スポーツ以外で使用できるシーンでも、デザインをお揃いにするだけでなく自分の名前もプリントすると団結力がさらに高まりそう。 #フットサル #サッカー #ユニフォーム
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その男の手にかかれば、おいしくならない肉はない。[サカエヤ/滋賀県草津市]
サカエヤ決して便利ではない場所なのに、世界中から人が訪れる肉屋。
滋賀県草津市に、イタリアやアメリカなどからも美食家がわざわざ足を運ぶレストランがあります。それが、「セジール」。母体は肉の精肉屋「サカエヤ」です。セジールの話をする前に、まずサカエヤについて知っていただきましょう。
滋賀県で肉とくれば近江牛、のセオリーに反し、サカエヤでは近江牛を前面に打ち出していません。扱うのは、北海道のほぼ野生と言える牛肉や、三重の農業高校で育てられた豚肉など、何のブランド名もつけられていない肉ばかり。しかしどれも、店主の新保吉伸氏が、動物の命とそれを育てる生産者への尊厳を込め、世に送り出した唯一無二の銘柄です。
【関連記事】セジール/この店で誰もが知る、「肉は、エンターテインメントだ」。
サカエヤ何をしても続かない性格だから、これだけは本気でやろうと思った。
もともと父親が精肉店を営んでいましたが、新保氏が1987年に創業した「サカエヤ」はその跡を継いだわけではありません。父の背中を見て育った新保氏は「この仕事は絶対にやりたくなかった。朝は僕が起きればもういないし、寝る頃にはまだ帰ってきていない。何より肉の匂いが嫌いでした」と振り返ります。それが、高校卒業後に父と同じ仕事に就くに至ったのは、自分が起こした車の事故が原因。弁償するお金を払うため、父親の弟子が開いた店を手伝うことになった、というやや後ろ向きなきっかけでした。
それが今や業界では知らない人がいない、『肉の巨匠』と呼ばれる存在に。「僕は度がすぎるほどの不器用やったんです。途中から他の仕事なんてできないとわかっていたので、この仕事で一生懸命やろう、と観念したんです」と控えめに語りますが、新保氏の心にあったのは「人と同じことをやっていたら埋もれてしまう」という危機感。近江牛は400年の歴史があり、地元では100年や200年続いている肉屋も珍しくない世界。新参者が太刀打ちできるわけもなく、味での差別化も難しい。「極論ですが、少し特別な牛肉を作ったところで、目をつぶって食べれば和牛などどれも一緒。おいしいかおいしくないか、それだけです」。
サカエヤ「面倒な頼まれごと」から生まれた幻のポーク。
しばらく柱となる肉を見出せずに模索する中で、新保氏は知人からある相談をされます。それは、三重県にある愛農高校という農業高校に通う親からの、「自分の息子が学校で育てている豚肉がとにかくおいしいから一度食べて欲しい」という依頼。愛農高校は日本の私立では唯一、有機農法で農業を教える全寮制の高校でしたが、少子化や農業離れから入学者が定員割れをしている状況でした。
サカエヤ「こんなにおいしい豚肉は食べたことがない」と誰もを言わしめた。
そうは聞いても豚肉には興味もなく二の足を踏んでいた新保氏ですが、「あまりにも熱心だから送ってもらって食べたところ、驚くほどのおいしさだったと言います。同校では「神・人・土を愛する」というキリスト教の基本精神のもと、50名ほどの生徒が「養豚」「酪農」など6部門に分かれ、化学肥料や農薬を用いない自然農法で野菜や乳牛、鶏などを育てています。ビジネスではなく授業の一環として、一頭一頭に愛情をかけ命に感謝し、年間わずか100頭ほどの豚を出荷しています。
その豚肉に惚れ込んだ新保氏は、なんとかこの豚肉のおいしさを多くの人に伝えたいと考えました。「豚肉がきっかけで1人でも興味を持ってこの学校に入ってくれれば」。そうして知り合いの料理人に試食してもらうと、誰もが「こんなにおいしい豚肉は食べたことがない」と称賛し、またたく間にメディアで話題に。新保氏が「愛農ナチュラルポーク」と名付けた豚肉は、今では使いたいという料理人が順番待ちをするほどで、たまにインターネット上で一般販売を行うと1頭分がたった5分で売り切れるそうです。もちろん愛農高校の知名度も上がり、入学希望者も増加。「少しは役に立ったのかなあ」と新保氏は手応えを語ります。
サカエヤ全て、ひたむきな生産者の「SOS」に応えていった結果。
そんな「肉の魔術師」のもとへは、救済を求める畜肉の話が舞い込んできます。「愛農ポークは肉自体がおいしかったからまだ良かったものの、次に来たのは、本当にどうしようもない牛でした」。なんと、愛農高校の養豚部部長の母親が北海道で牛を育てており、今度はその牛肉を何とかして欲しいと頼まれたのです。牛は、北海道様似郡にある駒谷牧場で西川奈緒子氏がたった一人で育てているアンガス牛。山林で通年放牧、自然交配のほぼ野生牛で、脂身はほとんどなし。「和牛ならともかく外国牛……これは無理」と断ろうとしたものの、当時はまだ年間出荷が2〜3頭だったため、ポケットマネー程度で何とかできるかもしれないと考え、腰を上げました。
柵で囲って脂を蓄えさせる和牛と違い、放牧なので赤身が強く筋肉質、人間でいうとアスリート体型の駒谷牧場の牛。さらに水分量が非常に多く、焼くと半分が肉汁となって流れ出てしまう問題児でした。そこで、水分を抜くため熟成させることに。サカエヤでは温度と湿度を変えた4台の冷蔵庫を使い分けることによって、肉の様子を見ながら保存状態を徹底管理しています。「肉の住まいを変えてあげるんです」。新保氏のいう「熟成」とは一定の温度を保つ冷蔵庫で肉を「寝かせる」ことで、肉が持っている酵素によってたんぱく質が分解されアミノ酸へ変化する、生物学的でいうところの「自己消化」です。かれこれ5年ほどかけ、ようやくこの牛をドライエイジングによって水分調整し、香りと旨みのある肉質にすることに成功しました。究極の野生赤身肉、ジビエのようなビーフという意味で「ジビーフ」と名づけ、日本で数少ない有機JAS認定を取得。当然、脂っ気がまったくない赤身肉のため肉質は硬めですが、「それも含めて求められているのです。柔らかい肉が良い肉だという時代は終焉です」と新保氏は口調を強めます。
サカエヤチーズで有名でも、肉牛としては正当に評価されなかった。
次も厄介な牛が来ました。チーズで有名な岡山の吉田牧場で、健康な状態にもかかわらず子牛を産むことができなくなり、ペットフード用など加工用に安く売られる牛たちです。同牧場の吉田原野氏は「肉質が悪いわけではなく、乳肉兼用種なので適切に扱ってもらえればおいしいはず」と、新保氏に託しました。これも簡単な案件ではありませんでしたが、前回のジビーフを経験したおかげで、どう“手当て”すれば良いかを約3年かけて導くことができました。今では料理人が興味を持って使ってくれるようになったものの、「すべての部位がキレイに売れるわけじゃない」と新保氏は明かします。「バラやスネなど使いにくい部位は必ず余る。余れば自分で食べればいいだけのこと。僕は数字を追いかけるような仕事はしたくないので、いまのスタンスが性に合っているのかなと思っています」。
サカエヤうちは小さい肉屋だから、諦めています。
新保氏は、生産者から肉を「買う」のではなく「預かる」と表現します。生産者、料理人、食べる人。自分はその間を繋ぐ役割であると考えています。したがって、生産者から預かった肉を自分がどうにかしておいしい肉にし、料理人に引き継ぐ。どんなに手間がかかっても“手当て”をします。だから、取引先はマックスで40件ほど。「僕と若いスタッフ3人でやってますからこれが限界です」。新保氏が求めるのは利益より「面白いかどうか」。これがたくさんの従業員やその家族を抱えている大手肉屋なら経営が立ち行きません。「儲ける、というのはもう自分も従業員も諦めています。まずは自分たちが誇れるようなことやりたいなって。それだけですね」。
そうしてレストラン「セジール」を作ったのも、決して利益を求めたからではなく「実験室」が欲しかったからでした。それが、世界から食通が目指す一軒になってしまった理由は、後編でお伝えします。
2019年7月刊行の著書『どんな肉でも旨くする サカエヤ新保吉伸の全仕事』(世界文化社)好評発売中。https://www.sekaibunka.com/
住所:滋賀県草津市追分南5-11-13 MAP
電話:077-563-7829
営業時間:10:00〜18:00
休日:水曜・最終火曜
http://www.omigyu.co.jp/
(写真提供:サカエヤ、世界文化社)
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年齢も経歴もバラバラ。そんな津軽の“ONE TEAM”が醸す、今注目のシードル&ワインとは?[TSUGARU Le Bon Marché・GARUTSU/青森県弘前市]
津軽ボンマルシェここはりんご畑の中にあらず。街の中心地、気軽に通えるシードル醸造所。
日本一のりんご生産量を誇る青森県弘前市。りんごから造られるシードルもまた、弘前市と深い関係がある飲みものです。昭和28年、弘前の酒造メーカーの代表が欧州へ視察訪問、帰国後の翌年にシードル製造会社を設立し、昭和31年に発売されたのが日本で最初のシードルだったとか。平成26年には弘前市が「ハウスワイン・シードル特区」となり、現在では“シードルの街” として、大小さまざまなメーカーが独自の味を追求しています。市の郊外に広がるりんご畑周辺には、以前「津軽ボンマルシェ」で紹介した「弘前シードル工房kimori」など多くの醸造所が。そんな折、2017年に登場し注目を集めたのが『GARUTSU代官町醸造所』でした。
こちらのコンセプトはずばり“街なかの醸造所”。ほとんどの醸造所が郊外のりんご畑に近い場所に位置する中、『GARUTSU』がある代官町はJR弘前駅からも近い街の中心地。しかも近所には『bambooforest』や『green』といったこじゃれたセレクトショップが並ぶ、感度の高い情報発信地的エリアです。「これまでシードルは、造る場所と飲める場所が離れていたんです。街中に醸造所を作って出来立てのシードルを提供し、地元の人にも観光客の方々にも、シードルをもっと身近に感じてほしいという考えが発端でした」と語るのは、醸造責任者の白戸孝幸氏。「それにここ数年、東京近郊では料理とシードルを合わせる人が増えている。一方、産地である津軽には、料理とのマリアージュを楽しめたり色々な種類のシードルを飲めたりする店がまだなかったんです」と続けます。
工房の入り口はカウンターのあるカフェレストラン。メニューには、シードルとの相性を考えた料理が並びます。そして特筆すべきはドリンクメニュー。店のいちおし、店内奥の醸造所で造った自家製「樽生シードル」は、出来立てならではのフレッシュな味わいが楽しめます。さらに『GARUTSU』オリジナルのシードルやアップルワインを常時数種類揃えるほか、津軽をはじめ県内の主要メーカーの銘柄もずらり。ここへ来れば、今の青森の人気シードルを網羅することができるのです。シードル好きにとって、なんとたまらない場所ではありませんか!
【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!
津軽ボンマルシェ日本初! 世界遺産の地で醸すシードル&ワインへの挑戦。
レストランからガラス越しに覗くことができる『GARUTSU代官町醸造所』内には、大きなタンクがふたつ。「9月から2月頃までがシードルの醸造期間。近隣の契約農家から、傷が付いたり色ムラがあったりする規格外の食用りんごが届きます」と語るのは、醸造と料理監修を担う今祥平氏です。「こちらの醸造所ではレストランで提供する樽生シードルのほか、よくビールに使われるエール酵母を使用した限定シードルなどを造っています。製造量は年間3000ℓほど。西目屋の方は、それよりさらに増やしていく予定です」と白戸氏。
西目屋村といえば市の中心地から車で20分ほど、世界遺産・白神山地の入口として知られる地区。実は昨年11月、この地に『GARUTSU』2ヵ所目となる醸造所『白神ワイナリー』が誕生しました。“街中”がコンセプトの代官町と違い、こちらの売りは西目屋産のりんごと白神山地で採取された酵母で造る地域密着型シードル。さらに施設名通り、西目屋産のぶどうからワインの醸造も行います。代官町で醸造を始めてからわずか2年での大幅な事業拡大。それを後押ししたのは、地元の人々のサポートに他なりません。「私たちのチームは、何より青森のことが好き。醸造所の増設に辺り、もっとたくさんの地元の方々に私たちのことを知ってもらいたいと考えました。最初にクラウドファンディングのアイデアを提案したのは取締役の相内英之。地元の人を巻き込もう! とプロジェクトが始まりました」。そう話す久保茜さんは、『GARUTSU』でブランディングや広報を務めるスタッフ。久保さんを中心に立ち上げたワイナリー新設のためのクラウドファンディングは県内で大きな反響を呼び、4週間で110万円を集めました。
『白神ワイナリー』があるのは、西目屋村のランドマーク『道の駅 津軽白神』内。代官町の醸造所の倍以上あるスペースには1000ℓの果汁が入る大型タンクが並び、道の駅の店内から醸造中の様子を見られるようになっています。オープンから2ヵ月後の今年1月には、初リリースとなる「しらかみピュアシードル」を発売。現在もタンクはフル稼働。今後、随時さまざまな商品を発売していく予定です。
津軽ボンマルシェメンバーの多様さ=GARUTSUらしさ!? 運命共同体のチーム。
『GARUTSU』の誕生には多くの人が関わっています。始まりは、弘前出身・東京在住で飲食店経営などを手掛けるオーナー・笹島雅彦氏の「地元・弘前で地域ならではの酒文化を発信したい」という想いでした。設立にあたりスタッフとして声を掛けられたのが、以前からの知人であり、現在取締役を務める相内秀之氏。オープン時には、都内初のワイナリーとして話題を呼んだ『東京ワイナリー』で指導を受けたほか、日本全国20ヵ所以上のワイナリーを巡り、醸造の知識を深めたそう。白戸氏と今氏、久保さんは相内氏に誘われ、昨年から入社。現在は相内氏を中心とした津軽在住メンバー6名で『GARUTSU』の運営を行いますが、実はほとんどのメンバーが醸造に関わるのはこれが初めてなのだとか。
例えば白戸氏は寿司職人歴25年の元料理人。小学校からの同級生という相内氏との縁がきっかけでチーム入りを決めたそう。「お酒も好きだし、話を聞いたとき、なんだかわくわくしたんです。新しいことに取り組むのはやっぱり楽しいですよ。43年生きてきて、まさかの展開ですが(笑)」と笑います。一方の今氏も、居酒屋やカフェ、イタリア料理店などさまざまな業態に10年以上携わってきた飲食業経験者。料理のほかワインやコーヒーの知識もあるため、醸造のかたわらレストランのメニューを監修、スタッフの育成も担当します。ほかのメンバーが弘前出身者なのに対し、久保さんは群馬県出身。弘前大学に進学後に津軽の魅力に開眼、首都圏で数年営業の仕事をしたのち、再び弘前へ戻ることを決意したという“津軽愛”あふれる20代です。
取材当初に感じたのは、登場人物の多さとスタッフの経歴の多彩さを記事の中でどうまとめるか……という悩み。しかし話を聞き進めるうち、それこそが『GARUSTU』らしさなのだと気付きました。「うちは何か決めるとき、大抵全員で話合いをします。経験者の集まりではない分、誰かがいないとできない仕事や職人じゃないとできない仕事を目指すのではなく、みんなで成長していきたい」と白戸氏。今氏が「うちのチームは石橋を叩いて渡るのではなく、とにかくみんなで『渡っちゃえ!』と進んでいる感じ。課題だらけですよ(笑)」といえば、久保さんが「誰かが想い余って暴走しそうなときは周りが全力で止めるし、本人もみんなの話を聞くし。誰が欠けてもだめなんです」と笑いながら続けます。
年齢も経歴もバラバラ、醸造は手探りのことも多いチーム『GARUTSU』ですが、「大好きな津軽のために何かしたい」という想いこそ、全員に共通する原動力。ちょっと前のめりだけれど勢いがあって、何より彼ら自身が一番楽しそう! そんな姿から、このチームの真の強さが伝わってきたのでした。
津軽ボンマルシェ地域資源は宝物。津軽の酒が、世界を驚かす日を夢見て進む。
地域の資源を活用した商品作りを進める『GARUTSU』。代官町の工房で造るドライな味わいの「MIXシードル」は、どちらも津軽の名産品であるりんごのふじと、ぶどうのスチューベンを使用しています。スチューベンは岩木山のふもとの自社農園で減農薬栽培されたもの。前の畑の所有者が手放すことを聞き、引き継ぎを申し出た場所なのだそう。そして今『白神ワイナリー』の醸造タンク内で発酵中なのが、西目屋の山ぶどうを使ったワイン。遠方のワイナリーとの取り引きに負担を感じて廃業を考えていた地元生産者との偶然の出会いがきっかけとなり、今後も生産を継続してもらえることになったのだとか。「今後はワインにも力を入れたい。100%白神の素材だけで作った、地域を代表する土産品として売り出せたら」と白戸氏。春から秋にかけて水陸両用が運行し、見学ツアーが開催される津軽ダムは西目屋の人気観光スポットですが、ダム内にあるトンネルでワインを寝かせ、熟成させる計画も進行中。さらに地元産の生乳からチーズやアイスを作るなど、シードル&ワインと一緒に楽しめる新たな商品の開発にも意欲を燃やします。
チーム『GARUTSU』の視線は、地元津軽だけに向けられているわけではありません。この2月から始まるのが、海外でのシードル販売。既に台湾での展開が決まり、今後はタイやシンガポールへの進出も視野に入れています。現在取り組むのが、そうした海外の顧客が好む味わいのシードルを独自に製造すること。「海外へ視察を重ねる中実感したのが、日本人と外国人の味覚の好みの差。既に海外進出している津軽産のシードルはありますが、どれも国内向けに造ったものをそのまま販売しているため、売れずに棚落ちしているケースもありました」と白戸氏。『GARUTSU』のシードルは甘みを抑え、ドライでさっぱりしたアルコールが高めのものが主流でしたが、まずは台湾向けに、現地で好まれるりんごの甘さを前面に打ち出したシードルを醸造予定とか。昨今、ブランドりんごとしてアジア圏で大人気の津軽産りんご。これを機に、そのブランド力がさらにアップすることは間違いありません。
さて、みなさんはもうお気づきのことでしょう。社名の“GARUTSU”は“津軽”のアナグラムということを。あふれんばかりの地元愛と情熱を基盤にまい進するチーム『GARUTSU』。今後も新商品や新たな企画で、私たちを驚かせたり、楽しませたりしてくれるはず。その勢いが止まることは当分なさそうです。
住所:青森県弘前市代官町13-1 MAP
電話:0172-55-6170
営業時間:18:00〜23:00
定休日:月曜日(月曜が祝日の場合翌火曜)
http://garutsu.co.jp/
※醸造所内の見学は応相談
住所:青森県中津軽郡西目屋村大字田代字神田219-1 道の駅 津軽白神内 MAP
電話:0172-85-2886
※醸造所内の見学は応相談
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下関の知られざる名物。水揚げ日本一のあんこうの魅力を追って。[Fisherman’s Wharf Shimonoseki・あんこう/山口県下関市]
フィッシャーマンズワーフ 下関・あんこうOVERVIEW
冬の下関漁港市場でひときわ異彩を放つのが、旬を迎え丸々と太る、あんこう。
茨城県以北の太平洋沿岸が産地のイメージが強い高級魚ですが、実は下関は、漁港単位では日本一の水揚げ量を誇ります。
からだはぬめぬめ、顔は強面。鮮度の証は腹で見ると言われる通り、市場ではすべて白いお腹を丸出しにして仰向けに。
その巨体たるや1匹で箱から飛び出すものもいるほど。冬の市場内で大スペースを占め席巻する、日本一のあんこうの実力とはいかに?
日本一の水揚げを支える沖合底びき網漁業の漁師に、あんこう尽くしのフルコースレストラン、新たな商品であんこうに活路を見出す熱血社長まで、水揚げ日本一の高級魚の真実を追ってみました。
すると見えてきたのは、ふぐにも負けない多彩な魅力。捨てる部位がなく、とにかく旨い! 日本一の産地には、知られざるあんこうの魅力が詰まっていたのです!
【関連記事】FIsherman's Wharf SHIMONOSEKI メインページ/豊かさの再発見。改めて知る海峡の街・下関へ
(supported by 下関市)
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琉球王朝時代の“ロイヤルスピリッツ”を、交易の地・勝連城跡の夜に蘇らせる。600年の歴史を持つ日本最古の蒸留酒・泡盛のペアリング。[DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS/沖縄県うるま市]
ダイニングアウト琉球うるま交易の要衝を舞台に、王朝時代からの「おもてなし」の酒と料理を合わせて。
2020年1月18日、19日に開催された『DINING OUT RYUKYU URUMA with LEXUS』。回を重ねるごとにアップデートされていく『DINING OUT』ですが、18回目となる今回は、アジア発、世界を沸かせる2人のシェフのポップアップユニット『GohGan』が登場し、大きな話題を呼びます。『Asia's 50 Best Restaurants』において4年連続1位に輝き、現在はタイ・バンコク『Gaggan Anand』を率いるガガン・アナンドシェフと、九州で唯一、同アワードにランクインした福岡『La Maison de la Nature Goh』の福山剛シェフによる『GohGan』。ポップアップとしてはこれが最後の舞台ということで、さらなる注目を集めました。会場は沖縄本島中東部に位置するうるま市の世界遺産・勝連城跡。世界遺産がディナーの本会場になるのは、『DINING OUT』史上初めてのことです。
沖縄では南城市を舞台にした『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』に続く開催となりましたが、会場となる地域やテーマ、料理人の個性と土地へのアプローチで表現は、がらりと変わります。それは、たとえ山羊やマグブなど、同じ食材を使用したとしても。単なる野外レストランではない『DINING OUT』の魅力を改めて感じさせる勝連城跡の二夜でしたが、『GohGan』による15皿のコースをさらに特別なものにしたのが、泡盛を柱にしたドリンクペアリングでした。
15世紀、按司(首長)として地域を治めた阿麻和利の居城だった勝連城は、中国、東南アジア、日本本土と海外貿易を行い、繁栄を極めた土地です。異国の人々を受け入れ、文化に寄り沿うことで発展してきた土地には、「おもてなし」の心とともに「気高さ、心の豊かさ」を意味する「肝高」の精神が受け継がれおり、それはそのまま、今回の『DINING OUT』のテーマに掲げられます。「肝高」「おもてなし」の宴に寄り沿う泡盛ペアリングは、一体どんなものだったのか。そもそも泡盛とはどんな酒で、どのように受け継がれてきたのか。泡盛を語る上で外せない2人のキーマンの話を含め、お伝えします。
【関連記事】DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS
ダイニングアウト琉球うるまディナーの幕開けは、泡盛のイメージを覆す、秘蔵の古酒で乾杯。
ディナーは、特別な泡盛での乾杯からスタートします。2017年の泡盛鑑評会で沖縄県知事賞を受賞した泡盛の最高峰ともいうべき酒。那覇市の隣、豊見城市にある泡盛のトップメーカー『忠孝酒造』秘蔵の古酒(くーす)で、最短で17年、長いものでは30年以上熟成させた泡盛がブレンドされています。代表の大城勤氏自らが、ステージに用意された一斗の甕から、カラカラ(陶製の酒器)に酒を汲み分けてくれます。
そもそも泡盛というお酒にどんなイメージを抱いているでしょうか。沖縄の居酒屋や沖縄料理店で楽しむ「度数が高くて、クセの強い焼酎」。そんな風に考える人が多くても仕方ありません。酒を汲み分けながら、大城氏の簡単な解説が始まります。
「泡盛は、600年の歴史を持つ日本の蒸留酒のルーツで、沖縄の誇り。かつて海路で沖縄にやって来る多くの使節団を、宴席でもてなす際も、必ず泡盛が振る舞われました。そのときに用いられたのが、皆さんにお配りしているちぶぐゎーという酒器。これは世界最小の酒器といわれています。泡盛の古酒は大変希少なものなので、小さな酒器で大切に頂いたというわけです」
ちぶぐゎーは、小粒な栗の実ほどの、本当に小さな酒器。大城氏からカラカラを受け取ったサービススタッフたちが、テーブルを回り、その小さな小さな盃に希少な古酒を注いでいきます。ホストの中村孝則氏の声かけで乾杯し、ごく少量を舐めるようにちぶぐゎーから口へと運ぶゲストたち。馥郁たる香りととろりとしたテクスチャー、舌の上から後味までめくるめく変化を見せる味わいで、静かな感嘆のため息が会場を包み込みます。
ダイニングアウト琉球うるま甕から自社製。品質のため、「祝い」と「絆」の古酒文化を未来へ繋げるため。
『忠孝酒造』は、沖縄県内に47社ある泡盛メーカーの中で、古酒を熟成する甕を自社で製造する唯一の蔵です。ディナーの冒頭で、大城氏が古酒を汲み分けた一斗の甕も、もちろん自社製。泡盛の文化や古酒の熟成について話を伺うべく、取材班は豊見城市の『忠孝酒造』を訪ねました。創業は昭和20(1945)年と、泡盛メーカーの中では後発ですが、今や業界をリードするメーカーに。そのひとつの要因が、代表の大城勤氏の父に当たる繁氏の、古酒甕製造への着手でした。
釉薬を使わずに高温で焼成する焼締めでつくられる甕には、炎と土で自然にできた窯変(模様)入りで、見た目にも美しいもの。叩くと金属音がするほど密度が高く、驚くほどの手間暇をかけてつくられています。土は、南部産島尻ジャーガルと中部産赤土のブレンド。前者は粘土質で乾燥させることでぎゅっと締まり、後者が強度を加えます。成形し、乾燥させて高温で焼成することで45%の大きさに。この時点で既に叩くと「キンキン」という音がするのですが、この金属音はミネラルやマグネシウムなどが凝縮することにより生まれるもの。窯は24時間稼働で、1日乾燥させて3日焼成し、という工程を2度繰り返し、ようやく完成します。
ウイスキーは樽、日本酒は桶、泡盛は甕というくらい、甕は泡盛文化を語る上で欠かせない、象徴ともいえるもの。上級酒や古酒を甕に詰めて販売するメーカーは数ありますが、その甕は業者に委託して造っています。膨大な設備投資と手間、そして時間がかかるにも関わらず『忠孝酒造』ではなぜ、甕の自社製にこだわるのか。品質に対する飽くなき追求はもちろんですが、もう一つ理由があります。自社で製造することで、ゲストが名入れなどオーダーメイドの甕をつくることができるからです。大城氏は言います。
「子供の誕生時に二十歳になった日の開栓を想って健やかな成長を祈る、結婚の記念に末永い円満を祈る、還暦の節目に今後十年、二十年の健康を祈る。泡盛は、喜びを分かち合い、絆を深める酒。琉球王朝時代から続いてきた古酒の文化を、家庭に、飲み手に伝え広げて行きたいという思いからです。
「泡盛文化の継承と創造」が、『忠孝酒造』のモットー。甕づくりから手掛け古酒文化の継承に務めながら、「伝統的」だけではくくれない酒づくりも、後発の蔵を躍進させてきました。その原動力となっているのが、三代目で現社長の大城勤氏にほかなりません。東京農業大学で醸造学を学んだ大城氏は、研究者肌の造り手で、これまでにない造りに挑戦し、個性豊かな泡盛を生み出しています。新しい製法だけでなく、醸造機器の近代化などで廃れたシー汁浸漬法(古式泡盛製法)を東京農大との共同研究で復活させるなど、まさに「泡盛文化の継承と創造」に尽力しています。通常の2倍の時間をかけて麹をつくる「よっかこうじ」仕込み、マンゴー酵母での発酵などバラエティ豊かな泡盛は、それぞれに際立つフレーバーがあり、古くて新しい、世界に発信すべきクラフトスピリッツとしての泡盛の可能性を十分に示してくれます。
ダイニングアウト琉球うるまカクテルベースとして、食中酒として。泡盛のポテンシャルを示したペアリング。
『忠孝酒造』秘蔵の古酒が贅沢な幕開けを飾った『DINING OUT RYUKYU URUMA with LEXUS』。ここで泡盛ペアリングの一例をご紹介しましょう。
15皿に及ぶ『GohGan』のコースの前半は「Bite(バイト)」と呼ばれるカトラリーや箸を使わずに食べる料理が続きます。泡盛ペアリングは、その2皿目から。まずは『忠孝酒造』の「忠孝 よっかこうじ」と那覇市のバー『アルケミスト』自家製のベルモットでつくった「泡盛マティーニ」がサーブされ、続いてガガン・アナンドシェフのシグニチャーでもある「リキットアップ」がテーブルへと運ばれてきます。カラフルな野菜パウダーとスパイシーなチャツネでつくる「リキットアップ」は、皿を舐めて食べる料理。「泡盛マティーニ」の提供時に、あるサービススタッフがいい添えました。「皆さまの羞恥心を解き放つ一杯です」。
カクテルの中でもハイアルコールで知られるマティーニで勢いを付け、多くの人が初めての「皿を舐めて、味わう」食体験に弾みを付ける。なるほど、と思いますが、ペアリングはもちろん、景気付けに止まりません。「3種芋のリキットアップ」の『DINING OUT』バージョンには、沖縄の伝統料理、ドゥルワカシーが隠れていて、「忠孝 よっかこうじ」のフルーティーな甘みと自家製ベルモットのほろ苦さが効いた「泡盛マティーニ」が、田芋の甘みや出汁の旨み、スパイシーさが折り重なる一皿とマリアージュします。
以降、竹炭入りの衣で明太子ベシャメルを包んで揚げた「ブラックチャコール」に、ウイスキー樽熟成の泡盛とアルトビールのカクテル、ジーマミー豆腐とインドの伝統菓子を合わせた「ジーマミーゲイヴァ」と、和食との相性を考えて造られた「和乃春雨」と、泡盛の新しい世界へと誘うペアリングに、テーブルから都度、驚きの声が上がり続けました。
ダイニングアウト琉球うるま平和を象徴し、世界へ羽ばたく可能性を秘めたロイヤルスピリッツに、沖縄の未来への祈りを重ねて。
泡盛の食中酒として、そしてカクテルベースとして驚くほどのポテンシャルを示した今回の『DINING OUT』のペアリング。その核心にもう一歩迫るべく、ディナーの翌日、泡盛ペアリングを監修した比嘉康二氏が営む那覇市内の『泡盛倉庫』を訪ねました。泡盛好きはもちろん、バーの愛好家やバーテンダー、泡盛をはじめとするスピリッツの造り手といった酒のプロにも愛される会員制のバーで、少量生産や長期熟成の希少なものも含め、常時800種以上の泡盛がそろいます。
「600年以上の歴史があり、現在も個性豊かな泡盛が生まれ続けている。24時間、365日、シチュエーションに応じてご提案できる泡盛、飲み方があります」と、比嘉氏。来店したゲストにまず尋ねるのは、泡盛を飲んだ経験の有無や味の好み、加えて最初の一杯か、食事をしながら飲むのか、あるいは締めなのか。「たくさんの泡盛に代わってお聞きする」というサービスは、カウンセリングのようで、会員制というシステムはその時間と場を整えるための装置なのだと話します。
一杯目であることを告げると、ハイボールを薦めてくれました。ベースとなる「暖流 古酒40度」の『神村酒造』は、初めてウイスキーに使うオーク樽で泡盛を熟成させた蔵として知られているとのこと。口当たりにはスモーキーな樽のフレーバーを感じ、すっきりとした味わいながら、フィニッシュに泡盛ならではの複雑な余韻が長く続きます。まさにアペリティフにぴったりの一杯です。
「泡盛がなぜ、アルコール度数が高いか。それは熟成を前提に造られていたお酒だからです。10年や20年、いや50年、100年と熟成させてもへたらないどころか、より味を深める。宮廷の人々を喜ばせ、外交品として重用されたロイヤルスピリッツだったわけです。ところが、戦争を機に妥協のない酒づくりができない時代に変わってしまいます。品質にこだわる余裕も熟成を待つ余裕もない中で、大衆化、量産化が進むうちに、30度前後の焼酎に近い泡盛がスタンダードになり、割って飲む文化が生まれた。今親しまれている水割りなどは、500年の泡盛の歴史の中でわずか70年余りの歴史しかないんです」
そんな低アルコールの飲み方の中からも、新しい泡盛が生まれているといいます。ペアリングにも登場した『宮里酒造』の「和乃春雨」。和食に合う泡盛としてつくられ、アルコール度数は日本酒と同等の15度。グラスに注いでそのまま食中酒として楽しめる泡盛です。
「日本酒をはじめとした醸造酒のよさは、糖と酸のバランスで料理との掛け算が成立すること。ですが、ずっと糖、つまり甘さが続くと飲み疲れる。そこに1杯、この「和乃春雨」のような酒を挟むと、料理の風味に寄り沿いながら食事の重さや甘さを切ってくれ、いいリズムになるんです」比嘉氏の話は、次第に熱を帯びていきます。
「琉球は、戦いではなく“おもてなし”の外交で400年の歴史を築いた国。食や酒は主役ではなく、相手ありき、人と人との関係性の中にあったものなんです。戦争で、一度分断された泡盛の古酒の歴史、それをかろうじて繋ぎ止めることができるのが今。高貴な酒として超長期熟成されたいにしえの時代と、未来を一本につないで行きたいんです。100年、200年の熟成が可能なのは、世が平和なことの証でもある。泡盛は平和の酒。平和な世の中であれば、泡盛の古酒の文化を、はるか未来まで繋げていけるのです」
『泡盛倉庫』の営業以外にも、比嘉氏は泡盛文化を継承するさまざまな活動に携わっています。その一つが、「誇酒プロジェクト」。訳あって廃業になってしまった宮古島『千代泉酒造所』の二機のタンクの泡盛を引き取り、ボトリングして販売しています。瓶内でも10年、20年と熟成する泡盛は、限りあるものが減りゆく様を可視化できるよう、また、世界中のどんなバーカウンターにも馴染むよう、クリアなボトルデザインにしたのだといいます。
『DINING OUT』のディナーを締めくくる一杯も、比嘉氏のプレゼンテーションの下、この泡盛が振る舞われました。
「ロイヤルスピリッツの価値を、未来につなげるお酒です」
泡盛は平和の酒。ちぶぐゎーを満たすクリアな液体に、100年、200年先の時代まで続く平和への祈りを込めて。海を渡って世界を旅するロイヤルスピリッツの新時代に思いを馳せて。泡盛に始まり、泡盛に終わる、勝連城跡での二夜は幕を閉じたのでした。
インド・コルカタ出身。2007年にバンコクへ移住し、その後レストランの料理長を務める一方、『エルブジ』で研修を積む。2010年に開いたレストラン『Gaggan』では、エグゼクティブシェフを務め、Progressive Indian Cuisine(進歩的インド料理)を打ち出す。世界的に注目が集まる「Asia's 50 Best Restaurants」において4年連続1位に輝き、2019年の「The World's 50 Best Restaurant」では4位を獲得。同年8月に新たなチャレンジに向けてお店をクローズし、11月に『Gaggan Anand』を拠点として再始動した。
1971年生まれ。福岡県出身。高校在学中、フレンチレストランの調理の研修を受け、料理人の道へ。1989年にフランス料理店『イル・ド・フランス』で働き始め、そこで研鑽を重ねた。その後、1995年からワインレストラン『マーキュリーカフェ』でシェフを務めた。2002年10月、福岡市西中洲に『La Maison de la Nature Goh』を開店。2016年には、九州で初めて「Asia's 50 Best Restaurants」に選出され、2019年には24位にランクインを果たした。
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地方からグローバルな潮流を生み出す! 岡山発のライフスタイルブランドを率いる実業家の挑戦。[実業家・石川康晴氏とストライププロジェクト/岡山県岡山市]
石川康晴真の「地方創生」を目指す新たなムーブメント。
地域振興、地方創生。
今や全国各地で掲げられるようになったスローガンですが、真の意味で地域の文化や歴史を尊重しながら、それらの特色を生かした振興を実現できているのは、意外と少数派かもしれません。
ローカルの個性を生かしながらグローバルな潮流を生み出す――そんな理想的な「地方創生」を目指し、また、実現しつつあるのが、ライフスタイルブランド『koe (コエ)』などを展開する株式会社ストライプインターナショナルの代表取締役社長であり、公益財団法人石川文化振興財団の理事長でもある石川康晴氏が率いる「ストライププロジェクト」です。
自らが生まれ育った岡山という土地を愛し、その豊かな地域資源を地域の人々とともに未来に繋げていく――そんな壮大な理想を掲げる実業家の、一大プロジェクトに迫りました。
【関連記事】A&Aリアムフジ/アーティストとアーキテクト(建築家)の協奏がホテルを「作品」へと昇華。
【関連記事】A&Aジョナサンハセガワ/岡山の「まち」に泊まり、その文化と空気を心身に染み渡らせる。
石川康晴「koe」ブランドと「hotel koe tokyo」を通じた世界戦略とは?
石川氏が率いる株式会社ストライプインターナショナルは、26年前の1994年に創業しました。以来、アパレルを主軸に事業を展開してきましたが、2015年にその事業領域を「ライフスタイル&テクロノジー」にまで拡張。飲食業やホテル業に至るまで、「人々のライフスタイル全体に寄り添いたい」という想いのもとに、様々な価値を提供し続けています。
そしてその中核を成しているのが、グローバルな戦略で立ち上げられたライフスタイルブランド『koe』。2014年にアパレルと雑貨を扱う1号店をオープンさせたのを皮切りに、2016年に飲食店を併設した“ライフスタイル型店舗”『KOE HOUSE』を自由が丘にオープン。そして2018年2月9日には、ブランドコンセプトである「new basic for new culture」を体現する場として、 「今」と「未来」、そして「日本」と「世界」を見据えたグローバルな視点でデザインされたホテル『hotel koe tokyo』を渋谷に立ち上げました。
間もなく2周年を迎えるこの「体験型店舗」は、ホテルという器にアパレル業や飲食業の機能を併せ持っており、“ショップの中に泊まる”という斬新なコンセプトで業界の内外から注目を浴びています。
石川康晴あらゆるシーンに寄り添って感動を演出。
そんな『hotel koe tokyo』の狙いは、主に2つあるそうです。
まずは「ライフスタイル全般への事業領域の拡張」。先に述べた複合的な構造と業態により、単なる宿泊施設ではない、あらゆる「ライフスタイル」を体感できる場となっています。
次に「お客様とブランドの関係性強化」。これは3階に分かれたフロアそれぞれに、多数の“エンタメ”を散りばめた構成によって実現されています。
1階にはブレッド&ダイニング、ホテルレセプション、DJスペース(週末のみ)、ライブイベントを配置。そして2階はアパレル販売店、3階はライフスタイル全般を体感できるホテルとして、それらが相乗効果を織り成しながら“宿泊体験”の価値を高めています。
例えば朝はベーカリーで朝食を楽しみ、夜はDJイベントに参加し、チェックアウト前にハイセンスな「koe」のアパレルを購入して旅立つ――そんないくつもの“エンタメ”を、縦横無尽な動線で味わえるのです。
「koe」ブランドを体感したゲストが気に入って、チェックアウト後にオンラインで商品を購入する、といった流れも期待しているそうです。ホテルを通じて提供された「衣・食・住・遊(エンタメ)」が、個別の機能やその場限りの娯楽のみで終わるのではなく、オンラインとオフラインを通じて有機的に繋がっていく――そうしてさらなる感動体験を生み出し続けていく、という循環を目指しています。
こういった好循環を織り成していく「koe」ブランドを、石川氏は将来的に世界中で展開していきたい、と構想しているそうです。
石川康晴基盤はあくまで岡山。地方の文化と歴史こそが世界戦略の鍵。
こうした都市圏と世界で展開する戦略と並行して、その基盤となる「岡山」も重視。いえ、むしろこの石川氏の生まれ故郷こそが、「ストライププロジェクト」の主軸なのです。
「“東京への一極集中”と“地方の衰退”が国家的な課題となる中で、企業がそれぞれが根ざす“地方”を盛り上げていくことで、日本、ひいては世界が元気になっていく」と石川氏は考えているそうです。
こうして打ち出されたポリシーが『一社一村運動』というキーワード。石川氏が率いる株式会社ストライプインターナショナルと公益財団法人石川文化振興財団も、「ストライププロジェクト」も、ひとえにこの大きな目標のためにあるのです。
石川康晴「ストライププロジェクト」を通じて、故郷・岡山を「住み続けられるまち」へ。
「ストライププロジェクト」は、以下の大きな3つのプロジェクトに分かれています。
まずは「CULTURE PROJECT(芸術文化・スポーツ文化による新たな賑わいの創出)」。
国際現代美術展として注目を集めている「岡山芸術交流」や、そのプレイベント「A&C」の開催、そしてアーティスト(芸術家)×アーキテクト(建築家)がコラボレーションして造り上げた建築作品である一棟建てプライベートタイプの宿泊施設を、岡山市の中心地にちりばめていく「A&Aプロジェクト」などが、その一例です。
その基盤にあるのは、「地域の人々が集い憩える場所を作りたい」という石川氏の想い。優れた現代アート作品や、そこから生まれる交流の場などを市街地に配置し、それらを通じて新たな文化や交流を生み出そうとしています。
石川康晴世界的なカフェブランドを誘致して、地域の専門店とコラボレーション。
そして2つめのプロジェクトは、「ECONOMY PROJECT(地元経済の活性化)」です。
年に数回、岡山県内で「ストライプマルシェ」という県内外の魅力的な食や体験を集約したイベントを開催したり、独自の歴史と文化が息づく岡山市出石町エリアの活性化に取り組むなど、地域の魅力向上と交流推進に努めています。
中でも出石町エリアの開発はめざましく、『出石ギャラリー』にて世界レベルのヴィンテージ家具を販売したり、フランスのファッション・音楽レーベル『メゾン キツネ(MAISON KITSUNÉ)』が世界展開する『カフェ キツネ』の初のロースタリー(焙煎工場併設店)を出店するなど、熱い注目を集めています。
石川康晴次代を担う人材を育て、継続的な「地方創生」を目指す。
最後の3つめのプロジェクトは、「EDUCATION PROJECT(世界に通用する人材の育成)」。2019年4月に岡山大学への寄付講座として、「SiEED」という育成プログラムを始めました。
こちらは起業家や組織内改革者のマインドを培うプログラムで、外部パートナーも含め、これまでにない実践的な講座となっています。次世代を担う子ども達の学び場を作り、さらに先述のプロジェクトとも連携して、岡山を舞台とした「交流人口」を増やす――こうして全方位的な「地域活性化」を目指しているのです。
「1つの県や1つの村から1つの世界的な企業が生まれるだけで、地方創生が起きる。その現象が幾重にも広がれば、すなわち日本が創生される」――これが石川氏が目指す究極的な目的であり、また、「ストライププロジェクト」を通じて実現されつつある岡山の未来像でもあります。
岡山という「地方」を世界に通じる、世界に影響を与える新たなムーブメントの発祥地に。故郷を愛する実業家の挑戦に、各界が注目しています。
住所:岡山県岡山市北区幸町2-8 MAP
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(写真提供:公益財団法人石川文化振興財団)
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知るほど、触れるほど、その神秘に引き込まれる。神が宿る島の正体と出合う旅へ。[東京“真”宝島/東京都 神津島]
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東京湾から南に向かって点々と連なる伊豆諸島のひとつ『神津島(こうづしま)』は、伊豆諸島の中心辺りに位置することから、各島の神々が集う会議場に定められたという伝説が残される地です。そして豊かな黒潮がもたらした漁業文化は、江戸時代にはすでにその栄華の記録がなされるなど、島民の営みの中心として連綿と受け継がれ、今もなお島の主要産業として発展し続けています。
太古より伝わる伝説、そして離島という環境が育んだ土着的な信仰の姿は、神津島の様々な文化と溶け合うことで形成され、それは島の個性となり、島民の生活に、心に、深く根を張っています。
東京からの距離約170km、面積18.87㎢、人口約1900人(令和元年10月時点)と、伊豆諸島全体で見ると、『神津島』はどれを見ても「中くらいの島」です。それは言い換えれば、程よく便利で、程よく包容力のある「良い塩梅」が凝縮されているということ。事実、島には癒しの絶景もアクティビティも選べる豊かな海山があり、レストランや店舗も困らない程度に各ジャンルが網羅されています。そして、島民の方々の観光者との距離感も程よく温かく、フランクで、こちらが望めばどうぞと門戸を開いてくれる、とても「良い塩梅」なのです。
島の自然に、文化に、人々に……。知るほど、触れるほどに引き込まれてしまう、その正体は一体何なのか。秘められた魅力を探る『神津島』の旅を、ぜひお楽しみください。
【関連記事】東京"真"宝島/見たことのない11の東京の姿。その真実に迫る、島旅の記録。
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南国の風薫る絶景の離島、八丈島。時代に寄り添い、変貌するその姿を見届ける。[東京“真”宝島/東京都 八丈島]
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かつて「鳥も通わぬ」と歌に詠まれ、流人文化の歴史が色濃く残る八丈島。
しかしそこは、俗世から隔絶された"最果ての地"のイメージからは程遠い、美しい海に囲まれた暖かな常春の島でした。潮の香りが混じった柔らかな風が頬を撫で、どこまでも続く青空と南国の木々……。戦後には“東洋のハワイ”と呼ばれ人気を博しましたが、それももはや昔の話。
現在の八丈島は羽田空港から飛行機でわずか1時間足らず。東京宝島の中で、思い立ったらすぐに訪ねていける島なのです。
時代に寄り添いつつ、常に変化し続けてきた八丈島とそこに暮らす人々。先人から受け継いだ文化と、豊かな自然の恩恵を余すところなく享受し、それを新たな形で紡いでいく。その一翼を担っているのが、一度島を離れて戻ってきた島民や島外出身者たちだといいます。
島の外から流れてきた新たな息吹を取り込み進化する。
それが今も昔も変わらない、八丈島の宿命なのかもしれません。
【関連記事】東京"真"宝島/見たことのない11の東京の姿。その真実に迫る、島旅の記録。
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強く速くカッコよくなってね


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ファイト

頑張れ

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頑張って下さいね
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この度、アディダスジャパン様とスポンサーシップ契約を結ばせて頂くこととなりました
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ホッと一息
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津軽のりんごに大きな価値を見出し、街の誇りと豊かな食文化を担う醸造酢に。[TSUGARU Le Bon Marché・カネショウ/青森県弘前市]
津軽ボンマルシェ桶屋から味噌醤油の醸造業、そしてりんご酢へ。
岩木山の麓、津軽平野は見渡す限り果てしなく、りんご畑が続きます。車で走っても走っても、広大な敷地に延々とりんごの木々が生い茂り、枝を広げています。カネショウの本社は、りんご畑からも程近い、弘前の郊外にあります。酢の醸造元としては本州最北端。ここで主に造られているのがりんご酢です。
以前「津軽ボンマルシェ」で紹介した「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」の笹森通彰氏は、ここのりんご酢を愛用しています。「お店でカネショウの『アップルヴィネガー』と『バルサミィアップル』を使っています。一般的なワインヴィネガーやバルサミコ酢と比べると少し価格は高いのですが、やはり品質がよいのです。何より顔の見える生産者さんと長く歩んでいきたいという思いがあり、好んで使っています」とのこと。「カネタ玉田酒造」の玉田宏造氏も「おすすめですよ。社長の櫛引さんとはとても仲良くさせてもらっています。人柄が良過ぎて怖いくらい」と笑いながら話します。津軽の食に携わる二人からも支持されるりんご酢とは、一体どんなお酢なのでしょう。
創業100年を超えるカネショウ尾上工場の玄関を上がると、まず目に付いたのが壁際にたくさん積み上げられた古い木桶。聞けば、カネショウの創業者、櫛引勝太郎はかつて桶屋を営んでいたそうです。職人を30人以上抱える大きな事業だったそうで、酒蔵などに木桶を収めていました。しかしやがて木桶産業にも曇りが見え始め、明治後期より醸造業に着目。1912(大正元)年に醸造所を構え、味噌・醤油の製造を開始しました。始めの頃は初代・勝太郎や2代目の長男・忠三が自らリアカーを引いて売り歩くなど、苦労して業績を伸ばしたようです。太平洋戦争後の1949(昭和24)年、櫛引食品工業株式会社を設立。高度経済成長に伴って、味噌、醤油は飛ぶように売れて行きましたが、忠三の長男である元三が3代目社長となった翌年の1973年、オイルショックが起こって売り上げが激減。スーパーマーケットの台頭などもあり、首都圏の大手企業が続々と地方に参入して、経営はさらに悪化しました。周りでも廃業や倒産が続く中、元三は「醤油味噌製造のみでの企業経営の範疇から脱却して、全食品界に眼を向け、そこに活路を見出すべく模索していた」(自著「元三のひとりごと」より)といいます。自分たちが長年培った発酵技術を使って、何か調味料が作れないだろうかと考えた末、津軽の産品といったらりんごであろう、と思い当たります。そこから試行錯誤を繰り返し、りんご酢を造るに至ったのでした。
【関連記事】TSUGARU Le Bon Marché/100年先の地域を創造するために。多彩で奥深い「つながる津軽」発掘プロジェクト!
津軽ボンマルシェ苦戦の上に完成したりんご酢は、津軽を丸ごと味わえる調味料に。
工場を訪ねた12月はりんごの収穫もそろそろ終わりの頃。最後の仕込みが行われていました。ベルトコンベアーからは大量のりんごが運ばれ、冷たい水の中で洗浄されながら次々と流れていきます。りんごは全て津軽で採れたもぎ取りの完熟りんご。品種を定めず様々な種類がミックスされており、その方が味に複雑味が出て良いのだそうです。
「この作業は年に一度、生のりんごが収穫された今の時期に一気に行います。仕込み方はお酒と一緒。りんごは洗ってすすいで、再度洗いにかけて。少しでも痛んだり、腐ったりしたりんごはスタッフがチェックして取り除きます。発酵にはそんなに影響がないかもしれませんが、腐敗につながるような要因はできる限り取り除くのがうちの方針です」と現社長の櫛引利貞氏。ひとつひとつ手をかけた丁寧な仕事は、カネショウらしさでもあります。
洗浄が終わったりんごは、大きな専用の機械で丸ごとすり下ろします。皮も芯も全て一緒に!
「生のりんごを全部すり下ろして、そのまま発酵させるなんていうやり方は、世界中探してもたぶんうちしかやっていないんじゃないかな」とちょっと誇らしげに話す櫛引氏。カネショウでもりんご酢の発売当初は、一般的な造り方である、りんごジュースを発酵させて造っていましたが、それでは他の大手企業と横並びになってしまい、勝負になりません。りんご酢を主力商品にしても、競合が増えるばかりで苦戦が続きました。この土地だからできること、カネショウの強みは、冷涼な気候の青森で、採れたてのフレッシュなりんごがすぐ手に入ることでした。そうであれば、りんごの新鮮さを活かしてそのまま丸ごと発酵させることはできないか、ジュースとは違うものにならないだろうか…と必死で考え、何度も試作しては失敗を繰り返し、ようやく独自の技術である「すりおろし醸造」にたどり着き、現在のりんご酢が誕生したのでした。
並行して青森県産業技術センターと、すりおろし醸造のりんご酢の効能について、共同研究を始めました。酢は美容と健康に良い、という漠然としたイメージはありましたが、この実験データにより、他のりんご酢と比べても抗腫瘍効果(がんなどを抑える)がとても高いことが分かったのです。
「すりおろしたりんごの皮と実の際の成分が、発酵過程で変化し、抗腫瘍効果のある成分になることが分かりました。1998年にフィンランドで行われた世界食品学会で発表し、大きな価値を得ることできました」
津軽ボンマルシェ木樽でじっくり熟成。手間と時間をかけても本物を作ること。
続いて訪ねたのは、まるでワイン蔵かと思うような、オークの木樽がずらりと並ぶ広い倉庫でした。倉庫の周りは田畑が広がり、冬は白鳥がたくさん飛来してくるそうです。カネショウで造られたりんご酢は全て、最終的にこの木樽に詰めて3ヶ月以上ゆっくりと熟成させます。すると木の香りがほのかに移り、ツンとすることがなく、まろやかで奥ゆかしい味わいになるのだそうです。木樽に最初に行き当たったのは、イタリアの醸造酢、バルサミコ酢でした。
「酢のメーカーとして、世界で一番素晴らしい果実酢は?と考えたら、やっぱりバルサミコ酢ではないかと思ったのです。造り方を調べてみると、煮詰めた果汁を樽に詰めて長期熟成していました。そこで、ものは試しと搾ったりんご果汁を濃縮して酢を造り、一つの樽で熟成してみました。数年経って味をみてみるととてもマイルドないい味になっていたのです。正直あまり期待していなかったのですが、ああ、これが正に『酢角が取れる』という味わいなのだなと実感しました。これならりんごでもバルサミコ酢に負けない品質のものが造れるのではないか、と自信が湧いたのです」。
そうして2年間の熟成を経てできあがったのがバルサミコ酢のように濃厚なりんご酢「バルサミィアップル」でした。実際に味見をしてみると、その上品な味わいに驚きます。バルサミコ酢よりやや繊細で柔らかく、ふくよかでまあるい甘みがあります。オリーブオイルと塩を混ぜてパンにつけたり、サラダに和えたりしてもいいし、焼きりんごに添えたアイスクリームにかけても最高ですよ、と櫛引氏は嬉しそうに教えてくれました。
バルサミィアップルはもちろん、そもそも一般的に木樽で数ヶ月も熟成しているりんご酢など前代未聞であり、手間も時間もかかります。しかし、それがカネショウのキモだと、櫛引氏は語ります。
「私たちは手間をかけることが非常に大事だと思っています。大企業にとっては割に合わないことかもしれません。でもそこが私たちの生きる道です。津軽のりんごという圧倒的存在がすぐ近くにある。そのおかげで、私たちは一歩も二歩も先に行ける。そして結果的に良いものづくりができる。今の時代の流れを見ても、世の中が本質的なものを求めていることを感じています。そういう意味でも私たちのやってきたことは間違っていなかったと確信しています」
津軽ボンマルシェ弘前大学と共同研究し、微生物まで全て青森産を目指す。
津軽の風土に基づいた、この地だからできるものづくりを、という思いはカネショウの商品開発のベースになっています。りんご酢は、青森そのものを表した商品。全て津軽産のりんごを使うことはもちろん、実は酵母もこの土地のもので、弘前大学が青森県南西部にまたがる白神山地から採取した「弘前大学白神酵母」を使っています。白神山地といえば、世界的にも最大級のブナの原生林が広がり、多種多様の貴重な生態系が保たれる、ユネスコ世界自然遺産の認定地でもあります。
「弘前大学で酵母研究をしている先生を紹介してもらい、一緒に研究開発を始めました。実は白神酵母自体は何十種類もあり、白神山地の樹皮や腐葉土から採取・分離された天然酵母で、その中からうちの醸造に適したものを探しました。香りや味わいなどを何度も試作して見極め、青森県内で初めて実用化にこぎつくことができました。私たちの活動をきっかけに、白神酵母が青森の産業の一つとして広まり、津軽のイメージアップにも繋がればと思っています」と櫛引氏。現在は酢酸菌についても、白神山地から採取したもので研究が進んでいるそうです。まだ試作中とのことですが、オール青森にすることが目下の目標。
「ものづくりは楽しいですね。新しいアイデアを具現化して商品になって、その評判がよく、お客様が喜んでくれるのならば、やっぱり作り手としては嬉しい。私たちはメーカーで良かったなと思っているんですよ。いろんなものをゼロから創造できるのはメーカーだからこそ。そういう楽しさがありますよね」。
ちなみに弘前大学が開発した素材には、さらにプロテオグリカンがあります。コラーゲンやヒアルロン酸に続く美容健康素材として以前より注目されていましたが、これまで抽出が難しく、1gで3000万円という大変高価なものだったため、なかなか商品化が実現できませんでした。同大学では鮭の鼻軟骨に高濃度のプロテオグリカンが存在することを突き止め、本来は廃棄物だったその骨から、安価で安全に高純度のプロテオグリカンを抽出する技術を確立し、高付加価値を付けることに成功。「あおもりPG」としてブランド化し、今後の躍進が期待されています。カネショウではバルサミィアップルの技術をベースに、木樽熟成の濃縮した黒りんご酢とプロテオグリカンをたっぷり配合した「女神の林檎」という美容飲料を開発。あおもりPGの広まりを後押ししています。
最後に、熱心に製造現場を取り仕切る、副社長で工場長の櫛引英揮氏ともちらりと会話ができたので、カネショウの今後のビジョンについて伺ってみると、こんな答えが返ってきました。
「醸造業は可能性があり過ぎると思っています。未知の部分がたくさんあって、まだまだ行けるなって思う。私たちのベースはやはりこの青森という恵まれた土地で、地域資源を有効に活用しながら、発酵・醸造技術の研鑽をしっかりと積んでいきたいです。でもこれちょっとよそ行きのコメントですかね。本当のところは従業員がそれぞれアイデアを出し合ってお互いに成長し、みんなが幸せに暮らしていける会社になっていければいいなと。それが根本にあった上で、時代を読みながら決断していきたいです」。
ここが想像を超えるような発酵・醸造の未来を醸し出す現場になるかもしれない。年月をかけて熟成された青森愛が底辺を流れるカネショウの今後に、ワクワクせずにはいられないことでしょう。
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シェフが求めた最上の“RE”。沖縄県本部町のレストランで、1日1組のゲストをもてなすことの意味を知る。[Ristorante RE/沖縄県本部町]
レストラン アールイーOVERVIEW
「沖縄美ら海水族館」がある町といえば、ピンと来る人もいるのではないでしょうか。那覇空港から車で1時間30分ほど、沖縄本島の北部から東シナ海に突き出した半島にある沖縄県本部町。全国から観光客が訪れる町ではありますが、その一方で今なお古き良き沖縄の暮らしぶりが息づくのどかなエリアでもあります。今回ONESTORY取材班が訪れた『Ristorante RE』は、その本部町の北部、具志堅地区の高台にありました。途中、道標となる案内板もなく、国道505号線から脇道に入り、分かれ道を進んでいくと、白亜の建物の前でシェフの三沢 賢(まさる)氏が手をふって出迎えてくれました。
那覇からも遠く離れた本部という町で1日1組だけをもてなすレストラン。
そう聞けば、どんな料理で訪れる人を驚かせてくれるのか、期待せずにはいられないかもしれません。しかし、ここで待っているのは、奇をてらい、訪れた人を驚かせ、未知の食体験を楽しむような、いわゆるコンセプト先行型のガストロノミックな店とは一線を画します。
誤解を恐れずに言えば、決して華やかな店ではありません。味わい、くつろぎ、心を溶かす。
店名に込めたのは、RefreshのREであり、RelaxでREであり、ResortのRE。
本部という町で10年。1日1組のための最上の“RE”を提供し続けてきた店の本質に迫ります。
住所:沖縄県国頭郡本部町具志堅717 MAP
電話:0980-48-2558
http://www.fiori-rossi.com/
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とにかく足が短くて、太い!少し不格好なそのフォルムに、旨味を宿す関門タコ![Fisherman’s Wharf SHIMONOSEKI・タコ/山口県下関市]
フィッシャーマンズワーフ 下関・タコOVERVIEW
タコの名産地として有名な兵庫県明石。言わずとしれた全国トップブランドのタコとして知られていますが、実はそんな明石に負けないと、通の間で評判のタコがあることをご存知ですか?
種類は明石と同じマダコながら、足が太くて短いのが特徴で、足の先まで吸盤があるのが、今回ご紹介する「関門タコ」。
最大の特徴の短くて太い足は、流れの速い関門海峡の潮流に踏ん張ることで成長するといわれ、貝やカニなど、漁場に餌が豊富にあることで旨味を蓄え、噛めば噛むほど旨味に溢れ、滲み出るような味わいを持つと言われています。
タウリン豊富で、その生命力も特筆モノ。漁港に水揚げされても、水槽から逃げ出してしまうほど元気な関門タコは、1匹1匹逃げ出さないようにネットに入れられ取引。現在、500g以下は海へリリースするなど資源管理され、その類まれなる味わいを絶やさぬよう、守られているのが「関門タコ」なのです。
【関連記事】FIsherman's Wharf SHIMONOSEKI メインページ/豊かさの再発見。改めて知る海峡の街・下関へ
(supported by 下関市)
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王朝時代の交易の要衝、世界遺産・勝連城跡を舞台に、世界を沸かせるシェフユニット、最後のポップアップ。[DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS/沖縄県うるま市]
ダイニングアウト琉球うるま交易の地が育んだ「肝高」のスピリットを、国籍を超えた料理人ユニットと厨房チームが現代に蘇らせる。
1月18日(土)、19日(日)、通算18回目、昨年に引き続き沖縄で『DINING OUT RYUKYU URUMA with LEXUS』が開催されました。舞台となったのは県南東部のうるま市に残る世界遺産・勝連城跡。古くからの海運の要衝で、15世紀には琉球王朝と拮抗する栄華を誇った勝連。さまざまな国の人々を受け入れ、文化に寄り沿うことで発展をしてきた土地には「気高さ、心の豊かさ」を意味する「肝高(きむたか)」の精神が今も根付いているといわれています。今回の『DINING OUT』のテーマは、この「肝高(きむたか)」、そして交易の地に伝わる「おもてなし」。厨房を預かるのはそのテーマにこれ以上ないほど相応しいシェフユニット『GohGan』です。
『Asia's 50 Best Restaurants』において4年連続1位に輝いた、現在はタイ・バンコク『Gaggan Anand』を率いるガガン・アナンドシェフと、九州で唯一、同アワードにランクインした福岡『La Maison de la Nature Goh』の福山剛シェフによるポップアップユニット『GohGan』。2021年以降、福岡に共同でレストランをオープンすることも大きな話題を呼んでいます。料理がすべて決まるのは本番直前、ライブのグルーヴとサプライズな演出で知られる『GohGan』のパフォーマンスが、勝連の地でどのように花開くのか。関係者を含め、誰も予測ができぬまま本番を迎えた、二夜の様子をレポートします。
【関連記事】DINING OUT RYUKYU-URUMA with LEXUS
ダイニングアウト琉球うるま琉球開闢の伝説に縁ある島がレセプション会場に。
沖縄には琉球王朝開闢にまつわる土地がいくつかありますが、そのひとつが沖縄南部・浜比嘉島。この島に降り立ったアマミキヨ(アマミチュー)とシネリキヨ(シルミチュー)、男女の祖神が居住したといわれる「シルミチュー」という場所は、今も霊場として祀られています。今回の『DINING OUT』では、この浜比嘉島がレセプション会場に。
到着後、浜辺でウェルカムシャンパーニュを楽しむゲストの前に、ホストを務める中村孝則氏が登場します。中村氏が身にまとっているのは15世紀に勝連を収めた武将「阿麻和利」の装束を再現した衣装。本番前に何度も開催地を訪れ、土地への理解を深めるとともに、歴史や風俗にまつわるさまざまなものを自ら取り入れて、ゲストをもてなすのが中村氏のスタイルです。自己紹介を簡単に済ませた中村氏は、勝連で行われる『DINING OUT』の成功を祝して乾杯の音頭を取ります。
「沖縄では今もたくさんの神話が言い伝えられていて、人々の生活に信仰が深く根付いている。そのあり方を皆さんに知って頂くため、今日はシルミチューへのお参りを行いたいと思います」
中村氏の声かけで、グラスを置いたゲストから順に、森へと続く石段に向かいます。一段、また一段と登るにつれ、神秘的な空気に包まれ、百段近くある石段の最上段に近づくと、鉄の柵に囲われた鍾乳洞が見えてきます。これが「シルミチュー」。通常は見学できない洞窟の内部を、この日は特別に見せてもらいました。ゲストは順番に洞窟の中に入り、しばし立ち止まり、厳粛な面持ちでそれぞれの祈りのときを過ごします。
単なる野外レストランではなく、土地の歴史と文化に触れ、食文化が育まれた背景に迫るのが『DINING OUT』の醍醐味。海を眺め、森に分け入ることで浜比嘉島、ひいては勝連の人々の祖を敬いながら、進取の精神で土地を発展させてきた、その歴史の一端と精神性に触れられる、貴重なひとときとなりました。
「シルミチュー」を参拝したゲストを乗せ、送迎のLEXUSは浜比嘉島を後にし、ディナーの本会場へ。経由する平安座島と勝連半島を結ぶ5.2キロの「海中道路」はうるま市を代表する名勝地。1月にしては肌寒い生憎の曇り空ながら、海の上を滑るようなドライブが、ディナーへの期待を高めます。
ダイニングアウト琉球うるま四方に展望が開けた勝連城跡の丘に現れたレストラン。
到着したのは、世界遺産・勝連城跡。15世紀、王権を強固なものにしつつあった琉球王国に最後まで抵抗した按司「阿麻和利」の居城で、沖縄の世界遺産の中で最古のグスクとして知られています。城は四方に展望が開けた丘を取り囲んで築かれており、防衛、交易の両面で良好な立地であったことがわかります。中国をはじめ、東南アジア、日本(本土)との海外貿易で栄華を極めた歴史があり、もっとも高い場所に築かれた「一の曲輪」から周囲を見渡せば、当時の情景が思い浮かぶかのようです。
闇の中に浮かび上がる白いテントが、この日のディナー会場。テーブルは、背後にフルオープンの厨房を従え、目の前に勝連城跡を望むという贅沢なレイアウトです。サービスの開始が近づくにつれ、キッチンが心地よい緊張感と活気に包まれていくのは『DINING OUT』の常ですが、この夜の熱量は格別。厨房そのものがふつふつと沸くかのような熱気がたぎっています。その渦の真ん中にいるのがガガン・アナンドシェフと福山剛シェフ。
2017年、『DINING OUT NISEKO with LEXUS』にゲストとして参加して以来、いつかは自分たちの手でと夢見た念願の舞台。同時に2015年から12回の開催を重ねてきたポップアップユニット『GohGan』としては最後のパフォーマンスとなります。この記念すべき夜を見届けたい。テーブルに着席したゲストの期待値が最高潮を迎えた頃、いよいよディナーがスタートします。
ディナーのはじまりに、中村氏の紹介で一人の男性がゲストの前に登場します。泡盛メーカー『忠孝酒造』の代表、大城勤氏。この日は2017年の泡盛鑑評会で沖縄県知事賞を受賞した『忠孝酒造』の貴重な長期熟成の泡盛が乾杯酒として振る舞われました。一斗の甕からカラカラ(陶製の酒器)に泡盛を汲みながら、大城氏が説明をします。
「甕の中の泡盛は、最短で17年、長いものでは30年以上熟成したものがブレンドされています。熟成した泡盛のことを古酒(くーす)といいますが、古酒は琉球王朝時代でも大変に貴重なもので、このちぶぐゎーと呼ばれる小さな酒器で少しずつ、大事に楽しまれていました」
ゲストの前ににちぶぐゎーが用意され、カラカラを持ったサービススタッフが、テーブルを回りサーブします。
「年月を刻む古酒は、子の誕生を祝ったりと、家族や親族、人と人との絆を深める酒でも。今宵、お集まりの皆様が絆で結ばれますように」
琉球王朝時代から泡盛が果たしてきた役割を告げる言葉が、乾杯の音頭に。そして同時に勝連城跡が幻想的にライトアップされました。
ダイニングアウト琉球うるま沖縄発アジアへ。一心同体の厨房から繰り出された15皿のコース。
「ようこそ、暑い沖縄へ」と、ガガンシェフが挨拶をすると、テーブルから笑い声が沸き上がります。日没後の気温は10度前後という肌寒さでしたが、会場のムードは一気に温まった様子。福山シェフが「今日がGohGanとしての最後の日。一緒に楽しみましょう!」と、さらにゲストを盛り上げます。
料理の準備をしに厨房に戻った2人に替わり、中村氏がコースの説明に入ります。手元に絵文字で綴られたメニューが用意されていること、最初の数品は「バイト」と呼ばれる手で食す料理が続くこと。全15皿のコースには、ガガンシェフの料理哲学ともいえる「5S」が散りばめられていること。
「5Sとは、Sweet (甘い)、 Salty(しょっぱい)、Spicy (スパイシー)、Sour(酸っぱい)、そして最後が「 Surprise(驚き)」です」
ちょうどその説明が終わる頃、一皿目がテーブルへと運ばれてきました。ガガンシェフのスペシャリテの一つ、「ヨーグルトエクスプロージョン」。球状のゼリーをハーブのチップと一緒に口に入れると、口の中でスパイシーなヨーグルトが弾けます。
二皿目は「3種のリキットアップ」。カラフルな野菜パウダーに隠れているのは、柚子やレーズンのスパイシーなチャツネと、田芋でつくる沖縄伝統料理「ドゥルワカシー」。カトラリーなどは使わず、皿を舐めて食べるガガンシェフのもう一つのスペシャリテです。会場は一瞬、どよめきに包まれますが、意を決したゲストたちがトライし始めると、一気に空気がほぐれたのを感じます。
「カルカッタに生まれ、スペインで料理を学び、バンコクで店を開いたガガン。さまざまな民族と文化の中で生きてきましたが、“食べる”ときは誰もが同じく、平等であるようにという想いが込められた一皿です」と、中村氏。
国ごとに違う食器の文化も、階級で異なるテーブルマナーも関係なし。体の一部である舌で、味わう。現代のパブリックなシーンでは“ありえない”プリミティブな食体験が、テーブルを囲む人々の垣根を取り払います。
パンチの効いた冒頭の2皿で、『GohGan』の何たるかを知ったゲストは、リラックスしてコースの流れに身を委ねます。ガガンシェフのカラーが全面に出た皿が続きますが、沖縄の食材や郷土料理をベースにした味づくりは、数回の事前視察を経て、食材選びなどの土台を固めた福山シェフの仕事あってこそ。「どの皿が誰の料理」ではなく「2人でつくる1皿」が淀みなく流れ、11回のポップアップイベントを重ねてきた『GohGan』の底力を鮮やかに披露し続けます。
インドの伝統菓子・ゲイヴァとジーマミー豆腐を合わせた「ジーマミーゲイヴァ」、福山シェフの鮑のスペシャリテをベースにした「蒸し夜行貝 肝のソース」。沖縄のスパイシークラブとハーブ山羊を使った2種のカレー。山羊のカレーは、ガガンシェフが父親のレシピでつくったものが、福山シェフによるジューシー風のビリヤニとともに供されます。厨房から「お代わり食べたい人、まだあるよ!」という声が飛んだのは、『DINING OUT』史上、初めてのことではないでしょうか。見たこともない形状、味わったことのない食感、やや派手めなプレゼンテーションで皿の数だけゲストを驚かせながら、過ぎゆく時間は、家族や親族、大切な仲間が絆を深める食卓の和やかさでした。
ダイニングアウト琉球うるま皿の上だけでなく、場が担う役割を過去から、未来へ。
ディナーの中盤に、ライトアップされた勝連城跡を舞台に現代版組踊「肝高の阿麻和利(あまわり)」が披露されました。演者は、地元の中高生たちです。
勝連城が海外交流で最も盛んだった今から約560年前の昔、その時代を創り上げた一人の英雄「阿麻和利」。勝連城の繁栄に大きな役割を担った10代目城主「阿麻和利がここ勝連城で見た景色と異文化との交流」という今回の『DINING OUT』のテーマを体現する演目でした。「肝高」の精神性が現代まで継承され、溌溂と歌と舞いを披露する姿に、惜しみない拍手が贈られます。
デザートまでサプライズは続きます。豆花やタピオカを浮かべたパイナップルのスープ、フレッシュのアテモヤを使った「陰と陽」、2皿のデザートを手掛けたのは台湾で活躍する日本人パティシエ・平塚牧人氏。スペインの『カンロカ』、シンガポールの『アンドレ』などの名店を経て、現在、台中のグランメゾン『ル・ムー』のシェフパティシエを務める平塚シェフは、2017年以来、『GohGan』のポップアップでデザートを担当していて、この日も沖縄に駆けつけてくれたのです。さらに、平塚シェフからとっておきのデザートが。
「『GohGan』ポップアップの最後の日は、新たな船出に向けてガガンシェフと福山シェフの結婚式を」と、「G」の文字をかたどったウェデイングケーキを用意してくれたのです。ケーキの前に並び、ファーストバイトを促す福山シェフを交わし、一人、先につまみ食いをするガガンシェフ。漫画のようなやりとりまで、阿吽の呼吸。2人のシェフの表情にも、安堵と達成感が見て取れます。
長くポップアップユニットとして活動してきたけれど、『DINING OUT』という舞台は「容易なものではなかった」。二夜を振り返り、2人のシェフは口をそろえます。「だからこそやってみたかった。その結果、得たものは大きい」と、ガガンシェフ。
「この7年で90回も日本に来ているけれど、沖縄は日本の他の地域とはまったく文化が違う。食材でいえば、良質なハーブやスパイスがたくさんあり、とりわけカレーリーフや唐辛子は素晴らしく、今回の料理の重要な素材となった。山羊の味も素晴らしく、本気でタイで飼育したいと考えたほど。山羊のカレーだけは、他のスタッフには触らせず、一人でつくりました。ここで生まれた料理、沖縄のスタッフと働いて得たものは、バンコクの店での、そして福岡に生まれる新しい『GoGan』での仕事に、必ず繋がっていくと思います」
福山シェフは「最後のポップアップ『GohGan』ということで、寂しい気持ちになったりするのかな、と思ったけれど、ガガンとの仕事は最後までただ、ただハッピーでした」と、清々しい表情で話します。
「最初は僕とガガン含め、4、5人で始めた『GohGan』が、沖縄のスタッフ、『DINING OUT』スタッフや関係者の方々、200人ものチームで一丸となれた。まずはこのことに感無量です。いつもはぱっと現場に入り、すぐ本番、ということが多いのですが(笑)、今回は、食材視察の時間も頂き、僕たちなりに感じて、2人で共有したストーリーをコースに盛り込むことができたんじゃないかなと。食材にしても、人の優しさにしても、沖縄から受けた刺激は大きく、アジアはだいたい回っているけれど、久しぶりにいいショックを与えてくれる土地でした。今回、サポートして下さった皆さんのためにも、これからも、沖縄と関わり続け、一緒に何かして行けたら、と思います」
地域の食材や食文化という価値を掘り起こす『DINING OUT』にとって、土地のどの素材を選び、どのような考えの下に調理をするかは、毎回、大きな課題となります。ですが今回、『GohGan』がこの二夜で叶えたものは、皿の上の表現にとどまりませんでした。国籍の異なる人々が集まり、泡盛の盃を交わして、食の場で、人種や国籍を超えた交流の場を共有すること。チーム・ガガンとチーム・福山に、地元沖縄のスタッフも加わった厨房スタッフも、実に国際色豊かな顔ぶれ。交易で栄え、異国の人々をもてなした、ありし日のように。勝連という土地が担った役割を、二夜に蘇らせたのです。
インド・コルカタ出身。2007年にバンコクへ移住し、その後レストランの料理長を務める一方、『エルブジ』で研修を積む。2010年に開いたレストラン『Gaggan』では、エグゼクティブシェフを務め、Progressive Indian Cuisine(進歩的インド料理)を打ち出す。世界的に注目が集まる「Asia's 50 Best Restaurants」において4年連続1位に輝き、2019年の「The World's 50 Best Restaurant」では4位を獲得。同年8月に新たなチャレンジに向けてお店をクローズし、11月に『Gaggan Anand』を拠点として再始動した。
1971年生まれ。福岡県出身。高校在学中、フレンチレストランの調理の研修を受け、料理人の道へ。1989年にフランス料理店『イル・ド・フランス』で働き始め、そこで研鑽を重ねた。その後、1995年からワインレストラン『マーキュリーカフェ』でシェフを務めた。2002年10月、福岡市西中洲に『La Maison de la Nature Goh』を開店。2016年には、九州で初めて「Asia's 50 Best Restaurants」に選出され、2019年には24位にランクインを果たした。
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、テレビにて活躍中。2007年に、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年からは、世界のレストランの人気ランキングを決める「世界ベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。
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岡山の「まち」に泊まり、その文化と空気を心身に染み渡らせる。[A&Aジョナサンハセガワ/岡山県岡山市]
A&A ジョナサンハセガワアートと建築が呼応し、相互作用して生まれた新たな存在。
世界に向けて開かれた瀬戸内の要衝であり、土地そのものにも深く長い歴史が息づいている岡山市。
そんな文化資源にあふれた地に、約20年もの歳月をかけて世界レベルの現代アート作家と建築家が協奏した宿泊施設を配置していく――そんな壮大な計画が、公益財団法人石川文化振興財団が進めるプロジェクト「A&A」です。
今回ご紹介するのは、その第1弾としてオープンした2軒のうちの1軒。アーティストとアーキテクト(建築家)の名を冠した『A&A ジョナサンハセガワ』です。
建物の世界観を演出するアーティストには、模倣という手法の中に創造性を見いだす作風で知られるジョナサン・モンク氏を。そして氏の「アートとは即ちアイデアそのものである」というポリシーと協奏するアーキテクト(建築家)には、ハーバード大学デザイン大学院・カルフォルニア大学ロサンゼルス校・メンドリジオ建築アカデミーの客員教授を歴任している長谷川 豪 (はせがわ ごう)氏が迎えられました。
2人のアーティストとアーキテクトの協奏が生み出した新たな「建築作品」の魅力を、たっぷりとお伝えします。
【関連記事】A&Aリアムフジ/アーティストとアーキテクト(建築家)の協奏がホテルを「作品」へと昇華。
A&A ジョナサンハセガワ岡山の「まちに泊まる」体験を経て、多くを知り、そして感じる。
『A&A ジョナサンハセガワ』のコンセプトは、岡山の「まち」を模倣して再解釈すること。その試みが、新たな「岡山のまち」の魅力を見つけ出せる空間となっています。
モンク氏の斬新な発想は、長谷川氏のハイレベルな技術と建築に見事に溶け込んで、相互作用を奏でつつ昇華。そうして織り成された構造の中でも目を惹くのは、全く異なる個性を持つ3つの空間がゆるやかに連携している点です。
天井が低く落ち着いた雰囲気が漂う寝室と、庭と一体化した縁側のようなエントランス。そして展望台のような爽快な高さと眺めを誇る浴室の3つのスペースが、異なる視座から岡山の街並みの存在感を際立たせ、街の隙間を駆け巡る光や風までをも体感させてくれます。
さらに美術館などの文化施設が集約し、「日本三大庭園」のひとつ『後楽園』を旭川越しに眺めることができるロケーションが、『A&Aジョナサンハセガワ』という建物をラグジュアリーな展望スポットとしています。
A&A ジョナサンハセガワプロジェクト「A&A」が広げる新たなムーブメント。
こうして『A&Aジョナサンハセガワ』は、単なるアーキテクト(建築家)の手を借りて立体化したアーティストの芸術でもなく、単にアーティストのセンスを組み込んだアーキテクトの建築でもない、新たな「建築作品」として結実しました。
そんな稀有(けう)な存在が、今後も公益財団法人石川文化振興財団が進めるプロジェクト「A&A」によって続々と生み出されていく予定です。
アーティストとアーキテクトの協奏によって、新たな作品=宿泊施設を生み出す。さらに、そこにゆったりじっくり滞在してもらうことで、岡山の文化と風土にインスパイアされたコンセプトを肌で感じながら、岡山そのものの魅力に浸ってもらう――そんな幾重にも感動を生み出す体験が、プロジェクト「A&A」を機軸に広がっていきます。
芸術家によるアートであると同時に、建築家による建築でもあり、鑑賞対象としても、体験可能な施設としても成り立つ新たな存在。そんな特別な「空間」の創出に、今後も期待を隠せません。
住所:岡山市北区出石町1丁目6番7-1号 MAP
電話:086-206-2600 (A&Aフロントデスク)
チェックイン: 10:00 (最終チェックイン:17:00)
チェックアウト: 12:00
宿泊者数:最大4名(1棟)
料金:97,500円~(税サ込)
https://a-and-a.org/jonathan-hasegawa/
写真提供:公益財団法人石川文化振興財団
アーティストとアーキテクト(建築家)の協奏がホテルを「作品」へと昇華。[A&Aリアムフジ/岡山県岡山市]
A&Aリアムフジ豊かな空間体験を通して芸術への理解を深める。
近年、日本各地に増えつつある土地ごとの歴史や文化を映しとったホテル。それを現代美術アーティストとアーキテクト(建築家)の協奏によって、さらにハイグレードな「作品」へと昇華した存在が、ここ岡山に誕生しました。
その名は『A&Aリアムフジ』。
岡山の芸術文化の振興と地域活性化を目指すプロジェクト「A&A」の第1弾で、グローバル戦略ブランド『koe (コエ)』などを展開する株式会社ストライプインターナショナルの代表取締役であり、『公益財団法人石川文化振興財団』の理事長でもある石川康晴氏がプロデュース。さらにディレクターにギャラリストの那須太郎氏、アドバイザーに建築家の青木淳氏を迎え、宿泊をアートとして体験してもらうことを目指しています。
A&Aリアムフジ土地・アーティスト・アーキテクトが織り成す新たな形の「建築」。
『A&A リアムフジ』を担当したのは、NYを拠点とするアーティストのリアム・ギリック氏と、日本の建築設計事務所『MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO』。
構造は主要なマテリアルとして用いた岡山産の巨大なヒノキ集成材「CLT」。これを田の字に組んで、構造フレームとしています。さらに「田」の字を微妙にずらしながら三段積み上げることで、立体的かつ複雑な経路網が折り畳まれた「迷いの空間体」を生み出しています。
この独特かつ様々な想像をもたらす建築家による構造は、グローバリゼーションやネオリベラルの合意性を枠組みとした場合の、抽象化と建築の視点におけるモダニズムの遺産の機能不全な側面を明るみにする、ギリック氏の精神性と共鳴するものです。
ギリック氏の創造の出発点は、地球温暖化の研究家としてあまたの功績を残した気象学者・真鍋淑郎(まなべしゅくろう)氏が導き出した気象学的方程式ですが、ともすれば政治的な議論の対象になりがちなこの問題を、純粋な科学的分析によって理解を促し続けた真鍋氏の活動に敬意を表して、『A&Aリアムフジ』という「作品」を氏へのオマージュとしています。
そしてアーキテクト(建築家)たる『MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO』の原田真宏(はらだ・まさひろ)氏と原田麻魚(はらだ・まお)氏は、こうしたギリック氏の想いを「社会の確信(盲信)を揺らがせ、再思考させる“迷い”のトリガー」と解釈し、建築デザインで受けとめました。
こうして生まれたシンプルでありながらも立体的で複雑な空間は、ほぼ全ての建築デザインが国内外の賞を受賞している『MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO』ならではの、「思想の立体化」とも言うべき快挙となっています。
滔々アーキテクトとアーティストがつくり出した迷いの中で思索する。
「A&Aリアムフジ」の建築は、建築家とアーティストが互いのプロフェッショナルな領域を尊重しながらも、「パラレルプレイ(発達心理学で言う「平行遊び」)」的な手法によって立体化することを目指しています。それがさらに岡山という土地が持つ歴史的・文化的な文脈やグローバルな諸問題からのインスピレーションを得ることで、滞在する人々は多くの要素から構築された空間で「迷いながら思索する」という特別な時間を楽しむことができます。
岡山市は世界に通じる瀬戸内の玄関口であり、新進気鋭の芸術祭・『岡山芸術交流』の舞台でもあります。さらに日本の近代建築に多くの影響を与えた前川國男氏の設計による岡山県庁を擁(よう)し、“アートの島”として世界的な注目を集めている直島をはじめとする瀬戸内の島々にも近いなど、国内でもまれに見る文化資源に恵まれた地となっています。
そんな岡山市に滞在して、その魅力を深く知ることで、さらなる気づきと感動を広げていく――そんな新たなムーブメントが、この『A&A リアムフジ』とプロジェクト「A&A」を軸に生み出されようとしています。
住所:岡山市北区天神町9番2-1号 MAP
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宿泊者数:最大4名(1棟)
料金:95,700円~(税サ込)
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耕作放棄地で放牧豚、廃校で国産生ハム。“できっこない”を美味しく実現する、津軽のじょっぱり親子。[TSUGARU Le Bon Marché・おおわに自然村/青森県南津軽郡]
津軽ボンマルシェ山あいの元・りんご園の地に、豚が走り回り、子どもたちが集う。
以前「津軽ボンマルシェ」で紹介した鯵ヶ沢『長谷川自然牧場』は、豚や鶏がのびのびと過ごす姿が印象的な牧場でした。「人間も動物も自然体で過ごすのが一番」。牧場主の長谷川夫妻のそんな考え方に感銘を受け、夫妻の元で養豚を学んでから、南津軽郡大鰐町で養豚を行う若者がいます。津軽随一の温泉郷としても知られる大鰐町の中心地から、車で10分以上離れた森の中。出迎えてくれた『おおわに自然村』の三浦隆史氏は、物腰柔らかな好青年でした。現在20頭ほどの豚を飼育し、食肉用に出荷しているこちらの牧場では、約7ヘクタールという広大な敷地の一部を豚の放牧場に。太陽の下自由に走り回る豚たちは、森のどんぐりや栗、敷地内に植えられたプルーンなどの果実を食べ、泥遊びをしながら過ごします(※)。通常は6ヵ月ほどの飼育を経て出荷されるところ、ここでは8〜10ヵ月をかけてゆっくり飼育。上品なサシが入った「レトロポーク」として評判を得ています。
牧場になる前は、4、5年ほど放置されていた元・観光りんご園だったというこの場所。隆史氏の案内で敷地をぐるりと巡ると、津軽の豊かな自然を感じることができます。栗やプルーンの他にさくらんぼやクルミの樹があり、高台からは津軽のシンボル・岩木山を一望。池に繋がる水路にはニホンザリガニやホタル、珍しいイトトンボなどが生息します。「当初は養豚が目的でみつけた土地でしたが、この自然をそのまま生かそうということになって。地域の子どもたちを受け入れ、体験学習の場にもしています」と隆史氏。子どもたちの笑い声が響くここ「おおわに自然村」は、単なる養豚施設にとどまらないさまざまな側面を持っているようです。
弘前市の住宅街にある銀行員の家庭に生まれ育った隆史氏。農業に興味を持ったきっかけは、シュミレーションゲームの「牧場物語」! 北海道・江別にある酪農短大に進学して酪農を学び、卒業後は養豚の道を目指し『長谷川自然牧場』などで研修、『おおわに自然村』を立ち上げたのは2007年のことでした。「ここ『おおわに自然村』には母体となる会社があります。それが『(有)エコ・ネット』。いわゆる産業廃棄物の収集運搬業者です」と隆史氏。意外にも思える廃棄物と養豚の関係とは? 種明かしは、豚たちの食べている餌にありました。
※2020年現在、感染症予防のため、放牧を一時的に見合わせています。
津軽ボンマルシェ廃棄物は宝物? 捨てられるものから、とびきりの美味しさが生まれる。
豚舎脇に停められた軽トラの荷台のビニールシートを隆史氏が外すと、豚たちがにわかに騒ぎ出します。「食べさせろって鳴いてますね(笑)」と隆史氏。荷台に積まれていたのは、規格外のりんごチップス、パン、ケーキのほか、廃棄される弁当やおから、ご飯、麩、野菜くずなどを混ぜた“エコ・フィード”と呼ばれる餌。どれも人間の食品残さ、つまり廃棄物として回収されたものばかり。豚たちは放牧で食べる草や木の実以外に、1日1回、これらの餌を与えられています。「ただ食品残さを与えるのではなく、栄養価を考えて作られた餌を与え、なるべくストレスをかけずにゆっくり育てることで、キメ細やかな脂が乗って美味しくなるんです」と隆史氏。原料の調達と製造は、経営母体である産廃業者『(有)エコ・ネット』が担当。隆史氏の父・三浦浩氏が代表を務める会社です。
実は『おおわに自然村』がスタートする前から、エコ・フィードの生産を行っていた『エコ・ネット』。隆史氏が養豚を始めたのも、「自社の餌を使えば、ちょうどいい」という浩氏の強い勧めがあってのことでした。しかし先ほど書いたように、隆史氏の実家は銀行員の家庭だったはず。銀行員から産廃業者へ―。食品残さと豚の繋がりには、浩氏の並々ならぬ情熱と行動力が秘められていました。
「元々は、こんなことやるつもりじゃなかったんですよ」。なぜ産廃業者へ転身したのか質問すると、浩氏はそう言って続けました。「今の日本は経済最優先。中央ばかりがどんどん豊かになり、地方の産業がないがしろにされている。おかしな話です」。信用金庫の職員として、地域の中小企業を担当していた浩氏。時代の流れとともに、これまで津軽の経済を支えてきた末端の個人商店がどんどんなくなっていくのを目の当たりにしたといいます。「パーティや会合をすれば、余った食べものや飲みものが捨てられる。山ほどですよ? そのゴミはどうなっているのか。何かおかしい、そう気づいたのが20年以上前のことです」。まだリサイクル法が制定される前、“ダイオキシン”などの単語も一般的ではない時代でした。
津軽ボンマルシェ津軽初の生ハム工房誕生! 地方の小さな廃校が、注目のスポットに。
生ゴミを、飼料や堆肥を製造するための資源に活用できないか。そんな考えから銀行を退職し『エコ・ネット』を創業した浩氏でしたが、当初、周囲の農家からの反応は冷ややかだったといいます。「使ってくれる農家もいなくて、ひとりだけ浮いてるような状況。でも輸入飼料や化学肥料に頼る他力本願な農業からは自立しないと、日本はだめになると考えていました。そんな時、息子が大学を出て帰ってきたから『お前、豚やれ』って。成功するかは分からない、綱渡りですよ(笑)。それでも食品残さと農業には、無限の可能性があると確信していました」と浩氏。
食品廃棄物をリサイクルして豚を肥育、精肉・販売するところまで駒を進めた三浦親子でしたが、新たな課題も出てきました。苦労して作った肉の価格は低く、ウデ肉やモモ肉などレストランで提供しづらい部位が売れ残るのです。そこで考えたのが、豚肉の6次産業化。「でも、小規模生産者がメーカーと勝負しても勝てるわけがない。そんなとき出会ったのが、東京でレストランを経営しながら、故郷の秋田で生ハムを作っている金子裕二さん。加工肉で秋田に産業を生み出したいという金子さんの考え方に共感し、何度も秋田に出向いて教えを乞いました。金子さんは僕の師匠なんです」と浩氏。『おおわに自然村』に設置したコンテナを熟成庫にして生ハム作りを始めたのが2010年のこと。まだ国産生ハムがほとんど出回っていない時代です。
さらに生ハム作りの大きな後押しとなったのは、それから5年後のこと。『おおわに自然村』から車で20分ほどの集落にある小学校が、過疎化により廃校となったのです。校舎は川沿いの高台にある木造建築。実はここ、生ハム作りにとってはこれ以上ないほどの好条件が揃った場所でした。「生ハムの熟成には風が必須ですが、ここは常に風が吹いています。夏場も教室内は涼しくエアコンいらず。しかも木は調湿効果があり、ちょうどいい湿度を保ってくれる。壊してしまえばゴミですが、これだけのものを新しく作ることはなかなかできません。それにここが残ることは、学校の歴史、たくさんの卒業生のルーツが残るということ。それこそお金で買えない、大切なものを残すことができるんです」と浩氏。
2016年、築50年以上の校舎は、青森県初となる生ハム工房として生まれ変わりました。職員室は肉の加工場と冷蔵室に、教室は生ハムの熟成庫に。製造量は年間300kgほど。毎年参加者を募集する「生ハム塾」では、自分で一から生ハムを作る体験もでき、人気を博しています。過疎の町に新たに生まれたユニークな名産品のニュースは、地域を明るく照らしました。現在、生ハム製造を担うのは、浩氏の三男で隆史氏の弟・石澤輝氏。三浦家のタッグも、ますます強固なものになっています。
津軽ボンマルシェ国が動かぬなら、まずは地域の民間から。循環のモデルケースを目指して。
『おおわに自然村』の生ハムは今、主に首都圏へ出荷しています。主な顧客はそうそうたる顔ぶれの有名ホテルの数々。カットしない“原木”の状態で販売し、1本4万円からと高価であるため、一定量をコンスタントに消費でき資本力もあるホテルが購入しやすいという理由もありますが、当初から地元ではなく県外を販売対象に考えてきた浩氏には、こんな考えもあります。「餌の原料である食品残さは近隣で回収して地域内で循環させるけど、生ハムは“外貨”を回収する手段。行政を待っていたらだめ。民間が力を付けて、地域を回していかないと。まずは一歩ずつできることを進める。それが大事です」。
こういった地道な活動は、徐々に地域の意識を変えつつあります。廃棄せざるを得ない食材を「捨てるくらいなら有効に使ってほしい」と提供を申し出る人々も増えてきました。生ハム工房には、さまざまな企業からの視察の申し込みが。近隣エリアの大手コンビニエンスストアの店長から、問い合わせが入ることもありました。「そういうときは、『まずは飲もう』とBBQに誘うんです」と浩氏。「豚肉や生ハムを、みんな美味しい美味しいと食べてくれる。企業や個人レベルでは、共感してもらえていることを実感します」。
浩氏が、廃棄される食品残さを活用することを思いついてから20数年。その想いは今、豚肉に姿を変え、生ハムとなり、さらにさまざまな形で広がりを見せています。たとえば堆肥は、地元の農家と障がい者就労施設と連携し、ねぎの生産に活用。ねぎは埼玉県のねぎ問屋へ卸し、全国のラーメンチェーン店で使用されます。より多くの人に農業を身近に感じてもらえるよう、平川市の温泉施設のリニューアルを手掛け、津軽の自然と農業を一緒に体験できる“農泊”も始めました。その躍進の力の源を聞くと、浩氏は満面の笑みとともに、茶目っ気たっぷりの津軽弁でこう言いました。「だって、わくわくするっきゃ? どきどきするっきゃ? やってきたことは、無謀な冒険ばかりだったかもしれない。でも人がやってないことをする方が、面白いじゃないですか」。
津軽人らしく、一本気で頑固な“じょっぱり”気質が見え隠れする父・浩氏のことを「なかなか厳しくて。大変ですよ(笑)」と評する息子・隆史氏。しかし「自分もやりたいことは色々あるんです。まずは『おおわに自然村』を法人化したい。現在工房長をしている弟は元料理人ですから、ゆくゆくは直営のレストランも作りたいですね」と語り、県内の畜産業界の生産者を集めた「あおもり畜産部」を立ち上げるなど、父に負けじと地域を牽引します。まだ見ぬ“わくわく”や“どきどき”をモチベーションに邁進する三浦家。きっとこれからも、私たちに新たな驚きを与えてくれることでしょう。
住所:青森県南津軽郡大鰐町長峰字駒木沢420-200 MAP
電話:0172-47-6567
住所:青森県南津軽郡大鰐町早瀬野小金沢48-2 MAP
電話:0172-26-8692
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なんでもトレンドのアンテナサイトです。http://trend1999.wp.xdomain.jp/
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