、室内にいながら光や風も感じられる。部屋干しやガーデニングなど、多彩な使い方ができる。

中庭につながるインナーテラスを設置。冬は暖かい室内で外の光を感じられて、夏は風が入って涼しい。鳥の声を聞きながら飲むコーヒーは最高。(男性・58歳・一戸建て)リビングに面したインナーテラスで、柔らかな日差しを浴びながらゆったり過ごすのが幸せ。鉢植えを使って簡単なガーデニングも楽しめます。(女性・69歳・一戸建て)インナーテラスを部屋干しで使っています。急な雨でも洗濯物がぬれないし、蚊が多い地域ですが、蚊に刺されずに洗濯物が干せて快適です。(男性・37歳・一戸建て)花粉症のため常にリビングに室内干しで、物干し竿や洗濯物が邪魔でした。インナーテラスは洗濯物を干しても気にならず、花粉症対策も万全です。(女性・68歳・一戸建て)水まわり設備の満足度ランキングTOP10

第1位 お湯が冷めにくい浴槽(満足度69%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

保温性を高めたバスタブ 追いだきが少なくて経済的

二重構造のバスタブや風呂フタなどで保温性を高めた浴槽。お湯が冷めにくく、追いだきが減って経済的。JISの規定では4時間後の温度低下が2.5℃以内が基準。

以前のお風呂に比べるとお湯が冷めにくく、追いだきせずに、すぐ入れるのがうれしい。2時間くらい後でもそのまま入れます。(男性・32歳・一戸建て)夏の夜にお風呂に入れなかったときに、翌朝でもあまり冷たくなっていないから、ぬるい状態でそのままお風呂に入れます。(男性・58歳・一戸建て)うちは家族で入浴時間が違うので、お湯が冷めにくい浴槽は追いだきが少なくていいから省エネにつながっています。(女性・67歳・マンション)追いだきしなくても温かく入れるから、誰かがお風呂に入った後に急いで入る必要がなくて、気持ちにゆとりがもてました。(女性・58歳・一戸建て)

第2位 タンクレストイレ(満足度67%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

手洗い用タンクがなくトイレ空間がすっきり

これまでは便器の後ろに設置されていた、手洗い用のタンクがないトイレのこと。タンクがない分、空間を広く使える上に、掃除がラクになるというメリットもある。

タンクがないから見た目がスマートだし、空間の圧迫感がありません。これまでよりもトイレで落ち着けるようになりました。(女性・38歳・一戸建て)後ろの蛇口やタンクを掃除したり、水跳ねを拭いたりするのが面倒でしたが、今はタンクがないから掃除が減ってすごくラクです。(女性・49歳・一戸建て)以前は連続して水を流す際にタンクに水が貯まるのを待っていました。タンクレストイレは水道直結だからすぐに水が出て便利。(女性・36歳・一戸建て)タンクレストイレは溝のないスタイリッシュなデザインだから、わが家のトイレがホテルのようにおしゃれな空間になりました。(男性・37歳・マンション)

第3位 静音レンジフード(満足度65%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

動作音が静かで会話やテレビを邪魔しない

ファンを天井裏に設置するなど、特殊な設計によって、動作音を低減させたレンジフード。会話やテレビを邪魔しないため、オープンキッチンで大活躍。

今までのレンジフードに比べてびっくりするくらい音が静かです。キッチンで作動していてもテレビの音がしっかり聞こえます。(女性・39歳・マンション)音が静かなのはもちろんのこと、ライトがつくので鍋やフライパンなどの手元がよく見えて格段に使いやすくなりました。(女性・55歳・マンション)炒め物中にレンジフードを作動させても音が静かだから家族と会話できます。「うるさい」と言われることがなくなりました(笑)。(女性・58歳・一戸建て)「弱モード」だと、ほとんど気付かないくらい音が静かです。IHと連動してスイッチが入るので、切り忘れもなくて安心。(男性・62歳・一戸建て)

第4位 オート開閉の便座(満足度64%)

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近づくとフタが自動で開閉「衛生的」と注目度UP

便器に近づくと自動でフタが開き、離れると閉まるオート開閉式の便座。トイレに触れずに用を足すことができ衛生的で、新しい生活様式の中で注目度が増している。

トイレのフタを触らなくていいから、家族や友人など、多くの人が使っても衛生的です。このご時世には安心感がありますね。(男性・35歳・マンション)自動開閉式だとキレイにトイレが使えるし、ニオイが充満しにくいのがうれしい。以前よりトイレが清潔になり、満足しています。(男性・61歳・一戸建て)屈んで便座を開閉しないので、腰への負担が少なくてラクです。70歳近くになって使いはじめてバリアフリーだと気付きました。(女性・68歳・一戸建て)トイレに近づくと自動で光がともってフタが開きます。夜中にトイレを使うときに眩しくなり過ぎず、目に優しいのが助かります。(男性・53歳・マンション)

第5位 引き出し式の収納(満足度61%)

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一目瞭然で整理しやすく立ったまま取り出しやすい

引き出し収納は、奥に収納した物が一目でわかりやすく、物が取り出しやすい。スライドで棚が出てきたり、空間を小分けできたりと内部の工夫も多い。

以前はシンク下の収納が観音開きで、かがんで取り出すのが不便だったけど、今は上から引き出せるから姿勢がラクです。(男性・39歳・一戸建て)引き出し内が二段に分かれていて自動で中の棚が出てきます。こまごましたキッチンツールや調理器具が収まり整理しやすい。(女性・61歳・一戸建て)

第6位 自動洗浄レンジフード(満足度59%)

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自動で洗浄してくれるから苦手な掃除をしなくていい

油のギトギト汚れが不快など、「苦手な掃除」の上位に入るレンジフードを自動洗浄。スイッチ一つで洗浄するタイプや、ファンのないタイプがある。

以前はガス台に乗って狭いレンジフードに手を伸ばして掃除していましたが、今はお湯を入れてボタンを押すだけで超簡単。(女性・61歳・一戸建て)ファンの掃除が必要ないレンジフードを採用。年に1回、外側のパーツを洗うだけなので格段にラクになりました。(女性・39歳・マンション)

第7位 浴室暖房乾燥機(満足度58%)

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浴室や洗面室を暖房・換気 室内干しでも大活躍!

浴室や洗面室に暖房乾燥機を設置し、寒い季節に浴室内を暖かくしたり、入浴後に乾燥や換気したりできる。室内干しはもちろん、冬場のヒートショック対策にも効果的。

雨の日は洗濯物をつるして乾燥モードにすればよく乾く!乾燥機に入らない大物のシーツも竿を2本使って干せます。(女性・51歳・一戸建て)寒い日に浴室を先に暖めておけるのがありがたく、入浴が快適に。乾燥効果が高いのでカビやぬめりの防止にもなります。(女性・58歳・一戸建て)

同率第7位 ひんやりしにくい床(満足度58%)

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断熱性の高い浴室の床 冬のお風呂が快適に

クッション層で断熱性を高めた浴室の床。床裏からの冷気が伝わりにくく、冬場でも足元がひんやりとしない。浴室の床でも室内に近い温度を実現。

寒い日でもお風呂の床の冷たさを感じず、浴室用のスリッパが必要なくなりました。柔らかいから床にひざをついても平気。(男性・60歳・一戸建て)冬の寒い時期の入浴の際の一歩目が冷たくないのがビックリ!水はけが良くて乾きやすいので、カビにくいのもうれしい。(女性・51歳・一戸建て)

第9位 IHクッキングヒーター(満足度54%)

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火を使わない調理器 熱効率が高く掃除しやすい

電気で加熱をする電磁調理器。火が出ない分、安全性が高く、天板(てんばん)がフラットなため掃除がしやすい。熱効率が高いのでお湯が沸くのも早い。

思ったよりも火力が強くて、さまざまな料理も問題なし。火を使わないので、子どものお手伝いも安心して任せられます。(男性・39歳・一戸建て)五徳(ごとく)がなくてフラットだから、サッと拭くだけでキレイになります。火を使わないので部屋が暑くならないのもうれしい。(女性・56歳・一戸建て)

第10位 ステンレスの作業台(満足度53%)

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クールな質感でサビにくくて機能的

耐水性や耐熱性、耐汚染性に優れていて、サビや汚れに強いステンレスのキッチン作業台。クールな質感やデザインも特徴で、どんなインテリアにも映える。

傷がつきにくく掃除も簡単で、耐久性が高いから長く使えそう。汚れを気にせず使えるから大ざっぱな私にぴったりです。(女性・61歳・一戸建て)業務用のようなオールステンレスのキッチンに。武骨なデザインがビンテージ風のインテリアにマッチしています。(男性・39歳・マンション)

今回は実際のリフォーム経験者が「このプランにして良かった!」「この設備を選んで正解!」という声を集めてみた。どんな風に暮らしが改善したのか、どのように暮らし心地が変わったのか、リアルな口コミだからこそ参考になる。自分たちの暮らしに照らし合わせてリフォームプランと設備を考えてみよう。

構成・取材・文/藤井たかの

ランキングおよび口コミ:過去2年以内にプラン変更やキッチン・トイレ・バスのリフォームを行った、500人を対象にWEBアンケート調査(2020年6月実施)。40人以上が採用したプラン変更のリフォームに関して「とても満足」、50人以上が採用した設備に関して「とても満足」と答えた割合が多い順にランキング(リクルート住まいカンパニー調べ 調査協力/ディーアンドエム)

【建築家インタビュー】シンプルでも豊かな家をつくるには?

憧れるのは、シンプルですっきりとした空間でかなえる心地よさに満たされる暮らし。

そんな豊かな住まいを実現するヒントを建築家に聞いた。
「その空間で何がしたいか
 好きを突き詰めることで生まれる
 シンプルな豊かさがある」    
   ―― 建築家・手塚貴晴さん・由比さん

――お二人が住宅設計の際に、まず行うことは何ですか?
由比 私たちが初めにお施主さんに聞くのは、「週末は何をしますか」とか、「普段どんな食事をしていますか」とか、「部活動は何をしていましたか」など、好きなことや暮らしについてですね。
貴晴 本が好きだから、壁中が本棚でいつでも手に取れる家とか、森に向き合っているデッキで寝転びたくなる家など、休みの日が楽しみになるようなワクワク感とかライフがデザインできているかどうかが、家づくりでは重要なことだと思っています。

――実際に、手掛ける住宅はそれぞれ全く違うデザインで、屋根にダイニングがある家など、個性的な家が多いです。
貴晴 僕は“Space for everyone is for no one.”ってよく言うのですが、みんなのための空間は誰のものでもない。みんなにいい、平均値の家は、結局、誰のお気に入りにもならないと思うんですよ。
由比 逆に、個別解を突き詰めてその人が本当に気持ちいいと感じる家は、多くの人が気持ちいいと共感できるものになるのだと思います。家って、家族が生活する箱でしかありません。でもその箱が少し変わるだけで、ワクワクしたり、生活が豊かになったりする。
貴晴 そこには工夫が必要です。例えば、「テントの家」はオーニングを張り出すことで窓外を印象深くしています。大きいだけの窓よりも、深い軒の先に見える緑の方が、より自然を感じられたりする。それが建築の役割。どうしたら好きなモノやコトを味わえるかを考え工夫を凝らします。単にモノを減らしてシンプルにしただけでは何の豊かさも生まれないし、逆にあれもこれもある箱だったら、ワクワクしない。
由比 デザインも機能も詰め込んだ、いろいろ載っているデコレーションケーキのような家ではなく、シンプルだけれどどこから切ってもおいしいようかん。そこで何をしたいのか、その人らしさに焦点を当てた、住む人にとってのようかんであればよいのではないかと思います。

――どうやって自分らしさを見つけたらいいのか、が難しいです。
貴晴 そうですね。その人らしさやその場所らしさを見つけ出すお手伝いをするのが建築家の役目だと思っています。
由比 例えば、「屋根の家」は、ごく普通の建売住宅に住んでいたお施主さんの、「うちの家族は屋根の上に出るのが好きなんです」という話から生まれました。
貴晴 29坪のシンプルな平屋に42坪の大屋根が載った家です。階下は合板の床に円座が置かれているだけ。建具を閉じればプライバシーが生まれますが、非常にシンプルなつくりです。一方、屋根は全面ウッドデッキを張っています。単なる屋上ではなく勾配があるから景色がよく見えて、寝転がりたくなる。屋根の上を楽しむというその人たちらしさに焦点を当てた結果、野原よりアウトドアな暮らしを楽しめる家になったとおっしゃっています。

――その人らしさのほかに、重視するのはどんなことですか。
由比 その場所らしさも重要です。土地のもつ力を活かすこと、住宅街なら目線が合わない窓の配置など、あるべき姿を踏まえていることが、負担なく暮らせる気持ち良さにつながります。
貴晴 「認定こども園 ミライズ そら」は、まさに土地の性格を活かした建築の一例です。兵庫県の農村地帯で、湿気の多い盆地ですが、建物全体を高床式にしたら、風が気持ち良くて空気が違う。子どもたちは縁の下や屋根の上をグルグル走り回っています。
由比 住宅は、風通しと断熱さえしっかりしていれば、内部は家族の歴史の中で変わっていける自由度が大切です。そこで暮らす人と土地にふさわしい建築は何かを突き詰めて、シンプルに掘り下げていくことで、楽しく過ごせる、豊かな空間になるのだと思います。

テントの家 立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

テントの家
立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家 施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家
施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら 土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら
土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

自分がどんな暮らしをしたいのか、そのための空間としての役割とは何か?というのをシンプルに突き詰めていく。そこにプロの建築家としての知見やアイデアを盛り込んでいくことで、手塚夫妻はオンリーワンのシンプルで豊かな家を数々手掛けてきたのだろう。

構成・文/中城邦子 撮影/藤本薫

建築家 手塚貴晴さん・由比さん
〈貴晴〉1964年東京生まれ。武蔵工業大学卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。90~94年リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務
〈由比〉1969年神奈川生まれ。武蔵工業大学卒業。92~93年ロンドン大学バートレット校にてロン・ヘロン氏に師事
94年手塚建築企画を共同設立、97年手塚建築研究所に改称。「ふじようちえん」でUNESCO世界環境建築賞などを受賞しているほか、二人の作品は日本建築学会賞をはじめ、数々の賞を受賞
HP :手塚建築研究所

【建築家/手塚貴晴さん・由比さんインタビュー】シンプルでも豊かな家をつくるには?

憧れるのは、シンプルですっきりとした空間でかなえる心地よさに満たされる暮らし。

そんな豊かな住まいを実現するヒントを建築家に聞いた。
「その空間で何がしたいか
 好きを突き詰めることで生まれる
 シンプルな豊かさがある」    
   ―― 建築家・手塚貴晴さん・由比さん

――お二人が住宅設計の際に、まず行うことは何ですか?
由比 私たちが初めにお施主さんに聞くのは、「週末は何をしますか」とか、「普段どんな食事をしていますか」とか、「部活動は何をしていましたか」など、好きなことや暮らしについてですね。
貴晴 本が好きだから、壁中が本棚でいつでも手に取れる家とか、森に向き合っているデッキで寝転びたくなる家など、休みの日が楽しみになるようなワクワク感とかライフがデザインできているかどうかが、家づくりでは重要なことだと思っています。

――実際に、手掛ける住宅はそれぞれ全く違うデザインで、屋根にダイニングがある家など、個性的な家が多いです。
貴晴 僕は“Space for everyone is for no one.”ってよく言うのですが、みんなのための空間は誰のものでもない。みんなにいい、平均値の家は、結局、誰のお気に入りにもならないと思うんですよ。
由比 逆に、個別解を突き詰めてその人が本当に気持ちいいと感じる家は、多くの人が気持ちいいと共感できるものになるのだと思います。家って、家族が生活する箱でしかありません。でもその箱が少し変わるだけで、ワクワクしたり、生活が豊かになったりする。
貴晴 そこには工夫が必要です。例えば、「テントの家」はオーニングを張り出すことで窓外を印象深くしています。大きいだけの窓よりも、深い軒の先に見える緑の方が、より自然を感じられたりする。それが建築の役割。どうしたら好きなモノやコトを味わえるかを考え工夫を凝らします。単にモノを減らしてシンプルにしただけでは何の豊かさも生まれないし、逆にあれもこれもある箱だったら、ワクワクしない。
由比 デザインも機能も詰め込んだ、いろいろ載っているデコレーションケーキのような家ではなく、シンプルだけれどどこから切ってもおいしいようかん。そこで何をしたいのか、その人らしさに焦点を当てた、住む人にとってのようかんであればよいのではないかと思います。

――どうやって自分らしさを見つけたらいいのか、が難しいです。
貴晴 そうですね。その人らしさやその場所らしさを見つけ出すお手伝いをするのが建築家の役目だと思っています。
由比 例えば、「屋根の家」は、ごく普通の建売住宅に住んでいたお施主さんの、「うちの家族は屋根の上に出るのが好きなんです」という話から生まれました。
貴晴 29坪のシンプルな平屋に42坪の大屋根が載った家です。階下は合板の床に円座が置かれているだけ。建具を閉じればプライバシーが生まれますが、非常にシンプルなつくりです。一方、屋根は全面ウッドデッキを張っています。単なる屋上ではなく勾配があるから景色がよく見えて、寝転がりたくなる。屋根の上を楽しむというその人たちらしさに焦点を当てた結果、野原よりアウトドアな暮らしを楽しめる家になったとおっしゃっています。

――その人らしさのほかに、重視するのはどんなことですか。
由比 その場所らしさも重要です。土地のもつ力を活かすこと、住宅街なら目線が合わない窓の配置など、あるべき姿を踏まえていることが、負担なく暮らせる気持ち良さにつながります。
貴晴 「認定こども園 ミライズ そら」は、まさに土地の性格を活かした建築の一例です。兵庫県の農村地帯で、湿気の多い盆地ですが、建物全体を高床式にしたら、風が気持ち良くて空気が違う。子どもたちは縁の下や屋根の上をグルグル走り回っています。
由比 住宅は、風通しと断熱さえしっかりしていれば、内部は家族の歴史の中で変わっていける自由度が大切です。そこで暮らす人と土地にふさわしい建築は何かを突き詰めて、シンプルに掘り下げていくことで、楽しく過ごせる、豊かな空間になるのだと思います。

テントの家 立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

テントの家
立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家 施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家
施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら 土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら
土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

自分がどんな暮らしをしたいのか、そのための空間としての役割とは何か?というのをシンプルに突き詰めていく。そこにプロの建築家としての知見やアイデアを盛り込んでいくことで、手塚夫妻はオンリーワンのシンプルで豊かな家を数々手掛けてきたのだろう。

構成・文/中城邦子 撮影/藤本薫

建築家 手塚貴晴さん・由比さん
〈貴晴〉1964年東京生まれ。武蔵工業大学卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。90~94年リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務
〈由比〉1969年神奈川生まれ。武蔵工業大学卒業。92~93年ロンドン大学バートレット校にてロン・ヘロン氏に師事
94年手塚建築企画を共同設立、97年手塚建築研究所に改称。「ふじようちえん」でUNESCO世界環境建築賞などを受賞しているほか、二人の作品は日本建築学会賞をはじめ、数々の賞を受賞
HP :手塚建築研究所

マンションもSDGsの時代。旧耐震マンションが、リファイニング建築でよみがえる?

「リファイニング建築」という手法を使うと築44年のマンションでも新築並みによみがえるという。三井不動産と青木茂建築工房が手掛けた完成事例の見学会に参加したのだが、知らされていなければ新築のマンションだと思うほどだ。しかし、before/afterの写真を見ると、確かに骨格は同じだ。どうやって再生するのだろう。

【今週の住活トピック】
リファイニング建築サロン&物件竣工見学会開催/三井不動産「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前の外観(画像提供:三井不動産)

「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前の外観(画像提供:三井不動産)

リファイニング建築「ヴァロータ氷川台」外観(筆者撮影)

リファイニング建築「ヴァロータ氷川台」外観(筆者撮影)

建て替えでも耐震改修でもない、「リファイニング建築」という選択肢

現行の耐震基準(1981年6月以降に適用)より前の旧耐震基準の建築物は、今後発生すると予測される巨大地震で倒壊のリスクがある。そのうえ、集合住宅であるマンションでは、各戸に水まわりの設備があり、給排水管が縦横に張り巡らされている。こうしたものの老朽化で、日々の生活に困難をきたすようになる。さらに、今の生活にはインターネット環境やセキュリティの強化など、時代に応じて必要とされる設備機器などもある。

こうした課題の解決のため、旧耐震基準のマンションは、「建て替え」をするか「耐震改修を含む大規模な改修工事」をするかになる。ところが、第3の選択肢があるという。それが「リファイニング建築」だ。リファイニング建築は、建築家の青木茂氏が提唱する、旧耐震基準の建物を解体することなく新築同等に再生することが可能な建築手法だ。

一般的な耐震改修工事では、マンションの外壁やバルコニー側にブレースと呼ばれる「四角の中にV字型」などの骨組みを追加する。見た目の外観も悪くなり、部屋からの視界を塞ぐことになるので居住者に不満が生じやすい。一方、リファイニング建築では、外観や眺望を損なわないような耐震補強をする。

加えて、現行の法規制に適合させる再生を行うことで、新たに建築確認の検査済証を再取得する。築年数の古い建築物では、建築当時の法規制に適合していても、法改正によって現行法規に適合しないことが多い(既存不適格という)。すべてを現行法規に適合するように再生して、建築確認を申請することで、増築が可能になってより柔軟な設計プランができるようになる。

具体的には、完成事例を見た方が分かりやすいだろう。

リファイニング建築で室内も新築同様に

冒頭のリファイニング建築の外観写真は、三井不動産が商品企画を手掛け、青木茂建築工房が建築的な再生をした「ヴァロータ氷川台」だ。スタイリッシュな新築のマンションという印象だが、室内の印象も全く違う。
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「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前後の内観(画像提供:三井不動産)

「ヴァロータ氷川台」のリファイニング前後の内観(画像提供:三井不動産)

通常のリフォームでも間取りや内装の変更は可能だが、リフォームではできない変更がいくつかある。画像では分かりづらいが、元あったバルコニーの右半分側が室内の居住空間に変わっている。サッシも交換されているが、室内空間を広げたことで右側のサッシは天井までのハイサッシを入れることができ、開放的な室内空間になった。

外から見えないところでは、壁に耐震補強に加え、床や壁に断熱材を入れて断熱性能を引き上げ、隣戸との壁には遮音材を入れるなどして、住宅としての基本性能も引き上げた。

マンション全体のプランについても、屋外廊下を屋内廊下に変えて、エレベーターを増築した。また、エントランスの位置を変更して、元の駐車場の場所を居住空間として有効活用できるようにした。1階部分の平面図を見ると分かりやすいが、容積率に余裕があったことから、共用部の増築(黄緑色部分)や専有部の増築(水色部分)、ウッドデッキの新設(黒色部分)などを行っている。

1階平面図(画像提供:青木茂建築工房)

1階平面図(画像提供:青木茂建築工房)

その結果、1階住戸には専用デッキが設けられ、外から直接扉を開けて、デッキを通って室内に入ることもできる動線を確保した。デッキからの玄関口にあたる部分は、フローリングではなくタイル張りにしている。さらに、床を下げたことで上階の天井高は2400mmのところ、1階は2700mm確保できるようになった。

1階住戸には出入りできる専用デッキが新設された(101号:筆者撮影)

1階住戸には出入りできる専用デッキが新設された(101号:筆者撮影)

また、エントランスの位置を変えたことで、元のエントランス部分は居室空間に変わった。その結果、広いウッドデッキとアイランドキッチンのある魅力的な住戸が誕生した。

元のエントランス部分は居室空間になった(102号:筆者撮影)

元のエントランス部分は居室空間になった(102号:筆者撮影)

建築技術によって新築並みに生まれ変わったものの、検査済証を再取得するには多くの法規制に適合させる必要があった。まず、現行の日影規制に適合させるために、屋上の階段室の塔屋を撤去することで課題をクリアした。さらに、東京都の建築安全条例では、主要な出入口に一定の幅の通路を確保することが求められるという課題があった。この物件では通路幅を3m以上確保する必要があったが、通路幅は2.5mであったため、エントランスに庇(ひさし)を設けることでクリアした。

エントランスに庇を設けることで条例に適合させた(筆者撮影)

エントランスに庇を設けることで条例に適合させた(筆者撮影)

このようなさまざまな制約を工夫して解消しながら、新築並みのマンションとしてよみがえらせることができたわけだ。

分譲マンションでは管理組合の合意形成が高いハードルに

さて、「ヴァロータ氷川台」は19戸の賃貸マンション。三井不動産と青木茂建築工房が提携してリファイニングした物件の5事例目に当たる。5事例はいずれも、不動産オーナーが所有する賃貸マンションだ。実は、賃貸マンションでは、リファイニング建築を活用するメリットが大きいという。

まず、「建て替え」と比べると、建築費を約7割に抑えられ、工期を2年程度から10カ月程度に短縮できる。工事期間は賃借人を入れることができないので、無収入期間をかなり短くできるわけだ。それでいて、賃料は新築の場合の約9割と高めに設定できるので、投資額に対する回収期間も短くできる。耐震改修で耐震性を引き上げても、改修後の賃料を以前の額より上げることは難しいというので、新築の約9割まで上げられるリファイニング建築なら建て替えや耐震改修より賃貸経営上のメリットは大きいといえるだろう。

では、分譲マンションではどうなのだろう?
青木茂建築工房のこれまでのリファイニング建築の実績を聞くと、公共施設や学校、病院、旅館まで幅広く手掛けているが、分譲マンションの実績はわずか2事例だという。相談はあるものの、管理組合の合意形成に至らずに話が先に進まないことが多いのだそうだ。

青木茂氏によると、建築物のほとんどはリファイニング建築による再生が可能だという。構造となる躯体(くたい)そのものがよほど劣化して使用に耐えないなどの事情がない限りは、技術的には再生が可能だという。

建て替えが必要な老朽化した分譲マンションも、建築費を抑えられ、工期短縮によって仮住まい期間を短くできるリファイニング建築のメリットは大きいはずだが、区分所有者が高齢化するなどで建築費の捻出が高いハードルになってしまうのだろう。

SDGsに資するリファイニング建築の普及を目的に協会の設立も

さて、老朽化した建築物の大規模改修では建築費の融資を受ける場合が多いだろうが、これまでは金融機関ごとにそれぞれの事例を審査して融資条件を決めていたため、十分な返済期間が確保できないことが多かった。しかし、リファイニング建築のように新築並みの長期的な融資が一般的になれば、老朽化した建築物の再生も促進されることになる。

他方で、リファイニング建築は躯体の約8割を再利用するので、建て替えに比べると廃棄物もCO2の排出も少ない。持続可能な社会の実現のために、SDGsが注目されているが、SDGsにも貢献する仕組みとして、一層の活用が期待される。

こうした背景を受けて、リファイニング建築の普及促進を目的に「一般社団法人リファイニング建築・都市再生協会」の設立が予定されているという。筆者自身も、老朽化したマンションは建て替えざるを得ないと思っていた。第3の選択肢があることをもっと多くの人が知るようになれば、今後ますます増えていく老朽化マンションの手立てになるだろう。

パリの暮らしとインテリア[6] 田舎の週末の家でガーデンランチや陶芸を楽しむ

前回に続き今回もヘアアーティストのマサトさん(夫)とアクセサリーデザイナーのユキコさん(妻)の住むセカンドハウス<ウィークエンド・ハウス>のアトリエやお庭での生活などをご紹介します。連載名:パリの暮らしとインテリア
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。母屋の裏庭もコーナーごとにくつろげる工夫が

母屋の裏には、購入の決め手となった”自分で芝刈りができるぐらいの手ごろな広さの庭”があります。撮影しに伺った時もお友達ご夫妻が泊まりがけでパリからいらしていて、お友達がランチをつくって庭のテーブルで食事をいただきました。都会で暮らしている者にとって、なんとも贅沢なガーデン・ライフです。

外で食べるランチは最高! 5月から9月のお天気の良い日はほとんど外で食べるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

外で食べるランチは最高! 5月から9月のお天気の良い日はほとんど外で食べるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「田舎暮らしの魅力は、家の敷地内ですべてが満たされるということ」とユキコさん。庭の芝生の上にテーブルとパラソルを立て、友達とのランチは開放感と共にゆったりとした時間が流れます。食後は各自庭の好きな場所で、例えば木陰の長椅子で静かに読書したりお昼寝をしたりします。夕方になれば、母屋のテラスでこの季節ならよく冷えたシャンパンでアペリティフ。大勢人が集まるときは庭の一番奥にあるテラスでバーベキュー。<ウィークエンドハウス>の裏庭でいろいろな過ごし方ができるのは、マサトさんとユキコさんお得意のコーナーづくりによるものです。
そして、すべてが芝生ではなく母屋から出てすぐの地面はコンクリートでそこがテラスになっていたり、バーべキューコーナーは煉瓦と石のブロックで囲まれた石の平らな地面になっていたりとさまざまで、これによってコーナーごとのメリハリがついています。

庭を見ながら過ごせる母屋のテラス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭を見ながら過ごせる母屋のテラス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭に長椅子は必須アイテムと考えている太陽が大好きなフランス人は多いそう。長椅子の奥の木陰にバーベキューコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭に長椅子は必須アイテムと考えている太陽が大好きなフランス人は多いそう。長椅子の奥の木陰にバーベキューコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「もともとあった桃の木からは食べられないほど桃を収穫できました」とユキコさん。野菜づくりは不在時に枯れてしまうことも多いですが、今年はここで生活する時間が多かったのでトマト、ナス、きゅうりも収穫できたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「もともとあった桃の木からは食べられないほど桃を収穫できました」とユキコさん。野菜づくりは不在時に枯れてしまうことも多いですが、今年はここで生活する時間が多かったのでトマト、ナス、きゅうりも収穫できたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭の一角には道具をしまう小屋があって、愛犬のルーはこの一角の木陰が好き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭の一角には道具をしまう小屋があって、愛犬のルーはこの一角の木陰が好き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陶芸に没頭するあまりに元ガレージをアトリエに

陶芸はマサトさんが今一番情熱をかけていること。パリで学生時代に出会った勝俣千恵子さんから陶芸の魅力を教わったそう。彼女は今では陶芸家として京都で暮らし、作品はパリのギメ東洋美術館にも収納されているなど、活躍している作家です。
母屋の離れにはトラクターなどを入れていたガレージがあり、そこの1部屋をアトリエとして使っています。「陶芸をやっている者にとって、アトリエは欲しくてしょうがないもの。もちろんかつて持っていた1軒目の田舎の家にもありました」とマサトさん。完全な趣味ではあるけれど、ウィークエンド・ハウスにはなくてはならない場所だという。
一人娘のアリスさんも同じ趣味を持っているので、親子の時間をここで過ごすことも多いそう。
そして、陶芸は土をこね、形をつくり、乾かし、焼き、色をつけ、また焼き……という工程を経るので、このように専用のスペースがあるのが理想的なのだとか。
皿や椀などの食器が陶器の作品としては一般的ですが、マサトさんの作品は<飾る>がテーマ。例えば、日本では日常的ではない<蝋燭台>もマサトさんの進行中の作品に何台もあり、実際蝋燭を灯すことも多いそう。そして、庭の花を飾るための<一輪挿し>もたくさん制作中。

母屋の横にある離れのガレージを陶芸アトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

母屋の横にある離れのガレージを陶芸アトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾き具合をチェック(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾き具合をチェック(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾燥を待つ陶器たち(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾燥を待つ陶器たち(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんは作品を古い鏡と一緒に母屋の浴室のコーナーに飾りました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんは作品を古い鏡と一緒に母屋の浴室のコーナーに飾りました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ガレージを部屋のように使うアイデア「夏の家」

離れの陶芸アトリエの横にもう一部屋あり、そこに夏の日に過ごす部屋をつくりました。「冬は寒くてここは無理だけれど、夏だったら気持ちよく過ごせるかも?」と家具を運び込んだそう。見ての通りドアがないのでそこは今後の課題だそう。
ここに置かれている家具や小物は、蚤の市や古道具屋で見つけてきたものや、母屋で使わなくなった家具とのこと。「扉がない吹きっさらしの部屋なので、惜しげも無く使えるものでないと」とユキコさん。隔てる壁や扉がないので、風が吹き当たるし嵐のときや横殴りの雨のときは室内に入ってきてしまう。使い込まれたものばかりで、ナチュラルな雰囲気は母屋とはまた別。
ただのガレージを機能的なアトリエにし、その横に土足のままでくつろげる「夏の家」をつくった。このふた部屋は、またとない個性的で魅力的な過ごしやすい場所となった。
陶芸アトリエと「夏の家」の上には、まだ手つかずの小部屋があり、そのうちアリスさんの部屋をつくろうかと計画中だとか。まだまだやることがたくさんある<ウィークエンド・ハウス>の進化が楽しみです。

母屋の隣にある元ガレージ小屋。左がマサトさんの陶芸アトリエ、右が壁も扉もまだない「夏の家」、そして二階が今後アリスさんの部屋にしようと計画中の物置部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

母屋の隣にある元ガレージ小屋。左がマサトさんの陶芸アトリエ、右が壁も扉もまだない「夏の家」、そして二階が今後アリスさんの部屋にしようと計画中の物置部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ゆかも壁もガレージの時のまま。この土壁と使い込まれたインテリアがとても合っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ゆかも壁もガレージの時のまま。この土壁と使い込まれたインテリアがとても合っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

近所のゴルフ場や川や森は近くの人々の憩いの場

<ウィークエンド・ハウス>から車で5分、マサトさんが毎週のように通うのが近所のゴルフ場。「このあたりにはゴルフ場と乗馬クラブが多いので、子どもに乗馬をさせたい家族や、ゴルフ好きの夫婦が引退後に移り住んできたりしています」とマサトさん。

シャトーの門のようなゴルフ場の入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シャトーの門のようなゴルフ場の入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コースを囲む建物もシャトーホテルなのでとても素敵(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コースを囲む建物もシャトーホテルなのでとても素敵(写真撮影/Manabu Matsunaga)

このゴルフ場には、シャトーホテルがついているので、レストラン、スパ、ショコラトリーなどもあってとても気に入っているそう。ゴルフの後にレストランで食事を楽しむこともあるのだとか。
ゴルフ場の周りは、散歩もできるようになっているので家族連れや犬の散歩、ジョギングをする人を多く見かけました。特に週末や2カ月に一度ある2週間の子どもたちの休みの時は、たくさんの人が集まります。

森と川のあるこの辺りは、週末はいろいろなところから人が集まります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

森と川のあるこの辺りは、週末はいろいろなところから人が集まります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんとユキコさんが描く今後

マサトさんは裏庭のさらに奥に手付かずの鶏小屋があるので、そこを整備して鶏を飼うのが近い将来の夢。そして、「夏の家」の扉をつけること。「パリとこちらと二カ所で生活していますが、都会との違いを体験して、ここはなくてはならない場所だと感じます」と力説します。
ユキコさんは常に引越しを気にかけて物件を探しているそう。「私の夢は夕日の見える高台に住むことなんです。でもなかなか良い物件に出会いませんね」と話しますが、今の生活が不満なわけではないそう。
そして「パリとの二拠点生活は今だからできると考えているんです。田舎暮らしは足腰が勝負。年を取り、一人暮らしになったとしたら、生活を楽しめるのはパリだと思うから」とユキコさん。パリを捨てることはないと断言していました。

コロナ以降、フランスでも家を選ぶときの基準が大きく変わり、選択肢が増えました。特に若い人、パリから離れて生きていこうとする人が多いと聞きます。田舎の不動産も高騰しているようです。今後もテレワークで仕事をする人が増えていくと想像すると、都会にいてストレスのある生活よりも、良い空気を吸って広い家に住むことができる田舎暮らしにも魅力を感じます。
お二人のようにパリと<ウィークエンド・ハウス>の二つの生活は、理想的です。しかし両方を持つことはとても難しい。どちらか一つを選ぶなら、<ウィークエンド・ハウス>のように田舎暮らしを選ぶのが時代の流れなのかもしれません。

●取材協力
シャトー ドジェルヴィル

〈文/松永麻衣子〉

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅

台湾の家と暮らし[7]台北郊外の一軒家へ移住! 自転車クリエイターの自宅兼アトリエ

暮らしや旅のエッセイスト・柳沢小実が台湾の家を訪れる本連載。2020年、4軒目におじゃましたのは、カスタム自転車のショップを営む葉士豪さんが住む、台北郊外の古くて大きい一軒家です。
便利でにぎやかな台北市内を離れて、自然に満ちた山の上に構えた自分たちらしい住まい。新型コロナウイルスによる家ごもり期間を経て、これからの暮らし方についてもオンラインでお話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き柳沢さんが、自分らしく暮らす方々の住まいへお邪魔しました。台北市の北にある、北投へ

台北駅からMRT(地下鉄)の信義淡水線で北へ22分、車では市内から約30分。台北市北投区は、1894年にドイツ人によって温泉が発見されて以来、台湾有数の湯治場として親しまれています。温泉宿には国内外から観光客が集まり、地元の人たちは公衆足湯で何時間もおしゃべり。泉質は天然ラジウム泉で、街のそこかしこにうっすら硫黄のにおいが漂います。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

台北市内と北投は、東京と箱根のような位置関係。台北っ子がハイキングにいそしむ陽明山のふもとで自然が多いため、ゆったりとした空気が流れています。

カスタムバイククリエイターの葉士豪さん(写真撮影/KRIS KANG)

カスタムバイククリエイターの葉士豪さん(写真撮影/KRIS KANG)

この北投の山の上に住むのは、カスタム自転車をつくっている葉士豪さん。葉さんは、12年前からオーダーを受けて自身でカスタムした自転車を販売しており、ワークショップも開催しています。

昨年まで台湾のランドマークである超高層ビル、台北101の近くでショップ「SENSE30」を開いていたため、これまで台北市内の中心部の賃貸住宅に何軒も住んできました。でも、にぎやかな繁華街にあるショップ兼アトリエは、自転車好きならば必ず知っている人気店だったこともあって、お客さんが来るたびに作業の手を止めざるを得ませんでした。自転車づくりは集中力が必要なため、果たしてショップが必要なのだろうか……といつしか疑問を抱くように。そして、昨年の3月にお店を閉めて、北投の住居兼アトリエ「Light-House」に移り住みました。

道は細く、低層の家が連なっています(写真撮影/KRIS KANG)

道は細く、低層の家が連なっています(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

約200坪もある広大な敷地に建つ、平屋の一軒家。どことなく洋風なたたずまい(写真撮影/KRIS KANG)

約200坪もある広大な敷地に建つ、平屋の一軒家。どことなく洋風なたたずまい(写真撮影/KRIS KANG)

一年前に出合った北投の家は、人が住めないほどボロボロで、廃墟さながらでした。外壁や窓はそのままですが、建物の基本構造や屋根の防水処理、水まわりの配管など家の8割は葉さん夫妻が自身で修繕。この建物、築年数約50年の大きな平屋の一戸建てで、かつては台湾の政治家やアメリカの軍人が住んでいたのだとか。庭にはアトリエとして使っている小屋もあり、母屋の建坪は50坪、敷地面積は200坪にも及びます。

リノベーションで生まれ変わった家

山の上にあるこの家を借りたことで、自宅とアトリエを兼ねるようになり、通勤がなくなったのが良いところだそう。家族ともずっと一緒にいられて、悪いところはありません。ちなみに、葉さん夫妻は新北市林口区(桃園空港と台北市の間のエリア)にも家があって、この北投の家とそちらを行き来しています。

間取り(イラスト/Rosy Chang)

間取り(イラスト/Rosy Chang)

母屋の建物は、かつては部屋数が多く、壁で細かく仕切られていましたが、空間をたっぷり取れるようにリノベーションしてひとつの部屋にしました。それを、料理をする場所、食事をする場所というように、ひとつの空間を「ゾーン」でゆるやかに分けています。ちなみに、壁は可動式のガラス扉のため開放感があり、移動することで区切り方を変えることができます。そして、庭にある小屋を自転車づくりの作業場(アトリエ)として使っているため、住まいのスペースと仕事のスペースはきちんと区切りをつけられています。

間仕切りのない開放感ある空間、キッチンもオープンに(写真撮影/KRIS KANG)

間仕切りのない開放感ある空間、キッチンもオープンに(写真撮影/KRIS KANG)

壁はないものの、ゆるやかにエリア分けされています(写真撮影/KRIS KANG)

壁はないものの、ゆるやかにエリア分けされています(写真撮影/KRIS KANG)

壁の代わりにガラス扉で空間を区切って(写真撮影/KRIS KANG)

壁の代わりにガラス扉で空間を区切って(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

味のある木製の家具がしっくり馴染んでいます(写真撮影/KRIS KANG)

味のある木製の家具がしっくり馴染んでいます(写真撮影/KRIS KANG)

リスクに強い働き方と暮らし方

取材は2020年春の自粛期間中に、オンラインで行いました。葉さんによると、北投の家での生活はコロナウイルスの影響はほとんどなかったそうです。その理由は、家が台北市内から離れていて人が少ない安全なエリアだったのと、仕事面では自転車をオンラインショップがあるため販売経路を確保できており、店舗の家賃を払う必要もなかったから。また、自宅アトリエでのワークショップに来るのは知り合いだけで、不特定多数と接することもなく、安心して過ごせました。つまり、自粛期間中も収入は変わらずありながら支出は少なく、安全も確保されているという、理想的な状況だったようです。
結果的にリスクに強い働き方と暮らし方となりました。

庭にある葉さんのアトリエでは、お客様の要望に合わせてパーツをつくることも。ワークショップもここで行われます(写真撮影/KRIS KANG)

庭にある葉さんのアトリエでは、お客様の要望に合わせてパーツをつくることも。ワークショップもここで行われます(写真撮影/KRIS KANG)

とはいえ、将来は台湾・台東に移住したいと考えていて、今はその準備期間なのだそうです。花蓮出身の葉さん、ゆくゆくは「台東と花蓮の間にあるものすごい田舎の長浜という土地」に住みたいのだとか。台湾の東側には新幹線が通っておらず、交通手段は電車や車、バスくらい。ビジネスをするには不利と思われる辺鄙な場所に、ワークショップやオーダーのためにわざわざお客さんが来てくれるだろうかという不安はありますが、自然が好きで、長浜には友達がたくさんいます。台北から北投に移住したのは、台東よりは栄えている北投にまず移って、どうしたらビジネスとして成り立つかを調査するためでもあるそうです。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

室内に、光がさんさんと降り注ぐ(写真撮影/KRIS KANG)

室内に、光がさんさんと降り注ぐ(写真撮影/KRIS KANG)

コロナウイルスの流行により、これまでの価値観や、暮らし方と働き方についての考えが大きく変わった人は少なくないはずです。日本でも、郊外や地方に移住したい、複数の拠点を持ちたいといった需要が増えているようです。これからますます暮らしや仕事が多様化していくなかで、葉さんの暮らし方と働き方は、一つのモデルケースになるように思えました。

そして、昨年と今年で計7軒の台湾の家と暮らしを取材させていただきましたが、誰もが自分らしいオリジナルな生き方を力強く模索していました。みなさんの「新しい暮らし」のヒントになれば幸いです。

葉さん作のオーダーメイド自転車(写真撮影/KRIS KANG)

葉さん作のオーダーメイド自転車(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

パリの暮らしとインテリア[5] 郊外の元農家を“週末の家”に。ヘアアーティストとアクセサリーデザイナー夫妻の休日

パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送るパリジャン・パリジェンヌのおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。今回はパリ在住45年のマサトさん(夫)とユキコさん(妻)の住むパリから80km離れたセカンドハウス<ウィークエンドハウス>を訪れました。連載名:パリの暮らしとインテリア
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。森と川、自然に囲まれたパリから80km離れた村へ

パリ在住のマサトさんはパリにヘアサロンを3店舗、日本では2店舗を持つ有名ヘアアーティスト、ユキコさんはアクセサリーデザイナー、独り立ちした娘のアリスさんはグラフィックデザイナー。パリではアパルトマンを5回引越しをし、今は145平米4部屋ある6区の住宅街に住んでいます。今回はそんな家族が週末ごとに集まる、パリから80km離れたButhiers(ビュテイエール)という村にある<ウィークエンドハウス>(とお二人が呼ぶ)まで足を延ばしました。パリ番外編です。

パリからウィークエンドハウスへ向かう間の村。パリから少し離れただけで、アパルトマンではなく一戸建てばかりの町並みに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリからウィークエンドハウスへ向かう間の村。パリから少し離れただけで、アパルトマンではなく一戸建てばかりの町並みに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリからの道中にある有名なクーランス城(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリからの道中にある有名なクーランス城(写真撮影/Manabu Matsunaga)

<ウィークエンドハウス>がある村ビュテイエールは、パリからフォンテーヌブローの森を抜け、ジャン・コクトーが住んでいたことでも有名なミリ=ラ=フォレを過ぎたところにあります。
「周りには森があったり小川や沼があったり愛犬のルーの散歩には絶好のロケーションなんです。この村には友達が住んでいて様子が分かっていたので安心して家を買うことができたのです」とマサトさん。毎日パリへ通勤できる距離でもあり、マサト夫妻のように週末ごとに通ってくる人も多くいます。

別荘購入のきっかけは「娘に良い空気を吸わせたかったから」

普段はパリのアパルトマンから仕事場へ通い、土曜日の夕方から火曜日の夕方まで<ウィークエンドハウス>で過ごすそうです。「ここは2軒目なんです。28年ぐらい前に娘のために購入した1軒目は、ここよりさらにパリから遠く100km離れたシオワという村でした」と購入のきっかけは良い空気を吸わせたいという思いから。
しかし、その家は広大な土地だったので芝刈りも庭師を頼まないとならないほど、そこでもう少しコンパクトで自分たちで全てできるような家を探し始めたのが7年前。そして巡り合ったのが元農家の家の<ウィークエンドハウス>だったそう。

アスファルトを叩いて剥がし少しずつ木を植えたりしているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アスファルトを叩いて剥がし少しずつ木を植えたりしているそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

敷地は2800平米あり母屋は220平米。母屋の奥の裏庭は自分で草刈りできる程度の理想の広さだとか。農家時代に使用していたものをまだ着手できていないという場所もあるそう。通りから入るとアスファルトの広いスペースがあり、お二人ともここが気に入らない部分だとか(トラクターを乗り入れるためにしょうがなかったのだろうと想像)。正面に2階建ての母屋があり、まずそこを大々的に改装。右隣のトラクターなどの重機を駐車していたガレージの上には小部屋があり、裏庭の先の小高い丘にもまだ手つかずのにわとり小屋がある。

6カ月かけた農家の家の改装はマサトさん自らが設計

この元農家の家はお向かいのおばあちゃんが言うには築200年ぐらい。なんと彼女はこの家の2階で生まれたのだそう。「セカンドハウスというより不自由のない家づくりを目指したので、改装費に購入した金額の3割ぐらいをかけました」とマサトさん。
母屋の内部はマサトさん自ら設計をして、まずは壁などを壊して一部の木床を残し、仕切り直し、パリから業者を呼び寄せ住み込みで半年以上もかけて工事をするという徹底ぶり。

仕切りを外して一室にした大きなサロン。窓の外は芝生の広がる裏庭(写真撮影/Manabu Matsunaga)

仕切りを外して一室にした大きなサロン。窓の外は芝生の広がる裏庭(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンの一角にある暖炉の周りはくつろぎのスペース。左の壁にはアフリカのマリ人アーティストのAMADOU SANOGO(アマドゥ・サノゴ)の2016年の作品が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンの一角にある暖炉の周りはくつろぎのスペース。左の壁にはアフリカのマリ人アーティストのAMADOU SANOGO(アマドゥ・サノゴ)の2016年の作品が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

50年代を意識したインテリアはル・コルビュジエやイームズ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

50年代を意識したインテリアはル・コルビュジエやイームズ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アメリカンなコーナーには蚤の市で見つけた農業用のフォーク、アメリカから持ち帰った角が飾られてる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アメリカンなコーナーには蚤の市で見つけた農業用のフォーク、アメリカから持ち帰った角が飾られてる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんが設計するにあたってまず着手したのは1階の<大きなサロン>だったそう。「そこにいろいろなスタイルの空間をつくりたいと考えていたんです」とマサトさん。改装後、大きなサロンは三つに分けられ、グレーの暖炉スペース、赤が基調のミッドセンチュリーモダンの家具のスペース、そしてアメリカンなスペース。どこで過ごしても居心地が良さそうだ。
「元農家の家は窓も小さく暗い印象だったので、明かりとりの小窓をつくったらどうか?と考えたんです」とマサトさん。その効果があって、大きなサロンのどこでくつろいでも穏やかな光に包まれる。

コーナーごとにテーマを持たせて家を飾る

お二人の趣味は全く同じではなくユキコさんはシックなバロック風が好き、マサトさんはナチュラルなアフリカものが好きなのだそう。マサトさんは撮影旅行であらゆるところに行き、そのたびにその土地ならではのものが欲しくなってしまうのだとか。この部分はユキコさんとも共通している。
旅した土地で必ず蚤の市やアンティークショップに寄り、古いものからインスピレーションを受けることも多いと二人は話す。今つくられたものより古いものに惹かれるというのも同じ。
しかし「長年一緒に住んでいても趣味が違うのは仕方がないと思うんです。そこで部屋のコーナーごとにテーマ性をもたせて飾ることを思いついたんです」とユキコさん。家全体で見てみると、お二人の趣味が調和され、より魅力的な空間になっていることが分かる。

藤で編んだサボテンのオブジェはスペインを旅した時に、藁で編んだ馬は南仏のカマルグで、旅で出会って家に飾るというのがお二人のスタイル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

藤で編んだサボテンのオブジェはスペインを旅した時に、藁で編んだ馬は南仏のカマルグで、旅で出会って家に飾るというのがお二人のスタイル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

イームズの棚には旅各地の蚤の市で見つけたものが飾られている。肖像画はalexis kaloeffのサイン入り。ジャン・コクトーのお皿は近くの蚤の市で購入。かなり古いものらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

イームズの棚には旅各地の蚤の市で見つけたものが飾られている。肖像画はalexis kaloeffのサイン入り。ジャン・コクトーのお皿は近くの蚤の市で購入。かなり古いものらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階は大きなサロンのほかにキッチンとダイニングがあり、サロンとの仕切りの壁にも小窓をつくり、クリスタルの食器や陶器の果物が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階は大きなサロンのほかにキッチンとダイニングがあり、サロンとの仕切りの壁にも小窓をつくり、クリスタルの食器や陶器の果物が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

<食>にちなんでダイニングの食器戸棚の上には、テリーヌポットとテーブル静物画が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

<食>にちなんでダイニングの食器戸棚の上には、テリーヌポットとテーブル静物画が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

チェストの上はユキコさんの好きなバロック風。ガラスドームの中のアンティークのオブジェは昔の流行の結婚式の引き出物のスタイル、ミリ=ラ=フォレの蚤の市で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

チェストの上はユキコさんの好きなバロック風。ガラスドームの中のアンティークのオブジェは昔の流行の結婚式の引き出物のスタイル、ミリ=ラ=フォレの蚤の市で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

好きなものだけを家に置く、という徹底したスタイルでこれらのコーナーは何年もかけて築き上げられたもの。「このウィークエンドハウスは飾ることを楽しめる家」とマサトさん。まだまだ進化していく途中と楽しそうに話してくれました。インテリアのへのそんな情熱はどこから湧き上がってくるのでしょうか?

インテリアのヒントは、旅の度に訪れる公開されている著名人の家から

「私たちはインテリア好きで、旅行先でも人の家(一般公開されている著名人の家)を見ることが共通な趣味なんです」とユキコさん。家を見て回るのはその人となりのスタイルが垣間見れ、この空間で彼らが暮らしていたのかーと想いを馳せることがとても興味深いのだとか。
「例えばアメリカ縦断の旅(3週間)でエルヴィス・プレスリーの家を見に行きました。大きくはない家でしたが家を挟んだ通りの向こうには専用飛行場があって驚きました」とお二人。
「建築家フランク・ロイド・ライトの家も感銘受けました。何もないところにひっそりと立つ姿には感動です」とマサトさん。
「この近くの村ミリ=ラ=フォレにはジャン・コクトーの家も公開されているのですよ。家だけではなく彼の庭づくりも参考になりおすすめです」とユキコさん。
このように、お二人が熱く語る著名人の家の数々からヒントを得て、”人となりの現れる<家>”という捉え方を常に意識しながら家づくりに励んでいるのだそう。どこかで見たヒントから自分らしい家づくりが生まれてくるとも。

階段下の廊下の壁には額がたくさん飾られています。額装された鏡と旅で見つけた田舎の風景画をミックスするのがマサトさん風(写真撮影/Manabu Matsunaga)

階段下の廊下の壁には額がたくさん飾られています。額装された鏡と旅で見つけた田舎の風景画をミックスするのがマサトさん風(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コロナ外出規制時の一番大掛かりなDIYは寝室の壁の塗り替え

1階には大きなサロンとキッチンとダイニング、2階にはご夫婦の寝室とは別に3部屋の客室があります。2階の一番奥にあるお二人の寝室も新たに設計し改装したそうです。
「寝るための寝室というよりは、ここでもくつろげるスペースをつくりたかったので、かなり広く設計しました」とマサトさん。ベッドのほかに椅子とテーブルを窓辺に設置。庭を見下ろす形に窓が配置され、ここでも明かり取りの小窓が空間を個性的に照らしています。

コロナによる外出規制の時に、壁の一面だけをブルーに塗り直したお二人の寝室(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コロナによる外出規制の時に、壁の一面だけをブルーに塗り直したお二人の寝室(写真撮影/Manabu Matsunaga)

塗り直した壁には額装した京都の着物の生地の原画が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

塗り直した壁には額装した京都の着物の生地の原画が飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

映画運動・ヌーヴェヴァーバーグの象徴とも言える赤のソファー。天窓があり、とても明るい室内(写真撮影/Manabu Matsunaga)

映画運動・ヌーヴェヴァーバーグの象徴とも言える赤のソファー。天窓があり、とても明るい室内(写真撮影/Manabu Matsunaga)

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「客室3室は壁紙が素敵だったので、一部を残してほかは白のペンキで仕上げました」とゆきこさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「客室3室は壁紙が素敵だったので、一部を残してほかは白のペンキで仕上げました」とゆきこさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「ウィークエンドハウスに欠かせないのは客室」とお二人。友達が遠くから来てくれて日帰りというのは実に味気ないとか。パリとは違ってゆっくりとした時間、良い空気、自然を身近に感じられる魅力を友達にも味わってほしいからだそう。
コロナの外出規制の時にパリではなく<ウィークエンドハウス>で2カ月以上生活をしていたお二人。この時ばかりと壁のペンキ塗りをしたり、家の細々したことに手間をかけることができた貴重な時間だったと振り返ります。

庭があることで外出制限の息苦しさを感じることなく過ごせたそう。確かにパリのマンションで家族全員が顔を合わせ、必要な買い物も1時間以内、歩き回れるのも直径100m以内という一番厳しい規制があった時には、この家はパラダイスだったはずです。

次回はそんな庭での過ごし方、マサトさんの陶芸アトリエ、夏の部屋などをご紹介していきます。

(文/松永麻衣子)

人気リゾートホテルに学ぶ!暮らしの質を上げる空間づくりの極意

快適な空間や、心地よい時間は、いかに生み出されるのか
人気リゾートホテルの設計を手掛ける建築家・佐々木達郎氏へのインタビューから
暮らしの質を上げる家づくりのヒントをいただこう。
過ごしたいシーンをデザインし心安らぐ空間をつくるウッドデッキの中庭を囲むラウンジ。ゆったりとした空間と大開口の窓が自然との一体感を生む

ウッドデッキの中庭を囲むラウンジ。ゆったりとした空間と大開口の窓が自然との一体感を生む

星野リゾートをはじめ、各地のリゾートホテルを多数手掛ける建築家の佐々木達郎さん。快適な空間を生み出すためにいつも意識しているのは、「旅をデザインしたいということです」という。訪れた人の記憶に残る、旅の気持ちが高まる体験をいかに提供するかだ。

「例えば、インドネシアのバリ島を訪れたらシティホテルよりも、オープンエアなヴィラに滞在するほうが記憶に残る旅になるでしょう。その場にしかない自然や環境を魅力にすること、その地の文化を尊重しこの場所ならどんな時間を過ごしたいかということに思いを巡らせます」

実際、佐々木さんが設計した『星野リゾートBEB5軽井沢』は、高原の爽やかな風を感じる広いテラスや、周囲の木立ちと呼応する木の柱など、まさに軽井沢の魅力を体感するデザインが、細部まで行き渡る。
「住宅の場合も、立地の個性やその家族らしさ、こだわりを取り込み、過ごしたい時間やシーンをキーに空間づくりをします。一つの正解があるわけではなく、個別解を探し出すことで、その家にしかない心地よさや快適さがつくれるからです」

例えば、開放的な明るい空間をつくる方法も一つではない。「周囲を住宅に囲まれていても、トップライトから光を取り込み、壁や天井を白くするだけでも光の拡散効果で明るい室内になる。スケルトンの階段で階下へ光を落とすことも可能です。あるいはリビングの天井を上げるだけでなく、廊下の高さをあえて抑えることで、体感として開放感が生まれる。明と暗、開放感とこもり感など、空間に緩急をつけることで、それぞれの良さを際立たせることができるのです」

リフォームは、今の暮らしに合わせて住まいをチューニングできる点が魅力だが、大前提になるのは安心感だ。「耐震への不安や断熱性の不具合の解消は、住む人の心地よさには必要不可欠」と強調する。その上で、「空間はモノと人、人と人との関係性から生まれます。例えばソファでゴロっと横になったときに見える景色、差し込む光など、そこに広がるシーンから住まいを考える。これからの心地よさに視点を置いてリフォームすることで、さらに暮らしの質を上げることができるはずです」

佐々木さん設計の星野リゾートBEB5軽井沢。ラウンジにはプライベート感を生む寝台ソファも

佐々木さん設計の星野リゾートBEB5軽井沢。ラウンジにはプライベート感を生む寝台ソファも

サッシや柱などに木を使い、スケールや見せ方を変えながら土地の個性と共鳴するデザインに

サッシや柱などに木を使い、スケールや見せ方を変えながら土地の個性と共鳴するデザインに

木々に囲まれた環境にふさわしい低層の建物。内部に入ったときの開放感をより鮮烈に感じさせる

木々に囲まれた環境にふさわしい低層の建物。内部に入ったときの開放感をより鮮烈に感じさせる

訪れた人々をもてなす空間に込められていたのは、空間そのものだけでなく、訪れる人の旅やストーリーにまで思いをはせたデザインであった。リフォームにおいては、住まい手とつくり手がともに豊かな時間やシーンを思い浮かべながら、心地よさそのものを追求していくことこそ、暮らしの質を上げる空間をつくる第一歩なのかもしれない。

構成・取材・文/中城邦子 撮影/ナカサアンドパートナーズ

建築家 佐々木達郎さん
千葉工業大学大学院修士課程修了。東環境・建築研究所在籍時に星のや 軽井沢、星のや 東京などを担当。2013年佐々木達郎建築設計事務所設立後も星野リゾートOMO5東京大塚、星野リゾートBEB5軽井沢などで数々の賞を受賞。数多くのリゾートホテルをはじめ、狭小住宅やリフォームなど、さまざまな住宅の設計を手掛ける
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コロナ禍で変わる賃貸物件のニーズ。多拠点、コミュニティ、ストーリーがキーワード

ここ数年、「デュアラー(二拠点居住者)」や「アドレスホッパー」など、新たな住まい方をする人が出現し、それらの多様なニーズに応える賃貸や宿のサービスが展開されてきました。さらに新型コロナウイルスの影響を受け、家で過ごす時間が増えたことで賃貸物件の選び方や求める条件も変わってきているようです。
そこで今回は、全国賃貸住宅新聞の編集長・永井ゆかりさんに、いま注目を集めている賃貸物件やこれからの部屋さがしについてお話を聞きました。今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

コロナの影響で「住まいに求めるもの」が変わった!

SUUMOが6月30日に発表した「コロナ禍を受けた『住宅購入・建築検討者』調査(首都圏)」では、コロナ禍を経て、今まで住まい選びの筆頭条件のひとつだった「駅からの距離」よりも「広さ」を求める傾向が強まっていることが明らかになりました。賃貸物件に求める条件が大きく変わってきていると同時に、広さや駅からの距離など、これまでの指標となってきた条件だけではない選び方が広がっているようです。

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

「コロナ以前は、最寄駅へ徒歩での移動が難しいバス便の物件などでは、明確に『そこに住む理由』がないと、みなさんの検討に入って来ませんでした。結果、駅からの距離が近く、立地の良い物件に人気が集まってきたと思います。ところが今、テレワークや自宅学習の時間が増え、物件を探すときの条件の中で通勤・通学に必要な『アクセス利便性』の優先順位が下がってきているように感じます。

実際に4月以降、湘南でしばらく空室になっていた一戸建て賃貸の数棟が満室になった話を聞きました。これまでこの物件に入居する人はサーファーや自営業など仕事に融通がきく人が多かったようですが、今回新たに入居した人のなかには会社勤めのファミリーもいたそうです。本当は海の近くに住みたいと思っていながら職場へのアクセスを重視して都心に住んでいた人たちが、テレワークが可能になって一気に動いたわけです」(永井さん、以下同)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

これまで賃貸物件で重視されてきた条件の優先順位づけが変わる一方で、海に近い一戸建て賃貸住宅の例をはじめ、住む人の志向に応じていっそう「ニーズの多様化」が進んでいると言えそうですね。

「何が起こるか分からない」なかで「住む場所を選べる」強み

このように新型コロナの影響を経て、人びとの働き方や住まいに求めるものが変わっているのを感じます。ここ数年注目を集めている賃貸物件の傾向と、それらのコロナ禍を受けての影響、さらに今後どのように変化していくのかを伺ってみました。

「まず1つ目として多拠点居住をする人たちは間違いなく増えるでしょう。例えば、ここ数年のうちには、10世帯のうち2~3世帯はいろいろなところに拠点を確保して、1つの物件には1年のうち数カ月しか居住していないという状況になるかもしれません。そんなスタイルに応じたサブスク的な(一定期間、一定額で利用できるような)住み方ができるサービスがどんどん出てきています」

サブスク、多拠点といえば、ここ1~2年、定額住み放題型の多拠点居住サービスが注目を集めています。多拠点居住のスタイルは移動を前提としているので、かなりのコロナの影響が出たのではと思われますが……。

「定額住み放題サービスを提供している『ADDress(アドレス)』の代表・佐別当(さべっとう)隆志さんや『HafH(ハフ)』の代表・大瀬良亮さんのお話を聞くと、やはり拠点によって利用頻度が下がるなどの影響があったようです。けれども、近年の災害の多発、世界規模のコロナ感染など『何が起こるか分からない』世の中になりつつあるなかで、住む場所が複数ある状態は自分の生活を守る『防御策』にもなりうるといいます」

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

実は筆者も昨年から東京と佐賀の2拠点生活をしていますが、たしかに住まいの選択肢を複数もっていることで心理的な「自由」と「選択できる余裕」を持つことができているように思います。

いざというときに心強い「コミュニティ型賃貸」

また、選べる自由を手に入れたとき、筆者がまず選んだのは親類や友人など「頼れる人」の多い場所でした。賃貸物件を選ぶ際にも、同じようにこの点を重視する人は多そうです。

「非常時にこそ、その重要性を再認識できるのが『コミュニティ』ですよね。これから注目される賃貸物件の2つ目としては、改めて『コミュニティ型賃貸』が支持されていくように思います。

例えば溝ノ口の『キャムスクエア』では、入居契約時に『笑顔特約』を設け、ほかの人とすれ違ったときに笑顔で挨拶を交わすことを約束しています。地域とつながることを大切にし、周辺のお店やイベントなど、さまざまな情報を共有するためにオーナーさんと入居者さんはLINEで繋がっているそうです。挨拶や小さな不具合の相談など、日々のコミュニケーションが生まれることで防犯や非常時の情報共有にも役立ちます」

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

「コミュニティ型賃貸」といえば、ここ十数年で「シェアハウス」も増えました。複数の世帯が同じ空間で過ごすシェアハウスでは「密」を生むことへの懸念などもあったのではないでしょうか。

「はい、コロナ禍で『シェアハウスは大丈夫?』と多くの人に聞かれました。結論からいうと、物件ごとに感染対策をしっかり採られたうえでなら、複数人で暮らすことのリスクよりも共有スペースがあることなどのメリットが上回ったといえます。広い共有スペースはテレワークがしやすく、誰かの気配を感じながら仕事ができますから」

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

それぞれの物件がもつ「ストーリー」に共感

たしかに誰かの気配を感じることが落ち着く、という感覚に納得しますし、入居者間のコミュニケーションを大切にしている物件には魅力を感じます。一方で、ひとりで過ごす場所やプライベートな時間を重視する人もいて、ニーズが多様化していることを感じます。個人によって好みや志向が異なるなかで、多くの人の支持や注目を集める物件も出てくるでしょうか?

「これからは“ストーリー”や“住みたい理由”を持つ物件に魅力を感じる人が増えるでしょう。八王子にある『アパートキタノ』は、DIYを前提として住む人が自由にお部屋を変えることができます。この自由さに共感したクリエイティブな人たちが集まり、SNSなどでDIY事例やこの物件の魅力を発信するため、さらに人気が高まっているといいます。

賃貸物件を探すときには、これからの生活をイメージしながらワクワクする物件を探したいですよね。ぜひ“ストーリーのある物件”を見つけていただければと思います」

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

まだまだ手探り、これからも変化しつづける賃貸物件

これまで新しい取り組みを行っている物件やサービスをたくさん紹介いただきましたが、このような時代の流れにあわせて、大手の住宅メーカーも新しい商品開発に着手し始めたようですね。

「大東建託が7月1日からテレワーク対応型の間取りプランを採用した賃貸住宅の販売を開始しました。このように専用部に仕事ができる場所を確保することはもちろん、共用部にワークスペースを併設したり、1階のテナントにコワーキングスペースが入っている物件なども今後増えていくかもしれませんね」

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

一方で従来のスタイルの賃貸物件においては、大家さんがポストコロナの生活への対応についてまだまだ手探りの状態で、課題も多いと言います。

「例えばテレワークの時間が増えたことで、『インターネット回線の接続が良くない』というクレームが増えたそうです。これまでは入居する人も大家さんも、通信速度や安定性まで強く意識する機会は少なかったのではないでしょうか。物件の仕様もウィズコロナ・ポストコロナの生活スタイルに応じて変わっていくかもしれませんね」

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

永井さんにお話いただいたように、これからは専用のワークスペースがある物件や地域や入居者間のコミュニティを大切に築く物件、簡単に貸し借りができるような賃貸物件が増えていきそうです。また、距離に縛られなくなれば、住む場所の選択肢も広がります。

自分がどんな暮らしをしたいのか、どんな毎日ならワクワクするのか、もう一度自分の「好きなもの、好きなこと」を見直すことが、ダイレクトに賃貸物件選択につながる――。部屋探しもますます自分らしく楽しむ時代になりつつあるのかもしれませんね。

●取材協力
・全国賃貸住宅新聞
・ADDress
・HafH
・KabuK Style
・キャムスクエア
・アパートキタノ

石川次郎さんが自宅にオフィスを移転!“豊かな隠居生活”とは? あの人のお宅拝見[16]

本連載で河口湖にある石川次郎さんの別荘を取材させてもらってから3年。雑誌編集界の大御所は今なお現役で活躍中。そんな次郎さんから「事務所を自宅に引越したから遊びに来ない?」と連絡をいただきました。テレワーク(リモートワーク)が今後も進むご時世。緊急事態宣言解除で少々落ち着いたころ、都内の次郎さん@ホームオフィスに興味津々で伺いました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にたずさわってきたジャーナリストのVivien藤井繁子が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。「隠居って自己実現なんだ」。自分時間が増え、よりクリエイティブに

石川次郎さんはマガジンハウス社から独立後、東京・代官山に事務所(JI inc.)を置き、30年近く編集・企画などの事業経営をされてきました。なぜ、代官山のマンションの一角、ペントハウスで160平米もあった事務所を引き払って自宅に? コロナ禍に何があったのでしょう……。
梅雨どきで雨に降られながら、杉並区にある自宅兼事務所へお邪魔しました。

ご自宅は駅近に建つ一戸建て、アールの外観がモダンな建物。オフィス入り口は正面玄関とは別の、半地下に降りた青い扉(写真撮影/片山貴博)

ご自宅は駅近に建つ一戸建て、アールの外観がモダンな建物。オフィス入り口は正面玄関とは別の、半地下に降りた青い扉(写真撮影/片山貴博)

玄関を入ると、ホームオフィスがワンルームで広がっていました。
ガラスブロックの明かり採りがあるスペースのテーブルでお話を伺うことに。

事務機器や家具はすべて、旧事務所から持ってきたもの。「ここに入らない大きなテーブルなどは、知人に使ってもらったり処分したり」。相当な断捨離だった様子(写真撮影/片山貴博)

事務機器や家具はすべて、旧事務所から持ってきたもの。「ここに入らない大きなテーブルなどは、知人に使ってもらったり処分したり」。相当な断捨離だった様子(写真撮影/片山貴博)

アールのガラスブロックは半地下の部屋に光を採り込む機能ともに、棚としても良い高さに設計されていた。代官山の事務所にあった書籍類は1500冊くらい処分したそう(写真撮影/片山貴博)

アールのガラスブロックは半地下の部屋に光を採り込む機能ともに、棚としても良い高さに設計されていた。代官山の事務所にあった書籍類は1500冊くらい処分したそう(写真撮影/片山貴博)

「年齢も80近くになってきたし、仕事をダウンサイジングするのに良い時期だと思って」
この数年で編集という仕事のスタイルも大きく変化しテレワークが当たり前になっていること、さらにコロナ騒ぎで海外取材の仕事がほとんど延期や中止になってしまったことなどがきっかけとなり、このステイ・ホーム中に代官山のオフィスを自宅に移すことを即断したそうです。

「横尾忠則さんが書いた『隠居宣言』(2008年・平凡社新書)という本を改めて読んで、“隠居”するのは自分がやりたい事をするため、自己実現のためという言葉に共感を覚えた」
アーティストの横尾忠則さんとは若いころから親しくされている次郎さん。80歳前後で元気に活躍される仲間が多いのにも驚かされてしまう。

奥に広がるのは、リビングのようなリラックススペース@ホームオフィス。以前は貸していた2住戸をブチ抜き、広いワンルームにリノベーション(約65平米)(写真撮影/片山貴博)

奥に広がるのは、リビングのようなリラックススペース@ホームオフィス。以前は貸していた2住戸をブチ抜き、広いワンルームにリノベーション(約65平米)(写真撮影/片山貴博)

右手の壁を一面だけ、グレー系ブルーにペイントしたのは次郎さんのアイデア。
「パリへ取材に行ったとき、一面だけカラーペイントするのが流行ってたんだ。それを思い出してね」。薄い青色を選んだのは「半地下の部屋で、空を感じることができればと思って」

「上階の自宅でカミさんとの夕食を済ませたら、さっさと降りてきて、好きな映画を一人でじっくり観る。通勤時間が無いと、こんな豊かな時間ができるなんて考えてなかったよ。一人の時間が充実すると、また新たにやりたいことが頭に浮かんでくるんだ」
半世紀、東京のド真ん中で業界人として名を馳せ、走り続けた次郎さんの新たな日常が始まっていました。

「自分は良かったけどスタッフや通ってくる仕事仲間たちには、狭いし不便になるし、どうかなぁって心配してたんだけど。結構イイって、皆が言ってくれるんだよね」

窓辺に置かれたデスクに、スタッフ用のMacが並ぶ。私もここなら気持ちよく仕事できそう(笑)(写真撮影/片山貴博)

窓辺に置かれたデスクに、スタッフ用のMacが並ぶ。私もここなら気持ちよく仕事できそう(笑)(写真撮影/片山貴博)

コンパクトになった空間に詰まった、ストーリーのあるインテリア

クリエイティブなお仕事のオフィスらしく、素敵なデザインの家具やグッズが並んでいました。
それらには驚きのストーリーが、次々と……。
例えば壁に飾られたモノクロ写真はすべて、仕事をご一緒された国内外の著名な写真家たちからプレゼントされた貴重なオリジナル・プリントです。

「これは知ってるでしょ?革命家チェ・ゲバラの有名な1960年当時のポートレート。そのもとになったこの写真を撮ったのは、フィデル・カストロ付きの写真家、アルベルト・コルダ」。物語と意味のある作品ばかり、次郎さんの歴史そのもの(写真撮影/片山貴博)

「これは知ってるでしょ?革命家チェ・ゲバラの有名な1960年当時のポートレート。そのもとになったこの写真を撮ったのは、フィデル・カストロ付きの写真家、アルベルト・コルダ」。物語と意味のある作品ばかり、次郎さんの歴史そのもの(写真撮影/片山貴博)

それ以上に私を驚かせたのは、この家具セット。ライティング・デスクは折りたたみ式で収納するとコンソールにもなるのですが、
「これ、福山雅治クンのお下がりなんだ(笑)彼が引越す時にもらったの、前の事務所ではもう一つ本棚も使ってたんだけど」
これまた、スゴイ人脈が出てきました!

「流石、福山雅治!」と言ってしまいたくなる、この家具。日本でも人気のB&B Italia社でアントニオ・チッテリオがデザインするコレクション『MAXALTO』のもの。洗練されたクラフトマンシップが素晴らしいシリーズ(写真撮影/片山貴博)

「流石、福山雅治!」と言ってしまいたくなる、この家具。日本でも人気のB&B Italia社でアントニオ・チッテリオがデザインするコレクション『MAXALTO』のもの。洗練されたクラフトマンシップが素晴らしいシリーズ(写真撮影/片山貴博)

床はサイザル麻のカーペットタイルを採用、足にも優しい自然素材なのでホームオフィスにぴったり。

35年前、このご自宅を設計されたのは建築家の阿部勤(アルテック代表)。ル・コルビュジエに師事した日本を代表するモダニズム建築家、坂倉準三のお弟子さん。
「だから、阿部さんはコルビュジエの孫弟子だよね。ちょうど、コルビュジエの版画があるので、どこかに飾ろうかと思って」 

コルビュジエのモデュロール(黄金比からつくった基準寸法)をモチーフにした版画。コンクリート打ち放しの梁がモダン建築らしい(写真撮影/片山貴博)

コルビュジエのモデュロール(黄金比からつくった基準寸法)をモチーフにした版画。コンクリート打ち放しの梁がモダン建築らしい(写真撮影/片山貴博)

私が次郎さんに初めてお会いしたのはミラノ、その思い出につながるオモチャも棚に見つけた!

ドイツのMiele社の赤いトラック・ミニカー。Miele社のお仕事をミラノ・サローネでご一緒したのが次郎さんとのご縁。オフィスにある物、一つ一つにストーリーがあって会話が弾む(写真撮影/藤井繁子)

ドイツのMiele社の赤いトラック・ミニカー。Miele社のお仕事をミラノ・サローネでご一緒したのが次郎さんとのご縁。オフィスにある物、一つ一つにストーリーがあって会話が弾む(写真撮影/藤井繁子)

「当分は、アームチェア・トラベラー」。変わらぬ“旅“への想い

「生活のリズムは全く変わっちゃったね」と楽しそうに語る次郎さんに、御隠居さんの風は無い。
朝起きると、すぐに降りてきてオフィスのキッチンで朝食をつくるのが日課になったそう。「朝メシつくるなんて初めてだから、カミさんは手がかからなくなって一番喜んでる」。ライ麦パンにこだわってつくる朝食、最近のお気に入りは
「アボガド・トースト。ニューヨークで食べたのを思い出しながらつくってる」

8時に出勤、「スタッフより早く出勤するなんて、無かったからね(笑)」。夜も毎日のように外食だったのが、今は基本的に自宅で夕食を食べるそう。
「代官山時代は会食も惰性で毎日のようにスケジュールに入れていたけど、それが今は、街に出かけるってなると大イベント、気分が盛り上がる(笑)。興味の持ち方も変わった。毎日通っていた渋谷にも再発見がある」。半世紀も暮らした街とは思えない、新たな魅力を見つけるのも隠居効果のようです。

「自分の時間が圧倒的に増えた」。そんな次郎さんの関心ごとは、社会人になった時から変わらない原点の“旅”。
「まだ海外へは出られないから、しばらくは“アームチェア・トラベラー”だね」。“アームチェア・トラベラー” とは、旅行雑誌や旅行小説、探検記などを見て、自宅のチェアに腰掛けながら旅の気分に浸る人。探究心や想像力があれば、ウィズ・コロナ時代でも旅人にもなれるわけですね。

そんなイマジネーションを高める、素敵な旅行ガイドブックを見せて下さいました。
『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』、あのヴィトンが1998年から発行するガイドブック。『Paris』から『Cape town』など世界の都市別になっており、ハンディなサイズで、シリーズはヴィトンらしいデザインBOXに入っていました。「ヴィトンの関係者など面白い人たちのローカル情報だから、内容がユニークなんだよ」

“究極の旅の伴侶”として発行された「ルイ・ヴィトン シティ・ガイド」(仏語版・英語版)。2020年に改訂の『シティ・ガイド 東京』には、建築家・隈研吾が特別寄稿。後ろにあるのは『GULLIVER』(マガジンハウス社)、次郎さんが1989年に創刊した旅行雑誌(写真撮影/片山貴博)

“究極の旅の伴侶”として発行された「ルイ・ヴィトン シティ・ガイド」(仏語版・英語版)。2020年に改訂の『シティ・ガイド 東京』には、建築家・隈研吾が特別寄稿。後ろにあるのは『GULLIVER』(マガジンハウス社)、次郎さんが1989年に創刊した旅行雑誌(写真撮影/片山貴博)

このホームオフィスにも、海外で実体験して良かったことを取り入れていて、次郎さんにとって旅はライフスタイルそのもの。

ちなみに、オフィスのリノベでこだわったサニタリールームには、海外のホテルでよく見るオーバーヘッドのシャワーが付いていました。

「天井からのレインシャワーにしたかったけど、天井の高さが足りなくてできなかったので、パイプ一体型のオーバーヘッドシャワーをハンスグローエ社で見つけた」。これから夏場は大活躍しそう(写真撮影/片山貴博)

「天井からのレインシャワーにしたかったけど、天井の高さが足りなくてできなかったので、パイプ一体型のオーバーヘッドシャワーをハンスグローエ社で見つけた」。これから夏場は大活躍しそう(写真撮影/片山貴博)

社会人になってからサラリーマン編集者として約25年、編集プロダクション経営者として約25年、そしてこれからの仕事に対するスタンスを伺うと……
「若いころから、仕事は面白くなければ!って言ってやってきた。これからは、より自己実現に向かう旅路かな」

「こんな雑誌をつくりたいんだよ」と手に取って見せてくれたのは『Holiday Magazine』。元はアメリカで1946年に創刊されたハイクオリティな旅行雑誌、その廃刊後、2014年にフランス人アートディレクターのフランク・デュランがパリで復刊したラグジュアリートラベル誌です。
「雑誌特有の良さはまだあるはずなんだ。手元に置いておくだけでHappyになれる、そんな雑誌をつくりたいね」

『HOLIDAY』は旅とファッションを融合したビジュアル誌、旅行誌らしからぬ表紙(この号の特集はブータン。あっ、Tシャツも『HOLIDAY』だ!)有名フォトグラファーが撮っているので写真のクオリティが半端ない、次郎さんのやりたい方向ですね(写真撮影/片山貴博)

『HOLIDAY』は旅とファッションを融合したビジュアル誌、旅行誌らしからぬ表紙(この号の特集はブータン。あっ、Tシャツも『HOLIDAY』だ!)有名フォトグラファーが撮っているので写真のクオリティが半端ない、次郎さんのやりたい方向ですね(写真撮影/片山貴博)

次郎さんの隠居生活、まだまだ夢に向かって進むようです。これから上階にお引越し予定のお孫さんとの異世代交流が、新たな刺激になるかも?
「自己実現は健康でなきゃできない。ステイ・ホームのお陰で会食も減ってダイエットできたのは良かった(笑)」
御年79歳、次郎さんの隠居生活@ホームオフィスの新たな門出を祝福!

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石川次郎
エディトリアル・ディレクター。編集プロダクションJI inc.(株式会社ジェイ・アイ)代表取締役。1941年、東京生まれ。
早稲田大学卒業後は海外旅行専門のトラベル・エージェントに勤務。約2年後、平凡出版株式会社(現マガジンハウス)に入社、『平凡パンチ』誌で編集者生活をスタート。『POPEYE』『BRUTUS』『Tarzan』『GULLIVER』などの雑誌の創刊作業を担当し、編集長を歴任。1993年同社退社、JI inc.設立。ラグジュアリー誌『SEVEN SEAS』(アルク社)編集長や、六本木ヒルズの「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」、川崎の「LA CITTA DELLA」など商業施設のプロデュースなども手掛ける。1994年~2002年テレビ朝日「トゥナイト2」の司会としても知られている。

都内37平米+三浦半島の11平米の小屋。親子3人の二拠点生活、コンパクトに暮らすコツは?

「ステイホーム」「おうちで過ごそう」などと盛んに言われた昨今、「家」について改めて考えた人も多いことでしょう。東京都内の37平米の賃貸と三浦半島にあるハーフビルドでつくった11平米の小屋、その2つを行き来しながら暮らすIさんに、住まいや暮らしのあり方についてインタビューしてみました。
親子3人でも37平米でちょうどいい。コンパクトに暮らしたい

Iさんは、現在、東京都内の賃貸アパートに、夫妻とお子さんの親子3人で暮らしている30代の女性です。以前はワンルームに暮らしていましたが、夫の仕事を考え、昨年末、現在のアパートに引越してきました。広さは37平米と少し狭いようにも思えますが、「不便さはまったく感じない」といいます。

Iさん夫妻がユニークなのは、東京都内の住まいと、三浦半島にある「小屋」とで二拠点生活を送っていること。小屋といっても広さ11平米、その中に土間とシャワー・トイレ・キッチンもあるという本格的なもの。これをプロの力を借りながら、自分たちで建てたというから驚きです。新型コロナウイルスで行き来を控える前は、平日は都内の住まいで暮らし、休日は三浦の小屋で暮らす日々を送っていたそう。ではその暮らしに至った背景から聞いてみましょう。

平日に暮らしている都内の37平米のアパート(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

平日に暮らしている都内の37平米のアパート(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

週末を過ごす11平米の小屋(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

週末を過ごす11平米の小屋(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

「私が30代になるとき、夫婦がこれから、どういう場所で、どんなふうに生きていきたいか、よく話し合ったんです。友人は結婚などをきっかけに家を買う人も多かったけれど、自分たちの暮らしには、しっくりこない。大きい家を買ってローンを組んで、というのに惹かれなかったんです」(Iさん)

普通であればそこでなんとなく話が立ち消えてしまいそうですが、Iさん夫妻は民泊を利用し、週末に気になる場所を1泊ずつ巡るという試みをはじめます。はじめは逗子・葉山に泊まって過ごし、ときにはそこで一週間暮らし、都内まで通勤してみたことも。

「街自体は魅力的なんですけど、この暮らしで夫婦共働きをしていると、平日は忙しくて街が楽しめないんですよね。じゃあ東京に賃貸で暮らして、二拠点がアリなんじゃないか」となったそう。逗子や葉山・横須賀といえば、別荘も多いエリア。ここで別荘を買うという方法もありますが……。

「やっぱり…販売されている物件だと私たちには大きすぎるんですよね。持て余してしまう。夫婦ともに大きいとテンションがあがらないんです(笑)」(Iさん)

ないなら「つくろう!」ではじまった小屋づくり

終始、広さよりも「コンパクトさ」にこだわるIさん。エリアを逗子、横須賀、三浦半島と広く検討した結果、手ごろな土地を三浦に発見。そこで「ハーフビルド」で「小屋」をつくろうという結論になったといいます。

「夫妻ともに大学で建築を学んでいたんですが、DIYや金づちを打った経験もゼロ。でも、せっかく小屋を建てるならたずさわってみたい。とはいえ、建築確認申請も必要になりますし、基礎や構造部分、水道や電気工事はプロにおまかせしたい。そこでちょうどいい『ハーフビルド』という方法に至りました」(Iさん)

ポイントは、ゆっくり。期限を区切らず、のんびりつくることだったそう。ただそう思ってはじめたところ、思わぬところで「つながり」がうまれていった、といいます。

「ちょうど同時期、三浦でDIYでリノベして宿をはじめるという同年代のご夫婦と知り合いになって、そこで作業をお手伝いしていたら、友人の輪が広がっていって。年代や性別を問わず、知り合いが増えていきました。当初は思ってもみなかったんです。ふたりだけでこじんまりと小屋をつくるはずが、いろんな人に助けられて。夫は少し社交的になりました(笑)」

(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

小屋づくりというプロジェクトのなかで夫妻が得たのは、「自信」だといいます。
「当初は電気もない、トイレもない、断熱材がないので、不便だし寒い。それでも、照明は工事用でもなんとかなるし、知り合いからもらった端材を加工して家具にしたりと、ないなりに工夫できることも分かりました。それと、電気が通ったときにとてもうれしいんです。『明るい!!』って(笑)。当たり前にあるものではなく、1から暮らしを組み立てていく経験を積み重ねたことで、『生きていく芯』が見えてきた感じです」と話します。

(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

暮らしの「芯」があるから、ステイホームも苦にならず

小屋をつくっている途中、ずーーーっと楽しかったというIさん。その後、妊娠と出産を経て、新しい家族が増えました。まだまだ小さい赤ちゃんを連れて、二拠点を行き来しはじめた矢先、今回の新型コロナウイルス騒動が起きました。

「私たち夫妻にとっては、平日の都内の暮らしも、三浦の小屋に移動するのも、日常の一部なんです。ただ、今回はそうもいかず、都内の家でじっとしていました」といいます。

移動ができないとなると、家の大きさを「狭い」と感じることはなかったのでしょうか。
「3人で暮らしていましたが息苦しい、狭いと感じることはありませんでした。もともと家具はちゃぶ台ひとつで暮らしてきましたし。緊急事態宣言中は、夫も在宅勤務になったのですが、机がなくてアイロン台で仕事をしていたんです(笑)。さすがに不便を感じて、押入れをDIYしてデスクスペースにしていましたね」(Iさん)

押入れをDIYして生まれたデスクスペース(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

押入れをDIYして生まれたデスクスペース(イラスト/ぼんやりウィークエンド)

Iさん自身はモノを持たない、というほどのミニマリストではないそう。ただ、「あるものでなんとかしてきた」「コンパクトに暮らしたい」という暮らしの根っこは揺らがなかったといいます。

「小屋づくりというプロジェクトのなかで、夫婦でしっかり話し合って、暮らしの芯というか軸を共有していたので、あまり揺らがなかったように思います。もちろん、子どもが大きくなるにつれて、小屋をアップデートする必要はあるかもしれませんが、3人で暮らしていけるね、そういう自信があります」(Iさん)

もちろん、誰もがIさんのようにコンパクトに暮らすことが「最適解」ではないでしょう。人の理想の暮らしはそれぞれ。住まいは「買う」「借りる」だけでなく、「実際に暮らしてみる」「自分たちでつくる」「DIYリノベする」などの選択肢がある時代です。新しい住まい方、暮らし方を考えているのであれば、Iさんのように、一度、行動にうつしてみるのもよいのではないでしょうか。

”空き”公共施設をホテルやシェアオフィスにマッチング?「公共空間逆プロポーザル」がおもしろい

空き家が社会問題として取り上げられるようになって随分経ちますが、実は、空き家だけではなく、全国の地方自治体が持っている「公共施設」についても老朽化や財政圧迫などが大きな問題になっています。

そんな公共施設の活用方法について、民間事業者がプレゼン形式で提案し、そのアイデアに賛同する自治体とマッチングするのが「公共空間逆プロポーザル」です。このイベントを運営する公共R不動産の飯石藍(いいし・あい)さんと菊地マリエさんに公共施設の「これまで」と「これから」についてお話を聞きました!

空き家同様、公共施設も“モノ余り”の局面を迎えている!

「公共施設」と言えば、最近全国で新しく建てられ、話題になっている子育て施設や健康センター、観光・交流施設みたいなものをイメージする人も多いのではないでしょうか。

実は公共施設にはさまざまな施設や設備が含まれています。身近なもので言えば、小・中学校や図書館、公園や公民館、都道府県庁や市町村の庁舎、住居に関わるところでは公営住宅などもあります。そのほか、見えにくいものとして上下水道などの配管や電柱、道路、ごみ処理施設や給食センターなども公共施設に含まれます。

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

そんな私たちの生活に欠かせない施設がいま、「モノ余り」の状況だと言います。一体どういうことなんでしょうか?

「モノ余りという意味で、一番分かりやすいのは、廃校かもしれません。平成14年(2002年)から平成29年(2017年)の15年の間に全国で7500以上(発生数)の学校が廃校になっていますが、これは毎年約300~600校程度が廃校になっているということです。すべての廃校を建て替えたり再整備をしたりするだけの経済的な余力があればいいのですが、ご存じの通り、国も全国の地方自治体も財政難という問題を抱えています。加えてこれから人口は減っていく一方。もはや自治体が公共施設を自分たちだけで管理・運営できなくなっているのです」(菊地さん)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

確かに、市庁舎や公営住宅が老朽化して建て替えなければならない、でも予算がどうこう……といった話をよく耳にします。

「公共施設は戦後から高度成長期にかけて大量に建設・整備をされました。その多くがコンクリート造であるため、耐用年数(=法定耐用年数、減価償却する資産が利用に耐える年数。鉄筋コンクリート造の建物の場合は47年)はほとんど一緒です。一気に整備をしたので、2010年くらいから一気に老朽化して、いま一気に再整備が必要になっている、という状況なんです」(菊地さん)

こんな活用ができたら、みんながもっと楽しい!

とはいえ、廃校が道の駅や宿泊施設になったり、クリエイターの集まるシェアオフィス的な施設になったりと、面白い事例も少しずつ出てきているように感じます。公共R不動産では、基本的にメディアやコンサルティングなど官民のマッチングを促すサービスを提供していますが、1つだけ施設の運営にも関わっているとのこと。

「公共R不動産メンバーが関わった公共施設活用の事例の一つに、静岡県沼津市の『泊まれる公園 INN THE PARK(インザパーク)』があります。もともと少年自然の家として長年親しまれてきた施設が使われなくなってしまい、沼津市がうまく活用してくれる民間のパートナーを探していました。市はその建物自体の活用事業を想定していましたが、現地に赴いたメンバーが一番魅力に感じたのは併設する広い公園です。この『公園にも泊まれる』、というアイデアをベースに、施設のリノベーションだけでなく、公園内に宿泊可能な球体のテントを設置することも提案しました。現在は別会社をつくって運営しています」(菊地さん)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

木々の間に浮かぶ丸いテントに泊まれるなんて、子どもはもちろん、大人もワクワクしちゃいますね。

手続きの煩雑さを解消し、公共空間活用の間口を広げたい!

「公共R不動産」のサイトでは、このような全国の公共施設が活用募集中の物件として掲載されています。こちらに加え、公共R不動産が2年前から始め、話題になっているのが「公共空間逆プロポーザル(以下「逆プロポ」)」というイベントです。こちらは従来の公共施設の活用と、どのような違いがあるのでしょうか。自治体がもっている遊休化した公共施設の活用者を募集するにも、以前は各自治体のホームページ等でひっそりと掲載されるくらいで、なかなか民間事業者の目に留まりませんでした。それを公共R不動産で情報を編集し、まとめて紹介することで多くの人の目に触れるようにしたいと思い、公共R不動産を立ち上げたのですが、サイトを見た民間の方に活用に興味をもってもらっても、実はその後が大変なんです」(菊地さん)

「通常、自治体が公共施設の建て替えなどで、民間企業と一緒に何かの事業を行うときには公募(プロポーザル)という形を採る必要があります。これは手続きがとても煩雑で時間がかかる。さらに、公平な手続きが行われているかどうか、住民の目が光りますし、地域住民の合意や議会の承認手続きなどの障壁もあります。私たちの周りには柔軟なアイデアをもつ民間企業さんが多くいるので、そのような面白い事業を、公共施設の活用にもっと活かせないだろうか、また、民間の事業のようにもっとスピーディーに進められないだろうか、という気持ちで試しにやってみたのがこのイベントです」(菊地さん)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国の自治体がもつ公共施設の情報を収集している公共R不動産だからこそ、見えてきた課題、そして実現できたイベントだと言えるでしょう。具体的には、どんなイベントなのかについても聞きました。

「もともとは、2018年に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』という本を制作した際、『妄想企画』というコラムの中で行政のサービスを面白く変えられないかと出してみたアイデアが発端なんです。昔テレビで放映されていた『スター誕生』という番組をご存じでしょうか? スターになりたい人たちが芸能事務所の人たちの前でアピールをして、うちの事務所で一緒にやろう! という担当者がプラカードを上げてマッチングをする、という番組です。あの番組からインスピレーションを受け、まず、民間事業者が公共施設をこんなふうに使いたい! とプレゼンテーションを行います。ぜひうちの自治体でそれをやりたい!という担当者がプラカードを上げることでマッチングのきっかけづくりをしています」(飯石さん)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

「面白い公共施設」を可能にするのは、民間事業者のプレゼンテーション

筆者も第1回、第2回と参加しましたが、イベントはかなりの盛り上がり! アイデアに賛同するプレゼンには、参加者がオレンジ色の「いいね」うちわを上げてリアクションしますが、会場全体がオレンジ色に染まる場面も多々ありました。

「最初は、自治体の人たちが本当にプラカードを上げてくれるんだろうか、民間企業の先進的なアイデアについていけるんだろうか、と不安でした。ところが、2018年に開催した第1回のイベントが予想以上に盛り上がり、昨年に行った第2回のイベントは第1回を超える規模で開催しました。全国定額住み放題サービス『ADDress』(2019年4月スタート)は、第1回のイベントのときにプレゼンター・佐別当隆志さんのアイデアを自治体に投げかけたところ、とても手応えを感じたので半年後に会社をつくって事業化されたと聞いています。直接自治体のもつ公共施設ではないのですが、社会問題として挙がっている空き家を活用し、自治体とも連携して一緒に進めているものです。全国にある空き家をきれいにリノベーションして運営していて、会費を払った会員が、どこでも好きな空き家を選んで住むことができます」(飯石さん)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

SUUMOでも2019年の住まいのトレンド予測として「デュアラー=デュアルライフ(二拠点生活)を楽しむ人」を挙げ、その動向を追ってきましたが、まさに今の新しい住まい方に沿うアイデアですね!

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

他にも世界中で「無印良品」ブランドを展開する良品計画と茨城県常総市とのマッチングが成立して、市営住宅の活用に関するプロジェクトが始動するところだそう! 常総市は第2回のイベントに市長自ら参加したことからも、自治体として「何が何でもアイデアをもって帰って形にするぞ」という気合いがうかがえます。これからもイベントがどう発展していくか、またプレゼンされたアイデアがどう実現されていくのかがとても楽しみですね!

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

これから公共施設はどうなっていく!? 公共R不動産のチャレンジ

これまでの取り組みをふまえて、今後、公共R不動産で予定していることについてもお二人に聞いてみました。

「逆プロポに関しては、コロナの影響もあり、しばらくイベントの開催が難しい状況もあるので、オンラインでのイベント開催を考えています。実は2月に予定していた福岡でのイベントは、急きょ動画で提供する形に変更となりました。実際にやってみて、オンラインでの実施でもマッチングにつながる可能性を感じました。当然、オンラインであれば、これまで遠方でなかなか足を運びづらかった自治体の担当者の方なども参加しやすくなりますしね」(菊地さん)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

「ほかにもイベント後に、プレゼンターとして登壇いただいた民間事業者の方々を連れて、アピールしてくださった自治体の公共施設を一緒に視察する機会もつくったりしています。施設の価値はそれ単体ではなく、周辺施設も含む立地であったり、その街を形成するコミュニティであったり、とさまざまな要素が絡み合って形づくられるものです、だからこそ、現地に行って肌で感じることも重要だと思います。実際に逆プロポでも、第1回では物件とのマッチングという側面が強かったのですが、第2回では物件単体というよりも、その街にどんな人がいて、何をやっているのか、という『コミュニティ』や、一緒に事業を仕掛けていける現地の『パートナー』に焦点が当たりました。それで然るべきと思いますし、その街ならではの資源が活かされるプロジェクトになるといいなと思います」(飯石さん)

お二人の話を聞いて、公共施設の現状や問題について、今まで知ることができなかった裏側の事情も少し垣間見えた気がしました。自分の住む街がもっといい街に、もっと面白い街になってほしい! という気持ちは多くの人にとって共通の想いなのではないでしょうか。
自分の住む街が魅力的な街になるように、また魅力的な街を選べるように、住まいとともに公共施設の現状や使い方にも興味をもって、地域のコミュニティに主体的・積極的に関わっていきたいものですね。

●取材協力
・公共R不動産
・株式会社アドレス
・株式会社良品計画
・常総市

[高山都さんインタビュー]夏時間を楽しむ家と自然体な暮らし

自然の営みを慈しみ、しなやかに自分らしく暮らす。肩の力を抜いて気持ちよく暮らすコツを少しずつ増やしているモデル・高山都さんの住まい、暮らし、生き方を紹介しよう
――取り繕っても本当の姿は透けて見えてしまうから無理はしません――

頑張れない日も自然体で受け入れる

日々のライフスタイルをつづった著書やインスタグラムが人気の高山都さん。毎日更新しているインスタのフォロワーは17万人を超え、料理している過程をライブで流すこともしばしばだ。
SNSなどで自ら発信するようになって感じているのは、取り繕った自分はいつの間にか透けて見えてしまうということだ。

「言葉を着飾って背伸びした写真を撮っても、どこかに内側まで出てしまうから、スケルトンであることと上手に付き合おうと思いました。すてきなものに出合ったら写真に切り取って載せたいし、失敗した料理もそのまま見せちゃえと。その方が自分らしいし、無理がないから、続けられます」。
生活していればいいことも悪いこともあるし、料理を頑張りたい日も頑張れない日もある。そんな自分も自然体で受け入れる。

高山さんも、20代はどこか無理をしていたという。30歳を過ぎてから、焦っても仕方がない、何かを少しずつ時間をかけて完成させていけばいい、そんなふうに思えるようになったのだそう。肩の力を抜いてもきれい。それが高山さんの考える理想の美しさだ。

「今だってへこんだり、もんもんとするときはありますが、そんなときは自分のために好きな花を飾ったりして、自分で自分のご機嫌を取ってあげるんです」

――窓から差し込むたっぷりの光を見てここをベースに生きようと思えたんです――テーブルにはいつも何かしら花を飾っている。この日は明るいパワーが欲しくて、黄色のラナンキュラスを中心に、ユーカリなどを花束のように飾った。「最近は同色でまとめるのがお気に入り」

テーブルにはいつも何かしら花を飾っている。この日は明るいパワーが欲しくて、黄色のラナンキュラスを中心に、ユーカリなどを花束のように飾った。「最近は同色でまとめるのがお気に入り」

光が心地よい住まいを自分の色に整える

3年前、引っ越しをしようと決めて、高山さんが選んだのは築35年のマンションだ。駅からは少し距離があるが、「買い物の道すがらや駅まで歩くとき、季節の変化も感じられます。そんな小さな楽しみとか喜びを見つけられると、なんてことのない日常の幸福度数が上がる気がするんです」

内覧したときは、まさに内装工事中。「自然光が差し込む大きな窓と広いキッチンをひと目で気に入って即決。キッチンは食器棚をパーティションにして、アトリエのように使いたいとイメージが膨らんで、ここをベースに生きようと思えたんです」
壁は一面だけブルーグレーに塗ってもらった。白よりトーンが落ちたグレーは、花の鮮やかさを引き立ててくれる。朝ブラインドを上げると大きな窓から明るい日差しが一気に入り込む。ブラインドを下げれば周囲の目線を程よく遮るから、窓を開けて風を感じて過ごせる。

古材を使ったダイニングテーブルで、写真集を見ながら、料理の盛り付けのヒントにしたり、日々のことをつづったり、友達を呼んでホームパーティーを開いたり。1人の時間も誰かと過ごす時間も気持ちよい場所だ。
ここで暮らすようになって、ダイニングテーブルやキッチンの窓辺には、何かしら花を飾るようになったそう。朝、LDKに入ると柔らかな日差しと花や緑が迎えてくれる。起きて一番に目にするその景色がとても気持ちいいから、「花を飾るようになって、部屋を片付けておくようになりました。花に似合う空間をつくろうと思うからですね、きっと」

出掛けられない時間、誰にも会えない週末も、丁寧な暮らしで家時間を豊かにしている。

――毎日を気持ちよく過ごす“コツ”が少しずつ増えていきました――前の住まいから使い続けている食器棚は愛着があって、「暮らしの一部になっている」そう。少しずつ集めているお気に入りの食器を置いて見せる収納にした

前の住まいから使い続けている食器棚は愛着があって、「暮らしの一部になっている」そう。少しずつ集めているお気に入りの食器を置いて見せる収納にした

好きなことに対してクリアな感性をもち続ける

高山さんはフルマラソンで3時間台の完走記録をもつランナーだ。走ることを始めたのは10年前。1カ月100kmを走っている。
「長く走る日もあれば、少しだけ走って終了の日もあります。好きなときに走って目標はキープする。私にとって無理なくやれるバランスです」
昨日より今日はいい自分でいたいけれど、料理も走ることも一気にはうまくはならない。「続けるうちに習慣になり、自分自身になっていくのだから、積み重ねながら変わっていけばいいと考えたら、日々を気持ちよく過ごす”コツ”が少しずつ増えていきました」
「流れる水は濁らないから、好きなことにいつもクリアな気持ちでいるためにも、滞留せず変化も自然体で楽しんでいきたいですね」

素通しだった窓にフィルムを張って、いろいろな花を小さな瓶に一輪ずつ飾って楽しんでいる

素通しだった窓にフィルムを張って、いろいろな花を小さな瓶に一輪ずつ飾って楽しんでいる

白い壁にはドライフラワーを飾って。「もらってうれしかった思い出をそのまま残したくて」手づくりしたもの。室内のグリーンは、様子を見ながら窓辺に移動して日に当ててあげる

白い壁にはドライフラワーを飾って。「もらってうれしかった思い出をそのまま残したくて」手づくりしたもの。室内のグリーンは、様子を見ながら窓辺に移動して日に当ててあげる

去年の秋と冬に訪れたパリの蚤の市で買ったアンティークの食器たち。シルバーのカトラリーは休みの日に磨くことも。料理との相性を考えながら、その日使う器を選ぶ。「意識しているのは余白をつくった盛り付けにすること」。海外のアートブックを見て参考にすることも

去年の秋と冬に訪れたパリの蚤の市で買ったアンティークの食器たち。シルバーのカトラリーは休みの日に磨くことも。料理との相性を考えながら、その日使う器を選ぶ。「意識しているのは余白をつくった盛り付けにすること」。海外のアートブックを見て参考にすることも

自然体でしなやかに暮らしを楽しんでいる高山さんは、すてきな暮らしを送るための知恵をたくさん教えてくれた。自分が気持ちよく過ごせるように空間を整える、そうしてできたホームベースがあるからこそ、自然体のままでどんな変化も楽しんでいけるのかもしれない。

構成・取材・文/中城邦子 撮影/藤本薫

Miyako Takayama
1982年生まれ、大阪府出身。ビューティーモデル。ドラマや舞台の出演、ラジオのパーソナリティなど、幅広く活躍。趣味はランニングと料理。自身のインスタグラムでは#みやれゴハンとして、日々のごはんを投稿。フォロワーは17万7000人

『高山都の美 食 姿 2 「日々のコツコツ」続いてます。』(双葉社)『高山都の美 食 姿 2 「日々のコツコツ」続いてます。』(双葉社)
暮らしを楽しむヒントを自身の言葉でつづった著書『高山都の「美 食 姿」』が大好評を博し、第2弾を18年に上梓。現在、第3弾を執筆中

コロナ禍で住まい選びのオンライン化進む。売買・賃貸契約、住宅購入はどう変わる?

新型コロナウイルスの影響によって仕事や買い物など、さまざまな場面で「新しい生活様式」が広がりつつある。バーチャル画面を使ったモデルルーム見学やオンラインによる住まい選びセミナーなど、住まい選びにもそうした新しい動きが出始めているようだ。国や業界の対応、各企業の現状を取材した。
賃貸取引に続き売買取引でもIT重説の社会実験スタート

不動産業界では国が音頭をとり、コロナ以前から「重説のIT化」が進められていた。重説とは重要事項説明のことで、宅地建物取引業法では賃貸や売買の契約時に宅地建物取引士による説明が義務付けられている。

これまでは重要事項説明書という書面を使い、借主や買主に対して対面で重説が行われてきた。それがコロナ禍をきっかけに、IT化、つまりオンラインによるリモート化が一気に進みそうな状況なのだ。

重説のIT化はまず、賃貸取引で始まった。2015年8月から2017年1月まで、賃貸取引と法人間売買取引について社会実験が行われ、事前に登録した不動産会社が実際の業務でテレビ会議システムなどによる重説を実施。2017年10月からは賃貸取引での本格運用がスタートし、すべての不動産会社がIT重説を実施できるようになっている。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに2019年10月からは、個人を含む売買取引についても社会実験が開始された。賃貸取引と同様に事前登録した不動産会社が実験に参加する形で、2020年9月30日まで実施される予定だ。参加事業者の募集は当初は2020年5月中旬までの予定だったが、コロナ禍を受けて門戸を広げる意味で当面の間延長されることとなった。

売買取引でのIT重説では、事前に不動産会社が売主と買主の双方に同意を得る必要がある。買主には重要事項説明書などの資料が郵便などで送付されるので、事前に目を通しておくことが可能だ。IT重説を実施するときには通常の重説と同様に不動産会社側から宅地建物取引士証が提示され、説明の様子が録画・録音される。また説明後は買主にもアンケート調査が行われ、国土交通省に提出することになっている。

社会実験に参加している不動産会社は売主の同意があれば、物件広告にIT重説が可能なことをPRでき、国が指定したロゴマークも表示できる。IT重説が受けられる物件かどうか知りたい場合は、ロゴマークで確認するといいだろう。

売買取引の社会実験に登録している不動産会社は、2020年5月29日時点で475社となっており、今後も増えることが予測される。また賃貸取引については重要事項説明書などの書面を電子化する社会実験も2019年に実施された。今後も重説のIT化が進めば、自宅に居ながら簡単に住まいの契約がしやすくなりそうだ。

国や業界団体が感染予防対策のガイドラインを策定

重説のIT化が進められる一方で、不動産・住宅業界ではコロナ禍に対応した新しい接客方法などを模索する動きも出ている。緊急事態宣言の期間中は営業を自粛する店舗やモデルルームも多かったが、宣言が解除されたことで徐々に営業が再開され、客足も戻りつつあるようだ。

そんななか、国土交通省は不動産業界向けに感染予防対策ガイドラインを作成した。従業員の健康確保やテレワーク・時差出勤などの検討、勤務中のマスク着用の推奨といった基本的な対策をまとめたものだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

店舗などでの接客については、来店やモデルルームへの来場はできる限り予約制とし、少人数での来店・来場を依頼するとしている。また仲介時の売買活動に関する報告は、対面ではなく電話などでも可能とするといった内容だ。

住宅業界の団体である住宅生産団体連合会も同様に、住宅業界向けの感染予防ガイドラインを策定。顧客との打ち合わせや商談はできる限り電話やメール、オンラインで行い、対面で行う場合はできる限り2m(最低1m)の間隔をとり、お茶などはペットボトルや紙コップで出すといったきめ細かな対策をまとめている。

不動産・住宅業界では感染予防に注意を払いつつ、早期の景気回復や市場活性化に向けた経済対策を自治体や国に要望しているところだ。

VRでの住まいづくりが体験できるセットが好評

住宅メーカーやリフォーム会社など、個々の企業でもオンラインを活用した対応が進んでいる。どのような対策に取り組んでいるのか、具体例を紹介しよう。

在宅で住まいづくりの相談ができる「おうちで住まいづくり」を4月から展開しているのが積水ハウスだ。希望の日時を予約すると、間取りや土地探し、資金などについて電話やWEBで担当者と相談できる。またVR(バーチャル・リアリティ)を使ってプランニング例などを体験できる「住まいづくり」体験セットを、希望者に無料で送付するサービスも行っている。

「おうちで住まいづくり」(写真提供/積水ハウス)

「おうちで住まいづくり」(写真提供/積水ハウス)

同社によると、住まいづくり体験セットは特に好評で、4月の資料請求は前年比で約2倍、5月はエリアによって5倍以上の引き合いがあったという。またリモートによる相談は当初は申し込みが少なかったが、企業でのリモートワークなどが普及するにつれて徐々に増えてきているそうだ。さらに6月には同社社員の自邸を動画で紹介するコンテンツをHP上で公開したり、今後は営業が分譲地や建売物件をライブ配信するなど、オンラインを活用したサービスを予定している。

リフォームのオンラインセミナー・相談会で集客増

東京・横浜を拠点にリフォームを手がけるスタイル工房では、以前からセミナーや相談会を行っていたが、コロナ禍を受けてオンラインでの対応に力をいれている。これまでは月2回の店舗セミナーでそれぞれ3~4組程度の参加だったが、オンライン化によって月に十数組の申し込みが入っているという。またオンライン相談会も新規の申し込みが月に30件程度と好調だ。

オンライン相談会のイメージ(写真提供/スタイル工房)

オンライン相談会のイメージ(写真提供/スタイル工房)

「オンラインでの打ち合わせやセミナーはお互いに時間調整がしやすく、進めやすいと言えます。また事前に質問事項や要望を整理するなど、しっかり準備して参加されるお客様が多く、こちらからのプラン提案などもスムーズです。ただ、工事の詳細を決める打ち合わせなどは、対面のほうが素材感などを直接感じられてよいという感想も聞かれました」と、同社の担当者は話している。

また現状ならではの要望として、オンライン授業用に子ども部屋をリフォームしたいといった相談もあったという。同社では今後もオンライン化を進め、モデルルームのライブ見学会なども検討しているそうだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

このほか、新築マンションでもモデルルーム見学や商談などをオンラインで可能にする取り組みが広がっている。なかには情報収集や見学、契約から引き渡しまで、マンション購入のほぼすべての手続きをオンラインや郵送などでリモート化できるケースもある。

国や業界団体、各企業の取り組みが進むことにより、極力外出しなくても住まい選びが完結できるようになるかもしれない。不動産会社とオンラインで相談や打ち合わせをすれば、対面よりも効率的で内容の濃い話ができる場合もあるだろう。とはいえ、採光や眺望、室内空間や内装の素材、周辺環境などは、実物を見ないとイメージしにくい面はある。アフターコロナ時代には、手続きなど可能な部分はオンラインを活用しつつ、必要に応じて現地を確認することで、間違いのない住まい選びを実現するようにしたい。

●取材協力
積水ハウス
スタイル工房

台湾の家と暮らし[6] 台北の中心地の賃貸マンションをリノベーション! フォントデザイナーの自宅兼オフィス

暮らしや旅のエッセイスト・柳沢小実が台湾の家を訪れる本連載。2020年、3軒目におじゃましたのは、ジョー(張軒豪)さんが住む、台北市の中心部・南京復興エリアのマンションです。ジョーさんの暮らしと、台湾の賃貸物件のリノベーションについて、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き柳沢さんが、自分らしく暮らす方々の住まいへお邪魔しました。ジョーさんが住むのは台北中心部の賃貸物件台湾は、都心でも仕事と暮らしの距離感が密接(写真撮影/KRIS KANG)

台湾は、都心でも仕事と暮らしの距離感が密接(写真撮影/KRIS KANG)

台北市の中心に位置する、南京復興駅。地下鉄が2線通っているため利便性が高く、会社やお洒落なレストランなども多いエリアです。フォントデザイナーのジョーさんの住居兼オフィスは、昨年取材した方々と同様、台北ではごく一般的な築40年の4階建て低層マンション。エレベーターはなく、階段で部屋まで上がっていきます。

ジョーさんが暮らすマンション。1階は友人のデザイン会社(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんが暮らすマンション。1階は友人のデザイン会社(写真撮影/KRIS KANG)

明るい光がたっぷりと差し込む窓辺(写真撮影/KRIS KANG)

明るい光がたっぷりと差し込む窓辺(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんにとってこの住まいは、オランダ留学などを経て5軒目。「台湾で、いい部屋を探すのは難しい」と、ジョーさんもこれまで取材した人たちも口をそろえて言います。1階にあるデザイン会社の人から紹介されてこの賃貸マンションと出合い、入居したのは3年前。ここはジョーさんにとって、生活と仕事の空間です。

台湾では賃貸物件でもリノベーションできる場合も

この部屋を借りようと思った決め手は、ガラスや柵などの古いディティールでした。台湾では、大家さんとの交渉次第で、賃貸物件でもリノベーションが可能な場合もあります。ジョーさんはインテリアデザインの会社に依頼して、2カ月間くらいかけて縦長の3部屋をワンルームにしました。

台湾のマンションは、持ち家であればベランダやサッシ、玄関ドアなど、日本では共有部分とみなされる部分もリフォームできます。そのため、持ち家の人はベランダ部分をサンルームにしたり、さらに外側に拡張させたりと、自由に手を加えています。

台北は、5階建てくらいの低層マンションが多くみられる(写真撮影/KRIS KANG)

台北は、5階建てくらいの低層マンションが多くみられる(写真撮影/KRIS KANG)

交渉次第では賃貸でもリノベーション可能と書きましたが、賃貸契約は大家さん側の権利が強く、それゆえのトラブルも多々あります。例えば住人が費用を負担してリノベーションやリフォームをした後に、すぐに住人を追い出して、さらに高い家賃で他の人に貸す悪徳家主も少なくないそう。このような理由で、人気のお店も移転や閉店せざるを得ないこともあります。台湾の不動産事情の問題点のひとつだと聞きました。

ジョーさんの住まいは、約59平米のワンルーム(イラスト/Rosy Chang)

ジョーさんの住まいは、約59平米のワンルーム(イラスト/Rosy Chang)

玄関は、日本の金沢市(石川県)で見たというギャラリーのデザインを参考に。玄関横のデッドスペースには土間のようにしたベースの上に石を敷いて、靴置き場にしました。おかげで生活感が消えて、ギャラリーのようにお客さんを迎えやすい空間に生まれ変わりました。また、古いものも好きなので、他の人の家で使っていた古い床材を譲ってもらって、色を塗って床に貼っています。天井はもともと高かったため、手を加えずにそのまま利用しているそうです。

玄関まわりに石を敷くアイデアは真似しやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

玄関まわりに石を敷くアイデアは真似しやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

リノベーション前に壁紙をはがしたら、味のある壁が出てきた。アクリル板で覆ってデザインを活かしました(写真撮影/KRIS KANG)

リノベーション前に壁紙をはがしたら、味のある壁が出てきた。アクリル板で覆ってデザインを活かしました(写真撮影/KRIS KANG)

海外での生活経験があるジョーさんは、ヨーロッパのAirbnbの住宅で使われているインテリアを見るのが趣味。オランダ留学時代に、現地のオランダ人の家に遊びにいったことも参考になっているそうです。また、台湾でデザイナーをしている人の家もアイデアソースに。知識やセンスが蓄積されていたおかげで、リノベーションで自分らしい空間が手に入りました。

ジョーさんの作品(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんの作品(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

ゾーニングと収納の達人

ジョーさんが空間をアレンジしやすいからという理由で選んだ細長い部屋。日当たりのいい窓際には仕事道具のパソコンと、時々開催しているカリグラフィーのワークショップもできる大きなテーブルを置き、奥には生活感の出やすいベッドやクローゼットを配置してパーテーションで目隠しするなど、空間をさりげなくゾーン分けしています。

キッチンとクローゼットの収納は無印良品のもの。厳選した持ち物をすっきりと収納しています。クローゼットは、壁側に無印良品のシェルフを置き、天井にレールを取り付けてスライドドアを後付けしています。わざわざクローゼットを設置するよりもこのほうが断然使いやすく、コストもかかりません。また、テレビはベッドの足側に置いてあり、パーテーションの陰に隠れているため来客からは死角になっています。

質のいい睡眠が得られそうな、ベッドスペース。クローゼットの扉は1枚のみで半分は常に開けてあるため通気性がいい(写真撮影/KRIS KANG)

質のいい睡眠が得られそうな、ベッドスペース。クローゼットの扉は1枚のみで半分は常に開けてあるため通気性がいい(写真撮影/KRIS KANG)

シェルフにボックスを置いて、ごちゃっと見えない工夫を(写真撮影/KRIS KANG)

シェルフにボックスを置いて、ごちゃっと見えない工夫を(写真撮影/KRIS KANG)

キッチンはコンロが無くシンクのみというのも、日本人的には目からうろこです。調理用にはカセットコンロが置いてあるだけ。そのシンプルな設備で、週3~4日、スープなどをつくっているそう。そして、デザインが気に入った無印良品の冷蔵庫は、日本からわざわざ取り寄せました。

シンクと作業台だけのキッチン。使いやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

シンクと作業台だけのキッチン。使いやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

デザイナーという職業柄、インテリアのセンスも抜群なジョーさん。家具は無印良品やイケアのもので統一し、テーブルや棚は自分でデザインしてDIYしたものです。DIYの材料はWEBショップから購入しました。パソコンを棚に置いて立って仕事をしていて、場所を取るパソコンデスクがないおかげで、空間を有効に使えています。また、来客が多いため、紙製の折りたたみスツールも大活躍。広くない家だから、植物の多くは床置きせずに吊るしているそうです。

ジョーさんのワークスペース。台湾の人は見せる収納がとても上手(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんのワークスペース。台湾の人は見せる収納がとても上手(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

デザイン作業は立ってやっているそう。すぐ横に音楽を楽しめるようスピーカーを置いて快適な環境づくりを(写真撮影/KRIS KANG)

デザイン作業は立ってやっているそう。すぐ横に音楽を楽しめるようスピーカーを置いて快適な環境づくりを(写真撮影/KRIS KANG)

台湾の人たちの多くは家の外で過ごす文化がある

台湾の人は外に出かけるのが好きで、家には寝に帰るだけというライフスタイルの人も多いよう。ジョーさんも現在の部屋に住む前はカフェに行って仕事をしていましたが、ここに越してきて家にいる時間が長くなったそうです。リノベーションした部屋に住む魅力は、自分のニーズに合った、住みたい空間がつくれること。便利な立地のため、夜は友人たちが来て家で飲み会をすることもあるのだとか。

ジョーさんの自宅から歩いて10分ほど、興安公園の向かいにある地元っ子に大人気の香港料理店「家鴻焼鵝・興安店」。ロースト肉に行列ができる。お昼すぎると売り切れることも(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんの自宅から歩いて10分ほど、興安公園の向かいにある地元っ子に大人気の香港料理店「家鴻焼鵝・興安店」。ロースト肉に行列ができる。お昼すぎると売り切れることも(写真撮影/KRIS KANG)

皮がさくっとしていて身もジューシーなのにしつこくない。これまで私が食べた焼鵝の中でも上位に入る味(写真撮影/KRIS KANG)

皮がさくっとしていて身もジューシーなのにしつこくない。これまで私が食べた焼鵝の中でも上位に入る味(写真撮影/KRIS KANG)

もう一軒のジョーさんの行きつけは、近所のアートギャラリー「森3 SUN SUN MUSEUM」。奥には山小屋のような小さなカフェスペース「森3BAR」があり、阿里山産のコーヒーが楽しめます(写真撮影/KRIS KANG)

もう一軒のジョーさんの行きつけは、近所のアートギャラリー「森3 SUN SUN MUSEUM」。奥には山小屋のような小さなカフェスペース「森3BAR」があり、阿里山産のコーヒーが楽しめます(写真撮影/KRIS KANG)

おわりに

2020年、私たちはこれまでとは違った働き方や暮らし方を模索しています。今後は働き方も確実に変わりますし、その変化にともなって、住まい方も変わっていくのではないでしょうか。ジョーさんのように、住まいが仕事場でもある人の家づくりには、たくさんのヒントがあります。この記事が、新しい時代を生き抜くための参考になれば幸いです。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

●取材協力
張軒豪さん(Eyes on Type)

これで解決!リフォームの「想定外」あるある

初めてのリフォーム。不安で動きだせないのはわからないことが多いから。事前に下調べして、つまずきそうなポイントを把握しておけば、安心して進められるはず。経験者の声を参考に、リフォームの”想定外”をつぶしておこう。
1 準備や工事期間中の”想定外”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

狭い空間、荷物の移動にヘトヘト 思った以上にストレスがたまる
準備や工事期間中に多いのは、仮住まいや住みながらの工事にまつわる想定外。在宅での工事は一見、引越し不要で楽に思えるが、狭い空間で家族のプライバシーがなくなったり、水まわりが使えず、コインランドリーや銭湯通いなどの不便を強いられることも

▽▽▽経験者のつまずきポイント▽▽▽

扉やブルーシートでリフォームする部屋を区切っていたけれど、工事期間中はリフォームしない部屋もホコリっぽい状態に。住みながらのリフォームだったので、仕事から帰宅して毎日掃除をするのが大変だった
(茨城県・38歳・女性)仮住まいの手配はリフォーム会社がやってくれたが、その後、自分で引越しの荷物をまとめるのが大変だった。あまりに物が多すぎて……。最終的には断捨離できて良かったけれど、もっと早くから粗大ゴミに出すとか、計画的に整理を進めておけば良かった
(千葉県・50歳・男性)工事期間中、風呂やキッチンが使えないときが一番大変だった。始める前は「短期間だから」と軽く考えていたが、子どももいるし、毎日洗濯はあるし、普段通りの生活ができずストレスがたまった
(京都府・42歳・女性)

これで解決!>>計画的に準備 短期の賃貸利用も視野に

リフォームは長年ため込んだ持ち物を見直し、整理する良い機会。不用品の処分などはプランの相談と並行して、少しずつ整理を進めよう。短期間のリフォームでもホテルや短期賃貸マンションを利用すれば、リフレッシュできてストレスになりにくい。

2 お金にまつわる”想定外”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

「この際だから」で気付いたときは予算オーバー
何にいくらかかるかは始めてみないとわからないことも多い。大きなお金が絡むので、相談しているうちに感覚がまひしてくることも。「せっかくやるならついでにここも」「どうせ変えるならハイスペックな設備に」など、積もり積もって予算オーバーになる危険性あり

▽▽▽経験者のつまずきポイント▽▽▽

太陽光発電、オール電化……やりたいことをどんどん追加していったら、あっという間に予算オーバー。「一生に一度のリフォーム」という思いもあり、どれも削ることができなかった
(千葉県・50歳・男性)2社しか見積もりを取らなかったので、どっちの金額が妥当なのかわからなくなってしまった。せめてもう1社見積もりを取って3社で比較すれば「適正価格」がわかりやすかったように思う
(愛知県・43歳・男性)システムバスや建具などいろいろな商品を見せてもらったけれど、値段の高いものはやっぱりすてき。いろいろと目移りして、結局高いものばかり選んで、貯蓄を取り崩すことに。初めに決めた予算を守ろうという強い意志が足りなかった
(兵庫県・51歳・女性)

これで解決!>>予算を正直に伝え冷静にコスト調整を

予算オーバーは不安だが、それを恐れて最初に伝える予算を低くし過ぎても、期待どおりのプランにならない可能性も。リフォーム会社には、最初にここまでが上限という予算を正直に伝え、どこに重点的に予算を割くか、設備、材料の選び方の相談に乗ってもらおう。

3 会社選びの”想定外”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

どれも同じ?リサーチ不足で決められない
簡単に決められるようで、みんな意外にてこずっている会社選び。ネットのクチコミが気になってそこから先の一歩が踏み出せない人、選択肢があり過ぎて何を基準に選べばいいのかわからないという人、どの会社も同じに見えて決められないという人も

▽▽▽経験者のつまずきポイント▽▽▽

工事の実績や提案プランの内容など、どの会社もいいところがあり、迷ってなかなかきめられなかった
(奈良県・61歳・男性)地元の工務店から大手リフォーム会社までいろいろ選択肢があるが、それぞれ何が違うのか、自分の場合はどんな会社を選ぶのが正解なのかがわからず、ファーストコンタクトまでずいぶんと時間がかかってしまった
(千葉県・50歳・男性)デザインが私好みだったのでお願いするつもりで話を進めていた会社があったが、担当者の連絡が遅く不安に。いったんそう感じると、プランの不備ばかりが目につくようになり、結局、やめて別の会社に依頼。つくづくリフォーム会社選びは難しいと感じた
(東京都・24歳・女性)

これで解決!>>タイプの違う会社で比較 相性も見極めて

規模や運営母体の違う3社程度でプランと相見積もりを取ると特徴や違いがわかりやすい。気になる会社があったら資料をもらって会ってみよう。また、会社選びでは担当者との相性も重要。プランの説明をじっくり聞いて、自分と合う会社を見つけよう。

4 プラン検討中の”想定外”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

動かせない壁、窓、配管 思ったプランにできない!?
プランの想定外といえば、やりたいプランができないと言われること。建物の工法や構造上の制限で希望の間取りにできなかったり、建築基準法やマンションの規約など、法的な制限で希望の設備や材料が使えないといった想定外もある

▽▽▽経験者のつまずきポイント▽▽▽

キッチンを移動させて、リビングをもっと広く開放的にしたかったが、排気口や配管の位置は動かせないことを後から知り、希望する間取りにできなかった。マンションのリフォームはいろいろ制約があって難しいと感じた
(埼玉県・45歳・女性)外装、内装、床材の色を一度に決めなくてはならず混乱した。そもそも小さなサンプル帳を見ただけで決めるのは無理。壁と床の色のバランスがちぐはぐな仕上がりになって、やり直したい気持ちになった。CG写真などで部屋全体のイメージが確認できれば良かったのに
(千葉県・46歳・女性)1人でいろいろなショールームに出掛けてみたが、住宅設備や部材選びの基準がわからず、決めるのに苦労した。もう少し具体的に絞り込むなり、下調べするなりしてから見に行けば良かった
(北海道・65歳・女性)

これで解決!>>現場調査がポイント プロの力を借りよう

間取り変更や設備・素材選びで希望がかなうか、土壇場で想定外が起きないようにするには、最初の現場調査がポイントになる。家の状態を正確に調査してくれる会社にお願いしよう。また、技術レベルのしっかりした会社を選ぶことも基本。施工実績を確認しよう。

ここまで4つのリフォームの想定外あるあると、その回避方法を学んできた。せっかくリフォームで理想の暮らしや家を実現するのに、その途中で疲れてしまったら本末転倒。ストレスなく、後悔なくリフォームを進めたいなら、想定外に備えておくのが賢明なようだ。

構成・取材・文/木村寿賀子

京都の元遊郭建築をリノベ。泊まって、食べて、働いて、が一つになった宿泊複合施設に行ってみた!

2020年2月。京都に、ひときわ個性的な宿泊複合施設が誕生しました。その名は「UNKNOWN KYOTO」(アンノウン・キョウト)。ここはなんと、「ゲストハウス」「飲食店」「コワーキングスペース」が合体した複合施設。しかもそれら建物はなんと貴重な元「遊郭建築」をリノベーションしたもの。どこか謎めいた雰囲気が漂う宿泊複合施設は、いったいどのようないきさつを経て生まれたのでしょうか。
「お茶屋」と呼ばれた元遊郭建築を、現代風に再生

訪れたのは、河原町五条の南東側。鴨川と高瀬川がせせらぎ、迷路のような細い路地が随所に張り巡らされた、京都のなかでもとりわけ古(いにしえ)のたたずまいが残るエリアです。京阪本線「清水五条」駅や京都市営地下鉄烏丸線「五条」駅から至近で、かつ阪急「河原町」駅や各線「京都」駅など都心部からもぶらぶらと散歩するあいだに着いてしまうほどアクセスがいい場所です。

実はこの河原町五条の南東エリアは、昔は「遊郭街」として知られた区域でもありました。最盛期には150軒ものお茶屋や置屋があったのだそうです。

今回お話を伺った、株式会社「八清」の暮らし企画部プロデューサーで、一級建築士の落海達也さんと、OND代表取締役社長の近藤淳也さん(写真撮影/出合コウ介)

今回お話を伺った、株式会社「八清」の暮らし企画部プロデューサーで、一級建築士の落海達也さんと、OND代表取締役社長の近藤淳也さん(写真撮影/出合コウ介)

落海達也さん(以下、落海)「UNKNOWN KYOTOは、もともとは古いお茶屋さんで、周辺一帯はかつて『五條楽園』という名の旧・遊郭街でした。京都の中心部の街並みが近年、変化する中で、この辺りには遊郭街特有の街並みが残っており、京都の人にさえも知られていないコアな歴史や個性豊かな建築が残るこのロケーションに、大きなポテンシャルを感じたんです」

京都の人にさえも知られていないコアな歴史や個性……施設に冠された「UNKNOWN」(アンノウン/知られざる)は、そういった趣旨が込められているのでしょうか。

落海「ネーミングは、“知られざる京都”という意味もありますが、いわゆる観光地ではなく、あまり知られていないエリアにこそスポットを当てていきたいという想いが込められています。これまでこのエリアに足を踏み入れたことがない人たちが訪れると、きっと新鮮な驚きがあるだろう。そういう想いが反映しています」

元は明治時代に建てられた遊郭だっただけあり、UNKNOWN KYOTOは、とにかく建物の姿かたちがレトロモダンで味わい深い。年季がもたらす情趣とともに色っぽさも感じます。そのまま映画のセットに使えそうな風格があるのです。

外観(写真撮影/出合コウ介)

外観(写真撮影/出合コウ介)

落海「ずいぶんと長い間、空き家でした。当初は和風建築でしたが、どこかのタイミングで今のスタイル、いわゆる“カフェー建築”と呼ばれる独特な建築スタイルになったものと思われます。地面がモザイクタイル張りだったり、古いガラスのブロックや、レンガ造りだったり、お茶屋さんだった時代の名残りが随所に見受けらます」

建物に足を踏み入れると、広い玄関土間が。赤とピンクの小さなタイルが敷き詰められた床は、お茶屋さん当時のもの。五條楽園が華やかかりし時代は、床にタイルを貼ることで清潔感を演出したのだそう。

玄関ホールで使われているタイルは古いものを残すだけではなく、お茶屋建築の美意識を活かすために元々そこにあったかのようなタイルを厳選するというこだわりぶり。床や壁をめくるたびにタイルなどが出てきたりするので図面はあってないようなもの。おかげで相当工事はたいへんだったそう(写真撮影/出合コウ介)

玄関ホールで使われているタイルは古いものを残すだけではなく、お茶屋建築の美意識を活かすために元々そこにあったかのようなタイルを厳選するというこだわりぶり。床や壁をめくるたびにタイルなどが出てきたりするので図面はあってないようなもの。おかげで相当工事はたいへんだったそう(写真撮影/出合コウ介)

南棟の1階には、フルタイム会員のみならずドロップイン利用(¥500/2時間~)、宿泊者利用も可能なコワーキングスペースと、そして奥には2つのシェアオフィスがあります。

コワーキングスペースはくつろげるソファ、テレビモニターがある会議室、シェアキッチンまでもが設けられた充実の設備(写真撮影/出合コウ介)

コワーキングスペースはくつろげるソファ、テレビモニターがある会議室、シェアキッチンまでもが設けられた充実の設備(写真撮影/出合コウ介)

柔らかなオレンジ色の灯りに照らされたコワーキングスペースは場所を固定しないフリーアドレス制。使い方の自由度が高い! しかも椅子はすべて『種類を変えた』という凝りよう。自分の体にフィットする椅子が選べ、京都に長期滞在する際も、ここだけで気分を変えて仕事をすることができます。

キッチンでは調理器具がひと通りそろっており、お湯を沸かしたり、パンを焼いたり、お弁当を温めたり、簡単な料理づくりが可能です。吊り戸棚はなんと、もともとの建物に残っていたものを再利用。

奥には、空から光の入ってくる坪庭があります。ほっとする眺めですね。

いかにも京都らしい、奥行きのある建物の中ほどには坪庭が(写真撮影/出合コウ介)

いかにも京都らしい、奥行きのある建物の中ほどには坪庭が(写真撮影/出合コウ介)

玄関ホールから階段を登ると、「うわぁ」、思わず驚きの声をあげてしまいました。舟底天井の格式高い和室や洋館を思わせるお部屋、ドミトリータイプの大部屋が2つ(うち1つは女性専用の部屋)など、お茶屋さん時代の間取りをそのままに活かした艶っぽい空間となっています。

天窓のある客室(写真撮影/出合コウ介)

天窓のある客室(写真撮影/出合コウ介)

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上/デッキを通って行ける中庭に面した北棟1階の客室 下/中庭を望む2階部分の廊下は青い絨毯が印象的(写真撮影/出合コウ介)

上/デッキを通って行ける中庭に面した北棟1階の客室 下/中庭を望む2階部分の廊下は青い絨毯が印象的(写真撮影/出合コウ介)

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上/共用の水まわりはレトロなタイルが。下/ドミトリータイプの客室はベッド部分にテーブルもあり、一般的なものよりもゆったりとしている(写真撮影/出合コウ介)

上/共用の水まわりはレトロなタイルが。下/ドミトリータイプの客室はベッド部分にテーブルもあり、一般的なものよりもゆったりとしている(写真撮影/出合コウ介)

細かな手仕事が施された建具はできるだけそのまま利用した(写真撮影/出合コウ介)

細かな手仕事が施された建具はできるだけそのまま利用した(写真撮影/出合コウ介)

北棟の1階には3面カウンターの飲食店スペースが設けられ、ランチと夕食をフォロー(今後、朝食もスタート予定とのこと)。お昼はスパイスカレーをメインとした「スパイスオアダイ」、夜は大衆酒場「アンノウン食堂」、昼は定食、夜はイタリアンをメインとした「Sin」と、系統が異なる3店。誰もが気軽に訪れ、美味と会話を楽しめる場となっています。別々のテイストの料理をつくる2人のシェフが、息を合わせて、ガスキッチンなどのスペースをシェアしながら料理を提供しています。

キッチンだけでなくホールスタッフもシェア。注文や会計どちらにもまとめて対応している(写真撮影/出合コウ介)

キッチンだけでなくホールスタッフもシェア。注文や会計どちらにもまとめて対応している(写真撮影/出合コウ介)

このゲストハウスでは特に、飲食ができる点に強くこだわったと言います。

落海「コワーキングスペースやゲストハウスが増えている昨今、わざわざ行きたくなる場所にしないと、これからの時代はやっていけないでしょう。ネットさえつながればどこででも仕事ができますから、そうではなく、わざわざ足を運び一緒にごはんを食べたり、お酒を飲んだりするつながりに価値が生まれてくると思うんです」

一日中過ごすうちに、家族のような感覚に。つながりから化学反応を生む

UNKNOWN KYOTOはこのように、多様な訴求力に満ち満ちています。
そして、こういった宿泊と仕事場を兼ねた場所を「コリビング(Co-Living)」と呼ぶのだそう。

落海「コリビングとは、『さまざまな職業の人が仕事をしながら一緒に暮らせる場所』という意味です。コワーキングスペースとして人々が仕事をしに集まるんだけれども、意気投合したら一緒にごはんを食べたり、仕事で夜が遅くなったら、ちょっとお酒を飲んで、そのまま泊まっていけたりだとか。そんなふうに、『家族とともに過ごしている感覚になれる場所』といった概念です。全国的にも珍しく、まだ普及していない言葉だと思います。かく言う弊社もこのプロジェクトに取り組む最近までコリビングという言葉を知らなかった(苦笑)」

「住むように働く」、つまり「仕事」と「暮らし」と「旅」が重なる場所、それが「コリビング」。泊まって、食べて、働いて、機能が限定されない。まるで、2軒目の家。「滞在」の概念を変えうる新しいスタイルですよね。

落海「飲食施設も単に隣接したスペースというよりは、“拡張されたダイニング”という感覚ですね。つまり、ここにいるとプチシェアハウス体験ができる。このように外へ出ずにひとつ屋根の下で完結する業態が、京都にはこれまでありそうでなかったんです」

取材で訪れたこの日も、仕事のあいまに光の差し込む中庭を眺めてくつろいでいる人や、飲食スペースに移動して会話に花を咲かせる人たちなど、それぞれがリラックスしながら活用できる自由度の高さを感じました。確かにシェアキッチンまであるコワーキングスペースは珍しいですよね。

落海「せっかく人が集まるんだから、それぞれが単に自分の仕事をしているだけではなく、化学反応を起こす場所にしたいんです。出会った人どうしが意気投合すれば、そのままお酒を飲んだり食事をしたりしながら交流を深めてゆけるようにシェアキッチンを設けています。そこで生まれた関係から、さらに仕事へのフィードバックが期待できる場所でありたい。それがコリビングです」

京都・鎌倉、古都が拠点の3社が古民家再生、クラウドファンディング、ITで強みを発揮

新しい滞在のかたち「コリビング」を提唱するUNKNOWN KYOTOは、落海さんがお勤めになる京都の「株式会社 八清」と、同じく京都の「株式会社 OND」、神奈川県の鎌倉に本拠地を構える「株式会社 エンジョイワークス」の3社によるプロジェクトチームが起ちあげた施設です。

「八清」は創業60年を超える不動産会社。おもに木造伝統住宅「京町家」を中心とした仲介や再生・再販事業を行っています。「OND」は不動産サイト「物件ファン」を運営するインターネットサービスの会社。「エンジョイワークス」は湘南・鎌倉エリアを中心に、仲介や建築、リノベーションなどの不動産業のほか、クラウドファンディング、宿泊施設の経営など多方面に展開しています。このように、それぞれ得意ジャンルを持ちながらテリトリーが重ならない3社がタッグを組み、これまで京都になかった刺激的な“共創”的場づくりを見せようとしているのです。

落海「八清には京町家をリノベーションするノウハウがある。エンジョイワークスさんはまちづくりを促進するためのノウハウとプラットフォームを持っている。ONDさんはITに強く、「物件ファン」という面白いメディアを持っている。『この3社が組んだら面白いことができるんじゃないか』と直感し、自然な流れで手を組むことになりました。アプローチが異なる3社がそろったことで、互いに刺激になることばかりで、これからのまちづくりや不動産業について、本当に勉強になりました」

3社がコラボするきっかけとなったのが、魅力的な、このお茶屋物件。長く空き家だった建物がいだく未知なる可能性が、3社を魅了したのです。

落海「大型のお茶屋建築で、しかも2棟が並んでいるのは非常に珍しい。ここで、なにか面白いことができないかとエンジョイワークスさんからご提案をいただいたんです」

京都から遠く離れた鎌倉に本社を置くエンジョイワークスだからこそ、この建物の底知れない魅力を客観的に評価できたのかもしれません。そこから、「食事ができて働ける宿泊施設」へのチャレンジがスタートしたのです。

投資対象は、お金のリターン以上に、プロジェクトへの「共感」や参加意識

UNKNOWN KYOTOには、もうひとつの大きな特徴があります。それは「投資家特典」。ここには自由な発想がふんだんに盛り込まれていました。「投資家」と聞くと、「自分とは住む世界が違うハイソサエティ」と感じる人が少なくないでしょう。しかしUNKNOWN KYOTOがいう投資家は、1口5万円からの参加が可能な、一般の人が広く関われるタイプ。その参加目的も、もっと柔らかいイメージなのです。

落海「投資家=“場をつくる仲間”という考え方で、投資型クラウドファンディング『京都・五條楽園エリア再生ファンド』を立ち上げました。投資家というよりは“事業サポーター”の方が、印象が近いかな。エンジョイワークスさんが運営する不動産クラウドファンディングのプラットフォーム『ハロー!RENOVATION』で、小口の投資家であっても積極的に参加できるように、オープン前からワークショップやイベントを催してきました。そうして、プロジェクトの進化を一緒に楽しみたいという方々が増え、関係も深くなっていったんです」

投資家さんとのコミュニケーションを重視し、ともに五條楽園を活性化させていきたい。レボリューションを起こしたい。そんな落海さんたちの想いが京都はもとより全国へと伝わり、なんと新潟県からの参加もあったのだそう。

落海「事業の改善や、さらなるプロジェクト展開について投資家の皆さんと一緒に考えていくイベントをオープン前に13回、開きました。第一回目にはなんと、『女将さんを募集する』というイベントをやったんです。『宿泊施設をやるのならば女将さんが必要だよね、どうしよう』って。そうしたら菊池さんという女性がイベントに来てくださって、イベントのあと、そのまま女将として合流していただきました」

女将さんを募集したイベントの様子(写真提供/エンジョイワークス)

女将さんを募集したイベントの様子(写真提供/エンジョイワークス)

イベントに参加した菊池さんは元・家具職人。デンマークを代表する家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーの椅子製作を行うPP MØbler(ピーピーモブラー)でものづくりをしていた凄腕です。「かっこいい建物を家具でさらにかっこよくし、心地よいスペースをつくりたい!」といった熱い想いを胸に、インテリアのコーディネートも担いました。

なお、いっそう独特なのが、「投資家特典の決め方」です。

落海「『投資家特典をみんなで考えよう』というワークショップをやったんです。そのなかで生まれたのが“ビアジョッキ”でした。自分にしか使えないビアジョッキがあったら、『今夜もあの店へ行って、ジョッキで飲んでみようか』という気分になるんじゃないかなって。さらに、会員IDをレジに伝えてからビールを注文すると、会員限定のSNSに『だれだれが、今乾杯しました』と自動的に投稿されます。それを見たほかのメンバーが、『あ、あの人が店にいるのなら、行ってみようかな』と思う。そうやって新たな交流が生まれてくるんです」

特製会員ジョッキは、オリジナルデザインの特注品で、通常のジョッキよりもサイズがひとまわり大きい、つまり同じ値段で大容量(写真撮影/出合コウ介)

特製会員ジョッキは、オリジナルデザインの特注品で、通常のジョッキよりもサイズがひとまわり大きい、つまり同じ値段で大容量(写真撮影/出合コウ介)

レジとSNSが連動する画期的なシステム。ITに強いONDが参加しているから具現化できた工夫です。ここで重要視されるべきは、「投資のリターンが金銭だけではない」点。人と人とが出会い、ネットワークが築かれることこそが、尊いリターンであるとプロジェクトに関わった3社と投資家の皆さんたちは考えたのです。

落海「イベントを通して、自分たちがやろうとしているビジョンを伝える。共感してくれた人が女将さんへの立候補だったり、ビアジョッキだったりと『何らかのかたちで関わりたい』と考える。そうやって皆さんのご意見を実現させたことで、投資家さんたちが、とても喜んでくださったし、信用していただけた。施設を利用するだけではなく、運営に参加してもらう行為そのものを投資だという僕たちの想いが届いたんです」

ゲストハウス・飲食店からもれるあかりを軸に、周辺にも広がる五条の再生

実はこの飲食店、ゲストハウスのある建物のほかに、10mほど南に歩いたところにもう一つ、シェアオフィスがあるんです。ここも、元お茶屋さんだった遊郭建築で、『UNKNOWN KYOTO 本池中』といいます。『本池中』は元のお茶屋さんの屋号で、そのまま譲り受けたそう。

落海「この建物との出会いは偶然だったんです。はじめ、UNKNOWN KYOTOには駐輪場がなく困っていたところ、『三軒隣の旧お茶屋の女将さんが、ガレージ一台分を使っていない』という情報を耳にしまして。それで交渉をしに行って、10台分くらいは停められるスペースを貸してくださることになったんです。そして、建物が面白そうだったので2階を見せていただいたら、びっくりしましてね……」

落海さんが、そこで見た光景とは?

落海「お茶屋さん時代の艶めかしい風情を漂わせたしつらえのまま、5部屋をきれいに残しておられて。これはお借りしたいと。ところが1階に住んでいるので、宿やシェアハウスとして使われると困るとおっしゃる。『でしたら、シェアオフィスとしてなら、いかがですか』と提案したら、それだったらいいと」

現在は複数の会社がここをオフィスとして利用。打ち合わせ等に使っている(写真撮影/出合コウ介)

現在は複数の会社がここをオフィスとして利用。打ち合わせ等に使っている(写真撮影/出合コウ介)

五條楽園オリジナルと呼んで大げさではないお茶屋建築は、この偶然の訪問により、再び光が射しました。

落海「このシェアオフィスでも、本館のサービスが受けられる点が大きいと思います。ここで仕事をして、本館を食堂として使うこともできるし、泊まることもできる。離れた建物を、一つの空間として使えるこの付加価値は、ほかの施設にはなかなかないですよ」

別棟にもシェアオフィスを開くなど、なんだか旧遊郭街にタネを撒き、新たな文化の花を開かせようとしているように感じます。

落海「そうなんです。そもそも投資型クラウドファンディングは、UNKNOWN KYOTOを建てるためではなく、五條楽園エリアの活性化が目的の再生ファンドです。僕たちはここだけで終わるのではなく、この建物をきっかけに、エリアに点在しながらパラサイトしてゆくような感じにしたいなあという想いが強くあって。そのためには先ずUNKNOWN KYOTOを成功させることが大事だと考え、注力しています」

飲食店、コワーキングスペース、ゲストハウスというこの複合施設は、24時間人の動きがあり、つねに誰かの気配を感じさせる場です。もれるあかりにひかれ、「あの人、今日はいるかな?」と、ちょっとのぞいていく人の流れも、このエリアに生み出していきたいそうです。
UNKNOWN KYOTOは単なる宿泊施設ではなく、地域とともに再生し進化してゆく発信拠点でありたい。落海さんはそう語ります。遊郭街としての役目を終えた五條楽園ですが、ここに新たな楽園が生誕する。そんなふうに確信した一日でした。

すっきりが続く3つの約束

頑張って片付けても、時間がたてば雑然とした状態に……。いいかげんお片付けのリバウンドから抜け出したい!難しく思える片付けも、実はルールは3つのみ。無理せずにすっきりが続く、収納リフォームの約束を紹介しよう。

片付けやすい収納は「配置」「仕組み」「量」が計算されているもの

配置、仕組み、量、それぞれにおけるポイントを押さえれば片付けなくても片付く住まいが手に入る!
すっきりとした空間が続くための、3つの約束を見ていこう。

約束1 「使う物の側」に収納を配置

(画像提供/PIXTA)

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収納までの距離が遠いと“ちょい置き”が増える

物が散乱するのは、元にあった場所に戻さないから。とはいえ、元に戻すだけと思っていても、収納までの距離がほんの少し遠いだけで、片付けるのが一気に面倒になりストレスに……。結果、あちこちに“ちょい置き”が増えてすぐに散らかってしまう。収納は生活動線に合っていて、使う物のすぐ近くに配置することがお約束だ。例えば、小さな子どもがダイニングテーブルで勉強や遊びをするなら、収納は子ども部屋ではなくダイニングにつくるなど。外出に必要な上着やバッグの置き場を玄関収納につくるのも手だ。使う人・物の側に収納を置くことが最大の予防策になる。

約束2 出し入れしやすい「仕組み」をつくる

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

探し物、無駄買いはデッドスペースが原因

どこにしまったかわからず行方不明、ないと思って買ったら奥から出てきた。そんな失敗の原因は収納内のデッドスペースにあり。収納はサイズや中のつくりなどの使い勝手が重要だ。大切なのは、アイテムの場所を明確にしつつ、出し入れしやすい仕組みをつくること。仕切りのない収納に無造作に物を置くとデッドスペースが生まれやすい。物に合わせて棚の高さや幅を調整すれば、一目で中がわかりやすくなり、収納スペースも増える。棚はA4の書類や雑誌などが入る「奥行き30cm」程度が便利。奥行きが浅い収納は一目で見渡せて、探し物や無駄買いを防げる。

【COLUMN】アイレベルを意識しよう
「収納は見やすい高さにあることも大切。自分や家族の目の高さ『アイレベル』に普段使う物を収納すると、使い勝手が良くなります。アイレベルは120cmプラスマイナス40cmぐらいが目安」(水越美枝子さん)

約束3 生活スペースを減らさずに「収納量」を増やす

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

「とりあえず置き家具で」はすっきり空間の大敵!

収納が足りないと、片付けたつもりでも物の場所を移動しただけで実は一向に片付かない。とはいえ、物を減らすのも難しい。ならば、リフォームで収納量を増やすべき。しかし、古い家は造り付けの収納は少なく、押入れや天袋が中心。これらは奥行きが深くて使いづらい。そこで物が増えると置き家具を買い足して部屋が狭くなる……。置き家具はやめてリフォームで収納を造作すれば、生活スペースはそのままで、空間もすっきりして収納量アップ。押入れはクロゼットにすると大量の服が収まり、天井から床まで無駄なく使える上、物の場所が決まり片付けやすくなる。

ここまで見てきたように、片付けやすい家は「配置」「仕組み」「量」の観点で収納がしっかり計算されている。この3つの約束を守ることで、今度こそ“すぐに散らかってしまう家”とはおさらばしよう!

構成・取材・文/藤井たかの

●取材協力
水越美枝子さん
一級建築士事務所アトリエサラを共同主宰。新築・リフォームの住宅設計や収納計画など、トータルでの住まいづくりを提案する。近著に『人生が変わるリフォームの教科書 片づけなくても片づく住まいに』『美しく暮らす住まいの条件 ~間取り・動線・サイズを考える~』など

宇都宮「もみじ図書館」築50年の古アパートが変身。ゆるいつながりで街ににぎわいを

宇都宮駅から車で10分、住宅街のなかに、昨年5月にオープンした民間運営の「もみじ図書館」。手掛けたのは、空間プロデュースを手掛ける「ビルススタジオ」だ。
店舗や住宅の設計業務だけでなく、「ひとクセあるけど面白い!」そんな不動産物件も紹介する同社が、なぜ自分たちで図書館をつくったのか、その狙いを伺った。
誰でも自由に使える「もみじ図書館」は街の共用部

住宅街のなか、通りかかっても見落としそうな場所に「もみじ図書館」はある。築50年の賃貸アパート1階の2部屋をぶち抜き、リノベーションされたものだ。
木枠のガラスの引き戸を開ければ、まるでお洒落なカフェ。本棚が迷路のように組まれ、籠もるような読書空間に。ゆったりソファやアンティークなチェアが置かれ、のんびり過ごせる。向こう側に小さな中庭があり、暖かくなればテラスで読書も楽しそうだ。壁の一面は黒板仕様で、ミーティングもできる。

基本的に開いている時間は10時から19時まで。それ以外の時間でも事前予約で貸し切り可能(1時間1000円) 。火曜日や木曜日にはスタッフによるカフェ営業なども(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基本的に開いている時間は10時から19時まで。それ以外の時間でも事前予約で貸し切り可能(1時間1000円) 。火曜日や木曜日にはスタッフによるカフェ営業なども(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もみじ図書館があるカトレア荘。現在、1階は飲食・物販などのテナントを募集中。このもみじ図書館を共用部として、テイクアウト品のイートスペースや打ち合わせラウンジなどに使える(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もみじ図書館があるカトレア荘。現在、1階は飲食・物販などのテナントを募集中。このもみじ図書館を共用部として、テイクアウト品のイートスペースや打ち合わせラウンジなどに使える(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本は主に地域住民によって寄贈されたもの。貸し出しは行っていないが、だれもが自由に入室でき、読書はもちろん、おしゃべりも飲食の持ち込みもOK。Wi-Fiもあるのでワーキングスペースとしても使える。
「地域の人がふらっと立ち寄れる“共用部”をつくりたかったんです」と、ビルススタジオ不動産企画部の中村純さん。

取材当日も、「こんな場所あるんだ~」と初めて立ち寄ったカップルや、「ちょっと卒園式の打ち合わせをしたくって」と幼稚園のお迎え帰りに過ごしていたママと子どもたちと遭遇。午後から夕方にかけては、中高生たちが勉強やゲームをしに遊びに来るそうだ。
キッチン付きで飲食店の営業許可も取っているので、貸し切りで1日だけカフェ営業や、独立前のテストキッチン、イベント開催も可能。「僕たちスタッフも、モーニングでコーヒーを淹れたり、夜の図書館営業をしていたりします」(中村さん)

ラインナップは、文学全集、哲学書、レアな建築専門誌、絵本、紙芝居、児童文学、ミステリー文庫、エッセイなんでもあり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ラインナップは、文学全集、哲学書、レアな建築専門誌、絵本、紙芝居、児童文学、ミステリー文庫、エッセイなんでもあり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープンな洒落たキッチン。レトロなレコードプレイヤーなどは大家さんから寄贈されたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープンな洒落たキッチン。レトロなレコードプレイヤーなどは大家さんから寄贈されたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

喫茶営業中は、エアロプレスで淹れた美味しいコーヒーも飲める(有料) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

喫茶営業中は、エアロプレスで淹れた美味しいコーヒーも飲める(有料) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

中庭に面したウッドデッキのテラス。春になればイスを出して外読書も気持ちいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

中庭に面したウッドデッキのテラス。春になればイスを出して外読書も気持ちいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広さは18坪。中庭に面し、やわらかな日差しが差し込む、気持ちのいい空間だ。足場板を本棚に活用し、スペースを小分けに。自分だけの特等席を見つける楽しみも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広さは18坪。中庭に面し、やわらかな日差しが差し込む、気持ちのいい空間だ。足場板を本棚に活用し、スペースを小分けに。自分だけの特等席を見つける楽しみも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(画像提供/ビルススタジオ)

(画像提供/ビルススタジオ)

デモンストレーションのはずが「自分たちでやりたくなりました」

「実は最初から、図書館ありき、ではなかったんです」と中村さん。
「もともと僕らは空間プロデュースが本業。さらに、普通の検索サイトなら一番にはじかれるような、古かったり、駅から遠かったりする、でも魅力的な物件をマッチングしています。ただ、リノベーションできるといってもみなさん、どうもイメージが湧かないようで、一目で良さが分かる空間を自分たちでつくってみようと考えました。そこで、倉庫として借りていた部屋と隣の空き室を合わせて、改修できないか大家さんにお願いしたのがきっかけです」

そこで、設計担当がイメージしたパースがこれ。

(写真提供/ビルススタジオ)

(写真提供/ビルススタジオ)

「ガラスの入り口、向こう側に小さい庭があって、すごくいいねって話になったんです。本当は改修して、いいなと言ってくれる人にお店を任せようと思っていたんですけど、自分たちでやってみたい! と、社内プロジェクトとなりました。どうせなら、地域の人が気軽に集まれる、のんびり過ごせるような場所がいい。そして、この場所がこの物件の価値、さらに街の価値につながればいいなと考えました。いわば社会的な”実験“です」

そこで、どんな場所がいいかと考えた結果が、「図書館」だった。「このあたりは住宅街で、たくさんの蔵書を“捨てるのもしのびないし、誰かが活用してくれるなら”と寄贈してくれる方がたくさんいました。図書館なら、ふらっと立ち寄れるし、ずっと誰かがいる必要もないので、僕たちが運営しやすいメリットもあります」

工事の様子。「スタッフで約5カ月かけて少しずつDIYしました」(写真提供/ビルススタジオ)

工事の様子。「スタッフで約5カ月かけて少しずつDIYしました」(写真提供/ビルススタジオ)

不動産や建築を身近に感じてもらう「場」としての機能も

ビルススタジオのスタッフが1日店主になるイベントも定期的に開催している。
例えば「夜のMET不動産部~スナック純」。中村さんが、普段の仕事のなかで、共有したい不動産や建築の小さなあれこれを、お酒を飲みながら語る場所。「不動産ってどうしても難しくて、とっつきにくい話題だったりするじゃないですか。でも、お酒を媒体にしておしゃべりすることで、興味を持ってもらったり、なにかしらの気づきを持ってもらえたらいいなって思ってはじめました」

また、ケーキ好きな男性スタッフによる、毎週水曜日のモーニングは常連さんも多いとか。「彼のつくるケーキがけっこう美味しいと評判で。その間はお店番と同時に彼は建築士の試験の勉強をしていたりします」。そのほか、女性スタッフによる「ゴジカラとしょかん」は、隔週金曜日に開催。お酒を飲みながらゆっくり読書する。明かりの灯った図書館に、会社帰りに吸い寄せられる人も。

「物件探しやリノベーションって、どうしてもある程度ニーズや条件が明確になってからの話になってしまうのですが、そんなビジネスの手前で、それぞれの好きなもの、関係性をつくるうえで、こうした場は有効だなと思っています」

(写真提供/ビルススタジオ)

(写真提供/ビルススタジオ)

中村さん店主の「スナック純」。「最初は人がいっぱい集まりすぎて、パーティーみたになってしまって(笑)。ゆっくり話せなかったので、今は当日告知にしています」(写真提供/ビルススタジオ)

中村さん店主の「スナック純」。「最初は人がいっぱい集まりすぎて、パーティーみたになってしまって(笑)。ゆっくり話せなかったので、今は当日告知にしています」(写真提供/ビルススタジオ)

スタッフが各自で看板やメニューをつくって、オーナー気分を味わう。「お客さんが常連になったり、常連さんから仕事を依頼されたりしています」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スタッフが各自で看板やメニューをつくって、オーナー気分を味わう。「お客さんが常連になったり、常連さんから仕事を依頼されたりしています」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

自分たちの生活圏を楽しくする――それが最初の動機

そもそも、もみじ図書館がある一画のすぐ近く、市役所へと抜ける「もみじ通り」は、かつては80店舗ほどの商店が軒を連ねる生活に密着した商店街だった。しかし、他の商店街の例にもれず、郊外の大型モール進出の影響で次々と閉店し、2003年には商店会が解散。シャッターが目立つ通りに。
しかし、2011年にカフェ食堂「FAR EAST KITCHEN」「dough-doughnuts」がオープンするなどし、人通りが少しずつ増加。「もみじ図書館」の試みも注目を浴び、地域活性化や街づくりの一環として媒体に取り上げられることも増えたそう。しかし、それには戸惑いも。

「正直、街づくりをしている感覚はあまりなくって(笑)。『FAR EAST KITCHEN』も、もとはといえば、ウチの代表の塩田が、自分の事務所をもみじ通りでリノベ工事をしているうちに、“美味しいランチのお店が近所にあったらいいな”と、たまたま知り合ったシェフの藤田さんに、近所に来ないか誘ったのが経緯だとか。『dough-doughnuts』の店主の石田さんも、もとは他のエリアでの出店を考えていたのに、気付けは近所に開店といった感じで(笑)。基本的には、自分たちの200m圏内で、おいしいお店が近所にあったらいいなぁがスタート地点なんです」

地元客で常ににぎわう人気カフェ「FAR EAST KITCHEN」。地元野菜のサラダ、季節のスープ、選べるデザートなど、組み合わせを選べるランチが定番(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

地元客で常ににぎわう人気カフェ「FAR EAST KITCHEN」。地元野菜のサラダ、季節のスープ、選べるデザートなど、組み合わせを選べるランチが定番(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もみじ通りにあるショップの駐車場は共通で。手書きの案内板が味わい深い(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もみじ通りにあるショップの駐車場は共通で。手書きの案内板が味わい深い(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件マッチングの課題も、活気を生み出すことで乗り越えたい

ただしネックもある。空き物件はあっても、借主を募集している物件は少ないということだ。
「大家さんの高齢化などで、人に貸すのが面倒なんですよね。『FAR EAST KITCHEN』さんのときは、これがいいなと思った空き家に手紙を投函してお願いし、『dough-doughnuts』さんのときは、名刺代わりにドーナツを持参しました。ただ、こうしたお店に人気が出て、人通りが増えてくれば、貸してくれる大家さんが増えてくるはず。その橋渡しをするのが僕たちの仕事です」

ほかにも、北欧や東欧の雑貨や洋服を扱うお店「SoPo LUCA」のオーナーさんは塩田代表の友人、身体に優しい惣菜店「ソザイソウザイ」の店主さんは「FAR EAST KITCHEN」の常連さん。人が人を呼び、ゆるやかにつながっている。ややエリアを広ければ、本格コーヒー店、パン屋さんも新しくオープン。シェアオフィスも登場している。さらにこうした環境に惹かれて、この界隈に暮らす人たちが増えるなど、街が変わりつつある。以前のようなにぎわいからは、まだまだ遠くても、だ。

遠方から買い求める人もいるほど、今や、宇都宮の人気店となった「dough-doughnuts」。カフェとテイクアウト専門の2カ所ある

遠方から買い求める人もいるほど、今や、宇都宮の人気店となった「dough-doughnuts」。カフェとテイクアウト専門の2カ所ある

もみじ通り。ドーナツショップ「dough-doughnuts」のカフェの隣には、「まじめなソザイとまじめにつくったソウザイ」をコンセプトにした「ソザイソウザイ」が(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もみじ通り。ドーナツショップ「dough-doughnuts」のカフェの隣には、「まじめなソザイとまじめにつくったソウザイ」をコンセプトにした「ソザイソウザイ」が(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「今は、長い社会実験の途中。僕たちの仕事は設計だけじゃない。気持ちのいい場所、環境づくりから関わった方がいいと思うから、あれこれやっています。やっぱり、歩いて楽しい街がいいですから。今後は、夜に食事できるスナックみたいなのができたらいいなぁって思っています」。挑戦はまだ続いている。

今回お話を伺った、ビルススタジオ不動産企画部の中村純さん。「自信をもって、これが正解と分かっているわけではなくて、いつも試行錯誤。でも僕たちだからこそできることがあると、危機感も感じつつ、挑戦しています」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今回お話を伺った、ビルススタジオ不動産企画部の中村純さん。「自信をもって、これが正解と分かっているわけではなくて、いつも試行錯誤。でも僕たちだからこそできることがあると、危機感も感じつつ、挑戦しています」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
・ビルススタジオ

「コミューンときわ」で地域に根ざす自分らしい暮らし。新築賃貸でもDIY可能!

多世代の交流を育み、地域に開かれた“コミュニティ賃貸”として、オーナーの浦和への想いを形にした「コミューンときわ」。中庭が人々の暮らしを繋ぎ、また、令和生まれの新築でも住戸のDIYが可能というのも特徴だ。2020年2月に開かれたお披露目会に参加し、オーナーや入居者に話を伺った。
コンセプトは「夢ある人が集い、コミュニティをつくり、地域と共生する」

JR京浜東北線「北浦和」駅から徒歩10分ほど。活気ある「北浦和西口商店街(ふれあい通り)」を抜けた先の住宅街に「コミューンときわ」は立地している。道路沿いには、NPO法人クッキープロジェクトが運営するカフェや、ガラス張りで街に開かれたSOHO型の住まいが並び、道行く人々の目を引く。

自然にコミュニティが形づくられていくよう、コミュニティデザインを「まめくらし」が監修。「まめくらし」は、「青豆ハウス」や「高円寺アパートメント」など街に開かれた賃貸を手がけてきた会社だ。代表取締役の青木純さんが「子どもだけでなく親も一緒に来られるために目的を限定しない場所を」とアドバイスした中庭をはじめ、ラウンジや水回り常設の屋上菜園など、住民同士の交流やくつろぎの場となる共用部が充実。日々どこかしらで井戸端会議が開かれそうだ。

運営もしっかり考えられている。“ご近所づきあいに興味があって入居しても、どうすればいいか分からない”という住人が出ないよう、平日は、住人同士の間をつなぐ「コミューン・パートナー」が常駐。日常の関係性づくりやより暮らしを楽しむサポートをしてくれる。

芝生が敷かれた中庭。住民が多目的に使用できるほか、イベントスペースとしても運営予定だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

芝生が敷かれた中庭。住民が多目的に使用できるほか、イベントスペースとしても運営予定だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ヨーロッパで多く見受けられる中庭を持つ集合住宅。「コミューンときわ」が異なるのは、中庭に面しているのが窓ではなく共用廊下で、アクションを取りやすいことだ。玄関と中庭が接しているため、買い物に出る際に中庭での会話や遊びに参加したり、中庭で会話が弾んだ流れで誰かの家に移動したりと、自然と交流が生まれそうなこのつくりは、長屋のような雰囲気を感じる。

家賃は周辺相場よりもやや高めの設定だ。それでも、多世帯交流などから生まれる豊かなライフスタイルが、「コミューンときわ」ならではの価値につながっていくことだろう。

浦和の文化と人とをつないで地域活性へ

コミュニティづくりは「コミューンときわ」内にとどまらず、地域とも連携していきたいと、オーナーである株式会社エステート常盤・代表取締役の船本義之さんは言う。「commune」はフランス語で共同体という意味。オーナーである株式会社エステート常盤・代表取締役の船本義之さんの「豊かな暮らしを育み、ひとつの街のようなつながりをつくりたい」という想いから名付けられた。

名曲『神田川』の時代から、分譲の住まい自体の質は高くなってはいるものの、賃貸物件をめぐる環境づくりやあり方が時代に追いついていないと感じていた船本さん。賃貸というものの形態は、ライフテージの変化に合わせて暮らしやすいからこそ、もっといい住環境を提供したいと、入居者同士がつながったり、部屋を自分らしくアレンジしたりできるようにした。

お披露目会の様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会の様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

浦和は「鎌倉文士に浦和画家」と称され、古くから文化が根付く街。浦和で20年ほど暮らしてきた船本さんは、「浦和にはいろいろな活動をしている人がいて、文化的なポテンシャルが高い人も多く住んでいる。しかしみんな皆、東京を見ていて、横のつながりがない」と感じていた。周りに多彩な人がいることを知る機会があれば、暮らしがもっと豊かになり、地域が活性化するのではないかと、多世代や地域の交流の場として「コミューンときわ」を計画。文化が産業の“人里資本主義”を掲げ、浦和が持つ人材のネストを目指している。

船本さんは、入居希望者全員と面接を行い、コミュニティづくりへの想いを共有していくという。プライバシーとコミュニティとのバランスをとりながら「ドアに鍵をかけなくてもいいような関係性が築かれていけば」と「コミューンときわ」のこれからに期待を寄せる。

セミオーダーから一点モノへ、サポートを受けながら自分好みの空間に

「コミューンときわ」には、多世代が暮らせるよう、1Rから2LDK、SOHO型まで幅広い55戸の住戸が用意されている。どの住戸も窓が大きく、オープンなつくりで開放的だ。そして特徴的なのが、各住戸の表情が異なること。

内装は空間デザイン会社の夏水組がトータルコーディネートを行った。それぞれ「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」「Innocent Green(イノセントグリーン)」「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」「Casual Taste(カジュアルテイスト)」の4つのテイストが用意されている。

「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」の内装で、一人暮らしを想定した住戸(28.12平米)。1階は専用庭付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」の内装で、一人暮らしを想定した住戸(28.12平米)。1階は専用庭付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」の内装で、土間が大きく取られたカップル/ファミリー向け住戸(55.08平米)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」の内装で、土間が大きく取られたカップル/ファミリー向け住戸(55.08平米)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下に面した開口が広いのがコミュニティ賃貸ならでは(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下に面した開口が広いのがコミュニティ賃貸ならでは(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クロスやタイルはデザイン性の高いものから好みの柄を選ぶことができる。ヘリンボーンの床などPanasonicの建材を使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クロスやタイルはデザイン性の高いものから好みの柄を選ぶことができる。ヘリンボーンの床などPanasonicの建材を使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

選択肢が多いことは、入居者にとってうれしい一方、オーナー視点では施工コストがかさみ、デメリットになりそうだ。夏水組・代表取締役の坂田夏水さんに伺うと「建具や壁紙などモノのコストは変わらず、増えるのは現場管理コストのみ」だそう。その分、夏水組が見積もりを判断し、VE(バリューエンジニアリング=機能を維持しつつ、コストを削減すること)につなげたという。

参考として展示された夏水組セレクションの壁紙のバリエーション。好みの柄を張ってカスタマイズできる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

参考として展示された夏水組セレクションの壁紙のバリエーション。好みの柄を張ってカスタマイズできる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会に出店した「Decor Interior Tokyo」。この日は、夏水組デザインのタイルや、ニトムズのインテリアマスキングテープなど売れ筋アイテムをそろえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会に出店した「Decor Interior Tokyo」。この日は、夏水組デザインのタイルや、ニトムズのインテリアマスキングテープなど売れ筋アイテムをそろえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

インテリア好きな入居者にとってうれしいのが、夏水組がプロデュースするインテリアショップ「Decor Interior Tokyo」と連携していること。幅広い商品の中から、壁紙やDIYアイテムをスタッフと一緒に選んでもらったり、施工のアドバイスを受けたりすることができるのは心強い。

未知数の「コミューンときわ」入居の決め手は「単純におもしろそう」

お披露目会では、さっそくお手伝いをする入居者の姿があった。「北浦和」駅の近くにあるクラフトビールバー「BEER HUNTING URAWA」オーナーの小林健太さんは、自慢のビールで来客をおもてなし。小林さんが参加する浦和の街をおもしろくしようという活動で開いた「うらわ横串ミーティング」での船本さんや青木さんとのトークイベントをきっかけに「コミューンときわ」に興味を持った。

入居の理由を尋ねると「単純に、おもしろそうだから」と小林さん。このシンプルな答えこそが、“まだよく分からないけど、とにかくおもしろそうな何かが生まれそう”という「コミューンときわ」の魅力を物語っている。

直井薫子さんと小林健太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

直井薫子さんと小林健太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会の看板を描いていたのは、「コミューンときわ」のSOHO型住宅でデザインオフィスを構え、職住近接を実践する直井薫子さん。東日本大震災をきっかけに、地元である埼玉のことを考えるようになり、東京から引越してきた。

以前住んでいた東京・葛飾では、ローカルメディアに携わるなど、地域に対してデザインができることは何かを考え、実践してきた。「埼玉でデザイナーといえば直井と言われるように」と、地域に根ざしたデザイナーを目指している。入居して間もないが、すでに映画のイベントを企画。今後は本屋のイベントや、アートやデザインに関連したコミュニティづくりを行っていきたいと語ってくれた。

笑顔が素敵なこのお二人と仲良くなれるだけでも、入居する価値を感じる。ハード面だけでなく、住人やそこから生まれるつながりが核となり、コミュニティの輪が広がっていくことだろう。

直井さんが、お披露目会の看板を描く様子。「コミューンときわ」には入居者それぞれが得意分野を活かせる場がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

直井さんが、お披露目会の看板を描く様子。「コミューンときわ」には入居者それぞれが得意分野を活かせる場がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住人同士や地域とのコミュニティづくり、そして部屋のアレンジやのサポート体制が整ったマンション。近年、自分らしい住まいを手に入れようと思ったら、物件を購入してリノベーションをするのが流行りのように思われるが、この新しい賃貸物件では、気軽に住み方のバリエーションを広げられる。

時間を掛けて、じっくり街がつくりあげられていく「コミューンときわ」。興味を持ったら、現地を訪れてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・コミューンときわ
・株式会社夏水組
・株式会社まめくらし

パリの暮らしとインテリア[4] アーティスト夫婦が暮らす歴史的集合住宅。旅のオブジェに囲まれて

私はフランスのパリに暮らすフォトグラファーです。パリのお宅を撮影するたびに、スタイルを持った独自のイン テリアにいつも驚かされています。 今回はモンマルトルにあるアーチストのための集合住宅<Les fusains(レ・フザン)>に住むファブリスさん(夫)とベアトリスさん(妻)のアトリエ兼住居に訪れました。
特殊集合住宅<Les fusains/レ・フザン>をまずは紹介

レ・フザンはパリ18区モンマルトルの丘の麓、モンマルトル墓地近くのトゥルラク通り22番地に位置するアーティストの街です。1900年から着工され、1906年からアーティストのためのアトリエ&住居としてレンタルされ始めました。街といっても入り口はアパルトマンの扉をくぐって入ります。そこから先は迷路のような小道になっていて車は入ることができません。

一見普通のパリのアパルトマンですがこの建物の後ろに迷路のような小道があり、両脇に43世帯のアトリエ&住居が建てられています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一見普通のパリのアパルトマンですがこの建物の後ろに迷路のような小道があり、両脇に43世帯のアトリエ&住居が建てられています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

レ・フザンはパブロ・ピカソやモディリアーニらが住んでいたアトリエ兼住宅バトー・ラヴォワール(洗濯船)のように、多くの有名な画家や彫刻家の住居や、仕事場であった場所として知られています。オーギュスト・ルノワールはここでワークショップを行い、アンドレ・ドランは1906年に、ジョルジュ・ジュバンは1912年に、ピエール・ボナールは1913年からここに住み作品をつくり出しています。このような芸術家が集まる集合住宅(街)としては、とても古い歴史を持ちます。
それが今もなお受け継がれ、アーティストに愛される街なのです。

ドアを開けて一歩中へ入ると、そこはもう異次元の世界

急斜面の道路から建物の中に入ると、右手はアパルトマンタイプの背の高い建物があり、小道が迷路のように入り組む両脇には一軒家が連なります。古き良き時代のパリにタイムスリップしたような気分になるのは、パリでは珍しい一軒家がたくさんあるからでしょう。大小含めた40世帯が集まるレ・フザンは全てアトリエと居住スペースが備わっているため、住民たちの交流がとても密だとか。今回訪れたのは冬だったので「今は草木たちが静かだけれど、春から夏にかけては花が咲き乱れ葉が茂りパリではなくカンパーニュのような場所になるの」とベアトリスさん。その時期は皆が外でアペリティフをしたり、夕食を食べたり、道というより庭の感覚で過ごしているそうです。

レ・フザンに入って右手にある大きなガラス窓のあるアパルトマン。大きなガラス窓はアーティストが自然光で作品を仕上げるためにとても大切。全てのアトリエがそんな工夫がなされているといいます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

レ・フザンに入って右手にある大きなガラス窓のあるアパルトマン。大きなガラス窓はアーティストが自然光で作品を仕上げるためにとても大切。全てのアトリエがそんな工夫がなされているといいます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一軒家の連なる道には全ての家の前にはテーブルと椅子が用意されていて、家の一部として機能していることが伺えます。お隣とテーブル越しに楽しい会話やひとときを過ごす社交場にもなっています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一軒家の連なる道には全ての家の前にはテーブルと椅子が用意されていて、家の一部として機能していることが伺えます。お隣とテーブル越しに楽しい会話やひとときを過ごす社交場にもなっています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

小道や壁、いたるところに作品が置かれているアートスペース

彫刻や壁画などが置かれた小道は、前は誰もが入ってこれる場所でもあったそう。「作品を色々な人に見てもらうのはアーティストとしてとてもうれしいこと、しかし作品が盗まれる事件が起きるようになり住人しか入ってこれないようになってしまった」とファブリスさんは少し残念そうだった。その作品は過去に住んでいたアーティストが置いていった物、そして今の住人の作品が入り混じって置かれ時代が交差した興味深いアートスペースになっています。もうひとつ興味をそそるのが、アーティスト、画家であったり彫刻家であったり、そんな人たちの仕事場であるということはとても魅力的です。個性的で、ここから作品が生まれてくることを想像するとワクワクした気分になります。

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新旧含めた作品、主に彫刻が置かれている小道。「まるで旅をしているような迷路でしょう?」と、壁の前でレ・フザンの良さを語るおふたり(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新旧含めた作品、主に彫刻が置かれている小道。「まるで旅をしているような迷路でしょう?」と、壁の前でレ・フザンの良さを語るおふたり(写真撮影/Manabu Matsunaga)

レ・フザン内で2軒目のアトリエへ引越し

お二人は10年前に今のアトリエに引越して来ました。その前も同じレ・フザン内にある60平米のアトリエ兼住居に住んでいました。「90平米のアトリエが空いたというので、すぐに引越しを決めました。北向だけれど光の入り具合もよかったし、やはり広い方が作品をつくりやすいと思ったからです」と、ファブリスさん。
住み慣れたレ・フザン内での引越しは、なんの苦労もなかったと語ります。彼らがやったことは、壁の白いペンキを塗り直し、階段をワインレッドに塗っただけだそう。1階は小さなキッチン、サロンとアトリエが一室になった自然光いっぱいのスペース。2階は寝室とアトリエから吹抜けになった浴室があります。浴室というより、部屋の中に風呂桶が置かれた個性的なつくりになっています。

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天井まで5、6mはあるアトリエのガラス窓。その続きにサロンが配置されています。サロンの天井部分が2階の浴室ルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井まで5、6mはあるアトリエのガラス窓。その続きにサロンが配置されています。サロンの天井部分が2階の浴室ルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階の浴室ルームからアトリエを見下ろすことができます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階の浴室ルームからアトリエを見下ろすことができます(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階のサロン部分の上が浴槽の置かれた部屋。アトリエから吹抜けになっているので光いっぱいのスペースになっています。浴槽は黒に自分たちで塗りました。タンスは田舎の家から持って来た年代物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階のサロン部分の上が浴槽の置かれた部屋。アトリエから吹抜けになっているので光いっぱいのスペースになっています。浴槽は黒に自分たちで塗りました。タンスは田舎の家から持って来た年代物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

朝はベッドの中で朝食をとるのがお二人の日課。和ダンスは友達から譲り受けたもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

朝はベッドの中で朝食をとるのがお二人の日課。和ダンスは友達から譲り受けたもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

両親からの影響で、アートに興味を持ち、旅好きになった

ファブリスさん一家はもともと芸術家一家で、お父さんはテレビの番組制作に携わっていたり、ユネスコの仕事で20回以上日本を訪れたことのある親日家でもあったそうです。日本の武道の本を書く際に三島由紀夫をインタビューしたこともあるとか。お母さんは写真家で、マン・レイのミューズであり写真のモデルとしても交流があったそうです。そんな環境の中、彼は自然にアートの世界に入り込み、小さいときはいつでも絵を描いていたといいます。今では、絵や写真や映画のシナリオを仕事にしているマルチアーティストです。
ベアトリスさんは芸術専攻の歴史家でした。最初は文学が大好きでしたが、父が建築家であった影響で次第にアートに興味を持つようになりました。そのセンスを買われ10年間Youji Yamamotoのプレスとして働きます。Youji Yamamotoのことはジム・ジャームッシュ監督の映画『ミステリー・トレイン』で知り、非常に興味を持ったとのことでした。その後、化粧品メーカーの立ち上げなどに参加したり、日本文化を伝えるギャラリーに在籍していました。

ファブリスさんのお母様をモデルにしてマン・レイが撮った写真がサロンの一角に飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ファブリスさんのお母様をモデルにしてマン・レイが撮った写真がサロンの一角に飾られています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベアトリスさんの家族が所有していた古い家具と宝石入れ。「旅で見つけて来たものを飾ることで自分らしいコーナーになる」とか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベアトリスさんの家族が所有していた古い家具と宝石入れ。「旅で見つけて来たものを飾ることで自分らしいコーナーになる」とか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

旅をして見つけたものを飾るのが彼らのスタイルをつくり出す

そんなお二人の共通の趣味は旅行。数年前1年かけて世界旅行に南米から出発し、その年は冬を体験することなく過ごしたそうです。「今でも1年に2、3回は遠くに旅に出ます。旅で色々な文化、人、景色、匂い、物に触れることが人生の大きなポイントだと私たちは考えているからです」とベアトリスさん。確かに部屋のいたるところに日本をはじめインド、メキシコ、さまざまな国のオブジェが飾られています。
それらと同じ空間に家族代々使われてきた家具が置かれ、このミックス具合が彼らの独自のスタイルをつくり出しています。そして、家族のものといえば、実は有名食器ブランド「アスティエ・ド・ヴィラット」もそう。
創立者の一人イヴァン・ペリコーリは、実はファブリスさんの弟。彼らが日々使う食器は、ほとんどがアスティエ・ド・ヴィラットのものです。

家族から受け継いだものと旅で見つけてきたものがミックスされたシュミネ(暖炉)の周りに置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家族から受け継いだものと旅で見つけてきたものがミックスされたシュミネ(暖炉)の周りに置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

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日本で人気のアスティエ・ド・ヴィラットの食器をこんなにたくさん持っているなんて贅沢です(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日本で人気のアスティエ・ド・ヴィラットの食器をこんなにたくさん持っているなんて贅沢です(写真撮影/Manabu Matsunaga)

旅で出会ったオブジェだけでなく、家族代々受け継いできた家具を飾り、家族のつくった食器で食事をし、家族がモデルになったオリジナルプリントも飾る。それがマン・レイのオリジナルプリントだったり、家族の食器がアスティエ・ド・ヴィラットだったり。それでもお二人にとってはとても身近な物。
ファミリーを大切にし、好きなものしか所有しない、という信念のもとで自分たちのスタイルをつくり上げる。これは新しいボヘミアンのスタイルかもしれません。

(文・松永麻衣子)