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山手線「五反田」駅 徒歩7分
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「いつかこんな暮らしがしてみたいという願いが叶いました」
満面の笑顔でそう語るのは、北海道旭川市の田園地帯にポツンと置かれたタイニーハウスの住人、曽根優希さんだ。牽引可能なこのタイニーハウスは、さまざまな人の手を経て、いまこうしてここにある。なぜ、タイニーハウスがつくられたのか? 冬には極寒の環境で果たして暮らしが成り立つのか? タイニーハウスをめぐる物語を紐解くと、そこにはシンプルな生き方を追い求める眼差しがあった。
さえぎるものが一切なく、遥か遠くの山並みが見渡せる田園地帯に、白とピンクベージュの外壁のタイニーハウスがある。設置されたのは2019年。なぜ、この場所にタイニーハウスが置かれるようになったのか、まずはそのストーリーを見ていこう。
旭川の市街地から車で15分ほどのところに2棟のタイニーハウスがある。左の棟に曽根さんが暮らしており、右はゲストの宿泊スペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)
始まりは5年前。企画したのは、東京在住で映画監督の松本和巳さん。
きっかけは、松本さんが当時制作中だった映画『single mom 優しい家族。』で出会った女性たちの声を聞いたことだった。シングルマザーへの取材をもとに脚本をつくるなかで、彼女たちが社会で生きづらさを感じている現実を知ったという。
「人と比べてしまうことでコンプレックスが生まれ、それが必要以上に心を苦しめている」と感じたという。そこから人の気持ちを癒やしたり変えていくための、新たなライフスタイルの提案をしてみたいという思いが芽生えた。
株式会社マツモトキヨシ(現マツモトキヨシホールディングス) 取締役、衆議院議員を務めたほか、劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、また映画監督、ソーシャルイノベーターとして今は活躍(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
映画『single mom 優しい家族。』の予告編。北海道ニセコ町でロケを行った。これまでとは違う“新たなライフスタイル”とは何か。そのヒントを探るべく、松本さんが赴いたのはアメリカ オレゴン州・ポートランド。個人個人の価値観を尊重する魅力的な街として知られるここで、5棟の個性的なタイニーハウスが置かれたホテルを訪ねた。旅行者たちが心から解放された様子で、思い思いに交流する姿に触れたという。
「タイニーハウスは、シンプルなライフスタイルを実現するためのツールであると感じました。このとき、身の回りのものをシンプルにすることから、人と比べない、自分なりの生き方が見つかるんじゃないかと思いました」(松本さん)
アイデアが実現に向かい始めたのは、『single mom 優しい家族。』のロケ地であった北海道ニセコ町で、市川範之さんに出会ったことだ。市川さんは道内でも指折りのドローンの技術者で、松本さんの映画撮影に協力。また旭川で農薬に頼らない米づくりや糖質の吸収を抑える機能性米を開発するなど、新たな農業や暮らしのあり方の模索もしていた。そんな市川さんと松本さんは意気投合。映画撮影が終わっても交友は続き、市川さんの地元である旭川を松本さんは訪ねた。そのとき、都市にも近く、大雪山系のダイナミックな山並みも見え、自然と街が調和するポートランドと似たポテンシャルを感じたという。
市川範之さん。農業生産法人市川農場の代表取締役。現在タイニーハウスは市川農場の敷地に置かれている(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
2018年8月、プロジェクトが本格化した。タイニーハウスを利用したホテルを旭川につくることを考え、これまでの人との縁をつなぐ中で旭川駅前に実験的に設置するという計画が持ち上がる。
ホテルのオープンまでわずか5カ月という限られた時間の中で、松本さんと市川さんは活動母体となる「シンプルライフ協会」を設立。旭川と、映画のロケ地でつながりが生まれたニセコ、そして国士舘大学などの協力を得られた東京という3つの地域で、それぞれタイニーハウスをつくることになった。
タイニーハウス1棟の総予算は600万円。サイズは、道路を通行できる2.45mが幅となり、長さは6.02m、高さは3.8m(いずれも外寸)というコンパクトなつくりとした。
最大の課題となったのは重量。牽引を可能とするために2500kg以内で収めるための工夫をしなければならなかった。
それぞれのチームが設計から手がけた。左は旭川で設計された「サンタフェ」。右はニセコで設計された「モダン」。「当時は、予算を600万円に納めることができたが、現在は材料費の高騰などでコストはもっとかかるのではないか」と松本さん(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
「旭川の冬を越せるように断熱材をしっかり入れつつ、重量オーバーにならないギリギリまで削るというせめぎあいがありました」(松本さん)
旭川、ニセコ、東京のチームはそれぞれ独自に研究を行い、必要な建材を選び取っていった。
タイニーハウスの建設中には、それぞれの場所でワークショップも実施され、設計から約3か月で完成。旭川とニセコでつくられたタイニーハウスは旭川駅に運ばれ、東京でつくられたタイニーハウスは、国士舘大学の世田谷キャンパス(東京)や東京タワーで体験展示会が開催された。
東京タワーでの体験展示会の様子(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
旭川駅に設置されたタイニーハウス(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
旭川駅に置かれた2つのタイニーハウスは、2020年の1月より約半年間、ホテルとして稼働した。コンセプトは「機能制限体験ホテル」。例えばドライヤーと電子レンジを一緒に使うとブレーカーが落ち、シャワーの水圧にも制限があり、ゴミはゴミ箱一杯分までと、普段意識していないエネルギーや環境問題に、頭で考えるのではなく体験から目を向けるきっかけづくりが行われた。
贅沢なサービスをあえて提供しないことに共感する人々は多く、常に1週間ほど先まで予約が埋まる状態だったという。
(画像提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
利用者からは、駅という騒音と隣り合わせの場所にもかかわらず「中に入るとほとんど音が気にならない」や「思った以上に暖かい」という声があったという。
旭川駅から田園地帯へ。「実際に住んでみる」という次なる実験が始まった旭川と東京でのお披露目を終えて、タイニーハウスは現在の場所となる市川さんの農場の一角に移され、見学希望者を案内したり、松本さんや市川さんの友人らが宿泊に利用するなどしていた。
そんな中でタイニーハウスに度々泊まりに来ていたのが曽根優希さんだ。父の曽根真さんが旭川でタイニーハウスの制作を請け負った建設会社の代表を務めており、市川さんや松本さんと家族ぐるみの交流があった。
市川農場に集められたタイニーハウス。一番左のニセコで制作されたモデルは、その後売却された(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
タイニーハウスの周辺は田園地帯(撮影/久保ヒデキ)
(撮影/久保ヒデキ)
(撮影/久保ヒデキ)
優希さんがここに住むことになったのは何気ない会話からだった。
「市川さんに誘われてタイニーハウスのある敷地でバーベキューをしたことがありました。そのとき、星空の下で、自分の大切に思う友人たちと美味しいものを囲み、話したり歌ったり。季節の移り変わる美しさを感じるひとときがありました。こんなふうに心に余裕を持った暮らしがしたい。ここには私が求めていた暮らしのすべてがありました」
敷地にある使い込まれたピザ窯。客人が来ると優希さんは、手づくりピザでもてなす(撮影/久保ヒデキ)
そして優希さんは、松本さんに「タイニーハウスに住みたいくらい、気に入りました!」と語ったという。
「それなら住んでみる?」と松本さんが提案すると、「はい!」と即答。
「冬にホテルとして使ったことはありましたが、果たしてずっと住み続けることができるのか、暮らしてもらいながら実験をしてもらおうと思いました」(松本さん)
優希さんは3歳のころから旭川で暮らし始め、高校生までこの地で過ごした。その後、大阪の専門学校に進学し、名古屋などでサービス業の経験を積み、その後コロナ禍となって実家に戻り、現在は旭川にある水回り設備のショールームで働いている(撮影/久保ヒデキ)
タイニーハウスの広さはわずか8畳。入り口すぐのところにキッチンがあり、その奥が居間兼寝室。さらに奥にトイレとシャワールームがある。
非常にコンパクトなつくりだが、都会の小さなワンルームとそれほど変わらない印象だ。
「サンタフェ」で優希さんは暮らしている。キッチンは壁に棚やフックをつけて収納スペースを確保(撮影/久保ヒデキ)
キッチンの奥にソファベッドが置かれている(撮影/久保ヒデキ)
その奥がシャワー付きトイレとシャワールーム(撮影/久保ヒデキ)
優希さんのお気に入りは、ソファベッドの窓から見える景色。春には田んぼに水が張り、夏には緑が萌え、秋には稲穂が黄金色に輝き、そして冬は一面真っ白になる。刻々と変化する景色と、遠くの山並みに夕陽が落ちる様子が見られることが「最高のぜいたく」と語る。
タイニーハウスの中は極小だが、一歩外に出ると無限に空間が広がっている。デッキにテーブルを出して、ランチやお茶を楽しむこともあるという。
朝起きると、ソファベッドから窓の外を必ず眺める(撮影/久保ヒデキ)
日中も氷点下の旭川で快適に暮らせるの?ここで暮らし始めたのは2020年12月から。旭川の積雪は、道内ではそれほど多くないが、盆地のため冷え込みは厳しい。1月、2月の最低気温の平均はマイナス10度を下回り、ときにはマイナス25度になることもある。
暖房器具は約7畳用のガスファンヒーターが1台。それ以外に水道管の凍結を防止するヒーターが取り付けられている。
ガスファンヒーターが窓際に一台置かれている(撮影/久保ヒデキ)
「空間が小さいので、ファンヒーターをつけるとすぐに暖まります」と優希さん。室内は暖かく快適。
また、水道管が凍結する場合もあり、ファンヒーターを消したときは、蛇口の水を少し流しておくなどの対策をとっているそうだ。
外に設置されたプロパンガス。隣が洗濯機。厳冬期の光熱費は月に2万円ほど。都市ガスに比べてプロパンガスは割高ではあるものの、空間が狭いので効率よく暖められている(撮影/久保ヒデキ)
タイニーハウス設置のために、電気設備と浄化槽設置の工事が行われた(撮影/久保ヒデキ)
「一番、困ったのは冬の洗濯でした。ホテルとしてつくられていたので、洗濯機を置く場所が設けられていなかったんです。夏は外に洗濯機を置いていますが、冬は積雪のため倉庫にしまってしまうので、コインランドリーを利用しています」
タイニーハウスで暮らし始めた1年目は運転免許を持っていなかったそうで、バスを乗り継いだり、友人に頼んで車に乗せてもらったりなど、コインランドリーに行くのも一苦労だったという。
また積雪の多いときは道路までの道を除雪しなければならず、夏よりも通勤に30分以上余計にかかってしまうことも。
そんな困難があってもここに住み続け、優希さんは今年で3回目の冬を越した。
(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)
「いろいろなことが起きますが、それを楽しめるかどうかで意識は変わってくると思います」
もう少しキッチンが広ければ、とか、収納があれば、と思うこともあるが、モノを増やせない環境に身を置くからこそ買い物の仕方が変わり、それが良い方向に向かっていると話す。
以前は、カレールーやドレッシングなど既製品を買うことが多かった調味料だが、いまは基本的なものを組み合わせて料理をすることを覚えたという。
また100円均一ショップで暮らしの便利グッズを買うのも好きだったというが、本当に必要なものをよく考えて買うようになったそう。
「便利なものをなくしたほうが、むしろ工夫が生まれて楽しいことがわかりました。また環境問題についても考えるようになって、ゴミを出さない暮らしをしたいと思うようになりました」
調味料は量り売りのものを買うなど、ゴミを減らす取り組みもしている(撮影/久保ヒデキ)
最近、気に入ってつくっているのが塩麹や醤油麹。お肉を漬け込むとやわらかくなり味わいも深くなる(撮影/久保ヒデキ)
シンプルライフの選択は、自分らしく生きることにつながる松本さんは、優希さんが厳冬期もたくましく暮らし、少しずつ意識が変わっていくその姿に触れる中で、新しい映画の構想を温めていった。
撮りためてきたタイニーハウスの制作過程の映像と、自分なりの暮らしを模索する女性たちにスポットを当てた映像とを組み合わせたドキュメンタリー映画を制作した。
東京でつくられたもう一棟のタイニーハウス「ホワイトファンタジー」はキッチンが広い。こちらはマイナス20度までの寒冷地用の断熱を施していない分、内装の素材に凝ることができたそう(撮影/久保ヒデキ)
冬は閉鎖し、夏のみ友人らが宿泊できるスペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)
この映画には、優希さんを筆頭に、松本さんが全国から探したそれぞれの道を歩む女性たち、合計7名が登場している。
北海道で羊飼いをする女性だったり、以前はキャバクラで働き現在は農業をする女性だったり。映画の中では彼女たちの人生が語られると同時に、それぞれが旭川へと赴き、お互いがお互いのことを深く知り合うことにより、再び自身を見つめ直し、新たな一歩を踏み出そうとするシーンもあった。実際に旭川に移住した女性もいるとのこと。
映画『-25℃ SIMPLE LIFE』は2023年新春に劇場公開された。
「タイニーハウスで暮らせることを知ってもらえれば、何十年とローンを組んで家を購入するといった人生設計とは違う選択肢に気づけるのかなと思いました」(松本さん)
今回、筆者は3人の人物に取材をし、またこの映画を見て、シンプルな暮らしを追い求めることは、これまで自分の中に溜め込んできたものを一度手放してみることであると感じた。
物質的な豊かさや社会的な地位や名誉などから解き放たれたとき、そこには何が残るのだろう? それが自分の本質的な部分であり、もっとも大切にするべきものである。そんなメッセージを受け取った気がした。
(撮影/久保ヒデキ)
●取材協力
一般社団法人シンプルライフ協会
映画『-25℃ simple life』の予告編
曽根優希さんのInstagram
ここ数年でますます環境問題への関心・意識が高まり、2024年度からは、省エネ性能や断熱性能を表示する新制度(建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度)がはじまる予定と、今、住まいの省エネ性能・環境性能が重視されつつあります。そんななか、埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」が誕生しました。どんな住まいなのでしょうか。入居者、開発を手掛けたオーナーの株式会社鈴森 社長・鈴木早苗さん、設計をした一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんに話を伺いました。
賃貸住宅「鈴森Village」は、木々に囲まれた“結界”。住まいが生活に与える影響の大きさを実感LEED認証とは、建物と敷地利用の環境性能を評価する国際認証制度のこと。世界でもっとも多用されている評価システムで、環境性能を証明できることから、不動産の価値向上、環境を意識したテナントを誘致しやすくなり、主に商業ビル、倉庫、工場などで認証を受ける建物が増えています。今回、このLEED認証の取得を目指そうと建てられた賃貸住宅が「鈴森Village」です。
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建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)
「鈴森village」を語る上で欠かせないのが、LEED for Homesの基準に準拠した計画・設計・施工がなされていることです。LEEDはLeadership in Energy and Environmental Design(リーダーシップ・イン・エナジー・アンド・エンバイロンメンタル・デザイン)の略で、米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運用している国際認証制度。環境的視点から、敷地、水、エネルギー、資材、室内環境などを評価します。世界で広く用いられており、環境性能の高いプロジェクトを評価するため、認証を得るのが難しいのです。
LEED認証を目指して完成した鈴森village、どのような建物なのでしょうか。
まず建物そのものは、高断熱・高気密で、効率エアコンや節水トイレ・蛇口・シャワーといった省エネ設備を備えています。電気だけでなく水やガスなど、すべてのエネルギーに対して、省エネとなっているのが特色です。つまりここで暮らしていると、自然と光熱費が抑えられるうえに、夏涼しく冬暖かい快適な暮らしが自然と送れるようになっているのです。また、LEEDの要件である「交通利便性」「敷地内の豊かな緑を在来種や適合種(地域の環境に適した種類の植物)で構成していること」「植栽の灌水に雨水を利用し、節水に配慮していること」などにも合致しているため、建物だけでなく、より広く、周辺環境に配慮した建物となっているのです。
とはいえ、環境性能がよいといっても、やはり重要なのは住みごこち。従来の住まいとはどう異なるのでしょうか。今年4月、夫と妻、2人の娘とでともにこの建物に入居し、暮らしはじめたMさん一家に話を聞いてみました。
「前の住まいは築年数が古く、子どもの泣き声が響く、カビが発生する、など気になることばっかりだったんです。この住まいに引越してきて、本当に住居の性能の差に驚いていて。たとえば断熱性や気密性でいうと、外気温に比べて、驚くほど室温が一定してるんです。外気温と差があるので、外に出てびっくりすることもしばしばです。子どもの声もお隣に響くことはないですし。住宅がここまで生活の質、クオリティ・オブ・ライフをあげるのか、と。ストレスがないというか、人生がガラリと変わるというか。木々に囲まれていて、大げさにいうと結界があるというか、守られている感じがします」と夫は話します。
夫は現在、育休を取得しているため、平日の日中は夫妻と下の娘の家族3人で日中過ごしているそう。そのため、なおのこと、今の住まいの居心地の良さを痛感しているといいます。
夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)
「ベランダなど共用部に植物がたくさん植えられているので、毎日、いろんな鳥がやってくるんですね。鳥のさえずりも緑も心地よくて。日々、家族で鳥を観察しています。また、敷地内外の緑を手入れする職人さんや管理人さんも2~3日おきにいらっしゃって、丁寧にメンテナンスされていると感じます。収納も多く、動線なども考え抜かれていて『間取り決め、設備決定など、家造りの大変なプロセスを全部ふっとばして、『いちばんいいとこ取りした状態』で生活できるんですから、ぜいたくだなあと思いますね」と妻もうれしそうです。
プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)
2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)
夫妻の住まい探しのきっかけは夫の転勤。そのため、この物件が「環境性能」に配慮していたり、「LEED認証」取得を目指していることを知っていたわけではなく、本当に偶然の出会いだったといいます。
「通勤を考えて、和光市というエリアに住むことは決めていたんです。ただ、引越し期限も決まっていたし、良い物件がないかな~って、それこそ夫婦で毎日、SUUMOの新着物件をチェックして。ある日、妻が興奮しながらすごいのが出た!というので、見たんです。コレはよさそうだと思いましたね」(夫)
以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)
夫は仕事柄、一定期間、家を不在にすることもある。そのときに妻と子どもが安全・安心して過ごせるかが、決め手になったのだそう。
「妻が二人の子どもと過ごすことを考えたときに、高層物件は我が家向きではないと。また、引越してきたときに大家の鈴木さんがご挨拶に来てくださって。以前も賃貸物件に暮らしたことはありましたが、大家さんが挨拶にいらっしゃる経験は初めてで、すごく印象に残っていますね。安全や安心、快適、それと環境を大事にしたいという価値観が似ているからか、隣の住戸に住む家族とも仲良くなりました。人とのつながりという面でも安心できますね」と夫。
国際環境性能をクリアした建物の住み心地が「緑で建物が守られているよう」「結界のような安心感がある」というのはなんとも不思議ですが、実はオーナーが願っていた通りでもあるといいます。この「鈴森Village」のプロジェクトを牽引したオーナーの鈴木早苗さんにも話を聞きました。
“道路村長さん”のDNAがもたらす、100年先まで持つ「賃貸住宅」鈴森Villageのプロジェクトを立ち上げたのは、株式会社「鈴森」の鈴木早苗社長です。鈴木家は400年以上、この和光市周辺の地主であり、現在の「和光市駅」の開設や郵便局の設置にも携わったそう。なかでも、無報酬で地元のために尽力してきた曾祖父(鈴木佐内氏)は、地元の人たちから尊敬を込めて通称“道路村長さん”と呼ばれていたとか。早苗さんにとって、「鈴森Village」のプロジェクトのきっかけとなったのは、「代替わり」を見据えたときのこと。鈴木社長のお母様、現社長の早苗さんと受け継いできましたが、将来のことを考えれば「どの土地を残すのか」「どの土地を整理するのか」は、避けて通れない課題です。
株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)
「ここは和光市駅から徒歩5分、2000平米の土地なので、土地活用の方法は多数あります。しかし、売却して分譲一戸建てが並ぶ、賃貸マンションを建てるなどすると、土地がバラバラになって風景が変わっていく。とにかくそれは避けたいなと。100年後も人が和やかに行き交う街であってほしい、100年後も残るものをと考えたとき、建築に造詣が深い夫から出てきたのが、これからは『LEED』のように国際環境規格に合致した建物でないとダメだということでした」と鈴木社長。
地域社会にとっても、地球にとっても持続可能であるというのは、慧眼です。とはいえ、いくら環境によいものといっても、LEED認証を取得するには、コンサルティング費用、建築費・資材費も含めてコストアップは避けられず、生半(なまなか)な覚悟でできることではありません。
「『鈴森Village』の話をしていたとき、ちょうど夫が大病を患っていたこともあり、厳命というか、約束のように思えて、必ずやり遂げるんだ、という思いはありました。また、大家にとって、住む人の安心安全は絶対であるという思いはあります。やはり災害、有事の発生時に家はそこに住む人たちの命と財産を守る砦になるもの。大家には、その責任と覚悟が必要だと思っています」といい、短期的な利益よりも、社会的責任を強く感じているのがわかります。
鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)
賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)
生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)
ただ、建設途中にはウッドショックが発生し、建築費も当初の想定よりも高くなっていくなど、プロジェクトには困難が次から次へと押し寄せます。
「とにかく認証の検査も厳しくて。『この状態だと認証はとれません』とまで言われたりして。建築士、コンサルティング会社、施工会社とも相当のやり取りをしました」と、やはり一筋縄ではいかなかったよう。
そんなさまざまな苦労を経て、実際に建物が竣工したときの鈴木さんの印象を聞いてみました。
「手前味噌ながら『こんな賃貸住宅、見たことない!!』ですね。よくある◯LDKの部屋とあまりにも違うので、一見すると、生活しているイメージがわかなかったんです(笑)。ただ、よくよく見ていくと、間取りや動線、収納などよく考えられているし、特に1階の住戸は自分でも住みたいと思うくらいです。ただ、ぱっと見て、その良さが伝わるかどうかは別。この建物の良さを、どうやって知ってもらうかが、成功のカギになるんだろうな、と思いました」と鈴木さん。
1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)
緑の手入れには費用がかかる、虫を殺すには殺虫剤を使わないように指導する、建物周辺の空間の清掃など、苦労はつきません。それでも、やり抜けたのは、「これから100年先のことを考えたら『LEED』のような建物を」という夫との約束があったからでしょう。
「今度ね、鈴森Villageで防災訓練をしようと思っています。自然災害は必ず来ますから。そのときに消火栓が使えません、何があるかわかりませんじゃ、困りますから。安全対策は忘れたくないですね。あと、思い描いているのは鈴森Villageに住んでいるみなさんと昔から近隣に住んでいる方々などを交えたコミュニティづくり。年齢を重ねて、長く住んでいただけたらうれしい」(鈴木さん)。
100年持続するというのは、建物だけでなく、そこに暮らす人たちの集いと思いが結実してこそでしょう。建物は完成しても、鈴木さんの挑戦はまだまだ続きそうです。
建築家も「材から考える」「持続可能」を説明する責任がある鈴木さんの思いを形にした、設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんも重要な登場人物です。
「今まで道の駅や図書館など、公共施設を中心に設計してきましたが、入居者の顔が見えない賃貸住宅というのは初めてでしたので、重責だなと思いました。また、鈴木社長からは、とにかく『アフターコロナの時代を想像して設計してほしい』『100年持続可能』というオーダーでしたので、自分なりに仮説を立てて試行錯誤して設計をして。今、こうやってたくさんの方の住まいになって本当に幸せだなと思います」と今の心境をあかします。
設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)
「LEEDは、単なる建物の「設計基準」ではなく、建物と敷地利用に関わる環境性能を評価対象とします。そのため、建物の環境性能(高気密高断熱、節水など)というだけでなく、施工、建物、完成後の暮らし方まで、さまざまなことが細かく取り決められているそう。こういう「あいまい」を許さず、「細部まで徹底」するあたりが国際基準ですね。建築家としても、かつてない取り組みだっただけに、改めて発見・気付かされることもあったといいます。
「僕ら建築士は、建材を仕様やメーカーで選ぶことが多いんですけれど、建材ができるところ、例えば木材がどのように伐採されるのか、普段はそこまで想像力が働いてなかったんですよね。LEEDはとにかく細かく基準が決まっていて、違法に伐採されていないかなど、トレーサビリティ(※)のところまで問われるんです。施工時の現場でからでる濁水や粉塵を隣地に影響のないように管理するなどもチェック項目です。いわゆる使う責任、つくる責任ですね。基準が細かく定められていることで、改めて設計や建築・建設に携わる責任の重さを痛感しました」
※製品がいつ、どこで、だれによってつくられたかがわかるように、原材料の調達から生産、消費あるいは廃棄まで追跡ができるようにすること
一方で、これからは「環境性能が問われることが当たり前になっていくな」という手応えも感じたそう。
「若い世代にとっては、環境配慮は当たり前のことになってくるでしょう。また、少しずつですが、良い住まいの持つ、居心地よさというのは伝わっていくのではないでしょうか。今回、お住まいの方が『結界』と仰っていたように、環境性能の持つ心地よさを評価してくれる人が増えるし、そのための普及や情報発信も大切だなと思いました」と三浦さん。
日本の住宅、特に賃貸住宅では、賃料、駅からの距離、広さや間取りといった、わかりやすい「スペック」が重視されます。そのため、環境性能、温熱環境で、住まい、特に賃貸住宅を選ぶ人はまだまだ少ないことでしょう。「鈴森Village」の賃料設定は周囲の相場と比較すれば1割程度高めですが、それでも鈴木さんがかけた建設コストや維持管理費用を考えれば、「安い」とすら思えます。
鈴木さんは、自らを「逆境ラバー」と言っていました。鈴木家がなぜ地主として400年以上もその土地と周囲で愛されてきたのか、腑に落ちた気がします。
そんな思いを経て誕生した「鈴森Village」が、今後この地でどんな暮らしを育んでいくのか、楽しみでなりません。
●取材協力
鈴森Village
SUUMO物件ライブラリー 鈴森Village
今夏は、豪雨に見舞われる一方で、連日危険な猛暑が続く気候になっている。熱中症への注意喚起も毎日のように行われ、適切な冷房による暑さ対策が求められている。猛暑の本番はこれからとなるので、エアコンを使いたいものだが、電気代の高騰で節電も気になるところだ。
【今週の住活トピック】
「暑さ対策における節電調査」結果を公表/積水ハウス 住生活研究所
積水ハウスの住生活研究所が、「暑さ対策における節電調査 (2023年)」の結果を公表した。それによると、夏の日中に「外出(屋外)したい派」は54.7%となり、昨年(2022年)の32.8%より20ポイントも増えた。これまで我慢していただけに、積極的に外出しようという人が多いようだ。
ただし、外出(屋外および屋内)したい理由のなかには、外出が楽しい・快適だからとか、運動不足対策などに加えて、「家計(光熱費)の節約」「自宅の電気代懸念」といった声も多く、電気代が高騰するなか、自宅の電気代の節約がこの夏の大きな課題にもなっている。
今年の夏を自宅で過ごすうえで、「電気代節約のための暑さに関する節電対策を実施する」と回答した人は60.6%。この人たちに「暑さ対策における節電の意向」を聞くと、「積極的な節電派」は43.6%(「極限まで節電対策をしたい」8.3%+「対策はできる限り行い節電したい」35.3%)だったのに対して、「無理しない節電派」(対策は心掛けるが無理はしない)が48.2%だった。ほぼ拮抗するが、やや「無理しない節電派」が多いという結果だ。「無理しない節電派」は、この夏を自宅で過ごしたい派に限るとさらに多くなり、58.1%に達するが、逆に、外出したい派では「積極的な節電派」の方が多くなった。
では、昨年の夏にはどんな節電に取り組んだのだろう?
「エアコンの設定温度を上げる」(49.7%)、「エアコンとサーキュレーターや扇風機を併用する」(33.8%)など、節電になるとしてよく知られている方法が上位に挙がる結果となり、おおむねエアコンの運転に関する対策が多くなった。
こうした節電対策を行ったことで、節電の効果は実感できたのだろうか?
意外な結果なのだが、節電対策の効果を実感した人が多いものを見ると「窓からの日差しを遮る」(78.5%)、「窓の断熱性向上」(75.0%)が1位と2位を占めた。この2項目は、前の質問で節電対策として実施した割合を見ると5位(20.7%)と10位(8.4%)で、多くの人が実施したことでもなかったので、意外に感じたわけだ。
にもかからず実感した人が多いのは、暑い日差しが遮断されたという体感が得られたからだろう。すだれなどの日除けを置くだけでも、窓から入る直射日光を遮っているのが実感しやすいものだ。一方、エアコンの運転による節電では、電気代の削減によってしか効果が測れず、電気代自体が上昇しているのでいくら削減されたのか分かりづらいということもあるのだろう。
気になる夏バテ、予防法は運動と入浴さて、リンナイが「夏バテに関する47都道府県意識調査」の結果を公表した。夏バテとは、「夏季の高温と多湿に対応できずに起こる不調のこと」(リンナイのリリースより)。この調査結果によると、「これまでに夏バテを感じたことがある」という回答は78%に達し、かなり多くの人が夏バテを経験していることが分かる。ちなみに、夏バテ経験者が最も多いのは「群馬県」「宮崎県」(90%)で、最も少ないのは「沖縄県」(64%)だった。
では、夏バテの予防法はあるのだろうか?
リンナイが監修を依頼した久手堅 司医師によると、「エアコンをつけて過ごすことが多い現代は、夏の暑さに身体が慣れる『暑熱順化』が獲得しづらい環境にある」という。
久手堅医師によれば、身体に備わっている熱を逃す能力を機能させるために、運動をして発汗量や血流量を増加させるのがよいという。「ウォーキングであれば30分以上、ジョギングであれば15~20分程度」の運動が望ましいそうだ。
また、「運動ができない場合は、入浴時に湯船に浸かることで『暑熱順化』を獲得し、夏バテや熱中症予防の効果が期待できる」という。「38~40℃のお湯に首までしっかりと浸かって、10~15分程度」入浴すれば、深部体温があがり、血流も改善し、発汗効果もあるという。
節電だけでなく夏バテ防止にも、エアコンを上手に使おう久手堅医師によれば、「エアコンは快適な半面、『暑熱順化』を妨げる」リスクがあるという。しかし「特に夜間は、質の良い睡眠で身体を休ませるためにも、最低気温が25℃以上の熱帯夜にはエアコンを使う」のがよいのだとか。
積水ハウス 住生活研究所の調査結果では、「夏の就寝時におけるエアコンの稼働実態」について、「一晩中エアコンをつけている」人は38.4%で、「タイマーを使用して数時間で切る」人は37.2%、「エアコンをつけない」人は23.8%という結果になった。この中で「ほとんど毎日快適に眠れた」という回答が多かったのは「一晩中エアコンをつけている」人(26.0%)で、「快適に眠れた日の方が多かった」(30.2%)と合わせると、56.2%が睡眠の質の高さを感じていることが分かった。
節電のためだけでなく、睡眠の質を上げて夏バテ予防につなげるためにも、エアコンを上手に活用することが推奨される。直接風を当てると体の熱が奪われるので、扇風機やサーキュレーターで室内の空気を循環させるなどの工夫も必要だ。また、窓の断熱性を引き上げる改修なども行って、エアコンで冷やした室内の温度を外気の熱で暖めないようにすることも大切だ。
ほかにも、暑いからと冷たいものばかり飲み食いするのではなく、しっかり睡眠をとったり適度に発汗したりして、自身でも健康管理をするようにしてほしい。
●関連サイト
積水ハウス 住生活研究所「暑さ対策における節電調査」
リンナイ「夏バテに関する47都道府県意識調査」
神奈川県横浜市瀬谷区にある中華レストラン「風の音(かぜのおと)」。店内はバリアフリーで、メニューは介護食にも対応という、高齢者など外食のハードルが高い方も安心して食事を楽しめるお店です。その背景には、「家族と外で食事したい」という高齢者からの声がありました。2008年にオープンした同店は、地域の中でどのような存在となってきたのでしょうか。風の音を経営する株式会社アイシマ総務部長の栗原雅也さんと店長の外川純子さんに、開業のきっかけや地域との関わりについて伺いました。
地元・瀬谷区産の野菜を使い、本場の料理人が腕を振るう「風の音」外観(写真撮影/阿部夏美)
神奈川県横浜市の西端に位置する瀬谷区。東部の三ツ境エリアには、駅周辺の商業施設や商店街のほか、閑静な住宅街が広がります。
横浜駅から相模鉄道本線で約20分の三ツ境駅から10分ほど歩くと、奥行きのある2階建ての建物が見えてきます。この1階が、中華レストラン「風の音」です。経営する株式会社アイシマは、横浜市西部を中心にデイサービスやグループホームなどの介護事業を運営する企業。この建物も、2階はサービス付き高齢者住宅となっています。
人気メニューは平麺を使った「五目やきそば」。大ぶりの魚介と野菜をふんだんに使ったあんが、カリカリに焼いた麺にたっぷりからむ(写真撮影/阿部夏美)
開業当初は、横浜中華街でお店を持っていた経験をもつ中国人シェフが調理を担当していましたが、引退後の現在は中国から呼んだ弟子たちが腕を振るっています。高齢のお客さんに合わせ、味付けは一般的な中華料理と比べると塩分・油控えめの優しい味わい。好みに応じて濃く調整してもらうことも可能です。
野菜は地産地消を意識して、瀬谷区阿久和産のものを使っており、以前は店先の花壇で育てたパクチーを使った料理を提供していたこともあるそう。週替わりのランチメニューは、仕入れた野菜に応じて都度メニューを考えるので、旬の食材をいつでも楽しめます。
「家族と外で食事したい」 施設利用者からの要望でレストラン開業同店の大きな特徴は、介護食にも対応していること。食べ物を飲み込むことが困難なお客さんに向け、食材をミキサーにかけたり、刻む大きさを3段階で用意したりするほか、食べ物が喉を通るスピードを調整するとろみ剤の準備も。どんなメニューでも、追加料金なしで対応可能です。
「食事には、彩りを見る楽しみもあります。刻む場合は完成した料理ごと細かくするのではなく、食材ごとに刻んでから盛り付けるんですよ」と店長の外川純子さん。
そんな風の音がオープンしたのは、2008年12月。アイシマが運営する施設の利用者からの要望がきっかけでした。
店長の外川純子さん(左)、アイシマ総務部長の栗原雅也さん(写真撮影/阿部夏美)
「介護施設の入居者から『たまには家族と外食したい』という声があったんです。でも、車椅子の高齢者が外食に行くにはさまざまな困難があり、なかなか難しいんですよね」
そう語るのは、アイシマの総務部長で、風の音事業を担当する栗原雅也さん。
「一般的な飲食店だと、設備面では通路やトイレの狭さがネックになります。料理に関しては、高齢者は嚥下(えんげ)力が弱まりむせやすいため、食材の硬さや大きさによって飲み込みにくいことがハードルに。また、マイクロバスなどの送迎サービスがあったとしても、車椅子に対応している車でなければ移動ができません。それならば、その声に応えようと思いました」(栗原さん)
こうして、介護事業を通して得た知見を活かしたレストランの運営が始まりました。
完全バリアフリーの店内。誰もが外食を楽しめる環境づくり「高齢者が外食できる場所を」という目的でつくられた風の音。アイシマが運営する介護施設入居者の訪れやすさや、当時の本社にも近かったことにより、瀬谷区三ツ境にオープンしました。瀬谷区は横浜市内でも高齢者が多い地域の一つで、都心で生活している子ども世代がアクセスしやすい場所でもあるといいます。
1階はレストラン、2階はサービス付き高齢者向け住宅という業態にするため、建物を新築し、店内にさまざまなバリアフリーの工夫を施しています。
レストラン店内。奥のテーブルは、大人数での利用向けに長くつなげている(写真撮影/阿部夏美)
どの通路も車椅子やベビーカーが通れるように座席を配置。全てのテーブルは一般的なものより高さを上げている特注品で、車椅子に乗ったまま利用できます。車椅子利用者でない人にとっては使いづらいのでは?と思いましたが、筆者が使ってみても、使いづらさは全く感じませんでした。
約30坪のスペースにはテーブル11卓、席数52席を置いています。広さに対してテーブルや席が少なめの印象で、悠々と食事を楽しめそうな雰囲気です。このほか、6人掛けや8人掛けの中華テーブルを置いた個室の宴会場を設けています。
入口の境にも段差がない造り(写真撮影/阿部夏美)
入口のスロープから客席、トイレまで、店内には一切の段差がありません。車椅子やベビーカーの利用者はもちろん、杖をついている人や幼児にとっても移動しやすそうです。扉は全て自動ドアかスライド式のもので、店内の通路には手すりを取り付けています。
車椅子での方向転換にも不便がないよう、トイレは広々としたスペースを取っている(写真撮影/阿部夏美)
印象的なのは、トイレの設備の充実度。風の音では一般の個室が3つあるほか、車椅子利用者とともに介助者が入っても十分な広さのある個室を3つ設けています。高齢者はトイレが近い方が多いため、例えばグループでの食事会の際、お店に来たときや帰るときにトイレが大混雑、なんてことがあるのだそう。広い個室はベビーカーと一緒でも入りやすく、おむつ交換台も完備。4つの洗面台も全て、車椅子のままでも使いやすい高さにつくられています。
店のイベントで顔なじみに。入居者や地域住民が集う場としてオープン10周年記念イベントの様子。地元出身のアーティストを呼んでコンサートを開催しました(写真提供/風の音)
アイシマでは、風の音で毎月イベントを開催し、地元とのつながりを育む活動を行ってきました。瀬谷区出身の歌手や三味線奏者のライブ、茶道の先生を呼んでお茶をたてる体験のほか、アイシマグループの会長が所有する山に咲いた花を使ったフラワーアレンジメント会を開いたこともあるそうです。
歌手の方やお茶の先生は、もともとお客さんとして訪れた方で、会話を通して活動を知り、「ぜひうちでイベントをやってみませんか」と声をかけたとのこと。こうして、地域のつながりから輪を広げていきました。
「イベントに参加してくださる方は、主に近隣住民や施設の入居者です。イベントで一緒になるうちに顔なじみになり、『また次に会いましょうね』なんて交流が生まれるんですよ」(外川さん)
アクセサリーやドリンクホルダーなど、お客さんがつくったハンドメイド作品を店内で販売しています(写真撮影/阿部夏美)
お客さんのなかには、中華料理を食べずに友人同士の定期的なお茶会の場所として使っている人もいるとか。月に1回ほど、家族が車でお店まで送り届け、数人でデザートを食べながらひとしきりおしゃべりして帰る、という使い方だそうで、なんとも楽しそうです。
「自宅でお茶会をするのはお互いのご家族にも気を使わせてしまうとのことで、場所に困っていたそうです。みなさん普段からよくランチに来てくれる常連さんなので、『ぜひ協力できれば』と風の音を使ってもらうことになりました。お客さんからは『ここに来るとすごく落ち着く。スタッフの方と会話もできるし、家族と過ごすときとは違う楽しさがあるからまた来るね』と言っていただいたり、家族の方からも『風の音なら安心して送り出せる』といった声を聞いたりしていて、すごくうれしかったです」(外川さん)
施設や家とは別の居場所があるということ2階に併設する高齢者向け住宅の入居者には食事が用意されていますが、家族や友人が訪ねてきたときに1階で一緒に食事をしたり、中華が食べたくなったときに電話で注文して1階や2階で食べたりすることが可能です。
風の音で提供するニラレバ。「過去の入居者さんで、ここのニラレバをすごく気に入っていた方がいたんです。オープン以来、毎週必ず食べに来てくれました」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)
アイシマが運営するほかの施設の入居者にとっても、風の音へ食事に行くのは楽しみな行事の一つ。定期的に開催される食事会のためにメイクをしたりネイルを塗ったりして訪れる利用者も多いそうです。帰ってきてからも、食事会の感想をおしゃべりしながらまた次回を心待ちにするなど、ただ1回の外食ではなく、その前後にいろいろな楽しみが生まれているといいます。
「介護施設に入ると、どうしても家族と会話する機会が減ってしまうので、生活の中でいかに刺激を得るかが課題になってくるんです。いつもと違う場所に出かけて食事をするといったイベントをつくることは、普段の話題が豊かになる点でもやっぱり大事だなと感じます」(栗原さん)
入口のドア前で。「当初は、来店時に施設の高齢者グループと一緒になると少し戸惑われるお客さんもいましたが、現在では風の音がどのような店なのかをどなたも理解してくださっているように感じます」と外川さん(写真撮影/阿部夏美)
アイシマ全体として高齢者と関わる事業を運営していることから、新型コロナウイルス感染症には慎重に対応し続ける必要があり、2023年6月時点ではまだイベントの開催や他施設からの来店を再開できていません。今後についてお二人は、「少しずつ元の状態に戻って、これまでと変わらず地域に寄り添ったお店でありたい」と話してくれました。
一方で最近は、県外の特別支援学校などから「イベントの一環として利用したい」という連絡が増えているそうです。取材に伺ったときも、翌日には長野県の学校から修学旅行で訪れる予定が入っているとのことでした。
「観光で横浜に来たとしても、バリアフリーで介護食対応のお店は、中華街にはなかなかないと思うんです。風の音でゆったりと本格的な中華料理を楽しんでもらって、『横浜でおいしい中華を食べた』という思い出を残せるような使い方をもっと広めていきたいですね」(外川さん)
いくつになっても安心して通えるからこそ、「長く愛せるお店」にニラレバや餃子、前菜の盛り合わせ、五目焼きそばなど。奥に映るのは筆者の祖父母(写真撮影/阿部夏美)
実は、風の音の近所に筆者の祖父母が住んでおり、以前から親戚の集まりなどでお店を利用していました。かつての食事会ではベビーカーに乗った乳幼児もいて、高齢者から子どもまでいるグループでみんながのびのびと食事できる場所は貴重だったのかなと思います。
祖父母とは3年ほど会えていませんでしたが、今回の取材後、久しぶりに声をかけて一緒に風の音に行ってみました。わいわいしながら大皿を取り分けて食べる中華料理は、誰かと食事する楽しみをより一層感じられる気がします。祖父母は以前会ったときよりも移動が大変そうになっていたり、耳が遠くなったことでお互いに大きめの声で会話したりしましたが、ここでは周りを気にすることはなく、当事者のみならず同行者も落ち着いて過ごせるお店なのだと再認識しました。
風の音に関して特徴的だと感じたのが、施設の入居者のためにつくられたお店でありながら、地域住民も利用できるという点です。栗原さんによると、入居者限定の食堂を併設している施設などはあっても、一般の方も入れるところはあまりないとのこと。実際、風の音のお客さんは6割ほどが地域住民の方々だそうです。施設の中だけで閉じてしまうのではなく、イベントの開催も通じて、異なる施設の入居者同士や近隣住民同士などがつながれる場を積極的につくってきたことが、長い月日にわたって風の音が地域に愛されるお店になった理由なのかもしれません。
●取材協力
中華レストラン「風の音」、株式会社アイシマ
高齢者や生活困窮者の住宅確保と自立支援を一体的に進めるため、厚生労働省と国土交通省が連携して取り組む『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体として、2022年度まで選定された全国5市の1つ、福岡県北九州市。かつて北九州工業地帯の中核として繁栄したこの街は、今は全国の政令指定都市の中で最も高い30%を超える高齢化地域となりました。同時に単身・高齢世帯は、オーナーや不動産会社が物件の提供を拒否する対象となりやすいことから、住宅確保問題の課題先進地域となっています。
事業実施自治体として選出された背景には、ホームレスや居住困難を抱える人たちに寄り添い尽力してきたNPO法人や困窮者問題に取り組む民間の不動産会社の存在と、行政との連携・協働体制がありました。全国から注目されるようになるまでの軌跡や北九州市における居住支援の今、そして今後の課題を当事者の皆さんに聞きました。
高齢化とともに拡大した「住まいの確保に困難を抱える人たち」北九州市 建築都市局 住宅計画課の尋木さやかさんと樋口泰輔さん(取材当時、現在は別部署に異動)によると「北九州市において住まいの確保に配慮が必要な人の中でも特に増加しているのが、高齢者」だと言います。高齢者の単身世帯や夫婦のみで暮らしている世帯は市内に11万世帯を超え、高齢者のいる世帯の60%以上に達し、今後も増加が見込まれます。
「また、障がいがある人のうち、知的障がいと精神障がいのある人が2017年以降はおよそ2万6000人を数え、少しずつ増加傾向にあります。その一方で、市営住宅の世帯数に占める割合は2022年度末現在で全国の政令市平均の約2倍、管理戸数にして約3万2000戸程度あるものの、将来的な世帯数の減少予測などを踏まえ、2055年までに約2万戸まで減らす計画が進行中です」(北九州市 樋口さん)
北九州市の高齢者は年々増え続け、特に単身世帯や夫婦のみの世帯が増加している。また、障がいのある人の数自体は横ばいだが、知的障がいのある人、精神障がいのある人は増加傾向にある(資料提供/北九州市)
市営住宅を減らしていくためには、すでに十分存在している民間の賃貸住宅への入居を増やしていくことも必要です。しかし、賃貸オーナーや管理会社の中には、孤独死や近隣トラブルなどを懸念し、高齢者や障がい者などの受け入れに消極的なところも少なくありません。市営住宅に安価で入居できていた人たちが、新たに居住困難に陥ることがないよう、貸し手の不安を軽減しながら、民間の賃貸住宅に入居しやすくなるような支援がますます必要です。
国のモデル事業に指定された、北九州市の居住支援とは北九州市は、厚生労働省と国土交通省が行う『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体に選定されています(他に2022年度までに選定されたのは神奈川県座間市、兵庫県伊丹市、宮城県岩沼市、石川県輪島市)
「2012年には、北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる『北九州市居住支援協議会』を設立し、居住支援の体制をつくってきました。さらに市内の不動産会社に呼びかけ、高齢者や障がいのある人が安心して賃貸住宅を探せるよう協力する不動産会社を『住まい探しの協力店』として登録しています。住まい探しの協力店は高齢者世帯・障がい者世帯であることを理由に入居を拒むことはありません」(北九州市 尋木さん)
住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るために、2012年に北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる北九州市居住支援協議会が設立された(資料提供/北九州市)
さらに北九州市では、居住支援協議会と居住支援法人とがより密接に連絡・連携を図るため、2022年2月に「居住支援法人連絡協議会」を設置しており、2022年度から会長及び副会長が委員として正式に居住支援協議会に参加しています。
北九州市では、居住支援法人の存在をより多くの不動産会社やオーナーに届け、理解を深め、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居に協力を得られるよう、動画やリーフレットによる普及啓発活動も行っている(画像提供/北九州市)
NPOが行政に提言。「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」市民協議会の発足などを先導してきた NPO法人の抱樸は、低所得層や高齢者への支援活動を行ってきました。
しかし、かつては、低所得者や高齢者、障がい者などへの福祉的な支援や対応について、抱樸と北九州市の福祉部門の間で意見がぶつかることもあったそう。転機となったのは、2003年に抱樸から「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」を提言書としてまとめて行政(北九州市)に提出したことだったといいます。
これを機に、行政と民間の協働が本格的に始まります。
「私たち抱樸は、最初にアパート5部屋を借り上げて、低所得者や障がいのある人が社会への自立を目指していくための『自立支援住宅』をつくりました。民間の団体がスピードをもって実践してみせた結果、その3年後に北九州市は自立支援住宅を参考に、50床を有し、24時間支援員を配置し、朝・昼・夕の3食を提供する『ホームレス自立支援センター』を立ち上げたのです。
民間だけでこれだけの規模の施設をつくることはとてもできません。行政ができることと民間ができることは違うので、これからの住宅問題においても、その間をどう繋げていくかの議論が重要になってくると思います」(抱樸 奥田さん)
北九州市が立ち上げたホームレス自立支援センター。抱樸に委託する形で運営されているが「ここまでの規模の支援施設を民間だけの力で立ち上げることは難しい、行政との協働が必要だ」と奥田さんは語る(資料提供/抱樸)
2017年以降、支援の実務を担う抱樸は、居住支援の枠組みを作る組織「北九州市居住支援協議会」に、居住支援法人としてオブザーバー参加。行政と民間の繋ぎ役として、新しい一歩を踏み出します。さらに2019年ごろからは福祉部門だけでなく、北九州市の住宅部門とも協働するようになりました。北九州市内の居住支援法人の代表として行政と民間を繋ぐ役割を果たし、現在、奥田さんは先に紹介した「北九州市居住支援法人連絡協議会」の会長としても活動を続けています。
地域の不動産会社との連携で、民間の賃貸住宅を提供しやすくなる仕組みづくりさらに抱樸は、先で紹介した「自立支援住宅」を皮切りに、社会生活に困難を抱える人たちの状況に応じたさまざまな形態の住まいを提供してきました。自分で生活できる人に対しては入居できる住宅の提供を、生活の支援が必要な人には24時間生活支援付きの共同居住施設を運営しています。
しかし、奥田さんは「高齢者や障害のある人、ひとり親家庭など、住まいを必要とする人が多様化するなか、多くの人に必要なのは、ただ家を提供するのではなく、社会とのつながりを支援する住宅と暮らしの一体型支援」だと考えています。そこで行き着いたのが、「地域居住型」の居住支援でした。
抱樸が行っている居住支援。利用者の状況によって提供する支援も変わるが、図のBのような、住宅と一部見守りや互助支援で社会参加を支える「地域居住型」のニーズが高まっているという(画像提供/抱樸)
地域居住型の住宅支援は、住まいの確保に困難を抱える人たちが一般の民間賃貸住宅に入居し、地域に見守られながら支援を受けて暮らしていくものです。この形態を維持しながら運営し続けるためには、人手もお金も必要です。また、民間企業の理解や協力も欠かせません。
北九州市で不動産業を営んでいる田園興産は、1981年ごろから北九州市内でワンルームマンションを中心に住宅を供給している会社です。田園興産の代表・田園直樹さんは、抱樸から「住宅の確保に配慮が必要な人が入居できる住宅を提供してもらえないか」との相談に、自社の所有する築30年超えのマンション60室を「家賃は通常家賃の6割、入居者が入ってからの家賃支払い」という条件で、抱樸にサブリース(一括借り上げ)形態で物件を貸すことにしました。
「本来、サブリースは、管理者が複数の住戸を一括で借り上げてオーナーに定額の家賃を支払う方式なので、空き部屋が出ると管理者(このケースでは抱樸)がリスクを負うことになります。田園さん(オーナー)が居住支援に対して理解があり、抱樸にとってリスクの小さい条件設定をしてくれたおかげで、公的な資金に頼らずに支援費を出すことができるようになりました。3万円の家賃の物件を抱樸が2万円で借り上げ、その差額が入居者の生活支援を行うスタッフの人件費などに充てられています」(抱樸 奥田さん)
これにより抱樸では、性別や年齢、収入などにかかわらず、多様な人たちを受け入れることができるようになりました。
プラザ抱樸など借上型支援付住宅は、抱樸が家主(オーナー)からマンションを借り受け、入居者に部屋を提供するサブリース型。入居者が支払う家賃から、見守りなどの支援費用が充てられる(画像提供/抱樸)
しかし、この破格の条件は、企業の事業として成立するのでしょうか。
「奥田さんから物件を貸してほしいとお話をいただいたのはちょうど、建設時の融資の返済が終わった時期です。マンションが古くなり空室も多くなっていたため、そのままで部屋の状態が悪くなっていくよりも、どなたかに住んでもらったほうが良いと考えました。借金の返済が終わっていたので、『6割の家賃』でも『入居してから家賃発生』でも当社が損をすることはなく、事業として問題はなかったのです」(田園興産 田園さん)
ただし「田園興産のような会社は稀有」だと奥田さんは話します。一般的な物件の管理契約では、オーナーの考えや、すでに入居している人たちへの配慮などにより、入居できる人が限られてしまう可能性もあります。そのため抱樸は、一括借り上げのマスターリースという方法を選択することで、審査を自分たちで行い、オーナーの意志に大きく影響されずに住まいを必要とする人が入居できるようにしたのです。
見守り支援付き住宅「プラザ抱樸」は、先の画像で「B2.借上型支援付地域居住」として運営しているもの。抱樸が一括で借り上げて管理することで、オーナーの意志に影響されることなく、どのような人でも入居できるようになった(画像提供/抱樸)
今後は「支援付き住宅」ではなく、「住宅付き支援」が必要奥田さんは、今後の居住支援は、福祉と住宅の連携がますます必要になってくるといいます。
「福祉に携わっている人は、不動産の取引や法制度についてよく知らない人が多く、不動産業界の人は福祉のことをほとんど知りません。お互いの領域を勉強していかないと、理解し合うことができずに話が進まなくなってしまいます。
そして、机上の会議や勉強会を行うのではなく、いま目の前の困っている人にどう対応するか、実際に動いていくことが大事です」(抱樸 奥田さん)
また、日本の社会保障制度は、家族がいてその支えがあることが前提となっていますが、実際は総世帯のおよそ40%が、いざというときに支える家族や相談できる相手がいない単身世帯です。
日本の医療や介護といった社会保障制度は家族がいることが前提だが、現在は40年前とは違い、総世帯数のおよそ40%が単身世帯というのが現実(画像提供/抱樸)
この現状を踏まえ、奥田さんは今後の居住支援のあり方に関しても提言します。
「これからの居住支援は、身内に頼れない単身者を社会とどうつなげていくかを真剣に考えなければなりません。これまで当たり前のように家族が担ってきた機能をこれからは社会が担う『家族機能の社会化』を目指すべき、というのが私の考えです。これからは私たちのような第三者が単身者と社会とをつなぐ役目を果たしながら、新しい民間のあり方や制度が必要とされています」(抱樸 奥田さん)
家族や企業の支援が前提の従来の日本型社会保障制度では成り立たなくなっている。家族や企業の支援が受けられない人たちを取りこぼさない、新しい支援や制度が必要(画像提供/抱樸)
「住まいにおいては、これまでのように生活支援と住宅をセットにした『支援付き住宅』だけではなく、切れ目のない伴走型の支援の中でその時々に合わせた住まいを提供する『住宅付き生活支援』という考え方へのシフトが必要です。その実践のためにはより多くの低廉な民間賃貸住宅が必要で、先のサブリース形態やオーナーさんが福祉部分をアウトソースするような形が有効に働くと考えます。不動産会社、とくに管理会社にとってこれはビジネスチャンスにもなり得るのではないでしょうか」(抱樸 奥田さん)
奥田さんの言葉に、居住支援と福祉は決して別々に考えることはできないことを改めて認識しました。
住まいの確保に困難を抱える人たちの支援を定めた住宅セーフティネット法を、空き家や空室を活用し減らすための法律と捉える自治体も多いようですが、居住支援とは、住まいを提供するだけのものではありません。社会的な孤立や孤独をどう防ぐかが、奥田さんが目指す「助けを必要としている人が『助けて』と言える、助け合える街。誰もが一人にならない、誰もが安心して暮らせる街」を実現する鍵となるのではないでしょうか。
そのためには行政がつくる土台を前提に、支援が必要な人たちに寄り添い、継続して支援するNPO法人や民間企業が果たす役割は大きいと感じました。
特に高齢化と単身化が進む日本で、これまで身内が担ってきたケアを支援や制度でどうカバーしていくのか、住宅付き生活支援型の居住支援が全国規模で実現する日が来るのか、北九州市の居住支援、今後の展開にも目が離せません。
●取材協力
・北九州市
北九州市居住支援協議会
居住支援法人に関する情報提供
・NPO法人 抱樸
・株式会社田園興産
ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。
NYで日本人の寿司職人を雇うというのは、すごくお金がかかることです。技術を持っている日本国籍の人となると、一定の需要があるため、かなり良い条件を提示しているところが多い印象です。
やはり、日本人はNYのお寿司業界ではすごく重宝されます。自国の料理というのもあり、魚の説明をする時や握っている姿に説得力が生まれ、寿司を食べにくるお客様からの印象が良いのだと思います。寿司カウンターでの仕事となるとお客さんとの会話も仕事の一つなので、出身を聞かれることも多くなります。その際、日本にルーツがあるというだけで一種の信頼が生まれる感覚があります。
NYのお寿司レストランはピンからキリまでありますが、高級店になると一人当たりの単価が300~400ドル(日本円で約4万3000円~5万7000円ほど)になることもザラで、そういったお店では一流寿司職人を雇うのも納得がいきますね。日本で寿司職人として働いていた人がアメリカに移住したところ給料が何倍にも増えたというニュースも目にしたり、ある意味夢のある世界と言っていいかもしれません。
さよなら、トシさん解雇を知ったトシさんのリアクションは思った以上にドライで和やかなものでした。寿司職人をやっているとこういうことはよくあると言われたけれど、思った以上に厳しい世界なのかもしれません。
寿司職人はこだわりが強く仕事に厳しい人が多そうな印象ですが、信じられないぐらい優しくて、働きやすかったトシさん。あっさりとした別れがさらに寂しさを増幅させましたが、いつも明るいトシさんのおかげで最後の最後まで笑顔が絶えない仕事になりました。
NYの飲食業界は本当に入れ替わりが激しいため、1つの仕事を長く続けている人に出会うこと自体がすごく珍しいです。
日本で生まれ育った身としては、バイトであれなんであれ仕事は嫌なことがあっても続けなければならないという考えが染み付いていますが、NYの飲食業界で働く人は無理だと思ったらスパッと辞めてしまいます。
人種・国籍・性別・年齢といったさまざまな要素が絡み合う職場では、思わぬ一言がトラブルの種になることもあり、予期せず急に辞めてしまう人もいたりとお店側も人材の管理がいちばんの頭痛の種です。
しかし仕事を通してでしか知り合うことのないいろいろな人に知り合えることにただ感謝です。
作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。
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2023年、リクルートが3年ぶりに「住みたい街ランキング」の宮城県版/仙台市版を発表。アンケートは、宮城県に居住している20代~40代の男女1,000人を対象に実施したもの。ランキングと併せて評価された理由、背景などを、杜の都に生まれ育ち、宮城をこよなく愛する筆者と共に見ていこう。
2023年「住みたい街(駅)」も、1位は仙台、2位は長町まずは「SUUMO住みたい街ランキング2023 宮城県版/仙台市版」の結果のうち、「住みたい街(駅)」を、宮城県全体、仙台市全体の両面から紹介する。
宮城県版・仙台市版ともに「住みたい街(駅)」の1位は「仙台」。「働く、遊ぶ、学ぶ、住む、憩う、潤う」が融合した都市機能と自然のバランスの良さが「住みたい」につながっている。2020年のランキングも、宮城県版・仙台市版ともに1位は東北の顔となる「仙台」で、2位は仙台南の副都心「長町」で不動の人気だ。
東北の玄関口 JR仙台駅(写真/PIXTA)
上昇がめざましいのは、宮城県版、仙台市版共に順位を上げた「北仙台」。同駅から仙台市地下鉄南北線でひと駅隣の「北四番丁」も、安定した人気だ。「北仙台」「北四番丁」については、以降で解説する。
宮城県版で2020年に17位から9位にランクアップした「古川」は、JR仙台駅から東北新幹線でひと駅、所要時間12~13分、高速バスも利用でき通勤圏だ。
仙台市版で9位の「五橋」は2018年以降最高位となった。2023年4月に、仙台市地下鉄南北線「五橋」駅から徒歩1分に東北学院大学五橋キャンパスが開校。その影響で周辺の商店街、賃貸物件のマンション、アパートの動きも活況を呈し、地価も上昇傾向にある。
また宮城県版で、前回ランク外から大きく飛躍したのが11位の「小鶴新田」、12位の「多賀城」、14位の「宮城野原」で、いずれもJR仙石線沿線の駅だ。
沿線別の「住みたいランキング」は以下の通り。
沿線別は、1位は「仙台市地下鉄南北線」、2位は「仙台市地下鉄東西線」と仙台市地下鉄がツートップ。仙台市地下鉄は仙台市民の通勤・通学・外出の大事な足になっている。
2015年に開業した仙台市地下鉄東西線の東の起点、荒井駅(写真/PIXTA)
駅から徒歩10分以内の「駅近」物件は購入・賃貸ともに人気を集めているが、仙台市地下鉄駅は特に人気だ。
仙台市に次ぐ「住みたい自治体」は仙台市のベッドタウン、名取市・富谷市宮城県・仙台市別のランキングだが、1位~7位まで順位は同じ。仙台市の5区「仙台市青葉区」「仙台市宮城野区」「仙台市太白区」「仙台市泉区」「仙台市若林区」が上位5位を占める。
続くのが、仙台市に隣接するベッドタウン、名取市、富谷市。名取市は、東北最大の国際空港のある街で、海、川、山が近く広い公園もあり、街並みが整然として美しい。イオンモール名取にある子育て支援拠点「cocoI’ll(ここいる)」をはじめ、子育て・子どもを支援する施設やイベントが充実しているほか、春まつり、夏まつり、秋まつりと名取3大祭りを開催するなどイベントが多い。
富谷市は、2023年度から公立の小・中学校の学校給食を完全無償化。2023年6月に江戸時代に宿場町の物流を支えた荷宿を活用したビジネス交流ベース「荷宿-NIYADO」がオープン。公園のような雰囲気の富谷市営墓地とパークゴルフ場が隣接する「(仮称)やすらぎパークとみや」が大亀山森林公園近くに2024年度にオープン予定。さらに、市民の声を取り入れ、図書館をはじめ、スイーツステーション、児童屋内遊戯施設、公民館といったさまざまな機能を集約した「富谷市民図書館等複合施設」が2027年度中開館予定と、子どもからシニア世代まであらゆる世代が生きがいをもって暮らせるまちづくりを目指し、さまざまな計画が進行している。
2020年にランク外から10位にランクインした宮城郡利府町も注目だ。詳細は後述する。
「住みたい」あこがれ誘う都心近接の「北仙台」「北四番丁」前述のとおり、「住みたい街・駅」のランキングで上昇がめざましかったのが「北仙台」だ。宮城県版で2020年の9位から5位に、仙台市版では7位から3位と2018年以降最高位にジャンプアップ。「北仙台」はJR「仙台」駅から約5分と都心に近く、JR、仙台地下鉄、バスの3つの公共交通機関が利用でき交通の利便性が高い。駅前には24時間営業のスーパーもあり、日常生活施設が整い、住宅地としても古くから人気が高い。交通・生活利便性が高いのに家賃や物件価格が割安なイメージがある「宮城県 穴場だと思う街(駅)ランキング」の3位にもランクインしている。
JR北仙台駅(写真/PIXTA)
付近には1960年代から存在した横丁「仙台浅草」のような懐かしい商店街や数百年の時を超えて街を見守る古刹、北山五山が残る一方、こだわりの生活雑貨や生鮮食品などを揃えたセレクトショップ「眞野屋」、パン屋、カフェなど洗練された店が点在。クリニックや金融機関なども充実している。
禅寺、北山五山のひとつで紫陽花の名所。資福寺(写真/PIXTA)
伊達政宗公を祀る青葉神社。5月の青葉まつりのメイン会場となる(写真/PIXTA)
同駅から仙台市地下鉄南北線でひと駅隣の「北四番丁」も、宮城県版では12位から10位にランクアップ、仙台市版では変わらず8位で安定した人気だ。「北仙台」と同じく、「北四番丁」は、いずれも仙台市役所、宮城県庁、青葉区役所が集まる官公庁エリア、東北随一のショッピングゾーン・一番町四丁目買物公園、JR仙台駅への距離が近く、地下鉄やバスはもちろん、道が平坦で歩道が整備されているため、自転車利用もスムーズだ。
地下鉄北四番丁駅(写真/PIXTA)
特徴的なのは、昔ながらのお屋敷町で、文教エリアとして教育熱心なファミリーに支持されている上杉地区に隣接。イチョウ並木の新緑、紅葉が美しい愛宕上杉通、四季折々の自然やイベントが楽しめる勾当台公園や定禅寺通り、仙台三越へは、散歩がてら歩いて行ける距離。さらに、東北大学農学部雨宮キャンパス跡地には、医療・福祉施設地区に仙台厚生病院が移転、2024年開院予定、商業施設地区には大型商業施設が建設予定、マンションが建設中で、今後の発展が期待される。
宮城県庁と官公庁エリアの憩いの場、勾当台公園(写真/PIXTA)
仙台都心からは離れるが、「小鶴新田」駅は、「住みたい街(駅)」ランキングで順位が飛躍。宮城県版では、2020年のランク外から11位、仙台市版では27位から15位に上がった。JR仙石線に2004年に開業して以来、住宅地が広がり、新築マンションが増えて、住宅地として人気が定着。駅周辺には大型スーパーマーケットなど日常生活施設が充実し、住宅地の中心には子どもが走り回れる広い「新田東中央公園」もある。近隣の「仙台市新田東総合運動場 元気フィールド仙台」には、仙台市民球場、宮城野体育館、温水プール、ボルダリング施設、アーチェリー場などさまざまな運動施設があり、気軽に利用できるスポーツプログラムが開催されている。
元気フィールド内 仙台市民球場(写真/PIXTA)
「住みたい街(駅)」でランク上昇の「利府町」は子育て支援が充実「SUUMO 住みたい自治体ランキング2023」で、2020年にランク外から10位にランクイン、過去最高順位を得た宮城郡利府町は、仙台市の北東部に立地。JR利府駅からJR仙台駅までは、東北本線で20分弱とアクセスしやすい。
JR利府駅(写真/PIXTA)
2棟に分かれた東北最大級の「イオンモール新利府」をはじめ商業施設が充実。波が穏やかで表松島と呼ばれる海に面し、陸から海に突き出た天然の桟橋「馬の背」など、ビュースポットが点在。
利府町の赤沼、櫃ヶ沢の馬の背(写真/PIXTA)
大きな特徴は、子育て支援にも力を入れていること。0歳から18歳年度末までの子ども医療費を所得制限なしで全額助成(保険診療分の自己負担額)、子育てに必要なベビーベッド、ベビーバス、ベビーシートの無料貸し出し、赤ちゃん絵本セットの配布、小・中学校の新1年生全員に学校で使う運動着の無料支給、小学校6年生・中学校3年生の学校給食費無料化など、独自の子育て事業を実施していることも支持されている。
オフにファミリーで出掛けられる大型公共施設も充実。図書館や多目的ホールを要する利府町文化センター(リフノス)や、東京五輪のサッカー公式開場にもなった宮城スタジアム(キューアンドエースタジアムみやぎ)、アーティストのライブなどの大型イベントが行われる「セキスイハイムスーパーアリーナ(宮城県総合運動公園総合体育館)」などを有する「グランディ・21(宮城総合運動公園)」などがあり、アクティブな日常を過ごせる。
キューアンドエースタジアムみやぎ(写真/PIXTA)
「SUUMO住みたい街ランキング2023 宮城県版/仙台市版」の結果を見ると、2020年と変わらず、仙台市地下鉄、JR東北本線、JR仙石線沿線の駅、アクセスの良い都心が上位にランクインしているのが分かる。また、子育て支援が充実している街、再開発計画があり、これからの将来性が期待できる街は住みたいというあこがれ、ニーズが高く、今後も目が離せない。
●関連ページ
SUUMO住みたい街ランキング2023 宮城県版/仙台市民版
“1階が相撲部屋のシェアハウス”というユニークな形態の賃貸マンションが昨年2022年4月、墨田区に誕生しました。朝稽古の見学会やちゃんこ会など住民を招いてのイベントもあるというこのユニークな物件について、親方の思いのほか、管理会社、入居者に話を聞きました。
1階に相撲部屋がある賃貸マンションとは?1階にコンビニなどの商業施設やクリニックが入っているマンションはよく目にします。「1階に自分の好きな店や、よく使う施設が入っていること」は、物件探しの際にも意外と重要な要素ともいえるでしょう。他にはなかなかない「1階に相撲部屋がある」物件に住んでいるというのは、ちょっと得難い体験ができるのでは?と、思うのですが、実際はどうなのでしょうか?
大都会のなかのローカル線、といった趣のある東武亀戸線小村井駅から歩いて5~10分ほどの住宅街のなかに、モダンなマンションがあります。よく見ると1階の入口に「押尾川部屋」の立派な看板が見えます。これが、相撲部屋のある賃貸マンション「クリエイティブハウス文花」です。
遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)
相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)
緊張感漂う相撲の朝稽古を見学朝8時、朝稽古の様子を見学できるということなので、実際にお伺いしてみました。
この日の見学者は20名ほどいましたが、そのほとんどが外国人です。外国人に交じって稽古場がオープンするのを待ちます。
稽古場は、土俵がすっぽり入るのはもちろん、土俵の横にはすこし広めの板間もあります。力士は、稽古が終わると板間でちゃんこを食べるわけです。
土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)
稽古が始まると、力士はすり足、四股といった基礎練習を黙々とこなします……ふだんテレビで見るような取り組みとは違った迫力があり、力士の真剣さがダイレクトに伝わってきます。
四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)
驚嘆したのは、力士たちの股割りの角度です。股割りは、ケガを防止するための、いわゆるストレッチですが、どの力士もほぼ180度の信じられない角度で足を広げて床に突っ伏します。椅子から立ち上がるだけでも体がガクガクするほど運動不足の僕にとってはまさに異次元の世界です。さすが力士です。
基礎練習が終わると、ぶつかり稽古が始まります。真剣に稽古を行う力士の掛け声が真新しい稽古場に響きます。親方や先輩力士が後輩力士に対し、丁寧かつ真剣にアドバイスする様子など、見学者は身動きせず、固唾をのんでその様子を見守っています。
稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)
おそらく、外国人観光客の方には、どんなことがやりとりされているのかは、わからないかもしれません。しかし、その真剣な雰囲気は、十分に感じ取ることができたでしょう。
朝稽古の見学は、8時からスタートし、1時間半ほど見学することになります。誰でも無料で見学することは可能ですが、ふらりと行って見られるわけではなく、開催日と定員が決まっており、事前に申し込みが必要です。時間厳守の上で途中での入退場ができませんので、見る方も本気で見に行かなければいけません。
力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)
張り詰めた雰囲気の稽古が終わると、一挙に緊張がほぐれます。親方が海外からの見学者に「ウェアーアーユーフロム?」とフランクに声を掛けると、にこやかに「Hong Kong」だとか「France」という答えが。
そうこうするうちに、見学者たちと記念撮影の時間が和やかに始まります。本物の力士さんと写真が撮れるという機会、日本人でもなかなかありません。
ちなみに、昔から「お相撲さんに赤ちゃんをだっこしてもらうと健康で丈夫になる」という言い伝えがありますが、押尾川部屋では、力士に赤ちゃんをだっこしてもらって写真を撮影できる『赤ちゃんだっこ体験会』も開催しています。
戦災を受けずに残った町に相撲部屋が来た押尾川部屋は、元関脇の豪風だった押尾川親方が2022年に独立し、17年ぶりに再興した相撲部屋です。そのため、稽古場を新しくつくることになり、墨田区の文花に、賃貸マンション付きの相撲部屋を新築しました。
押尾川親方がこの墨田区文花に相撲部屋をつくることを決断したのは、両国国技館からの近さもあるそうですが、地域との交流、地域に愛される相撲部屋を目指すためという目的もあったとのこと。
地域住民ファーストのため、朝稽古の見学は、近隣の方が最優先となっています。実際、取材の日も近隣からの見学者も何名かいらっしゃったようです。
クリエイティブハウス文花と道を挟んだ向かい側は、墨田区京島三丁目の趣のある町並みが広がります。京島二丁目と三丁目は、戦災での空襲を受けなかったため、大正時代の古い町並みが今でも残り、築100年を超えるような長屋もいくつかあります。
大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)
珍しい「1階に相撲部屋があるシェアハウス」クリエイティブハウス文花を管理する不動産会社「エイゼン」は、墨田区のこの地域に物件をいくつか所有していますが、築年数の古い住宅や長屋をシェアハウスとして再生したり、創作活動を行うアーティストや美大生のための住居兼アトリエにリノベーションするなどの物件を、展開しています。
今、押尾川部屋のあるマンションも、数年前までは築90年以上の古い長屋建築でしたが、容積率の関係で、すこし大きめの建物が建てられることから、今回建て替えし、下層階に相撲部屋、上層階にワンルームとシェアハウスというちょっと珍しい形態のマンションとなりました。
元々、墨田区のこの地域に「相撲部屋をつくりたい」と考える親方は多かったようですが、今回はたまたま押尾川親方と、古い建物の建て替えを検討していたエイゼンを地元の銀行が仲介し、この「相撲部屋のある賃貸マンション」が誕生しました。
建物自体はエイゼンが管理し、そこに押尾川部屋が力士の住居も含めて家賃を払って入居する、という形ですが、相撲部屋部分の内装は特別仕様となっており、風呂場やトイレなどのサイズは力士仕様の大きいサイズのものが設置されているそうです。
なお、入居者はエイゼンが運営する近所のトレーニングジムが使い放題になります。もちろん、このジムは力士も使うため、力士用のサイズの大きなトレーニング装置を設置したとのこと。力士と一緒にジムで体を鍛えられるというのも、他にはない魅力のひとつでしょう。
シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)
シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)
窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)
賃貸部分の部屋が、普通のファミリータイプの部屋ではなく、ワンルームとシェアハウスという形になっているのは、このマンションのすぐ近くに、大学が2つもあるためです。ただし、実際に入居者を募集したところ、学生よりも相撲が好きな社会人からの問い合わせが多く、なかには、いわゆる“スー女”と呼ばれる相撲好きの女子や、かつて学生相撲などをやっていた会社員など、相撲に関心のある人が入居するなどし、これに関しては、「嬉しい誤算だった」とエイゼンの片桐社長はいいます。
学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)
実際に、入居されている島田(仮名)さんは、SNSで「1階が相撲部屋のマンションがある」という情報を知り「なんだか面白そう」ということで、入居しました。入居して間もないため、朝稽古の見学にはまだ行ったことがないそうですが、それよりも先に、押尾川部屋の後援会が主催するちゃんこ鍋食事会には参加されたそうです。
ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)
片桐社長は、「押尾川部屋の力士たちは、人数は少ないものの、健闘している力士たちばかりで、場所が始まると、エイゼンの事務所では相撲中継で押尾川部屋の力士を応援している」といいます。
大相撲の力士は、同じ県出身の力士というだけでも、なんだか気になったり、応援したくなる存在です。ましてや、自分の住んでいるマンションの1階で、いつも稽古をしている力士が、相撲をとっている、しかもその姿がテレビで中継されると思うと、マンション住人の応援の熱の入り方は、ただ事じゃないでしょう。
クリエイティブハウス文花は、住むだけで大相撲中継に対する見方がエキサイティングになるという。なかなかに面白い物件といえます。
人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)
押尾川親方によると、感染症対策のため、人の集まるようなイベントは控えていたということですが、今年より、マンション入居者同士や、近隣の住民などを招いた交流会はいくつか計画しているといいます。
マンションからは東京スカイツリーが目の前に大きく見えます。文花周辺は、あまり高い建物がないため、非常に見通しがよく、夜景などは実にきれいだそうです。「でもまあ、見慣れちゃうけどね」と、親方は謙遜しますが、夏には隅田川の花火が大変よく見える位置にあるそうです。
交流会の一環として、7月29日(土)には、押尾川部屋特製のちゃんこを食べたあと、4年ぶりに復活開催される隅田川花火大会をマンション屋上から観覧するイベントが開催されるそうです。
見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)
押尾川親方によると、できれば地域のお祭などへの参加も考えており、地域との交流に関しては可能な範囲で積極的に行っていきたい……とのこと。
当初、親方としては、クリエイティブハウス文花のすぐ近くにある2つの大学に通う学生が、シェアハウスに入居し、若い力士との交流を持ってくれればという思いもあったようです。
親元を離れ、相撲部屋に住み込み、相撲の世界で研鑽を積む若い力士は、どうしても人とのつながりが狭くなってしまいがちだといいます。同じマンションの住人として、境遇の全く異なる同年代の人たちと交流することができると、力士にとっても大変心強いことであり、また、マンションに住む人にとっても得難いものになる……というわけです。
ところが、コロナ禍による行動制限があったためそういった交流もままなりませんでした。
行動制限が解除された今年からは、入居している学生だけでなく、所属力士と住民との交流を積極的に行うことによって、地域に根差した相撲部屋を目指したいとしています。
近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)
ゆくゆくは、押尾川部屋の力士が活躍し、いつかは大関、そして横綱となる日が来ると、マンション住人はもちろん、地域住民も含めて歓喜することになるのは確実です。
マンション住人だけでなく、地域の人々も巻き込んだ相撲部屋の交流が活発になれば、地域全体の盛り上がりにも繋がるでしょう。
●取材協力
クリエイティブハウス文花
押尾川部屋
長谷工ライブネットは、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の沿線・駅別の賃料相場を分析し、「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」を完成させた。その結果からは、「特に郊外のファミリー賃貸で大幅上昇の傾向が見られた」という。詳しく見ていこう。
【今週の住活トピック】
「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成/長谷工ライブネット
「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」は、間取りタイプをシングル(25平米)・コンパクト(40平米)・ファミリー(60平米)の 3タイプに分類し、沿線・駅別の賃料相場を同社独自の分析調査によりまとめたもの(対象:95沿線、延べ1,030駅)
タイプ別の賃料相場について、前年との比較で駅別に変動率を算出してまとめた結果、首都圏全体では「上昇」(やや上昇・上昇・大幅上昇)の割合がシングル37%、コンパクト47%、ファミリー51%を占め、面積が広いタイプほど上昇の割合が高い結果になった。なかでも埼玉県と千葉県では、ファミリータイプで「大幅上昇」(グラフの赤い帯部分)が20%を超えるなど、大幅上昇が目立つ。
出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載
エリア別・タイプ別で見ると状況はそれぞれ異なるので、詳しく見ていこう。
東京23区では、シングル、コンパクト、ファミリーともに低下(やや低下・低下)よりも上昇の割合のほうが大きく、なかでもファミリータイプでの上昇傾向が大きいという点で、首都圏全体と同じ傾向にある。
東京都下のシングルだけは、低下の割合のほうが上昇より大きいのが特徴だ。が、都下でもファミリータイプでは上昇傾向が見られる。神奈川県は、首都圏のなかでは他のエリアよりは変動が小さい。
埼玉県と千葉県では、コンパクトタイプの上昇割合が最も大きいのが特徴。シングルタイプの上昇割合も、他の都県より大きいが、ファミリータイプについては「大幅上昇」の割合が大きいのが目立つ。このことから、埼玉県と千葉県は賃貸相場が上昇傾向にあるが、特にファミリータイプが特定のエリアで大幅に上昇していると推測できる。
出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載
国分寺、さいたま新都心、千葉中央のファミリータイプ賃料が大幅上昇次に、エリア別に賃料のランキング1位を紹介しよう。
■エリア別賃料相場ランキング(1位を抜粋)
●東京23区このなかでも、東京都下の「国分寺」(前年2位)、埼玉県の「さいたま新都心」 (前年2位)、千葉県の「千葉中央」 (前年7位)のファミリータイプが、大幅上昇によってそれぞれ 1 位にランクアップした。この理由として「分譲マンションの一部が賃貸された影響で賃料が大幅上昇した」のだという。
埼玉県と千葉県では、ほかにもファミリータイプで大幅上昇した駅がある。埼玉県では「北浦和」(前年8位→5位)、「所沢」(前年9位→5位)、「和光市」(前年12位→7位)、「与野」(前年14位→9位)、千葉県では「松戸」(前年13位→7位)、「柏」(前年16位→8位)だ。
首都圏のファミリータイプで賃料が上昇する背景は?筆者は、SUUMOジャーナル1月25日公開の記事で「東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?」を執筆した。このときは、三菱UFJ信託銀行が公表した「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)の結果を参照した。
ファミリータイプについては、東京23区と首都圏(東京23区を除く)は、現状も半年後の予測も稼働率と賃料は好調だった。その理由として、2つの要因を挙げた。
まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいこと。次に、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこと。これは在宅勤務やオンライン授業などの影響でおうち時間が長くなったことなどが影響している。その結果、広さと駅からの利便性を求めて、手の届く住まいとして、ファミリータイプの賃貸マンションへの需要が高まったと分析した。
こうした状況は今も継続している。さらに、長谷工ライブネットが指摘した分譲マンションの一部が賃貸されているということも加わって、好立地で手が届きやすい賃料のファミリータイプの需要が高いと見てよいだろう。
さて、近年は首都圏のファミリータイプの賃貸需要が高くなっているが、今後も続くのだろうか?住宅の需要はさまざまな要因で変わる。コロナ禍を経て日常生活が戻りつつあるので、就業状況や収入などが改善される方向に進んでいる。また、テレワークは一定レベルで定着しつつある。一方で、住宅ローンの金利上昇リスクが高まっているので、住宅の購入環境が変わる可能性も考えられる。さらには、感染拡大の可能性がなくなったわけではない。
その時々で、最適の住まいを選ぶということになるので、どういった住まいに需要が高まるかは予測しづらい状況になっている。
●関連サイト
長谷工ライブネット/「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成
環境先進国として有名なデンマーク。その先進性の一翼を担っているのが、自転車です。古くから最も人間にとって身近な移動手段であった自転車の存在が、デンマークでますます輝きを増しています。コペンハーゲンなど都市部の人にとっては、もはやなくてはならない生活ツール。今回は、デンマーク人がなぜ、これほど自転車に魅了され続けているのかについて、探求してみたいと思います。
そこのけ、そこのけ!自転車が通る!!コペンハーゲンで街歩きをしていて、信号待ちをしたり、バスの乗降をしようとするとき、猛スピードの自転車にぶつかりそうになったり、ベルを激しく鳴らして通り過ぎていく自転車に呆然とすることがあります。特に、自転車専用道路の存在に慣れていない私たち日本人にとっては、歩道と車道の間に広がるかなり大きめなその空間を、つい歩道だと勘違いしてしまいがち。
ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)
カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)
The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien
デンマークでは誰でも、どんな天気でも自転車に乗ります。大人も、子どもも、王室の方も、政治家も。通勤、通学、子どもの送り迎え、買い物、レジャー、引越し。自転車の霊柩車もあるほどです。とにかく、自転車はみんなのものなのです。そして、いつもとても感心するのが、誰もが、停まるときや曲がるときに手信号で合図すること。そして、自分の体型や乗り方に合ったサドルやハンドルの高さにきちんと調整していること(デンマークで自転車に乗っている人はとても姿勢が良いのです。これは、学校で低学年で正式に公道デビューするときにサドルやハンドルの高さが自分と合っているかを確認することを教わるから)。これは、自分も相手も守る、自転車のルールの基本。当たり前のことを、きちんと当たり前にやっています。
ちなみに、コペンハーゲン市の自転車に関するデータを最新の情報から拾ってみると、全市民が平日にコペンハーゲンを走る自転車の総距離は約140万km。コペンハーゲン市で登録されている自転車の数は約74万5千台で、市の人口(約63万3千人)を上回ります。コペンハーゲン市の自転車専用道路の総距離数は約380kmで、市内を網の目のように結ぶ自転車や歩行者の専用橋は24箇所。もちろん、自転車専用信号も各交差点に設置され、現在では、自転車道の幅が自動車道の車線の幅と同じくらい広くなっているところも多く存在します。
コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)
思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)
デンマークでは、私が移住した20数年前もすでに自転車が多いなと感じる国でしたが、ここ15年ほどはさらにそれに拍車がかかり、特にコペンハーゲンやその近郊、オーデンセ、オーフスなどの大きな都市では、上記のように、自転車と徒歩の人にとって暮らしやすく、車では移動しにくい街づくりへとどんどん「進化」しているのが感じられます。私は時折、日本のメディアの撮影をコーディネートすることがあるのですが、そのときにも、例えばコペンハーゲン市や、現地のカメラマンなどには、車ではなく、自転車で取材をすることを勧められることがあります。実際に、カーゴバイクを数台借りて、その荷台から撮影したことも何度かあります。
関連記事:
環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた
そうは言っても、デンマークもずっと昔から自転車国家だったわけではありません。世界的にも車が増えはじめた1970年代には、コペンハーゲンでも車があふれ、高速道路の建設や駐車場の増設が次々に計画されていました。しかし、1980年代~90年代にかけて、コペンハーゲン市で都市エンジニアをしていたイェンス・ロアベックさんは、こうした市議会の決定に疑問を投げかけます。
「コペンハーゲンに住むみなさんや、コペンハーゲンを訪れる人たちは、たくさんの車を見るためだけにそこにいるのですか?」
「街中に高速道路を通したり、そんなにたくさんの駐車場をつくることが本当に必要で、そんな街を私たちは求めているのでしょうか?」
1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)
そこから、市民の間に街のあり方や車との付き合い方の議論が活発になり、その勢いを受けて、コペンハーゲン市のアーバンデザインと自転車インフラを司る専門家としてまちづくりを主導していたロアベックさんは次々にコペンハーゲンの街角を車から解放して、人が徒歩や自転車で街をめぐり、憩うことができる広場や場所を取り戻すまちづくりを進めていき、今のコペンハーゲンの姿に近づいていったのです。
例えば、みなさんもよく知っている、コペンハーゲンの運河沿いにあるカラフルな街、ニューハウン。今は、通りに面したレストランやカフェにテーブルや椅子が所狭しと並べられ、食事やビールを楽しむ人でにぎわう一大観光地のひとつです。でも、実はここも70年代はすべて車で埋め尽くされた駐車場だったのです。当時、議会の決定ではさらに駐車場を増やす予定でしたが、その決定を覆して逆に駐車場を取っ払い、人々の憩いの場にするという当時の思い切った決断のおかげで、今はすっかりデンマークを代表するランドマークとなって、一年中、徒歩や自転車で訪れる人が絶えません。
1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)
1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)
「こんなのがあったらいいな」を次々に形に!デンマークでは、90年代から、環境や気候変動への意識の高まりから、国と都市が連携して、市民の一般車両を利用しての移動を減らし、徒歩、自転車、公共交通の利用を促す政策が打ち出されるようになりました。
コペンハーゲン市では1996年以来、2年ごとに「自転車会計白書」を発行して、市の自転車政策や目標に対して、どれくらい実現できているかを調査・公表。2011年には、2025年に世界一の自転車都市を目指して、自転車政策を発表し、ここ10年間で約2億ドル(約287億円)を自転車インフラに投資しています。
デンマーク政府も2014年に「デンマーク、自転車に乗ろう!」という国の自転車政策を打ち出し、ツール・ド・フランスの開幕地を務めた昨年は、今後の新たな全国規模の自転車インフラ構築のために4億5800万ドル(約658億円)の拠出を決定しています。
こうした予算を投じてつくられてきたユニークで便利なインフラの数々の代表的な例をいくつかご紹介しましょう。
まずはバイシクル・スネイク。ビルの合間を縫うように運河を越えて走る、自転車専用の高架橋です。くねくね曲がったその様子がヘビのようだからと、こんな名前がついています。この橋が2014年にできたおかげで、その先の自転車と歩行者専用のBrygge橋にスムーズにつながり、HavneholmenエリアとIslands Bryggeエリアが、あっという間に行き来できる場所になりました。
バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT
バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) – Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)
そして、サイクル・スーパーハイウェイも特徴的なインフラのひとつ。コペンハーゲンとその近郊の29自治体を結ぶ、850km強の自転車専用高速道路です。住宅エリアと通勤、通学エリアを、ほとんど途中で止まることなく、通過する自治体に関係なく同じクオリティ(走行速度や自転車レーンの幅、交差点での信号の設置など)の走りができるのが大きな特徴です。日本でも、車専用の高速道路は、自治体をまたいでも同じクオリティですよね。そうでなければ、利用しにくいし、事故も起きやすい。その考えをすっぽり自転車に応用したのが、このサイクル・スーパーハイウェイなのです。コペンハーゲン市内の多くの職場も、サイクル・スーパーハイウェイを利用した通勤を奨励しているところも多く、職場には移動後に服を乾かす部屋やシャワーやサウナが併設されているという話もよく聞きます。
サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)
最近は、自転車専用レーンを走る乗り物の種類もさまざま。一般的な二輪の自転車に加え、市民の自転車での走行距離が延びていることもあり、E-バイク(電動自転車)も急増。そして、二輪や三輪で前に荷台がついているカーゴバイクや電動カーゴバイクも人気です。電動キックボードだけでなく、デンマークではスクーターも自転車専用レーンを走るのがルールです。自転車も、街の要所要所にレンタサイクルや電動シティバイクがあり、シティバイクはナビゲーションもついていてとても便利です。
お天気がくるくる変わりやすいデンマークですが、それでもやはり便利な自転車に乗りたい人は多く、ファッションも四季折々、みな工夫をこらして、おしゃれに乗りこなしています。
デンマークでは、たいていのホテルで自転車をレンタルしているので、みなさんにもぜひ一度、自転車で街を巡る体験をしてほしいと思っています。自転車に乗って実際に整備された自転車専用レーンを走ってみると、いかに快適で、安全に、車よりも早く目的地に着けるのが実感できますし、風を切って走りながら、気になったところでさっと自転車を降りて散策できるという自由さも、自転車と自転車インフラは叶えてくれます。もし、いきなり自分だけでまわるのが難しいかな、と感じる人は、例えば自転車でコペンハーゲンのGXを体感するツアーや、デンマークを代表する建築を回るツアーなどもあるので、ぜひ参加してみてくださいね。きっと、デンマークという国が、もっとわかる、ワクワクする体験になるはずです!
●取材協力
・コペンハーゲン市
・Jens Roerbech
●参考資料
「Mobilitetsredegoerelse 2023」
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、建築デザイン業界にも大きな衝撃を与えました。おびただしい数の建築物が津波によって流されたことで、街ごと新たにつくり直す必要に迫られただけではありません。建築の仕事に携わる人にとっては、これまで設計してきた建築を、復興が急務となる被災地において、そしてまたそうした地域を抱える日本において、同じような考え方で設計して良いものなのかと自問する契機にもなったのです。
そうは言っても急速に復興が推し進められるなか、建築家もさまざまなかたちで被災地の建築デザインに関わってきました。避難所の生活を改善するための取り組みや、仮設住宅の建設といった応急対応から、この先の長い街づくりの礎となるような恒久的な施設まで、震災復興をきっかけに初めて試みられたデザインも多岐にわたります。
そうした人類の新たな叡智を見て歩くことは、被災地に限らず日々の生活をより良くしていくための発見に満ちているはず。今回、各地の建築やまち歩きをライフワークにしてきた筆者が、被災から10年以上が経ち、大方の復興が完了した岩手県南東部の沿岸エリアで見学ができる震災復興建築をレポートします。
あらゆるタイプの復興建築がそろう陸前高田震災復興のために建てられた建築といっても、その内実はさまざまです。街づくり全体の広域復興計画に位置づけられる、市民生活のインフラとなるもの。地域住民の多様な活動をサポートする拠点となるもの。地域産業、特に漁業や観光業のための施設として使われるもの。観光を目的に東北に訪れる人々、そしてまた現役の、未来の地域住民のために津波の教訓を伝えていくために設計された伝承施設や追悼祈念碑。さらに、実際に津波や地震の被害を被った震災遺構も、解体することなく遺し、見学するためのルートを整備したことを鑑みると広い意味でのデザインとして見ることができるでしょう。
以下では、それぞれの特徴をおさえつつ、実際の建築物をエリアごとに紹介していきたいと思います。
まずなんといっても被災地での復興建築デザインを見学するなら、陸前高田市は外せません。ここには建築家の内藤廣氏が全体計画を担った高田松原津波復興祈念公園があります。
津波によって流されてしまった防潮林のうち、ただ1本残された「奇跡の一本松」をご存じの方も多いのではないでしょうか。あの松林があったエリアに整備された公園です。
公園の整備にあたり、内藤氏は海に向かってまっすぐ延びる祈りの軸線を設けました。そこに直交するかたちでデザインされたのが、道の駅高田松原を併設した「東日本大震災津波伝承館」です。国と岩手県、陸前高田市が連携し、津波被害の実態を後世に伝えるために整備されたメモリアルパークでありながら、道の駅として地域住民にも日常の延長として使われる、風景と一体化した複合施設です。
高田松原津波復興祈念公園全景。左中央に見える直線状の白い建物が東日本大震災津波伝承館。右手の三角形は、震災遺構「タピック45」。津波の際、屋上を駆け上った避難者が助かった(写真/ロンロ・ボナペティ)
伝承館の中央ゲートから祈りの軸線を見る。軸線の先に象徴的なモニュメントを設けるのではなく、海に向かって祈りを捧げるよう演出されている(写真/ロンロ・ボナペティ)
防腐処理を施され、もともと立っていた場所に再設置された奇跡の一本松。津波が直撃し変形した「陸前高田ユースホステル」が被害の実態を伝えている(写真/ロンロ・ボナペティ)
海を強く意識させるデザインは、津波により亡くなった方への追悼を促すとともに、ここを訪れる人がその瞬間海の間近にいること、地震が発生したらすぐに避難しなければならないことを同時に印象付けます。伝承館でも繰り返し実例が示される、2011年の3月11日に生死を分けた人々の判断と行動。いざという時にどのような対応をすべきか、公園全体で訴えかけるようなデザインがなされていました。
さらに陸前高田市では、高台にも内藤氏が設計した建築をはじめ、復興後の市民生活を支える建築が集まっています。そのひとつ、陸前高田「みんなの家」は、日本を代表する建築家の伊東豊雄氏の呼びかけに応じ、名だたる建築家が集まり地域の方々とともにつくりあげた集会所。世界各国が建築の実践を展示し建築界のオリンピックとも称される第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展ではその建設プロセスを紹介し、最高栄誉の金獅子賞を受賞しました。応急的な復興が一段落したことで役目を果たし、一度解体されましたが、駅前に再建されました。併設の総菜屋さんは、みんなの家の設計に携わった平田晃久氏が手掛けており、建築家と被災地との継続的な関わりが伺えます。
伊東豊雄氏、平田晃久氏、藤本壮介氏、乾久美子氏らが協働した陸前高田「みんなの家」。右側に延びる低層の建物が新しく設計された総菜店(写真/ロンロ・ボナペティ)
内藤廣氏設計の「東日本大震災犠牲者刻銘碑」。三陸特有の山々が入り組んで連なるリアス式海岸を見晴らす(写真/ロンロ・ボナペティ)
内藤廣氏設計の「陸前高田市立博物館」。屋上の展望台からは、防潮堤の先に広がる海の景色を望むことができる(写真/ロンロ・ボナペティ)
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陸前高田から北上することおよそ50km、三陸海岸の中央に位置する釜石市も、震災後の建築デザインを知る上で重要なエリアです。
街の中心部が津波で流され、多くの住民が亡くなった鵜住居町(うのすまいちょう)では、市民生活の立て直しに必要なさまざまな施設が震災後に整備されました。駅前に整備された「うのすまい・トモス」には、「東日本大震災の記憶や教訓を将来に伝えるとともに、生きることの大切さや素晴らしさを感じられ、憩い親しめる場」として複数の公共施設が配置されました。追悼施設の釜石祈りのパークには、震災で亡くなった方の名板があしらわれた祈念碑が設置されています。離れた位置から見ると白い板にしか見えませんが、近づいていくと個人名が刻印されており、報道で知る客観的事実としての被害とその一人ひとりにそれぞれの人生があった、その対比が表されているよう。少し土が盛られた上段に設置されたモニュメントは上端のラインが津波浸水高さ(11m)となるように設計され、ここを訪れる人々に有事の際は一目散に高台へ避難する意識を植え付ける計らいがなされています。
「釜石祈りのパーク」上段の壁の上端ラインが津波到達地点を示す(写真/ロンロ・ボナペティ)
「うのすまい・トモス」全景。奥に体育館、左手前が震災の資料展示を行う「いのちをつなぐ未来館」、右手前が土産物などを販売する「鵜の郷交流館」(写真/ロンロ・ボナペティ)
駅前からすぐ目に入る高台には、小学校・中学校・児童館・幼稚園の、子どもたちのための4施設が新たに建設(設計:小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt)されました。通学路となる階段は、津波到達地点で階段の色が塗り分けられており、市街地から見上げた際に一目でどの高さまで避難すれば良いのかがわかる指標になっています。子どもたちが毎日登下校する様子は市街地のどこにいても目に入り、その風景が復興のシンボルとなるように、という願いが込められているそうです。
また震災当時、沿岸部にあった小学校と中学校は被災後に取り壊され、跡地には「釜石鵜住居復興スタジアム」が建設されました。周囲から隔絶された専用施設とするのではなく、日常的に使用できる公園として周囲と一体的に整備することで、海から山へと連続する鵜住居町の風景の一部となっています。2019年のラグビーワールドカップでは会場の一つとして使用され、まさに復興のシンボルとして人々の生活とともにあるスタジアムとして愛されています。
「鵜住居小学校・釜石東中学校」、「釜石鵜住居復興スタジアム」、「釜石祈りのパーク」では、個々の施設の設計に建築から関わったほか、神戸芸術工科大学の長濱伸貴教授がランドスケープデザイン・監修に携わっています。
「釜石市立鵜住居小学校・釜石市立釜石東中学校・釜石市鵜住居児童館・釜石市立鵜住居幼稚園」。敷地へ至る階段のオレンジのラインが津波到達地点(写真/ロンロ・ボナペティ)
梓設計による「釜石鵜住居復興スタジアム」。グラウンドと周囲がフラットにつながり、風景の一部となっている(写真/ロンロ・ボナペティ)
釜石市の中心部にも、ぜひとも訪れたい重要な建築プロジェクトがあります。
世界最大水深の防波堤としてギネスブックの世界記録にも登録されていた湾口防波堤が震災でも大きな減災効果を発揮した釜石市中心部は、リアス式海岸が連なる三陸沿岸エリアにおいては比較的津波の被害がおさえられたエリアでした。震災前から残る商店街「のんべい横丁」と連続する位置に計画されたのが、釜石市民のさまざまな活動の受け皿となる、「釜石市民ホールTETTO」でした。折しも街区をひとつ挟んで隣接するエリアに大型ショッピングセンターの建設が進んでいました。そのままでは既存の商店街とショッピングモールが断絶してしまうことを恐れた市は、市民ホールの建設にあわせて隣接する街区も取得し、ショッピングセンターと市民ホールをつなぐ広場を整備することを決定。ガラスの大屋根が架かる市民ホールの前面広場と接続させることで、のんべい横丁からショッピングセンターへと連なる一連の商業エリアを創出することに成功しました。
建築はaat+ヨコミゾマコト建築設計事務所による設計。施設内部での活動が街に滲み出すようデザインされました。展覧会の一部が外からでも鑑賞できるようになっていたり、スタジオで練習するバンドの様子がうかがえるなど、文化が日常のなかで育まれることが実感できる市民ホールになっています。前面広場に面するステージでは、コロナ禍において全国でも先駆けて屋外コンサートを開催するなど、TETTOでは市民による市民のための精力的な活動が展開されています。
ショッピングセンター側からTETTOを望む。4方向に出入口が設けられ、建物のどこにいても避難できる動線が考えられた。手前の広場が市が取得した「大町広場」(写真/ロンロ・ボナペティ)
TETTOの前面広場に架かるガラスの大屋根は、建設費高騰の折に建設中止も検討されたが、建築家のさまざまなコスト削減策により実現された(写真/ロンロ・ボナペティ)
前面広場を客席として披露された、市民によるブラスバンドの演奏(写真/ロンロ・ボナペティ)
釜石市南部の集落に立つ「唐丹小学校・唐丹中学校・唐丹児童館」。斜面を活かして建てられた校舎は、建築家の乾久美子氏による設計(写真/ロンロ・ボナペティ)
被災地に観光目的で訪れるのは不謹慎なのではないか、そんな想いをもたれる方もいらっしゃるかもしれません。筆者自身、現地を訪れるまでは住民の方からどのような目で見られるのだろうかと不安に思うところもありました。
しかし実際に現地の方とお話をすると、理由はどうあれ来てくれる事自体が喜ばれ、また震災の実態を知ってほしいと活動される方も多くいらっしゃいました。
ここで紹介したような施設も、伝承館はもちろんのこと、そうでない建築にも津波の悲劇を繰り返さないためのデザインが施されていました。それは被災地で日常を送る住民の方はもちろんのこと、被災地を訪れた人たちにも、自然災害の恐ろしさを伝え、やがて来る東北以外の地域での災害を防ぐ一助となることを見越したものでしょう。
災害大国である日本において、建築はどうあるべきか、これ以上ない模範事例が集まる東北、三陸海岸を訪れてみてはいかがでしょうか。
■施設リスト
東日本大震災犠牲者刻銘碑
陸前高田市立博物館
東日本大震災津波伝承館 (いわてTSUNAMI(つなみ)メモリアル)
釜石市立唐丹小学校
釜石市民ホール TETTO
釜石市立鵜住居小学校
うのすまい・トモス
釜石鵜住居復興スタジアム
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わずか7畳のタイニーハウス「もぐら号」は、神奈川県・三浦半島にある、現在進行形で「人が暮らしているタイニーハウス」です。電気・ガス・水道完備、シャワー・トイレ付きと、一般的な住まいと変わらず、快適な暮らしが送れているといいます。そのもぐら号に、今年、きょうだいの「カワウソ号」が仲間入りしたそう。しかもこちらは宿泊・体験できるとか。さっそく編集部とライターで宿泊してきました。
「カワウソ号」は約8畳(室内11平米+ロフト4平米)。タイニーハウスを知り・体験できる場所に神奈川県三浦半島にある、まるで絵本に出てくるようなタイニーハウスの「もぐら号」は、相馬由季さんと夫の哲平さんの住まいです。もぐら号は約2年かけて相馬さんが設計から施工、2020年に完成。ほぼ自作したタイニーハウスに現在も夫妻で暮らしていらっしゃいます。そんな「もぐら」のきょうだいが「カワウソ号」です。もぐら号よりもやや小ぶりで、名前も愛らしい「カワウソ号」ですが、なぜもう1棟、タイニーハウスをつくったのでしょうか。
相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)
「もぐら号の話をすると、ほとんどの人に『遊びに行きたい』『泊まりたい』と言われるんです。みんなタイニーハウスに興味津々なんですね。もぐら号にも宿泊していただけるんですが、私たちも毎日、暮らしているので、そうそう泊めるわけにもいかない。じゃあ、もう1棟をということで、『カワウソ号』を計画したんです」と相馬さん。
「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)
主眼を置いたのは、単なるホテルではなく、「タイニーハウスを体験できる場所」であること。
「タイニーハウスに宿泊できる施設はありますが、まだ少数です。ここではホテルのような滞在ではなく、料理をしたり思い思いに過ごしたりと、あくまでも『暮らし』を体験する場所として考えているんです」と話します。
「基本設計や建材、建具のチョイスなどはすべて自分で行い、実施設計と施工を大工さんにお願いしました。ただ、制作途中も足を運び、吟味、調整をしてもらいました。タイニーハウスはとにかく余分なスペースがないので、数センチで使い勝手が変わるんです。だから、何度も何度も測って、思い入れを込めてつくったのは、カワウソ号も同じですね。『もぐら号』で自作した経験が生きています」
「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)
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わずか7畳のタイニーハウスに夫婦二人暮らし。三浦半島の森の「もぐら号」は電気もガスもある快適空間だった!
「もぐら号」と「カワウソ号」の共通点でいうと、大きめのキッチン&シンク、電気ガス水道といったインフラ、窓や外壁などには断熱性・遮熱性などの性能を高めた「快適な暮らし」が送れる点です。一方で間取りは異なり、「カワウソ号」はロフト付きで、玄関が横付きになっています。また、大きなフィックス窓、横にスリット窓が入っています。スリット窓からチラリとのぞく緑がキレイです。
左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)
キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)
シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)
洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)
「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)
電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)
昨年の暮れに施工場所から今の土地に移動させ、塗装など内部の仕上げや棚の設置、家具やインテリアの選定を行い、今年3月末より宿泊の受け入れを開始しました。では、その反響は?
「開始して2カ月ほどですが、平日、休日問わず多くの予約が入っています。メディアを介して知ってもらったり、SNSで知ってくださったり。いろいろです。若い世代はここだけしかできない体験ということで、カップルや友人同士で来てくださいます。ほかはご家族ですね。最大3人まで宿泊できます。」(相馬さん)
とはいえ、一人で滞在する40代~50代の人もいるのだとか。
「自分を見つめ直したい、という方でしょうか。タイニーハウスに籠もって、暮らしや人生に向き合う場所が欲しいという人が滞在されていきます。何かするのではなく、ゆっくりと過ごしていらっしゃいます」といい、今までの暮らしのあり方、人生のあり方を問い直す場所になっているのだそう。
ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)
開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)
タイニーハウスで住まい感が変わる。自分に必要なモノ・コトが見えてくるでは、実際に滞在するのはどのような感じなのでしょうか。
筆者と編集部担当の2人は午後にチェックインし、翌日朝まで滞在。合間に仕事をしたり、ランニングをしたり、周囲のスーパーで食材を買い込み、暮らすように「プチ日常」を味わってみました。
シャワーの水量や温度、トイレの水量などもストレスフリー。また、はじめはタイニーハウスのセキュリティってどうなのだろうと少し不安があったのですが、駅近くの立地でほどよく人目があり、おまわりさんのパトロールエリアとのことで、ひと安心。とにかく快適な滞在となりました。
夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)
ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)
ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)
そして、ひと晩過ごした結論をひと言でいうと、「これは……住まい感が変わるな」に尽きます。
筆者は、今まで不動産会社やさまざまな建物、建築家の先生方を取材し、天井高は2m40cmではちょっと低いのではとか、広さは一人あたりの面積25平米は確保したいなどと原稿を書いてきましたし、正直なところ「家の広さは気持ちのゆとりにつながる」、なんなら「天井高は正義」「収納は命」だと思ってきました。
ですが、実際に過ごしてみると11平米でも狭さは感じないのです。女性2人がほぼ1日、同じ空間にいてもストレスを感じない。これはすごいことだなと思いました。おそらくですが、備え付けの食器や寝具など、目に入るものすべてが吟味されていること(当たり前ですが子どものおもちゃやごちゃごちゃした生活のものはありませんし)、人間同士の目線が必要以上に重ならないこと、余計な音が入ってこないこと、室温が快適であること、暮らしに必要なものがきちんとそろっているからこそ、「コンパクトでも快適」は叶えられるのですね。
おそらくですが、窓からの緑や地面との近さ、自然な雨音、小鳥のさえずり、室内に漂う木々の香りなど五感に訴えるものがあり、タイニーハウスでしか感じたことのない、貴重な感覚が残りました。
もう一方で、自分に必要なものも浮かびあがってきたのです。筆者の場合は、カワウソ号になかった三面鏡、浴槽です。われながらお風呂という、わかりやすい欲が反映されていてびっくりしました。人生初の感覚です。本当に不思議。
宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)
こうした、気づきや発見があるのは筆者だけではないようで、「カワウソ号」の宿泊ノートには、さまざまな思いが記録されています。貴重ですね……。
相馬さんも、普段は会社勤務しながら、タイニーハウスづくりを行ってきたため、週末は何かしら「タイニーハウスづくりの予定」が入っていたそう。現在、「カワウソ号」が完成してやっとひと段落ではありますが、けしてラクではないタイニーハウスづくりに取り組み、宿泊運営者になった今、得るものはあるのでしょうか。
「やっぱり、タイニーハウスの暮らしを体験してもらって、その人の価値観が変わるとか、なにか湧き上がるものがある瞬間を見られるのがすごく好きですね。当たり前を疑うというか、その瞬間に立ち会えるというか……。タイニーハウスを通しての出会いもとても貴重ですし。その中で自分自身も、その先に湧き上がってくる次の挑戦の兆しを待っています。」(相馬さん)
(写真撮影/桑田瑞穂)
筆者個人としては、「タイニーハウスでの宿泊」は、家を借りたい人、家を買いたい人、注文住宅で家をたてようと考えている人、リフォームしたいと思っている人など、今、住まい・暮らしについて考えているすべての人におすすめしたい体験だなと思いました。自分にとって家とはなにか、家に必要なものはなにか、自分が大事にしたいものはなにかが明確になるからです。タイニーハウスの宿泊費は1泊あたり1万3000円~2万円程(人数、時期によって変動)。得るものは小さくなく、大きなものとなるはずでしょう。
●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
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カワウソ号宿泊予約
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以前から、タワーマンションを節税目的で購入する事例が多いことが指摘されていた。すでに、固定資産税については、高さ60m以上のマンションで高層階の税率を引き上げる“補正率”が採用されている。今回は、相続税の評価方法について、市場価格に近づける見直し案が公表された。
【今週の住活トピック】
マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議が見直し案を公表/国税庁
そもそも相続税では、相続した財産の価額はその財産を取得したときの時価によるとされている。いわゆる時価主義といわれるものだ。不動産の評価方法は、国税庁の「財産評価基本通達」で定められている。マンションについては、この通達の内容を見直そうと、2023年1月30日に第1回有識者会議が開かれた。
昨年末に公表された政府の「令和5年度税制改正大綱」で、マンションの相続税評価が、市場での売買価格と通達に基づく評価額が大きく乖離しているケースが見られるとして、「時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する」と記載された。これを受けて、適正化のための有識者会議が動き出したわけだ。
第3回の有識者会議で見直し案の要旨が提示され、6月30日に国税庁のホームページに有識者会議の資料が公表された。
なぜ、タワーマンションの高層階が相続税の節税になる?現状のマンションの相続税の評価額は、どのように計算されるのか?
マンションの1つの住戸を相続した場合、建物の価額(かがく※)と敷地の価額をそれぞれ計算し、足し合わせたものが相続税評価額になる。建物の価額は「固定資産税評価額」が用いられ、敷地の価額は敷地全体の価額のうち持ち分割合で計算される。つまり、同じマンションで同じ面積の住戸を所有する場合、1階の住戸も20階の最上階住戸も同じになる計算方法だ。
※売り手が品物に対して設定するのが「価格」に対し、品物の値打ちに相当する金額が「価額」
ところが、実際に市場で売買されるときには、同じマンションの同じ面積の住戸であっても、1階と最上階では、価格にかなりの開きが出る。タワーマンションでは、住戸からの眺望がウリになるからだ。つまり、実際に売れば高く売れるものが、相続税評価額では価額を抑えることができるので、高層階ほど相続税の節税効果が大きいということになる。
また、元になる敷地全体の価額は、路線価が用いられる。路線価は地価公示の8割程度になっているので、市場価格より低くなるのが一般的だ。もともと相続財産を不動産にすれば、現金より相続税評価額が抑えられるといったこともあり、不動産は節税対策に用いられることが多い。加えて、タワマンでは高層階住戸でより大きな節税効果を生むというわけだ。
マンションと一戸建てでは、市場価格との乖離率に大きな開き有識者会議の資料(画像1)によると、近年はマンションの市場価格は相続税評価額の2.3~2.4倍にまで開いているという。
【画像1】国税庁「マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)」より転載
市場価格との乖離率を一戸建てと比べてみる(画像2)と、平成30(2018)年の平均で、マンションは2.34倍まで開いているが、一戸建ては1.66倍にとどまっている。0.68倍の開きがあるが、例えば市場で同じ1億円で売れるマンションと一戸建てがあった場合、相続税評価額はマンション(約4273万円)と一戸建て(約6024万円)で、約1751万円の差が生じるという計算になる。10億円というタワーマンションの最上階住戸もあるだろうから、この場合は評価額を5億円以上も大きく下げることができるという構図になっているわけだ。
【画像2】国税庁「マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)」より転載
相続税の評価方法が定められた頃には、タワーマンションのような不動産は市場になかっただろう。ところが、好立地で高額のタワーマンションが数多く供給されたいま、マンションでは評価額が市場価格の半分以下になる事例が約65%もあるというのが実態のようだ。
マンションの相続税評価額はどう見直される?有識者会議の資料を見ると、マンションの評価額が市場価格と乖離する要因として、マンションの総階数や所在階、築年数などが加味されていないうえ、タワーマンションのように立地条件が良好で地価の高い場所であっても、多くの住戸で持ち合うために敷地の持ち分が狭小になる度合いが大きいといったことを挙げている。
そこで見直し案は、この「築年数」「総階数(総階数指数)」「所在階」「敷地持分狭小度」の4つの指数に基づいて、市場価格との乖離率を予測し、評価額が市場価格理論値の60%に達しない場合は、60%になるまで価額を補正するというものになった。
60%というのは、一戸建ての乖離率にマンションを近づけようというもの。マンションの市場価格との乖離率を一戸建て並みにすることで、税負担の公平を図るという考え方だ。
この見直し案では、築浅や高層階で評価額がこれまでよりも引き上がるので、相続対策としてタワーマンションの住戸を購入し、相続後に売却するという方法での節税効果は薄れるだろう。
政府は、2024年1月から見直したいとしている。有識者の中には、「今後のマンション市況の変化には適切に対応していく必要があるので、新しい評価方法が適用された後においても、重回帰式の数値等については定期的に実態調査を行い、適切に見直しを行うべきではないか」と、継続的な見直しを求める声があった。
税金は国民が相応に負担するものなので、公平であってほしいものだ。
●関連サイト
マンションに係る財産評価基本通達に関する第3回有識者会議について(令和5年6月)
めぐみ不動産コンサルティングは、まちの不動産屋さんでありながら、社会生活が困難な状況にある人の住居・福祉・仕事を包括的にサポートできるようにと、シングルマザー向けシェアハウスの運営や障がい者グループホームの運営をしています。まちの不動産屋さんが、なぜ生活に困難を抱える人たちを支える取り組みをしているのでしょうか。そこには「自身の原体験がある」と話す創業者の竹田恵子さん。これまでの事情や、事業の現在、これから取り組むべきことについて話を聞きました。
シングルマザーにとって、家を探すことが困難だと気づいた神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間ほど、田畑が目の前に広がるのどかな住宅街です。この街にあるのが「めぐみ不動産コンサルティング」。伊勢原市近郊にて不動産の賃貸や売買を行う会社です。不動産事業以外にも、シングルマザーをサポートするシェアハウスや社会福祉施設の運営サポート、就業支援、農園の運営や食事支援など、「困った人の拠り所」となる取り組みを行っています。
創業者の竹田恵子さんは、「もちろん不動産の賃貸や売買もしますが、半分は人と人をつなげるボランティアのような感じ。人との距離が近くなって家族が増えているように感じるのが嬉しい」と笑います。竹田さんの優しさは、住居や仕事、社会復帰に悩みを抱える人たちにとって、あたたかい布団にくるまったかのような温もりが感じられるのでしょう。
めぐみ不動産コンサルティングが母子シェアハウス事業を始めたのは、2016年のこと。始まりはニュースを見て母子家庭の貧困がこんなにも切実だという事実を知ったことでした。折しも自身もシングルマザーとして、不動産会社を経営しながら必死に子育てをしている最中。
大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
「困っている人たちが支え合い、少しでも安らぐことができるあたたかな環境をつくりたい」。そう考え、ひらめいたのがシングルマザー向けのシェアハウスでした。しかし当時、市内にはシェアハウスが一つも存在しませんでした。専用物件の購入を検討しても、シェアハウスの運営に対して事業の持続性や、家賃収入をコンスタントに得ることができるのか、というリスクや不安を感じている銀行から融資が下りない日々。
そこで恵子さんは子育てに理解のある幼稚園経営者の知人から一軒家をマスターリース(一括賃貸)し、シェアハウス運営を始めます。
多様なタイプのシェアハウスがそろう運営するシェアハウスは2種類。女性専用の「めぐみハウス東大竹I」と、男女共に入居可能で、上下階で暮らしが別世帯に分かれた「めぐみハウスたからの地」です。現在子どもを含めて8世帯13人が暮らします。
「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
各世帯が利用できる収納、キッチン、浴室など一般的なシェアハウスよりもゆとりのある設計ながら、家賃は月額38,000円~46,000円(同居する子どもの家賃費用は人数当たりで別加算)。50,000円のデポジット(保証金・一時預かり金)は必要ですが、保証人は不要です。
「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
入居する人たちには、離婚や未婚、独身や独居で誰かと共に暮らしたいなど、さまざまな事情があります。以前は「家賃が割安で住めるから」と選択されることが多かったシェアハウスの価値が、最近では変化をしているそう。特にコロナ禍で、人との関わりが欲しいとあえてシェアハウスに入居を希望している人が増えたそうです。入居希望者の中には、「一人っ子のためにシェアハウスで兄弟体験をさせたい」という人も。
「2016年のシェアハウス開業当時は、伊勢原という土地柄からか、仕組みに対して認知度がなく、『シェアハウスって見知らぬ人との共同生活だし、安全面など大丈夫なの?』と不安に感じるようで。入居してもらうのに苦労しました。ひとり親は収入が低かったり、DVで逃げてきた場合は連帯保証人になってくれる人がいないなど、家賃保証面がクリアできず、借りることができる賃貸住宅の選択肢がなく、仕方がなくシェアハウスに入居したという人も。しかし徐々にシェアハウスの認知も上がり、これまでにシングルマザー20組弱が入居してくれています」(竹田さん、以下同)
「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
一方で、シェアハウスが合わないといって退去していった人も。共同生活を営むため、それぞれの人に雰囲気や生活スタイルに合う・合わないがあるのはやむを得ないことです。そのため、竹田さんは事前に必ず面談をすると話します。
「入居する前に必ず2時間ほどかけて面談をして、互いの信頼関係をつくっていきます。面談を通してお断りすることも。社会でしっかり自立した生活を営んでいきたい、仕事に復帰したいという人の背中を押したいからです」
こうやって信頼関係をつくることで、家賃は6年間未払いなしだというから驚きです。
「家賃の支払いが遅れるなら事前に言ってね、と声がけをするようにしています。またお仕事をしておらず支払能力を獲得しようと励むお母さんには『お仕事どう?』と声がけして様子をうかがうことも。信頼をしているからこそ、家賃の支払いについてはじっと待つスタンスを保つように心がけています」(竹田さん)
誰もが孤立しない、安心した暮らしとつながりある日、神奈川県の行政担当者から竹田さんに連絡がありました。話を聞くと、シェアハウスの取り組みがメディアに取り上げられたことをきっかけに、めぐみ不動産コンサルティングの存在を知ったそう。この出会いからめぐみ不動産コンサルティングは「住宅確保要配慮者の居住支援法人」としての推薦を受けることになりました。
そして、竹田さんは居住支援法人としての活動を通じて「ひとり親だけではなく、高齢者や障がいを抱える人も複合的に住居や暮らしに困っている状況」ということを知るのです。「家だけではなく総合的に支援できる環境をつくれたらいいのでは?」と思い立ったのが、複合的なビジネスを始めるきっかけに。
「『社会に出てみてうまくいかなかったら、またうちに帰ってきたらどう?』そう言える安心の材料や、場所をつくってあげたかったんです」
その後、竹田さんは障がい者支援のため、パートナーと一般社団法人ワンダフルライフを立ち上げ、グループホームを9棟(うち1棟はリフォーム中)と無農薬野菜を栽培する「めぐみ農園」を開設します。さらに今後2023年7月には障がい者の就労継続支援B型作業所「ワンダフルワークス」の開設と子ども食堂「めぐみキッチン」をオープンする予定です。
グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)
めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
グループホームで助け合いながら暮らす。そしてそこで仕事をしながら、併設の食堂や畑では就労や食事、交流もできる。暮らす×働く×食べる×交流、というお互いの仕組みが混ざり合い、補完をする循環型の仕組みになりました。
理想的なスタイルである一方、特にシェアハウス事業は、単体では事業収支的にも大きく利益が出るとは言い難い状況です。さらに入居者であるひとり親世帯を継続的に集客し続けることや新たな建物・施設の確保が資金条件的に難しかったり、DV被害や精神疾患などハードな状況で入居するお母さんも多くてサポートしきれない、といった理由で撤退をしていく事業者も。
障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)
竹田さんも「ある意味、薄利多売な感じ。複数の棟を所持するから成り立っているし、どうしても拡大するまではしばらく経営が苦しいのです。ここを乗り切れなくて事業閉鎖をする人も多いです」と居住支援の現実について話します。
また、オーナーから建物をマスターリース(一括賃貸)する際、シェアハウス利用という点に「大勢の入居者が同居することで室内が荒らされたりしないか、近隣に迷惑がかからないよう生活の統率が取れるのか、と難色を示されがち」と課題を指摘します。それゆえに竹田さんは所持するシェアハウスと、グループホームのほとんどを自社で購入して賃貸しています。
あの時の自分の苦しみがよぎるそれでもなお社会生活に困難を抱える人たちを支援する事業を続けているのはどうしてなのでしょう。不動産事業だけを行うほうが順調なのかもしれません。竹田さんは「困っている人をほっとけなかった。あの時に自分が感じた言いようのない不安が重なってしまい……」と振り返ります。
自身が離婚をしてシングルマザーになった時代。「とにかく自分の子どもを食べさせていくために稼がなきゃ」とがむしゃらに働いていました。市や国の補助やサポート制度などを探す余裕もない状況です。
そんなある日、ちょっとした身体の違和感を感じて病院で検査をします。ことなきを得ましたが、こうした経験を経て「私が死んだら子どもたちはどうなる?」という不安を色濃く感じることに。初めてその時に住まいの確保、家があることの重要性について深く考えることになります。
シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
「もし自分がもっと助けてもらえる手段があると知っていたら。そして手を差し伸べてくれる場所や人とのつながりがあったら、困らなかっただろうな。と今になって思うのです。だからこそ誰かを助けたい。それが私の原動力です」
このような竹田さんの取り組みに助けられ、シェアハウスを卒業して一般賃貸住宅に移り住んでいった人もいます。「安心して寝られて、相談できる相手がいて、自分の将来が描けるようになると、みんなだんだん強くなる」そう。もちろん一般賃貸住宅を探すときも竹田さんが不動産会社として仲介し、相談に乗り続けているので、卒業した後も農園のイベントやお手伝いに卒業したひとり親世帯が遊びに来ることも。
「私にとって、シェアハウスに居住する人たちはみんな子どもや孫のような存在。彼ら彼女らが社会に巣立ち、そして互いに助け合える関係であることが、今望んでいることです」
竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
しかしシェアハウス事業の中でも、特にシングルマザー専用のシェアハウスは、日本の中でも普及の速度が鈍重な印象です。特に竹田さんが開設した2016年当初はほとんど周囲にそうした事例がありませんでした。だからこそ全国の限られたシェアハウス運営事業者は、お互いにつながりを持ち、互いの知見を交換しながら今日まできたそうです。
季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)
「同じことで困っている人たちはちゃんと共感しているし、連携しています。ここ数年は、居住支援協議会やNPOの仲間を通じて、困っていることを事業者からも相談ができるようになったので、志を持って担っている事業者の運営状況が少しずつ明るくなっていくことを願っています」と竹田さんは力強く語りました。
これまで竹田さんが話してくれたように、住まいの確保だけでなく、社会生活に困難を抱えるのは母子だけではありません。立場や年齢によらず、困っている人が存在することは確かな事実でした。
竹田さんは「だからこそ今後、福祉との連携がより必要です」と話します。今後は「シングル」だから「高齢者だから」「障がい者だから」と区切るのではなく、さまざまな社会的困難を抱える人もそうでない人も、みんなが支え合える環境が理想だと感じます。それこそが誰もが生きやすい社会なのでしょう。めぐみ不動産コンサルティングの取り組みはこれからの暮らし方、住まいのあり方として、一つのモデルを見せてくれているようです。
●取材協力
株式会社めぐみ不動産コンサルティング