東京23区の家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

部屋を探すときに一番頭を悩まされるのは、立地の利便性と家賃の兼ね合いだろう。東京23区内に住みたいけれど、ねらい目の場所はないだろうか。そこで、東京23区内の家賃相場が安い駅の最新ランキングをチェック。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象に、気になる街をピックアップして紹介する。東京23区内の家賃相場が安い駅TOP10
順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅所在地)
1位 葛西臨海公園 6.00万円(JR京葉線/江戸川区)
2位 京成金町6.20万円(京成金町線/葛飾区)
2位 金町 6.20万円(JR常磐線/葛飾区)
4位 江戸川 6.30万円(京成本線/江戸川区)
5位 喜多見 6.35万円(小田急線/世田谷区)
6位 一之江 6.40万円(都営新宿線/江戸川区)
7位 お花茶屋 6.45万円(京成本線/葛飾区)
7位 新柴又 6.45万円(北総線/葛飾区)
7位 柴又 6.45万円(京成金町線/葛飾区)
10位 上井草 6.50万円(西武新宿線/杉並区)
10位 亀有 6.50万円(JR常磐線/葛飾区)
10位 京成小岩 6.50万円(京成本線/江戸川区)
10位 北綾瀬 6.50万円(東京メトロ千代田線/足立区)
10位 堀切菖蒲園 6.50万円(京成本線/葛飾区)
10位 小岩 6.50万円(JR総武線/江戸川区)
10位 小菅 6.50万円(東武伊勢崎線/足立区)
10位 瑞江 6.50万円(都営新宿線/江戸川区)

23区内にありながら野菜の生産も盛んな葛飾区

1位の葛西臨海公園駅、同率2位の京成金町駅、金町駅は2019年版と同じ結果になった。
京成金町駅と金町駅はそれぞれ、京成金町線、JR常磐線と路線は違うが、駅間距離は約150m。またJR常磐線は東京メトロ千代田線と直通運転しているため、実質3路線が利用可能だ。

この交通利便性の高さから都心部へのアクセスも良いが、周辺には下町風情も色濃い。2つの駅付近には、2013年に開校した東京理科大学葛飾キャンパスの名前を冠した「金町理科大商店会」など、商店街も数多い。単身生活の学生にはうれしい、安くボリュームある飲食店もそろう。そうした味わい深いお店がある一方で、駅前には大型スーパーなども充実している。
所在地である葛飾区は、23区内でありながら野菜の生産も盛ん。区内のあちこちに野菜の直売所があり、とれたての野菜を誰でも手軽に購入することが可能だ。また葛飾区は、東京理科大と協力した、大学敷地を囲む広大な公園「葛飾にいじゅくみらい公園」や体験型の科学教育センター「未来わくわく館」など、地元住民が自然や学術に親しめる施設も設けており、都心への近さとのどかさの両立を望む人にとってはうってつけといえそうだ。

葛飾にいじゅくみらい公園は2位の金町が最寄駅(写真/PIXTA)

葛飾にいじゅくみらい公園は2位の金町が最寄駅(写真/PIXTA)

ランキングの大半を葛飾区と江戸川区が占める中で目を引くのが、世田谷区に所在する5位の喜多見駅。19年版にはランクインしておらず、急上昇してきた。小田急線の沿線駅で、各駅列車のみの停車駅だが、18年のダイヤ改正で東京メトロ千代田線の直通列車も利用が可能になった。

周辺は閑静な住宅街で、駅の近くには地域住民の交流も盛んな「喜多見商店街」がある。駅隣の高架下にはファストフード店や保育施設などが入る複合施設「小田急マルシェ喜多見」、近くには深夜まで営業しているスーパーやホームセンターなどもある。

同じくランキングで唯一、杉並区からランクインしているのが、10位の上井草駅。西武新宿線の沿線駅で、各駅列車のみが停車する。

駅の前には、人気アニメ「機動戦士ガンダム」の像が立つ。杉並区はアニメーションの制作会社が多く、上井草駅には同アニメシリーズの制作会社の本社があることで知られる。その縁で、駅の発車音にも同アニメの主題歌が使用されている。

駅付近には24時間営業のスーパーなどのほか、サンバカーニバルなどイベントも数多く開かれる「上井草商店街」がある。この商店街でも、「アニメタウン上井草」を掲げたガンダムとのコラボが多数行われている。ガンダムといえば湾岸エリアの巨大像がよく話題になるが、“聖地”の魅力に常に触れられるという意味では上井草にも注目すべきだろう。

上井草商店街(写真/PIXTA)

上井草商店街(写真/PIXTA)

駅近くには、ほかにも絵本作家いわさきちひろのアトリエ跡にできた美術館「ちひろ美術館・東京」がある。また、早稲田大学ラグビー部の練習拠点の最寄駅でもあり、強豪校である選手たちの練習や試合風景が見られるとあって、ファンの集う街でもある。アニメからスポーツまで、多彩な文化が間近にあることは、生活のうるおいにもなりそうだ。

緑豊かな環境が満喫できる江戸川区

10位はなんと同じ相場額で8駅がランクインしている。その一つ、瑞江駅は都営新宿線の沿線。所在地である江戸川区は半世紀以上、全区的な緑化運動に注力しており、区内の公園面積と街路樹本数は23区随一。そのため瑞江駅付近にも親水公園や親水緑道があちこちにみられる。

瑞江駅前(写真/PIXTA)

瑞江駅前(写真/PIXTA)

ランキングは江戸川区の駅が多く、緑が豊かなのは先述の通りだが、その中でも特に買い物施設も充実しているのが瑞江駅付近の特徴と言えるかもしれない。駅前にはスーパー、安売り店の「ドン・キホーテ」、100円ショップなどが入る商業施設などがあるほか、付近には24時間営業のスーパーもある。飲食店なども集中しているため、駅近くで日常のほとんどの用事を済ませられそうだ。

23区内というと、日本でも最も賃料の高い地域。とかく家賃や都心へのアクセスばかりに目が行ってしまいがちだが、街にはもちろん、それぞれ特色があり、地元の人が大事にしている文化がある。それを探すのもまた、部屋探しの楽しみのひとつのはずだ。自戒も含めて、新しい年に、新しい街と部屋との、素敵な出会いを見つけたいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内にある駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/9~2020/11
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

東京23区、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2021年版

東京23区内かつ駅から近いという条件を満たしつつ、安く住まいが探せる駅を調査。駅徒歩15分圏内にある中古マンションの価格相場を、シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)とカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)に分けてランキングした。そのトップ15の駅を紹介しよう。●東京23区内の価格相場が安い駅TOP15
【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(沿線/所在地)
1位 梅島 1589.5万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
2位 馬込 1990万円(都営浅草線/東京都大田区)
3位 板橋本町 2210万円(都営三田線/東京都板橋区)
4位 板橋区役所前 2280万円(都営三田線/東京都板橋区)
5位 下板橋 2290万円(東武東上線/東京都豊島区)
6位 十条 2294.5万円(JR埼京線/東京都北区)
7位 大山 2380万円(東武東上線/東京都板橋区)
8位 大森町 2420万円(京急本線/東京都大田区)
9位 上野毛 2430万円(東急大井町線/東京都世田谷区)
10位 蒲田 2530万円(JR京浜東北・根岸線、他/東京都大田区)
11位 三河島 2630万円(JR常磐線、他/東京都荒川区)
11位 中村橋 2630万円(西武池袋線/東京都練馬区)
13位 西巣鴨 2640万円(都営三田線/東京都豊島区)
14位 亀戸 2680万円(JR中央・総武線(各駅停車)、他/東京都江東区)
15位 ときわ台 2685万円(東武東上線/東京都板橋区)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(沿線/所在地)
1位 西高島平 2328.5万円(都営三田線/東京都板橋区)
2位 見沼代親水公園 2399万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
3位 柴又 2430万円(京成金町線/東京都葛飾区)
4位 舎人 2539.5万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
5位 小菅 2580万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
6位 小台 2635万円(都電荒川線/東京都荒川区)
7位 高野 2639.5万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
8位 京成高砂 2680万円(京成本線、他/東京都葛飾区)
9位 竹ノ塚 2690万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
10位 扇大橋 2699万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
10位 足立小台 2699万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
12位 四ツ木 2740万円(京成押上線/東京都葛飾区)
13位 大師前 2780万円(東武大師線/東京都足立区)
14位 谷在家 2790万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
15位 北綾瀬 2799万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区)

シングル向け1位は、銀座駅まで乗り換えせずに行ける梅島駅

人口が集中する東京23区内には、JR各線をはじめ東京メトロに私鉄、都電……とさまざまな路線が走っている。2020年にはJR山手線に高輪ゲートウェイ駅、東京メトロ日比谷線に虎ノ門ヒルズ駅と、新駅が誕生したのも、まだ記憶に新しいところだろう。そんな鉄道網が充実した東京23区内なら、駅の近くに住まいがあればマイカーがなくても日常生活に困らないのは利点。とはいえ「駅近」だと物件価格は高くなりがちだ。

そんななか、シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)の中古マンションの価格相場が最も安かったのは、東武伊勢崎線・梅島駅。普通列車(各駅停車)のみの停車駅で、この普通列車は3駅先の北千住駅からは東京メトロ日比谷線と直通運転している。そのため乗り換えなしで日比谷線の銀座駅や日比谷駅、霞ケ関駅、恵比寿駅などに行くことが可能だ。北千住駅で改めて東武伊勢崎線の普通列車または区間準急に乗り換えると終点の浅草駅へ。また、北千住駅から準急または急行に乗ると、押上駅から先は東京メトロ半蔵門線に乗り入れしており、大手町駅や永田町駅、渋谷駅に行くことができる。都心部の銀座、浅草、渋谷と各方面にアクセスしやすい駅でありつつ、物件の価格相場は2位よりも400万円以上安い1589.5万円だった。

梅島駅周辺には一戸建てとマンションが混在して建ち並び、公立の小中高校や、保育園、幼稚園が複数点在。駅高架下の東武ストアに加え、駅の北側と南側にもスーパーがあり、住民の多さがうかがえる。駅から北に徒歩10分ほどの場所には、オーストラリア・ベルモント市との友好親善のシンボルとして開設されたという異国情緒漂う「ベルモント公園」も。ほかにも住宅街の合間に公園が点在し、子どもたちの憩いの場となっている。

ベルモント公園(写真/PIXTA)

ベルモント公園(写真/PIXTA)

2位は都営浅草線・馬込(まごめ)駅。ここから都営浅草線で五反田駅まで約5分、三田駅まで約12分、大門駅まで約16分、新橋駅まで約18分。五反田駅からJR山手線や東急池上線に、三田駅から都営三田線、歩いてJR山手線やJR京浜東北線に、大門駅からは東京メトロ大江戸線に、新橋駅からは各種JR線、東京メトロ銀座線に、それぞれ乗り換えることもできる。地下鉄である馬込駅の地上出口周辺は商店街という感じではない。とはいえ小型スーパーの「まいばすけっと」やコンビニは点在しており、駅から歩いてすぐの環七沿いにはホームセンターも。そこから東に環七沿いを10分ほど歩くとスーパーもあるので、単身者ならば日ごろの買い物にはさほど困らないかもしれない。商店が少ないぶん、静かな住宅地といった趣ではある。

3位は都営三田線・板橋本町駅。ここから約7分の巣鴨駅でJR山手線に、約13分の春日駅で都営大江戸線や東京メトロ丸ノ内線、南北線の後楽園駅に連絡している。そのまま都営三田線に乗っていると、板橋本町駅から大手町駅まで約20分で到着する。駅周辺の様子を見てみると、帝京大学の板橋キャンパスや大学付属病院、帝京中学校・高校、さらに都立高校もあるため、若者の姿も多い。駅直結の「東京腎泌尿器センター大和病院」をはじめ、大学病院や総合病院など医療機関が充実している点も特徴だ。学校が多いけれど安い飲食店が建ち並ぶような学生街という印象ではなく、大小のアパートやマンション、一戸建てがひしめく住宅街。大型の商業施設はなく、地域住民向けのスーパーが点在している。

都営三田線・板橋本町駅(写真/PIXTA)

都営三田線・板橋本町駅(写真/PIXTA)

カップル・ファミリー向け物件を探すなら足立区に注目!

カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)のランキング1位は都営三田線・西高島平駅。都営三田線の終着駅で、前出のシングル向け3位・板橋本町駅から下り方面に8駅・約14分という立地だ。板橋区の駅では最北端、さらに東京の地下鉄駅でも最北端に位置しており、10分も歩けば埼玉県和光市へ。ぎりぎり「東京23区内の駅」というわけだ。

西高島平駅の北側には物流倉庫群が広がり、さらに北には荒川が流れている。住宅地は駅の南側だが、コンビニは点在しているものの、商店街らしきものは見当たらない。2駅先の高島平駅に行けば駅近くにスーパーもあるが、日ごろの買い物環境としては充実していると言いがたい。その点が価格相場に反映されているのか、隣接する新高島平駅は2840万円、2駅先の高島平駅は3480万円だったのに対し、西高島平駅は2328.5万円とぐっと安い結果が出ている。

西高島平駅の駅前(写真/PIXTA)

西高島平駅の駅前(写真/PIXTA)

2位は日暮里・舎人ライナーの終着駅、見沼代(みぬまだい)親水公園駅。1位の西高島平駅は「東京の地下鉄駅で最北端」だが、こちらは東京23区内で最北端の駅で、駅のすぐ北側には埼玉県の川口市と草加市が広がっている。日暮里・舎人ライナーは日暮里駅~見沼代親水公園駅の13駅を所要時間約20分で結んでおり、途中の西日暮里駅でJR山手線・京浜東北線と東京メトロ千代田線に、日暮里駅でJR山手線・京浜東北線・常磐線(快速)や京成線に乗り換え可能だ。駅前にはかつての農業用水路を全長約1.7kmの親水路として整備した「見沼代親水公園」があり、春は親水路沿いに約70本の桜が咲き乱れる。駅北側にはスーパーや100円ショップ、飲食店を併設したホームセンターが、駅南側にもスーパーがあるので、買い物環境はよさそうだ。

3位は京成金町線・柴又駅。京成金町線は京成高砂駅~柴又駅~京成金町駅のわずか3駅を結ぶ路線で、京成高砂駅から先は日暮里方面に向かう京成本線、押上方面に向かう京成押上線へと分岐している。柴又駅といえば「寅さん」の愛称で親しまれた映画・ドラマシリーズ『男はつらいよ』の舞台。駅前から柴又帝釈天へと続く参道沿いには団子屋さんをはじめとした飲食店や土産物店がひしめいており、歩くだけでも楽しい雰囲気。帝釈天を過ぎると「葛飾柴又寅さん記念館」があり、さらにその先には江戸川が流れている。この川を越えて行き来する住民のために江戸初期から運航していた渡船「矢切の渡し」は、現在も帝釈天裏手の川岸から乗船可能だ。下町情緒漂う観光地に思えるが、古くからの住民が多く駅周辺には地域住民向けのスーパーやドラッグストアもある。

帝釈天参道(写真/PIXTA)

帝釈天参道(写真/PIXTA)

ここまではシングル向け、カップル・ファミリー向けそれぞれのトップ3についてふれたが、トップ15全体に目を向けてみよう。シングル向けはトップ15のうち4駅が板橋区の駅であり、路線別に見ると都営三田線と東武東上線が3駅ずつランクインしている。ではカップル・ファミリー向けも板橋区の駅が優勢かというとそんなことはなく、なんとトップ15のうち10駅が足立区の駅という結果に。路線では日暮里・舎人ライナーが6駅もランクインしていた。

区によって駅の数が異なるので、「区内に駅自体が多いから、板橋区や足立区がランキング上位にも多かったのでは?」という見方もあるだろうが、結論から言うとそうではなかった。今回の調査条件(駅徒歩15分圏内にSUUMO掲載物件が11件以上ある)に適う駅は、シングル向けが189駅、カップル・ファミリー向けが386駅あった。そのうちシングル向けランキングに登場した駅が最も多かったのは港区で全18駅、しかしトップ15入りした駅はゼロ。一方、板橋区の駅は189駅中に全8駅で、そのうち半数の4駅がトップ15以内にランクインしていたのだ。また、カップル・ファミリー向けランキングの調査対象となった駅が最多だったのは、港区・大田区・世田谷区が同数の各27駅だが、トップ15にはいずれの区もランクインしていない。しかし足立区の駅は調査対象駅が全22駅、そのうち10駅がトップ15入りしていた。

つまり23区内で安い中古マンションを探すなら、シングル向けは「(ほかにもあるものの)都営三田線や東武東上線の沿線、板橋区あたり」、カップル・ファミリー向けなら「断然、足立区! 路線は日暮里・舎人ライナー」が見つけやすいと言えるだろう。安さを重視しつつ効率よく住まい探しをするならば、ぜひ今回のランキングを参考にしてほしい。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内にある駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2020/9~2020/11
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

コロナ禍のテレワークだからこそ家族と暮らす選択を 私のクラシゴト改革8

2020年の1年間で、浅草→鎌倉→神戸と拠点を目まぐるしく変えた、会社員の小林冬馬さん。「“テレワーク前提”だからこそ暮らす街は自由に選べる」と、このような暮らし方を決断した。さらに居住地を変えたことで、副業もスタートするなど、働き方も変化した彼に、この暮らしを選んだ経緯や変化など、あれこれ伺った。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。テレワーク前提の企業に転職。憧れの街、鎌倉へ住み替え

元は広告代理店で人事の職に就いていた小林さん。「デジタルマーケティングの仕事をしたい」「自由度の高い働き方がいい」という理由から、2020年4月に転職。「新しい職場は、テレワーク(リモートワーク)前提の環境だったので、せっかくなら、憧れていた鎌倉で暮らしてみたいと思いました」

そうして5月に浅草から鎌倉へ引越し。住まいは、材木座海岸、由比ガ浜海岸からほど近い物件。のんびりしたローカルな商店街、海沿いにはサーフショップやスクールが立ち並び、サーフボードを抱えた自転車が行き交う街だ。
「海まで徒歩5分ほど。鎌倉といっても、観光客は少なく、ほどよく田舎。引越し当初は、平日朝早くおきて、海にサーフィンをしに行っていました。でもサーフィン後の仕事は眠くなるので、サーフィンはすぐ週末限定に(笑)。平日は、朝、夕にのんびり山や海を散歩するのが日課になりました」

大学時代は徳島で、山も海も近い環境に親しんでいた小林さん。サーフィンが趣味になったのも、徳島での暮らしがきっかけだ。「前の職場の社長が鎌倉在住で、何度か遊びにいく機会があり、憧れの街になりました。でも当時は週5日出社だったので、通勤は大変とあきらめていました」(画像提供/小林さん)

大学時代は徳島で、山も海も近い環境に親しんでいた小林さん。サーフィンが趣味になったのも、徳島での暮らしがきっかけだ。「前の職場の社長が鎌倉在住で、何度か遊びにいく機会があり、憧れの街になりました。でも当時は週5日出社だったので、通勤は大変とあきらめていました」(画像提供/小林さん)

鎌倉在住時に撮影した長谷寺のアジサイの写真(画像提供/小林さん)

鎌倉在住時に撮影した長谷寺のアジサイの写真(画像提供/小林さん)

コミュニティ重視のコワーキングスペースを選択

小林さんが鎌倉に住まいを移す際、こだわったのがコワーキングスペースだ。「自宅で仕事もできますが、地域とのつながりも求めていたので、交流もできる地域の仕事場スペースを別に持っておこうと思ったんです」
選んだのは、地域密着の起業支援拠点。地元ビジネスのスタートアップ拠点として利用する人、フリーランスで働く人が多数ながら、小林さんのように会社員をしながらリモートワークをする人もいる。
「他のコワーキングスペースも4件ほど見学したのですが、どちらかというと”各自がもくもくと仕事をするだけ”という場所も。選んだ『HATSU鎌倉』は、神奈川県からの委託を受け、面白法人カヤックという鎌倉に本社のあるIT企業が運営するところで、コミュニティマネージャーと呼ばれる世話人が、なにかと声をかけてくれて人をつなげてくれるんです。だから自然とネットワークが広がりました」

HATSU鎌倉(写真提供/HATSU鎌倉)

HATSU鎌倉(写真提供/HATSU鎌倉)

鎌倉愛にふれるにつれ、自分自身の故郷に思いをはせるように

そんな鎌倉でのリモートワークをするにつれ、小林さんの心境にも変化が。
「鎌倉は、本当に地元愛が強くて、何かしら地元に貢献したいという人が多いんですよね。コワーキングスペースでそうした地域のキーパーソンと呼ばれる人たちとつながることで、自分が生まれた神戸でも、何かしらできることはないかなと思い始めたんです」
そんななか、鎌倉でルームシェアしていた友人が地方移住することをきっかけに、故郷の神戸にUターンすることを決意した。
8年ぶりの神戸は、地元とはいえ、新鮮な体験がいっぱいという小林さん。「高校生までの僕は、使えるお金も限られるし、車は運転できないし、実は行動範囲がかなり狭かったんですよね。特に中・高校と僕は部活にどっぷりで、家と学校の往復の毎日。社会人になって暮らす神戸は、”こんなところがあるんだ”と発見の連続でした」

神戸でもコワーキングスペースを利用。紙媒体やWEBサイトを制作するデザイン会社が運営する拠点だけあって、クリエイターが多く、こちらも、交流イベントがさかんな“コミュニティ重視”のコワーキングスペースだ。
「みんなでボジョレー・ヌーヴォーを飲む会や、地域コミュニティの仕事をしている人向けのパネルディスカッションのセミナーに参加するなど、硬軟合わせたイベントが豊富なんです。学生インターンもいて、彼らが企画した”韓流コンテンツ基礎講座”も、モノは試しと受けてみて、面白かったですよ」

三宮にあるコワーキングスペース「ON PAPER」。24時間365日利用可能で、パーテーションに囲まれた専用デスクで集中もできるプレミアム会員に。月額は3万8000円(税別)(写真提供/ON PAPER)

三宮にあるコワーキングスペース「ON PAPER」。24時間365日利用可能で、パーテーションに囲まれた専用デスクで集中もできるプレミアム会員に。月額は3万8000円(税別)(写真提供/ON PAPER)

「実家暮らしになり家賃が不要になった分、働く場には投資しておきたいと考えました」(写真提供/小林さん)

「実家暮らしになり家賃が不要になった分、働く場には投資しておきたいと考えました」(写真提供/小林さん)

ボジョレー・ヌーヴォーを会員で飲む、コワーキングスペースのイベントのひとつ(写真提供/小林さん)

ボジョレー・ヌーヴォーを会員で飲む、コワーキングスペースのイベントのひとつ(写真提供/小林さん)

家族との時間に喜び。念願の地方副業も楽しみに

神戸へUターンし、久しぶりに親と一緒に暮らす生活になった小林さん。料理や洗濯などをしてもらう代わりに、食品の買い出しや力仕事などサポートをしたり、Wi-fi環境を整えるなど実家のシステム化も担うなど、親との関係性も10代のころとは違うものに。大阪に暮らす祖父母の元を訪れる機会も増えた。「実は兄もコロナ禍で実家に戻ってきて、10年ぶりに家族が勢ぞろい。アラサーの男2人が家にいるのはちょっとおかしいけれど、両親は喜んでいてくれています」

さらに、当初の目的だった“地元に貢献する副業”も、2020年秋からスタート。友人が所属する企業が手掛けるふるさと兼業のサイトから応募し、兵庫県加古川市にある老舗の下着メーカーでマーケティングに関わることになったのだ。「防寒下着として有名で、僕も愛用していた商品。若い3代目が、ブランド力やECを強化したいと、リモート副業限定で募集があったもの。小さな会社だからこそ、商品を実際につくっている職人さんともつながり、みんなの想いを肌で感じることができるのは、本業のクライアント業務では味わえない感覚です」
副業に関わる時間は平日の18時以降と土日のみと決めている。「プライベートな時間は少なくなりますが、好きでやっていることだと思い、苦になりません」

ワシオ社独自の起毛素材を使用したインナーや靴下などを手がけるニットブランド『もちはだ®』を中心としたマーケティングを担当。写真は兵庫県加古川市の工場にて、3代目・鷲尾岳さんと (画像提供/ワシオ)

ワシオ社独自の起毛素材を使用したインナーや靴下などを手がけるニットブランド『もちはだ®』を中心としたマーケティングを担当。写真は兵庫県加古川市の工場にて、3代目・鷲尾岳さんと (画像提供/ワシオ)

将来的には、拠点を首都圏に戻すことも想定しているという小林さん。「本業のクライアントがやはり首都圏に多いので、コロナの状況次第でまた首都圏に戻る予定です。また、パートナーの彼女が長く海外赴任中で、彼女の職業柄、日本なら東京が拠点にならざるを得ないので、神戸にUターンは、” 今帰らないといつ帰る”というタイミングでした。コロナ禍で会いたい人に会えない状況が続くなか、家族と過ごせる時間を大切にしたいと改めて考えました」

リモートワークを前提に生活を変えた小林さん。期せずしてその後のコロナ禍はあらゆる人の生活を一変させたが、本当に大切にしたいものに改めて気付くきっかけになった人も多いのではないだろうか。
小林さんもこの1年で得た気付きを活かし、これからのライフスタイルの変化の中でも、しなやかに挑戦を続けていくのだろう。

美大生のための伝説のアパート、DIYし放題で“住み継ぐ”

美術大学(美大)や美術系学科のキャンパスが集まる東京都町田市。多摩美術大学、東京造形大学、東京工科大学などに通う多くの美大生が生活しているこの町に、約15年にわたり歴代の美大生らが住み継いできたアパートがある。DIYし放題で現状復帰も不要という一風変わったこの物件では、どんな暮らしが営まれているのだろうか?
芸術を学ぶ学生を支えたい。元コーヒーショップ店主の思い

町田駅からJR横浜線で4駅。相原駅から歩くこと5分、黄色い外壁が特徴的な大きなアパートが現れた。ここが美大生の受け継ぐ“伝説のアパート”「アップル&サムシングエルス」だ。

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

建物外観。黄色い壁が目立つので、遠くからでもすぐに分かる(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

特徴的なデザインの門(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

きれいに整えられた中庭。管理ルールは定めておらず、入居者が自主的に手入れしている。部屋の扉の色は、入居者が変わる度に自分の好きな色に塗り替えている(撮影/片山貴博)

「アップル&サムシングエルス」は、全31部屋の4階建てアパート。1部屋の広さは33平米前後で、家賃は5万5000円~7万5000円。広さの割にリーズナブルな価格設定が魅力的だ。

現オーナーの青木さんは、近隣のコーヒー専門店「パペルブルグ」の元店主。「造形美の宿る作品が好き」と話す青木さんの親しみやすい人柄に惹かれ、多くの美大生が集った。学生の作品を店内に飾ることもあったという。

次第に、「もっと美大生のためになることをしたい」と考えるようになった青木さんは、賃貸物件の経営を思い立つ。そうして生まれたのが、ここ。建物全体のデザインは近隣5大学の学生によるコンペを実施し、上位3組のアイデアを採用し、今から15年前に建てられた。

この物件の最大の特徴は、「DIYし放題」。ほとんどの賃貸物件はDIY禁止か、DIY可でも現状復帰が求められるなか、ここは入居者が自分の好きなように部屋を変えることができ、退去時に元に戻す必要もない。

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

入居待ちの一室。壁の絵や棚、小上がりスペースなどはかつての入居者である美大生が制作したもの。小上がりは床下収納にもなっていて、そのまま使える(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

洗面台やキッチン周りのタイルは、前の入居者が塗装したまま残されていた(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「DIYし放題・現状復帰不要」というルールを設けた理由を、青木さんに聞いた。

「普通の賃貸の部屋より、気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ。学生には、『イタズラじゃなきゃ何してもいいよ』と言っています。壁に絵を描いても、ビスを打ってもいい。事前に言ってくれれば、必要な道具を貸します。僕自身もDIYをするので、ペンキや電動のこぎり、材木が家にあるんです」

気さくな青木さんは、入居者との交流も深い。取材中にすれ違った人は全員、笑顔で青木さんと挨拶を交わしていた。多くの学生は卒業と同時に退去するが、その後も多くの卒業生たちとLINEや年賀状で連絡を取り合っている。卒業後の活動報告を兼ねて、作品や関わった商品などを送ってくれる人もいるそうだ 。青木さんと歴代の美大生との間の絆がうかがえる。

「この部屋に住めて幸せ」空間から得たインスピレーションが創作に活きた入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者のショウさん。東京造形大学で映像を専攻している3年生(撮影/片山貴博)

入居者にも話を聞いてみよう。4階の部屋に住むショウさんは、もともと近隣の家賃3万円の物件に住んでいたが、老朽化に伴い退去を要請されてしまった。そこで一緒に暮らしていたルームメイトがインターネットでこの物件を見つけ、約1年前に2人で引越してきた。1学年上のルームメイトは先に退去したため、現在はショウさんの一人暮らし。

4階まで階段を登らなくてはならないのが少し辛いところではあるが、この部屋は33平米で家賃6万円。都内ではほぼあり得ない好条件だ。

「白が好きなので、壁も床も真っ白なこの部屋がとても気に入っています」と話すショウさん。この部屋に引越してきてから、自身の気持ちが大きく変化したと話す。

「前の部屋はすごく古く、家に帰ってもあまり楽しくありませんでした。友達が来てくれても、少し恥ずかしくて。でも、今は好きな部屋に住んでいるので幸せです。友達を呼んで話すのが楽しいし、広いので機材や好きなものをたくさん置けるんです」

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

入居の決め手になったという、白い棚。過去の入居者がDIYで取り付けた当時は真っ赤だったが、その後別の入居者が白く塗り替えた(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の中はキャラクターのフィギュアや書籍など、ショウさんの好きなもので埋め尽くされている。写真の絵画は「大学の先輩が描いた絵をもらった」(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

棚の上にはショウさんの飼い猫がいた。「アップル&サムシングエルス」は全室ペットOKだ(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

前の入居者が白く塗った床。一般的な賃貸物件にはなかなかない、独特の風合いがある(撮影/片山貴博)

この部屋の中で、ショウさん自身がDIYを施した場所はまだないという。青木さんによると、DIYによって部屋を大きく変えて暮らす入居者もいれば、ショウさんのように前の内装が気に入り、そのままの状態で暮らすケースもあるそう。

ショウさんは、「この部屋がきっかけになってつくった作品がある」と、自身の制作した映像を見せてくれた。大学の教授から高い評価を受けたそうだ。

「映像作品のアイデアは、この部屋にいたからこそ浮かんだもの。撮影もこの部屋で、白い壁や自然光を利用して行いました。もし他の部屋に住んでいたら、この作品はつくれなかったと思います」

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

「身体表現」をテーマに制作した映像作品を解説するショウさん。白い空間の中にいる黒い衣装を着たダンサーが、頭を抱えたり、ベッドに寝そべったりしている。男女の関係性の中で生まれる感情の変化を表現した(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

ショウさんがこの部屋で描いた絵画。「絵は専門外です」と謙遜するが、さすがのクオリティだ(撮影/片山貴博)

まさに現オーナーの青木さんが言った「気に入った空間で過ごしたほうが、感性が養われるでしょ」という言葉のとおり。きっとこれまでも多くの美大生が、それぞれの部屋からインスピレーションを得て、創作活動に邁進してきたのだろう。

「この部屋で暮らせて、今すごく幸せです」と笑顔で話すショウさんの表情は、実にのびのびとしている。白い背景と柔らかい日差しの中で、創作に打ち込んでいる姿が目に浮かんだ。

一般的に、賃貸物件は住む人を選ばないよう画一的なつくりになりがちだ。しかし、美大生たちがここで豊かな時間を過ごしているのは、あえて「住む人を選ぶ」部屋にしたからなのだろう。現オーナーの青木さんは、美大生が輝くために必要な環境を知っている。「DIYし放題・現状復帰不要」の物件が長年住み継がれている理由が分かった気がした。

暖かい地方の家は“無断熱”でいい? 実は鹿児島県は冬季死亡増加率ワースト6!

夏は涼しく冬は暖かい。そんな快適な暮らしに欠かすことのできない「断熱」。今や、“家づくり”を考える人たちが最も重要視すると言っても過言ではないが、実は地域によってその意識はさまざま。今回は、南国・鹿児島から、その重要性を訴え、断熱の輪を広げる株式会社大城の大城仁さんにお話を伺った。
南国だって冬は寒い!「冬季死亡増加率上位県」鹿児島のこれまでの実態

“南国”として知られる鹿児島県が、冬季死亡増加率ワースト6位(※1)だという事実を、一体どれだけの方がご存じだろうか。

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

確かに、年間の平均気温は他県と比べると若干高めであるが、実は冬場の最低気温は関東や関西と変わらず、厳しい寒さをみせる。
暖かい部屋から寒い部屋への移動など急激な温度差により、血圧が大きく変動することで起きる脳梗塞や心筋梗塞などのリスクを防ぐための手段として重要視されているのが、外気温からの影響を最小限に抑える「断熱」であるが、鹿児島県には必要ない、そんな間違った常識が生み出した悲劇こそが、先に述べた結果なのだ。
ここ数年、全国で断熱の重要性が認知されるようになってきているが、「鹿児島は南国という意識を強く持っている人も多いこともあって、その重要性を感じていない人も少なくありません」と大城さん。
断熱とはその名の通り、“熱を断つ”こと。つまり、外の冷気だけでなく、夏の熱気を遮断することも忘れてはいけない。
近年の新築住宅でこそ、“高断熱高気密”はもはや当たり前となっているが、築年数の古い既存住宅では未だに断熱不足や無断熱のものが多い。賃貸住宅に関してはその比率はさらに高いのが現状だ。

経験から学んだ、性能向上の重要性

これまでリノベーションは、デザイン性重視の風潮が強く、 “いかにカッコよく仕上げるか”を競い合う傾向にあった。しかし、大城さんが着目したのは『断熱リノベーション』だった。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

『断熱リノベーション』とはその名の通り断熱性能を上げるリノベーションのことで、室内の温度を一定に保つ効果が期待できる。その他にも、省エネや遮音などさまざまなメリットがあるのだ。
「私自身も、無断熱のRCマンションで生活していました。同じ家で生活しているのに、妻や子どもたちが寝ている南向きの部屋と、私が寝ている北向きの部屋では明らかに温度が違いました。寒さの厳しい冬場になると、私だけ厚着をし、布団も一枚多くかぶらないと寝られないくらい過酷な状況。同じ家に暮らしながら何故こんなにも環境が違うのだろう?と疑問を持ったのがそもそもの始まりです。デザイン性だけではなく断熱性能を向上させることで、もっと快適な暮らしが出来るのではないか?と、断熱の重要性に気づかされました」と当時を振り返る。

学びから実践へ

「断熱」の重要性に着目した大城さんが、さまざまな学びの場を探して出合ったのが「エネルギーまちづくり社」が開催する『エコリノベーションプロフェッショナルスクール』だった。

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

これはエネルギーまちづくり社の代表取締役である竹内昌義さんと、スタジオA建築設計事務所代表の内山章さんら講師のもと、3日間という短い時間で熱の基本や、断熱リノベーションの進め方を学ぶ実践型ワークショップを行うというもの。ここでの経験が現在の活動へと繋がる大きなきっかけとなった。
このワークショップは、学びを学びで終えず、「全国各地で断熱の正しい知識を広めていこう」という趣旨だったこともあり、鹿児島に戻った大城さんは一例目となる『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』に施工業者として参加することとなった。対象となったのは築37年のRCマンション『ルクール西千石』。このマンションを所有するのは鹿児島市にある日本ガス株式会社。省エネと住環境の向上の実現を目指しタッグを組んだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

断熱施工で最も重要なポイントは、熱がどのように伝わるかをしっかりと把握した上でその熱を断つこと、一番熱損失が大きいのは壁や天井ではなく、実は窓だという。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回はRC造の共同住宅であったため、残念ながら窓の交換はできなかったが、樹脂枠を用いた内窓、または木製枠の内窓を設置することで、断熱性と遮音性を高めた。
日本ではアルミ製、スチール製の窓枠を採用していることが多く、金属は樹脂や木に比べ熱伝導率が高いため断熱性が低いことが問題だ。
次に重要となるのは、外気に面する天井・壁・床に断熱材を隙間なく充填し、気密シートで密閉すること。ただ断熱材を敷き詰めるだけでは足りず、室内と外部の空気をしっかり遮断することが求められる。いくら性能の良い断熱材を用いても、気密性が悪ければその性能は発揮できず、断熱と気密は必ずセットで考えることが重要なのだそう。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の実証対象となった2部屋は、北海道・東北地方の次世代省エネ基準と同等の性能を確保するため、UA値0.46(九州地区の次世代省エネ基準を大きく上回るHEAT20 G2グレード相当)を基準とし、温熱計算によって断熱材の種類や厚みを選定した結果、天井には60mm、壁には30 mm、床には45 mmの厚みの高性能断熱材(熱伝導率0.02W/(m・k))を採用した。(実際の温熱計算によって出された本物件のUA値は0.41と、目指していた0.46より高い省エネルギー性を示した)。
施工後、断熱施工を行った部屋と同じ間取りの無断熱既存空室を対象に、同一機種のエアコンを用いた温度測定と電気使用量のデータ測定を鹿児島大学の協力の下で行った結果、無断熱の部屋は外気からの影響を大きく受け室内温度の低下が見られたが、断熱施工された部屋の室内温度は外気に左右されることなく、体感温度は3.1度上昇。電気使用量は30%減というデータを得た。この実証実験で、暖かく快適に過ごしながらも電気代は今までよりも30%程度安くなるということが証明されたのだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の試み『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』は高い評価を受け、1年を代表するリノベーション作品を価格帯別に選別するコンテスト、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリを受賞。
南国に「断熱」は必要ないというこれまでの間違って広がっていた意識を大きく払拭する事例となった。

“断熱リノベ”の今後の動き

賃貸マンションで実証した「性能向上リノベーション」が日本一(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリ)の称号を得たことは、周囲に大きなインパクトを与えた。
「『断熱が大事なのは分かるけど、コストも掛かるしなかなか踏み出せない』と言っていた同業種の仲間たちも、『今回の実証実験を機に断熱について真剣に取り組んでみたいと思うようになった』と声を上げ始めてくれた」(大城さん)
実証実験の結果を示すことができたおかげで、“高断熱施工は暮らしに必要なもの”と理解してもらえるようになったそうだ。 他にも断熱DIYワークショップの相談を受ける機会が増え、着実に南国鹿児島にも断熱の輪が広がっていると手応えを感じているそうだ。

(写真提供/頴娃おこそ会)

(写真提供/頴娃おこそ会)

「このような取り組みが全国的に広がることを祈りつつ、今後の既存住宅、建物の活用の一つの事例となればと願っています。断熱は、“特別なもの”ではなく、“当たり前のもの”と定着するよう、これからも活動していきたい」と話してくれた。
これまでの住宅は、デザイン性を一番に求められがちだったが、大城さんのように、冬は暖かく夏は涼しい快適な住まいの提案を行う工務店が増えることで、目に見えない性能価値を求められる時代へと移り変わっていくのではないだろうか。

●取材協力
大城

京都の“近所付き合い”を現代に。生活の一部をシェアするコレクティブハウスの暮らしって?

ご近所づきあいが希薄になりつつある一方で、シェアハウスや定額で多拠点に宿泊可能なサブスクリプション住居など、違う形でのコミュニティが活発化している昨今。京都の八清(ハチセ)が運営するコレクティブハウスは、一人暮らし以外に、子育て世代や高齢者にも注目されている。京都の特性を活かした住まいとはどのようなものか。その住まい方を紹介したい。
コミュニケーションのさじ加減。人との距離感は自分で調整路地でひと際目立つ2トーンの外観。大きなガラス戸が「ウェルカム」の意思表示に(写真提供/八清)

路地でひと際目立つ2トーンの外観。大きなガラス戸が「ウェルカム」の意思表示に(写真提供/八清)

京都の賀茂川近く、車も通れないような路地を入ると、古い街並みのなかに、板張りの塀に囲まれた、グレーと白の2トーンの外観が目を引く。ガラス戸を開けると、テーブルとキッチンカウンターのあるカフェのようなスペース。隣には中庭が広がり、そのまわりに5つの玄関が並んでいる。ここが、新築コレクティブハウス「coco camo」だ。そもそも、コレクティブハウスって?

「水まわりやLDKを共用するシェアハウスとは違い、それら生活に必要なスペースは専用でありながら、みんなで使ういくつかの共用スペースもある。生活の一部を共同化しながら生活する住まいのことです」と、コレクティブハウスを運営する株式会社八清の小山由美さん。

八清がコレクティブハウスを運営するのは、これで4つ目。これまでの3棟は、既存のワンルームマンションの一部を共用部に改装し、「面白い暮らしがしたい!」という人たちが好んで集まったという。共用部にはソファや広いキッチンを完備。それぞれの生活を送りながら、ひとたび集まれば、仕事が生まれたり、イベントを開催したり、山登りサークルができたり。集まったときのポテンシャルが高く、とにかく楽しそう!

シェアハウスとの一番の違いは、「人との距離感を自分で調整できることではないでしょうか」と小山さんは教えてくれた。「基本的に、コレクティブハウスはそもそも独立した住宅なので、個人の生活が確立しています。その上で、自分のスタンスに応じて、共用部をうまく使いながら、人と交流するイメージです。また、シェアハウスは年齢やライフスタイルの違いによる価値観の違いから起きるトラブルを回避したいと、年齢制限を設けたり、一人暮らしに限定していたりといった制限があることも多いのですが、コレクティブハウスはシェアハウスの楽しいところはそのまま、カップルや子どものいる世帯、高齢者など多様な人が住まえるところにも魅力があります」

自然素材に囲まれた2号室。ステンレス×木のキッチンはミニマルなシンプルデザイン(写真撮影/出合コウ介)

自然素材に囲まれた2号室。ステンレス×木のキッチンはミニマルなシンプルデザイン(写真撮影/出合コウ介)

床はオーク、土壁風クロスやシナベニヤなどを使って落ち着いた雰囲気に。アンティークな建具を再利用しているあたりは、町家リノベの実績の多い八清ならでは(写真撮影/出合コウ介)

床はオーク、土壁風クロスやシナベニアなどを使って落ち着いた雰囲気に。アンティークな建具を再利用しているあたりは、町家リノベの実績の多い八清ならでは(写真撮影/出合コウ介)

遠方からの移住者とコレクティブハウス。実はとても相性がいいシンボルツリー「ソヨゴ」があるコモンテラス。このテラスに面して各戸の玄関が配置されている。玄関のライトがコロンとしてかわいい(写真提供/八清)

シンボルツリー「ソヨゴ」があるコモンテラス。このテラスに面して各戸の玄関が配置されている。玄関のライトがコロンとしてかわいい(写真提供/八清)

「coco camo」はワンルームマンションからの発展形。「コレクティブハウス」を目的として建てた、一戸建てのような集合住宅だ。これまでの3棟は、ワンルーム=一人暮らしを想定していたが、「coco camo」の各住戸は初のメゾネットタイプ。一人でも、カップルでも暮らせるフレキシブルさがある。自然素材に囲まれた住戸は落ち着いた雰囲気で、住まう人の色に染められるよう、限りなくシンプルにデザインしている。これまでに手掛けたコレクティブハウスは内部の共用部のみだったが、中庭=コモンテラスという外部にある共用部は、本を読んだりお茶したりと自分の庭として使えるのが最大のメリット。バーベキューなどアウトドアを通してよりオープンに人とつながれる魅力も増えた。

入居者みんなが利用できるコモンリビングには団らんできるようカウンターを設置(写真撮影/出合コウ介)

入居者みんなが利用できるコモンリビングには団らんできるようカウンターを設置(写真撮影/出合コウ介)

入居者が飲んだビールの空き瓶もオブジェのようにズラリ。エントランスホールの可動棚とピクチャーレールはみんなと共有したいものを置いて、住まう人たちの情報交換の場に(写真撮影/出合コウ介)

入居者が飲んだビールの空き瓶もオブジェのようにズラリ。エントランスホールの可動棚とピクチャーレールはみんなと共有したいものを置いて、住まう人たちの情報交換の場に(写真撮影/出合コウ介)

実はこのコロナ禍の影響で、完成前の現地見学会をオンラインで行うことを余儀なくされた「coco camo」だが、逆にそれが功を奏して遠方の方とつながることができ、コレクティブハウスの特徴とマッチした。

「単身でお住まいの60代女性は、埼玉からの移住者です。セカンドライフは京都に住みたいと賃貸から探し始めたところ、八清のHPを発見。オンラインイベントに2回参加し、入居を決められました。知らない土地に住むには不安もあったようですが、コレクティブハウスというスタイルは、入居者同士での交流が大前提。遠方から移住=コレクティブハウスがぴたりとハマりました」と小山さん。

ソーシャルディスタンスを保ちつつ交流できる。時勢にマッチした住まい方株式会社八清 プロパティマネジメント部の小山由美さん。八清は京町家・中古住宅をリノベーションにより上質な空間へとプロデュースする京都の不動産会社(写真撮影/出合コウ介)

株式会社八清 プロパティマネジメント部の小山由美さん。八清は京町家・中古住宅をリノベーションにより上質な空間へとプロデュースする京都の不動産会社(写真撮影/出合コウ介)

一方、30代のご夫妻は、立地と共用部を見て決めた例。「このご夫婦は、コーヒーを入れるのがお好きなようで、共用部でコーヒーイベントやフリーマーケットなどをやりたいとおっしゃっていました」。入口が共用部というオープンなつくりから、内部との交流はもちろん、外部との交流も可能。住まう人次第で、可能性が広がるのが面白い。

友達以上、家族未満。近所付き合いを大切にする京都では、地蔵盆など地域のコミュニティも活発で、家と家との距離も近く、路地も生活の一部。顔を合わせたら挨拶をし、井戸端会議に花を咲かせる。だけど、互いの「距離感」は大切に。信頼はするけど、パーソナルスペースには踏み込まない。

コレクティブハウスは、そんな京都独特の住まい方の延長線上にある。要は、大人なさじ加減。そしてまた、面白いコミュニティをつくることができるコレクティブハウスは、密なイメージがあるかもしれない。しかし、独立した住居スペース+共用部という生活スタイルは、外出を自粛しがちになる中でソーシャルディスタンスを保ちつつコミュニケーションが図れる、この時勢にぴったりな、次世代の住まい方ではないだろうか。

こちらは広いタイプの5号室。1回は中庭=コモンテラスと大きなガラス戸でつながっている(写真撮影/出合コウ介)

こちらは広いタイプの5号室。1回は中庭=コモンテラスと大きなガラス戸でつながっている(写真撮影/出合コウ介)

2階は屋根の形状そのままの天井なので、天井高も高く、とても開放的(写真撮影/出合コウ介)

2階は屋根の形状そのままの天井なので、天井高も高く、とても開放的(写真撮影/出合コウ介)

●取材協力
株式会社 八清

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」に見る最新キーワード3つ。コロナ禍の影響も?

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2020年12月10日に開催されました。この1年、新型コロナウイルス感染拡大が暮らしや経済を直撃し、リノベーション業界も多大な影響を受けました。そんな状況下にありながらも、今回の受賞作品からはリノベーションが持つ力、多様性を垣間見ることができました。注目作品とともに今年の傾向を紹介します。
【注目point1】コロナ禍の影響で、職と住の見直しが加速

日本中で人々の行動が制限されるという厄災下で開催されたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2020。リノベーション業界でも住まいづくりの全ての過程で大きな制約を受けたため、盛り上がりが心配されましたが、エントリー作品は前年とほぼ同程度をキープし、さまざまな作品が出そろいました。

今回の大きな傾向は、何といっても「コロナ禍が住まいに及ぼした影響」。コロナ禍の影響を受けていない作品も多い中、リモートワーク、職住融合など、近年の潮流が一気に加速されたことで、審査の場では「リノベーションはいかにコロナ禍の影響を受け止めたのか」という観点で見ざるをえなかったそうです。

「毎日会社に出社する」という今まで当たり前だったことが、職場や職種によってそうではなくなりました。働き方改革の一環で以前からリモートワークを推進する企業は増えつつありましたが、半ば強制的に、暮らす場所と働く場所のボーダーレス化が一気に進んだ形となりました。それを最も象徴するのが、総合グランプリ受賞作品です。

職住融合のミニマルな形
総合グランプリ:『リモートワーカーの未来形。木立の中で働く。住まう。』株式会社フレッシュハウス

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

長年、別荘地で放置されていた60平米に満たない小さな家。オーナーは一人暮らしのプログラマーで、元は祖母の家でした。築50年という建物の耐震・断熱改修を行い、間取りの変更などを施して、自宅兼職場に。シンプルな空間に床の高低差でメリハリを付け、目線の位置を低く抑えることで、森の風景に入り込むような臨場感をもたらしています。

「リモートワークによる職住融合」というウィズコロナ時代のニューノーマルを示すだけではなく、郊外&地方移住、実家の空き家問題、古家の性能向上、お一人様社会といった、「今」を象徴するテーマや、問題解決の手法が詰まっていることが高く評価されて、総合グランプリ受賞となりました。

総合グランプリ受賞作のほかに、「ウィズコロナ時代」を象徴するのが次の作品。「職と住」を見直して、魅力ある場に仕立て上げている作品です。

立地を活かした職住融合
審査員特別賞(ニューノーマル・ライフスタイルデザイン賞):『山と渓谷、エクストリーム賃貸暮らし。』株式会社ブルースタジオ

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

山へのアクセスが比較的便利な地に立つ賃貸住宅。気持ちの良い朝、山に足を運び、自然の力を浴びてパワーチャージしてから仕事に取り組むという「エクストリーム出社」が増えている現状に合わせて、アウトドア派のための部屋として設計されました。住む場所の選択肢が広がる状況に対し、「山が好きなら山の近くに住んでしまえばいい」といった新しいライフスタイルを簡潔に提示している点が評価されました。

アウトドアという“地域ならではのプラス要素”を賃貸住宅に付加することで、オーナーの空室不安を解消する物件にもなっています。

多拠点な職住の場
審査員特別賞(ニューノーマル・ワークスタイルデザイン賞):『働く場所から、自由になろう。』株式会社LIFULL

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

廃校や閉鎖した企業の保養所などの遊休不動産を再生し、多拠点居住&労働の場及びコミュニティの場として定額制で提供するプロジェクト「LivingAnywhere Commons」。近年、多拠点居住という新たなライフスタイルが確立されてきましたが、このプロジェクトは各拠点でのコミュニティづくりにも取り組んでいるのが特徴。滞在者のコミュニティづくりをサポートするマネージャーがいることで、共創型プロジェクトに容易に参画できたり、快適な空間になるよう利用者がDIYやルールづくりをしたりと、手を掛けて育てていくことが可能です。

【注目point2】コロナ禍の影響で「おうち時間」の質向上に注目

「おうち時間」が否応なく長時間化することで、暮らしの場の質を高めたいというニーズが高まっています。リノベーションはそもそも家の質を高めるために行われるものなので、「おうち時間の質が高まっている」のはすべてのエントリー作品に当てはまるのでしょうが、そのなかでも、次の作品は充実したライフスタイルが垣間見られるとして、審査の場で注目されていました。

充実の家族時間
1000万円未満部門 最優秀賞:『日曜漁師』株式会社オレンジハウス

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

ダイニングキッチンとリビング、廊下を隔てていた壁を取り払い、勝手口からシンクへダイレクトに魚を持って入れる動線に。日曜大工ならぬ“日曜漁師”の夫が獲ってきた魚を家族で調理するというストーリーが、リノベーション空間の中に見て取れる作品です。「家族時間の一つのあり方を提示している点に好感が持てる」「生活ファーストの穏やかなワークスタイルを自然体なリノベーション空間が演出している」といった観点で評価されました。

2つのワーキングスペース
審査員特別賞(ユーザービリティリノベーション賞):『この先もつづく日常に根差した家』株式会社grooveagent

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

夫婦とも在宅での仕事が多いという住まいのリノベーション。2つのワークスペースを離れた場所に配置して、就業中の距離の問題をうまく解いています。「おうち仕事時間」の質を高めた作品です。

【注目point3】「性能向上リノベ」の合理的手法が示される

断熱性・耐震性などの性能を高めるのはリノベーションの使命です。ここ数年、「性能向上リノベ」のさまざまな手法が示されてきましたが、昨年来、「性能向上リノベを、合理的で経済性のあるプランにまとめて商品として普及させることが重要」という観点が審査の現場で上がっていました。その流れを受けて今回は、全国の中規模ビル、古民家、中古マンションなどの性能を向上させる、ひとつの指標となるような取り組みが登場しました。

ビルのゼロエネルギー化
審査員特別賞(先進的省エネビルリノベーション賞):『未来への贈り物~地中熱ヒートポンプにより生まれ変わるZEB社屋』棟晶株式会社

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

中規模のオフィスビルをZEB(「ゼブ」。ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略称)にリノベーション。NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)の支援を得て北海道大学工学部と共同開発した地中熱ヒートポンプシステムを採用し、壁面ソーラーパネルと合わせて102%の創エネルギ−を実現。イニシャル・ランニングの両面で誰もが導入しやすい低コスト化に成功しています。全国の中規模ビルのゼロエネルギー化に一つの指針を示した点で高く評価されました。

エリア断熱で性能アップ
1000万円以上部門 最優秀賞:『Old & New 古くて新しい・古民家のカタチ』株式会社ラーバン

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

築150年という代々受け継がれてきた古民家に、現代のデザイン要素を付加。古家特有の断熱性・省エネ性能の低さについては、断熱パッシブの施工エリアを決めることで、国が定める省エネ等級4を大幅に上回る数値を達成。デザイン、性能の両面をバージョンアップさせる部分改修の手法は、古民家活用のお手本となるのではないでしょうか。

新築以上の断熱性をスタンダードに
審査員特別賞(次世代再販リノベーション賞):『THE NEW STANDARD』株式会社リアル

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

「買取再販リノベーション(リノベ会社が購入した中古物件をリノベーション後、販売する手法)のスタンダードにしたい」という意気込みのもと、築38年の中古マンションに新築以上の断熱性能を実現させ、性能とデザインの両面で魅力を高めているプランです。

“今”の時代を表すこんな作品にも注目!

今回は、「コロナ禍をリノベーションはどう受け止めたのか」「性能向上リノベの合理的手法」という観点の作品に注目が集まりましたが、他にも“今”という時代性を宿している作品もあります。筆者が注目した2作品を紹介します。

廃棄物を最小まで削減
500万円未満部門 最優秀賞:『サスティナブルにスマートハウス』株式会社シンプルハウス

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

既存の建具や建材を徹底して選別し、リユース、リサイクル。同時に無駄な解体をせず、廃棄物を最小限とする。新しく用いるものも間伐材、地産地消の素材にする。こうすることで、約70平米の住戸のフルリノベーション が税込498万円という低コストで実現した作品です。単なるコストダウンに留めるのではなく、リユース等による廃棄物削減、環境に優しい素材の採用といった、サスティナブル(持続可能性)なリノベーション方法を確立しています。

三密回避の旅行に最適
審査員特別賞(公共空間リノベーション賞):『予約殺到のトレーラーホテル。PFIによるビーチリノベーション。』9株式会社

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

客室とテラスはともに37.4平米の広さ。テラスにジャグジーとバーベキュー設備が付いており、他の宿泊客と顔を合わせることがないそう。移動可能なトレーラーハウスのため、工期が短くて済み、将来的な移設が可能で、暫定利用地での活用に向いています。

まだある! お手本にしたいこだわり空間リノベや空間伝承リノベ

ほかにも、空間美が光る作品や、古き良き時代を継承したリノベーションも。いくつかご紹介します。

審査員特別賞(エスセティック空間リノベーション賞):『熊本城をのぞむ望楼の住まい。清正に倣う、永く愛される建築の教え。』株式会社ヤマダホームズ

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

審査員特別賞(借景空間リノベーション賞):『心を掴むストック 都住創を継ぐ』株式会社アートアンドクラフト

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

無差別級部門 最優秀賞:『SWEET AS_スポーツを中心に地域コミュニティが生まれる場所』リノベる株式会社

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

審査員特別賞(地域創生リノベーション賞):『旧藩医邸を癒しの温泉宿に再生 城下町アルベルゴディフーゾへの挑戦』paak design株式会社

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

審査員特別賞(古民家再生リノベーション賞):『「おばあちゃんの家みたい!」が一番の褒め言葉』G-FLAT株式会社

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

審査員特別賞(コンパクトプランニング賞):『団地育ちの原風景』grooveagent

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

変革の時代にリノベーションは力を最大限発揮する

2020年はコロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない1年となりました。リモートワーク、密を避ける、不要不急の外出を控える、ときにはオンライン会食などが求められる新しい生活様式は、住まいに与える影響も大きく、働き方だけでなく、仕事そのものや暮らす場所までも一気に転換させていく人も少なからず見られました。

コロナ禍でそうした動きが一気に加速したのは事実ですが、そもそも以前から、リモートワークや多拠点居住での田舎暮らし、移住、通勤混雑回避などは社会的なニーズとして存在しており、それらに対してリノベーションは常に、多様な解決策をさまざまな形で示してきました。

今回の受賞作品はコロナ禍に立ち向かう可能性を提示してくれましたが、影響が住宅市場に本格的に出始めたのは下半期以降で、現在も進行中です。そのため、コロナ禍の影響が色濃く抽出されたリノベーション作品が出そろうのは2021年になると予想されます。

社会的・意識的変革が求められる時代に、リノベーションという技術は力を最大限発揮して、新しい暮らし方、住まい方、働き方の可能性を提案してくれるはず。授賞式を終えて、リノベーション業界にはそんな期待を抱かずにはいられませんでした。次回のエントリー作品、受賞作品に出合える日を今から楽しみにしています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」

「ゴミには人間の本性が出る!」ゴミ清掃芸人・マシンガンズ滝沢さんインタビュー

賃貸でも分譲でも、住まい探しのときには「共用部のゴミ置き場をチェック」という話を聞いたことはありませんか? その大切さを多分、日本で最も痛感している芸人さんが、マシンガンズの滝沢秀一さんです。今回はゴミ清掃芸人の滝沢さんにコロナ禍のゴミと住まい、街のコミュニティのあり方まで聞いてきました。
ゴミ置き場は“伝染”する? ゴミ収集の目線で見た街と人の関係

お笑いコンビ・マシンガンズで活躍している滝沢秀一さん。2012年、妻の妊娠をきっかけに、「出産費用を稼ぐため」としてゴミ収集会社の仕事に携わり、そこで見た風景・人間模様を『このゴミは収集できません~ゴミ清掃員が見たあり得ない光景~』(白夜書房)にまとめて出版し、これが大ヒット。ゴミ清掃員の日常をつぶやき風にしたり、ゴミからみるお金もち世帯とそうでない世帯の違い、物件の見分けかた、回収できるゴミとそうでないゴミなど、おもしろくてためになる内容がぎっちりとつまっています。現在も芸人活動の傍ら、週2日のゴミ収集の仕事、著作の執筆に大忙しの日々を送っています。

緊急事態宣言下で何が起きたのかをまとめた、滝沢さんの最新の著作『やっぱり、このゴミは収集できません~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』(白夜書房)(写真撮影/片山貴博)

緊急事態宣言下で何が起きたのかをまとめた、滝沢さんの最新の著作『やっぱり、このゴミは収集できません~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』(白夜書房)(写真撮影/片山貴博)

「2020年、コロナ禍で緊急事態宣言が出されたときは、本当にすごい量の家庭ゴミが出されて大変でした。通常、年末年始は大量のゴミが出るんですが、それが2~3カ月続く感じです。ゴミ収集はインフラなので行わないわけにはいきませんし、休めない。キツかったですね」と振り返ります。滝沢さんによると、ゴミ出しには住まいや街、人間の暮らしそのものが反映されるのだといいます。

「ゴミって、人間の本性が出るんですよね。人が見ていないと思うと、人は“なんでもアリ”になるんだなって思います。そうですね、ゴミ置き場のなかでも、目安になるのがペットボトル資源です。ペットボトル資源がキレイに出されている集積場はいつもキレイ。ペットボトル資源が荒れているところは、可燃・不燃ともに汚れています」と驚きの事実を教えてくれます。

たしかにペットボトルは中身を出してゆすぎ、キャップをはずして、ラベルを剥がし、分別すると手間がかかります。「めんどくさいし、ま、いっか」と時には分別もせずに捨てたくなる気持ち、身に覚えがありますよね。また、ゴミ集積所には「ある法則」があるのだとか。

「清掃員同士でよく話題になるんですが、ゴミ置き場の美しさ・汚さって、伝染するんですよ。汚い集積所があるとだんだん汚くなっていくし、反対にキレイな集積所があると周囲もキレイになっていく。これってつまり人の目やコミュニティがあるからなんだと思います」(滝沢さん)

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『やっぱり、このゴミは収集できません~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』(白夜書房)より(画像提供/白夜書房)

『やっぱり、このゴミは収集できません~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』(白夜書房)より(画像提供/白夜書房)

よい街はみんなでつくる。人とのつながりが街を、地域を変えていく

滝沢さんは、ゴミ置き場が荒れているところは、人の目の行き届かないため、街に無関心な人が多くなって乱雑になる。一方、ゴミ置き場がキレイなところはご近所同士が助け合い、美しさを保っているのではないか……と長年の観察から推測します。そのため、ある程度、ご近所付き合い、地域への関心が必要だと考えるようになりました。

「人の目があると、やっぱり『○○班のゴミ』のように特定されるので、あまり乱雑にはできないのが人情ですよね。あと、ゴミの分別は、面倒くさいだけでなく、知らない・分からないという人も多いんです。そのため、自治体もチラシ類をつくってPRしているんですが、やっぱり人同士の会話・コミュニケーションにまさるものってないんですよ。教えてもらえれば、みんな分別するようになりますから。地域によっては清掃員に声をかけてくれる人がいたり、やっぱりよい街はみんなでつくるものだなあと思うようになりました」(滝沢さん)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

まさかゴミの話から地域コミュニティの話まで行くとは、すごい展開です……。でも、ゴミの分別って分かりにくいですもんね。もちろん、行政からの告知も大事ですが、やはりご近所同士のなかで、聞ける・教えてもらえるのが一番であり、ゆるやかなコミュニティがあるほうが、人は住みやすいのではないでしょうか。

ただ、清掃の仕事をはじめたばかりのころは不燃ゴミのなかにアイスピックや包丁、かみそりが入っていて、怖い思いをしたこともあるそう。
「それに比べたら包丁や刃物をくるんで捨ててくれるなど、今はだいぶよくなりました。分別やゴミがひどいという話をしょっちゅうしているんですが、実は2000年以降、ゴミはゆるやかに減っていて、2001年度には5210万トンあったものが、直近では4272万トンにまで削減されました。分別も浸透し、若い世代は環境教育が浸透しているからだと思います」(滝沢さん)

環境省のゴミ総排出量のグラフの変化。こうして見ると、じわじわとゴミの排出量が減っているのが分かります(出典/環境省)

環境省のゴミ総排出量のグラフの変化。こうして見ると、じわじわとゴミの排出量が減っているのが分かります(出典/環境省)

今、気になるのは食品ロス。分別も家族全員で取り組むように

ゴミだけに限りませんが、小さなことだからいいや、1人くらいならいいやと軽く考えがちです。
「いやいや1人ひとりの積み重ねってすごいことですよ。可燃ゴミの中にビン・缶などの不燃ゴミが混ざっていると投入口の燃やす所が詰まってしまい、焼却炉の火を消して、詰まりを解消しなくちゃいけないんです。焼却炉の再点火にはなんと350万円もかかる。再点火の費用は、もちろん税金です! 小さな行動が大きく影響する例ですよね」といいます。今は一人ひとりの行動が街や地域を変えていくんだなと実感しているそうです。

2020年はコロナウィルス感染症、そしてレジ袋有料化と、ゴミ界隈にも大きな変化がありましたが、それ以上に今、滝沢さんが気になっているのが、「食品ロス」の問題です。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

「お米とか、魚、野菜……。ほんとにびっくりするほど、食べものが捨てられているんです! 食品ロスの46%は家庭からって言われているんですが、その実感はありますね。大型連休明けやお中元やお歳暮の時期に手つかずの食べ物を回収するのはやっぱりつらいです……。足りないから買おうではなく、冷蔵庫にあるものでつくる、賞味期限や消費期限をチェックするなど、まだまだ、家庭でできることはあると思うんです。ぜひ、みなさんには知ってほしいですね」と力説します。

そのため、滝沢さん自身も今では自宅の冷蔵庫を小まめにチェックするようになり、消費期限・賞味期限を確認し、手元にある食材で調理するというスタイルに変わったそう。
「家族はチームなので、冷蔵庫を誰かがチェックすればいいわけです。『今日は○○の料理をつくろう』ではなくて、小松菜とたまごからできるものを考えるほうがよいでしょう。食材がなくても、お味噌汁とごはんだって立派な献立です。あと、子どもって大人や親の姿をよく見ていて、マネをするんですよね。だから、大人が分別していれば、子どもは自然と真似するようになる。うちの子どももしっかり分別できように育ちました(笑)」

家庭ゴミは1回3~4袋を目安に!

「年末年始は、大掃除・片付けしたゴミなどがでると思いますが、家庭から出せるのは1回3~4袋が目安です。それ以上出すなら、有料になる地域もあるので注意してください。ゴミ収集車の回収できる量は決まっているんです! あと、ゴミ袋の口はしっかり縛ってくれるとうれしいです! なぜか、“オレ流”を貫いて閉じてくれない人がいるんですよ……。口を縛ってないと、そこら辺にゴミが散乱して大変なんですよ、ぜひしっかり縛って出してください!」と、ゴミのネタはつきない滝沢さん。

ゴミ問題は教科書のような内容になりがちですが、そこはプロの芸人のトークで「宅配ピザのダンボールは油を吸っているから燃えるゴミです」「ごま油の容器に串を入れて燃えるゴミに捨てている人がいた。あれはさすがだった!」「永久保存版のビデオが捨てられていた。永久保存じゃないんかいっ」と自然と盛り上がります。そして現在、引越しを検討している人は、やっぱりゴミ置き場をチェックしましょう。滝沢さんのアドバイスだと「ペットボトルの日」のゴミがよさそうです。ぜひ、役立ててくださいね!

『やっぱり、このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと』(滝沢秀一 著、白夜書房刊)●取材協力
滝沢 秀一さん
ゴミ清掃員、お笑い芸人
1976年、東京都生まれ。1998年に西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。「THE MANZAI」2012、14年認定漫才師。2012年、定収入を得るために、お笑い芸人の仕事を続けながらもゴミ収集会社に就職。ゴミ収集中の体験や気づきを発信したツイッターが人気を集め、話題を呼んでいる。
Twitter
『やっぱり、このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと~』(滝沢秀一 著、白夜書房刊)

パリの暮らしとインテリア[8] 壁のカラーリングで狭くて暗い部屋が大変身! 建築家のアパルトマン

女性の建築家、カミーユ・エチヴァンさんは、パリによくある陽の光があまり入らないアパルトマンに住んでいます。部屋ごとに壁の色や壁紙を変えることで、見事に明るい印象のアパルトマンに変身させました。壁に手を加えることでここまで素敵になるというお手本のようなおうちです。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。人気が出ることを予想して20年前に20区に引越し

パリの住宅価格の高騰のため、今では「パリで家が買えるとしたらもうこのあたりしかない!」と注目度のとても高いカルチェ(地区)の19区と20区。カミーユさんのアパルトマンは20区の坂の多いメニールモンタン地区にあります。
パリ中心部へのアクセスはメトロで10分程度、それなのに20年前は、とても静かで、お店もそれほどありませんが、特に物価が安くて住みやすい地域でした。しかしカミーユさんは、きっとここは人気になるだろうと予想してアパルトマンを探し始めたそう。
近くには大きなベルヴィル公園があったり、あまり知られていないパヴィヨン・ボードインという18世紀の美しい石造りの邸宅もあり、散歩をしたり、くつろいだりすることができる場所がたくさんあるのも、この地区でアパルトマンを借りる決め手となったとか。
最初は友人と共同でアパルトマンを借り、今はカミーユさんと11歳と14歳の息子さん、雄の子猫“SUN”という家族構成で暮らしています。

年に3回描き変えられるパヴィヨン・ボードイン邸宅の壁のストリート・アート。壁の向こう側には、公園と、今はミュージアムになっている邸宅がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

年に3回描き変えられるパヴィヨン・ボードイン邸宅の壁のストリート・アート。壁の向こう側には、公園と、今はミュージアムになっている邸宅がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

20年前は静かだった通りも、色々なお店ができてにぎわっている。このパン屋&サロン・ド・テがカミーユさんのお気に入り(写真撮影/Manabu Matsunaga)

20年前は静かだった通りも、色々なお店ができてにぎわっている。このパン屋&サロン・ド・テがカミーユさんのお気に入り(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁紙で部屋を明るい印象に

「このあたりに住みたいと漠然と思っていた時、たまたま通りかかった建物の管理員が”アパート貸します”と、張り紙をしていたんです」とカミーユさん。そのころは子どももいなかったので、65平米で寝室2部屋、サロン、ダイニングのあるこのアパルトマンは、友人と2人で住むのにちょうどよかったそうです。
「契約者が2人で連名契約ができる、パリでも珍しい物件でした。何年か後に友達が出ることになったので、通常の1名契約に切り替えて住んでいます」
仕切りなどは入居当時のままで、自分と子どもたちだけになったことを機に大改装をしたそう。フランスでは、賃貸物件でも引越す時に元に戻せば自由に壁に色を塗ったり、壁紙を張ったりしてもいいというのもお国柄。パリではありがちな光のあまり入らないアパルトマンを、建築家の専門知識を活かして明るい雰囲気に仕上げました。

3人暮らしになった事を知人に知らせるポストカード。改装前の部屋の写真を見るとやはり暗いアパルトマンだったことが分かる(写真撮影/Camille Etivant)

3人暮らしになった事を知人に知らせるポストカード。改装前の部屋の写真を見るとやはり暗いアパルトマンだったことが分かる(写真撮影/Camille Etivant)

「この壁紙を貼っ他ことによって、部屋の雰囲気がガラッと変わりました」とカミーユさん。これによって部屋を変えていくアイディアがつぎつぎと浮かんできたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この壁紙を張ったことによって、部屋の雰囲気がガラッと変わりました」とカミーユさん。これによって部屋を変えていくアイデアがつぎつぎと浮かんできたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

まずはアパルトマンの部屋の中で一番目を引く植物柄の壁、「通路の壁で家具を置くことができなかったところを、植物の雰囲気のある“強い”パターンの壁紙を張りました」とのこと。

ペリカンのクチバシの黄色に合わせて、寝室の扉と壁の一部を黄色にしようと思いついたそう。これによって、ただの白壁だった空間が奥行きのあるものになり、アパルトマンの印象が大きく変わりました。

ハビタ(Habitat)で見つけた籐ランプ。アームチェアはイームズ。チェストの上には植物を欠かさない(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ハビタ(Habitat)で見つけた籐ランプ。アームチェアはイームズ。チェストの上には植物を欠かさない(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ブルーの壁のダイニングはペンキ選びにこだわった

「L字型のサロンには大きなテーブルが置けるスペースがあり、ダイニングとしてどうにか活用したかったのです」とカミーユさんは言います。もともと陽の光が入らない間取りだったけれど、この空間を心地よいものにしたかったそう。
そこで一面だけ壁をブルーに塗ることで空間にメリハリが出るのでは?と思いついたそう。自分でペンキを塗ったという壁は、フランスのペンキの高級ブランドRessourceのSarahLavoineという色を選びました。
フランスでは、ペンキの色だけではなくブランドにこだわる人が多いのです。
このブランドのブルーは、微妙な風合いの“強い”色。ブルーは冷たい印象になりがちだけれど、逆に温かみも持ち合わせているそう。それによって開放感も出て、明るいイメージになったようです。
ここに置いたテーブルで、食事をするだけではなく、子どもたちは勉強をしたり、時にはゲームをしたりするそうです。

「ブルーの壁で動植物の宇宙をつくりたかった」とカミーユさん。ドライフラワー、ゼブラの写真、サボテンなどの観葉植物で演出 (写真撮影/Manabu Matsunaga)

「ブルーの壁で動植物の宇宙をつくりたかった」とカミーユさん。ドライフラワー、ゼブラの写真、サボテンなどの観葉植物で演出 (写真撮影/Manabu Matsunaga)

ダイニングとサロン。左にあるチェストはバタフライ式で、机を広げるとカミーユさんの仕事場になるこだわりのミッドナイトブルーのペンキで自分で塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga) 濃紺なので黒に見えてしまいますが、これがミットナイトブルーのチェストです。

ダイニングとサロン。左にあるチェストはバタフライ式で、机を広げるとカミーユさんの仕事場になるこだわりのミッドナイトブルーのペンキで自分で塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)
濃紺なので黒に見えてしまいますが、これがミットナイトブルーのチェストです。

家族が多くを過ごすサロンは飾るための部屋

「サロンはこの家で唯一白い壁にしています」とカミーユさん。サロンはくつろぐための部屋であると同時に、飾るための部屋でもあります。壁には絵が飾られ、チェストの上の壁には小さな鏡が数個吊るされています。
カミーユさんはソファからダイニングのブルーの壁を眺めるのが好きなのだとか。ダイニングでも家族は集うけれど、サロンで過ごす時間が一番多く、子どもたちも自分の部屋にいるよりも大好きだそう。
「このサロンで自分の好きなものに囲まれながらくつろいでいると幸せを感じます」と言います。
このサロンも陽の光があまり入らないので、窓際には大きな鏡を置き、光を部屋の中に取り込む工夫をしています。

ソファとローテーブルをグレーで統一。通路の壁紙がインパクトあるので家具は抑えめの色をチョイス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ソファとローテーブルをグレーで統一。通路の壁紙がインパクトあるので家具は抑えめの色をチョイス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

60年代につくられた本棚は、無垢材に丁寧にニスが塗られた良いものをeBay(個人間売買サイト)で購入。 彼女の祖母が使っていたアームチェアをフランスの生地メーカー『ピエール・フレイ』の生地で再装飾(写真撮影/Manabu Matsunaga)

60年代につくられた本棚は、無垢材に丁寧にニスが塗られた良いものをeBay(個人間売買サイト)で購入。
彼女の祖母が使っていたアームチェアをフランスの生地メーカー『ピエール・フレイ』の生地で再装飾(写真撮影/Manabu Matsunaga)

祖母からゆずり受けた鏡はleboncoin(個人売買サイト)で購入したレコード入れの棚の上に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

祖母からゆずり受けた鏡はleboncoin(個人売買サイト)で購入したレコード入れの棚の上に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

小さい棚も取り付けた。左から、インドの旅で見つけた写真、昔の写真機に使われていた鏡、50年代のビーチの写真、サイン入りのイタリア人作家のリトグラフ、パリの小さいギャラリーで出会った写真。ここでも鏡が効果的に飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

小さい棚も取り付けた。左から、インドの旅で見つけた写真、昔の写真機に使われていた鏡、50年代のビーチの写真、サイン入りのイタリア人作家のリトグラフ、パリの小さいギャラリーで出会った写真。ここでも鏡が効果的に飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランス人デコレーターのピエール・グアリッシュのキャビネットの上には、3つの鏡のほかにフランス人デザイナーのイオナ・ヴォートリンによるゴールドのランプや、デンマークの家具ブランド「フリッツ・ハンセン」の「IKEBANA JAIMEHAYON(花瓶)」が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランス人デコレーターのピエール・グアリッシュのキャビネットの上には、3つの鏡のほかにフランス人デザイナーのイオナ・ヴォートリンによるゴールドのランプや、デンマークの家具ブランド「フリッツ・ハンセン」の「IKEBANA JAIMEHAYON(花瓶)」が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子ども部屋と寝室は壁を2色に塗り分けることで、広々とした印象に

子ども部屋にも彼女の職業の知識がふんだんに活かされています。天井が3mくらいと高かったので、メザニン(中二階)をつくって息子たちのベットを配置しました。以前はとても狭かった床が広々としたそう。
「自分で設計して、できるだけお金もかけないようにしたから、木の素材はむきだしのまま。そのかわり、壁はペンキにこだわって自分たちで塗りました」
下の方は明るいブルーに、メザニンの高さより上と天井は白にすることによって、さらに広々と明るい空間を演出しました。

メザニンのベッドは「秘密基地みたいでうれしい」と二人。それぞれのベッドの間は薄い板で仕切られているのでプライバシーを保つことができる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

メザニンのベッドは「秘密基地みたいでうれしい」と二人。それぞれのベッドの間は薄い板で仕切られているのでプライバシーを保つことができる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シングルベッドを2台置くと狭いけれど、メザニンをつくってからは子ども部屋が広く使えるようになり、子どもたちも満足している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シングルベッドを2台置くと狭いけれど、メザニンをつくってからは子ども部屋が広く使えるようになり、子どもたちも満足している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私の寝室は白と薄いグレーのツートーンにして落ち着いた雰囲気に仕上げました。壁の2色とカーテンの薄い紫のグラデーションが好きです。季節によってベッドカバーを変えると、部屋の印象が変わるんです」
家具は中古品を個人で売買するwebショップのleboncoin(個人売買サイト)やブロカント市(アンティークまで古くない物を売る露天市)で購入。新しい物よりも古い物の方が味があって、人と違った空間をつくることができるから好きなのだそう。

サロンから見た寝室「この全ての色のバランスが私にとってパーフェクトなんです」と語る(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンから見た寝室「この全ての色のバランスが私にとってパーフェクトなんです」と語る(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室の窓際に置くことによって光が拡散して明るくなる。鏡は古い洋服ダンスから鏡だけを外したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室の窓際に置くことによって光が拡散して明るくなる。鏡は古い洋服ダンスから鏡だけを外したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンに置いてあるバタフライ式の仕事机と同じミッドナイトブルーのペンキを塗ったチェスト。鏡の近くにランプを置くことによって光が広がる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンに置いてあるバタフライ式の仕事机と同じミッドナイトブルーのペンキを塗ったチェスト。鏡の近くにランプを置くことによって光が広がる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「このアパルトマンにバルコニーがついていたらパーフェクトなんですけどね。でも、このカルチェ(地区)から離れたくないという気持ちの方が今は上です」とカミーユさん。20年間でこの地区が変わっていくのを目の当たりにして、よりいっそう愛着が湧いたと語ります。

カミーユさんのアパルトマンは壁の色使いや、鏡の効果が最大限に活かされていました。部屋に入ったときに暗いとは感じず、むしろ生き生きとした空間が広がっていました。そして、建築家の知恵が散りばめられた一つの作品のようにも思えたのです。
今ではないけれど、引越すとしたら陽の光がたくさん入るアパルトマンを選びたいとのこと。このカルチェを始め、パリが大好きなので田舎や郊外で住むことはないと話していました。
外出制限が続くパリ。だれもが太陽の光を求めています。

(文/松永麻衣子)

レオナルド・ダ・ヴィンチの”最後の館”。クリエイティブが息づく住まい 偉人のお宅訪問1

イタリア・ルネッサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼が晩年を過ごしたクロ・リュセ館がフランス中部の町アンボワーズにあります。現在はカルチャーパークになっていて、生前の暮らしぶりと、天才的な創造力を体感できることができます。連載名:偉人のお宅訪問
長い歴史のなかで、多くの芸術家たちを生み出してきたフランス。この国には、その歴史の分だけ偉人たちが暮らした痕跡がそこかしこに残っています。なかには、彼らが暮らした「住まい」がそのまま残されている場合も少なくありません。この連載では、そんな偉人たちの住まいに訪問し、作品の背景にあった暮らしや人柄に迫ります。外出制限中のルーブル美術館で、ダ・ヴィンチ作品に会いに行った

今、パリは2回目の外出制限中です。劇場や美術館は徐々に開かれていくようですが、12月中旬まで飲食店以外は全て閉鎖が続く予定です。
数カ月前、1回目の外出制限後の6月に、例年は海外からの観光客でにぎわう美術館がすいているというので、ルーブル美術館のへ数回足を運びました。ダ・ヴィンチの<モナ・リザ>をゆっくり鑑賞したかったから。いつも<モナ・リザ>は人だかりで、押し合いながら絵の前にみんなが行こうとし、ごった返していました。しかし、コロナ対策でロープで仕切られた列に並び、先頭まで来ると<モナ・リザ>と自撮りできる距離(2mぐらい)でゆっくりと見ることができるのです。
この他にも、ルーブル美術館には<聖アンナと聖母子><洗礼者聖ヨハネ>が展示されて、映画化もされた小説『ダ・ヴィンチ・コード』や、去年の「ダ・ヴィンチ没後500年記念展」の大盛況も記憶に新しく、ダ・ヴィンチはルーブル美術館になくてはならない画家の代表なのです。

人がまばらなルーブル美術館の館内(写真撮影/Maiko Matsunaga)

人がまばらなルーブル美術館の館内(写真撮影/Maiko Matsunaga)

パリからダ・ヴィンチ最後の3年間を過ごした王家の館へ

イタリア・ルネッサンスの巨匠の絵が、しかも代表作中の代表<モナ・リザ>が、なぜフランスにあるのだろう?そういえばダ・ヴィンチの晩年住んだ館があったはず!と思い立ち、ロワール川畔りの街アンボワーズのクロ・リュセを訪ねることにしました。

パリ・オーストリッツ駅からTERという長距離郊外電車に乗ります。フランスの新幹線TGVはサン・ピエール・デ・クロップ駅で乗り換えがあるので、アンボワーズ駅まで直通のTERがオススメです。パリを出発して15分もすると景色は畑ばかりになります。この景色を見るたびに、フランスは農業大国なんだと実感するのです。季節が春ならば一面黄色の菜の花畑が続きます。乗っている時間は2時間あまりですが、TERは運が良ければ客席がコンパートメントタイプ(車内が個室のように仕切られており向かい合わせに席が設置されている)の列車に乗ることができ、昔にタイムトリップしたような錯覚を覚え、ますます気分が盛り上がります。

オーストリッツ駅を出発して数十分で畑一面の景色に(5月春の景色)。延々と続く畑の中を南下してフランスの真ん中に向かう(写真撮影/松永麻衣子)

オーストリッツ駅を出発して数十分で畑一面の景色に(5月春の景色)。延々と続く畑の中を南下してフランスの真ん中に向かう(写真撮影/松永麻衣子)

国王フランソワ一世に迎えられ、過ごした町アンボワーズアンボワーズは雄大に流れるロワール川のあたり。この眺めをダ・ヴィンチも見たかと思うと不思議な気持ちになる(写真撮影/松永麻衣子)

アンボワーズは雄大に流れるロワール川のあたり。この眺めをダ・ヴィンチも見たかと思うと不思議な気持ちになる(写真撮影/松永麻衣子)

アンボワーズ駅に到着し、岩山を見上げると歴代のフランス王が住んでいた「アンボワーズ城」がそびえています。約500年前の1516年、フランソワ1世がダ・ヴィンチを「王の最高の画家、エンジニア、建築家」として迎え入れました。その時のイタリアからの荷物に<モナ・リザ><聖アンナと聖母子><洗礼者聖ヨハネ>今ではルーブル美術館に展示されているその3点が入っていたのです。
その後3年間、ダ・ヴィンチは人生の幕が降りるまで、クロ・リュセで王のために発明などの多くの仕事をしていきます。
そこには、彼から現代の私たちへの問いかけや、生活のヒントがちりばめられていました。
あの名画を描いた巨匠は一体どんな館に住んでいて、どんな偉業を成し遂げたのか?と、ダ・ヴィンチに想いを馳せながら、駅からクロ・リュセへ続く細い坂道を登って行きます。坂の頂上に門があり、そこをくぐって敷地内に入るとなだらかな下り坂の芝生の庭園が広がり、左手にダ・ヴィンチが住んだ館、右手にカフェやミュージアムグッズの売られているショップと自家菜園があります。

駅からレストラン街を抜けると長い塀が現れます。しばらく坂を登るとクロ・リュセの入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

駅からレストラン街を抜けると長い塀が現れます。しばらく坂を登るとクロ・リュセの入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

古いヨーロッパ建築の例にもれず、城塞として使われたこともあるクロ・リュセ。回廊から入り口を見張ることができるようになっている。館内の見学はこの回廊からダ・ヴィンチの寝室に入っていく(写真撮影/Manabu Matsunaga)

古いヨーロッパ建築の例にもれず、城塞として使われたこともあるクロ・リュセ。回廊から入り口を見張ることができるようになっている。館内の見学はこの回廊からダ・ヴィンチの寝室に入っていく(写真撮影/Manabu Matsunaga)

当時のルネッサンス様式のインテリアを再現

もともと王のお気に入りの料理人のために整えられた館であり、その後王家のサマーハウスとして使われていたクロ・リュセ。その後、迎え入れられたダ・ヴィンチの寝室は2階にあって、その窓からはアンボワーズ城を眺めることができます。部屋の配置一つ取っても、フランソワ1世はダ・ヴィンチを父のように慕っていたという二人の絆の強さを感じることができます。
高い天井や、部屋の壁には冷気を防ぐために掛けられたというタピ(絨毯)も他のシャトーでよく見かける当時の特徴や工夫です。ダ・ヴィンチの寝室は外壁と同じ赤レンガの壁、床や家具も同系色でまとめられ、ルネッサンス様式の天蓋付きベッドやシンメトリーのデザインのチェストなどが置かれています。当時を再現しているそう。
私にとって、ここでダ・ヴィンチを理解することは高貴な娯楽。約500年も前なのに、とてもダ・ヴィンチを近くに感じ、理解することができるこの空間にいると、「最も高貴な娯楽は、理解する喜びである」という言葉が胸に迫ってきます。そして、ここで生活をし息を引き取ったことをリアルに感じることができるのでした。

ダ・ヴィンチの寝室からは、岩山の頂上にそびえる王の住む城が見える(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ダ・ヴィンチの寝室からは、岩山の頂上にそびえる王の住む城が見える(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1519年5月2日、この寝室で67年の生涯を閉じた。天蓋付きベッドやシンメトリーの家具などダ・ヴィンチが暮らしていた当時をしのばせるルネッサンス様式の物が置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1519年5月2日、この寝室で67年の生涯を閉じた。天蓋付きベッドやシンメトリーの家具などダ・ヴィンチが暮らしていた当時をしのばせるルネッサンス様式の物が置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室と同じ2階にはダ・ヴィンチが多方面の多くの作品のアイデアを生んだ部屋もある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室と同じ2階にはダ・ヴィンチが多方面の多くの作品のアイデアを生んだ部屋もある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階に降りると子どもを亡くしたアンヌ・ド・ヌーブ(王シャルル8世の妻)のためにつくられた礼拝堂がある。ブルーのアーチの天井にはダ・ヴィンチの弟子による4つのフレスコ画が描かれている。その中の一つが<Virgo Lucis/光の聖母>(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1階に降りると子どもを亡くしたアンヌ・ド・ヌーブ(王シャルル8世の妻)のためにつくられた礼拝堂がある。ブルーのアーチの天井にはダ・ヴィンチの弟子による4つのフレスコ画が描かれている。その中の一つが<Virgo Lucis/光の聖母>(写真撮影/Manabu Matsunaga)

現在のBIOブームはダ・ヴィンチの予言だったのか?

ベジタリアンだったダ・ヴィンチの言葉<少しの飲酒、健康的な食事、そして適切な睡眠はあなたの健康を保つでしょう>は、まるで現在の空前のBIOブームを予言していたよう。フランスで暮らし、現状目の当たりにしている私も、深く頷くことができる言葉です。

ここ数年、フランスでは健康への意識がものすごく高くなり、BIO食品しか口にしない人、肉や魚を食べないベジタリアンやヴィーガンがとても増えています。外出制限中のパリは、家から半径1km以内、1時間以内の必要な買い物は許されていました。私の家の周りを見回してみたら、半径1km以内にBIOショップが8軒もできていて、増え続けている状態です。

ベジタリアンやヴィーガンは、化学調味料(ブイヨンなどの旨味)や白い砂糖などは使わない代わりに、スパイスをとても上手に使います。ダ・ヴィンチも、コショウやカカオやシナモンといったスパイスを、薬効を考慮しながら食事に使っていたそう。ほかにも、館の庭に畑をつくり、ハチ蜜をつくり、といったふうに、健康や食へのこだわりも相当なものだったようです。

キッチンの大きなテーブルの上にはワインキャラフや香辛料が置かれ、暖炉の横にはイタリアのテラコッタ(素焼き)を連想させるポットがたくさん並べられていて、とっても素敵。私ならこのポットに何を入れるだろう?お米かな?と想像するのも楽しかったです。

1471年に国王ルイ11世の料理人のための館だったため、キッチンがとても広く機能的だったそう。食に対しての意識が高かったレオナルド・ダ・ヴィンチは改装なしでここを使い続けた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

1471年に国王ルイ11世の料理人のための館だったため、キッチンがとても広く機能的だったそう。食に対しての意識が高かったレオナルド・ダ・ヴィンチは改装なしでここを使い続けた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

香辛料を好んだダ・ヴィンチ、キッチンの物は当時を忠実に復元しいてる。「スープが冷めるから」という理由で、キッチンの暖炉の近くで食事をとることも多かった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

香辛料を好んだダ・ヴィンチ、キッチンの物は当時を忠実に復元しいてる。「スープが冷めるから」という理由で、キッチンの暖炉の近くで食事をとることも多かった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

発明家としてのダ・ヴィンチを体験できる野外博物館と植物園

クロ・リュセの庭では、画家だけではなく発明家、建築家でもあったダ・ヴィンチを知ることができます。彼の発明品の実物大が置かれていて、実際に乗ったり手に取ったりすることができるカルチャー・ランドにもなっています。

植物園の木に吊るされた半透明の布にはレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた解剖学デッサンが印刷されている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

植物園の木に吊るされた半透明の布にはレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた解剖学デッサンが印刷されている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こちらは建築家と都市工学の設計図。この他にモナ・リザや自画像なども半透明の布に印刷されて木に吊るされている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こちらは建築家と都市工学の設計図。この他にモナ・リザや自画像なども半透明の布に印刷されて木に吊るされている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

その横には林と庭園があり、木の枝には彼の世界観を薄布の垂れ幕で飾ってあったり、どこからか彼の格言が音声で聞こえてきたりします。例えば「猫科の一番小さな動物、つまり猫は、最高傑作である」「目は魂の窓である」「質素であることは最も素敵なことだ」「最も高貴な娯楽は、理解する喜びである」「このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、死に方を学んでいたのだ」など、心に響く言葉がたくさん。その中で最も有名であり、私も好きな彼の格言が「充実した一日が幸せな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす」です。そんなふうに生きてみたいと思いながら、駅までの帰り道、ダ・ヴィンチが眠るチャペルがあるというアンボワーズ城を見上げました。

館の地下室にはダヴィンチが発明した設計図や模型が展示されている。空を飛ぶためのプロペラや戦車の軍事模型や発明など、見れば見るほど精密に設計されている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

館の地下室にはダヴィンチが発明した設計図や模型が展示されている。空を飛ぶためのプロペラや戦車の軍事模型や発明など、見れば見るほど精密に設計されている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

野外博物館にあるプロペラ機の実物大模型は、ぶら下がってうんていのように回って遊ぶことができる(写真左)軍事関係の実物大模型の戦車。中に入って取っ手を回すと回転する仕組み(写真右)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

野外博物館にあるプロペラ機の実物大模型は、ぶら下がってうんていのように回って遊ぶことができる(写真左)軍事関係の実物大模型の戦車。中に入って取っ手を回すと回転する仕組み(写真右)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭園内の川で足こぎボートも体験できる。後ろ手で舵を取り、水車と同じ原理で設計された足こぎはかなり疲れました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭園内の川で足こぎボートも体験できる。後ろ手で舵を取り、水車と同じ原理で設計された足こぎはかなり疲れました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

そびえ立った山の上にある村に物資を運ぶための都市開発の発明品。重いものを巻き上げることができ、大きな石も簡単に持ち上げられる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

そびえ立った山の上にある村に物資を運ぶための都市開発の発明品。重いものを巻き上げることができ、大きな石も簡単に持ち上げられる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

館から野外博物館へ行く途中にある橋。小川の下を船が通るときに橋が移動するような設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

館から野外博物館へ行く途中にある橋。小川の下を船が通るときに橋が移動するような設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

植物園の池に架けられたレオナルド・ダ・ヴィンチ設計の二重橋は、イタリアのペスト流行を受けて発明された。家畜用の通路と人間用の通路と分けて衛生面を強化するためだったとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

植物園の池に架けられたレオナルド・ダ・ヴィンチ設計の二重橋は、イタリアのペスト流行を受けて発明された。家畜用の通路と人間用の通路と分けて衛生面を強化するためだったとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/松永麻衣子)

Le Château du Clos Lucé シャトー・クロ・リュセ 
住所 2, rue du Clos Lucé 37400 Amboise Val de Loire
電話 +33(0)2 47 57 00 73

孤独死の増加で「遺留品処分」問題への危機感高まる

賃貸に住む一人暮らしの人が亡くなった後の遺留品の処分について、親族と連絡が取れず、多額の費用や時間・手間がかかることや相続権によるトラブルなどで撤去が難しいことが問題になっています。実際にどのような問題が起こっているのか、また孤独死の現状や遺留品処分の最適な解決方法とは?

「この問題に対して非常に危機感をもっている」という、単身者の自立や生活支援のサポートなどを行うNPO法人、抱樸(ほうぼく)の奥田知志さんにお話を聞きました。

単身世帯の増加で「孤独死」が年々増えている!

長寿化や核家族化の影響で単身世帯が増え、それにともない孤独死の件数も年々増えています。また、一般的に「孤独死」という言葉を聞くと身寄りのない高齢者をイメージしますが、奥田さんによると60歳以下の孤独死も増えているそうです。

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

「東京都の監察医務院の調査では、東京23区で65歳以上の孤独死は2015(平成27)年時点で3127件にのぼります。調査が開始された2003(平成15)年時点で1451件ですから、12年の間で2倍以上になっているのです。

また、全年代の一人暮らしの死亡者数のうち60歳以上の高齢者の割合が6割以上になりますが、逆に言えば、4割に近い割合で60歳未満の人がいるということです」(奥田さん、以下同)

お話を聞かせていただいた抱樸の理事長、奥田知志さん(画像/抱樸)

お話を聞かせていただいた抱樸の理事長、奥田知志さん(画像/抱樸)

東京都23区内における一人暮らしの人の自宅での死亡者数と年代別割合(日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」(2019年)より抜粋)

東京都23区内における一人暮らしの人の自宅での死亡者数と年代別割合(日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」(2019年)より抜粋)

一人で亡くなった人のうち10%程度は40代、15%以上が50代と聞くと、40代の筆者はドキッとしてしまいます。万一、自分が単身になったとき、頼ることができる公的なサポートなどはあるのでしょうか。

「単身者、特に住宅の確保に支援が必要な人をサポートする機関としては居住支援法人があり、その主な仕事は次の3つです。1つ目は住宅と住宅を必要としている人とを”マッチング”すること、2つ目が家賃を滞りなく支払うための”債務保証”、3つ目が”生活支援”です。

マッチングや債務保証はすでに不動産業や賃貸保証会社など、ビジネスとしても社会的な体制が確立していますが、生活支援において、特に”死”にまつわる看取り・葬儀・死後事務などはこれまで“家族の仕事”とされてきました。そのため、身寄りのない人が死に直面したときに家族機能の代わりになるものが十分に整備されていない現状があります」

孤独死で困ることの1つが「遺留品処分」

たしかに、もし家族がいないと考えると、自分の看取りや葬儀、死後事務を一体誰に頼んでおけばいいのか、分かりませんね……。住まいについて言えば、大家さんに対応してもらうようなことも生じるのでしょうか。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

遺留品の処分が大きな問題に(写真提供/抱樸)

遺留品の処分が大きな問題に(写真提供/抱樸)

「大家さんにとってまず必要なこととして考えられるのが“家賃や共益費の滞納分を誰に払ってもらうのか”ということと“原状回復をどうするのか”の2つだと思います。ご存じの通り住居内で死亡された場合、その住居は”事故物件”として扱われ、しばらくの間、入居者の募集が厳しくなります。

よく孤独死の問題として取り上げられるのはその2つですが、見落とされがちなのが”残置物・遺留品の処分”です」

実際に私も家族のいない人が亡くなった場合、その人が残した物を誰がどのように処理していくのか想像がつきません……。

「日本少額短期保険協会が行った調査では、孤独死の際に大家さんに生じた損害額が明らかになっています。原状回復にかかった費用の平均が約36万円ですが、残置物処理にも平均で約21万円程度かかっているのです」

日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」より抜粋

日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」より抜粋

大家さんの管理次第で、遺族から訴えられることも

21万円! それは大家さんにとっても大きな負担です。さらに奥田さんは、残置物処理については費用の問題だけではなく、相続の権利が最もトラブルになる原因だといいます。

「相続人がはっきりしない場合でも、第三者である大家さんが亡くなった人の物を勝手に処分をすることはできません。それは使い古した家財道具など財産としての値打ちがほとんどないものでも同じです。そのため、相続人が見つからない場合、大家さんが家庭裁判所に申し立てをすることで相続財産管理人を選任する制度があります。ところが、この制度を利用するには、与納金として80万~100万円が必要です。また最終的に遺留品を国庫に引き継ぐまで平均で10カ月程度を要するため、その間の残置物の保管や管理・運搬費用も、大家さんにとっては大変な負担となります」

相続財産管理人選任のフロー。予納金が必要なうえ、国庫に引き継ぐまで10カ月程度かかるなど、大家さんの負担は重い(画像提供/三好不動産)

相続財産管理人選任のフロー。予納金が必要なうえ、国庫に引き継ぐまで10カ月程度かかるなど、大家さんの負担は重い(画像提供/三好不動産)

さらに奥田さんによると、実際に、ある不動産会社がオーナーの物件で、遺族に残された相続権がもとでトラブルになった事例などがあるといいます。

「一人暮らしの人が亡くなり、会社の倉庫で残置物を管理していたのですが、遺族が見つからず半年ほど経過したタイミングで処分をしたそうです。ところが、その後に現れた遺族が、財産を無断で遺棄したとして不動産会社に対して訴訟を起こしました。残置物の中には、思い出の品など値段を決めにくいものもあり、賠償金の請求は500万円近くにもなったそうです」

現在の法律では、本人が亡くなる前に死後の処分を承諾していただけでは財産の相続権はなくなりません。奥田さんは「一定の期間をもって公的な管理に移行することが法改正等によって認められない限り、残置物処理の問題は解決しないだろう」と言います。

法や政治が行き届かない部分を埋める、NPOの取り組み

このように現在、残置物処理の問題は本質的な解決が非常に難しい状況にあります。国会では既に遺留金について質疑がなされていたり、2017年1月には国土交通省が全国の都道府県に対して公営住宅で亡くなった単身者の残置物への対応方針を策定するよう通知したりしています。けれども、民間賃貸住宅について実行力のある法改正が行われるにはまだまだ時間がかかりそうです。

そうした国や自治体の法制度が行き届かない“穴”を埋めるべく、抱樸では独自で自立のサポートや互助の仕組みを設けています。

「抱樸の自立生活サポートセンターでは、ホームレスの方を中心に自立、介護、そして最後の看取りまでサポートしています。

抱樸では、自立支援住宅の提供などを通じて、「ハウス=経済的貧困」と「ホーム=社会的孤立」の両面から支援をしている。写真はお弁当配布時の様子(画像/抱樸)

抱樸では、自立支援住宅の提供などを通じて、「ハウス=経済的貧困」と「ホーム=社会的孤立」の両面から支援をしている。写真はお弁当配布時の様子(画像/抱樸)

また、亡くなった後にお葬式をやってくれる家族がいない人のために、月500円で入会することができる互助会も運営しています。万一のことがあったときには、互助会が家族の代わりにお葬式を執り行うのです。家の片付けや遺留品の処分は、ボランティアの人たちで行います。それでもやはり、処分後に遺族が現れて相続権を主張されるようなことがあれば、トラブルになりかねないでしょうね」

身寄りのない人を家族に代わって葬儀を行ったりする活動もしている(写真/抱樸)

身寄りのない人を家族に代わって葬儀を行ったりする活動もしている(写真/抱樸)

単身者でも安心して住み続けられる未来のために

これらの問題を解決して、単身者の人でも安心して住み続けるためにはどのようにすればいいのでしょうか。改めて奥田さんの考えを聞きました。

「現在、行政で行われている空き家の撤去や休眠預金の活用等は本来、個人の財産であるものを公共性の観点から行政が手を入れられるように法制度を改定したものです。同様に残置物についても同じような手続きが取れるようにしないと、関連するさまざまな問題が放置されたままの状態になります。

多くの人にとって他人事ではなく、この問題に関心をもってもらい、国や自治体の具体的な施策につながることを望みます」

たしかに奥田さんのいう通り、訴訟リスクや処理費用の負担を大家さんだけに委ねている現状では、単身者に家を貸したくないと考える大家さんは少なくないでしょう。この状態が続けば、現在でも住宅の確保が難しい身寄りのない人や高齢者、障がい者、外国人などの人たちが一層困窮する可能性があります。

特に家族のいない単身者であれば、住む場所を失ってさらに孤立を深めることになりかねません。残置物の問題は単体の問題だけではなく、住宅確保や生活保護の問題にも、影響していく可能性があるのですね。

単身者、つまり「ひとり暮らし」になる可能性は誰にとっても無縁ではないでしょう。実際に私も将来、親がどちらか亡くなってしまったら、兄弟や子どもと疎遠になってしまったら、と考えると自分や家族のことが不安になります。

将来の不安を払しょくするために私たちができることは、まずは現在起こっている問題に興味をもち、市民として有権者として積極的に声を上げることかもしれません。

●取材協力
・抱樸

高齢者も障がい者も“ごちゃまぜ”に暮らす。空き家を活用した街「輪島KABULET」

社会福祉法人「佛子園(ぶっしえん)」が手掛けるまちづくりの特徴は、温泉やカフェ、レストラン、農園など、地域住民が集える場所をつくり、高齢者、障がい者が地域と自然に交われるよう、多様性に富んでいること。なかでも、既存の空き家や空き地を再利用した「輪島KABULET(わじまかぶーれ)」は、全国どの地方でも直面する人口減に対する解決策のひとつとして注目されている。
今回は、「佛子園」理事長の雄谷良成さんに、その経緯や開発の裏側、今後の展開についてお話を伺った。

「生涯活躍のまち」モデルで福祉の街×空き家対策を目指す

「輪島KABULET」が展開するエリアは、室町時代からの歴史がある石川県輪島市の中心部。かつてから漆器の輪島塗を生業としていた家も多い街だ。輪島塗の小売店や漆ギャラリー、輪島朝市など観光名所も多い。しかし郊外の大型ショッピンモールに車で出掛ける生活スタイルの増加から、最盛期に比べると人口は2万人弱が減少。かつてはにぎわいのあった街の中心部でも増加する空き家が課題となっていた。 

伝統的な街並みが美しい輪島市街。朝の連続ドラマ小説『まれ』の舞台にも(写真撮影/イマデラガク)

伝統的な街並みが美しい輪島市街。朝の連続ドラマ小説『まれ』の舞台にも(写真撮影/イマデラガク)

そこで、雄谷さんがアプローチしたのは、ハブとして新たに大型の施設をつくるのではなく、既存の建物を活かして福祉施設+地域住民が集う場を街なかにいくつもつくりだす手法。具体的には、大正から昭和にかけてつくられた既存の木造住宅を改修し、高齢者ケアハウス、障がい者グループホーム、ママカフェ、温泉、蕎麦屋さん、ゲストハウスへと次々と生まれ変わらせた。
費用は復興庁の交付金、国土交通省の空き家対策の交付金などを活用。「高齢者、障がい者、子育て世代、若者、観光客、誰もが行き交う、ごちゃまぜの街にする」という社会福祉法人「佛子園」のコンセプトはそのままに、既存の街を生まれ変わらせるプロジェクトに。2018年には、内閣府による「生涯活躍のまち」モデルの先駆けとして全国に紹介され注目を浴びている。

温泉、食事処、住民自治室、生活介護、放課後等デイサービスが入っている拠点施設「B’s WAJIMA」。中庭を挟んだ向かい側には高齢者デイサービスと訪問介護ステーションもあり、街の中心になっている(写真撮影/イマデラガク)

温泉、食事処、住民自治室、生活介護、放課後等デイサービスが入っている拠点施設「B’s WAJIMA」。中庭を挟んだ向かい側には高齢者デイサービスと訪問介護ステーションもあり、街の中心になっている(写真撮影/イマデラガク)

「GUEST HOUSEうめのや」は、築70年余りの町家をリノベーションしたもの。漆や白漆喰などを活かしたノスタルジックな空間に(写真撮影/イマデラガク)

「GUEST HOUSEうめのや」は、築70年余りの町家をリノベーションしたもの。漆や白漆喰などを活かしたノスタルジックな空間に(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

空き地だった場所に、温泉・レストランを開設。写真は近隣住民が自由に使える住民自治室での「肌に優しい洗い方」教室の一コマ(写真撮影/イマデラガク)

空き地だった場所に、温泉・レストランを開設。写真は近隣住民が自由に使える住民自治室での「肌に優しい洗い方」教室の一コマ(写真撮影/イマデラガク)

既存の街だからこそ、「街の記憶」を尊重したまちづくりに

ちなみに社会福祉法人「佛子園」といえば、この「輪島KABULET」以前から、「生涯活躍のまち」政府認定モデルとして、1万坪超の敷地にイチからダイナミックな街づくりをした金沢市の「シェア金沢」が有名だ。では「輪島KABULET」のような既存の街の枠組みを活かしたまちづくりとの違いは何だろうか?

「シェア金沢のような大掛かりなものをつくるのは、土地の確保や資金面などクリアする課題は多く、どこでもできるわけではありません。一方、すでに街にあるものを再利用し、福祉の施設だけでなく地域の人に求められる場所を点在させる手法なら、少しずつ手掛けることができ、その取り組みを街全体に拡大させられます」(雄谷さん)

社会福祉法人「佛子園」理事長の雄谷良成(おおや・りょうせい)さん。住職という一面も持つ(写真提供/佛子園)

社会福祉法人「佛子園」理事長の雄谷良成(おおや・りょうせい)さん。住職という一面も持つ(写真提供/佛子園)

ただし、金銭面でのメリットがある一方、すでに地域住民がいて「街が変わること」に誰もが賛成ではない難しさもある。街の開発には賛成でも、自分の家を貸す、改修することには抵抗感のある人も少なくない。
そんな時、雄谷さんが実践しているのは、一軒一軒、1人1人の話に耳を傾けること。
「例えば、空き家でも事情はそれぞれ。息子さん夫婦が年に数回帰省するための家だったり、今は使っていないけれど思い入れがあったり。この路地、あの家で昔はよく遊んだもんだと話してくれる住民の方がいたり……。既存の街の再開発は、街の在りようがすでに自分事で、当事者意識がある。実は、それは強みでもあるんです。だから、当初は一番反対していた住民の方が、のちに一番の応援団になってくださることも多いですよ。反対しているということは、自分に暮らす街に思い入れがあるということですから。当初は空き家を貸すことを断られた方も、時とともに承諾してくださることもあります」

既存の街だからこその苦労もある一方、うれしさもある。
例えば、現在はカフェとなった建物は、元は診療所。「ここを訪れた若いママさんが“私が子どものころ熱を出して夜遅くに駆け込んだんです”という思い出を話してくれました。ひと言で“空き家”といっても、その土地、家には歴史があり、街の人の想いがあるということ。そのひとつひとつが宝物。その街の記憶を継承していく大切さを実感しました」

ママカフェ『カフェ・カブーレ』。「“生涯活躍のまち”というと、どうしても高齢者向けの施設と思いがちですが、意外と子育て世代も多く、こうした施設が必要と考えました」(写真撮影/イマデラガク)

ママカフェ『カフェ・カブーレ』。「“生涯活躍のまち”というと、どうしても高齢者向けの施設と思いがちですが、意外と子育て世代も多く、こうした施設が必要と考えました」(写真撮影/イマデラガク)

親子で楽しめるクッキング教室やパパ・ママ同士が集まるイベントも実施している(画像提供/佛子園)

親子で楽しめるクッキング教室やパパ・ママ同士が集まるイベントも実施している(画像提供/佛子園)

子どもからお年寄り、障がいの有無に関わらず利用できる「ゴッチャ!ウェルネス輪島」。地域に密着し、誰もが顔見知りだからこそ、一般的なジムに比べて退会する人が少ない、地域のたまり場のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

子どもからお年寄り、障がいの有無に関わらず利用できる「ゴッチャ!ウェルネス輪島」。地域に密着し、誰もが顔見知りだからこそ、一般的なジムに比べて退会する人が少ない、地域のたまり場のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

街は現在進行形。ガレージの改修が“気軽なリノベ”のモデルケースに

事業がスタートして2年。蔵を改造したコワーキングスペースや、軒先で無添加の中華そばを食せるお店も開業。さらに、佛子園が手掛ける施設以外にも、体験や見学のできる輪島塗の工房ができるなど、相乗効果が生まれている。「輪島周辺は小さなゲストハウスが増えたので、シーツの洗濯を一気に引き受けるクリーニング店があってもいいねという話から事業化につながったり、拠点の近所の割烹のご主人が食事を終わった後、お客さんをまとめてうちの温泉に連れてきてくださったり、街全体でいい影響をもらいあっています」

ゲストハウス「umenoya」内にあるコワーキングスペース。ワーケーションに利用する人も多いそう(写真撮影/イマデラガク)

ゲストハウス「umenoya」内にあるコワーキングスペース。ワーケーションに利用する人も多いそう(写真撮影/イマデラガク)

空き家になっていた民家を活かした「蕎麦やぶかぶれ」。みんなが気軽に集える場所で、蕎麦はフェアトレードによってブータン蕎麦を輸入したもの(写真撮影/イマデラガク)

空き家になっていた民家を活かした「蕎麦やぶかぶれ」。みんなが気軽に集える場所で、蕎麦はフェアトレードによってブータン蕎麦を輸入したもの(写真撮影/イマデラガク)

そして、最近新しく加わったのが、空き店舗を改修したオートバイや自転車専用のガレージだ。「このあたりはツーリングをする人が多いので、自分の愛車をとことんメンテナンスできる場所があってもいいのでは、というアイデアから生まれました。工事期間は2週間ほど。無理のない範囲で新しいことができるという、モデルケースになったと思います。基本は無人で、鍵は隣のゲストハウスが管理しているので、ランニングコストもさほどかからない。今後は、せっかくなら、愛車を眺めながらお酒でも飲みたいねって、お洒落な冷蔵庫を置く計画も話しています。お金をかけてカフェバーをつくらなくても、これなら気軽にできるでしょう」

輪島市は、2019年「ライダーを笑顔で歓迎する都市」を宣言。この「うめのやガレージハウス」は能登へのツーリング客の拠点のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

輪島市は、2019年「ライダーを笑顔で歓迎する都市」を宣言。この「うめのやガレージハウス」は能登へのツーリング客の拠点のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

働く場としての多様性も。そこにあるのは原始的な幸せ

もちろん、福祉の街としての役割もある。「障がい者のなかには突発的に声を上げたりする人もいます。それにはひとつひとつ理由があるわけなのですが、街の人は慣れていて、振り返りもしないくらいです。認知症、障がい者が身近に自然にすごしていることで、懐の広い街になっていると思います。毎日のやり取りの中で化学反応が起こり始めています」

障がい者も、ウェルネスの受付、インストラクター、機器の清掃、点検など多岐にわたって活躍している(写真撮影/イマデラガク)

障がい者も、ウェルネスの受付、インストラクター、機器の清掃、点検など多岐にわたって活躍している(写真撮影/イマデラガク)

頼りになるのは、“かぶれ人”という何でも屋のスタッフ。福祉事業に携わりながら、それぞれの得意分野を活かして、まちづくりをサポート。雄谷さんが会長を勤める青年海外協力協会のOB・OGたち「JOCA」のメンバーも多い。「まちづくりは想定外、問題発生の連続。常に手探り状態。そんなとき、JOCAの面々は、発展途上国に赴き、それこそ”なんでも屋”であったわけで、なんでもやるマルチタスクに慣れています。そのうち、地域の人たちに頼りにされたり、彼らが頼りにしたり、つながりが生まれ、街を盛り上げてくれています」

“かぶれ人”と呼ばれるスタッフたち。青年海外協力隊を経験したメンバーや輪島出身メンバーなどさまざま。それぞれ専門分野もありつつ、フレキシブルに働いている(写真撮影/イマデラガク)

“かぶれ人”と呼ばれるスタッフたち。青年海外協力隊を経験したメンバーや輪島出身メンバーなどさまざま。それぞれ専門分野もありつつ、フレキシブルに働いている(写真撮影/イマデラガク)

「多様性に満ちた自主的なまちづくり。理想的ですね」という筆者の感想に、「いえいえ理想じゃないですよ。喧嘩もするし、大変なことも多いですから」と雄谷さん。「まちづくりには、そもそもゴールも100点満点も完成品もないんです。それでも、誰かに相談事をしていると、人が人をつなげれてくれたりするし、こんな角度の考えがあるんだと気づくことも多いです。最初から完成品を目指すわけじゃなくて、想定外の出会いが想定外のものをつくり出していくための“場”を提供するのが我々の役目です」

いろんな人を巻き込みながら、変化し続ける「輪島KABULET」。「蔵に眠ったままの輪島塗を使ってみようとか、輪島移住を考えている女優の中尾ミエさんとなにかできないだろうかとか、実はたくらみもまだまだあるんです」と雄谷さんは楽しそう。既存の空き家などを利用しながら取り組みを拡大していくというスタイルは、同様の状況にある自治体は多く、横展開もしやすい。今後の展開が楽しみだ。

●取材協力
雄谷良成(おおや りょうせい)さん
社会福祉法人佛子園理事長。幼少のころから、家業のひとつとして運営されていた障がい者施設で、障がい者とともに暮らし、大学では障がい者心理を研究。青年海外協力隊員としてドミニカ共和国にも赴き、現在は公益社団法人 青年海外協力協会 会長、日蓮宗 普香山 蓮昌寺住職も務める。
佛子園
輪島カブーレ

キッチンカー×マンションがコロナ禍の“うちごはん”の救世主に! 続々と増加中

今年は新型コロナウイルスの影響でテレワークが増え、1日3回の調理と後片付けがどれだけ大変か痛感した人も多かったことでしょう。そんな「おうちごはん」のお悩みを解消しようとはじまっているのが、マンションの敷地に「キッチンカー」を誘致する試みです。その背景や現在の手ごたえ、今後の展開などを聞いてみました。
負担の大きい日々の食事づくりをキッチンカーがお助け!

朝昼晩と1日3回あり、家族がいるとなかなか適当に済ませることができない「食事づくり」。限られた時間と予算のなかで、家族の健康に留意しつつ、好みにあわせて、毎日3回つくるというのは、相当な負担です。しかも日本はお母さんの手料理こそ最高という神話もあり、特に母親にとっては苦しい呪いになっています(断言!)。

近年では、この日々の食事づくりの負担をできるだけ軽くしようと、スーパーやコンビニ、デパ地下などのお惣菜、いわゆる中食の商品も多数登場していますし、加熱調理するだけのミールキットが販売されていたりと、さまざまなサービスが出ていますが、ここにきて、もう一つの選択肢として普及しそうなのが、「キッチンカー」です。

「キッチンカー」は「フードトラック」「移動販売車」などとさまざまな呼び方をされていますが(今回はキッチンカーで統一します)、お祭りやイベント会場、はたまたオフィスビル街のランチなどで、その姿を見かけたことがある人も多いことでしょう。このキッチンカーが、最近、マンションの一角に出店し、多くの住民の支持を集めているといいます。

Mellowは今年10月より三菱地所コミュニティが管理するマンションでもサービスの本格展開をはじめた(写真提供/Mellow)

Mellowは今年10月より三菱地所コミュニティが管理するマンションでもサービスの本格展開をはじめた(写真提供/Mellow)

(写真提供/Mellow)

(写真提供/Mellow)

そう言われてみれば、オフィスビルの近くにはキッチンカーはたくさん出店していますよね。コロナ禍で出社が減ったのであれば、人のいる場所=マンションに行くというのは、自然な発想ともいえます。なにせ車なので、人のいるところに「移動」できるのが強みなわけですから。
出店するキッチンカーの事業者と場所をマッチングする「SHOP STOP」を展開する株式会社Mellow(メロウ)の森口 拓也さんによると、今年に入り、キッチンカーの出店問い合わせ、キッチンカーを誘致したい事業者からの問い合わせは、ともに急増しているといいます。

「現在、弊社に登録しているキッチンカー事業者は1000事業者を超えました。すでに店舗がある飲食店さまからも、今回の新型コロナウイルスの影響もあってショップモビリティに進出したいという問い合わせが増え、メニューの多様性が広がっています。今後もまだまだ伸びる分野だと考えています」とのこと。

あわせて、キッチンカーが並ぶ場所もオフィスビル近くや、大規模イベントだけでなく、マンションや公園などと日常生活のエリアに増えており、現在、知見を積んでいるところだとか。
「当社のSHOP STOPには、福岡などの地方都市からもフードトラックを誘致したいという問い合わせが増えており、地方展開も進めています。現在、コロナ対策で人のいる場所が変わっていますが、ニーズはもちろん、出店できる場所も増えている。チャレンジのフィールドが広がっていると考えています」(森口さん)

デベロッパーも住民サービスとしてスタート。グッドデザイン賞に輝く

もう一方で、マンションデベロッパーが住民向けサービスとして、マンションの敷地にキッチンカーを誘致する試みもはじまっています。こちらは2020年のグッドデザイン賞も受賞するなど、注目度の高さがうかがえます。このサービスをはじめた三井不動産レジデンシャル、三井不動産レジデンシャルサービスの担当者に開始のきっかけについて伺いました。

利用者からは「美味しい」「楽しい」といった声が聞かれるといいます(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

利用者からは「美味しい」「楽しい」といった声が聞かれるといいます(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

「弊社の『月夜キッチン』は、2019年にはじめた取り組みです。現在、新築マンション購入者の多くは夫婦共働き世帯ですが、その家族の悩みに対して、弊社の共働きの女性社員でなにかを新しい試みを、ということではじまりました」と話すのは、このプロジェクトを担当した三井不動産レジデンシャルの久保絢子さん。女性社員からは、「平日夜のごはんづくりが負担」という声が大きく、キッチンカーを誘致しようという話になったとか。ただ、社内からはネガティブな声も聞こえてきたそうです。

「『世の中にはすでに時短グッズ、調理キットも豊富にあって、自宅にキッチンがある人が、今さらキッチンカーで買わないのでは?』という声もありました。ただ、手づくり感がある・できたて・プロの味を、自宅ですぐ食べられるのは、ぜったいに受けるという確信に近い意見があり、2019年2月~3月にトライアルすることに。すると読みどおり大変好評で、アンケート結果では今後も利用したいという意向が99%にもなり、本格的に展開することとなりました」(久保さん)

そこへ2020年に入って、新型コロナウイルスの感染が拡大し、思わぬ追い風となったといいます。
「新型コロナウイルス感染拡大前の本年 2 月と比較し、1 店舗あたりの売上金額は約 2 倍に増加しました。窯焼きの本格的なピッツア、各国のエスニック料理、ラムを使ったメニューなど、普段家庭ではつくれない料理が大変好評です。家事負担の軽減ということもありますが、自粛ムードのなかで、リフレッシュの一環、楽しみになっているというお声をいただいています」と話すのは、三井不動産レジデンシャルサービスの恩田顕徳さん。現在、「月夜キッチン」のサービスの展開を担っている一人です。

国産小麦を使い、石窯で焼き上げる「UNCLE KEN」のピザ。焼き立てを自宅で食べられるとあって幅広い世代に人気だそう(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

国産小麦を使い、石窯で焼き上げる「UNCLE KEN」のピザ。焼き立てを自宅で食べられるとあって幅広い世代に人気だそう(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

ナシゴレンとはインドネシアの焼き飯料理。本格エスニックって、おうちでつくるにはハードルが高いので、人気なのも納得。写真は「es.tokyo」のもの(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

ナシゴレンとはインドネシアの焼き飯料理。本格エスニックって、おうちでつくるにはハードルが高いので、人気なのも納得。写真は「es.tokyo」のもの(写真提供/RIS Design and Management株式会社)

「現在は、東京都と神奈川県の大規模マンション(500戸以上)の10棟程度で展開しています。弊社からお声がけした物件もあれば、管理組合からお声がけいただいた物件もあります。弊社分譲の物件だけでなく、近隣にお住まいの方も立ち寄りいただくなどしています」(恩田さん)

なるほど、人のいる場所に移動できるキッチンカーでも、人の集まっている場所=大規模マンションのほうが展開しやすいのは間違いないようです。

共働きだけでなく、シニアやシングルも。利用者の幅は広い!

ちなみに、「月夜キッチン」は平日5時~8時で、2~3店が出店しているそうです。利用者層は夫婦共働きだけでなく、シニア世代、カップル、シングルまでと、想定以上に幅広い世代が購入しているそう。価格帯もランチよりも割高になるため、出店する事業者にとってもメリットは大きいようです。

ちなみに、前述のMellowの森口さんが手掛けているケースだと「マンションなのか、オフィスなのか、公園なのか、場所にもよりますが、弊社の場合は日替わりで2~3店舗が並んでいることが多いですね」といいます。森口さんによると、最近ではまちづくりを手掛けるデベロッパー様から声をかけられることも多く、店舗を誘致するよりも、キッチンカーを誘致する前提でまちづくりをすることも増えていくかもしれません。

馬事公苑で出店したときの様子(写真提供/Mellow)

馬事公苑で出店したときの様子(写真提供/Mellow)

新型コロナウイルスの影響がどこまで続くかは未知ですが、夫婦共働きやテレワークのようなライフスタイルが一般化した今、こうしたキッチンカーが住まいの近くにあるというのはすごく合理的なように思えます。

三井不動産レジデンシャルの久保さんは、今までの利用者のコメントで一番印象に残っているのは、一見シンプルにも思える「助かっています」というものだとか。確かに、キッチンカーがあると、「毎日、食事づくりどうしよう」という悩みから、「今日はどれを選ぼうかな」という楽しみになります。毎日、キッチンカーを使わなくても、火曜と金曜日はキッチンカーにするなどの「オプション」が増えるだけで悩みが楽しみに転換できるのは、とても大きいはず。毎日の食事を助けてくれるサービス、もっと普及して、家族の時間がもっと豊かになればいいのになあと願っています。

●取材協力(※50音順)
三井不動産レジデンシャル株式会社
三井不動産レジデンシャルサービス株式会社
株式会社Mellow

第2土曜に船橋でいっせいに掲げられる「無事ですタオル」。コトの経緯を聞きに行った

先日、飲みの席で興味深い話を聞いた。

「友だちが千葉県の船橋市に引越したんだけど、毎月第2土曜日に『無事です』と書かれたタオルを家の外に掲げるというルールがあるんだって」

町中に住人の無事を告げるタオルがはためく光景。見てみたい。さっそく、現地に行ってこの目で確かめてきた。
「掲げる地区」に入ったが一向に現れない

調べてみると、同じ船橋市でもこれを実践しているのは咲が丘地区だけらしい。


1丁目から4丁目まである

新宿駅から電車を乗り継いで、約1時間。最寄りの新京成線二和向台駅に到着した。

船橋市の北西部に位置し、次の駅は鎌ケ谷市になる(写真撮影/石原たきび)

船橋市の北西部に位置し、次の駅は鎌ケ谷市になる(写真撮影/石原たきび)

さっそく歩き出す。

皆さん無事かな(写真撮影/石原たきび)

皆さん無事かな(写真撮影/石原たきび)

すぐに咲が丘地区に入ったが、「無事ですタオル」は一向に現れない。あれ?

無事じゃないの?(写真撮影/石原たきび)

無事じゃないの?(写真撮影/石原たきび)

タオルを掲げるスタイルは多種多様

歩くこと数分。あった。「無事ですタオル」。無事だった。

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

無事です(写真撮影/石原たきび)

ハンガーにかけて玄関に掲げるスタイルが主流のようだが、それ以外のバリエーションもあった。

前面に押し出すパターン(写真撮影/石原たきび)

前面に押し出すパターン(写真撮影/石原たきび)

高さで勝負するパターン(写真撮影/石原たきび)

高さで勝負するパターン(写真撮影/石原たきび)

発案者は防災部会会長の内田さん

「無事ですタオル」がある風景を堪能したのちにお会いしたのは、咲が丘中央自治会防災部会会長で、この試みの発案者・内田祐至さん(82歳)。

なんと、同地区中央自治会町会長の門倉忠克さん(66歳)と防災部会副部会長の小林雅人さん(59歳)も呼んでくれていた。

左から小林さん、内田さん、門倉さん(写真撮影/石原たきび)

左から小林さん、内田さん、門倉さん(写真撮影/石原たきび)

内田さんが言う。

「防災を意識した一番最初のきっかけは1995年に起きた阪神・淡路大震災。私、川崎重工で働いていて、あっちには工場がいくつもある。東京から何度も救援に行きましたよ」

その後、咲が丘中央自治会の中に防災部会を立ち上げ、2017年から防災用品会社の案内書で知った「無事ですタオル」を導入する。

自治会費で製作し、185世帯すべてに配布した(写真撮影/石原たきび)

自治会費で製作し、185世帯すべてに配布した(写真撮影/石原たきび)

「茨城県常総市では市全体で採用しており、NHKで大々的に放映されました。この取り組みを始めるか否かは、ひとえに防災部会長の熱意によって決まります」

この活動は咲が丘地区の中央自治会のみ

そういえば、内田さん。咲が丘エリアに入っても「無事ですタオル」になかなかお目にかかれなかったんですが。

「咲が丘にはいくつかの自治会があるけど、これをやってるのは中央自治会だけだから(笑)」

なるほど、そういうことか。

消火訓練で各自治体が集合した際の写真(写真提供/咲が丘中央自治会)

消火訓練で各自治会が集合した際の写真(写真提供/咲が丘中央自治会)

なお、この試みは有事の際に備える“訓練”だ。実際に震度5弱以上の地震が起きた際、「無事ですタオル」を掲げることによって外部から安否確認がしやすくなり、救出作業もスムーズに行える。

内田さんが作成したマニュアル(写真撮影/石原たきび)

内田さんが作成したマニュアル(写真撮影/石原たきび)

「もともと、狭い町内だから顔を知らない人はいないけど、この活動を始めたことで助け合いの精神がさらに強くなったと思う」

内田さんは防災リーダーの全国大会に千葉県代表で出場したことも(写真撮影/石原たきび)

内田さんは防災リーダーの全国大会に千葉県代表で出場したことも(写真撮影/石原たきび)

「命の笛」は800m先まで聞こえるらしい

昨年の台風で風害に見舞われると、すぐに防災マニュアルをつくって配布した。

風で吹き飛ばされた物置(写真提供/咲が丘中央自治会)

風で吹き飛ばされた物置(写真提供/咲が丘中央自治会)

「今年は建物の下敷きになったり、閉じ込められたときに自分の存在を知らせる『命の笛』も配布しました。アメリカの沿岸警備隊が使っているモデルで800m先まで聞こえるんだよ」

船橋北エリアの地域新聞に掲載された(写真提供/咲が丘中央自治会)

船橋北エリアの地域新聞に掲載された(写真提供/咲が丘中央自治会)

地区内には小学校がひとつあるが、その学校だよりに載っている情報も共有する。

船橋市立八木が谷小学校の学校だより(写真提供/咲が丘中央自治会)

船橋市立八木が谷小学校の学校だより(写真提供/咲が丘中央自治会)

今年はコロナの影響で開催されなかったが、地域には昔から続くお祭りもある。例えば、自治会主催の夏祭り盆踊り大会では船橋市の現市長・松戸徹さんも太鼓を叩いた。

子どもたちに混じって太鼓を叩く市長(写真提供/咲が丘中央自治会)

子どもたちに混じって太鼓を叩く市長(写真提供/咲が丘中央自治会)

カレンダーに印を付けているから出し忘れはない

その後、内田さんらはふだん第4土曜日に行っている防犯パトロールに出発。以前は年に数回、ひったくり事件などが起きたが、今はまったくないそうだ。

我ら「無事です3銃士」(写真撮影/石原たきび)

我ら「無事です3銃士」(写真撮影/石原たきび)

小林さんが言った。

「親の代からこの辺に住んでいるから、やっぱり愛着はありますよ。内田さんは80歳を超えても一生懸命やっているでしょ。その姿を見て、私ぐらいの世代がこういう活動をちゃんと引き継がないと、と思っています」

3人は1軒の家の前で立ち止まった。あ、「前面に押し出すパターン」の家だ。インターホン越しに呼びかけると、ご主人が出てきた。

「おお、皆さんおそろいで(笑)。『無事ですタオル』? カレンダーに印を付けているから出すのを忘れることはないですよ。僕は朝6時に出すんだけど、それを見た他の家がぽつぽつ出し始める感じですね」

中央自治会では避難誘導班長を担当する長島さん(写真撮影/石原たきび)

中央自治会では避難誘導班長を担当する長島さん(写真撮影/石原たきび)

空き巣狙いから住民を守るため、タオルは16時に取り込む。帰宅がそれより遅くなる家は掲示しないことになっているそうだ。

門倉さんが「ここ、ウチです」(笑)

再び歩き始めると、またもや「前面に押し出すパターン」の家を発見。すると、門倉さんが「ここ、ウチです(笑)」

さすが、意識が高い(写真撮影/石原たきび)

さすが、意識が高い(写真撮影/石原たきび)

そんな門倉さんが、とある建物を紹介してくれた。

「私らを含む3つの自治会の役員や班長が会議をする咲が丘三稜会館です。決まったことは回覧板に記して回す。この建物は私が引越してきた昭和50年代半ばに建ったものだから、かなり古いです」

40年ほど前に建てられたようだ(写真撮影/石原たきび)

40年ほど前に建てられたようだ(写真撮影/石原たきび)

この訓練が無駄になるのが一番

というわけで、船橋市の一画には毎月第2土曜日に「無事ですタオル」をいっせいに掲げるエリアがあった。

最後に小林さんが、「一番いいのは、何も起こらなくてこの訓練が無駄になることです」と言った。

今日も無事です(写真撮影/石原たきび)

今日も無事です(写真撮影/石原たきび)

「月収2万円で「山奥ニート」歴7年」「タダ同然の空き家も引く手あまた!?」【11月人気記事まとめ】

年の瀬が迫り、2020年を振り返る時期になりました。新型コロナウイルスに翻弄された1年。来年こそは心穏やかに過ごせることを祈りつつも、まだまだ落ち着ける日は遠そうです。SUUMOジャーナルで11月に公開した記事では、「団地にできた1000冊の本がある『シェアハウス』。暮らしをのぞいてみた!」「保護猫と暮らす三軒茶屋の『サンチャコ』。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方」などが人気TOP10入りしました。詳しく紹介します。
2020年11月の人気記事ランキングTOP10はこちら!

1位 月収2万円で「山奥ニート」歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った
2位 団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!
3位 コロナ禍で50万円以下プチリフォームが増加! 換気、テレワーク、おうち時間の見直しで
4位 保護猫と暮らす三軒茶屋の「サンチャコ」。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方
5位 パリの暮らしとインテリア[7]18世紀築のアパルトマンを大改装! 2度目の外出禁止令のお家時間
6位 “タイニーハウス”が災害時の避難場所に!? 山梨県小菅村で「ルースターハウス」誕生
7位 大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘
8位 タダ同然の空き家も引く手あまた!? 「家いちば」から空き家問題の新提案
9位 「新宿駅」まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2020年版
10位 ふるさと納税で“体験型”返礼品が増加中!ウィズコロナ時代の地域応援
※対象記事:2020年11月01日~2020年11月30日までに公開された記事
※集計期間:2020年11月01日~2020年11月30日のPV数の多い順

1位 月収2万円で「山奥ニート」歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った

月収2万円で「山奥ニート」歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った

(写真提供/石井あらたさん)

生きづらさを抱える若者たちが共同生活を送る、廃校になった小学校を利用したシェアハウスNPO共生舎の理事である石井あらたさんは、自身も元引きこもり。徒歩圏内の住民は5人という地域で“山奥ニート”生活を送る彼らの生活やシェアハウスを始めたきっかけなどを聞きました。

2位 団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!

団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!

(写真提供/日本総合住生活株式会社)

東京都足立区に誕生した「ジェイヴェルデ大谷田」は、大規模団地の1階をリノベーションしてシェアハウスにし、共同リビングには1000冊以上の本を配置した「読む団地」。多くの入居者がすでに生活し、イベントなどを通して地域住民との交流も進んでいます。

3位 コロナ禍で50万円以下プチリフォームが増加! 換気、テレワーク、おうち時間の見直しで

コロナ禍で50万円以下プチリフォームが増加! 換気、テレワーク、おうち時間の見直しで

(写真提供/静鉄リフォーム)

不動産市場のなかで、今最も活況といわれているのがリフォーム。「換気」や「抗ウイルス対応壁紙」「除菌水」のリフォームが急増しています。収入減を見越し総額50万円ほどの依頼が増えており、予算内で収まるリフォーム例とともに紹介しています。

4位 保護猫と暮らす三軒茶屋の「サンチャコ」。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方

保護猫と暮らす三軒茶屋の「サンチャコ」。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方

(写真撮影/片山貴博)

東京・三軒茶屋にある賃貸住宅などの複合施設「サンチャコ」は、飼い主が亡くなるなどで保護した猫たちをハブにした「ネコファースト」。イベントスペースでは、猫好きがきっかけになった地域のひとたちのとの交流や、保護猫たちの譲渡が行われています。

5位 パリの暮らしとインテリア[7]18世紀築のアパルトマンを大改装! 2度目の外出禁止令のお家時間

パリの暮らしとインテリア[7]18世紀築のアパルトマンを大改装! 2度目の外出禁止令のお家時間とは?

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリ在住の写真家がこだわりの生活を送る人たちを紹介する連載。今回はパリ在住の日本人女性が住む、“ブルジョワ・ボヘミアン”なエリアに18世紀に建てられた130平米のアパルトマンを紹介。外出禁止令が出てからのお家時間についても伺いました。

6位 “タイニーハウス”が災害時の避難場所に!? 山梨県小菅村で「ルースターハウス」誕生

“タイニーハウス”が災害時の避難場所に!? 山梨県小菅村で「ルースターハウス」誕生

(写真提供/小菅村)

小さな小屋が充実した「タイニーハウス村」山梨県小菅村で、災害発生時に避難場所になる「ルースターハウス」がお披露目されました。見た目はかわいらしくても、家族4人程度がプライバシーを保ちながら仮住まいが可能。しかも軽トラックで持ち運べて1時間程度で組み立てられるという頼れる味方の誕生です。

7位 大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

(写真撮影/相馬ミナ)

歴史ある門前町の東京都大田区池上が、街全体のリノベーションで新たな魅力を放ちつつあります。場所をつくって終了でなはく、街づくりに取り組む人たちをサポートし、開業希望者たちのマッチングや子ども連れで楽しめるイベントを企画するなど、街の資源を活かした取り組みを探りました。

8位 タダ同然の空き家も引く手あまた!? 「家いちば」から空き家問題の新提案

タダ同然の空き家も引く手あまた!? 「家いちば」から空き家問題の新提案

(画像/家いちば)

社会問題化している空き家の解決に、専門知識は不要!? 売り主が自身で物件情報を掲示するサイト「家いちば」が注目したのは、物件にストーリーを与えることでした。代表取締役・藤木哲也さんにお話を伺いました。

9位 「新宿駅」まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2020年版

「新宿駅」まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2020年版

(写真/PIXTA)

新宿駅まで30分圏内のシングル向け、カップル・ファミリー向けの中古マンション価格相場ランキング最新版。シングル向けの1位は西川口駅の2080万円で、東京都北区や板橋区などの近接したエリアが上位に集中。カップル・ファミリー向けは生田駅の2485万円で、川崎市に所在する駅がトップ3を占めました。

10位 ふるさと納税で“体験型”返礼品が増加中!ウィズコロナ時代の地域応援

ふるさと納税で“体験型”返礼品が増加中!ウィズコロナ時代の地域応援

(画像/PIXTA)

ふるさと納税に、アミューズメント施設の入場券や、スポーツなどのアクティビティ、「1日町長体験」などのユニークなものを含めた“体験型“の返礼品が増え、地域活性につながっています。その背景や実態などについて、ふるさと納税サイト「さとふる」広報と、自治体担当者に聞きました。

12月14日、2020年を表す漢字が「密」と発表されました。1位になった「月収2万円で“山奥ニート”歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った」は、いわば「疎」環境だからこそ、心が「密」になれたとも言えるのは、興味深く感じます。3密環境の回避に従いながらも、ランキングからは、人と人との交流を求め、その大切さが再認識されている様子がうかがえるように思いました。

子育てはふるさとで。二拠点生活でお試し移住スタート 私のクラシゴト改革7

生まれ故郷である静岡で地域おこし協力隊の活動をしながら、クリエイティブディレクターとしてフリーランスで活躍する小林大輝さん。「いつかはUターン」という漠然とした思いが現実化したきっかけは、1歳半になる長男の子育て環境を考えてのこと。ふるさと副業を経て、現在の東京と静岡に分かれての二拠点生活、そして将来の家族3人完全移住計画。そんなステップで着々と基盤固めを進める小林さんに、二拠点生活の実態、お仕事感、移住への率直な思いなどを伺った。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。東京で働きながら、ボランティア、副業、地域おこし協力隊と段階的に静岡比重を高める

地域おこし協力隊として、2020年10月から「静岡市のテレワーク推進」をミッションに取り組んでいる小林大輝さんは、現在32歳。同時に、勤務していた東京の会社を退職してフリーランスのクリエイティブディレクターとなり、静岡と家族が住む東京を行き来する二拠点ライフを実践中だ。

静岡での仕事は、主にコワーキングスペースを利用。個人ワークするだけでなく、地元ネットワークづくりができるのも魅力。写真はお気に入りの静鉄のコワーキングスペース「=ODEN(イコールオデン)」で(画像提供/小林さん)

静岡での仕事は、主にコワーキングスペースを利用。個人ワークするだけでなく、地元ネットワークづくりができるのも魅力。写真はお気に入りの静鉄のコワーキングスペース「=ODEN(イコールオデン)」で(画像提供/小林さん)

静岡で生まれ育ち、東京の大学に進学してからも両親や大好きな祖父母に会うために頻繁に帰省していたという小林さん。一年間の海外留学後は東京の企業に就職し、クリエイティブディレクター・アートディレクターとして企業のブランディングやデザインなどを幅広く手がけ、寝る暇も惜しんで働いた。「競争も激しい世界で、スピート感やクオリティの高さが刺激的でした」

一方で漠然といつかは地元に戻って暮らしたいという思いもあり、静岡での基盤固めも少しずつステップを踏んで進めていた。帰省のタイミングを利用して、友人や知人からの紹介でプロモーションの相談に乗ったり、依頼されたデザインの仕事を「将来の種まき」と考えて請け負ったりして、静岡のネットワークを広げてきた。

静岡県内企業の生産性向上サービスに取り組む「いちぼし堂」も、代表である北川氏と中学・高校の先輩という縁。静岡での人脈づくりに少しずつ手ごたえや実績も現れ始め、静岡に関わる頻度が高くなってくると、時間的に本業との両立が厳しくなってきた。そこで、小林さんは2018年に勤務先企業と退職も視野に交渉し、給料・勤務時間・ノルマ全て7割という条件で副業認定第一号に。「いちぼし堂」が行うふるさと副業支援にも参加して、静岡Uターンへの一歩を踏み出した。

「いちぼし堂」の施設。1階は子どもを預けて働ける保育園、2階はコワーキングスペース、3階は県内外企業向けのレジデンス付きテレワーク拠点。レジデンスはワンルーム6室で、小林さんのほか東京の企業やインターン生が入居中(画像提供/いちぼし堂)

「いちぼし堂」の施設。1階は子どもを預けて働ける保育園、2階はコワーキングスペース、3階は県内外企業向けのレジデンス付きテレワーク拠点。レジデンスはワンルーム6室で、小林さんのほか東京の企業やインターン生が入居中(画像提供/いちぼし堂)

本業7割、副業3割ということで、静岡には週2~3回新幹線を利用して通う生活に。地元企業の抱えている課題をヒアリング、比較的年代の近い事業承継した若手経営者との仕事など、とにかく地元での実績づくりに励んだ。運よく関わった新規事業コンペの提案が通ると、そこから新たな顧客を紹介してもらえるなど具体的な成果や拡がりもあり、副業をメインにする実感がわいてきた。

地域おこし協力隊の話があったのは、ちょうどそんなタイミング。地域おこしというと、山間部に入って木を切ったりする地域貢献のイメージが強いが、「テレワーク推進」という得意分野のミッションだった。任期は一年単位で最長三年、これはとても副業の範囲では実現しないと判断し、ついに2020年10月末付けで本業であった東京の企業を退社。静岡の地域おこし協力隊を本業として活動しながら、副業でフリーランスのクリエイティブディレクターとして働く、という新たなステップを踏んだのだ。

子育てはのんびりした環境で。家族のいる東京のマンションとのお試し二拠点生活

プライベートでは、2017年に結婚し、2019年夏には長男も誕生して3人家族に。結婚当初は新宿から少し西の街、東中野に住んでいたが、フルタイムで働く妻の妊娠をきっかけに、品川駅から山手線で一駅の大崎のマンションに転居する。共働きの二人の職場に通勤しやすく、静岡にも行きやすい大崎は絶好の立地。立地がいい分家賃も高くつくため、思い切って2019年2月に中古マンションを購入した。内装のリノベーションは、建築学科卒業で空間デザインなども仕事にしている小林さんはお手のもの。小林さんがデザイン、設計し、建築学科時代の同期の大工に工事を手伝ってもらい、自分たちの手でセルフリノベーション。こうして愛着ある、明るく広々した東京の新居が完成し、長男を迎えて3人の暮らしがスタートした。

一般的な2LDKの間取りの中古マンションを購入(工事前)(画像提供/小林さん)

一般的な2LDKの間取りの中古マンションを購入(工事前)(画像提供/小林さん)

窓右手の隣の部屋との壁を取り払うという個人のDIYを超えた大胆な工事を自ら行えるのは建築学科卒業ならでは(工事中)(画像提供/小林さん)

窓右手の隣の部屋との壁を取り払うという個人のDIYを超えた大胆な工事を自ら行えるのは建築学科卒業ならでは(工事中)(画像提供/小林さん)

完成したLDKは、便利なキッチンのカウンターを新設、ガラスを通じて隣の部屋からも日差しと風が入る開放感ある個性的な空間に(工事後)(画像提供/小林さん)

完成したLDKは、便利なキッチンのカウンターを新設、ガラスを通じて隣の部屋からも日差しと風が入る開放感ある個性的な空間に(工事後)(画像提供/小林さん)

この時、すでに小林さんは副業で静岡に通う日々を送っていた。「子どもができると、子育ては自分が育ったような自然豊かでのんびりした環境でしたい、と思いました。満員電車に乗って学校に通わせるなんて、嫌で」。いつかは、と考えていた静岡へのUターンが、一気に現実味を帯びたのだ。

東京クオリティの仕事をゆったりとした環境で。完全移住で仕事と暮らしの理想を追求静岡の実家近くの海で長男と。「子育ては自分が育ったようなのんびりした環境でしたい」と小林さん(画像提供/小林さん)

静岡の実家近くの海で長男と。「子育ては自分が育ったようなのんびりした環境でしたい」と小林さん(画像提供/小林さん)

共働きの妻も、出産後の現在は職場復帰。仕事にもやりがいを感じていて今後も働き続ける予定だが、「住む場所にはこだわらない」と静岡移住にも前向き。コロナ禍で完全リモートワークのタイミングを利用して、3カ月間の親子3人静岡お試し移住も体験済みだ。

現在は子育てサポートもあるため、東京6割、静岡4割くらいの滞在比率で小林さんが週2回往復する二拠点生活中。静岡での小林さんの拠点は、副業支援で関わった「いちぼし堂」の施設のほか、実家も利用。「どうしても移動時間が多いので、いずれは家族で完全移住するつもりです。いまは東京での子どもの世話に時間をとられますが、徐々に静岡の比率を高めていきたいですね」

ふるさと副業を支援する「いちぼし堂」のコワーキングでのワークショップ風景。小林さんはここの3階にあるワンルームを借りて静岡での拠点にしている(画像提供/小林さん)

ふるさと副業を支援する「いちぼし堂」のコワーキングでのワークショップ風景。小林さんはここの3階にあるワンルームを借りて静岡での拠点にしている(画像提供/小林さん)

漠然と故郷に戻りたいと思っていながら、地元の企業に入って働くイメージがなかったという小林さん。小林さんの話を聞いていると、静岡の企業の課題を聞き、企業ブランディングやプロモーション戦略など「出来ること」を活かしながら「求められること」を増やし、新しい仕事を自ら創り出しているのが印象的だ。地域おこし協力隊として、静岡市のテレワークを推進するという本業にたどり着いたのも、まさにその象徴だ。

「東京は、案件や競争の多さからくる仕事のスピード感、質の高さで刺激になります。一方静岡の魅力は、高い建物も少なく自然豊かで、人も気分もゆったりしているところ。東京でできることは基本的に静岡でもできるので、東京の仕事もしているからこその第三者の目線を持って、東京クオリティの仕事を愛着あり競合少ない静岡で提供できたら最強ですからね」

段階的に静岡比率を高め、最終的には完全移住を考えているという小林さん。「地域おこし協力隊は1年契約、最長で3年。そのころには、完全移住していたいですね。アウトドアも好きなので、山間部にゲストハウスを建てるのも面白そうだな、と」

「いちぼし堂」近くのお気に入りの老舗おでん屋さん。メニューはおでんと大学いものみというシンプルさ(画像提供/小林さん)

「いちぼし堂」近くのお気に入りの老舗おでん屋さん。メニューはおでんと大学いものみというシンプルさ(画像提供/小林さん)

東京でのクリエイティブディレクターとしての仕事、妻の静岡での仕事、静岡での家族の住まい、東京のマンションを貸すか売るか、実家で子どもをみてもらえるか……完全移住に向けて沢山課題はあると話す小林さん。暮らしも仕事も無理なく着実にチャレンジとステップを重ね、いままでにない理想の形をつくり上げていっている小林さんの3年後が、実に楽しみだ。

●取材協力
・いちぼし堂

「地域通貨」がコロナ禍で再注目! 釣った魚やお悩み解決でポイントがもらえる!?

2000年ごろに脚光を浴びた「地域通貨」が、コロナ禍で再び注目されている。どのように活用され、地域に新しい動きをもたらしているのか、専修大学デジタルコミュニティ通貨コンソーシアムラボラトリー(通称、グッドマネーラボ)代表理事の西部忠さんに話を伺った。
地域通貨とは、そもそもどんなもの?

地域通貨とは、限定した地域(ローカルな場所として市町村、地元商店街など)やコミュニティ(価値や関心を共有するコミュニティとしてのNPO、SNS、人の集まりなど)の中で流通する通貨のこと。紙幣を流通させる「紙幣(発行)型」、利用者同士が通帳を持ち記入して管理する「通帳(記入)型」、小切手を印刷して発行する「小切手型」、ICカードを発行する「電子カード型」などがある。

「かつての地域通貨は円に換えることはできませんでしたが、2000年代以降の地域通貨は地域商品券のように事業者のみ換金できるものが増えてきました。そのため地域通貨は、地域の中で、贈与や支援、サービスとの交換、地域内の経済圏の活性化、さらに地域コミュニティづくりなどに使われています」と西部さんは説明する。

地域通貨は2000年代に一気に全国で広まったが、当時は行政やNPO法人が始めて、助成金の終了や管理の手間などから持続できずに終了するケースも少なくなかった。しかし5年ほど前から、スマートフォンやネットの普及によって管理や運営の手間が軽減したこともあって、民間発の地域通貨が増えてきている状況だ。

今の地域通貨の代表格は「さるぼぼコイン」と「アクアコイン」

では、現在の地域通貨の最新事情はどうなっているのだろうか。

「デジタルを活用したことで、地域へ浸透させることに成功した事例としてぜひ注目したいのが、『さるぼぼコイン』(岐阜県高山市)と『アクアコイン』(千葉県木更津市)です」と西部さん。ともに電子地域通貨で、スマホ決済アプリと同様、QRコード(2次元コード)決済が可能だ。

さるぼぼコインの使い方についての画像。2020年11月13日現在、ユーザー数 約17000名、加盟店数約1500店舗と、地域の生活に浸透している(画像提供/飛騨信用組合)

さるぼぼコインの使い方についての画像。2020年11月13日現在、ユーザー数 約17000名、加盟店数約1500店舗と、地域の生活に浸透している(画像提供/飛騨信用組合)

「『さるぼぼコイン』は、金融機関が発行母体となる電子地域通貨の草分けとして、2017年からスタートしました。さるぼぼコインで決済することで、電気料金の9%が還元されるのが特徴で、現金をチャージしたり、イベントに参加したりすることでポイントがもらえます。電気代のほか水道料金などの公共料金、国民健康保険料、税金の納入などの支払いにも使用可能です。もちろん地域の店舗でも使えます」(西部さん)

12月4日には、飛騨・高山の事業者と連携して開発した「裏メニュー(新商品・新サービス)」を購入できる情報サイト「さるぼぼコインタウン」をオープン。掲載の裏メニューは、すべてさるぼぼコインでのみ購入できる。

例えば、飛騨高山の山が購入できる「山、売ります!」(1座/300000さるぼぼコイン)や、職人から建築技法が聞ける「大工が『古代の建築技法』のひみつ、教えます!」(1ひみつ/2500さるぼぼコイン)などの、ユニークな裏メニューがある。

現在さるぼぼコインは、高山市民の約20%が使用する地域の新しい決済環境として定着しつつあると、「さるぼぼコイン」を運営する飛騨信用組合も声をそろえる。クローズドな地域でここまでの密度でキャッシュレス環境が浸透している地域は極めて珍しく、全国から注目されている地域通貨だ。

アクアコインのステッカー。2020年11月3日現在、インストール件数 13,276件、加盟店 617店舗とこちらも地域への浸透率の高さがうかがえる(画像提供/君津信用組合)

アクアコインのステッカー。2020年11月3日現在、インストール件数 13276件、加盟店 617店舗とこちらも地域への浸透率の高さがうかがえる(画像提供/君津信用組合)

『アクアコイン』は、君津信用組合、木更津市、木更津商工会議所が連携し、2018年10月から取り組んでいる電子地域通貨だ。官民一体となり、「アクアコイン」を通して地域経済の活性化やコミュニティの活性化を図っている。

アクアコインのチャージ機。「アクアコイン」のチャージ方法は、君津信用組合窓口のほか、全国のセブン銀行ATM、プリペイドカード、市内5カ所にあるチャージ機など、さまざまな方法がある(画像提供/君津信用組合)

アクアコインのチャージ機。「アクアコイン」のチャージ方法は、君津信用組合窓口のほか、全国のセブン銀行ATM、プリペイドカード、市内5カ所にあるチャージ機など、さまざまな方法がある(画像提供/君津信用組合)

観光案内所にあるチャージ機でチャージができるため、地域住民だけではなく、観光客でも「アクアコイン」が利用しやすくすることで、地域経済の活性化を目指している。

「アクアコイン」の取り組みとして、ボランティア活動などに対し、市から行政ポイント『らづポイント』を付与し、地域における支え合いなどを促進することにより、地域コミュニティの活性化。そのほか、1日8000歩で1ポイントが付与される歩数連動ヘルスケア機能「らづFit」、連携している3社職員の給料支払いの一部をアクアコインで支給(本人の申し出による)、住民票等の手数料の支払い、公民館施設等の使用料の支払い、アクアコインで電気料金を支払える「アクアコインでんき」サービスの運用などを行っている。

君津信用組合によると、給料の支払いを地域通貨にすることで、「定期的にアクアコインのチャージがされ、利便性が向上するとともに、利用できる地域を限定することで、地元で利用している実感・地域愛が生まれてくる」のだという。

コロナ禍で新たに生まれた地域通貨も。地域コミュニティづくりに大活躍

地域通貨が再び広がりを見せているのは、デジタル化によって管理や運用がしやすくなったからだけではない。先程、西部さんが触れた「地域通貨の地域コミュニティづくり」の側面に大きな動きがあるためだ。

それは、「このコロナ禍で地域コミュニティが見直されていることと無関係ではない」と西部さんは言う。
コロナ禍で地元で過ごす時間が増え、人とのつながりを感じることが難しい状況下で、地域通貨が持つ「地域コミュニティづくり」の特徴を活かそうという流れは自然なことなのだろう。

そこで西部さんに、地域コミュニティづくりに重きを置いた興味深い3つの事例を伺った。注目すべきは、3つのうち2つはアナログな地域通貨が選択されている点だ。コミュニティづくりに重きを置いた地域通貨にはデジタルではなくアナログなものが多いところも、人と人の繋がりもオンライン化している今、人のぬくもりを感じられる要素になっているように感じる。

サンセットコインの会員カード。カード型とアプリ型から選べる(画像提供/静岡県西伊豆町役場)

サンセットコインの会員カード。カード型とアプリ型から選べる(画像提供/静岡県西伊豆町役場)

「例えば今年10月には、提携する釣り船で釣った魚を、地域通貨『サンセットコイン』と交換できる『ツッテ西伊豆』という制度が、西伊豆町(静岡県)で始まりました。
受け取った地域通貨は、お店や旅館などでも使えますし、釣った魚は町内外へ流通する商品として活用され、うまく循環する仕組みになっています。
地域通貨で商品が購入できても、そのお店が円で商品を仕入れている以上、地域通貨の循環は滞ります。そのため、地域通貨がお店で買い物をするときだけではなく、店側が商品の仕入れ時にも使えると、地域通貨がまわりやすくなる。漁師不足を解消すると同時に、観光客と地域住民との交流を促しているのです」(西部さん)

「コロナ禍で菌のイメージがすっかり悪くなってしまいましたが、私たちの身体や自然界は菌によって活性化されていくという側面もあります。“菌”という名前には、地域の文化を発酵させていくという願いのほか、私たちにできることをしつつ、新型コロナウイルスに立ち向かっていこう、という思いも込めています」(運営のCafe & Bar「麻心」森下さん)(画像提供/相模湾地域通貨「菌」)

「コロナ禍で菌のイメージがすっかり悪くなってしまいましたが、私たちの身体や自然界は菌によって活性化されていくという側面もあります。“菌”という名前には、地域の文化を発酵させていくという願いのほか、私たちにできることをしつつ、新型コロナウイルスに立ち向かっていこう、という思いも込めています」(運営のCafe & Bar「麻心」森下さん)(画像提供/相模湾地域通貨「菌」)

「相模湾地域通貨『菌』は、今年6月4日に鎌倉市(神奈川県)で生まれた紙幣型の地域通貨です。こちらも民間人が中心となって運営され、お店やバー、イベントなどで使用できます。各地で開催される説明会に参加して会員になると、10000菌を受け取れます(入会金3000円)。Webサイト上に会員のみがやりとりできる掲示板があって、困りごとを相談することで地域通貨がもらえるという、おもしろい仕組みです」

掲示板では、「衣、食、住、農、暮らし、海、山……」と多岐にわたる項目に関する困りごとを投稿ができるようになっている(画像引用元/相模湾地域通貨『菌』)

掲示板では、「衣、食、住、農、暮らし、海、山……」と多岐にわたる項目に関する困りごとを投稿ができるようになっている(画像引用元/相模湾地域通貨『菌』)

あえてアナログの良さを活かした地域通貨も再注目

既存の地域通貨だが、西部さんが「ぜひ知ってほしい」と最後に紹介してくれたのが、2012年に生まれた東京都国分寺市の地域通貨「ぶんじ」。カフェ『クルミドコーヒー』『胡桃堂喫茶店』の店主である影山知明さんなど20人ほどのメンバーが中心となって運営。国分寺エリアのさまざまなお店の他、個人間でもメッセージカード代わりに使える地域通貨で、お店で買い物をしたときにおつりとしてもらったり、イベントやボランティアに参加したりすると受け取れるものだ。

「国分寺地域通貨 ぶんじ」表面(画像提供/影山知明さん)

「国分寺地域通貨 ぶんじ」表面(画像提供/影山知明さん)

「国分寺地域通貨 ぶんじ」裏面(画像提供/影山知明さん)

「国分寺地域通貨 ぶんじ」裏面(画像提供/影山知明さん)

「紙幣の裏にメッセージを書く欄があって、贈り手のことを想像してメッセージを記していくという、コミュニケーションを重視した地域通貨です。
この地域通貨のすごいところは、多くの人を巻き込む力の強さ。例えば、2018年から始まった地域通貨だけでも利用できる「ぶんじ食堂」は、最初の2年半は常設ではなく、まちのいろいろな場所で開催され、その会場も料理や片づけをする人も食材も、まちの人々の持ち寄りで運営されています。影山さんもキッチンに立つし、まちの子どもたちも料理を手伝うんです。年齢の垣根を越えた交流が、地域通貨によって生まれているんですね」(西部さん)

さらに2020年11月からは、家賃の一部を地域通貨「ぶんじ」で支払える“まちの寮”「ぶんじ寮」がオープン。旧社員寮を改修した建物を利用しており、入居者が畑仕事や掃除、ごはんづくりなどを行うことで、家賃は3万円(試算額)に。ぶんじ寮のキッチン/食堂は、「ぶんじ食堂」としても運営する予定だ。

「人とのつながりを感じられる場所で暮らすことを考えたときに、地域通貨があることで、新しく入った人も、地域の一員として溶け込みやすいのではないでしょうか」と西部さんは語る。

このコロナ禍で移住や多拠点生活への興味関心が高まっている。一方で、「うまく地域に溶け込めるだろうか」という心配は誰もが抱くこと。だからこそ、これらのような人のつながりをつくり、促してくれる地域通貨があれば、自然と地元の人と交流が生まれやすくなりそうだ。

グッドマネーラボ 代表理事 西部忠さん●取材協力
グッドマネーラボ 代表理事 西部忠さん
1962年生まれ。進化経済学者、専修大学経済学部教授、北海道大学名誉教授、進化経済学会会長。1990年代から地域通貨の研究・実践に取り組んできた。2018年4月、専修大学デジタルコミュニティ通貨コンソーシアムラボラトリー、通称、グッドマネーラボ を設立、その代表理事。2019年9月、岐阜県高山市でアジア初の地域通貨国際会議RAMICSを主催、世界約20カ国から地域通貨の研究者や実践家が参加。(画像提供/西部忠さん)
グッドマネーラボ

・さるぼぼコイン
・アクアコイン
・サンセットコイン
・国分寺地域通貨ぶんじ
・相模湾地域通貨「菌」

人と人が「つながるバス停」? 福岡・八女市でライブラリー併設のバス停が誕生!

日本各地の自治体が、人口減少や山間部の過疎問題に直面しています。課題解決に取り組む福岡県八女市は、コミュニティ通貨が利用できるライブラリーを併設した「つながるバス停」の運用を開始しました。日本初の本で人をつなげるユニークなバス停と、人と人をつなげるコミュニティ通貨「まちのコイン」は、地域にどのような影響を与えているのでしょうか。八女市とプロジェクトを企画した面白法人カヤックに話を聞きながら、新しい地域のまちづくりについて、お伝えしたいと思います。
人と人をつなげる、ライブラリー併設のバス停とは?

福岡県南西部に位置する人口約6万2000人の八女市。市街地の玄関口、西鉄バス福島停留所にできた新しいバス停は、市町村として日本初の取り組みであるコミュニティ通貨が利用できるバス停です。八女杉と漆喰の白壁を使ったぬくもりのある建物の中に、ライブラリーがあります。地域の高校生が選んだ本が並び、減農薬で栽培された八女茶を楽しむことができます。マイボトルを持参し、通勤前にお茶を入れるリピーターも多いそうです。

福岡県立八女農業高等学校の学生が栽培から製造まで一貫して行ったこだわりの八女茶(水出し)をコミュニティ通貨50ロマンで提供(画像提供/面白法人カヤック)

福岡県立八女農業高等学校の学生が栽培から製造まで一貫して行ったこだわりの八女茶(水出し)をコミュニティ通貨50ロマンで提供(画像提供/面白法人カヤック)

「つながるバス停」のオープニング式典で企画の趣旨を説明する八女市長と面白法人カヤック代表の柳澤大輔さん(画像提供/面白法人カヤック)

「つながるバス停」のオープニング式典で企画の趣旨を説明する八女市長と面白法人カヤック代表の柳澤大輔さん(画像提供/面白法人カヤック)

地元の高校生や地域で活躍している人がおすすめする本などがずらり(画像提供/面白法人カヤック)

地元の高校生や地域で活躍している人がおすすめする本などがずらり(画像提供/面白法人カヤック)

内装には八女杉も使用。天井高は4m以上あり、開放感がある(画像提供/面白法人カヤック)

内装には八女杉も使用。天井高は4m以上あり、開放感がある(画像提供/面白法人カヤック)

ライブラリーには、「今月のセレクター」というコーナーがあり、地域の魅力ある「八女人」が月ごとに紹介されていく予定です。屋根とベンチしかなかったバス停が、通勤通学の利用者だけでなく、お年寄りや観光客も立ち寄れる地域内外に開かれた場所に生まれ変わりました。

地域コミュニティを創り出す! 「関係人口」を増やす試み

山間部が多くを占め、八女杉を産出する自然豊かな八女市では、人口減少や過疎問題を抱えていました。
「八女市では、地域コミュニティの機能低下による悪循環をなくすために、『関係人口創出事業』の取り組みを行ってきました。民間の知恵を借りようと2020年6月にプロポーザルを実施。バス停をコミュニティライブラリーにするというユニークな発想によって乗降客のコミュニケーションの場とすることで地域内外の交流を促進させる点を評価し、『つながるバス停』が採用となりました。本をフックにするというのは、IT関係の会社の提案としては意外で、面白い発想だと感じました」と話すのは、八女市役所定住対策課町並み景観係の溝尻竜夫(みぞじり・たつお)さんです。

古いバス停を取り壊した跡地に建築(画像提供/面白法人カヤック)

古いバス停を取り壊した跡地に建築(画像提供/面白法人カヤック)

外壁を木製の縦格子にすることで、圧迫感がなく、ぬくもりのある雰囲気に(画像提供/面白法人カヤック)

外壁を木製の縦格子にすることで、圧迫感がなく、ぬくもりのある雰囲気に(画像提供/面白法人カヤック)

「関係人口」とは、移住による「定住人口」でも、観光による「交流人口」でもない、地域や地域の人と多様に関わる人を指す言葉です。若者を中心とした地域外の人材が、地域づくりの新しい担い手となることが期待されています。

「つながるバス停」を提案した面白法人カヤックの地域プロデューサー長田拓さんは、企画の背景を次のように語ります。

「八女市には、別の事業で頻繁に訪れておりますが、広く知られていないだけで、ポテンシャルが高いと感じていました。八女茶のほかにも、八女手漉和紙や八女提灯、八女福島仏壇などの伝統工芸も盛んですし、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている江戸時代から続く白壁の町並みも美しい。そんな八女の魅力をしっかりと発信したいと考えたんです。本というアナログのものに着目したのは、八女の魅力を支えている人を起点にしたい、そのために人のつながりを可視化したいと考えたから。高校生が選んだ本や八女に関わる本、八女出身の作家の本などを置くことで、地域内外の人に興味を持ってもらい、会話のきっかけをつくる。読んだ人は、本にしおりをはさめるようになっているんですよ。しおりには、名前やニックネーム、SNSのアカウントやよく行くお店を記入できます。昔の図書貸し出しカードのように、人とゆるくつながれるアイテムとして役立ててもらえたらと考えました」

人とのつながりを実感してほしいと、30種類の人の形のしおりを作成。仲良くなるきっかけに(画像提供/面白法人カヤック)

人とのつながりを実感してほしいと、30種類の人の形のしおりを作成。仲良くなるきっかけに(画像提供/面白法人カヤック)

高校生など地元の人が集まり、にぎわうオープニング式典時のバス停内(画像提供/面白法人カヤック)

高校生など地元の人が集まり、にぎわうオープニング式典時のバス停内(画像提供/面白法人カヤック)

室内には、八女茶の香りが漂う(画像提供/面白法人カヤック)

室内には、八女茶の香りが漂う(画像提供/面白法人カヤック)

使えば使うほど仲良くなる!? コミュニティ通貨「まちのコイン」

「つながるバス停」での八女茶のボトリングサービス等、加盟店が提供する特別なサービスを受けるときに使える地域通貨が、「まちのコイン」です。「まちのコイン」は、面白法人カヤックが、2018年に開発を開始したコミュニティ通貨サービスで、神奈川県の「SDGsつながりポイント事業」に採択され、2019年11月に鎌倉市で実証実験を行い、現在は神奈川県小田原市や民間のデベロッパー主導で山手線大塚駅周辺の地域で導入が開始されています。八女市の通貨名は「ロマン」。コミュニティ通貨のテーマは、「大自然や歴史、伝統をつないでにぎわうまち八女」です。

アプリをダウンロードすれば、面白法人カヤックが提供するコミュニティ通貨導入地域が選択でき、どこでも利用ができる(画像提供/面白法人カヤック)

アプリをダウンロードすれば、面白法人カヤックが提供するコミュニティ通貨導入地域が選択でき、どこでも利用ができる(画像提供/面白法人カヤック)

「従来の地域通貨は、お金の代わりですが、コミュニティ通貨は、人と人のつながりが生まれたときに、交換するためのものです。当社では、地域固有の魅力を資本価値と捉える『地域資本主義』を発信しています。まちのコインの流通量を増やしていくことが、地域の魅力の増加につながります」(長田さん)

「まちのコイン」アプリの操作画面。通帳から、貯まったロマンと使用頻度に応じた自分の八女レベルが分かる(画像提供/面白法人カヤック)

「まちのコイン」アプリの操作画面。通帳から、貯まったロマンと使用頻度に応じた自分の八女レベルが分かる(画像提供/面白法人カヤック)

「クラフトコーラづくり」など地域の商店が発行するおもしろチケット

「まちのコイン」導入にあたり、チケットを発行する加盟店から戸惑いの声はなかったのでしょうか。
「市として前例がなく、参考になるものがないので、説明会などでは、『これは八女市のファンをつくるための事業です』と必ずお伝えしていました。皆さん、『面白いですね!』『八女の魅力を伝えるためなら!』と、すぐに理解してくださいました。個人事業主の方は、柔軟でチャレンジ精神も旺盛ですし、我々が思いつかないような面白いアイデアを出してくださいます」(溝尻さん)

例えば、薬膳料理の店「八女サヘホ」では、子どもと一緒にコーラシロップづくりを体験できるチケットを発行。講習では、中に入れるスパイスの紹介があるなど、なかなかできない体験が好評でした。ほかにも、醤油屋さんの若旦那とお話ができるチケットやお店の裏メニューを注文することができるチケットも。
「それらは、コインを払うチケットですが、お店にとってありがたいSNSでの発信に協力したり、八女の『町歩きツアー』に参加するだけで、コインをもらえるチケットもあります。アプリでは、活動履歴が残るようになっています。仕事とボランティアの間にあるお手伝いごとの動機付けとして、また、少しハードルが高いSDGs(持続可能な開発目標)に関係する地域活動を身近に感じるきっかけになっています」(長田さん)

「コーラの材料にスパイスがあったとは」と、参加者も驚いていた(画像提供/面白法人カヤック)

「コーラの材料にスパイスがあったとは」と、参加者も驚いていた(画像提供/面白法人カヤック)

筆者も「まちのコイン」のアプリをダウンロードしてみましたが、地域ごとにおもしろいチケットがあり、ゲーム感覚で操作できるのも楽しい! 神奈川県小田原市や山手線大塚駅周辺など「まちのコイン」導入地域同士の連携や関係イベントを今後、検討していくとのことなので、最寄りを訪ねた際は、チェックして使ってみるのも良いと思います。

今後は、「つながるバス停」を交流拠点だけでなく、人材が活躍できる場所として活用していくそうです。同じ八女市が運営するコワーキングスペース「南仙荘」を中心に展開する地域仕事づくり支援事業と連携し、起業希望者に期間限定のチャレンジショップとして役立ててもらう予定です。

地域のにぎわいを生み出す「つながるバス停」と「まちのコイン」。「まちのコイン」は、人と人とのつながりを可視化し、地域をひらいていくコミュニティ通貨です。多様な人に地域に関わってもらう取り組みが続いています。

●取材協力
・面白法人カヤック

テレワークで会社勤めと多拠点居住を両立!“生き方の見本市”な人々との暮らし 私のクラシゴト改革5

コロナ禍の影響でテレワークへ移行し、「どこに住んでもいいんじゃないか」と考えた人は多いのでは?実際に、毎日通勤しないなら、と郊外に住み替えるケースもあるそう。なかには、それをさらに発展させ、日本各地の多拠点暮らしを始めた会社員も。今回は、そんな新しい暮らし方を実践している定塚仰一さんにインタビュー。
「実は会社に承諾をもらうのが大変だった」というエピソードをはじめ、多拠点居住を選んだ経緯、各拠点での暮らし方、今後の展望など、あれこれ聞いてみた。

連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。テレワークで都心居住に疑問。住み放題サービス「ADDress」を活用

インタ―ネットの広告会社で働く社会人3年目の定塚さんが、多拠点居住を始めたのは今年6月。利用しているのは、定額住み放題サービス「ADDress」。全国にある空き家・空き別荘を活用した拠点に、どこでも好きな時に暮らすことができるシステムだ。

もともと学生時代から、世界各国をホームスティしながら旅をしたり、地方活性化のサークル活動もしていた定塚さん。当然、この新しい暮らし方には興味をひかれていたそう。ただ、当時利用できる拠点に、郊外が多く、通勤という観点から二の足を踏んでいたそう。

「面白そうだなとは思っていたものの、会社員のうちは無理かなと。とにかく満員電車が苦手だから、新宿にある会社に徒歩通勤もできる距離の住まいに、友人とルームシェアをしていました」

そんななか、緊急事態宣言を受け、会社はテレワークとなり「ほぼ自宅で引きこもり生活に。『別に新宿に住んでいる意味ないな』と感じちゃったんです。今だったら、どこにでも暮らせる。多拠点もアリじゃないか!と俄然現実味を帯びてきました」

会社へ多拠点居住を交渉。平日はメイン拠点の習志野で

ただし、大きなハードルも。会社の就労規則から、特定の自宅を持たない働き方は規則に違反してしまうことになっていたのだ。
「僕は顔や名前を出して、何かしら発信していきたかったし、会社に嘘をついたり、規約違反するのは嫌だった。そこで会社の人事と話し合い、ルール内で運用出来るように、特定のメイン拠点で住民票を取得できるしくみを利用し、平日のテレワークは常にその拠点で行うという形に。週末だけを他の拠点を利用するスタイルとなりました」

平日にテレワークをしている習志野の拠点にて。他のメンバーが使っている6部屋のほか、リビング、ダイニング、縁側や小さな庭もある。電気代・ガス料金・水道代・ネット回線料金はすべて会員料金に含まれている(写真撮影/嶋崎征弘)

平日にテレワークをしている習志野の拠点にて。他のメンバーが使っている6部屋のほか、リビング、ダイニング、縁側や小さな庭もある。電気代・ガス料金・水道代・ネット回線料金はすべて会員料金に含まれている(写真撮影/嶋崎征弘)

交渉した結果、特定のメイン拠点で住民票を取得できる仕組みを利用し、平日のテレワークはその拠点で行うという形に。週末だけ他の拠点を利用するというスタイルになった。

開放感とおこもり感、両方を感じられる庭のワークスペースは「家守(やもり)さん」と呼ばれる物件の管理者のDIYによるもの。「家守さん」は、物件の管理だけでなく、ローカルな体験や交流の機会を提供してくれる独自の存在(写真撮影/嶋崎征弘)

開放感とおこもり感、両方を感じられる庭のワークスペースは「家守(やもり)さん」と呼ばれる物件の管理者のDIYによるもの。「家守さん」は、物件の管理だけでなく、ローカルな体験や交流の機会を提供してくれる独自の存在(写真撮影/嶋崎征弘)

メイン拠点のドミトリーには自分専用の固定ベッドがある。メイン拠点では住民票登録もでき、郵便物も受け取れる(別途追加料金が必要) 別拠点に行くときは、着替えなどの荷物は置いたまま(写真撮影/嶋崎征弘)

メイン拠点のドミトリーには自分専用の固定ベッドがある。メイン拠点では住民票登録もでき、郵便物も受け取れる(別途追加料金が必要) 別拠点に行くときは、着替えなどの荷物は置いたまま(写真撮影/嶋崎征弘)

そして驚くべきは、実は定塚さん、この多拠点暮らしと同時に、結婚をしたというのだ。
「彼女は今実家に暮らしていて、一緒に暮らすのは年明けの予定。彼女には“いいんじゃない”と賛成してもらいました。実はこのADDressは、契約者と同伴なら、家族一緒に追加費用なしで利用できるので、週末は彼女と別拠点で過ごしているんです」

メイン拠点として習志野を選んだのは、週に2回出社する必要があること、彼女の実家に近いことから。日本大学が近くにあり、近くの商店街は学生向けの美味しい定食屋がたくさん(写真撮影/嶋崎征弘)

メイン拠点として習志野を選んだのは、週に2回出社する必要があること、彼女の実家に近いことから。日本大学が近くにあり、近くの商店街は学生向けの美味しい定食屋がたくさん(写真撮影/嶋崎征弘)

行きつけのカフェ「Star Cafe」では「なつかしオムライス」(820円・税込)がお気に入り。ランチや夜にタイミングが合えば習志野拠点の仲間たちと外食も(写真撮影/嶋崎征弘)

行きつけのカフェ「Star Cafe」では「なつかしオムライス」(820円・税込)がお気に入り。ランチや夜にタイミングが合えば習志野拠点の仲間たちと外食も(写真撮影/嶋崎征弘)

週末は旅行気分で日本全国の拠点へ。日常が特別な時間に

一方、休日はあらゆる場所に足を運んでいる定塚さん。南伊豆の温泉のある家、海が目の前にある元は民宿だった南房総の家、歴史ある街にたたずむ鎌倉の家etc.
そこにあるのは、高揚感だ。「やはりテンションが上がります。森に囲まれた家なら、ベランダでコーヒーを飲みながら朝ごはんを食べたいなと考えたり、知らないまちを探検したり。今週末はどこに行こうか考えるのが楽しい。場所を変えるだけで、何気ない日常そのものが新鮮に感じられます」 

ホテルのように1泊ごとの費用がかからず、気軽に利用できるのもメリットで、自然豊かな郊外や地方の拠点だけでなく、日本橋や品川など都心のゲストハウス拠点を利用することもある。

ある休日には妻と鎌倉の拠点へ。元は著名な学者の方の自邸で、本棚にはブックコーディネーターがセレクトした本が並び、まるで図書館のような趣(写真提供/定塚さん)

ある休日には妻と鎌倉の拠点へ。元は著名な学者の方の自邸で、本棚にはブックコーディネーターがセレクトした本が並び、まるで図書館のような趣(写真提供/定塚さん)

南房総の拠点は、すべての個室とコワーキングスペースから海を一望できる。シュノーケリングや釣り、SUPなどのマリンスポーツがすぐに楽しめる贅沢な立地だ。家守でもあるプロカメラマンの横山 匡さんとワイングラス型の夕陽を眺めに行ったことも(写真撮影/横山 匡さん)

南房総の拠点は、すべての個室とコワーキングスペースから海を一望できる。シュノーケリングや釣り、SUPなどのマリンスポーツがすぐに楽しめる贅沢な立地だ。家守でもあるプロカメラマンの横山 匡さんとワイングラス型の夕陽を眺めに行ったことも(写真撮影/横山 匡さん)

下賀茂温泉近くにある南伊豆の拠点は、なんと温泉付き。春は菜の花や桜、夏にはひまわりが咲く名所があり、温泉メロンも収穫されるなど草花が生い茂る自然豊かな土地(写真提供/定塚さん)

下賀茂温泉近くにある南伊豆の拠点は、なんと温泉付き。春と菜の花や桜、夏にはひまわりが咲く名所があり、温泉メロンも収穫されるなど草花が生い茂る自然豊かな土地(写真提供/定塚さん)

各拠点で出会う人は”生き方の見本市”。気づきを与えてくれる

さらに、定塚さんの多拠点生活で得られたのは、人との出会いだ。20代から50代まで、さまざまな人たちと出会うことで、常に刺激を得られる。
例えば、習志野をメイン拠点にしているのは、大手メーカーの経営企画室で働く家守さんの20代男性と、登録者数1万人以上の飲食系ユーチューバーなど、個性豊かな顔ぶれ。ほかにも、数日だけ利用する人が入れ替わり立ち替わりやってくる。北海道から来た元・保育士さん、キャンピングカーで鉄塔のメンテナンス業をしながら旅する夫婦、次の仕事が始まる前の合間にやってくるビジネスパーソン、モラトリアム期間の仮住まい、実家とは別の住まいとして選ぶ人もいる。もちろん、自分が週末に訪れる習志野以外の家でも、また新しい出会いがある。
「まるで働き方、生き方の見本市。こうした新しい暮らし方を選ぶ人って、自由で面白い人が多くて、話をしていて楽しいです。それに、自分の人生に迷ったり悩んでいる人もいて、どこか自分探しの側面も。いろんな人と話すことで、自分の仕事の意外な面白さを再発見したり、今、社会で求められていることを肌で感じたり、とても刺激的です」

色紙に今年の抱負を書いて、拠点のみんなで撮った記念写真(写真提供/定塚さん)

色紙に今年の抱負を書いて、拠点のみんなで撮った記念写真(写真提供/定塚さん)

色紙には個人の目標やポリシーを書いて飾っている(写真は定塚さんの目標)(写真撮影/嶋崎征弘)

色紙には個人の目標やポリシーを書いて飾っている(写真は定塚さんの目標)(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングのテレビボードの上には、拠点のみんなでやりたいコトを付箋に貼る。「流しそうめんは実現しました」(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングのテレビボードの上には、拠点のみんなでやりたいコトを付箋に貼る。「流しそうめんは実現しました」(写真撮影/嶋崎征弘)

みんなで楽しんだ夏の花火も大切な思い出(写真提供/定塚さん)

みんなで楽しんだ夏の花火も大切な思い出(写真提供/定塚さん)

コロナ禍が生き方の原点に立ち戻るきっかけに

今まで、学生時代に、世界22カ国の家族と共同生活をした記録を書籍化したり、副業で、旅の中で知り合った農家や職人さんのPR動画を企画・制作するなど、常に旅と人との出会いを大切にしていた定塚さん。エネルギッシュな生き方をするアクティブな自由人という印象を持つが、新卒として就職して以来は「ずっと会社と家の往復の3年間でした」と意外な発言も。
「少し縮こまった生活をしていましたね。それでいて飛び出すのが怖い。コンフォートゾーン(心地よいゾーン)にいた感じでした」
そんな毎日の中、新型コロナウイルスが直撃。「否応なしに働き方、暮らし方を考えざるをえない状況になりました。また、今回、多拠点暮らしを会社に交渉したことで、社会のほうも変化を余儀なくされていると実感。会社員でもフリーランスでも変わらず、変化に順応し新しい事に進んで取り組んで、個人の力をどれだけ強められるかが大事だと再認識しました」
消費行動も変わった。この多拠点居住の開始とともに、持っていた家具や家電はほぼインターネットのフリマサイトで譲渡や売却をした。もともと古着好きで洋服もたくさん持っていたが、思い切って断捨離を敢行した。
「完全に捨てる前に、最小限のモノで暮らせていけるか1週間ほど生活をしたら、案外大丈夫だったんですよ。モノを持たないから買わないで済み、ミニマムな暮らしを実践できています」

別の拠点に移動するときは、リュックと携帯するボストンバックの2つのみ(写真撮影/嶋崎征弘)

別の拠点に移動するときは、リュックと携帯するボストンバックの2つのみ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

結婚後は、夫婦ふたりの拠点の部屋を借りつつ、今のサービスを利用し、ふたりでさまざまな場所に旅したいと考えているという。いつかは自分の家を提供するホストファミリーにもなってみたいという野望も。常に自分にフィットした暮らし方を軽やかに変えていきたい定塚さん。今後の活動がどうなるか楽しみだ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力 
全国 定額住み放題「ADDress」
・Twitter
・YouTube
・定塚さんが作成した南伊豆拠点の紹介動画

かつての小学校が“まち”になる! 「那須まちづくり広場」始動

国土交通省、地域づくり活動の優良事例を表彰する「地域づくり表彰」で、廃校となった小学校を再生した「那須まちづくり広場」が最高位の国土交通大臣賞に選出された。これは、市場、カフェ、アート教室等へリノベーションされ、再び地域住民が集う場所へと生まれ変わったプロジェクトで、2022年にはサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)を中心としたリニューアルも予定されている。
今回、計画にあたって重視していること、今後の展開などを、那須まちづくり広場株式会社の近山恵子さんと鏑木孝昭さんにお話を伺った。

かつて学校だった記憶を尊重した改修で、誰もが集う場所に

「那須まちづくり広場」は、2016年に廃校となった旧朝日小学校を再生利用した複合施設で、行政の建物を民間主導で運営する取り組み。2022年の完成を目指し、現在は先行して旧校舎を改修し、地元の食材を中心とした地産地消のマルシェ「あや市場」や、地域の住民たちが腕を振るう「コミュニティカフェ ここ」などを運営。今後は校庭に、サ高住が新築される予定だ。

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

厳選された地元の新鮮野菜や自然食品が並ぶ「あや市場」。所狭しと商品が並び、宝探しをしているような気分に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

厳選された地元の新鮮野菜や自然食品が並ぶ「あや市場」。所狭しと商品が並び、宝探しをしているような気分に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

周辺の農家さんから直売される新鮮な野菜。つくり手自ら加工した食品も。「サ高住が完成した将来は、こうした直売以外にも、提供する食事に使うために地元農家さんと契約していきたいと考えています」(鏑木さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

周辺の農家さんから直売される新鮮な野菜。つくり手自ら加工した食品も。「サ高住が完成した将来は、こうした直売以外にも、提供する食事に使うために地元農家さんと契約していきたいと考えています」(鏑木さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大切にしているのは、学校本来の機能・雰囲気を活かすこと。今でもこの学校は、地域の運動会や敬老会が開催されるなど、地域のみんなが集う場所です。かつての思い出、記憶、継続している活動を尊重したいと考えています」(近山さん)
例えば、カフェのある場所は元家庭科室、鍼灸・マッサージ・整体などができる「こころと体の健康室」は、元は放送室。給食調理室は、今はオリジナルブランドの人気アイスキャンデー工場だ。玄関入ってすぐの下駄箱は、色を塗りなおし、街のチラシあれこれを入れたインフォメーションコーナーに。

本や絵本がずらりと並び図書館機能も持つ「コミュニティカフェ ここ」。Wi-Fi完備でコワーキングスペースにも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本や絵本がずらりと並び図書館機能も持つ「コミュニティカフェ ここ」。Wi-Fi完備でコワーキングスペースにも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スパイスの利いた特製豆カレーは定番の人気ランチ。サラダ、スープ付きで800円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スパイスの利いた特製豆カレーは定番の人気ランチ。サラダ、スープ付きで800円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関の靴箱には地域のお知らせなどのチラシを置いて。課外活動の一環として見学にくる地元の小学生も多く、子どもたちによるポスターも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関の靴箱には地域のお知らせなどのチラシを置いて。課外活動の一環として見学にくる地元の小学生も多く、子どもたちによるポスターも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「リノベーションの過程で、近所の住民の方が小学生のころに書いた“大きくなったら自分の家を継ぎます”と書いた画用紙も見つかりました。かつて自分自身や自分の子どもが何度も足を運んだ場所だからこそ愛着がある。“みんなで作る生涯活躍のまち”事業において、学校を再利用するのはとても意義があると思います」(近山さん)

かつての面影を最も色濃く残している図工室はアート教室に。隣のギャラリーで展覧会を開くことも可能(画像提供/那須まちづくり広場)

かつての面影を最も色濃く残している図工室はアート教室に。隣のギャラリーで展覧会を開くことも可能(画像提供/那須まちづくり広場)

パイプオルガン、チェンバロなど歴史ある楽器が並ぶ「音楽工房LaLaらうむ」。緩和ケアのための音楽を取り入れる試みも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

パイプオルガン、チェンバロなど歴史ある楽器が並ぶ「音楽工房LaLaらうむ」。緩和ケアのための音楽を取り入れる試みも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

子育て世代、高齢者、障がい者など多様な人々が1人でもふらりと立ち寄るのもよし、グループで集う場所として利用することもできる(写真提供/那須まちづくり広場)

子育て世代、高齢者、障がい者など多様な人々が1人でもふらりと立ち寄るのもよし、グループで集う場所として利用することもできる(写真提供/那須まちづくり広場)

屋上に太陽光発電設備を設置し、環境共生・防災時の備えにも取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

屋上に太陽光発電設備を設置し、環境共生・防災時の備えにも取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住民自身が担い手になることで、暮らしはもっと豊かになる

さらに重視しているのが、地域住民が当事者であること。
例えば、カフェで料理をしてくれるのは、地域に住む方々。料理自慢が通常営業のほかにも、例えば毎週木曜日はワンプレートで雑穀ごはんと6種の惣菜をのせた木曜ランチの日、月に1回はタイカレーの日と、それぞれその日に料理を担当する人の事情に合わせたメニュー構成に。お菓子づくり名人によるオリジナルケーキはかなりの評判だそう。

「自身の“得意”と“時間”を提供していただいています。こうした“場”があることで、みなさんの才能を掘り起こすことができました。自分のお店をオープンするのはハードルが高いけれど、ここでなら自分のできる範囲で才能を発揮できる。それをマッチングさせるのが私たちの役目ですね」(近山さん)

カフェで働くのは地元の主婦の方々ばかり。「スタッフはすぐに集まって、スタートすることができました」(鏑木さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

カフェで働くのは地元の主婦の方々ばかり。「スタッフはすぐに集まって、スタートすることができました」(鏑木さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アート、音楽、映像などの多種多様な講座が行われるプログラム「楽校」は、地域の人たちが先生役となることも少なくない(画像提供/那須まちづくり広場)

アート、音楽、映像などの多種多様な講座が行われるプログラム「楽校」は、地域の人たちが先生役となることも少なくない(画像提供/那須まちづくり広場)

住民自ら街づくりに参画する取り組みは、現在進行形の街づくりプロジェクトでも実践中。ワークショップの「人生100年・まちづくりの会」は住民参加型。街にどんな機能が必要か意見交換をしたり、住む、働く、食べるといったテーマ別でアイデア出しをしたり。さらには、自治体や介護の分野で注目されている「誰もが従業員で経営者」という働き方「ワーカーズコープ」の勉強会も開かれている。

「また、これからできるサ高住は暮らしたいと思う人のコミュニティづくりからスタート。中の設計も自由にカスタマイズ可能など、高齢者向けのコーポラティブ住宅のような取り組みをしています」(近山さん)

「人生100年・まちづくりの会」の様子。「参加者には移住された方が多いですね。最近はオンラインによる参加の方もいます」(近山さん)(画像提供/那須まちづくり広場)

「人生100年・まちづくりの会」の様子。「参加者には移住された方が多いですね。最近はオンラインによる参加の方もいます」(近山さん)(画像提供/那須まちづくり広場)

超高齢化社会の受け皿をワンストップで集約させるべく計画中

今後の課題、目標として「那須まちづくり広場」が掲げるのが「地域包括ケアの推進」だ。
自立型のサ高住、通所型のデイケアサービス、24時間対応の訪問介護サービス、看取り対応の高齢者住宅など、あらゆるニーズに対応する機能をワンストップに集約させる計画となっている。
「積極的に治療せず病院からの退院を余儀なくされるケース、病院で死にたくないけれど自宅介護は困難なケースなど、医療難民、介護難民となる人は多い。そうした局面での受け皿となる場所を目指しています」(鏑木さん)
そのためには現状で足りないものを優先。「例えば、今回の計画にはいわゆる通常の保育所はありませんが、障がい者児童向けの放課後デイケアサービスはあります。周辺地域に十分足りている施設については、あえて入れていないんです」(近山さん)

那須まちづくり広場2022年の完成予想パース。校舎やプールを改修、校庭に新たにサ高住を供給。全体で事業化することでコスト課題を解消する予定(画像提供/那須まちづくり広場)

那須まちづくり広場2022年の完成予想パース。校舎やプールを改修、校庭に新たにサ高住を供給。全体で事業化することでコスト課題を解消する予定(画像提供/那須まちづくり広場)

さらに「福祉の産直」も狙っている。
「サ高住含め、住戸100戸を供給予定。そのスケールメリットを活かして、地域の雇用を生み出すことができ、経済を活性化させていくことも目標です」(鏑木さん)
合わせて住宅の確保が困難な方向けのセーフティネット住宅や低価格の簡易宿泊所も併設。ここで暮らしながら、介護を勉強、資格を取得し、生活を立て直すこともできる。
「例えば、簡易宿泊所に泊まりながら、質のいいリハビリやヘルパーの研修プログラムに参加することも。目指すのは、福祉の産直と地消地産。社会的弱者と呼ばれる人たちの経済的、精神的自立を図ることも大きな目標のひとつです」(近山さん)

フロアマップ予想図。セーフティネット住宅には、住宅の確保が困難な高齢者、障がい者、子育て世代、外国人向けの住宅。また、移住、定住前のお試し住居として利用できる予定。サ高住の居室は1坪当たり約110万円で検討中(画像提供/那須まちづくり広場)

フロアマップ予想図。セーフティネット住宅には、住宅の確保が困難な高齢者、障がい者、子育て世代、外国人向けの住宅。また、移住、定住前のお試し住居として利用できる予定。サ高住の居室は1坪当たり約110万円で検討中(画像提供/那須まちづくり広場)

那須まちづくり代表の近山さん(左)と鏑木さん(右)。「我々が目指すのは地産地消ならぬ、地消地産。地域で消費するものをなるべく自分たちで生み出していくことが目標。理念を可視化するために、実践しながら共有していく。そのための”場”がここなんです」(近山さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

那須まちづくり代表の近山さん(左)と鏑木さん(右)。「我々が目指すのは地産地消ならぬ、地消地産。地域で消費するものをなるべく自分たちで生み出していくことが目標。理念を可視化するために、実践しながら共有していく。そのための”場”がここなんです」(近山さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

生きる、働く、そして死ぬことーーあらゆる局面で必要となる場を含んだまちづくりは、高齢化社会が加速する日本においては急務の課題。その舞台として、かつてコミュニティの場であった学校の跡地を利用するのは他の自治体でも挑戦可能な手段といえる。今後の「那須まちづくり広場」の挑戦をウォッチしていきたい。

●取材協力
那須まちづくり広場
MINSURU[みんする] :那須まちづくり広場・事業構想プロジェクト

副業・多拠点生活・田舎暮らし、会社員でもやりたいことはあきらめない! 私のクラシゴト改革4

民間気象会社に勤めながら副業でカメラマンの仕事をしつつ、東京・京都・香川での3拠点生活を実現している其田有輝也(そのだ・ゆきや)さん。最初から柔軟な働き方が可能な職場だったのかと思いきや、其田さんの入社時点では、副業自体が認められていない環境だったそう。其田さんはどのように会社を説得し、現在の働き方・暮らし方を手に入れたのか?連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今、私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。副業を認めてもらうために、入社一年目で会社と交渉

其田さんは大学生時代、フリーランスのフォトグラファーとして活動する夢があった。

一年間休学して世界を旅しながら写真を撮ったり、ファミリーフォトやウェディングフォトの仕事を請けるなどして、独立の可能性を探っていた。しかし、単価の低い仕事を多く受けるスタイルから抜け出せず、フリーランスへの道は断念。卒業後は、大学で学んだ気象予報の知識を活かせる民間気象予報会社に就職した。

プロモーション関連の部署を希望していたものの、配属されたのは希望とは異なる部署。其田さんは、「これでは自分のやりたいことが全然できない生活になってしまう」と感じ、副業でフォトグラファーの仕事を始めることを思い立つ。

当時、其田さんの会社では、副業は認められていなかった。しかし、其田さんは諦めることなく、約半年かけて交渉を重ねた末、会社に副業を認めてもらったのだ。一体どのように会社を説得したのだろうか?

「会社で副業が認められていないからといって、社内の全ての人が反対しているわけではありませんでした。本当に大変でしたが、若手に対して柔軟な姿勢を持っていて、かつ人事系の要職に就いている方に、直接相談して、少しずつ自分の味方になってくれる人を増やしていきました」

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

其田さんは入社から2、3カ月を待たずして、会社と交渉を始める。新人の立場から会社に制度変更を訴えるのは勇気がいるはずだが、すぐに動いたのには理由があった。

「勤続年数が経ってから相談をすると、交渉のハードルがさらに高くなってしまうと思ったんです。副業で得たスキルや経験をどれぐらい会社にフィードバックできるのかを定量的に示さなければ、認めてもらえない気がして。でも一年目なら、そこまでシビアな要求はされないのではと思い、早めに行動しました」

それでも、説得する際には、副業で得られるスキルを会社に還元できる旨を、会社側にはっきりと伝えたという。

「副業を始めてしばらく経ってから、気象予報士のキャスター名鑑作成の仕事や顧客Webサイトのデザインリニューアルを任せてもらったんです。キャスターの写真撮影にも、冊子やWebサイトのデザインにも、副業で得られたスキルが活きています。『副業は本業にも役に立つ』と口で言うだけでなく、少しずつ地道に行動で示したことで、会社の信頼を獲得してこれたのではないかと思います」

コロナ禍で分かった、会社員でいることの価値

其田さんのInstagramやnote、TwitterなどSNSのフォロワー数の合計は約5万人。カメラメーカーのキヤノンや定額住み放題サービスのHafH、バンシェアのCarstayのプロモーションを請け負うなど、フォトグラファーとしての活動の場を広げている。撮影するだけでなく、SNSでの発信に力を入れたり、自分のWebサイトを検索サイトの検索結果で上位表示させるなどの努力も地道に重ねてきた結果だ。

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

これだけの実力があるならば、会社員を辞めて、フリーランスになったとしても十分にやっていけそうだ。しかし其田さんは、「自分は副業としてフォトグラファーの仕事をすることが独自化や差別化、リスクヘッジになると思っています」と強調する。

「副業を始めたてのころは、外国人観光客の写真を撮る仕事を中心に手掛けていたんですが、その仕事はコロナ禍の影響でほとんどゼロになってしまいました。今は企業からプロモーションの仕事をいただけるようになったので、副業の収入は徐々に回復していますが、もし会社員でなかったら一時的に収入がゼロになっていたことを思うと、やっぱり会社員をやっていてよかったと思います」

収入だけでなく、メンタルの面でも、副業のメリットは大きいという。

「平日に通勤して、土日に副業をしていると、休みがないので体がきつくなることもあります。でも、副業は好きなことなので、どんなに忙しくても精神的な辛さはないですね。会社でストレスを感じる出来事があったとしても、副業でリフレッシュできるので、心のバランスを保つ上でも、副業は効果があるなと感じました。ただ、自己管理がちゃんとできていないと体調を崩してしまい、会社や取引先に迷惑をかけてしまうこともあり得るので、その点には注意が必要です」

築100年の古民家を購入。東京・京都・香川の多拠点生活へ

もともと、東京と京都を拠点にフォトグラファーとして活動していた其田さん。コロナ禍によりテレワークが認められると、同じくフォトグラファーとして働く妻が暮らしている香川県高松市を含めた、3拠点での暮らしを始めた。

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ところが、其田さんが始めたのはただの多拠点生活ではない。香川県でも街の中心部ではなく、田舎の築100年の古民家を購入し、田舎暮らしも同時に実現しようとしている。

仕事や暮らしに効率を求めるなら、拠点の場所は駅近がベストなはず。其田さんはなぜ、都心から遠く、しかも駅からも離れた場所に3拠点目を構えたのだろうか?

「都会でずっといそがしく働いていると、心がすり減ってしまう気がして。でも、田舎だけだと副業の単価がどうしても低くなってしまいがち。田舎と都会を行き来することで、心のバランスだけでなく、収入のバランスも保っていけるのではないかと考えました」

新たに物件を所有する場合、固定資産税や光熱費などの費用が発生する。多拠点生活において、こうした固定費は重くのしかかってくるのではないだろうか?

「香川県の古民家は、シェアハウスやゲストハウスとしての運営を視野に入れています。せめてランニングコストだけでも利用者と分担しあえる仕組みをつくれば、この暮らしを長く続けていけるのではないかと考えました。妻が現在もシェアハウスの経営をしているので、そのノウハウも活かしながら力を合わせてやっていければ。また、こんな変わった物件には、自分たちと共通する価値観を持った人たちが訪れてくれると思っています。ここで新しいコミュニティが生まれると思うと、今からすごく楽しみですね」

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

コロナ禍が追い風となって実現した現在の暮らしのメリットを、其田さんは次のように語る。

「時間を柔軟に使えることですね。以前は週5日出勤しなければならなかったので、地方へ出られるのは週末だけでした。でも今は、テレワークで会社の仕事をした後、すぐに副業やリノベーションの作業に移れます。1日の時間を無駄なく使えるようになり、この一年でガラッと生活は変わったなと感じています」

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

会社員をしながら、どこまでやりたいことをできるか挑戦中

フォトグラファーとしての副業、多拠点生活、田舎暮らし……と、次々と新しい挑戦をしてきた其田さん。今後については、「会社員をしつつ、地道にコツコツどこまでやりたいことを実現できるのか挑戦してみたい」と、意気込みを語る。

「今は働き方の選択肢が増えただけに、今後のキャリアについて悩んでいる方は多いと思うんです。そんな中で自分は、会社員とフリーランスを組み合わせながら新しいことに挑戦しつつ、テレワークや複業、多拠点の魅力を自身のSNSやメディアを通じて発信していきたいですね。もちろん、大変なことや辛いことも本当にたくさんあります。大切なのは諦めずに少しずつ前に進むこと。ちいさくはやく、行動に移すことが大切だと感じています。自分もまだ、もがきつつチャレンジしているフェーズなので、こんなやり方もあるんだと面白がってもらえたらうれしいです」

自分のやりたいことに向かって臆せず前進し続ける其田さん。その背中は、働き方や暮らし方に迷う私たちに、「会社員だからって、やりたいことをあきらめる必要なんてない」と、語りかけているように見える。

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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商店街やスナックに泊まる!? ホテルが懐かしのまちの風景を守る

古き良き街の景色が惜しまれつつもなくなる一方、空家化やシャッター街化が問題になっている昨今。そんな問題を解決し、新たな価値を生み出す試みが、あちこちで始まっている。商店街にある空家やスナック街にあるビルをホテルとしてリノベーション、そこから地域を元気にしたい。大阪と青森に始まった、そんなムーブメントを紹介しよう。
コンセプトは「旅先の日常に飛び込もう」。コミュニケーションを楽しむ「SEKAI HOTEL」

布施駅(大阪府東大阪市)から商店街を歩きながら、「SEKAI HOTEL」を探していた。「あれ、このへんのハズだけど」と一度スルー。そして、来た道を戻ると、開口部がどーんと広がったカフェのようなホテルを発見した。でも、上の看板はリノベーションする前の「Ladies shop キヨシマ」のまま。だから、見逃したのか!

「そう。ここは以前、婦人服店だったんです。『SEKAI HOTEL』は、看板は昔のまま、店舗部分だけリノベーションしています」と、「SEKAI HOTEL」を経営するクジラ株式会社の三谷昂輝さん。

「地域とつながりたいから」と、大きな開口部を設けた「SEKAI HOTEL」のフロント。町工場をコンセプトに、照明など東大阪のプロダクトを採用し、インダストリアルな雰囲気に。カフェ&バーの営業時間は13~22時(写真撮影/出合コウ介)

「地域とつながりたいから」と、大きな開口部を設けた「SEKAI HOTEL」のフロント。町工場をコンセプトに、照明など東大阪のプロダクトを採用し、インダストリアルな雰囲気に。カフェ&バーの営業時間は13~22時(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

「SEKAI HOTEL」は、大阪の下町・布施商店街のいくつかの空家をリノベーション。フロントをベースに、商店街のアチコチに6棟の宿泊施設が点在する「まちごとホテル」だ。まずゲストはフロントでチェックイン(現在は3密回避のため、客室にてチェックイン)。ガイドが商店街を案内しながら、宿泊棟へと案内してくれる。宿泊時に渡される「食べ歩きチケット」を使えば、商店街のお店で商品と交換(食べ歩きチケット付きのプランでの予約が必要)。「ああ、SEKAI HOTELに泊まっているのね」と気さくに声をかけてくれるので、会話も弾む。そう。このホテルの「宿泊」はサイドメニュー。メインディッシュは「コミュニケーションを楽しむ」なのだ。

商店街の中に、宿泊棟N2~5が連なる。ちなみに、NとはNext doors(隣の家)のN。N4はもともと整骨院だったが空き地になっていたのでここだけ新築。川田菓子店がN3、喫茶店モアの1階がN2、2階がN5となっている。看板は昔のママ、店舗部分だけリノベーション。商店街に馴染んでいる(写真撮影/出合コウ介)

商店街の中に、宿泊棟N2~5が連なる。ちなみに、NとはNext doors(隣の家)のN。N4はもともと整骨院だったが空き地になっていたのでここだけ新築。川田菓子店がN3、喫茶店モアの1階がN2、2階がN5となっている。看板は昔のママ、店舗部分だけリノベーション。商店街に馴染んでいる(写真撮影/出合コウ介)

取材当日、徳島出身の女性2人組がちょうど宿泊棟に案内されているところに遭遇!「社員さんのSNSでこのホテルを知りました。ローカルディープが魅力で、人とか食べ物とか行けば楽しい事がいっぱいありそうだと思って予約しました。大阪はいつも日帰りだったのに、泊まるのは今回が初めて!」とその魅力を語ってくれた。

「『SEKAI HOTEL』は西九条(大阪市)に続き、布施が2拠点目となります。西九条の時点ではまだコンセプトが固まっていなかったのですが、ゲストが来て地元を案内すると宿泊客が喜ぶ。朝食が出せないデメリットも、近くの喫茶店で食べていただくと、これまた宿泊客が喜ぶ。そこで、地元との交流が観光資源として有効だと学びました」

黒門市場といった観光地化した商店街がある一方、布施の商店街は大阪の下町の良さが残っていた。シャッター街化が進んでいるからこそ、布施に「SEKAI HOTEL」をつくることで、地域を活性化したい。そんな想いからのスタートだ。

「ホテルのフロントを立ち上げると同時に、宿泊施設として使える空店舗を探しましたが、なかなか見つかりませんでした」と三谷さん。地域外からいきなり参入したため、すんなり借りる事ができず、どうしても時間がかかった。だが、地道に地域とのつながりを深めることで交渉も進み、宿泊棟も最初の1棟から6棟に拡大。「立ち話も業務」との言葉どおり、商店街の方々ととにかくコミュニケーションをとることで、協力してもらえるようなってきた。現在では、スタッフの努力も実り、優待割引のある「SEKAI PASS」に10店舗、「朝食銭湯プラン」に2店舗+1軒、「食べ歩きプラン」に6店舗と、提携店も増えつつある。

「SEKAI HOTEL」に勤務するクジラ株式会社の三谷昂輝さん。当初は遠くに住んでいたが、「地域の人々とのつながりを大切にしたいから」と近くに引越したそう(写真撮影/出合コウ介)

「SEKAI HOTEL」に勤務するクジラ株式会社の三谷昂輝さん。当初は遠くに住んでいたが、「地域の人々とのつながりを大切にしたいから」と近くに引越したそう(写真撮影/出合コウ介)

スタッフはみな、布施マスター。「布施のことなら、私たちに聞いてください!」

「SEKAI HOTEL」に宿泊すると、付いてくるのが食べ歩きチケット(6店舗5枚)。各店舗で100円相当の商品と交換できるシステムだ。その提携店を紹介しよう。まずは、「三ツ矢蒲鉾本舗」の井上美鈴さん。「SEKAI HOTEL」オープン当初からのおつきあいだ。

レトロな雰囲気のある布施の商店街。看板に歴史を感じる(写真撮影/出合コウ介)

レトロな雰囲気のある布施の商店街。看板に歴史を感じる(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

「SEKAI HOTELさんが来て2年、街が一体化して活気が出て来ました。若い学生さんや外国の方も増えましたね。そうそう。私はよくSEKAI HOTELさんに遊びに行くんですよ。スタッフさん、みんな若くていい人ばかり。お茶したり、おしゃべりしたり。ネットのこと教えてもらったり、外国人スタッフのアンネさんに英語教えてって頼んだり。すごく刺激をもらってますし、これからが楽しみです」とニコリ。

「三ツ矢蒲鉾本舗」の井上美鈴さん(写真撮影/出合コウ介)

「三ツ矢蒲鉾本舗」の井上美鈴さん(写真撮影/出合コウ介)

名物の玉ねぎ天。玉ねぎの甘さがたまらなく美味しい!一盛7個で440円がチケットなら玉ねぎ天2個と交換できる(写真撮影/出合コウ介)

名物の玉ねぎ天。玉ねぎの甘さがたまらなく美味しい!一盛7個で440円がチケットなら玉ねぎ天2個と交換できる(写真撮影/出合コウ介)

ドイツから留学で日本にやって来たアンネさん。「求人を見て応募しました。地域創生、社会に貢献しているのが気に入って。新しい試みも面白い!」と流暢な日本語で話してくれた(写真撮影/出合コウ介)

ドイツから留学で日本にやって来たアンネさん。「求人を見て応募しました。地域創生、社会に貢献しているのが気に入って。新しい試みも面白い!」と流暢な日本語で話してくれた(写真撮影/出合コウ介)

次にうかがった、鳥からあげ店「Kitchen friend怜」は、「店の名前は僕の名前から取りました(笑)」という店長・山尾怜司さん。実はお母様が30年前ここで総菜店を営んでいたという地元の方。そのお母様がつくる家庭の味・からあげが近所でも評判で、からあげのお店を開く決心をしたという。

「地元の商店街がどんどん活気を失って、このままじゃいかん、地元活性化の手助けになればという想いから、お店をオープンしました。実はSEKAI HOTELさんと提携すると、ホテルに一泊宿泊体験させていただけるのですが、扉を開けると、外観からは想像できない世界感が広がっていてびっくり。地元材を使っているのもいいなあと思いました。SEKAI HOTELさんのお客さまは、目新しさを求めてやってくる、若くてフレンドリーで明るい人が多いですね。商店街もまとまれば観光力があがる。SEKAI HOTELさんが起爆剤になってくれればと思います」

「Kitchen friend怜」の店長・山尾怜司さん(写真撮影/出合コウ介)

「Kitchen friend怜」の店長・山尾怜司さん(写真撮影/出合コウ介)

チケットを鶏皮チップスor鳥のからあげと交換。「ハーフ&ハーフも人気です。多めにサービスしておきますよ」(写真撮影/出合コウ介)

チケットを鶏皮チップスor鳥のからあげと交換。「ハーフ&ハーフも人気です。多めにサービスしておきますよ」(写真撮影/出合コウ介)

現在は、コロナの影響でゲストは少ない分、スタッフは「何かできないか」と地域の方とのコミュニケーションに軸足を置き、子ども連れに人気の「和菓子づくりプラン」、地元の人たちと仲良くなれる「飲み歩きプラン」など、商店街の方と相談しながらプランをつくっていく。最初は「布施にしては、カッコよすぎ」と敬遠されていたフロントにも、商店街の人が遊びにくるようになり、「隣のスナックのママさんがそうめんとか差し入れしてくれるんです」とスタッフもうれしそう。今後の目標は?

「地元の人がゲストに対して明るく接してくれるから、『SEKAI HOTEL』を通じて会話が広がるのがうれしい。宿泊棟数を増やしていく、というよりは、『SEKAI HOTEL』と関わる提携店をどんどん増やし、ますます活気が出てくるといいですね。最終目的は、布施の人口を増やすこと。観光地ではない布施のローカルな魅力を、もっと多くの方に知ってもらいたいです」と三谷さん。

布施の暑苦しさ(笑)=コミュニケーション、人情、そして粋な人々。そんな地域独特のオーディナリー(日常)をゲストに届けるのが、ここ布施の役目。そして、「SEKAI HOTEL」の3拠点目に予定されているのが、富山県高岡市。高岡市のどんなオーディナリー(日常)をゲストに届けるか、「SEKAI HOTEL」から目が離せない。

N3などの宿泊棟は「町工場」をコンセプトに、グレー・黒・シルバーを基調に、剥き出しの床はそのまま、無機質な素材でインダストリアルな雰囲気を演出 (写真撮影/出合コウ介)

N3などの宿泊棟は「町工場」をコンセプトに、グレー・黒・シルバーを基調に、剥き出しの床はそのまま、無機質な素材でインダストリアルな雰囲気を演出(写真撮影/出合コウ介)

ベッドとの間仕切り壁のエキスパンドメタルや照明は地元・東大阪の工場でオーダーメイドしたもの(写真撮影/出合コウ介)

ベッドとの間仕切り壁のエキスパンドメタルや照明は地元・東大阪の工場でオーダーメイドしたもの(写真撮影/出合コウ介)

ノスタルジックな泊まれるスナック街「GOOD OLD HOTEL」看板が建ち並ぶスナック。これがホテルなんて!夜は看板にライトがついて妖艶な雰囲気(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

看板が建ち並ぶスナック。これがホテルなんて!夜は看板にライトがついて妖艶な雰囲気(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

一方、青森の「GOOD OLD HOTEL」は、スナックをリノベーションした、非接触型ホテル(コロナ対応で非対面チェックインに対応)。昭和40年代の弘前市・鍛冶町に誕生したグランドパレス。バブル時代に若者が集ったこの場所も、時代とともにすっかり寂しいビルに。

「うちは大阪の不動産会社なのですが、自社で競売落札したのが、このグランドパレス。最初は使えるかどうかもわからず、ネガティブな印象しかなかったのですが、現地に行ってみると、鍛冶町は弘前市屈指の歓楽街。近くには歴史のある大正レトロなビルも立ち並び、弘前城や現代美術館『弘前れんが倉庫美術館』(2020年オープン)もすぐそば。街のポテンシャルが高い。当時民泊が盛んだった事もあり、『街に泊まる』をコンセプトに、スナックを活かしたホテルにしたら面白いんじゃないかと」(キンキエステート野村昇平さん)

「地元の人たちにも懐かしんでもらいたい」と、当時の古き良きたたずまいはそのままに、泊まれるスナック街にリノベーションした。「想い出映えする、というかノスタルジック×映える=ノスタルジェニックな時間を過ごしていただきたいと思いました」とコンセプトワークを担当した、有限会社odoru取締役中田トモエさん。外装やドア、看板はそのまま(一部除く)。青森の雰囲気が感じられる「ニューうさぎ」や「プードル」、スナック感の強い「DEN」「スナックターゲット」など、コンセプトが異なるレトロなお部屋を11室用意している。「もう文化遺産です」と中田さんは笑う。

「ニューうさぎ」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「ニューうさぎ」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「ニューうさぎ」は青森の特産品であるリンゴをイメージした内装。外観がリンゴの木っぽいような緑色なところからインスピレーションを受け、部屋の中はリンゴの実の色である赤・黄色・茶でまとめた(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「ニューうさぎ」は青森の特産品であるリンゴをイメージした内装。外観がリンゴの木っぽいような緑色なところからインスピレーションを受け、部屋の中はリンゴの実の色である赤・黄色・茶でまとめた(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「オープンは2020年7月。コロナの影響もあり、客足はまだまだ。地元の方の認知度もこれからだと思います」と、運営スタッフの木村深雪さん。今後の展望は?

「SNSでは、一夜で2万件のいいね、ツイートの反響も400件あり、若い人もレトロなスナック文化に興味を持っていることが分かりました。鍛冶町といえばスナック文化。それこそ、『SEKAI HOTEL』さんみたいに、もっと街ぐるみで連携して、このホテルに泊まる=コミュニケーションと、ハシゴ酒などをしながら、街を楽しんでもらえたらいいなと思います」(キンキエステート野村さん)

「プードル」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「プードル」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

もともとの造作が木っぽいつくりだったのと、照明が土器っぽかったので、青森にある三内丸山遺跡をイメージしたお部屋(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

もともとの造作が木っぽいつくりだったのと、照明が土器っぽかったので、青森にある三内丸山遺跡をイメージしたお部屋(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「Den」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

「Den」(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

スナック感が強い部屋。タバコのヤニで琥珀色になったシャンデリアがポイント(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

スナック感が強い部屋。タバコのヤニで琥珀色になったシャンデリアがポイント(ツイン)(写真提供/GOOD OLD HOTEL)

今回紹介した、「SEKAI HOTEL」と「OLD GOOD HOTEL」は、商店街の空家やスナック街のビルをリノベーションしてホテルとして再出発。ただ、ハードの整備ももちろんだが、それ以上にスタッフとゲスト、ゲストと地域の人々、地域の人々とスタッフといった3者の「コミュニケーション」がうまくいって初めて、魅力ある街に、活気ある街へと変化していく。ハードの魅力<ソフトの魅力。その努力こそが、街の風景を守る、有効な方法ではないだろうか。

●取材協力
SEKAI HOTEL
OLD GOOD HOTEL

韓国文学好きの“仲間”が集う出版社「クオン」とカフェ「チェッコリ」【全国に広がるサードコミュニティ10】

近年、日本でも人気の韓国文学の翻訳書を多数発行する出版社・クオンは、カフェの運営や翻訳コンクールの開催など、出版にとどまらない取り組みで韓国文学好きのコミュニティを育んでいます。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。韓国語圏の本、文化を日本に紹介する出版社・クオン

映画化もされ、韓国国内で130万部の大ヒットとなった小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも話題をさらったのは記憶に新しいですが、2010年ごろから、韓国の小説を積極的に紹介してきた出版社が神保町にある“クオン”です。名作から気鋭の作家の短編小説、コロナ禍に立ち向かった市民や医療関係者の声を集めた本など、韓国の文化にまつわる本を出版するほか、ブックカフェ「チェッコリ」には、連日韓国文学好きが訪れます。(現在カフェは休止し、書籍のみ販売)

コロナ禍にあってリアルイベントの開催は難しくなっていますが、文学のみならず映画やドラマなど、韓国コンテンツ好きの仲間たちが集まるイベントや、翻訳者を養成する翻訳スクールも人気です。またクオンではリアル店舗の運営以外にも翻訳コンクールを主催するなど、韓国文学ファンや韓国文学を紹介する人々の裾野を広げる活動を続けています。

クオンの刊行物「新しい韓国の文学」シリーズ第一弾として出版された、イギリスのブッカー賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』(中央)など(写真撮影/影山裕樹)

クオンの刊行物「新しい韓国の文学」シリーズ第一弾として出版された、イギリスのブッカー賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』(中央)など(写真撮影/影山裕樹)

ホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳、新泉社刊行)の刊行記念イベント(画像提供/クオン)

ホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳、新泉社刊行)の刊行記念イベント(画像提供/クオン)

広告代理店を経て出版業界に参入

クオンを立ち上げた金承福(キム・スンボク)さんは、韓国・全羅南道霊光出身。ソウル芸術大学卒業後に留学生として来日し、日本大学を卒業後、日本のインターネット関連の広告代理店に就職します。当時、金さんは『韓国.com』という、韓国の芸能、スポーツ、文化を紹介するポータルサイトを担当。そのうち、海外の取引先とやりとりしながら多言語対応のウェブサイトを制作するなど、さまざまな仕事を受けるようになっていました。

「3年くらい仕事をした後、その会社が韓国部門の仕事を辞めることになって。でもクライアントからは辞めないで欲しいと言われ、結局私がその部門を引継いで別会社を立ち上げることになったんです。不思議なことに、同じ会社の中に机もあるんだけど、別会社。当時、2000年ごろの日本はインターネット関連の仕事がどんどん増えていく時代だったので寝る暇もないほど忙しかったですね。とても儲かりましたけど(笑)」(金さん)

金承福さん(画像提供/クオン)

金承福さん(画像提供/クオン)

次第にウェブだけでなくイベントや展示会、ショールームのデザインなど大規模な仕事が増えていきました。そんな働き詰めだった2008年、リーマンショックが起こります。

「今考えれば、(本のように)在庫も抱えず返品もないわけですから、その分心配することも少ないし仕事は楽しくて仕方なかった。けれどリーマンショックで仕事が激減して、外的な要因に左右されるクライアントありきの仕事に疑問を持ち始めました。景気に翻弄されず、自分の努力次第で経営が成り立つ仕事がしたい。そこで、ウェブの会社をたたんで出版社を立ち上げました。実はずっと出版に関わる仕事がしたかったんです」(金さん)

出版社が書店を経営する理由とは?

そんな中、未経験で飛び込んだ出版業界に、金さんは戸惑いを覚えました。それまでは主に外国の取引先との仕事が多かったのですが、出版業界は印刷会社も、取次会社も書店もみんな日本人。「そのとき初めて、自分は日本にいる」と金さんは感じたそうです。そこで、いきなり出版物を刊行し始めるよりも、まずは業界との関係づくりからスタートしました。

「韓国コンテンツはどんどん盛り上がっていたので、当初は翻訳エージェントの仕事をメインで活動を続けていました。前の仕事も言ってみればウェブエージェンシーだったわけで、編集プロダクションに近いんですよ。仕事を引き受けて、校正して、翻訳をして、ウェブに載せるという仕事。私の中では繋がっているんです」(金さん)

全羅南道 羅州市にある東新大学漢医学部教授キム・ソンミン先生による3回講座「韓方的な生き方」(画像提供/クオン)

全羅南道 羅州市にある東新大学漢医学部教授キム・ソンミン先生による3回講座「韓方的な生き方」(画像提供/クオン)

2010年に入って、「新しい文学シリーズ」の刊行をスタート。当時は折しも、2002年の日韓ワールドカップ、2003年の「冬のソナタ」の大ヒット、K-POP……韓流コンテンツは追い風になっていました。でも、文学はまだちゃんと紹介されてなかった。良い作品を紹介すればきっと受け入れられると金さんは信じていました。

「韓国では有名な作家でも日本ではほとんど知られてない。読者に興味を持ってもらうため、本を出すだけではなく、日本の著名作家との対談を行ったり、読書会もたくさん開きました。でも常にスペースの問題にぶち当たるんです。そこで2015年に神保町に引越してブックカフェを開きました。書店を自分たちでやれば、好きな時にイベントができるし、読者の顔も見えるじゃないですか」(金さん)

翻訳コンクールの開催と書店のシナジー

チェッコリでは自社の本を売るだけでなく、他の出版社の本も販売しています。運営元がクオンだと知らずに来店するお客様も多いそうです。

また、チェッコリの棚の大多数は韓国の本で占められています。その数約4000冊! 文学だけでなく、絵本、漫画、人文、実用書まで幅広く扱っています。

お坊さんに学ぶ韓国の茶道―そして茶談(画像提供/クオン)

お坊さんに学ぶ韓国の茶道―そして茶談(画像提供/クオン)

「最初チェッコリを始めようと思ったとき、『誰が韓国語の本を読むんだ』って言われました。でもチェッコリでは韓国語の本が売れます。しかも、日本の本と違って海外の本は売り値を自分たちで付けられる。出版というよりは輸入販売業に近い。話題になっている本だけでなく、自分たちが紹介したいものを選んで仕入れる楽しさもあります」(金さん)

韓国関連の書籍の棚を広げたかった

ほかにも金さんは、韓国書籍が日本国内で広く翻訳されることを目指す「K-BOOK振興会」という団体を立ち上げ、おすすめ本に関する情報発信をしたり、韓国文学翻訳院との共催で翻訳コンクールを毎年開催しています。この翻訳コンクールでは、毎回2本の短編が課題として出されます。それにしても、短編2本とはなかなかハードルが高い。

「翻訳者の発掘も大切なので始めたのですが、第一回目で200人以上の応募があったんですよ。短編2本って結構なボリュームなのに、これだけチャレンジしてくれる人がいるのはすごいことです。潜在的なニーズを感じました。私たちの翻訳コンクールでは最優秀賞作はクオンで出版することにしています。課題となる短編の原書を書店で販売し、優れた翻訳を出版し販売する、出版、書店、コンクールの関係がうまく機能しています」(金さん)

第2回日本語で読みたい韓国の本―翻訳コンクールの受賞式(審査員と受賞者のトーク)(画像提供/クオン)

第2回日本語で読みたい韓国の本―翻訳コンクールの受賞式(審査員と受賞者のトーク)(画像提供/クオン)

そのうち、翻訳コンクールに応募した人たちがツイッター上で情報交換を始めます。「これ。みんなどういうふうに訳している?」などなど。この様子を見た金さんは、翻訳スクールの開講を思いつきます。

「世の中に韓国語会話のスクールはいっぱいありますが、翻訳専門のスクールってあまりないな、と閃いたんです。私たちのお客さんには韓国語教室の先生が多くいますが、翻訳専門の教室であれば先生たちと競合することもないじゃないですか」(金さん)

翻訳スクールの優れた生徒やコンクールの受賞者を、他社に紹介することもします。
金さんは繰り返し、「ニーズをつくることが大事」と語っていました。書店で「海外文学」の棚に少し紹介されるだけだった韓国文学を、それだけで棚ができるようにしたい、だから韓国語の本を翻訳する仲間を増やしたいんだ、と金さんは語ります。

文学ツアーで“仲間たち”との親睦をさらに深める

他にも、今年はコロナの影響で行けませんでしたが、金さんは「文学で旅する韓国」というツアーを毎年開催しています。30人ほどのメンバーで小説に出てくる舞台を訪れたり、作家に会いに行ったりなど、3泊4日にわたる贅沢なツアーです。

「半数くらいはリピーターで、もはやクオンや韓国文学のファンというよりは仲間ですね。そのなかのお一人は写真が趣味でいつも素敵なツアー写真を撮ってくれるのですが、韓国で写真展を開くのが夢だったそうなんです。私たちのツアーに参加した際、現地のギャラリーのオーナーと話をつけて、写真展を開くことができました」(金さん)

第一回目の「文学で旅する韓国」統営編―大河小説『土地』の作家パク・キョン二記念館の前で(画像提供/クオン)

第一回目の「文学で旅する韓国」統営編―大河小説『土地』の作家パク・キョン二記念館の前で(画像提供/クオン)

この話はもちろん、チェッコリで報告会というかたちで話してもらいました。他にも、最近ではソウル大学に留学された方が、オンラインで大学生活について話してくれたり。このように、チェッコリで開催するイベントでは “仲間”たちがホストを務めることも多いそうです。

「心がけていることがひとつあって、偉い人を呼んで聞いてもらうだけのイベントにはしない。“お客様”扱いはしない。その代わり、みなさんにも韓国にまつわる得意なことをイベントでシェアしてもらう。当日は椅子を並べるのを手伝ってもらったり、飲み物を運んだりという作業を手伝ってもらうこともあります。みなさん喜んでやりますよ。“仲間”ですから」(金さん)

今回の取材で、金さんが、「誰も損しない、みんなが幸せになる仕組みをつくるのが好き」とおっしゃっていたのがとても印象に残りました。出版社と読者、作家とファンという非対称な関係ではなく、みんなが等しく韓国の文化を盛り上げようとする“仲間”であるという感覚は、コミュニティを資産とした事業運営を考えている人にはとても大事なポイントだと思います。クオンの場合、ひとりひとりのお客さんだけでなく、書店、他の出版社、韓国の政府機関など、さまざまなステークホルダーと競合することなく協働するところにその姿勢が見て取れます。

クオンやチェッコリは、韓国と日本の文化交流を促進するうえで貴重な場だと思いますし、そこに集う“仲間”たちの結びつきは今後もさらに強まっていくことでしょう。韓国ドラマやK-POPから韓国カルチャーに興味を持った人はぜひ、一度チェッコリに訪れて文学にもハマってみませんか?

●取材協力
CUON

「東京駅」まで60分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2020年版

「新しい日常」への移行を一気に迫られた2020年。テレワーク化が進み、通勤しない日が増えたという人も多いだろう。生活様式が変わったことで住まいに対する考え方にも変化が起き、「通勤時間が多少かかっても、広さを重視して住まい探しをしたい」という人も増えているようだ。
そこで、いつもは「主要駅まで30分以内」の価格相場を調べている当連載「中古マンション相場ランキング」においても、今回は調査範囲を広げて「東京駅まで60分以内」にある駅の価格相場を調査してみた。駅徒歩15分以内にある、ファミリータイプの中古マンションの価格相場が安かった駅のトップ10を紹介したい。
●東京駅まで60分以内の価格相場が安い駅TOP10
1位 七里 1050万円(東武野田線/埼玉県さいたま市見沼区/51分/1回)
2位 桶川 1385万円(JR高崎線/埼玉県桶川市/50分/0回)
3位 北本 1400万円(JR高崎線/埼玉県北本市/55分/0回)
4位 白井 1515万円(北総線/千葉県白井市/50分/2回)
5位 元山 1535万円(新京成線/千葉県松戸市/47分/1回)
5位 天王台 1535万円(JR常磐線/千葉県我孫子市/43分/0回)
7位 三郷 1580万円(JR武蔵野線/埼玉県三郷市/45分/2回)
7位 流山 1580万円(流鉄流山線/千葉県流山市/56分/2回)
9位 北柏 1590万円(JR常磐線/千葉県柏市/44分/1回)
10位 村上 1730万円(東葉高速鉄道/千葉県八千代市/53分/1回)

コロナ禍で住まいの選択肢が広がった(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

リクルート住まいカンパニーでは今年5月、住宅の購入・建築・リフォームを考えている人に対し、検討する物件に関する調査を実施(「コロナ禍を受けた『住宅購入・建築検討者』調査(首都圏)」)。今回と前回(2019年12月実施)の調査結果を比べてみると、意識の変化が浮かび上がってくる。通勤時間に対する意向を尋ねた設問では「徒歩・自転車で15分以内」と回答した割合が前回より7ポイント減少し(35%→28%)、「公共交通機関で31分超60分以内/60分超」と回答した割合が10ポイント増加(24%→34%)。また、「住まいの広さと駅からの距離、どちらを重視するか」では、広さ重視派が10ポイント増加(42%→52%)。つまり、住まいから駅や勤務先まで離れていてもいいと考える人や、住まいの広さを重視する人が増加していたのだ。

ということで、これまでなら都内に勤務することを考えると「ちょっと遠いな」と住まい探しの選択肢から外していた「東京駅まで60分以内」のエリアを、検討対象にする人も増えたのではないか。そんな考えのもとで行った今回のランキング結果は上記リストの通り。ランクインした駅について見ていこう。

大宮まで4駅、再開発が進行中のさいたま市の駅が1位に

1位は埼玉県さいたま市に位置する、東武野田線・七里(ななさと)駅。価格相場は1050万円で、2位以下よりもぐっとリーズナブルな結果となった。東京駅へ向かうには東武野田線で4駅・約10分の大宮駅に行き、そこからJR上野東京ライン直通のJR高崎線またはJR東北本線に乗り換えると計50分少々で到着する。この経路の列車は7時・8時台に加え9時台にも何本も走っており、時差通勤が推奨されている状況でも比較的無理なく乗ることができるだろう。

七里駅は現在、駅舎の改修が進行中。2023年度中の完成を目指して、橋上駅舎化と、駅北側からのアクセス性が向上する南北自由通路の整備が行われている。また、駅北側の再開発も進められており、将来的には北口駅前広場ができるほか、公園や幹線道路の整備も計画されている。

七里総合公園(写真/PIXTA)

七里総合公園(写真/PIXTA)

現在の七里駅周辺はというと、商店は主に駅南側に集中。駅から徒歩約15分圏内に、スーパーにドラッグストア、ホームセンターのほか、子ども用品を扱う「西松屋」も。芝生広場や花畑があり野菜の朝市も開かれる駅北側の「さいたま市春おか広場」や、大型遊具やアスレチックを備えた駅南側の「七里総合公園」など、子どもがのびのびと遊べて大人の息抜きにもぴったりな公園も点在している。のんびりと暮らすにはいい街だろう。

JR上野東京ラインで東京駅まで1本で行ける駅にも注目

2位以下の駅は埼玉県と千葉県からランクイン。そのうち東京駅まで乗り換えせずに行けるのは、2位のJR高崎線・桶川駅と3位のJR高崎線・北本駅、5位のJR常磐線・天王台駅。この3つの駅に共通するのは、JR上野東京ラインへと乗り入れるJR高崎線またはJR常磐線の停車駅だという点だ。JR上野東京ラインは東京駅と上野駅を経由した後、JR高崎線・宇都宮線・常磐線の各線に分岐していく。そのため埼玉県、栃木県、千葉県と都心部がダイレクトにアクセス可能になり、2015年の開業時は話題を集めたものだ。

2位の桶川駅と3位の北本駅はJR常磐線の隣り合う駅。桶川駅のほうが東京駅寄りで、東京駅までは約50分で行くことができる。桶川はかつて中山道の宿場町として栄えた歴史ある街であり、今も残る古い土蔵や蔵造りの商家といった宿場町の面影を訪ねて観光客もやって来る。

春の城山公園(写真/PIXTA)

春の城山公園(写真/PIXTA)

桶川駅西口とペデストリアンデッキで結ばれたショッピングセンター「おけがわマイン」など、暮らしを支える施設も充実。同ショッピングセンター3階には、中央図書館、書店、カフェ、イベントスペースで構成された文化・交流施設「OKEGAWA hon プラス+」も備わっている。春は「城山公園」でお花見を楽しみ、夏は「桶川祇園祭」の御輿や山車を眺め……と、季節ごとの楽しみも多彩なので、単に住みやすい街としてだけではなく「楽しめるお気に入りの地元」として住民に愛されている。また、桶川市には中古マンションを含む住宅購入資金の貸付制度があるので、興味のある人は調べてみてはいかがだろう。

千葉県の駅で最も安かったのは4位の北総線・白井(しろい)駅で、価格相場は1515万円。東京駅へのアクセス方法は、京成本線(特急)に直通の北総鉄道(特急)に乗り、青砥駅で京成本線(通勤特急)に乗り換えて日暮里駅へ、そこからJR上野東京ライン直通のJR常磐線に乗車。すると乗り換え2回、計50分ほどで東京駅にたどり着く。2回も乗り換えるのを避けたい場合は、所要時間が10分ほど増えるものの乗り換え1回で東京駅まで行ける経路も選択できる。

白井駅は千葉ニュータウンとの呼び名で宅地開発された区域の一角をなす、千葉県白井市に位置。駅を中心に計画的に整備されただけあり、整然とした街並みが広がっている。駅から北に徒歩10分ほどの市役所には警察署の分庁舎が併設され、周辺には病院や消防署など生活に欠かせない施設が集結。広大な芝生広場や散策路、遊具広場がある「白井総合公園」と、図書館と郷土資料館、プラネタリウム館、さまざまなイベントが行われる文化会館を備えた「白井市文化センター」も、市役所に隣接している。

千葉ニュータウンの様子(写真/PIXTA)

千葉ニュータウンの様子(写真/PIXTA)

白井市は「住みやすく・子育てしやすい街」を目指して街づくりに取り組んでおり、今年4月には複合型保育施設「白井市幼稚園等送迎ステーション」を開設した。これは幼稚園の開所時間と保護者の就労時間のミスマッチを解消するための施設だそう。保護者に送り届けられた子どもたちは、幼稚園開所時間外の朝夕は送迎ステーションで過ごし、日中は幼稚園バスの送迎で通っている幼稚園へ。さらに、子どもが幼稚園にいる日中の送迎ステーションは、保育所や幼稚園に通っていない子どもでも利用可能な一時預かり、小規模保育施設としても機能している。また、この保育施設がある一帯は複合商業エリア「フォルテ白井」として整備され、スーパーにドラッグストア、100円ショップ、衣料品店、クリーニング店とコインランドリーが建ち並び、先日の「カレーパングランプリ2020」で最高金賞を受賞したベーカリー「ピーターパン」の支店もある。

今回ランクインした駅は東京駅まで50分前後の立地が多く、都心へのアクセスを重視して住まい探しをする場合は候補地から外される場合もあるだろう。しかし、それぞれの街について見てみると、のびのびと暮らしやすそうだったり子育て支援に力を入れていたりと、生活の質という面からすれば魅力的な特徴も備えている。

これまでとは生活様式がガラリと変わったことで、人々の意識にも変化が生じている。住まいに対する考え方、価値観も例外ではない。今の自分にとって真に心地よい住環境とはどんなものか、改めて考えてみてはいかがだろう。そうすることで、よりしっくりとくる住まいが見つかるかもしれない。

●調査概要
【調査対象駅】東京駅まで電車で60分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数40年未満、敷地権利は所有権のみ、間取り3K、3DK、3LDKタイプ(2sLDKを含む)以上
【データ抽出期間】2020/6~2020/8
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2020年8月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

鹿児島発「こどものけんちくがっこう」って? 未来の地域づくりに種をまく!

数学や英語、プログラミングなどは学校以外で子どもが学べる場があるけれど、「建築」について子どもが学べる場は聞いたことがなかった。鹿児島県鹿児島市が拠点の「こどものけんちくがっこう」は、自分たちが暮らす地域の環境や住まいについて学べる学校だ。2020年度には日本建築学会教育賞(教育貢献)や第14回キッズデザイン賞のキッズデザイン協議会会長賞・奨励賞も受賞している。大学に建築学科があるのだから、国語や算数のように、小さなころから建築に意識を向けるのは良いことに違いない!「こどものけんちくがっこう」を立ち上げた鹿児島大学准教授の鷹野敦先生にお話をお聞きした。
日本の子どもたちに、一般教養として建築を学ぶ場を

まず、2016年の「こどものけんちくがっこう」立ち上げの背景について。
「私は鹿児島大学に着任して5年目になりますが、その前はフィンランドの大学に研究員として勤めていました。向こうで木造建築に関する研究をしながら暮らし、子育ても経験しました。

フィンランドの人たちは、街や建物への意識や関心がとても高いんです。多くの人が、それらを『自分のこと』として考えていて、それって大事だなと。日本ではなかなかないことなので、感銘を受けました」

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

では、フィンランドの人たちは、具体的にはどんな風に街と関わっているのだろう。

「例えば公共の建物をつくる場合、日本ではプロポーザル方式で委託先を選んで進めることが多く、その決定に至るまでのプロセスの中で、実際にその建物を使う一般の住民との接点はあまりありませんよね。一方、フィンランドでは情報をオープンにして、住民投票を行うこともあるし、住民が反対したら建設自体を止めることもあります。それに、大人も子どもも長い夏休みがあるので、コテージなどのセカンドハウスを持っている家が多く、親子で自宅やそれら住まいのメンテナンスをすることも日常的なのです」

確かに日本では、気づいたら空き地で工事が始まっていて、施設が建っていることが多いし、そういうものだと思っていた。建物の建設に住民が関わる場がないまま物事が決まっているので、賛否に関わらず、活動に参加する機会があまりない。

「だから、自分が日本に帰ることがあれば、子どもたちへの一般教養として、塾やピアノやそろばんのように、建築を学べる場をつくりたいと思っていたんです」と鷹野先生。2016年に帰国することとなり、鹿児島大学の准教授に着任してから、知り合いだった地元の工務店「ベガハウス」に声をかけ、わずか1カ月で「こどものけんちくがっこう」を立ち上げたという。

薩摩藩の「郷中教育」に習い、先輩が後輩へ伝える

以来、鹿児島大学構内で、月に2回、毎回5コマの授業を実施してきた。生徒は小学3年生から中学生まで。コロナ禍でオンライン授業となる前までは、学年ごとのクラス制で授業を行っていた。

「授業内容は、ものづくりが中心です。2~3コマで完成するような、住まいの模型や家具づくりなどを行います」(鷹野先生)

レベル別に3段階の内容があり、
小学3・4年生は「建築を楽しむ!をテーマに、簡単な木工や模型づくり」
小学5・6年生は「建築を考える!をテーマに、環境や森の座学から少しハイレベルなものづくり」
中学生は「建築を深める!をテーマに、建物の構造や日当たり、通風など屋内環境などの座学からハイレベルなものづくり」
といった具合だ。

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもたちには、ノコギリやインパクト、金槌、メジャー、直角定規といった“マイ道具”を毎回持参してもらうというから本格的だ。

マイ道具をそろえることで、道具の使い方を覚え、モノづくりに愛着がわき、また日ごろから建築への興味を深めることができるそうだ。実際に、木工で余った端材を持ち帰り、家庭でも親と一緒に工作に挑戦する子たちがいるという。

そして最大の特徴は、鷹野先生は裏方に回るということ。代わりに大学生が1年間、生徒たちの「担任の先生」として教壇に立つ。「担任は、年間の授業計画や材料費の見積もりなど、お金のマネジメントも行います。子どもたちに建築を教えつつ、学生本人のためにもなるという取り組みなのです」

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

先生役の大学生は、鷹野先生の研究室所属生だけでなく、やりたいと申し出た学生たち。やる気があれば学年も問わないという。

「かつて薩摩藩には、郷中教育(ごじゅうきょういく)という伝統の縦割り教育がありました。先生を立てずに、先輩が後輩に伝えていくという教育方法です。『こどものけんちくがっこう』を、現代版の郷中教育の場にしたいと考えました」

子どもたちが持つ建築への興味をさらに引き出す授業

では、受講生はどんな子どもたちなのだろう。子どもか、もしくはその親が、かなり建築に対し意識が高いのでは?!

「そもそも、子どもたちは建築への興味が高いものですよ」と鷹野先生。「受講者の親御さんも、もちろん興味を持っている方たちが大半ですが、子ども自身が建築や建物に関心を持っているということが多いのです。また、申し込んだのは親でも、子どもがどんどんのめり込むというケースが多いです」

そういえば我が家の子どもも、幼児期から木工などのイベントを楽しんでいるし、道を歩くと景色の変化によく気がつく。木や自然も大好きだ。子どもたちはもともと、建築への“意識高い系”だったのだ。

街並み見学や製材所、建設現場の見学、森へ連れて行くこともあるそうだ。「括りは『建築』ではなく、『環境に対してどう意識を持つか』だと思うのです。家だけでなく、街全体を自分たちが住む場所だと考えれば、森も家も関係なく、自分を取り巻くエリアが住まいだといえます。子どもたちにそう思ってもらうことは、地域の貢献にも繋がると思います」と話す。

また、毎年夏休みには、2日間かけて特別授業を実施。「工務店の大工さんにサポートしてもらいながら、実際の建物を子どもたちが建設します」

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「こどものけんちくがっこう」を受講する子どもたちは、「街にこんな建物があったよ」「なんで窓がここにあるんだろう?」と、自分が住む地域や住まいを見る目が変わる。自分の家を新築するタイミングがあった生徒は、「プロの大工仕事を手伝った」と喜んでいたという。

受講した子どもたちが、将来建築の道に進んでも進まなくても、どちらでもいいと考えているという鷹野先生。「衣食住の中の住に目を向けてもらえればいいと思っています」

それでも受講生の中には、すでに工業高等専門学校の建築学科に進んだ女の子もいるという。「建築への興味に男女差もないですね」とのことだ。

身の回りのことから街を住みやすく変える意識を

これまでも、鹿児島大学の農学部など他の学部や、行政ともコラボレーションして活動してきた。
「コラボレーションする側の大人にも、環境や建築に関して『やはり子どもたちへの教育が大事だ』という機運が広がったと感じます」という鷹野先生。

「本来、住む建物や街は他人事ではありません。『家は製品のように買うもの』『壊れたら誰かに直してもらおう』といった意識を変えていかなければ。これは、地域や年代に関わらず、国内全体に対して言えることです」

そして鷹野先生から、「日本の建築教育は世界でもトップクラスなのに、日本の街並みは統一感やビジョンがなく、あまりキレイではないですよね」とドキリとするような指摘が。

「住む街を自分たちのものだと思わないと、住環境は変わっていきません。専門家の考えだけではなく、一般の方々が何を求めるのかということです。行政の人も住民ですから、そういった人も含めて、一人ひとりが危機感を持たなければ。市井の人が『ここはもっとこうならないの?』と街を意識しなければいけません」

それでは、専門知識がない私たち住民が、街への意識を持つためには、何をしたらいいのだろうか。

「例えばみんなで地域を掃除するとか、そういった身の回りのことからでもいいのです。こどものけんちくがっこうの活動も、まだ“点”ではありますが、自分たちの住む街を変化させようと、子どもたちと取り組んでいるところです」

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

これまでも前述の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設の屋上に、子どもたちが考えた居場所をつくるなどの取り組みを行ってきた。

「これは商業施設とのタイアップによるものでしたが、若いファミリーが多く訪れる施設ですので、子どもも行きたくなる遊び場をつくってはどうかとみんなで考えました」

翌年は、同じ商業施設の「ジュンク堂書店」児童書コーナーに、子どもの読書スペースを制作。靴を脱いで座ったり、柱にもたれたり。子どもたちの「こんな場所で自由に本が読みたい」というアイデアが表現された、秘密基地のようなスペースだ。こちらは現在も利用することができる。

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

そして今年は、同じ商業施設の授乳室に小さい子の遊び場を制作中とのこと。赤ちゃんの授乳時、上の子の待ち時間などに重宝しそうだ。

「街歩きをするときには、『ゴミ拾いをしながらやろう』と子どもたちに呼びかけて実施してきました。そのほうが、街のことや環境のことなどがいろいろと目に入ってくるんですよ」と鷹野先生。子どもたちの純粋な気持ちとキラキラした好奇心が、活動の原動力だ。

時間と場所を飛び越え、「オンラインだからできる建築」を模索中

今年はコロナ禍で、「こどものけんちくがっこう」も思うように現場で活動ができなくなり、代わりにオンライン授業をスタートした。

「オンラインだからこそできることもありますよね。まず、時間や場所を飛び越えられます」と鷹野先生は前向きに捉えている。実際、これまでの受講生は鹿児島県内在住の子どもたちだったが、今年は全国の子どもたちが受講する機会を得た。

「また、各自が家で過ごす時間が長くなり、『家の中を調べてきて』などと、より住まいを教材にしやすくなりました。これまで以上に、自分の住まいに目を向けていくこと。それを探索するのが今年だと思います」

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

例えば、「世界の住まいを学ぼう」という授業では、フィンランドやスウェーデンに住む知人とオンラインでつなぎ、約7時間の時差を超え、ライブ配信で北欧の住まいや街を知る授業を実施したという。

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「今後は状況を見ながらですが、来年からは、オンサイトでの授業とオンライン授業を並行し、規模や内容を広げていきたいと思います。また、全国で同じ志を持つ人たちと連携し、こどものけんちくがっこうの全国展開も考えています」

すでにフィンランド・ヘルシンキやイタリアにある建築学校とも繋がりを持っているといい、オンラインを活用して世界はますます広がっていく。

大人も受講してみたいと話すと、「保護者の方からそういった声もあがっているので、いずれはオンラインで大人向けの『けんちくがっこう』も考えています」とのことだ。

子どもたち目線で暮らしやすければ、親目線でも子育てしやすい環境であり、もちろん大人も暮らしやすいはず。そうなると街に愛着を持つ人が増え、定住率が高まっていく……。これからの新しい街づくりにも活かされそうだ。

今後全国に広がるであろう「こどものけんちくがっこう」の卒業生たちが、建築だけでなく行政や街づくりに関わる仕事についたら、未来の街並みも変わるかもしれない。

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「建築」と難しく捉えなくても、自分たちの住まいや街・地域から気づきが得られ、還元できる学問だと考えれば、深めるほど毎日が楽しくなりそう。それに、子どもが住まいのことに興味を持ってくれれば、家のメンテナンスや大掃除がラクになるかも……!? 子にも親にもいいことばかりだ。

オンラインの「こどものけんちくがっこう」は、ZOOM環境があれば受講可能(小学校低学年は保護者の同席が望ましい)。ホームページのメールフォームから申し込み、授業料(1講座1000円~2500円)を振込む形なので、気になるテーマから選ぶことができる。

公園でゴミ拾いを始めた我が子を、「ダメ!」と制した記憶が蘇った筆者……。今週末は子どもと一緒に街を歩いてみよう。改めて、自分が住んでいる地域を見つめ直してみようと思った。

鷹野敦さん●取材協力
鷹野敦さん
1979年生まれ。Doctor of Science (Tech.) / 一級建築士、鹿児島大学大学院修了。アアルト大学木質材料学修士・博士課程修了(フィンランド)。2016年度より鹿児島大学大学院理工学研究科准教授。
建築設計、木質材料・構法、環境評価、児童向け建築教育など、幅広く実践・研究活動を行っている。
受賞歴に2020年日本建築学会教育賞(教育貢献)、第14回木の建築賞(活動賞)、ウッドデザイン賞2019優秀賞(林野庁長官賞)、第14回キッズデザイン賞(キッズデザイン協議会会長賞・奨励賞)、2020年度かぎん文化財団賞(学術)など(写真提供/鷹野先生)
・こどものけんちくがっこう
・FaceBookページ
・Instagramページ

“タイニーハウス”が災害時の避難場所に!? 山梨県小菅村で「ルースターハウス」誕生

地震や台風、風水害、豪雪などの自然災害が多発する日本。しかも2020年は新型コロナウイルスが流行し、災害発生時の避難場所、仮設住宅をどう備えるのかが課題となっています。今回、そんな感染症流行下の避難場所としても活躍しそうな「タイニーハウス」が、山梨県小菅村に誕生しました。その背景や思いを聞いてきました。
山梨県小菅村で、災害発生時に避難場所になるタイニーハウスが誕生

人口約700人、多摩源流の山間にある小菅村は、10~25坪の小さな小屋が次々と誕生している「タイニーハウス村」として、以前、SUUMOジャーナルでも紹介しました。

山あいにある小菅村。多摩川の源流の村でもあります(写真提供:SUUMOジャーナル編集部)

山あいにある小菅村。多摩川の源流の村でもあります(写真提供:SUUMOジャーナル編集部)

小菅村のタイニーハウスのひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小菅村のタイニーハウスのひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

この小菅村で今年10月に誕生したのが、感染症対応をしつつ、災害発生時に避難場所として活躍するタイニーハウスの「ルースターハウス」です。

2020年10月にお披露目となった「ルースターハウス」。見た目はかわいいが、避難所になる(写真提供/小菅村)

2020年10月にお披露目となった「ルースターハウス」。見た目はかわいいが、避難所になる(写真提供/小菅村)

ちなみに、「ルースター」は英語で、雄鶏という意味のほか、とまり木、ねぐらという意味があるとか。災害時のひとときの住まいという意味で、「ルースターハウス」と名付けたといいます。

このルースターハウスの特徴は、災害時、感染症対策をしながらの避難場所になるだけでなく、(1)軽トラ一台で持ち運べる、(2)4m×4mのスペースに、ドライバーとレンチがあれば大人2~3人で、1時間程度で組み立てられ、(3)山梨県の木材を活用する、といった点にあります。トイレやシャワーなどの水まわりはありませんが、家族4人程度のプライバシーを保ちながら仮住まいすることが可能です。

地元の間伐材を加工して集成材とし、建物の骨組みにしている。避難場所、資源の有効活用、地元の産業振興と一石三鳥にもなる(写真提供/小菅村)

地元の間伐材を加工して集成材とし、建物の骨組みにしている。避難場所、資源の有効活用、地元の産業振興と一石三鳥にもなる(写真提供/小菅村)

(写真提供/小菅村)

(写真提供/小菅村)

ルースターハウスの原型は、「タイニーハウスコンテスト」の応募作品

このルースターハウスの仕掛け人となったのは、前回の取材でも登場してくれた一級建築士・技術士の和田隆男さんと小菅村村長の舩木直美さんの2人です。

「小菅村では毎年、タイニーハウスコンテストを開催しているのですが、2019年に最優秀賞を獲得していた、滝川麻友さんの『森を浴びる家』のアイデアはすばらしく、なんとかかたちにしたいと思っていました」と和田さん。

『森を浴びる家』の応募時の模型。当初は好きな場所で組み立てることができ、自然の明かりで目覚める住まいを考えていて、防災用の用途は考えていなかったといいます(写真提供/小菅村)

『森を浴びる家』の応募時の模型。当初は好きな場所で組み立てることができ、自然の明かりで目覚める住まいを考えていて、防災用の用途は考えていなかったといいます(写真提供/小菅村)

しかし、今年はコロナウイルスの流行もあり、サンプルをつくるのは難しいと考えていたところ、舩木村長から「組み立て式の建物でポータブル。これは、感染症流行下の避難場所として活用できるのではないか。費用はなんとか工面するので、かたちにしてみよう」と提案があり、サンプルづくりを進めたそう。

そもそも、災害発生時に自治体が設置する避難所は、学校などの公共施設に開設されることが多く、多数の人が避難生活を送るため、プライバシーが確保できない、感染症の集団感染が起きるといった問題点が指摘されてきました。

「災害はいつ、どこで発生するかわかりません。しかも今年はコロナウイルス対策として、避難場所の受け入れ人数を半分以下とせざるを得ないため、国も地方自治体も頭を悩ませています。このルースターハウスは組み立て式で持ち運べる。ひょっとしたら避難場所になるのでは、という思いがありました」(舩木村長)

ちなみに、東日本大震災発生時には、「まわりに迷惑がかかると感じた」「設備面で滞在に支障があった」といった理由で避難所から退所していった人が多かったそう(平成25年「避難に関する総合的対策の推進に関する実態調査結果報告書」内閣府)。特に小さな子どもや高齢者・障がいがある人にとっては、避難所での大きな場所が区切られていない、集団生活は大きなストレスとなることでしょう。

また、小菅村では2019年台風19号で被災し、道路が寸断された経験があることから、災害時に空輸・持ち運びしやすさを考え、組立前の重量350kg以内、一つのパーツの長さ1.8m、重さ10kg未満など、軽トラに乗せられる「持ち運びやすさ」にもこだわったといいます。

材料は軽トラック一台で運べる(写真提供/小菅村)

材料は軽トラック一台で運べる(写真提供/小菅村)

「地方の山間の集落は道路も細く、大型トレーラーが入れないことがあります。機動力のある軽トラで持ち運べることというのはサンプルをつくるのにあたって何度も言われました」と和田さん。被災経験があり、地方の実情を知っているだけに、その説得力は十分です。

船木さんは、「このルースターハウスがあれば、周囲の目を気にせずに避難生活が送れます。感染症が流行する心配もなく、自宅とまではいかなくとも、多少なりともくつろげることでしょう」といいます。

タイニーハウスの表彰式での和田さん(左)、デザインした滝川さん(中央)、村長の舩木さん(右)(写真提供:小菅村)

タイニーハウスの表彰式での和田さん(左)、デザインした滝川さん(中央)、村長の舩木さん(右)(写真提供:小菅村)

ちなみに、このルースターハウスの原型となった『森を浴びる家』をデザインした滝川麻友さんは、応募当時、高校生でしたが(!)、現在は早稲田大学建築学科に進学したといいます。
「今回のサンプルを拝見して、自分が空想していたことが現実になったのが、いちばんの驚きでした。私の妄想が大人のみなさんの力でかたちになっていき、貴重な経験をさせていただいたと思っています」と話します。若い着想と大人の力が組み合わさって新しいタイニーハウスができる。まるでドラマのような展開ですね。

気になる価格は80万円程度? 平時はグランピングとして活用!

今回のルースターハウスはまだサンプルの段階ですが、実用化にあたっての課題、今後の活用法についても聞いてみました。

「骨組みは木材ですが、タイニーハウスの外側はポリエステル樹脂を使っていて、通気性や断熱性などの居住性を高めつつ、耐久性も確かめたいですね。また、デジタルファブリケーションを使って加工しているので、1基を生産するのに5日間かかりました。量産化するのであればこのペースアップ、1基の価格設定でしょうか」と和田さん。ちなみに現在だと外皮を含めて一基80万円ほどかかりますがこれからコストダウンを考えますとの事。舩木村長からも、もう少し安く、早くできるようにプッシュされているとか。

デジタルファブリケーションを用いて木材を加工している(写真提供/小菅村)

デジタルファブリケーションを用いて木材を加工している(写真提供/小菅村)

「ルースターハウスは、平時はグランピングやキャンプなどの宿泊施設としてお金を稼ぎ、非常時には仮設住宅、避難場所として活用することを考えています。小屋もしまっておくのではなく、平時も非常時も活用できるのが理想ではないでしょうか」(舩木村長)

グランピングやキャンプなど宿泊施設としての活用も検討中(写真提供/小菅村)

グランピングやキャンプなど宿泊施設としての活用も検討中(写真提供/小菅村)

移動可能な小さな住まいにはモンゴルの伝統家屋「パオ」、避難場所として受け継がれてきた日本の「板倉小屋」がありますが、ルースターハウスは「パオ」や「板倉小屋」のいいとこ取りをしています。もちろん、自然災害が起きないに越したことはありませんが、世界中で気候変動が進む今、日本のみならず各国で住まいの備えが必要になりつつあります。もしかしたらルースターハウスは、日本発の持ち運べる避難場所として世界に広まっていくかもしれません。

●取材協力
小菅つくる座
小菅村 ルースターハウス
タイニーハウス小菅プロジェクト

パリの暮らしとインテリア[7]18世紀築のアパルトマンを大改装! 2度目の外出禁止令のお家時間

2度目のロックダウンになる前に訪問した、パリの中心部にも近いサン・ドニ門近くに住むファッション小物ブランド「MAISON N.H PARIS」代表、紀子さんのアパルトマンをご紹介。外出禁止令が出てからのお家時間についても伺いました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。アパルトマン購入のきっかけと決め手になった条件

紀子さんは雑誌や広告のファションコーディネーター、プロデューサーとして活躍し、並行して6年前から始めたラフィアのバック、帽子スカーフなどのファッション小物のブランドMAISON N.H PARIS代表でもあります。娘で22歳のマヤさんはすでに独立し、息子のリュアン君18歳はロンドン留学中、レイ君14歳は父親(元夫)のところと紀子さんのアパルトマンを1週間おきに行き来しています。
20年前、このアパルトマン購入を決意したのは、マヤさんが生まれて3人家族になり、パリ18区にあった50平米のアパルトマンが手狭になったから。「当時、彼(元夫)の仕事場に向かう郊外列車の駅が北駅で、徒歩で通える範囲で探しました」と紀子さん。
メトロの駅にも歩いて行けて、日当たりが良く、大きな浴槽を置くことができる物件を、広さ80平米という条件で探していましたが、18世紀に建てられた130平米のこのアパルトマンをとても気に入ってしまったそう。パリの住宅事情では、明るい部屋を探すのはとても大変ですが、このアパルトマンの日当たりの良さが購入の決め手となりました。「全てを得るのは難しいので、どこで折り合いをつけて、その中で幸せを見つけるかが私の人生のテーマ」 (紀子さん)。パリの古い建物にはよくありがちなエレベーター無し、階段で5階まで上り下りをすることにも躊躇しなかったそうです。

4部屋に区切られていた壁を全部取り払い、日当たりの良い広いサロンに改装(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4部屋に区切られていた壁を全部取り払い、日当たりの良い広いサロンに改装(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サン・ドニ門の商店街に面するアパルトマン

パリの中心地にも近い10区にあるサン・ドニ門の商店街はもともとコスモポリタン的な街です。紀子さん家族が移り住んだ2001年ころは、中近東インドをはじめオリエンタル系、アフリカ雑貨のお店がほとんどを占めていたそう。
ここ6、7年でおしゃれなカフェやレストランなどが増えたため、集まる人たちも多様になりつつあります。BOBO(ボボとはブルジョワ・ボヘミアンの略で、中流階級で高学歴、自由に生きている人々。ファッション業界や自由業が多いとされている)と呼ばれる人々が物価の安かったころに物件を買って住み始めたのも影響しているそう。
近くにはヘアサロン用のヘアカラーやウィックなどプロの卸問屋が軒を連ねたり、小さなテアトルがあったり「にぎやかな地区でお店もいろいろあって生活にはとても便利です」と紀子さんは話します。

紀子さんのアパルトマンから見下ろした商店街。外出制限の時もこの窓辺で過ごすことが多かったそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

紀子さんのアパルトマンから見下ろした商店街。外出制限の時もこの窓辺で過ごすことが多かったそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自宅からこのサン・ドニ門をくぐればパリの中心地へ、毎日必ず見る光景(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自宅からこのサン・ドニ門をくぐればパリの中心地へ、毎日必ず見る光景(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パッサージュ・ブランディはインドのレストランや雑貨、食材の店が並んでいる。「よくここで香辛料などを購入して自宅で料理します」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パッサージュ・ブランディはインドのレストランや雑貨、食材の店が並んでいる。「よくここで香辛料などを購入して自宅で料理します」(写真撮影/Manabu Matsunaga)

Chez Janetteは紀子さんは子どもを学校へ送り届けた後に、ママンたちとお茶をして情報交換をする場所。今は仕事帰りやひと息つきたいときにカウンターでカフェを飲むそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

Chez Janetteは紀子さんは子どもを学校へ送り届けた後に、ママンたちとお茶をして情報交換をする場所。今は仕事帰りやひと息つきたいときにカウンターでカフェを飲むそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

18世紀築のアパルトマンを大改装

2000年の購入当時、扉や天井が歪んでいたりして全てがボロボロだったため、大規模な改装工事を物件の購入価格の1/6の工事費をかけて行いました。物件は洋服関係の作業場だったらしく、130平米に何部屋も小部屋があり、床にはボタン類が散らばっていたそう。今の大きなサロンはもともと4つの部屋に分かれていて、まずは壁を取り除くことから始まりました。キッチンをサロンの一角に設置し、お風呂場、ベッドルームを4部屋つくるという大工事です。そのうちの2部屋はバスルーム&トイレを真ん中に置く設計で、両部屋から入ることができ、扉の鍵を締めればプライバシーが保てる仕組みになっています。「引越しした時は長女も小さくまだ3人家族だったので、この使わない2部屋には小さなキッチンもつけて部屋貸できるようにしました。工事費用の足しになるように考えたのです」と紀子さん。

部屋貸しできるよう設計された部屋は、今はレイ君の部屋に。スケートボードに夢中の男の子14歳の部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

部屋貸しできるよう設計された部屋は、今はレイ君の部屋に。スケートボードに夢中の男の子14歳の部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

階段やファサードなどの日本では「共用部」と呼ばれる部分の改装工事や修理代、時には壁の中の配管や防湿剤など直接隣接していない工事に関してもアパルトマンの全住人がお金を出して直していきます。興味深いのがフランスの建物のシステム。その金額は住んでいる家の大きさによって何%払うかが決められるといいます。紀子さんの家は広いので、工事費の10%を支払う義務があり、この19年間で1000万円ぐらい支払ったそう。
18世紀築の古い建物なので、日常的に修繕が行われ、住民同士が助け合って、大切にこの後も住み続けていくことになります。

大きなサロンの5つの役割

大工事の末にでき上がった大きなサロンは55平米あり、玄関、キッチン、大きなテーブルのあるダイニング、ソファーとローテーブルのあるくつろぎのスペース、そして、思いがけずコロナの外出制限のときにはとても重要な場所になった窓辺の5つのスペース。

冬でも季節関係なく使っているMAISON N.H PARISの籠バッグ。北マレの人気ブロカント市で購入したチェストと棚。一輪挿しや旅から持ち帰った物が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

冬でも季節関係なく使っているMAISON N.H PARISの籠バッグ。北マレの人気ブロカント市で購入したチェストと棚。一輪挿しや旅から持ち帰った物が飾られている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

まずは家の中に入ると、友達から譲り受けたベンチがあり、ここでコートを脱いだり靴を履いたりする玄関コーナーがあります。サロンへ続く壁際のチェストには鍵やマスクや郵便物を置いた、生活の流れを感じることができる配置。
「天井はちょっと低いけど、広いサロンがバスルームと同じぐらい好きな場所。高級な家具はないけどお気に入りばかり」と紀子さん。ほとんどがヴィンテージ家具で、蚤の市や友人から譲り受けたり、道で拾ったりしたもの。
離婚して1人になった時に、大人は自分しかいない家になったから「好きな物だけに囲まれたい」と思ったのが今のライフスタイルの原点だそう。
サロンの窓に向かって右側がダイニング。最大15人座れる大きなテーブルも友達から譲り受けたもの。食事以外でもこの大きなテーブルで仕事をしたり、子どもたちと話たり、時には仕事のミーティングもする場所。

写真右奥にはNYのイサムノグチ美術館で購入したグリーンの版画と赤いイケアの引き出しがある「ファッションは黒っぽい格好が多いけど、インテリアはJoyeuse Bordel(明るく雑然とした感じ?というような意味)が好み」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

写真右奥にはNYのイサムノグチ美術館で購入したグリーンの版画と赤いイケアの引き出しがある「ファッションは黒っぽい格好が多いけど、インテリアはJoyeuse Bordel(明るく雑然とした感じ?というような意味)が好み」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この本棚はイケア製。テーブルには花を活けることが多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この本棚はイケア製。テーブルには花を活けることが多い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

くつろぎのソファーコーナーと窓際

サロンの窓に向かって左側のスペースの日の差し込み方が好き、と紀子さんが言うように、購入の決め手となるのも頷けるほどとても明るい。そこはくつろぎのコーナーで大きなソファーは、なんと紀子さんが道で見つけてきたもの。こういうときは力が出てしまうと、5階の家まで担いできたといいます。
フランスでは古いものを大切に使うし使えるものは拾ってきてしまう、これはとても一般的。粗大ゴミをネットで回収日と時間を決めて道に出しても、必要と思う人が持って行ってしまうことも多いのです。拾うことに抵抗がない国民性なのかもしれません。たしかに100年経っていない、でも古いものを売る”ブロカント市”は全国的に人気で、紀子さんも年に2回開かれる北マレのブロカント市の常連です。フランスにはさらに「ヴィッドグルニエ」という家庭の不用品を売る市もここ数年人気を博しています。紀子さんもサイト情報をチェックしているそう。

道で拾ってから家のメンバーになったソファ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

道で拾ってから家のメンバーになったソファ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「前はサロンにテレビとゲームがあったのですが、子どもたちも大きくなってどかしました。そうしたら子どもたちとの会話が増えたような気がします」と紀子さん。ラグはインドのハンドメイド」ハンドメイドというものが好きと言う紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「前はサロンにテレビとゲームがあったのですが、子どもたちも大きくなってどかしました。そうしたら子どもたちとの会話が増えたような気がします」と紀子さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラグはインドから持ち帰ったハンドメイド(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラグはインドから持ち帰ったハンドメイド(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓から見えるのはコロナ前と変わりのない普通の景色。けれど、ロックダウンで外を眺めてコーヒーを飲む癖がついてしまったそうです。「テーブルと椅子を窓辺に置いて朝食を食べたり、今は第二の外出制限中。不要な外出を避けて自宅窓際カフェで我慢するしかないようです」(紀子さん)今では一人のときは窓際で多くの時間を過ごす、重要な場所になったそう。

天井を真っ直ぐつけると窓が開かなくなるので、実は湾曲している。古い建物ばかりのパリではそんな事がよくあるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井を真っ直ぐつけると窓が開かなくなるので、実は湾曲している。古い建物ばかりのパリではそんな事がよくあるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓と窓の間に置かれたチェストの上にある個性的な花瓶は、実は60年代の北欧のDANSK社のワインクーラー (写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓と窓の間に置かれたチェストの上にある個性的な花瓶は、実は60年代の北欧のDANSK社のワインクーラー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日のよく当たる窓際の隅には大きな籠を置いてひざ掛けやテーブルクロス。紀子さんの見せる収納術(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日のよく当たる窓際の隅には大きな籠を置いてひざ掛けやテーブルクロス。紀子さんの見せる収納術(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「植木類を育てるのは苦手だけれどサボテンはぐんぐん伸びるので面白い」と紀子さん。伸びすぎた部分をカットして今乾かし中で、もう少ししたら土に植えるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「植木類を育てるのは苦手だけれどサボテンはぐんぐん伸びるので面白い」と紀子さん。伸びすぎた部分をカットして今乾かし中で、もう少ししたら土に植えるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンにあるオープンキッチンは見せるスタイル

元夫はミニマルなシステムキッチンにして全てを収納しようと思っていたといいますが、バスルームにお金をかけすぎてしまったため、28年前に救世軍で買ったビュッフェ(食器棚)を置いてオープンキッチンにしたそうです。「いつか工事と思いながら仮の姿でそのまま20年経ちました(笑)。
ビュッフェはもともと黄色にペイントされていて、フランス北部の街アミアンのアパートから18区のアパートを経てこの定位置に落ち着きました。ハゲていても全然気になりません」と紀子さん。
「見えるところに調味料など置いてあった方が使いやすいし、カゴを使ってラップなどのキッチン消耗品を入れたり、そんなスタイルの方が好きだし自分らしい」。ミニマルや超モダンなものに疲れてしまう自分を発見したと話します。
家のいろいろなところに食器が飾られている紀子さんのアパルトマン「私は食器は使ってなんぼと思っているので、身の丈に合わないものは買わないようにしているんです。毎日の日常生活を彩ってくれるので、割れても後悔しないくらいの金額」というのが紀子さんのバランスです。

28年前に5000円ぐらいで買った黄色いビュッフェでキッチンとダイニングコーナーを仕切っています。この裏が流し台調理台になっている。花を活けることが好きで、たくさんの花瓶を持っている紀子さん。特に一輪挿しが好きで、気に入ったものがあれば買ってしまうほど(写真撮影/Manabu Matsunaga)

28年前に5000円ぐらいで買った黄色いビュッフェでキッチンとダイニングコーナーを仕切っています。この裏が流し台調理台になっている。花を活けることが好きで、たくさんの花瓶を持っている紀子さん。特に一輪挿しが好きで、気に入ったものがあれば買ってしまうほど(写真撮影/Manabu Matsunaga)

豚の籠の中にはビニール袋、調味料はガラス瓶に入れて中身が分かるように。<SIMPLE>という料理本はエスニックな調味料を上手に使っていてとても美味しいレシピばかりだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

豚の籠の中にはビニール袋、調味料はガラス瓶に入れて中身が分かるように。<SIMPLE>という料理本はエスニックな調味料を上手に使っていてとても美味しいレシピばかりだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日本茶、中国茶、ハーブティー、紅茶。お茶というお茶が大好きな紀子さんは、いろいろなポットを持っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

日本茶、中国茶、ハーブティー、紅茶。お茶というお茶が大好きな紀子さんは、いろいろなポットを持っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一番こだわったバスルームへ続く寝室

前に住んでいたアパルトマンいは小さなシャワー室しかなく、それがストレスだった紀子さん。だから、絶対に大きなバスタブにしたかったそう。そして、フランス式に溜めたお湯の中で体を洗うのではなく、バスタブとは別にシャワーを設置して、シャワーとバスタブは行き来できるようにセメントのブロックで階段をつけました。
当時インターネットも普及しておらず、今ほどおしゃれなパーツが売っていなかったそう。探しに探してたどり着いた蛇口は一目惚れしたVolaシリーズ、デザインはアルネヤコブセン。洗面器は木の上に置けるようなタイプが見つからず、イタリアからお取り寄せというこだわりぶり。
「家で一番好きなバスルームで本を読んだり、スマホをいじりながらお風呂に入るのがワーカホリックな私の唯一無二のリラックスタイムです」と紀子さん。

バスルームもたくさんの光が入る。床はフローリングのままというのが紀子さんらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームもたくさんの光が入る。床はフローリングのままというのが紀子さんらしい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスソルトはハーブやエッセンシャルオイルをミックスして楽しんでいるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスソルトはハーブやエッセンシャルオイルをミックスして楽しんでいるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームへ直接アクセスできる紀子さんの寝室は、小さな中庭に面していてとても静か。
「家で過ごす土曜日がこんなに好きなのはお昼寝できるから。家でずっと過ごすからこその至福の時」。外出制限中のおうち時間も苦ではないそう。
ベッドカバーは季節ごとに変えるようにしているとか。夏はカラフル、冬になったらメキシコの市場で購入した白黒に模様替え。インドのSerendipity Delhiのランプシェードは苦労して持ち帰った旅の思い出。

寝室は中庭側、サロンは光の入る道路に面した側、というのがフランス式(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室は中庭側、サロンは光の入る道路に面した側、というのがフランス式(写真撮影/Manabu Matsunaga)

帽子好きな紀子さんは、旅で見つけたものもコレクションに。自分のブランドでもつくっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

帽子好きな紀子さんは、旅で見つけたものもコレクションに。自分のブランドでもつくっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

年々パリの物件価格は上昇していて、不動屋に見積もってもらったところ、購入金額の4倍にもなっていたとか。このアパルトマンは、すでにローンも払い終わっていますが、子どもたちもほとんど家にいない時間が多くなり、紀子さん一人で住むには広すぎると言います。「この際ここを売って新たに物件を探そうかと考えているところです。パリ市内にこだわっていませんが、コロナ以降は、比較的アクセスがよく、もっと自然と寄り添える、周辺環境が静かな地区で、庭などの空間があったらいいなと漠然と考えています。広さは今の半分で十分」。コロナはまだまだ猛威を振るっていますが、考えや価値観を見直すきっかけになり、得ることも多かったのも確かなようです。

●取材協力
MAISON N.H PARIS

保護猫と暮らす三軒茶屋の「サンチャコ」。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方

ワーキングスペースとレンタルスペース、賃貸住宅からなる複合施設「SANCHACO(サンチャコ)」。飲食営業可能なレンタルスペースを除いて保護猫が施設内を歩き回わり、住民や地域の人々が触れ合っている光景に、思わず笑顔になる場所だ。オーナーであり、全国でまちづくりや地域活性化のプロジェクトに携わる東大史(あずま・たいし)さんの発想から実現した。保護猫を軸とした本施設を手掛けたきっかけなどを伺った。
ネコファースト! 保護猫をハブに地域コミュニティを維持

「サンチャコ」があるのは、東急田園都市線「三軒茶屋」駅から歩くこと5分ほどの、にぎやかな大通りから一本入った路地。ローカル感が色濃い東急世田谷線の「西太子堂」駅にもほど近く、のどかな雰囲気だ。

三軒茶屋駅付近(写真/PIXTA)

三軒茶屋駅付近(写真/PIXTA)

「サンチャコ」の外観。防火規制区域内のため、木造耐火建築物として建てられた(画像提供/チームネット)

「サンチャコ」の外観。防火規制区域内のため、木造耐火建築物として建てられた(画像提供/チームネット)

「三宿のあたりに軍の拠点が置かれた明治時代から、三軒茶屋では商店街が形成され、自動車が普及する前から市街地化していました。そのため道路幅が狭く、個性的な個人店舗が多いのが特徴です。再開発によって画一的で無個性な、人々が交流できなくなっている街が増えているなか、三軒茶屋では地域コミュニティを保てるよう、ここに代々土地を継いできた者として何ができるか考えた結果が『サンチャコ』でした」と東さん。自身が生業としてきた地域資源を活かす活動と、大好きな猫とを掛け合わせた事業を実現した。

social inclusion(ソーシャル・インクルージョン=社会的包容力)、sensuousness(センシャスネス=審美性)、sustainability(サステナビリティ=持続可能性)の3つのSをキーワードに、猫の幸せ・人の幸せ・地域コミュニティの幸せを結びつける場所にしたいと話す。

エントランスに猫のあしあと。ほかにも猫モチーフが施設のいたるところに(写真撮影/片山貴博)

エントランスに猫のあしあと。ほかにも猫モチーフが施設のいたるところに(写真撮影/片山貴博)

“猫の幸せ”を実現するために、「サンチャコ」では保護猫の譲渡を軸に活動を行っている。取材をした2020年10月時点で、3匹の保護猫が居住。飼い主が亡くなってしまった近隣の猫たちで、サンチャコに来るまでは近所の方がお世話をしていたそう。猫たちがサンチャコに引越してからも、その方が猫当番のひとりとしてサンチャコを訪れていて、居住者をはじめ、自然と地域交流が生まれている。

オーナーで自身も保護猫を飼う東大史さん(右)と、建築プロデュースをしたチームネット代表の甲斐徹郎さん。東さんに抱かれているのは、16歳の長老、三毛猫のミーちゃん(写真撮影/片山貴博)

オーナーで自身も保護猫を飼う東大史さん(右)と、建築プロデュースをしたチームネット代表の甲斐徹郎さん。東さんに抱かれているのは、16歳の長老、三毛猫のミーちゃん(写真撮影/片山貴博)

1階はものづくりの拠点と譲渡会などイベント会場に

「サンチャコ」は木造3階建て。1階がワーキングスペースとレンタルスペース、2・3階が賃貸のメゾネット住宅というつくりだ。保護猫が主に過ごすのは、1階奥の共用スペース「にくきゅう」とワーキングスペース「neco-makers」。猫たちが脱走しないように入口を古民家で使われていた建具で二重に囲ったり、猫たちがリラックスできるよう床には奥多摩産の木材を敷いたりと、工夫されている。

棚から来客の様子を伺うハチワレのハナちゃん。共用スペースの棚などはDIYで制作。「三軒茶屋は商店が元気な街で、近所に木材屋や金物屋などがあるんです。DIYのワークショップなどで、その街の文化を伝えていけたら」と東さん(写真撮影/片山貴博)

棚から来客の様子を伺うハチワレのハナちゃん。共用スペースの棚などはDIYで制作。「三軒茶屋は商店が元気な街で、近所に木材屋さんや金物屋さんなどがあるんです。DIYのワークショップなどで、その街の文化を伝えていけたら」と東さん(写真撮影/片山貴博)

ワーキングスペースは、2021年度からのオープンに向けて準備中。一般の人も利用できる会員制で、現在会員を募集している。高機能ミシンやレーザーカッターなどが設置される予定だ。「ものづくり拠点としてここにクリエイティブな人たちが集まり、猫好き同士の異業種コラボからさまざまなプロジェクトが生まれて、三軒茶屋の街に『サンチャコ』のコンセプトが広がってくれることを期待しています」(東さん)

そのほか、譲渡会や猫の飼い方教室などの猫に関するイベント、DIYをはじめとした各種ワークショップなどを構想。譲渡会では、10歳を超えたシニア猫にも出会う機会を設けていきたいという。

ワーキングスペースで毎月開催される「SANCHACO茶会」の様子。まちづくりや地域活性化、保護猫にちなんだゲストを迎えて意見交換などが行われる(写真撮影/片山貴博)

ワーキングスペースで毎月開催される「SANCHACO茶会」の様子。まちづくりや地域活性化、保護猫にちなんだゲストを迎えて意見交換などが行われる(写真撮影/片山貴博)

「『サンチャコ』の周りには高齢の単身者が多いのですが、猫を飼うと生きがいや外との繋がりが増えて良いと思っているんです。ただ、多くの譲渡会で出会えるのは子猫がほとんど」。猫の寿命は20年くらいあり、小さいうちは手が掛かるということもあって、お年を召した方の場合、既存の譲渡団体からはNGになってしまうことが多いという。

「一方で、うちにいるようなシニア猫でしたら落ち着いていてお世話も比較的楽ですし、何かあればここで面倒を見られる。そうやって猫との暮らしをアシストしていければ。孤立している単身高齢者も猫を通じて地域と繋がっていけるんじゃないかなと思います」と今後の展望を教えてくれた。

カフェやスナックを介してサンチャコに関わるきっかけづくり

道路に面したレンタルスペース「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」でも、地域との交流の機会をつくっている。カフェやスナックなどの飲食営業やギャラリーができるスペースだ。「通りすがりの方にも、レンタルスペースで開かれるカフェなどを通じてこの建物に興味を持ってもらえたら」と東さん。レンタルスペースからは、猫がいるスペースが見えるようになっている。

道路から見る「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」(写真撮影/片山貴博)

道路から見る「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」(写真撮影/片山貴博)

取材日に営業をしていたのは、「AWO STAND(アヲスタンド)」で、ご実家がお茶屋さんという丸谷阿礼さんが店主となり、加賀棒茶などを提供していた。丸谷さんは、世田谷で地域猫の世話をする団体「きぼうねこ」を立ち上げて活動している。サンチャコの説明会に参加したことをきっかけに、何か携われることはないかと、カフェを開くことにしたのだそう。

丸谷さんが営業する「AWO STAND(アヲスタンド)」(不定期開催)。日本茶とノンアルコールドリンクを提供(写真撮影/片山貴博)

丸谷さんが営業する「AWO STAND(アヲスタンド)」(不定期開催)。日本茶とノンアルコールドリンクを提供(写真撮影/片山貴博)

丸谷さんのほかにも、サンチャコの説明会に参加した方が何かしらで関わっていきたいと、夜にスナックを営業している。このスペース自体が、サンチャコと、さまざまな形で地域や猫に関わりを持ち続けたい方とが繋がる場として機能。さらにここで開かれるカフェなどが、サンチャコと地域とを繋げる大きな役割を果たしている。

レンタルスペースで保護猫の情報を紹介。サンチャコに暮らす保護猫はみな譲渡可能(写真撮影/片山貴博)

レンタルスペースで保護猫の情報を紹介。サンチャコに暮らす保護猫はみな譲渡可能(写真撮影/片山貴博)

猫初心者へ間口を広げる新しい不動産の形

最後に、2・3階の賃貸住宅を見てみよう。賃貸住宅では、一年くらいを目途に保護猫を譲り受けることを推奨し入居してもらっているのが特徴だ。

「不動産市場では、ペットを飼ってみたいけど、飼育経験がないので迷っているという方が2割くらいいるらしいんです」と東さん。昼間や旅行中は共用スペースで入居者みんなで猫の世話をするなど、初心者でも猫を無理なく飼えるような環境を用意することで、ニーズに応える新しい不動産の形を提案している。

猫の種類が各部屋の名前に。玄関前にはかわいらしいサインがあしらわれている(写真撮影/片山貴博)

猫の種類が各部屋の名前に。玄関前にはかわいらしいサインがあしらわれている(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅は全室メゾネット。写真の部屋は2020年10月末現在で空きがある「ハチワレ」(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅は全室メゾネット。写真の部屋は2020年10月末現在で空きがある「ハチワレ」(写真撮影/片山貴博)

お話を伺った入居者のMさん夫妻が、まさにその2割に当てはまる。「ここ数年ずっとペットを飼ってみたいと思っていたんですけど機会がなかったんです。他の物件に決めかけていましたが、心のなかで何かが引っかかっていて。そんな折に、『サンチャコ』を見つけて、ここだ!と」と妻。入居してからは、週一回の猫当番で共用部の猫のお世話をしながら、いつか自宅で猫を受け入れる準備をしている。

共用スペースに置かれた「にゃんこ連絡帳」。猫の特徴や体調の変化などが記されている。またLINEのグループをつくるなど、初心者でも安心して猫のお世話ができるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

共用スペースに置かれた「にゃんこ連絡帳」。猫の特徴や体調の変化などが記されている。またLINEのグループをつくるなど、初心者でも安心して猫のお世話ができるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

「いろんな猫がいるので、猫も性格がさまざまなのだと、ここに暮らして初めて知りました」と妻が話すように、活動は猫それぞれ。賃貸住宅は全4部屋。猫が上下運動できるよう階段があるメゾネットだが、キャットウォークなどは設けられていない。猫の動きによって空間をアレンジできるよう、部屋はシンプルなつくりになっている。

猫用に棚などが必要になれば、1階のワークスペースでDIYすることができる。「共用スペースの棚を真似して、サポートしてもらいながら自分たちの部屋にも棚をつくってみました」と夫。実はDIYを始めてみたかったという夫は、DIYができる環境も入居の決め手になったそう。

住み心地や今後の暮らしについて伺うと、「以前住んでいた街と違って、三軒茶屋は個性的なお店がいっぱいあるので、街歩きが楽しみです。ただ、ずっとここに暮らすというよりは、いずれ卒業しなきゃというイメージで入居しました。猫との暮らしを始めたい次の人にバトンを渡すことで、循環が生まれるのではないでしょうか」と夫。「仕事と家庭とじゃないですけど、猫と仕事との両立ができるようになったら卒業なんじゃないかなと思います。ここで猫の飼育方法を学んで、一人前にならなきゃ」と妻も、卒業に向けてサポートを受けながら猫と一歩一歩歩んでいる。

賃貸住宅の共用廊下へ繰り出すノンちゃん。「夜、玄関扉前で“入れて~”と鳴いていることもあるんですよ」と妻が教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅の共用廊下へ繰り出すノンちゃん。「夜、玄関扉前で“入れて~”と鳴いていることもあるんですよ」と妻が教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

猫と暮らす、猫と働く、猫の世話をしに訪れる……サンチャコではさまざまな猫との接し方があり、自分に合ったスタイルで、猫の幸せ、そして地域コミュニティと繋がることができる。猫も人も地域も幸せになれるサンチャコの仕組みが、より多くの場所で広がると、動物の殺処分や孤独死など大きな社会問題の解決策のひとつになっていくのではないだろうか。

●サンチャコ
●ワーキングスペース neco makers●取材協力
・合同会社シナモンチャイ
・株式会社チームネット

月収2万円で「山奥ニート」歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った

最寄駅から車で2時間という和歌山県の山奥に、廃校になった小学校を再利用して、全国からニートや引きこもりの若者14人が共同で生活するシェアハウス「NPO共生舎」がある。月額1人2万円で、ネット付きの居住スペースと食事代をまかなう。「自分自身がかつて引きこもりで、今は山奥ニート」と話すのは、同NPO理事で、この春に著書『「山奥ニート」やってます。』(光文社 刊)を上梓し、話題を呼んでいる石井あらたさんだ。その山奥生活について、詳しい話を聞いた。5月に発売された書籍『「山奥ニート」やってます。』は1万8000部(3刷)と売れ行き好調(写真提供/石井あらたさん)

5月に発売された書籍『「山奥ニート」やってます。』は1万8000部(3刷)と売れ行き好調(写真提供/石井あらたさん)

地域の人々との交流は大切な生活の一部

“山奥ニート”石井さんの生活は、朝はだいたい11時に起きてから今日は何をしようかと考え、焚き火をしたり、リビングで他の人とゲームをしたり、読書したりという、まさにその日暮らし。「自分も含めてニートは先のことを考えるのが苦手だと思う。『今』だけを考えて生きている」と話す石井さん。都会がコロナ禍でマスクや消毒に追われる緊張感ある生活なのと対照的に、コロナ禍でも生活は以前と全く変わりないと話す。

一方で共生舎は、これまで見学者や移住希望者の受け入れを行っていたが、この8月からは全面停止。再開のめどは立っていないという。「(感染症リスクを考えると)地域の方たちと交流しにくくなる」というのが理由だ。石井さんたちが暮らすのは、平均年齢80歳、山奥ニートの他に、徒歩圏内の住人はたった5人という集落。10代から40代の共生舎の住民たちは、キャンプ場の清掃や、梅農家のお手伝いなどをしながら、同じ村や近くの村に住む人たちと関わっている。また、スポーツを一緒に楽しんだり、祭りなどの村の行事にも積極的に関わっているので、こうした配慮は重要だ。

石井さんたちが住む五味集落までの道(写真提供/石井あらたさん)

石井さんたちが住む五味集落までの道(写真提供/石井あらたさん)

五味集落(写真提供/共生舎)

五味集落(写真提供/共生舎)

地元の年配者との交流は自然の流れ(写真提供/石井あらたさん)

地元の年配者との交流は自然の流れ(写真提供/石井あらたさん)

“山奥ニート”になったきっかけは福島でのボランティア

今は、好きなことをしたり、地元の人々のお手伝いをしながら、気ままに山奥ニートライフを送る石井さん。ブログのアフィリエイトで得る月2万円が主な収入だが、それでも家賃0円ということもあって、十分な生活を送れていると感じている。

そんな石井さんが山奥ニートになったきっかけは、2012年に東日本大震災のドブ掃除のボランティアとして出向いた福島での出来事に遡る。当時、すでにニート生活2年目。たまたま友人と旅をしていた広島で東北の被災状況を見て、改めて自分の人生を振り返り「好きなことをやって、死ぬ瞬間に後悔しないようにしたい」と思ったそうだ。そんな石井さんをさらに突き動かしたのが、NPO の人に言われた一言だった。

「ニートや引きこもりの人は、大きな力を溜め込んでいる。でもそれを活かせる機会がない。でもこういう非常時では、それが何より助かる」

以来、「誰かに必要とされたい」という思いを募らせ、同じ思いを持つニート仲間を探しはじめた。同時にニートが集まれば、何か起こるのではないかと漠然と考えるようになった。「同じ種類の人間が集まれば、互いに強化しあって、そこから何か文化のようなものが生まれるのではないか」と思ったのだ。

こうしたなかで出会ったのが、今も山奥で生活を共にする“ジョーくん”だ。彼の紹介で、2014年にNPO 共生舎のことを知り、「親の目を気にせず、思う存分引きこもる」ために山奥で生活することを決めた。

山奥の遊びの鉄板、焚き火。夏は河原で泳いだり、バーベキューも楽しめる(写真提供/石井あらたさん)

山奥の遊びの鉄板、焚き火。夏は河原で泳いだり、バーベキューも楽しめる(写真提供/石井あらたさん)

「こんな場所が近くにあるのは、ちょっと自慢」(石井さん)(写真提供/石井あらたさん)

「こんな場所が近くにあるのは、ちょっと自慢」(石井さん)(写真提供/石井あらたさん)

人がいること自体が希少な山奥だから感じる“人”の価値

アニメを観て、ゲームをして、SNSして、寝る。ある意味、今も「引きこもったまま」。それでも、都市部で暮らしていたときよりも人とのふれあいは圧倒的に増えた。村おこしやビジネスなどで能動的に集落に関わっているわけではない。「引きこもる範囲が自分の部屋から、集落に広がったんです」と石井さん。

山奥で暮らし始めてみて、こもることが目的でやってきたにもかかわらず、NPOの事務を一手に引き受け、その生活が楽しい故に、自然と集落の人や地域の人たちとの交流が増えていった。そんな中で石井さんが気付いたことは「便利なところには、便利な分、人が多い。人間が希少な分、山奥では一人の人間の力が非常に大きいので、価値が大きい」ということ。

お祭りのお手伝いも集落から感謝されている(写真提供/石井あらたさん)

お祭りのお手伝いも集落から感謝されている(写真提供/石井あらたさん)

「この山奥ぐらい不便な場所というのは、僕たち共生舎の住民がここからいなくなったら向こう100年人が住まなくなってもおかしくない。そのおかげで、(地域に住むほかの)みんなが優しくしてくれる。人間が希少なので、何よりも貴重な存在として扱ってくれる」と続ける。

つい先日、11月3日に行われた集落の祭りを共生舎の住人十数人で手伝った。毎年、山の上のお宮までお参りに行くのだが、そこまでたどり着ける地域の人は2人しかいない。「『あんたらがいなかったら、寂しい祭りになっただろうなぁ。来てくれてありがとう』と言われました。枯れ木も山のにぎわいじゃないですけど、一人ひとりは大して役に立ちませんが、頭数いるだけでも喜ばれるのが山奥です。お酒飲むのに付き合うだけで、すごく喜んでくれるんですよ」と、山奥生活で、改めて「人がいることの価値」を体感していると話す。

ニワトリも放し飼い(写真提供/石井あらたさん)

ニワトリも放し飼い(写真提供/石井あらたさん)

家でも人の気配を感じながら、心地よく生活している

石井さんが拠点にしている共生舎での住民たちのメインの交流場は、広いリビング。共生舎はいわゆるシェアハウスだが、廃校になった小学校を利用しているため、スペースは十分すぎるほどに広い。

シェアハウスといえば、都会だと音や臭いなどが問題になりがちだが、そういったトラブルは皆無。それぞれがソーシャルディスタンスを保ちながら生活しているという。

広々としたリビングでは、テレビの前を陣取ったり、本棚前で読書したりと、好きなことを悠々と楽しめる(写真提供/共生舎)

広々としたリビングでは、テレビの前を陣取ったり、本棚前で読書したりと、好きなことを悠々と楽しめる(写真提供/共生舎)

「40畳ぐらいあるリビングに、8~10人が常にいて、好きなことをしています。
リビングが広いと、部屋の隅と隅で別の話ができるんです。そうすると、あっちのほうで面白い話をしてるなと思ったら、そっちに席を移って話に加わることができる。狭いリビングだと、一つの話をしていたらその話に参加するしかない。別々の部屋だと、面白いことしているか分からない。広い一つのリビングだからこそ、自分が加わる話題を選ぶことができて、ある種Twitterのような、ゆるいコミュニケーションができます。実際、リビングにいるけどそれぞれで別のことで遊んでいる光景をよく見ますね。
上手に距離を保ちながら、一緒にゲームをしたり、映画を観たりする人もいれば、一人で読書する人もいます」

住居スペースの広さを確保しにくい都市部と比べ、山奥は家の中も、外も開放的なのだ。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

山奥生活に向いているのは、自分で楽しいことが見つけられる人

石井さんが集落にやってきてから過去7年に、累計40人がこの共生舎で生活をしてきた。見学には200人が訪れた。「住みたいという人を選り好みしようとはしなくなった」が、いくら広い居住空間で生活しているとはいえ、血のつながりや、もともと知り合い同士でもない他人が共同生活を送るには、ルールが必要。

NPOの運営は現在石井さんを含む古参の3人が“独裁政治”で担っている。「ニートたちは概ね仲がいいのですが、何かを決めるときは3人で相談して決めています。そんなことは1年に1度あるかないかですが」と話す。「ほとんどの場合、この山奥が合う人は残って、合わないと思う人は自然と去っていく」

共生舎の住民でノリでつくったミニコミ誌。16Pのうち4Pの共生舎の概要のほかは、漫画やレシピ、映画の感想、ボードゲームの攻略記事などかなり自由な内容。Vol2も予定している(写真提供/石井あらたさん)

共生舎の住民でノリでつくったミニコミ誌。16Pのうち4Pの共生舎の概要のほかは、漫画やレシピ、映画の感想、ボードゲームの攻略記事などかなり自由な内容。Vol2も予定している(写真提供/石井あらたさん)

今年だけですでに4人が入れ替わった。「(山奥での生活は、)自分で楽しいことが見つけられる人が向いていると思う」と石井さん。都会のいいところである、思いもよらない出会いはなかなかないので、出会いなしには生きられないという人には、山奥は向かないのかもしれない。またお互いが好き勝手にやっていることを面白がれるかどうか、それが共同生活の秘訣だ。

ちなみに、住民全員がニートというわけではなくリモートワークで働く人がいたり、一時的な滞在組と永住組が混在したりしている。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

「『(仕事をしていてもしていなくても、滞在でも永住でも)どちらでもいいよ』というスタンスは、ニート支援をする他のNPOなどの組織と比べて、とても珍しい立ち位置。誰にも先のことなんて分からないのに、どうするかなんて決められないから。だから『どちらでもいい』んです」と、いたってシンプルな理由で寛大な方向性が決められている。

過ごし方も、仕事をする・しないも、お互いとの関わり方も、「どちらでもいい」。時にNPOなどの取り組みの“●●しなければならない”に息苦しさを感じる人もいるように思う。

ただ、共同生活をする上で、それぞれが何らかの手伝いをすることはほぼ暗黙の了解で義務のようにはなっているとのこと。食事を用意する、掃除をする、ゴミ出しをするといったことを、住民は厳しい決め事をせずに自然と手を貸し合いながら生活している。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

山奥ニートになって、“自分が知らなかった感情”を知った

著書で、生まれて初めて「マジギレした(マジで怒った)」事件について触れた石井さん。普段は温厚で、嫌なこともすぐに忘れる性格だが、山奥生活を始めて3年目に、どうしても人やモノに当たらずにはいられない日があった。それは「自分の知らなかった感情」だった。

“マジギレ”だなんて、ネガティブなイメージがあるかもしれないが、今では石井さんはポジティブに受け止めている。「“マジギレ”したというのは、それだけ僕が人と関わって生きているという証拠だと思う。人と関わったからこそ、自分を知ることができた。自分がムカっとする相手に会ったときにどんな反応をするのかを知るということは、逆に自分が何に心地よさを感じ、何に嫌悪するのかが分かるようになるということだから」(石井さん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

自分の感情を自然に発露できた山奥での生活のおかげで、怒り、心地よさ、嫌悪といった「感情」が自分の中に芽生えたと感じている。

それに、感情的であることは悪いことではないとも思っている。
「一人で生きていくということはかなり大変で、強い人でないと生きられない。弱い人は、弱い人同士が繋がって、生きていく方がいい。感情的になるということは、弱さも見せていくということ。だから、人と人の“しがらみ”もある程度必要だと思うんです」

コロナ禍で山奥生活を再確認

石井さんは、1カ月だけ共生舎に住んだことのある女性と3年前に結婚した。現在3カ月に1度、1カ月ほど名古屋に住む妻のところに滞在する“二拠点生活”を送っている。

山奥の生活はコロナ禍での変化がまったくない分、「マスクが必須になった都会は、以前以上に息苦しく映る」と石井さん。街中を歩くにもどこか罪悪感を抱かずにはいられず、何も考えずに歩ける山奥の暮らしがやはり好きだと再認識している。

とはいえ、都会の生活も嫌いではない様子。「山奥の生活の一番の魅力は生活費の安さ。都会の良さは、遊ぶ場所がある、新しい面白い人と出会える、食べ物の選択肢が多いということ。それぞれにいいところがある。都会のいいところを山奥に持っていけたら面白そうだと思うんですよね」

2020年2月10日(ニートの日)に登壇した「ニート祭り」の様子(写真提供/石井あらたさん)

2020年2月10日(ニートの日)に登壇した「ニート祭り」の様子(写真提供/石井あらたさん)

コロナ禍でオンラインでのコミュニケーションが一般的になり、石井さんは山奥にいながらにして地元の友達とのオンライン飲み会も頻繁に楽しむようになった。確かに、山奥での不便さも尊いものだが、都会の良いところも取り入れれば、より住みやすくなりそうだ。

「山奥にも住む人が増えたら最高」と話し、「共生舎に住むことは物理的に難しくても、周辺集落にもっと人が移り住んでくれたらうれしい」と続ける。「将来的には、妻も山奥生活することを考えているようです」

コロナ禍のこの半年、外出規制になったり、先の予定を全てキャンセルすることも余儀なくされた。予定やルーティンがベースにあった毎日が一変し、日々の過ごし方や、暮らしたい場所、仕事観など、価値観が大きく変わった人も多いだろう。それぞれが新しい生き方を模索するなかで、“山奥ニート”石井さんの「先を考えず、その時その時を思うままに暮らしているのに充実感を感じられている」生き方は、凝り固まった私たちの価値観にちょっと変化を与えてくれるように思う。

石井さんは、「就職して働いている人は、やっぱり立派です」と言いつつ、このウィズコロナ時代を「先のことを考えることが苦手な僕たちにとっては生きやすい時代」と話す。「働くこと以外なら、なんでもやる気があるんです」という石井さんは、山奥の暮らしをもっと楽しんでやろうと大きな野望を抱いている。

『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた 著、光文社 刊)●取材協力
石井あらたさん
1988年生まれ、名古屋市出身。自称「山奥ニート」。浪人・留年・中退の末ひきこもり。2014年から和歌山県の山奥に移住。NPOの支援を受けるはずが、移住3日後に代表が亡くなり、理事として自主運営を開始。人口5人の限界集落の木造校舎に、ネットを通じて集まった男女14人と暮らしている。2017年に会社員の女性と結婚。現在は山奥と街の二拠点生活をしている。
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ブログ:山奥ニートの日記
YouTube:山奥ニート葉梨はじめ
『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた 著、光文社 刊)

コロナ禍で50万円以下プチリフォームが増加! 換気、テレワーク、おうち時間の見直しで

新型コロナウイルスの影響で、おうちで過ごす時間が増え、自宅をリフォームする人が増えているといいます。リフォームというとトイレやキッチン、バスなどの水まわりがまず頭に浮かびますが、新型コロナウイルスの影響か換気や内装の工事も増えているとか。どんな工事が多いのか、一戸建て・マンションのリフォームのプロに聞いてみました。
「換気」や「抗ウイルス対応壁紙」「除菌水」のリフォームが急増中!

今、不動産市場のなかで、最も活況といわれているのがリフォームです。在宅時間が増えたことで、長年、放置されてきた「家の不具合」「故障箇所」などに気が付き、リフォームを依頼するという流れがあるようです。

「今回、新型コロナウイルスの対策として、換気が大きく注目されました。2003年以降、分譲された住宅には24時間空調換気が義務付けられていますが、それ以前の建物はそうではありません。『動いているのか分からない古い換気扇を交換したい』との問い合わせから、熱交換機能付きや24時間換気機能付きの換気扇をご案内することは多かったですね」と話すのは、静岡鉄道株式会社 不動産分譲事業部リフォームグループ 茂木 仁志さん。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

先のことは誰にも分かりませんが、来年以降の第二波、第三波を考慮し、早めに対策をして「家を快適にしておこう」「より安全な環境にしたい」という人も多そうです。

「抗ウイルスなどの壁紙や床材、抗菌水などは、もともとよく知られている商品ではないと思います。ですから、『換気扇を交換したい』という問い合わせから、話が広がっていくことが多いですね」と茂木さん。建物の状況にもよりますが、総額でも50万円ほどの少額で収めている人が増えているといいます。

事例内容:一戸建ての玄関ドアをリフォームして通風ドアに 施工費用:36万円~ 施工期間:1日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:一戸建ての玄関ドアをリフォームして通風ドアに
施工費用:36万円~
施工期間:1日
(写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:外から帰ってすぐに手洗いできるよう、玄関入ってすぐのところに洗面台を増設 施工費用:15万円~ 施工期間:4日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:外から帰ってすぐに手洗いできるよう、玄関入ってすぐのところに洗面台を増設
施工費用:15万円~
施工期間:4日
(写真提供/静鉄リフォーム)

「コロナの影響で、収入減を予測している人が多いのだと思います。壊れてしまって生活できない『修繕』は別ですが、しなくても暮らしが成立する高額リフォームは、『贅沢品』という側面があるんです。それゆえになかなか高額にはなりにくいのではないでしょうか」(茂木さん)とその理由を明かしてくれました。

ちなみに予算をおさえつつ、プチリフォームで頼りになるのがDIYです。実際、コロナウイルスの影響もあって、ホームセンター各社の売上は好調ですが、特にDIY用品がよく売れているといいます。近年は塗料や手軽に加工できる壁紙・床材が出ているので、気軽にチャレンジしやすくなっているのかもしれません。

おうちオフィス化計画は、リビングまわりに机を配置する人多数

コロナの影響で増えたといえば、テレワークです。『おうちオフィス化計画』、リフォームでさらに充実したものにしたいと考えている人はいることでしょう。筆者もその一人で、大人2人がそろって自宅作業してもストレスがないよう、リフォームを検討しています。

「特にマンションにお住まいだと、室内の広さに余裕がある、または部屋が余っているというご家庭は少ないもの。そのため、クローゼットなどに書斎をつくろうという人はあまり多くないように思います。多いのは、リビングの一部にパソコン台をつくって子どもを見ながら仕事ができるようにするご依頼です。家族の生活音は、ヘッドホンをしてしまえば意外と気にならないようですね」(茂木さん)

事例内容:マンションのリビングにカウンター机を造作 施工費用:10万円~ 施工期間:2日 (写真提供/静鉄リフォーム)

事例内容:マンションのリビングにカウンター机を造作
施工費用:10万円~
施工期間:2日
(写真提供/静鉄リフォーム)

50万円のリフォームなら、どこまでできるの? 期間はどのくらい?

リフォーム検討者として気になるのが、ほかにも50万円以下でどんなリフォームができるのか、という点です。茂木さんに目安を伺いました。

「通常のトイレなら節水トイレに交換し、床と壁天井の内装も施工できます。また、12畳ほどのLDKの壁天井クロスの張り換え、テレワーク用の作業台を設置するのもいいですね。ただ、マンションも一戸建てでも、建物の状況によるので、一概には言えません。基本的には、住まいの下見や素材のご相談のあと見積もりという流れになり、見積もり作成まで無料というのが一般的です」と解説します。

次に50万円以下でできるリフォームの例を紹介していきましょう。おうち時間の増加により、「家で遊べる」「家が楽しい」と、リフォームを考えているなら、以下のようなケースが参考になりそうです。神奈川県を中心にリフォーム事業を展開する株式会社フレッシュハウスが手掛けた事例から紹介しましょう。

事例内容:インナーガーデンをつくって、家なのにカフェ気分が楽しめる 施工費用:床部分10万円、上部スポット等照明追加工事5万円※面積により金額は変わります 施工期間:2日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:インナーガーデンをつくって、家なのにカフェ気分が楽しめる
施工費用:床部分10万円、上部スポット等照明追加工事5万円※面積により金額は変わります
施工期間:2日
(写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:階段の手すりを使ってデスクをつくり、趣味のDTMコーナーに 施工費用:5万円~※机にする材料や面積などにより金額は変動します 施工期間:1日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:階段の手すりを使ってデスクをつくり、趣味のDTMコーナーに
施工費用:5万円~※机にする材料や面積などにより金額は変動します
施工期間:1日
(写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:吹抜けに大型スクリーンプロジェクターを設置。家が映画館に早変わり 施工費用:スクリーン取り付け10万円、手すり変更(既存の手すりを撤去し、新たに枠を設けて強化ガラスをはめ込み)30万円 ※プロジェクターやスクリーンの費用は含みません 施工期間:同時施工で2日 (写真提供/フレッシュハウス)

事例内容:吹抜けに大型スクリーンプロジェクターを設置。家が映画館に早変わり
施工費用:スクリーン取り付け10万円、手すり変更(既存の手すりを撤去し、新たに枠を設けて強化ガラスをはめ込み)30万円
※プロジェクターやスクリーンの費用は含みません
施工期間:同時施工で2日
(写真提供/フレッシュハウス)

室内以外にも、「部屋から目に入る場所」に手を加える人も増えているようです。例えば新潟県を中心にデザイン性の高い注文住宅、リフォームなどを手掛ける株式会社アンドクリエイトでは、以下のようなリフォームができるといいます。

事例内容:青石と青砂利を敷くことで庭をおしゃれに。家庭菜園スペースもつくっておうち時間を楽しめるように 施工費用:7万円(材料費のみ)施工は施主 施工期間:2日 (写真提供/アンドクリエイト)

事例内容:青石と青砂利を敷くことで庭をおしゃれに。家庭菜園スペースもつくっておうち時間を楽しめるように
施工費用:7万円(材料費のみ)施工は施主
施工期間:2日
(写真提供/アンドクリエイト)

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事例内容:タタミコーナーと浴槽から眺める庭をつくった。2階タタミコーナーと浴槽から見える坪庭バルコニーを枕木で隣地目隠し施工し、植木鉢と石敷きを行った 施工費用:25万円 施工期間:3日 (写真提供/アンドクリエイト)

事例内容:タタミコーナーと浴槽から眺める庭をつくった。2階タタミコーナーと浴槽から見える坪庭バルコニーを枕木で隣地目隠し施工し、植木鉢と石敷きを行った
施工費用:25万円
施工期間:3日
(写真提供/アンドクリエイト)

こうして事例を見ると、やっぱりリフォームって、快適になるだけでなくおしゃれになりますよね。目にする空間が自分好みだと、やっぱりストレスなく暮らせる気がします。

「インスタグラムをはじめ、SNSの影響は大きいと思います。弊社でもリノベアイテムをそろえたECサイト『HAGS』と提携しており、インスタ映えするようなおしゃれな建材をお客様がWEB上で選ぶこともできます」(茂木さん)

最後にもう一つ聞いておきたいのが、リフォームを依頼してから着工までにかかる期間です。もともと、建設業の人手不足から施工までに時間がかかるなどと言われていましたが、コロナの影響も加わったことで、依頼してから施工まで、余計に時間はかかるのでしょうか。

「工事の規模や内容にもよりますが、弊社の場合は相談して現地確認後、1週間ほどでプランの提案、ご契約から1週間程度で工事着工を心がけています。ただ、住設機器メーカーのショールームで現物を確認するとなると時間がかかってきます。現在、各社ショールームの週末予約が取りにくい状況が続いているので、その場合、お時間をいただく場合がございます」(茂木さん)

なんと、やっぱりここにもコロナの影響があるんですね。新しい生活様式にはさまざまな不便もありますが、住まいに関心が高まるのは個人的にとても良いことだと思っています。住まいを大事にすれば、暮らしの充実度や満足度は高まるはず。気軽にできるリフォームが多くの人に広まり、「わが家って、手入れするとめちゃ快適じゃん!」という人が増えてほしいなと思います。

●取材協力(※50音順)
静鉄リフォーム 
アンドクリエイト
フレッシュハウス

ふるさと納税で“体験型”返礼品が増加中!ウィズコロナ時代の地域応援

2008年に制度が開始し、「おトク」というイメージで2015年ころから急速に利用が広まったふるさと納税。返礼品は食品や伝統工芸品のイメージが強いが、近年、バリエーションが広がっている。なかでも「体験型」が増加しており、地域活性につながっているという。
「体験型」増加の背景と実態、そしてウィズコロナ時代の今だからこその「ふるさと納税」活用について、ふるさと納税サイト「さとふる」広報と、自治体担当者へ聞いた。

5割近くの自治体が「体験型」の開発を実施・検討

「さとふる」でも体験型の返礼品は増えており、バリエーションも多彩だ。旅行券・宿泊券、食事券、テーマパークや水族館等アミューズメント施設の入場券や、マリンスポーツ・ゴルフ・スカイダイビング等アクティビティの体験チケットもある。
地域産業を活かした「コスメの手作り体験」「伝統工芸品づくりの体験」や、「農業体験」「漁師体験」「地元テレビやラジオへの出演券」、中には「1日町長体験」などユニークなものも。

「寄附額1万円前後、都心から程近い場所の旅行券や、その土地で利用できる観光チケット、花火大会の入場券なども人気があります」と、「さとふる」広報の谷口明香さん・道岡志保さんは語る。
二人によれば、「体験型」増加の背景には2つの理由があるという。

ひとつは、ふるさと納税をPRの場として捉える自治体・事業者が増えたこと。食品や伝統工芸品などの特産品でなくとも、「その地域ならではの体験」を提供することで地域活性化や地域PRにつなげたいと考える自治体や事業者がアイデアを出しあい、オリジナルの返礼品を生み出している。

もうひとつが、2019年の地方税法改正だ。制度の趣旨に反する返礼品増加や過度な競争を抑制するため、返礼品の基準が変更された。それに伴い、全国的に返礼品の見直しが行われた。「さとふる」の調査によれば、法改正後、新しい取り組みを開始・検討した自治体は6割以上。取り組み内容として最も多かったのが「体験型返礼品の開発(45.7%)」だった。

化粧品の原料が採掘される愛知県東栄町では「手作りコスメ体験」を提供(画像提供/さとふる)

化粧品の原料が採掘される愛知県東栄町では「手作りコスメ体験」を提供(画像提供/さとふる)

複数の市町をまたいだツアー型の返礼品も

2019年度の調査で、ふるさと納税の寄附受け入れ額が前年度比1.3倍となった埼玉県も「体験型」に力を入れる自治体のひとつだ。その背景について、埼玉県 企画財政部 地域政策課 地域振興担当の高田尚久さんは、「実際に寄附自治体を訪問する機会をつくることで、地域により深く触れてもらい、魅力を体験していただきたい」と語る。

県内各市町村で、それぞれの特色を活かした返礼品が生まれている。
例えば2019年度、県内で最も受け入れ額が多かった秩父市では、「秩父プレミアムツアー~オトナの酒蔵めぐり~」と題して、普段見学できない「イチローズモルトウイスキー」秩父蒸留所の見学ツアーを提供。開始以降、定員いっぱいまで申し込みがあるという。
航空自衛隊入間基地を擁する狭山市では、市庁舎屋上から航空祭を観覧できるチケットが人気だ。
※コロナウイルス感染症拡大のため、本年は秩父蒸留所見学ツアー、入間航空祭、ともに中止。

秩父市の返礼品「オトナの酒蔵めぐり」の様子(画像提供/秩父地域おもてなし観光公社)

秩父市の返礼品「オトナの酒蔵めぐり」の様子(画像提供/秩父地域おもてなし観光公社)

狭山市の返礼品「入間航空祭観覧席」。ブルーインパルスの曲技飛行も見られるとあって、毎年人気(画像提供/大金歩美)

狭山市の返礼品「入間航空祭観覧席」。ブルーインパルスの曲技飛行も見られるとあって、毎年人気(画像提供/大金歩美)

県では、こうした県内各地で提供されているプランを県ホームページで一覧化して紹介するほか、市町村と県の協力により複数市町村を周遊・滞在する体験型返礼品のコースも開発している。
「地域全体を周遊・滞在し、満喫していただきたい。単独ではアピール度が弱い返礼品を複数組み合わせることで魅力を高める狙いもあります」と高田さん。
例えば、小川町・川島町いずれかへの寄附に対する返礼品として一昨年用意されたのが、「畑から蔵へ 大豆の旅」と題された体験型プラン。小川町にある農場で大豆の収穫体験を行った後、川島町にある醤油の蔵元で、仕込み蔵の見学と醤油づくりの一部工程が体験できるというものだ。

小川町での大豆収穫体験の様子(画像提供/小川町)

小川町での大豆収穫体験の様子(画像提供/小川町)

体験型返礼品の実施後に観光者の数が増加した自治体は複数あり、地域を訪れるきっかけとして機能しているという。
「訪問していただいた際、市内の別の場所に立ち寄ったとの声もあります。寄附をきっかけに地域のグルメや名所に触れていただくことで、各市町村のPRにつながっているようです」(高田さん)

継続的に寄附を行ったり、2回3回とその地域を訪問するリピーターも生まれている。「地域が好きになった」「また来たい」という声のほか、移住に興味を持つ寄附者もいるとのこと。自治体内で新規創業した事業者が返礼品の提供者となる事例もあり、地元起業者への支援にもつながっている。

コロナ禍での「体験型」実施方法には各地域頭を悩ませており、今年は中止としたプランも複数存在するという。一方、コロナ禍で近距離の旅行(マイクロツーリズム)が人気を集めるようにもなった。高田さんは「都心から1~2時間でアクセスできる本県の体験型返礼品が注目される機会も増えるのではないか」と期待を寄せる。

都内でも、「ここでしか味わえない体験」を提供

従来、ふるさと納税制度における「過度な返礼品競争」について反対の立場を表明してきた渋谷区も、「ふるさと納税の影響による税収減を看過できない」と、2020年度より制度活用を開始した。渋谷区総務課ふるさと納税担当主査の増子義明さんは、こう意気込む。
「ご存じのとおり、渋谷区ではふるさと納税で寄附が集まる農産物や海産物等の特産品はありません。しかしながら、渋谷でしか味わえない魅力的な体験やサービスは多数ある。商品を売るのではなく、渋谷のコトを体験してもらうことで、渋谷のファンにシティプライドを持ってもらい、渋谷区の応援団を増やす取り組みにつなげていくことを目指しています」

2020年10月現在、レストランでの食事券やホテルのスイートルーム宿泊券、高層ビル展望施設のチケット、ファッション性の高いTシャツやトートバックといった返礼品のバリエーションが準備されている。

渋谷区の返礼品の中には「渋谷スクランブルスクエア」の展望施設「SHIBUYA SKY」入場チケットも。約230mの高さから、スクランブル交差点や富士山、東京スカイツリーなどを一望できる(画像提供/渋谷区)

渋谷区の返礼品の中には「渋谷スクランブルスクエア」の展望施設「SHIBUYA SKY」入場チケットも。約230mの高さから、スクランブル交差点や富士山、東京スカイツリーなどを一望できる(画像提供/渋谷区)

一方、コロナ渦での募集開始となり、店舗の休業や事業自粛などを受け、申し込み受付開始当初は返礼品の一部が提供できない状況にもあった。
「正直、申し込みは少ないものと覚悟していた」という増子さん。
しかし、蓋を開けてみれば、約1カ月で113名と、想定を超える数の寄附申し込みがあった。

現時点では特定の返礼品に人気が集まっている訳ではないが、レストランでの食事券が比較的申し込み件数が多いという。提供を延期している返礼品についても、今後、コロナウイルス感染状況の推移を見ながら、「事業者と調整の上、順次提供していく予定」とのことだ。

オンラインを活用したプランも登場

新型コロナウイルスの影響を受け、移動自粛が続く中、新たに生まれたのがオンラインを活用した「体験型」だ。
山形県庄内町では「蔵元と語りながら地酒を飲もう〈地酒3種付き〉」と題し、テレビ会議で現地の酒造と寄附者をつなぐプログラムを行った。寄附者は事前に郵送で届いた地酒を片手に参加。蔵元から日本酒の基本知識や酒造の特徴を教わりながら、和気あいあいと語らったほか、オンラインで酒造の案内も行なわれた。

参加者からは「地域とつながって応援できるという、ふるさと納税の本質を実感できてよかった」「コロナが落ち着いたら実際に庄内に行って、直接蔵元さんに会ってみたい」といった声があがり、事業者からも「初めての人への販促として良い企画、ここから蔵のコアなファンが増えたらうれしい」との感想が得られた。

山形県庄内町の返礼品「蔵元と語りながら地酒を飲もう」の様子(画像提供/株式会社ROOTs)

山形県庄内町の返礼品「蔵元と語りながら地酒を飲もう」の様子(画像提供/株式会社ROOTs)

「さとふる」では、お盆の帰省の時期に合わせた「オンライン帰省を楽しむ」特集を公開。地酒やフィンガーフードなど、パソコンの前で、遠方の家族と一緒に楽しめるような返礼品や、送り先を2カ所に分ける方法などを紹介した。
「帰省自粛の流れを受けて、以前からあった『お墓参り』や『見守り代行』の返礼品も今後、よりニーズが高まってくるかもしれません」(谷口さん)

「地域を応援する手段」としての活用が増加

「さとふる」では、新型コロナウイルスによる外出自粛要請が出た4月ころから、寄附額が全体的に増えているという。4月単月の比較では、昨年比1.8倍以上となった。

「自宅で過ごす時間が増え、食品等の返礼品ニーズが増したことももちろん大きいと思います。
そこに加えて、新型コロナウイルスの影響で経済的に困っている事業者が多いことは広く知られた事実。移動自粛で現地に行くことも難しくなった中で、地域を応援したい・手助けしたいという思いを持つ方は増えているのではないかと思います」(谷口さん)

ふるさと納税を活用した「応援」の仕方もさまざまだ。
例えば、コロナ禍で打撃を受けた産業の代表例である観光業。ふるさと納税では、宿泊チケット等の発送をもって寄附先の自治体から事業者へ代金が支払われるため、宿泊施設に先にお金を落とすことができる。

文化・芸術・スポーツに対する支援例もある。例えば長崎県諫早市では、返礼品に地元サッカーチーム「V・ファーレン長崎」のユニフォームを用意。寄附金の使い道としても「Jリーグ『V・ファーレン長崎』への応援」を選べる。

長崎県諫早市の返礼品。地元サッカーチームV・ファーレン長崎のユニフォーム(画像提供/さとふる)

長崎県諫早市の返礼品。地元サッカーチームV・ファーレン長崎のユニフォーム(画像提供/さとふる)

「都内のレストランで、地域食材を味わう」返礼品も。熊本県上天草市や三重県松阪市の返礼品の中には、都内のレストランで、地域の食材を使ったコースを楽しめるというプランがある。

三重県松阪市の返礼品。東京都中央区日本橋のレストランで、松阪・三重食材のコースが楽しめる(画像提供/さとふる)

三重県松阪市の返礼品。東京都中央区日本橋のレストランで、松阪・三重食材のコースが楽しめる(画像提供/さとふる)

実際に、ふるさと納税が地域の大きな助けとなることを示唆するデータもある。
「さとふる」と事業構想大学院大学の調査によれば、返礼品原材料の調達、生産・加工、雇用等が全て地域内で行われた場合、最大767億円の域内雇用者所得が生まれるという試算だ。

「事業者単位でなく、地域全体に還元できるのがふるさと納税の特徴のひとつ。特定の事業者だけではなく、広く地域を応援したいということであれば、より有効な手段になり得ると思います。
また、自身の想いに合わせて税金の使い道を指定できること、スマホやパソコンから気軽に参加できることも特徴です。
地域経済に貢献しながら、美味しいものや楽しい体験を得ることができる。多くの人が楽しみながら参加することで、全国の地域にお金が巡っていく。気軽にできる地域貢献として、ご活用いただけると良いなと思います」(道岡さん)

スマホひとつで、気軽にできる地域貢献

コロナ禍で、地域経済は大きな打撃を受けた。例えばGO TOトラベルで旅行を楽しむことも地域貢献になるが、ふるさと納税を活用することで、より深く地域を知り、地域経済全体へ貢献することもできる。
同時に、地方移住への関心が高まる中、地域と関わる第一歩としても活用できそうだ。
今この時期だからこそ、ふるさと納税の活用に、今いちど注目してみてはいかがだろうか。

●取材協力
さとふる
埼玉県
東京都渋谷区

「ウォーターズ竹芝」で浜松町駅まわりが素敵に! 水辺のまちはどう変わっていく?

駅から遠く不便、街の印象が薄い、などのイメージを持たれがちだった竹芝。浜松町駅周辺の開発とあわせて、「WATERS takeshiba(ウォーターズ竹芝)」として生まれ変わっています。この開発を通して浜松町~竹芝エリアはどのように変わっていくのか。また“住む場所””暮らす場所“としてはどうなのか?
ウォーターズ竹芝の開発を手がけたJR東日本の大野一聡さんに、まちづくりの狙いとこれからの水辺活用についてお話を聞きました。

ショッピングにホテル、エンターテインメントまでがそろう「ウォーターズ竹芝」

ウォーターズ竹芝がオープンし、素敵な場所になったと聞いて現地に向かった筆者。訪れたのが土曜日のお昼ごろだったこともあり、水辺に抜けるウォーターズ竹芝のテラスには小さな子どもを連れた家族の憩いの姿が。なんとも絵になる風景です。

「ウォーターズ竹芝では、水辺のワークライフスタイルと文化・芸術を提案できるまちづくりを目指しています。商業施設やホテル、劇場、オフィスのほかに船着場や干潟があるので、近隣にお住まいの方がよくお子さまを連れてお越しくださっていますね。コロナ収束後には、東京観光にいらっしゃる国内外のお客さまにもぜひ訪れていただきたいです」(大野さん、以下同)

ウォーターズ竹芝のテラス。空に抜ける芝生と水辺が開放的で気持ちがいい(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝のテラス。空に抜ける芝生と水辺が開放的で気持ちがいい(画像提供/JR東日本)

船着場からの船に乗れば、美しい東京の水辺観光を楽しめる

船着場からの船に乗れば、美しい東京の水辺観光を楽しめる

ウォーターズ竹芝の空撮写真。水辺と緑の豊かなロケーションであることがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝の空撮写真。水辺と緑の豊かなロケーションであることがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ひと足、施設の中に入ると、外の開放感とはまた異なるラグジュアリーな雰囲気も感じられます。入っているお店も、都会的な海を目の前に、高級感漂うスタイリッシュな空間で音楽を楽しみながら飲食できる「BANK30」、レンタルスペースやキッチンにカラオケ設備を備える「SHAKOBA」など、大人が夜を楽しむためのコンテンツがそろっています。

施設のひとつ「アトレ竹芝」タワー棟のレストスペース。ゴージャスでラグジュアリーな大人の雰囲気(画像/アトレ竹芝)

施設のひとつ「アトレ竹芝」タワー棟のレストスペース。ゴージャスでラグジュアリーな大人の雰囲気(画像/アトレ竹芝)

浜離宮恩賜庭園や東京スカイツリーなど東京の眺望が楽しめる「メズム東京」のロビー(画像提供/メズム東京)

浜離宮恩賜庭園や東京スカイツリーなど東京の眺望が楽しめる「メズム東京」のロビー(画像提供/メズム東京)

レストラン「シェフズ・シアター」では、東京に集まる食材をつかった本格的なフレンチを「ビストロノミー」スタイルで楽しめます。オープンキッチンでライブ感も満点(画像提供/メズム東京)

レストラン「シェフズ・シアター」では、東京に集まる食材をつかった本格的なフレンチを「ビストロノミー」スタイルで楽しめます。オープンキッチンでライブ感も満点(画像提供/メズム東京)

40平米からある客室には、全室デジタルピアノや猿田彦珈琲のドリップコーヒーなど、五感を魅了する体験が用意されています。浜離宮恩賜庭園に面している客室は全室バルコニー付き(画像提供/メズム東京)

40平米からある客室には、全室デジタルピアノや猿田彦珈琲のドリップコーヒーなど、五感を魅了する体験が用意されています。浜離宮恩賜庭園に面している客室は全室バルコニー付き(画像提供/メズム東京)

劇団四季の上演が行われる「JR東日本四季劇場[秋]」撮影/下坂敦俊)

劇団四季の上演が行われる「JR東日本四季劇場[秋]」(撮影/下坂敦俊)

アトレ竹芝の中にある劇場型コミュニティスペース「SHAKOBA(シャコウバ)」。レンタルスペース、キッチン、カラオケ設備などを備える(画像提供/JR東日本)

アトレ竹芝の中にある劇場型コミュニティスペース「SHAKOBA(シャコウバ)」。レンタルスペース、キッチン、カラオケ設備などを備える(画像提供/JR東日本)

気軽に友人や家族と観劇やショッピングを楽しみながら、また記念日など、シーンに合わせて活用できそうです。

「『感性に遊び場を。』をコンセプトに、成熟した大人の方に楽しんでいただけるよう、多彩なお店がそろっています。新しい体験や学び、出会いを求める多くの方に満足してもらえる豊かな場所になればと思っています」

こんなに駅から近かった!? 水辺のアクセスに驚き

このウォーターズ竹芝、施設も本当に素敵なのですが、今回訪れて思ったのは「海までこんなに近かったっけ?」ということです。JR浜松町駅より徒歩6分の山手線内で一番東京の水辺に近い場所ですが、歩いていくとより近くに感じられることでしょう。さらに陸のアクセスだけでなく、海からもアクセスできるのがすごいところです。

海側をパノラマ画像で撮影。右奥が竹芝ふ頭、手前の高架はゆりかもめ。左奥の水色に反射する窓の建物がウォーターズ竹芝の施設のひとつ「メズム東京」が入るタワー棟(撮影/唐松奈津子)

海側をパノラマ画像で撮影。右奥が竹芝ふ頭、手前の高架はゆりかもめ。左奥の水色に反射する窓の建物がウォーターズ竹芝の施設のひとつ「メズム東京」が入るタワー棟(撮影/唐松奈津子)

「ウォーターズ竹芝前の竹芝地区船着場からは浅草・両国・お台場・豊洲・葛西などとを結ぶ定期航路船を運行しています。加えて7月からは羽田空港と竹芝を結ぶ羽田空港アクセス船の実証実験を始めています。11月からはナイトクルーズ船の運航も開始予定です。東京の水辺観光と日常の交通を支える場所になればと考えています」

浅草からの船! 筆者も乗りもの好きの息子とパパと一緒に、以前、日の出桟橋までホタルナに乗ったことがあります。「銀河鉄道999」の松本零士氏のデザイン、本当に格好いいんですよね。それがウォーターズ竹芝の船着場にも停泊している姿に興奮しました!

ウォーターズ竹芝の船着場に停泊するホタルナを発見!(撮影/唐松奈津子)

ウォーターズ竹芝の船着場に停泊するホタルナを発見!(撮影/唐松奈津子)

全国的に広がる「ミズベリング」の活動

そして今、観光や水運だけではなく、空間設計においても「水辺」が見直されつつあります。今回のウォーターズ竹芝のように近年、水辺を活用した心地のいい場所が増えてきたように感じるのは筆者だけではないでしょう。これには国土交通省が推進する「ミズベリング」の取り組みが全国の水辺活用を後押ししているようです。

「河川利用の規制緩和と合わせて、昔からのにぎわいを失ってしまった日本の水辺の新しい活用の可能性を創造していくプロジェクトが『ミズベリング』です。各地で『ミズベリング◯◯(地名)』として、水辺活性化に向けた活動が始まっています。

ミズベリング竹芝は、このミズベリングの枠組みを活かしてJR東日本が2017年3月に立ち上げました。竹芝エリアの水辺活性化に向けて、水辺総研、東京海洋大学、ココペリプラスなど、さまざまな団体と連携をして社会実験を進めています。

例えば干潟では、ハゼなど東京都の絶滅危惧種をはじめとする水生物調査やフィールドワーク、豊かな東京湾再生に向けた活動を行っているんですよ」

シアター棟の奥の階段を降りたところには干潟が。江戸前の海であった東京湾の再生に向けた環境づくりが行われている(画像提供/JR東日本)

シアター棟の奥の階段を降りたところには干潟が。江戸前の海であった東京湾の再生に向けた環境づくりが行われている(画像提供/JR東日本)

干潟のイメージ。クロダイ、スズキ、ハゼ、エビ、カニなどのほか、東京都の絶滅危惧種に指定されているミミズハゼなど多様な生物が存在する(画像提供/JR東日本)

干潟のイメージ。クロダイ、スズキ、ハゼ、エビ、カニなどのほか、東京都の絶滅危惧種に指定されているミミズハゼなど多様な生物が存在する(画像提供/JR東日本)

浜松町~竹芝エリア全体が変わりつつある!

オフィスや商業施設だけではなく、芸術・文化、交通、そして教育まで! 大野さんによると、そもそもこの浜松町~竹芝エリアは東京を代表する歴史とさまざまな可能性を持つエリアだったと言います。

「もともと増上寺や浜離宮など、江戸時代から続く歴史資産を有するエリアです。さらに1964年の東京オリンピックへ向けてモノレールや東京タワー、世界貿易センタービルなど、東京を代表する多くの施設が整備され、浜松町はまさに日本最先端の場所だったと言っても過言ではありません」

ウォーターズ竹芝のビジュアル・マップ。このエリアの見どころの多さがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝のビジュアル・マップ。このエリアの見どころの多さがよく分かる(画像提供/JR東日本)

そして今また、このエリアは大きな開発計画の最中にあります。今回、浜松町駅を降りて、まず目の当たりにしたのも、駅周辺の至るところで大規模な工事が行われている様子でした。

工事が行われている浜松町駅の南側、浜松町二丁目付近の様子(撮影/唐松奈津子)

工事が行われている浜松町駅の南側、浜松町二丁目付近の様子(撮影/唐松奈津子)

筆者が訪れたのは9月上旬。ペデストリアンデッキはまだ完成しておらず、工事中の様子を仰ぎ見ながら歩きました。9月14日に開業した東京ポートシティ竹芝などの新しい建物はもちろん、きれいに舗装された歩道に「あれ、浜松町とか竹芝ってこんなにきれいな街だったっけ?」と印象を新たにしました。

浜松町駅から竹芝ふ頭へは建設中のペデストリアンデッキが伸びる。駅の向こうには東京タワーが!(撮影/唐松奈津子)

浜松町駅から竹芝ふ頭へは建設中のペデストリアンデッキが伸びる。駅の向こうには東京タワーが!(撮影/唐松奈津子)

東京ポートシティ竹芝脇の歩道を歩くと、船の舵輪をモチーフにした時計に出会う(撮影/唐松奈津子)

東京ポートシティ竹芝脇の歩道を歩くと、船の舵輪をモチーフにした時計に出会う(撮影/唐松奈津子)

“住む場所”“暮らす場所”としての可能性は?

それでは“住む場所”“暮らす場所”としてのポテンシャルはどうでしょうか。“働く場所”としてのオフィス街、また海辺は“遊びに行く場所”というイメージが強く、マンションなどの住宅はあまり見たことがないように思います。けれども、考えてみれば通勤が必要なオフィスワーカーにとってアクセス利便性はもちろん、ウォーターズ竹芝の風景は、筆者のように子どもがいるファミリーにとても魅力的に映ります。

「近隣で開業した東京ポートシティ竹芝以外にも、現在の周辺エリアでの開発が進んでおります。浜松町、竹芝、近隣の芝浦地区も含めて、今後10年で住む場所、暮らす場所としての機能も充実していくでしょう。私たちも水辺や文化、芸術を核にしたまちづくりを進め、訪れる人にも住む人にも居心地のいい場所となることを目指しています」

たしかに隣駅の田町駅周辺もここ数年で開発が進み、商業施設やマンションがかなり増えてきました。住むにも便利で、気持ちのいい水辺がある場所として、大きな可能性を秘めていますね。

アトレの2階から芝浦方面を望む。これからも開発が進み、水辺エリア全体がより住みやすく暮らしやすいエリアとなるだろう(撮影/唐松奈津子)

アトレの2階から芝浦方面を望む。これからも開発が進み、水辺エリア全体がより住みやすく暮らしやすいエリアとなるだろう(撮影/唐松奈津子)

ウォーターズ竹芝では、10月24日に劇団四季の『オペラ座の怪人』の公演が始まり、まちびらきが行われました。「これからも浜松町~竹芝エリアにはしばらく目が離せないな」――そんな予感と期待を膨らませながら、筆者も母として「今度は生きもの・乗りものが大好きな6歳の息子を連れて来よう」と思いながら竹芝を後にしました。

●取材協力
・ウォーターズ竹芝

ご近所さんを車に乗せる「乗合サービス」、富山県朝日町の交通の切り札に

人口減少や高齢化によって、地方の公共交通機関が危機に瀕しているのは周知の事実。当然、さまざまな施策で「住民の足の確保」に取り組んでいるのですが、そんななかで今、富山県朝日町の実証実験に注目が集まっています。一体どんな仕組みなのでしょう? 同町の寺崎壮さんに話を伺いました。
よくある地方の課題に、新しい乗合サービスで挑む

新潟県との境にある富山県朝日町。東京23区の面積の約1/3ほどに、ヒスイの取れる海岸から北アルプスの標高3000m級の山々まである町です。現在約1万1200人が美しい自然に囲まれて暮らしていますが、ご多分に漏れず、人口の減少や高齢化によって公共交通の維持管理が難しい局面に立たされています。そこで同町は2020年8月3日から「ノッカルあさひまち」という新しい公共交通の実証実験を開始しました。

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

その仕組みは、分かりやすくいえばUberやグラブなどに代表されるようなライドシェアに似ています。ライドシェアとは車を持っている人が移動する際に、他の人を乗せてあげるというサービスのこと。日本では規制があり、あまり普及していませんが、既に欧米や中国、東南アジアなど海外では多くの人々に利用されています。

「ノッカルあさひまち」がUberやグラブと大きく異なるのは、民間企業ではなく同町が運営主体だということ。つまりちょっとした自治体が運営する乗合サービス、というわけです。サービスの開発にあたっての実証実験は、朝日町・スズキ株式会社・株式会社博報堂が参画する協議会のもと運営されています。「町では公共交通についてさまざまな角度で検討していたのですが、その折に地方の移動問題の解決に取り組んでいる博報堂さんとスズキさんに、今回ご協力を頂く機会を得たのです」(寺崎さん)。博報堂とスズキは日本各地の地方部で地域活性化に貢献したいという思いを共有しており、このサービスを今後ほかの地域でも活用したいと考えているとのことです。特に、地方部においては自動車の販売台数全体に占める軽自動車の割合が高く、軽自動車やコンパクトカーを主に販売しているスズキ株式会社にとって地方部が元気であることは非常に重要です。

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」が行われる以前から、そして現在も町のコミュニティバスが1日40便運行されています。それでも“住民の足の確保”という観点からすれば、多くの課題を抱えていました。例えば地区によっては次のバスまで4~5時間空いてしまいます。

だからといってバスの本数を増やそうとなると、車両もドライバーも必要になりますが、30人乗りなら1台につき購入費が約2000万円、8人程度が乗れるワンボックスタイプでも約500万円が必要になります。またドライバーなどの人件費や燃料費、整備費用等維持費は1台あたり年間でざっと1000万円という計算です。

ほかにも、高齢者にとっては自宅や目的地からのバス停までの距離があり、歩くのが大変というケースもあります。また山間部の道路は通常のバスはもちろん、ワンボックスタイプ(実際に導入済み)でも通行が難しい場所もあり、ルート設定にも制限があります。

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

こうした状況もあって同町では、近隣同士で「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」と乗り合いをすること自体、以前から珍しくはなかったそう。そこで「町が仕組みをつくることで『乗せてもいい』『乗りたい』を顕在化させ、公共交通の補足として活用できないかと考えたのです」

安心して『乗せてもいい』『乗りたい』といえる仕組みに

ノッカルあさひまちは、海外にあるような既存のライドシェアサービスとは運用面で異なる点がたくさんあります。
まずは町民が町民のために運行するということ。ドライバーを町民に担ってもらい、町民の移動の手助けをしてもらう、助け合いの精神が前提になっています。

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

しかし、町民なら誰でもドライバーになれるのかと言えば、そうではありません。「海外のライドシェアサービスと違い、無料の実証実験を経た後は、われわれは『自家用有償旅客運送』という道路輸送法に基づいた制度を活用して、有料で運行することを目指しています」

自家用有償旅客運送とは「既存のバス・タクシー事業者による輸送サービスの提供が困難な場合」に自治体やNPO法人などが、自家用車を用いて提供する運送サービスのこと。そのためドライバーも、タクシードライバーのように第二種免許を持っている人か、国の定めた講習を受講した人に限られます。これなら運転に不安のあるような人がドライバーとなることがなくなります(ただし「有償」の文字の通り、サービスが有料の場合。無料の実証実験等は除く)。

さらに海外のライドシェアでは、ドライバーと利用者とのトラブル(暴力や強盗など)という話もよく耳にしますが、例えば協議会が問題のある人物だと判断したら、採用時にふるいにかけて落とすこともできます。万が一トラブルが起こったとしたら、ドライバーと利用者とで直接解決するのではなく、朝日町が主体となってトラブル解決に当たります。このように利用者は安心して利用することができます。

もう一つ「ノッカルあさひまち」ならではの、既存サービスとの違いがあります。それは地元タクシー会社とタッグを組んで行うサービスだということ。実証実験段階では地元のタクシー会社に「ノッカルあさひまち」の予約受付や配車の実務が委託されていますが、町では将来的に運営サービスそのものを委託しようと考えています。

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

国は、交通事業者が実施主体に参画し、運行業務の委託を受けることで地域の交通事業者の合意形成手続きを簡素化することを目的とした「交通事業者協力型自家用有償旅客運送制度」を含む法律を2020年5月27日に成立させ、2020年6月3日に公布しました。
朝日町は、この制度をいち早く活用し、地元のタクシー会社と協力し地域一体となって自家用有償旅客運送を行うこととしたのです。

ライドシェアサービスは、タクシーと乗客を取り合いになるとして海外では問題になっています。日本でもそのような意見もあり、自家用車を活用した乗合サービスがなかなか普及しない理由のひとつになっていますが、なぜ朝日町ではタクシー会社が協力してくれるのでしょうか。

「もともと朝日町にはタクシー会社は1社しかなく、人口減の問題は、タクシー会社としても町と同じ危機感を持っています」。このまま町の人口が減り、交通網が少なくなっていくのを黙って見ているのではなく、町の人が気軽に乗れる新しい交通サービスをつくり出して、町に貢献するとともに、新しい仕事に進出することで企業の存続を図ろうと「ノッカルあさひまち」に協力しているというわけです。

実際、先述した町のコミュニティバスの運営は、既に同じタクシー会社が請け負っています。またヒスイの取れる美しい海岸や北アルプス登山など観光資源のある朝日町は、北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅から予約制のバスを運行していますが、このバスも同社が業務委託されています。

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の第一段階で見えて来たいくつかの課題

こうしてみると、既存のライドシェアサービスよりも安心して利用でき、タクシー会社とも協力的なため、万事が上手くいきそうな「ノッカルあさひまち」なのですが、やはりそうは簡単にいかないようです。

2020年8月3日から9月末にかけて、まずスズキが提供してくれた3台の軽自動車を使い、町の職員がドライバーになって実証実験が行われました。同年10月26日からは、町民ドライバー+自家用車による運行という無料の実証実験で、より本来のサービスに近い内容で第二段階の実験がスタートしました。さらに来年2021年1月からは第三段階として有料による実証実験を行うことを想定しています。

(写真提供/富山県朝日町)

(写真提供/富山県朝日町)

これらのスケジュールは今のところ予定通りですが、9月末までの実証実験ですでにいくつかの課題が見つかりました。

「まず予約の取り方です。当初はインターネットを活用してスマートフォンによる予約を主に想定していましたが、高齢者の方ほどスマートフォンの操作に不慣れなため、結局は電話による予約が大半を占めました」

電話による予約となると、車両手配のオペレーション上、どうしても利用前日の午前中までに予約しないとなりません。「利用者からはそれが面倒、不便というご意見をいただきました」。特に通院の場合、行きはまだいいのですが、帰りは診療次第で時間が変わるので予約できない=利用できないのです。

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

予約ページとドライバー紹介ページ

予約ページとドライバー紹介ページ

これはドライバー側も同じで、「車で通院するから誰か乗りますか?」という場合、何月何日はこの時間・ルートでと、事前に登録できますが、帰りの時間を事前登録できません。

また現在は12月までは無料サービスによる実証実験ですが「有料の場合、いくらが適正なのかを決めないとなりません。現在アンケート集計も合わせて行っていて、おそらくバスよりも高く、タクシーより安いというレベルになるとは思いますが……」

寺崎さんの歯切れが悪いのは、「どのような仕組みにすれば事業の持続性が保てるのか」という点です。自家用車で町民を乗せてくれるドライバーにも報酬は必要か、その場合いくらが適切で、そのためには料金をどうすればいいか。さらに保険など運用するための経費も考慮する必要があります。

こうした予約・ドライバーの事前登録のあり方や、料金設定が今のところ見えてきた主な課題です。

商業の活性化や旅行者、移住者の増加に繋がれ!

一方、9月末までの実証実験(ドライバーは町の職員)における利用者、つまり乗る側の反応はどうでしょうか。第一段階での利用者数は1週間で5~6人。「バスだとあちこちのバス停を回ってから、ようやく目的地に着くけれど、これならまっすぐ向かえるので助かる」「タクシーより安い料金なら利用したい」という声のほか「ドライバーとおしゃべりをしながら外へ出掛けられるのは楽しい」、高齢者から「久しぶりに外出するきっかけになった」という声もあったそう。利便性の向上とは別の、うれしい成果も見つかりました。

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

また、先述の通り通院ニーズに対しては課題が浮かび上がりましたが、ドライバー・利用者とも買い物ニーズについては概ね好評で、今後は「ノッカルあさひまちのドライバーや利用者がお買い物の際におトクになるような仕組みを考え、それによる町の商業施設や商店街などが潤う施策も考えられます」

このように「ノッカルあさひまち」は、全国の高齢化や過疎化に悩む地方に先駆けて、自治体が主導する自家用車を活用した乗合サービスを公共交通の補足として使えないかと、船出をしたばかり。今後の実証実験の第二、第三段階で、さらに課題が見つかることもあるでしょうが、そもそもライドシェアサービスは、世界中で利用されているほど成功しているビジネスモデル。しかも以前から近隣同士では「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」という土壌のあった朝日町です。そうした地方ならではの強いコミュニティが存在しているのですから、自治体が主導する乗合サービスが成功する可能性は大いにありそうです。

また冒頭でお話したように観光資源の豊かな朝日町ですから、「ノッカルあさひまち」による観光事業の活用も考えられます。さらに昨今のコロナ禍で、地方への移住が注目されていますが“高齢になっても移動の自由が見込める朝日町”になれば、移住先の候補に入っても不思議ではありません。こうした旅行者や移住者の増加は、もちろん町の活性化に繋がります。そんな可能性を秘めた「ノッカルあさひまち」。今後も目が離せません。

●取材協力
富山県朝日町
ノッカルあさひまち

コロナ禍で家でもキャンプ! テレワークにも役立つアウトドアな暮らし

新型コロナウイルスの影響で、「ベランピング」「おうちキャンプ」などの言葉が普及し、実際に暮らしにキャンプのエッセンスを取り入れた人も多いのではないでしょうか。今、住まいとアウトドアがかつてなく近づいているようです。それでは、どんな住まいや住まい方が登場しているのでしょうか、アウトドアブランドとハウスメーカーに聞いてみました。
暮らしにアウトドアを取り入れる人が急増!

このところキャンプブームが続いていましたが、住まいの世界でも「キャンプのようなインテリア」「アウトドアっぽい暮らし」は、ひとつのトレンドとなっていました。ところが今年に入り、新型コロナウイルスの影響でその流れは一気に加速。外出自粛しながらも家でも外遊びがしたいと、「おうちキャンプ」「ベランピング」などを取り入れる人がぐっと増えているようです。

アウトドア総合メーカーのスノーピークのアーバンアウトドア事業担当・王治菜穂子さんによると、「世間では『メスティン』レシピが話題になっていますが、同社でも、1~2人を対象にしたミニサイズのダッチオーブン『コロダッチ』や、コンパクトに収納できて家使いでも重宝する『HOME&CAMPクッカー』、チタン製のマグカップといったテーブルウェアの売れ行きが大変好調です」といいます。

「HOME&CAMPクッカー」は2020年度グッドデザイン賞で「グッドデザイン・ベスト100」にも選出(写真提供/スノーピーク)

「HOME&CAMPクッカー」は2020年度グッドデザイン賞で「グッドデザイン・ベスト100」にも選出(写真提供/スノーピーク)

「外出自粛期間中は店舗を閉めておりましたが、その後営業再開してからは、かなりのスピードで売上が回復。キャンプビギナーから、根っからのキャンパーまで、おうちのなかでもキャンプを楽しみたい! という動きを肌で感じています」(王治さん)と話します。

ハウスメーカーとアウトドアのコラボは反響大!

ハウスメーカーでも同様の手応えがあるようです。ヘーベルハウス(旭化成ホームズ)では、アウトドアな暮らしを提案していますが、資料請求数が前年同期比5割増になっているといいます。キャンプ道具はインテリアアイテムとしても優秀なので、今、流行している「男前インテリア」の影響もあるかもしれません。

バルコニーを有効活用する暮らし方を提案(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

バルコニーを有効活用する暮らし方を提案(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

(写真提供/ヘーベルハウス(旭化成ホームズ))

注文住宅に留まらず、新築の完成物件でもアウトドアを取り入れた住まいは好調のようです。例えば、中央住宅とアウトドア家具ブランド「INOUT(イナウト)」とコラボしたモデルハウスは、新型コロナウイルスの影響が深刻だった今年5月に販売を開始しましたが、全14棟完売したそう。

(写真提供/中央住宅)

(写真提供/中央住宅)

写真を見ても分かる通り、リビングとデッキがひとつづきになっていて、家の中と外がゆるくつながっています。シェードがあるので、いつでもキャンプ気分が楽しめる住まいと言えるでしょう。

実はスノーピークも2018年、地元・新潟の工務店などとコラボした「天野エルカール」という住宅街の開発に取り組んでいて、当時も大変好調だったといいます。

「地元工務店、ハウスメーカー、全10社とコラボした企画でしたが、計画中はどこまで反響があるか分からず、手探りだったのです。3週連続、週末に住宅展を開催したときは計7日間で1200組以上の方にご来場をいただき、関心の高さに驚かされました」(王治さん)と話します。

コロナ前からあったアウトドアな住まいですが、ブームで終わるとは考えにくく、今後、加速して一大ムーブメントとなっていくかもしれません。

家でもキャンプの楽しさを! アウトドアな住まいの良さとは

では、アウトドアな住まいの特徴や魅力は、どこにあるのでしょうか。

「うちと外がゆるやかにつながり、自然を感じられる工夫がされている点でしょうか。『天野エルカール』では、キッチン・リビングにつづいた土間やデッキをマストで設置しました。すると、窓をあければすぐに外の空気が感じられるのです。また、住まいにシェードを張りつけました。これだとすぐにシェードを張ることができ、さっと設営して、すぐにキャンプ気分が楽しめます」と王治さん。

スノーピーク 企画開発エグゼクティブクリエイター佐藤さんの自宅にもウッドデッキが。「自宅でのテレワークの際、晴れて気持ちいい天気のときは、ウッドデッキにさっとテーブルとチェアを持ち出します。休憩中はアウトドアギアを使ってコーヒーを豆から挽いて気分転換しています」(佐藤さん)

スノーピーク 企画開発エグゼクティブクリエイター佐藤さんの自宅にもウッドデッキが。「自宅でのテレワークの際、晴れて気持ちいい天気のときは、ウッドデッキにさっとテーブルとチェアを持ち出します。休憩中はアウトドアギアを使ってコーヒーを豆から挽いて気分転換しています」(佐藤さん)

シェードを張ると、キャンプ気分がアップ(写真提供/スノーピーク)

シェードを張ると、キャンプ気分がアップ(写真提供/スノーピーク)

とはいえ、家づくりからというと、なかなかハードルが高くなるもの。今すぐにできる「おうちキャンプの楽しみ方」を教えてもらいました。

「アウトドアグッズの良さは、収納してコンパクトに持ち運べ、使わないときにはしまっておける点があります。例えば、テレワークだと気分転換が難しいですが、アウトドアグッズがあると気分転換も自宅でも容易にできます。弊社の社員では、おうちのバルコニーに机と椅子を置いて、テレワークする人もいます。リビングで仕事をするより、気分も変わって良いですよ」といいます。

なるほど、おうちアウトドアをチェアと机からはじめられるというのは、手軽ですね。

スノーピークビジネスソリューションズ  HRS事業部オフィスディレクションチーム  神原さんのご自宅。「在宅ワークでは気分転換が重要。集中したいときはリビングで、Webミーティングはテラスのお気に入りローチェアで。家の中でも場所を変えるだけで、気分も変わって生産性をアップできます」(神原さん)(写真提供/スノーピーク)

スノーピークビジネスソリューションズ HRS事業部オフィスディレクションチーム 神原さんのご自宅。「在宅ワークでは気分転換が重要。集中したいときはリビングで、Webミーティングはテラスのお気に入りローチェアで。家の中でも場所を変えるだけで、気分も変わって生産性をアップできます」(神原さん)(写真提供/スノーピーク)

もう一つ、アウトドアな住まいの良さとして、王治さんが教えてくれたのは、コミュニティを円滑にしてくれる点です。

「焚き火や火の匂いを敬遠する人もいるなか、やっぱりキャンプに憧れる人たち、してみたいなという人たちは一定数いるのだと思います。弊社では都心の新築マンションに住まわれる方でも、気軽に野遊びやキャンプを楽しめるための提案を行ってきましたが、実際にイベントをしてみると、やはりみなさんとてもうれしそうなんですね。焚き火を囲んで、会話がはずみ、打ち解けるきっかけになります」と王治さん。

住んでいる場所は大都会でも郊外でも、風や光、緑を感じたい、というのはいつも変わらぬ願いかもしれません。アウトドアな暮らし、これからはブームではなく、定番となっていくのではないでしょうか。

●取材協力
旭化成ホームズ
スノーピーク
スノーピークビジネスソリューションズ
中央住宅

コロナ禍で失われた高齢者の居場所。豊島区で「空き家を福祉に活かす」取り組み始まる

空き家増加が日本の社会問題として取り上げられる一方、高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅の確保が困難な人たちが増加しています。これら2つの問題を一緒に解決する方策として豊島区で市民有志が立ち上げたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

一体どんなプロジェクトなのか、企画・運営する一般社団法人コミュニティネットワーク協会の理事長、渥美京子さんにお話を聞きました。

コロナで高齢者の居場所がなくなった!

2020年4月の緊急事態宣言以降、休校・休園、自宅待機、店舗の営業自粛など、多くの人が行動制限されました。それは若い世代、子育て世代のみならず、高齢者や障がいをもつ人も一緒です。渥美さんによると「それまで高齢者のお出かけ先となっていた百貨店や大型電機店などの商業施設、地域センターなどの公共施設に行きづらくなり、自宅に引きこもる高齢者が増えた」と言います。

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

「特に定年退社まで仕事一筋で頑張ってきた男性は、仕事以外に趣味がない、会社関係以外の人づき合いが少なく、歳をとると同時に引きこもりがちになる傾向があります。

そうでなくても高齢者の多くの人、特に一人暮らしをしている人は『将来介護が必要になったらどうしよう』『孤独死したらどうしよう』という不安を抱えています。それでも『住み慣れた街を離れたくない』『都心は家賃が高いが住み続けたい』という人が多いのです」(渥美さん、以下同)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

空き家を福祉に活用「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」

そのような高齢者や障がいをもつ人、生活困窮者に住まいと居場所、就労できる場所を提供する目的で始められたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

「豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高い数字です。一方で高齢者等への大家さんの入居拒否感は根強く、日本賃貸住宅管理協会の調査では、高齢者世帯の入居に拒否感がある大家さんが70.2%、障がい者がいる世帯の入居に対しては74.2%にものぼります。空き家と住宅確保が困難な人びとをマッチングすることで、双方が抱える問題を一緒に解決できないかと考えたのです」

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

プロジェクトのポイントの1つ、空き家を活用した共生ハウス西池袋では、2017年にできた住宅セーフティーネット制度をもとにした豊島区の家賃補助制度が利用できます。家賃補助を受けることで家賃月額4万9000円で住むことも可能です(水道・光熱費等を含む共益費は別途1万円)。

「加えて共生ハウスから徒歩圏内に『共生サロン南池袋』という地域交流・見守り拠点を設けています。新型コロナウイルスの感染防止対策をしながら、日がわりで健康講座やスマホ・パソコン講座、卓球、麻雀カフェなどを企画運営することで、入居者や地域の人々が交流・相談・学習できる居場所づくりを目指しています。お酒がないとなかなか外に出ない男性たちが交流できるようにお酒や料理を持ち寄って『おたがいさま酒場』なども開催しているんですよ」

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

人と人とのつながりが、不可能を可能に

空き家の福祉への活用は、全国のさまざまな自治体で試みられていますが、まだまだ本当に成功事例といえるものが少なく、採算性をはじめとして多くの問題を抱えているようです。共生ハウス西池袋ができるまでにも、いろいろな困難があったのではないでしょうか。

「最も難関だったのが、空き家を貸してくださる方と出会えるかということでした。実は今回のプロジェクトは物件が決まるより前に国土交通省の令和元年度・住まい環境整備モデル事業に認定されたのですが、事業モデルをつくったものの、実際に活用できる空き家がなかなか見つからずに困っていたとき、力を貸してくださったのが民間の不動産会社の人たちでした」

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

協会の主催するセミナーに講師として登壇した不動産会社の人が、地元の不動産会社に声をかけて見つかった空き家が今回の物件でした。

「もともとは夫をなくされてお一人になった高齢者女性のご自宅でした。ご本人が介護施設に入居されてからは甥御さんが管理をされ、ファミリー向けに賃貸に出す方向で検討されていたそうです。その矢先に今回の『高齢になっても住み慣れた池袋で安心して暮らし続けられるようにする』というプロジェクトの趣旨に共感し、ぜひ協力したいと言ってくださったのです」

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

高齢者や障がいをもつ人にも配慮してリフォーム

7年間、住む人がいなかった空き家がリフォームを経て、シェアハウス型のセーフティネット専用住宅(高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅確保が困難な人の入居を拒まない賃貸住宅)に生まれ変わりました。高齢者や障がいをもつ人が住むことを想定しているので、リフォームをするときも細やかに配慮されたそうです。

「前回の介護保険の改正で、要支援1、2は介護給付から予防給付に代わり、住民による自助努力が強化されました。また、介護認定は厳しくなる方向にあり、今後も介護予防に比重がおかれていくといわれています。『共生ハウス西池袋』では、そのような人が入居できるように配慮してリフォームを行いました。例えば、居室の入口は開け閉めがしやすいようにすべて引き戸に。1階と2階を行き来する階段やお風呂、トイレには手すりを取り付けています」

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

実際に筆者も「共生ハウス西池袋」の中を見学させてもらいました! 新築同様にリフォームされた各居室はすべて二面採光でとても明るい雰囲気、クローゼットやベッドの下などに収納もしっかり確保されています。高齢者や障がいのある人だけではなく、若い単身世帯にもこの家賃は十分に魅力的です。

「家賃低廉化補助制度は、豊島区に引き続き1年以上居住、月額所得15万8000円以下などの条件を満たせば、若い単身世帯の人も活用できます。特定の人たちだけではなく、健康な若い世代も共生ハウスに入居することで、多世代交流など多くの区民に開かれた場所になれば、と考えています」

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

地域包括ケアと「福祉×福祉」の取り組みへ

住まい(セーフティネット住宅)と地域交流拠点(共生サロン)の整備がセットになったこのプロジェクト。ところが、渥美さんたちの構想はそれだけにとどまりません。

「これから先、少子高齢化が“待ったなし”で進み、介護保険財政は厳しくなると言われています。障がい者事業には民間の株式会社などの参入が相次いでおり、補助金頼みの展開は厳しくなることが予想されます。
こうしたなかで、持続可能な仕組みをつくるために考えているのが、『福×福』連携です。具体的には、介護事業と障がい者の就労支援事業を組み合わせます。例えば『農福連携』は『農産物の加工を施設を利用する障がい者が担う』ことですが、『介護保険事業(福祉)』と『障がい者の就労支援事業(福祉)』を掛け合わせたのが『福福連携』です。例えば、デイサービスの利用者が共生サロンのプログラムを楽しむときに、就労支援B型の利用者が準備や掃除、ときには卓球コーチなどをする。これによって、賃金を得るシステムを新たに取り入れたいと考えています。福祉の問題を本質的に解決していくためには、このようないくつもの横の連携が必須なはずです」

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

これまでサービス付き高齢者向け住宅である「ゆいま~る」シリーズの展開をはじめ、全国で高齢者や障がい者の支援を行ってきた協会だからこそできたこともあるのでしょう。渥美さんたちは現在、栃木県那須町でも廃校を活用し、高齢者の居住・介護・交流を目的とした複数の施設を有するまちづくりを行っているそうです。

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

自身の親のことや、また自分が歳をとって1人になったり、障がいをもったりする可能性を考えたときに、住み慣れた地域で、地域の人とともに住み続けられる支援策があればとても心強く感じることでしょう。

このプロジェクトでは、資金調達においても多くの市民の力を借りようと11月27日までクラウドファンディングを行っているそうです(「共生サロン南池袋」のキッチン設置が資金の用途)。サロンや酒場の名前の通り「おたがいさま」の気持ちで地域の人びとが支え合い、つながり続ける社会のモデルとして、このプロジェクトの成功を願わずにいられません。

●取材協力
・としま・まちごと福祉支援プロジェクト
・一般社団法人コミュニティネットワーク協会
・共生サロン南池袋クラウドファンディング (Readyfor)

瀬戸内を“かわいい”で広める。瀬戸内デニムでつなぐ地元愛【全国に広がるサードコミュニティ9】

瀬戸内の魅力を発信しようと、岡山在住の有志の声がけからスタートした「瀬戸内かわいい部」。岡山名物であるデニムのB反(生産過程でついたわずかな傷やほつれが原因で市場に流通されない生地) を使ったピクニックシートの開発・販売など、瀬戸内をキーワードに、部活的な活動の枠を超えた広がりを見せています。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や町内会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。瀬戸内かわいい部とは?

瀬戸内の魅力的な風景やお店、出来事を発信し、内外に瀬戸内のファンを生み出そうとSNS上で始まった瀬戸内かわいい部という活動があります。「かわいい」という切り口を立てることで主に女性から共感を集め、現在 #瀬戸内かわいい部 が付けられたInstagramの投稿は1000を超えます。2年間で開催したリアルイベントで出会った約300名のうち50人程度は県外の人で、瀬戸内かわいい部のイベント目当てに今も頻繁に瀬戸内にやってきます。

特に明確なメンバーの条件があるわけではなく、主にSNS上でハッシュタグ#瀬戸内かわいい部をつけて写真を投稿する参加者もいれば、Slack上のコミュニティ運営やイベントの企画を行うコアメンバーまでその関わり方はさまざまです。

きっかけは2018年の西日本豪雨により、被災地に近い観光地・倉敷美観地区(倉敷市内の町並保存地区・観光地区)への観光客が激減したことにショックを受けた地元在住のデザイナー・やすかさんが、美観地区の魅力を発信する動画を制作し、SNSに投稿したことから。それを見て「観光地の復興支援になれば」と訪ねてきてくれた人たちに、岡山のおすすめスポットを案内して回ったのが、そもそもの始まりでした。

「その時までは正直、地元が好きじゃなかったんですが、外から訪れる人が岡山の桃のジュースの美味しさや、岡山のカフェのゆったりした雰囲気を率直に褒めてくれたのがうれしくて。もっと地元の魅力を発信したいと思って、まずは個人のSNSでハッシュタグをつけて写真をアップしようと考えました。でも、岡山だけだと狭いから、#瀬戸内かわいい部にしようと」(やすかさん)

瀬戸内かわいい部メンバーでシーグラスを探しに(画像提供/瀬戸内かわいい部)

瀬戸内かわいい部メンバーでシーグラスを探しに(画像提供/瀬戸内かわいい部)

SNS発信、リアルイベント、そしてプロジェクト

最初はハッシュタグだけの活動でしたが、次第に仲間どうしでカメラを持って尾道に行ったりとワンデーイベントを不定期で開催するようになります。そんななか、岡山出身で東京在住、現在はフリーランスでPRの仕事をしているみなみさんが参画し、瀬戸内かわいい部のホームページを立ち上げようと提案しました。

瀬戸内かわいい部のメンバー(画像提供/瀬戸内かわいい部)

瀬戸内かわいい部のメンバー(画像提供/瀬戸内かわいい部)

「ホームページをつくるにあたって、活動の柱を三つつくりました。一つはSNS発信。もう一つが撮影会や交流会などリアルイベントの開催。三つ目がプロジェクトです。単発ではなく、長期的に進められるプロジェクトがあったほうがいいんじゃないかと。私が東京にいて、なかなかイベントに参加できないので幽霊部員になっちゃうな……という思いもありました。デザインだったり記事を書いたりなど、離れているメンバーの関わりシロのある場所にしたかった」(みなみさん)

2019年4月開催/和菓子さんぽin倉敷美観地区(画像提供/瀬戸内かわいい部)

2019年4月開催/和菓子さんぽin倉敷美観地区(画像提供/瀬戸内かわいい部)

2019年4月開催/和菓子さんぽin倉敷美観地区(画像提供/瀬戸内かわいい部)

EVERY DENIMとの出会い

その後しばらくして、やすかさんは瀬戸内発・兄弟デニムブランドEVERY DENIMの島田舜介さんに出会います。そこで島田さんから「デニムの生地を生産する過程でわずかな傷が入り廃棄されるB反のデニムがある。そういうB反デニムから小物なんかつくったら面白いかもしれない」と言われ、メンバーに報告。するとメンバーから「だったらそれをプロジェクトにしませんか」と提案されます。こうして、瀬戸内かわいい部としてデニム生地を使った小物を企画開発するプロジェクトを立ち上げることがきまりました。

ホームページをつくるため、一度自分たちの活動の方向性を整理したのが功を奏し、第三の柱であるプロジェクトが動き始めます。最初は、瀬戸内が好きな人たちで気軽にハッシュタグを共有するゆるやかなコミュニティだったのが、より積極的な活動を行う集団として踏み出した瞬間でした。

ちなみに、プロジェクトで企画開発した商品は「ピクニックシート」。紆余曲折のうえピクニックシートに落ち着いた理由について、やすかさんはこう語ります。

「まず、瀬戸内と言えば青だよね、と。波の穏やかな海の青さ。次に、どこにでも連れていけて、使えば使うほど自分の色に馴染んでいくデニムの“相棒感”みたいなものを伝えたい。そして、出来上がった商品を持っている人同士が繋がって、瀬戸内好きな人の輪が広がってほしいな、という思い。これらを総合してピクニックシートに落ち着いたんです」(やすかさん)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

離れたメンバー同士のやりがいをつくるには?

ところが、ここからが大変でした。離れたメンバーもいるコミュニティ内で意思疎通を図るために、主にSlackを使って交流していたのですが、いざ商品を開発しようとなると、納期や定価、販売方法など決めなければいけないことが盛りだくさん。ただ瀬戸内かわいい部は企業じゃなくてコミュニティ。「企業の商品開発ならまず納期や予算から逆算して考えるけれど、そういう条件や制約はいったん抜きにして、まずは自分たちが本当につくりたいものを考えてみてほしい」とスタートしたつもりでしたが、商売となるとメンバーからシビアな長文のコメントがバンバン投稿されて、やすかさんたちが驚くことも。

それもそのはず、瀬戸内かわいい部自体が実社会でそれぞれのスキルを持って活動するフリーランスや仕事人の集まりです。自分が関わるプロジェクトであるならばなおさら、妥協したくないという思いがみんなにあったことに気づかされました。こうしてオンラインのコミュニケーションの限界に気づいた運営メンバーは、可能な限りメンバーに直接会いに行って話すことにしました。

「個人的な話は目的が決まっているオンライングループ上では言い出しづらい。ある日、東京に住む同じ世代の女性メンバーと一回会って話してみたら、瀬戸内に関わりもなく、ものづくりのスキルもないので……と引っ込みがちだったんだけれど、保育士の仕事をされていて、アクティブラーニングに強い関心があり、熱心にお話ししてくれたのが印象的で。この熱量を発揮できるきっかけさえあればもっとおもしろくなる、そのために個人の関心やスキルをもっと活かしてもらえばいいんじゃないか、とその時思ったんです」(みなみさん)

商品のリリースに先立って、一泊二日の合宿を敢行。ここで普段出会えないメンバーの意見をすり合わせたそう(画像提供/瀬戸内かわいい部)

商品のリリースに先立って、一泊二日の合宿を敢行。ここで普段出会えないメンバーの意見をすり合わせたそう(画像提供/瀬戸内かわいい部)

メンバーそれぞれの想いが乗ったデニムプロジェクト。ピクニックシートを複数つなげるというコンセプトはみんなで共有していたけれど、デザイン一つとっても、例えばフリンジをつけたいとか、中綿を入れたいとか、角にはハトメかリボンか……などさまざまな意見がありました。そこで、サンプルお披露目会の直前に一泊二日の合宿を敢行。バチバチとした空気も流れたそうですが、徹底的に話し合うことで方向性が一つにまとまり、ようやく販売に踏み切ることができました。

スキルを活かしたギルド的集団に

2019年に香川県高松市に家族でUターンしてきたまみこさんは現在、瀬戸内かわいい部の「スポ根」担当。お二人のお子さんを抱えながら、フリーランスでWebコンテンツのディレクションやデザインをしています。ちょうど移住したころに瀬戸内かわいい部に参画しました。

「もともと、つまらないと思って地元を離れた自分が瀬戸内を知れる場所を探していたんです。入ってみれば、結婚しても、子どもがいても、仕事があっても、挑戦していいんだと思える場所でした。絶対的に強いパワーを持った人がいなくて、みんな平等という感覚が共有されていたのも大きくて。私にも協力できることがある、それを認めて受け入れてくれるのはとてもうれしかったです」(まみこさん)

まみこさんはピクニックシートをつくるにあたって広報スケジュールを設定したり、ターゲットは誰なのか?を決めるペルソナ会議をファシリテートしたりとプロジェクトが前進するためにご自身の経験やスキルを存分に活かすことができたと言います。デザイナーなので、急遽つくらなければならないWEB用バナー広告などのデザインも担当しました。

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

一方、やすかさんも本業はデザイナーなのでオンラインイベント用の動画 の制作はやすかさんが。他にもアパレルの仕事をしていて工場とのやりとり経験のあるメンバーがいて、仕様書をつくったり、実際の発注作業はその人が担当することに。情報発信が得意なメンバーは、瀬戸内かわいい部のnote担当、LINE @担当と、それぞれの役割が増えていき、さながらギルドのような集団になってきました。ただ、瀬戸内かわいい部はあくまで部活。商品をつくるのが目的ではなく、みんなで合宿したり、お互いのことを知ったり、瀬戸内を好きになっていくプロセスこそが重要、とやすかさんは語ります。

「みんなの居心地のいい場所にしたい、というのが一番。利益を追求するような活動でもないし、商品を完売させなければというミッションもない。一緒につくる過程そのものが楽しい時間であってほしいし、コミュニティに参加していることが誇りになるような、そんな場所にしていきたいです」(やすかさん)

移住フェアの様子(画像提供/瀬戸内かわいい部)

移住フェアの様子(画像提供/瀬戸内かわいい部)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

瀬戸内かわいい部は、大人の文化祭

仕事とプライベートの中間に、部活的な活動が一つある生活ってわくわくしませんか? 三人が口をそろえて言うのが「文化祭」というキーワード。デニムプロジェクトは瀬戸内かわいい部にとって、いわば「大人の文化祭」でした。年に一度ガッと集中してものづくりに打ち込む。メンバーそれぞれがそれぞれの道のプロであるからこそ、つくるもののクオリティに妥協はしません。

「でも、最初に疲れちゃったらダメだよってアドバイスされて。その人は別のコミュニティを運営していて、デザインも頑張って、noteでの発信も頑張って、すごくクオリティ高いコミュニティだったんだけれど、疲れて辞めちゃったそうです。みんなお仕事や家庭がある中で、毎日大量のSlackが続くとさすがに辛い。楽しい気持ちを維持しながら全力を注げるようにしたいです」(みなみさん)

そこで、デニムプロジェクトが1年間の活動期間を終えてひと段落したことを機に、少しのあいだ充電期間をとることにしました。デニムプロジェクトの広まりを受けて、自治体が主催する移住フェアにも呼ばれるようになった瀬戸内かわいい部。瀬戸内内外のメンバーがいるコミュニティ自体に興味を持ってもらい、コミュニティ運営に関するトークショーに呼ばれることも増えてきました。しかし、周囲の期待に過度に応えすぎないことも重要です。次のプロジェクトに全力で取り掛かるため、休めるときはしっかり休む。それくらい緩急があったほうが、コミュニティは持続しやすいのかもしれません。

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

(画像提供/瀬戸内かわいい部)

地域の魅力を発信するためのコミュニティというと、コミュニティビジネスとはどう違うの? という疑問も湧いてきます。NPO法人コミュニティビジネスサポートセンターのホームページによると、コミュニティビジネスとは「市民が主体となって、地域が抱える課題をビジネスの手法により解決する事業」と定義づけられています。コミュニティビジネスはあくまでビジネスであって、地域の経済的課題を解決することに重点が置かれています。

瀬戸内かわいい部はビジネスというよりは親睦団体であり、メンバー各々の自己実現、楽しいことをしたいという自発性が最も大事なポイントです。でも、地域を元気にしたり、盛り上げるのは必ずしもお金だけではないと思うんですよね。楽しそうにしている人たちのところには自然とモノ・コト・人が集まってくる。スタートして3年、まだまだ始まったばかりのコミュニティですが、瀬戸内かわいい部から地域の課題をあっと驚く方法で解決するアイデアや商品が生まれるのも、そんなに遠い未来の話ではないかもしれません。

●取材協力
瀬戸内かわいい部

テレワークが変えた暮らし【10】理想を求めて葉山へ。社会活動「スポーツを止めるな」もスタート

東京都新宿区から神奈川県葉山町に3年前に家族で引越した会社員の最上紘太さん。ライフシフトの見直しをきっかけに移住を決意。そして、このコロナ禍でテレワーク中心となり、生活スタイルにさらに変化が訪れた。コロナで苦しむ学生アスリートを支援するため、一般社団法人「スポーツを止めるな」を仲間と立ち上げるなど活動を広げている。移住、テレワークで最上さんの暮らしはどう変わったのだろうか。
葉山でネットと波を乗りこなすダブルサーフィン生活を手に入れた

「老後に葉山を拠点にして生活することは、学生時代から思い描いていました」と語る最上さん。最上さんの高祖父にあたる明治の文化人、陸 羯南(くが かつなん)氏が葉山に移り住んで以降、そこは最上さんや、親戚みんなの憧れの地となる。小さいころから訪れていた葉山は、中学時代からラグビーに打ち込んできたスポーツマンの最上さんにとって、都会から遠くないのに、自然の中でワークアウトをしたり、スポーツを楽しめたりする理想の場所という印象が強かった。

「東京での仕事が忙しくなる一方、世間では働き方の見直しが議論を呼び、“人生100年時代”が叫ばれるようになりました。都会のド真ん中に住んで、マンションと会社を往復する生活がベストな生き方なのか、4年ほど前から真剣に考え始めたんです」と話す。

幼少期からの憧れの地・葉山への移住を自然と考えるようになっていくうちに、富士山も海も見える今の家が立つ土地を見つけ、迷わず購入。地の利を最大限に活かし、環境にも配慮した理想の家を1年かけて建てた。以来、休みの日には海でスタンドアップパドル(SUP)を楽しんだり、家族で磯遊びをしたりと、海の側での生活を満喫しているという。

最上さん宅から望む富士山(画像撮影・提供/最上紘太)

最上さん宅から望む富士山(画像撮影・提供/最上紘太)

コロナ禍で、理想のテレワークのある暮らしを実現

家を建てたころは、仕事は都内のオフィス勤務がメインだった。勤務先では、テレワークは今ほど浸透していなかったというが、最上さんはすでに「将来的にはテレワークを基本とした暮らしをすること」を理想に、日当たりもいい、お気に入りのスポットに書斎をつくっていた。

そんな最上さんのテレワークが本格的に始まったのは、新型コロナウイルスによる自粛生活が始まったこの3月。毎日都内へ通勤する生活からフルリモート生活に一変した。

以前は休日の朝5時から海に走りに行っていたが、出勤時間がなくなった分、始業時間前を利用した毎日の習慣に。地元のランニングコースを開拓する余裕もでき、葉山は海だけでなく山々やハイキングコースが充実していることにも気がつけたという。

こうして毎日気分に合わせて海や山などさまざまなコースを走ることで、「コロナ禍でも気分転換と健康維持が可能になりました」と続ける。さらに、家族で山登りに行ったり、海で朝食や夕食をピクニックで楽しんだりと、バケーション気分を日常に取り入れられるようになった。このことで、仕事における集中力も格段に高まったという。

「地元で過ごす時間が圧倒的に増えたことで、これまで以上に家事に関わり、自分時間も確保できています。ご近所付き合いも増え、葉山への愛着が一層深まりました」

葉山に点在するハイキングコースは、うっそうと繁る木々に囲まれ、清々しい空気が漂う。早朝はほぼ人がいないので集中して走り込めるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

葉山に点在するハイキングコースは、うっそうと繁る木々に囲まれ、清々しい空気が漂う。早朝はほぼ人がいないので集中して走り込めるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

地産地消の食卓がかなうのが三浦半島の魅力

最上さんにとって、葉山生活の魅力の一つは食だ。「朝採れ野菜をはじめとする食が豊か」と最上さん。

特に「葉山しらす」は、初めて食べて以来、冷蔵庫に欠かせなくなった。朝に漁港にあがる釜揚げしらすは、新鮮かつ手ごろな値段で手に入れられる。佐島や横須賀などへ少し車を走らせればその日に水揚げされたばかりの旬の魚が手に入る。漁港まで行かなくても、地元の魚屋には朝獲れ鮮魚がたくさん並ぶ。

葉山しらすを使ったピザ(画像撮影・提供/最上紘太)

葉山しらすを使ったピザ(画像撮影・提供/最上紘太)

ほかにも、野菜や、養鶏場や養豚場で育てられた肉、ブランドの「葉山牛」など、三浦半島にいるだけで、豊かな食を手軽に得られるようになった。「都内に住んでいたころより、ずっと質の良い食材を手ごろに入手できるようになりました。おかげで、子どもに旬のものを感じて食事を楽しむことを教えられるし、これまで料理をしたことがなかった自分が庭でバーベキューするようになり、料理にも興味を持つようになりました」と話す。自粛期間で外食もしづらくなり、時間の余裕もできてからは、おいしいと耳にした調理法を試して、おつまみをつくり、オンライン飲み会で披露するということもできるようになったとのこと。

海では、バーベキューだけでなく、ホットサンドやホットドックをつくって朝食にしたり、近くのレストランのテイクアウトを利用して、海ディナーを楽しむこともあるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

海では、バーベキューだけでなく、ホットサンドやホットドックをつくって朝食にしたり、近くのレストランのテイクアウトを利用して、海ディナーを楽しむこともあるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

(画像撮影・提供/寺町幸枝)

(画像撮影・提供/寺町幸枝)

テレワークだからこそできた、スピード感ある動き

テレワークで生まれた時間は、ボランティア活動にも活かされている。最上さんが一般社団法人「スポーツを止めるな」の共同代表理事に就任したのも、コロナ禍の最中のことだ。大学卒業後も、学生時代のラグビー仲間たちと公私共に交流が深い最上さんは、本業で培ったスポーツ分野での広報活動への造詣の深さから、コミュニケーションプロデューサーとして、立ち上げから組織運営に関わってきた。

同組織は、新型コロナによるさまざまな自粛で進学や就職問題に直面している学生たちを、トップアスリートたちが協力して支援する活動だ。その活動は、社会貢献と期待され、多くのメディアや企業から注目を集めている。

引退試合を逃した中高生ラガーマンたちのために、日本ラグビーフットボール選手会に所属するトップアスリートによる過去の試合への「解説」をつけたビデオ制作を行う「青春の宝」プロジェクトはその一つの活動だ。プロジェクト運営に必要な人選や手配、重要となるメディアへのPRなど、代表理事の3人がスピード感を持って手分けしてこなす必要が求められているというこの活動。共同理事全員が本業を持つ中で、「テレワークなくしては、この組織運営は実現しなかったと思います」と最上さんは話す。

「以前なら、全国を視野に入れた活動となると、“東京”を拠点にせざるを得なかったと思いますし、専業である必要もあったでしょう。しかし多くの動きがリモートでこなせるようになった今、世界を飛び回るトップアスリートから、全国各地で活躍するスポーツ関係者たちとパッとオンラインで繋がり、必要に応じた動きをするというやり方で、十分に日本全国を巻き込む活動は可能だと感じています」と続ける。

グッズ活用で仕事の効率もアップ

本業に、ボランティアにと多忙極める最上さんが、仕事をこなす上で役立っているのが、テレワークのために購入したパソコン周辺機器やガジェットだ。

「毎日少なくとも、5、6本のオンラインミーティングをこなしているのですが、ノートパソコンとひたすら向き合っていると、思った以上に疲れることに気がつきました」と3月以来、少しずつテレワークグッズを取り入れるようになった。

例えば大型のパソコンワイドモニターとワイヤレスキーボード。オンラインミーティングで複数の資料を確認しながら打ち合わせを進めることも多く、ノートパソコンの画面ではとても管理しきれない。ノートパソコンと同期させた巨大モニターを持つことで、より効率的にミーティングをこなせるようになったという。長い日は1日10時間以上パソコンの前に座りっぱなしになる最上さんにとって、ノートパソコンスタンドやタブレットスタンド、グリーンスクリーンなどは、今や手放せないアイテムだ。

テレワークのお役立ちグッズが充実する、最上さんのデスク周り(画像撮影・提供/最上紘太)

テレワークのお役立ちグッズが充実する、最上さんのデスク周り(画像撮影・提供/最上紘太)

最上さんはテレワークが始まったことで、多くの地元の仲間との繋がりが強固になり、葉山生活が充実したと感じている。その様子は東京の仲間にも伝わり、都心から引越ししたいと相談を受けることも増えているのだとか。

「コロナ禍では、いろいろなものが分断されたと言われていますが、地域のまとまりや、新たな繋がりが生まれつつあると実感しています」(最上さん)

このコロナ禍を通じてテレワークが定着した人も多い。今後このような人たちがプライベートを充実させ、仕事でもさらに活躍することで、その魅力はどんどん波及していくに違いない。一瞬欲張りに映る生活だが、これからの「ニューノーマル」になる、取材を通じてそんな期待が思わず膨らんだ。

●取材協力
・一般社団法人スポーツを止めるな

透明トイレ、行燈トイレ、イカトイレ? 渋谷が公共トイレでまちづくり

2020年7月にSNSなどで話題をさらった東京・渋谷区の「透明トイレ」。この公共トイレは、渋谷区内17の公共トイレが生まれ変わる「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのひとつ。2021年の夏までにすべての公共トイレが設置予定で、そのうち、7カ所が今年の夏に完成した。安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾、槇文彦ら16人の著名クリエイターによる、トイレの常識を覆すデザインには、性別、年齢、障害を問わず快適に過ごせる工夫がなされている。プロジェクトを企画した日本財団に詳しい話を聞いた。
16人のクリエイターの斬新なトイレ、デザインの狙いとは

渋谷区のはるのおがわコミュニティパークに完成した「透明トイレ」は、完成するやいなや、近隣に住む男性が発信したツイッターで拡散。6.8万リツイート、25万いいね(2020年10月2日現在)を集め、ニュースは、「トイレ技術の最先端」として、世界にも発信された。注目されたのは、トイレの壁が透明であること。利用者がトイレに入るとガラス製の壁が不透明になり、中が見えなくなる仕組みだ。「そんな技術があったのか!」「利用時に本当に見えないのか不安になる」と話題になった。

SNSで話題を集めたはるのおがわコミュニティパークトイレ。デザインは建築家の坂茂さん(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

SNSで話題を集めたはるのおがわコミュニティパークトイレ。デザインは建築家の坂茂さん(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

「関心を持ってもらったのはうれしかったのですが、プロジェクトの公式発表前だったこともあり、驚きました。インパクトのある見た目だけが注目されないよう、プロジェクトの目的をしっかり伝えていこうと気持ちを引き締めました」と日本財団経営企画広報部の佐治香奈(さじ・かな)さんは語る。

「もともと、日本財団では、障がい者支援などを通じ、多様性を受け入れる社会づくりを目指してきました。公共トイレに着目したのは、さまざまな人が利用するトイレに問題意識を持ってもらい、障がい者・LGBTQ・子どもなどへの意識を変えるきっかけになればという思いからです」

日本財団と渋谷区は、社会変革により、社会課題の解決を図るソーシャルイノベーションに関する包括連携協定を結んでいる。公共トイレの事業も、日本財団が、先駆的な取組みのひとつとして、渋谷区に企画を提案し、渋谷区はこれを快諾。オリンピック、パラリンピックに合わせて、渋谷区内17の公共トイレを改装する「THE TOKYO TOILET」プロジェクトが始動した。

クリエイティブの力でトイレの常識をひっくり返す

世界や日本各地からさまざまな人が集まる渋谷区のキャッチコピーは、「ちがいをちからに変える街」。日本財団と渋谷区が共に目指しているのは、障害やLGBTQ、子どもなどを受け入れる多様性や思いやりのある社会をつくること。障がい者支援でトイレの改善に取り組んだこともある日本財団は、訪れる人の多くが利用する公共トイレを起爆剤にして街に変化を起こしたいと考えた。

公共トイレは、公共という名がついていながら、汚い、臭い、暗い、怖いというイメージがあり、利用者が限られているという実態がある。

今までのイメージをくつがえすトイレをつくるために協力を仰いだのが、安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾、槇文彦ら16人のクリエイターだった。トイレの設計施工には大和ハウス工業、トイレの現状調査や設置機器の提案にはTOTOが参加した。

「透明トイレ」で新しいのは見た目だけではない。建築家の坂茂さんがデザインした、外壁が透明なトイレには、トイレに入る前に、中が綺麗かどうか、誰も隠れていないかを確認できるという衛生上、防犯上の狙いがある。

「透明トイレ」のほかにも、西原一丁目公園には夜になると光る「行燈トイレ」、タコの遊具によってタコ公園と呼ばれている恵比寿東公園には「イカトイレ」など、今までにない斬新なトイレが完成している。

暗かった夜の西原一丁目公園を明るく照らす坂倉竹之助さんの「行燈トイレ」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

暗かった夜の西原一丁目公園を明るく照らす坂倉竹之助さんの「行燈トイレ」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

タコの遊具があり、「タコ公園」と呼ばれている恵比寿東公園に完成した槇文彦さんの「イカトイレ(写真奥の白い建物)」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

タコの遊具があり、「タコ公園」と呼ばれている恵比寿東公園に完成した槇文彦さんの「イカトイレ(写真奥の白い建物)」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

「行燈トイレ」は、もともと薄暗く、夜になると物騒な雰囲気すらあった西原一丁目公園を明るくする目的があった。子どもが訪れることが多い恵比寿東公園の「イカトイレ」は建物の影に人が潜まないように裏のないデザインになっている。

田村奈穂さんによる東三丁目公衆トイレではプライバシーを守れるように、さっと入ってさっと出られるように外壁をデザイン(写真撮影/エスエス 北條裕子)

田村奈穂さんによる東三丁目公衆トイレではプライバシーを守れるように、さっと入ってさっと出られるように外壁をデザイン(写真撮影/エスエス 北條裕子)

すべてのトイレに多目的トイレを設置している(写真撮影/片山貴博)

すべてのトイレに多目的トイレを設置している(写真撮影/片山貴博)

「利用者の方から、子どもが安心して遊べるようになった、夜も安全に歩けるようになったという声が寄せられています。完成した7つのトイレを巡る人もいるそうです。トイレについて皆で語ろうという機運をつくれたのではないでしょうか」と佐治さん。

「トイレは宝石箱、利用者は宝石」と語る安藤忠雄さんのトイレを訪ねた大きな屋根の庇の下は、コンクリートのたたきになっており、軒下でひと息つける空間になっている(写真撮影/片山貴博)

大きな屋根の庇の下は、コンクリートのたたきになっており、軒下でひと息つける空間になっている(写真撮影/片山貴博)

2020年9月15日に、安藤忠雄さんがデザインした神宮通公園トイレが、報道陣に公開された。まわりはビルが立ち並ぶが、公園内には緑が多い。木立の間にたたずむのは、「小さなあずまや」をイメージしてつくられたトイレだ。大きくせり出しているトイレの屋根の庇(ひさし)は、雨宿りのできる軒先をつくる目的がある。トイレとして利用するだけでなく、ちょっと休憩ができるような、パブリックな価値を持たせた。

「依頼を受けて、思い切ったプロジェクトだなというのが第一印象。クリエイターの名前を見て、刺激されました。完成した他のクリエイターのトイレを見て、みんな小さい建物にも全力投球するものだなと思いましたね。トイレは小さいけど、大きな発信力がある。私はこのトイレをデザインするにあたって、トイレは宝石箱、入る人は宝石だと考えました。公園全体を輝かせるものであるようにと願っています」と安藤忠雄さん。

「完成したのはまだ7カ所だけですが、インド、中国、ヨーロッパ各国から、完成したトイレと同じものをそのままつくってほしいというオファーが日本財団に届いています。しかし、維持管理の問題もあるので、形だけ輸出するのは慎重でありたい」と笹川順平常務理事は言う。
完成して終わりではなく、5年後、10年後にも「いいトイレだね」と使ってもらえることをプロジェクトのゴールにしているからだ。

「私のつくったトイレはUFOだとか言われている。渋谷の街に新しいものが舞い降りてきた。そんなイメージを持ってもらえたらいいですね」と安藤さん(写真撮影/片山貴博)

「私のつくったトイレはUFOだとか言われている。渋谷の街に新しいものが舞い降りてきた。そんなイメージを持ってもらえたらいいですね」と安藤さん(写真撮影/片山貴博)

外壁は風と光を通す縦格子になっている(写真撮影/片山貴博)

外壁は風と光を通す縦格子になっている(写真撮影/片山貴博)

メンテナンスでつなげる、次に使う人への思いやり

全17カ所のトイレの維持管理は、日本財団・渋谷区・一般財団法人渋谷区観光協会が三者協定を結び、実施している。「THE TOKYO TOILET」では、完成した後のメンテナンスについても、今までの常識にとらわれない方法を取り入れた。トイレの清掃員が着用するユニフォームは、若者に人気のファッションデザイナーNIGO®さんが監修したもの。清掃する側のモチベーションを高めようと依頼した。今後は、トイレの維持管理状況を特設ウェブサイトで随時更新する予定もある。

軒先の空間で取材に答える安藤さんと日本財団の笹川常務理事。笹川常務理事が着ているのが清掃員のユニフォームだ(写真撮影/片山貴博)

軒先の空間で取材に答える安藤さんと日本財団の笹川常務理事。笹川常務理事が着ているのが清掃員のユニフォームだ(写真撮影/片山貴博)

赤い印がすでに完成したトイレ。渋谷に行く際は、最寄りのトイレを訪ねてみては(画像提供/日本財団パンフレットより)

赤い印がすでに完成したトイレ。渋谷に行く際は、最寄りのトイレを訪ねてみては(画像提供/日本財団パンフレットより)

清掃員が、ユニフォームを着て清掃していると、「ありがとう」「きれいに使いますね」と声をかけてくれる人が増えたという。日本財団、渋谷区の思いを形にしたクリエイター、TOTO、大和ハウス工業、未来に引き継ぐための維持管理。そして、利用者自身が次に使う誰かに思いやりのバトンをつなぐ。小さな問題意識から変わっていく街。それこそが、多様な人を受け入れるまちづくりの一歩なのではないだろうか。

●取材協力
・日本財団
・THE TOKYO TOILET

リフォーム経験者500人に聞いた!プラン&設備の満足度ランキング

リフォーム成功の秘訣(ひけつ)は、自分たちの暮らしに合ったプランや設備を選ぶこと。
今回はプランと設備に分けて、先輩500人が「とても満足」と答えたものをランキングでご紹介。
実際に使ったからこそわかるリアルな口コミを参考に、わが家にぴったりなリフォームを探ってみよう。
プランの満足度ランキングTOP5

第1位 対面キッチン(満足度67%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

リビングに向いたキッチン 家族と会話がしやすい

壁側ではなくリビングやダイニングに向いたキッチンのこと。料理をしながら家族と会話ができたり、テレビを見たりすることができる。リビングとの一体感があり開放感も高い。

対面キッチンにしたら調理しながら部屋を見渡せるようになり、小さな子どもの様子がわかるのがうれしい。泣き出したときもすぐに駆けつけられます。(男性・36歳・一戸建て)テレビを見たり、夫と会話したりしながら料理できるのが楽しいです。同じ空間にいるから片付けも孤独感を感じず、家族と過ごす時間が増えました。(女性・60歳・一戸建て)以前は壁付けキッチンで別の部屋で料理をしていたけど、リビング一体の対面キッチンにしてから配膳がすごくラクに。家族も手伝いやすいです。(女性・55歳・一戸建て)壁付けから対面キッチンにしたら、リビングに光が入るようになり空間が明るくなりました。手元も見やすくなったので料理もしやすく一石二鳥。(女性・65歳・一戸建て)

第2位 部屋を広くした(満足度59%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

壁や廊下をなくして部屋を拡大 開放感のあるスムーズな動線に

隣接する個室や廊下などの間仕切り壁を取り払い、リビングやダイニング、部屋などの空間を広くするリフォーム。開放感が増して、明るさも確保できるため、快適性が向上する。

個室をなくして広いLDKにしたら家族が自然と集まるように。読書をしたり、PCをしたりと、各自が自由に過ごせてだんらんの時間が増えました。(男性・44歳・マンション)リビングを広くしてコーナーに机とイスを設置。PC作業をしたり、物を書いたりできるように。リモートワークが始まって予想以上に大活躍!(女性・31歳・一戸建て)和室とLDKの柱やふすまを取り払い、一続きの空間にしました。部屋全体が明るくなり、開放感たっぷり。狭くて暗いLDKが快適になりました。(女性・59歳・マンション)活用できてなかった二つの部屋をつなげて、寝室+セカンドリビングに。寝室でテレビを見ながらくつろげ、収納も増やしたので快適になりました。(男性・57歳・マンション)

第3位 大きな玄関収納(満足度55%)

(画像提供/PIXTA)

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玄関に大型収納をつくり外で使う物もすっきり収める

シューズクロークやウォークインの収納など、玄関を広げて大きな収納を設置すれば、家族の靴から外で使う雑多な物まで収納できる。土間スペースをつくるのも人気。

玄関収納を大きくしたので、家族全員の靴だけでなく、普段着のコート類やレインウェア、ペットの散歩用品なども収納できるのがうれしい。(男性・40歳・マンション)以前は収納しきれない靴を部屋の中の棚に収めていましたが、玄関収納を大きくしたことで全て収めることが可能に。居室内の棚を撤去できました。(男性・37歳・マンション)玄関に広い土間収納をつくりました。アウトドア用品やガーデニンググッズなど、部屋に持ち込みたくない汚れた物をそのまま収納できて便利です。(男性・61歳・一戸建て)靴が多いので玄関に箱を置いて並べていましたが見た目が残念……。そこで壁面収納にしてお気に入りのスニーカーを飾ったら、来客の反応も上々です。(女性・49歳・一戸建て)

第4位 大きな衣類収納(満足度51%)

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大型クロゼットを設置 家族の衣類をまとめてイン

衣類や掃除道具などをまとめて収納できる大きなファミリークロゼットや、ウォークインクロゼットのこと。家の物を一カ所にしまうことができ、家事の効率化にもつながる。

使いにくかった押入れをクロゼットにリフォーム。衣類をたくさん掛けることができ、棚も自由につくれたので収納力が抜群にアップしました。(女性・54歳・一戸建て)寝室とリビングの間に大型のクロゼットを設置。両方からすぐに出入りでき、遅く帰った際に、先に寝ている夫を起こさずに着替えられます。(女性・45歳・一戸建て)ファミリークロゼットに家族の衣類を全て収納しています。洗濯物をしまう際に家族それぞれの収納に戻す必要がなく、家事がラクになりました。(女性・56歳・一戸建て)衣類や下着やタオルなどを全部収納できるクロゼットをつくりました。おかげで古いたんすを処分することができ、部屋が広くなりました。(男性・62歳・マンション)

第5位 インナーテラス(満足度49%)

(画像提供/PIXTA)

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外につながる半屋外空間 多彩な用途で使用できる

家の中や半屋外の空間につくったテラス。リビングなどが明るく開放的な空間になり、室内にいながら光や風も感じられる。部屋干しやガーデニングなど、多彩な使い方ができる。

中庭につながるインナーテラスを設置。冬は暖かい室内で外の光を感じられて、夏は風が入って涼しい。鳥の声を聞きながら飲むコーヒーは最高。(男性・58歳・一戸建て)リビングに面したインナーテラスで、柔らかな日差しを浴びながらゆったり過ごすのが幸せ。鉢植えを使って簡単なガーデニングも楽しめます。(女性・69歳・一戸建て)インナーテラスを部屋干しで使っています。急な雨でも洗濯物がぬれないし、蚊が多い地域ですが、蚊に刺されずに洗濯物が干せて快適です。(男性・37歳・一戸建て)花粉症のため常にリビングに室内干しで、物干し竿や洗濯物が邪魔でした。インナーテラスは洗濯物を干しても気にならず、花粉症対策も万全です。(女性・68歳・一戸建て)水まわり設備の満足度ランキングTOP10

第1位 お湯が冷めにくい浴槽(満足度69%)

(画像提供/PIXTA)

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保温性を高めたバスタブ 追いだきが少なくて経済的

二重構造のバスタブや風呂フタなどで保温性を高めた浴槽。お湯が冷めにくく、追いだきが減って経済的。JISの規定では4時間後の温度低下が2.5℃以内が基準。

以前のお風呂に比べるとお湯が冷めにくく、追いだきせずに、すぐ入れるのがうれしい。2時間くらい後でもそのまま入れます。(男性・32歳・一戸建て)夏の夜にお風呂に入れなかったときに、翌朝でもあまり冷たくなっていないから、ぬるい状態でそのままお風呂に入れます。(男性・58歳・一戸建て)うちは家族で入浴時間が違うので、お湯が冷めにくい浴槽は追いだきが少なくていいから省エネにつながっています。(女性・67歳・マンション)追いだきしなくても温かく入れるから、誰かがお風呂に入った後に急いで入る必要がなくて、気持ちにゆとりがもてました。(女性・58歳・一戸建て)

第2位 タンクレストイレ(満足度67%)

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手洗い用タンクがなくトイレ空間がすっきり

これまでは便器の後ろに設置されていた、手洗い用のタンクがないトイレのこと。タンクがない分、空間を広く使える上に、掃除がラクになるというメリットもある。

タンクがないから見た目がスマートだし、空間の圧迫感がありません。これまでよりもトイレで落ち着けるようになりました。(女性・38歳・一戸建て)後ろの蛇口やタンクを掃除したり、水跳ねを拭いたりするのが面倒でしたが、今はタンクがないから掃除が減ってすごくラクです。(女性・49歳・一戸建て)以前は連続して水を流す際にタンクに水が貯まるのを待っていました。タンクレストイレは水道直結だからすぐに水が出て便利。(女性・36歳・一戸建て)タンクレストイレは溝のないスタイリッシュなデザインだから、わが家のトイレがホテルのようにおしゃれな空間になりました。(男性・37歳・マンション)

第3位 静音レンジフード(満足度65%)

(画像提供/PIXTA)

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動作音が静かで会話やテレビを邪魔しない

ファンを天井裏に設置するなど、特殊な設計によって、動作音を低減させたレンジフード。会話やテレビを邪魔しないため、オープンキッチンで大活躍。

今までのレンジフードに比べてびっくりするくらい音が静かです。キッチンで作動していてもテレビの音がしっかり聞こえます。(女性・39歳・マンション)音が静かなのはもちろんのこと、ライトがつくので鍋やフライパンなどの手元がよく見えて格段に使いやすくなりました。(女性・55歳・マンション)炒め物中にレンジフードを作動させても音が静かだから家族と会話できます。「うるさい」と言われることがなくなりました(笑)。(女性・58歳・一戸建て)「弱モード」だと、ほとんど気付かないくらい音が静かです。IHと連動してスイッチが入るので、切り忘れもなくて安心。(男性・62歳・一戸建て)

第4位 オート開閉の便座(満足度64%)

(画像提供/PIXTA)

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近づくとフタが自動で開閉「衛生的」と注目度UP

便器に近づくと自動でフタが開き、離れると閉まるオート開閉式の便座。トイレに触れずに用を足すことができ衛生的で、新しい生活様式の中で注目度が増している。

トイレのフタを触らなくていいから、家族や友人など、多くの人が使っても衛生的です。このご時世には安心感がありますね。(男性・35歳・マンション)自動開閉式だとキレイにトイレが使えるし、ニオイが充満しにくいのがうれしい。以前よりトイレが清潔になり、満足しています。(男性・61歳・一戸建て)屈んで便座を開閉しないので、腰への負担が少なくてラクです。70歳近くになって使いはじめてバリアフリーだと気付きました。(女性・68歳・一戸建て)トイレに近づくと自動で光がともってフタが開きます。夜中にトイレを使うときに眩しくなり過ぎず、目に優しいのが助かります。(男性・53歳・マンション)

第5位 引き出し式の収納(満足度61%)

(画像提供/PIXTA)

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一目瞭然で整理しやすく立ったまま取り出しやすい

引き出し収納は、奥に収納した物が一目でわかりやすく、物が取り出しやすい。スライドで棚が出てきたり、空間を小分けできたりと内部の工夫も多い。

以前はシンク下の収納が観音開きで、かがんで取り出すのが不便だったけど、今は上から引き出せるから姿勢がラクです。(男性・39歳・一戸建て)引き出し内が二段に分かれていて自動で中の棚が出てきます。こまごましたキッチンツールや調理器具が収まり整理しやすい。(女性・61歳・一戸建て)

第6位 自動洗浄レンジフード(満足度59%)

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自動で洗浄してくれるから苦手な掃除をしなくていい

油のギトギト汚れが不快など、「苦手な掃除」の上位に入るレンジフードを自動洗浄。スイッチ一つで洗浄するタイプや、ファンのないタイプがある。

以前はガス台に乗って狭いレンジフードに手を伸ばして掃除していましたが、今はお湯を入れてボタンを押すだけで超簡単。(女性・61歳・一戸建て)ファンの掃除が必要ないレンジフードを採用。年に1回、外側のパーツを洗うだけなので格段にラクになりました。(女性・39歳・マンション)

第7位 浴室暖房乾燥機(満足度58%)

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浴室や洗面室を暖房・換気 室内干しでも大活躍!

浴室や洗面室に暖房乾燥機を設置し、寒い季節に浴室内を暖かくしたり、入浴後に乾燥や換気したりできる。室内干しはもちろん、冬場のヒートショック対策にも効果的。

雨の日は洗濯物をつるして乾燥モードにすればよく乾く!乾燥機に入らない大物のシーツも竿を2本使って干せます。(女性・51歳・一戸建て)寒い日に浴室を先に暖めておけるのがありがたく、入浴が快適に。乾燥効果が高いのでカビやぬめりの防止にもなります。(女性・58歳・一戸建て)

同率第7位 ひんやりしにくい床(満足度58%)

(画像提供/PIXTA)

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断熱性の高い浴室の床 冬のお風呂が快適に

クッション層で断熱性を高めた浴室の床。床裏からの冷気が伝わりにくく、冬場でも足元がひんやりとしない。浴室の床でも室内に近い温度を実現。

寒い日でもお風呂の床の冷たさを感じず、浴室用のスリッパが必要なくなりました。柔らかいから床にひざをついても平気。(男性・60歳・一戸建て)冬の寒い時期の入浴の際の一歩目が冷たくないのがビックリ!水はけが良くて乾きやすいので、カビにくいのもうれしい。(女性・51歳・一戸建て)

第9位 IHクッキングヒーター(満足度54%)

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火を使わない調理器 熱効率が高く掃除しやすい

電気で加熱をする電磁調理器。火が出ない分、安全性が高く、天板(てんばん)がフラットなため掃除がしやすい。熱効率が高いのでお湯が沸くのも早い。

思ったよりも火力が強くて、さまざまな料理も問題なし。火を使わないので、子どものお手伝いも安心して任せられます。(男性・39歳・一戸建て)五徳(ごとく)がなくてフラットだから、サッと拭くだけでキレイになります。火を使わないので部屋が暑くならないのもうれしい。(女性・56歳・一戸建て)

第10位 ステンレスの作業台(満足度53%)

(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

クールな質感でサビにくくて機能的

耐水性や耐熱性、耐汚染性に優れていて、サビや汚れに強いステンレスのキッチン作業台。クールな質感やデザインも特徴で、どんなインテリアにも映える。

傷がつきにくく掃除も簡単で、耐久性が高いから長く使えそう。汚れを気にせず使えるから大ざっぱな私にぴったりです。(女性・61歳・一戸建て)業務用のようなオールステンレスのキッチンに。武骨なデザインがビンテージ風のインテリアにマッチしています。(男性・39歳・マンション)

今回は実際のリフォーム経験者が「このプランにして良かった!」「この設備を選んで正解!」という声を集めてみた。どんな風に暮らしが改善したのか、どのように暮らし心地が変わったのか、リアルな口コミだからこそ参考になる。自分たちの暮らしに照らし合わせてリフォームプランと設備を考えてみよう。

構成・取材・文/藤井たかの

ランキングおよび口コミ:過去2年以内にプラン変更やキッチン・トイレ・バスのリフォームを行った、500人を対象にWEBアンケート調査(2020年6月実施)。40人以上が採用したプラン変更のリフォームに関して「とても満足」、50人以上が採用した設備に関して「とても満足」と答えた割合が多い順にランキング(リクルート住まいカンパニー調べ 調査協力/ディーアンドエム)

ベルリンの巨大墓地が農園に!プリンツェシンネン庭園に見る素敵なドイツの墓地文化

私たちが住むドイツの農園の営みについて寄稿した前回、ベルリンのコミュニティ農園「プリンツェシンネン庭園」について紹介した。実はその活気あふれる庭園は、もともと荒廃した墓地だったというのだ。日本の嫌悪施設のひとつである墓地が、ドイツのライフスタイルの変化と共に、どのように役割を変化させていったのか。これからの都市での生活やコミュニティ形成において、魅力的でユニークな公共空間の活用事例として、ご紹介したいと思う。
東京ドームの約1.6個分?都市型農園は、まるで巨大な市民公園

プリンツェシンネン庭園は、ベルリンのノイケルン地区ヘルマン通り(Hermannstrasse)駅から徒歩1~2分で、ふらりと立ち寄れる場所にあるコミュニティ農園。農地面積は、7.5ha。基本的に誰でも参加でき、自然に触れ合いながら時間を過ごし、知らない人との共同作業を楽しめる都市の公園のような場所だ。アーバンファーミング(都市型農園)とも言われ、ドイツにはなじみのある光景だ。

さて実際に取材時、農園を利用している人の声を聞いてみた。「野菜を育てることや、知らない人と一緒に作業する点が気に入ってます」、 「近所に住んでいますが、公園のように気軽に足を運べるのがいい。毎日変わる畑の様子を見るのは子どもにとっても面白い」など、暮らしの一部になっているようだ。またこの庭園には、近所の小学校や幼稚園の子どもたちが農作業を体験できる専用プランターも設置されている。

大通りに面しているプリンツェシンネン庭園。庭園の中に入ると、街の喧騒を忘れてしまうほどの、緑と静寂に包まれる (写真撮影/Shinji Minegishi)

大通りに面しているプリンツェシンネン庭園。庭園の中に入ると、街の喧騒を忘れてしまうほどの、緑と静寂に包まれる (写真撮影/Shinji Minegishi)

自宅で植物を育てることはできるが、「収穫する」体験ができるのはここならではの醍醐味。「子どもの時から、自分が食べるものに関心を持つことは大事なこと」と、利用者のリサ(Lisa)さんは語る(写真撮影/Shinji Minegishi)

自宅で植物を育てることはできるが、「収穫する」体験ができるのはここならではの醍醐味。「子どもの時から、自分が食べるものに関心を持つことは大事なこと」と、利用者のリサ(Lisa)さんは語る(写真撮影/Shinji Minegishi)

まず注目したいのは、人々が気軽に農作業を共同で行える場所が、ベルリンのど真ん中にあるということだ。これを日本の首都東京で例えると、中野駅あるいは下北沢駅から歩いて1~2分の場所に、誰でも参加できる面積7.5ha(東京ドーム約1.6個分)のコミュニティ農園がある、ということになる。さすがに東京で似たような例はないだろう。

なぜ、そうしたことがベルリンでは実現できたのだろう? 取材に応じてくれたプリンツェシンネン庭園の広報担当ハンナ・ブルックハルト(Hanna Burckhardt)さんから興味深い話を聞けた。なんと、プリンツェシンネン庭園はかつて、墓地であったということだ。

撮影当日は、畑で共同作業をする日。入れ替わり立ち替わり、20名以上のメンバーが農作業に参加していた。水やり、土おこし、草むしりや収穫などの作業を分担し、終始活気が感じられた(写真撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、畑で共同作業をする日。入れ替わり立ち替わり、20名以上のメンバーが農作業に参加していた。水やり、土おこし、草むしりや収穫などの作業を分担し、終始活気が感じられた(写真撮影/Shinji Minegishi)

土葬から火葬へ~ライフスタイルの変化による墓地の荒廃

ここでドイツにおける墓地事情について見てみよう。ベルリンの街を散歩していると、都市中央部でもドイツ語でフリードホフ(Friedhof)と呼ばれる墓地を、多く見つけることができる。試しにGoogle Mapsでベルリンの都市部、東京の山手線に相当するリングバーン圏内で「Friedhof」を検索、加えて東京の山手線圏内で「墓地」を検索してみてほしい。東京の検索結果よりも、ベルリンでは墓地がより多く点在していることが視覚的に分かるだろう。

これはヨーロッパ全土におけるキリスト教教会による過去の都市管理のなごりでもあるのだろうが、ベルリンにおける人々の居住区と墓地の距離感は、東京における距離感よりもはるかに近いようだ。例えば、ドイツ人同士のカップルにデートコースを尋ねたら、「今日は一緒に墓地を散歩した。あそこの墓地、とても綺麗なの。行ってみたら?」って答える人も少なくない。また、緑が多く静かで気持ちいい墓地の散歩コースを楽しむドイツ人家族も少なくない。

こうした墓地との距離感は、日本人にとって多少、驚きかもしれない。そこで、今回の記事においてドイツの墓地風景を紹介するため、私たちはベルリン出身の大女優/歌手、マレーネ・ディートリヒのお墓があるシェーネベルク第3市営墓地を訪れた。この墓地は、ベルリンの山手線、リングバーンのブンデスプラッツ(Bundesplatz)駅から徒歩6分、居住区と密接して立地する墓地だ。

日本でいう地下鉄・JRの2本の線が交差する大きな駅から徒歩6分。おしゃれなカフェも隣接する閑静な住宅地に、緑地として静かにたたずんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

日本でいう地下鉄・JRの2本の線が交差する大きな駅から徒歩6分。おしゃれなカフェも隣接する閑静な住宅地に、緑地として静かにたたずんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

十分に手入れが行き届いた公営墓地。撮影当日も2名の庭師が水やりや落ち葉拾いなどの作業をしていた (撮影/Shinji Minegishi)

十分に手入れが行き届いた公営墓地。撮影当日も2名の庭師が水やりや落ち葉拾いなどの作業をしていた (撮影/Shinji Minegishi)

「ここは、この子とよく来るお気に入りの散歩コース」と話してくれた女性。ここ以外にも家族でゆっくり散歩に行くという、ベルリンのお気に入りの墓地も教えてくれた(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここは、この子とよく来るお気に入りの散歩コース」と話してくれた女性。ここ以外にも家族でゆっくり散歩に行くという、ベルリンのお気に入りの墓地も教えてくれた(写真撮影/Shinji Minegishi)

緑が多いドイツの墓地では、墓地を自由に走りまわる野生のリスに出会うことも(撮影/Shinji Minegishi)

緑が多いドイツの墓地では、墓地を自由に走りまわる野生のリスに出会うことも(撮影/Shinji Minegishi)

1930年のドイツ映画『嘆きの天使』で一世を風靡、第二次世界大戦ではナチス党に反発してドイツを去り、アメリカ市民となりハリウッドで女優兼歌手として活躍。波乱万丈な人生を送ったマレーネ・ディートリヒの遺骸は、彼女の故郷ベルリンの墓地に眠っていた。

さて、欧米における典型的なお葬式として、個人の遺骸を棺に納めて土に埋める土葬のシーンを、数々の欧米映画で見た人は多いだろう。過去、宗教上(キリスト教、特にカトリック)の理由からヨーロッパでは土葬が一般的だった。しかし現在ヨーロッパでは、葬儀方法において、土葬から火葬へのシフトが進みつつあるのだ。

特にドイツではそのシフトは急速で、ある土葬/火葬率の比較統計では1960年代、土葬90%、火葬10%であったのに対して、火葬率が急増、2009年には土葬49%に対して火葬が51%と火葬が逆転、2019年時点では火葬が70%、土葬が30%となっている。「個人の遺骸を棺に納めて土に埋める土葬のシーン」は、もう“旧式の文化”となりつつある。実際に私たちがマレーネ・ディートリヒのお墓参りをしたシェーネベルク第3市営墓地にも、ウルネ(Urne、日本の“骨壺”に相当)だけを納めた火葬用の墓もあった。

さて、土葬から火葬への葬儀方法の変化はなぜ、加速しているのか? 火葬して墓地を利用する場合、長期の埋葬に耐えうる高価な棺を買う必要もなく、墓地の利用面積も少ないため遺族にとって経済的。また、墓地を利用しないドイツ人も増えている。これらはドイツ人の教会離れ、キリスト教離脱者の増加とシンクロしている。教会離れの原因のひとつには、キリスト教信者ならば払わなければならない教会税の負担がある。良し悪しは別として、ドイツ人も日本人も、人々が“合理的”に生きざるを得ない世界に生きている。

こうして昨今、利用者の減少にともなう墓地の空き地化/荒廃、墓地の運営者にとって墓地区画の維持コストの負担が、ドイツ全土で問題となっているのである。

ベルリンの名誉墓碑(Ehrengrab)とされるマレーネ・ディートリヒが土葬されているお墓。その近くには写真家のヘルムート・ニュートンのお墓も(撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンの名誉墓碑(Ehrengrab)とされるマレーネ・ディートリヒが土葬されているお墓。その近くには写真家のヘルムート・ニュートンのお墓も(撮影/Shinji Minegishi)

ウルネ(骨壺)が納められている、れんが造りの建物。扉はなく、自由に入ってお参りをすることができる(撮影/Shinji Minegishi)

ウルネ(骨壺)が納められている、れんが造りの建物。扉はなく、自由に入ってお参りをすることができる(撮影/Shinji Minegishi)

かつては墓地だったプリンツェシンネン庭園

ここで、プリンツェシンネン庭園の広報担当ハンナさんの話に戻ろう。彼女の話によると、この庭園が造られた背景には、墓地荒廃問題に悩む教会と、都市部に緑地を造りたいという庭園創始者であるロバート・シャウ(Robert Shaw)さんの願いとの幸せな出会いがあったということだ。

1865年、教会が墓地としての利用を目的に、ベルリンの、当時まだ発展していない地域の農地であったこの土地を購入した。しかし2000年代に入り、この教会でも、墓地利用者の減少に伴う墓地荒廃が問題となっていた。
いまやベルリンの人気地区となったノイケルンのこの土地は、商業目的での利用が認められておらず、デパートやオフィスなどが建設できないという制約もあった。そのため、学校や緑地など、非営利の公共空間として運営維持する必要があり、土地の活用に教会は頭を悩ませていた。

一方ロバートさんは、2009年から別の場所で、「アーバンファーミング」コンセプトの市民公園のような農園を運営していた。当時はベルリン中心部の農業に適さない空き地を使っており、プランターのみで農作業をしていた。当時から、空き地活用の新しいアイデアとして、メディアでも注目を集めていた。すでに数千人規模の利用者がいたにも関わらず、土地の契約は2019年末までで、その後予定されている土地の再開発に伴い、契約更新ができないという苦境に立たされていた。

創始者のロバート・シャウ(Robert Shaw)さん。都市の真ん中で、農作業を通してお互いに教えあったり助け合ったりしながら、自然と人が共存できる場所をつくりたかったと語る(撮影/Shinji Minegishi)

創始者のロバート・シャウ(Robert Shaw)さん。都市の真ん中で、農作業を通してお互いに教えあったり助け合ったりしながら、自然と人が共存できる場所をつくりたかったと語る(撮影/Shinji Minegishi)

2017年、こうした両者が出会い、ロバートさんの市民庭園を現在の場所へ誘致することが決まった。2019年末に移転が行われ、敷地は6000平方mから7.5haに拡大された。移転後、農作業に関する専門知識を持った大学の研究者もパートナーとして加わり、ともに協力して土の質を調べた。このことによって、地植えも可能となった。土壌を汚さないよう使用する農薬なども限定している。

さて、この農園利用者は特に参加費用を支払う必要もない。いったいこの庭園はどのように収益を得ているのだろうか? 「私たちは非営利団体であり、行政支援は受けていません」とハンナさんは答えた。

主な収入源は、屋上農園を設置したいというオフィスビルや、コミュニティ形成を目的とした都市内/外の農園を設置/運営する際のサポート費用から来ているという。農園を設置した後の維持管理には専門知識も必要なため、2週間に一度訪問し、農園所有者にコンサルティングを実施する。

庭園の17名のメンバーはフルタイムの社員ではなく、コンサルティング、広報活動や農園運営などの仕事をワークシェアしている。

7.5haの敷地全体の完成は2035年を目指している。「農地拡大のスピードと、コミュニティーの広がるスピードの歩調をあわせてこそ、サスティナブルな開発ができる」、というハンナさんの言葉が印象的だ(撮影/Shinji Minegishi)

7.5haの敷地全体の完成は2035年を目指している。「農地拡大のスピードと、コミュニティーの広がるスピードの歩調をあわせてこそ、サスティナブルな開発ができる」、というハンナさんの言葉が印象的だ(撮影/Shinji Minegishi)

大量生産をする必要がないため、栽培する品種には多様性を楽しめる工夫している。現在はトマトだけでも17種類を育てているという(撮影/Shinji Minegishi)

大量生産をする必要がないため、栽培する品種には多様性を楽しめる工夫している。現在はトマトだけでも17種類を育てているという(撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、フランスからのインターン生も農作業に参加していた。一般の参加者とも談笑しながら作業を楽しんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、フランスからのインターン生も農作業に参加していた。一般の参加者とも談笑しながら作業を楽しんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

プリンツェシンネン庭園のサービスについて尋ねた。
「現時点では、売店、カフェ、野外ワークショップスペースなどを提供しています。今後、採れた野菜を調理したランチの提供も予定しています。

そのほか、使われていない墓石を使ってオブジェを制作する芸術家や、リサイクル・マテリアルで編み物をしている人、本当にいろんな人々、アーティストが活動しています」(ハンナさん)

売店では、ガーデニングに関するグッズや、この庭園で有機栽培された野菜の苗や、プランター栽培で用いられるオーガニック堆肥が配合された土も販売されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

売店では、ガーデニングに関するグッズや、この庭園で有機栽培された野菜の苗や、プランター栽培で用いられるオーガニック堆肥が配合された土も販売されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

農作業を手伝いながら、空きスペースでリサイクル素材を使って機織りをしているテキスタイルアーティスト(写真撮影/Shinji Minegishi)

農作業を手伝いながら、空きスペースでリサイクル素材を使って機織りをしているテキスタイルアーティスト(写真撮影/Shinji Minegishi)

使われなくなった墓石は、石畳用の石として再利用されるのが一般的。新しい使い道を模索する、一般公開のワークショップも開催されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

使われなくなった墓石は、石畳用の石として再利用されるのが一般的。新しい使い道を模索する、一般公開のワークショップも開催されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

墓地から農園へ。プリンツェシンネン庭園の目指すもの

ハンナさんは、スウェーデンとオーストリアで、人間生態学(Human ecology)を学んだ。大学のケーススタディでこの庭園を取材する機会があり、人間と自然、社会のつながりのあり方を発信する場として魅力を感じ、広報担当となった。

「こういった空間で得られる経験や人間関係が、これから社会における豊かさのひとつかもれしれない」と語るハンナさん(写真撮影/Shinji Minegishi)

「こういった空間で得られる経験や人間関係が、これから社会における豊かさのひとつかもれしれない」と語るハンナさん(写真撮影/Shinji Minegishi)

「この庭園は、わざわざ商業的な広告や宣伝をして、より多くの人々に活動に参加してもらう場所ではありません。口コミで存在を知って、自然と近所の人が集まればいい。コミュニティというものは、自然につくられるものだと思うのです。厳しいルールを設けず、時間や場所、作業と農作物をオープンにシェアできればいい、と考えています。

共同作業の日に収穫した野菜は、参加者が持って帰っていいことになっています。農作業に参加せず、野菜だけを取っていく人もいないわけではありません。公共の場所である以上、ある程度はそうしたことも起こるでしょう。しかし、たいていの場合、欲張る人はいないし、みんな必要な分だけ、少しずつ分け合って持ち帰っています。

こういった作業で得られる充足感と喜びを感じ、自律的に畑を運営できるコミュニティが形成できればいいのです。そのための機会と場所を提供し、サポートをするのが、社会における私たちの役目だと考えています」

厳密な作業シフトもなく、自由に作業に参加したり、休憩したり、おしゃべりをしたりしている。まるで公園で過ごすように思い思いの時間を楽しんでいる(写真撮影/Shinji Minegishi)

厳密な作業シフトもなく、自由に作業に参加したり、休憩したり、おしゃべりをしたりしている。まるで公園で過ごすように思い思いの時間を楽しんでいる(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここで取れた野菜は、一緒に農作業をした人と分け合います。農作業の日にぜひ一緒に作業しましょう!」と書かれた看板(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここで取れた野菜は、一緒に農作業をした人と分け合います。農作業の日にぜひ一緒に作業しましょう!」と書かれた看板(写真撮影/Shinji Minegishi)

墓地から農園としての土地再生というアイデアを実現したプリンツェシンネン庭園。創始者が11年前にアーバンファーミングを始めたとき、「なんて、おかしなアイデアだ」と言う人も少なく無かった、とハンナさんは語った。思えば、かつて農地であった土地が、都市部の拡大、墓地の荒廃という歴史を経て、再び農地に戻ったのである。今や、この墓地は、暗く荒れた、悲しい雰囲気の漂う場所ではない。

お墓に供えられる美しい切り花もある。一方では、お墓で新たに育てられた野菜が小さな花をつけている。手入れされ、人でにぎわい花咲く農園の様子を見た墓地参拝者たちにとっても、プリンツェシンネン庭園の誘致は素敵なアイデアであったようだ。

(写真撮影/Shinji Minegishi)

(写真撮影/Shinji Minegishi)

(文/Masataka Koduka)

●取材協力
・Prinzessinnengarten Kollektiv Berlin

【建築家インタビュー】シンプルでも豊かな家をつくるには?

憧れるのは、シンプルですっきりとした空間でかなえる心地よさに満たされる暮らし。

そんな豊かな住まいを実現するヒントを建築家に聞いた。
「その空間で何がしたいか
 好きを突き詰めることで生まれる
 シンプルな豊かさがある」    
   ―― 建築家・手塚貴晴さん・由比さん

――お二人が住宅設計の際に、まず行うことは何ですか?
由比 私たちが初めにお施主さんに聞くのは、「週末は何をしますか」とか、「普段どんな食事をしていますか」とか、「部活動は何をしていましたか」など、好きなことや暮らしについてですね。
貴晴 本が好きだから、壁中が本棚でいつでも手に取れる家とか、森に向き合っているデッキで寝転びたくなる家など、休みの日が楽しみになるようなワクワク感とかライフがデザインできているかどうかが、家づくりでは重要なことだと思っています。

――実際に、手掛ける住宅はそれぞれ全く違うデザインで、屋根にダイニングがある家など、個性的な家が多いです。
貴晴 僕は“Space for everyone is for no one.”ってよく言うのですが、みんなのための空間は誰のものでもない。みんなにいい、平均値の家は、結局、誰のお気に入りにもならないと思うんですよ。
由比 逆に、個別解を突き詰めてその人が本当に気持ちいいと感じる家は、多くの人が気持ちいいと共感できるものになるのだと思います。家って、家族が生活する箱でしかありません。でもその箱が少し変わるだけで、ワクワクしたり、生活が豊かになったりする。
貴晴 そこには工夫が必要です。例えば、「テントの家」はオーニングを張り出すことで窓外を印象深くしています。大きいだけの窓よりも、深い軒の先に見える緑の方が、より自然を感じられたりする。それが建築の役割。どうしたら好きなモノやコトを味わえるかを考え工夫を凝らします。単にモノを減らしてシンプルにしただけでは何の豊かさも生まれないし、逆にあれもこれもある箱だったら、ワクワクしない。
由比 デザインも機能も詰め込んだ、いろいろ載っているデコレーションケーキのような家ではなく、シンプルだけれどどこから切ってもおいしいようかん。そこで何をしたいのか、その人らしさに焦点を当てた、住む人にとってのようかんであればよいのではないかと思います。

――どうやって自分らしさを見つけたらいいのか、が難しいです。
貴晴 そうですね。その人らしさやその場所らしさを見つけ出すお手伝いをするのが建築家の役目だと思っています。
由比 例えば、「屋根の家」は、ごく普通の建売住宅に住んでいたお施主さんの、「うちの家族は屋根の上に出るのが好きなんです」という話から生まれました。
貴晴 29坪のシンプルな平屋に42坪の大屋根が載った家です。階下は合板の床に円座が置かれているだけ。建具を閉じればプライバシーが生まれますが、非常にシンプルなつくりです。一方、屋根は全面ウッドデッキを張っています。単なる屋上ではなく勾配があるから景色がよく見えて、寝転がりたくなる。屋根の上を楽しむというその人たちらしさに焦点を当てた結果、野原よりアウトドアな暮らしを楽しめる家になったとおっしゃっています。

――その人らしさのほかに、重視するのはどんなことですか。
由比 その場所らしさも重要です。土地のもつ力を活かすこと、住宅街なら目線が合わない窓の配置など、あるべき姿を踏まえていることが、負担なく暮らせる気持ち良さにつながります。
貴晴 「認定こども園 ミライズ そら」は、まさに土地の性格を活かした建築の一例です。兵庫県の農村地帯で、湿気の多い盆地ですが、建物全体を高床式にしたら、風が気持ち良くて空気が違う。子どもたちは縁の下や屋根の上をグルグル走り回っています。
由比 住宅は、風通しと断熱さえしっかりしていれば、内部は家族の歴史の中で変わっていける自由度が大切です。そこで暮らす人と土地にふさわしい建築は何かを突き詰めて、シンプルに掘り下げていくことで、楽しく過ごせる、豊かな空間になるのだと思います。

テントの家 立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

テントの家
立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家 施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家
施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら 土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら
土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

自分がどんな暮らしをしたいのか、そのための空間としての役割とは何か?というのをシンプルに突き詰めていく。そこにプロの建築家としての知見やアイデアを盛り込んでいくことで、手塚夫妻はオンリーワンのシンプルで豊かな家を数々手掛けてきたのだろう。

構成・文/中城邦子 撮影/藤本薫

建築家 手塚貴晴さん・由比さん
〈貴晴〉1964年東京生まれ。武蔵工業大学卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。90~94年リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務
〈由比〉1969年神奈川生まれ。武蔵工業大学卒業。92~93年ロンドン大学バートレット校にてロン・ヘロン氏に師事
94年手塚建築企画を共同設立、97年手塚建築研究所に改称。「ふじようちえん」でUNESCO世界環境建築賞などを受賞しているほか、二人の作品は日本建築学会賞をはじめ、数々の賞を受賞
HP :手塚建築研究所

【建築家/手塚貴晴さん・由比さんインタビュー】シンプルでも豊かな家をつくるには?

憧れるのは、シンプルですっきりとした空間でかなえる心地よさに満たされる暮らし。

そんな豊かな住まいを実現するヒントを建築家に聞いた。
「その空間で何がしたいか
 好きを突き詰めることで生まれる
 シンプルな豊かさがある」    
   ―― 建築家・手塚貴晴さん・由比さん

――お二人が住宅設計の際に、まず行うことは何ですか?
由比 私たちが初めにお施主さんに聞くのは、「週末は何をしますか」とか、「普段どんな食事をしていますか」とか、「部活動は何をしていましたか」など、好きなことや暮らしについてですね。
貴晴 本が好きだから、壁中が本棚でいつでも手に取れる家とか、森に向き合っているデッキで寝転びたくなる家など、休みの日が楽しみになるようなワクワク感とかライフがデザインできているかどうかが、家づくりでは重要なことだと思っています。

――実際に、手掛ける住宅はそれぞれ全く違うデザインで、屋根にダイニングがある家など、個性的な家が多いです。
貴晴 僕は“Space for everyone is for no one.”ってよく言うのですが、みんなのための空間は誰のものでもない。みんなにいい、平均値の家は、結局、誰のお気に入りにもならないと思うんですよ。
由比 逆に、個別解を突き詰めてその人が本当に気持ちいいと感じる家は、多くの人が気持ちいいと共感できるものになるのだと思います。家って、家族が生活する箱でしかありません。でもその箱が少し変わるだけで、ワクワクしたり、生活が豊かになったりする。
貴晴 そこには工夫が必要です。例えば、「テントの家」はオーニングを張り出すことで窓外を印象深くしています。大きいだけの窓よりも、深い軒の先に見える緑の方が、より自然を感じられたりする。それが建築の役割。どうしたら好きなモノやコトを味わえるかを考え工夫を凝らします。単にモノを減らしてシンプルにしただけでは何の豊かさも生まれないし、逆にあれもこれもある箱だったら、ワクワクしない。
由比 デザインも機能も詰め込んだ、いろいろ載っているデコレーションケーキのような家ではなく、シンプルだけれどどこから切ってもおいしいようかん。そこで何をしたいのか、その人らしさに焦点を当てた、住む人にとってのようかんであればよいのではないかと思います。

――どうやって自分らしさを見つけたらいいのか、が難しいです。
貴晴 そうですね。その人らしさやその場所らしさを見つけ出すお手伝いをするのが建築家の役目だと思っています。
由比 例えば、「屋根の家」は、ごく普通の建売住宅に住んでいたお施主さんの、「うちの家族は屋根の上に出るのが好きなんです」という話から生まれました。
貴晴 29坪のシンプルな平屋に42坪の大屋根が載った家です。階下は合板の床に円座が置かれているだけ。建具を閉じればプライバシーが生まれますが、非常にシンプルなつくりです。一方、屋根は全面ウッドデッキを張っています。単なる屋上ではなく勾配があるから景色がよく見えて、寝転がりたくなる。屋根の上を楽しむというその人たちらしさに焦点を当てた結果、野原よりアウトドアな暮らしを楽しめる家になったとおっしゃっています。

――その人らしさのほかに、重視するのはどんなことですか。
由比 その場所らしさも重要です。土地のもつ力を活かすこと、住宅街なら目線が合わない窓の配置など、あるべき姿を踏まえていることが、負担なく暮らせる気持ち良さにつながります。
貴晴 「認定こども園 ミライズ そら」は、まさに土地の性格を活かした建築の一例です。兵庫県の農村地帯で、湿気の多い盆地ですが、建物全体を高床式にしたら、風が気持ち良くて空気が違う。子どもたちは縁の下や屋根の上をグルグル走り回っています。
由比 住宅は、風通しと断熱さえしっかりしていれば、内部は家族の歴史の中で変わっていける自由度が大切です。そこで暮らす人と土地にふさわしい建築は何かを突き詰めて、シンプルに掘り下げていくことで、楽しく過ごせる、豊かな空間になるのだと思います。

テントの家 立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

テントの家
立地の魅力と施主の好きな景色をより感じるためのデザイン。斜面に立つシンプルな箱型の住まいの軒から四方にオーニングを張り出した。光を通すオーニングが快適な窓ぎわをつくり、窓外の景色をいっそう印象づける(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家 施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

屋根の家
施主の好きなことから生まれた屋根の家は、屋内はシンプルなワンフロアとし、屋根の上にテーブルや椅子、簡易キッチンやシャワーまである。家族はお気に入りの天窓から梯子で上がり大空を感じる暮らしを満喫している(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら 土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

認定こども園 ミライズ そら
土地の魅力や地域への愛着を育むデザイン。原風景に溶け込むシンプルな木造平屋で湿気のある土地に対し、1.2m上げた高床式にして屋根の上をデッキにした。居場所によって景色の見え方が変わり、風の心地よさを感じる(木田勝久/FOTOTECA)

自分がどんな暮らしをしたいのか、そのための空間としての役割とは何か?というのをシンプルに突き詰めていく。そこにプロの建築家としての知見やアイデアを盛り込んでいくことで、手塚夫妻はオンリーワンのシンプルで豊かな家を数々手掛けてきたのだろう。

構成・文/中城邦子 撮影/藤本薫

建築家 手塚貴晴さん・由比さん
〈貴晴〉1964年東京生まれ。武蔵工業大学卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。90~94年リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドン勤務
〈由比〉1969年神奈川生まれ。武蔵工業大学卒業。92~93年ロンドン大学バートレット校にてロン・ヘロン氏に師事
94年手塚建築企画を共同設立、97年手塚建築研究所に改称。「ふじようちえん」でUNESCO世界環境建築賞などを受賞しているほか、二人の作品は日本建築学会賞をはじめ、数々の賞を受賞
HP :手塚建築研究所

「渋谷駅」まで電車で30分以内・家賃相場が安い駅ランキング 2020年版

東京有数の繁華街であり、大規模再開発が進む渋谷。昨年11月には駅前に新しいランドマークとなる複合施設「渋谷スクランブルスクエア」、同12月には、東急プラザ渋谷の跡地の商業施設「渋谷フクラス」内に40代以上を対象にした「東急プラザ渋谷」が開業し、従来の「若者の街」のイメージにとらわれない幅広い魅力を増している。その渋谷へアクセスがいいねらい目の街はどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅ランキングから考えてみた。●渋谷駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP14
順位 駅名 家賃相場(路線/駅所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 生田 4.80万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/28分/2回)
2位 読売ランド前 5.10万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
3位 狛江 5.70万円(小田急線/東京都狛江市/23分/2回)
4位 向ヶ丘遊園 6.00万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/23分/1回)
4位 和泉多摩川 6.00万円(小田急線/東京都狛江市/25分/2回)
4位 喜多見 6.00万円(小田急線/東京都世田谷区/21分/2回)
7位 久地 6.15万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/23分/2回)
8位 戸田公園 6.50万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/29分/0回)
8位 登戸 6.50万円(JR南武線・小田急線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
10位 つつじヶ丘 6.60万円(京王線/東京都調布市/26分/1回)
10位 菊名 6.60万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/26分/0回)
12位 成増 6.70万円(東武東上線/東京都板橋区/29分/1回)
12位 日吉 6.70万円(東急東横線・横浜市営地下鉄/神奈川県横浜市港北区/20分/0回)
14位 三鷹台 6.80万円(京王井の頭線/東京都三鷹市)25分/1回)
14位 新川崎 6.80万円(JR横須賀線・湘南新宿ライン/神奈川県川崎市幸区)19分/0回)

ねらい目は小田急線沿線の駅

ランキング上位は、所在地が川崎市多摩区の駅と、小田急線沿線の駅が目立った。1位の生田駅は、ランキング内で唯一の4万円台。快速急行や通勤急行は通過するが、準急の停車駅だ。

生田駅前(写真/PIXTA)

生田駅前(写真/PIXTA)

生田駅は明治大学生田キャンパスや聖マリアンナ医科大学の最寄駅であり、専修大学生田キャンパスなども近く、学生街の雰囲気も漂う。そうした学生向けの物件が豊富なことが、家賃が手ごろな理由のひとつかもしれない。大学生活をドロップアウトした青年が主人公の、滝本竜彦の人気小説や同作を原作にした漫画『NHKにようこそ!』の舞台になった街でもある。

23区内の駅でランキング入りしたのは、同率4位の喜多見と、12位の成増の2駅。喜多見は世田谷区で最も西に位置する駅で、各駅列車のみが停車する。

周辺は閑静な住宅街。駅の近くには下町の雰囲気あふれる「喜多見商店街」がある。盆踊りやイベントなども行われており(2020年は新型コロナウイルス感染予防のため中止)、地域に根差した暮らしが期待できそうだ。また、酒類の扱いが豊富な信濃屋やサミットストアなどのスーパーのほか、ニトリなどのホームセンターも近く、日常生活にも便利そうだ。

成増駅は副都心線直通で交通利便性が抜群

成増駅は、ランキング中唯一の東武東上線沿線駅。2016年の東京メトロ副都心線との相互直通により、渋谷へ乗り換えなしで利用できるほか、池袋や新宿、代官山など他の繁華街へも一本で行くことができる。駅のすぐそばには東京メトロ有楽町線・副都心線の地下鉄成増駅があり、交通利便性は抜群だ。

なりますスキップ村(写真/PIXTA)

なりますスキップ村(写真/PIXTA)

駅周辺には、南口の「なりますスキップ村(成増商店街)」や「成増南商店街」など複数の商店街がある。スキップ村はチェーンの飲食店が充実しているが、成増は、ファストフードの「モスバーガー」の創業の地。店舗は建て替えられているが現在も営業している。全国どこでも同じクオリティーの味が楽しめるのがチェーン店の魅力ではあるが、歴史を顧みればまた違った味わいを得られるかも。

埼京線・湘南新宿ラインの新ホームで埼玉方面の利便性向上

再開発が進んでいるのは、街だけでなく駅も同様だ。今年6月、埼京線・湘南新宿ラインの新ホームが供用され、これまで改札から離れていた同線のホームが山手線と隣になった。埼玉方面からのアクセスが向上しており、埼玉県が所在地の駅では戸田公園駅が8位にランクインしている。

戸田公園駅周辺は、落ち着いた住宅地で、駅周辺道路の整備が進み歩道も広い。大きな商業施設などはないが、快速の停車駅で、池袋や大宮へも約15分、新宿へは約20分と、繁華街へのアクセスは非常に良い。少し行くと駅と同名の公園がある。前回の東京オリンピックでボート競技も行われた日本最大規模の人工静水コースがあり、景観や競技にいそしむ人たちの姿を眺めるのも楽しそうだ。

戸田漕艇場(写真/PIXTA)

戸田漕艇場(写真/PIXTA)

渋谷は大きな繁華街だけに、都内だけでなく神奈川からも埼玉からもアクセスが良い。30分以内で行けるエリアも多いからこそ、同じような家賃相場であっても、周囲の環境などによる部屋選びの選択肢は多彩だ。ライフスタイルの中で重視するものは何をよく考えて、気に入る部屋を探したいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/4~2020/6
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載
※所要時間には駅から駅への徒歩移動時間を含む。(例:大手町駅⇔東京駅間の移動距離など)

棚田をレンタル!? 気軽な農業体験で地域に根ざした交流を【全国に広がるサードコミュニティ8】

全国各地に、気軽に田んぼを借りて、通年で通いながら農業体験ができる「棚田オーナー制度」を設けている地域があります。岐阜県恵那市にある坂折棚田もその一つ。家族や友人同士で借りることができて、地元の方との交流もできると人気です。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。棚田オーナー制度とは?

みなさん、「棚田オーナー制度」ってご存じですか? 主に都会に暮らす人に田んぼのオーナーとなってもらい、耕作のお手伝いをしてもらいながら棚田の風景を保全していこうという制度です。普段、自然に囲まれた生活をしていない都会のファミリーが、子どもに自然に触れてもらう機会をつくるために参加したり、サークルの仲間同士で田んぼを借りて、定期的に通いながら地元の農家さんとのふれあいを楽しむ、そんな参加者側のメリットもあります。

1992年に高知県の檮原町で初めて取り組みがスタートし、いまや全国に広がっています。なかには一つの地域で100以上のオーナーを受け入れているところもあるそうで、今流行りの“二拠点居住”までは踏み切れないものの、「一度きりの観光では物足りない、もっとローカルと深く関わる体験をしてみたい」という方にはちょうどいい制度ではないでしょうか。

(画像提供/坂折棚田保存会)

(画像提供/坂折棚田保存会)

棚田オーナーになるためには?

今回は、名古屋から車で1時間ほどの距離にあり、東京からもアクセスしやすい岐阜県恵那市にある坂折棚田保存会・理事長の田口譲さんにお話を伺い、「オーナーになるにはどうすればいいの?」「農業体験だけでなく農泊や地元の人との交流はできるの?」など、棚田オーナー制度の仕組みや魅力について教えてもらいました。

「オーナーの方には年間4回来てもらう機会があります。5月に田植えをして、6月下旬に草取り。それから9月の終わりに稲刈りをして、最後にお米をお渡しする収穫祭があります。玄米を30kgお土産として渡します。草刈りの日の後、希望者には近隣を案内したりもしています」(田口さん)

募集は一年中行っているので、これから行われる収穫祭から参加することも可能。一区画で年間3万5000円が基本料金。グループでシェアするプランなどもあり、人数が多ければ多いほど一人当たりの金額が少なくなるので気軽に参加できます。田植えや稲刈りなどの農作業は保存会のメンバーや地元の農家さんの指導を受けて行うので、誰でもすぐに始められます。現在、坂折棚田では50ほどのオーナーさんがいらっしゃるそうですが、「将来的には100くらいに増やしたい」と田口さんは言います。

保存会理事長の田口譲さん(画像提供/坂折棚田保存会)

保存会理事長の田口譲さん(画像提供/坂折棚田保存会)

つながりを重視するオーナーたち

恵那市は名古屋からのアクセスがいいので、愛知県のオーナーさんが一番多く、また、オーナーの傾向としては定年退職した方か、子ども連れのファミリーの方が多いそうです。基本的に農業体験は日帰りになりますが、何年も継続してここへ通っている方は、来るたびに近くの宿泊施設に泊まって帰ったり、地元の農家さんと親戚付き合いのようになるまで仲良くなるなど、農業体験以外でも地域に深く関わっているそうです。

棚田オーナー制度はある意味、最近の言葉でいうと「関係人口」を生み出す仕組みと言えるのかもしれません。アンケートをとると、「とてもよかった」「継続してほしい」という意見が大半。でもなかには「もっと、来た人どうしで交流する機会をつくってほしい」という要望もあるそうで、農業体験だけではなく、普通に暮らしていては出会えない農家さんや、ここでしか出会えない人との交流を求めている人は多いのかもしれません。

坂折棚田保存会のホームページではこうした農業体験のみならず、里山・森林体験や味噌づくり体験のお知らせ、周辺の宿泊や飲食のお店紹介ページなども充実していますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

保存会のホームページ

保存会のホームページ

棚田周辺の観光資源に目を向けてもらうために

約400年前に生まれた石積みの棚田は、日本の棚田百選にも選ばれており、フラッと観光で恵那市に訪れることがあるなら、一度は車を降りてこの光景を体験してほしいです。実は僕も一度、坂折棚田に訪れたことがあるのですが、扇状に広がる風景が壮大でとても気持ちがよかったのを覚えています。

「棚田の中を流れる坂折川上流部には、希少な植物が生育する湿地があり、農業文化の遺産である水車小屋など観光資源がたくさんあります。そういった所を散策してもらって、理解してもらうウォーキングコースも整備しています」(田口さん)

水田や棚田は放っておくと荒れていってしまうので、雑草を刈ったり、昔水田だったけれど、荒廃して林に戻ってしまった荒廃湿地を復活させる活動もしているそう。2003年には「第9回全国棚田サミット」の開催地となり、全国的にも知られつつある坂折棚田ですが、まだまだ関わる人を増やしていきたい理由はここにあります。

「生物文化多様性」という言葉がありますが、農村の自然や生態系は、そこに暮らし手を入れてきた人々の文化を育んでいきます。自然の豊かさに触発されるかたちで、多様で複雑な文化が生まれる。単に目の前にある風景を残していくだけでなく、そこで生まれた文化の多様性を保存することも大切なことだと感じます。そのためには、若い世代に文化を継承してもらう必要があります。

毎年6月には棚田の縁に灯籠を灯して、田の神様に田植えの報告と豊作を願う幻想的な「灯祭り」が開催されています。こうしたイベントも、まさに自然と人間がともに育んできた大切な文化の一つであり、守るべきものであると思います。そういう意味でも、一度きりの観光で訪れるのではなく、何度も通い、保存会の方々のお話しを聞いて、景観が守られてきた背景や歴史、そこから生まれた文化を深く知り、“他人事から自分ごと”にしてくれる関係人口を増やすことができる棚田オーナー制度は、双方にメリットがある有意義な活動だと言えるでしょう。

収穫の様子(画像提供/坂折棚田保存会)

収穫の様子(画像提供/坂折棚田保存会)

石積みの保存・修復もまた有志の手を借りて

400年の歴史を持つ坂折棚田の景観は、明治時代初期にはほぼ現在のかたちになりました。特に石積みの技術が高く、名古屋城の石垣を築いた石工集団「黒鍬(くろくわ)」の職人たちの手による美しい石積みもまた魅力の一つです。

「最初のころは、とにかく水田をはやくつくろうということで、適当に石を積んだので崩れるんですね。崩れると、直さにゃいかんということで、築城の技術を持った石積みの人たちが江戸時代に入ってやってきた。その後、昭和ごろになると相当プロの職人が育ってきた。それが今は失われてしまったので、“田直し”も私どもの重要な活動の一つです」(田口さん)

“田直し”の歴史は古く、1700年代ごろから盛んに行われていたようで、絶え間ない地元の人のメンテナンスを経て現在の風景ができているんですね。保存会では、こうした棚田の修復・保存の技術を継承する石積みを修復し保存する「石積み塾」という活動も行っています。石積み塾は棚田オーナー制度とは別に行っている活動で、自分で田んぼを直して使いたいという塾生が毎年全国から参加しにやってきます。本格的に石積みを学びたいというかたはぜひ応募してみてはいかがでしょうか?

(画像提供/坂折棚田保存会)

(画像提供/坂折棚田保存会)

国が推進する“都市と農村の交流事業”は全国各地で行われていますが、いわゆる一度きりの農泊体験などではなく、継続的によそ者と地元の人のつながりを生み出し、関わる人を増やしていくような活動がもっとたくさん生まれるといいなと思います。

僕たちはどうしても、広告やメディアが喧伝する「地方」イメージをすんなり受け入れて、地方を観光地として客体化し“消費する場所”と考えてしまいがちです。でも本当は観光客として関わるよりも、一つの地域に継続的に関わり“ここで暮らすこと”を想像できるくらいになったほうが、より深く、存分に地域の魅力を堪能することができると思うんです。その先に、“他人事から自分ごと”になる人が増えていくのだと僕は考えています。

故郷と暮らす場所以外で、近くに第三の居場所をつくりたい、友人とお金を出し合って農業体験コミュニティをつくりたいという方は、棚田オーナー制度を取り入れている地域の情報を取りまとめている「棚田百貨堂」というウェブサイトがありますので、そちらもチェックしてみてください。地域別の参加費や参加方法なども一覧でまとめられているのでオススメですよ。

●取材協力
恵那市坂折棚田保存会

コロナ禍で増える自転車のマナー違反! まちづくりと人に警鐘

コロナ禍で公共交通機関を避け、通勤も含めて自転車を利用する人が増えているようだ。一方で、近年の自転車ブームもあり事故も増加傾向に。安心して自転車に乗れる街づくりのために、何が必要なのか? 自宅から会社まで直接自転車で通勤する人を「自転車ツーキニスト」と呼び、そのスタイルを提唱。自転車に関する著述活動を行っている疋田智さんに話を伺った。
駐輪場や自転車通行帯等の整備は進んでいるのだが……

自転車産業復興協会によれば2020年6月の1店舗あたりの新車平均販売台数は前年同月比で+8.1台。1店舗につき前年同月より平均8台以上も売れているということ。コロナ禍で満員電車をはじめ公共交通機関を避ける動きが現れている一例だろう。

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

「確かに、日ごろから自転車通勤している私の体感として、自転車ユーザー(サイクリスト)は少し増えているように思います。それに比例するように、交通ルールを守らない人も目立つようになりました。これは、今まで自転車に乗っていなかった人が増えたからではないでしょうか」

そもそも2011年の東日本大震災を機に、サイクリストがグンと増えたと疋田さん。それを受けるかのように、2012年から警視庁(管轄は東京都)が「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」の設置を開始するなど、自転車の通行帯を整備する動きが加速している。多くの人が車道の路肩や歩道内に、自転車が通行できることを示すマーク等を見かけるようになったのではないだろうか。

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

また駐輪場の整備も進んでいる。なかには定位置に自転車を置いて、ボタンを押すだけでそのまま地下に吸い込まれていく機械式駐輪システムもあり、「日本はハイテクだ!」と海外でも話題になったほどだ。東京都だけを見ると、山手線の駅はほぼ全てに地下駐輪場が設けられ、駅前の違法駐輪が随分と解消されている。

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取り付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取る付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「京都市も中心街の地下に大きな駐輪場を設置しています。過去には雨でも傘を差さず安全に運転できるよう100円でカッパを買えるような試みもしていて(現在は撤去済み)、現在も自転車ユーザーが快適に利用できるような施策を常に模索しています」。このように日本の駐輪環境は、進化しつづけていると言っていいだろう。

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

コロナ禍で見えてきた、日本の自転車環境の問題

一方で、ここ数年の自転車事故が全事故に占める割合は増加傾向にある。「サイクリストや車のドライバーを含め、日本人があまり自転車走行のルールをよく分かっていないことが原因だと思います」と疋田さん。
そこには日本人の「自転車観」が大きく影響しているという。そもそも自転車は「軽車両」。リヤカーや人力車などと同じカテゴリーの「車両」の1種であり、道路交通法では自動車などと一括りに「車両等」と表記される。また「車両等」であるから、原則は車と同様、車道の左側に寄って走ることと、道路交通法にも定められている。「世界的にも、車と自転車は同一方向を走ることが義務付けられています」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ところが多くの人は、「自転車は自動車と同じカテゴリーではなく、歩行者に近い存在の乗りものだと捉えています」。この認識のズレが、歩道を走ったり車道の右側を走るサイクリストが絶えない原因であり、交通事故を増やす要因の一つになっているのだ。

「え、でも自転車は歩道を走れるでしょ?」と思うかもしれないが、実は「一定の条件下」と道路交通法では定められているのだ。その一定の条件とは1.道路標識などにより通行できることが示されている歩道2.自転車の運転手が、児童や幼児、高齢者、障碍者など、車道を通行すると危険だと政令で定められた者であるとき3.政令で定められた場合以外でも、安全に走るためには歩道を走行してもやむを得ないと認められるとき、の3つ。しかも全ての場合で徐行が義務づけられている。とはいえ、あまり知られていないのが実情だ。

「まずは、自転車は車道を走る“車両”であるという認識から再スタートしないと、いつまでたっても事故は減らないのではないでしょうか」と疋田さんは警鐘を鳴らす。

京都市から見えてきた「自転車の乗りやすい街づくり」のヒント

ここまで見てきたように、日本のサイクリスト人口は確実に増え、駐輪環境は整備されつつあるものの、交通ルールの徹底がまだまだ行き届いていない。だからこそ自転車が関わる事故が、今後も増えてしまう危険がある。

もちろん、誰もが手をこまねいているわけではない。例えば京都市。2014年度を「自転車政策元年」と位置付け、さまざまな自転車の走行環境整備などを進めている。車道や歩道内の自転車の通行帯の多くは、例えば渋谷駅から六本木駅を結ぶ国道246号の路肩など、A地点からB地点を結ぶ“線”で設置されることが多いが、京都市の場合は「まずは〇〇通と〇〇通に囲まれた街区」というように、“面”で設置していると疋田さん。

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

「細い路地の多い街区なので、みんなが左側通行を守り、速度も出さない(出せない)ため事故も減りました。それを隣の街区、さらに隣へという具合に面展開しているのです」。設置された街区で頭でも体でもルールを覚えたサイクリストたちは、エリアが広がっても同様にルールを守るようになる。「ここ10年間の自転車に関する施策の中で一番のヒットだと思います」

また世界中のサイクリストから人気の高い「しまなみ海道」を擁する愛媛県では、2015年から県立高校で自転車通学する生徒のヘルメット着用を義務化。ここまでは他地域でも昔からよくある話だが、その際に、かつての白くて丸いヘルメットではなく、ロードバイク用の安全性や空力性、デザイン性を考慮したヘルメットを無償提供したこともある(2015年度。2016、2017年度は購入費用の一部補助)。「だから学生が、田舎くさく見えない。爽やかだし、カッコいいんです」

こうしたヘルメットで自転車に乗ることを覚えた高校生は、大人になっても「ヘルメット=ダサい」いう感覚がないため、大人になっても被り続けるようになると疋田さん。実際、疋田さんも参加している「自転車ヘルメット委員会」の2020年7月に実施した全国調査によれば、47都道府県でヘルメット着用率の1位は29%で愛媛県がトップだった。以下長崎県の26%、鳥取県の18%と続く。

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

自転車先進国には「車の進入禁止」エリアもある

海外からヒントを学ぶ方法もある。「自転車先進国とよく言われるのはデンマーク、オランダ、ドイツです。これらの国々には“ゾーン30”と呼ばれるエリアがたくさん設定されています」

ゾーン30とは歩行者から車まで、すべてが30km/h以内で移動しなければならないエリア。「そこではウサイン・ボルト(ロンドンオリンピック決勝時の最高速度は約45km/h)も全速力で走ってはいけないんです(笑)」

30km/h以下ならお互いが衝突を避けやすく、万が一ぶつかっても死亡事故に至る確率も低い。「さらに自家用車の進入を禁止したゾーン30もあります。例えばドイツのミュンスターやフライブルクなどがそうです。エリア内に住む人々の自家用車の駐車場はゾーン30の外に設定し、中に入れるのは物流用トラックと公共機関のバスだけ。おかげで交通事故や渋滞が減ったのはもちろん、空気がきれいになり、住民の健康寿命が延びて医療費が抑えられたという話も。ゾーン30にしたおかげでいくつもの果実を得られた例です」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

日本にも住宅地を中心にゾーン30が設定されているエリアはいくつもあるが、自家用車まで規制しているところはない。

そもそも一定条件下とはいえ、歩道を通れるようになったのは、高度経済成長期の道路交通法の改正によるもの。当時の急激なモータリゼーションの高まりから、クルマの数が激増し、自転車との事故が増えた。このため自転車を緊急避難的に歩道に上げてしまった。要するに車道に自転車レーンを設けるインフラ整備が追いつかないための苦肉の策だったわけだ。

地震大国日本にとって自転車は強力な武器になる

しかも自転車環境を整備していくメリットは、事故を減らすだけはない。地震大国である日本にとって、自転車は減災の大きな武器になるようだ。「東京大学大学院(都市工学)にいたころ、構造計画研究所と共同で、宮崎県日南市を例に、地震による津波が発生した場合のシミュレーションを行ったのですが、自転車による避難がとても有効であることが分かりました」

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

それによると、25分以内に避難しなければならないと仮定した場合の避難完了率、つまり逃げ遅れが最も少ない順は、1位が欧州仕様の電動アシスト自転車(24km/h以上でもモーターがアシストしてくれる)で、次いで日本の電動アシスト自転車(24km/hまでモーターがアシストしてくれる)、普通の自転車、徒歩、車という順位になった。これは5つの手段の利用割合がいずれも20%としてシミュレーションした結果で、「車の利用率が十分低くて渋滞が起こらなければ一番早いのですが、渋滞が起こるほど交通量が増えると一番遅くなるのです」

シミュレーションの設定条件次第では上記の順位は変わるが、少なくとも自転車は徒歩より早く津波から逃げられる。地震大国日本の避難方法としては有効な手段だし、素早く避難するためにも、やはり交通ルールの徹底など自転車の利用環境の整備をすることは、減災に繋がると言えるではないだろうか。

それに自転車が走りやすくなれば、サイクリストも増えるだろう。それは健康な人が増える、ということでもある。疋田さんの例で言えば「84kgの体重が1年で67kgに減り、コレステロール値や中性脂肪値、尿酸値、空腹時血糖値などが、すべてC判定からA判定になりました」。健康な人が増えれば、医療費の抑制にも繋がる。

このように自転車環境を整えるということはメリットがたくさんある。では、今後日本で自転車環境を整えていくには、何が必要か。まずは、一見遠回りに思えるかもしれないが、自転車は車両である、という原点を再認識することから始めることではないだろうか。「そこから左側走行をはじめとした原則を再確認すれば、交通ルールの徹底や、自転車環境整備も進みやすくなり、事故も減ると思います」。自転車先進国だけでなく、日本にとって多くの果実を生む可能性のある自転車。丁寧にその環境を育てる時期にきているようだ。

●取材協力
疋田智さん
1966年生まれ。自転車で通勤する人=「自転車ツーキニスト」NPO法人自転車活用推進研究会理事、学習院生涯学習センター非常勤講師、某TV局プロデューサーも兼ねる。メールマガジン「週刊自転車ツーキニスト」は2006年の“メルマガオブザイヤー”総合大賞を受賞。
>疋田智の週刊自転車ツーキニスト

京都市
「京都市サイクルサイト」
愛媛県

立川駅前の進化がすごい! 「GREEN SPRINGS」で街がどう変わる?

かつて広大な飛行場が広がっていた立川。再開発が進められるなか、駅近くに残されていた巨大な空地が気になっていた方も多いのでは? 2020年4月、ついにそのエリアに大型複合施設「GREEN SPRINGS」がオープン。従来の立川のイメージを覆す洗練された空間に、子どもから大人まで多くの人が日々訪れている。歴史とともに変わり続けてきた立川のまちは、どこに向かっていくのだろうか?
米軍基地跡だった空き地に、緑豊かな「街」が誕生

新宿から中央線で約26分。都心からのアクセスに恵まれ、駅近くには緑豊かな国営昭和記念公園が広がるこの街は、かつて「基地のまち」だった。

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

大正時代に整備され、立川駅周辺に広がっていた「立川飛行場」は、1970年代まで米軍基地として使用されていた。立川は長い間、戦争のイメージと切っても切り離せない街だったのだ。

ところが平成に入ると、街は徐々にその姿を変える。土地区画整理事業や駅前の再開発により、大型商業施設やデパートなどが次々とオープン。上空を多摩都市モノレールが走る光景は、街の発展を印象づけた。

開発前の様子(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

開発前の様子(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

2015年から2018年まで、このエリアでヤギたちが除草をする姿は名物となっていた(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

2015年から2018年まで、このエリアでヤギたちが除草をする姿は名物となっていた(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

そして来たる2020年4月、残されていた駅北側の約3.9haの広大な空き地に、大型複合施設「GREEN SPRINGS」がオープンした。

「GREEN SPRINGS」屋外の休憩スペース(写真/片山貴博)

「GREEN SPRINGS」屋外の休憩スペース(写真/片山貴博)

「ウェルビーイングタウン」をコンセプトとする同施設には、店舗や飲食店のほかに、2500席規模のホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」や、日常遣いできる都市型リゾートの「SORANO HOTEL」、保育園、オフィスなどが配置されている。単なる商業施設ではない、人が暮らす「街」を意識したテナント構成が特徴だ。

(画像/「GREEN SPRINGS」HPより引用)

(画像/「GREEN SPRINGS」HPより引用)

地産地消が意識されており、建物やベンチには、多摩産の木材が多く使用されている。広大な敷地を活かした贅沢な空間構成だ。(写真/片山貴博)

地産地消が意識されており、建物やベンチには、多摩産の木材が多く使用されている。広大な敷地を活かした贅沢な空間構成だ(写真/片山貴博)

ビオトープには、4種類の生き物(メダカ、ドジョウ、フナ、エビ)を放った。自然界からカモなどが訪れ、生態系が構築されつつあるという。自然に癒やされながら落ち着いた時間を過ごせる。(写真/片山貴博)

ビオトープには、4種類の生き物(メダカ、ドジョウ、フナ、エビ)を放った。自然界からカモなどが訪れ、生態系が構築されつつあるという。自然に癒やされながら落ち着いた時間を過ごせる(写真/片山貴博)

SORANO HOTEL最上階に位置するインフィニティプール。立川の空、広大な国営昭和記念公園の豊かな緑、快晴の日には富士山も望める(写真提供/SORANO HOTEL)

SORANO HOTEL最上階に位置するインフィニティプール。立川の空、広大な国営昭和記念公園の豊かな緑、快晴の日には富士山も望める(写真提供/SORANO HOTEL)

歩いていると、点在するアート作品や遊び心のある演出が目を楽しませてくれた。よくある郊外の大規模商業施設のような既視感がないのは、こうした細部へのこだわりに、施設の個性が表れているからかもしれない。

招待作家と公募作家による作品が配置されている。写真は『上昇輝竜』(中村 哲也)(写真/片山貴博)

招待作家と公募作家による作品が配置されている。写真は『上昇輝竜』(中村 哲也)(写真/片山貴博)

冒険地図風の施設MAP(写真/片山貴博)

冒険地図風の施設MAP(写真/片山貴博)

かつてこの地区で除草作業に励んでいたヤギたちのイラストがポールに描かれている(写真/片山貴博)

かつてこの地区で除草作業に励んでいたヤギたちのイラストがポールに描かれている(写真/片山貴博)

新型コロナの影響で、4月のオープニングイベントは全て中止に 。しかし平日の夕方に高校生が訪れておしゃべりを楽しんだり、カスケードで水遊びをしたりするようになり、彼らの口コミから、 徐々に評判が広がった。 以前は立川駅からIKEAに向かう人々が通り過ぎるだけだったエリアが、現在では多くの人でにぎわっている。取材日は平日の昼間だったが、子ども連れのファミリーや若い女性が多く訪れていた印象だ。

この「GREEN SPRINGS」の開発を先導したのが、立川市のほぼ中央に約98万平方メートルもの土地を所有する、株式会社立飛ホールディングスだ。

1924年設立の立川飛行機を前身とし、戦後は不動産賃貸業を中心に事業を展開してきた同社が、地域社会に対する貢献へと舵を切ったのは2012年。グループ再編を経て、村山正道さんが代表取締役社長就任したことがそのきっかけとなった。

村山社長は、昭和48年(1973年)に立飛ホールディングスに入社。代表取締役社長に就任するまでの33年間、一貫して経理を務めてきた村山社長は、地域貢献に対する思いを次のように語った。

立飛ホールディングス村山社長(写真/片山貴博)

立飛ホールディングス村山社長(写真/片山貴博)

「かつての当社は、敷地を万年塀で囲うような閉鎖的な会社、地域に開かれているとは言えませんでした。でも私は、土地とは単なる資産ではなく社会資本なのだから、それを所有している以上、地域に対する責任を果たさなくてはならないとずっと考えていました」

村山社長の率いる立飛ホールディングスは、意思決定の速さを強みに、この8年で数々のプロジェクトを展開してきた。2015年12月の「ららぽーと立川立飛」を皮切りに、日本最大のフェイクビーチ「タチヒビーチ」、スポーツ大会やイベントで利用できる「アリーナ立川立飛」「ドーム立川立飛」などがオープン。街づくりを通じた社会貢献を意識しているからこそ、商業施設一辺倒ではない、多様な事業を誘致してきた。特に、街の文化振興への思いは強い。

「世界的に見ても、歴史上長く栄えてきたのは芸術・文化の街です。立川を、買い物ができるだけではなく、音楽などの芸術やスポーツを楽しめる街にしたいんです。今はなんでもオンラインでできると言われていますが、やはり生で見たときの刺激や学びは大きい。特にこの街で育つ子どもたちには、そうした環境を提供したいですね」

いま郊外の街の多くは、商業施設を中心とした再開発により、どこも同じような 印象だ。そんななか、立川はオリジナルな発展を遂げているように見える。参考にしている街はあるかと村山社長に問うと、「どこかの真似をしている感覚はない」と即答だった。

「立川には立川の街の歴史があり、独自の文化があります。それはほかのどの街とも、似て非なるものです。地域独自の文化を前面に押し出したまちづくりをすれば、街の魅力が上がり、結果的に住みたい人や働きたい人が増えると考えています」

「GREEN SPRINGS」には、ところどころ飛行場のモチーフが散りばめられている。街の歴史を大切にする立飛ホールディングスのこだわりが垣間見えた。

敷地の道がクロスするようにデザインされているのは、過去と未来、地域が交わる、等の意味が込められている(写真/片山貴博)

敷地の道がクロスするようにデザインされているのは、過去と未来、地域が交わる、等の意味が込められている(写真/片山貴博)

通路からカスケード(水が流れている階段)につながる一本道は、滑走路をイメージ(カスケードの角度は実際のテイクオフの角度)(写真/片山貴博)

通路からカスケード(水が流れている階段)につながる一本道は、滑走路をイメージ(カスケードの角度は実際のテイクオフの角度)(写真/片山貴博)

子ども時代のイメージが一変。立川は「変化を受け入れるまち」

変わっていく立川を、住民はどんな気持ちで見つめているのか。立川エリアで生まれ育った、あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さんにお話を聞いた。

岩崎さんは1995年に同組合の理事会に参加。2011年から代表理事として地域のさまざまな活動に携わっている。岩崎さんは活動を通じて、街の歴史の深さを知るとともに、立川ならではの良さに気づいたという。

あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さん(写真/片山貴博)

あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さん(写真/片山貴博)

「立川には特別有名な観光名所があるわけではありませんが、面白い施設が駅前の狭いエリアにぎゅっと詰まっています。専門店や百貨店、家電量販店、映画館、劇場、スポーツ施設、サブカルチャーや芸術関係の施設など。自然と触れ合える国営昭和記念公園もあります。新型コロナの影響で遠くに行きづらい時期だからこそ、徒歩圏内にこれだけの楽しみがあるのは一層魅力的に感じますね」

笑顔で語る岩崎さん。しかし意外なことに、子ども時代にはあまり立川にいいイメージを抱いていなかったという。
 
「親には、駅の北側(現在GREEN SPRINGSがあるエリア)には行くなと言われていました。昔その辺りは米軍基地でしたから、基地の方を相手にしていた大人なお店も多かったんです」

それが平成に入り、立川はみるみるうちに変貌を遂げる。再開発が進むにつれ、昔ながらの街並みが失われたことを嘆く住民もいた。しかし岩崎さんは、「今の立川の方が断然いい」とすっきりした表情だ。

「ずいぶんにぎやかになりましたよ。街が大きくなったと感じます。人口は昔からほとんど変わっていませんが、立川には昼間働きにきたり、遊びにきたりする『昼間人口』が多いんですね。居住人口が今後増えることは考えにくいので、関わってくれる人を増やすのは、街が存続していくために大切なことです」

昼間人口の増加とともに、人が訪れるエリアも広がっている。かつては「良くなったのは駅前だけ」と卑下する人もいたそうだが、GREEN SPRINGSは立川駅から徒歩8分。駅からは少し離れた場所にある。岩崎さんの言うように、街の大きさは確実に広がっており、それとともに、街全体に活気がもたらされているのだ。

多摩都市モノレールの走る街並み(写真/片山貴博)

多摩都市モノレールの走る街並み(写真/片山貴博)

道幅が広く開放的な、緑あふれるサンサンロード(写真/片山貴博)

道幅が広く開放的な、緑あふれるサンサンロード(写真/片山貴博)

「若い人が関わりたいと思ってくれる、魅力ある街であってほしいですね。立派な施設ができても、建物自体はいずれ古くなります。街が発展し続けるためには、やる気のある人がチャレンジしやすい環境が必要です。幸い立川には、よそ者を拒むような地域性がありません。昔から何でも受け入れる街なんです。懐を広く保っておくことが、立川の未来のためには大事なことだと思いますね」

変化を拒まず、受け入れる。日本の人口減少が止まらない中、立川の歴史は、郊外の街が発展し続けるための一つの方向性を示しているように見えた。

●取材協力
GREEN SPRINGS
立飛ホールディングス
立川市の歴史

立川駅前の進化がすごい! 「GREEN SPRINGS」で街がどう変わる?

かつて広大な飛行場が広がっていた立川。再開発が進められるなか、駅近くに残されていた巨大な空地が気になっていた方も多いのでは? 2020年4月、ついにそのエリアに大型複合施設「GREEN SPRINGS」がオープン。従来の立川のイメージを覆す洗練された空間に、子どもから大人まで多くの人が日々訪れている。歴史とともに変わり続けてきた立川のまちは、どこに向かっていくのだろうか?
米軍基地跡だった空き地に、緑豊かな「街」が誕生

新宿から中央線で約26分。都心からのアクセスに恵まれ、駅近くには緑豊かな国営昭和記念公園が広がるこの街は、かつて「基地のまち」だった。

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

大正時代に整備され、立川駅周辺に広がっていた「立川飛行場」は、1970年代まで米軍基地として使用されていた。立川は長い間、戦争のイメージと切っても切り離せない街だったのだ。

ところが平成に入ると、街は徐々にその姿を変える。土地区画整理事業や駅前の再開発により、大型商業施設やデパートなどが次々とオープン。上空を多摩都市モノレールが走る光景は、街の発展を印象づけた。

開発前の様子(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

開発前の様子(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

2015年から2018年まで、このエリアでヤギたちが除草をする姿は名物となっていた(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

2015年から2018年まで、このエリアでヤギたちが除草をする姿は名物となっていた(写真提供/株式会社立飛ホールディングス)

そして来たる2020年4月、残されていた駅北側の約3.9haの広大な空き地に、大型複合施設「GREEN SPRINGS」がオープンした。

「GREEN SPRINGS」屋外の休憩スペース(写真/片山貴博)

「GREEN SPRINGS」屋外の休憩スペース(写真/片山貴博)

「ウェルビーイングタウン」をコンセプトとする同施設には、店舗や飲食店のほかに、2500席規模のホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN」や、日常遣いできる都市型リゾートの「SORANO HOTEL」、保育園、オフィスなどが配置されている。単なる商業施設ではない、人が暮らす「街」を意識したテナント構成が特徴だ。

(画像/「GREEN SPRINGS」HPより引用)

(画像/「GREEN SPRINGS」HPより引用)

地産地消が意識されており、建物やベンチには、多摩産の木材が多く使用されている。広大な敷地を活かした贅沢な空間構成だ。(写真/片山貴博)

地産地消が意識されており、建物やベンチには、多摩産の木材が多く使用されている。広大な敷地を活かした贅沢な空間構成だ(写真/片山貴博)

ビオトープには、4種類の生き物(メダカ、ドジョウ、フナ、エビ)を放った。自然界からカモなどが訪れ、生態系が構築されつつあるという。自然に癒やされながら落ち着いた時間を過ごせる。(写真/片山貴博)

ビオトープには、4種類の生き物(メダカ、ドジョウ、フナ、エビ)を放った。自然界からカモなどが訪れ、生態系が構築されつつあるという。自然に癒やされながら落ち着いた時間を過ごせる(写真/片山貴博)

SORANO HOTEL最上階に位置するインフィニティプール。立川の空、広大な国営昭和記念公園の豊かな緑、快晴の日には富士山も望める(写真提供/SORANO HOTEL)

SORANO HOTEL最上階に位置するインフィニティプール。立川の空、広大な国営昭和記念公園の豊かな緑、快晴の日には富士山も望める(写真提供/SORANO HOTEL)

歩いていると、点在するアート作品や遊び心のある演出が目を楽しませてくれた。よくある郊外の大規模商業施設のような既視感がないのは、こうした細部へのこだわりに、施設の個性が表れているからかもしれない。

招待作家と公募作家による作品が配置されている。写真は『上昇輝竜』(中村 哲也)(写真/片山貴博)

招待作家と公募作家による作品が配置されている。写真は『上昇輝竜』(中村 哲也)(写真/片山貴博)

冒険地図風の施設MAP(写真/片山貴博)

冒険地図風の施設MAP(写真/片山貴博)

かつてこの地区で除草作業に励んでいたヤギたちのイラストがポールに描かれている(写真/片山貴博)

かつてこの地区で除草作業に励んでいたヤギたちのイラストがポールに描かれている(写真/片山貴博)

新型コロナの影響で、4月のオープニングイベントは全て中止に 。しかし平日の夕方に高校生が訪れておしゃべりを楽しんだり、カスケードで水遊びをしたりするようになり、彼らの口コミから、 徐々に評判が広がった。 以前は立川駅からIKEAに向かう人々が通り過ぎるだけだったエリアが、現在では多くの人でにぎわっている。取材日は平日の昼間だったが、子ども連れのファミリーや若い女性が多く訪れていた印象だ。

この「GREEN SPRINGS」の開発を先導したのが、立川市のほぼ中央に約98万平方メートルもの土地を所有する、株式会社立飛ホールディングスだ。

1924年設立の立川飛行機を前身とし、戦後は不動産賃貸業を中心に事業を展開してきた同社が、地域社会に対する貢献へと舵を切ったのは2012年。グループ再編を経て、村山正道さんが代表取締役社長就任したことがそのきっかけとなった。

村山社長は、昭和48年(1973年)に立飛ホールディングスに入社。代表取締役社長に就任するまでの33年間、一貫して経理を務めてきた村山社長は、地域貢献に対する思いを次のように語った。

立飛ホールディングス村山社長(写真/片山貴博)

立飛ホールディングス村山社長(写真/片山貴博)

「かつての当社は、敷地を万年塀で囲うような閉鎖的な会社、地域に開かれているとは言えませんでした。でも私は、土地とは単なる資産ではなく社会資本なのだから、それを所有している以上、地域に対する責任を果たさなくてはならないとずっと考えていました」

村山社長の率いる立飛ホールディングスは、意思決定の速さを強みに、この8年で数々のプロジェクトを展開してきた。2015年12月の「ららぽーと立川立飛」を皮切りに、日本最大のフェイクビーチ「タチヒビーチ」、スポーツ大会やイベントで利用できる「アリーナ立川立飛」「ドーム立川立飛」などがオープン。街づくりを通じた社会貢献を意識しているからこそ、商業施設一辺倒ではない、多様な事業を誘致してきた。特に、街の文化振興への思いは強い。

「世界的に見ても、歴史上長く栄えてきたのは芸術・文化の街です。立川を、買い物ができるだけではなく、音楽などの芸術やスポーツを楽しめる街にしたいんです。今はなんでもオンラインでできると言われていますが、やはり生で見たときの刺激や学びは大きい。特にこの街で育つ子どもたちには、そうした環境を提供したいですね」

いま郊外の街の多くは、商業施設を中心とした再開発により、どこも同じような 印象だ。そんななか、立川はオリジナルな発展を遂げているように見える。参考にしている街はあるかと村山社長に問うと、「どこかの真似をしている感覚はない」と即答だった。

「立川には立川の街の歴史があり、独自の文化があります。それはほかのどの街とも、似て非なるものです。地域独自の文化を前面に押し出したまちづくりをすれば、街の魅力が上がり、結果的に住みたい人や働きたい人が増えると考えています」

「GREEN SPRINGS」には、ところどころ飛行場のモチーフが散りばめられている。街の歴史を大切にする立飛ホールディングスのこだわりが垣間見えた。

敷地の道がクロスするようにデザインされているのは、過去と未来、地域が交わる、等の意味が込められている(写真/片山貴博)

敷地の道がクロスするようにデザインされているのは、過去と未来、地域が交わる、等の意味が込められている(写真/片山貴博)

通路からカスケード(水が流れている階段)につながる一本道は、滑走路をイメージ(カスケードの角度は実際のテイクオフの角度)(写真/片山貴博)

通路からカスケード(水が流れている階段)につながる一本道は、滑走路をイメージ(カスケードの角度は実際のテイクオフの角度)(写真/片山貴博)

子ども時代のイメージが一変。立川は「変化を受け入れるまち」

変わっていく立川を、住民はどんな気持ちで見つめているのか。立川エリアで生まれ育った、あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さんにお話を聞いた。

岩崎さんは1995年に同組合の理事会に参加。2011年から代表理事として地域のさまざまな活動に携わっている。岩崎さんは活動を通じて、街の歴史の深さを知るとともに、立川ならではの良さに気づいたという。

あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さん(写真/片山貴博)

あけぼの商店街振興組合理事長の岩崎太郎さん(写真/片山貴博)

「立川には特別有名な観光名所があるわけではありませんが、面白い施設が駅前の狭いエリアにぎゅっと詰まっています。専門店や百貨店、家電量販店、映画館、劇場、スポーツ施設、サブカルチャーや芸術関係の施設など。自然と触れ合える国営昭和記念公園もあります。新型コロナの影響で遠くに行きづらい時期だからこそ、徒歩圏内にこれだけの楽しみがあるのは一層魅力的に感じますね」

笑顔で語る岩崎さん。しかし意外なことに、子ども時代にはあまり立川にいいイメージを抱いていなかったという。
 
「親には、駅の北側(現在GREEN SPRINGSがあるエリア)には行くなと言われていました。昔その辺りは米軍基地でしたから、基地の方を相手にしていた大人なお店も多かったんです」

それが平成に入り、立川はみるみるうちに変貌を遂げる。再開発が進むにつれ、昔ながらの街並みが失われたことを嘆く住民もいた。しかし岩崎さんは、「今の立川の方が断然いい」とすっきりした表情だ。

「ずいぶんにぎやかになりましたよ。街が大きくなったと感じます。人口は昔からほとんど変わっていませんが、立川には昼間働きにきたり、遊びにきたりする『昼間人口』が多いんですね。居住人口が今後増えることは考えにくいので、関わってくれる人を増やすのは、街が存続していくために大切なことです」

昼間人口の増加とともに、人が訪れるエリアも広がっている。かつては「良くなったのは駅前だけ」と卑下する人もいたそうだが、GREEN SPRINGSは立川駅から徒歩8分。駅からは少し離れた場所にある。岩崎さんの言うように、街の大きさは確実に広がっており、それとともに、街全体に活気がもたらされているのだ。

多摩都市モノレールの走る街並み(写真/片山貴博)

多摩都市モノレールの走る街並み(写真/片山貴博)

道幅が広く開放的な、緑あふれるサンサンロード(写真/片山貴博)

道幅が広く開放的な、緑あふれるサンサンロード(写真/片山貴博)

「若い人が関わりたいと思ってくれる、魅力ある街であってほしいですね。立派な施設ができても、建物自体はいずれ古くなります。街が発展し続けるためには、やる気のある人がチャレンジしやすい環境が必要です。幸い立川には、よそ者を拒むような地域性がありません。昔から何でも受け入れる街なんです。懐を広く保っておくことが、立川の未来のためには大事なことだと思いますね」

変化を拒まず、受け入れる。日本の人口減少が止まらない中、立川の歴史は、郊外の街が発展し続けるための一つの方向性を示しているように見えた。

●取材協力
GREEN SPRINGS
立飛ホールディングス
立川市の歴史

8割が備えなし! コロナ禍の今こそ考えておきたい災害時のトイレ問題

新型コロナウイルスが耳目を集めていますが、地震や大型台風などの自然災害への備えも忘れずにしておきたいところ。ところで、みなさんは災害発生時の「トイレ問題」について考えたことはありますか? 今回は災害時の「トイレ問題」と自身での備蓄・対策についてご紹介しましょう。
今は自宅避難が増える「コロナ時代」。トイレの備えは必須!

「新型コロナウイルス感染症が流行している今こそ、トイレの備えが大切なんですよ」と、その重要性を話してくれたのは、災害時のトイレ問題にも詳しいNPO法人日本トイレ研究所の加藤さん。加藤さんは環境、文化、健康などさまざまな観点でトイレを研究し、トイレを通して社会をより良い方向へ変えていこうと活動しているトイレ研究の第一人者です。

確かに、新型コロナウイルスの感染リスクを考えると、浸水など命の危険が迫るような事態でない場合は、学校などの避難所で集団生活を送るのではなく、「自宅避難」「在宅避難」を選ぶ人は多いことでしょう。筆者宅のように小さな子ども、動物がいるケース、高齢者がいるケースであれば、なおのこと「自宅避難」を選びたくなるもの。ただ、水害・地震などの大きな自然災害が発生すると電気・ガス・上下水道のインフラも被災するので、当然、トイレも使えなくなります。

では、避難は自宅で、トイレは避難所に設置される仮設トイレで済ますのでは、ダメなのでしょうか。

「避難所で設置されるトイレというと、イベントや工事現場で設置される『仮設トイレ』をイメージする人が多いことでしょう。しかし、今回の新型コロナ騒動ではマスクや消毒液などが軒並みスーパーなどから消えましたよね? このように外部から供給・提供されるものは非常に不安定なんです。道路状況や建物の状況、周囲の状況を考えると、仮設トイレが避難所に行き渡るのに1カ月以上かかることもありえるんです。外からくるものをあてにするのは、危険ではないでしょうか」(加藤さん)

東日本大震災発生時に仮設トイレが避難所に行き渡るまで、4日以上かかっているところが半数以上。もっともかかったところでは65日にも(データ:日本トイレ研究所提供)  アンケート調査実施:名古屋大学エコトピア化学研究所 岡山朋子/協力:日本トイレ研究所/回答:29自治体(岩手県・宮城県・福島県の特定被災地方公共団体)

東日本大震災発生時に仮設トイレが避難所に行き渡るまで、4日以上かかっているところが半数以上。もっともかかったところでは65日にも(データ:日本トイレ研究所提供) 
アンケート調査実施:名古屋大学エコトピア化学研究所 岡山朋子/協力:日本トイレ研究所/回答:29自治体(岩手県・宮城県・福島県の特定被災地方公共団体)

なるほど、災害が起きても「なんとかなるのでしょ」と軽く考えていたトイレ問題、実はずっとずっと深刻な問題なようです。

声をあげにくい「トイレ問題」。震災ごとに繰り返し深刻な問題を引き起こしていた

「阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震など、大きな災害発生時には必ずトイレ問題が起きています。トイレ・排泄は大きく語られることがない・声として出しにくいデリケートなテーマなんです。人の尊厳・羞恥心にかかわるので……。トイレの備えがなければ自宅で避難生活を送ることが出来なくなってしまいます」(加藤さん)

各地方自治体もこのトイレ問題を放置しているわけではなく、熊本市ではマンホールトイレを整備したり、富士市では簡易トイレを備蓄する、高知市では携帯トイレの備蓄、仮設トイレの優先供給など、独自に力をいれているところもあります。ただ、そうはいっても、自治体の備えには限界があります。だからこそ個人での備えも重要なのです。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

しかし、自宅で災害用トイレを備えている人は16.9%にとどまるといいます。この状態だと、災害が発生したときなんと、「8割の人がトイレを使えない」状況になるのです。その8割のなかには、子どもや高齢者、持病をもっている人、障がいをもった人も多数いることでしょう。運よく被災をまぬがれたトイレが近くにあったとしても、行列ができて、混雑するのは想像にかたくありません。

日本トイレ研究所が防災グッズとして自宅にあるものを調査した結果(単位:%)。災害用トイレを用意していた人は16.9%(2018年。東京都と大阪府在住の2000人対象のインターネット調査)

日本トイレ研究所が防災グッズとして自宅にあるものを調査した結果(単位:%)。災害用トイレを用意していた人は16.9%(2018年。東京都と大阪府在住の2000人対象のインターネット調査)

普段、「清潔で快適なトイレ」に慣れた私たちにとって「トイレが使えない」、「汚い」「危険」な状況は相当なストレスになることでしょう。こうしてトイレが使えない、使いたくない状況になると、水分をとるのを控えるようになり、その結果、脱水症状、熱中症、免疫力の低下などを引き起こすといいます。これがいわゆる「災害関連死」につながるのです。もちろん、トイレが不衛生だと感染症の温床となり、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎に感染することもあります。

食事、例えば多少の空腹はがまんできても、トイレだけはがまんできないもの。仮設トイレはいつ到着するか分からない、となれば、やはり自分で備えるのがいちばんでしょう。

個人で備えることができるのは携帯トイレ・簡易トイレ。一度、練習しておく必要アリ

では、どのようなトイレを、どの程度、備えておくのがよいのでしょうか。

「排泄の回数には個人差があります。適正な数がいくつとは一概に言いにくいので、自分がトイレにいく回数を数えるのが、いちばん確実なんですよ。一応、国のガイドラインでは、備蓄を考える際の目安としてトイレの回数は1日5回としています」(加藤さん)

……確かに1日のトイレは5回では、足りないという人もいれば多い、という人もいることでしょう。これを一週間分備えるとなると、35回分。家族がいればその人数分、用意するのが最低限となりそうです。

また、ひとくちに災害用トイレといってもさまざまなタイプがあります。選び方の目安はあるのでしょうか。

「ひとくちに携帯トイレといっても品質はさまざまです。吸水量や凝固期間、臭気対策の有無などの性能を公開しているものを、日本トイレ研究所のサイトで紹介していますので、ここから選ぶことをおすすめします。市販されている商品のなかには、凝固が維持できずに戻ってしまうものもあるんですよ。大切なのは性能なんです。あとは使い勝手です。停電で暗い、寒い状態などで使うことが予想されます。そのときにすぐに使えるか、安心して用便できるかを基準に選んでください。そして携帯用トイレは、トイレで保管しておくとよいでしょう」

個人で備えることができるのは、携帯トイレと簡易トイレの2種類。1回の料金に換算すると100円~200円程度のものが多いそう。

災害用トイレとは

さらに数だけでなく、自宅避難用と持ち出し用にわけて用意しておくと安心だそう。また、購入して満足するのではなく、一度、自宅のトイレに取り付けて使ってみて、と加藤さん。

「災害時のストレスは想像を絶します。暗い、怖い、この先どうしよう……。そんな極限状態です。せめてトイレくらいは安心して使いたい、というのが多くの人が思うことではないでしょうか。そのためにもぜひ一度、練習してみてください」と力説します。

実は筆者、トイレは猫砂と箱で代用すればいいかな、くらいの安易な気持ちでいたのですが、いかに考えが甘かったかを痛感しました。「備えあれば患いなし」です。今度の休日に携帯トイレと簡易トイレ、自分だけでなく家族で話し合い、使ってみたいと思います。

●取材協力
NPO法人日本トイレ研究所
災害用トイレガイド

移住や二拠点生活は“コワーキングスペース”がカギ! 地域コミュニティづくりの拠点に

新型コロナウイルス感染症拡大にともない、テレワークが急速に浸透した。地方移住への関心も高まっているなかで注目を集めているのが、全国で数を増やしている地方のコワーキングスペース。働く場所としてだけでなく、地域コミュニティの拠点や移住相談の場としての側面もあるようだ。
長野県富士見町にある「富士見 森のオフィス(以下「森のオフィス」)」運営者の津田賀央さんにお話を伺った。

移住者がいても、「つながり」がなければ何も生まれない

「富士見 森のオフィス」は、2015年12月、八ヶ岳の麓・長野県富士見町にオープンした複合施設だ。コワーキングスペースを中心に、個室型のオフィスや会議室、さらには食堂やキッチン、シャワールーム、森に囲まれた庭やBBQスペースも備える。2019年には宿泊棟「森のオフィスLiving」もオープン。サテライトオフィスやテレワーク拠点として、また地域住民の“公民館”的スペースとして、都市部と富士見を行き来する人・地域に暮らす人をつなぐ拠点になっている。

富士見町が進める移住促進施策「テレワークタウン計画」の一貫としてオープンした施設だが、当初、計画内にコワーキングスペースのオープン予定はなかったという。

一軒家を事業主へ安価に貸し出すなどの施策を中心としていた当初の計画に対し、「人と人のつながりを生む場」の必要性を主張し、具体的なプランを提案したのが、当時はまったく富士見町と無縁だった津田さんだ。

津田賀央さん Route Design合同会社代表。2015年、富士見町に家族で移住。週に3日は東京を拠点に活動する二拠点生活者。「森のオフィス」の運営をはじめ、コミュニティー・スペース立ち上げのコンサルティングや地域商品の企画開発などさまざまなプロジェクトに携わる(画像提供/津田賀央さん)

津田賀央さん
Route Design合同会社代表。2015年、富士見町に家族で移住。週に3日は東京を拠点に活動する二拠点生活者。「森のオフィス」の運営をはじめ、コミュニティー・スペース立ち上げのコンサルティングや地域商品の企画開発などさまざまなプロジェクトに携わる(画像提供/津田賀央さん)

「良い計画だけど、まだあまり本格化してなさそうだな、と思ったんです。せっかく移住してきた人がいても、その地域でつながりができなければ何も生まれないだろうなと」(津田さん)

津田さん自身は神奈川県横浜市の出身だ。都内の大手企業でオフィスワークをしていたが、リンダ・グラットンの著書『ワークシフト』を読んで「働き方」についての考えが変わった。「これからはどこにいても働ける時代が来る」と直感した。

移住を検討していた最中、富士見町のテレワークタウン計画を知り、その数十分後には担当者へ連絡。津田さんの提案は富士見町の担当者に歓迎され、プロジェクトリーダーとしての参画が決まった。

八ヶ岳の麓にある「森のオフィス」。元は大学の保養所だったそう(画像提供/津田賀央さん)

八ヶ岳の麓にある「森のオフィス」。元は大学の保養所だったそう(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」で「つながり」が生まれる理由

「森のオフィス」オープンから5年。当初はWEBデザイナーなどクリエイターが多かった利用者の層も、今はかなり多様になっているという。

「フリーランスの方だけでなく、会社員の方も増えていますね。プログラマー、エンジニア、デイトレーダー、事務、会計、プロジェクトマネージャー、大学の研究者やアウトドアのアクティビティスクール運営者などもいらっしゃいます」(津田さん)

単に作業場として活用している人もいるが、やはり「つながりを求めて」来る人が多いそう。
「漠然と“何かやりたい”“面白い人とつながれたら”という気持ちを持って来られている方、この場を利用して自分の人生に前向きな変化を生み出したい、というメンタリティを持った方が多い印象です」(津田さん)

実際に、この場からは3年間で120以上のプロジェクトが生まれている。
元マスコミ系企業に勤めていた人と動画クリエイターがつながって、八ヶ岳のローカルメディアをつくるチームが立ち上がったり、お弁当屋さんをやりたいという利用者がコワーキングスペース内のキッチンで営業をはじめたり。さらにその人と農家やデザイナーがつながってビジネスが広がっていったケースもあるとのこと。

利用者の変化に合わせ、津田さんは「つながり」のつくり方も日々考え続けている。
「会社員の中には副業が禁止されていて、プロジェクトへの参加が難しい方もいます。今後はライフワークや趣味をベースにつながれるような取り組みもしていきたいですね」(津田さん)

(画像提供/津田賀央さん)

(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」のアウトドアスペース。BBQやマルシェなどのイベントも催される(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」のアウトドアスペース。BBQやマルシェなどのイベントも催される(画像提供/津田賀央さん)

広告はほとんど利用しておらず、利用者は口コミで集まってくるという。

「“共感”がベースにあると思います。森のオフィスがはじまった2015年当時は、二拠点居住やリモートワークがまだまだ珍しいものでした。身近な例が無いから、想像もしづらかったと思います。なので、僕自身が森のオフィスを通じて実現したいワークスタイル、ライフスタイルを体現してきたつもりです。最初はそれに共感する人が集まってきてくれて、その人がまた新しい人を連れてきてくれた。

共感が共感を呼んで、人が人をつれてきた。結果、さまざまな知恵やスキルが集まって、プロジェクトを生み出せるようになった。そのプロジェクトを起点に、さらにつながりが広がって、深くなっていく。そんな風に、コミュニティが大きくなっていきました」(津田さん)

利用者同士をつなぐ仕掛けや仕組みがあるのだろうか。そう津田さんに尋ねると、「仕組みと言えるものはないんですよね」と笑う。

「森のオフィス」のコワーキングスペース(画像提供/山田智大さん)

「森のオフィス」のコワーキングスペース(画像提供/山田智大さん)

「かなり地道で属人的ですが、スタッフが意識して“仲人さん”をしているんです。移住促進を目的につくられた施設なので、『どこから来たんですか』とか『ご家族は?』とか、会話の中で利用者のプロフィールを聞いて、会員同士の共通点を見つけるようにしている。例えば『カレーが好き』と聞けば、『誰々さんもカレー好きって言っていましたよ』と伝えるとか、とにかくつながるきっかけをつくるようにしています」(津田さん)

もともとつながりを求めてやってくる人が多いが、なかでも縁を広げていける人に特徴があるとすれば、「特技と強い好奇心を持っている人」、特に後者が重要だと津田さんは語る。

「例えば、オフィスの利用者に元大手PCメーカーの修理エンジニアの方がいるんですが、すごい人気者なんですよ。PCやデジタル機器で何か困ったことがあるとみんな彼に聞くから。
でもそれだけじゃなくて、相談に乗るときに一緒にごはんを食べたり、修理するときに家に遊びに行ったり、逆に招いたり、その機会を活かしている。相手に対する興味を持って接しているんですよね。その方は移住して半年ほどで本当にいろんな方とつながって、今では森のオフィスにその方を訪ねて来る方もいらっしゃいます」(津田さん)

地方は「働く場と生活の場が同じ」。だから関係が育ちやすい

「森のオフィス」のように、個性的なコワーキングスペースは長野県内だけでも増えているという。津田さんがいくつかの例を教えてくれた。

まずは塩尻エリアにある『スナバ』。イノベーション創出を主目的とした施設で、『森のオフィス』より、「ビジネスを生み出す」という色が強い印象だ。長野県が進める移住支援制度「おためしナガノ」とも連携しており、実際に「スナバ」を利用してビジネスを進める移住者もいる。
「行政職員の方が運営しているコワーキングスぺ―スですが、いい意味で“行政っぽさ”を裏切る柔軟さがあって、素敵なコミュニティが生まれているようです」(津田さん)

「スナバ」のコワーキングスペース(画像提供/スナバ)

「スナバ」のコワーキングスペース(画像提供/スナバ)

続いて松本の『SWEET WORK』。「パンの香りのするコワーキング」というキャッチコピーの通り、老舗ベーカリーが運営している。会員はパン食べ放題、というこちらもユニークな施設だ。利用者は国籍も職業もさまざまだが、懇親会などのイベントもあり、会員同士の雑談からゆるやかなコミュニティが生まれている。

都内のコワーキングスペースづくりにも携わる津田さんは、地方と都市部それぞれのコワーキングスペースの違いを「働く場と生活の場の距離」だと話す。

「地方は働く場と生活の場がほぼ同じなんですよね。利用者同士の家も近い。外食の選択肢も限られるから、行った先で知り合いに会うし、誰かの家で食べることも多い。家をリフォームしたいとか、田んぼを探しているとか、利用者同士が生活の相談で仲良くなることも多いです。だから関係の育ち方に違いが出るんじゃないでしょうか。

都市部のコワーキングスペースで働いた後に一時間半かけて自宅に帰るのとは違う。地方のコワーキングスペースは“生活”そのもの。“生活の場”と“仕事の場”の“顔が同じ”なんです。

だからこそ、地方でつながりをつくりたいと思ったら、コワーキングスペースを使うことが突破口になるのかもしれないですね」(津田さん)

異なる背景やスキルを持つ仲間をつくり、自分を変化させる

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、「森のオフィス」も一時休館せざるを得なくなった。その時は「今までつくった文化がなくなってしまうのではと不安になった」という津田さん。しかし5月の運営再開後、新規登録者や見学者、移住相談の問い合わせは増えているそう。結果的に“時代が追い付いた”ということなのかもしれない。

「“人生100年時代”と言われています。寿命が延び、働く期間が長くなるなかで、僕たちの世代は60代・70代になっても、新しいスキルを身に付けないといけない。そのためには、自分自身がこれまで持っていた慣習や常識を都度捨てて、“次”に向き合う必要がある。でも、ひとりだと難しいですよね。
そんなときに、同じ意思を持ちながらも自分とは違うバックグラウンドやスキルを持った仲間がいることで、自分を変化させやすくなると思うんです。

実際、富士見に移住してくる方も、ひと昔前みたいに“仕事をリタイアして余生を過ごす”みたいな方ばかりではないです。“人生100年時代”に、連続的に自分を変えていかないといけないなかで、刺激を求めてやってくる人が増えていると感じます。自分や周囲の既成概念から脱するという意味でも、移住は良い方法なんじゃないでしょうか。

僕自身も、仕事と生活を軸に、既成概念や慣習を疑って、変化を促す取り組みを続けることで、自分自身を変え続けたい。そんな思いで、『森のオフィス』の運営を続けていきたいと思っています」(津田さん)

「森のオフィス」の外庭を使った“アウトドアオフィス”での会議風景(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」の外庭を使った“アウトドアオフィス”での会議風景(画像提供/津田賀央さん)

地方コワーキングスペースを「きっかけ」に

地方では、「暮らし」と「仕事」が同じ空間にある。だからこそ、コワーキングスペースという存在が地域とつながる突破口になりうる。
少し前まで、「仕事の刺激(都会)」と「豊かな生活環境(地方)」はトレードオフの関係と捉えられていたように思う。だが、状況は変わってきた。「森のオフィス」のような場を活用することで、どちらも手に入れることは可能になりつつある。
気になる地域と関係を持ちたい、何か新しいことにチャレンジしてみたいという人は、こうした場を活用することから始めてみるのも良いかもしれない。

●取材協力
富士見 森のオフィス
スナバ

無印良品の“日常”にある防災、「いつものもしも」とは

無印良品が本気で防災に取り組んでいる。
9月1日の防災の日に合わせて防災セットを発売、各店頭でも大々的に防災コーナーを設けるなど、かなりの本気モードだ。しかし、実は無印良品による防災プロジェクト「いつものもしも」は10年前から展開していたもの。それこそ東日本大震災が起きる前からの、「本気」かつ「長期戦」の取り組みだ。
今回は、このプロジェクトの中心におられたプロダクトデザイナーの高橋孝治さんを中心に、現在このプロジェクトをリーダーとして推進していらっしゃる人事総務部総務課の田村知彦さん、同社くらしの良品研究所の永澤芽ぶきさんにお話を伺った。左より永澤芽ぶきさん、田村知彦さん。無印良品 銀座にて(写真撮影/飯田照明)

左より永澤芽ぶきさん、田村知彦さん。無印良品 銀座にて(写真撮影/飯田照明)

いつも使っているものを防災にも使うだけでいい

防災グッズと聞くと、特別なものを用意しないといけないと思いがちだが、普段使わないものはとっさに使いこなせないし、マンション暮らしか一戸建てか、家族構成や子どもの年齢、暮らし方ひとつで必要なものは変わってくる。
そこで生まれたのが、無印良品の防災コンセプト「くらしの備え。いつものもしも。」。普段使っているものをそのまま防災用品とする提案だ。
例えば、持ち運びのできるLEDの灯りは、ライフラインが止まった場合の照明に。キャリーバッグは非常用の持ち運びバックになるし、半透明のキャリーボックスなら、中身が見え、重ねることもできるので備蓄品の保存に最適だ。

「”自分の身は自分で守る”という意識のもと、自分にとって必要なものを用意しておく。そのシンプルな考えで、自分たちで考え、身の回りものを点検してもらう。防災を”自分ごと”と考え、防災の意識を上げていってほしいと考えています」(高橋さん)

無印良品ホームページ 「くらしの備え。いつものもしも。」より

無印良品ホームページ 「くらしの備え。いつものもしも。」より

「防災を日常的に」~最初のきっかけはNPOからの提案

そもそも、無印良品がどうして防災に関わることになったのだろう。
きっかけは、2008年。“防災は、楽しい。”をコンセプトにさまざまな活動をしているNPO法人プラス・アーツと出版社の木楽舎から声をかけられたことから始まる。
「プラス・アーツさんは、阪神淡路大震災の被災者のリアルな声や体験を活かした『地震イツモノート』という本を出したり、楽しみながら防災の知恵を学ぶイベントなどを開催されていました。そこで”もっと身近なモノで防災を意識付け出来たら”という考えから、無印良品に声をかけていただいたんです」(高橋さん)。
目指したのは、あくまでも日常の延長線上にある防災。身近なモノであること、邪魔にならないこと、全国で手に入れることができること。まさに無印良品そのものだ。
「当時は防災グッズといえば、とりあえず防災リュック(家庭用持ち出し袋)を自宅に置くだけという認識が普通でした。でも別に防災用に特別なものでなくても、普段毎日使っているものが有事にも役立つ。それは広範囲の品ぞろえを持つ無印良品の商品なら可能なはずだと気づきました」(高橋さん)。

高橋孝治さん。大学でプロダクトデザインを学んだ後、良品計画と契約。無印良品の商品企画・デザインを担当し、この防災プロジェクトにも立ち上げから携わっている。2015年に退職後は焼き物の街、愛知県常滑市に移住、数々のプロジェクトに関わる一方、現在も無印良品の防災プロジェクトに参加し続けている

高橋孝治さん。大学でプロダクトデザインを学んだ後、良品計画と契約。無印良品の商品企画・デザインを担当し、この防災プロジェクトにも立ち上げから携わっている。2015年に退職後は焼き物の街、愛知県常滑市に移住、数々のプロジェクトに関わる一方、現在も無印良品の防災プロジェクトに参加し続けている

このプロジェクトのきっかけにもなった「地震イツモノート(プラス・アーツ)」は阪神・淡路大震災の被災者167人の体験談を集めたもの。防災意識を特別なものとしてではなく、ライフスタイルの中に自然とある状態を目指したいという思いでまとめられている。この書籍のほか、防災・震災・災害に日常から備えられる書籍やゲームなどを多数生み出している(写真/NPO法人プラス・アーツ)

このプロジェクトのきっかけにもなった「地震イツモノート(プラス・アーツ)」は阪神・淡路大震災の被災者167人の体験談を集めたもの。防災意識を特別なものとしてではなく、ライフスタイルの中に自然とある状態を目指したいという思いでまとめられている。この書籍のほか、防災・震災・災害に日常から備えられる書籍やゲームなどを多数生み出している(写真/NPO法人プラス・アーツ)

プロジェクト立ち上げ直後に東日本大震災。必要性をさらに痛感

そして、無印良品の研究機関である「くらしの良品研究所」で防災プロジェクト「いつものもしも」を立ち上げ。無印良品の商品を使った防災の備えへの提案を、プロモーション、売り場設計含めて企画し、さらには商品開発へと役立てる事業となった。
プロジェクトの立ち上げは2010年の暮れ。当時は、阪神大震災から10年以上経ち、災害への危機感が薄れつつある社会へのメッセージとして提案するはずだった。しかし、翌年3月東日本大震災が起きる。
「あまりのタイミングに驚くとともに、改めて必要性を実感しました」(永澤さん)

そして2011年9月には全国で大々的に防災を打ち出した店づくりを行う。
「基本的には無印良品の膨大な商品をセレクトし、災害時に備えてもらうという取り組みでした。しかし、どうしても、ヘルメットやヘッドライトは無印良品の品ぞろえにはなかったため、取り扱いのない他社商品を並べました。これは小売り業態であることを考えれば、かなり常識外のこと。自社の売り上げももちろん大切ですが、俯瞰した目線で防災にそなえること自体を提案していくことに意義があると考えたからです」(高橋さん)

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2011年9月から有楽町店で開催された「地震ITSUMO展」。商品をセレクトし、災害時の使い方とともに紹介(写真提供/良品計画)

2011年9月から有楽町店で開催された「地震ITSUMO展」。商品をセレクトし、災害時の使い方とともに紹介(写真提供/良品計画)

備えたいモノは男女差、個人差も大きい。リアルな声で実感

プロジェクトチームが、防災は人それぞれ、個別にカスタマイズする必要があると実感したエピソードがある。
「東日本大震災1年後に、仙台の店舗で被災者の方に“震災を経験して、自分が必要と感じた防災セットを組んでみてください”というお願いをしました。すると思っていた以上に男女差があったんです。例えば女性は”ヘッドライトは両手があくので便利だと分かるけれど、あまりにも非常時といった感じがして嫌だ”、”大勢の人の目のある避難所では顔の隠せるつばの広い帽子がありがたい”という声があったり、ヘルスケアやスキンケアなど身だしなみに関わるアイテムのニーズが高かったり。個々人が備えるべきものが違うことを痛感しました」(高橋さん)。

職場や自宅に備えるものとして提案されている商品。非常用品だけでなく、自分が普段使いしているものが、避難の際にすぐに持ち出せるようになっているか、改めて見直す必要があるだろう

職場や自宅に備えるものとして提案されている商品。非常用品だけでなく、自分が普段使いしているものが、避難の際にすぐに持ち出せるようになっているか、改めて見直す必要があるだろう

非常時でなくていい。「くらしの備え」が防災になる

「防災」といいつつ、常に「日常に軸足を持つ」ことが、無印良品の取り組みの特長だ。
「もしも、って別に地震や水害による避難生活だけでないんですよね。例えば、今日は仕事で遅くなってご飯つくりたくないな、買い物にも行きたくないし、といったときにレトルトが役立つ。だったらストックしておこう。それが防災の備蓄になればいいと思っています。無印良品のレトルトの賞味期限は1年ほどなので、通常の非常食に比べると短い。でももっと長持ちする商品だからといって5年保存しておくと、その間にどこに行ったか分からなくなるでしょう。その点、普段、食べ慣れた味で備えるなら楽。賞味期限が切れる前に、日常使いしつつ備蓄していく、ローリングストックという備蓄法です」(高橋さん)。
実際、現在の防災プロジェクトリーダーの田村さんも実践者。「月に1回は無印良品のレトルトカレーの日と決めていて、補充してから、自分たちで好きな味を選んで、食べる。その日は料理の手間も省けますし、子どもたちもちょっとしたイベントで楽しそう。自分でいうのもなんですが、無印良品のカレー、美味しいですからね(笑)」

レトルト食品だけでもさまざまな種類があることで普段の食卓に絡めて飽きずにローリングストックを続けていけそう(写真撮影/飯田照明)

レトルト食品だけでもさまざまな種類があることで普段の食卓に絡めて飽きずにローリングストックを続けていけそう(写真撮影/飯田照明)

「日常」かつ「防災」といった要素をいかに持つか。商品開発でもそれは活かされている。
例えば、カセットコンロのミニと専用ケース。「韓国のスーパーで、カセットコンロが樹脂のケースに入って売られていたんですよ。あ、段ボールの箱より丈夫で、台所の収納でも便利だし、アウトドア商品かつ防災用品にもなるなと思いつきました。風に吹かれても消えにくい内炎式で、かなり人気。僕ももう一つ買おうかなと思っています」(高橋さん)。

カセットこんろ・ミニと専用のケース(別売) ケースに入れれば持ち運びもしやすい

カセットこんろ・ミニと専用のケース(別売) ケースに入れれば持ち運びもしやすい

防災に対する意識とクリエイティビティは各段に上昇した10年

この10年で防災の意識はどう変化しただろうか
「日本全体の防災意識が各段に上がっています。それは近年、地震や水害など毎年大きな天災に見舞われているからなのですが、何かしらの備えをしている方は増えています。アウトドアブームも後押ししている部分がありますね。旅に使えるもの、屋外で使えるものは、総じて防災グッズになりますから」(永澤さん)。
さらに、それに応えるクリエイティビティが各段に向上していることも大きい。
「昔は、防災リュックは黄色や銀色で、目立てばいいという感じでしたから。近年は、行政や民間、個人により、防災を分かりやすく、楽しく伝えるアプローチがたくさんされています。お洒落なアウトドアブランドが身近になり、ライトユーザーがお洒落なアイテムを防災グッズとして捉える機会も増えています」(高橋さん)

丈夫でスタッキングもしやすいポリプロピレン製の収納ボックスはアウトドアとの相性も良く、必需品を詰め、いつでも持ち出しやすいようにしておくといった使い方も(写真撮影/飯田照明)

丈夫でスタッキングもしやすいポリプロピレン製の収納ボックスはアウトドアとの相性も良く、必需品を詰め、いつでも持ち出しやすいようにしておくといった使い方も(写真撮影/飯田照明)

もちろん、無印良品の10年間の取り組みが、防災を日常化しつつ、お洒落に取り入れる動きに寄与してきた。
「防災といったテーマはどこかの部署だけで推進するのではダメで、商品開発から、宣伝や販促、実際の店舗、ウェブ展開でも横串を指すことが大切でした。防災の必要性を共有できれば、コンセンサスを得やすく、深く広く、お客様に訴求ができます。その点、何をつくるか、どのように届けるかを自社の中で完結していることが無印良品の強み。特に現在、僕は外部から関わっているので、余計にそう感じています」と高橋さん。

折り畳み式ヘルメット、ヘッドライト、消火器など自社商品になかったものも約10年に及ぶ取り組みでラインナップに加わっていった(写真撮影/飯田照明)

折り畳み式ヘルメット、ヘッドライト、消火器など自社商品になかったものも約10年に及ぶ取り組みでラインナップに加わっていった(写真撮影/飯田照明)

余白のある防災セット。まずはこの1品からスタートしてもいい

そして満を持して登場したのが「防災セット」だ。
「ずっと防災セットがほしいという要望はありました。何から手をつけていいか分からないし、無印良品が出すアイテムなら間違いはないだろうから、という声に押されました。また、毎年、天災が起こるなか、まずは最初の基本として手元に置いておくものとして、もっと踏み込んだ提案をするべき時期にあるのかもしれないと考えたからです。まずは基本セットとして導入してもらい、あとは自分たちでカスタマイズしていく。“これ1つでOK”というような防災セットではなく、自分が主体となってモノを選ぶことで初めて、防災が自分事になっていくんだと思います」(田村さん)

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防災セットは、「携帯」「持ち出し」「備える」の3種類。持ち出しセットには携帯セットのアイテムが、備えるセットには持ち出しセット・携帯セットのアイテムが含まれており、普段から身の回りにおいて使うことを前提とした最低限のものがまとまっている(写真提供/無印良品)

防災セットは、「携帯」「持ち出し」「備える」の3種類。持ち出しセットには携帯セットのアイテムが、備えるセットには持ち出しセット・携帯セットのアイテムが含まれており、普段から身の回りにおいて使うことを前提とした最低限のものがまとまっている(写真提供/無印良品)

備えるセットには非常用トイレやロウソクなども。コンパクトにパッケージされていて普段から目につくところに立てて置ける(写真撮影/飯田照明)

備えるセットには非常用トイレやロウソクなども。コンパクトにパッケージされていて普段から目につくところに立てて置ける(写真撮影/飯田照明)

一家に必ずといっていいほど、無印良品の商品はある。日常的に接点の多い無印良品だからこそ、「いつも」使えるアイテムが、「もしも」のときに役立てば、一石二鳥だ。「もしも」は明日のことかもしれない。まずは、「くらしにとって」なにが必要か、考えてみることから始めてみたい。

店頭や特設サイトでは、防災時に備えるためのヒントが提示されている※写真は銀座店(写真撮影/飯田照明)

店頭や特設サイトでは、防災時に備えるためのヒントが提示されている※写真は銀座店(写真撮影/飯田照明)

●取材協力
無印良品 くらしの備え。いつものもしも。
※記事中で紹介した商品は一部店舗で取り扱いのないものもあります

カレー好きの集まりがビジネスと暮らしのつながりへ。6curryの仕組みがおもしろい!【全国に広がるサードコミュニティ7】

カレーを食べながら交流する、会員限定の“コミュニティキッチン”があるって知っていますか?職業や肩書きにとらわれず、さまざまなメンバーがMIXされるユニークなイベントが、リアル店舗とオンライン上で日夜繰り広げられています。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。6curryとは?

恵比寿と渋谷に、カレーを食べながら会員同士で交流する、招待制・会員制のコミュニティキッチン「6curry」があります。月額3980円で、1日1杯のカレーが無料で食べられるほか、キッチンを使って1日店長になれる権利が与えられたり、日々、キッチンで開催される会員限定イベントに参加することができます。コロナの影響もあり、6curryのウェブショップで買えるレトルトカレーをお得にもらえる、キッチンに行けない人向けのホームデリバリープランも最近スタートしました。

カレーというのはあくまで人が集まるための口実に過ぎず、6curryでは会員がはじめたさまざまな“部活”が繰り広げられています。カレーをみんなでつくって競い合うカレーバトルや、コロナ以降は週に1度オンライン上で集まって、喋りながらパンを焼くパン部も生まれました。会員が企業ブランドとコラボして商品を開発する、なんてことも。現在、会員は約400名。飲食店ともコワーキングスペースともちょっと違う、不思議なコミュニティスペースに成長しています。

6curry恵比寿店(写真提供/6curry)

6curry恵比寿店(写真提供/6curry)

6curryが生まれたのは、SNS上での何気ないやりとりからでした。現在の株式会社6curry代表の高木新平さんが「カレーを使って何か面白いことはじめませんか?」と自身のFacebookでつぶやいたのをきっかけに、ただただカレーが好きな人たちがゆるく集まって議論を交わす日々が続きました。

店舗を持たないゴーストレストランとしてスタート

そんななか、ある女性が、「カロリーを気にせず、またスパイスの香りが服につくのを気にせず食べられるカレーがほしい」と提案したことをきっかけに、カップ入りのカレーの開発をスタート。野菜がたくさん乗っていて糖質的にも安心なカレーが生まれました。こうして出来上がった商品をUberEATSで販売するゴーストレストランをオープン。店舗を持たないカレー屋さんとして、オープン当時は各種メディアに取り上げられるなど話題となり、事業として上々のスタートを切ることができました。

6curryがプロデュースしたカップカレー(写真提供/6curry)

6curryがプロデュースしたカップカレー(写真提供/6curry)

その後、リアル店舗のオープンを目指しクラウドファンディングをスタート。無事に資金が集まり、1店舗目の恵比寿店をオープン。こうして現在の会員制コミュニティキッチンのかたちが出来上がります。現在、6curryブランドプロデューサーを務めるもりゆかさんは、当時を振り返りこう語ります。

「カレーを考案する6curryLAB(ラボ)というのを立ち上げて、みんなで議論しながらカップカレーを開発したのですが、数を販売することよりも、カレー好きな人たちがラボというかたちでゆるく集まり、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながらつくる“プロセス”のほうが楽しかったと気づいたんです。そこでUberEATSでの販売を停止して、カレーをきっかけにみんなで語り合える場所をつくろうと実店舗のオープンに踏み切りました」(もりゆかさん)

カレーを開発するプロセスこそが重要だと気づいた

もりゆかさん自身、クラウドファンディングの時期から関わり始め、プロジェクトページのテキストの編集だけでなく、運営の仕組みづくりなどにも関わるようになって、いつの間にかコアメンバーになってしまったそうです。「6curryをつくっていく過程が私自身、すごく楽しかった」ともりゆかさんは語ります。

6curryブランドプロデューサーのもりゆかさん(写真提供/6curry)

6curryブランドプロデューサーのもりゆかさん(写真提供/6curry)

それもそのはず、6curryは会員と運営という関係がシームレスで、ともに6curryというプロジェクトをつくり上げる“メンバー”なのです。実際、6curryのnoteの記事を書いたり、キッチンのコミュニケーションをどうするかという、実質的な運営会議でもある「6curryLAB」に参加して「ソフトドリンクを普及させるにはどうしたらいいだろう」と議論したり、「ノンアル派向けのラインナップを増やすにはどうすればいいだろう」ということを考えるラボに参加したりなど、より深く運営サイドにコミットする会員もいます。ある意味、“生徒会”のような場所が用意されているのです。

6curryの現在の社員は代表の高木さんを除いてたった4名。恵比寿と渋谷のそれぞれの店舗に、コミュニティメンバーとフロントで関係づくりを行う「コミュニティクリエイター」と、6curryのカレーを全てプロデュースする「カレープロデューサー」、ブランドのクリエイティブ全般に関わる「ブランドデザイナー」、そしてコミュニティ運営周りを一手に担う「ブランドプロデューサー」のもりゆかさんです。「会員の方が主体的に関わってくださるので、4人で運営している感覚はないですね」ともりゆかさん。

「カウンターのはしっこ」が生み出すコミュニティ

コロナの影響もあってか、現在はオンラインでの交流がメインの活動になっています。しかし、オンラインでのコミュニティ運営には難しさもあります。対面で積極的に話したいメンバーと、顔を見せたくない、発言もしたくないメンバーと、ニーズに濃淡があります。そこで6curryではDiscordというアプリを導入しています。

「もともとはZoomでオンラインキッチンを試したんですが、Zoomだと全員がおしゃべりの最前線に出ちゃうじゃないですか。“自分の関わりたい関わり方”を提供するにはどうすればいいかという課題があって。Discordなら音声だけ、テキストだけで参加します、ということもできる。参加の仕方を選べるのがいいなと思っています」(もりゆかさん)

カウンターのはしっこがつながりを促進する※画像はDiscordの様子(写真提供/6curry)

カウンターのはしっこがつながりを促進する※画像はDiscordの様子(写真提供/6curry)

6curryのDiscordには複数のチャンネルがあって、「カウンターのはしっこ」というチャンネルがあります。これは実店舗でもそうなのですが、イベントに顔を出して積極的に人と話すことは苦手だけど、カウンターのはしっこに座ってたまたま隣になった人となら話せる人もいる。そういう場所をつくりたいという思いからスタートしたそうです。すると実店舗で一度も会ったことのない人たちが毎晩22時ごろに10人くらいで集まって、恋話の進捗報告をするなど、密かな盛り上がりを見せているそうです。

複数の職を掛け持ちする“スラッシャー”がかき混ぜる

実店舗自体も、カレーを食べにくるだけの場所ではありません。カレーは10分や20分で食べ切ることができるので、食べるだけではコミュニティは生まれません。そこで6curryでは、初めての人がひとりぼっちにならないために、招待制を取っています。すでにコミュニティに馴染んだメンバーに連れられていけば、既存の会員と溶け込みやすいからです。招待制を取ることで、場を乱す「クラッシャー」もやってこないというメリットもあるそうです。当然、会員の中には、コミュニケーションが得意な人と不得意な人がいます。また、恵比寿・渋谷という場所柄か複数の職業を掛け持ちしている会員が多いのが6curryコミュニティの特徴です。

「肩書きにスラッシュ(/)が入るという意味で私たちは『スラッシャー』と呼んでいます。会社員かつダンサー、デザイナー兼イラストレーターとか。そういう人たちは会員同士のスキルをつなげるのも得意。今度お店をオープンするという人がいたら、ウェブサイトをつくれる人がいますよ、と紹介したり。実際、そのお店がオープンすると、私たちの会員でいっぱいになったということもありました」(もりゆかさん)

ファッションブランド「LEBECCA boutique」と6curryのコラボ企画(写真提供/6curry)

ファッションブランド「LEBECCA boutique」と6curryのコラボ企画(写真提供/6curry)

そんなカレーを通じたコミュニティづくりをミッションにする6curryでは、企業に出向いてカレーをつくるイベントなども請け負っています。最近では、6curryのメンバーと「LEBECCA boutique」がコラボし、オリジナルのワンピースを販売したのをきっかけに、ファッションブランド「LEBECCA boutique」のスタッフと一緒にカレーワークショップを開いたことも。これも、「スラッシャー」が多い6curryコミュニティの強みなのかもしれません。

離脱率0パーセントは正解じゃない

スラッシャーの人たちは、「自分の生き方を自分で選んでいる人」でもあると言えます。渋谷や恵比寿周辺で仕事をしている会社員の方が6curryの会員になって、「普通の会社で普通に生きてきたけど、ここで色んな生き方の人たちに会って、もっと自分の人生を生きてみたいと思いました」と言われたことが、いままでで一番うれしかった、ともりゆかさんは話します。

「代表の高木の言葉ですが、『新しい生き方を選んだ人が、孤独にならなくて済む場所をつくりたい』と。そういうコミュニティをつくりたくて6curryがスタートしたところもあります。リアルな場や集まりよりも、人と人の関係性にフォーカスしているのが私たちの事業の特徴だと思います」(もりゆかさん)

6curry渋谷店(写真提供/6curry)

6curry渋谷店(写真提供/6curry)

6curryは渋谷・恵比寿という実店舗を持つ関係から、さいたまなど少し離れた会員はどうしてもリアルでの交流が難しい面もあります。現在はコロナの影響もあって、実店舗でも一日20名限定にしているということもあり、リアル・オンラインを併用したコミュニティ運営は重要な課題です。また、最近、オンラインサロンやサブスクモデルのシェアサービスが増えつつありますが、会員の離脱率も事業を成り立たせるうえで死活問題だと言えます。

「とはいえ、離脱率が0%なのもよくないと思います。『皆で、皆が主人公になる場をつくる』というビジョンを掲げているので、最終的に、自分の人生の主人公として一歩踏み出すことができたら、卒業するのもありなんじゃないかと。むしろ居心地良すぎて、ずっと同じところで停滞するほうが良くない。もちろん皆さんにいていただきたい気持ちはありますけど、流動性は生み出していきたいです」(もりゆかさん)

コミュニティ運営には、その拠点がある地域との関係性は重要なファクターの一つだと思います。6curryも渋谷・恵比寿に店舗を構えていることもあって、今後は、周辺の地域に暮らす人々に開かれたサービスも展開したいと考えているそうです。

僕自身、自社で運営しているWEBマガジン「EDIT LOCAL」の新サービスとして、「EDIT LOCAL LABORATORY」というオンラインコミュニティを昨年から始めたのですが、テーマが「ローカル」というのもあって、結局は顔を合わせてのリアルなコミュニケーションが、コミュニティを推進する重要なポイントだということを日々感じています。コロナウイルスの影響で、リアルでの交流が難しい現在、場に縛られないコミュニティ運営のノウハウは、新しく事業を始める人や企業にとって、重要なテーマだと思います。コロナを経ても活発に会員同士の交流から活動を生み出す6curryから、私たちが学べることは多いのではないでしょうか。

●取材協力
6curry

無人駅で地域活性! グランピング施設、カフェ、クラフト工房などへ

今、JR東日本が無人駅を使って地域を活性化する取り組みを進めている。今年の2月には、上越線土合駅(群馬県みなかみ町)にサウナやグランピング施設などを設置した取り組みが話題になった。JR東日本グループはなぜ無人駅の活用に積極的に取り組んでいるのか? その狙いと効果について、JR東日本スタートアップの隈本伸一さんと佐々木純さんにお話を伺った。
4つの無人駅活用プロジェクトが進行中

JR東日本管内には約1600の駅があり、そのうちの約4割を無人駅が占める。JR東日本にとっては“遊休資産”とも呼べる無人駅。清掃や駅舎の修繕など維持管理費はかなりの額に上るが、JR東日本スタートアップの隈本さんによると、問題はコストだけではないそうだ。

「無人駅の周りには、往々にして地域のにぎわいがありません。せっかく空いているスペースや躯体があるので、これらを活用して地域のためになる活動をしたい思いは、以前からありました」

JR東日本グループが進行している無人駅活性化プロジェクトは現在、全部で4つ。それらは全て、オープンイノベーションの推進を目的とした「JR東日本スタートアッププログラム」から生まれたものだ。つまり、JR東日本グループの単体ではなく、ベンチャー企業などとのコラボレーションによって進められている。

「無人駅の活用に関しては、ベンチャー企業から提案を受けたり、逆に我々から提案することもありました。プロジェクトの選定基準は、『JR東日本グループとのシナジーが生み出せるか』『新規性があるか』『事業継続性があるか』の3点です。今取り組んでいる4つの事例はこれらを満たし、加えて地域のためにやるべきと判断されて実施にいたりました」

それでは4つの事例を順番に見ていこう。

1 山田線上米内駅(岩手県盛岡市)×漆

漆の産地として知られる盛岡市。地元の一般社団法人次世代漆協会と連携し、駅舎を漆をテーマにした施設にリニューアルした。カフェスペースや漆器の販売施設、作業のできる工房などを設置して今年の4月29日にオープン。資金はCAMPFIREと連携しクラウドファンディングより募った。

(写真提供/JR東日本スタートアップ

(写真提供/JR東日本スタートアップ)

同施設は地元メディアに大きく取り上げられ、4~5月は100人が訪れる日もあったそう。桜の名所の近さも幸いし、4~7月の3カ月間で約2865名もの人が来訪し、大きなにぎわいを見せた。現在も営業中だ。

リニューアル前(写真提供/JR東日本スタートアップ)

リニューアル前(写真提供/JR東日本スタートアップ)

リニューアル後(写真提供/JR東日本スタートアップ)

リニューアル後(写真提供/JR東日本スタートアップ)

一般社団法人次世代漆協会代表理事の細越確太さんによると、市内・市外問わず多くの方が訪れ、中には繰り返し訪れる方もいるという。

「この取り組みを始めてから、わざわざ上米内に来てくださる方が増えました。地域活性化を課題に感じている人のなかには、駅を利用した活動に共感してくださる方も多く、新たな連携の芽が生まれつつあると感じます」

本プロジェクトを担当した隈本さんは、「別の建物ではなく、駅でやることに意味があった」と振り返る。

「地元の方と話す中で、駅は地域の人にとって想像以上にシンボリックな存在だと分かりました。電車の乗り降りを繰り返し、思い入れのある場所になっていくのだと思います。地域活性化に無人駅を使うメリットは単なるコスト抑制だけではなく、自然と人が集まる点や、地域の人たちの協力を得やすい点にあると感じました」

上米内の漆器(写真提供/JR東日本スタートアップ))

上米内の漆器(写真提供/JR東日本スタートアップ)

こうした地域活性化のプロジェクトは、地元の人たちの理解が欠かせないと、隈本さんは続ける。

「今回のプロジェクトは、地域住民の方に『自分たちの住む地域は漆が有名』だと若い人たちに知ってもらう目的もありました。地域の人たちに働きかけるのに、駅という場所はぴったりです。地域活性化を大きな流れにするためにも、いかに地域住民の方にアピールするかが重要だと思います」

2 上越線土合駅(群馬県みなかみ町)×グランピング

上りホーム改札のある駅舎から下りホームまで、地下に462段の階段が続き、「日本一のモグラ駅」として知られる土合駅。グランピング施設の運営などを手がけるVILLAGE INC.と連携し、土合駅を地域の情報発信拠点にする試みを行った。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

駅前の空きスペースにサウナやグランピング場、宿泊施設を設け、駅舎内には切符売り場を改装しカフェを設置。クラフトビールの提供や工芸品づくりワークショップ開催など、地元企業との連携も実現。今年の2~3月にかけて行った実証実験では宿泊予約が満席となり、現在は秋の正式オープンを目指して準備を進めている。

宿泊施設「モグラハウス」(写真提供/JR東日本スタートアップ)

宿泊施設「モグラハウス」(写真提供/JR東日本スタートアップ)

(写真提供/JR東日本スタートアップ)

(写真提供/JR東日本スタートアップ)

グランピング場(写真提供/JR東日本スタートアップ)

グランピング場(写真提供/JR東日本スタートアップ)

カフェは2020年8月8日に正式オープンした(写真提供/JR東日本スタートアップ)

カフェは2020年8月8日に正式オープンした(写真提供/JR東日本スタートアップ)

3 常磐線小高駅(福島県南相馬市)×地域コーディネーター

地方創生プロジェクトを数多く手がける一般社団法人Next Commons Lab(NCL)と協業し、小高駅舎を改装してコミュニティの場を創出するプロジェクト。地域の課題を解決する創造的人材を育成するとともに、旅をしながら地域で仕事ができるインフラや環境を構築して、関係人口の創出・拡大につなげるのが狙いだ。

駅員が使用していたスペースを改装し、都市と地域の起業家や起業をサポートする人が集まる場や、小高駅を利用する学生の交流の場をつくる予定。小高駅に駐在しコーディネーターとして活動する「民間駅長」を現在募集している。

常磐線小高駅の駅舎内の待合スペース(リニューアル後)(写真提供/JR東日本スタートアップ)

常磐線小高駅の駅舎内の待合スペース(リニューアル後)(写真提供/JR東日本スタートアップ)

4 信越本線帯織駅(新潟県三条市)×ものづくり

洋食器や金属加工など、ものづくりの街として知られる燕三条地域に位置する帯織駅を、ものづくり交流拠点「EkiLab(エキラボ)帯織」としてリニューアルするプロジェクト。町工場と連携して“ものづくりのアイディアを形にできる場所”を目指している。クラウドファンディングを手がけるベンチャー企業CAMPFIREとの連携により、この場をクリエイターとして利用する会員や資金を募るなどした。

駅舎横の駐車場に新設する工場には、CADを使えるパソコンや3Dプリンターなどを設置。会員は基本施設を自由に利用できるほか、デザイン・設計ソフトのオンラインセミナーやワークショップを受講できる。ものづくりの相談窓口として、燕三条地域の職人や企業の紹介・マッチングにも対応していく。今年10月開業を目標に現在準備中。

EkiLab帯織 施設(イメージ)(写真/CAMPFIREのプロジェクトページより)

EkiLab帯織 施設(イメージ)(写真/CAMPFIREのプロジェクトページより)

EkiLab帯織でできること(イメージ)(写真/CAMPFIREのプロジェクトページより)

EkiLab帯織でできること(イメージ)(写真/CAMPFIREのプロジェクトページより)

無人駅活用のバリエーションは無限大

グランピングからものづくり拠点まで、プロジェクトのバリエーションが富んでいるのは、ベンチャー企業や地元企業などの協業相手のおかげだと、佐々木さんは振り返る。

「無人駅活用の取り組みをJR東日本単体でやろうとすると、どうしてもアイデアが出てこなかったり、偏ったりすると思います。でも今回は、秘境地域を宿泊施設に変えるのが得意なVILLAGEさん、コミュニティづくりに長けたNCLさん、クラウドファンディングで働きかけるのが上手いCAMPFIREさん、地元の企業・団体の方々など、色々な得意分野のある方たちと組めたおかげで、これだけの多様性が生まれました。無人駅の活用バリエーションは、本当に無限だと思います」

面白いアイデアを実現するために大切なポイント。それは「協業先の良さを最大限に生かすこと」だと、隈本さんは言う。

「弊社の役割は、JR東日本側と協業先の橋渡しです。相手がベンチャー企業さんの場合にはできるだけ自由にやっていただきたいと思っています。JRと組む上でいろいろ我慢されてしまうと、せっかくの個性が消えてつまらないアイデアになってしまいますから」

JR東日本グループ内は、新たな取り組みを始めやすい空気になりつつあるという。

「当社ではスタートアッププログラムを開始して今年で4年目なので、ベンチャー企業との協業が社内にも浸透してきました。無人駅以外のプロジェクトも年間で20個ほど走っています。今後も無人駅が関わるものもそうでないものも含めて、新しい取り組みがどんどん生まれてくると思います」

最後に今後の方針について聞くと、2人とも「無人駅活用の事例を蓄積して、社内外に広めていきたい」と話してくれた。自分たちの事例を参考に、無人駅を活用して地域活性化をしようと考えるプレーヤーが増えてくれたら。そんな思いとともに、今も一つひとつのプロジェクトを丁寧に形にしている。

上米内駅の事例では、駅舎を使ったことで「地域で新たな連携の芽が生まれた」との声が聞かれたように、駅は単なる「電車を乗り降りする場所」以上の意味を持つようだ 。その価値に気づいたいま、これからも想像を超える地域活性化の取り組みが無人駅から生まれることを、期待せずにはいられない。

●取材協力
駅舎内喫茶「mogura」

エコな移動が地域を救う? グリーンスローモビリティ全国で広まる

ポルシェがスポーツカーの「電気自動車」を販売するほど、乗りものが地球に優しくなっていくなか、2018年度から、国土交通省は特定の電気自動車を使った自治体への支援事業を開始している。その目的は? 反響は? 国土交通省総合政策局環境政策課の多田佐和子さんに話を伺った。
「グリーンスローモビリティ」とは?

今年100歳を迎えたおばあさんをはじめ、高齢者たちの楽しそうな声が聞こえてくる。7人乗りの「グリーンスローモビリティ」からだ。高齢者の交通手段や地域活動への参加等を目的に、2019年の10月末から11月末までの約1カ月間にかけて、国土交通省から千葉県松戸市へ無償貸与された、この見慣れない乗りもの。窓がなく、電気自動車だからエンジン音もしないため、乗員の笑い声のほうがよく響く。20km/h未満の低速で、のんびりと、友人とのおしゃべりを楽しみながら街を幾度も移動した。

松戸市の実証実験で使用したのはヤマハ製の7人乗りカート。今年度100歳を迎えられた百寿者(センテナリアン)が乗車した際の記念写真(写真提供/千葉県松戸市)

松戸市の実証実験で使用したのはヤマハ製の7人乗りカート。今年度100歳を迎えられた百寿者(センテナリアン)が乗車した際の記念写真(写真提供/千葉県松戸市)

たった1カ月間の実証運行だったにも関わらず、地元ではこの乗りものを讃えるオリジナルソング『グリスロ賛歌』が生まれ、地域の方々が合唱して、新聞をはじめとしたマスコミに取り上げられた。昔は「オラが村に鉄道が通った!」と、初開通の折には村を挙げて踊りや歌を披露した自治体がよくあったが、それに近い感情なのかもしれない。

国土交通省では、2018年度から「グリーンスローモビリティの活用検討に向けた実証調査支援事業」を行っている。グリーンスローモビリティ(以下グリスロ)とは「20km/h未満で公道を走る4人乗り以上の電動パブリックモビリティ」のこと。電気自動車の技術が急速に進んだことで生まれた、新しい乗りものだ。2020年の6月17日現在で、55地域でグリスロの走行実績がある。

電気自動車なので環境に優しいのはもちろん、自動車より低速だから、万が一何かにぶつかっても大きな事故になりにくく、小型車両のため狭い道もスイスイと走れる。高齢者がよく利用している1人乗りのハンドル付き電動車いす(シニアカー)と比べて、多人数で移動できるほか、シニアカーと同様に窓ガラスやシートベルトがなくてもいいから、オープンカーのように開放感がある。

国土交通省の実証実験では、「ゴルフカート(定員:4人もしくは7人):最大2台」または「eCOM‐8(定員:10人):最大1台」のグリスロ車両が用意されている。先述の松戸市は上記「小型自動車」の7人乗りを使用(写真提供/国土交通省)

国土交通省の実証実験では、「ゴルフカート(定員:4人もしくは7人):最大2台」または「eCOM‐8(定員:10人):最大1台」のグリスロ車両が用意されている。先述の松戸市は上記「小型自動車」の7人乗りを使用(写真提供/国土交通省)

一方で普通の自動車と比べてデメリットとなるのが、窓がないため、雨の日はエンクロージャー(ビニール製シートなどの囲い込むもの)が必要なことや、エアコンが使えないこと。厳冬下では膝掛けなど対策が必要だ。またスピードが遅く、1回の充電で走れる距離が短い電気自動車だから、長距離輸送には向かない。だから単純に「廃止された路線バスの代わりに」というわけにはいかないのだ。

「低速」で道路を走るなら、他の車の邪魔になるなど、交通の妨げになるのではないか?と国土交通省の担当者である多田さんに意地悪な質問をぶつけてみたが「一人ひとりが一台ずつ車やシニアカーに乗るのと比べ、多人数乗車によって交通量を抑えやすくなりますし、運転手に“安全に他車に追い抜かれる方法”など安全な運転技術を、講習でレクチャーしています。運行主体も、なるべく交通の妨げにならないような運行ルートを検討していますし、ルートは事前に警察等に連絡するなどしていることもあり、今のところ事故は一度もありません」という。

(写真提供/国土交通省)

(写真提供/国土交通省)

そもそも、こうしたメリット・デメリットを踏まえた上で、「既存の交通機関を補完する新たな輸送サービスとして、地域住民のラスト/ファーストワンマイル(※)や観光客向けの新しいモビリティ、地域のにぎわい創出などの活用」の可能性を調査するべく、グリスロの支援事業は始まった。簡単にいえば、既存の乗りものに、グリスロが加わることで、地域にどんなうれしい変化を起こせるのかを探るためだ。
(※)鉄道の駅やバス停などから目的地への最終移動、またその逆で自宅からの移動

「支援の申請は各自治体が行います。それぞれの地域でグリスロにはどんな活用法が期待できるか、車両を購入する前に無料で借りてテストすることで、今後事業化する際にどんなニーズや課題があるのかなどを考察することができます」と多田さん。

グリスロなら、もしかしたら自分たちの地域の課題を解決できるのではないか。そう考えた各自治体が応募し、2018年度は5地域、2019年度は先述の松戸市を含む7地域が選ばれた。

グリスロは、高齢者の生きがいに繋がる?

では応募した自治体は、どんなグリスロの活用方法を検証したのだろう。先述の松戸市の場合「加齢などにより移動に不自由を感じている方々の社会参加を促進し、それにより地域活動がより活性化できるか」をテーマに実証を調査したという。その結果が先述の通り。オリジナルソングまで生まれて合唱まで行ったのだから、「社会参加」や「地域活動の活性化」については一定の効果があることが分かったといえそうだ。

東京都町田市では4人乗りのゴルフカート型グリスロを2台使って事業化がスタート。地域住民らでつくる「鶴川団地地域支えあい連絡会」への事前登録が必要(登録料は年間500円)(写真提供/モビリティワークス)

東京都町田市では4人乗りのゴルフカート型グリスロを2台使って事業化がスタート。地域住民らでつくる「鶴川団地地域支えあい連絡会」への事前登録が必要(登録料は年間500円)(写真提供/モビリティワークス)

実証実験を終え、既に事業化をスタートしている例もある。東京都町田市では、社会福祉法人悠々会が運行団体となって2019年12月から自家用有償旅客運送として運用をスタート。4人乗りのゴルフカート型の2台のグリスロが、多摩丘陵に位置する鶴川団地と、丘の下の商店街とを結ぶ。利用料金は年間500円。一見、グリスロによって高齢者が坂の上り下りをしなくても買い物に行ける、と思いがちだが、「実は利用する高齢の方々はあまり買い物に困ってはいませんでした。今ならスーパーの配送サービスをはじめ、買い物にはいろんな手段があるからでしょう」と多田さん。

ではなぜ高齢者はグリスロに乗るのだろう。「グリスロで出掛けること自体に意味があるようです」。グリスロに乗って出掛ければ、顔なじみの運転手さんやお客さんに会える。窓のない開放的な車内でみんなとおしゃべりを楽しみ、笑顔を咲かせる。用事を済ませて、また楽しく皆で戻る。また明日、晴れたら。そんな感じのコミュニティの場として、グリスロがあるようだ。「島根県松江市のほうでも、同様の事業化が2020年4月から始まりました。こちらは当初運賃が無料だったのですが、利用者のほうから『無料では申し訳ない』と申し出があり、結局午後の運行のみ1日100円となりました」

さらにグリスロは、普通の車よりも運転が簡単で速度も出ないため、正しい研修を受ければ、地域のシニアボランティアや障害をもつ人が運転手になることもできる。そうなれば地域の担い手としての生きがいにも繋がる。

(写真提供/社会福祉法人 みずうみ)

(写真提供/社会福祉法人 みずうみ)

世界中で高齢化が進んでいるが、中でも日本の高齢化率は、現在世界一だ(65歳以上の人口比率が世界で最も高い)。高齢によって足腰が弱ると、どうしても外に出るのが億劫になりがちだし、一人暮らしともなればなおさらだ。だからといって外に出ないとさらに筋肉が衰えて、ますます出不精になり……と悪循環に陥ってしまう。この負のサイクルを断ち切る方法の1つに、グリスロがなれるのではないだろうか。グリスロが、地域住民の健康寿命を延ばす仕掛けになれるのでは? ちなみに紹介した町田市も松江市も、運営主体は社会福祉法人。地域の高齢者事情をよく分かっている人々だからこそ、グリスロのこうした利用価値に気づいたのだろう。

観光による町おこしやスマートシティのパーツとして?(写真提供/広島県福山市)

(写真提供/広島県福山市)

もう1つ、グリスロの事業化例として紹介したいのが、広島県福山市だ。同市には景勝地として有名な「鞆の浦」や「福山城」などがある。一方で、瀬戸内海に面した同市は狭い道や急峻な坂道が多い。だから「小型」「低速=ゆっくり」「開放的」なグリスロは、「観光地をゆっくりと風景を眺めながら巡る乗りもの」としては通常のタクシーよりも適している、というわけだ。

(写真提供/広島県福山市)

(写真提供/広島県福山市)

運行しているのは地元のタクシー会社で、料金は通常のタクシーと同じ。通常のセダン型やワゴン型タクシーとともに、4人乗りのゴルフカート型グリスロを用意している。こちらは2019年4月から運用が始まった。グリスロでたくさんの観光客に喜んでもらえれば、観光地としての人気が高まるかもしれない。それは福山市の地域活性化にも繋がる。

さらに、このグリスロの実証調査支援事業には、環境省も支援するケースがある。1つは「IoT技術等を活用したグリーンスローモビリティの効果的導入実証事業」であり、もう1つは「グリーンスローモビリティ導入促進事業(車両購入費補助)」というものだ。簡単に言えば、グリスロと最先端技術を組みあわせ、例えばいつ・どんな時に・どんな人が・どれだけ移動したか、といったデータを取ることで、バスなども含めた公共交通機関の構築に役立てたり……と、さまざまな“未来の街”の検証に、グリスロを活用するというものだ。

実際、福島県いわき市では地元企業や大手通信会社、広告代理店などと連携した「次世代交通システム」の実証実験が、つい先日から始まった。グリスロをスマホから予約できるほか、AIを使って予約状況に応じた最適なルートを運行したり、地域内で使える電子クーポンをグリスロの車内で発行し、地域商店街の活性に役立てる……といった、いわばスマートシティの実証実験を行っている。

交通状況・予約のスマホ画面

地域内に設置されている23カ所の乗降ポイントの中から、乗車したい地点と降りたい地点、日時と人数を入力して予約する。予約状況に応じて、当日でも可能。

地域の課題を解決するためのワンピース

「グリーンスローモビリティの活用検討に向けた実証調査支援事業」は、先述したように2018年度から始まったばかり。そのため、本来はもっと多くの実証調査の結果を集めてから課題を整理すべきだろうが、今の時点で挙げるとすれば「事業化に向けた収支をどうするか」だろう。

福山市の事業例のように、通常のタクシー料金と同じであればまだしも、町田市や松江市のように「年間500円」や「1日100円」といった運賃だけでは、事業としては成り立たない。持続可能な事業にするためには、運賃以外の広告費等の収入や、有志から駐車場の無償提供を受けるなど固定費の抑制が必要だ。

といってもこの「収支」の問題は、赤字の鉄道やバス路線の撤退が進んでいるように、既存の公共交通機関も同じこと。グリスロだけでなく、バスやタクシー、鉄道も含めて、地域の交通をどうしていくのか。各地域は今回のグリスロの無償貸与を通して、地域交通の課題を洗い出し、可能性を探るためのトライ&エラーがしやすいはずだ。実際見てきたように、グリスロには「地域のコミュニティの場」としての価値や、「観光による町おこし」という既存の交通機関にはない新しい価値が見えつつある。

(写真提供/社会福祉法人 みずうみ)

(写真提供/社会福祉法人 みずうみ)

何しろ100歳のおばあちゃんが笑顔になれるグリスロだ。課題の多い地域交通状況を、もしも多くの公共交通機関の組み合わせというパズルで解決するなら、そのワンピースになる魅力は十分にありそうだ。

●取材協力
国土交通省

漫画の聖地「トキワ荘」復活! “ 消滅可能性都市” 豊島区がカルチャーなまちへ

日本のマンガ文化を大きく発展させた、手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などが暮らした「トキワ荘」が、東京都豊島区南長崎の南長崎花咲公園に再現施設として復活し、話題となっている。
池袋乙女ロードや、東京芸術劇場などの文化施設が多い豊島区は、こういったカルチャーをフックとしたまちづくり「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」をすすめているという。豊島区のすすめるまちづくりにおいて、「トキワ荘マンガミュージアム」の誕生はどんな意味をもつのだろうか。

ところで「トキワ荘」ってなんだ?

トキワ荘は1952年(昭和27)12月に、豊島区椎名町5丁目に完成した木造2階建てのアパートだ。現在の住所でいうと豊島区南長崎三丁目で、日本加除出版という出版社の社屋と民家になっている。実物大のトキワ荘マンガミュージアムは、その場所から少し離れた南長崎花咲公園の敷地内に建設された。

正面玄関は、シュロの木とバルコニーがコロニアルスタイルを連想させるおもしろいつくりになっている。当時としてはかなりおしゃれなファサードだったのではないか。

マンガ家たちが住んだ当時のトキワ荘は、四畳半と押入れのみの部屋が、2階に10部屋存在し、共同の炊事場とトイレがそれぞれの階にあった。家賃は1部屋3000円/月だったという。大卒初任給が9000円、うどん一杯30円、電車の初乗り運賃10円ほどの時代だ。
高度経済成長の直前、日本各地から「金のタマゴ」と呼ばれた中卒の若者が、職を求めて東京に続々と上京していたころ。東京の各地に、このようなトイレ共同の木造アパートが、たくさん建てられていた。

再現されたトキワ荘の1階はミュージアムとなっており、内部の再現は2階部分である。

2階部分は、部屋の再現だけでなく、調度品の再現もすごい。トイレなどのエイジング処理(汚し処理)は、今にもにおいが伝わってきそうなほどのリアルさだ(においは再現していません)。

新築のミュージアムとは思えないエイジング処理(撮影/西村まさゆき)

新築のミュージアムとは思えないエイジング処理(撮影/西村まさゆき)

2階炊事場の再現、昭和中ごろの単身者向けアパートでの様子がよく伝わってくる(撮影/西村まさゆき)

2階炊事場の再現、昭和中ごろの単身者向けアパートでの様子がよく伝わってくる(撮影/西村まさゆき)

各部屋の再現も力が入っている。実際に住んでいたマンガ家や関係者に聞き取り調査を行い、どの部屋が誰の部屋で、どんなものが置いてあったのかまで、詳細に調べ上げてある。例えば、鈴木伸一、森安なおや、よこたとくお等が暮らした20号室には、年代物のテレビやステレオセットとともに火鉢があるなど、当時のマンガ家たちの暮らしから、昭和時代の生活の雰囲気を感じることができる。

テレビ、ステレオと火鉢が同居している昭和の雰囲気(撮影/西村まさゆき)

テレビ、ステレオと火鉢が同居している昭和の雰囲気(撮影/西村まさゆき)

手塚に続きぞくぞくあつまる漫画界のスター

トキワ荘にマンガ家が集うきっかけになったひとつは、手塚治虫がトキワ荘に部屋を借りたからだ。1953年、トキワ荘に部屋を借りた手塚は、当時すでに売れっ子マンガ家となっており、関西の長者番付に名を連ねるほどの存在だった。そのため、大阪と東京を行き来する生活をしており、トキワ荘に起居するということはあまりなく、週に数回帰ってきて、仕事をする場所だったという。

手塚がこの地に仕事場としてトキワ荘を借りたのは、当時描いていた出版社のある江戸川橋や飯田橋へ、バスでのアクセスが良かったためと言われている。

トキワ荘の完成とほぼ同時に部屋を借りた手塚は、2年ほど借りたのち、敷金の3万円と机を、富山県の高岡から上京してきた二人の青年に譲って転居する。この二人の青年こそが、のちの藤子不二雄(安孫子素雄=藤子不二雄A、藤本弘=藤子・F・不二雄)だ。

トキワ荘を引き払った手塚は同じ豊島区内の雑司が谷にあるアパート「並木ハウス」に引越した。並木ハウスは現在も存在しており、2018年に国の登録有形文化財に指定された

手塚の住んだ部屋には安孫子が住み、机も安孫子がひきついだ。なおその机は現在、安孫子の実家である光禅寺(富山県氷見市)に保存展示されている(撮影/西村まさゆき)

手塚の住んだ部屋には安孫子が住み、机も安孫子がひきついだ。なおその机は現在、安孫子の実家である光禅寺(富山県氷見市)に保存展示されている(撮影/西村まさゆき)

手塚に続いてトキワ荘には、寺田ヒロオ(『スポーツマン金太郎』などの著作がある)、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、鈴木伸一(小池さんのモデルになったアニメーター)、森安なおや(『赤い自転車』などの著作がある)、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、水野英子、よこたとくお、山内ジョージなどのマンガ家が続々と入居する。トキワ荘に集うマンガ家ら(寺田、藤子、鈴木、森安、石ノ森、赤塚に加え、つのだじろう、園山俊二)が中心となって「新漫画党」を名乗り、当時の「子ども向け」マンガ文化の大きな流れをつくっていく。

寺田ヒロオ、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A以降のマンガ家たちは、トキワ荘に概ね6年~7年ほど居住し、切磋琢磨しあった。しかしその後、彼らとは異なる画風の劇画漫画が流行りだし、世の中のマンガ文化の潮流が、トキワ荘のマンガ家たちだけのものではなくなっていく。

1961年ごろになると、マンガ家たちはトキワ荘からほぼ退去してしまったが、赤塚不二夫や石ノ森章太郎など、トキワ荘周辺、南長崎の町に仕事場を借りたり、住んだりした者もいた。

1982年、トキワ荘は築30年が経過し、設備も老朽化したため、建て替えることになった。当時第一線で活躍するマンガ家たちが若いころを過ごしたアパートであることは、マンガファンの間では知られていたものの、一般的な知名度はなかった。一部で惜しむ声はあったものの、トキワ荘は1982年12月2日に解体された。解体される際に保存されたふすまには、後日、トキワ荘に住んだマンガ家たちがマンガとサインを描きいれた。そのふすまは現在、トキワ荘ミュージアムに展示してある。

トキワ荘は、解体されたことによってより知名度が上がったのは皮肉なことである。解体の数年前から、テレビ番組や映像作品などで特集が組まれ、実際に住んだマンガ家たちの手による回顧録のマンガや書籍の出版など、多くのものが世にでていった。

それに合わせ、トキワ荘だけでなくマンガ家たちが暮らした南長崎の町自体にマンガ家ゆかりの地としての存在感がでてきた。新しいアパートに建て替えられたトキワ荘などは、観光バスのルートに入るほど(丸山昭『トキワ荘実録』)であったらしい。さらに時代が平成に入り、トキワ荘のマンガ家たちが鬼籍に入り始めると、いっそう南長崎の町は「マンガの聖地」として注目されるようになっていく。

『まんが道』(藤子不二雄A)などにたびたび登場していたラーメン店「松葉」を訪れるファンはいまだに多い(撮影/西村まさゆき)

『まんが道』(藤子不二雄A)などにたびたび登場していたラーメン店「松葉」を訪れるファンはいまだに多い(撮影/西村まさゆき)

2012年(平成24)、トキワ荘の跡地にモニュメントが完成するなど、近年は南長崎の町を「マンガの聖地」として広く知ってもらおうという豊島区のバックアップもあり「トキワ荘通りお休み処」(2013年)がオープン。そして、トキワ荘の再現施設「トキワ荘ミュージアム」が今年(2020年)に完成した、というわけである。

トキワ荘に関連する書籍や漫画が読める「トキワ荘マンガステーション」(撮影/西村まさゆき)

トキワ荘に関連する書籍や漫画が読める「トキワ荘マンガステーション」(撮影/西村まさゆき)

「トキワ荘」再現のきっかけとこれから

豊島区には、南長崎だけでなく、池袋の「乙女ロード」など、カルチャーに関するスポットが存在し、それらを中心としたまちづくりを積極的に行っている。今回の「トキワ荘マンガミュージアム」の完成は、そんなまちづくりにおいて象徴的な出来事といえる。カルチャーを中心としたまちづくりはどのように始まり、どんなことが行われているのか、豊島区に聞いてみた。

豊島区トキワ荘マンガミュージアム担当課長 熊谷崇之さん(撮影/西村まさゆき)

豊島区トキワ荘マンガミュージアム担当課長 熊谷崇之さん(撮影/西村まさゆき)

――最初に、いちファンとして、(トキワ荘の再現が)よくできたなというのが素直な感想です。あの『まんが道』に出てたトキワ荘が……という感動は名状しがたいものがありました……。

豊島区トキワ荘マンガミュージアム担当課長 熊谷崇之さん「そうですよね、私も『まんが道』を読んでいて、ファンなのでよく分かります」

――豊島区でマンガ・アニメによるまちづくり、まずはトキワ荘に関しては、近年さまざまな施設が相次いでオープンしましたけども、トキワ荘の再現というのはどのような経緯だったんでしょう?

熊谷さん「トキワ荘は、1982年に残念ながら解体されてしまったんです。そのころはまだマンガ文化の存在があまり重要なものとされてなかったんですね。ですが、平成に入ってから1999年に、区議会にトキワ荘復元の署名が提出されました。最初は2000名だったのが最終的には4000名を超える署名が集まりました。それがきっかけのひとつではありますね」

区民だけではない、漫画ファンなどの広い支持があったのは、寄付が約4億3000円も集まったということからも分かるだろう。トキワ荘の再現には約9億8000円の費用がかかっているが、その費用は寄付金からも一部充てられた。

――署名が提出されたのが1999年と伺いましたが、高野区長が豊島区長に当選したのも1999年ですね。高野区長はもともと古書店を経営されていたそうですが、やはりその存在も大きかったのかな、と思いますがどうでしょう?

熊谷さん「うーん、それはどうでしょう。よく分かりませんが(笑)高野区長が言うには、(世界で高い評価を受けている)アニメも、そのルーツはマンガにあるし、さらにその原点でもある場所のトキワ荘などをしっかりと支援していくことは、大切なことだと―マンガステーションなどに収蔵するための資料のマンガの買付けなど、区長自ら赴いてます」

――さすが、古書店の店主だから、そのへんはプロですよね。

熊谷さん「こういった文化施策は、豊島区にある文化を知ってほしいというのももちろんあるんですけど、さらに文化継承の拠点としたいという目論見もあるんです」

――文化継承ですか?

熊谷さん「トキワ荘関連で言えば、『紫雲荘(しうんそう)活用プロジェクト』というのもそのひとつなんです」

紫雲荘とは、赤塚不二夫が住居兼仕事場として借りていたトキワ荘隣のアパートで、現在も当時のまま現存している。この紫雲荘に、マンガ家志望の若者に住んでもらい、家賃などを補助してまちぐるみで支援する、というプロジェクトのことだ。

その町に住む人を支援する取り組みはよく見かけるが、豊島区はマンガ家志望の若者と限定しているところがユニークだ。

紫雲荘は赤塚不二夫が借りていた当時のまま残っており、彼が仕事をした部屋も再現してある(写真提供/豊島区)

紫雲荘は赤塚不二夫が借りていた当時のまま残っており、彼が仕事をした部屋も再現してある(写真提供/豊島区)

――豊島区には乙女ロードなどのアニメ関連の聖地がありますが、東京には秋葉原や中野など、マンガやアニメなどのサブカルチャーを中心に据えた町がいくつかあります。そういった町との差別化というのはしていますか。

熊谷さん「乙女ロードは、その名の通り女性の比率が高いというのはご存じだと思います。豊島区ではいま、南池袋公園の整備や、旧豊島区役所跡に建設した劇場施設『HAREZA池袋』など、ファミリー層や女性が住みたくなるような、女性にやさしいまちづくりを進めているんです」

――なぜ急に「女性にやさしいまちづくり」がはじまったのでしょう?

熊谷さん「2014年に発表された『消滅可能性都市』に、東京23区の中で唯一、豊島区が含まれた……というのが、衝撃が大きかったですね」

消滅可能性都市とは「少子化や人口移動などが原因で、将来消滅する可能性がある自治体」のことだ。定義を厳密に言うと「2010年から2040年にかけて、20 ~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村」というものである。
女性の人口がある一定以下まで減ってしまうと、次世代を担う子どもが増えなくなってしまうというわけだ。

人口約29万を擁し、池袋という巨大ターミナル駅を抱える豊島区が消滅するとは、にわかには信じがたい。しかし、もともと、豊島区の人口比率には「転出入が多く、定住率が低い」「単身世帯が多く、その半数が若年世代」という特徴がある。

実際、豊島区は昔からそういった単身者向けのアパートが非常に多い区ではあった。トキワ荘もまた、若年層の単身者向けアパート、これも、象徴的な話かもしれない。

熊谷さん「街づくりの一つとして公園の整備も進めており、大きな公園ではマーケットを開催したり、小さな公園でも、トイレを清潔で使いやすいものにする……など、細かなところから少しずつ進めているんです」

ミュージアムなど大きな施設の整備だけでなく、公園のトイレの整備など、小さなことの積み重ねを行っている(写真提供/豊島区)

ミュージアムなど大きな施設の整備だけでなく、公園のトイレの整備など、小さなことの積み重ねを行っている(写真提供/豊島区)

こういった細かな努力が実ったのか、豊島区の人口は増え続け、2008年の約24万人から、2020年には約29万人と5万人も増加している。増加に伴い、女性や子どものいるファミリー層の人口も増えているという。

区内に存在した文化遺産で、観光の目玉をつくって終わり……という安直なものではなく、次世代への「文化の継承」も見据えた支援を豊島区は続けている。また、マンガ・アニメを中心とした文化施策が、意外にも女性やファミリー層を意識したものであることが分かった。

「文化の継承」を行うにも、若い世代が育たなければ、そこに施設をつくって終わりとなってしまうだろう。「カルチャーでのまちづくり」と、「女性にやさしいまちづくり」というのは、車の両輪のように一体となって進めることこそが、豊島区が“消滅”しないための戦略なのかもしれない。

●取材協力
豊島区立トキワ荘マンガミュージアム
豊島区

空室化進む“賃貸アパート”でまちづくり?「モクチン企画」の取り組み

レトロな味わいのある木造賃貸アパートをはじめとする築古の賃貸物件には、老朽化が進み、空き家化が問題になるケースも増えてきている。そんななか、それらの価値を認め、「モクチンレシピ」という名で改修・リフォーム例をウェブサイトで公開することにより、日本の不動産・建築業界における“スクラップ&ビルド”一辺倒の流れに一石を投じている人物がいる。NPO法人モクチン企画の代表を務める、建築家の連 勇太朗(むらじ ゆうたろう)さんだ。賃貸アパートは今後どうなっていくのか? また、賃貸アパートを活用したまちづくりについても話を聞いた。
空室化問題救済のキーワードは「距離感」

NPO法人モクチン企画の事業は多岐に渡る。リフォーム例「モクチンレシピ」を通じて、賃貸物件の改修案を公開・提供しつつ、改修事業を手掛けることや「モクチンスクール」と銘打った空き家対策を目的としたデザイン学校の開校、「LIXIL」のような建築資材メーカーのリサーチや商品開発を請け負うこともあるという。築古の賃貸物件を切り口に、これからの縮小化社会に必要とされるさまざまなプロジェクトを展開している。

レシピ「広がり建具」は、襖を透過性のある木製建具に交換することで、部屋を広く明るくみせるアイデア。モクチンレシピは、会員になると図面や品番が書かれた「概要書」や「仕様書」がダウンロード可能に(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa))

レシピ「広がり建具」は、襖を透過性のある木製建具に交換することで、部屋を広く明るくみせるアイデア。モクチンレシピは、会員になると図面や品番が書かれた「概要書」や「仕様書」がダウンロード可能に(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

Before(写真提供/モクチン企画)

Before(写真提供/モクチン企画)

After。レシピ「広がり建具」を使用(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

After。レシピ「広がり建具」を使用(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

「私は一概に“木造賃貸アパートなどの古い物件を保存しよう”と言っているわけではありません」と話す連さん。モクチン企画の提供する会員プログラム/コミュニティである「メンバーズ会員」や「パートナーズ会員」に入っている物件オーナーや不動産屋さんとともに、「まちにおける価値」を総体的に考えた上で、それぞれの物件に合わせた対応をしているという。そのため必要に応じてて、建て替えを勧める場合もある。「適正なタイミングで住居の更新や循環が行われ、そのことでまちの魅力が生み出されていくようなサービスを提供すること」が、モクチン企画の存在価値と言ってもいいだろう。

蒲田にある木造賃貸物件にあるモクチン企画オフィスで取材に応じていただいたNPO法人モクチン企画代表の連勇太朗さん(筆者撮影)

蒲田にある木造賃貸物件にあるモクチン企画オフィスで取材に応じていただいたNPO法人モクチン企画代表の連勇太朗さん(筆者撮影)

木造建築(木造在来工法)に代表的される“築古”と呼ばれる賃貸アパートに対し、壁が薄くて騒音が心配、古い、夏暑く・冬寒い、といったデメリットをイメージに挙げる人も多い。一方でタワーマンションなどと違い、低階層の建物が多く、密集して建っているため、まちのなかで暮らしている感覚が味わえるといったことや、「木造の建物は、柱・梁の軸組構造でできているからこそ、自分たちで手を入れたり、改修が行いやすい」というメリットを連さんは挙げる。

逆にデメリットになっている部分は、防音性能や断熱性能を上げたり、耐震補強を加えるといったリフォームにより、「チューニングが可能」だと話す。そうすることで、住居のある街とのいい距離感が保てるのだという。この「距離感」こそ、都心部でも賃貸物件の空室率が上がっているといわれている現在、魅力的な賃貸物件を運用する際のキーワードになりそうだ。

築古賃貸アパートは新しいことを始めるのにぴったり

東京都内23区には、1960年~90年代に建てられた木造の民営アパートだけでも20万戸以上あると言われる。

「人口が増えている時代は、部屋をつくれば入居者が決まるという方程式が成り立っていました。しかし今はそれが全然効かなくなっています。物件オーナーや不動産会社が、単に部屋をつくるということ以上に、『物件にどういった価値をつくっていけるか』を真剣に考えなくてはならない時代に突入しています」と連さんは言う。

「人口が減ることによる賃貸物件の供給過多において、これからはもっと『さまざまな用途に対応可能な空間や物件』を提供していく必要があると言えます。また住民は、そのアパートに住むだけでなく、その街に住むという総合的視点から住居を選択する。そう考えると、物件を管理する人は必然的に街に関する視点や、周囲にどんな人が住んでいるか、関わりを持つ不動産会社や物件オーナーがどんな人か、と言ったことが重要になってくると思います」(連さん)

築60年近い木造の戸建てを改修したモクチン企画の事務所(写真提供/モクチン企画)

築60年近い木造の戸建てを改修したモクチン企画の事務所(写真提供/モクチン企画)

木造建築は、壁や床を改造することが簡単にでき、見栄えを良くしたり補強がしやすい(写真提供/モクチン企画)

木造建築は、壁や床を改造することが簡単にでき、見栄えを良くしたり補強がしやすい(写真提供/モクチン企画)

こうした築古のアパートやマンションは、借りる側の視点で考えると、ロケーションに関係なく「家賃が低め」という大きな魅力がある。「私たちのようなNPOや、スタートアップといった何か新しいことをはじめようと考えている人たちにもってこいの物件が結構たくさんあります」と連さん。実際、福祉系のNPOや、地域の貧困家庭向けに無料あるいは安価で食事を提供する「子ども食堂」、地域密着のローカルビジネスのための場として、雑居ビルに事務所を構えるより、地域の人との関係を構築できるチャンスがある木造アパートはさまざまな可能性を持っていると言う。

空室化を食い止める総合的な手段として

「モクチンレシピ」は、当初は木造アパート向けを想定してつくられたリフォーム例だった。だが現在では、住宅メーカーが大量生産した「軽量鉄骨」でできたアパートや、ワンルーム型のマンションでも、モクチンレシピは積極的に利用されるようになった。理由は、最小限の手数で最大の魅力を引き出す「コスパ」のよいリフォーム例であること。さらに部分別に紹介されているため、導入しやすいことからだ。こうした流れから「レシピの内容も、木造に拘らずに、ある程度汎用性があるアイデアを意識的につくっています」と連さんは話す。

モクチン企画は、連さんが提唱する「物件オーナーが建物や街の価値をつくる」という考えに賛同する人たちを「メンバーズ会員」と呼びコミュニティ化し、レシピを使ったリフォームの個別のコンサルティングや、問題や解決方法を積極的に共有することで、手ごろな投資による「空室化対策」のノウハウを学びあっている。実際に、リフォームを通じてこれまでとは違う入居者を募ることに成功してきた例が、サイト内には並ぶ。

例えば、モクチンが2017年に監修した、神奈川県横浜市青葉区にある「ピン!ひらはらばし」の物件は、築47年の木造賃貸アパート。2階建4戸の賃貸アパートはリフォームを手掛けた当時は空室だった。リフォーム後、物件数は3戸に減らしたものの、現在公表されている家賃は、1DK57.55平米の1部屋で9.3万円だ。(現在全戸入居済み)

同アパートにおいて、最も斬新なリフォーム箇所は共用部に採用された「くりぬき土間」レシピだ。居室と廊下に適度な距離をつくることにより、廊下側の壁の耐震補強のために窓をつぶしても、プライバシーを確保しながら開口部をつくることも可能だ。

実際、レシピ上でも掲載されている「くりぬき土間」の実例(左がリフォーム前、右がレシピを使ったリフォーム後)(写真提供(左)/モクチン企画、撮影(右)/kentahasegawa)

実際、レシピ上でも掲載されている「くりぬき土間」の実例(左がリフォーム前、右がレシピを使ったリフォーム後)(写真提供(左)/モクチン企画、撮影(右)/kentahasegawa)

一方20数社と連携している「パートナーズ会員」と呼ばれる不動産会社とは、さらにエリア全体の街づくりに繋がるプロジェクトを通じて、木造アパートに限らず、賃貸物件全体の可能性を共に探っている状態だという。

神奈川県相模原市淵野辺にある入居者向け食堂の「トーコーキッチン」は、モクチン企画がデザインから協力したプロジェクトの一つ。不動産会社・東郊住宅社はモクチン企画のパートナーズ会員の古参だが、同社が管理する1600室の入居者が利用できる食堂をつくることで、「ここに住みたい!」、「この街に住みたい!」と思わせる物件提供を可能にした例として、広く知られている。

モクチン企画が参画したプロジェクト「トーコーキッチン」(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

モクチン企画が参画したプロジェクト「トーコーキッチン」(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

また、埼玉県戸田市で不動産会社の平和建設とともに手掛けているプロジェクト「トダピース」は、最新事例の一つだ。賃貸物件(木造に限らず)を通じて、空室対策を兼ねたまちづくりを目指すもので、モクチンレシピを取り入れて低価格でリノベをした物件に、個性を持たせた部屋を増やすことで人を集め、戸田市そのものの街の価値を高めることが目的だ。すでに戸田市内で、17戸の賃貸物件をリノベでリースしていることに加え、今年始めには、モクチン企画とともに、新築の木造アパート「はねとくも」を生み出した。「はねとくも」はアトリエ付きの賃貸アパートであり、そこで小商いや制作環境が生まれることで、住む人がまちの価値になっていくような循環を目指すと言う。

連さんとともにプロジェクトを進めるのは、トダピース/平和建設の河邉政明さん。アトリエ付き住居「はねとくも」は、まちにひらかれた賃貸物件だ(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

連さんとともにプロジェクトを進めるのは、トダピース/平和建設の河邉政明さん。アトリエ付き住居「はねとくも」は、まちにひらかれた賃貸物件だ(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)

連さんらの取り組みはトーコーキッチンに代表されるように賃貸物件そのものの価値向上だけでなく、まちの魅力や価値に影響を与えるようなアイデアにつながっている。モクチン企画への共感やプロジェクトは全国的に広がりを見せている。

“ニューノーマル”における賃貸物件の可能性

新型コロナ禍で、社会動向や情勢が刻一刻と変化しつつある今、賃貸物件全般に何か新たな変化は待ち受けているのだろうか。2020年6月5日、モクチン企画が主催した物件オーナーや不動産会社向けのオンラインイベントでは、「モクチン企画」の理事やメンバーである建築や不動産のエキスパートたちが顔をそろえ、ニューノーマルな時代の不動産賃貸について議論が交わされた。

その中では、リモートワークの推奨と増加により、共通認識としてこれまで分けて考えられてきた「働く場と寝る場」に変化が訪れ、いわゆる「ベッドタウン」と呼ばれている住宅地での生活時間が増えることによって、地域ごとの暮らしにあった「ビジネスニーズ」が出てくる兆しが見えたという。

さらに、自粛生活の影響で「孤独」を味わう人たちが増えるなか、「共同住宅を通じて得られる<ゆるいつながり(=ちょっと)>のニーズも出てくる可能性がある」と、アジアの住宅市場や暮らし方について研究しさまざまなプロジェクトを展開してきた土谷貞雄さんは話す。

一方ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保つことが社会的共通認識となった中で、これまで東日本大震災以来のキーワードとなっていた「絆」から連想される「密な」距離感から、これからは少し距離を取らざるを得ない社会環境に置かれるだろう。それにより、他者の“存在”は感じつつも、それほど密接ではない「点在」という概念が、住環境を語る上でもキーワードになると、このパネルディスカッションは締め括られた。

6月5日のオンラインセミナーのパネリストの一人で、モクチン企画のメンバーである、「しぇあハウスよこはま」のオーナー、荒井聖輝さんが提案する3つのキーワード(撮影/筆者)

6月5日のオンラインセミナーのパネリストの一人で、モクチン企画のメンバーである、「しぇあハウスよこはま」のオーナー、荒井聖輝さんが提案する3つのキーワード(撮影/筆者)

「今後は空室対策だけではなく、パートナーズ会員である不動産会社とともに、賃貸アパートの改修だけに限らず、まち自体を魅力的にするような仕掛けをつくれるような取り組みを積極的に増やしていきたい」と話す連さんたち。「ニューノーマル」の世界では、これまで空室化問題の筆頭になりそうな、駅から遠い、都会への距離が遠いといったロケーション的に不利な場所でも、リノベによるプレゼンテーション一つで価値が生まれ、入居者が絶えない物件が増えてくる可能性がある。

彼らの活動がさらに広まることで、借りる人それぞれの生き方の選択の幅がさらに広がることを楽しみにしたい。

●取材協力
モクチン企画
モクチンレシピ
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コロナ禍のドイツは園芸がブームに。農園でつながりづくり進む

コロナ禍の日本で“おうち時間”を大切にするなどの価値観やライフスタイルの変化があるなか、ベランダ菜園などがちょっとしたブームとなっている。筆者が住むドイツでも同様だが、その動きは少し異なる。コミュニケーションのきっかけづくりを目的に、農園や園芸活動を通して、時間や想いの共有を図ろうという気運が高まっているのだ。その様子をお伝えする。
1. コロナ禍でのドイツでは園芸が生活の楽しみに

“ハムスターの買い物”(Hamsterkauf)。「食べ物が品切れになるかも……」という不安から、人々が食料品/生活用品に買いだめに走る様子を、ドイツ語でそう呼ぶ。コロナ禍、ロックダウン中のドイツにて、最も売れ行きが伸びた商品は、第1位がトイレットペーパー、第2位が園芸用土という。

ベルリンのコミュニティ農園のひとつ、プリンツェシンネン庭園 (写真撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンのコミュニティ農園のひとつ、プリンツェシンネン庭園 (写真撮影/Shinji Minegishi)

ドイツの自然食品チェーンであるBIO COMPANYのイベントマネジメントリーダーのアニカ・ヴィルケ(Anika Wilke)さんは「園芸用土の売れ行きは25パーセントほどアップしました。ロックダウン中、皆さん、庭作業をする時間とゆとりがあったからでしょうね。あるいは、バルコニーで野菜を育てたり。花のタネはもちろん、果物のタネも沢山売れましたよ」と語る。

自宅待機の人にできることは日本もドイツも変わらない。ただ、クラインガルテン発祥の地・ドイツでは、園芸が人々にとって日本よりも身近な存在 だ。(クラインガルテンとは貸し農地のことで、なかには滞在可能な小屋付きのものも。日本では2019年時点で市民農園は2750、”クラインガルテン”などと呼ばれる宿泊可能な滞在型市民農園は66ある(農林水産省HPより))

それに加えてコロナ禍、ベルリンのロックダウン中の行動規制では、飲食店の営業や演劇/音楽活動の制限は厳しかったものの、園芸活動は規制対象に含まれなかった。これらが、園芸用土や果実のタネの売り上げ増の背景となったようだ。

ベルリンの人気地区ノイケルンの住宅街に位置するプリンツェシンネン庭園は、市民公園のように無料開放され、近所の人がふらりと訪れて農作業に参加することができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンの人気地区ノイケルンの住宅街に位置するプリンツェシンネン庭園は、市民公園のように無料開放され、近所の人がふらりと訪れて農作業に参加することができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

コミュニティ農園はビギナー向けの共同農作業デーや養蜂ワークショップ、収穫した野菜を用いた野外ディナーなどのさまざまなイベントも企画・運営し、多くの人が集いにぎわう。コミュニティ農園は、自宅に庭を持たない人々に、趣味としての園芸活動を提供する場所であるが、その他にも園芸を行える選択肢が、ドイツにはふんだんに用意されている。

農家が経営する畑に、一般の人々が参加費を支払いつつ、農家と消費者の垣根なくみんな一緒に土にまみれ、農園で発生するさまざまな問題もみんなで解決する、共同農園もその一つ。これは、趣味的な園芸だけでなく、より自然と触れ合え、かつ食品の自給自足ができるスタイルだ。

2. 自分で野菜をつくり、人とのつながりも広がる

突然だが筆者が所属する会社ASOBU GmbHはドイツでの建築設計に携わっているが、庭などの共用スペースを設計する場合、アスファルトでできた鑑賞用の庭よりも、野菜をつくれる「アクティブな庭」をつくることの方が好まれる。先に書いた共同農園のように、アクティブな庭において育まれる近所付き合いやコミュニティが尊重されているからだ。

誰でも立ち寄れるコミュニティ農園では、物心つかないうちから虫や草花に触れ合う貴重な経験ができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

誰でも立ち寄れるコミュニティ農園では、物心つかないうちから虫や草花に触れ合う貴重な経験ができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

さて、ドイツに住む人々は具体的に、農園とどのように親しんでいるのだろうか? その事例をいくつかご紹介したいと思う。例えば、共同農園に参加する筆者の友人は、農園でのアブラムシ対策にさんざん苦労した。そして害虫問題の解決のため、てんとう虫の幼虫を購入したという。

「薬品を使わないアブラムシ対策をいろいろ試したのですが、効果がなかったのです。そこで、生物農薬としての益虫販売サイトを探して、てんとう虫の幼虫を買いました。効果は抜群でした」

農園のてんとう虫 (写真提供:Natur Pur)

農園のてんとう虫 (写真提供:Natur Pur)

ドイツでは、てんとう虫がインターネット販売されているのだ。化学農薬の利用の拒否感から、生物農薬の購入を決めた。さらには、生態系保護のために、どのてんとう虫を購入すべきか、という点にも十分配慮し、議論したという。

「生態系の保護は、生物多様性を守ることだと思います。てんとう虫を買うといっても、てんとう虫であればなんでもいいわけではないのです。今、ドイツ国内でも、従来は日本とアジアに自生していたナミテントウが外来種として拡大しており、問題になっています。

そのため、ナナホシテントウの幼虫の購入を決めました。ナナホシテントウは、古くからヨーロッパに広く分布しているからです」

木の上にある蜜蜂の巣。近年、蜜蜂の数が少なくなっていることが世界中で問題となっており、自然な状態を維持したまま飼育する工夫が行われている (写真撮影/Shinji Minegishi)

木の上にある蜜蜂の巣。近年、蜜蜂の数が少なくなっていることが世界中で問題となっており、自然な状態を維持したまま飼育する工夫が行われている (写真撮影/Shinji Minegishi)

さらに友人は、自宅の庭でも生物多様性を守るために、さまざまな工夫を凝らしているという。

「てんとう虫をはじめとして、いろんな生物や植物が暮らしたり、冬を越したりできるようにしています。前の自宅の所有者は、庭に砂利を敷き詰めて、石庭と芝生の構成にしていました。まさに、観賞用のお庭ですね。

これを土と、地域に自生する植物に戻したことで、鳥が地面で餌を見つけやすくなりました。こうした鳥が、また一部の害虫を減らすことにもつながります。

「私の子どもが大きくなった時代にも、豊かな自然環境を残したい。多様な生き物の営みが感じられる農園を一緒につくり、楽しみ、大切にする経験から、その目的を理解できる子どもたちが増えると思うのです。この環境で育った子どもたちは、虫を怖がったり気持ち悪がったりしないでしょう」

収穫された野菜に興味津々の子どもたち (写真撮影/Shinji Minegishi)

収穫された野菜に興味津々の子どもたち (写真撮影/Shinji Minegishi)

3.”脱サラ”して農業を始めたドイツ人男性も

人の価値観も変えるアクティブな農園。こうしたドイツの農園を起点としたコミュニティーに魅せられ、他の仕事を辞めて、実際に農業を始めてしまう人もいる。

日本人観光客にとってドイツ観光の定番コースの一つ、ロマンチック街道の起点となるヴュルツブルクから西に40kmほど離れたカールバッハという街で、Natur Purという農家を営むトーマス・ガロス(Thomas Garos)さんもその一人だ。

Natur PurのFacebookページ (画像提供/Natur Pur)

Natur PurのFacebookページ (画像提供/Natur Pur)

ガロスさんは平日、土にまみれて農園で野菜を育てる。そして週末には、その野菜たちや自然食品を屋台(Hofladen)に積み込んで車で近郊の街に出向き、販売して生計を立てている。
そんなガロスさんは、農業を始めたきっかけや、その魅力をこう語る。

ガロスさんの屋台に積み込まれた野菜たち (写真提供/Natur Pur)

ガロスさんの屋台に積み込まれた野菜たち (写真提供/Natur Pur)

「私が住んでいる地域では、野菜を有機栽培する農家が少なかったのです。ですので、自分自身で栽培することに決めました。インターネットやフォーラムで勉強してから、とにかく、始めてしまったのです」とガロスさん。

「農業を営むことの一番の喜びは、自然との一体感ですね。それと、有機野菜を育て、販売する過程で、同じ価値観を持つ人々とのネットワークができたこと。この地球と自然を愛している人たちとのつながりです」

ガロスさんの農園で、野菜づくりに参加する子どもたち (写真提供/Natur Pur)

ガロスさんの農園で、野菜づくりに参加する子どもたち (写真提供/Natur Pur)

しかし、実際に農業を本業とするのは、そんなに簡単ではないだろう。例えば、野菜を海外から輸入し、どんな季節でも豊富な品ぞろえを誇るスーパーマーケットの野菜売り場などは、ガロスさんの商売の競合のはず。だが、この点については、うまく棲み分けができているようだ。

「曲がった野菜、完璧には見えない野菜をお客さんに買っていただいた経験が、私にはあります。私の農園とお店に来る人々は、食べ物を台無しにしたくない人たちですから」

野菜をつくるプロセスや、野菜を販売するマーケットで人々が交わり、有機野菜や環境に関する考え方、価値観を共有できる場所がつくられていることが分かる。

プリンツェシンネン庭園にはカフェが併設され、散歩で訪れた人もおしゃべりを楽しみながら、時間を過ごすことができる(写真撮影/Shinji Minegishi)

プリンツェシンネン庭園にはカフェが併設され、散歩で訪れた人もおしゃべりを楽しみながら、時間を過ごすことができる(写真撮影/Shinji Minegishi)

4. コロナ禍だからこそ農業が人と人をつなぐ

ドイツの農園は人と人をつなぐ。このことは、コロナ禍にも顕著に示された。

ロックダウン状況下、ドイツでも多くのコンサート会場は閉鎖されていたが、記事冒頭で登場したBIO COMPANYのヴィルケさんは、チェーン店各店のビストロ・エリアにて、5月初旬から店内コンサートを実施した。「厳しいロックダウン状況だからこそ、お客様に幸せな気持ちと、コミュニティー感覚を体験できる機会を、少しでも提供したかったのです」と、ヴィルケさんは語る。

Natur Purのガロスさんも同様に、屋台販売するマーケットおよび農園で、6月ベルリンからミュージシャンを招いてコンサートを開催した。自分の野菜を楽しみにしてくれる人たちのために、ロックダウン状況におけるコミュニケーション閉塞感を、いち早く打ち破ろうとした。

ガロスさんが参加するマーケットでのコンサートの様子_(写真提供/Natur Pur)

ガロスさんが参加するマーケットでのコンサートの様子_(写真提供/Natur Pur)

ドイツでもコロナ禍をきっかけに変化したライフスタイルにおいて、住居を中心としたコンパクトな生活圏、「働く・暮らす・半自給型の生活」へのリビングシフトが加速していくのではないかと考えている。アクティブな庭は、“箱庭”としての農園を用意すれば事足りるものではない。アクティブな人と人とのつながり、小さなコミュニケーションの積み重ね、そして価値観を共有できるコミュニティーがアクティブな庭をつくる。

今回紹介したガロスさんは、有機栽培の野菜がないから自分でつくろう、というシンプルな動機から出発し、同じ想いを持つ人々とつながることで農業を自分の仕事にした。このように、個人で農園をコミュニティの場所にしてしまう人も、ドイツでは少なくない。

●取材協力
・Prinzessinnengarten Kollektiv Berlin
・BIO COMPANY
・Natur Pur ‐ Hofladen

パリの暮らしとインテリア[6] 田舎の週末の家でガーデンランチや陶芸を楽しむ

前回に続き今回もヘアアーティストのマサトさん(夫)とアクセサリーデザイナーのユキコさん(妻)の住むセカンドハウス<ウィークエンド・ハウス>のアトリエやお庭での生活などをご紹介します。連載名:パリの暮らしとインテリア
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。母屋の裏庭もコーナーごとにくつろげる工夫が

母屋の裏には、購入の決め手となった”自分で芝刈りができるぐらいの手ごろな広さの庭”があります。撮影しに伺った時もお友達ご夫妻が泊まりがけでパリからいらしていて、お友達がランチをつくって庭のテーブルで食事をいただきました。都会で暮らしている者にとって、なんとも贅沢なガーデン・ライフです。

外で食べるランチは最高! 5月から9月のお天気の良い日はほとんど外で食べるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

外で食べるランチは最高! 5月から9月のお天気の良い日はほとんど外で食べるそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「田舎暮らしの魅力は、家の敷地内ですべてが満たされるということ」とユキコさん。庭の芝生の上にテーブルとパラソルを立て、友達とのランチは開放感と共にゆったりとした時間が流れます。食後は各自庭の好きな場所で、例えば木陰の長椅子で静かに読書したりお昼寝をしたりします。夕方になれば、母屋のテラスでこの季節ならよく冷えたシャンパンでアペリティフ。大勢人が集まるときは庭の一番奥にあるテラスでバーベキュー。<ウィークエンドハウス>の裏庭でいろいろな過ごし方ができるのは、マサトさんとユキコさんお得意のコーナーづくりによるものです。
そして、すべてが芝生ではなく母屋から出てすぐの地面はコンクリートでそこがテラスになっていたり、バーべキューコーナーは煉瓦と石のブロックで囲まれた石の平らな地面になっていたりとさまざまで、これによってコーナーごとのメリハリがついています。

庭を見ながら過ごせる母屋のテラス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭を見ながら過ごせる母屋のテラス(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭に長椅子は必須アイテムと考えている太陽が大好きなフランス人は多いそう。長椅子の奥の木陰にバーベキューコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭に長椅子は必須アイテムと考えている太陽が大好きなフランス人は多いそう。長椅子の奥の木陰にバーベキューコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「もともとあった桃の木からは食べられないほど桃を収穫できました」とユキコさん。野菜づくりは不在時に枯れてしまうことも多いですが、今年はここで生活する時間が多かったのでトマト、ナス、きゅうりも収穫できたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「もともとあった桃の木からは食べられないほど桃を収穫できました」とユキコさん。野菜づくりは不在時に枯れてしまうことも多いですが、今年はここで生活する時間が多かったのでトマト、ナス、きゅうりも収穫できたそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭の一角には道具をしまう小屋があって、愛犬のルーはこの一角の木陰が好き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭の一角には道具をしまう小屋があって、愛犬のルーはこの一角の木陰が好き(写真撮影/Manabu Matsunaga)

陶芸に没頭するあまりに元ガレージをアトリエに

陶芸はマサトさんが今一番情熱をかけていること。パリで学生時代に出会った勝俣千恵子さんから陶芸の魅力を教わったそう。彼女は今では陶芸家として京都で暮らし、作品はパリのギメ東洋美術館にも収納されているなど、活躍している作家です。
母屋の離れにはトラクターなどを入れていたガレージがあり、そこの1部屋をアトリエとして使っています。「陶芸をやっている者にとって、アトリエは欲しくてしょうがないもの。もちろんかつて持っていた1軒目の田舎の家にもありました」とマサトさん。完全な趣味ではあるけれど、ウィークエンド・ハウスにはなくてはならない場所だという。
一人娘のアリスさんも同じ趣味を持っているので、親子の時間をここで過ごすことも多いそう。
そして、陶芸は土をこね、形をつくり、乾かし、焼き、色をつけ、また焼き……という工程を経るので、このように専用のスペースがあるのが理想的なのだとか。
皿や椀などの食器が陶器の作品としては一般的ですが、マサトさんの作品は<飾る>がテーマ。例えば、日本では日常的ではない<蝋燭台>もマサトさんの進行中の作品に何台もあり、実際蝋燭を灯すことも多いそう。そして、庭の花を飾るための<一輪挿し>もたくさん制作中。

母屋の横にある離れのガレージを陶芸アトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

母屋の横にある離れのガレージを陶芸アトリエに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾き具合をチェック(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾き具合をチェック(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾燥を待つ陶器たち(写真撮影/Manabu Matsunaga)

乾燥を待つ陶器たち(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんは作品を古い鏡と一緒に母屋の浴室のコーナーに飾りました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんは作品を古い鏡と一緒に母屋の浴室のコーナーに飾りました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ガレージを部屋のように使うアイデア「夏の家」

離れの陶芸アトリエの横にもう一部屋あり、そこに夏の日に過ごす部屋をつくりました。「冬は寒くてここは無理だけれど、夏だったら気持ちよく過ごせるかも?」と家具を運び込んだそう。見ての通りドアがないのでそこは今後の課題だそう。
ここに置かれている家具や小物は、蚤の市や古道具屋で見つけてきたものや、母屋で使わなくなった家具とのこと。「扉がない吹きっさらしの部屋なので、惜しげも無く使えるものでないと」とユキコさん。隔てる壁や扉がないので、風が吹き当たるし嵐のときや横殴りの雨のときは室内に入ってきてしまう。使い込まれたものばかりで、ナチュラルな雰囲気は母屋とはまた別。
ただのガレージを機能的なアトリエにし、その横に土足のままでくつろげる「夏の家」をつくった。このふた部屋は、またとない個性的で魅力的な過ごしやすい場所となった。
陶芸アトリエと「夏の家」の上には、まだ手つかずの小部屋があり、そのうちアリスさんの部屋をつくろうかと計画中だとか。まだまだやることがたくさんある<ウィークエンド・ハウス>の進化が楽しみです。

母屋の隣にある元ガレージ小屋。左がマサトさんの陶芸アトリエ、右が壁も扉もまだない「夏の家」、そして二階が今後アリスさんの部屋にしようと計画中の物置部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

母屋の隣にある元ガレージ小屋。左がマサトさんの陶芸アトリエ、右が壁も扉もまだない「夏の家」、そして二階が今後アリスさんの部屋にしようと計画中の物置部屋(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ゆかも壁もガレージの時のまま。この土壁と使い込まれたインテリアがとても合っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ゆかも壁もガレージの時のまま。この土壁と使い込まれたインテリアがとても合っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

近所のゴルフ場や川や森は近くの人々の憩いの場

<ウィークエンド・ハウス>から車で5分、マサトさんが毎週のように通うのが近所のゴルフ場。「このあたりにはゴルフ場と乗馬クラブが多いので、子どもに乗馬をさせたい家族や、ゴルフ好きの夫婦が引退後に移り住んできたりしています」とマサトさん。

シャトーの門のようなゴルフ場の入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シャトーの門のようなゴルフ場の入り口(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コースを囲む建物もシャトーホテルなのでとても素敵(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コースを囲む建物もシャトーホテルなのでとても素敵(写真撮影/Manabu Matsunaga)

このゴルフ場には、シャトーホテルがついているので、レストラン、スパ、ショコラトリーなどもあってとても気に入っているそう。ゴルフの後にレストランで食事を楽しむこともあるのだとか。
ゴルフ場の周りは、散歩もできるようになっているので家族連れや犬の散歩、ジョギングをする人を多く見かけました。特に週末や2カ月に一度ある2週間の子どもたちの休みの時は、たくさんの人が集まります。

森と川のあるこの辺りは、週末はいろいろなところから人が集まります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

森と川のあるこの辺りは、週末はいろいろなところから人が集まります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マサトさんとユキコさんが描く今後

マサトさんは裏庭のさらに奥に手付かずの鶏小屋があるので、そこを整備して鶏を飼うのが近い将来の夢。そして、「夏の家」の扉をつけること。「パリとこちらと二カ所で生活していますが、都会との違いを体験して、ここはなくてはならない場所だと感じます」と力説します。
ユキコさんは常に引越しを気にかけて物件を探しているそう。「私の夢は夕日の見える高台に住むことなんです。でもなかなか良い物件に出会いませんね」と話しますが、今の生活が不満なわけではないそう。
そして「パリとの二拠点生活は今だからできると考えているんです。田舎暮らしは足腰が勝負。年を取り、一人暮らしになったとしたら、生活を楽しめるのはパリだと思うから」とユキコさん。パリを捨てることはないと断言していました。

コロナ以降、フランスでも家を選ぶときの基準が大きく変わり、選択肢が増えました。特に若い人、パリから離れて生きていこうとする人が多いと聞きます。田舎の不動産も高騰しているようです。今後もテレワークで仕事をする人が増えていくと想像すると、都会にいてストレスのある生活よりも、良い空気を吸って広い家に住むことができる田舎暮らしにも魅力を感じます。
お二人のようにパリと<ウィークエンド・ハウス>の二つの生活は、理想的です。しかし両方を持つことはとても難しい。どちらか一つを選ぶなら、<ウィークエンド・ハウス>のように田舎暮らしを選ぶのが時代の流れなのかもしれません。

●取材協力
シャトー ドジェルヴィル

〈文/松永麻衣子〉

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅

台湾の家と暮らし[7]台北郊外の一軒家へ移住! 自転車クリエイターの自宅兼アトリエ

暮らしや旅のエッセイスト・柳沢小実が台湾の家を訪れる本連載。2020年、4軒目におじゃましたのは、カスタム自転車のショップを営む葉士豪さんが住む、台北郊外の古くて大きい一軒家です。
便利でにぎやかな台北市内を離れて、自然に満ちた山の上に構えた自分たちらしい住まい。新型コロナウイルスによる家ごもり期間を経て、これからの暮らし方についてもオンラインでお話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き柳沢さんが、自分らしく暮らす方々の住まいへお邪魔しました。台北市の北にある、北投へ

台北駅からMRT(地下鉄)の信義淡水線で北へ22分、車では市内から約30分。台北市北投区は、1894年にドイツ人によって温泉が発見されて以来、台湾有数の湯治場として親しまれています。温泉宿には国内外から観光客が集まり、地元の人たちは公衆足湯で何時間もおしゃべり。泉質は天然ラジウム泉で、街のそこかしこにうっすら硫黄のにおいが漂います。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

台北市内と北投は、東京と箱根のような位置関係。台北っ子がハイキングにいそしむ陽明山のふもとで自然が多いため、ゆったりとした空気が流れています。

カスタムバイククリエイターの葉士豪さん(写真撮影/KRIS KANG)

カスタムバイククリエイターの葉士豪さん(写真撮影/KRIS KANG)

この北投の山の上に住むのは、カスタム自転車をつくっている葉士豪さん。葉さんは、12年前からオーダーを受けて自身でカスタムした自転車を販売しており、ワークショップも開催しています。

昨年まで台湾のランドマークである超高層ビル、台北101の近くでショップ「SENSE30」を開いていたため、これまで台北市内の中心部の賃貸住宅に何軒も住んできました。でも、にぎやかな繁華街にあるショップ兼アトリエは、自転車好きならば必ず知っている人気店だったこともあって、お客さんが来るたびに作業の手を止めざるを得ませんでした。自転車づくりは集中力が必要なため、果たしてショップが必要なのだろうか……といつしか疑問を抱くように。そして、昨年の3月にお店を閉めて、北投の住居兼アトリエ「Light-House」に移り住みました。

道は細く、低層の家が連なっています(写真撮影/KRIS KANG)

道は細く、低層の家が連なっています(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

約200坪もある広大な敷地に建つ、平屋の一軒家。どことなく洋風なたたずまい(写真撮影/KRIS KANG)

約200坪もある広大な敷地に建つ、平屋の一軒家。どことなく洋風なたたずまい(写真撮影/KRIS KANG)

一年前に出合った北投の家は、人が住めないほどボロボロで、廃墟さながらでした。外壁や窓はそのままですが、建物の基本構造や屋根の防水処理、水まわりの配管など家の8割は葉さん夫妻が自身で修繕。この建物、築年数約50年の大きな平屋の一戸建てで、かつては台湾の政治家やアメリカの軍人が住んでいたのだとか。庭にはアトリエとして使っている小屋もあり、母屋の建坪は50坪、敷地面積は200坪にも及びます。

リノベーションで生まれ変わった家

山の上にあるこの家を借りたことで、自宅とアトリエを兼ねるようになり、通勤がなくなったのが良いところだそう。家族ともずっと一緒にいられて、悪いところはありません。ちなみに、葉さん夫妻は新北市林口区(桃園空港と台北市の間のエリア)にも家があって、この北投の家とそちらを行き来しています。

間取り(イラスト/Rosy Chang)

間取り(イラスト/Rosy Chang)

母屋の建物は、かつては部屋数が多く、壁で細かく仕切られていましたが、空間をたっぷり取れるようにリノベーションしてひとつの部屋にしました。それを、料理をする場所、食事をする場所というように、ひとつの空間を「ゾーン」でゆるやかに分けています。ちなみに、壁は可動式のガラス扉のため開放感があり、移動することで区切り方を変えることができます。そして、庭にある小屋を自転車づくりの作業場(アトリエ)として使っているため、住まいのスペースと仕事のスペースはきちんと区切りをつけられています。

間仕切りのない開放感ある空間、キッチンもオープンに(写真撮影/KRIS KANG)

間仕切りのない開放感ある空間、キッチンもオープンに(写真撮影/KRIS KANG)

壁はないものの、ゆるやかにエリア分けされています(写真撮影/KRIS KANG)

壁はないものの、ゆるやかにエリア分けされています(写真撮影/KRIS KANG)

壁の代わりにガラス扉で空間を区切って(写真撮影/KRIS KANG)

壁の代わりにガラス扉で空間を区切って(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

味のある木製の家具がしっくり馴染んでいます(写真撮影/KRIS KANG)

味のある木製の家具がしっくり馴染んでいます(写真撮影/KRIS KANG)

リスクに強い働き方と暮らし方

取材は2020年春の自粛期間中に、オンラインで行いました。葉さんによると、北投の家での生活はコロナウイルスの影響はほとんどなかったそうです。その理由は、家が台北市内から離れていて人が少ない安全なエリアだったのと、仕事面では自転車をオンラインショップがあるため販売経路を確保できており、店舗の家賃を払う必要もなかったから。また、自宅アトリエでのワークショップに来るのは知り合いだけで、不特定多数と接することもなく、安心して過ごせました。つまり、自粛期間中も収入は変わらずありながら支出は少なく、安全も確保されているという、理想的な状況だったようです。
結果的にリスクに強い働き方と暮らし方となりました。

庭にある葉さんのアトリエでは、お客様の要望に合わせてパーツをつくることも。ワークショップもここで行われます(写真撮影/KRIS KANG)

庭にある葉さんのアトリエでは、お客様の要望に合わせてパーツをつくることも。ワークショップもここで行われます(写真撮影/KRIS KANG)

とはいえ、将来は台湾・台東に移住したいと考えていて、今はその準備期間なのだそうです。花蓮出身の葉さん、ゆくゆくは「台東と花蓮の間にあるものすごい田舎の長浜という土地」に住みたいのだとか。台湾の東側には新幹線が通っておらず、交通手段は電車や車、バスくらい。ビジネスをするには不利と思われる辺鄙な場所に、ワークショップやオーダーのためにわざわざお客さんが来てくれるだろうかという不安はありますが、自然が好きで、長浜には友達がたくさんいます。台北から北投に移住したのは、台東よりは栄えている北投にまず移って、どうしたらビジネスとして成り立つかを調査するためでもあるそうです。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

室内に、光がさんさんと降り注ぐ(写真撮影/KRIS KANG)

室内に、光がさんさんと降り注ぐ(写真撮影/KRIS KANG)

コロナウイルスの流行により、これまでの価値観や、暮らし方と働き方についての考えが大きく変わった人は少なくないはずです。日本でも、郊外や地方に移住したい、複数の拠点を持ちたいといった需要が増えているようです。これからますます暮らしや仕事が多様化していくなかで、葉さんの暮らし方と働き方は、一つのモデルケースになるように思えました。

そして、昨年と今年で計7軒の台湾の家と暮らしを取材させていただきましたが、誰もが自分らしいオリジナルな生き方を力強く模索していました。みなさんの「新しい暮らし」のヒントになれば幸いです。

葉さん作のオーダーメイド自転車(写真撮影/KRIS KANG)

葉さん作のオーダーメイド自転車(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

テレワーク、自宅で集中できない! ホテル活用などで“プレ移住”する人も

新型コロナウイルスの影響で突如テレワークがはじまったりと、働き方・暮らし方が大きく変化する昨今。オフィス勤務が再開したところもありますが、テレワークが継続されていたり、週に数回のテレワークが導入されたというケースも多いようです。一方で、自宅での仕事でストレスがたまる人もいることでしょう。では、自宅以外で「働く場所」にはどのような選択肢が出てきているのでしょうか。身近な場所と最近のトレンドを取材してみました。
テレワークの不満は「スペースに関すること」が上位に

家などで仕事をする「テレワーク」。日本でも「100%リモートにする」「出社を週1回のみとする」企業が出るなど、新しい生活様式として広まりつつあります。ただ、日本の住まいは広さにゆとりが少ないものも多く、家族がくつろぐことを念頭に置いて設計されているため、「自宅で仕事できない」「仕事しにくい」という人は少なくありません。

先日、発表されたリクルート住まいカンパニーの調査でも、「オンオフの切り替えがしづらい」「仕事専用スペースがない」「仕事用のデスク/椅子がない」「1人で集中するスペースがない」といった「場所」に関するものが上位に来ていました。

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

では、オフィスに出社できない、自宅では仕事がしにくいという人はどこで仕事をすればよいのでしょうか。最近では、まちなかに場所を求める人も出てきているようです。そんな身近な場所から紹介していきましょう。

ネット環境も完備されたカラオケの個室は、働く場所としても最適

オフィス候補になりそうな場所、その一つは「カラオケ」の一室です。全国に約500店舗あるカラオケルーム「ビッグエコー」では、テレワークの場所として、カラオケの一室を使うことを提案するビジネスプランを2017年からはじめています。確かにカラオケ店であれば、便利な場所にあることも多く、インターネット環境が整っていれば、働く場所としてはぴったりといえます。気になる音ですが、ルーム内での話声などは通路や他ルームには聞こえませんが、近くの部屋でカラオケ利用があると、歌声や音がわずかに響くことがあるといいます。

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

ビッグエコーを運営する第一興商のコミュニケーションデザイン部PR・SP課 吉野明美さんによると、このオフィスボックスの利用者は伸び続けていて、最近では企業からの問い合わせも増えているとのこと。

「もともと、働き方改革のなかでカラオケの一室を『はたらく場所として提供できないか』とはじめた取り組みです。基本的にはお一人で利用されることを想定していましたが、最近では、『会議室プラン』を設けて、ソーシャルディスタンスを保ちながら複数人で利用できるプランもはじめました」と話します。

毎日、利用しなくとも、集中して仕事をしたいとき、オンライン会議のときだけでも、店舗を利用するのもいいかもしれません。

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

一方、課題となるのは、やはり「密」にならないこと。複数人数利用の場合は、距離をとれるよう広めの部屋を案内してくれるとのこと。これから、働く場所のひとつとして、「カラオケ店」、案外、普及していくかもしれません。

住まいのサブスクに申し込み急増。「お試し移住」も可能に

ただ、テレワークであれば、今住んでいる場所にとらわれる必要はなく、郊外、地方で「働く」ことも視野に入ってくることでしょう。実際、冒頭にも紹介したリクルート住まいカンパニーの調査の住み替え希望ではそもそもの「住む場所」を見直す傾向にあるようです。

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

全国60カ所以上の拠点に定額住み放題をうたっている「ADDress」でも、この影響は大きくでていて、問い合わせや加入が急増しているとか。
「テレワークが多くの企業で推進されたことにより、お問い合わせや入会者が増えています。必ずしも、高い家賃を払い続けて都心のオフィス近郊に住む必要がなくなり、通勤ラッシュの電車に乗る日々の都会生活が見直されています」と話すのは同社取締役の桜井里子さん。もともと多かったフリーランスや個人事業主の会員に加えて、会社員が加入したいと希望しているのが特色だそう。

「弊社の物件のほとんどは一戸建てで、コリビングスペースと個室があり、仕事ができるようになっているのが特色です。仕事する場所としてネット環境は整っていますから、テレワークとはとても相性がよいです。また、住み替え希望者や移住の前の「プレ生活」というご利用も増えています」(桜井さん)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

全国のホテルやシェアハウスで滞在しつつ、仕事する日々もアリ

一方、桜井さんによると、地方のホテルの活用という選択肢も加わっているそう。

「個室とコリビングスペースが利用できるADDressであれば、コリビングスペースで食事をしたり仕事をしたりする際に、他の会員とコミュニケーションできる楽しみもあります。一人住まいのアパート暮らしでテレワーク生活では、人との交流機会を得るのは難しいです。そんな現状のシェアハウス型もいいけれど、たまには一人で集中したいときもあるよね、というニーズもありました。そこにぴったりとマッチするのがホテルの個室です。そこで、5月には東京都内をはじめ、北海道小樽など日本各地の宿泊施設と連携することとなりました」と新しい計画がスタートしています。提携ホテルは7月時点で約20施設増えているそうです。

ホテルの個室をセカンド的な職場として利用できるのは、選択しやすいはず。

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

「今回の新型コロナウイルスの状況は、完全に元の生活に戻ることは当面考えにくいのではないでしょうか。また、東京やオフィスの周辺に暮らさなくても仕事ができると気がついた人も多いはず。多拠点生活とまではいかなくとも、プレ移住やワーケーションにチャレンジしようという人が増えていくのではないでかと考えています」(桜井さん)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

感染症をきっかけに、時代が大きく変わるなか、住む場所も働く場所も、多様な選択肢が登場しています。「家と職場を往復する」のを前提にするのではなく、住まいにも「多様性」の時代がきているのかもしれません。

●取材協力
第一興商
ADDress

”空き”公共施設をホテルやシェアオフィスにマッチング?「公共空間逆プロポーザル」がおもしろい

空き家が社会問題として取り上げられるようになって随分経ちますが、実は、空き家だけではなく、全国の地方自治体が持っている「公共施設」についても老朽化や財政圧迫などが大きな問題になっています。

そんな公共施設の活用方法について、民間事業者がプレゼン形式で提案し、そのアイデアに賛同する自治体とマッチングするのが「公共空間逆プロポーザル」です。このイベントを運営する公共R不動産の飯石藍(いいし・あい)さんと菊地マリエさんに公共施設の「これまで」と「これから」についてお話を聞きました!

空き家同様、公共施設も“モノ余り”の局面を迎えている!

「公共施設」と言えば、最近全国で新しく建てられ、話題になっている子育て施設や健康センター、観光・交流施設みたいなものをイメージする人も多いのではないでしょうか。

実は公共施設にはさまざまな施設や設備が含まれています。身近なもので言えば、小・中学校や図書館、公園や公民館、都道府県庁や市町村の庁舎、住居に関わるところでは公営住宅などもあります。そのほか、見えにくいものとして上下水道などの配管や電柱、道路、ごみ処理施設や給食センターなども公共施設に含まれます。

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

そんな私たちの生活に欠かせない施設がいま、「モノ余り」の状況だと言います。一体どういうことなんでしょうか?

「モノ余りという意味で、一番分かりやすいのは、廃校かもしれません。平成14年(2002年)から平成29年(2017年)の15年の間に全国で7500以上(発生数)の学校が廃校になっていますが、これは毎年約300~600校程度が廃校になっているということです。すべての廃校を建て替えたり再整備をしたりするだけの経済的な余力があればいいのですが、ご存じの通り、国も全国の地方自治体も財政難という問題を抱えています。加えてこれから人口は減っていく一方。もはや自治体が公共施設を自分たちだけで管理・運営できなくなっているのです」(菊地さん)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

確かに、市庁舎や公営住宅が老朽化して建て替えなければならない、でも予算がどうこう……といった話をよく耳にします。

「公共施設は戦後から高度成長期にかけて大量に建設・整備をされました。その多くがコンクリート造であるため、耐用年数(=法定耐用年数、減価償却する資産が利用に耐える年数。鉄筋コンクリート造の建物の場合は47年)はほとんど一緒です。一気に整備をしたので、2010年くらいから一気に老朽化して、いま一気に再整備が必要になっている、という状況なんです」(菊地さん)

こんな活用ができたら、みんながもっと楽しい!

とはいえ、廃校が道の駅や宿泊施設になったり、クリエイターの集まるシェアオフィス的な施設になったりと、面白い事例も少しずつ出てきているように感じます。公共R不動産では、基本的にメディアやコンサルティングなど官民のマッチングを促すサービスを提供していますが、1つだけ施設の運営にも関わっているとのこと。

「公共R不動産メンバーが関わった公共施設活用の事例の一つに、静岡県沼津市の『泊まれる公園 INN THE PARK(インザパーク)』があります。もともと少年自然の家として長年親しまれてきた施設が使われなくなってしまい、沼津市がうまく活用してくれる民間のパートナーを探していました。市はその建物自体の活用事業を想定していましたが、現地に赴いたメンバーが一番魅力に感じたのは併設する広い公園です。この『公園にも泊まれる』、というアイデアをベースに、施設のリノベーションだけでなく、公園内に宿泊可能な球体のテントを設置することも提案しました。現在は別会社をつくって運営しています」(菊地さん)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

木々の間に浮かぶ丸いテントに泊まれるなんて、子どもはもちろん、大人もワクワクしちゃいますね。

手続きの煩雑さを解消し、公共空間活用の間口を広げたい!

「公共R不動産」のサイトでは、このような全国の公共施設が活用募集中の物件として掲載されています。こちらに加え、公共R不動産が2年前から始め、話題になっているのが「公共空間逆プロポーザル(以下「逆プロポ」)」というイベントです。こちらは従来の公共施設の活用と、どのような違いがあるのでしょうか。自治体がもっている遊休化した公共施設の活用者を募集するにも、以前は各自治体のホームページ等でひっそりと掲載されるくらいで、なかなか民間事業者の目に留まりませんでした。それを公共R不動産で情報を編集し、まとめて紹介することで多くの人の目に触れるようにしたいと思い、公共R不動産を立ち上げたのですが、サイトを見た民間の方に活用に興味をもってもらっても、実はその後が大変なんです」(菊地さん)

「通常、自治体が公共施設の建て替えなどで、民間企業と一緒に何かの事業を行うときには公募(プロポーザル)という形を採る必要があります。これは手続きがとても煩雑で時間がかかる。さらに、公平な手続きが行われているかどうか、住民の目が光りますし、地域住民の合意や議会の承認手続きなどの障壁もあります。私たちの周りには柔軟なアイデアをもつ民間企業さんが多くいるので、そのような面白い事業を、公共施設の活用にもっと活かせないだろうか、また、民間の事業のようにもっとスピーディーに進められないだろうか、という気持ちで試しにやってみたのがこのイベントです」(菊地さん)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国の自治体がもつ公共施設の情報を収集している公共R不動産だからこそ、見えてきた課題、そして実現できたイベントだと言えるでしょう。具体的には、どんなイベントなのかについても聞きました。

「もともとは、2018年に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』という本を制作した際、『妄想企画』というコラムの中で行政のサービスを面白く変えられないかと出してみたアイデアが発端なんです。昔テレビで放映されていた『スター誕生』という番組をご存じでしょうか? スターになりたい人たちが芸能事務所の人たちの前でアピールをして、うちの事務所で一緒にやろう! という担当者がプラカードを上げてマッチングをする、という番組です。あの番組からインスピレーションを受け、まず、民間事業者が公共施設をこんなふうに使いたい! とプレゼンテーションを行います。ぜひうちの自治体でそれをやりたい!という担当者がプラカードを上げることでマッチングのきっかけづくりをしています」(飯石さん)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

「面白い公共施設」を可能にするのは、民間事業者のプレゼンテーション

筆者も第1回、第2回と参加しましたが、イベントはかなりの盛り上がり! アイデアに賛同するプレゼンには、参加者がオレンジ色の「いいね」うちわを上げてリアクションしますが、会場全体がオレンジ色に染まる場面も多々ありました。

「最初は、自治体の人たちが本当にプラカードを上げてくれるんだろうか、民間企業の先進的なアイデアについていけるんだろうか、と不安でした。ところが、2018年に開催した第1回のイベントが予想以上に盛り上がり、昨年に行った第2回のイベントは第1回を超える規模で開催しました。全国定額住み放題サービス『ADDress』(2019年4月スタート)は、第1回のイベントのときにプレゼンター・佐別当隆志さんのアイデアを自治体に投げかけたところ、とても手応えを感じたので半年後に会社をつくって事業化されたと聞いています。直接自治体のもつ公共施設ではないのですが、社会問題として挙がっている空き家を活用し、自治体とも連携して一緒に進めているものです。全国にある空き家をきれいにリノベーションして運営していて、会費を払った会員が、どこでも好きな空き家を選んで住むことができます」(飯石さん)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

SUUMOでも2019年の住まいのトレンド予測として「デュアラー=デュアルライフ(二拠点生活)を楽しむ人」を挙げ、その動向を追ってきましたが、まさに今の新しい住まい方に沿うアイデアですね!

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

他にも世界中で「無印良品」ブランドを展開する良品計画と茨城県常総市とのマッチングが成立して、市営住宅の活用に関するプロジェクトが始動するところだそう! 常総市は第2回のイベントに市長自ら参加したことからも、自治体として「何が何でもアイデアをもって帰って形にするぞ」という気合いがうかがえます。これからもイベントがどう発展していくか、またプレゼンされたアイデアがどう実現されていくのかがとても楽しみですね!

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

これから公共施設はどうなっていく!? 公共R不動産のチャレンジ

これまでの取り組みをふまえて、今後、公共R不動産で予定していることについてもお二人に聞いてみました。

「逆プロポに関しては、コロナの影響もあり、しばらくイベントの開催が難しい状況もあるので、オンラインでのイベント開催を考えています。実は2月に予定していた福岡でのイベントは、急きょ動画で提供する形に変更となりました。実際にやってみて、オンラインでの実施でもマッチングにつながる可能性を感じました。当然、オンラインであれば、これまで遠方でなかなか足を運びづらかった自治体の担当者の方なども参加しやすくなりますしね」(菊地さん)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

「ほかにもイベント後に、プレゼンターとして登壇いただいた民間事業者の方々を連れて、アピールしてくださった自治体の公共施設を一緒に視察する機会もつくったりしています。施設の価値はそれ単体ではなく、周辺施設も含む立地であったり、その街を形成するコミュニティであったり、とさまざまな要素が絡み合って形づくられるものです、だからこそ、現地に行って肌で感じることも重要だと思います。実際に逆プロポでも、第1回では物件とのマッチングという側面が強かったのですが、第2回では物件単体というよりも、その街にどんな人がいて、何をやっているのか、という『コミュニティ』や、一緒に事業を仕掛けていける現地の『パートナー』に焦点が当たりました。それで然るべきと思いますし、その街ならではの資源が活かされるプロジェクトになるといいなと思います」(飯石さん)

お二人の話を聞いて、公共施設の現状や問題について、今まで知ることができなかった裏側の事情も少し垣間見えた気がしました。自分の住む街がもっといい街に、もっと面白い街になってほしい! という気持ちは多くの人にとって共通の想いなのではないでしょうか。
自分の住む街が魅力的な街になるように、また魅力的な街を選べるように、住まいとともに公共施設の現状や使い方にも興味をもって、地域のコミュニティに主体的・積極的に関わっていきたいものですね。

●取材協力
・公共R不動産
・株式会社アドレス
・株式会社良品計画
・常総市

“奇跡の舞台”「現代版組踊」って? 大人と子どもがタッグを組み、地域に誇りを【全国に広がるサードコミュニティ5】

沖縄の伝統芸能「組踊(くみおどり)」を現代的にアレンジした「現代版組踊」は、地域の中高生が主役になれる舞台。演者も観客も地元に誇りを持てるようになる「現代版組踊」は、まちづくりの方法としても注目を集めており、沖縄から全国へと広がっています。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。現代版組踊とは?

沖縄の伝統芸能「組踊」の様式をベースに、現代的な音楽や振付、セリフでアレンジした、まったく新しい演劇形式「現代版組踊」。エイサーやヒップホップのテイストも入る、まるでミュージカルのようなエンターテインメント作品なのですが、特徴はなんといっても中高生が演じているということです。若いエネルギーに満ちた現代版組踊を演じる中高生を親御さんやOB・OGといった大人世代が支えています。

代表的な作品「肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)」はこれまで、のべ20万人の観客を動員。沖縄県内のみならず、東京国立劇場やハワイでの公演も成功させており、「子どもを主役にする舞台」の手法に、県外からも大きな注目が集まっています。

「現代版組踊」が誕生したのは比較的最近のことで、2000年に、現在の沖縄県うるま市(旧勝連町)で、当時の勝連町の教育長・上江洲(うえず)安吉さんの依頼を受けた演出家の平田大一さんが、「肝高の阿麻和利」を上演したのが始まり。

当時は、町が誇る勝連城跡が世界遺産に登録が決まったばかり。15世紀に勝連城の按司(あじ・王様のような存在)だった阿麻和利は、歴史上、悪者扱いされてきました。世界遺産登録を良い機会とし、阿麻和利の名誉挽回のためにも、阿麻和利が悪者にされてきた「組踊」の形式を借りて新しい演劇をつくりたい、と上江洲さんは考えていました。

演出家がまちおこしをする理由

上江洲さんから声をかけられた平田さんはもともと、演劇の専門家ではなく、しまおこし・まちづくりの活動をしていました。そんな平田さんが気をつけたのは、若い世代が演じやすく、のめり込みやすい作品にすること。こうしてプロの演出家ではない平田さんの「演出」がスタートします。

「最初に上江洲さんから原作の台本をいただいた際、子どもじゃ読めないくらい難しかったんです(笑)。いわゆる『歴史劇』ですから。そこで僕が子どもたちにも馴染めるように脚色しました。だから当初は組踊の先生方から『沖縄版ミュージカルだろ』『組踊を名乗るな』とお叱りを受けることもありました」(平田さん)

平田大一さん

平田大一さん

そもそも現代版組踊をスタートさせる目的は、地域に誇りを持てるような子どもたちを育てることだったはず。伝統芸能のセオリーに則って、業界で評価されるような作品をつくるのではなく、地元の人、誰もが分かりやすく感動できる作品へと昇華する必要がありました。この後説明していくように、まちづくりを信条とする平田さんが関わったことで、現代版組踊は沖縄を飛び出していつしか“奇跡の舞台”と呼ばれるようになります。

アレンジする力

サードコミュニティというテーマで現代版組踊を取り上げた理由は、それが演劇の枠を超えて、さまざまな世代を巻き込んだコミュニティとなっていることにあります。演じる地元の若者の勇姿を地域の大人たちがバックアップする体制がしっかりとできていることが現代版組踊の大きな特徴です。

「肝高の阿麻和利を上演しようとしていたころ、不登校や長期欠席している子とか、家庭が片親の子とか、演じる中学生の中の三分の一くらいが悩みを抱えていました。それが阿麻和利の舞台をきっかけに、他の学校の子と出会ったり、ボランティアスタッフの大人たちに支えられてどんどんタフになっていったんです」(平田さん)

現代版組踊は町を挙げたプロジェクトなので、当然、町内のさまざまな中学校から若者が集まってきます。ある意味学校を超えた部活みたいなもの。さらに、彼らを支えるのが親御さんなどから構成された「あわまり浪漫の会」という団体。主に公演時のドアマンやチケットの売り子や、車で送り迎えしたりなど、影で子どもたちをサポートする有志からなる団体です。

「僕は“肩車の法則”と呼んでいます。もちろん、肩車の上に乗るのは子どもたち、持ち上げるのは大人たちです。ローアングルの子どもを高い目線にして見える未来を、大人が支えるわけです。で、子どもって成長するんですね。すると当然、持ち上げる大人の方も成長しなくては肩車は出来なくなってしまいます。すると子どもの半歩先を行く大人たちや、先輩世代の振る舞いにも変化がでてきます。お互いが対等な関係でありながら、お互いを信頼し合う“肩車の関係”。子どもたちを大人の都合で動かすのではなく、主体的に行動するような雰囲気をつくり出すことこそ大切なことでした」(平田さん)

(写真提供/あまわり浪漫の会)

(写真提供/あまわり浪漫の会)

肝高の阿麻和利の舞台にはキッズリーダーズと呼ばれる人たちがいるそう。キッズリーダーは、高校の年長組が下の世代を教えるお兄さんお姉さん的存在の人たちです。

「下の子どもたちからするとリーダーズに入るのが憧れになり、リーダーズからすると音響や照明のプロの人たちと対等に話すことができて成長があり、それを見ている大人の浪漫の会が支えるという関係性。演出家である僕がそれらを横断して調整して、舞台をつくっていく。僕はそういう意味で、自分のことを演出家というより“ジョイントリーダー”だと思っています」(平田さん)

そもそも、町を挙げた、大人が仕掛けたプロジェクトって、子どもたちからするとひょっとしたら「ダサい」と思われがちですよね。しかも、情操教育的な雰囲気が漂うと、一気に冷めてしまう子どもも多いと思います。しかし、平田さんは子どもたちを本気にする手腕に長けています。それを平田さんは「アレンジする力」と話します。

「当初は、稽古をしてもやる気ゼロ(笑)。ある子が休憩時間に安室ちゃんとかMAXとかかけて踊り出したんですね。舞台に出ている子たちって、小さいころからエイサーとかヒップホップのダンスを踊っていた子が多かった。『こういう踊りが踊りたいのか』と聞いたら、そうだと言う。じゃあ、そのダンスで良いからテーマソングに合った振り付けを創作しようと。そうして主題歌『肝高の詩』に合わせたダンスとエイサーと琉舞が混在する躍動感あるフィナーレが出来上がった。それまでは、ヒップホップとかってお年寄りからすると『騒がしい踊り』、でもいざ伝統芸能と組み合わせると、みんな喜んでくれて拍手するんですよ。古くて新しいと言うのか、ミスマッチなものが面白いと言うか……これはいける、と思いました」(平田さん)

東京公演、ハワイ公演を成功させる

こうして、音楽、演劇、伝統芸能、民俗芸能、ヒップホップなど、さまざまな要素が混淆された唯一無二のエンターテインメント「現代版組踊」が誕生しました。記念すべき初公演は、2000年の3月、まさに世界遺産に登録されることに決まった勝連城跡に設置された野外の特設舞台で行われました。

「うちの子に演劇なんて無理だ、と思っていた親御さんも多かったなか、約3時間にも及ぶ舞台が終わってみると、大勢の観客が泣きながらスタンディングオーベーションしている。演じた子どもたちも泣いている。拍手と指笛と大歓声を浴びて、これはすごい! となって、当初は一回で終わらせる予定だったのですが、子どもたちの強い希望で、継続して公演していくことになったんです」(平田さん)

最終的に集った出演者の数は150名。観劇者数は2日間公演で4200名。子どもたちも大人たちも、想像を超える反響を得ました。やがて、子どもたちが「感想文」と言う名の署名を独自に集め、教育長に提出。2回目以降も開催されることが決まりました。地元の悪者をヒーローに仕立てる。しかも面白い。子どもたちは「かっこいい」と思って一生懸命演じる。その過程の中で、学校では得られない貴重な人生経験を積むこともできたでしょう。観客からしたら、地元の歴史上の人物に誇りを持てるようになったことでしょう。単に観るだけではなく、地域のあらゆる世代にとって大切なコンテンツに仕上がったのです。肝高の阿麻和利が“奇跡の舞台”と呼ばれるようになるのは、このころからです。

「3年目には、肝高の阿麻和利を上演するきむたかホールが開館して、僕は32歳で館長に就任。それ機に劇場型の舞台演出にして、継続的に上演することになった。丁度そのタイミングで、関東の地域おこしをしている友人たちに声を掛けて、観に来てもらったらみんな感動してくれて。それで、2003年の5年目に関東公演が実現したんです」(平田さん)

2008年のハワイ公演が初の海外遠征、2009年には新宿厚生年金会館ホールで再演6000人を動員、全国へと公演が巡回していきました。もちろん、演じるのは常に沖縄の現役中学・高校生の子どもたち。学業との両立を図りながら、また毎年の世代交代を繰り返しながら、宮沢和史さんや東儀秀樹さん(雅楽師)とのコラボも実現しました。2019年には、念願の東京の国立劇場公演が実現しました。

東京国立劇場での公演チラシ

東京国立劇場での公演チラシ

その後は、この「現代版組踊」の手法を取り入れたいという人が全国各地から現れました。地元の歴史に誇りを持つことができ、かつ子どもたちの自己実現の場としても成立する「現代版組踊」の仕組みは沖縄だけでなく日本全国、さまざまな地域でも役に立つはずです。そこで平田さんは2014年に「現代版組踊推進協議会」を立ち上げ、現在は沖縄だけでなく、北海道、福島、大阪など16団体が加盟するまでに成長しました。

「あわまり浪漫の会も定期的にグスク(勝連城跡)の清掃活動をしているのですが、福島の南会津とか鹿児島の伊佐市の団体は、地域の人でも忘れているような人の関所とか名所とかを清掃しているそうです。それによって町の人も見る目も変わる。大事なのは物語とうまく結びつけて取り組みをさせてあげること。単なるボランティアとか社会貢献的活動ではなく、舞台の深みを知るための入り口として清掃活動をやっているんです」(平田さん)

聖なる難儀をみんなでやろう

肝高の阿麻和利の成功をきっかけとして、平田さんは2011年から2年間、沖縄県文化観光スポーツ部の初代部長を務め、2013年から4年間は(公財)沖縄県文化振興会の理事長を歴任しました。子どもたちを輝かせることに費やした10年を経て、今度は大人たちを成長させる10年を。そう考えて推進協議会を立ち上げたり、現代版組踊を地元の名物にしていくためにうるま市が手掛ける「(仮称)あわまりミュージアム」建設に関わるなど、インフラづくりにも取り組んでいます。これは、舞台で育んだ卒業生たちの働く場をつくる意味合いもあります。

「これまでも、僕が『演出』してきたのは“舞台”だけではありません“全て”なんです。その意味でも、県の文化行政での経験は大きな学びと気づきがありました。舞台演出を手掛けるのと地域施策に取り組むのは基本的には一緒なんだと実感する日々でした。その上で、文化・芸術の感性と地域行政の感性をジョイントする、子どもの感性と大人の感性をジョイントする、ハードとハートをジョイントする……対立しそうな“全て”を結び付けていく、そしてあらゆる“全て”が一丸となって“感動”を生み出していくシゴトをつくる。“感動産業”をこの地に根付かせるのが僕の目標になったのです」(平田さん)

あわまり浪漫の会の集合写真(画像提供/あまわり浪漫の会)

あわまり浪漫の会の集合写真(画像提供/あまわり浪漫の会)

平田さんは最後に、地域の大人が子どもを支えるための秘訣を、沖縄の島に伝わる古い言葉を使って教えてくれました。

「みなさん、『聖なる難儀』をしてください。これは僕のまちづくりの仕事における信念なんですけれど、島の言葉で『ぴとぅるぴき、むーるぴき』、一人が立ち上がればみんなも立ち上がるという言葉があるんです。あの森も山も海も、木一本、水一滴から始まっているわけで、誰か一人が立ち上がって行動すれば、二人目三人目が出てきて初めて事を成し遂げることができる。新しいことをやるときはあなたが、その一人目になりなさいという意味なんです。誰もがやりたくない『難儀』を嬉々と笑顔で始める一人目に自分がなるんだと自覚する主体者が『先駆者』なんだと、僕は思います」(平田さん)

大人を成長させるというのが平田さんらしいなと思いました。通常、演出家と呼ばれるような人は、舞台上のさまざまな人をコントロールして最良の舞台をつくり上げるのが仕事だと思います。でも、平田さんのような演出家は、舞台を支える大人たち、観客すべてを巻き込みます。コンテンツだけでなく人材育成まで考えているところが、まちづくりのプロである平田さんならでは、とも思います。

既存の学校や地域団体に縛られず、物語を軸に多世代を巻き込みコンテンツ産業を生み出していく。なかなか真似することは難しいかもしれませんが、現代版組踊のようにフィクションの力を借りながら、緩やかに世代やエリアに開かれたコミュニティをつくっていくことは、今後まちづくりを志す人々にとって大きなヒントになるに違いありません。

●取材協力
現代版組踊推進協議会

資源ごみ「捨てられない時代」に!? 税金負担も左右するごみ処理知識

新型コロナウイルス対策下、自宅で過ごす時間が増え、家の掃除をしたり生活を見直したりする機会が増えているようです。また7月からはレジ袋の全面有料化が始まるので、改めてごみやリサイクルに対する知識をつけておきたいところですね。

そこで今回は、リサイクルの現場やごみの正しい出し方について、モノファクトリーの河西桃子さんにお話を聞きました。モノファクトリーでは、グループ会社の産業廃棄物処理業者であるナカダイに運びこまれた廃棄物を、ユニークな方法で利活用しているそうです! どんな方法があるのでしょうか?
コロナの影響で、家庭ごみが増えている!産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

自宅にいる時間が増えると、家の中のいろいろなところが気になります。私も3月以降、これまで使っていた照明器具を買いかえたり、家の中の汚れが気になって頻繁に掃除をしたりするようになりました。

「コロナの影響は、ごみにおいてもさまざまなところで変化を与えています。まず、自宅でジュースやお酒などを飲む機会が増えたことで、アルミ缶がごみとして出される量が確実に増えました。また、資源ごみや粗大ごみの回収量も増えているといいます。

さらに、私たちの気持ちの変化も大きいでしょう。近年、ごみを減らすために、エコバックをはじめとしてものを繰り返し使うことや、一つのものをシェアするなど、ものの有効活用の意識が少しずつ浸透してきたと感じます。けれども、今回のコロナ対策下では、衛生面に配慮して感染リスクを避けることが最優先になりました。これもこの数カ月でごみが増えている原因の一つと言えるでしょう」(河西さん、以下同)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

実は、日本のごみ処理は危機的な状況に!?

やはり、家庭ごみの量が増えているんですね。全国で同じようなことが起こっていそうで心配です……。

「コロナ対策の前から、廃棄物は国内でだぶつき始めています。実は、一昨年くらい前から中国が資源ごみの輸入をストップしていて、このニュースは業界内では話題になりました。それまで日本は中国にお金を払って資源ごみを処理やリサイクルしてもらっていたわけですが、以来、ごみの出し先がない状況です。私たち廃棄物処理業に携わる者は、そう遠くないタイミングで『捨てられない時代』になるのでは、と危機感を持っています。一般の家庭に影響が出ていないのが不思議なくらいなんです」

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

コロナの影響にかかわらず、すでに日本のごみ事情はかなり切迫している状況だったんですね。このような危機的な状況を回避するためにも、私たちが家庭でごみを出すときに気をつけることなどはありますか?

「まず、ご家庭でごみを出すときのベストな方法は、当たり前のようですが、本当に『自治体が指定する通りの方法で出すこと』なんです。自治体によってごみの処理方法は異なります。例えば、燃えるごみにプラスチックを入れていいかどうかが自治体によって異なりますが、それは各自治体がもっている焼却炉のスペックが異なるからです。つまり、プラスチックを焼却する際に発生する有毒ガスを浄化できる機能を持った焼却炉があれば、プラスチックも燃えるごみとして出すことができます。自治体の提示するごみの出し方は、それぞれ最も効率よくごみを利活用または処理できる方法になっているので、ぜひその通りに出してください」

資源ごみのさまざまな疑問・質問に回答!

やはり、ごみの出し方の指定にもそうすべき理由があるんですね。
私もここ最近、自治体から配布されているごみの捨て方の冊子を開いてみたんですが、一つひとつ確認しながらその通りに出すのは結構大変です。これだけ労力を使うと、ごみが一体どのように活用されているのかが気になります……。そこで、河西さんにいくつかの質問を投げかけて、答えてもらえました。

●資源ごみとして紙を出すとき、縛る「ひも」も、紙のひもでないとダメ?
「基本的にはガムテープでもビニール紐でも大丈夫なはずです。紙はリサイクルの過程で一度水に溶かして不純物はすくい取ってしまうので、別の素材で縛ってもそれほど大きな問題になりません。ただ、リサイクルする機械のスペックにもよるので、最終的には住んでいる自治体に確認をしましょう」

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

●蛍光灯は資源ごみ? どんな形でリサイクルされるの?
「蛍光灯はちゃんと分解すれば100%リサイクルができます。ガラスの部分はグラスウールに、両端の金属部分はアルミとして、中の水銀もリサイクルされます。ただし、蛍光灯が割れると水銀の取り扱い上、資源ごみとして出せなくなるので、割らないように注意してください」

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

●古着の回収があるが、どのように使われるの?
「素材や服として再利用できるものは、国内の寄付団体などを通じて、海外へ輸出されることが多いようです。また、綿100%の衣類は国内でもウェス(油や汚れなどを拭き取るための布)として工場や工事現場などで利用されています」

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

「発想はモノから生まれる」モノファクトリーの取り組み

ごみの行き先や使い道を教えてもらったことで、俄然、ごみやリサイクルに興味が湧いてきました! モノファクトリーさんでは、近年の社会的なニーズの高まりに応じて産業廃棄物を利活用されているそうですが、その取り組みについても詳しく教えてください。

「当社グループ会社のナカダイが、産業廃棄物処理業者です。産業廃棄物は大きく4つのルートを辿ります。1つはマテリアルリサイクルと呼ばれるもので、単一の素材にして資源として再利用します。代表的なものには鉄やペットボトルをイメージしていただくと分かりやすいでしょう。2つ目はサーマルリサイクルと言って、リサイクルできないものがある場合に、燃やして灰にするだけでなく、燃料等に加工して熱源などに活用します。3つ目は家具や家電など、まだ使えるものをリユースすること、そして最後は焼却などの適切な方法で処理して埋め立て処分等することです」

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

ナカダイで産業廃棄物として回収したものを、モノファクトリーで加工したり、活用している、ということでしょうか?

「モノファクトリーでは、『捨て方のデザイン』と『使い方の創造』を提案しています。捨て方のデザインについては、主に企業向けに大量に出る産業廃棄物をどのように回収すれば有効な資源として使えるか、コンサルティングやアドバイスを行っています。使い方の創造については、リサイクルの過程で出た素材を仕入れ、大量に集めて展示・販売しています。私たちは『発想はモノから生まれる』ことを伝えていますが、素材をいろいろ触ってみた結果、これに使えるかも、というアイデアが出ることを面白がっていただきたいのです」

「自由な発想」でモノが新しい価値を生む

どのような素材がどのように活用できるのか、素人にはなかなかすぐにイメージしづらいのですが、具体的に面白い事例があれば、ぜひご紹介ください!

「まずは、隈研吾さんが設計した三鷹駅前の『ハモニカ横丁ミタカ』です。放置自転車360台分の前輪を、外装や店舗什器に使用しています。素材を単品で考えるだけでなく、同じものがたくさん並ぶ、ということによってとてもインパクトのあるものになりますよね。特にインテリアやDIYなどが好きな人は、同じものを並べてディスプレイするなど、自由な発想で楽しんでいただきたいです」

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

さすが日本を代表する建築家の隈さんならではの活用法ですね。私たちが普段の生活に簡単に活かせるようなアイデアもありますか?

「先日、ショールームにいらした親子連れのお母さんが素材を見て口にしたひと言が印象に残っています。ゴムの細長い素材を見て『このゴムを使えば引き戸のドアがいつもバタンと大きな音を立てて閉まるのを防げるかも』と言って買っていかれたんです(笑)」

なるほど! まさに「発想はモノから生まれる」ですね。

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

快適で持続可能な生活のために、私たちがこれからできることは?

本日のお話を聞いて、楽しみながらごみをリサイクルしてまた活用する、という流れができるといいなと思いました。

「その通りです。近年、海外の商品を安く手軽に購入できるようになりました。将来的にごみが捨てられない状況になれば、国内で再利用する仕組みを考えていくほかありません。そのとき、ごみを処理するためにかかる費用は、税金やそのほかの形で一層私たちにのしかかってくることになるでしょう。本当は、商品をつくって販売する会社が責任をもって、商品を買った人からごみを回収して再活用する、という『循環』の体制ができればベストです。私たちもごみを扱う会社として、有効にごみをリサイクルできる方法を各企業に提案しています。

また、そのような事業を行っている会社を応援する意味でも、自分が消費者として購入する場合には、値段だけではなく、販売したものを循環させる仕組みや体制があるかどうかなど、各企業の取り込みにも興味を持って購入してほしいと思います」

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

河西さんのお話によれば「ごみは単一の素材として分類されていればリサイクルができる」といいます。その素材が複雑に絡み合っていたり、汚れたりしていると、きれいな単一の素材にするために分解をしたり、洗浄したり、といった作業が必要になるのだそうです。その作業費が膨れ上がれば、最後は私たちが税金やそのほかの形でその負担をすることになるわけです。

日々、商品の購入から使用、ごみの廃棄までちょっとしたケアをすることで、無駄なごみや無駄な費用を抑制できることが分かりました! 私たちの生活が快適で持続可能なものになるよう、商品の選び方やごみの捨て方にも意識して取り組みたいですね。

●取材協力
・株式会社モノファクトリー
・株式会社ナカダイ

香りで巣ごもり生活を快適に!アロマ空間デザイナーに聞くアロマの上手な使い方

ここ数年、ブランディングの一環として、「香り」を取り入れる企業が増えている。創り上げたい空間イメージに合わせた香りのデザインも広まりつつある。香りを演出するニーズが高まった背景、さらに自宅で香りを楽しむ際のポイントなどについて、香りのトータルサービスを提供する「アットアロマ」で、企業広報兼アロマ空間デザイナーとして、香り制作を手掛ける武石紗和子さんに伺った。
記憶とコミュニケーションづくりにつながる「香り」

日本で香りを日常に取り入れる機会が増えてきたのは、2000年ごろ。病院でアロマセラピーの効果効能を活用したり、ブライダルなどで非日常空間を演出したりと、さまざまな場面で香りが使われるようになった。その後も、天然アロマを活用した空間演出への需要は拡大しつつある。「現在はホテルや店舗・ショールームでのニーズが多く、香りを使った“プラスαのおもてなし”が求められています」と武石さんは分析する。

空間デザインにおいて、色や形などの視覚、そして音楽などの聴覚を使った工夫は従来からされてきた。しかし嗅覚に働きかける香りのデザインは、これから開拓の余地が大いにある。

イメージづくりにおいて「香り」が重要なのはなぜか。まずは、香りの持つさまざまな機能があげられる。天然の植物から抽出されるエッセンシャルオイルにはリラックスやリフレッシュなどの効果が期待でき、おもてなしの気持ちを嗅覚からも伝えることができる。また、近くの飲食店のにおいの影響を受けたり、においがこもりがちだったりする場所では、それを解消することがその場所の印象の改善につながる。また、香りが企業のブランディングと結びついて、記憶に残る効果もある。

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

香り演出の需要は、ショップやオフィス、マンションのエントランスでも増えているという。アットアロマでは、100%天然のエッセンシャルオイルを使用し、全世界で3000カ所以上の施設でアロマ空間デザイン導入事例がある。そのひとつ、セレクトショップ「SHIPS」では、販売員とお客さんとの会話が「いい香りですね」から始まることも。空間デザインの一要素としてだけでなく、コミュニケーションのきっかけとしても、香りの果たす役割は大きい。

利用者に配慮しながら企業イメージを香りで表現

多くの企業が注目している、香りのデザイン。実際、企業と香りを共同開発する際に、どのようなステップでオリジナルの香りが生み出されていくのか尋ねた。

「企業からの要望は、ブランディングを目的として、企業イメージを香りに置き換えたいというニーズが多いです。なぜオリジナルの香りを取り入れたいのか、どのように活用したいのかなどを伺いながら、その用途やイメージに合った香りを提案していきます」(武石さん)

おもてなしを大切にしたいという場合はリラックスできる香り、利用者の記憶に残したいという場合はデザイン性の高い個性的な香りなど、企業からの要望に合わせて香りの方向性を決めていく。

「特に不特定多数の方がいらっしゃるような空間では、生活の中で馴染みがあり、好みが分かれにくい柑橘系の香りを取り入れる場合が多いです」(武石さん)

使用している天然のエッセンシャルオイルの香りは、人工的な香りと比較すると自然な香り立ちで好まれやすいが、演出の際には弱めの濃度設定から試していくなど、さまざまな利用者に配慮。導入後も定期的に、現場の意見を確認しながら演出方法や濃度を見直し、最適な演出となるように調整をしているという。

そして具体的な香りについては、“明るい”や“落ち着き”といった単語、または色や画像などで、企業とイメージを共有していく。阪急阪神不動産の分譲マンション「ジオ」のイメージ戦略の一環で、モデルルームを演出する香りを共同開発した際は、ブランドコンセプトである「品と質。その、頂へ。」、そして土地に長く根付くイメージなどから調香。モダンなウッドの香りを基調に、柑橘など10種類のアロマを混ぜて、上質な落ち着きをもたらす高級感が漂う香りに仕上げた。

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

気分に合わせてアロマでセルフケア

空間の印象を決めるだけでなく、香りには心身を癒やす効果もある。ハーブなどの植物から抽出したエッセンシャルオイル(精油)を使って心身の健康維持を目指すのがアロマセラピーだ。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されたとはいえ、以前のようにリフレッシュできない・在宅勤務でオンオフの区別がつけにくいといった悩みを抱えている方も多いだろう。自宅に居ながら気軽に気分を変えたり、自律神経を整えたりする際に役立つ、エッセンシャルオイル選びの情報を紹介しよう。

オイルの種類は、オレンジやグレープフルーツなどの「果実」、カモミールやイランイランなどの「花」、ペパーミントやユーカリなどの「葉」、ヒノキやサイプレスなどの「木」の4つに分類される。「果実」と「花」は、甘く魅惑的なリラックスの香りが多く、「葉」と「木」はスーッとした爽やかな香りで抗菌作用などを持つものが多い。男性には落ち着きのあるウッド(木)系、女性には気分を明るくしてくれる花系の香りが好まれやすいという。

まず、どことなく気分が落ち込んだり不安を感じる方には、サンダルウッドやシダーウッドなど、落ち着きと自信をもたらずウッド系の香りがおすすめだ。しっかりと地に根を張る木。その姿の通り、落ち着きと自信をもたらしてくれる香りで、本来の自分らしさを取り戻したいときに試してみよう。

生活リズムが狂うなどで、眠りが浅くなっている方には、ラベンダーやイランイランが心身に安らぎと落ち着きをもたらしてくれる。就寝前に香りをかいだり、寝室に香りを漂わせるのがおすすめだ。

在宅勤務の際など、ONモードへの切替えに適しているのが、ローズマリー、レモン、ユーカリ。頭をシャキっと目覚めさせる香りで、記憶力や集中力を高める作用などが期待できる。

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

アットアロマでの売れ筋を尋ねたところ、最近はやはり新型コロナウイルスの影響もあり、抗菌・抗ウイルス作用の期待できるアイテムに反響があるという。「C02 クリーンミント」は、スッとするミントの香りで気分をリフレッシュできるだけでなく、空気中の浮遊菌・ウイルスに対する抑制効果を持つことが試験で確認されている。

また、安眠に特化した「スリープシープ」シリーズも、快眠セラピストが監修した香りが好評。天然の羊毛フェルト素材でつくられた羊型のボトルディフューザーのかわいらしさも心をときめかせてくれる。

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

ディフューザーがなくてもOK! 自宅で簡単にできるアロマ活用法

アロマセラピーではディフューザーを用意しないといけないと思いがちだが、オイルだけでも活用できるという。「扇子やうちわにオイルを付けて風を仰ぐのもいいですし、ティッシュにオイルを少し垂らして、枕元に置いて寝るとリラックスできます。また、ミストタイプならシャワーの前に浴室に吹きかけると、蒸気と一緒に香りが広がります」と武石さんが教えてくれた。

ちなみに、武石さんに好きな香りを伺ったところ、ユーカリという答えが。「シンプルな香りが気持ちをフラットにしてくれますし、抗菌・抗ウイルス作用に優れるので、マスクに付けて使ったりしています」(武石さん)

もちろんディフューザーを使えば、空間全体に香りを漂わせてリラックスすることができる。子どもがいる際には、まずはほのかに香らせる程度の薄い濃度設定からスタートしよう。触れて倒してしまったりする事が無いよう置き場所についても注意が必要だ。また、ペットがいる場合、香りの種類によってはペットにとってストレスになることがある。念のためかかりつけの獣医に相談しよう。

空間イメージを演出したり、気分や体調を整えたりと、香りにはさまざまな効能がある。コロナ影響により、在宅時間が長くなり気分転換もしづらい日が続いているが、インテリアの模様替えと同様に、自宅の香りを選ぶことで、住まいをさらに快適な空間に変えることができるかもしれない。

●取材協力
・アットアロマ

月1の飲み会が条件!? 沖縄独特のつながり「模合(もあい)」とは?【全国に広がるサードコミュニティ3】

気の合う仲間で毎月集まり飲み会を行い、ついでに資金を積み立て、旅行や事業に役立てる「模合(もあい)」という文化が沖縄では一般的です。「同級生模合」や「経営者模合」など、家族や親戚といった血の繋がりに縛られず、自由なメンバーで互いの親睦を深める模合の魅力について、実践者に伺いました。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。飲み会で親睦を深め、ついでにお金を集める

みなさん、「模合(もあい)」って聞いたことありますか? あのイースター島にあるモアイではありません。もちろん、渋谷の駅前の待ち合わせスポットはモヤイ像ですから、それも違います。実はこの「模合」、沖縄では一般的に行われている文化なんです。沖縄に住んでいる方なら知らない人はいないでしょうし、沖縄出身の人と親しい方なら名前くらいは聞いたことがあるでしょう。

模合とは、ひと言で言うならば、古くからある「庶民金融」。毎月、メンバーでお金を出し合って資金を積み立て、半年に一回、ないしは一年に一回、「親」が回ってきたら、そのお金を総取りできます。月一で集金するついでに「飲み会」を行うのが一般的。飲み代は積み立てるお金とは別に支払うのが基本だそうです。

構成メンバーはさまざまで、高校や大学の同級生同士だったり、社長さん同士で意気投合して始めることもあるそうです。主婦の方が集まってやる模合もあって、その場合はランチタイムに集まってお茶を飲みながら開催するそう。庶民金融と言っても、実質はメンバー同士の親睦を深める「部活」のようなものなのです。

模合のいいところは、商店街だとか親戚だとか、地縁や血縁にとらわれず、気の合う仲間うちで気軽に始められるところ。聞くところによると、上京した沖縄出身者同士で、東京で開催される模合もあるそうで、それくらい一般的なのです。今回は、沖縄で実際に模合をされているお二方にお話を伺いました。

経営者どうしでつながるメリットとは?大城さんが参加する経営者模合の様子(写真提供/大城さん)

大城さんが参加する経営者模合の様子(写真提供/大城さん)

まず一人目は、沖縄本島の南部・南城市で、海の見えるカフェ「Cafeやぶさち」を経営する大城直輝さん。彼は二つの模合に参加していて、一つは同級生模合、もう一つが経営者模合です。沖縄の人は一つだけでなく複数の模合に参加している人も多いと言います。

「高校の同級生模合は6人メンバーがいて、月5000円支払います。『親』が半年に1度回ってきて、5人分2万5000円を取っていく。たまに仲間が友達を連れてきて参加することもあります。同級生って付き合いは長いけどなかなか合わないじゃないですか。それぞれ仕事があったり、結婚して子どもができたりすると家族の時間もあって。強制的に会うことになるので、模合メンバーの結束感はかなり強いです」(大城さん)

一方、経営者模合についてはどのように運営されているのでしょうか。

「『志尽塾』と名付けました。30代、40代の若手経営者で集まっています。僕は今44歳で、30代からやっているから10年くらい続けています。システムとしては年間払いにしています。年1万円で、今メンバーは8人。毎回那覇市内のホテルを借りて、講師を呼んでセミナーをしてもらった後、懇親会をしています」(大城さん)

模合といってもその形態はさまざまなんですね。金額はそれほど大きくないですが、資金は基本的には講師の謝礼に使っているそう。いわゆる有志が行う勉強会といったかたちです。しかし、経営者同士の模合にはもっとビジネスの匂いがするものもあります。

「ひと昔前の50代60代の社長さんたちの模合だと、月に10万円とか20万円という話も聞いたことあります。例えば人数が10名で20万だと、200万ですよね。『親』になったときに200万入るわけです。それで資金繰りする人もいたと聞いています(笑)」(大城さん)

大城さん。「Cafeやぶさち」エントランスにて

大城さん。「Cafeやぶさち」エントランスにて

イメージとしては貯金をする感覚。決して少なくないお金を積み立てて、さらに飲み会の料金は別払い。原則参加が必須で、どうしても来れない場合でもお金は支払わなければなりません。意外に縛りが強い集まりの印象があります。経営者なんて特に忙しいのに、毎月会って飲み会をするのってハードモードですよね。なぜそこまでしてやりたいと思うのか……疑問をぶつけました。

「『志尽塾』は、毎月第二月曜日にやることになっています。講師の方にレクチャーしてもらうだけでなく、メンバーがそれぞれ3分間スピーチをすることにしていて、そこで今月の会社の経営状況がだいたい分かるんですね。いわば月1朝礼みたいなもので、お互いにその月の事業活動を進めるにあたってアドバイスをする。『最近、コロナでどう?』とか」(大城さん)

確かに、コンサルタントにお金を払って経営のアドバイスしてもらうより、実際の経営者同士で互いにメンタリングする機会があると、毎月のビジネスのリズムが生まれてくるし、お互いの事業についての知識も深まるので、何かあったときすぐに助けてもらえます。

「例えばうちのカフェを結婚式の会場として使ってもらったり。デザイナーのメンバーはロゴをつくってくれたり。沖縄って、ビジネスするうえでは横のつながりがものすごく大事なんですよ。模合はお互いのつながりをとっても大切にします。互いに仕事を発注しあい、親睦を深めながら経済を回せるのが模合のいいところですね」(大城さん)

沖縄県外から移住した人のセーフティネットとして

もう一人は、那覇市で「浮島ブルーイング」というクラフトビールのお店を経営する由利充翠さん。実は由利さんは沖縄出身ではなく、名古屋出身で大学入学のときに沖縄にやってきて、卒業後も沖縄に根づき商売を始めた人。県外出身者でも参加できるんですね。

由利さんが経営する「浮島ブルーイング」にて(写真提供/由利さん)

由利さんが経営する「浮島ブルーイング」にて(写真提供/由利さん)

「大学は寮だったんですけど、実は当時の模合のメンバーは全員、県外出身者なんですよ。韓国からの留学生もいて。学生時代から、みんなで韓国に遊びにいくくらい仲が良かったので、だったら旅行のお金の積み立てのために模合やろっか、となって始めたんです」(由利さん)

毎月第二金曜日開催で、月3000円。それを2年続けると7万円くらいになるので、そのお金で韓国に旅行に行ったり、大学卒業後に沖縄を出て行った仲間に会いにいくための旅行資金にあてたりしているのだそうです。

県外出身者は沖縄に親戚もいないし、同級生のつながりもないため、沖縄のコミュニティに入り込むのがなかなか難しい。どうやら、「よそ者」が、県内で新しく仲間をつくるうえで模合はうまく機能しているようなのです。

由利さんたちの同級生模合の様子(写真提供/由利さん)

由利さんたちの同級生模合の様子(写真提供/由利さん)

「僕は大学卒業後も沖縄で暮らしているので、とても役に立っています。お店が移転する前の商店街でも先輩たちの模合があって、参加させてもらっていました。模合に参加すると確実にコミュニケーションを取る機会が増えます。同級生模合でも最近、コロナウイルスの影響でうちが配送もままならない状況で悩んでいた時に、メンバーの一人がわざわざお店までビールを買いに来てくれて。今はリアルでは会えないけれど、血もつながってないのに、家族とか親戚の次くらいに強いつながりを感じます」(由利さん)

“無尽”の一つとしての模合

沖縄の模合のような庶民金融は、かつて全国にありました。それらは「無尽(むじん)」と呼ばれ、庶民金融としてのみならず、中小企業金融としての側面も大きかったそうです。それが金融制度の近代化にともない、次第に淘汰されていきます。いまとなっては都市部ではほとんど開催されることはないですが、岐阜県や山梨県の一部ではいまだに続いているところもあるそうです。

そんななか、沖縄では廃れることなく根付いており、ひとつは金融・投資としての機能を果たしてきました。倒産寸前に郷里に帰り、模合を起こして資金調達する事業者もいたそうで、確かに短期的な資金繰りに困ったときに模合のつながりが役立つこともありました。一方で、不払いによる「模合崩れ」により、訴訟に発展するトラブルもかつては多かったそうです。

それでも模合が現在も市民に愛される理由は、相互扶助・親睦の役割が大きいからでしょう。文具店で「模合帳」が普通に売られていたり、模合専用のアプリがリリースされていたり、飲食店がTwitterなどで「模合にご利用ください!」などの宣伝を行っている様子を見れば明らか。今では沖縄の模合は気の合う仲間とつながりを深める「第三のコミュニティ」として、よりカジュアルに機能しているのかもしれません。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

現在はLINEやFacebookなどで、飲み会以外の日も頻繁にやりとりができる時代です。お二人に話を聞いて思ったのは、コロナウイルスの影響で実際に会えないにもかかわらず、「強いつながり」があって、それが実際にお互いを支え合うものになっているということ。家族とか親戚とか、同じ会社の社員だとか、そういった既存のコミュニティとは別の、地縁も血縁もないつながりにもかかわらず、お互いを大切に思える関係が育まれるのが模合のユニークなところなんです。

先日、沖縄県知事の玉城デニー氏が記者会見で「3密」の条件が重なる模合を控えるよう促したように、現状、リアルに飲み会を開催するのは難しいですが、「これまで毎月、何年も会い続けてきた」という事実は変わりません。家族や親戚と同じくらい強い結びつきが“関係資本”として蓄積しているからこそ、会えなくても互いに連絡を取り合い、支え合うことができるのだと思います。

実はこの連載が「サードプレイス」ではなく「サードコミュニティ」と謳っている理由はここにあります。コロナウイルスの蔓延によって、たとえリアルに会えなくても、人と人の目に見えないつながりを持っていることの重要性に気づき始めた人は多いのではないでしょうか。

時代の変遷によって淘汰された無尽ではありますが、もしかしたら今こそ模合や無尽のようなあり方が、私たちの生活にとって重要なセーフティネットの一つになりうるのかもしれません。

「シルバニアファミリー」35周年! 赤い屋根のお家の最新事情やSNS人気の秘密

赤い屋根のお家と、そこで暮らす動物の家族たち。小さいけど精巧で、愛らしくて、大人も夢中になって遊んでしまう。そんな魅力を持つのが、今年で発売から35周年を迎える「シルバニアファミリー」(エポック社)です。今回は、家で過ごす時間を豊かで楽しくしてくれる、動物たちの世界とその進化をご紹介します。
人形の累計出荷数は2億2000万体以上。世界で愛されるおもちゃ発売当初の「赤い屋根の大きなお家」。このログハウス風の住まい、味わいがあっていいですよねえ(写真提供:エポック社)

発売当初の「赤い屋根の大きなお家」。このログハウス風の住まい、味わいがあっていいですよねえ(写真提供:エポック社)

「シルバニアファミリー」と聞いてピンと来ない人でも、この家と人形の写真を見れば、「知ってる!」「友だちの家で遊んだ~」などと懐かしく思い出す人もいるのではないでしょうか。1985年、エポック社から発売された「シルバニアファミリー」は、現在60以上の国・地域で販売されていて、実に人形の累計出荷数は2億2000万体以上、ハウスほか大型商品累計出荷数は3000万棟・個以上にものぼるそう。ちょっと規模がすごすぎてピンときませんが、言われてみれば家とウサギやクマの動物のモチーフって、国境や言語に左右されず、世界共通ですものね。現在では日本のみならず、世界中で愛されているおもちゃなのです。

懐かしの初代の人形たち(写真提供:エポック社)

懐かしの初代の人形たち(写真提供:エポック社)

ちなみに、日本の次に歴史の長いイギリスでは認知度も高く、「英国の玩具」であると認識されているとか。では、あのシンボリックな「赤い家」はどこかモデルがあるのでしょうか。英国というより、どちらかというと米国のカントリー調のように見えますが……?

「赤い屋根の住まいは、1900年代初頭のアーリーアメリカンをイメージしてデザインされたものです。お家、家具、人形のサイズ感は発売当初から変わっていません。お母さんが子どものころに遊んでいたものとミックスして、親子2代で遊ばれる方も増えています」(エポック社)

時代に左右されず、ずっと愛さるのは本物のおもちゃの証ですよね。また、発売当時から現在までいちばん定番で人気なのがあの「赤い屋根の大きなお家」確かにシルバニアファミリーといえばあの赤い屋根のお家のイメージがあります。

カーテンや照明、壁紙もカスタマイズOK! 細部も緻密にできている

SUUMOジャーナル的には、やはり気になるのは家のこと。人形たちにオリジナルの洋服をつくっている人はいるようですが、もしかして、家もリフォームというか、リノベできたりするのでしょうか。

「カーテンや天井付の室内灯を取り付けてアレンジを楽しむことができます。また、シルバニアファミリーの専門店、『シルバニアファミリー森のお家』では、カスタマイズ用の壁紙の取り扱いがあります」(エポック社)

なんと、照明や家具だけでなく、壁紙を張り替えられるとは。やっぱり家ってリフォーム・カスタマイズするとそれだけ愛着がわきますよね。あと、シルバニアファミリーの家は腰壁(床から腰高程度に張る別仕上げの壁)がかわいいし、窓のデザインもドラマチックというかすごく素敵な印象です。

窓まわりや壁・床もリアルで見ていてあきません(写真提供:エポック社)

窓まわりや壁・床もリアルで見ていてあきません(写真提供:エポック社)

「シルバニアのお家は、美しい外観や間取りと、おもちゃとしての遊びやすさや安全性の両立を常に意識して開発に取り組んでいます。また、お子様はもちろん、大人が見ても納得するリアルさを追求しています。例えば、キッチンの流し台や洗面台の下の扉を開くと、本物と同じように配管があります。見えないところにもこだわるシルバニアファミリーの家具の象徴と言えるでしょう」(エポック社)

まさか配管があるとは……。今度、シルバニアのお住まいにお邪魔したら、ぜひ洗面台下をのぞいてみたいと思います。

写真左/製氷機付きから実際に氷が出てくる、切ることができるアップルパイなどもめちゃくちゃリアル(写真提供:エポック社)

写真左/製氷機付きから実際に氷が出てくる、切ることができるアップルパイなどもめちゃくちゃリアル(写真提供:エポック社)

トイレも蛇口も水が出てきたりと自然なリアル感があります(写真提供:エポック社)

トイレも蛇口も水が出てきたりと自然なリアル感があります(写真提供:エポック社)

また、子どもたちが遊んで違和感がないよう、家具や家電は現代風に進化しているそう。

「例えば洗濯機であれば昔は二層式洗濯機でしたが、現在販売されているのは、ドラム式洗濯機です。また、掃除機や冷蔵庫なども、現代の子どもたちが生活の中で触れている仕様に合わせた形になっています」(エポック社)

そりゃあ、今のお子さんたち、二槽式洗濯機なんて見てもなんだか分からないですよね……。小さくても説得力があるよう、たゆまぬ改良を重ねているのが分かります。

SNS人気を支えているのは大人のファン。大人が家遊びしても楽しい!

ちなみに、2020年には35周年を記念してシルバニアファミリー総選挙を実施しています。先日5月1日には中間発表がありましたが、TOP3には筆者の予想を裏切るキャラクターがランクインしていました。定番のショコラウサギファミリーやネコファミリー、カワウソファミリーが強いと思っていたのに……。もちろん最後まで結果は分かりませんが、これだけでもファン層の幅広さが伺えます。

「今回の総選挙はグローバルでの展開となり、各国のSNSアカウントでも告知をしていることもあり、想定以上の反響と投票数をいただいております」というので、エポック社さん自身も予想していなかったのかもしれません。

キャラクターが大集合したところ。パンダ、コアラ、ハリネズミ、リス……。どの家族もかわいい(写真提供:エポック社)

キャラクターが大集合したところ。パンダ、コアラ、ハリネズミ、リス……。どの家族もかわいい(写真提供:エポック社)

また、予想していなかったといえば、SNSでの活躍です。インスタグラムやTwitterでは、日常のあるあるを再現した(はかどらない大掃除とか、お酒を飲んでいるとか)シルバニアファミリーの人形たちの写真・動画がバズっていることもありますよね。エポック社さんはご存じなのでしょうか……?

「今は子どもや親子だけでなく、SNSでの人気を支えているのが特に大人のファン層です。シルバニアファミリーの世界観は、写真映えすることも功を奏し、日々の生活の中での、ちょっとした癒やし効果にもなっているのではないでしょうか」(エポック社坂井さん)

分かります、すごく……。特に連日の新型コロナ騒動で、気分が詰まるというか、情報で疲れていると、SNSに流れてくるシルバニアの人形たちの写真ってすごーく癒やされるというか、ピュア(死語)な気持ちになるのです。

本来、「家で遊ぶ」「家のことを考える」のは、とても豊かなこと。SNSで検索するのも楽しいですが、いろんな端末の電源・スイッチをオフにして、今度は本物のシルバニアのお家で人形たちと遊んできたいと思います。

●取材協力
エポック社

忙しい毎日が変わる 家事の4つのヒント

家事は日々の生活を支える大事な作業。とはいえ、面倒だし、忙しい中で時間をかけたくない……。できればムダは省きつつ、ラクして家事のクオリティを上げたい。
そんなシンプルな家事を実現するため、今までの家事に対する固定観念を捨てて忙しい毎日が変わるヒントを、分野の異なる4人の専門家に聞いた。

キーワードは “ムダはやめる!” “仕掛けをつくる!” “家族でシェア!” “家から変える!”

ヒント1 “ムダはやめる!”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

「やらなくていいことはしない」と
きっぱり決めるとゆとりができる

「今までは『料理が好き』『片付けが好き』という人が理想の主婦として、注目される時代だったと思います。主婦たるもの『家事がキライ』と声を大にして言ってはいけない雰囲気さえありました。でも、私は家事が苦手だから、やらなくていいことはしません。ムダなことに時間をかけるくらいなら昼寝をしたい(笑)」
シンプルライフ研究家のマキさんは「家事をしなければいけない」という思い込みをなくし、家事嫌いでも快適に暮らすため家事の工程を省いてシンプル化。「例えば、洋服はハンガーに干して畳まずにしまうなど、やらなくていいことは“しない”と決めるとゆとりができ、家族と楽しく過ごす時間が生まれますよ」

●教えてくれたのはこの人●
シンプルライフ研究家
マキさん
不要な物は持たない、不要な家事はしないシンプルで豊かな暮らしをつづったブログ「エコナセイカツ」が好評。著書に『しない家事』や『虫のいい家仕事』ヒント2 “仕掛けをつくる!”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

家事が自然とできるような
仕掛けをつくる

誰でも家事を無駄なくできるヒントが、大阪大学の松村真宏教授が提唱する『仕掛学』に潜んでいる。
「日常生活で面倒や不便を感じることに、違う目的や選択肢を与えて、強制ではなく、ついやりたくなるように変える。それが仕掛学です。例えば、自転車の駐輪場に斜めの線が引いてあれば、自然と斜めに自転車を停めたくなるでしょう」
仕掛学は家事にも取り入れられそう。
「家事をゲームや運動として捉え、『食器洗いで○カロリーを消費』などとグラフで可視化するとか。数字が増えると達成感があり、無理なく家事ができます」
遊びの要素を取り入れれば、パパや子どもも自然と家事に参加したくなるかも。

●教えてくれたのはこの人●
大阪大学教授
松村真宏さん
大阪大学大学院経済学研究科教授。「大阪大学シカケラボ」を主催。著書に『仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方』『人を動かす「仕掛け」』などヒント3 “家族でシェア!”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

家事をみんなでシェアしながら
“チーム”として運営する

妻目線で語られがちな家事だが、夫こそが自発的に行うべき、と語るのは家事シェア研究家の三木智有さんだ。
「これまでは家庭の中で妻が家事を担う前提で、それを夫がどう手伝うかという考えが主流でした。でも、共働き世帯が半数を超えた今、妻だけが家事を負担するのは無理があります。家事シェアでは家事をみんなの家族ゴトとして捉えて、“チーム”として運営していきます」
家事をシェアするにはどうすれば?
「例えば、妻が掃除機をかけている際に夫は風呂掃除をするなど、夫婦が同時進行で家事をする『パラレル家事』でチーム感を高める。2人の受け持ちをパターン化するとシェアしやすくなります」

●教えてくれたのはこの人●
家事シェア研究家
三木智有さん
家事シェアコンサルタントで、内閣府「男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会」委員。家事シェアを広めるためにNPO法人tadaima!を設立したヒント4 “家から変える!”(画像提供/PIXTA)

(画像提供/PIXTA)

自分の暮らしに合わせて
家を合理的に編集する

家事をラクに行うためには家から変えるべきと、ブルースタジオの石井 健さん。「今までの日本では決められた家に人が合わせて住むのが当たり前でした。これらの家の多くはみんなが満足する最大公約数的な観点でつくられており、個人にマッチするとは限りません。今の間取りを疑ってもいいし、空間の役割にとらわれる必要はありません。自分の暮らしを見つめ直してそれに家を合わせるんです」
では家事をシンプルに行うためには?
「共働き世帯やテレワークの方など、マルチタスクでさまざまな家事や作業を行うことが増えています。複数の家事を同時にできるよう動線を変えるなど、家を合理的に編集するのがオススメです」

●教えてくれたのはこの人●
ブルースタジオ
石井 健さん
日本のリノベーション業界をけん引するブルースタジオ執行役員。『リノベーションでかなえる、自分らしい暮らしとインテリア LIFE in TOKYO』(監修)

4つのヒントを見てきてわかるのは、家事の在り方が時代とともに大きく変わりつつあるということだ。現代の暮らしに合わせて、きっぱりやらないと決めたり、進んで家事をしたくなる仕掛けをつくったり、あるいは家族を巻き込み作業の手を増やしたり、または家事動線から変えてしまったり。家事も合理的に判断してやっていくのが良さそうだ。

構成・取材・文/藤井たかの

在宅時間が長いと不用品が増える?トランクルームの賢い利用法とは?

外出自粛やスティホーム週間によって、自宅にいる時間が長くなったという人は多い。大掃除や部屋の模様替えなどに取り組む人もいると聞く。家の片づけで困るのは収納不足だ。トランクルームや収納に関する調査結果から、収納について考えてみよう。【今週の住活トピック】
「トランクルームや収納に関する調査」結果を公表/加瀬トランクサービス「一定期間しか使わないが、必ず使うもの」を預けるのがおススメ

加瀬トランクサービスの調査によると、トランクルームユーザーに利用する理由やきっかけを聞いたところ、「引越した後、住居が狭くなった」(24.4%)が最多で、「趣味の収集品が増えた」13.2%、「荷物が増えて収納しきれない、不用品を整理したくなった」11.2%、「仕事の書類や仕事関連品が増えた」10.2%が続く結果となった。

では、具体的にトランクルームに何を収納するのだろう?
トランクルームに収納したいもの(複数回答)として挙がったのは、「書籍・雑誌類」(40.7%)が最も多く、2番目に「季節の衣類」(28.4%)、3番目に「季節家電」(23.7%)と続いた。また、「スーツケース」(23.4%)が5番目に食い込んだ。

(出典:株式会社加瀬トランクサービス「トランクルームや収納に関する調査」)

(出典:株式会社加瀬トランクサービス「トランクルームや収納に関する調査」)

たしかに、書籍や雑誌、音楽・映像・ゲームメディアといった「趣味の収集品」が上位に挙がるが、それと同様に目立つのが、「一定期間しか利用しないもの」だ。季節の衣類、季節家電、長期旅行で使うスーツケースなどが該当する。ほかに、布団類(来客用や夏・冬用など)やスキー用品、アウトドアレジャー用品なども該当するだろう。

調査結果のリリースを見ると、トランクルームを利用する理由の質問へのフリーコメントで、「出張時に使用する荷物」「単身赴任時に使用する荷物」「会社帰りのランニングで保管する荷物」などが挙がったというが、それも同じ発想だろう。

このように「一定期間しか使わないが、必ず使うもの」を預けるのが、トランクルームを利用する適切な方法だろう。必要なときに取り出したり、入れ替えたりして使い、不要時には預けるのは、住宅の収納不足を解消する賢い利用方法だと思う。定期的に取り出して使うものでないと、預けたまま忘れてしまいがちだからだ。

増えた荷物を適切に整理するチャンス到来

日本の住宅事情を考えると、収納不足を外部の収納で解消する方法も選択肢ではあるが、反面、「荷物が増えて収納しきれないのでトランクルームを利用する」という利用目的も多い。荷物が増えた理由としては、趣味や仕事の荷物の増加、大掃除や模様替えで出た不用品、同居や結婚・出産など家族が増えたことによる荷物などさまざまなのだが、増えた荷物は整理しなければ減らない。

「たぶん使わない」「使用頻度が低い」のであれば、「いずれ誰かが使うかもしれない」と保管するのではなく、思い切って断捨離することも必要だ。

同じ調査で、収納やモノに関する意識・価値観として、「まだ使える不用品は極力売りたい」(62.9%)、「モノは壊れたら修理するなど、できるだけ長く使いたい」(57.6%)、「不用品は捨てるぐらいなら、人にあげるほうが環境にも良いと思う」(50.7%)などに当てはまると回答した、環境に優しい意識をもつ人は多い。不要なものは、フリーマーケットやリサイクルショップで売る、ボランティアで提供するなど、単に捨てる以外の方法もあるだろう。

また、「家族との思い出の品は大事に保管したい」(75.5%)は4人に3人が、「子どもの作品や教材等、成長の証を大事に保管したい」(51.5%)も2人に1人が当てはまると回答している。家族の思い出や成長の証を大切にすることは、とても素敵なことだ。しかし、仕舞い込んでいたら思い出す機会は減ってしまう。それらを撮影するなどコンパクトな形で保管したり、大切な思い出の品に絞り込んで手元に残したりして、いつでも見られるように収納するのも一つの方法だろう。

さて、在宅時間が長い今、家の中の荷物の整理や不用品の洗い出しをした家庭が多いのだろう。家庭からのゴミの量が増えているという。とはいえ、今は大量にモノを捨てて清掃事業者の負担を増やすのは適切ではない。家にいる時間を使って不用品を洗い出し、処分する方法や時期を決めたうえで、一定期間だけトランクルームに預けるという方法はありだろう。

トランクルームを賢く利用することと、トランクルームになんとなく預けておくこととでは、同じ利用料金を支払ってもその価値は異なると思う。チャンス到来と考えて、増えた荷物の整理を検討してはいかがだろう。

外出自粛でテントのニーズ急増中!?快適な在宅生活のための知恵をプロに聞いた!

学校や幼稚園・保育園が休みになり、子どものめんどうを見ながらのテレワーク。1日3回の食事の準備と後片付け、片付かない部屋と、気持ちがめいっていませんか(筆者のことです)。そんななか、家でもお出かけ気分が味わえると、テントやアウトドア用品が売れているといいます。わが家も子ども用テントが出しっぱなしですが、どう活用するとよいのでしょうか。スウェーデン発の家具量販店「イケア」と登山・アウトドアショップ「好日山荘」に聞いてみました。
わが家を楽しく快適に! お手軽アウトドアで気分を変えよう

外出自粛が呼びかけられて早2カ月。今、キャンプ用のテントやアウトドアグッズがじわじわと売れているといいます。アウトドア用品店の好日山荘の広報担当の菰下さんによると、「ネットショップが中心ですが、登山用品全般、初心者向けアウトドアグッズは例年通りに売れています」。外出も登山もできない現在の状況を考えると、一見、使い道がないように思えますが、そのアウトドアグッズやテント、どのように使っているのでしょうか。

菰下さんによると「テレワーク部屋として集中したい時」「子どもの昼寝用」というではありませんか。なるほど、今ならではの使い方ですね! ちなみにテントは、部屋の大きさに合っていて、テント内の高さのあるものが使いやすくおすすめとのこと。子どものお昼寝であれば、ポップアップテントでも十分かもしれません。さっそくわが家でもチャレンジしたところ、子どもたちが大はしゃぎ。「今日、何して遊ぼうかな」という方にぜひおすすめしたい使い方です。

(写真撮影/嘉屋恭子)

(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもの声が周囲に響かないよう、注意しつつ、自宅ベランダにテントを設置したところ。生活感のある写真で恐縮ですが、子どもたちはテントが気に入り、出てきません。煮込んだカレーを持ち込み、食べるだけで大満足です(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもの声が周囲に響かないよう、注意しつつ、自宅ベランダにテントを設置したところ。生活感のある写真で恐縮ですが、子どもたちはテントが気に入り、出てきません。煮込んだカレーを持ち込み、食べるだけで大満足です(写真撮影/嘉屋恭子)

夜になると明かりをともして、キャンプらしい雰囲気に。息子はテントのなかで寝袋にくるまって一晩、眠りました(写真撮影/嘉屋恭子)

夜になると明かりをともして、キャンプらしい雰囲気に。息子はテントのなかで寝袋にくるまって一晩、眠りました(写真撮影/嘉屋恭子)

アウトドア用品だけでなく、イケアでも屋内用のテントは好調だといいます。
「現在、好評いただいているのが、(1)テレワーク用アイテム、(2)子ども向けテントやマット、(3)収納用品です。特にお手軽・簡単に取り入れられるアイデア、それを実現できる機能的でスタイリッシュな商品が人気です」(イケア広報)

対象年齢:18カ月以上(イケア・ジャパン)

対象年齢:18カ月以上
イケア・ジャパン

わが家にあるのは、かなり前のイケアの子ども用テントですが、確かに子どもが大好きなスペースです。カラーボールを入れて、なんちゃってボールプール風にするのが定番の楽しみ方。一人が楽しく遊んでいると、もうひとりが違う遊び方がしたいとケンカがはじまるという黄金コースではありますが……。

イケアのだいぶ前の子ども用テント。子ども部屋に出しているので、子どもたちが思い思い、遊んでいます(写真撮影/嘉屋恭子)

イケアのだいぶ前の子ども用テント。子ども部屋に出しているので、子どもたちが思い思い、遊んでいます(写真撮影/嘉屋恭子)

イケアおすすめ! 家にいながら「外を感じる」工夫

また、イケアでは家のなかでも外を感じる場所として、「ベランダ」「バルコニー」の活用を提案しています。

「日本では、ベランダは洗濯物を干す場所、植物を育てる場所になっていますが、アイデア次第で『セカンドリビング』になります。食事やコーヒーを飲んだり、仕事をしたり、読書やゲームをしたり、屋内とは少し違う雰囲気で、楽しく快適な時間を屋外で過ごしていただければと思います」(イケア広報)

イケア・ジャパン

イケア・ジャパン

イケアが提案しているのは、フロアタイルや屋外用ラグなどを敷いて椅子を置く、オープンカフェのようなスタイル。さらにクッションやひざ掛けなどのテキスタイル、照明やキャンドル、ランタンなどを活用することで、よりロマンチックな空間に演出できるとのこと。

欧米、特に家で長い冬をすごす北欧の人たちは、家でリフレッシュをするのがすごく上手な印象です。照明やファブリックに手を加えて、模様替えをすることでマンネリ化を防ぎ、今の自分の気分に合うよう、家の居心地をよくなるようアップデートするとともに、ストレスを解消しているのでしょう。これは、在宅時間が増える今こそ、見習いたい知恵なのですね。

またイケアでは、「空気清浄カーテン」という機能性カーテンが登場しています。なんでも自然光のエネルギーを利用して、室内の空気を浄化する鉱物ベースの処理を施しているそう。日本ではカーテンも引越しなどがないとあまり買い替えない印象ですが、窓まわりがかわると気分も変わるもの。この機会に一新してみると部屋の空気も気分も変わるかもしれません。

イケア・ジャパン

イケア・ジャパン

ランタンや寝袋などで「ちょいアウトドア気分」がおすすめ

一方、好日山荘のホームページでは、家でアウトドアグッズを使って楽しむ写真をシェアする「OUTiDOOR(おうちドア)グランプリ」という取り組みがされています(4/17~5/10)。家にいながらにしてアウトドアを取り入れることで、「非日常感」が楽しめるとのこと。

例えば、寝袋(顔だけ出して寝るタイプ)で、リビングで眠ってみる、またガスなどを使ったランタンを灯してみるなど。家にいながらにして、いつもと違う場所やことをしてみることで、違った風景が見えてくるそうです。

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好日山荘

好日山荘

また、ナイフ類を使ってみたり、山ごはんをつくってみたりすると、普通の家事とは違った心持ちで取り組めるとのこと。山ごはんは調理器具と食器を兼用できるので、洗い物もラク(これは重要)ですし、家族のコミュニケーションになるといいます。ランタンもバーナーも同じく換気には要注意ですし、小さなお子さんがいると難しいかもしれませんが、火を使ったごはんやぬくもりを感じる優しい灯りってやっぱりときめきますよね。

ほかにも、今やおしゃれインテリアとしてファンが多い「ハンモック」を設置したり、カセットコンロで燻製・干物をつくったりという楽しみ方もよいとか。確かにこの2つはこれからの季節的にもぴったりですよね。燻製はフライパンでもできますし、手軽~本格派までいろいろなタイプがあって個人的にも大好きです(ただし酒量が増えるので要注意)。

こうしてみると、家での過ごし方は、まだまだ工夫できそうですね。この度の「おうちにいましょうウィーク」、ランタンひとつ、寝袋で眠る「ちょいアウトドア」にチャレンジしてみたいと思います。

●取材協力
好日山荘
イケア・ジャパン

民家の駐車場に“住める”!? 「バンライフ・ステーション」って?

「バン」などの車中泊仕様の車を生活拠点「家」にして、仕事や旅行などを楽しむ新たなライフスタイル「バンライフ」が話題となっている。

その流れを受け、バンライファーである筆者が、日本初の長期間“住める”民家の駐車場「バンライフ・ステーション」を2019年12月にオープンした。この試みはどういったものなのか、利用者の声も踏まえてお届けする。

なぜバンライフが熱いのか?

インスタグラムの「#VANLIFE」ハッシュタグ数は世界で676万件(2020年3月現在)にも及ぶ。インスタグラム、フェイスブック、ブログなどのソーシャルメディアを通して、世界的にあらゆるライフスタイルが共有される時代、人々の視野や価値観が拡大することで、“一緒に”変わった暮らし方にチャレンジする実践者が増えている傾向にある。

筆者の周りでも最近、「生活はバンライフで十分、(それを実践する)バンライファーになりたい」と従来の安定した正社員生活を離れ、2020年3月からトヨタ・ヴォクシーを活用し、バンライファーの仲間入りを果たした20代の若者もいる。

豊かな世の中に生まれ育った20~40代前後の若者が「何故これまでの考えのもと、人生を過ごさなければいけないの?」「時代に合わせた生活があってもいいのでは?」と暮らしの固定概念を疑問視し、精神的な豊かさや自由を求めて、旅先であらゆることを日々体感しながら暮らせるバンライフに魅力を感じ始めているようだ。

バンライフの“家”もあれこれ(写真提供/中川生馬)

バンライフの“家”もあれこれ(写真提供/中川生馬)

ハイエースをベースに、オフィスやベッドを搭載した“動く拠点”(写真撮影/中川生馬)

ハイエースをベースに、オフィスやベッドを搭載した“動く拠点”(写真撮影/中川生馬)

軽トラックや1トントラックに自作の木造の家を荷台に積むバンライファーもいる(写真撮影/中川生馬)

軽トラックや1トントラックに自作の木造の家を荷台に積むバンライファーもいる(写真撮影/中川生馬)

自身の好みで車内を改装すれば、分厚くて頑丈な外装、安全面を重視して製造された車は家にもなる。

「バンライフ=車上生活・車中生活」というと、かつては車付きの路上暮らしをイメージされがちだったが、いわゆるこの記事内の「バンライフ」は従来のイメージとは異なる。

ひと昔前は「マイホーム」が豊かさを示していたかもしれないが、今や個々の豊かさの価値観は自身の自由度にシフトし始めている。

情報通信技術が飛躍的に進化、バンライファー人口はどれくらいいる?

バンライフを実践したい人たち向けに車中泊スポットのシェアと、キャンピングカーなど車中泊仕様の車に特化したカーシェアサービスを提供するCarstay(カーステイ)によると、「世界には120万人、日本には3400人もの長期間、車で過ごすバンライファーがいる」という。

2000年初期からADSLや光回線が普及し、2010年に入ってからはモバイルWi-Fiルーターやスマホのテザリングを介したインターネットが普及。このことでいつでもどこでも場所を問わず仕事ができるようになり、バンライフに火が付き始めた。

2020年代に突入し、5Gや自動運転が普及することで、車で移動しながら仕事するだけでなく、暮らすこともできるようになる。この社会動向とともに、より多くの人が「バンライフも自分の生活の選択肢としてあり得るのでは?」と考え始め、今後の暮らし方の自由度はさらに拡大することだろう。

バンライファーが集まるイベント「キャンパーフェス」にて(長野県安曇野)(写真提供/中川生馬)

バンライファーが集まるイベント「キャンパーフェス」にて(長野県安曇野)(写真提供/中川生馬)

この流れのなかで、バンライファーたちの注目を集めているのが大手自動車会社の動向だ。

それは、情報技術と車両を活かしてあらゆるサービスを展開する概念「MaaS(Mobility as a Service)」。この市場は世界で6兆円規模と言われている。

去年開催された自動車の祭典「第46回東京モーターショー2019」では、車が単に人の「足」になるだけでなく、これまで以上に人の生活に深く入り込み、車は「動く」打ち合わせスペース、ホテル、仮設住宅など、「動くX」に生まれ変わることを自動車会社が強調していた。

「動くX」の代表例はトヨタの「e-Palette(イーパレット)」(写真提供/トヨタ自動車株式会社)

「動くX」の代表例はトヨタの「e-Palette(イーパレット)」(写真提供/トヨタ自動車株式会社)

さらにトヨタは、世界最大のエレクトロニクスとテクノロジーの見本市「CES 2020」で、MaaSなどの実証実験ができるコミュニティ「Woven City(ウーブン・シティ)」を静岡県裾野市に創ることや、通信インフラ最大手のNTTとの資本・業務提携にまで踏み込み、この世界の広がりを本格化させることを発表した。

MaaSに関わる業界全体で、車を基盤としたサービスの革新が進み、バンライフにもさらなる注目が寄せられることだろう。

住める駐車場「バンライフ・ステーション」とは?

バンライフへのアツい潮流をひしひしと実感し、2019年12月、能登半島の奥地、石川県穴水町川尻地区で筆者が安価で譲り受けた一軒の古民家を、シェアハウス、シェアオフィス、コワーキングスペースなど多用途・多目的の家「田舎バックパッカーハウス」としてバンライファー向けにオープンした。「バンライフ・ステーション」はその敷地内にある、中長期間滞在が可能な“住める民家の駐車場”だ。

バンライファーの家となる「車」を駐車場に停めて、「田舎バックパッカーハウス」にドッキング。固定された家に「動く部屋」が拡張されたイメージだ(撮影/中川生馬)

バンライファーの家となる「車」を駐車場に停めて、「田舎バックパッカーハウス」にドッキング。固定された家に「動く部屋」が拡張されたイメージだ(撮影/中川生馬)

ワークスペース、居間、台所、シャワー、トイレ、畑、Wi-Fi、パソコンモニター、デスクなど、生活で必要となるスペースや設備の共同利用が可能で、プライベート空間が必要なときや、就寝時は自身の家/ベットルーム「車」へと戻るという考え方だ。

通常、バンライファーは自宅となる車を運転しながら、その日の風呂、車中泊、仕事、充電などができるスポットを探すことで頭がいっぱいだ。

車の旅人は主に、長距離運転などの疲労による仮眠の車中泊はOKで、オートキャンプなどいわゆるレジャー目的の車中泊は“遠慮してください”としている「道の駅」、サービスエリア、車中泊が正式認定された「Carstay」ステーション、オートキャンプ場、RVパークなどを利活用することが多いが、これらの施設は「長期滞在」「連泊して住む」ことなどを目的としては機能していない。

時代とともに目的や用途は変更すべきだとは思うが、現状、本格的なバンライフを支えるインフラは存在しない。一時的にリラックスでき、24時間仕事に集中できる「バンライフ・ステーション」は、バンライファー含めた旅人に求められていると思っている。このような「バンライフ・ステーション」が増えることで、バンライファーも増えるに違いない。

「田舎バックパッカーハウス」オーナーの筆者・中川生馬は、バックパッカーあがりのバンライファーです(撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」オーナーの筆者・中川生馬は、バックパッカーあがりのバンライファーです(撮影/中川生馬)

今回、「田舎バックパッカーハウス」をつくろうと思った背景には、筆者のバックパッカー時代の経験がある。「田舎バックパッカーハウス」のオーナーである筆者は、以前は田舎を旅するバックパッカーだった。

前職の大手企業での会社生活に満足していたものの、会社中心のライフスタイルに疑問を抱き、2010年10月から、能登の小さな農山漁村・石川県穴水町岩車に移住した2013年5月まで、テントや炊事道具など約30キロのバックパックを担いで、全国各地の“聞いたことがない”田舎を中心に旅歩き、田舎現地の人たちの生の声を聞きながら、次の生活拠点を探した。途中、車中泊・旅人仕様に車を改装するアネックス社からハイエースがベース車輌の「ファミリーワゴンC」を購入し、バンライフを開始。

バックパッカーやバンライフをしていた当時から、中長期間、時間を気にすることなく、休憩しつつも仕事ができ、旅人の体や気持ちを癒やし共感できるスペースの必要性を感じていた。今回、「バンライフ・ステーション」を開設したのは、こういう理由からだ。

今後、バンライファーがさらに増加することで、「バンライフ・ステーション」の需要はさらに高まると思う。「バンライフ・ステーション」は現在能登に1カ所しかないが、共同企画者であるCarstayが年内中に全国から「バンライフ・ステーション」のオーナーの募集をする予定だ。

ハイエースのバンがベース車輌のキャンピングカーで打ち合わせをするCarstayのメンバー(写真提供/Carstay株式会社)

ハイエースのバンがベース車輌のキャンピングカーで打ち合わせをするCarstayのメンバー(写真提供/Carstay株式会社)

「バンライフ・ステーション」を利用した2組の声

2020年新年早々、「田舎バックパッカーハウス」に2組のバンライファー夫婦が訪れた。

1組目の矢井田さん夫妻は「バンライフ」に魅力を感じて会社を退職したという。

2019年10月ごろ、住んでいた大阪のアパートを解約し、ハイエースに引越した。自宅で使っていたベッドや棚などは車内に移動。さながらハイエースは“動くワンベッドルーム”のようだった。

矢井田さん夫妻のハイエースの家。アパートで使っていたベッドや棚を設置(撮影/中川生馬)

矢井田さん夫妻のハイエースの家。アパートで使っていたベッドや棚を設置(撮影/中川生馬)

2組目の菅原さん夫妻は、結婚当時 家がなく、唯一持っていたのは車のみだった背景から、2019年4月から旅・仕事・生活を車中で開始、今では軽自動車のハスラーで全国を周る超小型バンライフを楽しんでいる。が、少しスペースが小さすぎたようで、最近ではハイエースへの乗り換えを予定しているとのこと。

菅原さん夫婦の“家” 軽自動車ハスラー(撮影/中川生馬)

菅原さん夫婦の“家” 軽自動車ハスラー(撮影/中川生馬)

両組とも「バンライフ・ステーション」を利用しようと思った背景には、「落ち着いた環境で時間を気にせず、約1カ月間 集中して仕事をしたい」などの理由があった。

夜はみんなでわいわいと飲み食い(撮影/中川生馬)

夜はみんなでわいわいと飲み食い(撮影/中川生馬)

ご飯を自炊したり、夜中過ぎまで仕事をしたりして「田舎バックパッカーハウス」で過ごしていた二組夫婦。

同じバンライフ人生を過ごす仲間と一時を共有できたことについて「バンライファーが長期間、一つの場所に集まることは珍しい。共感できる話も多くて楽しい時間を過ごせた」と話していた。

また、味噌づくりなど地域の行事に参加、近所で野菜をお裾分けしてもらうなど、田舎ならではの体験をとおして、地域と交流ができ、人との“つながり”が生まれた。

「バンライフでは夫婦2人で居る時間がほとんど。この場をきっかけに、お互いの夫婦や地元の人たちと触れ合うことができ、新しい家族が増えたようで楽しかった。穴水町はまだまだ知られていない穴場、移住した中川生馬さんが地元の人と私たちをつなげてくれたおかげで、『知る人ぞ知る』地元ならではの体験もできてうれしかった」と、菅原さん夫婦は話してくれた。

両夫婦とも能登牡蠣には超感動(写真提供/中川生馬)

両夫婦とも能登牡蠣には超感動(写真提供/中川生馬)

矢井田さん夫妻も、「今回、バンライフ・ステーションに滞在した主な理由は、たまっていた仕事を落ち着いた空間で片付けたいと思ったからでした。バンライフでは、落ち着ける車中泊スポット、温泉や銭湯、ポータブルバッテリーの充電スポットなどを探しながら日々を過ごしています。とはいえ、連泊でき、時間を気にすることなく、自宅のように気軽に利活用できるスペースがありません。夫婦だと、ゲストハウスやホテルなどの長期宿泊すると高額になりますし、バンライフを送るにも通常1カ月あたり12万円以上かかっていましたが、ここに滞在した1カ月間は、ガソリン代や温泉代などを抑えることができ、二人一組で約半額で済みました。また、田舎への“ちょい”移住生活も体感できたし、牡蠣などの能登の食材もとにかく素晴らしかった!」と滞在を楽しんでくれた様子。

昼前から深夜にかけて仕事をする二組の夫婦(撮影/中川生馬)

昼前から深夜にかけて仕事をする二組の夫婦(撮影/中川生馬)

能登では冬季間の1~2月は雨や雪が多いが、3月ころから天気が回復して暖かくなり、過ごしやすくなる。

夏は暑いが、都会と比べると、日中や朝晩は涼しい。暑い日は、「田舎バックパッカーハウス」から数分で行ける穏やかな海へと飛び込んで涼む方法もある。

「バンライフ・ステーション」で過ごすだけでなく、牡蠣漁師の体験や…(撮影/中川生馬)

「バンライフ・ステーション」で過ごすだけでなく、牡蠣漁師の体験や…(撮影/中川生馬)

穏やかな海上で地元の食材や地酒を堪能し、釣った魚を調理し半自給自足体験をすることもできる(撮影/中川生馬)

穏やかな海上で地元の食材や地酒を堪能し、釣った魚を調理し半自給自足体験をすることもできる(撮影/中川生馬)

あらゆるものがそろっている豊かな時代。

あえて混雑した都会を離れ、バンライフというユニークな暮らし方を試してみてはいかがだろうか?

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・Carstay株式会社
・田舎バックパッカー

高輪ゲートウェイ駅と周辺を数字で知る。品川からわずか0.9km、乗車数は1日2万人台?

2020年3月14日、コロナウイルスで大揺れの日本で船出を迎えた、高輪ゲートウェイ駅。

名前のことばかりがフォーカスされ、意外と知らないこの駅とその周辺。さまざまな「数字」で見てみると、そこから浮かぶ正体があった。

以前の最新駅は1971年にできた西日暮里駅

高輪ゲートウェイ駅の前に山手線で新しい駅はというと、1971年に新設された西日暮里駅だった。さらにその前の駅となると、1925年に生まれた御徒町駅までさかのぼる。

日本ではじめて誕生した駅は1872年に開設された品川駅なので、日本一古い駅と、日本一新しい駅が目と鼻の先に共存することとなった。

ちなみに京浜東北線の駅としては、さいたま新都心駅以来20年ぶりの新駅となる。

長らく山手線で一番新しい駅だった、西日暮里駅(写真撮影/辰井裕紀)

長らく山手線で一番新しい駅だった、西日暮里駅(写真撮影/辰井裕紀)

品川駅からの距離は、たったの0.9km

隣の品川駅からの距離は、たったの0.9kmほどしか離れておらず、高輪口から歩けば10分かからずに行けるぐらいだ。ちなみに田町駅とは約1.3kmの距離がある。

もともと品川駅~田町駅までは2.2km離れており、山手線では最長区間であった。ちなみに山手線の最短区間は西日暮里駅~日暮里駅間の0.5kmだ。

品川駅高輪口。高輪ゲートウェイ駅へは、ここから歩いてサクッと行ける近さ(写真撮影/辰井裕紀)

品川駅高輪口。高輪ゲートウェイ駅へは、ここから歩いてサクッと行ける近さ(写真撮影/辰井裕紀)

駅の西側は坂だらけ。22度の急坂も!

高輪ゲートウェイ駅の西側は、坂が続いている。思わず息が上がるほどの急坂で、お年寄りならくじけるレベルである。中には「22度」という急坂もあった。

歩を進める希望すら失う、泉岳寺裏の勾配22%の急坂(写真撮影/辰井裕紀)

歩を進める希望すら失う、泉岳寺裏の勾配22%の急坂(写真撮影/辰井裕紀)

高輪ゲートウェイ駅のすぐ近くは海抜3m程度しかないが、坂が急であるため、ほんの少し歩いただけで海抜25mほどの高台まで登ることとなる。自転車を買うのであれば、電動にしよう。

ちょっと歩けば、すぐ海抜3m→25m(写真撮影/辰井裕紀)

ちょっと歩けば、すぐ海抜3m→25m(写真撮影/辰井裕紀)

ちなみに東側に駅の出入口はない。ただし2024年度に新駅東側連絡通路が開通予定のため、その後は東側の利便性もアップしそうだ。

高輪ゲートウェイ駅徒歩圏内の、泉岳寺駅の家賃相場は、現時点で12万円

高輪ゲートウェイ駅周辺の家賃相場データはまだ出ていないが、その近くにある、都営地下鉄と京急が乗り入れる泉岳寺駅の家賃相場は12万円(※)と、なかなかの値段となっている。だがワンルームで築年数の経った物件なら月額賃料6~7万円で徒歩15分以内の所もあるようで、是が非でも駅近くで暮らしたい人は、狙う手もあるかもしれない。


【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2019/12~2020/2
【家賃の算出⽅法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む⽉額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)

230m続く、高さ1.5m制限のトンネルがある

この地域は線路の東西に抜ける道が少ないので、「街が分断されている」と言われてきた。現状で東西を行き来する数少ない道が高輪橋架道橋だ。

タクシーの上につく表示灯を壊す恐れがあるため、タクシー業界では「ちょうちん殺し」と言われる(写真撮影/辰井裕紀)

タクシーの上につく表示灯を壊す恐れがあるため、タクシー業界では「ちょうちん殺し」と言われる(写真撮影/辰井裕紀)

1.5mの高さ制限がかかるほどの恐ろしい低さで、しかも中は暗くずっと続く。頭がぶつからないように、少し低い体勢を取りながら延々と歩いた。さらにトンネル部の長さは約230m。自動車が通ることができ、かつ長さ200mを超えるガード下道路は、日本でもここのみとされている。

ホントに頭をぶつける低さ(写真撮影/辰井裕紀)

ホントに頭をぶつける低さ(写真撮影/辰井裕紀)

なおこちらは2020年4月に自動車が通行止めとなるが、歩行と自転車の押し歩きは可能。別の歩道が2026年に完成し、2031年に自動車が通る道路が完成する。

「高輪ゲートウェイ」の名入り施設、1つしか見つからず

これほど騒がれると、さぞかし現地はフィーバーの最中に違いない……と思う所だが、そもそも商業施設が少ない周辺ではそこまで目立った動きは見られない。ましてや「高輪ゲートウェイ」の名前のついた施設が乱立する様子は見られない。
見つかったのは坂を登ったところにある、「コル 高輪ゲートウェイ ホステル, カフェ&バー」ぐらいだった。

「高輪ゲートウェイ」を付けた数少ない施設「コル 高輪ゲートウェイ ホステル, カフェ&バー」(写真撮影/辰井裕紀)

「高輪ゲートウェイ」を付けた数少ない施設「コル 高輪ゲートウェイ ホステル, カフェ&バー」(写真撮影/辰井裕紀)

ここではTakanawa Gyozaway(1人前5個500円・税抜、2人前から注文可能)なる、無理に語感を合わせた(?)開業記念の餃子を3月限定で出しており、店主の南祐貴氏によると「餃子のてっぺんのヒダの部分で隈研吾氏が折り紙をモチーフにつくった駅舎の屋根を見立てている」とのことで、開始3日間で60人前を売り上げたとか。

ご祝儀代わりに食べたい(画像提供/コル 高輪ゲートウェイ ホステル, カフェ&バー)

餃子のてっぺんが駅舎の屋根?(画像提供/コル 高輪ゲートウェイ ホステル, カフェ&バー)

駅前2つのコンビニがフル回転?

現状で駅前の商業施設はちょっと少ない。牛丼チェーンのなか卯、海鮮丼・寿司の持ち帰りの丼丸があり、立ち食いそば店など大衆的な個人商店、さらには年季の入った中華料理店や居酒屋が点在しているぐらいだ。駅前のローソンとデイリーヤマザキ、この2つのコンビニにかかる期待が否応なしに高まる。

なか卯とデイリーヤマザキ。普段づかいできる貴重な店舗たち(写真撮影/辰井裕紀)

なか卯とデイリーヤマザキ。普段づかいできる貴重な店舗たち(写真撮影/辰井裕紀)

開業しばらくは乗車数2万人台で閑散?

3月14日に鳴り物入りで暫定開業する高輪ゲートウェイ駅だが、当初の想定乗車人数は1日2万人台と、山手線で最小の鶯谷駅と同じくらいになると見られている。

なお現在は品川駅から田町駅までを一体開発する「品川開発プロジェクト」が進行中であり、そのまちびらきとなる2024年には13万人ほどとなり、五反田駅と同程度の乗車人数になるとしている。

グレイス高輪飲食店街も、いま飲食店は2軒のみ(写真撮影/辰井裕紀)

グレイス高輪飲食店街も、いま飲食店は2軒のみ(写真撮影/辰井裕紀)

タワーマンションが建設された場合に価値が上がると思う街、1位!

ちなみに高輪ゲートウェイ駅は、「今後タワーマンションが建設された場合にそのマンションの価値が上がると思う駅(SBIエステートファイナンス株式会社調べ)」で1位に選ばれた。その理由としては新駅で周辺の再開発が進み、飛行機、リニアモーターカーのアクセスが良いことが挙げられている。

ちなみにタワマンではないが、駅前に「高輪ゲートウェイ マンションギャラリー」があり、ここで紹介されている「ザ・パークハウス高輪フォート」(43戸)は、予定最多販売価格が1億8000万円台と高額だが、問い合わせは多く販売も好調だという。

近隣で1万人の帰宅困難者を収容可

前述の品川開発プロジェクトによってできる高輪ゲートウェイ駅前の都市には、災害が発生した際に、約1万人相当の帰宅困難者を収容できる、一時滞在施設がある。

さらに幅員30m以上の国道15号は「放射第19号線」として、特定緊急輸送道路/帰宅支援対象道路となる。

1万3228 種類中の130位(36票)だった

最後に、あの命名時の話に戻ろう。公募により、応募総数6万4052件から選ばれた高輪ゲートウェイ。1万3228種類もの駅名候補から選ばれ、130位(36票)ながらも「新しい駅が、過去と未来、日本と世界、そして多くの人々をつなぐ結節点として」などという理由で大抜擢された。

なお地名由来のシンプルな漢字名の多い山手線に、得票数の少ない唐突なカタカナ名が選ばれたことなどにより賛否両論が噴出し、能町みね子氏が立ち上げた『「高輪ゲートウェイ」という駅名を撤回してください』との運動には、4万7930人の署名が集まった。

ちなみに36人の投票者がいたことに、一部では「ねつ造では」との声もあがっているが、Twitterをのぞいただけでも数人の投票者の報告があり、少なくともこれに投票した人自体は実際に存在する模様である。

昼間に高輪ゲートウェイ駅をのぞむ(写真撮影/辰井裕紀)

昼間に高輪ゲートウェイ駅を望む(写真撮影/辰井裕紀)

さまざまな「数字」で見えてきた、高輪ゲートウェイ駅と周辺。街が生まれ変わる姿を見守りながら暮らすのもまた一興であると、再開発まっただ中の渋谷の外れに住む筆者も、実感を込めて思うのである。

日本の住まいと暮らしをつくった「団地」。 懐かしの団地の歴史と最新事情とは?

「ひばりヶ丘団地」「牟礼団地」などが解体・建て替えられている一方で、2019年12月には旧赤羽台団地の「スターハウス」を含む4棟が国の登録有形文化財に登録されたり、2022年度をめどに「都市と暮らしのミュージアム」が計画されたりなど、何かと話題の「団地」。日本最大の大家ともいわれるUR都市機構では、団地だけでなく、地域を文字通り「再生」「再構築」しようと考えているようです。今回は団地の「これまで」の歩みと「これから」をつくる動きをご紹介します。
田の字形の間取り、バス・トイレ、キッチン。「今の暮らし」の源流がある

現在、日本では10人に1人はマンション住まいと言われていて、コンクリート造の集合住宅は“当たり前”。そんなマンション、日本の住まいに大きな影響を与えたのが「団地」です。

まずはコンクリート造の集合住宅の歴史をかんたんにご紹介しましょう。そもそも、日本初のコンクリート造の集合住宅ができたのは、長崎県の端島(通称:軍艦島)です。関東大震災後、復興を目的に「財団法人同潤会」が設立され、東京や横浜にも耐震耐火の集合住宅が供給されました。

ただ、このころは庶民の住宅というよりも、高嶺の花、別世界の存在でした。ガスや水道、水洗トイレが完備されているため、当然ながら家賃も高め。エリート層が暮らす場所でした。

昭和30年代の赤羽台団地(写真提供/UR都市機構)

昭和30年代の赤羽台団地(写真提供/UR都市機構)

そんなコンクリート造の集合住宅ですが、戦後、昭和30年に日本住宅公団が設立され、都市圏近郊に急ピッチで供給されるように。「食寝分離」「ダイニングテーブルの登場」「内風呂付・水洗トイレ」「ゆとりある敷地」などが、“新しいライフスタイル”“時代の最先端”でもあり、一種の社会現象を巻き起こしました。その後、昭和40年代、50年代まで、毎年、団地は量産されていき、時代にあわせて「より広く」「より便利に」とアップデートされていきますが、今の住まい、特にマンションの間取りをはじめ、骨格はすべてこの「団地」に源流があるといってもいいでしょう。

幼稚園通園風景(写真提供/UR都市機構)

幼稚園通園風景(写真提供/UR都市機構)

かつての団地のリビングルームの様子(写真提供/UR都市機構)

かつての団地のリビングルームの様子(写真提供/UR都市機構)

八王子にある集合住宅歴史館では、歴代の「スター住戸」に出会える

こうしたコンクリート造の集合住宅・団地の歩みをひと目で体感できるのが、東京都八王子市にある「UR都市機構集合住宅歴史館」(※1)です。この施設には、日本の集合住宅の歴史を彩ったさまざまな建物、しかも「本物」がまるごと移築・復元されているので、まるで「物件内見」している気持ちにもなるほど。事前予約をすれば個人でも見学できるので、ぜひ足を運んでほしい施設です。

見学できるのは以下の4物件・6タイプなのですが、もうホント、どれもこれも魅力的。1時間30分の取材予定がなんと3時間、ずっと興奮しっぱなしでした。1つの物件で記事が書けるくらいなのですが、表と写真でダイジェストでお送りします。

日本の集合住宅の歴史がぎゅっとつまった歴史館。どの住戸も熱い思いが詰まっていて、興奮しきりです(資料より筆者作成)

日本の集合住宅の歴史がぎゅっとつまった歴史館。どの住戸も熱い思いが詰まっていて、興奮しきりです(資料より筆者作成)

まずは「同潤会代官山アパート」(竣工1927年・解体1996年)の独身向け住戸から見学していきましょう。部屋には備え付けのベッド付きで随所に収納もあり簡素でありながら、住みやすそう。今の「激狭物件」にも通じるものがあります。トイレと洗面は共同です。今話題の「ソーシャルアパートメント」に近いかもしれません。

同潤会代官山アパートのシングル向け物件。右手にあるのは造り付けのベッド。ガスがあり、お湯が沸かせるようになっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

同潤会代官山アパートのシングル向け物件。右手にあるのは造り付けのベッド。ガスがあり、お湯が沸かせるようになっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次に見学するのは、同潤会代官山アパートのファミリー向けの住戸。3階建ての住戸ですが、和式トイレ、ガスコンロと流し台が設置されています。

同潤会代官山アパートのファミリー向け物件。お部屋は30平米未満ですがこちらもコンパクトで上品なたたずまい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

同潤会代官山アパートのファミリー向け物件。お部屋は30平米未満ですがこちらもコンパクトで上品なたたずまい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

いよいよ、日本住宅公団による「蓮根団地」(竣工1957年・解体1987年)が登場します。ここで今、当たり前になっている「食寝分離」と「ダイニング・キッチン」が導入されます。お茶の間のちゃぶ台で食事をすることが多かった日本人に新しいライフスタイルを提案するためダイニングテーブルは備え付けだったそう! キッチンはまだ人研ぎ流し台。味わいがあります。

蓮根団地のお部屋。2DKの間取りが誕生。冷蔵庫をはじめとする電化製品も含め、「家族で豊かになっていく日々」は夢があったことでしょう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

蓮根団地のお部屋。2DKの間取りが誕生。冷蔵庫をはじめとする電化製品も含め、「家族で豊かになっていく日々」は夢があったことでしょう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次いで見学するのは、テラスハウスタイプ、いわゆる低層集合住宅です。「多摩平団地」(竣工1958年・解体1997年)のテラスハウスは間取りが3DK、広い専用庭があり、キッチン・バス・トイレ付き。このキッチンは、ステンレス製の流し台が採用されています。

テラスハウスは昭和30年代に公団住宅として供給された住宅のうち、約2割がこのタイプだったそう。専用庭があり、のびのびと暮らせそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

テラスハウスは昭和30年代に公団住宅として供給された住宅のうち、約2割がこのタイプだったそう。専用庭があり、のびのびと暮らせそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次に登場するのが、建築家・前川國男が手掛けた「晴海高層アパート」(竣工1958年・解体1997年)。団地の建設当時から「中層の住宅」だけでなく、土地の高度利用のため、高層住宅も検討されていたことが分かります。工法は現在のスケルトン・インフィル住宅に通じるものがあり、とても斬新で現代風です。築39年での解体となりましたが、住戸の一部だけでも残してもらえて良かった……。

コンクリートブロックと配管むき出しになっていたり、欄間がガラスだったりと、もういちいちかっこいい。晴海という立地から家賃もかなりしたそうですが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コンクリートブロックと配管むき出しになっていたり、欄間がガラスだったりと、もういちいちかっこいい。晴海という立地から家賃もかなりしたそうですが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3層ごとに廊下を設け、上下階の住戸はその廊下を利用して移動します。こちらは共同の郵便受け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3層ごとに廊下を設け、上下階の住戸はその廊下を利用して移動します。こちらは共同の郵便受け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

築40年以上の住宅が7割超。愛着を持って長く住む人が多数

しかし、かつてのスターであり、ライフスタイルを牽引した団地も今、大きな曲がり角に立っています。まずは現状と課題を聞いてみました。

「まず、UR賃貸住宅のストックの現状ですが、首都圏、中部、近畿、九州の大都市近郊を中心に1532団地、71万8000戸の賃貸住宅を有しています(平成30年度末時点)。昭和30年代に建設された団地は集約化・建て替えられているところが多く、今最も多いのが昭和40年代で30万戸超、昭和50年代に建てられたものが15万戸ほど、築年にして40年超のものが約7割になります」というのは、UR都市機構の住宅経営部ストック活用計画課の大川内将至郎さん。

ひばりヶ丘パークヒルズ(写真提供/UR都市機構)

ひばりヶ丘パークヒルズ(写真提供/UR都市機構)

特徴としては長く居住している人が多いこと。調査では(※2)平均居住年数が14年5カ月ということを見ても「借りて数年、住む」というより、「ふるさと」「居場所」として愛着を持って住んでいる人が多いことがうかがえます。

「お住まいの方から聞かれるのは、遊び場や緑といった敷地全体のゆとり、人とのつながりコミュニティ、ですね」(大川内さん)といい、まち開きから40年・50年経過した今も、長く住み続けたくなる魅力があるようです。

団地は地域の「資源」。コーディネートの役割を果たす

とはいえ、住人が長く住んでいるということは、高齢化しているということ。建物と住民、2つの「高齢化」に加え、1住戸に住んでいる人数も減っていることが分かっています。かつてはファミリーが中心だった世帯構成も今では1人暮らしが最も多く、調査では(※2)入居世帯のうち38%にもなるそう。

「日本の国勢調査の平均よりも、1世帯あたりの人数が少なく、平均年齢も高めで、より高齢化が進んでいることが分かっています。入居した方とともに年齢を重ねてきたのはありがたい半面、課題でもあるのです」(大川内さん)

そうした課題に対し、URの方針としているのが、UR賃貸住宅ストックの活用と再生になります。団地別の方針としては、以下のものがあります。そのうち、高経年化への対応が必要なストック再生団地の再生手法は、団地の一部を建て替えして残りを改善するなど、4つの手法を複合的・選択的に実施し、地域の実情にあわせて活性化していくといいます。

既存住戸の活用と再生が2本の柱。再生も地域の実情にあわせて行うという。URの資料より筆者作成

既存住戸の活用と再生が2本の柱。再生も地域の実情にあわせて行うという。URの資料より筆者作成

また、この数年、課題とあわせて再評価されている点も大いにあるといいます。それを象徴するのが、「団地は地域の資源」という考え方です。

「団地は単なる住まいの集合体だけでなく、豊かな屋外空間や、商店、子育て施設、高齢者施設などのサービス施設、培われてきたコミュニティなど、複合的な機能を持っているため、『地域の資源』と再評価されているのだと思います」と話すのはウェルフェア総合戦略部戦略推進課の山田敬右さん。

続けて、歴史的な背景から、UR都市機構が持つ「強み」をコーディネート機能にあると分析します。

「UR都市機構は、団地の開発でも、道路の敷設や学校や公園の建設のために地元自治体と、商店や医療施設では各事業者とのそれぞれ綿密な調整を行ってきました。実はこうしたコーディネートができる事業者はあまり多くない。今後はこうしたコーディネート機能を『地域医療福祉拠点化』の取組みの中で発揮し、さまざまな地域関係者(地元自治体、自治会、関連事業者、地域包括支援センター、大学など)と連携しながら多様な世代が生き生きと暮らし続けられる住まい・まちを実現していきたいと考えています」(山田さん)といいます。

「地域医療福祉拠点化」といっても、特別なものではなく、主に3つの取組みを行っています。
(1)子育てや介護、病院・診療所など、地域における医療福祉施設等の充実の推進
(2)高齢になっても住み続けられるよう、居住環境の整備推進(バリアフリー化等)
(3)若者や子育て世帯等を含む多様な世代のコミュニティ形成の推進

■地域医療福祉拠点化のイメージ
資料提供/UR都市機構

資料提供/UR都市機構

地域医療福祉拠点化に取り組んでいる団地の1つとして、豊明団地(愛知県豊明市)があります。

■「豊明団地」の地域医療福祉拠点化の取組み
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「ふじたまちかど保健室」で行われている健康体操(写真提供/UR都市機構)

「ふじたまちかど保健室」で行われている健康体操(写真提供/UR都市機構)

大学と行政、URが連携している「豊明団地」では、大学の看護師や理学療法士、ケアマネジャーらが交代でお住いの方の健康、介護、子育てなど幅広い相談に応じる「ふじたまちかど保健室」を設置。大学の学生が団地に住み、夏休みには子どもたちの宿題をみる寺子屋活動、自治会主催の夏祭りや餅つき大会などのお手伝いも。

■若者を取り込むための取組み
四箇田団地のMUJI×UR団地リノベーションプロジェクト(写真提供/UR都市機構)

四箇田団地のMUJI×UR団地リノベーションプロジェクト(写真提供/UR都市機構)

「このほかUR都市機構では、住宅のリノベーション企画の1つとして、これまでイケアさんと連携した『イケアとURに住もう。』や無印良品さんと連携した『MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト』の展開を行ってきました。これらの住宅は、メディアにも何度も取り上げてもらえたこともあり、特に若い世代に人気で、これまでUR賃貸住宅を知らなかった方にも知っていただけるきっかけになりました」と大川内さん。

さまざまな歴史や取り組みを重ねてきて、「多様な世代が住み続けられる」「コミュニティを活性化させる」という指針のもと、団地を地域の事情にあわせてリボーンさせていくという段階にあるようです。

現在の喫緊の課題である「高齢化」「コミュニティの衰退」という、難問に立ち向かっているのが今と「これから」といえるでしょう。これらの問題は躯体の問題、つまりハード面はクリアできる/しやすいものの、「人」や「ソフトウェア」によるところは一律の処方せんは難しいのでしょう。だからこその、「技術的な改修」「集約化」を行いつつ、「地域医療福祉拠点化」という方針なのだと思います。

「かつて憧れだった団地で、安心して年齢を重ね、最後のときを迎える」「若い世代が子どもを安心して育てられる」、団地好きとしては残せる建物は残して活用しつつ、さまざまな知恵を結集して現在の課題を解決していってほしいなと願っています。

※1 集合住宅歴史館は新型コロナウイルス感染防止のため、2020年3月22日(日)まで休館しています。3月23日(月)以降の予定は、今後の状況をふまえ改めてURLで告知されるとのことです
※2 平成27年度UR賃貸住宅居住者定期調査

●取材協力
UR都市再生機構
集合住宅歴史館

ロボットと共生する住まいの未来。介護・見守り専門ロボット「ルチア」で目指すのは

「21世紀は猫型ロボットが、あらゆる願いをかなえてくれる」と考えていた人もいただろう。だが、現実は「円盤型の小さなロボットが、部屋のお掃除を代わりにしてくれる」くらいだ。しかし生活の中で、人の代わりに動いたり、話しをしてくれたりするロボットが徐々に増えていることは否定できない。私たちの生活にロボットは今後さらに受け入れられていくのか。それに伴い、住空間は新たな環境を求めるようになるのだろうか。

東京ビッグサイトで昨年12月に開催された「2019国際ロボット展」では、「ロボットがつなぐ人に優しい社会」をテーマに、国内外から産業用ロボやIoT、AIなど関連製品や技術が集結した。なかでも人目を引いたのが、人手不足や過重労働の課題が深刻化する介護医療の現場向け「解決提案型ロボ」だ。

介護や見守り専門のロボット「ルチア」を開発した研究者である、神奈川工科大学の三枝亮准教授に、専門家から見た「ロボットと共生する未来像」について、話を聞いた。
介護医療コンシェルジュロボット「ルチア」(写真提供/筆者)

介護医療コンシェルジュロボット「ルチア」(写真提供/筆者)

三枝准教授率いる神奈川工科大学の「人間機械共生研究室」で生み出されたロボット「ルチア」は、企業へ技術移転され「くるみ」という名で製品化されている。ルチアの持つ「夜間巡回機能」に絞り込んだもので、すでに介護施設で導入実績を持つ。

この「くるみ」は、夜間、介護施設のフロアを見回りしながら巡回し、万が一、異常を見つけると、即座にネットワークを通じて監視センターに通報する。通常ならば、夜勤の監視員数名が、夜中に定期的に巡回する仕事を、「くるみ」一台でこなす。すでに、浜松市の介護施設「社会福祉法人天竜厚生会」などの施設で役立っている。一方「ルチア」は、主に介護、医療、福祉、教育分野への先端研究を行う研究用の機体で、介護施設に加えて特別支援学校や総合病院などでも実験を続けている。

三枝氏によると「ルチアは、人とロボットが相互のやり取りを通じて、人に与えられる効能を検証するために開発した」という。

例えば、ルチアがロボットとして支援できる「歩行リハビリ」では、理学療法士がまずルチアに歩行のペースやルートなどを教え、ルチアはそれを踏まえて患者を実際に移動しながら誘導することで、歩行練習を進めることができるという関係にある。

「このように、人がルチアを育て、また人もルチアから学び、成長するような人間と機械の共生をイメージし、バリアフリーなロボットを目指しました」(三枝氏)

「不気味の谷」を意識したデザイン

ところで、ルチアの特徴はその風貌にある。まるで70年代の特撮テレビドラマ『ロボコン』に登場したキャラクターのような愛らしさがあり、足下についている車輪で移動し、顔部分に当たるモニターを通じて、人とコミュニケーションを取ることが可能だ。また体中に巡らせたセンサーのおかげで、実際にルチアを触ることで、動きを制したり、一方で寝ている人の体の変動を自動で計測したりすることもできるという。

このルチアのデザインは、人型(ひとがた)からは程遠い。その点について、三枝氏は「我々はルチアの開発をする際に、<不気味の谷>という心理学の知見に基づいてデザインをした」と話す。

「不気味の谷」とは、日本のロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱し、2015年にカリフォルニア州立サンフランシスコ大学の心理学者たちが実際に研究を証明した、ロボットに関する人の心理的要素を示したものだ。

三枝氏によると「人は、対象物が人の姿に近いほど親近感を持つが、人形やマネキンのように、人に似過ぎると親近感が下がり、さらにもっと人に近づくとまた親近感が復活して最高に達する」という。(図参照)

(図面提供/人間機械共生研究室)

(図面提供/人間機械共生研究室)

そしてルチアについては、「ペットのような動物性を残した愛らしい風貌や、動作に対して<意図的に>谷の手前に位置するようなデザインにした」と話す。実際、ルチアに対する好感度を調べたところ、拒否率は5%未満にとどまったという。(介護施設及び障がい者施設内での約3週間の実証試験において約100名の対面者(介護施設及び障がい者施設の利用者、施設職員、慰問中の幼児や児童を含む)に対して4人程度)

だが一方で、人のような指や足を持たないために、ハサミを使ったり、階段の上り下りができなかったりという不都合はあるが、存在用途がはっきりしているルチアにとっては、現状の体裁で申し分のない状況のようだ。

家や車がロボット化し、その中に人が住むという姿

そんなロボット研究の第一線にいる三枝准教授に、これから一般家庭で普及していくであろうロボットの想定される現実的な姿や用途について聞いてみたところ、「AI、センサー、モーター、インターフェースなどの各機能がネットワークで連携した<環境型ロボット>が最も現実的」とのこと。

ルチアのできること一覧(撮影/筆者)

ルチアのできること一覧(撮影/筆者)

つまり、家や車が全体としてロボット化し、人がロボットの中で生活をするという形だという。それはまるで車が人と会話し、自分から行動を起こせる米国の80年代に放映された近未来ドラマ『ナイトライダー』に登場した自動車<キット>が現実になると言っても過言ではないだろう。さらに「ロボット掃除機に代表されるような、自律型ロボットは、こうした環境型ロボットの端末として残っていくと思う」と三枝氏。

では、このルチアのような小型版のロボットが、一般家庭に普及することはないのだろうか。三枝氏によれば、歩行型や、ルチアのような車輪型でない形態のロボットも十分つくることはできるというが、現実問題、莫大な費用がかかるという。「ルチアをはじめ、多くのロボットは車輪型であるために、バリアフリーに近い住空間であれば、十分活躍できる」と話すように、この車輪型ロボットが、価格とパフォーマンスを兼ね備えた今現在、最も現実的なロボットと考えられそうだ。

そのような状況を踏まえると「車いすを利用する人が生活しやすい住空間をつくり、同様の仕様を満たすようにロボットを設計すれば、ロボットが活躍できる世界は十分家庭にも広がる」と三枝氏は考えている。実際、ルチアは、成人が車いすに座っている状態と同等の重量(約60kg)、車高(約100cm)、車幅(約50cm)でできており、人の手の長さに近いアーム(80cm)を備えているという。

コストとメンテナンスがロボット導入の課題会場で「ルチア」と撮影に応じた神奈川工科大学准教授・三枝亮氏(撮影/筆者)

会場で「ルチア」と撮影に応じた神奈川工科大学准教授・三枝亮氏(撮影/筆者)

現在ルチアから製品化されたロボット「くるみ」は、夜間巡回者を1名雇い入れる費用と比べると安く済むため、人手不足が否めない介護の世界では業界のニーズを満たしているという。スマートフォンや掃除ロボットが広く普及している背景にコストと価値が見合っていることがあるように、生活支援ロボットとしてルチアクラスのロボットが一般に普及するには、もっとニーズが増えると当時に、製造コストが抑えられるようになる必要がある。

そしてもう一つの課題と考えられるのが「メンテナンス」である。三枝氏によれば「現在ロボットのメンテナンスは、サービスとして成立しておらず、売り切りにせざるを得ないため、複雑なロボットが市場に出せない状況」とのこと。今後、車のように、ロボット業界も、ディーラーなどによるメンテナンスサービスや、保険サービスが事業的に成立する流れができれば、より生活支援型のロボットが我々の生活に介入してくる日も近くなると言えるだろう。

●取材協力
人間機械共生研究室(SybLab)

スターアニマルのお宅訪問!ハリネズミ「もなか」と角田修一さんの暮らし

2020年は12年に一度のネズミ年。そしてこのところ、犬、猫に次ぐ、スターアニマルとして人気を集めているのが「ハリネズミ」です。では、ハリネズミとともに過ごす日々はどのようなものなのでしょうか。「“ハリ飼い”さん」である写真家の角田修一さんにその暮らしぶりを聞きました。
小さくて丸くて、トゲトゲ。小さな手足とつぶらな瞳の「ハリネズミ」!

インスタグラムで大人気・ハリネズミの「もなか」さん。親ハリネズミである「あずき」さん時代から角田さんが続けているインスタグラムのフォロワーは40万超、写真集やポストカードブックが次々と発売されるなど、世界から注目されているスターアニマルです。その可愛らしさは写真を見ていただければ一目りょう然、説明いらず。小さくて丸くて、チクチクしていて、愛らしい。

『はりねずみのあずき&もなか ポストカードブック』(講談社 刊)2020年1月23日発売

『はりねずみのあずき&もなか ポストカードブック』(講談社 刊)2020年1月23日発売

ハリネズミのもなかさん。取材陣一同、ひたすら「かわいい」と連呼してしまう(写真撮影/相馬ミナ)

ハリネズミのもなかさん。取材陣一同、ひたすら「かわいい」と連呼してしまう(写真撮影/相馬ミナ)

角田さんがハリネズミと出会ったのは2016年。当初は犬を飼いたいと考えたものの、家族の体調などを考慮し、抜け毛やニオイがなくケージで飼育できる「ハリネズミ」の存在を知ったそう。

「それまでハリネズミをよく知らなくて、ヤマアラシみたいな生き物を想像していたのですが、実際に見たら小さくて愛おしくて。とはいえ、命なので即決せずに一週間、よく勉強して、準備をしてから正式にお迎えしたんです」と言います。

ただ、犬や猫と違い、ペットとして飼うための情報も少なく、手探りだったそう。そんなときに役立ったのがSNS、インスタグラムでした。

「インスタではささいな日常を残しておきたい」と角田さん。眺めていると幸せな気分になれます(写真撮影/相馬ミナ)

「インスタではささいな日常を残しておきたい」と角田さん。眺めていると幸せな気分になれます(写真撮影/相馬ミナ)

「当時はハリネズミの情報もあまりなくて。日常の記録、成長の記録として残しておこうと思ったんです。また、他のハリ飼いさんと繋がって、日常のお世話など素朴な疑問をぶつけあって解消する場にもなって、自然と輪が広がりました」といいます。

インスタグラムで掲載しているのは、できるだけ自然体でリラックスした表情のもなかさん。普段、何気なく過ごしていると見落としてしまいそうな、忘れてしまいそうな、なるべく些細な思い出を残していくのだとか。写真越しにもそのやさしさ、愛情が伝わってきて、人気に火がつくのも納得です。

つぶらなひとみと鼻。手のひらサイズのトゲトゲもふもふ(写真撮影/相馬ミナ)

つぶらなひとみと鼻。手のひらサイズのトゲトゲもふもふ(写真撮影/相馬ミナ)

丸まった状態からのご飯、最後は大の字! 愛らしすぎて、無限に見ていられる……(インスタグラムより)

丸まった状態からのご飯、最後は大の字! 愛らしすぎて、無限に見ていられる……(インスタグラムより)

室温は26~28度をキープ。愛らしいドールハウス住まい

「鳴き声の心配がない」「散歩が不要」「抜け毛がなく、ニオイもない」とはいえ、ハリネズミは単純に「誰でも飼える」という生き物ではありません。まず欠かせないのが室温管理です。ハリネズミの飼育に適しているのは24度から28度と言われていますが、もなかちゃんは少し寒がりのため、アクリルケージ内は常に26~28度になるよう配慮しています。

角田さんは東京都内の3階建ての一戸建てにお住まいですが、1年を通して最も室温が安定する、2階リビングの一角にアクリルケージを設置。さらに、上下にパネル式のヒーターをいれて一年中、適温をキープできるようにしています。

安心できる脇の下に逃げ込む。腕の中の、この安心しきった表情!(写真撮影/相馬ミナ)

安心できる脇の下に逃げ込む。腕の中の、この安心しきった表情!(写真撮影/相馬ミナ)

ちなみに、お住まいは建築家とともに建てた注文住宅。周囲を建物にかこまれた旗竿敷地なので、「屋根から光を取り入れ、やわらかく光をまわす」、そんな工夫を凝らしたお住まいです。

やわらかく光が差し込む角田さんの住まい(写真は12年前のもの)。もなかさんのケージがあるのは2階だそう(写真提供/角田修一さん)

やわらかく光が差し込む角田さんの住まい(写真は12年前のもの)。もなかさんのケージがあるのは2階だそう(写真提供/角田修一さん)

アクリルケージの中には、角田さんお手製のドールハウスを設置。これがまた愛らしいカラーリングで、しかもハリネズミの体高や動きに合わせてつくり出した、まさに世界に一つのお家です。こんな住まいで暮らせるなんてもなかさん、幸せものです……。

もなかさんのお父さん、あずきさんが使っていたアクリルケージ。写真右手にあるのがお手製のおうち。テントはドイツの骨董市で購入してきたもの(写真撮影/相馬ミナ)

もなかさんのお父さん、あずきさんが使っていたアクリルケージ。写真右手にあるのがお手製のおうち。テントはドイツの骨董市で購入してきたもの(写真撮影/相馬ミナ)

もなかさんのおうち。イメージに合わせて外壁塗装を変えているそう。素敵が止まりません(インスタグラムより)

もなかさんのおうち。イメージに合わせて外壁塗装を変えているそう。素敵が止まりません(インスタグラムより)

「ハリちゃんが来て一番の暮らしの変化は生活にリズムができたこと。ハリネズミはトイレが覚えられないので、ペットシーツの交換が必要。だから毎朝、あいさつをして、ケージの掃除をするとともに、ご機嫌を伺っています」(角田さん)

ハリネズミは夜行性で、睡眠時間もたっぷり必要だそう。もなかさんの場合は20時間寝ていることもあるとか。そのため昼間はひたすら眠り、夜中に動き回ることが多いそう。だから朝、あいさつ代わりにふれあってその後に掃除、昼間はゆっくり寝かせてあげて、夜の帰宅後にマッサージをしたり、えさをあげたりとふれあっているとのこと。こうした日々を過ごすうち、角田さん自身の体調にも変化がありました。

「私はパニック障害を患っていて、今まで薬が手放せなかったのですが、ハリちゃんたちのお世話をするなかで、発作が出にくくなりました。パニック障害って周囲の人になかなか理解されないのですが、ハリネズミはそばにいてくれる存在というか、とにかく癒やしになっているのだと思います」と言います。

マッサージをされてうっとりのもなかさん。確かに癒やし効果は絶大です……(写真撮影/相馬ミナ)

マッサージをされてうっとりのもなかさん。確かに癒やし効果は絶大です……(写真撮影/相馬ミナ)

ハリネズミの寿命は3~5年。一回一回のお世話が貴重なひととき

ハリネズミは「ネズミ」といいつつも、その生態はモグラに近いそう。視力は弱く、嗅覚や聴覚で周囲の環境などを判断するため、匂いの強い柔軟剤、香水の使用は避けるようにしているとか。

「ハリネズミの寿命は3年から5年。さらにほとんど寝ているから必然的にお世話をしてあげられる時間、ともに過ごす事のできる時間は限られています。だからこそ、一回一回、会える時間をどれだけ愛してあげられるかが大事なんです。一瞬でも10分でも大切にして、お世話をしてあげたい」と角田さん。基本的にはとても臆病な生き物ですが、お世話をしていくうちに飼い主にしか見せない、油断した顔や、うっとりした顔を見られるのが、ハリネズミとの暮らしの良さだとか。

ブランケットにくるまれるのも好き。ひょっこりと顔が出ています(写真撮影/相馬ミナ)

ブランケットにくるまれるのも好き。ひょっこりと顔が出ています(写真撮影/相馬ミナ)

今、角田さんをはじめ、ハリ飼いさんのなかで最も懸念されているのが、インスタ映えのためだけに、まるで道具のようにハリネズミを飼い始める人が出てしまっていること。

「ハリネズミは動きが早いから撮影も難しいし、まるきりなつかない性格の子もいます。すると思ったような可愛い写真が撮れない、ぜんぜん懐かない、可愛くないという理由で、簡単に捨てられてしまうケースが出てきてしまって……」と悲しそうに話します。

ただでさえ短命のハリネズミが捨てられて命を落としてしまうのは、悲劇でしかありません。小さな命を乱暴に扱う人がこれ以上出ないように。最後の瞬間まで生をまっとうできるように、そっと祈るばかりです。

ぬいぐるみ(右)のハリネズミとご対面。なんだこいつ……?と思っているとか、いないとか(撮影/相馬ミナ)

ぬいぐるみ(右)のハリネズミとご対面。なんだこいつ……?と思っているとか、いないとか(撮影/相馬ミナ)

●取材協力
角田修一さん、もなかちゃん
コマーシャルフォトグラファー。1975年、東京生まれ。多摩美術大学デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。モデル活動後に独学で写真とヘアメイクを学び、現在カメラマン。広告撮影を中心に雑誌やCDジャケット、ポートレートの分野で幅広く活動中。SNSで日々のはりねずみのあずきともなかを紹介している。著書『トゲもふ! はりねずみのあずき』(kadokawa)ほか。
あずき 2016.1.15~2019.1.20
もなか 2018.4.8~
インスタグラム
『はりねずみのあずき&もなか ポストカードブック』

2020年の不動産市場を読み解く3つのキーワードを発表!

1月の恒例企画、2020年の不動産市場について、さくら事務所会長の長嶋氏に予測いただきました。2020年の不動産市場はどうなるでしょうか。
キーワード1「さらなる災害リスク」

まずは「さらなる災害リスク」。2019年の台風15号や19号が国内各地に甚大な水害・災害をもたらしたのは記憶に新しいところですが、気候変動のトレンドは今後もさらにその趨勢を増し、海面温度上昇による大規模な台風の発生する可能性はますます高まっています。国連IPCC第5次評価報告書によれば、気候変動システムの温暖化には疑う余地はなく、気温、海水温、海水面水位、雪氷減少などが再確認されています。

浸水可能性のある地域ではその備えを。また不動産選びではリスクのあるところはなるべく避けるといった動きが顕著になるのではないでしょうか。現時点では義務化されてはいない「不動産売買・賃貸契約時にハザードマップの説明を義務付け」「災害リスクを金融機関の担保評価に織り込み」といった動きが出てくるかもしれません。

「災害可能性に応じた火災保険料率の設定」は必至で、例えば楽天損害保険は4月から「住宅が高台などにある契約者の保険料は基準より1割近く下げる。一方、床上浸水のリスクが高い川沿いや埋め立て地などに住む契約者の保険料を3~4割高くする」としています。

また「屋根工事」のやり方にも注目が集まりそうです。昨年9月の台風15号では、神奈川県の一部や千葉県の多くの地域で屋根が飛ぶなどの被害が続出。私は被災後の千葉県館山市の現地を見て回りましたが、被災の有無の分かれ目は「屋根工事が2001年8月以降か」だったようです。1995年の阪神・淡路大震災の被害を受け、6年後の2001年に、各業界団体合同で示された「瓦屋根標準設計・施工ガイドライン」に沿ったやり方で工事が行われていたかどうか、ということなのです。

巨大地震( 震度7 )に耐える目的で創られたこのガイドラインより前の屋根工事は、極端にいうと、ただ載っているだけのようなケースも多く、一定以上の風量には全く対応できません。ひとたび屋根が飛ぶと、それが周辺の建物の壁を貫通するなどの二次的被害も発生し、地域全体が悲惨な状況となっていました。自身が保有する建物の屋根は、いつごろの工事なのか、どのような基準に基づいて工事されたのか、確認しておきたいところ。さらには、周辺の建物の屋根工事の状況についても、現状把握をしておく必要があるでしょう。もちろん、2001年以降の工事であってもガイドラインを無視した工事もあるかと思いますので、どのようなやり方で工事を行ったのか、工事会社に確認してみましょう。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

キーワード2「不動産価格のピーク感」

「不動産価格のピーク感」も鮮明です。2012年の民主党から自民党への政権交代以降、「都心」「駅近・駅前・駅直結」「大規模」「タワー」といったキーワードに象徴される物件中心に価格上昇を続けてきた新築マンション市場も、発売戸数は年々減少し、好不調を占う契約率も恒常的に70%を割り込むなど息切れ感。19年の首都圏新築マンション供給は3.2万戸の見込み(不動産経済研究所)も、2020年は3万戸を割り込む可能性が高いでしょう。供給は都区部や駅近・大規模・タワーマンションなどが中心となり、平均価格は横ばいかやや下落といったところではないでしょうか。新築マンションはもはや「高嶺の花」となり、こうした流れから中古マンション市場は過去数年のトレンド同様、好調が継続しそうです。

キーワード3「政治の動き」

政治にも動きがありそう。森友・加計問題でも揺らがなかった現政権も「桜を見る会」騒動や「IR=統合型リゾート」関連を巡る汚職事件では国民の関心も高く、内閣府支持率を大きく低下させています。国会の野党追及次第では、憲政史上最長の現政権も衆議院の解散・総選挙を決断する場面が出てくる可能性があるかもしれません。そうなると、長期政権だからこそ安定してきた株式市場や不動産市場にも悪影響は必至で、さらに「実質的な日銀による国債引き受け」といった現在のスタイルに懸念が示される展開となると、金利上昇など景気に悪影響を及ぼしかねない状況が生まれるかもしれません。金利上昇すれば当然不動産価格は下落に向かいます。

世界を見渡せば「ブレグジット」「香港デモ」「中東情勢」など世界には火種がいくらでも転がっており、世界の政治経済情勢はかつてなく不安定。有事となれば日本円やスイスフランのように通貨の強い国はデフレ、それ以外の国はインフレに向かう可能性が高く、これも国内不動産価格にはもちろん下落圧力です。「円高」「株安」「原油高」「金高」「仮想通貨高」「不動産安」といった展開です。

10月に実施された8%から10%の消費増税後、12月の日銀短観では企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が、大企業製造業でゼロとなり、前回9月調査から5ポイント低下するなどありとあらゆる経済指標が悪化する中「台風の影響もあった。趨勢を慎重に見極める」としている政府ですが、そろそろ災害の影響を差し引いた情勢も分かるはず。本格的な景気悪化が鮮明となった場合、株価や不動産価格に影響が出るのは避けられません。

そんなわけで、今年の不動産市場は「大きなトピックがなければ横ばいまたはややマイナス」「世界の政治・経済情勢に大きな変化があれば大きくマイナス」になるものと予想します。

お墓は必要? 将来どうする? 漫画で「墓活(はかかつ)」を考えよう

お墓って、先祖代々のもの。自分もそこに入り、子孫が弔ってくれるってイメージ。でも、「子どもは女子だけで嫁いで姓も変わってしまった」「お墓が田舎にあって管理が難しい」「一生独身を楽しむ予定」など、時代とともに必ずしも先祖代々の墓を継いでくれる人がいるとは限らない状況も増えているようだ。どうすればいいか答えが見つからず、結果的に面倒くさいお墓まわりの諸問題。「でも本当はいろんな解決法があるんだよ」、と漫画家・井上ミノルさんは『まんが 墓活』(140B 刊)で描く。少子化、人口減少、非婚の進むニッポン。現生の住宅と同じようにあちらのお家も多様化が進む。井上ミノルさんに、漫画に込めた思いを聞いた。
「代々墓」は続かない。でも選択肢はいっぱいあるお墓事情『まんが 墓活』(井上ミノル 著、140B 刊)

『まんが 墓活』(井上ミノル 著、140B 刊)

終活、墓じまい、墓友。どれもが、最近よく耳にする言葉だ。では、本のタイトルにある「墓活」とは、どういう意味なのだろうか。

「墓活とは、ご先祖の墓を移す墓じまいのことだけを指す言葉ではない、と考えています。自分自身と縁で結ばれた方を偲ぶ場所としてのお墓をどうするのか、まず、みんなで考えること自体が墓活だと思います」(井上ミノルさん:以下同)

「そもそも、幕府が統治制度として寺請制度を創設し、檀家、菩提寺という仕組みができました。また、先祖代々の墓という形も、そんなに長い歴史のあるものではないのです。明治になるまでは庶民には姓すらなかったわけで、江戸後期までは地域の集団墓や共同墓、または個人墓が普通だったようです。代々墓は明治期に制定された家長制度(家制度)のもとで一般化した形態だと思われます」

「わたしのお墓」のページより(画像提供/140B)

「わたしのお墓」のページより(画像提供/140B)

家長制度がなくなった時点で、代々墓のシステムが続かないのは、自然な話だと井上さんは言う。
本に紹介されているのは、みんながイメージで描く「代々墓」から離れた、新しいお墓の形だ。姓の違った者同士が入る合同墓や、夫婦だけのお墓など。お墓と呼べるものだけではない。納骨堂や、永代供養、散骨まで。仏像の内部にお骨を納めて供養する「お骨仏(こつぶつ)」まで紹介されている。

故人を悼み敬うお墓の形は、どんどん変わってバリエーションも増えてきているという。しかもお墓に入るのは、家を単位としたつながりだけではない。実際に宗教関係者の話として、「誰と入ろうが自由だと、お話しします。姓がちがっても、友人同士でも、同性のパートナーでも一緒のお墓に入ればいいと」

「気の合う仲間と墓を建てるのアリですか?」のページより(画像提供/140B)

「気の合う仲間と墓を建てるのアリですか?」のページより(画像提供/140B)

江戸時代から檀家制度のもと、お墓を守ってきたお寺も変わってきている。漫画の執筆にあたり、さまざま種類のお墓や、お寺の住職、宗教関係者などに取材を重ねたという井上さんが特に印象に残ったお寺のお墓は?と尋ねると、「大阪の堺にある由緒ある古寺・月蔵寺(がつぞうじ)の永代供養墓です」とのこと。「大阪芸大の先生が設計した空間は、水が流れ季節の草木に囲まれたデザインで、亡くなった人を偲びながら心地よく過ごすというイメージです。なんといっても自然と調和した明るく楽しい空間で、これなら人も集まりやすいだろうなぁって」。そこでは、法要だけではなくコンサートやイベントも催され多くの人が集まるという。

このお寺では、宗派を問わず受け入れている。「人が集まって気軽にご先祖様に会いに来ることができる場所でありたいと、住職さんは語ってくれました。お寺というのは、もともと地域のコミュニティのような存在だったのだと気付かされました」

本の中で数多く紹介されているように、お寺も宗派も超えてより開かれたものへと、変わってきているようだ。

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

堺市「月蔵寺」紹介ページより(画像提供/140B)

生きている人のために、「墓活」を考える

実際には思ったより自由で、選択肢が広がる墓活。井上さんに聞いた。究極、墓は要らない?
「お墓の前でおじいちゃんはこんな人だったんだよ。あの人はね、これが好きでね。と子どもたちに話ができる。そういう場所として、お墓はとても大切だと思うのです。でも、家だけを重視したつながりで、お墓を維持していこうとするならば、どこかで無理が生まれます。家という枠を超えて、自分につながる人を悼み、敬う場所は必要。なくならないと思います」

現実問題として、受け継ぐ人がいない、お墓を維持することに負担を感じると悩む人が多い。
「お墓という言葉や形にこだわらず、自分自身と深い縁で結ばれた人を悼み、敬う場所は、生きている人のためにあると思えばどうでしょう。日本では地域によっては、墓前で先祖に思いをはせながらお酒を酌み交わし、楽しむ葬礼文化も残っています。埋葬は、動物にはない人間の人間たるゆえんと、宗教学者の釈 徹宗(しゃくてっしゅう)先生もおっしゃっていました。だから、負担にならない方法で、面倒くさくない方法で、弔いを考えることが大事なのだと思います。ややこしい先入観を捨てて」

著者:井上ミノルさん(写真撮影/140B)

著者:井上ミノルさん(写真撮影/140B)

実に多彩な墓活。その選択に当たっては家族や親類縁者でも、それぞれ意見が異なってくることも多い。では、どうやって決めたらいいのか。

「永代供養墓も納骨堂も樹木墓地も、散骨も、実際にみんなで行って、話を聞いて、感じてみることです。素敵だなとか、あ、これはなんか違うなあとか」

お墓の引越しも、当然アリだと話す。「生活の場所が変わり、遠くへお参りに行くのを負担に感じたり、今のお墓が縁遠くなったら、お墓も引越しです。一度決めたら永遠に守り続けなければ、という考えも捨ててみてください」。現生の住宅と同じ、ライフスタイルに合わせてあちらのお家も考えるということか。

ただ、墓じまいをしようとすれば、役所に届けが必要であったり、日本ではお墓に関しては、法律によってさまざまな規制に守られている。散骨するにしても、どこに撒いてもいいというものでもない。そこは、よく注意してほしいと、井上さんは言う。

普段は話題にすることもはばかられる「お墓」の話。避けて通るのはなく、明るく家族みんなで話し合う。楽しいイラストで綴られた『まんが 墓活』がそのきっかけになれば、と井上さんは語った。

●取材協力
井上ミノル
イラストレーター&漫画家。神戸市生まれ。2000年にイラストレーターとしてデビュー。生来の国文好きを活かして、2013年にコミックエッセイ『もしも紫式部が大企業のOLだったなら』を刊行。続いて『もしも真田幸村が中小企業の社長だったなら』『こどもが探せる川原や海辺のきれいな石の図鑑』(以上、創元社)などを上梓。専門的で難しいことも、おもしろくて分かりやすいイラストで描くことでは定評がある。好奇心旺盛でお酒好きの二女の母。
Twitter●株式会社140B(イチヨンマルビ-)
【新刊情報】『まんが 墓活 それでどうする、うちの墓?』

“暖房をつけても寒い”は家に問題が! 解決策は「住まいの温活」

寒さが本格化するこの季節。思わず暖房をガンガン効かせたくなるけど、光熱費がかさむし、地球にも優しくない。そこで考えたいのが、住まいそのものを寒さから守ること。外の寒さを閉め出し、暖かさを逃さない家にする「住まいの温活」の方法について、断熱リフォームからDIYの方法まで、旭ファイバーグラス株式会社渉外技術担当部長の布井 洋二さんに話を聞いた。
暖房しても寒いのは、暖房の熱が外に逃げているから

冬、家の中を暖房しても寒いのは、なぜだろうか? それは、暖房の熱が外に逃げてしまうから。一戸建ての場合、暖房の熱は、窓などの開口部や外壁、床や屋根から失われてしまい、特に開口部からの流失は58%に上るというデータもある。せっかく暖房をつけても、窓や壁、床や屋根から、暖かさが逃げてしまうのだ。

では、どんな家なら、熱を外に逃さないのか。よく言われるのは、「家全体をくるむように断熱する」ということ。気密性を高め、隙間なく断熱することで、熱に逃げる隙を与えないのだ。そこで、開口部や壁、床、屋根など、外気に面していたり、土と接していたりする部分ごとに断熱を施すことになる。

すでに住んでいる家でも、断熱材を追加で施工したり、窓を替えたりする「断熱リフォーム」によって、断熱性能をアップすることは可能。一戸建て、マンションそれぞれについて、その方法を布井さんに聞いてみた。

冬、外気がマイナス2.6度のとき、18度に暖房した部屋から外に逃げていく熱の割合は、開口部(窓)が58%と最大。外壁や換気による流失が15%ずつあり、床や屋根からも熱が失われている(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

冬、外気がマイナス2.6度のとき、18度に暖房した部屋から外に逃げていく熱の割合は、開口部(窓)が58%と最大。外壁や換気による流失が15%ずつあり、床や屋根からも熱が失われている(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

2月の東京で、断熱材なしの一戸建てと断熱材100mmを施工した一戸建て(ともに窓は無断熱・単板ガラス)を設定20度で暖房した場合を比べると、断熱材なしのケースでは1日に逃げる熱の合計が断熱したときの約3倍だ(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

2月の東京で、断熱材なしの一戸建てと断熱材100mmを施工した一戸建て(ともに窓は無断熱・単板ガラス)を設定20度で暖房した場合を比べると、断熱材なしのケースでは1日に逃げる熱の合計が断熱したときの約3倍だ(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

一戸建ての断熱リフォーム費は数十万円から数百万円程度に

まず、一戸建て。簡易な方法としては、1.最下階の床下に断熱材を施工する「床断熱」、2.天井裏から吹込み断熱施工を行う「天井断熱」、3.内側、あるいは外側から断熱材を施工する「壁断熱」、4.今の窓の内側に内窓を設置することによる「窓の断熱」、この4つの部位の断熱が挙げられる。

このうち、床(最下階床)、天井、壁(外壁)それぞれを断熱リフォームした場合の費用の目安は下図の試算例が参考になる。昭和55年省エネルギー基準世代の築25~20年前後、床面積135平米の一戸建ての場合、天井にグラスウールを吹込み断熱する「天井断熱」だと1棟36万円。最下階の床下にグラスウールを充填すると「床断熱」だと同101万円、外壁に外側から断熱材を張り付ける外張付加断熱工法による「壁断熱」だと同387万円となっている。

「壁の断熱については、内張断熱工法も。断熱材にもよりますが、1平米あたり2万~5万円ほどかかるようです。得られる断熱性能は今の省エネ基準以下となるケースが多いでしょう」(布井さん)

窓の断熱にかかる費用は、内側に設置する内窓次第。標準的な掃き出し窓の場合、一間分に複層ガラス(数枚の板ガラスの間に乾燥空気やガスなどが封入された窓)を取り付けると、材料費・工事費で6万円台。腰高窓の場合は、3万円台が目安となる(いずれも取り付けや進入に障害がなかった場合)。例えば、1階の掃き出し窓二間分と腰高窓二間分、2階の掃き出し窓二間分と腰高窓五間分に内窓を設置するなら、トータル約50万円という計算だ。

「さらに念入りに断熱するなら、部位ごとの断熱を組み合わせます。例えば、1階のLDKに床断熱と窓の断熱を、2階の寝室に天井と窓の断熱を施す、といった具合です。さらに大掛かりなものとなると、建具や仕上材をはがしてから行うスケルトンリフォームしかないと思われますが、廃棄物の処理を含めてかなりの高額に。規模にもよりますが、一戸建てを新築するよりも数百万円安いくらいの金額、つまり1000万円を超えるレベルでないと、工事を引き受けるリフォーム会社はないように思われます」(布井さん)

(出典:「住宅・すまいweb 環境とすまい・まち」断熱改修のすすめ・戸建住宅編 (社) 住宅生産団体連合会、(株)岩村アトリエ/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

(出典:「住宅・すまいweb 環境とすまい・まち」断熱改修のすすめ・戸建住宅編 (社)
住宅生産団体連合会、(株)岩村アトリエ/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

〈試算条件〉
築25~20年前後の住宅モデル
1982~1991年(昭和55年省エネルギー基準世代)
延床面積:135平米(1階:80平米 、2階:55平米 )
改修費用:平米単価(消費税別)および1棟あたりの費用(消費税込み)を算出
〈年代相応の断熱仕様(リフォーム前)〉
天井:グラスウール10K 50mm
外壁:グラスウール10K 50mm
開口部:アルミサッシ+単板ガラス
床:押出法ポリスチレンフォーム保温板1種 20mm
(*平成25年省エネ基準の6地域を想定)

高断熱住宅なら、エアコン1~2台で十分な暖かさが得られる

次に、マンション。簡易なやり方としては、一戸建てと同様、1.外に面している壁を内側から断熱する内張断熱工法による「壁断熱」、2.今の窓の内側に内窓を設置することによる「窓の断熱」がある。窓の断熱については、一戸建てと同程度と考えられるだろう。

「大掛かりな断熱リフォームは、大規模修繕と併せて実施するケースが多く、屋上断熱防水工事や、妻壁(建物の短い方の辺の壁)の外断熱改修などを、マンション全体で行うことになります」(布井さん)

なお、一戸建て・マンションのいずれのリフォームでも、床暖房を設置することは少なくない。床暖房の設置も、住まいの「温活」の手段となり得るだろうか?

「床暖房も一つの手段です。ただし、断熱性能や気密性能が十分でないと、効果は限定的。床の表面温度だけが上がっても、隙間から冷気流を感じたり、窓や壁の表面温度が低いままだと、冷放射を受けて寒く感じてしまうからです。また、床暖房の下側を断熱していないと、せっかくの熱が基礎や地盤面に奪われてしまい、非効率。光熱費もかさんでしまいます」(布井さん)

加えて、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が定める断熱性能基準「G2」、などの高断熱住宅で、冬季に昼間の日射が期待できる場合は、ごくわずかの暖房エネルギーでまかなえるので、床暖房がなくても十分温かいケースもあり得るとのこと。また、「G2」よりワンランク下の「G1」クラスや省エネ基準レベルの住宅の場合、エアコンを併用する形で床暖房を用いるケースも多いが、前述の「G2」以上の断熱性能があれば、容量の小さなエアコン1~2台だけ(床下エアコンも含む)あれば、床暖房がなくても十分なケースも多いそう。もちろん、プランや周りの状況によるということだが。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

リフォームしなくても手軽なDIYによる“セルフ温活”が可能

「断熱リフォームに効果があることは分かったけど、とてもそこまではできない」という場合は、ちょっとした工夫や自分でできるプチDIYを試してみよう。

「家の中で一番、熱の逃げ道となっている『窓』の対策が効果的です。例えば、緩衝材の『プチプチ』や、中空のポリカーボネート板を窓ガラスや窓枠の内側に張るといったやり方があります。ただし、見栄えが悪く、気密性の向上も望めないので、効果は限定的。気密性を高めるためには、パッキンなどの交換も効果がありますが、自分でやるのは難しいかもしれません」(布井さん)

カーテンを厚手のものや遮熱カーテンに替えるといった方法も。また、床にホットカーペットやラグを敷いたり、フローリングに薄手の畳を載せることでも、暖かさを体感できる。ドアの隙間に張る隙間テープで冷気流を防ぐこともできるが、この場合は、換気のためにドアの下の部分を欠き取る『アンダーカット』が施されていることもあるので要注意。手間や材料費、見た目の悪さなどのデメリットも検討した上で、効果的なやり方をぜひ上手に暮らしに取り入れたい。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

中空ポリカーボネート板や「プチプチ」は、ホームセンターなどで手に入る(写真/PIXTA)

中空ポリカーボネート板や「プチプチ」は、ホームセンターなどで手に入る(写真/PIXTA)

高断熱リフォームなら次世代ポイント制度の対象になる

これから住宅を購入しようという人なら、あらかじめ高断熱の住まいを選ぶのも「温活」のひとつかもしれない。

「日本では、高断熱住宅であることの公的な認定制度は、『BELS』や省エネ基準レベルの断熱性能が最高等級の『住宅性能表示』しかありません。ただ、外皮性能(室内から屋外に逃げる熱の量の合計を、外壁や屋根など外皮の面積で割って算出した値。UA値)の良さは、一つの目安にはなると思います。公的ではありませんが、HEAT20の『G1』『G2』や、ほぼ同じレベルの外皮性能の必要なZEHの『強化外皮基準』『更なる強化外皮基準』などが参考になるでしょう。また『BELS』では、『外皮基準』として外皮性能(UA値)の数値も表示されているので、その数値が自分の地域のHEAT20のG1・G2レベル相当かどうかを比較するのも良いでしょう」(布井さん)

2019年10月の消費税率引き上げに伴い、一定の省エネ性能を満たす住宅の新築やリフォームに対して、さまざまな商品と交換できるポイントを発行する「次世代住宅ポイント」制度もスタートしている。「長期優良住宅」「ZEH」などの認定住宅など一定の条件を満たした新築住宅を購入した場合に加えて、リフォームで「開口部の断熱改修」「外壁、屋根・天井または床の断熱改修」を行った場合も対象に。期限があるので、利用を希望するなら、早めの検討・着手が必要だ。

「温活」した高断熱住宅で得られる自然な暖かさ

「住まいの温活」は、家の中を暖かくて居心地の良い空間にするだけでなく、室内の温度差を解消してヒートショックを防いだり、光熱費が節約できたりといったメリットもあるし、夏の暑さも和らげてくれる。
「ただし、こうしたメリットを享受するには、断熱性だけでなく、気密性も高める必要があります。隙間があり、気密性の低い家は、まるで穴の空いたセーターや布団のようなものですから」(布井さん)。
だからこそ、断熱性とセットで気密性の高い住宅の暖かさは格別なのだという。
「HEAT20の『G2』クラス相当かそれ以上の家を訪れると、暖かさを実感するというよりも、ふんわりとした暖かさのおかげで、暖かさ自体を忘れてしまいます。高断熱の家とはそんな空間なのです」(布井さん)
 
布井さんは、HEAT20のサポート委員として、日本の住宅の方向性を示す取り組みにかかわっている。
「省エネ性能に優れた住宅の生産を促す『トップランナー』制度の対象拡大や、省エネ基準の説明の義務化により、これからは、省エネ基準が、最低限、満たすべきレベルとなりますが、このレベルだと、家の中で部分的に暖房を付けたり消したりする程度では、暖房していない空間はかなり低温になり、ヒートショックなどのリスクは残ります。一方、HEAT20の『G2』クラスの断熱性能を備えた住宅は、わずかな光熱費で全館暖房が可能になるので、家の中の温度差が小さく、健康的で快適な空間に。断熱リフォームを行うのであれば、ぜひ『G2』レベルを目指していただきたいですね」という布井さんのメッセージでこの記事を締めくくりたい。

●参考サイト
HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)
次世代住宅ポイント

移住者をドラフト会議で指名!? 南九州の移住支援がおもしろい!

2014年、「地方創生」の掛け声のもと、日本全国で移住相談窓口やHP開設など移住支援施策が活発化した。それから5年が経過し、地域によって成果の明暗は分かれつつある。いまだ多くの人にとって「移住」のハードルは高く、地域の関心は「関係人口」を増やすことに移り始めた。そんな「関係人口」を考える上でヒントとなり得るプロジェクトが「南九州移住ドラフト会議」だ。
「真面目じゃないけど本気の移住支援施策」

宮崎県東臼杵郡美郷町、渡川地区。公共交通機関でたどり着くことは難しく、車で向かう道中には鹿やたぬきが頻出。山々に囲まれた人口約350名の「限界集落」廃校跡地に、この日各地から100名近い人々が集まった。そこで行われていたのが「南九州移住ドラフト会議 クライマックスシリーズ」だ。

「南九州移住ドラフト会議」とは、移住支援プログラムをプロ野球のドラフト会議に見立て、「球団=各地域」が「選手=移住志望者」を指名する、ユニークな取り組みだ。各地域がSNS上でPRを行う「オープン戦」、移住に関するハードルやリスクマネジメントの考えを地域側・移住志望者側双方が学ぶ「移住力強化キャンプ」を経て、各地域が移住志望者を指名する「ドラフト会議」が行われる。他地域と競合した場合は抽選を行い、当選地域が期限付きの「独占交渉権」を獲得するなど、徹底的にプロ野球の仕組みを模している。2015年に鹿児島(カ・リーグ)で始まった同プロジェクトは今年で4回目。2016年より宮崎(ミ・リーグ)、2019年より熊本(ク・リーグ)が加わり、現在は「3リーグ制」になっている。

ドラフト会議中にはオリジナルのスポーツ紙も配布(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)

ドラフト会議中にはオリジナルのスポーツ紙も配布(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)

ドラフト会議の様子。2019年は、3県から12地域が「球団」として参加した(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)

ドラフト会議の様子。2019年は、3県から12地域が「球団」として参加した(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)


約半年に渡り行われてきた同プロジェクト最後のイベントが、この日行われた「クライマックスシリーズ」だ。各地域は、10月に指名した選手とこの日までどのような交流を行ってきたか、思い思いの方法でプレゼンテーションを行った。

愛知県から参加し、宮崎県西臼杵地域から指名された「選手」のひとり、小仲さんは参加理由を次のように語った。
「地方での暮らしに興味があり、友人から誘われて参加しました。絶対に移住しなければいけないわけではなく、関係人口を増やす取り組みと聞いて。気軽さがいいですね。自分としては希望の地域などは無いので、指名してくれるところがあれば、という気持ちでした」

一方の「球団」側はどうか。地域側担当者のひとりは、移住ドラフト会議の魅力をこう語る。
「移住志望者との出会いの場であると同時に、他地域とつながる場、他地域の取り組みを知ることができる場にもなっていますね。まちづくりの取り組みって『県域』で情報が流通していて、立地的に近くても隣県の成功事例は案外知れなかったりするので」

また別の担当者は、主催者の「真面目じゃないけど本気の移住支援」という言葉に共感した、と語る。
「移住に関して、『真面目な制度』はたくさんあるし、関わっている方々もきちんと仕事をしている。でも、移住者の人生に本気で向き合えているか?というと疑問が残るものも多い。移住ドラフトは、『真面目』ではないですが、移住者の人生を最初に考えている。同時に、地域に必要な人、合う人とは?と自分たちの地域を見つめ直す機会にもなっています」

夫婦で参加した「選手」をそれぞれ別の地域が指名。結果、夫婦のために、指名した地域同士が「連携協定」を結ぶ一幕も(写真撮影/ゆげさおり)

夫婦で参加した「選手」をそれぞれ別の地域が指名。結果、夫婦のために、指名した地域同士が「連携協定」を結ぶ一幕も(写真撮影/ゆげさおり)

参加者が「関わりやすく、離れやすい」仕組みであること

プロジェクトの発起人であり、鹿児島リーグ「コミッショナー(責任者)」の永山さんはこう語る。

「地域側が『あなたが欲しい』と言える場が無かったんですよね。地域側は『誰でもいい』『みんなに来てほしい』と言ってしまいがちなのですが、移住ってある種結婚に近いと思うんです。『誰でもいいから結婚して』と言われて、結婚する人なんていない。『あなたと一緒に何かしたい』と言える場が必要だと思い、ドラフト会議という仕組みを考えました」

「南九州移住ドラフト会議」の発起人・永山由高さん。鹿児島を中心に、まちづくりのプロジェクトに広く携わる(写真撮影/ゆげさおり)

「南九州移住ドラフト会議」の発起人・永山由高さん。鹿児島を中心に、まちづくりのプロジェクトに広く携わる(写真撮影/ゆげさおり)

プロジェクトを通じて、全参加者の約1/4にあたる25組が実際に移住しているという。一方、残りの3/4も、地域とつながりを持ちながら活躍している。

「実際に移住された方ですと、地域のゲストハウスの女将になっていただいたり、地域の中心的な商社のNo.2になっていただいた事例もあります。

関東圏など他の地域に暮らしながら、南九州各地域をサポートしてくれている方もいます。例えばカメラが趣味の方に、お祭りのポスター写真を撮ってもらったり。プロジェクトのキャッチコピー考案や、マーケティングのサポート、商品パッケージのデザイン、新施設のロゴマークをつくっていただいた例もありますね。関東圏でイベントをする際に売り子をしてもらったり、商品開発時のモニターとして協力してもらうなど、もう少しライトな付き合い方もあります」

東京で行われた移住説明会をサポートした「指名選手(写真中央)」(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)

東京で行われた移住説明会をサポートした「指名選手(写真中央)」(画像提供/南九州移住ドラフト会議事務局)

永山さんをはじめとする関係者はこのプロジェクトを「壮大なコント」と表現する。

「絶対に移住してほしいわけではなく、移住後『やっぱり違うな』と思ったらまた違うまちに行っていただいてもいいんです。参加者が『関わりやすく、離れやすい』仕組みであることが大切で、あまり大きなものを背負おうとしないこと。
参加者はそのまちの未来を背負っているわけではなく、自分たちの人生を少しでも楽しいものにするために集まっている。その感覚は、関係者間で共有できていると思います」(永山さん)

取り組みも4年目となり、周囲の反応も少しずつ変化してきているという。

「それぞれのやり方で移住施策に真面目に取り組んできた行政や企業の方々に、『ちょっと肩の力を抜くこと』の意味を感じていただけているのかなと思います。

例えばスポンサーとしてサポートしてくれているソラシドエアさんは、航空券等のサポートだけでなく社員さんや社長も積極的に関わってくれています。このプロジェクトに協賛したからといって、何百人何千人が飛行機を利用するわけではないと思うのですが、こういう関わりが大事だと考えてくださっている。

同様に、行政機関の方々にも、『遊び』を持つことの重要性は伝わってきていると感じます」(永山さん)

「地域のキーパーソン」とつながれることが一番の価値

2018年に参加し、2019年9月に宮崎県新富町へ移住、地域おこし協力隊として働きはじめた二川さんにお話を聞いた。

2018年、新富町に「1位指名」された二川智南美さん(画像提供/二川智南美)

2018年、新富町に「1位指名」された二川智南美さん(画像提供/二川智南美)

「地方創生がテーマの映画を見て、自身の“地方熱”が高まっていた時期だったんです。ずっと東京で編集の仕事をしていたのですが、今後は地方の魅力的な方々を発信したいという気持ちになって。そんなときに友人から誘われて、軽い気持ちで参加しました」

地方に関する情報収集を始めたばかりで、参加地域とは全く接点がなかったそう。

「いつか移住したいな、そのときのための判断材料や人脈ができたらいいな、くらいの気持ちでした。すぐ移住するとは思っていなかった」

新富町から“指名”を受けたのち、実際にまちを訪れ、4日間ほど滞在。しかしその1回で、すっかり新富町に惚れ込んでしまったそう。

「現地を案内していただくなかで、自分の思い描いていた“住みたいまち”のイメージにぴったりだなと思ったんです。地元と似ている、というのもあったかもしれません。立地や人口、人との距離感、よくも悪くも不便なところ。旅が好きで日本全国さまざまな場所を訪れましたが、ここまで強く住みたいと思ったことはなかった。特別な何かがあるわけではなくて、まちの雰囲気や暮らしている方々の印象が自分に“合っている”と感じたんです」

宮崎県児湯郡新富町(画像提供/PIXTA)

宮崎県児湯郡新富町(画像提供/PIXTA)

宮崎県のほぼ中心に位置する、自然豊かなまち(画像提供/二川智南美)

宮崎県のほぼ中心に位置する、自然豊かなまち(画像提供/二川智南美)

そう感じていたのは二川さんだけではなかった。指名した新富町の担当者も、彼女を選んだ理由について「このまちに合っていそうだから」と伝えたそうだ(もちろん、彼女の持つスキルが地域にとって必要だったという理由もあるだろう)。

「その後、ドラフト会議に参加していたいくつかの地域をまわりましたが、新富町のことが頭から離れなかった。東京に帰ってしばらく考えましたが、2019年の1月ごろには『行きたい』という意志を新富町の担当者へ伝えました」

そして地域おこし協力隊として2019年9月に移住に至った。現在は、編集のスキルを活かしてまちの広報誌改革を行っている。移住後の満足度は非常に高いようだ。

「人間として生きるためのものがちゃんとある、と感じています。安くて新鮮でおいしい食べ物や、地域のコミュニティ。道ですれ違うときに挨拶するようなまちに住みたい、という思いがずっとあったのですが、それもここで叶いました。

仕事を通じて、少しずつ知り合いも増えてきました。最近はまちの施設でやっているバドミントンに参加したりしています。いきなり溶け込もうと頑張りすぎず、焦らず、少しずつ関係を広げていけたらいいですね」

あらためて、移住ドラフト会議への参加について振り返り、こう語る。

「移住する・しないに関わらず、地域の人とつながれるというのは魅力的だと思います。地域で、外部の人を受け入れるために活動しているキーパーソンは誰なのかを知って、その場でつながれたことはすごく価値があった。その方々と会って話したからこそ、地域を訪れるハードルが下がりますよね。指名されたまち以外も含めて、『あの人に案内してもらおう』と顔が浮かぶ。それって観光で訪れるだけでは分からないことですよね。

南九州に限らず、まちづくりに関わっている方々は全国につながりがあるようなので、『どこかしらのまちとつながりを持ちたい』という気持ちがあるなら、参加して損はないんじゃないかなと思います」

2018年の参加者同士のコミュニティも、いまだ健在だという。
「東京にいたからかもしれませんが、『地方移住に興味がある』という人が周囲にほぼいなかったんですよね。移住ドラフトに参加したことで、同じ感覚を持った方に会えたのもうれしかったです」

新富町にて。まちの広報誌リニューアルに向けて、調整を重ねている(画像提供/二川智南美)

新富町にて。まちの広報誌リニューアルに向けて、調整を重ねている(画像提供/二川智南美)

「楽しんでいる」地域こそが、人を惹きつける

「これまでの移住施策は、地域側に悲壮感があった。『我々が困ってるから、どうか来てください』と」

地域側担当者のひとりが語ったそんな言葉にはっとさせられた。南九州移住ドラフト会議で最も印象的だったのは、地域側も移住志望者側も、一貫して「楽しそう」だったことだ。そこには、「この人たちと関わっていきたい」と思える、前向きなエネルギーがあった。

結果としてそれは、外からの移住者だけでなく、地域に暮らす住民側にも効果があるのかもしれない。参加者のひとりである鹿児島の大学生はこう語った。
「今までは、大学を出たら東京や海外で働きたいという気持ちが強かった。でも、移住ドラフトに参加して、面白い大人に出会って、九州で働くのも悪くない、という気持ちになりました」

本プロジェクトは来年以降も継続していく意向だという。次回対象地域についても検討中とのことだ。年々注目度が増し、進化し続けている取り組みだが、永山さんは「課題は山積み」と語る。

「事務局体制の強化、選手コミュニティ盛り上げ、参加地域同士のつながり強化など、まだまだやりたいこと、できていないことはたくさんあります。

地域において、人が採用できず営業停止している民間企業などもたくさんあるのですが、これからはその会社の魅力だけでなく、地域の魅力がきっと大事になってくる。鹿児島って、南九州って、九州って面白いねと言ってもらえるように、より楽しい、わくわくする環境をつくる必要があると思っています」

2020年、さらに進化するであろう本プロジェクトの行方に期待したい。

●取材協力
・南九州移住ドラフト会議

「災害対策」「マンション管理の重要性」「住まい選びの多様化」…2019年不動産市場を5つのキーワードで振り返る

2019年も残りあと数日となりました。今年の不動産界隈ではどのような出来事がおこったのでしょうか。さくら事務所会長の長嶋氏に、5つのキーワードで2019年の不動産市場を振り返っていただきました。今年は以下の5つのキーワードをピックアップしました。

【今年の注目5大キーワード】
キーワード1:災害とその対策
キーワード2:マンション管理の「質」に焦点
キーワード3:省エネ義務化 見送り
キーワード4:住まい選びはますます多様に
キーワード5:不動産価格は今がピーク?

詳しくみていきましょう。

●キーワード1:災害とその対策

台風15号や19号は国内各地に甚大な被害をもたらしましたが、浸水が発生したのはおおむね被害が想定されていた地域も多く、あらためて「ハザードマップ」の有効性がクローズアップされました。現在は不動産を売買・賃貸する際にハザードマップの説明をすることは必ずしも義務化されておらず、浸水可能性の有無を知らずに買ったり借りたりしているケースも。しかし今後の気候変動の趨勢(すうせい)を考えれば、法改正でハザードマップの説明が義務化される可能性は高く、また金融機関の担保評価項目に織り込まれることとなれば、資産価格への影響も必至だとみておいたほうが良いでしょう。

災害大国ニッポン。自身や家族の安全・安心のためにも、また不動産の資産性を守るためにも、ハザードマップの確認は必須。万一の際の避難場所の確認や防災グッズの準備も欠かせません。また、各地で大型地震の予測がされているほか、昨今は想定していなかった地域でも大型の地震が発生しています。「地理院地図」(国土地理院)などで、地盤の性質について確認しておくこともマストといえます。

●キーワード2:マンション管理の「質」に焦点(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

主に1990年代後半から建設されてきたタワーマンションが続々と大規模修繕の時期に差しかかったこともあり、マンションの「持続可能性」に注目が集まりました。マンションの大規模修繕はおおむね15年ごとに行われますが、その原資となる修繕積立金の設定は、新築時に低めに設定されていたり、段階的な値上げを予定しているケースが多く、長期的な視野に立った修繕計画が大切です。一般的なマンションでは専有面積平米あたり200円程度の積立金が必要です。例えば60平米なら1万2000円程度の積み立てができているかということ。豪華な共用施設があるマンションやタワーマンションなどではもっとかかります。マンションへの永住意識が年々高まる中、購入者もマンションの持続可能性を見極め、所有者は管理組合運営に積極的にかかわるといった風潮が強まり始めています。

●キーワード3:省エネ義務化 見送り

2020年に一定の省エネ基準が義務化される予定であったところ、住宅などついては2015年に続いて見送りが決定されました。義務化された省エネ基準のない国は先進国では日本だけであり、世界的に見ればかなり後れを取っているといっていいでしょう。

しかし長期的に見れば、気候変動対策として、または「ヒートショック」などを防ぎ健康寿命を延ばすことを目的とした住宅省エネの追求は、やがて前進することになるはず。現行耐震基準にくらべて耐震性が低いいわゆる「旧耐震」の建物が、不動産取引や金融機関の融資、税制などで待遇に差があるように、やがて省エネ性の行程で、住んでいての快適性はもちろん、資産価格にも差がつく時代が来るでしょう。

●キーワード4:住まい選びはますます多様に

これまで住まいといえば「賃貸か持ち家か」といった2択でしたが昨今では、特定の住居を持たず定期的に居住地を移動する「アドレスホッパー」や、都心や地方といった複数の拠点を居住地とする「複数拠点居住」といった、新しいライフスタイルが台頭し始めています。

また「新築か中古か」といった2択も、ガス・電気・水道などのライフラインや構造躯体の性能を必要に応じて更新・改修したり、ライフスタイルに合わせ間取りや内外装を刷新する「リノベーション」の普及によってその境目もあいまいになってきました。

従来の常識や価値観にとらわれない多様な暮らし方は、今後もますます広がっていくでしょう。

●キーワード5:不動産価格は今がピーク?(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

国内最高価格を誇る銀座4丁目の交差点周辺の地価上昇率は2017年にピークを迎え2018年、2019年とその上昇率が鈍化。このペースでいくと2020年のその上昇率はほぼゼロないしはマイナスに転じそうです。2012年12月の民主党から自民党への政権交代以降、株価が上昇するのと同様に、都心部・都市部を中心に上昇を続けてきた国内不動産価格も潮目が変わる可能性が高いでしょう。

「不動産投資家調査」(日本不動産研究所)においても、2020年が不動産価格のピークとみる向きが多いようです。

また東京より不動産価格の高いロンドンや香港・上海・ニューヨークなどの米主要都市も、米中貿易戦争やブレグジット、香港デモといった世情を受けピークから下落が鮮明。東京都心部から始まった不動産価格の上昇は転換期を迎えそうです。

【最後に】

歴史を振り返れば、元号の変わり目には大きな社会変化が起きてきました。大正から昭和に変わった翌年には最大商社(鈴木商店)が破綻、2年後に世界大恐慌へ。昭和から平成となった年末に株価は4万円近くのピーク、翌年の大発会で大崩れし、その後戻ることはありませんでした。数年たち「あれがバブル崩壊だった」と気づきます。

「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」というマーク・トウェインの言葉がありますが、1990年バブル崩壊から衰退の30年を経過した今、社会には30年サイクルがあるように思えます。1960~1990年はいわゆる戦後を脱し「モーレツ」な高度経済成長。1930~1960年は恐慌から戦争へと突入し敗戦とその処理。1900~1930年は日清・日露戦争に勝利し先進国の仲間入り。さらに30年前は明治維新です。

いま、世界の債務は2京円を超え過去最大。ブレグジットで揺れるEU、多額のデリバティブ商品を抱えるドイツ銀行、米中貿易戦争、香港デモなど、世界の金融システム、ひいては政治経済を大きく揺るがす可能性のある火種はいくらでも転がっています。

思えば1990年のバブル崩壊、2000年初頭のITバブル崩壊、2008年のリーマン・ショックと、金融ショックはおよそ10年ごとに起きてきました。前回リーマン・ショックの際には、米国政府がファニーメイやフレディーマックといった住宅系金融機関に公的資金を投入したところ批判が相次ぎ、民間金融機関であるリーマンブラザースを放置したところあのような事態となりました。リーマン・ショックから10年あまり、2020年以降の金融システムに変調があるか、着目しておきたいところですね。

日本一の「自転車のまち」へ。サイクリストが集う茨城県土浦市の暮らし

日本で二番目に大きな湖である霞ヶ浦。そのすぐほとりに位置する茨城県土浦市では、今日本各地からサイクリストが集まりつつある。官民一体となってのまちづくりが功を奏している証拠だ。一体、どのような取り組みが成されているのか、土浦市へ向かってみた。
サイクリングロードをきっかけとして始まった取り組みとは

土浦市が、本格的にサイクリングに特化したまちづくりを始めたのは、2016年のこと。土浦市政策企画課の東郷裕人さんが教えてくれた。
「それまで、主なサイクリングロードは2つありました。筑波山方面の一本と、霞ヶ浦を回るルートです。それが茨城県の事業として合体することになり、全長180kmになる『つくば霞ヶ浦りんりんロード』として生まれ変わりました」

霞ヶ浦周辺をぐるりと楽しめるサイクリングロード。車の往来はそれほどないので、安心して自転車も走行できる(写真撮影/相馬ミナ)

霞ヶ浦周辺をぐるりと楽しめるサイクリングロード。車の往来はそれほどないので、安心して自転車も走行できる(写真撮影/相馬ミナ)

筑波山の麓まで行ってもよし、霞ヶ浦をぐるり一周するもよし、もちろん全てのルートを回ってもいい。茨城県を代表する風景を楽しめるサイクリングロードができたことで、土浦市はサイクリストが集う街への道を走り始めたというわけだ。

まず、環境整備としては、つくば霞ヶ浦りんりんロードに限らず、周辺の道は県道もあれば市町村それぞれが管理する道もある。各自治体で話し合い、統一のデザインで自転車走行の場所や方向を示すように整備された。サインクリングロードには、どこにも青い矢羽根が描かれている。

ちなみに霞ヶ浦の一周は約140km。アップダウンが少ない平坦な道ゆえに風景を楽しみながら、途中の温泉に寄ったり、道の駅で買い物をしたりと、ゆっくり走るのもいいだろう。しかし、子連れにはちょっと長い距離かもしれない。

商工観光課の中村良さんが話を続ける。

「一周するのが大変という方は『霞ヶ浦広域サイクルーズ』もおすすめです。自転車を乗せることができる遊覧船でショートカットする方法もあるので、そちらを利用してもらってもいいですね」

小さな子どもがいる人にも、さらには途中で雨が降ってきて早く戻らなくてはならなくなっても、遊覧船があれば安心だ。あらゆる状況を想定してサイクリングを楽しめるように考えられていることが分かる。

商工観光課の中村さん。自らも自転車に乗る機会が増えたという(写真撮影/相馬ミナ)

商工観光課の中村さん。自らも自転車に乗る機会が増えたという(写真撮影/相馬ミナ)

さまざまなニーズに対応すべく考えた施策

このように多角的な視点から「サイクリング」に取り組んでいることが伝わってくる。レンタサイクルは、市が運営するものもあれば、民間のものもあり、それぞれしっかり差別化されている。

例えば、貸出場所と返却場所は別でも大丈夫という乗り捨て可能なレンタサイクルもあれば、事前予約をするとレンタルできる今人気のスポーツタイプの電動アシスト自転車などの最新機種がそろうお店もある。さらには、専用アプリに会員登録をすれば早朝や深夜に借りたり返したりできる無人のステーションも。

一面ガラス張りで開放感のある「りんりんポート土浦」。自転車に特化した施設は、市として初めての試み(写真撮影/相馬ミナ)

一面ガラス張りで開放感のある「りんりんポート土浦」。自転車に特化した施設は、市として初めての試み(写真撮影/相馬ミナ)

「特徴を分かりやすくお伝えすることで、使い道にあった場所で借りていただければ、と考えています。さらに、サイクリストの憩いの場として、拠点となる施設である『りんりんポート土浦』もつくりました。トイレやシャワールーム、更衣室もあれば、自転車のメンテナンスができる道具やスペースもあります」(中村さん)

施設内にある自動販売機は、エネルギー補給のスイーツのほか、メンテナンス用の道具も販売されている(写真撮影/相馬ミナ)

施設内にある自動販売機は、エネルギー補給のスイーツのほか、メンテナンス用の道具も販売されている(写真撮影/相馬ミナ)

この『りんりんポート土浦』以外にも、まちなかの店舗や施設に『サイクルサポートステーション』というのぼりが立っている。そこではサイクリストに休憩場所を提供していたり、トイレを貸し出したり、空気入れや工具を用意していたりする。

休憩しながら、ルートを考えたり、他のサイクリストとコミュニケーションをとったりできるスペースになっている(写真撮影/相馬ミナ)

休憩しながら、ルートを考えたり、他のサイクリストとコミュニケーションをとったりできるスペースになっている(写真撮影/相馬ミナ)

「こうして少しずつ施設が増えることで、市全体でサイクリングを盛り上げようという意識が高まってきています。カフェメニューに自転車をかたどったスイーツをつくっていたり、パンクや鍵の紛失などに対応する自転車のロードサービスもできてきました」(中村さん)

ベースキャンプとなる駅ビルの開発

その流れの拠点となっているのが、土浦駅に直結している駅ビルである「PLAYatré TSUCHIURA」だ。

駅直結の「PLAYatré TSUCHIURA」は、市外からの玄関口になっている(写真撮影/相馬ミナ)

駅直結の「PLAYatré TSUCHIURA」は、市外からの玄関口になっている(写真撮影/相馬ミナ)

「日本最大級のサイクリングリゾート」をコンセプトに立ち上げたという。主任の髙梨将克さんに話を聞いた。

「土浦駅はサイクリングコースの『つくば霞ヶ浦りんりんロード』のスタート地点として考えています。首都圏からの玄関口でもあるので、ここをベースキャンプとしてみなさんに楽しんでもらえたら、という考えでサイクリングに特化した施設になっています」

「PLAYatré TSUCHIURA」の1階にある「りんりんスクエア土浦」内に店舗を構える「le.cyc土浦店」。レンタサイクルや販売のほか、修理や情報発信、さらにはサイクルイベントも行っている(写真撮影/相馬ミナ)

「PLAYatré TSUCHIURA」の1階にある「りんりんスクエア土浦」内に店舗を構える「le.cyc土浦店」。レンタサイクルや販売のほか、修理や情報発信、さらにはサイクルイベントも行っている(写真撮影/相馬ミナ)

「PLAYatré TSUCHIURA」の1階と地下にある「りんりんスクエア土浦」は、茨城県が事業主体となり、JR東日本、アトレが連携して管理運営を行っている施設。先ほど説明した最新モデルのロードバイク等が借りられるレンタサイクルのほか、アプリ連携での無人のレンタサイクル、コインロッカーやシャワールームなど、手ぶらで来てもサイクリングを楽しめるような設備が整っている。

地下1階にある無人のレンタサイクルのエリアにも、シャワー室がある。入り口には防犯カメラもしっかりついていて安心して使える(写真撮影/相馬ミナ)

地下1階にある無人のレンタサイクルのエリアにも、シャワー室がある。入り口には防犯カメラもしっかりついていて安心して使える(写真撮影/相馬ミナ)

ここを拠点にしてほしいという思いの表れとしての情報発信スペースもあり、ここからどう回ればいいか、さまざまなルートのパンフレットがそろっている。

「le.cyc土浦店」内の情報発信スペース。それぞれの能力や希望に合わせたルートを提案している(写真撮影/相馬ミナ)

「le.cyc土浦店」内の情報発信スペース。それぞれの能力や希望に合わせたルートを提案している(写真撮影/相馬ミナ)

日本初のサイクリストに向けた駅ビルとは

見てください、と髙梨さんが指差した足元にはブルーのラインが描かれている。

「館内はどのフロアも自転車の持ち込みが可能なんです。そのルートを表しているのがこのライン。館内の店にはサイクルスタンドが設置されているので、自身の自転車のそばで安心して過ごしてもらえるようになっています」

青いラインが館内の各フロアに敷設されている。手前にある「PLAYatré」の刻印の入ったサイクルスタンドはビル内に設置されている(写真撮影/相馬ミナ)

青いラインが館内の各フロアに敷設されている。手前にある「PLAYatré」の刻印の入ったサイクルスタンドはビル内に設置されている(写真撮影/相馬ミナ)

サイクリストは、自分の自転車に愛着を持っているものだ。お金をかけている人も多いだろう。外の駐輪場よりも、そばのスタンドに置けることで安心というわけだ。サイクリストの心理に寄り添って細やかな配慮がされている施設であることが分かる。

「TULLY’S COFFEE」はイタリアの自転車メーカー「Bianchi」とコラボレーションした内装で、チェレステカラーを使ったサイクルスタンドがある(写真撮影/相馬ミナ)

「TULLY’S COFFEE」はイタリアの自転車メーカー「Bianchi」とコラボレーションした内装で、チェレステカラーを使ったサイクルスタンドがある(写真撮影/相馬ミナ)

館内にはカフェやレストラン、学習スペースのほか、茨城の良さを広く知ってもらおうと、地元で人気のベーカリーショップやスイーツを扱う店や、ワークショップを開催する書店が並ぶエリアもある。スタンドに自転車を置いて店内へ行く人もいれば、広いスペースで折りたたんで颯爽と駅構内へ向かう人もいる。

「従来、サイクリストが電車に乗るには、自転車を折りたたんだり広げたりするスペースがなくて大変だったんです。そういうサイクリストの声を一つ一つ拾って、どんな施設が必要かを考えてできた施設なんです」(髙梨さん)

レストランフロアも充実していて、自転車にまつわるディスプレーが目を引く(写真撮影/相馬ミナ)

レストランフロアも充実していて、自転車にまつわるディスプレーが目を引く(写真撮影/相馬ミナ)

「通り過ぎるのではなく、滞在する場所にしたくて」という髙梨さんの言葉通り、飲食店でも書店でも、学習スペースでも、たくさんの人がゆったりと過ごしているのが印象的だ。さらに2020年3月には、サイクリングや観光を楽しむためのホテル「星野リゾート BEB5 土浦」も完成する。

土浦市がサイクリングへ特化した取り組みを始めて2年。地元で自転車を利用する人や、首都圏からサイクリングに訪れる数もかなり増えてきている。官民一体となって走り続けてきた取り組みが、しっかりと根付いている証しだ。

●取材協力
土浦市
PLAYatré TSUCHIURA

「タイニーハウス」での暮らしとは? 日本の最先端が集結

近年、日本でも広がりを見せつつある「タイニーハウス」。「断捨離」を経ての「ミニマム」な生活に憧れ、自分のライフスタイルを簡潔にしたいと考える人は多いようだ。タイニーハウスは、まさにそれを体現している。そもそも、タイニーハウスとはどのようなものか? どんな暮らしが可能なのか? 2019年11月、ずらり小さな家が並んだイベント「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」へ足を運んだ。
コンパクトで手軽な家ならではのメリットとは?

池袋駅から徒歩5分ほどの南池袋公園。家族でランチを楽しみ、子どもが芝生を駆け回る都会のオアシスのような場所に、この日は15軒の「タイニーハウス」が並んでいた。
これは、2020年に開催される東京ビエンナーレのプレイベントである「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」。3日間限定で小さな暮らしを営むタイニーハウスが集まったというわけだ。

もともとは2000年始めにアメリカで生まれた「タイニーハウスムーブメント」。2007年に住宅バブルの崩壊とともにサブプライム住宅ローンが破綻。さらに翌年のリーマンショックがきっかけとなり、消費社会に縛られないカルチャーとして注目され始めた。
そういった背景があるため「お金と時間の自由」を大切にするライフスタイルを体現できる家として広まってきている。

「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」の主催者の一人であり、さまざまなタイニーハウスを手がけてきた建築家の中田理恵さんに話を聞いた。

中田さんは夫の裕一さんと建築事務所「中田製作所」を運営。「妄想から打ち上げまで」をコンセプトに施主も設計士も職人も一緒に家づくりに取り組む「HandiHouse project」や今回出展した「断熱タイニーハウスプロジェクト」や「FLAT mini」にもかかわっている(撮影/相馬ミナ)

中田さんは夫の裕一さんと建築事務所「中田製作所」を運営。「妄想から打ち上げまで」をコンセプトに施主も設計士も職人も一緒に家づくりに取り組む「HandiHouse project」や今回出展した「断熱タイニーハウスプロジェクト」や「FLAT mini」にもかかわっている(撮影/相馬ミナ)

「家を建てたり、新築を購入したりする際に、誰もが自らの暮らしを考えると思います。リビングが広いほうがいいのか、キッチンに重きをおくのか、スタイルはさまざまなはず。そんななかでの『タイニーハウス』は、選択肢の一つ。小さいからこそ手に入れやすいし、住み手側も手を加えやすい。理想の暮らしに近いものが自らの手で生み出せるというのが『タイニーハウス』の良さだと思っています」(中田さん、以下同)

イベント目当てに足を運んだ人だけでなく、公園に遊びにきた親子連れも自然と興味をもち、のぞき込んだり、写真を撮ったりしていた(撮影/相馬ミナ)

イベント目当てに足を運んだ人だけでなく、公園に遊びにきた親子連れも自然と興味をもち、のぞき込んだり、写真を撮ったりしていた(撮影/相馬ミナ)

そもそも、タイニーハウスとは、どのようなものを指すのだろう?

「実は、明確な定義はないです。今回集まっているタイニーハウスの延べ床面積は20平米以内のものがほとんど。本体価格として100万円以下でできるものもあれば、高いものだと800万円ほどです。タイニーハウスの多くは800万円以下におさまっているので、一般的な住宅よりも低コストではないでしょうか。形態としては、車で牽引できて移動が可能なものもあれば、基礎つきの固定されたタイプもあります」

小さいということは、建てるまでの期間が短くて済む。また、低価格であれば、ローンを組まないで済むか、もしくは最小限の期間のローンでいい。
また、光熱費も抑えられるのでランニングコストもそれほどかからないというメリットもある。

「お金や時間にしばられずに、自由に身軽に暮らすための家といえるかもしれません」

暮らしや用途に合わせた、さまざまなタイニーハウス

展示されていたタイニーハウスを回ってみると、さまざまなタイプがあることが分かる。

「断熱タイニーハウスプロジェクト」は、建築科の学生である沼田汐里さんによるプロジェクト。中田さん自身もプロの建築家の視点から設計、監修としてかかわっている。

普通免許で牽引できるサイズである750kg未満で製作したという延べ床面積1坪(約3平米)ほどのコンパクトな空間。その名の通り、壁と天井に断熱材を入れているので、夏でも冬でも24~26℃をキープした実績がある。(撮影/相馬ミナ)

普通免許で牽引できるサイズである750kg以下で製作したという延べ床面積1坪(約3平米)ほどのコンパクトな空間。その名のとおり、壁と天井に断熱材を入れているので、夏でも冬でも24~26℃をキープした実績がある(撮影/相馬ミナ)

壁は一面を黄色に塗り、かわいらしい内装に。入口や窓は小さく、茶室をイメージしたつくりにしている(撮影/相馬ミナ)

壁は一面を黄色に塗り、かわいらしい内装に。入口や窓は小さく、茶室をイメージしたつくりにしている(撮影/相馬ミナ)

断熱材の効果を高めるために自作でパッキンを取り付けたという窓枠(撮影/相馬ミナ)

断熱材の効果を高めるために自作でパッキンを取り付けたという窓枠(撮影/相馬ミナ)

「エネルギーまちづくり社」は、建築家であり「みかんぐみ」の共同代表である竹内昌義さんによる会社。低燃費なエコハウスを手がけてきたノウハウを活かし、断熱材を使った小屋を展示。2トントラックに乗るサイズに設計されていて、ジャッキで気軽に上げ降ろしできるのが特徴だ。庭やイベント会場に気軽に設置したり、乗せたままキャンピングカーとして使用したりと汎用性が高い。

今回のイベントの主催者でもある竹内さん自ら、ジャッキを使って実演(撮影/相馬ミナ)

今回のイベントの主催者でもある竹内さん自ら、ジャッキを使って実演(撮影/相馬ミナ)

本体価格は150万円。取材時は外の温度(屋根表面温度)が34℃だったが、室内の温度は20℃に保たれていた(撮影/相馬ミナ)

本体価格は150万円。取材時は外の温度(屋根表面温度)が34℃だったが、室内の温度は20℃に保たれていた(撮影/相馬ミナ)

ドアも窓も機密性の高いサッシを使用することでより断熱材の効果を高めている(撮影/相馬ミナ)

ドアも窓も機密性の高いサッシを使用することでより断熱材の効果を高めている(撮影/相馬ミナ)

「杢巧舎(もっこうしゃ)」は、一般住宅だけでなく社寺建築、数寄屋造り、古民家の新築や改築などを手がけ、伝統工法を大切にしている工務店。展示している小屋にも、その技術はふんだんに活かされている。建物は基礎に固定しない「石場建て」で、壁は伝統工法の「落とし込み板」など金物は使わず「木組み」だけで仕上げている。

会場に資材を運び入れてから、職人3人によって5時間だけで建てたという小屋。親方曰く「100年先まで使い続けられる小屋を目指しました」(撮影/相馬ミナ)

会場に資材を運び入れてから、職人3人によって5時間だけで建てたという小屋。親方曰く「100年先まで使い続けられる小屋を目指しました」(撮影/相馬ミナ)

親方の木村真一郎さん。こちらは、もともとは自身の事務所としてつくった小屋だったという。3畳タイプの本体価格は99.8万円(消費税や運搬費は別途)。(撮影/相馬ミナ)

親方の木村真一郎さん。こちらは、もともとは自身の事務所としてつくった小屋だったという。3畳タイプの本体価格は99.8万円(消費税や運搬費は別途)(撮影/相馬ミナ)

小屋前では「金輪継ぎ」や「尻挟み継ぎ」など、釘やネジを使わない技術の実演に人だかりができていた(撮影/相馬ミナ)

小屋前では「金輪継ぎ」や「尻挟み継ぎ」など、釘やネジを使わない技術の実演に人だかりができていた(撮影/相馬ミナ)

「SAMPO Inc」が手がけているのは、軽トラックに乗せたモバイルハウス。「あなたのための動く個室」とし、住まいとしてはもちろん、店舗やレコーディングスタジオ、サウナとして幅広い使い方を提案している。住み手が自らつくり上げられるよう、工具の使い方からレクチャーしてくれるという。

「SAMPO Inc」は建築集団。この日はメンバーである大友純貴さん自身が住まいとしている一台を展示していた。運転席の上部を活用して寝るスペースもしっかり確保している(撮影/相馬ミナ)

「SAMPO Inc」は建築集団。この日はメンバーである大友純貴さん自身が住まいとしている一台を展示していた。運転席の上部を活用して寝るスペースもしっかり確保している(撮影/相馬ミナ)

コンパクトでかわいらしい薪ストーブを設置。住みながら少しずつ自身の手でカスタマイズしてきたそう(撮影/相馬ミナ)

コンパクトでかわいらしい薪ストーブを設置。住みながら少しずつ自身の手でカスタマイズしてきたそう(撮影/相馬ミナ)

普段は「SAMPO Inc」の倉庫兼事務所にメンバーそれぞれのモバイルハウスが6台ほど乗り入れているのだそう。トイレやお風呂をシェアしながら、身軽に生活している(撮影/相馬ミナ)

普段は「SAMPO Inc」の倉庫兼事務所にメンバーそれぞれのモバイルハウスが6台ほど乗り入れているのだそう。トイレやお風呂をシェアしながら、身軽に生活している(撮影/相馬ミナ)

「Tree Heads&Co.」は、タイニーハウスやツリーハウスのほか、ツリーワークやランドスケープのデザインまで手がけている会社。代表の竹内友一さんは全国を回って、個性的な小屋をつくり続けている。
展示されていた三角屋根のシンプルな小屋は、タイヤがついて牽引できるトレーラータイプ。中にはキッチンやベッドスペースまできちんと完備されているので、タイニーハウスでの暮らしが想像しやすい。

三角屋根が特徴のタイニーハウス(撮影/相馬ミナ)

三角屋根が特徴のタイニーハウス(撮影/相馬ミナ)

正面にベッドがあり、その上部は収納にしても、寝るスペースにしてもいいつくり(撮影/相馬ミナ)

正面にベッドがあり、その上部は収納にしても、寝るスペースにしてもいいつくり(撮影/相馬ミナ)

水道がつき、排水設備も整っているキッチン。左端には冷蔵庫もある(撮影/相馬ミナ)

水道がつき、排水設備も整っているキッチン。左端には冷蔵庫もある(撮影/相馬ミナ)

小さいからこそ、DIYに向いている

展示されていたタイニーハウスを見るだけでも、さまざまな形態があることが分かる。さらに自身のライフスタイルに合ったものをと考えると、一体どこから取り掛かればいいか迷うかもしれない。
しかし、タイニーハウスには、住み手が自分で手を加えやすいという大きなメリットがある。ひとまず今の暮らしに合いそうなものを選び、暮らしながらあれこれ変化させていけばいいのだ。
住宅一軒を自らの手で建てる、またはリノベーションするとなると、かなりの知識と労力、時間がかかるだろう。それがタイニーハウスだったら、ちょっとできるかもしれない、やってみようと思えないだろうか。キットタイプなら自らの手で建てることもできるし、小さな空間ならリノベーションも気軽に取り組める。空いた時間にコツコツとDIYに取り組み、自分好みの空間をつくり上げていく楽しみもあるだろう。

「暮らしていくうちに、ライフスタイルは変わっていくものです。家族が増えたり、仕事が変わったり、興味の対象が別のものになったり。その変化に合わせて家もカスタマイズできていったら、すごく居心地のいいものになるはずです」

タイニーハウスのデメリットとクリアする方法は?

では、逆にデメリットとしてはどのようなことがあるのだろうか?

まず、ガスや水道、電気などのインフラをきちんと確認しなければならない。特にトイレや浴室、エアコンを備える場合は準備が必要だ。

また、住み手それぞれのプライバシーを守る個室をつくるのは難しい。家族が増えた場合にはスペースが足りないということも出てくる。

さらに車で牽引する車輪付きの移動型タイプは住民票の取得にも問題があるのも事実だ。

とはいえ、実際にこれらのデメリットをさまざまな方法で解決している住み手はいる。

「インフラさえ整えれば、トイレも浴室も、エアコンもつけることは可能です。また、断熱材をきちんと入れることで、暑さや寒さを軽減することもできます。トイレはシェアオフィス、お風呂は銭湯にしているという人も。移動型の人は、住民票を実家にしている人もいますし、クリアする方法はいろいろです。
家族が増えたら広さも問題になりますが、もちろん、もう一軒タイニーハウスを増やしてもいい。資金ができたら増やすという考え方もあります。リビングで一軒、各個室で一軒でもいいんです。タイニーハウスは、デメリットを逆にライフスタイルに合わせて柔軟に楽しめる人に向いていると思います」

「えねこや」によるタイニーハウスにはエアコンもペレットストーブも完備。屋根に取り付けた太陽光発電パネルによる蓄電を元に、電力会社の送電網に繋がない独立システムになっている(撮影/相馬ミナ)

「えねこや」によるタイニーハウスにはエアコンもペレットストーブも完備。屋根に取り付けた太陽光発電パネルによる蓄電を元に、電力会社の送電網に繋がない独立システムになっている(撮影/相馬ミナ)

どんな暮らしがしたいのか。今の生活がどういう状況で、どう変化していくのか。何に重きを置いて生活したいのか。
ローンを組み、広くて快適な家に住むのもいいし、コンパクトな家を選び、食や旅にお金をかける生活もいい。暮らし方は人それぞれ違うものなのだから、それを担う住まいの形も違っていて当たり前。

タイニーハウスは、自らの暮らしを考えるきっかけとなり、選択肢の一つとして存在している。暮らしを考えれば考えるほど、住まいの種類が多ければ多いほど、私たちの生活は自由で豊かになっていくはずだ。

(撮影/相馬ミナ)

(撮影/相馬ミナ)

●取材協力
中田製作所
HandiHouse project

賃貸契約のオンライン化、日本での導入は? どれだけ便利に?

国土交通省は2019年10月1日から賃貸取引における重要事項説明書等の電子書面交付に関する社会実験を開始しました。いよいよ、不動産関連の文書のやり取りをネット経由で行える時代の到来への第一歩です。すでに米国では、不動産の賃貸契約だけでなく、売買契約でさえオンラインで全契約の9割以上のやり取りが終えられる時代ですが、日本の導入条件を探りつつ、不動産業界の最先端をいく米国の事例を紹介します。
「IT重説」に続く規制緩和

今回、不動産における「賃貸取引」の電子書面交付化が進むきっかけとなったのは、2017年から本格運用され始めた「重要事項説明の対面原則」の規制緩和に始まります。重要事項説明とは、宅地建物の取引に関して、契約前に宅地建物取引士により、説明の相手方(借主)に対して契約上の重要事項について説明することを言います。 またその際に、説明の内容を記載して説明の相手方(借主)に交付する書面を、重要事項説明書と呼び、 宅地建物取引業法に規定されています。

詳しい話を伺った、国土交通省 土地・建設産業局 不動産業課の石原寛之さんによれば、今回の社会実験は国土交通省が作成した「賃貸取引における重要事項説明書等の電磁的方法による交付に係る社会実験のためのガイドライン」に基づいて実施しているといいます。

これまで宅地建物取引士による「重要事項説明」は、必ず対面で行うことが義務付けられていました。しかし、2013年から政府が推し進めているビジネスにおける「IT活用」の中で、不動産業界ではそれまでの規制を緩和し、オンラインシステムを利用した「非対面」での説明を実施するための施策が練られてきたのです。それが通称「IT重説」と呼ばれる、ITを活用した重要事項説明の実施となっています。

2015年に行われた社会実験と、その実験を通じて収集したデータを、有識者や実務者による検討会を通じて分析し、2017年から本格運用に至っています。そして今回、「書面の電子化」に関して、事前登録をした113の事業者による3カ月間の実験が始まりました。その内容は、先述の「IT重説」の実施に加え、「賃貸取引」に限った書類の電子交付を行うというものです。

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なお、事前に社会実験に参加登録した登録事業者は、社会実験期間中に社会実験を実施した説明の相手方(借主)および、担当した取引士に対して、アンケートを実施。その内容を国土交通省に対し、フィードバックすることが求められています。

「電子署名」、専門業社のサービスが必須

「IT重説」の場合、説明の相手方(借主)に対し、事前に送付された書面により、オンラインで取引士による説明が行われ、書面に署名をして返送する、という流れがありました。今回の社会実験における「電子書類」の交付にあたり、カギとなるのはやはりセキュリティーです。登録事業者(取引士)は、重要事項説明書などの電子ファイルを作成し、暗号化された高度なセキュリティーが確保された環境で、説明の相手方(借主)へ書類を送付し、必要な部分に「電子署名」を依頼します。

なおこの電子署名については、すでに電子認証業務を行うサービス事業者についてのリストを、国土交通省のウェブサイト上で、公に共有されています。専門業者による安全なサービスを利用することで、電子署名済みの書類をメールなどでやり取りが可能になるのです。また確認ソフトを使えば、その電子署名が改ざんされていないことを確かめることも可能だと言います。ただし、専門業者も、現時点で19社がリストアップされているので、サービス内容や使いやすさにも差がありそうです。

なお、今回の社会実験では2つの電子書類の交付方法が選択できるようになっています。1つ目は、メールに添付し、PC上で電子ファイルへ電子署名を書き込んだ後、送付する場合。あるいは、クラウドなどのサービス上で、電子署名を書き込み、それを保存することで、必要な電子書類をやり取りする場合があります。

IT化先進国、米国の場合

一方、すでに賃貸だけでなく不動産の「売買」においてもオンライン化が進んでいる米国では、どのような形で不動産業界における「IT化」が進んだのでしょうか。南カリフォルニアで30年以上不動産業務に携わる、オレンジ不動産のジャック才田さんと、妙子さん夫妻に、詳しい話を聞きました。

オレンジ不動産のジャック才田さん、妙子さん夫妻(写真提供/オレンジ不動産)

オレンジ不動産のジャック才田さん、妙子さん夫妻(写真提供/オレンジ不動産)

「私たちは、不動産書類の電子化を導入したのは決して早い方ではありませんでした」と話す才田さん。周辺の同業者の導入実績や環境を観察しながら、実際に導入を開始したのは2014年になってからだと言います。米国では90年代から、書類の電子化が始まりましたが、クラウドを通じた電子署名を用いたり、メールで必要書類をやり取りしたりするだけで、賃貸や売買契約がすべてオンライン上だけで完結するのが当たり前になったのは、ここ4、5年といってもいいでしょう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

オレンジ不動産がIT化を推進したきっかけは、競争の激しい不動産業界の中で「遅れている感」を出したくなかったからだと言います。加えて、2015年ごろから「全米不動産業者協会」や、「カリフォルニア不動産協会」といった業界組織の加盟者であれば、不動産書類の専用ソフトウエアを提供する「zipLogix(ジプロジックス)」を「無料」で利用できるようになったことも、業界内でのIT化が一気に進んだきっかけになったことは言うまでもありません。

米国では、こうしたIT化が進んだおかげで、不動産のやり取りの時間が短縮できるようになり、とくに不動産売買は増加の傾向があると言います。「米国では、不動産に関係する書類の書式がほぼ画一的ということもあり、書類の電子化が進んでも、戸惑う人が少ないというのもあるかもしれません」とは、妙子さんの話です。

実際50代以上の年配者は、初めて電子署名で書類にサインをする際に、不安感を抱く人もいるといいます。しかし「そのような方には、時間をかけてやり方を説明し、必要な電子署名の設定を手助けします。スマートフォンでも簡単に確認ができ、サインまでできるようになるので、多くの方は喜んで利用するようになっています」と話します。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに、「仕事やプライベートなど、時間管理を自分の思い通りにすることを好む若い方ほど、不動産におけるやり取りを煩わしく感じる人が多いように感じます。自分の自由な時間に、オンラインで署名や書類のやり取りまで完結できるIT化は好まれています」と続けます。

不動産取引者に対して、専用ソフトに関するセミナーはもちろん、書類の電子化による起きやすいトラブルや、その解決法については、業界組織内を通じて業界全体で積極的に情報共有されています。さらに、トラブルの相談窓口も用意されていると言います。メールやクラウドを上手に使い分けながら、IT化を進める中で顧客の信頼性を維持する方法を、リアルター(不動産屋)は考えなくてはなりません。

米国では、現場のニーズに合わせ、導入しやすいサービスの提供とそのサポート体制が構築できていることで、一気にIT化とペーパーレス化が進みました。今後、銀行や金融業者による、不動産ローン関連の書類についても、電子化・ペーパーレスが進む予定だと言います。

一方、日本では現在行われている社会実験のアンケート調査の結果により、分析に十分なアンケート結果が集まらない場合は、実験の延長も想定されています。「実施には法改正が必要になるため、ある程度の期間は必要となります」とは、先述の国土交通省・石原さんの言葉です。不動産取引のIT化については、消費者保護を最優先として、カスタマー、不動産会社双方にとって取引の利便性向上に確実につながるこの取り組みに期待したいものです。

●関連サイト
国交省の公式告知
●取材協力
国土交通省土地・建設産業局 不動産業課
オレンジ不動産 妙子&ジャック・才田夫妻
zipLogix

勝間和代さんインタビュー:“汚部屋“が一転、一番快適な場所に! 人生を変えた「断捨離」

経済評論家として、働く女性の代表的存在としても大活躍中の勝間和代さん。多忙を極める裏で、かつてはモノがあふれ収拾のつかない状態だった「汚部屋」を、「家が一番快適」というまでに蘇らせ、その体験をまとめた『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』(文春文庫)を2016年発行。2019年の文庫化を機に、勝間さんが一念発起したきっかけ、人生がガラリと変わったという劇的効果、約4年経過後の断捨離やライフスタイルの進化などを伺ってきました。
2015年秋、友人・川島なお美さんの急逝で断捨離の必然性に目覚める

――勝間さんが断捨離を始めることになったきっかけを教えていただけますか?

2007年に独立して以来、多忙を口実に、片付けに関しては放棄していました。強制的に荷物整理をするために引越しを繰り返してきましたが、今の部屋に5年以上住んだころからモノが収納限界点を超える「収納破産」状態に。部屋には使わないモノがあふれ、人も呼べない汚部屋でしたが、見て見ないふりをしていました。

そんな2015年秋、公私ともに親しくさせていただいていた川島なお美さんが急逝。同世代だけに、「死」というものが現実化して。ご主人である鎧塚俊彦さんが、なお美さんの残したものを前に辛い思いをしているのを目の当たりにして、「自分もいつ死ぬか分からない」「自分のものが多いと遺族も大変だし、何かあったときに他人を家に入れることもできない」と、スイッチが入って断捨離を始めました。

(左)同じ部屋とは思えない、汚部屋時代。デスクまわりも仕事関連のモノがあふれ、収拾のつかない状態。せっかくのルンバも床に散乱したモノで活躍の場がなかった(写真提供/勝間和代さん)(右)現在の勝間さんのお部屋。明るく広々、厳選されたものだけに囲まれた「一番快適な場所」。断捨離で床にモノがなくなり、時間セットしたルンバが毎日大活躍でさらに綺麗に(写真提供/文藝春秋)

(左)同じ部屋とは思えない、汚部屋時代。デスクまわりも仕事関連のモノがあふれ、収拾のつかない状態。せっかくのルンバも床に散乱したモノで活躍の場がなかった(写真提供/勝間和代さん)(右)現在の勝間さんのお部屋。明るく広々、厳選されたものだけに囲まれた「一番快適な場所」。断捨離で床にモノがなくなり、時間セットしたルンバが毎日大活躍でさらに綺麗に(写真提供/文藝春秋)

――断捨離の成果が出てご著書『勝間式汚部屋脱出プログラム』が出来上がるまではどれくらいの期間で?

そのときたまたま睡眠の大切さに関する本を読んでいたこともあり、試しに寝室の断捨離から始めました。するとすぐに睡眠の質が高まる効果を実感して。その相乗効果で断捨離は加速、どんどん面白くなって、毎日2~3時間片付けて、2015年末には8割のモノがゴミと化していました。ブログに書いたところ好評だったこともあり、この仕組みをまとめて、2016年に『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』の単行本を出しました。

『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』勝間和代 著、文春文庫

『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』勝間和代 著、文春文庫

片付けてスッキリすると気持ちいいし、効果を実感する、楽しくなる、どんどん捨てるべきものが目につく、という好循環で、無理はしていません。むしろ汚部屋だったころの方が、掃除をするにもモノをどかしてからでないと掃除さえもできなかったので、無理して頑張っていたと思います。

――断捨離はダイエットにも絶大なる効果があったとか?

断捨離でこまめに身体を動かすようになって、自然に体重が4~5kg落ちました。かつてはゴミを溜めておいて収集日に合わせて運んでいましたが、いまは目につけば24時間いつでもマンションの集積場所まで捨てに行きます。自然に良く身体を動かす癖がついたのだと思います。

さらに自炊に切りかえて外食が減ったこともあり、ピーク時は60kgを超えたこともあった体重はぐんぐん減って、いまは40kg台になりました。人生100年時代、人生の先輩に「体が動くのは50代のうち」と言われて、仕事ばかりでなく、意識して運動していることもあると思います。今日もゴルフ練習場に行ってきましたし、家でダンベルを使ったりして、毎日2~3時間は運動していますよ。

――家を一番快適な場所にすることによって、何が変わりましたか?

まず、モノが少なくなったことで、モノを探す無駄な時間もなくなりました。断捨離したら、ハサミやカッターが家じゅうから何セットも出てきましたからね。掃除もしやすくなりいつもきれいな状態を保て、いつ誰が訪ねてきて、どこを見られてもOKです。

家でも身体をこまめに動かすようになったので、以前は行きもしないジムに会費を払ってお金を浪費していましたが、そんな必要もなくなりました。ジムもちゃんと場所や時間帯を選んで通っていればいいのですが、たいてい入会しているだけで満足しがちですよね。

今までは家で仕事をしていても、快適とは言えない環境なのですぐ息抜きに外に行きたくなって。例えばカフェに息抜きに出かけると、その往復時間もカフェ代も無駄になります。家が一番快適でストレスもないと、外に行く必要がなく時間とお金の無駄がなくなって経済的。その時間とお金を好きなものに集中できます。

汚部屋の時代は自宅には親友くらいしか呼べなかったけれど、今は月に数回、椅子は8脚なので8名マックスのパーティーもするようになりました。以前は不意に人が来たら困っていましたが、いまはたとえ日にちを間違えていても、いつでもどこを見られても大丈夫です。

(写真提供/文藝春秋)

(写真提供/文藝春秋)

コツは捨て癖。片付けの「仕組み」で歯磨きのように習慣化

――片付けが苦手でいつも挫折しているのですが、どこから、どのように手を付ければいいでしょうか?

まずは捨て癖を付けて、成果を実感しやすいところから始めるといいですね。例えば浴室や寝室のベッドまわり。浴室は「お風呂に入る」という目的がはっきりしている狭い空間なので、取り掛かりやすいです。入浴に関係ないものがあれば取り除き、使っているもののみ残します。私は立ってシャワーを浴びるので、桶や椅子も使っていないことに気付き、処分しました。広々と気持ちよい空間でバスタイムを楽しむことができ、さらに掃除もしやすく、すぐに断捨離効果を実感できるでしょう。

寝室も同じです。「眠る」という目的に必要なものだけを残すことで、質の高い眠りを得ることができることが実感できるはずです。寝室は、まずベッドまわりから始めて、クローゼットや物置は難易度が高いので後回しで。「捨てる物を選ぶ」という発想ではなく、「残すものを選ぶ」という感覚で、捨て癖を付けていくことが大切です。8割がたの不要なものがなくなれば、「整理整頓」とか「収納」などと考える必要もなくなります。

――具体的に、捨てる・捨てない、はどのように判断すればいいのでしょうか?

判断基準はシンプルに、「使っているか、いないか」、ということだけです。こんまりさんこと、近藤麻理恵さんの「ときめき」による片付け術が世界中で大流行していますが、ときめくか、ときめかないかって、私には分かりにくくて。季節ものは別にして、1カ月間使っていないものは、要らないのでは、という目で見ます。

例えばキッチンの調理器具は包丁3本、お玉2つ、トング、木べら、ピーラーを残し、さまざまな便利グッズや予備は捨てました。同時に使うものでない限り、すぐ洗えばストックも不要です。7~8本も出てきたラップのストックも一種一本だけにしました。ちゃんと出汁をとれば、出来合いの各種調味料類も不要になります。

買い置きは、結局使わず無駄になってしまい経済的ではないので、しません。冷蔵庫の中も、3日以内に食べる物しかはいっていません。それでも米や豆、水、カセットコンロなどがありますから、台風の3、4日分の食料は大丈夫です。

そのようにどんどん身の回りのものもシンプルにしていき、化粧品もワンセット、小さな化粧ポーチのみです。そうすれば、なくなりそうなときはすぐ分かるので在庫管理も楽。アイシャドウだって何色もあっても、結局使うのはお気に入りのブラウン系だけなので、一種でいいのです。

――難易度が高い場所はどのようにクリアしてキープすればいいのでしょう?

捨て癖がついて、断捨離の効果も実感してからだと、難易度が高い断捨離もやりやすくなります。さまざまなものがあって判断が複雑になりがちな収納スペースは、捨て癖が付いた断捨離の最後に取り掛かるのがおすすめです。クローゼットの衣類なら、値段が高く使用頻度が少ないフォーマルなものは悩みますので、まずはカジュアルな服の断捨離をしてからフォーマルに。物置もさまざまなものが混在している場所なのでやっかいですが、最終的には日常的には使わないけれど、必ず使うものだけ残すのが理想です。

捨て癖は、習慣にしてこまめに捨てることが大事です。歯磨きだって3日とか1週間に一度では、歯石も溜まって大変でしょう。歯磨きを毎食後習慣にするように、断捨離もちょこちょこ習慣化してしまえば長続きします。
無理せず、こまめに、ですね。

かつて持ってはいても、床にモノが散乱していて起動できなかったルンバは、毎日タイマーで自動で動き出すようセットし、そのために床にはモノを置きません。キッチンも片付いている方が、断然お料理の効率もいいし、楽しいです。手洗いか食器洗浄機か、ではなく、両方使った方が早いので、食器に応じて手洗い&食器乾燥機、食器洗浄機、を使いわけ、食事のときには片付けも終わっているようにします。皿や調理器具もストックは持たないので、整理整頓や収納で悩むこともありません。

モノから行動の断捨離へ。時間を生み出し自分が主役の人生に

――勝間さんが捨てにくかったモノはどんなものですか? どんな変化がありましたか?

高額なもの、他人にいただいたものや思い出のあるもの、物理的に大きなものなどが捨てにくいです。100円ショップで買ったものは誰でも気軽に捨てるでしょうが、3万円を超えるものだと悩むでしょう。頂きものや思い出のものも、送り主の立場を思うと申し訳ない気持ちになります。物理的に大きなものも、運んだり粗大ごみの手配をしたりが大変です。

コレクションしている趣味のものも捨てにくいです。一眼レフやビデオカメラ、古いPCなどもたくさんありましたが、時代とともに進化して、今どきスマートフォンで事足りるので、古いものは処分しました。

捨てるのがめんどうなものが分かってからは、なるべく家まで持ち込まないようにしています。買い物は厳選し、特に3万円以上は慎重になります。いただきものも「モノを増やしたくないので」「お酒は飲みませんので」などとその時点で断ります。そうしているうちに周囲に浸透してきましたが、それでも断り切れない場合は、事務所のスタッフに配ったりして、基本家には消えもの以外は持ち帰りません。逆に自分がプレゼントを選ぶ場合も、消えものと決めています。

――モノを増やさずキープするための、勝間流の仕組みや工夫を教えてください。

基本はモノもダイエットも同じで「出る」「入る」の仕組みです。出るが多いと痩せるし、入るが多いと太る。断捨離で綺麗になっても、人間生きている限り、モノは放っておけばまた増えていきリバウンドしてしまいます。
モノが増える仕組みを知って、増やさない仕組みをつくることが大切です。買い物はとにかく厳選し、何かを買うということは、何かと入れ替えます。現在本当に必要なもののみになっているので、それに並ぶものか、入れ替えてまで欲しいモノか熟考します。

どうしても溜まりがちなものに郵便物があります。家に持ち込んでどこかにポイと置いたら最後、そのままになって溜まっていきます。そこで「郵便物は絶対にそのまま置かない」と決めて、ポストから部屋に戻る途中、エレベーターや廊下でも中身を確認して、要るものや要返信のものなどを分けるなど処理をしたうえではじめて部屋に置きます。クリーニングに出した際のハンガーも断って家には持ち込みません。

所有に拘らず、必要なものは「エアークローゼット」などのサブスク(サブスクリプションの略称で、製品やサービスなどを一定期間利用しその代金を払うシステム)を利用しています。バッグなどは買う前にいくら吟味しても使い勝手までは分からないので、まずはレンタル。今日のバッグもレンタルで、気に入ってはいるけれど購入するほどではないかな、とか使ってみて判断できますよ。

――単行本発行から文庫化まで4年、現在の断捨離の進捗状況と読者へのメッセージを。

モノに支配されない自分が主役の暮らしが快適だ、ということを断捨離で実感して以来、常に効率化できるものはないか、捨てられるものはないか、考えています。無理をしていないので、もちろんリバウンドすることもありません。自分にとって快適でストレスのない状態を追求して、断捨離しているだけです。

いまは「モノ」の断捨離から、「行動」の断捨離に移行しています。一日は24時間と限りがあるので、自分にとって快適でないことは辞めました。例えばテレビの仕事は1時間番組の収録でも、現場への往復や事前打ち合わせなどで合計6時間前後拘束されてしまいます。自分はテレビを一切見ないし、テレビに出ている時間を楽しんでいるわけでもないことに気付き、今年の2月から一切テレビのお仕事は断っています。

「行動」を断捨離することで「時間」が生まれ、自分で自分のスケジュールを組めるようになります。先日は誘われるままに、8日間で5回ゴルフのラウンドに行きました。逆に、少しでも迷った誘いは断ります。自分の人生、自分の時間は自由に使い、自分でコントロールしたいですからね。

さっそうとインタビュー場所に現れた勝間さんは、表情キラキラ、お肌ピカピカ、スッキリ華奢なシルエット。「部屋の状態は心の状況を表す」と言いますが、お部屋もご本人も、いつ誰に見られても良い状態に整っているのだと納得。最後に仕事道具を詰め込んだ大荷物の取材陣に、「バッグも小さくして、持ち歩く荷物の断捨離を」、とアドバイスいただきました。断捨離、やらないと人生損です!!

2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』 (文春文庫) 『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』 (文春文庫)

首都圏スーパーマーケットの戦略。地元で愛されるための裏側とは

住まい選びでは、家そのものだけでなく、公園やスーパー、病院など周辺環境も重要な要素のひとつ。お気に入りのスーパーがあるとその街に住みたくなったり、街に愛着が湧いたりしますよね。今回は、暮らしを楽しくしてくれる首都圏の「ご当地スーパー」とその特色をテレビ番組『マツコの知らない世界』(TBS系)にも出演した「スーパーマーケット研究家」の菅原佳己さんに聞いてきました。
スーパーの注目ポイントは、お惣菜とポップ広告

スーパーと聞いて、あなたが思い浮かべるのはどのお店でしょうか。小売業界の売上高ではおなじみの「イオン」が首位を走り、ついでセブン&アイHDの「イトーヨーカドー」が追うという構図になっています。ただ、スーパーマーケット研究家の菅原佳己さんによると、大手はもちろん、全国津々浦々、その土地で愛されている「ご当地スーパー」は今も元気で、そこには「生産するメーカー、販売するスーパー、購入する消費者」、それぞれの歴史と文化がつまっているのだそう。

「一見、ネットが日本各地の情報を網羅しているよう思えますが、まだまだ知られていない食品や食材があるもの。だから、各スーパーの目利きバイヤーは、いつも新しいものを我先に見つけて販売してやろう、新しい食べ方や食材を提案しようと考えているんです。スーパーは、そうした熱意や思いがあるほど面白い」とその魅力を明かします。

「スーパーマーケット研究家」の菅原佳己さん(写真提供/菅原佳己さん)

「スーパーマーケット研究家」の菅原佳己さん(写真提供/菅原佳己さん)

そんな各バイヤーの努力をダイレクトに感じられるのが、「お惣菜とポップ広告」だと言います。

「食品以外の衣料品なども扱う総合スーパーの売上は苦戦していますが、食品を中心に扱うスーパーの中には売上好調の店も少なくありません。カギを握っているのはお惣菜です。各社、メニューはもちろん価格、品質で差別化をはかり、惣菜の割合は年々大きくなっています」(菅原さん)

惣菜がアツい理由は、ひとり暮らしや夫婦共働きが増え、「中食」というライフスタイルが定着したこと。確かに以前の「スーパーのお惣菜」といえば、揚げ物が中心で、手抜きというイメージが強かったのですが、今は、「ヘルシー」で「おしゃれ」、さらに「美味しい」のだとか。筆者もですが、とかく子育てしているお母さん・お父さんに時間の余裕はありません。「食事づくりのために家族がイライラするくらいなら、お惣菜を買って、ニコニコ過ごそう」と考える人が増えているのでしょう。ゆえに「惣菜を制するものは、スーパーを制す」という状況になっているのだそう。そしてもう一つのカギは「ポップ広告」。

「とにかく、今、普通に商品を並べていてもモノは売れません。だから、モノがうまれた背景、ドラマを伝える必要がある。例えば、地元の農家が育てたこだわり野菜を扱う、山梨県八ヶ岳の麓のスーパー『ひまわり市場』では、くすっと笑えて、へーとためになるポップが、商品のファンを増やすきっかけになっています」(菅原さん)。なるほど、情報を伝えるだけでなく、思いを伝えるから「買ってみようかな」という行動になるんですね。

菅原さんの9選。首都圏・近郊の注目ご当地スーパーは?

規模には大小の差はあれど、個性あふれる店舗がひしめく首都圏で、今、菅原さんが注目している特徴的なスーパーをご紹介していきましょう。

惣菜で強さを見せる「サミット」(本社・東京都杉並区/東京中心に115店舗展開)
「お惣菜に注力していて、どれも内容・価格・味ともにバランスがよいものばかり。毎年、スーパーマーケットトレードショーで開催される『お弁当・お惣菜大賞』で入賞を果たしている実力派。30種類以上ある揚げ物もクオリティが高く、美味しいですよ」

サミットの三元豚とんかつ(写真提供/菅原佳己さん)

サミットの三元豚とんかつ(写真提供/菅原佳己さん)

おしゃれで気の利いている「成城石井」(本社・神奈川県横浜市/171店舗展開)
「元・一流レストランのシェフらが開発したエスニックな惣菜、流行を先取りしたスイーツは、毎日、彼ら自身が調理もする本格的なシェフの味。品ぞろえも価格帯、バリエーションもとにかく『さすが』のひとこと。来客があっても、慌てないですみますよね。スーパーとレストランを融合させたグローサラントという新業態も注目です」

成城石井のモーモーチャーチャー(写真提供/菅原佳己さん)

成城石井のモーモーチャーチャー(写真提供/菅原佳己さん)

元祖スーパーマーケット「紀ノ国屋」(本社・東京都新宿区/9店舗展開)
「日本で初めて、アメリカンタイプのレジとカートを導入して、スーパーマーケットの業態を始めたのがこの紀ノ国屋。青山の本店にいくと『ああ、これが元祖スーパーの紀ノ国屋……』と感慨に浸れます。各国の食材のほか、ロゴ入りのオリジナルグッズも充実していて、お土産にもオススメです」

パスポートなしで行ける海外「ナショナル麻布スーパーマーケット」(本社・東京都港区/3店舗展開)
「日本とは違うスーパーの空気が流れているのが、ナショナル麻布です。1階の食品だけでなく、2階は本場のハロウィン、クリスマスなどのパーティーグッズが満載。日本のスーパーでは見かけない珍しい商品がそろっていて、外国に行ったよう。各国大使館が近隣にあり、お客さんも国際色豊か。海外旅行にでかけた気分になりますよ!」

ナショナル麻布スーパーマーケット(写真提供/菅原佳己さん)

ナショナル麻布スーパーマーケット(写真提供/菅原佳己さん)

(写真提供/菅原佳己さん)

(写真提供/菅原佳己さん)

会長のイチオシに注目。勢いのある「OKストア」(本社・神奈川県横浜市/108店舗展開)
「商品点数を絞り、毎日低価格の『EDLP(Every Day Low Priceの略。特売はせずに毎日低価格)路線』で多くのファンから支持されています。商品の状況を報告する独自のポップ『オネストカード』の存在も信頼獲得につながっています。惣菜も充実していて、パンは店舗で生地からつくっているほか、大きなピザがワンコイン以下(税抜き価格)! でも、チープな感じがしません。個人的には『会長のオススメ』商品がハズレがなく好きです」

会長のおすすめ品(写真提供/菅原佳己さん)

会長のおすすめ品(写真提供/菅原佳己さん)

商品の状況を報告するオネストカード(写真提供/菅原佳己さん)

商品の状況を報告するオネストカード(写真提供/菅原佳己さん)

大きなピザ(写真提供/菅原佳己さん)

大きなピザ(写真提供/菅原佳己さん)

さいたまで独自路線を貫く「ヤオコー」(本社・埼玉県川越市/172店舗展開※グループ店含む)
「もともと、惣菜に注力していた埼玉県のスーパー。お惣菜の味を均一にせず、地元のお母さん方が食べ慣れた味をということで、北部と南部で少しずつ味が異なることで、埼玉の地域に根ざして愛されてきました。埼玉を中心に千葉や東京郊外などで展開。おはぎとからあげの美味しさには定評があり」

ヤオコーのおはぎ(写真提供/菅原佳己さん)

ヤオコーのおはぎ(写真提供/菅原佳己さん)

商社の総合力が光る「業務スーパー」(本社・兵庫県加古郡/838店舗展開※フランチャイズ含む)
「その名の通り、業務用食品を多く扱いますが、神戸物産という商社が運営しているため、よく見ると直輸入の世界の名品に出会えます。おうちカフェにも使えそうなフレンチフライやワッフルも本場ベルギーの冷凍食品で、味も姿もトレビアン。コストカットのためにパッケージは簡素で大容量。冷凍品なら日持ちするので、冷凍庫をキレイにしてから買いに行くといいでしょう」

かつてスーパーといえば、安さで勝負する「価格競争」のイメージが強かったのですが、最近では「時短」「手抜き感がない」「毎日の食卓がちょっと楽しくなる」という意味で、家庭のご飯をサポートする企業という側面もあるんですね。また、ときには日常から抜け出し、「逗子や羽村など郊外にも独自の魅力で惹きつけるスーパーがあるので、ぜひ訪れて」と菅原さんは続けます。

湘南にこの店あり!「スズキヤ」(本社・神奈川県逗子市/12店舗展開※グループ店含む)
「神奈川県の逗子を中心に湘南、鎌倉に店舗を構えるスーパー。多くの著名人や文化人など昔からの顧客を満足させてきたのは、素材の良さだけでなく、丁寧な仕事の中身と言えます。ひとつひとつの目玉を取り除いた春のホタルイカ、パックのなかでバラの花のように華やかに盛り付けられているスモークサーモンの美しさは秀逸。今でいうSNS映えを先取りしているかたちですよね。逗子や葉山、鎌倉のメーカーと共同で開発したプライベートブランド商品はここでしか買えませんし、絶品です」

目玉を取り除いたホタルイカ(写真提供/菅原佳己さん)

目玉を取り除いたホタルイカ(写真提供/菅原佳己さん)

見た目も美しいスモークサーモン(写真提供/菅原佳己さん)

見た目も美しいスモークサーモン(写真提供/菅原佳己さん)

ここでしか買えないオリジナル商品も多数、そろえる(写真提供/菅原佳己さん)

ここでしか買えないオリジナル商品も多数、そろえる(写真提供/菅原佳己さん)

羽村に引越したい「福島屋」(本社・東京都羽村市/5店舗展開※グループ店含む)
「東京都心から1時間ちょっとかかりますが、この店のためだけに羽村に行く価値ありです! 福島屋は『家庭の食を豊かに』を合言葉に、お惣菜はどれも手づくり、無添加です。無農薬で育てた自然栽培の野菜や果物、全国各地の絶品や、生産者とつくったオリジナル商品など、こだわりの逸品ばかり。月2回しか入荷しない幻の要冷蔵醤油『きあげ』、素材のよさがしみじみ美味しい『おむすび』など、魅力を挙げたらきりがありません!」

食べた人は感動すると評判。福島屋のおにぎり(写真提供/菅原佳己さん)

食べた人は感動すると評判。福島屋のおにぎり(写真提供/菅原佳己さん)

スーパーの競争が激しさを増す首都圏近郊エリアに注目

最後にスーパー激戦区としてオススメのエリアを聞きました。

「23区は大型スーパーに適した土地はもう少なく、再開発でマンションの1角に出店するか、もしくはミニスーパーの形態になります。だから今、スーパー激戦区になっているのが、準郊外といわれるエリアです。例えば、調布~仙川。ライフ、クイーンズ伊勢丹、成城石井、いなげや、マルエツ、食品館あおば、ヤオコーなどバラエティ豊かなスーパーが目白押しです。こうした準郊外は人口流入が続き、新しい業態にもチャレンジしやすいんでしょう。また、八潮~草加にはイトーヨーカドー、西友、ベルク、マルエツ、ヨークマート、マルコーなどの千葉・埼玉・東京の有力スーパーが勢ぞろいしています。スーパーの競争が激しいエリアに住むということは多種多様な食材との出会いがあなたを待っているということ。毎日の、スーパーの買い物も楽しくなるのではないでしょうか」

スーパーはいつものところでいいやと慣れている店・同じ店に行きがちです。
もちろん、大手のスーパーは安心感がありますが、地域ならではの店、普段、行かないお店にいくとまた発見があるはず。もちろん上記のような競争の激しい、スーパー巡りを楽しめる地域を選ぶのも楽しいですね。スーパーで思わぬ発見・出会いがあると、一日がちょっとだけ得した気分で過ごせるに違いありません。

●取材協力
一般社団法人 全国ご当地スーパー協会

それでいいのか?マンションの理事未経験者の約8割が「理事会役員になりたくない」

実は筆者は、マンションの管理組合の理事長を経験している。仕事柄、マンション管理に関する情報に触れているということもあるが、やはり「快適に暮らし続けたい」「資産価値を下げたくない」と思っているからだ。なのに、にもかかわらず、理事の役員をやりたくないと考えている人がなんと多いことか。詳しく見ていこう。【今週の住活トピック】
「マンション居住者に対する、理事会運営に関する調査結果」を公表/つなぐネットコミュニケーションズ(マンション・ラボ)マンションの理事会役員未経験者の8割が「役員になりたくない」!?

マンション・ラボの調査結果によると、マンションの管理組合の理事会役員を経験したことがあるのは、58.9%(現在役員8.6%+以前役員経験あり50.3%)で、残りの41.1%が経験したことがないと回答した。

41.1%の役員未経験者(1031名)に、「マンションの理事会は、マンションの資産価値を守り、住民の暮らしをよくするために、さまざまな活動を行っています。あなたは理事会役員になりたい(なってもいい)と思いますか?」と、その意義も記載して質問したところ、なんと81.9%が「思わない」と回答したのだ。

なぜだろう?理事会役員になりたくないと回答した約8割の人(844名)に、理由を尋ねた結果は下図の通りだ。

Q.マンションの理事会役員になりたくない理由を教えてください(複数選択可)(出典:マンション・ラボ「マンション居住者に対する、理事会運営に関する調査結果」より転載)

Q.マンションの理事会役員になりたくない理由を教えてください(複数選択可)(出典:マンション・ラボ「マンション居住者に対する、理事会運営に関する調査結果」より転載)

「拘束されそうだから」「面倒臭いから」「忙しいから」がほぼ4割に達している。
では、現実問題、どのくらい拘束されるのだろうか?

「1カ月に1回、土日の午前か午後に2時間未満」の理事会参加が難しい?

理事会の運営にどの程度時間を取られるかは、マンションによって異なる。築年数が経つほど、建物や設備で修繕や交換が必要な不具合が生じたり、居住者が入れ替わることでマナーに意識差が生じたりで、理事会で検討すべき課題が多くなるからだ。さらに、マンションの規模(戸数)などによっては、役員の輪番頻度や開催頻度なども変わるだろう。

マンション・ラボでは、調査結果の詳細をレポートしている。それを見ると、理事会の運営実態はおおむね次(上位3位まで紹介)のようになる。
■理事会の開催頻度(単一回答)
1.「1カ月に1回程度」(57.6%)、2.「2カ月に1回程度」(22.2%)、3.「3カ月に1回程度」(10.6%)
■理事会の主な開催曜日・時間帯(複数回答)
1.「日曜日の日中(午前)」(40.0%)、2.「土曜日の日中(午前)」(33.3%)、3.「土曜日の日中(午後)」(16.4%)
■理事会の所要時間(単一回答)
1.「1時間以上2時間未満」(60.1%)、2.「1時間未満」(18.3%)、3.「2時間以上3時間未満」(16.1%)

つまり、「1カ月に1回、土日の午前か午後に、2時間未満を理事会の運営に充てる」のが一般的な拘束時間になるようだが、マンションの資産価値を守ることに、この程度の時間を割くことが難しいということなのだろうか?

一方で、役員未経験者に「理事会の役割や取り組みの内容をご存じですか?」と聞いたところ、「知っている」が55.1%、「知らない」が44.9%だった。「知らない」人には、ぜひ、その意義を知っていただきたい。

快適な暮らしや資産価値の維持のために、欠かせない理事会運営

まず、マンション・ラボが、役員経験者に「理事会の主な議題」を聞いた結果を紹介しよう。

■理事会の主な議題(上位10位まで)
1.大規模修繕工事の検討
2.住民トラブル・マナー対策
3.管理費・修繕積立金の見直し
4.マンション管理規約の見直し
5.駐輪場の見直しや改善
6.駐車場の見直しや改善
7.防災対策の向上や改善
8.共用部分の省エネ化対策
9.防犯対策の向上や改善
10.地域の自治会や町会への参加

マンションの管理組合では、マンションの日常の管理やマンションの建物とインフラ設備(電気・ガス・水道やエレベーター、テレビ視聴設備等)の改修、管理規約(ルールブック)の見直しなど、快適に暮らすためのあらゆることを議決していく。

ほとんどのマンションでは、管理会社に業務を委託してその助言の下、理事会で重要なことを決めていき、年に1回開かれる組合の総会で承認をしていく。

なかでも最も重要なのは、お金の使い方だ。なによりもお金がなければ、改修が必要であっても工事ができないので、不具合のあるまま暮らすか、改修費用を全戸追加徴収するかになる。お金があっても、限られたお金のなかで優先順位を決めながら使っていかなければ、どこかで不足してしまうこともある。

そこで、管理費や修繕積立金の見直しをしたり、大規模修繕工事の発注先や工事内容を検討したり、駐車場に空きが増えれば管理組合に入る金額も減るので対応を検討しなければならないし、今の暮らしに合うように防犯性や省エネ性などを引き上げていく必要もあるしで、資産価値を守ることとお金の管理は重要な課題となる。

併せて、マナー違反やトラブル解消の手立てを打ち、必要があればルールを改定し、民泊や個人情報保護などの新たな課題にスピーディーに対処する必要もある。

適切な管理が行われないと、マンションに不具合があるままだったり、マナーが悪いことが明らかだったり、他のマンションと比べて性能が劣っていたりして、いざ売却しようとしたときに、思う金額で売れないということになる。

マンションであれ一戸建てであれ、快適に暮らすためには、マイホームの建物や設備のメンテナンスを行い、近隣住人とトラブルのないようにマナーを守って暮らすように努める必要がある。そのために、管理会社の助言を得ながら、理事会で話し合って決めていくことが、面倒だったり、拘束されると感じたりするのはどうなのだろう。しかも、毎年ではない。マンションによるが、10年に1回など頻度はそう多くはない。

重要性を理解していただき、ぜひ積極的に理事会の役員を担っていただきたい。

人気ドラマ『まだ結婚できない男』、2019年の桑野(阿部寛)の住まいは進化した?

2019年秋は話題のドラマが勢ぞろいしていますが、なかでも注目を集めているのが、13年ぶり(!)の続編となる『まだ結婚できない男』(毎週火曜日夜9時~カンテレ・フジテレビ系)。阿部寛演じる偏屈、独善的、皮肉屋の桑野信介と周囲の人々が織りなす日常をコミカルに描いたドラマは、放送第1回目から高視聴率を記録し、Twitterでも話題になっていました。では、その「自宅」はどうなったのでしょうか。関西テレビの米田孝プロデューサーと美術担当の株式会社テレビ朝日クリエイト 美術制作部・吉野雅弘さんにその裏話を聞きました。
時代は変わった。桑野とその部屋はどう変わる?

今回のドラマは、2006年に放映された「結婚できない男」の13年後を描いたもの。主人公は見た目もよく、収入もあるのにあえて「結婚しない」と主張する一級建築士の桑野信介。前作では建築事務所を中心に、マンションの隣人、医師(かかりつけの医師)、親戚を巻き込みながら話が展開していきました。

この作品、桑野信介が建築士という職業柄のためか、「住まい」について話題になっていることが多いのも特徴です。「女性がマンションを買うと婚期を逃す」「キッチンは家の中心にあるべきだ」「家、妻、子どもは人生の三大荷物」(桑野談)などなど……。

あれから13年。世の中は変わり、「結婚してもしなくても、それはその人の選択」「お一人さまの人生もいい」と独身男性・独身女性の生き方が尊重されるように。また寿命も延び、「人生100年時代」と言われるようになりました。では、新しいドラマはどのように変わったのでしょうか。

まず1回目の放映で分かったのは、桑野信介の順調な仕事ぶり。何しろ新国立競技場のコンペ(※国際的な建築賞の受賞経験がないと応募できない)に手を挙げ、テレビ取材を受け、講演会に呼ばれるなど「一流建築家」の仲間入りをしているようです。

桑野の住むマンションの内廊下。共用部分には宅配ボックスが導入されていました。桑野は502号室に住んでいます(写真提供/カンテレ)

桑野の住むマンションの内廊下。共用部分には宅配ボックスが導入されていました。桑野は502号室に住んでいます(写真提供/カンテレ)

一方で、分譲賃貸の自宅マンションは引越さず、部屋は大きく変わっていません。経済力を考えればもっと良いマンションに引越すこともできたはず。それとも、同じマンションに住み続けているのには理由はあるのでしょうか。

米田孝プロデューサーは、「プロデュース部としては、視聴者の目線にたったときに、『13年経っても変わらない桑野』を表現する一つの象徴でもあります。また、その中でも実は変わっているところもいろいろある……というのは大きな意図ではあります」と裏側を明かします。

自宅はあえて引越さず。前作から見続けているファンは、「桑野の部屋が変わってない!」と思い出すはず(写真提供/カンテレ)

自宅はあえて引越さず。前作から見続けているファンは、「桑野の部屋が変わってない!」と思い出すはず(写真提供/カンテレ)

直接照明だけでなく、複数の個性的な照明を配置しているのは、さすが建築家というべき?(写真提供/カンテレ)

直接照明だけでなく、複数の個性的な照明を配置しているのは、さすが建築家というべき?(写真提供/カンテレ)

また、美術担当の吉野さんによると、「あくまで私の個人的な意見ですが、仕事で成功した桑野は、新しい家に引越しするだけの資金はあるはず。しかし、桑野はこだわりの人です。部屋の広さや高級感を求めるのではなく、自分の理想の部屋を追い求めた結果、部屋の広さ、家具の配置など、今の部屋がベストだったのではないでしょうか」とのこと。

確かに引越せるけど、あえて「引越さない」。自分にとってのベストが何かを知っている桑野らしい選択といえます。ほかにも、良いものは使い続けるということで「ダイニングテーブル」「フランク・ロイド・ライトのタリアセンのライト」は同じものを使っているそう。確かにあの性格ならそうするだろうな、と妙に納得してしまいます。

「独身男性の理想の部屋」、家電がアップデート!

そもそも桑野信介の部屋の特徴は、広々としたLDKを仕切らず、趣味のスペース、仕事のスペース、食のスペースをバランスよく配置し、眠る以外の機能が一つの部屋で完結している点です。

徹底的に一人にこだわった部屋。ダイニングテーブルはじめ、椅子はすべて1脚(写真提供/カンテレ)

徹底的に一人にこだわった部屋。ダイニングテーブルはじめ、椅子はすべて1脚(写真提供/カンテレ)

リビング脇にある仕事スペース。ここではよくエゴサーチをしているシーンが流れる(写真提供/カンテレ)

リビング脇にある仕事スペース。ここではよくエゴサーチをしているシーンが流れる(写真提供/カンテレ)

また、部屋に置いてあるのはシンプルかつ、こだわりのあるアイテムのみ。「ミニマリスト」とはまた違いますが厳選したコレクション、自分の好きなものに囲まれて過ごす。「独身男性の理想の部屋」としてある意味、完成しているのかもしれません。

さらに、桑野信介の部屋の特徴として、「イスが1つ」という点があげられるといいます。

「大きなアイランドキッチンがあるのに、大きなダイニングテーブルにはイス1つ。音楽用チェアも1人用。これは『自身が満足するための部屋』の象徴でもあるのです」(吉野さん)

家族ではなく、自分が好きなものにこだわって、配置する。惜しみなくお金と時間を使える独身男性、個人的には羨ましくもあります。ただ、部屋には大きな変化はありませんでしたが、小物は時代とともにアップデートされているといいます。例えば、家電製品。

オーディオセットは最新型に。より高音質で趣味のクラシック音楽鑑賞に酔いしれているのだろう(写真提供/カンテレ)

オーディオセットは最新型に。より高音質で趣味のクラシック音楽鑑賞に酔いしれているのだろう(写真提供/カンテレ)

桑野の部屋で「変わった」象徴でもあるスマートスピーカー。どう使いこなしていくのか注目(写真提供/カンテレ)

桑野の部屋で「変わった」象徴でもあるスマートスピーカー。どう使いこなしていくのか注目(写真提供/カンテレ)

シンクとIHクッキングヒーターが別々になった珍しい二型のキッチン。味にうるさい桑野らしく、炊飯器や電子レンジなどの家電は一新されている(写真提供/カンテレ)

シンクとIHクッキングヒーターが別々になった珍しい二型のキッチン。味にうるさい桑野らしく、炊飯器や電子レンジなどの家電は一新されている(写真提供/カンテレ)

キッチン脇にはロボット掃除機が導入されている。13年前は普及途上でしたが、今やすっかりおなじみ(写真提供/カンテレ)

キッチン脇にはロボット掃除機が導入されている。13年前は普及途上でしたが、今やすっかりおなじみ(写真提供/カンテレ)

「家電やオーディオ機器に関しては、13年という時間が経過していますので今の時代に合わせたものを用意しました。13年前よりもはるかに高性能なものです。オーディオ機器は13年前よりもさらに高音質で音楽を楽しめますし、冷蔵庫などは手をかざせば扉が開くなど、いいものは取り入れています」(吉野さん)

なんと、それは気になる……。さらに番組予告などではスマートスピーカーに話しかけるシーンが見られ、公式サイトではお掃除ロボットが活躍しています。偏屈な桑野が最新家電をどう使っているのか、どんな皮肉をいうのか、注目したいところです。

金魚と指揮棒。小物を使ったお芝居にも注目

ドラマでは桑野信介が大きな目をギョロりとさせながら、毒舌をふりまくのが見どころのひとつ。皮肉屋でひとこと多い性格は、一歩間違えれば大炎上、単なる嫌なヤツになりそうなものの、どこか憎めない。そのバランスが絶妙です。

「自室で音楽に合わせ、指揮棒を振る桑野はやっぱり憎めないですよね。その点、一人掛けチェアと指揮棒は桑野信介を象徴するアイテムです。あとは13年間、大事に育てているという設定の金魚。13年前と金魚鉢が一緒なので小さく、かなり窮屈そうではあるのですが」と吉野さん。確かに13年前は指揮棒を持っていなかった。そっか、指揮棒を買ったんだな桑野……。自室以外にもバーやカフェの小物は、お芝居の大切な要素だとか。

前作から飼育を続けている金魚。その脇には外出先でも様子を見られるネットワークカメラが(写真提供/カンテレ)

前作から飼育を続けている金魚。その脇には外出先でも様子を見られるネットワークカメラが(写真提供/カンテレ)

独自のファッションセンスをしている桑野。それでも阿部寛が着るとなんとなくサマになるから不思議(写真提供/カンテレ)

独自のファッションセンスをしている桑野。それでも阿部寛が着るとなんとなくサマになるから不思議(写真提供/カンテレ)

「多くのシーンで折り紙や小さな置物などを配置しています。撮影の際に阿部さんが手に取ってお芝居に取り入れてくれる場合もあります。あとは桑野がまどか(吉田羊演じる弁護士)の事務所に手土産として持っていくバナナ。スタッフが毎回、市場まで仕入れに行ってくれています(!)」というから、美術スタッフの並々ならない気合が伝わってくるようです。

第1回の放送では、「人生100年時代、誰にでもセカンドステージがくる。そのときどんな家で暮らしたいのか。結局のところ、私は自分が住みたい家をつくりたいのかもしれません」という重たい、また13年前には考えられなかったテーマが提示されました。もちろん、恋の行方も気になりますが、個人的に桑野がどんな家をつくるのか、その答えに注目したいと思います。

こちらは玄関。前作よりシックでより高級感ある印象に(写真提供/カンテレ)

こちらは玄関。前作よりシックでより高級感ある印象に(写真提供/カンテレ)

●取材協力
関西テレビ
『まだ結婚できない男』
※「まだ内見できない所 桑野の部屋を大公開!」

「花の定期便」で身近に楽しむ、花のある暮らし

お花を飾りたい。でも、どう選んでいいか分からない。そんな人にオススメしたいのが、近所のお花屋さんではなかなか見かけない、とっておきの花が毎月届く宅配サービス。
「花の定期便」は、定期的に季節の花が届く定額のサービス。届いたらそのまま生けられるように、相性のいい花をセレクトしているので、初心者にもうれしいサービスです。そんな「花の定期便」が好評な、「北中植物商店」の小野木彩香さんにお話を伺いました。

これまでの悩み

これまでは金曜日にお花を買って、週末を中心に楽しんでいました。でも、自分で選ぶと同じような種類のお花ばかり手に取ってしまったり、組み合わせ方が分からなくて一種類だけになりがちでした。また、お花が好きなのにどう生けたら素敵になるか自信がなくて、選んだり生けたりするのは苦手という状態がずっと続いていました。

なので、お花屋さんが選んでくれたブーケが毎月届くというサービスは、正直ありがたい。お花を楽しみながら、選び方と生け方も学ぶことができます。

北中植物商店へ

東京都、三鷹市。野川のほとりに建つ古い日本家屋で金土日だけオープンする「北中植物商店」を訪れました。

川沿いの緑あふれる場所にある「北中植物商店」は、季節の花を販売しているだけでなく、庭づくりの提案も行っているお花屋さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川沿いの緑あふれる場所にある「北中植物商店」は、季節の花を販売しているだけでなく、庭づくりの提案も行っているお花屋さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今回お話を聞いた店主の小野木さんは、ここにお店を構えて5年。お花の販売だけでなく、ワークショップなども開催しています。

建物は趣のある日本家屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建物は趣のある日本家屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アンティーク家具と一緒に飾られている植物はすべて販売されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アンティーク家具と一緒に飾られている植物はすべて販売されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「3年ほど前に、雑貨感覚で取り入れやすいドライフラワーが、インテリアアイテムとして大流行しました。手軽でかわいく、お手入れが不要なために、多くの人へ広がったのでしょう。それと共に、生花を飾ることもトレンドになりました。
一輪でも生花を飾る習慣があると、季節を感じるきっかけになります。それはうつわや食べ物への関心にもつながっていき、暮らしがよりみずみずしく、豊かになります。花は季節よりも少しだけ早いものが売られているので、“秋が来るな”と、先取りして感じることができます」(小野木さん、以下同)

朝ごはんを食べているとき。帰宅したとき。夜、のんびりしているとき。ふとお花が目に入ると、気持ちがふわっとほぐれます。生きているものが空間にあることで、部屋の雰囲気がやさしく潤うように感じるのです。

お店の奥にあるワークショップスペースに飾られたスワッグ。飾り方の参考にもなります(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お店の奥にあるワークショップスペースに飾られたスワッグ。飾り方の参考にもなります(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小野木さんがつくられたリースやスワッグも販売しています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小野木さんがつくられたリースやスワッグも販売しています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お花の選び方

「秋は、いよいよ実ものがお店に並びます。枝ものや実ものは長持ちしますし、そのままドライフラワーにできるものも多いので、忙しかったり扱いに慣れていなくても安心です。ひまわりやバラ、デルフィニウムも、比較的長持ちする品種。茎がしっかりしている個体を選ぶと、丈夫で長持ちします。

店内には小野木さんが市場でセレクトした季節のお花が並んでいました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内には小野木さんが市場でセレクトした季節のお花が並んでいました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お花の生け方

お花を選んだら、いよいよ花瓶に生けましょう。
「花瓶の高さと、そこから出ている茎の長さは1:1.5が目安です。適度な長さに切ったら、上の数枚を残して葉っぱを取ります。そのほうが花に水と栄養がいくのと、蒸れるのを防げるからです。また、茎の上部で枝分かれして多くの花をつけるスプレー咲きは、枝を切り分けるとボリュームが出ますし、長さも調節できます」

儚げなデルフィニウムも実は長持ち(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

儚げなデルフィニウムも実は長持ち(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ある程度お花の量がある場合は、花瓶と花の間に茎が見えないように飾るのがポイントです。花瓶の縁にかかるように、メインの花を短く切って生けると全体の印象がボヤけません」

全体のバランスを見ながら生けていくことが重要だそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

全体のバランスを見ながら生けていくことが重要だそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「数本だけなら、長さをちょっと変えて、動きが出るように生けても素敵です」

メインの花は短めに切ります(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

メインの花は短めに切ります(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

生けやすい花瓶とは

「花瓶は、数本生けるならば高さ10cm、10本以上生けるならば高さ25cmのものが使いやすいです。ガラスや白磁の花瓶は、季節を問わず使えるので、一つ目にピッタリ。太くて口がすぼまっている形は、安定感があり生けやすく、お洒落に見えます」

高さ25cm前後の花瓶もたくさん販売されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

高さ25cm前後の花瓶もたくさん販売されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

高さ10cmは数本挿しにピッタリ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

高さ10cmは数本挿しにピッタリ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

全体のバランスはこのくらい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

全体のバランスはこのくらい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

定期便が届いたら

取材後に、心待ちにしていた定期便が届きました。紫がかったブルーとオレンジの組み合わせにハッとします。数種類のお花を中心に、野の花のような草花や実ものがあしらわれていて、この組み合わせはプロならではだと感激しました。

箱を開けたら、秋色のブーケが(写真撮影/柳沢小実)

箱を開けたら、秋色のブーケが(写真撮影/柳沢小実)

まず、ブーケのまま花瓶にいけて完成されたアレンジメントを楽しみ、少しずつお花が傷んで減ってきたら、ブーケをほどいていくつかに分けて飾ってもいいそう。
花を長持ちさせるためには、なるべく毎日茎を切って、水を吸い上げられるようにすること。ブーケをそのまま手に持ち、下を切りましょう。
花は素直で、お手入れすると応えてくれます。たっぷり愛情を注いで、長く楽しみたいですね。

届いたブーケをそのまま花瓶に(写真撮影/柳沢小実)

届いたブーケをそのまま花瓶に(写真撮影/柳沢小実)

はじめて体験したお花の定期便。プロが選んだ雰囲気のあるお花を飾りながら、お花の選び方や組み合わせも学ぶことができました。毎月異なるお花が届くのも楽しみです。そしてなにより、お花のある暮らしは、心にも潤いを与えてくれます。お花との距離が、ぐんと近づいたように感じました。
花のある暮らしに憧れているけれどなかなかお店に行けない方や、お花選びに迷ってしまう方にこそ、オススメしたいサービスです。

●取材協力
北中植物商店

イマドキの引越し事情!節約の方法、近隣への挨拶、お祝いに贈るものなどご紹介

10月と4月は引越しが多いシーズンだ。そこで、引越しの2大お悩み「費用の節約」、「近隣挨拶」について、リクルート住まいカンパニーが調査した。その結果に加えて、知り合いの引越しで「お祝いを贈るときの相場」についても紹介していこう。【今週の住活トピック】
「引越しに関するアンケート」結果を発表/リクルート住まいカンパニー
・引越し費用を格安で! みんなに聞いた節約テクニック
・引越しの挨拶、みんなどうしてる? アンケートから分析&マナー講師が解説
・引越し祝い・新築祝いの品物と相場 アンケートで見るイマドキのマナー【マナー講師監修】「繁忙期を避ける」「不用品を捨てる」で引越し費用の節約

引越し費用については、引越し経験者の55.9%の人が「もっと安くするためにできることがあった」と回答した。費用を安くするために、複数の引越し会社の見積もりを比較することはもちろんのこと、「引越しコース」の選び方にも工夫があるようだ。

節約するためにどんな「引越しコース」を選んだかを聞いたところ、「繁忙期や土日を避けた」(53.5%)が一番多い結果になった。引越しが多い日にちを避けることで、節約しようということだ。加えて、「午前便・午後便・フリー便(時間指定なし)にした」(39.0%)が2番目に多く、引越し業者の比較的空いている時間帯に利用することで、節約しようとしていることも分かった。

Q.節約するためにどんな「引越しコース」を選びましたか?(複数回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

Q.節約するためにどんな「引越しコース」を選びましたか?(複数回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

さらに費用を抑えるために、「自分で行ったこと」を聞くと、「引越し前に不用品を捨てる」が54.2%、「引越し前に不用品を売却」が32.1%となり、不用品を捨てたり売ったりして“荷物を減らす”ことで費用を節約した人が多いことが分かった。

また、できることは“自分でする”ことで節約している人も多い。「運べるものは、自力で運んだ」(48.0%)、「自分で荷造り・荷ほどき」(44.5%)、「段ボールを自分で用意」(22.8%)とコツコツ努力している姿が見えてくる。

71.8%が「引越しの挨拶をした」。手土産予算は「500円以上1000円未満」が最多

「引越しをしたら、近隣に挨拶する」のは、かつての常識か?

調査結果によると、約3割(28.2%)が「挨拶をしていない」と回答した。残りの約7割(71.8%)の内訳は、「新居のみ挨拶」(40.4%)、「旧居のみ挨拶」(15.7%)、「新旧両方に挨拶」(15.7%)となった。

「立つ鳥跡を濁さず」の例えで、“旧居”にはお世話になりましたと感謝の気持ちで挨拶するのだろう。一方、“新居”の挨拶はこれからよろしくお願いしますと、良好な人間関係をつくろうという意図のものだ。

筆者などは、出ていった跡よりこれから先の生活が良好になるようにと、新居への挨拶を重視するのだが、挨拶をしないと旧居のみを足した43.9%は、新居に挨拶をしていないことになる。過去に「誰が住んでいるのかを知られたくない」という理由で、新居で挨拶をしないという調査結果もあった。今回の調査でも、「一人暮らしのほうが挨拶率は低い」というので、プライバシー保護という観点もあるのだろう。

さて、手土産の予算はいくらだったのだろう?
一番多かったのは、「500円以上1000円未満」の39.1%、次いで「1000円以上1500円未満」の27.5%などとなった。「気兼ねせず受け取れて、お返しが不要と思える価格帯がベスト」ということなので、引越した人の年齢などにもよるだろうが、妥当な額で手土産を選んでいるといえるだろう。

また、具体的なものとしては、「タオルやふきん」(38.5%)、「スイーツ」(30.2%)、「ティッシュペーパー・キッチンペーパー」(27.2%)が上位に挙がった。

Q.引越し挨拶の手土産・粗品は、ひとつあたりいくらの予算を組みましたか?(複数回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

Q.引越し挨拶の手土産・粗品は、ひとつあたりいくらの予算を組みましたか?(複数回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

引越し祝いの相場は相手との関係性によって変わる

落語に「家見舞い」という噺がある。仲良し二人組がお金もないのに、兄貴分が一軒家に引越したので「引越し祝い=家見舞い」を持っていこうと考えて、とんでもないことをするというものだが、江戸時代にはこうした風習があったのだろう。冠婚葬祭の付き合いが重視されたころまでは、引越し祝いを贈ることも多かった。

せっかくなら喜んでもらえるものを贈りたいものだが、「引越し祝いでもらってうれしかったもの」を聞いたところ、「現金」(31.3%)、「ギフト券・ビール券などの金券」(28.0%)、「カタログギフト」(25.1%)が上位に挙がった。新居に合わせて自分で用意したものもあるので、自分が欲しいものを選べるという点が喜ばれる理由だろう。

Q.引越し祝いで、もらってうれしかったものはなんですか?(5つまで回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

Q.引越し祝いで、もらってうれしかったものはなんですか?(5つまで回答)(出典/リクルート住まいカンパニー「引越しに関するアンケート」より転載)

ちなみに、江戸の二人組も兄貴分の家に行って、何が欲しいかを聞いてから買いに行っている。希望した水瓶にはお金が足りなかったので、代替品を用意したのだが、その代替品がこともあろうに……ということで笑わせる落語だ。

さて、SUUMOの記事では、引越し祝いに関するマナーについて、マナー講師監修の下で解説しているので、それをいくつか紹介しよう。

■引越し祝いの名目
・家を建てた&新築マンションなら「新築祝い」
・栄転による引越しは「栄転祝い」か「引越し祝い」
・退職や転職での引越しなら「餞別(せんべつ)」とすることも

■引越し祝いの相場
相手との関係性で決まる
・友人・職場の同僚の場合: 5000~1万円
※職場の仲間と連名で贈る場合には、1人当たり1000~3000円が目安
・兄弟姉妹・親戚の場合:兄弟姉妹へは1万~3万円、親戚へは5000~3万円程度
・目上・上司の方の場合:1万円程度の商品を選ぶのが一般的(どの程度お世話になっているかで変わる)

なお、「一般的に引越し祝いを受け取る側は、半額~1/3程度の内祝い(返礼)を用意する」というので、受け取る方もそれなりの出費が必要だ。

引越しをする理由は、進学や就職、結婚、マイホーム取得など、次のステージに進むものであることが多い。もちろん、前の住まいに不満があるという場合もあるだろう。いずれにせよ引越しは、生活環境を変えて、新しい気持ちで生活をスタートさせる機会でもある。この機会を上手に使って、次の生活に踏み出してほしいものだ。

町内会の会長を押し付けられた! 休日は潰れてクレームも多発。どうすればいいの?

一戸建てでもマンションでも、避けて通れないのが自治会や町内会の「役員」です。夫婦共働き世帯や高齢者世帯も増えて、担い手そのものが不足する一方で、町内会・自治会の仕事が増え、バランスがとれなくなっているといいます。では、どうすれば解消するのでしょうか、専門家と考えてみました。
ある日、突然「町内会長」に。メリットは……ほとんどない?

町内会、自治会、町会。さまざまな呼び方がありますが、防犯や防災、清掃など、地域を暮らしやすくするための自治組織が自治会・町内会。分譲マンションや賃貸アパート・マンションでも、地域のこうした組織に入っていることが多いもの。しかし、近年、町内会にまつわるニュースはネガティブなものが多く、現場でも「あつれき」「負担感」が問題になっているといいます。では何が負担なのか、今年4月より約300世帯の町内会の会長をしている神奈川県藤沢市の30代男性Aさんに話を聞いてみました。

「町内会に加入したのは3年ほど前。一戸建てを購入して引越してきたときです。それが今年に入り、『来年度の町会の会長をお願いします、順番でまわっているので断れませんよ』と言われ、引き受けることになりました」と経緯を話します。任期は1年ですが、引き継ぎ時にはダンボール4箱分の文書や資料、備品などがまわってきて、まずその多さにびっくり。また、役員同士でも基本的には情報などは印刷して紙で共有する、多いときはほぼ毎週会合がある、なにかあるとすぐに電話・突撃訪問があるなどの「文化の違い」に面食らったといいます。

「お祭りなど伝統を大事にしたい気持ち、地域を大切にしたい気持ちは分かるのですが、平日午前にも打ち合わせが入るなど、会社員で務まる内容ではありません。また、週末もできたら家族や友人と過ごしたい。町内会が何のために活動しているのか、正直、メリットが分かりません」

画像/PIXTA

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また、ご近所に住む人はほとんどが良い人と言いつつも、「何もしないけれど声は大きい(しかも折れない)高齢者」がいて、クレーム処理係のようになってしまうのも負担が大きいようです。

「兄はマンションに住んでいて、同じように町内会の会長をしたのですが、議事録作成などは外部企業にアウトソースして、なにかあったときにハンコを押すだけだったと言っていました。あまりの差にびっくりしています」とAさん。

町内会は任意。「行事をゼロベースで見直す」のもアリ?

Aさんのコメントをもとに、現在の町内会の不満点をまとめると、(1)町内会の加入・役職を断ることができない、(2)行事・会合が多数あり、目的が不明瞭、(3)高齢者が多く、進め方・情報共有の方法が時代に追いついていない、(4)進め方を改善しようとしても拒まれる、(5)平日にも会合があり、仕事と両立できないといったところでしょうか。

地域活性化コンサルタントで、まちづくりや町内会・自治体の問題についても詳しい水津陽子さんによると、日本全国、ほぼどこの町内会も同じような問題を抱えているといいます。

「町内会の役員の多くは70代で、これまでのやり方をなかなか変えられずにいます。一方で、町内会に求められる役割は防災・防犯・清掃・地域活性化・子どもの見守りと増えるばかりなのに、新しい人・若い人が加わらないので、いつものメンバーに負担が偏りがち。変わりたいけれど、変われないジレンマ、過渡期なんです」と水津さん。

画像/PIXTA

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では、こうした「負担感」「やらされ感」を軽減し、うまくやるにはどうしたらよいのでしょうか。

「そもそもですが、本来、自治会・町内会への加入はあくまで『任意』、強制できません。Aさんのように加入した後に聞いていない役が回ってきて、順番だからと強制され困惑する人は少なくありません。昔は慣習やルールで仕方なく受けてきたと思いますが、今ではそれが未加入の理由の一位。やりたくない人に『これはやってきたことだから』『昔からのやり方で』と押し付けるやり方では担い手は減るばかり。また、自治会・町内会の活動は法律で定められた役割でもありません。極論を言えば、一旦すべてやめても誰にも罰せられません。会員の総意で今、必要な活動や運営法をゼロベースで見直してもいいのです」と大胆な提案をします。

住みやすい町に町内会は不可欠。時代にあったかたちにアップデート

一方で、インターネットなどで交わされるような、「町内会・自治会などなくしてしまえ」論には反対だといいます。

「今の町内会が時代にあっていないだけで、住民自治の仕組みが必要であることは間違いないと思います。昨今、自然災害が日本各地で多発していますし、サポートが必要な高齢者も増えている。ただ、行政には人手も予算も不足しています。自分たちの町は自分たちで住みよくしていく、関わりは不可欠といっていいでしょう。カギは、時代にあったやり方に変えていけるかどうかなんです」と水津さん。

「町内会では、未だに規約がないところもありますし、個人情報の取り扱いが前時代なところも。これを改善し、ITをサポートしてくれる会員やボランティアを募集し、回覧板や広報紙の配布は最小限にするなど、できることはたくさんあります」(水津さん)

先ほどAさんが不満にあげていた、5つの悩みでいうと、(1)町内会の加入・役職は強制ではなく、(2)若い人の意見も尊重、希望や都合に合わせて参加できるルールや仕組みに変え、(3)行事・会合はゼロベースで見直して、必要なものを残す、(4)規約や個人情報の取り扱いも時代にあわせ、(5)情報化を進めることで会合や連絡等、意見交換や合意形成など、情報交換や参加ができるようにするなどが必要なようです。

今まで、慣例で進めてきた町内会も、「リストラ(再構築)」とアップデートが必要な時期に来ているんですね。また、最近では町内会の加入率が低下したことで、危機感を抱き、変革に挑んでいる町内会も少なくないそう。

「千葉県浦安市では防災活動に力を入れ、東日本大震災では発災当日に住民の安否確認を行い、簡易トイレや飲料水を配布、その後の避難生活では会独自の積立金から仮説トイレや給水車等を配備するなど、日ごろの活動の真価を発揮した自治会もあります。新宿区では会員アンケートを行い、あったらいいと思う事業の希望を聞いたり、協力者を募るなどして活性化した事例もあります。最近では兵庫県西宮市で19歳の短大生が自治会副会長になったところ、清掃への参加が2割増えたという例もあります」(水津さん)

なかなか一筋縄ではいかない町内会の問題ですが、それもそのはず、30世帯程度小規模な町内会もあれば3000世帯と大規模な町内会もあり、歴史も背景も、今までの取り組みも異なるため、ずばりと効く処方箋はないのかもしれません。ただ、都市であっても地方であっても、人が暮らしていく以上、コミュニティは不可欠です。「やりたい人が」「やりたい内容で」「できるときに参加する」を基本に、ゆるく住んでいる町に関わっていく方法を考える、今はその模索の段階なのかもしれません。

●取材協力
水津陽子さん HP
合同会社フォーティR&C代表。経営コンサルタント、地域活性化・まちづくりコンサルタント。石油会社、官公署、税務会計事務所勤務等を経て1998年に行政書士、経営コンサルタントとして独立。地域資源を活かした地域ブランドづくり、観光振興など、地域活性化・まちづくりの講演セミナーなどを行う。近著に『トラブル解消、上手に運営! 自治会・町内会お悩み解決実践ブック』(実業之日本社)がある

住宅弱者のサポートを!元厚労省 村木厚子さんら全国組織を設立

「一般社団法人全国居住支援法人協議会」が設立された。といわれてもよく分からない人が多いだろう。住まいに困っている人を支援しようという団体なのだが、その呼びかけ人が元厚生労働事務次官の村木厚子さんやホームレス支援などで知られる奥田知志さんという、実践的な方々なのだ。どういった団体なのか、直接お二人に伺ってきた。「一般社団法人全国居住支援法人協議会(以下、全居協)」とは、「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律の一部を改正する法律(以下、改正住宅セーフティネット法)」で指定された「住宅確保要配慮者居住支援法人(以下、居住支援法人)」による全国組織となる。

これでは分からないと思うので、もっとわ分かりやすく説明しよう。

賃貸住宅の入居が難しい人たちの居住を支援する団体を組織化

賃貸住宅を借りようとする場合、家賃滞納の可能性が高いとか、孤独死の危険性があるといった理由から、入居を受け入れてもらえない人たちがいる。低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯などとされ、総称して「住宅確保要配慮者」と呼ばれており、その数は増え続けている。

こうした人たちの住宅として、かつては公的住宅が受け皿となっていた。ところが、家余りの今は、これ以上たくさん公的住宅を造る状況ではないため、政府は民間の住宅を活用しようと考え、住宅セーフティネット法を改正し、以下の施策を設けた。

・住宅確保要配慮者向け賃貸住宅の登録制度を設ける
・登録住宅の改修費用や入居者の家賃などに経済的な支援をする
・住宅確保要配慮者に対する居住支援の活動をする団体を「(住宅確保要配慮者)居住支援法人」に指定し、後押しをする

国土交通省の資料より転載

国土交通省の資料より転載

この「居住支援法人」は、2019年5月6日時点で38都道府県213法人が指定され、賃貸住宅への入居にかかわる情報提供や相談、見守りなどの生活支援、登録住宅の入居者への家賃債務保証などの業務を行っている。

国土交通省の資料より転載

国土交通省の資料より転載

この居住支援法人の全国組織が、今回設立された「全居協(ぜんきょきょう)」だ。

全国組織の呼びかけ人のユニークさに注目

全居協の設立に注目した理由は、その呼びかけ人の存在にある。

呼びかけ人は、元厚生労働事務次官・津田塾大学客員教授の村木厚子さん、全国賃貸住宅経営者協会連合会会長・三好不動産社長の三好修さん、生活困窮者全国ネットワーク共同代表・NPO法人抱撲理事長の奥田知志さんだ。

村木厚子さんといえば、厚生労働省で数少ない女性局長として活躍していたとき、郵便料金の割引制度の不正利用に関して虚偽有印公文書作成・行使の容疑で逮捕・起訴され、164日間も拘置所に留め置かれ、その後、無罪が確定した、という経歴の持ち主だ。

村木厚子さん/生活に困っている人たちには共通の課題があります(写真撮影/内海明啓)

村木厚子さん/生活に困っている人たちには共通の課題があります(写真撮影/内海明啓)

一方、奥田知志さんは、30年以上続くホームレスの支援などで知られている人だ。
こうしたユニークな人たちが呼びかけ人となっているからには、“法律ができたのでとりあえず全国組織をつくりました”といった、絵に描いた餅の団体ではないだろうと興味を持って、お二人に話を伺うことにした。

奥田知志さん/好んでホームレスになっている人はいません。必ず理由があります(写真撮影/内海明啓)

奥田知志さん/好んでホームレスになっている人はいません。必ず理由があります(写真撮影/内海明啓)

まず、村木さんだが、当初は労働省で障害者雇用に取り組んできた労働畑の出身だった。中央省庁再編で厚生労働省になった際、旧厚生省と旧労働省の交流人事として、障害者福祉の担当課長に任命され、そのまま児童福祉など福祉畑に留まることになる。そして、あの冤罪事件に巻き込まれる。拘置所を出たのち、生活困窮者対策の担当になると、生活に困窮する背景には、拘置所にいた人たちと同じような共通の課題があることが分かった。退官後の今も、生活に困っている人への支援を続けている。

また奥田さんの場合、牧師として北九州市八幡の教会に赴任したときが、かつて街を活気づかせた炭鉱の閉山や製鉄所の縮小などにより街の活力がなくなり、野宿者が増えだしたころに当たった。彼らの支援を始めたのが原点となり、ホームレスへの炊き出しや自立支援などのボランティアを行うNPO法人抱撲(ほうぼく)を立ち上げる。現在、設立から31年目を迎え、今では半年間の自立プログラムで、9割を超える人が自立できるようになっているという。

「住宅」ではなく「居住」を支援するという意味

お二人とも、生活困窮者には「ハード+ソフト」の支援が必要だと口をそろえる。
奥田さんには、印象深い事例があるという。最初に支援したホームレスの事例だ。

活動開始当時は、野宿している人には住所がないので、生活保護も受けることができない。そこで、アパートを借りられるようにして、生活保護の受給もできるようにした。これで自立支援が終わったと思っていたら、実際には問題の解決にならなかったというのだ。その後アパートを誰も訪れていなかったら、半年後に近隣から異臭の苦情が出た。訪れてみると、部屋はゴミ屋敷と化し、電気などのライフラインも止まっていた。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

奥田さんは「経済的困窮を解消するだけでは不十分で、社会的孤立の解消も必要」と痛感したという。困窮している人の中には精神的な障害があったり自立した生活を送れなかったりする人もいるので、見守ってくれる人、サポートしてくれる人の存在も必要だ。つまり彼らに支援するのは「ハウス」ではなく「ホーム」だと。

村木さんも今回、名称に「住宅」ではなく「居住」を使っていることがポイントだという。
児童養護施設を出た後の子ども、刑務所を出た後の人たちが、立ち直ったかのように見えても元に戻ってしまうことがある。その理由は、例えば、児童施設で育つ子どもは、決められた献立の食事を日々提供されていて、家庭では当たり前の「明日何を食べたいか」聞かれたこともなければ、前日の残り物を食べたこともない生活をおくっている。皆で守るルールしか知らず、自分なりの楽しみを見つけたり、周囲の人と折り合いをつけたりする経験が不足しているのだ。したがって、地域の人たちとのつながりのある生活をとり戻し、そのネットワークに組み込まれるようにすることが重要なのだ。それには、住む場所(ハード)だけでなくそこに暮らす人への支援(ソフト)が必要だという。

村木厚子さん/困っている人たちの尊厳や人生を大切にしたいんです(写真撮影/内海明啓)

村木厚子さん/困っている人たちの尊厳や人生を大切にしたいんです(写真撮影/内海明啓)

奥田さんも、家族の機能を社会化することの重要性を語る。従来の日本の社会保障制度は、企業と家族が支える仕組みになっていたが、雇用システムも変われば家族も脆弱化して、人を支える仕組みが崩れてしまった。これまで家族が担ってきた機能をいかに社会が担えるかが、支援のカギになるという。

奥田知志さん/「ハウスレス」ではなく「ホームレス」なんです(写真撮影/内海明啓)

奥田知志さん/「ハウスレス」ではなく「ホームレス」なんです(写真撮影/内海明啓)

国土交通省、厚生労働省の連携がなければ成立しなかった団体

さて、今回の居住支援のカギになったのは、省庁の連携だ。
厚生労働省の福祉分野では、養護施設や老人福祉施設、医療施設といった「施設」で受け入れるか、自宅にいながら通所施設に通う形でサポートするかになるので、施設に入れず住宅のない人へのケアができない。一方、生活困窮者が住宅を借りにくい実態を把握しているのは、国土交通省の住宅分野だ。住宅に困る人がいる一方で、近年では、空き家の増加という課題を抱えている。

村木さんたちが開催していた非公式な勉強会に参加していた国土交通省の女性官僚が福祉分野に深く関心を持つようになり、両省の抱える行政課題がうまく重なって成立したのが、改正住宅セーフティネット法だ。この法律によって、居住支援法人ができ、その全国組織となる全居協が成立した。つまり、両省の連携がなければ、全居協もできなかったことになる。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

また、「行政だけでなく、それに関わる民間も縦割りになっていた」と奥田さんは指摘する。
全居協の会員登録数は、7月末時点で153(総会議決権有の1号会員75、無の2号会員47、団体の賛助会員13、個人の賛助会員18)。このうち、いわゆる福祉系の法人と不動産系の株式会社が半数ずつの構成になっているのも、大きな特徴だ。

さらには、刑務所を出所した人の居住支援を課題に抱える法務省も、全居協の活動に関心を示しているという。居住支援が再犯防止に役立つからだ。縦割りの行政としては珍しく、3省が連携する可能性が出てきたというのも興味深い。

全居協は今後どんな取り組みをする?何に期待する?

さて、全居協は立ち上がったばかりだ。今後はどういった活動になるのだろうか?

村木さんによると、「ハード面では実際に使える住宅をどれだけ供給できるか、ソフト面では多様なニーズに対して既存の制度(国土交通省の住宅セーフティネット制度や厚生労働省の介護保険や障害者福祉、生活困窮者自立支援制度など)をしっかり活用できるか、また、それだけでは対応できない点もあるので、それを補う仕組みをどこまで柔軟につくれるかが課題」だという。また、「持続可能にしなければならないので、事業として継続できるモデルにしていくことが必要」だとも。そのためには「支援居住法人が、まず集まって理念を共有すること、情報交換をすること、よい事例を参考に事業モデルをつくり上げることに取り組んでいきたい」

一方奥田さんは、「居住支援法人を本業とするのは難しい」と言い切る。どういうことかというと、「それぞれの本業である福祉や不動産の業務を通じて、困っている人を助ける活動に広げることで支援するのが居住支援法人。だから、本業の事業モデルの価値を多様化するしかなく、居住支援という新しい価値を創造することが必要」と、事業モデルの必要性を指摘する。ただ、「全居協に多様なプレイヤーが参加してくれた。異業種の枠組みの中でそれぞれ違う視点から事業を検討し、新しい持続性のある事業構想を持つことで、縦割り行政のハブの役割も担える」と考えている。

そして、お二人共通の願いは、「全国の困っている人と全居協の居住支援法人とをつないでいくこと」だ。信頼できる人たち同士、協力し合っていかないといけないので、頼りにできる組織にしていきたいという。

今後、全居協を中心とした居住支援法人が、困っている人たちの救世主になることを筆者も大いに期待している。

○全国居住支援法人協議会のサイト

あなたの家の火災報知器は大丈夫? 設置義務化から10年経過で新たな問題

防災の日(9月1日)を中心に、今年は9月5日までが「防災週間」です。近年、多様化する災害に備えた取り組みが全国で展開されています。自宅でも防災グッズを備えるなど意識は高まっていますが、法律で設置を“義務”付けられているのが「住宅用火災警報器」。
実は今、その火災警報器が設置していても機能しないという問題が増加中で、消防庁も注意喚起を促しています。
火災警報器設置率は全国で82.3%。義務化後、被害は半減

2006年、消防法の改正で全国の新築・既築全ての住宅に火災警報器の設置が義務付けられました(東京都は2004年に施行)。今年8月に消防庁から発表された、全国での住宅火災警報器設置率は82.3%(※)。

それを聞き、「あれ?そんなにみんな設置してるんだ!」と焦ったのは筆者だけ?

新築住宅やマンションなどは建築確認もあって必ず設置されているでしょうが、既築の戸建は自分で購入・設置するので未設置なところがまだ多いかも(筆者も築15年の戸建に住んでいます)。

実は筆者、何を隠そう35年前、実家が全焼し自分も煙で死にかけた経験があるにも関わらず(!?)未設置とは、大反省。

未設置に罰則は無いものの、命を守るためには自ら防災意識を高めなければと自戒の念で取材をしました。

住宅火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

住宅火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

順調に設置住宅数が増える中、ここへ来て新たな課題が出てきたということで、消防庁からも警鐘が鳴らされています。住宅火災警報器を設置しているにも関わらず、機能していない可能性があるというケースが増加しているようです。

正しい場所に設置している?台所よりも重要な部屋とは

以下のデータは、住宅火災警報器の設置義務化が1970年代後半、日本より先に施行された米国の調査結果です。設置により犠牲者の数は減っているものの、設置済み住宅での犠牲者が約2割あるという事実が示されています。

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ている理由があります(資料/パナソニック)

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ている理由があります(資料/パナソニック)

火災警報器設置住宅において犠牲者が出る理由の一つに、適切な場所に設置されていないケースがあります。
全国の設置率は82.3%でしたが、条例適合率(市町村の火災予防条例で設置が義務付けられている住宅の部分すべてに設置されている世帯の全世帯に占める割合)は67.9%と低いのです。

条例で義務付けられている設置場所は、基本的には“寝室”と“寝室がある階の階段上部(1階の階段は除く)”。住宅の階数等によっては、その他の箇所も必要になる場合があります。

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

筆者の実家火災のケースは、父が出勤後の早朝、母が弟の弁当を作っていた揚げ物油が発火したという台所からの失火。2階で寝ていた筆者と弟は、1階から母が叫ぶ声で起き、階段に面したドアを開けた瞬間……煙に襲われ、息が詰まりました。

なので、火の元がある台所への設置が優先されるのでは?と思いがちですが、就寝中に起きる火災は気付くのが遅れて死に至る危険性が高いとのこと。義務化の設置場所として“寝室”が優先される理由です。さらに用心するために、台所への設置も推奨されています。

最近の機器は、複数の部屋をワイヤレスで連動できるものがあるので商品をチェックしてみてください。

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

さらにもう一つ、設置していて機能しないケースで最近増えている問題があります。

まさかの電池切れ!機器の寿命は10年だった!?

先の米国データにある現象、警報器を設置している住宅での犠牲者が日本でも発生しています。消防庁調査でも作動確認を行った警報器の1%は作動しなかったと言います。義務化の法令施行から13年が経過し、多くの住宅の火災警報器が設置後10年以上となった結果、電池切れと機器の故障が発生しているのです。

昨年あたりで寿命となる警報器は4000万~5000万台にのぼり、電池が切れると一定期間ブザーが鳴り続けるなど、消防やメーカーへ問い合わせが増え、対応に追われているとのこと。あなたのお宅でも慌てることがないように、設置後も点検と性能維持が重要です。

点検の方法は、以下の図のようにして反応を確認することです。

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

設置して5年前後のものであれば電池切れの可能性もあるので、電池を入れ替えてみること。それでも音が鳴らない場合は、機器が劣化して機能していないということになるので交換するべき。設置後10年経っている場合は、ほぼ機器の寿命なので取り替える必要があるそうです。

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

火災による犠牲者の主な死因は、「一酸化炭素中毒・窒息」と煙を吸って気絶したまま「火傷」するというもの。筆者もあの煙を、もう一呼吸吸っていたら気絶していたのでしょう。火災の煙は、恐ろしく濃いものでした。当時は母も40代、筆者も弟も10代だったので、即座に2階の窓から飛び降りて逃げることができましたが、もし歳をとっていたら、あるいは高齢者と同居していたら助からなかったかもしれません。

火災の犠牲者は減っている中で、高齢者の占める割合は約7割と増加しています。死亡火災は就寝時間帯、ストーブによる出火、逃げ遅れが最も多いケースとなっているそうです。

ぜひ、みなさんも火をつかう機会が増える冬が来る前に、火災警報器を点検し、10年経っているものは迷わず買い替えて用心していただきたいと思います。

ちなみに、設置義務のない消化器ですが、同じく約10年が寿命のようです。(置いているだけで、用心しているつもりの筆者。消化器も買い替えなきゃ!)

※この調査は、消防庁が示した訪問調査を原則とする標本調査の方法に基づき、各消防本部等が実施した結果をとりまとめたものであり、一定の誤差を含む

●取材協力
パナソニック【住宅火災警報器】
●参考
総務省消防庁【住宅防火関係】
あなたの地域の設置基準をチェック!(パナソニック)

あなたの家の火災警報器は大丈夫? 設置義務化から10年経過で新たな問題

防災の日(9月1日)を中心に、今年は9月5日までが「防災週間」です。近年、多様化する災害に備えた取り組みが全国で展開されています。自宅でも防災グッズを備えるなど意識は高まっていますが、法律で設置を“義務”付けられているのが「住宅用火災警報器」。
実は今、その火災警報器が設置していても機能しないというケースが出てきそうなので、消防庁も注意喚起を促しています。
火災警報器設置率は全国で82.3%。義務化後、被害は半減

2006年、消防法の改正で全国の新築・既築全ての住宅に火災警報器の設置が義務付けられました(東京都は2004年に施行)。今年8月に消防庁から発表された、全国での住宅用火災警報器設置率は82.3%(※)。

それを聞き、「あれ?そんなにみんな設置してるんだ!」と焦ったのは筆者だけ?

新築住宅やマンションなどは建築確認もあって必ず設置されているでしょうが、既築の一戸建ては自分で購入・設置するので未設置なところがまだ多いかも(筆者も築15年の一戸建てに住んでいます)。

実は筆者、何を隠そう35年前、実家が全焼し自分も煙で死にかけた経験があるにも関わらず(!?)未設置とは、大反省。

未設置に罰則は無いものの、命を守るためには自ら防災意識を高めなければと自戒の念で取材をしました。

住宅用火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

住宅用火災警報器の有無によって、被害に差が。設置の効果が現れる(資料/消防庁ホームページ)

順調に設置住宅数が増える中、ここへ来て新たな課題が出てきたということで、消防庁からも警鐘が鳴らされています。

正しい場所に設置している?台所よりも重要な部屋とは

以下のデータは、住宅用火災警報器の設置義務化が1970年代後半、日本より先に施行された米国の調査結果です。設置により犠牲者の数は減っているものの、設置済み住宅での犠牲者が約2割あるという事実が示されています。

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ているのには理由があります(資料/米国防火協会)

1970年代後半より設置義務化となった米国。義務化以前より犠牲者は半減しているが、義務化後の設置済み住宅でも犠牲者が出ているのには理由があります(資料/米国防火協会)

火災警報器設置住宅において犠牲者が出る理由の一つに、適切な場所に設置されていないケースがあります。
全国の設置率は82.3%でしたが、条例適合率(市町村の火災予防条例で設置が義務付けられている住宅の部分すべてに設置されている世帯の全世帯に占める割合)は67.9%と低いのです。

条例で義務付けられている設置場所は、基本的には“寝室”と“寝室がある階の階段上部(1階の階段は除く)”。住宅の階数等によっては、その他の箇所も必要になる場合があります。

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

2階建て住宅の場合の基本的な設置場所は、寝室(図の1)と、寝室のある階の階段上部(図の2)。市町村の火災予防条例により、台所やその他の居室にも設置が必要な地域があるので、管轄の消防本部・消防署へ確認が必要(資料/パナソニック)

筆者の実家火災のケースは、父が出勤後の早朝、母が弟の弁当をつくっていた揚げ物油が発火したという台所からの失火。2階で寝ていた筆者と弟は、1階から母が叫ぶ声で起き、階段に面したドアを開けた瞬間……煙に襲われ、息が詰まりました。

なので、火の元がある台所への設置が優先されるのでは?と思いがちですが、就寝中に起きる火災は気付くのが遅れて死に至る危険性が高いとのこと。義務化の設置場所として“寝室”が優先される理由です。さらに用心するために、台所への設置も推奨されています。

最近の機器は、複数の部屋をワイヤレスで連動できるものがあるので商品をチェックしてみてください。

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

複数の部屋を連動して警報を発する連動型の火災警報器。最近は警報ブザー音だけでなく「火事です!」と音声で知らせてくれる(資料/消防庁ホームページ)

さらにもう一つ、設置していて機能しないケースで最近増えている問題があります。

まさかの電池切れ!機器の寿命は10年だった!?

先の米国データにある現象、警報器を設置している住宅での犠牲者が日本でも発生する恐れがあります。消防庁調査でも作動確認を行った警報器の1%は作動しなかったと言います。義務化の法令施行から13年が経過し、多くの住宅の火災警報器が設置後10年以上となった結果、電池切れと機器の故障が発生しているのです。

昨年あたりで寿命となる警報器は4000万~5000万台にのぼり、電池が切れると一定期間ブザーが鳴り続けるなど、消防やメーカーへ問い合わせが増え対応に追われているとのこと。あなたのお宅でも慌てることがないように、設置後も点検と性能維持が重要です。

点検の方法は、以下の図のようにして反応を確認することです。

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

作動確認の仕方は、警報器のボタンを押す/紐を引く。何も音が鳴らなかったら、電池切れか故障(資料/パナソニック)

設置して5年前後のものであれば電池切れの可能性もあるので、電池を入れ替えてみること。それでも音が鳴らない場合は、機器が劣化して機能していないということになるので交換するべき。設置後10年経っている場合は、ほぼ機器の寿命なので取り替える必要があるそうです。

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

さっそく、筆者宅でも寝室に火災警報器を設置。製品に同封のネジを天井に2カ所留めるだけ。ボタンを押して作動確認!(写真撮影/藤井繁子)

火災による犠牲者の主な死因は、「一酸化炭素中毒・窒息」と煙を吸って気絶したまま「火傷」するというもの。筆者もあの煙を、もう一呼吸吸っていたら気絶していたのでしょう。火災の煙は、恐ろしく濃いものでした。当時は母も40代、筆者も弟も10代だったので、即座に2階の窓から飛び降りて逃げることができましたが、もし年をとっていたら、あるいは高齢者と同居していたら助からなかったかもしれません。

火災の犠牲者は減っている中で、高齢者の占める割合は約7割と増加しています。死亡火災は就寝時間帯、ストーブによる出火、逃げ遅れが最も多いケースとなっているそうです。

ぜひ、みなさんも火を使う機会が増える冬が来る前に、火災警報器を点検し、10年経っているものは迷わず買い替えて用心していただきたいと思います。

ちなみに、設置義務のない消火器ですが、同じく約10年が寿命のようです。(置いているだけで、用心しているつもりの筆者。消火器も買い替えなきゃ!)

※この調査は、消防庁が示した訪問調査を原則とする標本調査の方法に基づき、各消防本部等が実施した結果をとりまとめたものであり、一定の誤差を含む

●取材協力
パナソニック【住宅用火災警報器】
●参考
総務省消防庁【住宅防火関係】
あなたの地域の設置基準をチェック!(パナソニック)

おいしく防災! ローリングストックの缶詰アレンジレシピ6選

9月1日は防災の日。「災害時用に食品を備蓄しているけど、気づけばいつも賞味期限が切れている」「缶詰を日常的に食べて、なくなった分を買い足す『ローリングストック』を実践したいけれど、飽きてしまう」、さらには「これから防災備蓄をはじめたいけれど、何から手をつければいいのか分からない」――そんなお悩みはありませんか? 社会の防災力を高める「防災士」として活動するだけでなく、テレビや雑誌で缶詰の達人、レトルトの女王としても知られる管理栄養士・災害食専門員の今泉マユ子さんにお話を伺いました。
気分が沈む災害時こそ、「食べること」を楽しめる備蓄が必須管理栄養士、Junior野菜ソムリエ、食育指導士、調理師、フードライフコーディネーター、水のマイスターなど、「食」関連の資格を複数お持ちの今泉さん。『マツコの知らない世界』(TBS系)に出演した際は、数多くのレトルトパスタソースを紹介。「レトルト食品も災害時用の備蓄としてオススメですよ」(写真提供/今泉マユ子さん)

管理栄養士、Junior野菜ソムリエ、食育指導士、調理師、フードライフコーディネーター、水のマイスターなど、「食」関連の資格を複数お持ちの今泉さん。『マツコの知らない世界』(TBS系)に出演した際は、数多くのレトルトパスタソースを紹介。「レトルト食品も災害時用の備蓄としてオススメですよ」(写真提供/今泉マユ子さん)

災害時の備蓄というと、多くの人が思い浮かべる「乾パン」。最近では食感もかつてに比べ食べやすくなったものも出ています。今泉さんは「乾パンが苦手な方はケチャップやマヨネーズ、ゆであずきなどをちょい足しして食べてみてください。それでも口に合わない人は備蓄品としてオススメしません」と言います。

今泉さん宅では、リビング横の和室にある本棚(もちろん転倒防止対策もバッチリ)に備蓄品を収めています。「私が不在でも、家族全員がどこに何があるか分かるよう収納しています」(写真撮影/相馬ミナ)

今泉さん宅では、リビング横の和室にある本棚(もちろん転倒防止対策もバッチリ)に備蓄品を収めています。「私が不在でも、家族全員がどこに何があるか分かるよう収納しています」(写真撮影/相馬ミナ)

「どうしても災害時は気分が沈みがち。そんなときは美味しいものを食べて元気を出したいですよね。だからこそ、自分や家族が普段から食べ慣れているもの、美味しいと感じるものを備蓄しておくことが大事。普段から食べているものなら、日常生活のなかで自然と消費して、なくなる前に補充する『ローリングストック』の習慣も身につけやすいから、一石二鳥なんですよ」

缶詰やレトルトが大好きだという今泉さんは「講演などで地方を訪れると、ついご当地ものを買ってきてしまうんです(笑)」。和室の床下収納に収めた食品は、賞味期限年ごとに分類して食べ忘れを防止(写真撮影/相馬ミナ)

缶詰やレトルトが大好きだという今泉さんは「講演などで地方を訪れると、ついご当地ものを買ってきてしまうんです(笑)」。和室の床下収納に収めた食品は、賞味期限年ごとに分類して食べ忘れを防止(写真撮影/相馬ミナ)

乾パン同様、普段から缶詰を食べない人が無理に缶詰を備蓄する必要はないものの、「コンパクトで丈夫、長期保存できるという点で、やはり缶詰は災害時の備蓄品として秀逸」と話す今泉さん。「最近の缶詰は以前より進化しています。一度食べてみて、美味しいと感じたらストックすればいいと思いますよ。缶詰初心者さんなら、味付けにクセのある惣菜缶詰より、自分好みにアレンジしやすい素材缶詰のほうがオススメです」

防災士でありながら缶詰の達人とも呼ばれる今泉さんに、今回は編集部でローリングストックのお悩みが特に多かった3つの素材缶のアレンジ方法を教わりました。

アレンジ缶詰1. コンビーフ
コンビーフ缶の中身は、ほぐした塩漬けの牛肉。災害時には貴重なタンパク源になります。加熱済みのためそのままでも食べられますが、味がしっかりついているため、あえて調味料を加えず、ほかの食材と和えて食べるのが美味しく食べるコツだそうです。

今回使ったのは、明治屋の「コンビーフ スマートカップ」。コンビーフというと“開けづらい缶詰”のイメージが強いかもしれませんが、スマートカップなら開封が簡単。賞味期限も缶詰と同じ3年です(写真撮影/相馬ミナ)

今回使ったのは、明治屋の「コンビーフ スマートカップ」。コンビーフというと“開けづらい缶詰”のイメージが強いかもしれませんが、スマートカップなら開封が簡単。賞味期限も缶詰と同じ3年です(写真撮影/相馬ミナ)

■ コーンコンビーフ
「超簡単なのにとても美味しくて、いつも一人で完食してしまう」という、今泉さんお気に入りのレシピです。最後にかける黒こしょうが効いていて、お酒のおつまみにもぴったり。隠し味に加えたトマトジュースの酸味のおかげで、さっぱりといただけます。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
コンビーフ……1個(80g)
トマトジュース……50ml
コーン(レトルトパウチ)……1袋(50~60g)
黒こしょう……適量

<つくり方>
ポリ袋に材料をすべて入れ、混ぜる。食べるときに黒こしょうをかける。お好みでクミンパウダー、タバスコ、カレー粉を入れても。

■ キャベツコンビーフメンチカツ
小さな子どももパクパク食べてくれること間違いなし! コンビーフをひき肉代わりに使った本格メンチカツです。缶詰を使えば、加熱に気を使う必要がないので手軽。しっかりとした味付けなので、お弁当にもオススメです。ポイントは、「キャベツを混ぜたあと水分が出ないうちに、なるべく早めに揚げること」。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
コンビーフ……1個(80g)
センキャベツ(キャベツを千切りにしたカット野菜)……1袋(100~120g)
卵……1個
パン粉……大さじ2
(衣用)
・小麦粉……大さじ1
・溶き卵……1個分
・パン粉……大さじ4
サラダ油……適量
(添え物用)
ベビーリーフ、ミニトマト……適量

<つくり方>
1. ボウルにコンビーフ、センキャベツ、卵、パン粉を入れてよく混ぜ、4等分にして丸める。
2. 全体に衣用の小麦粉を薄くまぶし、溶き卵、パン粉の順につける。
3. 小さめのフライパンに1cmくらいまでサラダ油を入れ、180℃に熱する。その中に1を入れ、1~2分揚げて裏返し、さらに1分ほどきつね色になるまで揚げ焼きする。
4. 器に3を盛り、ベビーリーフとミニトマトを添える。

アレンジ缶詰2. オイルサーディン
イワシの油漬けが入ったオイルサーディン缶。青魚なのでDHAやEPAといった健康によいとされるオメガ3脂肪酸が豊富。おまけに缶詰なら魚の骨ごと食べられるからカルシウムも補えます。和にも洋にもアレンジしやすいので、「サバ缶に飽きた」という人にぜひ挑戦してみてほしい素材缶詰です。

今回は、はごろもの「キングオスカー オイルサーディン」を使用しました。ノルウェー産のイワシを樫の木のチップでスモークし、植物油に漬け込む伝統の製法でつくられています(写真撮影/相馬ミナ)

今回は、はごろもの「キングオスカー オイルサーディン」を使用しました。ノルウェー産のイワシを樫の木のチップでスモークし、植物油に漬け込む伝統の製法でつくられています(写真撮影/相馬ミナ)

■ オイルサーディンとトマトのパン粉焼き
イワシとトマトといえば、イタリアンでは王道の組み合わせ。もちろん、イワシの油漬けであるオイルサーディンも、トマトとの相性抜群です。缶詰を使えば、面倒な魚の下処理は一切不要。みじん切りにした玉ねぎの食感が楽しい、ワインがすすむ一品です。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
オイルサーディン……1缶(105g)
トマト……1個(100g)
玉ねぎ……中1/2個(100g)
マヨネーズ……大さじ2
パン粉……大さじ2
オリーブ油……少々
ドライパセリ……適量(お好みで)

<つくり方>
1. トマトは輪切り、玉ねぎはみじん切りにする。
2. 缶汁を切ったオイルサーディンをボウルに入れて、1の玉ねぎ、マヨネーズを加えてよく混ぜる。
3. 耐熱容器2つに2を等分に分けて入れ、その上に1のトマトを並べる。上からパン粉、オリーブ油をかける。
4. トースターで焦げ目がつくまで焼く。お好みでドライパセリをかける。

■ オイルサーディンドライカレー
オイルサーディン缶を油ごと使って、イワシのうま味とコクを最大限に引き出したカレーです。隠し味にクミンシードを加えることで、より本格的な仕上がりに。魚が苦手な人でも、食べ出したら止まらなくなるはず! 「オイルサーディンの油で香味野菜をしっかり炒めるのがポイント」だそうですよ。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
オイルサーディン……1缶(105g)
まいたけ……1パック(100g)
玉ねぎ……中1/2個(100g)
しょうが……1かけ分
にんにく……1かけ分
カレー粉……大さじ1
クミンシード(クミンパウダー)……小さじ1
塩、こしょう…少々
温かいごはん……お茶碗2杯分
パセリ(みじん切り)……大さじ2

<つくり方>
1. 玉ねぎ、しょうが、にんにくはみじん切りに、まいたけは粗みじん切りにする。
2. フライパンにオイルサーディンの油のみ入れ、1の玉ねぎ、しょうが、にんにくも入れて火をつけ、玉ねぎが色づくまで約5分炒める。
3. さらに、1のまいたけとカレー粉、クミンシードを加えて火を通し、オイルサーディンも入れて木べらなどでくずしながら中火で1~2分炒め、塩、こしょうで味を調える。
4. パセリのみじん切りを混ぜたごはんを2等分にして器に盛り、3のカレーをかける。

アレンジ缶詰3. ミックスビーンズ
複数の豆を煮たり蒸したりして、すぐ食べられる状態に加工してあるミックスビーンズ缶。豆類はタンパク質が豊富なだけでなく、災害時に不足しやすい食物繊維が多く含まれるのも高ポイントです。自分に合ったアレンジ方法を見つけておけば、災害時にも美味しく食べられます。

ここで使用したのは、トーヨーフーズの「そのままガバッと!ミックスビーンズ」。ひよこ豆、青えんどう、赤いんげん豆が入っています。缶詰のほかレトルトパウチタイプもあるので、お好みでどうぞ(写真撮影/相馬ミナ)

ここで使用したのは、トーヨーフーズの「そのままガバッと!ミックスビーンズ」。ひよこ豆、青えんどう、赤いんげん豆が入っています。缶詰のほかレトルトパウチタイプもあるので、お好みでどうぞ(写真撮影/相馬ミナ)

■ ミックスビーンズのツナケチャ和え
避難所生活を経験された方に「災害時に食べたかったもの」を尋ねると、「酸っぱいもの」という答えも多くあったそうです。このレシピでは、ミックスビーンズに子どもが大好きなツナ缶を合わせ、体が疲れて食欲が落ちたときでも食べやすい「ケチャップ」の酸味を隠し味に加えています。簡単にできて、栄養バランスのよい一品です。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
ミックスビーンズドライパック……1缶(120g)
ツナ缶(食塩、油入り)……1缶
ケチャップ……小さじ1

<つくり方>
ポリ袋にツナの缶汁ごと材料をすべて入れて混ぜる。

■ ミックスビーンズ栗あん風
酸っぱいものに加えて「甘いもの」も、被災時に食べたかったという声が多く聞かれたそうです。こちらは、ミックスビーンズを和菓子風にアレンジしたデザートレシピ。ミックスビーンズが苦手な人は、豆をしっかり潰すと「栗あん」のような感覚で食べられます。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

<材料>(2人分)
ミックスビーンズ……1缶(120g)
ゆであずき……ミックスビーンズと同量1缶(約100g)
きな粉……適量(お好みで)

<つくり方>
1. ポリ袋にミックスビーンズを入れて潰してから、ゆであずきを加えて混ぜる。
2. ひと口大に丸めて、お好みできな粉をかける。

「店に一切、商品が並ばなくなったとき」をイメージしておこう

最後に、これから防災備蓄を始める人は何から準備すればいいか、今泉さんに尋ねてみました。

「まずは飲料水です。以前は備蓄というと3日分がひとつの基準と考えられていましたが、最近では南海トラフ巨大地震を想定し、1週間分の備蓄が推奨されています。大人の飲料水は1人1日3Lが目安です」

1人1日3 Lを7日分となると、合計21 L。2 Lのペットボトルだと、およそ10本分が必要になります。これまで一切、備蓄をしてこなかった人にとっては、その保管場所を確保するだけでも大変そう……。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「水は各部屋に置いておいた方が安心です。分散備蓄をしましょう。日常的に飲んで買い足すローリングストックで備えても良いですし、10年間長期保存できる水を備蓄しておいても良いので、自分に合う方法で備えてください。水以外にも日ごろから飲んでいるお茶やコーヒー、スポーツドリンクなどもあると良いですし、野菜ジュースなども野菜不足になりやすい災害時に重宝します。ただし賞味期限に気を付けてくださいね」(今泉さん)

家族全員の7日分の食料と水を一気に備蓄しようとすると、ハードルが高すぎる……。そんなときは、普段食べている缶詰を少し多めに買ったり、飲料水をとりあえず1日分ストックしたり。うんとハードルを下げて、小さな一歩を踏み出してみることが重要なのかもしれません。

●取材協力
今泉マユ子さん HP
徳島市生まれ、横浜市在住。1男1女の母。管理栄養士として大手企業社員食堂、病院、保育園に長年勤務。食育、災害食に力を注ぎ、2014年に管理栄養士の会社を起業。レシピ開発、商品開発に携わるほか、防災食アドバイザーとして全国で講演、講座を行う。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などで活躍中。『「もしも」のときに役に立つ! 防災クッキング (1) 』(フレーベル館)、『災害時でもおいしく食べたい! 簡単「みそ汁」&「スープ」レシピ もしもごはん2 』(清流出版)など著書多数。

空き家になった実家、どう管理したらいい?

日本では年々空き家が増え、大きな問題になっています。空き家になった実家を相続したものの、どのように管理したらいいのか悩んでいる方も多いのでは?
空き家が身近になった今だからこそ、実際に空き家を管理する立場になった場合に気を付けること、そして売ったり貸したりしたいと思ったときの注意点などについて、さくら事務所会長の長嶋氏に解説いただきました。

空き家対策法の全面施行で何が変わる?

これから本格的な人口・世帯数減に突入する日本で、空き家が大幅に増加するのは既定路線。総務省の「住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家は2018年時点で846万戸、空き家率は13.6%と過去最高を更新しました。さらにおよそ15年後の33年には空き家数が2000万戸を超えるといった民間シンクタンクの予測も。

こうした見通しを受け、2015年5月には「空き家対策法」(空家等対策の推進に関する特別措置法)が全面施行されました。倒壊等著しく保安上危険となるおそれがある、などいくつかの項目に該当するとみなされ、「特定空き家」に認定されたら大変。普通の住まいの場合6分の1に減額されている固定資産税がその特例を受けられなくなります。また、屋根や外壁が落ちる、害虫や犯罪の温床になるなどして周囲に迷惑をかけるどころか、歩行者にケガをさせるなどの懸念も。建物というものは、放置しておけばおくほど傷みます。6カ月も放置された建物は、主に換気が不十分であることなどから、そのままでは住むことができないほど劣化します。あまりに劣化が激しくなると、「売る」「貸す」といった処分もできなくなります。

すでに空き家を抱えている方、あるいはこれから空き家を所有することになる方はどう考え、どう行動したらよいのでしょうか。

空き家を売却したり賃貸する場合に気を付けたいこと

一番のおすすめはズバリ「売却」。都心や都市部の一等立地以外、大半の地域は住宅価格の下落が予想されています。特に都市郊外のベッドタウンなどは、住宅価格が年3~4%下落してもおかしくはありません。特段利用する予定がなければ、できるだけ早期に売却するのが良いでしょう。売値は「今」がいちばん高いはずです。

まずは不動産仲介業者に査定を依頼します。査定だけなら基本は無料です。相場観をつかむためにも2、3社に依頼するのがよいでしょう。

(写真/PIXTA) 

(写真/PIXTA) 

その中で、ことさら査定価格が高いものは省きます。これは、査定価格を上げることで売却の依頼を受けようとする意図が見えるためです。不動産市場には相場というものがあり、その相場価格より飛び抜けて高い価格で売れるということは基本的にないと思ってください。残った業者のうち「査定価格の根拠が明確に示されているか」「購入者のターゲット、販売の戦略は示されているか」などを参考に売却依頼先を決定します。

売却依頼の契約にはおおまかに言って、1社だけに依頼する「専任媒介」と、複数社に依頼する「一般媒介」があります。原則としては専任媒介がよいでしょう。売主からの仲介手数料を事実上約束してもらえることで、不動産仲介会社も積極的に動きやすくなります。専任媒介であっても、他社も物件を紹介することができるので、購入者を見つけてくれることもあります。

「駅から近い」「建物が比較的新しい」「価格競争力がある」などいわゆる売れ筋物件の場合にはあえて一般媒介として、健全な競争を促すといったやり方もいいでしょう。

もちろん、いろんな理由で空き家を処分するのが難しいケースがあるのも分かります。「荷物が残っている」「思い出が残っている」「相続でもめている」などなど。しかし、そうした問題も含めて早めに解決してしまったほうが経済的には得策ですし、のちのち苦労することもありません。

(写真/PIXTA) 

(写真/PIXTA) 

次に「貸す」といった方法がありますが、これは駅近マンションや、一戸建てで需給が逼迫(ひっぱく)している地域などで検討できる選択肢。貸すとなると多くのケースで一定の修繕・リフォームが必要になります。必要なリフォーム費用の見積もりを取り、コストの投資回収期間を計算してみましょう。例えば200万円のリフォームをした場合、家賃8万円なら年間家賃収入96万円と、2年強で投資額を回収できる計算(賃貸管理料〈家賃の5%程度〉、マンションなら管理費や修繕積立金、固定資産税の支払いなどは含まず)になります。そのうえで、賃貸に回すことがはたして割に合うか、冷静に見極めたいところ。空室率や経年による家賃の下落、修繕費用の負担も織り込む必要もあるでしょう。周辺の賃料相場などを調べつつ、シミュレーションしてみましょう。

管理が難しい場合は、空き家管理サービスを利用するという選択肢も

いまのところ予定はないものの、将来は自分や親族が住むかもしれない、といった場合の選択肢として「空き家のまま管理する」といった方法も考えられます。空き家の管理には 建物や敷地内の見回り、ポスト周りの清掃、室内空気の入れ替えなどが定期的に必要です、自分でできない場合は「空き家管理サービス」を利用する方法もあります。月に1回の頻度で5000円から1万円程度が相場です。該当地域でこうしたサービスの提供事業者がいるか調べてみましょう。

最後に、自身や親族が「空き家に住む」といった場合。耐震診断や耐震改修、バリアフリーや省エネリフォームについて、多くの自治体が補助金や助成金を用意していますので確認しましょう。こうした助成金制度や減税制度などに詳しいリフォーム会社を選ぶと、なお安心。複数社から見積もりを取り、その中身をよく見比べてみたいところです。その際のコツは「同条件で見積もりを取ること」「記載内容が大雑把でないこと」など。記載内容については、住宅リフォーム推進協議会の「標準契約書式」と同レベルのものが望ましいでしょう。

いずれにしても大事なのは、空き家をどうするか、早めに意思決定すること。時間が経過するほど周囲にライバルの空き家は増える一方だからです。なんとなく意思決定を先延ばしにしたまま放置する、あるいは相続でもめて動けないというのが最も悪いパターンです。自身や家族・親族にとっての最適解を見つけてください。

s-長嶋修_正方形.jpg長嶋 修  さくら事務所創業者・会長
業界初の個人向け不動産コンサルティング・ホームインスペクション(住宅診断)を行う「さくら事務所」を創業、現会長。不動産購入ノウハウの他、業界・政策提言や社会問題全般にも言及。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。【株式会社さくら事務所】

マイクロブルワリーは地域を泡立たせる! 今こそ訪れるべき都内の名店3選

マイクロブルワリーとは小規模でビールを生産する醸造所のこと。1980年代のアメリカでブームが起こり、その後、ほかの国々にも広がっていった。

日本では1994年の細川内閣の時代に酒税法が改正。ビールの製造免許取得に必要な最低製造量が年間2000klから60klに引き下げられた。これにより、マイクロブルワリーの数が徐々に増え、日本全国でクラフトビールが誕生する。

そんなマイクロブルワリーが今、地域を盛り上げているという。どういうことなのか?

地域と密接に関わるクラフトビールが続々

今回、クラフトビールについて詳しく教えてくれたのは日本ビアジャーナリスト協会の木暮 亮さん(41歳)。木暮さんがクラフトビールにハマったのは7年前。川越の「COEDOビール」との出会いがきっかけだった。以降、全国で2000種類以上のクラフトビールを飲み歩いている。

木暮さんは協会のウェブサイトでも精力的に記事を執筆中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

木暮さんは協会のウェブサイトでも精力的に記事を執筆中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ビールの原料は麦芽、ホップ、水、酵母。それ以外の副原料は米、麦、トウモロコシなど、昨年の酒税法改正でいろんな食材を使えるようになったんです」

もともと地産地消の傾向が強いクラフトビールだが、さらに地域性を取り込みやすくなったということ。

「例えば、西船橋駅近くの『船橋ビール醸造所』では副原料に船橋名産のホンビノス貝を使ったクラフトビールを開発。貝のうま味成分がビールのコクを生むそうです。また、岩手の遠野醸造は副原料に特産品のハスカップを使用したヴァイツェン(白ビールともいわれる小麦の割合の高いもの)で地元とコラボしています」

2019年の今こそマイクロブルワリーに足を運ぶべきなのだ。クラフトビールを愛してやまない木暮さん、ビールの泡のように地域を盛り上げている東京都内のマイクロブルワリーを紹介してもらえますか?

「懐かしい昭和団地系」のガハハビール

最初に向かったのは「ガハハビール」(東陽町)。一度聞いたら忘れようがない店名だ。木暮さんいわく、「オーナーさんの豪快な笑い声から取ったそうですよ」

店は東陽町駅から徒歩5分、「南砂二丁目団地」の一角にある。江東区では初のビール醸造所だ。

1975年に入居開始した全6棟、2769戸のマンモス団地(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1975年に入居開始した全6棟、2769戸のマンモス団地(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店の前ではオーナー・馬場哲生さん(41歳)が最高のガハハスマイルでお出迎え。

「ガハハ」と笑う「ガハハビール」のオーナー、馬場哲生さん。「暑い中、よく来てくれましたねえ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ガハハ」と笑う「ガハハビール」のオーナー、馬場哲生さん。「暑い中、よく来てくれましたねえ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内には家族連れの姿も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内には家族連れの姿も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

馬場さんは映画製作の仕事をしていたが、結婚を機に飲食業界に転身。「大好きで尊敬している」という高円寺の「エル パト」というアメリカンダイナーで飲んだクラフトビールが自身の店を出すきっかけになったという。

「同じ高円寺の『高円寺麦酒工房』で2年間勉強したのち、2017年6月にこの店をオープンしました」

さすが、団地にちなんでつくった「ダンチエール」もある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さすが、団地にちなんでつくった「ダンチエール」もある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

昼から飲めて本格的なフードも味わえる

とはいえ、出店に至る経緯は順風満帆ではない。

「実家がある東陽町でこの物件を見つけたんですが、免許申請から取得まで8カ月ぐらいかかりました。製造経験を聞かれたり納税記録を見せたり。6月にオープンしてビールを出せるようになったのが9月。店は走り出しているのに本当に免許が下りるのか、めっちゃ心配でした(笑)」

美味しいクラフトビールを出すのは当たり前。「ガハハビール」の特徴は11時オープンと、昼から飲める点。さらに、飲食店時代に培った料理の腕で本格的なフードを出す。

「サバのリエット」に「下町レバー」など、フードも手が込んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「サバのリエット」に「下町レバー」など、フードも手が込んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

満を持して注文したのは、各200mlの「飲み比べ3種セット」(1350円)と「刺身の盛り合わせ」(650円)。

ビールは左から「ダンチエール」「スマッシュエール」「恋焦がれ黒2019」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ビールは左から「ダンチエール」「スマッシュエール」「恋焦がれ黒2019」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

美しい味と書いて美味しい。まさに、この表現がぴったりだ。肉厚の刺身はカツオ、ヒラマサ、そしてボラの昆布締め。本気のやつだった。

団地が建つ前は電車の製造工場

「お客さんは基本的にビール目当てですが、途中で日本酒に移行できるのが他のビアパブにはないところ。団地に住んでいるおじいちゃんもいらっしゃいますよ」

なお、馬場さんのお母さんも強力な助っ人だ。この日は店内でレシートの整理をしていた。彼女によれば団地が建つ前は電車の製造工場だったそうだ。

「食べることが好きな子どもでした」と昔の馬場さんを振り返る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「食べることが好きな子どもでした」と昔の馬場さんを振り返る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

商店街のつながりは深い。

「住みやすいところですよ。スーパー、八百屋、クリーニング屋、酒屋、団地内でだいたいそろいますから。ランチでお米が切れたときは向かいのインド料理屋に借りに行ったこともあります(笑)」(馬場さん)

来店者には「ガハハビール」ならぬ「ガハハシール」を贈呈(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

来店者には「ガハハビール」ならぬ「ガハハシール」を贈呈(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ごちそうさま。ガハハビールは「懐かしい昭和団地系ビール」でした。

「昭島の地下深層水系」のイサナブルーイング

続いて向かったのは「イサナブルーイング」(昭島)。イサナとは『万葉集』に出てくる勇魚(いさな)、すなわち鯨のことだ。

店は昭島駅から徒歩3分の大師通り沿いにある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店は昭島駅から徒歩3分の大師通り沿いにある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店のロゴマークは、ビールを醸造するためのコニカルタンクと、昭島で200万年前の全身骨格が見つかった古代クジラ「アキシマクジラ」を組み合わせたもの。

洒落たダイナーのような店内(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洒落たダイナーのような店内(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オーナーの千田恭弘さん(35歳)は半導体の設計開発、航空宇宙防衛関連のセンサー開発という仕事を経て、2018年5月にこの店を開業した。

中央が千田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

中央が千田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小樽ビールの見学ツアーで開眼

クラフトビールに目覚めたきっかけは7年前の小樽旅行。小樽ビールの醸造所見学ツアーに参加したところ、たまたま客が千田さん一人。案内ガイドからマンツーマンでクラフトビールに関する講義を受けることができた。

「特に感動したのが、そこで飲ませてもらった麦汁。従来のビール感ががらりと変わりました」

大学時代はスターバックスでアルバイト。将来はカフェを開くのが夢だった。それが小樽旅行がきっかけでマイクロブルワリーに心変わりする。

ゲストビールも含めて常時10種類のメニューを用意(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ゲストビールも含めて常時10種類のメニューを用意(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「出店を決意したのは2017年の5月ぐらい。意外にもぽんぽんと話が進んで11月には物件が決まりました。12月の頭に物件契約、翌年1月に円満退職。会社の人とも未だに交流があって、今度、社の納涼祭に出店させてもらうんです」

子どもが小さいため、安定した会社勤めを辞めることに妻は不安だったそうだが、最終的には応援してくれたという。

前衛アートのような圧力計。これでビールの状態を管理する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

前衛アートのような圧力計。これでビールの状態を管理する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ビールの美味しさの秘密は水にもある

さて、注文したのは「吟醸ヴァイツェン 錠夏」Mサイズ(890円)。製造時に米麹を入れるため、芳醇なコメの香りが特徴の白ビールだ。

フードは昭島に餃子メーカーがあることにちなんだ「あきしま餃子」(490円)とイサナブルーイングのビールを使ったピクルス酢で漬け込んだ「野菜と卵のピクルス」(780円)。

黄金のトライアングルが完成(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

黄金のトライアングルが完成(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

千田さんはビールの美味しさの秘密は水にもあるという。

「昭島の水道水はすべて数十年かけて秩父山系から流れてくる地下深層水。この水が美味しいから昭島には蕎麦屋やわさび農家も多いんです」

醸造コーナーには千田さんが小樽で感動した麦汁の香りが充満(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

醸造コーナーには千田さんが小樽で感動した麦汁の香りが充満(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なお、スタバのアルバイト経験が長かった千田さんはコーヒーも大好き。店のドリンクメニューに当然、コーヒーメニューもある。手動の装置で自家焙煎した豆を使用し、エアロプレスで入れるというこだわりようだ。

なかには日本初の「ホップ入りコーヒー」という気になるメニューも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかには日本初の「ホップ入りコーヒー」という気になるメニューも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ヨーロッパ放浪時に目にした小さな醸造所

最後にお邪魔したのは「ライオットビール」(祖師ヶ谷大蔵)。ライオットとは暴動の意だ。店名の由来が気になる。

駅から6、7分。商店街を抜けた住宅街の手前にある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

駅から6、7分。商店街を抜けた住宅街の手前にある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

開業は2018年4月。オーナーの江幡貴人さん(39歳)は板橋区の高島平出身。4年間勤めたIT企業を退職後、半年ほど一人でヨーロッパを放浪したという。

15時開店早々から地元の人に愛されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

15時開店早々から地元の人に愛されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ポルトガルのリスボンをスタートして、アイルランドのダブリンから帰国。ヨーロッパはまちのあちこちに小さい醸造所があって、しかもその地域でしか飲めない銘柄ばかり。とくにドイツ人はガバガバ飲みますね(笑)」

クラフトビールに興味を持った江幡さんは帰国後、さっそくマイクロブルワリーを開業するためのリサーチを始める。

サッカー好きでバルセロナの大ファンだという江幡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

サッカー好きでバルセロナの大ファンだという江幡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ビールの名前に曲名を冠している

「マイクロブルワリーを開ける物件って、規模といい設備といい、ラーメン屋と条件が同じなんですよ。だから、すぐ埋まっちゃう。ここは不動産屋さんからネットに出ていない物件を紹介してもらいました。もともとは接骨院だったみたいです」

ちなみに、「ライオット」はスラングで「すげえ楽しい」という意味があるらしい。

メニューを拝見(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

メニューを拝見(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

この店の特徴はビールの名前に曲名を冠している点。一番人気だという「サルベーション」(800円)を注文した。パンクバンド、ランシドの名曲だ。フードはこれまたオススメだという「チップス&伝説のサルサソース」(500円)。

「チップス&伝説のサルサソース」のソースは今はなき狛江のトルコ料理店の「伝説のレシピ」を再現(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「チップス&伝説のサルサソース」のソースは今はなき狛江のトルコ料理店の「伝説のレシピ」を再現(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「『サルベーション』はアメリカのシトラホップという柑橘系の香りが高いホップをたっぷり入れてつくっています。麦芽のテイストも濃い目で美味しいんですよね」

信号もない不思議な五叉路に人が集まる

ふと横を見るとヤングママがビールを飲んでいた。聞けば三軒茶屋からわざわざ来店したという。

子どもは現在2歳、十数年後には乾杯できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

子どもは現在2歳、十数年後には乾杯できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「世田谷線上町駅の世田谷百貨店というカフェのイベントでここのビールを飲みました。クラフトビールが好きでいろんなお店を回っているんです」とママさん。

江幡さんがこの物件を気に入った理由のひとつにすぐ目の前の五叉路がある。

「信号もない不思議な交差点で、何となく人が集まるように思えたんですよね。行き交う人々がちょっとした羽休めで寄ってほしい。そんな願いも込められています」

複雑な形状で道路が交差する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

複雑な形状で道路が交差する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

確かに眺めているだけで楽しくなる五叉路だ。

「サルベーション」の数式を見せてくれた

江幡さんによれば、ビールづくりは完全に理系の作業。クラウドに上がっている「Beer Smith」というツールを使う人も多いそうだが、彼はエクセルで計算式を構築する。なんと、先ほど飲んだ「サルベーション」の数式を見せてくれた。

意味は理解できないが緻密な作業だということは分かる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

意味は理解できないが緻密な作業だということは分かる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「煮沸した後の水量や糖分の比重を表す数値です。どの麦芽を何種類入れるかで出てくる糖の量と色が変わります。出た糖を酵母に食わせた最終的な残糖を出すとその差分でアルコール度数になる」

さらに、色味の強い麦芽を入れると色も濃くなり、ホップを入れる量とタイミングで苦味をコントロールしているという。すごい。

ごちそうさまでした。ライオットビールは「人が集まる五叉路系ビール」でした。

クラフトビールを通じて「交流の場」をつくりたい

美味しいビールを出す店があるまちに住みたい。ビール好きなら誰だってそう思うはずだ。マイクロブルワリーの存在が、まちの魅力を2倍にも3倍にも増幅させる。

3軒のオーナーに共通していたのはクラフトビールを通じて「交流の場」をつくりたいという思い。確かに、日本ビアジャーナリスト協会の木暮さんは「海外のマイクロブルワリーは日本の赤提灯のようなもの」だと言っていた。

なるほど。店主の個性とまちの特色を色濃く反映するクラフトビールは「交流の場」としてはもってこいかもしれない。

最後にもう一度。「ごちそうさまでした」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最後にもう一度。「ごちそうさまでした」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
日本ビアジャーナリスト協会
※木暮さんの記事
ガハハビール
イサナブルーイング
ライオットビール

間取りがマドラーに!間取りに動かされるマドリストが増殖中?

間取図で混ぜるマドラー、その名も『間取ラー』!そんなおふざけ名称のマドラーが発売された。どうやら、「間取り」というキーワードにときめく人が、かなりいるらしい。そこで、間取りについてちょっと深掘りすることにした。【今週の住活トピック】
間取り図で混ぜるマドラー『間取ラー』が新発売/(株)人間笑わせてくれるぜ!間取図のマドラー=「間取ラー」

具体的な商品がこれだ。

間取ラー(画像提供:(株)人間)

間取ラー(画像提供:(株)人間)

かき混ぜる棒の先が小さな「間取図」になっているのだ。この「間取ラー」を発売した(株)人間は、「面白くて 変なことを 考えている」をモットーに、ジャンルの枠にとらわれずにいろいろなものをつくっている会社のようだ。「間取ラー」、確かに面白くて変なものだ。

間取ラーの間取図は、ONE ROOM、1K、1LDK_33.2平米、1LDK_42.19平米、2LDK、3LDKの6種類がある。よくある間取りを再現したというが、さすがに3LDKになると、大きくてかき混ぜるのが大変な気もする。

間取ラーの専用のケースには、間取図のモデルとなった物件の築年数や地域の情報が記載されていて、過去に過ごした間取りの思い出に浸ったり、深い妄想に浸ったりできるようになっているのだとか。

専用のケースには間取り図の情報も(画像提供:(株)人間)

専用のケースには間取図の情報も(画像提供:(株)人間)

木製(カバ)のほかにアクリル製もあって、イエロー、ピンク、ブルー、グリーン、ブラウン、ブラックの6色をそろえている。

木製のほかにアクリル製全6色も(画像提供:(株)人間)

木製のほかにアクリル製全6色も(画像提供:(株)人間)

気になる価格は税抜き1200円。さて、あなたなら「間取ラー」を買って混ぜますか?

まだまだいる!間取りを面白がる人たち

こういった商品が誕生するには、どうやら間取りにときめいたり、間取りを面白がったりする人がいるからのようだ。

例えば、アマゾンで本を探すと、間取りの見方や住みよい間取りのノウハウを提供する本だけでなく、「ヘンな間取り研究会」によるヘンな間取り本が何冊も発行されている。「そんな間取りアリ?」と思わずツッコミたくなるような、変な間取りを集めた本だ。

Facebookで探すと、「間取り図ナイト」というイベントが見つかる。物理的にあり得ない間取り、書き間違えと思われる間取りなど、面白い間取図をスライドショー形式で見ながら、参加者がお酒を飲んだりご飯を食べたりしながら楽しむというイベントだ。

こうした間取りを面白がる「間取りスト」が、いま日本に増殖中なのだろうか?

家づくりのために、真剣に間取りを考える人もいます

もちろん、真剣に間取りを考える人もいる。家づくりで間取りをやり直したいと後悔する人が多いことから、「施主が満足する間取りをつくる」ことを目的に、間取りプランナーの養成に力を入れる「一般社団法人日本間取り協会」というのが設立されている。

リクルート住まいカンパニーの「SUUMO」でも「オススメ間取り」や「間取り しまった!ランキング」、「失敗しない間取りのつくり方」といった記事を何本も公開している。

実際に家を建てることになったら、あるいは分譲住宅を買うことになったら、間取りの失敗は避けたいもの。間取りは、新居の暮らしやすさのカギになるからだ。そうした人たちに、適切な間取りに関する情報を提供することも、重要な課題だ。

さて、間取図を見て、暮らしを想像したり、使い勝手の良し悪しを検討したり、書き損じた間取図に大笑いしたりと、間取図には人の感情に訴える魅惑的な響きがあることが分かった。間取ラーが混ぜやすいかどうかは別として、その場にいる人との会話のきっかけになることは間違いないだろう。

それというのも、「間取図を見れば、その家での暮らし方がイメージできる」からだ。そう考えると、改めて「間取図」の持つ力に驚かされた。

間取りがマドラーに!間取りに動かされるマドリストが増殖中?

間取図で混ぜるマドラー、その名も『間取ラー』!そんなおふざけ名称のマドラーが発売された。どうやら、「間取り」というキーワードにときめく人が、かなりいるらしい。そこで、間取りについてちょっと深掘りすることにした。【今週の住活トピック】
間取り図で混ぜるマドラー『間取ラー』が新発売/(株)人間笑わせてくれるぜ!間取図のマドラー=「間取ラー」

具体的な商品がこれだ。

間取ラー(画像提供:(株)人間)

間取ラー(画像提供:(株)人間)

かき混ぜる棒の先が小さな「間取図」になっているのだ。この「間取ラー」を発売した(株)人間は、「面白くて 変なことを 考えている」をモットーに、ジャンルの枠にとらわれずにいろいろなものをつくっている会社のようだ。「間取ラー」、確かに面白くて変なものだ。

間取ラーの間取図は、ONE ROOM、1K、1LDK_33.2平米、1LDK_42.19平米、2LDK、3LDKの6種類がある。よくある間取りを再現したというが、さすがに3LDKになると、大きくてかき混ぜるのが大変な気もする。

間取ラーの専用のケースには、間取図のモデルとなった物件の築年数や地域の情報が記載されていて、過去に過ごした間取りの思い出に浸ったり、深い妄想に浸ったりできるようになっているのだとか。

専用のケースには間取り図の情報も(画像提供:(株)人間)

専用のケースには間取図の情報も(画像提供:(株)人間)

木製(カバ)のほかにアクリル製もあって、イエロー、ピンク、ブルー、グリーン、ブラウン、ブラックの6色をそろえている。

木製のほかにアクリル製全6色も(画像提供:(株)人間)

木製のほかにアクリル製全6色も(画像提供:(株)人間)

気になる価格は税抜き1200円。さて、あなたなら「間取ラー」を買って混ぜますか?

まだまだいる!間取りを面白がる人たち

こういった商品が誕生するには、どうやら間取りにときめいたり、間取りを面白がったりする人がいるからのようだ。

例えば、アマゾンで本を探すと、間取りの見方や住みよい間取りのノウハウを提供する本だけでなく、「ヘンな間取り研究会」によるヘンな間取り本が何冊も発行されている。「そんな間取りアリ?」と思わずツッコミたくなるような、変な間取りを集めた本だ。

Facebookで探すと、「間取り図ナイト」というイベントが見つかる。物理的にあり得ない間取り、書き間違えと思われる間取りなど、面白い間取図をスライドショー形式で見ながら、参加者がお酒を飲んだりご飯を食べたりしながら楽しむというイベントだ。

こうした間取りを面白がる「間取りスト」が、いま日本に増殖中なのだろうか?

家づくりのために、真剣に間取りを考える人もいます

もちろん、真剣に間取りを考える人もいる。家づくりで間取りをやり直したいと後悔する人が多いことから、「施主が満足する間取りをつくる」ことを目的に、間取りプランナーの養成に力を入れる「一般社団法人日本間取り協会」というのが設立されている。

リクルート住まいカンパニーの「SUUMO」でも「オススメ間取り」や「間取り しまった!ランキング」、「失敗しない間取りのつくり方」といった記事を何本も公開している。

実際に家を建てることになったら、あるいは分譲住宅を買うことになったら、間取りの失敗は避けたいもの。間取りは、新居の暮らしやすさのカギになるからだ。そうした人たちに、適切な間取りに関する情報を提供することも、重要な課題だ。

さて、間取図を見て、暮らしを想像したり、使い勝手の良し悪しを検討したり、書き損じた間取図に大笑いしたりと、間取図には人の感情に訴える魅惑的な響きがあることが分かった。間取ラーが混ぜやすいかどうかは別として、その場にいる人との会話のきっかけになることは間違いないだろう。

それというのも、「間取図を見れば、その家での暮らし方がイメージできる」からだ。そう考えると、改めて「間取図」の持つ力に驚かされた。

「お地蔵男子」を求める20代パワフル女子を応援するには?

筆者が高校時代に「お地蔵さん」と呼ばれる男子がいた。見た目からそう呼ばれたのだろうが、20代パワフル女子が求める「お地蔵男子」は、もちろん見た目ではない。とはいえ、今は大学教授をしているその「お地蔵さん」は、性格も温和で寛容で、今でいうお地蔵男子でもあったようだ。お地蔵男子が人気になる理由を探ってみよう。【今週の住活トピック】
都市生活レポート【20代『コミュ食世代』のライフスタイル】を発行/東京ガス都市生活研究所20代が『コミュ食世代』と呼ばれる理由とは?

まず、「コミュ食世代」とは何かについて説明しよう。

都市生活研究所では、昭和元年~平成7年生まれの人を「食」を切り口にして、世代の特徴を定義している。世代の分類は次のとおり。

■各世代の「食の特徴」(東京ガス都市生活研究所による食を切り口にした世代定義)
コミュ食世代:1989年~1995年(平成元年~平成7年)生まれ
ゆる食世代: 1982年~1988年(昭和57年~昭和63年)生まれ
装食世代:1977年~1981年(昭和52年~昭和56年)生まれ
選食世代:1972年~1976年(昭和47年~昭和51年)生まれ
遊食世代:1965年~1971年(昭和40年~昭和46年)生まれ
宴食世代:1958年~1964年(昭和33年~昭和39年)生まれ
街食世代:1951年~1957年(昭和26年~昭和32年)生まれ
創食世代:1946年~1950年(昭和21年~昭和25年)生まれ
整食世代:1936年~1945年(昭和11年~昭和20年)生まれ
粗食世代:1926年~1935年(昭和元年~昭和10年)生まれ

食べることだけでも大変だった時代から次第に街の中で外食ができるようになったり、バブル期には贅沢な食事ができるようになったりといった時代を経て、食の安全性を気にするようになり、食をオシャレ化する文化が形成され……と、食生活は目覚ましく変わっている。

「ゆる食世代」になると、いわゆる弁当男子の登場などで男女の垣根がゆるくなった。そして、平成生まれの「コミュ食世代」とは、SNSがコミュニケーションの中心共通言語となり、食を軸に付き合いの輪を広げていく世代だと定義している。

なぜコミュ食世代の女性は、お地蔵男子を求めるのか?

では、コミュ食世代(24~30歳)の特徴を見ていこう。
同研究所の調査では、男女ともに「キャリアアップのため語学や資格取得の勉強をしている」と回答した割合が、男性で33.2%、女性で26.1%になり、他の世代(ゆる食世代(31~37歳):男性26.9%、女性15.5%など)に比べて高いことが分かった。

さらに、「会社でえらくなりたい・出世したい」と回答(有職者のみ)した割合を見ると、特にコミュ食世代の女性で高いことが分かった。ただし、「他人と競争して勝ちたいのではなく、あくまでも自分自身が向上したいという上昇志向であることがこの世代の特徴」だと同研究所では分析している。

「会社でえらくなりたい・出世したい」(出典:東京ガス都市生活研究所「20代『コミュ食世代』のライフスタイル」)

「会社でえらくなりたい・出世したい」(出典:東京ガス都市生活研究所「20代『コミュ食世代』のライフスタイル」)

キャリア志向の強い、つまりパワフルな女子になった理由について、同研究所ではいくつかの要因を挙げている。

・自分らしさを重視するゆとり教育で、相対評価ではなく絶対評価を受けてきたこと
・男女雇用機会均等法第1世代の女性たちが管理職として活躍したり、出産後も働き続ける女性が多い社会になったこと

こうした環境の中で、働き続けることを前提に自身の将来を考え、漠然とした不安を少しでも減らすため、パワフル女子となったというのだ。

一方で、コミュ食世代の女性は、仕事のストレスを感じる割合(あてはまる+ややあてはまる)が78.1%と極めて高く、ゆる食世代(31~37歳)~宴食世代(55~61歳)の他の5世代の男女の中で最も高く、働き盛りの選食世代の男性よりも高くなった 。

こうしたストレスフルのコミュ食世代の女性にとって、「配偶者はどのような存在か」を聞く(既婚女性のみ)と、「落ち着く」「受けとめてくれる」「癒される」が他の世代より高いことから「“お地蔵男子”的存在を求める」と同研究所では分析している。

「配偶者はどのような存在か」(出典:東京ガス都市生活研究所「20代『コミュ食世代』のライフスタイル」)

「配偶者はどのような存在か」(出典:東京ガス都市生活研究所「20代『コミュ食世代』のライフスタイル」)

コミュ食世代の女性が癒やされる住まいの空間とは?

ストレスフルな女性にとって、プライベートタイムでは“お地蔵男子”が受け止めてくれることで癒やされるのだろうが、筆者の専門の住まい領域ではどうだろう?

お地蔵男子を住まいに標準装備できないので、癒やしの空間を設けるということになる。同研究所でもストレス解消の手段として「ひとりになる場所の充実」を挙げている。

さて、癒やしの空間として注目されるのは「バスルーム」だ。一時期「半身浴」がはやったが、ひとりで入れば誰にも邪魔されず、お湯につかってボーっとできる。防水の音楽プレーヤーやスピーカーを活用するという手もある。ただし、カラスの行水という人もいるだろう。

風呂上がりで大切なのはお肌の手入れだ。最近は狭い洗面所ではなく、リビングでお肌の手入れをするという人も多い。風呂上がりのくつろぎ空間をリビング内に工夫して設ける、というのもいいだろう。

寝室も重要だ。ぐっすり眠ることで疲れを取って、明日の活力を生み出したい。熟睡できるように寝具を工夫することも大切だが、温度や音、光の影響にも考慮したい。エアコンが直接当たらないようにしたり、カーテンを選んだり、ベッドの位置を工夫したりといったことのほか、照明の工夫もポイントになる。

居室で間接照明を上手に活用したり、寝室や浴室に調光機能のある照明を設置したりして、明るい光だけでなく、柔らかな光が広がる空間を作るといったことも考えられる。

どこの空間が落ち着けるか、どんな環境が落ち着けるかは人それぞれ。自分なりに居心地の良い、癒やしの空間をつくってみてはいかがだろう。

ところで、最近では、女性が結婚相手に望む男性像は「4低」だという。かつては、高学歴・高収入・高身長の「3高」だったが、「4低」とは「コトバンク」よると、「低姿勢」(女性に対して威圧的な態度を取らない)、「低依存」(家事や子育てを分担して妻に依存しない)、「低リスク」(堅実な仕事に就きリストラに遭うリスクが少ない)、「低燃費」(節約志向で浪費をしない)だという。

時代の変化は、食生活も結婚相手の条件も変えていく。住まい選びの条件も同じように、変わっていくのだろう。

●参考サイト
都市生活レポートのサイトからダウンロード可能

駅近からチャリ近へ。シェアサイクルの普及によって変わる? これからの住まい選び

ここ数年、東京の街角でよく見かけるようになった赤いシェアサイクル。このサービスの利便性と可能性に惹かれ、生活の中心に据えて暮らしているというAさんに、その魅力と住まい選びへの影響について聞きました。
「シェアサイクルのポートが近くにあったこと」が家探しの決め手に

「ポートに近かったことが、今の物件に住むことにした決め手です」

そう語るのは東京都内に住む30代前半の男性、Aさんです。渋谷区に暮らすAさんは、2019年初頭に渋谷区内で引越しを経験。その際、セキュリティや築年数、日当たりなどといった要素と同じように重視した、通常の物件情報からは読み取れないポイントがあったといいます。

「今の物件は駅近で間取りや広さも希望通りだったのですが、似たような物件はほかにもいくつかありました。そんななかこの物件にした決め手になったのが徒歩圏内にシェアサイクルのポート(借り出しと返却が可能な無人の駐輪場)があることでした。駅近であり、チャリ近の物件だったんです」

Aさんのいうシェアサイクルとは、2019年7月現在、東京都内10区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区、品川区、目黒区、大田区、渋谷区)主導で行われている自転車シェアリング事業実証実験のこと。都内にお住まいの方には「Uber Eats(ウーバーイーツ)の配達員がよく乗っている赤い自転車」と言えば分かりやすいでしょうか。先述の10区内に設置された専用ポートであれば、いつどこで借りて、どこに返却してもOK。しかも電動なので、坂道の多い東京の街でも体力を奪われることはありません。Aさんは2年前に使い始めて以来ほぼ毎日利用していて、もはやシェアサイクルのない生活は考えられないといいます。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

「通勤はもちろん、買い物や通院などにも利用しています。ポートにしか返せないと聞くとめんどうに思われる方もいるかもしれませんが、駐輪場を探す手間がないとも言えます。渋谷や新宿といったエリアに行くとき、停める場所の心配がないのは快適です。また、終電後もすごく便利ですね。わたしはお酒を飲まないので、会食後で遅くなっても自転車の運転ができます。ポートを探して多少歩くことはありますが、自転車を見つければ1回30分150円の料金で帰れる。深夜にタクシーに乗ることはほとんどなくなりました」

また、シェアサイクルは手軽に利用できるのが魅力とのこと。

「スマホさえあれば、すでにアカウントのある人なら1分以内に、アカウント未登録の状態からでも5分以内には手続きが完了してすぐ乗車することができると思います。毎朝指定業者が各ポートまでトラックでやってきて、自転車を回収し、充電とメンテナンスをしてくれるため、管理のストレスもありません。

料金も手ごろで、支払いも簡単です。初乗り150円の料金は、その後30分経過ごとに100円ずつ課金されます。例えば70分乗ったら、最初の150円+200円で350円の利用料。基本料金などは不要で、これがいちばんライトな使い方で、他に、初乗り分が乗り放題になる(30分ごとの100円課金は有り)月額会員もあります。いずれも、入会時に登録したクレジットカードから引き落とされるので楽ちんです。月4000円で完全乗り放題となる法人会員制度もありますよ」(Aさん)

便利で手軽なだけでなく、自転車を使うことによる「たのしみ」も

かように便利で手軽に利用できるのはもちろん、それ以外にも「たのしみ」があるとAさんは続けます。

「公共交通機関を利用するときにはなかなか体感しづらい、街やスポットの位置関係の把握ができるのはおもしろいですね。神田・秋葉原・神保町ってこんなに近いんだ、とか。あとこれは乗ってから分かったことなんですが、自転車のいいところって簡単に“停まれる”ことなんですよね。ちょっと気になるお店があったら片足をおろして表にあるメニューをながめたり、いい感じの公園を見つけたらGoogleマップにピンを立てておいて、休日にゆっくり訪ねるなんてこともできます。そういう発見があるので、天気のいい日なんかは移動自体がたのしみになりますね」

Aさんのご友人には、同じように日常的にシェアサイクルを利用している方が何名もいらっしゃるといいます。時には、このシステムを使ってちょっとしたあそびをやることもあるとか。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

「いつも集まる同世代の男性10人ぐらいのグループがあるんですが、そこでは8割の人間がシェアサイクルのアカウントを持っています。一昨年の10月ぐらいかな、ようやく涼しくなった日の深夜、それぞれが自転車を借りて日本武道館に集合し、みんなで都内を“流した”こともありました。あてもなく移動してたまたま見つけた銭湯に入って、深夜までやってる町中華を見つけて夜食を食べて、また適当に帰る。普段とは違う速度で移動すると街の見え方が全然ちがって、すごくたのしかったです」

改善点はありつつも、似たような物件があったら絶対ポートに近いほうに住みたい

シェアサイクルのおかげで東京という街をこれまで以上にきめ細かく知ることができ、より好きになったと語るAさん。課題はないのでしょうか。

「改善してほしいところはたくさんあります。ポートの数はその筆頭ですね。渋谷区は後発ということもありますが、まだまだ十分な数とは言えません。それと、これは利用者が増える以上仕方のないことだと思いますが、メンテナンス不良の車両を見かけることが多くなりました。パンクしていたり、サドルが壊れていたり。多少利用料金が値上がりしてもいいのでそこはしっかり対応してほしいなと思います。あとこれは友人の話なのですが、同じようにポートに近いからと物件を選んだらそのポートが閉鎖されてしまって……あれはかわいそうでしたね」

Aさんが不足していると語る、渋谷近辺のポート網(写真撮影/今井雄紀)

Aさんが不足していると語る、渋谷近辺のポート網(写真撮影/今井雄紀)

最後に「次に引越しするとき似たような物件があって、家賃の差が数千円なら、絶対ポートに近い方を選びますね」と語ってくれたAさん。駅近の物件の価値がすぐに変わるといったことはないかと思いますが、「駅徒歩15分(でもシェアサイクルのポートには徒歩2分)」といった風に、シェアサイクルのポートに近いことが、物件の付加価値になるなど、住まいの選びかたが変わっていく可能性を感じたインタビューでした。

(写真撮影/今井雄紀)

(写真撮影/今井雄紀)

あなたの家は大丈夫? 台風やゲリラ豪雨災害に備えよう

近年、大型台風やゲリラ豪雨が原因で浸水被害に遭う家が増えています。被害に遭わないためには、浸水の恐れがある立地や建物の形などについて正しい情報を知ることが大切。危険な建物の見分け方や、どんなことに気を付けたらいいのか、さくら事務所会長の長嶋氏に聞きました。
標高が高いところでも浸水の可能性はある

2019年6~7月にかけて、南九州では総雨量800mmを超える豪雨に見舞われました。2018年7月の豪雨では、広島県、岡山県、愛媛県など西日本を中心に大規模な土砂災害や浸水が発生し、12府県で死者数が130人。防災白書(内閣府)によると、2004年10月の台風23号、2011年8~9月の台風12号による豪雨で、それぞれ98人の死者・行方不明者が出ています。

「浸水」といえば、海沿いや低地などをイメージしますが、実は内陸部の比較的標高が高いところでも起こりえます。例えば東京都世田谷区の標高は30~35mですが、ハザードマップを見ると、2m以上浸水する可能性のある地域がたくさんあります。

その原因は「ゲリラ豪雨」や「長時間にわたる降雨」。都市の雨水排水能力は一般的に50~60mm/ 時間を目安として設定されていますが、ゲリラ豪雨などは100mm/ 時間を超えることもあります。いくら一定の標高があっても、排水能力が追いつかなくなれば、水は低いところに流れますから、周辺地に比べて相対的に低い地区に水は集中してしまうわけです。

にもかかわらず実際に現地に行ってみると、こうした地域に普通に建物が建っていたりします。洪水を予測して基礎を高くするなどの工夫が施されていればまだマシですが、100mm以上のゲリラ豪雨的な大雨に見舞われたら浸水確実と思われるものがたくさんあります。
さらに、いわゆる「半地下物件」の一戸建てやマンションすら散見されます。半地下物件とは、土地を掘削し地盤面より低いところに1階部分があるような建物のこと。住宅地は建物の高さが制限されていることが多く、そうした地域で建設される一戸建てや、販売戸数を稼ぐ意図で建設されたマンションなどが典型的です。

このような半地下物件では一般的に、数万円のポンプで排水処理を行うため、浸水リスクはこのポンプの処理能力に依存します。そもそもポンプが壊れたり、停電で止まってしまったら排水不可能になるでしょう。

不思議なことに、こうした浸水可能性地域は、そうでないところと比べて、地価にさほど違いがないことが多いのです。というのも、浸水や土砂災害など防災等の情報や過去の取引履歴をはじめとする各種不動産情報は、国、都道府県、市区町村、法務局、上下水道局など多様な情報保有主体に分散しており、個別の物件に関する情報を幅広く調べることが困難なためです。ハザードマップなどのネガティブ情報は、親切な不動産業者であれば説明するものの、法律上は説明義務がありません。

ハザードマップで浸水可能性を探ることや、自治体に直接赴いて浸水履歴を確認することは必須と言えるでしょう。

災害に対する保険や防災対策の検討も

水害に、金銭的に備えるためには火災保険の「水災補償」があります。水害はもちろんのこと、竜巻、台風の強風、雷、雹(ひょう)などが対象。雪の重みで屋根がつぶれるなどの被害も補償実績があります。ただしオプション契約なので、これから保険に入る場合、すでに保険に入っている場合もよく確認しましょう。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

台風や水害で慌てない防災対策としては例えば「風雨で飛ばされそうなものを固定するか、室内にしまう」「雨戸やサッシのコンディションを確認する」「敷地内の排水溝や雨水ます、周辺の側溝などにつまりがないか確認し必要な場合は掃除をする」「避難用の備品として懐中電灯、ラジオ、救急用品、飲食物、衣類等、現金、通帳、身分証明書、印鑑、貴重品などを確認しておく」などが考えられるでしょう。いざというときにどこに非難するかの想定をしておくことも大切です。

マンションの場合、電源やボイラー、インターネット設備などが浸水すると使用不能になる恐れがありますし、防災用品や車庫が地下にある場合も同様です。床上浸水の可能性のある地域では、管理人室の書類や備品を避難させる必要もあるでしょう。

泥かきのためのスコップや長靴、浸水を防ぐ土嚢(どのう)などの準備も検討したいところ。こうした備品をリスト化したうえで、いざというときにどのような行動をとるのかマニュアルを整備しておくと安心です。
土嚢といえば、土を入れるのではなく、水に浸して数分で膨らむタイプのものがあります。他にも止水板などを検討してもよいでしょう。

水害などの災害は、いつ巻き込まれるか分かりません。いつ襲われても大丈夫なように災害の可能性に見合った準備をし、いざというときに慌てないように備えておきたいところですね。

街の公園が災害時に大変身! トイレ、かまど等を備えた防災公園がスゴイ

愛犬と散歩をしたり、子どもと遊んだり、友人などとおしゃべりしたりと、私たちの身近な憩いの場である公園。小規模な公園から国立公園まで、大小さまざまな公園がありますが、そのなかでも「防災公園」といわれる公園をご存じでしょうか。単なる公園ではなく、食事の炊き出しやトイレ、照明、生活用水など、“いざ”というときに大活躍するといいます。では、その驚きの機能とは? 今回は東京都江東区にある「木場公園」でそのすごさを教えてもらいました。
人口密集地の公園は、いざというときは防災拠点に

地震などの大規模災害が発生したら、多くの人の避難先となるのが公園ではないでしょうか。まちなかでも「一時(いっとき)集合場所」「避難場所:●●公園」などの看板を目にした人も多いことでしょう。実は公園には避難場所としてだけでなく、「防災拠点」としての機能があるのをご存じでしょうか。今回は、東京に22ある防災公園(防災公園グループ含む)のうちのひとつ「木場公園」を訪れ、東京都公園協会のスタッフのみなさんに防災機能について教えてもらいました。

右から、東京都公園協会スタッフの表さん、武居さん、石塚さん(写真撮影/片山貴博)

右から、東京都公園協会スタッフの表さん、武居さん、石塚さん(写真撮影/片山貴博)

「木場公園は災害時の避難場所になっているほか、救出活動拠点の候補地として考えられています。そのため、公園内には、(1)防災トイレ、(2)かまどになるベンチ、(3)生活用水の揚水ポンプ、(4)太陽光発電の照明灯などが設置されています」と表さん。

ただ、公園内に目立つように設置されているわけではないので、「えっ? 実はコレがトイレだったの?」「これがかまどに?」と驚かれることが多いのだとか。公園内にある「トランスフォーマー」と呼びたいと思います。

では、さっそくご案内いただきましょう。一見、公園の風景になじんだ普通のベンチですが、鍵をあけ、フタを持ち上げると、火をくべられる「かまど」が出てきます。

一見、よくある公園のベンチですが

一見、よくある公園のベンチですが

サイドから持ち上げると

サイドから持ち上げると

かまどが登場!

かまどが登場!

炊き出しができるように(写真撮影/片山貴博)

炊き出しができるように(写真撮影/片山貴博)

この防災ベンチ、フタを持ち上げるだけなので、ものの数分でベンチからかまどになります。非常時はこうした分かりやすさも重要なのでしょう。また、災害に備えて毎月1度、職員が必ず鍵を開けて組み立て、震災対応訓練をしているそう。その他、町内会やボランティアの防災訓練、防災普及啓発イベントなどでも利用しているといいます。

ちなみに、かまどベンチが登場したのは10年以上前。メーカーも複数あり、また少しずつ改良・バージョンアップしているそうで、ボランティアや炊き出しに不慣れな人でも戸惑わずに使えるよう、日ごろからの訓練が大事なのだとか。

「防災訓練、防災イベントは直火を使っての訓練になるので、お子さん方にも好評です」といいます。また地元の小学校などの授業でも活用されることがあり、案外、子どものほうが防災機能に詳しいそうです。ちなみに、ベンチには“寄贈●●”という地元企業名・店名が刻印してありました。企業と地元住民の信頼関係が垣間見えていいですね。

非常事態に活躍するマンホール型トイレは38基! 

その次にご案内いただいたのが、防災トイレです。木場公園では、日常的に利用されている公衆トイレに地下便槽が付いており、万一、電気などのインフラが寸断された場合には汲み取り式になるそう。加えて、上部にテントを組み立てて利用するマンホール型トイレを38基ほど備えています。

奥の日常時にも使われている公衆トイレは、電気・上水が止まっても使える地下便槽付き

奥の日常時にも使われている公衆トイレは、電気・上水が止まっても使える地下便槽付き

手前の芝生広場にあるマンホールのようなものが、マンホール型トイレ

手前の芝生広場にあるマンホールのようなものが、マンホール型トイレ

器具を使ってあけると、和式トイレになる

器具を使ってあけると、和式トイレになる

ここからトイレの周囲にテントを張っていく

ここからトイレの周囲にテントを張っていく

テントと同じ手順で骨組みを建てて、器具に固定していく

テントと同じ手順で骨組みを建てて、器具に固定していく

ペグ(地面に固定する道具)を打って、風で飛ばないようにしっかり設営

ペグ(地面に固定する道具)を打って、風で飛ばないようにしっかり設営

ペーパーを設置したら、トイレとして使えるようになる(写真撮影/片山貴博)

ペーパーを設置したら、トイレとして使えるようになる(写真撮影/片山貴博)

このトイレですが、一見すると芝生の広場にある目立たないマンホールになっているので、「いつも歩いているのに知らなかった!」「このトイレはありがたい」といちばん驚かれる&感謝される存在なのだそう。

表さんによると、「避難所のトイレだけではなく、一般家庭で簡易トイレを備蓄するなど災害時のトイレ機能をどう確保するか日ごろから考えていただくとともに、防災公園にこういう機能があると知っておいていただくことも必要と考えます」といいます。

ちなみに、このトイレ、慣れれば20分程度で設営できるそう。キャンプやアウトドアの経験がある人だと、もっと早くできるかもしれません。ただ、現場を担当する武居さん、石塚さんは「トイレはがまんができないので、できるだけ早く設営できるよう、職員だけでなく、地域住民の方にも組み立てを体験してもらってと思っています」と解説します。

余談ですが、今どきの子どもを持つ親として不安だったのが「和式」だという点です。キレイな洋式トイレが当たり前の子どもたち、和式トイレをどうやって使えるようにするか、個人的な課題ではありますが、練習させないといけないと思いました。

防災機能を活かすのは人。地域の防災訓練が大切に

木場公園の歴史とその特性を活かしたユニークな設備もあります。それが「揚水ポンプ」。もともと「木場」といえば材木の街で、公園の入口広場には「イベント池」と呼ばれる四角い人口の池があり、地元の伝統芸である「木場の角乗り」が年に1回、江東区民まつりで披露されるそうです。で、そのイベント池の水は地下の貯水槽から給水されていて、非常時には揚水ポンプで組み上げて活用することになっているとか。江戸っ子の知恵が受け継がれながら、令和の防災と共存している感じがします。

揚水ポンプを動かすと

揚水ポンプを動かすと

じゃぶじゃぶと水が出てきます。普段はひねるだけなので、水汲み体験は新鮮でした(写真撮影/片山貴博)

じゃぶじゃぶと水が出てきます。普段はひねるだけなので、水汲み体験は新鮮でした(写真撮影/片山貴博)

この揚水ポンプの水は、飲料水としては使えませんが、手を洗ったり、トイレを流したりするのに活用できます。防災公園では大規模災害時に備えて、何はともあれ、かまどによる炊き出し、トイレ、水の確保がされていることが分かります。ほかにも、何気ない照明がソーラー照明灯になっていたり、自動販売機が災害時は緊急時飲料提供ベンダーとして機能するそう。

ソーラー照明灯(左)、自動販売機(右)も、どこにでもありそうな公園の風景ですが、防災機能も併せ持っています(写真撮影/片山貴博)

ソーラー照明灯(左)、自動販売機(右)も、どこにでもありそうな公園の風景ですが、防災機能も併せ持っています(写真撮影/片山貴博)

木場公園の多目的広場。単なる遊び場に見えますが、これはヘリコプター離発着の可能性があるため、この広さを確保しているのだそう。救出・救助の最前線基地になる可能性があるのです(写真撮影/片山貴博)

木場公園の多目的広場。単なる遊び場に見えますが、これはヘリコプター離発着の可能性があるため、この広さを確保しているのだそう。救出・救助の最前線基地になる可能性があるのです(写真撮影/片山貴博)

なかなか普段、目にすることのない公園の防災機能。映画・ドラマなどでは、「普段は“ザ・一般人”なのに、いざというときに活躍するヒーロー物」という設定がありますが、防災公園はまさにこれではないでしょうか。普段の公園はのどかで、平和そうに見せて、実は住民を守るすごいやつなのだなと思いました。ただ、防災機能はあっても使うのは「人」です。災害時にこの防災機能が存分に発揮できるよう、近所・地域の防災訓練の大切さをあらためて思い知った次第です。

●取材協力
公益財団法人東京都公園協会

「防災ゲーム」が楽しい! 子ども・大人へのオススメ3選

地震に台風、集中豪雨、火山噴火、豪雪……。日本では毎年、各地で自然災害が多発しています。誰も無縁ではないのですが、防災の知識や避難時の行動を学ぶ機会は限られています。でも、最近では防災を遊びながら楽しく学べる「防災ゲーム」が増えているというではありませんか。専門家にオススメを聞くとともに、実際に子どもと一緒にチャレンジしてみました。
災害の教訓、防災の知見が「防災ゲーム」に反映されている

今回、防災ゲームについて教わったのは、災害支援・防災教育コーディネーター、社会福祉士である宮崎賢哉さん。一般社団法人防災教育普及協会で教育事業部長を務めるほか、東京都立六本木高校で「防災学」の講師をするなど、防災と教育に関するスペシャリストです。

防災ゲームについて分かりやすく教えてくれた宮崎さん。「防災ゲーム」の使い方、選び方についてもレクチャーしてくれました(写真撮影/片山貴博)

防災ゲームについて分かりやすく教えてくれた宮崎さん。「防災ゲーム」の使い方、選び方についてもレクチャーしてくれました(写真撮影/片山貴博)

「僕が知る限りでも、日本には50種類以上の防災ゲームや教材があります。制作しているのは、国交省や気象庁などの官公庁、地方自治体、NPO法人、大学や研究機関、民間企業、学生団体などさまざま。販売されているものもあれば、ダウンロードして無償で利用できるものもありますが、それぞれの防災ゲームに制作者の防災に対する強い思いや願いが込められているのは、共通しています」と解説します。

宮崎さんによると、防災ゲームが広く知られるきっかけとなったのは、1995年の阪神・淡路大震災。被災した自治体の職員に対する調査をもとに、災害時に発生した状況判断を疑似体験できるゲームがつくられました。さらに東日本大震災以降、防災に関わる人が増えたことで、防災ゲームや教材の種類も増えていき、近年では風水害が多発していることを受け、水害や土砂災害について学べるゲームも増えているそう。

「今の大人世代は、防災教育といっても地震や火災を想定した避難訓練をする程度でした。ただ、大きな災害が発生するとその度に、さまざまな教訓、知見が積み重なっていき、今ではそれらの『命を守るための行動』や『平時の備えのポイント』が共有され、防災ゲームや教材で気軽に学べるようになっています」(宮崎さん)

日本は歴史的に繰り返し大きな災害に見舞われ、多くの人命が失われてきました。その教訓から学び、知見の結集を私たちにとって身近なものにしたのが「防災ゲーム」といえます。

防災カードゲーム「クロスロード」では、「わが家に3日間分の保存食と水の準備があります。しかし、避難所では多くの家族が保存食や水を持っていません。あなたはその保存食をみんなに分け与えますか?」といった設問が続き、答えに悩んでしまう(写真撮影/片山貴博)

防災カードゲーム「クロスロード」では、「わが家に3日間分の保存食と水の準備があります。しかし、避難所では多くの家族が保存食や水を持っていません。あなたはその保存食をみんなに分け与えますか?」といった設問が続き、答えに悩んでしまう(写真撮影/片山貴博)

幼児にも分かりやすい「ぼうさいダック」や「このつぎなにがおきるかな?」を体験

今回は、映画『シン・ゴジラ』にもオペレーションルームとして登場した東京臨海広域防災公園の「そなエリア東京」を訪問。ここでは複数の防災ゲームが展示されているだけでなく、実際に体験もできます。

そなエリア東京の防災ゲームの体験コーナー。ぜひ時間に余裕をもって来て、ゲームも体験してほしいです(写真撮影/片山貴博)

そなエリア東京の防災ゲームの体験コーナー。ぜひ時間に余裕をもって来て、ゲームも体験してほしいです(写真撮影/片山貴博)

あまたある防災ゲームのなかで、まず宮崎さんがオススメしてくれたのが「ぼうさいダック」。“災害が起きたとき”と”命を守るためにとるべき行動”がワンセットでカードの表裏にイラストで描かれています。

例えば、「地震が起きたときはどうする?」と聞かれたら、プレーヤーはしゃがんで、頭を守る動作をします。その後はかわいいアヒルのイラストを見ながら、「そうだね、まずは頭を守ろう」と答え合わせをしていきます。幼い子どもでも理解できる内容なので、導入の「防災ゲーム」としてとりかかりやすいのが魅力です。ちなみに、わが家の小学1年生と1歳の子どもにもこの「ぼうさいダック」は好評でした。「災害が起きたシーン」と「命を守る動作」がワンセットでシンプルなので、分かりやすいのがよいのでしょう。

大きなカードとトランプ大の2種類あり、イベントの人数や目的に応じて使い分けられるようになっています(写真撮影/片山貴博)

大きなカードとトランプ大の2種類あり、イベントの人数や目的に応じて使い分けられるようになっています(写真撮影/片山貴博)

これは地震が起きたときに頭を守る、という行動の例です。カードは自然災害だけでなく盗難時、不審者に声をかけられたときなどの対応もあり、日常の危険からも身を守る方法を学べます(写真撮影/片山貴博)

これは地震が起きたときに頭を守る、という行動の例です。カードは自然災害だけでなく盗難時、不審者に声をかけられたときなどの対応もあり、日常の危険からも身を守る方法を学べます(写真撮影/片山貴博)

次にオススメしていただいたのが、国土交通省が公開している防災教育教材「このつぎなにがおきるかな?」です。対象年齢は小学校からで「すいがい編(29枚)」と「つなみ編(29枚)」がありましたが、今年から「どしゃさいがい編(29枚)」が加わりました。

このゲームは、例えばすいがい編では「大雨がふると」「自分の家が洪水に」「巻き込まれてしまうよ」「そうならないために、調べておこう」という流れが1セットになって、描かれています。これを時系列として正しく並べ替える、かるたのように札をとるなど、遊び方をアレンジして、繰り返し遊べます。

「津波や水害、土砂災害といった災害は、大雨が降る~小石が落ちて来る~がけ崩れといった、おおよその”順番”があり、時系列で被害が発生します。このゲームで教材の名前どおり”このつぎなにがおきるかな”を学ぶことで、被害を予想し、適切な安全行動がとれるようになります」(宮崎さん)

取材当日はバラバラにしたカードを災害の前触れの順番に並べかえて遊んだが、かるたのように札を取る遊びや、ババ抜きのような遊び方もできる(写真撮影/片山貴博)

取材当日はバラバラにしたカードを災害の前触れの順番に並べかえて遊んだが、かるたのように札を取る遊びや、ババ抜きのような遊び方もできる(写真撮影/片山貴博)

「このつぎなにがおきるかな?」は名刺サイズ、はがきサイズなどでダウンロード可能。家庭や学校でも利用しやすい(写真撮影/片山貴博)

「このつぎなにがおきるかな?」は名刺サイズ、はがきサイズなどでダウンロード可能。家庭や学校でも利用しやすい(写真撮影/片山貴博)

土砂災害前に小石が落ちてくることや、避難先も水につかって食料が尽きてしまうことがあるなど、大人でも知らないことがたくさんあり、「えっ、そうなの? どうしよう……」の連続でした。大人はゲームとして楽しんだあと、「対策を考えなきゃ」と真剣になって考えこんでしまいます。ただ、わが家の小学1年生には、言葉や時系列の理解が難しいようでした。小学校低学年くらいの子どもには、大人も一緒に学びながらフォローすることが必要かなと感じました。

子どもから「買って!」と言われるほど好評な「なまずの学校」

最後にオススメいただいたのが、「なまずの学校」というカードゲームです。紙芝居形式でお題が出されるので、手持ちのカードで対策を考え、答えが当たったら報酬として通貨の「ナマーズ」がもらえるというもの。

例えば「血を出している人がいます。傷口を押さえるのに使えそうなものを出してください」といったお題では、筆者は身近にある「ネクタイ」で止血ができると思い、カードを出しました。身近に手に入りやすいという点で正解ではありましたが、衛生面で気をつけなければいけないということで、60ナマーズでした。ガーゼやほうたい、三角巾のカードを出しても正解ですが、災害時には不足すると考えられるため、それぞれ70ナマーズ。最も高得点なのは携帯しやすく使い勝手のよい大判のハンカチで90ナマーズ、となっています。答えはひとつだけでなく、より汎用性があるもの、身近に活用できるものが高得点になります。

お題に対して、配られたカードで対応策を考え、当てるという「なまずの学校」(写真撮影/片山貴博)

お題に対して、配られたカードで対応策を考え、当てるという「なまずの学校」(写真撮影/片山貴博)

答えはひとつだけでなく、複数あり、「こんなものが活用できるんだ!」という驚きと発見があります(写真撮影/片山貴博)

答えはひとつだけでなく、複数あり、「こんなものが活用できるんだ!」という驚きと発見があります(写真撮影/片山貴博)

大人でも自分の推理が当たって正解し、報酬の通貨がもらえるとうれしいもの。お題の全18問のなかには、他の人の持つカードを活用して困難に立ち向かう「協力問題」があり、人と力を合わせて災害を生き延びる方法を考えられます。

また、大人でも子どもでも、また個人でもグループでも遊べるので、学校だけでなく、町内会・マンション管理組合などでも活用できると思いました。シンプルに、ゲームとして楽しいだけでなく、対応策に使うアイテムについて、カードには「災害救助セットに入っているよ」「コンビニにあるよ」「ホームセンターにあるよ」といった、日常生活でも役立つ情報が書かれているので、自然と知識が深まります。

なまずの学校を楽しんだあとに、備蓄していた乾パンとパンを試食。「震災が起きたら3日間、乾パンで過ごすの? 無理ー!」と驚いていました(写真撮影/嘉屋恭子)

なまずの学校を楽しんだあとに、備蓄していた乾パンとパンを試食。「震災が起きたら3日間、乾パンで過ごすの? 無理ー!」と驚いていました(写真撮影/嘉屋恭子)

こちらもわが家で子どもと「なまずの学校」にチャレンジしたところ大好評で、「これ、買ってほしい」とねだられるほどでした。また、偶然にも新潟~山形で地震が発生したこともあり、ニュースと関連づけて体験できたため、「大判ハンカチ・ガムテープが役立つな」などと実感していたよう。あわせて、備蓄していた缶詰めの「乾パン」「パンの缶詰」も試食。ゲームをきっかけに親子での会話が盛り上がりました。

防災の知識は単に覚えるもの、知るだけものではなく、自分で考える、体を動かすなどのアクションがあると、より深く記憶されるように思います。また、頭を隠すにしても「どうして」などの理由が分かると、忘れにくくなります。今回の防災ゲームはいずれも知識と行動がともなっていて、記憶に残りやすく感じました。防災というとどうしても、きちんと備えなければという義務感から身構えてしまいますが、「まずは楽しんでみよう」という気軽さで親子や友人とぜひ一度、チャレンジしてほしいなと思います。

●取材協力
・一般社団法人防災教育普及協会
・東京臨海広域防災公園
・国土交通省「防災教育ポータル」

空き家を抱えたらどうしたらいい? 東京都がつくった「東京空き家ガイドブック」話題

親から相続した家を空き家にしたくない、ましてや朽ちさせたくない。そう思いつつも、予防策や解決策を知る人はそう多くないのでは? そこで東京都はこの春、基礎知識や解決事例を分かりやすくまとめたガイドブックの無償提供を開始した。東京都の空き家事情や、提供の背景とは?
誰にでも分かりやすい、空き家のガイドブックを追求

2019年3月、東京都は、「東京空き家ガイドブック」を公開した。冊子を5000部用意するとともに、ホームページからダウンロードもできるようにした。いずれも無料だ。内容は、2016年12月から2018年3月まで実施した「東京都相続空家等の利活用円滑化モデル事業」で収集した空き家の事例と、空き家の解決の手がかりとなる基礎的な知識をまとめた「空き家のギモン」から構成されている。東京都職員が主導し編集したという。公開の理由を、住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏はこう話す。

「空き家が社会的な問題となって久しいのに、空き家を抱えている個人に向けた、具体的な解決策を紹介するガイドブックがありませんでした。そこで、実際の相談事例を交えた、分かりやすいガイドブックの制作に踏み切りました」

住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅政策本部住宅企画部・空き家施策推進担当課長の磯山稔氏(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

モデル事業が扱った63件の解決事例から15件を紹介

取り上げた15の事例は、モデル事業に選定されたNPO法人空家・空地管理センターと東京急行電鉄、ミサワホームが対応したもの。期間内に3事業者が対応した63件の解決事例の中から選定された。相談事例の内容を見ていくと、おおよそ下記のようにグルーピングできる。

まずは、「なかなか売れない古い家。費用がかからず早期解決する売却方法は?」「借地権付きの空き家が売れない時は?」など、固有の条件を持つ空き家を売却する方法を探るもの。

もうひとつは「敷地が狭く、活用が難しい家。何か良い活用方法はない?」「自分に一番適した利活用の方法は何でしょう?」など、空き家を所有し賃貸住宅などの利活用の方法を聞くものだ。

そのほか、「親族間で共有名義の建物の活用について、意見が合いません……」といった、親族間の問題を含んだものがみられるのも特徴だろう。

売却に関する悩み、利活用に関する悩み、どちらも適切な専門家への相談が大切(「東京空き家ガイドブック」より抜粋。資料提供/東京都)

売却に関する悩み、利活用に関する悩み、どちらも適切な専門家への相談が大切(「東京空き家ガイドブック」より抜粋。資料提供/東京都)

15事例それぞれにある「お悩み解決プロセス」が参考に

こうした空き家にはどのような問題であっても、解決に向けては、建築的なこと、売買に関すること、相続など法的なことなどさまざまな要素がからみ、一体何から着手していいか悩みがちだ。これは、個々人の空き家解決が長引く一因でもあるだろう。
当ガイドブックでは、それぞれの事例について、「相談内容」「お悩み発生プロセス」「状況課題」「(事業者からの)提案」「解決」「お悩み解決プロセス」に分けてそれぞれ端的にまとめられており、読者はどのような流れで、誰に相談し、どのような手続きを踏んで解決したらいいかがつかめる。また、「お悩み発生プロセス」のフロー図を見ると、読者が現在抱えているであろう悩みとの類似点を把握しやすい。

事例ごとに「お悩み発生プロセス」から「お悩み解決プロセス」まで、解決までの過程が時系列で把握できる(資料提供/東京都)

事例ごとに「お悩み発生プロセス」から「お悩み解決プロセス」まで、解決までの過程が時系列で把握できる(資料提供/東京都)

「空き家のギモン」には、空き家の問題点、相談窓口情報も

ガイドブック後半の「空き家のギモン」は、Q&Aの問答を基本にして、空き家についての基礎的な知識がまとめられている。その内容は、空き家を生じさせないために、また、空き家の状態が長期化しないために知っておくべき情報も多い。
例えば、下記のような内容だ。

Q.どんなときに空き家になるのですか?
A. 日本全国で見た場合、相続や転居、高齢者施設などに入居したときに空き家になるようです。モデル事業の相談事例では、相続時と高齢者施設への入居時などに空き家になる傾向が強いです。

そのほか、「Q.空き家を相続したら、まず何を確認すればいいのですか?」「Q。相続に関する手続きなどについて気を付けることはありますか?」「Q.空き家でも税金がかかるのですか?」などの問答からは、親など家の所有者と生前のうちから相続について話し合い、できれば必要な手続きを済ませておくことが重要だと分かる。

また、ガイドブックの前半に取り上げられた事例の解決策の「除却」「利活用」「管理」などについて、より踏み込んだ情報が盛り込まれている。終盤のページには空き家の利活用や相続について相談できる専門家による相談窓口、ワンストップ相談窓口などの情報がまとめられている。さらに、空き家に対する補助金などの支援制度や空き家・空き地バンクといった関連情報も付加されている。東京都内の空き家の現状から、空き家の成り立ち、解決策、相談窓口まで一気通貫して把握できる、空き家について初めて学ぶ人に必携の一冊といえるだろう。

上/後半冒頭のチェックリストで自分の空き家の問題を再確認できる。下/それぞれの空き家の課題に対して一般的な解決の流れや使える制度などが紹介されている(資料提供/東京都)

上/後半冒頭のチェックリストで自分の空き家の問題を再確認できる。下/それぞれの空き家の課題に対して一般的な解決の流れや使える制度などが紹介されている(資料提供/東京都)

区部、市部とも「ひどいボロ家」に関する苦情が問題に

さて、ところで、東京都内の空き家の現状やその特徴はどうだろうか? 2013(平成25)年の「住宅・土地統計調査」では東京の空き家率は11.1%だったが、2018(平成30)年の同調査では10.6%とわずかだが減少した。とはいえ実数は約81万戸に上り、47都道府県の中で最も多い。ちなみに、同調査で2018年時点の全国の空き家数は846万戸、空き家率は13.6%。過去最高の数字だ。
東京都23区内、特に交通至便な地域では空き家の問題はそれほど深刻ではないという。「いったん空き家になってもほどなく入居者が決まるなど、中古住宅が“循環”している様相です。平成28年に目黒区で調査したところ、約660棟あった戸建て空き家が、9カ月後には約30%埋まっていました」と磯山氏は話す。通常、空き家実態調査を行った後は空き家が課題となっている自治体では対策計画が立てられるが、23区のうち千代田区や中央区、港区では行われていない。「喫緊の課題とされていないからではないか」と磯山氏はみる。

東京都内で区部、市部ともに周辺住民から苦情が多いのは、「ひどいボロ家」、いわゆる特定空家にまつわるものであることが特徴的だという。長期間放置された空き家が朽ち、防災面、衛生面で支障をきたす。2018年の「住宅・土地統計調査」によれば、東京都の空き家約81万戸のうち、腐朽・破損のあるものは11万8900戸を占める。「東京都の場合、家が隣接する住宅地が多いだけに、特定空家があると苦情になりやすい」(磯山氏)

今回話を伺った磯山氏自身も、相続した家に買い手がつかず、図らずも空き家を抱えた経験があるという。現在の居住地と離れていたりすると、手続きなどがままならず思いのほか解決に時間を要することもある。家を相続する可能性のある人は、なるべく早く自分の事としてとらえ、対処法を探っておくべきだろう。当ガイドブックはすでに品薄だが、間もなく増刷予定だ。

●取材協力
・東京都住宅政策本部住宅企画部
・「東京空き家ガイドブック」

登山家・野口健さんが指南する、生き抜くための本当の防災対策

富士山などに散乱するゴミ問題に着目した清掃登山活動で有名な登山家の野口健さんは、東日本大震災やネパールの大地震、熊本地震でも支援活動を行い、熊本の避難所に被災者用のテントを張る「テント村」活動も展開している。
命がけで数々の険しい登山に成功し、被災地での様子を見続けてきた彼は、日本での地震や津波、豪雨などの震災発生時に最大1週間、自分の力で生き延びれば、自衛隊の助けを得られるなど何とか生き延びることができると言う。「自分の命は自分で守る」ために、個人として日ごろからどのような「防災対策」をしておくべきだろうか。経験談をもとに考えを聞いた。
被災者のストレス軽減につながった「テント村」

――2016年4月に熊本地震が発生後、避難所にテント村をつくったきっかけは何ですか?

プライバシーの確保が難しいので、長期間避難所にいると誰でもイライラしてきます。幼い子どもがいると周りに迷惑をかけるし、子どもたちもストレスを感じてしまう。そもそもペットがいるご家庭は避難所に入れません。そんな方たちはやむなく車中泊になりますが、肉体的に辛いですし、エコノミークラス症候群で命に危険が及ぶかもしれない。そんな状況を見て、何ができるかと考えたときに、ヒマラヤ登山でのベースキャンプの経験が役立つと思いました。つまり「テント村」をつくるということです。

陸上競技場の外周に市販のテントを1m間隔で並べる。「これだけでも、避難所で過ごすよりはプライベートを保つことができ、ストレスが軽減します」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

陸上競技場の外周に市販のテントを1m間隔で並べる。「これだけでも、避難所で過ごすよりはプライベートを保つことができ、ストレスが軽減します」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

余震が続く中、屋根がある避難所で過ごすと、いつ天井が落ちてくるか分からないため恐怖を感じます。その点、歩いて動けるぐらいの高さがあるテントなら天井が落ちる心配もないし、閉塞感もさほど感じません。車中泊や、避難所のシーツで仕切られた区画で寝るぐらいなら、寝袋で寝る方が快適だし、アウトドアグッズは色が鮮やかなので、気持ちも暗くなりにくいんです。また隣のテントとの間を1m以上空けることができれば、意外と隣の話し声が気にならず、ある程度のプライベート空間を持つことができます。

そうして実際に、陸上競技場のグラウンドの外周にテントを張ったところ、車中泊の方だけでなく、避難所で過ごされていた方も移動して来られ、300人分のテントを張る当初の予定が、その倍の600人弱を収容できる分のテントを張ることになりました。昼間はグラウンドの真ん中で子どもたちが走り回るなど、キャンプ場のような雰囲気になるので、目の前の光景が明るくなりました。

「アウトドア用品は明るい色が多いし、広々としたグラウンドを子どもたちが笑いながら走り回っている光景が目に入ると、元気が出てきます」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

「アウトドア用品は明るい色が多いし、広々としたグラウンドを子どもたちが笑いながら走り回っている光景が目に入ると、元気が出てきます」(野口さん)(写真撮影/片山貴博)

何よりもうれしかったのが、テントを張っていた期間、救急搬送が1人も出なかったことです。「避難所暮らしをしていると体調を崩す人が多いのですが、これはなかなかないことですよ」と医療関係者の方に言われたぐらい、テント村は被災者のストレス軽減につながったと思います。ストレスは人間の健康に及ぼす害が大きいので、災害後は少しでも軽減するよう環境を整えることが大事ですし、何があっても動じない心を養うことも大事だと思います。

―――どうしたら災害後に動じない心を養えますか。

2018年6月23日にタイ王国・チエンラーイ県のタムルアン森林公園内の洞窟で、地元のサッカーチームメンバーのコーチ1人と少年12人が閉じ込められました。残念ながら救出に向かった1人のダイバーは亡くなりましたが、7月10日に全員無事に救出されたニュースは記憶にある方も多いでしょう。電気もなく、水位がどんどん上がっていく不安しかない中で、10日間以上も閉じ込められたら、ノイローゼになったとしても不思議はありません。でも救助に来た救助隊にしがみつくわけでもなく、泣きながらパニックになるわけでもなく、子どもたちが淡々と会話をしていた映像を見たときに、国民性というものもあるかもしれませんが、育ってきた環境の影響も大きいのではと思いました。

タイでは「ボーイスカウト活動」が義務教育なんです。チームワークの重要性や役割分担の中での責任感、リーダーシップやフォロワーシップを自然の中で学んでいます。1つの課題に向けて一致団結して進める能力、総合的な人間力が身についていたからこそ、パニックになる子どもがいなかったのでは、と思うんです。

「自然の中で遊ぶという子どもたちは減少しているように思います」(写真撮影/片山貴博)

「自然の中で遊ぶという子どもたちは減少しているように思います」(写真撮影/片山貴博)

だから、幼いころからボーイスカウトに所属して自然の中でさまざまな経験をしたり、家族でキャンプに出かけて楽しみながら役割分担などを行ったりするアウトドア体験は、災害時に役立つと思います。

また、普段から家や会社など自分が過ごすエリアの地盤をハザードマップでチェックし、家族会議を開いて、災害時にどこに避難して、どこで集合するなどの打ち合わせをしておくだけでも、パニック状態に陥りにくいのではないでしょうか。

「プチ・ピンチ」の経験が生き抜く力につながる

――環境学校を開催され、子どもたちが自然と触れ合う機会をつくっていらっしゃいますが、災害時に役立つ経験につながることも目的なのでしょうか。

最初は、子どもたちに自然の素晴らしさを知ってもらって、自然環境を守ってもらいたいという考えでした。でも実際に始めると環境を守る以前に、自分の命を危険から守ることができない子どもたちが多いことに驚いたんです。

例えば、シーカヤックの乗り方を教えて転覆したときの脱出方法を練習させますが、実際に足がつく浅瀬で子どもが乗っているカヤックをひっくり返すと、カヤックの底を見せたまま何の動きもしない子どもたちが何人もいました。水中に潜って見てみると、子どもはパドルを握った姿勢のまま固まっているので、急いで引っ張り出しました。地上で練習して知識を身につけたけど、いざ危険な状況になると頭が真っ白になり、動けなくなってしまうんです。それは災害時も登山でも同じで、頭が真っ白になって固まったり、パニックになったり、諦めやすい人ほど、助かる可能性は低くなります。

本文の内容とは別の日に行われた、小笠原での環境学校(写真提供/野口健事務所)

本文の内容とは別の日に行われた、小笠原での環境学校(写真提供/野口健事務所)

だから自然の中で小さな失敗、怖かった経験、凍える状況などの「プチ・ピンチ」を体験することは大事です。人は死ぬかもしれないという危険に晒されたときに、死を感じた分だけ生きたいと思う、生に対する執着心が大きくなるもの。「絶対におぼれたくない」と思って必死にカヤックから抜け出そうとし、反射神経や自己防衛力などが磨かれるように思います。

それが分かってから「プチ・ピンチ」やチームワークを経験させるために、僕は環境学校に近場の岩登りや富士山に登るといったメニューを取り入れました。最近は危ないからと禁止している学校もありますが、木登りは手軽に「プチ・ピンチ」がつくれる遊びの1つです。アウトドアこそ防災術になると思いますね。

――ご自身のお子さんに経験させている「プチ・ピンチ」は?

環境学校では事故につながるといけないので、「プチ・ピンチ」にとどめていますが、自分の娘には時に死を感じるほどのもっと大きなピンチを経験させています(笑)。

野口さんの講演会や取材現場などに一緒に出向き、父親の話を熱心にノートに記録する娘の絵子さん。富士山の清掃や被災地の支援活動に向かう父の背中を見て育った(写真撮影/片山貴博)

野口さんの講演会や取材現場などに一緒に出向き、父親の話を熱心にノートに記録する娘の絵子さん。富士山の清掃や被災地の支援活動に向かう父の背中を見て育った(写真撮影/片山貴博)

娘の初登山は小学校4年生の時で、冬の八ヶ岳に連れて行きました。マイナス17度という低い気温の猛吹雪で、ほっぺが痛いし、服も濡れて凍えるほど寒いし、精神的にも追い詰められて「もう助からないかも」と彼女は泣きべそをかいていました。僕自身、山頂まで行くのは無理だと思いつつも、「娘に自然を体験させる」というテーマがあったので、「泣いてないでちゃんと岩を掴みなさい。泣いて助かるものは山にないよ」と語りかけていました。山頂から2時間ほど手前にあった山小屋でひと休みしながら、「今日はここまで。山には『していい無理』と『してはいけない無理』がある。ここから先は『してはいけない無理』だから下りるよ」と伝え、下山しました。

ヒマラヤ登山をする野口さんと絵子さん(写真提供/野口健事務所)

ヒマラヤ登山をする野口さんと絵子さん(写真提供/野口健事務所)

(写真提供/野口健事務所)

(写真提供/野口健事務所)

翌日テレビで、八ヶ岳で遭難して凍死したというニュースが流れました。僕らが撤退した同じ時間帯に登っていたパーティーで、吹雪の中で立ち往生してしまったとのこと。そのニュースを見て僕は、死を身近に感じるような強烈な経験をしてしまった娘がトラウマにならないかと心配しました。親に殺されかけたんですからね。でも彼女は「してはいけない無理だったんだね」と納得していました。「絵子さん(娘さんの名前)は、またパパと山に登りたいですか?どうですか?」と聞くと、「なんでそんなことを聞くの?」と言いながら、「リベンジする」と言いました。そして中学校1年の冬に、一緒に登り切りました。頂上で「やったね!」というと、「パパ、無事に下山するまでが登山だよ」と生意気にも言われてしまいました(笑)。
  
最近では一緒に15時間以上山道を歩いたり、ヒマラヤに登ったりもしていますが、予定外のことが起こっても彼女は簡単にパニックにならないようになりました。こうした自然環境の中で養われる経験こそ、自身の危機管理能力やメンタル力の向上につながっているように思います。

「よくトラウマにならなかったよね?」と絵子さんに語りかける野口さん。「どうしてもリベンジして登りたかったから」と絵子さんは微笑む(写真撮影/片山貴博)

「よくトラウマにならなかったよね?」と絵子さんに語りかける野口さん。「どうしてもリベンジして登りたかったから」と絵子さんは微笑む(写真撮影/片山貴博)

家にテントを張って寝袋で寝てみる

――防災グッズを準備しておくだけではあまり意味がないんですね。

準備することで満足しているだけでは、災害時にいざ使おうと思ってもうまく使えません。防災グッズの1つとしてテントを購入しても、納戸にずっとしまいっぱなしでは、いざというときに組み立てられないでしょう。テント内に細いロープを張ると洗濯物を吊るしたり、ランタンを吊るしたりすることもできますが、知らないとどう道具を使えば快適に過ごせるかも分からない。だから普段から使うことが大事になります。

そもそも「防災」という切り口から入っても、起きるか起こらないか分からないネガティブな状況を考えることは面白くないから、防災意識は定着しないように思います。だったら、趣味や遊びといったアウトドア体験を楽しんで、自ずと防災意識や経験も身についている方が、よっぽどもしものときに役立つと思うんですよね。

テントには不思議な魅力があります。登山での山小屋やテントの中の方が普段の生活よりも、娘がよく喋ってくれるんですよね。親子のコミュニケーションの場にもなっていると思います。また、友人であるレミオロメンの藤巻亮太さんとヒマラヤに3~4年ほど毎年正月に登っていたんですが、テントを張って日本酒を並べて飲むんですよ。二人で「何よりの贅沢だな」と言いながら楽しみました。

そんな楽しいと思えることこそ、継続できます。最初はご自宅の庭や屋上、駐車場などにテントを張って、家族並んで寝袋で寝てみてもいいと思います。1人用の小さなテントならマンションのベランダでも張れるのではないでしょうか。少しずつハードルを上げて、今まで3日間観光地巡りをしていた旅行を、「湖畔で3日間キャンプ」に変えてみてもいいでしょう。

日本人は真面目なので机上で防災知識を学ぼうとしますが、いくらインプットしてもいざというときに実践できなければ意味がありません。可能な限りパニックにならず、適切な判断力を身につけるには経験しかない。自分たちでできる範囲のアウトドアを楽しむことから始めてみてください。

●取材協力
登山家
野口 健さん
1973年米国ボストン生まれ。亜細亜大学卒業。故・植村直己さんの著書に感銘を受け、登山を始める。99年エベレストの登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山に散乱するゴミ問題に着目して清掃登山を開始。東日本大震災や熊本地震でも支援活動を展開。こうした経験を講演するほか、子ども向けの環境学校なども開催する。『震災が起きた後で死なないために~「避難所にテント村」という選択肢』(PHP研究所)など著書多数。

じめじめする梅雨の時期。部屋干しに困っていませんか?

ダイキン工業の調査結果によると、住宅内の空気で最も不快度が高い季節は、暑い夏や寒い冬よりも「梅雨」だったという。調査ではさらに、「部屋干し」について詳しく聞いている。部屋干しの実態や上手な干し方について見ていくことにしよう。【今週の住活トピック】
「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」を公表/ダイキン工業雨の日などには「部屋干し」をする人が多数派

ダイキン工業が、洗濯物の部屋干しの実施状況を聞いたところ、「毎回部屋干ししている」は22.8%、「状況に応じて部屋干しすることがある」は62.0%と、部屋干しを実施する人が8割を超える結果となった。

この調査の対象が首都圏の共働き世帯男女400人であることから、勤務日の日中は家にいない共働き世帯では、「部屋干し」がよく行われているということだろう。

共働き世帯における部屋干し実施率(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

共働き世帯における部屋干し実施率(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

また、リンナイの「【熱と暮らし通信】『洗濯』に関する意識調査」でも、洗濯物の干し方について聞いている。こちらの調査対象は全国の男女1000人で、「日常で最も多く行っている干し方」と「雨の日の干し方」に分けて聞いている。結果は、「日常の干し方」で「外干し」が66.1%、「部屋干し」は29.7%と外干しが多いが、「雨の日の干し方」では「部屋干し」が70.0%、「乾燥機」が17.4%と部屋干しが多数を占めた。共働き世帯に限らず、雨の日は部屋干しという人が多数なのだ。

「部屋干し」のお困りごとは、場所を取る、乾かない、臭くなる

実は筆者についていえば、部屋干しを最もよく行う時期は3~4月、花粉症で外干しができないからだ。
部屋干しには、花粉やPM2.5、排気ガスなどの付着や紫外線による劣化を避けられるというメリットもある。

一方で、部屋干し特有のお困りごとも多い。ダイキン工業の調査で「部屋干しで困ること」を聞いたところ、「場所を取る」(41.6%)、「カラッと乾かない」(41.3%)、「洗濯物が臭くなる」(38.3%)、「時間がかかる」(37.5%)、「部屋がジメジメする」(32.4%)が上位に挙がった。

部屋干しにおける困りごと(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

部屋干しにおける困りごと(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

さらに「部屋干しで工夫していること」を聞いたところ、7割以上の人が洗濯物の間をあけたり、エアコンや扇風機の風を当てたりと、なんらかの工夫をしている一方で、2割以上の人が「何もしていない」と回答した。

部屋干しで工夫していること(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

部屋干しで工夫していること(出典/ダイキン工業「住宅内の空気の困りごとと部屋干しに関する実態調査」より転載)

部屋干しの工夫、プロが助言する効果的な方法とは?

では、具体的にどういった工夫が効果的なのだろうか?

ダイキン工業のリリースでは、家事アドバイザーの矢野きくのさんが次のポイントを挙げている。
・臭いは乾くのに時間がかかって菌が繁殖することによるので、エアコンの除湿機能を使って素早く乾かす。
・エアコンの除湿機能は干す30分くらい前から使うとより早く乾燥できる。
・エアコンの吸い込み口の近くに干すほうが湿気を素早くとれる。
・風の通りをよくするために、洗濯物同士はできるだけ離し、風の当たる面積を広くする。

また、リンナイのリリースでは、洗濯家の中村祐一さんが次のポイントを挙げている。
・臭いの原因菌は汚れがあって湿っている状態が続くと増殖するので、こまめに洗う。
・お湯を使うことで繊維や皮脂汚れが緩んで汚れが落ちやすくなる。
・衣類が乾くポイントは「服の表面積を広げる」「空気の流れをつくる」ことなので、洗濯物を広げた状態で換気扇をつけたり、扇風機や除湿器と併用したりするとよい。

さらに、干す場所については、リクルート住まいカンパニーのリリースで、「部屋物干しスペース」や「ランドリールーム」を紹介している。部屋干しのスペースを確保することで、時間や天気を気にせず干せるだけでなく、洗って干してたたむなどの「洗濯動線」が短くなるメリットもある。

ランドリールームを設置する際の注意点として、次のポイントを挙げている。
(1)エアコンを設置したり、自然の風が抜けるようにして「風通しの良い場所」にする。
(2)浴室や洗濯機置場との位置関係を考慮する。
(3)収納まで一気にできるようにファミリークロゼットを設置する。
(4)着脱や昇降が可能な物干しを選ぶ(使わないときに邪魔にならない)。

筆者の部屋干しの場所は、主に浴室だ。浴室乾燥機が使えるし、狭い空間なので短時間で乾く。加えて、人の目につかない場所という利点もある。ただし、洗濯物の数が多いとそれぞれが重なってしまうので、こまめに洗うことで解消している。電気代などの光熱費を気にする人もいるだろうが、プロの助言を参考にして、それぞれの家庭のライフスタイルに合う工夫をしたい。

●参考サイト
・リンナイ「【熱と暮らし通信】『洗濯』に関する意識調査」
・リクルート住まいカンパニー「梅雨の時期でも困らない!家事効率もアップ?室内物干しスペース、メリットと注意点」