Akiko Sakamoto

【アメリカ進出を目指す企業は必読】今更聞けないウェブアクセシビリティとは?

これまで何度かFreshtraxでも取り上げてきた ウェブアクセシビリティ。 日本でも障害者差別解消法の改正施行に伴い、2024年6月から一般企業にも「合理的配慮」が義務化されることになり注目されています。 パンデミックを経て、行政手続きやビジネス、個人間のコミュニケーションまであらゆる領域でのデジタル化が進んだ結果、ウェブアクセシビリティの重要性はますます高まってきていると言えるでしょう。 アクセシビリティとは?その基本とデザインのポイント 欧米圏では、ウェブアクセシビリティは人権の一部であるという考えが広く普及し、法的にも取り締まりが強化されています。 アメリカへビジネス進出を検討する際には、 ウェブアクセシビリティへの配慮は今や避けては通れない道です。 今回の記事では、海外進出を検討している企業様の参考となるよう、ウェブアクセシビリティを理解する上でキーとなるWCAGと最新のウェブアクセシビリティチェックツールをご紹介します。 アメリカ進出の際に ウェブアクセシビリティが重要なのはなぜ? アメリカ進出において、ウェブアクセシビリティへの配慮がなぜ重要なのか? ビジネス的な観点から一言でいえば、アクセシビリティが確保できていないウェブサイトを運営することはコンプライアンス違反とみなされるリスクがあるためです。 人権意識の高いアメリカにおいては、1990年に成立した「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990 :以下、ADA)」が企業のウェブサイトへも適用されると解釈されています。 アクセシビリティへの配慮がないウェブサイトを運営することはコンプライアンス違反と見做されるリスクがあり、日本企業も訴訟の対象となりえます。 近年、ADA関連の訴訟は増加傾向にあるため、十分な注意が必要です。 アクセシビリティとは、アクセス(access)できる=製品やサービスなどが利用できること、また、利用できる状況の幅の広さを意味します。 ウェブアクセシビリティは、その名の通り、デジタル空間におけるウェブサイトの利用しやすさを表す概念です。 例えば、小さな文字ばかりが並び、視覚障害がある方や高齢者の方にとって読みづらいウェブサイトは、”アクセシビリティが低い”と形容されます。   アクセシビリティは、重度の障害を持った方など、限られた人のためのものなのでは?と思っている方もいるかも知れません。 しかし、老化による視力の低下や、年齢・世代による理解度のギャップなども含め、アクセシビリティは限定的というより、むしろ包括的な概念です。 デジタル庁が出しているウェブアクセシビリティ導入ガイドブックによれば、日本だけでもアクセシビリティの確保の恩恵を受ける人は428万人以上いると言われています。 どんな人でも、ある日思いがけず怪我をして片手が動かせなくなったり、歳を重ねるごとに耳が聞こえにくくなる可能性はあります。 アクセシビリティは他人事ではなく、いつかの自分や身近な人のためであるとも考えられます。 ウェブアクセシビリティについて理解する上で欠かせないWCAGとは何か? ウェブサイトのアクセシビリティの確保の重要性がわかったところで、アメリカ基準でコンプライアンスを遵守したウェブサイトを作るためには具体的にどうすれば良いのでしょうか? 実際のところADA自体には、ウェブサイトがADAに準拠しているかどうかを判断するための具体的なルールというのは定義されていません。 そこでウェブアクセシビティ確保のためのガイドラインとして普及しているのが”Web Content Accessibility Guidelines (通称 WCAG)”です。 このガイドラインは、ウェブに関わる技術の標準技術の開発と普及を行っている非営利団体であるワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(World Wide Web Consortium:W3C)によって作成されたもので、ADAに関わるウェブアクセシビリティに関する項目が網羅されています。 このガイドラインに従っている=ADAに準拠したウェブサイトであると言えます。 WCAGの概要 WCAGは、デスクトップ、ラップトップ、タブレット、及びモバイルデバイス上のウェブコンテンツのアクセシビリティを扱っています。 このガイドラインに従うことで、ウェブサイト上のコンテンツが、視覚や聴覚、運動制限など、様々な障害のある人たちにとって、アクセス可能な状態となります。 これらは、一般のユーザーにとっての使いやすさと矛盾するものではないので、アクセシビリティを向上させることで、利用者全員にとってよりよいウェブサイトにすることができます。 ガイドラインの内容は、時代やテクノロジーの変化に応じてアップデートされており、2024年3月現在、最新版は2023年10月に公開された WCAG 2.2 です。 原文は英語ですが、ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)の翻訳グループにより、日本語版のガイドラインも公開されています。 達成基準は3段階(A・AA・AAA)に分けられており、各レベルの定義は下記の通りです。  レベルA:ウェブアクセシビリティを確保するために最低限達成するべき状態 レベルAA:ウェブアクセシビリティが十分確保されている状態。日本でも公的機関に対して求められるレベル レベルAAA:非常に高いウェブアクセシビリティが確保できている状態 全体は大きく分けると、知覚可能・操作可能・理解可能・堅牢の4パートで構成されています。 詳細については今回の記事では割愛しますが、WCAGガイドライン(日本語版 2.2)は無料で公開されていますので、興味のある方はぜひご一読ください。 アクセシビリティチェックに使える!無料のブラウザ拡張機能3選 アクセシビリティやWCAGについての概要をご紹介したところで、ここからは実践編として、ウェブサイトのアクセシビリティをチェックする際に無料で使えるブラウザ拡張機能3選をご紹介します。 なお注意事項として、アクセシビリティチェックツールはどれもサイトのアクセシビリティを100%保証するものではありません。 特にコンプライアンス遵守の観点からはマニュアルのチェックは必須ですし、場合によっては専門のベンダーによる監査が必要な場合もありますのでご留意ください。 ① はじめの一歩におすすめ!無料で使えるプラグイン:Google Lighhouse これまで全くアクセシビリティのことを考えたことがなかった!という方へ、はじめの一歩としておすすめしたいのが、Googleが提供しているウェブサイト診断ツールのLighthouseです。日本語にも対応しています。 サイトのパフォーマンスやSEOスコア、そしてアクセシビリティについて、自動でレポートを作成してくれます。 LighthouseはWCAGに特化しているわけではないのですが、基本的な事項は網羅されているので、アクセシビリティの観点からどんなところが問題になるのかの肌感を掴むには、データが見やすく気軽に使えるのでおすすめです。 ご自身の会社のサイトだけでなく、「このサイト、なんだか使いにくいな?」と思ったサイトを診断してみると、意外な発見があるかもしれません。 ② デベロッパーツール内で利用できる:axe Dev Tools ウェブサイトの開発フェーズで活用できるプラグインとしておすすめなのがaxe Dev Toolsです。デベロッパーツール内で使用するためのプラグインです。 チェックしたいページをスキャンすると、重症度ごとに問題を洗い出し、修正するための情報を表示してくれます。Tutorialの動画もわかりやすく、初心者にもわかりやすいです。 ウェブサイトの開発が進めば進むほど、問題が発覚した際に修正必要な箇所が増えるため、開発のなるべく早い段階からこの様なチェックツールを導入できると、アクセシビリティ関連の修正に必要な工数や費用を削減することができます。 拡張機能の設定で日本語も利用できます。 ③ 自動チェック機能に加え、マニュアルチェックリストあり!:Accessibility Insights  同じく開発フェーズでおすすめなのがAccessibility Insightsです。こちらは英語版のみの提供となっています。 ChromeのプラグインとWindowsのデスクトップアプリで利用可能です。 簡易チェック(FastPass)機能では瞬時にサイト内のアクセシビリティ関連の問題と修正方法などをまとめてリスト化してくれます。 また簡易チェックではカバーしきれない範囲は、マニュアルチェックができるように項目が自動でリスト化されます。細かくテスト方法や判断基準が示されるため、初めてチェックをする人にもわかりやすくなっています。 問題が解消されなかった際にはメモが残せる機能もついており便利です。 本記事ではウェブアクセシビリティのアメリカ進出へおける重要性、及び、関連ツールについてご紹介しました。 Btraxは、2004年設立以来、アメリカ進出を目指す日本企業の皆様へ、様々なサポートを提供して参りました。アメリカ進出へ向け、ウェブサイトのリデザインから、リスキリングワークショップ研修まで幅広く対応可能ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

【UXリサーチの価値】法人向けサービスでUXリサーチを成功させるコツ3選

筆者はBtraxでUXリサーチャーを担当しているのですが、近年日本でもUXデザインというワードは認知されるようになったものの、UXリサーチについてはまだ十分に理解が広まっていないように感じています。 特に法人向け(BtoB)のサービスやプロダクトにおけるUXリサーチは、その重要性にもかかわらずしばしば見過ごされがちです。 UXリサーチって本当に必要なの?AIが発展した後もデザイナーやリサーチャーに依頼する価値はあるのか? という疑問が沸々と湧いてきそうな今だからこそ、今回はUXリサーチとは何かという基本から始め特にリサーチが軽視されがちな法人向けサービスのUXリサーチに焦点を当て、その特徴や重要性についてご紹介していきたいと思います。 二本立ての記事の後編となる法人向けサービスのためのUXリサーチのメリット、及び、実践する上でのコツをご紹介していきます。 前編の記事をまだ読んでいないという方は、ぜひそちらも合わせてチェックしてみてください。 【UXリサーチとは?】法人向けサービス領域で軽視されがちな3つの理由 法人向けサービスのためにUXリサーチを行うメリットとは? 前編の記事では、法人向けサービスにおけるUXリサーチは、ROIがわかりにくく、また、ビジネスソリューションに自信がある企業であればあるほどやらずともとりあえず前にはには進めるので、実行されずに前に進みがちであるという側面を取り上げました。 ではそんな法人向けサービスのためのUXリサーチを実施するメリットとは何か?主要な3つのポイントをまとめましたので、一緒に見ていきましょう! ①法人向けのサービスこそ、”ユーザーへの共感”が競合に負けないサービスを生む 前述の通り、法人向けサービスの顧客は、消費者向けのサービスのように満足度や感情的な側面、個人の価値観を基に商品を選ぶわけではありません。 このため、個人としての体験や考えを掘り下げていく定性調査の必要性を疑問視する人がいることは当然かと思います。 しかし、ステークホルダーが複数存在し、購入時に綿密な検討が必要とされるような複雑性を抱えたサービスにこそ、定性調査は効果的です。 例えば、実際にサービスを使用するユーザーにとって重要なことが、意思決定を行う経営層には重要でないこともあります。 決裁権を持つマネジメント層に好まれるサービスを提供し、一時的には導入されたとしても、現場で実際にサービスを使うユーザーが不満を抱えていた場合、彼らが後に管理職に就いた際により現場に求められるソリューションへ乗り換えられてしまうようなケースは少なくありません。 デザイン思考における「共感」とは? – デザイン思考を学ぶ Part 2 法人向けのUXリサーチでは、多様なステークホルダーと意思決定プロセスを整理・可視化し、多角的にサービスの妥当性やニーズを探っていきます。 また、導入時だけでなく、その後の継続利用に必要な要素を特定し、長期的な利用を見越したサービス改善のためのインサイトを抽出します。 サービスの導入から実際の日々の利用まで、様々な人が関わる法人向けサービスだからこそ関わる人々の生の声に耳を傾け、見過ごされがちな細かいニーズや不満から改善案を練ることは有効であると思います。 ②市場投入時のリスクを抑え、マーケットフィットを最大化する UXリサーチはサービス開発の様々な段階で実施が可能ですが、特に市場投入前の導入は効果的です。 開発初期段階でユーザーからの質の高いフィードバックを得ることは、市場投入後に起こりうる期待値やニーズのズレ、マーケットの特殊性を見過ごすリスクを低減します。 これは、新しいサービスだけでなく、既存のプロダクトを新たなマーケットに投入する場合にも有効です。 事前リサーチを行わずに過去の成功体験だけを頼りに参入すると、予期せぬ障害が発生し、競合に対して不利な状況になるリスクがあります。 ターゲットユーザーの深い理解と、マーケットおよび業界の特性を網羅的・構造的に把握することで、サービスのマーケットフィットを最大化できます。 北米の事例に見るファンマーケティング① ユーザーリサーチに学ぶ今後企業が取り組むべき「ファンづくり」の重要性 ③顧客満足度の向上は、インターナルのコスト削減にもつながる ユーザーのニーズを正確に理解し、ビジネスゴールと照らし合わせて優先順位を明確化することは、開発プロセスの効率化・最適化に繋がります。 また、見落とされがちですが、ユーザーの声をプロダクトに反映させることは、クレームや問い合わせの削減に大きく貢献します。 特に、サービスがスケールしカスタマサポートの部署が設けられると、当然ですが顧客対応には人件費が発生します。 ソリューションがビジネスニーズに合っていても、ユーザーがサービスの使い方や細かな機能を理解できなければ、それは直接的に問い合わせの増加に繋がります。そしてそれは内部コストとなります。 法人向けサービスは、内容や用途が複雑なので導入のための教育コストが大きく、ユーザーの期待値や緊急性が高いために利用開始後のクレームが発生しやすいです。 設計段階からこれらの要素を考慮することは、顧客満足度の向上とクレーム・問い合わせ対応の工数削減につながります。 「欲しい」の言葉を信じるな!行動でニーズを検証するプロトタイピング手法 難易度高めな法人向けサービスのUXリサーチを成功させるコツ3選 さて、ここまで法人向けサービスのUXリサーチが後回しにされがちな理由と、実施した場合のメリットについてご紹介してきました。 ここまで読んでいただいた方の中には、「やっぱりやったほうがいいのはわかったけれど、実施のハードルが高いのもやっぱり事実なんだな」とモヤっとしている方もいらっしゃるかもしれません。 一般消費者向けのサービスに比べ、複雑で難易度の高い法人向けサービスのためのリサーチ。成功させるためのコツはいくつかありますが、特に重要なことは以下の3点であると筆者は考えます。 ①”巻き込み力”と情報・データ収集 法人向けのサービスは、何度も言及しているように、サービスの構成要素が多く複雑で、ステークホルダーの数も多いです。 さらに、ソリューション自体がニッチな領域に特化している場合が多く、リサーチには幅広い知識と深い洞察の両方が必要です。 このような状況下で重要となるのは「人」です。 プロセスの仕組みや関連する専門知識などの情報を得るためには、インターネットや書籍よりも、可能な限りその業界に精通している人(各部署の担当者やベンダーを含む)に直接聞くことがより効果的です。 これは、ニッチな業界の情報は一般にインターネットや書籍で公開されていることが少ないためです。 例えば、ソリューションが化学分野の研究者向けのサービスであっても、その販売経路を理解するためには代理店の知識が必要になるなど、様々な角度からの情報収集が求められます。 ターゲットユーザーからのフィードバックや意見を聞くだけでなく、サービスに関わるできるだけ多くの「人」を巻き込み、直接情報を収集することが成功の鍵となります。 ②”単純化しすぎない”情報整理 法人向けサービスのリサーチでは、その複雑性ゆえに、情報の整理が肝になります。 そこで注意が必要なことは主に2つ。 たくさん集めた情報からインサイトを抽出する際に、情報を単純化しすぎないこと。 無闇に情報を組み合わせて”正解っぽく見える”結論をこじつけないこと。 ターゲットが誰であれ、現実の市場を相手に、生身の人間の声を集める上で避けられないこと、それは”矛盾”です。 ”コストが一番大事だ”と言っている割に目の前に最安値のオプションを提示しても買ってもらえず、顧客は一見割高に見えるサービスを使い続けている。 これは一般消費者向けのサービスだけではなく、法人向けのサービスでも起こります。 また、法人向けのサービスでは、現場ではAが大事だと言っていて、マネジメント層はBが大事だと思っていて、法務部の人はCは外せないと言っている。 全員同じ会社にいて同じゴールを目指しているはずなのに、言っていることがまるで違うというような事態が起こります。 このような矛盾に対峙したときに重要なのは、矛盾を矛盾しているまま”まるっと”受け入れることです。 「Bと言っている人もいるけど実際にはCだよね」と勝手に結論づけずに、各ステークフォルダーがある程度納得して進めるための公約数はどこかにないのか、、?全てはトレードオフの関係にあるのか? といった問いからサービスの改善点を探っていくところにUXリサーチの価値があると思います。 ボトルネックだと思っていた問題が実は突破口を見つけるための鍵を握っているなんてこともあります。 先入観を捨てて、できるだけ生のデータを集め、複雑なものを複雑なものとして受け入れる。そこからのインサイト抽出が、真の顧客理解とマーケットフィットの最大化に繋がります。 ③デジタルツールの活用と再現性の高いシステム作り 法人向けサービスのユーザーリサーチが、一般消費者向けのサービスに比べて特に難しいポイントはリクルーティングです。 業界がニッチであればあるほど、ターゲットのイメージに近い人々にインタビューやサーベイへ参加してもらうハードルは上がります。 また前述の通り、集めるデータも多様で、データの下処理や分析にも時間がかかるため、できる限り全体のプロセスをシステム化・効率化することが重要です。 例えば、 リクルーティング方法の持ち札を増やし、Aがダメな場合はBとすぐに動けるようノウハウを体系化する。(法人向けリクルーティングに特化したサービスも存在するので、自社のサービスと相性の良いサイトを見つけておくと安心です) リクルーティングの際の募集文章を目的別にテンプレート化し、ストックしておく。 インタビューなどから得た音声やテキストのデータを、分析用に加工するためのデジタルツールの選定及びフローを確立しておく。 パンデミックによりオンラインでインタビューを実施する会社が増えた結果、リサーチを効率化するためのサイトやツールも増えてきています。 それらをうまく組み合わせ、またノウハウを体系的に蓄積することで、より時間をかけるべきタスクへ集中することができます。 本記事では、UXリサーチの役割と、法人向けのサービスにおけるUXリサーチの重要性及び成功のコツについてご紹介しました。

【前編】法人向けサービスにこそ重要!見逃されがちなUXリサーチの価値と成功のためのコツ

UX Collectiveが毎年発表するUXトレンド予測で、2024年は「後期UX」という新しい概念が取り上げられていました。この用語は「後期資本主義」にちなんでおり、記事ではAIの進化がUX業界にもたらしうる劇的な変化がダークなイラストで表現されています。 AIの普及により、素人でも簡易なウェブサイトであればデザイナーなしで簡単に、且つ安価に作成ができてしまう時代が訪れ、これまでウェブデザインを生業としてきた人々にとって、常識や既存の枠組みが脅かされている昨今。 しかし、不安を煽るような予測がある一方で、UXリサーチとUXストラテジーの重要性が一層明確になってきたことについてもこちらの記事では取り上げられています。 UXの領域において、AIに全てを任せて自動化させるのではなく、戦略的なデザイン思考、目的に基づくデザイン決定、そして作品に対する独自の視点の価値が、今後かつてないほどに重視されることが強調されています。 UXリサーチに対しての理解が足りない 筆者はBtraxでUXリサーチャーを担当しているのですが、近年日本でもUXデザインというワードは認知されるようになったものの、UXリサーチについてはまだ十分に理解が広まっていないように感じています。 特に法人向け(BtoB)のサービスやプロダクトにおけるUXリサーチは、その重要性にもかかわらずしばしば見過ごされがちです。 『UXリサーチって本当に必要なの?AIが発展した後もデザイナーやリサーチャーに依頼する価値はあるの?』という疑問が沸々と湧いてきそうな今だからこそ、今回はUXリサーチとは何かという基本から始め、特にリサーチが軽視されがちな法人向けサービスのUXリサーチに焦点を当て、その特徴や重要性についてご紹介していきたいと思います。 二本立ての記事の前編となる本記事ではUXリサーチとは何か?そして本人向けのサービスでUXリサーチがスキップされがちな理由について見ていきたいと思います。 後編(3/12公開予定)では、法人向けサービスのためのUXリサーチのメリット、及び、実践する上でのコツをご紹介していきますので、そちらもぜひ合わせてご一読ください。 サクッとおさらい!そもそもUXリサーチとは何か? UX(=ユーザーエクスペリエンス)リサーチとは、サービスやプロダクトの要件と、ターゲットとなるユーザーを体系的に研究し、文脈に沿った現実的な洞察をデザインへ落とし込むための手法です。 UXリサーチの特徴は、「ユーザーが求めているものを推測や作り手の思惑ではなく、ユーザーの生の声・実際の行動をデータとして用いて特定していく点」にあります。 定性調査と定量調査の手法を組み合わせ、目的に合致した手法を使ってデータ収集及び分析をしていきます。集めたデータからインサイトを抽出し、デザインへ反映していくことで、ユーザーを中心においたサービス・プロダクトが生まれます。 UXリサーチはUXデザインのプロセスの一部であり、ユーザーのニーズにあったサービスを設計する上で不可欠な要素です。 なお、UXリサーチを担当する役職ですが、専任のリサーチャーがいる場合はリサーチャーが担当しますが”UXデザイナー”、”プロダクトデザイナー”などの肩書きの人がUXデザインのプロセスの一部として担当することも多いです。 専任のリサーチャーがいる場合も、UX設計においてデザインチームとの連携は必須です。例えば、Btraxでは組織図上デザインチームという枠の中に、リサーチチームが置かれており、リサーチャーも基本的なデザインの原則やノウハウを理解しています。 UXリサーチャーが見る、スマートシティ先駆者バルセロナのゴミ捨て事情 UXリサーチが法人サービスの領域で軽視されがちなのはなぜなのか? 新規サービスを生み出す過程で、「本来ならばリサーチもできたらいいんだろうな」と思いつつも、より優先すべき事項が多いために、リサーチをすっ飛ばし、ありものの情報で初期デザインを組みサービスローンチ。 しばらく経った今、ある程度、顧客もついてきて組織も拡大しつつあるが、最近伸び悩みを感じている…というような経営者層の方はいらっしゃいませんか? UXリサーチャーとして様々なプロジェクトに関わる中で、『一般消費者向けのサービスよりも、法人向けのサービスの方が、初期段階でのリサーチへの時間的・経済的投資に対してオーナーが抵抗を感じている傾向が強い』と感じます。 これはユーザーの軽視からきているわけではなく、大きく分けると次の3パターンのいずれかが理由であることが多いです。 ①法人向けサービスの複雑性とリサーチ実施の敷居の高さ 法人向けのサービスは複雑です。 購入の意思決定だけを切り取って考えても、消費者向けのサービスであれば個人がサイトを見て欲しい!と思えば、多くの場合そこで購入へ至ります。 しかし、法人の場合はそもそも実際にサービスを利用するユーザーと、購入品を選定する人、決済をする人がバラバラだったりします。 そんな複雑なサービスを相手に、目標設定からリサーチのプランニング、実施、分析に着手するためには、多くの時間やリソースが必要になります。 そのハードルの高さゆえに、「もう少し余裕ができたら」と先延ばしにし続け早数年が経っている。というようなケースは少なくないと思います。 お客様第一主義とユーザー中心デザインの違いとは ②短期的なROIの不透明性 通常、UXリサーチは、リサーチの実施・サービスへの落とし込み・検証など、一連のプロセスにおいて時間とリソース、コストを要します。 特に、ステークフォルダーが多く、複雑性も高い法人向けのサービスでは、開発サイクルが長期にわたることが多く、リサーチの結果が目に見える形で出てくるまでにかなりの時間がかかります。 投資効果の不透明さゆえに、短期的なROIを重視して見送られるケースが非常に多いです。「自分はリサーチが大事だと思っているけど、他の担当者たちが首を縦に振ってくれない、、」というお悩みを抱えている方もいるのでは? 日米の声を聞くUXリサーチャーが気がついた、UXリサーチにおける日米の違い ③自社のソリューションへの過信 法人向けのサービスに携わる人は、「法人顧客は心理的な満足ではなくビジネスソリューションを求めている」という考えに基づき、業界特有の要求に合ったサービスを提供していれば、ユーザーリサーチを行わなくても自社の製品が売れると信じています。 この考えがベースとなって、前述の二つの点が強化され、リサーチが永遠に行われないというのが王道のパターンのように思います。実際、多少見かけのインターフェースの見栄えが悪くとも、使いにくさがあったとしても、ビジネス上必要なツールであるが故に使われ続けているサービスはあります。 とはいえ、変化の激しい現代社会では、予期せぬ競合の出現もありえます。国境を超えて様々なツールを試せる環境下で目の肥えたユーザーを相手に、同じ提案を続けているだけで期待に応え続けることは、なかなか難しいのも事実ではないかと思います。 また、デジタルネイティブ世代が労働人口における比率が増している現在、法人向けの領域でも一般消費者向けのサービスに近い消費行動が増える傾向にあるとも言われています。 実践デザイン思考!量より質を極めるユーザーリサーチ基本のキ

【実践編】btrax ハワイリトリートに見るチームビルディング成功法

これまでも幾度となくFreshtraxでトピックとして取り上げているコーポレートカルチャー。 組織の長期的な成長を考えると、もちろん重要そうに聞こえる一方で、「何から始めるべきか正直わからない」「組織改革って大変そう」「自分は興味を持っているが、どうやって周りの社員を巻き込めば良いのだろう?」と、悩んでおられるマネジメントや人事担当の方も少なくないのではないでしょうか? 本記事では、前編のコーポレートカルチャーを促進するチームビルディングのコツとは?ハワイで行われたbtrax社員リトリートの事例をご紹介【入門編】に続き、実践編として、2023年の秋頃にハワイで行われたbtraxの社員リトリートでの事例をご紹介いたします。海外へ行かずとも、今日からいつものオフィスで実践できるようなアクティビティもございますので、ぜひ気になったものから実践してみてください! ハッピーな気持ちでリトリートをスタート!ウェルカムギフト 東京とサンフランシスコ、それぞれのオフィスから飛行機で移動してきたメンバーがハワイで集結。最初に、メンバー全員にCEOであるブランドンからのメッセージカード付きWelcome bagをプレゼントしました。 バッグの中には、色々な予定が詰め込まれたアクティブな旅程を健康的に過ごしてもらえるよう、ビタミンC飲料の粉末や酔い止め、ハンドクリームなどを入れました。 また、このリトリートのためにデザインチームが作成したスペシャルステッカーも。(”You are an inspiration!”と書かれた名刺サイズのカードについては後述します。) 特に日本チームは長時間のフライトの後で、到着時は少し疲れた表情を見せているメンバーもいましたが予想外のサプライズギフトに笑顔を見せてくれました。 ちょっとした気遣いや贈り物も、チームメンバーへの敬意や感謝を表し、「自分たちの日々の頑張りはちゃんと認識されている」と感じてもらえるきっかけとなります。 まずは個包装のチョコレートなど、休憩中にちょっと手に取れるような小さなサプライズから始めても良いかもしれません。 知っているようで知らないチームメンバーの素顔。ミングル・ビンゴ btraxでは今回のリトリートに限らず、毎週日米のチームが全員参加するオンラインでのチームビルディングの時間を儲けたり、ハロウィンなど年次のイベントも実施しています。 また社内でのコミュニケーションは日本語と英語が飛び交いつつも、ベースはアメリカ英語のため、基本的にはかしこまらず、カジュアルでオープンな雰囲気です。よって、メンバー間のやりとりは比較的活発ですし、それぞれのメンバーの距離も近いのですが、それでもお互いまだまだ知らないことはある! ということで、リトリート一発目のチームビルディングアクティビティとしてミングル・ビンゴ(Mingle Bingo)というゲームをやりました。ミングル(Mingle)とは英語で、混じり合う・交流するといった意味です。 通常のビンゴは25マスの中に数字を並べ、読み上げられる数字と合致するものをチェックしていき、縦横斜め、どれかしらの一列を誰よりも先に制覇することで勝利となります。 ミングル・ビンゴでは、数字の代わりに、それぞれのメンバーのファン・ファクト(ちょっと意外な事実)が書かれています。 事前にそれぞれのメンバーのファン・ファクトを教えてもらい、誰についてのことなのかわからない状態でそれぞれの紙に印刷しておきます。 参加者は、他のメンバーに話しかけ、そのファン・ファクトの主を見つけることができたらチェックをつけることができます。話しかけられたメンバーは、基本的にYesかNoで答えます。 例えばこんな感じです。 「あなたの子供の頃の夢はお医者さんでしたか?」 「No!」 「あなたはトランポリンで宙返りすることが特技ですか?」 「Yes!」 これを制限時間内に繰り返していき、最初に一列を制覇できた人が勝者です。 同じオフィスにいてお互いよく知っていると思っていたメンバーの知らない側面を見つけたり、これまでオンラインだけで話をしていたメンバーの肩を叩いて話しかけたり。意外なファン・ファクトの主が判明した際には歓声が上がるなど、非常に盛り上がりました。 このアクティビティは、印刷した紙を持って動き回れる環境であれば、いつものオフィスでやっても十分盛り上がるアクティビティですので、ぜひやってみてください。 ホノルルの街を駆け回れ! バリューを体感するスカベンジャーハント ここで突然ですが、みなさま弊社のカンパニーバリューをご存知でしょうか? btraxのカンパニーバリューは4つ。 Be a forward-thinker Driven by creativity Empathize differences Fearless in trying something new このそれぞれのバリューを、今回のリトリートで改めて身をもって体験してもらうには?と考え、今回やってみたアクティビティがホノルルの街を舞台にしたスカベンジャーハントです。 メンバーを4つのチームへ分け、それぞれにミッションが羅列されたリストが送られます。それぞれのミッションはホノルルの街の中を動き回らなければ達成できないようになっており、制限時間である2時間以内に最も多くのミッションを達成し最も高い得点を出したチームが勝ちとなります。 ミッションは、例えば「Marrie Monarchへ行き、チームでグループ写真を撮影してシェア」「ABCストアで買えるジンジャービールの販売元のブランドを答えよ」「ポストカードになりそうな写真を撮って来て!素敵な写真を撮ったチームには追加点あり!」など。 このゲームに勝つためには 制限時間により多くのミッションを達成するため先を見据えて動き 自身のチームの個性や創造性を発揮して、 他チームと差別化し、 これまでやったことがないことにも挑戦する必要があります。 燦々と輝く太陽の下、それぞれのチームが街中を走り回り、各々のやり方でミッションをクリアしていきました。 普段の業務や役割関係なく、それぞれの強みを発揮してゲームを進めていく中で、これまで以上に各メンバーの良さに気づいたり、お茶目な一面を垣間見たり。同じミッションでも、それぞれのチームによってアウトプットの形が異なり、激戦となりました。 ここまで手の込んだものでなくても、例えば「二人一組で、会社の中の素敵なスポットの写真を撮ってくる。一番素敵な写真をとってきたチームが勝ち!(最後に参加者全員で投票する)」というくらいシンプルな設定にすれば、限られた時間の中でも実践しやすくなります。 また、業務と絡めて、「一緒に100つの椅子を隣の部屋へ移動させる」「未開拓の営業先へ二人で飛び込み営業へ行ってみる」など、”少しチャレンジングで一人でやるのは大変だが、人とやったら楽しめる”ようなことをあえて複数人でゲーム感覚でやってみるだけでも、関係性は深まります。 筆者もこれまでの仕事でイベントのためにTシャツを2-3人で1,000枚近く袋詰めするという作業があり、気が遠くなりそうでしたが、アップテンポなBGMをかけながら、どうよりすれば効率的に作業ができるかを他のメンバーと試行錯誤しながら乗り切りました。その作業を一緒にやり切ったメンバーとはそれ以降、戦友のような関係性が出来上がりました。 一人一人のメンバーへ手書きのメッセージを!Value card 一つ目のギフトバックの中に入っていた小さなカード。btraxでは昔から、カンパニーバリューを体現していたメンバーへ「あなたは素晴らしいよ!」という一言メッセージを贈る習慣があります。 こちらのカードは、今回のリトリート用にリニューアルした新デザイン。宛名と送り主を書いて、その人が体現しているとバリューにチェックをつけ、一言メッセージを書く仕様になっています。 リトリートの最初に、運営チームから「今回参加している全てのメンバー、一人一人に対してカードを書いてください!」と参加メンバーへお願いをお願いし、最終日にカードの交換会を行いました。 このカードを渡し合うアクティビティは、もらった側が普段の頑張りを認められて嬉しいのはもちろんのこと、それぞれのメンバーに、手書きでカードを書くことによって、日頃自分が一緒に働いている一人一人の同僚の良いところを、ふと立ち止まって考えてもらうところにより意義があると考えています。これは、一緒に働くメンバーへの感謝の気持ちを感じる時間を意図的に作り出すということです。 感謝の気持ちを感じることがビジネスへ良い影響を与えるということについては、非常に多くの記事が書かれており、「感謝の気持ちを持つ」こと自体がカンパニーバリューになっている有名企業もあるほど。 日々スクリーン越しに大量のメッセージをやりとりしているからこそ、あえて手書きのカードを手渡しする。私自身も、全メンバーへカードを書く中で、改めて素晴らしいメンバーに囲まれていることを再確認すると同時に、普段なかなかそれを言葉で伝えられていないことにも気づきました。 カンパニーバリューと関連付けづとも「日頃一緒に働いているメンバーの良いところをカードに書いて渡す」だけでも、同じような効果が得られますので、ぜひご自身のチームでもぜひ実践してみてください! ちなみに弊社では今回のバリューカードアクティビティだけではなく、日常的に毎週の社内会議で「今週のカルチャーリーダー」と題して、前週に特にカンパニーバリューを体現していたメンバーを紹介するコーナーを設けています。 コーポレートカルチャーは一日にしてならず! btraxのハワイリトリートから、チームビルディングのためのアクティビティの事例を紹介させていただきましたがいかがでしたでしょうか? btraxではバリューやミッションとは別に、” We are all designers”という標語があり、デザイナー職以外のメンバーも含めて、btraxに関わる全てのメンバーがデザイン思考的なマインドセットで日々働くということを大切にしています。 それは、例えば、一見自分たちには難しすぎるように見える問題でもクリエイティブな解決策がないか多角的に検討してみる、ユーザー視点でベストなソリューションや体験は何かを常に意識する、といった具合です。 ここでいう”ユーザー”とは、今回のような社員向けのプログラムを企画する上では、”社員視点”でのベストを追求することとなります。 一見するとビジネスとは直接関係ないような活動も、長い目で見ると、チームメンバー間の円滑なコミュニケーションの促進、厳しい状況下でも耐えうる信頼関係の構築、枠に囚われない自由な創造性を鍛えるなど、様々なベネフィットを会社にもたらしてくれます。 btraxでは、社内に限らず、クライアント様向けにも数時間の手軽なものから数ヶ月に及ぶ長期のプログラムまで、オーダーメイドの社員研修やワークショップをご提案させていただいております。まずはご相談からでも大歓迎ですので、お気軽にお問い合わせください。 デザイン思考のリスキリングのためにファシリテーターが意識している3つのポイント

【絆を深めるチームビルディング】btraxはなぜハワイでリトリートを行ったのか

これまでも幾度となくFreshtraxでトピックとして取り上げているコーポレートカルチャー。 組織の長期的な成長を考えると、なんとなく重要そうに聞こえるけれど、「何から始めていいのか正直わからない」「組織改革って大変そう」「自分は興味を持っているが、どうやって周りの社員を巻き込めば良いのだろう?」と、悩んでおられるマネジメントや人事担当の方も少なくないのではないでしょうか? 筆者は現在btraxでUXリサーチャーをメインの仕事として勤務しておりますが、過去、大手外資系企業で人事を担当したり、社内公募で選ばれるカルチャーコミッティーに選出されるなど、コーポレートカルチャーの醸成にいろいろな形で携わってきました。 そんな自身の経験をベースに、「自分の組織を良くしたい!」という志を持った皆様にとって、少しでも参考になればとの思いから、今回は2023年の秋頃にハワイで行われたbtraxの社員リトリートでの事例をご紹介します。 チームビルディングのための企画を作る際の基盤となる考え方をまとめた入門編と、実際のハワイでの事例をご紹介する実践編の二部構成となっており、本記事は前半の入門編となります。後編もお見逃しなく! チームに一体感をもたらす企業文化を構築するために不可欠な3つの要素 カンパニーの語源とは? まず本題の企業文化やチームビルディングの話に入る前に、みなさま英語で会社を意味する”カンパニー(Company)”という単語の語源をご存知ですか? Companyは、ラテン語の「com(共に)」と「panis(パンを食べる)」に仲間を表す「-y」がついた言葉で、もともとは「一緒にパンを食べる仲間」という意味だったそうです。 日本語でも「同じ釜の飯を喰う」という言葉があるように、食事を共に分かち合うことで、お互いを理解し合い、同体としての帰属意識を持つという活動は、東西を問わず人類が共有している文化であると思います。 実際、食事をしながら他愛もない話をする中で、日頃業務を共にしているだけでは見えない同僚の一面が見えたり、ちょっとした悩みを共有したり、共通の趣味を発見したり。そうやって経験を共有する中で、有機的な関係性が育まれることは決して少なくないと思います。 「一緒にご飯を食べるなんて仕事と何の関係があるの?」 「いつも食堂で社員の人たちと並んでご飯を食べているけど?」 と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ただ同じ空間で食べるだけではなく、”同じ食べ物をみんなで分かち合う”、”ただお腹を満たすだけではなく、交流の機会として食事の時間を共にする”、これだけでもチームビルディングの大事な最初の一歩となると思います。重要なことは、消費することではなく、経験を分かち合うことです。 ここからは、そんな英語の”会社”という言葉の由来を念頭に、弊社メンバーがハワイで共に過ごした3日間についてお伝えさせてください。 チームみんなでハワイ旅行!?その企画の裏にある思いとは? 2023年の秋ごろに弊社では、前年の会社全体での営業目標を達成したリワードとして、二泊三日のハワイリトリートを実施いたしました。 リトリートという言葉自体、日本ではあまり馴染みのない方もいらっしゃるかもしれません。リトリート(Retreat)とは、英語で「退避」「隠れる」「静養」などの意味を持つ単語です。 アメリカでは日々の忙しない生活や仕事から離れた非日常的な場所へ一定期間身を置き、自分または同じ集団に所属する人同士でと内省的な時間を過ごすためのアクティビティとして一般的に認知されている言葉です。 ビジネスの文脈では、チームビルディングや企業文化の醸成のための宿泊行事としても理解されています。シリコンバレーでは、福利厚生として禅や瞑想・ヨガなどリトリート的なプログラムを取り入れているIT企業も多くあります。 ”ハワイで社員旅行”ときくと、なんだか浮ついているようなイメージに聞こえるかもしれませんし、「お金の無駄使いなのでは?」、「それと仕事と何の関係があるの?」と思われるかもしれません。 しかし、今回のリトリートを企画した私を含むプロジェクトメンバーは、下記のような目的意識を持って本イベントを計画していました。 結束を強める 普段離れ離れで働いている日米チームが、お互いのことをより理解し、より有機的で人間的な繋がりを築ける場とする 士気を高める 日々、チャレンジングな環境で奮闘し、昨年の目標を見事達成したチームメンバーに達成感を感じてもらい、今後も日々の業務に熱意を感じてもらえるためのモチベーションを養う場とする 文化を感じ育む 目の前のタスクに追われる日頃の業務の中でつい意識から薄れてしまう会社のカルチャーを感じてもらい、組織の一員であることをハッピーに感じてもらえる機会とする サンフランシスコと東京、それぞれの都市に拠点を構える弊社では、アメリカチームと日本チーム間のコミュニケーションは基本的にオンラインで行われています。 そんな二つの国で日々物理的にも時差的にも、時には言語的にも一定の隔たりがある両チームが、一同に会することができる稀有な場として今回のリトリートは企画されました。 ポジティブな感情は創造性や生産性へ繋がる!”やらされている”感をなくし、夢中になってもらうには? 今回のリトリートで実施したそれぞれの施策を考える際、あえて企画チーム内で言語化していたわけではないですが、振り返ると全てに共通していたのは、参加する社員が「心から楽しめること」を優先して企画が進んでいったことではないかと思います。 会社にやれと言われているからやるのではなく、それぞれのメンバーが純粋にこのみんなで過ごす時間を楽しんで過ごせるためには何が良いのか?を考えていった結果、充実した3日間の旅程が出来上がったように思います。 「会社として社員にどうなって欲しいか」と「社員は何を求めているのか」は、二者択一ではなく、両立が可能な検討事項であると思います。会社の長期的な成長のために達成したいゴール(今回の場合は前述の3点)を、社員が自ら達成したくなってしまうような状態はどうやったら生み出せるのか?これを真剣に考えることは、デザイン思考を通してユーザーのためのサービスを考えるプロセスと非常に近いです。 後半の実践編の記事では、リトリートで実施したアクティビティや、メンバーに楽しんでもらうために用意した仕掛けについて一つずつ実例を紹介していきます!

UXリサーチャーが見る、スマートシティ先駆者バルセロナのゴミ捨て事情

筆者はbtraxでUXリサーチャーとして勤めている。今回、私用でスペインのバルセロナに1ヶ月滞在する機会を得た。 住宅地で1ヶ月生活をする中で、美しい街並みだけではなく、都市設計の素晴らしさに感動する場面が多々あった。 その中でも、ひときわ印象に残ったのが街中にある公共のゴミ箱や、頻繁に行き交うゴミ収集車、ビビッドな制服を着た清掃員など、クリーンな街を保つための仕組みだ。今回の記事では、UXリサーチャーから見たバルセロナのゴミ回収事情を紹介していきたい。 歴史的な街並みとスマートシティが共存するバルセロナ 本題に入る前に、バルセロナという街の概要をご紹介する。 バルセロナはスペインの東側に位置し、カタルーニャ州の州都である。人口はマドリードに次いでスペインで第2位。国際的な観光都市であると同時に、国際会議が多く開かれる都市であり、街中にはスペイン人のみならず多様な人種の人々が暮らし、様々な言語が飛び交っている。 btraxオフィスのある東京、サンフランシスコと比較してみると、面積は東京やサンフランシスコよりも小さい。しかし人口密度ではバルセロナがずば抜けている。 そんなバルセロナで、誰もが知っている歴史的建造物といえば、アントニ・ガウディによって設計され、現在でも建築工事が続いているサグラダ・ファミリア。街の中央に位置しており、美しいランドマークとなっている。 余談となるが、サグラダファミリアの内部は柱が木のように並ぶ森のような構造で、バイオミミクリー的な設計となっている。バルセロナ市内には、他にもガウディの手がけた建築物が随所にあり、平日も多くの観光客で賑わっている。 バナナは最高のUX – 自然界に学ぶデザイン【バイオミミクリー 】 そんな歴史的な建物が多く残るクラシカルな景観とは裏腹に、利便性の面では、公共の場の整備や管理が非常によく行き届いてる。筆者は今回が初めてのスペイン滞在だったのだが、言語の壁や文化的な違いが気にならないほど生活しやすいことに驚いた。 調べてみたところ、バルセロナはスマートシティ化を始めてからすでに20年以上が経っている都市計画の最先端都市だった。 今回の記事では、現地で撮った写真や実際に生活する中で起きた実体験のエピソードなども交えて事例を紹介していきたい。 そもそも「良いUXデザイン」とは? 具体例の紹介に入っていく前に、この記事における「良いUXデザイン」の判断軸に関して明確にしたい。 UX(ユーザー体験)の定義は広く、設計する対象のサービスや媒体、コンテクストなどによってもさまざまな定義がある。今回は、デジタルではなくフィジカルのサービス、かつ公共物の設計ということで下記のようなポイントを見ていく。 ユーザー中心:ユーザーのニーズや要望を優先し、使いやすく、直感的で、快適な使い心地になるよう設計されているか。 シンプルさ:無駄のないシンプルな設計で、ユーザーが迷わずに簡単に操作できるか。 一貫性:視覚的なデザインや情報の表記のパターンなどの一貫性が保たれており、ユーザーが迷わずに求めている情報やアクションに素早くアクセスできるか。 エンゲージメント:ユーザーの感情に働きかけ、興味喚起して継続的に利用してもらえる仕組みができているか。 お客様第一主義とユーザー中心デザインの違いとは 人間の本質を捉えた「つい捨てたくなる」ゴミ箱 犬も歩けばゴミ箱にあたる!と言いたくなるくらいにバルセロナの街中にはゴミ箱がたくさんある。 前述のような圧倒的な人口密度を誇り、なおかつ、常時多くの観光客が行き交う街にも関わらず、どこを歩いていても比較的きれいな通りばかりなのは、このゴミ箱が大きな役割を果たしている。 徹底されたシンプルさ 公共のゴミ箱の種類は大きく分けると2つあり、1つ目は下の写真のような縦型の小型のゴミ箱。 エリアにもよるが、このタイプのゴミ箱の設置間隔は、おおよそ50メートルから100メートル程度。通りに沿って定期的にゴミ箱が設置されているので、ゴミを捨てるために長い距離を歩く必要がない。 これは裏返すと、ゴミが出てもポイ捨てしたいと感じる前にゴミを捨てる機会が先にやってくるような感じで、非常に合理的かつユーザーフレンドリーであると感じた。 東京では、テロ防止などの理由から街中にゴミ箱はほとんどない。街の景観が保たれているのは、多くの住民がマナーを守り、自分のゴミは持ち帰る習慣が身についているからだろう。 それに加え、他人の目があるところでポイ捨てするのは憚られるという文化的な要因もありそうだ。しかし、これはユーザー側がゴミを捨てたい時に捨てられず、長時間ゴミを我慢して持っていなければならないため、ユーザー中心の設計であるとは言い難いだろう。 これに対し、サンフランシスコでは街中にゴミ箱は設置されているものの、人口や街の大きさに対して数が足りておらず、ゴミ箱が慢性的に不足している状態で、行き場のないゴミが街中に溢れて問題となっている。 バルセロナの場合、街を歩いていると至る所にゴミ箱があるため、例えば犬の散歩をしていてゴミが出た場合も、少し歩けばすぐに捨てる場所を見つけられる。 これをUXの観点から見ると、ユーザーの「ゴミを長時間持っているのが嫌だ」という心理に対して、「ゴミが出たらすぐ近くのゴミ箱に捨てられる」というソリューションを多くの場所に・短い間隔で・同じ形のゴミ箱を設置することで実現していると言える。 これはあまりにも単純に聞こえるかもしれないが、実際にはこのゴミ捨ての習慣化を促すシンプルな設計こそが、誰もが使う公共物のデザインにおいて効果を発揮していると感じた。 また、この小型ゴミ箱は口が上向きに空いており、高さもちょうど人が手に持ったものを投げ入れるのに適した設計になっている。ゴミを持ちながら歩いている時、つい放り投げてしまいたくなるようなビジュアル、サイズ感、そしてそれに適した位置に設置されているのだ。 これらはUXデザインにおける「アフォーダンス」と「シグニファイア」の観点からも適切な設計であると感じた。 アフォーダンス*:プロダクトやサービスに施された視覚的・物理的な表示で、どのように利用するかを、わかりやすく感じさせるためのデザインの要素。 シグニファイア*:「このように動きますよ」というシグナルを送ってくれる設計のこと。ユーザーに適切な行動を伝えるための印や音、認識可能な指標を指す。 *参照:スタバのスリーブから学ぶ、アフォーダンスとシグニファイア【UXデザイン】 視覚的なわかりやすさ もう1種類のゴミ箱は下の写真のような大型でカラフルなタイプのもの。通常、ごみ収集車が巡回するルートに沿って、おおよそ300メートルから500メートルごとに設置されている。 これは、一般的な家庭やビジネスから出る大型ごみやリサイクル可能な資源を捨てる場合に使用され、それぞれの箱に入れるべきゴミの種類が色とピクトグラムでわかるようになっている。例えば、青色のゴミ箱は紙やカードボードを、緑色のゴミ箱はガラスを収集するために使用される。 箱の形も、入るゴミのタイプに合わせて口の形が異なっている。蓋を開けて入れるタイプの場合は、足元のレバーを踏むと蓋が開く設計となっている。 両手が持ち物で塞がっていても開けられ、且つゴミ箱に触れずに捨てられるので衛生的である。 ゴミ箱の配色は、基本的にバルセロナ市内で一貫されており、ユーザーはどこへ行っても同じ色のゴミ箱を利用することで、正しい分別方法でゴミを捨てられる。 以上のように大型のゴミ箱は、視覚的に向かうべきゴミ箱が判断できるようにすることで、ユーザーの認知負荷を最小限に抑えている。 ユーザーが「面倒だな」と感じやすい「一度ゴミを置いて、手で蓋をあける」アクションを、「足で踏めば開く」というように最小限の努力で実現できるように設計されている。 これらは視覚的・物理的な情報でユーザーに必要なアクションを促しており、前述のシグニファイアとアフォーダンスの観点から見ても優れている。 実際に日常的に使う中でも、ユーザーがゴミ箱に合わせるのではなく、ゴミ箱がユーザーに合わせて設計されていると感じた。 ちなみに、収集の際は、各ゴミ箱にセンサーがついており、自動で重量などを検出して、必要なゴミ箱にのみ収集車が向かう仕組みになっているそうだ。 忘れてはいけない「エモーション」 最後に言及しておきたいのが、全ての大型ゴミ箱、ゴミ収集車、また、街中を歩く清掃員の方の制服にも印刷されている下のロゴだ。 これは、「バルセロナのゴミの面倒を見ています (Take care of Barcelona’s waste)」というような意味なのだが、バルセロナのスペルの“O”がスマイルマークになっている。 1ヶ月の生活を通して、ゴミを捨てる度、またゴミの処理をしてくれている収集車や清掃員の人を目にするたびに、毎回このスマイルマークが目に飛び込んでいるのは、意外と見る側の深層心理へ影響を及ぼしていると感じた。ゴミに関わる場面に出会う度、同時に笑顔も脳の中で認識されるためだ。 UXデザインにおいて忘れてはならないのが、ユーザーが「どう感じるか」。機能面だけではなく、このようなエモーショナルな設計への配慮も行き届いていた。 これについては、具体的なエピソードもひとつ。ある日、小さなゴミを手に持って路上を歩いていたところ、向かいから清掃員の方が歩いてきたため道を譲ろうとしたら、「そのゴミもらうよ!」と笑顔で持っていたゴミを回収してくれたのだ。 このように、ゴミ捨てにポジティブな気持ちを持たせるメッセージングやコミュニケーションが公共サービスの中で一貫して実現されていた。ユーザーのエンゲージメントを高めるために長期的な良い効果を発揮している要素だと感じた。 まとめ UXデザインは私たちの生活のあらゆるところに見出せるが、都市設計や公共政策も例外ではない。どの国の住民でも共通して経験する「ゴミ回収」も、デザインの方法によって、ユーザーの負荷を減らしながら分別のミスやポイ捨てを減らすことが可能である。 また、ゴミ捨てという体験を「面倒なもの」、「汚い」というネガティブなものから、ポジティブなものへ変換することすらできる。 今回のバルセロナでのゴミ捨ての経験を通して、改めて優れたデザインは、サービスの提供側も利用者側も幸せにするものだと実感した。 *図表参照元 <面積> Barcelona Tokyo San Francisco <人口> Barcelona Tokyo San Francisco

デザイン思考のリスキリングのためにファシリテーターが意識している3つのポイント

2022年の新語・流行語大賞にもノミネートされたリスキリング(Reskilling)というワード、まだあまり馴染みのない方もいるのではないだろうか? リスキリングとは、「技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶこと」を指す。日本国内でも、企業が従業員に対して職業能力の再開発を行うため、導入を開始または検討し始めている。 btraxでは、「リスキリング」という言葉が流行する以前から、企業向けに技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために効果的なデザイン思考のワークショップを提供してきた。 今回はその一例として、今年1月からサンフランシスコにて実施した滞在型の研修プログラムを題材に、ワークショップ運営側のファシリテーターが意識していることを紹介したい。 デザイン思考とスタートアップカルチャーにどっぷり浸かる10週間 今回行われた研修は、大手日本企業にて入社から数年経った30代前後の中堅社員の方を対象として、「スタートアップの聖地」とも呼ばれるサンフランシスコで、「デザイン思考」やスタートアップカルチャー、UXデザインの特徴を、講義と実践を通じて学ぶ約10週間のワークショップだ。 プログラムの主たる目的は、この研修を通して「参加者一人一人が新しいマインドセットを自分のものにすること」。 そのために、レクチャーを通して考え方を理解していただくだけではなく、実際に手を動かして学んだ考え方を実践し、振り返りを言語化・可視化することで学びを深めるというサイクルを繰り返す。 本研修は、参加者全員にサンフランシスコでスタートアップを起業するつもりで、それぞれの関心をベースに少人数でチームを組んでもらい、それぞれ社名を決めるところからスタート。 現地に住む人々が抱えている問題や隠れたニーズをリサーチし、サービス・プロダクトのコンセプトを練り、実際に住民の方々へインタビューなどをしながら仮説を検証。プロトタイプの作成からサービスアイディアのピッチまでを実践していただく。 デザイン思考のリスキリングのために、ファシリテーターが意識している3つのこと 上記の研修内容を踏まえ、前述のゴール達成のために、今回の研修全体を通してファシリテーターが意識していたことの中から主要な3つのポイントをご紹介したい。 1. 「失敗しても大丈夫!」思い切って挑戦し、トライアンドエラーを繰り返すことを奨励する 日本では文化的に「失敗はしない方がベター」という考え方が根強いため、突飛なアイディアを口にしたり、成功するかもわからないプランを共有することに最初は抵抗がある参加者も多い。 真摯な方ほどこのような傾向が強いのだが、デザイン思考ではトライアンドエラーを繰り返しながらコンセプトを練り上げていくため、最初から正解に一発で辿り着くということはほぼない。 むしろトライした数だけ失敗も増え、そこから学びやデータが得られるため、特にアメリカのスタートアップ業界では「失敗しても、成功するまで止めなければそれは失敗とは呼ばない」という考え方が主流である。今回のような研修において、ベースとなるこのマインドセットへのシフトが最初の超えなければならないハードルとなる。 これは英語での会話についても言えることだ。今回の研修では、リサーチの段階で現地のアメリカ在住の人々へインタビューを実施するフェーズがあり、参加者は英語で全てのコミュニケーションを行う必要がある。 参加者のほとんどは英語圏の国に住んだ経験がないため、「うまく話せないかもしれない」という不安から、最初は英語で話すことに抵抗を感じている人も多かった。 これに対してファシリテーター側からは、「失敗をしても大丈夫」「間違うことや想定通りに進まないことは避けられないものである」ことを定期的にリマインドし、その過程を楽しんでほしい旨を積極的にお伝えするようにしている。 失敗に対する恐怖心を取り除くことで、限られた時間内で試行錯誤を繰り返し、最初に出たアイディアやプロトタイプを踏み台にしながら、さらに良いものを生み出すというサイクルへ進んでいけるようになるためだ。 また小さな成功を喜ぶことや、異なる意見・視点を持っていることを肯定し合う時間を持つことも重要である。そのため研修中は、毎日1日のはじめと終わりにチェックインの時間を設け、参加者一人一人の感じていることや気づきなどを共有する時間を取るようにしている。 感じたことや学びに正解や不正解はないという前提を確認し合い、それぞれの発見をチームで共有し認め合う時間を毎日意識的に取ることで、それぞれが自分の考えを素直に発信できるような雰囲気作りを心がけている。 最初は、なかなか終わりの見えない議論や英語でのコミュニケーションに戸惑う場面もあった。しかし、場数を踏んでいくうちに、それぞれの参加者の顔に自信が浮かび、活発な議論や英語の会話が広がっていったところが印象深かった。 自転車の乗り方を覚えるように、最初は転んだり、恥ずかしい思いをしたりするため、社会人になって数年経ったタイミングで新しいマインドセットやメソッドを実践するには勇気がいる。しかし、思い切って新たな環境へ飛び込み、短期間でみるみる変化していく参加者の姿には運営側である私たちがハッとさせられる場面、学びをいただく機会も多い。 「チェックイン」とは ワークショップで実践する際の狙いとコツ 2. 「正解は一つではない!」答えを与える代わりに問いを投げかける   今回のようなワークショップで運営側として非常に難しい、しかし重要だと思っていることが「正解をこちらから投げかけない」ことだ。 デザイン思考のプロセスにおいては、問題設定の段階から自由度が高く、実際に先へ進んでみるまで何が正解なのか誰にもわからない類の問いに立ち向かっていくことになる。 正解は1つではないし、ファシリテーターがすでに正解を知っているわけでもない。文字通りファシリテーターと参加者の二人三脚で一緒に進んでいくのだ。 しかし、研修をリードさせていただく立場である以上、チームが迷子状態に陥ってしまった時にはサポートをする必要があるし、「こういうときはどうしたらいいんですか?」という質問も頻繁にいただく。 私たちとしては、ファシリテーターの発言が彼らにとっての正解となってしまったり、それに引っ張られてしまうことは避けたい。 そのため、こちらから声をかけたり質問へ応答する際には、具体的な答えや解決法を示す代わりに、「この時ユーザーはどんなことを感じていたと思いますか?」「一度、現在出てきたアイディアをホワイトボードに書き出してみるのはどうですか?」など、問いやアウトプットの機会を提起するようにしている。 これと並行して意識していることが、できる限り参加者のアイディアや意思を尊重し、自分たちのサービスやプロダクトを自分事として責任感を持ってもらえるようにサポートすることだ。 極端な例を出すと、今回の研修では参加者が合計8名だったのだが、チーム決めの段階で関心ごとに分かれてみたところ人数比が3人と5人になった。全体での議論の結果、無理に半々に分けるよりも、それぞれの関心を優先し、そのままの組み分けで進もうという結論に至った。 参加者からは「数合わせのために誰かが移動になるのではないかと思っていた」との声もあったが、運営側としては10週間かけて取り組むコンセプトに納得感と責任感を思って取組んでほしいという思いから少しイレギュラーなチーム編成を採用した。 その結果、それぞれのチームの個性が際立ち、小さいチームだからこそ意思決定が速かったり、大きいチームだからこそ助け合える幅が広かったりと、「彼らなりのチームのあり方の正解」を模索してもらえたように思う。 さまざまな正解の形があると認めることは、何通りもある正解の中から自分たちなりの正解を見つける決心をすることであり、自由と責任が伴う。それだけ多くの議論や、考えを裏付けるためのリサーチ、検証が必要となり、手間や思考の負荷は増えるものだ。 しかし、このようなプロセスを通して、既存の考え方や慣習にとらわれない、ユーザーに寄り添ったオリジナリティのあるサービス・プロダクトの設計に繋がると私たちは考えている。 3. 「クリエイティブは一夜にしてならず」適度な気分転換・視点の切り替えをおすすめする 前述の通り、正解が決まっていないデザイン思考のプロセスにおいては、チーム内でのディスカッションに非常に多くの時間を費やすことになる。 アイディア出しから、意見のすり合わせ、フィードバックの交換など、お互いの意見を尊重し合いながらもアイディアをブラッシュアップしていく過程は、インタラクティブで楽しそうに聞こえるかもしれない。 しかし、実際にやってみるとかなりの思考力と忍耐を使う。長時間議論が続くと、チーム全員が頭を抱えて悶々としてしまうような場面もしばしば。 課題の締め切り時間や、1日の終わりが近づくにつれて、どんどん空気が重くなり、一生懸命取り組んでいるからこそ、焦りや苛立ちの表情が見えてくるメンバーが現れる。 そんなタイミングに運営側から積極的に働きかけることは、「無理に進めようとしない」ことである。 クリエイティブな発想やひらめきは、ぐるぐるとひたすら考え続ければ降りてくるものではない。むしろ議論が煮詰まって、脳が疲れてくると、私たちは短絡的で安易な解決策に走りがちになってしまう。 それではこれまでの議論や努力が無駄になってしまうため、メンバーの顔が曇ってきたり、議論が行き止まった際には、ファシリテーターが介入し、場所を変えてみたり、休憩を入れてコーヒーを飲んだり、思い切って散歩に出てみたりすることをおすすめする。 創造的なアイディアを生み出すために「余白」が必要な3つの理由 研修が進むにつれて、参加者の間でも気分転換の取り入れ方が自然と身についていき、「議論が煮詰まったタイミングで、オフィスの外の公園に場を移して話をしてみたら、これまで考えつかなかった良いアイディアが出てきました!」といった声も聞こえるようになった。 遠回りに感じられるかもしれないが、焦りが出てきた時こそリラックスして、自分たちなりの解を見つけるまでのプロセスを楽しむことで、新たな視点で問題を捉え直せたり、よりよいアイディアが閃いたりするので、「休憩」の効果を侮ってはいけない。 まとめ 今回のワークショップは、日頃大企業で活躍されている参加者の方々に、実践を通してデザイン思考の考え方を体感していただき、それを言語化できるところまで腹落ちさせ、次のアクションへ繋げていただくことを主眼においている。 これまでの会社での定石からかけ離れたやり方で課題に取り組んでいただくため、特に最初の方は新しい考え方や方法に戸惑う様子の参加者も少なくない。 研修の振り返りのタイミングでは、参加者に下記のような感情曲線を描いてもらい、実践のプロセスで感じたことや学んだことをリフレクションしていただくのだが、参加者の誰もがどこかしらで小さな挫折や戸惑いを経験する。 しかし全てをやり切った時、達成感と共にデザイン思考への理解も深まり、グラフが上向くケースがほとんどだ。 ちなみにこの感情曲線は、感情の上がり下がりを可視化することで、自分の性質や癖、得意・不得意などの理解を深め、次に曲線が下がるような状況になった場合の打開策や対応策を練っていただく機会として実施している。 運営側としても、決まった正解がない中で、アイディアの芽を潰さずに方向性を示していく難しさを感じることも多い。 しかし、参加者の皆さんの中でブレイクスルーがあったり、自分たちなりのアイディアが固まった時の自信に満ちた表情が垣間見える時が、とても喜ばしい瞬間である。 今回は、そんな研修の運営においてファシリテーターが意識している3つのポイントについてご紹介した。btraxでは今回の研修のように、デザイン思考のマインドセットやメソッドをワークショップを通して学べる機会をご提供している。 ご興味のある方は、ぜひ弊社コーポレートサイトよりお問い合わせください。

ザンビア出身、日米で活躍するUXデザイナーが考える、各国のサービスデザインの違いとは【インタビュー後編】

一級建築士からUXデザイナーへ。業界・国境を超えて挑戦を続けるNondo Sikazwe氏から見た日本のデザイン市場とは?【インタビュー前編】では、アフリカ・アメリカ・日本を移り住みながら、建築業界からテック業界へ転身した異色の経歴を持つNondo Sikazwe氏に、これまでの経歴や、グローバルな視点からみた日本のデザイン市場について話を伺った。 後半では、Sikazwe氏にとってのデザインの定義や、各国の忘れられないプロダクト、今後のデザイナーとしての目標などについて伺った内容をまとめてご紹介する。 目次: デザインは​​「問題解決の手段」 アフリカ、アメリカ、日本の忘れられないプロダクト 日本市場に興味があっても学ぶ手段がない世界のデザイナーたち デザイナーとしてのこれからの目標 Nondo-Jacob Sikazwe ザンビア出身。 南アフリカのウィッツ大学で建築を学び、建築士としてアフリカ各国で複数のプロジェクトへ従事した後、隈研吾建築事務所でのインターンを通じて来日。 その後、千葉大学にて工学の修士号を取得。専門はテクノロジーを活用したサービスデザイン。 修士課程に在学中、スタンフォード大学へ留学。現在は、都内のデザイン会社にてUXデザイナーとして勤務する傍ら、非営利団体での活動や、大学などの講演など、幅広く活動している。 Akiko Sakamoto btrax UXリサーチャー。東京都出身。国際基督教大学に在学中、オランダのマーストリヒト大学へ交換留学を経験。帰国後、外資系企業にて人事、コミュニティマネジメント、カスタマーサポートなど幅広い職種を経験した後、UXデザイナー/リサーチャーへ転身。 デザインは​​「問題解決の手段」 Akiko: 前回のインタビューでは、Nondoさんのこれまでのご経歴や、なぜデザインに興味を持ったのかについてお話を聞かせて頂きました。ここで改めてお聞きしたいのですが、Nondoさんにとってのデザインの定義は何ですか? Nondo: 建築もエンジニアリングデザインも、広義では工学に含まれます。ですので、私は生まれてからずっと工学の畑で育ってきたと言えます。 私たちにとってデザインとは、常に問題解決のための手段です。問題があったときに、それを解決するプロセスがデザインなのです。 例外的なケースは、アートとデザインが組み合わさったときですね。 アートにもデザイン的なパートはありますが、デザインには常に想定されるユーザーがいて、デザイナーの仕事はそのユーザーの課題を解決することであると私は考えています。 デザイナーは、常に自分がデザインしたプロダクトを使う人のことを考え続けなければならないと思っています。 Akiko: なるほど。建築の場合も同様とのことでしたが、スタンフォードで学んだことで少し考え方に変化が起こったりはしなかったのでしょうか? Nondo: スタンフォードへ行っても、自分のデザインへの考え方には変化が起こらず、むしろ確信が持てるようになりました。 私なりの「デザインとは何か」についての考え方は、私が生まれ育ったザンビアで、かなり早い段階で明確になっていました。 日本へ来たことで、自分はアフリカ出身のデザイナーであるという自覚が強くなり、スタンフォードで学んで、自分が来た道と今やっていることは正しいのだという確信と自信を得ました。 Akiko: 建築家、UXデザイナー、エンジニアなどいろいろな肩書きで活動されているNondoさんですが、取り組む課題や、使用するツールが変化しても、根底には「ユーザーの問題を解決する」という共通の目的とアプローチがあるということですね。 確かに、一般的には「デザイン」と聞くと目に見えるビジュアルの美しさを作り込むようなイメージを持っている人も多いように思います。ですが、まちづくりや電子機器の設計、ソフトウェア、日々使う日用品の設計など、私たちの身の回りにあるあらゆるものがデザインの対象なのだと改めて感じました。 アフリカ、アメリカ、日本の忘れられないプロダクト Akiko: 大学院でサービスデザインにフォーカスを当て研究をされていたNondoさんですが、アフリカの国々、アメリカ、日本のそれぞれのマーケットで忘れられないお気に入りのサービスやプロダクトはありますか? Nondo: 難しい質問ですね。サービスデザインは、非常にホリスティックで大きなプロセスだと思うんです。 建築でいえば、サービスデザインというのはアーバンデザイン、つまり都市設計の概念に近いと思っていて、その都市に関わるもの全てが設計の一部ですので、評価することが容易ではないんです。 身近なところでは、少し極端かもしれませんが、ディズニーランドはサービスデザインを理解するのには良い例かもしれません。 ディズニーランドへ行ったことがある人であれば、敷地に入ってから目にする色やロゴ、聞こえてくる音楽、飲み物を飲むマグカップの形まで、全ての経験にディズニーの世界観を体現したデザインが落とし込まれていることがわかると思います。 サービスエクスペリエンスとは非常に包括的で幅が広いんです。 ディズニーが「コンテンツの世界観」を「ビジネス」にするまで【ディズニーの成功理由①】 舞台化、グローバル展開の背景にあったディズニーの戦略とは【ディズニーの成功理由②】 夢と魔法の国を実現する技術、時代と共に変わるビジネスモデル【ディズニーの成功理由③】 リープフロッグ現象 Nondo: 日本のサービスエクスペリエンスについて考えること自体は、比較的簡単かもしれないですね。 なぜなら大きな会社が全てを統括しているケースが多いので、様々なサービスが包括的に繋がっているケースが多いからです。 ただ、そのエクスペリエンスのデザインが上手くなされているかどうかはまた別の話ですね。 一つの会社やブランドが、ビジネスからプライベートに至るまで、あらゆるところでシェアを占めていて、多くのものが一つのアカウントに紐づいている状態に多くの人があるのではないでしょうか? これはサービスエクスペリエンスを考える上では非常に重要です。 一方、アフリカでは状況が異なっており、多くの会社が小さい単位で分かれて独立しています。 アフリカでサービスデザインの成功例を見つけられるのは、保険と医療、そして銀行サービスの分野です。 正直この3つの分野については、アフリカのサービスデザインは欧米と比較しても世界トップレベルで進んでいると思います。 どれも、ユーザーのライフスタイルと深く結びついている分野で、ホリスティックなソリューションが求められます。 例えば、保険会社のDiscovery Healthは、バンキングと保険をうまく結びつけたサービスを提供しています。 日本では、まだお年寄り向けに紙の通帳が存在していると思うのですが、アフリカの場合はそもそも長らくインフラが整っていなかったので、手紙を送る選択肢すらなかった人々が、ファックスを飛び越えて、突然メールを送る選択肢を得ました。 このような急激なテクノロジーの変化をリープフロッグ現象と呼びます。アフリカのお年寄りたちは、デジタルのプロダクトの使い方を覚える以外に、メッセージを人に送る手段がなかったので、必死にその使い方を覚えました。 ですので、アフリカではお年寄りもスマホが使えます。信じられないかもしれませんが、飲み水にアクセスがなくてもスマホは持っているというような人々が存在するんです。 私は、「お年寄りはテクノロジーへの順応が遅い」というのは誤った固定観念だと思っていて、実際のところ、お年寄りの中にもかなり適応能力の高い人がいて、時には普通の若い人よりも早く学習してテクノロジーを使いこなしてしまう人たちもいます。 もちろん、苦戦したり、困惑する人もいますが、それ以外に方法がなければ彼らは多くの場合、私たちが思っているよりも早く学び、新たな技術へ順応していきます。 日本では飛躍することをせずに、常にバックアップのオプションを用意して徐々に移行をしていくケースが多いので、ユーザーは移行を強いられることがなく、どんどん抜けられなくなってしまうのかもしれません。 美しくまとめられたシームレスな体験 Akiko: 日本のサービスやプロダクトで印象に残っているものはありますか? Nondo: 日本には巨大企業が多数存在していますが、保守的な業界が多く、包括的なサービス設計ができている企業は稀だと思います。 例えば、スマホとパソコンどちらでも使えるプロダクトを提供している企業において、デスクトップ上では使い勝手が良くても、手元のスマホで開いてみるとデザインが良くないプロダクトをよく見かけます。 しかし、優れたプロダクトが存在していないわけではありません。 例えば、福岡発のみんなの銀行は、デザインチームが非常に良い仕事をしていると思います。 比較的保守的とも言える日本の金融業界の慣習に縛られることなく、若者向けのクールなブランディングとスマートフォンで全てが完結するバンキングサービスを設計し、ユーザー獲得に成功しました。 また、日本では全体的にフィジカルのプロダクト設計の質が高いと感じます。 JRのSuicaは好例で、ユーザー体験の設計が素晴らしいと思います。パスを購入後、それをスマートフォンやスマートウォッチと同期でき、電車に乗るだけではなく買い物の支払いにも使えるなど、シームレスにフィジカルとデジタルの体験が繋がっています。 ソニーのプロダクトも非常に考え抜かれたものが多いと思います。 実は、私の父が昔からソニーの大ファンだったので、子供の頃、家にソニーのプロダクトがたくさんあったんです。 父が新しいソニーの電子機器を買ってくる度に、私も説明書を読んで仕組みを学び、とてもクールだなと思っていました。 例えば、ハイファイセットのビジュアライザーの動きや、CDの挿入ボタンを押した時の蓋の開き方、音楽を流した時の液晶画面の表現など、全てが美しくまとめられていて子供心に非常に印象に残りました。 ミニバスタクシーとの比較にみるUberの革新性 Akiko: アメリカで思い出深いプロダクトは何でしたか? Nondo: アメリカではWow!というほど印象に残っているプロダクトはあまりないのですが、Uberを初めて使った時はとても驚きましたね。 アフリカには「ミニバスタクシー」という相乗りサービスがあります。 これは公に認められているサービスではないのですが、一つの車に複数の人たちが相乗りし、安価に移動することができるサービスです。 アフリカでは最も安い移動方法の手段の一つで、街の道路で乗車を希望得する客がタクシーに乗る時のように手を挙げると、その場でミニバスタクシーが止まってくれて、乗客はハンドサインでどこまでいきたいかを示すんです。 これは独特のカルチャーで、みんなこのハンドサインをサインランゲージとして知っています。金銭的に他の移動の選択肢がない人にとっては不可欠なサービスです。 ただ、会計はキャッシュのみでピッタリ支払うのは大変ですし、計算もその都度ドライバーの暗算ですので煩雑になりがちです。 学生でお金がなかった頃にこのサービスをよく使っていたため、Uberを始めて使った時、ミニバスタクシーのペインポイントが見事に解決されていて非常に感動したことを覚えています。 ミニバスは「予算が限られるが、遠くへ移動する必要がある」というニーズに対してソリューションを提供し、Uberはそこに生まれる会計にまつわる問題をさらにテクノロジーで解決しています。 このようなニーズやペインがあるところに、イノベーションは生まれます。 Uber創業者 トラビス・カラニックの驚異の失敗歴 Akiko: 各地域ごとに特徴がありおもしろいですね。出てくるソリューションに違いはあるものの、似たようなニーズは共通してそれぞれの地域にあることもおもしろいなと思いました。 アフリカの高齢者の方々の適応能力の話を聞いて、世代ごとにリテラシーや、共通認識は異なるものの、それは必ずしも能力の差ではないことも多いのかもしれないと思いました。 最新の技術を使ったプロダクトを作る際に、初めから高齢者を対象ユーザーから切り捨てるのではなく、固定概念を捨てて適切なサポートを提供することが重要なのかもしれませんね。 JRのICカードは日本であまりにも身近すぎて意識していませんでしたが、確かに非常にシームレスで滑らかな体験設計がなされているなと思いました! 日本市場に興味があっても学ぶ手段がない世界のデザイナーたち Akiko: 少し話が変わるのですが、今回のインタビューの依頼をした際にすでにNondoさんはFreshtraxについてご存知だったとおっしゃっていましたね。どのようなきっかけで知っていただいたのでしょうか? 私が勤めているデザイン会社は、Goodpatchと一緒に仕事をする機会が多いんです。 Goodpatchとbtraxも繋がりが深いので、自然とbtraxが話題に上がることが多くありました。 あるプロジェクトのためにリサーチをしていた時に、日本のローカルなコミュニティにとって良いものは何だろうというディスカッションになり、その時にFreshtraxの記事を同僚が参考資料として引用していました。Freshtraxを知ったのはそれがきっかけですね。 その記事は日本語の記事だったのですが、Freshtraxには日英それぞれの言語の記事があり、日本のマーケットについて英語の記事が読めるのは非常に魅力的だと思います! 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一級建築士からUXデザイナーへ。業界・国境を超えて挑戦を続けるNondo Sikazwe氏から見た日本のデザイン市場とは?【インタビュー前編】

近年パンデミックによる影響で観光客は激減したものの、2014年以降、東京では外国人の割合が増加し国際化が急速に進んだ。 デザイン業界でも、グローバルに活躍しつつ、東京を拠点としている外国籍のデザイナーの割合は増加してきている。 今回は、アフリカ大陸南部のザンビア出身のNondo Sikazwe氏へのインタビュー記事をお送りする。 Nondo氏は、南アフリカ共和国にて一級建築士として活躍した後、スタンフォード大学でデザインシンキングを学び、現在は東京のデザインコンサルティングファームでUXデザイナーとして活躍している。 2本立ての前編となるこちらの記事では、Sikazwe氏の異色の経歴やグローバルな視点から見た日本のデザイン市場について話を伺った。 続く後半では、Nondo氏にとってのデザインの定義や、各国の忘れられないプロダクト、今後のデザイナーとしての目標などについてお伝えする。 目次: 一級建築家としてのキャリアを捨て、UXデザイナーへ転身 スタンフォードでの学び 日本に来たきっかけ 日本のデザイン業界の現在地 Nondo-Jacob Sikazwe ザンビア出身。 南アフリカのウィッツ大学で建築を学び、建築士としてアフリカ各国で複数のプロジェクトへ従事した後、隈研吾建築事務所でのインターンを通じて来日。 その後、千葉大学にて工学の修士号を取得。専門はテクノロジーを活用したサービスデザイン。 修士課程に在学中、スタンフォード大学へ留学。現在は、都内のデザイン会社にてUXデザイナーとして勤務する傍ら、非営利団体での活動や、大学などの講演など、幅広く活動している。 Akiko Sakamoto btrax UXリサーチャー。東京都出身。国際基督教大学に在学中、オランダのマーストリヒト大学へ交換留学を経験。帰国後、外資系企業にて人事、コミュニティマネジメント、カスタマーサポートなど幅広い職種を経験した後、UXデザイナー/リサーチャーへ転身。 一級建築家としてのキャリアを捨て、UXデザイナーへ転身 Akiko: まず、Nondoさんの経歴について伺いたいのですが、元々は一級建築士として活躍されていたと伺いました。なぜ順風満帆だった建築士としてのキャリアを捨ててまで、UXデザイナーになる道を選んだのですか? Nondo: 私はザンビアで生まれ、南アフリカで教育を受けて育ちました。 いつしか建築に夢中になり、修士号を取得し、ザンビア、エチオピア、南アフリカなどアフリカのいくつかの国で様々なプロジェクトに従事しました。 日本でも隈研吾さんの事務所に勤務していた時期があります。建築は、僕のデザイナーとしての出発点となっていて、空間とそれを使う人々(=ユーザー)について考えることを学び実践していましたが、そこにはデジタルの領域に関わることがすっぽり抜け落ちていました。 南アフリカにいた頃、公共住宅をデザインするプロジェクトを担当していたのですが、そこではただ単に建物の設計をするだけでは十分でなく、そこへ住む市民のための新しい街全体をデザインする必要がありました。 僕は、住民に提供するべきなのは、ただの家ではなくてコミュニティであると考えていたのですが、テクノロジーを駆使することでそのチャンスがぐっと広がると感じました。 この時に、僕たちが提供する建築サービスにおいてテクノロジーの重要性とインパクトに気づきました。 建築業界とテック業界の隔たり Nondo: これがきっかけとなり、建築だけをやっていても自分の作りたいものは生み出せないと感じ、エンジニアリングを学ぶ決意をして、エンジニアリングデザインの修士号を取得しました。 所謂スマートシティのようなICTを活用した包括的な都市設計は、テクノロジーへの理解なしには設計し得ないためです。 ここでのテクノロジーは、例えばWebエンジニアリングのような限定的なものではなくて、広義のテクノロジーを指しています。 というのも、都市空間をデザインする際には、必ずしも全ての住民が同じデバイスやソフトウェアへアクセスできるとは限らないので、より包括的なソリューションが必要となるためです。 テクノロジーへの理解をベースにユーザーの体験をデザインしているので、現在はUXアドバイザー兼デザイナーという肩書きで働いていますが、将来的に私がやりたいことはより包括的なサービスデザインです。 ー慣れ親しんだ建築業会から、全く未経験のテック業界へ飛び込むことは怖くなかったのですか? 非常に大変でしたね。自分は奨学金をもらってエンジニアリングデザインの修士を得ることができたので、恵まれていたとは思っていますが、それでも簡単な道のりではなかったです。 建築業界では、MBAを取得するか、プロジェクトマネジメントの道へ進む人が大半で、僕の様にエンジニアリングデザインの領域へ飛び込む人はほぼいませんでした。 よくテック系のデザイナーも建築設計士も似たようなものだという人がいますが、業界としてはかなり大きな隔たりがあります。 建築業界では、プロジェクトをやるときに一般的に7段階くらいの決まったプロセスがあるのですが、その中でデザインにあたる部分は全体の10%くらいに過ぎません。 もし10人のチームでプロジェクトに臨むとすると、コンセプトを作り込むパートに携われるのはせいぜい2人で、それは常に一番上のポジションにいる人たちです。 それ以外の人たちは、建築法を守るためのチェック、図面の製作など、残りの業務を担当します。 また、建築士として設計をするためには、国家資格が必要になります。 イギリスをはじめとしたコモンウェルスの国々では、7年間の建築を学び最終試験に通らなければ一級建築士になることができません。私もその道を通ってきましたが、これはテック業界でデザイナーになる道とは全く異なるプロセスです。 ですので、建築士からテック系のデザイナーへ転身することは、デザイナーがシェフへ転身するのと同じくらい大きな変化なんです。 シェフという仕事も、建築士やデザイナーと同じようにクリエイティブな仕事ですよね?でも扱うものや必要な知識は全く異なります。 ですので、テック業界へ飛び込むことは、私にとってゼロから全てを学び直すことであり大きな決断でした。 私は建築家として、とても恵まれたキャリアを歩んでいたので、今も母国へ帰ると、「あれは自分が設計に携わった建物なんだ」と言えるビルがたくさんあります。 建築を学んでも、実際の建築に携わるところまで行かずに離脱してしまう人たちもいるので、そういう経験を積めたことはとても良い経験でした。 そういうバックグラウンドを持つ自分だからこそ、テック業界と建築業界を繋いでできることがあると思っています。テクノロジーを駆使したスマートシティへのニーズはどんどん高まってきていますからね。 簡単な選択ではなかったですが、スタンフォード大学で学びを深めるうちに、自分の決断は正しかったと確信が持てるようになりました。 Akiko: 建築を突き詰めていった結果、これからの時代に求められる建築にはテクノロジーとの融合が不可欠だと気づいたということですね。 確かに、テック業界のデザイナーも、建築士も一般的には同じ「設計」を担当する職として、比較的近い職業のように思えますが、実際には業界のしきたりや設計のプロセス、チームでの働き方や、キャリアパスまでかなり違いがありますね。 これはどちらの業界にも精通しているNondoさんならではの視点のようにも思います。お話を伺っていて、新たな領域へ飛び込んでも、根底にある「人々の生活する場所・コミュニティを設計したい」というNondoさんの思いは変わっていないのだろうな、というふうにも感じました。 スタンフォードでの学び Akiko: スタンフォード大学で学ぶことになった経緯を教えていただけますか? Nondo: エンジニアリングデザインの修士を取得しようと決めた後、まず奨学金をいただき日本の千葉大学の大学院に入りました。 私の研究は、テクノロジーを活用したサービスデザインにフォーカスしていたので、サービスデザインへの理解を深めたいという思いから、さらに別の奨学金を取得し、スタンフォード大学で短期のプログラムへ参加することになりました。 スタンフォードでは主にデザインシンキングとメディカルイノベーションについて学んだのですが、改めてデザインとは何か、そしてなぜデザインは面白い分野なのかということを学び、自分のデザインへ対する情熱を育むことができました。 プログラム終了後も、スタンフォードで出会った人たちとのコラボレーションは続いています。 スタンフォードへ行って、自分にとって何よりも重要だったことは、さまざまなバックグラウンド持つ学生たちと出会えたことです。 教師をやっていた人もいれば、生物学を学んでからデザインを学びにきた人たちもいて、自分が建築科の出身であることはそこでは全く珍しがられることがありませんでした。 日本の大学で修士課程に入ったばかりの頃は「なぜわざわざ建築をやめてテクノロジーやデザインを学ぶの?」と疑問に思われたり、自分の考えを理解してもらえないことが多かったのですが、スタンフォードでは自分以上にデザインとは全く異なる領域からやってきた人がたくさんいて、私の視野を広げてくれました。 また、スタンフォードの教授や、バークレーなどの他のカリフォルニアの大学の教授たちも、建築科出身の自分をおもしろがってくれて、応援してくれる人たちがたくさんいました。 これは自分にとって非常に大きいことで、彼らとの出会いが「自分の選んだ道は正しい」と私に確信させてくれました。 Akiko: 周りの人とは異なるバックグラウンドがスタンフォードではNondoさんの強みでありオリジナリティとして評価されたということですね。 Nondo: 仲の良い日本の友人が以前に僕に教えてくれました。「日本で本当にクールなことがしたいなら、一度世界へ出て、逆輸入されるようにしなければダメなんだ」と。スタンフォードへ行ってみてその意味がわかったような気がしました。 カリフォルニアでたくさんの人に自分を認めてもらったおかげで、日本へ帰ってきてからも自分のやっていることに自信を持って取り組めるようになったと思います。 Akiko: 日本での経験と比較して、スタンフォード大学で印象に残っている経験はありますか? Nondo: 日本の建築事務所で働いていた時に、オフィスでいわゆる「偉い」人たちと関わる機会はたくさんありました。 でも、彼らと自分の違いを考えてみたときに、特別な才能の違いというよりは、経験の年数や知識量など、建築士としてある程度の年数を重ねていけば、誰もが得られそうなものが多いなと感じていました。 これに対して、スタンフォードで出会った人たちは、自分とは全く違うバックグラウンド、能力、考え方や強みを持っていて、彼らとコラボレーションすることからは学ぶことが多く非常に刺激的でした。 またスタンフォードで驚いたのは、大学がビジネス界と一丸となって、学生を育てているところです。 日本だけではなく、私の母国のアフリカと比較しても、ビジネス界の人たちが非常に深く学生にコミットしていて、これはかなり稀有なことだと思いました。 おそらく他の大学では、例えば経営学を教えている教授のプライドが高い場合、外からエキスパートを呼ぶことは簡単ではないのだと思います。 学部一年生の時点で、教室にスタートアップの経営者がやってきて、講義をしたり、アイディアへフィードバックをくれたり、さまざまなサポートしてくれます。入学してすぐのスタート地点で、どんなプロジェクトもビジネスになる可能性があり、さらには自分の会社やNGO、NPOになりうるんだというマインドセットを教わります。 これは、良い意味でスタンフォードで中退者が多い理由にもなっているのではないかと思うのですが、学べば学ぶほど、学生たちの考えはどんどんオープンマインドになり、大学の卒業証書はただの「通過点」に過ぎないんだということにかなり早い段階で気づくのだと思います。 オープンマインド、情熱、推進力、大学の外部とのコネクションがスタンフォードの教育を特徴づけていると思います。 Akiko: 挑戦を歓迎する風土が根付いているアメリカの大学らしいエピソードだなと思いました。日本では、正確に仕事をこなしたり、淡々と努力を重ねることが賞賛される一方で、失敗をすることや、リスクを取ることはネガティブに捉えられやすい傾向があると思います。 また領域横断的なキャリア形成についても、日本では大学入学時から理系と文系に分かれて、そこからさらに専門分野だけを深めていく形式が主流なので、全く異なる領域へ関心を持ったり、大胆なキャリアシフトをするという考え方がすぐには受け入れられない人が多いのかもしれません。 文系と理系に分ける日本教育の限界とそのリスク Akiko: 大学入学時から実社会と強いコネクションを持って、学びを深めていける環境は非常に魅力的ですね。Nondoさんがご自身の決断に自信を持って日本に戻ってきてくださり、こうして経験を多くの人にシェアしてくださることがとても嬉しいです。 日本に来たきっかけ Akiko: 日本の建築事務所で働いたり、千葉大学でエンジニアリングデザインの修士号を取得したりと、日本とも縁が深いNondoさんですが、日本へやってきた理由はどんなものだったのでしょうか? 日本の漫画に憧れ、谷崎潤一郎の作品に衝撃を受けた Nondo: 実は私の子供の頃の夢は漫画家だったんです。少年ジャンプなどの日本の漫画を読んで、このストーリーがアフリカで起こるとしたらどんなふうになるんだろう?主人公は象と戦ったりするのかな?と空想していました。 でも、だんだんと漫画家として生きてくのは厳しそうだなということに気づき始めて、漫画家になる夢は諦めてしまいましたが…。 漫画をきっかけに日本に興味を持っていた当時の僕に、学校の先生が薦めてくれた本があって、それは谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」でした。この小説は僕に日本文化への深い理解をもたらしてくれました。 彼の文学は、いかに歴史や文化が近現代の日本社会へ影響を与えているのかを見事に描写していて、この本をきっかけに、もっと日本のことが知りたくて日本へ行く決意をしました。 近代国家となりつつも、独自の文化を守っている日本は私にとって非常に魅力的でした。 シドニーやニューヨークなど、世界の主要な都市へ行くと、中心部はどこも似たような雰囲気で「前に行った都市と同じようだな」と思いますが、東京はいつも「私は東京にいるんだ」と強く思わせてくれて、非常にユニークです。 Akiko: 日本のユニークな部分とは具体的にどんなところだと思いますか? 日本は島国で、良くも悪くも他の国々から物理的に孤立した状態にあると思います。外の国から来た身としては、何もかもが真新しく、完璧に見えて、もっといろんなことを知りたいと思わされます。 それと同時に、日本には、海外へ出たことがない人もたくさんいます。 […]