
14万9,600円(税込) / 48平米
丸ノ内線「新中野」駅 徒歩8分
鈍く光る庭を前に、装飾感ゼロで仕上げられた男前なワンルーム。
力みなくややけだるめな雰囲気が心地よい、静寂の空間です。
事務所としての募集にあたり、住居専用のマンションの1階にあることから、人の出入りや作業音が少ない静かな業種を希望しています。
ハッピーオーラ全開の庭もいいけ ... 続き>>>.
圧倒的に不動産情報が多いですが。。。。
住んでいる街、住みたくなる街の要素はいろいろありますが、「好きなお店がある」のも大事なポイントです。中でも、 “純喫茶” (※1)は街のオアシス的な存在。散歩の途中にひと休みしたいときや、集中して読みたい本があるとき、居心地の良い空間とおいしい飲み物を出してくれる……。そんなお気に入りのお店があると、日常がもっと豊かになるはずです!
今回は、「日常をもっと素敵にしてくれる純喫茶」をテーマに、自分に合った純喫茶を見つけるコツや、その魅力を探ります。案内してくれるのは、純喫茶を愛するあまりほとんど毎日のように通っているという、東京喫茶店研究所二代目所長(※2)の難波里奈さん。
難波さんが好きな街、東京・高円寺を一緒にめぐりながら、「街に好きな純喫茶がある暮らし」を追体験してみましょう。
※1 純喫茶・・・お酒を出す「カフェー」と区別して、珈琲や軽食のみを提供した店を呼ぶ際に、昭和初期より使われるようになった言葉。本文中では90年代のカフェブーム以前の、昭和レトロな喫茶店を「純喫茶」としています(インタビューにおこたえいただいた方による呼称は、発言による)
※2 東京喫茶店研究所二代目所長・・・研究所は架空の存在。その一代目所長は写真家・詩人の沼田元氣さん
難波里奈さんは今まで日本全国2000件以上の純喫茶を訪ねたという、純喫茶の探究者。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)や『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書も多数あり、純喫茶を語るスペシャリストとして知られています。
難波さんの著書
難波さんの著書を見ると、数えきれない程の素敵な純喫茶が紹介されています。難波さんはどうやって、それらの純喫茶を見つけているのでしょうか。
東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん。各地の純喫茶を訪ね歩き、愛する店の記憶を残す活動は、多数の著書としてまとめられている(写真撮影/相馬ミナ)
「今は、喫茶店に行く前に、おそらくスマートフォンで調べると思います。でも私が純喫茶通いを始めた頃は、スマートフォンはまだなくて。だから『街ありき』だったんです。
気になった駅で電車を降りて、その街をひたすら3時間ぐらい歩き回る。途中でたまたま見つけた喫茶店に入って、そのお店が好きだと街にまた行く理由ができる……という感じの散歩を繰り返しています。
もちろん失敗することもあります。でもそれは悪い事ではなくて。何で好きじゃないのかと掘り下げることで『好き』を探る理由にもなるので」(難波さん)
今は誰でも事前に、お店の評価が点数化されたサイトを確認することができます。でも、それはあくまで他人の評価。
「喫茶店も相性。だから正解というものはないのかもしれません。まずは行ってみて、自分の好みを自分で知るしかないですね」(難波さん)
難波さんは好きな喫茶店を見つけたら、その空間に身をゆだねつつ、自らの感覚に頼って観察するそうです。
「ひとつのお店でも、何度か通って違う席に座って、さまざまな角度から見える風景を観察します。あるいはいろいろなお店を訪れて、全ての店でレモネードを頼んで、その違いに注目してみたり、ランプのデザインや明度をチェックして比べてみたり、など定点観測的な楽しみ方もあります。切り口は無限です」(難波さん)
Instagramのアカウント「純喫茶コレクション」には日々の記録が。難波さんの探究の一端を知れる、純喫茶好きならフォロー必須のアカウント(写真提供/難波里奈)
純喫茶めぐりの達人、難波里奈さんによる高円寺案内各地へ旅をするのはいつも純喫茶訪問が目的だという難波さんに、今回その魅力を伝えるべく案内してもらうのは、学生の頃から好きで頻繁に訪れている中央線の高円寺駅周辺。この街でお気に入りの純喫茶で憩ったり、店主の方と語らったりといったことが、生活の一部だそうです。
何より、高円寺は注目すべき純喫茶が多い街でもあります。
特に思い入れがあるという2店舗、名曲喫茶「ルネッサンス」、「カフェ ブーケ」に伺いました。
純喫茶は高円寺の街でどのように愛され、そしてどんな物語をつむいできたのでしょうか。
高円寺のパル商店街。高円寺には純喫茶はもちろん、いたるところに昭和レトロなテイストが宿っている(写真撮影/相馬ミナ)
昭和20年代の香りを残す、名曲喫茶「ルネッサンス」高円寺の名曲喫茶「ルネッサンス」(写真撮影/相馬ミナ)
まず、難波さんが案内してくれたのは、高円寺のパル商店街の横道にある名曲喫茶「ルネッサンス」(※3)。「このお店があるからますます高円寺を好きになった」と思うほど、お気に入りの純喫茶です。
扉を開けるとそこはまるで異世界でした。蓄音機や、すりガラスのランプ、そして歩くとギシギシと音を立てる板張りの床。いつの時代のどこの国にいるのか分からなくなるようなエキゾチックなインテリアは、実は1945年から中野にあった伝説の名曲喫茶「クラシック」から引き継いだものだそうです。
※3 名曲喫茶「ルネッサンス」は普段は店内の撮影、会話は制限されています。今回は撮影のために、特別に許可を取っています
「ルネッサンス」の若き店主、檜山真紀子さんは「クラシック」で働いていた元スタッフ。二代目のオーナーが亡くなり、店の全てが処分されようとしていたところを、調度品やレコードを引き継いで、この「ルネッサンス」を開店したという経緯があります。
「『クラシック』のインテリアを処分してしまうという選択肢を選ばなかった檜山さんに、本当に感謝しています。当時、このお店がオープンする噂を聞いてから、ずっと楽しみに待っていました。そして、初訪問のときに嗅いだ匂いまで『クラシック』と同じで、驚いたと同時に言葉にならないほど感激しました」(難波さん)
「匂いのこと、みなさん言いますね。この場所はもともとお米屋さんの倉庫だったので、喫茶店とはほど遠い場所だったのですが『クラシック』のものを運び入れたら、不思議なことに同じ匂いになりました」(檜山さん)
フロアに段差をつけたり、椅子の向きを変えたりして、客同士が視線を合わせずに一人の時間が楽しめるように配慮されている(写真撮影/相馬ミナ)
曲のリクエストは、聴きたい人が自分で黒板に書いてゆくスタイル。これも前身の「クラシック」時代からの伝統を引き継いでいる(写真撮影/相馬ミナ)
純喫茶の魅力の一つが、昭和のカルチャーを肌で感じることができるところ。
「ルネッサンス」の前身「クラシック」は、1945年から2005年まで中野で60年間続いた名曲喫茶です。画家であり、数々の純喫茶の内装を手掛けた「クラシック」の創業者、美作七朗マスター手づくりのオリジナリティーあふれる調度品や、昭和初期からの古いレコードコレクションを引き継いだ店内には、形だけでなく、そこに醸成された空気が、匂いとして漂っています。
「ここ『ルネッサンス』や、かつての『クラシック』は、その最たるものですが、店主のセンスがインテリアの細部にまで宿っています。
純喫茶に伺うときは、創業者の好きなものやその時代に流行ったものたちを想像し、『だからこそこういう世界をつくったんだな』と思いをめぐらせています。100店舗あったら100人の店主の好きなものが詰まった、宝箱のようなもので、一つとして同じものはないのです」(難波さん)
難波さんが「宝箱」だという、純喫茶の空間。珈琲1杯の値段で、その空間に包まれる贅沢が味わえるのは、貴重ですね。
純喫茶の歴史を守る、店主との触れ合いも貴重
「ルネッサンス」のオーナー檜山真紀子さん(写真撮影/相馬ミナ)
純喫茶では、その店を守る店主の人柄に触れることも楽しみの一つ。お店を守る人の一人ひとりにドラマがあります。
「私が前身の『クラシック』(中野)にお邪魔していたのは、喫茶店を好きになったばかりの頃でした。数回しか行けていなかったので、閉店したと知ったときはショックを受けました。しかし、しばらくしてから風の噂で、『働いていた方たちが、あの家具たちを丸ごと引き継いで新たにお店を開くらしい』と聞いて、心待ちにしていました」(難波さん)
「ルネッサンス」前身の中野の「クラシック」が閉店したのは2005年1月。初代オーナーの美作七朗さん亡き後、お店を切り盛りしていた娘の美作良子さんが亡くなったことに伴う閉店でした。
「私は高校生の頃から『クラシック』でアルバイトとして働いていたんです。初代の美作七朗オーナーは、私が働きだしてからすぐに亡くなってしまって、娘さんの美作良子ママの下でずっと働いてきました。
途中でケンカ別れしていた時期もあるんですけど、でも楽しくて。ケンカして飲みに行って、またケンカして飲みに行って……という感じで、ママが亡くなるまで一緒に居ましたね。最後は私が看取りましたから」(檜山さん)
檜山さんがアルバイトをしていた1990年代から2000年代にかけては、日本にスターバックスが展開されたり、渋谷近辺の音楽文化とリンクするようなカフェのブームがあったりした時代。その時期に高校生の檜山さんは純喫茶でアルバイトをし、人生を懸けて守りたいと思える空間や、思いを引き継ぎたい人に出会っていたのです。
とはいえ、純喫茶の空間を引き継ぐことは簡単ではなかったようです。
「ママが亡くなってから、お店にあった借金を売り上げから返済するまで3年かかりました。その間に中野の『クラシック』のお店を継続しようと、私だけではなく『ヴィオロン』のマスターや遠い親族の方も尽力したのですが、相続権の問題があってダメでした。結局お店のものを、全て処分しなければならない状況になりました。
じゃあどうしようか、というところで。いったん、私の実家や兄宅でレコードや調度品など引き取って、新たな場所で開店する時期をうかがっていたんです。あの空間が全てなくなってしまうことは、私には考えられませんでしたから」(檜山さん)
その苦労の甲斐あり、かつての「クラシック」の匂いまで引き継いだ「ルネッサンス」が高円寺に誕生したのです。
店内は基本的に私語禁止。メニューはドリンク(珈琲、紅茶、オレンジジュース)のみ。それは、お金をかけずにゆっくり音楽を楽しんでほしいという、「クラシック」時代から続く心遣い(写真撮影/相馬ミナ)
「美作さんの『クラシック』は、一度入るまではかなりハードルの高い場所でした。一方で『ルネッサンス』は檜山さんが美作さんの美意識を引き継ぎつつ、門戸を開いてくれて、入りやすくなったと思います」(難波さん)
「名曲喫茶というと、ちょっと怖い男性のマスターがいるイメージですけれど、私自身が女性なので、若い女性でも安心して一人で過ごせて、ゆっくり音楽を楽しめる場所にしたいですね」(檜山さん)
初代の美作七朗オーナー。その娘さんであり二代目オーナーの美作良子ママ。そして今、高円寺の「ルネッサンス」にその空間を受け継ぎ、守っている檜山真紀子さん。店内の調度一つ一つに、美作さんの美意識と、それを愛して受け継いで来た人々の思いがこもっています。
新しいビルの地下なので、通り過ぎそうになるかも。黄色の看板を目印に、階段を下りるとルネッサンスの扉がある(写真撮影/相馬ミナ)
ルネッサンス
営業時間:12:00~20:00 定休日:12:00~19:30[水・木・金]12:00~21:30[土・日・祝]月曜日、火曜日(祝日の場合は営業、翌日休み)*営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗電話やTwitterにてご確認ください
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2-48-11 堀萬ビルB1F
TEL:03-3315-3310 Twitter:@renaissance2007
次に難波さんに紹介していただいた純喫茶は、地下鉄新高円寺駅2番出口からすぐのところにある「カフェ ブーケ」。昭和43年のクリスマスイブにオープンし、創業54年目になる老舗です。
難波さんは高円寺散策の際によく立ち寄っていたそうで、こちらのムーディーな照明が特にお気に入りとのこと。
「このお店の好きなところは、なんといっても紫色のランプシェードです。カーテンの黒のレースが、ちょっと妖艶な感じもあって。
一番奥の席に座って、レモンスカッシュ越しに窓の方を見ると、それがすごくきれいなんですよ。特に雨や雪が降っている日は格別です」(難波さん)
新高円寺の駅前とは思えない落ち着いた空間は漫画『天国堂喫茶店~アラウンド・ヘヴン~』(双葉社)のモデルにもなっている(写真撮影/相馬ミナ)
落ち着きのある紫色のランプシェードや黒いレースのカーテンの向こう側には、新高円寺の駅前の風景があります。半世紀以上の歴史があるこの店で、店主の岩田さんは街を眺めてきました。
「この場所で親父が新聞屋をやっていて、その場所を引き継いで僕が喫茶店にしました。昭和40年代当時は、喫茶店で独立する人が、結構多かったんです。
昔は『阿佐ヶ谷は七夕祭りがある、中野にはブロードウェイがある、でも高円寺には何もない』という状態だったのが、僕の親父の代に『高円寺にも何か特色を出そう』と、高円寺ばか踊り(現在の高円寺阿波おどり)を始めたんですよ。
今ではイベントが大きくなりすぎてNPOに運営を任せていますけど、もともとは、発案も運営も商店街が行っていました。そう考えると、親父の代の高円寺の商店主は、頑張っていたよね」(岩田さん)
「カフェ ブーケ」店主の岩田郁也さん(写真撮影/相馬ミナ)
開店以来50年以上カウンターに立ってきた岩田さんですが、一度も苦痛に思うことはなかったといいます。
「僕は店の上の階に住んでいますけれど、店に立つのが嫌だと思って階段を下りてくることはないですね。店に出れば、人と話せるから。
僕は中野坂上の(都立)富士高校に通っていた頃は落語をやっていたくらい、喋るのが好き。だからお店の設計もオープンカウンターにして、お客さんと会話ができるようにしました」(岩田さん)
長い歴史のなかでは、地元の人をはじめいろいろな人が常連となり、入れ替わってきました。岩田さんはそれぞれのお客さんを、今でも懐かしく思い出すそうです。
この席でいただくレモンスカッシュが、難波さんのお気に入り(写真提供/難波里奈)
「とにかくいろんな人が来ていたね。ビジネスパーソンはもちろん、漫画家さんやら、舞台衣装をつくっている子やら。息子ぐらいの年齢だけれど、趣味の釣りがきっかけで意気投合して、休みのたびに一緒に釣りに行っていた男の子もいました。
僕はずっと店の中に居て、入口から入ってくれる人を受け入れるだけ。でも普段だったら出会えないような人と出会えるから、楽しい仕事です。
また、昔の常連さんがひょっこり来てくれたりすることもあって。そんなときは、嬉しいですね」(岩田さん)
その土地のランドマークのように長く続く純喫茶の常連になると、街の歴史の一部になれたような気がしますよね。幾年も変わらない店内から街を眺めれば、今まで知らなかった街の表情が発見できるかもしれません。
新高円寺駅から徒歩0分にあるオアシス(写真撮影/相馬ミナ)
カフェ ブーケ
営業時間:9:00~19:00
定休日:水曜日
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目20−2
TEL:03-3315-2578
純喫茶の魅力を普及する難波さんの活躍もあってか、近頃は昭和を知らない若い世代の純喫茶好きも増えているそう。
純喫茶という文化が、世代を超えて愛されていくのは素晴らしいことです。とはいえ、長く守って来たお店の雰囲気を壊したくはないもの。純喫茶ならではのお作法があれば、知りたいところです。
難波さんは「気構えしすぎる必要はない」といいます。
「もしも純喫茶での振る舞いを自分の憧れの人に見られたときに、恥ずかしいことはしないように……と意識しておけば、いいのではないでしょうか。例えば、撮影するときはお店の方の許可を取る、ほかのお客さんが写りこまないようにする、立ち上がって撮影しないなど、周りの人を不快にさせない最低限のルールを守ることかと思います。
純喫茶の空間を一時的に飲み物1杯分のお金で借りていると考えて、周りの人と共有する時間や空間でもあることを忘れずに。誰かに見られているという意識を持つことが大切だと思います」(難波さん)
ゆっくりとひとりの時間を楽しむか、じっくりと会話を重ねるか。用途によって最適なお店を選ぶことも、純喫茶の嗜み(写真撮影/相馬ミナ)
ではお店のオーナーの立場としてはどうなのでしょう。
「お店に合う楽しみ方、というのはあると思いますね。うちの店は、以前は私語禁止ではなかったんです。でもすごく騒がれる方がいて、仕方なくそんな決まりを設けました。
やっぱり一人で楽しむ感じの方が、この店には合っているのかなあ、と思います。
常連さん半分と、ご新規さん半分。なんとなくうまい具合にミックスしてくれて、常連さんの振る舞いから『ああ、こういう楽しみ方があるんだ』ということを、来た方が徐々に分かって、自然に馴染んでいってくれるというのが、理想ではあります」(「ルネッサンス」檜山さん)
「時々スマートフォンから目を離して、会話を楽しんでほしいですね。それは僕とでなくてもいいんです。一緒に来た方と会話して、その時間を楽しんでほしいと思います。
後は、僕らのお店は飲食してもらうことで成り立っているので、飲食はしてほしいかな。本当に時々だけれど、飲み物を持ち込む若い人がいるので、それは丁寧にお断りしています」(「カフェ ブーケ」岩田さん)
一人を楽しむお店、おしゃべりを楽しむお店。お店ごとに楽しみ方が違うのも、純喫茶の醍醐味。場所が違えば「そこに馴染む振る舞い」は違います。でも作法は、お店のマスターやマダム、常連さんたちから徐々に学んでいけるもの。最初からスマートに行動できなくてもいいのです。
お店に宿る店主の個性をリスペクトして、そこにしっかりと向き合う。そんな気持ちを持っていれば大丈夫! 純喫茶はあなたを温かく迎えてくれます。
高円寺の純喫茶+α、難波さんのお気に入り散策スポット純喫茶以外にも見どころの多い高円寺。難波さんに「ルネッサンス」「カフェ ブーケ」以外の高円寺のお気に入りスポットも、紹介してもらいました。
ルネッサンスと同じビルにある小さな本屋さん「蟹ブックス」
「実はオーナーの花田さん主催のイベントに呼んでいただいたことがあって。こちらでお会いしてびっくりしました。ここで本を買って、『ルネッサンス』で読むのも素敵ですね」(難波さん)
(写真撮影/相馬ミナ)
蟹ブックス
営業時間:12:00~20:00
定休日:水曜日
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目48−11 堀萬ビル 201
TEL:03-5913-8947
Twitter:@kanibooksclub
純情商店街でレトロなインテリアを買うなら「古道具 権ノ助」
「自宅には、棚や椅子など権ノ助さんで購入したものがたくさんあります。店主の遠藤さんは明るくて人懐っこくて、遊びに行くとつい話し込んでしまうのが常です」(難波さん)
(写真撮影/相馬ミナ)
古道具 権ノ助
営業時間:12:00~19:00 土日、日曜祭日は12:00~20:00
定休日:水曜日
住所:〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-9-8 コーセイドーハイツ101
TEL:03-5373-8355
Twitter:@koenjigonnosuke
純喫茶の魅力は、個人経営が基本ゆえに、チェーン店とは違って、その内装にも、飲み物や食べ物にも、店主の個性が表れていること。だからこそ、自分と波長の合うお店を見つければ、喜びもひとしおです。
あなたが住んでいる街、よく行く街にも、きっと素敵な純喫茶があるはず。ぜひ探してみてくださいね。
前編では、難波里奈さんのお部屋をご紹介。純喫茶に通うようになった理由も伺いました。
純喫茶から譲り受けた家具でつくったお部屋「喫茶 あまやどり」東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さんの昭和レトロあふれるおうち拝見
難波里奈さん
東京喫茶店研究所二代目所長。日々の隙間に訪れた純喫茶は2000軒以上。現在は様々なメディアでその魅力を発信中。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ) 『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書多数。
純喫茶コレクション
Instagram:@retrokissa2017
Twitter:@retrokissa
著書
間もなく訪れる新年度より、大学進学を機に一人暮らしをスタートさせる人も多いはず。そんな人の参考になるように、今回は慶應義塾大学で学部数の多い日吉キャンパス(神奈川県横浜市)と三田キャンパス(東京都港区)に通いやすく、家賃相場が安い駅を調査! 各キャンパスの最寄駅である、日吉駅まで電車で15分圏内、または田町駅・三田駅・赤羽橋駅いずれかまで電車で20分圏内に位置し、家賃相場が安い駅のランキングをご紹介する。さらに不動産会社「ハウスメイトショップ」武蔵小杉店店長の加瀬舞子さん、目黒店店長の山本泰史さんに聞いた、各キャンパス周辺にある学生が住む街としておすすめの駅についても見ていこう。
日吉キャンパス最寄り:日吉駅まで15分以内の家賃相場が安い駅TOP14(15駅)順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 白楽 6.0万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/11分/0回)
2位 高田 6.2万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
2位 妙蓮寺 6.2万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/9分/0回)
4位 大口 6.3万円(JR横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/12分/1回)
5位 東白楽 6.4万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/0回)
6位 東山田 6.65万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市都筑区/7分/0回)
7位 小机 6.7万円(JR横浜線/神奈川県横浜市港北区/14分/1回)
8位 日吉本町 6.8万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/2分/0回)
9位 日吉 6.9万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/0分/0回)※起点駅
10位 中川 7.0万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/神奈川県横浜市都筑区/15分/1回)
11位 菊名 7.1万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
11位 大倉山 7.1万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/4分/0回)
13位 綱島 7.35万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/1分/0回)
14位 元住吉 7.4万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/1分/0回)
14位 鹿島田 7.4万円(JR南武線/神奈川県川崎市幸区/13分/1回)
―――
「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」加瀬さんおすすめの駅
13位 綱島
14位 元住吉
ランク外 武蔵小杉 8.35万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/2分/0回)
順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数/到着駅)
1位 流通センター 8.2万円(東京モノレール/東京都大田区/18分/1回/田町駅)
2位 糀谷 8.3万円(京浜急行空港線/東京都大田区/19分/0回/三田駅)
3位 武蔵小杉 8.35万円(東急目黒線/神奈川県川崎市中原区/18分/1回/田町駅)
4位 川崎 8.4万円(JR東海道本線/神奈川県川崎市幸区/16分/1回/田町駅)
5位 大森町 8.45万円(京浜急行本線/東京都大田区/19分/1回/三田駅)
6位 昭和島 8.5万円(東京モノレール/東京都大田区/19分/1回/田町駅)
6位 西馬込 8.5万円(都営浅草線/東京都大田区/15分/0回/三田駅)
6位 田園調布 8.5万円(東急目黒線/東京都大田区/20分/0回/三田駅)
6位 平和島 8.5万円(京浜急行本線/東京都大田区/14分/0回/三田駅)
10位 京急蒲田 8.6万円(京浜急行本線/東京都大田区/17分/0回/三田駅)
10位 大井競馬場前 8.6万円(東京モノレール/東京都品川区/16分/1回/田町駅)
12位 旗の台 8.7万円(東急大井町線/東京都品川区/18分/1回/田町駅)
12位 千駄木 8.7万円(東京メトロ千代田線/東京都文京区/20分/1回/三田駅)
14位 蒲田 8.8万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/14分/0回/田町駅)
14位 洗足 8.8万円(東急目黒線/東京都目黒区/17分/0回/三田駅)
―――
「ハウスメイトショップ目黒店」山本さんおすすめの駅
14位 洗足
ランク外 武蔵小山 9.2万円(東急目黒線/東京都品川区/12分/0回/三田駅)
ランク外 中延 9.3万円(都営浅草線/東京都品川区/11分/0回/三田駅)
慶應義塾大学のキャンパスは各地にあるが、メインとなるのは多くの学部の1・2年生が通う日吉キャンパスと、同様に複数の学部の2~4年生や大学院生が通う三田キャンパスだ。
日吉キャンパス(写真/PIXTA)
神奈川県横浜市港北区に位置する日吉キャンパスの最寄駅は、東急東横線と東急目黒線、横浜市営地下鉄グリーンラインが乗り入れる日吉駅。2023年3月に開業予定の東急新横浜線の乗り入れも始まる、注目の駅だ。東口駅前には見事なイチョウ並木が延びており、そこはもう敷地面積約10万坪という広大な日吉キャンパス。駅西口側には食料品街からユニクロなどの服飾・雑貨店、家電量販店までそろう「日吉東急アベニュー」があるほか、リーズナブルな飲食店も豊富な商店街が広がっている。
日吉駅(写真/PIXTA)
今回お話をうかがった「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長・加瀬舞子さんは、「日吉キャンパスに通うのは単位取得のため学校に通う機会が多い1・2年生が多数。そのため最寄りの日吉駅や、近隣駅にお住まいになる学生さんが多いですね」と教えてくれた。そんな日吉駅は9位にランクインしており、学生向け賃貸物件の家賃相場(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK、駅から徒歩15分圏内。以下同)は6万9000円。さらに家賃を抑えたいなら、ランキング上位の6万円台前半の駅もチェックしたい。加瀬さんからは「近すぎると友人のたまり場になり、遠すぎると通学が面倒になるので、学校から20分ほどの範囲で探すのもいいですよ」とのアドバイスも。その点からも、あえて最寄りの日吉駅ではない街に住むのもアリだろう。
続いて三田キャンパス周辺の様子を見てみよう。東京都港区にある三田キャンパスは慶應義塾の原点といえる地だ。最寄駅である田町駅にはJRの山手線や京浜東北・根岸線が乗り入れ、駅周辺はビジネス街として発展。駅から大学へと向かう通り一帯はリーズナブルな飲食店がひしめく学生街としても愛されている。田町駅のすぐ近くには都営地下鉄の三田線・浅草線が通る三田駅が位置。キャンパスから北へ徒歩8分ほどの場所にある都営大江戸線・赤羽橋駅とあわせて、この3駅が主に大学の最寄駅として利用されている。
(写真/PIXTA)
田町駅前の様子(写真/PIXTA)
田町駅周辺の学生向け賃貸物件の家賃相場は11万6000円、三田駅の家賃相場は11万5500円、赤羽橋駅の家賃相場は12万円。大学への通いやすさなら最寄駅周辺に住むのが一番だろうが、学生にとってこれだけの家賃を払うのは厳しそう……。「ハウスメイトショップ目黒店」の山本泰史さんも、「三田周辺は家賃が高めのため、電車を使ってドア・トゥ・ドアでキャンパスまで30分以内にある物件を探す方が多い印象です」とのこと。上記ランキングで記載している所要時間は「電車の乗車時間(乗り換え時間含む)」であり「物件~駅/駅~大学間の所要時間」は含まないので、その点は物件探しの際に考慮したい。とはいえ家賃相場に注目するとトップ14の駅は8万円台で、田町駅や三田駅、赤羽橋駅の周辺よりもだいぶ費用を抑えることができる。
家賃の安さで住まいを選ぶ際は、上記のランキングをぜひ参考にしてほしい。しかし安さばかりではなく、住みやすい街かどうかも気になるところ。そこで先に登場したお2人に、日吉・三田の各キャンパスに通う学生の住む街としておすすめの駅を教えてもらった。
日吉キャンパスに通う1・2年生が住むなら、東急東横線沿線がおすすめ!まずは日吉キャンパスに通う学生も利用する、「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長の加瀬さんにおすすめの街をうかがおう。先述したように、日吉キャンパスに通う学生は日吉駅や近隣駅に住むことが多いのだそう。「日吉駅や日吉近隣の東急東横線沿線は、飲食店をはじめ商業施設が充実している駅も多く、初めての一人暮らしでも安心して住める環境ですよ」と加瀬さん。なかでも特におすすめの駅を3つ、教えてくれた。
元住吉駅前の商店街(写真/PIXTA)
おすすめ度1位は日吉駅の隣、東急東横線と東急目黒線が通る元住吉駅。上記の日吉キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングでは、家賃相場7万4000円で14位に。「駅を挟んで東西2つの商店街があり、チェーン系の店舗や地元の個人商店も含めて約270店舗の商店が立ち並んでいます。主にファミリー層が住むエリアなので、落ち着いた住環境を求められる方には非常におすすめできる駅です」。また、駅から徒歩7分ほどの場所に広大な「川崎市中原平和公園」があったり、駅前を流れる渋川沿いに約2kmにわたる桜並木が続いていたりと、自然を感じられる環境なのも魅力だという。
武蔵小杉駅周辺の様子(写真/PIXTA)
次なるおすすめは東急東横線と東急目黒線、JRの南武線など各線が乗り入れる武蔵小杉駅。日吉駅までは東急東横線でも東急目黒線でも2駅・3分前後、家賃相場は8万3500円だ。「家賃の価格帯は少し上がりますが、住みたい街ランキングでも上位に入る、人気が高いエリアです。『ららテラス 武蔵小杉』や『グランツリー武蔵小杉』など大型商業施設も充実。乗り入れ路線も多く、都内への玄関口として非常に利便性が高い駅です」
「SUUMO住みたい街ランキング2022 首都圏版」(リクルート調べ)で14位にランクインした武蔵小杉駅は神奈川県川崎市にあるが、駅東側を流れる多摩川を越えると東京都大田区に。東急東横線の通勤特急に乗れば、自由が丘駅まで1駅・約5分、渋谷駅まで3駅・約16分で行くことができる。日吉キャンパスまでの近さはもちろんのこと、せっかく進学で上京するならば都内までの近さも重視したい人には、うってつけだろう。また、武蔵小杉駅は今回調査した「三田キャンパス」周辺の家賃相場が安い駅ランキングだと3位。1・2年次は日吉キャンパス、3年次以降は三田キャンパスに通う予定の学生なら、進級後も引越しせず住み続けられる点も便利そう。
加瀬さんおすすめの3つ目の駅は、日吉キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで13位の東急東横線・綱島駅。元住吉駅とは逆側、日吉駅から下り方面へ1駅目に位置しており、家賃相場は7万3500円。「スーパーやドラッグストア、飲食店など、駅周辺には幅広いジャンルの店舗がとても豊富。2023年3月には東急新横浜線の新綱島駅が開業予定で、ますます利便性が高まる点も注目です!」と加瀬さん。
新綱島駅のイメージ(写真/PIXTA)
東急新横浜線は日吉駅~新横浜駅を結ぶ路線として開業予定で、同じく開業準備が進む新横浜駅~羽沢横浜国大駅・西谷駅を結ぶ相鉄新横浜線とともに、相鉄・東急直通線の連絡線としての役割を担う。開業したあかつきには相鉄線と東急線との相互直通運転が可能に。新しく誕生する新綱島駅は綱島駅から100mほどの位置なので、この辺りに住むと2駅2路線が利用できるわけだ。新駅開業にあわせて道路の整備などの再開発も進められ、より住みやすい街へと進化しているところだ。
三田キャンパスに通う学生の住まいとして、おすすめの駅3選三田キャンパスへの通学にも便利な街は、「ハウスメイトショップ目黒店」山本泰史さんにうかがった。住む街を選ぶ際のポイントは、「交通の利便性が高い駅であること」と話す山本さん。「三田キャンパスを利用する3・4年生は、アルバイトや就職活動など学校外での活動が増えてくる時期。そのため学校への行きやすさをふまえたうえで、別の場所へのアクセスの利便性も高い駅を選ぶのがよいでしょう」
三田キャンパスは最寄駅が多く、どの路線がよいのかも迷うところ。その点をうかがうと、「特におすすめは東急目黒線の沿線。都営三田線と相互直通運転されていてキャンパスがある三田駅まで乗り換えせずに行けること、目黒駅に出れば都内の主要駅に行きやすいJR山手線に乗り換えられる点が魅力です」と教えてくれた。
武蔵小山駅前(写真/PIXTA)
なかでも山本さんイチ押しは、急行停車駅でもある東急目黒線・武蔵小山駅。大学最寄りの三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線なら約12分で行くことができる。家賃相場は9万2000円と少々高め。「開発が進み、近年は家賃相場が上がった点はネック。ですが、東京で最も長いアーケード商店街があって、買い物や外食にたいへん便利な環境です。にぎわいのある街なだけに適度に人目があり、一人暮らしの学生さんも安心して暮らせるでしょう」。都内最長だというアーケード商店街「武蔵小山商店街パルム」は、全長約800mで店舗数は約250軒にものぼる。商店街の東側駅前エリアには、再開発で2019年に開業したショッピングモール「パークシティ武蔵小山ザモール」や、品川区役所の出張所や商業施設も備える2021年7月竣工の複合施設も。駅周辺の再開発は現在も進行中なので、今まさに街が生まれ変わりゆく様子を見られる点も魅力だ。
武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)
もう少し家賃相場を抑えたいなら、「東急目黒線の東京都区間内では比較的に家賃相場が安い、洗足(せんぞく)駅もおすすめです」と山本さん。洗足駅の家賃相場は8万8000円で、三田キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで14位に。三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線に乗ると約17分だ。
「駅前にスーパーやドラッグストアがそろっていて買い物に便利な環境。駅周辺は閑静な住宅街で落ち着いた印象です。ただ、人通りが少ない点が心配なら、住まい探しの際に駅までの道のりチェックも忘れずにしましょう」
この洗足駅前には美しいイチョウ並木が続き、並木通り沿いを中心に商店街が広がっている。日々の食事に役立つ惣菜店や、神保町に本店がある欧風カレーの名店「ボンディ」の支店、自家焙煎にこだわるコーヒーショップなど個性的な店が豊富でめぐり歩くのも楽しそう。また、洗足駅から徒歩10分弱に位置する東急大井町線・北千束駅を利用することも可能だ。
洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
山本さんがもう1駅、おすすめしてくれたのが都営浅草線・中延(なかのぶ)駅。家賃相場は9万3000円で、三田駅までは約11分。
「都営浅草線と東急大井町線が利用できて便利。若者に人気の自由が丘駅までも1本で行くことができます。駅近くには商店街が3つあり、八百屋さんや精肉店などが並んでいるので食費を抑える助けにもなるかも。駅前にユニクロがあるのもうれしいところです」
商店街のなかでも注目は、「なかのぶスキップロード」と呼ばれる中延商店街。中延駅から北に延びており、東急池上線の荏原中延駅まで約330mも続くアーケード商店街だ。買い物に利用できる商店街独自のポイントシステムも用意されているので、ポイントを貯めつつお得に買い物ができる。
なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
さて今回はランキング調査に加え、これまで多くの学生を新生活へと送り出してきた不動産会社のお話を参考に、学生におすすめの街をご紹介した。住む街によって生活の充実度は変わってくるし、学生時代に暮らした街は卒業後も大事な思い出の地になるだろう。しっかりと自分の好みにあった街を選び、ぜひ楽しい新生活を送ってほしい。
●取材協力
ハウスメイトショップ
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている田町駅、三田駅、赤羽橋駅まで20分以内、日吉駅まで電車で15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年11月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載
おしゃれなインテリアをつくるセオリーはいくつもあるけれど、その中核に自分の「好き」という気持ちがなければ、どこかありきたりになってしまいます。とはいえ自分の好みを反映するさじ加減は、意外に難しいもの。
好きなお店のインテリアの使いは参考にしたいものの一つですが、もしあなたがアンティークなテイストが好きなら、昭和レトロな純喫茶(※1)に注目してみませんか。
今回は純喫茶を愛するあまりほとんど毎日通っている、東京喫茶店研究所二代目所長(※2)、難波里奈さんのお部屋をご紹介。純喫茶から譲り受けたものや、自ら探し求めた家具などで構成された自室は、昭和の映画、例えば大林宣彦監督の映画『時をかける少女』や『ねらわれた学園』のヒロインのお部屋を思わせる、心ときめく空間です。
※1 純喫茶・・・お酒を出す「カフェー」と区別して、珈琲や軽食のみを提供した店を呼ぶ際に、昭和初期より使われるようになった言葉。本文中では90年代のカフェブーム以前の、昭和レトロな喫茶店を「純喫茶」としています(インタビューにお答えいただいた方による呼称は、発言による)
※2 東京喫茶店研究所二代目所長・・・研究所は架空の存在。その一代目所長は写真家詩人の沼田元氣さん
東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん(写真撮影/相馬ミナ)
難波さんは日本全国2000軒以上の純喫茶を訪ねてきたほどの、純喫茶好き。その貴重な記録は多数の著書としてまとめられ、その純喫茶への愛は誰もが一目置くところです。
さまざまな純喫茶をめぐり、その空間を知り尽くした難波さんのお部屋、こと「喫茶 あまやどり」は、今までに見てきたものを活かしながら、暮らしやすさにも考慮された居心地のよさそうな空間。
そこで好きなお店から受けたインスピレーションを部屋づくりに活かすノウハウや、閉店した純喫茶からインテリアを譲り受けた時のエピソード、昭和レトロなアイテムやアンティークテイストな品との出合い、そして難波さんが純喫茶に魅せられ、通うようになったきっかけなどについて伺いました。
「私のあこがれるものは全て純喫茶の空間の中にある」部屋の中で聞くレコードプレイヤーを置くためのスペース。閉店した純喫茶「DANTE」(東京・西荻窪)から譲り受けたテーブルは、アナログレコードとプレーヤーによく馴染む(写真提供/難波里奈)
もともと難波さんは昭和レトロな雑貨や家具が好きで、純喫茶に通うようになったのもそれがきっかけだったそう。
「なぜかは覚えていないのですが、大学生の時に昭和時代のものたちがとても気になって、集め始めました。用途などはまったく考えずに、見た目のデザインだけで惚れ込んで『うわぁ、これ素敵!』って。炊飯器を7つも買ってしまったこともあります。その他にも、ポット、電球、照明とか、グラスやスプーンや鍋などの日用雑貨を、コレクションしていました。
当時は実家暮らしだったのですが、自分の部屋だけではなく、隣の部屋、倉庫、と次々と昭和レトロなアイテムたちで侵食してしまって(笑)。さすがに父親から『使いきれないものを、そんなに集めてどうするんだっ』と叱られました。確かに私自身もコレクションの管理に限界を感じていて……。
そんなある時、『私が好きで集めているものは、実は全部、喫茶店にあるな』って気が付いて。それなら喫茶店を、『今日の私の部屋』だと思えばいいと、ひらめいたのです。それから、部屋を着替えるように、喫茶店に通う日々が始まりました」(難波さん)
純喫茶のインテリアにも、さまざまなテイストがあります。重厚な書斎風だったり、デコラティブなロココ調だったり、70年代風のレトロポップだったり。難波さんは、そのどれもが愛おしいといいます。
「店主の好みで統一された空間に魅かれます。たとえ自分のテイストとは合わなくても、その方の表現したい世界に興味が湧くのです。それぞれの個性がぎゅっとつまった空間で、インテリアを観察しながら過ごす時間が、大好きです」(難波さん)
目を輝かせて純喫茶のインテリアを語る難波さん。店主が自らの好みを突き詰め、長い年月をかけて磨き上げた純喫茶の空間で憩うことは、その人の世界観を「のぞかせてもらっている」感覚だといいます。
閉店する純喫茶の家具で、インテリアを構成した理由「喫茶 あまやどり」の珈琲タイム。コーヒービーンズが敷き詰められたテーブルと、椅子は元住吉の「らんぷ」、ナプキン入れとシュガーポットは神田「カスタム」のもの。今は閉店した両店から、難波さんが譲り受けた。アンティークショップ「SHIBERIA」にて購入したランプをコーディネートして(写真提供/難波里奈)
難波さんは自室を「喫茶 あまやどり」と呼んでいます。
Instagramでは、純喫茶めぐりの様子とあわせて、自室でいただくお料理や、耳を傾ける音楽についても、ストーリー機能を使って発信。難波さんのフォロワーには純喫茶のファンであると同時に、「喫茶 あまやどり」のファンも多いのです。
Instagramの難波さんのアカウント「純喫茶コレクション」は日々の純喫茶通いのレポートとともに、「ストーリーズ」機能にて、難波さんのお部屋「喫茶 あまやどり」での過ごし方も発信(画像提供/難波里奈)
「実は私の部屋のインテリアの多くが、喫茶店からのもらいものです。閉店してしまった喫茶店から譲り受けた家具と、私が自分で集めたアンティークテイストのインテリアを組み合わせているのがポイントです。
譲り受けた経緯はいろいろで、初めて訪れたお店で、マスターから『明日で閉店するから、店の中のものは全部処分する』と聞いて、『もし可能であれば、この机をいただけませんでしょうか?』とお願いしたこともありました。また、ずっと通っていたお店が幕を下ろすことになり、悲しんでいたら『最後にこれをあげる』と形見分けみたいにいただいた、家具や雑貨もあります。そんなお店からのものたちが、部屋の中に10点以上ありますね」(難波さん)
コレクションしている純喫茶のカップたち。左3列は閉店したお店から譲り受けたカップ。飾ってないものも含めて20客ほども(写真提供/難波里奈)
訪れた純喫茶のマッチコレクション。写っているのはほんの一部(写真提供/難波里奈)
難波さんが閉店した純喫茶のインテリアを引き取るのは、二つの理由があります。一つは、もちろん純喫茶のインテリアが好きだから。もう一つは、無くなった純喫茶の空間を記憶しておくためです。
「閉店した喫茶店から譲り受けたものは、お店の方たちに託していただいたものだと思っています。
お店は閉店してしまったけれど、私はそこで過ごした時間を覚えています。つまり、私の中では生きているのです。その記憶を部屋にコレクションしているという感覚です」(難波さん)
難波さんのお部屋からは、閉店していくお店も含めて、愛する純喫茶を探究し、記録していこうという情熱がうかがえます。
純喫茶のインテリアに照らして、自分の「好き」を発見する純喫茶から譲り受けた家具と、自ら探したアンティーク調の雑貨などを組み合わせた難波さんの部屋(写真提供/難波里奈)
アンティーク家具が好きだけれど、他のインテリアのテイストとの合わせ方が分からなかったり、古めかしい印象になるのを心配したりして、「部屋に取り入れるのが難しい」と感じている人も多いのではないでしょうか?
難波さんの部屋は、さまざまな純喫茶から譲り受けたインテリアや雑貨で構成されていますが、すっきりとして統一感のある仕上がりです。難波さんに部屋のコーディネートの工夫を聞きました。
「『これ』という正解があるわけではなくて、すごく好きな喫茶店があればよく観察して、『あ、こういう椅子とこういう机が合うんだ』と、さりげなく真似をしてみるのもいいかもしれません。
喫茶店はつくった人の好きなものや情熱が細部まで散りばめられている空間です。ですから喫茶店にインスパイアされた部屋をつくるのなら、お店の方たちにそのコツを聞いてみるのもいいですね。
好きな喫茶店から学んだら、それに似た家具を骨董屋さんや骨董市で集めてはどうでしょうか。今はレトロがブームなので、販売しているお店は多いと思います」(難波さん)
難波さんお気に入りの高円寺のアンティークショップ「古道具 権ノ助」(写真撮影/相馬ミナ)
純喫茶は「100店舗あったら100人のマスターの好きなものが詰まった、一つとして同じものがない宝箱のようなもの」と難波さんはいいます。純喫茶めぐりを続けてそれぞれのお店の個性と向き合うことで、難波さん自身のインテリア選びのセンスも、磨かれていったのでしょう。
お話を伺って、大学時代に自分の“好き”を発見し、以来それを追い求め続けてきた難波さんの感性が、その著書にも、またお部屋にも表れているのだと感じました。純喫茶を発掘することも、そこからインテリアのエッセンスを汲み取ることも、自分の感性を研ぎ澄ましてじっくりと時間をかけて向き合うことが、大切なのかもしれません。
後編では、難波里奈さんのお気に入りの街、高円寺の純喫茶を案内してもらいました。
高円寺の愛され純喫茶を訪ねて。『純喫茶コレクション』著者・難波里奈さんと、私語禁止の名曲喫茶や老舗店で昭和レトロを味わう
難波里奈さん
東京喫茶店研究所二代目所長。日々の隙間に訪れた純喫茶は2000軒以上。現在は様々なメディアでその魅力を発信中。『純喫茶コレクション』(PARCO出版)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ) 『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書多数。
純喫茶コレクション
Instagram:@retrokissa2017
Twitter:@retrokissa
著書
世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載3回目は、“曲面テラス”がユニークな超高層集合住宅タワー「アクア・タワー(Aqua Tower)」(アメリカ・シカゴ)を紹介する。
曲面テラスが醸すユニークな超高層集合住宅タワー(c) Hedrich Blessing
今日、ニューヨークは超高層ビル群が櫛比(しっぴ)する垂直都市として世界的に知られている。スレンダーなスカイスクレーパー(超高層ビル)群が林立する様は、まさに経済的なシンボルともいわれている。だが摩天楼発祥の地はシカゴなのだ。シカゴにはかつて長らく米国1の高さを誇っていた高さ442mの「ウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)」や、それに続く344mの「ジョン・ハンコック・センター」があり、それらの偉容は、シカゴの超高層都市としてのアーバン・イメージを特徴づけてきた。
そうした中、シカゴをベースに活躍する女性建築家ジーン・ギャングが率いる建築設計スタジオ・ギャングが登場し、ここ20数年、主にユニークな集合住宅タワーを設計し評判になっている。彼女は1997年に事務所をシカゴに開設。女性建築家として世界的に有名であったイギリスのザハ・ハディド亡きあと、徐々にアメリカから世界を視野に収めた活動を展開しているスター・アーキテクトである。
彼女が数年前に発表したマルチ・ファンクショナル(多機能的)な集合住宅タワーが、世界的に評判で話題になっている。82階建て約263mの高さを誇る「アクア・タワー」は、4~18階にホテル、19~52階にレンタル・アパートメント、53~79階にコンドミニアム、80~81階(※)にペントハウスが配されている延床面積176,510m2の大きな超高層建築である。いわゆるブラウンフィールド(古い工場などの廃棄跡地)と呼ばれる約16,700m2の敷地に立つ建物は、敷地の50%をグリーンのオープン・スペースとして開放し、シカゴの標準的なゾーニング基準である25%をはるかに超えている寛大なデザインが人気である。この集合住宅タワーの発表で、彼女は一躍世界的に知られるようになった。
※米国では日本の1階部分をグラウンド0(0階)とするため、82階部分は、81階と呼ぶ
(c) Hedrich Blessing
眺望を追求し、最大3.6m突出させたテラス「アクア・タワー」が一見して他のビルと異なるのは、そのユニークな外観にある。建物が立つエリアはミシガン湖に近いが、周辺には同規模のタワー群が建ち並んでおり、眺望を楽しむビュー・ライン(視線)がところどころで遮られているのが現状だ。そのため近隣に立つビル郡の間隙(かんげき)を縫って眺望視線を獲得するために、テラスに工夫が施されているのだ。
(c) Hedrich Blessing
建物は各階のプランがコンタ・ライン(等高線)のようにうねっている。特にテラスは曲面となって最大3.6mほど突出している。それは眺望、日影、ルーム・サイズ、居室タイプによって異なっている。建物外壁を見上げると、それらが機能に根ざした非常に彫刻的なヴァーティカル・ランドスケープ(垂直の景観)を呈しているのだ。「アクア・タワー」は強烈なアイデンティティーを生み出し、シカゴ・スカイラインにおける個性的なランドマーク建築として登場したのである。
3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設が3階平面図(画像提供/筆者)
建物はシカゴの建築群の中で、最も広いグリーン・ルーフガーデンのひとつをもつビルとしても知られている。3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設があり、住民は自由な時間を楽しく過ごすために、外部に行かなくても十分事足りるようになっている。アメニティーとしては、プールをはじめ、ジム、シアター、ジョギング・コース、室内プール、見晴台、庭園、囲炉裏、禅ガーデン、ヨガ・テラス、バーベキュー・コーナー、脱衣室など、多くのヘルスケア&エンターテイメント施設が充実している。またサスティナブル・デザインとして、自然採光、自然換気、雨水利用をはじめ、開口部まわりには6種類ものガラスが使用されている。特にバード・ストライク(鳥の衝突)予防のために、フリット・ガラスを使用するなど、配慮が行き届いた超高層集合住宅タワーでもある。
●関連サイト
Aqua Tower
スタジオ・ギャング
山形県鶴岡市の中心部にある、建築家・坂茂さんが手掛けた水田に浮かぶホテル「スイデンテラス」。オープンから4年半、今やすっかり全国で知られる人気のホテルになりましたが、ことの始まりは、鶴岡に縁もゆかりもなかった代表・山中大介さんの東京からの移住でした。庄内平野に魅力を感じた山中さんは、その後の人生をかけて「スイデンテラス」をはじめとしたまちづくりをするべく、ヤマガタデザインという会社を起こします。ここでのさまざまな取り組みを見た人たちが、“鶴岡で働き・暮らしたい”と、続々とUターン・Iターンをし、次第に雰囲気は変化。今では働くスタッフのうちUターン・Iターン者のみで約8割を占めるといいます。その魅力は? 働く皆さんにお話を聞きました。
鶴岡の田んぼに浮かぶホテル、なぜつくった?山形県の北西部に位置する、庄内平野。山と海に囲まれた自然豊かで広大なエリアです。今回私たちが訪ねたホテル「スイデンテラス」は、鶴岡市内にあります。最寄りの鶴岡駅から車で約10分、庄内空港からは車で約20分と、想像していたよりも利便性の良いエリアです。
車で道を走っていると目の前に広がる山並みの景色が美しい鶴岡市内(写真撮影/土田 貴文)
周囲を見渡すと、田んぼのほかに工業関連の施設が複数あり、産業が発展していることがうかがえます。
「鶴岡市には11の工業地帯があって大企業のロジスティクスや、バイオサイエンスの研究機関がありますよ。東京からも飛行機で1時間ほどとアクセスが良いので、ビジネスで訪れる方も多いんです」と話すのは、ホテルの広報やブランドコミュニケーションを担う、小野寺望美さん。
そんなエリア内で、異彩を放ったたたずまいをしているのが「スイデンテラス」です。到着するとまず目に留まるのは、水辺の上に浮かんでいるかのような外観。
まるで水面に浮かんでいるかのようなホテル「スイデンテラス」(写真撮影/土田 貴文)
ホテルの居室からの眺めは、一面に水面が広がった田んぼの風景。まるで自分が田んぼの真ん中にたたずんでいるよう。レストランのテラスからは、出羽三山の一つ・月山を望むことができ、自然に包みこまれるような心地よさを感じます。
客室からは美しい山々と田んぼの風景を望むことができます(写真撮影/土田 貴文)
建物は自然との調和を保つために、あえて木造建築を主軸にしています。そこには「建て直しをせず、いつまでも長く手を入れて継いでいきたい。経年による変化によって生まれる魅力を伝えていきたい、という思いがあります」とヤマガタデザイン 街づくり推進室の長岡太郎さんは語ります。
世界的な建築家・坂茂さんが手掛けたデザイン。施設内には、坂さんの建築の代表的な意匠である紙管を使用(写真撮影/土田 貴文)
ブックディレクター幅允孝さんと共に選書した約1,000冊の蔵書がそろう共用棟ライブラリー。宿泊者以外もここでくつろぐことができます(写真撮影/土田 貴文)
レストランは、朝はテラスの窓を開放。気持ちの良い空気と景色を感じることができます(写真撮影/土田 貴文)
それにしても、なぜこの田んぼのど真ん中で、それもホテルを始めたのでしょうか。始まりは、代表取締役である山中大介さんの鶴岡への移住でした。
もともとは東京で暮らしていた、山中さん。その後同じ庄内エリアで世界的に注目をされているバイオベンチャー企業・Spiber(スパイバー)株式会社に転職し、鶴岡へやってきます。鶴岡で暮らしていくなかで、この街にポテンシャルを感じて、ついには自社「ヤマガタデザイン」を立ち上げて定住することを決意します。
「ホテルだけ」をやりたいわけではなかった山中さんは、鶴岡のことを「気候が穏やかで、景色も美しい。そして何より海の幸や山の幸と、食材の魅力が多いな」と思ったそう。一方で、こうした魅力が周囲にうまく伝えきれておらず、未成熟な部分も多い、とも感じたようです。
“気候や景色、食材など観光として訪れてもらう以外にも、暮らすための魅力も多い。鶴岡には魅力があるのに、この街に住む人が減っていっていることがもったいない。暮らし働く場所のひとつとして、庄内に住む人がもっと増えたら街はもっと魅力的になるのでは”、と思いをつのらせていた山中さん。そんな中で、Spiber社在籍時に、会社の近くにあるサイエンスパーク周辺の土地が未着手のまま困っているという問題に直面します。
そこで、山中さんは「ここをなんとかしたい」とSpiber社を退職後に立ち上げた、「ヤマガタデザイン」社で一手に引き受けることになります。その始まりが「スイデンテラス」でした。
田んぼの稲穂が黄金色に染まる、秋の「スイデンテラス」周辺(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
有名建築家が手掛けたホテルということもあり、2018年のオープン時から話題となりますが、ヤマガタデザインはホテルの発展だけに心を燃やしているわけではありませんでした。
「僕たちが目指していることは、まちづくりなのです。当初は開発することを第一に考えていましたが、ただつくってそのままにしておくわけにはいかない。施設や街は生き物なのです。持続させるためにホテルの運営も始めました。そのためには暮らし働く環境も必要です。 “従業員が通う保育園が欲しいよね”、“子どもたちが遊べる場所があるといいよね”と次々に発想が広がり、施設や機能が増えているんです」(長岡さん)
子どもたちが体を使って目いっぱい楽しむことができる全天候型の児童教育施設「キッズドームソライ」の「アソビバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
創作できるスペースも。色鮮やかなクラフトペーパーやリボンなど豊かな素材がそろう「キッズドームソライ」のクリエイティブコーナー「ツクルバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
本格的な工具もそろうほか、スタッフと一緒に制作ができます(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
この4年の間に農業も始めており、近郊にあるハウスで育てた有機野菜は、ホテルの食卓にも提供されています。また、隣接のキッズドームソライでは地域の子どもたちに向けたワークショップやイベントを実施するほか、フリースクールや放課後児童クラブを運営することで、地域の子育ての一端を担っています。この状況は、”鶴岡の街へ参画する一つの窓口になり始めているといえるのではないでしょうか。
ホテルから車で5分のところにあるハウスで有機栽培をしています(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
ベビーリーフやミニトマトなどをレストランで提供(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
レストランスタッフの目利きによる山形の新進気鋭のお酒や飲料はホテル内で販売もしています(写真撮影/土田 貴文)
もちろん働き暮らす人たちだけではなく、訪れる人へのアプローチも忘れません。
「“ホテル起点のツーリズム開催”、“食の魅力発信イベント”など、庄内への興味関心を促すことを、これからもどんどんやっていきたいなと考えています。これをきっかけに街への移住者や訪れる人が増え、地域が発展していくということを願いながら、私たちもさまざまな方法や事業で“街”について発信しています」(長岡さん)
山形が故郷である人の心を動かしていった圧倒的なホテルの存在はもちろん、それにとどまらずに多角的な展開をする姿に、”なにやら面白いことをしているぞ”と、さまざまな人がヤマガタデザインに興味を持ち始めます。
その口コミが広がり、徐々にスタッフになりたいとUターン志望者が現れ、ヤマガタデザインで働くに至りました。
創業期から代表の山中さんとともに汗を流す長岡さん。生まれは山形県寒河江市で、就職後は函館や山形でNHKの報道記者として働いていたと言います。
「自分が山中さんと知り合ったのは、山形勤務時に記者として彼を取材した時。その後、ご本人から話を聞き、彼の心根に打たれて、転職を決意しました」(長岡さん)
山形への熱い思いを語る長岡太郎さん。個人でも山形の美味しいお店や街を活性化するために実施している特徴的なイベントなどを運営しています(写真撮影/土田 貴文)
大企業という安泰を捨てる、その決意は並々ならぬものだったのではないでしょうか。
「自分としては、”どこで働くか”よりも”誰と働くか”が大切だと思っていて。心から愛していた山形のことを盛り上げるということには変わりはないし、何よりもこの人と一緒に仕事をしたらもっと面白くできると思ったのです」(長岡さん)
一方、ホテルレストランの料理長である佐藤義高さん。佐藤さんの地元は、鶴岡市の隣にある酒田市です。就職してからずっと東京で暮らしていたものの、いつかは地元に帰ることを考えていたそう。しかし地元の求人の多くは、就労環境や条件などで首都圏との格差があり、Uターンすることを躊躇していました。そんな中で、スイデンテラスの話を知人から耳にします。
「私はいつかUターンしたいなと思っていたものの、独立して店を開業するか、どこかに就職するかの選択となるのだろうなと考えあぐねていた。そんな時に地元の友人から『スイデンテラス』の話を聞いて面白そうだと思いました」(佐藤さん)
ホテルへの就職となると、仕事の内容がある程度決まるため、転職といってもほぼ業界の出身者が集います。
ところがこのホテルは「”まちづくり”の会社が担っていて、集まるメンバーも地方創生やまちづくりに関心がある人が多く、なかにはホテル勤務未経験者もいます。こうした今までにない環境が、自分の中の考え方や料理にプラスになると感じ、Uターンして働くことを決めました」と佐藤さん。
スタッフたちは皆、“街をよくしたい”という思いで、常に語り合っているそう(写真撮影/土田 貴文)
実際に働いてみてどう感じているのでしょうか。佐藤さんは「さまざまな出身のスタッフたちと一緒に働いているし、お客様も全国から来ていただいているので、ある意味で自分が想像していた地元で働く感覚よりも刺激的で、都会的な感覚もあります」と言います。
しかし、こうも続けます。
「スイデンテラスをきっかけに、地元が少しずつ変わっていく姿を見るのが面白い。また自分が帰郷して、食を通じて地元の食材の魅力を見直すことでき、それを訪れる人に伝えられることを嬉しく思っています」(佐藤さん)
縁もゆかりもなかった鶴岡。知れば知るほど夢中になっていった故郷に近い場所で働くUターン者ももちろん、「山形」の魅力に心を奪われてIターンをしてきたスタッフも多くいます。ヤマガタデザインでは働くスタッフの3割がIターンだといいます。
四季折々に変化する景色の豊かさは、Uターン・Iターンして再確認できたと、口々に話していました(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)
レストランサービスのリーダーである持田絢乃さんは埼玉県出身。それまでは都内や関東近郊の飲食店で働いていました。仕事をする中で、食品ロスの多さなどに違和感を感じ始め、もっと食を大切に、より深く食を学びたいという気持ちが強く湧いてきたそうです。
そんな中、脳裏をよぎったのが学生時代にお世話になった鶴岡のことでした。
「大学時代に地域フィールドワークの授業で訪れた鶴岡の街のことがずっと忘れられなかったんです。授業では、地域の課題を街のお母さん方と一緒に解決策を考えていくというものだったのですが、とにかく温かく接してくれて。そのことが忘れられなかったんですね。私が鶴岡に移住したいと思ったのは、こうしたこの街の人たちの優しさに触れたのが大きいです」(持田さん)
飲食店を退職し、鶴岡に来てしばらく農家レストランなどで働いていましたが、「この街」の良さをもっと発信したい、と思った時にヤマガタデザインに出合ったと言います。
「一人だと小さな力しかないかもしれないけれど、ここだったら“この街が好き”っていう人がたくさん集まっているので、なにか面白いことができると思っています」(持田さん)
一方、地元が近県の秋田県という武井真笑さん。関東の大学を卒業後は、Uターンして自動車ディーラーで営業の仕事をしていました。現在はホテルレセプションをしています。
あえて山形へ移住したのは、以前から地域振興に興味があったから。きっかけはNPOについて情報発信するサイトを通じて、鶴岡を知り訪れたことだったそう。
「実際に山形を訪れてみたら“すごくいいところじゃん”って思って。何より食事が美味しいし、人がみんなあたたかい。ここで働きたいなと思った」と移住に踏み切ったそうです。
食が豊かなことを改めて知ることができたと話すIターン者のお二人。気鋭の生産物を目利きして、「スイデンテラス」から発信していくことも大切にしています(写真撮影/土田 貴文)
「それまでは隣の県といえども、山形のことを本当に知らなかったんですね。秋田から山形へ出かけるって思ったよりも時間がかかるので。同じ東北地方でも仙台に足を延ばす方が圧倒的に早いんです。ここで仕事をし始めてからこんなにも山形は魅力的なんだな!と改めて感じることが多いです」(武井さん)
ホテルのエントランスには、地元のクリエイターの作品が多数並びます(写真撮影/土田 貴文)
ここ鶴岡には“街を良くしていきたい”と熱い気持ちを寄せる若い世代が集うと武井さんは話します。
「ヤマガタデザインはもちろん、地元の飲食店や、クリエーター、商店の人たち、まちづくり団体の人たちなど本当にたくさん。この仕事をきっかけに街の魅力を共有できる人たちと、これからも協業できたらいいなと思っています」(武井さん)
地方に暮らして働き、「その街」の魅力を、これからも全力で発信していく!と、エネルギッシュな皆さん。(写真撮影/土田 貴文)
大きな志を持った山中さんという一人の人物によって、たくさんの人が影響を受け、ここ“鶴岡“の街は確かに変化を遂げていっているようです。UターンやIターンはもちろん簡単なことではないですし、決断をすることにもエネルギーを使います。
ですが、「志」を同じくした仲間がいれば、もしかしたらその一歩は、踏み出しやすくなるのかもしれません。
ヤマガタデザインのように、地方から「ときめく」暮らしや仕事が各地に増えていったら、住む場所を選ぶ私たちはもっとワクワクしそうです。
●取材協力
・スイデンテラス
・ヤマガタデザイン株式会社
・ヤマガタデザインリゾート株式会社
新年度が始まる4月に合わせて、そろそろ引越しを考える人も増える時期。進学を機に大学の近くで一人暮らしを始める予定の学生もいるだろう。そんな新入生や、これから入学を目指す人の参考になるように、今回は明治大学・和泉(いずみ)キャンパス(東京都杉並区)の最寄駅である明大前駅にアクセスしやすく、家賃相場が安い駅を調査。さらに「ハウスメイトショップ下北沢店」店長の山室貴広さんに聞いた、和泉キャンパスに通う学生の住まいとしておすすめの街もご紹介していきたい。
和泉キャンパス最寄駅(明大前駅)まで15分以内の家賃相場が安い駅TOP14(19駅)順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 つつじヶ丘 6.58万円(京王線/東京都調布市/12分/0回)
2位 三鷹台 6.8万円(京王井の頭線/東京都三鷹市/13分/0回)
3位 成城学園前 6.9万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/15分/1回)
3位 仙川 6.9万円(京王線/東京都調布市/11分/0回)
5位 井の頭公園 7.0万円(京王井の頭線/東京都三鷹市/15分/0回)
5位 久我山 7.0万円(京王井の頭線/東京都杉並区/9分/0回)
5位 松原 7.0万円(東急世田谷線/東京都世田谷区/8分/1回)
8位 調布 7.1万円(京王線/東京都調布市/13分/0回)
9位 桜上水 7.3万円(京王線/東京都世田谷区/2分/0回)
9位 浜田山 7.3万円(京王井の頭線/東京都杉並区/6分/0回)
11位 西永福 7.35万円(京王井の頭線/東京都杉並区/4分/0回)
12位 山下 7.4万円(東急世田谷線/東京都世田谷区/10分/1回)
12位 上北沢 7.4万円(京王線/東京都世田谷区/5分/0回)
14位 永福町 7.5万円(京王井の頭線/東京都杉並区/2分/0回)
14位 経堂 7.5万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/13分/1回)
14位 豪徳寺 7.5万円(東急世田谷線/東京都世田谷区/13分/1回)
14位 千歳烏山 7.5万円(京王線/東京都世田谷区/7分/0回)
14位 梅ケ丘 7.5万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/12分/1回)
14位 富士見ケ丘 7.5万円(京王井の頭線/東京都杉並区/9分/0回)
―――
「ハウスメイトショップ下北沢店」山室さんおすすめの駅
14位 千歳烏山
ランク外 明大前 8.1万円(京王井の頭線/東京都世田谷区/0分/0回)※起点駅
ランク外 下北沢 8.8万円(京王井の頭線/東京都世田谷区/3分/0回)
東京都内を中心に、4キャンパス・10学部を抱える明治大学。東京都杉並区には主に法学部や商学部といった文系学部の1・2年生が通う、和泉キャンパスがある。2022年春には学生の交流スペースも備えた新教育棟「和泉ラーニングスクエア」が誕生した。この和泉キャンパスから徒歩5分ほどの最寄駅はその名も「明大前駅」。明治大学予科(当時)が移転してきたのを機に1935年から、この駅名になったのだとか。
明大前駅(写真/PIXTA)
京王線と京王井の頭線が通る明大前駅は、新宿駅まで京王線の特急で2駅・最短約7分、渋谷駅まで京王井の頭線の急行で2駅・最短約6分という好立地。駅ビル「フレンテ明大前」が併設され、スーパーや書店、飲食店などがある点も魅力の一つだ。駅周辺は細い路地に沿ってコンビニや100円ショップ、ファストフード店やラーメン店といったリーズナブルな飲食店が立ち並び、学生にも愛用されている。大型の商業施設はなく、駅前から少し離れると住宅街。また、明治大学以外にも日本女子体育大学の附属高校など学校が点在しており、通学時間帯の駅周辺は学生の姿でにぎわっている。
明大前駅周辺で暮らす学生も多いそうで、「ハウスメイトショップ渋谷店」店長の山室貴広さんも明大生が住むイチ押しの街として明大前駅を挙げてくれた。
「大学生の住まい探しは、キャンパスまでドア・トゥ・ドアで30分以内、もしくは電車で2~3駅圏内がおすすめ。近年は自転車でも通える距離内でお探しになる方が増えています。また、住む街を選ぶ際はアルバイトや部活動など、授業以外の利便性も考慮するとよいでしょう。その点、明大前駅は2路線利用可能で渋谷駅や新宿駅に乗り換えなしでアクセスできるため非常に便利。駅前商店街に飲食店も多く、コンパクトながら生活に必要な施設はそろっています」
また、明大前駅を含む京王線笹塚駅~千川駅間では現在、連続立体交差事業が進行中。明大前駅の高架化にともなって駅舎のリニューアルも予定され、駅前広場が設けられるなどの駅周辺地区の再開発も計画されている。高架化事業の完了は当初予定の2022年度中から後ろへずれ込んでいるようだが、明大前駅周辺は変革期を迎えているところだ。
そんな明大前駅から徒歩15分圏内にある、学生向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK。以下同)の家賃相場は8万1000円。便利な街だけあって、学生の一人暮らしにとって安くはない。もう少し家賃相場がお手ごろで魅力的な街として山室さんがおすすめしてくれたのが、今回調査したランキングの14位にも入った京王線・千歳烏山駅だ。
千歳烏山駅(写真/PIXTA)
東京都世田谷区に位置する千歳烏山駅の家賃相場は明大前駅より6000円低い7万5000円となっており、「家賃を抑えたい方におすすめです」とのこと。「親しみやすい風情あふれる商店街があり、ドラッグストアや定食屋さんなど日常使いできる店が多数、立ち並んでいます。また、家具や工具を買いたい場合はホームセンターが隣駅の仙川にありますので、カーシェアなどを利用すれば20分程度で行くことが可能です」と山室さん。千歳烏山駅から明大前駅までは、京王線の特急で1駅・約7分。駅周辺にはクリームソーダが名物の昭和レトロな喫茶店や行列のできるベーカリー、それぞれに特徴的な数々のラーメン店もあり、お気に入りの店を探して街をめぐるのも楽しそう。また、前述した京王線の連続立体交差事業区間に千歳烏山駅も含まれており、将来的には駅の高架化が予定されている。
明大前駅まで乗り換えなし&15分以内の駅でも家賃相場は1万円以上も下がる続いてランキング上位になった駅も見ていこう。明大前駅まで電車で15分圏内にある、家賃相場が最も安かった駅は東京都調布市に位置する京王線・つつじヶ丘駅。家賃相場は明大前駅よりも1万5000円以上低い、6万5800円だった。京王線の急行に乗ると、2駅・約12分で明大前駅に到着する。つつじヶ丘駅の南口では道路の再整備が行われており、拡張された駅前広場などの一部は供用が開始された。駅舎北側には「京王リトナード つつじヶ丘」が併設され、書店やドラッグストア、飲食店が営業中。そして北口の駅前にもスーパーや飲食店をはじめさまざまな店舗が建ち並ぶ。一帯に広がる「つつじヶ丘商店街」は店舗数が多く、にぎわいを感じる街並みだ。
つつじヶ丘駅(写真/PIXTA)
2位は東京都三鷹市にある京王井の頭線・三鷹台駅で、家賃相場は6万8000円。明大前駅までは各駅停車で7駅・約13分で行けるほか、明大前駅とは逆方面に進むと若者にも人気の街・吉祥寺駅に2駅・約3分で到着する。駅周辺は線路と沿うように神田川が流れ、川の北側にあるドラッグストアとコンビニの先には立教女学院の敷地と住宅地が広がる。商店が多いのは川と線路の南側。スーパーやコンビニのほか、三鷹台駅前通り沿いの商店街を中心にラーメン店や宅配ピザなどの飲食店も点在している。また、1駅隣には5位・井の頭公園駅(家賃相場7万円)があり、駅前には緑豊かな井の頭恩賜公園が広がっている。三鷹台駅からも電車や自転車で訪れやすく、気軽にリフレッシュに出かけられる点も魅力だ。
三鷹台駅周辺(写真/PIXTA)
3位以下は家賃相場が同額の駅が多い結果に。たとえば5位には家賃相場が同額7万円となった、京王井の頭線の井の頭公園駅と久我山駅、東急世田谷線・松原駅の3駅がランクインした。そのうち明大前駅までの所要時間が最も短いのは松原駅。東急世田谷線で下高井戸駅に出てから京王線に乗り換える必要はあるものの、明大前駅までは計約8分で行くことができる。「乗り換えは面倒だな」と感じるかもしれないが、実は松原駅から明大前駅まではほぼ平坦な道のりで自転車なら約6分、歩いても20分ほどの近さ。都内の路線は入り組んでおり、立地的には近い駅でも電車の乗り換えが面倒な場合もある。住む街を探す際は、乗り換え経路だけではなく地図もチェックしておきたい。
東京都世田谷区に位置する5位・松原駅の周辺は静かな住宅地。駅前にはスーパーやコンビニ、ドラッグストアがあるので、日常の買い物には困らないだろう。チェーン系の飲食店はないが、小ぢんまりとしつつも評判高いカフェが点在している。ご近所にある穴場の名店を探すのも楽しそうだ。
流行に敏感な人には、新スポット目白押しの下北沢駅も要チェック!さて、明治大学の学生が住む街として「ハウスメイトショップ下北沢店」の山室さんはもう1駅、おすすめしてくれた。それは京王井の頭線・下北沢駅。
「バンド、サブカル、古着の聖地。駅前商店街はいつも20代の若者でにぎわっており、学生さんにとても人気がある街です。その分少々、家賃は高いですが……」と話す山室さん。家賃相場は8万8000円で、確かに明大前駅よりもアップしてしまう。しかし明大前駅までは京王井の頭線の各駅停車で3駅・約3分、自転車なら10分弱。渋谷駅までは各駅停車で4駅・約7分、急行なら1駅・約4分で行ける。小田急線も乗り入れているので、通勤急行や快速急行に乗って2駅・約9分で新宿駅にも出られるアクセスのよさが魅力だ。
下北沢駅(写真撮影/嶋崎征弘)
ミカン下北(写真撮影/嶋崎征弘)
下北沢の街自体も山室さんがおすすめするように若者に人気があり、わざわざ遠方から遊びに来る人も少なくない。古くから人気のショップや飲食店に加え、小田急線の地下化にともなってここ数年で新スポットも次々とオープン。商業施設「シモキタエキウエ」を併設した新駅舎や、線路跡地が商業ゾーンやホテルに生まれ変わった「下北線路街」、井の頭線高架下を活用した商業空間「ミカン下北」など、新施設が街の魅力を高めている。話題のスポットにふらりと出かけたり人気店の食べ歩きをしたりと、学業以外の時間も充実させたいタイプの人なら下北沢での暮らしを気に入ることだろう。
●取材協力
ハウスメイトショップ
●関連記事
「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!
●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている明大前駅まで15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年11月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載
三菱UFJ信託銀行が、資産運用会社や不動産管理会社などの24社に対して、「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)を実施し、その結果を発表した。それによると、「東京23区ではファミリータイプのリーシングが好調」だという。詳しく見ていこう。
【今週の住活トピック】
【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」を発行/三菱UFJ信託銀行
2023年1月17日の日経新聞の「ニュースぷらす」欄で、「分譲高騰 ファミリー向け賃貸に需要」という見出しが躍った。ファミリー向け(広さ50~70平方メートル以下)の賃貸住宅の平均募集賃料が上昇しているのだという。
同じ週にリリースされた、三菱UFJ信託銀行の「2022年度 賃貸住宅市場調査」でも、ファミリータイプの好調ぶりが指摘されている。東京23区や首都圏において、ファミリータイプのリーシング(不動産の賃貸を支援する業務)のDI【=(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100)】が大きくプラスになっているからだ。
(注) 1. 本調査におけるDIは、「(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100」と定義します。
2. 「ダウンタイム」とは、前テナントの契約終了から新テナントの契約開始までの空室期間を指します。
エリア別のリーシング環境(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)
東京23区のファミリータイプの稼働率DIは41.0、テナント入れ替え時の賃料DIは28.7、半年後の予想でも稼働率DIは30.1、入れ替え時の賃料DIは24.8と大きくプラスとなり、ポジティブな回答が多かったことがわかる。東京23区を除く首都圏でも、同様の傾向が見られ、好調ぶりがうかがえる。ただし残念ながら、名古屋市のファミリータイプでは大きくマイナスになっている。
同行では、テレワークの普及等によって広い間取りを求める動きも影響してか、23区のファミリータイプの稼働率や賃料、ダウンタイム(空室期間)が改善し、半年後もその傾向が続くと見ている。一方、名古屋市では、エリアや物件による差があるものの、入れ替え時の賃料が低下、ダウンタイムが長期化し、広告費を増やしてリーシングを強化する市場が当面続くとしている。
ファミリー向け賃貸住宅に需要が高まる理由では、特に首都圏でファミリータイプの賃貸住宅需要が高まる要因はなんだろう?考えられる要因はいくつかある。まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいことがあげられる。不動産経済研究所が公表した「首都圏マンション市場予測」によると、2022年1月~11月の新築マンションの平均価格は、首都圏で6465万円、東京23区に至っては8230万円となっている。中古マンションでも価格は上昇し、東日本レインズが公表した「首都圏不動産流通市場の動向(2022年)」によると、2022年の首都圏の成約平均平米価格は67.24万円(70平米換算で4707万円)、23区では100.32万円(70平米換算で7022万円)だった。
さらに、当サイトでも何度か記事にしたが、コロナ禍で自宅にいる時間が長くなり、住まいに多くの機能を求めるようになり、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこともあげられる。その結果、一戸建て志向が高まったといわれているが、賃貸物件で一戸建ては数が少なく、購入する場合は駅から離れた場所や郊外に供給が多いため、利便性を重視するとファミリータイプの賃貸マンションなどに落ち着く、といったこともあるだろう。
また、コロナ禍で雇用環境が悪化するなど、収入安定への不安なども、購入に待ったをかける要因になり、まずはより広い、あるいは性能の高い賃貸住宅へ引越すという流れも考えられる。
日本の若者は都心志向が強い?一方、シングルタイプについては、東京23区でもファミリータイプほどの大きなプラスはなかったものの、半年後の予想で稼働率のDIが20.8となっている。コロナ禍で東京都からの転出者が増えて一時的に人口が減少したが、「東京都における就業環境の回復や人口の転入超過拡大への期待等が影響」して、稼働率の改善を見込む回答者が多い可能性があるという。
さて、シービーアールイーが、「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」という特別レポートを公表した。それによると、他の国と比較した場合に日本では賃貸志向が強いものの、その一方で、引越し頻度は他国より低い傾向にあるという。また、日本では「若い世代ほど引越しの意向が強く(Figure13)、『他の都市の中心部』に行きたい(Figure14)と考えている」という。特に、Z世代(18~25歳)でこの傾向は顕著だ。このレポートでは、都心志向が強いのは「就労機会が都市部、特に首都圏に集中していることがその理由だと考えられる」と分析している。
出典:シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」
就業環境や働き方が賃貸住宅市場に影響また、三菱UFJ信託銀行の調査では「今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目」についても聞いている。「個人の就業環境や収入の増減」が最多となり、「テレワーク等の働き方の変化」、「新型コロナウイルス等の感染拡大の状況」が続く結果となった。感染状況はもちろんだが、それよりも就業環境や働き方が、賃貸住宅市場に大きく影響するということだ。
(注) 1位:2pts 2位:1ptsとして計算し、合計値を集計しました。合計ptsは68ptsでした。
今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)
こうして見ていくと、就業環境や働き方は、人が移動したり、マイホームを購入するか賃貸にするか分かれたりといった、生活拠点となる住宅に与える影響が大きいことがわかる。住宅市場を見るうえでは、住宅の賃料や価格、住宅ローンの金利だけでなく、労働環境にも注意を払う必要がありそうだ。
●関連サイト
三菱UFJ信託銀行【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」
シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」
栃木県大田原市で高齢者向けの「訪問型生活支援事業」を行っている一般社団法人えんがお。近隣の高齢者のたまり場としてつくった地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」には、年間延べ1500人の高齢者と2500人の若者が訪れます。活動を始めて6年。若者向けシェアハウス、地域居酒屋、障がい者向けグループホームもできました。えんがお代表理事の濱野将行さんに多世代が日常的に交流する「ごちゃまぜのまち」をつくった理由と地域に与えた影響について伺いました。
えんがおの主な活動は、「訪問型生活支援事業」。高齢者の自宅を訪ね、困りごとをお手伝いする(画像提供/えんがお)
空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域居酒屋、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)
「話し相手になって」という言葉から始まった高齢者の生活支援「1週間に1回、電話でいいから話し相手になってほしい」
濱野さんが衝撃を受け、えんがおを設立するきっかけになった、あるおばあちゃんの言葉です。
学生時代から社会貢献活動に携わってきた濱野さん。しかし、東日本大震災の支援活動に参加した際、苦しむ人を前にして「何もできなかった」と無力感を抱えたそうです。それから、「社会課題と向き合える大人になること」が、夢になりました。
卒業後、作業療法士をしながら社会貢献活動を続けていましたが、そのなかで、地域の高齢者の孤立の問題を知りました。
「大きな家でひとりぼっち、体を思うように動かせず、誰にも会いに行けず、会いに来てくれる人もいない。同居している家族がいても日中の多くをひとりで過ごし、夜遅く帰ってきた家族との会話もほとんどない。それでも、体がある程度動かせたり、同居家族がいる人は、独居高齢者向けの制度は使えないんです。寝っ転がって天井を見て何日も過ごしている高齢者の姿がありました」(濱野さん)
「今すぐ誰かがやらないと」という思いで、えんがおを立ち上げたのは、25歳のとき。困っている人にダイレクトにすぐに対応できる「訪問型生活支援事業」を始めました。
内容は、買い物代行やゴミ捨て、大掃除などを手伝う高齢者向け便利屋サービス。「生活のお手伝いをする」という手段を用いて、人とのつながりが希薄な高齢者の生活に「つながり」と「会話」をつくるのが目的です。
「自立支援は、やってあげるではなく、ちょっと助けること」と濱野さん。作業の合間に会話が生まれる(画像提供/えんがお)
「やることないから寝てた」と話すおばあちゃんが、会話で笑顔になる(画像提供/えんがお)
高齢者を地域のプレーヤーに変えるえんがおの特徴は、高齢者宅を訪れる際、学生や若者を一緒に連れて行くこと。「訪問型生活支援事業」で、若者と訪問するのは、えんがおオリジナルの取り組みです。
宇都宮から「訪問型生活支援事業」の見学に来た大学生。遠方からも見学希望がある(画像提供/えんがお)
中学生と高校生のおふざけに笑いが止まらないおばあちゃんたち(画像提供/えんがお)
支援の内容は、窓ふきや草むしり、障子の張り替えなどさまざま(画像提供/えんがお)
なぜ若者に関わってもらおうと考えたのでしょうか。
「当時発表されていた調査(*)では、日本の若者(満13歳から満29歳まで)で、『将来に対する希望がある』と答えた人の割合は、先進7カ国のなかで最も低い割合でした。2020年は、中高生の自殺者数が過去最多になってしまいました。こういった社会の現状と高齢者の孤立の問題は無関係ではないと思います。一生懸命生きて来た高齢者が孤立したまま生涯を終える社会では、若者が未来に希望なんて抱けるはずがないと感じました」
*「我が国と諸外国の若者の意識に対する調査」(2013年内閣府)
えんがおの常勤スタッフは濱野さんを入れて3名ですが、運営に積極的に関わってくれる学生の「えんがおサポーター」が20名、個人会員や地域の人が100名以上います。
えんがおの講演会や発表会を見て、活動に参加したい! と言ってくれる大学生や高校生も多いという(画像提供/えんがお)
濱野さんと、えんがおの立ち上げから一緒に活動してきた門間大輝さん(写真左)(画像提供/えんがお)
「作業の傍ら学生が話を聞いたり、時にはおばあちゃんに相談したりすることで、高齢者の強みや昔やっていた仕事や趣味が分かります。お掃除が得意。料理が上手。そういう部分を活かして『役割』をつくり、おじいちゃん、おばあちゃんを地域のプレーヤーに変えていきます。例えば、もともと掃除のプロだったおばあちゃんには、学生に掃除を教える指導役になってもらいました。若者も『人の役に立っている』という肯定感を得ることができます」(濱野さん)
2018年にできた地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」は、若者と高齢者が交流できる場所です。「高齢者の日中の居場所をつくりたい」えんがおと、「若者の居場所をつくりたい」商工会議所が協働し、20年使われていなかった空き家を、学生たちとDIYでリノベ―ションしました。もともと酒屋だった建物で、通りに面して窓があり、中に人がいることが見える造りです。
2018年からボランティアを募り、集まったメンバーとDIYでつくりあげていった(画像提供/えんがお)
「年間延べ4000人の訪問者のうち、2500人が地元の高校生や大学生です。2階に学習スペースがあり、勉強に来た学生は、1階のお茶飲みスペースで、おばあちゃんに受付をしてもらい、2階で勉強して、昼休みにはお茶飲みスペースに。一角には、子ども向けの絵本図書館や不登校の学生のプレイスペースがあります。おじいちゃんがお団子をくれたり、おばあちゃんがお茶を入れてくれたり。近くにいることで、自然と、日常的な世代間交流ができたらいいなと思っています」(濱野さん)
地元の人との食事会。学生、大人、おじいちゃんおばあちゃん、障がいのある人が「ごちゃまぜ」で関わり合う(画像提供/えんがお)
2階にある学生向けの勉強スペースは、地元の中高生の常連さんでいっぱい(画像提供/えんがお)
休み時間、ストーブでお餅を焼いてもらって大はしゃぎする学生たち。「餅を焼くだけでこんなに喜ばれるなんて」とおばあちゃんもにっこり(画像提供/えんがお)
地域サロンには、えんがおの事務所もある。大掃除で、おばあちゃんに新聞の縛り方を教わる学生(画像提供/えんがお)
徒歩2分圏内に地域居酒屋や無料宿泊所、シェアハウスを運営地域サロンのほかに、「毎日ひとりでごはんを食べている高齢者と週1回ごはんを食べよう」と、地域居酒屋も始めました。建物内に、シェアキッチンやレンタルオフィスもあり、シェアキッチンは月3、4人の利用者がいて、2階のレンタルオフィスは2企業が利用しています。
週2回は地域食堂「てのかご」、毎週土曜日は「たこ焼き居酒屋ちーちゃん」がオープンする(画像提供/えんがお)
えんがおの活動を知り、全国から見学にやってくる学生や若者は、年々増えています。支援活動に参加した学生は1000人を超え、2019年には、遠方から来る学生向けの無料宿泊所「えんがおハウス」が、2020年には、えんがおサポーターが交流できるシェアハウス「えんがお荘」ができました。
次第に、学生と高齢者を中心に時々子どもがいたり、社会人がいたり、楽しいコミュニティーができていきました。「ごちゃまぜ」にいろいろな世代や立場の人がいることで、お互いにできないことは助け合い、得意なことで支え合うことにつながっています。
ハロウィンイベントで子どもとゲームをして遊ぶおばあちゃん(画像提供/えんがお)
忘年会では、3歳の子どもから90歳のお年寄り、支援者、学生が入り混じって盛り上がった(画像提供/えんがお)
濱野さんは、これからのまちづくりのキーワードを「混ぜる」と「シェアする」だと言います。
「見学や体験に来る学生には、『自分に自信が持てない』『なにか変わりたい』と考えている人が多いんです。その人の強みを探して、具体的な言葉で伝えるようにしています。最近では、カメラが趣味の学生が来てくれました。写真がテクニック的に上手というだけではなくて、誰かがいい笑顔をしていると走って行って写真を撮っていたんです。全体が見えているし、人もよく見ている。後輩にも適格なことをズバリと指摘できていました。その学生には、ホームページ用の写真を撮ってもらったり、年下の子をサポートしてもらっています。自信がなかった人も、誰かの役に立つことで、少しずつ自分が好きになれるんです」(濱野さん)
毎日来てくれるおばあちゃんの誕生日。「ここがあるからいいの。ここができるまでは苦しかった」という言葉をかけてもらった(画像提供/えんがお)
学生たちが参加する「えんがおゼミ」の月例会。社会課題についてどう向き合うか議論。ここから街中にベンチを置くプロジェクトも生まれた(画像提供/えんがお)
濱野さんの原点となった福島の復興支援も引き続き行っている(画像提供/えんがお)
高齢者や若者だけでなく、障がい者も地域と交流できる場所へ活動をしながら濱野さんは、世代だけではなく、障がいの有無に関わらず過ごせる空間を目指すようになります。「地域に足りていないものは何か」「障がいのある方と関われる入口になるものは?」……そうやって探った結果、障がい者向けグループホームにたどり着きました。
障がい者向けグループホームとは、障がいを抱える人、数人が共同生活しながら、生活するための能力を学んでいく場所です。
制限が多く自由に外出できなかったり、地域とほとんど交流できていない施設が多いと感じた濱野さんは、「えんがおの近くにつくれば、地域の皆で見守って、比較的自由な施設ができるかもしれない」と考えました。
2021年にオープンした障がい者向けグループホーム「ひととなり」は、比較的自立度の高い精神・知的障がいがある人向けの施設です。
「地域居酒屋、シェアハウス、無料宿泊所、グループホームは、地域サロンから徒歩2分圏内です。グループホームの利用者さんが地域サロンでお茶飲みをして、そこにいるおじいちゃん、おばあちゃん、学生と仲良くなったり、遊びに来た子連れのパパさんが一息ついている間、子どもたちがおばあちゃんと遊ぶ。子どもから高齢者まで、障がいの有無にかかわらず、誰も分断されず、いろいろな人が日常的に関わり合う。全員参加型の『ごちゃまぜ』のまちです」(濱野さん)
おばあちゃんたちとお茶を飲むグループホームの利用者さん。買い物に行くおばあちゃんに「気を付けて行ってください」と声をかける(画像提供/えんがお)
地域サロンができて4年。「ごちゃまぜのまち」は、さまざまな人を巻き込みなから大きくなっている(画像提供/えんがお)
ビジネスとしての成立させることで、継続できるえんがおは、2022年の5月で立ち上げから5年が経ち、経営的には6期目に入りました。5期目の1年間の事業規模は、3000万円。6期目の予想規模は、4600万円で順調に伸びています。収入割合は、事業収益が約7割、寄付会費や助成金が合わせて約3割です。
「すべての事業の収支はトントンか黒字。障がい者向けグループホームは、ニーズが多く、その後2棟目もオープンしました。訪問型生活支援事業は、30分500円~3000円と料金は高めですが、リピート率は90%以上です。もちろん特例として無料で行うことはあっても、ちゃんと値段設定をしないと活動を継続できません。それに、『無料だと悪くて次から頼みにくい』という声もあるんです。目の前のニーズを拾って、自分たちのやれることをする積み重ねでやっとここまで来ました。経営的に成り立つサービスでないと広がっていかないのでがんばっています」(濱野さん)
えんがおで公開しているやり方や収益などを参考に、北海道や長野、広島などで、生活支援や多世代交流サロンを始めた人もいるそうです。
設立から6年、今までいちばん苦労したことをたずねると、「思いつかないなあ」と笑う濱野さん。
「大変なことも全部意味があると思うので……。いろいろな人がごちゃまぜに関わると、さまざまな問題が出てきますが、世代や立場など属性が違うからこそ、それぞれの強みが発揮されます。コロナ禍の葛藤からは、電話での健康確認サービスや若者と高齢者が文通するサービスが生まれました。工夫していくのが楽しいんです」(濱野さん)
現在、えんがおでは、障がいのある身寄りのない人のアパートが借りられない問題について、地域の不動産会社と連携して活動しています。今後は、小規模の託児施設やフリースクールなども始める予定です。
高齢者と若者、障がい者などさまざまな立場の人が多世代交流することで、生まれる自己肯定感。『ごちゃまぜのまち』への入り口をたくさんつくることが、濱野さんの今の夢です。えんがおの挑戦は、高齢者の孤立化問題を抱える地域へひとつの答えを示してくれています。
●取材協力
一般社団法人えんがお
日々の生活を送る上で、安心して暮らせる場所があることは重要です。しかし、高齢者や低所得者層、外国人など、住まいを探してもさまざまな事情により入居先を確保することが困難な人たちの問題が今も存在します。
福岡県を中心に活動している三好不動産は、持続可能な社会の実現に向けて、「すべての人に快適な住環境の提供を」のマインドを常に持ち続けています。三好不動産の川口恵子さんと原麻衣さんに取り組みや、その思いについて、話を聞きました。
福岡のまちには、企業や大学が多く存在します。また、地の利も良いことから、海外からの留学生や移住者、日本で仕事をする人も増え、投資の対象としても注目されてきました。
下図は福岡市が民間賃貸住宅事業者に対して行ったアンケート結果(「福岡市住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進計画(2019年3月)」より抜粋)です。2016年時点で実に67.5%の民間の不動産会社が「入居を断ることがある」と答えており、その対象として「外国人」「ホームレス」「高齢者世帯」では3割以上の会社で入居を制限しているという実態がありました。
家を探そうとしても、断られてしまう人たちがいる(画像提供/福岡市)
「当社は『すべての人に快適な住環境の提供をしたい』という基本姿勢のもと、かねてより高齢者や外国人、DV被害者、災害時の住宅提供など、さまざまなニーズにいち早くお応えしてきました。住まい探しに困っている方がいるのであれば、なんとか力になりたいといった社風があります。どのような方がお部屋探しにいらっしゃっても、基本的にお断りすることはありません」(原さん)
すべての人に快適な住環境の提供を!三好不動産が舵を切った分岐点三好不動産はもともと多様性には理解のある社風でしたが、中でも社員の意識が大きく変わったきっかけがあったといいます。それは、2008年にプロジェクトを立ち上げ、外国人の入居希望者を積極的に受け入れるようになったこと。原さんは、当時のことを「“ありとあらゆる人たちに住環境を提供するのだ”と、社員全員がはっきりと意識する分岐点になった」と感じているそうです。
外国人の従業員も採用するようになり、現在は中国、ベトナム、ネパール、韓国出身の13名が三好不動産で働いており、このうち9名が宅地建物取引士の資格を取得しています。
「2008年当時、福岡で外国人に物件を紹介していた不動産会社は、三好不動産だけだったような気がします。他社よりも外国人への理解はそれなりにあると思っていたのですが、新たに外国人スタッフが加わったことで、今まで当たり前と思っていたことに対して『私の国ではこうです』と指摘され、文化の違いを知ることもあり、お互いの凝り固まった見方とはまた違った考え方や“世界から見た日本”の視点に気付かされることが、たくさんありました」(原さん)
現在、三好不動産が支援する住宅確保に配慮が必要な人たちは、多岐にわたります。外国人や高齢者、LGBTQ、DV被害者、被災者など、抱える問題や事情に違いはあれど、対応していこうとする姿勢に変わりはありません。
「身寄りがないなどの理由で賃貸住宅を借りることが困難な高齢者など、通常の契約が難しいケースでは、自社で設立したNPO法人が、オーナーと借主の間に入って住宅を提供しています。身寄りのない方とも面談をして、一人で生活するのに支障がないことを確認した上でお部屋を紹介することが可能です」(川口さん)
三好不動産が設立した介護賃貸住宅NPOセンターを介したサービス。「身寄りがない」「高齢だから」などの理由で一般の住宅に入居しづらい人と、空室に悩むオーナーをつなぐ(画像提供/三好不動産)
「問題の根本は何なのか」「足りない点は何なのか」を勉強することから始めたLGBTQの居住支援LGBTQの人たちも、不動産会社側の偏見や理解不足、知識不足から、部屋探しにはさまざまな壁があるようです。LGBTQの居住支援の担当者となった原さんと広報の川口さんは、まずLGBTQの人たちが抱える悩みごとや問題点は何なのか、勉強するところからスタートしました。
「LGBTQ専用のサービスの必要性や所得が低いために生じる問題はほとんどなく、多くは理解のないことや知識不足に起因します。知識と相互理解によって、齟齬のないようにしていくことが大事です」と話す原さん。よくある事例としては、パートナーと一緒に入居を希望した場合に、カミングアウトしていないため、親族に保証人を頼めないケースや、同性パートナーとの同居を、その関係性を打ち明けられず一人入居と偽って契約してしまうといったケースなどが挙げられます。
原さんたちは、まずは店舗にレインボーマークを掲げるなどLGBTQの方が相談しに来やすい環境づくりからはじめ、最近ではYouTubeチャンネルで情報を発信するなど、活動を広げていきました。そして、今では、どの店舗でもLGBTQの人の部屋探しに対応できるまでに。2016年10月~2022年10月の間の賃貸契約数は約120組、相談件数においては常時100件以上にのぼります。
社内勉強会の様子。「何が問題なのか」「何が足りないのか」、まずは知るところから取り組みが始まる(画像提供/三好不動産)
店舗のドアに貼られたレインボーステッカーが、LGBTQフレンドリーである姿勢を示している(画像提供/三好不動産)
行政や異業種とのタッグも!取り組みがもたらした変化三好不動産では、住まいの確保に困難を感じている人たちと、オーナーさんが貸し出すことを承諾した管理物件とをつないで、契約を結んでいます。行政から相談を受けたり、調査や講演などへの協力を要請されたりすることも少なくないそう。
「LGBTQ支援をはじめ、さまざまな活動を通して、不動産業界以外の企業や団体から『三好不動産のLGBTQの取り組みを話してほしい』などの依頼をいただくこともあります。福岡市パートナーシップ宣誓制度の導入を受け、福岡市に後援いただいて当社が主催したセミナーも4回にわたりました」(原さん)
活動を通じて、同じ方向を見ている企業や行政とは、業種を超えて新たな取り組みにつながっていく、良い循環ができているようです。
福岡市高島市長より、LGBTQをはじめとする性的マイノリティ支援に取り組む企業として、ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録証が直接手渡されたときの様子。行政から相談を受けることも多い(画像提供/三好不動産)
他社でできないことが三好不動産ならできる、その理由は?三好不動産で行っている、住まい探しに配慮が必要な人たちに寄り添う取り組みについては「取り組みを始めたけどなかなかうまくいかない」と話す会社も多いそうです。それはどうしてなのか、という疑問を原さんにぶつけてみました。
「何のためにやるのか、そもそもの方向性が違うのだと思います。住まいを求めるお客さまの目線から入っていくことに従業員一人ひとりの発見があるのです。世の中から評価されるために、例えば『SDGsが世の中で評価されているからやる』という視点で見てしまうと、見えるべきものも見えなくなるのではないかと感じます」(原さん)
原さんたちは「いつかは取り組まなくてはならないことだから」と、見切り発車でも、まずは動いてきたと言います。まだ先を完全に読みきれない不安もある中、「失敗を恐れて何もしないよりは」と行動することで取り組みを推し進めてきました。
また、三好不動産の各部署では、自主的に研修会や勉強会を企画・開催し、社内だけでなく社外向けに発信する機会も多くもあるそうです。一人ひとりが受け身ではなく、能動的に動くことこそが、他社ではできないことを可能にしているのではないでしょうか。
九州レインボープライドのブースにて(画像提供/三好不動産)
原さんは会社全体のプロジェクトとしてLGBTQやDV被害者のお部屋探しの推進を担当していますが、三好不動産ではそれぞれの店舗でも、高齢者や災害被害者、LGBTQといった住宅確保に困難を抱える人の、住まい探しを支援しています。
「お客さまの身になって」「一人ひとりに寄り添って」。言葉で言うのは簡単です。しかし、本当に困っている人たちと向き合うには、知識も必要ですし、多くの人に理解をしてもらうための手間暇を惜しんではいけないのだと改めて感じました。それは、ボトムアップで意見のできる風通しの良い社風、そして、会社の利益だけでなく“お客さまのために何ができるか”で行動できる環境がそろっているからこそできることなのかもしれません。
そして活動の効果を実感するまでには長い年月がかかるといいます。原さんたちが明らかな変化を感じたのが、2016年から参加している、性的少数者をはじめとするすべての人が自分らしく生きていける社会の実現を目指す啓発イベント「九州レインボープライド」にブースを出店したときの来場者の反応だそう。最初はLGBTQなどの当事者、行政、NPOなど、LGBTQの問題に直接的に関わる人や団体の参加が多く、「どうして不動産会社がここにいるの?」と不思議そうな顔をされたそうですが、2022年の開催では、来場者から「応援しています」「三好不動産の活動、知っていますよ」など、激励の言葉をたくさんもらったのだとか。地道な活動が、少しずつ形になり、実を結びつつあるということでしょう。
●取材協力
株式会社三好不動産
前回の記事では、シンガポールの生活環境について触れたが、今回は不動産事情についてフォーカスしてみたい。世界の主要都市の中で5番目に高いというデータもあるシンガポールの不動産価格。シンガポールで家を購入して住みたい、賃貸で暮らしたい、と考えたことがある人はもちろん、そうでない人も興味深い最新の現地の不動産事情をご紹介する。
シンガポールの不動産価格の推移シンガポールの住宅の価格は総じて高額だといわれている。不動産コンサルティング会社・ナイトフランク社の「2020年ウェルスレポート」によると、100万ドルで購入できる世界の一等地の面積ランキングでシンガポールは狭い方から5番目、約35平米の広さしか買えない。東京は12位にランクインしており、約64平米(100万ドルあたり)なので、同価格でシンガポールの約2倍の広さは確保できる。
アジアの国々の中には、不動産を購入する際、外国人には特別な条件を課して、自国民を優先する政策を取っている場合が多い。シンガポールもその1つ、外国人が購入できる居住用物件はコンドミニアムと呼ばれる、高額な集合住宅に限られている。
またシンガポールの不動産価格は上昇を続けている。下記はHDB(政府系集合住宅。日本でいえば、かつての住宅・都市整備公団が分譲する集合住宅の総称。住宅・都市整備公団は現在UR都市機構)の再販価格の推移だが、26カ月連続で上昇している。コンドミニアムの価格はさらに高額だが、やはり同じように上昇を続けているようだ。
HDBの再販価格推移(2022年現在)
2009 年の第1四半期を 100 としたら、2022年第1四半期のHDB再販価格指数は159.5だ。つまりHDB再販アパートの価格は2009年よりもほぼ60%も高くなっている。
シンガポール政府は住宅価格を抑えるためにさまざまな冷却策を導入しているが、大枠で見ると価格は上がり続けているということが分かる。
日本人に人気の住宅エリアは?シンガポールは東京23区と同じ位の広さなので、どこに住んだとしてもアクセスは便利だ。買い物施設や教育施設によって人気のエリアがある。以下は代表的な住宅エリアである。
●オーチャード・サマセットエリア
日本人に人気があるのが、オーチャード・ロードを中心とするエリア。オーチャード・ロードには、日系のデパートの高島屋や伊勢丹、日本人医師が在籍する病院や歯科もあるので、日本人にとって住みやすい。また学習塾もこのエリアに集中している。
日本でいうと「銀座」のような場所で、ブランドショップからドン・キホーテ、ハンズ、ダイソー、ユニクロまで、日系のお店が充実しているので欲しい物で手に入らないものはほぼない。
日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)
●リバーバレーエリア
シンガポール川とリバーバレー通沿いを中心に街が広がるエリア。オーチャードエリアについで、日本人に人気が高い。オーチャードにも近いが、家賃がオーチャードと比べると少し割安感がある。
ローカルの大手スーパーや大きなフードコートがある。大規模なショッピングモール、グレートワールドシティ周辺は高層の物件が立ち並んでいる。
川沿いのロバートソン・キーやクラーク・キーにはおしゃれなレストランやカフェがそろっている。
グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)
●チョンバルエリア
Tiong Bahru (チョンバル) エリアは低層のHDB(公団団地)が多く、のんびりとした雰囲気をもつ昔ながらの住宅街だ。低層のHDBは非常に人気で実際に住むのは難しいが、周辺の高層住宅に住んで、街の雰囲気を楽しむことはできる。
最近では、おしゃれなカフェやショップが増えていて、日本の代官山のような雰囲気だ。鮮度のよい魚介類、野菜、肉がそろうチョンバルマーケットがあり、食材の入手が簡単。またMRT駅構内、そして駅周辺に地元のスーパーがあるので生活も便利。
チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)
おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)
●イーストコーストエリア
海沿いの眺めの良い物件が多い。中心部に比べ比較的リーズナブルで築浅の物件を借りることが可能だ。またチャンギ空港へのアクセスもいいので海外出張の多い人には便利。
海岸線沿いに広い公園があり、サイクリングやジョギングを楽しむこともできる。バイリンガル教育を実施している日系幼稚園、日本人小学校のチャンギ校があり子どものいる家庭に人気。日本食品を取り扱うお店も充実していて住みやすい。
●ウエストコーストエリア
日本人小学校のクレメンティ校、日本人幼稚園、早稲田渋谷シンガポール校のあるエリアで、子どもの学校に近い場所に住みたいという日本人に人気のエリア。East Coast Park同様に、海岸の公園には、大きなアスレチック遊具や砂場スペースがあり、子どもの遊ぶ場所も多い。
閑静な住宅街が多く、予算も比較的抑えられるので、単身の方にも人気。
シンガポールの住宅は主に3タイプシンガポールでは大まかに3つのタイプの住宅様式がある。政府系集合住宅(HDB)、民間集合住宅、一戸建ての3種類だ。
またシンガポールの国土の大半は国有地であるため、ほとんどが99年や999年といった長期間のリースホールド(定期借地権)型で売買される。永久的に不動産を所有することができるフリーホールド型の物件は限られている。
また、政府系集合住宅や土地付き一戸建ては、外国人は購入できない。つまり購入する場合は、日本と異なり買える物件と買えない物件があるということだ。
●政府系集合住宅(HDB)
シンガポール国民の80%以上が暮らすといわれているHDBは日本の公団住宅のような住宅だ。The Housing & Development Boardという機関が建築・販売しているため、物件自体がHDBと呼ばれている。
シンガポール国民の住居として販売されている物件なので、民間が分譲するコンドミニアムといわれる比較的高級な物件に比べて価格は抑えられている。外国人は購入することはできないが、借りることはできる。
以前は民間住宅のコンドミニアムに比べて、共用部などがシンプルだったが、最近建てられたものは、コンドミニアムに比べてデザイン性も遜色のないモノが建設されている。建物の中に食堂が集まるホーカーズセンターがあったり、買い物施設があったり、生活するための施設は整っている。
リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)
●民間集合住宅
民間集合住宅は、プールやジムなどの付帯設備のあるコンドミニアムと呼ばれる豪華な集合住宅と、設備の少ないアパートメントに分類される。
日本人や欧米の駐在員が、主に多く住んでいるのはコンドミニアム。共用部にプールやフィットネスジムなどの設備が整い、セキュリティーがしっかりしている。シンガポール人の富裕層あるいは外国人の住居として利用されている。海外からの不動産投資の対象ともなっており、外国人のオーナーの比率が高い。高額だといわれている理由の1つは、外国人がコンドミニアムを購入する例が多いからだろう。
ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)
●一戸建て
シンガポールは国土が狭いため、広い土地を必要とする一戸建ては少ない。数少ない一戸建て住宅の家賃はひときわ高く、住めるのは一部の富裕層に限られている。一般的に外国人は買うことができない。ただしセントーサ島(レジャー施設が多数の観光スポット)の住宅開発地区の物件は、外国人の購入が認められている。
次にシンガポールの住宅の特徴について見てみたい。日本とは間取りや設備に違いがある。
●間取り
シンガポールでは単身者は結婚するまで家族と暮らすことが多く、HDBにしろ、コンドミニアムにしろ、ファミリー向けの広い間取りが中心でシングル向けの小さな部屋は少ない。つまり買うにしても借りるにしても高額になりがちだ。そのため単身者の人は広い部屋をシェアすることが多いそうだ。
シンガポールの一般的な間取りは、リビング、キッチン、ダイニング以外に個室が2~3部屋あるタイプが多く、主寝室に1つ、共用部分に1つの計2箇所のシャワールームが標準装備されている。また、それ以外にお手伝いさんのための小さなメイドルームが付いている物件も多い。
シェアハウスに利用される場合、その中のバストイレ付きの一番大きい部屋はマスタールーム、残りのバストイレが共有の部屋をコモンルームと呼び、どこを借りるかで家賃が多少異なるようだ。日本でこのように1つの住居をシェアするのは、知り合い同士で一緒に契約して借りるということが多いが、シンガポールの場合は別々の賃貸契約として提供されていて、知らない人が入居してくるという欧米などでよく見られるスタイルになっている。
シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)
●室内の設備
高い確率でバスタブがないことが多い。熱帯の国ではバスタブを必要としない国は多い。日本人や外国人向けに作られたコンドミニアムではバスタブが設置されているが、バスタブのない物件が主流だ。
日本の物件ではおなじみのシャワー付きトイレもない。取り付けることは可能だが、電気配線工事が必要になるので、簡単には設置できない。
室内や同じフロアのエレベーターホールなどにダストシュートが付いていることが多いので、わざわざゴミ捨て場に行かなくても、24時間いつでもすぐにごみが捨てられるのは便利だ。
天井にシーリングファンが設置されていることが多い。日本でも最近はインテリアの一部のようにシーリングファンが設置されていることがあるが、シンガポールではリビング以外に各個室にも設置されている。しかもかなり大きくパワフルだ。大きな風がゆったりと動くので、個人的にはこの設備が非常に快適だった。夜間などはエアコンがなくても十分に涼しい。
HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)
HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)
●共用部
コンドミニアムや新しいHDBは敷地内の施設が充実している。プールは大人用と子ども用が別々に用意されている物件もある。また設備の整ったジムも設置されている。ファミリー向けのコンドミニアムはプレイ・グランドやBBQスペース、貸出しのイベントルームもが設置されているものもある。
コンドミニアムはセキュリティーがしっかりしていて、ほとんどが24時間体制のセキュリティーガードが常駐している。カードキーを持っていないと敷地にも入れないし、エレベーターにも乗れない仕組みになっている。
コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)
コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)
コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)
不動産購入に不可欠な保険や税金のシステム最後に、暮らしに欠かせないお金事情もチェックしておきたい。
シンガポールでは、年金と健康保険を組み合わせたようなCPF(Central Provident Fund)と呼ばれる、シンガポール人と永住権保持者のみ加入できる、強制積立制度がある。
日本の年金は、現在の現役世代から集めた金を現在のリタイヤ世代への支払いに充当する制度だが、CPFは積立方式なので、自分が現役世代に支払った年金が積み立てられ、将来、自分で受け取ることになるということが大きく異なる。
CPFは雇用主である会社と被雇用者である従業員の両方から,それぞれ一定額を強制的に積み立てさせ,それを中央年金庁(CPFB: CPF Board)が運用し,老後の年金として支給する制度。以下の3つの口座に分けられ、預金,債権,不動産など安定的な資産に再投資されている。
引き出すにはそれぞれの口座ごとの引き出し条件等を満たす必要があるため、実質的に国民等の老後の生活資金として機能している。住宅購入の際は下記の積み立てを利用できるうえに、政府からの援助もあるので、持ち家率が非常に高い。
〇普通口座(Ordinary Account) :住宅の購入,保険,投資,教育のために使われる口座
〇特別口座(Special Account):老後の年金,緊急時の支出のために使われる口座
〇保険口座(Medisave Account) :医療費や特定の医療保険のために使われる口座
しかし外国人が不動産購入する場合は税金が高い。2021年12月に、2軒目の住宅購入および外国人の住宅購入には、より高い印紙税を支払う制度ができた。不動産を購入する場合は最高30%の印紙税が課税されることになる。購入意欲を上げすぎず不動産価格の高騰を防ぐための政策だ。
所得税の面から見ると、シンガポールも日本のように累進課税だが、高所得者でも現状22%という低水準、今後24%にまで引き上げられる予定だが、日本の所得税は、住民税も入れれば最高55%にもなるので、高所得者にとってはシンガポールに住むことは有利になる。
永住権を取得すると効率のよいCPFが使え、税金の控除も利用できるので、メリットが多い。シンガポールに長期滞在を希望している方や移住を真剣に検討している人たちが、シンガポールでの永住権の取得を考えているのもうなずけるだろう。
シンガポールの不動産価格は高い水準でキープされている。しかし現地の人たちは政府機関が運営するHDB に住むことができるので持ち家率は高い。コンドミニアムは外国人やシンガポールの富裕層の投資対象となっているが、近年はシンガポール政府の政策で購入のハードルが上がっている。
部屋を借りるときは、シングルの場合はシェアハウスという選択が多い。ファミリーの場合はコンドミニアムだけではなく、HDBを借りるという選択肢も視野に入れておくと、比較的リーズナブルに住むことができる。
物価が高いといわれるシンガポールだが、現地の情報をアップデートしていけば、かしこく住むことも可能だ。
●関連情報
IRAS |追加の購入者印紙税(ABSD)
国内外から多くの観光客を呼び込む京都のまちに、市内の賃貸管理物件数で多くのシェアを誇る株式会社長栄(以下、長栄)という不動産管理会社があります。長栄は長年にわたり、高齢者や外国人など、賃貸物件への入居が難しい人たちへのサポートを実施してきました。賃貸物件の入居や日々の生活に困難を感じる人を支援するためには、どのような体制や仕組みが必要なのでしょうか。長栄の奥野雅裕さんに話を聞きました。
観光地として国内外から注目を浴びる京都市ならではの住まい事情奥野さんによれば、さまざまな理由で入居に困難を感じる人がいるなかで、特に京都のまちがもつ特徴から支援が必要だと感じられるのは、高齢者・子育て世帯・外国人の人たちだと言います。
「背景の一つとして、京都市の物件価格の高さが挙げられます。もともと盆地で人が住みやすい条件を満たす土地が限られる中、古くからの建造物や歴史的価値の高い建物も多く、新しい住宅を建てられる場所が、ごくわずかしかありません。提供できる住宅の数が少なければ価格が上がり、それに紐づいて市場が高騰するという悪循環が生じてきました」(奥野さん、以下同)
京都府内の賃料は高止まり状態が続いていて、住宅弱者の住まい探しをより困難にしている(画像提供/長栄)
数が限られた住宅、特に賃貸物件においては、高齢による孤独死などのリスクを不安に思う大家さんが、高齢者の入居を断ることが多々ありました。
また、京都というまちのブランド力により、不動産投資の対象として外国人投資家などからの注目度が高いことも住宅価格を押し上げる要因です。それゆえ、一般の子育て世帯が住宅を購入しづらい点が指摘されています。
そして、京都には大学が多く存在し、留学生の積極的な受け入れに舵を切ったことから、海外からの学生が急激に増えました。ただでさえ賃貸物件数が限られる中、外国人が身寄りのない日本で住居を確保するのは、なかなか難しい状況になっているのです。
「コロナ禍で情勢が変わったのは間違いありませんが、京都市内の住まいの需要は減っていません。売買価格や賃料は高止まりしている状況です」
長栄が主催する外国人留学生に向けた、日本の慣習やルールの説明会。慣れない国での暮らしをスムーズに送るためのサポートを行なっている(画像提供/長栄)
市内の不動産会社との連携で住宅弱者の問題に取り組むこのような背景をもとに、「京都の不動産会社には、協力して住宅確保の問題に取り組んで行こうとする会社が多い」と奥野さんは言います。
今回お話を伺った、奥野雅裕さん。賃貸管理部門で12年間経験を積んだ後、顧客サービス部門で日本人、外国人を問わない、入居者に喜ばれるサービスを構築。長期入居者の増加や入居者のニーズに沿ったスキーム、物件の改善に取り組んでいる(画像提供/長栄)
京都市は2012年に「すこやか住宅ネット」の愛称で居住支援協議会を立ち上げました。これは、住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)に基づき、住宅確保に配慮が必要な人が円満に民間の賃貸住宅へ入居できる環境を整えるため、行政と民間企業が一体となって取り組んでいく組織です。
京都市は、不動産会社や家主に対して高齢であったり障がいがあったりすることだけを理由に入居を拒否しないよう指導するなど、入居に困難を抱える人を受け入れていくよう説明する機会を積極的に設けています。
「協議会メンバーである不動産会社が中心となって、セキュリティー会社と連携したり、IoT機器を使ったりして、家主が安心して高齢者を受け入れられる環境を作り、高齢者の入居を受け入れてもらうことにも取り組んでいます。当社は協議会立ち上げ当初から関わり、ほかの不動産会社への情報共有や勉強会・セミナーなども行ってきました」
京都市の居住支援協議会、「すこやか住宅ネット」では行政と不動産会社が共に、高齢者や障がい者といった住宅弱者の住まい探しや、暮らしに寄り添う取り組みを行なっている(画像提供/京都市住宅支援協議会)
「入居を断らない」ことが、大家さんの収益最大化につながる住宅確保に配慮が必要な人への支援を継続していくには、一時的なものではなく、事業として成り立たなくてはなりません。
「私たちが目指しているのは、家主さんの収益の最大化との両立です。当然のことながら、高齢者、外国人、低所得者だからと言って入居をお断りしていては、家主さんの収益の機会損失になります。入居のハードルが下がれば、入居者さんが増え、家主さんの収益にもつながるというのが、私たちの考えです」
基本的に「入居を希望する人を断らない」のが、長栄のスタンスだそう。だからと言って、やみくもに入居を推し進める訳でありません。
「家賃保証とそのための審査は、不動産の管理・運営をしていく上での肝となる業務です。当社の管理物件に入居される際はほとんどの場合、グループ内の保証会社が対応しています」
必要があれば、入居者と契約前に個別に面談を行って自分たちで審査することも。高齢者の孤独死をはじめ、大家さんにとってリスクの高い人には、「特約」を設けるなど個別対応し、リスクヘッジを図りながら入居を促進するのが長栄のやり方です。
また、高齢者には、セキュリティー会社と連携した見守りサービスの提供、外国人には、各種手続きのサポートやトラブルを避けるための説明会を開催するなどしています。万が一、家賃の滞納が続く場合は、入居者の母国語を話せる外国人スタッフが、事前に取得している母国の連絡先に連絡して対応するなどの解決策を講じています。
高齢者の見守りサービス「ベルヴィシルバーあんしんサポート」。70歳以上の人が単身で入居する際に加入することで、スムーズに入居ができる(画像提供/長栄)
「入居者ファースト」のサービス会社であることが会社の“幹”「今後の課題は、住宅確保に配慮が必要な方たちが安心して、長く住んでいただける状況をつくっていくことです」
入居者に長く住んでもらえば収益も安定するので、長栄は入居率を重視しています。現在管理している物件の入居率は、実に96.31%(2022年11月30日時点)と業界平均を大きく上回る状態です。しかし奥野さんは、目先の利益を上げるために、手数料収入さえもらえれば良いと考えている、“不動産屋さん”的な考え方の不動産管理会社が、まだまだ多いと感じているそうです。
「私たちの収益の源泉は入居者さんがお支払いいただく家賃です。入居者さんのために何ができるか、私たちの仕事はサービス業であるという考えが事業の『幹』にあります」
この考えは、長栄の全社員が入社した頃から叩き込まれているといいます。マニュアル通りにはいかないこともたくさんあり、それらにどう対応していくかは日々トレーニングだとも。
「入居者お一人おひとりが本当に困っていることが何なのかを丁寧にうかがって、私たちが解決のためにできることを、しっかりと構築していきたいと考えています」
京都は観光地としての知名度や学校が多いことから外国人も多く、土地や住宅の高騰で、高齢者やひとり親世帯の住宅弱者が多い土地柄。今後も居住支援を長く継続していくには、家主をはじめ周囲の理解と同時に不安を取り除くことが必要です。
そのためには、リスクヘッジをしっかりと行い、万が一のトラブルが起こっても対応できる、仕組みや体制を整えることが大事で、その幹となる心構えがあって初めて居住支援の輪が広がっていくのだと感じました。
●取材協力
株式会社長栄
住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けている。そこで、国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携により行う「住宅の省エネリフォーム支援」および国土交通省が行う「ZEH住宅の取得への支援」について、共通ホームページを開設した。どんな優遇制度なのか、見ていくとしよう。
【今週の住活トピック】
「住宅省エネ2023キャンペーン」開始/国土交通省
「住宅省エネ2023キャンペーン」という名称は、住宅の省エネ化を推進する次の3つの補助事業の総称だという。いずれも2022年度補正予算で成立して間もない補助事業だ。
1. 先進的窓リノベ事業(予算1000億円:経済産業省・環境省)
2. 給湯省エネ事業(予算300億円:経済産業省)
3. こどもエコすまい支援事業(予算1500億円:国土交通省)
省それぞれで補助事業を個別に進めるだけでなく、3省連携によりワンストップで利用可能にするなどで使い勝手を良くしている。では、それぞれどんな事業なのか見ていこう。
断熱性の高い窓に交換することで最大200万円までを補助「先進的窓リノベ事業」とは、経済産業省の「住宅の断熱性能向上のための先進的設備導入促進事業」と環境省の「断熱窓への改修促進等による家庭部門の省エネ・省CO2加速化支援事業」をまとめたもの。既存の住宅のリフォームが対象で、内窓を設置したり、外窓やガラスを断熱性の高いものに交換したりした場合、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、1戸当たり200万円を上限に還元する事業だ。
省エネ効率の高い給湯器の設置で5万円~15万円/台を還元「給湯省エネ事業」とは、「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」のこと。対象となる高効率の給湯器と1台当たりの補助額は、次の通り。台数制限があり、一戸建てはいずれか2台まで、マンションなどの共同住宅はいずれか1台までだ。
・「ヒートポンプ給湯機(エコキュート)」:補助額5万円
・「ヒートポンプ・ガス瞬間式併用型給湯器(ハイブリッド給湯機)」:補助額5万円
・「家庭用燃料電池(エネファーム)」:補助額15万円
「先進的窓リノベ事業」とは違って、新築住宅や賃貸住宅などの設置についても、補助金の対象となる。
■申請者(補助対象者)
※ 新築住宅とは、完成(完了検査済証の発出日)から1年以内で、人の居住の用に供されたことのない住宅をいいます。既存住宅とは新築住宅以外の住宅をいいます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載
「こどもエコすまい支援事業」は、ZEH住宅の新築、または一定の住宅リフォームを対象とする補助事業だ。まず、新築への補助については、ZEH水準の住宅の新築で100万円の補助が出る。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯に限られる。なおZEHとは、一般的にネットゼロエネルギーハウスを指すが、この事業では所定の条件が定められている。
次に、住宅のリフォームへの補助について見ていこう。まず住宅の省エネリフォームが必須条件で、併せて行うそれ以外の一定のリフォームについても補助対象になる。必須の省エネリフォームとは、「外壁や屋根、天井、床の断熱改修」「窓の断熱改修」「エコ住宅設備の設置」だ。
補助額は、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、30万円を上限に還元する。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯については、上限額が上乗せされて最大で60万円になる。
なお、子育て世帯とは18歳未満の子どもがいる世帯、若者夫婦世帯とはいずれかが39歳以下の夫婦世帯であるが、工事の着工時期によっていつ時点の年齢かが異なるので注意が必要だ。
■こどもエコすまい支援事業のリフォームへの補助
【リフォーム】
(1)対象工事
1.(必須)住宅の省エネ改修
2.(任意)住宅の子育て対応改修、防災性向上改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等
(2)補助額
リフォーム工事内容に応じて定める上限補助額は下表の通り
※1 売買契約額が100万円(税込)以上であることとします。
※2 令和4年11月8日(令和4年度補正予算(第2号)案閣議決定日)以降に売買契約を締結したものに限ります。
※3 自ら居住することを目的に購入する住宅について、売買契約締結から3ヶ月以内にリフォームの請負契約を締結する場合に限ります。
※4 自ら居住する住宅でリフォーム工事を行う場合に限ります。
※5 法人、管理組合を含みます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載
「こどもエコすまい支援事業」のリフォームの対象となる工事には、窓の省エネ改修やエコ住宅設備が含まれる。窓の省エネ改修は「先進的窓リノベ事業」と、エコ住宅設備のうち高効率給湯器については「給湯省エネ事業」と重なる。
基本的に国の補助事業は、対象が重なる他の補助事業と併用ができないが、3省連携により補助対象が重複しない場合に限り併用を可能としている。省エネリフォームについて、3省の制度をまとめたのが下表だ。
経済産業省資源エネルギー庁「令和4年度第2次補正予算省エネ支援策パッケージ」より転載
いずれの補助事業も補助対象の条件が細かく定められているので、利用を検討する場合は確認してほしい。なお、いずれの補助事業も、申請を行うのは工事を行う事業者(国の登録事業者であることが必須)で、事業者から消費者に還元される仕組みとなっている。
国は「2050年カーボンニュートラル」に向けて、住宅の省エネ化に力を入れている。補助事業の対象となる省エネ性が次第に引き上げられているが、補助金制度により促進しようとしている。こうした制度を上手に活用して、住宅のリフォーム費用を軽減することを考えるとよいだろう。ただし、補助金ほしさに不要な工事まで行うのは本末転倒。必要な工事は何かを優先することをお忘れなく。
●関連サイト
国土交通省「住宅省エネ2023キャンペーンはじまります!」
住宅省エネ2023キャンペーンについて
電気代やガス代の高騰が続き、節電が呼びかけられている昨今、住まいの省エネ性、断熱性へ関心が高まりつつあります。そんななか、世界基準の省エネ住宅「パッシブハウス」を見学できる「パッシブハウスオープンデー」が3年ぶりに開催されることになりました。これはパッシブハウスジャパンが受け付け、11月11日~13日の3日間にわたり、全国24カ所の完成済みや建設中のパッシブハウスを見学できる会のこと。今、注目を集める“超省エネ住宅”の特徴を取材しました。
世界基準の超高気密・高断熱住宅、パッシブハウス冷房や暖房で使うエネルギーを最小限にし、太陽や風など、自然のもっている力を建物に取り入れた建築設計手法のことを「パッシブデザイン」といいます。そのパッシブデザインを追究したのが、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた性能基準を満たした「認定パッシブハウス」です。いわば世界水準の省エネ住宅となり、認定には地域の気象条件を考慮した冷暖房需要、家電も含めた一次エネルギー消費量、気密性能などの基準が決められており、設計段階から断熱材や窓の性能、日射量、通風量を専用ソフトで計算、厳しい基準をクリアしないといけません。
たとえば、伊勢原パッシブハウスの場合は、気象条件が東京のため、以下の数値を満たす必要があります。また、気象条件により異なるのは年間冷房需要のみで基準値に加算されます。加算される数値は、寒い地域は小さく、暖かい地域は大きくなる傾向にあります。
<認定パッシブハウスの条件/東京の場合>
年間暖房需要 15kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
年間冷房需要 21kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
気密性能 50Pa時の漏気回数 0.6回以下(目安として、C値=0.2程度)
一次エネルギー消費量(家電含む) 60kWh/(m2・a)以下
※地域加算前の基準値は以下の通り
・年間暖冷房負荷:
年間冷房需要15kWh/(m2・a)以下 もしくは ピーク冷暖房負荷10W/m2以下
※冷房は、地域で若干数値が異なります。
・気密性(漏気回数):
漏気回数が0.6回/h(50Pa時)
・一次エネルギー消費量(PER):
60 kWh/(m2・a)以下 ※クラシックの場合
(ドイツのパッシブハウス研究所によるパッシブハウス基準より)
パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)
2009年、日本で初めてパッシブハウスとして認定された建物が誕生し、以降、専用ソフトの扱いや建築手法が広まったことで、徐々に数を増やし、今では日本各地に広がっています。パッシブハウスのメリットは、自然の力を最大限に利用しつつ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適であること。省エネ性にすぐれ、電気代などの光熱費を抑制でき、家計にも地球環境にも優しい住まいなのです。
ただ、パッシブハウスのメリットといわれても、その良さ・すごさはなかなか伝わりません。そこで、実際に建てられたパッシブハウスを訪問、住み心地について施主に質問したり、住まいの良さを体感できる日が設けられているのです。それが、パッシブハウスオープンデーです。
2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)
大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)
取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)
もちろん、このイベントは建てたオーナーとそのご家族の理解、協力あってのこと。しかも、この数年はコロナ禍ということもあり、オープンデーそのものが開催できませんでした。今年は行動制限のないなか、久方ぶりに開催される運びとなったのです。筆者も見学希望のみなさんと一緒にお邪魔してきました。
190平米の平屋で6人家族ながら、空調はなんとエアコン1台のみ!今回、見学したのは、神奈川県伊勢原市にある、平屋のパッシブハウス。施主は武蔵野美術大学建築学科の教授でもあり、一級建築士の持田正憲さんです。お住まいになっているのは、ご夫妻とお子さん3人、そして持田さんのお母さまの計6人。190平米の平屋建てですが、14畳分のエアコン1台と熱交換型換気システムで、住まい全体の空調をまかなっています。
持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)
以前の持田さんは60平米の賃貸住宅で5人暮らしのときに、2万円程度の光熱費でしたが、今も同程度で住んでいるといいます。平屋の吹き抜け、しかも窓も大きく、天井高もあり、広さが3倍になっても光熱費が変わらないことにさらに驚きます。
「もともとこの場所は私の実家であり、築100年弱の古民家が建っていました。冬は寒くて寒くて、手袋をしながら仕事をしていましたよ」と笑いますが、建て替えた今では11月でも半袖で過ごせるほど暖かです。
オープンデーが行われた11月11日には午後に数組、12日の午前と午後にそれぞれ予約が入っていましたが、どんな人が予約し、見学しにいらっしゃるのでしょうか。
「パッシブハウスとはなんぞや、という人は少なくて、ある程度、住まいに知識・関心がある人が多いですね。あとは工務店さん、建築士などの建築関係者です。近くにパッシブハウスができたらしい、見に行ってみよう、という感じでしょうか」と持田さん。伺う限り、建築・建設関係者や情報感度が高く、住まいへの関心の高い方の申し込みが多いようです。
設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)
実際、筆者が一緒に見学をさせていただいた方は、住まいはすでにお持ちですが、建築番組が好きで毎週欠かさず見ているとのこと。パッシブハウスに興味関心があって、すでに基礎的な知識はあるといい、参加者の熱心さにもまた驚きます。
建物の向き、ひさしや窓の役割についてわかりやすくレクチャー見学会は、あいさつからはじまり、まずはということで、お庭へと案内されました。そこで建物の向きやひさしの役割、窓の役割、特性の説明からはじめてくださいました。
ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)
土地はもともと、築100年ほどの民家があったためか、南向き。日差しがたっぷりと降り注ぐ良好な場所ですが、夏は遮熱をしないと日差しで室温が上がってしまいます。そのため、ひさしを深くして遮熱し、さらに窓にオーニング(日よけ・雨よけ)を設置しています。また、西日は極力入らないよう、通風、採光用の縦型窓を採用。こうした数々の工夫により夏、窓から熱が入ってくるのを防ぎ、弱冷房運転をかけているだけで、ほどよく涼しく過ごせるのだそう。
「春と秋、冬は上部の窓から日差しを取り入れて、室内の空気を暖め、それを逃さないようにします。長男は暑がりなので、冬でも暑い暑いというくらいです」(持田さん)
リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)
上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)
こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)
一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)
窓は3枚ガラスの樹脂製、熱交換器はわずか10%の熱ロス!次に室内に戻って、窓や躯体の断熱性能について説明が続きます。
「大きなウッドデッキにつながる窓は木製で、ほかはすべて樹脂窓のトリプルガラスです。幹線道路沿いですが、窓を閉めてしまえばびっくりするほど静か。もちろん結露は見たことがありません。断熱材は壁に300mm、屋根に400mm入れているので、一般のお住まいの2~3倍といったところでしょうか。UA値(外皮平均熱貫流率)は0.26で、HEAT20でいうとG3のグレードにあたります」(持田さん)
樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)
HEAT20とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱研究会の略称で、日本の住まいの断熱性能を高める有識者会議のこと。このHEAT20では、住まいのグレードをG1、G2、G3とわけていますが、G1でも省エネ等級5以上の性能としています。もっともグレードの高いG3は、最高等級である断熱等級7に相当し、今、日本の住まいのなかではトップグレードということができます。
上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)
窓に続いて、ロフトをのぼって、熱交換換気システムを拝見します。
階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)
「この家の熱交換換気システムは、日本スティーベル社のものを採用しています。熱交換器とは、熱を失わずに空気を入れ替える換気システムのことです。この熱交換器は効率が90%なので、10%しか熱をロスしません。そのため空気を冷やすにしても、暖めるにしても、少量のエネルギーですむんです。また、メンテナンスが大切になるので、階段で行き来しやすようにしています」(持田さん)
熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)
熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)
住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)
同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)
続いては、洗面と室内物干しスペースに行き、半分床下に設置されたエアコン(唯一ある暖房器具!)について説明してもらいました。
「去年の冬、外気温はマイナス5度になった日もあったのですが、暖房をつけたのは5回程度。太陽の熱だけで十分暖かく、快適に過ごせました」と持田さん。夫人は当初、ここまでハイスペックな住まいにしなくてもと思っていたそうですが、今ではあまりの暖かさに慣れ、積極的に案内をしてくれるように。
洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)
ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)
ざっと室内見学を終えて、最後に質疑応答をし、1時間程度で見学会は終了となります。
気になる建築費については、高断熱高気密住宅を作っている工務店に依頼し、その工務店の平均坪単価よりも10%程度アップで収めたとのこと。10%で収まるのもまた驚きですが、これから上がり続けるであろう電気代を考えると、収支としては十分、合うのはないのではないでしょうか。
「それでもね、(実家の相続で)土地代がかかっていないから、と自分にいい聞かせて、思い切りました」と持田さん。こうしたぶっちゃけトークがでたところで、緊張していた場がほぐれて笑顔が出るように。見学されたご夫妻は、最後に「できるものならこんな家を建てたいですよね」と感想をこぼしていらっしゃいました。わかります、その気持ち。
最後に持田さんは、「ほんとはね」といいます。
「日本の11月は、(パッシブハウスでなくても)多くの家で快適に過ごせるんです。パッシブハウスが真価を発揮するのは、真冬。外はマイナスなのに室内は20度というのを体感したら、印象がまた異なるはずです。パッシブハウス・ジャパン独自で、真冬の見学会を企画してますので、気になる人は予約して足を運んでみてほしい」と続けてくれました。
家の光熱費が気になる人はもちろん、気候変動が気になる人、これからの住まいの温熱環境について考えている人は多いはず。なんとなくでも興味のある人は、一度、見学してみて損はないと思います。きっと実りの多い時間となることでしょう。
●取材協力
パッシブハウス・ジャパン
朝10時半。北海道長沼町のスーパー「フレッシュイン グローブ」(以下、グローブ)の店先には新鮮な農作物が並んでいた。みずみずしい白菜、土のついた大根、真っ赤なりんご。開店と同時に、お客さんが続々と入ってくる。「縁の畑(えんのはた)」というグループの売り場だ。縁の畑は近隣の生産者と消費者が一緒になってつくる共同販売グループのこと。
農業が盛んな地域でも、その地で採れた野菜がそのままスーパーに並ぶとは限らない。多くが市場を通して売買されるためだ。
そこで、生産者と消費者、売り手が小さな流通のしくみを自分たちでつくり「近隣の野菜を地元で食べる」を実現する試みが始まっている。
エネルギーや食の供給が不安定になっている今の情勢下で、縁の畑の取り組みは、生産者と消費者が身近なところでつながり合う意味を教えてくれる。
この日、白菜を並べていた「ファーム鈴田」の鈴田圭子さんも、縁の畑のメンバーの一人。
「白菜って新鮮なほどおいしくて、採りたてはほんとに味が違うんです。それを食べる人たちにも知ってほしいなと思って」
「ファーム鈴田」の鈴田圭子さん(写真/久保ヒデキ)
「縁の畑」は長沼町の生産者農家23軒と消費者やこの取り組みを応援する14人による共同販売のチーム。個性ある農家が、地元の人たちに自分たちの野菜を食べてほしいと始めた活動だ。食べ手である消費者も、近隣の野菜を身近な場所で買えるのは心強いと、準組合員になって支援している。
国道沿いには道の駅があり、札幌など都市部から訪れる人たちで週末にぎわうが、長沼の中心部からは少し離れているため、地元の人たちからは少し遠い存在。
同じくきびきびと働いていた白滝文恵さんは、立ち上げメンバーの一人で、いま中心になって事務局をまわしている。
「地元で地元の野菜を買える場所は、長沼でも少なかったんです。例えば地元の農家さんと知り合って、いただいた野菜がすごくおいしくても、近くに買える場所がなくて。キュウリ2~3本を買うために直接農家を訪ねるのはハードルが高いですよね。ここで買えるようになって、すごく喜んでもらえました」
右から事務局の白滝さん、「ファーム鈴田」の鈴田さん、同じく事務局の保井侑希さん(写真/久保ヒデキ)
「地産地消」という言葉が生まれたのは1980年代(*)。地産地消が実現できれば、消費者は新鮮でおいしい野菜を入手でき、生産者にとっても身近な人たちに届ける喜びになり、少量の産品や規格外品も販売しやすくなるなどの利点もある。
(写真/久保ヒデキ)
ただ、直売所の普及や学校給食での地元野菜の使用が進むのに対して、小ロットを狭い地域のなかで流通するシステムは十分に整っているとはいえない。地元の小売店や飲食店がその地の野菜を安定的に仕入れたい場合、市場で買うか農家と個別に契約するほかない。
そこで農家と消費者、地元のスーパーの三者が協力して地元の人たちに届けようとするのが、「縁の畑」である。
縁の畑の組織図(提供:縁の畑)
小さな農協のイメージ参加する農家はさまざまだが、みんなこだわりをもつ個性的な農家ばかり。JA出荷だけでなく直販もしていたり、農家の名前を表に出して売ることを大事にしている。
縁の畑の設立には、多くのメンバーがお世話になった、ある農家の離農がきっかけになっている。長年直販で農業を続けてきた農家だったが、ネット販売が主流になり、年配者には売り先を開拓するのが難しくなったことが理由にあった。何とか離農を防げないかと若手農家10軒ほどが集まって相談した。結局その農園はリタイヤすることになったのだけれど、新しい売り方をみんなで考えたことが会の設立につながった。
会長は、平飼い有精卵の養鶏農家「ファーム モチツモタレツ」の高井一輝さんが就任。ただし農家と消費者による共同運営、共同出資なので何でもみんなで決める。「縁の畑」という名前も、理念も規約も、スラックなどを使って、みんなで意見を出し合って決めてきた。
事務局の白滝さんは、以前北海道の有機農業組合の職員だった。そのため「縁の畑」の組織を考えるとき、小さな農協をつくればいいと発想したのだそうだ。
「会費を募って組合員によって構成されるイメージです。生産者は正組合員として一口1万円、消費者は準組合員として一口5千円。そのほか年会費が5千円です。ただし縁の畑はオーガニックにとらわれない、いろんな生産者の集まり。農薬を使っていても低農薬だったり、必要最低限、おいしいものをつくろうとされている農家さんがたくさんいますから」
白滝さんは長沼でお弁当屋を開いていたこともあり、地元には魅力的な農家がたくさんいることを知っていたという(写真/久保ヒデキ)
「地元の農家さんを地域の人たちにも知ってほしいとずっと思ってきました。地産地消というより、私は『友産友消』と言っているんですが、友達がつくったおいしい野菜を、また友達に食べてもらうような感覚で野菜を流通できないかと考えたんです」
白滝さんはいつも穏やかに話す物静かな人だが、実は驚くほどの行動力の持ち主だ。5月には組織を発足。6月末からはスーパーでの販売も始まった。
地元スーパーの応援あってこそ「縁の畑」の最大の特徴は、地元のスーパーに専用の売り場をもっていることだ。すでに地元に定着している商店に売り場をもってスタートできたのは大きいと白滝さんは話す。
「フレッシュイン グローブ」は、長年まちの人に愛されてきた中森商店が、数年前にリニューアルしてできたスーパー。今も店内には「秋の大収穫祭」「おいしいものは心に残るが安いだけでは残らず」など勢いのある手書きのポップが何本も下がる庶民派の店だ。魚売り場には尾頭付きの活きのいい魚が並び「市場」のような雰囲気がある。
長沼町の中心街にあるフレッシュイン グローブ。この日は月に一度の縁の畑のマルシェが店頭で行われている(写真/久保ヒデキ)
フレッシュイン グローブの店内。青果売り場の様子(写真/久保ヒデキ)
その入口付近に、「縁の畑」専用の売り場がある。青果部の小野直樹さんは開始当初から縁の畑を応援してきた。
「うちの店は、もともと安さより『ほかに置いていないもの』『個性あるもの』を置くのが店の方針なんです。市場で仕入れるとどうしても収穫から日が経ってしまうけど、縁の畑さんは、採れたてのいい野菜をまとめて持ってきてくれるから大歓迎です」
フレッシュイングローブの入口すぐ脇に設置された「縁の畑」の売り場(写真/久保ヒデキ)
一般的にスーパーでは仕入れが安定せず、売り場に空きができるのを嫌う。でも小野さんは「空きができてもいいから、どんどん置いて」と言う。
「野菜は生ものなので、あるときはある、ないときはない。それでいい。そのほうが新鮮さが感じられるでしょう?売り場は活きがいいほうがいいんです」(小野さん)
フレッシュイン グローグ、青果部の小野直樹さん(写真/久保ヒデキ)
さらに縁の畑に売り場を貸すだけでなく、微に入り細に入り、売り方のアドバイスをしてくれるという。
「例えば、ビーツを置いたときは、小野さんからすぐに電話がかかってきて。真っ赤な茎の見たことのない野菜があるけど、これ何だかお客さんわかんないよねって。ポップつけようとか、ひな壇にしたほうがいいよ、など並べ方のアドバイスまでしてくれて。スタッフさんがみんな、細かく目を配ってくださるんです」(白滝さん)
なぜそこまで?と小野さんに聞いてみた。
「うちの狙いは、新しいお客さんを呼ぶこむことでもあるんです。実際、縁の畑さんの野菜を置くようになって若いお客さんが増えました。
それに地元の野菜といっても、実際に響くのは従来のお客さんの10人中2~3人というのが肌感です。でも関心のなかった人たちが『地元の野菜が増えたね』『見たことのない野菜がある』と気付くようになって、次第に関心をもつようになる。長沼産の野菜にブランドがつけば我々にとっても嬉しいことです」
(写真/久保ヒデキ)
食べる人の声スーパーでの販売だけでなく、家庭向けの宅配「野菜のおまかせセット」も販売している。消費者として、準組合員になっている人はいま14名。なかには宅配の「野菜おまかせセット」を頼んでくれている人もいる。谷渕友美さんは縁の畑の立ち上げ時から、準組合員であり消費者として会の活動を支えてきた一人。
準組合員の谷渕友美さん(写真/久保ヒデキ)
「縁の畑の農家さんにはママ友など知り合いも多いし、応援したい気持ちがあります。それにおまかせセットで野菜が届くのは楽しみでもあるんです。自分で買い物するとニンジン、玉ねぎ、じゃがいも……とオーソドックスな野菜ばかり買ってしまいますが、ボックスには旬の野菜が入っていたり、見たことのない野菜も入っていたりして料理のレパートリーが広がります」
谷渕さんは、一方で子どもたちに食育の取り組みを進める活動にも携わっている。「子どもの五感は一生の宝」という言葉が印象的だった。
「食に意識の高い人ばかりではないので、食の自給率とか『買い物に哲学を』みたいな話は誰にでも伝わる価値ではないです。安ければ安いほどいいって人は当然いますから。でもだから、グローブのような手に取りやすい場所で、近隣の野菜を販売されてる価値ってあると思うんです。ちょっと高くても野菜が新鮮で、それは買う人にも見た目で自然と伝わるものだから。見て食べて感じることができる。やっぱり野菜の味、全然違いますから」(谷渕さん)
食べる人と、つくる人が一つのチームになって、その輪の中で食べ物が供給される。入口はおいしさの共有かもしれないが、何かあったときの地域のレジリエンスにもなる話だろう。規模でいえば小さな輪でも、この輪があるのとないのとでは安心感が違う。
一方、ビジネス的な視点からいえば、地元で野菜を売っているだけでは厳しいため外にも打って出ている。隣町の道の駅への出荷もしているし、北海道で始まった「やさいバス」にも縁の畑として野菜を入れている。
地元の飲食店や小売店向けのライングループをつくり、その日出荷できる野菜の情報を送り、注文できるしくみになっている。
Instagramで見て都市部から買いにきたという人も(写真/久保ヒデキ)
農家にとっての窓北海道の夏は短い。できることはできるうちにと、6月の発足時からとにかく走り続けてきた。これから勉強会や生産者同士の技術交流会も検討している。
「夏にやれるだけのことをやって、冬に農家さんたちに時間ができたらじっくり反省会をしたいと思っています」(白滝さん)
3月に初めてみんなで集まったとき、農家の間からやってみたい事柄がたくさん挙がったのだという。野菜の販売だけでなく「食育の活動」「マルシェの開催」「勉強会や技術交換会」「農家体験」など、農家同士の交流や、発信、お客さんに働きかける内容のものも多かった。
佐賀井農園の佐賀井さんは、昨年よりお米の生産面積を増やし販路を開拓したいと考えていたところに縁の畑の話を知って参加。技術交流の取り組みを進めている(写真/久保ヒデキ)
アスパラガスやキュウリを栽培する坪井ファームの畑には、ハウスが22棟、緩やかな丘に続く傾斜地に立っていた。坪井さんのキュウリはグローブでもすぐ売り切れるほどの人気。夏の繁忙期には一日5000本、多い日には7000本のキュウリを収穫するという。妻の紀子さんは話す。
「夏は大忙しです。朝4時に起きて2時間収穫をした後、子どもたちを送り出して。直販だけではさばけないので、半分はJAを通して出荷しています。縁の畑に出す割合は全体からするとまだそれほど多くはないんですけど」
坪井ファームの坪井紀子さん(写真/久保ヒデキ)
それでも、縁の畑の取り組みに参加するのはなぜなのだろう?
「朝ほんの数分ですが、子どもを送りがてらキュウリを届けると、ほかの農家さんたちがどんな品物を出しているんだろうと見られたり、ああこんな野菜もあるんだと小さな刺激を受けて帰ります。農家ってほんとに忙しくて、黙って仕事しているだけだと世界がすごく狭くなっちゃうんですね。農家同士の交流ももっとできたらいいなと思うし、勉強会とか、社会との接点になるって期待しています」
坪井ファームのキュウリはみずみずしくておいしい。地元でも人気(写真/久保ヒデキ)
縁の畑の理念には、こんな言葉が載っている。
「食を通じて、土地と人とがつながりあい、人も社会も自然も健康でいられる小さな循環をつくること」
自然に向き合い、農業を続けることは生半可にはできない仕事だ。遠くへ運ぶだけでなく、地域で小ロットでも農産物が流通できるマイクロ物流が整えば、より環境負荷が少ない、またロスの少ないしくみができる。
縁の畑は、そのための小さくて大きな一歩かもしれない。
(*)地産地消とは、「農林水産省農蚕園芸局生活改善課が1981年度から進めた地域内食生活向上対策事業」のなかで用いられた「地場生産・地場消費」が略されて「地産地消」になったとされる。(「一般財団法人 地方自治研究機構」HPより)
●取材協力
縁の畑