成心の脱却。「DINING OUT」の真実は、ここにある。

DINING OUT HIEIZAN起用シェフは、「Villa Aida」小林寛司。「比叡山」の「光」を「観」る。

「比叡山」は、開山以来、約1200年の歴史を誇ります。その間、幾度の危機を乗り越え、守られてきた場所があります。この土地の象徴、「比叡山延暦寺」です。

今回の「DINING OUT」は、過去にない稀有な回になります。その理由のひとつ、事前に会場を明かします。それは、前述「比叡山延暦寺」の「大書院」です。

「大書院」は、もともと東京赤坂山王台にあった村井吉兵衛氏の邸宅。1928年(昭和3年)の秋、昭和天皇のご大典記念と「比叡山」開創1150年の記念事業として、移築されました。棟梁は小林富蔵、唐破風の車寄を持つ玄関棟、旭光の間と呼ぶ大客室棟、観月台を持つ2階建の居間棟から成り、設計を手がけたのは武田五一氏です。武田氏は、関西建築の父とも呼ばれる稀代の建築家。「京都市役所」や「国会議事堂」の建設にも携わり、「法隆寺」、「平等院」などの古建築修復にも造詣が深い人物です。技術的にも優れた質の高い和風建築の中で食事ができる体験は、それだけでも価値があります。

次ぐ、ふたつ目の理由は、会場同様、料理のテーマを事前に明かします。「精進料理」です。手がけるのは、和歌山の「Villa Aida」小林寛司シェフです。「ミシュランガイド京都・大阪・和歌山」二つ星とグリーンスター、「ゴ・エ・ミヨ」3トック、「アジアのベストレストラン50」14位とハイエスト・ニュー・エントリーアワード、「世界ベストベジタブル レストラン」14位……。昨今、国内外を通して、著しい活躍をしている小林シェフのレストラン隣には畑が広がり、野菜とともに生きる暮らしがあります。そんな小林シェフが精進料理と向き合います。

また、稀有という意味では、行を積む僧、礒村良定氏がホストを担うことにもあります。1994年、「比叡山延暦寺」得度に始まり、「叡山学院」専修科、「比叡山」無量院住職、「比叡山延暦寺」行院など、長年にわたり、この地に従事し、現在は「比叡山」金台院住職。「比叡山延暦寺」を最も知る人のひとりです。

常に山に囲まれ、自然とともに生きることを宿命とされた背景は、様々な形で先人が足跡を残してきました。その好例こそ、建物であり、習慣であり、食事です。

神や仏を崇めてきた暮らしは、今尚、脈々と流れる日本の精神性にも通じ、贅沢はなかったかもしれませんが、命を全うした豊かな人生だったのではと推測します。

観光とは、「光」を「観」ること。一説によると、観光という言葉が生まれたのは、中国の古典・易経にある「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」という一文からだと言われています。これは、地域の自然や文化、産物、風俗、政治、暮らしなどの「光」を「観」て、その「光」が優れている国の王に賓客となって重用されるのが良いという意味です。

現代においては、表層のみ触れる旅がそう呼ばれ、本来の概念が失われてしまったようにも思えます。

「比叡山」の「光」とは何か。優しい光、眩い光、強い光、はたまた暗い光。それを「観」ることによってどんな体験が待っているのか。冒頭にある歴史のごとく、もしかしたら辛く険しいことがあるかもしれません。しかし、だからこそ、喜びや刹那の感動が心に響き、時空を超えた歴史との邂逅ができるのです。

但し、一度の体験で全てを得られるわけはなく、そう易々と本質を享受できるほど甘くはありません。まるで沼のごとく、知れば知るほど深くなり、底という名の解を求め、人は再訪を誓うのではないでしょうか。

これまで、19回にわたり、「DINING OUT」は、「日本のどこかで数日だけ開店する、プレミアムな野外レストラン」として活動してきましたが、「野外」とは、必ずしも外で食べることを指しているわけではありません。食事をする空間は、レストランだけではないという概念を超えた場の創造こそ「DINING OUT」なのです。

今回は、そんな成心を脱却し、改めて、「DINING OUT」の真実を表現します。

同じ時間をともに過ごし、体験し、あなたも証言者のひとりになっていただければと思います。



Text:YUICHI KURAMOCHI

第20回「DINING OUT HIEIZAN」のシェフを担うのは、和歌山「Villa Aida」の小林寛司シェフ。野菜は小林シェフが向き合い続けた食材だが、「精進料理」はまた別の世界。どんな料理を表現するのか期待が高まる。

開催日程:2023年2月25日(土) 
開催地:比叡山延暦寺
出演 :シェフ Villa Aida小林寛司・ホスト 礒村良定(延暦寺)
人数:20名
企画・プロデュース:ONESTORY
協力:宇佐国東半島を巡る会・文殊仙寺
特別協力:天台宗総本山 比叡山延暦寺
旅行企画実施:株式会社日本旅行

<スケジュール>
旅行日程:2023年2月25日(土)~2月26日(日)
旅行代金:150,000円(税抜)
宿泊施設:【宿坊】延暦寺会館
食事条件:夜1回・朝1回
集合時間:2023年2月25日(土)13:00頃
解散時間:2023年2月26日(日)12:00頃
その他:集合・解散場所は京都市内主要駅又は京都市内主要ホテルとなります。

<お申込手順>
本ツアーは、多数のご応募が見込まれるため、抽選予約販売とさせて頂きます。
抽選受付期間:2022年12月28日(水)~2023年1月9日(月・祝)
抽選結果発表:2023年1月12日(木)
※ご応募いただいた皆様に、メールにて抽選結果を通知させて頂きます。
抽選申込フォーム:https://forms.gle/WidZdhXP2ZcH5vXSA

<ご留意点>
撮影・使用の許諾:本イベント開催期間中、メディアによる取材や、株式会社ONESTORYの記録、 広報、広告等の目的で、撮影・収録が入り、ご自身とその同伴者を含む参加者が被写体となることがあります。

<問い合わせ先>
hieizan0225@gmail.com
※ご回答・ご返信は1月6日(金)以降となることをご了承ください。

ものを創り出す者同士、幾度となく話し合いを重ね、固い絆で結ばれたふたり。

ものを創り出す者同士、何度も何度も話し合いを重ねてきた中、固い絆で結ばれているふたり。プロダクトデザイナー・鈴木啓太氏(右)と2023年の『ボキューズ・ドール』日本代表・石井友之シェフ。

Bocuse d’Or 2023大会には料理の技術だけでなく、表現力も重要。

『ボキューズ・ドール』の本選は、プレートという大皿盛りと皿盛り料理の2種を作り、合計得点で順位が決まります。プラッターもプレートも各国、趣向を凝らしたものを製作し、当日それらに盛りつけます。料理の見映えもさることながら、プラッターのデザインもとても重要で、精巧にデザインされたプラッターに盛りつけることで、初めてひとつの作品となるのです。

今回チームジャパンは、プロダクトデザイナーの鈴木啓太氏にそのデザインと製作を依頼。鈴木氏は日用品のデザインから鉄道車両などの公共プロジェクト、また伝統工芸など幅広い分野で活躍する気鋭のデザイナーです。国内外の賞も多数受賞。今回はプラッター製作の過程を経て、『ボキューズ・ドール』との向き合い方を出場シェフである石井友之氏と語ります。まずは、どのような経緯を経て、鈴木氏へ依頼することになったのでしょうか。

「ボキューズ・ドールへ参画するのは今回が2回目です。2017年の長谷川幸太郎シェフの時が初めてでした。『ひらまつ』で働く知人から、声をかけてもらったのがきっかけです。実は、生まれ変わってセカンドキャリアを目指すならと聞かれると、必ずシェフと答えるほど、食べることと作ることが好きなのです。私が育ってきた環境の中で見た美術品の中でも器が多かったので、料理と美術にとても憧れがあり、迷うことなくお受けしました」と鈴木氏は言います。

「チームジャパンとして、今回鈴木さんにお願いした経緯は、『ボキューズ・ドール』とは何かを熟知する人でないとなかなかニュアンスが伝わらない、ゼロから伝えるには時間的にも厳しいとコーチ陣からの助言もあり、今回のお声がけにいたりました。初めてお会いした時、緊初対面で緊張しながらも、なぜか強い確信を感じていました」という石井シェフの言葉には信頼と期待が感じられます。

「私がデザインの仕事をしている背景には、古美術収集家だった祖父の影響がありまして、『ボキューズ・ドール』の“伝統を受け継ぎながら、新しいものを創り出す”というコンセプトに共鳴できる部分が多くあり、今回もお受けしたわけです」と鈴木氏。

「初回の打ち合わせで手応えを感じました」と言葉を続ける鈴木氏ですが、石井シェフのことをどのように感じていたのでしょうか。

「とても共感を覚える料理人です。何が石井シェフの魅力かと考えると、まず、必ず十分なリサーチを行うこと。話せば話すほど、ものすごく研究している人だとわかりました。私自身デザインをする時には、過去1000年まで振り返って、次に何を持ってくるべきかを考えます。石井シェフは、何度も何度も実験して、最初に見せていただいた料理から現在までがすごく変化している。色々な人にレビューしてもらって、様々な可能性を試作するという柔軟性もすごく魅力です。そしてゴールへ向けてそれがどんどん詰まっている。その感覚が自分のデザインのプロセスとすごく近い。ひらめきだけではなく、そこにきちんとした理論的な裏付けがあり、完成に向かっていくという石井シェフの姿勢がすごく好きですね」と鈴木氏は言います。

「全く違う職種ですが、細部まで確かめ合いながら議論ができたことがしっかりと礎になっている。急に、今、行っていいですか?というようなこちら側の急なアポイントの申し出も快く受け入れて、“なるほど、それで?”と真剣に耳を傾けてくださると、もう思いの丈を全て話すしかないですよね。それが心底ありがたかったのです」と石井シェフ。

ひとつのデザインを創り出すのに、1000年昔まで振り返り、次に持ってくるものを考えるという鈴木啓太氏。

歴代の作品を全て見返し、資料にあたり、科学的裏付けまで考えて作品作りに取り組む石井友之シェフ。

鈴木氏がデザインしたカトラリー。シャープな見た目と切れ味を備えた、用の美を追求した作品。

キッチン用品から相鉄20000系まで、様々な作品が飾られた鈴木氏のデザイン事務所の空間。「自分の料理をインスパイアしてくれる宝の山」と石井シェフ。

受賞したトロフィーの一部。「ELLE DECO International Design Awards -Young Japanese Design Talent」(左)と「東京ミッドタウンアワード」(右)が並ぶ。

Bocuse d’Or 2023自分も優勝するために戦う。なぜなら、石井シェフがどれほど勝ちたいかわかっているから。

「ジャパンとしても石井さんとしても、本当に1位が獲りたいということがわかってきまして、私もどんどん真剣になっていきました。クリエイティブ的な視点で過去の優勝国の作品を振り返ると、重要なことはシェフそのものがプレゼンテーションされているかどうかということ。国とか地域ということではなく、シェフのクリエイティビティがしっかり形になって表れているか、ということです。そのためには石井シェフそのものをきちんと理解したいと思いました。どのような生まれ、育ち、キャリア、そしてここに至っているのか。そしてもうひとつ、『ボキューズ・ドール』をもう一度しっかり研究するということも必要です。審査員の特性、大会の特性、プラッターやプレートがどのように得点に関係するのかなど……」と鈴木氏。

こうして詳しいリサーチを進めながら、デザインのテーマを決めていくという作業に入っていきました。

「最初に考えたのが“レイヤー”。つまり階層というテーマです。石井シェフの生まれは自然豊かな長野県で、風や空気、匂いなどの五感的なインスピレーションはその時代に培われたものなのではと感じました。そして、今や銀座から都会的な魅力を発信している。江戸時代は銀座は海で、埋め立ててできた土地。だからそこにもたくさんの階層があるのです。石井さんが試作した料理やアジア予選で披露した料理も、多くのレイヤーが重なり生み出すハーモニーを感じさせてくれましたから」と鈴木氏は言います。

日本らしいもので勝負したいわけではないということが石井シェフからのリクエストでした。鈴木氏はそれをどのようにデザインの中へ織り込んでいくのでしょうか。

「本選を見ると、ベタなローカリティは出てこないんですね。あくまで中心はフランス、ヨーロッパ的な価値観。その世界観の中でわずかににじみ出てくるローカリティが一番素敵に見える。古典的な日本ではないけれど、よく見ていけば自分たちにしか作れないものがいいのでは?と思ったわけです。そこをデザイン的に深掘っていくと、葛飾北斎の新型小紋調に行き着きました。『ボキューズ・ドール』はシンプリシティだけでは勝てないんです。フランス的なラグジュアリーな装飾性が求められています。でも下手に我々が真似すると、フェイクになってしまう。デザインのリフレインは自分たちにしかないものを探していくべきです。北斎の柄をインスピレーションにして、西洋的な考えも入っているのだけれど、日本のチームにしか生み出せない、そういうものが作れたら面白いと。」と、鈴木氏はデザインのプロセスを話します。

「リクエストはしますが、100%それを作ってきたらそれは違うなと感じます。違った意見が出てきて、それで初めて何倍にもなりますから。ひとりでやっていたら一倍ですが、ふたりなら二倍にも二乗にもなる。鈴木さんと話し、デザインの案が上がってくるたびに、そんな心強さがありました。最初から段階を踏んで、徹底的に話し合って、自分は言いたいことをどんどんと言って、それを全部受け止めてくださった。そして消化したものを、角度や線の太さといったディテールに反映していってくれました。ここまでのプロセスは自分の中でも大切にしたいと思っています」と石井シェフは頷きます。

ところで、デザインから料理にインスパイアーされることはあるのでしょうか? 非常に興味深い、その点を尋ねてみました。

「すごくあります。実は壁際にある漆の作品の模様を、ガルニ(付け合わせ)のデコレーションに取り入れました。ボンボンショコラのような技法で模様をつけていくのです。この空間や置かれいている調度品全てに多くのインスピレーションをもらっています。料理人がデザイナーの事務所に入れる機会もあまりないですし、僕にとっては宝の山なのです(笑)。そうしてデザイン案が出てきて、自分の中での考えと強く結びついてきました」と石井シェフ。

「料理とデザインはそもそも似ています。見た目に美しく印象に残るように考えることは当然ですが、料理には味、香り、温度があります。だから冷めないようにするなど、一緒に試行錯誤してきました。石井さんでなかったらまったく違ったデザインになっていたでしょうし、両者で共鳴し合った結果です。料理そのものの形をシェフが起案して、3Dプリンターで形におこすというようなやりとりもしています。伝統を繋ぎながらハイテク技術を融合させていく、まさに『ボキューズ・ドール』の真髄です」と、鈴木氏も断言します。

古い蒔絵の技法を使ったアート。この柄に触発された石井シェフは、料理にも応用することを試みている。

伝統工芸に敬意を払い、常に自分のデザインに通底するものとして捉えている鈴木氏のコレクション。

Bocuse d’Or 2023大会後、僕らの中で反省はあるかもしれない。しかし、後悔はないと確信している。

日本は未だ『ボキューズ・ドール』という、料理のワールドカップに勝利していません。2013年の浜田統之氏の3位入賞が最高位です。その理由をふたりはこう分析します。

「知れば知るほど勝つことが難しい大会だと思います。シェフの力量だけでなく、国の力も重要です。ヨーロッパ各国が強い理由も、国からのバックアップによってもっと予算をかけていたり、発信する力を持っていたり。彼らは国をあげて参加しているので、挑戦がしやすい環境にいます。プレゼンテーションが非常に重要な大会ですから、シェフだけでなく国をあげて盛り上げていく必要性を感じます。私も『ボキューズ・ドール』の仕事に関わらせてもらうまで、恥ずかしながら、知りませんでした。それくらい一般には知られていないのです。が、2017年に初めて参加した時ちょうど弊社にフランス人のスタッフがいて、“えっ!『ボキューズ・ドール』のデザインを担当するのですか! すごい!”というリアクションで、海外ではこんなに高い知名度なのだということを実感しましたね。先のサッカーワールドカップのように日本を応援したいという人が増え、日本人のシェフが挑戦していくというムードを作っていけたら、きっと追い風になります」と鈴木氏は確信します。

「プラッターは料理の構築、技術、形 デザイン性がないと勝てません。この仕組みはどうなっているんだ? 日本チームに聞いてみよう、みたいなワクワク感を与えることがまず第一歩。鈴木さんの事務所を見渡すとすごく曲線が多い。料理で曲線を表現するのは難しいけれど、実践できたら確実に注目されると、今、挑戦しています。なんだこの形? というようなものを表現する。『ボキューズ・ドール』は新しいものを生み出すための大会ですから」と、石井シェフは胸をはります。

「日々忙しくしていると、なかなか自分のクリエイティビティを伸ばすために、それにしっかりと向き合ったり、挑戦していく時間がとれない。自分を内省して、新しいものは何かということを常に必死に考えるのは、素晴らしいことだと思います」と鈴木氏。

プラッター作りには、鈴木氏にとってもそういう側面があるのかもしれませんが、その答えは「正解がわからない」とひと言。そして、「非常にチャレンジングな仕事です。わからないからこそシェフと色々話し合い、作っては淘汰という作業を繰り返し、なんとか洗練されたものに近づいていると思います。もう軽く50案は作っています。50回の提案というのは、いろいろなプロジェクトがあるなかでも断トツに多いです(笑)。そういう意味でも、自分の中でも内省的な活動と言えるかもしれません」と鈴木氏は言葉を続けます。

「プラッターもまったくシフトチェンジしているので、どれくらいそれが上位にいくのか、やってないのでわからないのですが、やってみないとにはエビデンスがとれません。デザインはこれまでデータをとってこなかったので、どれがいいのかということがはっきりわかっていないのです。だから今回は自分の勝ち負け以上に、今後どうやったら勝てるのかというところの礎にならないといけないと思っています」と石井シェフも決意表明します。

「ものを作ったり生み出したりする作業は本当に苦しいものです。当事者にしかわからないけれど、辛いことが99.9%で、0.1%にわずかに楽しい光がある。プレッシャーをどれだけ感じて、どれだけ大変かということは想像できますが、石井さんを見ていて良いなと思うことは、全く妥協しないことです。あとで見返したら僕らの中で反省点はあるかもしれないけれど、後悔はないと思います。料理の方は最後は石井さんにお任せすることになりますが、どうか最後まで後悔なきよう、妥協なきように挑戦してほしい。それをデザインの面で支えたいです」と、鈴木さんから石井シェフへエールが送られました。

「鈴木さんには感謝しかありません」と話す石井シェフに対し、「最後の最後まで後悔なきよう、全ての力を振り絞って本選に望んでほしい。そして自分のデザインがその一助になりたい」と鈴木氏。


Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:KOH AKAZAWA

関東有数の酒どころ。茨城県が誇る4蔵の酒に、4人の料理人がペアリングメニューを考案。

『来福酒造』✕『野菜と日本酒 ちりん』の試飲会の一場面。ペアリングの狙いについて、料理人の関剛大氏が解説する。

 茨城の酒の魅力を伝えた全4回の試飲会。

都心への通勤圏として、近年発展著しい茨城県。首都圏の印象が強い県ですが、実は日本を代表する農業王国であることをご存知でしょうか。霞ヶ浦や5つの水系の河川に育まれ、メロン、ピーマン、栗、れんこんなど、茨城県が日本一の収穫量を誇る野菜はいろいろ。米も多く育てられ、水稲の収穫量は関東一を誇ります。

さて、そんな茨城県を語るとき、もうひとつ忘れてはならないものがあります。豊かな水とおいしい米から生まれるもの。そう、茨城県は関東有数の酒蔵数を擁する日本酒の名産地でもあるのです。酒蔵の数は38蔵。それぞれが歴史と哲学を持ち、個性豊かな酒を醸す蔵ばかりです。

2022年冬。
そんな茨城県の日本酒の魅力を“発見”してもらうプロジェクトとして、『SAKE DISCOVERY From Ibaraki』が立ち上がり、味わいを伝えるために試飲会が開催されました。それもただの試飲会ではありません。茨城県の4つの酒蔵の日本酒に合わせ、4人の料理人がメニューを考案する全4回のペアリング試飲会。それぞれどんな日本酒が登場し、どんなメニューが合わせられたのでしょうか? その詳細をお伝えします。
 

『浦里酒造店』の浦里知可良氏。酒を解説する場面では、参加者たちがその様子を写真に収めた。
 

 花の酵母で醸す酒に、滋味深い野菜料理が寄り添う。

最初の酒蔵は、県の中央部、筑波山の西側の筑西市にある『来福酒造』。1716年から続く老舗で、近年は自然界の花からつくる清酒酵母・花酵母による酒づくりで話題を集めています。なでしこ、ひまわり、ベゴニアなどから分離される酵母は、花の香りや華やかな味わいを実現。会場に立つ藤村俊文氏から、そんな解説が伝えられます。

華やかな日本酒を活かすペアリングを手掛けたのは、『野菜と日本酒 ちりん』の関剛大氏。青果卸業に就いていた関氏が掲げる「野菜✕日本酒」のテーマのもと、滋味深い野菜料理で酒の華やかさを際立てます。関氏の料理は、素材の味を活かすシンプルかつ透明感のある味わい。そのクリアなおいしさが、日本酒と見事にマッチしました。

『来福酒造』の日本酒。左から純米酒 来福「八反錦」、純米吟醸生原酒 来福 「愛山」、真向勝負 純米吟醸。

純米酒 来福「八反錦」に合わせたのは、炊いたかぼちゃ、蓮根甘辛炒め、里芋梅鰹煮などの酒菜5点盛り。

純米吟醸のふくよかな味わいに、コクのある大根と豚の煮物が寄り添う。

芳醇な香りの真向勝負には、柿、梨、いちじくの果物。アクセントのスパイスが酒の旨みを引き立てた。

藤村俊文氏(左)と関剛大氏(右)。花と野菜という共通項が、見事なペアリングを実現。

【概要:来福酒造×野菜と日本酒 ちりん】
・開催日:2022年11月10日
・開催場所:ハリスタ
・参加インフルエンサー:@yukaka_6.13@instageiram@haruka_hakka@i_am_ayakomatsu@mikikayoko_official@omosalondecuisine
・参加酒販店:高原商店三ツ矢酒店三益酒店

 日本酒✕和菓子。ペアリングの新時代を築く女性ふたりの共演。

第二回の試飲会は、古河市の『青木酒造』が登場。1831年に創業し、主要銘柄の「御慶事」は大正天皇ご成婚の際につくられたという歴史ある蔵。しかし自身を「先代が7代目、弟が継いだら8代目、だから私は7.5代目です」という青木知佐氏のもと、歴史や地域に敬意を払いつつ新たなことにも次々と挑戦しています。

そんな酒に合わせるのは、なんと和菓子。厨房に立つつくださちこ氏が営む『和菓子 薫風』は、四季折々の食材を用いた和菓子と厳選した日本酒のペアリングを提唱する店。茨城県の食材を用い、味わい豊かに仕上げた和菓子は、『青木酒造』のフルーティな酒と見事に響き合いました。

『青木酒造』の酒。左から御慶事 大吟醸、御慶事 純米吟醸 ひたち錦、御慶事 純米吟醸 ふくまる。

御慶事 純米吟醸 ふくまるには、柿の葛饅頭。茨城特産のれんこんを霙餡にして合わせた。

御慶事 純米吟醸 ひたち錦に合わせたみつめのぼた餅は、茨城県に伝わる伝統料理。その地の素材だけでなく食文化まで紐解くのがつくだ氏流。

御慶事 大吟醸には、香ばしく炙ったたがね餅。こちらも茨城県の伝統的なお菓子がヒントになっている。

つくださちこ氏(左)と青木知佐氏(右)。和菓子と日本酒という新たなペアリングの魅力を参加者たちに伝えた。

【概要:青木酒造×和菓子 薫風】
・開催日:2022年11月17日
・開催場所:ハリスタ
・参加インフルエンサー:@1010koki0218@ciara0814@ichii_j@nicomaya2525@ema_ariizumi@maiko_1225
・参加酒販店:あまてら酒店伊勢五本店三益酒店

 直球には直球で勝負。日本酒と和食の正統派ペアリング。

続いては茨城県日立市、「海まで70歩」という海辺に建つ酒蔵『森島酒造』。1869年に創業し、太平洋戦争による蔵の焼失や東日本大震災の被災を乗り越えて続く名門です。6代目である森嶋正一郎氏は、茨城県が認定する酒づくりのスペシャリスト・常陸杜氏の第一期生として県産日本酒の発展にも尽力する人物。森嶋氏が「歴史を語り継ぐ酒」と位置づける代表銘柄「富士大観」に加え、「新たな歴史を築く酒」とした新たなブランド「森嶋」も、人気を集めています。

「直球の日本酒に、直球の和食を合わせます」そんな想いでペアリングに挑んだのは、奥深き和食と日本酒の世界を伝える名店『京橋もと』の佐久間佑吾氏。正統派の純米大吟醸に和食の基本たる出汁、フレッシュな生酒に刺し身など、奇をてらうことのないペアリングで、酒と料理の魅力を際立てました。

『森島酒造』の3種は左から富士大観 純米大吟醸、森嶋 山田錦 純米吟醸、森嶋 美山錦 しぼりたて 生 純米吟醸。

富士大観に、霞ヶ浦の白魚のお澄まし。「ど真ん中の直球の酒に、和食の基本である出汁をあわせた王道」と佐久間氏。

森嶋 美山錦 しぼりたて 生 純米吟醸には鰆のお造り。生酒のフレッシュ感に、魚のジューシーさを合わせた。

旨み、香り、味わいのバランスが良い森嶋 山田錦 純米吟醸と合わせたのは、しっかりと旨みを湛えたれんこん饅頭。

佐久間佑吾氏(左)と森嶋正一郎氏(右)。割烹仕込みの日本料理と酒という正統派の組み合わせが、改めてペアリングの魅力を伝える。

【概要:森島酒造×京橋もと】
・開催日:2022年11月19日
・開催場所:京橋もと
・参加インフルエンサー:@1010koki0218@9088161yh@airi__belle@akari_3131@asuka_makuuchi@itomiyu76_sake
・参加酒販店:IMADEYA

 酒と洋食のペアリングで、世界を、未来を見つめる。

最後の酒蔵は、つくばの銘酒「霧筑波」で知られる『浦里酒造店』。1877年の創業以来守り続ける伝統の結晶である「霧筑波」のほか、茨城生まれの小川酵母を使った個性豊かなラインナップを展開。6代目である浦里知可良氏は新たなブランド「浦里」を立ち上げたほか、欧文表記の「URAZATO」で洋食にも合う日本酒を模索する人物です。

そんな酒に合わせる料理を考案したのは『CROSS TOKYO』の総料理長・増山明弘氏。長年突き詰めたフランス料理の技法で、日本の食材、さらには医食同源の哲学を融合させた「和漢魂洋才」を掲げる料理人です。日本各地の食材にも造詣が深い増山氏は、茨城の食材にも精通。茨城が誇る食材の数々を、日本酒に合う美しき料理に仕立てました。

『浦里酒造店』の3種は左から大吟醸 氷温3年熟成 知可良、純米大吟醸 浦里、URAZATO PROTOTYPE2。

大吟醸 氷温3年熟成 知可良の上品な吟醸香に寄せた常陸牛のカルネサラータ 柿 胡桃のヴィネグレットソース。

茨城が誇る小川酵母の、繊細な味わいが光る純米大吟醸 浦里。増山氏は旬の鰆カブ、からすみに酒のソースを合わせて味わいを寄せた。

洋食に合う芳醇な低アルコール酒URAZATO PROTOTYPE2には、奥久慈しゃもの胸肉のポワレ。

増山明弘氏(左)と浦里知可良氏(右)。洋食と酒という新たな境地に日本酒の未来を思い描く。

【概要:浦里酒造×CROSS TOKYO】
・開催日:2022年11月24日
・開催場所:BONUS TRACK KITCHEN
・参加インフルエンサー:@bisuhada@pomta07@mikahogram@yukiaoi@kimiyo.f
・参加酒販店:伊勢五本店IMADEYA横浜君嶋屋

 和やかに、場を楽しむ。酒本来の役割も果たした試飲会。

全4回の試飲会に訪れたのは、独自の視点でさまざまな情報を発信するインフルエンサーの方々。日頃から日本酒を嗜む方も、あまり飲み慣れていない方も、それぞれのペースで、日本酒と料理のペアリングを楽しみました。

蔵人自らが酒の解説をする試飲会ということで、落ち着いたムードになるかと思われましたが、蓋を開けてみれば会場は和やかムード。参加者たちは互いに感想を述べ合い、写真を撮り合いながら酒と料理を楽しんでいました。蔵人や料理人への質問も次々と飛び出し、またユーザーの生の声が届いたことで、造り手にも大きな収穫があったよう。再会を約束し、名残惜しさに包まれながら、4回の試飲会は幕をおろしました。

今回の4蔵に共通していたのは、長い歴史がありながら、現代の価値観に合う酒づくりにも挑んでいたこと。伝統に敬意を払いつつ、革新も厭わない。その想いこそが、茨城県の蔵人たちに共通する姿勢でした。
今回ご紹介した蔵以外にもバリエーション豊かな酒蔵、日本酒を有する茨城県。そこにはだまだ数多くの “発見”があることでしょう。

SAKE DISCOVERY From Ibaraki 公式サイトはこちら

酒と料理が互いの魅力が引き立て合うペアリングの魅力を改めて感じたという参加者たち。

『来福酒造』の会に訪れたインフルエンサーの方々。独自の視点でペアリングの魅力を発信してくれた。

各会場には酒販店の関係者も訪れ、酒の味わいを真剣に吟味。

『森島酒造』の森嶋氏の背中には常陸杜氏の文字。茨城の酒づくりの未来を支える若き杜氏たちにも期待が集まる。


(supported by 茨城県)

秋冬に旬を迎える柑橘界のエース、みかんを飲む。[和光アネックス/東京都中央区]

「温州みかんジュース」の果実は、他のみかんと比べ、甘味と旨味が強いのが特徴。保存料、添加物無添加。

WAKO ANNEX果実そのもの。毎日飲みたい温州みかんジュース。

愛媛県宇和島市を拠点に活動する『柑橘ソムリエ愛媛』。柑橘ソムリエとは、2020年にスタートしたライセンス制度。目利き、味覚、表現など、試験を突破したもののみ与えられる称号であり、柑橘を楽しむことのプロフェッショナルです。本当に美味しい柑橘の味と多様な柑橘の魅力を伝え広め、柑橘をよりおもしろくする取り組みを繰り広げています。

今回ご紹介する品は、その代表作でもある「温州(うんしゅう)みかんジュース」です。

柑橘ソムリエ生産者メンバーが育てた柑橘のうち、味の良い果実だけを選りすぐって搾ったストレート100%ジュースのそれは、甘く飲みやすい味わいが特徴。毎シーズン収穫したての果実から味の良いものだけを選りすぐり、搾汁しております。シンプルだからこそ誤魔化しがきかず、フレッシュさやピュアな飲み口が際立つ味わいです。

日本一の柑橘どころ、宇和島の旬の香りと味わいをお楽しみください。

瓶にはいっているのは、果実とフレッシュな香りのみ。老若男女、安心して楽しめるジュース。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

世界に誇る千年続く草原。人とあか牛が共生しながら実現する、サステナブルな社会。

 OVERVIEW

熊本県阿蘇市は、カルデラとその周辺に広がる美しい草原で有名な地域です。千年以上の歴史を持つこの景色を未来へと継承するため、地域の人々は野焼きなどを行いながら草原の保全に尽力してきました。

阿蘇の草原の風景のなかでもう一つ欠かせないのが、放牧されているあか牛の姿です。実はこのあか牛の存在が、草原を維持するサイクルのなかで重要な役割を果たしているといいます。

阿蘇では、自然と人とあか牛がどのように共生し、サステナブルな関係をつくっているのでしょうか。その内容を全国の人に、そして海外の人にも知ってもらうべく、「阿蘇あか牛テロワール旅」が企画されました。東京からこの旅に参加したのは、美食家として有名な本田直之氏、「よろにく恵比寿」をはじめ東京都内で複数の焼肉店を経営するVanne Kuwahara氏、牛肉専門のインスタグラマーとして「TOKYO WAGYU REPORT」のアカウント名で活動する旦 弘希氏の3名。そして、熊本市内で囲炉裏を使ったイノベーティブフュージョンレストラン「.know」を営む鍬本 峻氏が同行しました。

あか牛を100g食べると、畳4畳半分の広さの草原を守れるとも言われています。昨今の環境配慮のトレンドから考えると、牛を食べることが草原の保護につながる、という意見はにわかには信じ難いかもしれません。しかし、東京から現地を訪ねたこの3名は、地域で熱心に活動している人々の話に耳を傾けるうちに、人と牛と草原が共存する循環型の社会が存在することを確信したのです。その詳細を前・後編でお届けします。

Powered by:阿蘇カルデラツーリズム推進協議会
Supported by:阿蘇市
Produced by:think garbage Inc.

Photographs:JIRO OHTANI
Text:AYANO YOSHIDA

甘露にてキレ鋭く。名水でじっくり醸される信濃大町の3銘酒。

『薄井商店』の醸造室にて。造りが始まって1カ月ほど。リンゴやメロンなどを思わせるような心地よい香りが漂っていた。

 原料米全量を半径7km以内の契約栽培米に。

信濃大町には3軒の日本酒の蔵があります。おもしろいことに、そのすべてが標高750mほどの市街中心部にあり、互いに徒歩5分ほどの範囲内に集積しています。銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏は、3蔵を一気に巡ることにしました。

はじめに訪ねたのが、「塩の道」として知られる千国街道沿いに佇む『薄井商店』。1906年創業、「白馬錦」を醸す蔵です。昭和40年代に建て替えられた蔵は、日本酒蔵としては非常にユニークな立体構造となっています。天井高のある大きな地下室を備えた3階建てで、3階から中2階、1階、地下室と、原料処理から醸造、貯蔵の工程を上層階から地下室へと移動させながら効率よく行えるようになっています。

醸造タンクが並ぶ1階に足を踏み入れると、凛とした冷たい空気に肌が引き締まり、爽やかな吟醸香に包まれます。
「甘すぎず、辛すぎず、飲み飽きしない食中酒を目指しています」と蔵を案内してくれるのは、杜氏の松浦宏行氏。『薄井商店』では代々、長野県北部の豪雪地帯、小谷村の杜氏と蔵人が酒造りを担ってきましたが、2007年に石川県出身の松浦氏がその伝統を受け継ぎ、試行錯誤しながら進化させています。使用する酒造好適米、美山錦や山恵錦、金紋錦などの米は、全量が蔵から半径7kmの範囲内にある農家との契約栽培米とのこと。しかも、生産農家全員が化学肥料や化学合成農薬を低減した土づくりをするなど、持続性の高い農業生産方式が県から認められる「エコファーマー」認定を受けているのも特徴的です。

「現蔵元が30年以上前にヘリコプターで上空から大町を見渡した際、田んぼの美しさに感動し、この風景は後世に残していかねばならないと、原料米の仕入れを地元を中心とした契約栽培にシフトしていきました。そして15年ほど前に大町市内の100%契約栽培米を達成。近年は田んぼに深く水を入れる深水(ふかみず)栽培を基本とすることで、苗の分けつ(株の枝分かれ)を防ぎ、雑草のはびこりを抑え、粒の実入りを大きくする取り組みにも力を入れています。生産者の顔が見える確かな米を使わせていただけることは杜氏としてもありがたいですね」と松浦氏は話します。

炬燵のある蔵人の休憩室で唎き酒の準備を整えて待っていてくれたのは、かつてヘリコプターで米作りへの強い関わりを決心した蔵元の薄井朋介氏。数あるラインナップから、同じ美山錦を使いながらタイプの異なる3本「白馬錦 純米大吟醸」「白馬錦純米 吟醸」「白馬錦 アルプス湖洞貯蔵 瓶囲い秋熟」を厳選していただきました。

「白馬錦 純米大吟醸」と「白馬錦 純米吟醸」をワイングラスで唎いた山﨑氏は、しみじみ「旨いですね」と唸ります。
「純米大吟醸は華やかな香りが立ってタテに広がる印象。純米大吟醸はフルーツにも合いそうです。一方、純米吟醸はミネラル感とヨコに広がってとてもバランスがいい。魚はもちろん、肉にも合いそうですし、ずっと飲んでいられそうな程よい旨口。それにしても、どちらもよくキレますね」。

3つ目の「白馬錦 アルプス湖洞貯蔵 瓶囲い秋熟」は、標高900mほどのところにあるトンネルで夏を越させたもの。一口飲んで山﨑氏の表情はさらに明るくなりました。
「これ、好みです。ふくよかな“熟れ感”があって味わい深い。うちのバーは日本酒は扱っていませんが、もし置くならこれくらい厚みがあってキレもいい酒がいいですね」と山﨑氏は、二口、三口と味わいます。

「トンネルの中は一年中10℃前後と、安定した温度で熟成させられる環境です。冷涼さもさることながら、真っ暗闇で保管できるため紫外線による劣化がないこともプラスに作用していると思います。こちらがお好みでしたら、こんなのもありますよ……」と薄井氏はさらに特別な1本を出してくれます。1月に搾った酒をすぐに雪の下に埋蔵し、4月まで寝かした「白馬錦 純米吟醸 雪中埋蔵」です。
「あ、これが1番だな。よりまろやかで、旨味がスーッと伸びていく感じ。旨いですねえ。それにしても、同じ米と同じ水で、これだけ表情が異なる酒になるとは」と山﨑氏が驚きを隠せない様子。

松浦氏は穏やかに話します。
「やはり根本的に水がいいんだと思います。居谷里水系の“女清水”で仕込んだ酒は、米の旨味がじっくり溶け込んで、やさしい印象の酒になります。また飲みたくなる酒に仕上がるのは、良質な天然水で仕込めるこの環境のおかげですね」

中2階、醸造タンクの上のスペースで松浦宏行杜氏の説明を聞く。もろみを混ぜる櫂入れを体験させてもらうと、爽やかな香りがぱっと立ち上がった。

もろみタンクに入れる前に冷却する「枯らし」工程を経た酒母。試食させてもらうと、栗のような上品な風味に驚く。

シュワシュワと微細な泡を出しながら元気に発酵する酒母。「あらためて酒は生き物なんだと実感します」と山﨑氏。

年季の入った孵卵器で酵母を培養する松浦杜氏。石川県・山中温泉にある『松浦酒造』の次男で、一時は法曹界を目指していたが、酒の販売会で直接聞いた「美味しいお酒でした」という消費者の声が忘れられず、結局酒造りの道を選んだという。

左から「白馬錦 純米大吟醸」「白馬錦 アルプス湖洞貯蔵 瓶囲い秋熟」「白馬錦 純米吟醸」。どれもきれいな印象でありながら、骨格のある味わい。

純米大吟醸を味わい、「口に含んだ時の風味の広がり方が鮮烈。でもスピーディにキレるので、心地よく飲み進められる」と山﨑氏。

トンネルや雪中での熟成にも熱心に取り組む蔵元の薄井朋介氏。様々な温度帯で楽しめる日本酒の魅力を伝えたいと、イベントなどではお燗番を買って出るという。

 酒質を一気に向上させ、再生を果たした老舗蔵。

次に訪ねたのは、明治時代に建てられた町家が昔ながらの風情を残す『市野屋』。創業1865年と3つの中で最も歴史の古い蔵ですが、2020年に経営母体が変わったのを機に酒質が一気に向上したと注目の的です。

加瀬博斗氏は、その2年前にアルバイトで蔵に入り、酒造りに魅せられたひとり。長年住んだオランダから帰国し、奥さんの実家があるこの地で農業をしようかと漠然と考えていた折に、『市野屋』の大リニューアルに関わることになりました。酒質を上げるにはまず蔵の常在菌を一掃しなければならないと、すべての壁を剥がして高圧洗浄をかけ、むき出しの部材1本1本に柿渋を塗ったそうです。大規模な改築はできないため、建物内に様々な小屋を建てる方法で、設備を更新していきました。初搾りの酒を味わった時、加瀬氏は「自分の仕事は日本酒だ」と心が決まったそうです。
「酒を口に含んだ瞬間に“ヤバいな”と。自然と向き合う米作りもおもしろそうだと思っていましたが、その米が人間の知恵を駆使することで1カ月後にこんなにすごい飲み物になるのかと。とても神秘的なものを感じましたね」と加瀬氏は振り返ります。

リニューアルと同時に杜氏に就任した伊藤正和氏は、乳酸菌の働きを利用した伝統的な山廃造りにこだわっています。2022年度の全国新酒鑑評会では、3回目の造りながら見事に入賞を果たしました。山廃造りで、しかも流行りの香り系酵母に頼らず伝統型酵母での受賞は極めてめずらしいことから、一躍脚光を浴びることになりました。

早速、試飲させていただきます。主力銘柄「ほしいち」の山廃仕込み純米大吟醸原酒を雄町、愛山、山恵錦と米の違いで飲み比べてみると……
「香りがいいですね。伝統的な山廃造りのイメージをいい意味で裏切るフルーティな香り。味は山廃らしくボディがしっかりしています。それでいて、どれもキレッキレ。すっとキレて、また飲みたくなります」と山﨑氏は顔を綻ばせています。

出色は鑑評会で受賞した山田錦35%精米の「市野屋 純米大吟醸」。
「これはすごいですね! 舌の上で溶けるような感覚。強い甘みがパッと広がって一瞬で消えていく。でも、ほどよい旨味がすうっといつまでも持続するような。ありそうでない日本酒」と興奮気味です。

目指す酒造りについて伊藤杜氏は説明します。
「米の個性は様々ですし、同じ米でも出来はその年や農家によって異なります。私の仕事で最も重要なのは、酒母造りや醸造工程において米の様子を観察し、どんな米であっても持っている旨さを引き出して仕上げること。米の特性によって様々な方向性の酒が出来上がりますが、共通させたいのはキレのよい食中酒にすることです。そのためには米本来の繊細な甘みをいかに出すかがポイントとなりますが、大町の軟水はとてもいい働きをしてくれます。水を飲んだ時に感じるほのかな甘みがそのまま酒に反映されているとでも言うのでしょうか。私は三重、静岡、山梨で酒造りをしてきたけれど、どこよりも大町の水は優れていますね。全国でもトップクラスのクオリティの水です」

「伊藤さんのお酒を飲んだ時、イタリア語の“Aquavita”という言葉がふと浮かびました。“命の水”といった意味ですが、伊藤さんのお酒はまるで水のように飲みやすいけれど、旨味やアルコール感などの飲みごたえもしっかりあって、米を原料に人の手間ひまで作り上げられた神秘的な水という印象です。加瀬さんが感じた“ヤバい”という感覚がわかるような気がしました」

老朽化した蔵をできる限りDIYでリフォームし、新しい酒造りにチャレンジしている『市野屋』。

蔵の中に冷蔵板を使って部屋を新設するなど、酒の仕込みと未来に向けた環境整備が同時に行われていた。

「大町の水は全国でもトップクラスのクオリティ。米の個性を引き出し、酒をやさしい印象に仕上げてくれます」と『市野屋』の伊藤正和杜氏。

同い年とわかって一気に距離が縮まった山﨑氏と『市野屋』の加瀬博斗氏。酒の魅力を追求する者同士、話は尽きない。

全国新酒鑑評会で受賞した「市野屋 純米大吟醸 山田錦」。山廃造りとは思えない華やかさと、山廃らしい豊かなコク、キレのよさが絶妙なバランスで実現されている。

 次世代に向けた、新しい甘口の酒を。

最後に訪れたのは、2023年に創業100周年を迎える『北安醸造』。甘口の酒として知られる「北安大国」を醸しています。杜氏を務めるのは、愛知県出身の山崎義幸氏。山登りやスキーが好きな山崎氏は白馬村に移住し土木関係の仕事をしていましたが、やがてより積雪が少なく暮らしやすい大町市にやってきたそうです。『北安醸造』に職を得て、もともと興味があった「日本の伝統的な仕事」である酒造りに次第にのめり込んでいき、2007年に杜氏に就任しました。
「祖父が味噌や麹造りをしていたので、なんとなく日本の発酵文化には親しみを感じていました。後で知ったことですが、曽祖父は半田市で杜氏をしていたそうで、選ぶべくしてたどり着いた道なのかもしれませんね」と山崎杜氏は微笑みます。

すでに甘口のイメージが地域に根付いている酒を受け継ぐにあたり、山崎杜氏が腐心したのは「甘さを自分はどう表現するか?」でした。それまで普通酒が中心だったのを、ほぼすべて純米酒に変更。米の甘みを生かす方法を追求します。原料米は基本的に地元大町産のものを使いますが、全体の20%ほどは隣の松川村で自ら栽培した米を使い、米作りから醸造、出荷までを一貫して手掛けています。
「米の乾燥や精米、洗米などの原料米の処理工程はかなり微妙な加減が求められます。米の生育から関わっていると、小さな課題や注意点も見えるので、よりきめ細かな処理ができるのが利点です。米のポテンシャルを最大限に引き出して、なめらかな甘さを追求しています」と山崎杜氏は話します。

長年研究を続ける“なめらかな甘さ”が最もわかりやすく表現されているという「北安大国 もち米純米」をいただきました。その名のとおり、原料米にもち米を使ったユニークな1本です。
「甘さがものすごく上品ですね」と山﨑氏は目を丸くしています。
「もち米の旨味が水の中に溶けきっているという印象で、“もち米のお酒”と実感できます。食べ物も飲み物も主原料の味がしっかり感じられるのが本当の美味しさ。僕が専門とするカクテルも味が良ければいいというわけではなく、いろんな材料を混ぜ合わせていてもベースのお酒のニュアンスがきちんと感じられるものが素直に美味しいと思えるもの。これだけパンチのある甘さなのに、全然もったりしたクドさはなく、ちゃんとキレてくれますね。煮物なんかによく合うでしょうし、僕は疲れている夜に飲んだら元気が出そうな味だと思います。好きだなあ」

他に山廃造りのシリーズ「居谷里」と、長野で生まれた酒米であるひとごこち、そして、しらかば錦を70%精米で使う「北安大國 純米酒 七十%精米」も唎きいた山﨑氏は、「トロッとした甘み」が通底していると指摘します。
「仕込み水は水道から出る居谷里水系の女清水。この美味しい超軟水が、心地よい甘みに作用している部分は大きいでしょうね。うちの蔵には地下80mの井戸があり、とてもきれいな水が汲めるのですが、不思議とこの水で仕込んだ酒は荒々しくていまひとつ。水道水の方がずっとまろやかないい酒になるんです。仕込み水は水道水で、雑用に使うのは井戸水。普通の感覚と逆ですよね。それだけ、水道水の質がいいということなんです」と山崎杜氏は話します。

各蔵で試飲を重ね、三者三様の美味しさを体感した山﨑氏は、大町の酒のクオリティに驚くと共に、蛇口をひねれば澄んだ天然水が出ることの贅沢な環境を羨みます。
「天然水と共に生きることは、なんと豊かなことか」と。

大正時代に建てられた蔵で、連綿と日本酒造りを行う『北安醸造』。鬼瓦には「酒」の文字が。

蔵内部は歴史を感じさせる端正な造り。

杜氏の山崎義幸氏と語らう。「辛口偏重の時代に、甘口に特化した酒造りをブレずに行う姿勢が興味深い」と山﨑氏は真剣に耳を傾ける。

どの蔵にも、都会の喧騒とは無縁の静謐な時が流れていた。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

ヘビークルーネックスウェット

ヘビーなクルーネックスウェットが登場!

  • 厚手のスエット生地でインナーや1枚で着られるシンプルな1着
  • 厚みはヘビーパーカーなどと一緒です
  • ワンウォッシュ済み

サイズスペック

  着丈 肩巾 バスト 裾回り 袖丈
S 65.0 38.0 100.0 90.0 62.0
M 67.0 41.0 106.0 96.0 63.0
L 69.0 44.0 112.0 102.0 64.0
XL 71.0 46.0 116.0 106.0 65.0
XXL 73.0 48.0 120.0 110.0 66.0
  • 商品は若干の誤差が出る場合がございます。

素材

  • 綿 : 100%

まるで化学の実験。その一滴が味を変える、関金わさびの香り。[和光アネックス/東京都中央区]

柚子の華やかな香りにわさび本来の香りと辛みを添えた「柚子わさびオイル」。どこか懐かしいレトロなタイポグラフィーも美しい。

WAKO ANNEXいつか産地に旅したい。そう思わせるモノづくり。

鳥取県倉吉市、中国山地の名峰・大山の恵み溢れる関金は、澄み切った清流が美しい自然に囲まれた地域です。

そんな豊かな風土を活かし、『西河商店』では、「関金わさび」を使用したわさびの卸し、生産加工をしています。

「関金わさび」は、収穫までに2年もの歳月がかかると言われています。その味わいと香りをこめ油に凝縮させた「わさびオイル」が今回ご紹介する逸品。

中でも、そこに柚子の華やかな香りを加えた「柚子わさびオイル」は、『西河商店』の名品のひとつ。

容器においては数種あり、まるで化学実験のようなスポイド瓶を選べば、一滴から料理に風味を与えることも可能。サラダや鮮魚、お鍋やスープにも好相性です。

過去にはユーザーの投票によって選ばれる「カラーミーショップ大賞」にもノミネート。「いつか産地に旅したい」を感じるモノづくりを目指す『西河商店』の味をぜひご堪能いただきたい。

わさびの優しい辛みと柚子の芳醇な香りが特徴の「柚子わさびオイル」。スポイト瓶は、一滴から添えられるため、香りや風味を加えたい時に最適。酢と1:1で割ったドレッシングもおすすめ。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

ようやく世界に並ぶ環境を手に入れた。最新設備の厨房が勝敗を分ける。

『フジマック』取締役 常務執行役員 熊谷勇人氏(右)、2023年『ボキューズ・ドール』日本代表ひらまつグループ『アルジェント』所属、石井友之氏(左)。実は、大会について真っ向から議論するのは今回が初。互いの意見を交わすことによって、より絆が強固に。

Bocuse d’Or 2023長年、『ボキューズ・ドールJAPAN』を支援し続けているメーカーからのメッセージ。

13年にわたり、『ボキューズ・ドールJAPAN』のサポートを続けている厨房機器メーカーの『フジマック』。その意義を、取締役 常務執行役員の熊谷勇人氏と、2023年の出場者である石井友之シェフが語ります。『ボキューズ・ドールJAPAN』のサポートを始めたきっかけは、こんな理由からでした。

「『ひらまつ』さんには長年厨房機器をおさめていますが、その経緯で『ボキューズ・ドール』のご紹介を受け、サポートを始めることになりました。2009年の長谷川幸太郎シェフ出場の時が初回になります。長年にわたって支援していく中で、一ファンとしても、企業としても、大会をもっと盛り上げていきたいと思っています。そもそもフードビジネスのトータルサポートというのが我々の目指すところです。機能性の高い厨房機器を作るというのはもちろんですが、何かお困りがあれば、ご相談いただければと思っておりますし、シェフの心のよりどころでありたいと言う風に考えています。大会のサポートはその延長上にあります」と熊谷氏は言います。

「『ひらまつ』に入社した時からずっとお世話になっていますが、新人のころはそういう感覚にまでは及びませんでした。厨房に機器があって、動いているのは当たり前。ですが、立場が上になるに連れ、壊れた時にどうするか、連絡した時の『フジマック』さんの迅速な対応など、ありがたさが身に沁みてわかってくるんですね」と石井シェフ。

13年にわたる支援の中、今年は、より進化したサポートを『フジマック』は提供します。それは、初のキッチンラボです。本選と同じサイズ、同じ機器の配置に作ったキッチンを用意し、その環境で鍛錬を積むことにより、本選での動きを身体に叩き込むことができます。日本チームにとってはまさに悲願でした。

「『フジマック』さんには感謝しかないです。世界の主流は、皆このやり方でやっています。本番同様のキッチンがないと、どうしても、本選で動きにロスが出てしまう。今回はそのハンデがなくなったわけですから、言い訳できません。頑張ります」と石井シェフ。

「本選では、いかに効率よく動けるかまでが、全て評価されますから。場慣れするという意味でも、また、普段通りの力を発揮するためにも、そうした環境が絶対に必要だと思いました。特に、2015年と2019年に日本代表として出場した高山英紀シェフと話して、その必要性を強く説かれ、我々も理解のもと、今回キッチンラボ設置の協力を、ということになりました」と熊谷氏。

「日本も一歩世界基準に近づくことができました。世界ではさらに、キッチンラボで毎日行っていることをSNSでアップするというのが主流になってきていますね。日本はそこはまだできていないので、それも追いついていかなければと思っています」と石井シェフ。

『フジマック』は、手厚い支援を長年続けている貴重な企業。しかし、それにはどのようなメリットがあるでしょうか。

「もともとレストランやホテルに育ててもらった企業なので、シェフに対してなんらかの恩返しをしたいと常に考えています。また、大会という目標を持つことは料理人にとってとても重要だと思います。日本のフランス料理業界がさらに発展するためにも、ボキューズ・ドールJAPANには、ぜひご協力したいと思っています。若手のシェフの中からひとりでも多く、目指す人が出てくれば、我々にとってもメリットがありますから」と熊谷氏。

「入社してすぐのころは、美味しい料理を作ることが全てで、それ以外は考えていませんでした。料理は技術であり、味であり、香りであり、見た目。それを究めようと、やっきになっていました。そんな中で、『テタンジェコンクール』(若手の登龍門と言われる、世界的な料理コンクール)に出場し、国内3位になりました。あれだけ技術を詰め込んできたのに、なぜ勝てなかったのかということが悔しくて、『ボキューズ・ドール』を目指しました。その後、こうして機材をご提供いただいたり、食材を支援してもらったり、たくさんのご協力のもと必死に試作を続けた結果、気づいたら日本代表になっていたわけです。ひとりでは頂点を獲ることができなかったのに、背中を押してもらったおかげで日本代表の座を手に入れることができました。それで初めて、皆さまのご支援、ご協力があったからこそということがわかり、すっかり考えが変わりました。感謝の気持を込めてやっていくことが必要なんだと」と石井シェフ。

料理人とは、ある種、アスリートと同じなのかもしれません。アスリートの方々も大きな大会で活躍したあとには、必ず、多くの人の支えに対する感謝を述べています。その姿は、石井シェフの言葉と重なって聞こえます。

​​​常に革新を追求し続ける『フジマック』。「厨房は、レストランとシェフがあってこそ活かされます。フランス料理においては、特に厨房機器の性能が左右します。私たちは、最先端の厨房を通して、恩返ししたいと思っています」と語る、熊谷氏。

今や、フランス料理店の厨房には欠かせないスチームコンベクションオーブンについて、「欧米の一流店は、常に最新機器を導入しています。現代においては、機器の性能が料理の質を大きく左右します」と、世界と日本の差は、料理の技術云々以外にもあることを指摘する石井シェフ。「『フジマック』さんのテクノロジーは、厨房機器業界を大きく進化させていると思います」と言葉を続ける。

ドアハンドルのない冷蔵庫やタッチパネルで操作できる高い精度。手作業を減らすことで誤差もない。手入れもしやすいため、その分、料理に注ぐ時間も増える。

Bocuse d’Or 2023勝つための大会。『フジマック』の視点から、『ボキューズ・ドール』を解析。

日本のこれまでの最高位は、2013年の浜田氏の3位入賞。これまで勝てなかった理由は何か。ふたりは、こう分析します。

「料理を作る人間ではないのに、大変僭越ですが、そもそもフランス料理の大会ですから、欧州勢が圧倒的なアドバンテージを持っていると思います。伝統、文化、育った環境すべてが異なる。その中で日本勢がどこまでやれるのかというのは、なかなか難しいことです。とはいえ、いよいよ世界が獲れるんじゃないかというくらいの期待感が高まっているのも事実です。これだけ、海外で活躍するシェフも増え、また、海外から日本のフレンチを食べに来る方も増加している今、時間の問題なのではないかと思います」と熊谷氏。

「私はこれまでの敗因を、日本の文化を全面に押し出しすぎたことにあるのではないかと思っています。過去の写真、資料、レシピの全てに目を通しましたが、これまでの作品は、日本好きなヨーロッパ人にはわかってもらえるかもしれないけれど、アフリカや南北アメリカからも審査員は来るわけで、その人たちには、“日本ってこうなんだ”で終わってしまうのではないかと。フランスの食材や文化を大きく捉え、その中で表現していかないといけないと思うのです。今は北欧のスタイルが主流になっていますが、それならまずそれを理解し、その上で一歩先を目指すことが必要なのだと考えています」と石井シェフ。

「日本の良いところは、チームワークがすごくいいことだと思います。シェフとコミ(アシスタント)ふたりでの、限られた時間内での作業になるわけですから、阿吽の呼吸でものごとが進まないといけない。また、コーチの方々や我々のようなパートナーが皆、力を発揮すれば、大会で良い結果が出せると思います。もちろん石井シェフのこだわりや、日本人ならではの利点も当然あると思いますし、日本を出しすぎたことが減点になったと言われたけれど、日本独自のセンスも残してほしいですね」と熊谷氏。

今回はプラッター(大皿盛り)のテーマのメイン素材があんこうと決まりました。日本ではよく食べる魚であることや扱いにも慣れているなど、一見有利のように思えますが、本選ではスコットランド産のあんこうを使うという難点が。日本のあんこうは、世界と比べてレベルが高く、日本産で試作したものと現地で作ったものにギャップは必ず生じるでしょう。「それが一番こわいです。なんとかスコットランド産あんこうを取り寄せられないかと、八方手は尽くしているのですが……」と石井シェフは、今の心情を語ります。

日本の強みである、魚の扱いのレベルの高さが発揮できるとよいのですが、本選で使用する食材が手に入らないというのは、欧州勢に比べると大きなディスアドバンテージ。しかし、どうすれば乗り切れるか。どう戦えば勝てるのか。

「日頃の力を発揮できることが一番だと思います。私どものキッチンを使い倒して、動きを体に刻み込んでもらいたいですね。そうすれば本番で120%の力が出せ、おのずと良い結果がついてくると信じでいます」と熊谷氏。

「コンクール当日は、“始めます”とアナウンスされた時には頭が真っ白。何をすべきかという手順がうっすらうっすら戻ってくるのですが、その間はわけのわからないことをしています(苦笑)。ビデオを見たら、一回まな板を回してまた戻していました。手が震えて、ボウルを動かしたり、手を洗ったり。ようやく手の震えが収まって、そこからスタートダッシュをかけたみたいな感じです」と石井シェフ。

本選の持ち時間は5時間半。その中で、大皿盛りのプラッターと、プレート盛りを仕上げなければなりません。常人には5時間半集中し続けるのは至難の技だ。

「始まってしまえば、あっと言う間です。ゾーンに入っているというか、集中しているとしていないの狭間にいるような感覚です。そして、仕上げの時にギアをさらに上げていく。その時に酸欠になるので、肺活量を増やそうと、毎日走って体も鍛えています」と石井シェフ。

本番の精神状態は極限状態。テクニックはもちろん、強靭なメンタルも必要とされるため、シェフは、前述のごとく、アスリートと化す。

「コンクールにチャレンジすること自体が将来キャリアを積む上で、重要なひとつの挑戦だと思います。個人店のシェフにはハードルが高いなどの問題がありますから、どうにかして門戸を広げられるように、我々の会社も微力ではあっても支援していきたいと思っています」と熊谷氏。

フランスでは入賞したシェフの地位が確約されていると聞きます。日本でも、勝つことによる知名度、シェフとしてのステップアップなど、具体的な夢が見えると、もっと目指す人が
増えてくるのかもしれません。

『ボキューズ・ドール』にかける熱い思いを語る石井シェフ。「『フジマック』さんは、チームジャパンに欠かせない存在です」。

石井シェフにエールを贈る熊谷氏。同時に「フランス料理業界の発展を願いたいです」と話す。

Bocuse d’Or 2023もし日本が開催地になったら!? 認知度、話題性、そして、大会の本質をどう伝えるか。

「シラの会場(世界一の食の見本市)や、クープ・ド・モンド(パティシエのコンクールで前々日、前日に開かれる)や『ボキューズ・ドール』の会場の熱狂を見れば、そのすごさ、特殊さが、伝わるはずです。まさにフランス料理におけるワールドカップです。テレビなどのわかりやすいメディアで発信することで、Z世代や若い世代が興味を持つようになると良いと思います。若年層からの押し上げも大切ですから」。石井シェフは、世界が見る『ボキューズ・ドール』の現象と対日本について、こう話します。

日本大会は辻調理師専門学校で行われ、一般には見学できませんが、フランスや北欧では国の大会も一般参加できます。この環境の違いも大きいかもしれません。

「日本大会を観戦できるようにすることも、認知度を上げるひとつの方法かもしれません。北欧やフランスは表彰式も大きなところで開催し、最後に花火まで上げて。日本においてもそのような取組みが必要かもしれません」と石井シェフ。

「『フジマック』の機材を紹介していく場にもなりますね。実際に機材を使っていただくことで理解が深まると思うので、弊社としてもそのような取り組みは嬉しいです」と熊谷氏。

「去年から『コミットメントアワード』という賞が設けられました。食文化として何を発信してきたいか、SDGsにはどのように取り組んでいるかなどを評価するアワードです。応募しているのは、北欧勢、フランス。アジアだと、タイ、韓国、中国。日本は参加していないのですが、実にもったいない。自国の食に対する考えをアピールできる絶好の機会なのに。前回はコスタリカがアワードをとっていました。“労働環境やジェンダーの問題を私達は変えていきます”という内容のプレゼンテーションで。『ボキューズ・ドール』は、料理コンクールという枠を超え、食を通じて世界をより豊かにしていくための発表の場でもあるのです」と石井シェフ。

そうした未来を見据えた料理コンクール、『ボキューズ・ドール』は、厨房機器の総合メーカーであるフジマックにとって、どんな存在なのでしょうか。そして石井シェフに期待することは何か。

「スポンサーの立場でいうと、シェフたちへの恩返しの場です。シェフが世界で活躍するその一助になれれば、という思いでのスポンサードです。石井シェフには、今までの経験と周囲のサポートを改めて感じていただき、力を出し切っていただきたいですね」と熊谷氏。

「最後の最後まで諦めずに頑張りたいと思います」。石井シェフは、熊谷氏にそう約束し、今日もまた、『フジマック』のキッチンで料理に励む。

日本チームの健闘を願う熊谷氏と、それに応えたいと誓う石井シェフ。それぞれ異なる視点から読み解いた『ボキューズ・ドール』談義は、互いに大きな刺激を生んだ。


Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:KOH AKAZAWA

ようやく世界に並ぶ環境を手に入れた。最新設備の厨房が勝敗を分ける。

『フジマック』取締役 常務執行役員 熊谷勇人氏(右)、2023年『ボキューズ・ドール』日本代表ひらまつグループ『アルジェント』所属、石井友之氏(左)。実は、大会について真っ向から議論するのは今回が初。互いの意見を交わすことによって、より絆が強固に。

Bocuse d’Or 2023長年、『ボキューズ・ドールJAPAN』を支援し続けているメーカーからのメッセージ。

13年にわたり、『ボキューズ・ドールJAPAN』のサポートを続けている厨房機器メーカーの『フジマック』。その意義を、取締役 常務執行役員の熊谷勇人氏と、2023年の出場者である石井友之シェフが語ります。『ボキューズ・ドールJAPAN』のサポートを始めたきっかけは、こんな理由からでした。

「『ひらまつ』さんには長年厨房機器をおさめていますが、その経緯で『ボキューズ・ドール』のご紹介を受け、サポートを始めることになりました。2009年の長谷川幸太郎シェフ出場の時が初回になります。長年にわたって支援していく中で、一ファンとしても、企業としても、大会をもっと盛り上げていきたいと思っています。そもそもフードビジネスのトータルサポートというのが我々の目指すところです。機能性の高い厨房機器を作るというのはもちろんですが、何かお困りがあれば、ご相談いただければと思っておりますし、シェフの心のよりどころでありたいと言う風に考えています。大会のサポートはその延長上にあります」と熊谷氏は言います。

「『ひらまつ』に入社した時からずっとお世話になっていますが、新人のころはそういう感覚にまでは及びませんでした。厨房に機器があって、動いているのは当たり前。ですが、立場が上になるに連れ、壊れた時にどうするか、連絡した時の『フジマック』さんの迅速な対応など、ありがたさが身に沁みてわかってくるんですね」と石井シェフ。

13年にわたる支援の中、今年は、より進化したサポートを『フジマック』は提供します。それは、初のキッチンラボです。本選と同じサイズ、同じ機器の配置に作ったキッチンを用意し、その環境で鍛錬を積むことにより、本選での動きを身体に叩き込むことができます。日本チームにとってはまさに悲願でした。

「『フジマック』さんには感謝しかないです。世界の主流は、皆このやり方でやっています。本番同様のキッチンがないと、どうしても、本選で動きにロスが出てしまう。今回はそのハンデがなくなったわけですから、言い訳できません。頑張ります」と石井シェフ。

「本選では、いかに効率よく動けるかまでが、全て評価されますから。場慣れするという意味でも、また、普段通りの力を発揮するためにも、そうした環境が絶対に必要だと思いました。特に、2015年と2019年に日本代表として出場した高山英紀シェフと話して、その必要性を強く説かれ、我々も理解のもと、今回キッチンラボ設置の協力を、ということになりました」と熊谷氏。

「日本も一歩世界基準に近づくことができました。世界ではさらに、キッチンラボで毎日行っていることをSNSでアップするというのが主流になってきていますね。日本はそこはまだできていないので、それも追いついていかなければと思っています」と石井シェフ。

『フジマック』は、手厚い支援を長年続けている貴重な企業。しかし、それにはどのようなメリットがあるでしょうか。

「もともとレストランやホテルに育ててもらった企業なので、シェフに対してなんらかの恩返しをしたいと常に考えています。また、大会という目標を持つことは料理人にとってとても重要だと思います。日本のフランス料理業界がさらに発展するためにも、ボキューズ・ドールJAPANには、ぜひご協力したいと思っています。若手のシェフの中からひとりでも多く、目指す人が出てくれば、我々にとってもメリットがありますから」と熊谷氏。

「入社してすぐのころは、美味しい料理を作ることが全てで、それ以外は考えていませんでした。料理は技術であり、味であり、香りであり、見た目。それを究めようと、やっきになっていました。そんな中で、『テタンジェコンクール』(若手の登龍門と言われる、世界的な料理コンクール)に出場し、国内3位になりました。あれだけ技術を詰め込んできたのに、なぜ勝てなかったのかということが悔しくて、『ボキューズ・ドール』を目指しました。その後、こうして機材をご提供いただいたり、食材を支援してもらったり、たくさんのご協力のもと必死に試作を続けた結果、気づいたら日本代表になっていたわけです。ひとりでは頂点を獲ることができなかったのに、背中を押してもらったおかげで日本代表の座を手に入れることができました。それで初めて、皆さまのご支援、ご協力があったからこそということがわかり、すっかり考えが変わりました。感謝の気持を込めてやっていくことが必要なんだと」と石井シェフ。

料理人とは、ある種、アスリートと同じなのかもしれません。アスリートの方々も大きな大会で活躍したあとには、必ず、多くの人の支えに対する感謝を述べています。その姿は、石井シェフの言葉と重なって聞こえます。

​​​常に革新を追求し続ける『フジマック』。「厨房は、レストランとシェフがあってこそ活かされます。フランス料理においては、特に厨房機器の性能が左右します。私たちは、最先端の厨房を通して、恩返ししたいと思っています」と語る、熊谷氏。

今や、フランス料理店の厨房には欠かせないスチームコンベクションオーブンについて、「欧米の一流店は、常に最新機器を導入しています。現代においては、機器の性能が料理の質を大きく左右します」と、世界と日本の差は、料理の技術云々以外にもあることを指摘する石井シェフ。「『フジマック』さんのテクノロジーは、厨房機器業界を大きく進化させていると思います」と言葉を続ける。

ドアハンドルのない冷蔵庫やタッチパネルで操作できる高い精度。手作業を減らすことで誤差もない。手入れもしやすいため、その分、料理に注ぐ時間も増える。

Bocuse d’Or 2023勝つための大会。『フジマック』の視点から、『ボキューズ・ドール』を解析。

日本のこれまでの最高位は、2013年の浜田氏の3位入賞。これまで勝てなかった理由は何か。ふたりは、こう分析します。

「料理を作る人間ではないのに、大変僭越ですが、そもそもフランス料理の大会ですから、欧州勢が圧倒的なアドバンテージを持っていると思います。伝統、文化、育った環境すべてが異なる。その中で日本勢がどこまでやれるのかというのは、なかなか難しいことです。とはいえ、いよいよ世界が獲れるんじゃないかというくらいの期待感が高まっているのも事実です。これだけ、海外で活躍するシェフも増え、また、海外から日本のフレンチを食べに来る方も増加している今、時間の問題なのではないかと思います」と熊谷氏。

「私はこれまでの敗因を、日本の文化を全面に押し出しすぎたことにあるのではないかと思っています。過去の写真、資料、レシピの全てに目を通しましたが、これまでの作品は、日本好きなヨーロッパ人にはわかってもらえるかもしれないけれど、アフリカや南北アメリカからも審査員は来るわけで、その人たちには、“日本ってこうなんだ”で終わってしまうのではないかと。フランスの食材や文化を大きく捉え、その中で表現していかないといけないと思うのです。今は北欧のスタイルが主流になっていますが、それならまずそれを理解し、その上で一歩先を目指すことが必要なのだと考えています」と石井シェフ。

「日本の良いところは、チームワークがすごくいいことだと思います。シェフとコミ(アシスタント)ふたりでの、限られた時間内での作業になるわけですから、阿吽の呼吸でものごとが進まないといけない。また、コーチの方々や我々のようなパートナーが皆、力を発揮すれば、大会で良い結果が出せると思います。もちろん石井シェフのこだわりや、日本人ならではの利点も当然あると思いますし、日本を出しすぎたことが減点になったと言われたけれど、日本独自のセンスも残してほしいですね」と熊谷氏。

今回はプラッター(大皿盛り)のテーマのメイン素材があんこうと決まりました。日本ではよく食べる魚であることや扱いにも慣れているなど、一見有利のように思えますが、本選ではスコットランド産のあんこうを使うという難点が。日本のあんこうは、世界と比べてレベルが高く、日本産で試作したものと現地で作ったものにギャップは必ず生じるでしょう。「それが一番こわいです。なんとかスコットランド産あんこうを取り寄せられないかと、八方手は尽くしているのですが……」と石井シェフは、今の心情を語ります。

日本の強みである、魚の扱いのレベルの高さが発揮できるとよいのですが、本選で使用する食材が手に入らないというのは、欧州勢に比べると大きなディスアドバンテージ。しかし、どうすれば乗り切れるか。どう戦えば勝てるのか。

「日頃の力を発揮できることが一番だと思います。私どものキッチンを使い倒して、動きを体に刻み込んでもらいたいですね。そうすれば本番で120%の力が出せ、おのずと良い結果がついてくると信じでいます」と熊谷氏。

「コンクール当日は、“始めます”とアナウンスされた時には頭が真っ白。何をすべきかという手順がうっすらうっすら戻ってくるのですが、その間はわけのわからないことをしています(苦笑)。ビデオを見たら、一回まな板を回してまた戻していました。手が震えて、ボウルを動かしたり、手を洗ったり。ようやく手の震えが収まって、そこからスタートダッシュをかけたみたいな感じです」と石井シェフ。

本選の持ち時間は5時間半。その中で、大皿盛りのプラッターと、プレート盛りを仕上げなければなりません。常人には5時間半集中し続けるのは至難の技だ。

「始まってしまえば、あっと言う間です。ゾーンに入っているというか、集中しているとしていないの狭間にいるような感覚です。そして、仕上げの時にギアをさらに上げていく。その時に酸欠になるので、肺活量を増やそうと、毎日走って体も鍛えています」と石井シェフ。

本番の精神状態は極限状態。テクニックはもちろん、強靭なメンタルも必要とされるため、シェフは、前述のごとく、アスリートと化す。

「コンクールにチャレンジすること自体が将来キャリアを積む上で、重要なひとつの挑戦だと思います。個人店のシェフにはハードルが高いなどの問題がありますから、どうにかして門戸を広げられるように、我々の会社も微力ではあっても支援していきたいと思っています」と熊谷氏。

フランスでは入賞したシェフの地位が確約されていると聞きます。日本でも、勝つことによる知名度、シェフとしてのステップアップなど、具体的な夢が見えると、もっと目指す人が
増えてくるのかもしれません。

『ボキューズ・ドール』にかける熱い思いを語る石井シェフ。「『フジマック』さんは、チームジャパンに欠かせない存在です」。

石井シェフにエールを贈る熊谷氏。同時に「フランス料理業界の発展を願いたいです」と話す。

Bocuse d’Or 2023もし日本が開催地になったら!? 認知度、話題性、そして、大会の本質をどう伝えるか。

「シラの会場(世界一の食の見本市)や、クープ・ド・モンド(パティシエのコンクールで前々日、前日に開かれる)や『ボキューズ・ドール』の会場の熱狂を見れば、そのすごさ、特殊さが、伝わるはずです。まさにフランス料理におけるワールドカップです。テレビなどのわかりやすいメディアで発信することで、Z世代や若い世代が興味を持つようになると良いと思います。若年層からの押し上げも大切ですから」。石井シェフは、世界が見る『ボキューズ・ドール』の現象と対日本について、こう話します。

日本大会は辻調理師専門学校で行われ、一般には見学できませんが、フランスや北欧では国の大会も一般参加できます。この環境の違いも大きいかもしれません。

「日本大会を観戦できるようにすることも、認知度を上げるひとつの方法かもしれません。北欧やフランスは表彰式も大きなところで開催し、最後に花火まで上げて。日本においてもそのような取組みが必要かもしれません」と石井シェフ。

「『フジマック』の機材を紹介していく場にもなりますね。実際に機材を使っていただくことで理解が深まると思うので、弊社としてもそのような取り組みは嬉しいです」と熊谷氏。

「去年から『コミットメントアワード』という賞が設けられました。食文化として何を発信してきたいか、SDGsにはどのように取り組んでいるかなどを評価するアワードです。応募しているのは、北欧勢、フランス。アジアだと、タイ、韓国、中国。日本は参加していないのですが、実にもったいない。自国の食に対する考えをアピールできる絶好の機会なのに。前回はコスタリカがアワードをとっていました。“労働環境やジェンダーの問題を私達は変えていきます”という内容のプレゼンテーションで。『ボキューズ・ドール』は、料理コンクールという枠を超え、食を通じて世界をより豊かにしていくための発表の場でもあるのです」と石井シェフ。

そうした未来を見据えた料理コンクール、『ボキューズ・ドール』は、厨房機器の総合メーカーであるフジマックにとって、どんな存在なのでしょうか。そして石井シェフに期待することは何か。

「スポンサーの立場でいうと、シェフたちへの恩返しの場です。シェフが世界で活躍するその一助になれれば、という思いでのスポンサードです。石井シェフには、今までの経験と周囲のサポートを改めて感じていただき、力を出し切っていただきたいですね」と熊谷氏。

「最後の最後まで諦めずに頑張りたいと思います」。石井シェフは、熊谷氏にそう約束し、今日もまた、『フジマック』のキッチンで料理に励む。

日本チームの健闘を願う熊谷氏と、それに応えたいと誓う石井シェフ。それぞれ異なる視点から読み解いた『ボキューズ・ドール』談義は、互いに大きな刺激を生んだ。


Text:HIROKO KOMATSU
Photographs:KOH AKAZAWA

自然農×自然派ワイン。「ノーマ」も認めた大岡弘武が醸す、柑橘果実酒。[和光アネックス/東京都中央区]

世界的に著名な自然派ワイン醸造の第一人者である大岡弘武氏が手がける「然ながらみかん(タンク) 果実酒」。タンク醸造と樽醸造の2種あるが、今回はタンク醸造を用意。

WAKO ANNEXワイン業界に一石を投じた、みかんの果実酒。

福岡正信氏が著した「わら一本の革命」。世界に一石を投じたそれは、多くの共感者を呼び、愛媛県伊予市にある『福岡正信自然農園』を目指し、各国から多くの人が訪れました。

今回は、そんな『福岡正信自然農園』の自然農と自然派ワイン醸造の第一人者である大岡弘武氏との共演が叶った果実酒を紹介。それは、奈良県磯城郡の『日本総合園芸』より展開されている「然ながらみかん(タンク) 果実酒」です。

大岡氏は、世界的に高い評価を受ける自然派ワインの第一人者であり、知る人ぞ知る醸造家。フランス・ローヌの帝王と称されるギガル社でエルミタージュ地区(ローヌで最上の葡萄が収穫されるといわれている100年以上の樹がある圃場)の栽培長を経て独立し、自然農法の祖と言われる福岡氏の哲学を取り入れた栽培・醸造方法で自然派ワインへ傾倒したことが今回のご縁につながりました。その活動は世界に知れ渡り、『ニューヨークタイムズ』(アメリカ版)でも特集され、世界最高峰のレストランと言われるコペンハーゲン『ノマ』にも自身のワインが取り扱われています。

そんな大岡氏が手がける果実酒は、世界的に希少な自然発酵を採用しています。通常、品質保持のために添加される亜硫酸を一切使用せず、非加熱・無濾過で仕上げた柑橘から醸造しています。

「然ながらみかん(タンク) 果実酒」は、和歌山県産の有機温州みかんの果汁と外皮に付着する酵母のみを使用しており、その原料となる柑橘を提供しているのは『梶本農園』です。ここは、和歌山県で最初に有機JAS認定を取得した農園でもあります。初代から手塩にかけて栽培する柑橘には、とても定評があり、有機温州みかんの自然の甘みと瑞々しさ、そしてすっきりとした味わいが特徴です。

「世界で類をみない私たちの自然派果実酒は、自然の循環から誕生したサスティナブルな次世代のお酒であると信じています」と大岡氏。今回、『日本総合園芸』が柑橘を選んだ理由のひとつに、葡萄と柑橘では果実酒の仕込み作業の繁忙期が異なるといった部分があったから。柑橘をお酒造りに活用することによって、柑橘農家はもちろん、ブドウを用いるワイン醸造家は新たな収入源を得ることが可能となります。ブドウではなくみかんを原料にした果実酒は、新たなスタイルの開拓と言ってよいでしょう。

「然ながらみかん(タンク) 果実酒」の果実味と爽やかな酸味は、まさに「さながらみかん」。奇跡的な出会いから生まれた両者の果実酒をぜひお楽しみいただきたい。

プチプチとした細かなガス感も楽しめる果実酒。自然発酵ならではの旨味が一体となった味わいが広がる。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)

2022年度 年末年始休業のお知らせ

平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。誠に勝手ながら

下記期間を年末年始休業とさせていただきます。

2022年12月31日(土) ~ 2023年1月4日(水)まで

※ 2023年1月5日(木)より、通常業務を開始します。

※ 休暇中のお問合せにつきましては、2022年1月5日(木) 以降に対応させていただきます。

大変ご迷惑をお掛けいたしますが、 何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

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北アルプスの天然水の美味しさを、真っ直ぐに伝えるクラフトビール。

『北アルプスブルワリー』のタップルームにて、出来立てのクラフトビールを味わう。

 ビールを通じて信濃大町の水を体感してほしい。

信濃大町駅から北へ伸びる商店街の中ほどに、2019年、大町市初のマイクロブルワリー『北アルプスブルワリー』が誕生しました。全国的に、地域に根差した少量高品質なクラフトビールが生まれ、ビールの新たな楽しみを広がっていますが、中でも『北アルプスブルワリー』はユニークなスタンスで独自の個性を発揮しています。その個性とは、ずばり“水”。

そもそも信濃大町の水の美味しさを伝えるために作られたブルワリーであると、醸造責任者の松浦周平氏は設立の背景をひもときます。
「信濃大町の水道水にもなっている北アルプスの上白沢水系の天然水は、世界に誇る美味しい軟水だと思っています。北アルプスに浸み込んだ水が15年から20年かけて地中で磨かれ、一度も地表に出ることなく水道水となって供給されています。この水の美味しさを多くの方に知っていただきたい。そのきっかけとして、美味しい水で造ったクラフトビールを飲んでもらえたら、と考えたのです」

兵庫県出身の松浦氏は、スノーボードに熱中して白馬に通うようになり、やがて信濃大町に移住し、コーヒーショップを開業しました。開業地に信濃大町を選んだのは、やはりコーヒーに欠かせない水の存在が決め手になったと話します。

「コーヒー豆と軟水はものすごく相性がいい。コーヒーの98%以上が水。豆の品質と焙煎の方法もとても重要ですが、結局、淹れるための水のクオリティで美味しさに格段の差が出るものなんです。僕は上白沢の水はコーヒーを淹れるのに最高の水だと思っています。圧倒的な水の良さをコーヒーを通じて体感してほしい、そう思って店を営んできました。そして、その発想をビールにも広げました。コーヒーは緑茶や紅茶と違って堅苦しいお作法がない、世界中でカジュアルに楽しまれている飲み物。同様にビールも庶民のお酒の代表です。身近な飲み物であるコーヒーとビールで信濃大町の水の美味しさを伝えていきたいというのが狙いです」(松浦氏)

「カクテルってどこか拡張高いお酒と思われがちですが、本来はビールのようにカジュアルなものなんですよ。禁酒法の時代に、粗悪なお酒をいかに美味しく飲むか。その工夫として大きく発展したのがカクテルなので、本来はごく大衆的な飲み物。僕のバーも“アットホームバー”を謳っていて、肩肘張らずにお酒の美味しさ、新たな魅力に気づいてほしいと思っています。だから、カジュアルな入り口から多くの人に入ってきてもらって、水の美味しさを知ってほしいという松浦さんの想いに共感しますね」と山﨑氏はうなずきます。

工場内で醸造の特徴について解説する松浦氏。酒のプロであるバーテンダーならではの鋭い質問によどみなく答えていく。

「掃除だけはどこにも負けていないと断言できます」と松浦氏が話すとおり、ブルワリー内はどこもピカピカに磨き上げられている。

 水質調整を一切行わず、そのままの天然水でビールを仕込む。

信濃大町の水の美味しさをクラフトビールを通じて伝える。そのミッションを掲げる『北アルプスブルワリー』は、常識にとらわれない大胆なクラフトビール醸造に取り組みます。その最たる部分が、使用する水に一切手を加えないこと。一般的には、ビールに使う水は醸造の前段階で薬剤を使った水質調整が施されます。クラフトビールがいち早く発展してきたイギリスやアメリカの水が硬水であることから、日本の軟水はミネラル成分などを添加し、イギリスやアメリカでビール醸造に適しているとされる硬水につくり変えるのです。

しかし、それでは『北アルプスブルワリー』はそもそもの目標からそれてしまいます。セオリーから外れて軟水で仕込むと、うまく味が乗らないかもしれない。ホップの苦味がきちんと出ないかもしれない。キレが弱いかもしれない。心配は尽きませんが、そのままの水を使うことを大前提に初めての醸造に向かって突き進みます。

当初、思わぬハプニングが発生しました。オープンに向けて準備を進めていたものの、なかなか醸造免許がおりません。免許がおりず仕込むことができないため、予定していた醸造をやめ、他県のブルワリーに原材料とレシピを渡して造ってもらうことにしました。外注によってビールが出来上がった後、ようやく免許がおりて初めての自家醸造にチャレンジしました。しかし、段取りが悪く、機材の扱いでもトラブルが続き、本来は6時間で行える工程に倍以上の14時間もかかってしまったのです。そうして完成したビールは悲惨な出来かと恐れましたが、いざ飲んでみると、スタッフの誰もが驚くほど美味しいと感じたそうです。しかも、その美味しさは、同じでレシピで外注しして出来上がったビールよりもはるかに上。外注と自家醸造の違いは、仕込み水のみ。つまり、信濃大町の水がビールの美味しさをさらに引き上げたという証左になったのです。

「信濃大町の水を使って初めて自分たちで造ったビールを飲んだ時、みなさんの反応はどうだったのですか?」との山﨑氏の問いに、松浦氏は当時を振り返ります。
「飲みやすい! 口当たりの良さにみんな驚きましたね。外注したものと比べて単にライトな飲み口になったというわけではなく、風味は負けず劣らずしっかりありながら、“カド”がなくなって心地よく飲むことができる。そんな声が多く聞かれました。実は、僕自身は元々ビールを好んで飲む方ではありませんでしたが、このビールは素直に美味しいと思いましたね、お世辞抜きに」

『北アルプスブルワリー』では常時6種類ほどのクラフトビールを味わうことができる。

タップルームで人気は少量ずつ味わえる3種飲み比べ。すべてを味わってみたいという客が多い。

ラガーを一口味わい、軽やかな飲み口と豊かな風味に驚く山﨑氏。創業3年目とは思えないハイレベルな出来。

 カドがない、まあるい印象のビールに。

現在、『北アルプスブルワリー』では主力のペールエールやラガーをはじめ、様々な種類のビールを醸造しており、併設のタップルームでは常時6種類ほどのビールを試飲することができます。山﨑氏もこの日いただけるすべてのビールを味わってみます。
まず主力のラガーをグビリとやった山﨑氏は、「ああ、これは美味しい!」と表情がパッと明るくなりました。
「カドがない。全体がまあるい印象で、とても飲みやすい。でもシャープなキレもあるし、これはいいバランスですね」と驚きます。続けて、ペールエール、そしてIPAを味わうと、「エール系もいいなあ」と唸ります。
「IPAに信濃大町の水を使っている特長がよく現れていますね。IPAの苦くて濃いという重たさが程よく緩和されていて、IPAの強い味わいを軽やかに楽しむことができます。やっぱり水がいい働きをしているんでしょうね。カクテルも同じ。たとえば上質なウォッカであっても、そのままだとどうしても刺々しさがあるのですが、それを水や氷を上手に使ってカドを取るのがバーテンダーの腕の見せどころ。工夫や技術によって、高いアルコール度数の飲み応えを保ったまま、口当たりを良くすることもできるんです。こちらのビールには、そんなカクテルの本質に共通するものを感じます」

500kgの仕込みタンクに対し、80kgものリンゴを投入するアップルエールも出色の仕上がり。リンゴの名産地ならではの贅沢な風味を堪能することができます。いわゆる黒ビールの一種であるスタウトも評判の出来。黒ビールらしいコクがありながら、飲み口はいたって軽やか。スルスルといくらでも飲めそうだと山﨑氏に笑みがこぼれます。

そして、とりわけ山﨑氏が感動したのが、副原料に自家焙煎のコーヒー豆を使ったコーヒーパンチ。コーヒーフレーバーのビールはコーヒー豆と相性が間違いないスタウト系でつくるのが一般的ですが、こちらではコーヒー本来の味わいも大切にすべく、エール系でつくり上げています。
「旨い! これは文句なく旨いですね。コーヒーの風味がビールの炭酸と苦味に乗って、フワッとやってくる。余韻も心地いいし、これはもはやカクテルです。やはり信濃大町の水の良さがなせる技なんでしょうね」

このコーヒーパンチは、「ジャパン・グレートビア・アワーズ2020」と「インターナショナル・ビアカップ2020 カテゴリーチャンピオン 金賞」と、権威あるアワードに次々と輝きました。
「ブルワリーの近くにあるコーヒーショップで焙煎したばかりの熱々の豆を急いでブルワーに持ってきて投入しています。スタウトではなく、エール系でコーヒーの味がしっかりするギャップと、コーヒーのフレッシュな風味を感じて欲しかったんです。いずれは、さらにクリアな味わいのラガーでコーヒーパンチをつくってみたい。それから、ホップの自家栽培にもチャレンジしたいと思っているところです」と松浦氏は次なる野望を語ります。

「ははは。松浦さんの、なんというか、変態的な情熱が一杯に濃縮されたビール。これからも本当に楽しみです。僕も銀座を代表する変態的なバーテンダーになれるように頑張ります」と山﨑氏は笑いました。

「いいコーヒーを飲んだ後は、このあたりに心地いい風味がずっと持続しますよね。それをコーヒーパンチでも実現したくて」と話す松浦氏。

醸造家とバーテンダー。立場は違えど、同じお酒のプロとして話が尽きることはない。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

清らか、そして、まろやかなる水道水。暮らしの根源にある、この上ない贅沢。[湧水とアートがうるおす町/長野県大町市]

鷹狩山の山頂、展望台より信濃大町市街を望む。街の奥には蓮華岳や爺ヶ岳がそびえ、さらにその奥には後立山連峰の雄姿が見える。

 北アルプスの天然水に恵まれた名水の郷。

爽快な秋晴れの朝、地元の方のおすすめに従って、町の東側にそびえる鷹狩山へと向かいました。クルマで到達できる頂上には展望台があり、そこから信濃大町の街を見下ろし、さらにその奥には3000m級の山々が連なる後立山連峰を遠望することができます。なるほど、ここからの眺めは、信濃大町がいかに地形的に水に恵まれた地であるかが、とてもよくわかります。

信濃大町は屹立する山脈の間に広がる扇状地にあります。山々に落ちた雫は、山を下りながら少しずつ大きな流れになり、多くが高瀬川と鹿島川、農具川にまとまって、市内をダイナミックに流れていきます。

「あ、ダムが見えますね」
備え付けの望遠鏡をのぞいた山﨑剛氏は、蓮華岳の麓に、市内に3つある大規模ダムの一つ「大町ダム」を見つけたようです。巨大な壁の向こう側にあるダム湖には、雪解け水をたっぷりと湛えていることでしょう。その迫力が、遠く離れたここからも感じられます。

展望台からは見えないものの、街の北側には仁科三湖と呼ばれる3つの湖があります。SUPやカヌーなどさまざまなアクティビティが楽しめる「木崎湖」、ヘラブナ釣りが人気の「中綱湖」、豊かな森に囲まれた「青木湖」は、市民の憩いの場と四季折々の美しい風景を見せています。

「こうして見ると、山に降り注いだ天然水が信濃大町の街に集まり、暮らしを潤していることがわかります。山に囲まれて寒暖差が生まれる平地は、リンゴやブドウの名産地と聞いています。それもこの恵まれた地形の賜物なんでしょうね」と、山﨑氏は眼下の絶景に魅了されていました。

鷹狩山の展望台付近には、古民家を生かしたアート作品、現代アートチーム『目』による『信濃大町実景舎』がある。2020年から2021年にかけて開催された『北アルプス国際芸術祭』の展示作品の一つ。※不定期公開

ストイックな長距離走のトレーニングを愛し、自然の中でのアクティブな活動を好むスポーツマンの山﨑剛氏。「山のエネルギーを全身に感じる」と話す。

『女清水』をひとすくい、味わってみる。秋のうららかな陽気の中、水道水とは思えない冷たさに驚く。

 二つの異なる水系からもたらされる、源流からの水道水。

信濃大町の水道水は、街の西側と東側で水系が異なっています。西側の水は北アルプスの上白沢、黒部ダムの入り口にあたる源流の湧水で、「男清水(おとこみず)」と呼ばれています。一方、東側の水は標高900mの里山、居谷里の湧水で、こちらは「女清水(おんなみず)」と呼ばれています。大町商店街には、メインストリートを挟んで、この男清水と女清水それぞれの水飲み場があります。それらを飲み比べてみると……

「お、女清水の方が冷たい。どちらも口当たりのやさしい軟水ですが、ミネラル感もしっかりありますね。味の感じ方では女清水が微妙に強く、飲みやすさでは男清水に分があるかな。通りを挟んで、2種類の水道水を味わえるのは不思議ですね。なにより、こんなに美味しい水が水道水としていつでも使えるのは東京では考えられません。暮らしの根源である生活水がこれほどまで上質であることは、この上なく贅沢な暮らしと言えるのではないでしょうか」

仁科三湖の一つ、木崎湖へ足を伸ばしました。沖へ一直線に伸びる桟橋に立った山﨑氏は、感嘆の声を漏らします。
「湖とは思えないくらい、水が澄んでいますね。ほら、カラス貝が移動した跡ですかね、湖底についた模様もはっきり見えます。大町の子はここで泳ぐんですか? 僕の故郷の高知では泳ぎといったらもっぱら川で、きれいな川で遊べることが自慢なんですけど、この木崎湖も気持ちいいでしょうね。街のすぐそばにこんなに美しい湖があるのは羨ましいです」

SUPやカヌーなどのアクティビティが楽しめる『木崎湖』。この日は、何組かの釣り人が静かにボートフィッシングを楽しんでいた。

 天然水の美味しさをそのままに家庭へ届ける。

次に訪ねたのは、信濃大町駅からほど近い場所にある『AW・ウォーター』の工場。こちらでは、ウォーターサーバーに載せる宅配用飲料水を12Lボトル換算で月30万本の生産が可能です。稼働開始は2013年。この信濃大町に新工場が造られました。代表取締役社長の永井毅之氏は、信濃大町に立地した決め手は「水の美味しさ」にあると話します。

「男清水の水系で地下200mの井戸から汲み上げた水を使っています。取水の時点で極めて清冽であり、安全性の観点からとてもポテンシャルの高い水です。そして、なんと言っても美味しさが非常に大きな魅力です。キレや後味、旨みといった味覚を数値化した調査でも高評価を得ており、飲まれる方からは『尖った部分がない』という感想を多くいただいています。まろやかでありながら、飲み応えと旨みのバランスがいいとの評価をいただいています」と永井社長。山﨑氏も早速、試飲します。

「……うん、美味しいですね。確かに尖ったところがなく、非常に飲みやすいです。これはいい意味でですが、ごくわずかにミネラル感が舌に残るニュアンスがある。このフック、いわば引っ掛かりがとてもいい働きをしています。お酒にしてもジュースにしても、上質な飲み物はサラッとしていながら、心地いい余韻があって、また飲みたくなる。もう一口もう一口と味わい、いつの間にか飲み干してしまう。それがいいお酒なんです。この水は、また飲みたくなる水です」と、山﨑氏はグラスの水を干しました。

AW・ウォーターの優れた味わいは、世界でも認められています。「モンドセレクション2022 優秀品質最高金賞」に加え、世界的に権威ある味覚認証であるITIでも「ITI2022 優秀味覚賞 三ツ星」を受賞。業界初の2度目のダブル同時受賞の快挙を成し遂げています。

AW・ウォーター信濃大町工場では、北アルプスの上白沢に端を発する水系を地下200mから汲み上げて使用している。

高速でボトリングされる様子にしばし見入る山﨑氏。信濃大町の豊富な水資源が、ここから全国の家庭へと届けられる。

「モンドセレクション2022 優秀品質最高金賞」や「ITI2022 優秀味覚賞 三ツ星」を獲得した証書やメダル。中央のパネルは、信濃大町出身の芸人で漫画家・鉄拳による描き下ろしイラスト。

非加熱処理で除菌され、美味しさを閉じ込めた信濃大町の水は、全国へ配送されていく。

 美味しさを大事にするからこそ、非加熱処理にこだわる。

地下深くから汲み上げた水を除菌し、ボトルに詰めて出荷するという極めてシンプルな製品作りを行なっているというAW・ウォーター信濃大町工場ですが、水本来の美味しさを大切にした処理工程にこだわっています。除菌は4段階のフィルター濾過を実施。最終的には、孔の大きさが最も細かいとされる0.1μmのフィルターを使い、不純物を徹底的に除去。フィルターでの除菌を厳格に行うのも、水除菌の方法として一般的である熱処理を不要にするためだと、永井社長は説明します。

「この地で地下200mから汲み上げられる水は、30年から40年前に北アルプスに降り注いだ雨や雪がゆっくりと地面に浸み込み、地下を通ってきたと考えられています。時間をかけて花崗岩や変成岩などの砂礫層を通ることで豊富なミネラル成分が水に溶け込み、それが美味しさの秘密になっているのです。熱処理を行うと、水中に溶け込んでいるミネラル成分が変質してしまい、本来の味にも何らかの影響を生じてしまう。それを避けるために、私たちは非加熱処理にこだわっているのです。大町に赴任して4年が経過しましたが、暮らしてみてあらためて水の美味しさに気付かされました。水に恵まれている暮らしがいかに豊かであるかを実感しています」

北海道出身、AW・ウォーター代表取締役社長の永井毅之氏。「工場立地の大きな推進力になったのは、何よりも信濃大町の水の美味しさでした」と振り返る。


Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 大町市)

水と暮らす郷、信濃大町を訪ねて。山嶺に磨かれた名水と、大地の恵みを巡る旅。[湧水とアートがうるおす街/長野県大町市]

    OVERVIEW

「バーテンダーにとって、水は命。水割りの水、チェイサー用の水、氷は不可欠なものだし、お酒とお酒、お酒と果汁をつないでくれるのも水。バーテンダーの仕事は水と共にあります」

銀座『BAR GOYA』の店主・山﨑剛氏は、長野県大町市を縫うように流れる高瀬川の水面を見つめてそう話します。バーテンダー日本チャンピオンの栄冠に度々輝いてきた山﨑氏の言葉には、一つのカクテルを何百、何千杯と試作し研究を尽くしてきた経験に基づく重みがあります。

多忙な日々に時間をつくっては、国内外の銘醸地やカクテルにふさわしいフルーツやハーブの産地を訪ねている山﨑氏。この秋からは、北アルプスの麓に広がる大町市、通称信濃大町の探訪を続けています。山﨑氏を惹きつける最大の磁力は、清冽な天然水。蓮華岳や爺ヶ岳などが連なる山嶺に降り注ぐ豊富な雨水は、市内に3つある「大町ダム」「七倉ダム」「高瀬ダム」の大規模ダムを湛え、また、地下深くへとゆっくりと浸み込み、そして、幾筋もの川となって市内を潤しています。清らかな水はさまざまな季節の果物を育み、個性豊かなワインや日本酒、クラフトビールを醸しています。

豊かな水に彩られ、連綿と水と暮らす郷、信濃大町を巡りながら、そこに生きる生産者との出会い、魅力あふれる逸品との出合いをつづっていきます。

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 長野県大町市)

コードバン ショートウォレット(光沢Ver)

    ショートウォレット光沢バージョン!

  • 表はコードバン、中はカーフ、縫い糸はシニュウ。
  • 思いっきりショートタイプに仕立てました。
  • ジーンズならば、ヒップポケットにすっぽり入り、ジャケットやスーツの内ポケットにもズッポリはいります。
  • 全て手作業で縫い上げたこいつは何年使ってもへこたれることはありません。

ウルトラヘビースウェットフルジップパーカー:ピストン柄

ピストン柄のフルZIPパーカー

  • アイアンハート定番の極厚裏起毛スウェットパーカー
  • 身頃各部の縫い合わせ、ポケットの叩き付けは、昔ながらの4本針(フラットシー マ)を採用しています
  • ユニバーサル社製ファスナーには、グローブをしたままで開け閉めが容易な革タブ を装備しています
  • プリントデザインは山形県酒田市で活躍するピンストラパーHOPPING SHOWER"テツ" 氏によるもの。
  • 1色ラバープリント
  • ワンウォッシュ済み

サイズスペック

着丈 肩幅 身幅

裾幅

袖丈 袖口
Ladies-Free60389678598
S 66421049064.59
M 68451069665.59
L 714811610266.59.5
XL 735112010667.59.5
XXL 755412411068.510
  • 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。
  • 商品はワンウォッシュ済みです。

素材

  • 綿:100%

構想3年を経てたどりついた味。フグの美味と感動を商品に込める。[和光アネックス/東京都中央区]

マフグにニンニクや唐辛子などを加えた「コンフィグ」。商品名は、「コンフィ」と「フグ」を掛け合わせた造語。

WAKO ANNEX目指したのは、親しみやすい高級感。

「フグ」の名産として知られる山口県下関市。海産に恵まれたこの地で、『山賀』は2008年に創業しました。以降、2014年に自社ブランド「宝関」を誕生させ、フグをはじめとした魚介の加工品を展開。「海からいただいた“宝”石」、「下“関”」にちなんだ高いクオリティと品質を持つ自信の表れでもあります。

『山賀』が真剣にフグを見続け、30年以上。培われた目利きと天然トラフグへのこだわりは、増すばかり。その情熱は、美味に宿ります。

「コンフィグ」はその好例。フランス発祥の保存食、コンフィに学び、ニンニク、鷹の爪などを加えたオイルにフグの身を漬け、じっくりと低温で炊き上げた国産天然マフグのオイル炊きです。オイルで長時間加熱することによって身質をやわらかくし、表面を覆って旨味を凝縮。保存性も高めました。

コンフィにしたのは、フグをどこでも気軽に楽しんでいただきたいから。「トラフグの持ち味を活かす」、「また食べたい味に仕上げる」、このふたつを追求した結果、塩を焼くことでマイルドな味わいにたどり着き、前述の「宝関」は生まれたのです。「宝関」は、第48回 山口県水産加工展 水産庁長官大賞を受賞。さらには、全国の加工品を集めた農林資産祭天皇杯にも山口県代表として出品された経歴も持ちます。

ワインや冷酒のお供として、サラダやパスタ、サンドウィッチなど、様々なお料理に好相性。ぜひ、お試しあれ。

「コンフィグ」は、トマトとの相性が抜群。カナッペをはじめ、パスタやサンドウィッチ、サラダ、カプレーゼに合わせるのもおすすめ。

瓶の側面を見れば一目瞭然。ぎっしり詰まったふぐのオイル漬けは、90gの容量。食べ応えも十分。

※今回、ご紹介した商品は、2021年10月1日にリニューアルオープンした『和光アネックス』地階のグルメサロンにて、購入可能になります。
※『和光アネックス』地階のグルメサロンでは、今回の商品をはじめ、全国各地からセレクトした商品をご用意しております。和光オンラインストアでは、その一部商品のみご案内となります。

住所:東京都中央区銀座4丁目4-8 MAP
TEL:03-5250-3101
www.wako.co.jp
 

Photographs:JIRO OHTANI
(Supported by WAKO)