マルチな大型MF桑山侃士「もっとやらないとあそこには行けない」。東海大高輪台は「東京一」の力つけて全国へ

東海大高輪台高注目の“スーパーユーティリティー”。大型MF桑山侃士
「まず東京ナンバー1の力をつけて、しっかりと勝ち切る。そうしたら、日本一にチャレンジしよう」

 東海大高輪台高の川島純一監督は選手たちにそう言葉がけしているのだという。昨年度の選手権東京都予選は決勝で幾度もチャンスを作りながら1点が奪えず、後半アディショナルタイムの失点によって東久留米総合高に0-1で惜敗。インターハイに出場した17年度のチームなど、近年は常に東京の頂点を狙えるほどの力を有しているものの、選手権には手が届いていない。

 目標は全国制覇だ。今年はJクラブも関心を寄せる快足FW横山歩夢(3年)をはじめ、こちらも注目の大型MF桑山侃士(3年)、昨年も1トップを務めた180cmFW小林亮翔(3年)、MF小島渉(3年)ら昨年以上、全国でも十分に戦えるだけの戦力がある。だが、まずは東京を勝ち抜くために、地に足をつけて「東京ナンバー1」と言える力を身につけるという考え。現在はそのための日々を過ごしている。

 例年の東海大高輪台は個々の技術力と判断力をベースに、細かくポジショニングを修正しながら流動的に相手の守りを崩してゴールを奪うスタイルが特長。今年はスケール感が大きな一方で「滑らかさがまだ無いです」と川島監督は指摘する。

 またチームのキーマン、桑山は「リーダーシップとか発揮する人が少ないので、それは去年に比べてないところかなと思います。練習試合で桐光とか成立にも勝っていますが、気持ちのところが足りていない」と首を振る。

 その桑山は昨年の経験者。決勝の後半アディショナルタイムに喫した1点は彼のエネルギーになっている。「自分もピッチに立っていて、自分のマークで負けたので。去年の人のためにも勝たないといけない」。自分や仲間たちのためだけではない。先輩たちのためにも今年、全国へ行かなければならないと闘志を燃やしている。

 桑山は“スーパーユーティリティー”とも評されるハイレベルな万能型プレーヤーだ。トップ下でも、ボランチでも、攻撃でも、守備でも中心選手になれる注目株。「去年10番つけていた(藤井)一志とかいるんですけれども、そういう存在になりたいですね。トップ下に入れば10番とか、ボランチならば6番の役割とか、自分がそのポジションに入ることでチームに良い影響を与えたい」と誓う。与えられたポジションでチームに流れをもたらし、白星へ導く考えだ。

 今年のチームについては、桑山自身も「実力はあると思います。レベルも東京のトップレベルにあると思う。今年は結果を出さないといけないと思います」と認める。だが、勝ち切れなかった昨年の悔しさを体感しているだけに「もっとやらないと、あそこ(全国)には行けないと感じています」。目指すステージに行くために、意識を変えて練習に取り組むこと。力のある選手たちがより強い気持ちと厳しさを持ってレベルアップし、「東京ナンバー1」のチームになって東京を突破する。

(取材・文 吉田太郎)
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デ・ブルイネの第一印象は最悪だったとコンパニが告白

ビンセント・コンパニがケビン・デ・ブルイネの第一印象を語った
 アンデルレヒトの監督を務める元ベルギー代表ビンセント・コンパニ氏が、マンチェスター・シティで同僚だったMFケビン・デ・ブルイネの第一印象を明かした。英『ミラー』が伝えている。

 2015年に5,400万ポンドでシティに加入したデ・ブルイネは昨シーズン、公式戦で16ゴール23アシストという圧巻の活躍を見せ、PFA年間最優秀選手賞を受賞した。シティの選手として初の受賞者となった29歳は世界最高のミッドフィルダーとして広く捉えられている。

 そんなスーパースターと共にシティ、ベルギー代表の両チームでプレーしたシティの元主将コンパニが言及。デ・ブルイネのドキュメンタリー『メイド・イン・ベルギー』のなかで、10代の頃に国際大会に招集されたデ・ブルイネの第一印象は最悪だったと告白している。

「彼は非常に若いときに代表チームに入ってきたが、そのときは良い印象を持っていなかった」

「彼はただ不平不満を言っているだけに思ったし、試合に出たときも求められていないことをたくさんやろうとしていた。私は残念だと言ったよ。チームにはもっと才能のある選手が欲しかったから」

「とにかく時間が経ち、いろいろなことが起きたが、いつの間にか彼は私たちのなかで最高の選手になっていた。ずっと私がそう思っていたようにね(笑)」

「彼には切れ味がある。彼が18歳のときの代表初招集のときは、多分そこがうまく働かなかったのだろうと思う」

「切れ味があるのに、あのときはピッチ上で良いパフォーマンスを出せなかった。そりゃあ『そんなに切れ味があるのに、パフォーマンスは良くない。どういうことだ?』ってなる」

「だけど後になって、それが彼の本当の強さだと気づくんだ。彼は何をするにも切れ味があって、ちょっとずる賢いところがあり、体を張ることもいとわない」

「ケビンの能力を最大限に引き出すためには、ある種のやり方でプレーする必要がある。つまり攻撃志向のチームでなければ、彼の能力を最大限に引き出すことはできない」

「だからケビンがシティに来て、ペップと出会ったことは、彼にとっては完璧だった。もしペップと一緒にやっていなければ、彼のキャリアを最大限に生かすことはできなかっただろう」

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【#出身高校ベストイレブン 】清水東高編

【#出身高校ベストイレブン 】清水東高編
 全国の強豪校の出身者ごとにベストイレブンを選出。
J1出場試合数を元に選定。
第7回は、FWとSBの宝庫、サッカー王国の古豪「清水東高校」。

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モレリアネオ3にブラック×レッドカラーがシックに登場

モレリアネオ3にブラック×レッドカラーがシックに登場
ミズノは11日、『モレリアネオ3』シリーズ、『モレリアネオ3JAPANブラック』の発売を開始した。

モレリアネオ史上、最も素足に近い感覚を実現する「モレリアネオ3」。さらにご存知ジャパンモデル。

「シックな」ブラック&レッド

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「ふわっ」とした足入れ感

履き口周りにはBFニット素材を採用し、ヒールタブの赤色の部分もニットのため「ふわっ」とした足入れ感を実現している。



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アッパー前足部には、ミズノの中で最も上質なウォッシャブルカンガルー皮革を使用し、柔らかなフィット性と抜群の足なじみをもたらす。



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モレリアネオ3JAPANブラック
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愛媛FW西田剛に第三子誕生「数的不利な状況ですが…」

愛媛FW西田剛に第三子誕生「数的不利な状況ですが…」
 愛媛FCは11日、FW西田剛に第三子が誕生したことを発表した。

 第三子となる長男が8日に誕生。クラブを通じて、「この度私事ではございますが、第三子の元気な男の子が生まれました。母子ともに健康という事で、すごくホッとしています。妻と生まれてきてくれた子供に心から感謝してます。3人目が初めて自分と同性の『漢』なので、上の子たちとは違う楽しみがあります。数的不利な状況ですが(男1・女2)、3児の父親としてお父ちゃん頑張ります」とコメントを発表した。

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ニューバランスのフューロンとテケラのHGに新色が登場!

フューロンプロHG V6
ニューバランスは11日、コバルトブルーに映えるオレンジが印象的な新色スパイクを発売を開始した。新色は、スピード・ストライカー向けモデル『FURON PRO HG(フューロンプロHG)V6』とコントロール系モデル『TEKELA PRO HG(テケラプロHG)V3』が展開される。

フューロンプロはサディオ・マネらが着用


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18年半愛された『やべっちF.C.』9月末で放送終了…矢部氏「感謝しかありません」

ナインティナイン矢部浩之氏
テレビ朝日は11日、お笑いコンビ・ナインティナインの矢部浩之氏がMCを務めるサッカー情報番組『やべっちF.C.〜日本サッカー応援宣言〜』が9月末で放送を終了することを発表した。

 番組公式ツイッター(@yabecchifc_5ch)を通じて、矢部氏は「2002年から18年と6か月ですか。テレビ朝日さんに育てていただいたので、本当に感謝の言葉しかありません。9月いっぱいまで全力でプレーしますので、最後まで何卒よろしくお願いいたします」と動画でメッセージ。レギュラー出演する中田浩二氏(@nakata_cro)は「5年と6ヶ月、番組に関わらせていただき、本当に感謝しています!最後まで全力で頑張ります!」とツイートしている。

『やべっちF.C.』は日韓ワールドカップを控えた2002年4月にスタート。長年サッカーファンに愛されてきた人気番組だったが、今夏の打ち切りが報じられ、惜しむ声が寄せられていた。

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圧巻の速さとめげないメンタリティー。Jも関心寄せる“首都のスピードスター”東海大高輪台FW横山歩夢

首都・東京の“スピードスター”東海大高輪台高FW横山歩夢は父と同じプロ入りを勝ち取るか
 Jクラブへの内定を勝ち取る高校生が増えてきている中、東京都にその候補の“スピードスター”がいる。昨年、東京都選抜の一員として国体少年男子の部に出場し、圧倒的なスピードを発揮。また関東トレセンリーグで年間MVPを受賞し、選手権東京都予選でもそのスピードと馬力のある動きによって東海大高輪台高の決勝進出に貢献したFW横山歩夢(3年)だ

 その魅力は、爆発的な速さと左右両足から放つパワーショット、そしてめげないメンタリティーだ。昨年の時点で50m走5秒台だったスピードは現在、「前よりは速くなった感覚があります」。9月の練習試合では仕掛けた際に全く止まらず、左右両足から強烈な一撃をゴールへ撃ち込んでいた。また、サイドを縦へ切れ込んでから、スピードのあるクロスも連発。注目選手としての実力を見せつけていた。

 横山はこの1年でスケールアップできた点について、「右サイドで持った時の1対1や、1対2の状況というのは勝つ自信しかないです。去年は縦へ結構行っていたんですけれども、今年はカットインや左足の練習もしていますし、より縦の突破が活きるようになったかなと思います。仕掛けたらクロスやシュートまで行ける自信があるので、そこは去年よりもスケールアップと言うか、レベルアップしているかなと思います」と手応えを口にした。

 指導する川島純一監督は「突破力と両足のシュートも持っている。もうちょっと(高いレベルで)揉まれて動き出しとかタイミングを極めたら、手がつけられなくなると思う」とさらなる成長を求める。FCトッカーノに所属していた中学1、2年時は学年チームでもサブ。3年生になってようやく先発する回数を増やすことができたという横山は、高校1年時の夏に台頭した。

「中学校の時にはなかったスピードがついた感じがして、それでスピードを活かすようなプレーを。高校ではプレースタイルが変わったと思います」と横山。それまでは足元でボールを受けるプレーが多く、裏抜けをすることもほとんどなかったという。だが、際立つような速さを身に着けたFWは、中学時代から技術面に取り組んできた成果も発揮。トップスピードでボールをコントロールするなど、その技術力によってスピードをより際立たせている。

 加えて、川島監督が高く評価するのは、失敗してもめげないメンタリティーだ。確かに、細かな技術は改善が必要。国体でもチームメートのFC東京U-18勢に比べてミスが目立っていたものの、臆することなく何度も何度も仕掛けて突破し、決定機を作り出していた。横山は「中学校1、2年生の時とか本当に試合に絡めなかった時期とかあるので、そうなった時の気持ちとかも分かっていますし、メンタルは強くなったと思います」。試合に出れなくても努力を続けること。その頑張りの大切さを知っているからこそ、失敗しても、出番が少なくても継続することができる。

 現在はサイドに加えてFWでもプレー。ボールの受け方や動き出しの部分もまだまだだ。本人は「ハイレベルになっていかないと、この先やっていけない」と自分に矢印を向けて取り組みを続けている。その課題を一つ一つクリアし、選手権ではより強力なアタッカーとしてライバルたちの脅威になるだろう。

 横山が強いメンタリティーを持っているからこそ、川島監督は「彼は壁にぶち当たって欲しい。それを乗り越えて行くから。Jリーグに入ったら壁を乗り越えて行くと思う」とプロ入りしてより高い壁を越えて行くことを期待する。本人もプロ志望。J1やJ2のクラブが関心を寄せているが、新型コロナウイルスの影響で練習参加できていないこともあり、進路はまだ決まっていない。首都・東京のスピードスターにとって、この秋は毎日の練習、そして全ての試合が重要だ。

 横山の父・博敏さんは鹿児島実高(鹿児島)で元日本代表FW城彰二氏と同級生。大阪商業大を経て市原(現千葉)入りし、横浜FC、甲府でも活躍している元Jリーガーだ。将来の目標について、「一つの目標はプロですけれども、プロになるからには誰もが目指しているA代表に食い込まないといけないと思いますし、国を代表するような選手にならなければいけないと思っています」と宣言。そのためにも、父が経験したプロの世界へ高校から飛び込み、進化を加速させる。

 選手権は個人のアピールも重要だが、それ以上にチームメートととも東京制覇することを目指している。「もっと決定力という部分では上げないといけないですし、スピードで仕掛けてクロスの質や最後のフィニッシュの精度はもっともっと上げていかないと上に行けないと思う。選手権に向けて克服したいですね。(そして選手権では)チームの中に自分がいるので、まずはチームのために得点やアシストという結果を残したいと思います」。例年通りに春から公式戦が行われていれば、より注目されていたかもしれない。だが、「それはみんな同じなので」というスピードスターは、ブレない姿勢で練習・試合に臨み、チームと個人の目標を達成する。

(取材・文 吉田太郎)
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フッキ“衝撃の再婚”に前妻が激怒「姪を生き埋めにするべきだった」

フッキがインスタグラムに投稿している写真
 上海上港に所属する元ブラジル代表FWフッキの前妻イラン・アンジェロさんが、フッキの“衝撃の再婚”について言及し、怒りをぶちまけた。スペイン『マルカ』など複数メディアが伝えている。

 フッキは12年に渡って連れ添ったイランさんと昨年7月に離婚し、今年3月に再婚を発表した。衝撃的だったのは、再婚相手が前妻イランさんの姪にあたるカミラ・アンジェロさんだったこと。離婚からわずか3か月後の昨年10月から交際をスタートさせていたことが明らかになった。

 フッキは交際当初にカミラさんの両親や兄弟に電話で報告し、了承を得たと報じられていた。しかし、前妻イランさんがこの件について沈黙を破った。怒りの矛先は娘のように愛していたという姪に向けられ、『レコード』に胸の内を語っている。

「何が起こったのか理解できない。強い苦痛を感じたし、心が折れそうになる」

「あの子は私にとって娘のような存在だった。私はあの子にすべてを捧げて、彼女の夢を叶えるために自分の夢の一部を諦めた」

「あの子は私の弱さや痛み、恐れを知っているはず。彼女を生き埋めにするべきだったとすら感じる」

 一方、フッキはインスタライブを行い、「イランと離婚した理由はカミラじゃない。結婚していた時にカミラと関係はなかった」と主張。

「あの結婚生活は幸せじゃなかった。その理由はいくらでもある。結婚生活の全てはイランへの裏切りに費やしたし、独身の生活をしていた感覚だ。彼女は“フッキの嫁”というステータスを得たかっただけだということはよく分かっている」と前妻への不満をぶちまけた。

 イランさんとの間には3人の子どもがいるが、フッキは「付き合って一か月も経たないうちに彼女が妊娠して、『問題ない』と言ったが、あの結婚に愛情や情熱は一切なかった。彼女が妊娠したのはアクシデントで、男として責任を取っただけだ」と強調。「イラン、君はメディアが好きで、ブロガーになりたくて、カミラが裏切ったなんて嘘をついている。あまりにも聞くに堪えないからここに来た」などと訴えていた。

【動画】ゴールキックからのビルドアップで使えるテクニック!!ダブルタッチの応用編も紹介【ウイイレ】

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 9月17日に発売される『eFootball ウイニングイレブン2021 SEASON UPDATE』(ウイイレ2021)。最新作でも使えそうな小技、テクニックをゲキサカFC1期生のカクケンが紹介します。

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バレンシア新10番候補だったイ・ガンインの背番号は…トーレスから継承

バレンシアの新10番候補だったイ・ガンインの背番号は…
 韓国代表MFイ・ガンイン(19)がバレンシアの新10番候補に浮上していたが、20番に決定したようだ。スペイン『エル・デスマルケ』が伝えている。

 昨季までは主将だったダニ・パレホが背番号10を付けていたが、今夏パレホが久保建英が所属するビジャレアルに放出されたため、空き番号に。10番候補として下部組織出身のイ・ガンインとカルロス・ソレールの両人が有力候補と見られていた。

 そうした中、ラ・リーガの公式サイトに新シーズンの背番号が発表され、イ・ガンインの背番号は「16」から「20」に変更となったようだ。今夏マンチェスター・シティに移籍したFWフェラン・トーレスが付けていた番号を継承する形となった。現段階で10番は空き番号となっている。

『エル・デスマルケ』はイ・ガンインの開幕スタメンを予想。バレンシアは現地時間13日、本拠地で行われる開幕節でレバンテと対戦する。

●海外組ガイド
●ラ・リーガ2020-21特集

U-19日本代表候補メンバー29人を発表! 高体連からは青森山田DF藤原優大が選出

FW唐山翔自(G大阪)ら29人が9月のU-19日本代表候補トレーニングキャンプに招集された
 11日、日本サッカー協会(JFA)は14日から16日に千葉県内で行われるU-19日本代表候補トレーニングキャンプに参加するU-19日本代表候補29人を発表した。8月の合宿は合流時のPCR検査でFW晴山岬(町田)が新型コロナウイルスの陽性反応が出たことで中止となり、2か月ぶりの活動となる。

 U-19アジア選手権は当初、10月14日から31日にかけてウズベキスタンで開催が予定されていたが、来年に延期が決定。同大会でベスト4に入ると、来年インドネシアで行われるU-20ワールドカップへの出場権を獲得できる。

 FW斉藤光毅(横浜FC)、FW唐山翔自(G大阪)ら29人が招集された今回は、高体連からは来季の浦和加入が内定しているDF藤原優大(青森山田高)が唯一選出された。

【スタッフ】
▼団長
内山篤
▼監督
影山雅永
▼コーチ
冨樫剛一
▼GKコーチ
高桑大二朗
▼コンディショニングコーチ
中馬健太郎

【選手】
▼GK
小畑裕馬(仙台)
鈴木彩艶(浦和)
野澤大志ブランドン(FC東京)

▼DF
山崎大地(順天堂大)
成瀬竣平(名古屋)
モヨ・マルコム強志(法政大)
三原秀真(愛媛)
加藤聖(長崎)
バングーナガンデ佳史扶(FC東京)
半田陸(山形)
村上陽介(明治大)
藤原優大(青森山田高)
鈴木海音(磐田U-18)
佐古真礼(東京Vユース)

▼MF
松村優太(鹿島)
川崎颯太(京都)
松本凪生(C大阪)
武田英寿(浦和)
松橋優安(東京V)
山本理仁(東京V)
荒木遼太郎(鹿島)
藤田譲瑠チマ(東京V)
成岡輝瑠(清水ユース)
三戸舜介(JFAアカデミー福島U-18)

▼FW
藤尾翔太(C大阪)
櫻川ソロモン(千葉)
斉藤光毅(横浜FC)
染野唯月(鹿島)
唐山翔自(G大阪)

関東大学リーグ追加登録選手:第10節

中央大が昨年度の帝京長岡高の守護神だったGK猪越優惟を追加登録(写真協力『高校サッカー年鑑』)
 12日と13日に行われる関東大学サッカーリーグ第10節を前に、追加登録選手が発表になっている。

 なお今節も立正大が不参加のため、早稲田大戦が延期となっている。

■1部
▽中央大
45 GK 猪越優惟(1年=帝京長岡高)

▽専修大
43 FW 福田竜之介(2年=国士舘高)

■2部
▽流通経済大
35 FW 藤沼健一(3年=駿台学園高)
36 MF 八木滉史(1年=流通経済大柏高)

▽東洋大
35 DF 田頭亮太(1年=東福岡高)
37 MF 飯澤良介(3年=横浜FCユース)

▽日本体育大
42 MF 杉山俊(4年=松本U-18)

▽産業能率大
42 MF 鳥海昴(2年=青森山田高)

▽神奈川大
39 DF 平岡卓磨(3年=清水ユース)

●第94回関東大学L特集

J登録の追加・抹消が完了! 明治大のDF常本&DF須貝ら今週末から出場可能に

鹿島内定の明治大DF常本佳吾(4年=横浜FMユース)
 Jリーグは11日、登録選手の追加と抹消のリストを発表した。明治大在学中で鹿島加入内定のDF常本佳吾、甲府加入内定DF須貝英大らの登録が完了し、今週末から出場が可能になった。

登録、抹消された選手は以下のとおり

▽J1追加選手
【鹿島アントラーズ】
42 DF常本佳吾

【柏レイソル】
38 DF大嶽拓馬(2種)

【ガンバ大阪】
FW坂本一彩(2種)
MF中村仁郎(2種)
DF平川拓斗(2種)

▽J1抹消選手
【ベガルタ仙台】
31 照山颯人

【セレッソ大阪】
11 ルーカス・ミネイロ

▽J2追加選手
【ヴァンフォーレ甲府】  
38 DF須貝英大

【アルビレックス新潟】
37 MF三戸舜介(2種)

▽J3追加選手
【アスルクラロ沼津】
31 DF照山颯人

【鹿児島ユナイテッドFC】
29 MF小島凛士郎(2種)

【ガンバ大阪U-23】  
FW坂本一彩(2種)
MF中村仁郎(2種)
DF平川拓斗(2種)

▽J3抹消選手
【セレッソ大阪U-23】  
11 ルーカス・ミネイロ

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コロナ禍の欧州遠征は選考に壁…JFA反町委員長「有効だったと後から思える活動にしたい」

JFAの反町康治技術委員長(オンライン会議アプリ『Zoom』のスクリーンショット)
 日本サッカー協会(JFA)は11日、日本代表が今年10月5〜13日の国際Aマッチデーにオランダ合宿を行い、国際親善試合2試合を戦うと発表した。10月9日にカメルーン、同13日にコートジボワールと無観客で対戦する。

 日本代表にとっては昨年12月のEAFF E-1選手権以来となる対外試合。反町康治技術委員長は11日、メディア向けのオンラインブリーフィングで「強化においても、選手の状況把握においても、チームのコンセプトを植え付ける上でも良い機会」と喜びを語った。

 一方、新型コロナウイルスの流行が続いている間の海外遠征にはさまざまが課題がつきまとう。一つはチーム内における感染拡大防止の問題。国内から出発するチーム関係者はSmartAmp法検査で陰性判定が出てから渡航し、現地でも法令やガイドラインに従いつつ、合宿を行っていく予定だ。

 また日本政府が定めている帰国後の検疫措置も大きな障壁。オランダを含む欧州各国は入管法に基づく「入国拒否対象地域」に指定されており、帰国後14日間の自宅待機が求められているため、Jリーグ組が招集された場合は遠征期間を含めて約1か月の離脱が見込まれる。今季は国際Aマッチデーの間にもJリーグの公式戦が組まれているため、戦力への大きな影響は避けられない。

 しかしながら国際Aマッチデーの招集は拘束力を持つため、クラブ側が拒否することはできないのが原則だ。反町委員長は「日本政府の状況から言うと、帰国後すぐにチームに合流できるかというとそうではない」と現状を見据えつつも、「代表というのはその時のベストの選択をしないといけないのは当然。自主待機がなくなるかもしれないし、最高の選択をしてもらえればありがたい。そうなることを願っている」と国内組招集の可能性を否定しなかった。

 もっとも昨年のカタールW杯アジア2次予選では、最少4人の国内組で戦った経験もあり、A代表はすでに欧州組が中心となりつつある。EU圏内であればオランダ遠征による渡航制限などはなく、国際Aマッチデーにリーグ戦も組まれていないため、地理的な近さも相まってトラブルなく招集することができそうだ。

 なお、来年夏に延期となった東京五輪代表の活動も今年1月から停止しているが、この期間に合宿を行う予定はない。反町委員長は「五輪の選手も集めてやろうとなると、実際にJクラブでも中心選手になっているし、大きな迷惑をかけてしまうことがある。いまは自分のチームでまず活動してもらいたい」と理由を説明。加えて「A代表に招集されるかはこれからの話だが、五輪というカテゴリよりもオールジャパン、一つのカテゴリとして見ている」と述べ、有力選手はA代表に選出する意向をあらためて強調した。

 コロナ禍においてもチームの強化・熟成、選手の状況把握を行うため「無理だとサジを投げられても仕方ないところを頑張ってここまでやってきた」と急ピッチで実現させようとしているオランダ遠征。反町委員長は「なんとしても成功させたいし、この活動が有効だったと後から思える活動にしたい」と意気込みを語った。

(取材・文 竹内達也)
●カタールW杯アジア2次予選特集ページ

京都MF中野克哉がプロA契約を締結「より一層責任と自覚をもち精進」

 京都サンガF.C.は11日、MF中野克哉(23)がプロA契約の規定である公式戦出場時間に到達し、同契約を締結したことを発表した。

 中野は8月23日のJ2第14節・松本山雅FC戦にフル出場し、1得点を記録。その試合で契約締結条件のJ2リーグ900分以上出場を満たした。2019年に関西学院大から加入し、今季リーグ戦では11試合2得点となっている。

 中野はクラブ公式サイトを通じ、「プロA契約を締結していただき、大変嬉しい気持ちです。それと同時にプロサッカー選手として、より一層責任と自覚をもち精進していきたいと思います」とコメント。「そして、チームのJ1昇格という目標に向けて、日々努力していきたいと思います」と意気込みを伝えている。

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森保J、10月オランダ遠征の実施決定!! アフリカ勢2か国と対戦「良い機会」

森保J、10月オランダ遠征の実施決定!! アフリカ勢2か国と対戦「良い機会」
 日本サッカー協会(JFA)は11日、日本代表が10月5〜13日の国際Aマッチデーにオランダ遠征を行い、国際親善試合2試合を戦うと発表した。10月9日にカメルーン、同13日にコートジボワールと無観客で対戦する。

 反町康治技術委員長が11日、メディア向けのオンラインブリーフィングで明かした。A代表が対外試合を行うのは昨年12月に行われたEAFF E-1選手権以来10か月ぶり。新型コロナウイルスの影響によって当初は3月、6月、9月に予定されていた国際Aマッチデーに試合を行えておらず、ようやく再始動を迎えられる形となった。

 合宿地は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で「国内でやるのは難しい」(反町委員長)という状況を受け、「ヨーロッパの中でも感染状況が爆発的なものでないことを踏まえた上で、活動にあたって最適な場所」としてオランダに決まった。反町委員長は「オランダの国の方針、サッカー協会の方針もあるが、クリアして受け入れてくれた」と背景を明かした。

 対戦相手はヨーロッパでUEFAネーションズリーグが行われており、南米でカタールW杯予選がスタートすることから、アジアと同じく活動が停止しているアフリカと北中米カリブ海を中心に選定。「強豪チームと対戦したい」というリクエストもあり、近年のW杯出場経験も豊富なアフリカ勢の両国に決まった。

 反町委員長はようやく実現する対外試合に向けて「強化においても、選手の状況把握においても、チームのコンセプトを植え付ける上でも良い機会」と意気込んだ。

(取材・文 竹内達也)
●カタールW杯アジア2次予選特集ページ

35年間に渡って星稜率いた河崎護氏が定年退職。名将が語るこれまでとこれから_2

星稜高の指揮官から新たなサッカー人生をスタートさせた河崎護氏
 1985年の監督就任から35年以上に渡って星稜高(石川)を率いた河崎護氏が、今年3月いっぱいで星稜中・高を定年退職。新たなサッカー人生をスタートさせている。河崎氏は1、2回戦敗退が続いていた石川県でまずは毎年選手権に出場するチームを作りあげ、そこから時間をかけて星稜を全国トップレベルの強豪校へ。2014年度の選手権で石川県勢初の日本一を勝ち取ったほか、10年以降では全国唯一となる4年連続ベスト4以上(2012年度~2015年度)という快挙などを成し遂げている。

 また、ワールドカップで3大会連続ゴールのMF本田圭佑(現ボタフォゴ)やFW豊田陽平(現鳥栖)、DF鈴木大輔(現浦和)という日本代表選手を育成。一方で、国内最大規模のユースサッカーフェスティバル、石川県ユースサッカーフェスティバル(2020年で第33回)の立ち上げ、運営に中心として携わるなど、育成年代の強化にも大きく貢献してきた。今年もコロナ禍で困っている高校生たちのために予防対策を徹底しながら石川県ユースサッカーフェスティバルを開催、全国から80チームが参加し、大会は成功。その河崎氏が星稜での35年間や、昨年の謹慎処分、石川県ユースサッカーフェスティバル、そしてこれからについて語った(第1回はこちらから)。

―星稜に黄金時代が訪れたのは2010年代。『冬の星稜』と言えるほど、冬に強かった。チームの作り方も確立されていました。
「石川県ユースフェスティバルでチーム力をつけているのもあるけれど、個を成長させる時期でもあります。夏になると、レギュラーじゃない3年生はなるべくBチームに参加させます。彼らは自信がなかったり、経験値が上がっていなかったり、何か一つ足りない。でも、優秀です。このような選手たちは夏、Bチームでとことん鍛えます。一方で、この時期は1、2年生を主力にします。1、2年生を主力にして、ここで選手としての技量を見極めたり、伸ばすことで秋に使えるようになります。夏場、暑い中で走って、その時は頑張れない選手もいるけれど、秋になって涼しくなった時に急に走れるようになる。秋は1年で力が一番伸びる時期なんです。ここで紅白戦をしたら良い。ただ、『選手権のメンバーを決めるよ』と言いながらやると、3年生が燃えるんです。1、2年生はそれに食われてしまう。そこで初めて冬に使える選手が見えてきます。1、2年生の方が良いと思っていたが、やっぱり3年生に取って代わられていたりします。冬は、夏の財産が彼らを大きく成長させているんです」

―石川県ユースフェスティバルの影響は大きいですね。
「毎年この大会で、色々なチームを見ています。石川経由で全国大会に行っているチームもいっぱい見ています。青森山田高校も今年初めて(和倉ユース大会の)決勝に来て優勝しました。選手権大会優勝・プレミアチャンピオンシップ優勝した彼らでも、何故かこの大会の優勝は無かった。ここで負けるのには何か理由がある。もちろん新たな取り組みや大きな戦術変更などチャレンジする時期です。レベルの高い拮抗した試合をやり、トレーニングを重ねることで、プレミアや選手権であれだけの成績・結果を出していると思います」

―河崎先生にとって、選手権は嬉しさと悔しさと。
「楽しかったですよ。僕は連続で出ないといけないという自負があって、それは青森山田の黒田監督とも良く話していて、連続出場していると子供たちが全然違います。大会に入ってからも常に平常心だし、選手権に出て東京に来るといつものところに帰ってきたという感じがする。宿舎も、グラウンドもそう。子供たちは毎年違うので、星稜というユニフォームが選手権に馴染んできたのはラスト10年くらいかな。それまでは1回戦負け、次の年は出れないの繰り返し。PK戦で負けて大会が終了する、この悔しさは1年間付きまといます。PK練習は相当やりましたよ」

―階段を登り続けて日本一。ただし、入院中で胴上げされていただろう場にいることができませんでした。
「(2012年度から)3位、2位、1位、3位。(優勝時は)ウチの家内が先生に相談したらしいですよ。すると先生が『病院にヘリがあるから、飛ばしますか』と(苦笑)。その話を家内が私に言ってくれたんですが、でも、一瞬考えましたけれど、身体が痛くて動けなくて。本当はヘリに乗って埼スタへ行きたいと思いましたけれどね。ただし、言えることは選手権の勝った負けたも凄いことかもしれないけれど、僕にとっては歴史を作ってくれた一年一年が本当に大切な歴史です。全ては、子供たちの負けた悔しさの上に立っているものだから」

―積み重ねの結果、“あの”石川県から日本一。
「パレードもしてもらって。これだけの人が応援してくれたんだと、感慨深かったですね。昭和60年にスタートした時は土埃で、朝6時から国見の朝練習を見て。それがスタートでしたね」

―昨年の12月、部員に対する暴言・暴行があったとして謹慎処分。そのまま定年退職となりましたが、星稜の去り方は残念な形になりました。
「私が現役時代に受けてきたような厳しい指導が今は許されないことは理解していましたし、気を付けていたつもりですが、多少の罵倒や軽く小突く程度のことは必要な指導で許されるという誤った認識があったことが最大の原因で、本当に反省しています。去年に関しては、ラスト1年、僕は監督から総監督になり、なかなかグラウンドに出れなかった年なんで、たまに行くと色々なところが目についてしまって、歯がゆくて、感情的になってしまったところもあったと思います」

―選手に対しての申し訳ない気持ちが。
「その年の3年生の最後は当然、選手権に出て終わらすというのが自分なりの使命でしたから。毎年、それで終わっていましたから。そうすると、今までの苦労も苦労でなくなるという。そういった思いが行き過ぎてこのような形になってしまったことが、何よりも彼らに対して申し訳なかったと思います。今、3月に定年退職して学園、サッカー部には一切携わっていません。外からの応援、こういう(石川県ユースサッカー)フェスティバルを通じて良いゲームを組んで上げられれば恩返しになるんじゃないかなと思っています。最後、彼らに悔しい思いをさせてしまったのは残念でならないですね」

―色々な誹謗中傷もあった。『そうじゃない』という思いもありつつ、受け止めなければならない部分と両方だったのではないかと。
「週刊誌、新聞、ネットの報道に私のことでこれだけ反響が大きいことを改めて感じました。それに対して、私の周りで仲間が心配してくれて、『先生、大丈夫ですか』という連絡は全国から頂きました。でも、私はやったことを反省しないといけないし、立場は副校長でもあったので、責任を取らないといけないということで2か月くらい自宅謹慎。家族も色々な批判を浴びて、外を歩けない状況でした。家族にそのような思いをさせてしまったことは、本当に悔しいですし、申し訳ないことです。今後は、サッカー界に携わらせて頂いている中で、サッカーに対する裏方として石川県サッカーフェスティバルのような大会を開催することで寄与できないかと考えています。この大会は、田舎の温泉街でやっていたりするので、他でも地域の活性化や、地域貢献を考えてやることができないか。昨年は320チームがこの石川に来てくれたんですね。今年もコロナ禍で難しい状況の中で多くのチームが来てくれて、我々も、旅館も考えて予防対策をしながら成功することができました。この320チームの先生方と私は繋がっていますから、このネットワークを活かして、次は石川じゃなくて北海道や長野県、沖縄県とか、そこへ私が出向いて何かできないかと。こういう温泉街の人たちと、また困っているところに和倉温泉、石川県の成功例を持っていけないかと。これを自分の仕事として、地域貢献に少し携われたらと思っています。それが私の次やっていきたいことです。そういうところがあれば、ぜひ声をかけて頂ければと思います」

―表舞台からは一歩引いた形になります。
「和倉温泉は人工芝が3面できて、3年で1万人のサッカー選手が来てくれ、さらに2面ができ、5面になりました。昨年はなんと11万人の選手・スタッフに来て頂きました。地域の人たちも喜んでくれているし、続けていくことが大切かなと思っています」

―河崎先生の経験を違う形で活かしていく。
「日本代表になった教え子も石川県ユースサッカーフェスティバルを3年間経験しております。どんな選手にも、チームにも、良いゲームを、良い環境でさせてあげたい。その思いがありますし、今後も持ち続けて行きたいと思っています」

(第1回はこちらから)

(取材・文 吉田太郎)
●【特設】高校選手権2020

C大阪GK永石拓海に第一子誕生「家族の為により一層、頑張ります!!」

 セレッソ大阪は11日、GK永石拓海(24)に第一子となる長男が誕生したことを発表した。

 永石の長男は9月10日に誕生。クラブ公式サイトを通じ、永石は「コロナ禍で大変な時期に頑張ってくれた妻に本当に感謝しています。家族の為により一層、頑張ります!!」と伝えている。

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雷雨影響で中止のJ3富山対八戸戦の代替日程が発表

雷雨影響で中止のJ3富山対八戸戦の代替日程が発表
 Jリーグは11日、8月29日に雷雨の影響で中止となったJ3リーグ第12節・カターレ富山対ヴァンラーレ八戸戦を、10月21日に代替開催することを発表した。

 代替開催の日時は10月21日の午後7時。富山県総合運動公園陸上競技場で行われる。

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新潟、JFAアカデミー福島の19年U-17W杯戦士MF三戸舜介の来季加入を発表

MF三戸舜介が新潟に来季加入
 アルビレックス新潟は11日、JFAアカデミー福島U-18に所属するMF三戸舜介(17)の来季加入を発表した。合わせて、9月8日付けで特別指定選手にも認定されている。

 U-15日本代表からU-18日本代表まで年代別の常連としてプレー。2019年にはU-17ワールドカップにも出場した。クラブ公式サイトでは、三戸の特徴について「小柄ながら、機動力と運動量を兼ね備え、ゴールチャンスを演出できる攻撃的MF」と伝えている。

 公式サイトを通じ、三戸は「小さい頃からの夢であったプロサッカー選手をアルビレックス新潟という素晴らしいチームでスタートできることを嬉しく思います」とコメント。「これからも日々努力して、1日でも早くピッチに立ってチームの勝利に貢献できるように頑張ります」と意気込みを語った。

以下、プロフィール
●MF三戸舜介
(みと・しゅんすけ)
■生年月日
2002年9月28日(17歳)
■身長/体重
163cm/56kg
■出身地
山口県
■背番号
37
■経歴
原サッカースポーツ少年団-JFAアカデミー福島U-15-JFAアカデミー福島U-18
■代表歴
U-15日本代表、U-16日本代表、U-17日本代表、U-18日本代表

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35年間に渡って星稜率いた河崎護氏が定年退職。名将が語るこれまでとこれから_1

星稜高を日本一へ導いた河崎護氏
 1985年の監督就任から35年以上に渡って星稜高(石川)を率いた河崎護氏が、今年3月いっぱいで星稜中・高を定年退職。新たなサッカー人生をスタートさせている。河崎氏は1、2回戦敗退が続いていた石川県でまずは毎年選手権に出場するチームを作りあげ、そこから時間をかけて星稜を全国トップレベルの強豪校へ。2014年度の選手権で石川県勢初の日本一を勝ち取ったほか、10年以降では全国唯一となる4年連続ベスト4以上(2012年度~2015年度)という快挙などを成し遂げている。

 また、ワールドカップで3大会連続ゴールのMF本田圭佑(現ボタフォゴ)やFW豊田陽平(現鳥栖)、DF鈴木大輔(現浦和)という日本代表選手を育成。一方で、国内最大規模のユースサッカーフェスティバル、石川県ユースサッカーフェスティバル(2020年で第33回)の立ち上げ、運営に中心として携わるなど、育成年代の強化にも大きく貢献してきた。今年もコロナ禍で困っている高校生たちのために予防対策を徹底しながら石川県ユースサッカーフェスティバルを開催、全国から80チームが参加し、大会は成功。その河崎氏が星稜での35年間や、石川県ユースサッカーフェスティバル、昨年の謹慎処分、そしてこれからについて語った(第2回はこちらから)。

―星稜は3月いっぱいで退職されたのですね。
「はい。3月いっぱいで定年しました」

―35年もの間、監督として星稜の選手たちを指導されました。
「星稜には2年間非常勤でコーチをやらせてもらって、3年目(1985年)に監督になりました。たまたま昭和60年(1985年)に石川で全国インターハイがあり、その年、初めて小嶺(忠敏)先生の国見高校が遠征で来て。今、大宮で監督をしている高木(琢也)君が3年生で、星稜に泊まりながら一緒に合宿をさせてもらって、それが私の監督1年目のスタートでした」

―「やってやろう」という気持ちだったと思いますが、「石川から全国制覇」はまだ夢の時代。
「ありえない話ですよ。当時(の思い)は大学出たてで、教員になれてサッカーを指導できるという喜びかな。ただただイケイケでやっていた青年監督だったと思います」

―そこから星稜の土台を作り、全国で戦えるチームに。
「基本的な土台作りのため、毎日の練習を大切に一日一日チャレンジしてきました。やっぱり、指導が厳しくて選手がついてこれない、最初の5年、10年はそういうところの失敗を繰り返しながらでした。幸い全国大会に出場できたのが早かったので(1987年度選手権)、全国との力の差を早く知ることができた。強いチームが何をやっているのか。何を身に着けないといけないのか。礼儀とか挨拶、振る舞いが参考になりましたね」

―河崎先生は星稜高校のOB(当時は金沢経済大付星稜高)でもありますが、現役時代はどうだったんでしょうか?
「私が入学した前年に選手権初出場(1974年度)とかしていましたので、そういう意味ではこれからというチームでした。でも、2年生になった時は全く勝てなかったです。それで、2年生の10月からキャプテンに選ばれ、私自身、走ることがベースにあったので、そこで走り負けないチームを作るために冬場は相当走り込みをしました。その甲斐あってか、3年生になった時には、全国インターハイも全国選手権も出ました。私自身は国体にも出させてもらいました」

―選手としても素晴らしい経歴です。
「大学では全国の優秀な選手が集まっている中で、自分の力の無さを痛感しました。サッカーの基本が出来てない、取り組む姿勢が甘い、全てにおいて劣っている自分に気が付きました。しかし、多くの友人が出来た4年間は最高でした。監督になった時にその友人たちを頼って広島へ遠征してみたり、静岡に初めて行ったり。僕の指導者としてのスタート数年間は、そのような活動をしました」

―遠征、そしてまた遠征へ。強くなったチームの監督さんは情熱がとんでもないレベル。
「最初に小嶺先生に言われたのが、『バスは買わないと行けないよ』と(笑)。免許取りに行って、免許取って、父親に借金をしてすぐに中古のマイクロバスを買いに行きました。そして、全国を駆けずり回りました。当時、県外に出て行って0-3、0-5という試合ばかり。それが井の中の蛙から脱却するために必要だった。そうする中で得たものは多かったですね」

―早く強くしたいし、忍耐強くやらないといけない。その葛藤。何かターニングポイントはあったのでしょうか?
「ターニングポイントは、私自身ではなく中体連の指導者の方々が、学校の仕事が忙しく部活動の時間では十分な指導ができないので、チームを街クラブ化しました。ジュニア、トレセン活動、そしてU-15のクラブ化で先生方もじっくり丁寧に指導するようになったと思います。次第にスキルの高い選手たちが星稜に入ってくるようになり、一気に全体のレベルがアップしました」

―河崎先生の下へ指導方法を聞きに来ることもあったのでしょうか?
「僕は高校で手一杯でした。中学校まで目を向けられていなかったですし、自分の指導も確立できていなかったです。教員は今も昔も変わらず、仕事量がハンパじゃないです。今、パソコンで成績処理をしますけれども、昔はそろばんですからね。だから、遠征に仕事を持って行くのは当たり前でした」

―だけど、強くなりたい。遠征も行く。その中で星稜に憧れる中学生も増えた。
「チームとして全国大会に出て、選手権全国大会を見て憧れて来る子が増えたというところです」

―2000年代に入って、全日本ユース選手権(2002年)で決勝へ行くなど結果も。
「あの時は本田圭佑君とか入学してきて、その2つ上に田中俊也君(元広島)など、優秀な選手が数多く入ってくれたお陰で全国大会(全日本ユース選手権)は決勝まで行くことが出来ました。ただし、圭佑君は県外勢がいっぱい来るようになった中の一人ではなく、ウチに県外勢が誰もいないところに来た選手でした。彼は『誰も自分のことを知らない場所でやりたい』と言っていましたから。それが一つの運命的なモノでありましたし、それで選手の流れが全国の色々なところから来るようになりました」

―指導者としての経験もより豊かに。
「2002年に彼が入って来た時はスタッフの数も増えましたので、私は一歩下がりうるさく口を出さず、じっくり子供の性格・特徴を掴みながらタイミングを見てアドバイスをするようにちょっとずつなっていきました。圭佑君なんかもそんなにたくさんの事を言った訳ではなくて、結構自由にさせました。その中で自分を出してもらったり、抑えるところは抑えたり、自然に伸ばして行くように心掛けていました」

―就任当初から指導方法も、選手の質も変わった。
「就任当初に感じた他の地域に出て行くことから始まり、今は地元を盛り上げていくようになりました。そして、一番大きな大会の一つが石川県ユースサッカーフェスティバルです。選手もレベルの高いチームばかりで気が抜けず、メンタルも自然に鍛えられ、意識も高められていると思います」

―外に行くのではなくて、自分のところでやろう。石川県全体で強豪校との対戦する機会を共有する、石川県の中学生が良い試合を見られる環境にしようと。
「その甲斐があって、和倉多目的グラウンドができました。本当に思いがけない財産というか、環境を頂いて。菅平高原とか100面もグラウンドがあれば年間何十万人も来ると思うけれど、ここはそこまでグラウンドがある訳じゃありません。それでも、良いチームが来て、良いゲームができる。石川県サッカーフェスティバルは、良いグラウンド、良い宿泊施設、そして温泉というのが監督さんや選手に喜んでもらえます(笑)。そして、良いマッチメークができる。また、フェスティバルで入れ替え戦があるというは日本で初めてだと思います。それは僕の苦肉の策でした。参加したいというチームが増えた中でどうにか多くのチームを迎え入れたい。その結果、入れ替えのある大会にしました。優勝するために頑張れる大会であるし、落ちないためにも頑張る大会。最後まで消化試合が1試合もないので監督さんもピリピリする。僕が一番困ったチーム数の増加が、監督さんには一番刺激を与えたかなと思います」

―石川県ユースフェスティバルの当初は?
「昭和60年の石川インターハイの時に強化費が石川県から出るのでそれを出し合って2チームを招聘しました。そこに地元の3、4チームが入ってスタートしたのが第1回(1983年)です。その時は石川県ユースサッカーフェスティバルという名前ではなかったんです。石川インターハイが終わってお金がなくなったけれど、来たいというチームを何人かの先生が引き受けて、グラウンドと宿舎を用意して続けたのがこの石川県ユースサッカーフェスティバルです」

―それが選手育成にも貢献することになった。
「当時、新潟県で日本最大の高校サッカーフェスティバルがあり、全国のインターハイに出場するようなチームが参加しておりましたが、私たちは弱かったので参加できませんでした。一方で国体選抜チームが参加するフェスティバルみたいなものがありませんでした。その当時、国体選抜を率いていたのが、山田耕介先生(前橋育英高監督)とか、樋口士郎先生(前四日市中央工高監督)とか、上間政彦先生(元奈良育英高監督)とか、早稲田一男先生(現宮崎日大高総監督)など同級生ばかりだったので、選抜チーム同士でやろうと声を掛けました。石川県内の各市町村が良い天然芝グラウンドを持っていたので、それを借り、試合をすることが出来ました。選抜チームのスタッフの人たちが、(単独チームの)フェスティバルもやっているならば来年自分のチームで来て良いですかと。そして前橋育英が来たり、帝京の古沼(貞雄)先生がAチームを連れて来てくれたりした。そこから流れが一気に変わりました」

―評判によって盛り上がった。
「あっという間に50チームになり、グラウンドを探し、組み合わせを作るのに大変苦労するようになりました。昨年はこの石川県ユースサッカーフェスティバルを30日間やりました。星稜高校は主催していますから(各カテゴリーに分かれて)30日間ずっと出ています。そうすると、やっぱり強化されます。部員が100人いてもどこかで試合ができる。今年で言えばレノファ(山口U-18)や日大藤沢、旭川実がトップ、セカンドで大会に出ている。星稜高校だけでなく、彼らの強化にも一役買っているのは確かです」

―他の方が思いつかないことを実行して、文化にされている。同時に、河崎先生は強くなりたいチームに対して寛大に迎え入れている印象です。
「弱いチームや若い監督だとなかなか良い大会には入れませんでした。その当時、仲間だった人から『なるべく練習試合をお願いされたら、どんなチームでも断ったらいけないよ』と言われ、そのスタンスをずっと貫いているだけですよ。自分が若かった頃には話もしてくれなかった先生もいました。若造だから当然だ、自分から行くしか無いぞと。だから、何でもチャレンジしようかなと。失敗ばっかりでしたけれどね」

(第2回はこちらから)

(取材・文 吉田太郎)
●【特設】高校選手権2020

プレシーズンで結果残した南野、クロップ監督も舌を巻く「まるで別人」

プレシーズンに結果を残したMF南野拓実
 リバプールのユルゲン・クロップ監督はプレシーズンマッチを通して、MF南野拓実の成長を実感しているようだ。10日、『BBC』のラジオの内容を『HITC』が伝えている。

 2020年1月にザルツブルクからリバプール入りを果たした南野。チームはプレミアリーグ優勝を成し遂げたが、南野自身は公式戦でゴールを挙げることができず、シーズンを終えていた。しかし8月のコミュニティーシールドで初得点を決めると、その後も親善試合でゴールを続け、新シーズンに向けて調子を上げている。

 クロップ監督は、大きな印象を残す存在としてMFナビ・ケイタやMFカーティス・ジョーンズについて語る。「ナビ・ケイタはロックダウンのあと、もっとも一貫したパフォーマンスを見せてくれた選手だ。怪我もしなかったし、終盤はとても重要な役割を担ってくれた。カーティスにプレッシャーを与えるつもりはないが、彼のプレーは非常に期待がもてる」。そして、3人目の選手に南野の名前を挙げた。

「南野拓実が時間を必要とするのはわかりきっていたことだ。だが今の彼はまるで別人のように見える」

 これまでの4-3-3の布陣から、南野が結果を残した4-2-3-1やそれ以外の布陣もオプションとして加わりつつある。12日のリーズとの開幕戦でも、南野が先発になる可能性はゼロではない。

●海外組ガイド
●プレミアリーグ2020-21特集

イグアインはすでにアメリカへ? ユベントスの練習は不参加に

ユベントスから戦力外を告げられたFWゴンサロ・イグアイン
 ユベントスから戦力外通告を受けていたFWゴンサロ・イグアインは、すでに新天地に向けてチームを去ったようだ。10日、『スカイスポーツ』が伝えている。

 2016年からユベントスに加入したイグアイン。公式戦149試合で66得点16アシストを記録してきたストライカーだが、アンドレア・ピルロ監督の新体制では居場所がなくなり、イタリア国外への移籍が濃厚となっている。

 32歳が新たな活躍の場に選んだといわれているのが、デイビッド・ベッカム氏が共同オーナーを務めるインテル・マイアミ。イグアインはユベントスの練習には参加しておらず、すでにロッカールームも掃除してしまったという。

 インテル・マイアミには、同じくユベントスを退団したMFブレズ・マトゥイディが加入している。イグアインは2022年までの契約で、あとは正式発表が待つだけの状況となっている。

●セリエA2020-21特集

メッシが視覚障がい者の啓蒙プロジェクト・アンバサダーに就任! ブラサカ日本代表・加藤はサプライズ面会も

ブラインドサッカー日本代表・加藤健人がリオネル・メッシと面会
 オーカムテクノロジーズは10日、目の不自由な方々のための啓蒙プロジェクト「OrCam Dream Team」の発足を発表。新アンバサダーにはバルセロナのFWリオネル・メッシが就任した。

「OrCam Dream Team」は、世界中の視覚障がいを持つ人々やコミュニティーが直面している問題について、広く一般に知ってもらうことを目的としたプロジェクト。参加者は、世界のさまざまな国から集まった、さまざまなレベルの視覚障がいを持った方々で、メッシが直接面会し、自立的に日常生活を送ることをサポートする革新的デバイス「OrCam MyEye2 オーカムマイアイ 2」を進呈するサプライズも実現した。

 日本からは、オーカムテクノロジーズがパートナーシップを締結した日本ブラインドサッカー協会の日本代表・加藤健人も同プロジェクトのメンバーとして参画。今年2月にはスペイン・バルセロナでメッシとの面会も実現し、直接オーカムマイアイ2を進呈された。

文字や顔認識も可能な視覚デバイス「OrCam MyEye2 オーカムマイアイ 2」

 オーカムマイアイ2は、ワイヤレス、軽量、親指ほどの大きさのコンパクトさといった先進的テクノロジーを搭載した人工視覚デバイス。紙、デジタルを問わず、あらゆる面に印刷または表示された文字を、周りに気づかれることなくリアルタイムに読み上げることができる。新聞、本、パソコンやスマートフォン画面、レストランのメニューや標識、さらに顔認識や商品認識、色や紙幣の識別の機能も兼ね備えている。

 今回のプロジェクトには、グローバルアンバサダーにメッシが就任した。メッシは「世界中から集まった、視覚障がいを抱えながらも前向きに行動する素晴らしい方々に会
えた時は、それはまさに夢のような感動的な瞬間でした」とコメント。『OrCam Dream Team』のメンバーの一人ひとりがオーカムマイアイを装着しているのを見たとき、これが間違いなく彼らの人生を変えるデバイスになると確信しました。オーカムテクノロジーズのアンバサダーとして、目の不自由な多くの方々の人生に変化をもたらすことができることを誇りに思います」と伝えている。

 9日には、オンライン上でのプレスカンファレンスも開催。日本代表の加藤(オンライン)、日本ブラインドサッカー協会の専務理事兼事務局長の松崎英吾氏、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)の会長を務める北澤豪氏がトークセッションを行った。

 オーカムマイアイを使用した加藤は「自分の力だったり、周りの方々の協力を得て、いまの自分がいるんですけど、それでもやっぱりできないことはあるんですよね」と自身の経験を語る。「こういう商品を使ってできることが増えていくと、自信につながると思います。その自信がついていくと、もっとやってみようと挑戦する気持ちが生まれてくるのかなと。そうすると成長につながると思うので、できることが増えるだけじゃなくて、気持ちも中身も変えてくれるんじゃないかなと思っています」と語っている。

 加藤は2月にサプライズでメッシと面会。「世界一と言っていいほど有名なサッカー選手。嬉しさもありましたし、何かしらメッシ選手と会うことで何かしらを得ていきたいと思いました」とその瞬間を振り返る。「このような活動を行っているということに、メッシ選手の凄さを表しているんじゃないかと。視覚障がいの商品に対して、このような有名選手が就くということはなかなかない。これを通してたくさんの方々に知ってもらえるんじゃないかなと思うので、参加してくれたことを嬉しく思っています」と思いを明かした。

新型コロナでネイマールやムバッペら主力欠いた仏王者パリSG…今季リーグ初戦で昇格組に初黒星

パリSGは初戦で初黒星
[9.10 リーグアン第2節 RCランス1-0パリSG]

 フランス・リーグアンは10日に第2節を行った。パリSGは敵地で昇格組RCランスと対戦し、0-1で敗戦。今季最初の試合で黒星を喫した。

 昨季は国内3冠を成し遂げ、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)でもクラブ初のファイナリストとなった仏王者パリSG。しかし新シーズン最初の試合では、主力が不在に。FWキリアン・ムバッペやFWネイマール、MFアンヘル・ディ・マリア、FWマウロ・イカルディら7選手が新型コロナウイルス検査で陽性となっている。

 パリSGは4-3-3の布陣で、GKマルシン・ブルカ、DFレイバン・クルザワ、DFティロ・ケーラー、DFプレスネル・キンペンベ、DFファン・ベルナトが守備を固める。中盤3枚はDFアンデル・エレーラ、MFイドリッサ・ゲイェ、MFマルコ・ベッラッティの3枚。最前線はMFパブロ・サラビア、FWアルノー・カリムエンド・ムインガ、MFケイズ・ルイス・アティルが配置された。

 パリSGは序盤からポスト直撃の場面などピンチをつくられる。ボールを保持するが敵陣に迫れず、前半はシュート1本に終わった。すると、0-0で迎えた後半12分に試合が動く。GKブルカのパスミスがFWケイズ・ルイス・アティルに奪われると、そのままゴールとなった。

 痛恨の失点を食らったパリSGは、そのまま追いつくことができずに、0-1で試合は終了。シーズン初戦、そして昇格組を相手に、初黒星を喫した。

●フランス・リーグアン2020-21特集

[9月11日 今日のバースデー]

Japan
GKクォン・スンテ(鹿島、1984、韓国)*17年から鹿島に加入し、守護神の座を奪った。14~16年にKリーグベストイレブン。
DF鈴木義宜(大分、1992)*高さ、強さ、スピードと3拍子そろったDF。中でもシュートブロックは職人芸。
MFマテウス(名古屋、1994、ブラジル)*重心の低いドリブルが武器で、足もとの技術も高いアタッカー。
MF野嶽惇也(鹿児島、1994)*今季、福岡大から出身地の鹿児島へ加入。GK岩崎とは同期。
DF濱託巳(沼津、1996)*新潟経営大から加入したサイドバック。藤枝明誠高出身。

Former
DFフランツ・ベッケンバウアー(元バイエルンほか、1945、ドイツ)*元ドイツ代表のリベロで「皇帝」の愛称を持つ英雄。選手、監督としてW杯を制覇。
DF清雲栄純(元古河電工、1950)*元日本代表。市原などで監督も務めた。
FWブレベン・エルケーア・ラルセン(元ベローナほか、1957、デンマーク)*80年代に躍進したデンマーク代表のストライカー。
FWフリオ・サリナス(元横浜Mほか、1962、スペイン)*バルセロナの黄金時代を支えた元スペイン代表のストライカー。
MFデヤン・スタンコビッチ(元インテルほか、1978、セルビア)*元セルビア代表で、様々なポジションをこなした万能型MF。
DFエリック・アビダル(元バルセロナほか、1979、フランス)*身体能力が高く、1対1に強いDF。現在はバルセロナで強化責任者を務める。

Others
泉ピン子(女優、1947)
秋篠宮紀子(皇族、1966)
東山彰良(作家、1968)
矢作兼(おぎやはぎ:お笑い芸人、1971)
小籔千豊(お笑い芸人、1973)
虻川美穂子(北陽:お笑い芸人、1974)
安田章大(関ジャニ∞:アイドル、1984)
大島麻衣(元AKB48、タレント、1987)
松本薫(柔道、1987)
倉持明日香(元AKB48、タレント、1989)
森迫永依(女優、1997)
林萌々香(元NMB48:アイドル、1998)