
21万円 / 57.13平米
都営大江戸線「月島」駅 徒歩3分
月島をおだやかに流れる朝潮運河。そのほとりに立つマンションの一室が、センスのいいリノベーションで雰囲気よく生まれ変わっています。
天井はコンクリートむき出し、土間や壁面はなめらかにモルタル仕上げ。間仕切りは美しくフラットに白い塗装で。
玄関の土間が広いので、ここをどう生かすか ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
不動産公正取引協議会連合会は、改正された「不動産の表示に関する公正競争規約(以下、表示規約)」及び「表示規約施行規則」を、2022年9月1日に施行するという。これによって、10年ぶりに不動産広告に関するルールが変わることになる。具体的に説明していこう。
【今週の住活トピック】
9月1日施行の「新 表示規約・同施行規則」について/不動産公正取引協議会連合会
まず、「表示規約」について説明しよう。不動産広告には、物件のどんな情報を掲載するか、掲載する情報はどんな基準で表示するかといった、統一したルールが必要だ。全国9地区の不動産公正取引協議会では、会員の不動産業界団体に所属する不動産事業者が守るべき自主規制ルールを運用し、そのルールを公正取引委員会と消費者庁から認定を受けている。このルールが表示規約だ。
表示規約では、土地や新築分譲住宅、中古マンションなどの物件種別ごとに表示すべき事項を定めているほか、「新築」といえるのは完成後1年未満で、かつ、未入居のものと規定したり、「徒歩1分=道路距離80メートル(端数切り上げ)」、「1畳=1.62平方メートル以上」といったさまざまな表示の基準を設けている。
今回の改正の経緯について、改正案を取りまとめた同連合会の会員である首都圏不動産公正取引協議会の理事・事務局長の佐藤友宏さんに聞いた。表示規約の大きな改正は、前回2012年5月31日に施行された。それから10年が過ぎ、その間に協議会には、不動産広告を扱うSUUMOのようなポータルサイトや不動産事業者から、さまざまな問い合わせや要望が寄せられていた。実情に合わない部分なども出てきたため、改正作業に着手したという。
消費者に不利益にならないかを改正の線引きに例えば、不動産広告に掲載する建物の写真については、実際に取引するものを掲載するルールだが、新築住宅で建物が未完成の場合、「取引しようとする建物と規模、形質及び外観が同一の他の建物の外観写真」であれば掲載することができる、としている。ところが実際には、同一の他の建物の写真であるのはまれなことで、広告上では「施工例」などと称して規定に適合しない他の建物の外観写真を掲載している事例も多かった。
不動産ポータルサイトの任意団体である「不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)」で調査したところ、「施工例として他の建物の写真を掲載すること」について、ほぼ8割の消費者が許容するという結果もあり、「同一の建物でなくとも、規模、形質、外観が類似する建物であれば掲載できる」と変更した。
ルールを決める線引きのラインは、業界の実情に合っているか、消費者に利益がある、または不利益がないかということ。表示規約の改正には、公正取引委員会と消費者庁からの認定が必要であり、消費者に不利益となるような変更はなされないのが原則だ。
要注意!徒歩所要時間などに大きな変更あり佐藤さんに、特に消費者に知っておいてほしい改正点を聞いた。今回の改正では「徒歩所要時間や道路距離を算出する場合の起点の考え方と分譲物件の所要時間表示」の影響が大きいという。どういうことだろうか?
徒歩1分=道路距離80メートルと定められているが、問題はどこから(起点)どこまで(着点)の距離かということ。改正前はその施設などから最も近い物件(敷地)の地点を起点または着点とするルールだった。一定規模の分譲地や大規模なマンションの場合は、多くの一戸建てやマンションが建っている場合があり、筆者も経験したことがあるが、広告に記載された徒歩分数では取材先のお宅に行きつけなかったということが起こる。
今回はこうした点でいくつか改正点がある。まず、【画像1】のような住宅の戸数が複数ある分譲物件の場合、従来の最も近い住戸からの所要時間に加え、最も遠い住戸からの所要時間も表示すると改正した。同様に、周辺情報として例えば市役所等がある場合の表示方法も「○○市役所まで200mから450m」や「○○市役所まで3分から6分」(今回の改正で公共施設や商業施設については、道路距離に代えて所要時間の表示も可能となった)と最近と最遠の幅で表示することになる。
【画像1】最も近い住戸からの徒歩所要時間に加え、最も遠い住戸からの時間も表示する
出典:「表示規約・同施行規則の主な改正点を解説したリーフレット」より転載
また、【画像2】のように物件から駅などの施設までの徒歩所要時間や道路距離を表示する際、マンションやアパートの場合は、その起点を「建物の出入り口」と明文化された。
ちなみに、駅の出入口は駅舎の出入口が起着点となり、改札口としなくてよい。地下鉄の場合は地上にある出入口となるので注意してほしい。
【画像2】所要時間や道路距離の起点は、マンションなどの場合は「建物の出入り口」とする
出典:「表示規約・同施行規則の主な改正点を解説したリーフレット」より転載
では「なぜ、消費者への影響が大きいのか」を佐藤さんに聞いた。最も遠い住戸までの所要時間も併記することは、消費者にはわかりやすいというメリットがあり、特にデメリットはない。一方、マンションの出入口を起点とすることも、消費者にわかりやすい改正点だ。ただし、従来のルールでは敷地内の最も近い地点から計測して構わなかったので、広告する際に【画像2】の敷地(緑色の部分)の最も駅に近い場所から計測してもルールに違反することはなかった。
改正前にマンションを購入し、これから売ろうとしている場合、購入当初の物件パンフレットには、例えばA駅から徒歩2分のマンションと記載されていても、売るときにはマンションの出入口が起点に変わるため、計測し直した結果、A駅から徒歩3分とか4分という表示になる可能性がある。
自分のマンションは駅から徒歩2分だと思っていたのに、広告では違う分数で表示されてビックリ!といったことのないように、ルールの変更点を正しく理解しておくことが大切なのだ。
まだまだある、広告表示の改正点ほかにも、いろいろな改正点がある。所要時間を調べるには、ほとんどの人が交通ルート検索サイトやアプリなどを利用しているだろう。その場合、乗り換えや待ち時間を含んだ所要時間が計算される。従来のルールでは、「乗り換えが必要な場合はその旨を明示」とだけだったので、所要時間には乗り換え時間や待ち時間を含めると変更した。
【画像3】所要時間に乗り換え・待ち時間を含む(最寄りのA駅からC駅まで30分~33分)
出典:「表示規約・同施行規則の主な改正点を解説したリーフレット」より転載
また、電車などの所要時間について、改正前は「平常時の所要時間を著しく超えるときは通勤時の所要時間を明示すること」とされていたので、よほど差がない限り、最も短い所要時間を表記しており、通勤ラッシュ時の所要時間ではなかった。今回の改正では「朝の通勤ラッシュ時の所要時間を明示し、平常時の所要時間をその旨を明示して併記できる」に変更された。
ほかにもさまざまな改正点がある。詳しく知りたい場合は、不動産公正取引協議会連合会のホームページで確認できる。
不動産広告は、マイホームを選ぶ際に重要な情報となる。そのため、消費者が同じモノサシで比較できるよう、同じルールで広告しようと、不動産業界自らがルールを定めている。物件を選ぶ消費者側も、どんなルールで掲載しているのか、ルールをきちんと守っている会社かを、しっかりチェックすることが大切だ。
●関連サイト
不動産公正取引協議会連合会「公正競争規約の紹介」
「表示規約・同施行規則の主な改正点を解説したリーフレット」
「不動産の表示に関する公正競争規約・同施行規則の新旧対照表」
ここ数年で大型複合ビルが次々と誕生し、さらに2027年度まで再開発プロジェクトが目白押しの渋谷駅周辺。すでに都内屈指の商業・ビジネスの街でありながら、今後はいっそうの発展が見込まれる注目のエリアだ。今回はそんな渋谷駅まで30分圏内にある駅の中古マンションの価格相場を調査した。専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」、それぞれの中古マンションの価格相場が安い街はどこなのか? さっそく見ていこう。
渋谷駅まで30分以内の価格相場が安い駅TOP10【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/渋谷駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 西川口 2380万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/29分/1回)
2位 川口 2473万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/26分/1回)
3位 西馬込 2580万円(都営浅草線/東京都大田区/21分/1回)
4位 大森海岸 2655万円(京浜急行本線/東京都品川区/28分/2回)
5位 練馬 2800万円(西武有楽町線/東京都練馬区/23分/0回)
6位 平和島 2899万円(京浜急行本線/東京都大田区/25分/1回)
7位 木場 2910万円(東京メトロ東西線/東京都江東区/29分/1回)
8位 中板橋 2930万円(東武東上線/東京都板橋区/24分/1回)
9位 沼袋 2980万円(西武新宿線/東京都中野区/24分/1回)
9位 門前仲町 2980万円(都営大江戸線/東京都江東区/25分/2回)
【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/渋谷駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 読売ランド前 2680万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
2位 高田 3190万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
3位 久地 3380万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/26分/1回)
4位 津田山 3430万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/24分/1回)
5位 西川口 3580万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/29分/1回)
6位 宮崎台 3680万円(東急田園都市線/神奈川県川崎市宮前区/27分/0回)
7位 向ヶ丘遊園 3699万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
8位 戸田公園 3780万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/29分/0回)
9位 生田 3790万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/2回)
10位 上板橋 3930万円(東武東上線/東京都板橋区/29分/1回)
今回の調査基点にした渋谷駅の中古マンションの価格相場は、「シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)」が5365万円、「カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)」が9975万円。さすがというか、なかなかに高額! しかし渋谷駅まで30分圏内にまで範囲を広げると、価格相場もぐっと下がることが調査より見て取れる。
渋谷駅まで30分圏内にある中古マンションの価格相場が安い駅のうち「シングル向け」ランキングの1位は、JR京浜東北・根岸線の西川口駅で価格相場は2380万円。そして西川口駅より1駅東京方面にある川口駅が、価格相場2473万円で2位にランクインした。
西川口駅前(写真/PIXTA)
共に埼玉県川口市に位置する1位・西川口駅と2位・川口駅は、直線距離で2kmほどしか離れていない。川口駅のほうがより埼玉県を代表する主要駅として知られているが、両駅周辺の様子は大きくは違わない。ここでは1位・西川口駅を中心にして街の様子を見ていこう。
1位・西川口駅から渋谷駅までは約29分。JR京浜東北・根岸線で赤羽駅に向かい、そこからJR埼京線に乗り換えると渋谷駅に到着する。赤羽駅~渋谷駅間には池袋駅や新宿駅もあるので、渋谷・新宿・池袋の3駅まで30分以内で行ける便利なロケーションというわけだ。そんな西川口駅には、肉や魚、野菜の売り場からベーカリー、100円ショップにレストランまで備えた駅ビル「ビーンズ西川口」が直結。駅前にもスーパーやディスカウントストア「ドン・キホーテ」、ファストフード店をはじめとした多彩な飲食店が立ち並ぶ。また、西口側には「西川口チャイナタウン」と呼ばれるエリアが広がり、中国系をはじめとしたアジア各国の食材店や飲食店が数多い点も特徴だ。
西川口駅からお隣の2位・川口駅方面に15分ほど歩くとショッピングモール「アリオ川口」があり、さらに10分ほど歩くと川口駅へ。川口駅前には広々とした「川口西公園」が広がるほか、行政センターや市立中央図書館、川口総合文化センターなどの公共施設も点在。川口市役所の最寄駅でもあり、西川口駅よりも川口駅のほうが市を代表する駅といえそうだ。そのためもあってか価格相場は西川口駅よりも川口駅のほうが93万円高い結果となった。
川口駅(写真/PIXTA)
3位は東京都大田区に位置する都営浅草線・西馬込駅で、価格相場は2580万円だった。都営浅草線で五反田駅に行き、JR山手線に乗り換えると渋谷駅まで計約21分。この渋谷駅までの所要時間はトップ10のうち最短だ。また、五反田駅で下車せずそのまま都営浅草線に乗っていると、新橋駅や東銀座駅、日本橋駅などへも30分以内に到着できる。地下鉄駅の西馬込駅から地上に出ると、そこは国道1号・第二京浜の大通り沿い。駅前広場のようなものはなく、国道沿いにはマンションや飲食店などが立ち並んでいる。少し脇道に入ると静かな住宅街で、かつてこのエリア一帯には多くの文人・芸術家が住み「馬込文士村」と呼ばれた由緒ある地でもある。大型商業施設はないが、スーパーやドラッグストア、個人商店やおしゃれなカフェなど地元の人に愛されるお店が点在。静かに暮らしたい人にはいい街といえそうだ。
西馬込駅(写真/PIXTA)
4位以下にも都内の駅が並んでいる。そのうち渋谷駅まで乗り換え0回で行けるのは、5位にランクインした東京都練馬区の西武有楽町線・練馬駅。西武有楽町線は練馬駅~新桜台駅~小竹向井原駅のわずか3駅の路線だが、小竹向原駅から東京メトロ副都心線と直通運転しているため渋谷駅まで乗り換えなしで行けるのだ。また、副都心線は東急東横線やみなとみらい線と直通運転しており、乗る列車を選べば練馬駅から渋谷駅を通り過ぎて横浜の元町・中華街駅まで1本で行くこともできる。
都営大江戸線も通る5位・練馬駅は練馬区を代表する駅といえ、駅周辺にはスーパーやドラッグストア、100円ショップといった暮らしを支える店舗や飲食店などの商店が充実。区の子ども家庭支援センターや区役所も、駅から徒歩10分圏内にある。また、駅から北に15分ほど歩くと遊園地としてにぎわった「としまえん」跡地が広がっている。この跡地は東京都が公園として整備する計画が進行中。その一角には2023年に「ハリー・ポッター」の体験施設が誕生予定なので、オープンが楽しみだ。
「カップル・ファミリー向け」トップ10には川崎市から6駅ランクイン「カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)」ランキングの1位は、神奈川県川崎市多摩区にある小田急小田原線・読売ランド前駅。価格相場はトップ10唯一の2000万円台となる2680万円で、2位以下よりも510万円も低かった。渋谷へのアクセスは小田急小田原線の各駅停車と快速急行を乗り継いで下北沢駅に出て、そこから京王井の頭線に乗り換えると約30分でたどり着く。読売ランド前駅から1駅目には9位の生田駅、2駅目には7位の向ヶ丘遊園駅、という位置関係だ。
読売ランド前駅(写真/PIXTA)
1位・読売ランド前駅は絶叫マシンや夏季営業のプールで人気の「よみうりランド」の最寄駅の一つで、駅前からバスに乗って約10分で行くことができる。駅北側には日本女子大学と大学付属中学・高校の敷地が広がるため、平日には学生の姿も多く見られる。駅にスーパーが直結しているほか、南口前の通り沿いには精肉店や鮮魚店、野菜が安いと評判のミニスーパーやドラッグストアも。駅周辺は住宅街で、住宅の合間に市立の小中学校や保育園が点在。大型商業施設がない点がネックだが、そのぶん静かに暮らせる環境ともいえる。下り方面に2駅進むとショッピングモールや映画館が駅前にそろう新百合ヶ丘駅があるので、休日に遊びがてらまとめ買いに出かけてもいいだろう。
2位は神奈川県横浜市港北区にある横浜市営地下鉄グリーンライン・高田駅で、価格相場は3190万円。2駅先の日吉駅から東急東横線に乗り換えると、渋谷駅まで約30分だ。横浜市営地下鉄グリーンラインは2008年に開業した比較的新しい路線で、利用者数が年々増加してきた。朝のラッシュ時間帯に対応するため駅改良工事を進め、2022年9月からは現状より2両増やした6両編成の運転を導入予定。混雑緩和が見込まれており、より快適に通勤・通学ができそうだ。駅周辺は静かな住宅地で、グリーンラインの開業以降にホームセンターやスーパー、ドラッグストアも誕生して生活の利便性が向上。また、駅前の交差点近くには広大な敷地の工場跡地があり、ここに新たな商業施設が誕生するとの情報も。今後、さらに便利な街への発展が期待されている。
3位は神奈川県川崎市高津区にあるJR南武線・久地駅で、価格相場は3380万円。1駅隣にある4位・津田山駅を経由して武蔵溝ノ口駅に行き、東急東横線の溝の口駅に乗り換えれば約26分で渋谷駅に到着する。スーパーが点在する駅前から北へ15分ほど歩くと、多摩川の河川敷へ。久地駅は都県境近くに位置しているため、対岸には東京都世田谷区が見える。また、駅から南に徒歩10分~15分ほどの場所には植物園や子ども広場を備えた「県立東高根森林公園」や、水遊びや焚火もできる広場から屋根付きスポーツ広場、木工などの創作スペースまで備えた「川崎市子ども夢パーク」がある。川や緑を身近に感じながら暮らせる久地駅周辺は、のびのび子育てをしたいファミリーにもよさそうだ。
県立東高根森林公園(写真/PIXTA)
トップ10のうち、渋谷駅まで乗り換え0回で行けるのは6位の東急田園都市線・宮崎台駅と8位のJR埼京線・戸田公園駅。この2駅のうち渋谷駅への所要時間がより短く、約27分で行けるのは神奈川県川崎市宮前区に位置する6位の宮崎台駅だ。同駅には東急電鉄が運営する「電車とバスの博物館」が直結しているので、乗り物好きキッズがいる家庭は注目だ。駅周辺には複数のスーパーに加え、川崎市内の新鮮な農畜産物がそろうJA直営のファーマーズマーケットがあるのも嬉しいところ。また、コンパクトながら遊具を備えた児童公園が複数点在していたり、地域児童の遊び場「宮崎こども文化センター」があったりと、小さな子どもがいるファミリーが暮らしやすい街並みだ。
6位の宮崎台駅を含め、トップ10のうち6駅は神奈川県川崎市に位置している。川崎市はコロナ禍でも転出より転入が上回り、2021年に人口が154万人を突破。なかでも15歳未満の人口が約19万人と多くの子どもたちが暮らしているそうで、子育て支援を推進するべく「第2期川崎市子ども・若者の未来応援プラン」を2022年3月に策定。安心して子育てができる街づくりに向けてさまざまな取り組みを行っており、詳細については市のウェブサイトでも公開している。子育て期間中に引越しを考えているファミリー層は、交通の便や街の環境に加え、こうした自治体の取り組みもチェックして住まい探しをするといいだろう。
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/4~2022/6
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年6月27日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載
「まさかリノベがドラマになるとは。感慨深い……」「国土交通省住宅局イチオシ」など、不動産業界のみならず、住まいを管轄する国土交通省まで注目しているのが、今クールのテレビドラマ『魔法のリノベ』(主演:波瑠)です。その魅力はどこにあるのでしょうか。プロデューサーの岡光寛子さん、脚本を担当するヨーロッパ企画の上田誠さんにお話を伺いました。
きっかけはコロナ禍。2年の構想制作期間を経て実写ドラマ化!リノベを扱ったドラマ『魔法のリノベ』が放映中(写真提供/カンテレ)
今ある建物に対して、新たな機能や価値を付け加える「リノベーション(以下、リノベ)」。修繕をして元通りにする「リフォーム」ではなく、間仕切りを広くする、住宅設備をより現代的で使いやすいものへと変更するなどの工事をすることをいいます。
2022年7月から放映されているテレビドラマ『魔法のリノベ』(カンテレ・フジテレビ系、月曜午後10時)は、このリノベをテーマにしたお仕事ドラマ。このところ住まいや不動産を扱ったドラマはあるものの、主に家を買う、売る、借りるといった題材を扱っているため、「まさかリノベがテーマになる日がくるとは……」と不動産や住宅関連企業、国土交通省まで注目、SUUMOジャーナルも放映開始から熱く見守るなど、まさに「業界騒然」なドラマなのです。
まずは、リノベを扱うようになった、その背景などを岡光プロデューサーに伺いました。
「今回のドラマは、星崎真紀さんの同名マンガが原作です。きっかけとなったのは2年前のコロナ禍。半強制的に自宅で過ごす時間が増え、家や家族、仕事や人生についてあらためて考えた人は多かったはず。私もそのひとりですが、住まいをリノベすることで人生もリノベしていく、人間関係や壊れたものを再生していくというテーマに惹かれました。脚本を上田さんにお願いし、月曜22時にふさわしい実直なお仕事ドラマに、遊び心とクセを付け加え、ヒューマンとコメディが行き交うエンタメにしています」と話します。
波瑠さんが演じる主人公の小梅。もともとは大手リフォーム会社にいましたが、人間関係でやらかし、転職してきます(写真提供/カンテレ)
ドラマそのものは、大手リフォーム会社にいた主人公の小梅(波瑠)が、理由あって家族経営の「まるふく工務店」に転職してきたところからはじまります。主人公とコンビを組むのは工務店の長男でもあり、2回の離婚歴があるシングルファーザー福山玄之介(間宮祥太朗)。それぞれ凹凸はあるものの、回を重ねるごとによき理解者、よい雰囲気になっていく、という展開です。
ドラマは1話完結、課題を抱えた家族(ゲスト俳優)がリノベを依頼し、それらを主人公の小梅たちが解決していく、という展開です。そのため、毎週視聴するとよりおもしろいですし、途中から見てもわかりやすいストーリー仕立てです。和モダンと夫婦のかたち、夫婦の寝室どうする、事故物件で暮らしたい、風水と強烈な占い師、防犯と親子など、「今らしさを感じるリノベ」を扱っています。どの回も、何度も見返したくなるおもしろさです。
小梅とコンビを組むのは、間宮祥太朗さん(右)演じる福山玄之介。バツ2のシングルファーザーで圧倒的お詫び力「詫びリティ」の持ち主(写真提供/カンテレ)
ミニチュア、CAD、アイテム、エンディングまで見どころいっぱい!ドラマのストーリー、展開もおもしろいのですが、ドラマの舞台となる「1階 工務店」と「2階 玄之介の部屋」に本物の住宅設備を採用しているだけでなく、提案する間取りをCAD(実際に建築の現場で使用されている設計ソフト)とミニチュア模型までちゃんとつくり込んでいてドラマ中に登場したり、リノベ依頼者の家のリノベ前と後のセットを組んで多角的に見せたりしています。主人公たちが使っているお仕事道具なども限りなくリアルで、「予算、すごいことになっているのでは」「凝っているなあ……」という感想しかありません。
1階まるふく工務店の様子(写真撮影/カンテレ)
2階にある玄之介と進之介の部屋。キッチンや内窓など、LIXILの本物の住宅設備を使ったセット。室内用窓を採用するとはさすが!(写真撮影/カンテレ)
「今回の制作費は特別なものではなく、通常のドラマと同じ範囲でやりくりしています。ミニチュアに関しては『シルバニアファミリー』や『ブロックおもちゃ』のように、小さな住まいのもつよさ、シズル感を表現したくてぜひ取り入れようと。住まいのビフォーやアフターも毎回、工夫としてしっかりつくっています。原作に似た物件を探してきたり、それをどう表現するか美術技術VFXチームと相談したり、まさにスタッフ全員の総力戦ですね」と岡光さん。
また、リノベのプロが監修し、脚本のたたき台の段階、脚本執筆後の段階、撮影の段階と、逐一、相談したり、チェックしてもらったりしているそう。当然、出演者が持っている仕事道具なども極力、プロ仕様になっているので、リアリティーが増すようになっています。
オープニングに登場するミニチュア。「1階 まるふく工務店」の様子です(写真提供/カンテレ)
CADの画面をスタッフが見ているシーン(写真撮影/カンテレ)
設計図面。リノベのビフォーとアフター、住まいの課題と解決法などをセリフに落とし込んでいるので、「なるほどねー」と納得しながら視聴できます(写真撮影/カンテレ)
会社のロゴや住所まで入ったリノベーションを提案するシート。「もう散らからない」というコピーがリアル(写真撮影/カンテレ)
セット内のチラシまでつくり込まれています(写真撮影/カンテレ)
「まるふく工務店」の外観。看板やのぼりもあり、「どこかにありそう……」な感じを醸し出しています(写真撮影/カンテレ)
まるふく工務店のマスコット、「まるふくろう」(写真撮影/カンテレ)
ドラマはもちろんファンタジーの部分もありますが、お仕事ドラマの場合は「説得力」と「リアルさ」がカギになります。だからこそ細部に手を抜かないという、制作陣の意気込みを感じます。また、個人的に大好きなのが、エンドロールで紹介されるリノベ後の住まいの様子です。特に出演者がリノベ後の家で幸せそうにしている姿を見ると、見ているこちらもウキウキするので、筆者は何度も見返しています。「まだ月曜日……(白目)」となりがちな時間帯にコレを視聴できるの、いいですよね。
第1話のリノベ後の住まい。夫妻の関係をすぐに見抜いた小梅の観察力、提案力に驚かされます。築60年の住まいを「一気に刷新したい」と乗り気の夫、あまり積極的になれない妻。その根っこにあったわだかまりを見つけ、解決しました(写真撮影/カンテレ)
大きなキッチンにそば打ちなどのお話に登場したアイテムがちらりと映り込んでいます(写真撮影/カンテレ)
和モダンのよさ、夫妻のこれからの暮らしが想像できて、明るい気持ちになります(写真撮影/カンテレ)
すべて新しくすればいいというものではないのが、リノベの魅力だと思います(写真撮影/カンテレ)
空間は人間関係を変える。まさにリノベに魔法はある!ドラマは回を進めるごとに人間関係がより複雑になってきてハラハラする場面も。特に主人公がかつて在籍していた会社の後輩である桜子の怖さ、イラっとさせる具合が絶妙で、Twitterでも「桜子」がトレンド入りしていました。もちろん、社内でのやりとりのコメディシーンは、見ていてニンマリしてしまいます。脚本家の上田誠さんは、セリフをどのように考えたのでしょうか。
脚本を担当する上田誠さん(写真提供/ヨーロッパ企画)
「マンガ原作があるので、これを非常に大切にしています。それこそ文字起こしをするくらい自分の血肉にして、脚本にとりかかりました。星崎先生もかなりリノベについて取材をされていらっしゃって、尋常ではないこだわり、想いを感じています。ドラマのクライマックスはリノベ案のプレゼンなので、営業の言葉遣いを逸脱することなく、その上で心に残る台詞を目指しています。『どうぞイメージなさってください』『リノベは魔法なんです』というセリフを、役者さんがどう表現するかは見どころのひとつだと思っています」と上田さん。
クライマックスのセリフはいつも同じですが、毎回、言い方が微妙に異なります。役者さんってすごいですね(写真提供/カンテレ)
なるほど、決めセリフがあるからこそ、毎回の変化がおもしろいんですね。また演者さんも役に入り込むことで、「何かやってやろう」というアドリブも出てくるんだとか。これも脚本家と出演者、信頼関係のなせる技ともいえるのでしょう。また、ドラマは、住まいや家族に潜む「闇」や「魔物」「不満」を毎回発見して対峙、解決していくミステリー仕立てにもなっています。これは新築の住まいを買う/借りるだけでは、なかなかできない展開です。
案件が無事終わると、ふたりで打ち上げに行く。ひと仕事終えたあと、緊張がすこしゆるみ、信頼感、距離感がより近づいていきます(写真提供/カンテレ)
「既存の住宅を舞台にするので、必ず家族や夫婦の問題が根っこにあるんですよね。第2回がわかりやすいですが、冒頭に夫妻の行動があって、手がかりや引っかかりがある。見ながらアレはなんだったのかと考えていただき、観察やヒアリングを進めるなかで、小梅たちと一緒になって解決し、気持ちよくエンドロールまで向かってもらえたらと思います」と岡光さん。
なるほど、リノベーションはミステリー、その発想はありませんでした。では、上田さんから見たリノベーションの魅力はどんな点にあるのでしょうか。
「舞台を長年、やってきた経験から、空間の変化が人間のコミュニケーションに与える影響を目の当たりにしてきました。人間関係の問題は、空間で具体的に解決できることもあるんです。だからこそ、リノベに魔法はあります!と言いたいですね。また、リノベを通して、人生や家族が再生していく様子も見てほしいなと思います」と話します。
まるふく工務店の面々。左から玄之介と三男の竜之介、従業員の小出誠二、主人公の真行寺小梅、越後寿太郎。小さな会社らしい、わちゃわちゃしたやり取りは見ていて心和みます(写真提供/カンテレ)
ドラマでは、住まいや家族に潜む問題を「魔物」と表現しています。ひとりでも、夫妻でも、家族であっても、家に潜んでいる「魔物」に向き合うのは時間、お金、何より気力が必要です。だからこそ、新築物件と同じように「家に自分たちを合わせる=リノベ済み」物件のほうを選ぶ人が増えている傾向もあるようです。でももし、ドラマのように、プロの手を借りつつ、自分たちの課題と向き合い、解決できるのであれば、きっと「暮らしに家を合わせた」家が手に入るのだと思います。仲間といっしょにパーティを組み、前に進む。まさにリノベは人生そのもの、ですね。
リノベの「魔法」にかけて、突然現れるRPG風のシーン。「魔物」も出てきます!(写真提供/カンテレ)
●取材協力
『魔法のリノベ』(月曜22時~22時54分、フジテレビ系)
Tver
カンテレ
ヨーロッパ企画/脚本家 上田誠さん
高齢者や障がい者、シングルでの子育て世帯など、さまざまな事情で住まいが借りにくい人のことを「住宅弱者」「要配慮者」といいますが、「外国人」もそんな不動産が借りにくい「住宅弱者」にあたります。一般に「大家が敬遠する」と言われますが、積極的に外国人を受け入れている大家・不動産管理会社もいます。その内の一人、東京都杉並区で不動産管理業を営む田丸賢一さんにリアルな事情を伺いました。
増え続ける在留外国人。部屋探しでは門前払いされることもコンビニや建設現場、100円ショップ、飲食店などで、外国出身と思しき人を見かけることが増えました。筆者は横浜市在住ですが、子どもの通う小学校や習いごとの風景を見ても、多国籍だなと痛感します。実際、統計データでは外国人居留者はコロナ前の令和2年度は約288万人(※2020年6月時点。出入国在留管理庁より)、令和3年末でも276万635人と、日本の人口が減り続けるなか、「もはや外国人の手がなければ日本社会は成り立たないのでは」と感じている人もいることでしょう。
ただ、SUUMOジャーナルでもたびたびご紹介してきましたが、外国人は生活の基盤である住まいが借りにくいことで知られています。そんな中、10数年以上前から外国人を積極的に受け入れ、自社の物件は切れ目なく満室を維持し、入居率100%を続けているのが、東京都杉並区にある株式会社田丸ビルの田丸賢一さんです。2021年11月、外国人との不動産契約やそのノウハウを一冊にまとめた『「入居率100%」を実現する「外国人大歓迎」の賃貸経営』(現代書林)を上梓しました。まずは外国人に部屋を貸し出すようになった経緯から伺いましょう。
「弊社は不動産賃貸業と不動産管理業を行っており、私はその3代目です。創業者がもともと困っている人に家を貸そうという人で、昔の書類を見ても日系外国人を受け入れてきた経緯がありました。そのため、私が会社を引き継いだときにも、外国人に部屋を貸すのは自然な流れでした」(田丸さん、以下同)
ただ、田丸さんによると、部屋を借りたいと不動産会社を訪れても、外国人というだけでおよそ2人に1人は拒否されてしまうといい、令和の今でも門前払いは珍しいことではないそう。
田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「以前、外国人に部屋を貸し出した際に汚されたり、部屋の扱いが悪かったといったトラブルがあり、もうコリゴリというケースが多いように思います。個人が悪いのか、契約に問題があったのか、原因はさまざまなんですが、入居前や入居後のコミュニケーションや説明をていねいに行うことで回避できるケースが多いんです」
ではどのようなトラブルがあり、田丸さんはどのような方法で回避しているのか、その内容を聞いていきましょう。
生活音とゴミの仕分け、入居者が増えた!が3大問題まず、大前提として、外国人の多くがトラブルを起こしたくないと考えているといいます。
「外国人といっても出身国や年齢、収入、背景もさまざまですが、多くが就労目的で日本に来るわけで、日本社会に溶け込み、日本の常識にあわせて暮らしたいと願っています。なぜなら、彼らが一番恐れているのが国外退去処分だから。日本で得た収入から母国に仕送りをしたいので、トラブルを起こして強制送還されるのは避けたいんですよ。だから家賃の滞納のような問題行動はまずありません」
田丸さんの会社で契約した外国人には、真面目で礼儀正しく、お中元やお歳暮、帰国時のお土産などを欠かさないという人も少なくないそう。一方で、文化や風習の違い、コミュニケーション不足から、今までトラブルにも多数、直面してきました。
「”生活音がうるさい、ゴミの仕分けができていない、入居者が増えた”が3大問題でしょうか。まず、生活音がうるさいというのも、よくよく調査すると、外国人が住んでいる部屋が原因ではなく、実は他の部屋が発生源だったというケースも多いんです。これは外国人に限りませんが、生活音の問題はとてもデリケート。だからこそ管理会社がすぐに動いて、ていねいに聞き取りをして、コミュニケーションをとることが大切なんです」
外国人に限らず、集合住宅で生活音の問題は避けて通れません。外国人の入居者がいればなおのこと目立つため、先入観で「あの部屋に違いない」と決めつけた苦情がくるのだそうです。入居者の間にたつ管理会社がすばやくていねいに対応して誤解を解くことで、外国人への偏見が少なくなり、お互い快適に暮らせるのだといいます。
また、ゴミの仕分けは、自治体から配布される「母国語」のパンフレットを必ず渡し、ていねいに説明しているといいます。
杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)
こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)
「ポイントは母国語です。日本人は外国人というと英語で対応しがちですが、それだと通じない。大切なのはその人の出身国の言葉で話し、理解をしてもらうこと。場合によっては通訳をいれたりして、お互いの不安や不信感がないように説明、納得、理解、契約、書類にサインしてもらうことなんです」
田丸さんはゴミの分別だけでなく、基本的に入居希望者の母国語を用いて「説明、納得、理解、契約」という段階を踏んでいるのだそう。ゴミを分別すること自体が母国の習慣になく、戸惑う人も多いそうですが、きちんと説明することで協力してくれる人が大半だといいます。
ここまでは想像できそうなトラブルですが、最後の「入居者が増える」というのは、どういうことなのでしょうか。
「外国人は異国で働いているということもあり、横のつながりが非常に強い。家賃を節約したいということで、先に日本に住んでいた人の部屋に勝手に出入りして、共同生活を始めてしまうんです。不動産大家・管理会社は、当たり前のように1人で住むと思い、説明はしません。そこであつれきが生じるんですね。
過去には16平米のワンルームに8人が暮らしていたことも(苦笑)。退去後の部屋の傷みぐあいはひどかったですよ。その時以降、契約書類には入居者は1人までと明記し、契約時に説明、納得、理解を得るようにしています」
よく「ワラビスタン」「リトル・インディア」「リトル・ブラジル」など、特定の外国人が多い地域がありますが、異国で奮闘しているとその人を頼って仲間が1人また1人と増えて、自然発生的にコミュニティが生まれるのかもしれません。
外国人専門の賃貸保証会社、多言語の契約書類などツールは揃っているこうして聞いてみると、田丸さんもいきなり外国人に部屋を貸し出して「成功」しているわけではなく、多数の経験を繰り返すことで、外国人に歩み寄った母国語でのコミュニケーション、当たり前に思える慣習や契約内容もていねいに説明、理解・納得したうえで「契約」し、明文化して残すという現在のかたちに行き着いたようです。
「外国人は基本的にはあまり経済的余裕がありません。そのため非常に防衛や自衛の意識が高く、契約内容・書類についても一つずつ知りたがります。賃貸保証会社の利用料、火災保険料、礼金、敷金、鍵交換、ハウスクリーニング代など、逐一、このお金は何?なんで?と聞いてきます。日本人ではここまで突っ込んで聞く人は少ないですし、僕も鍛えられました」
「鍵交換はしなくていいから、費用をまけて」「退去時のハウスクリーニングは、自分でやるから安くして」などと、交渉を持ちかけられることもしばしば。その都度、相手が納得できるまでていねいに説明して歩み寄っているそう。こうしてお話を伺っていると、外国人を受け入れて問題が起きたときに、「やっぱり失敗した…」ではなく、どうやって改善すればいいかを考えているからこそ、うまくいっているのだなあと痛感します。
田丸さんによると、現在では、外国人専門の賃貸保証会社があるほか、国土交通省では、「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」も整備され、不動産契約に必要な制度や多言語に対応した書類は揃っているといいます。
「ただ、問題なのは、行政は書類を作っておしまいになっていることです。国交省から不動産業界の団体に告知はありますがあまり知られていないし、活用方法は不動産業界や大家におまかせの状態です。当然、トラブルになったときの受け皿もない。生活音の問題でも紹介したとおり、既に入居している人が嫌がる場合もあります。日本社会のなかに、まだまだ偏見があるなあと痛感しています」
国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)
大家は家賃滞納、騒音、他の入居者とのトラブルを避けたい、不動産仲介会社は外国語での説明に対応できるスキル、時間がない、管理会社は面倒事やトラブルを避けたいなどなど、「外国人を受け入れづらい」条件は揃ってしまっています。これまで日本の歴史を振り返ると「外国にルーツのある人が社会全体で少数だった」「たいていの場合、日本語が通じた」のが現実です。いきなり「多様性だ」「外国人の受け入れだ」と正論を突きつけられても、「受け入れがたい」「話が通じずに怖い」と戸惑う気持ちがあることでしょう。
ただ、これから先、日本で働く外国人は増えていくことが考えられます。外国人は家賃滞納をしにくいこと、きちんと母国語で説明して理解してから入居してもらえばトラブルは起きづらいことがもっと知られるようになれば、外国人を受け入れる大家が増えるかもしれません。人口が減少している日本を支えてくれる外国人が増えてくれる今、共生社会の模索は、まだはじまったばかりです。
●取材協力
田丸ビル
コロナ禍によって人々の価値観が変わった。大切なことが明確になった、という人も多いかもしれない。今回紹介する筒井良太、今日子夫妻がカフェ兼宿「山の家」(福岡県みやま市)を始めたのも、コロナがきっかけだった。「足元に目を向ける」「地元のものを生かす」と口でいうのは簡単だが、誰かに提供するには形にしないとならない。お土産品、飲食店、カフェやゲストハウス……さまざまな形があるけれど、筒井夫妻が始めたのは、みやまの宝を集結した家だった。なぜ宿を?山の家を訪れて話を聞いた。
趣のある「山の家」福岡県の南に位置するみやま市。福岡の繁華街からわずか車で1時間ほどだが、まるで風景が変わる。道脇には清流が流れ、小高い山々や田畑が広がる。今年3月、ここに「山の家」と呼ばれるカフェ兼宿がオープンした。築100年以上の屋敷を改修して店を始めたのは、同じみやま市で玩具花火をつくってきた「筒井時正玩具花火製造所」の筒井良太、今日子夫妻だ。
(写真撮影/藤本幸一郎)
山の家に到着すると、お屋敷、といっていいような風格ある古民家が、緑の茂るなかに立っていた。山の家という名から、標高の高い場所にあるのかと想像していたが、思っていたより平地からすぐの場所にある。
中へ入ると思わず声が漏れた。「うわぁ素敵ですね」。
年月を経た家の重厚な空気感に、ラインの美しいカウンターや洗練された椅子とテーブル。ショーケースには美味しそうなケーキが並び、レジ向こうは座敷になっていて、女性スタッフが座って花火づくりの作業をしていた。
古い壁から出てきた竹格子はあえて残してある。窓際のカウンター上部には長崎の陶器ブランド「JICON」のオレンジ色の照明が存在感を放っている。(写真撮影/藤本幸一郎)
玄関から向かって左半分のスペースが「カフェ・フイユ」。右ののれんをくぐった先が宿「山の家」になる。
「カフェフイユ」のフイユとはフランス語で「葉っぱ」のこと。「葉っぱに「予約席」の文字(写真撮影/藤本幸一郎)
「じつはすごく贅沢な暮らしをしていた」筒井夫妻は、ここから車で5分ほどの場所で「筒井時正玩具花火製造所」兼ギャラリーを営んできた。なぜ、宿を?
「コロナ禍で何がほんとうに贅沢で豊かなのか。幸せって何だろうって考え直した時、「みやま」ってなんていいところなんだろうって改めて思ったんです。
今まではお金を稼いでいいもの買って、というのが贅沢だったけど、明らかに以前とは考え方が変わった。ここでは採れたての野菜が食べられたり、週末には炭でパンを焼いて青空の下で食べたりして」
川はきれいで緑は豊か。夜には星も見える。子どもたちはのびのびと花火もできるし川遊びもできる。周囲には優しい地元の人たち。それまで当たり前に享受してきたあれこれが、いかに贅沢であるかに気づいた。
「この豊さを、都会から訪れる人たちにも楽しんでもえたらいいなと思ったんですね。地元のいいものを集めた場所がつくれたらいいなって」
そうして昨年2021年、導かれるように知人に紹介されたのがこの物件だった。
筒井今日子さん。夫の良太さんとともに「筒井時正玩具花火製造所」を営む(写真撮影/藤本幸一郎)
“ユミちゃんのケーキ”が食べられる店今年の春には、まず「カフェ・フイユ」を先行してオープン。メニューには地元の美味しいものが詰まっている。切り盛りするのは、「ユミちゃん」の愛称で呼ばれる、パティシエの高巣由美(たかす・ゆみ)さん。もともと地元で「ランコントル」という予約制のケーキ屋を営んでいた。
カフェをやるなら、ユミちゃんにお願いできないかと今日子さんはまず思ったのだそうだ。
パティシエで、カフェフイユのオーナー、高巣由美さん(写真撮影/藤本幸一郎)
「ユミちゃんのケーキはほんとに人気で、でも予約して数日待たないと食べられない。それがこのカフェでいつでも食べられればみんな喜ぶだろうなと思ったんです。蓋を開けてみると、思ったとおりでした(笑)」(今日子さん)
ショーケースにはチーズケーキやガトーショコラなど美味しそうなケーキが並び、持ち帰りもできる。看板商品はレーズンサンド。クリームには近くの酒蔵の甘酒や酒粕を使用。それとは別に、酒粕パンも販売している。
ケーキの並ぶショーケースの横には、筒井時正玩具花火製造所の線香花火をはじめ、びわの葉茶や九州の工芸品も並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)
ランチのスープセット。今は食事のメニューはホットサンドとスープセットのみだが、カレーも近く提供する予定(写真撮影/藤本幸一郎)
11時の開店時間を過ぎると、カフェはお客さんでいっぱいになった。若者や女性が多いのだろうと想像していたのだが、年配者も多い。地元の人らしいお母さんたちが少しお洒落した装いで集まっている。「パン買いに来たよ~」とにこにこ声をかける女性もいる。
「お店をオープンする前に、地元の人たち先行でお披露目会をしたんです。そうじゃないとなかなか接点がもてないんじゃないかと思って。地元が元気になったらいいなと始める店でもあるから」(今日子さん)
「ユミちゃん、ユミちゃん」とお客さんが楽しげに声をかけているのが聞こえてきた。
おしゃべりに興じるご近所さん(写真撮影/藤本幸一郎)
長いこと、地域には背を向けてきたもともと「筒井時正玩具花火製造所」は、少し変わった花火メーカーでもある。
花火の国産メーカーは、安い海外品におされて数が減っている。なかでも線香花火をつくる会社は、いま全国に4軒しかない。一時期は残り一社となった製造所が廃業し、絶滅寸前に陥った。このままでは線香花火は日本でつくられなくなってしまうぞという時に、筒井時正玩具花火製造所3代目の筒井良太さんが廃業前の製造所へ出向いて修行をし、技術を引き継いだのだった。
国産の線香花火は、海外産に比べて火花が大きく、長く火が落ちない。その質の良さを生かして、二人は自社の線香花火をギフトや雑貨として「一箱40本で1万円」の高価なオリジナル商品として発表した。
「そんな高い花火が売れるはずない」と周囲に反対されながらも、インテリアライフスタイル展などに出展し、販路を増やしてきた。花火を製造する工房横には、線香花火を試せるギャラリーも設けた。新しい花火のあり方を切り開いてきた10年間だった。
筒井時正玩具花火製造所の線香花火。火花が大きく長くもつ(提供/筒井時正玩具花火製造所)
だからこそ、これまではほとんど地元に関心を向けてこられなかったのだという。
「花火を売れるようにするのに必死やったんで。どうしてもそっちが先になってしまって」と良太さん。
けれど、自社のギャラリーを訪れたお客さんにリピーターが少ないことに気付く。
「自分のところだけ頑張っていてもダメだなって。お客さんにとっては、ここへ来た後、あそこでお昼を食べて、最後ここに寄って帰ろうなどいくつか立ち寄れる場所があるといいですよね。だからみんなでまちを盛り上げていけたらいいなと思ったんです」(今日子さん)
筒井さんたちは山の家を始める前にもう一軒、「川の家」という宿を近くで運営している。花火をできる場所がどんどん限られていることも宿を始めるきっかけだった。
「今、3割の子どもたちは花火をしたくてもできないまま、大人になってしまうと知ったんです。それがショックで。公園も浜辺もどこも禁止、禁止でしょう。川沿いなど屋外であればいくらでも花火を楽しめますから」(今日子さん)
筒井時正玩具花火製造所の線香花火(写真撮影/藤本幸一郎)
びわプロジェクト山の家をオープンするに至るには、これまでに筒井さんが地元の人たちと進めてきたいくつもの活動が背景にあった。
そのひとつが、「びわプロジェクト」だ。
ある時、筒井さんたちに、びわ畑を引き取ってもらえないかと相談があった。広さ1500坪の畑は、そう簡単に「はい」と引き受けられる規模ではなかったが、調べてみると、びわにはさまざまな活用法があることがわかった。びわの葉を使ったお茶、お灸、びわ染め。
今日子さんは、すぐに営利目的で活用するのは難しいけれど、地域のみんなとびわ畑で新しいことを始めるのにはいいと考えた。
「山の家」宿側の縁側から見える庭(写真撮影/藤本幸一郎)
「びわプロジェクト」を立ち上げるのに造園家、農家、市役所の職員など有志約20名が集まり、みやま市の地域ブランドをつくろうと活動が始まったのが2020年6月。それから月に一度、みんなで楽しみながら作業を続けていて、現在は約50名のプロジェクトメンバーがいる。
昨年の6月には立派な実がたくさん収穫できて、道の駅などで販売した。
(提供/びわプロジェクト)
びわプロジェクトの活動の様子(提供/びわプロジェクト)
「ゆくゆくはびわを活用して商品化、ブランドにしてお金をまわしていくことも考えているんですけど、いま動いてくれる人たちはほとんどがボランティア。それじゃあ長続きしないと思って、びわコインという地域通貨を発行しています。でもベースはみなさんの地元がよくなるようにって気持ち、郷土愛によるものなんです。
みやまには、誰かが何かを始めるんやったら、よっしゃ一緒にやってやろうと関わってくれる人がたくさんいる。そんな人が50人もいるってすごいじゃないですか」(今日子さん)
このびわプロジェクトは、2年目からウコンも含めた「薬草研究会」として発展。びわゼリー、びわ大福、びわフローズンを試作したり、びわやウコンの効能、加工、商品開発に向けての意見交換をして、収穫から活用まで考えている。
その、地元の人たちと活動してきたひとつの出口として「山の家」がある。近々、ウコン(ターメリック)とびわ茶、みやまの特産品であるセロリを用いたカレーも新しいメニューとして、カフェで提供される予定。宿で出すお茶もびわ葉。部屋着やのれんもびわ染めした。
宿「山の家」は、人とのつながりで生まれた年内には宿「山の家」もオープンする予定。全面に庭の緑が見える広々としたお座敷と、現代風にアレンジされた中の間の二部屋、屋敷の右半分が貸切で使用できる。
座敷(写真撮影/藤本幸一郎)
中の間(写真撮影/藤本幸一郎)
「初めは接客のプロを雇ってお任せしようと思っていたんです。でも知人に、老舗旅館と勝負しても勝てないのではと言われて、そうだなって。私たちはあくまで花火屋。サービスレベルなどで勝負しても、長年旅館をやっていらっしゃるところにはかないっこない。であれば、せめて私たち自身が直接お客さんと話したり、最大限のもてなしをする方が私たちらしいやり方なんじゃないかと思うようになりました」
泊まらなくても「山の家」を気軽に体験できるよう、カフェと宿の定休日である水曜限定の、ジビエ料理「Nuit」と「山の家鍼灸所」をオープンした。
「地元の人たちにも楽しんでもらえるといいなと思って。この家は格子から漏れる光がきれいで、夜の雰囲気がすごく素敵なんです」
(写真撮影/藤本幸一郎)
さらに今年、筒井さんたちは「有明月」という名前の一般社団法人を設立した。地元の人たちとのつながりも増え、より機動力のある形で動けるようにとの思いから。お寺の住職さんと朝のお勤めを体験するツアーを実施したり、元商工会の職員さんと事業計画づくりのサポートをする仕事をしたり。
「行政にしかできないことはもちろんあると思いますが、小さくても自分たちでできることはどんどんやろうって気持ちなんです。役場の職員さんも、個人的に関わってくれていたりします」
山の家を始めるうえで協力してくれた人たちは数えきれない。今日子さんの話に登場する人たちはみんな、個性的で魅力的で聞いていて飽きない。ジビエ料理にしたのも、ハンティングから手がける若きシェフとの出会いがあったから。カフェの器を依頼したのは海外に暮らす作家さん。びわの栽培を教えてくれた佐賀のおじいさんの話。
「私たちがやっていることって、結局すべて人とのつながりから始まってるんです。ああ、この人と一緒に何かしたいなって思ったら一緒にやる。そうしてひとつひとつ、つながってきた結果が山の家かもしれない」(今日子さん)
そんな山の家の成り立ちを聞いていると、田舎の未来像が見えるようだった。
(写真撮影/藤本幸一郎)
●取材協力
山の家
カフェ・フイユ
コロナ禍になって3年目。アメリカでは「モノ不足」が叫ばれるようになって久しい。
2020年3月、日本と同様、アメリカでも人々は未曾有の脅威に備え「買いだめ」に走った。それによりトイレットペーパー、消毒液、不織布マスク、風邪薬、長期保存用のパスタや米といった食料品、ミネラルウォータなどがスーパーの棚からごっそり消えた。
感染拡大の落ち着きとともに品不足は解消されたが、コロナ禍3年目の今年になっても、さまざまな「モノ不足」が社会問題になっている。
(写真/PIXTA)
アメリカで深刻な粉ミルク不足日本では、新型コロナや戦争などに関連して材料不足・労働力不足による値上げや品不足が取りざたされているが、それだけとも限らない。例えば今春、ベビーフォーミュラ(粉ミルクなど乳児用ミルク)の品薄が子を持つ親にとって切実な問題となった。
そもそもの原因は、粉ミルクを飲んだ乳児4人が細菌による感染症で入院、うち2人が死亡したことだ。この粉ミルクは米最大手アボット・ラボラトリーズのミシガン州の工場で製造されたもので、同社は問題発覚後、製品を回収し工場の稼働を停止した。その影響で消費者がパニック買いをしたことで、5月半ばには全米で粉ミルクが常時より43%減り、どの店でも品薄状態に陥った。
きっかけは1社の感染症によるもので、厳密に言えば労働力不足や戦争などが関連したものではないが、コロナ禍で社会不安が広がるなか、人々がニュースに敏感になり、ちょっとした異変を感じては買いだめに走り、商品が棚からごっそりなくなるという意味では、この2年で発生したほかの品不足騒動と類似している。
その後FDA(アメリカ食品医薬品局)は、外国製粉ミルクの輸入を認める方針を発表し、ヨーロッパからの輸入に頼る緊急対策を打ち出した。さらに、工場の衛生環境の見直しなどを条件にアボット社の再稼働を許可したことで、問題はさしずめ落ち着いたように見られるが、店によってはまだ品薄状態だ。足りない地域の人々は、他州に買いに行ったりオンラインで購入したりしている。
7月下旬になっても、ニューヨーク市内のドラッグストアでは乳幼児用製品が品薄状態 (c) Kasumi Abe
ドラッグストアでは、タンポンも不足気味だ。まったくないわけではないが、商品によっては空の棚が目立つ。
タンポン売り場。7月下旬、ニューヨーク市内のドラッグストアにて (c) Kasumi Abe
ニューヨークタイムズによると、タンポンの品薄状態はインフレによる消費者物価の上昇が背景にあるという。また、金融関連の専門メディア、ブルームバーグによると、インフレにより今年5月の時点で、生理用ナプキンの平均価格は今年の初めに比べて8%以上上昇し、タンポンの価格は10%近く上昇した。
タンポンの製造を行うタンパックス(Tampax)社は、コットンやプラスチックなどの原材料を入手するのに高いコストがかかっていることにより(製造が)非常に不安定であると発表している。
コロナ禍以降のモノ不足について、ニューヨークタイムズは、粉ミルクやタンポン以外にも「トイレットペーパー、自動車、厨房機器などの世界的なサプライチェーンが品薄の危機に晒されている」と報じた(筆者の住むエリアでは、トイレットペーパーの仕入れはここ1~2年ほど安定しているが、全米では品薄の場所もあるようだ)。
また筆者は本屋を取材した際、出版業界でも紙不足と労働力不足で印刷が減っているという話も聞いた。
(写真/PIXTA)
米労働省労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics)によると、2021年6月と比べて、食品価格は10.4%上昇した。具体的に卵は33.1%、レタスは11.4%、パンは10.8%値上がりし、消費者物価指数(CPI)は1981年以来もっとも高い上昇率だという。ガソリンの高騰も報じられている。
インフレ以前もアメリカの都市部では物価、家賃、外食費は高かったのだが、以前ならスーパーでちょっとしたものを購入し て5000円~1万円程度で済んでいたものが、インフレの今は、6000円~1万1000円出さないといけない状態だ。買い物1回あたりは約1.1倍と微増だが、塵も積もれば結構な出費となる。筆者も極力外食を減らし自炊を増やしているのはもちろんのこと、単価が高くなったもの自体の購入自体をやめた、もしくは購入する回数を減らしたケースもある(例えば、6ドルから数セント値上がりしついに7ドルに達したお気に入りのジュースなど。6ドルでも高いと思ったが、7ドルになると手が出せない域になったと感じた)。
価格高騰の波は、さまざまな分野に影響を及ぼす例えばニューヨークでは、数々の映画でもおなじみの観光地であるセントラルパークのボートハウスが2022年10月16日、150年の歴史に幕を閉じることが7月21日に発表された。閉店理由は「人件費と物価の上昇による」という。「また1つ、ニューヨークのアイコンがなくなる」と、市民を失望させるニュースだった。市内ではコロナ禍以降、店舗の閉店が増えるなど、ボートハウスの閉店は氷山の一角だ。
(写真/PIXTA)
また、都市部では住宅不足による家賃高騰も続いている。
新型コロナがサプライチェーンにもたらす影響コロナ禍初期、行動制限により世界中の工場が操業を停止した。それにより何が起こったかというと、サプライチェーン(商品や製品が消費者の手元に届くまでの調達、製造、在庫管理、配送、販売、消費という一連の流れ)の一時停滞と、世界の物流の寸断だ。
コロナ禍3年目のいま、初期とは別の問題が生じている。一時は停滞していた経済活動が回復し、需要が増えたのはいいが、供給が追いつかない状態なのだ。コロナ禍以降、住宅着工件数が急増したことで、輸入木材の価格は2021年10月の時点で、コロナ禍前の2019年12月に比べて1.8倍に、自動車や電子機器に使われる銅の価格は2021年11月、2019年12月の1.5倍にはね上がった。木材や銅などの資源価格が急激に上昇し、コンテナ不足などもあり物流が混乱している状態だ。
労働力も足りないコロナ禍以降の不足は「モノ」など物質だけではない。「人」や「労働力」もそうだ。
筆者は日常生活のあらゆる場で、人手不足を感じている。例えば、銀行に行くにも予約が取りにくい状況だ。その理由を行員に尋ねると「Labor shortage(人手不足、労働力不足)」と説明される。薬局では、万引き防止で鍵のかかった商品を出してもらおうと店員を呼んでも、しばらく誰も来てくれないことがある。スタッフが足りていないのだ。
(写真/PIXTA)
現在は真夏のプールシーズン真っ盛りだが、ライフガード不足でいくつかの公共プールの閉鎖(もしくは入場制限)が報じられた。
また、今はそれほど深刻ではないものの、今後はオリーブオイルの品薄も懸念されている。オリーブの生産国の1つ、イタリアでオリーブ急速衰退症候群といってオリーブの樹木を枯らす細菌が急速に蔓延しているのが原因だ。専門家によると、そのせいで過去5年間で生産量が約50%も損なわれるなど大きな被害が出ている。これに加え、世界中のサプライチェーンの問題、労働力不足、ウクライナでの戦争も供給に影響を及ぼすというのだ。
このようにコロナ禍以降の「人・モノ不足」は、アメリカのみならず世界各地での切実な問題だ。
市井の人の視点としては、モノ不足に関して「まったくない」状態ではないので行政の目立った対策はないものの、以前と比べて「チョイスが限られるようになった」のは事実。世界的なサプライチェーンの問題はしばらく続きそうだが、それさえ解決できたら少しは人・モノ不足も解消されていくだろうと、人々は期待を寄せている。
空き家問題がクローズアップされ、「空家等対策の推進に関する特別措置法(空家特措法)」が2015年に施行されてから7年。国土交通省が定期的に、市区町村の取り組み状況について調査しているが、全国で空き家対策が進んでいることが分かる結果となった。
【今週の住活トピック】
「空き家対策に取り組む市区町村の状況について」(令和4年3月31日時点調査)を公表/国土交通省
空き家といえども、誰かが所有している私的な財産だ。本来は所有者が、適切に管理する義務がある。ところが、所有者が分からない、あるいは長年放置されているといった空き家が増加し、近隣トラブルが生じているという問題が表面化した。その対策として制定されたのが「空家特措法」だ。
空家特措法の狙いは2つあり、第一に国の指針に沿って、各地方自治体で空き家の実態を把握し、適切な管理を促したり空き家やその跡地を活用したりする体制を整えること。第二に、近隣トラブルを引き起こすような空き家(「特定空家等」と呼ぶ)を減らしていくことだ。
国土交通省が公表した調査結果によると、第一の狙いの核となる自治体の「空家等対策計画」の策定状況を見ると、1397市区町村(全自治体の80.2%)が策定済みだった。また、第二の狙いである「特定空家等」に対する自治体の措置状況(法施行から2021年度末まで)は、「助言・指導」が3万785件、「勧告」が2382件、「命令」が294件、「行政代執行」が140件、「略式代執行」が342件だった。
助言・指導 30,785件
勧告 2,382件
命令 294件
行政代執行 140件
略式代執行 342件
合計 33,943件
ちなみに、「勧告」に従わない場合は、「固定資産税・都市計画税の住宅用地に係る課税標準の特例」の適用対象から除外され、「命令」に従わない場合は、50万円以下の過料が課せられる。また、「行政代執行」は、特定空家等の所有者に代わって行政が強制的に措置を行うことで、「略式代執行」は、特定空家等の所有者が特定できない場合に行政が措置を行うことをいう。
このように空き家対策は徐々に進んでいて、空き家を取り壊して更地にしたり、問題となる部分を修繕などによって適切な管理になったりした事例も増えている。調査結果によると、空家特措法によるものが1万9599件、自治体の取り組みによるものが12万2929件、合計14万2528件の管理不全の空き家が改善されているということだ。
空家特措法の措置により除却や修繕等※がなされた特定空家等 19,599件
左記以外の市区町村による空き家対策の取組により、除却や修繕等※がなされた管理不全の空き家 122,929件
合計 142,528件
※除却や修繕等:除却、修繕、繁茂した樹木の伐採、改修による利活用、その他適切な管理
各自治体がそれぞれの実態に応じて取り組む空き家対策のほかに、空き家のまま放置される原因を減らしていくための措置もなされている。
まず、自治体から「勧告」を受けても従わない場合の「固定資産税・都市計画税の住宅用地に係る課税標準の特例」の適用除外について説明しよう。土地や建物を所有する場合に、固定資産税などが課される。とはいえ、マイホームは生活の基盤であるので、人が居住する建物の土地には課税額を軽減する措置がある。それがこの特例だ。
具体的には、固定資産税についてはその評価額が「小規模宅地」(敷地面積200平米まで)では1/6に(都市計画税については3/1)に、「一般住宅地」(200平米を超える部分)では1/3(同2/3)に軽減される。特定空家等に該当する空き家の中には、更地にしてしまうとこの軽減措置が受けられなくなるので、老朽化した家を取り壊さないというケースも多いことから、空き家を残したとしてもこの軽減措置が受けられない措置を導入したというわけだ。
相続した実家の利活用には減税措置も次に、「空き家の譲渡所得の特別控除」の適用がある。不動産を売却して得た費用は、譲渡所得として課税対象になるが、実際に居住していたマイホームであれば、譲渡所得から最大3000万円が差し引ける「居住用財産の特別控除」の適用が受けられる。ただし、相続した実家などは売却する本人が居住していないので、相続後に売却する場合は対象外となる。相続した実家などについても、利活用を促す目的で、譲渡所得から最大3000万円差し引けるようにしたのが、「空き家の譲渡所得の特別控除」だ。
この特別控除の適用を受けるためには、ポイントが2つある。1つは、故人が亡くなる直前まで住んでいた、あるいは要介護になって老人ホームに入所したために亡くなるまで空き家になっていた場合。もう1つが、実家が、1981年(昭和56年)5月末日までに建築(いわゆる旧耐震基準)された住宅で、相続人が耐震リフォーム(いわゆる新耐震基準)をしたうえで土地と建物を売却した場合、あるいは、住宅を取り壊して更地にして売却した場合。
2つの条件を満たした場合は、3000万円までの控除によって、譲渡所得税が0円になる事例が増える。今回の国土交通省の調査では、「空き家の譲渡所得の特別控除」に係る確認書の交付実績も調べている。それを見ると、2021年度末までの累計は、962市区町村で5万743件の交付実績があった。2021年度単年で見ても、631市区町村で1万1976件が交付されており、年々増加している。特に、住宅価格の高い都市圏で交付実績が多いのが特徴だ。
さて、空き家対策については、相続登記の申請を義務化するなど、政府は次々と手を打っている。今後も「不動産を負動産にしない」手立てが続くことだろう。実家が空き家になる可能性があるなら、早めに家族で話し合い、登記はどうなっているのか、誰がどのように実家を引き継ぐのか、売ったり貸したりできる状態かなど、具体的に検討しておきたいものだ。
●関連サイト
・国土交通省「空き家対策に取り組む市区町村の状況について」(令和4年3月31日時点調査)
・国土交通省「都道府県別等の調査結果」(令和4年3月31日時点調査)
2020年3月、JR中央線東小金井駅から武蔵小金井駅間の高架下に建設された、学生向け賃貸住宅「中央ラインハウス小金井」。JR中央線の高架下を敷地としていること、3人の有名建築家が各棟を設計、専用カフェテリアでの食事付き、などが話題となった。現在、入居開始から3年目。コロナ禍をまともに受けつつ、どのように学生たちが過ごしているのか、お話を伺った。
中央線の高架下の有効活用が「食事付き学生専用マンション」「入居開始後、最初の入居者は地方出身の1年生(当時)がほとんどでした。新築の「デザイナーズマンション」であることに加え、管理人がいて学生専用である安心感、朝夕の食事付きであることも親御さんからの支持が大きいです。いわゆる学生寮に比べればプライベートな居住空間はしっかり確保され、門限もない自由さもいいようです」と当物件の管理運営を担っている株式会社学生情報センター 広報室の寺田律子さん。
周辺には商店街も。そもそもここに学生向け賃貸住宅が計画されたのは、中央線の高架化に伴い生まれた土地の有効活用という観点から。多くの大学に通学できる利便性から、法政大学、東京農工大学、国際基督教大学はじめ約30校の学生が暮らしている(写真撮影/桑田瑞穂)
高架下かつ第一種低層住居専用地域で、「寄宿舎」カテゴリによる建築確認申請により建設をしているため、共同施設が必要になる。当物件には食堂があり、おのずと目玉は学生専用カフェテリアに。平日の朝と夕に、管理栄養士監修のボリューム感ある食事は「美味しい」と評判だ。さらに、専用カフェテリアが営業しない週末は自炊も。専用部分にキッチンがない学生は共用キッチンで調理をする。
メニューの一例(写真は夕食)。食事は朝食・夕食の提供で1万7600円/月(税込)。提供時間は月~金曜の7時~9時、18時~21時 (画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)
外から中が見える、開放的なカフェテリアは居住する学生専用。近所の住民の方から「これは何?」と聞かれることも多いとか(写真撮影/桑田瑞穂)
高架下ということで騒音や揺れが気になるのでは、とイメージする人は多そうだが、実際はほとんど気にならない。
C棟に住むAさん(大学3年・男性)は、「むしろ、昔から鉄道が好きで、高架下のマンションということでがぜん興味を覚えました。都市学にも興味があり、こんな新しい土地活用は、恰好のネタにもなると思いました。暮らすのは一番の実践です」と話す。
実際の部屋や共用スペースを案内していただいた。
各部屋専有部は10~15平米とコンパクトだが、机やベッド、収納などが備え付けられ、洗濯機や冷蔵庫など家電も付いている(棟によって内容は異なる)。必要最低限の荷物で生活が始められるとあって、地方から上京する新1年生に人気の物件だ。
共用部を通らず入室でき、2住戸ごとにオートロックがあるなど、最も独立性の高い「C棟」(写真撮影/桑田瑞穂)
C棟の部屋は13.04~15.94平米で、ロフト、キッチン、浴室付きが最も人気が高い(写真撮影/桑田瑞穂)
勉強や食事などができるコミュニティスペースを併設している「L棟」(写真撮影/桑田瑞穂)
L棟の部屋は10.75~11.36平米(写真撮影/桑田瑞穂)
L棟にある共用キッチン(写真撮影/桑田瑞穂)
コインランドリー(写真撮影/桑田瑞穂)
最も天井の高い「H棟」(10.44~11.59平米)。シャワーユニットとロフト付き。冷蔵庫付き(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)
ロフトから見たH棟の部屋(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)
コロナ禍で交流イベントが白紙に。現在は少しずつ挑戦中「共用部を充実させることで、付加価値を付けられたらと考えています。当初は、さまざまなイベントを提供することで、自然と交流を生み出す手伝いもできたらと考えていました」と寺田さん。というのも、多くの学生専用マンションを手掛けてきた同社は、これまでウェルカムパーティーやゲーム大会、ハロウィーンイベントなど、さまざまな仕掛けで、入居する学生たちの交流を促してきた実績があったからだ。
しかし、完成と同時にコロナ禍に。当然、さまざまなイベントは白紙になった。新入生も突如すべての授業がオンラインになるなか、実家にも帰れないという状況が続いた。前出のAさんも「最初の3カ月間は、初めての一人暮らしとコロナ禍のダブルで精神的につらかったです」と思い返す。
ただし、この学生向け賃貸住宅なら、会話を通しての交流は難しくても、同じ建物内に人がいる安心感や自分の部屋以外のスペースを使えるメリットがある。
「共用スペースで料理をしていれば、当然他の学生と同じ時間に料理したりすることがあるので、そこで会話をして顔見知りになっていくことができました」とH棟の住民の学生Sさん(大学2年・男性)
「感染状況をみながら、イベントも少しずつ再開しました。例えば、カフェテリアでスタッフが楽器を演奏するイベントなどを試みました」と当物件の事業開発主体であり、沿線のコミュニティを創発する株式会社JR中央線コミュニティデザインの山口剛さん。パーティーは無理だが、音楽を通して自然とそこに居る人たちの一体感が増す仕掛けだ。
6月にカフェテリアで行われた音楽イベント。スタッフがアコースティックギターとバイオリンを奏でて(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)
学生自ら企画に参加。東京五輪の観戦イベントも学生が自ら企画したイベントもある。前出のSさんは、東京五輪のサッカー戦をカフェテリアで一緒に観戦するイベントを担当した。
「せっかく、ただのアパートではなく学生マンションに住んでいるので、他の学生とも気軽に交流できる環境をつくりたいと思ったんです。一緒に企画したり、実際に来てくれた人と話している中で、他の大学の話を聞いたり、北から南まで出身地がバラバラで、故郷の話を聞いたり、すごく面白かったんです。もともとは部屋の美しさと食堂があったことで決めた物件ですが、いろんなバックグラウンドを持つ学生が集まっている良さを実感しました」(Bさん)
シェア工作室で地域にも開かれた場所にそして、住人の学生だけでなく地域にも開かれた交流の場となっているのが、ナレッジルームだ。さまざまな工具、道具が用意されているため、材料を持ち込んでDIYをしたり、不用品を分解してつくるアートを楽しむこともできる。入居している学生のなかには、壊れていたものを自分で直したり、自分の部屋用にと棚や箱などぴったりサイズのものをDIYする人も。
「何をするかは自分で決める」が基本だが、小さなワークショップを開催することもある。小学生でも、初回のみ保護者の同伴が必要だが、保護者の許可があれば小学生だけで利用することも可能だ。
「ここは高架下で多くの方が“ここは何だろう”と思う場所。その注目度を活かして、学生だけでなく、地域の皆さまにも自然に交流が生まれる場所になったら理想的だなと思っています」と山口さん。
毎週月・火曜13時~18時、日曜10時~15時(不定期)にオープン。クリエイティブ・フィールドVIVISTOPを運営するVIVITA JAPAN(株)のスタッフに相談もできる(写真撮影/桑田瑞穂)
あらゆる工具のほか、ミシンやロックミシン、カッティングマシーン、シルクスクリーンなどが準備されている(写真撮影/桑田瑞穂)
また、ナレッジルームで行われるイベントを学生が手伝うケースもある。
C棟に住むCさん(大学3年)は、「たまたま夏に募集があって、ヒマだったので参加しました。一般の来場者向けに、デイジーの種を空き缶で育てるプラントづくりを考案し、当日たくさんの方にレクチャーしました。緊張しましたがとても楽しくて、やってよかったですね。それきっかけで、スタッフの方と仲良くなり、たまに顔を出しています」と他にはない体験を楽しんだようだ。
正直、コロナ禍で、当初思うような交流の場が設けられていないのは事実だ。
「しかし、こちらの物件ではありませんが、オンラインを使ったe-スポーツ大会、有給のインターシップなど、新しい試みを実施しています。今後は学生さんたちもさまざまなイベントを企画する側から参加していただけたら面白いですね」(寺田さん)
できた当初は“高架下にできた学生寮”という珍しさで注目を集めた「中央ラインハウス小金井」。実は、中央線の高架化に伴い、学生向け賃貸住宅のほかにも、新たな商業施設、コワーキングスペース、保育園、クリニックなどが整備されている。つまり、駅の高架下という立地は、自然と地域住民が目にすることの多いロケーションなのだ。こうした特性を生かし、今後は、地域との交流も加速していくかもしれない。
現時点では、交流が入居の決め手になった学生はそれほど多くないが、今後は変わるかもしれない。就職活動において「自ら考え、自ら動いてきたか」を重視する傾向にある今、自分が暮らす場がその舞台になるのは絶好の機会だ。今後は「交流をしたいから」「イベントを自分で考えてみたいから」入居するという学生が増えるかもしれない。今後にも期待したい。
今回お話を伺った学生情報センター寺田律子さんと、JR中央線コミュニティデザインの山口剛さん(写真撮影/桑田瑞穂)
●取材協力
・中央ラインハウス小金井
・学生情報センター
国内外で3Dプリンターの家や建築物の研究・開発が進んでいる。今年から国内でも販売をスタートする予定という企業もあり、ますます現実のものとなりつつある。
そんな国内でも盛り上がりを見せる3Dプリンターの家・建築物界隈で話題になっているのが、今年2月に登場した、日本製の3Dプリンターでつくった、建築基準法に適合(10平米以上の建築物施工)させた倉庫だ。手掛けたのは、神奈川県鎌倉市に拠点を構える会社Polyuse(ポリウス)。3Dプリンターの家・建築物の最新事情とともに、どのようなものなのか取材した。
建設用3Dプリンターの開発は、2012年ごろから活発に行われるようになり、海外ではすでに住宅も施工されている。しかし、日本国内では地震、台風といった自然災害から生活を守るための建築基準法の基準を、3Dプリンターを用いた建築でクリアするのが難しく、長らく課題となっていた。
(写真提供/ポリウス)
それでも、このコロナ禍の2、3年では、建設業界でのDX化は加速していると建築ITジャーナリストの家入龍太さんは話す。パンデミックにより、人材不足の深刻化、対人作業の削減や効率化、持続可能な住宅建設への意識の高まりが相まって、3Dプリンターをはじめとした最新の施工D X機器を現場に積極的に導入する動きがあるからだ。
「今は業界全体として、新しい機器導入には積極的です。3Dプリンターも、最新機器の一つとして建築現場で導入されています」(家入さん)
日本国内でも少しずつ住宅業界や建築業界で、3Dプリンターが浸透してきているとはいえ、前述の建築基準法をクリアするのは簡単ではなく、建築確認申請が不要な10平米以下のコンテナやユニットハウス、タイニーハウスがつくられることが多かった。また、日本の建築現場で導入されている3Dプリンターは、ほとんどが海外製だ。
そんななかで、自社製(日本製)の建設用3Dプリンターを使い、かつ、国内で初めて建築基準法に適合する形で生活空間としても十分な18平米の広さを確保した倉庫をつくったベンチャー企業Polyuse(ポリウス)の試みは、日本の3Dプリンターの家・建築物の進化の大きな一歩となったと注目を集めている。
左からポリウス代表取締役・大岡航さん、材料開発責任者/博士(工学)・鎌田太陽さん(写真提供/ポリウス)
今後、ここから日本国内での3Dプリンターの家・建築物はどう進化していくのだろうか。
やってみないと進まない3Dプリンター関連の開発ポリウスは、今年4期目を迎えた平均年齢27歳の建設D Xベンチャーだ。国内唯一の建設用3Dプリンターメーカーで、建設業界が抱える人材不足やインフラの老朽化といった課題を、3Dプリンターを利用して解決しようと挑んでいる。
国土交通省が主導するプロジェクトにて排水土木構造物の印刷造形を手掛けたり、国内初の3Dプリンター適用の公共工事を高知県で国土交通省土佐国道事務所・入交建設と共に道路改良工事の現場で必要な土木構造物を造形・導入したりといった、工事現場で活躍するマシンやそのマシンがつくる建材の提供を行ってきた。
そんなポリウスが3Dプリンターの建築物に挑むことになったきっかけは、群馬県高崎市にあるMAT一級建築士事務所からの相談だった。施主やMAT一級建築士事務所に、18平米の倉庫を3Dプリンターで印刷した建材を用いるアイデアを提案し、12体の建築部材を印刷するエンジニアとして、ポリウスに白羽の矢を立てた。
建設業界のDX化を支えるポリウスの面々。自社生産する3Dプリンターと共に(写真提供/ポリウス)
10平米を超える建築確認申請が必要なプロジェクトであったため、ビジネス的側面では、法整備の課題をクリアしなくてはならなかった。そもそも3Dプリンターでつくる建物が、安全基準や建築基準法における現状の枠に含まれていないため、既存の基準と照らし合わせて何が問題なのか、実際に建物をつくり、申請し、精査しないことにはわからなかったからだ。
「3Dプリンター関連の開発は、現在の基準に当てはまらないものばかり。やってみないと、何ができて、何が今後において具体的な課題や障壁になるのかがわからない。ビジネス面においても、技術面においてもプロジェクトを行った意義はありました」とポリウスの代表取締役・大岡航さんは話す。
一方ポリウスの材料開発責任者/博士(工学)の鎌田太陽さんは「コンクリートが固まりにくい冬場の施工という点で、描き出すコンクリートを、強度を担保しながらスケジュールどおりに硬化させることに、たびたび微調整が必要でした」と話す。さらに「高さが1.5m 、長さが2m ある部材を12体印刷したが、最初のパーツと最後のパーツでは出来に若干の違いがあって成長過程がわかります」と続ける。
各構造物ごとに異なるサイズや形状を製作できる(写真提供/ポリウス)
実物に触れた人たちからは「コンクリート打ちっぱなしのよう(に頑丈そう)」「曲面がおしゃれ」といった感想が。表面の積層模様が美しい(写真提供/ポリウス)
耐震性をどう担保するか今回のプロジェクトのカギは、自社製の3Dプリンターと、建築基準法をいかにクリアしたか。まずは、3Dプリンターの家や建築物において、国内でたびたび議論される耐震性や耐火性について聞いてみた。
「木造、RC造の家、といった現在の建築基準に準ずる分類が、3Dプリンターでつくる家には該当しないんです。そのため、今回はあえて構造体を鉄骨造にしつつ、さらに鉄筋も組み込み、印刷方法自体も工夫しました。それらにより強度が高い3Dプリンター建築物としての構造体を実現し、従来の基準もクリアしました。その後も建築物としての頑丈さや安全面での検証を続けています」(大岡さん)
窓やドア、屋根など「安くて良いものは積極的に既製品も使用している」とのこと(写真提供/ポリウス)
今回の倉庫づくりは、設計から施工・仕上げまで合計1月半ほどの期間を要し、費用は600万円ほどだという。3Dプリンターの家づくりは、「安くて早い」が売りだが、プレハブなら1坪あたり50,000~200,000円でつくれる中で、この600万円を“手ごろ”と片付けるのは難しい。しかし「群馬県の倉庫の躯体施工自体は約1日前後で終了しました。弊社での3Dプリンター建築物は既存と比べても遜色なく強固で耐久性も高い建築物です。もちろん今後技術開発を進めていくうえで、価格は十分に下がる見込みもたっており、スピードも格段に速くなってきています」と大岡さんは話す。
(写真提供/ポリウス)
だがポリウスの見立てでは、3Dプリンターでつくられる住宅が、一般的に普及するにはもう少し時間がかかりそうとのこと。
今、続々とプロトタイプがリリースされ始めているが、大岡さんは慎重な見方を崩さない。「いわゆるプロトタイプと、皆様が安全にかつ満足した暮らしができる販売住宅には、天と地の差があります。耐震基準をはじめとした法的整備はもちろん、3Dプリンター建築物における基礎や仕上げの工程や3Dプリンター特有の構造に対しての基準等、まだまだいろいろな課題が残っています。そして、弊社の直近の3Dプリンター建築においては、公共施設や仮設住宅、学校、公園といった身近にあるレベルの建築物での印刷を優先的に開始させていただいております。その過程を経て、車ぐらいの価格で購入することが数年以内にできるように進めていきます」と話す。
仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)
仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)
海外プリンターとの差別化がカギ今回のプロジェクトのもうひとつのカギが、自社製の3Dプリンター。
2000年代初頭から、技術を磨いてきたオランダや米国をはじめとした欧米プリンターメーカーに対して、後発の日本製プリンターの役割は何だろうか。
「大前提は日本特有の建設課題や価値観に徹底してコミットしているという点です。中でも、建築基準法や必要強度規格のような安全基準への対策と狭小領域という2つの点では海外特有の操作性や大型の機体サイズが存在する3Dプリンターに対して、弊社は徹底して日本の建設業界の方々が簡単に運べてかつ使いやすく、そのうえで日本の国内で建築する際に必要となる機体や材料のカスタマイズや、操作オペレーション面でのサポート体制のカスタマーサービス等々では、自信を持って現場で一緒に考えています」と大岡さんは話す。
続けて、「海外の3Dプリンターを日本に輸入し導入する動きは進んでいますが、日本の基準にない外国製の材料を使うことを推奨されていることが多く、国内基準への適用の調整や運搬費用が嵩むうえ、国際情勢に影響されて貨物の遅れが納期に影響するケースも出てきています」と建設DXの陰に見え隠れする問題を指摘する。
オランダやアメリカ製の大型の3Dプリンター機器に比べ、コンパクトなポリウスのマシンは、縦3m×横3m×高さ3mほど。国内で生産しているうえ、使用するコンクリートの材料も国内で調達できるため、輸送コストとリードタイムの両面で、大きなメリットを持つ。
さらに日本の耐震面や気候といった独特な風土や、建設現場のサイズにあわせ、マシンの改良依頼に応えなければならない場合もあるが、海外製品の場合、「その対応に時間も費用もかかる」という。
コンパクトなポリウスの3Dプリンター(写真提供/ポリウス)
また、プリンターを開発する過程で、実際に運用する建設会社や施工会社の意見を取り入れた形で機器をつくり、最適化しているということも海外製との大きな違いだ。
みんなが使える公共物から今後ポリウスでは、大型の住宅建設を進めていく前に、まずは土木分野での地道な技術開発を進めていくという。「建築物という大きなものをつくる時は、鉄筋とどう組み合わせるかも大きな壁になります。いかに耐震性を担保するかを達成するには、技術開発や実証実験に時間がかかる。一方土木は鉄筋なしの『無筋構造物』も多い。耐震性を強く求められない構造物から技術を磨いていき、スムーズかつ早く技術を一般の方へお届けできると考えて着手しています」と鎌田さんは話す。
現在、彼らのところへ舞い込んでいる建築物の相談の多くは、飲食店、仮設住宅、大型サウナ施設、キャンプ場、公共トイレといったいわゆる「みんなが使える公共物、共用物」が中心だという。この秋には、高知県のキャンプ場のトイレを印刷することが決まっているという。ようやく一般ユーザーが、3Dプリンターの建物に触れる機会が登場しそうだ。
高知県のキャンプ場で印刷が決まっているトイレ棟(写真提供/ポリウス)
(写真提供/ポリウス)
「日本の建設会社に一番近い3Dプリンターメーカーとして存在していきたい」と話す鎌田さん。同時に、「私たちは技術提供しているいちエンジニアであって、脇役。プロジェクトの主人公はあくまでも業界を引っ張る建築家や建設会社や国土交通省で、業界が抱えている課題に真剣に向き合っている彼らが、より良い仕事をし、そこによりスポットライトが当たることが、この先若手人材が業界に参入するきっかけにもなると思っています」と続ける。
現在、ポリウスの3Dプリンターを導入したい、3Dプリンターでものづくりにチャレンジしたいと考えている行政や大学、建築業界関係者は多く、「勉強したい」「技術についてもっと教えてほしい」と前向きな声が集まっているという。
こうした前向きなアプローチやコンソーシアムといった緩やかな協力関係を用いて前進しようとするアプローチは、セレンディクスの飯田国大さんのインタビューでも聞かれたように、日本の3Dプリンターを利用したいと考える建設業界全体に見られる。
3Dプリンターの建物領域はまだまだ伸び代の大きな分野。ゆるやかに周辺とつながりながら、あくまでもカメのように慎重に、一歩一歩着実に進んでいく彼らの姿勢こそ、世界では後発の日本産3Dプリンターメーカーが世界を狙っていくための最速の方法なのかもしれない。
●取材協力
Polyuse(ポリウス)
京都にある「細長ぁ~い」お店が話題です。間口がおよそ18mあるのに対し、奥行きはたったの2~3m。この悪条件のなか、なんと住居兼店舗を実現。狭小な敷地の有効活用が高い評価を受け、2021年度「グッドデザイン賞」を受賞しました。
連日にぎわうこの店には、未利用地の活用に頭を痛める人々を救うヒントがあるはず。古書、雑貨、立ち呑みの三つの商いを一堂で行う「バヒュッテ」の清野郁美さんに運用の秘訣をうかがいました。
狭い? 広い? 思わず二度見してしまう不思議な建物「グッドデザイン賞」を受賞したウワサのお店は、叡山(えいざん)電鉄「修学院」駅を下車し、徒歩およそ5分のところにあります。
駅前のアーケード商店街「プラザ修学院」を抜けると、そこは白川通りという名の車道。ここに築かれた建物こそが、目指すお店「ba hütte.(バヒュッテ)」です。オープンは2019年5月30日。2022年で4年目を迎えます。
あなたは、きっと二度見するでしょう。木立のなかに現れたその建物を。あまりにも、あまりにも「細い」。いや、「細い」を通り越して、「薄い」のです。
白川通りに面して立つ、思わず二度見してしまう細長い建物。これがグッドデザイン賞を受賞した「バヒュッテ」(写真撮影/吉村智樹)
しかし、通りの反対側から眺めてみると、今度は「ひ、広い!」。間口はなんと、およそ18mにも及ぶといいます。
広いのか、はたまた狭いのか。見る角度によって印象が大きく変わる、まるでトリックアートのような建物。隣接する大学施設や神社の樹木と相まって、とてもファンタジックな印象を受けます。
白川通をはさんで反対方向から眺めると、とても大きな建物に見える(写真撮影/吉村智樹)
しかし、横から見ると窓サッシと同じサイズの奥行きしかない。神社の石碑もあり、神秘的なムードが漂う(写真撮影/吉村智樹)
間口が広く、奥行きが浅い「逆・うなぎの寝床」「うちの店はよく“逆・うなぎの寝床”と呼ばれますよ」
そう語るのは「バヒュッテ」店主、清野(せいの)郁美さん(38歳)。
古本・雑貨・立ち呑み「バヒュッテ」店主、清野郁美さん(写真撮影/吉村智樹)
「逆・うなぎの寝床」とは言い得て妙。「うなぎの寝床」といえば間口が狭く、反面、奥行きが深い建物のこと。江戸時代、京都は間口の広さに比例して税金の額が決められていました。そのため、住民はこぞって間口を狭くし、奥行きが深い家を建てたのです。京都の建築様式が「うなぎの寝床」と呼ばれているのは、そのためです。
バヒュッテは、うなぎの寝床の正反対。間口は驚くほど広く、しかしながら奥行きはたったの2.2~3.7mしかありません。間口が約18mもありながら、建坪はなんと、わずか8.7坪しかないのです。
清野「自分は見慣れているので日ごろはなんとも思わないのですが、たまに旅から帰ってきて、改めて自分の店を見てみると、『ほそっ!』と思います(笑)。江戸時代だったら、うちの店はものすごくたくさんの税金を払わなきゃいけませんね」
細長い店内には古本と雑貨がひしめく。とはいえ天井が高く、意外と閉塞感がない(写真撮影/吉村智樹)
細長いだけではありません。敷地は、実はきれいな長方形になっていない不整形地。ご近所の人が言うには、以前この場所には小屋のように簡素な造りの魚屋さんがあったのだとか。さらにそれ以前は水車小屋が立っていました。代々、“地元に根付く小屋がある場所”だったようです。
更地にした状態。細長いうえに台形の不整形地。最南端の奥行きは驚きのわずか2.2m(画像提供/バヒュッテ)
かつてはここで鮮魚店が営まれていた(画像提供/バヒュッテ)
清野「偶然なのですが、バヒュッテの『ヒュッテ』も小屋という意味なんです」
なんと、この地のさだめに引き寄せられたかのように、新たな小屋(ヒュッテ)が誕生していたのでした。ではバヒュッテの「バ」とは?
清野「世代を超えた交流の“場(バ)”になったらいいな、と思い……というのは後付けで、本当は“バ!”というパワーがある語感が好きなので名づけました」
本、雑貨、お酒。どれもはずせない要素だったパワフルな語感のバヒュッテは、建物の細長さのみならず、業態もインパクト強め。コンセプトは「古本と雑貨と立ち呑みのお店」。壁一面に本棚があり、シブめなセレクトにうならされます。
殿山泰司、田中小実昌、深沢七郎、色川武大など「風来坊」「無頼派」と呼ばれた作家や役者の本が数多く並ぶ。風変わりな店の雰囲気とよく合っている(写真撮影/吉村智樹)
2016年に結婚した清野郁美さん。パートナーの清野龍(りょう)さん(42)は20年以上にわたり大手書店にお勤めのベテラン書店員です。清野さんも同じ書店に10年以上働いていており、二人はかつての同僚でした。
夫妻ともども本が大好き。バヒュッテで販売している本はほぼすべて、ご両人の私物。センスのいい本ばかりと思ったのもどうりで。二人は二階で暮らし、夫の龍さんは、書店の勤務が休みの日はバヒュッテを手伝うのだそうです。
京都の大手書店で店長を務め、休日になるとバヒュッテを手伝う夫の龍さん。本とともに生きる日々(写真撮影/吉村智樹)
雑貨は、ポーチやペン、ノート、手ぬぐいと、バリエーション豊か。
手ぬぐい、靴下、ステーショナリーなど雑貨の品ぞろえも豊富(写真撮影/吉村智樹)
そして注目すべきは、L字になった魅惑の立ち呑みスタンド。背徳の昼呑みが楽しめます。建築物としてのユニークさにばかり目を奪われがちですが、古書店で飲酒ができる点もかなり希少でしょう。
L字の立ち呑みスタンドで午後2時からお酒が楽しめる。意外とない“チョイ呑み”スポットだ(写真撮影/吉村智樹)
清野「私自身、本が好きで雑貨が好きで、そしてお酒が大好きだったんです。だから本、雑貨、お酒、三つともそろえました。狭いスペースで欲張りすぎなんですけれど、どれ一つ、はずせなかったですね」
清野さんの朗らかなキャラクターに惹かれ、夕方から続々とお客さんが呑みにやってきます。語感で選んだという「バヒュッテ」の「バ」は、コミュニティーの「場」として根付き、成熟していったようです。
南側の出入口には「外呑み」できるスペースが設けられている(写真撮影/吉村智樹)
「理想の物件に出会えないのならば土地を買って建てよう」住居兼店舗である「バヒュッテ」は店舗としても住居としても非凡な、言わば珍建築のハイブリット。その発想は、どこから生まれたのでしょうか。
清野「結婚するタイミングで、夫と『家を借りようか。それとも買おうか』と話し合っているなかで、『お店もやれたらいいね』という気持ちが芽生えてきたんです」
本好きの二人は、「古本の販売を基本とした、自分たちらしいお店を営みたい」という夢を共有するようになりました。しかしながら、物件探しは簡単にはいきません。
清野「はじめは、『住むマンションは買って、店はテナントを借りる』という方針で動いていました。とはいえ、いいなと感じる住居、面白いと思えるテナント、二つを同時に探すのがものすごく大変で」
「自分たちらしい店がやりたいと思い、はじめは居住とテナントを別々に探していたが、なかなかいい物件に巡り合えなかった」と語る清野さん(写真撮影/吉村智樹)
なかなか理想郷にたどり着けない清野さん夫妻。そこで、大胆な発想の転換を試みたのです。
清野「だったら、『いっそ思いきって土地を購入して、拠点を新たに建てたほうが、自分たちにあったかたちにできるんじゃないか』って、考え方が変わってきたんです」
店舗兼住居を借りるのではなく、「建てる」。言わば一世一代の大勝負に出た清野さん。そうしてたどり着いた場所が、「逆・うなぎの寝床」。ユニーク極まりない、尻込みする人が多い不整形地ですが、画期的な業態の店舗を開こうとする二人の新しい門出として、むしろ適していたのです。この土地に出会うまでに、「およそ3年もの月日を要した」と言います。
清野「長かったですね。やっと出会えた、そんな気がしました。私も夫も一目惚れ。『ここ、ここ!』って即決しました。並木道なので緑が豊富。散歩コースだから人通りもそれなりにある。隣接している建物がなく、たとえ少々音をたてたとしてもご近所に迷惑が掛からない。すぐそばに商店街があり、さらにスーパーマーケットがあって、病院があって、銀行があってと、至れり尽くせり。『住む』と『商売をする』の両立を可能とする唯一の物件だったんです」
レアな土地に誕生した、レアな城。遂にバヒュッテは完成し、細長さを逆手に取った仕様がたちまち話題になりました。そうして遂に「グッドデザイン賞」の受賞に至ったのです。
木材を斜めにとりつける大胆な構造。建築のプロたちも驚いたバヒュッテがグッドデザイン賞に輝いた大きな理由の一つが「筋交い(すじかい)」。筋交いとは建物を強くするために、柱の間などに斜めに交差させてとりつけた木材のこと。とはいえ、実際に筋交いが空間を堂々と斜めに横切る店舗はそうそうありません。バヒュッテのシンボルともいえる武骨な筋交いは、何度見ても驚かされます。
バヒュッテのシンボルといえる、大胆に設えられた「筋交い」。初めて見た人はギョッとする(写真撮影/吉村智樹)
清野「筋交いをしなきゃいけない理由は、通りに面した柱を減らすためです。『間口は全面ガラス張りにする』という設計士さんのアイデアがあり、そのために壁面に大きな筋交いが必要となったんです。これだけ大きいと、隠しようがない」
集成材でできた筋交いで壁側をしっかり固め、揺るぎない構造に。これにより間口の開放感がグンと増しました。
では、そもそも間口を全面ガラス張りにした理由は、なんなのでしょう。それは、「歩道すら建築の一部だと錯覚させるため」。狭いゆえに、外の景色も店内に採り入れようという発想なのです。筋交いは功を奏し、抜群の採光と眺望を手に入れました。視覚的効果がこれほどの爽快感をもたらすとはと、感心してしまいます。
筋交いが建物をしっかり支え、間口の全面ガラス張りを可能にしている。ガラス張りによって店内にいながら屋外の街路樹など眺望を楽しめる。おかげで狭さを感じない(写真撮影/吉村智樹)
地面を掘って天井を高く見せる効果は絶大もう一つ、バヒュッテの構造には大きな特徴があります。それは古本や雑貨が並ぶ店舗部分の地面を掘り下げていること。その深さは約600mm。
清野「地面を掘ったのも設計士さんのアイデアです。掘って床を下げ、天井を高く見せ、狭さを感じなくさせているんです」
書籍や雑貨のコーナーは600mm掘り下げ、それによって天井を高く見せた(写真撮影/吉村智樹)
確かに掘られた床に立っていると、窮屈さをまるで感じません。天井が高く、ガラス戸から陽光が差し込み、まるで教会にいるような敬けんな気持ちにすらなってきます。
とはいえ、それは怪我の功名ともいえます。実はこの敷地、かたちがいびつなだけではなく、南北で高低差もある難物だったのです。地面を掘って店舗に床高の変化をつけたのは、やっかいな敷地を店舗として成立させる苦肉の策でもありました。そしてこの店内の起伏が、グッドデザイン賞を受賞したポイントとなったのです。
不整形かつ南高北低の傾斜地というなかなか難易度が高い立地。店内の床を掘り、地面をフラットにせざるをえなかった。最高で地上440mmの基礎を設け、雨の侵入を防いでいる(写真撮影/吉村智樹)
工事の様子(画像提供/バヒュッテ)
細長い店舗兼住居が「新時代の町家建築」と高評価に2021年度「グッドデザイン賞」に選ばれたこの類まれなる店舗併用住宅「バヒュッテ」を設計したのは京都市北区にある「木村松本建築設計事務所」。
公益財団法人「日本デザイン振興会」は、バヒュッテを「京都に出現した新時代の町家建築だ。働くことと暮らすことが混ざり合った都市住宅の新しい在り方を示すことに成功している。街の本屋がどんどんと閉店していく中で、古本屋がこうやって暮らしと溶け合うのは、大変に現代的な現象であるとも言える。時代の流れを生む重要なデザインである」と評価しました。それが受賞の理由。
設計者の一人である木村吉成さんはバヒュッテを、「クライアント、構造家、施工者が一丸となってつくった建物」と語りました。自分たちでも会心の作だったという熱い想いが伝わってきます。木村松本建築設計事務所はさらにバヒュッテの設計を高く評価され、日本建築家協会が主催する「JIA新人賞」も同年に受賞。いっそう箔をつけたのです。
グッドデザイン賞の受賞を機に、特殊な構造を一目見ようと、バヒュッテには設計士、建築関係者、大学教授、建築を勉強する学生たちが続々とやってくるようになりました。なかには他府県からわざわざ見学に訪れる人もいるのだとか。
世代や国籍を問わず、建築に関心がある人たちが集まり、交流が始まるという(画像提供/バヒュッテ)
清野「みんな怪訝な表情で10分ほど写真を撮っていかれます。そして居合わせた見学者さん同士でビールを飲んで盛りあがる場合もしばしばあるんです。そんなときはいつも、『こういう仲をとりもてたのが、この構造の一番の効果かな』と思うんです。ただ、ここを設計してくれた木村さんは、『ここまで立ち呑み屋として発展するとは自分でも意外だった。酒がすすむ効果までは考えていなかった』とおっしゃっていましたね」
間口をガラス張りにして閉塞感を拭い去り、筋交いを隠すことなくさらけだした構造には、設計士すらも気がつかなかった、飾らずに楽しく会話させる効能があったのかもしれません。
立ち呑みコーナーには続々と人がやってきて、会話に花が咲く。「立ち呑み屋としてここまで機能するとは」と設計士自身も驚いたという(写真撮影/吉村智樹)
珍しい日本酒やクラフトビールがそろう。BGMはアナログレコード。やさしい音色が穏やかな空間に溶け込む(写真撮影/吉村智樹)
不整形地もアイデア次第で活用できるさて、気になるのは居住部分。さまざまな仕掛けで狭さを感じさせないように設計されたバヒュッテですが、家となるとさすがに「細長すぎるのでは」と心配になります。
間取図。「店を通らずに居住スペースへ行ける」点にこだわったという(画像提供/バヒュッテ)
建築模型。周辺の木立は当初から大切な要素だった(画像提供/バヒュッテ)
清野「お客さんからよく、『本当に夫婦で二階に住んでいるの?』『人が住めるんですか?』と聞かれます。確かによその家よりも細長いので、友達を数人呼ぶと、横一列に並んで座る感じになりますね。『ちょっと、どいて』って言わないと通れませんし。でも、不便を感じるのはそれくらいかな。ロフトになっていて、狭さを感じないです。総面積だと小さめのマンション一部屋ぶんくらい十分にありますよ」
居住スペース。日当たり良好。西日が強いため厚さが異なる2枚のカーテンで光の量を調節する(写真撮影/吉村智樹)
それを聞いて安心しました。そして、いよいよ核心である「お値段」について踏み込まねばなりません。バヒュッテの建築には、いったいいくらかかったのでしょう。
清野「土地だけで2680万円。魚屋さんの建物を撤去する費用に10万円。そして店舗兼住居の建築費に3000万円。計およそ6000万円ですね。借入は35年の住宅ローンです。35年じゃないとローンが組めなかったので」
人気の京都市左京区内で、しかも駅から徒歩5分ほど場所の土地が2680万円とは安い。さらにもとあった鮮魚店店舗の撤去費用がわずか10万円とは破格にお得。不整形地でも固定観念を覆し、冴えたアイデアさえあれば存分に活かせるのだと、バヒュッテは教えてくれます。
お客さんに寄り添いながら流動してゆく店にいまや修学院駅周辺エリアのランドマークであり、大切なコミュニティーの「バ」となったバヒュッテ。今後はどんなお店にしたいと考えているのでしょう。
清野「自分たちでこうしたいというより、お客さんに寄り添いながら流動してゆく店でありたい。もともとは古本と雑貨をメインに考えていて、午前11時オープン、夜は早く閉まるお店でした。けれども立ち呑みコーナーが人気となって、現在は昼下がりの午後2時から午後8時までになったんです。お酒の品ぞろえもお客さんの好みに合わせて変わってきました。そんなふうにニーズを探りつつ、自分たちがやりたいことをすり合わせて、変化させていく。そんなお店にしたい。現状維持はつまらないですしね」
夜になるとさらに存在感が増すバヒュッテ。全面ガラス張りの間口から漏れる灯りが街の治安にも貢献している(写真撮影/吉村智樹)
開店して4年。いまや地元のコミュニティーの場として欠かせない存在となった(写真撮影/吉村智樹)
街角に現れた、見る角度によって大きさが変わる不思議な小屋。そこは、人間の多様性や多面性を受け入れるやさしさがありました。
●取材協力
ba hütte.(バヒュッテ)
住所 京都府京都市左京区山端壱町田町38番地
営業時間 14:00 ~ 20:00
定休日 火曜日 水曜日 臨時休業あり
電話 075-746-5387
地上2階 /敷地面積:52.60平米 /建築面積:29.00平米 /延床面積:53.64平米
5年前に東京から静岡県・下田に移住したカメラマンの津留崎徹花です。
私が住んでいる下田は美しい海や山、温泉にも恵まれているため観光地として人気の場所です。
もちろん旅行でもその魅力に触れていただけるのですが、住んでいるからこそ味わえることもたくさんあります。
たとえば温泉や海水浴、おいしい海の幸山の幸も特別なものではなく、ごく当たり前の日常となるのです。
なんてことない日常のなかで目にする夕暮れ時の海。
そうした自然の美しさに触れると「これが本当の贅沢なのではないか」と感じます。
今回「じゃらんニュース」と「SUUMOジャーナル」の合同で、
「じゃらんニュース」では下田観光をする場合のモデルコースを、「SUUMOジャーナル」では下田に住んだらこんな暮らし方ができるというおすすめ情報を掲載しています。
タイムスケジュールに沿ってご紹介していますので、参考にしていただけたらと思います(撮影は5月です)。
絶景スポットで、海から昇る朝日を拝む。
駐車場のすぐ横にある芝生の広場から、こんな絶景を眺めることができます(写真撮影/津留崎徹花)
下田に住んでいるとふとした時に、「あぁ、本当にきれいだ…」とため息が出るような景色に出会います。
快晴の日に車を運転していると、輝く海の美しさにハッとしたり。
買い物の帰りに、夕日を浴びて真っ赤に染まりゆく広々とした空を眺められたり。
そして、一日の始まりにちょっとだけ早起きをして、近くの海で朝日が上るのを見ることだってできるのです。
私のお気に入りの場所は、須崎半島の突端に位置する爪木崎。
水仙祭りや柱状節理で有名な景勝地なのですが、日の出もまた想像以上に素晴らしいのです。
わざわざ遠出をしなくても、日常のなかに絶景が広がっている。
これは下田で暮らしているからこその豊かさだと感じます。
爪木崎の灯台と朝日を眺める(写真撮影/津留崎徹花)
早起きは三文の徳、ぜひこの景色を堪能してください(写真撮影/津留崎徹花)
晴れた日には、ハッとするような美しいブルーが広がります(写真撮影/津留崎徹花)
AM10:00 農産物直売所・旬の里(静岡県下田市河内)朝どれのみずみずしい地場野菜が並ぶ、おすすめ直売所!
柑橘天国、伊豆下田。なかでもこの「旬の里」は、一年を通して常に柑橘を購入できるお店です(写真撮影/津留崎徹花)
下田といえばおいしい魚のイメージがあるかと思うのですが、実は海の幸だけではなく山の幸にも恵まれています。
「旬の里」はその名の通り、旬の山菜や野菜などがずらりと並ぶ人気の直売所です。
生産者さんがその日に採れたものを直接お店におろしているので、新鮮そのもの。
春になるとタケノコや山菜が並び、夏にはトマトが棚いっぱいに並びます。
秋にはツヤツヤのナスや栗、冬にはどっかりとした白菜や大根が鎮座。
朝採れたばかりの地物野菜を持ち帰り、その日のうちに味わう。
そうして「またこの季節が巡ってきたのか」と、四季の移ろいを感じるのは下田暮らしの楽しみのひとつです。
早朝、地元の生産者さんが次々と採れたばかりの野菜や果物を納品。みずみずしくおいしい地物をいただけるのは本当にありがたいです(写真撮影/津留崎徹花)
野菜だけではなく、地元の方が手作りしたパンやお惣菜、漬物なども揃っています(写真撮影/津留崎徹花)
夏にはこんな立派なスイカもずらり、お値段もとてもリーズナブルです(写真撮影/津留崎徹花)
PM12:00 FermenCo.(静岡県下田市吉佐美)注目店!海を見ながらピザを頬張る、極上のひととき。
キリッと冷えたナチュラルワインと香ばしいマルゲリータ、最高です(写真撮影/津留崎徹花)
白い砂浜と透明度抜群の美しい海が広がる入田浜は、地元でも人気のビーチ。
その入田浜の目の前に、昨年「FermenCo.」フェルメンコというピザ屋がオープンしました。
絶好のロケーションもさることながら、とにかくこちらのピザがとてもおいしいのです。
「FermenCo.」の大きな特徴でもあるのがピザの生地。
小麦粉と水だけで起こすサワードウという自家製発酵種を使い、長時間かけてじっくりと発酵させています。
さっぱりとしたなかに小麦本来の甘みが感じられるのが、サワードウならではの優しい味わい。
店内に響く心地のよい音楽、目の前には青い海、そしてナチュラルワインを傾けながらおいしいサワードウピザを楽しむ。
贅沢すぎる時間を、ぜひ。
入田浜がすぐ目の前に。シンプルで洗練された店内の雰囲気も心地よく、つい長居してしまいます(写真撮影/津留崎徹花)
イタリアから仕入れたこだわりのピザ窯。400度以上にもなる高温の窯で焼きあげたピザは、ふっくらとした食感と炭火の香ばしさが楽しめます(写真撮影/津留崎徹花)
モッツァレラチーズやマッシュルーム、卵などがトッピングされたビスマルクもおすすめです。トリュフオイルの香りが独特のアクセントに(写真撮影/津留崎徹花)
PM15:00 鈴与鮮魚店(静岡県下田市一丁目)キンメだけじゃない、下田のおいしい地魚を食べるなら迷わずこのお店へ!
夕方になると地元の常連さんがお刺身を買いにくるのをよく見かけます。わが家もお刺身を買うならここ、と決めているのです(写真撮影/津留崎徹花)
下田といえば金目鯛が有名ですが、そのほかにも四季折々のおいしい地魚がたくさんあります。
鈴与鮮魚店さんの店先に並ぶ魚は、そのほとんどが地元であがった天然ものの良質な魚。
「売ればいいってもんじゃないんだよね、いいものを仕入れないと意味がないから」と話すのは店主の鈴木さん。
そうしたこだわりは、一口味わってみれば納得がいきます。
魚の臭みなどみじんなく、うま味だけがすっと身体に染み込んでいく感覚。
こだわりがあるからこそ、時には店先の魚が乏しくなることも。
「海が荒れれば魚は上がらない、自然相手だからいい日もあれば悪い日もあるんだよ。」とご主人。
冷凍や養殖ものを扱えば、天候に左右されずに商売ができます。
けれど、地元で上がった天然の魚を一番おいしい旬の時期に提供したいというのがご主人の姿勢。
魚の種類によっては仕入れてから一晩寝かせ、翌日身が緩んだらようやく骨を抜く。さらにもう一日寝かせてから店先で販売するのだそう。そうして一番おいしいタイミングでお客さんに提供するのです。
「今日はお魚が並んでいるかな?」そんな風に魚を買いにいくのも、下田暮らしの楽しみのひとつです。
仕入れた魚を丁寧に処理するご主人(写真撮影/津留崎徹花)
店先に並んでいる魚は身が引き締まっていて、とにかく美しい。この日に並んでいたのは色鮮やかな地金目鯛や高級魚のオオモンハタ、芭蕉イカ(あおりイカ)など(写真撮影/津留崎徹花)
お刺身の盛り合わせの一例(写真撮影/津留崎徹花)
PM17:00 下田ビューホテル(静岡県下田市柿崎)外浦海岸を一望!日帰り入浴ができる絶景温泉。
ジャグジー付きの内風呂からも海が一望できます(写真撮影/津留崎徹花)
東京で暮らしていた頃は、長期休暇を利用して温泉旅行へ出かけていました。
けれど今は、温泉地としても人気のある下田に住んでいます。
つまり、「あぁ、疲れた~」というときにすぐ温泉につかることができるのです。
家族で近くの温泉宿に宿泊することもあるのですが、ひとりでふらっと日帰り入浴に行くことも多々あります。
なかでもお気に入りの日帰り入浴が下田ビューホテル。
昭和47年に開業した下田ビューホテルは、クラシカルな雰囲気がとても素敵で、お風呂は内風呂と露天風呂があり、美しい外浦海岸を一望することができる絶景温泉なのです。
青い海を眺めながらゆっくり入浴していると、一日の疲れがしだいに解けていきます。
特別な旅行ではなく、日常に温泉があるという暮らし方はとても心地のよいものです。
(新型コロナウィルス拡大防止のため、現在下田市在住の方のみ日帰り入浴が可能です。)
お風呂は男女ともに露天風呂と内風呂があります(時間帯によって入れ替え制)(写真撮影/津留崎徹花)
ラウンジでのランチを予約すると無料で温泉が利用できます。メニューは和定食や海鮮丼などで2500円(税込)(ランチは要事前予約、2名様より予約可能)(写真撮影/津留崎徹花)
こちらは客室からの眺め。日帰り入浴だけではなく、宿泊してのんびりするのもおすすめです(写真撮影/津留崎徹花)
PM18:00 外浦海水浴場(静岡県下田市外浦)仕事が終わったら、さあビール片手に海へ行こう!
ふじのくに限定「静岡麦酒」で乾杯!(写真撮影/津留崎徹花)
「今日もよく頑張った…という仕事終わり、飲みにいく?どこに?近所の海に!」
という贅沢なことができてしまうのが下田暮らしの良いところです。
私が夕暮れどきによく足を運ぶのは、外浦海水浴場。
下田には9つの海水浴場があるのですが、なかでも波が穏やかなのがこの外浦海水浴場です。
夏になると小さい子ども連れの海水浴客でひしめき合う人気のスポットなのですが、人けのなくなる夕方になると、ちょうど夕日が海の方向へ差し込みます。
波のない静かな海が真っ青に色づき、そして空はピンク色に染まっていく。
なんとも美しい色合いの景色を眺めながら、冷えた缶ビールで乾杯。
一日頑張った自分への最高のご褒美です。
こんな景色が家のすぐそばで見られるなんて、これほど贅沢なことはないです(写真撮影/津留崎徹花)
晴れた日中もまた、素晴らしい景色が広がります(写真撮影/津留崎徹花)
下田で暮らし始めてから5年が経ちます。東京に住んでいたときには渋滞に巻き込まれながら旅行に出かけていました。けれど今はちょっと休息をしたければすぐ目の前に海や温泉がある、贅沢な環境だとつくづく思います。
そして、時が経てば経つほど下田の魅力を感じています。豊かで美しい自然、そうした自然を生かしながら寄り添って暮らしてきた地元の方々の知恵には、学ぶことがとても多いと感じる日々です。
今回の記事をきっかけに下田に興味を持ってくださったらとても嬉しいです。ぜひ一度、下田に足を運んでください。
●関連記事
「じゃらんニュース」で関連記事をチェック!
静岡・下田の魅力を発見できる観光&グルメスポット。移住者が教える1日モデルコースをご案内
●紹介スポット
爪木崎自然公園
[住所]静岡県下田市須崎
[営業時間・定休日・料金]散策自由
[アクセス]伊豆急下田駅より約15分
伊豆急下田駅よりバス「爪木崎」行き 爪木崎下車
[駐車場]あり(500円)
「爪木崎自然公園」の詳細はこちら(爪木崎)
農産物直売所・旬の里
[電話] 0558-27-1488
[住所]静岡県下田市河内281-9
[営業時間]8:30~17:00
[定休日]なし/年末年始のみ休業(12/31~1/3)
[アクセス]【電車】伊豆急蓮台寺駅から徒歩5分
【車】伊豆急下田駅から国道414号松崎方面に向かい車で約5分
[駐車場]あり(無料)
「農産物直売所・旬の里」の詳細はこちら
FermenCo. フェルメンコ
[電話]0558-36-3643
[住所] 静岡県下田市吉佐美348-37
[営業時間11:00-14:30
[定休日]月・火曜日
[料金]ピザ1300円~
マルゲリータ1500円
ビスマルク1900円
ナチュラルハウスワイン グラス600円
[アクセス]【電車】伊豆急下田駅より車で10分
【車】(東京方面より)新東名長泉沼津ICより伊豆縦貫道を通り、下田方面へ約1時間半
[駐車場]入田浜海水浴場の駐車場を利用(夏季期間有料)
「FermenCo.」の詳細はこちら
鈴与鮮魚店
[TEL]0558-22-0458
[住所]静岡県下田市一丁目14−47
[営業時間]11:00~17:00
[定休日]毎週水曜日・月末だけ水・木曜日
[アクセス]伊豆急下田駅から徒歩約3分
[駐車場]なし
下田ビューホテル
[電話]0558-22-6600
[住所]静岡県下田市柿崎633
[営業時間]日帰り入浴 11:00-14:00
[定休日]繁忙期は日帰り入浴の受け入れなし
[料金]1500円(ランチ2500円)
[アクセス]
【電車】JR特急踊り子号で伊豆急行の伊豆急下田駅へ。 伊豆急下田駅より車で6分。送迎あり。
【車】
<東京方面から>
東名高速道路を名古屋方面~東名厚木IC~小田原厚木道路~石橋ICから国道135号で白浜へ
<名古屋方面から>
東名高速道路を東京方面~新東名・長泉沼津IC~〔東駿河湾環状道(有料)~伊豆中央道(有料)~修善寺道(有料)〕~国道136号、国道414号から国道135号で白浜へ
※新東名長泉沼津ICから約1時間35分
[駐車場]あり(80台無料)
「下田ビューホテル」の詳細はこちら
外浦海水浴場
[住所]下田市外浦
[営業時間・定休日・料金]散策自由
[アクセス] 伊豆急下田駅より約7分
[駐車場]あり(夏季期間有料)
「外浦海水浴場」の詳細はこちら
サウナは今、空前のブーム。なかでも全国各地の自然や水質を活かしたアウトドアサウナは、その地域にしかない唯一無二であり、サウナーたちにとって欠かせない体験のひとつとなった。そのアウトドアサウナの先駆者である『The Sauna』支配人の野田クラクションべべーさんは、東京生まれの東京育ち。だが5年前、サウナをつくるために長野県信濃町に移住した。サウナに熱狂し、サウナをきっかけに移住したその後の暮らしはどうだろうか。サウナ移住のいきさつと、移住後の暮らしについて話を伺った。
誰に言うでもなかった密かな趣味、サウナを仕事にしようと思い立った野田さんは、もともとWEBメディアの広告代理店・株式会社LIGを経営する社長のカバン持ちとしてインターンで就業(その後正社員に)。ブログコンテンツの企画のために社長の無茶ぶりに応え、タイで仕入れたTシャツを1ヶ月で200枚を売るために訪問販売したり、海外で野宿生活を送ったりなどもしていた。そんな日々のなか、1年間車中泊をしながら日本全国を回る企画で国内を放浪していた時にハマったのが、サウナ。開眼のきっかけは、高知県田野町にある入浴施設・たのたの温泉だと振り返る。
「その日は、お遍路で100km程度の道程を3日間かけて歩いてたんですよ。日差しの強い中、お風呂も入らずに歩き続けていたので、両手が日焼けでとっても痛かった。なのでまずは、と水風呂に入ったんですよね。で、体が冷たくなったから、そのままサウナへ。するとサウナ室内でのオルゴール調のBGM、夕方の外気浴、目の前で流れる小川の音と、グルービングがバチッとハマって、はー、気持ちいいなってふわっと体が軽くなった。さらに、その日はすごくよく眠れたんです。それがサウナに目覚めたきっかけですね」
それを機に、東京に戻った後もサウナに通うようになった。
お遍路巡りをする当時の野田さん。20kgの荷物を抱えて毎日30km歩いているなか、サウナのととのいに目覚めた(写真提供/野田さん)
その後、ラッパー活動(これも仕事)を通じて本気で音楽をやる人たちに出会ったことで、改めて「自分が本気になれることって何だろう」と考え始めた野田さん。誰に話すわけでもない、それでも通い続けていたサウナならやれる。サウナへの道を進む決断をした。
最初は、会社を辞めてサウナ施設へ転職するつもりだった野田さん。昔からお世話になっている編集者の先輩に相談したところ、社長の運営する長野の宿泊施設「LAMP」内でのサウナ建設をすすめられた。
「まだ湖に飛び込むようなサウナは日本にないから、やってみれば?」。その一言で、野田さんの人生は本格的にアウトドアサウナへと舵をきっていく。アウトドアサウナは、フィンランドが本場。それを知った野田さんは早速社長に旅費を借りて現地視察。自然の地形を活かしたサウナを見て、これを野尻湖でやろう!と決心し、その勢いのまま2018年11月に信濃町に移住した。
サウナ発祥の地・フィンランドでは、サウナはコミュニケーションツール。人々がサウナに入る風景があちこちで見られる(写真提供/野田さん)
サウナ後、湖や池に飛び込む現地の人々(写真提供/野田さん)
移住するやいなや、自身で損益分岐表をネットなどで調べながら作成。クラウドファンディングで約6カ月で264万円の建設費を集めることに成功した。
そして半年後、The Sauna 第1号棟の「ユクシ」が誕生する。
The Sauna全景。長野県・野尻湖のほとりにある宿泊施設LAMPの敷地内につくったThe Saunaは、全部で4棟のログハウス式サウナが並ぶ。手前が第1号棟の「ユクシ」(写真撮影/新井友樹)
薪ストーブでサ室内は高温に。フィンランド式のセルフロウリュで、スタッフが用意したアロマ水をじゅわーとアツアツのサウナストーンにかける(写真撮影/新井友樹)
サウナ中に白樺の小枝を束ねた「ヴィヒタ」で体を叩く「セルフウィスキング」をするのがフィンランド流。フィンランドには「ヴィヒタ抜きのサウナは塩抜きの料理」という格言もあるとか。葉っぱは長野県の白樺、林檎の木の葉など長野県産のものを使用。ヴィヒタはオプションで購入可能(2500円~)(写真撮影/新井友樹)
十分に体が温まったら水風呂タイム。サウナ小屋の隣の水風呂のほか、徒歩5分ほどと少し離れてはいるが、野尻湖へ“ドボン”もできる(写真撮影/新井友樹)
アウトドアサウナは体験がすべて。だから地元の誰とつくるかを大事にした“ぜんぶ、しぜん。”をコンセプトにしたThe Saunaは、地元の資材を使うことはもちろん意識しながらも、最も大事にしたところは、地元の誰とつながるか、ということだという。
「利用者にストーリーを話せるサウナにしたい」。そう考えた野田さんが声をかけたのは地元のログハウス会社。「これまでつくったことがない」と言われながらも、一緒にサウナをつくりあげた。また、ヴィヒタを長野の白樺の生産者と共同開発したり、フードメニューに信濃町に移住してきた農家さんがつくった無農薬野菜を取り入れたりもした。
サウナ上がりのご飯、“サ飯”も楽しみの一つ。写真手前は、花山椒を効かせた名物の「ラムマーボーご飯」(1200円)。写真はプラス100円で野沢菜をトッピングしている。写真右上の「リーフサラダ」(ハーフサイズ400円)は地元の有機野菜を使用。移住者でもある地元農家のスペイン人・フリアンさんがクワも使わず育てた野菜は、肉厚で味が濃い。写真奥は手づくりシロップを加えた「本気のレモンスカッシュ」(500円)※すべて税込(写真撮影/新井友樹)
さらに、と、野田さんは続ける。
「アウトドアサウナって、やはり自然だから、天候によって体験が変わるんです。虫が多くて気持ちよくサウナに入れない日が10点だとしたら、雨上がりで水温が低くてむちゃくちゃ水風呂が綺麗な100点の日もある。同じ場所でも同じ体験ができるとは限らないところも醍醐味なんです。
だからこそ、アウトドアサウナにはスタッフのサービスがとても大事。お客さまにとって心地よいサービスができれば150点になる日もある。The Saunaはそこをすごく重要視してますね。うちは、サ室の温度を保つために薪の管理などをする担当者、いわゆる“サウナ番”がいるのですが、特に設けなくてもいいポジションかもしれない。でも、最高の体験になるように演出するためには必要なんです」
サウナ前にはワイン樽を切ってつくった水風呂が。黒姫山の伏流を引き込んだ、冷たい天然水がサウナでほてった体を急速に冷やす(写真撮影/新井友樹)
外気浴スペースは樹に囲まれたスペースなどいろんな場所にある。水風呂で体を冷やした後、ととのいイスに座れば訪れる、開放感。鳥のさえずりに木枝の木々の枝葉の揺れ、小川の音。すっかり五感が解き放たれ、まるで森と一体化したような感覚を味わえる(写真撮影/新井友樹)
サウナから出ると、サウナ番のスタッフが準備してくれたお茶と塩飴が並べてある(写真撮影/新井友樹)
“やんわり、すっと”を心がけてほどよい距離感でのサービスを常に考えている。その後、ドラマの『サ道』(テレビ東京系)やととのえ親方の情報発信などのおかげでサウナへの認知度が上がり、The Saunaは今では人気のサウナスポットになった(写真撮影/新井友樹)
勢いで移住したが、コロナ禍で信濃町の魅力をかみしめたとにかくサウナをつくりたい。その一心で長野県信濃町に移住し、最初の1年はただがむしゃらで、当初は楽しむ余裕もなかった。一人でも多くのお客さんを呼ぶことに夢中で、まちを楽しむどころではなかった。
ところが国内で新型コロナが蔓延し、約2カ月の休業を余儀なくされたとき、LAMPの宿で自身が提供していたサービスを経験してみた。その時に初めて信濃町の魅力に気がついたという。
「野尻湖のおかげで釣りが趣味になりました。起きて5分後には釣りができるんですよ。また春と秋には山菜狩りやきのこ狩りが、夏にはカヤックやSUP、冬にはクロスカントリーやスノーシューが楽しめます。新潟県の上越にもアクセスが良くて山へお出掛けもできる。信濃町は長野駅から車で30~40分程度なので、移動もそこまで苦じゃない――その環境の豊かさを初めて知った時に、『なんていい場所だろう』と改めてこの場所が好きになりました」
釣りを楽しむ野田さん(写真提供/野田さん)
生活も早寝早起きにシフトチェンジし、東京では難しかった健康的な生活を送っているそうだ。
「何より、自然のことを考える機会が多くなりましたね。嫌でもアウトドアで自然に触れるので、SDGsは意識するようになった。以前はそこまで深く考えることはなかったんですけれどね。例えば、木を永続的に残していくためにはどうしたらいいかとか、自分がおじいちゃんになった後もこの環境をどう維持していくかといったことを考えるようになって、先進的なフィンランドの取り組みを積極的に学んだりするようになりました。今はフィンランドや他の国の人と直接対話がしたくて、人生で初めて英語を学びたいなと思うようになりました」
野尻湖では、カヤックボードの上に寝そべって日光浴を楽しむこともできる(写真撮影/新井友樹)
湖のほとりで森林浴とヨガを楽しむ人がいるのも日常的な光景(写真撮影/新井友樹)
The Saunaは、アウトドアサウナ初心者の利用が多い。つまり、信濃町に初めて触れる機会にもなるというパブリックな一面もあることをとても意識しているという。だからこそ、信濃町の暮らしや観光などについての情報もシェアしているとのこと。
「そのためにも、信濃町の良さをどう多くの人たちと共有できるかを考えるようになりました。信濃町の魅力を知ってもらえれば、ゆくゆくは移住者も増えて、地域の活性化につながるかもしれない。そのためには地域の経済成長が大事です。なので、自分たちのサウナやサービスのクオリティを高めることで、もっと地域に人が来てくれるきっかけになればいいなと思いますね」と話す野田さん。
こうして、個人の“好き”からはじまった勢いまかせのサウナ移住は、徐々に地域をどう盛り上げていけるかという視点へと広がっていったのだ。
最近ではサウナビルダーとして全国のサウナの立ち上げにも関わる野田さんだが、野尻湖の風景が一番好きだと話す(写真撮影/新井友樹)
移住はデメリットもメリットもある。どこで判断するかがポイント野田さんが移住して今年で5年。アウトドアサウナは、野田さんの活動をきっかけに今や他の地域でも増え、その地域でしか体験できないサウナに魅せられて移住する人が少しずつ出てくるまでになった。野田さんのたった一人の決断もまた、多くのサウナ移住検討者たちへ背中を見せる形となった。
「正直、勢いで移住を決めた僕のパターンはあまり参考にならないかもしれないですが、決めるってことが大事な気がします。信濃町でいえば冬は積雪量が多いので雪かきが必要です。田舎だと虫も多かったりするし、それ以外でも嫌なことだってある。でも都会だって嫌なことはある。その嫌な部分も含めて決断するってことが大事だと思うんですよね。
第三者から見た、住みやすさを条件にするのも、良いは良い。けれどどこの部分で移住を決めるかを自分で実際に通ってみて考えることが割と重要かなと思います」と真っ直ぐ前を見て野田さんは語る。
(写真撮影/新井友樹)
The Saunaには、全国から「サウナやアウトドアを楽しみたい、学びたい」という人が移住してきて、スタッフとして働いている。移住希望者には、まずはヘルパー制度という期間を設け、まちや季節感などを実際に体験してから判断してもらうそうだ。
「移住は合う人合わない人がいます。まずは自分にとってどうなのか、できれば、地域の春夏秋冬を見てもらった上で判断してもらえたらいいなと思いますね。住んだ後の人との関係も出てくるので、ローカルルールやまちの集会など理解しておくとスムーズかなと思います。役所などのオンライン移住相談で話を聞くなど、まずは自分の条件やイメージに合うかを一次情報で判断していけたらいいですね」
自分の生活の条件だけでなく、何が好きか、何が許容できて、何ができないのかといった、自分の価値観をどこに置くか。その点が決断するポイントの一つかもしれない。
勢いでしたサウナ移住だったが、価値観や人生観、ライフスタイルもガラッと変わったという野田さん。野田さんは今日もまたサウナを通じて、新たな地域の価値を探っていく。
(写真撮影/新井友樹)
●取材協力
LAMP野尻湖
The Sauna
野田クラクションべべ―さん
東京カンテイが、『シニア向け分譲マンション』の供給動向について分析した結果を公表した。ところで、シニア向け分譲マンションとはどういったものか、ご存じだろうか? 分析結果を参考にして、その実態を見ていこう。
【今週の住活トピック】
「『シニア向け分譲マンション』の供給動向分析」を公表/東京カンテイ
東京カンテイが分析したのは、これまで供給された(2023年までに竣工予定のものを含む)全国の98物件、1万4947戸(2022年6月末時点)のシニア向け分譲マンションについてだ。
『シニア向け分譲マンション』について、東京カンテイでは、区分所有建物(いわゆるマンション)であること、などの同社のデータベース登録基準に合致するという前提の下で、次のように定義している。
・敷地内にケア施設がある、または一棟全体が高齢者に配慮した設計である
・管理費とは別にケア関連サービスを受けるための費用条項がある
分譲マンションなので、購入して所有権を持ち、売却したり相続させたりすることができる。一般的な分譲マンションと違うのは、ハードとなる建物はバリアフリーなど高齢者が安全に住むことへの配慮がなされ、ソフト面では高齢者が望むさまざまなサービスの提供が求められるという点だ。
シニア向け分譲マンションは、一般的に、おおむね自立して生活できる高齢者を対象にしている。そのため、提供するサービスも健康維持が目的であったり、生活満足向上が目的であったりするものも多い。分析結果から具体的に見ていこう。
平均価格は4386万円、徒歩15分圏内の供給も多いまず、どのエリアに供給されているかと言うと、以前は「東海地方」(特に静岡県)など、気候が温暖で過ごしやすい、あるいは自然豊かで温泉があるといった地域での供給が多かった。近年になると、東京・神奈川・千葉や大阪・兵庫などの都市圏での供給が多くなっている。
出典/東京カンテイ プレスリリース「シニア向け分譲マンション供給動向」より転載
次に「最寄駅からの所要時間」を見ると、最多は「バス便」(30.6%)になる。これは、自然が豊かな地域に立地している影響が大きいが、バス停まで3分以内などの物件も多いという。一方、2番目に多いのが「徒歩5分以内」(24.5%)で、徒歩15分圏内の物件が全体の6割を占める。このように、自立した高齢者が対象なので、徒歩で移動できる場所の物件が多いのが特徴だ。
出典/東京カンテイ プレスリリース「シニア向け分譲マンション供給分布」より抜粋し、筆者が作成
気になる価格はどうだろう?
2020年以降の供給物件で見ると、平均専有面積は60.08平米、平均価格は4386万円となっている。関東地方に限定して見ると、平均専有面積は59.15平米、平均価格は4245万円なので、全国平均とさほど変わらない。
また過去の推移を見ると、バブル期に面積は広く(66.14平米)、価格は高く(5879万円)なったが、2000年以降は、平均専有面積はおおよそ60平米、平均価格は3000万円台で落ち着いている。ただし、平均坪単価は2000年代199.9万円、2010年代200.5万円、2020年以降240.4万円と、近年は上昇傾向にある。
シニア向け分譲マンションではどんなサービスを提供している?さて、シニア向け分譲マンションには、どんな施設が設けられているのだろう?
同社では、2000年以降に竣工した73物件を対象に、「食事サービス」「娯楽サービス」「医療サービス」「介護サービス」の4つに区分して、それぞれの設備の付帯状況を調べている。それぞれの区分で多いものを見ていこう。
■シニア向け分譲マンションにおける付帯施設の導入状況(対象:2000年以降竣工の73物件)
「食事サービス」
・レストラン・食堂94.5%
「娯楽サービス」
・ホビールーム60.3%
・娯楽室57.5%
・AVルーム46.6%
・カラオケルーム45.2%
・温泉28.8%
・体操室19.2%
「医療サービス」
・医療提携87.7%
・クリニック・診療所24.7%
「介護サービス」
・訪問介護事業所21.9%
・居宅介護支援事業所19.2%
※出典/東京カンテイ プレスリリース「シニア向け分譲マンションの付帯施設&ランニングコスト」より抜粋
食事サービスを提供する「レストラン・食堂」の導入率は94.5%と極めて高い。分譲マンションなのでキッチンが部屋にもあるはずだが、ここで提供される食事は栄養士などが考えた食事になっているので、家事負担の軽減だけでなく健康面でもメリットがあるだろう。
娯楽サービスでは、「ホビールーム」や「娯楽室」「AVルーム」「カラオケルーム」の導入率が特に高い。以前は、趣味ごとに部屋が設置される事例が多かったが、広い部屋を多目的に使えるように変わってきているという。AVルームやカラオケルームは、一般の大規模マンションでも多く設置される共用施設なので、利用者が多いということだろう。
また、医療サービスでは、「医療提携」の導入率が極めて高い。自立した生活を送れると言っても、病気やけがの心配もあって、医療サービスは頻繁に受けたいということだろう。半面、介護サービスは医療サービスに比べると導入率は高くはない。
こうしてマンション内に施設が多く設けられたり、いろいろなサービスを提供したりするので、管理費や修繕積立金は、一般の分譲マンションより高額になる。各種サービスによる便利さが高まれば、それに伴ってランニングコストも増えるということだ。こうした施設を活用して住人同士の交流を深めたいという、アクティブなシニアに向いていると言えるだろう。
高齢期に住む拠点はさまざまにある高齢者の住まいとしては、ほかにも「有料老人ホーム」や「サービス付き高齢者向け住宅」などがある。
まず、有料老人ホームは、食事提供や家事支援、健康管理、介護サービスなどのいずれかが提供される介護施設で、利用料を支払う形になる。「介護付」「住宅型」などのタイプがあり、介護付きではホームが介護サービスを提供するが、住宅型では外部の介護サービスを利用する形になる。
次に、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)は、高齢者が安心して住めるような建物で、安否確認や生活相談といったサービスが受けられるが、毎月賃料を支払う(長期間の賃料を前払いする場合もある)賃貸住宅である。「一般型」と「介護型」があり、一般型は主に介護度が軽い人が対象だが、介護度が重い人にも対応できるようにしたのが「介護型」だ。国の支援もあって、サ高住の供給数が増えているのも特徴のひとつだ。
住宅型の老人ホームや一般型のサ高住の中には、シニア向け分譲マンションに近いものもあるが、契約形態や費用面などに違いがあるので、違いをきちんと理解しておきたい。
さて、自宅を高齢期に向けてリフォームして住み続けることも含めて、高齢期を過ごす拠点にはさまざまある。立地、居室の状況、提供されるサービスの有無、介護サービスの受け方などがそれぞれ異なるので、どのように暮らしたいか、どういったマネープランを立てるかなどをよく考えて選んでほしい。
●関連サイト
東京カンテイ「『シニア向け分譲マンション』の供給動向分析」
内閣府が実施した南海トラフ巨大地震の被害想定によると、全国のなかで甚大な被害が予測される都市の1つである静岡県浜松市。2012年、地元を創業の地とするハウスメーカーが、地震による津波対策のために300億円を寄付したことが話題に。2020年に全長17.5kmに及ぶ防潮堤が竣工しました。民間の寄付金をきっかけにはじまった全国初のプロジェクトが地域にもたらしたものとは。地震による津波対策の先進事例を、プロジェクトに携わった静岡県浜松土木事務所に取材しました。
南海トラフ巨大地震により、浜松市だけで約1万6千人の死者が予想されていた浜松市中心部にあるアクトシタワーと馬込川(画像/PIXTA)
2011年に起きた東日本大震災は、東北地方を中心に、太平洋沿岸の広範な地域に甚大な被害を与え、約1万5900人の死者(2022年3月警察庁発表)を出しました。特に、大きな被害をもたらしたのは、それまでの想定を大幅に上まわる巨大な津波でした。これを受けて、大震災による津波対策の見直しやいっそうの強化が急務になったのです。
津波対策について、東日本大震災以前と大きく変わったポイントは、津波の想定レベルの設定です。
中央防災会議では、今後の津波対策を構築するにあたり、基本的に2つのレベルの津波を想定しています。レベル1は、発生頻度は高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波、レベル2は、発生頻度は極めて低いものの、発生すれば甚大な被害をもたらす津波 (東日本大震災クラス相当)です。
レベル1については、津波を防ぐ施設高の確保など海岸保全施設整備等のハード対策によって津波による被害をできるだけ軽減。それを超えるレベル2の津波に対しては、ハザードマップの整備など、避難することを中心とするソフト対策を重視する方針です。
静岡県では、東日本大震災の直後から津波対策の総点検を行い、2011年9月、新たな行動計画として「ふじのくに津波対策アクションプログラム(短期対策編)」を取りまとめていました。同年12月、津波防災地域づくり法が成立。2012年に、内閣府から南海トラフの巨大地震モデルが提示されました。
南海トラフ巨大地震では、関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波が発生すると想定されています。静岡県では、『第4次地震被害想定策定会議』を設置し、新たな地震被害想定を実施。2013年6月と11月に報告を公表。その結果、静岡県特有の課題が明らかになったのです。
シミュレーションでは、防潮堤と水門により宅地浸水深2m以上の範囲を98%低減することが期待できる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
静岡県浜松土木事務所 沿岸整備課長 石田安秀さんはこう話します。
「浜松市は津波の到達時間が短く、多くの人口・資産が集中する低平地において広範囲に大きな被害が想定されました。静岡県の南海トラフ巨大地震の津波による想定死者数は、全国で最も多い9万6000人(2013年時点予測)でした。特に低平地が広がる浜松市は、沿岸部に人口が集中し、工場など働く場所もあります。津波による浸水面積は約4200ha、最大津波高さは14.9m、家屋の流失は約2600棟。地震発生から津波が海岸に到達する時間は、わずか約15分です。東日本大震災の東北エリアの場合で40~60分ありましたから、十数分では、避難時間が確保できません。浜松市だけで約1万6000人もの命が失われると想定されたのです」
浜松市沿岸部。海岸近くに人・家・工場が集中。国道1号線が海沿いを走っている(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
天竜川河口から浜名湖今切口までの17.5kmが整備区域に指定された(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
一条工務店グループの寄付により全国にない防潮堤整備が始動。「何としても命を守る」国の指針では、レベル1の津波をしっかり防ぐことを目標に補助金を使った防潮堤の整備や、避難施設の整備が全国で進められています。浜松市では、レベル1を防ぐための防潮堤はすでに整備されており、地域の課題となるのは、レベル2の津波対策です。国は、ハザードマップなどを整備して避難するソフト面での対策を重視していました。
「地域特性から、ソフト面の対策のみでは、沿岸域の住民の命を守ることは多くの困難が伴うと考えていましたが、レベル1を超える津波を防ぐための防潮堤工事には、前例のない規模の整備費用を地元だけで捻出する必要があり、整備ができない状況でした」
ターニングポイントは、一条工務店グループからの300億円の寄付でした。「創業の地である浜松市の多くの命、財産を津波から守ってほしい」と多額な寄付を県に申し出たのです。
2012年6月に、一条工務店グループ、静岡県、浜松市で「三者基本合意」を締結。一条工務店グループは300億円の寄付、県は浜松市沿岸域の防潮堤整備、浜松市は必要な土砂の確保と市民への理解促進を行うことが合意されました。2012年9月に浜松市沿岸域防潮堤整備事業に着手。レベル1を超える大津波に備える、全国初のプロジェクトがはじまりました。
一条工務店グループは、静岡県に防潮堤整備に用いる費用として300億円を寄付。静岡県、浜松市と「三者基本合意」を結んだ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
目標としたのは、「想定最大津波に対しても命を守る減災効果を得る」こと。
「どんなに備えても想定以上の震災が生じる可能性は残り、レベル2以上の津波が来た場合、防ぎきることはできないだろうと言われています。レベル1を超える津波への対策の基本方針は、『減災』です。減災とは、人命を守りつつ、被害をできる限り軽減すること。最優先は、避難するまでの時間を稼ぐこと。次に、家屋の流失を防ぐのが防潮堤の役割です」
レベル2の津波が発生すると想定される南海トラフ巨大地震に対して、防潮堤と馬込川河口の水門で、既存防潮堤で防ぎきれないレベル1以上の津波から街を守る計画です。浸水深2m以上が、木造家屋が倒壊する目安とされています。減災効果をシミュレーションして整備規模を決定し、限られた事業費の中で最大限の減災効果が得られるように設計されました。
宅地の浸水シミュレーションでは、整備前の浸水深2m未満と以上をあわせた1464haが、整備をすることで、280haまで減災できると見込まれた(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
静岡県・浜松市・市民が一体となった「オール浜松」で整備が進むこれほど大規模な防潮堤を短期間でつくりあげる事業は、全国的に前例がありません。県・市・一条工務店グループは、検討会議を重ねるとともに、地元自治会の要望や意見を反映するため推進協議会を立ち上げ、浜松商工会議所と連携し、横断幕やロゴマーク等を作成。地域と連携しながら一般市民に理解を求めていきます。工事には地元の建設会社が広く参画できるようにすることも決まりました。
民間企業の寄付ではじまった大津波から街を守るプロジェクト。その後、「自分の街を守りたい」という思いが市民に広がり、大きなうねりとなって、「オール浜松」運動へつながっていきました。静岡県・浜松市・市民が一体となり、プロジェクトを推進する運動です。この運動により、市民や民間企業の寄付を募ったところ、浜松商工会議所、自治会連合会、市民団体から、約13億円もの寄付が集まったのです。
「2014年から本格的にはじまった工事で、最も気を使ったのは、土砂の運搬です。工事には防潮堤に使う大量の土砂が必要です。運搬した土砂は、山一つ分に相当する200万平米に及びました。それをダンプトラックが工事現場へ運びます。騒音や交通規制などで日常生活に影響が生じるため、周辺住民には丁寧に説明をして理解していただきながら慎重に進めました。問題があっても『どうしたら実現できるか』を考えながら、市民が苦労を分かち合ってくれました」
浜松市内の阿蘇山からダンプトラックに土砂を載せ、市街地を通って工事現場へ運搬した(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
土砂とセメントと水を混ぜて製造したCSGを、ブルドーザで均一にならしているところ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
宅地の浸水面積8割減、浸水深2m以上の範囲は98%少なくなった2020年3月、8年に及ぶ工事を終えて、浜松市沿岸域防潮堤がついに竣工しました。防潮堤の中心には、ダム技術により開発された土砂よりも強度があるCSGを使用。区間により異なりますが、その両側を土砂やコンクリートで覆い、強化した構造です。高さは標高13~15m、CSGを覆う両側の盛土等を含んだ堤防の幅は約30~60mで、17.5kmに及びます。
既存堤防とさざんか通りの間に新設された防潮堤(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
防潮堤により市街地を津波から守ることができる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
CSGの両側を土砂で覆ってから海岸防災林を再生(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
防潮堤に、今後整備される馬込川河口津波対策の水門を加えた効果として、宅地の浸水面積は約8割少なく、宅地の浸水深さ2m以上の範囲は98%低減することが期待できます。
「防潮堤は津波をすべて防げるものではなく、避難することが前提ですが、津波の到達時間が長くなることで、安全な場所に避難するための時間をかせぐことができます」
「オール浜松」による事業の推進や減災効果に重点を置いた防潮堤の整備など今回の防潮堤事業に関する一連の手法は「浜松モデル」と言われ、「静岡モデル」として地域の特性に合った津波対策を提唱するきっかけになりました。現在は、県内の沿岸21市町のうち8市町で実施されています。防潮堤の建設期間中、3万人を超える人が、日本全国や海外から視察に訪れました。
浜松まつりでは、防潮堤の上から凧揚げを観覧している(画像提供/静岡県浜松土木事務所)
「今回の事例は、公共事業のクラウドファンディングとも言えますね。私財を投じた津波対策の昔の事例に、和歌山県広川町の『稲村の火』や広村堤防などがあります。今回の事例が、事業や制度に限界があるときに、企業や市民の参加や寄付によって街の防災が進展するきっかけになればと思っています」
浜松市沿岸域防潮堤は、市民から親しみを込めて「一条堤」と呼ばれているそうです。堤防の上部は道路になっていて、犬の散歩や浜松まつりの凧上げを見に訪れる人も。今も、水門工事が着々と進められています。国による公助、自治体による共助に加えて、自らが考えて行動する自助がさらに安心なまちづくりにつながると感じました。
●取材協力
・静岡県浜松土木事務所
東京都品川区中延にある「インストールの途中だビル」は、2012年にスタートした6階建てのビル型シェアアトリエ。現代美術家、ファッションデザイナー、演劇団体、キャンドル作家、靴職人など多業種のクリエイター20組以上が共同利用している。今年10周年を迎えたこの異色の物件には、どのような歴史やライフスタイルがあるのか。訪れて話を聞いてみた。
駅から徒歩1分、騒がしい立地が好条件に「インストールの途中だビル」が入る光洋ビルは築49年(写真撮影/小林景太)
「インストールの途中だビル」は、東急大井町線・都営浅草線の中延駅から徒歩1分とアクセス良好な場所にあり、6階建てビルの2階から5階を使って運営される。国道1号沿いで、向かいと左右をパチンコ店に囲まれる騒がしい立地だが、音を伴う「ものづくり」の環境としては周りに気を使う必要がないため、むしろ好条件と支持されている。
運営するのは、自らを「まちづくり会社」と称する合同会社ドラマチック。建物の再生事業や全国の公共施設の運営、地域で活動したい人に向けての拠点づくり・イベント運営などを行っている。
「インストールの途中だビル」を立ち上げたドラマチック代表社員の今村ひろゆきさんにお話を伺った。
「インストールの途中だビル」責任者の今村ひろゆきさん(画像提供/ドラマチック)
時間の経過とともにきれいになる。アップデートを前提としたスタート今村さんがこのビルを知ったのは、2011年4月ごろ。ドラマチックの活動が新聞に掲載された日に、一通のメールが届いた。内容は「中延駅のすぐそばにビルを持っているが、どうにかしてくれないか」というもの。
「ビルを見に来たらびっくりしました。会社の事務所として使われていたようですが、壁もカーペットも汚れていてヤニ臭く……(笑)。しかし、駅チカでほぼ一棟まるまる空いている物件なんてそう無いですし、すごいポテンシャルを感じました」
しかし、普通のシェアオフィスやコワーキングスペースとして利用できる状態に改装するには、初期費用がかなりかかってしまう。
「活動場所を探しているアーティストの知り合いが複数いたので、アトリエとして使うのはアリだなと。ものづくりをしているとどうしても周りが汚れてしまうので、それなら最初からきれいである必要がないですしね」
オープン準備の様子(画像提供/ドラマチック)
シェアアトリエとして運営する方針を定めてから、どのような準備をしたのか。
「掃除と、窓を拭くこと。基本はそれだけです(笑)。あとは入居ブースごとに仕切りで区画を分けて、そのほかは入居者の自由ということにしました。壁を塗ってもいいし、照明を変えてもいい。正直まだ会社としてもお金が無かったころなので、アイデアで工夫していくしかありませんでした」
廊下の照明は、入居者の提案で蛍光灯から電球に変更。階段のウォールアートは入居者がテープで制作した(写真撮影/小林景太)
合同会社ドラマチックを立ち上げる前は、商業施設の開発をしていたという今村さん。
「新しくつくった商業施設は、時間が経てば建物が古くなって集客も減り、廃れていきます。でもこの『インストールの途中だビル』は未完成な状態から始まり、徐々に人が集まって場がアップデートされていく。いわゆる商業的な開発の流れとは逆の場をつくっていければと思いました」
コミュニケーションの中で生まれるアイデアをインストールし、よりよい環境をつくるという方針が、施設名の由来ともなるコンセプトだ。こういった事業は一般的にリノベーションを済ませてから開始するものと思い込んでいたが、入居者に使ってもらいながら整えていくという手法は、空き物件を活用するうえでの可能性を広げるアイデアだと感じた。
24時間制作可能。展示会やパフォーマンスができるスペースも「入居している方は『ものづくりをする』という点では共通していますが、活動のジャンルは本当にばらばらですね。ビルが揺れるほどの大きな音を出して金属の彫刻物をつくる方もいます。ここでの活動を本業としている方は3割ぐらいでしょうか」
各アトリエに住宅の機能はないが、24時間出入り可能。賃料はブースの広さによって変わり、月額2万1800円から。入居金5万円と水道光熱費が別途かかる。利用を続ける中で「もう少し広いスペースを使いたい」といった要望があれば、今村さんらが大工仕事ができる入居者に依頼して仕切りを動かし、ブースを拡張することも。
過去に入居していた版画作家のアトリエの様子(画像提供/ドラマチック)
このブースも上の写真と同じ間取りだが、利用者によって部屋の印象は大きく異なる(写真撮影/小林景太)
ビル内には約50平米のレンタルスペースもあり、入居者は1時間200円で借りられる。演劇の稽古など広い場所が必要な活動や、作品展・イベント会場、打ち合わせ・撮影の場として使われるという。
レンタルブース「インストジオ」(写真撮影/小林景太)
屋上は無料で開放され、植物を育てるなど息抜きの場所となっている。気候のいい時期はここで飲食をしながら入居者同士の近況報告会が行われることも。
イベント開催時の様子(画像提供/ドラマチック)
入居するクリエイターたちにとって、このビルは制作の場だけでなく、発表や交流の場ともなっているようだ。では、実際の入居者の方々にお話を聞いてみよう。
アトリエが稽古場にも舞台にもなるまずは「インストールの途中だビル」が始まった当初から入居している演劇団体「Prayers Studio」さん。稽古場として常時利用するほか、アトリエ内に舞台と客席をつくって公演も行う。
代表の渡部朋彦さん、設立メンバーの妻鹿有利花さんが、入居当時のことからお話ししてくれた。
「Prayers Studio」代表・渡部朋彦さん(左)、妻鹿有利花さん(写真撮影/小林景太)
「ここに来るまでは区民施設などを都度借りて稽古しながら活動していました。小道具なども徐々に増えていき、どこかに拠点を構えたいと感じていたところ、劇団員がこのビルのことをTwitterで偶然見つけたんです。すぐに連絡して、4月1日のオープンぴったりのタイミングで入居しました。月末には公演を控えていたので、さっそく本番前は徹夜で稽古しましたね」(渡部さん)
50平米の部屋は、仕切りで楽屋などを設ける(写真撮影/小林景太)
声を出すことが不可欠な演劇の活動にとって、入居者全員がものづくりに理解のある環境は理想的だという。現在、Prayers Studioは11人のメンバーで4チームに分かれて活動しており、ブースには常に誰かがいるような状況。ここを拠点として活動を続けてきた結果、ビル周辺の中延エリアに引越してきた劇団員も多い。
「天井はあえて梁を見せて高さを出し、蛍光灯やカーペットは外して、客席やカーテンの仕切りを設置しました。また、24時間活動できるといっても音に関しては多少気を使います。遅い時間に大道具を組み立てたり大声を出したりするのは控えるなど。逆に私たちの公演期間はほかの入居者が音を出す作業を控えてくれて、積極的に協力してくださりありがたいです」(渡部さん)
もともと天井にあった板を転用したドア(写真撮影/小林景太)
入居者同士で生まれる活動のつながり10年間入居していることもあり、入居者とのコミュニケーションが創作活動やプライベートにつながることもあったという。
「キャンドル作家の方に制作を依頼して、アトリエで香りを焚かせてもらったり……」(妻鹿さん)
「結婚を考えている劇団員が、アクセサリー作家さんのワークショップで婚約指輪をつくったことも。その後も結婚式の引き出物としてキャンドルをつくってもらったり、式の撮影も入居者のフォトグラファーさんにお願いしたり(笑)。逆に入居者の方の個展で僕がナレーションをやったり、劇団員がファッションブランドのモデルを務めたりしたこともありますね」(渡部さん)
想像以上に濃いつながりだった。このほかにも、中延商店街のお祭りでの公演や、子ども向けのワークショップ、観客参加型の舞台上演など、地域と関わる活動も多く行ってきたPrayers Studio。現在も「拠点を持つ劇団」という強みをきっかけに、外部のクリエイターと共同で舞台演出上の新企画に取り組んでいる。
「夜、活動を終えて帰宅するときに、ほかの部屋に明かりがついていると『自分も負けていられないな』と思います。モチベーションが刺激される環境ですね」(妻鹿さん)
舞台と客席の配置は、公演内容によって変える(写真撮影/小林景太)
イベントでたまたま訪れたビルに入居して9年目続いては、ファッションブランド「NeLL」のデザイナー・hee(ヒー)さん。「誰でも着られる服」というコンセプトに基づき、1つの素材で1サイズのみの服をつくる『One=Everyone』というシリーズが好評だ。
「NeLL」デザイナーのheeさん(写真撮影/小林景太)
NeLLのアトリエ(写真撮影/小林景太)
このアトリエには、本職の仕事場として週5日ほど通うheeさん。入居のきっかけは、ビルの屋上で行われた2周年イベントだという。
「最初は、ただ好きなミュージシャンの方がライブをすると聞いて来たんです。でも中に入ってみたら結構良さそうな場所だったのと、ちょうど当時使っていたアトリエを出なくてはいけないタイミングだったので、後日改めて内見をしました」
求めていた条件は「ある程度の広さ」「汚しても大丈夫なこと」など。いずれも問題なさそうで、「夜でもミシンの音など気にせず作業できるのは気楽でいいな」と感じ、入居を決めたそう。
NeLLの展示会で渡したノベルティ。制作は同ビルに入居するキャンドル作家さん(写真撮影/小林景太)
「入居して9年目になりますが、実は今のブースを使い始めるまでにビル内で3回引越しました。一緒に借りていたメンバーが離れるタイミングなどで、その都度ちょうどいい広さのブースに移っています。このビルは『駆け出しの人を応援する場』だという感覚もあるので、本当は早くここを出られるように頑張らなきゃいけないと思うんですけど、なかなか居心地が良くて今に至ります(笑)」
ジャンルを問わない出会いが活動の幅を広げるheeさんに「入居してから感じた良い点」を聞いてみた。
「やっぱり入居者の知り合いができることですね。創作活動の話や展示など自分の作品を知ってもらう方法について情報交換できますし、そこから依頼が発生することもありました。インストールの途中だビルでは、月一回の定例会があって、コロナ禍で頻度は落ちてしまいましたが、ビルのメンバーとコミュニケーションをとれます。年末の忘年会など交流機会は割とあって楽しいです」
2014年には、インストールの途中だビルが主催となり近隣の商店街で「中延EXPO」を開催。ダンサーやミュージシャンが即興で演奏しながら街を練り歩くイベントで、heeさんはパフォーマーの衣装を提供したという。
「中延EXPO」の様子(画像提供/LAND FES)
「今後もさまざまなジャンルの人と関わっていきたい」と語るheeさん。ビルのレンタルスペースで開催される音楽イベントでミュージシャンの衣装提供なども予定しているとのことだった。
これからもインストールは続いていくシェアアトリエという空間を活かし、地域や外部との交流も図ってきたインストールの途中だビル。
「料金設定もそうですが、『これからがんばっていこう』という段階のクリエイターを応援したい気持ちがあります。そのために、ハード面である物件に手を加えていくのではなく、人同士のつながりというソフト面でメンバーの活動を応援して、ビルを盛り上げていきたいです。運営を続ける中で、活動が成功して売れっ子になっていった方もいて、そういう過程を見られるのはうれしいですね」と今村さん。
あえてセオリーどおりの「快適な空間」を用意せずにスタートしたこのシェアアトリエでは、入居者自身が過ごしやすいように作業環境をつくることができる。いわば全員が「ビルのクリエイター」として一つの居場所を構築していくことは、ライフスタイルの充実に大きく寄与していると感じた。
インストールの途中だビルは今年で10周年を迎え、入居者はのべ100名を超える。今村さんは「今後も新しいクリエイターの方と出会えるのが楽しみ」とほほえみ交じりに語っていた。
●取材協力
・インストールの途中だビル
・まちづくり会社ドラマチック
・Prayers Studio
・NeLL
東京都大田区の池上地区で「ノミガワスタジオ」を運営するアベケイスケさん。メインはギャラリー兼イベントスペースだが、他にも放課後や休日に親子と談笑したり、「本」を介したコミュニケーションスペースとしての顔も持つ。また、地域の人がアベさんにさまざまな相談をしにくる「よろず相談所」としての側面も。アベさんがこうしたスペースを始めた背景には、幼少期に大分県の別府で体験した“地縁文化とお互いに世話を焼く温かさ”があったという。「地域の人を知ると安心感が生まれ、暮らしはもっと心地よくなる」と話すアベさんに、地域交流のあり方について伺った。
「人と人とのつながり」に安心感を覚えた別府での生活――はじめに、アベさんが運営する「堤方4306(つつみかたヨンサンマルロク)」と「ノミガワスタジオ」について教えてください。
アベケイスケ(以下、アベ):「堤方4306」は動画配信のスタジオに加え、ギャラリー、間借り喫茶など、誰もが利用できる多目的スペースとして運営してきました。2020年に現在の場所へ移転し、同時にスタートしたのが「ノミガワスタジオ」です。ギャラリー&イベントスペースとして、ランドスケープの設計事務所「スタジオテラ」と共同で運営しています。
デザイナーのアベケイスケさん。大田区に住んで19年目(写真撮影/松倉広治)
1階に「ノミガワスタジオ」と「堤方4306」が、2階に「スタジオテラ」のオフィスが入る(写真撮影/松倉広治)
アベ:また、時折イベントを開催するだけでなく、毎週金・土曜はシェア型の書店「ブックスタジオ」として営業し、地域のみなさんにご利用いただいています。
――シェア型の書店って何ですか?
アベ:本棚をいくつかの区画に分け、それを個人や団体に貸し出す形態の書店です。借りた人(棚主)はそこに自分が選んだ本を陳列し、販売することができます。吉祥寺にある「Book Mansion」の中西さんが発案したコンテンツで、「ブックスタジオ」を立ち上げる際にご協力いただきました。入会金のほか、1区画当たりの賃料は月額4000円ですが、現在のところ44区画中28区画が埋まっていますね。来月また一つ面白い本棚が生まれます。ちなみに、お店番は当番制で、その時々の棚主さんである“店主”と訪れた人の、本を介した交流を促進する狙いもあります。
ノミガワスタジオに設置されたブックスタジオ。なかには町田から来ている棚主さんもいるそう(写真提供/ノミガワスタジオ)
――地域のコミュニケーションスペースとしての役割もあるんですね。
アベ:はい。ノミガワスタジオの目の前には小学校があるので、親子で立ち寄る方も多いです。最初は子どもが遊びに来て、後日に親御さんを連れてくるパターンとか。この場所で知り合いになる親御さんたちもいて、ご近所付き合いにも貢献しているのかなと思います。ちなみに、池上は寺町情緒が色濃く残り、昔ながらの住民が多く暮らすエリアですが、最近ではマンションも立ち新しい人たちも増えています。そんな新しい住民のみなさんが地域になじんだり、顔見知りをつくる場所としても役立てばうれしいです。親御さんたちからは「なんで、こんなことしているんですか?」と聞かれますけどね。
夕方には学校帰りの子どもや親が集う。親同士が「〇〇に行ってくるから、ちょっとだけ見てて~」と、互いに子どもを見守り合う光景も日常茶飯事なのだとか(写真撮影/松倉広治)
――ちなみに、なぜなんでしょう?
アベ:これには僕の幼少期の体験が大きく影響しています。僕は三重県で育ったのですが、両親の実家は大分県の別府で、夏休みや正月のたびに帰省していました。そのときに、別府には観光地ならではの「外から来た人に対して寛容で、温かい空気」が流れていると感じたんです。僕自身も、帰省中の短い生活のなかで地域の人にお世話を焼いてもらった思い出が、強く記憶に残っています。
例えば、気付いたら商店街でおばさんたちの井戸端会議に参加してたり、お呼ばれしてご飯をご馳走になったり、銭湯でタオルをお湯に入れておじさんに怒られたり。ペットが飼いたかった私に猫の散歩をさせてくれたり、近所の大人に声を掛けてもらうこともしばしば。何気ないことですが、早くに父を亡くした私には地域にいつも見守られている感覚があって、地域の人の寛容さがとても居心地がよかった。今思えば、普段暮らしている街以上に地域のつながりや人情が残っていて「人と人とのつながり」に、安心感を覚えていたんでしょうね。「袖振り合うも多生の縁」ですね。
――別府での生活を経験したから、なおさら良さがわかるわけですね。
アベ:そうですね、僕にとって別府の生活はとても心地よくて。感覚的に「家から半径2km以内にいる人たち」のことを知っていると、地域に精神的な居場所があると感じられ、居心地の良さにつながると思います。リラックスできる場所が家の中だけでなく、家の外にも拡張されるというか。ですから、池上に暮らす人もノミガワスタジオでの会話を通じて、そんな居心地のキャッチボールができたらと思っています。ちなみに、僕はこれを「半径2kmリビング化計画」と呼んでいます。家から半径2km圏内に会話のできる場所やあいさつできる人を複数つくり、日々を充実させていきませんか?という考え方です。
営業日は金・土曜日。下校時間はアベさんが子どもたちを見守っている。アベさんいわく「別府の経験があるからこそできる」活動とのこと(画像提供/ノミガワスタジオ)
――ちなみに、「堤方4306」ではどんな動画を配信しているのでしょうか?
アベ:近年、メインに配信しているのは「池上放談」という地域の人へのインタビュー動画です。10年前くらいから「普通の人が一番面白い!」と思っていて、別府や自身の生い立ちから「この人は、どうしてこんな人に育ったのだろう…」と知りたくなったことをきっかけに始めたのがインタビューの配信でした。例えば、昨年に亡くなられた地域のおじいちゃんがいるのですが、生前にインタビュー配信に出ていただいたことがあるんです。すごく生き生きと自分の半生を語っていただき、お話を聞いている僕もうれしくなりました。そんなふうに普通の人の人生に触れることや、スイッチが入ったときの話を聞くことは単純に楽しいですし、それが「ご近所のあそこの店主」となれば会いに行きたくなったりもします。それだけでも地域の他のみなさんにとっても意義があると思うんです。
地域の人にインタビューする動画「池上放談」(画像提供/堤方4306)
――どうしてですか?
アベ:インタビュー動画を見た人が自分の住む街や人のことを深く知れば、安心につながり、さらに居心地が良くなると思ったからです。居心地が良くなれば自然と笑顔になり、それが周囲にも伝播していく。そんなふうに笑顔の輪を広げ、自宅以外にもリラックスして暮らせるエリアを拡張していってほしい。そんな思いから始めました。私にとっては、ごく普通の感覚ですが、この安堵感を知らない人も多いのかなと。「半径2kmリビング化」がその人たちに伝わればいいなと思っています。
過去のインタビュー配信「お米やさんと釜飯屋さん」(画像提供/堤方4306)
アベ:余談ですが以前、私が街の諸先輩たちに「街の昔話を聞かせてほしい」と、あるお店に伺いました。すると先代の80代くらいの方が「いやいや、私は語れない。そこのお店のご主人がちょうど良い」って言うんです。すると、今度は80代半ばの方が「いやいや、私もまだ若くて語れない。それならあそこの……」って言うんです。「いやいやいやいや、じゃあ、幾つになったら語るんですか!(笑)」と。とにかく、お話が聞きたかったです。
地域の人が「街」について語る機会を――ノミガワスタジオでは他にも、地域の人や場所とコラボしたさまざまなイベント、プロジェクトも実施しているそうですね。これまでの事例を教えてください。
アベ:養源寺というお寺の本堂をお借りして、『まちの本屋』というドキュメンタリー映画の上映会を行いました。近年は「お寺をもっと開かれた場所にし、外に知ってもらうための努力も必要」と考えている住職さんもいらっしゃいます。そんなこともあり、本堂を使ったイベントに快くご協力いただけました。
本と街をテーマにした映画の上映会を行うことは、ブックスタジオの棚主さん同士が会話できる良い機会になるのではと思い、企画しました。今回は主に棚主さん向けでしたが、今度は一般の方も含めてまた『まちの本屋』の上映をしたいですね。
上映会の様子。上映当日は大小田直貴監督も来場するなど大成功に終わった(画像提供/ノミガワスタジオ)
上映開始まで本堂の廊下でそよ風に和む至福の時間(画像提供/ノミガワスタジオ)
アベ:ゆくゆくは、こうした催し物ができるお寺をもっと増やしていき、「回遊イベント」のようなことがみんなでできればと思っています。近隣のお寺さんのなかには、地域の動きに協力して下さる人も増えている気がします。そのため、いろんなお寺の住職さんと仲良くなろうとしている最中です(笑)
――他にはどんなイベントを?
アベ:大田区と東急が推進するまちづくり協定の枠組み「池上エリアリノベーションプロジェクト」の一環で、2021年6月から11月末まで半年にわたって「温 THE TOWN」というイベントが行われていたのですが、これを個人的に引き継いで続けています。
「温 THE TOWN」は休業中の銭湯「久松温泉」の2階を活用し、落語のイベントやトークセッションなど文化的な交流や発信をするというもの。名前の通り“まちの体温を少し上げる”プロジェクト(画像提供/温 THE TOWN)
アベ:とはいえ、予算がないので今のメインコンテンツは紙相撲なんですけどね(笑)。ただ、これが意外と大人も子どもも夢中になってくれるんですよ。銭湯になじみのない子どもや大人も遊びにきてくれて、「半径2kmリビング化計画」につながる接点が増えたかな。ちなみに、ノミガワスタジオキッズはみんな経験者ですし、今夏は近隣小学校の夏休み講座に土俵を持って出向きます。夢は巡業のように、他県での紙相撲ツアーをしたいですね(笑)
「温 THE TOWN」で行われた紙相撲大会の様子。小さな力士が大きく映し出され動くさまは意外にも迫力があるもの(画像提供/温 THE TOWN)
他には、今年度はスタッフとして「池上まちよみプロジェクト」に関わっています。昔の街の写真をもとに“地域のアーカイブ”をつくって、オンライン、オフラインで可視化する活動ですね。以前に地元のお年寄りと写真を見る機会があったのですが、「これはあそこじゃないか?」「これが今のあそこ」と、イキイキした様子でお話しくださるんですよ。そんなふうに、街の人が気軽に見に来て、街の歴史や現在について知ったり、思い出を語ったり、世代に関係なく雑談するきっかけになったらうれしいです。
「池上まちよみプロジェクト」で地域の方々と昔の街の写真や記事を眺める様子(画像提供/ノミガワスタジオ)
目指すは落語に出てくる「ご隠居」――池上は2019年から3年間にわたり「池上エリアリノベーションプロジェクト」が展開されるなど、積極的に活性化の取り組みが進められてきたエリアです。アベさん自身、街の盛り上がりや地域の人の変化を感じることはありますか?
アベ:もちろん感じますし、地元以外の人からも、池上は盛り上がっているように見えるみたいです。散歩をしていると、街ゆく人に「良いところですね」と声を掛けられたりしますからね。おそらく、以前にはなかった景色が生まれていて、街全体に楽しい雰囲気が漂っているのだと思います。
(写真撮影/松倉広治)
アベ:それに、以前からここに暮らしている住民の方も、街に対してこれまでにない可能性を感じているんじゃないでしょうか。ここにいれば「何か楽しそうなことが起こりそう」という期待感を持ってくれていると思うんです。僕らはそのムードを消さないよう、地域のみなさんと連携して、さらに盛り上げていかなければいけないですよね。ただ、頑張りすぎず、楽しみながら(笑)
――もっと多くの人を巻き込むには、何が必要でしょうか?
アベ:まずは「気軽さ」だと思います。まちづくりって面倒なことも多いですし、誰もが高いモチベーションを持ってコミットするのは難しいですよね。だから、運営側がそんなに頑張らなくても何となく「街を良くするのに役立っている」「居心地がいい」と思える。そんな参加ハードルの低い機会をみんなでつくれたらいいですね。
まちづくりって、色んなフェーズがあると思うのですが、極論何も特別なことをする必要はないと思うんです。特にここは寺町で心地のよい広い空間や緑も多く、お寺のメインストリートはすごく良い景色です。でもそれらは、檀家さんが支えてくれているものであって、街の人は享受しているだけです。だから、ちょっとでも何かできるとしたら自転車に小さいトングとゴミ袋を常備して、気付いたらゴミ拾いをするルーティンも面白いかなと思っています。
――それは誰にでもできるし、とても良いルーティンですね。
アベ:そう思います。きっと街への愛着が強ければ強いほど、綺麗な方がうれしいはずなんですよね。だって、自分の部屋にゴミが落ちていたら拾うし、タバコの吸い殻を床に捨てたりはしないじゃないですか。自分が住んでいる街のことも自分の部屋くらい愛着を持てるようになったら、心地よい状態を保とうとするはず。みんなが自然とそういう意識になるように、池上の良さを感じられる企画をこれからも考え、まわりと話していきたいですね。
池上の駅前商店街(画像提供/ノミガワスタジオ)
――これから特に力を入れようとしていることは何ですか?
アベ:一つは、今以上に街の人に話を聞いて、動画配信を増やしていきたいです。普通に暮らしているだけだと、地域の人やそこで活動しているプレイヤーと知り合う機会ってなかなかないじゃないですか。だから、自分がそのパイプ役になれるような取材活動は続けていきたいですね。あとは、今目指しているのは「長屋のご隠居」ですかね。
――ご隠居?
アベ:そう、ご隠居さんです。落語に出てくる長屋のご隠居のところには、さまざまな相談事が舞い込みます。そして、それら一つひとつをお世話していく。僕も地域でそんな存在になれたらと思います。実際、こうしてスペースを構えていると、本当にいろんな相談を受けますからね。不動産屋じゃないのに物件探しの相談を受けたり、池上で商売をしたい人の話とか、最近は小学生の恋の悩み相談も。そもそも解決ではなく、言いたいだけなときもありますし(笑)。本当にいろいろありますよ。でも、そうやって何でも言ってきてくれることが本当にうれしいんです。これからも地域のご隠居として、この街と関わっていきたいですね。
●取材協力
ノミガワスタジオ
BOOK STUDIO
フランス・パリの北東19区には、市内最大級の緑地といわれる約25ha(東京ドーム約5.3個分)のビュット・ショーモン公園があります。ナポレオン3世の時代19世紀に造園された公園で、起伏に富んだレイアウトと高台からパリを一望する景観は、今もパリ市民を魅了してやみません。ここから徒歩10分ほどのアパルトマンに、ヨアン・メルロさんはパートナーのティエリーさん、愛猫フォアンと暮らしています。RMN-GP(フランス国立美術館連合)に勤務し、私生活ではアンティーク探しを楽しむヨアンさん。芸術を愛する彼の、個性的な70平米を訪ねました。
連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。
ヨアンさんの家のすぐそばにある憩いの公園「Square du Sergent Aurelie Salel」。周辺には借景の恩恵にあずかるアパルトマンが多く、これらの物件は人気が高く高額である(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「このアパルトマンを購入して10年になります。地上階(日本でいう1階)の35平米と、地下の35平米、合わせて70平米の物件で、もともとはショップでした。それをロフト風に改装し、私たち好みの住まいにつくり替えて暮らしています」
と、緑いっぱいの玄関先で迎えてくれたヨアンさん。
ここは、通りに面した建物の後ろ側にある静かな中庭。集合住宅の共有スペースです。ヨアンさん宅は、住まいそのものは歩道に面した地上階ですが、玄関はいったん建物の中に入った中庭側にある、というアクセスです。なかなか個性的ですね。いったいどうやって見つけた物件なのだろう、と不思議になり聞くと、ティエリーさんが近所のカフェで元オーナーと出会ったことがきっかけなのだそう。まるでフランス映画のシナリオのようですが、思えば30年くらい前までは、部屋探しをしている人に「あそこのカフェで聞いてみるといいよ、あそこの親父はこの界隈のことならなんでも知っているから」と、パリジャンたちは言ったものでした。今では不動産会社をあたるのが一般的になったとはいえ、こんな出会いもまだ健在というのは心温まります。もしかすると、ティエリーさんは、コミュニケーション力のある方なのかもしれません。そしてヨアンさんも、引き寄せる力の持ち主なのかも。
ご近所さんからも好評のグリーンたち。朝はここにテーブルを出して朝食をとることも(写真撮影/Manabu Matsunaga)
というのも、中庭に配された美しいグリーンのほとんどが、2人が道端で「保護した」ものだからです。
「植木鉢が25個もありますから、みんな『ここの住人はガーデニングが趣味だ』と思うようです。でも実は、ここにある植物の品種すら知らないのですよ。例えば一番大きく成長しているこの木、道端で見つけた時は乾ききって本当に助けが必要な状態でした。それがご覧ください、今では屋根を越えているでしょう。葉が大きくてきれいだね、と、いろんな人から品種を聞かれますが、そんなわけで答えられないのです」
パリの道端には古い家具や食器類が無造作に置いてあったりするものですが、観葉植物は珍しい! 道端で保護したり、友人から分けてもらったり、旅先から持ち帰ったり。そうして集まった名も知らない植物たちを、こんなに元気に育てられるとは驚きます。北向きながらも一日中柔らかい光で満たされた中庭は、カンカン照りにならず、植物にとってちょうどいい環境なのかもしれません。優しげに葉を揺らす植物に迎えられながら、ヨアンさんは玄関のドアを開けました。
物件の個性を活かして改装「もともとは通りに面したドアが玄関でした。それを塞いで中庭側の元裏口を玄関にしたおかげで、プライベート感がぐっと高まりました。反対に、中庭に面した壁全体に一直線に続く窓をつくり、開放感を出しています。こうしたことで、ショップだった当時のロフト風の雰囲気を、効果的に活かすことができたと思います」
アトリエ風に水平一列につくった窓から、中庭の柔らかい光が差し込む。北向きの地上階とは思えない明るさ(写真撮影/Manabu Matsunaga)
玄関前は、愛猫フォアンのコーナーです。レジのあった一角は、箱のようなキッチンに。ダイニングコーナーに向かって開く窓をつけた、半オープンキッチンです。家の中に窓というのは意外ですが、この窓があるおかげで中庭からの自然光がキッチンの中まで届きます。装飾的な効果と実用性の、両方を兼ね備えた開口、というわけです。
コレクションのマグネットを貼り付けたドア。この一角が愛猫フォアンのコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)
レジのあったボックス部分をキッチンに。ちょうどうまい具合に半分閉じ、半分空いているところが、結果的に使いやすいキッチンとなった(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ダイニングコーナーは、石造りの壁が印象的です。これは改装工事中に偶然見つけたオリジナルで、せっかくの持ち味を活かすために専門家に依頼し、漆喰(しっくい)で修復してもらったこだわりの作。
改装工事中に発見した19世紀の石造りの壁! 修復してインテリアに活かしたところは、ヨアンさんの審美眼の賜物(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「そもそもの物件がクラシックなアパルトマンではありませんから、あえてこの物件らしいボヘミアンな雰囲気を活かしたい、それをインテリアのテーマにしよう、と思いました。ティエリーはここを初めて訪問したときから、地下へ下りる階段が気に入っていたのですよ」
リビングにニュッと飛び出た階段の柵を、規格外と捉えるか、魅力と認識するか。人それぞれのジャッジの分かれ道であり、物件との相性がものをいう部分だといえそうです。
空間を有効利用して、ものを厳選する地下の35平米には、ベッドコーナーとドレッシングコーナー、書斎コーナーがあります。やはり地上階と同じで仕切りは設けず、ロフト風のレイアウト。地下なので窓はありませんが、スケルトン階段の開口のおかげで、思いのほか自然光が入ってきます。その階段下を書斎コーナーにしてデスクを置き、スペースを最大限に活用。
リビングから、地下の眺め。落ち着く色合いで統一したベッドまわりが、整然とした印象を与える(写真撮影/Manabu Matsunaga)
壁面全体に造り付けた本棚は、文字通り「用の美」。収納力抜群で、使い勝手もよい(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「スペースの有効活用という点では、収納家具を使わずにドレッシングコーナーをつくったことも効果的でした。自分の持ち物に合わせて、一番下には靴、その上にTシャツ類、その上にはコートやスーツなどを掛け、さらにその上には帽子という具合に棚を組み、地厚なカーテンで覆っています。収納家具以上の収納力があって、しかも存在が邪魔になりません」
左側に見えるベージュのカーテンの後ろ側が、ヨアンさんこだわりのドレッシングコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)
確かに、収納家具の存在感というのは威圧的なもの。それを置かずに、ベージュのカーテンの向こう側全てをドレッシングにする、という選択は、結果として空間全体をスッキリさせ、広く感じさせています。家具はどうしても凹凸がありますが、カーテンはペタリと平面になり、視界の邪魔にならないせいでしょう。
厳選されたものだけを置いた階段前の一角。どのオブジェにも、まるで最初からここに置くために選んだかのような、それぞれの居場所が感じられる。「オブジェ集めが好きな分、たくさん置きすぎないよう心がけているから」とヨアンさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)
アートを身近に! パリならではのメリット地上階と地下、元ショップだった70平米を大改装してつくった、ショーモン公園そばのスイートホーム。自分たちのライフスタイルに合った快適な住まいを完成させ、そこに暮らす喜びは、格別に違いありません。ところがそれだけでなく、なんとヨアンさんカップルは、ノルマンディーの海沿いにも一戸建てを所有しています。毎週木曜日から週末をノルマンディーで暮らし、週の始まりをパリで過ごす、行ったり来たりの生活を始めてもう5年とのこと。パリの住まいとノルマンディーとの距離は約200kmで、車や電車で大体2時間半で移動しているそうです。コロナ禍以前からリモートワークがメインだったからこそ、こんな贅沢も可能なわけですが、それならいっそノルマンディーに引越してしまっても良いのでは? この物件なら、いいお値段ですぐに買い手が決まりそうですし……。
ノルマンディーの家(写真提供/ヨアンさん)
ノルマンディーの家(写真提供/ヨアンさん)
「いえいえ、それはできません! ギャラリー巡りをしたり、エキシビションを見たり、そういうパリ暮らしが私には不可欠なのです。先日、興味本位で査定をしてもらったところ、10年前の購入時の5倍ほどの値段がついて驚きました。でもできるだけ、金銭的な必要に迫られない限りこの住まいは売らず、パリとノルマンディーを行き来する生活を続けたいのです。いざとなったら貸すこともできますから」
職業柄、そしてまた趣味や娯楽の面からも、芸術の都パリから切り離された生活は考えられないのでした。でもそれができるなら、それに越したことはありません!
そんなヨアンさんのインテリアは、もちろん、アートがいっぱいです。
(写真撮影/Manabu Matsunaga)
フランス国立美術館工房が製造販売するフランソワ・ポンポンの複製もインテリアに登場(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ものとの出合いを楽しむ秘訣、実は……?趣味はアンティーク探し、というヨアンさん。蚤の市を巡るのはもちろんのこと、オークションの「ドルオー」にも足を運びます。
「オークションと聞くとみんな高いものを想像しますが、実はものすごく安いものも出されるのです。この間は80ユーロ(約1万円)のテーブルを買いました。大きくて立派なテーブルなので、ノルマンディーの家で使っています。オークションには本当にいろんなものが出品されるので、細かくチェックするのがコツです」
蚤の市や、オークション「ドルオー」で入札したオブジェたち。時代を経た魅力あるオブジェを見つけるのがヨアンさんの長年のホビーである(写真撮影/Manabu Matsunaga)
幼いころから両親に連れられ、競売場(オークションハウス)に出かけていたヨアンさんには、オークションは特別なものではなく数ある買い物の手段の一つ。オークションを利用している人たちが口をそろえていうのは、特に面倒な手続きはないし、何よりも専門家が査定しているので品物や価格に間違いがなく安心、ということ。そう聞くと、一度くらいは体験したくなります。
「アンティーク以外には、友人からプレゼントされたものも多いです。みんな、私が集めているものを知っているので、ドアに貼るマグネットやらオブジェやらをよく贈ってくれます。ものを集めている割には整然としていますか? そうですね、確かにパリの住まいに置くものは厳選しています。そのかわり、ノルマンディーの家は集めたオブジェであふれかえっていますよ!」
フランス国立美術館工房の複製と、ヨアンさんのアンティークコレクション(写真撮影/Manabu Matsunaga)
友人がプレゼントしてくれた肘掛け椅子。ここに愛猫フォアンと座る時間は、ヨアンさんにとって最良のひととき(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ティエリーさんがデザインして自作したテーブルも、オブジェのような美しさ! 日曜大工店で木とガラスを切ってもらい、自分で組み立てた(写真撮影/Manabu Matsunaga)
パリとノルマンディー、二つの住まいを行き来する生活は、それぞれの良さを享受しながら暮らせるところがいい。ヨアンさんの話を聞きながら、そう思いました。一つの住まいに完璧を求めないで済む分、ストレスが少なく、それぞれの持ち味を冷静に見極めて、それらを十分に楽しめる気がするのです。人やものとの出会いも、そんな心の余裕があってこそでしょう。
ヨアンさんお気に入りのビストロ。人情味がたまらないそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
人気のパティスリー「ブノワ・カステル」もご近所(写真撮影/Manabu Matsunaga)
多くの人は、二つではなく一つの住まいに暮らしていると思います。自分が暮らしている住まいを、ヨアンさんになった気分で眺めることができたら、別の捉え方ができるかもしれません。不満やあら探しではなく、いいところを認めて、それをもっと謳歌したくなる。そんな気がします。
(文/Keiko Sumino-Leblanc)
●取材協力
ヨアン・メルロさん
インスタグラム
フランス国立美術館工房
国土交通省では、毎年度通勤通学時間帯における鉄道の混雑状況を調査している。大都市圏での通勤電車といえば、ぎゅうぎゅう詰めで混雑状況はかなり厳しいものがあるが、2021年度はどうだったのだろうか?
【今週の住活トピック】
「都市鉄道の混雑率調査結果(令和3年度実績)」を公表/国土交通省
まず、三大都市圏の混雑率の推移を見てみよう。いずれの圏域も混雑率は、1975年度は200%前後とかなり混雑していたが、1980年代、90年代まで徐々に下がっていき、2000年以降からはおおむね横ばいとなっていた。ところが、2020年度、2021年度では大幅に混雑率が下がった。
注)混雑率:最混雑時間帯1時間の平均(主に令和3年10月~11月の1日又は複数日の乗車人員データを基に計算したもの)
これは明らかに、コロナ禍における人流抑制が要因だろう。リモートワークや時差出勤が推奨されたことで、混雑率は大きく引き下げられた。2021年度は微増となったが、今後も新型コロナ感染状況の影響を受けそうだ。
さて国土交通省では、混雑率の目安を示している。1975年度の200%というと、体がふれあい相当圧迫感がある状態だ。コロナ前の東京圏の163%では、新聞を広げて何とか読める程度だろう。それが、2021年度には104%~110%の範囲になったので、定員乗車(座席につくか、吊革につかまるか、ドア付近の柱につかまることができる)レベルになっている。これなら通勤時間帯でも苦にはならない混雑具合だろう。
混雑率の目安(出典:国土交通省「資料1:三大都市圏の主要区間の平均混雑率の推移(2021)」)
JR東日本の中央線(快速)は、混雑率が山手線より高く、埼京線より低かったそうはいっても、筆者が利用する電車は、たまに通勤時間帯に乗車するとけっこう混雑している。もう少し詳しく見ていこう。
資料3「都市部の路線における最混雑区間の混雑率」の中で、筆者が使っている東京圏のJR東日本「中央線(快速)」を見ると、中野→新宿(7:41~8:41)で混雑率は120%になっている。主要区間の平均108%よりはかなり高くなっている。
注)主要区間:国土交通省において継続的に混雑率の統計をとっている区間等
かつてゲキ混みと言われた山手線なら、もっと混雑しているのではないかと思って見てみると、「山手線内回り」新大久保→新宿(7:39~8:39)で103%、「山手線外回り」上野→御徒町(7:40~8:40)で94%だった。なんと中央線(快速)は山手線を上回っていた。山手線はターミナル駅が多いので、乗客の入れ替えが多いことも影響しているかもしれない。上野-御徒町間については、2015年に「上野東京ライン」が開業して、宇都宮線・高崎線・常磐線が東京駅に直接乗り入れることで、山手線の混雑が解消された影響もあるだろう。
では、同じようにゲキ混みと言われる埼京線はどうだろう?「埼京線」板橋→池袋(7:51~8:51)は132%と中央線(快速)を上回っていた。もっと混雑している路線を見つけて、不謹慎ながらちょっと嬉しくなった。
都市部で混雑率の高い路線・低い路線ランキングでは、今回の調査で最も混雑率の高い路線はどこなのだろう?気になったので、混雑率の高い順に紹介しよう。
■混雑率の高い路線ランキング
※都市部の路線における最混雑区間の混雑率(2021)より
1位:144%
東京都交通局「日暮里・舎人ライナー」赤土小学校前→西日暮里(7:20~8:20)
2位:140%
西日本鉄道「貝塚線」名島→貝塚(7:30~8:30)
3位:137%
JR東日本「武蔵野線」東浦和→南浦和(7:05~8:05)
4位:132%
JR東日本「埼京線」板橋→池袋(7:51~8:51)
4位:132%
JR西日本「可部線」可部→広島(7:30~8:30)
6位:131%
都営地下鉄「三田線」西巣鴨→巣鴨(7:30~8:30)
7位:130%
JR東日本「信越線」新津→新潟(7:27~8:27)
8位:128%
東京メトロ「東西線」木場→門前仲町(7:50~8:50)
9位:127%
東京メトロ「日比谷線」三ノ輪→入谷(7:50~8:50)
9位:127%
横浜市交通局「4号線」日吉本町→日吉(7:15~8:15)
全体的に見ると、住宅地から都心に向かう乗換駅のところで混雑しているという印象だ。人口の多い東京圏の路線が多いのも特徴だろう。
となると、今度は混雑率の低い路線も気になってくるではないか。どんな路線だろう?
■混雑率の低い路線ランキング
※都市部の路線における最混雑区間の混雑率(2021)より
1位:14%
関東鉄道「竜ヶ崎線」竜ヶ崎→佐貫(7:00~8:00)
2位:23%
能勢電鉄「日生線」日生中央→山下(6:45~7:45)
3位:29%
東海交通事業「城北線」比良→小田井(7:40~8:40)
4位:31%
阪堺電気軌道「阪堺線」今船→今池(7:30~8:30)
5位:32%
山万「ユーカリが丘線」地区センター→ユーカリが丘(6:30~7:30)
さて、路線別の混雑率に注目して紹介してきたが、コロナ禍で混雑率が下がっているのが実態だ。となると、気になるのはポストコロナ。コロナ感染が落ち着いても、リモートワークがある程度継続すると見られているが、すべての人がリモートワークをできるわけではない。仕事柄、通勤せざるを得ない人も多いので、通勤時の混雑状況というのも、住まい選びには重視したい点だ。
●関連サイト
国土交通省「都市鉄道の混雑率調査結果を公表(令和3年度実績)」
「農業委員会、始めました!!」。マンションの広報誌にそんな見出しが躍ったのは今年6月。発行元は千葉県千葉市中央区千葉港にある「ブラウシア」だ。なぜマンションで農業を?理由を探るべく現地を訪ねてみると、そこではコミュニティと防災を見据えた今までにない取り組みが始まっていた。
玉ネギ1000個! 1000平米の畑で始まった本気の野菜づくり千葉みなと駅から徒歩3分の「ブラウシア」は438戸の大規模マンション。なにかと話題になるのは、現役理事と“オブザーバー”と呼ばれる元理事が協力し合った管理組合のアグレッシブな活動だ。5年前、最寄りのバス停に空港行きリムジンバスの停車を誘致したのは、大きな実績の一つ。最近では千葉市で初となる事前決済式で待ち時間なしのキッチンカーを導入するなど、マンションにメリットのあることならどしどし取れ入れる“スーパー管理組合”なのである。
京葉線と千葉都市モノレールの千葉みなと駅からすぐの場所に立つ「ブラウシア」。竣工は2005年(写真撮影/一井りょう)
そんなマンションに新たに加わった活動が農業委員会だ。
まず驚いたのはその“本気度”。活動場所はマンションから車で15分ほどの遊休地。1000平米もの土地を借り、ホウレン草、春菊、玉ネギ、ジャガイモ、ナス、トウモロコシなど四季折々の野菜を栽培しているという。育てる量も半端なく、ジャガイモは種イモで50kg分、玉ネギはなんと1000個!
活動の様子はマンションの広報誌「ブラウシアニュース」6月号の表紙を飾り、「一緒に汗を流してみませんか?」と住民への参加も呼びかけている。
「野菜を自分でつくってみたい、土に触れたいなど活動を始めた理由はいろいろですが、とにかく楽しいんです」
こう話すのはメンバーの一人でオブザーバーの加藤勲さんだ。
「農作業は重労働ですが、リモートワークの運動不足解消やストレス発散にもってこい。作業後のビールのおいしさは格別ですし、もちろん、収穫したての新鮮な野菜を味わえるのも特権です。そうやって住民同士で一緒に畑で汗を流せば打ち解けやすく、連帯感も生まれます。コミュニティの醸成にもなることから、農業委員会という形で居住者なら誰でも参加できるようにしました」
「ブラウシアニュース」6月号の表紙(画像提供/ブラウシア管理組合法人)
初心者ばかりのメンバーで雑草が茂る土地を野菜畑にブラウシアでこの農園活動が始まったのは2021年の秋。きっかけをつくったのは「小湊鐵道」の社員であり、近隣のマンションに住む佐々木洋さんだった。
「畑として使っているのは弊社が所有する土地。将来的な沿線開発を見込んで購入していたのですが、諸般の事情で開発が進まず未活用のままだったのです。点在しているその土地を私が所属していた部署で管理していたのです」
佐々木さんが日ごろから頭を痛めていたのは雑草問題だ。放置された土地には雑草が茂り、その種が周りの畑に害を及ぼすことから、度々クレームが舞い込んでいた。
「1人でコツコツと草刈りをしていましたが、手作業なので1時間で刈り取れるのは車一台分のスペースがやっと。その場所で野菜づくりを始めました。畑として使えば雑草問題が解決できますから。ただ、1人でやるのには限界があって。私はブラウシアの近くのマンションに住んでいて、管理組合の活発な活動はよく知っていました。個人的な知り合いもいたので、『一緒に農園をしませんか』と話をもちかけました」(佐々木さん)
実は、小湊鐵道とブラウシアにはちょっとした縁もあった。小湊鐵道が運営するゴルフ場「長南パブリックコース」の法人会員にブラウシア管理組合法人として登録していたのだ。住民は会員料金で利用でき、マンションのゴルフコンペを開いたこともあったという。
突如、舞い込んだ農園の話だが、さすがスーパー管理組合、その後の動きは早かった。さっそく、理事会有志が畑候補地の視察に訪れ、翌月には加藤さんと前・副理事長の光藤智さんが農園活動のメンバーに立候補。佐々木さんを交えた3人体制のスタートとなった。
「手始めは土地の整備作業。みんなで雑草を抜いて整地をし、畝を立て、植え付けしてとやっていくうちに結束も固まりました」
と加藤さんは振り返る。
整地前の土地。生い茂る雑草を手作業で取り除いたそう(画像提供/ブラウシア農業委員会)
草刈りを終えた土地はご覧のとおり、まっさらに。ただし、この後に耕作の作業が待っている(画像提供/ブラウシア農業委員会)
耕作中の一コマ。畑を丁寧に耕すことで元気な野菜が育つ。この日は自治会長など理事会の有志も助っ人として参加した(画像提供/ブラウシア農業委員会)
農園活動がスタートして間もない畑の様子。ホウレン草や春菊などが栽培された(画像提供/ブラウシア農業委員会)
農具などを置く小屋を使いやすい位置に移設するときの作業風景。酷暑のなか、理事会メンバーも大勢駆けつけた(画像提供/ブラウシア農業委員会)
移設を終えた小屋。廃材を使って屋根や壁を補修し、雨風が凌げるように。貯水槽も移設できた(画像提供/ブラウシア農業委員会)
農業委員会のメンバーは随時募集中で、今年4月からは光藤さんと同じく副理事長を務めていた今泉靖さんが加わって4人体制になった。
「といっても、まだ少人数なので細かいルールは設けず、何をどのくらい植えるかなどはその都度、話し合って決めています。活動日も特につくらず、それぞれが都合のつくときに行って作業をし、状況や活動結果はグループLINEで共有しています。気をつけているのは隣接する畑の耕作者とできるだけ良好な関係を維持すること。もちろん、土地の所有者である小湊鉄道さんの意向を汲むことも大前提です」(加藤さん)
聞けば、加藤さんはベランダ菜園はやっていたものの、本格的な農作業は初体験。ほかのメンバーも同様で、YouTubeで勉強したり、農作業の経験を持つ先輩たちに聞いたりしながら手探りで始めたそうだが、今ではLINEに専門用語が飛び交うほど詳しくなった。
そんな熱意もあって野菜づくりは順調に進行。収穫物はメンバーで分けても食べきれず、理事会などでお裾分けするなかで農業委員会の認知度はじわじわと広まっているそうだ。
畑に立つ農業委員会のみなさん。左から加藤さん、初参加の鈴木さん、光藤さん、今泉さん、小湊鐵道の佐々木さん。メンバー間で野菜の生育状況を日々共有・相談し合うなかで、経験値と知識を急速に向上させている(写真撮影/一井りょう)
畑に植える苗は各自ベランダで育成。愛らしい芽が伸びる様子に“萌える”メンバーも(写真撮影/一井りょう)
目指すは公認サークル化。今後は農作業の体験会なども計画農業委員会として、目下、目指してしるのは公認サークル化だ。
「農具や種の購入はメンバーの自費で賄っていますが、公認サークルになれば補助費を受け取れるので活動の幅を広げられます。今、計画しているのは植え付けや収穫などの体験会の開催。より多くの住民で畑作業を楽しむことができますよね。あるいは、採れた野菜をマンション内のイベントの景品にしたり直売をしたり。農園活動に参加できる機会を増やし、それを通じて住民同士のコミュニティをバックアップしていきたいと思っています」(加藤さん)
そんな活動の第一歩として、6月初旬には玉ネギとジャガイモの収穫体験が実施された。あくまでも試験的に催した会だが、小さな子どものいる2組の家族のほか、自治会長や元理事のオブザーバーなど総勢12人が畑に集結した。
まずは玉ネギの収穫作業からスタート。芽の部分を持って引き出すと、土のなかから丸々とした玉ネギが現れて、「楽しい!」「もっと採る!」と子どもたちはたちまち熱中し始めた。大人も「次はここを抜こうかな」「あ、こっちもあった」と口々に話しながらにぎやかに作業が進んでいく。
玉ネギは全部で1000個を栽培。赤玉ネギも植えられ「辛味が少ないからオニオンスライスにして食べると最高ですよ」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)
小2の娘さんと2歳の息子さんと参加したIさん。「コロナ禍で外に出る機会が少なかったので、久しぶりにいい汗をかきました」(写真撮影/一井りょう)
掘り出した玉ネギは畑の上でしばらく乾燥させた後、芽や根を切り落とす(写真撮影/一井りょう)
玉ネギをすべて掘り出したら、次はジャガイモの収穫だ。男爵イモやメークインなど4種類のジャガイモが植えられているという。
農業委員会のメンバーからレクチャーを受け、参加した子どもが茎を持って引き抜くと根のところにいくつものジャガイモが!
「抜いた周りも掘ってみて。まだまだあるよ」
との声に従い土を掘れば、ジャガイモがゴロゴロと出てきて大きな歓声が挙がった。宝探しのような楽しさに時間を忘れて収穫に励む参加者たち。子どもはもちろん、大人も童心にかえって土と戯れられるのは農園活動の魅力だろう。
こうして2時間ほどですべての収穫が完了。親子で作業した参加者に感想を訊くと、輝く笑顔でこんな答えが返ってきた。
「普段の生活で土に触れることはなかなかないので、こういう機会があれば参加してみたいと思っていたんです。子どもたちはすごく楽しそうでしたし、自分もリフレッシュできました」(Iさん)
「観光農園の収穫体験に参加したことはあるのですが、マンションで実施されていることにびっくり。作業しながら、同じマンションに住む人たちと交流をもてるのもうれしいですね。子どもの友達も誘ってまた参加したいです」(Mさん)
掘り立ての玉ネギとジャガイモはメンバーと参加者で分配したが、それでも余るほどの大豊作。筆者もお裾分けしてもらったが、つくった人たちの顔が浮かぶ新鮮な野菜はおいしさもひとしおだった。
畑から掘り出されたジャガイモ。1つの種イモから10個前後のジャガイモが収穫できる(写真撮影/一井りょう)
全員でジャガイモを収穫中。「土の香りに癒されます」と顔を綻ばせるメンバーも(写真撮影/一井りょう)
Mさんは小4の息子さんと5歳の娘さんの3人で参加。好奇心旺盛な息子さんは大きなミミズを見つけて大喜びだった(写真撮影/一井りょう)
災害時にはマンションに野菜を供出。防災面でも“頼れる農園”にこうしてマンション内のコミュニティを育む農園活動だが、実はこの活動にはもう一つ、別の目的もある。それは防災だ。
加藤さんは5年前、管理組合下におかれた防災委員会で初年度から委員長を務め、防災活動に人一倍力を注いでいる。マンションが農園をもつことは災害時の強みになると力を込めていう。
「政令指定都市のなかで震度6以上の地震が今後30年以内に起こる確率が最も高いのが、僕らが住む千葉市と言われています。そのため防災体制の強化は管理組合の重要課題であり、防災委員会ではさまざまな施策を講じています。そのなかで話題に挙がるのは備蓄の問題。マンションとしての備蓄はスペースの点から難しく、世帯それぞれで水や食料などを確保してもらうのが大原則ではあるのですが、農園があれば多少なりとも食料の確保に役立つのではないかと。被災時には収穫物をマンションに供出しようと思っています」(加藤さん)
確かに災害で避難生活を余儀なくされたとき、畑にイモ類などの野菜があれば食料になり、炊き出しもできるだろう。育ちが早い葉物野菜なら避難生活を送りながら栽培することも可能だ。
「こうした考えに賛同して農業を一緒にしてくれる仲間が増えたら、新たに整地し、農地を広げることも考えています。そうすれば安心感はより高まるはずです。小湊鐵道さんの協力あってのことですが」(加藤さん)
6月初旬に収穫したジャガイモは段ボール3箱分!「備蓄しやすいイモ類は被災時も活躍するはず」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)
夏に向けてトウモロコシもすくすく成長中(写真撮影/一井りょう)
もちろん、農園活動で育まれたコミュティも防災の大きな力になる。日ごろから住民同士が良好な関係を築いておけば、万が一のときにお互い助け合うことができるからだ。
特に今回、強く感じたのは畑で生まれるコミュニティの深さ。手足を土で真っ黒にしながら無心で作業をすると誰もが”素”に戻るからだろうか、人と人の心の距離がすーっと自然に近くなることを実感した。農作業を手伝い合ったり、収穫した野菜をみんなで集めて運んだりと共同作業が多いのも、交流を深めるよいきっかけになるだろう。
農園活動はどのマンションでも真似できるわけではないけれど、マンションコミュニティの新しい形が生まれていることは確かである。
●取材協力
ブラウシア管理組合法人
世界にはさまざまな「社会課題」がありますが、そのほとんどはどこか重々しく、深刻な雰囲気をまとっています。そんな、ともすれば目を背けてしまいたくなる課題に対し、「笑って考える」という独特のアプローチで向き合う人がいます。
小国士朗さん。認知症の状態にある高齢者などがホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」をはじめ、社会課題をテーマにした話題のプロジェクトを数多く手掛けてきました。
「みんなで手を取り合って、にこにこ、へらへら、わっははと笑いながら革命をしたい」と語る小国さん。そんな「笑える革命」に取り組む理由や思いについて伺いました。
全ての企画には「原風景」がある――小国さんはこれまで社会課題をテーマにしたさまざまなイベントやプロジェクトを手掛けていますが、最初に大きな話題を呼んだのはNHK在職時の2017年に企画した「注文をまちがえる料理店」でした。この企画は、どんな経緯で生まれたのでしょうか?
小国:企画の起点になったのは、2012年に『プロフェッショナル 仕事の流儀』というテレビ番組の取材で訪れた、とあるグループホームでの出来事でした。ロケの合間に入居者のおじいさん、おばあさんからお昼ご飯をご馳走になることがあったのですが、その日の食卓に出てきたのは事前に聞いていたハンバーグではなく餃子。でも、そんな“まちがい”を気にする人なんてそこには誰もいなくて、みんな美味しそうに餃子を食べている。そんな「風景」が強烈に印象に残ったんです。
小国士朗さん。株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー。2003年NHK入局。『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の他、個人的なプロジェクトとして、世界150カ国に配信された、認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」なども手掛ける。2018年6月にNHKを退局し、現職。「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」「Be Supporters!」など多数のプロジェクトに携わっている(写真撮影/片山貴博)
小国:僕はそれまで、「間違いは指摘して正すのが当たり前」だと思っていました。でも、そうではなくて、その場にいるすべての人がそれを受け入れれば間違いではなくなるのだと気づいた。目からウロコが落ちると同時に、ふと“注文をまちがえる料理店”というワードと、そこで働くおじいさん、おばあさんの姿、間違えて運ばれてきた料理を笑いながら食べているお客さんの姿が浮かびました。
認知症の状態にある高齢者や若年性認知症の方がホールスタッフを務めるイベント型のレストラン「注文をまちがえる料理店」。オーダーや配膳を間違えても、それを一緒に笑い飛ばすおおらかな雰囲気に包まれている(画像提供/小国士朗さん)
――小国さんの企画には、全てにそうした「原風景」があるそうですね。
小国:そうですね。これまでに携わってきた企画には全て、心を動かされた「原風景」があります。僕はただ、それをちょっとずらしたり、拡張しているだけなんです。
例えば、みんなの力でがんを治せる病気にすることを目指すプロジェクト「deleteC」も、とある原風景が企画の発端になっています。この企画はもともと、自身も乳がんを患っていた友人の中島ナオさんから「がんを治せる病気にしたい」と相談を受けたのが始まりでした。でも、そんなことを言われても正直、医者でも研究者でもない僕にできることなんて何もないと思っていたんです。
そんな時、ふとナオさんが見せてくれた一枚の名刺を見た瞬間に衝撃を受けました。
アメリカのがん専門病院に勤務する上野直人医師の名刺。「Cancer(がん)」の文字の部分に赤線が引かれている(画像提供/小国士朗さん)
小国:その名刺は「Cancer(がん)」の文字の部分に赤線が引かれていました。僕はこれを見て感動するとともに、こんなアイデアが浮かびました。「世の中の商品やサービスの名前から“C”の文字を消して、それらの売上の一部を、がんの治療研究に寄付しよう」と。
つまり、この名刺を見た時に受けた衝撃が「deleteC」の原風景です。「Cancer」の文字を消した名刺に僕が心を動かされたように、コンビニで“C”が消えた商品を見た人が「何これ?」と前のめりになってくれるんじゃないかと。僕が感動した原風景を、企画を通して共有するようなイメージですね。
――その、共有できる「風景」がないと、企画はうまくいかないのでしょうか?
小国:必ずしもそうではないと思いますが、僕の場合は「風景」にものすごくこだわります。多くの人が参加したくなる企画や、社会全体に広がっていくようなプロジェクトには、本能的に体が動いてしまう要素があると思います。そして、そんな本能的な行動を呼び起こすのが、企画者自身が心を動かされた原風景です。それがないと、単に奇を衒(てら)ったコンセプトありきの、薄っぺらいものになってしまう気がするんです。
Cの文字を消したC.C.Lemon。この商品を買うと、売上の一部ががん治療の研究費用として寄付される(画像提供/小国士朗さん)
(画像提供/小国士朗さん)
社会課題の解決には、北風よりも「太陽のアプローチ」で――小国さんは著書『笑える革命』のなかで「北風ではなく、太陽のアプローチを心がける」と書いています。社会課題を取り上げる時、あるいは解決しようとする時に、なぜ「太陽のアプローチ」が必要なのでしょうか?
小国:NHKで社会課題を取材していた際、僕は基本的に北風的な番組づくりをしていました。つまり「このままだとヤバイですよ」「みなさん、このままでいいんですか?」といういわゆる不安訴求型のアプローチですね。もちろん、社会の大きな問題に気づいてもらうためには、こうしたド直球の伝え方も必要です。
『笑える革命』(光文社)(写真撮影/片山貴博)
でも、世の中がその課題に気づいた後もずっと北風を吹かせ続けていると、次第にそのテーマが顔を出しただけで目をそらしたくなってしまう。やっぱり北風がビュービュー吹いている谷には、そもそもみんな寄り付きませんから。だから、「課題解決」を目指すフェーズでは正攻法ではない「太陽のアプローチ」が必要なのだと思います。
――太陽のアプローチとは具体的にどのようなものですか?
小国:ワハハと笑いながら、思わず行動を起こしたくなるようなアプローチです。一見、暗くて重い社会課題とは似つかわしくないやり方ですね。
例えば、NHKの『テンゴちゃん』(2020年3月に放送終了)という番組で、2018年に放送した「8・15無念じいといっしょ」という企画は、まさに太陽的なアプローチだったと思います。長崎県で自身の被曝体験を次世代に語り継ぐ「語り部」の森口貢さん(当時82歳)が、VTuber(バーチャルユーチューバー)に扮して若者たちと語り合う、という企画です。
――82歳の語り部VTuverとは、かなりぶっとんだ企画ですね。
小国:森口さんはそれまでずっと、小中学校などで子どもたちに向けて戦争の悲惨さを伝える活動を続けてこられました。しかし、とある中学校で語り部をしていた際、そこにいた生徒数名から心無い暴言を吐かれることがあったんです。でも、森口さんはそこで「自分の伝え方が悪かったんだ」と反省し、どうすれば若い人にもっと伝わるのか、発信の仕方を試行錯誤していました。
(写真撮影/片山貴博)
だったら、いっそのこと森口さんを当時流行りはじめていたVTuberにしちゃうのはどうだろうと、番組のメンバーが言い始めたんですね。82歳のおじいさんが戦争を語ると、中学生にとっては重すぎると感じてしまうかもしれない。でも、VTuberを通せば受け入れやすく、自分ごととして捉えてもらえるのではないかと考えました。結果、1時間の生放送の間に1万5000通の質問や便りが森口さん宛に届くなど、驚くほどの反響があったんです。森口さんが言っていること自体はいつもと変わらないのですが、見せ方、表現の仕方を変えるだけでこんなにも多くの人に届くのだと実感しましたね。
――そうした太陽のアプローチが広く社会の関心を呼び、「笑える革命」につながっていくと。ただ、こうした方法は“奇策”ととられ、快く思わない人も出てきそうですが。
小国:もちろん、僕もできることなら正攻法で届けたいと思います。正攻法で世の中に広がって人が動くなら、それが一番いい。でも、それだけでは届かないことをNHKのディレクター時代に思い知らされてきました。NHKでは『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』といった社会課題を取り上げる番組を制作していましたが、もともとその問題に関心がある人は見てくれるんです。でも、大きくコトを動かすためには「関心がない」あるいは「(その問題を)知らない」人たちに、いかに届けるかが重要だと思っていました。
――そして、そのためには北風的なアプローチだけでは限界があると。実際、小国さんが個人として初めて手掛けた「注文をまちがえる料理店」は、国内外で大きな反響を呼びましたよね。多くの人に「届いた」という実感はありましたか?
小国:そうですね、番組づくりでは全くなかった手応えを「注文をまちがえる料理店」で初めて感じることができました。SNSなどでの反響・熱量もすごかったし、国内外のメディアが撮影に来ました。“世の中がざわついている”という感覚があって、これが「届く」ということなんだなと。
(画像提供/小国士朗さん)
(画像提供/小国士朗さん)
特に、海外のメディアが関心を寄せてくれたのは、自分のなかで大きかったですね。なぜなら、日本って「課題先進国」と言われているわりに、国内に解決策が少ない気がしていたんです。僕が『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』をつくっていたときも、「課題」は国内でいくらでも取材できる。でも、「解決策」が国内になかなかないから、ノルウェーやオランダ、イギリス、アメリカの事例を取材するという状況が当たり前になっていました。それってヘンじゃないですか。課題先進国であるなら「解決先進国」であってもいいはずなのに、その答えを海外に求めるのは違うような気がしたんです。
そんなモヤモヤがあったなか、規模は小さいけれど自分が企画したプロジェクトに対し、海外メディアが関心を示して世界に発信してくれた。ノルウェーの公衆衛生協会の偉い方がが「これが高齢化社会の次のモデルだ」と言ってくれたりした。このことは素直に嬉しかったですね。
「当たり前」を営み続けられる社会であってほしい――もともとはテレビ番組のディレクターだった小国さんが、こうした社会課題をテーマにした企画を手掛けるようになったきっかけを教えてください。
小国:番組ディレクターとしての仕事には、大きなやりがいを感じていました。でも、33歳の時に病気になり、医者から「(激務である)ディレクターの仕事を続けるのはおすすめしません」と言われてしまったんです。
当時は、自分の一番の武器を突然奪われてしまったように感じて落ち込みましたが、同時にどこかホッとしているところもありました。先ほども言いましたが、ディレクターの仕事は楽しかったものの、いくら良い番組をつくれても、それが思うように届かないジレンマがあった。本当に届けたい人に大切なテーマが届かないというモヤモヤを抱えたまま、長く番組づくりを続けているような状態でした。
そんな時に病気になり「これで、やっと“降りられる”」と思えました。そして、安堵すると同時に、これからは「番組をつくらないディレクターになろう」と考えるようになった。テレビというものにこだわらず、自分が大切だと思うことを届け切るために、あらゆる手段を探求していこうと。
――その「届けきりたいこと」とは、それまで番組づくりで取材してきたさまざまな社会課題だったのでしょうか?
小国:いえ、僕はそもそも社会課題そのものに関心がある人間ではありません。関心があるのは、「誰も見たことがない風景」や「誰も触れたことがない価値観」を形にして、多くの人に届けることです。そもそも“Tele-vision(テレビジョン)”という言葉の意味は「遠く離れた場所でのできごとを映す」ことですから。
社会課題というのは、当事者以外にとっては遠く離れた場所での出来事、つまり“Tele”ですよね。だから、それを映したい、届けたいと思うんです。
(写真撮影/片山貴博)
――今は当事者ではなく「遠く離れた場所での出来事」のように思えても、いつかは自分がその問題に直面する時が来るかもしれません。すぐに何か具体的な行動を起こすことは難しくても、それについて日頃から考えておくのは大事なことですよね。
小国:そのためには、「日々の暮らし」と「社会の課題」を自然な形で結びつけることが大事だと思います。もちろん、「注文をまちがえる料理店」のように尖ったコンセプトのイベントを開催して、多くの人にそのテーマについて考えてもらうことにも意義はあるのですが、イベントというのは単発で終わってしまう。イベントをきっかけに認知症について関心を寄せてくれた人も、そのうち忘れてしまうかもしれません。
だからこそ、暮らしの中に社会課題にタッチできる接点をつくり、常にそのことについて身近に感じられるような状態にしていきたいんです。例えば、「deleteC」はコンビニやスーパーで「Cを消した商品」を買うだけで、がんの治療研究を少しだけ前に進めることができる。日々の買い物が、そのまま「がんを治せる病気にする」という社会の実現を後押しするわけです。
――そうした接点を数多く社会に実装していけば、みんなが普通に暮らしているだけで様々な社会課題を解決できるかもしれません。
小国:はい。そうなれば日本だけでも1億人ぶんのパワーが集まるわけですから、とてつもなく大きなインパクトを与えられるのではないでしょうか。
――では最後に、小国さんがこれから取り組んでみたいテーマがあれば教えてください。
小国:今は「当たり前を営む」ことに関心があります。というのも、今ってこれまで当たり前だったことが、当たり前じゃなくなっていると感じるんです。例えば、ウイルスによって当たり前のことができなくなったし、考えられないような戦争も起きてしまった。こうやって「当たり前が当たり前でなくなる」というのは、とても怖いことだと思います。
ひと箱50枚入りのマスクを55枚分の料金で販売する「おすそわけしマスク」。残りの5枚分は福祉現場に寄付(おすそわけ)される仕組み(写真提供/小国士朗さん)
だって、本来は「認知症の人と共生できる社会をつくりましょう」も「気候変動をストップしましょう」も、当たり前のことですよね。でも、今はその当たり前を声高に叫ばなければいけないくらい、いろんなことが歪んでいたり、こんがらがっていたりする。同じように、「戦争なんてないほうがいい」という当たり前のことすら、いずれは当たり前に言えなくなる社会になってしまうかもしれません。
だからこそ、これからも多くの人が「当たり前」を営み続けられるよう、その尊さを実感できるような企画をやっていきたいですね。
(写真撮影/片山貴博)
●取材協力
小国士朗さん