
22万円(税込) / 53.82平米
半蔵門線・都営大江戸線「清澄白河」駅 徒歩7分
すぐ近くに東京都現代美術館、BBQ広場のある木場公園。清澄白河駅から徒歩7分の住宅街にあるビルの1フロアが今回ご紹介する物件。
1階には自家醸造ビールと海外ブルワリーのクラフトビールが楽しめる「Folkways Brewing」。建物前の置かれたベンチで開放的に飲むことができま ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
ドローンによって収集された災害時の情報を地図に反映したり、ビジネスの用途に合った土地を現地調査なしで世界中から探したりと、地図データを活用したサービスや取組みが進んでいます。それらの基盤となるのが、“G空間情報”です。「地理空間情報技術(Geospatial Technology)」の頭文字のGを用いた地理空間の意味で、将来が期待される科学分野の一つとして注目されています。2023年1月から、登記所備付地図データの一般公開が始まりました。これらの地図データを活用することで、どんな問題の解決が進み、また、私たちの生活はどう変わるのでしょうか? 最新の取組みを取材しました。
登記所備付地図データを無償で誰でも利用できるようになった!「空飛ぶクルマの実用化に向けた未来のカーナビ」「メタバースを活用して空き家問題を解決するサービス」……夢のような世界の実現化に向けて、G空間情報を活用する動きが広がっています。
2022年12月6日に開催された地理空間情報の活用を推進するイベント「G空間EXPO」には、1424名の人が会場を訪れ、オンラインアクセス数は、4万5493。会場では、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード」の受賞式が行われ、冒頭で紹介したサービスなどが表彰されました。
サービスの基盤となるG空間情報の提供元は、「G空間情報センター」です。「G空間情報センター」は、さまざまな地理空間情報を集約し、その流通を支援するプラットフォーム。法務省から提供された地図データを利用者がワンストップで検索・閲覧し、情報を入手できる仕組みの構築を目指す機関です。
2023年1月から新たに、登記所備付地図データの一般公開が始まり、「G空間情報センター」にログインすることで、誰でも電子データをダウンロードでき、無償で利用することができるようになったのです。
内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)
地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)
地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)
背景には農業分野におけるICT活用のニーズがあった法務省の地図作成事業では、不動産の物理的状況(地目、地積等)及び権利関係を記録してきましたが、登記記録だけでは、その土地が現地のどこに位置し、どんな形状をしているかはわかりませんでした。
以前から、土地の位置・区画を明確にするため、法務局(登記所)に精度の高い地図を備え付ける事業が全国で進められてきました。その結果、全国で約730万枚の図面が整備され、登記情報に地図を紐づけることで、それぞれの土地の所有者などが調べやすくなりました。
しかし、今までは、法務局において地図の写しの交付を受けるか、インターネットの登記情報提供サービスで表示された情報(PDFファイル)をダウンロードする方法しかなく、加工可能なデータ形式で手に入れることはできなかったのです。
農業分野におけるICT活用のため、農業事業者等から、まとまった区域の登記所備付地図の電子データを入手したいと要望があり、個人情報公開の法的整理をした上で、今回、地図データを加工可能な形式で提供できるようになりました。
農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)
データはXML形式のため、ダウンロードしてすぐに地図として見ることができず、表示するためには、パソコン等にアプリケーションをインストールすることが必要で、一般の人が簡単に利用するのは難しいものです。しかし、加工可能なデータとして得られるようになったことで生活関連・公共サービス関連情報との連携や、都市計画・まちづくり、災害対応などの様々な分野への展開が可能となり、私たちの暮らしに新しい効果がもたらされることが期待されています。
宇宙ビッグデータを活用した土地評価エンジン「天地人コンパス」冒頭に紹介した「イチBizアワード」では、誰でも手軽に土地の価値がわかる「天地人コンパス」が最優秀賞を受賞しました。G空間情報や地球観測衛星データをビッグデータと組み合わせたサービスです。開発に携わった株式会社天地人の吉田裕紀さんに地図データ公開の価値とG空間情報を活用したサービスで今までより何が便利になるのか伺いました。
天地人は、JAXA公認のスタートアップ企業で、地球観測衛星データとAIで土地や環境を分析し、農業、不動産などさまざまな産業を支援するサービスを展開しています。地球観測衛星データとは、陸や海の温度、雨や雪の強さ、風や潮の流れ、人の目に見えない情報のこと。「天地人コンパス」は、地球観測衛星データとG空間情報を重ね合わせて、ビジネスにおいて最適な土地を宇宙から見つけることができる土地評価サービスです。農作物が美味しく育つ場所を探したり、土地や建物の災害リスクをモニタリングしたりすることができます。
地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)
「天地人コンパス」で提供されるのは、20種類以上の地図空間情報や最長10年分の衛星データを独自のアルゴリズムで分析したデータ。アカウント登録で誰でも無料で使うことができます(フリープランは一部機能を制限)。
「G空間情報×地球観測衛星データ」を体感できる機能は、エリアの中から条件に一致する場所を探すことができる「条件分析ツール」と2点間の地表面温度や降水量の類似度を測れる「類似度分析ツール」です。東京都近郊の2015年と2020年の地表面温度をビジュアルで比較してみると、温暖化の影響が一目瞭然でした!
条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)
「一般的に使われているオンラインMAPには、地図の上に道路情報やお店の情報、お気に入りの場所など、いろいろな情報が表示されています。あれは、地図のデータの上に、お店のデータなど、情報ごとに「層(レイヤー)」になって重なっているんです。同様に、『天地人コンパス』はさまざまな情報レイヤーを重ね合わせることで、特定の条件にマッチする場所を視覚的に探すことができます」(吉田さん)
ダムや公園のG空間情報は以前から公開されていましたが、自治体ごとにいろんなフォーマットが混在し、管理もばらばらで統一が難しいという課題がありました。「国が主導して、全国で統一されたデータフォーマットが公開されたのは、かなり価値がある」と吉田さん。
「データを使うビジネスにとって信頼できる唯一の情報源になるのがポイントで、マスターとなるデータを皆が参照できる。2023年に一般公開された登記所備付地図の電子データは主に不動産関係業者が使うことになると思いますね。G空間情報センターが公開しているG空間情報は日本で一番整っている地図データといえます。弊社もそのデータを使って開発をしています」(吉田さん)
今回公開された地図のデータを「天地人コンパス」に組み込めば、農地にしたり、何かを建設しようと決めた時、次のステップとして、土地の所有者は誰か、面積がどのぐらいあるのかということが、コンパスの中だけでわかるようになります。「天地人コンパス」は有料オプションとして企業の持っているデータを重ね合わせることが可能です。実際、不動産関係の企業からの相談が増えているといいます。
愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)
「今後、『天地人コンパス』に不動産企業が蓄積している部屋の間取りや築年数、建物階数などのデータを組み合わせれば、一気に活用が広がります。天気予報だと東京に雨が降る程度しかわかりませんが、『天地人コンパス』だと1km単位で気象の変化がわかるので、渋谷区の中でも特に暑くなりやすいとか、この公園は日当たりがいいとか自分が住もうとしているエリアがどのぐらい快適なのか現地に行かなくてもわかるようになります。類似検索ツールを使えば、日本の中でヨーロッパの地中海と同じような気候の場所、リゾート気分を味わえる場所がどこか探すこともできるんですよ」(吉田さん)
2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)
新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)
「地球規模で仕事することが増えている」と吉田さん。気候変動で温暖化が進んだ場合、地球環境に合わせて作物の農作地を変えていく必要があると指摘されています。
「温暖化・SDGsなどの課題に対して身近に感じています。例えば、日本でも米の銘柄ごとの産地は、今と20年後だったら場所が変わっているかもしれません。『天地人コンパス』は、場所探しが一番軸なので、適した場所を探せる。解決に関わっているという実感があります」(吉田さん)
「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)
G空間情報×ドローンで、自然災害発生後すぐに現地状況を地図へ反映する大地震が起きたとき、この道は安全に通れるだろうか?、洪水や大規模火災が起きたとしたら、どちらに逃げればいいのだろう?と不安に感じたことはありませんか?
防災分野において、自然災害、政治的混乱等の危機的状況下で、地図情報を迅速に提供し、世界中に発信・活用することを目的に活動をしているのが、NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」です。理事長を務める青山学院大学教授の古橋大地さんは、「空間情報は、安全安心な生活のライフライン」と言います。
「もし自分や家族、大切な人たちの周りで大規模災害が起きたら、とにかく生き延びて欲しいですよね。そのためには、市民が自分たちの力で情報を取得し、自らの判断で安全な場所に逃げることが大変重要です」(古橋さん)
大災害が発生すると、被害が大きいエリアほど被災状況がわからず、住民の避難や救助活動に支障が出るという問題があります。その際、最初に必要となるのが、被災状況をすばやく反映できる発災後の地図づくり活動「クライシスマッピング」です。「リアルタイム被災支援・地図情報」とも呼ばれ、被災地の衛星画像や航空写真画像、地上から撮影されたスマホ写真などから被害状況を地図上に落とし込み、被害のエリアや規模をリアルタイムで視覚的にわかりやすくした地図のことをいいます。
「クライシスマッピング」という言葉が使われ始めたのは2010年のハイチ地震のころです。「オープンストリートマップ」という世界中の誰でも自由に地図情報を共有・利用でき、編集機能のある世界地図をつくる共同作業プロジェクトで、初めてハイチの被災地の地図をリアルタイムで更新する活動が行われました。古橋さんもその活動に参加したひとりでした。
「世界中のボランティアがネット上に集まり、震災後の正確な地図をつくりました。2010年1月にハイチ地震、2月にチリ地震があり、2011年2月にニュージーランドのクライストチャーチで地震があったんですね。3月には、東日本大震災が起こりました。『あっちでも起こった、こっちもだ。今はどこだ』という感じでクライシスマッピングの作業をしていたことを覚えています」(古橋さん)
2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)
世界中で次々と災害が起きていることを痛感し、ますます「クライシスマッピング」の必要性を感じた古橋さん。日本で「クライシスマッピング」を広めるために2016年に設立したのが、「クライシスマッパーズ・ジャパン」でした。被災地で撮影された写真を基に、世界でもっとも詳細で最新の「現地の被災状況マップ」をつくり、国連や赤十字などの救援活動のために必要な情報支援をしています。
熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)
熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)
同時期に立ち上げた「DRONEBIRD」は、G空間情報とドローンで空撮した情報を重ね合わせ、どこで災害が起きても発生から2時間以内に現地状況を地図へ反映する体制を整えるプロジェクトです。津波による浸水や、放射能で汚染された場所でもドローンなら飛ばせます。地図を作成する「マッパー」を募り、ドローンの撮影部隊を育成しています。
2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)
「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)
「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)
「我々の活動におけるG空間情報センターのメリットはふたつ。大学の研究者や業界関係者の協議会があり、信頼できる組織であること。日本語ベースで情報が公開されていることですね。新しいツールの多くは、英語ベースですから。専門的なツールを使い慣れていない国内の人に向けて、地図データを利用可能な形で提供しているG空間情報センターの存在は大きいと思っています」(古橋さん)
地図データの一般公開により、認知や活用が進むG空間情報。「イチBizアワード」の授賞式は、G空間情報で新しいサービスを開発しようという熱気に溢れ、G空間情報が今とてもアツイ分野だと実感しました。今後、身近で、「地図でこんなことができるようになったの!?」と驚くことが増えるかもしれません。
●取材協力
・G空間EXPO
・株式会社角川アスキー総合研究所
・株式会社天地人
・NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」
私達の生活に癒やしをくれる存在、公園。住んでいる街にあると、休憩したり、子どもを遊ばせたりと、いろいろと助かりますよね。公園情報プラットフォーム「PARKFUL」(アプリ)は、全国の公園の情報が集約され、近くの小さな公園も検索でき、口コミ情報でリアルな公園の評判を知ることもできます。「PARKFUL」WEB版では、公園を“レンタル”できる「PARKFUL Rental」のサービスが始まりました。これらのサービスは、地域の人たちにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。パークフルの高村南美さんに伺いました。
全国の公園情報を集約することで何が便利になる?公園を楽しむための情報が充実している「PARKFUL」WEB版(画像提供/パークフル)
パークフルは、公園で見かけるベンチや遊具などを製造、販売している株式会社コトブキのグループ会社で、国内12万カ所以上の公園情報を有するプラットフォーム「PARKFUL」(アプリ・WEB)を運営しています。目指しているのは、公園に関する情報を集約し、自治体の情報管理や公園づくりの基盤となること。
自治体の情報発信や広報をサポートしたり、公園情報が一般の人の役に立てるように提供しています。さらに、公園の占用許可などの申請をオンラインでできる「PARKFUL Rental」、公園管理活動を効率化する「PARKFUL Watch」など自治体向けサービスを展開しています。
左:公園のサイズ、地域、特徴、設備情報のキーワードから公園が探せる。右:マイページでは、投稿した公園やフォロー中の公園、保存したイベントをまとめられる(画像提供/パークフル)
「インターネットで公園を検索しても、位置情報しか出てこなかったり、有名な公園の情報ばかりになることが多いと思います。『PARKFUL』アプリの特徴は、市区町村の境なしに、ひとつのアプリで全国の公園を探せること。マップ機能や検索機能のほか、公園を訪れた人が、写真とコメントで公園の魅力を投稿したり、レポートでき、マイページに、自分の投稿やフォロー中の公園をまとめる機能があります。地元の人しか知らないような小さな公園やどんな施設や設備があるのか、利用状況や評判など細かい情報を一覧で知ることができるのです」(高村さん)
公園で友人とピクニックすることが多い筆者。今までは、誰もが知っている人気の公園に行っていましたが、いつも混んでいて、静かにピクニックができる公園を探したい!と思っていました。さっそく「PARKFUL」アプリを使ってみました。
エリアを「東京都」にして、検索キーワードは「ピクニック」を選ぶと、近くにある大小35の公園がヒットしました。公園情報が一覧で示され、規模、アプリの中で見られた回数、写真点数なども一目瞭然です。
その中で気になった中央区の黎明橋公園を詳しく見てみます。芝生広場があるけれど、どんな状態なのか気になる……。「みんなの投稿」をチェックすると、綺麗な芝生広場の写真が! 「イクシバ」という芝生を皆で手入れする取組みをしているから、芝生は青々としていて、ピクニックに最適そう! ボール遊びをするエリアがちゃんと分けられているのも安心。「超高層ビルの日陰になる時間は暑い日でも過ごしやすい」という有益情報も発見。ピクニックの集合時間を決める参考にしよう……。
筆者がインターネット検索より便利だと感じたのは、「東京都 港区 公園 桜梅の名所 おむつ台」など複数キーワードを一発で検索できることです。場所によっては、インターネット検索より、検索結果が少ない公園もありますが、公園だけの情報が表示されるのでとても見やすく感じました。
左:緑のマークは、公園の規模を表している。右:公園を利用したユーザーが投稿した写真付きの本音レビューが参考になる!(画像提供/パークフル)
関連記事:
まちの「公園」が進化中! 治安を激変させた南池袋公園など事例や最新事情も
「実は、あまり知られていない、地域に寄り添った小さな公園が全国には無数にあるんです」と高村さん。
「住んでいる方は、町内にある公園にとても愛着を持っています。『公園を思い浮かべてください』と言われたら浮かんでくる近所の公園が皆さんにあると思うんです。コトブキは、『パブリックスペースをにぎやかにすることで人々を幸せにする』という経営理念で製品をつくってきました。『集めた公園情報を皆で活用して、遊具などをもっと楽しく使ってもらいたい』という思いで、グループ会社の株式会社コトラボが開発したのが、『PARKFUL』(アプリ・WEB)でした」(高村さん)
苦労したのは、47都道府県に何十万とある公園情報を一つのフォーマットに落としこみ、自治体ごとに持っていた公園情報をまとめること。地道な作業を繰り返し、2014年に「PARKFUL」アプリをリリース。13万4300DL、WEB版は、30万PV/月に達しています(2023年5月時点)
※現在、WEB版での全国公園検索は、連携自治体の公園情報のみ掲載される仕様になっているため、他の自治体の公園情報はアプリでの検索を推奨している。
子どもに大人気の大型遊具ロング&ローラーすべり台がある公園や結婚式が挙げられる公園など特集記事が充実(画像提供/パークフル)
WEB版のオンラインショップでは、ニューヨークの公園など世界のパブリックスペースをまとめた冊子も販売(画像提供/パークフル)
2017年から週1~3回アプリを利用しているというユーザーの小峰智子さんに使用感を伺いました。
「子どもが小さいので、近くの公園を検索したり、帰省した時やお出かけ先で近くの公園を検索するために使っています」と小峰さん。
使いやすいところは?
「公園に特化しており、遊具やベンチなどの情報があるのがいいですね。検索には公園しか出てこないので、例えば公園名がうろ覚えで一部検索で『代官山』と打てば代官山と付く公園だけが出てきますので、検索が早いなと感じます」(小峰さん)
おすすめの使い方を教えてください。
「公園の特集記事もあるので、読むとワクワクしますし、行ったことのない公園を検索するのが楽しいです。毎回写真の投稿をしているので、あとで過去に行った公園を見返すこともあるし、ほかの人と公園の情報を交換し合っているような感覚があります。行ってみたい公園はフォロー機能でチェックしています。いつか全国の公園の情報がコンプリートされたらいいなぁと期待しています」(小峰さん)
公園レンタルの申請がオンラインでできる「PARKFUL Rental」2017年に都市公園法が改正され、民間企業の進出が進み、公園内にカフェができるなど、より多様な公園の活用が見られるようになってきました。パークフルの自治体の情報管理・地域との公園づくりの基盤となる事業として、マルシェやフリーマーケットなど公園の占用/行為許可の各種手続きが簡単にできる公園レンタルサービス「PARKFUL Rental」があります。「PARKFUL Rental」では、ヨガイベントなど少人数で費用の発生しない集まりなど個人利用の届け出もできます。
事業者が工事などで公園の一部を占用する場合は占用許可、イベント等で公園内を一部占用する場合などは行為許可の申請をする必要がある(画像提供/パークフル)
「サービス導入前の2020年1月、兵庫県芦屋市の道路・公園課と実証実験を行いました。実証実験では、既存の書面での申請を残したまま、公園レンタルサービスを導入。1~3月の間に全34件の申請があり、約8割がオンラインによる申請で、手続きの所要時間は、書面申請に比べて7分の1以下になりました」(高村さん)
申請者側も自治体側も手続きの作業時間が大幅に削減できることが確認され、2021年4月より、芦屋市に正式に導入。市内の公園をレンタルしたい人誰もが簡単にインターネットで各種申請ができるようになりました。
導入前は、窓口まで行き書面で申請する必要がありましたが、一連の手続きを24時間365日できるようになった(画像提供/パークフル)
自治体・維持団体向け「PARKFUL Watch」から、最新情報をアプリに転載さらに、2021年6月には、公園の維持団体の活動をデジタルで記録・管理し、発信できる自治体・維持団体向けサービス「PARKFUL Watch」がリリースされました。
「全国の公園の維持管理には、数万団体が関わっていますが、活動内容や頻度などを自治体、維持団体双方で把握することが難しい面がありました。『PARKFUL Watch』は、ボランティアさんなど日常的に公園の維持管理を行う担い手が、活動状況をデジタルで自治体へ簡単に共有できるサービス。『PARKFUL』(アプリ・ウェブ)と連動し、活動内容を一般の方へ知ってもらうこともできます」(高村さん)
維持管理者がスマホで送信した管理情報は、『PARKFUL Watch』を介して自治体が把握できる。公開したい管理情報は、『PARKFUL』アプリに転載(画像提供/パークフル)
一般の人は、アプリに転載された管理情報から、「壊れていたベンチが直ったんだ」「花壇にこんな花を植えたのね」など公園の状態がわかる(画像提供/パークフル)
神奈川県茅ケ崎市など複数の自治体・団体での運用が始まっています。「公園内不具合の報告が正確になり、現場調査が減った」「以前よりコミュニケーションが増えた」という声が届いているそうです。
2023年4月現在、パークフルが、連携・公式情報の管理をしている自治体は71。各サービスについて全国の自治体からの問い合わせが増えています。
「地域との公園づくりに役立っているようです。『PARKFUL Watch』は、地域の人にとっては、これまでなかなか目に触れることのなかった維持管理の活動を知ることができます。『PARKFUL』アプリであれば、例えば、『公園のここが夜怖い』という情報を市民の方が載せて、自治体の方が知ることで、明るくしたり、綺麗にするなどの運営指針を立てることができます。各サービスを公園が安全で安心で楽しい場所に変わっていくために皆さんに役立ててもらえたら嬉しいです」(高村さん)
最近の公園は、敷地内にカフェがあったり、マルシェなどのイベントを開催したり、地域コミュニティの要へ進化しています。パークフルでは、今後、「PARKFUL」アプリに、自治体や管理会社が発信したイベント情報をユーザーがプッシュ通知で受け取れる機能を検討中です。全国の公園情報がまとまることで広がる公園の活用。筆者もピクニック以外の楽しみ方をアプリで開拓したいと思っています。
●取材協力
株式会社パークフル
ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。
新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。
写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。
特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。
(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。
追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」
――どのような理由があるのでしょうか?
葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」
――実際、入居している方からはどんな声がありますか?
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」
――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?
葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」
――基準の新設によるメリットは?
特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」
※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度
住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?
葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。
国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」
秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」
NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」
横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)
ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。
葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」
秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」
シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」
制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。
山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」
秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」
ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)
葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」
実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」
事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。
山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」
葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」
秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。
今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」
――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?
秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」
葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。
住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」
ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。
(グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部)
●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)
国土交通省は、2023年1月~2月に全国97社の賃貸住宅管理業者などに立入検査を実施した。「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」の施行後、初めての立入検査となった。検査を実施した背景やその結果などについて見ていこう。
【今週の住活トピック】
賃貸管理業者などへの初の立入検査を実施/国土交通省
まず、この法律が制定された背景について説明しよう。
賃貸住宅はオーナー(大家)が管理する場合もあるが、近年は管理業者に委託するケースが大半だ。管理業者は、家賃や敷金などの受け取りや賃貸借契約の更新、退去時の立ち会い、敷金の返還などの一連の業務を行うほか、建物の点検や補修、清掃なども行っている。賃貸暮らしにおいては、きわめて重要な役割を担っているのだ。さらに、サブリースと呼ばれる、管理業者がオーナーから借りて、それを管理業者がエンドユーザーに又貸しする形式も増えている。
出典/国土交通省「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」より転載
一方で、宅地建物取引業者やマンション管理業者の場合は法規制があり、国土交通省の監督下にあるが、賃貸住宅管理業者には法規制がなかった。そこで、オーナー・入居者と管理業者の間のトラブル防止を目的に、「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が制定され、2021年6月に施行された。
その内容は、「賃貸住宅管理業者の登録制度の創設」(管理戸数200戸未満は任意)と、主に次のようなことを義務づけたもの。
・管理受託契約を締結する際に重要事項を説明する
・受託した業務の実施内容を定期的に報告する
・家賃などの財産を自身の財産と分別して管理する
・業務管理者を配置する
登録制度への賃貸住宅管理業者の登録数は、2023年3月末時点で8943社、管理戸数は合計で約790万戸となっている。今回、法律に則り適正に事業が営まれているかどうかについて、全国97社に対して立入検査を実施した。
国土交通省は検査を実施した結果、97社のうち59社に対して是正指導などを行った。かなりの割合だが、気になる指導内容を見てみよう。
指導の対象(重複あり)について、件数が多いものには次のようなものがあった。
・28件「管理受託契約締結時の書面交付義務違反」
→ 書面に記載すべき項目に不備があるなど
・18件「書類の備え置き及び閲覧義務違反」
→ 業務状況調書を作成しない、電子保存のみで書面化していないなど
・17件「管理受託契約締結前の重要事項説明義務違反」
→ 重要事項説明書に記載すべき項目に不備があるなど
出典/国交省「【概要版】賃貸住宅管理業者等への全国一斉立入検査結果(令和4年度)」より転載
国土交通省では、一部の賃貸住宅管理業者などに法律の内容について理解不足が見られたが、指導した結果、59 社すべてで是正がなされたことを確認している、と公表した。
賃貸住宅に入居する場合の注意点賃貸住宅に入居する場合は、賃貸住宅の管理は誰が行うのかを確認しよう。管理を管理業者が受託している場合は、管理業者が登録制度に登録しているかどうかも確認しておきたい。登録事業者かどうかは、国土交通省の「建設業者・宅建業者等企業情報検索システム」の「賃貸住宅管理業者」タブで検索できる。
また、国土交通省では、「貸主が建物の所有者ではない場合」には、次の3点を確認するように入居者に注意を促している。
■「貸主が建物の所有者ではない場合」の注意点
(1)入居する部屋はサブリース住宅かどうか
(2)賃貸借契約書に、貸主が建物のオーナーに変わった場合に住み続けられる旨の記載があるか
(3)サブリース業者から維持保全の内容や連絡先の通知を受けているか
(出典:「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」のサブリース住宅の入居者への注意喚起リーフレットより)
サブリース住宅の場合、オーナー(所有者)はサブリース業者と賃貸借契約を結び、サブリース業者は入居者に又貸しして転貸借契約を結ぶ。この場合の転貸借契約には、オーナーが誰であるかも記載するように、国土交通省では指導している。また、オーナーとサブリース業者の間の賃貸借契約が終了した後も、入居者がそのまま住み続けられることが契約書に記載されていれば、万一のときも安心だ。
また、維持保全とは、賃貸住宅の建物や設備などの清掃や点検、補修などを行うことで、入居者の生活に支障がないように適切に管理されることが望まれる。サブリース住宅の場合はサブリース業者が行うので、具体的にどんなことをするのか、不具合があった場合などにどこに連絡すればいいかが通知されていることが必要だ。
(写真/PIXTA)
さて、いまの賃貸住宅は、その多くが管理業者によって管理されている。入居者にとっては、家賃の督促や故障・修繕の対応、他の入居者への苦情対応などについて、誰に相談してどう対処してくれるかは、日々の生活に大きく影響する。賃貸住宅に入居する際には、管理についてもしっかりと確認してほしい。
●関連サイト
国土交通省「賃貸住宅管理業者及び特定転貸事業者59社に是正指導~全国一斉立入検査結果(令和4年度)~」
国土交通省の賃貸管理業者検索サイト
●参考サイト
国土交通省の賃貸住宅管理業法ポータルサイト
「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」のサブリース住宅の入居者への注意喚起リーフレット
ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。
新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。
写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。
特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。
(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。
追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」
――どのような理由があるのでしょうか?
葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」
――実際、入居している方からはどんな声がありますか?
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」
――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?
葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」
――基準の新設によるメリットは?
特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」
※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度
住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?
葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。
国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」
秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」
NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」
横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)
ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。
葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」
秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」
シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」
シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」
制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。
山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」
秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」
ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)
葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」
実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」
事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。
山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」
葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」
秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。
今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」
――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?
秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」
葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。
住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」
ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。
●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)
床から天井まで壁面いっぱいに、ずらりと並べられたスニーカー。色とりどりの600足に囲まれた空間は、美術館のようでもある。その部屋の主は、ナイキやデッカーズなどで30年にわたりスニーカーのセールスに従事してきた高見薫さん。高見さんの仕事の履歴、そしてスニーカーの歴史が詰まった「スニーカー部屋」を拝見しながら、美しく収納するためのポイントやこだわりを伺った。
ファッションアイテムとしてのスニーカー史高見薫さんは1991年にナイキジャパンに新卒入社。96年にはナイキショップの立ち上げなどにも携わった。2018年からはデッカーズジャパンに転職し、同社が取り扱う「UGG(R)」のスニーカーのセールスを担当している。
千葉県にある高見さんの自宅の一室には、三面の壁に600足が並ぶ「スニーカー部屋」がある。1990年代から現在までのスニーカーの歴史、高見さんの仕事履歴が詰まった、圧巻の空間だ。
床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)
高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)
――ものすごい数ですね。これだけのスニーカーをコレクションするようになったきっかけは何だったのでしょうか?
高見:確かにすごい数なんですけど、私はコレクターっていうわけじゃないんですよ。
――どういうことでしょうか?
高見:好きで集めている方には失礼かもしれないですけど、私の場合は集めているというより「集まっちゃった」というほうが正しくて。30年間、ずっとスニーカーに近い仕事をしてきたので、必然的にこれだけの数になってしまいました。セールスの仕事をやっていると、その時々で会社が推していく商品のことを知っておかないといけないじゃないですか。だから自分でも買って履いてみたりしているうちに、どんどん増えていったんです。
「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)
――そのスタンスは少し意外でした。
高見:みんなに不思議って言われますね。ただ、そもそも私がナイキジャパンに新卒入社した1991年って、スニーカーをファッションで履くという感覚がなかったんですよ。当然、今のようにコレクションする人も少なくて。当時はいわゆるスニーカーブームがくる前で、会社もあくまでスポーツシューズとして売っていました。
高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)
――1996年に「エア マックス95」が大ブレイクし、スニーカーブームが起こる少し前あたりから、何となくスニーカーがストリートファッション系の雑誌にも取り上げられるようになったと記憶しています。
高見:そうですね。大きなきっかけの一つが1992年のバルセロナオリンピックです。アメリカの男子バスケットボール代表が「ドリームチーム」と呼ばれる最強チームを結成し、そこから「バッシュブーム」が起こります。そうした動きと、アメリカのファッションやヒップホップなどの文脈も相まって、スニーカーがファッション誌に掲載されるようになりました。
――そこからスポーツシーン以外でもスニーカーを普段履きするカルチャーがじわじわ広がって、「エア マックス95」の登場によって一気にブレイクすると。
高見:「エア マックス」というのはナイキのスニーカーの最高峰のシリーズとして、1987年から新作が毎年のように発売されていました。そのなかで、たまたまブームになったのが95年モデル。スタイリストさんが気に入ったのか、当時、芸能人の方がテレビなどでよく95マックスを履いていたんですよ。それを見た視聴者の間で「あの靴はなんだ!」となり、1996年に大ヒットするという。
じつは同じ96年にナイキショップがオープンするんですけど、開店と同時に95マックスを求めるお客様が殺到しました。なかにはオープン予定日の1カ月前から並ぶ人もいたりして。
左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)
――当時の熱狂ぶりはよく覚えています。「エアマックス狩り」なんて事件も起こるほどの社会現象になりましたよね。
高見:ただ、当時はブームが加熱しすぎて「ナイキだったら何でもいい」みたいな人も増えたんですよ。それで、ひと通り商品がお客様に行き渡るとブームが一気に萎(しぼ)んでしまいます。1998年あたりから急激に失速しましたね。
それからは会社も「もう一度しっかりスポーツシューズとしてアプローチしていこう」という方向に向かうんですけど、一方で「せっかく新しいお客様を獲得できたのだから、本格的にファッションアイテムとして仕掛けていこう」という声もあって、2000年前後くらいからスニーカーをスポーツとファッションの両輪で展開していく動きが出てきます。その後、2010年くらいになると、他社ブランドでもスポーツ仕様と普段履きのスニーカーをはっきり区別して売るようになっていきましたね。
1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)
――確かに、ある時期からシューズ専門店でも、スポーツ用とファッション用のスニーカーのコーナーが分かれるようになりました。
高見:そうですよね。それが2010年代までの動きです。ちなみに、最近では小規模なブランドもスニーカーやスポーツシューズに参入するようになりました。ひと昔前まではナイキやアディダスといった、いくつかの大手しかやっていなかったんですけど、今はそれこそ私が所属するデッカーズジャパンが取り扱う「UGG(R)(アグ)」や「HOKA(R)(ホカ)」だったり、「Salomon(サロモン)」「On(オン)」など、さまざまなブランドがスニーカーやランニングシューズを手掛けるようになっています。
「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)
高見:多様なブランドの参入と技術の進化により、デザインのバリエーションも広がっています。よりファッショナブルになっていて、洋服に合わせる楽しみも広がっていると思いますよ。
UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)
600足を収納する「スニーカー部屋」のつくり方――この家に引越してくる前は、どのようにスニーカーを保管していましたか?
高見:以前は実家近くの団地で一人暮らしをしていたんですけど、スニーカーは箱に入れて天井の高さまで積んでいました。少し大きめの地震がくると一気に倒れて悲惨なことになっていましたね。それに加えて、トランクルームも2つ借りていました。ですから、今みたいにすぐに取り出せる状態ではなかったです。
ただ、この家を買ったのはスニーカーのためというわけではありません。結婚して夫が私の部屋に越してきて、夫婦ともに物が多いから生活スペースが激狭になってしまったんです。通路も片側通行でしか通れないくらい狭くて……。
そんな生活から抜け出したくて引越しを考えていた時に、たまたまこの一戸建てが売りに出ているのを見つけました。それで、せっかく買うならスニーカーをちゃんと保管できるように、一部をリフォームしようと考えたんです。建築士さんに相談したところ、元のオーナーが2人の息子さんの部屋として使っていたスペースを、スニーカー部屋に変更しようということになりました。
もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)
――壁面棚をつくるにあたって、建築士さんに要望したことはありますか?
高見:とにかくできるだけ多くの靴を並べられるようにしてくださいと。最初は箱ごと棚に収納する案もあったんですけど、そうするとお店のストックルームみたいになっちゃって全然面白くないじゃないですか。だから裸のまま並べちゃおうと。剥き出しだと埃が溜まったりもするんですけど、私はコレクターではないからか、あまりそのへんは気にならなくて。
一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)
壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)
高見:あと、これは建築士さんから勧められたんですけど、棚の材料は北海道のチーク材を使っています。とても綺麗な木材ですし、スニーカーも映えるだろうということで。北海道から輸送しなきゃいけないので高いんですけどね。
――スニーカーのコンディションを保つという点でも、やはり天然木を使った棚のほうがいいのでしょうか?
高見:そうですね。スチールラックなどに置いている人も多いと思いますが、金属は錆びる可能性があるので、靴にとってはあまりよくありません。
それから、スニーカーのコンディションを保つためには、部屋の空気の状態にも気を配る必要があります。なるべく空気を循環させることと、湿度が高くなりすぎないこと。空気が湿っていると、靴がどんどんベタベタになってくるんです。この部屋では、空調でなるべく一定のコンディションをキープできるようにしています。
――ちなみに、ずっと置いておくよりも、たまには履いたほうがよかったりしますか?
高見:はい。履かないと逆に駄目になりやすいです。置きっぱなしにしていると空気中の水分がスニーカーに溜まっていき、ミッドソール部分の素材が加水分解を起こしてしまうんです。すると、靴底からボロボロと崩れてしまう。それを防ぐにはたまに履いてあげて、身体の重力を利用して水分を抜くことが必要です。私もここにあるスニーカーはただ飾るだけじゃなくて、なるべく履くようにしていますよ。
(写真撮影/小野奈那子)
グループ分けで美しく。思わず眺めたくなる棚に――上から下まで、とても美しくスニーカーが並んでいますが、飾る時のコツやポイントがあれば教えてください。
高見:私の場合は、持っているスニーカーをグループ分けするところから始めました。まずは「ランニングシューズ」「バスケットシューズ」といった感じで大まかに分類し、そこからさらに細かく種類を分けます。あとは年代別だったり、シンプル系・派手系みたいな形でグループを分けていきました。そのうえで、エクセルで作った棚の図面に、何をどこに入れるか入力しながらシミュレーションしましたね。
実際に棚に置く時には、薄い色から濃い色の順番に並べたり、背が低い順から並べたりと、なるべく美しく見えるように意識しました。このあたりはナイキで学んだ陳列の法則みたいなものを取り入れています。
靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)
――ここまで美しく飾られていると、もはやスニーカーというよりインテリアのようです。眺めているだけで楽しくなりますね。
高見:私自身はあまりインテリアという感覚はないのですが、眺めるのは楽しいですね。やはり、一つひとつに思い入れがあるので。「これは、あそこに行った時に買ったよな」とか、「これを履いていた時、仕事大変だったな」とか、いろんなことを思い出します。
――この部屋は、高見さんの歴史そのものなんですね。
高見:そうですね。ですから、一般的なコレクターの方とは違う感覚なんでしょうけど、全てのスニーカーに愛着があります。もともとは狭い空間から逃げるために家を買い、やむにやまれずリフォームした部屋ですが、今となっては懐かしい思い出にひたれる大切な場所になりましたね。
●取材協力
UGG(R)/デッカーズジャパン
世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。
14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。
(c)Iwan Baan
「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。
アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。
建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。
(c)Iwan Baan
関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」
エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。
このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。
(c)Iwan Baan
建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。
今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。
数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。
(c)Christian Richters
世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。
14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。
(c)Iwan Baan
「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。
アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。
建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。
(c)Iwan Baan
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エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。
このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。
(c)Iwan Baan
建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。
今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。
数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。
(c)Christian Richters
古くは明治神宮の森、近年では池袋の新しいランドマーク南池袋公園など暮らしやすさやまちの心地よさに深く関係している、ランドスケープデザイン(景観デザイン)。最近、“サブカルのまち”下北沢(東京都世田谷区)の風景が、大きく変わったことが話題になりました。下北沢のまちを久々に訪れた人は、豊かな緑をあちこちで目にすることができるでしょう。「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに取り組み、今は共同代表としてシモキタ園藝部で活動を続けるほかにも、全国の様々な地域でランドスケープデザインを通じた街づくりに取り組んでいる株式会社フォルクの代表である三島由樹さんは、緑を通じて社会課題を解決する「ソーシャルグリーンデザイン」の担い手のひとり。いま、緑を使ってどのように都市の課題に取り組んでいるのでしょうか。
下北線路街のランドスケープデザインの構想に携わる。下北線路街の緑の手入れをする地域コミュニティ「シモキタ園藝部」もフォルクが企画と立ち上げに携わった(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
東京都八王子市の「AJIROCHAYA」では、明治時代から続くお茶屋さんの改修に伴うランドスケープデザインおよびコミュニティのデザインを行った(画像提供/フォルク)
関連記事:総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに
都市計画の歴史は、ランドスケープ・アーキテクチャーから始まった慶應義塾大学とハーバード大学大学院で、ランドスケープデザインを学んだ三島さん。ランドスケープは、「風景・景観」という意味があります。学部時代は「ランドスケープデザインといえば、緑を使って綺麗な空間をつくるもの」と認識していた三島さんは、ランドスケープ・アーキテクチャーの本質が、「都市の課題解決のために生まれた学問と職能」であるとアメリカで学び、衝撃を受けました。
「慶應義塾大学の恩師であった、建築家の坂茂先生からは、社会貢献のできるデザインが大切であること、ランドスケープ・デザイナーの石川幹子先生からは、緑地は社会共通資本であることを学びました。その後、石川先生の勧めでハーバード大学の大学院に進みましたが、アメリカでは、近代化と経済成長によって汚染された土地であるブラウンフィールドをいかに現代において人が暮らすことができる環境として再生するかが、ランドスケープデザインのメインテーマでした」(三島さん)
ハーバード大学院で学んでいたころの三島さん(画像提供/フォルク)
「楽しくも猛烈な日々だった」と振り返る(画像提供/フォルク)
最も衝撃を受けたのは、セントラル・パーク(Central Park)の設計思想を学んだときのことでした。セントラル・パークは、19世紀につくられたアメリカのニューヨーク市マンハッタン地区の中央にある美しい都市公園です。
「私はセントラルパークについて、ほとんど知らなかったのですが、調べてみると、それは感染症対策のために計画された公園という一面を持っています。当時ニューヨークは、人口の爆発的な急増があり、道端に馬の死骸が転がっているような劣悪な環境で感染症が蔓延していました。開発されていく街の中に、緑の空間をつくり、人種の差別なく、全ての人が生き続けられる環境をつくることが目的だったのです」(三島さん)
セントラル・パークは、ニューヨークの密集した市街地の中に存在する(画像/PIXTA)
セントラル・パークの設計者のひとりフレデリック・ロー・オルムステッドが、建築、土木などを束ねた環境デザインの専門分野として提唱したランドスケープ・アーキテクチャーは、その後、都市計画分野の基礎になりました。ランドスケープデザインは、都市についての問題意識から生まれたものだったのです。
開発が進む街に開かれた皆の庭「AJIROCHAYA」アメリカから帰国した三島さんは、東京大学での研究・教育活動を経て、2015年にフォルクを設立。最初に手掛けたのは、出身地である八王子市の中心市街地にある「AJIROCHAYA」です。同郷で同世代の建築家、松葉邦彦さんからの誘いでした。
まわりの高層マンションの中に灯る「AJIROCHAYA」(画像提供/フォルク)
「『AJIROCHAYA』のまわりには高層マンションがたくさん建っています。周辺にはかつて専門店が並んでいたのですが、それらがどんどんなくなって高層マンションに建て替わっているんですね。依頼主は、明治時代発祥のお茶屋さんのオーナー。『高層マンションによる街の改変とは異なる、この街の文化を承継し創造していくような新しい場所づくりができないか』という問題意識から、プロジェクトが始まりました」(三島さん)
「AJIROCHAYA」がつくられる前は、前面に歩行者専用道路がありますが、シャッターが下りたお茶屋さんは、街に対して閉じた印象でした。そこで、三島さんは、街に面したスペースに庭をつくってパブリックスペースとしてまちに開放し、街の人が大きな木の下で道ゆく人たちを眺めたり、大きなベンチでくつろいだりできる、「街に開かれた庭」を提案しました。
三島さんが初期に提案したスケッチ(画像提供/フォルク)
駐車場に完成した庭。カフェなどのテナントも入り、ほっとできる場所に(画像提供/フォルク)
「意識したのは、街の人を受け入れる場所づくり。奥行42mの敷地は、前と後ろが歩行者道路に接していました。そこで、敷地内に、道路と道路をつなぐ路地(私道)をつくり、日中は、街の人が自由に通れるようになっています。通り沿いには、知らない人同士でも気詰まりなく座れる大きなベンチを宮大工さんと一緒につくって設置しました」(三島さん)
敷地の前面(右)は歩行者専用道路、奥(左)は甲州街道に接している。矢印部分を新しく通路にした(画像提供/フォルク)
以前は、通り過ぎるだけだった場所でくつろぐ街の人(画像提供/フォルク)
通路が抜け道になり、街に新しい人の流れができた(画像提供/フォルク)
改装中の蔵(画像提供/フォルク)
ajirochayaの現場で出会った八王子の宮大工、吉匠建築工藝。宮大工の技術を使って金輪継のベンチをつくってもらった(画像提供/フォルク)
職人さん・地域の人が一緒になって、園路に石を据えていく(画像提供/フォルク)
「AJIROCYAYA」では、コミュニティデザインもフォルクが手掛けています。例えば、施工中は、皆が愛着を持ってこの場所に関わっていけるように、園路の舗装も造園の親方に教わりながら、大学生・地域の人・テナントの人に協力してもらい、時間をかけてつくりました。オープン後の植栽管理については、「にわのひ」というイベントを行い、テナントの人や地域の人が一緒に手入れをする日を設けることを試みました。コロナ禍で休止していましたが、今後また開催していけたらと考えています。
社会を変えるソーシャルグリーンデザインとは三島さんは、一般社団法人ソーシャルグリーンデザイン協会の立ち上げに関わり、理事を務めています。ソーシャルグリーンデザインとは、緑で地域課題の改善と持続可能な社会を目指す、新しいデザインムーブメントです。
「ソーシャルデザイン(social:社会、design:計画)は、商業主義的、消費的なデザインに対し、社会貢献を前提としたデザインのこと。ソーシャルグリーンデザインは、それを緑を通じて実現しようとしています」(三島さん)
「緑=植物と狭く捉えるのではなく、緑は承継すべき都市の文化であり、新しい文化が生まれる素地であると考えています。『AJIROCHAYA』や『シモキタ園藝部』のコミュニティづくりに関わったのも、場所をつくって終わりではなく、いかに緑に関わる人を増やし、地域社会を育てていくかが、景観をデザインすること以上に大事だと思っているからです」(三島さん)
街づくりを学ぶ学生と地域住民をマッチング全国には、豊かな自然がありながら、うまく活用できていない地域がたくさんありますが、ソーシャルグリーンデザインは、地域課題を解決するひとつの方法になるのでしょうか?
「ソーシャルグリーンデザインと直接関係するプロジェクトではないのですが、地域住民と大学生とのマッチングをして、街づくりを学ぶ学生に実践の機会を提供するまちづくりワークショップ『PLUS KAGA』を石川県加賀市で2016年から行っています。日本全国で、人口減少などを背景とする身近な地域の課題が置き去りにされていることが多々ありますが、地域住民はそれらすべてをコンサルタントなどのプロに相談できるわけではない。一方、『大学で街づくりを学んでいるけど、自分で考えて実践する機会が少ない』、と感じている学生は少なくないように思います。地域住民と大学生が出会って、ともに地域課題に向き合う機会をつくってきました。その中で、地域と緑に関するプロジェクトもたくさん生まれてきました」(三島さん)
全国の大学から、延べ61名ほどの大学生が活動に参加。地域の人と一緒にプロジェクトを進めていく(画像提供/フォルク)
加賀市の水と緑の未来マップ(画像提供/フォルク)
「大学生が地域で活動を始めると、地域の人たちもアクティブになっていきます。この6年間で、地域の山や水辺の環境を再生するプロジェクトなど37ものプロジェクトが生まれました。デザインをする人だけじゃなく、行動できる人、関係をつくっていける人を育てていくことが重要です。九州や台湾など、さまざまなところから大学生が加賀市にきましたが、街に愛着が生まれて卒業後も通い続ける人も多くいます。街づくりは行政がやるというイメージを持たれがちなんですけど、ひとりひとりが街づくりは自分でできるんだと思ってもらえたら嬉しいですね」(三島さん)
社会問題を解決に導くランドスケープデザインを生かした街づくり。身近な癒やしの存在である緑が、ソーシャルイノベーションを起こす力があることに驚きました。三島さんは最近では福井県勝山市の建設会社と共に地域の遊休資源を活用した循環型の新規事業の立ち上げや、和歌山県田辺市の中山間地帯で地域と自然と連携した教育施設のランドスケープデザインなどを手掛けているとのこと。ますます持続可能な都市計画が求められる今、街の緑との関わり方も変わってきそうです。
●取材協力
株式会社フォルク
長期の育児休業中に、移住体験の制度を活用して北海道へのプチ移住を果たした私たち夫婦&0歳双子男子。
約半年間の北海道暮らしでお世話になったのは、十勝エリアにある豊頃町(とよころちょう)、上士幌町(かみしほろちょう)という2つのまち。
実際に暮らしてみると、都会とは全然違うあんなことやこんなこと。田舎暮らしを検討されている方には必見⁉な、実際暮らした目線で、地方の豊かさとリアルな暮らしを実践レポートします! 今回は上士幌町&プチ移住してみてのまとめ編です。
9月上旬から1月末まで滞在した上士幌町は、十勝エリアの北部に位置する人口5,000人ほどの酪農・農業が盛んなまち。面積は東京23区より少し広い696平方km。なんと牛の数は4万頭と人口の8倍も飼育されています。そして、十勝エリアのなかでも何と言っても有名なのが、「ふるさと納税」。ふるさと納税の金額が北海道内でも上位ランクなんです。そのふるさと納税の寄付を子育て施策に充て、0歳~18歳までの子どもの教育・医療に関する費用は基本無料、ということをいち早く導入したまち。子育て層の移住がかなり増えたことで注目を集めています。
町の北側はほとんどが大雪山国立公園内にあり、携帯の電波も届かない国道273号線(通称ぬかびら国道)を北に走ると、三国峠があり、そこからさらに北上すると、有名な層雲峡(上川町)の方に抜けていきます。
上士幌町の北の端、三国峠付近の冬のとある日。凛とした空気が気持ちよく、手つかずの国立公園が広がります(写真撮影/小正茂樹)
上士幌町にある糠平湖では、この冬から、完全に凍った湖面でサイクリングを楽しめるようになりました(上士幌観光協会にて受付・許可が必要)。タウシュベツ川橋梁のすぐ近くまで自転車で行くことができ、厳寒期しか楽しめないアクティビティ&風景が体感できます(写真提供/鈴木宏)
糠平湖上に期間限定でオープンするアイスバブルカフェ「Sift Coffee」さん。国道から数百メートル歩いた湖のほとりにて営業。歩き疲れた体に美味しいコーヒーが沁みわたります(写真撮影/小正茂樹)
上士幌町の暮らし。徒歩圏でなんでもそろうちょうどいい環境上士幌町は人口5,000人のまちで、中心となる市街地は一つ。この中心地に人口の約8割、4,000人ほどが住んでいるそう。ここにはスーパーがコンビニサイズながら2つ、喫茶店や飲食店もたくさんあります。そして、コインランドリーに温泉に、バスターミナルに……と生活利便施設がきっちりそろっています。中心地から少し離れると、ナイタイテラス、十勝しんむら牧場のカフェ、小学校跡地を活用したハンバーグが絶品のトバチ、ほっこり空間がすっごくステキな豊岡ヴィレッジなどがあり、暮らすには不自由はほぼないと言ってもいいと思います。
そして、なんと、2022年12月から、自動運転の循環バスが本格稼働しているんです! ほかにも、ドローン配送の実験など、先進的な取組みがたくさんなされているまちでもあります。実は上士幌町さんには、デジタル推進課という課があります。ここが中心となって、高齢者にもタブレットを配布・スマホ相談窓口が設置されています。デジタル化に取り残されがちな高齢者へのサポート体制をしっかり取りながら、インターネット技術を十分活用し、まちのインフラ維持、サービス提供を進めていこうという町としての取組みは素直にすごいなと感じました。
カラフルな自動運転バスがまちの中心地をループする形で運行。雪道でも危なげなく動いていてすごかったです(写真撮影/小正茂樹)
十勝しんむら牧場さんにはミルクサウナが併設。広大な放牧地を望める立地のため、牛を眺めたり、少し遅い時間なら、満点の星空を望みながら整うことができます(写真撮影/荒井駆)
ナイタイテラスからの眺めは壮観! ここで食べられるソフトクリームが美味しい。のんびり風景を楽しみながら、ゆっくり休憩がおすすめです(写真撮影/小正茂樹)
我が家イチ押しの豊岡ヴィレッジは木のぬくもりが感じられる元小学校。子ども用品のおさがりが無料でいただけるコーナーがあり、双子育児中の我が家にとっては本当にありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)
誕生会やママのHOTステーションなどさまざまな出会いの場が上士幌町では、移住された方、体験移住中の方などが集まる「誕生会」と呼ばれる持ち寄りのお食事会が月1回開催されています。毎回さまざまな方が来られるので、移住されている方がすごく多い、というのがよく分かります。移住して25年という方もいらして、移住者・まちの人、両方の視点を持っていらっしゃる先輩からの上士幌暮らしのお話は、すごく参考になることが多かったです。
毎月行われている移住者の集い、誕生会。12月はクリスマス会で、サンタさんから双子へもプレゼントが!(写真撮影/小正茂樹)
また、上士幌町といえば、我々子育て世代にとって、すごくありがたい取組みが「ママのHOTステーション」。育児の集まりの場合、子どもたちが主役になり、「子育てサロン」として開催されることが多いのですが、この取組みの主役は“ママ”。ママが子どもたちを連れて、ゆっくりしたひと時を過ごすことができる場を元保育士の倉嶋さんを中心に企画・運営されていて、今や全国的にも注目される取組みになっています。
実は、上士幌町で移住体験がしたかった一番の目的は、この「ママのHOTステーション」を妻に体験してもらいたかったこと、倉嶋さんの取組みをしっかり体感したかったことにありました。ほぼ毎週のように参加させていただいた妻は本当に大満足で、ママ同士の交流も楽しんだようです。ここでは、〇〇くんのママではなく、きちんと名前でママたちも呼び合い、リラックスムード満点の雰囲気づくりも素晴らしいなと感じました。妻は、「ママのしんどい気持ちや育児悩みを共有してくれて、アドバイスをくれたりするのがすごくありがたいし、同じような立場のママが集ってゆっくり話せるのは嬉しい。子どもの面倒も見てくれるし、ここには毎週通いたい!」と言っていました。こういった同じ境遇のお友達ができるかどうかは、移住するときの大きなポイントだと感じました。もっといろいろな同世代、子育てファミリーに特化したような集まりがあってくれると、更に安心感が増すんだろうなと思います。
ママのHOTステーションの取組みとして面白いところは、「ベビチア」という制度。高齢者の方が登録されていて、子どもたちの世話のお手伝いをしてくださいます。コロナ禍になり、遠方にいるお孫さん・ひ孫さんと会えず寂しい思いをしている高齢の方々などが登録してくださっていて、週1回の触れ合いを楽しみにしてくださっている方も。「子育て」「小さな子ども」というのをキーワードに、多世代の方がのんびり時間を共有しているのはすごくいいなと感じました。
ママのHOTステーションが開催される建物は温浴施設などと入り口が一緒になるので、自然発生的に多世代のあいさつやたわいもない会話が生まれていて、ほっこりします(写真撮影/小正茂樹)
乳幼児救急救命講習会にも参加できました。ベビチアさんたちの大活躍のもと、子どもたちの面倒をみていただき、じっくりと救急救命講習に参加できたことはすごくありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)
上士幌町の移住相談窓口は、NPO法人「上士幌コンシェルジュ」さんが担われています。こちらの名物スタッフの川村さん、井田さんを中心に移住体験者のサポートを行ってくださいました。私たちも入居する前から、いろいろと根掘り葉掘りお伺いして、妻の不安を取り除きつつ、入居後もご相談事項は迅速に対応いただきました。
移住体験住宅もたくさん!テレワークなどの働く環境も私たち家族が暮らした移住体験住宅は、75平米の2LDKで、納屋・駐車スペース4台分付きという広さ。豊頃町の体験住宅に比べるとやや狭いものの、やはり都会では考えられない広さでゆったり暮らせました。住宅の種類としては、現役の教職員住宅(異動の多い学校の先生向けの公務員宿舎)でした。平成築の建物で、冬の寒さも全く問題なく、この住宅の家賃は月額3万6000円で水道・電気代込み。移住体験をさせていただくと考えると破格の条件かもしれません(暖房・給湯などの灯油代は実費負担)。今回お借りできた住宅以外にも、短期~中・長期用まで上士幌町では10戸程度の移住体験住宅が用意されています。ただ、本当に人気のため、夏季などの気候がいい時期については、かなりの倍率になるようです。ただし、豊頃町と同じく、上士幌町でもエアコンがないことは要注意。スポットクーラーはあるものの、夏の暑さはかなりのものなので、小さなお子さんがいらっしゃる場合は、ご注意ください。エアコンはもう北海道でも必須になりつつあるようなので、少し家賃が上がっても、ご準備いただけるといいなぁと思いました。また、ぜいたくな希望になりますが、食器類や家具などの調度品も比較的古くなってきていると思うので、一度全体コーディネートされると、移住体験の印象が大きく変わるのでは、と感じました。
関連記事:
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・育休中の双子パパ、家族で北海道プチ移住してみた! 半年暮らして見えてきた魅力と課題
必要最低限の家具・家電付き。広めのお家やったので、めっちゃ助かりました(写真撮影/小正茂樹)
私たちの住まいになった住宅は、まちの中心からは徒歩10~15分ほど。ベビーカーを押して動ける季節には、何度も散歩がてら出かけましたが、ちょうどいい距離感でした。南側は開けた空き地になっていて、日当たりもすごくよくて、冬の寒い日も、晴天率が高いため、日光で室内はいつもぽかぽかになっていました。
一戸建てかつ納屋まで付いて、月額3万6000円とは思えない広々とした体験住宅。子育てファミリーにとっては、一戸建ては音の心配も少なく、すごく過ごしやすかったです(写真撮影/小正茂樹)
体験住宅の南側は空き地が広がっていて、本当に日当たり・風通しも良く、都会では到底体感できないすがすがしい毎日を過ごせました(写真撮影/小正茂樹)
また、私たちは育児休業中だったため使うことはなかったのですが、上士幌町さんはテレワークやワーケーションなどの取組みについてもすごく前向きに取り組まれています。
まず、テレワーク施設として「かみしほろシェアオフィス」があります。建設に当たっては、ここで働く都市部からのワーカーの方に向けて眺望がいいところ、ということで場所を選定されたそう。個室などもあり、2階建ての使い勝手の良いオフィスとなっています。
個人的に2階がお気に入り。作業で煮詰まったときに正面を見ると気持ち良い風景が広がり、リラックスできる環境(写真撮影/小正茂樹)
さらに2022年にオープンしたのが「にっぽうの家 かみしほろ」。この施設はまちの南側、道の駅のすぐ近くに位置しています。こちらは宿泊施設になりますが、1棟貸しを基本としていて、広々したリビングで交流や打ち合わせ、個室ではプライバシーをしっかり守りつつお仕事に没頭することなどが可能に。また、ワーケーション滞在の方のために、交通費・宿泊費などの助成制度も創設されたとのことで、これからさまざまな企業・団体の活用が期待されます。
にっぽうの家は2棟が廊下で繋がった形状。仕事・生活環境が整っていて、余暇活動もたくさん楽しめる場所で、スタートアップなどの合宿をしてみるのは面白いなと感じました(写真撮影/小正茂樹)
子育て層にとって、子どもの教育環境というのが移住検討するに当たってはかなり重要な事項となります。上士幌町では、「上士幌Two-way留学プロジェクト」として、都市部で生活する児童・生徒が住民票を移動することなく、上士幌町の小・中学校に通うことができる制度が2022年度から始まりました。この制度を使えば、移住体験中や季節限定移住などの場合も、お子さんの教育環境が担保されることとなり、これまでなかなか移住検討までできなかった就学児がいるファミリーも懸念材料の一つがなくなったこととなります。
十勝には質の高いイベントがたくさん! 起業支援なども盛ん半年ほど暮らしてみてわかったことはたくさんあったのですが、子育てファミリーとしてすごくいいなと思ったのが、「イベントの質が高く、数も多い」にもかかわらず、「どこに行ってもそこまで混まない」こと。子育てファミリーにとって、子どもを遊ばせる場所がそこここにあるというのはものすごく大きいなと感じました。
とよころ産業まつりでの鮭のつかみ取り競争のひとコマ(写真撮影/小正茂樹)
個人的にかなり気に入ったのが芽室公園で行われたかちフェス。広大な芝生広場を会場に、さまざまな飲食・物販ブースや、サウナ体験、ライブが行われていました。すごく心地よく長時間過ごしてしまいました(写真撮影/小正茂樹)
ママたちが企画・運営した「理想のみらいフェス」には3,000人を超える来場が。様々な飲食店やワークショップが並ぶなか、革小物のハンドメイド作家の妻も双子を引き連れて、ワークショップで出店していました(写真撮影/小正茂樹)
また、実際に移住して暮らすとなるとお金をどうやって稼ぐかというのもポイントになってくると思います。上士幌町では、「起業支援塾」が年1回開催され、グランプリには支援金も出されるなど、起業サポートも充実しています。また、帯広信用金庫さんが主催され、十勝19市町村が協賛している「TIP(とかち・イノベーション・プログラム)」というものも帯広市内で年1回開催されています。2022年は7月から11月まで。私も育児の隙間を縫って参加させていただきましたが、かなり本気度が高い。野村総研さんがコーディネートをされているのですが、実際5カ月でアイディア出しからチームビルディング、事業計画までを組み上げていきます。ここで起業を実際にするもよし、このTIPには多方面の面白い方々が参加されるため、横の繋がりが生まれたりし、仕事に繋がることもあると思います。
TIPでは、カーリングと美食倶楽部のビジネス化チームに参加しました。チームで体験会を実施して、カーリングの面白さを体感しました(写真撮影/小正茂樹)
また、こちらは直接起業とは関連がありませんが、「とかち熱中小学校」というものもあります。これは、山形県発祥の社会人スクールのようなもので、「もういちど7歳の目で世界を……」というコンセプト。ゴリゴリの社会人スクールというよりは、本当に小学校に近い仲間づくりができるアットホームな雰囲気。とはいえ、テーマは先進的な事例に取り組むトップランナーさんの講義や、地元の産業など。こちらも講師はもちろん、開催地が十勝エリア全般にわたるため、参加者の方もさまざまで、人間関係づくりにはもってこい。こちらには家族全員で参加させていただいていました。
2023年1月は豊頃町での開催。当日の講師は金融のプロとお笑い芸人というすごく面白い取り合わせの2コマの授業。毎回、双子を連れ立って授業を聴講でき、育児のよい気分転換にもなりました(写真撮影/小正茂樹)
農業に興味がある方は、ひとまず農家でアルバイト、というのもあります。どこの農家さんも収穫の時期などは人手が足りないケースが多く、農業の体験を通じて、地元のことを知れるチャンスが生まれると思います。私も1日だけですが、友人が勤める農業法人さんにお願いして、お手伝いさせていただきました。作物によって時給単価が違うそうなのですが、夏前から秋まで色々な野菜などの収穫がずっと続くため、いろんな農家さんに出向いて、農業とのマッチングを考えてみる、というのもありだと思います。
かぼちゃの収穫はなかなかの重労働でした。農作物によって、アルバイトの時給も違うそうで、なかには都会で働くより時給がよい場合もあるそう(写真撮影/小正茂樹)
今回、長期の育休を取得し、子育てを実践するとともに、自分のこれからの暮らし方を見つめなおせるいい機会が移住体験で得られました。2拠点居住は子どもができると難しいのではとか、地方で仕事はあるのかなどの漠然とした不安を抱えていましたが、「どこに行っても暮らしのバランスはとれる」ということも分かりました。
大阪の暮らしとは明らかに異なりますが、既に暮らされている方々に教えてもらえれば、その土地土地の暮らしのツボが分かってきます。個人的には、地方に行くほど、システムエンジニアやクリエイターさんたちの活躍の場が実はたくさんある気がしています。こういう方々が積極的に暮らせるような仕組みづくりが出来ると、自然発生的に面白いモノコトが生まれてきて、まちがどんどん便利に面白くなっていくのではないかなと感じました。
我々家族としては、今後2拠点居住を考えていくにあたって、我々1歳児双子を育てている立場として重視したいポイントもいくつか判明しました。それは、「近くにあるほっこり喫茶店」「歩いていける利便施設」があることです。双子育児をするに当たって、双子用のベビーカーって重たくて、小柄な妻は車に乗せたり降ろしたりすることはかなり大変。さらに双子もどんどん重たくなっていきます。そう考えると、私たち家族の現状では、ある程度歩いて行ける範囲に最低限の利便施設があったり、近所の人とおしゃべりができる喫茶店があったりするのはポイントが高いなと妻と話していました。
我々夫婦の趣味がもともと純喫茶巡りだったこともあり、気軽に歩いて行ける範囲に1軒は喫茶店が欲しいなぁと思いました(写真撮影/小正茂樹)
今回、長期育休×地方への移住体験という新しい暮らし方にトライしてみて、憧れの北海道に実際暮らすことができました。これまで漠然とした憧れだった北海道暮らしでしたが、憧れから、より具体的なものになりました。また、たくさんの友人・知人や役場の方との繋がりもでき、仕事関係についても可能性を感じられました。
子どもが生まれると、住むまちや家について考えるご家族は多いのではないでしょうか。育休を機会に、子育てしやすく、親たちにとっても心地よいまち・暮らしを探すべく、移住体験をしてみるのは、より楽しく豊かな人生を送るきっかけになると思います。10年後には男性の育休が今より当たり前になり、子育て期間に移住体験、という暮らし方をされる方がどんどん登場すると、地方はより面白くなっていくのではないかなと感じました。
家族みんなの、より心地よい場所、暮らしを移住体験を通じて探してみませんか? いろいろな検討をして、移住体験をすることで、暮らしの可能性は大きく広がると思います。
移住して1カ月ほど経過した時の写真。これからもこの子たちにとっても、楽しく、のびのび暮らせる環境で育ててあげたいなと思います(写真撮影/小正茂樹)
●関連サイト
上士幌町移住促進サイト
上士幌観光協会(糠平湖氷上サイクリング)
上士幌町Two-way留学プロジェクト
十勝しんむら牧場ミルクサウナ
ママのHOTステーション
かみしほろシェアオフィス
にっぽうの家 かみしほろ
理想のみらいフェス
十勝イノベーションプログラム(TIP)
とかち熱中小学校
かちフェス
個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。
私の中でここ数年はタイのドラマや映画、音楽や雑誌などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺いました。
初回はアートディレクター・グラフィックデザイナーで日系企業の会社員、金野芳美さん(40歳)を訪ねました。
(写真撮影/Yoko Sakamoto)
タイの首都、バンコク。面積は1,569 平方kmで、東京都の4分の3ほどでしょうか。タイ全土の約1.5%の広さにもかかわらず、経済規模ではタイ全体の約半分を占めています。交通網の整備が進み、おしゃれなショップやカフェも続々とできて、トレンドに敏感な街として勢いを感じるものの、他の国の首都と比べると地価は上がりすぎておらず、比較的手ごろな印象です。
はじめに、タイの住宅の種類について少しお話させてください。タイの住宅は、マンションのような建物の「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」と、長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な「タウンハウス」、そして日本と同様に「戸建」があります。
タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」は、建物のグレードによって呼び名が異なるのではなく、所有形態や付帯サービスが違います。「アパート」は、建物全体を一人のオーナーが所有している賃貸マンション。「コンドミニアム」は、部屋ごとにオーナーが異なる賃貸マンション。「サービスアパート」は、家事サービス付きでホテルのように住めるマンションです。
タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)
タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)
また、タイの賃貸物件は家具付きが一般的で、新しめの物件にはおおかた家具がついています。その設備は、一棟全部同じか、部屋のオーナーによってさまざまな場合も。そして、家電がついていることもあります。
それもあってか、わざわざ家具をそろえるのは相当お金に余裕があるか、自分らしく暮らしたいと願うひと握りの人で、その多くはクリエイターや外国人。また、タイブランドの家具は非常に高価なため、若い世代はIKEA率が高いそうです。
日本人女性が住む70平米の1LDKアパートさて、今回紹介するのは金野芳美さん、40歳。アートディレクター・グラフィックデザイナーで、現在は日系企業の会社員(企画職)です。
金野さんが住んでいるのは、バンコク中心部の大使館などが集まる「サトーン」エリア。オフィス街に近く新しいコンドミニアムが多い、閑静な高級住宅地です。
雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)
住まいは築30年のビンテージのアパート。道路に面した手前側の棟には30部屋ほど、奥に位置する低層棟には全6部屋があり、金野さんの部屋は低層棟の1室。70平米のたっぷりゆとりのある1LDKで、さらに部屋の周囲にベランダがついています。金野さんによると、もともと軍などに勤務する西洋人が住んでいたそう。部屋の天井も家具も高さがあって、平米数以上の広さに感じられます。
ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)
金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「タイに来たのは2007年、23歳の時です。タイのフリーペーパー制作会社にグラフィックデザイナーとして入社したんです。ここで3年間勤務したのちに、2年間のフリーランスを経て、29歳でタイ人の友達と一緒にデザイン会社を設立しました。
「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)
タイに来たばかりの当時は物価も家賃も安くて、アパートで一人暮らしをしていました。タイに根付くつもりはなくて、いつでも次の国に行けるようにスーツケースに入るくらいの荷物しか持っていなかったんです。
会社を立ち上げた当初は軌道に乗せるのが最重要項目で、家にお金をかけたくなかったので、友達の家の一室にシェアハウス的に住んだりもしていました。その後数年間がむしゃらに働いて、会社が安定したので、そろそろ住まいにもこだわって、インテリアや持ち物も増やそうと考えたときに出会ったのがこの部屋です」
ここは金野さんがタイに来て、10軒目に出会った住まいでした。
室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)
物件選びは、大家さんへの直接交渉や友人知人の紹介も70平米の1LDKは家族3人でも住めるくらいの広さで、一人暮らしには十分すぎるほど。どうしてこの物件を選んだのでしょうか。
「このアパートをあえて選んだのは、立地と広さと家賃、部屋の雰囲気の良さ、大家さんとの相性など、すべてが魅力的だったから。特に広さに関しては、当初はここまで広いところに住むつもりはなかったです。
タイでは、賃貸の住まい選びの際に、不動産会社の仲介を入れないケースも多いです。私は建物のエントランスにいるスタッフを通じて大家さんとやりとりしましたし、そこに住んでいる友人知人に紹介してもらうケースも少なくありません。条件面はすべて大家さんとの話し合いが必要になりますが、外国人でも保証人が不要ということもあり、引越しのハードルは低いですね。不動産会社が仲介するのは駐在の方が住むような高級物件くらいです」
エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)
タイ人の多くは築浅でモダンな物件を好むため、このように築古でビンテージ感ある雰囲気の物件は、同エリアの同じ広さの物件と比べてお得に借りられるそう。センスのいい外国人や、タイ人クリエイターなどに人気です。
コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)
ちなみに、年間の最高気温が35℃で最低気温が22℃のタイ(バンコク)では、南向きと西向きの部屋は「暑すぎる」「電気代がかかる」という理由で不人気だとか。この部屋も、開口部が広くて陽光がたっぷり入るものの、南向きではありません。
(写真撮影/Yoko Sakamoto)
さて、気になる家賃は……?
「お給料も物価も、15年前と比べて1.5倍になりました。現在、日本人現地採用の月給目安は60,000~80,000B(23.3万円~31万円)で、そこから保険料などが引かれます。たとえば家賃が15,000B~20,000B(5.8万円~7.7万円)の部屋を借りると、3分の1が住居費で生活がカツカツになるので、家賃は10,000B~15,000B(3.9万円~5.8万円)が理想でしょうか。この部屋は家賃が13,000B(5万円)で、電気代は高くても2,000B(7760円)。とてもコスパがいい物件です」
古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)
家賃が手ごろなうえに、このアパートは職場までバイクで15分の立地。バンコク在住の人には珍しい、職住近接な環境です。
交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「タイ人は家族と一緒に住みたい人が多いので、バンコクっ子は、たとえ実家がバンコク郊外でも、わざわざ実家から車や電車などで職場に通っています。
また、貯金はしない・投資が好きという傾向があり、少し前までは就職したらすぐローンを組めたことから、若い人も家や車などをバンバン買っていました。
不動産購入の目的は、貸して家賃収入を得られたり、さらには将来へ投資のため。お金持ちはローンを組まずに一括で買い、賃貸に出したり、のちに手放すなどして、利益を得ています。でも、一般の人が後先を考えずにローンで購入して、立ち行かなくなるケースも多々あって。もらったお給料で1カ月やりくりするという概念を持っていない人も、比較的多いように感じます。ちなみに、タイには相続税はありません」
(写真撮影/Yoko Sakamoto)
現在、バンコクの地価は東京のおよそ4分の1と聞きました。たしかにその価格であれば、若い世代も不動産を手に入れる夢が持てますね。金野さんも、まわりの人からこれだけタイに長くいるのだから不動産を買ったらいいのにとよく言われますが、外国人は土地の所有が認められていなくて、購入できるのはコンドミニアムのみだそうです。
キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)
譲ってもらった家具や旅で出合った小物で部屋を飾るこの部屋の床材は風合いのある木材ですが、タイの物件の床はタイル貼りが主流です。タイでは玄関扉周辺で靴を脱ぎ、室内では靴下やスリッパは履かずに裸足で生活します。タイルは冷たくて気持ち良く、水拭きできるというメリットもあるそう。バンコク以外の地域では、タイル床にゴザを敷いて床生活をしている家が多いのだとか。
キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「一般的な賃貸物件と同様に、この部屋にももともといくつかの家具や家電がついていました。リビングのテーブルとキッチンのカウンター、テレビ台、クイーンサイズのベッド、冷蔵庫などですね。タイの賃貸住宅についているベッドがたいていクイーンかキングサイズなのは、部屋が大きいからベッドも大きいのでは、と思います」
クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「この物件のキッチンにはガスコンロがついていました。新しい物件はIHが主流なので、この点も古い物件ならではです。ちなみに、安い物件にはキッチンがついていないことも少なくありません。タイは屋台文化が発達していて、家で料理をせずに外で食べたり、買ってきたりすることも多いですからね。でも最近は、おしゃれだからとかヘルシーという理由で料理をする若い人も増えてきました」
新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「そして、お金持ちの家にはメイドさんがいて、料理・掃除・洗濯等の家事をすべてまかせています。このアパートにも掃除してくれるスタッフがいて、普通の会社員も頼める金額でやってもらえますよ。たしか1回あたり400B(1552円)か600B(2328円)くらいです」
タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)
家具付きの部屋と聞くと、自分らしさを出しにくいのではと感じますが、とんでもない。譲ってもらった家具をゆったりと置き、壁にタイのアーティストの絵を飾り、ミャンマーなど近隣諸国で買ってきたアジア雑貨を足す。ひとつひとつ見ると個性の強いカラフルな家具や小物も、床が濃い茶色だからか、絶妙なバランスでまとまっています。
イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「家具はタイを離れる友人から譲ってもらったり、本帰国する人のガレージセールで手に入れたり。このソファも、タイを離れた日本人から2000Bで譲ってもらいました。
タイは気温も湿度も高いためラグではなくゴザが普及していますが、ゴザは本来安価なもの。それをおしゃれにリデザインしたのがタイの『PDM』というブランドで、Facebookで見てこれだ!と柄にひと目ぼれ。すごく派手だから、テーブルで一部を覆って派手さを薄めています」
個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)
まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)
気づいたら在タイ期間も長くなって。「何か月か、住んでみたらいい」外に出かけるのが好きで、コロナ禍前は外食がほとんどだった金野さん。10人単位の来客もよくありました。でも、コロナ禍で出掛けられなくなって家にいる時間が長くなったときは、空間にこだわって居心地よくしていて良かったと思ったし、家で料理もしていたそう。そして今、ふたたび出かける楽しさを満喫しています。これからの住まい計画はどうでしょうか。
(写真撮影/Yoko Sakamoto)
「実は、私はタイに住みたくて来たわけではなくて、根付くつもりはなかったのになぜか今に至っていて。面白いもので、バンコクはそういう人のほうが長く居ついているんです。かれこれ15年以上住んでいるので、タイにいる日本人の中では中堅くらいでしょうか。でも、コロナ前には別の国へ赴任する話もあったので、この先もしかすると他の国に移住するかもしれません」
(写真撮影/Yoko Sakamoto)
強い意志を持って、よほど勇気を出さないと海外移住はできないという思い込みがありましたが、意外と住んでから考えることもできるのですね。働き方の自由度が上がった今、まわりでも海外移住を検討している人が何人もいて、もちろんタイを目指している人もいます。
「何か月か、住んでみたらいいのよ」(金野さん)という言葉が、こんなにもリアルに響いたのは初めて。ふらっと行って住んでみる、という可能性を教えていただきました。
●取材協力
金野芳美さん
Instagram @kinnokinno
1バーツ=3.88円(2023年4月10日現在)
小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきました。2022年5月に全面開業して1年。個性的なショップが並ぶ商店街は雑木に囲まれ、駅前には土管のある空き地や草が茂る原っぱも! かつての“サブカルのまち・下北”から記憶がアップデートされていないならば、その変わりように驚くかもしれません。そんな下北沢で、いま、街の緑の維持管理を行っているのが、地域コミュニティ「シモキタ園藝部」です。
下北線路街の緑のコンセプトづくりと「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに携わった、株式会社フォルク代表のランドスケープ・デザイナー三島由樹さんに、下北沢に生まれた新しい街の緑について伺いました。
街の人が鉢植えを持ち寄り緑を育む「下北線路街空き地」三島さんは、東京やアメリカでランドスケープデザインを学び、帰国後は大学で研究と教育に携わりました。その後、2015年に設立した株式会社フォルクで、ランドスケープデザインと街づくりのプロジェクトに携わってきました。小田急電鉄から依頼を受けて下北線路街の計画に携わっていたUDS株式会社から、「ランドスケープデザインのコンセプトを一緒に考えてほしい」とお願いされ、2018年から下北沢のまちづくりに関わることになりました。
最初に緑の場所づくりをしたのは、「下北線路街空き地」です。冒頭の写真の土管が印象的な「下北線路街空き地」は、「みんなでつくる自由な遊び場」がコンセプトの屋外イベントスペース。小田急線下北沢駅東口から、下北沢交番方面へ徒歩4分のところにあります。
「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植が出迎えてくれる(画像提供/フォルク)
イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)
入口を入ると、右手に「空き地カフェ&バー」、「空き地キッチン」、左手にはイベント時にキッチンカーの並ぶエリアがあります。中央にあるレンタルスペースAは、土管のある芝生エリアで、ステージがあり、屋外映画上映会やサウナ体験会などさまざまなイベントを開催。レンタルスペースBでは頻繁にマルシェが行われています。
右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)
芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)
最近見かけるおしゃれなイベントスペースかと思いきや、ミミズコンポストがあったり、鉢植えの並んだ棚があったり……。ただのイベント会場とはちょっと違うことがわかります。
「棚にたくさん並んでいる鉢植えは、下北沢の街の人が持ち寄ったもの。下北線路街で皆で緑を育てていったり、緑を通じて交流する仕組みづくりの試みは、ここからスタートしました」(三島さん)
緑の少なかった下北沢に現代の雑木林「シモキタマチバヤシ」をつくるそもそも再開発前の下北沢の街は緑が少なく、小田急電鉄には、「再開発が行われる時には緑をたくさんつくってほしい」という地元の声が寄せられていたそうです。そこで、下北線路街全体の緑のコンセプトとして三島さんたちが提案したのが、「シモキタマチバヤシ」でした。
「開発で生まれるグリーンは、『美しい緑』『かっこいい緑』であることが多いですが、触っちゃいけない緑が多いですよね。下北線路街の緑のコンセプトは、言ってみれば現代の都市における雑木林みたいな感じです。下北沢も昔は雑木林がたくさんあったそうです。人が植物を暮らしに役立てていた、人と植物が共に支え合って生きていた時代があったんですね。植物が少なくなってしまった下北沢という街に、人と植物が関わり合う新しい文化をつくろうという意味を込めました」(三島さん)
下北線路街にできた商店街「BONUS TRACK」は、あちこちに株立ちの木々が葉を揺らし、道を歩くと、雑木林を通り抜けていくようです。
野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
「『下北線路街空き地』ができ、これから下北線路街の中にたくさん緑が生まれていく中で、緑をどうやって管理していくか。普通だったら小田急電鉄さんの関連会社が植栽の維持管理をしますが、現代の雑木林みたいな人の暮らしに役立つような緑をつくっていくのであれば、緑を必要とする人が街の緑を育てていくやり方の方がいいんじゃないかと。そこで、緑を育て、活用するコミュニティづくりを提案しました」(三島さん)
関連記事:
・下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
小田急電鉄の賛同を得て、2019年秋からワークショップを始め、2020年春にシモキタ園藝部の前身である下北線路街園藝部を発足。人が苗木を土に植え込む形に由来する「藝」という字をあえて使いました。コミュニティのミッションは、緑を通じた循環型地域社会の担い手となること。メンバーは、駅にポスターを張ったりSNSで一般公募しましたが、最初に集まったのは、20名ほどでした。
2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)
「半年間、ワークショップを開催しながらどんなコミュニティにしていきたいか、一人一人がそこで何がやりたいかを話し合うことから始めました。用意した企画に乗ってもらうんじゃなくて、皆で園藝部の企画をゼロからつくっていったのです」(三島さん)
その後、2021年に法人化され、シモキタ園藝部という名称に。小田急電鉄から委託され、世田谷区の北沢、代沢、代田地域を主なフィールドに、街の植栽管理を行っています。雑草や剪定後の枝や葉を廃棄するのではなく、コンポストを使ったり、剪定枝をリースとして提供するなど、なるべくゴミを出さずにすべてを循環させる取り組みをはじめました。
植物や様々な生き物と触れ合える、住宅街の中の原っぱ「シモキタのはら広場」その後、2022年4月、下北沢駅のすぐ近くに、シモキタ園藝部の拠点がオープン。事務所である「こや」、ワイルドティーと天然ハチミツの店「ちゃや」、そして「シモキタのはら広場」ができました。コンセプトは、循環をつくる街の圃場です。憩いの場所であると同時に、土や枝葉の回収や育苗を行い、植物の循環をつくり出す場所。広場にはワイルドフラワーが咲き、虫たちが集まり、動植物が混然一体となって、街の中に原っぱが生まれました。
住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)
種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)
園藝部の拠点と広場づくりは、園藝部のコミュニティメンバーと連携し、一緒に議論してつくっていきました。地域コミュニティであるシモキタ園藝部を、どう運営していくか? ただのボランティアでなく事業として経営していけるか? 今では、一人一人の興味をもとに様々な事業が立ち上げられています。コンポストをつくるキットの商品化が進行中だったり、養蜂の事業、緑の担い手を育てるシモキタ園藝學校という人材育成事業も行っています。
落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
ほかには、「古樹屋」という下北沢らしいネーミングのビジネスも。洋服の古着屋の植物版で、街の人が育てきれなくなってしまった植木や鉢植えを引き取って、仕立て直し、新しい引き取り手にマッチングしています。
古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
「緑を誰かの所有物ではなく、地域のコモンズ、地域で共に生きるパートナーとしてみてほしいんです。街の緑は、自治体だったり、個人だったり、誰かのものになりがちなんですけど、緑は、人間だけでなく全ての生き物が生きていく上で不可欠な存在なんだという意識を持ってもいいのではないかと思うんです。『古樹屋』は園藝部の事業ですが、金額は買い手の人につけてもらうんですよ。子どもはお小遣いで、園藝部の活動を応援したい人は、普通のお店で買うよりも高く出してくださるとか。植物をたくさん売って稼ぐことが目的ではなくて、植物は街で生きる全て誰もにとって欠かせないパートナーなのだというこれからの新しい社会をつくるためにやっている事業というイメージです」(三島さん)
シモキタのはら広場も、見た目の美しさではなく、いかに街の人がいきいきと活動する場所になるかにフォーカスし、住宅街の中の静かな原っぱをつくっていこうとしています。「こんな雑草だらけでいいのか」という声もたまにあるそうですが、「街中にワイルドな野原をつくってくれてありがとう」「子ども達をこういう所で遊ばせたかった!」という声が多いそうです。夏休みには、子ども達が虫取り網を持ってうろうろしている光景が毎日のように見られたそうです。
緑が増えるにつれて、下北沢の街の人にも変化が。20名から始まったシモキタ園藝部のコミュニティメンバーの数は大人から子どもまでの地元の人やプロの造園家など約150人ほどに増え、一人一人のやりたいことを事業の企画にして、みんなで少しずつ実現しています。街の風景が変わるだけでなく、街の緑に対してアクティブに関わる人がどんどん増えているのです。
シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)
「植物は手入れが必要ですが、手間のかかることを面白くして、楽しみながら緑に関わる人を増やしていきたい」と三島さん。新たに生まれた緑の空間が、下北の街にインパクトを与え、ビジネスやイベントが生まれる場所になっています。昔からある街の緑を引き継ぎ、育て、新しいものを生み出す緑の街づくり。学生時代、古着を買いに通った下北沢を久しぶりに訪れてみたくなりました。
●取材協力
・株式会社フォルク
・シモキタ園藝部
・下北線路街空き地
リクルートが「『住宅購入・建築検討者』調査(2022年)」を公表した。この調査では、住宅の購入や建築を検討するうえで、知っておきたい制度などについての理解・関心度も聞いている。その結果、理解・関心度の高いワードの多くが、住宅ローンや減税に関するものだということが分かった。
【今週の住活トピック】
「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)公表/リクルート
調査は、首都圏、東海圏、関西圏の三大都市圏と政令指定都市のうち札幌市、仙台市、広島市、福岡市に住む、20歳から69歳の男女で、過去1年以内に住宅の購入・建築、リフォームについて具体的に検討した人を対象に行われた。
検討している住宅の種別(複数回答)は、「注文住宅」が過半数の56%で、「新築一戸建て」32%、「中古一戸建て」29%、「新築マンション」32%、「中古マンション」26%、「(現在住む家の)リフォーム」15%となっている。「一戸建てか、マンションか」を聞く(単一回答)と、「ぜったい」と「どちらかといえば」の合計で、「一戸建て派」が63%、「マンション派」が22%と、一戸建て派が多数を占める結果となった。
また、検討している物件に、「永住する」と考えているのは45%、「将来的に売却を検討している」のは24%、「将来的に賃借を検討している」のは5%だった。
過半数が名前も内容も知っている、【フラット35】、「リノベーション」、「住宅ローン減税」この調査では、「税制・優遇制度などへの理解・関心」について、詳しく聞いている。聞いた税制・優遇制度は、「今後創設予定の税制・優遇制度」、「住宅購入に関する税制・優遇制度」、「住宅購入に関する金利・補助金」、「物件の構造・仕様、取引、他に関するもの」に大別され、それぞれ複数項目を聞いている。
その項目の中で、「言葉も内容も知っている」と回答した割合(以降は、「認知度」と表記)の多いものを挙げてみよう。
■認知度の高い項目(上位10項目)
順位制度名等認知度1【フラット35】75%2リノベーション63%3住宅ローン減税※56%4【フラット35 S】46%4空き家バンク46%6固定資産税の減額措置45%6スマートハウス45%8贈与税の特例42%9認定長期優良住宅41%10住宅リフォームの減税制度40%※住宅ローン減税については、さらに細かく聞いているが、順位としては省略した。認知度の上位には、住宅ローンと減税に関するものが多く入っているのが目立つ。ローンと税金は多くの人に関係するだけに、認知度が高くなっているのだろう。ちなみに、認知度が低かったのは、「BELS」(23%)や「安心R住宅」(25%)だった。
【フラット35】と「住宅ローン減税」のどこまで知っている?この調査では、回答者に対して言葉とその内容について説明文を提示し、そのうえで、知っているかどうか聞いている。その説明について、紹介しておこう。
まず、1位の【フラット35】と4位の【フラット35 S】。
【フラット35】全期間固定金利の住宅ローンである【フラット35】において、2023年4月よりすべての住宅について、省エネ基準への適合を求める制度の見直しが行われる。【フラット35 S】一定の基準を満たした住宅を取得する場合、一般の住宅より金利を引き下げる制度。住宅金融支援機構と民間金融機関が提携して提供する【フラット35】だが、ポイントは、2023年4月以降は省エネ基準に適合していないと利用できないことだ。金利を引き下げる優遇制度である【フラット35 S】は、すでにZEHなど省エネ性の高い住宅ほど金利が優遇される仕組みに変わっている。
2位の「住宅ローン減税」については、「返済期間10年以上の住宅ローンを利用して住宅を購入した場合に、住宅ローン残高の0.7%を所得税等から控除」と概要を説明しており、認知度は56%になっている。実は、調査ではさらに細かく聞いている。
【住宅ローン減税×環境性能】環境性能の優れた住宅では、減税の対象となる借入限度額が上乗せになる。【住宅ローン減税×中古OK】新耐震基準適合住宅(1982年以降に建築された住宅と定義)であれば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×増改築OK】自宅の増改築でも基準を満たせば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×新築床面積】2023年末までに建築確認を受けた新築住宅であれば、床面積が40平米以上50平米未満でも適用される。(それより以前は床面積50平米以上で適用対象)【住宅ローン減税×耐震改修】新耐震基準を満たさない中古でも、取得後一定期間内に耐震改修して基準を満たせば、住宅ローンが適用される。いずれについても、認知度は46%~51%と高く、住宅ローン減税については細かい適用条件まで理解している人が多いことがわかる。
リノベーションなど認知度の高いワードを再確認以下、上位に挙がった項目について、説明していこう。
リノベーション既存の建物に大規模な改修工事を行い、用途や機能を変更して性能を向上させたり付加価値を与えること。空き家バンク地方自治体が、空き家の賃貸・売却を希望する所有者から提供された情報を集約し、空き家をこれから利用・活用したい方に紹介する制度。空き家対策の一つとして注目されている。固定資産税の減額措置2024年3月末までに新築住宅を取得した場合、固定資産税が3年間(マンション等の場合は5年間)、2分の1に減額される。スマートハウス太陽光発電システムや蓄電池などのエネルギー機器、家電、住宅機器などをコントロールし、エネルギーマネジメントを行うことで、家庭内におけるエネルギー消費を最適化する住宅。贈与税の特例住宅取得等資金として、子や孫が親や祖父母から贈与を受ける場合、通常の住宅で500万円、省エネ等住宅で1000万円まで贈与税が非課税になる。認定長期優良住宅耐震、省エネ、耐久性などに優れた住宅である長期優良住宅と認定されると、所得税、登録免許税、不動産取得税、固定資産税が軽減される。(住宅ローン減税では借入限度額が上乗せされる)住宅リフォームの減税制度耐震改修、バリアフリー対応、省エネ対応、三世代同居対応、長期優良住宅化対応の工事を行うと所得税等の控除がある。リクルート『住宅購入・建築検討者』調査(2022年度)を基に筆者が作成少し補足説明をしておこう。
「リノベーション」については明確な定義がないのだが、住宅業界では一般的に、劣化した部分を建築当時の水準に改修するだけでなく、今の生活に合うように機能を引き上げる改修を行うことをいう。そのため、大規模な改修工事になることが多い。
「空き家バンク」は、かつては自治体ごとに公開しているホームページを見に行くしかなく、使いづらいものだったが、いまは民間の不動産ポータルサイトによって統一した内容で全国の空き家が探せるようになっている。
「スマートハウス」は、一般的にHEMS (home energy management system) と呼ばれる住宅のエネルギー管理システムで、家庭の電気などのエネルギーを一元的に管理する住宅のこと。IT技術を活用した住宅としてはほかに、IoT住宅(アイオーティー住宅。インターネットで住宅設備や家電などをつなげてコントロールできる住宅)などもある。IT技術によって、今後も多くのものがホームネットワークでつながり、安心安全や健康などの住生活の向上も期待されている。
ほかは、主に減税に関する項目が上位に挙がった。いずれも期限付きの減税制度となっている。期限がくると延長されるか、縮小されるか、終了するかになるので、注意が必要だ。
知っておきたい「新築住宅の省エネ基準適合義務化」と「インスペクション」最後に、認知度が高くはなかったが、知っておきたい項目について紹介したい。それは「2025年新築住宅の省エネ基準適合義務化」(26%)と「インスペクション(建物状況調査)」(32%)だ。
新築住宅、特に一戸建てのような小規模な建築物にも、省エネ基準への適合が義務化されることになっている。適合義務化は、2030年までにZEH水準まで引き上げる予定となっている。こうした新築住宅への義務化によって、既存の住宅と省エネ性能に開きができる点も押さえておきたい。
「インスペクション」(32%)はもっと認知度が高いと思っていたので、少し意外に思った。中古住宅の売買において、宅地建物取引業者は、建物状況調査の事業者をあっせんするかどうかや、対象の住宅が建物状況調査を行っているかどうかなどを伝えることになっている。建物の状態はしっかり把握しておきたいものなので、認知度が上がることを期待したい。
さて、説明文が簡単に記載されていたとしても、「言葉も内容も知っている」というレベルは人それぞれだろう。何となく分かっているというレベルから、適用条件や期限まで正確に把握しているレベルまでさまざまある。実際に制度を利用しようとするときには、正確に理解していることが求められるので、この機会にぜひ各制度への理解を深めてほしい。
●関連サイト
リクルート「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)
都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。
はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。
人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。
今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)
「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」
畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)
祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。
100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。
そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。
関連記事:
・高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる
・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?
そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。
建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)
そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。
画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)
母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。
一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。
そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。
すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。
石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)
当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。
今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。
参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。
肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。
ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)
作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)
(写真撮影/片山貴博)
紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)
地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)
地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)
畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)
オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)
自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)
筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。
実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。
地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)
絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)
杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)
母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。
「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)
休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)
多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。
プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。
●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト
都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。
はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。
人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。
今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)
「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」
畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)
祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。
100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。
そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。
関連記事:
・高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる
・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?
そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。
建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)
そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。
画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)
母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。
一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。
そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。
すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。
石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)
当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。
今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。
参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。
肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。
ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)
作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)
(写真撮影/片山貴博)
紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)
地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)
地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)
畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)
オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)
自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)
筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。
実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。
地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)
絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)
杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)
母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。
「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)
休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)
多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。
プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。
●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト
家を建てるとなれば、かつては「2階建て3LDK以上」が一般的でしたが、最近では約70平米前後のコンパクトな平屋の需要が見られるようになりました。子どもが巣立ったのをきっかけに2LDK・約67平米の平屋を新築したTさんご夫妻の住まいの事例から、“コンパクト平屋”の魅力を探ります。
子育てを終えたのをきっかけに、夫婦2人の家づくりをスタート賃貸住宅に住んでいたTさんご夫妻(夫30代・妻40代)は、お子さんが巣立ち、2人だけの生活になったのを機にマイホームを検討しはじめます。
大きな壁になったのは資金計画。2人は新築のために貯蓄してきたわけではなかったため、当初は「無理かもしれない」と思っていたそう。しかし偶然、依頼した建築会社が不動産業も営んでいたため、「夫の年齢であれば十分な融資が下りること」「収入に見合った予算の立て方」などのアドバイスを受け、家づくりが現実のものになります。
Tさんご夫妻(写真撮影/片山貴博)
家を建てるにあたり、Tさん(妻)にはある譲れない思いがありました。
「私が思春期のとき、実家が2階建てで、2階の子ども部屋にこもりがちになっていました。それもあって、家のつくり次第で家族の過ごし方が変わることを、身をもって知っていたのです。現に子育て期間を過ごした賃貸アパートはワンフロアだったので、子どもたちと料理をしたり気さくに会話したり、コミュニケーションが取れて本当によかったなと。夫婦2人にはなりますが、こうした背景から“コンパクトな平屋”にすることは外せませんでした」
年齢を重ねて体が思うように動かなくなったとき、平屋であれば負担が少ないはず。また、夫は車いじりが大好きで、ガレージでメンテナンスをするほか、屋外で食事や庭づくりをしたいとも思っていました。建坪を抑えれば、庭のスペースを最大限に確保できる。さまざまな点で小サイズの平屋は理にかなっていたと言います。
妻の意見に夫は大賛成。
2年かけていくつかのエリアを見て回り、埼玉県内にある約120坪の土地を購入しました。
夫が元来、車好きだったことや、妻のインテリアの嗜好から“アメリカンハウス”に惹かれていた2人。2021年10月に2LDK・約67平米の平屋を完成させました。
本体価格1000万台前半。2LDK・約67平米。竣工年月2021年10月(画像提供/デザインハウス・エフ)
アメリカンハウスの世界に忠実に屋根やポーチをデザインしたT邸。敷地は農地転用されたばかりで周辺が静かだったことが決め手に。植樹したヤシの木もこだわり。外構、ヤシの木の植樹はヤシの木を販売している会社「ザルゲートガーデン」に依頼(写真提供/Tさん)
照明もこだわり。夜は昼間と違った趣に(写真提供/Tさん)
「今まで子育てに忙しくて暮らしにあまり手をかけられなかったので、新居には理想を込めました」(妻)
室内はブルーや白の壁・ブラウンの床を基調にした明るく穏やかな空間。LDKを吹き抜けにし、窓を大きく取ったことで、ミニマムな平屋とは思えない開放感が広がります。
リビングのソファに腰掛けると、窓の外にはやさしく葉を揺らすヤシの木が。まるでアメリカ西海岸を訪れたかのようなムードです。
T邸では将来、体が思うように動かせなくなったときに備えて床をフラットにしていますが、部屋ごとに床に異なる素材を使い、アクセントウォールを取り入れるなどして、各スペースの印象が変わるようにしています(写真撮影/片山貴博)
庭を望むリビングのソファは、とくに夫が気に入っている場所(写真撮影/片山貴博)
高低差をつけてバランスよく配された植物が、くつろぎのムードを演出。スペースごとの色調に合わせ、ダイニングには木製ブラインド、リビングにはブルーのカーテンを採用しました(写真撮影/片山貴博)
関連記事:2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?
別々のことをしていても近くに感じられる心地よさは平屋ならではT邸では玄関に入るとすぐに洗面室・トイレ・脱衣室があります。とくに洗面室には直接、玄関からアクセスできる通路が設けられていて、帰ってきてすぐ手洗い・うがいをし、そのまま脱衣室で汚れた服から着替えることが可能。もちろん、LDKには掃き出し窓があるので、こちらからも屋外に気軽に行き来することが。
庭でたくさんの時間を過ごす2人ならではの間取りと動線です。
「家中を滞りなく動き回れるよう、2つの個室以外は極力、区切りをなくしました。どこでもつながりを感じられて、逃げ場がないのがよいところ。喧嘩しても、いつまでも口を利かないわけにはいきませんから(笑)」(妻)
「2階建てよりは関わりを持ちやすいと感じている」と語るご夫妻。
休日はソファでくつろぐ夫の傍らで、妻がダイニングのテーブル席で副業のアーティフィシャルフラワーの作品づくり。別々のことをしながらひとつの空間で過ごす心地よさを、この平屋に住むようになってますます実感していると言います。
玄関に入ると右手に洗面室への出入口とシューズクローク。向かいの2つのドアは、右がトイレで左が脱衣室。畑仕事などの後、LDKに入る前に汚れを落とせます(写真撮影/片山貴博)
身支度の時間が重なると洗面台が取り合いになるため、カウンターを長めに取って鏡を2人分配置。「玄関のすぐ近くに洗面台を配したプランは、とくにコロナ禍で役立ちました」(妻)(写真撮影/片山貴博)
風が強い日が多い地域のため、脱衣室(兼ランドリールーム)を広めにしてたくさん部屋干しをできるよう工夫(妻)(写真提供/デザインハウス・エフ)
アーティフィシャルフラワーの作品は、妻が試しに手づくりしたことから虜になり制作しているもの。将来は家のガレージで教室を開きたいと考えています(写真撮影/片山貴博)
作業部屋もつくりました(写真撮影/片山貴博)
屋内外をつなぐミニマムな平屋は、ご近所づき合いにも好影響引越してきて約1年半、ドライガーデンに挑戦したり、庭で食事をしたり、自分たちらしく暮らしを満喫している2人。アメリカンハウスの外観が目を引くこともあってか、その光景を見てよく道行く人が声をかけてくれるのだそう。
「子どもがいないと地域に溶け込みにくいイメージがありましたが、そんなことはまったくなくて、BBQに飛び入りで参加してもらって仲良くなり、プライベートでご飯を食べに行ったり、古くから住むお年寄りに家庭菜園で育てた野菜をおすそ分けしてもらったり。豊かな交流を広げています」(夫)
庭から玄関・LDKそしてまた庭へ。屋内外を行き来しやすい“コンパクト平屋”だからこそ、人との距離が縮まっていく――。その好循環も、ここに住む魅力のひとつと言えるでしょう。
軒先には英字の標識を立てた愛らしいドライガーデンが。手前の花壇には、季節ごとに異なる花々を植えています(写真撮影/片山貴博)
フラットな床で将来の備えも万全。一方で防犯対策は念入りにTさん(妻)は長年、看護師をしてきたことから、さまざまな介護の現場を見てきたそう。そのため「将来の万一のときに備えて」というのも、平屋を選んだ大きな理由です。仮に車椅子になったとき、平屋だと上り下りがない分、2階建てより負担が少ないと言えますが、床の段差をなくし、さらにスムーズに移動できるようこだわりました。
キッチンの壁は掃除しやすい人造大理石を採用。現在ゴミ箱を収めているカウンター下の空洞は、将来、車椅子を入れて座ったまま料理ができるようにするためのアイデア(写真撮影/片山貴博)
「過ごしやすさの話で言うと、エアコンはLDKに1台備えただけ。部屋数を最小限にとどめた分、光熱費を抑えられていますし、掃除もラクにできます。また、意図的に収納スペースを少なくし、ものを目に届きやすくし、管理しやすくする工夫もしました」(夫)
平屋のメリットを享受しているご夫妻ですが、懸念している点がひとつあると言います。
「『平屋は防犯面で気をつけた方がいい』と聞くため、セキュリティサービスに入るほか、窓に防犯フィルムを貼る、フェンスを装備するなどして対策を徹底しています」(夫)
平屋は今後の2人の暮らしを魅力的なものにする、ベストな選択「屋外との一体感を得られ、家中を移動するときに負担が少なく、ご近所ともつき合いやすくて。これ以上ないくらい自然体でいられるのが、平屋のよさかなと。
今後はガレージとウッドデッキを完成させたいです」(夫)
「何か地域のために役立つことができたらとも考えている」と笑顔を見せる2人。
妻は、幸運にも迎えられた新しい日常をこう話します。
「思えば私の小さいころからの夢は、看護師になって平屋を建てることでした。それが実現したのは夫のおかげ。とても感謝しています。
今は子どもが手を離れ、時間的なゆとりができていますが、そのことと平屋とが融合し、いい状態で過ごせていると感じます。
リビングからヤシの木を眺めては、夫婦で『いいね、うちは』と話しているんです(笑)」(妻)
2人だけの生活になってたどり着いたTさんご夫妻の平屋。
自分たちらしい解である小さな住まいからは、予想を上回る幸せが生まれているようです。
あたたかい季節は週1・2回、庭に出て音楽やお酒を楽しんでいるご夫妻。「夜、家から見る庭があまりにきれいで、自宅にいることが信じられない気持ちになります」と話します(写真撮影/片山貴博)
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●取材協力
デザインハウス・エフ
住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。
あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。
世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)
一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。
このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。
センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。
住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)
世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。
関連記事:百人百通りの住まい探し
生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。
「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)
ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)
相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。
「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)
また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。
「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)
それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。
問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。
「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)
また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。
例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。
高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)
これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。
「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)
「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。
また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。
さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。
「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)
各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。
高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)
独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。
その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。
ひとり親世帯の家計を圧迫している費用
2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)
そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。
家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)
「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。
住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。
居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。
住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。
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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」
長期の育児休業中に、移住体験の制度を活用して北海道へのプチ移住を果たした私たち夫婦&0歳双子男子。
約半年間の北海道暮らしでお世話になったのは、十勝エリアにある豊頃町(とよころちょう)、上士幌町(かみしほろちょう)という2つのまち。
人口がそれぞれ約3000人、5000人という規模が小さなまちですが、実際に暮らしてみると、都会とは全然違うあんなことやこんなこと。田舎暮らしを検討されている方には必見⁉な、実際暮らした目線で、地方の豊かさとリアルな暮らしをレポートします! 今回は、豊頃町編です。
(写真撮影/小正茂樹)
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北海道・十勝は大きい!そして雪は案外降らない!みなさん、北海道と言えばどのようなことを思い浮かべるでしょうか。「のんびりした大平原」「夏は涼しく、冬は雪にまみれて身動きが取れない」「とにかく自然が多くて、温泉やグルメ三昧」などなど、さまざまなイメージがわくと思います。今回私が移住体験を行った北海道・十勝エリアの面積は約11,000平方kmで、東京都の約5倍。この広大な敷地におよそ35万人が暮らしていて、驚くのは、食料自給率。日本全体で約38%(カロリーベース)のなか、十勝エリアでは約1100%と言われています。およそ29倍です。まさに日本の食糧基地と言えるエリアとなります。
十勝と言えば大平原地帯。大きな平野部を生かした大規模農業が盛んなエリアが多いです(写真撮影/小正茂樹)
一方で、誤解しがちなのが、気候。近年は北海道でも夏は最高気温が30度を超える日も珍しくなくなり、内陸部などでは35度を超えたり、日本の観測地点で1位の気温だったという日があったりするくらい。一方、冬については、「寒い」ことは間違いなく、1日中氷点下の日も少なくないのですが、実は、私たち家族が降り立った「十勝エリア」は、ほとんど雪が降らないエリア。雪への耐性がない都会暮らしの人にとっては過ごしやすいともいえると思います。
十勝エリアの気候の特徴としては、「晴天率が高い(いわゆる十勝晴れ)」「雪が少ない(年に数回ドカ雪が積もりますが……)」「寒暖の差が激しい」ということが挙げられます。晴れの確率が高く、雪が少ないのは、移住者からするとすごく助かる特徴かなと思います。ただし、路面凍結は当然ありますし、天気によっては地吹雪などで前が全く見えないホワイトアウトになることもあります。私も冬の凍結した道路を運転するのはあまり経験がなく、安全第一で移動していましたが、車を運転される方は、とにかく安全運転を心がけましょう。
真冬の十勝の夕暮れ時。辺り一面が真っ白で、空気が澄んでいて、とにかく凛としています。気温はすごく低いですが、晴れた日が多いため、心地よい風景を楽しめる日が多かったです(写真撮影/小正茂樹)
滞在中、2回だけドカ雪が降り、雪かきも。移住体験中に2回雪かきをする朝を体験出来たのはすごくテンションが上がると共に、冬の暮らしの厳しさを体感することが出来ました(写真撮影/小正茂樹)
また、田舎暮らしをするときに特に気になるのが、人間関係。私の個人的な感想としては、北海道、特に十勝エリアの方々は、明るく朗らかな方が多く、ご近所づきあいも付かず離れず、くらいの気持ち良い関係性になるのかな、と感じました。ゴミ出しの時のご挨拶、散歩のときの世間話、特にプライバシーに踏み込まれたと感じるようなこともなく、よくテレビなどで言われるご近所づきあいが大変、というようなことを感じることはない移住体験でした。
これには、十勝エリア特有の理由があるのかなとも思います。北海道は「屯田兵制」を活用した国主導の開拓の歴史がほとんど。しかし、実は十勝エリアだけは、当初民間の開拓から始まったと言われています。それが、今回私たちがお世話になった豊頃町の大津港エリアというところが起点になったそうです。開拓の歴史としては140年。十勝には、この「開拓者精神」というものが宿っているということで、「チャレンジ精神」に満ちあふれていると十勝にお住まいの方はよくおっしゃいます。新しいモノコトヒトに対しても、受け入れてくれる土壌があるんではないかと感じました。私の出身の大阪では、「やってみなはれ」文化という、とりあえずやってみたら、という考え方がありますが、根底の考え方は似ている気がします。これが、私が十勝エリアにウマが合う人が多い理由なのかもしれません。
北海道に来て最初に滞在したのは、豊頃町(7月上旬~9月上旬)。豊頃町は、十勝エリアの東側に位置する人口約3000人ほどの小さなまち。北海道民でも、ここ!と指させる人はそこまで多くないかもしれません。とはいえ、海があり、汽水湖があり、十勝エリアを代表する河川「十勝川」の河口部分を有していて、森林面積は約6割。平地部には大規模農家さんが多く、100haを超える耕作面積を持つ農家さんも複数いらっしゃいます。また、海沿いの漁港もあるため、十勝では珍しく、農林水産業すべてがそろっており、十勝開拓の祖となる「大津港エリア」がある歴史あるまちでもあります。
大津港エリアにある開拓の記念碑。ここから十勝エリアの開拓140年の歴史が始まりました(写真撮影/小正茂樹)
観光資源としては、「ジュエリーアイス」と「ハルニレの木」という自然系のものが2つ。あと、グルメでは、「アメリカンドーナツ」が有名な「朝日堂」さんや、国道沿いの常連さんに愛されている「赤胴ラーメン」さん。暮らしてみると、面白いものはちょこちょこあるのですが、分かりやすい観光資源というのはそこまで多くないのが、あまり知られていない要因なのかもしれません。
十勝川河口部付近で見られるジュエリーアイス。真冬の一定期間しか見られないのですが、早朝から多くの観光客のみなさんが見学に来られています(写真撮影/小正茂樹)
移住体験住宅から1kmちょっとのところにあるハルニレの木。川沿いの抜け感のある景色のなか、大きな木が河川敷に。レストハウスでは写真家さんの四季折々のハルニレの木が展示されています(写真撮影/小正茂樹)
また、私が暮らした移住体験住宅は、国道38号線から近く、JR豊頃駅も徒歩10分。そして、徒歩3分で北海道の生活インフラコンビニ「セイコーマート」があり、日常の生活は特に支障ありませんでした。また、色々と買い物に出かけるときは、車が必要なものの、渋滞が起こることはなく、買い物施設は車で20~30分、帯広空港にも30分程度、帯広市内のショッピングモールなどの大きな買い物施設にも40分程度で行くことができます。景色が良いところをドライブがてら行くことができたため、正直、そこまで不便を感じることはありませんでした。車の運転が好きな人なら、おすすめできる立地です。また、帯広空港から車で30分圏内というのは、首都圏との2拠点居住などを考えるうえでも大きなメリットになるのではないかなと感じました。
国道38号線沿いも気持ちいい風景が広がり、気持ち良いドライブを楽しめます(写真撮影/小正茂樹)
豊頃町での暮らし。家の居心地はもちろん、人があったかい!豊頃町の移住担当窓口は、企画課さん。移動当日は2022年7月10日(日)で、選挙(我々は期日前投票してからフライト!)と重なっていたのですが、役場で到着をお待ちいただいて、無事鍵を受け取ることが出来ました。当日は日曜日ということもあり、対応いただけないかなと当初は近くで宿を取ろうと思っていましたが、宿泊代ももったいないからと休日対応をいただけました。幼い子ども達を連れての移動は極力ないほうがありがたく、すごくポイントが高かったです。
私たちは空路で北海道入りしましたが、大阪で使っていた車を会社の後輩たちが旅行がてらフェリーで北海道まで乗ってきてくれました。移動当日の夜、十勝の友人と共に記念撮影!(写真撮影/小正茂樹)
豊頃町役場のみなさんは、意見交換も兼ねて、歓迎会BBQを企画してくださいました。企画課のみなさん、本当にフレンドリーで、課長さん始め、フランクにお話が出来たのはありがたかったです。嬉しかったのは職員の方で双子の方がいらしたこと。双子の成長のあれこれを伺うことも出来て、まちのことはもちろん、豊頃町さんのあたたかさを存分に感じることができました!
豊頃町の高台にある茂岩山自然公園の一角にあるBBQハウスにて。大きさも複数あり、敷地内には宿泊できるバンガローと、友人を集めてのパーティなどにも使い勝手がよさそうでした(写真撮影/小正茂樹)
そういえば、豊頃町に来て、まだ右往左往している頃、家に来てくださった方もいらっしゃいました。農家のKさんご家族。ちょうど僕が不在にしているタイミングだったのですが、お母さま、息子さんご夫婦&0歳児娘ちゃんがピンポーン! 豊頃町で地域おこし協力隊をされていた友人が気を利かせてくれて、我々家族を紹介してくださったのです。その後、改めて、お家の方にお招きいただき、焼肉(北海道で焼肉、というと屋外BBQのことを指すことが多い)パーティをしていただきました!!そこには、Kさんご家族4世代、お向かいの農家さんにイケメンエゾシカハンターまで、たくさんの方が集まってくださいました。ハンターさんにはその後、エゾシカ狩りに同行させていただいて、本当に人の繋がりには感謝です。
Kさん宅のガレージで。ガレージというか、ものすごく大きく天井の広いスペースで、音楽をかけながら、みんなでBBQ! Kさんは4世代が勢ぞろいして、にぎやかな食事を楽しめました(写真撮影/小正茂樹)
また、豊頃町の移住体験住宅は、とにかくキレイ! 築10年以上は経過しているものの、木のぬくもりがしっかり感じられると共に、1LDK100平米以上というすごく贅沢な一戸建てだったため、妻はもちろん、我が家に遊びに来てくれた友人・知人もみんなびっくりしていました。土間があり、暖炉があり、憧れののんびり郊外生活のイメージそのままで素晴らしい環境。大阪の狭い住宅で暮らしていた私たちは持て余すほどの状況でしたが、非常に気持ちよく生活することができました。また、夕方から夜にかけてはぐっと気温も下がり、寝苦しい夜とは全く無縁の生活が送れました。
吹き抜け空間で天井が高く、気持ちいい日差しが入ってきてくれるステキな移住体験住宅(写真撮影/小正茂樹)
ただし、要注意なのが、真夏の昼間。北海道もここ数年で一気に気温が高い日が増えてきているものの、まだ移住体験住宅の多くではエアコン設置ができていないのです。豊頃町も最高気温が30度を超える日も年間数日はあり、自由に外に出回りにくい0歳児双子を連れている我々は、結構困ったこともありました。町役場の方には、涼める場所をいくつもご紹介いただいて事なきを得ましたが、夏場の日中はどこか涼しい場所にお出かけした方がいい日もあるかと思います。それを差し引いたとしても、おしゃれですし、何せゆったりした空間が屋内外に広がっているので、妻とも、「こういう場所で暮らせるのはいいよねぇ」とよく話していました。夜になると涼しく過ごせて、窓を開けて寝ると寒いくらいで、ホンマに星がきれいでよく星空を眺めていました。
移住体験住宅2階にある寝室からの景色。朝起きると本当に気持ち良い景色が広がっていて、心地よく過ごせました(写真撮影/小正茂樹)
そして、屋外がのんびりしているだけではなく、なんと、この豊頃町の移住体験住宅は畑付き。それも、きちんとサポートもしてくださいます。サポートしてくださるおじさまが、すごく親切で、我が家の場合は、ほとんどおんぶに抱っこ。ほとんど収穫しかしてないので、偉そうなことは言えませんが、ジャガイモ、トウモロコシ、ズッキーニ、カボチャなどなど。とれたて新鮮な野菜たちが食卓に並んでいくのは本当に贅沢なひとときでした。
植え付けまでしてくださっていて、私の方は水やりと収穫だけで、畑仕事を満喫した良い気分を味わえました(笑)(写真撮影/小正茂樹)
さらに、この住宅での思い出といえば、ホームパーティです。合計30名ほどの方にお越しいただいて、持ち寄りパーティをしました。遠くは東京、札幌から。近くは十勝エリアのあちこちや豊頃に住まわれている方々。お昼から夜まで、のんびりした空間で様々な人の交流ができて、楽しいひとときを共有できたのはすごくよかったです。十勝エリアにお住まいの方でも、豊頃町にはなかなか来ることがないという方も多かったのですが、このパーティでは、参加者の皆さん全員に、豊頃町の名物の切り干し大根をお土産に、地元でも人気の朝日堂のアメリカンドーナツなども準備して、豊頃町をしっかり楽しんでいただけるように工夫しました。
ホームパーティは基本屋外の広いお庭をメインに。友人が持ってきてくれたキャンプ用品が大活躍し、大人たちは飲み食べ、子どもたちはプールで遊んだり。心地よい空間で過ごせました(写真撮影/小正茂樹)
まちにスーパーがない! リアルな生活はどんな感じに?!豊頃町には、実はスーパーがありません。と言われても、都会暮らしをしている人には徒歩圏内にスーパーがないということ自体あまりないでしょう。どこで買い物するんだろう。でも、その不安は行ってみてすぐに解消されました。その大きな理由としては、町内(移住体験住宅からは車で5分ほど)には「とよころ物産直売所」なる都会に住んでいる身としてはあり得ないたくさんの新鮮なお野菜が並んでいる産直市場があったこと。
国道38号線すぐ近くにある「とよころ物産直売所」。金・土・日の営業ですが、朝からどんどん車で買い物に来られるお客さんが。並びには、蕎麦屋さんや、アイスクリーム屋さんなども(写真撮影/小正茂樹)
豊頃町は大規模農家さんが多く、4大品目と呼ばれる、「小麦」「ジャガイモ」「豆類」「ビート」を大量につくられている農家さんがほとんど。そういった農家さんが家庭菜園(と都会の人が思うレベルではない広さのようですが)的につくったお野菜がいろいろ並んでいるのです。これがめっちゃおいしくて安い。金・土曜の品ぞろえがいいよ、とうわさで聞いたため、毎週、オープンすぐにお野菜を買いに行っていました。また、直売所がお休みのときや、お野菜以外のものは車で15~20分程度の隣町のスーパーに買い出しに行きます。
いろんなお野菜を毎週まとめてゲット! 季節限定(おおむね4月末~11月中旬の営業)の営業になりますが、イキイキとした採れたて野菜が並んでいて、選ぶのも楽しい(写真撮影/小正茂樹)
また、まちの中心部には、社会福祉協議会さんが経営されるカフェ「喫茶ふわり」もあり、すごくお世話になりました。スタッフの方々には双子のお世話もしてくださって、ゆっくりご飯&お茶ができる貴重な時間を過ごすこともできました。
更に、2022年8月下旬には、すっごいおしゃれなカフェ「B&B丘」さんもオープンし、10月には、地元ジビエ料理が楽しめる宿泊機能付きレストラン「エレゾエスプリ」もオープンしたそうで、どんどんおしゃれなお店もまちに生まれています。
豊頃町の中心地にある喫茶ふわり。のんびりした雰囲気でリーズナブルにご飯が食べられます(写真撮影/小正茂樹)
B&B丘のガパオライス。お店の人がタイに長らくお住まいだっただけに本格的で美味!(写真撮影/小正茂樹)
すごくアットホーム感あるほっこり&手つかずの可能性がたくさんのまち!2カ月の滞在となった豊頃町。空港からもほど近く、買い物施設は車で20分圏内にいくつもあり、車の運転をする方にとっては、まさに郊外ののんびり暮らし!が満喫できると感じました。
また、まだまだ6次産業化なども進んでおらず、まちにも、産業にも手つかずの可能性というのをたくさん感じました。豊頃団志なる男性の若手グループを農家さん、酪農家さん、役場職員などが集まってつくられていて、実は色々地域の活動をされる横のつながりもあったりします。町役場も若手の方が多くて、アットホーム感ある暮らしを楽しみながら、新しいモノコトづくりなどに興味がある方にはすごくお勧めなまちだと思います。
豊頃町に名残惜しさを感じながら、9月上旬からは同じ十勝エリアの北部にある上士幌町へ。果たして次なるまちの暮らしはどんなものになるのか。乞うご期待!
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●関連サイト
豊頃町移住計画ガイド
ジュエリーアイス
ハルニレの木
とよころ物産直売所
B&B丘