元名古屋監督の風間八宏氏、女子3部クラブのテクニカルアドバイザーに就任

元名古屋監督の風間八宏氏、女子3部クラブのテクニカルアドバイザーに就任
 日本女子チャレンジリーグ(3部相当)の静岡SSUアスレジーナは26日、元名古屋監督の風間八宏氏がテクニカルアドバイザーに就任すると発表した。クラブは公式サイトを通じて「クラブの目指すスペクタクルなサッカーへのアドバイスやサッカー大国ドイツでの経験をもとに、クラブ発展のために関わって頂けるとことになりました」と伝えている。

 風間氏も公式サイトでコメントを発表。「地元静岡でともにサッカーに励んできた旧友の三浦哲治代表の強い熱意に押され、同じく旧知の仲である本田美登里監督と選手たちの新たな挑戦を、少しでもサポートできればと思いました。少年・少女からプロ選手、指導者まで多くの方々とつながっていく中で改めて感じてきたサッカーの楽しさ、面白さ、可能性を、みなさんと共有していけたらと思います」と意気込みを述べている。

00~09年のインハイ和歌山県代表成績_06年に初芝橋本が県勢最高成績の準優勝

大型DF岡根直哉(左)を擁した06年の初芝橋本高は和歌山県勢最高成績となる準優勝。(写真協力=高校サッカー年鑑)
[2000~2009年のインターハイ和歌山県代表校成績]

 2000~2009年のインターハイ和歌山県代表では、06年の初芝橋本高が歴代の和歌山県勢最高成績となる準優勝を記録している。元清水の大型CB岡根直哉(現沖縄SV)やGK太田弦貴(元鳥栖)を擁した初芝橋本は、秋田商高(秋田)と丸岡高(福井)をいずれも無得点に封じて3回戦へ進出。そして、GK太田の活躍などで市立船橋高(千葉2)を0-0からのPK戦で破ってベスト8へ進出する。準々決勝(対盛岡商高)はMF岡田翔太郎(→桃山学院大)のチャンスメークなどから5-0で快勝。和歌山県勢36年ぶりとなる準決勝進出を果たした初芝橋本は、MF東佑樹(→桃山学院大)の2ゴールによって帝京高(東京2)にも2-1で逆転勝ち。決勝で広島観音高(広島)に0-2で敗れたものの、初の準優勝を記録している。

 DF前田和哉(元C大阪)やGK室拓哉(元鳥栖)が登録メンバー入りしていた00年大会は、初戦で東邦高(愛知1)に3-4で敗戦。作陽高(岡山)と戦った05年と山梨学院高(山梨)と激突した09年はいずれも初戦でPK戦の末に敗れている。

 近大和歌山高はこの間、最多となる6度のインターハイ出場を果たしている。01年と04年に1勝。01年大会はMF吉田恵介のチャンスメークなどから1点をもぎ取り、東岡山工高(岡山)を1-0で撃破。2回戦ではDF桂木悠斗が追撃ヘッドを決めたものの、境高(鳥取)に1-2で敗れた。

 堀越高(東京2)と初戦を戦った04年大会は先制されたものの、MF吉田純人の同点ゴールとDF桂木啓斗の2ゴールによって3-1で逆転勝ち。優勝校・国見高(長崎)にも食らいつき、10番MF山田裕也が追撃ゴールを決めたが1-2で敗れている。近大和歌山は02年と03年、07年、09年にも出場。だが、MF浦島彰洋(→関西学院大)、MF土屋翔平(→関西大)の両ウイングらを擁した07年大会で玉野光南高(岡山)に競り負けるなど、その4大会は初戦敗退に終わっている。

以下、00~09年のインターハイ和歌山県代表校成績 ※()内は出場回数

[2009年]
代表校:近大和歌山高(8)
1回戦 0-1 高知高(高知)

[2008年]
代表校:初芝橋本高(11)
1回戦 0-0(PK3-4)山梨学院高(山梨)

[2007年]
代表校:近大和歌山高(7)
2回戦 1-2 玉野光南高(岡山)

[2006年]
代表校:初芝橋本高(10)
1回戦 2-0 秋田商高(秋田)
2回戦 1-0 丸岡高(福井)
3回戦 0-0(PK5-4)市立船橋高(千葉2)
準々決勝 5-0 盛岡商高(岩手)
準決勝 2-1 帝京高(東京2)
決勝 0-2 広島観音高(広島)

[2005年]
代表校:初芝橋本高(9)
1回戦 0-0(PK2-3)作陽高(岡山)

[2004年]
代表校:近大和歌山高(6)
1回戦 3-1 堀越高(東京2)
2回戦 1-2 国見高(長崎)

[2003年]
代表校:近大和歌山高(5)
1回戦 1-3 大津高(熊本)

[2002年]
代表校:近大和歌山高(4)
1回戦 0-5 鵬翔高(宮崎)

[2001年]
代表校:近大和歌山高(3)
1回戦 1-0 東岡山工高(岡山)
2回戦 1-2 境高(鳥取)

[2000年]
代表校:初芝橋本高(8)
1回戦 3-4 東邦高(愛知1)

※禁無断転載(C)高校サッカー年鑑、ゲキサカ


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ヴェルディから世界へ。18歳山本理仁の原点から夢まで 「父は強い相手に挑ませようとした」: インタビュー

東京ヴェルディMF山本理仁
 東京ヴェルディのアカデミーで育ち、2019年に飛び級でトップデビューを果たしたMF山本理仁。昨季途中に永井秀樹監督が就任してからは、チームの主軸としてJのピッチに立ち続けた。迎えた今季は新型コロナウイルスの影響で中断を強いられたが、来年のU-20W杯や海外挑戦という目標を見据えつつ、リスタートを切ろうとしている。将来を嘱望される18歳の原点、現状、そして今後の展望を聞いた。

(5月17日にオンライン取材)


「Jの舞台で早くサッカーがしたい」


――自粛期間はどう過ごしていましたか?
「最近は暑いのでトレーニングは夜にしています。あとは英会話をやったり、映画を見たりしていました。自宅でのトレーニングはUDNさんに筋トレと走りのメニューを作ってもらったので、それに沿ってやっています。走りに1時間弱、筋トレにも1時間くらいかな。この期間で体重が1kg増えました。ヴェルディは11日から人数や時間を制限して個別でトレーニングできるようにグラウンドを開放しているんですが、久しぶりに会ったフィジカルコーチから、『ゴツくなった』と言われました。多少成果は出てるのかなと思います」

――少人数の練習はいかがですか?コロナ対策で変化があると思いますが。
「人数が少ないのでやれることは少ないです。基本は鈍った身体を起こすことが目的だったりするので、そこまで違和感はないんですが、時間制限が区切られています」

――韓国やドイツでリーグ戦が再開したことで心境に変化はありました?
「早くサッカーがしたいし、Jリーグのあの舞台で早くやりたいなという気持ちがより一層強くなりましたね」

――試合から離れる期間が長くなって、そういう気持ちは強くなっているんじゃないでしょうか。
「そうですね。自分のプレースタイル的にもゲーム感覚が大事なので、早くグラウンドに出て感覚を取り戻さないといけないし、早くサッカーがしたいですね。離れると体が動かないこともそうですが、やっぱり、周りが見えていないと僕には一番大きい問題だと思うんです。周りを見るのが大事なポジションだし、再開するまでに取り戻していかないといけないです」

――オンライン上のトークイベントで子供たちと触れ合うマスク20万枚を配布したり、映像やイベントを展開するなどしている「#つなぐ」プロジェクトに参加してみて、どんなことを感じましたか?
「プロサッカー選手は周りに影響を与えられる職業ですし、去年までこういう活動はしてこなかったので、プロジェクトの大切さを改めて感じています」

――プロジェクトで先に立っている先輩アスリートの姿勢はどう映っていましたか?
「トップトップの先輩たちは自らプロジェクトのことを考えて発信しているので、凄く尊敬しています。自分もそういう考えをしっかりと持っていきたいと思いました。もとはSNSもあまり更新しないタイプだったんですが、たとえば香川(真司)選手は頻繁にSNSを更新して、世の中に元気を与えていると思うので、そういう姿勢は自分も学ばないといけないし、意識が変わりました」

――今後やってみたい社会貢献活動は?
「サッカー教室とか、子供たちに教える活動ですね。ヴェルディでもやったことがないですし、今後やってみたいと思います」


「父は強い相手に挑ませようとした」


――お父さんの影響でサッカーを始めたんですね。
「そうです、父がサッカーをやっていたので。2〜3歳くらいの時に、はっきりとは覚えてないんですが、父に地元の少年団に連れて行ってもらったのか、連れて行かれたのか、それがきっかけですね。他のスポーツは考えなかったです。(お母さんも運動神経がいいんですか?) 母はどちらかというと悪いですね(笑)」

――3歳で始めた頃からサッカーは面白かったですか?
「あまり何も考えてなかったんですが…ずっと続きましたね。最初は3歳だったから同じ学年がいないので、一緒にやるのは2歳上とかで、年長さん、小学1年生と一緒にやっていたんです。小1の時には小4の人とやっていて。嫌といえば嫌だったかもしれませんね、怖かったし(笑)。嫌でしたけど、練習にはちゃんと行って、続きました。あとは下手じゃなかったから頑張れたんじゃないですかね。スポーツは勝たないと面白くないし、勝ち続けていたから続いたんじゃないかなと思います。父は、自分より強い相手に挑ませようとしていたんですよ。大人の人ともやったりして。2歳上の人には勝ったりもしていたので、そういう喜びはあったのかなと思います」

――スタートがそういう環境だったから、飛び級のJリーグデビューも恐れがなかったんですかね。
「なかったですね」

――子供の頃に憧れた選手は?
「あまり思い出せないんですが、カカですかね。ACミランの時のカカの映像をめちゃくちゃ見ていたし、ロナウジーニョもそうかな。海外サッカーはその頃から見ていたんです。Jリーグはフッキやレアンドロがいた頃のヴェルディを現地に見に行ってましたけど、(テレビでは)あまり見なくて。それよりもチャンピオンズリーグとか、世界のビッグゲームの方を見ていました」

――早くから海外志向だったんですね。視野の広さやゲームコントロール力、足元の技術といった今の武器は、どうやって確立されたんですか?
「僕は小5くらいまでヴェルディジュニアでもフォワードをやっていて、9番を背負ったりしてたんですよ!今じゃ考えられないんですけど。小5の途中くらいから急にボランチに変わって。もともとフォワードでも“THE・フォワード”みたいな感じではなく、周りを使うタイプでした。ボランチになってからはより“動かす”ことの楽しさを覚えたというか。フォワード時代も得点に対する貪欲さ以上に綺麗なパスを出すとか、うまいプレーが好きで、そっちを求めていたから。そこでボランチになってから、そういう部分はより磨かれたんじゃないかなと思います。ヴェルディの練習メニューはボール回しやポゼッション練習が多かったので、自分はそこを集中してやっていたし、当時から失わないことを強く意識していました」

――ユースの同期4人もプロ入りしましたが、仲が良さそうですね。
「相当、仲良いですね。周りからは『気持ち悪い』って言われます(笑) 河野広貴くんや高橋祥平くんから昔のヴェルディの話を聞くんですが、『なんでお前らそんなに仲良いの?俺らの代は一回も遊んだことないから』って言われます(笑) 同期全員が世代別代表の経験者なのでそういう話もしますし、刺激も多いですね」


「技術的な面では劣らない」


――今季は当初、どんな目標を立てていたんでしょう。
「全42試合にフルで出場することを目標にしていました。去年は連続スタメンし始めた頃に体がきつくなってきて、パフォーマンスが落ちたり、それが影響して怪我をしたりということがあったので、シーズンを通して高いパフォーマンスで試合に出続けるというのが今年の目標です。そのうえで、ゴールだったりアシストだったり、目に見える結果をもっと出していきたいと思っています」

――高校3年生だった昨季はリーグ戦22試合に出場しました。改めて、1年目はどういう面で手応えが感じられました?
「技術的な面では劣らないというのは感じました。この間、ヴェルディのミーティングで聞いたんですが、パスの成功率がJ2リーグ1位で、敵陣パス成功率も2位だったので、数字上にも出ていました」

――1位! では逆に、課題を挙げるとしたら?
「メンタル的なところです。ホワイト監督の頃、途中出場で出ていた時はそこまでの重圧は感じなかったんですが、永井監督に変わってから十数試合とスタメンが続いていくうちに、やっぱり責任感を感じたというか、メンタル的に疲れを感じた時期というのはありました。そういう面でメンタル的にも強くならないといけないなというのは、去年のシーズンで感じた部分です」

――昨季はサイドバック含め、複数のポジションで起用されましたね。
「もちろん一番は真ん中でやりたい気持ちが強いですが、永井さんのサッカーをやる以上、後ろのビルドアップが一番大事で、そこを成功しないと失点につながるし、勝ちにもつながってこない。今シーズンも第1節の徳島戦は後ろで起用されましたし、チームに求められている仕事ができればいいと思っています」


「海外挑戦は早ければ早いほどいい」


――01年生まれは久保建英選手、斉藤光毅選手、西川潤選手を筆頭に、タレント揃いの世代ですよね。
「タイプが違うので、直接的にプレーが似ているからライバル視してるということではないですが、いい刺激を受けています。西川潤や光毅はプライベートでも特に仲が良くて、いろんな話を聞いたりしたりしてますね」

――来年のU-20W杯は自分にとってどういう大会と位置付けていますか?
「たくさんの海外のスカウトが集まって、本当に注目されている大会なので、そこで活躍すれば世界という道が切り開けると思うし、それが一番の近道だとも思います。そういう大舞台で自分の持ち味をしっかり出して、結果を残して、チームとしても上に行けるように、評価につながる大会にしたいです」

――海外挑戦はU-20W杯後、というイメージ?
「いえ、その前でも、海外挑戦は早ければ早いほどいいと思っています。だんだんステップアップしてU-20W杯の後に海外、というプランもありますね。もちろんJ1にも行きたいですが、海外挑戦はアカデミーの頃からずっと思っていたことです。絶対に海外のトップクラブでプレーするというのは、小学校の頃からの目標というか、夢です」

――その先にはパリ五輪もあります。
「パリ五輪は一番上の代なので、もちろん絶対に入りたいです。ただ、4年後なので何があるか分からないし、今の自分の立ち位置は全く関係ないと思うので、まだまだ努力を続けなきゃいけないし、高い意識を持ってやっていきたいです」




(取材・文 佐藤亜希子)

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10年以降のインハイ和歌山県代表成績_19年に初芝橋本が13年ぶりの8強

初芝橋本高は昨年のインターハイでベスト8。
[2010年以降のインターハイ和歌山県代表校成績]

 2010年以降のインターハイ和歌山県代表の最高成績は、初芝橋本高が19年大会で記録したベスト8だ。羽黒高(山形)との初戦はカウンターやセットプレーから得点を重ねて大量6得点で快勝。FW大谷澪紅主将(現大阪体育大)や南條斎(現びわこ成蹊スポーツ大)と高谷和希(現関西福祉大)の両SBなど実力派を擁した初芝橋本は、作陽高(岡山)との2回戦でも大谷が獲得したPKをFW名願央希(現産業能率大)が決めて1-0で勝利した。続く高知高(高知)との3回戦もハイプレスと運動量で主導権を握り、交代出場の名願が獲得したPKを自ら決めて1-0で勝利。準々決勝では尚志高(福島)との打ち合いの末に逆転負けしたが、13年ぶりの8強入りを果たした。

 初芝橋本は11年と14年にベスト16。DF井筒陸也(元徳島、現Criacao Shinjuku)が主将を務めた11年大会は徳島市立高(徳島)と浦和東高(埼玉1)をいずれも1点差で退けて3回戦進出を果たした。尚志との3回戦はMF美里孝彦(→AS.Laranja Kyoto)の同点ゴールで追いついたものの、PK戦で敗れている。14年大会はエースFW末吉塁(現山形)がベストコンディションではなかったものの、初戦(対日大山形高)でMF川中健太(元福島)のアシストなどからFW柳原慶斗(→京都産業大)が3得点。GK立川小太郎(現長野)やCB永見皓平(→近畿大)、MF渡辺淳揮主将(→法政大)を中心に身体を張った守備も光った初芝橋本は続く2回戦で習志野高(千葉1)を3-0で撃破したが、3回戦で大津高(熊本)に競り負けた。初芝橋本は17、18年にも出場したが、いずれも初戦で敗れている。

 この間、3度インターハイに出場している近大和歌山高は、MF伊藤誠祥(→愛媛大)やDF久鬼拓己主将が中心だった16年大会で1勝。MF森下敬介の決勝点によって矢板中央高(栃木)を1-0で破った近大和歌山は2回戦でもFW安部裕葵(現バルセロナ)を擁した瀬戸内高(広島2)と0-0の好勝負を演じる。だが、PK戦で敗れて2回戦敗退。元藤枝のDF西埜植颯斗(現ヴェルスパ大分)が2年生だった12年大会は初戦で武南高(埼玉2)に1-5で敗れ、10年大会も初戦敗退だった。

 和歌山北高はFW木原脩斗が主将を務めていた13年と、国体で活躍のMF和田広矢(現大阪学院大)らを擁した15年にインターハイ出場。だが、中京大中京高(愛知)、四日市中央工高(三重)相手にいずれも無得点で初戦敗退を喫している。

以下、10年以降のインターハイ和歌山県代表校成績 ※()内は出場回数

[2019年]
代表校:初芝橋本高(16)
1回戦 6-1 羽黒高(山形)
2回戦 1-0 作陽高(岡山)
3回戦 1-0 高知高(高知)
準々決勝 2-4 尚志高(福島)

[2018年]
代表校:初芝橋本高(15)
1回戦 0-1 大津高(熊本)

[2017年]
代表校:初芝橋本高(14)
1回戦 0-2 岡山学芸館高(岡山)

[2016年]
代表校:近大和歌山高(11)
1回戦 1-0 矢板中央高(栃木)
2回戦 0-0(PK4-5)瀬戸内高(広島2)

[2015年]
代表校:和歌山北高(10)
1回戦 0-3 四日市中央工高(三重)

[2014年]
代表校:初芝橋本高(13)
1回戦 5-1 日大山形高(山形)
2回戦 3-0 習志野高(千葉1)
3回戦 2-3 大津高(熊本)

[2013年]
代表校:和歌山北高(9)
1回戦 0-2 中京大中京高(愛知2)

[2012年]
代表校:近大和歌山高(10)
1回戦 1-5 武南高(埼玉2)

[2011年]
代表校:初芝橋本高(12)
1回戦 1-0 徳島市立高(徳島)
2回戦 3-2 浦和東高(埼玉1)
3回戦 1-1(PK1-2)尚志高(福島)

[2010年]
代表校:近大和歌山高(9)
1回戦 0-2 駒場高(東京2)

DF井筒陸也が主将を務めていた11年大会の初芝橋本高はベスト16。(写真協力=高校サッカー年鑑)

※禁無断転載(C)高校サッカー年鑑、ゲキサカ


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なでしこリーグ、全32クラブへの活動自粛要請を解除

 日本女子サッカーリーグは26日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除されたのを受け、なでしこリーグ所属32クラブに対して行っていたチーム活動の自粛要請を解除したと発表した。

 リーグ側は当初、5月31日までの活動自粛を要請していたが、緊急事態宣言解除が早まったことで早期解除を決断した。同リーグでは6月28日までに行われる予定の1部・2部リーグ全試合延期を決定。なでしこリーグカップの中止も決めている。

コロナ禍のサッカーファミリーを救え! JFAがチャリティーグッズ発売、支援金も募集中

コロナ禍のサッカーファミリーを救え! JFAがチャリティーグッズ発売、支援金も募集中
 日本サッカー協会(JFA)は26日、新型コロナウイルス感染症対策の一環で、『with FOOTBALL FAMILY チャリティーグッズ』の販売をスタートした。商品はTシャツとマスクカバー。グッズ収益は、資金難が懸念されているクラブチームやスクールを支える『JFAサッカーファミリー支援事業』に活用される。

 JFAは今月、新型コロナウイルスの影響で資金に影響の出ているサッカー関係団体を支える『JFAサッカーファミリー支援事業』を発足。政府などに頼らない直接支援の枠組みを採用し、すでに第一次支援として街クラブ、スクールへの融資事業をスタートさせている。また今後も第二次、第三次支援として給付も含めた取り組みを予定している。

 そうした中、JFAでは持続可能な支援を行うための支援金を募集中。さらに今回はチャリティーグッズの発売に乗り出した。商品はTシャツ、マスクカバーの2点。いずれも日本代表ユニフォームと同じ「ホワイト」と「JFAブルー」の2色を販売し、TシャツはキッズサイズからXLまで幅広いサイズ展開がなされている。

 購入は特設サイト(https://official-store.jfa.jp/special/withfootballfamily/?_ga=2.26233725.1501812030.1590477454-1896554251.1590475403)で受付中。収益は全国のクラブチームやスクール、リーグ、連盟、地域・都道府県の支援に使われる。JFAは公式サイトを通じて「サッカーファミリー全体で互いに支え合いながら、この危機をともに乗り越えていけるよう、皆様のご理解とご協力をよろしくお願いします」と購入を呼びかけている。

 また支援金も随時募集中。JFAへの支援金は特定公益増進法人に対する寄付金となり、税制上の優遇措置が適用される。口座番号は以下のとおり。

銀行名:みずほ銀行(001)
支店名:渋谷支店(210)
預金種目:普通預金
口座番号:3079244
名称:公益財団法人日本サッカー協会 新型コロナウィルス感染症対策支援金口

大分、五輪代表候補DF岩田の入籍を発表「新たに奥さんへの愛で頑張っていきます」

大分トリニータDF岩田智輝
 大分トリニータは26日、東京五輪世代のDF岩田智輝(23)が25日に入籍したと発表した。相手は一般女性のため、氏名や年齢は非公表としている。

 岩田はクラブを通じて「このような大変な時期ではありますが、5月25日に入籍しました。彼女は凄く思いやりがあり、一緒に居てこれから先もずっと一緒に居たいと思える相手です。どんな時でも支え合って、自分達らしい家庭を作っていけたらと思います。なかなか明るいニュースがない中、少しでも皆さんの明るいニュースになれば嬉しいです。サポーターの皆さんへの愛、応援してくださる皆さんへの愛、そして新たに奥さんへの愛で頑張っていきます。愛と勇気で」とコメントしている。

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JFA事務局が6月から部分的再開へ…出勤率は20%上限

JFAハウス
 日本サッカー協会(JFA)は26日、政府の緊急事態宣言が解除されたのを受け、職員の出勤を一部再開すると発表した。役職員の在宅勤務は継続し、6月中は出勤率を20%に制限。役職員の出張や外勤は引き続き見合わせ、来客の迎え入れも行わないという。

 公式サイトによると、JFAは2月26日から職員の在宅勤務体制をスタート。田嶋幸三会長の感染が判明した3月17日以降はJFAハウスを一時閉鎖し、館内の消毒作業なども実施した。作業の完了後も役職員は5月31日までの間、在宅勤務を継続していた。

東京Vが元監督の死去を公表、退任後は女子W杯&五輪も指揮「心よりご冥福をお祈りいたします」

昨年の女子W杯でブラジル代表を率いたバドン氏
 東京ヴェルディは26日、2005年に監督を務めていたブラジル出身のバドン氏が25日に亡くなったと公表した。63歳だった。

 バドン氏は05年8月にオズワルド・アルディレス元監督の跡を継いで監督に就任。J2降格が決定的となっていたチームを託されたが、3勝5分8敗の成績にとどまり、J1残留に導くことはできず退任した。また本名のオズバウド・アウバレスが前指揮官の名前に似ていることでも話題となった。

 バドン氏は東京V監督を退任後、14年からブラジル女子代表チームを率いて2度の南米選手権制覇を経験。また2016年のリオ五輪では4位の成績を残した。2度の女子W杯はいずれもベスト16敗退。19年の女子W杯後に監督業から離れていた。その他、サンパウロやアトレティコ・パラナエンセなど国内名門クラブを率いた実績も持つ。

 クラブは公式サイトで声明を発表。「ご逝去の報に接し、ヴェルディをはじめブラジル国内の多くのクラブチームで20年以上も監督として活躍され、ブラジル女子代表を南米選手権で優勝させるなどした同氏の功績を偲び、クラブの選手及びスタッフ一同、謹んで哀悼の意を表するとともに心よりご冥福をお祈りいたします」と伝えている。

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ラ・リーガでは高齢者住宅に映像配信へ「本物の雰囲気」創出にも意欲

ラ・リーガでは高齢者住宅に映像配信へ「本物の雰囲気」創出にも意欲
 ラ・リーガの放映権を持つ『Mediapro(メディアプロ)』社のハウメ・ロウレス社長は25日、スペイン国営ラジオの番組『ラジオ・ガセタ』とのインタビューを行い、高齢者向けの住宅に試合を配信する方針を示した。スペイン『マルカ』が報じている。

 記事によると、ロウレス社長は「これまでと同じように、1節あたり1試合は公共配信される」とした上で「高齢者住宅の住人が試合を見られるよう、ラ・リーガと話し合っている」と明かした。

 スペインでは6月8日以降のリーグ戦再開が許可されており、各チームは急ピッチで調整を続けている。ロウレス社長は「スタンドからの新しいカメラアングルを作り、可能な限り人々に近しいショーにする」と意欲を見せ、「各会場にはここ数年で記録してきた物など、本物の雰囲気を取り入れる。ファンはギャップを埋めることができるだろう」と前向きな見通しを語った。

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浦和が27日からトレーニング再開、医療関係者へ「心からの敬意と感謝を表します」

浦和が27日からトレーニング再開、医療関係者へ「心からの敬意と感謝を表します」
 浦和レッズは26日、前日25日に緊急事態宣言が解除されたのを受け、27日からトップチームのトレーニングを再開すると発表した。4月4日から活動を一時休止していた。

 トレーニングは感染症予防対策を講じたうえで、施設利用に時間差をつけて少人数のグループ制で実施。全体トレーニング開始は、状況を見ながらタイミングを判断するという。また練習見学、ファンサービスは引き続き休止する。

 クラブは公式サイトを通じて「新型コロナウイルス感染症によってお亡くなりになられた方々にご冥福をお祈り申しあげます。また、感染されたみなさまにお見舞い申しあげます。そして、医療の最前線で命を懸けて従事してくださっている医療従事者の方々を始めとした関係者のみなさまに、心からの敬意と感謝を表します」と感染者、医療関係者への配慮も伝えている。

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YS横浜も27日からトップチーム練習再開

 Y.S.C.C.横浜は26日、前日25日に緊急事態宣言が解除されたのを受け、27日からトップチームのトレーニングを再開すると発表した。

 当面の間、時間差でのグループ練習を実施し、練習前後は手洗い消毒の徹底など選手・スタッフの体調管理を行いながら、最大限の感染予防対策をしていくという。また練習は引き続き非公開とされている。

 神奈川県内のJクラブでは同日、湘南ベルマーレとSC相模原が27日から、横浜F・マリノスが6月1日から、トレーニングを再開すると発表している。

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湘南が27日からトレーニング再開

湘南が27日からトレーニング再開
 湘南ベルマーレは26日、前日25日に緊急事態宣言が解除されたのを受け、27日からトレーニングを再開すると発表した。再開後はJリーグのプロトコルに基づき、少人数に分けたグループ練習から実施するという。

 湘南は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、4月5日からチーム活動を停止していた。再開後は当面の間、クラブハウス内の施設は使用せず、飲料水の共用を避けるなど、引き続き感染対策を行っていくという。

 また練習は引き続き非公開。「サポーターの皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします」と理解を呼びかけている。

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U-17W杯オランダ撃破の立役者、湘南U-18の“闘犬”MF田中聡がプロ契約!

湘南ベルマーレとプロ契約をかわしたMF田中聡(写真左)
 湘南ベルマーレは26日、湘南ベルマーレU-18のMF田中聡(17)とプロ契約を締結し、今季からトップチームに昇格すると発表した。田中は昨年のU-17W杯に主力として出場した逸材。2試合の先発出場でグループリーグ首位通過に貢献し、世代を代表するボランチとして高く評価されている。

 2002年8月13日生まれの田中は長野県長野市出身。中学卒業とともに長野パルセイロU-15から湘南U-18に加入した。湘南では昨季と今季にわたり、2種登録選手としてトップチームにも登録されていた。今季の背番号は32に決まっている。

 また世代別代表での実績も持つ。日の丸抜擢は昨年が初めてだったが、10月のU-17W杯ではグループリーグ初戦のオランダ戦から先発起用されると、森山佳郎監督が「闘犬・聡です」と評した凄まじいボール奪取で強敵撃破に大きく貢献。第3戦のセネガル戦では不運の負傷交代となったが、2試合の先発機会で鮮烈な世界デビューを果たした。

 湘南はクラブの公式サイトで「左利きで技術とボール奪取能力に優れ、運動量豊富でチームの流れを引き寄せることができるプレーヤー」と紹介。田中自身は「幼い頃からのプロサッカー選手という夢が叶ってとても嬉しい気持ちと、ずっと近くで見守ってくれていた家族、指導者の皆様、一緒にサッカーしてきた仲間には本当に感謝しています。これからも感謝の気持ちを忘れずサッカーを楽しんでいきます。よろしくお願いします」と意気込みを語っている。

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菅原所属AZがUEFAに抗議文…争点は“同勝ち点”アヤックスのCL出場権

ホームのアヤックス戦でも勝利したAZ
 DF菅原由勢が所属するオランダ・エールディビジのAZが欧州サッカー連盟(UEFA)に対し、アヤックスが来季のUEFAチャンピオンズリーグ本戦出場権を得ることについて抗議の書面を送ったようだ。イギリス『スカイ』が報じている。

 エールディビジは4月25日、2019-20シーズンの即時終了を決定。9試合を残していたこともあり、優勝チームや昇降格チームの決定を行わなかった。一方、来季の欧州カップ戦の出場権は現状の順位に基づいて決定。勝ち点66で首位に立っていたアヤックスが欧州CL本戦に進み、同じく勝ち点66ながら得失点差で2位のAZは欧州CL予選に回ることになった。

 こうしたオランダサッカー協会(KNVB)の決定に対し、AZ側がUEFAへ抗議のメッセージを送った。主張は「リーグ戦ではホームとアウェーのいずれもアヤックスを破っており、本来であればAZが最上位のチームであったはずであり、得失点差は客観的な要因ではない」というものだ。

 もっともエールディビジでは同勝ち点の場合、得失点差が優先されるレギュレーションとなっている。KNVBの広報担当者は「来季の欧州カップ戦では透明性、客観性、スポーツマンシップという3つの基準で出場権を決定した。ランキングを維持していて、アヤックスがナンバーワンだ」と主張している。

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J2長崎が県内指導者向け「オンライン講習会」開催! 松田浩氏がゾーンディフェンスを指導

松田浩氏(写真は栃木監督時代のもの)
 V・ファーレン長崎は26日、長崎県サッカー協会と協同し、県内のサッカー指導者向けに「オンライン指導者講習会」を開催すると発表した。クラブは公式サイトを通じて「長崎県唯一のJリーグクラブとして、今だからこそ、県全体のサッカー界のレベルアップと子どもたちの健全な育成に貢献できればという想いで実施いたします」と参加を呼びかけている。

 6月6日(土)の午後5時から7時にかけて実施。講義内容は「ゾーンディフェンス~ボールを中心とした守備~」。かつて神戸、福岡、栃木の監督として強固な守備組織を構築した育成部長兼アカデミーダイレクターの松田浩氏が講師を務める。

 定員は100人。県協会登録チームを指導し、協会に指導者登録を行っている人が参加できる。参加費は無料。申し込みは6月2日午後11時59分までの間、特設サイト(https://f.msgs.jp/webapp/form/20169_tvdb_202/index.do)で受付している。

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横浜FM、6月1日から全体トレーニング再開へ!「引き続き感染拡大防止に努めて参ります」

横浜FM、6月1日から全体トレーニング再開へ!「引き続き感染拡大防止に努めて参ります」
 横浜F・マリノスは26日、緊急事態宣言の解除と自治体からの自粛要請緩和を受け、6月1日からトップチーム全体練習を再開すると発表した。横浜FMは神奈川県内に緊急事態宣言が発令された4月7日から活動を休止していた。

 練習は当面の間、非公開。クラブ事務所は引き続き在宅を中心とした勤務体系を継続するという。アカデミー、スクール、ふれあい活動は学校の再開や施設環境に合わせて順次、活動を再開する。

 横浜FMは公式サイトを通じて「引き続き、トップチーム選手、監督、スタッフをはじめ、クラブの全従業員による新型コロナウィルス感染拡大防止に努めて参ります」としている。

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アトレティコの20歳J・フェリックスが今季3度目の負傷離脱

FWジョアン・フェリックスが負傷
 アトレティコ・マドリーは25日、ポルトガル代表FWジョアン・フェリックスが左膝の内側側副靱帯を捻挫したことを発表した。

 現在20歳のJ・フェリックスは今季からアトレティコに移籍し、ここまで公式戦28試合に出場して6ゴール3アシストを記録。負傷離脱はこれで加入後3度目となる。

 最初の怪我は昨年10月19日に行われたリーガ・エスパニョーラ第9節のバレンシア戦。足首の捻挫でリーグ戦4試合、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)2試合を欠場した。

 その後、今年2月1日のレアル・マドリーとのダービーを前に筋肉系のトラブルに見舞われ、再びチームを離脱。リーグ戦3試合、リバプールとの欧州CL決勝トーナメント1回戦第1戦を欠場した。

 クラブは全治などの詳細を公表していないが、スペイン『アス』によると深刻な負傷ではなく、リーグが再開される6月中には復帰できる見込みのようだ。

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クラブ経営の最先端を現地体験…デュッセルドルフと中央大商学部が日本初のパートナーシップを締結

クラブ経営の最先端を現地体験…デュッセルドルフと中央大商学部が日本初のパートナーシップを締結
 ブンデスリーガ1部のデュッセルドルフ中央大商学部と日本初となるカレッジ・パートナーシップを締結した。26日、中大が公式サイト上で伝えている。

 両者は4月1日にカレッジ・パートナーシップを締結。中大の商学部生は2020年度からデュッセルドルフの協力を得て、ドイツに1週間滞在しながらサッカークラブ経営の最先端を学ぶことができるようになる。

 当該講座「スポーツ・ビジネス・プログラムB2(グローバル・スポーツ・ビジネス・キャリア/GSBC)明治安田生命協賛講座」は20年度秋学期に開講。渡航の際には、明治安田生命からの寄付で奨学金も給付される。

 中大商学部は公式サイトを通じ、「サッカーを中心としたスポーツ・ビジネスに関する実践的な教育を展開し、スポーツ・ビジネスの発展と真のスポーツ文化の醸成に寄与することをめざします」と伝えている。

 担当教員である渡辺岳夫商学部長は「フォルトゥナでの研修を通じて、世界でも最先端のサッカービジネスの一端に触れることができます。その経験は、個々の学生の成長に大きく寄与すると同時に、今後の日本のスポーツ・ビジネスの発展のために活かされることになるでしょう」と語る。

 また、デュッセルドルフのマーケティング役員であるクリスティアン・コケ氏は「このパートナーシップを通じ、我々は更なる国際化に向けて大きな一歩を実現することができます」とコメント。「日本との友好関係は我々にとっては非常に重要なことであり、中央大学と新しい関係性を築くことにより、日本の方々とこれまで以上に積極的な交流をしていくことができることを誇りに思います。デュッセルドルフにお越しいただき、我々のクラブで1週間の研修プログラムに参加される学生の皆さんにお会いできることを楽しみにしています」と伝えている。

 中大商学部では19年度から将来のキャリア形成に直結する実践的な学修ができる5種類の「プログラム科目」を設置。「スポーツ・ビジネス・プログラムB2」では、デュッセルドルフでクラブ経営を実習し、フロント部門の具体的な業務内容やスポンサー営業、クラブ広報、スカウティング・強化、ユースアカデミーといった9つの事項の理解を目指す。ノウハウを学ぶためにクラブ部署以外にも、デュッセルドルフ市の市庁舎やクラブとパートナーシップを結ぶ日系スポンサー企業の訪問、ブンデスリーガのホーム試合で試合運営も学んでいく。

以下、デュッセルドルフでのクラブ経営実習で理解を目指す9つの事項
・クラブのフロント部門の具体的な業務内容
・クラブのフィロソフィー
・ドイツ固有の会員組織(フェライン)
・スポンサー営業
・クラブ広報
・チケッティング
・スカウティング/強化
・CSR/地域貢献活動
・ユースアカデミー

「会長と寝なければ追放される」妊娠した17歳女子選手も…FIFAが疑惑の人物に一時的な活動停止処分

ハイチサッカー連盟に激震
 国際サッカー連盟(FIFA)は25日、ハイチサッカー連盟(FHF)のジャン・バール会長が同国の女子選手に対して性的虐待を行った疑いがあるとして、暫定的に90日間の活動停止処分を科したことを発表した。イギリス『ザ・ガーディアン』など複数メディアが報じている。

 報道によると、同会長は過去数年にわたり、国立トレーニングセンターで複数の若い女子選手たちに性的虐待を加えた疑惑があるという。ある元選手は、性的関係を持たなければトレーニングセンターから追放すると言われていたと告白。また、被害を受けた選手の中には、妊娠した10代選手もいたと証言している。

「若く優れた選手の1人は、2018年に17歳で処女を奪われ、中絶を余儀なくされました。トレーニングセンターに住んでいるこれらの女の子たちは国のためにプレーしたいと思っているのに、とても残念ですが、この状況を話せば解雇されてしまいます。彼女たちは人質なのです」

 会長本人は「明らかにFHFと会長、その家族の人格を不安定にするための策略だ」と疑惑を否定。それでも国際人権組織『ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)』は調査が終わるまで会長の活動を一時停止するようFIFAに要請し、今回それが認められることになった。

相模原がトップチームの活動を再開

相模原がトップチームの活動を再開
 SC相模原は26日、トップチームの活動を再開することを発表した。

 クラブは新型コロナウイルスの感染拡大防止としてトップチームの活動を休止していたが、緊急事態宣言が解除されたことを受け、26日からのトレーニング再開を決定。クラブ事務所の業務についても、同日から営業を再開する。

 なお、トレーニングは当面の間、非公開で実施。クラブは公式サイト上で「何卒ご協力とご理解いただきますようお願いいたします」とコメントし、今後のトレーニング公開日に関しては「決まり次第ご案内いたします」とした。

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:“ひらちゃん”という奇跡(平畠啓史)

Jリーグの魅力を伝え続ける“ひらちゃん”。(写真は平畠氏提供)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 ここまで相思相愛の関係になるなんて、自分だって想像もしていなかった。最初は不安がなかったと言ったら嘘になる。そんな男は今、世の中で最もJリーグの魅力を伝えることのできる“ひらちゃん”として、サッカーと共に生きている。「就職雑誌とか見ても、“ひらちゃん”のなり方とか載ってないやん(笑) そういうのはちょっと嬉しい。なり方わからへんし、オレ自身がもう1回人生やり直しても、こうはなられへんと思うから、なんかその奇跡と、偶然と、必然の産物みたいな、そこはおもろいなって」。平畠啓史、つまり、“ひらちゃん”と我々の出会いは、奇跡と、偶然と、必然に満ち溢れている。

「今でこそガンバとかセレッソとか、そういうクラブのアカデミーがあるけど、自分らの時は大阪だと、高槻で一番、イコール大阪で一番だったのね。だから、当時はたぶん大阪で一番サッカーが盛んな場所だったかな」。生まれたのは大阪の高槻。サッカーが日常にある環境だったが、まずハマったのは野球だった。

「“阪急ブレーブス子供会”入ってたからね(笑) 西宮球場にも凄く行ってたし、当時は福本(豊)とか山田(久志)、長池(徳士)、加藤英司がいて。だから、オレは帽子も阪急のをずっとかぶってたよね。周りはガッツリ阪神やけど、オレは阪急やったなあ」。その志向に、今のスタンスの片鱗が垣間見える。

 そんな野球少年は小学校4年生でサッカー部に入るが、きっかけが何とも子供らしい。「ホンマにスポーツできるヤツとか、モテるヤツはみんなサッカー部に入る流れになっていたのね。オレは全然入る気なかったんやけど、『その流れに付いていかんと、完全に乗り遅れるっしょ』みたいな感じやったのよ。だから凄くアホな動機というか。でも、その理由が一番大きいと思うけどね」。

 小学生時代の背番号は“12番”で、レギュラーが1人欠けた時に出るような選手。運動会では1500m走で1位になるほど足は速かったものの、決して上手いタイプではなかったが、中学では迷わずサッカー部に入る。すると、ある体験がサッカーの面白さをより深めてくれることになる。

「同じ学年のヤツらでミニゲームが流行ってたのね。それでちょっと上手なっていくねん。ミニゲームってどのポジションをやっても関係ないやん。小学校の頃って右サイドでしかプレーしたことなかってんけど、遊びで真ん中の方でプレーし始めて、だんだんおもろなってきたのね。スルーパスとかも出せるようになったし、一気に変わっていったね」。

 この頃のポジションは、今で言う中盤のアンカー。「ボールを配るというより、相手の中盤の一番上手い選手を潰す」役割を担っていた。「そういえば」と思い出し、教えてくれたエピソードが面白い。「南千里中に葉山って上手い子がおって、夏の大会でオレはずっとマンマークしていたんやけど、突然試合中に葉山を見失ったわけ。そうしたら、のぼせて鼻血出して、ちょっとベンチで倒れとってん(笑) 密着マークすることが仕事やったから、密着する人がおらんかったら仕事がなくて、迷子になるっていうね」。

 その南千里中とは全国出場を懸けて、近畿大会の決勝で戦っている。結果は0-0からのPK戦負け。あと一歩の所で晴れ舞台を逃したが、その後に予想外の事実を知る。「NHK教育で全中の決勝は放送するでしょ。たまたまテレビを見てたら、南千里が優勝してて、『ウソやろ?』みたいな。ウチとは毎回ギリギリの戦いやったし、勝ったこともあると思うねん。でも、南千里が全国優勝するような実力があるって思ってなかったから、少しビックリしたかな」。あるいは敗れたPK戦の結果が逆だったら、平畠たちが日本一になっていたかもしれない。

 高校は創立2年目の新設校だった阿武野高へ進学。上級生も1学年しかおらず、1年生の春からレギュラーの座を掴む。今度のポジションは“スイーパー”。ディフェンスラインの最後尾が、卒業するまでの定位置だった。「やたら声は出してたね。カバーリング的な感じと、周りを動かす、励ます、みたいな(笑) 最高に良いように言えばツネさん(宮本恒靖)みたいな感じかな。足がそこそこ速かったから、『ああ、アイツかわされんな』ってカバーに行ったら、必ず取れたりしてて、そこは自分の中で単純に楽しかったかな」。

 当時のライバル校の1つが北陽高(現関西大北陽高)。ここにはのちにJリーグで監督を務める同級生が在籍していた。「高畠(勉・元川崎フロンターレ監督)は中学から知っててんけど、ウイングをやってて、あの頃はクロスって巻く感じのボールを上げる選手しかおらんかったのに、高畠って結構ストレートのボールを蹴れてたね。アウトに掛けたりとか。もちろんスピードもあったけど、それは高校行って際立ったな」。お互いに大人になった2人が、久々に再会した時の話も興味深い。

「高畠がフロンターレの監督になって、オレもスカパー!で番組とかやり出して、どっちも存在はわかっててんけど、全然会えんくて、ようやく西京極で会うねん。で、試合前に話しかけて『おお!』みたいになって。そうしたら、高槻一中から北陽に行った池本っていう上手いフォワードがおったんやけど、高畠が急に『あれやねん、“いっけん”がな』って、急に池本の話を始めたのがおもろかってん。『コイツ監督なのに、試合前にオレに“いっけん”の話をしてどうすんねん』って(笑) それはメッチャ覚えてんなあ」。

 2年の選手権予選は準決勝まで進出。最上級生になって迎えた新人戦では北陽を破るなど、着々と実力を伸ばしていった阿武野は、キャプテンを務めた平畠の3年時にインターハイで全国出場を勝ち獲る。初戦の相手は帝京高。言わずと知れた高校サッカー界の超名門だ。「帝京とやれるのはええねんけど、最初にやるのは嫌やん。1回ぐらい勝ちたいし。帝京は1個下に礒貝(洋光)、本田泰人とかでしょ。だいたいメンバーは知ってたよ。有名な選手ばっかりやったから。試合の時も『ああ、礒貝や』みたいな感じはあったけどね」

 結果は0-1。惜敗だった。「善戦というか、失点も『ああ、入ってもうた』みたいな感じの取られ方やねん。だから、最初は『帝京か』って思ったものの、意外とやれた感じはあったかな。でも、自分らが全国レベルのチームではないと思ってたし、実力がそんなにあったとは思わへんけどね」。

 最後の選手権予選は大阪の決勝で散った。「ぶっちゃけ言うと、あんまり悔しさはなかった。『これ勝ったら全国大会に行ける』とか、『正月にみんなが見る、あのテレビの中の試合に出れる』とかって、オレの中ではあんまり見えてなかったかな。正直ちょっとキャプテンをやることに対して疲れてたのね。やっぱり真面目にやらなあかんやん、立場があるから。それもあって『オレはもう高校でサッカーやめよう』みたいな感じが凄くあったから」。周囲は号泣していたが、涙はまったく出なかった。

「今でいうヤンマースタジアム長居での決勝で、終わってロッカーで最後に監督が挨拶して、3年には1人ずつ声を掛けていって、周りも“大号泣大会”やねんけど、そこって一番のクライマックスで、ええとこやん。たぶん今同じシーンになったらメッチャ泣くと思うねんけど、一切泣かへんかったな。ちょっと素直じゃなかったね。今、高校の時の自分を見たらムカつくやろな(笑) でも、今から考えても悔しくて悔しくてしょうがなかったみたいな気持ちは本当にないし、それがいいのか悪いのかわからへんけど、『あそこで全国に出てたらどうなってたんやろな』とか考えたことないな」。その客観性が何とも平畠らしい気もする。この日の長居が、真剣にプレーするという意味でのサッカーは最後になった。

 一浪して入った大学で、サッカー部に入る気はもともとなかった。草サッカーには時折興じていたものの、イベント会社でのアルバイトがどんどん楽しくなっていく。さらに大学3年時には、ある遊園地から“音響スタッフ”として契約社員の打診があり、それを受け入れる。「週に6日働いて、1日は大学行って。でも、そのまますぐに仕事行ったりしてたから、人生で一番忙しかったかもしれんな」。就職活動は一切せず、大学卒業後もそのまま遊園地で働くことに。1993年のJリーグ開幕戦は、1人暮らしのマンションで見つめていた。

「Jリーグの開幕の日は、タイムカードを押す時間まで働いてたら、生放送に間に合わへんと。だから、同僚に『悪いけど、コレ押してくれ。オレ早退するから』言うて。だけど、その早退も『バレてもいいわ。だって、日本にプロのサッカーができて、1試合目を見いひんなんておかしいでしょ』ぐらいの感じやねん。で、ダッシュでマンションに帰って、1人でもう静かに。何なら本当に正座して見る、ぐらいの勢いでね。でも、いまいちピンと来おへんというか、『ホンマにこれ現実なんか?』みたいな。もちろん国立やし、日本でやってるんやけど、ちょっとよその国のことみたいな感じはあったかもね」。

 初めてスタジアムでJリーグを見たのは、1995年の11月。万博でのガンバ大阪対清水エスパルスだった。「その時、エスパルスのサポーターの方が熱心というかまとまりがあって、『大阪ってやっぱサッカー無理なんかな』って思った。小学生の時、高槻でやる6年生のサッカーフェスティバルに、清水FCは5年生のチームで来て、ボロ勝ちしよんねん。もう『静岡ってレベルが違う』というのが子供の頃から植え付けられているわけ。その意識もあって、万博の試合を見た時に『ああ、やっぱ静岡ってサッカー凄いんやな』って。『こんなに根付いてんねや。盛んなんや』って意識がまた少しだけ強まったかも。そこがJリーグと直接の初対面よね」。

 きっかけもJリーグだった。2004年10月17日。TBSで生放送された浦和レッズ対横浜F・マリノスの中継に副音声ゲストとして呼ばれた際、「たぶん単純に畳んでるのの一番上に来てたぐらいのノリ」で『Foot!』というサッカー番組のオリジナルTシャツを着ていた平畠を、その番組のスタッフが偶然見ていたのだ。個人的な話をすると、そのスタッフの中に筆者もいたのだが、率直に言って我々が制作するようなマニアックな番組を見てくれているようなイメージは、当時の彼に一切なかったと記憶している。

 好きなチームはベティス。好きな選手はアスレティック・ビルバオのジェステ。有楽町の喫茶店で行った顔合わせの時点で、既にリーガ愛は十分に伝わってきた。実際に『Foot!』へゲスト出演した流れから、J SPORTSのサッカー番組へ登場する回数も増えていく。そして、2007年。人生で初めてとなるサッカー番組のレギュラーのオファーが、スカパー!から届く。それが『Jリーグアフターゲームショー』だ。ただ、当時はリーガの番組ならまだしも、平畠がJリーグの番組をやることに意外な印象を抱いたことは否めない。

「もちろん不安は大きいよね。知識がないから。ただ好きなだけというか。だから、『コレはこのままやとすぐバレるな』って思ったね。もちろん仕事ができることは嬉しいけど、自分がリーガ見てても、『あ、この人ホンマはあんまり見てないな』ってすぐわかるわけでしょ。それがJリーグだったら、よりお客さんが見ているし、『なんやねんコイツ』みたいな、『どうせサッカー知らんのに、って感じで思われるんねやろな』というのはあったね」。

 予想は大きく外れる。平畠のJリーグに対する真摯な姿勢は、早々にサポーターから受け入れられた。それは彼の基本的なスタンスとも無関係ではないだろう。「やり出したらすぐ面白かったよ。スタジアムに行ってるだけで楽しかったしね。別にそこで『よし、このスタジアム来たから、絶対サポーターの人と喋ろう』みたいなこと一切思ってへんし、『オレ、今スタジアム来てるで』みたいな気はさらさらなくて、『そういえばこの前、スカパー!でやってる人見たな』って人が10人ぐらいおったらええな、みたいな感じで行ってるしね。でも、何かの文句を言われることなかったし、全然嫌な思いはせえへんかったな」。

 そして、それは彼の日常にも小さくない影響を与え始める。「どっちかと言ったらオレ、人見知りなとこも結構あるから。でもね、スタジアムに行ってるうちにリハビリじゃないんやけど(笑)、もともと人見知りな“ひらちゃん”と、みんなとワイワイ仲良くなれる“ひらちゃん”がちょうど自分の中で近寄ってくるというか。ちょうどいい感じで1個の所にまとまってくる感覚はあったかな」。

 Jリーグが自身の中に占める比重もどんどん高くなっていく。「Jリーグの番組をやる前は、自分の中で『適当なことできへんな』っていうのはあったけど、お客さんと喋れば喋るほど『ああ、この人はこんなに真剣に見てはるんやな』って伝わってくるし、そういう話を聞くと、またこっちも『絶対いい加減なことできへんな』という想いが増したよね」。

 平畠の魅力が凝縮されているものの1つに、“今日イチ”が挙げられる。文字通り「今日一番印象に残ったシーン」をピックアップする、スカパー!の番組内の1コーナーだったが、その成立過程も実に彼らしい。「アフターゲームショーで自分の出番がある時に、控室でサッカー見ながら、たまに1人でケタケタ笑ってたのね。それを聞いたスタッフが『アイツ、サッカー見てへんやんけ。バラエティーでも見てんちゃうんか』って思ったみたいやねん。それでオレの控室に入ってきたら、『いやいや、1人でサッカー見てるぞ』と(笑) で、『どうしたんすか?』って聞かれて、『今、こういうシーンがあって、おもろかったから笑ってたんですよ』って話をしたら、『え?どんなシーンですか?』って見て、『ああ、確かにそうですね』みたいなのが“今日イチ”のスタートかな」。

 周囲の支持に報われることもあると明かす。「たとえば『“今日イチ”を今度スタジアムでやってもらえませんか?』って言ってもらえたりするやん。それをやって、お客さんが盛り上がってくれたりすると、そういうことが嬉しかったりとか。夜中に家で1人ずっとサッカー見てる時って凄く地味な作業で、『これって何かの役に立つんかな?』ってなるわけやん。何なら飲みの誘いも断って。『もうこれだけ試合見てんねんから、誰か認めてくれよ』とか、そんなこと一切思ってないけど、それが時に報われたりすることがあるとやっぱり嬉しいし、『ああ、無駄にならへんねんな』みたいな実感も、やっぱり何個も何個も重なっていく体験は、自分の中で凄く大きいかな」。

 平畠には、平畠にしか見えないものがある。“今日イチ”はその最たるもので、そこにも彼の中では流儀が存在する。「誰がどう考えても『普通にミスやん』みたいなことは、そもそもやるつもりはなかったね。あとは、たとえば0対3で負けたチームの方に“今日イチ”があっても、その時はやらないとか。そういうのは一応気を遣うというか、そこで笑うことによって、ちょっと気分を悪くする人が出てくるようなことはしたくないな、という想いはあったかな」。だから、初代Jリーグチェアマンの川淵三郎に褒められた時は、本当に嬉しかったそうだ。

「サッカーって“珍プレー好プレー”ないやん。最初はやろうとしたけど、アレって川淵さんがあまりお気に召さなかったからだって聞いてるのよ。だから『オレ、たぶん怒られるんやろな』と思っててん。でも、何かで川淵さんに会った時に『見てるよ。アレ面白いね』って言ってくれはったのよ。まあ、怒られてもおもろかったけど(笑)、それは凄く嬉しかったな」。想いはちゃんと届いている。もちろんそれは川淵にだけではなく、Jリーグを愛するみんなの心にも。

 新しい本も企画が尖っている。『平畠啓史Jリーグ56クラブ巡礼』。Jリーグに加盟する56のクラブにまつわる、56人に自ら話を聞き、自らコラムを執筆するというもの。1年近い時間を掛けて、日本中を旅しながら56のストーリーを描き上げた今、改めて感じることは自らの運命に導かれた“偶然”の尊さだった。

「やっぱりサッカーがなかったら、どの人にも会ってないと思うのよね。『もし自分がJリーグの仕事をしてなかったら、ここで会った人に誰一人会ってへんな』っていう不思議感というか、そこは改めて『Jリーグの仕事をやってて良かったな』と思う部分はあるかな。だから、今回も56人回ってんねんけど、別に大変なことは何にもなくて。なぜなら楽しんでるからやねんな。もしかしたら儲けることだけ考えたら、効率悪いこともいっぱいあるかもしれんけど、そこは考えてないというかね」。

「だから、そんな知り合いが日本中にいるのは本当に幸せよね。『スタジアムに行ったら誰かに会うなあ』とか、『ここの店に行ったらアレ食べれるなあ』って思えてるのは凄い幸せやし、サッカーがなかったらそんなことにはなってへんからね。なんかもうちょっとサッカーをだんだん超えていってるような気もせんでもないねんけど(笑)」。

 Jリーグとの出会いは“偶然”だったかもしれない。だが、彼が彼にしかできないことでJリーグと歩んでいくことは、“必然”だったと思う。だからこそ、聞いてみたかった。「今の“ひらちゃん”って、自分から見てどうですか?」。だいぶ黙考したのち、平畠はゆっくりと語り出した。

「オレは楽しいよ。でも、キャラクターとしてみんなが思ってる“ひらちゃん”を守るために、これせなあかんとかは、ちょっと自分の中でちゃうかなって。あくまでJリーグが面白くなるための“ひらちゃん”であればそれでいいとは思うけど、それよりも先に“ひらちゃん”を良くしたいとか、訳の分からん考えに至ってしまってるんであれば、『変な足かせ付いてもうてるな』とは思う。それよりも、サッカーを楽しみたいし、お客さんに喜んでもらうためのツールの“ひらちゃん”になれてたらいいかな。まあ、『もうあと5年くらいは早くやりたかったな』っていうのはあるけど(笑)」。

「でも、就職雑誌とか見ても、“ひらちゃん”のなり方とか載ってないやん(笑) そういうのはちょっと嬉しい。なり方わからへんし、オレ自身がもう1回人生やり直しても、こうはなられへんと思うから、なんかその奇跡と、偶然と、必然の産物みたいな、そこはおもろいなって」。

「その反面、今のこういう状況下で、『オレの仕事って、ある種一番いらん仕事やん』って意識もなくしたくないなっていうのはある。『やっぱり万事整って初めて仕事させてもらえるんやなあ』とも、自分の中では改めて意識する感じになったかな。好きなことを喋って、なにがしのお金を戴いたりとか、お客さんに喜んでいただいたりするようなありがたい仕事なんて、普通に考えたらありえへんわけで。だからこそ、自分がサッカーのことを喋って、『なんや、サッカーっておもんないんや』って思われたくないし、『ああ、あの人の話聞いたら、やっぱりサッカー面白いね』って思われたいしね。サッカーの邪魔をしたくないというか。そこの意識は強いかな」。

 平畠啓史は真面目な男である。言うまでもなく“ひらちゃん”も真面目な男だ。何よりもサッカーが好きで、何よりもサッカーの魅力を伝えたくて、何よりもサッカーをリスペクトしている。そして今や、彼が紡ぐ言葉を、彼が表現する作品を、サッカーを愛する多くの人が楽しみに待っている。Jリーグが平畠を変えたように、平畠もJリーグを変えつつある。その結晶は“ひらちゃん”という形で、これからも我々の日常にささやかな、それでいて鮮やかな彩りを加えてくれることだろう。

 ここまで相思相愛の関係になるなんて、自分だって想像もしていなかった。最初は不安がなかったと言ったら嘘になる。そんな男は今、世の中で最もJリーグの魅力を伝えることのできる“ひらちゃん”として、サッカーと共に生きている。きっと、ずっと前から、こうなることは決まっていた。平畠啓史、つまり、“ひらちゃん”と我々の出会いは、奇跡と、偶然と、必然に満ち溢れている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史


昇格POの神ヘッドだけじゃない! サッカーの母国をざわつかせた驚愕2ゴールも収録 山形が1000得点記念DVDを販売へ

昨季にJリーグ通算1000ゴールを達成した山形
 クラブの積み上げてきた歴史が映像でよみがえる。モンテディオ山形が26日、Jリーグ公式戦全ゴールを収録したDVD/ブルーレイ作品『JリーグオフィシャルBlu-ray/DVD モンテディオ山形 ALL 1000GOALS J.LEAGUE 1999-2019』の販売決定を発表した。

 山形は昨年10月27日にホームで行われたJ2第38節・愛媛戦(○3-0)でMF中村駿の得点により、Jリーグ通算1000ゴールを達成。これを記念し、1999年のJリーグ参入からの21年間で生まれたリーグ戦、カップ戦、プレーオフでの全1039ゴールを1枚のディスクに収録した映像作品を販売する。

 山形のゴールといえば、2014年のJ1昇格プレーオフ準決勝・磐田戦(○2-1)で生まれた元GK山岸範宏氏による後半アディショナルタイムのヘディング決勝弾の印象が強いが、節目となった1000ゴール目のインパクトも強烈だ。

 記憶と記録に残るメモリアル弾が生まれたのは、愛媛戦の1-0で迎えた後半16分だった。中村が自陣センターサークル付近でボールを拾うと、間髪をいれずに右足で山なりの超ロングシュート。PA外から懸命に戻る愛媛GK岡本昌弘の頭上を越え、無人のゴールに吸い込まれた。

 山形のJリーグ初得点は1999年3月14日にアウェーで開催されたJ2第1節・仙台戦(○3-2)。0-2の後半に途中出場の真下佐登史氏が第1号弾を挙げると、さらにチームとして2ゴールを奪い、逆転で“みちのくダービー”を制した。

 それから20年の時を経て、衝撃的なゴールで大台の1000点目に到達した山形。スタンドの興奮がさめやらぬ1分後、今度はFW坂元達裕(現C大阪)が続いた。カウンターの流れから自陣で味方のパスを受け、センターサークル内から左足で低い弾道のロングシュート。再び前に出ていたGK岡本の意表を突き、ゴール左に転がり込んだ。

 わずか90秒間でクラブ史に刻まれたド派手な1000ゴール目と1001ゴール目は、当時“サッカーの母国”でも驚きをもって報じられた。

「ハーフウェーライン後方からのゴールはサッカーでは珍しい光景だが、日本のJ2リーグでモンテディオ山形が90秒間に2本もそのゴールを決めた」(『ザ・ガーディアン』)

「(過去に同じようなゴールを決めた)ウェイン・ルーニーやデイビッド・ベッカムのような選手を擁する日本のサッカーチームが、ハーフウェーラインから90秒間に2度も得点を奪った。モンテディオ山形は中村駿と坂元達裕の2本の驚異的なシュートによって、愛媛に3-0で快勝した」(『ザ・サン』)

「ハーフウェーラインより後ろからのゴールは極めて珍しい。毎年、数人しかない。その偉業を実際に成し遂げたのはウェイン・ルーニー、デイビッド・ベッカム、シャビ・アロンソなど、ほんの一握りの選手だけだ。しかし、日本の2部リーグのチームは自陣から1度ではなく、2度もゴールを決めた。そして驚くべきことに、90秒以内にそれが起こったのだ」(『ギブ・ミー・スポーツ』)

「GKにとって、ハーフウェーラインをまたぐシュートでゴールを許すことは、すぐにでも忘れたい屈辱的な経験の1つである。それがたった90秒間に2度も起きた時のGKの気持ちを想像してみてほしい」(『デイリー・メール』)

 今回の映像作品には、これらのスーパーゴールを含む全1039得点が収録されている。また、副音声にはクラブのレジェンドや現役選手によるスペシャルトークを収録。先行予約で購入した場合は、Jリーグ通算300勝達成記念DVDも付いた2枚組となる。

 価格はブルーレイが6000円(税別)でDVDが5000円(税別)。先行予約期間は本日26日の12時から来月14日の23時59分までとなり、発送は7月上旬を予定している。

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シーズン再開を諦めないリヨン会長がフランス首相に直談判「前例のない危機に直面する」

リヨンのジャン・ミシェル・オラス会長
 リヨンのジャン・ミシェル・オラス会長がフランス政府に対し、シーズン早期終了の決定を再考するよう呼びかけているようだ。イギリス『BBC』が報じている。

 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻だったフランスでは、4月28日にリーグアン(1部)とリーグドゥ(2部)のシーズン打ち切りが発表された。同じくオランダやベルギーのリーグも終了となったが、その一方でブンデスリーガは5月中に再開し、スペイン、イタリア、イングランドも6月中の再開に向けて準備を行っている。リーグアンは欧州5大リーグの中で、唯一シーズンが終了したリーグとなった。

 リヨンはシーズン打ち切り時点での順位が7位だったため、1997年以降初めてヨーロッパカップ戦の出場権を逃している。クラブは先週、降格したアミアン、トゥールーズとともにプロフットボールリーグ(LFP)に対し、シーズン終了に関する異議申立てを行ったが、決定は覆らずに棄却された。

 オラス会長はフランスの首相とスポーツ相に宛てた手紙の中で、フランスサッカーは「前例のない経済的・社会的危機」に直面する可能性があると述べ、シーズンの早期終了について不満を訴えている。

「ブンデスリーガは5月16日にゲームを再開し、スペインは6月8日以降に再開します。イタリア、ロシア、ポルトガルはグループ練習を再び始め、イングランドは6月19日以降の再開に向けて動いています」

「フランスはどのようにすればダウングレードせず、プロサッカーの価値を下げずにいられるでしょうか?」

 フランス政府は、6月2日に国内での規制緩和を発表する予定となっている。オラス会長は「6月2日はフランスサッカーの間違いを正し、健康プロトコルに沿って徐々にトレーニングを再開させることで、2019-20シーズンの再開を許可する絶好の機会ではないですか?」と主張した。

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怒れる者よ、集え…3冠達成モウリーニョ、「シンプル」な成功の秘訣

インテル時代のジョゼ・モウリーニョ監督
 2009-10シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)制覇を含む3冠を達成したインテルの強さは、反骨心が源となっていたようだ。

 スペイン『アス』は、当時の指揮官だったジョゼ・モウリーニョ氏(現トッテナム監督)が前所属クラブから弾き出された選手たちを中心にチームを構成していたと伝えている。

 チームのスポーツディレクターを務めていたマルコ・ブランカ氏がインタビューで語ったところによると、それこそがポルトガル人指揮官の成功の秘訣だったという。

「大規模な刷新があった。その時のポイントはシンプルだ。我々はクラブから捨てられて怒っていた選手たちを雇った。彼らは自分のクオリティーを示したいと思っていて、モウリーニョはその準備ができていたんだ」

 当時のインテルにはFWズラタン・イブラヒモビッチとのトレードでバルセロナから加入したサミュエル・エトー氏をはじめ、ここで再スタートを目指す多くの実力者たちがいた。

 同紙は「(エトー氏や)レアル・マドリーでキャリアを続けられなかったヴェスレイ・スナイデルだけでなく、ディエゴ・ミリート(ジェノア)、チアゴ・モッタ(ジェノア)、マリガ(パルマ)、ルシオ(バイエルン)、ゴラン・パンデフ(ラッツォ)、エミリアーノ・ビビアーノ(ブレシア)との契約も付け加えておかなければならない」と振り返っている。

 同シーズンの欧州CL決勝トーナメントでチェルシー、CSKAモスクワ、バルセロナを破って決勝進出を果たしたインテルは、サンティアゴ・ベルナベウで開催されたファイナルでもバイエルンを2-0で撃破。セリエA、コッパ・イタリアと合わせ、イタリア史上初の3冠を成し遂げた。

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イブラヒモビッチが負傷で引退危機か…

FWズラタン・イブラヒモビッチがアキレス腱を負傷
 ミランの元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチに今季絶望、さらに現役引退の可能性が浮上している。イギリス『ザ・サン』が伝えた。

 同紙によれば、イブラヒモビッチは25日午前のトレーニング中にアキレス腱を痛め、精密検査を受けることになったようだ。以前から同箇所の問題に悩まされており、アキレス腱断裂の恐れもあるという。

 新型コロナウイルスの影響で中断しているセリエAは来月の再開を目指して準備を進めているが、怪我の程度によっては今季絶望となることも避けられない。

 現在38歳のイブラヒモビッチは今冬にミラン復帰を果たし、ここまで公式戦10試合で4得点を記録。クラブとの契約は6月末に満了となる予定だが、12月まで延長するオプションもある。ただし、長期離脱の場合はそれを行使しない可能性が高い。

 同紙はイブラヒモビッチの年齢などを考慮し、「彼のキャリアが終わるかもしれない」と現役引退の可能性も指摘している。

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元ローマ選手が死去…人身売買業者の詐欺、異国で置き去りなど地獄から這い上がった21歳

ローマのインスタグラムより
 元ローマのカメルーン人MFジョセフ・ブアス(21)が25日、心臓発作で命を落とした。イタリア『ラ・レプッブリカ』など複数メディアが報じている。

 同紙によるとブアスは16歳だった2015年、サッカー選手としての生活を約束されてカメルーンから他の少年たちと一緒にイタリアへ渡ったが、人身売買業者に騙されており、ローマの駅に1人だけ置き去りにされた。

 それでも難民を中心に構成されたチームで優れたパフォーマンスを見せると、親善試合中にローマのスカウトの目にとまり、トライアウトを経てユースチーム加入が決定。トップチームでは公式戦の出場こそなかったが、当時の監督だったルチアーノ・スパレッティ氏の下、フランチェスコ・トッティ氏やダニエレ・デ・ロッシ氏らとのトレーニングを経験した。

 2017年にはセリエBのビチェンツァに期限付き移籍。今冬にルーマニアのウニベルシタテア・クルジュに完全移籍したが、新型コロナウイルスの影響によるリーグ中断でデビューは持ち越しとなっていた。

 ローマは25日、クラブ公式ツイッター(@OfficialASRoma)で「ASローマは元プリマベーラのサッカー選手、ジョセフ・ブアスの死を悼み、この非常に辛い時期に彼を愛する人たちを抱擁します」とコメントを発表している。

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リバプールvsアトレティコが原因? コロナで41人の死者

3月11日に行われたリバプールvsアトレティコ・マドリー
 2か月以上が経った今でも、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)決勝トーナメント1回戦第2戦のリバプールアトレティコ・マドリーは議論の的となっているようだ。スペイン『マルカ』が伝えている。

 同試合が行われたのは、ヨーロッパで新型コロナウイルスの感染が拡大していた3月11日。敵地アンフィールドに乗り込んだアトレティコが延長戦の末に3-2で勝利し、2試合合計4-2でベスト8進出を果たした。

 イギリスの国民保健サービス(NHS)のデータを分析する『エッジ・ヘルス』社によると、この試合が新型コロナウイルスによる41人の死者増加につながったと結論付けられているという。

 同社は3月11日時点でイギリスに約10万人、スペインに約64万人の陽性者が出ていたとレポートしている。試合はスペインのペドロ・サンチェス首相が非常事態宣言を行う2日前だった。

 当時、イギリス政府は無観客での開催を支持。試合から1か月後には、マドリード市長のホセ・ルイス・マルティネス・アルメイダ氏もアウェー遠征を行ったアトレティコのファンは間違いだったと発言していた。

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「2度とそんなことするな」W杯試合中にファン・ペルシーが監督から殴られた理由

ブラジルW杯でのエピソードを語ったロビン・ファン・ペルシー氏
 元オランダ代表FWのロビン・ファン・ペルシー氏が、2014年のブラジルW杯で当時監督だったルイス・ファン・ハール氏から殴られたエピソードを明かした。イギリス『マンチェスター・イブニング・ニュース』が伝えている。

 ファン・ペルシー氏は同大会でキャプテンを務め、累積警告で欠場した1試合を除く6試合に出場。得点ランキング3位タイの4ゴールを挙げ、オランダの3位入賞に貢献した。事件が起こったのは準々決勝のコスタリカ戦(0-0、PK4-3)。交代の指示を受け入れず、指揮官の怒りを買ったことが原因だったという。新たな自伝『LVG-監督とトータル・パーソン』の中で当時を振り返っている。

「試合は延長戦に突入し、私は(足が)痙攣していた。ルイスは私に『お前を外すぞ』と叫んだ」

「私は振り返って『いやいや、すぐにPK戦があるから』と答えたんだ。ラスト20分は本当に体力的にきつかったよ。彼はそれを分かっていて、耳から湯気が出ていた」

「120分間が終了し、みんなでタッチラインの近くに集まった時、彼は私に近づいてきて突然殴った。バン! 大きな手のひらで私に一撃を食らわせ、怒りながら『2度と私にそんなことをするな』と言ったんだ」

「私は唖然として彼を見た。ルイスは『今はこれを忘れて、必ずPKを決めてこい』と付け加えたよ」

 ファン・ペルシー氏はPK戦で1人目のキッカーを任され、監督の期待通りにしっかりと成功。オランダはPK4-3でコスタリカを下し、次のラウンドに駒を進めた。

「PKを決めることができて良かった」と安堵するファン・ペルシー氏は「あの出来事を振り返ってみると奇妙な瞬間だったけど、ルイスのおかげだよ。彼は選手を抱きしめることもあれば、殴ることもあるんだ」と元恩師のキャラクターを説明している。

 大会後、ファン・ハール氏はファン・ペルシー氏が当時所属していたマンチェスター・ユナイテッドの新指揮官に就任。しかし、ファン・ペルシー氏は負傷の影響もあって思うような活躍を見せられず、翌2015年夏にトルコのフェネルバフチェに新天地を求めた。

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2014W杯ブラジル大会特設ページ

[5月26日 今日のバースデー]

Japan
FW大槻周平(山形、1989)*左利きの万能型ストライカー。前線でのキープ力やポストプレーで攻撃の起点になる。
FW澤田崇(長崎、1991)*中央大出身。圧倒的な加速を生かしたドリブルを得意としている。
MF粟飯原尚平(岐阜、1996)*札幌U-18、近畿大出身の高い技術を持つアタッカー。
DF鹿山拓真(長崎、1996)*東海学園大から長崎に加入したサイドプレイヤー。社労士の難関資格にチャレンジ中。
MF田中駿汰(札幌、1997)*大阪体育大出身のポリバレントプレーヤー。在学中に日本代表入りし、E-1選手権にも出場した。
FW藤村怜(札幌、1999)*札幌U-18からトップチームに昇格。すでに公式戦で出番を得ている。
FW宮代大聖(川崎F、2000)*U-17日本代表のエースを務めたストライカー。U-20日本代表でも期待がかかる“川崎の大砲”。
MF柴田壮介(湘南、2001)*高校1年時の3月にルヴァン杯でトップチームデビューした期待のMF。
MF横川旦陽(湘南、2002)*湘南U-18所属の2種登録選手。世代別代表経験豊富なダイナモ。

World
MFファン・クアドラード(ユベントス、1988、コロンビア)*爆発的な一瞬のスピード武器。鋭いドリブル突破でサイドを切り裂く。

Former
DFマット・バスビー(元マンチェスター・Cほか、1909、スコットランド)*引退後はマンチェスター・Uで監督としてCL優勝などを成し遂げた。
FWルカ・トニ(元フィオレンティーナほか、1977、イタリア)*高さと技術を兼ね揃えた大型ストライカー。足もとの柔らかさも持ち味。

Others
トミーズ健(トミーズ:タレント、1959)
木佐彩子(アナウンサー、1971)
TAKURO(GLAY:ミュージシャン、1971)
つるの剛士(タレント、1975)
伊東美咲(女優、1977)
前野智昭(声優、1982)
小平奈緒(スピードスケート、1986)
渡部暁斗(スキー、1988)
伊藤かりん(元乃木坂46:アイドル、1993)

「小腸破裂に五輪出場…」鳥栖FW豊田が壮絶な体験を振り返る

山形時代を振り返ったFW豊田陽平
 サガン鳥栖のFW豊田陽平が自身のツイッター(@yohei_toyoda_)でモンテディオ山形時代を振り返った。

 2004年に星稜高から名古屋に入団した豊田は、出場機会を求めて2007年から2008年まで山形に期限付き移籍。加入1年目のサテライトリーグ横浜FM戦で相手と接触し、小腸破裂の大怪我を負った。翌2008年も4月に右足を骨折するなど苦難が続いたが、復帰を果たして北京五輪のU-23日本代表メンバーに選出。そのシーズンはJ2リーグ戦23試合で11得点を挙げ、山形のクラブ史上初のJ1昇格に大きく貢献した。

 豊田は古巣で過ごした激動の2年間を回想し、23日にツイッターで「小腸破裂に五輪出場、素晴らしい仲間と素晴らしい時間を過ごすことができました。感謝」とコメント。すると山形もクラブ公式ツイッター(@monte_prstaff)で「#豊田陽平 選手、ありがとうございます!サテライトアウェイ横浜FM戦での小腸破裂(中の人は現地でその瞬間観てました…。ショックでした) そして、翌年の昇格までの激動と別れ。ひとつひとつの出来事がクラブの歴史を作っています。12年経ちますが、お互いのステージで歴史を作りましょう!」と感謝の思いなどを伝えていた。

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積み上げることで得てきたチャンス。静岡学園の新10番候補、MF渡辺怜歩「納得の行く努力を」

新人戦で静岡学園高の10番を背負ったMF渡辺怜歩
[2020シーズンへ向けて](※静岡学園高の協力により、電話取材をさせて頂いています)

「『他の人よりもやっている』と自信を持って言えるくらいにやらないと結果は変わって来ないと思います。自分がどれだけやったかは自分でしか分からないところだと思うので、『納得の行く努力』をしていきたい」

 選手権王者・静岡学園高の新10番候補は失敗、挫折にもブレることなく、自分の力を積み上げながらチャンスを得てきたMFだ。そのMF渡辺怜歩(3年)は静岡学園中出身で、入学当初から1年生チームで存在感を放ってきた技巧派。身長163cmと小柄でスピードもある訳ではない。だが、人一倍こだわって磨いてきたボールコントロールはRookie Leagueの強敵相手でも際立ち、DFのマークを難なく外してスルーパスでゴールを演出していた。

 だが、2年時のプリンスリーグ東海では開幕時の登録メンバーから落選。この経験が渡辺を変えた。「入れなかったのが本当に悔しかったので、そこからサッカー面だけじゃなくて、私生活から自分を見つめ直す必要性を感じて、そこで変われたから夏からチャンスをもらえて上がることができた」。チーム練習、自主練に対する姿勢だけでなく、落ちているゴミを拾うところから良い方向へ変えるために取り組んできたことが一つ実を結んだ。

 そして、プリンスリーグ後期に登録メンバー入りした渡辺は少しずつ出場機会を増加。AチームのMF浅倉廉(現拓殖大)やMF井堀二昭(現東海学園大)、MF藤井皓也(現中京大)といった名手のプレーから吸収し、日本一となった選手権も交代出場ながら3試合でピッチに立つチャンスを得た。だが、大舞台は「自分が思うようなプレーが全然できなかった」「平常心でプレーできなかった」という悔しいものに。今治東中等教育学校戦での“幻のゴール”など運も無かったが、結果を残すことができなかった。

 ただし、選手権を経験することができたのは、「半年しっかりと積み上げられたから」だと考えている。先を見すぎることなく、焦らずに足元を見つめながらやれば良い。10番を背負い、準決勝で敗れた県新人戦(2月)は、ポジショニングや味方との意思疎通が課題に。また自分に足りないものを知った渡辺は、新型コロナウイルスによる休校期間中も自身と向き合いながらコツコツと努力を続けている。

「次の日の自分の行動のタイムスケジュールを何も考えないでというのはあまり好きじゃないので、(休校期間開始当時から)寝る前に自分でスケジュールを立てた中でしっかりと行動できるようにしています」と渡辺。現在、平日の日中はオンライン授業があるが、その後、自宅近辺でボールタッチやリフティング、ドリブル……と毎日2時間程度ボールトレーニングを続けている。加えて、筋トレも欠かさない。さらに夕食後に体幹トレを行い、休憩時間は「自分のサッカー人生において、良い方向に向かわせてくれるものだと思うので続けています」と風間八宏氏の著書などサッカー関連の本を読んで考え方を蓄積している。

 新人戦後は、これまでのトップ下からボランチでテストされる回数が増加。川口修監督もボランチでのゲームメークなど、渡辺のプレーが段々良くなってきていることを認める。そして「駄目ならレギュラーを取れない可能性もあります」と前置きした上で、彼が努力と成長を続ければ“静学の10番を任せる”ことを示唆。大きな期待を寄せた。

 新生・静岡学園の10番候補筆頭。数々の“巧いヤツ”が背負ってきた伝統の番号だが、背番号が10であろうが、10でなかろうが、渡辺が「(納得が行くまで)最大限の努力をして、プレーで魅せていきたい」という姿勢は変わらないだろう。そして、今年は大舞台で持ち味のボールを正確に扱い、簡単に失わない技術、FWの動きを見逃さずに繰り出すスルーパスを公式戦で発揮すること。そして、選手権で同じ景色を見るという目標がある。ただし、先のことに目を向けるのではなく、直近の練習、試合に集中。今は積み重ねる作業を根気強く続けて冬を迎える。

(取材・文 吉田太郎)

新10番が世界で知った頂。柏U-18MF田村蒼生は『すべてをサッカーのために』

20年シーズン、柏レイソルU-18の10番を背負う田村蒼生
[2020シーズンへ向けて](※柏レイソルの協力により、電話取材をさせて頂いています)

 通用した感覚はあった。手応えも掴んだ。それでも、世界の舞台はさらに想像以上のモノを自らに教えてくれた。「ワールドカップに行く前までは、正直『すべてをサッカーのために』というほどの意識はなかったんですけど、他の国の同じ世代の人たちがあんなに必死にやっているのを見て、刺激を受けたというか、『もうこれじゃ足りないな。甘いな』と痛感しました」。サッカー小僧を地で行く柏レイソルU-18の新10番。田村蒼生(3年)が目指す頂は、まだまだ険しく高いがゆえに、登りがいがあることへ疑いの余地はない。

 1年時からプレミアリーグEASTで切り札的に起用され、国内トップレベルでの経験を積み重ねた上で臨んだ昨シーズン。意欲十分にスタートしたものの、少しずつ想像と現実にギャップが生まれる。「『今年は自分が引っ張るぞ」という感じだった中で、練習でケガして、第6節のジュビロ戦で初めてベンチ外になって、そこでもっと自分が大人になってやることをやれば良かったんですけど、ちょっと自分の中でメンタルが落ちてしまって。『もっと自分はできるのに』みたいな気持ちがあって、うまくいかなかったですね」。

 一度はレギュラー落ちを味わいながら、夏過ぎには再びスタメンを奪取すると、意外な知らせが届く。U-17日本代表への選出だ。「正直、代表というのはそんなに意識していなかった中で初めて呼ばれて、もちろん嬉しかったですけど、ちょっとビックリというか、『わ~、入っちゃった』みたいな感じでした(笑)」。だが、持ち味の重なる選手が少なかった影響もあり、『わ~、入っちゃった』と感じていた田村は、U-17ワールドカップのメンバーに選出される。

 世界デビューは初戦のオランダ戦。後半35分。アップエリアへ声が掛かる。「もう出たくてうずうずしていて、呼ばれた時はメッチャ嬉しかったです。アレは鳥肌モノでしたね」。2戦目のアメリカ戦、3戦目のセネガル戦ではスタメン起用され、ラウンド16のメキシコ戦でも途中出場。全4試合に登場し、キレのあるドリブルで勝負し続けた。

「公式戦の世界大会は初めてだったので、『どれだけできるかな』と思って行ったんですけど、普段は緊張するタイプなのに、そういう気持ちもあまりなくて、素直に楽しめた大会でした。負け方的には悔しいというより、本当に心残りなんですけど、できるだけ連動していくようなサッカーの中で、自分が凄く生きる所でポジションをもらったので、あの経験は凄く大きいなと思います」。そして、ブラジルのピッチは新たな気付きを与えてくれた。

「ワールドカップに行く前までは、正直『すべてをサッカーのために』というほどの意識はなかったんですけど、他の国の同じ世代の人たちがあんなに必死にやっているのを見て、刺激を受けたというか、『もうこれじゃ足りないな。甘いな』と痛感しました」。4試合を通じてシュートはゼロ。ここに自身の課題を見出す。「ボールを取られないだけじゃなくて、自分ではがして、ゴールに直結する“結果”を出さないといけないなと。最後の所で仕事をできるようになりたいなと思いました」。ある意味で“結果”がすべて。その意識は心の内側に強く刻まれている。

 切れ味勝負のドリブルは、以前から目を惹くものがあった。自らもそのストロングには自信を持っている。「小学生の頃は基本的に足の速さで抜くような感じだったんですけど、中高と上がっていく中で、みんな体格も良くなって、足も速くなってきますし、そこで飛び抜けたスピードは出なくなったので、次は技術かなという感じで、ちょっとずつ変えていった感じです。中3か高1の時に自分の中で『このタイミングだな』みたいな、自分の中で間合いが感覚的にわかってきて、その頃から言われていた判断の部分の成長がうまく重なって、今の良いプレーに繋がっているのかなと思います」。

 最近気になっているのはマンチェスター・シティのベルナルド・シウバ。自身との共通点も感じている。「タイプが似ているなと。抜くというよりはかわすタイプなので、アシストもできて、シュートも上手いですし、それ以外にも守備で戦う姿勢もそうですし、リバプールファンなんですけど(笑)、参考になるのはシティのベルナルド・シウバですね」。ちなみに同世代で気になるのは、大宮アルディージャU18の柴山昌也。「普通に足元が上手いですし、身長も同じくらいなので、そこはちょっと意識しますね」。2人の直接対決も早く見たい所ではある。

 今シーズンは10番を背負うことが決まっている。「練習試合で何回か付けただけなので、まだちょっと恥ずかしいですね」と笑いながら、「自分は10番タイプじゃないと思うんですけど、付けさせてもらうからにはそれなりの結果を出したい想いは、自分の中であります」と続けたフレーズに、飄々とした男の決意が浮かび上がる。

 2020年は9年間に及ぶアカデミー生活の集大成。「タイトルを1つでも獲るということと、プレミアのチャンピオンシップに凄く出たいなというのはありますね。小6、中3と全国2位で日本一を逃しているので、最後に埼スタで全国を獲りたいです」。3度目の正直を引き寄せるべく、『すべてをサッカーのために』捧げる意志は固い。

 サッカー小僧を地で行く柏レイソルU-18の新10番。田村蒼生が目指す頂は、まだまだ険しく高いがゆえに、登りがいがあることへ疑いの余地はない。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史