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薩摩切子の歴史と技法を守りつつ、新たな価値の創造に挑む。[美の匠 ガラス工房 弟子丸/鹿児島県霧島市]
美の匠 ガラス工房 弟子丸
鹿児島県の中央部に位置する霧島市。霧島連山を筆頭に、豊かな自然に包まれたこの地に拠点を置くのが、弟子丸努氏率いる『美の匠 ガラス工房 弟子丸』です。伝統工芸品である薩摩切子の技術を継承しつつ、新たな価値の創造にも取り組む同社。前編では、代表兼切子師の弟子丸氏に、『美の匠 ガラス工房 弟子丸』の伝統的かつ革新的なものづくりについて伺いました。
美の匠 ガラス工房 弟子丸わずか20余年で幻となった薩摩切子を、100年後の職人たちが復元。
2011年、鹿児島県霧島市に設立された『美の匠 ガラス工房 弟子丸』。ここでは、鹿児島県が誇る伝統工芸品、薩摩切子のグラスや器などを製造しています。
薩摩切子とは、欧米諸国が日本に開国、通商を迫っていた1851年、28代薩摩藩主に就任した島津斉彬氏の指示により、海外交易品として開発されたもの。イギリス、ボヘミア、中国などのガラス工芸に源流を求めながらも、美しい色使いや繊細なカットでそれらを凌駕、日本の美として称賛されたと言われています。薩摩藩でのガラス製造は1846年、27代島津斉興によって始められましたが、当初は薬品を入れるためのガラス瓶などを製造。海外進出を夢見た斉彬氏の時代に、芸術的な薩摩切子として飛躍的な発展を遂げたのです。
しかし、誕生からわずか7年後の1858年、斉彬氏の急逝による財政整理のため、薩摩切子の事業規模は縮小。さらに1863年の薩英戦争で製造工場が大打撃を受けたこともあり、存続は厳しく、ついに1877年の西南戦争前後には完全に途絶えてしまいました。
このまま幻となるかに思われた薩摩切子ですが、約100年後の1985年、その歴史を再興させるプロジェクトが始動。当時の写真や文献とわずかに現存していた実物を参考に、ガラス職人たちが試行錯誤を繰り返しました。そうして見事復元されたことで、今日の薩摩切子があるのです。復元作業には、当時高校を卒業したばかりだった弟子丸氏もメンバーの一員として参加。切子師としてのキャリアは、ここからスタートしています。
美の匠 ガラス工房 弟子丸鮮やかな色ガラスをベースに、幻想的な「ぼかし」と多彩な文様で魅せる。
薩摩切子の最大の特徴は、「ぼかし」と呼ばれるグラデーション。透明なガラスの外側に1~3mmほどの厚い色ガラスを被せた生地を用いる薩摩切子は、深くカットした部分は淡い色味、浅くカットした部分は濃い色味になります。「こうした深さや角度など削り加減を絶妙に調整することで色の濃淡を操り、薩摩切子特有のグラデーションを生み出すのです」と弟子丸氏。
例えば、江戸切子と比べてみると、その差は一目瞭然。江戸切子は元々の生地の厚みが薄いため、仕上がりの色味や重さも薄く軽く、全体的に透明感がありシャープな印象。対して薩摩切子は重厚感たっぷりで、色ガラス層を完全にカットした透明部分から、深くカットした淡い部分、浅くカットした濃い部分、全くカットせずに完全に残した部分まで、美しいグラデーションを描いています。
弟子丸氏曰く、「薄手の江戸切子が表面を削って文様を描いているようなイメージだとすると、厚手の薩摩切子は周りを削って、文様を浮き彫りにしているような感覚。同じ切子でも、全然アプローチが違います」。
また、ベースとなる色が豊富なのも、薩摩切子の魅力。紅、藍、紫、緑、金赤、黄と、鮮やかな6色が揃います。いずれも、斉彬氏の時代になされた、鉱物を原料とする着色ガラスの研究によって生み出された色味。中でも紅色は、当時の日本で初めて発色に成功した色味で、「薩摩の紅ガラス」として珍重されたと言われています。
さらに2001年には、「二色被せ」と呼ばれる新たな色のバリエーションが誕生。この場合、従来の生地に対して、その外側にもうひとつ、違う色のガラスを被せた三層構造の生地を用いるのです。これまで単色の濃淡で表現されてきた薩摩切子の世界に、新たな色彩の変化が加わりました。
そして、表情豊かな世界を作り上げるのに色と並んで重要なのが、独特の文様。細かい矢来を均等に施した様が魚の鱗や小魚の群れのように見えることから名づけられた「魚子文(ななこもん)」をはじめ、色ガラスを玉状に削り六角形で繋ぎ合わせた様が亀の甲羅のような「亀甲文」、ゆらめく炎のような「流炎文」など、様々な文様があります。
こうした基本となる文様をベースに、「矢来に魚子文」や「八角籠目に十六菊分」、「菱繋に小花文」、「六角籠目に麻ノ葉小紋と魚子紋」など、単一ではなく複数の文様を組み合わせた複合柄が多く見られるのも、薩摩切子の特徴。高いカット技術によるグラデーションと多彩な文様で、奥深い薩摩切子の世界が形成されているのです。
美の匠 ガラス工房 弟子丸土地の歴史と自然に敬意を表したオリジナルライン『霧島切子』。
時を超えて伝統的な薩摩切子の技術を受け継ぎ、今に伝える弟子丸氏。その礎を守りながらも、一方で現代における革新的な表現にも挑戦し、新たに3つのブランドラインを立ち上げ注目を集めています。
ひとつ目は、『BLACK LINE』と『CLEAR LINE』から成る薩摩切子の新潮流、『霧島切子』。『BLACK LINE』は、その名の通り黒がベースのグラデーションと大胆なカットから生み出された新たな世界観で、どこか都会的な印象。対して『CLEAR LINE』は完全なる無色透明で、美しく際立つ繊細なカットにより、神々しい煌めきを放ちます。
弟子丸氏曰く、「鹿児島は黒豚や黒酢が特産品であることからも分かる通り、古くから黒の文化が受け継がれている土地。それならば薩摩切子にも黒があったら良いのではないかということで生まれたのが『BLACK LINE』です。黒は透けない色なので“ぼかし”を施すのが難しく、経験と技術が問われます」。
一方の『CLEAR LINE』は、霧島市が誇る自然へのオマージュ。「霧島は昔から、豊かな天然の水で潤ってきた土地。そんな自然の恵、こんこんと流れ出る水の美しさを、無色透明の生地に細やかなカットを施すことで表現しています」。
また、こうも語ります。「『CLEAR LINE』は、色鮮やかな薩摩切子の世界にあって、かつて存在していたとされる無色透明バージョンを甦らせ、独自にアレンジしたものでもあります。一昔前までは、無色透明な薩摩切子の存在は参考資料止まりでした。それが近年の再鑑定により、正式に薩摩切子の一つだと認められたのです」。
独自のアレンジというのは、例えばグラスの周囲に施されている模様。伝統的なトライバルをベースに考案された、オリジナルのモチーフです。さらにこれを、通常の薩摩切子には用いない、砂を吹き付けるサンドブラストの技法で描いている点もポイント。こうして模様部分が乳白色に仕上がることで、全体の質感に新たなニュアンスがもたらされているのです。この模様は『BLACK LINE』にも描かれ、『霧島切子』のアイコンとなっています。
薩摩切子の技法を踏襲しつつも、伝統を重んじる薩摩切子の世界ではなかなかできないような試みを具現化した『霧島切子』。枠に捉われない自由な発想で、新たな薩摩切子の世界を切り拓いているのです。
美の匠 ガラス工房 弟子丸廃材に命を灯す、切子師の心技で生まれたアクセサリー『eco KIRI』。
『美の匠 ガラス工房 弟子丸』オリジナルラインの2つ目は、『eco KIRI(エコキリ)』。薩摩切子の廃材を使ったアクセサリーブランドです。卓越した技術の結晶である薩摩切子の製造工程において、廃材はかなりの割合で必ず出てしまうもの。それらを生かす方法として生み出されました。
「例えば、グラスを100個作るとすると、その過程で50個は不良品となってしまいます。それを、以前はそのまま捨てるしかなかったのですが、あまりにももったいないなと感じていて。何か別のものに再利用して生まれ変わらせたいという想いと、薩摩切子の美しい煌めきを日常的に身につけられたら面白いのではないかという想いで、アクセサリーに仕上げました」と弟子丸氏は話します。
『eco KIRI』は、不良品扱いとなった薩摩切子の生地を、加工しやすいように分割、カット。それを電気炉で加熱形成したパーツをベースに作られます。アイテムは、リングやピアス、ペンダント、ブローチ、ピンなど、十数種類。不揃いな廃材を使うからこそ、同じピアスでも一つひとつ形が異なり、オンリーワンの風合いを醸し出しています。
美の匠 ガラス工房 弟子丸インテリアや雑貨にも薩摩切子を取り入れ、暮らしを華やかに彩る。
そして3つ目のオリジナルブランドが『FUSION』。ステンドグラスに用いる着色ガラスを薩摩切子の技で創り上げ、行燈やランプといった間接照明やアートフレームに仕立てたインテリアブランドです。その煌びやかで幻想的な透過光には、思わずため息が漏れます。
また、最近は他メーカーとのコラボレーションも盛ん。現在は、奄美大島の革細工メーカー『革工房One』が作る財布や名刺入れ、キーホルダーなどに薩摩切子のパーツを施した、オリジナルアイテムを展開しています。奄美大島の伝統技法である泥染めレザーと、鹿児島の伝統工芸である薩摩切子が出合い、唯一無二の魅力を放っているのです。
器という枠を超え、アクセサリーやインテリア、革小物などと薩摩切子の融合を実現している弟子丸氏。現代に見合った斬新な発想で、薩摩切子のある暮らしを提案しています。
次回の後編では、弟子丸氏の経歴や工房の様子、薩摩切子への想いと展望を紹介します。
住所:〒899-4304 鹿児島県霧島市国分清水1-19-27 MAP
電話:0995-73-6522
営業時間:9:30~18:00
定休日:日曜
http://deshimaru.jp/
鹿児島県霧島市出身。1985年に高校を卒業し、薩摩ガラス工芸株式会社(現・株式会社島津興業)へ入社。薩摩切子の復元に携わる。1994年には新たな環境を求め、薩摩びーどろ工芸株式会社の設立に従事。同社で活躍した後、2011年に『美の匠 ガラス工房 弟子丸』を立ち上げた。薩摩切子の継承はもちろん、『霧島切子』や『eco KIRI』、『fusion』などオリジナルブランドも展開。従来の枠に捉われない作品づくりを行い、新しい薩摩切子の可能性を追い続けている。
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100年以上も続く段々畑で、現代的な知見も導入して、高品質の西宇和みかんを育てる。[TERROIR OF NISHIUWA・真穴共選/愛媛県八幡浜市]
テロワールオブ西宇和・真穴共選恵まれた環境で育つ、西宇和みかん。
温州みかんの名産地、愛媛県西宇和では今、「西宇和みかん」のブランディングを押し進めるプロジェクトが始まっています。
その一環として、目黒『kabi.』ではペストリーシェフ・中村樹里子氏が「西宇和みかん」のデザートコースを期間限定で提供します。
▶「Kiriko Nakamura による西宇和みかんのデザートコース」詳細・予約はこちら
今回はデザートコースの主役である「西宇和みかん」にどんな魅力があるのか?どのように育てられているのか。生産の現場をリポートします。
「西宇和みかん」は、3つの太陽が育むと言われます。
太陽から降り注ぐ日照量の多さは、土地を訪れれば、すぐに実感することですが、海からの照り返しもまた、眩しいほど。これが2つ目の太陽で、3つ目は急な斜面を活用した段々畑にあります。生産者や場所によっては畑の段々を、石垣で組み上げて作るケースもあり、この白い石が反射して3つ目の太陽となるのです。
西宇和にある共選のひとつ、八幡浜市・真穴を訪ねました。
共選とは、共同選果部会の略称。その地区の生産者たちで組織され、収穫した温州みかんの選別と出荷を行う選果場も共同で運営しています。
▶詳細は、TERROIR OF NISHIUWA/特徴的な地形が育む、伝統の西宇和みかんで進む、新たな価値観の創造。へ。
テロワールオブ西宇和・真穴共選西宇和で最も歴史ある温州みかんの名産地。
真穴は、佐田岬半島の付け根に位置する生産地。西側に、すぐ宇和海が迫り、急な斜面とのコントラストはまさに、絶景。
穏やかに凪いで煌めく海の美しさに、思わず見惚れてしまいます。
「そう、あれが佐田岬半島。ずっと向こうに九州が見えるけど、大分ですね」
下から上へ、畑が続く斜面の中腹に、柔らかい笑顔で語る宮本定(さだむ)氏の姿がありました。真穴共選で生産委員長を務めています。
「真穴の生産者は今、174人。全体で、270haほどのみかん畑があります」
真穴に、温州みかんの苗木が移植されたのは明治33年のこと。西宇和で最も古い生産地のひとつです。明治40年以降、栽培は本格化し、一大産地に成長。昭和39年には、その年に農林水産大臣賞を受賞した産物の中から選ばれる天皇杯も、みかんの産地として初めて受賞しています。
海が近く、潮風によって運ばれた豊富なミネラルが斜面全体に届けられる。それが真穴の地形的な特徴。柑橘類の栽培に適した古生層の土壌で、西宇和のほかの地域と同様、急な斜面が続いているため、水はけが良いのも大きなメリットです。現在、年間でおよそ8,000から9,000トンの温州みかんを生産しています。
テロワールオブ西宇和・真穴共選みかん栽培に向いた土地に感謝する。
宮本さんも祖父の代から温州みかんを育てる生産者。海抜10mの低地から標高300mぐらいの高さまで、縦一列に「2haとちょっと」の畑を持っています。
「この辺りは下から上まで畑を持つ人が多いですよ。なぜなら、花は下から順に咲くから(笑)」
収穫は11月中旬から、わずか45日間で一気に行われますが、低地から順に花が咲き、実を結ぶことで、下から効率良く収穫することができる。昼夜の寒暖差が少ない気候も、美味しい温州みかんに必要不可欠な環境と言います。
「だから、とろけるように柔らかく、食べてスッと消える、質の良い“じょうのう”ができるんです。寒暖差が少ないのは、穏やかで温かい海が近くにあるから」
宮本さんはそう言って、自然に感謝するように、また海を見つめました。
テロワールオブ西宇和・真穴共選新しい技術や知見も積極的に導入。
恵まれた自然があり、段々畑など、先人たちが築き上げた知恵と工夫も活かして、大切に育てられる「西宇和みかん」ですが、ただ伝統を継承しているだけではありません。
例えば、真穴でも、まだ一部と言いますが、「10年ほど前から導入が始まった」マルチドリップ方式の栽培があります。
マルチとは、みかんの木の下に敷設するシートのこと。降雨による余計な水分を除外して、水はけを、もっと良くするために導入されたものですが、シートは白く、陽光を反射して、木の下の方になる実を照らす効果も生みました。これを、4番目の太陽と指摘する生産者もいるほど。
ドリップとは簡単に言えば、液肥を満遍なく木々に与えるための仕組み。「みかんの点滴」と宮本さんは笑いますが、これにより、みかんの木が土にしっかりと根を張るようになったそう。
「根ができれば、アミノ酸など、微量だけど必要な栄養素がしっかり取り込めて、葉がたくさんできる。たくさんの葉があれば、余計な水分を十分に吐き出すことができ、みかんの味が凝縮する」
だから、あまり葉の剪定はしないそう。
受け継いだ技術に加えて、現代的な機器や知見も活用して、美味しい「西宇和みかん」を育てているのです。真穴共選では、出荷の前に行われる選果でも、光センサー選果機を採用。傷や腐敗を瞬時に検知するだけでなく、糖度や酸度も的確に測定しているとのこと。
高く評価される西宇和みかんを、今後もクオリティを維持しながら安定的に供給すべく、生産者の挑戦はずっと続いているのです。
テロワールオブ西宇和・真穴共選常に「最高」を志す、強い気持ち。
「ずっと、みかんを育てて、出荷していますが、今年は最高だって思った年なんてありませんよ。毎年、課題は見つかる」
柔和な笑顔から一転、引き締まった面持ちで語り始めた宮本さん。
「とにかく、美味しいものを一生懸命、作る。それだけです」
「西宇和みかん」は、宮本さんのような生産者が真面目に、誇りを持って取り組んでいるから、今年も美味しく育つのです。
そんな、甘味、酸味、苦味、食感と『西宇和みかん』の魅力を最大限に楽しめるコースを11月29日(木)より、『Kabi』にて期間限定で提供致します。是非、西宇和の土地を五感で感じられるコースをこの機会にご賞味ください。
▶「Kiriko Nakamura による西宇和みかんのデザートコース」詳細・予約はこちら
(supported by JAにしうわ)
住所:愛媛県八幡浜市真網代丙572-1 MAP
電話:0894-29-7014
真穴共選 HP:http://www.marumamikan.com/
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栃木レザー ミニトラッカーウォレット
定番トラッカーウォレットにミニサイズが登場!
- 【IHG-082】栃木レザー トラッカーウォレットのミニサイズ版です
- ポケットにすっぽり収まるサイズ感で、上着の内ポケットにも入ります
- 背面、内側のカード入れは逆さにしても落ちないよう一般的なカードのジャストサイズ設定です
- カード入れが2ヶ所とフラップ付きのメイン気室で構成されています
- ミニウォレットやパスケース、また名刺入れ等小さいながらに用途の広い商品です
- 各パーツは真鍮で表のボタン、センター部分にはアイアンハートの刻印入りです
- ハトメを付けているのでウォレットチェーンやキーホルダー等も付けられるようにしています
情緒漂う茶屋街に生まれた2部屋だけのオーベルジュ。旅の本質を思い出させる、名宿の秘密。[東山のオーベルジュ 薪の音 金澤/石川県金沢市]
東山のオーベルジュ 薪の音 金澤OVERVIEW
重要伝統的建造物群保存地区に指定される金沢の東山ひがし茶屋街。石畳の路地の脇に連なる端正な出格子窓、風にたなびく柳の木、遠く聞こえる三味線の音。風情という言葉こそふさわしいこの街に2018年3月、新たなホテルが誕生しました。名は『東山のオーベルジュ 薪の音 金澤』。そう、2005年に富山県南砺市に開業し、各界の評判を呼んだ名宿『里山のオーベルジュ 薪の音』の別館です。
素朴な里山をテーマにした旅館である本館に対し、茶屋街に佇むこちらはどこか女性的でエレガントなホテルという印象。客室は2室。つまり1日2組しか得られない特別な体験が、この『東山のオーベルジュ 薪の音 金澤』では待っているのです。もちろんオーベルジュと銘打たれるだけに料理にも徹底的なこだわりが潜みます。ロケーション、部屋、料理、ホスピタリティ。すべてにおいてゲストの心に刻まれる、他に代えがたいひととき。その本質は「ここに効率という言葉はありません。無駄こそが魅力。それがこの規模のホテルの魅力」という山本氏の言葉に象徴されます。
日常を忘れ、無駄を楽しみ、土地の文化に浸る。旅の本来の姿を思い出させる名宿。その魅力に迫ります。
住所: 石川県金沢市東山1丁目15-14 MAP
電話: 076-252-5125
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NEW シャーロットコート【レディース館】
こんにちは![]()
最近は日中も肌寒くなってきましたね![]()
どんどん冬本番が近づいてきているんだなぁと
体感しております。
さて、そんな寒い冬に向けて
最近入荷したコートを紹介します![]()
【デニムクローゼット】
シャーロットコート
正面
後ろ姿
前を閉じると・・・
スッキリとしたシルエットでとても綺麗です![]()
写真のようにパンツに合わせると
キレイめファッションにもなりますし、
スカートに合わせたら
可愛いファッションに変身もできちゃいます![]()
![]()
落ち着いたグリーンチェック柄が
とても良いですよね![]()
中のチェック部分が取り外し出来るので
春シーズン
まで着ていただけます![]()
サイズは
S M L
の3種類です。
お値段は
¥32,400(税込)
です。
倉敷にお越しくださった際は
新作も沢山入荷しておりますので
ぜひデニムストリートに足を運んでみてくださいね![]()
スタッフ一同お待ちしております![]()
若者たちが未来を描ける、エモーショナルな離島。[海士町/島根県隠岐郡]
海士町歴史と自然を残す人口2300人の島。
日本海に浮かぶ島根県・隠岐の島の中でも、海士町(あまちょう/中ノ島)は3番目に大きな有人島です。人口わずか2300人の島で、約2時間もあれば一周できるほど。その昔、「遠流の地」として定められ、鎌倉時代には「承久の乱」で配流になった後鳥羽上皇を始め、多くの政治犯や貴族を受け入れて来た歴史があります。海の中にポツンと浮かぶこの小さな島は、定義の通りの「離島」。美しい自然に恵まれた究極の離島であり、「遠流の地」だったのも頷けます。島内には後鳥羽上皇火葬塚や隠岐神社、小泉八雲が「清閑な地」と称えた家督山(あとどやま)、町の指定文化財の屋敷、村上助九郎邸など見所も点在しています。
海士町「人づくり」を試みた地域再生の人間国宝。
数々の逸話が残る海士町ですが、歴史や自然よりも魅力なのがこの島に暮らす若者たちです。すでに引退された元町長・山内道雄氏は、先見の明があるアイデアマン。先駆的な考え方をお持ちの方で、離島の不便さを逆手に取ったユニークなキャッチコピー「ないものはない」を掲げ、移住者を引き寄せる町づくりで地域再生に優れた手腕を発揮されました。若い世代が生活できるよう様々な事業を展開し、海士町ブランドを築き上げただけでなく「島づくりは人づくり」という信念のもと、教育改革にも力を入れて全国から人材を集めた。まさに「地域再生の人間国宝」。Iターン、Uターンの成功例と言えるでしょう。あれだけの小さな島に大勢の若者が移り住んだことは、奇跡としか言いようがありません。若い世代が勝手に訪れたのではなく、元町長をはじめ、行政が一生懸命働きかけてバックアップした結果。島独自の取り組みは全国的にも注目を集めています。この好例は各地の地方自治体も見習うべきでしょう。将来的には海士町だけでなく、隠岐の島のエモーショナルな部分も含め、より一層力を入れて欲しいと思います。
住所:〒684-0403 島根県隠岐郡海士町大字海士1490 MAP
http://www.town.ama.shimane.jp
1952 年生まれ。イエール大学で日本学を専攻。東洋文化研究家、作家。現在は京都府亀岡市の矢田天満宮境内に移築された400 年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に国内を回り、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。
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建築とランドスケープの幸せな融合。[アートビオトープ那須/栃木県那須郡那須町]
アートビオトープ那須ホテル・建築・造園の各界が注目!
昨今、旅のスタイルが変わりつつあります。せわしなく動き回る「移動」から、その土地の魅力をじっくり味わう「滞在」へ――今回ご紹介する『アートビオトープ那須』は、そんな「滞在」を心地よくサポートしてくれる大人のリゾートです。
那須の雄大な自然を生かした景観と、訪れる人々の感性に添った様々な滞在方法の提案。そのフレキシブルなコンセプトは、旅人だけでなくホテル業界や建築業界、造園業界などからも熱い視線を浴びています。
更にガラス工芸や陶芸といった「アートなアクティビティ」も提供。まるでアーティストがアトリエにこもるかのように、自然豊かな空間の中で、ゆったりと創作活動にいそしめます。
アートビオトープ那須自由自在に楽しめる「アートな滞在空間」。
『アートビオトープ那須』の特長は、レジデンス・カフェ・スタジオなどの多彩な要素で構成された「アートな滞在空間」であること。自由な散策や創作活動はもちろんのこと、多彩なワークショップや植物の精油を用いたアロマトリートメントなど、心と身体のリズムを整えてくれる体験が目白押しです。
更に、こうした体験だけでなく、サイクリングなどのアウトドアレジャーも可能。もちろん何もせずにゆったり過ごすこともでき、別荘のような自由なスタイルで楽しめます。
アートビオトープ那須まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのよう! 絶対に訪れたい『水庭』。
2006年にオープンした『アートビオトープ那須』ですが、2018年6月には、隣接する広大な土地に日本建築学会賞など多数の受賞歴を持つ話題の建築家・石上純也氏が手がけた『水庭』を新たにオープンさせました。
16,000㎡もの敷地に隣接する土地から318本の木を移植。その間に160個の池をモザイクのように点在させた、他に類を見ない庭園です。もともとこの土地にあった木・水・苔で創られており、地下で全てつながっている池は、川から引き込んだ清冽(せいれつ)な水を巡らせています。
当初はファームガーデンとして計画されたものの、検討を重ねる中で「人の手を加えて創った建築としての庭」として完成。4年もの歳月をかけて、これまで地球上のどこにもなかった庭園が誕生したのです。
空間と配置を綿密に計算することで生まれたデザインでありながら、自然の妙を感じさせる佇まい。石上氏が自身の体験を反映させながら配置した敷石に沿って歩くと、景色だけでなく、水流や葉擦れの音までもが美しく変化していきます。
訪れた人々の内面まで映し出す、哲学的な思索の場。「五感を働かせて瞑想するように楽しんでください」とはスタッフの言葉です。
アートビオトープ那須さらなる進化も見逃せない。より心地良い空間へ。
この『水庭』に加えて、2020年には、坂 茂(ばん・しげる)の設計による「天と地を繋ぐ」寛ぎのコテージ群が完成する予定です。これを主体に、40km圏内で採れた新鮮な食材を提供する『ファームレストラン』もオープン。これらをもって、『ボタニカルガーデン アートビオトープ』の世界は完成します。
人と自然に心地良い未来を目指して、さらに進化し続ける滞在空間。何日も、何回でも滞在して、その世界観と魅力に浸りたいものです。
住所:栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3 MAP
電話:0287-78-7833 (代表)
アートビオトープ那須 HP:https://www.artbiotop.jp/
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いよいよ謎多き解脱酒の本丸へ潜入。金の酒がベールを脱ぐ![加温熟成解脱酒/秋田県秋田市]
加温熟成解脱酒パリの熱気が冷めやらぬ内に、初秋の秋田へ。
パリでの取材を終えた、我々ONESTORY取材班は、10月中旬、パリで絶賛された不思議な日本酒の秘密を探るため一路、初秋の秋田へ。謎多き『加温熟成解脱酒』の本丸『秋田酒類製造株式会社』を訪れたのです。
▶詳しくは【日本人が知らない日本酒が、今、パリで話題!?】へ
『加温熟成解脱酒』とは、一体どんな酒なのですか?
インタビューは、ずばり直球勝負でスタートしました。
「その名の通り温度を加えて解脱を起こす酒なんです。日本中の酒蔵が、できたお酒をこぞって冷やす時代に、真逆の発想で生み出した酒。偶然と偶然の連鎖により生まれた酒でもあります」とは、『加温熟成解脱酒』の生みの親である古木吉孝生産本部長。
古木氏の放った解脱とは、日本酒を長く熟成させた際にできる澱のこと。澱の発生は完熟の証と言われ、一部の愛好家に間では非常に珍重されてきたそうなのです。
それを約半年という期間に、タブーとも言える酒を温めることにより熟成を促した酒こそが『加温熟成解脱酒』の正体だと笑います。
「最初は、スタッフが試験中の酒を持ってきたんです。普段めったにそのような状況はないのですが、『澱が出てます!確認してください』と言うんです。とっさに思ったのは、腐敗が起きているんじゃないかという不安。でもですね、見た目は腐敗のもとになる微生物の濁りではなかった」
大丈夫だとスタッフをたしなめつつ古木氏は、興味本位で味見をしたと言います。廃棄されてもおかしくない状況で、一転、美しく輝く黄金色の酒の味見をしたくなったと言います。
「これがとにかく美味かった。ですから、すぐに社長のところに持っていったんです」
澱の出た試験中の酒を飲んだ平川順一社長もまた、即決で開発を指示。すぐに開かれた取締役会を経て、約1ヶ月で開発チームは組織されたと言います。
「スタッフがチェックに持ってこなければ誕生はなかったですし、私が試飲しなければそのまま廃棄。さらに社長に試していただかなければこの短期間で、『加温熟成解脱酒』は生まれてこなかったと思います」と古木氏。
2016年4月の偶然を境に、なんと2017年1月には『加温熟成解脱酒』は、世に生み出されていたのです。
加温熟成解脱酒緻密な計算と、失敗を恐れない挑戦が美酒を生む。
「加温することで熟成はどんどん加速するのですが、普通にやるとまずは香りだけが熟成し始めます。ですから、味と香りのバランスを整えるために、冷やすのが常識なのです」
偶然、味わってしまった黄金色に輝く美酒を再現するため、温度と時間の反応速度を、何度も何度も繰り返し、まずは色と香りのメカニズムをコントロールし始めたと古木氏は言います。
「そうなると今度は味を追求したくなるんです。ここからは企業秘密にもなるのですが、酒質や酒米、酵母の違い、さらには温度と時間のコントロールを無数にこなすことで、いよいよ味、香り、色が交わってきたのです。そして解脱の瞬間は生まれた」
約半年の熟成であるのに10年古酒のような香りと色を放つ酒。であるのに味わいはまだまだ若々しいフレッシュさを併せ持ち、アルコール度数は12.5度と軽め。
「商品化にあたっては、解脱の証でもある澱はろ過することに決めました。だって黄金色が、とにかく美しいので」
穏やかな顔の古木氏は、約1時間のインタビューで『加温熟成解脱酒』の誕生について教えてくれました。日本酒を温めるというタブーに果敢に挑戦し、独自製法で生み出した不思議な酒を、ゆっくりと育てていきたいとも付け加えてくれました。
もしかしたら、数年後には加温熟成という新たな日本酒のカテゴリーは一般的になっているかもしれません。話を聞くたび、その可能性に期待で胸が膨らむほど、氏の挑戦は新たな酒の到来を予感させるのです。
加温熟成解脱酒酒の味のすべてを司る加藤杜氏へも直撃。
『加温熟成解脱酒』のもうひとりのキーマンがいると聞き、訪れたのはまさに仕込みが始まったばかりという酒蔵。待っていたのは杜氏の加藤均氏でした。
そう、『加温熟成解脱酒』といっても、熟成前は普通の純米吟醸酒。酒造りの指揮官に、その思いについても伺ったのです。
「麹菌はね、冬の10度とエアコンの10度は違いがわかるんです。不思議でしょ。だから、最後は人力。酒と会話しながらが大切なんです」
最新鋭の醸造設備を備える『秋田酒類製造株式会社』。24時間温度と湿度を調整できる酒蔵にあって加藤氏は、毎日必ず自らの握力で、蒸し上がった酒米の硬さを確認すると言います。
「機械化し合理化する部分はあっても、最後の最後は経験と勘。それが日本酒造り。だから面白いんですよ。解脱酒も、実は凡事を徹底することで生まれています」
日常を怠らない。清掃の行き届いたピカピカの酒蔵こそがウチの蔵の自慢と加藤氏は胸を張ります。
加温熟成させる前に、まずは旨い酒を造る。そんな基礎中の基礎に驚くほどの情熱と心血を注ぐ男がいる。それもまた、『加温熟成解脱酒』が旨さを増幅させる秘密なのかもしれません。
パリで話題になった黄金色に輝く『加温熟成解脱酒』。2019年いよいよ、日本でも飲める店は増えると言います。
まずは、先入観なく、飲んでみてください。
きっと今までの日本酒の概念は軽々と吹き飛びます。パリの地で、そして秋田で、我々取材班は、今秋、その奇跡の瞬間に何度も遭遇しているのですから。
(supported by 秋田酒類製造株式会社)
住所:〒010-0934 秋田県秋田市川元むつみ町4-12 MAP
電話:018-864-7331
http://www.takashimizu.co.jp/
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驚き、発見の連続。荒天の沖縄で、未知の食材、自然とともにある人の暮らしに触れて。[DINING OUT RYUKYU- NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]
ダイニングアウト琉球南城「本場の台風」の厳しい洗礼を受けた、沖縄南城での第一歩。
11月23日(金・祝)、24日(土)の2日間限りで沖縄・南城市を舞台に開催される『DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS』。琉球神話の中では、はるか昔に「アマミキヨ」という女神が海の向こうの理想郷といわれた神の国「ニライカナイ」からやってきて琉球の島々や祈りの場「御嶽(うたき)」を創り、南城市の離島・久高島に降り立ったと伝えられています。
琉球を創成した女神「アマミキヨ」のゆかりの地で開催される今回を担うのは、『DINING OUT』史上初の女性料理人となる樋口宏江シェフ。『志摩観光ホテル』の総料理長であり『伊勢志摩サミット』でもディナーを担当した、今、日本で最も注目を集める女性シェフに白羽の矢が立った。
『DINING OUT』開催に向け、視察のために沖縄に向かった樋口シェフ。複数の食材の生産者とのスケジュールを調整し、10月初旬に初めて降り立った沖縄は、奇しくも、超大型の台風25号が上陸するというアクシデントに見舞われます。さまざまな予定変更を余儀なくされ、時に強い雨風に打たれながら、という悪条件の中の視察は、「沖縄の自然」を肌で感じる時間となりました。
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▶DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS TOPへ
ダイニングアウト琉球南城風土とウチナーンチュが上質な食材を育む、沖縄の産地を巡って。
早朝に三重県志摩を発ち、中部国際空港セントレアから沖縄へ飛んだ樋口シェフ。那覇空港で、取材班をはじめとする東京からのスタッフと合流。台風がその日の晩から翌日にかけて直撃しようかという状況下、訪問先の生産者と慌ただしく連絡を取り合うスタッフを心配気に、そして気遣うようなまなざしで見つめる姿が印象的でした。『DINING OUT』開催当日まで2カ月足らず、限られた時間の中で、少しでも多く沖縄のことを知りたい。そう願う樋口シェフにとっては、まさに波乱の幕開けでした。
空港から車で約30分。最初の目的地は那覇市内の繁華街にある『琉球料理ふみや』です。昼食を兼ねて訪れたその店で、早速、最初の驚きに出会いました。運ばれてきた定食のお膳には、よもぎの炊き込みごはん「フーチバージューシー」や豚もつ入りの「中身汁」など、沖縄に古くから伝わる伝統料理がずらりと約10皿。どれもが初めて食べる味、そして身体に染み入るようなおいしさだったからです。
「実は、沖縄を訪れるのは今回が初めてなんです。何もかも新鮮で」
そう話す樋口シェフ。古い田舎家の広間のような畳敷きの店内では、地元の老若男女がテレビから流れる台風のニュースに耳を傾けながら、樋口シェフと同じ定食を食べる姿が見られます。昔ながらの郷土の味が、今も人々の日常に根付いている。最初に沖縄の食文化の豊かさを感じた瞬間でした。
ダイニングアウト琉球南城多種多彩、生き生きとした沖縄産ハーブがインスピレーションの源に。
素朴な伝統料理の滋味深い味わいにすっかり心をつかまれた様子の樋口シェフ。お次は宜野湾市にあるファーマーズマーケット『ハッピーモア市場』を訪れました。広々とした空間に並ぶ、色とりどりの野菜や果物は、島バナナにさまざまな柑橘など、沖縄らしい農作物が中心。「小さな農家応援隊」を標榜し、農薬や化学肥料に頼らず、安全でおいしい野菜や果物づくりに励む生産者の作物を集めて紹介しています。
新鮮な野菜を使ったフレッシュなスムージーも名物で、建物奥にある小さな自社農園で、スムージー用のハーブや柑橘類を栽培しています。レモングラスやヘンルーダーなど、何もかもが都市部のスーパーで見るものとは比べものにならない勢いで生い茂っていて、小さなジャングルさながら。樋口シェフが足を止めたのは、カラマンシーという柑橘の木の前でした。
「すだちやカボスとはもちろん、シークヮーサーとも違う、どこかオリエンタルな香り。沖縄にはいろんな柑橘があるんですね」
感嘆の表情で目を見開きます。
その日は、ハーブ農園『岸本ファーム』も訪問しました。
「白い花を付けたスイートメキシカンは蜜のような甘さがあります。これは長命草という沖縄のハーブ。琉球山椒(ヒレザンショ)は、ピパーツに似た香りがするはずです」
沖縄の在来種も含め栽培品種は年間200種以上。スタッフの指さすハーブを次々摘み取り、気になるものは味を確かめつつ、ハウスの奥へと進みます。
樋口シェフ自身も、ホテル敷地内のハーブ園で自らハーブを栽培しています。歴史あるオーベルジュ『志摩観光ホテル』伝統の味を、そのハーブ類も多用し、現代の嗜好に合わせフレッシュかつ軽やかに仕立てるのは“樋口流”味づくりの真骨頂。『岸本ファーム』のバラエティ豊かなハーブに、創造力が刺激されます。
ダイニングアウト琉球南城信仰、祈りとともにある「聖なる食」のあり様を土地の歴史から探る。
生まれも育ちも三重県。料理人としても『志摩観光ホテル』一筋で仕事をしてきた樋口シェフ。『DINING OUT RYUKYU-NANJYO with LEXUS』は、ホテルを離れ、いつもとは違う環境、見知らぬ食材を使っての料理という、未経験づくしの挑戦となります。
ゆえに、沖縄を訪れたら、食材のみならず土地の歴史、文化、風俗を学びたいという強い希望がありました。
会場となる沖縄県南城市は、琉球王朝時代の聖なる祈りの場「御嶽(うたき)」が数多く残る、琉球はじまりの地。神話によると、太古の昔「アマミキヨ」という女神が「ニライカナイ」と呼ばれる海の向こう側からやってきて、琉球の島々や御嶽を作ったとされています。
神の海とされる東の海「ニライカナイ」と、そこから降り立ち、琉球の土地を作った女神「アマミキヨ」。沖縄の人々の心に今も残る自然信仰は、すべてのはじまりである海と、生命を育む女性に起源を持つのではないか。この考えが、『DINING OUT』開催を沖縄南城の地に導きました。
「単なる地産食材のショーケースに終わらず、神聖なる土地のあり様までもを皿に載せ、一夜の宴を完成させなければ」
南城を巡った樋口シェフは、想いをより強くしました。
ダイニングアウト琉球南城熱意ある生産者から学んだ「生き方」が表れる仕事へ敬意を表して。
悪天候の中、視察の旅は続きます。
沖縄の食文化を語る上で欠かせない山羊を見るために『株式会社 大地』へ。代表の仲村嘉則さんが、農業用ハウスを利用した山羊小屋を案内してくれました。
「昔はどの農家でも庭先で2、3頭の山羊を飼っていたけれど、高齢化でその数は減る一方。大事な山羊を絶やしてはいけないと、仲間を募って会社を作ったわけです」
常時150頭の規模で飼育を行う業者は、県内でもわずか5軒ほど。湿気を嫌う山羊のため、床を上げて作った山羊小屋は、清潔そのもの。気持ち良さそうに寛ぐ山羊を見て、樋口シェフは思わず「かわいい」と、頭を撫でます。これまで使う機会のなかった食材だけに、地元の人たちはどう食べるのか、種や部位による味わいの違いは?と、仲村さんへの質問が止まりません。
沖縄の在来豚・アグー飼育の第一人者『なんくる農場』も訪問。
「豚は神様が人間にもたらしてくれたもの。命を頂いて生の糧にするのだから、肉になるまで病気せずに育てるのが、自分たちの仕事なんです」と、代表の我喜屋宗一さん。視察後、我喜屋さんのアグーをしゃぶしゃぶで試食。
「しっかりとした食感があり、噛みしめるほどに味が出る。シンプルに焼くだけでもちろんおいしいけれど、沖縄料理にちなんで“煮る”のも面白い。いろいろアイデアが浮かびます」と、樋口シェフ。
ほかにも、県外からも注目を集める国産紅茶の生産者『山城紅茶』、イギリスから移住して沖縄素材でチーズを作るジョン・デイヴィスさんのチーズショップ『チーズガイ』、大量のシークヮーサーを出荷、加工をしている『勝山シークヮーサー』などを訪問。荒天の中、盛りだくさんかつ濃厚な視察を無事に終えました。
ダイニングアウト琉球南城地方発信を続けてきた自分だからこそ表現できる「南城ガストロノミー」を。
『志摩観光ホテル』のある志摩は、古代から神事の際、海産物を献上する役割を担ってきました。朝廷が「御食国(みけつくに)」に定めた、海の幸豊かな地。自然がもたらす恵みと、神事との関わりは、樋口シェフが伊勢志摩の食材を追求する過程で掘り下げてきたテーマであり、それは今回の『DINING OUT』の趣旨とも重なります。
「『DINING OUT』の役割は、日本各地に眠る素晴らしい価値を見出し、地域の発展のきっかけを作ること。今回、お話しを頂いた際、重責と感じつつもお受けしたのは、自分もずっと志摩という一地方で生活してきたがゆえに、そういった考えに共鳴するものがあったからだと思います」
視察の手ごたえについて訊ねると「食材のクオリティの高さはもちろん、生産者の方々が皆、素晴らしい」との答えが返ってきました。
「優しく穏やかで、強い信念をもって仕事に取り組まれている。台風など自然の影響を受けやすい土地で“そういうこともあるさ”と受け入れ、共に生きる。そのしなやかさにも刺激を受けました」
話をする表情に、充実感があふれています。すでにいくつかの料理の原型は、頭の中に浮かんでいるのでしょうか。
「沖縄・南城の食文化への敬意を表しつつ、ホテルでの仕事を活かした自分ならではの料理で、地元の方々も新鮮な驚きを抱いて下さるような料理を作りたい。それがゲストの方々の満足に繋がると信じています」
これまでの料理人人生で経験したことのないチャレンジ、しかもこの機に初めて訪れた沖縄・南城で。樋口シェフのクリエイションがどのように花開くか。参加するゲストや関係者はもちろん、ローカルガストロノミーに関心を抱くすべての人々が注目しているはずです。
三重県四日市市生まれ。1991年、志摩観光ホテルに入社。2014年には、同ホテルで初めての女性総料理長に就任。2016年に、「G7 伊勢志摩サミット」のディナーを担当し、各国首脳から 称賛を受けた。翌年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を、三重県初、女性としても初めて受賞。今、最も世界から注目を集めている女性シェフである。
志摩観光ホテルHP:https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/index.html
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デニムベンチ
皆様いかがお過ごしでしょうか??
最近肌寒くなってきましたね![]()
季節の変わり目なので皆様体調管理には気をつけましょう![]()
さて
最近インスタグラムやTwitterなどSNSが凄く流行っていますね![]()
嬉しいことにデニムストリートでもデニムまんやデニムバーガーなどをSNSに上げてくださったり
キャラ工房で、クマのぬいぐるみと写真を撮って上げてくださったりしております![]()
その中でデニムストリートは新たなインスタスポットを作成しました![]()
その名も・・・
デニムベンチ![]()
それがこちら![]()
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白色のベンチだったのですが、カッティングシートを貼って脚も青色に塗り直しました![]()
座ってみるとこんな感じです![]()
![]()
一般のお客様に写真を撮らせて頂きました![]()
凄くオシャレになっております![]()
11月末までに、デニムストリートでインスタ映えスポットを更に増やしていきますので
はじめて来られる方も、何度か来て頂いている方も
SNSで可愛い写真を探している方も是非是非デニムストリートにお越しください![]()
年間いつでも甘い焼き芋を!負けず嫌いの行方気質が生んだ、日本一のサツマイモ。[茨城県行方市]
茨城県行方市野菜を通して人々の生活を支える行方市。
都心から約70km、霞ヶ浦の東岸に広がる行方市。読み方は、なめがた。しかし「漢字は読めないけれど、この名前は知っている」という方も多いのではないでしょうか。そう、スーパーの店頭や商店街の八百屋の店先に積まれている野菜。その多くに「JAなめがた」の文字が刻まれているのです。たとえば明日、少し注意して見回してみれば、きっとその字が目にとまるはず。なにしろ行方市は60品目以上もの野菜を育て、通年何らかの野菜を出荷しているのですから。そしてそんな行方市の豊かさと多様性を象徴する存在が、数々の品種が育てられ、一年通して出荷されるサツマイモなのです。そこで、地元生産者の間で甘藷(かんしょ)と呼ばれるこのサツマイモを追って、行方市を訪ねました。イモづくりにかける生産者の思いとは? そして官民が手を組んで進める六次産業化とは? 行方市のサツマイモづくりの秘密を、前編・後編に分けてお伝えします。
▶後編【日本一の誇りを胸に、さらに広がる行方市のサツマイモ。】はこちら
茨城県行方市かつての葉たばこ農家が、サツマイモ農家に転身。
「行方の人間は負けず嫌い。“アイツには負けたくねぇ”って気持ちが、良い甘藷(サツマイモ)になるんじゃないかな」JAなめがた甘藷部会連絡会会長の箕輪秋雄氏は、そう言って笑いました。しかもその負けず嫌いは筋金入り。その気質を反映したイモづくりには、根性論ではなく、徹底したロジックに裏付けられています。
関東ローム層の赤土、霞ヶ浦と北浦に囲まれた豊富な水源、傾斜があり水はけの良い地形、年間通して温暖な気候。そんな特性を活かし、行方市はかつて献上品用の葉たばこの一大産地として知られていました。ところが2011年に葉たばこ廃作の奨励があったことで、同じくこの土地に適したサツマイモに転作する農家が急増したのです。つまり、サツマイモの大産地としての歴史はまだ始まったばかり。「そのとき100haくらいが甘藷に変わったのかな。これはいままでと同じことしてたら余ってしまうな、と思いましたよ」と振り返る箕輪氏。そこで頭を働かせて行方産サツマイモのPRに乗り出しました。
しかしそれは簡単な道ではありませんでした。「JAなめがた」として品質の底上げを図るには、生産者の足並みを揃えることが第一歩。しかし年代も耕地面積もモチベーションも異なる生産者たちの意見は、なかなか揃いません。箕輪氏は「とにかく何度も会うこと」という地道な方法を選びました。生産者同士で何度も顔を合わせ、意見を交換する。そうすることで少しずつ、“妥協なきサツマイモづくり”という足並みが揃い始めます。
また、どの農家にもいえることですが、農業従事者の高齢化も課題でした。現在、甘藷部会の平均年齢は60代。とくに重量が嵩むサツマイモは「重労働な割にうまみが少ない」と思われ、若い世代に敬遠される傾向もあったのです。「きれいごとだけじゃなくてね、やっぱり“ちゃんと儲かる”っていうことも大事ですよ」箕輪氏はそのために、全国を巡り販路拡大を模索しました。
茨城県行方市明確なデータを提示する地道なPR活動。
しかしサツマイモ業界では後発となる行方市にもアドバンテージがありました。それはイモづくりに最高に適した気候と土地があり、ひとつの区画で複数の品種を育てることが可能だったこと。サツマイモは品種によって、収穫後に糖度が増す速さが異なります。これを利用し、収穫後すぐが適した品種から、寝かせることで糖度を増す品種までを、リレー方式で出荷しました。つまり、品種と熟成期間を変えながら、いつでも市場に食べ頃のサツマイモを届けるように調整したのです。量販店のバイヤーも卸売商も、一年通して甘いサツマイモが食べられるとあれば放っておきません。さらにPRには糖度や食感の特性といったデータ、おすすめの調理法などを記した冊子も利用しました。「おいしいです、っていくら言ってもダメですよ。きちんとおいしい証拠を出さないとね」
さらに、サツマイモの出荷量を底上げすべく、加工品にも力を入れます。目をつけたのは焼き芋。当時としては珍しい石焼き機をスーパーの店頭などに設置し、焼き立てのサツマイモの販売を開始しました。この焼き芋の販売には、売上だけではない利点もありました。消費者の顔が直接見えるからこそ、年齢層ごとの好みが見えてきたのです。「年配の方は、ホクホクした昔ながらの食感が好き。一方、若い世代はしっとり、ねっとりした方を好まれます。このあたりを考えながら生産量も調整します」と箕輪氏。ニーズを正しく捉え、的確な配分で栽培すること。この計画性により、当初は余剰生産を心配していたはずが、現在では「足りないくらい」と引く手あまたなのです。
茨城県行方市最高栄誉の受賞で、名実ともに日本一に。
現在行方市で栽培されるサツマイモは、風味が良い昔ながらの紅こがね、日本一の生産量を誇るしっとり系の紅まさり、甘さが売りの注目品種・紅優甘など7品種。市の農産物出荷額およそ100億円のうち、実に3分の1近くをサツマイモが占めています。
そしてついに、その瞬間はやってきました。2017年には行方市のサツマイモが、全国の農産物10万点以上を対象にした農林水産祭で最高位となる天皇杯を受賞したのです。これは、時折耳にする「農林水産大臣賞」や「内閣総理大臣賞」よりも上に当たる、農産物の最高栄誉。名実ともに日本一のサツマイモとなった瞬間でした。幾度もミーティングを繰り返して生産者の意識統一を目指し、肥料や品種の意見交換も頻繁に行い、そして全国を巡り地道なPRをする。それらの活動が形になったのです。
「焼き芋って幸せな食べ物だよね」取材の終わり、箕輪氏は言いました。甘くて、あったかくて、そしてどこか幸せな記憶と結びついている。このおいしさの裏側に、頑ななまでのこだわりと行方愛が隠れていると思えば、その味わいはひとしおです。高速道路も鉄道もなく、陸の孤島などといわれる行方ですが、この幸せな味がいつもあると思えば、都心から70kmという距離などなんてことないでしょう。
住所:〒311-3512 茨城県行方市玉造甲1963-5 MAP
電話:0299-36-2781
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地元で愛される、下関の冬の醍醐味。クエ鍋は高級にあらず、実は庶民の味方なのです。[Fisherman’s Wharf SHIMONOSEKI・クエ/山口県下関市]
フィッシャーマンズワーフ 下関・クエOVERVIEW
顔はちょっと怖いけど、それとは裏腹に美しいと思えるほど身は淡白。
さらに骨周りのゼラチン質は、得も言われぬ旨みと食感を纏い、食通の間では冬鍋の贅沢のひとつと言われているのが、クエ鍋です。
そう今回、我々ONESTORYが自信を持ってご紹介したい新たなる下関の恵みは、クエ。
地元・下関ではアラの名で庶民に親しまれている冬の味覚です。
「高級魚のクエが庶民に親しまれる?」と、疑問をお持ちの方も多いかと思いますが、そうなのです。東京や福岡の都市部では、驚くほどの高値で取引されるクエですが、ここ下関では、大衆居酒屋やスーパーなどでも、日常的に扱われている魚なのです。
ビッグサイズは超高級かつ都市部へ、少し小さめのサイズは地元で消費。とはいえ、ハタ類のなかでは国内では最大の大型魚のクエ。小さいとは言えど3〜4kgが一般的で、その味わいはやはり一級なのです。
食卓でも楽しめる冬の贅沢・クエを味わいに。下関で知る、知られざるクエの魅力に迫ってみました。
(supported by 下関市)
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温故知新の花作りで、九州一のアルストロメリアを。[大窪農園/大分県竹田市]
大窪農園色とりどりの花が咲き乱れる、九州一の花き産地。
鮮やかな色彩に、花弁の斑点模様。南アメリカ地方原産の“エキゾチック”と称される花、「アルストロメリア」。カラーバリエーションが豊富で花もちも良いため、花束やフラワーアレンジメント、冠婚葬祭など様々な用途で用いられる人気の花です。
国立公園を有する高原地帯の竹田市久住町は、花き栽培が盛んな産地。中でもアルストロメリアは九州一の出荷量を誇っています。新規就農者の減少が問題になっている中、若手の農家や女性の就農者も増え、盛り上がりを見せる久住の花き農家。市内の市場の1割を担う大窪慎二氏のハウスを訪ねてきました。
大窪農園牛飼いからアルストロメリア中心の花き農家へ。
テッポウユリやリンドウなどの花き栽培が盛んだった久住町で、アルストロメリアの生産が始まったのは約20年前のこと。栽培のしやすさに目をつけた大窪氏は、もともと畜産と米、椎茸栽培を営む農家でした。
大窪氏は農業大学卒業後、実家の手伝いで牛飼いをしていました。結婚してからは花が好きだった奥さんの影響もあり、球根ユリやブルーファンタジアの栽培をスタート。牛に花、椎茸と家族一丸となって多角的な農業をしていこうと考えていた頃、狂牛病の流行によって牛の価格が急激に下落し、深刻な打撃を受けました。そこから大窪氏は花の栽培に注力。一度植えたら4年間繰り返し収穫できるアルストロメリアに着目したのです。
大窪農園4年間咲き続ける花が久住の名品に。
一つの球根から年間100本の花が取れ、4年間植え替え不要。さらに1年中収穫できるアルストロメリアは、手が掛からないということもあり、次第に久住の花き農家へと広がりました。
「野菜よりも病気は少なく、連作障害もない。もちろん土作りや花自体の管理、消毒、病気対策などはせんといけんけど、割と手がかからんのよ。しかも朝と夜の寒暖差があると色ノリも良くなるし、高冷地にある久住での栽培は合っちょったんや」。
しかしバラやユリのようにメジャーな花ではなかったため、農家全員が花き部会に加入し、共販。年に数回の市場訪問や新品種のPRなど販促活動にも力を入れ、ブランドの向上を地域全体で目指しました。
冬時期には2ヶ月も持つという花持ちの良さと、数百もあるという品種の多さ、カラーバリエーションの豊かさなどが市場で話題となり、現在は冠婚葬祭やフラワーアレンジメントに多く用いられるようになったのです。
大窪農園花の名を全国へ轟かせるために。
久住町では現在14軒の農家がアルストロメリアを生産し、町全体で約200万本を収穫。そのうち約22万本は大窪氏が育てた花です。市場の1割を担う大窪氏の元には、土作りの方法や、扱う品種についてなど、様々な相談を受けることもあると言います。
「やっぱり情報交換はしていかんと。一人だけ良くても、アルストロメリアのブランド価値は高くならん。だからノウハウは共有してるんよ」。
市場を盛り上げていくためには農家が一丸となり、助け合うことが必要だと大窪氏は考えています。県内でもアルストロメリアの産地は他にあったと言いますが、どこも衰退。しかし周囲のサポート体制があることや、市場価値が次第に上昇してきていることなどから久住町では若手の新規就農者や、実家の花き農家を継ぐ若者も増えてきました。大窪氏のハウスで働いていた女性も「自分でやったみたい」と一昨年独り立ちをしたと言います。
「若い人がどんどん増えてきて、その人たちは市場で高値が付く段咲きのアルストロメリアを植えてみたり、いろんな品種に挑戦してみたり、冒険心のある人が多い。だから面白いよね」。
熟練の農家が安定して収穫ができるノウハウを伝え、若者からは冒険心やチャレンジ精神を得る。地方で始まった温故知新の花作りが、盛り上がりを見せています。
住所:大分県竹田市久住町有氏1609番地 MAP
電話:090-9726-7725
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暮らしに、新時代の「SATSUMA WARE」を。[CHIN JUKAN POTTERY 喫茶室/鹿児島県鹿児島市]
チンジュカンポタリー喫茶室海外に、「薩摩=焼き物」のイメージを根付かせた職人がいた。
「薩摩」と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?「サツマイモ」「西郷隆盛」といった語句が挙げられるのではないでしょうか。しかし欧州では、「SATSUMA」=「SATSUMA WARE」、つまり「薩摩焼」という焼き物に結びつくといいます。そのイメージを根付かせたのは、1873年のウィーン万博にて薩摩焼の美しさと高度な技術を広く海外に知らしめた第十二代沈壽官。薩摩藩焼物製造細工人としての家系をたどり、日本陶器の代名詞とまで言われた薩摩焼の総帥です。
チンジュカンポタリー喫茶室歴史的な節目に、新たなスタートを切った。
2018年、鹿児島県歴史資料センター黎明館内にオープンした「チンジュカンポタリー喫茶室」。この不思議な名前の「チンジュカン」こそ、沈壽官のことです。「チンジュカンポタリー<CHIN JUKAN POTTERY>」は、沈壽官窯とランドスケーププロダクツが共同で制作する陶器のシリーズ。その直営店は、これまで鹿児島市呉服町などでテナントやショップインショップとして運営してきましたが、明治維新150周年という歴史的な節目のタイミングで移転。鹿児島の歴史、考古、民俗、美術・工芸を紹介する総合博物館内に、喫茶室を併設し新たに生まれ変わったのです。
チンジュカンポタリー喫茶室歴史に向き合い、窯の火を守ることを決めた十五代・沈壽官。
この斬新な発想で窯の新時代を切り開いたのは、十五代沈壽官氏。初代は豊臣秀吉の二度目の朝鮮出征から帰国の際に「捕虜」という身分で連行された職人。以降、藩の御用窯として窯の火を420年守り続けてきました。そんな家に生まれ、「若い頃は家を継ぐという事に漠然とした不安と嫌悪を感じていました」と十五代は明かします。初代は見知らぬ薩摩の地に降り立った優れた手仕事により藩に認められ、祖先達もその技を継いできました。時にはいわれのない偏見に耐えながら。彼らが真っ直ぐに父祖の業を守ってきたことを偲ぶことで、心を整えることができたといいます。「私にとって我家の伝統は私を縛るものではなく、私にとってかけがえのない宝となり、それは同時に私の向かうべき道になったのです」。
チンジュカンポタリー喫茶室沈壽官窯伝統の「白薩摩」を現代のスタイルに。
沈壽官窯の代名詞といえる「白薩摩」は、桜島の火山灰により黒っぽい土ばかり採れる鹿児島では珍しい、白い土を使った陶器。初代達が7年の歳月をかけて探した白土で作った器が当時の島津家に気に入られ、以降も沈壽官窯の伝統として受け継がれています。この薩摩を代表する焼き物と、家具製作を中心に人々の生活をより楽しくするプロダクトを探究する『ランドスケーププロダクツ』が生み出した新時代の「サツマウエア」。それは、韓国の陶芸家キム・ヘジョン氏をデザイナーに迎えた「Half Moon」や、本物のリンゴのように見えるほどリアルなフォルムのシュガーポット「APPLES」など、薩摩焼の特徴を踏襲しながら現代的なデザインを取り入れたものばかりです。
チンジュカンポタリー喫茶室薩摩の器で、薩摩のふだんの味を楽しむ。
「チンジュカンポタリー喫茶室」では、薩摩紅茶や韓国のけせん茶、ふくれ菓子、レモンケーキなど地元のお茶やお菓子をこの器でいただくことができます。もちろん、購入も可能。喫茶で使い心地を確かめながら、暮らしの中にどう取り入れるかを考えるのも楽しそうですね。
住所:鹿児島市城山町7番2号 鹿児島県歴史資料センター 黎明館内 MAP
電話:099-295-3588
営業時間:11:00-18:00(日祝10:00-18:00)
定休日:施設に準ずる
チンジュカンポタリー喫茶店 HP:https://chinjukanpottery.com/
フォトグラファー:HIROKI ISOHATA
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12ozセルビッチ黒鎧ウェスタンシャツ
ウェスタンシャツの黒鎧バージョンが登場!
- 生地は【9634Z】と同様、黒鎧の12ozバージョン
- 生地は黒鎧なので色落ちしづらく、ソリッドな黒が続き、カフス裏、裾の補強マチ布、前立ての裏は赤耳を使用しているので今までにない仕様になっています
- 12ozの生地を採用しているのでバタつきも少なく、ジャケット代わりに、冬はインナーにと1年を通して使えます
- 釦は本来ジャケットなどに使われるYKK社製でアイアンハートの製刻印入りパーメックス釦を使用、グローブをしていても留め外ししやすい仕様です
- ワンウォッシュ済み
IHSH-218:サイズスペック
| 着丈 | 肩巾 | バスト | 裾回り | 袖丈 | 袖口 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| XS | 71.5 | 39.0 | 101.0 | 96.0 | 62.0 | 10.5 |
| S | 73.0 | 41.0 | 105.0 | 100.0 | 62.0 | 10.5 |
| M | 74.5 | 43.0 | 109.0 | 104.0 | 63.5 | 11.0 |
| L | 76.0 | 45.0 | 113.0 | 108.0 | 65.0 | 11.5 |
| XL | 77.5 | 47.0 | 117.0 | 112.0 | 66.5 | 12.0 |
| XXL | 79.0 | 49.0 | 121.0 | 116.0 | 68.0 | 12.5 |
| XXXL | 80.5 | 51.0 | 125.0 | 120.0 | 69.5 | 12.5 |
- 商品により多少の誤差が生じる場合がございます。予めご了承ください
素材
- 綿100%
特徴的な地形が育む、伝統の西宇和みかんで進む、新たな価値観の創造。[愛媛県西宇和]
愛媛県西宇和OVERVIEW
愛媛県西宇和。そう聞いて、土地がすぐに想像できる人は、どれだけいるでしょう?
西宇和は、四国の最西端。このエリアには八幡浜市、伊方町、西予市三瓶町という2市1町があり、日本有数の細長さを誇る佐田岬半島も含まれます。四国の地図を思い描くと……そう、九州に向かってピュッと線で海に突き出た部分があることを思い出すはず。それが佐田岬半島。西宇和は、佐田岬半島とその付け根部分に相当するエリアです。
一体は温暖な気候の上、リアス式海岸から標高350mぐらいまで、一気に上る急な斜面が続いており、特徴的な地形。日照量は豊富で、さらに降雨量も適度。こうした風土を活かして栽培される特産品に、温州みかんがあります。
温州みかん栽培の歴史は古く、明治33(1900)年まで遡るほど。現在は、真穴や八協、川上など、各地の生産者をまとめる、9つの共同選果部会(共選)があり、多彩な柑橘類を生産しています。そのほとんどで主力となっているのは今も変わらず、温州みかん。「西宇和みかん」です。
「西宇和みかんは、“じょうのう(果肉の入っている白い膜)”の薄さが一番の特徴」
地元の生産者は皆、誇らしげに言います。
じょうのうが薄い分、果肉の味わいがダイレクトに舌に届き、食べてすぐ、美味しいと感じる。甘さだけでなく、味わいが濃い点も西宇和みかんの魅力で、首都圏を中心に、全国で高く評価されています。
こうした西宇和みかんをブランディングすべく、今年から始まった取り組みのひとつが、「Nマーク」の制定。高く評価される品質まで保証しています。
自然環境を活かした栽培手法を継承することはもちろん、最新の栽培技術にも果敢に挑戦。安心・安全も心掛けてみかんを育ててきました。
Nマークが示すのは生産者の誇り。今後、販売される店頭などでも目にする機会が増えるでしょう。
そんな西宇和みかんで、今、ひとつのプロジェクトが始まろうとしています。
メッセンジャーに、名乗りを上げたのはパティシエールの中村樹里子氏。
名前を聞いて、「KIRIKO NAKAMURA」を思い出す人も多いでしょう。2015年にわずか一年だけ、デザートコースのみを提供した、伝説のレストランです。
現在は、目黒「kabi.」に在籍する彼女が、何と、西宇和みかんを主役にしたデザートコースを創案。期間限定で提供しようというのです。
これは、いわば「KIRIKO NAKAMURA」の復活。
『ONESTORY』では、これから、西宇和みかんをテーマに、生産の現場、西宇和を訪れてクリエイションの手掛かりを得る中村樹里子氏も追いかけながら、ひとつの物語を紡いでいきます。
今後の展開に、ぜひ、ご期待下さい。
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『DINING OUT』初の女性シェフが登場。伊勢志摩サミットで世界の首脳陣を魅了した樋口宏江シェフ。[DINING OUT RYUKYU NANJO with LEXUS/沖縄県南城市]
ダイニングアウト琉球南城ガストロノミー界最注目の女性シェフが、琉球王国の聖地へ。
11月23日(金・祝)、24日(土)に開催される『DINING OUT RYUKYU NANJO with LEXUS』。沖縄・南城市を舞台に繰り広げられる第15回目の『DINING OUT』は史上初の女性料理人となる樋口宏江氏がシェフを務めます。2014年、西日本を代表するクラシックホテルであり多くの食通のファンを持つ『志摩観光ホテル』の総料理長に就任、2016年には『伊勢志摩サミット』でのワーキングディナーを担当。今、日本で最も注目を集める女性シェフのひとりです。その土地ならではの食材で、薫り高きフランス料理を。受け継がれてきた王道を踏まえつつ、軽やかで洗練された“今”が香る料理に。世界中から美食家が訪れるホテルの看板料理を継承し、アップデートし続ける樋口シェフが、沖縄・南城の地での挑戦にかける想いを語ります。
ダイニングアウト琉球南城何事においても“道一筋”。穏やかな表情の奥にある実直さ、芯の強さを武器に。
静か、動か。料理人をふたつのタイプに分けるとしたら、樋口宏江シェフは間違いなく前者、「静」の料理人です。
料理界は男女の別のない実力主義社会。であるはずながら、日本国内、ことガストロノミーの世界においては、まだまだ男性が主流であることは否めません。そんな中、2008年にフレンチレストラン「ラ・メール」の料理長を任され、2014年からは全館を統括する総料理長に就任した樋口シェフ。輝かしい経歴だけ聞けば、負けん気が強く、男勝りなキャラクターを想像しがちですが、実像は大きく異なります。長身で細身の華奢なルックスで、どちらかといえばもの静か。普段は必要以上に人前に出ることを好まず、エネルギーはすべて自らの目の前の仕事に淡々と注ぎ込む。そんな印象を受けます。
樋口シェフは三重県四日市市の出身。1991年の入社以来27年間、『志摩観光ホテル』一筋に歩んできた稀有な料理人でもあります。
料理人としての第一歩を踏み出さんとしていた20歳の樋口シェフが同ホテルに導かれた経緯とは、そして料理人人生のすべてを捧げるに至った要因とはいかなるものだったのでしょうか。
ダイニングアウト琉球南城最高の師と食材に導かれてたどり着いた「この地だからこそ」の味に料理人人生を捧げて。
「今振り返れば、外に出る勇気がなかったのかもしれません。でも、節目を迎えるたびに『まだできていないこと、学ぶべきことがたくさんある』と、思いながら進むうち、気付けばあっという間に時が過ぎてしまっていたんですよね」
謙虚な人柄がにじむ語り口で、樋口シェフは自らのキャリアを振り返ります。しかしながらそこには、四半世紀もの時を捧げることを決定付けた確かなものがありました。素晴らしき師と、食材です。
料理上手な母親の影響で、小学生の頃には、料理人になりたいという夢を抱いていたという樋口シェフ。専門学校を卒業した1990年代、料理界は今より格段に保守的で、女性を調理場に迎え入れてくれる店は少なかったといいます。
「私が入社する前から女性の採用があったのが、今のホテル。働き始めてからも、男女分け隔てなくチャンスを与えてもらえ、私にとってはこの上ない環境でした」
当時の総料理長は、『志摩観光ホテル』を海のオーベルジュとして世に知らしめた高橋忠之シェフ。フランス料理といえば、フランス産の食材を使うことが至高とされた時代、伊勢志摩だからこそできるフランス料理を、とホテルの料理を、ひいては地方レストランのあり方を大きく変えたことで知られています。とびきりの海の幸に火を通して、なお素材以上の味に。「鮑ステーキ」や「伊勢海老クリームスープ」など、今も世代を超えたファンを魅了するホテルの看板料理を生み出したフランス料理界の巨匠の下で、料理を基礎からみっちりと学びました。
「神宮のある伊勢へ、神事の際、海産物を献上する役割を担ってきたのが御食国(みけつくに)と呼ばれる志摩。素晴らしい食材を育む豊かな自然、その地だからこそ生まれた食文化。この場所でしかご体験いただけない食を提供できることは、料理人として大きな喜びです」
ダイニングアウト琉球南城世界の舞台へ飛躍し、より地域に根ざす。サミットがもたらした大きな転機。
ローカルガストロノミーという言葉が生まれる遥か前に、伊勢志摩でオーベルジュとして愛されてきた『志摩観光ホテル』。総料理長への就任は、大躍進であると同時に大きなプレッシャーでもあったと話します。
「正直にいえば、喜び以上に不安が大きかった。きちんとできているか、今でも自分に問う毎日です」
言葉は常に控えめな樋口シェフですが、就任2年目で、思いもよらぬ大舞台に立つことになります。2016年5月に開催された伊勢志摩サミットのワーキングディナーを担当。各国首脳から賞賛を得た晩餐は、ホテルの名をさらに広く知らしめ、樋口シェフ自身もまた、世界を舞台に活躍するトップシェフたちと並び賞されるようになりました。その状況について、「大変貴重な経験であり、ありがたいこと」と感謝を述べつつ、自分にとっての一番の収穫は「それまで以上にたくさんの生産者とつながりを持てたこと」だと話します。
「伊勢志摩、ひいては三重の食文化をお伝えするためにはどうすればいいか。食材を一から見直しました。例えば魚なら、それまでも使っていた伊勢志摩や鳥羽のものに加え、尾鷲や紀伊長島などのものも使うように。魚種や季節に応じた選択肢が増え、一期一会の食体験の深度は深められたように感じます」
サミット終了後も、生産者との交流は続きます。料理を通じ、彼らの仕事に光を当て、地域の食文化を発信する姿勢が評価され、2017年には農林水産省の料理人顕彰制度「料理マスターズ」でブロンズ賞を受賞。この受賞もまた、三重県初、女性料理人としても初という快挙となりました。
ダイニングアウト琉球南城長い年月をかけて磨き上げた「土地の食」へのアプローチを、沖縄・南城を舞台に。
食材を深く知ることで「料理の表現の幅が広がった」と話す樋口シェフ。ホテルの伝統であるクラシックな料理を継承し磨き上げながら、三重という地により光を当て、現代の感覚を活かし、季節感をふんだんに盛り込んだ独創的な料理も注目を集めています。鮑ステーキには焦がしバターのエスプーマを添えて軽やかに。伊勢海老のソテーは、夏ならフルーツとブールブランソースを添えて、冬ならシャンパーニュが香るグラチネに。松阪牛のフィレは、伊勢茶で燻製にし、かつお風味の出汁を加えるという具合。より軽やかに、そしてより深く土地に根ざした料理は、モダンガストロノミーの潮流にも符合します。
「『DINING OUT』をお受けしたのも、『食を通じ、土地の魅力発信する』という考えに共感できたから。沖縄・南城の食文化を掘り下げながら、地域の方々にも驚いて頂けるような料理をご提供したい」。
いつもの通り控えめな言葉にも、熱意と自身の心の躍動が見え隠れします。
樋口シェフは開催に先駆け、視察のため3度、沖縄を訪問しました。琉球王国の伝説や祭事について地元の人に教えを乞い、数多くの生産者を訪問。初めて触れる食材の可能性や、生産現場の人々の真摯な人柄に触れ、「『自分だからこそできる表現は何か』というテーマを、日々突き詰めているところです」と、話します。
料理人人生をひとつの土地に賭けたからこそ得られた、地産の食材や伝統食文化への深い敬意。それらを料理として昇華させるさまざまな手法。沖縄・南城に舞台を移して披露される料理人・樋口宏江シェフの四半世紀の集大成が、『DINING OUT』の歴史に新たな1ページを刻むことになるはずです。
三重県四日市市生まれ。1991年、志摩観光ホテルに入社。2014年には、同ホテルで初めての女性総料理長に就任。2016年に、「G7 伊勢志摩サミット」のディナーを担当し、各国首脳から 称賛を受けた。翌年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」のブロンズ賞を、三重県初、女性としても初めて受賞。今、最も世界から注目を集めている女性シェフである。
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パリきっての本格手打ち蕎麦の名店も、あの解脱酒に唸った![加温熟成解脱酒/秋田県秋田市]
秋田酒類製造株式会社パリきっての本格蕎麦の名店にも『加温熟成解脱酒』をお届け!
秋田の老舗酒蔵『秋田酒類製造株式会社』が蔵の威信をかけて生み出した、常識外の酒『加温熟成解脱酒』。
熟成中にあえて熱を加えることで、熟成を促進させるこの日本酒は、今まで酒造りではタブーと言われてきた加温という製法を逆手に取り、かつてない味わいを生み出しました。
10年古酒のような味わいながら、短期間の熟成によりフレッシュなニュアンスも併せ持つ、若くて古い、相容れない要素を併せ持つ、不思議な酒なのです。
さらに驚くのは、なんとこの酒、日本を飛び越え、遠くパリで話題になっているというのです。
確かにフランス人3つ星シェフ然り、パリで活躍する日本人シェフ然り、世界最優秀ソムリエまでもが、この酒を高く評価し、我々取材班もその現場に立ち会っておりました。
▶詳しくは【日本人が知らない日本酒が、今、パリで話題!?】へ
であるならばと、勢いづいてパリの最後に訪れたのは、和食の名店『円・YEN』。日本さながらの本格手打ちそばの名店であり、蕎麦前の料理の数々は、さながら日本で味わう割烹のよう。パリにいながら、日本料理の精神を伝える同店で、『加温熟成解脱酒』の可能性を伺ったのです。
結果やいかに。『加温熟成解脱酒』inパリ。最後のインタビューが始まります!
秋田酒類製造株式会社疑るシェフの感想は、貴腐ワインを連想。
「本当のことを言いますと、古酒は得意ではなかったんです。だから正直、言いますと飲んでみて驚きました」
『加温熟成解脱酒』のテイスティングをお願いしていた手打ち蕎麦の名店『円・YEN』を率いる櫻井克樹氏は、そう語り始めます。2000年のオープン以来、北海道産のそば粉を空輸し、常に日本と変わらぬ手打ちそばの品質を提供してきた同店にあって、日本酒は食事とともに寄り添ってきたと言います。
和食はもちろん、日本酒文化をパリに伝える意味でも大切な役割を果たしてきたお店だけに、新たな日本酒との邂逅はどんなインパクトがあったのか、詳しく聞いてみました。
「ソーテルヌの貴腐ワインのような印象もありますし、これ本当にお米で作っているんですよね? うちに置いている日本酒とはぜんぜん違うし、食中でもずっといける、チーズもいける。デザートワインとして食後にデザートと出してもいい。ものすごくフルーティな印象もありますね」
今までに体験したことのない日本酒と『加温熟成解脱酒』を、店主・櫻井さんは称賛してくれたのですが、では店のメニューでは何を合わせるか、即興で考えていただきました。
秋田酒類製造株式会社和の名店の引き出しは流石。旬の食材で3品が登場。
「今の時期の定番、ジロール茸をソテーした冷たい蕎麦はいいと思います。フォアグラの茶碗蒸しも合うな、絶対」
旨みの強いジロール茸を使った蕎麦は、相性がいいはずとメモを取りながら櫻井氏。甘さとコクの相乗効果だったらフォアグラもいいと太鼓判を押してくれました。であるならばセップ茸の天ぷらも合うなと、メモはどんどん細かく広がり、即興でも自信がある模様。
「和食の店ですからね。うちのメニューは出汁や醤油もたくさん使いますし、解脱酒のポテンシャルを引き出せるメニューは多いと思います。でも、これでしたらフレンチにも合いますね」
その後、厨房に『加温熟成解脱酒』は運ばれ厨房スタッフ皆で試飲。結果、セップ茸もフォアグラも、ジロール茸も、納得して提供できると櫻井氏は笑顔に。
秋田酒類製造株式会社和食でもフレンチでも、可能性は無限大。
「温度帯は冷やしたほうがいいですね。調理場の数名で飲んで、皆がびっくり。こんな日本酒があるんだと、やっぱりお米には思えないです。店でも取扱をさせていただければ嬉しいですし、解脱酒でのペアリングをしたら面白いと思います」
日本では、まだほとんど売られていない日本酒。パリきっての老舗・和食店はそのポテンシャルの可能性にいち早く気づいた模様。フランス料理の名店が取り扱うならば、ぜひうちでもと力強く語ってくれたのです。
パリで密かに話題の『加温熟成解脱酒』、その全貌はこれから逆輸入で日本へ届く日もそう遠くないのかもしれません。
(supported by 秋田酒類製造株式会社)
住所:〒010-0934 秋田県秋田市川元むつみ町4-12 MAP
電話:018-864-7331
http://www.takashimizu.co.jp/
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あったかストール





カビや害虫にも強い・シワにもなりにくいのが特徴です





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純度100%の錫で独自の世界を魅せる。[能作/富山県高岡市]
能作新たな素材で新時代のものづくりを開拓。
柔らかな艶を帯びた美しい銀色と、触れればなめらかになじむ肌触り。日用品でありながら卓越したデザイン性を誇る『能作』のプロダクトは、金や銀に次いで高価な金属である『錫(すず)』を主に使用しています。酸化しにくく抗菌作用に優れているため、古くは紀元前1500年頃の古代エジプト王朝でも珍重されていました。また、日本にも奈良時代に伝来し、正倉院に宝物として収められています。
その特性によって、「錫の器に入れた水は腐らない」「お酒の雑味が抜けてまろやかな味になる」などと評価され、古くから茶器や酒器などに用いられてきました。
『能作』は高い技術力によって純度100%の錫を使用。他の金属を全く混ぜないため、先述の抗菌作用をはじめとして、熱伝導性が高い、非常に軟らかくて自由自在に曲げられるなどの特性を存分に発揮させています。
そのため、『能作』の器は「ガラスなどと比べて飲み物の味がまろやかになる!」と評判。例えば、ワインなら安いワインや若いワインでも年を重ねたように感じられる、酸味の強いオレンジジュースならえぐみがとれて甘さが増すなどの感想が寄せられているそうです。また、造形の妙も楽しめる花器は、抗菌作用の高さによって雑菌が繁殖しにくいため、花や植物が長持ちします。
能作歴史を糧に新たな境地へ。
そんな独自のものづくりを誇る『能作』ですが、かつては地元・高岡市の伝統産業として発展した仏具のメーカーでした。それが大胆な転換を果たしたのは、2001年に誘われて開催した、東京・原宿での展示会だったそうです。
もともと『能作』が得意としていた真鍮(しんちゅう)製の仏具や茶道具、花器などを出展しましたが、新たな挑戦としてベル(呼び鈴)も製作。これが大評判となって、東京のセレクトショップで取り扱われるようになったのです。
更にバイヤーのアドバイスを受けて風鈴にしてみたところ、これが大ヒット。そして「食器も作ってもらえませんか」と頼まれましたが、食品衛生法の問題で、当時メインとしていた真鍮は食器にできませんでした。そこで錫で作ってみたところ、これまた評判に。その錫の食器がきっかけとなって、錫製品をメインに製造するようになったのです。
能作伝統を重んじながらも時代に即したエッセンスを。
他の金属とは違う、錫の特性を生かした独自のものづくり。それとともに評価されているのが、際立ったデザイン性です。購入した人からは、「とにかくデザインが良くて形が綺麗!」という声が寄せられているそうです。更に軟らかく曲げられる性質など、いくつもの驚きや感動が秘められています。
そんな『能作』の製品は、一つひとつ生型鋳造(なまがたちゅうぞう)法で作られています。これは『能作』が本社を置く富山県高岡市に400年にわたって伝えられてきた技術。砂を利用して、職人が手作業で型を作ります。
製品と同じ形状の木型をもとに、少量の水分と粘土を混ぜた砂を押し固めて成型していきます。鋳型が早く作れるだけでなく、コスト面でも優れた製法。他にもシリコーン鋳造法などの技術や素材を使い分け、多品種少量生産の体制を確立しています。
能作高度な技術と丁寧な仕上げによる凛としたたたずまいが、海外でも高く評価。
こうして独自の世界を構築するにいたった『能作』のプロダクトは、海外でも高く評価されています。
錫の特性と「高岡銅器」の技術を生かした自由自在に曲がる器『KAGO(カゴ)』は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やニューヨークのソーホー地区のショップ、タイの伊勢丹バンコクなどで販売。更にフランスのデザイナーのシルビー・アマール氏とコラボレーションした、ホテルやレストラン向けのシリーズ『シルビー・アマール・スタジオコレクション』をリリースするなど、デザイナーやブランドとも積極的に提携。高まる海外人気に合わせて販路も広げています。
能作「より能(よ)い鋳物を、より能(よ)く作る。」
1916年(大正5年)に創業し、1967年(昭和42年)に設立という長い歴史を重ねながらも、その研鑽を怠らない姿勢は健在。創業以来のプロダクトである仏具・茶道具・花器に加えて、近年はテーブルウェアからインテリア雑貨、照明器具、建築金物まで手がけるようになりました。
国内でも多くの百貨店や企業、セレクトショップなどとコラボレーションしており、日本橋三越、銀座松屋など全国各地に直営店を設けています。更に近年は、錫の抗菌作用を生かして医療機器・ヘルスケア用品にまで幅を広げています。
能作続々と登場する新製品にも注目。
今後も「高岡銅器」の伝統技術を守り伝えながら、アート作品としての価値も加え、日本のものづくりと「高岡銅器」を世界にPRしていくそうです。
そのたゆまぬ挑戦の流れとして、2018年の秋には新商品を立て続けに発売。毎年シリーズで発売している干支のぐい呑や、錫のペンダントトップにアロマオイルをたらし、香りも見た目も華やかに装えるアロマペンダントなど、既存製品の人気に安住せず、常に新たなプロダクトに取り組んでいます。
また、こうしたものづくりの現場を紹介する『産業観光』にも注力。本社工場にて製作体験や工場見学を行っており、年間10万人以上もの人を受け入れています。『能作』と「高岡銅器」のものづくりを間近で見てもらい、その背景を伝えていきたい――そんな想いによって実施しています。
こうして『能作』は、仏具メーカーからアート作品のような日用品、更には医療機器にまで展開する革新的なものづくりメーカーへと転換しました。
『能作』の現在のモットーは、「より能(よ)い鋳物を、より能(よ)く作る」。これからも技術と素材を最大限に生かすデザインを探求して、地域に誇れるものづくりを目指していくそうです。
住所:富山県高岡市オフィスパーク8-1 MAP
電話:0766-63-5080(代表)
0766-63-0001(見学・体験等問合せ)
営業時間:10:00~18:00
休日:年末年始(工場見学は、日・祝日休業。土曜は月により変更有。)
能作 HP:http://www.nousaku.co.jp/
写真提供:株式会社 能作









