「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典
2025年10月18日・19日、佐賀市の中心部、佐賀城公園は熱気に包まれていました。10周年を迎えた音楽ステージとアートのフェスティバル「佐賀さいこうフェス」を、老若男女が思い思いに楽しんでいます。
その一角、佐賀県立博物館・美術館のエリアには、食に携わるプロフェッショナルたちが全国から集結していました。フェスとはまた違った、静かにたぎるボルテージに包まれています。様々な視点・角度で「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典「SAGAガストロノミー会議」です。
「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県が長い間あたため、満を持して開催したイベントです。ベースとなっているのは、“食材×器×料理人”をテーマに10年前から活動を続けてきたプロジェクトです。2015年の有田焼創業400年事業でスタートした「食」と「器」の取り組みは年々進化を遂げ、2021年に「サガマリアージュ」へと発展。「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げながら、料理という一皿の上に佐賀の可能を表現・発信していくことで、新たな価値を創造するプロジェクトとして進行中です。
佐賀県はいずれも個性的な地域色を持つ福岡県と長崎県に挟まれ、やや地味な県だと見過ごされがちでした。しかし、ローカルを見つめる全国の目利きたちは、早くからその高いポテンシャルに気づいていました。佐賀は玄界灘と有明海という2つの海を要する特異な地。呼子のイカ、竹崎カニ、有明のムツゴロウや海苔をはじめ、多様な水産物が水揚げされる魚介の宝庫です。
一方、大地に目を向けると、そこは農畜産物のパラダイス。有数の米どころであり、地場の米を使った日本酒の銘醸も揃っています。収穫量全国2位を誇るタマネギ、重粘土質の土壌で栽培されるレンコン、自然薯……伝統野菜も枚挙にいとまがありません。みかんにイチゴ、梨といったフルーツ、佐賀牛やありたどりなどの畜産物も全国的に人気です。
そして何と言っても、佐賀の個性を決定づけているのが「器」です。400年以上続く有田焼、唐津焼、伊万里焼を筆頭に、高品質な陶磁器の産地がこれだけ集積している地は、世界的にも類例を見ません。
食材と器という豊かな資源の価値を、食を人々に届けるラストワンマイルを担う料理人がいかに引き出し、創造性を高められるか? “食材×器×料理人”の掛け算に取り組んできたのが「サガマリアージュ」なのです。
onestoryは同プロジェクトを絶えず追いかけてきました。
料理人、生産者、窯元、蔵元らの交流や全体的なレベルアップを目指す研究会「サガマリアージュラボ」。
県外のシェフやパティシエを招聘し、生産者を訪ねてビジネスマッチングを図る「サガマリアージュツアー」。
美術館に飾るような器で佐賀の美食を楽しむプレミアムレストランイベント「USEUM SAGA」。
ローカルに興味のある料理人が佐賀に一定期間滞在しながらクリエーションを高める環境を提供するプログラム「シェフレジデンスSAGA」。
ひたむきに取り組むシェフや生産者ら多くのプレイヤー、そして生み出された料理を口にして笑顔を浮かべるゲストたちの姿を、取材を通して見つめてきました。
今回の「SAGAガストロノミー会議」は、多角的な取り組みを続けてきた10年の節目として、プロジェクトに関わってきた方々が一堂に会し、「食」のネクストステージを共に探る場として開催されました。
「SAGAガストロノミー会議」は、多彩なテーマでの「TALK SESSION」、気鋭のシェフやパティシエによる特別メニューが味わえる「FOOD PARK」、佐賀が誇る食材が集まる「MARCHE」の3本柱で構成されています。
目玉は「TALK SESSION」。その口火を切ったのは、「マグマ学」を専門とする地球科学者・巽好幸氏による「【地質学】美食地質学が紐解く、佐賀の食」です。同氏は、マグマやプレートなど地球のダイナミックな動きと地域の食文化との関係を解き明かす美食地質学の創始者。地形や地質が農業や産物、調味料、調理法へもたらした影響について科学的根拠を示し、なぜその食材がおいしいのか? なぜその食材が地域で好まれているのか? といった素朴な疑問に答えていきます。
話はなんと800万年前から始まり、オーディエンスは冒頭から度肝を抜かれました。そして現在に至るまで九州の大地は変動し続け、九州は地理的に南北に分断されようとしている事実が告げられました。その大地の大きな動きに端を発し、広範囲に流れていった溶岩流によって佐賀の複雑な地形がつくられました。
呼子のイカがなぜおいしいのか、嬉野でなぜ上質なお茶が穫れるのか、なぜ磁器生産が高度に発達したのか、佐賀にまつわるさまざまな謎が巽氏によってマジックの種明かしのように解明されていきました。
「【ローカルガストロノミー】食の未来を拓く、ローカルの力」もまた注目を集めました。登壇したのは、「ローカルガストロノミー」を実践する、今最も脂の乗ったシェフたち。富山県富山市のイタリアンレストラン「ひまわり食堂2」の田中穂積シェフ。静岡県焼津市のフレンチレストラン「馳走 西健一」の西健一シェフ。そして、新潟県糸魚川市のフレンチレストラン「mûrir」の渡辺光実シェフです。
3人のシェフは、それぞれの店が立地する地域の自然環境や特徴的な食材について解説しました。「ひまわり食堂2」がある富山市は、3000m級の立山連峰から水深1000mへ急激に落ち込む富山湾が近距離にある特殊な地形。ブリや白エビをはじめとする富山湾の魚介、清冽な雪解け水が育む山の幸を、田中シェフは個性的なイタリアンに仕立てています。
「馳走 西健一」は3つの漁港を擁する焼津の魚に西シェフが惚れ込み、広島から移住
・開業させたレストラン。焼津は多様で上質な魚が豊富に揚がる地ですが、中でも名鮮魚店として知られる「サスエ前田魚店」の魚を扱えるチャンスが巡ったことで、西シェフは移住を即決したと話します。
糸魚川の「mûrir」は最寄駅から車で30分ほどの農業振興地域にあります。四方を広大な田んぼに囲まれた一軒家レストランです。まわりの田んぼはレストランを運営する農園のもの。渡辺シェフは農園の一員として米作りに勤しむ農家でもあります。提供されるのはお米をテーマにしたフルコース。メインディッシュは、土鍋で炊いた白米と焼きおにぎりというから徹底しています。
3人のシェフは店を開くに至った経緯、ローカルで店を構える実情、今後の目標などについて語り合いました。
「【海の資源】九州の海から考える。海と食のサステナブルな関係」には、4人の個性的なスピーカーが登壇しました。まず一人目が、東京・文京区ですし店「酢飯屋」を経営しながら、福岡を拠点にすし作家、海藻料理研究家として活動する岡田大介氏。そして、全国屈指の漁場と言われる長崎県五島列島で創業70年の鮮魚店「金沢鮮魚」を営む金澤亮氏。地元佐賀からは、唐津の漁師「袈裟丸水産」代表の袈裟丸彰蔵氏が参加しました。ファシリテーターを務めたのは、豊かな海と食文化を未来につなぐために東京・京都のトップシェフ約40名で構成される団体「Chefs for the Blue」代表で、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏です。
岡田氏は、すしは海の生き物について興味を持ってもらい、サステナブルな海洋資源利用の課題を知ってもらう格好のツールとして捉えます。子どもたちを対象にしたワークショプや講演活動をはじめ、すしと魚、調理法などをわかりやすく解説した絵本制作など多彩な活動を続けています。
金澤氏は鮮魚店の立場で海の保全活動に力を入れています。彼が危惧するのは、魚の住処である海藻がなくなってしまう磯焼け。その原因となるウニやアイゴなどの食害魚は、市場で値がつかないため漁師は好んで獲りません。金澤氏はそのような食害魚や行き場のない未利用魚を買取り、魚醤の原材料にすることで有効利用しています。出来上がる魚醤は臭みもなく、芳醇な旨みが特徴。海の環境改善、漁師の収入増、消費者への高品質な食品の提供という好循環を生み出しています。
やはり磯焼け問題に取り組んでいるのが袈裟丸氏です。海士として海に潜ってアワビやアカウニを獲る漁師である彼は、20年以上前から海に海藻を増やすために藻場の再生に取り組んできました。ガンガゼやムラサキウニなどの食害生物を見つけては駆除し、藻場の造成に時間を費やす地道な作業です。漁の時間を減らして、駆除作業を続けること10年でようやく藻場の復活の兆しが見え、増加に転じたと言います。現在は、全国でも極めて珍しい藻場再生の成功例として、そのノウハウが各地の海で継承されようとしています。
3氏はそれぞれの取り組みをさらに深め、広げるとともに、情報発信の重要性について意見が一致しました。いいことも悪いことも正しく発信し、より多くの賛同者を得ること。プロジェクト成功のカギはそこにあると確認し合いました。
自然環境、働き方、食文化、工芸……多角的に食を見つめる
「【ダイバーシティ】料理の世界を現場から変える、わたしたちの挑戦」では、いずれも高い評価を受けるレストランから、3名の女性が登壇しました。東京・六本木の完全予約制のカウンターデザート店「Patissière MAYO」のオーナーパティシエール・池田真代氏。東京・銀座の2ツ星フランス料理店「ESqUISSE」の総料理長・山本結以氏。栃木県宇都宮市のフラン料理店「Otowa restarant」でサービスを担当する音羽香菜氏の3名です。
池田氏は菓子工場や結婚式場、レストランで研鑽を積み、予約3年待ちにもなったレストランの立ち上げに参画。2021年に現在の店を開業しました。2025年には初出産を経験。臨月まで店に立ち、産後1ヶ月で職場復帰し、この日も料理人であるご主人に育児を任せて出張での仕事に専念していました。
山本氏はフランスや東京のレストランで修行後、2021年から国内屈指のグランメゾンである「ESqUISSE」に勤務。35歳以下の料理人コンペティションにてグランプリと女性最上位の特別賞をダブル受賞。2024年に同店の総料理長に就任しました。
音羽氏は海外のレストラン勤務を経て、父であり日本を代表するフランス料理人・音羽和紀の店「Otowa restarant」の一員に。3人の子育てをしながら、2人の兄やそのパートナーたちとレストランを切り盛りしています。また、関連会社の代表、世界の一流宿泊施設とレストランの加盟団体「ルレ エ シャトー」の国際執行委員も務めています。
それぞれに異なるバックグランドを持つ3人は、自身の仕事観やキャリアパスを披露し、飲食業界の第一線における女性活躍のヒントを探るセッションになりました。
最後を飾るトークセッションでは、佐賀ならではのテーマ「【器と料理】器と料理の創造性に溢れた共創のかたち」が掲げられました。スピーカーは、器の作り手として、唐津焼の窯元「隆太窯」の中里健太氏と、伊万里焼の窯元「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏。料理人として、福岡のフレンチレストラン「Goh」「Goh Gan」のシェフ・福山剛氏と、長崎のイタリアンレストラン「villa del nido」のシェフ・吉田貴文氏。情報発信者の立場から九州にフォーカスしたでメディア「クオリティーズ」編集長の日野昌暢氏、日本全国の美食を取り上げる「食楽web」プロデューサーの大西健俊氏が参加。「サガマリアージュ」を立ち上げた佐賀県政策部の安冨喬博氏がファシリテーターを務めました。
窯元の畑石氏と中里氏は、個人の作家活動として、料理人からの特注品の依頼を積極的に受けていると話します。発注内容の具体性は料理人によって千差万別。畑石氏がフランス料理店「HAJIME」の米田肇シェフから受けたデザート皿の依頼は、サイズやフォルム、色の指定まで厳密で、その忠実な再現に苦労したと言います。一方、福山氏からの依頼はかなり抽象的かつ自由度の高いものでした。
「安冨さんと一緒に畑萬陶苑を訪ねた10年ほど前は、ようやくお皿に使えるお金ができてきた時期。あまり知識もなく、売れ残っているお皿を安く譲っていただけたらラッキーくらいの感覚でいました(笑)。ところが、作陶の現場を拝見し、お話をうかがったら、これはぜひ注文したいと考えが変わりまして。要望はシンプルで、サイズ感と“モダンクラシック”というテーマだけお伝えしました。通常の鍋島様式のルールをあえて逸脱した想像を超えた作品に仕上げていただき、大満足でした」(福山氏)
「料理人の方からの依頼は我々の仕事の幅、そしてクリエーションの幅を広げてくれます。磨いた技術とアイデアはその後の武器になりますし、有名シェフからの依頼であり具体的な使用シーンが見える仕事は、現場スタッフの士気も上げてくれます。これからもどんどん挑戦していきたいです」(畑石氏)
「福山さんが関わるレストランイベントでは、コースすべての器を一から作らせていただきました。こういったオファーは得てして納期が短いことが多く作業負荷も高いのですが、畑石さんがおっしゃる通りやりがいが非常に大きいので、積極的に関わらせていただいています」(中里氏)
いわゆるファインダイニングでは、渾身の料理をオリジナルの器に盛り付けて一皿を表現したいシェフが多い中、吉田氏の器に対するアプローチは一風変わっています。
「以前は窯を訪ねる時には欲しい皿をイメージして行ったものですが、作家さんの話を聞いて感銘を受けたものや、おすすめされるものを購入するようになっていきました。食材に対するアプローチと同じなんですが、食材ありき、器ありきで、それをどう使うか? という受け身のスタンスが自分には向いていると気づいたからです。自分の理想の器に盛ることは高次元の表現です。しかし私の場合は、お皿をどう使えば食材を活かせるか、より良い料理にできるかと追求する方が、新たなクリエーションを盛り込むことができ、より良い一皿にできます。なかでも畑石さんと中里さんはクリエーションを刺激してくれる大好きな作家さんです」(吉田氏)
「先日、6人のシェフが同じ器を使って料理をするイベントを行いました。盛り付けは本当に各社各様で興味深かったです。“おいしさ”の要素に味が占める割合は20%程度じゃないかと思っています。ほか80%は空間の雰囲気や器、香りなど。特に器は非常に重要なファクターですね」(福山氏)
話題は、「県外から見た佐賀の魅力とは?」 に移りました。
「地域の魅力とは、日本中に、世界中に、その土地その土地ならではものがあり、深く知ればどこもすばらしいポテンシャルを持っているものだと思っています。そんな中でも佐賀は、隣の県に住む者からすると、食材のレベルが総じて一段階高いように感じています。加えて、ハイレベルな器があります。食材と器がどちらもあるのは、料理人にとって非常に魅力的に感じます」(吉田氏)
「福岡からすぐに来ることができて、すばらしい生産者が多いので、勉強のために、またプライベートの楽しみとして頻繁に足を運んでいます。訪れるようになって気づいたのは、佐賀県内でも地域地域で特色が異なること。多様性があることが魅力ですね」(福山氏)
「私は福岡出身で現在は東京で暮らしていますが、福岡出張となると誰もが喜ぶんです。おいしいものがあるからと。なぜ福岡のごはんがおいしいかというと、九州各地のいい食材が集まってきていて、大都市であることから料理の洗練度も高いから。ただ私は、福岡で喜んでいる人に言うんです。九州にはその先があるんだぞ、と。九州各地に目を向け、より産地に近いところで、またその土地の料理人による調理で味わうと、もっとすごい体験ができると。食材のクオリティ、そして器。佐賀のポテンシャルは実はすさまじく、今注目するディスティネーションレストランのコンセプトをまさに体現する県だと思っています」(日野氏)
onestoryと佐賀との関わりは10年前、唐津で開催された『DINING OUT ARITA』に遡ります。そして佐賀県としても『DINING OUT ARITA』を皮切りに、「アジアのベストレストラン50」、「USEUM SAGA」、そして「サガマリアージュ」のプロジェクト立ち上げと、“食材×器×料理人”をテーマに地域の魅力を見つめ直す10年の歳月が始まったのではないでしょうか? 振り返ると小さな一歩だったものが、今これほど深くさまざまな分野のプロが佐賀の食の魅力を議論する。10年の歳月とは、地域もを動かしていく、そんな時間だったのかもしれません。
名護屋城跡を会場に、パリで活躍する渥美創太シェフを招聘し、2日間だけのプレミアムな野外レストランが開かれました。器はこの日のために佐賀県各地の窯元が作り上げたオリジナル品。畑石、中里両氏もそれぞれ皿を提供しました。当時を安冨氏が振り返ります。
「この日の料理のためにだけに各作家に器を作ってもらうのは、非常にチャレンジングな試みでした。結果、大変な好評を得て、これを契機に日本各地の料理人の方に佐賀の器に注目していただけるようになりました。そのような料理人と窯元、生産者をつなげる活動を地道に続けてきたことで、膨大なネットワークが構築され、かけがえのない財産となっています」(安冨氏)
「私たち作家にとっても器を使う最前線にいる料理人の方と接点ができ、また多くの他業種から刺激を受ける貴重な機会をいただいています。今後もそのような交流を深めて、よりよい作品を生み出していきたいです」(畑石氏)
「完成された一皿。料理は食べてしまえば消えますが、お皿はそこに残り、その後、何年、何十年と使われます。儚さと存在し続ける確かなものが一体となること。それが料理と器の共創なんじゃないかと感じています」(福山氏)
佐賀の地で“食材×器×料理人”をテーマにしたチャレンジを続け、世界に発信し続けて10年。そこには類まれな食材があり、魅惑の器があると、興味を持ち実際に足を運ぶ料理人は着実に増えています。ローカルに潜む価値を掘り起こし、自分なりの表現に昇華させることの重要性に気づき始めた表れといえるかもしれません。
各界の実力者、チャレンジャーが集った会場では、熱い議論が展開され、「SAGAガストロノミー会議」の充実した2日間は終了となりました。そこに参加した人の中には、「食」の未来が描かれたことでしょう、明るく幸福なものとして、力強く。
















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