住まいと学校の断熱事情の最前線、夏は教室が危ない! 住宅は断熱等級6以上が必要、2025年4月からの等級4以上義務化も「不十分」 東京大学・前真之准教授

近年“住宅の省エネ”、中でも“断熱”への関心が高まっています。2022年の建築物省エネ法の改正を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」以上が義務化されることの影響も大きいでしょう。
そもそも断熱はなぜ住宅に必要なのでしょうか? また断熱によって住まいはどう変わるのでしょうか? エコハウス研究の第一人者、東京大学 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん(工学系研究科 建築学専攻)に聞きました。

そもそも「断熱」とは?住まいの断熱はどうすべき?

そもそも「断熱」とはどのようなものでしょうか?

「断熱とは、熱の出入りを断ち、部材の表と裏に温度差を作り出す技術です。次の画像は断熱材としてよく使用されるグラスウールをホットプレートで熱したときの表裏の温度差を計測したときのものです。ホットプレートに接する下部の面は加熱されて150度以上になっていますが、反対側である上部の面は30度に保たれており、120度以上の温度差が生じています。断面には温度分布のグラデーションができていて、熱を遮断していることがわかりますね」(前さん、以下同)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

「この断熱材の性能を活かして断熱・気密をしっかりしていれば、エアコン1~2台で住まいの全空間を冬も夏も快適な状態に保つことができます。実はエアコンを使用するとき、各部屋に1台ずつ4~6畳用のエアコンを同時に稼働させて低負荷運転を続けるのはエネルギー効率が悪く、電気代が余計にかかります。自動車が渋滞にはまると燃費が悪くなるのと同じです。それよりも家全体を1台で空調することでエアコンにうまく負荷をかけたほうがずっとエネルギー効率が良く、電気代を抑えられるのです」

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱が必要なのは、冬だけじゃない!「夏の断熱」が大事な理由

部屋の温度差について考えるときには、近年「ヒートショック(急激な気温の変化によって血圧や脈拍が変動することで心筋梗塞や不整脈、脳出血・脳梗塞などの発作を起こすこと)」による事故の報道などを通じて、住宅内の気温差が問題になっていることを思い起こす人もいるでしょう。この住宅内で暖房している場所と暖房していない場所の間で極端な温度差が生じるのは、まず第一に断熱・気密の不足、次に家全体を暖める空調ができていないことが原因です。建物の断熱・気密をしっかり確保して、暖房の熱を家中にしっかり届ける仕掛けが必要なのです。

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックは冬に起こることが多いのですが、前さんは「これからは、夏を健康・快適に過ごすためにも断熱が非常に重要」だと言います。

「一日の最高気温が35度を超える猛暑日の発生日数を見てみると、1980年代・ 90年代は年間でほぼゼロ日だったのが、2023年には40日を超える地域が出てきています。北海道や東北地方でも熱中症になって救急搬送される人が2023年には2022年の10倍に急増しました。日本はエアコンを使わずにガマンすることが省エネだと考える風潮もあり、暑さ・寒さに耐えて命を脅かす事件が多発しています。すでに温暖化の影響は明らかですが、今後さらに夏の暑さは厳しくなることが予想されます」

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

さらに深刻なのは、子どもたちが長い時間を過ごす小・中学校です。

「学校建築は本来、換気が命。大きな窓を開けて空気を入れ替え、風を通すことで快適に過ごせるように設計されています。ところが、近ごろは夏期の外気温が高すぎて、窓を開けると室内が熱くなるため、開けられません。断熱が十分に施されてない学校施設では、外の熱がそのまま室内に侵入するため、どんなに冷房を入れても涼しくならない。結果、子どもたちが学習に集中できないばかりか、中には熱中症にかかってしまう子も出ています。子どもたちを過酷な暑さと汚れた空気から救うため、最近では教室を断熱改修する取り組みが広がっています」

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

この状況に対して、強い危機感を抱いた前さんは、2023年の夏に、学校改修を求める2万6千人の署名を集めた上で、当時の文部科学大臣に小・中学校の断熱改修について提言をしたこともあるそう。ところが当時は「通常の建物改修で十分に対策できる」との返答で、納得のいくものではありませんでした。

「自治体によっても学校の断熱改修などの対応には差があります。例えば、ある都道府県では積極的に対策がとられているが、隣の県では全く断熱改修に取り組まれていなかったりします。自治体によって子どもたちの教育環境が大きく異なっている実態はあまり知られていません」

積極的に取り組みが行われている自治体の例として、東京・葛飾区では、区内の小・中学校で児童・生徒とワークショップ等を行いながら断熱改修し、その効果検証をしています。同じく東京・杉並区でも今後、断熱改修に取り組んでいく予定だそうです。

「文部科学省も、2024年3月に公開した『学校施設のZEB化の手引き』において、『まずは断熱改修から!』ということで、予防改修+屋根断熱を緊急で行うことを提言しています。日本中の教室が一刻も早く、すべて断熱改修されることを期待しています」

2025年4月から「断熱等級4」が義務化! 省エネ性能の表示制度も始まる

建築物省エネ法の改正(正式名称:脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律)を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」「一次消費エネルギー4」以上であることが義務化されます。これに先駆けて2024年4月に開始した建築物の省エネ性能表示制度は、新築住宅の販売時や賃貸住宅の入居募集時に住宅性能を明示することを販売・賃貸する事業者の努力義務としたもの。省エネ性能ラベルに記載される住宅性能の中で最も重要なのは、家マークの数で表されている「断熱性能」です。

前さんは「住宅の省エネ性能表示がようやく開始されたこと自体は一歩前進」と評価しながらも、「住宅も商品である以上、性能がきちんと表示され、それを買う側・借りる側が確認をして購入・賃借するのは当たり前のこと。今回ははじめの一歩であり、今後は中古住宅も含めて、住宅の性能が買う人・借りる人のすべてに提供されていくことが肝心です」と言います。

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

2025年から義務化されることが決まっている「断熱等級4」も、もはや十分な断熱性能とはいえません。国土交通省は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」にもとづき、断熱性能に1~7の等級をつけており、数字が大きいほど断熱性能が高いことを示します。ところが、前さんによれば「義務化される断熱等級4は、世界標準と比べると低すぎる」そう。

「断熱性能は、UA値(外皮平均熱貫流率)で判断されます。これは外気に触れる住宅の壁や屋根、窓などから室内の熱がどれくらい外に逃げやすいかを表したもので、数値が小さいほど断熱性能が優れていることを示します。地域の気候に応じて、断熱等級ごとにUA値の上限(基準値)が定められています。日本で2025年に義務化される断熱等級4という基準は、25年も前の1999年に設定されたものであり、同じ程度の寒さの諸外国のと比較してもUA値がはるかに大きく、断熱性能が不足しています」(前さん、以下同)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

日本の断熱基準には抜け穴も!? 断熱性能はどう見るといい?

さらに前さんは適正な基準であるべき指標が「日本では住宅を建てる側が達成しやすくするために、基準があえて緩められているのでは」と指摘します。

「次の図は日本の住宅・建材生産者団体の有志が20年先を見据えて設けた『HEAT20』という断熱等級と国交省が定める先の断熱等級とを比較したものです。日本の断熱等級は8つの地域区分に応じて各等級ごとのUA値(※1)を設定しています。上位の断熱等級である5~7はHEAT20(※2)のG1・G2・G3の指標を参考に定められたはずなのですが、なぜかHEAT20のUA値と比べると準寒冷地である4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)のUA値が大きい、断熱性能が劣るほうに緩和されているのです。また、国交省が2030年までに義務化するとしている『ZEH水準」の等級5では、準寒冷地の4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)が、温暖地の6地域(代表都市:東京)や7地域(代表都市:鹿児島)と同じ基準値でよいとされています。本当にこれでいいの?と疑いたくなる基準です」

※1:UA値…外皮平均熱貫流率。住宅の熱の出入りのしやすさを表す
※2:HEAT20…「20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」のこと。住宅外皮水準のレベル別にG1~G3と設定し、提案している

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

このような基準になっている背景について、前さんは「建設会社が全国で建築物を建てるときに、建築物の着工数が多い首都圏の6地域に基準を寄せることで、準寒冷地である4地域や5地域の建築物でも同じ断熱で仕様基準を達成できるようにしているのではないか」と疑念を向けます。

さらにこのような基準設定の違和感は、マンションの断熱性能の評価方法や太陽光発電の搭載など、さまざまなところで見られ「国交省が2025年から義務化する断熱等級4、2030年までに義務化予定の断熱等級5を満たすから、十分な住宅性能がある」とはいえないと言います。
それでは、一般の人が省エネ性能ラベルなどで判断するときには何を基準に判断すればいいのでしょうか?

「先の表で断熱等級4と5のUA値を比較して見ると分かりますが、その差は大きくありません。実際に住んで体感できるほどの断熱効果が感じられ、暖冷房のコストも抑えられるのは、HEAT20のG2相当である断熱等級6以上だと考えています。もうちょっと断熱を頑張ると、温度と電気代のバランスが十分に良くなります。こうした断熱等級6+αの断熱は国交省の規定にはありませんが、断熱等級6.5とか呼んだりしています。
温度と電気代のバランスを取るには等級6以上が必要、等級5はZEHレベルといえどもまだ十分ではなく、等級4ともなると23年前の基準で不十分といって良いレベル、等級3以下だと実質無断熱といっていいと思います。残念ながら日本の住宅ストックの多くはこうした実質無断熱のため、今後はリフォーム時に断熱改修を行うことも重要になります」

前さんが注目する、全国の断熱の取り組み

「住宅の性能を高めるためには、国、さらには自治体の努力が不可欠です。住宅の性能向上に関する施策で、とくに進んでいるのは鳥取県です。今の欧米基準と比べても遜色のない住宅性能評価基準として、新築では『NE-ST(ネスト、とっとり健康省エネ住宅)』、既存改修では『Re NE-ST(リネスト、とっとり健康省エネ改修住宅)』を設け、断熱はもちろん、気密性能についても基準を設けています。県内で生産された建材を使うことを条件に、新築住宅の性能に応じた補助金を出して導入を促進。また、中古住宅に対しても『T-HAS(ティーハス、とっとり住宅評価システム)』という独自の住宅性能査定エンジンをつくり、中古住宅の性能やリフォームの状況を適正に評価できるようにしました。この仕組みによって高い評価を受けた住宅は、中古住宅として売買する際もその価値に応じた銀行の融資が可能になるはずです」

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

他には山形県でも「やまがた省エネ健康住宅」として独自に認証する仕組みがあるほか、長野県も類似の制度を導入しようとしているようです。また、断熱への取り組みは自治体だけではありません。地域でがんばっている、家の作り手がたくさんいるのです。

「近年、小さな工務店などでも『基本的な住宅性能を満たす家を建てることが、住む人の快適で健康な生活につながる』と考えて、懸命に断熱に取り組んでいる会社が全国にたくさんあります。ぜひそのような物件や会社に注目してほしいですね」

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これからも快適に住み続けるために、私たちが考えたいこと

最後に前さんに、これから私たちが住まいの省エネや断熱をどのように考えていくかべきかについてメッセージをもらいました。

「近年、デザイン性の高いものや3Dプリンターを使った技術など、建築手法に凝ったものなどさまざまな建築が話題にのぼりますが、私は本来、建築は手段であり、目的そのものではない。建築は『器』であり、その中で営まれる人びとの生活がメインのコンテンツだと考えています。なので、中で暮らす人を幸せにすることこそが、建築の第一の使命のはずです。住む人を幸せにするためには、当然に快適で安心で安全な家でなければなりません。寒い、暑い、電気代が高いなどといった問題は、今や設計や技術によって容易に解決できるわけですから、早急に解決しなければならない問題です。今の日本の低い住宅性能基準に合わせて住宅をつくっていては、到底、数十年後の将来に評価される、つまり資産としても価値のある家にはなりません。

断熱の効果は一度体験してみれば全く快適性が異なることを感じていただけるものです。最近ではいろいろなところで、断熱ワークショップやオープンハウス、宿泊体験などをやっているのを見るようになりました。目にされる機会があればぜひ実体験をしてその効果と『暮らしが変わる』可能性を実感してほしいと思います」

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

前さんは「1回施工すれば効果が数十年という長いスパンで続くのが、建築の良いところ」だと言います。さらに「2100年に暮らす人から『建てておいてくれて、ありがとう』と言ってもらえる住宅を増やしていきたいと思いませんか?」と投げかけます。

日々の自分と家族の生活を快適で安心なものにするために、そして日本の住環境全体をより良いものにしていくためにも、断熱に興味をもち、その良さを実感する機会を積極的に探してみることが「幸せな暮らし」への第一歩になるかもしれません。

●取材協力
東京大学 Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室

「SUUMO住みたい街ランキング2024」で北千住の注目度がアップ! 「穴場の街」7年連続1位から人気タウンへ、背景に大学連携の取り組み

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表。今回は、7年連続で「穴場の街」1位に君臨し、今回は総合順位アップも果たした「北千住」にフォーカスし、人気の秘密を探ります。

「穴場の街」7年連続トップ

「穴場な街」ランキング7年連続1位の北千住。「住みたい街」の総合順位も昨年の28位から23位に上昇しました。特に、「20代(18位)」「シングル男性(15位)」「夫婦のみ世帯(15位)」から多くの支持を集め、前回調査に比べて「共働き夫婦世帯」「夫婦+子ども世帯」の得票も増えるなど、幅広い層から推されていることが分かります。

北千住駅前

北千住が穴場たる所以は、交通利便性、生活利便性が高いわりに住宅コストを抑えられる点。たとえば、築40年未満のファミリー向け中古マンションの価格相場は4980万円。東京駅から15km圏内の駅では圧倒的に手頃で、住みたい街ランキング上位30位までのなかでは断トツの安さです。

中古マンション 築40年未満の カップル・ファミリー向けの価格相場ランキング

【調査対象物件】駅徒歩15分以内、築40年未満の40平米以上、80平米未満の物件(敷地権利は所有権のみ)
【データ抽出期間】2023年8月1日~10月31日
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンションの物件価格(3億円以下)の中央値を算出

一方、賃貸物件もシングル向けの家賃相場が7万8000円、カップル・ファミリー向けは14万7000円で、こちらも住みたい街ランキング上位50位までで東京駅まで10km圏内で比較してみると、かなり割安です。

住みたい街50位以内かつ 東京駅から10km圏内の駅の家賃

【調査対象物件】 駅徒歩 15 分以内 シングル :築年数35年以内の10 平米以上~40 平米未満(1R,1K,1DK)の物件(定期借家を除く) ファミリー:築年数35年以内の50 平米以上~80 平米未満の物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】 2023/8/1~2023/10/31
【家賃の算出方法】上記期間で SUUMO に掲載された賃貸物件(マンション/アパート)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出

また、商店街には激安の惣菜店、駅前の飲み屋横丁には、いわゆる「せんべろ」の居酒屋が点在しているほか、駅周辺には日常使いのスーパーも多いなど、あまりお金をかけずに生活できる環境は大きな魅力です。

駅前の飲み屋横丁

12年間で5つの大学が開校

北千住の街が大きく変わるきっかけになったのが、大学の誘致。足立区では2000年に放送大学が綾瀬から北千住にある「学びピア21」へ移転したのを皮切りに、2006年に「東京藝術大学」の千住キャンパス、2007年に「東京未来大学」、2010年に「帝京科学大学」、2012年に「東京電機大学」と12年間で5つの大学が誕生。現在では、北千住駅周辺で合計1万5000人(※)の学生が通っています。

※谷塚駅が最寄りの文教大学東京あだちキャンパス 学生約2000名を加えると足立区では約1万7000人

実は、現在の東京電機大学がある場所はもともとマンションの建設が検討されていたといいます。しかし、一過性でない人の流入を目指し、計画を変更して大学の誘致へと舵を切りました。その結果、駅周辺には大学生を中心に常に若者たちの活気が生まれ、そこから少し離れた川沿いの自然豊かな環境に住宅が整備されるという、バランスの良いまちづくりがなされています。

大学のチカラを街のチカラに

特筆すべきは、大学を誘致して終わりではなく、大学と区が積極的に連携し街の活性化につなげている点。足立区役所のシティプロモーション課では、大学側との窓口になる担当者を複数配置し、6つの大学全てと連携事業を実施しています。たとえば、大学構内で小・中学生向け講座を実施したり、大学生と未就学児、小中学生がコミュニケーションをとれる機会をつくることで、子どもたちの大学や研究への関心を高めたり。他にも、街の人が参加できる大人向けの講座を開いたり、芸大コンサートに地域の人を招待したり、帝京科学大学で高齢者向けの認知症に関する講座を実施したりと、全ての年代にフィットする講座を用意。2023年は153の連携授業を実施しています。

また、東京藝大と足立区、NPOによる「昔まち千住の縁」は、十数年前から続く街中アートプロジェクト。”音”をテーマとした多種多様なプログラムを展開していて、これをきっかけに複数のアートスポットが区内に誕生。「千住=アートの街」をイメージづけると同時に、アーティストと学生、住民同士の交流につながるなど、さまざまな波及効果が生まれています。

【せんつく】……「つくる」と「学ぶ」がテーマの交流拠点。建築家の青木公隆さんを中心に2つの空き家をリノベーションし、飲食店やパン教室、整体、学習塾などが活動するほか、イベントやハンドメイドなどのワークショップも行われている

【せんつく】……「つくる」と「学ぶ」がテーマの交流拠点。建築家の青木公隆さんを中心に2つの空き家をリノベーションし、飲食店やパン教室、整体、学習塾などが活動するほか、イベントやハンドメイドなどのワークショップも行われている

【仲町の家】……千住大橋の建設に尽力した石出掃部介吉胤(いしでかもんのすけよしたね)の子孫が守ってきた日本家屋と庭を活かした文化サロン。展覧会や音楽イベントなどが行われる

【仲町の家】……千住大橋の建設に尽力した石出掃部介吉胤(いしでかもんのすけよしたね)の子孫が守ってきた日本家屋と庭を活かした文化サロン。展覧会や音楽イベントなどが行われる

10年以上におよぶ「教育」への取り組み

ここ10年あまり、足立区が特に力を注いできたのが「教育」への取り組み。全国でも珍しい「学力定着推進課」を設置し、「誰一人取り残さない」をキーワードに子どもたちの学習を手厚くサポートしてきました。個々の学力に合わせたフォローはもちろん、成績上位でありながら家庭の事情等で塾に行けない中学3年生を対象に民間教育事業者を活用した「足立はばたき塾」を開校するなど、子どもが学ぶ機会を失わないための取り組みに注力しています。

その際たるものが、2023年度からスタートした「返さなくていい奨学金」。成績優秀でも家計的に進学が難しい子どもに対し、大学等に在学する期間(正規の修業年限)について、返済不要の奨学金を給付するというものです(40人まで)。他にも、中学1年生を対象にした勉強合宿、放課後や夏休み期間を利用し前年度のつまずきを解消する個別補習なども。

これら、区独自の学力向上支援策は着実に実を結びつつあります。2023年の「学習定着度調査(※前学年における学習内容の定着状況を把握するための調査)」では、中1、中2の英語と中3の数学を除く、ほとんどの学年・科目で全国平均を上回りました。

荒川・隅田川沿い

もともとの住みやすさ、荒川・隅田川沿いの環境の良さに加え、十数年にわたる区の取り組みが実り始めたことで、じわじわと人気が高まってきた北千住。今回の「住みたい街」の総合順位でも23位と、TOP20以内をうかがう位置にまできています。もはや「穴場の街」ではなく、その魅力が多くの人に認知されつつあることの証といえるかもしれません。

●関連サイト
SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

高齢化進む築50年超の団地が大学サッカー部寮になった! 芋煮会や大掃除など、学生と高齢者が支えあう竹山団地 神奈川県横浜市

神奈川県横浜市緑区にある竹山団地。神奈川県住宅供給公社が1960年代に開発した約45haの大規模団地です。築50年を超えた約2800戸を有する建物は、日本の高度経済成長期に建てられたほかの団地と同様に老朽化と高齢化の問題を抱えています。

そこで2020年に竹山団地を所有する神奈川県住宅供給公社は、神奈川大学と「連携・協力に関する協定書」を締結。「学生たちに共同生活や地域貢献を通じて課題解決型の教育を実践したい」と考える神奈川大学と、保有資産やこれまでのノウハウを活かして団地活性化に取り組みたい公社のニーズが一致したのです。大学のサッカー部員が団地の空室に住んで、防災訓練や地域のイベントに参加したり、学生食堂を兼ねるカフェの運営、商店街の清掃などを行ったりしています。

2023年の年末にも、大掃除とセットで芋煮会を実施する予定があると聞き、現地を取材。この取り組みの背景や、約4年間を経てつくり上げてきたもの、入居する学生たちの本音などを聞きました。

「子どもたちにマス食わせてやんべ」の声かけで始まった、大掃除と芋煮会

2023年12月のある土曜日、竹山団地の中央にある竹山中公園には、10代、20代の学生たちと一緒に談笑しながら炭火の準備をする高齢男性たちの姿が。そのひとり、竹山連合自治会の経理局長を務める星川敬博さんは、山形県出身。一昨年、寒い季節になったころにふるさとの芋煮を思い出し、神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さん(60代、大学職員)や友人たちと「学生たちに芋煮食わすか」「じゃあ、マスを焼いて食わせてやんべ」という話になったと笑います。

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

その日は、朝10時に星川さんたち自治会のメンバーや神奈川大学サッカー部の学生たちが集合して、自治会館周辺を大掃除。集まった人たちや学生の何人かは、自治会館の内外で里芋の皮むきや野菜を切って調理の準備をしています。そこには「ほら、ぼやっとしないで動いて」と学生たちのお尻を叩く、自治会事務局長の高橋明美さんの姿も。高橋さんは学生たちの「お母さん的存在」なのだそう。

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

公園にブロックを置いてつくったかまどで、手馴れた様子で火をおこす学生たち。パチパチと着火用の薪が燃え、白い煙が上がり始めると星川さんや自治会のメンバーが代わるがわる声をかけながら炭を入れて手伝います。聞けば、このような炭の火おこしは数年前から一緒に何度もやって来たのだそう。芋煮も学生たちが大きな鍋にドバドバと豪快に醤油や料理酒を入れて、味見をしながらつくり上げていきます。出来上がったマスの塩焼きと芋煮の味は大好評で、公園内には箸が止まらない学生たちと地域の人たちの笑い声が響きました。

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

大学のサッカー部が22部屋を学生寮として入居する竹山団地

竹山団地には、サッカー部の学生たち約60人が2DKまたは3Kの部屋に2~3人ずつに分かれて住んでいます。コーチ陣も一緒に入居する、これら22室の部屋は、高齢化によって上層階が空室になっていたものを神奈川大学が所有者である神奈川県住宅供給公社から法人契約で借り受け、学生寮として使用しているものです。エレベーターがないと高齢者には上り下りの負担が大きい上層階ですが、若い学生たちに入居してもらうことで有効活用できるようになりました。

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

その始まりは2019年。神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さんとサッカー部の監督である大森酉三郎さんが、学生の成長を促す仕組みづくりのために、大学や神奈川県住宅供給公社に団地の空室を学生寮として使用しながら、地域の活性化に寄与する仕組みができないかと相談したことにさかのぼります。相談を受けた神奈川県住宅供給公社の水上弘二さんは、具現化できそうな場として、高齢化率が45%以上に達しながらも地域住民の自治体制が整い、公社と自治会の意思疎通が図られている竹山団地に白羽の矢を立て、社内外の調整をはじめました。

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

2020年5月から学生たちの入居が始まり、もうすぐ4年が経とうとしています。これまで、学生たちと地域が一緒に取り組んできたプロジェクトは枚挙に暇がありません。

自治会が主催する防災訓練や花火大会などのイベント運営、休耕地を活用した野菜づくり。団地の空き店舗をリノベーションした学生食堂の空き時間を活用し、横浜市の介護予防・生活支援事業として介護予防体操教室やコミュニティカフェを運営。ほかにも高齢者向けのスマートフォン教室や子どもたちの学習支援の先生役を学生たちが務めています。今後は国の補助を受け、新たな地域活動拠点の整備を進めていくそう。

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

NPOを設立して、アルバイト料を支払い。国や自治体も巻き込むプロジェクトに

これらの事業展開をスムーズにしていくため、サッカー部はNPO法人KUSCを立ち上げました。NPOの運営は、現在、監督の大森さんやコーチたちが中心となって担い、スマートフォン教室の講師や学習支援の補佐役、食堂の運営を行う学生たちには、NPOからアルバイト料が支払われます。

「ちゃんとお金を払っていくことで、活動が継続できるものになります。また、それぞれの仕事に必要な資格を取ると時給がアップする仕組みを取り入れています。学生たちも自分で時間をつくって地域活動に参加するようになりますし、アルバイト料は経済的な支えにもなります」(監督の大森さん)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

さらに大森監督は「部員たちにとっての将来はサッカーだけではない」と続けます。

「サッカーはこの子たちにとってアイデンティティの中心ですが、チームの中でリーダーシップを取ることができるのはごく少数。活動の場が寮生活や地域にも広がることで、それぞれの場所や活動の中でリーダーシップを発揮する学生部員も出てきて、それがサッカーのプレーにも反映されるようになったりする。相乗効果があるだけではなく、これから先の社会や自分の人生を見据えてどう生きるか、という視点の醸成や人間的な成長につながります」(監督の大森さん)

「いいことばかりではないが、自分を知れた」学生たちの視点と本音

サッカー部の学生たちは、原付バイクで下宿である竹山団地とサッカー部の練習場であるグラウンド、大学のキャンパスを移動する毎日。団地で地域の人たちと生活をする中で、苦労していることなどがないかを聞くと、サッカー部のキャプテンである永谷陵之佑さんは「周囲の住民さんとの生活スタイルの違いには常に気をつけるようにしている」と答えます。

「隣の部屋には、一般の方が住んでいたりするので、自分たちの話し声や生活音が騒音として問題にならないかは気になるところです。高齢の方は夜早く寝たりされるので、洗濯機を回す時間を考えたり、門限がなくても、活発に動く時間は常識の範囲の中で周囲に配慮して行動するように心がけてきました」(キャプテンの永谷さん)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

また、学業に部活、寮生活での慣れない家事に加え、地域活動の時間をつくるとなると、学生たちへの負担も懸念されます。サッカー部部長の佐藤さんによれば「この取り組みを始める際にも、大学内の責任者などからはその懸念を指摘された」と言います。毎日、結構大変なのでは?と副キャプテンの蓑輪実潤(みのわまひろ)さんに投げかけると率直に答えてくれました。

「正直に言えば、本当にやるべき学業やサッカーがおろそかになってしまったり、事業がどんどん拡大していく中で人手不足を感じたりと、まだまだバランスが取れていないと感じる部分もあります。いいことばかりではありませんが、活動を通して自分が『誰とやるか』を重視することに気づけたりして、自分を知ることにもつながりました」(副キャプテンの蓑輪さん)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

これからも解決策を模索しながら進む、学生たちと地域の課題

神奈川県住宅供給公社の水上さんも「団地の新しい取り組みとして、多くのメディアで紹介され、全国的に評価されはじめた。一方で、どこででも簡単に横展開できるものではない」と語ります。

「竹山団地は、大森監督から話があったことに加え、自治会の星川さんや高橋さんたちのように家族として、学生たちに関わってくださる方がいるなど、偶然や必然が重なってできたデザインです。同じスキームが他の団地でできるかというと、そうは思っていません。もし他の大学や他の団地で同じような話が出てきたとしても、その地域の思いや環境、資源などを考えながらデザインしていくのでしょうね」(水上さん)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

一方で、この竹山団地での取り組みが、社会問題となっている集合住宅の老朽化や高齢化へのひとつの解決策となりうる期待も込めます。

「今いる4年生たちは、この取り組みの1期生であり、1年生で入学した時から大学4年間を通して活動し続けてきました。1からモデルをつくってきた大変さがあったと思いますが、これから入ってくる子たちは、道がすでにできているところに溶け込めるか、というハードルを乗り越える必要が出てくるでしょう。一方で、住民の皆さんは1年経てば1つ歳をとります。本格的な高齢化のスピードに取り組みが追いつくことができるのか、学生たちの地域活動がどう変わっていくのか、今後も期待をしながら私たちもオーナーとしてできる限りの支援をしていきたいと思います」(水上さん)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

大森監督は「いまの時代、さまざまな形の家族がある中で、学生たちは今まさに家族の経験をしている。今はわからなくても10年後、20年後にこの経験の価値を知ることになるはず」だと言います。

学生たちの将来、そして団地、言い換えれば、日本の社会が抱える課題や将来の姿を見据えて取り組まれるこのプロジェクトが、建物の老朽化や住む人の高齢化への解決策となり得るか、これからもその成長に目が離せません。

●取材協力
・神奈川大学サッカー部
・神奈川県住宅供給公社
・竹山団地 竹山連合自治会

「いつか来る災害」そのとき役立つ備え4選。備蓄品サブスクやグッズ管理アプリ、大切なもの保管サービスなど「日常を取り戻す」ために一歩進んだ防災を

大規模災害を想定した、最低限の水や非常食の備蓄。しかし大地震により物流が途絶え、支援物資も届きづらい状況を思えば、防災リュックの中身だけでは心もとない。また、避難所や仮設住宅での生活が長引いた際には、嗜好品や思い出の品など「心を癒やすアイテム」も必要になる。

できれば最低限ではなく、最悪を想定した十分な備えをしておきたいところだが、自助で賄える備蓄や防災には限界がある。そこで、個人やマンション単位で導入できる最新の防災サービスの検討を含め、一歩進んだ対策について考えてみたい。

防災備蓄をスマホでまとめて管理「SAIBOU PARK」

その前に、多くの人は本当に「最低限」の備えができているのだろうか。防災リュックは、クローゼットの奥で埃をかぶっていないか。そもそも、中身を把握できていなかったり、非常食の消費期限が切れてしまっているケースもあるかもしれない。

そんな、怠りがちな防災備蓄の管理を、スマホで簡単に行えるのが「SAIBOU PARK」。自宅にあるアイテムの写真を撮り、数量や保管場所、消費期限を登録することで、防災備蓄をまとめて管理することができる。

物置に眠る防災用品を集めて撮影する

物置に眠る防災用品を集めて撮影する

アイテム名や個数、保管場所を登録していく

アイテム名や個数、保管場所を登録していく

非常食などは賞味期限や消費期限を設定。通知をONにしておくと、期限が切れる1カ月前と2週間前に、アプリから通知が届く

非常食などは賞味期限や消費期限を設定。通知をONにしておくと、期限が切れる1カ月前と2週間前に、アプリから通知が届く

サービスを運営しているのは、防災用品のセレクトショップも手がける株式会社サイボウ。「SAIBOU PARK」アプリを開発した背景には、防災備蓄にまつわるこんな課題感があったという。

「自宅の防災アイテムや備蓄品を『あったっけ?』『どこだっけ?』と探した経験がある人は多いと思います。防災備蓄を把握しづらい理由は主に3つあり、1つ目は『種類が多く、一つひとつが小さい』こと。2つ目は『購入後に収納すると、当面は気にかけない』こと。3つ目は『目の届かないところに収納したものは、時間の経過とともに忘れてしまう』こと。
防災用品はこうして存在自体を忘れられ、ひっそりと劣化が進んだり、期限が切れてしまいます。せっかく備えたアイテムも、これではいざというときに真価を発揮できません。その解決策として、防災備蓄の全体像をいつでも把握・管理できるように企画したのが、このアプリでした」

こう語るのは、自身も防災士の資格を持つ「SAIBOU PARK」の佐多大翼さん。

SAIBOU PARK

SAIBOU PARKでは防災アイテムの劣化や非常食の消費期限切れを防ぐため、アイテムごとに「期限」を設定し、期限が切れる1カ月前と2週間前にプッシュ通知でリマインドする機能を持たせた。

「非常食だけでなく、電池やガスボンベにも使用期限があります。SAIBOU PARKを使ってみて、そのことを初めて意識したというユーザーの方もいらっしゃいました」(佐多さん)

不足アイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」で購入できる

不足アイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」で購入できる

最低限の自助といえる防災備蓄。自分や家族にとって最適な備えを把握するためにも、まずはこうしたアプリを使い、現在の備蓄状況を俯瞰的にチェックしてみるといいかもしれない。

<サービス概要>
・SAIBOU PARK
自宅の備えがひと目でわかる「防災備蓄まとめて管理アプリ」。非常食や懐中電灯など、手元の防災用品をアプリに登録。賞味期限や使用期限を設定しておくと、期限が切れる前にプッシュ通知でお知らせしてくれる。足りないアイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」から購入することも可能。

被災地で「本当に必要になるアイテム」をレコメンド「pasobo」

食糧の備蓄や日用品、簡易トイレといった防災アイテムは十分に備えていたとしても、避難生活では「意外なもの」が不足することがある。

例えば、乳幼児を連れて避難する場合、被災のストレスで一時的に母乳が出にくくなったり、哺乳瓶を消毒することができずに授乳に困るケースがあるという。
また、小さな子どもの不安やストレスをやわらげる遊び道具、高齢者のいる家庭なら避難所に持ち込める椅子、ペットがいる場合はケージなども用意しておきたい。

最低限の備蓄品以外に、避難所で必要になるものは人それぞれ。家族の属性だけでなく、住んでいる環境によっても必要な準備が異なる。そんな、一人ひとりに合わせた防災対策をパーソナライズして自宅に届けてくれるのが、「pasobo(パソボ)」だ。WEB上の防災診断で「住んでいる自宅の種類は?」「何人で暮らしていますか?」といった13の質問に回答すると、その世帯環境における災害リスクや、全国のハザードマップから見た立地リスクを分析したうえで、自分に必要な防災セットを提案してくれる。

SAIBOU PARK

1分程度の「オンライン診断」を回答

1分程度の「オンライン診断」を回答

自宅周辺の災害リスクや、ハザードマップ上から分析された立地リスクなどの診断結果を確認。パーソナライズされた防災セットのなかから、必要なものを注文する

自宅周辺の災害リスクや、ハザードマップ上から分析された立地リスクなどの診断結果を確認。パーソナライズされた防災セットのなかから、必要なものを注文する

サービスを手掛けるのは株式会社KOKUA。東日本大震災の被災地で出会い、全国各地の被災地支援を続けてきたメンバーたちで設立された防災ベンチャーだ。

「行政による支援は、どうしても『誰もが共通して使えるもの』の優先度が高くなりがちで、個人の属性に応じた物品を用意したり、それを各避難所へ配備することが難しいと聞きます。実際、私たちが避難所でボランティアをしているなかでも、必要なものが不足し不便な思いをしている方がたくさんいらっしゃいました。不便なだけならまだいいのですが、それがないことで体調が悪化してしまうこともある。被災してから『これを準備しておけばよかった』という事態を防ぐためにも、pasoboの防災診断をきっかけに自分や家族にとって『本当に必要な防災対策』を考えていただければと思います」(KOKUA共同代表の疋田裕二さん)

<サービス概要>
・パーソナル防災サービス「pasobo」
WEB上で、家族構成や立地、建物の耐震基準・階数、個人の災害に対する価値観といった、いくつかの質問に回答するだけで、自分に必要な防災対策が1分で見つかるサービス。サイト上に入力された情報をもとに、個人の世帯環境における災害リスクや、全国のハザードマップから見た立地リスクを分析し、最適な防災グッズを提案。提案された防災用品は、サイト上で購入することもできる。

マンション単位で導入できる備蓄品のサブスク「防災サステナ+」

災害の規模によっては、こうした自助の備えだけでは賄いきれない場合もある。そんなときに頼れるのは、地域やコミュニティのなかで助け合う「共助」の力だ。

特にマンションの場合、近年は「在宅避難」を見越した防災力の強化が叫ばれている。実際、管理組合が主体となり、マンション全体で備蓄の管理を含めた防災対策に取り組むケースも増えてきた。

最近では、防災備蓄品の選定や管理をアウトソーシングできるサービスも登場している。2023年10月に提供がスタートした「防災サステナ+」もその1つ。マンションの倉庫の容量や住人の数に応じた適正数量の防災備蓄品を提案・納品してくれるほか、期限切れの前に備蓄品を補充してくれる。

マンション引渡し~管理組合設立時まで(イメージ)

マンション引渡し~管理組合設立時まで(イメージ)

管理組合設立以降(イメージ)

管理組合設立以降(イメージ)

「有事の際に防災備蓄品の使用期限が切れて使用できなかったら、備蓄の意味がありません。実際、管理組合で消費期限や使用期限が切れていて問題になり、慌てて購入されるような事案もあるようです。通知だけでは現地にある備蓄品の期限切れが解消されるわけではないため、自動的に補充されるまでをサービスとしました」(サービスを運営する「つなぐネットコミュニケーションズ」の担当者)

現在は新築マンションを展開するデベロッパーや、既存マンションの管理会社を中心にサービスを提案中。同時に、マンションごとに異なる防災のニーズを聞き取りながらサービス内容をブラッシュアップしている。

ただ、いかに共助が大事といっても、あくまで最低限の「自助」があってこその「共助」。そのため、どこまでを自助とし、どこからを共助として管理組合で備えておくべきかは、住民同士で十分に話し合っておく必要があるという。

「発災当初、消防などの公的支援は被害が大きいところに集中するため、安全性の高いマンションへの支援が遅れる可能性があります。そのため、自分の命を守る『自助』、マンション内で助け合う『共助』が重要になります。『自助』では各住戸での安全対策や水食料等の備蓄をしておくこと、『共助』では救助活動や共用部の安全対策等のため活動ルールや備蓄品を備えておくことが必要です」(同)

<サービス概要>
・防災サステナ+
マンションでニーズの高い防災備蓄品の選定・納品(ハード)に加え、将来にわたる更新期限の管理を、月額利用料金で継続的に利用できる防災サービス。サービスの契約期間中は無料の防災相談サービスが受けられるほか、管理組合専用グループウェアも利用できる。平常時の管理組合による防災活動の活性化に加え、災害時の共助促進も期待できる。

「いつもの暮らし」を取り戻す“大切なもの”保管サービス「防災ゆうストレージ」

被災した際、何より欠かせないのは食糧や生活必需品。その次に必要になるのは、嗜好品や趣味の品、大切にしているものなど「心を癒やすアイテム」ではないだろうか。

2022年、日本郵便と寺田倉庫は防災サービス「防災ゆうストレージ」の提供を開始した。もしものときのために「必要なもの・大切なもの」を寺田倉庫が管理する安全な倉庫に預けておくことができ、地震や災害が起こった際には日本郵便の流通網で全国の被災地まで運んでくれる。

頑丈なポリプロピレン製の専用ボックスは「小」「大」の2種類。避難先ではテーブルや椅子などとしても活躍する(写真提供/日本郵便)

頑丈なポリプロピレン製の専用ボックスは「小」「大」の2種類。避難先ではテーブルや椅子などとしても活躍する(写真提供/日本郵便)

サービスの背景には、被災者たちの辛い経験談があるという。

「被災者の方々に話をお伺いすると、何よりも辛かったのは思い出の写真やアルバム、愛着のある品々をなくしてしまったことであると。家をなくすよりも悲しかったとおっしゃる方もたくさんいらっしゃいました。ふだんは嵩張るようなもの、ちょっと邪魔だなと思っているものでも、いざなくしてしまうと大きな喪失感につながってしまう。そこで、いったん遠くの場所へ思い出を移しておくことで自宅も整理できますし、有事の際の心の拠り所にもなるのではないかと考えました」(サービスを設計した日本郵便の担当者)

それらを預けておくだけでなく、有事の際には避難所まで届けてくれるのも大きい。なかなか自宅に戻れない状況下では、思い出の写真一枚、小さなぬいぐるみ1つが心の拠り所になることもある。

「思い出の品々だけでなく、好きな本や嗜好品もそうだと思います。これらは、命をつなぐために必要なものではありません。でも、避難生活が長引いたときに『いつもの暮らし』を取り戻させてくれます。例えば、避難所や仮設住宅での食事も、お気に入りの食器を使うだけで気持ちは変わる。ちょっとしたことですが、家族の日常を取り戻す第一歩になるのではないかと思います」(同)

「高齢者や子どもと暮らしている家庭」の利用イメージ(写真提供/日本郵便)

「高齢者や子どもと暮らしている家庭」の利用イメージ(写真提供/日本郵便)

災害の規模によっては、避難生活が長期化することもある。もとの暮らしを取り戻すまで日常をつなぎとめてくれるのは、じつは身の回りにあるちょっとしたアイテムなのかもしれない。

<サービス概要>
・防災ゆうストレージ
月額保管料275円~と、個人でも利用しやすい防災向け宅配型トランクルームサービス。専用ボックスに、思い出の品だけでなく、避難先での生活が長期化した場合に必要となる日用品を入れて発送するだけで「じぶん用支援物資」として預けておくこともできる。衣類や衛生品のほか、公的な支援物資だけでは不足しがちな紙おむつやコンタクトレンズ、使い慣れた生理用品、常備薬、ペット用品など、自宅に備えている防災リュックの「拡大版」のような形で利用することもできる。

最新サービスを活用して防災力の強化を

大規模な災害が頻発しているとはいえ、常日頃、高いレベルの防災意識を保ち続けることは難しい。重要なのは、普段は特別に意識しなくても、もしもの時に困らない体制をつくっておくこと。そのためにも、手軽に導入できるこれらの防災サービスをうまく活用し、防災力の強化に努めたい。

●関連リンク
・SAIBOU PARK
【iOS】
【Android】
・パーソナル防災サービス「pasobo」
・防災サステナ+
・防災ゆうストレージ

3Dプリンターの家、国内初の土を主原料としたモデルハウスが完成! 2025年には平屋100平米の一般販売も予定、CO2排出量抑制効果も期待

熊本県山鹿市にある住宅メーカーLib Work(リブワーク)が、土を主原料とする3Dプリンター住宅のモデルハウスの第1号「Lib Earth House “modelA”」を2024年1月に完成させた。今まで日本で開発されてきた3Dプリンター住宅はコンクリート造のみで、土を原材料とした3Dプリンターの家は国内初となる。2025年には100平米の平屋での一般販売も予定しており、ゆくゆくは火星住宅建築プロジェクトを目指しているのだとか。実物を体感しに、同社の「Lib Work Lab(リブワークラボ)」を訪れた。

国内初、土が主原料の3Dプリンターの家が誕生3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅メーカーLib Work(リブワーク)は、熊本県山鹿市に本社を置き、一戸建ての企画・施工・販売を中心に行っており、福岡・佐賀・大分・千葉・神奈川などでも事業を展開している。住宅の資材調達から完成までに排出される温室効果ガスの量をCO2として数値化し、住戸ごとに可視化する「カーボンフリット」の導入や、断熱材に新聞紙を再利用したセルロースファイバーを標準採用していたり、国産木材の使用比率を98%まで高めるなど、SDGsに対する取り組みも積極的に行っている企業だ。「3Dプリンター住宅の開発もその一環」と代表取締役社長の瀬口 力(せぐち・ちから)さんは話す。

「昔と比べて住宅は性能が上がってきていますが、僕らが子どものころに夢見たような“21世紀の家”というと、なかなか登場しない。そんななか、3Dプリンターを使った家づくりは、住宅業界にイノベーションを起こすものです。住宅業界では今までもCGやVRといったデジタルの活用はされてきましたが、家そのものをつくるということにはデジタル化ができていませんでした。2年前から計画し、今回ようやく完成した約15平米の3Dプリンター住宅のモデルハウスは、建築DXへの小さな一歩です」

3Dプリンターの家の特徴といえば、まずは自由な造形だ。今回のモデルハウスも、人間の手ではつくれない斜め格子の模様の入った円形フォルム。
工期の短縮ができるのもポイントで、今回の土壁は約2週間で完成。ただし、3Dプリンターを24時間フル稼働させれば施工時間は合計72時間で完成するとのことだ。
ほかにも、3Dプリンターが建築を自動で行うため、人件費が少なくてすむというメリットもある。

「ここ熊本においては、熊本地震後の対応と、コロナ禍に一戸建て需要が急増し、大工さんなどの職人不足が深刻でした。今はいったん落ち着いてはいますが、長期的にみると、職人さんの高齢化もあり、10年、20年後には3分の1にまで減ってしまうでしょう。にもかかわらず、有効な施策が出ていない状況です。そのなかで、3Dプリンターは一つの重要な役割になってくるのではないかと期待しています」

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして何より特筆すべきなのは、自然由来の素材を中心に使用していること。今まで国内で登場してきた3Dプリンターの家は、すべてがコンクリートやモルタルを中心に使っているなか、国内初の試みだ。土70%、もみがら、藁、石灰などその他の自然素材と一部セメント(※)を配合し、3Dプリンターで壁を出力している。

※セメントは粘土や石灰岩を粉末にし、水や液剤を混ぜて硬化させたもの。セメントに水と砂を加えるとモルタルになり、さらに砂利を混ぜるとコンクリートになる。

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なぜ土を主原料にすることにこだわるのか。
その背景には、環境への配慮と、持続可能性を追求したいという思いがある。自然由来の資源なので従来の建築に比べて二酸化炭素の排出量を大幅に抑えることができ、再利用可能なので廃棄物も最小限に抑えることができる等のメリットがあるが、耐震性・耐久性については「正直なところ、現在も試行錯誤を続けている」とのこと。

「主原料をコンクリートやモルタルにすれば、耐震性・耐久性は担保しやすい。それでも、今まで住宅業界で建築時や解体時の二酸化炭素の排出が課題になってきたなか、脱炭素社会を目指す今後の家づくりでそこを追求しないのは本末転倒。3Dプリンター住宅への挑戦の意味はそこにもある。今回、世界中をまわって見つけた方法を採用しています」

今回のプロジェクトは、ロンドンに本社を構え、設計者、アドバイザー、専門家を有し、世界140カ国で持続可能な開発プロジェクトに携わってきたエンジニアリング・コンサルティング会社Arup(アラップ)と協力して行っている。3Dプリンター住宅の開発はヨーロッパが先進だが、今回のプロジェクトにあたっては同社とともに、現地視察や研究を進めてきた。

ちなみに自然素材を活用した3Dプリンターの家といえば、2019年にSUUMOジャーナルでも紹介した、イタリアで3Dプリンターの開発販売を手掛ける企業WASP社による、通称ライス・ハウス(米の家)「GAIA」がある。建築現場で手配できる土などの原料は、加工費や運搬費がかからず、紹介当時で材料費はたったの900ユーロ(約10万円)だった。

「Lib Earth House “modelA”」も同様のメリットが想定される。価格については、現状では上記の耐久性・耐震性の経過観察の問題から「現状では価格設定が行えない」段階とのことだが、日本の住宅業界がどう変わっていくのか楽しみになる話だ。

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・「土壁」美術館”見て・触れ・食べ”土を楽しむ。目指すは”日曜左官”を日常に、癒やし効果など新たな発見も 土のミュージアム SHIDO 兵庫・淡路島

住み心地はどうなる? 断熱性や耐震性は?

コスト、工期、環境配慮などの面においてメリットがあることは理解した。そこで気になるのは住み心地。耐震性・耐久性に課題はあるとしつつ、2025年には一般発売もされるとのことで、今後はどうなっていくのだろうか。

「現段階では、正直なところ、パーフェクトとは言えない。耐震性・耐久性、耐水性、断熱性については 、今後時間をかけてこのモデルハウスでモニタリングを行っていきます」(瀬口さん)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「耐震性能は等級3(最も高い耐震性能)が目標ですが、まずは1(※)を取得します。シミュレーション上は耐震性能に問題がなく、今回のモデルハウスは建築確認が不要エリアで確認は行っていませんが、今後は他のエリア進出にあたってクリアにしていかなければならないところです。壁くずれや耐水性についても何度もシミュレーションを行い、すべて問題ないという判断をしていますが、まだ他の季節を経験していませんから、季節の寒暖差などによる変化などはきちんと見ていきたいです」

※耐震等級:建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1は数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされているが、倒壊の可能性はゼロではない

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱については、壁の間に3Dプリンターでの出力時に空洞をつくり、そこに2種類の断熱材をそれぞれ入れた箇所と、あえて空洞のままにした箇所をつくり、季節ごとの室内温度のモニタリングを行う。1種類は住宅の断熱材としておなじみの、新聞紙などを主原料にしたセルロースファイバー。もう1種類は自然素材であるもみがらだ。

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

2025年には100平米の一般住宅を販売予定。ゆくゆくは宇宙進出も!

2024年内にはLDK・トイレ・バス・居室などを設けた広さ100平米の3Dプリンターモデルハウス(平屋)を完成させ、2025年には一般販売を目指している。今回完成したモデルハウス同様の15平米のものも一般発売を予定していて、グランピング施設やサウナ施設などに使うことを想定しているという。

ハウスメーカーや工務店とフランチャイズでの全国展開も視野に入れているといい、共同で地域ごとの土の違いや、地域特有の気候を考慮した研究も進めていきたいとのこと。
「今回のモデルハウスでは、実験検証がしやすい淡路島産のものを使用していますが、今後はその地域ごとの土にあわせて素材を開発していくのが目標です」(瀬口さん)

そして、最終的には「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」を目標に掲げている。
「火星現場にある素材を使うことで、地球からの資源の運搬を最小限にとどめられるため、大幅なコスト削減を見込めます。また、プログラミングされたロボットによる施工もでき、短期間での施工も期待できます。なにより、宇宙規模でサステナブルな開発が進められるのがメリットです」と意気込む。

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

3Dプリンター住宅の一般向け発売については、日本国内でも数年以内に実現されるだろうとすでに話題になっている。そのなかで、自然素材を使ったもの、さらに100平米は前代未聞。まだ経過観察段階ではあるが、日本でも昔からなじみのある土壁による住宅が、高い耐震性と断熱性能をもって未来の家として登場するのであれば、とても感慨深い。

また、今回は工場で出力したものを建築現場で組み立てる工法を採用しているが、技術的には3Dプリンターの機器を現地に持ち込み、現地調達できる自然の材料で家が建てられる点も見逃せない点だ。災害時に仮設住宅として活用したり、木材などの建材を確保するのが難しい地域などでも住宅の建築ができるようになる。宇宙進出よりも近い未来であっても、3Dプリンター技術が住宅業界にもたらす数々の可能性に心躍らずにはいられない。

●取材協力
Lib Work

高齢者、障がい者、外国人など、住まいの配慮が必要な人たちへの支援の最新事情をレポート。居住支援の輪広げるイベント「100mo!(ひゃくも)」開催

2023年11月30日、SUUMO(リクルート)では“百人百通りの住まい探し”をキャッチコピーとした居住支援の輪を広げるプロジェクト「100mo! (ひゃくも)」のイベントを開催しました。これまでもSUUMOでは当プロジェクトの一環として高齢者、外国人、障がい者、ひとり親、LGBTQなど、住まいの確保に配慮が必要な人たちへ向けた取り組みを行う団体や企業を特集記事で紹介してきました。

記念すべきその第1回目のイベントとなった今回は、賃貸住宅業界で居住支援をリードする4社の表彰を行い、各社の取り組みの共有や、パネルディスカッションを通じて「これからの居住支援」について考える会になりました。日々、取り組みを続ける人たちのアツい想いが渦巻いた当日の様子を、詳しく紹介します!

百人百通りのお部屋探しを。賃貸住宅業界が一丸となって目指すためのイベント

「100mo!」というプロジェクト名には、「あなたも。私も。みんなも。」、つまり部屋探しをする人も、部屋を提供する不動産会社も、賃貸オーナーさんも、住まいにかかわる全ての人が、満足のできる住まい探しを応援し、実現する社会を目指す、という想いが込められています。

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

いまの日本の社会には「住宅確保要配慮者」といわれる、高齢者、外国人、障がい者、ひとり親世帯、LGBTQ、生活保護受給者など、住まい探しや入居中・入居後に配慮が必要な人たちがいます。家賃滞納や入居中・入居後のトラブルを懸念するオーナーさんや管理会社の判断によっては入居を断られたり、入居審査に通らないことがあります。また、入居してからもこれらの配慮が必要な人たちが安心して暮らせるように、管理会社やオーナーさんが安心して貸せるように、見守りや日々の生活におけるサポート、コミュニケーションが欠かせません。これらを避けずに、むしろ積極的に取り組んでいくことが「居住支援」です。

この「居住支援」を行う企業や団体のメンバーを中心として、当日のイベントの会場には約80名が出席。さらにオンラインでの参加も含め、多くの人がスピーカーの話に耳を傾け、言葉を交わしました!

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

住まいの確保に配慮が必要な人たちへの取り組みで業界をリードする、4社を紹介!

会の冒頭でイベント開催に込めた想いを共有した後は、「居住支援」をリードする4社の表彰と取り組み内容の紹介から始まりました。4社に共通するのは住まいを貸す側(オーナー)の偏見や不安を取り除き、借りる側(入居者)の暮らしに伴走し続けていること。仲介業や賃貸管理業という仕事において、私たちが見ている「貸す」「建物を管理する」という部分はほんの一部であることに気づかされます。

愛知県名古屋市で賃貸住宅の仲介と9万1000戸の管理を行うニッショーは、高齢者が安心できる見守りサービス「シニアライフサポート」を提供しています。2013年にサービス付き高齢者向け住宅が社会的な話題となり、建築ラッシュとなった際に、賃貸住宅を探す高齢者に紹介できる物件が少ないことに気づき、社内で起案。電話での安否確認やセンサーなどの機器も活用した見守りで、高齢者とその家族が安心して暮らせるサービスを提供しています。(関連記事)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「入居者ファースト」で、あらゆる人の「入居を拒まない」取り組みを続ける京都府京都市の長栄。国内外から多くの観光客が訪れる京都市では提供できる賃貸住宅が限られ、身寄りのない高齢者や外国人は入居を断られるケースが多くありました。そこで、コールセンターやセキュリティー会社、家賃保証会社などとの連携により見守りや生活サポートサービスを提供。また、外国人スタッフを採用するなどして、外国人の入居や生活をサポートしています。(関連記事)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

福岡県を中心に15店舗、4万4000戸を管理する三好不動産は、高齢者、外国人、LGBTQなど、あらゆる人の住まい探しに寄り添っています。それぞれの人たちが抱える問題や事情に違いはあっても「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という基本姿勢のもと、店舗を訪れる人たちのさまざまなニーズにいち早く応えてきました。NPO法人の設立や外国人スタッフの採用、LGBTQの専任担当者の設置など、その取り組みは賃貸住宅全体をリードしているといっても過言ではありません。(関連記事)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

東京都足立区にあるメイクホームは、障がいのある従業員の部屋探しが難しかった原体験から、高齢者や低所得者、精神障がいのある人や車椅子の人などのお部屋探しに取り組むように。自身も視覚障がいのある社長や、障がいのある家族をもつスタッフが中心となって伴走しています。特徴的なのは、築古で空室になっているアパートなどを投資家から預かった資金でリフォームして提供する「完全管理システム」。日頃のサポートや万一のときの対応も、ノウハウのある同社が全て対応することでオーナーの不安とリスクを軽減しています。(関連記事)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

居住支援の取り組みの裏側、収益化の方策も惜しみなく。真剣に本音を語るセッション

4社の代表者がそろって登壇したパネルディスカッションは、登壇者もその話を聞く参加者も、全員が真剣な面持ちで臨んだ時間になりました。サービス提供の裏側のリアルな話や、ビジネスとして成立、継続し続けるためにどのようにしているのかなど、ここでしか聞けない、率直な疑問への答えも。

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「ソーシャルビジネスとしての位置づけで収益を追いかけていない。グループ会社10社の中で、儲かる会社で儲けて、儲からない会社はそのままでいい」(メイクホーム・石原さん)

「高齢化社会で入居する人が減る中で9万1000戸の管理物件をどう収益化するか、活用するかを考えた結果。高齢者の方にとって有益なサービスを追求したところ、仲介手数料に加え、空室率が上がれば管理収入も上がり、付帯サービスの手数料が加わった。さらには会社のブランド力や知名度も上がった」(ニッショー・佐々木さん)

さらに質問者からの「アイデアを具体的な一歩にするためのきっかけは?」という質問には、「チームのスタッフのマインドが一つの方向に向いていると、スタッフが自主的に動くようになり、お客さまからも感謝の声をもらったりすることで一層推進された」(長栄・奥野さん)、「最近ようやく、LGBTQのイベントなどで感謝の声をいただけるように。取り組みの効果を実感するまでには長い時間がかかる」(三好不動産・原さん)、「最初の説明会で『これはいいね』と良い反応をもらえたことで改めて社会に必要とされていることを認識し、プロジェクトを推進する後押しになった」(ニッショー・佐々木さん)など、温かいエピソードとともに笑顔がこぼれる場面もありました。

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

今日のイベントを起点に「大きなムーブメント」へ。これからに期待が高まる

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「民間の賃貸住宅ストックを活用する上で大家さんの不安はしっかりとらえた上で、どういう対応をすれば住まいを求める人とのニーズをマッチさせることができるのか、各地域でいわばwin-winの関係をつくっていくにはどうしたらいいか、国でも考え続けながら制度や予算を検討していきたい」と言います。

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

ゲストスピーカーとして登壇したNPO法人抱樸 代表、全国居住支援法人協議会 共同代表の奥田知志さんは「親子や親族が助け合って暮らす古い家族のモデルを前提とした現在の制度」と「単身世帯が38%を占める現状」との隙間やギャップを埋める仕組みとして、居住支援の必要性を訴え続けます。

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

参加者からは「マイノリティにしっかり目を向けていこうとする、住宅・不動産業界の姿勢みたいなものを感じた」「住まいは生活のスタートライン。一番大事な土台なので、このようなイベント・取り組み共有の場があることで、よりたくさんの人が生活しやすく、生きやすくなるといい」という社会や業界へ向けたエールの声が。会場参加者に一言を求めたメッセージボードにも、「今日のイベントから大きなムーブメントを」「より優しい業界の初めの一歩に」といった“これから”を感じさせる言葉が並んでいました。

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ゲストスピーチの中で奥田さんは多くの提言をしていました。住宅確保要配慮者と呼ばれる、住まいの確保が困難な人たちへ向けた住宅の確保には、「セーフティネット住宅の基準の見直しによる拡大」「民間賃貸住宅だけではない、公営住宅など公的賃貸住宅の積極的な活用」「地域における居場所(サードプレイス)の確保」。大家さんがより貸しやすくするための「家賃債務保証制度の充実」や「住宅扶助の代理納付の原則化」や「残置物処理等の負担を軽減できる仕組み」の必要性などです。

登壇した4社も社会の抱える課題に一つひとつ向き合い、解決策を模索し続けた結果、ビジネスに結びつけています。日々、居住支援に取り組む人たちが集まった会、この場に集まる人たちの想いとアイデアを束ねて大きなムーブメントにしていくことで、国や自治体を巻き込んでより多くの人が安心して暮らせる住みやすい社会になる、そんな可能性を感じさせる時間でした。

●取材協力
・株式会社ニッショー
・株式会社長栄
・株式会社三好不動産
・メイクホーム株式会社
・全国居住支援法人協議会
・認定NPO法人抱樸
・国土交通省

独居高齢者の割合が全国1位の豊島区、4割が暮らす賃貸の受け入れ問題。居住支援の”パイオニア9人”が解決策を提案する最前線をレポート

2023年11月13日、豊島区居住支援協議会(東京都)で高齢者の居住支援をテーマにしたセミナーが開催されました。区内のオーナーや不動産会社、行政職員のほか「誰でも」参加が可能なこのセミナーに登壇したのは、住宅関係団体や住宅部門、福祉部門の行政職員、民生委員など多彩な9人。

セミナーでは、高齢者の入居についてオーナーや管理会社が抱える不安と、それを具体的な解決に繋げる先進的なサービスの数々を紹介! さらに高齢者の居住支援において豊島区の各団体が抱える“本音”や“悩み”が共有されました。

当日の詳しい内容と、セミナー開催を居住支援協議会に提案した、日本賃貸住宅管理協会あんしん居住研究会所属の伊部尚子さん(ハウスメイトマネジメントソリューション事業本部)のお話を紹介します。

「ここまでのメンバーがそろうセミナーは他にない」渾身の時間

冒頭、「ここまでのメンバーがそろうセミナーは他に見たことがない」という伊部さんの挨拶で始まった会。第一部は伊部さんによるセミナーで高齢者の居住支援における「豊島区での課題と解決策」について、第二部はコーディネーターの豊島区居住支援協議会副会長の露木尚文さんも含め総勢9人の関係団体代表者たちによるパネルディスカッションというプログラムです。

第一部は伊部さんのセミナー、第二部は高齢者の居住支援に関わる団体の代表者たちによるパネルディスカッション(撮影/唐松奈津子)

第一部は伊部さんのセミナー、第二部は高齢者の居住支援に関わる団体の代表者たちによるパネルディスカッション(撮影/唐松奈津子)

伊部さんは、都内他区で居住支援協議会のセミナーに講師として呼ばれた際に「区民であり、勤務する不動産会社、ハウスメイトの本社がある豊島区でこそ、こんなセミナーを開催したい」とこのプログラムを提案し、半年をかけて準備したそうです。

豊島区居住支援セミナーは、今回の開催を提案した伊部さんのセミナーから始まった(撮影/唐松奈津子)

豊島区居住支援セミナーは、今回の開催を提案した伊部さんのセミナーから始まった(撮影/唐松奈津子)

豊島区と受け入れ側のオーナー、管理会社が抱える「4つの不安」自治体である豊島区、受け入れ側のオーナーや管理会社、それぞれが高齢者の受け入れに課題や不安を抱えていると言う(画像/PIXTA)

自治体である豊島区、受け入れ側のオーナーや管理会社、それぞれが高齢者の受け入れに課題や不安を抱えていると言う(画像/PIXTA)

第一部のセミナーでは、豊島区、そして高齢者を賃貸住宅に受け入れる側となるオーナーさんや管理会社が抱える課題や不安、そしてその解決策が提示されました。豊島区は65歳以上の人口のうち、単身世帯が占める割合が全国1位。その単身高齢者世帯の約4割、また要介護認定者の約1割が民間の賃貸住宅に住んでいることがわかっています。

豊島区は65歳以上の人口に占める単身世帯の割合が全国1位。そのうち約4割が民間賃貸住宅に住んでいる(データ提供/豊島区居住支援協議会)

豊島区は65歳以上の人口に占める単身世帯の割合が全国1位。そのうち約4割が民間賃貸住宅に住んでいる(データ提供/豊島区居住支援協議会)

これだけ多くの高齢者が民間の賃貸住宅を必要としている実態があり、豊島区はその受け皿となる住宅の確保を課題としてセーフティネット住宅制度や空き家の活用などに取り組んでいます。一方、伊部さんは受け入れ側となるオーナーさんや管理会社は次の4つの不安を抱えていると言います。

「(1)滞納が発生したら?
 (2)入居者死亡後、契約解除できる?残った荷物は?
 (3)孤独死があったらリフォームや次の募集は?
 (4)認知症になったら
 ……という不安です。このうち(1)や(3)は活用できる家賃債務保証会社や民間の見守りサービスが増えてきました」

オーナーや管理会社が抱える、高齢者受け入れの4つの悩み。伊部さんは「このうち3つはお金の問題」だと語る(資料提供/伊部さん)

オーナーや管理会社が抱える、高齢者受け入れの4つの悩み。伊部さんは「このうち3つはお金の問題」だと語る(資料提供/伊部さん)

増えてきた支援サービスとこれまでの取り組み

(1)の滞納については、緊急連絡先が家族でなく友人・知人でも入居審査を可とする家賃保証会社が増え、全日ラビー保証や宅建ハトさん保証など、不動産業界団体でもオリジナルの保証サービスを提供しています。

また(3)の孤独死については「クロネコ見守りサービス」のように、専用の電球を設置して点灯情報を家族に送る「見守り電球」の設置と運送スタッフの訪問を組み合わせた便利なサービスが出てきました。入居中に高齢になっていた入居者には、契約途中からでも審査が通りやすく、福祉系の業務提携先が入居中の支援を行う「ナップ賃貸保証」が注目をされています。さらに不動産関係団体などが提供する少額短期保険であれば、審査なしで加入でき、万一の際には孤独死に関連する原状回復費用や荷物処分費用をオーナーが直接請求できます。

第一部のセミナーでは、実際に活用できるサービスについても紹介。例えばナップ賃貸保証は、単身高齢者が契約の途中からでも利用しやすいという(資料提供/伊部さん)

第一部のセミナーでは、実際に活用できるサービスについても紹介。例えばナップ賃貸保証は、単身高齢者が契約の途中からでも利用しやすいという(資料提供/伊部さん)

「いま特に難しいと感じるのは(2)解約と残置物の問題、(4)認知症の問題です。(2)は法整備が進んだものの、使い勝手が悪く利用が進んでいないため、不動産団体や不動産関係者などから声が上がり、より使いやすくするための議論が始まっています。(4)の認知症の問題は不動産会社では手が出せない領域なので『いかに福祉とつながるか』が大切になります」

住民の気づきが誰かを救う、豊島区独自の制度「地域福祉サポーター」

この福祉とつながるきっかけとなる、豊島区独自の制度が「地域福祉サポーター」制度です。豊島区在住・在勤・在学の18歳以上の一般の人が登録し、高齢者など、地域において配慮が必要な人たちを見守り。たとえば「近所の人をしばらく見かけないが大丈夫だろうか」「毎晩、怒鳴り声が聞こえる家庭があって気になる」など、住民だからこそ気づける異変を「小さなアンテナ」として察知し、行政につなぎます。登録するためのスタート研修のほか、年3回程度、講師を招いて地域での気づきの視点を養う「学習会」や公開講座、交流会などを開催しているそう。

豊島区には区民が「地域福祉サポーター」となって生活に課題を抱える人たちを支援につなげる仕組みがある(画像/豊島区民社会福祉協議会)

豊島区には区民が「地域福祉サポーター」となって生活に課題を抱える人たちを支援につなげる仕組みがある(画像/豊島区民社会福祉協議会)

さらに豊島区内8カ所の区民ひろばに「コミュニティソーシャルワーカー(CSW)」と呼ばれる人たちが2名ずつ計16名常駐しています。豊島区民社会福祉協議会に属するコミュニティソーシャルワーカーは、地域福祉サポーターから寄せられた地域の異変や困りごとを関係機関と協力して解決につなげる役割を担っています。

豊島区のコミュニティソーシャルワーカーの活動例。「個別相談・支援」「地域支援活動」「地域の実態把握」「住民の福祉意識の醸成」「地域のネットワークづくり」の5つの役割を担い、さまざまな活動を行っている(画像/豊島区民社会福祉協議会)

豊島区のコミュニティソーシャルワーカーの活動例。「個別相談・支援」「地域支援活動」「地域の実態把握」「住民の福祉意識の醸成」「地域のネットワークづくり」の5つの役割を担い、さまざまな活動を行っている(画像/豊島区民社会福祉協議会)

「ほかにも民生委員さんなどが中心となって熱中症予防のための戸別訪問や高齢者実態調査をしたり、シルバー人材センターの訪問員が声かけをしたり、豊島区が行っているさまざまな見守り事業があり、ケアを必要とする人をサポートしています。ところが、これら福祉の体制があることを不動産会社は知りません。逆に福祉関係者はその人が住む部屋の大家さんが誰か、管理する不動産会社がどこかを知らないのです」

本来は福祉と住宅をつなぐために豊島区居住支援協議会が設けられているはずですが、今はまだ問題点を洗い出す段階で、具体的な情報共有までは進んでいないようです。

「もうちょっと情報共有すれば解決できることも」これからの可能性

この福祉関係者と不動産関係者の情報共有が不足しているという指摘は、第二部のパネルディスカッションでも福祉、不動産双方の登壇者から指摘がありました。モデレーターを務めた豊島区居住支援協議会副会長の露木さんは「見守りが住まいの問題とつながっているか」「情報をどうやって共有するか」「入居に懸念のある人からの相談のときに、誰につなぐといいか」と具体的な取り組みについて登壇者に投げかけます。

第二部のパネルディスカッションのモデレーターを勤めるのは豊島区居住福祉協議会副会長の露木さん(撮影/唐松奈津子)

第二部のパネルディスカッションのモデレーターを勤めるのは豊島区居住福祉協議会副会長の露木さん(撮影/唐松奈津子)

「『お元気かな』と高齢のかたの様子を見にいくと孤独死が見つかったり、『ぎりぎりのとき』もある。緊急事態なのに連絡先につながらず、民生委員にはそれ以上の情報がありません。周辺とのつながりや連携を取らないと対応ができないんです」(民生委員・児童委員の竹村さん)

「私たちも安否確認をして、情報がないときに民生委員さんや地域のかたに聞く時もあります。オーナーさんが代替わりされているなどで情報を追えないことも。賃貸物件の担当をされる管理会社とも連携が取れれば、万一のときにも早期発見できるのは」(豊島区社会福祉協議会の宮坂さん)

「もうちょっと情報共有すれば解決できるものもあるのではと感じた。連携できる仕組みづくりを進められれば」(豊島区高齢者福祉課高齢者事業グループの大曽根さん)

パネルディスカッションの様子。左から豊島区の宮坂さん、児童委員・民生委員の竹村さん、不動産業界団体に所属する鎌田さん、深山さん(撮影/唐松奈津子)

パネルディスカッションの様子。左から豊島区の宮坂さん、児童委員・民生委員の竹村さん、不動産業界団体に所属する鎌田さん、深山さん(撮影/唐松奈津子)

「対応に困った大家さんや管理会社から入居者のかたについて『情報を教えてくれ』という相談は少なくない。行政として対応が難しいこともあるが、そこで終わらないようにしている。行政から家族や友人に連絡をとって『不動産会社が困っているから連絡してほしい』と伝えたり。連携によってコミュニケーションが取れていくはず」(豊島区中央高齢者総合相談センターの澤口さん)

「行政は個人情報において壁があり、難しいことも多いと確かに思う。一方で相談があった時点でその方の家族情報、近隣関係、病気もいろんな話を聞いて情報管理をしている。病院からの連絡や命に関わることについては個人情報の壁を突破できることも。関係者がそのかたにとって最も良い方法を考えながら検討できるといい」(豊島区高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん)

左から伊部さん、豊島区の高齢者福祉課の大曽根さん、中央高齢者総合相談センターの澤口さん、高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん(撮影/唐松奈津子)

左から伊部さん、豊島区の高齢者福祉課の大曽根さん、中央高齢者総合相談センターの澤口さん、高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん(撮影/唐松奈津子)

「民生委員さんなども含め、60歳で若手と言われるような制度・体制は限界がきている。もっと関係各者が一緒にやればいいじゃないと思う。各関係団体から数人が携わるチームを作ることなどが必要」(全日本不動産協会の鎌田さん)

「昔の不動産屋や大家さんは家賃を現金で受け取りに行ってそれが安否確認になっていたり、御用聞きをしたりしていた。現在はそういう風習がなくなったからこそ、プラットフォームをつくって情報共有して一元管理することが重要。ここにアクセスすればなんとかなる、という仕組みづくりが大事」(東京都宅地建物取引業協会の深山さん)

パネルディスカッションは、パネリストのひとりとして第二部でも登壇した伊部さんの「今日このメンバーの顔がお互いにわかった、ということだけでも意味がある。日ごろからやり取りをすれば『こういうこと困ってて』という相談や『個人情報の壁があるけどどうにか一緒に考えよう』という声かけができる。これをきっかけに新しい豊島区の仕組みをつくっていければ」という言葉で締めくくられました。

セミナー終了後には多くの質問が寄せられ、その中の15の質問について一つひとつ回答したものが豊島区居住支援協議会のホームページには掲載されています。とくに「行政と民間の連携体制」「情報を共有するための仕組み」には多くの参加者が課題を感じた様子。ひとつのセミナーをきっかけに居住支援の取り組みが推進されていく、その萌芽を垣間見ました。これからの豊島区の居住支援の動きにも注目です。

●取材協力
・豊島区居住支援協議会
・株式会社ハウスメイトマネジメント
・露木 尚文さん(豊島区居住支援協議会副会長)
・深山 大介さん(東京都宅地建物取引業協会第四ブロック豊島区支部 社会貢献委員長)
・鎌田 隆さん(全日本不動産協会東京都本部豊島・文京支部 副支部長)
・竹村 敏さん(民生委員・児童委員)
・大曽根 誠さん(豊島区保健福祉部 高齢者福祉課高齢者事業グループ)
・前場 徳世さん(豊島区保健福祉部 高齢者福祉課基幹型センターグループ)
・澤口 清明さん(豊島区保健福祉部 中央高齢者総合相談センター)
・宮坂 誠さん(豊島区社会福祉協議会 共生社会課)
・伊部 尚子さん(日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会)

「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

スタートアップ企業でUXリサーチャーとして働く松薗美帆さん。昨年、都内にある築41年のマンションをリノベーション。パートナーとの新生活をスタートさせました。

建築家とリノベーションのプランを検討するにあたり、松薗さんが最初に着手したのが「要求定義」。仕事でサービスの開発や改善を行う際に欠かせないプロセスを、家づくりに導入したといいます。

家づくりの要求定義って、何をどうまとめればいいのでしょうか? 建築家の反応は? やってみて分かったことは? やりたいことを実現するための要求定義のポイントを、松薗さんに伺いました。

「曲線の壁」で分かれる、表と裏の空間

ともあれ、まずは完成した家を見てみましょう。

松薗さん、建築家の坂田裕貴さん・marieさんの3人チームでつくりあげた住空間。松薗さんたちが暮らしに求める機能はもちろん、坂田さん、marieさん発案の驚きのアイデアも随所に盛り込まれています。

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

最大の特徴は、フロア全体に立てられた「曲線の壁」です。

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

ひとつながりの壁の「表」と「裏」を行き来しながら暮らす、不思議で楽しい住まい。かくもユニークなアイデアは、いかにして生まれたのでしょうか?

松薗「初回の打ち合わせの時に話していたのは、室内に“縁側”のような余白スペースをつくること。また、L型の形状を活かして、生活の機能と余白スペースを分けることでした。L型に曲線を重ねるアイデアは、2回目の打ち合わせの時に坂田さんからご提案いただいたものです。思いもよらない発想に感動して『もう、これしかないな』と」

坂田「生活機能と余白スペースを分ける際に、普通に直線的な壁を立ててしまうと、幅が均一になり空間にメリハリをつくることができません。図面を眺めながら思案するうちに『もしかしたら、ここに正円を描けるんじゃないか』と閃いて。CAD(コンピューターで図面作成を行うツール)で描いてみたら、本当にすっぽりとおさまりました。円が外側に膨らむ部分は窮屈になる懸念もありましたが、棚を置きつつ人が通れるくらいのスペースは確保できています。今回は現地での実測がかなり正確にできていたことも、プランを実現するうえで大きなポイントでしたね」

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

「要求定義」にプロの発想が加わり、想像以上の仕上がりに

リノベーションにあたり、はじめに松園さんが着手したのが「住まいの要求定義(※)」。日ごろ、UXリサーチャーとしてサービスを開発する際に行うプロセスを、家づくりに取り入れました。

※要求定義……システム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくプロセス

松薗「先に良い物件が見つかって、申し込みをしたのと同時に、建築家さんにお渡しするための要求定義をまとめました。リノベで実現したいことや、私とパートナーのライフスタイル、各部屋の詳細なプランも全て書き出して。文字だけでなく具体的な間取りを描いてみたり、イメージボードを作成してみたりと、私たちのやりたいことがなるべく正確に伝わるように心がけました。普段の仕事でやっているのと同じようなことですね」

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

なお、要求定義をまとめた時点で設計を依頼する建築家は確定しておらず、坂田さんのほか大手のリノベ専門会社を含めた複数の候補がいたそう。最終的に知人に紹介された坂田さんを選んだ決め手は、松薗さんの要求をそのまま受け取るのではなく、要求定義をふまえつつ、プロの視点で思いもよらない提案を打ち返してくれたことだったといいます。

松薗「UXデザインの仕事でも、ユーザーの要求をそっくりそのまま受け取って形にすることはありません。そこにプロの知見や発想が加わるからこそ、よりよいサービスやプロダクトが生まれます。坂田さんやmarieさんも、私の要望をいったん受け止め、自分のなかで解釈したうえで魅力的なアイデアをいくつも出してくれました。このお二人となら私たちが求める暮らしを叶えつつ、想像を超えるような面白い家をつくれるんじゃないかと思いましたね」

坂田「施主さんは自分のライフスタイルを最も理解していて、僕らは常に家のことを考えている。その両者がお互いに意見やアイデアをすり合わせることで、最適解にたどり着けると思っています。美帆さんは家づくりに対して確固たる意志や要望をお持ちでありながら、僕らなりの解釈やアイデアも柔軟に受け止めて、面白がってくれました。本当にやりやすかったですし、楽しく取り組むことができましたね」

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

建築家がアイデアを出しやすくなる要求定義を

はじめに要求定義をまとめる利点は、施主と建築家の目線合わせのほか、言った・言わないのトラブル防止、大まかな費用の共有など、さまざまです。

また、設計側から見ても、こんなメリットがあると坂田さんは言います。

坂田さん「通常の場合、僕らは最初に施主さんにヒアリングをして要求を引き出していきます。このプロセスには結構な労力と時間がかかるので、お客さん側で要望やイメージをある程度まとめておいていただけるのは有り難いですね。そのぶん、こちらもクリエイティブな作業に時間を使えて、より良いアイデアが生まれやすくなると思います」

一方で、松薗さんには反省点もあるのだとか。

松薗さん「かなり細かいところまで、具体的に書きすぎてしまったかなと。最初に坂田さんたちを含む複数社に要求定義をお伝えした時、会社さんによってはそのまま受け取られて、プロならではの提案があまり出てきませんでした。
少なくとも、最初の時点で間取りまで描く必要はなかったですね。『個室と個室は離してください』と伝えるくらいに留めておいて、具体的な間取りについては専門家にお任せしたほうが魅力的なプランをご提案いただけると思うので」

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

松薗さんが言うように、具体的すぎる要求定義は建築家の思考を制限してしまうかもしれません。最初の段階では詳細なプランではなく、住まいに求めることや理想の暮らしを抽象化して伝えたほうがよさそうです。

ともあれ、精度の高い要求定義が、満足度の高いアウトプットにつながるのは確か。リノベーションに限らず、家づくりのプロセスに取り入れてみてはいかがでしょうか?

●取材協力
松薗美帆さん
a.d.p Inc.

UXデザイナーが自宅マンションリノベの”要求定義”した結果。「絶対に後悔しない家づくり」のプロセス【ビジネスパーソン必見】

UXデザイナーのMさんと夫のRさん。今年から、東京郊外のマンションをリノベーションした新居で暮らし始めました。ユニークなのは、二人の家づくりのアプローチ。夫妻が望む暮らしを住まいに落とし込むための「要求定義」からスタートしたのだとか。

仕事では、ユーザーにとって嬉しい体験を実現するためにどんなシステムが必要なのかを考えていく役割のMさん。IT業界では欠かせない工程である要求定義ですが、理想の住まいを実現するために、どんなプロセスでそれをまとめ、家づくりに活かしていったのでしょうか? 夫妻の要望を受け取り、設計を行った建築家の伯耆原洋太さんを交え、Mさん夫妻にお話を伺いました。

暮らしに最適化した住まいをつくる

デザインエージェンシーに勤め、システム開発に携わるUXデザイナーのMさん。夫は建築ライター・編集者のRさん。夫妻は結婚6年目となる今年、東京の郊外に住宅を購入しました。

駅近に立つ、築40年ほどのマンション。80平米の一室をリノベーションし、二人の生活スタイルや望む暮らしに最適化した空間をつくりあげています。

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

それまで暮らしていた賃貸マンションでは家事の動線や収納、機能面などで不満を感じる点が多かったといいます。家を買うからには、そうしたストレスの種は全て取り除きたい。「中古マンションリノベ」を選んだのも、二人の生活にフィットする間取りや機能を実現するためでした。

Mさん「まずは、複数のリノベーション専門会社に話を聞きに行きました。でも、こちらで設計担当者を選べなかったり、打ち合わせの回数が決められていたり、使える建材が少なかったりと、思った以上に制約が多くて。特に、設計担当者がどなたになるのか分からないのは不安でした。だったらリノベ会社を介さず、自分たちで見つけた建築家さんに直接お願いしようかと」

二人はまず、Instagramで「建築家」「リノベーション」などのハッシュタグで検索し、さまざまな建築家の作例をチェックしました。気になる人がいれば、noteやブログ、インタビューでの発言までも追い、家づくりに対する姿勢や考え方を含めて吟味。そこまで徹底的にリサーチを重ねたのは、こんな理由からでした。

Rさん「僕は建築ライターという仕事柄もあって、建築家をリスペクトしています。国内外の建築物を見て回るのも好きで、建築を文化として楽しんでいます。しかし、そうした建物に自分が住むとなると、まるでイメージが湧かなくて。

建築家が手掛ける家はその人の『作品』としての側面があるので、ある種の自己表現が入ります。建築家が表現したいことと僕らが求めていることが、本当に合致するのかという心配はありましたね。妻は妻でこだわりが強いタイプなので、こちら側の思いや要望をちゃんと汲み取ってくれる建築家じゃないと、きっと衝突してしまうだろうなと。だから、素敵な空間をつくれることと同じくらい、住まいに対する考え方が合う建築家さんにお願いしたいと思いました」

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

検討に次ぐ検討の末にたどり着いたのが、建築家の伯耆原洋太氏。伯耆原氏は自らリノベーションした自邸に住み、noteなどで住まいと暮らしの関係性や、必要な機能などについて発信していました。生活者の視点に立った住まいづくりの感覚を持っていることが、依頼の決め手になったといいます。

Rさん「伯耆原さんはnoteで『一つ目の自邸が生活の変化に対応しきれなくなった点』や『その経験を次にどう活かしたか』といったことも率直に書かれていました。建築家として表現したいことがありながらも、暮らす人の声にもしっかり耳を傾けてくれる人なんだろうなと。妻にも『この人、どうかな』と提案して、ぜひ相談してみようということになりました」

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

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「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も
リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022に見るリノベ最前線。実家を2階建てから平屋へダウンサイジングや駅前の再編集など

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの指針や要望を明確化

伯耆原さんに設計を依頼するにあたり、はじめに妻のMさんが着手したのは住まいに対する「要求定義」。要求定義とはシステム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくステップ。プロジェクトの目的を明確に定義することで、手戻りや取りこぼしを防ぐことにもつながります。それはUXデザイナーのMさんが普段、仕事で当たり前にやっていることでもありました。

要求定義にあたっては、まずユーザーのことを徹底的に知る必要があります。家づくりの場合、ユーザーはそこに暮らす人、つまりMさん夫妻です。そのため、Mさんはまず自分たち自身を「リサーチ」し、夫妻が住まいに対して不満に感じていること、建築家にお願いしたいことなどをまとめていきました。

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

Mさん「UXデザインでは人間中心設計、つまりユーザーを中心に置く考え方が根付いています。私が仕事でつくっているシステムのように何千人、何万人が使うものであっても、できるだけ多くの人に話を聞くなどしてリサーチを重ね、ユーザーが使いやすいよう設計していくのが当たり前なんです。

家だって本来はそうあるべきですが、多くの分譲マンションはどちらかというと『限られた敷地をいかに効率よく使って建てるか』が優先されて、暮らす人目線の間取りになっていないような気がします。だから、設計は『私たちのことをできるだけ知ろうとしてくださる方』にお願いしたいと思いました。

その点、伯耆原さんは私たちが前に住んでいた家にも来てくださって、暮らし方をインプットするところから始めてくれたので、とても信頼できる方だなと。こちらとしても、なるべく詳細に私たちの状況をお伝えしようと思い、住まいに求める要望をまとめた資料を共有することにしたんです」

資料には基本方針や自分たちの暮らしについてなるべく具体的に、細部にわたるまで書き出しました。さらには「収納するもの・置くもの」を全て洗い出し、現状の収納状況やモノの量が分かるよう各所の写真も添付。これをたたき台に、伯耆原さんと打ち合わせを重ねたそうです。

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

プロの仕事を信頼し、任せる部分は任せる

ただ、建築家によっては、こうしたやり方を好まないケースがあるかもしれません。当の伯耆原さんは、このような家づくりをどう感じていたのでしょうか?

伯耆原さん「特にやりづらさは感じませんでした。家づくりに対してここまで強いエネルギーを持ってくれているのは設計する側としても有り難いですし、むしろやりやすかったですね。先ほどRさんがおっしゃっていたような建築家の表現が先行してしまう家って、結局は施主さんとのコミュニケーション不足が原因だと思うんです。施主さん側も『相手はプロだから大丈夫だろう』『実績のある建築家だから口出ししづらいな』と、ちゃんと要求を伝えていないケースもあるのではないかと。結果的に、実際に暮らし始めてから不満が出てきてしまう。Mさん、Rさんくらいやりたいことを明確にしてくれると、そうした心配もなくなりますしね」

施主側の積極的な介入を歓迎する一方で「時には、建築家視点の意見やアドバイスを受け入れてもらう姿勢も必要です」と伯耆原さん。間取りから刷新できるリノベーションとはいえ、建物の構造上できないこと、専門家の目から見てオススメできないこともあります。それをゴリ押しされると、かえって使いづらく、ストレスを感じる家になってしまいかねません。

伯耆原「お二人は家づくりに対して強いこだわりがありましたが、同時に建築やデザインに対するリスペクトもお持ちでした。こちらの意見にも耳を傾けてくれるスタンスだったので、僕のほうも単に要望をそのまま聞き入れるのではなく、思うことはしっかり伝えるようにしていました」

Mさん「わたしたちの考えていることをまとめた資料はつくりましたが、私たちとしてもこれを建築家さんに押し付けたいわけではないんです。あくまで『我々としては、いったんこう考えています』というたたき台のようなものであって、これをもとにディスカッションしながら、最終的に良い家になればいいなと考えていました。

そもそも、家づくりの素人である私たちがあまりにガチガチな要求をしてしまったら、伯耆原さんもやりづらいだろうなと。私も普段はクライアントワークをしている側なので、お互いにとって心地よい進め方をしたいという思いはありました。」

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

さらに、もう一つMさんが伯耆原さんとのコミュニケーションで気をつけていたことがあります。それは、施主として伝えるのは「目的」だけ。それを叶えるための「手段」については、プロにお任せするというものです。

Mさん「たとえば『掃除がしやすい家にしたい』という目的と、『床はロボット掃除機+フローリングワイパー程度で掃除できるようにしたい』という最低限の希望だけはお伝えします。でも、具体的なやり方は、基本的に伯耆原さんに考えてもらいました。当たり前ですが、そこはプロのほうがたくさんの引き出しをお持ちですから。それに、伯耆原さんなら細かい部分にも気を配って、私たちの想像を超える提案をしてくれるだろうという安心感もありました」

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの要求をあらかじめ整理することで、迷いや後悔がなくなった

家づくりに際し「要求定義」を行うことは、施主側、建築家側にとってどんなメリットがあるのでしょうか? 改めて、双方に伺いました。

伯耆原さん「僕は、今回の家づくりにおける辞書のように捉えています。Mさんがつくってくれた資料は単なる要望リストではなく、ご夫婦の思想や大切にしたいことなどが詰まっていました。設計で悩んだり、建物の構造の問題で要件書の通りにできない箇所があったりした時も、その辞書を引くことで『二人が本当にやりたいこと』を起点に別の手段を考えることができたと思います」

Mさん「住まいに求めることを明確にするためには、『自分たちがしたい暮らし』を見つめ直す必要があります。洗濯をした後に、洋服をどこにどう収納するのか。夏の間に冬用の布団はどこにしまっておくのか。そうした細かい暮らしのシーンを含めて、頭の中で何度もシミュレーションしたんです。『これなら大丈夫』と思えるところまで、徹底的に突き詰めたうえでスタートしているので、迷いや後悔が全くなくて。

逆に理想の暮らしを考えないまま進めていたら、『これでいいのかな?』という思いを抱えたまま何となく完成してしまって、住み始めてからもモヤモヤしていたと思います。正直大変でしたけど、やってよかったですね」

人が家に合わせるのではなく、住む人の暮らしに合わせて家をつくる。そのためには施主を含めた家づくりに関わる全員が、同じゴールや具体像を共有する必要があります。

住まいに対する自分たちの要求を整理することから始める最大のメリットは、最初に施主と建築家の目線を合わせられるだけでなく、度重なる打ち合わせの過程でズレてしまいがちなイメージをその都度すり合わせ、最初から最後までブレのない家づくりが叶う点ではないでしょうか。Mさんたちのような資料をつくるとまではいかなくても、専門家相手でも遠慮せず、自分たちの意志や希望を明確に伝えること。それが後悔のない家づくりの第一歩といえそうです。

●取材協力
Mさん・Rさん夫妻
建築家・伯耆原洋太さん(一級建築士事務所HAMS and, Studio株式会社)
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福岡県・福岡市「住みたい街ランキング2023」駅1位は博多! 沿線は「西鉄天神大牟田線」に注目集まる

リクルートより「SUUMO住みたい街ランキング2023福岡県版/福岡市版(駅/自治体)」が発表された。福岡県在住の20歳〜49歳の男女1,600人にアンケート調査を行ったものだ。前回の2020年と比べてどんな変化があったのかも併せて紹介。約3年間での福岡の街の変化についても考察してみたい。

2023年「住みたい街(駅)」ランキングは、JR鹿児島本線「博多」が第1位!福岡県 住みたい街(駅)ランキング

福岡市の「博多」と北九州市の「小倉」がワンツートップ!
※今回の調査(2023年)では2020年調査と集計方法を変更しており、変更のあった対象駅。2023年は一定ルールのもと乗換可能な駅は駅名や路線が異なっても同一駅として得点を合算している

2023年の「住みたい街(駅)」ランキングでは「博多」駅が第1位を獲得した。九州の玄関口と言われる「博多」駅周辺は、福岡市による再開発プロジェクト「博多コネクティッド」によって、大きく変化している注目のエリアだ。

その一例が、以前はビジネス街が中心で落ち着いた印象であった「博多駅筑紫口」側の活況である。エリアのシンボルである「都ホテル博多」もプロジェクトのひとつとして2019年にリニューアル。最上階に天然温泉の屋外プールやスパ施設、2階には一般客も入りやすいレストランを有した“おしゃれなスポット”として認知されている。「博多」駅とも地下通路で直結され、今後ますます注目を集めそうだ。

博多駅筑紫口の「都ホテル博多」(写真/PIXTA)

博多駅筑紫口の「都ホテル博多」(写真/PIXTA)

ほかにも「博多」駅より延伸された屋根付きペデストリアンデッキで直結し、人気ベーカリーやおしゃれなイタリアンバルが入ったオフィスビル「博多深見パークビルディング(2021年2月完成)」、屋外広場やカフェバーを有し旧博多スターレーン跡地に誕生した「博多イーストテラス(2022年8月完成)」などが続々と誕生している。

福岡県の「穴場だと思う街(駅)」ランキングも「博多」が1位! 福岡県の総合ランキング24位「春日原」は10位に福岡県 穴場だと思う街(駅)ランキング

※今回の調査(2023年)では2020年調査と集計方法を変更しており、変更のあった対象駅。2023年は一定ルールのもと乗換可能な駅は駅名や路線が異なっても同一

駅として得点を合算している「交通利便性や生活利便性が高いのに家賃や物件価格が割安なイメージがある駅」という意味合いで、福岡県の「穴場だと思う街(駅)」を調査。その結果は「住みたい街(駅)」と同じく、「博多」駅が1位だった。

九州の玄関口である「博多」駅は福岡県のJR在来線・地下鉄が乗り入れ、福岡空港へも地下鉄で5~6分と、その利便性はいわずもがな。一方で駅から少し離れた徒歩圏内にはマンションやアパートが点在し、博多駅南や堅粕(かたかす)方面には家賃に値ごろ感のある物件も豊富。専門学校が多いので、学生が住める街であるのも「穴場の街」感をUPさせたポイントだ。

イルミネーションがきれいな博多駅(写真/PIXTA)

イルミネーションがきれいな博多駅(写真/PIXTA)

「住みたい街(駅)」では24位でありながら、「穴場の街(駅)」では10位と順位をあげてきたのは春日市の「春日原」駅。急行停車駅なので、西鉄天神大牟田線「福岡(天神)」駅からのアクセスは約9分。2024年には西鉄の高架化とそれにともなう駅周辺の再開発が完了。新しい街に生まれ変わる。

また、住宅価格の高騰が続く福岡市に比べて、家賃や住宅価格に値ごろ感があるのもうれしいところ。「春日原」駅から徒歩6分の「イオン大野城」には映画館もあるなど、施設面の充実もうれしいところだ。

「住みたい沿線」ランキング第1位は「JR鹿児島本線」、2位は「西鉄天神大牟田線」福岡県 住みたい沿線ランキング

「西鉄天神大牟田線」の人気の上昇にも注目

「住みたい沿線」ランキングでは、「JR鹿児島本線」と「西鉄天神大牟田線」が地下鉄各路線をおさえて、1位と2位に。特に近年住宅地として注目が集まるのは、福岡市の南部から南に延びる「西鉄天神大牟田線」で、なかでも沿線の「大橋」駅は「住みたい街(駅)」ランキングで2020年の9位から6位に順位を伸ばしたほどの人気ぶりである。

西鉄大牟田線「大橋」駅(写真/PIXTA)

西鉄大牟田線「大橋」駅(写真/PIXTA)

西鉄天神大牟田線の特急・急行が停車する「大橋」駅。「西鉄福岡(天神)駅」から5分程度と中心部へのアクセスの良さで人気があり、駅構内の「レイリア大橋」にはスーパーマーケットから、居酒屋、カフェ、ベーカリーなど飲食店、ファッション、生活雑貨、書店などの生活に欠かせない店舗がそろう。また、2022年にオープンした「ららぽーと福岡」へも「大橋」駅から直通バスが出ており10分程度でアクセスできることで、さらに人気が増したと思われる。

福岡県「住みたい自治体」ランキングでは「福岡市南区」「福岡市城南区」「北九州市小倉南区」の順位がアップ

福岡県 住みたい自治体ランキング

福岡県「住みたい自治体」ランキング1位は「福岡市博多区」。僅差で2位の「福岡市中央区」が続く形となった。

4位に順位をあげた「福岡市南区」は、注目の街(駅)の「大橋」駅が中心地のエリア。2023年4月、南区民の憩いの場所だった油山市民の森・油山牧場が、複合体験型アウトドア施設「ABURAYAMA FUKUOKA」にリニューアル。おしゃれなキャンプエリアも登場し、福岡市民からも注目される存在となった。「大橋」駅から「ABURAYAMA FUKUOKA」へは車で20分ほど。身近な場所に自然あふれる施設があるのも住環境としてこの上ないぜいたくだ。

「大橋」駅からも車で20分の「ABURAYAMA FUKUOKA」(写真/PIXTA)

「大橋」駅からも車で20分の「ABURAYAMA FUKUOKA」(写真/PIXTA)

8位に順位を上げた「福岡市城南区」は、地下鉄七隈線が博多駅まで延伸したことが大きい。天神方面・博多駅方面へのダブルアクセスがかない、交通の利便性がUP。福岡大学のお膝元「七隈」駅や落ち着いた住宅地である「梅林」駅周辺も注目が集まる存在となっている。

「小倉南区」はその郊外にカルスト台地が広がる平尾台があり、自然豊かなエリア。こちらも「ABURAYAMA FUKUOKA」同様に、身近なエリアで気軽にキャンプが楽しめるので、ファミリー層から認知や支持を集めているのかもしれない。

小倉南区の平尾台には美しいカルスト台地が広がる(写真/PIXTA)

小倉南区の平尾台には美しいカルスト台地が広がる(写真/PIXTA)

福岡市「住みたい街(駅)」ランキングは10位の「香椎」に注目。「住みたい自治体ランキング」1位は「福岡市中央区」福岡市民 住みたい街(駅)ランキング

※今回の調査(2023年)では2020年調査と集計方法を変更しており、変更のあった対象駅。2023年は一定ルールのもと乗換可能な駅は駅名や路線が異なっても同一駅として得点を合算している

福岡市民「住みたい街(駅)」ランキングで年々順位を上げているのは「香椎」駅だ。福岡市東区の中心地である「香椎」駅は、駅入口の朱色の大きな鳥居が象徴しているとおり、古くから親しまれ今も参拝者で賑わう「香椎宮」と共に発展した街。

福岡市東区民に愛される香椎宮(写真/PIXTA)

福岡市東区民に愛される香椎宮(写真/PIXTA)

駅周辺は、1999年から続いた大規模な再開発が完了しており、駅前ビル、道路、ロータリーが整備され、歩道は広く歩きやすくなった。また、「JR香椎」駅と「西鉄香椎」駅は徒歩2~3分と乗換可能な距離。隣駅の「千早」駅もJRと西鉄が乗り入れており、交通の利便性が非常に良い立地である。

福岡市民 住みたい自治体ランキング

さらに福岡市民「住みたい自治体ランキング」では「香椎」駅のある「福岡市東区」は第3位に浮上。福岡県「住みたい自治体」ランキング4位だった「福岡市南区」も同じく順位をあげ、福岡県民・市民の両方から「住みたい」と思われていることが分かった。

今後も、福岡市が中心とはなるが「天神ビックバン」「博多駅コネクティッド」「九州大学跡地の開発」など、さらなる開発が続いていく福岡県。これから人々の注目がどの街に集まり、どのように「住みたい街」が変化していくのか興味深く観察を続けていきたい。

●関連ページ
SUUMO住みたい街ランキング2023 福岡県版/福岡市版

スニーカー600足が部屋にズラリ! 業界30年の高見薫さんに聞く美しい収納術とストリートファッションの奥深き歴史

床から天井まで壁面いっぱいに、ずらりと並べられたスニーカー。色とりどりの600足に囲まれた空間は、美術館のようでもある。その部屋の主は、ナイキやデッカーズなどで30年にわたりスニーカーのセールスに従事してきた高見薫さん。高見さんの仕事の履歴、そしてスニーカーの歴史が詰まった「スニーカー部屋」を拝見しながら、美しく収納するためのポイントやこだわりを伺った。

ファッションアイテムとしてのスニーカー史

高見薫さんは1991年にナイキジャパンに新卒入社。96年にはナイキショップの立ち上げなどにも携わった。2018年からはデッカーズジャパンに転職し、同社が取り扱う「UGG(R)」のスニーカーのセールスを担当している。

千葉県にある高見さんの自宅の一室には、三面の壁に600足が並ぶ「スニーカー部屋」がある。1990年代から現在までのスニーカーの歴史、高見さんの仕事履歴が詰まった、圧巻の空間だ。

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

――ものすごい数ですね。これだけのスニーカーをコレクションするようになったきっかけは何だったのでしょうか?

高見:確かにすごい数なんですけど、私はコレクターっていうわけじゃないんですよ。

――どういうことでしょうか?

高見:好きで集めている方には失礼かもしれないですけど、私の場合は集めているというより「集まっちゃった」というほうが正しくて。30年間、ずっとスニーカーに近い仕事をしてきたので、必然的にこれだけの数になってしまいました。セールスの仕事をやっていると、その時々で会社が推していく商品のことを知っておかないといけないじゃないですか。だから自分でも買って履いてみたりしているうちに、どんどん増えていったんです。

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

――そのスタンスは少し意外でした。

高見:みんなに不思議って言われますね。ただ、そもそも私がナイキジャパンに新卒入社した1991年って、スニーカーをファッションで履くという感覚がなかったんですよ。当然、今のようにコレクションする人も少なくて。当時はいわゆるスニーカーブームがくる前で、会社もあくまでスポーツシューズとして売っていました。

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

――1996年に「エア マックス95」が大ブレイクし、スニーカーブームが起こる少し前あたりから、何となくスニーカーがストリートファッション系の雑誌にも取り上げられるようになったと記憶しています。

高見:そうですね。大きなきっかけの一つが1992年のバルセロナオリンピックです。アメリカの男子バスケットボール代表が「ドリームチーム」と呼ばれる最強チームを結成し、そこから「バッシュブーム」が起こります。そうした動きと、アメリカのファッションやヒップホップなどの文脈も相まって、スニーカーがファッション誌に掲載されるようになりました。

――そこからスポーツシーン以外でもスニーカーを普段履きするカルチャーがじわじわ広がって、「エア マックス95」の登場によって一気にブレイクすると。

高見:「エア マックス」というのはナイキのスニーカーの最高峰のシリーズとして、1987年から新作が毎年のように発売されていました。そのなかで、たまたまブームになったのが95年モデル。スタイリストさんが気に入ったのか、当時、芸能人の方がテレビなどでよく95マックスを履いていたんですよ。それを見た視聴者の間で「あの靴はなんだ!」となり、1996年に大ヒットするという。

じつは同じ96年にナイキショップがオープンするんですけど、開店と同時に95マックスを求めるお客様が殺到しました。なかにはオープン予定日の1カ月前から並ぶ人もいたりして。

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

――当時の熱狂ぶりはよく覚えています。「エアマックス狩り」なんて事件も起こるほどの社会現象になりましたよね。

高見:ただ、当時はブームが加熱しすぎて「ナイキだったら何でもいい」みたいな人も増えたんですよ。それで、ひと通り商品がお客様に行き渡るとブームが一気に萎(しぼ)んでしまいます。1998年あたりから急激に失速しましたね。

それからは会社も「もう一度しっかりスポーツシューズとしてアプローチしていこう」という方向に向かうんですけど、一方で「せっかく新しいお客様を獲得できたのだから、本格的にファッションアイテムとして仕掛けていこう」という声もあって、2000年前後くらいからスニーカーをスポーツとファッションの両輪で展開していく動きが出てきます。その後、2010年くらいになると、他社ブランドでもスポーツ仕様と普段履きのスニーカーをはっきり区別して売るようになっていきましたね。

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

――確かに、ある時期からシューズ専門店でも、スポーツ用とファッション用のスニーカーのコーナーが分かれるようになりました。

高見:そうですよね。それが2010年代までの動きです。ちなみに、最近では小規模なブランドもスニーカーやスポーツシューズに参入するようになりました。ひと昔前まではナイキやアディダスといった、いくつかの大手しかやっていなかったんですけど、今はそれこそ私が所属するデッカーズジャパンが取り扱う「UGG(R)(アグ)」や「HOKA(R)(ホカ)」だったり、「Salomon(サロモン)」「On(オン)」など、さまざまなブランドがスニーカーやランニングシューズを手掛けるようになっています。

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

高見:多様なブランドの参入と技術の進化により、デザインのバリエーションも広がっています。よりファッショナブルになっていて、洋服に合わせる楽しみも広がっていると思いますよ。

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

600足を収納する「スニーカー部屋」のつくり方

――この家に引越してくる前は、どのようにスニーカーを保管していましたか?

高見:以前は実家近くの団地で一人暮らしをしていたんですけど、スニーカーは箱に入れて天井の高さまで積んでいました。少し大きめの地震がくると一気に倒れて悲惨なことになっていましたね。それに加えて、トランクルームも2つ借りていました。ですから、今みたいにすぐに取り出せる状態ではなかったです。

ただ、この家を買ったのはスニーカーのためというわけではありません。結婚して夫が私の部屋に越してきて、夫婦ともに物が多いから生活スペースが激狭になってしまったんです。通路も片側通行でしか通れないくらい狭くて……。

そんな生活から抜け出したくて引越しを考えていた時に、たまたまこの一戸建てが売りに出ているのを見つけました。それで、せっかく買うならスニーカーをちゃんと保管できるように、一部をリフォームしようと考えたんです。建築士さんに相談したところ、元のオーナーが2人の息子さんの部屋として使っていたスペースを、スニーカー部屋に変更しようということになりました。

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

――壁面棚をつくるにあたって、建築士さんに要望したことはありますか?

高見:とにかくできるだけ多くの靴を並べられるようにしてくださいと。最初は箱ごと棚に収納する案もあったんですけど、そうするとお店のストックルームみたいになっちゃって全然面白くないじゃないですか。だから裸のまま並べちゃおうと。剥き出しだと埃が溜まったりもするんですけど、私はコレクターではないからか、あまりそのへんは気にならなくて。

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

高見:あと、これは建築士さんから勧められたんですけど、棚の材料は北海道のチーク材を使っています。とても綺麗な木材ですし、スニーカーも映えるだろうということで。北海道から輸送しなきゃいけないので高いんですけどね。

――スニーカーのコンディションを保つという点でも、やはり天然木を使った棚のほうがいいのでしょうか?

高見:そうですね。スチールラックなどに置いている人も多いと思いますが、金属は錆びる可能性があるので、靴にとってはあまりよくありません。

それから、スニーカーのコンディションを保つためには、部屋の空気の状態にも気を配る必要があります。なるべく空気を循環させることと、湿度が高くなりすぎないこと。空気が湿っていると、靴がどんどんベタベタになってくるんです。この部屋では、空調でなるべく一定のコンディションをキープできるようにしています。

――ちなみに、ずっと置いておくよりも、たまには履いたほうがよかったりしますか?

高見:はい。履かないと逆に駄目になりやすいです。置きっぱなしにしていると空気中の水分がスニーカーに溜まっていき、ミッドソール部分の素材が加水分解を起こしてしまうんです。すると、靴底からボロボロと崩れてしまう。それを防ぐにはたまに履いてあげて、身体の重力を利用して水分を抜くことが必要です。私もここにあるスニーカーはただ飾るだけじゃなくて、なるべく履くようにしていますよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

グループ分けで美しく。思わず眺めたくなる棚に

――上から下まで、とても美しくスニーカーが並んでいますが、飾る時のコツやポイントがあれば教えてください。

高見:私の場合は、持っているスニーカーをグループ分けするところから始めました。まずは「ランニングシューズ」「バスケットシューズ」といった感じで大まかに分類し、そこからさらに細かく種類を分けます。あとは年代別だったり、シンプル系・派手系みたいな形でグループを分けていきました。そのうえで、エクセルで作った棚の図面に、何をどこに入れるか入力しながらシミュレーションしましたね。

実際に棚に置く時には、薄い色から濃い色の順番に並べたり、背が低い順から並べたりと、なるべく美しく見えるように意識しました。このあたりはナイキで学んだ陳列の法則みたいなものを取り入れています。

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

――ここまで美しく飾られていると、もはやスニーカーというよりインテリアのようです。眺めているだけで楽しくなりますね。

高見:私自身はあまりインテリアという感覚はないのですが、眺めるのは楽しいですね。やはり、一つひとつに思い入れがあるので。「これは、あそこに行った時に買ったよな」とか、「これを履いていた時、仕事大変だったな」とか、いろんなことを思い出します。

――この部屋は、高見さんの歴史そのものなんですね。

高見:そうですね。ですから、一般的なコレクターの方とは違う感覚なんでしょうけど、全てのスニーカーに愛着があります。もともとは狭い空間から逃げるために家を買い、やむにやまれずリフォームした部屋ですが、今となっては懐かしい思い出にひたれる大切な場所になりましたね。

●取材協力
UGG(R)/デッカーズジャパン

お隣さんの枝が自分の敷地に伸びてきた、切ってもいい? 4月から民法改正で空き家問題に影響も

お隣さんとはうまくやっていきたいもの。お隣さんの樹木などが自分の敷地に入り込み、通行の邪魔になったり美観を損ねたりした場合には、何とかしてほしいと伝えたい。とはいえ、世の中いろいろな考え方のひとがいる。無用なトラブルをさけるためには、ルールが必要になる。民法にも隣家との関係を調整する規定がある。「相隣関係(そうりんかんけい)」と呼ばれるものだ。この相隣関係の規定の一部が改正され、2023年4月より施行となる。(1)隣地使用権、(2)竹木の枝の切除・根の切取り、(3)ライフライン設備の設置・使用権、の3つだ。今回はそのうちの(2)竹木の枝の切除・根の切取りについて解説する。

隣地から侵入する竹木の根は自分で切れるが、枝は切ってもらうのが原則

「隣地の木の枝が越境している時は木の所有者に切ってもらう。一方、根が越境している時は自分で切ってしまってOK」。これはわりと有名ルールなので、聞いたことがあるかもしれない。枝と根で扱いが違うのだ。なんで?と思う人もいるだろう。

枝や根も含めて竹木(樹木)といえども財産だ。所有者以外は勝手に切除できない。これが原則だ。「他人の土地に越境している方が悪いんだろう!切っちゃえ」というのはダメなのだ(自力救済の禁止、といいます)。明らかに向こうが悪いと思うような違反行為があった場合にもその竹木の所有者に対応してもらうことになる。

つまり、枝に関するルール=他人のものなのだから勝手には切除できない、というのが法律的には普通の発想なのだ。では、なぜ根は隣地所有者が切ることができるのか。民法の解説書などを読むと次のような説明がある。

①枝切りは、竹木の所有者が敷地内で切除できるが、根は伸びている隣地に入って作業する必要がある(隣地所有者に切ってもらった方が、作業が容易)。
②枝は、果実などがついている場合など、財産的価値があることもある。一方、根には価値がない。

うーーん、根菜などは根にも価値があるのでは、という気もするが……。それはともかく、「枝は切れない。根は自分で切れる」が原則なのだ。この点は2023年4月以降も変わりはない。

隣地の所有者がわからない、というのも珍しいことではない

ところがこのルールには一つ問題がある。越境している木の枝を隣地所有者に切ってもらうおうとしても、空き地など隣地の所有者がわからない、連絡が取れないという場合だ。そんな時はどうすればよいのか?

実は日本には「所有者不明の土地」が少なくない。有識者で構成される「所有者不明土地問題研究会」の報告によれば2016年時点の調査で所有者不明率は20.3%。この割合を全国に適用すると約410万ヘクタールの土地が所有者不明、ということになる。…と言われてもぴんとこないが、なんと九州本島より広いのだそうだ。土地の所有者が不明、ということは決して珍しいことではないのだ。

隣から枝が越境していて美観を損ねたり、庭の利用の邪魔になっている。しかも所有者が不明。となると…。まぁ、普通は勝手に枝を切っちゃいますよね。でもさきほど説明したように、法律上は勝手に切ることは許されない。私もいちおう大学の教員なんで、「勝手に切っちゃいましょう」などと無責任なことはいわずに法律の解説を続けることにする。

所有者不明の場合にはどうすれば?

話を戻す。土地の所有者が不明と聞いて、登記を見ればわかるのでは?と思ったかもしれない。しかし、相続が発生した際に登記がされない、ということも珍しくはない。相続登記が義務ではないことがその理由だ。登記はお金もかかるし、面倒なのでつい放っておかれてしまう。実は、この点も法改正され、来年、令和6年4月より相続に伴う登記が義務化される。とはいえ、現状すでに、登記上の所有者が死亡している、連絡先が不明などということも少なくない。土地の所有者を探すのがなかなか大変ということになる。

また、所有者が分かっていても、枝を切ってくれない、ということもあるだろう。高い木の枝などは業者に依頼しなければ切るのも難しく、お金もかかるだろう。枝は所有者に切ってもらえ、と言われても所有者がわからない、わかっても切ってくれない、では困ってしまう。

「こんな状況なら、自分で切ってしまっても相手も文句は言わないでしょう」と思うかもしれないが、個人間のケースばかりではない。例えば、所有者不明の土地から道路に伸びた枝や葉が信号を見えにくくしている、公園の美観をそこねている、というケースもある。道路や公園を管理する市町村としては、勝手に切断するという違法行為を犯すわけにはいかないのだ。

登記申請書イメージ

(写真/PIXTA)

枝を自分でも切ってもよい場合とは

そこで今回の法改正だ(やっと本題に入る。前置きが長いのが大学教員の悪い癖)。以下3つのいずれかに該当する場合は、越境した枝を切ることが法律上も可能になった。

①枝を切ってくれ、と催告したのにいつまでも切除されない。
②竹木の所有者が不明。または所有者はわかっているが連絡先が不明
③急迫の事情があるとき

①。まずは、竹木の所有者(通常は土地の所有者か使用者だろう)に枝を切ってくれ、と催告する。それでも「相当の期間」切除されないのならば、越境された側が枝を切ってもかまわない、と改正された。なるほど。でも「相当の期間」って…。いったいどのくらい我慢すればよいのだろう??

2週間が目安!?

これは「個別の事情を踏まえて判断」される。要はケースバイケースなのだ。ここらあたりが法律の頼りになるような、ならないような点と思うかもしれない。竹木の位置や大きさや枝の越境状況、土地の利用状況、竹木自体の財産的価値など様々な事情があるだろうから、一概には線を引けないのだ。

とはいえ、目安となるものがないわけではない。法案を審議した参議院法務委員会では、「竹木の所有者に枝を切除するために必要な時間的な余裕、時間的な猶予を与えるという趣旨からすれば、基本的には二週間程度は要することになるのではないか」という説明が政府参考人からあった(「第204回国会 参議院 法務委員会 第9号 令和3年4月20日」と検索すれば誰でも議事録を読むことができます)。「相当の期間」を判断する材料のひとつになるかもしれない(2週間経過すれば勝手に切ってよい、ということではないですよ。念のため)。

所有者を探さなければならない!?

また、②にあるように所有者が不明ならば、自分で枝を切ってしまってもかまわない。放っておくと伸び続けてしまうから、これはありがたいルールだ。とはいえあくまで「所有者が不明」「所有者がわかっても連絡が取れない」という場合の話だ。所有者を探す努力をしなければダメなのだ。

空き地や空き家など住んでいる人がいない場合では「所有者を探すのが面倒だな」と思うかもしれない。登記で所有者を調べるにもお金がかかる。登記に記載された土地の所有者が死亡している、住所が変わっている、ということもありうる。そのため根の場合と同様、自分で切れる、という案も検討されたようだが、それは採用されなかった。竹木所有者の権利を守るためだ。

③は差し迫った危険があるときだ。時間的余裕がないのであれば、枝を切って構わない。具体的には、「地震により破損した建物の修繕工事用の足場を組むために、隣地から越境した枝を切る」といった場合などを想定している。

費用は誰が負担するのか費用のイメージ

(写真/PIXTA)

竹木の枝や根の切り取りに専門業者に依頼しなければならない場合、当然、タダではない。この費用は誰が負担するのか。

枝や根の越境は、不法行為(他人の権利を侵害する行為)に該当し、損害賠償請求権が発生するから、竹木の所有者が負担することが筋だろう。法改正について議論した衆議院法務委員会でも政府参考人からそのような回答があった。しかし、費用負担については改正法でも明文化されていない。事案ごとに協議や調整を行う、ということになっている。
(このあたりの議論も国会の議事録を読むことができる。興味のある方は「第204回国会 衆議院 法務委員会 第6号 令和3年3月23日」で検索を)。

空き家となった実家は大丈夫?

今回の法改正によって、個人の宅地だけでなく、道路や公園など公共用地に、隣接地の竹木が越境してきた場合、新しいルールに基づいて枝を切り取ることが可能となった。

とはいえ、それは隣地所有者が切除しなかった場合の話だ。そもそもは、空き家となった実家などで近隣に迷惑をかけるようなことのないよう、所有者が管理すべきものなのだ。今は利用する予定がないから、といって放っておく、隣地に枝が伸びている、枯れ葉もたくさん落ちている、という事態も珍しくない。土地の所有者である以上、責任をもって管理しなければならない。さらに言えばお隣さんと良好な人間関係を築いておくことも大切だろう。円満な人間関係があれば、法律など持ち出す必要はないのだから。

旅先で職人に弟子入り体験「ベッドアンドクラフト」が国内外から注目のワケ。移住のきっかけにも 富山県南砺市井波地区

日本屈指の「木彫りの町」として知られる富山県南砺市井波地区。人口約8000人のうち200人以上が木彫り職人という井波で、2016年に始まったのが「ベッドアンドクラフト」だ。「職人に弟子入りできる宿」のコンセプトどおり、町に点在する6つの古民家に滞在しながら、職人の工房でクラフトのワークショップが体験できるという、新しいスタイルの宿泊施設である。運営を担うコラレアルチザンジャパン代表の建築家・山川智嗣さんは「井波の伝統文化の魅力を楽しむとともに、地域の方々との交流も旅の楽しみにしてほしい」と語る。取り組みが始まってから6年、職人と旅行客をつなぎ、町ににぎわいを生んできた「ベッドアンドクラフト」。山川さんに、立ち上げの経緯から施設の仕組み、町の将来像などを聞いてみた。

モノづくりの醍醐味を味わうためにJターン

―――山川さんは東京の設計事務所を経て、カナダや中国など海外を拠点に活動されてきました。2015年に帰国後、井波に移住した理由から教えてください。

―山川智嗣(以下、山川):帰国の理由は日本で仕事が入ったことがきっかけですが、移住先に井波を選択したのは上海での経験が大きいですね。上海では公共建築や商業施設などの設計に携わっていたのですが、そうしたきらびやかなビルの数々は、職人さんの泥臭いモノづくりに支えられていたんです。

上海で出会った職人さんたちは「図面は読めないけれど、お前のつくりたい世界を言ってくれ。俺たちがつくってやる」と言うんですよ。床材に石を使うときも、ひとまず山に連れて行かれ、石を掘る場所から話し合うなんてこともありました。そうやって現場の職人さんとモノをつくっていくプロセスは、とても面白かったですね。

建築家であり、コラレアルチザンジャパンの代表を務める山川智嗣さん。富山県出身。東京の設計事務所で同僚だった妻と海外に拠点を移し、2011年に独立。帰国後は東京、上海での仕事を続けながら、2016年にベッドアンドクラフトをスタートさせた(写真撮影/松倉広治)

建築家であり、コラレアルチザンジャパンの代表を務める山川智嗣さん。富山県出身。東京の設計事務所で同僚だった妻と海外に拠点を移し、2011年に独立。帰国後は東京、上海での仕事を続けながら、2016年にベッドアンドクラフトをスタートさせた(写真撮影/松倉広治)

―――設計だけでなく、現場で一緒にモノをつくる感覚が楽しかったと?

山川:そうですね。日本では住宅やビルを建てる場合「つくる」というより「選択する」なんです。床材、壁材、設備機器など、どれもメーカーからパーツを選び、プラモデルのように組み立てていく。しかも、東京の工場にオーダーしたら最低100ロットからしか受けてもらえない。型をつくるだけで相当なコストがかかってしまいます。おまけに職人との距離も遠く、僕としては味気ないなと感じることもありました。

―――ある程度、フォーマットが決まっていると。確かに、モノをつくっている感覚は薄くなるかもしれませんね。

山川:でも、なかには「オリジナルのドアノブをつくりたい!」という人もいると思うんです。たとえドアノブ一つでもオリジナルなら思い入れが生まれ、生活がより豊かになるんじゃないでしょうか。だから、僕は日本でも上海のような「手仕事の文化」を大切にしたいと思ったんです。

そう考えたときに、ふと富山県の井波が頭に浮かびました。手仕事の文化が色濃く残り、職人が多い井波に行けば「何か面白いことができるかも。自分のアイデアを形にしてくれる人がいるかも」と。そして上海のように現場に近い場所でモノづくりの醍醐味が味わえるかもしれないと考えました。

瑞泉寺の門前町である「八日町通り」(写真撮影/松倉広治)

瑞泉寺の門前町である「八日町通り」(写真撮影/松倉広治)

―――それまで、井波を訪れたことはあったんですか?

山川:はい。幼いころから木彫りが盛んな井波という町があることは聞いていましたし、親戚が住んでいたのでよく遊びに行っていましたね。また、妻の父親が彫刻を30年以上も習っていて、兵庫県民ながら1年に1回は井波に通うほど井波彫刻の大ファンだったんです。そういった縁もあり、移住を決心しました。

―――そのときから、宿泊施設の運営を考えていたのですか?

山川:いえ、全く(笑)。宿泊施設を始めたのはたまたまというか、自然な流れですね。移住前から猫を飼っていたのですが、井波にはペットが飼えるマンションがなく、一軒家しか選択肢がありませんでした。その際、地元の人に紹介してもらったのが、後にベッドアンドクラフトの1軒目となる元建具屋の古民家だったんです。

購入時の元建具屋。山川夫妻は賃貸を検討していたものの、オーナーからは買ってほしいと言われたそう。そこで義父に相談したところ「住まなくなったら俺がそこを宿にして井波を回る」と後押しされ、家族の別荘という気持ちで購入を決意(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

購入時の元建具屋。山川夫妻は賃貸を検討していたものの、オーナーからは買ってほしいと言われたそう。そこで義父に相談したところ「住まなくなったら俺がそこを宿にして井波を回る」と後押しされ、家族の別荘という気持ちで購入を決意(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川:家自体は2階建の200平米と広かったので、当初は事務所兼住宅として使っていました。そのうち、海外暮らしの時に知り合った友人が、世界中から遊びに来てくれるようになったんです。そこで、これだけ友人が来るなら2階の余剰スペースを宿にしようと思い立ちました。

「古民家」と「地元の職人」を結びつけた理由

―――現在のベッドアンドクラフトは「職人に弟子入りできる宿」がコンセプトになっています。このアイデアはいつ着想されたのでしょうか?

山川:当初はコンセプトがなく、なんとなく“その土地らしさ”を感じられる宿にしたいと思っていました。特に僕は建築家なので、どうにか井波のエッセンスを建築のなかに取り込みたいなと。そこで、まずは建物内の装飾をお願いできる人を探しました。そのときに紹介してもらったのが木彫家の田中孝明さん。彼との出会いがなければ、今のベッドアンドクラフトはなかったですし、僕は今も井波に住んでいないと思います。

―――それほど衝撃的な出会いだったんですね。

山川:「木彫刻」と聞くと、みなさん欄間や獅子頭など、クラシックな伝統工芸を思い浮かべませんか? 

井波彫刻は「彫刻師」と「彫刻家」に分けられます。彫刻師は欄間や獅子頭など、クラシックな伝統工芸の職人。超絶技巧で、寺社仏閣の建築装飾を行っています。一方、彫刻家はアーティスト。もちろん基本的な技術もあり精巧なモノもつくれますが、彼らは造形で“表現”をしているんです。田中さんも、その一人でした。

初めて田中さんの人形彫刻を見たときは、本当に感動しましたね。土着からくる表現にすごくアートを感じました。同時に、こんなに素晴らしい作品をつくっているのに、なぜ世の中の人は知らないのだろうと思ったんです。

田中孝明さんの作品。「みず・ひかり・たね」のテーマでつくられた、少女の木像(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

田中孝明さんの作品。「みず・ひかり・たね」のテーマでつくられた、少女の木像(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川:そこから興味が湧き、この感動を広く伝えたい、多くの人に見てもらいたいと思いました。そこで、自分の宿にギャラリー機能をもたせ、彼の作品を体験できるような場所にできたらいいんじゃないかと。

昔はどの家にも和室があり、床の間がありました。そこには彫刻や掛け軸などの装飾品が飾られ、建物のなかに「美」の余白があったんです。しかし、現代の暮らしでは装飾品を置く場所も少なくなり、置き方もわからない。だったら、ここでの宿泊体験を通して、その感覚を知ってもらおうと考えました。

―――その後、設計段階から田中さんの意見を取り入れたそうですが?

山川:そうですね。例えば、どこかの文化ホールに行くと、空間に馴染まない絵画や彫刻が唐突に飾られていませんか? 後付けで飾られた作品って、すごく浮いているように感じてしまうんですよね。だから、僕は宿に作品を置くなら、作家さんに設計段階から一緒に入ってもらい、意見を取り入れた空間づくりが必要だと考えました。

ビフォアー(画像提供/ベッドアンドクラフト)

ビフォアー(画像提供/ベッドアンドクラフト)

アフター。田中さんには具体的なオーダーはせず、どんな作品をいくらでも置いていいと伝えたそう。世界観が明確になった結果、空間と体験が見事に調和した宿が完成(画像提供/ベッドアンドクラフト)

アフター。田中さんには具体的なオーダーはせず、どんな作品をいくらでも置いていいと伝えたそう。世界観が明確になった結果、空間と体験が見事に調和した宿が完成(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――では、工芸体験のワークショップをセットにしたのはなぜですか?

山川:今は体験型観光が流行っていますが、それに乗っかったわけでも、ましてやお金を儲けるためでもありません。僕たちとしては、この場所で作品に感激してもらえたら、実際にそれをつくった職人さんに会ってもらい「あなたの作品が欲しい」と言える関係性をつくりたいと思ったんです。そこで、職人さんの工房での工芸体験ワークショップをセットにすることにしました。

また、外から来た人に職人さんのライフスタイルを見てもらうことも、意義があると思いました。彼らの創作活動と生活の場である工房に行って直接コミュニケーションをとり、その生活、作家性、作品の背景などに対する理解を深めてもらう。そうすれば、井波や職人さんのことをより魅力的に感じてもらえると思うんです。

ギャラリーの作家さんは紹介でつながっていったそう。「どの作家さんも魅力的で、宿泊客に紹介したい人がたくさんいます」と山川さん(写真撮影/松倉広治)

ギャラリーの作家さんは紹介でつながっていったそう。「どの作家さんも魅力的で、宿泊客に紹介したい人がたくさんいます」と山川さん(写真撮影/松倉広治)

―――そうやって「職人に弟子入りするプラン」が生まれたんですね。作家さんからの反応はいかがでしたか?

山川:作家さんたちは、それまで実際に作品を使う方と関わる機会がなく、その思いを理解できていない部分もあったそうです。でも、ワークショップを通して初めて自分の作品を目の前で見てもらい、その反応を目の当たりにし、すごく良いインスピレーションをもらえたと言っていただきました。

職人のもとで「弟子入り」体験。職人の道具と技術を用いて、3時間たっぷり作品づくりに没頭できる(画像提供/Kosuke Mae)

職人のもとで「弟子入り」体験。職人の道具と技術を用いて、3時間たっぷり作品づくりに没頭できる(画像提供/Kosuke Mae)

6軒の宿泊施設に6人の作家の作品を展示

―――井波の観光を活性化させるという点でもベッドアンドクラフトは一役買っていると思いますが、宿を始めた当初の地域の人たちの反応はどうでしたか?

山川:2016年9月に最初の宿を開いた当時は「民泊」という言葉もまだ浸透しきっておらず、わりと懐疑的に見られていたと思います。「上海から来たやつが、何やら新しい宿をつくったぞ!」って、地域の人たちをざわつかせてしまいました(笑)。たぶん、みんな1年で潰れると思っていたんじゃないかな。

2016年9月にオープンした「TATEGU-YA(タテグヤ)」。築50年の元建具屋を改装し、木彫家・田中孝明さんの作品を展示した(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2016年9月にオープンした「TATEGU-YA(タテグヤ)」。築50年の元建具屋を改装し、木彫家・田中孝明さんの作品を展示した(画像提供/ベッドアンドクラフト)

山川:でも、続けているうちに目に見えて観光客が増えていくわけですよ。しかも、当初は僕の個人的なつながりもあって、外国人ばかり。地元に海外の人が訪れることを嬉しく感じる人も多いようで、次第に地域の人たちが僕らを見る目も、そして、考え方も変わっていきました。井波はもともと産業の町なので、そもそもゲストを迎えようという発想がありませんでした。でも、こんなに人が来てくれるなら、自分たちも何かやってみようと考える人が増えていったように思います。

例えば、自分も宿をやってみたいという人に対しては、建物をホテルとして活用する方法や集客のやり方などをアドバイスしました。そのうち、「ボロボロの空き家があるんだけど……」といった相談も受けるようになり、その建物を使ってベッドアンドクラフト2軒目となる宿「tae(タエ)」をオープンさせるなど、新たな展開にもつながっていきましたね。

2018年オープンのtae。元養蚕業で栄えた豪商の邸宅を活用している。ここには漆芸家・田中早苗さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2018年オープンのtae。元養蚕業で栄えた豪商の邸宅を活用している。ここには漆芸家・田中早苗さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

山川:その後、ベッドアンドクラフトが所有する施設は6棟にまで増えていきました。一棟ごとに、漆芸家や陶芸家など一人の作家さんの作品を展示しています。ちなみに、展示作品は宿が買い取るのではなく、宿泊費の一部をリース料として職人に還元するという仕組みです。また、展示物の一部は宿泊者が購入することもできて、作品が売れることで作家さんはまた新しい作品を制作でき、宿の展示空間も移り変わっていく。これを「マイギャラリー制度」と呼んでいます。

2019年オープンのKIN-NAKA(キンナカ)。かつては15軒あった料亭のなかでも特に格式の高かった「金中」を改修。木彫家・前川大地さんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのKIN-NAKA(キンナカ)。かつては15軒あった料亭のなかでも特に格式の高かった「金中」を改修。木彫家・前川大地さんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

階段の頭上には木彫りのシャンデリアも。周りは富山湾をイメージした青色に塗装(写真撮影/松倉広治)

階段の頭上には木彫りのシャンデリアも。周りは富山湾をイメージした青色に塗装(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのMITU(ミツ)。時が「満つる」、静かに「蜜な」時間を過ごす。井波を訪れる人への思いを「ミツ」に込めて名付けられた。陶芸家・前川わとさんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのMITU(ミツ)。時が「満つる」、静かに「蜜な」時間を過ごす。井波を訪れる人への思いを「ミツ」に込めて名付けられた。陶芸家・前川わとさんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのTenNE(テンネ)。施設内は菩薩像が身にまとう柔らかな天衣(てんね)のように心地よい時の流れを感じられる。仏師・石原良定さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2019年オープンのTenNE(テンネ)。施設内は菩薩像が身にまとう柔らかな天衣(てんね)のように心地よい時の流れを感じられる。仏師・石原良定さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2020年オープンのRoKu(ロク)。まちの診療所を改修。岩や石の「Rock」、緑の「ロク」、6棟目の「6」などの意味が込められている。作庭家・根岸新さんが庭を手掛けるとともに、空間全体で自然を感じる仕掛けを施している(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2020年オープンのRoKu(ロク)。まちの診療所を改修。岩や石の「Rock」、緑の「ロク」、6棟目の「6」などの意味が込められている。作庭家・根岸新さんが庭を手掛けるとともに、空間全体で自然を感じる仕掛けを施している(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――宿泊施設以外に、「季ノ実」というショップ兼ギャラリーも運営されているそうですね。

山川:本当は宿に泊まって、ワークショップに参加してほしいのですが、なかにはハードルが高いと感じる人もいます。そこで、もっと気軽に作家さんたちの作品に触れてもらおうと、ショップ兼ギャラリーをオープンさせることにしたんです。

ショップ&ギャラリー「季ノ実」。「ベッドアンドクラフトの作家さん以外の作品も販売しているので、いろんな作家さんを知ってもらうきっかけになれば」と山川さん。彫刻家がつくった木型で焼いたクッキーなど、オリジナルの手土産も販売している(写真撮影/松倉広治)

ショップ&ギャラリー「季ノ実」。ベッドアンドクラフトの作家さん以外の作品も販売しているので、いろんな作家さんを知ってもらうきっかけになれば」と山川さん。彫刻家がつくった木型で焼いたクッキーなど、オリジナルの手土産も販売している(写真撮影/松倉広治)

井波の欄間の代表的なモチーフである蘭、竹、菊、梅を模した「食べる彫刻クッキー」(画像提供/ベッドアンドクラフト)

井波の欄間の代表的なモチーフである蘭、竹、菊、梅を模した「食べる彫刻クッキー」(画像提供/ベッドアンドクラフト)

井波を新しい文化の発信地に

―――子どものころに訪れていたとはいえ、もともとはそこまで深いつながりがなかった井波のために力を尽くしていらっしゃいます。山川さんのなかで、何がモチベーションになっているのでしょうか?

山川:やはり地域の方々に「自慢できるところができた」と言ってもらえるのがすごく嬉しいですね。ベッドアンドクラフトを始めたころなんて、地元の人から自虐混じりに「なんで井波に来たの?」と言われていましたからね。もちろん謙遜でおっしゃっているのですが、自分が暮らす町をそんなふうに思ってしまうのは残念だなあと。それが最近では、地域の方々に「ベッドアンドクラフトがある井波だよ」と自慢してもらえるようになった。多少はシビックプライドにも貢献できたように思います。

―――もはや宿泊施設の運営の域を超えて、町づくりに近い活動ですね。

山川:「町づくり」というと大きなスケールになってしまいますが、自分たちの手で暮らしやすい環境を整えている感覚ですね。例えば、最近はパン屋さんを誘致したんですよ。それまで井波には路面店のパン屋さんが一軒もなかったんです。だから、単純に僕自身が「朝から美味しいパンを食べたい」と思って。ほぼ自分のためですが、きっと町の人も喜んでくれるだろうと、頑張ってオーナーさんを口説き落としました。また、今はコーヒー屋さん、クラフトビール屋さん、2軒目のパン屋さんのオープンも控えています。そうやって自分とみんなの幸せにつながる機能が一つひとつ増えていったら、ちょっとずつ町が良くなっていくのかなと思います。

山川さんが誘致した「baker’s house KUBOTA」。町の人たちも「井波で行列なんて何十年ぶり?」と喜んでいたそう(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川さんが誘致した「baker’s house KUBOTA」。町の人たちも「井波で行列なんて何十年ぶり?」と喜んでいたそう(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

(画像提供/ベッドアンドクラフト)

(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――最後に、今後の目標を教えてください。

山川:そもそも井波が「木彫りの町」になったのは、瑞泉寺が焼失した際に京都から彫刻師の前川三四郎が招かれ、地元の宮大工らにその技法を伝えたことがきっかけです。そこから井波彫刻が誕生し、伝統文化として受け継がれてきました。ですから、今度は井波から日本中にどんどん人材を輩出し、新しい文化を根付かせていくようなことができたらいいなと思います。

そのために、今はそうした「文化の源泉」になる人を一人でも多く井波に呼びたいと思うんです。モノづくりの文化に惹かれて移住した僕のように、この町の職人さん、その至芸に魅力を感じ「自分ならこういうことができる」という意欲を持った人がもっと集まってくれたら嬉しいですね。

●取材協力
ベッドアンドクラフト

住宅街の路地奥、築35年アパートを子育て世帯の”村”に! カフェ・託児所など集う「シェアアトリエ・つなぐば」埼玉県草加市

埼玉県草加市の住宅街にある「シェアアトリエつなぐば」。築35年の鉄骨2階建てアパートをリノベーションした施設内には、子連れでも働けるシェアアトリエやコワーキングスペースとしても開放しているギャラリーワークスペースのほか、カフェ、託児所、美容室などが入居し、地域ににぎわいを生んでいる。運営を担うのは「つなぐば家守舎」代表で、建築家の小嶋直さん。立ち上げの経緯やこれまでの活動内容、そして今後のコミュニティづくりについて聞いてみた。

子育て世帯が集まる「村」のようなコミュニティ

――はじめに、「シェアアトリエつなぐば」を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

小嶋直(以下、小嶋):もともとは「シェアアトリエ」というより、みんなが集まって一緒に過ごせる空間をつくりたかったんです。というのも、私が隣町の川口市で借りていた設計事務所がそういった場所だったんですよ。

「つなぐば家守舎」代表の小嶋直さん(写真撮影/松倉広治)

「つなぐば家守舎」代表の小嶋直さん(写真撮影/松倉広治)

小嶋:そこは駅から離れていたものの、カフェやギャラリー、革小物店、焼き菓子店など、さまざまお店が集まっており、1つの村みたいだったんですよね。そして、私も含めてまわりの結婚や出産のタイミングが重なり、いつしか同じ敷地内で家族やパートナーが集まって働いたり、一緒にご飯をつくって食べたり、みんなで子どもを見守ったり……そういった生活が当たり前になっていました。

――とても楽しそうです。

小嶋:そこに遊びに来た人たちからも「羨ましい」と言われることが多く、こういった生活が豊かな暮らしなんだと思いました。だから、この場所以外にも仕事や子育てをシェアできるコミュニティを広げたいなと考え始めたのがきっかけになります。

そしてある日、草加市が主催するリノベーションスクールに講師として参加することになりました。そこで「つなぐば家守舎」を一緒に運営することになる、松村美乃里さんと出会ったんです。

松村さんは結婚を機に草加市へ引越してきたのですが、縁もゆかりもない街になかなか愛着が持てなかったそうなんです。ただ、出産を機に「私が地元・静岡を愛しているように、子どもにも生まれた場所を大事にしてほしい」と思うようになったと。そこで、2015年に草加市のスタートアップ事業「わたしたちの月3万円ビジネス」を受講され“子連れで働ける場所をつくりたい”という思いを持っていたんです。

――そんな松村さんとリノベーションスクールで出会い、意気投合されたと。

小嶋:そうですね。地域コミュニティを運営したい私と、子育てをする人が集まれる場所をつくりたい松村さんの考えが合致し、リノベーションスクールで「シェアアトリエつなぐば」の原型となる提案をさせていただきました。

リノベーションスクールの様子(画像提供/つなぐば家守舎)

リノベーションスクールの様子(画像提供/つなぐば家守舎)

――この場所は、リノベーションスクールから提供された物件だったのでしょうか?

小嶋:いえ。僕らが本来リノベーションしようとしていた対象物件は別にありました。ただ、契約予定の前日に火事に遭ってしまったんです……。

――なんと。プロジェクトはどうなりましたか?

小嶋:工事業者への発注や会社設立の準備はしていましたが、肝心の物件が燃えてしまったので、全て白紙に戻りましたね。その後、1年近く新たな物件を探していたものの、納得する場所を見つけることはできませんでした。

――残念ですね。では、この場所はどのように見つけられたのでしょうか?

小嶋:当時、ここの大家さんが「この建物が空き家になってしまうので公園にしたい」という、処分の相談を市役所に持ちかけていたそうなんです。そこで、市役所の方を通じて大家さんとのご縁をいただき、この場所を見せていただくことになりました。

――第一印象はいかがでしたか?

小嶋:思い描いていたイメージに合う場所だなと思えました。まず、僕らのなかで決め手になったのは、公園内の3本の木です。私たちの会社「つなぐば家守舎」のロゴマークは3つの葉っぱをつなげたデザインなのですが、この物件の目の前にも似たような木が3本植えられていたんですよ。また、内装も一階に業務用厨房が入っていたことで、さまざまな構想が浮かびました。

「シェアアトリエ つなぐば」の前の八幡西公園に植えられた3本の木(写真撮影/松倉広治)

「シェアアトリエ つなぐば」の前の八幡西公園に植えられた3本の木(写真撮影/松倉広治)

――内見の時点で、どんどんイメージが膨らんできたわけですね。

小嶋:そうですね。もちろんメインである「子連れで働けるシェアアトリエ」としても、目の前に公園があることで子どもが安全に遊べますし、スペースも広かったので車で来られる方々の駐車場にも申し分ないなと。僕らにはうってつけの場所だと思い、借りることを決意しました。

「DIO(ほしい暮らしは私たちでつくる)」の精神を大切に

――契約後、「DIO(Do it ourselves)=欲しい暮らしは私たちでつくる」をテーマに掲げました。どのような意図があったのでしょうか?

小嶋:この場所の利用者を募集する説明会を行った際、みなさんから「シェアアトリエってどういう場所なんだろう」という不安の声が聞こえてきました。ただ、僕らとしてはこちらから「こういうことをやる場です」と示すのではなく、“興味を持ってくれた方々のやりたいことを、全て叶えられる場所”にしたかった。そこで、「やりたい場所が無いなら自分たちでつくっていこう」という思いを込めて「DIO」という言葉が生まれました。

――工事も自分たちで行ったとか。まさに、DIOの精神ですね。

小嶋:はい。「DIO」の合言葉に興味を持ってくれた方々や地域の方々と一緒に、アパートの工事をスタートさせました。未経験の方ばかりだったので、解体工事や断熱材の設置、左官工事などは職人さんを講師に招き、ワークショップ形式にして大人も子どもも楽しめるように進めましたね。

解体中に出てきた廃材は、内装や棚などの備品に再利用した(写真撮影/松倉広治)

解体中に出てきた廃材は、内装や棚などの備品に再利用した(写真撮影/松倉広治)

――その後、晴れて2018年6月にオープン。現在は、どのような形で運営しているのでしょうか?

小嶋:さまざまなライフスタイルに対応できるよう、複数の契約形態を用意しました。一本の木で例えると、根の部分が僕ら「つなぐば家守舎」になります。そして、月極で常時利用する「パートナー」が幹、月1回以上の定期利用をする「セミパートナー」が枝、そして単発で利用する「サポーター」が葉と捉えています。

利用者の多くは「自分の得意なことや趣味を仕事にしたい」という方々で、みなさん家事や子育てをしながら無理のない範囲で携わってくれていますね。また、「仕事につながる・母親とつながる・地域とつながる」のコンセプト通り、ここに来ることでいろんな“つながり”が生まれていると思います。

東武鉄道伊勢崎線・新田駅から徒歩15分の「シェアアトリエ つなぐば」。さまざまなスペースでワークショップやミーティングなどでの利用が可能(写真撮影/松倉広治)

東武鉄道伊勢崎線・新田駅から徒歩15分の「シェアアトリエ つなぐば」。さまざまなスペースでワークショップやミーティングなどでの利用が可能(写真撮影/松倉広治)

オープンから1年後に入居した美容室「コルジャヘアー spa&nail」。子どもがいる美容室のスタッフも「つなぐば」のコンセプトに共感してくれたそう(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから1年後に入居した美容室「コルジャヘアー spa&nail」。子どもがいる美容室のスタッフも「つなぐば」のコンセプトに共感してくれたそう(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから2年後に入居した託児所「ton ton's toy」。もともとはカフェスペースでお子さんの面倒を見ていたパートナーさんが独立し、開業(画像提供/つなぐば家守舎)

オープンから2年後に入居した託児所「ton ton’s toy」。もともとはカフェスペースでお子さんの面倒を見ていたパートナーさんが独立し、開業(画像提供/つなぐば家守舎)

「シェアアトリエ つなぐば」のマップ(画像提供/つなぐば家守舎)

「シェアアトリエ つなぐば」のマップ(画像提供/つなぐば家守舎)

――今では1階にカフェスペースをはじめ、アトリエテーブル、クラスルーム、ウッドデッキ、2階にギャラリーワークスペース、託児所「ton ton’s toy」、美容室「コルジャヘアー spa&nail」、建築事務所「co-designstudio」と、さまざまな機能を持っていますね。

小嶋:そうですね。カフェスペースには近隣に住むママさんやパパさんが飲食店を出店してくれたこともあって、地域の憩いの場となりました。また、アトリエテーブルやクラスルームではフラダンスや茶道、アロマなどのワークショップが開催され、ギャラリーワークスペースではクリエイターが仕事をしています。

時にはこの場所をきっかけに、自分が好きなこと、やりたいことに気づく人もいます。以前、普段はカフェのパートで働いてくれている人が月2回、曲げわっぱのお弁当屋を開いていたのですが、そのうち料理そのものより「曲げわっぱに具材を詰めていく」ことが好きなのだと気づき、「具材を詰めるワークショップ」を始めたなんてこともありましたよ。

カフェのキッチンをママさん達が日替わりで利用。毎日違う料理を楽しめる(写真撮影/松倉広治)

カフェのキッチンをママさん達が日替わりで利用。毎日違う料理を楽しめる(写真撮影/松倉広治)

小嶋:あとは、さまざまなスキルを持った人が集まっているからこそ、実現することも多いです。例えば以前、利用者から「娘の七五三の着付けをお願いしたい」という相談があった際も、パートナーのなかにカメラマン、着付けが出来る人が在籍していて、2階に美容室が入居していたため、すぐに対応することができました。その経験から、「つなぐば写真館」として公に募集したところ、多くの人に七五三の撮影の申し込みをしてもらえましたよ。

――まさに、DIO(欲しい暮らしは私たちでつくる)の精神が根付いているようですね。

小嶋:最近ではDIOの精神が子どもたちにも伝播し「子ども会」が立ち上がりました。月に1回、子どもたち主導でやりたいことを企画してもらい、それを形にできるようにパートナーや親がサポートしています。例えば、昨年は夏の思い出をつくれるように、水遊びとスイカ割りを開催しました。最近では、スライムの販売や、目の前の公園で昆虫探しを企画しましたね。

子どもが販売する、スライム屋さん(画像提供/つなぐば家守舎)

子どもが販売する、スライム屋さん(画像提供/つなぐば家守舎)

大人が見守っているため、安心して参加できるそう(画像提供/つなぐば家守舎)

大人が見守っているため、安心して参加できるそう(画像提供/つなぐば家守舎)

また、最近では僕がこの場にいなくても、パートナーが自主的にプロジェクトを立ち上げることが増えてきました。そこからさらに発展して、新しい仕事や職業が生まれていくこともあるんじゃないかと思います。そんな大人たちの姿を見た子どもたちが、将来やりたいことを見つけるきっかけになったら嬉しいですね。

オープン後、錆びて破れた金網のフェンスを撤去してもらい、生け垣の一部を排除。それにより、建物と公園の行き来がスムーズになり、公園でくつろぐ人も増えたそう。その後、公園管理制度を使い、「つなぐば家守舎」が遊具の安全性や芝生の状態などを含めた公園の管理も行うようになったとのこと(画像提供/つなぐば家守舎)

オープン後、錆びて破れた金網のフェンスを撤去してもらい、生け垣の一部を排除。それにより、建物と公園の行き来がスムーズになり、公園でくつろぐ人も増えたそう。その後、公園管理制度を使い、「つなぐば家守舎」が遊具の安全性や芝生の状態などを含めた公園の管理も行うようになったとのこと(画像提供/つなぐば家守舎)

多世代が豊かな暮らしを感じられるコミュニティに

――オープンから約2年後に「コロナ禍」になりました。影響はいかがでしたか?

小嶋:最初の数カ月はお店を閉め、全ての活動がストップしてしまいました。パートナーさんの収入が絶たれてしまった状況を歯がゆく思っていましたし、「人が集まる」という最大の価値が失われてしまい、関係者の多くがもどかしさを感じていました。

そんななか、あるパートナーさんから「目の前の公園に屋台を出し、お弁当やお菓子のテイクアウト販売をしませんか?」という提案がありました。早速、イベントで使用していた屋台を園内に常設することにしたんです。すると、学校が休校になった子どもたちや、行くところがなくストレスを抱えていた人たちが日中の公園に集まってくれるようになって。

その時に改めて「この地域って、こんなにもたくさんの人がいたんだ」と実感しました。同時にオープンから間もない「つなぐば」を、地域のみなさんに知ってもらうきっかけになったように思います。

――パートナーのアイデアが、ピンチをチャンスに変えたわけですね。

小嶋:そうですね。イベントは過去にも開催していましたが、わざわざ遠くのエリアから出店者を呼んだり、お客さんを郊外から集めるような大規模なものでした。でも、これからはもっと地域の人たちに貢献したいと思うようになり、近隣のお店をメインにした月2回のマルシェ「つなぐ八市」を開催することにしたんです。

毎月第2土曜日と第4水曜日に開催される「つなぐ八市」。豆腐屋や餃子屋のほか、焼菓子やビールなどが販売されている(画像提供/つなぐば家守舎)

毎月第2土曜日と第4水曜日に開催される「つなぐ八市」。豆腐屋や餃子屋のほか、焼菓子やビールなどが販売されている(画像提供/つなぐば家守舎)

――地域の方々の反応はいかがでしたか?

小嶋:近隣のお店をメインにしたものの、意外と地域の方々も地元にそうした店があることを知らなかったんですよ。マルシェで初めてお互いの存在を知った出店者とお客さんが楽しそうに会話している姿を見た時に、やっぱりこういうものが求められているんだなと実感できました。

「つなぐ八市」は“イベント”ではなく、“日常のシーン”にしたいと思っています。イベント化してしまうと、コロナのような有事の際は中止せざるを得なくなる。そうではなく、「つなぐ八市」は地域の人たちにとっての日常、いつでも当たり前にやっているマーケットを目指したいんです。

不動産屋さんがなぜ米づくり?! 松戸のまちづくりで知られるomusubi不動産、コミュニティづくりは農業だ!

千葉県松戸市にある「omusubi不動産」。一般的な不動産会社は物件への入居希望者と物件をマッチングし、契約を結ぶところまでが仕事だが、同社の場合はむしろ契約してからがスタート。入居者や地域の人たちと一緒に田植えを行うなど、ユニークなアプローチでコミュニティづくりを行っている。
「お米づくりとコミュニティ形成は似ている」と言うomusubi不動産の殿塚建吾さん。その共通点やコミュニティづくりにおける具体的な仕掛け、また、10年にわたり関わり続けている千葉県松戸の街がどう変化してきたかなど、じっくりお話を伺った。

お米づくりはコミュニティの原点

――「omusubi不動産」では、物件の入居者や地域の人たちと田んぼを管理し「お米づくり(田植え、稲刈り)」などを行っています。まず、そもそもなぜお米づくりだったのか、経緯から教えてください。

殿塚建吾(以下、殿塚): うちは祖父の代から不動産会社(omusubi不動産とは別会社)を営んでいて、将来は自分も不動産業に関わるんだろうなと漠然と考えていました。一方、母方は農家だったこともあって、田舎での自給自足の暮らしにもなんとなく憧れを持っていたんです。

そこで、不動産業と田舎のライフスタイルを融合したような働き方ができないかと思い、2012年に「自給自足」をテーマにしたトークイベントやワークショップなどを行う「green drinks松戸」を立ち上げました。同時に、知人から紹介してもらった千葉県白井市にある田んぼで米づくりに挑戦してみることにしたんです。

omusubi不動産の殿塚建吾さん。幼稚園のころから松戸で育ち、新卒で中古マンションのリノベーション会社に就職。その後、企業のCSRプランナーを経て、房総半島にある古民家カフェ「ブラウンズフィールド」に居候。2011年の東日本大震災を機に松戸へ戻り、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MAD City」に参加。2014年、「omusubi不動産」を立ち上げる(写真撮影/松倉広治)

omusubi不動産の殿塚建吾さん。幼稚園のころから松戸で育ち、新卒で中古マンションのリノベーション会社に就職。その後、企業のCSRプランナーを経て、房総半島にある古民家カフェ「ブラウンズフィールド」に居候。2011年の東日本大震災を機に松戸へ戻り、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MAD City」に参加。2014年、「omusubi不動産」を立ち上げる(写真撮影/松倉広治)

――その後、2014年に「omusubi不動産」を立ち上げていますが、最初から入居者のみなさんと一緒に田んぼをやるつもりだったんでしょうか?

殿塚:いえ、当初はあくまで僕の個人的な活動として、地元の農家さんに手伝ってもらいながら田んぼをやるつもりでした。でも、たまたま田んぼに遊びにきた近所の人が家探しをしていて相談に乗ったり、逆にomusubi不動産で仲介した入居者さんが田んぼに興味を持ったりと、両方が結びつくようになっていって。次第に多くの人が田んぼに集まるようになりましたね。その時に、お米づくりってコミュニティをつくるのにすごく適しているんじゃないかと思ったんです。それから、会社のイベントとして参加者を募り、希望する入居者の方に田植えや稲刈りに参加してもらうようになりました。

千葉県白井市にある田んぼ。母方の祖父母の家からも近く、縁を感じたそう(画像提供/加藤甫)

千葉県白井市にある田んぼ。母方の祖父母の家からも近く、縁を感じたそう(画像提供/加藤甫)

――お米づくりのどんなところがコミュニティ形成に適していると思いますか?

殿塚:お米づくりは自然との戦いでもあります。人間一人きりでは、とても厳しい自然と対峙することはできません。田んぼをやっていると、自然相手には到底ひとりで生きるのは無理だろうなと嫌でも感じます。だから、大昔の先人たちも、みんなで力を合わせて田んぼを守り、お米をつくってきたのだと思います。

そういう意味では、米づくりはコミュニティの原点と言えるかもしれません。実際、「omusubi不動産」も田んぼを通じて入居者さん同士はもちろん、地域の方々も含めた豊かなコミュニケーションが生まれる、きっかけになっています。

空き家を「DIY可の賃貸」として貸し出し新京成線・みのり台駅から徒歩6分の「omusubi不動産」。omusubiの頭文字である「O」には、「Organic(食べもの、身につけるものの素材や人のつながりも有機的に)」「Old(古くても懐かしいもの)」「Ourselves(身の回りのことはできるだけ、自分自身で)」「Originality(それぞれの個性やオリジナリティを尊重すること)」。この4つの“Oを結ぶ”存在になりたいという意味が込められている(写真撮影/松倉広治)

新京成線・みのり台駅から徒歩6分の「omusubi不動産」。omusubiの頭文字である「O」には、「Organic(食べもの、身につけるものの素材や人のつながりも有機的に)」「Old(古くても懐かしいもの)」「Ourselves(身の回りのことはできるだけ、自分自身で)」「Originality(それぞれの個性やオリジナリティを尊重すること)」。この4つの“Oを結ぶ”存在になりたいという意味が込められている(写真撮影/松倉広治)

――omusubi不動産では、古民家やレトロな団地、空き家などを積極的に取り扱っています。古い建物の利活用に注目したのはどうしてでしょうか?

殿塚:祖父母の家が古民家のような造りだったこともあり、もともと古い建物に愛着がありました。それに、まだ使える空き家を取り壊し、新しく建て替えるのはもったいないと感じていたので、自分が不動産の世界に関わるなら既存の建物を活かしたいと思ったんです。新卒で中古マンションのリノベーション会社に入ったのも、それが動機ですね。

――既存の物件をそのまま貸し出すのではなく、「DIY可能」や「シェアOK」といった付加価値をつけているのも特徴ですよね。

殿塚:もちろん、こちらでリノベーションをして物件の魅力を高め、高い賃料で貸すという方法もあります。でも、それが通用するのって高額家賃でも借り手がつく都心部だけで、松戸のような場所だと賃料をそこまで上げることは難しいですよね。だったら、入居者さんご自身が自由に改修できる「DIY可能物件」として貸してしまえば、オーナーさんも改修コストがかかりませんし、入居者側も「自由に物件が使える」「安くDIYを始められる」など、双方にメリットがあるだろうと考えました。

実際に借りてくださっているのはデザイナーやイラストレーターなど、クリエイターの方が多いですね。他には、DIYに挑戦したい公務員の方などもいます。ちょっと変わったタイプの物件なので、それに共感してくれるユニークな感性を持った人が多いように思います。

――ちなみに、空き家はどう探していますか? また、そのオーナーとどうやって知り合うのでしょうか?

殿塚:改修費の負担が大きい古い建物って市場になかなか出てこないので、足で探すしかありませんでした。よさそうな建物を見つけたら、役所で所有者を調べてお電話したり、建物にお手紙を投函したりして、本当に地道な活動です。ただ、今では知り合ったオーナーさん側から所有物件のご相談をいただくこともありますし、月に100件以上は見つかるようになりました。なかには、これまで空き家を積極的に活用する気はなかったけど、「街が面白くなるならいいよ」と快く貸してくださるオーナーさんもいましたね。

居酒屋の廃業を機に、オーナーさんから預かった物件。今ではお蕎麦屋や革製品のアトリエが入居している(写真撮影/松倉広治)

居酒屋の廃業を機に、オーナーさんから預かった物件。今ではお蕎麦屋や革製品のアトリエが入居している(写真撮影/松倉広治)

――その結果、「DIY物件」の取り扱い数が日本一になったと。ちなみに、空き家を取り扱う上での苦労みたいなものはありますか?

殿塚:たとえば権利関係なども物件によりさまざまですし、空き家の場合は前オーナーの荷物や家具などがそのままになっていることもあります。一般的な賃貸物件のようにマニュアル通りに進められることはほとんどなく、個別に問題を解決していかなければいけないのは空き家ならではだと思いますね。

子どものころから憧れていた建物を再生

――住居以外にクリエイティブスペースも手がけられていますが、特に面白いのが「せんぱく工舎」です。古い社宅にクリエイターが集まるこのスペースは、どういう経緯で誕生したのでしょうか?

殿塚:ここは、もともと船の会社が持っている築60年の社宅でした。僕の母校の近くにあったので、学生の頃からカッコいい建物だなと思っていたんです。大人になり、松戸に戻ってきてから改めて見てもその印象は変わりませんでした。長く空き家でボロボロな状態ではありましたが、400平米もの大きなスケールの建物ですし、うまく活用できたら街のランドマークになるんじゃないかと。

そこで、オーナーである神戸の会社に手紙を出し、協議を重ねた結果、現在のような形で使わせてもらえることになったんです。

「せんぱく工舎」。改修中の部屋からは阪急ブレーブスのブーマーが満塁ホームラン打ったときの新聞が出てきたそう(画像提供/omusubi不動産)

「せんぱく工舎」。改修中の部屋からは阪急ブレーブスのブーマーが満塁ホームラン打ったときの新聞が出てきたそう(画像提供/omusubi不動産)

――改修はかなり大変だったのでは?

殿塚:外観は刷新しましたが、内部はDIY物件として貸す前提で、最低限の改修のみ行いました。そのぶん家賃を抑えて、入居者さんが好きに手を加えられるようにしています。余談ですが、改修する時って建物を布で囲うじゃないですか。なので、地域の人は布で囲われた様子を見て解体が始まったと思いきや、囲いが外されるやいなや綺麗な外観に生まれ変わっていてビックリされていましたよ。

オーナーとの交渉から2年後にオープン。1階にはカフェやスコーン屋、本屋、スペインバル、劇団の事務所、2階にはクリエイターの工房が入る(画像提供/omusubi不動産) 

オーナーとの交渉から2年後にオープン。1階にはカフェやスコーン屋、本屋、スペインバル、劇団の事務所、2階にはクリエイターの工房が入る(画像提供/omusubi不動産) 

――部屋数も多く、立地的にも満室にするのは大変だったと思います。どのように入居者を集めたのでしょうか?

殿塚:リノベーションしたとはいえ、古い建物には変わりません。なので、一般的なスペースとは異なることを理解してもらうために、完成前からSNSでの告知に力を入れたり、内覧ツアーを組んだりしていました。また、廊下を塗ったり、外にウッドデッキをつくったりするワークショップなども定期的に行い、みんなで協力しながら少しずつ街に開いていきました。そうした取り組みのなかからさまざまなつながりが生まれ、最終的には多くの人に借りていただくことができましたね。

――DIY賃貸物件の場合、特別な入居の審査はあるのでしょうか?

殿塚:「せんぱく工舎」は何かにチャレンジしたい人、叶えたい夢がある人の土台になる場所だったり、クリエイティブな活動を始めたい人の学校のような場所にしたいと考えていますので、そうした方々を迎えています。実際、面白い人が多いと感じますし、さまざまな才能が集まることによる化学反応みたいなものも生まれていますよ。

例えば、omusubi不動産の事務所がある「あかぎハイツ」に出店しているキッチンカーは、オーナーも車をデザインしたデザイナーも、ロゴを描いたイラストレーターも全て、「せんぱく工舎」の入居者だった方々です。業種もスキルもバラバラな入居者同士が新しいプロジェクトを生み出したり、退去後もつながって一緒に街で活動してくれるのは、とても嬉しいですね。それに、そうやって面白い人が一箇所に集まりコラボすることで様々な仕掛けが生まれ、街自体の魅力も高まっていくと思うんです。

――「せんぱく工舎」では街に開いたイベントも行っていますよね。

殿塚:月に一度の「ゆるっとオープンデー」というイベントでは、入居者同士がコラボ料理を開発したり、2階のクリエイターが個展を開いたりしています。また、以前は入居者さんの発案で生まれた「おもかじ祭」や「とりかじ祭」というイベントに紐づけて、街なかを巡るイベント「やはしら日々祭」を同時開催したこともあります。

1階のベルエンザイム、星子スコーン、せんぱくブックベース、エルアルカと、2階のTransMeatがコラボした「せんぱく弁当」(画像提供/omusubi不動産)

1階のベルエンザイム、星子スコーン、せんぱくブックベース、エルアルカと、2階のTransMeatがコラボした「せんぱく弁当」(画像提供/omusubi不動産)

――殿塚さんはそうした「せんぱく工舎」のイベントだけでなく、2018年からは国際芸術祭「科学と芸術の丘」の企画・運営にも携わっています。そうしたイベントや、これまでの活動の結果として、松戸の街自体が盛り上がってきたと感じますか?

松戸市で行われる「科学と芸術の丘」では国の重要文化財である「戸定邸」のほか、松雲亭、戸定が丘歴史公園にて、国内外のアーティストによる作品展示やトークイベント、ワークショップを開催(画像提供/加藤甫)

松戸市で行われる「科学と芸術の丘」では国の重要文化財である「戸定邸」のほか、松雲亭、戸定が丘歴史公園にて、国内外のアーティストによる作品展示やトークイベント、ワークショップを開催(画像提供/加藤甫)

今年は初年度のようにマルシェも開催予定とのこと(画像提供/加藤甫)

今年は初年度のようにマルシェも開催予定とのこと(画像提供/加藤甫)

殿塚:僕の活動の成果どうこうは置いておいて、松戸がどんどん面白くなっているのは間違いないですね。「せんぱく工舎」がオープンしたのと同時期に、シェアカフェがオープンしたり、都内にある有名な本屋がなぜか松戸に出店してきたりと、面白いお店が一気に増えています。

それに、数年前に比べて「この街で何かを始めたい」と考える人が増えたように感じます。以前は松戸で新しい試みを始める時には、まず我々に声がかかり、何かしらの形で関わることが多かったんです。でも、今は僕らと全く関係のないところで人が集まり、どんどん面白い動きが始まっている。街がイキイキと動き始めた感じがして、とても喜ばしいことだなと。

これまでのように僕らが声をあげて「松戸にきませんか?」「一緒に楽しいことしませんか?」と呼びかけなくても、まちの外の方から松戸を面白がって来てくれるようになったのは、大きな変化だと思います。

2020年には下北沢の「BONUS TRACK」でコワーキングスペースの運営。さらに昨年からは東急が手掛けている、学芸大学の高架下活用プロジェクトなど、松戸以外にも活動の幅を広げている(画像提供/加藤甫)

2020年には下北沢の「BONUS TRACK」でコワーキングスペースの運営。さらに昨年からは東急が手掛けている、学芸大学の高架下活用プロジェクトなど、松戸以外にも活動の幅を広げている(画像提供/加藤甫)

――不動産会社の枠を超え、どんどん活動の領域が広がっていますが、今後はどのようなことにチャレンジしていきますか?

殿塚:これから注力していきたいのは「人が集まって暮らすことの再構築」。つまり、コミュニティをリノベーションすることです。単に住居や活動の場所を用意するだけではなく、そこに住む人たちや集まる人たちが楽しく幸せに過ごせたり、そこで何かをやりたいクリエイターが力を発揮しやすい環境を整えること。もちろんこれまでにも取り組んできたことですが、より意識的に取り組んでいけたらと考えています。

(写真撮影/松倉広治)

(写真撮影/松倉広治)

――そして、お米づくりも続けていくと。

殿塚:そうですね。コミュニティーづくりって、田んぼへの向き合い方と似ていると思うんです。田んぼも、苗が育ちやすい環境を整備することがとても重要で、場づくりと全く同じですよね。管理する人がしっかり手をかけないと、良いコミュニティは育っていかない。お米づくりをしていると、改めてそのことに気付かされますね。そうした原点を忘れないためにも田んぼは今後も続けながら、コミュニティのリノベーションの事例を増やしていきたいです。

●取材協力
omusubi不動産

地元の北本団地が高齢化。生まれ育った子どもたちが住居付き店舗をジャズが流れるコミュニティスペースに 埼玉県

総戸数2000戸を超える巨大な団地「北本団地」(埼玉県北本市)。しかし、高齢化や少子化に伴って入居数は年々減り、団地中心部の商店街もシャッター通りと化していた。そこで2021年に発足したのが「北本団地活性化プロジェクト」だ。北本団地出身・在住のまちづくりチーム「暮らしの編集室」を主体に、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構の5者が連携し、団地の活性化に取り組んできた。

どうにかして“ふるさとの団地”と関わりたかった

その最初の取り組みが、団地内にある商店街の活性化だ。商店街にある20の建物は全てが住居付店舗(1階店舗、2階住宅)になっているが、その一つをジャズが流れるコミュニティスペース「中庭」として再生。1階は「暮らしの編集室」が改装し、2階の住居部分はMUJIHOUSEとUR都市機構がリノベーションした。なお、2階部分には中庭を運営する夫妻が暮らしている。商店街の住居付店舗を再生し、そこに住みながら地域活性化に取り組むという、全国的にも珍しい試み。その背景や目的、これからについて「暮らしの編集室」メンバーの江澤勇介さん、岡野高志さんに伺った。

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

――2021年にスタートした「北本団地活性化プロジェクト」ですが、その主体である「暮らしの編集室」設立の経緯から教えてください。

岡野高志(以下、岡野):私は北本市の観光協会に勤めているのですが、2019年に埼玉県と北本市から「街を活性化するために、商店街や中心市街地で何かできないか」と相談を受けました。そこで、まずは北本駅前周辺にある空き店舗を活用して何かを始めようと考え、地元の友人だったカメラマンの江澤と建築家の若山に声をかけ「暮らしの編集室」を立ち上げたんです。

江澤勇介(以下、江澤):暮らしの編集室のコンセプトは、地元・北本に暮らしながら楽しめる街をつくっていくこと。北本市って典型的な郊外のベッドタウンで、手付かずの自然や田畑のほかには「何もない街」なんです。でも、何もないからこそ、何か新しいことをやるためのフィールドや余白が残っていると思いました。

――まずは、どんな活動からスタートしましたか?

岡野:はじめは、「市民がチャレンジできる場所」をつくりたいと思い、「暮らしの編集室」の拠点を兼ね、1日からレンタルできるシェアキッチン「ケルン」をつくりました。立ち上げから2年半が経ちますが、延べ35組の方々にご利用いただき、現在は1カ月のうち平均20日くらいは稼働しており、地元野菜を使った、さまざまな美味しい料理が食べられる場になっていますよ。

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

――その後、2021年には「北本団地活性化プロジェクト」を発足させていますが、そもそも北本団地に目を向けた理由というのは?

江澤:北本団地は僕が生まれ育った場所なんです。団地を出た後も「団地祭」という夏祭りには毎年訪れていたのですが、年々衰退していくのを目の当たりにしてきました。とはいえ、自分も今は住んでいないし、関わりしろもない。仕方ないと思いつつも、団地内の商店街がシャッター通りになったままなのは寂しくて。地元の同級生とも「どうにかしたいね」と話していたんです。

岡野:私も団地には7年ほど住んでいます。北本団地は北本町が市になった1971年に完成し、総戸数2000戸を超える巨大な団地として注目を集めました。しかし、次第に高齢化が進み、団地内の商店街の店舗も少しずつシャッターを下ろすようになっていったんです。2021年3月には、団地の子どもたちが通うためにつくられた小学校も閉校してしまいました。

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

江澤:僕も岡野も昔の活気ある商店街の風景を覚えているだけに、非常に寂しい気持ちでした。そして、せっかく「暮らしの編集室」をつくったのだから、北本団地の空き店舗を活用して何かできないかと考えたんです。それから、「ケルン」の運営と並行して、その可能性を模索するようになりました。

――まずは「ケルン」と同様に、自分たちで北本団地の空き店舗を借りたと伺いました。

岡野:そうですね。そこは「ケルン」の成功体験が大きかったと思います。一般的なお店ではなく、ケルンのシェアキッチンのような入り口があれば、その場所を使いたい人が集まってくる。そして、そのコミュニティをきっかけにさまざまな展開が起こる流れを体験していたので、団地でも同じことができるのではないかと考えました。

団地活性化のカギは「住居付店舗の再生」

――「北本団地活性化プロジェクト」には「暮らしの編集室」に加え、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構が参加しています。連携することになった経緯を教えてください。

岡野:もともと、北本市とは地域づくりの事業を進めてきた実績がありました。また、良品計画には私の知人がいて、北本団地についても相談していたんです。良品計画も団地の活性化には課題感を持っていて、これから団地や商店街に活気を呼び起こすには「住宅付店舗」(1階が店舗、2階が住宅)のような、職住隣接の暮らし方がキーになるということでした。ぜひ北本団地でも敷地内の商店街にある既存の住居付店舗を積極的に活用したいと考え、団地を管理するUR都市機構へ提案しにいきました。

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

――それが採択され、大きなプロジェクトへ発展していったわけですね。プロジェクトのなかで「暮らしの編集室」はどんな役割を担っているのでしょうか?

江澤:僕らは現場でプロジェクトを主導するプレイヤーですね。街づくりでありがちなのは、支援者は多いのに、実際にそこで何かをやる人、現場を動かす人がいないことです。特に少子高齢化が進んでいる団地はネガティブなものとして捉えられ、進んでやりたがる人は多くありません。でも、ここは僕らの地元ですし、発起人としての責任もある。そこで、「暮らしの編集室」のメンバーが実際に現場で動くプレイヤーとなり、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構にバックアップしてもらう体制をとっています。

――では、「住宅付店舗」を再生させる取り組みを進めるにあたり、最初に何から始めたのでしょうか?

岡野:「きたもと未来会議」というワークショップを開きました。「団地の活性化」とか「街の未来」といっても漠然としているし、描くものは人によって違うじゃないですか。ですから、まずはみんなが「この場所をどうしたいか」について話し合い、共通言語をつくる必要があると考えたんです。会議には団地の自治会の人、商店街の人、UR都市機構の人、地元の友人などを招き、団地や街に対する思いをぶつけてもらいました。

江澤:従来の団地の自治会でも会議は行われていましたが、これまではそこで出た住民の要望をUR都市機構に伝えるだけでした。でも、今は自治会とUR都市機構、そして僕たちも含めたプロジェクトのメンバーがともに顔を付き合わせて、団地の未来について考えています。直接コミュニケーションをとることでアイデア出しや意見交換も活発に行われるようになり、例えば自治会からはコロナ禍で2年間開催できていない「団地祭」についての相談が出たり、UR都市機構からは「団地の広場を防災のために活用してはどうか」という提案が出たりしています。

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

――みんなで一丸となって「団地や暮らしを良くしていこう」という気概が感じられますね。

岡野:もちろん、それまでにも多くの人が良くしようという気持ちは抱いていたと思います。でも、それがうまく形にできていなかったし、そもそも思いをぶつけられる場がなかった。「暮らしの編集室」では“コミュニケーションを軸とした編集”を基本にしています。だから、みんながフラットに話せる場はとても重要なんです。

――今回の住居付店舗再生の取り組みにあたって苦労した点はありますか? 5者が連携するとなると、足並みをそろえるのも大変だと思うのですが。

江澤:みなさん同じ目線で考えてくださったので、その部分での苦労はありませんでした。しいて言えば、資金繰りですね。「住宅付店舗」を再生させる上で、2階の住宅部分はMUJI×URで改装を行い、1階の店舗部分は「暮らしの編集室」が改装を行ったのですが、僕たちは資金力が豊富にあるわけではありませんでしたから。

岡野:改装には初期投資だけで約350万円かかったんですが、その資金集めはかなり大変でしたね。ふるさと納税型クラウドファンディングで200万円は集まりましたが、足りない部分は会社からの持ち出しによって工面しました。

――どこまで自分たちで改修されたんですか?

江澤:入り口の建具、水回り、電気は工務店にお願いしましたが、その他は自分たちで改修しています。UR都市機構はスケルトン貸し、スケルトン返しが基本なので、例えば天井のほこり留めは塗り直したものの、色はもとのままです。あとは、棚やカウンター、入り口の壁などもDIYしました。

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

「一緒に面白がれる人」に住んでほしかった

――そこに住む人はどう選定しましたか?

岡野:実は、そこが一番のネックでした。プロジェクトは順調に進み1階を「飲食を軸とした交流スペース」にすることまで決定していたものの、肝心の「誰に住んでもらうか」というところが、なかなか決まらなかったんです。初めての試みだけにどういう形になるか分からなかったし、「誰でもいいから住んでほしい」という類いのものでもない。できれば、私たちと一緒にこの場所を“面白がれる”人に来てほしいと思い、慎重に候補を探していました。

江澤:最終的には、僕の知人である落合夫妻が住んでくれることになりました。1階はただのお店ではなく「みんなの居場所」になるようなスペースにしたいと考えていたところ、夫がジャズミュージシャン、妻が喫茶店を営む落合夫妻が「それならジャズ喫茶をやってみたい」と言ってくれたんです。それで、西荻窪(東京)から引っ越していただき、2021年の5月末に「ジャズ喫茶 中庭」がオープンしました。

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

――当初の狙い通り、人が集まる場になっていますか?

江澤:そうですね。現在では落合夫妻だけでなく、地元の人が投げ銭ライブを開催したり、週一でジャズライブを行ったりしています。毎回ライブに来ているお客さんもいて「中庭でのライブ鑑賞が私の趣味になった」と楽しんでくれていますよ。

岡野:お店の1周年記念の時には自治会の人が街宣車を出して、「本日は中庭が1周年です」と告知して回ってくれたんです。「こういうことは、ちゃんと言わなきゃダメだよ」って。自治会のみなさんには本当にいろいろと協力していただいて、感謝しきれません。

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

江澤:正直、団地の人たちとの関わり方は大変だと思います。でも、この2人だからうまくやれていると感じますし、こちらとしても非常に助かっています。実は一度、生音を出した際にクレームが入り、シャッターに生卵をぶつけられたこともあったんですよ。でも、落合夫婦は自粛するのではなく「調整しよう」って言うんです。やりたいことはやりながらも、もしヤダと言われたら折衝していく。疲れるけれど、この場所で新しいことを受け入れてもらうためには欠かせないことなのかなと思います。

「郊外団地」再活性化のモデルケースに

――現在、商店街に「住居付店舗」は20戸あるということですが、他の建物も「中庭」のように再生していくのでしょうか?

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

岡野:そうですね。現在、1階のテナント部分にはスーパーや接骨院、診療所などが入っていますが、2階に暮らしながら運営しているのは「中庭」だけです。せっかくの住居付店舗ですから、やはりそこに暮らしながら地域を盛り上げてくれる人を増やしていきたいと思っています。また、今年5月には同じ商店街内に「まちの工作室 てと」がオープンし、2階部分をシェアアトリエとして活用しています。今までとは異なる、新たな商店街の使い方が広がると、もっと面白くなっていくんじゃないでしょうか。

江澤:「まちの工作室 てと」は、もともとケルンで展示販売をやってくれていた作家さんが、ギャラリー兼シェアアトリエが欲しいということでスタートしました。他にも、この商店街へ遊びに来て「私たちも借りたい」と言ってくれる方は多いので、今後も増やしていきたいですね。

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:実は今、「多肉植物と陶芸のお店を開きたい」という人と交渉中です。私たちには想像もつかない活用法ですが、こうして商店街を訪れる人が「こんなふうに使いたい」と可能性を見いだしてくれるのは、とても面白いですし、いい傾向だと思います。

江澤:また、「中庭」でも空いている日はシェアキッチンとして貸し出しを行っています。この間は川越(埼玉)の台湾料理店が借りてくれましたし、お店を持っていない人たちも間借りなら気軽にトライできる。これまでに例えば、お弁当屋さん、タップダンス教室、坊主カフェなど、いろんなお店が開かれましたよ。あとは、社会福祉協議会の方々と一緒に手話で注文できるカフェも月に1回オープンしています。手話を使う人って、注文の手間だったり、周囲の目線など一般的なお店に入るのを躊躇するそうなんです。それもあってか、毎回大盛況で外に人があふれていますね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:ほかにも、ピザのキッチンカーが来たり、JAが野菜を売りに来たりしています。実は、キッチンカーは団地出身の人がやってくれているんですよ。この場所なら、採算を度外視してでも毎月出たいと言ってくださっています。私たちがそうだったように、なんとかこの思い出の場所に関わりたいという人たちは意外と多いのだと思います。だから、関わりしろさえあれば惜しみなく協力してくれる。クラウドファンディングをやった時も、北本団地ではないですが「昔、団地に住んでいました」という支援者からのコメントが多かったですし、団地って愛着がわきやすいんでしょうね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

――それにしても、決して利便性が高いとはいえない団地に、これだけ多くの人が関わりたいと思っているというのは意外でした。

江澤:そうですね。実際、これまでのMUJI×URのプロジェクトも都内近郊で、都心に通うような人たちをターゲットにしてきたところがあると思います。一方で、北本団地のような場所って言い方は悪いですが、「中途半端な郊外」なんですよね。だけど、日本中にはそんな「中途半端な郊外」の団地の方が多いんじゃないでしょうか。今まで放って置かれがちだった「中途半端な郊外」の団地に、思いを持つ人が集まり再生の道を探るというのは、これまでになかったこと。新しい郊外団地の在り方として、可能性を示していけたらいいですね。

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

●取材協力
暮らしの編集室

シェア型書店やよろず相談所がつなぐ、令和のご近所づきあい。大田区池上で「半径2kmリビング化」が拡張中

東京都大田区の池上地区で「ノミガワスタジオ」を運営するアベケイスケさん。メインはギャラリー兼イベントスペースだが、他にも放課後や休日に親子と談笑したり、「本」を介したコミュニケーションスペースとしての顔も持つ。また、地域の人がアベさんにさまざまな相談をしにくる「よろず相談所」としての側面も。アベさんがこうしたスペースを始めた背景には、幼少期に大分県の別府で体験した“地縁文化とお互いに世話を焼く温かさ”があったという。「地域の人を知ると安心感が生まれ、暮らしはもっと心地よくなる」と話すアベさんに、地域交流のあり方について伺った。

「人と人とのつながり」に安心感を覚えた別府での生活

――はじめに、アベさんが運営する「堤方4306(つつみかたヨンサンマルロク)」と「ノミガワスタジオ」について教えてください。

アベケイスケ(以下、アベ):「堤方4306」は動画配信のスタジオに加え、ギャラリー、間借り喫茶など、誰もが利用できる多目的スペースとして運営してきました。2020年に現在の場所へ移転し、同時にスタートしたのが「ノミガワスタジオ」です。ギャラリー&イベントスペースとして、ランドスケープの設計事務所「スタジオテラ」と共同で運営しています。

デザイナーのアベケイスケさん。大田区に住んで19年目(写真撮影/松倉広治)

デザイナーのアベケイスケさん。大田区に住んで19年目(写真撮影/松倉広治)

1階に「ノミガワスタジオ」と「堤方4306」が、2階に「スタジオテラ」のオフィスが入る(写真撮影/松倉広治)

1階に「ノミガワスタジオ」と「堤方4306」が、2階に「スタジオテラ」のオフィスが入る(写真撮影/松倉広治)

アベ:また、時折イベントを開催するだけでなく、毎週金・土曜はシェア型の書店「ブックスタジオ」として営業し、地域のみなさんにご利用いただいています。

――シェア型の書店って何ですか?

アベ:本棚をいくつかの区画に分け、それを個人や団体に貸し出す形態の書店です。借りた人(棚主)はそこに自分が選んだ本を陳列し、販売することができます。吉祥寺にある「Book Mansion」の中西さんが発案したコンテンツで、「ブックスタジオ」を立ち上げる際にご協力いただきました。入会金のほか、1区画当たりの賃料は月額4000円ですが、現在のところ44区画中28区画が埋まっていますね。来月また一つ面白い本棚が生まれます。ちなみに、お店番は当番制で、その時々の棚主さんである“店主”と訪れた人の、本を介した交流を促進する狙いもあります。

ノミガワスタジオに設置されたブックスタジオ。なかには町田から来ている棚主さんもいるそう(写真提供/ノミガワスタジオ)

ノミガワスタジオに設置されたブックスタジオ。なかには町田から来ている棚主さんもいるそう(写真提供/ノミガワスタジオ)

――地域のコミュニケーションスペースとしての役割もあるんですね。

アベ:はい。ノミガワスタジオの目の前には小学校があるので、親子で立ち寄る方も多いです。最初は子どもが遊びに来て、後日に親御さんを連れてくるパターンとか。この場所で知り合いになる親御さんたちもいて、ご近所付き合いにも貢献しているのかなと思います。ちなみに、池上は寺町情緒が色濃く残り、昔ながらの住民が多く暮らすエリアですが、最近ではマンションも立ち新しい人たちも増えています。そんな新しい住民のみなさんが地域になじんだり、顔見知りをつくる場所としても役立てばうれしいです。親御さんたちからは「なんで、こんなことしているんですか?」と聞かれますけどね。

夕方には学校帰りの子どもや親が集う。親同士が「〇〇に行ってくるから、ちょっとだけ見てて~」と、互いに子どもを見守り合う光景も日常茶飯事なのだとか(写真撮影/松倉広治)

夕方には学校帰りの子どもや親が集う。親同士が「〇〇に行ってくるから、ちょっとだけ見てて~」と、互いに子どもを見守り合う光景も日常茶飯事なのだとか(写真撮影/松倉広治)

――ちなみに、なぜなんでしょう?

アベ:これには僕の幼少期の体験が大きく影響しています。僕は三重県で育ったのですが、両親の実家は大分県の別府で、夏休みや正月のたびに帰省していました。そのときに、別府には観光地ならではの「外から来た人に対して寛容で、温かい空気」が流れていると感じたんです。僕自身も、帰省中の短い生活のなかで地域の人にお世話を焼いてもらった思い出が、強く記憶に残っています。

例えば、気付いたら商店街でおばさんたちの井戸端会議に参加してたり、お呼ばれしてご飯をご馳走になったり、銭湯でタオルをお湯に入れておじさんに怒られたり。ペットが飼いたかった私に猫の散歩をさせてくれたり、近所の大人に声を掛けてもらうこともしばしば。何気ないことですが、早くに父を亡くした私には地域にいつも見守られている感覚があって、地域の人の寛容さがとても居心地がよかった。今思えば、普段暮らしている街以上に地域のつながりや人情が残っていて「人と人とのつながり」に、安心感を覚えていたんでしょうね。「袖振り合うも多生の縁」ですね。

――別府での生活を経験したから、なおさら良さがわかるわけですね。

アベ:そうですね、僕にとって別府の生活はとても心地よくて。感覚的に「家から半径2km以内にいる人たち」のことを知っていると、地域に精神的な居場所があると感じられ、居心地の良さにつながると思います。リラックスできる場所が家の中だけでなく、家の外にも拡張されるというか。ですから、池上に暮らす人もノミガワスタジオでの会話を通じて、そんな居心地のキャッチボールができたらと思っています。ちなみに、僕はこれを「半径2kmリビング化計画」と呼んでいます。家から半径2km圏内に会話のできる場所やあいさつできる人を複数つくり、日々を充実させていきませんか?という考え方です。

営業日は金・土曜日。下校時間はアベさんが子どもたちを見守っている。アベさんいわく「別府の経験があるからこそできる」活動とのこと(画像提供/ノミガワスタジオ)

営業日は金・土曜日。下校時間はアベさんが子どもたちを見守っている。アベさんいわく「別府の経験があるからこそできる」活動とのこと(画像提供/ノミガワスタジオ)

――ちなみに、「堤方4306」ではどんな動画を配信しているのでしょうか?

アベ:近年、メインに配信しているのは「池上放談」という地域の人へのインタビュー動画です。10年前くらいから「普通の人が一番面白い!」と思っていて、別府や自身の生い立ちから「この人は、どうしてこんな人に育ったのだろう…」と知りたくなったことをきっかけに始めたのがインタビューの配信でした。例えば、昨年に亡くなられた地域のおじいちゃんがいるのですが、生前にインタビュー配信に出ていただいたことがあるんです。すごく生き生きと自分の半生を語っていただき、お話を聞いている僕もうれしくなりました。そんなふうに普通の人の人生に触れることや、スイッチが入ったときの話を聞くことは単純に楽しいですし、それが「ご近所のあそこの店主」となれば会いに行きたくなったりもします。それだけでも地域の他のみなさんにとっても意義があると思うんです。

地域の人にインタビューする動画「池上放談」(画像提供/堤方4306)

地域の人にインタビューする動画「池上放談」(画像提供/堤方4306)

――どうしてですか?

アベ:インタビュー動画を見た人が自分の住む街や人のことを深く知れば、安心につながり、さらに居心地が良くなると思ったからです。居心地が良くなれば自然と笑顔になり、それが周囲にも伝播していく。そんなふうに笑顔の輪を広げ、自宅以外にもリラックスして暮らせるエリアを拡張していってほしい。そんな思いから始めました。私にとっては、ごく普通の感覚ですが、この安堵感を知らない人も多いのかなと。「半径2kmリビング化」がその人たちに伝わればいいなと思っています。

過去のインタビュー配信「お米やさんと釜飯屋さん」(画像提供/堤方4306)

過去のインタビュー配信「お米やさんと釜飯屋さん」(画像提供/堤方4306)

アベ:余談ですが以前、私が街の諸先輩たちに「街の昔話を聞かせてほしい」と、あるお店に伺いました。すると先代の80代くらいの方が「いやいや、私は語れない。そこのお店のご主人がちょうど良い」って言うんです。すると、今度は80代半ばの方が「いやいや、私もまだ若くて語れない。それならあそこの……」って言うんです。「いやいやいやいや、じゃあ、幾つになったら語るんですか!(笑)」と。とにかく、お話が聞きたかったです。

地域の人が「街」について語る機会を

――ノミガワスタジオでは他にも、地域の人や場所とコラボしたさまざまなイベント、プロジェクトも実施しているそうですね。これまでの事例を教えてください。

アベ:養源寺というお寺の本堂をお借りして、『まちの本屋』というドキュメンタリー映画の上映会を行いました。近年は「お寺をもっと開かれた場所にし、外に知ってもらうための努力も必要」と考えている住職さんもいらっしゃいます。そんなこともあり、本堂を使ったイベントに快くご協力いただけました。

本と街をテーマにした映画の上映会を行うことは、ブックスタジオの棚主さん同士が会話できる良い機会になるのではと思い、企画しました。今回は主に棚主さん向けでしたが、今度は一般の方も含めてまた『まちの本屋』の上映をしたいですね。

上映会の様子。上映当日は大小田直貴監督も来場するなど大成功に終わった(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映会の様子。上映当日は大小田直貴監督も来場するなど大成功に終わった(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映開始まで本堂の廊下でそよ風に和む至福の時間(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映開始まで本堂の廊下でそよ風に和む至福の時間(画像提供/ノミガワスタジオ)

アベ:ゆくゆくは、こうした催し物ができるお寺をもっと増やしていき、「回遊イベント」のようなことがみんなでできればと思っています。近隣のお寺さんのなかには、地域の動きに協力して下さる人も増えている気がします。そのため、いろんなお寺の住職さんと仲良くなろうとしている最中です(笑)

――他にはどんなイベントを?

アベ:大田区と東急が推進するまちづくり協定の枠組み「池上エリアリノベーションプロジェクト」の一環で、2021年6月から11月末まで半年にわたって「温 THE TOWN」というイベントが行われていたのですが、これを個人的に引き継いで続けています。

「温 THE TOWN」は休業中の銭湯「久松温泉」の2階を活用し、落語のイベントやトークセッションなど文化的な交流や発信をするというもの。名前の通り“まちの体温を少し上げる”プロジェクト(画像提供/温 THE TOWN)

「温 THE TOWN」は休業中の銭湯「久松温泉」の2階を活用し、落語のイベントやトークセッションなど文化的な交流や発信をするというもの。名前の通り“まちの体温を少し上げる”プロジェクト(画像提供/温 THE TOWN)

アベ:とはいえ、予算がないので今のメインコンテンツは紙相撲なんですけどね(笑)。ただ、これが意外と大人も子どもも夢中になってくれるんですよ。銭湯になじみのない子どもや大人も遊びにきてくれて、「半径2kmリビング化計画」につながる接点が増えたかな。ちなみに、ノミガワスタジオキッズはみんな経験者ですし、今夏は近隣小学校の夏休み講座に土俵を持って出向きます。夢は巡業のように、他県での紙相撲ツアーをしたいですね(笑)

「温 THE TOWN」で行われた紙相撲大会の様子。小さな力士が大きく映し出され動くさまは意外にも迫力があるもの(画像提供/温 THE TOWN)

「温 THE TOWN」で行われた紙相撲大会の様子。小さな力士が大きく映し出され動くさまは意外にも迫力があるもの(画像提供/温 THE TOWN)

他には、今年度はスタッフとして「池上まちよみプロジェクト」に関わっています。昔の街の写真をもとに“地域のアーカイブ”をつくって、オンライン、オフラインで可視化する活動ですね。以前に地元のお年寄りと写真を見る機会があったのですが、「これはあそこじゃないか?」「これが今のあそこ」と、イキイキした様子でお話しくださるんですよ。そんなふうに、街の人が気軽に見に来て、街の歴史や現在について知ったり、思い出を語ったり、世代に関係なく雑談するきっかけになったらうれしいです。

「池上まちよみプロジェクト」で地域の方々と昔の街の写真や記事を眺める様子(画像提供/ノミガワスタジオ)

「池上まちよみプロジェクト」で地域の方々と昔の街の写真や記事を眺める様子(画像提供/ノミガワスタジオ)

目指すは落語に出てくる「ご隠居」

――池上は2019年から3年間にわたり「池上エリアリノベーションプロジェクト」が展開されるなど、積極的に活性化の取り組みが進められてきたエリアです。アベさん自身、街の盛り上がりや地域の人の変化を感じることはありますか?

アベ:もちろん感じますし、地元以外の人からも、池上は盛り上がっているように見えるみたいです。散歩をしていると、街ゆく人に「良いところですね」と声を掛けられたりしますからね。おそらく、以前にはなかった景色が生まれていて、街全体に楽しい雰囲気が漂っているのだと思います。

(写真撮影/松倉広治)

(写真撮影/松倉広治)

アベ:それに、以前からここに暮らしている住民の方も、街に対してこれまでにない可能性を感じているんじゃないでしょうか。ここにいれば「何か楽しそうなことが起こりそう」という期待感を持ってくれていると思うんです。僕らはそのムードを消さないよう、地域のみなさんと連携して、さらに盛り上げていかなければいけないですよね。ただ、頑張りすぎず、楽しみながら(笑)

――もっと多くの人を巻き込むには、何が必要でしょうか?

アベ:まずは「気軽さ」だと思います。まちづくりって面倒なことも多いですし、誰もが高いモチベーションを持ってコミットするのは難しいですよね。だから、運営側がそんなに頑張らなくても何となく「街を良くするのに役立っている」「居心地がいい」と思える。そんな参加ハードルの低い機会をみんなでつくれたらいいですね。

まちづくりって、色んなフェーズがあると思うのですが、極論何も特別なことをする必要はないと思うんです。特にここは寺町で心地のよい広い空間や緑も多く、お寺のメインストリートはすごく良い景色です。でもそれらは、檀家さんが支えてくれているものであって、街の人は享受しているだけです。だから、ちょっとでも何かできるとしたら自転車に小さいトングとゴミ袋を常備して、気付いたらゴミ拾いをするルーティンも面白いかなと思っています。

――それは誰にでもできるし、とても良いルーティンですね。

アベ:そう思います。きっと街への愛着が強ければ強いほど、綺麗な方がうれしいはずなんですよね。だって、自分の部屋にゴミが落ちていたら拾うし、タバコの吸い殻を床に捨てたりはしないじゃないですか。自分が住んでいる街のことも自分の部屋くらい愛着を持てるようになったら、心地よい状態を保とうとするはず。みんなが自然とそういう意識になるように、池上の良さを感じられる企画をこれからも考え、まわりと話していきたいですね。

池上の駅前商店街(画像提供/ノミガワスタジオ)

池上の駅前商店街(画像提供/ノミガワスタジオ)

――これから特に力を入れようとしていることは何ですか?

アベ:一つは、今以上に街の人に話を聞いて、動画配信を増やしていきたいです。普通に暮らしているだけだと、地域の人やそこで活動しているプレイヤーと知り合う機会ってなかなかないじゃないですか。だから、自分がそのパイプ役になれるような取材活動は続けていきたいですね。あとは、今目指しているのは「長屋のご隠居」ですかね。

――ご隠居?

アベ:そう、ご隠居さんです。落語に出てくる長屋のご隠居のところには、さまざまな相談事が舞い込みます。そして、それら一つひとつをお世話していく。僕も地域でそんな存在になれたらと思います。実際、こうしてスペースを構えていると、本当にいろんな相談を受けますからね。不動産屋じゃないのに物件探しの相談を受けたり、池上で商売をしたい人の話とか、最近は小学生の恋の悩み相談も。そもそも解決ではなく、言いたいだけなときもありますし(笑)。本当にいろいろありますよ。でも、そうやって何でも言ってきてくれることが本当にうれしいんです。これからも地域のご隠居として、この街と関わっていきたいですね。

●取材協力
ノミガワスタジオ
BOOK STUDIO

コロナ、がん、認知症など重い社会課題に”太陽のアプローチ”を。「注文をまちがえる料理店」小国士朗さんが起こした『笑える革命』

世界にはさまざまな「社会課題」がありますが、そのほとんどはどこか重々しく、深刻な雰囲気をまとっています。そんな、ともすれば目を背けてしまいたくなる課題に対し、「笑って考える」という独特のアプローチで向き合う人がいます。

小国士朗さん。認知症の状態にある高齢者などがホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」をはじめ、社会課題をテーマにした話題のプロジェクトを数多く手掛けてきました。

「みんなで手を取り合って、にこにこ、へらへら、わっははと笑いながら革命をしたい」と語る小国さん。そんな「笑える革命」に取り組む理由や思いについて伺いました。

全ての企画には「原風景」がある

――小国さんはこれまで社会課題をテーマにしたさまざまなイベントやプロジェクトを手掛けていますが、最初に大きな話題を呼んだのはNHK在職時の2017年に企画した「注文をまちがえる料理店」でした。この企画は、どんな経緯で生まれたのでしょうか?

小国:企画の起点になったのは、2012年に『プロフェッショナル 仕事の流儀』というテレビ番組の取材で訪れた、とあるグループホームでの出来事でした。ロケの合間に入居者のおじいさん、おばあさんからお昼ご飯をご馳走になることがあったのですが、その日の食卓に出てきたのは事前に聞いていたハンバーグではなく餃子。でも、そんな“まちがい”を気にする人なんてそこには誰もいなくて、みんな美味しそうに餃子を食べている。そんな「風景」が強烈に印象に残ったんです。

小国士朗さん。株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー。2003年NHK入局。『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の他、個人的なプロジェクトとして、世界150カ国に配信された、認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」なども手掛ける。2018年6月にNHKを退局し、現職。「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」「Be Supporters!」など多数のプロジェクトに携わっている(写真撮影/片山貴博)

小国士朗さん。株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー。2003年NHK入局。『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を中心に制作。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の他、個人的なプロジェクトとして、世界150カ国に配信された、認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」なども手掛ける。2018年6月にNHKを退局し、現職。「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」「Be Supporters!」など多数のプロジェクトに携わっている(写真撮影/片山貴博)

小国:僕はそれまで、「間違いは指摘して正すのが当たり前」だと思っていました。でも、そうではなくて、その場にいるすべての人がそれを受け入れれば間違いではなくなるのだと気づいた。目からウロコが落ちると同時に、ふと“注文をまちがえる料理店”というワードと、そこで働くおじいさん、おばあさんの姿、間違えて運ばれてきた料理を笑いながら食べているお客さんの姿が浮かびました。

認知症の状態にある高齢者や若年性認知症の方がホールスタッフを務めるイベント型のレストラン「注文をまちがえる料理店」。オーダーや配膳を間違えても、それを一緒に笑い飛ばすおおらかな雰囲気に包まれている(画像提供/小国士朗さん)

認知症の状態にある高齢者や若年性認知症の方がホールスタッフを務めるイベント型のレストラン「注文をまちがえる料理店」。オーダーや配膳を間違えても、それを一緒に笑い飛ばすおおらかな雰囲気に包まれている(画像提供/小国士朗さん)

――小国さんの企画には、全てにそうした「原風景」があるそうですね。

小国:そうですね。これまでに携わってきた企画には全て、心を動かされた「原風景」があります。僕はただ、それをちょっとずらしたり、拡張しているだけなんです。

例えば、みんなの力でがんを治せる病気にすることを目指すプロジェクト「deleteC」も、とある原風景が企画の発端になっています。この企画はもともと、自身も乳がんを患っていた友人の中島ナオさんから「がんを治せる病気にしたい」と相談を受けたのが始まりでした。でも、そんなことを言われても正直、医者でも研究者でもない僕にできることなんて何もないと思っていたんです。

そんな時、ふとナオさんが見せてくれた一枚の名刺を見た瞬間に衝撃を受けました。

アメリカのがん専門病院に勤務する上野直人医師の名刺。「Cancer(がん)」の文字の部分に赤線が引かれている(画像提供/小国士朗さん)

アメリカのがん専門病院に勤務する上野直人医師の名刺。「Cancer(がん)」の文字の部分に赤線が引かれている(画像提供/小国士朗さん)

小国:その名刺は「Cancer(がん)」の文字の部分に赤線が引かれていました。僕はこれを見て感動するとともに、こんなアイデアが浮かびました。「世の中の商品やサービスの名前から“C”の文字を消して、それらの売上の一部を、がんの治療研究に寄付しよう」と。

つまり、この名刺を見た時に受けた衝撃が「deleteC」の原風景です。「Cancer」の文字を消した名刺に僕が心を動かされたように、コンビニで“C”が消えた商品を見た人が「何これ?」と前のめりになってくれるんじゃないかと。僕が感動した原風景を、企画を通して共有するようなイメージですね。

――その、共有できる「風景」がないと、企画はうまくいかないのでしょうか?

小国:必ずしもそうではないと思いますが、僕の場合は「風景」にものすごくこだわります。多くの人が参加したくなる企画や、社会全体に広がっていくようなプロジェクトには、本能的に体が動いてしまう要素があると思います。そして、そんな本能的な行動を呼び起こすのが、企画者自身が心を動かされた原風景です。それがないと、単に奇を衒(てら)ったコンセプトありきの、薄っぺらいものになってしまう気がするんです。

Cの文字を消したC.C.Lemon。この商品を買うと、売上の一部ががん治療の研究費用として寄付される(画像提供/小国士朗さん)

Cの文字を消したC.C.Lemon。この商品を買うと、売上の一部ががん治療の研究費用として寄付される(画像提供/小国士朗さん)

(画像提供/小国士朗さん)

(画像提供/小国士朗さん)

社会課題の解決には、北風よりも「太陽のアプローチ」で

――小国さんは著書『笑える革命』のなかで「北風ではなく、太陽のアプローチを心がける」と書いています。社会課題を取り上げる時、あるいは解決しようとする時に、なぜ「太陽のアプローチ」が必要なのでしょうか?

小国:NHKで社会課題を取材していた際、僕は基本的に北風的な番組づくりをしていました。つまり「このままだとヤバイですよ」「みなさん、このままでいいんですか?」といういわゆる不安訴求型のアプローチですね。もちろん、社会の大きな問題に気づいてもらうためには、こうしたド直球の伝え方も必要です。

『笑える革命』(光文社)(写真撮影/片山貴博)

『笑える革命』(光文社)(写真撮影/片山貴博)

でも、世の中がその課題に気づいた後もずっと北風を吹かせ続けていると、次第にそのテーマが顔を出しただけで目をそらしたくなってしまう。やっぱり北風がビュービュー吹いている谷には、そもそもみんな寄り付きませんから。だから、「課題解決」を目指すフェーズでは正攻法ではない「太陽のアプローチ」が必要なのだと思います。

――太陽のアプローチとは具体的にどのようなものですか?

小国:ワハハと笑いながら、思わず行動を起こしたくなるようなアプローチです。一見、暗くて重い社会課題とは似つかわしくないやり方ですね。

例えば、NHKの『テンゴちゃん』(2020年3月に放送終了)という番組で、2018年に放送した「8・15無念じいといっしょ」という企画は、まさに太陽的なアプローチだったと思います。長崎県で自身の被曝体験を次世代に語り継ぐ「語り部」の森口貢さん(当時82歳)が、VTuber(バーチャルユーチューバー)に扮して若者たちと語り合う、という企画です。

――82歳の語り部VTuverとは、かなりぶっとんだ企画ですね。

小国:森口さんはそれまでずっと、小中学校などで子どもたちに向けて戦争の悲惨さを伝える活動を続けてこられました。しかし、とある中学校で語り部をしていた際、そこにいた生徒数名から心無い暴言を吐かれることがあったんです。でも、森口さんはそこで「自分の伝え方が悪かったんだ」と反省し、どうすれば若い人にもっと伝わるのか、発信の仕方を試行錯誤していました。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

だったら、いっそのこと森口さんを当時流行りはじめていたVTuberにしちゃうのはどうだろうと、番組のメンバーが言い始めたんですね。82歳のおじいさんが戦争を語ると、中学生にとっては重すぎると感じてしまうかもしれない。でも、VTuberを通せば受け入れやすく、自分ごととして捉えてもらえるのではないかと考えました。結果、1時間の生放送の間に1万5000通の質問や便りが森口さん宛に届くなど、驚くほどの反響があったんです。森口さんが言っていること自体はいつもと変わらないのですが、見せ方、表現の仕方を変えるだけでこんなにも多くの人に届くのだと実感しましたね。

――そうした太陽のアプローチが広く社会の関心を呼び、「笑える革命」につながっていくと。ただ、こうした方法は“奇策”ととられ、快く思わない人も出てきそうですが。

小国:もちろん、僕もできることなら正攻法で届けたいと思います。正攻法で世の中に広がって人が動くなら、それが一番いい。でも、それだけでは届かないことをNHKのディレクター時代に思い知らされてきました。NHKでは『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』といった社会課題を取り上げる番組を制作していましたが、もともとその問題に関心がある人は見てくれるんです。でも、大きくコトを動かすためには「関心がない」あるいは「(その問題を)知らない」人たちに、いかに届けるかが重要だと思っていました。

――そして、そのためには北風的なアプローチだけでは限界があると。実際、小国さんが個人として初めて手掛けた「注文をまちがえる料理店」は、国内外で大きな反響を呼びましたよね。多くの人に「届いた」という実感はありましたか?

小国:そうですね、番組づくりでは全くなかった手応えを「注文をまちがえる料理店」で初めて感じることができました。SNSなどでの反響・熱量もすごかったし、国内外のメディアが撮影に来ました。“世の中がざわついている”という感覚があって、これが「届く」ということなんだなと。

(画像提供/小国士朗さん)

(画像提供/小国士朗さん)

(画像提供/小国士朗さん)

(画像提供/小国士朗さん)

特に、海外のメディアが関心を寄せてくれたのは、自分のなかで大きかったですね。なぜなら、日本って「課題先進国」と言われているわりに、国内に解決策が少ない気がしていたんです。僕が『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』をつくっていたときも、「課題」は国内でいくらでも取材できる。でも、「解決策」が国内になかなかないから、ノルウェーやオランダ、イギリス、アメリカの事例を取材するという状況が当たり前になっていました。それってヘンじゃないですか。課題先進国であるなら「解決先進国」であってもいいはずなのに、その答えを海外に求めるのは違うような気がしたんです。

そんなモヤモヤがあったなか、規模は小さいけれど自分が企画したプロジェクトに対し、海外メディアが関心を示して世界に発信してくれた。ノルウェーの公衆衛生協会の偉い方がが「これが高齢化社会の次のモデルだ」と言ってくれたりした。このことは素直に嬉しかったですね。

「当たり前」を営み続けられる社会であってほしい

――もともとはテレビ番組のディレクターだった小国さんが、こうした社会課題をテーマにした企画を手掛けるようになったきっかけを教えてください。

小国:番組ディレクターとしての仕事には、大きなやりがいを感じていました。でも、33歳の時に病気になり、医者から「(激務である)ディレクターの仕事を続けるのはおすすめしません」と言われてしまったんです。

当時は、自分の一番の武器を突然奪われてしまったように感じて落ち込みましたが、同時にどこかホッとしているところもありました。先ほども言いましたが、ディレクターの仕事は楽しかったものの、いくら良い番組をつくれても、それが思うように届かないジレンマがあった。本当に届けたい人に大切なテーマが届かないというモヤモヤを抱えたまま、長く番組づくりを続けているような状態でした。

そんな時に病気になり「これで、やっと“降りられる”」と思えました。そして、安堵すると同時に、これからは「番組をつくらないディレクターになろう」と考えるようになった。テレビというものにこだわらず、自分が大切だと思うことを届け切るために、あらゆる手段を探求していこうと。

――その「届けきりたいこと」とは、それまで番組づくりで取材してきたさまざまな社会課題だったのでしょうか?

小国:いえ、僕はそもそも社会課題そのものに関心がある人間ではありません。関心があるのは、「誰も見たことがない風景」や「誰も触れたことがない価値観」を形にして、多くの人に届けることです。そもそも“Tele-vision(テレビジョン)”という言葉の意味は「遠く離れた場所でのできごとを映す」ことですから。

社会課題というのは、当事者以外にとっては遠く離れた場所での出来事、つまり“Tele”ですよね。だから、それを映したい、届けたいと思うんです。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

――今は当事者ではなく「遠く離れた場所での出来事」のように思えても、いつかは自分がその問題に直面する時が来るかもしれません。すぐに何か具体的な行動を起こすことは難しくても、それについて日頃から考えておくのは大事なことですよね。

小国:そのためには、「日々の暮らし」と「社会の課題」を自然な形で結びつけることが大事だと思います。もちろん、「注文をまちがえる料理店」のように尖ったコンセプトのイベントを開催して、多くの人にそのテーマについて考えてもらうことにも意義はあるのですが、イベントというのは単発で終わってしまう。イベントをきっかけに認知症について関心を寄せてくれた人も、そのうち忘れてしまうかもしれません。

だからこそ、暮らしの中に社会課題にタッチできる接点をつくり、常にそのことについて身近に感じられるような状態にしていきたいんです。例えば、「deleteC」はコンビニやスーパーで「Cを消した商品」を買うだけで、がんの治療研究を少しだけ前に進めることができる。日々の買い物が、そのまま「がんを治せる病気にする」という社会の実現を後押しするわけです。

――そうした接点を数多く社会に実装していけば、みんなが普通に暮らしているだけで様々な社会課題を解決できるかもしれません。

小国:はい。そうなれば日本だけでも1億人ぶんのパワーが集まるわけですから、とてつもなく大きなインパクトを与えられるのではないでしょうか。

――では最後に、小国さんがこれから取り組んでみたいテーマがあれば教えてください。

小国:今は「当たり前を営む」ことに関心があります。というのも、今ってこれまで当たり前だったことが、当たり前じゃなくなっていると感じるんです。例えば、ウイルスによって当たり前のことができなくなったし、考えられないような戦争も起きてしまった。こうやって「当たり前が当たり前でなくなる」というのは、とても怖いことだと思います。

ひと箱50枚入りのマスクを55枚分の料金で販売する「おすそわけしマスク」。残りの5枚分は福祉現場に寄付(おすそわけ)される仕組み(写真提供/小国士朗さん)

ひと箱50枚入りのマスクを55枚分の料金で販売する「おすそわけしマスク」。残りの5枚分は福祉現場に寄付(おすそわけ)される仕組み(写真提供/小国士朗さん)

だって、本来は「認知症の人と共生できる社会をつくりましょう」も「気候変動をストップしましょう」も、当たり前のことですよね。でも、今はその当たり前を声高に叫ばなければいけないくらい、いろんなことが歪んでいたり、こんがらがっていたりする。同じように、「戦争なんてないほうがいい」という当たり前のことすら、いずれは当たり前に言えなくなる社会になってしまうかもしれません。

だからこそ、これからも多くの人が「当たり前」を営み続けられるよう、その尊さを実感できるような企画をやっていきたいですね。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
小国士朗さん

建築家・谷尻誠のサウナ道。「日々ととのい立ち止まる暮らしを全国に。一家に1サウナ時代がきたら素晴らしい」

サウナブームと呼ばれて久しいが、なかには自宅にサウナをつくってしまう上級者もいるようだ。建築家・谷尻誠さんもその1人。3年前にサウナに目覚めたという谷尻さんは自宅をはじめ、建築家としてサウナ付きのホテルやテントサウナなども手がけてきた。そして、現在は広島のオフィスにもサウナを作る計画があるという。

今回は「SUUMO」×「じゃらん」のコラボ企画として、そんなサウナをSUUMOでは「おうちサウナ」、じゃらんでは「旅サウナ」、それぞれの視点から楽しみ方を紐解いてみたい。そこで、谷尻さんに、日常でどのようにサウナを楽しんでいるかや、自宅のサウナの話、職場でのサウナの話などについて聞いてみた。

サウナはコミュニケーションの場でもある

――谷尻さんがサウナにハマったきっかけを教えてください。

谷尻誠さん(以下、谷尻):サウナに目覚めたのは3年ほど前です。“ととのえ親方”こと、プロサウナーの松尾大さん指導の下、アウトドアサウナを体験したのがきっかけですね。

谷尻誠さん(写真撮影/嶋崎征弘)

谷尻誠さん(写真撮影/嶋崎征弘)

――そのときにサウナの気持ちよさを知ったと。

谷尻:はい、めちゃくちゃ気持ち良くて、ハマってしまいましたね。それから週に3~4回はサウナに入るようになり、キャンプに行く時は常にテントサウナを持参し、さらには自宅にもサウナをつくってしまいました。自社のサウナストーブを入れて、スチールの花壇に水を溜めた水風呂を設置した簡易的なものですけれどね。

企業とコラボしたサウナストーブ、火が見える仕様となっている(画像提供/(株)DAICHI)

企業とコラボしたサウナストーブ、火が見える仕様となっている(画像提供/(株)DAICHI)

――自宅サウナ、羨ましいです。どれくらいのペースで入っていますか?

谷尻:週3回くらいですかね。夜のルーティーンとして、ゆっくり入っています。あとは週末に日ごろの疲れを癒やしたり、冬場はスノーボード帰りに入ることが多いですね。時々、事務所のスタッフが入りにくることもありますよ。リラックスしながらコミュニケーションをとるスペースとしても重宝しています。

――今では、ご自宅以外にもホテルやキャンプ場のサウナを設計するなど、もはや趣味の域を超えていますよね。

谷尻:ちなみに、いまは「ととのえベンチ」という外気浴用の水平ベッドを設計しています。温浴施設の外気浴スペースにはリクライニングチェアが設置されていることが多いのですが、僕は仰向けになって空を見上げられる状態のほうが心地いいんです。そこで、専用のベッドをつくってしまおうと。

ととのえベンチ(写真提供/(株)DAICHI)

ととのえベンチ(写真提供/(株)DAICHI)

ととのえベンチ(写真提供/(株)DAICHI)

ととのえベンチ(写真提供/(株)DAICHI)

サウナは「一家に一室」の時代?

――サウナブームの影響で、住宅やホテルなどにサウナを導入したいというニーズは増えているのでしょうか?

谷尻:そうですね。住宅やホテルなど「サウナ付きの●●」という依頼は多くなってきました。だから今度、松尾大さんと「サウナに特化したゼネコン」をつくることにしたんです。これまで、ホテルや自宅の設計をする建築家とサウナをつくるメーカーは別々でした。でも、それを一つにして、ホテルの設計もサウナの企画も、さらには工事までワンストップで行える会社があったらいいんじゃないかと。ホテルもサウナも統一されたイメージでつくることができますし、最初からサウナありきで設計すれば、より心地よいものになるはずですから。

――今やサウナで集客ができるようになりましたもんね。今後、谷尻さんのように自宅にサウナをつくる人も増えると思いますか?

谷尻:増えるんじゃないでしょうか。洗濯機や冷蔵庫のように“一家に一室”の時代がきてもおかしくないと思います。じつはそこまでスペースもとらないし、心身ともに健康になれるし、そうなったら素晴らしいと思いますよ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

サウナに入ることで、いったん立ち止まる

――サウナに目覚めて、一番良かったことは何ですか?

谷尻:「いったん止まること」を覚えたのは大きいです。サウナ室にはスマートフォンも持ち込めないし、いったん立ち止まるような感覚があるんですよ。仕事や生活に忙殺されていると、そういう時間ってなかなか持てませんよね。常に何かしら考えていたり、手を動かしていたりする。「正」という字は、「一に止まる」と書くって言うじゃないですか。あれは本当にその通りで、いっとき止まって考えてみると、いいアイデアが閃いたり、前向きな思考になれたりするんです。

――デジタルデトックスじゃないですけど、脳がリフレッシュされそうですよね。

谷尻:だから今、広島にあるオフィスにもサウナを作る計画を立てています。まだ構想段階ですが、ビル全体を改修して、1階にレストラン、2階にギャラリー、3階にオフィス、そして、5階をサウナにする予定なんですよ。

――それはすごい。どんなコンセプトのサウナになるんですか?

谷尻:都市部にあるビルなので、なかなか理想通りとはいかないのですが、それでも外気浴をしながら自然を感じられるような空間はつくりたいですね。あとは、他で見たこともない、どこにもないようなサウナにしたいです。例えば、5階の窓を全て外してしまうとかね。そうすれば、サウナ室を出た瞬間から外気浴をしているような気分を味わえるんじゃないかと思います。

屋上から穴を開け、日光が植物を照らすようなデザイン(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

屋上から穴を開け、日光が植物を照らすようなデザイン(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

大きいバルコニーをつくり、水風呂と外気浴スペースを設けるそう。画像は外気浴スペース(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

大きいバルコニーをつくり、水風呂と外気浴スペースを設けるそう。画像は外気浴スペース(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

水風呂(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

水風呂(画像提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE)

――オフィスにサウナ。スタッフさんが羨ましいです。

谷尻:もちろん疲れを癒やしてもらったり、コミュニケーションを円滑にしたりする目的はあるのですが、自分自身で体験することでサウナーの気持ちを分かってほしいという思いがあります。

――サウナを設計する上では、とても大事なことですね。

谷尻:そうなんです。あまりサウナに入ったことのない人だと、ただサウナ室を設計すればいいと思ってしまうんですよ。でも、サウナってサウナ室だけでなく、水風呂や外気浴スペースへの動線などもすごく大事です。さらには、サウナ後に何を食べたいのか、どういう環境でくつろぎたいのかなど、本当に気持ちよくなるためのポイントはたくさんあります。だから、スタッフそれぞれが「サウナとは何なのか」を考え、理解してもらいたい。そのために、サウナに“社員旅行”したこともあるんですよ。広島オフィスのサウナも、うちのスタッフはいつでも入れる状態にしようと思っています。(広島事務所の5Fのサウナは近日会員募集予定)

――となると、さらにサウナへの理解が深まりますね。その上で、谷尻さんたちがこれからどんなサウナをつくってくれるか、楽しみです。

谷尻:僕自身も楽しみです。うちに限らず、オフィスにサウナがあると生産性が上がると思うんです。例えば、出社してデスクにつく前、昼食後、仕事が終わった後など、サウナに入ってリフレッシュすることでメリハリがつく。頭がぼーっとした状態でダラダラ働くより、よっぽどいいです。ですから、まずはうちが率先して、そんな働き方を実践していきたいですね。

谷尻さんのようにサウナを「コミュニケーションの場」として楽しむサウナーは少なくない。とはいえ、昨今のご時世ではなかなか難しい。そんなときにサウナが一家に一室の時代がくれば、より快適なサウナライフが送れることだろう。

●取材協力
SUPPOSE DESIGN OFFICE
DAICHI silent river

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口コミで移住者急増! アート、オーガニックなど活動が拡散し続ける理由を地元不動産会社2代目に聞いた 神奈川県二宮町

改札口から出ると、鎌倉や辻堂、藤沢に代表されるようないわゆる「湘南」の華やかさとは異なるゆるりとした空気が流れる二宮駅。「湘南新宿ラインで大磯と国府津の間」といえば、何となく海沿いのまちを想像いただけるだろうか。神奈川県二宮町(にのみやまち)は、5年ほど前から少しずつ「ものづくり」を好む人たちに支持されて移住者が増え、転入人口が転出人口を上回る年が増えているという。今、二宮で何が起きているのか。小さなまちの中で暮らす人とその営みを、美しい海と里山の風景とともにお届けする。

「幸福の本質が二宮にある」と気づいた、不動産会社の2代目吾妻山の中腹から二宮駅と相模湾を望む。自然と人の営みとが美しく調和している(写真撮影/相馬ミナ)

吾妻山の中腹から二宮駅と相模湾を望む。自然と人の営みとが美しく調和している(写真撮影/相馬ミナ)

“二宮”といえば最初に名前が挙がる人、それがまちの人が「プリンス・ジュン」と呼ぶ太平洋不動産の宮戸淳さんだ。宮戸さんは父が創業した不動産会社の店長として、日々、二宮の住まいやまちの魅力をブログで発信し、イベントがあればプリンス・ジュンとして参加し、場を盛り上げてきた。

太平洋不動産の宮戸淳さん。父が創業した不動産会社の店長をしている(写真撮影/相馬ミナ)

太平洋不動産の宮戸淳さん。父が創業した不動産会社の店長をしている(写真撮影/相馬ミナ)

町内のイベントなどの際には「プリンス・ジュン」として登場し、場をわかせる(写真/唐松奈津子)

町内のイベントなどの際には「プリンス・ジュン」として登場し、場をわかせる(写真/唐松奈津子)

宮戸さんは生まれも育ちも二宮。高校を卒業してから千葉の大学に進学し、東京の不動産会社に就職した。「10年間、二宮を離れたことで地元の良さを再認識した」と言う。

「僕は、都心ではお金を使うこと、つまり消費によって心を満たしていたと思います。ところが、二宮に戻ってきて、日常生活の中で目に入る風景に癒やされていることに気づいて。自然を身近に感じて心が満たされる、幸福の本質はここにあると思いました」(宮戸さん)

町の南側は海。ちょっとした街角にも海の気配を感じることができる(写真撮影/相馬ミナ)

町の南側は海。ちょっとした街角にも海の気配を感じることができる(写真撮影/相馬ミナ)

一つのパン屋の存在で「人の流れが変わった」

しばらくは東京にいたころと同じ感覚で不動産の仕事をしていた宮戸さん。その意識を大きく変えたのが、今や二宮を代表するお店となった小さなパン屋「ブーランジェリー・ヤマシタ」の店主、山下雄作さんとの出会いだった。

「もともと山下さんは会社員をされていて、静かな場所で暮らしたいと10年前に茅ヶ崎から二宮に移住してきた方。お住まいを私が紹介したんです。その2年後、8年ほど前に山下さんが誰も見向きもしないような放置された空き家を見つけて『ここでパン屋をやりたい、所有者さんに当たってほしい』と相談されました」(宮戸さん)

山下さんはその空き家をたくさんの人の力を借りながらもできる範囲で自分の手でリノベーションした。出来上がった店舗を見たときのことを思い出し、宮戸さんは「こんなオシャレなお店が二宮にできるなんて衝撃だった」と言う。

取材に訪れた日も、店の前には「何を買おうか」とパンを楽しみに待つ人の行列ができていた(写真/唐松奈津子)

取材に訪れた日も、店の前には「何を買おうか」とパンを楽しみに待つ人の行列ができていた(写真/唐松奈津子)

「食堂」と呼ぶイートインスペースは、信頼できる大工さんとともに倉庫だった場所をリノベーションして雰囲気のあるすてきな店舗に改装(写真撮影/相馬ミナ)

「食堂」と呼ぶイートインスペースは、信頼できる大工さんとともに倉庫だった場所をリノベーションして雰囲気のあるすてきな店舗に改装(写真撮影/相馬ミナ)

ハード系のパンが中心に並ぶ店内。午後早めの時間には売り切れていることもしばしば(写真撮影/相馬ミナ)

ハード系のパンが中心に並ぶ店内。午後早めの時間には売り切れていることもしばしば(写真撮影/相馬ミナ)

「ブーランジェリー・ヤマシタはおいしいパン、オシャレなお店というだけでなく、二宮の人の流れそのものを変えました。店内では展示会や演奏会などが開催され、日々の暮らしにアートや音楽を取り入れながら、心豊かに暮らそうとする人たちが集まるようになったんです。お店一つで地域の価値が変わった、と感じた瞬間でした」(宮戸さん)

空き家の入居者をプレゼン方式で募集

山下さんのような人が増えれば、まちの価値自体がどんどん上がっていく。町内には、まだ放置されている空き家がいっぱいある。そのことに気づいた宮戸さんは「自分のまちの見方、不動産との関わり方自体が変わっていった」と話す。

まず、町内に点在する空き家について、プレゼン形式で入居者を募集することにした。現在、諏訪麻衣子さんと養鶏も営む農家が一緒に営業しているお店「のうてんき」も、その一つ。当初は、宮戸さんが空室になった平屋をコミュニティスペースにする目的で地域の人たちと一緒にリノベーションし、「ハジマリ」という屋号でお店を開いてみたい人たちに貸したり、ワークショップを開催したりしてきた。今はとれたての卵やオーガニック野菜などを農家が直接販売できる場所としてオープン。「二宮の農家さんを応援したい」と活動している諏訪さんと仲間たちがお店番をやりながら、その野菜と卵を使った料理を振る舞っている。

古い平屋を町内のアーティストがペイント。カラフルなガーランドとともに訪れる人を温かく迎えてくれる(写真撮影/相馬ミナ)

古い平屋を町内のアーティストがペイント。カラフルなガーランドとともに訪れる人を温かく迎えてくれる(写真撮影/相馬ミナ)

古い平屋を改装した「のうてんき」の店内(写真撮影/相馬ミナ)

古い平屋を改装した「のうてんき」の店内(写真撮影/相馬ミナ)

外のテラスでも食事ができる(写真撮影/相馬ミナ)

外のテラスでも食事ができる(写真撮影/相馬ミナ)

二宮の農家がつくった、採れたて野菜が諏訪さんの手で美しく、体に優しい料理に。この日のランチメニューは2種類(お豆と野菜)のカレー(写真撮影/相馬ミナ)

二宮の農家がつくった、採れたて野菜が諏訪さんの手で美しく、体に優しい料理に。この日のランチメニューは2種類(お豆と野菜)のカレー(写真撮影/相馬ミナ)

以後、町内のさまざまな場所でマルシェが開催されるようになった。2016年、町と地域と神奈川県住宅供給公社が連携し、二宮団地の再編プロジェクトが始まったころから「二宮が面白いよ」という声が口コミで広がる。まさに転入が転出を超過し始めた5年ほど前から、宮戸さんも肌でまちの盛り上がりを感じられるようになってきたそう。それまでは何か面白いことがあれば首を突っ込んでは追いかけ、ブログで紹介してきた宮戸さんだが「町内の各所で自発的に面白い活動が展開・拡散し続けた今は、もはや自分の手に負えない」と笑う。

月に1つのペースで増えて続ける「壁画アート」で彩られるまち

そんな宮戸さんが今、準備を進めているのが、2022年10月に開催予定のアートイベント「二宮フェス」だ。このイベント開催の背景には2年半前から「Area8.5(エリア・ハッテンゴ)」としてこの地域を盛り上げようという動きの中で、Eastside Transitionのアーティストである乙部遊さんと、ディレクターの野崎良太さんによる壁画アート活動がある。

彼らには「アートでこのエリアに彩りを与え、活性化し、他のエリアからも注目されたい。この活動を通じて、このエリアに住む若い世代に地元への誇りや愛着を持ってもらいたい」という想いがあった。そして、想いに共感したEDOYAガレージの江戸理さんが手始めに自宅の外壁に絵を描いてもらうことにしたのだ。

乙部さんがNYから二宮に移り住む前から、作品のファンだったという江戸さん(写真撮影/相馬ミナ)

乙部さんがNYから二宮に移り住む前から、作品のファンだったという江戸さん(写真撮影/相馬ミナ)

自宅ガレージのシャッターと壁に乙部さんに絵を描いてもらったのがArea8.5内のアート活動の始まり(写真撮影/相馬ミナ)

自宅ガレージのシャッターと壁に乙部さんに絵を描いてもらったのがArea8.5内のアート活動の始まり(写真撮影/相馬ミナ)

このカッコ良さに注目をする人が増え、2人のもとには壁画制作の依頼が相次ぐようになった。創業109年を迎える地元の印刷会社、フルサワ印刷の真下美紀さんもその活動に魅せられた一人だ。壁画の完成後、若い人はもちろん、近隣に住む年配の人も会社の前を訪れては「よくぞ描いてくれた」と褒めてくれるのだと言う。

大正時代から続く老舗、フルサワ印刷の外壁。Eastside Transitionの作品が町内を彩る(写真撮影/相馬ミナ)

大正時代から続く老舗、フルサワ印刷の外壁。Eastside Transitionの作品が町内を彩る(写真撮影/相馬ミナ)

アメリカン雑貨を扱う「D-BOX」の看板(写真撮影/相馬ミナ)

アメリカン雑貨を扱う「D-BOX」の看板(写真撮影/相馬ミナ)

町内の壁画は今も月に1カ所のペースで増え続けており、野崎さんによれば、2022年5月末時点で「既に18カ所目の壁画制作の予定まで決まっている」らしい。

Eastside Transitionが経営するアートギャラリー「8.5HOUSE」(写真撮影/相馬ミナ)

Eastside Transitionが経営するアートギャラリー「8.5HOUSE」(写真撮影/相馬ミナ)

店内ではさまざまなアート作品やTシャツを扱う(写真撮影/相馬ミナ)

店内ではさまざまなアート作品やTシャツを扱う(写真撮影/相馬ミナ)

「オーガニック」「エコ」の流れは二宮のまちにとっての「必然」

もう一つの新しい波として、宮戸さんは「オーガニック」「エコ」の流れが二宮に来ていることを挙げる。

「アーティストや編集者、映像製作などのクリエイターやものづくりに興味のある人、この景色に魅力を感じる人が集まってきました。二宮の自然が好きで集まった人たちなのでオーガニック志向やエコ意識が高いことは、ある種の必然と言えるかもしれません」(宮戸さん)

先に紹介した「のうてんき」で提供される料理も体に優しいごはんだった。さらに、そのテラスから畑と空き地を挟んだ向かいには、植物で囲われた独特のオーラを放つ古家がある。この家も宮戸さんがプレゼン形式で入居者の募集を行った物件だ。今はオーガニック製品の量り売りを行う「ふたは」の店舗として、天然素材の優しさと、手仕事のぬくもりや喜びに満ちた空間になっている。

ツタに覆われた「ふたは」の外観(写真撮影/相馬ミナ)

ツタに覆われた「ふたは」の外観(写真撮影/相馬ミナ)

店のドアは植物に埋もれて、異世界への入口のよう!(写真撮影/相馬ミナ)

店のドアは植物に埋もれて、異世界への入口のよう!(写真撮影/相馬ミナ)

店内には量り売りの天然素材や食料品が並び、外観からは想像できないほど明るくて心地のいい空間になっている(写真撮影/相馬ミナ)

店内には量り売りの天然素材や食料品が並び、外観からは想像できないほど明るくて心地のいい空間になっている(写真撮影/相馬ミナ)

豊かな自然と東海道にはじまる新旧の営みが、未来をはぐくむ

町を見下ろすことができる吾妻山、湘南の海を望む梅沢海岸などの美しい風景も、昔から変わらない二宮の代表的なスポット。50年以上前から町の北側を中心に28棟856戸(うち、10棟276戸は2021年3月時点で賃貸終了)を展開してきた神奈川県住宅供給公社の「二宮団地」では、再編プロジェクトによって町の魅力づくりや小田原杉を使った部屋のリノベーションを行うなど、新しい風も吹いている。自然と親しみの深い土地は、このまちで育つ子どもたちにも温かいまなざしを向けてきたことだろう。

約87haもの里山に開発された「二宮団地」。50年以上の時を経て、里山の美しい景色に溶け込んでいる(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

約87haもの里山に開発された「二宮団地」。50年以上の時を経て、里山の美しい景色に溶け込んでいる(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

近年の子どもたちや親子の居場所として注目したいのが、「みらいはらっぱ」だ。東京大学果樹園跡地の活用を町が計画し、2021年から地元企業が運営。貸し出しスペースを利用して、さまざまな企業・団体や個人がそれぞれのアイデアで参加・活用をしている。

「みらはらSTAND」では、平日に(一社)あそびの庭が子どもたちのサードプレイスを提供。土日はイベントやワークショップも開催されている。かわいいルーメット(キャンピングトレーラー)は、テレワークをはじめ多用途に使える子連れOKのシェアスペースとして運用を始めようというところだ。

毎週月・水・金曜日の10時~17時には、「はらっぱベース」として子どもたちの居場所事業を行う(写真撮影/相馬ミナ)

毎週月・水・金曜日の10時~17時には、「はらっぱベース」として子どもたちの居場所事業を行う(写真撮影/相馬ミナ)

ルーメットがテレワークなどに使えるシェアスペースに改装され、子どもたちも興味津々(写真撮影/相馬ミナ)

ルーメットがテレワークなどに使えるシェアスペースに改装され、子どもたちも興味津々(写真撮影/相馬ミナ)

二宮を訪れて出会う誰もが「人が優しい」と口にする。「ずっと住んでいた人も、移住して来た人も優しくて、新しい取り組みをみんなが応援してくれる」と。

江戸日本橋から、京都三条大橋までの東海道、その53の宿場を指す東海道五十三次で「8」大磯と「9」小田原の間にあるまち。Area「8.5」の由来はここにある。昔から多くの人が行き交い、交流してきた土地柄だからこそ、できた空気感なのかもしれない。その空気と自然をまとう二宮のまちに心地よさを感じた人たちが、日々の暮らしを営みながら、これからも新しい何かをつくり続けていくのだろう。

●取材協力
・太平洋不動産
・ブーランジェリー・ヤマシタ(Facebook)
・のうてんき
・8.5 House(Eastside Transition)
・EDOYAガレージ(Facebook)
・フルサワ印刷
・D-BOX
・ふたは
・みらいはらっぱ
・あそびの庭
・二宮団地(神奈川県住宅供給公社)

旅するカレー研究家・水野仁輔に聞く「おうちスパイスカレー」の世界。”世界一簡単”なレシピも紹介

このコロナ禍で、おうち時間の過ごし方が見直され、新しい楽しみのトビラを開いた人も少なくない。スパイスからつくる「おうちカレー」もそのひとつだろう。一方で、スパイスカレーは世界中で食べられているグルメであり、そこでしか味わえない魅力もある。きっと、コロナ禍が落ち着いたら遠出して食べたい「旅カレー」もあることだろう。
今回は「SUUMO」×「じゃらん」のコラボ企画として、そんなカレーを「おうちカレー」「旅カレー」それぞれの視点から楽しみ方を紐解いてみたい。そこでSUUMOジャーナルでは、スパイスを求めて20年、各国に旅をしながら、著書やnoteなどでカレーレシピを発信し続けているカレー研究家の水野仁輔さんに「おうちカレー」の話を聞いてみた。

スパイスだけを持参し、各地の食材でカレーをつくる水野仁輔さん(カレー研究家)。カレー専門の出張料理人として活動する傍ら、スパイスを求めて世界中を旅したり、友人とカレーを研究したり、カレーについて学べる学校を開講したりと、約20年間にわたりカレー・スパイス中心の生活を送ってきた。『スパイスカレー新手法』など、これまでに手掛けた関連著書は60冊以上(写真撮影/嶋崎征弘)

水野仁輔さん(カレー研究家)。カレー専門の出張料理人として活動する傍ら、スパイスを求めて世界中を旅したり、友人とカレーを研究したり、カレーについて学べる学校を開講したりと、約20年間にわたりカレー・スパイス中心の生活を送ってきた。『スパイスカレー新手法』など、これまでに手掛けた関連著書は60冊以上(写真撮影/嶋崎征弘)

――水野さんは20年間にわたってカレーとスパイスを探求してきたということですが、何がきっかけだったのでしょうか?

水野仁輔さん(以下、水野):子どものころ、地元・浜松市に「ボンベイ」というカレー屋ができたんです。当時の静岡・東海地方では珍しかったタンドール(※1)を導入していて、本格的なインド料理を食べることができました。そのお店が僕の原点ですね。スパイシーな味付けのカレーが大好きで、中学生、高校生になってからは自分のお小遣いで通うようになりました。

(※1)インド料理などで使われる壺窯型のオーブン

――子どものころから甘口のカレーではなく、スパイシーなカレーに親しんでいたとは。

水野:僕にはとても美味しく感じられました。大学進学を機に上京しましたが、ボンベイの味は忘れられず、似た味を求めてさまざまな有名店のカレーを食べ歩いたり、インド料理店でアルバイトをしてみたりと、カレー中心の生活でしたね。バイト先で覚えたカレーを誰かに食べてもらいたくなって、よくホームパーティーも開いていたんですが、最初は数名の友人だけだったのが段々と増えていって。社会人一年目のころには公園に30名くらい集めて、カレーイベントを開いたりもしましたね。

――イベントまで。そのころからすでに、スパイスカレーの美味しさを周りに広めていたんですね。

水野:イベントといっても、僕が公園でカレーをつくり、みんなに食べてもらうだけでしたけどね。それでも思いのほか好評で、これを機に「東京カリ~番長(※2)」というグループを作って活動を始めたんです。多くのイベントやクラブから「カレーをつくってほしい」というオファーをいただき、当時は毎月のように出張していましたね。

(※2)2000年に結成されたカレーの出張料理ユニット。日本各地のイベントやクラブなどに出張し、創作カレーを販売。「二度と同じカレーはつくらない」がポリシー

日印混合インド料理集団「東京スパイス番長」メンバーでインドを訪れたときの写真(写真提供/水野仁輔さん)

日印混合インド料理集団「東京スパイス番長」メンバーでインドを訪れたときの写真(写真提供/水野仁輔さん)

水野:特に、スパイスカレーは「香り」が強いため、つくっている途中から盛り上がるんですよ。「香り」はその場にいる全員が感じることができますし、調理中は目紛しく変化します。他の料理では、なかなか体験できないんですよね? それが成功の要因だと思います。

――それから20年経った今も出張料理は続けられていますよね。

水野:はい。目標は47都道府県の制覇です。12人のメンバーで、全国各地へ出張していますよ。ちなみに、昔はあらかじめカレーを仕込んでいましたが、今はスパイスだけを持参し、その土地の市場やスーパーで買った食材を使ってカレーをつくっています。

――それは楽しいですね。それに、地元で買えるものを使っているということで、参加者も自宅で真似しやすそうです。ちなみに、日々カレーを研究するにあたって、どのように情報やヒントを得ているんでしょうか?

水野:コロナが流行する前は、月の半分ほど海外に足を運び、各地のカレーやスパイスからヒントを得ていました。そして、帰国後にそのカレーを“解剖”してレシピをつくったり、新しいカレーを開発するための研究に活かしたり、という形ですね。1人でコツコツやるというより、シェフ仲間や「カレーの学校(※3)」の卒業生たちと一緒に、アレコレ実験しながら研究することが多いです。

(※3)水野さん主宰の“カレープレーヤー”養成所。通信講座で、カレーにまつわるさまざまな授業を行う

(写真提供/水野仁輔さん)

(写真提供/水野仁輔さん)

「カレーの学校」授業の様子(写真提供/水野仁輔さん)

「カレーの学校」授業の様子(写真提供/水野仁輔さん)

水野さんのおうちでのカレーの楽しみ方って?

――みんなでカレーづくりすると、面白い化学反応が生まれそう。

水野:いろんな仲間が集まって、カレーの話をしたり、探求するのは本当に楽しいです。それぞれが面白いアイディアを持っているので、1人では思いもしなかった発想が飛び出したりもするんですよ。そのため、ここのオフィスは卒業生、カレー仲間のシェフには常に無料で開放しています。使いたい人は自由にどうぞって(笑)。

――気前がいいですね。

水野:スパイスや調理器具は常備していますし、部屋には僕が世界中から集めてきた本がそろっています。もはや、僕がいない日でも一日中、みんなでカレーを楽しんでいますよ。そうやって一緒にカレーを面白がってくれる仲間たちがいて、本当に恵まれていると思います。これは、カレーがつないでくれた縁ですね。

――楽しそうです。読者が自宅でみんなでカレーづくりをするなら、どんな楽しみ方をするのがおすすめですか?

水野:みんなで集まってつくること自体が楽しいんですが、何人かでつくるのなら複数のカレーをつくってワンプレート盛り合わせをするのがいいと思います。あとは、カレーをメインとしたホームパーティーを楽しむなら、「カレーはあるから他を持ち寄りにしよう」と言って、前菜やつまみ、デザート、お酒などを持ち寄ってもらったらいいと思いますよ。

水野さんのオフィスには世界各国の本屋で収集したカレー・スパイスの本や資料が並ぶ(写真撮影/嶋崎征弘)

水野さんのオフィスには世界各国の本屋で収集したカレー・スパイスの本や資料が並ぶ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

――私もみんなでスパイスカレーをつくってみたいです。ちなみに初心者にオススメのスパイスはありますか?

水野:「ターメリック」「レッドチリ」「コリアンダー」。おまけとして「クミン」というところですね。この4つの組み合わせがオススメです。4人分のカレーをつくる場合の配合は、ターメリック小さじ1、レッドチリ小さじ1、コリアンダー小さじ3、クミン小さじ3がいいでしょう。分量の基本として、「黄色」のターメリックと「赤色」のレッドチリは少なめ。コリアンダーやクミンのような「茶色」は多め、と覚えておくといいと思います。これを加えるだけで、市販のカレー粉よりも抜群に良い香りになりますよ。

急きょ「カレーの学校」が開講(写真撮影/嶋崎征弘)

急きょ「カレーの学校」が開講(写真撮影/嶋崎征弘)

――意外と簡単! さっそく試してみます。

水野:そう、簡単なんです。スパイスカレーってハードルが高いと思われがちなんですけど、じつはそんなこともないんですよ。それでいて、いったん体験してしまうとスパイスの奥深さに気づいて、探求が止まらなくなるんです。

ターメリック(右上)、レッドチリ(右下)、コリアンダー(左下)、クミン(左上)(写真撮影/嶋崎征弘)

ターメリック(右上)、レッドチリ(右下)、コリアンダー(左下)、クミン(左上)(写真撮影/嶋崎征弘)

水野:ちなみに、初心者の人には「ハンズオフカレー」をオススメしています。僕が考案した世界一簡単なカレーのつくり方で、材料をすべて鍋に入れて蓋をしたら、あとは火にかけるだけ。スパイスがそろっていない場合は市販のカレー粉で代用可能ですが、今日は「AIR SPICE(※4)」のスパイスを使ってつくってみましょう。

(※4)レシピ付きのスパイスセットが毎月届く、サブスクサービス

「世界一簡単」な鍋に食材とスパイスを入れるだけ「ハンズオフカレー」

【ハンズオフカレーの作り方】
●材料(4人分)

クリーム色の「パウダースパイスA」と茶色の「パウダースパイスB」を使用(写真撮影/嶋崎征弘)

クリーム色の「パウダースパイスA」と茶色の「パウダースパイスB」を使用(写真撮影/嶋崎征弘)

・植物油…大さじ3強(40g)
・玉ねぎ(粗みじん切り)…小1個(200g)

■パウダースパイスA
・オニオンパウダー…大さじ1
・ジンジャーパウダー…小さじ1
・ターメリックパウダー…小さじ1
・ガーリンクパウダー…小さじ1/2弱

■パウダースパイスB
・クミンパウダー…大さじ1
・コリアンダーパウダー…小さじ2
・パプリカパウダー…小さじ1
・ガラムマサラパウダー…小さじ1/2
・グリーンカルダモンパウダー…小さじ1/2
・ブラックペッパーパウダー…小さじ1/2

・塩…小さじ1と1/2(8g)
・鶏もも肉(一口大に切る)…400g
・トマト(粗みじん切り)…小1個(150g)
・水…150ml
・ココナッツミルク…100ml
・ミント(あれば、ざく切り)…1/2カップ

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

●作り方
材料を上から順にすべて鍋のなかに入れ、強火で3分ほど鍋の中央がフツフツとするまで煮立て、蓋をして弱火で30分ほど煮る。30分後、塩で味を調整する。

「カレー調理に技術は要らない」ということでハンズオフカレーと名付けたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「カレー調理に技術は要らない」ということでハンズオフカレーと名付けたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

――本当に簡単ですね。

水野:そうですね。基本、鍋に食材とスパイスを入れて30分ほど放置するだけですから。ちなみに、30分はあくまで目安で、使用する鍋や火力によって適切な時間は異なります。ただ、このカレーは“しゃばしゃば”だと味気なくなってしまうので、ある程度は煮詰めるようにしてください。

30分後。スパイスの良い香りが部屋中に広がる(写真撮影/嶋崎征弘)

30分後。スパイスの良い香りが部屋中に広がる(写真撮影/嶋崎征弘)

完成。ビールやスパークリングワイン、ジンジャーエールなど発泡系のドリンクと合わせるのがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)

完成。ビールやスパークリングワイン、ジンジャーエールなど発泡系のドリンクと合わせるのがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)

――おいしい……! スパイスの刺激とココナッツミルクやミントの爽やかさが不思議とマッチしていて、とても複雑な香りと味わいですね。

水野:おそらく、これまで自宅で食べてきたカレーとは全く別物だと思います。でも、いつものカレーと違うことといったら、スパイスの香りだけなんですよ。それだけ、料理にとって香りがいかに重要な要素であるかということですよね。

道具にもこだわると、もっとカレーの世界が広がる

――カレーづくりにおすすめの調理環境や道具などについてもお聞きしたいのですが、水野さんはキッチンに対するこだわりはありますか?

水野:それが、特別これといったこだわりはないんですよ。あとは、自分にとって使いやすい状態になっていればいいかなと。そういうのって決まった法則があるわけじゃなくて、日々使っていくうちに整っていくものだから、結局は使い慣れた自宅のキッチンが一番オススメです。

――では、調理道具のこだわりは何かありますか?

水野:同じものがずらっと何個もそろっている状態が好きですね。ここのキッチンにも、鍋やカセットコンロ、キッチンタイマー、ゴムベラなんかも、同じものが5個ずつくらい揃っているんですよ。ぱっと見の景観が統一されている状態が気持ちよくて。だからこそ、“一つ目”を決めるまで徹底的に調べ尽くして、お気に入りを見つけたらまとめて買うようにしています。

――それは独特のこだわりですね(笑)。でも、木ベラは違うものが何種類もあるようですが?

水野:木ベラに関しては特に好きな調理道具なので、新しい形を見つけるとすぐに買ってしまうんです。それに、どんなカレーをつくるかによって鍋の形が変わり、最適な木ベラの形やサイズも変わってくるんですよ。例えば、食材を潰しながら加熱したり、焦げないように鍋底をこする必要がある場合は、丸い形状の木ベラよりも「平らな形状」の木ベラのほうが鍋底に当たる部分が広いので使いやすいです。

水野さん愛用の木ベラ。なかでもお気に入りは、長く握っていても疲れない太いグリップの木ベラ。素材は固くて持ちやすいオリーブがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)

水野さん愛用の木ベラ。なかでもお気に入りは、長く握っていても疲れない太いグリップの木ベラ。素材は固くて持ちやすいオリーブがオススメとのこと(写真撮影/嶋崎征弘)

――木ベラ以外に、カレーづくりに欠かせない調理道具はありますか?

水野:基本的には鍋と木ベラがあれば十分だと思いますが、よりステップアップを目指すなら「すり鉢」と「スパイスクラッシャー」は持っておいても良いかもしれません。スパイスをすり鉢でパウダー状にしたり、ホールスパイスをスパイスクラッシャーで粗挽きにすると、より香りが立ちますよ。

水野さんがインドで購入した「スパイスクラッシャー」(写真撮影/嶋崎征弘)

水野さんがインドで購入した「スパイスクラッシャー」(写真撮影/嶋崎征弘)

――最初からパウダー状になっているものと、その場ですりおろすのとでは香りが変わってくるのでしょうか?

水野:まるで違います。可能なら、全てのスパイスを自分で挽いてほしいですね。おそらく「今まで自分が買ってきたスパイスは何だったんだろう」と思うくらいに差は歴然だと思います。コーヒーが好きな人も粉で買わずに、家で豆を挽くじゃないですか? それと同じで、挽きたてはとにかく香りが良いんです。

好きなカレー屋を見つけると街の暮らしがもっと豊かになる

――おうちカレーも楽しいのですが、カレー屋さんってどの街にもあり、お気に入りのお店を見つけると、その街での暮らしが俄然楽しくなったりすると思います。最後にぜひ、水野さんオススメのカレー屋さんも教えていただきたいのですが、最近も食べ歩きはしていますか?

水野:じつはここ数年は食べ歩きをしていません。というのも、行くお店はもう決まっていて、6軒のカレー店に20年近く通っているんです。「ムルギー(東京都渋谷区)」「デリー(東京都文京区)」「ピキヌー(東京都世田谷区)」「ブレイクス(東京都渋谷区)」「共栄堂(東京都千代田区)」「ナイルレストラン(東京都中央区)」ですね。この6軒さえあれば、僕は幸せなカレーライフを送れます。カレーづくりのヒントやアイデアの種は、食べ歩き以外のところでも得られますしね。

必要最低限の調理道具だけがそろう、整理整頓されたキッチン(写真撮影/嶋崎征弘)

必要最低限の調理道具だけがそろう、整理整頓されたキッチン(写真撮影/嶋崎征弘)

――6軒それぞれカレーの特徴が異なりますが、共通して好きなポイントはありますか?

水野:どのお店もカレーの“表情”が美しいです。僕は基本的に運ばれてきた料理をすぐ食べるようにしているのですが、この6軒のカレーだけはいつも写真におさめたくなってしまいますね。単に綺麗に盛り付けられているというだけでなく、ソースの色味やテクスチャーなど、僕なりの判断基準があります。完全に僕の主観と経験に基づくものなので、解説するのが難しいんですけどね。

それから、どこか落ち着く雰囲気も共通しています。お店の人との「最近どう?」みたいなコミュニケーションも心地よくて、行きつけのバーを訪れるような感覚に近いかもしれません。

――そんなふうに、自分なりのお気に入りのお店を見つけるのも楽しそうです。

水野:自宅の近くにそんなお店があったら、きっと毎日が楽しいと思います。僕の知人にも、好きなカレー店を追いかけて引越した人がいるくらいですから。そうまでする価値があるくらい、カレーは生活を豊かにしてくれるものだと思いますよ。みなさんもぜひ、ふらっと立ち寄れる距離でお気に入りのカレー店を探してみてください。そして、ぜひ店主や常連客とコミュニケーションをとって、仲良くなってほしいですね。

●取材協力
水野仁輔さん
note
AIR SPICE

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福岡「住み続けたい街ランキング2022」中央区に続く2位は福岡市内ではなく新宮町

例年、発表されているリクルートの「住みたい街(駅/自治体)」ランキング。2022年は少し趣向を変えて、住民への実感調査による「住み続けたい街(駅/自治体)」ランキングが発表された。昨今の福岡市中心部の住宅価格は高騰が続き、周辺自治体にもぐっと注目が集まっている。また、各自治体がそれぞれ個性的なキャラクターを持っているエリアのおもしろさもある。そんな視点でランキングを紐解いてみたい。

2022年「住み続けたい駅」ランキングは、地下鉄七隈線「薬院大通」が第1位!10位以内にランキングした駅はすべて福岡市内、特に空港線沿線に人気が集まった

10位以内にランキングした駅はすべて福岡市内、特に空港線沿線に人気が集まった

2022年「住み続けたい駅」ランキングでは、「薬院大通」駅が第1位を獲得した。街の魅力を感じる点を調査すると「人からうらやましがられそう」というマインド面が第1位に。「メディアによく取り上げられて有名である」も4位にランクインした。福岡在住歴の長い私もそうだが、何ごとにも前のめりでちょっとミーハー、“新しいもの好き”“ホメられ好き”の福岡人気質が表現された結果となった。

「薬院大通」駅の支持理由2位は「雰囲気やセンスのいい、飲食店やお店がある」。美味しくて価格もお手ごろな飲食店がそろう薬院周辺。またオフィス街でもあり、職住近接のため終電を気にせず深夜まで飲食を楽しめるという福岡市の特性も、その背景にありそうだ。

薬院にある三角市場(写真/PIXTA)

薬院にある三角市場(写真/PIXTA)

現在、「薬院大通」駅の利便性は、西鉄天神大牟田線と地下鉄七隈線がクロスする2位の「薬院」駅より少し劣る。しかし、2023年3月に地下鉄七隈線 天神南駅~博多駅が開業予定。博多駅へのアクセスがぐっと向上することでも注目されている。

ちなみに「薬院大通」駅は2020年の「住みたい駅」ランキングでは圏外だった。しかし前述のように注目のショップや飲食店が増えたのに加え、この駅のランドマーク的存在だった九電記念体育館の跡地で大規模なマンション開発が行われたことも一因であろうか。都心の新築マンションでおしゃれに暮らしてみたい!という人が増えたのかもしれない。

2位の「薬院」駅は、隣駅ということもあり1位の「薬院大通」と同様の魅力が評価された。資産価値が高そうな点を魅力と感じる人も多かったようだ。3位の「大濠公園」駅は福岡市民のオアシス・大濠公園の存在が大きいだろう。休日の朝は我が庭のような感覚で大濠公園をウォーキンやジョギング。運動したあとは園内のカフェでゆったりブランチ。そんな暮らしを日常として楽しめる。

大濠公園(写真/PIXTA)

大濠公園(写真/PIXTA)

第8位の地下鉄七隈線「六本松」の街の魅力は「住民がその街のことを好きそう」

「住み続けたい駅」ランキングの特長が出たのは地下鉄七隈線「六本松」。街の魅力を感じる点の第1位は「街の住民がその街のことを好きそう」。確かに「六本松421」にある福岡市科学館や蔦屋書店、裁判所など、この場所にあった九州大学の知性を受け継ぐような施設は住民の誇りである。

六本松周辺(写真/PIXTA)

六本松周辺(写真/PIXTA)

その一方で下町感たっぷりの飲み屋街「京極街」も健在。 “裏六本松”と呼ばれるエリアにはパン好きからの支持も高いパン屋「マツパン」や自家焙煎コーヒーの「COFFEEMAN」などがあり、SNSでも若者を中心に情報が話題が尽きない人気スポットだ。住民にとっては普段着で行ける居酒屋から、オシャレに楽しめるレストランまで幅広く選べるのがうれしい。

ちなみに2020年の「住みたい駅」ランキングでの地下鉄七隈線「六本松」は第11位で、10位以内にランクインしなかった。2019年の「六本松421」を中心とした再開発から数年経ち、「引越し後、実際に住んでみたら心地よかった」という流れができているようだ。住民自身が街のファンになり、当然その駅に住み続けたいと思っている。そんな関係性がよく分かる。

「住み続けたい自治体」ランキング第2位は、福岡市内ではなく「糟屋郡新宮町」!福岡県民なら納得の1位「福岡市中央区」の次に「糟屋郡新宮町」がランクイン! 福岡市内の中央区以外を抑えた

福岡県民なら納得の1位「福岡市中央区」の次に「糟屋郡新宮町」がランクイン! 福岡市内の中央区以外を抑えた

続いて、「住み続けたい自治体」ランキングを見ていこう。1位の福岡市中央区は中心地の天神を筆頭に、薬院、赤坂、大濠、六本松など「住み続けたい駅」にも名を連ねる街を有する自治体。3位の福岡市早良区は人気の学校が多い西新、福岡タワーがあり高級住宅街でもある百道浜の存在が大きい。

そして、ランキング内でひときわ輝く存在が2位の「糟屋郡新宮町」だ。福岡県内の「町」として最上位につけた。「糟屋郡新宮町」は福岡市東区と隣接。博多までJRで15分程度。福岡空港や天神へもJR+地下鉄にて30分程度で移動できる。また北九州市方面へのアクセスが良いことから、自宅は北九州市方面、職場は福岡市内、といった人々からも支持が高い。

新宮町のメイン駅、JR新宮中央駅前(写真/PIXTA)

新宮町のメイン駅、JR新宮中央駅前(写真/PIXTA)

さらに2010年に開業した新宮中央駅の存在も大きい。「糟屋郡新宮町」で唯一のJR駅で、駅前は美しく整備され、開発とともに完成した新しいマンションが立ちならぶ。九州で唯一のIKEAをはじめユニクロ、カインズなどの郊外の大型店舗が集結し、福岡市内からドライブがてら買い物に出かける人も多い。

住宅街が整然としている(通りや並木など)自治体ランキングTOP10、人からうらやましがられそう自治体ランキングTOP10

一方で、砂浜が美しい新宮海水浴場や立花山などもあり、自然も豊か。利便性とのびのびとした住環境の両方を手にできる。これらを含めて「糟屋郡新宮町」は「人からうらやましがられそうな自治体」第2位にランキング。そのほかでは街ににぎわいがありながら、整然としているところ、これから街がさらに発展しそうなところも魅力であり、「住み続けたい」と思わせるところなのだろう。

「住み続けたい自治体」ランキングには、自治体の子育てサポートや各種制度の手厚さが反映される!?

「住み続けたい自治体」ランキング6位に「北九州市戸畑区」がランクインしたことも記しておきたい。以前は工場地帯のイメージが強かった北九州市であるが、現在は「福祉の街」として注目を集めている。特に年配者に向けたサービスが手厚く、市役所には「長寿社会対策課」もあり、生涯現役を目指した生きがいづくりや、在宅の高齢者への支援が充実している。

北九州市戸畑区(写真/PIXTA)

北九州市戸畑区(写真/PIXTA)

また、バリアフリーの街づくりが進み、2022年には高齢者の生きがいづくりや社会者参加を促進する「いきがい活動ステーション」が小倉魚町のまちなかに誕生。さらに人口10万人あたりの病床数が20政令指定都市の中で全国2位。医療機関数も病院が第3位、一般診療が第4位(出典:保健福祉レポート2019[北九州市])と多く安心できるので、退職後のUターン・Iターンを考える人も多い。

今回の調査での「北九州市戸畑区」についても、「介護や高齢者向けサービスなどが充実している」が第1位になっている。また「公共施設が充実している」では3位となっている。

公共施設が充実している(図書館、コミュニティセンター・公民館など)自治体ランキングTOP10、子育てに関する自治体サービスが充実している自治体ランキングTOP10

白水大池公園(写真/PIXTA)

白水大池公園(写真/PIXTA)

そして8位の「春日市」は子育てがしやすい自治体として知られている。市内の小中学校すべてが「コミュニティ・スクール」と位置づけられ、学校・家庭・地域の連携による子どもの育成を推進。地域活動参加や地域からのゲストティーチャーを積極的に受け入れるなど、子どものための豊かな環境がある。
さらに「春日公園」「白水大池公園」など子どもが思い切り遊べる大型の公園が充実。子育てが本格化する前に、春日市やその隣の大野城市で住宅購入を考えるファミリーも多い。

「福岡市中央区」のように以前より注目度が高い自治体もあれば、「糟屋郡新宮町」のように開発によって一気に上位へランクインする自治体もある。北九州市のように一時期は沈みがちだった人気が、徐々に復活している自治体もある。駅についてもまたしかりであろう。

2022年は、福岡市博多区のJR竹下駅近くに「ららぽーと福岡」が開業。さらに同駅近くにあった「アサヒビール博多工場」の移転も発表され、その跡地の行方にも注目が集まっている。また北九州市八幡東区のスペースワールド跡地には「ジアウトレット北九州」がオープンし、人々の流れがまた変化している。

街はいきもの。時代や開発とともに「住み続けたい街」への意識がどう変わるのか。これからも注目していきたいと思う。

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「付加価値リノベ」という戦略。元ゼネコン設計者が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter

「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter

相撲稽古場をイラスト図解! 力士の成長を支える44部屋をスポーツ記者が描く 佐々木一郎さんインタビュー

東京都を中心に、全国に43ある大相撲の稽古場(相撲部屋)。力士にとっては技と心を鍛える場であると同時に、生活の場でもある。大相撲という特殊な世界に生きる若者たちは、そこでどんな一日を過ごしているのだろうか? また、それぞれの稽古場には、どんな特徴があるのだろうか?

「稽古場は、親方一人ひとりの思いが反映された空間なんです」。そう語るのは、日刊スポーツ記者の佐々木一郎さん。一つひとつの稽古場の様子を、詳細な図解イラストで読み解いた『稽古場物語』の著者でもある佐々木さんに、個性豊かな稽古場とそこでの力士たちの生活などについて聞いた。

相撲部屋での力士の生活とは?

――佐々木さんは2015年から4年にわたり、数多くの相撲部屋(以下、稽古場)を取材されています。力士にとって稽古場とはどんな場所なのでしょうか?

佐々木一郎さん(以下、佐々木):稽古場は鍛錬の場所でもあり、生活の空間でもあります。『稽古場物語』では44の稽古場を描いていますが、どの部屋も基本的なつくりは似ていますね。1階に土俵を中心とした稽古場、風呂場、調理場(ちゃんこ場)があり、2階以上が力士や親方の生活スペースになっています。関取(十両以上の力士)には個室が与えられ、それ以外の力士は大部屋での共同生活。ほとんどの稽古場は、伝統的にこの形を踏襲しています。

――個室がもらえるのは関取だけなんですね。

佐々木:はい。関取以外の力士が暮らす大部屋はプライベートな空間も少ないですし、不自由なことが多いです。ただ、だからこそ「早く関取になって、個室がほしい」というハングリー精神が生まれてくる。そういう狙いもあるのだろうと思います。

佐々木一郎さん(日刊スポーツ新聞社 デジタル編集部部長)。1996年日刊スポーツ新聞社入社。2010年3月場所から大相撲の担当記者になり、2013年4月からデスク。2015年から月刊『相撲』(ベースボール・マガジン社)で「稽古場物語」を連載。4年にわたって40以上の稽古場をめぐり、その特徴や親方たちの思いを自作のイラストとともに紹介してきた。近著は『関取になれなかった男たち』(ベースボール・マガジン社)。記者時代からの取材ノートは82冊を数える(写真撮影/藤原葉子)

佐々木一郎さん(日刊スポーツ新聞社 デジタル編集部部長)。1996年日刊スポーツ新聞社入社。2010年3月場所から大相撲の担当記者になり、2013年4月からデスク。2015年から月刊『相撲』(ベースボール・マガジン社)で「稽古場物語」を連載。4年にわたって40以上の稽古場をめぐり、その特徴や親方たちの思いを自作のイラストとともに紹介してきた。近著は『関取になれなかった男たち』(ベースボール・マガジン社)。記者時代からの取材ノートは82冊を数える(写真撮影/藤原葉子)

――他に、稽古場ならではの間取りの特徴や工夫はありますか?

佐々木:どの部屋も、稽古場から風呂場、ちゃんこ場までの動線がよく考えられていますね。稽古で体についた土や砂を生活空間に持ち込まないよう、稽古場と風呂場が直結していたり、勝手口から外を通って風呂場に行けるようになっていたりします。そして、体をきれいにしたあとは、そのまま1階でちゃんこを食べられる。

例えば、旧二所ノ関部屋は稽古場への出入り口に脱衣所があって、すぐに風呂場へ行けるようになっていました。一般的な住宅でも家事や生活のしやすさを考えて動線を考えると思いますが、稽古場の場合も稽古と生活をスムーズにつなげるという観点で、理にかなったものになっていると思います。

佐々木さんの手描きによる稽古場の俯瞰図。土俵を中心とした稽古場の間取りや特徴が一目で分かる(写真撮影/藤原葉子)

佐々木さんの手描きによる稽古場の俯瞰図。土俵を中心とした稽古場の間取りや特徴が一目で分かる(写真撮影/藤原葉子)

イラストの描き方は、佐々木さんが学生時代から大ファンだった作家・妹尾河童さんの著書で学んだそう(写真撮影/藤原葉子)

イラストの描き方は、佐々木さんが学生時代から大ファンだった作家・妹尾河童さんの著書で学んだそう(写真撮影/藤原葉子)

――ちなみに、稽古場での一日とはどういったものなのでしょうか?

佐々木:まずは朝稽古。開始時間は部屋により違いますが、早朝からスタートして午前中には終わるところがほとんどです。食事は1日2回で、1回目は朝稽古終わりのちゃんこ。最初に親方と関取が食べ、その後は番付順に食べていきます。力士が多い部屋の場合、最後の人が食べ終わるのは午後2時くらいになることもありますね。その後は、関取であれば夜のちゃんこまでフリータイム。ジムなどで自主トレーニングをする人もいますし、家族がいる場合は自宅に帰って翌朝の稽古に備えます。

一方、関取以外の若い衆は朝のちゃんこの片付けをした後、夕方まで大部屋で昼寝です。午後4時くらいから掃除や夜のちゃんこの準備をして、食事が終わった後は寝るまで自由時間ですね。

――自由時間はどう過ごす人が多いですか?

佐々木:スマホでゲームをしたり、動画を観たり、漫画を読んだりと、そこは一般的な若者と変わらないと思いますよ。もちろん稽古場やジムなどで自主トレーニングに励む力士もいます。なお、朝稽古に支障をきたさないために多くの部屋に門限があり、この2年間はコロナ禍にあるため、そもそも外出する時間に制限があります。

伝統と革新が融合する、個性的な稽古場

――どの稽古場も基本的なつくりは似ているということですが、それでも部屋ごとにちょっとした違いや個性は見られますか?

佐々木:そうですね。本当に部屋によってさまざまな特徴があります。正直、連載の取材を始める前は、多くの部屋でネタがかぶってしまうんじゃないかと心配していました。でも、実際は稽古場ごとに違いがあり、それぞれのストーリーを感じられるんです。

例えば、千葉県習志野市の「阿武松部屋」には、部屋のあちこちに美術作品が飾られていました。先代の親方が芸術を好んだ方で、弟子に対して「相撲だけしか知らないのではなく、絵など芸術にも触れてほしい。『これはなんだろう』と感じてもらうだけでもいい」という思いが込められているんです。

また、東京都江東区の「高田川部屋」には、力士が突っ張りの稽古をする「テッポウ柱」が5本もあります。これは角界でもここだけですね。普通は1本しかないため、親方は現役時代、ほかの力士とケンカしながらテッポウ柱を取り合っていたのだとか。そこで、弟子たちには存分に稽古をしてもらおうと5本も立てたそうです。

阿武松部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

阿武松部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

高田川部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

高田川部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

――親方の稽古に対する考え方が、部屋づくりに反映されているわけですね。

佐々木:東京都墨田区の「鳴戸部屋」も革新的ですよ。風呂場に2つの浴槽があって、温水と冷水の交代浴ができるようになっています。これは、「血液の流れをよくして疲れをとるため」という理由からで、鳴戸親方(元大関・琴欧州)のこだわりです。親方は現役引退後に日体大に入学するなど新しいことを学ぶのに貪欲で、従来の相撲部屋にはなかった取り組みを次々と実現させています。

鳴戸部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

鳴戸部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

また、いま注目しているのは二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)が茨城に建設中の「二所ノ関部屋」。構想では土俵を2面用意したり、大部屋もプライベート空間を重視したりと、既存の稽古場にはあまりなかった発想で部屋づくりをしています。高田川部屋の5本のテッポウ柱と同じように、土俵が2面あれば力士が順番待ちをせずに稽古に励めるだろうという考え方ですね。ちなみに、二所ノ関親方も現役引退後に早稲田大学の大学院で学んでいます。自分の経験とスポーツ科学を組み合わせ、試行錯誤しながら新しい稽古のあり方を模索しているんです。

――若い親方が新しい発想を取り入れて、稽古場のありようも変わってきていると。

佐々木:はい。大相撲の伝統を尊重しながらも、科学的なトレーニングや合理的なやり方を取り入れる親方は増えています。特に、学生相撲出身の親方は新しい試みに積極的な印象があります。大学の相撲部は4年間という限られた期間でトーナメントを勝ち上がるために、早く強くなれる効率のいいトレーニングを重視していますから。

例えば、日本大学出身の木瀬親方(元幕内・肥後ノ海)が率いる「木瀬部屋」(東京都墨田区)は、力士を相撲に集中させるための合理性を追求しています。稽古場は冷暖房完備で、稽古をビデオで撮影し、テレビモニターですぐに確認できるようにもなっている。これは、古くからある稽古場では考えられなかったことですね。

木瀬部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

木瀬部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

――ちなみに、立地はどうでしょうか? 両国国技館に近い東京23区内ではなく、茨城、千葉、埼玉などに部屋を構えるケースもあります。相撲に集中するための環境としては、どちらのほうがいいと思いますか?

佐々木:一長一短があるので、どちらがいいとは言えません。6場所のうち半分は両国国技館で開催されるので、「通勤」のことを考えたら都心のほうが便利ですよね。でも、当然ながら都心は土地が高いので、稽古場自体は狭くなります。逆に、茨城や埼玉、千葉などの部屋は国技館からは遠いですが、かなりゆったりと贅沢なスペースがとれる。

例えば、千葉県松戸市の「佐渡ヶ嶽部屋」の敷地面積は630坪もあり、力士は充実した環境で稽古に励んでいます。一方で、東京都墨田区の「宮城野部屋」はもともとバイク店だった建物をリフォームしていて、かなり窮屈なんです。ただ、そんな環境で横綱の白鵬が優勝を重ねていたことを考えると、稽古場が狭いからといって強い力士が育たないとは言えない。結局は親方の考え方次第ですよね。一般住宅でも、都心で便利さを求めるか、郊外で広さを求めるかで悩むじゃないですか。それと同じことではないでしょうか。

佐渡ヶ嶽部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

佐渡ヶ嶽部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

宮城野部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

宮城野部屋 引用:『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

「ただ強くなればいい」ではない

――先ほど、新しい試みに積極的な親方が増えているというお話がありましたが、その一方で、あえて「昔ながらの稽古」を貫く親方もいらっしゃるのでしょうか?

佐々木:もちろんです。特に、歴史の長い部屋を受け継いだ親方や、中学卒業と同時に角界入りした叩き上げの親方はその傾向が強いかもしれません。「稽古場は“鍛錬の場”なのだから、冷暖房なんて必要ない。冬は汗をかけば温まるし、夏は暑さを我慢してやるものだ」と。

この根底には「相撲は修業の一環である」という考え方があります。つまり、ただ相撲が強くなればいいのではなく、人間教育にも重きを置かなくてはいけない。ですから、昔ながらのやり方を一概に時代遅れなどと切り捨てることはできませんし、どの考え方も正解なのだと思います。

「親方衆は、いかにして弟子の番付を上げ、いかにして人間教育と両立させていくかについて頭を悩ませています」と佐々木さん(写真撮影/藤原葉子)

「親方衆は、いかにして弟子の番付を上げ、いかにして人間教育と両立させていくかについて頭を悩ませています」と佐々木さん(写真撮影/藤原葉子)

――確かに、ただ競技能力の向上だけを目的とするなら、そもそも相撲部屋のシステム自体が決して合理的とはいえませんよね。

佐々木:そう思います。大部屋での集団生活や、ちゃんこ番、部屋の掃除までしなくてはいけないなんて、他のプロスポーツ選手であれば考えられませんよね。相撲で勝つことだけを考えるなら、ひたすら稽古だけに没頭したほうがいいし、各々が個室でリラックスし、ベッドでゆっくり休んで疲れをとったほうがいいのは明白ですから。ただ、それも全て、修業の一環なんです。

大相撲の場合、新弟子検査をクリアすればプロになれます。プロ入りのハードルは低い反面、関取になれるのはほんのひと握りです。10人のうち9人は30歳くらいまでに引退をして、相撲とは別の世界で生きていかなくてはならない。だからこそ、親方は弟子たちをいかに教育し、相撲界から卒業させるかに心を砕いているわけです。稽古場とは、そんな親方一人ひとりの思いが反映された空間なんですよ。

――佐々木さんのお話を伺って、稽古場を見学してみたくなりました。

佐々木:今はコロナの影響で中止になっていますが、以前は多くの部屋が朝稽古を一般に公開していました。また再開されたら、ぜひ訪れてみてほしいですね。もちろん、私語をしないなどマナーは守った上で、稽古場の空気を感じていただきたいと思います。

●取材協力
佐々木一郎(Twitter)
『稽古場物語』(ベースボール・マガジン社)

漫画家・山下和美さん「世田谷イチ古い洋館の家主」になる。修繕費1億の危機に立ち向かう

東京都世田谷区豪徳寺にある、推定およそ築130年の洋館。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる政治家・尾崎行雄の旧居と伝えられてきた邸宅だ。1年前、取り壊しの危機にあった洋館は、保存を望む有志によって買い取られ、今なお往時の姿を留めている。ただ、一時的に解体を免れたものの今後も建物を維持し続けるための課題は山積み。当面の補修費用だけでも、およそ1億円がかかるという。

そうまでして、なぜこの洋館を守りたいのか? その思いやこれまでの紆余曲折、これからについて、2019年にスタートした「旧尾崎邸保存プロジェクト」発起人の漫画家・山下和美さん、笹生那実さんに聞いた。

世田谷イチ古い洋館に惹かれて

――山下さんが最初に洋館に出合った時のことを教えてください。

山下和美(以下、山下):13年前、家を建てる土地を探していた時に豪徳寺を訪れ、初めてこの洋館を見ました。水色の外観は清里高原(山梨県)にあるペンションみたいなかわいらしさがありながら、時を重ねた建物にしか出せない品のある古さが感じられる。一目で惹かれましたね。この街に家を建てたのも、洋館の存在があったからです。近くに住み始めてからはより愛着が湧き、散歩をする度に眺めていました。

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――それがじつは、世田谷区内に現存する「最も古い洋館」だったと。

山下:界隈では「旧尾崎行雄邸」と呼ばれていましたが、建てたのは尾崎行雄の妻テオドラの父親である尾崎三良男爵で、明治21年築という説が有力のようです。つまり、築130年以上。鹿鳴館(明治16年築)とあまり変わらない時期に建てられ、世田谷区に移築された洋館と知った時には、なおさら残す価値があると思いました。ちなみに、三良男爵の日記には、新築時に伊藤博文ら政府要人を招いたという記述もあります。

――笹生さんは、この洋館の存在をどうやって知りましたか?

笹生那実(以下、笹生):山下さんが洋館の保存活動をしていることを知って興味を持ち、一人でこっそり見に行ったんです。想像以上に大きくて、風格があって圧倒されました。また、立派だけどかわいくもあり、とても魅力的な建物だなと感じましたね。

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

――笹生さん、山下さんはもともと洋館がお好きだったのでしょうか?

笹生:洋館には子どものころから憧れがありました。私は横浜出身で、山手の西洋館エリアを見て育ちましたから。きれいな建物と広い庭、大きな犬を連れて散歩している住人。とても華やかで、本当に外国にいるような気持ちになりましたね。

――山下さんも、多くの古い洋館が残る小樽で幼少期を過ごしたそうですね。

山下:小樽(北海道)には明治維新のころにたくさんの洋館が建てられて、私が暮らしていた1960年代にはあちこちにまだ残っていました。その一部は父が勤めていた小樽商科大学の宿舎としても使われていて、職員であれば安く住むことができたんですよ。実際、私が赤ん坊のころに円柱形の不思議な洋館に住めることになり、母と姉が見学にも行ったらしいんですけど、「押入れがないと布団が仕舞えない」と母が反対して断念したそうです。当時はベッドを買うという発想がなかったみたいで。残念ながら、憧れの洋館に住むチャンスを失いました。ちなみに、今はもうその建物は取り壊されてしまったそうです。

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

解体工事の2週間前に始めた「ネット署名」が流れを変える

――現在は山下さんたちが所有し、保存されている洋館ですが、一時期は取り壊し寸前までいったそうですね。

山下:3年前に近所の人から「洋館が取り壊されるらしい」という話を聞きました。跡地に建売住宅を作る計画があって、すでに土地と建物は不動産会社を通じて工務店に売却済みという状況だったんです。私たちが買い戻すとなると、3億円はかかるという話でした。

正直、私も借金して自宅を建てたばかりで、とてもそんなお金はない。それでも、何とか残す手はないかと2019年に保存プロジェクトを始めたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――お金のこと以外に、何が特に大変でしたか?

山下:不動産会社との交渉がうまく進まず、1年近くも膠着状態になってしまったのは辛かったですね。不動産会社の言い値や契約内容に不明瞭な点があっても、私たちにそれを確かめるすべはありません。その時には前オーナーである家主さんとの接触も、不動産会社側によって完全にシャットアウトされていましたから。そうこうしているうちに解体工事の日程も決まってしまい、もはや絶望的な状況でした。

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

――そんな絶望的な状況から、潮目が変わったきっかけは何だったのでしょうか?

山下:解体工事の予定日まで2週間を切ったギリギリのタイミングで(保存を求める)ネット署名を集め始めたのですが、そこから少しずつ流れが変わっていきました。たくさんの賛同者が集まってくれて、多くの人に保存プロジェクトのことを知ってもらえたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

また、世田谷区議会議員の神尾りささんからもご連絡をいただき、協力してもらえることになりました。神尾さんはもともとワシントンを拠点に仕事をしていて、尾崎行雄に対して特別な思い入れがあったというんです(※編集部注:尾崎行雄は東京市長時代、ワシントンD.C.のポトマック河畔に3000余本の桜の苗木を寄贈し、日米友好に努めた)。

――それは心強い。

山下:神尾さんは、私たちが立ち上げたネット署名を海外に発信することを提案してくれました。アメリカ側からも“日米友好の象徴”である旧尾崎行雄邸保存の動きを起こそうと、英訳までやってくれたんです。

それからは本当に目まぐるしく、短期間でいろんなことが起こりましたね。さまざまなメディアにもこの一件が取り上げられ、世間的な関心が高まったこともあって、解体工事だけは延ばしてもらえました。

――工事を延ばしつつ交渉を進め、最終的には強力な支援者が現れて一時的に洋館を買い取る形になったそうですね。

笹生:はい。金額が金額だけに大変でしたが、、最終的には「取り壊しを防ぐための一時所有なら」ということで支援してくれたんです。

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

1億円の補修費用、どう捻出?

――所有が保存プロジェクトに移り、取り壊しは回避されました。ただ、このまま維持していくのは大変ですよね?

笹生:そうですね。一時的に解体は免れましたが、次はこれをどう維持・活用していくかという問題があります。当初は洋館を曳家(ひきや/建物をそのままの状態で移動させる手法)で移動し、広くなった土地を分譲して資金を得ることも考えましたが、なかなか買い手は見つかりませんでした。

山下:それに、既存の建物として今の場所にあるぶんには仕方ないけど、場所を移動するなら現在の建築基準法等の法令に合わせなくてはいけないんです。その後、世田谷区にも相談してさまざまなアイディアもうまれましたが、時間がかかりそうでした。

現在は、洋館を使いたい民間企業とテナント契約を結び、収益を得ながら有効活用する道を探っています。

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

――現時点での手応えはいかがですか?

山下:さまざまな企業が興味を示してくれましたが、最終的には都内の有名コーヒー店が本店を洋館に移したいと名乗り出ていただきました。しかも、洋館自体はそのままにして、昔の建物の雰囲気を大事にしたいと言ってくれて。厨房などは、洋館の横にある朽ちかけた小屋を改装してつくるということでした。今は具体的な詰めやスケジュールの調整を行なっているところです。

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

――ただ、築130年の建物は老朽化も進んでいて、補修費用だけでも莫大な額になると思います。家賃収入だけで賄うことは難しいのでは?

山下:当面の補修費用だけでも、およそ1億円はかかります。大家となるからには耐震工事は必須ですし、現在の古い建物のままでは寒すぎるので、暖房器具も入れなくてはいけない。ただ、普通にエアコンを入れてしまうと、せっかくの雰囲気が台無しになってしまいます。外観だけでなく中身も明治を感じさせる趣を残すには、通常よりさらにハイレベルな工事や技術が必要になるんです。他にも、窓のつくりがものすごく複雑だったりするので、修繕できる業者も限られてきます。そうなると、どうしても費用はかさんでしまう。

笹生:正直、家賃収入だけではとても足りません。そこで、保存プロジェクトでクラウドファンディングによる寄付を募り、約1800万円のご支援をいただくことができました。他にも、知人の漫画家など支援の声を挙げてくださる方がいますので、当面はお借りできるところからお借りして、家賃収入で少しずつ返していければと考えています。

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

――とりあえず取り壊しを免れたものの、保存への取り組みはまだまだ続いているわけですね。

山下:そうですね。ずっと進行中です。一番の悩みは、私たちがこの世からいなくなった後のことです。その時には絶対にまた同じ問題が起こりますよね。私たちの願いは洋館を後世にも残し続けることなので、いずれは永続的に所有してもらえるところに譲りたいと考えています。

笹生:いくつか目星はつけているので、私たちが元気なうちに何とか道筋をつけたいです。これからテナントが入り、洋館が活用されている様子を発信できれば、周囲の見方も変わってくると思います。ですから、まずは目の前の計画をしっかり進めていきたいですね。

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
旧尾崎邸保存プロジェクト(Twitter)
旧尾崎行雄邸保存プロジェクト(Facebook)
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(グランドジャンプ)※試し読みあり

埼玉県民も驚いた!? 人口8000人の横瀬町が「住み続けたい街」に選ばれた理由

埼玉県の北西部、秩父郡に属する横瀬町。県内でも知名度が高いとはいえない街だが、「2021年 住み続けたい街(自治体/駅)ランキング首都圏版」(SUUMO調べ)でTOP50位以内にランクインした。埼玉県下に限れば、なんと4位! 人口8000人の横瀬町が、「なぜ住み続けたい」と思われているのか? どんな魅力が隠されているのか? その謎を紐解くべく、横瀬町で生まれ育ち、街づくりに関わる田端将伸さん(横瀬町役場まち経営課)に聞いてみた。

「横瀬町で何かやりたい人」をバックアップする仕組み

――さっそくですが、地域住民が投票した「住み続けたい街ランキング」にて、なぜ横瀬町が上位にランクインしたと思いますか?

田端将伸(以下、田端):じつは横瀬町では、数年前から官民が連携した街づくりプロジェクトを進めてきました。今回の埼玉県下で4位という結果は、それが少しずつ実を結びはじめている証ではないかと思います。

横瀬町職員の田端将伸さん(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町職員の田端将伸さん(写真撮影/藤原葉子)

――どのような取り組みなのですか?

田端:まちづくりのアイデアを形にできるプラットフォーム「よこらぼ」を使い、さまざまなプロジェクトを行っています。個人、団体・企業を問わず、「横瀬町で何かをやってみたい」という熱意を持つ人が、「よこらぼ」を通じて、さまざまなことにチャレンジできるんです。

――なるほど。具体的なプロジェクトについて伺う前に、そもそも「よこらぼ」はどういった経緯で生まれたのですか?

田端:きっかけは富田町長と、ある起業家の立ち話からでした。「サービスのアイデアはあっても、それを実証する場がなかなかない。ぜひ、横瀬町でやらせてもらえないか?」という提案があったんです。当時、東京都内には数多くのベンチャー企業が台頭していましたが、同じような悩みを抱えている起業家は多かったようで。そのとき、これはチャンスかもしれないと考えたんです。

――なぜですか?

田端:どこの自治体も企業誘致を試みています。しかし、横瀬町のような山間地域に来てくれる企業って、なかなか見つからないんですよ。そこで、企業そのものを誘致するのは難しくても、「プロジェクト」を誘致することならできるかもしれないと考えました。

横瀬町を実証実験の場として積極的に活用してもらえば、人、物、お金、情報がどんどん入ってくるのではないかと。そこで、そのための窓口として2016年に「よこらぼ」を立ち上げました。そして、企業の実証実験だけでなく、個人にも「自分のやりたいこと」「横瀬町をよくすること」などを提案してもらうことにしたんです。

「小さな行政」の利点を生かし、ハイスピードでプロジェクトを回す

――立ち上げ当時の反響はいかがでしたか?

田端:最初に想定していた通り、都内のベンチャー企業による実証実験の応募が多かったです。例えば、「廃校など町の遊休スペースを貸し出すプロジェクト(採択No.02)」や「被写体中心の360度自由視点映像サービスの実証(採択No.20)」、都内のクリエイターたちがチームで挑んだ「中学生を対象としたキャリア教育プログラム(採択No.08)」などですね。応募が集まることで新聞やWebメディアなどでも紹介され、記事を見た企業が「うちもやりたい」と声を挙げてくれる、いい循環ができていました。ちなみに、現在までに189件の応募があり、そのうち108件を採択しています(2022年3月1日時点)。

世界初の特許技術、360度自由視点映像サービス「SwipeVideo」でフォームをチェック(画像提供/横瀬町)

世界初の特許技術、360度自由視点映像サービス「SwipeVideo」でフォームをチェック(画像提供/横瀬町)

都内のクリエイターによる、中学生を対象にした半年間のキャリア教育プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」(画像提供/横瀬町)

都内のクリエイターによる、中学生を対象にした半年間のキャリア教育プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」(画像提供/横瀬町)

――採択率およそ6割と、けっこう高いですね。「よこらぼ」に寄せられたアイデアはどのようなフローで採択しているのでしょうか?

田端:毎月、審査会を開き、町民代表や役場の職員らで審査をしています。早ければ、応募から約一ヶ月という早いスピードで各プロジェクトをスタートできるように心掛けています。このペースはずっと守り続けてきました。これは、小さな町、小さな行政だからこそできる強みといえるかもしれません。

――だから、5年で100件以上のプロジェクトを実行できたんですね。

田端:そうですね。また、スピードだけでなく横瀬町の「コミュニティの強さ」も、プロジェクトを進める上でプラスに働いていると思います。ここで何かしらのサービスの実証実験をやろうとすると、住民が積極的に協力して、実証のサービスや商品を使ってくれようとするんです。リアルな住民に使ってもらい、フィードバックを得られるのは、企業側にとっても魅力なのではないでしょうか。他にも、Wi-Fiなどが使える現地オフィスの提供、行政権限を生かした法的なサポートも行っています。

――手厚いですね。最近では、どんなプロジェクト事例がありますか?

田端:最近では「電動アシスト付きの手押し一輪車による、運搬労力の削減プロジェクト(採択No.107)」という事案がありました。そこで、農園と建設作業場に手押し一輪車を持っていき、実証を行ったんです。一見すると、どこででも実験可能な内容に思えますが、このような実証実験をしてくれる自治体は、ほぼないでしょう。

また、地方では農園も建設現場も、最近は労働力不足が深刻化しています。そこで、電動の手押し一輪車で重い荷物を運べるようになるだけでも、多少なりとも生産性は上がるはずです。地方の課題を解決しつつ、企業にとっても良いフィードバックが得られる。なおかつ、町民のためになり、横瀬町の知名度も上がる。こうした良いサイクルを生むプロジェクトが多いように思います。

手押し一輪車のタイヤを交換するだけで、電動化することができる(画像提供/横瀬町)

手押し一輪車のタイヤを交換するだけで、電動化することができる(画像提供/横瀬町)

――ただ、毎月の審査会でどんどん新しいプロジェクトが採択されるとなると、町民の協力を得るのも大変な気がしますが。

田端:そこは私たちのほうでも意識していて、いつも同じ町民ばかりにお声がけして負担が偏らないよう、案件ごとにご協力いただく方を調整しています。ただ、今は基本的にみなさん快く協力してくださいますね。確かに、最初は説明するのが大変だった時期もありました。例えば、「シェアリングエコノミーのプロジェクトです」と言っても、特にご高齢の方には伝わりづらいですよね。ですから、噛み砕いて分かりやすい言葉で丁寧に伝えることは意識していましたし、「よこらぼ」の冊子をつくるなどして、活動そのものへの理解を深めるように努めていました。

――それは根気が必要ですね……。

田端:ただ、全員に完璧に理解してもらってからやろうとすると、いつまでたっても前に進みません。ですから、そこにばかりエネルギーを注ぎすぎず、同時並行でプロジェクトを次々と回し、参加してもらうことで理解してもらいました。すると、結果的に町民が他の町民を巻き込むような形になり、「よこらぼ」自体の認知度や理解も深まっていったように思います。最近では、「何をやっているかは未だにわからないけど、この街を変えているんだよね」と言ってくださる人も多いです(笑)。

――町民も街の変化に気づいているんですか?

田端:そう思います。だからといって、今のところ暮らしが豊かになったとか、幸せになったかとか、具体的な何かがあるわけではありません。それは、まだまだ先の話。でも、隣町や少し離れた街の人から「横瀬を褒められる」ことがあり、嬉しかったという声はいただいています。そうした周囲からの評価を聞いて、改めて横瀬に誇りを持ってくださる人もいたのではないでしょうか。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

町民一人一人の「やりたい」を起点に、街を活性化していく

――企業以外の団体や個人のプロジェクトにはどんなものがありますか?

田端:企業以外の団体では、大学と連携することが多いです。例えば「介護における、転倒リスクを予防する」プロジェクトなどがあります。また、「よこらぼ」の認知度向上に伴い、個人の応募も増えてきましたね。最近も、地元の人が「横瀬の材料を使ったお菓子をつくりたい」というプロジェクトを応募してくれたんです。横瀬町のPRにもつながると考え、すぐに採択しました。はじめに、販売先の紹介などの支援をしましたが、今ではしっかり自走しています。けっこう売り上げも良いみたいですよ。

――それは素晴らしいプロジェクトですね。

田端:そのプロジェクトは、自身が小さいころから思い描いていた夢だったそうで。その夢を「よこらぼ」のおかげで叶えることができたと、嬉しそうでした。こうした、「自分がやりたいこと」を起点にプロジェクトを立ち上げ、結果的に街づくりの担い手になってくれるような町民が、これからも増えていってくれるといいですね。

――そうした「街づくりの気運」みたいなものは高まっているのでしょうか?

田端:そうですね。高まりつつあると思います。例えば、「よこらぼ」をきっかけに作られた「Area898」というコミュニティスペースがあるのですが、これも町民のみなさんの提案でした。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

田端:「よこらぼ」がスタートしてから、地域外からも多くの人が訪れるようになり、新しい出会いやコミュニティも生まれました。しかし、せっかく交流が生まれたのに、横瀬町には人と人が交わる“リアルな場所”がなかったんです。そこで、ある町民団体から「よこらぼ」を通じて「新しいコミュニティ・イベントスペースをつくりたい」という提案があり、JA旧直売所跡地を使って「Area898」を整備することになりました。

――確かに、駅前などには日常的に交流できそうな場所が見当たりませんでした。

田端:そうなんです。だから、よく見る商店街の光景で「あら、〇〇さん。こんにちは」というシーンも生まれない。それってすごくもったいない気がしたんです。そこで「集まりたくなる場」を町民と行政でつくったわけです。

今では「Area898」に連日、人が集っている(画像提供/横瀬町)

今では「Area898」に連日、人が集っている(画像提供/横瀬町)

――「Area898」の利用状況はいかがですか?

田端:横瀬町民はもちろん、横瀬に関わる町外の人たちも集まるようになりました。自分の好きなこと、楽しいこと、やりたいこと、共有したいことを軸に「Area898」に人が集い、新しい活動が生まれるようになりましたね。かなり、面白い場所だと思いますよ。私が会議をしている横で、お年寄りがスマホ相談会を受けていたり、中学生が勉強をしていたり。誰でも無料で利用できることで、多くの住民が集まりやすい環境ができたと思います。

Wi-fiも完備。その後、住民から寄贈されたボルタリング、黒板、スクリーンなどが徐々に加えられていった(写真撮影/藤原葉子)

Wi-fiも完備。その後、住民から寄贈されたボルタリング、黒板、スクリーンなどが徐々に加えられていった(写真撮影/藤原葉子)

JA旧直売所に残っていたものも再利用。パレットはブランコに、米びつはショーケースに生まれ変わった(写真撮影/藤原葉子)

JA旧直売所に残っていたものも再利用。パレットはブランコに、米びつはショーケースに生まれ変わった(写真撮影/藤原葉子)

田端:また、2022年の3月からは「よこらぼ」「Area898」と並ぶ、新たな試みもスタートさせています。それが「ENgaWAプロジェクト」。横瀬の中心部にあった給食センターの跡地に作った、“チャレンジキッチン”です。

――「エンガワ」。どんな場所なんでしょうか?

田端:町内でとれる農作物を使った、新しい商品の開発などを町民と一緒に考えるスペースです。コロナ禍で農作物が売れずに余ってしまったため、新たな活用方法を模索する場所として誕生しました。商品開発だけでなく、食のイベントなどを通した町民同士の交流スペースとしても活用していきたいと考えています。最近も、地元の大豆を使ったイベントを開催しました。

節分に合わせて2月5日に開催された「大豆フェスティバル」

節分に合わせて2月5日に開催された「大豆フェスティバル」

オリジナルメニューは4品。写真はオリジナルスイーツ「くるむー焼」(画像提供/横瀬町)

オリジナルメニューは4品。写真はオリジナルスイーツ「くるむー焼」(画像提供/横瀬町)

――地産地消だけでなく、地域の人がメニューまで開発してしまうというのは面白いですね。

田端:ありがとうございます。ちなみに、「ENgaWA」のメンバーは農作業のお手伝いもしています。農家さんの負担を少しでも軽減し、その見返りとして収穫した農作物をおすそ分けしてもらっているんです。

――本当に、助け合いの心が根付いていますね。そして、それが見事に街づくりの源泉になっている。

田端:それもこれも、「よこらぼ」というベースがあったからだと思います。とはいえ、当たり前ですが全ての町民が積極的に街づくりに関わりたいわけではありません。ですから、決して無理な呼びかけや、ましてや強制などはしません。あくまで、興味がある人がガッツリやればいい。そうでもない人は基本スルーでいいし、なんとなく興味が出てきた時だけ参加してくれればいい。そういう、ゆるさが大事だと思うんですよね。行政は環境だけを整えて、あとは町民の意思に委ねる。このやり方が、今のところはうまくいっているのではないかと感じます。

「大豆フェスティバル」をお手伝した町民の方々(画像提供/横瀬町)

「大豆フェスティバル」をお手伝した町民の方々(画像提供/横瀬町)

「閉鎖的な田舎」からの脱却を

――お話を伺っていて、横瀬町が「住み続けたい街」として評価されている理由がなんとなくわかりました。町民自らが「街をよくしよう」と活動しているわけですから、愛着も生まれますよね。

田端:だとすれば、嬉しいことですね。今も人口は減り続けていますが、“何か面白いことをやりたい人”は確実に増えていると感じます。ですから、今後はさらにいろんなチャレンジができそうな気がしますね。また、「よこらぼ」で実証実験に来た人が、プロジェクト終了後も遊びに来てくれたり、二拠点居住のような形で頻繁に訪れてくれることも増えてきました。こんなふうに、移住とまではいかなくても横瀬町を第二の故郷のように思ってくれるのは、とても嬉しいことですね。

空き家バンクも、最近はすぐに埋まってしまうそう。去年の登録件数14件のうち、13件が成約(画像提供/横瀬町)

空き家バンクも、最近はすぐに埋まってしまうそう。去年の登録件数14件のうち、13件が成約(画像提供/横瀬町)

――今後も横瀬が「住み続けたい街」であり続けるためには、何が必要だと思いますか?

田端:「関わりしろのある街の可能性」を示し続けることじゃないかと思います。街がチャレンジし続けていれば、若い人にもきっと「この街だったら、まだやれることがあるんじゃないか」と思ってもらえるでしょうから。

ただ、チャレンジには失敗がセットです。だから、横瀬町では失敗を咎めません。それに、チャレンジといっても、別に大きなことでなくていいんです。例えば、ウォーキングだっていいし、盆栽だっていい。それが直接的に街づくりにはつながらなくても、一人ひとりがやりたいことをやっている。そんな街でありたいです。そのためにも、私たちが率先して、チャレンジしている姿を見せ続けていきたいですね。

(写真撮影/藤原葉子)

(写真撮影/藤原葉子)

●取材協力
よこらぼ
Area898
ENgaWA

空き家を日替わりで活用。地域住民によるコーヒー店から結婚式場まで 東京都調布市深大寺

東京都調布市深大寺で空き家問題に取り組むコミュニティ「空き家をスナックする会」。「まずやってみる」をコンセプトに、メンバー自らが空き家のDIY改装を行い、工作や料理のワークショップ、間借りでの店舗運営、さらには結婚式など、さまざまな形で活用している。発起人の薩川良弥さんに、活動の背景やこれまでの事例、今後の展望について聞いてみた。

地域の人たちと空き家の活用方法を模索

――はじめに「空き家をスナックする会」とはなんですか?

薩川良弥(以下、薩川):空き家を活用することによって、街の活性化につなげることを目的としたコミュニティです。メンバーはオンラインでつながり、アイデアを出し合いながら企画を固め、みんなで実践していくチャレンジ型のチームですね。2018年3月に立ち上げて、現在の会員数は70名ほどです。

「空き家をスナックする会」の運営者、薩川良弥さん(写真撮影/松倉広治)

「空き家をスナックする会」の運営者、薩川良弥さん(写真撮影/松倉広治)

薩川:現在、主に運営している元空き家のスペースは2箇所。調布の深大寺エリアにある「いづみや」と「COMORI」です。「空き家をスナックする会」のメンバーであれば利用が可能で、それぞれが企画を発案して自ら協力者を募り、これまでにさまざまな形で利用されています。

――「いづみや」、「COMORI」はどんな施設ですか?

薩川:「いづみや」は元お蕎麦屋さんでした。10年ほど空き店舗だった建物を改装し、今は地域に住むメンバーに間借りしてもらって日替わりのお店を運営しています。リアルな店舗で思い思いの“商売”ができるということで、人気の施設になっていますね。現在、月の半分は埋まっていますよ。

もう1つの「COMORI」は、一般的な二階建ての一戸建て住宅なのですが、静かに1人の時間を過ごす、お一人様向けの宿として運営しています。深大寺の自然を感じながら集中したり、何も考えずに過ごしていただくことができます。

――薩川さんはなぜ「空き家をスナックする会」をつくろうと思ったんですか?

薩川:私はもともとコミュニティマネージャーの仕事をしていて、場の運営とコミュニティづくりをメインに活動してきました。そのなかで「いづみや」の存在を知り、私なりに活用方法を模索してみたんです。

外観や看板は現在もそのまま使用している(写真撮影/松倉広治)

外観や看板は現在もそのまま使用している(写真撮影/松倉広治)

薩川:一般的な空き家活用って、フルリノベーション後に貸すか売るか、もしくは自分で運営するかじゃないですか。でも、私の場合は地域住民に“参加”してほしかったんです。住民のみなさんに改装や運営にも加わってもらい、空き家活用を体験してもらうことで長期的に街に愛される場所になるのではないかと思ったんです。そこで、空き家とコミュニティをセットにしたオンラインサロンとして「空き家をスナックする会」を開くことにしました。

――空き家問題という街の課題について、住民自らが考えるきっかけにもなりますね。

薩川:そうですね。自分自身も、そうやって住民たちが自ら盛り上げていくような街で暮らしたいと思いますし、メンバーも同じような気持ちで参加してくれているように感じます。

――なるほど。ちなみに、「空き家をスナックする会」の“スナック”の由来って?

薩川:以前、(芸人で著作家の)西野亮廣さんが「これからは産業がスナックする」と話されていたんですよね。スナックに集まるお客さんって美味しいお酒やツマミというよりは、コミュケーションを求めていると。だから、ママに「片付けといて」と言われたら、お客さんも働く。つまり、商品を提供して消費するだけではなく、一緒につくり上げることがこれからは重要なんじゃないかというお話で、まさにそのとおりと思ったんです。その象徴がスナックなんです。

――たしかに。みんなで場をつくっている感じがします。

薩川:だから、空き家もオーナーさん、地域住民、行政、地域の企業、みんながフラットな関係でつくれたらいいなと思い、スナックという言葉を用いました。

壁面のペイントや置物はお蕎麦屋さん時代からのもの(写真撮影/松倉広治)

壁面のペイントや置物はお蕎麦屋さん時代からのもの(写真撮影/松倉広治)

空き家のオーナーさんへ飛び込み提案のはずが……なぜか「茶飲み仲間」に

――活動を始めるにあたって、最初はどんな課題がありましたか?

薩川:一番大変だったのは、そもそも空き家が見つからないことでした。いや、空き家自体はあるんですけど、安く借りられて、自由にリノベーションして活用できるような“都合のいい空き家”なんて、実際にはそうそうない。建物自体は魅力的でも、オーナーさんの意向であまり大掛かりなことはしたくないというケースもありますからね。そこで、いい感じの建物を見つけるたびに、手紙を出していました。100件くらいには投函したと思います。

――100件! すごい行動力ですね。

薩川:そんなことを半年ほど続けましたが、実際にオーナーさんと出会えた数でいうと7~8人でしたね。そんな時に「いづみや」の賃貸情報が出たんです。不動産会社を介して物件を見学させてもらい、オーナーさんともお話しすることができました。ただ、不動産会社が設定した賃料が高くて……。当時、とてもそんな予算はありませんでした。

「いづみや」のオーナーさん(右)と話し込む薩川さん(画像提供/薩川良弥)

「いづみや」のオーナーさん(右)と話し込む薩川さん(画像提供/薩川良弥)

――どうされたんですか?

薩川:とにかく、必死に熱意を伝えました。「いづみや」でやりたい事業プランを持っていき、「現状の家賃では難しいのですが、ただただチャレンジしたいんです」と。当時のプランは、1階はコミュニティースペースとして運営し、2階は民泊として外国からの観光客向けに貸し出す、みたいなものでしたね。

――想いは伝わりましたか?

薩川:もちろん、すぐに結論は出ませんでした。ただ、オーナーさんには「信用できるやつだな」と認識していただけたようで、連絡を取り合うようになったんです。気付いたら、一緒にお茶をする関係になっていましたね。

――なんと……!

薩川:それから2~3カ月後くらいですかね、「1日だけお試しで営業してみる?」というようなことを言っていただきまして。僕はそこで「いづみやで何かしたい人は、きっといっぱいいます。僕が地域住民を集めるので、どのように生まれ変わらせるのがいいか、みんなで考える会を開きたいです」と提案しました。

オーナーさんは半信半疑でしたが、告知したところ一瞬で40席が埋まったんです。空き家の活用に興味がある人は多いだろうと思っていたけど、正直、ここまでの反応は予想していませんでしたね。オーナーさんも、ここまで人が集まるならと、私が管理することを条件にしばらく使わせてもらえることになりました。

地域住民と一緒に「いづみや」の活用方法を話し合った時の様子(画像提供/薩川良弥)

地域住民と一緒に「いづみや」の活用方法を話し合った時の様子(画像提供/薩川良弥)

――事業の内容云々の前に、薩川さん自身を認めてもらえたような感じですね。

薩川:そうであれば嬉しいですね。オーナーさんとは今も月に一度、活動の報告会をさせていただき一緒にお茶を飲んでいます。私はもちろん、オーナーさんも楽しそうで、良好な関係を築くための大切な時間になっていると思います。

ちなみに、「いづみや」の運営が始まってから4年が経った今も賃貸借契約は結んでおらず、オーナーさんのご好意で月額の家賃ではなく、その都度安価で貸していただいています。お金だけではなく、人と人との関係性によって成り立っているんです。「いづみや」でやりたいのも、まさにそれ。この場所で地域住民がつながることで、さまざまな街の課題を解決していきたいと思っています。

特に何もしなくても、人と人が自然につながるコミュニティが理想

――「いづみや」では、当初どんな活動をしましたか?

薩川:当初から今のような「間借り」で運用することを考えていたので、まずは飲食許可を取得するための改装を行いました。資金はクラウドファンディングで募り、最終的に200万円ほどのご支援をいただくことができました。

クラウドファンディング前の「いづみや」のキッチン(画像提供/薩川良弥)

クラウドファンディング前の「いづみや」のキッチン(画像提供/薩川良弥)

メンバーとキッチンを改装(画像提供/薩川良弥)

メンバーとキッチンを改装(画像提供/薩川良弥)

クラウドファンディングで支援を受け、生まれ変わったキッチン(画像提供/薩川良弥)

クラウドファンディングで支援を受け、生まれ変わったキッチン(画像提供/薩川良弥)

――間借りをする人はどうやって集めましたか?

薩川:口コミもありましたが、多くは実際に「いづみや」に来たお客様ですね。その日に入っているお店の人と話すなかで「私は木曜日だけ借りているんですよ」みたいな会話から少しずつ増えていきました。大々的に告知をしているわけではないので一気に借り手が増えることはありませんが、このゆるやかなスピード感と、こぢんまりとした規模感が逆に良いと思っています。

なぜなら、そのほうが関わるメンバー全員に当事者意識が生まれます。実際、掃除もみんなでやるし、お店の使い方も私が決めるのではなく、みんなで話し合っています。そうやって、みんなで少しずつ意見を出し合いながら運営していくスタイルが理想的だと思うんです。

――新しく加わる人もネットの情報だけではなく「場の雰囲気」を見て決めているから、ギャップを感じることも少なそうです。

薩川:そうですね。空き家活用ってなんとなくイケてる!お洒落!みたいなイメージだけが先行して、現場の実態を知らないまま来られてしまうと、ちょっと難しいように思いますね。正直、古い空き家って隙間風もすごいし、不便なところもたくさんあります。それに対して「ちゃんと管理して直してくれないと困るよ!」と言われてしまうと、少し辛いかなと。そんな部分も含めて、この場所を愛してくれる人と一緒にやっていきたいです。

――現在、どんな店舗が入られていますか?

薩川:今日(取材日)のコーヒー屋さんをはじめ、壺の焼き芋屋さん、バリ料理屋さん、薬膳カレー屋さん、チャイ屋さん、グルテンフリーカフェ、ほかにも単発でそば打ち体験イベントなどを開催しています。基本的には地域住民が多く、何かチャレンジしてみたい、この場を活用してみたい、という方々にご利用いただいています。

毎週木曜日に出店している自家焙煎コーヒー「みよし珈琲(344coffee)」。コーヒー豆は「いづみや」で焙煎している(写真撮影/松倉広治)

毎週木曜日に出店している自家焙煎コーヒー「みよし珈琲(344coffee)」。コーヒー豆は「いづみや」で焙煎している(写真撮影/松倉広治)

――薩川さんも毎日いるわけじゃないですよね? それでも問題なく運営できていますか?

薩川:そこは入居いただいているみなさんのおかげですね。本当に人柄が良い方ばかりで、私がここにいられない時でも安心して場を任せられます。それに、最近は私がいなくても、自然と人と人のつながりが生まれているんですよ。今日のコーヒー屋さんでも、ここでお客さん同士が出会い、ランチ仲間になったりしています。そうやって、こちらが特に何もしなくても勝手につながりが生まれていくのがコミュニティの本質だと思います。そういう意味では、順調に場が育ってくれているのかなと。

――過去にはここで結婚式もやられたそうですね。

薩川:はい。といっても、私の結婚式なんですが。いづみやで食事を提供し、裏の駐車場にミュージシャンを呼んで、野外パーティーみたいな結婚式でした。我ながら良い式だったなと思うので、次は他のカップルの結婚式もやりたいですね。

薩川さんの結婚式。オーナーさんもとても喜んでくれたそう(画像提供/薩川良弥)

薩川さんの結婚式。オーナーさんもとても喜んでくれたそう(画像提供/薩川良弥)

街の人たちの力を結集し、完成した「森の宿」

――もう一つのスペース「COMORI」の経緯も教えてください。

薩川:こちらも「いづみや」と同じオーナーさんの所有物件で、何年も空き家でした。そこで、サロンのメンバーだけでなく、「いづみや」で出会った方々と一緒につくり上げたんです。例えば、WEBデザイナーのメンバーにサイトをつくってもらったり、コーディネーターに家具を選定してもらったり。企画の段階からみんなで考え、みんなの力を借りながら一緒に形にしていきました。そのぶん、完成した時の喜びも大きかったですね。最初から理想としていた「空き家という課題を、街のみんなで解決する」ことができたのは、とても感慨深かったです。

深大寺の小さい森の中にある、お一人様用の宿「COMORI」(写真撮影/松倉広治)

深大寺の小さい森の中にある、お一人様用の宿「COMORI」(写真撮影/松倉広治)

茶室をイメージした和室(画像提供/薩川良弥)

茶室をイメージした和室(画像提供/薩川良弥)

空き家を通じて、街と街をつなげたい

――4年にわたり「いづみや」を運営してきて、街の人たちからの反応は変わってきていますか?

薩川:少しずつ「いづみや」の存在を認知していただいていると感じます。当初は深大寺という場所柄、観光客の方が中心だったのですが、最近は地域住民のお客様が増え、近所のお蕎麦屋さんなども世間話がてらお茶を飲みに来てくださるようになりました。大きなことではないかもしれませんが、4年かけて街の人が気軽に立ち寄ってくれる場所になったことは、素直に嬉しいですね。

今では地域の交流の場にもなっている(写真撮影/松倉広治)

今では地域の交流の場にもなっている(写真撮影/松倉広治)

――街に「いづみや」のような場所があるだけで、街がどんどん面白くなっていく気がします。今後はどんな展開を考えていますか?

薩川:「いづみや」も「COMORI」も古い建物なので、2階の積極的な活用は避けてきました。とはいえ、せっかくスペースがあるので、なんとか活用したいです。これもメンバーや街のみなさんと一緒に模索していきたいと思います。また、これからは他の空き家の活用も手がけていきたいですね。

オンラインサロンを通じて、それぞれのスタンスで空き家活用に関われる仕組みづくりも模索している(写真撮影/松倉広治)

オンラインサロンを通じて、それぞれのスタンスで空き家活用に関われる仕組みづくりも模索している(写真撮影/松倉広治)

――調布以外での活動も考えていますか?

薩川:そうですね。今は調布でコミュニティとして活動させてもらっていますが、空き家を通じて「街」と「街」がつながっていくようなことができたら面白いと思います。「空き家をスナックする会」がハブとなって人や情報をつなぐことで、姉妹都市のような関係性が生まれるかもしれません。そして、もしかしたら調布からそこに移住するメンバーも出てくるかもしれないですよね。

理想は、空き家を軸に他の街のコミュニティともつながっていき、その輪をどんどん広げていくこと。そのためにも、これからもチャレンジしていきたいですね。

全国的に増え続けている「空き家問題」。しかし、オーナーさんとつながることで、地域にとって意義のある場所へ変化させることができるかもしれない。今後、薩川さんが手がける空き家が楽しみだ。

●取材協力
空き家をスナックする会
深大寺いづみや
COMORI

「ひばりが丘団地」50年の歴史に新展開! マルシェなど住民主体の新しいエリアマネジメント

高度経済成長期に建設された団地の建て替えが続くなか、旧ひばりが丘団地エリア(東京都西東京市/東久留米市)でのUR都市機構(以下、UR)と民間事業者間の垣根を超えた住民主体のエリアマネジメントに注目が集まっています。まちづくりからエリアマネジメントまで取組む日本初の事例として団地再生事業を機にスタート、2014年にエリアマネジメント組織「(一社)まちにわ ひばりが丘」(以下、まちにわ)が発足し、関係事業者でエリアマネジメントを実施してきましたが、2020年6月末からは活動主体が住民主体に移行しました。
2014年から今まで、特に住民主体になってからの様子について、ひばりが丘のエリアマネジメントをリードしてきた「まちにわ」の岩穴口康次(いわなぐち・こうじ)さん、若尾健太郎さん、渡邉篤子さんにお話を聞きました。

「街全体ににぎわいを」と複数のスポットでイベント開催団地の西側、「ひばりテラス118」脇の公園では「にわマルシェ」が開催された(写真撮影/片山貴博)

団地の西側、「ひばりテラス118」脇の公園では「にわマルシェ」が開催された(写真撮影/片山貴博)

2021年12月11日と12日、ひばりが丘パークヒルズ(建て替え後の団地名称)では「STAY HIBARI(ステイひばり)」というイベントが行われました。もともと33.9ha、184棟もの公団住宅が立っていた広大な敷地。団地内の北集会所エリア、南集会所エリア、5番街広場、ひばりテラス118エリアの4カ所それぞれでマルシェやフリーマーケット、ボーネルンド社の提供する屋外の遊び場「PLAY BUS(プレイバス)」などが展開されたのです。その中の1つ「にわマルシェ」をステイひばりの主催者であるURとともに企画・運営したのが住民主体のエリアマネジメント組織、まちにわです。

2日間で飲食店やハンドメイド雑貨を扱う店など約30店が出店(写真撮影/片山貴博)

2日間で飲食店やハンドメイド雑貨を扱う店など約30店が出店(写真撮影/片山貴博)

団地の南集会所近くにはキッチンカーが出現(写真撮影/片山貴博)

団地の南集会所近くにはキッチンカーが出現(写真撮影/片山貴博)

マルシェのほか、集会所内では団地自治会が主催する親子で楽しめる「むかしあそび」コーナーも(写真撮影/片山貴博)

マルシェのほか、集会所内では団地自治会が主催する親子で楽しめる「むかしあそび」コーナーも(写真撮影/片山貴博)

青空の下、数々の商品が広げられたマルシェやフリーマーケット、広大な芝生の上に現れた遊び場には、子ども連れの家族を中心に多くの人びとが集まっていました。また各スポットを巡るスタンプラリーが行われ、団地内を回遊する子どもたちの姿を目にすることができました。

当日、団地の北集会所前で開催されたフリーマーケット「たんぽぽマーケット」の様子(写真撮影/片山貴博)

当日、団地の北集会所前で開催されたフリーマーケット「たんぽぽマーケット」の様子(写真撮影/片山貴博)

団地中央に広大な芝生が広がる5番街広場ではボーネルンド社の「PLAY BUS(プレイバス)」の遊具に多くの家族連れが集まった(写真提供/UR都市機構)

団地中央に広大な芝生が広がる5番街広場ではボーネルンド社の「PLAY BUS(プレイバス)」の遊具に多くの家族連れが集まった(写真提供/UR都市機構)

ひばりが丘団地は近年、どう変わった?

ひばりが丘団地は、約60年前の1959年、東京都市圏の住宅難に対応するため、全184棟、2714戸を有する首都圏初の大規模住宅団地として建設されました。建設から数十年の歳月を経て、緑豊かな団地へと成長した一方で、生活スタイル・居住者ニーズの変化への対応が求められるようになりました。そこで、URは1999年から団地の再生事業に着手したのです。

1960年代のひばりが丘団地の空撮画像(資料提供/UR都市機構)

1960年代のひばりが丘団地の空撮画像(資料提供/UR都市機構)

江戸東京博物館で復元展示されたひばりが丘団地の一室(資料提供/UR都市機構)

江戸東京博物館で復元展示されたひばりが丘団地の一室(資料提供/UR都市機構)

4階建てと2階建てだった団地の建物を高層化して建て替えたことで生まれた広大な土地には、高齢者や子育てを支援する公共公益施設を誘致した他、約7haは、民間の事業者に住宅を整備してもらうことにしました。その際、URと民間事業者の開発エリアが分断されることがないように、開発からエリアマネジメントまで継続的にまちづくりを進めるため、URで初めて取り入れられたのが「事業パートナー方式」です。エリア全体の価値を向上させるために、URと連携・協議しながら開発を進められる民間事業者を募ったのです。

開発後(2017年)のひばりが丘団地の土地利用状況(資料提供/UR都市機構)

開発後(2017年)のひばりが丘団地の土地利用状況(資料提供/UR都市機構)

この街はURの建物と民間事業者の開発した建物が混在する形で美しく整備されており、一見してどちらの建物かは素人目には簡単に判別できません。民間事業者の発想・ノウハウを活用しながら、調和したまちづくりを目指したというURの意図がしっかりと反映された結果と言っていいでしょう。

左手前がUR、右手側が民間事業者の集合住宅。エリア全体で一体感が出るように調和が図られている(写真提供/UR都市機構)

左手前がUR、右手側が民間事業者の集合住宅。エリア全体で一体感が出るように調和が図られている(写真提供/UR都市機構)

ランドマークとして残された当時の建物も

建て替えによって誕生したURの新しい賃貸住宅は、「ひばりが丘パークヒルズ」と名付けられました。近年のライフスタイル・ライフステージに合わせて選択できる広さや間取りの住宅は全部で1504戸、30棟に。ペットと快適に暮らせるよう、足洗い場やエレベーターにペットボタンなどを設けたペット共生住宅も1棟あります。

ひばりが丘パークヒルズ一帯の様子(写真撮影/片山貴博)

ひばりが丘パークヒルズ一帯の様子(写真撮影/片山貴博)

一方で、ひばりが丘団地の団地再生にあたっては、古い建物を全て解体して建て替えるのではなく、歴史を継承し、資源を有効活用する観点から、3つの異なるタイプの住棟を1棟ずつ残す形で活用が図られています。

例えば、三方に広がる星型の形状をした「スターハウス」は、管理サービス事務所として使用。前面の広場には上皇ご夫妻が皇太子・皇太子妃時代に訪問したバルコニーが移設され、ウッドデッキと一緒にメモリアル広場として整備されました。

上空から見ると星型をした「スターハウス」は団地のシンボル。写真右下に見えるバルコニーや広場は、当時の皇太子ご夫妻が立ったバルコニーを移設してメモリアル広場としたもの(写真撮影/片山貴博)

上空から見ると星型をした「スターハウス」は団地のシンボル。写真右下に見えるバルコニーや広場は、当時の皇太子ご夫妻が立ったバルコニーを移設してメモリアル広場としたもの(写真撮影/片山貴博)

また、「にわマルシェ」の舞台となった「ひばりテラス118」はもともと6世帯が住むことができた長屋形式の2階建て住宅(テラスハウス)。リノベーションされたこの建物は、現在、カフェやコミュニティースペース、お花屋さんや近隣で創作活動を行う作家が作品を販売するシェアスペースになっています。

「ひばりテラス118」は長屋形式のテラスハウスだった旧118号棟をエリアマネジメントセンターとしてリノベーション(写真撮影/片山貴博)

「ひばりテラス118」は長屋形式のテラスハウスだった旧118号棟をエリアマネジメントセンターとしてリノベーション(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

2014年から本格的にスタートしたひばりが丘団地の「エリアマネジメント」

さらにURが開発計画を練るなかで、注力したポイントが「エリアマネジメントの推進」でした。地域の環境やエリア全体の価値向上に向けて住民が主体的に取り組む組織をつくるため、事業パートナーと共にエリアマネジメントの仕組みを考え、2014年に「一般社団法人まちにわ ひばりが丘」を設立したのです。

現在、事務局長を務める若尾さんは、設立当初から関わってきました。「当時の事務局長が人を巻き込むのが上手な人で、イベントに参加しているうちに手伝うように言われて運営側にまわるようになった」(若尾さん)のだそう。代表理事の岩穴口さん、スタッフの渡邉さんも最初はボランティアとして2015年ごろからまちにわの活動に参加するようになりました。

以来、地域の文化祭的なイベント「にわジャム」や、ハンドメイド雑貨とフード・ドリンクを提供するお店が集まる「にわマルシェ」といったイベント、講座・サークル活動などを定期的に行ってきました。そしてコロナ禍でイベントの開催が難しくなった最中の2020年、それまでは民間の開発事業者と開発街区の各管理組合を正会員として運営してきたまちにわは、住民主体の組織へと生まれ変わったのです。既存のUR賃貸住宅の自治会や地域の関係者とは、設立当初から連携して活動しています。

住民主体になる前、2017年のまちにわの組織図。正会員は開発事業者と地域住民からなり、理事会は開発事業者の社員で構成、UR職員が監事を務めていた。(資料提供/UR都市機構)

住民主体になる前、2017年のまちにわの組織図。正会員は開発事業者と地域住民からなり、理事会は開発事業者の社員で構成、UR職員が監事を務めていた。(資料提供/UR都市機構)

コロナ禍を経て、住民主体のエリアマネジメント組織へ

「まちにわは、もともと設立後5年を目処に住民主体の組織となることを目指して設立されたので、組織変更は決まっていたのです。予定外だったのは新型コロナウィルス感染症の流行・拡大。当初から人と人との接点をどうつくっていくか、ということを目的に活動してきた中で、接すること自体がNGになり、戸惑いもありました。
コロナ以後の2年間はイベント等の開催ができなくなり、それまでの5年間で培ってきたつながりをどうつなぎとめていくか、ということを一生懸命に考えてきました」(岩穴口さん)

2018年には2~3カ月に1回の頻度で開催していたマルシェも、2019年の緊急事態宣言発令以後は中止に。2020年は10月下旬から12月中旬まで9週間、毎週末の土日に芝生入口にゲートを設け、3~4店舗ずつ、入場制限を行いながら開催したそう。

今回、URが主催する「STAY HIBARI(ステイひばり)」と同時開催された「にわマルシェ」は1年ぶりの開催。「URと調整しながら一緒に企画・開催できたことが嬉しい」(岩穴口さん)と語る(写真撮影/片山貴博)

今回、URが主催する「STAY HIBARI(ステイひばり)」と同時開催された「にわマルシェ」は1年ぶりの開催。「URと調整しながら一緒に企画・開催できたことが嬉しい」(岩穴口さん)と語る(写真撮影/片山貴博)

「ひばりが丘のエリアマネジメントに主体的に関わる人(まちにわ師)を育てる『まちにわ師養成講座』の開催なども経て、住民が自ら何かをやる空気が少しずつできていました。例えば『ひばりンピック』というスポーツ大会を住民発のイベントとして開催しようと準備していました。結果的にはコロナで開催中止となってしまいましたが、住民が発案したものを実行に移せる土壌が整ったのです」(渡邉さん)

「まちにわ師養成講座」の様子(写真提供/UR都市機構)

「まちにわ師養成講座」の様子(写真提供/UR都市機構)

他にも、住民がつくった「まちにわ組」というLINEのオープンチャットには、現在110人ほどが登録しているそう。誰でも入れて、個人アカウントを明かさなくても入れるが、「いざというときのためにも、できれば本名で登録してほしい」と投げかけています。

「先日、地震があったときにもオープンチャット内で頻繁にやりとりがありました。『インターネットがつながらない』『ガスが止まりました。どうしたらいいですか』といったSOSに対し、詳しい人が具体的な解決方法を示してくれました。普段は『この店おいしいよ』という、他愛ないコミュニケーションにも使われています」(若尾さん)

今後まちにわでは、LINE等がうまく使えない人のために、スマホ講座なども企画しているそうです。

住民の「やりたいこと」を支援する場所として

このような広がりを受け、岩穴口さんは「これまではまちにわが水先案内人として先導する役目だったが、これからは住民の方がやりたいことを後押し、支援をしていく立場へと変わっていく」と言います。

「僕たちが施す、ということではなく、やりたい人たちができる場所を用意する、ということに主眼を置きつつあります。少しずつコロナとの付き合い方が見えてきて、今後リアルなつながりが増えてくると思いますし、やはり『つながりづくり』を重視したい。

一方で、一部の人だけが集まる状態では、他の方を阻害してしまうことになりかねません。これまでは新しいマンションの住人に向けての取り組みが多かったのですが、今後は高齢者の方も含めて、どのように取り組んでいくか、そのバランスが重要だと思います。社会問題はこれからもどんどん出てくると思うので」(岩穴口さん)

2019年まで、3000人を超える人が集まるバルやマルシェを出店した「にわジャム」は今年、オンライン形式でつながりづくりを意識した交流会やワークショップを実施(写真提供/UR都市機構)

2019年まで、3000人を超える人が集まるバルやマルシェを出店した「にわジャム」は今年、オンライン形式でつながりづくりを意識した交流会やワークショップを実施(写真提供/UR都市機構)

(写真提供/UR都市機構)

(写真提供/UR都市機構)

実際に、昔から住まわれているUR賃貸住宅の自治会から「まちにわと一緒に取り組みを考えさせてほしい」といった連携のオファーも出てきたのだそう。

「僕たちは昔のひばりが丘団地エリアで民間事業者が開発したマンションに住む各世帯から月300円をいただいて運営をしています。その対価をどういう風に提供していくか、それは常に考えるべきことです。子育て世帯、高齢者と、世代も異なる全ての人が、小さな取り組み一つひとつに全て賛成をしてくれるという状態は現実的にはありえません。ただ、まちにわの大きな世界観に共感してもらい、まち全体がよくなっていくことを一緒に目指せればいい。そのためにコンセプト、ビジョン、ミッションといったものを共有できるよう常に発信しています」(若尾さん)

今回お話を聞かせてくれたまちにわ事務局長の若尾健太郎さん(左)、代表理事の岩穴口康次さん(中央)、渡邉篤子さん(右)(写真撮影/片山貴博)

今回お話を聞かせてくれたまちにわ事務局長の若尾健太郎さん(左)、代表理事の岩穴口康次さん(中央)、渡邉篤子さん(右)(写真撮影/片山貴博)

「普段は楽しく、いざというとき助け合える」がまちにわのコンセプトだそう。普段から住民の「やりたいこと」を支援しながら、付き合いのある関係、顔が見える関係を築いておくことで、非常時の助け合いにもつながる、という考えがそこにはあります。

「みんなで情報共有しながら、つくり上げる過程こそが面白い」と言う若尾さんの言葉通り、人と人とのつながりこそが、まちが生む最大の価値なのかもしれません。

●取材協力
・UR都市機構
・一般社団法人まちにわ ひばりが丘

【墨田区編】地元で愛される下町の銘菓・銘品9選

江戸文化発祥の地とされる墨田区。隅田川花火大会や相撲を始めとする伝統的な行事や、葛飾北斎や吉良上野介など偉人ゆかりの地としても知られています。そんな墨田区には、地元で長く親しまれている銘品や銘菓が数多くあります。甘いものやおつまみにぴったりなグルメをご紹介しますので、ぜひチェックしてみてください。
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高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる

賃貸マンションに入居していた住人の一人が、高齢のお母さんを同じマンションに呼び寄せたところ、自然とその部屋がシェアスペースに。住人同士の交流が深まった、という話を聞きました。「お母さんの部屋がシェアスペースに」とは一体どんな空間で、集まる人たちはどのように交流し、どう感じているのでしょうか。

東京都世田谷区内にある賃貸マンションの大家である安藤勝信さん、住人のKさん、Nさん(Kさんの母)、Eさんにお話を聞きました。

「どなたか、母と一緒に犬の散歩に行ってもらえる人を知りませんか?」

全10戸からなるこのマンションに住むKさんが、住人同士のグループLINEに投稿したのは、3月ごろのこと。神奈川県内で医師として働くKさん(40代)は、日中は仕事で不在にしています。Nさん(70代)は、一通りの日常生活は自分でできるものの、数年前からアルツハイマー病を患っており、慣れない環境に一人でいることは不安な状況でした。また、Nさんが飼うトイプードルのラッキーも、昼間に一度は散歩に連れ出す必要もありました。

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

Kさんは10年ほど前、この賃貸マンションができた当初からの住人です。長野県にある実家で暮らしていた両親のうち、父が入院することになり、母のNさんを同じマンションの別室に呼び寄せたのでした。

「2~3年前からできれば近くで住みたいと考えていたものの、高齢の両親が賃貸物件を借りることは、簡単なことではありませんでした。近年、高齢者や生活に一定の不安を抱えた人が本人にとって快適な賃貸物件を借りようとするときに、入居をみとめてもらいにくいなどの問題があります。大家の安藤さんに『なかなか物件探しが難しくて……』と話をしたところ、『このマンション内にお引っ越し予定の部屋があるよ』と教えてもらい、母の部屋としてもう1室借りることにしたのです」(Kさん)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

お母さんの部屋が住人みんなのシェアスペースに!?

このマンションには、1階に大家の安藤さんファミリーも住んでいて、他にもう一つファミリー向けの住戸、加えて写真スタジオがあります。2階と3階は単身者向けの部屋がメインで、そのうちの2つにKさんとNさん母娘が住んでいます。

取材当日、母のNさんの部屋を訪れると、玄関ドアの外側には、日替わりのメニューが書かれたホワイトボード「ラッキー&NさんCafe」の看板がありました。この日のおすすめは、「ミニプッチンプリン」と「贅沢ルマンド宇治抹茶カカオ」だそう。最後には「本日、14時ごろまでお待ちしています」とメッセージが添えられています。

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

マンションができたときから、安藤さんは新しく入居する人がいれば歓迎会を開くなどして「住人同士の自然なコミュニケーションによる関係構築を大切にしてきた」そう。そのため、マンション退去後も近隣に引っ越した前住人が食事会に参加することも自然なことだと言います。さらに前述のグループLINEが交流をきっかけに自発的にできたことで、何かあったときのやり取りも気安く便利なものになりました。

Nさんとラッキーの散歩には、グループLINEでのKさんの呼びかけに応じる形で、同じマンション内で在宅ワークをしている住人と近隣に住む前住人の2人が交代で付き添うように。Nさんも「オートロックの開け方すらわからなくて困っていたときに、助けてもらったことも。そういう繋がりがありがたい」と喜んでいます。

さらにKさんが他の住人にも「お茶を飲みにだけでも寄ってください」「暇な時に来てくださったら嬉しいです」と声をかけるうちに、Nさんの部屋が、住人みんなが出入りするシェアスペースのようになっていったのだそうです。

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

住人同士で食事会を開催、住人発案のグループLINEも

私たち取材陣が訪れたその日も、夜はNさんの部屋で住民同士の食事会が開催されると言います。筆者が「今日はどなたが参加されるんですか?」と尋ねると、Kさんは指を折りながら「今日は私たちと◯◯さんと、◯◯さん、◯◯さん……。あれ? 2階以上に住んでいる単身者は全員ですね(笑)」と答えてくれました。

しかも、開かれる場所はNさんの部屋ですが、主催者は部屋の主人であるNさんでも、娘のKさんでも、大家の安藤さんでもないと言います。何でも、前回の食事会をしたときに、住人の一人が他の住人に誘われて料理教室に通い始めたため、習った料理をつくるよ!という話になったのだそう。先にフォカッチャをつくっておこうか、と盛り上がるKさんたちは、本当に楽しそう。食事会は特に定期的に開催しようとしているわけではなく「開催すると盛り上がってじゃあまた次はいつにしようか、となる」(Kさん)のだそうです。

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

食事会の詳細を住人同士でやり取りするときに活用されるのは、やはり、グループLINEです。これは大家の安藤さんが作成したものではなく、今回お話を聞かせてくれた一人、グラフィックデザイナーのEさん(30代)の歓迎会が2年前に開かれた時にできました。前に住んでいた人が「やり取りが面倒だから繋がっちゃおうよ」と声をかけてつくることになったものだと言います。

“対流”が先で構造は結果、住人同士の“信頼”で成り立つ緩やかなコミュニティ

筆者が「大家さんでなく、住人さん、しかも前に住んでいた人が退去後も食事会に参加し続けていて、住人同士のグループLINEを作るなんて初めて聞きました!」と、大家の安藤さんに声をかけると「コミュニティってつくるものではないと思うんですよね」という答えが返ってきました。

「熱量の中で自然とできていくものであって、つくろうとすると、むしろ指の間からすり抜けていくようなものだと思うんです。ましてや大家が押し付けるものではない、と私は考えています。例えば、私が先にグループLINEという構造をつくってしまうと、きっと裏アカ(裏アカウント、表のアカウントに対して秘密裏にやり取りされるアカウント)ができたりするものでしょう(笑)」(安藤さん)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

現在のグループLINEも作成されたのはEさんの歓迎会が開かれた2年前。つまり、このマンションができてから8年間は住人プラス大家の安藤さんのグループLINEはない状態でやってきたということです。それまで何か連絡が必要なときにどうしていたのかを聞くと、安藤さんは一人ひとり個別に連絡をしていた、と言います。

「大家である私にとっては、当然グループLINEのような仕組みがあった方が連絡も1回で済むので楽なんです。ただ、なんとなく違和感があって私からはつくりませんでした。。仕掛けるという視点側にいるとそういった構造からつくりがちです。私にできることは住まい手にとっての良き環境になること、それをコントロールしようとすれば、相手の方は私に信頼されていないと感じてしまうでしょう。お互いの信頼をベースに、時間とともに住む人同士の関係が構築されていくことが、自然で居心地のいい関係に繋がるのではないでしょうか」(安藤さん)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

「ヘルプを出してもらえることが嬉しい」お互いさまの関係

たしかに住人の一人であるEさんの話を聞いて印象的だったのが、「Kさんがお母さんのことでヘルプを出してくれたのが嬉しかった」という言葉でした。Eさんは在宅で仕事をしているので、Nさんの玄関に「お待ちしてます」の看板がかかっているときにはお茶を飲みに訪れ、時にはNさんと一緒に台所に立って簡単な夕食の準備をしながらKさんの帰りを待つこともあるそうです。

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

「結局、Nさんとラッキーのお散歩は他の方がお手伝いしてくださることになりましたが、Kさんに頼ってもらえたことがまず嬉しかったんです。私は仕事の合間にお邪魔してNさんと一緒にお茶を飲んでいるだけですが、こんなことで喜ばれるなら、私も嬉しい。そして、コロナ禍でなかなか外出しづらいなか、私自身にとっても、とてもいい過ごし方のひとつになっているんです」(Eさん)

住む「人」次第で、ルールも変える

Eさんは内見の時から住人とのコミュニケーションが始まっていたといいます。

「住み始める前、お部屋の内見に来たときにKさんなど住人の方が3階の共用テラスに座ってお茶を飲んでいて。よかったら座って一緒にいかがですか、と席を勧めてくださったのが嬉しかったことを覚えています」(Eさん)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

実は、Eさんの見学が終わった後、安藤さんは他の住人たちに「今日見学に来た人で誰が入居するのがいいかな?」と聞いてEさんの入居が決まったのだそう。

「新しく入居される方も、既に住んでいる私たちも、お互い選び選ばれる関係だと思っています。この人に住んでもらいたい、と思ったら構造や秩序を形づくるルールも、人に合わせて変わっていいと思うんです。

例えば、もともとこのマンション内で飼育可能な動物は猫のみでした。でもEさんに住んでほしいと思ったら、Eさんはヨウムというインコを飼っていたので鳥がOKになりました。Nさんが入居するときにも、住人みんなにNさんの状況と愛犬がいることは大丈夫?と聞いたんですよ。それで全員賛成だったからいま、Nさんもラッキーもここに一緒に暮らしています」(安藤さん)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

Kさんが、母Nさんの入居できる物件を探していたときに苦労した背景には、高齢者の孤独死や家賃滞納などの問題が増え、大家さんや不動産会社に負担のかかる場面が生じていることなどがあります。そのリスクを回避し、関係する人みんなが安心・安全に過ごすためにルールや体制などの“構造”が必要なこともあるでしょう。

一方で、安藤さんが「今は量より質で、人が主役でなければならない」と言うように、住まいにおいても住む人、一人ひとりにとって心地よく、ちょうど良い距離感での関係構築やサービス提供が求められているように感じます。そのバランスを考えるとき、この賃貸マンションで時間とコミュニケーションを重ねながらできてきた小さなコミュニティの在り方は、参考になるのではないでしょうか。

●取材協力
株式会社アンディート代表取締役安藤勝信さん(オーナー)とお住まいのKさん、Nさん、Eさん、ラッキー

池袋がリビングに!? 大通りの電源付きベンチでテレワークやおしゃべりが日常に

ここ数年、「池袋」のまちが劇的に変わっていることに気がついている人も多いのではないでしょうか。2016年の南池袋公園のオープンを機に、4つの公園を核として、継続的にマルシェなどのイベントが行われるようになることでまちのイメージが変化してきました。そして今、イベントだけでなく日常的に屋外でリビングのように過ごすような動きが始まっています。
ポストコロナの新しい暮らし方に伴い、まちなかの風景はどのように変化していくのか、池袋グリーン大通り・南池袋公園を中心に「IKEBUKURO LIVING LOOP」というプログラムの企画運営を担っているnestの飯石藍(いいし・あい)さんに話を聞きました。また、取材陣も存分に楽しんだ当日の様子を画像とともに紹介します。

2017年から開催してきた「IKEBUKURO LIVING LOOP」

2017年から池袋駅の東口にあるグリーン大通りをメイン会場として年に1回開催されてきた「IKEBUKURO LIVING LOOP」。2021年は「スペシャルマーケット」という形で、11月5日から7日の3日間で開催されました。開始時刻となる午前11時、隣接する南池袋公園に私たち取材陣が着いたときには、すでに多くの人たちが秋空の下、思い思いに楽しんでいる姿が見られました。

当日午前中の南池袋公園の風景。取材が終わった午後にはさらに人が増えていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日午前中の南池袋公園の風景。取材が終わった午後にはさらに人が増えていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日は音楽隊が街を練り歩き、路上ライブなども開催され、音楽もまちを彩っていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日は音楽隊が街を練り歩き、路上ライブなども開催され、音楽もまちを彩っていた(写真撮影/相馬ミナ)

訪れる人が、まるで自宅のリビングのようにくつろいだり、食事や会話を楽しむ風景を新しい日常にしていきたい。その想いで今年から『IKEBUKURO LIVING LOOP』という名前を、イベントの名称からプロジェクト全体のコンセプトへと昇華させる形で変更したそうです。

「毎年、このイベントを開催するなかで生まれてきた、まちで過ごすことの居心地の良さや、まちなかのあちこちでくつろぐ風景がとても印象的でした。こんな風にまちなかでの過ごし方を年に1度のイベントの時だけではなく、日常的なものにしていきたい、今年はそんな想いで企画をしてきました」(飯石さん、以下同)

実際にイベントの開催期間中だけではなく、10月から来年の1月まで、電源付きのストリートファニチャーをグリーン大通り内の3カ所に設置するという実験を行っています。飯石さんによれば、スーツを着た人がパソコンを開いて座っていたり、子どもを連れたお母さん同士がおしゃべりをしていたりと、少しずつ日常的に使われつつあると言います。

日常的に使われつつあるストリートファニチャー(写真提供/株式会社nest )

日常的に使われつつあるストリートファニチャー(写真提供/株式会社nest )

「何をしてもいい、ただいるだけでもいい、そんな風に感じられる空間の余白がまちの中あるといいな、と思っています。思い思いに過ごせる自分の居場所がある、ということがまちに暮らす人にとって大切なことなのかなと思うんです」

IKEBUKURO LIVING LOOPの看板の脇にはかわいいワーゲンバスのキッチンカー(写真撮影/相馬ミナ)

IKEBUKURO LIVING LOOPの看板の脇にはかわいいワーゲンバスのキッチンカー(写真撮影/相馬ミナ)

屋外リビングの家具の一つにはハンモックも。当日は多くの子どもたちが競い合って座っていた(写真撮影/相馬ミナ)

屋外リビングの家具の一つにはハンモックも。当日は多くの子どもたちが競い合って座っていた(写真撮影/相馬ミナ)

ストリートファニチャーには電源も設置。雨対策にコンセント部分には蓋がついている。区のWi-Fiも利用できるため、仕事中と思われる会社員風の人が利用する姿もよく見られるのだと言う(写真撮影/相馬ミナ)

ストリートファニチャーには電源も設置。雨対策にコンセント部分には蓋がついている。区のWi-Fiも利用できるため、仕事中と思われる会社員風の人が利用する姿もよく見られるのだと言う(写真撮影/相馬ミナ)

ここ数年で池袋が変わった!何がどう変わった?

このような風景は、数年前に多くの人が描いていたと思われる“池袋のイメージ”とはちょっとギャップがあるかもしれません。今回のIKEBUKURO LIVING LOOPの会場にもなっている南池袋公園の魅力的な風景やその使われ方は、全国の自治体の中でも、民間と連携して取り組む公民連携事業のお手本としてたびたび紹介されるほど。

この数年で一体、池袋に何が起きたのでしょうか?

池袋を中心に位置づける豊島区に大きな衝撃が走ったのは、2014年5月のこと。東京23区内で唯一の「消滅可能性都市」に豊島区が選ばれてしまったのです! これは将来推計人口において、2040年には20~39歳の若年女性が半減し、人口を維持することができないということ。これを受け、豊島区は翌年の2015年には「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」を策定、若い世代にも訴えるまちづくりがスタートしたのです。

2015年に策定された「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」の図(資料/豊島区)

2015年に策定された「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」の図(資料/豊島区)

以降、2019年にはサンシャイン通りに大型シネコン「グランドシネマサンシャイン」を擁する「キュープラザ池袋」が、11月には「東京建物ブリリアホール(豊島区立芸術文化劇場)」と「としま区民センター」がオープンしました。同年にはこれらのスポットを巡る「イケバス」も運行を開始。2020年7月の「ハレザタワー(オフィス棟)」と新ホール棟の開業により、8つの劇場を有するハレザ池袋として完成し、目覚ましく発展しました。

ハレザ池袋のオフィス棟(左)と新ホール棟(中央)、としま区民センター(右)(写真/PIXTA)

ハレザ池袋のオフィス棟(左)と新ホール棟(中央)、としま区民センター(右)(写真/PIXTA)

そして、もう一つの目玉が池袋駅周辺にある東西合わせて4つの公園の再整備事業です。
2016年の南池袋公園のリニューアルオープンを皮切りに、2019年には中池袋公園、劇場公園として生まれ変わった旧池袋西口公園もリニューアル。2020年には造幣局地区防災公園(IKE・SUNPARK(イケサンパーク))が完成し、4つ全ての公園がそれぞれ個性を持った公園として多くの人を惹きつける魅力を持った場所になったのです。

世界中から人を惹きつける国際アート・カルチャー都市のメインステージ(資料/豊島区)

世界中から人を惹きつける国際アート・カルチャー都市のメインステージ(資料/豊島区)

「オールとしま」でまちに関わっていくという想い

飯石さんが豊島区のまちづくりに関わるようになったのもそのころでした。

「2016年に南池袋公園がオープンするときに、公園内のカフェ『racines farm to park』を運営するグリップセカンドから相談をいただき、オープニングイベントを企画したのがこの公園に関わるようになった最初のきっかけです。

グリップセカンドが南池袋公園の活用提案をした際の企画書に「オールとしま」をコンセプトに掲げていて、まさにその空気が伝わるような1日にしたいと考えました。公園が完成したことがゴールではなく、これからこの場所がどう変わっていくかを提示できるイベントをやろう、この場所を起点にチャレンジが出来るような場所にしたいという思いを込めて、オープニングイベントを企画しました」

2016年のオープン時から南池袋公園とグリーン大通りの活性化に注力をしてきたnestの飯石藍さん(写真撮影/相馬ミナ)

2016年のオープン時から南池袋公園とグリーン大通りの活性化に注力をしてきたnestの飯石藍さん(写真撮影/相馬ミナ)

飯石さんによれば、まちに人が集まるためのきっかけづくりのために、多様な過ごし方、楽しみ方ができるような仕掛けを作っています。

「2021年の取り組みとして、このエリアにくると何らかのアクティビティが継続的にある状態を意識してラシーヌでは週1回、お花や野菜のマルシェ、月に1回はたくさんの出店者が集まるマルシェを開催、そして年に1回、大規模なスペシャルマーケットを開催しています。それに加えて、イベントがない時でも日常的に過ごせる場所を、というテーマでストリートファニチャーを数ヶ月の間設置しています。」

「池袋文化圏」のハブとしての役割

改めて飯石さんに池袋はどんなまちかと尋ねると、「乗降客数が世界でも上位に来るほどのターミナルシティである一方、池袋から1駅離れると、個性のあるお店が立ち並び、お店の人と会話が始まるような下町っぽさがあります。暮らしがすぐそばにある町ですね」という答え。ぐるっとまちをめぐり、屋台を覗いてきましたが、たしかに今回のスペシャルマーケットに出店をしている人たちもそんな池袋の面白さを表現しているような、個性にあふれた、明るく気持ちの良い方ばかりでした。

雑司が谷と早稲田に店舗がある「都電テーブル」の梶谷さん。「外で食事を提供することは提供側も本当に楽しい」と語る(写真撮影/相馬ミナ)

雑司が谷と早稲田に店舗がある「都電テーブル」の梶谷さん。「外で食事を提供することは提供側も本当に楽しい」と語る(写真撮影/相馬ミナ)

南池袋公園内にはけん玉の専門店「KENHOL(ケンホル)」が出店しており、多くの家族連れが体験中。定期的にけん玉ワークショップを開催しているそう(写真撮影/相馬ミナ)

南池袋公園内にはけん玉の専門店「KENHOL(ケンホル)」が出店しており、多くの家族連れが体験中。定期的にけん玉ワークショップを開催しているそう(写真撮影/相馬ミナ)

「マルシェへの出店について、出店要項にはマルシェをはじめとしたグリーン大通りでの取り組みで大切にしていること等を記載しているのですが、そこにはこのまちを一緒に面白がってくれるか、ということが出店の条件になるという案内をしています。単純に売上を上げられるかどうかということだけではなく、池袋東口というエリアを一緒に盛り上げていくという視点を持つ方と一緒にマルシェを育てていきたいと思っています。

池袋は多くの路線のハブになっている駅です。1駅行けば住宅街があり、さらにその沿線には練馬・埼玉のまちとつながり、そこにも個性的な農家やお店がたくさんあります。私たちは池袋をハブとした周辺エリアを「池袋文化圏」と呼んでいて、それぞれのエリアから面白い出店者が集まることで、沿線やエリアの情報をより多くの人に届けることができると考えています。池袋単体が盛り上がるということではなく、周辺エリアの人たちとも一緒に盛り上げていきたい。例えば池袋文化圏では『食の循環』を生み出せないかと考えています。池袋には畑がないのでできませんが、近郊の練馬や草加などには農地も多いし農家さんも多い。顔の見える人から作られたものを買うという循環が生まれてくると、関わる人がもっと豊かな暮らしを実感することができるんじゃないかなと考えています。」

草加市で農園を営む「Chavi Pelto(チャヴィペルト)」で働く山北泰功さん。地元産の安心で、おいしい採りたて野菜を販売している(写真撮影/相馬ミナ)

草加市で農園を営む「Chavi Pelto(チャヴィペルト)」で働く山北泰功さん。地元産の安心で、おいしい採りたて野菜を販売している(写真撮影/相馬ミナ)

その可能性を広げることに、豊島区とも密に連携しながら進めています。

腰ほどの高さがあった均一的な植栽を、背の低い寄せ植えに変更することで雰囲気のある一角に(写真撮影/相馬ミナ)

腰ほどの高さがあった均一的な植栽を、背の低い寄せ植えに変更することで雰囲気のある一角に(写真撮影/相馬ミナ)

消費する側も提供する側も、もっと役割が溶け合っていい

いま池袋では、この南池袋公園やグリーン大通り周辺に限らず、至るところでこのようなまちを盛り上げるイベントや取り組みが行われるようになったといいます。実際、このスペシャルマーケット開催期間中も、「サンシャインマルシェ」や「ひがいけマルシェ」「美久仁小路バル」「ファーマーズマーケット」「Visca!! IKEBUKURO -KAKULULU 7.5th Anniversary Live-」といったイベントが行われていました。

今年度は、nest、racines farm to parkほか数店舗を経営するグリップセカンド、良品計画、サンシャインシティの4社共同パートナーとして事業を進めています。このまちを地元とする会社が、それぞれの得意なことを持ち寄りながらまちに関わることが、まち全体としての広がりにつながっていくはず。そしてその取り組みがまた別の人たちに緩やかにつながっていくと感じています」

2021年にリニューアルしたIKEBUKURO LIVING LOOPのホームページ内でも、主催のイベントだけでなく、周辺のさまざまなイベントや取り組みを紹介できるような形にしました。

さらには、池袋にやってきてこれらの取り組みに触れて楽しんだ人が「自分もお店を出店してみたい」とマルシェ応募したり、近所に暮らす人がcast(ボランティア)として参加してくれたり、出店していた人が運営にも関心を持ってcastに回ったりと、利用する側、提供する側、どちらか一方ではないことも大切なポイントのようです。

IKEBUKURO LIVING LOOPには多くのロースターが出店しており、屋外リビングでゆったりとコーヒーを楽しむことができる(写真撮影/相馬ミナ)

IKEBUKURO LIVING LOOPには多くのロースターが出店しており、屋外リビングでゆったりとコーヒーを楽しむことができる(写真撮影/相馬ミナ)

この日はお得な料金で複数のロースターのコーヒー、ティーを飲み比べできるチケットを1000円で販売(写真撮影/相馬ミナ)

この日はお得な料金で複数のロースターのコーヒー、ティーを飲み比べできるチケットを1000円で販売(写真撮影/相馬ミナ)

「特に都会だとサービスの提供と消費って役割が明確に分かれていますよね。でもその役割が曖昧で、溶け合っていていいと思うんです。そうすることで関わりの余地が増えていく。それがまちへの愛着の高まりにつながると思います」

関わりの余地が広がっていくことを体感できた池袋のまち。これからももっと気持ちのいいまちになる予感(写真撮影/相馬ミナ)

関わりの余地が広がっていくことを体感できた池袋のまち。これからももっと気持ちのいいまちになる予感(写真撮影/相馬ミナ)

コロナ禍で一時イベントができなくなった時に、飯石さんはかつてのマルシェ出店者の販路を少しでも支えるためのオンラインマルシェやトークイベントの開催などを積極的にやっていたと言います。全国各地でマルシェをやっている人たちとも話し合いを重ねることで気づいたことが、「イベントとして大きく人を動かしたり大量消費をさせたりするようなものよりも、私たちがずっと大切にしてきた日常・暮らしの延長線上にあるもの、顔の見える関係性を構築していくことで、有事の時に支え合えるんだなぁと改めて気づけたし、そういった場やコミュニティを育みたいんだ」ということだったそう。

コロナで改めて屋外の価値が見直され、公共空間の活用の仕方にも注目が集まっていますが、屋外空間が多くの人にとって自分の居場所として過ごしやすい場所になれば、まちは魅力的になるでしょう。まさに住まいにおけるリビングのような空間が屋外にある、それが日常になっていく流れの発端を感じた1日でした。

●取材協力
・IKEBUKURO LIVING LOOP
・nest

「事故物件」の告知、今後どうなる? 国交省がガイドライン発表

2021年10月8日に国土交通省から「宅建業者による人の死の告知に関するガイドライン」が発表された。5月に発表された「ガイドライン(案)」に対するパブリックコメント(一般からの意見)を受け、修正したものだ。「事故物件」の告知はどういう結論になったのか。検討した委員会ではどのような議論があったのか。私たちの住まい選びにどうかかわるのかについて考えてみたい。

なぜガイドラインが必要なのか

以前にもSUUMOジャーナルでご紹介したが、人の死が発生した物件の告知について、明確なルールがないことがさまざまな問題を招いていた。
買主や借主は、深刻な事故があっても告知しない業者がいるのではないかという不信感をもつ。死因や経過年数にかかわらず告知が必要という誤解もあるため、宅建業者の調査・対応の負担が過大になる。単身の高齢者・障がい者に対する入居拒否などの問題も事故物件につながる確率が高いのではと敬遠されがちなことによるものだ(参照「事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?」)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

人の死は、個別性が強く一律に線を引くのは難しい問題である。しかし、一定の判断基準を示すことでこれらの問題を解決し、安心できる取引、円滑な流通を実現しようというのがガイドラインの目的だ。

告知する範囲(国土交通省HPより)

(国土交通省HPより)

ガイドラインでは告知範囲と宅建業者の調査方法について基準を示している。まず、告知する範囲については「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす可能性がある場合は告げる」ことを原則としつつ、以下に該当する場合には宅建業者が告知しなくてもよい、としている。

【宅建業者が告知しなくてもよい場合】
1. 自然死・日常生活の中での不慮の死
(老衰、持病による病死、転倒事故、誤嚥(ごえん)など)
2.(賃貸借取引において)「1以外の死」「特殊清掃等が行われた1の死」が発生し、おおむね3年が経過
3. 隣接住戸、日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分で発生した死

ただし、上記1~3に該当する場合であっても、「社会に与えた影響が特に高い」ものは告げる必要がある。残酷な事件や社会に広く知れ渡ったような事件の場合には告知しなければならないのだ。
文章では、ややわかりにくいので図にしてみよう。

■ガイドラインによる告知範囲
(図:国交省ガイドラインをもとに筆者作成)

(図:国交省ガイドラインをもとに筆者作成)

そもそも今回のガイドラインで告知の要否を検討しているのは、不動産取引における取引の「対象不動産」と「通常使用する共用部分」だ(上記図のタイトル部分)。通常使用する共用部分とは、マンションのエントランス、共用階段、共用廊下などのこと。ここで発生した死は、対象不動産同様、一定の場合には告知が必要となる。一方、隣接住戸や通常使用しない共用部分で発生した死は対象としていない。
 その上で死因や取引態様(賃貸か売買か)によって告知の要否を分けている。まず、自然死・不慮の事故であれば告知は不要だ(1)。死因が自然死等以外(自殺や他殺など)の場合や、自然死等であっても特殊清掃が行われた場合には、賃貸であれば3年間は告知が必要となる(2)。売買については告知期間を定めていない(3)。より長い期間告知が必要ということになる。

以上はあくまで原則だ。「社会に与えた影響が特に高い」事案であれば、話が変わってくる。賃貸で3年経過していようとも告知しなければならない(4)。もちろん、売買でも告知が必要だ。

宅建業者はどのような調査を行うのか(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

次に調査について。宅建業者は売主・貸主に対し、過去に生じた事案(人の死)について告知書への記載を求めることで調査義務を果たしたことになる。近隣住民への聞き込みやネットで調査するなど自発的な調査までは求められていない。
それでは売主や貸主が事実を隠蔽するのではないか、と心配になるかもしれない。この点については、告知書が適切に記載されるよう助言することが宅建業者に求められている。「故意に告知しなかった場合には、損害賠償を求められる可能性があります。きちんと告知してください」といった注意がされるわけだ。
また仮に売主・貸主からの告知がなくても、「人の死に関する事案の存在を疑う事情があるとき」は、宅建業者が売主・貸主に確認する必要がある。後々のトラブルを回避したいと考える宅建業者による適切な助言や情報収集が期待されている。

人の死は、それだけで瑕疵なのか

また、告知にあたっては「亡くなった方やその遺族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにする必要がある」としている。具体的には「氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等を告げる必要はない」とされる。亡くなった方の名誉を傷つけることのないよう配慮が求められているのだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

これは今回の修正で強調されたことだ。パブリックコメントにも「人の死は当然あることで嫌悪感をもたないような一文を添えてほしい」「自死のあった物件をすべからく心理瑕疵物件とすることは、差別・偏見を助長する」という意見が寄せられた。

「事故物件」を扱った番組や記事などでは、「事故物件は嫌だ」という街の人の声とともに、足の踏み場のないくらい山積みになったゴミ袋の映像や写真が取り上げられることが多い。しかし、人が亡くなった物件の全てがそのような状態になるわけではない。自殺や孤独死があった物件を、一律ゴミ屋敷扱い、お化け屋敷扱いし、忌み嫌うべきものとしていることは、まさに「偏見を助長する」ものだろう。

物件選択の基準はそれぞれだ

一方、たとえ偏見であっても、ある事情があれば借りたくない、買いたくない、と考える人もいる。他人から見れば不合理に見えても、本人が嫌だというのであれば、借りない、買わない、というのは自由である。これは人の死に限らない。繁華街を利便性が良いとプラス評価する人もいれば、うるさいのは嫌だと思う人もいるだろう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

物件選択にあたり何を重視するかは人それぞれなのだ。他人からその観点は非合理だ、と否定されるべきものではない。ガイドラインでも「不動産取引における人の死に関する事案の評価については、買主・借主の個々人の内心に関わる事項であり、それが取引の判断にどの程度の影響を及ぼすかについては、当事者ごとに異なるもの」としている。そのため「買主・借主から事案の有無について問われた場合」や「買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合」には告げる必要がある。

検討会ではどのような議論がされたのか

今回のガイドラインは国交省の「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」での議論を基に作成された。この検討会の座長を務めた明海大学不動産学部学部長の中城康彦(なかじょう・やすひこ)教授に、検討会ではどのような議論があったのか、お話を伺った。

「人の死を巡る課題の解決は、「不動産業ビジョン2030~令和時代の『不動産最適活用』に向けて~」(国土交通省 2019年4月)が重点的に検討すべき政策課題とした、ストック型社会の実現、安全・安心な不動産取引の実現、全ての人が安心して暮らせる住まいの確保など、ビジョンの目標と重層的にかかわってきます」(中城先生)

明海大学不動産学部学部長の中城康彦教授(写真提供/中城康彦)

明海大学不動産学部学部長の中城康彦教授(写真提供/中城康彦)

ストック型社会の実現、つまりは住宅を適切に管理し、長期にわたって使用していく、ということだ。その過程では、人が亡くなるということも当然に起こりうる。人が亡くなった物件を一律、瑕疵のある物件として扱うのでは、ストック型社会の実現は難しい。
また、検討会では「死の尊厳」についても意見が交換されたという。

「検討会では不動産関連団体、消費者団体、学識経験者から多面的な視点と情報が提供されました。その上でパブリックコメント後の修正では「死の尊厳」に配慮しました。宅建業法の枠内とはいえ、ガイドラインが慣習的な「心理的瑕疵」という言葉を用いない点を評価したいと思います。今後は住宅管理業と協働し、人の死を予防し早期発見する社会を実現することが期待されます」(中城先生)

レッテルを貼り続けることは、社会的損失を生む

ある住居で人が亡くなったとしても、死後、一定年数が経過しているのならば気にしない、という人も少なくないはずだ。しかし「事故物件」「心理的瑕疵物件」というレッテルが貼られているものに住むことは躊躇するかもしれない。周りから、事故物件に住んでいる人、という目で見られるのは嫌だからである。となると、そういう物件は選ばない。これは需要者側の物件選択の幅を狭めることになる。
一方、供給者側は、物件を敬遠する需要者が出ることで、価格・賃料を下げなければ売れなくなる、貸せなくなる。中には、どうせまともな賃料では借り手がつかない、ということでリフォームされず放置されるものも出てくる。高齢者、障がい者の一人暮らしが拒まれることも続くだろう。遺族への損害賠償請求という深刻な事態にもつながる。
本来ならば長期利用が可能な物件が「事故物件」のレッテルを貼られることで、スポイルされ、さまざまな問題を生んでしまうのだ。

本人が嫌だと思うからその物件を選ばない。これであればなんの問題もない。しかし皆が嫌がる物件だから……というある種の同調圧力により優良な住宅ストックが利用されないのは社会的な損失でしかない。
「建物を長期利用する過程では、いろいろなことがある。事故が3年以上前の話なら、(極端な例を除いては)気にする必要はない」という考えが広まることは、不動産の流通、優良な建築ストックの活用につながるだろう。今回のガイドラインをきっかけに、無意味なレッテル貼りがなくなることを期待したい。

●関連サイト
宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?

日の里団地を「ひのさと48」で再生。ビールやDIY工房、保育園などでにぎわう

福岡県宗像市にある、日の里団地は、1971年に日本住宅公団(現・UR都市機構)が“九州最大級の団地”として開発。憧れのニュータウンだった場所だが、他エリアの団地と同様、建物の老朽化や住民の高齢化などが進んでいる。しかし日の里団地は団地の再生プランを立て、新しい団地のあり方「宗像・日の里モデル」を提案できるように歩み始めている。今回はその象徴となる48号棟「ひのさと48」を訪れた。

50歳を迎えた「日の里団地」48号棟が「ひのさと48」に。ワクワク虹色の未来を描く(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

最寄駅となるJR鹿児島本線・東郷駅は、博多駅まで快速列車で約30分の距離。福岡市の都心部に通勤するのにほどよいベッドタウンだ。その東郷駅から広がる丘陵地に開かれた日の里団地は、開発された1971年当初、全65棟に次々と入居者が決まり、最盛時は約2万人もの人々が暮らしていた。

そして50年後の2021年。住民数は10分の1の2000人程度となり、65歳以上人口の割合である高齢化率は4割前後。宗像市全体の高齢化率3割前後を超えている。

そんななか、日の里団地のいちばん奥まったエリアにある、48号棟に注目が集まっている。2017年に閉鎖された10棟のうちの1棟で、住民はもちろん宗像市や周辺エリアのコミュニケーションのハブとなるよう2021年3月、「ひのさと48(よんじゅうはち)」という場所として動き始めた。

虹色のバルコニーパネルや木のテラスは2021年3月末に「ひのさと48」に関わる人が集まってペイントした(写真撮影/笠井鉄正)

虹色のバルコニーパネルや木のテラスは2021年3月末に「ひのさと48」にかかわる人が集まってペイントした(写真撮影/笠井鉄正)

虹色のカラーリングをほどこされた「ひのさと48」の見た目はもちろん、その中身もワクワクしたものがあふれだし始めているようだ。これからこの場所で何が起こり、日の里団地はどのように変わっていくのか。

お話を伺うために、「ひのさと48」のディレクター・吉田啓助(よしだ・けいすけ/東邦レオ株式会社)さんとスタッフの谷山紀佳(たにやま・のりか/同社)さんを訪ねた。

「ひのさと48」ディレクター・吉田啓助さん。ご自身も日の里団地内に分譲の物件を購入している(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」ディレクター・吉田啓助さん。ご自身も日の里団地内に分譲の物件を購入している(写真撮影/笠井鉄正)

ふたつのエリアが融合しながら里山的な暮らしをつくる

下の写真の広々とした更地は「ひのさと48」と隣接したエリアにある。かつて10棟の団地が存在していたが、そのうち9棟は取り壊されて2022年、64戸の新築戸建てが建設される「戸建てエリア(むなかた さとのは hinosato)」が誕生する予定だ。新築の戸建てエリアが築50年の団地に挟まれている風景にも興味が湧く。

「ひのさと48」の3Fベランダから、日の里団地58・59号棟を方面を眺めた風景。「ひのさと48」と団地の間の土地に新しく「戸建てエリア」が出現する(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」の3Fベランダから、日の里団地58・59号棟を方面を眺めた風景。「ひのさと48」と団地の間の土地に新しく「戸建てエリア」が出現する(写真撮影/笠井鉄正)

上の写真の逆向きバージョン。日の里団地58・59号棟から「ひのさと48」を眺めた風景(写真撮影/笠井鉄正)

上の写真の逆向きバージョン。日の里団地58・59号棟から「ひのさと48」を眺めた風景(写真撮影/笠井鉄正)

「戸建てエリア」の開発を担うのは、ハウスメーカーなど8社からなるJV(ジョイントベンチャー。特定目的会社)で、里山をイメージした街づくりが進められている。木々のなかに戸建てがゆったりと並び、大人も子どもも自由に伸びやかに散歩にでかけ、小さな自然を楽しむ。そんなイメージだ。

「戸建てエリア」に隣接する「生活利便施設エリア」として位置づけられているのが、かつての48号棟「ひのさと48」である。

現在、1階にはクラフトビールのブリュワリー&ショップ「ひのさとブリュワリー」、最新の木工加工機が設置された「じゃじゃうま工房」、コミュニティカフェ「みどり TO ゆかり」、シェアキッチン「箱とKITCHEN」、「ひかり幼育園 ひのさと分園」が入居。取材に訪れた日も子どもたちの声が響いていた。

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

この「戸建てエリア」と「生活便利エリア」を合わせて「宗像・日の里モデル」と呼ばれる団地再生プロジェクトとなっている。

クラフトビールを足がかりに、人と地域が交わり、広がる

2021年3月から本格的に稼働し始めた「ひのさと48」で今、何かと話題をふりまいているのがブリュワリー&ショップ「ひのさとブリュワリー」だ。団地の1階にクラフトビール工房というシチュエーション。聞いただけでワクワクするし、ここを目指してふらりと訪れる人も多い。

2021年10月までに、第7弾まで発売されている(写真撮影/笠井鉄正)

2021年10月までに、第7弾まで発売されている(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」の醸造タンクは2つ。東邦レオ株式会社の社員が醸造長となり、クラフトビール界で有名な「インターナショナル・ビアカップ2021」で賞を獲得した。すごい!(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」の醸造タンクは2つ。東邦レオ株式会社の社員が醸造長となり、クラフトビール界で有名な「インターナショナル・ビアカップ2021」で賞を獲得した。すごい!(写真撮影/笠井鉄正)

訪れた人が「おもしろいことをやっている団地がある」と周りの人に伝え、よい循環もできている。
「宗像市の離島・大島のみなさんも『日の里がビールとかつくるんなら、私たちにもなにかできるかも?』と独自の地域活性に取り組もうと動き出したり。周辺の活性化にもいい影響があるといいですね」と吉田さん。

お隣の福津市でクラフトビールづくりを始めたいという男性が、買い物&リサーチに訪れていた(写真撮影/笠井鉄正)

お隣の福津市でクラフトビールづくりを始めたいという男性が、買い物&リサーチに訪れていた(写真撮影/笠井鉄正)

また、「ビールを買いに来てくれたご夫婦が『私たち、実は、この48号棟に住んでいたのよ。懐かしいわ!』なんて打ち明けてくれたり。日の里団地との関係性が切れた方も、ビールをきっかけに思い出してくれて、さらに足を運んでくれるって素敵ですよね」と谷山さんもうれしそう。

おいしいアルコール飲料であるのはもちろん、人と人、人と地域を楽しくさせるコンテンツでもある。「ひのさとブリュワリー」はそんな役割も担っている。

ちなみに「ひのさとブリュワリー」のビール「さとのBEER」には、宗像での栽培が盛んな大麦が使われている。自分たちの足元にそんな農産物があるという、情報を知るきっかけにもなっている。

「ひのさとブリュワリー」のショップで大麦を見せてくれた谷山さん(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」のショップで大麦を見せてくれた谷山さん(写真撮影/笠井鉄正)

お金のつながりだけでないことが、持続していくこと

「ひのさとブリュワリー」「じゃじゃうま工房」などは吉田さんたちが運営している施設だが、2021年の春からそれ以外のテナントもぼちぼちと入居をし始めている。ウクレレの工房や就労継続支援のオフィスなど「ひのさと48」のコンセプトに賛同してくれた人ばかりだ。

「みなさんテナントさんであるし、もっと増えてほしいです。ただ、お金をもらったからスペースを貸すよ、という関係性は目指していません。みんなでこの場所を、この地域をどう楽しみ、どうしていくのか。一緒に考えられる関係性でいたいなと思っています」。そう話してくれた谷山さんは、入居者のことを「さとの仲間」と呼んでいる。「『ひのさと48』担当になって最初のころ、ついつい『さとの仲間』のことをお客さんだと思いそうになっていました。でもそうじゃないんですよね。日の里に一緒にコトを起こす仲間になりたいんです」

今はスタートしたばかりの「ひのさと48」だが、今後、持続的に活動を続け、10年後には運営を地域にバトンタッチしていく予定だ。それまでに仲間たちで何ができるのか、次代へ何を手渡せるのか、これからの課題でもある。

「ひのさと48」の一角には野菜畑があり、入居者やご近所さんがゆるやかに協力し合いながら育てている。もうすぐさつまいもの収穫(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」の一角には野菜畑があり、入居者やご近所さんがゆるやかに協力し合いながら育てている。もうすぐさつまいもの収穫(写真撮影/笠井鉄正)

日の里団地の子どもたちがドミノ大会を開催。「ひのさと48」でお化け屋敷をやりたいという声もあがり、スペースを提供する予定(写真撮影/笠井鉄正)

日の里団地の子どもたちがドミノ大会を開催。「ひのさと48」でお化け屋敷をやりたいという声もあがり、スペースを提供する予定(写真撮影/笠井鉄正)

テーブルの足は、団地のベランダにあった物干し竿かけを再利用(写真撮影/笠井鉄正)

テーブルの足は、団地のベランダにあった物干し竿かけを再利用(写真撮影/笠井鉄正)

10年後も変わらないもの、変わっていくものはなんだろう?(写真撮影/笠井鉄正)

10年後も変わらないもの、変わっていくものはなんだろう?(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」と2022年に完成する戸建てエリアのコンセプトは「サスティナブル・コミュニティ」である。そして「ひのさと48」持続可能にしていくものは、地域であり、人々であり、里山の自然である。

先日は地域の子どもたちのリクエストに応えて、クラウドファンディングで資金をつくり、団地の壁にクライミングのホールドを設置した。これからも多様な切り口で活動することで、人々に多様なワクワクをプレゼントしていく。

●取材協力
ひのさと48
UR都市機構

あなたのマンションは大丈夫? 国交省が長期修繕計画、修繕積立金に関するガイドラインを改定

2021年9月28日、国土交通省がマンションの長期修繕計画作成や修繕積立金に関するガイドラインの改訂版を公表した。ガイドラインの内容は来年4月からスタートするマンション管理計画認定制度の認定基準となる予定でもあり、マンション所有者も購入予定者もその概要は知っておきたい。改訂のポイントを見ていこう。

長期修繕計画、修繕積立金は適切なのか

快適なマンション居住のためには、長期修繕計画や修繕積立金が重要であることはいまさら説明する必要もないだろう。しかし、自分の住む(購入しようとする)マンションの長期修繕計画が適切なものなのか、修繕積立金が十分なのかを判断することは難しい。
仮に判断できたとしても、計画の見直しや修繕積立金額の変更には他の所有者の合意を得る必要がある。所有者の多数が賛成しないと話が前に進まない。これがマンション管理の難しい点だ。
これらの問題解決の一助とすべく、長期修繕計画の考え方や作成方法を示したものが「長期修繕計画標準様式・作成ガイドライン・コメント(以下、長期修繕GL)」であり、修繕積立金額を判断するための参考資料が「マンションの修繕積立金に関するガイドライン(以下、修繕積立金GL)」だ。

長期修繕計画GLと、修繕積立金GL。国土交通省HPより

長期修繕計画GLと、修繕積立金GL。国土交通省HPより

改訂点3つのポイント

これらガイドラインの活用により、長期修繕計画や修繕積立金額の設定についてマンション所有者の間で合意形成を行いやすくなり、適切な修繕工事を行うことが期待される。長期修繕GLは平成20年(2008年)に、修繕積立金GLは平成23年(2011年)に策定されたが、築古のマンションの増加や社会情勢の変化を踏まえ、今回、改訂が行われた。
改訂点は多々あるが、ここでは3つのポイントを紹介したい。自分の居住するマンションの長期修繕計画が、これらの改訂点を踏まえたものになっているのか。チェックしてみる価値はあるはずだ。

1、計画期間は30年以上となっているか
今回の改訂では、長期修繕計画の期間を「30年以上で大規模修繕工事が2回以上含まれる」期間とした。従来は「中古マンションは25年以上・新築は30年以上」となっていたため、25年で長期修繕計画を立てているマンションも少なくないはずだ。
ところで、外壁の塗装や屋上防水などを行う大規模修繕工事の周期は一般的に12~15 年程度とされる。30年以上の計画であればこれらの工事が2回含まれることになる。エレベーターの改修も検討に入ってくるだろう。計画期間が30年以上であれば、これら多額の工事費を見込んだ計画となる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

一方、2回の大規模修繕工事が含まれていない計画では、計画期間直後に大幅な資金不足になるという事態も起こりかねない。
また長期修繕計画は一度つくったら終わりではない。状況の変化に応じて見直していく必要がある。このことは従来から指摘されていたが、今回の改訂では「5年程度」という表現が各所に追記された。見直しをお題目にすることなく、実行していくことが望まれるのだ。
居住するマンションの長期修繕計画が、「30年以上で大規模修繕工事が2回以上」含まれているのか、「5年程度」で見直すことが考慮されているのかはまず確認したいポイントだ。

2、省エネ性能の向上
改訂では、マンションの省エネ性能向上の改修工事も考慮するよう追記された。古いマンションでは省エネ性能が低い水準にとどまっているものが多い。屋上の断熱改修は比較的実績も多いが、外壁の外断熱改修はまだまだ少ない状況だ。窓サッシの改修も断熱性を高める。大規模修繕を契機に、これらの改修工事を行うことは、所有者の光熱費負担を低下させるとともに脱炭素社会の実現にも貢献することになる。築年の古いマンションであれば、この点も考慮した修繕計画となっているかも気になるところだ。

3、エレベーターの点検は?
エレベーターの点検に際し、国土交通省が平成28 年2月に策定した「昇降機の適切な維持管理に関する指針」に沿った点検の重要性も述べられている。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

この指針では、エレベーター保守点検契約に盛り込むべき事項のチェックリストや業者の選定に当たって留意すべき事項など、エレベーターの適切な維持管理に必要な事項があげられている。法定点検をないがしろにしては、修繕計画も立てられない。指針に即した法定点検を行うことは長期修繕計画作成の前提条件だ。

それぞれのマンションにあった計画を立てる

マンションの維持管理を考える際、忘れてはならないことがある。マンションは個別性が強い、ということだ。規模、形状、仕様、立地、所有者の意向などさまざまな条件により維持管理の内容も異なってくる。
長期修繕計画も建物や設備の劣化状況の調査・診断に応じたオリジナルなものが作成されるべきなのだ(現実にはそこをいい加減にして、どのマンションに対しても同じような長期修繕計画を提案している「専門家」も少なくない)。
国土交通省が示している修繕工事項目や修繕周期は一つのモデルだ。これと違う部分があるからといってダメな計画と決めつけるのは早計だ。なぜ違いがあるのか、その確認が大切なのだ。マンションの個別性を踏まえた結果、異なるのであれば問題はない。むしろ良い長期修繕計画だ、ということになる。

修繕積立金の目安は

長期修繕計画が適切なものであっても、それを実施する修繕積立金が不足しては、必要な工事を実施できないし、実施しなければならなくなった場合は多額の一時金を徴収することになる。必要な修繕積立金を考える上で参考となるのが修繕積立金GLだ。
長期修繕計画GLの改訂とともに、修繕積立金GLが示す修繕積立金額の目安も見直されており、少し高くなった。
具体的には以下の金額だ。

(図表は修繕積立金GL)

(図表は修繕積立金GL)

上記の図表は、従来の長期修繕計画GLにおおむね沿って作成された長期修繕計画の事例(366事例)を収集・分析し、計画期間全体に必要な修繕工事費の総額を、計画期間で積み立てる場合の専有面積1平米あたりの月額単価を示している。長期修繕計画GLに沿った工事を行うために費用な積立金額の目安と考えてよいだろう(マンションの個別性があるため、必要な費用に幅が出る)。
例えば、20階建て以上の高層マンションでは、「平均値」は338円/平米、「事例の3分の2が包含される幅」が240円/平米~410円/平米となっている。自分のマンションの修繕積立金がこの「3分の2が包含される幅」に入っていないのであれば、その理由を確認しておきたい(この幅の下限より安いからといって、修繕積立金が不足すると決めつけることはできないし、上限より高いからといって、安心と言い切れるわけでもない)。なお、機械式駐車場がある場合は加算が必要となる(もう少し高くなる)。

「均等積立方式」と「段階増額積立方式」

また上記の金額は、「修繕積立金会計収入の平米単価」であることに注意が必要だ。「各住戸から集める修繕積立金の平米単価」ではない。1階住戸についている庭や駐車場など、使う世帯が負担する専用使用料等を修繕積立金に繰り入れ、含めた額となっている(専用使用料等の収入がある分だけ、各住戸の負担額は少なくなる)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

つまり「各住戸から集める修繕積立金の平米単価」がGLで示されている金額より少ないからといって、直ちに不足が懸念されるわけではない。とはいえ、東日本不動産流通機構(東日本レインズ)の調査によれば、2020年度に同機構を通して成約した首都圏中古マンションの修繕積立金の平均平米単価は169円/平米だ。長期修繕計画GL沿った計画修繕には不足する管理組合も多いと思われる。
注意すべきは積立金額だけでない。積立方法が「均等積立方式」なのか「段階増額積立方式」なのかにも注意したい。「均等積立方式」とは計画作成時に長期修繕計画の期間中の積立金の額が均等となるように設定する方式だ。これに対し、当初の積立額を抑え、段階的に増額する方式が「段階増額積み立て方式」だ。後者であれば、将来の負担が増加することになる。

専門家は今回の改訂をどうみているのか

今回のGL改訂について、マンションの大規模修繕のコンサルタントとして豊富な実務経験がある明海大学不動産学部准教授の藤木亮介(ふじき・りょうすけ)先生にお話を伺った。……というと他人行儀だが、筆者の大学の同僚だ。研究室も真向いにある。マンション学会で今回のガイドラインについて報告されるなど実務と理論の双方に通じた専門家だ。

(写真提供/中村喜久夫)

(写真提供/中村喜久夫)

「今回の長期修繕GL改訂は、マンション管理適正化法改正に伴い来年4月より施行される『管理計画認定制度』とも関連しています。『管理計画認定制度』とは、良好に管理されているマンションを認定し、価値あるストックを増やしていこうとする制度です。中古マンションの売買価格には、管理の質が反映されているとは言い難い現状がありますが、この制度が浸透すれば、良好な管理が行われているマンションが、市場で評価される時代が来ると考えます。
この認定基準の一つに『計画期間が30年以上・大規模修繕2回以上』などといった長期修繕計画標準様式に準拠する内容が含まれます。したがって、マンションをお持ちの方には、是非、ご自分の資産を守るためにもこの長期修繕GLを読んでいただき、自分のマンションの長期修繕計画と見比べてもらいたいと思っています」(藤木先生)

確かに現状では管理の質が適切に評価されているとは言い難い。今後は、修繕積立金の多寡や計画修繕の実施状況も価格形成の要因となるのだろう。藤木先生は、『マンションの成長』という視点も提示される。

「一般的な理解として、長期修繕計画はマンションを『直す(修繕)ための計画』と捉えられていますが、これからのマンションには、『良くするための計画』という視点が必要になります。築浅のマンションであっても時代遅れにならないように、長期修繕GLを参考にして、省エネ化などマンションが成長していくような改良を見込んだ計画を立てておくことが重要になります」(藤木先生)

マンションを所有する以上、管理の問題は避けられない

マンションの良好な住環境を維持保全することは、資産価値の維持だけでなく地域の住環境の向上にもつながる。その実現には、日常の維持管理とともに計画的な修繕工事の実施が不可欠だ。マンション所有者の一人ひとりが、管理に関心を持ち、長期修繕計画やそれを支える修繕積立金についてもチェックしていくことが重要となる。
さらに今回の改訂では、マンション購入予定者に対する長期修繕計画等の管理運営状況の書面開示も望まれる、としている。マンション所有者はもちろん、購入予定者もしっかり学ぶべき問題であるといってよいだろう。

●関連資料
・「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント」及び「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」の見直しについて
・長期修繕計画標準様式・作成ガイドライン・コメント
・マンションの修繕積立金に関するガイドライン
・昇降機の適切な維持管理に関する指針

コロナ禍で「居心地が良く歩きたくなる」まちに注目。横浜元町地区を歩いてみた

「居心地が良く歩きたくなる」まちなかの実現へ向けて、2021年6月、国土交通省が「グランドレベル(街路、公園、広場、民間空地、沿道建物の低層部など、まちなかにおいて歩行者の目線に入る範囲)」の基本的な考え方や優れた事例を発表しました。

コロナ禍を経て地元で過ごす時間が増え、地域を元気にしようという動きも生まれているなか、「居心地がよく歩きたくなる」まちなかとはどのようなものなのでしょうか。冊子「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」を作成した国土交通省の椎名大介さん、宮川武広さん、諏訪巧さんと、掲載事例のひとつ横浜元町地区のうち元町通り地区を整備する元町エスエス会の加藤祐一さん、打木豊さんに話を聞きながら、実際にまちなかを歩いてみました。

いま注目される「グランドレベルデザイン」とは?

まず、そもそも「グランドレベル」という言葉にあまり馴染みがない人も多いのではないでしょうか。グランドレベルとは、英語の「1階」、まちなかにおいては街路や公園、広場など、『歩行者の目線に入る範囲』を指します。別の言葉では、人々が感じるまちの雰囲気や魅力、居心地を決定づける場所と言い換えられるでしょう。先のグランドレベルデザインの冊子では、その考え方やポイントを整理し、国土交通省により着目された全国の98事例を紹介しています。

「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」冊子。グランドレベルデザインの考え方やポイントとあわせて全国の98もの事例が掲載されている。国土交通省のホームページからもダウンロード可能(資料/国土交通省)

「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」冊子。グランドレベルデザインの考え方やポイントとあわせて全国の98もの事例が掲載されている。国土交通省のホームページからもダウンロード可能(資料/国土交通省)

「紹介している事例は、大きく6事例と92事例に分けられます。各事例は全国のさまざまな取り組みを5つのポイントに着目して整理したものですが、前者の6事例はその5つのポイント全てが満たされるかなり完成度の高い事例です。ある種の理想の形だと考えてもいいかもしれません」(椎名さん)

グランドレベルデザインの要素として「ビジョン」「体制」「空間デザイン」「アクティビティの誘発」「育成・管理」の5つが挙げられ、このポイントから全国の事例を紹介している(資料/国土交通省)

グランドレベルデザインの要素として「ビジョン」「体制」「空間デザイン」「アクティビティの誘発」「育成・管理」の5つが挙げられ、このポイントから全国の事例を紹介している(資料/国土交通省)

98事例という数の多さにも驚きますが、その中でも特に評価された事例がどのようなものなのかが気になります! さらに1つか2つピックアップするとしたら……?と相談して宮川さんから紹介してもらったのが「横浜元町地区」(神奈川県)と「豊田市都心地区」(愛知県)です。

「横浜元町地区の事例は、地元商店の発意によってつくられた街のルールが秀逸です。豊田市都心地区の事例は『使う視点』を大切にして計画をつくり、さらに使う人たちを巻き込んで広場の管理や運営を行っている点に注目しています」(宮川さん)

実際に、横浜の元町通りを歩いてみた!

6事例の中でも特に注目すべきものとして1番目に紹介されている「横浜元町地区」。街づくりを主導してきた打木さんと、組合事務局の加藤さんにまちづくりのポイントを聞いて、実際に歩いてみました!

左から、元町エスエス会の打木豊さん、加藤祐一さん(写真撮影/片山貴博)

左から、元町エスエス会の打木豊さん、加藤祐一さん(写真撮影/片山貴博)

まず、現地に着いて最初に目に入るのがシルバーのモニュメントです。元町のシンボルとなっているフェニックスのオブジェが、元町通りの東西両端で来訪者を歓迎しています。

東西の入り口にはシンボルであるフェニックスのモニュメントがある。数年に一度はメンテナンスのために不在になることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

東西の入り口にはシンボルであるフェニックスのモニュメントがある。数年に一度はメンテナンスのために不在になることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

通りを少し歩くと、歩道の両脇には座り心地の良さそうな木製の素敵なベンチが! これは待ち合わせやひと休みなど、誰もが利用できるオープンスペースとして設けられた「元町パークレット」と呼ばれるものです。

「もともと多くの買い物客や地元の人から『休憩できる場所が欲しい』という声が多く寄せられていたため、2019年に通り内の3カ所に設置しました。パークレットとは、車道の一部をパブリックな空間として利用することで、サンフランシスコが発祥と言われます。元町通りでは車道内の駐車スペースに縁石を設けて歩道と一体化したつくりにしました。気候の良いときはパラソルを立てたり、夜には照明を活かした雰囲気のある空間にして、訪れる皆さんに憩いの場所として使っていただいているんですよ」(打木さん)

車道側からパークレットの下部分を見ると、もともとは駐車スペースだった石畳の上に白い縁石が乗せられ、さらにその上に花壇やベンチが乗っていることがわかる(写真撮影/片山貴博)

車道側からパークレットの下部分を見ると、もともとは駐車スペースだった石畳の上に白い縁石が乗せられ、さらにその上に花壇やベンチが乗っていることがわかる(写真撮影/片山貴博)

元町通りを訪れる人が休憩できるスペースとして設けられた「元町パークレット」。取材当日も多くの人が座ってまちの風景やおしゃべりを楽しんでいた(写真撮影/片山貴博)

元町通りを訪れる人が休憩できるスペースとして設けられた「元町パークレット」。取材当日も多くの人が座ってまちの風景やおしゃべりを楽しんでいた(写真撮影/片山貴博)

パラソルも立てられる(写真撮影/片山貴博)

パラソルも立てられる(写真撮影/片山貴博)

細部にまで配慮された「歩車共存」のストリート

実際に歩いていると、パークレットで休憩をしたり、なごやかにおしゃべりをしている人たちの姿が頻繁に見られます。ベンチのデザイン自体もオシャレですが、通りの至るところに花やグリーンがあり、優しく歩道やベンチを彩っています。

通りには至るところに花やグリーンの演出が。緑のある景観は歩行者に「居心地が良く歩きたくなる」通りだと感じさせるポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

通りには至るところに花やグリーンの演出が。緑のある景観は歩行者に「居心地が良く歩きたくなる」通りだと感じさせるポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

しばらく歩きながら見ていると、なんと!それらが植えられているフラワーポット、駐車スペースの精算機、果てにはポストまでが深みのある紺色で統一されていることに気がつきました!

案内板や街灯など通りに設置されるものは「元町ブルー」で統一。ベンチには元町の「M」マークのあしらいが入っているこだわりよう! 果てには駐車スペースの精算機やポストまでこの色(写真撮影/片山貴博)

案内板や街灯など通りに設置されるものは「元町ブルー」で統一。ベンチには元町の「M」マークのあしらいが入っているこだわりよう! 果てには駐車スペースの精算機やポストまでこの色(写真撮影/片山貴博)

「これは『元町ブルー』という色を設定して統一しています。色で街としての一体感を出しているほか、店舗の正面の壁を見ると、すべての店舗の1階が歩道から少し下がって2階が張り出したような形でそろっていることがおわかりいただけるでしょう。2階の下の部分を歩行者の方が通ることで、雨の日でも濡れずに歩いてもらえる構造になっているんですよ」(加藤さん)

通りに並ぶ店舗はすべて1階部分が2階に対して約1.8m下がっているという。横断歩道にもひさしが設けられ、雨の日でも歩きやすい(写真撮影/片山貴博)

通りに並ぶ店舗はすべて1階部分が2階に対して約1.8m下がっているという。横断歩道にもひさしが設けられ、雨の日でも歩きやすい(写真撮影/片山貴博)

確かに、横断歩道の上にまで雨除けが! 打木さんによると、歩く人に優しい配慮を各所に施しているそうです。

「車道には『歩車共存』ができる道路を目指して自動車の通行速度を抑える工夫をちりばめています。風情を演出しながらあえて凹凸のあるピンコロ石を敷き詰めたり、道路は直線にせず、途中に駐車スペースやクランク、ハンプを設けることで車がゆっくり走る道になるよう意識しています。逆に元町の『M』マークの所は歩道との段差が少ないフラットな石畳を使用し、ベビーカーや車いすが通りやすいバリアフリーエリアになっているんですよ」(打木さん)

一定間隔で「M」のマークの入ったフラットな石畳が出現! 道路はあえて一方通行にすることで、交通量を最小限に抑えている(写真撮影/片山貴博)

一定間隔で「M」のマークの入ったフラットな石畳が出現! 道路はあえて一方通行にすることで、交通量を最小限に抑えている(写真撮影/片山貴博)

さらに子ども連れにも優しいスペースとして、通りの中ほどには専用の授乳スペースが確保されています。「オアシス」と名付けられたパウダールームで、鏡やイスはもちろん、個室のドアがついた授乳スペースやソファ、オムツ替えスペース、調乳用の給湯器も備え付けてありました!

通りから脇道を入ったビルの2階にはパウダールーム「オアシス」が。完全個室のドアがついた授乳スペースや広々としたソファもある(写真撮影/片山貴博)

通りから脇道を入ったビルの2階にはパウダールーム「オアシス」が。完全個室のドアがついた授乳スペースや広々としたソファもある(写真撮影/片山貴博)

アパレル店の前にはレトロなコカ・コーラの自動販売機が! ちょっとした遊びゴコロが随所に見られるところも「歩きたくなる」ポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

アパレル店の前にはレトロなコカ・コーラの自動販売機が! ちょっとした遊びゴコロが随所に見られるところも「歩きたくなる」ポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

見えないところもスゴイ!歩きたくなるまちを支える仕組み

ここまで見てきただけでも“至れり尽くせり”な通りだと感じますが、元町の凄さは見えるところだけではなく、見えないところでまちの魅力を下支えする仕組みがあることです。多くの店舗があるにもかかわらず、通常、よくお店の前で見かける搬入・搬出用の大きなトラックが通りには全く見当たりません。

「大きなトラックが駐車していないのは、ショッピングストリート単独では希少な『共同配送』の仕組みを設けているからです。近隣に『共同配送集配センター』を設置し、各運送会社からの配送貨物はすべて1カ所に集まります。そこで荷物を共同配送専用の車両『エコトラック』に積み替えて各店舗へと配送するんです。その際には、通りの一つ脇を流れる堀川沿いにある共同配送車専用の駐車スペース『エコカーゴステーション』を利用するので、トラックが通りを歩く人の目に触れることはほとんどありません」(加藤さん)

2004年に社会実験として開始した元町SS会オリジナルの共同配送の仕組み。専用車両やスペースを確保することで大きなトラックが見えない通りに(資料/元町SS会)

2004年に社会実験として開始した元町SS会オリジナルの共同配送の仕組み。専用車両やスペースを確保することで大きなトラックが見えない通りに(資料/元町SS会)

また、元町SS会では「元町通り街づくり協定」を策定し、5年ごとに横浜市に承認を得ながら、この通りで営業する商店に対して「元町公式ルールブック」というまちづくりと店舗設計の指針を示しているそう。多くの店舗がこのルールに則ったお店づくりをすることで、元町の歩きたくなる、美しく快適な街並みが維持されているのでしょう。

新しく元町通りに店舗がオープンするときには、店主に「横浜元町まちづくり憲章」や「元町まちづくり協定」等をまとめたルールブックを渡すという(資料/元町SS会)

新しく元町通りに店舗がオープンするときには、店主に「横浜元町まちづくり憲章」や「元町まちづくり協定」等をまとめたルールブックを渡すという(資料/元町SS会)

さらに見えないところでまちを支えているのが、行政や周囲の組織との連携です。加藤さんは「常日ごろから頻繁に連絡を取ることによって風通しの良い関係を築き、前向きな取り組みにつなげられている」と言います。

「周辺には元町SS会のほかにも、中華街、馬車道、関内、山手の各商店会があり、横浜というまち全体を盛り上げるようなイベントや取り組みを行っています。また、元町には住民の方で組織された自治会もありますが、住む人と商店ではまちに求める機能や環境が異なりますよね。そのギャップを埋めるために『商店が栄えることで街がきれいに維持できている』ということを共有して、周辺に住む方にも理解と協力を得ながらまちをつくっている感じです」(加藤さん)

近年はコロナの影響で開催できていないが、例年、ハロウィンやクリスマスなどのイベントには多くの人で通りがにぎわう(資料/元町SS会)

近年はコロナの影響で開催できていないが、例年、ハロウィンやクリスマスなどのイベントには多くの人で通りがにぎわう(資料/元町SS会)

実際に2019年6月~2020年3月の間に行われた、パークレットの整備を含む改修作業においても、この密な連携が欠かせなかったと言います。

「行政や警察と何度も事前協議を行い、日々、相談・連絡をしながら計画・実施をしていきました。例えば、パークレットはもともと駐車スペースだった道路の一部を使用しているのですが、道路活用にはさまざまな法規制があり、そのままでは利用できませんでした。横浜市や警察、土木事務所と協議を重ねた結果、縁石を設けて歩道の一部とすれば使えることになり、縁石の上やその歩道側にベンチを設けたのです」(打木さん)

「つくる」ではなく、「使う」目線のまちづくりを

確かに、国土交通省の皆さんに話を聞いたときにも「地域の人がまちづくりを主導することが大きな成功要因になる」という言葉がありました。印象的だったのは、「これまでは『何をつくるか』という視点で行政が主導してきたまちづくりだが、現在、好事例として取り上げているまちは『どう使うか』の視点で住民や民間事業者が参画している」という点です。

「元町の事例もそうですが、豊田市都心地区の新とよパークの事例も、行政だけでなく地元の人たちも主体的に動いているからこそ、魅力的なまちづくりができていることをよく示すものだと思います。実際に空間を使う人たちの『使う視点』を大切にして計画をつくり、多くの関係者と『共有する』ということを大事にしているんです」(宮川さん)

新とよパーク(左)、新とよパークパートナーズの会議(右)(画像提供/国土交通省)

新とよパーク(左)、新とよパークパートナーズの会議(右)(画像提供/国土交通省)

「住民や民間企業が行政に対してまちを『こんな風に使いたい』という意見を積極的に発信していけば、それが多くの方に支持されるまちづくりにつながると思います。住民の方のかかわりが、そのまちのビジョンの核になっていくのです」(諏訪さん)

さらに椎名さんは、「都市の機能が多様化していくなかで『人』中心のまちづくりを進めていくと都市の価値が向上し、多くの人の『QOL(クオリティーオブライフ、生活価値)の向上につながる』といいます。

「多くの人にとって歩きたいと思える街になることで、多様な人が集まります。いろいろな人が集まれば、ダイバーシティーの発想で街にイノベーションが起こります。新しい発想は地域課題の解決につながり、日々の暮らしが快適なものになり、経済が活性化していきます。経済が回れば、まちに投下される資金も増えるので、まちはいっそう快適で、美しいものになるでしょう。この好循環を生み出すことが重要なポイントなのです」(椎名さん)

日本でも地方創生が叫ばれて久しいですが、まちづくりを住民・民間で主体的に行っていこう、という流れは数年前から世界的な流れとして起こっています。コロナ禍も経て、改めて歩けるまちの良さを理解できた、という声も多いそうです。

多くの人が新しい生活様式を模索しているいまこそ、まちに興味を持ち、積極的に声を上げ、関わっていくチャンスかもしれません。私たち一人ひとりがまちをつくる主体の一人だという気持ちで「自分の好きなまちがもっと魅力的になるには」を考えていきたいですね。

●取材協力
・国土交通省
・元町SS会事務局

商店街のシェアハウスで “街×人”の化学反応はじまる!「寿百家店」で北九州市黒崎が再燃中

福岡県北九州市黒崎の「寿通り商店街」を、“ニューノーマルな商店街”に生まれ変わらせるプロジェクト「寿百家店」。商店街の一部区画をフルリノベーションし、店舗とシェアハウスを創出するこの取り組み。シェアハウス「三角フラスコ」の入居もスタートして、これまでにない化学反応が起こりつつある。
シャッター通りが、なごやかでにぎわいのあるアーケードにJR黒崎駅からアーケードまでは雨に濡れずに移動できて便利(写真撮影/加藤淳史)

JR黒崎駅からアーケードまでは雨に濡れずに移動できて便利(写真撮影/加藤淳史)

北九州市内で小倉に続く規模の街・黒崎。JR黒崎駅前から扇のカタチのように広がる黒崎商店街は、1901年の官営・八幡製鐵所の創業をきっかけに発展してきた。1970~80年代に黒崎で青春時代を過ごした人々は「小倉や博多よりにぎわいのある街だった」とも語る。

昭和~平成~令和と時代は流れて、JR黒崎駅から徒歩約6分の「寿通り商店街」はシャッター通りと化していた。2016年時点で13店舗中8店舗が空き店舗。そのうち3店舗分(174.83平米/52.88坪)をリノベーションし、1階にテナント11区画、2階にシェアハウス4室+LDKをつくったプロジェクトが「寿百家店」だ。

シャッター通りと化していた「寿通り商店街」(写真提供/田村晟一朗さん)

シャッター通りと化していた「寿通り商店街」(写真提供/田村晟一朗さん)

2020年5月にスタートした「寿百家店」プロジェクトの中心人物はPR・企画会社「三角形」代表の福岡佐知子(ふくおか・さちこ)さんと、建築事務所「タムタムデザイン」代表の田村晟一朗(たむら・せいいちろう)さん。その想いやプロジェクトの経緯はこちらの記事で詳しく紹介されている。

2021年8月時点で、1階のテナント11区画はすべて入居が決まり、取材で訪れた日は子どもたちが参加するワークショップも開催中。集まった人々の楽しそうな声であふれていた。

飲食店やショップ、サロンが入居する「寿通り商店街」(写真撮影/加藤淳史)

飲食店やショップ、サロンが入居する「寿通り商店街」(写真撮影/加藤淳史)

黒崎商店街のお店や住民たちによるコミュニティが運営する無人の古本屋も登場(写真撮影/加藤淳史)

黒崎商店街のお店や住民たちによるコミュニティが運営する無人の古本屋も登場(写真撮影/加藤淳史)

「寿百貨店」が運営する無添加ラーメンと人形焼の店「あんとめん」(写真撮影/加藤淳史)

「寿百貨店」が運営する無添加ラーメンと人形焼の店「あんとめん」(写真撮影/加藤淳史)

「あんとめん」のラーメンのかまぼこに「寿」の文字が(写真撮影/加藤淳史)

「あんとめん」のラーメンのかまぼこに「寿」の文字が(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウス開業の狙いは、街の密度を高かめたかったから

商店街の2階にイベントスペースなどではなく、シェアハウスを選択したのは「街の中心部における“人”や“暮らし”の密度を高めたかったから」と田村さんは話す。かつて商店街の2階には店主ファミリーが暮らすのが定番だった。しかし時代の変化で2階はオフィスや倉庫になるパターンが増えていった。

「夜の商店街に灯りがともったら人の気配があり、何より安心です。 またいろいろな人が商店街に暮らすことで多様性が生まれ、可能性も広がる。ですからシェアハウスがいいねと決まったんです」

福岡県行橋市の商店街にもアーケードハウスを立ち上げたことがある田村さんの経験も活きた。

ただ田村さんも福岡さんも口をそろえて「どんなシェアハウスがいいのか、なかなかイメージが固まらなかった。そもそも黒崎にシェアハウスの需要があるのか?とも考えていた」という。1階のテナント誘致が好調だったが、2階に関してはモヤモヤしたまま日々が過ぎていった。

シェアハウス「三角フラスコ」の一室。右側の窓は古い木枠のまま。採光のため右側の小窓2つを新設した(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウス「三角フラスコ」の一室。右側の窓は古い木枠のまま。採光のため右側の小窓2つを新設した(写真撮影/加藤淳史)

部屋の窓から眺めるアーケードの景色。明るくて想像していたよりも圧迫感がない(写真撮影/加藤淳史)

部屋の窓から眺めるアーケードの景色。明るくて想像していたよりも圧迫感がない(写真撮影/加藤淳史)

地元・黒崎出身者が入居して、商店街を少しずつ変えていく

そんな折、「寿百家店」のInstagramにメッセージが届いた。第1号の入居者となる堀 加奈恵(ほり・かなえ)さんからだ。北九州市内で働く堀さんは、ひとり暮らしをいったん終えて黒崎の実家に戻り、また新たに一人暮らしができる住まいを探していた。

「多様な人と出会えるシェアハウスに住んでみたくて、北九州市内で探していました。情報収集するうちに発見したのが『寿百家店』。メッセージを送った翌日には福岡さんのところへ会いに行き、街づくりから人生についてまで初対面とは思えないほど濃い内容の話をしたんです」と堀さん。

「寿百家店」についてワクワク感いっぱいに話す福岡さんと出会い「こんなに人生を楽しんでいる人が運営しているシェアハウスなら間違いない!」と入居を即決。古い木枠の窓を残した部屋を選び、LDKの壁のクリーム色もお気に入りになった。

写真右から田村さん、福岡さん、入居者の堀さん、奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

写真右から田村さん、福岡さん、入居者の堀さん、奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

店舗3店分をつなげているので、奥に長いシェアハウスに(写真撮影/加藤淳史)

店舗3店分をつなげているので、奥に長いシェアハウスに(写真撮影/加藤淳史)

「もっとコミュニケーションを」と入居者が入居者を連れてくる

LDKが充実していて他の入居者とコミュニケーションが取れるシェアハウスであることも、決め手となった。「他のシェアハウスでは、あえて入居者同士が接触しないようにしているところも。私の場合、シェアハウスに住むのなら、ぜひいろんな人と交流したいと考えていたんです」と堀さんは続ける。

そんなある日、堀さんは高校の同級生で近くの美容室「cococara-hair」の1階店長を務める奥迫響子(おくさこ・きょうこ)さんをシェアハウスに招いた。すると奥迫さんもこの場所にひと目惚れ。奥迫さんが一人暮らしをしようと思いはじめたタイミングも重なり、2人目の入居者となった。

奥迫さんも入居を即決したそうで「この場所にはなにか吸引力があるのかも」と堀さん。「寿通り商店街は実家からも勤務先からも歩いてすぐの場所だし、幼いころから知っている場所。でも“住む”となると、ときめくし、とても新鮮ですよね」と話す。

左が1人目の入居者・堀さん、右が奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

左が1人目の入居者・堀さん、右が奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんが店長を務める美容室は歩いて4分の職住近接(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんが店長を務める美容室は歩いて4分の職住近接(写真撮影/加藤淳史)

堀さんの個室は木の窓枠が残っているタイプ。全4部屋あり、1部屋あたりの広さは6畳(写真撮影/加藤淳史)

堀さんの個室は木の窓枠が残っているタイプ。全4部屋あり、1部屋あたりの広さは6畳(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんの部屋の出窓には、商店街内にある花屋さんから贈られた観葉植物があった(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんの部屋の出窓には、商店街内にある花屋さんから贈られた観葉植物があった(写真撮影/加藤淳史)

商店街を昔に戻すのではなく、今の姿にバージョンアップすればいい

堀さん・奥迫さんの親は黒崎の全盛期を知っている世代。ふたりは幼いころから「自分たちが若いころ、アーケードを歩くと人と人の肩がぶつかり合うほどにぎわっていた」というエピソードを聞かされていた。でも「私たちは黒崎がその時代に戻ってほしいわけじゃない」と口をそろえる。

「どんな商店街でも、活性化したい、若者に来てもらいたいと言うけれど、若者の人口自体が減っている。だからそこにこだわらなくていいんじゃないかな?」と堀さん。福岡さんも「一過性のものでなく今の時代にあった、本当の新陳代謝が必要だよね?」と相槌を打つ。

2021年7月の入居から1カ月。「この場所で人と街、人と人との化学反応が起きるといいな」と願う堀さんは自ら発案し、みんなと相談しながらシェアハウスをネーミング。決まった名前は「三角フラスコ」だ。フラスコ内で起こる化学反応をイメージし、福岡さんの事務所「三角形」をプラスした。

堀さんが中心となり、みんなで決めた「三角フラスコ」のネーミング(写真撮影/加藤淳史)

堀さんが中心となり、みんなで決めた「三角フラスコ」のネーミング(写真撮影/加藤淳史)

20代のふたりが商店街の風景になじんでいる(写真撮影/加藤淳史)

20代のふたりが商店街の風景になじんでいる(写真撮影/加藤淳史)

商店街のシャッター前で趣味のダンスを踊ってInstagramで発信している(写真撮影/加藤淳史)

商店街のシャッター前で趣味のダンスを踊ってInstagramで発信している(写真撮影/加藤淳史)

商店街から見上げたシェアハウス。ここに灯りがともる(写真撮影/加藤淳史)

商店街から見上げたシェアハウス。ここに灯りがともる(写真撮影/加藤淳史)

20代の堀さん・奥迫さんが持つ「商店街をにぎわっていた時代に無理やり巻き戻すのではなく、今の時代にそった新しいにぎわいを生み出したらいい」という感覚。これは今後さらなる少子化と人口減が進む日本において、共有されるべきものではないだろうか。余談ではあるが堀さんは「三角フラスコ」入居によって出会った福岡さんのもとで働くことになったそうだ。もちろん「寿百家店」にも関わっていく。自ら「三角フラスコ」の中心となり、化学反応を起こしていく。これからも「寿百家店」と黒崎の街に注目したい。

●取材協力
・寿百家店
・cococara-hair

「大人のシェアハウス」のススメ。放送作家と人気芸人の赤信号だらけの日常

放送作家、小説家の桝本壮志さんは昨年まで、ちょっと変わった生活を送っていました。その暮らしとは都内の一軒家を借り、お笑い芸人の小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との男三人暮らし。その暮らしぶりは、当時のエピソードなどをベースにした桝本さんの小説『三人』からも垣間見ることができます。

40代の3人による共同生活。それも、個性の強い芸人さんとの暮らしは、一体どんなものだったのでしょうか? また、生活も仕事も安定し、考え方も成熟した大人があえて一緒に暮らすことで、どのような発見があったのでしょうか? 桝本さんご本人に、当時のことを伺いました。

きっかけは「最後の青春ごっこでもやるかい?」の一言

――小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との“シェアハウス生活”は、2015年から約5年半にも及んだそうですね。

桝本:はい。それぞれの自宅とは別に、秘密基地みたいな感じで都内の一軒家を借りていました。厳密にいうと「同居」というよりは、僕が場所を借り、時間があるときに二人が来て一緒に過ごすという感じでしたね。

コロナの“3密”を避けるために今はシェアハウスを解約しましたが、2人とは「状況が変わったら、また考えようか」と話をしています。

――40代の男性3名によるシェアハウスってなかなか珍しいと思うのですが、どんなきっかけが?

桝本:2人とは吉本興業の同期で、僕と徳井くんは18歳のころからの知人でした。交流がない時期もあったんですけど、東京で再会してからは3人で会うようになり、気付いたら“週4”ペースで遊んでましたね。それで、誰からともなく、「一緒に暮らさない?」って。

そのとき、たしか小沢くんが「それぞれパートナーが見つかるまで、最後の青春ごっこでもしない?」って言ったんですよ。

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

――仲良し3人の共同生活は、確かに青春の香りがしますね。

桝本:僕らって“青春の空白期間”があるんですよね。芸人も放送作家も最初は下積みで、若いころはお金がなく人並みに遊んだりできなかった。その代わりというわけじゃないけど、何かを取り戻そうとしたところもあったと思います。

――物件は誰がどうやって探したんですか?

桝本:前々から「こんな家に住みたいね」と語らっていたイメージをもとに、僕が探しました。探したといっても、不動産会社さんから最初に紹介された物件が気に入って、即決だったんですけどね。古民家をリノベーションしていて、ゆったりした間取りと、鴨居や縁側が残っている感じもよかった。僕が内見した時は、庭に池までありました。

内見してすぐ、小沢くんと徳井くんにLINEで伝えたら「いいね!」と即答してくれたんです。

休日は縁側でのんびり過ごした

休日は縁側でのんびり過ごした

――即決とはすごい。よほどビビっとくるものがあったんですね。

桝本:はい。それと、実際に暮らしてみたら周辺環境もよかったです。静かで、古くからのご近所付き合いが残っている場所でした。隣近所でお裾分けし合うようなコミュニティがありましたね。

――桝本さんたちも、地域の人と触れ合ったりしていましたか?

桝本:そこまで大々的ではないけど、多少のお付き合いはありましたね。小沢くんは、近所のコンビニの店員さんとも仲良くなってました。小沢くんって『週刊ベースボール(以下、週ベ)』の愛読者なんですけど、そのコンビニに売ってなかったんですよ。それで、店員さんに「おじさん、(週ベ)入れてよ」と言ったら、本当に置いてくれるようになって。

でも小沢くん、新幹線で移動するときとかにキオスクで『週ベ』を買ってしまうんですよ。ただ、おじさんに入れてもらった手前、コンビニでも買わなくちゃいけない。だから、シェアハウスに同じ号が2冊置いてあることがしょっちゅうありました。

――律儀だ……。

桝本:小沢くんって本当に裏表がないというか、テレビの小沢一敬そのままの人間なんですよ。

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

自分の思い通りになることが一つもない生活

――桝本さんの小説『三人』では、放送作家と芸人2人のシェアハウス生活が描かれています。フィクションですが、桝本さんたちの共同生活のエピソードが元になっているところもあるんでしょうか?

桝本:多少はにじみ出ていますね。

――例えば、売れっ子芸人の佐伯が不思議な「寝言」を叫ぶじゃないですか。「なんで寿司屋のお茶は熱いんだ!」とか。あれは、どなたかの実話ですか?

桝本:あそこはまさに小沢くんです。小沢くんの部屋は僕の部屋の真下だったんですけど、よく分からないことを夜な夜な叫んでましたね。むにゃむにゃ、みたいな寝言じゃなくて、絶叫なんですよ。「どうして、こんなことになったんだ!」とか、フルで叫ぶんです。最初のころはびっくりして、何度か階段を駆け下りました。でも、様子を見ると音楽を流しながら普通に寝ているんです。

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

――そういうのも、だんだん慣れていく?

桝本:慣れますね。他にもたくさん驚かされましたが、だんだん受け入れていきました。そのうち、これもシェアハウスの面白さだなって気づいて。

――他人の思いもよらない生態を知ることが、ですか?

桝本:はい。自分とはまるで違う人間と暮らすと、常に発見があるんです。子どものころから染みついている生活のルールや習慣みたいなものも、全部そこでぶっ壊されました。でも、それが不快なわけでは全然なくて、楽しみながら学んでいける喜びのほうが大きかったです。大人になってから生活の価値観が揺さぶられることって、あまりないじゃないですか。それが毎日起こるんですから。

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

――具体的に、徳井さんや小沢さんからどんな影響を受けたり、学んだりしましたか?

桝本:影響かあ……。細かいことを挙げたらキリがありません。朝のルーティーンからして、全然違いますからね。「小沢くんって、毎朝必ずヤクルト飲むんだ!」とか、一つひとつは小さなことですよ。

学んだことも、たくさんあります。例えば、徳井くんは「生活のトレンド」みたいなものをキャッチする能力にすごく長けていて、一緒に暮らしていると学びだらけなんです。家電や料理道具の知識量は相当なものだし、新しいサービスなんかも常に先取りしている。Uber eatsも、かなり前から注目していて、僕の周りでは一番早く知っていましたから。

小沢くんは小沢くんで、映画や音楽にかなり詳しい。僕も音楽番組を担当しているし、いろんなジャンルをけっこう聴き込んできたほうだと思っていたんですけど、小沢くんには全く敵わない。彼らと暮らすことで、明らかに自分の知識が増えていくのを実感する日々でしたね。

――触れてきたカルチャーや、育ってきた環境が違う人と同居するという点では結婚もそうですが、それとはまた少し違うんでしょうね。

桝本:違うと思います。結婚はどちらかというと、互いに協力したり、価値観をすり合わせたりしながら新しい生活習慣をつくっていくものですよね。でも、2人との共同生活は、自分の思い通りになることが一つもないんですから。だって、朝起きて、本当はクラシックを聞きたいのに爆音でパンクロックが流れているんですよ。

――価値観をすり合わせるどころの話じゃないですね……。

桝本:はい。ただ、そうやって赤信号で強制的に立ち止まらされるようなことって、たまには必要だと思うんですよ。全部が青信号でスイスイ進んでしまったら、見過ごしてしまうこともあるはずです。

アフリカに「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたいなら皆で進め」っていうことわざがあるんです。徳井くん、小沢くんと生活していたときは、この言葉の意味が実感できました。実際、シェアハウスの日常は赤信号だらけ。でも、それが青信号に変わったときに、すごく糧になっていた気がしますね。

2人と暮らさなかったら、価値観が凝り固まった人間になっていた

――3人で暮らしていると家だけでなく、さまざまな物もシェアすることになります。それに抵抗はなかったですか?

桝本:むしろ、誰かと一緒に使うことで、より物に対する愛着が湧きます。3人だから三重ですね。例えば、なにげないテレビのリモコンも、フライパンも、草野球のグローブも、3人で共有することで、思い出が3倍に広がる。一人暮らしだと私物でもシェアハウスだと共有物になり、その経年劣化のなかに思い出が沁み込むんですよね。

――小説ではパンツもシェアしていました。誰かのパンツが乾いていなかったら、自分のを差し出すと。

桝本:それはフィクションです。さすがに気持ち悪いです(笑)。

――失礼しました。では、他にシェアしていたものは?

桝本:家具とかも3人で選んだもののほうが思い入れは強くなりますよね。それぞれの部屋に置くベッドは自分しか使わないから何でもいいんだけど、リビングに置いて3人で使うものはあれこれネット検索して物色しました。3人とも高級志向じゃないから、最終的にはメルカリとかドン・キになりましたけどね(笑)。でも、それが楽しかった。

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

――でも、それぞれ好みはバラバラですよね。

桝本:じゃんけんでいったら、グー・チョキ・パーに分かれるくらい違います。そこで、「今回は誰を勝ちにしようか?」って決めるのが面白い。例えば食事のこととか、その三択が常に繰り広げられるんですよ。上下関係がなく、誰がリーダーシップをとるとかもないから、自然とそうなるんです。大人同士のシェアハウスの良さかもしれません。

――選択肢が3倍に増えるわけですもんね。結果的に、自分一人なら選ばなかった物や体験が増えていく。

桝本:そう。脳みそもシェアしているような感覚がありましたよ。各々がそれまでの人生で築き上げてきた価値観や、それに基づくチョイスは新鮮でした。そのうち、答えを着地させることよりも「議論してみる」こと自体が大切なんだなと思うようになったんです。うだうだアイデアを投げ合ってみて、「あ~楽しかったね」となったところで、結局は一番安いものを選んでいる。結果的に、誰かが我を通したり妥協するといったことはなく、満足のいく選択ができた。

でも、そう素直に思えたのも、2人の人間性が良かったからだと思います。小沢くんは誰に対しても丁寧な言葉を使うし、徳井くんは絶対に人の悪口を言わない。そういう彼らだからこそ、近くにいることで僕も成長できたし、自分自身のよくないところに気づくことも多かった。

――年齢を重ねるほど頑なになり、自分を変えることが難しくなる部分もあると思います。でも、そこでフラットな関係性の誰かと一緒に生活することで、自分をアップデートするきっかけになると。

桝本:そう思います。逆に、僕はあの時シェアハウスをしていなかったら、非常に凝り固まった、視野の狭い人間になっていたでしょうね。2人の視座が加わったことで、脳みそがやわらかくなった実感があります。

ただ、全てをそのまま受け入れるというわけではなくて、変わらない部分だってもちろんある。その変わらなかったところが、本当の自分らしさなのかなと思ったりします。強烈な個性を持つ2人の影響を受けることで、逆に自分のなかで二重線を引ける部分も色濃く見えてきたんです。そして、そこを大切にしていこうと。

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インドに行くよりも、近所でシェアハウスをしたほうがいい

――シェアハウスって若い時期にするものというイメージがありましたが、桝本さんのお話を聞いていると40代、50代でもやっていいんだなと感じます。もちろん、状況や環境が許すなら、ということにはなりますが。

桝本:すごくいいと思います。人生100年時代ですし、40代や50代で自分の内側を見つめ直し、もうワンステップ成長できたら視界が広くなりますよね。

昔は人生を変えたかったら「インドに行け」とかよく聞いた気がするんですけど、そんな遠くに行かなくても、むしろ逆に近所でいいから、友達とシェアハウスしてみたらいいと思います。ガンジス川でバタフライするよりも、3人で公園に行って水道水を回し飲みするほうが、いい思い出になるかもしれませんよ。

毎日というのが難しければ、週末婚みたいに「週末シェアハウス」でもいいんじゃないでしょうか。今は手ごろな賃貸も多いので、ぜひおすすめしたいです。

――週末シェアハウス、いいですね! 桝本さんも状況が許せば、また3人で暮らしたいと思いますか?

桝本:僕自身は暮らしたいと思っていますよ。別に今すぐじゃなくてもいいんですけどね。

●取材協力
桝本壮志(ますもと・そうし)さん
1975年生まれ。放送作家、コラムニスト、小説家。大阪NSC13期生で、同期芸人にスピードワゴン小沢一敬、チュートリアル徳井義実など。2010年から母校である吉本総合芸能学院の講師も務めている。2020年12月、自身のシェアハウスの体験を基にした初の本格小説『三人』を上梓
小説『三人』

ひとり親世帯向けシェアハウスに家賃補助。空室1戸からでもOK!オーナーさんにも知ってほしい新基準が登場

2021年4月、セーフティネット登録住宅の基準に新たにひとり親世帯向けシェアハウスの基準が設けられました。これにより、ひとり親世帯の住まいの選択肢として「シェアハウス」が増えることが期待されています。

今回の基準新設は、物件のオーナーさんや自治体、そしてひとり親世帯にどのような影響を与えるのでしょうか。専門家、自治体、そして実際に制度を活用したシェアハウスのオーナーさんに話を聞きました。

ひとり親向けのシェアハウスが抱えてきた“問題”とは?

今回の基準新設は「セーフティネット住宅」の制度についてなされたもの。低額所得者や高齢者、被災者、子育て世帯など、住宅の確保が難しい人に対して“入居を拒まない住宅”として、登録している住宅のことを言います(制度と基準新設についての詳細)。一定の収入以下の世帯が入居できる公営住宅だけではカバーしきれない、さまざまな立場の住宅弱者のために2017年、新たな住宅セーフティネット制度が施行され、その中にはシェアハウスの基準もあるのですが、実はそれはこれまで“単身者向け”のシェアハウスを対象としたものだったのです。近年、ひとり親世帯向けのシェアハウスのニーズが高まっていることにともない、今回の基準新設に至りました。

これまでの公的な住宅施策は住居しての“ハード”を提供するものでしたが、育児、家事、仕事を全てひとりで行わなければならないひとり親の生活には、“ソフト”であるサービスの存在も欠かせません。保育や家事代行などのサービスを付帯する住まいとして、また、ひとり親の「孤立」を防ぎ、「自立」を促す住まいとしてシェアハウスが注目されてきたのです。さらに新型コロナウイルスの影響によって、特に低所得のひとり親世帯が失業や減収などで生活に困窮する状況も、この基準新設を後押ししたことでしょう。

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

母子世帯の貧困と居住福祉について研究を深め、今回の基準新設においても尽力をし続けてきた追手門学院大学准教授の葛西リサさんは、「この基準ができるのには6年くらいかかったが、コロナ禍もあって昨年一気に実現へ向けて協議が進んだ」と言います。

「私がひとり親向けシェアハウスの研究に着手をしたのは、2008年ごろからです。ひとり親世帯は所得の低い世帯が多く、入居しやすい住宅を提供しようとすれば家賃を低めの価格帯に設定する必要があります。そのため、これまでひとり親世帯をサポートしたい、という想いを強く持ちながらも、採算が取れずに廃業・撤退したシェアハウスの運営者の方も多く見てきました」(葛西さん)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

いち早く制度を活用したシェアハウスは?

この“採算性が取れない”問題を解決し、想いを持つシェアハウス運営者の後押しをするために、「住宅セーフティネット制度にひとり親向けシェアハウスの基準を設けることが必要だった」と葛西さんは言います。

「自治体が制度を設けている地域の物件をセーフティネット専用住宅として登録すれば、オーナーさんが家賃低廉化や改修のための補助を得ることができます。特に家賃低廉化補助、つまりオーナーさんに支給される家賃補助にあたるものは、国と自治体の負担分をあわせると最大で月4万円。その分、賃料を下げることができるので、入居するひとり親世帯の負担が軽くなります」(葛西さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

実際にこの制度を導入した横浜市で、ひとり親向けのシェアハウスを営むYOROZUYAの小林剛さんは「セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた」と言います。

「ひとり親、特に母子世帯のなかには、DVなどの問題を抱えてまだ離婚ができていない人もいます。そのようなケースでは、一般の賃貸住宅では入居が難しいことが多いので、こちらに入居できないか、という相談が来るのです。

入居できる住まいを求めてインターネットでシェアハウスを検索するひとり親の中には、さまざまな公的なサポートの存在を知らない人も多くいます。結果的にうちの物件に入居にならなくても、ほかに活用できる制度について確認するよう話したり、ただ相談に乗ったりするだけでも不安が和らいだ、と言ってもらえることがたくさんあります」(小林さん)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

自治体にとっても居住支援制度への導入がしやすく

YOROZUYAが所在する神奈川県横浜市は、今回の基準新設よりも先駆けて、2019年からひとり親向けのシェアハウスの基準を独自で設けてきました。この背景について横浜市建築局の石津啓介さんと小島類さんに話を聞いたところ、実際にひとり親世帯向けシェアハウスの運営者などから「独自で基準を設けてくれないと、運営の実態と登録基準とが合っておらず、制度を活用できない」という要望が出ていたと言います。

「横浜市では、独自基準を設けるまでに市民の方々の声を拾うほか、他の自治体の事例調査やアンケート調査など、さまざまな調査・検討を行う必要がありました。今回、国が明確な基準を示したことによって、全国の地方自治体で制度を設けやすくなったことは間違いありません」(石津さん)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市では、2018年度からの4カ年計画の中で、2021年度末までに家賃補助付きセーフティネット住宅の供給目標として700戸を掲げていますが、まだ1割程度しか達成できていないそう。「空き家、空室に悩むオーナーさんにも積極的にこの制度を活用してほしい」と言います。

「オーナーさんが家賃低廉化の補助を受けるには、セーフティネット “専用住宅”として登録する必要があります。1棟物件を所有されている場合は、その中の1戸から専用住宅として登録することが可能です。セーフティネット住宅となったことで問い合わせが増えたという話も聞きますので、空き家や空室にお困りのオーナーさんには、一つの選択肢として検討していただきたいと思います」(小島さん)

住宅セーフティネット制度の活用を広げるために

このように、オーナーさんが専用住宅とすることに不安を感じる以外にも、この制度の活用においては、まだ、さまざまな課題があるようです。小林さんは「まず、十分な周知がされているのかが心配」と不安を漏らします。

「私は全国ひとり親居住支援機構というNPOに所属しているので、この制度のことを知っていましたが、制度の存在自体を知らないオーナーさんも多いのではないでしょうか。

また、セーフティネット住宅に登録する手続きと家賃低廉化の補助を受けるための手続きが別で、申請先が異なることも私は登録後に気づきました。セーフティネット住宅に登録すれば、自動的に家賃低廉化の補助を受けられると思っていたのです。このような手続きの煩雑さも登録への障害になっているかもしれません」(小林さん)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

加えて、制度の運用は各地方自治体によって異なるため、セーフティネット住宅に登録しても、家賃低廉化補助の制度がない自治体もあるそうです。

「シェアハウスの運営事業者にとっては、家賃補助がなければ物件登録のメリットは感じづらくなります。コロナ対策などでの自治体の財政難も理解できますが、コロナの影響を受けた人へのサポートとしても、また空き家や子どもの貧困などの社会問題解決のためにも、セーフティネット住宅の拡大は重要です。

その一つとして、これらの問題解決に有効なひとり親向けシェアハウス普及へ向け、各自治体には家賃補助付きでの制度設計を積極的に行ってほしいと願います」(葛西さん)

これからのひとり親の住まいにはどんな選択肢が?

横浜市では、現在、約8000戸のセーフティネット住宅が登録されていますが、その中で家賃低廉化の補助を受けられるひとり親向けのシェアハウスはわずか10戸だと言います(2021年6月20日現在)。今回の基準新設により、ひとり親向けシェアハウスをはじめとするセーフティネット専用住宅の登録が増えれば、一般賃貸住宅や公営住宅とあわせて、住宅の確保が難しい人にとって有効な住まいの選択肢の一つとなりうることでしょう。

住宅セーフティネット制度に登録されている住宅は、国土交通省の運営する「セーフティネット住宅情報提供システム」のサイトから探すことができます。また、入居を検討している人の相談に乗り、入居の支援をしてくれる窓口として各地方自治体には「居住支援協議会」の設置や「居住支援法人」の登録がなされています。

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

今回取材した皆さんが声をそろえて言うように、困っているときには、これらの窓口に相談しながら、サポートが受けられる制度を活用したいものです。また、このような取り組みを多くの人に知ってもらい、困っている人がいたときには「こんな制度があるから相談してみたら」と声をかけられるといいですね。

●参考
・ひとり親世帯向けシェアハウスの基準を新設/国土交通省
登録住宅について:セーフティネット住宅情報提供システム
住宅確保要配慮者居住支援法人について:国土交通省

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 葛西リサさん
・シェアハウス YOROZUYA
・横浜市 建築局住宅部 住宅政策課「家賃補助付きセーフティネット住宅」

事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?

他殺や自殺などがあったいわゆる“事故物件”は、いつまで告知が必要なのか。国土交通省がそのガイドライン(案)を発表した。現時点では、パブリックコメント、つまり広く一般に意見を求めている段階なので、今後変更もありうるが、賃貸物件に関しては告知期間を3年間とするなど、具体的な内容に踏み込んだ興味深いものだ。その概要を見てみよう。
何をいつまで告知すべきなのか

事故物件は、いつまで告知が必要なのか。これは実はなかなか難しい問題なのだ。まず人によって受け止め方が違う。自殺があった部屋は何年経っていても嫌、という人もいれば、リフォームされているのなら気にしないという人もいるだろう。
それに加え、事故自体も個別性が強い。同じく部屋で自殺があったとしても、縊死(いし/首をくくって亡くなること)や刃物を使用した場合と睡眠薬を大量に飲み2週間後に病院で亡くなったというのでは、部屋の状態もその後に入居する人の心理的負担感もまったく違ってくる。室内で亡くなっていた場合は発見までの時間や室温等の諸条件によっても変わってくるはずだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

心理的嫌悪感は希薄化していく

事故物件を嫌がる人の声として「事故物件であることを周囲の人にいろいろ言われそう」というものがある。物件を購入・貸借する本人が気にしなくても、風評を気にしてためらってしまう、というのは十分起こりうる話しだ。周囲の人がいろいろ言うとしても、時の経過はとともに減っていくと考えられる。
事故物件とは知らされずに購入したとして損害賠償を求めた裁判例を見ても、時間の経過により嫌悪感は薄れていく、と判断している。ただしその期間は一定ではない。「事業用物件か居住用物件か」「シングル向けかファミリー向けか」「都市部の物件なのか地方のものなのか」といった違いにより、心理的嫌悪感の希薄化が早く進行することもあれば、時間がかかることもあるとしている。事故の内容だけでなく、物件の属性や存する地域によっても告知すべき期間は異なってくるのだ。

告知を続けることによる弊害も

「事故があったのであれば何年経っていたとしても教えて欲しい」という考えもあるかもしれないが、いつまでも告知し続けることは希薄化する期間を伸ばしてしまう要因にもなる。事故物件を気にしないという人も、告知されることで「賃料や価格を下げてもらわないと損」という気持ちになることもあるだろう。そもそも時間が経過し、物件の所有者や周辺住民が替わっていくと事故の調査も困難になる。
また、亡くなった理由が何であっても告知しなければならない、という誤解から、貸主や管理会社が単身高齢者の入居を敬遠するという事態も指摘されている。さらには「事故物件」として扱われることで賃貸できない期間が生じたり賃料が下がることから、遺族に対する損害賠償請求という深刻な問題も起きている。告知を続けることによる弊害もあるのだ。

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

では何を、いつまで告知すべきなのか。物件を仲介する宅建業者、賃貸物件の管理業者の間でも判断が分かれていた。そのため、国土交通省は令和2年2月「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」を設け、宅建業者の説明義務、調査義務について議論を重ねてきた。その結果をまとめたものが今回のガイドライン(案)だ。

自然死は告知しなくてもよいのが原則

今回のガイドライン(案)では、「買主・借主が契約締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性のあるもの」が告知の対象となっている。そのため老衰、病死など自然死は、原則として告知する必要はないとしている。自宅の階段から転落や入浴中の転倒事故、食中誤嚥(ごえん)など、日常生活の中で生じた不慮の事故も告知不要だ。人は亡くなるものであり、死亡したという事実だけでは「住み心地のよさを欠く」とは言えない、ということだ。
もっとも「人が死亡し、長期間にわたって人知れず放置された」ことに伴い、いわゆる特殊清掃が行われた場合については、自然死などであっても原則として告知が必要としている。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

隣接住戸や前面道路での事故、事件は対象外

また今回のガイドライン(案)では居住用不動産、つまりマンションや一戸建てなど住宅を対象としている。これに加え「ベランダ等の専用使用が可能な部分」「共用の玄関・エレベーター・廊下・階段のうち、買主・借主が日常生活において通常使用すると考えられる部分」も対象となる(そこで起きた事故は告知が必要になる)。
つまり、隣接住戸や前面道路での事故、事件があっても、告知の対象とはしていない。だからと言って隣接住戸であった事故について、一切言わなくてもよい、ということではないだろう。そこは従来通りケースバイケース、ということになる(ガイドライン(案)では「取引当事者の意向を踏まえつつ、適切に対処する必要がある」としている)。

告知する内容および期間

では、何がいつまで告知されるのか。ガイドライン(案)では、告げるべき内容として「事案の発生時期、場所及び死因」を挙げている。死因とは、他殺・自殺・事故死の別だ。死因が不明な場合には、不明と説明される。
気になる期間だが、賃貸借については「宅地建物取引業者が媒介を行う際には…事案の発生から概ね3年間」は借主に告げる、としている。また自然死であっても特殊清掃が行われた場合は、特別の理由がない限り3年間は借主に告げるとしている。
一方、売買に関しては期間を明示していない。「考え方を整理するうえで参照すべき判例や取引実務等が、現時点においては十分に蓄積されていない」というのがその理由だ。今後も検討を続けていく、ということであろう。

繰り返しになるが、今回発表されたのは、パブリックコメント(意見公募)のためのガイドライン(案)だ。2021年6月18日までは、読者のみなさんも意見を述べることができる。
その後は、6月下旬~7月上旬にかけてパブリックコメント結果の報告・追加討議が行われ、秋ごろにはガイドラインが公表される予定だ。

人の死は避けることができない

今回のガイドライン(案)について、心理的嫌悪感についての論文執筆もされている明海大学不動産学部准教授の兼重賢太郎(かねしげ・けんたろう)先生にコメントをいただいた。

(写真提供/中村喜久夫)

(写真提供/中村喜久夫)

「大家族で家で看取ることが当たり前だった時代と違い、現代の日本社会では、人びとの死が日常の生活空間から不可視化されています。その一方で、2019年の年間の死亡者の数は出生者の数を50万人以上、上回っています(「令和元年(2019)人口動態統計の年間推計」厚生労働省)。いわゆる事故物件の問題も、決して特殊な問題ではないと考えます」(兼重先生)

死を忌むべきものとしてタブー視し続けることはできない、ということだろう。兼重先生は持続可能性という観点も指摘される。

「事故物件の処理に関しては、これまでは賃貸住宅管理会社が法を援用しつつ、一種の『現場知(ノウハウ)』を駆使しながら多面的に対処してきました。これからはそのような『現場知』の蓄積を活かしつつ、持続可能な仕組みを社会的に構築していくことが必要です。その契機として、今回の『ガイドライン(案)』は一定の意義をもつのではないでしょうか」(兼重先生)

住宅ストックの長期利用という観点からも

欧米と比べ日本の住宅の寿命が短いと言われて久しい。今年3月に閣議決定した新たな住生活基本計画でも、「脱炭素社会に向けた住宅循環システムの構築と良質な住宅ストックの形成」が掲げられた(住生活基本計画 目標6)。住宅を適切に管理し、長期にわたって使用していくことが求められている。そして住宅を長期に利用する過程では、人が亡くなるということも当然に起こりうる。
嫌な場所に無理に住む必要はないが、きちんとリフォームされているにもかかわらず、過去の事故を引きずり続けるのは、合理的とはいえないだろう。その意味において、賃貸住宅の告知期間は原則3年間、という線引きがされようとしていることの意義は大きいと考える。

●関連サイト
・ガイドライン(案)
・「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」(案)に関するパブリックコメント(意見公募)を開始します
・住生活基本計画

DIYで部屋をアート作品に! クリエイターが集う名物賃貸「MADマンション」

若手のクリエイターが東京に拠点を持ちたいと思っても、家賃が高く、借りられる部屋がない……。それならば、東京よりも家賃相場が低く、アクセスのいい郊外にクリエイターが集まる街をつくろう。こう考え、まちづくり会社のまちづクリエイティブが2013年ごろから松戸に展開しているのが「MAD City(マッドシティ)」です。そのランドマークとも言えるマンション「MADマンション」に住み、製作活動をつづける小野愛さんの住まいにお邪魔しました!
「30歳になってしまう」焦りから上京を決意

都市の規制やクレームの発生などによってクリエイターの活動が制限されることが多いなか、「地域住民とコミュニケーションを図りながらクリエイターが活躍できる『まちづくり』をしたい」という想いでまちづくりプロジェクトを行っているまちづクリエイティブ。千葉県松戸市にある拠点「MAD City Gallery」から半径500mの範囲を核とした「MAD City」は、そのモデルケースとなる街です。これまで、まちづクリエイティブを通じてこの街に住んだクリエイターの数は570人以上。いまも170人以上のクリエーターがこの街に住んで、さまざまな分野の創作活動に取り組んでいます。

玄関に通された瞬間、あっ! と思わず息をのむような、奥行きのある白い空間と白い作品たち。小野さん(32歳)の住まいは、まるで部屋全体が一つの作品のようにも感じられる、静かで神秘的な雰囲気を醸し出しています。

(撮影/嶋崎征弘)

(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

小野さんがそれまで住んでいた大分県別府市から首都圏に活動拠点を移して、本格的に制作活動を行う決意をしたのは2019年のこと。「30歳を目の前に控えて、焦りもあった」と言います。

「もともとは、福岡のファッション系の専門学校を卒業しました。卒業後、布を使用した立体作品をつくるようになり、地元である大分県に戻ってアルバイトをしながら7~8年ほどは別府で活動を続けていました。29歳のころに美術家として生きていく覚悟を決めて、東京に拠点を移そうと考えたんです」(小野さん、以下同)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

松戸を拠点にクリエイターが集う「MAD City」に住みたい

ところが、いざ東京都内で住居兼アトリエとして制作ができるだけの広さを確保しようとすると家賃が高くなり、なかなか予算に合う物件が見つけられなかったそう。そこで同郷のまちづクリエイティブのスタッフに相談をしたのが、入居のきっかけでした。

「都内の家賃は払えないので、もう少し郊外で、と思ったときにMAD Cityのことを知り、松戸で探すことにしました。関東での生活が初めてなので、同じようなクリエイターさんと知り合えたらいいなと。このマンションはひと目で気に入りました。広いワンルームのように使える間取りであること、そしてマンション内に他のクリエイターさんも多く住んでいることが何よりの決め手です」

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

小野さんの部屋を見ると、以前は2DKとして使われていたのだろうと思われる引き戸の溝があります。実際に内見をしたときには襖があったのだそうです。

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

DIYで、住まいが独特の空気感をもつアート作品に!

MADマンションは、全20室中、15室をまちづクリエイティブが借り上げています。見逃せない大きなポイントが“DIY可能”で、さらに退去時の“原状回復が不要”なこと。マンション内の1室はDIY作業が可能な共有スペースとして確保され、住人たちが道具を保管する物置として、また作業部屋として自由に使えるそう。

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

別府にいたころからDIYができる賃貸物件に住んでいた、という小野さん。「なぜかは分からないけど、白が好きで」自分好みの空間になるよう、手を入れてきました。

「奥の部屋はもとから床の板がむき出しになっていましたが、ダイニングと中央の部屋はクッションフロアでした。試しにめくったところ、簡単にはがれたので、中央の部屋も床の板をむき出しにして白く塗りました。梁やキッチンの扉、引き戸も白くしています」

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

空間全体が白くなり、光がよく入る5階の部屋は曇りの日でも明るく、「制作に向かう環境としてとても贅沢な空間」だと言います。

「私の動画作品の一部としても、この空間を活用しています。このマンションに住んでいたダンサーの方を紹介してもらい、撮影したんです」

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

なんと! 住まいやアトリエとしてのみならず、部屋の空間が作品にもなったんですね! それだけ小野さんのセンスを刺激する物件だったということでしょう。

住人同士や地域とのコミュニケーションも盛ん

「先日まで個展を開催していたのですが、その会場にもこのマンションに住む人たちをはじめ、MAD Cityの人たちが足を運んでくれました。いろいろな人と知り合いたいと思って関東に出てきたわけですが、コロナ禍でイベントなどが少なくなり、出会える機会もなく……。それだけに、まちづクリエイティブさんが、このマンションに住む他のクリエイターさんを紹介してくれて、少しずつ輪が広がってきたことがとてもうれしいんです」

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんが話してくれたように、まちづクリエイティブはクリエイター同士の交流も促進してきました。現在、その活動は物件や人の紹介だけにとどまらず、地元企業と連携した仕事の創出や、クリエイターとの商品開発などにまで及んでいます。

昨年には、松戸駅エリアでは20年ぶりとなる全長4mの新しいスタイルの商店街「Mism」を発足させて回遊性を高めるプロジェクト行ったり、松戸で唯一のクラフト瓶ビール「松戸ビール」の商品ブランディングや販売を行ったりしているそう。

若い才能を発揮できる環境が整っているからこそ、個性的な魅力を宿す住まいや新しい作品、商品が生まれるのでしょう。かくいう筆者も小野さんの作品・空間を体感して、すっかりファンになりました! 一層盛り上がっていきそうなMAD Cityと、そこに住むクリエイターさんのつながり。これからの展開にも期待がふくらみます!

●取材協力
・小野愛さん
・まちづクリエイティブ

賃貸物件を「借りられない」。障がい者や高齢者、コロナ禍の失業など住宅弱者への居住支援ニーズ高まる

コロナの影響で失業して住まいを追われる人、引越しをしようにも賃貸住宅を借りられない人が増えていると言います。また、障がいや高齢など、さまざまな理由から住宅の確保が難しい人が年々増え、いわゆる『住宅弱者』が社会問題になっています。

例えば、家を借りたくても連帯保証人がたてられない場合や、家賃が払えずに滞納してしまった場合など、連帯保証人の代わりや立て替え払いなどのサービスを提供する組織として「家賃保証会社」があります。また、各都道府県では、国が定める「居住支援法人制度」に沿って冒頭の“住宅弱者”といわれる人たちを支援する団体を「居住支援法人」に指定。各法人の得意な分野で居住支援活動を行っており、家賃保証をはじめ、賃貸物件を借りるうえで困りごとを抱えている人と、家賃滞納のリスクを避けたいオーナーさんの双方をサポートし、「安心」を提供することで、居住支援を行う法人があります。

この家賃保証会社と居住支援法人の両方の顔を持ち、千葉県を拠点に活動している会社が船橋市にある株式会社あんどです。あんどの共同代表である西澤希和子さんと友野剛行さん、そして現在、あんどの提供する「居住支援付き住宅」に入居しているまっちゃんさん(仮名)にお話を聞きました。

月1回の訪問が「うれしい」。住まいの提供にとどまらない居住支援

千葉県内の駅から徒歩8分ほど、築35年のマンションの2階にまっちゃんさんは住んでいます。もともと軽度の精神障がいを抱えながら、会社員として勤めていました。ところが、父親が亡くなってから家庭内のDVトラブルが勃発。3年ほど前にあんどに相談し、「トラブル解決にはまず家族との別居が必要」との判断から、転居を決意。いくつかの物件見学を行い、あんどの居住支援付き住宅に住むようになりました。

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

「これまでのトラブルをふまえ、家族には、当日まで引越すことを知られないようにして入居しました。しばらくは家族と離れたことによる安心と不安とが入り混じった状態。あんどの相談員さんに『まずは自分のことを優先した方がいい』とアドバイスをもらい、毎日の生活を整えることに集中したことで最近はようやく落ち着いて過ごすことができています」(まっちゃんさん)

あんどの相談員は月に1回の訪問。まっちゃんさんは「来てもらえるのがうれしいから、ついいろいろな話をしてしまう」と言います。部屋の隅には「緊急」と「相談」の大きなボタンのあるインターホンのようなものを発見。これは「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器で、緊急時のガードマンの出動依頼ボタンのほかに、いつでも相談できるヘルスケアセンターにも繋がるそう。さらに、面談の上あんどの福祉担当者(相談支援専門員資格保有者)が必要と判断した顧客には、より手厚い見守り機器プランを提案します。そのプランでは、トイレのドアにセンサーをつけ、一定期間ドアが開閉されなければホームセキュリティ会社(ALSOK)のスタッフが異常事態と判断し、駆けつける仕組みになっているのです。

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

「入居者さんの安心」と「オーナーさんの安心」の両方を守る

これらの見守りサービスが付いていることで「入居者さんの安心はもちろん、オーナーさんの安心も守られる」と西澤さんは言います。

「近年、ここ1年はコロナ禍の影響も重なって『借りられない人』が増えています。家賃の滞納や孤独死などのトラブルを回避するために、オーナーさんが家賃保証会社との契約を必須にしている物件が多いのです。借りたいと思って入居の申し込みをしても審査に通らない。私たちはそのような人に対して、家賃保証とセットで見守りなどのサービスを提供しています。このサービスがあることで、オーナーさんにも安心して貸していただけるのです」(西澤さん)

このように賃貸物件を借りづらい人のことを、国の制度などでは一言で「住宅確保要配慮者」と表現しますが、借りられない理由はさまざまです。障がいがあることや高齢であることが背景にあれば、それぞれの状況に応じて生活上のサポートが必要になることもあるでしょう。

「私たちは家賃保証や見守りとともに、身元保証などの引き受けや、場合によっては入居する方のお金の管理をお手伝いすることもあります。パルシステム生活協同組合連合会さんと連携し、食材の配達時に安否確認をしてもらったり、さらに今年の5月からは万一の孤独死などの際にオーナーさんが抱える家賃損失や残置物の撤去、原状回復などのリスクに対応する保険を提供します」(友野さん)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

「家賃保証」から始まったあんどの取り組み

このように、貸す人・借りる人両方の安心のために、サービスを提供しているあんどですが、会社の設立には共同代表である西澤さんと友野さんのバックグラウンドが大きく関係しています。

「私は不動産会社を経営しており、認知症を抱える人のためのグループホームなどを運営してきました。そのなかで、意思決定に困難を抱えて入居する方の権利擁護のために『後見』が必要であることを感じたんです。地域後見推進プロジェクトの市民後見人講座を受講した後、講師として活動。家賃保証がネックで借りられない人が増えていることを年々感じて各所に相談していた時に、友野と出会いました」(西澤さん)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

友野さんは20数年前から福祉の仕事に携わり、知的障がいや精神障がいを抱えているにも関わらず社会福祉法人の施設に入れない人、退去を余儀なくされてしまう人を無認可施設で支える活動をしてきました。

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

「本を何冊か出版した後、全国から相談を受けるようになり、施設の数を増やしても追いつかない状況にありました。そしていつの間にか、自分よりも若いお母さんに『この子のことをよろしくお願いします』と言われていることに気がついたんです。このままだと年長の自分の方が先に老いて死んでしまう、できるだけ『自立できる人』を増やさないと先がないぞ、と感じていた時に、西澤から住宅の確保が困難な人たちが住まいを借りられるよう、家賃保証会社をやらないかと誘われました」(友野さん)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

全国の居住支援法人や、さまざまな企業との連携がカギ

不動産と福祉という、西澤さんと友野さんの専門分野を活かして連携することで、住宅確保要配慮者向けの家賃債務保証という全国初のあんどのサービスは生まれました。創業後、あんどは千葉県の指定する「居住支援法人」にもなりました。これは、住宅セーフティネット法に基づいて、住宅確保に配慮を要する人たちの支援を行う法人として各都道府県が指定するものです。

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人として、また家賃保証会社としてさまざまな相談を受けるなかで、必要なサービスを付帯する住宅を提供することにしました。それが先に紹介した居住支援付き住宅です。ALSOK千葉と提携した「みまもりサポート」、パルシステム生活協同組合連合会と「安否確認付きの食材配達」、東京海上日動火災保険(株)とはオーナーさんのリスクを回避する保険の提供。実験的な導入として、ソフトバンクロボティクス(株)と感情認識ヒューマノイドロボット「Pepper(ペッパー)」を使った見守りやコミュニケーションの共同研究にも携わっています。

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

さらに、西澤さんは全国居住支援法人協議会の研修委員会の委員長として、全国の居住支援法人同士をつなげる活動を行いながら、弁護士や司法書士・行政書士などの士業の人々や東京大学との共同研究にも着手し、一般社団法人全国住宅産業協会にて後見制度不動産部会委員長として不動産後見アドバイザー資格制度の普及に努めています。多くの団体・専門家と連携することで、入居者さん・オーナーさんが現場で本当に必要なサービスを提供し、自社の収益にも繋げて継続できる仕組みを整えてきたのです。

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

現在、あんどの活動は全国に広がり、岡山県などにも居住支援付き住宅があるそう。
冒頭で紹介したまっちゃんさんは「コロナが落ち着いたら、亡くなった父との思い出の場所に旅行したい」「いまは簿記2級を取得するために勉強中」だとこれからの希望を語ります。筆者も今回の取材を経て、多くの人が安心して借りる・貸すを実現できるよう、あんどのような取り組みが広がることを改めて強く願いました。

●取材協力
・あんど
・ふくしねっと工房
・地域後見推進プロジェクト

二拠点生活で小・中学校はどうする? コロナ禍で高まるニーズ受けて

コロナで2回目の緊急事態宣言が発令されて始まった2021年。今回は休校や休園などの事態は免れたものの、テレワークなどの新しい生活様式の推奨に伴って、郊外への引越しや地方移住、二拠点生活を検討する人が増えていると言います。

2019年から二拠点生活を始めて2年、小学校・中学校への進学を控える子ども2人を持つ筆者が、改めて二拠点生活の「学校どうするか」問題について考えます。

コロナで地方移住や二拠点生活の志向が高まっている!?

1月29日、総務省が2020年の住民基本台帳に基づく人口移動報告を発表し、東京都からの転出者が全国で唯一増加となったことが話題になりました。転出先は神奈川・埼玉・千葉の近隣3県が55%を占めることに。コロナの影響でリモートワークが普及し、都心から通勤圏内の郊外へ移り住む流れが進んでいると言われます。

また、リクルート住まいカンパニーが発表した調査でも同様の傾向が見られます。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を2020年1月と8月で比較した伸び率をランキングすると、伸び率1位となったのは中古マンションでは神奈川県三浦市、中古一戸建てでは千葉県富津市でした。さらにいずれもトップ5は都心から100キロメートル圏内の郊外エリアだったのです。2拠点生活意向者も2018年11月と比べ、2020年7月時点では13.4ポイント増加し、二拠点生活を志向する人が約2倍に増えていることを示しています。

『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査』と2020年7月実施調査の比較(左)。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を、2020年1月と8月で比較した際の伸び率をランキング化。赤が中古マンション 青が中古一戸建て(右)(資料/SUUMO編集部)

『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査』と2020年7月実施調査の比較(左)。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を、2020年1月と8月で比較した際の伸び率をランキング化。赤が中古マンション 青が中古一戸建て(右)(資料/SUUMO編集部)

二拠点生活をするとき、学校の選択肢は?

これまで二拠点生活の実現を阻むと言われてきた二大要素が「仕事」と「子どもの就学」でした。そのうち、「仕事」については、WEB会議システムをはじめとしたテレワーク化の流れによって、地方に住みながら今の仕事を続けられるかも、と二拠点生活をイメージできる人が増えたのではないでしょうか。

そして、もう一つの困難が「子どもの就学」問題です。二拠点生活をするときの通学形態には、いくつかの選択肢があります。公立の小・中学校に通学する場合、大体次の3つに分けられるでしょう。

1)いずれか主となる住所地に住民票と学籍を置き、その学校にのみ通学する
・現在の学校に引き続き通学
・転校する(親子留学制度などを利用する場合も含む)

2)デュアルスクール制度のある自治体(徳島県、長野県塩尻市、秋田県など)で区域外就学制度(後述)を活用し、都心部に住民票と学籍を置いたまま、地方の学校にも通学する

3)主となる住所地に住民票と学籍を置き、別拠点に滞在中はフリースクールや家庭教師など任意の教育で補う

山梨県や長野県に移住した友人からは、それらの県の一部地域で募集されている「親子留学」制度が、コロナによって問い合わせが増えていると聞きます。この親子留学制度も上の1)の住民票と学籍を移す形になります。

テレワーク普及の影響か、親子留学制度を活用しようと考える人も増えている様子(写真/PIXTA)

テレワーク普及の影響か、親子留学制度を活用しようと考える人も増えている様子(写真/PIXTA)

「区域外就学制度」が使える? 自治体や教育委員会に問い合わせてみた!

古くから各地方自治体には「区域外就学」の制度があります。これは具体的な事情が相当と認められる場合に、住民票と学籍のない自治体の公立学校に通うことが可能となる制度です。

実は、地方移住や二拠点生活などのニーズを反映し、2017年7月に文部科学省からこの区域外通学に関する通達が出されました。この通達には、「相当と認めるとき」に「地方への一時的な移住や二地域に居住するといった理由」も含まれることが記載されています。二拠点でこの制度を活用することに文科省のお墨付きを得ている、とも言えるこの通達ですが、文部科学省教育制度改革室の松岡将さんによると「実際の運用と認められるかどうかの判断は、各地方自治体の教育委員会の判断に委ねられている」と言います。

2017年7月に各都道府県・指定都市の教育委員会就学事務担当課長宛に通知された「地方移住等に伴う区域外就学制度の活用について」(画像/文部科学省)

2017年7月に各都道府県・指定都市の教育委員会就学事務担当課長宛に通知された「地方移住等に伴う区域外就学制度の活用について」(画像/文部科学省)

そこで、筆者は現在、東京の拠点である品川区と住民票を置いている佐賀県佐賀市にこの制度が活用できるかを尋ねてみることにしました! それぞれの自治体のホームページには、学期の途中で転出した場合などに加え、「その他教育委員会が特に必要と認めた場合」に区域外就学制度を利用できる旨の記載があります。

「コロナ」という“特別な事情”が、加味される可能性も

ところが、実際に各自治体に相談してみると、筆者のように1回あたり数日~1週間程度の滞在では申請が認められることは難しく、一つの目安として「一定期間(2~3週間程度)以上、居住していること」が必要であることが判明しました。

また、自治体によっては、主に海外赴任で一時的に帰国している場合などに、住民票がなくとも一定期間居住していることを条件に「体験入学」できる制度を設けているところもあります。この制度を活用する場合においても、居住期間2~3週間以上の場合の申請が一般的ということでした。

自治体によっては、海外からの一時帰国者を主な対象に「体験入学」制度を設けているところも(写真/PIXTA)

自治体によっては、海外からの一時帰国者を主な対象に「体験入学」制度を設けているところも(写真/PIXTA)

ただ、品川区学務課の篠田英夫さんによると「コロナによって区内に住む人から、地方の祖父母宅など一時的に他のエリアで子どもを通学させることができないか、といった相談が出てきている」といいます。

「『コロナのような特別な事情』があれば、受け入れ側の自治体との調整によっては可能になる場合もあるかもしれません。個別事情によって判断することになるので、詳細は各自治体や教育委員会などの窓口に相談してほしいと思います」(篠田さん)

意外と「デュアルスクール」を望んでいない子どもも!?

子ども2人がそれぞれ小学校、中学校に進学するのにともない、筆者の中では改めて“学校どうしよう”問題が湧き上がりました。特に1カ月に1~2回、3~7日ほどの東京・佐賀の行き来が日常になっていた長男には、区域外就学制度が活用できたらよかったのにな……という思いも拭えません。

ところが、いざ息子にその話をしてみると「小学校は佐賀だけでいい。2つも学校行くのは面倒だから」と言います。中学校に進学する長女に聞いても同様の返答です。

リビングで宿題をする小学6年生の長女。佐賀市の指定区域内の中学校への進学を希望している(撮影/唐松奈津子)

リビングで宿題をする小学6年生の長女。佐賀市の指定区域内の中学校への進学を希望している(撮影/唐松奈津子)

実は、私たちの二拠点生活も最初から全てが順調だったわけではなく、佐賀に引越して最初の半年ほどの間は、よく保育園の園長先生から長男の様子について話がありました。息子が移動中のバスの中でお友達を叩いたり、体操の時間にみんなで走っているときに前の子を押したりすることが頻発したのです。

園長先生から聞いたのは息子が「怒っているように見える。お母さんが仕事で東京に行って不在のときは、特にイライラしている様子」だということ。半年ほど経って息子の様子が落ち着いてきたことを園長先生と話したとき、「生活に慣れて、いつもの安心できる環境になったんでしょうね」と言われて、気付かされた思いでした。子どもにとっては“いつもの安心できる環境”が第一なのだな、と。

4月から小学校に進学する長男。佐賀でお気に入りの場所の一つ、佐賀県立図書館と併設する「こころざしの森」にて(撮影/唐松奈津子)

4月から小学校に進学する長男。佐賀でお気に入りの場所の一つ、佐賀県立図書館と併設する「こころざしの森」にて(撮影/唐松奈津子)

国も自治体も、そして親も「子どもの教育環境」を第一に

松岡さんに話を聞いたときにも印象的だったのは「子どもの教育環境が大切」という言葉が繰り返し使われたことです。また、篠田さんは「学級運営や他の子どもたちの学習環境にも影響するので、区域外就学も安易には認められない」と言っていました。

親としては生活の選択肢を増やす意味で、また子どもの将来にとって良かれと思って、二拠点生活に活用できる就学制度があれば、と思わずにいられません。実際、都会育ちの子どもが、デュアルスクールを体験し、かけがえのない経験や、自分の居場所はどこにでもつくれるという強い自信を得た、といった素晴らしい話も聞きます。一方で、二拠点生活を考える際に子どもの学校をどうするのか、本当に子どもにとって2つの学校に通うことが必要なのかどうかは、それぞれの家庭の事情にあわせて慎重に検討する必要があると感じました。

有明海の干潟でカニ探しをして遊ぶ長男。子どもに自然体験を増やしたいと考える人も多いだろう(撮影/酒井皓司)

有明海の干潟でカニ探しをして遊ぶ長男。子どもに自然体験を増やしたいと考える人も多いだろう(撮影/酒井皓司)

二拠点生活を始めた当時、小学4年生だった長女が転校して現在の小学校にすんなり馴染めたのも、既に顔見知りの同級生がいたことが大きいと思っています。実は、娘は東京・品川区の小学校に入学した6歳のころから4年間、毎年冬休みには佐賀の祖父母宅に一人で2週間ほど滞在し、現在の住まいの近所に住む子どもたちと一緒に遊んできたのです。

デュアルスクール制度、区域外就学制度、体験入学制度、親子留学制度など、二拠点生活の広まりに応じて活用できそうな就学制度が出てきました。また、コロナの今だからこそ、活用できる可能性もありそうです。

“子どもの教育環境”という簡単には答えの出ない問題だからこそ、まずは親子で休暇を利用して一時的に滞在してみる、「子連れワーケーション」を実践してみるなど、“試しに”から始めて子どもの様子を見るのも一手かもしれませんね。

●取材協力
・文部科学省
・東京都品川区
・佐賀県佐賀市

二拠点生活で小・中学校はどうする? コロナ禍で高まるニーズ受けて

コロナで2回目の緊急事態宣言が発令されて始まった2021年。今回は休校や休園などの事態は免れたものの、テレワークなどの新しい生活様式の推奨に伴って、郊外への引越しや地方移住、二拠点生活を検討する人が増えていると言います。

2019年から二拠点生活を始めて2年、小学校・中学校への進学を控える子ども2人を持つ筆者が、改めて二拠点生活の「学校どうするか」問題について考えます。

コロナで地方移住や二拠点生活の志向が高まっている!?

1月29日、総務省が2020年の住民基本台帳に基づく人口移動報告を発表し、東京都からの転出者が全国で唯一増加となったことが話題になりました。転出先は神奈川・埼玉・千葉の近隣3県が55%を占めることに。コロナの影響でリモートワークが普及し、都心から通勤圏内の郊外へ移り住む流れが進んでいると言われます。

また、リクルート住まいカンパニーが発表した調査でも同様の傾向が見られます。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を2020年1月と8月で比較した伸び率をランキングすると、伸び率1位となったのは中古マンションでは神奈川県三浦市、中古一戸建てでは千葉県富津市でした。さらにいずれもトップ5は都心から100キロメートル圏内の郊外エリアだったのです。2拠点生活意向者も2018年11月と比べ、2020年7月時点では13.4ポイント増加し、二拠点生活を志向する人が約2倍に増えていることを示しています。

『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査』と2020年7月実施調査の比較(左)。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を、2020年1月と8月で比較した際の伸び率をランキング化。赤が中古マンション 青が中古一戸建て(右)(資料/SUUMO編集部)

『デュアルライフ(2拠点生活)に関する意識・実態調査』と2020年7月実施調査の比較(左)。『SUUMO』の物件詳細閲覧数を、2020年1月と8月で比較した際の伸び率をランキング化。赤が中古マンション 青が中古一戸建て(右)(資料/SUUMO編集部)

二拠点生活をするとき、学校の選択肢は?

これまで二拠点生活の実現を阻むと言われてきた二大要素が「仕事」と「子どもの就学」でした。そのうち、「仕事」については、WEB会議システムをはじめとしたテレワーク化の流れによって、地方に住みながら今の仕事を続けられるかも、と二拠点生活をイメージできる人が増えたのではないでしょうか。

そして、もう一つの困難が「子どもの就学」問題です。二拠点生活をするときの通学形態には、いくつかの選択肢があります。公立の小・中学校に通学する場合、大体次の3つに分けられるでしょう。

1)いずれか主となる住所地に住民票と学籍を置き、その学校にのみ通学する
・現在の学校に引き続き通学
・転校する(親子留学制度などを利用する場合も含む)

2)デュアルスクール制度のある自治体(徳島県、長野県塩尻市、秋田県など)で区域外就学制度(後述)を活用し、都心部に住民票と学籍を置いたまま、地方の学校にも通学する

3)主となる住所地に住民票と学籍を置き、別拠点に滞在中はフリースクールや家庭教師など任意の教育で補う

山梨県や長野県に移住した友人からは、それらの県の一部地域で募集されている「親子留学」制度が、コロナによって問い合わせが増えていると聞きます。この親子留学制度も上の1)の住民票と学籍を移す形になります。

テレワーク普及の影響か、親子留学制度を活用しようと考える人も増えている様子(写真/PIXTA)

テレワーク普及の影響か、親子留学制度を活用しようと考える人も増えている様子(写真/PIXTA)

「区域外就学制度」が使える? 自治体や教育委員会に問い合わせてみた!

古くから各地方自治体には「区域外就学」の制度があります。これは具体的な事情が相当と認められる場合に、住民票と学籍のない自治体の公立学校に通うことが可能となる制度です。

実は、地方移住や二拠点生活などのニーズを反映し、2017年7月に文部科学省からこの区域外通学に関する通達が出されました。この通達には、「相当と認めるとき」に「地方への一時的な移住や二地域に居住するといった理由」も含まれることが記載されています。二拠点でこの制度を活用することに文科省のお墨付きを得ている、とも言えるこの通達ですが、文部科学省教育制度改革室の松岡将さんによると「実際の運用と認められるかどうかの判断は、各地方自治体の教育委員会の判断に委ねられている」と言います。

2017年7月に各都道府県・指定都市の教育委員会就学事務担当課長宛に通知された「地方移住等に伴う区域外就学制度の活用について」(画像/文部科学省)

2017年7月に各都道府県・指定都市の教育委員会就学事務担当課長宛に通知された「地方移住等に伴う区域外就学制度の活用について」(画像/文部科学省)

そこで、筆者は現在、東京の拠点である品川区と住民票を置いている佐賀県佐賀市にこの制度が活用できるかを尋ねてみることにしました! それぞれの自治体のホームページには、学期の途中で転出した場合などに加え、「その他教育委員会が特に必要と認めた場合」に区域外就学制度を利用できる旨の記載があります。

「コロナ」という“特別な事情”が、加味される可能性も

ところが、実際に各自治体に相談してみると、筆者のように1回あたり数日~1週間程度の滞在では申請が認められることは難しく、一つの目安として「一定期間(2~3週間程度)以上、居住していること」が必要であることが判明しました。

また、自治体によっては、主に海外赴任で一時的に帰国している場合などに、住民票がなくとも一定期間居住していることを条件に「体験入学」できる制度を設けているところもあります。この制度を活用する場合においても、居住期間2~3週間以上の場合の申請が一般的ということでした。

自治体によっては、海外からの一時帰国者を主な対象に「体験入学」制度を設けているところも(写真/PIXTA)

自治体によっては、海外からの一時帰国者を主な対象に「体験入学」制度を設けているところも(写真/PIXTA)

ただ、品川区学務課の篠田英夫さんによると「コロナによって区内に住む人から、地方の祖父母宅など一時的に他のエリアで子どもを通学させることができないか、といった相談が出てきている」といいます。

「『コロナのような特別な事情』があれば、受け入れ側の自治体との調整によっては可能になる場合もあるかもしれません。個別事情によって判断することになるので、詳細は各自治体や教育委員会などの窓口に相談してほしいと思います」(篠田さん)

意外と「デュアルスクール」を望んでいない子どもも!?

子ども2人がそれぞれ小学校、中学校に進学するのにともない、筆者の中では改めて“学校どうしよう”問題が湧き上がりました。特に1カ月に1~2回、3~7日ほどの東京・佐賀の行き来が日常になっていた長男には、区域外就学制度が活用できたらよかったのにな……という思いも拭えません。

ところが、いざ息子にその話をしてみると「小学校は佐賀だけでいい。2つも学校行くのは面倒だから」と言います。中学校に進学する長女に聞いても同様の返答です。

リビングで宿題をする小学6年生の長女。佐賀市の指定区域内の中学校への進学を希望している(撮影/唐松奈津子)

リビングで宿題をする小学6年生の長女。佐賀市の指定区域内の中学校への進学を希望している(撮影/唐松奈津子)

実は、私たちの二拠点生活も最初から全てが順調だったわけではなく、佐賀に引越して最初の半年ほどの間は、よく保育園の園長先生から長男の様子について話がありました。息子が移動中のバスの中でお友達を叩いたり、体操の時間にみんなで走っているときに前の子を押したりすることが頻発したのです。

園長先生から聞いたのは息子が「怒っているように見える。お母さんが仕事で東京に行って不在のときは、特にイライラしている様子」だということ。半年ほど経って息子の様子が落ち着いてきたことを園長先生と話したとき、「生活に慣れて、いつもの安心できる環境になったんでしょうね」と言われて、気付かされた思いでした。子どもにとっては“いつもの安心できる環境”が第一なのだな、と。

4月から小学校に進学する長男。佐賀でお気に入りの場所の一つ、佐賀県立図書館と併設する「こころざしの森」にて(撮影/唐松奈津子)

4月から小学校に進学する長男。佐賀でお気に入りの場所の一つ、佐賀県立図書館と併設する「こころざしの森」にて(撮影/唐松奈津子)

国も自治体も、そして親も「子どもの教育環境」を第一に

松岡さんに話を聞いたときにも印象的だったのは「子どもの教育環境が大切」という言葉が繰り返し使われたことです。また、篠田さんは「学級運営や他の子どもたちの学習環境にも影響するので、区域外就学も安易には認められない」と言っていました。

親としては生活の選択肢を増やす意味で、また子どもの将来にとって良かれと思って、二拠点生活に活用できる就学制度があれば、と思わずにいられません。実際、都会育ちの子どもが、デュアルスクールを体験し、かけがえのない経験や、自分の居場所はどこにでもつくれるという強い自信を得た、といった素晴らしい話も聞きます。一方で、二拠点生活を考える際に子どもの学校をどうするのか、本当に子どもにとって2つの学校に通うことが必要なのかどうかは、それぞれの家庭の事情にあわせて慎重に検討する必要があると感じました。

有明海の干潟でカニ探しをして遊ぶ長男。子どもに自然体験を増やしたいと考える人も多いだろう(撮影/酒井皓司)

有明海の干潟でカニ探しをして遊ぶ長男。子どもに自然体験を増やしたいと考える人も多いだろう(撮影/酒井皓司)

二拠点生活を始めた当時、小学4年生だった長女が転校して現在の小学校にすんなり馴染めたのも、既に顔見知りの同級生がいたことが大きいと思っています。実は、娘は東京・品川区の小学校に入学した6歳のころから4年間、毎年冬休みには佐賀の祖父母宅に一人で2週間ほど滞在し、現在の住まいの近所に住む子どもたちと一緒に遊んできたのです。

デュアルスクール制度、区域外就学制度、体験入学制度、親子留学制度など、二拠点生活の広まりに応じて活用できそうな就学制度が出てきました。また、コロナの今だからこそ、活用できる可能性もありそうです。

“子どもの教育環境”という簡単には答えの出ない問題だからこそ、まずは親子で休暇を利用して一時的に滞在してみる、「子連れワーケーション」を実践してみるなど、“試しに”から始めて子どもの様子を見るのも一手かもしれませんね。

●取材協力
・文部科学省
・東京都品川区
・佐賀県佐賀市

孤独死の増加で「遺留品処分」問題への危機感高まる

賃貸に住む一人暮らしの人が亡くなった後の遺留品の処分について、親族と連絡が取れず、多額の費用や時間・手間がかかることや相続権によるトラブルなどで撤去が難しいことが問題になっています。実際にどのような問題が起こっているのか、また孤独死の現状や遺留品処分の最適な解決方法とは?

「この問題に対して非常に危機感をもっている」という、単身者の自立や生活支援のサポートなどを行うNPO法人、抱樸(ほうぼく)の奥田知志さんにお話を聞きました。

単身世帯の増加で「孤独死」が年々増えている!

長寿化や核家族化の影響で単身世帯が増え、それにともない孤独死の件数も年々増えています。また、一般的に「孤独死」という言葉を聞くと身寄りのない高齢者をイメージしますが、奥田さんによると60歳以下の孤独死も増えているそうです。

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

「東京都の監察医務院の調査では、東京23区で65歳以上の孤独死は2015(平成27)年時点で3127件にのぼります。調査が開始された2003(平成15)年時点で1451件ですから、12年の間で2倍以上になっているのです。

また、全年代の一人暮らしの死亡者数のうち60歳以上の高齢者の割合が6割以上になりますが、逆に言えば、4割に近い割合で60歳未満の人がいるということです」(奥田さん、以下同)

お話を聞かせていただいた抱樸の理事長、奥田知志さん(画像/抱樸)

お話を聞かせていただいた抱樸の理事長、奥田知志さん(画像/抱樸)

東京都23区内における一人暮らしの人の自宅での死亡者数と年代別割合(日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」(2019年)より抜粋)

東京都23区内における一人暮らしの人の自宅での死亡者数と年代別割合(日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」(2019年)より抜粋)

一人で亡くなった人のうち10%程度は40代、15%以上が50代と聞くと、40代の筆者はドキッとしてしまいます。万一、自分が単身になったとき、頼ることができる公的なサポートなどはあるのでしょうか。

「単身者、特に住宅の確保に支援が必要な人をサポートする機関としては居住支援法人があり、その主な仕事は次の3つです。1つ目は住宅と住宅を必要としている人とを”マッチング”すること、2つ目が家賃を滞りなく支払うための”債務保証”、3つ目が”生活支援”です。

マッチングや債務保証はすでに不動産業や賃貸保証会社など、ビジネスとしても社会的な体制が確立していますが、生活支援において、特に”死”にまつわる看取り・葬儀・死後事務などはこれまで“家族の仕事”とされてきました。そのため、身寄りのない人が死に直面したときに家族機能の代わりになるものが十分に整備されていない現状があります」

孤独死で困ることの1つが「遺留品処分」

たしかに、もし家族がいないと考えると、自分の看取りや葬儀、死後事務を一体誰に頼んでおけばいいのか、分かりませんね……。住まいについて言えば、大家さんに対応してもらうようなことも生じるのでしょうか。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

遺留品の処分が大きな問題に(写真提供/抱樸)

遺留品の処分が大きな問題に(写真提供/抱樸)

「大家さんにとってまず必要なこととして考えられるのが“家賃や共益費の滞納分を誰に払ってもらうのか”ということと“原状回復をどうするのか”の2つだと思います。ご存じの通り住居内で死亡された場合、その住居は”事故物件”として扱われ、しばらくの間、入居者の募集が厳しくなります。

よく孤独死の問題として取り上げられるのはその2つですが、見落とされがちなのが”残置物・遺留品の処分”です」

実際に私も家族のいない人が亡くなった場合、その人が残した物を誰がどのように処理していくのか想像がつきません……。

「日本少額短期保険協会が行った調査では、孤独死の際に大家さんに生じた損害額が明らかになっています。原状回復にかかった費用の平均が約36万円ですが、残置物処理にも平均で約21万円程度かかっているのです」

日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」より抜粋

日本少額短期保険協会「第4回孤独死原状レポート」より抜粋

大家さんの管理次第で、遺族から訴えられることも

21万円! それは大家さんにとっても大きな負担です。さらに奥田さんは、残置物処理については費用の問題だけではなく、相続の権利が最もトラブルになる原因だといいます。

「相続人がはっきりしない場合でも、第三者である大家さんが亡くなった人の物を勝手に処分をすることはできません。それは使い古した家財道具など財産としての値打ちがほとんどないものでも同じです。そのため、相続人が見つからない場合、大家さんが家庭裁判所に申し立てをすることで相続財産管理人を選任する制度があります。ところが、この制度を利用するには、与納金として80万~100万円が必要です。また最終的に遺留品を国庫に引き継ぐまで平均で10カ月程度を要するため、その間の残置物の保管や管理・運搬費用も、大家さんにとっては大変な負担となります」

相続財産管理人選任のフロー。予納金が必要なうえ、国庫に引き継ぐまで10カ月程度かかるなど、大家さんの負担は重い(画像提供/三好不動産)

相続財産管理人選任のフロー。予納金が必要なうえ、国庫に引き継ぐまで10カ月程度かかるなど、大家さんの負担は重い(画像提供/三好不動産)

さらに奥田さんによると、実際に、ある不動産会社がオーナーの物件で、遺族に残された相続権がもとでトラブルになった事例などがあるといいます。

「一人暮らしの人が亡くなり、会社の倉庫で残置物を管理していたのですが、遺族が見つからず半年ほど経過したタイミングで処分をしたそうです。ところが、その後に現れた遺族が、財産を無断で遺棄したとして不動産会社に対して訴訟を起こしました。残置物の中には、思い出の品など値段を決めにくいものもあり、賠償金の請求は500万円近くにもなったそうです」

現在の法律では、本人が亡くなる前に死後の処分を承諾していただけでは財産の相続権はなくなりません。奥田さんは「一定の期間をもって公的な管理に移行することが法改正等によって認められない限り、残置物処理の問題は解決しないだろう」と言います。

法や政治が行き届かない部分を埋める、NPOの取り組み

このように現在、残置物処理の問題は本質的な解決が非常に難しい状況にあります。国会では既に遺留金について質疑がなされていたり、2017年1月には国土交通省が全国の都道府県に対して公営住宅で亡くなった単身者の残置物への対応方針を策定するよう通知したりしています。けれども、民間賃貸住宅について実行力のある法改正が行われるにはまだまだ時間がかかりそうです。

そうした国や自治体の法制度が行き届かない“穴”を埋めるべく、抱樸では独自で自立のサポートや互助の仕組みを設けています。

「抱樸の自立生活サポートセンターでは、ホームレスの方を中心に自立、介護、そして最後の看取りまでサポートしています。

抱樸では、自立支援住宅の提供などを通じて、「ハウス=経済的貧困」と「ホーム=社会的孤立」の両面から支援をしている。写真はお弁当配布時の様子(画像/抱樸)

抱樸では、自立支援住宅の提供などを通じて、「ハウス=経済的貧困」と「ホーム=社会的孤立」の両面から支援をしている。写真はお弁当配布時の様子(画像/抱樸)

また、亡くなった後にお葬式をやってくれる家族がいない人のために、月500円で入会することができる互助会も運営しています。万一のことがあったときには、互助会が家族の代わりにお葬式を執り行うのです。家の片付けや遺留品の処分は、ボランティアの人たちで行います。それでもやはり、処分後に遺族が現れて相続権を主張されるようなことがあれば、トラブルになりかねないでしょうね」

身寄りのない人を家族に代わって葬儀を行ったりする活動もしている(写真/抱樸)

身寄りのない人を家族に代わって葬儀を行ったりする活動もしている(写真/抱樸)

単身者でも安心して住み続けられる未来のために

これらの問題を解決して、単身者の人でも安心して住み続けるためにはどのようにすればいいのでしょうか。改めて奥田さんの考えを聞きました。

「現在、行政で行われている空き家の撤去や休眠預金の活用等は本来、個人の財産であるものを公共性の観点から行政が手を入れられるように法制度を改定したものです。同様に残置物についても同じような手続きが取れるようにしないと、関連するさまざまな問題が放置されたままの状態になります。

多くの人にとって他人事ではなく、この問題に関心をもってもらい、国や自治体の具体的な施策につながることを望みます」

たしかに奥田さんのいう通り、訴訟リスクや処理費用の負担を大家さんだけに委ねている現状では、単身者に家を貸したくないと考える大家さんは少なくないでしょう。この状態が続けば、現在でも住宅の確保が難しい身寄りのない人や高齢者、障がい者、外国人などの人たちが一層困窮する可能性があります。

特に家族のいない単身者であれば、住む場所を失ってさらに孤立を深めることになりかねません。残置物の問題は単体の問題だけではなく、住宅確保や生活保護の問題にも、影響していく可能性があるのですね。

単身者、つまり「ひとり暮らし」になる可能性は誰にとっても無縁ではないでしょう。実際に私も将来、親がどちらか亡くなってしまったら、兄弟や子どもと疎遠になってしまったら、と考えると自分や家族のことが不安になります。

将来の不安を払しょくするために私たちができることは、まずは現在起こっている問題に興味をもち、市民として有権者として積極的に声を上げることかもしれません。

●取材協力
・抱樸

下町のNEWスポット「東京ミズマチ」のおすすめショップ&周辺散歩

「東京ミズマチ」は、下町観光を代表する浅草と東京スカイツリー・ソラマチを結ぶ新スポットです。隅田川沿いを散策しながらランチやショッピングが楽しめると注目されているんですよ。そこで今回は、東京ミズマチのおすすめショップをご紹介。お出かけついでに、周辺の散策スポットにも立ち寄ってみませんか?
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タダ同然の空き家も引く手あまた!? 「家いちば」から空き家問題の新提案

立地が不便だし、ボロボロでタダ同然でも売れない、親類の空き家が重荷となっている……。
「空き家」が社会問題となってずいぶん経ちますが、売主さんの不安や負担、事情を聞くと、簡単には解決できないことが多くあります。そんな物件にストーリーを付与することで、売買を可能にしている企業があります。

空き家問題解決の新しい糸口を探るべく、不動産を売りたい人のための掲示板サイト「家いちば」を運営する藤木哲也さんにお話を聞きました。

住宅の売買に専門家はいらない!? 先入観を取り払うサービスお話を聞かせていただいた家いちばの代表取締役・藤木哲也さん(写真提供/藤木さん)

お話を聞かせていただいた家いちばの代表取締役・藤木哲也さん(写真提供/藤木さん)

家いちばでは、空き家などの不動産を「セルフセル方式」で売買しているとのこと。セルフセル方式とは一体どんな販売方式なのでしょうか。また、なぜそのような形態で不動産売買サービスを提供しようと考えたのでしょうか。

「セルフセル方式とは、不動産を売りたい人が自分で販売活動を行うスタイルのことです。通常、不動産の売買をするときには、仲介会社が販売活動や見学の調整を行いますが、家いちばでは、売主さんが自分で家いちばのサイトに物件画像や説明文を掲載します。その後も購入検討者の方と直接、見学日程の調整や条件交渉を行ってもらいます。僕たちは最終段階で本当にプロが入るべき業務のみ、例えば物件の調査や重要事項の説明など、契約のサポートを中心に行うようにしています」(藤木さん、以下同)

従来の不動産売買と異なり、家いちばでは売り手と買い手が直接交渉を行い、宅地建物取引士の手が入るのは最終段階が中心になる(撮影/唐松奈津子)

従来の不動産売買と異なり、家いちばでは売り手と買い手が直接交渉を行い、宅地建物取引士の手が入るのは最終段階が中心になる(撮影/唐松奈津子)

このスタイルに行き着くまでに最も大きな影響を与えたのが、日経BP社が国土交通省の補助を受けて実施した、「既存住宅流通市場活性化に関する実証実験」だそうです。

「売却希望者・購入希望者を集めてワーキンググループなどを行ったのですが、そこで僕が強く感じたことは『不動産を売りたい人、買いたい人は、国などが想定しているほど専門家の意見やサポートを必要としているわけではなかった』ということでした」

不動産の売買にはさまざまな法律や制度が絡みます。だから専門家の手が必要だ、という先入観を取り払い、売主さんが自分で調べたり、学んだりできるように促す、それがセルフセル方式なのですね。

不動産について「自分で調べる、学ぶ」という経験が価値になる

このように家いちばでは、専門家の知識と経験が絶対に必要になる”物件調査”と”契約”以外の過程は、できる限り売りたい人・買いたい人本人たちに任せているそうです。

「一般に、不動産を売却する人や、そのサポートをする不動産仲介会社は、いかに早く、高く売るかということを考えています。しかし、田舎の空き家や遊休不動産を扱っている中で多く出会ったのは、『売れるかどうかも分からない』『タダでもいいから安心できる人にもらってもらいたい』という売主さんたちの言葉で、決して早く・高くだけのニーズではないということでした。同じように買う人も『ボロボロの家屋は取り壊して、更地になったら買いたい』という人ばかりではなく、今あるものでこれからどうやって工夫して活用していこうかという発想を持っている人も多かったのです。

「家いちば」の掲示板の一例

「家いちば」の掲示板の一例

それらの取引を通じて僕が感じてきたのは『売りたい人も買いたい人も“賢い”』ということです。例えば、売主さんによっては、買主さんとコミュニケーションを取るなかでローンの選び方やどうすれば審査が通りやすいか、この物件にはどの商品がオススメか、といったことまでお話できる方がいます。それはそうですよね。購入されるときには、実際にご自身がさんざん真剣に悩んで、比較検討をしてローンを組んできたわけですから、情報収集や知識の習得に対する本気度が違います。

売主さんから質問をもらったときも、僕たちは自ら答えるのではなく例えば『役所の都市計画課に聞くと教えてくれますよ』などと話します。自分で調べたり学んだりすることでそれが知識となり、不動産売却の経験、自分で売ることの醍醐味になるんです」

「まるで面接かオーディション」。売り手が納得できる仕組み

売り手の本気度は、売りたい物件を掲載するとき、案内や交渉の過程でも見ることができます。

「森林や畑を含む1万平米近くの土地に、母屋や離れ、蔵、車庫などがある豪邸を相続した母娘がいました。広大な土地と建物の維持管理が大変なものであることを痛感していた母娘は、それを理解して永続的に管理ができる人を求めていました。多くの問い合わせや内見に対応するなかで、二人は『購入者に求める人物像』をまとめたのです。

物件ページには、『近所の方とうまくお付き合いのできる方』『長期的に山林などを保存、維持管理、活用が可能な方』『建物の大規模な改修をせず、天井の丸太の梁やふすまなど昭和の風情を残しながらお使いくださる方』などの項目を明記。応募フォームも自分でつくり、購入希望者が購入後の利用予定や森林等の維持管理計画まで書くものになりました。まるで面接かオーディションですよね」

売主さんが思いやストーリーを十分に記載することができ、購入希望者との直接のやり取りを通じて、心から納得して売却できることもセルフセル方式の魅力のひとつかもしれません。

「結果的に、こちらの物件は広い土地を有効に使って活動したいという法人へ売却が決まりました。住宅はもちろん、森や畑も有効に使う計画で、将来的にどんな状況になっても窓口となる役員が個人で引き継いでいくという強い意思を確認できたことで、二人は安心して売却されたのです」

「買ってから考える」もアリ! 不動産購入の可能性が広がる

一方、買主さんにとって家いちばで物件を購入することの最大の魅力は、その価格の手ごろさです。掲載されている空き家の中心価格帯は100万円前後、場合によっては0円物件もあります。当然、価格が安いからにはそれだけの理由、例えば通常の住居としては使いづらい、かなり手を入れる必要があるなどの難点があるものですが、そのような物件をお試しとして用途が未定のまま購入する人も多いといいます。

温泉が出るリゾートマンションの1室が80万円で売られているケースも。(管理費と温泉使用料は別途1万7800円/月)(写真提供/家いちば)

温泉が出るリゾートマンションの1室が80万円で売られているケースも。(管理費と温泉使用料は別途1万7800円/月)(写真提供/家いちば)

「別荘やセカンドハウス、あるいは『遊びの拠点』として比較的軽いノリで購入されますね。なかには『何に使うかまだ決まっていない』『買ってから考える』という人もいます」

購入された物件が何に使われるのかは、買主さんによって本当にさまざまな様子。藤木さんにとって印象的だった事例を聞くと「廃墟となったガソリンスタンドをバイク置き場として購入した人」だそうです。

「茨城県の霞ヶ浦湖畔で50年以上前に建てられたガソリンスタンドが廃業し、10年以上放置されていました。老朽化は激しく、地下タンクを処分するのに土壌汚染が懸念されるため、一般の不動産流通にも乗せられない。解体に数百万円はかかるといわれてお手上げ状態でした。そんな物件を購入され、お手持ちのバイクを数十台搬入されたときにはそんな使い方もあるんだ! と本当に驚きました」

廃業したガソリンスタンドを(写真提供/家いちば)

廃業したガソリンスタンドを(写真提供/家いちば)

バイク置き場に(写真提供/家いちば)

バイク置き場に(写真提供/家いちば)

売る人と買う人、双方が幸せになって社会問題も解決!

さらに藤木さんは「活用されない低利用不動産が新たな持ち主によって中利用不動産、高利用不動産となることは、地域の人や街にとってもいい影響を与える」と考えています。

そのまま民泊を始められるくらい、すでに整備された物件も(写真提供/家いちば)

そのまま民泊を始められるくらい、すでに整備された物件も(写真提供/家いちば)

「家いちばで物件を購入した人の中には、複数の物件を購入して、将来的には民泊を経営したり、その街の活性化に寄与したいと考えている人も少なくありません。安い物件を買えば、安い賃料で展開できるため、低所得層など、住宅の確保が難しい人にも賃貸できます。なかには一般の人でも運用のプロのような人もいますが、空き家問題をはじめとする社会問題をどうにか解決したい、という想いで購入する人もいるんです」

複数の物件を購入したり、社会問題の解決を目指したり、といったことが可能になるのは「低価格」の物件ならではでしょう。一方で「安かろう、悪かろう」の言葉のように、当然、安いからには何かしらの理由があってそこに不安を感じる人も多くいるのではないのでしょうか。

「だから、僕たちプロがいます。不動産売買をする人が求めているのは専門家ではない、と言いましたが、求めているのは『安心』です。物件調査を念入りに行い、物件のもつデメリットもしっかり納得したうえで売る人、買う人、そして社会全体が満たされたものになればと思います」

藤木さんの「売れる値段で売るという、市場の原理に任せればいい」の言葉の通り、いま、家いちばでは毎日1物件に数十件の問い合わせが入っており「掲載する空き家が足りない」状態だといいます。将来的にどんどん増え続けるといわれる空き家が、売主さんも買主さんも心から満足できる取引を経て活用され、社会問題の解決にもつながるとすれば、こんなに素晴らしいことはありません。そのために重要なことは「自分で売る」「自分で学ぶ」「自分で見極めて買う」覚悟なのかも……と、家いちばのセルフセル方式から垣間見たように思います。

記事では書ききれなかったユニークな活用事例の数々が家いちばの書籍『空き家幸福論』(11月20日発刊)には掲載されていました。自分がとことん納得できる形で不動産売買を実現した先輩たちの事例を知ることも、自分で学ぶことの一歩かもしれません。

『空き家幸福論』(日経BP)●取材協力
藤木哲也(ふじき・てつや)さん
家いちば株式会社代表取締役CEO。1993年、横浜国立大学建築学科卒。ゼネコンで現場監督、建築設計事務所で設計、住宅デベロッパーを経て、不動産ファンド会社にて不動産投資信託やオフィスビル、商業施設などの証券化不動産のアセットマネジメントに携わる。豪ボンド大学のビジネススクールにてMBA(経営学修士)を取得後、2011年に家いちばの前身となる不動産活用コンサルティング会社、エアリーフローを設立。15年に「家いちば」サイトをスタート、19年、家いちば設立
『空き家幸福論』(日経BP)
・家いちば

大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

日蓮宗の大本山「池上本門寺」が13世紀に建立されて以来、門前町としてにぎわってきた東京都大田区池上。2019年ころから、地域の持続的な発展を推進する「池上エリアリノベーションプロジェクト」が進行中で、歴史ある街の各所に新たな感性が芽吹いている。大田区と共同で同プロジェクトに取り組む東急株式会社の磯辺陽介さんの案内で、魅力を増す池上の街歩きをしてみよう!
街リノベは目的ではなく手段、プロジェクトで池上のポテンシャルを引き出す

3両編成の電車がコトンコトンと行き交う東急池上線。五反田と蒲田という二つの繁華街を繋いでいるにも関わらず、沿線はローカル感が漂う。もともと池上本門寺の参拝客のために生まれた路線で、池上はその中心的存在だ。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年7月に生まれ変わった池上駅構内には、木がふんだんに使われ、電車を降りると木の香りがする。池上本門寺の参道に繋がるようなイメージでデザインされたという自由通路を抜け、駅北口から池上本門寺方面に向かおう。駅前には、池上名物・くず餅の老舗「浅野屋 」が店を構える。

「池上は、くず餅発祥の地とも言われていて、老舗のくず餅屋さんが何軒もあるんですよ」と磯辺さんが教えてくれた。池上が地元の方には当たり前の風景かもしれないが、コンパクトなこの街の中に数百年続くお店が点在しているのは、すごいことではないだろうか。

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

「池上は「池上本門寺」に約700年寄り添ってできた街です。もともと街はありますし、 “まちづくり”という単語がおこがましいと思っているんですが……」と磯辺さんは前置きしつつ、「『池上エリアリノベーションプロジェクト』は、人や場所、歴史、文化などの地域資源を、再発掘・再接続・再発信によって活かすまちづくりの取り組みです」と説明してくれた。

2017年3月、池上で東急主催のリノベーションスクール(※)を実施したことをきっかけに、プロジェクトが始動した。数ある東急線沿線の街の中から池上を選んだ理由を尋ねると、「池上駅をリニューアル予定だったこともあるのですが、池上のヒューマンスケールというか、こぢんまりとしていて血が通っている感じが、リノベーションスクールの世界観と合いそうだと感じたんです」と磯辺さん。

※全国各地で開催される、まちなかに実在する遊休不動産を対象とし、エリア再生のためのビジネスプランを提案し実現させていく実践型スクール

場をつくって終わりではなく、まちづくりに取り組む人をサポート池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

磯辺さんの案内でまず訪れたのが、「SANDO BY WEMON PROJECTS(サンド バイ エモン プロジェクツ、以下SANDO)」。池上エリアリノベーションプロジェクトの一環として誕生した、“コーヒーのある風景”をコンセプトに活動するアーティストユニット「L PACK.(エルパック)」と、建築家の敷浪一哉さんが運営する、カフェでありプロジェクトの拠点だ。

「『SANDO』のことを普段僕らは、“カフェを装っている”と言っているんです」と磯辺さん。どういうことか尋ねると、「お客さんとの会話から地域資源を見つけたり、外から訪れた人とマッチングをしたり、カフェ以外の役割も担っているんです」という答えが返ってきた。

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」は、東急と大田区による街づくり勉強会の会場にもなっている。ウィズコロナや事業継承などをテーマに、ゲストを招き、参加者である若手事業者へヒントや気づきの場になればと不定期に開催。場をつくって終わりではなく、池上エリアが持続的に発展するためのサポートの在り方を模索しているそう。

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」開始からわずか約1年半にも関わらず、すでにリノベーション物件が3事例開業。「ここまで早く事業が動いたのは、池上が歴史ある街であることが大きいのでは」と磯辺さんは分析する。続いてはその3事例を見せてもらおう。

多才な夫婦が目指す、地域と人とが繋がる拠点「つながるwacca」

1軒目は「池上本門寺通り商店会」を進んで、「つながるwacca」へ。介護福祉士の社交ダンサー・井上隆之さんと、管理栄養士のヨガインストラクター・千尋さん夫妻が運営する多目的スタジオだ。

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

地場の不動産会社が所有するスペースを題材に、街への思いを持つ開業希望の人たちとマッチングさせる企画「KUMU KUMU」に、自分・人・地域がつながる場として井上さん夫妻が提案。大人向けはもちろん赤ちゃん と一緒にできるヨガをはじめ、食イベントや親子カフェマルシェなどが行われている。

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

2020年春に開業予定だったが、コロナの影響で8月に延びた。それでも「その分ゆっくりしたペースで準備を積み上げられたかな」と隆之さん。「夫がポジティブなので私も前向きになれました」と千尋さんも笑う。

とにかく笑顔が素敵なお二人で、話しているとこちらも気持ちが明るくなる。そんな井上さん夫妻の元にふらっと集まるご近所さん同士が、自然と繋がれる、そんな空気感に包まれた場だ。

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

池上愛が偶然マッチして生まれたシェアスペース「たくらみ荘」

続いては、池上本門寺通り商店会の一本お隣、池上本通り商店会の乾物店「綱島商店」2階に入る「たくらみ荘」。探究学習塾を軸としたシェアスペースだ。新しい学びをプロデュースするa.school(エイ スクール)が運営している。

誕生のきっかけは、先ほどご紹介した「SANDO」が発行するフリーペーパー「HOTSANDO」の別企画で「綱島商店」を取材したことから。プロジェクトについて話す中で、「綱島商店」の方が「実はうちの2階が空いているから、街のためなら」と空間を提供してくれたのだそう。

(画像提供/東急)

(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「SANDO」の一角で時折開講していたしていたエイスクールが、池上で本格出店を検討していたところ、条件がマッチ。ある職業になりきりってさまざまなプロジェクトに取り組む「なりきりラボ」や仕事で使われる 生きた算数を学ぶ「おしごと算数」といった街を題材にした小学生向けの授業を中心に、多世代が学ぶ機会を提供している。

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

本を媒介にした社交の場「ブックスタジオ」

最後に訪れたのは、呑川沿いの「ブックスタジオ」。池上に本屋がなかったことからつくられたシェア本屋で、本棚の一枠分をそれぞれひとつの小さな本屋と見立て、各棚店主が当番制のような形で店番も担当し運営にも関わる 仕組みだ。

池上エリアリノベーションプロジェクトでは、本を媒介にした地域の交流促進の場をつくろうと、吉祥寺にある「ブックマンション」でこのシステムを運営していた中西功さんに協力を依頼。
「ブックスタジオ」は、同時期に 立ち上げの動きがあった、「ノミガワスタジオ(ギャラリー&イベントスペース)」のコンテンツのひとつとしてオープンした。

ノミガワスタジオは、動画配信スタジオ「堤方4306」とランドスケープデザイン設計事務所「スタジオテラ」 の共同事業。堤方4306の安部啓祐さんとスタジオテラの石井秀幸さんが、「ブックマンション」の趣旨に賛同したために、マッチングに至った。

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて     本     を     セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて 本 を セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年9月にオープンして、取材日時点では約2カ月が経過したところ。金・土曜日の週2回しか営業していないにも関わらず、40ある本棚の半分ほどが埋まり、すでにリピーターの姿が見受けられた。

「コロナの影響で準備期間が延びたんですけど、その間、お店の前を通る方が“ここはなんぞや”と気になっていてくれたようで」と、石井さん。客層は、お散歩されている年配の方がふらっと訪れたり、親子が中でゆっくり過ごしたりというのが多いそう。無料で気軽に利用することができるのが魅力だ。

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

「店番を担当している店主さんは、テーブルを使って展示や販売、ワークショップなど1DAYギャラリーとして利用していただけることもあって、本以外の表現の場となって楽しんでくれているんじゃないですかね 」(石井さん)

安部さんも「僕らは本業のデザイン、動画配信、建築設計事務所の傍「ブックスタジオ」を運営しています。100%営利目的での運営ではないことが、ここの空気感に繋がっているのかもしれません。また、長く続けられるように、自分たちもなるべく無理をしないように心がけています。合言葉は“無理をしない”です」と話す。

「ブックスタジオ」そして運営の皆さんもすっかり街に溶け込んでいて、インタビュー中も通りかかる人々から次々と声を掛けられていた。

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」にとても影響を受けたと話す石井さん。仕事でいろんな街の地域交流の場をつくったりしているものの、自分が住む街は平和で問題ないと思っていたというが、「住む街が楽しかったらもっといいんじゃないのと最近は思うようになりました。コロナ禍の影響と相まって、例えば街の歴史を学んだり、お店を開拓したりして”自分の街の解像度”をどう上げていくか、楽しさが長く続く方法などを同時に考えるようになって。磯辺さんたちは池上にどんな人がいるかというのを顕在化してくれていると思うんです。困ったらあの人と繋がろうかなと思えますし、この街で暮らす楽しさが増しました」

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

訪れた先々で感じたのは、利用者が子どもからお年寄りまで世代に偏りがなく、「池上エリアリノベーションプロジェクト」が幅広い層に受け入れられていること。ぽっとできた新しいものではなく、街の資源をパッチワークしてつくられたお店や施設なので、池上の人々に馴染んでいるのだと感じた。

そして何より重要なのは、街を想う人々の存在。紹介した「池上エリアリノベーションプロジェクト」のリノベーション事例以外にも、池上には街を愛する人々による古民家カフェなど 個性豊かな店が存在している。休日にふらりとまち歩きをしてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・東急株式会社/大田区
・池上エリアリノベーションプロジェクト
・SANDO
・つながるwacca
・ノミガワスタジオ

保護猫と暮らす三軒茶屋の「サンチャコ」。地域と人とを結ぶ新しい暮らし方

ワーキングスペースとレンタルスペース、賃貸住宅からなる複合施設「SANCHACO(サンチャコ)」。飲食営業可能なレンタルスペースを除いて保護猫が施設内を歩き回わり、住民や地域の人々が触れ合っている光景に、思わず笑顔になる場所だ。オーナーであり、全国でまちづくりや地域活性化のプロジェクトに携わる東大史(あずま・たいし)さんの発想から実現した。保護猫を軸とした本施設を手掛けたきっかけなどを伺った。
ネコファースト! 保護猫をハブに地域コミュニティを維持

「サンチャコ」があるのは、東急田園都市線「三軒茶屋」駅から歩くこと5分ほどの、にぎやかな大通りから一本入った路地。ローカル感が色濃い東急世田谷線の「西太子堂」駅にもほど近く、のどかな雰囲気だ。

三軒茶屋駅付近(写真/PIXTA)

三軒茶屋駅付近(写真/PIXTA)

「サンチャコ」の外観。防火規制区域内のため、木造耐火建築物として建てられた(画像提供/チームネット)

「サンチャコ」の外観。防火規制区域内のため、木造耐火建築物として建てられた(画像提供/チームネット)

「三宿のあたりに軍の拠点が置かれた明治時代から、三軒茶屋では商店街が形成され、自動車が普及する前から市街地化していました。そのため道路幅が狭く、個性的な個人店舗が多いのが特徴です。再開発によって画一的で無個性な、人々が交流できなくなっている街が増えているなか、三軒茶屋では地域コミュニティを保てるよう、ここに代々土地を継いできた者として何ができるか考えた結果が『サンチャコ』でした」と東さん。自身が生業としてきた地域資源を活かす活動と、大好きな猫とを掛け合わせた事業を実現した。

social inclusion(ソーシャル・インクルージョン=社会的包容力)、sensuousness(センシャスネス=審美性)、sustainability(サステナビリティ=持続可能性)の3つのSをキーワードに、猫の幸せ・人の幸せ・地域コミュニティの幸せを結びつける場所にしたいと話す。

エントランスに猫のあしあと。ほかにも猫モチーフが施設のいたるところに(写真撮影/片山貴博)

エントランスに猫のあしあと。ほかにも猫モチーフが施設のいたるところに(写真撮影/片山貴博)

“猫の幸せ”を実現するために、「サンチャコ」では保護猫の譲渡を軸に活動を行っている。取材をした2020年10月時点で、3匹の保護猫が居住。飼い主が亡くなってしまった近隣の猫たちで、サンチャコに来るまでは近所の方がお世話をしていたそう。猫たちがサンチャコに引越してからも、その方が猫当番のひとりとしてサンチャコを訪れていて、居住者をはじめ、自然と地域交流が生まれている。

オーナーで自身も保護猫を飼う東大史さん(右)と、建築プロデュースをしたチームネット代表の甲斐徹郎さん。東さんに抱かれているのは、16歳の長老、三毛猫のミーちゃん(写真撮影/片山貴博)

オーナーで自身も保護猫を飼う東大史さん(右)と、建築プロデュースをしたチームネット代表の甲斐徹郎さん。東さんに抱かれているのは、16歳の長老、三毛猫のミーちゃん(写真撮影/片山貴博)

1階はものづくりの拠点と譲渡会などイベント会場に

「サンチャコ」は木造3階建て。1階がワーキングスペースとレンタルスペース、2・3階が賃貸のメゾネット住宅というつくりだ。保護猫が主に過ごすのは、1階奥の共用スペース「にくきゅう」とワーキングスペース「neco-makers」。猫たちが脱走しないように入口を古民家で使われていた建具で二重に囲ったり、猫たちがリラックスできるよう床には奥多摩産の木材を敷いたりと、工夫されている。

棚から来客の様子を伺うハチワレのハナちゃん。共用スペースの棚などはDIYで制作。「三軒茶屋は商店が元気な街で、近所に木材屋や金物屋などがあるんです。DIYのワークショップなどで、その街の文化を伝えていけたら」と東さん(写真撮影/片山貴博)

棚から来客の様子を伺うハチワレのハナちゃん。共用スペースの棚などはDIYで制作。「三軒茶屋は商店が元気な街で、近所に木材屋さんや金物屋さんなどがあるんです。DIYのワークショップなどで、その街の文化を伝えていけたら」と東さん(写真撮影/片山貴博)

ワーキングスペースは、2021年度からのオープンに向けて準備中。一般の人も利用できる会員制で、現在会員を募集している。高機能ミシンやレーザーカッターなどが設置される予定だ。「ものづくり拠点としてここにクリエイティブな人たちが集まり、猫好き同士の異業種コラボからさまざまなプロジェクトが生まれて、三軒茶屋の街に『サンチャコ』のコンセプトが広がってくれることを期待しています」(東さん)

そのほか、譲渡会や猫の飼い方教室などの猫に関するイベント、DIYをはじめとした各種ワークショップなどを構想。譲渡会では、10歳を超えたシニア猫にも出会う機会を設けていきたいという。

ワーキングスペースで毎月開催される「SANCHACO茶会」の様子。まちづくりや地域活性化、保護猫にちなんだゲストを迎えて意見交換などが行われる(写真撮影/片山貴博)

ワーキングスペースで毎月開催される「SANCHACO茶会」の様子。まちづくりや地域活性化、保護猫にちなんだゲストを迎えて意見交換などが行われる(写真撮影/片山貴博)

「『サンチャコ』の周りには高齢の単身者が多いのですが、猫を飼うと生きがいや外との繋がりが増えて良いと思っているんです。ただ、多くの譲渡会で出会えるのは子猫がほとんど」。猫の寿命は20年くらいあり、小さいうちは手が掛かるということもあって、お年を召した方の場合、既存の譲渡団体からはNGになってしまうことが多いという。

「一方で、うちにいるようなシニア猫でしたら落ち着いていてお世話も比較的楽ですし、何かあればここで面倒を見られる。そうやって猫との暮らしをアシストしていければ。孤立している単身高齢者も猫を通じて地域と繋がっていけるんじゃないかなと思います」と今後の展望を教えてくれた。

カフェやスナックを介してサンチャコに関わるきっかけづくり

道路に面したレンタルスペース「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」でも、地域との交流の機会をつくっている。カフェやスナックなどの飲食営業やギャラリーができるスペースだ。「通りすがりの方にも、レンタルスペースで開かれるカフェなどを通じてこの建物に興味を持ってもらえたら」と東さん。レンタルスペースからは、猫がいるスペースが見えるようになっている。

道路から見る「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」(写真撮影/片山貴博)

道路から見る「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」(写真撮影/片山貴博)

取材日に営業をしていたのは、「AWO STAND(アヲスタンド)」で、ご実家がお茶屋さんという丸谷阿礼さんが店主となり、加賀棒茶などを提供していた。丸谷さんは、世田谷で地域猫の世話をする団体「きぼうねこ」を立ち上げて活動している。サンチャコの説明会に参加したことをきっかけに、何か携われることはないかと、カフェを開くことにしたのだそう。

丸谷さんが営業する「AWO STAND(アヲスタンド)」(不定期開催)。日本茶とノンアルコールドリンクを提供(写真撮影/片山貴博)

丸谷さんが営業する「AWO STAND(アヲスタンド)」(不定期開催)。日本茶とノンアルコールドリンクを提供(写真撮影/片山貴博)

丸谷さんのほかにも、サンチャコの説明会に参加した方が何かしらで関わっていきたいと、夜にスナックを営業している。このスペース自体が、サンチャコと、さまざまな形で地域や猫に関わりを持ち続けたい方とが繋がる場として機能。さらにここで開かれるカフェなどが、サンチャコと地域とを繋げる大きな役割を果たしている。

レンタルスペースで保護猫の情報を紹介。サンチャコに暮らす保護猫はみな譲渡可能(写真撮影/片山貴博)

レンタルスペースで保護猫の情報を紹介。サンチャコに暮らす保護猫はみな譲渡可能(写真撮影/片山貴博)

猫初心者へ間口を広げる新しい不動産の形

最後に、2・3階の賃貸住宅を見てみよう。賃貸住宅では、一年くらいを目途に保護猫を譲り受けることを推奨し入居してもらっているのが特徴だ。

「不動産市場では、ペットを飼ってみたいけど、飼育経験がないので迷っているという方が2割くらいいるらしいんです」と東さん。昼間や旅行中は共用スペースで入居者みんなで猫の世話をするなど、初心者でも猫を無理なく飼えるような環境を用意することで、ニーズに応える新しい不動産の形を提案している。

猫の種類が各部屋の名前に。玄関前にはかわいらしいサインがあしらわれている(写真撮影/片山貴博)

猫の種類が各部屋の名前に。玄関前にはかわいらしいサインがあしらわれている(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅は全室メゾネット。写真の部屋は2020年10月末現在で空きがある「ハチワレ」(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅は全室メゾネット。写真の部屋は2020年10月末現在で空きがある「ハチワレ」(写真撮影/片山貴博)

お話を伺った入居者のMさん夫妻が、まさにその2割に当てはまる。「ここ数年ずっとペットを飼ってみたいと思っていたんですけど機会がなかったんです。他の物件に決めかけていましたが、心のなかで何かが引っかかっていて。そんな折に、『サンチャコ』を見つけて、ここだ!と」と妻。入居してからは、週一回の猫当番で共用部の猫のお世話をしながら、いつか自宅で猫を受け入れる準備をしている。

共用スペースに置かれた「にゃんこ連絡帳」。猫の特徴や体調の変化などが記されている。またLINEのグループをつくるなど、初心者でも安心して猫のお世話ができるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

共用スペースに置かれた「にゃんこ連絡帳」。猫の特徴や体調の変化などが記されている。またLINEのグループをつくるなど、初心者でも安心して猫のお世話ができるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

「いろんな猫がいるので、猫も性格がさまざまなのだと、ここに暮らして初めて知りました」と妻が話すように、活動は猫それぞれ。賃貸住宅は全4部屋。猫が上下運動できるよう階段があるメゾネットだが、キャットウォークなどは設けられていない。猫の動きによって空間をアレンジできるよう、部屋はシンプルなつくりになっている。

猫用に棚などが必要になれば、1階のワークスペースでDIYすることができる。「共用スペースの棚を真似して、サポートしてもらいながら自分たちの部屋にも棚をつくってみました」と夫。実はDIYを始めてみたかったという夫は、DIYができる環境も入居の決め手になったそう。

住み心地や今後の暮らしについて伺うと、「以前住んでいた街と違って、三軒茶屋は個性的なお店がいっぱいあるので、街歩きが楽しみです。ただ、ずっとここに暮らすというよりは、いずれ卒業しなきゃというイメージで入居しました。猫との暮らしを始めたい次の人にバトンを渡すことで、循環が生まれるのではないでしょうか」と夫。「仕事と家庭とじゃないですけど、猫と仕事との両立ができるようになったら卒業なんじゃないかなと思います。ここで猫の飼育方法を学んで、一人前にならなきゃ」と妻も、卒業に向けてサポートを受けながら猫と一歩一歩歩んでいる。

賃貸住宅の共用廊下へ繰り出すノンちゃん。「夜、玄関扉前で“入れて~”と鳴いていることもあるんですよ」と妻が教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅の共用廊下へ繰り出すノンちゃん。「夜、玄関扉前で“入れて~”と鳴いていることもあるんですよ」と妻が教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

猫と暮らす、猫と働く、猫の世話をしに訪れる……サンチャコではさまざまな猫との接し方があり、自分に合ったスタイルで、猫の幸せ、そして地域コミュニティと繋がることができる。猫も人も地域も幸せになれるサンチャコの仕組みが、より多くの場所で広がると、動物の殺処分や孤独死など大きな社会問題の解決策のひとつになっていくのではないだろうか。

●サンチャコ
●ワーキングスペース neco makers●取材協力
・合同会社シナモンチャイ
・株式会社チームネット

「ウォーターズ竹芝」で浜松町駅まわりが素敵に! 水辺のまちはどう変わっていく?

駅から遠く不便、街の印象が薄い、などのイメージを持たれがちだった竹芝。浜松町駅周辺の開発とあわせて、「WATERS takeshiba(ウォーターズ竹芝)」として生まれ変わっています。この開発を通して浜松町~竹芝エリアはどのように変わっていくのか。また“住む場所””暮らす場所“としてはどうなのか?
ウォーターズ竹芝の開発を手がけたJR東日本の大野一聡さんに、まちづくりの狙いとこれからの水辺活用についてお話を聞きました。

ショッピングにホテル、エンターテインメントまでがそろう「ウォーターズ竹芝」

ウォーターズ竹芝がオープンし、素敵な場所になったと聞いて現地に向かった筆者。訪れたのが土曜日のお昼ごろだったこともあり、水辺に抜けるウォーターズ竹芝のテラスには小さな子どもを連れた家族の憩いの姿が。なんとも絵になる風景です。

「ウォーターズ竹芝では、水辺のワークライフスタイルと文化・芸術を提案できるまちづくりを目指しています。商業施設やホテル、劇場、オフィスのほかに船着場や干潟があるので、近隣にお住まいの方がよくお子さまを連れてお越しくださっていますね。コロナ収束後には、東京観光にいらっしゃる国内外のお客さまにもぜひ訪れていただきたいです」(大野さん、以下同)

ウォーターズ竹芝のテラス。空に抜ける芝生と水辺が開放的で気持ちがいい(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝のテラス。空に抜ける芝生と水辺が開放的で気持ちがいい(画像提供/JR東日本)

船着場からの船に乗れば、美しい東京の水辺観光を楽しめる

船着場からの船に乗れば、美しい東京の水辺観光を楽しめる

ウォーターズ竹芝の空撮写真。水辺と緑の豊かなロケーションであることがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝の空撮写真。水辺と緑の豊かなロケーションであることがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ひと足、施設の中に入ると、外の開放感とはまた異なるラグジュアリーな雰囲気も感じられます。入っているお店も、都会的な海を目の前に、高級感漂うスタイリッシュな空間で音楽を楽しみながら飲食できる「BANK30」、レンタルスペースやキッチンにカラオケ設備を備える「SHAKOBA」など、大人が夜を楽しむためのコンテンツがそろっています。

施設のひとつ「アトレ竹芝」タワー棟のレストスペース。ゴージャスでラグジュアリーな大人の雰囲気(画像/アトレ竹芝)

施設のひとつ「アトレ竹芝」タワー棟のレストスペース。ゴージャスでラグジュアリーな大人の雰囲気(画像/アトレ竹芝)

浜離宮恩賜庭園や東京スカイツリーなど東京の眺望が楽しめる「メズム東京」のロビー(画像提供/メズム東京)

浜離宮恩賜庭園や東京スカイツリーなど東京の眺望が楽しめる「メズム東京」のロビー(画像提供/メズム東京)

レストラン「シェフズ・シアター」では、東京に集まる食材をつかった本格的なフレンチを「ビストロノミー」スタイルで楽しめます。オープンキッチンでライブ感も満点(画像提供/メズム東京)

レストラン「シェフズ・シアター」では、東京に集まる食材をつかった本格的なフレンチを「ビストロノミー」スタイルで楽しめます。オープンキッチンでライブ感も満点(画像提供/メズム東京)

40平米からある客室には、全室デジタルピアノや猿田彦珈琲のドリップコーヒーなど、五感を魅了する体験が用意されています。浜離宮恩賜庭園に面している客室は全室バルコニー付き(画像提供/メズム東京)

40平米からある客室には、全室デジタルピアノや猿田彦珈琲のドリップコーヒーなど、五感を魅了する体験が用意されています。浜離宮恩賜庭園に面している客室は全室バルコニー付き(画像提供/メズム東京)

劇団四季の上演が行われる「JR東日本四季劇場[秋]」撮影/下坂敦俊)

劇団四季の上演が行われる「JR東日本四季劇場[秋]」(撮影/下坂敦俊)

アトレ竹芝の中にある劇場型コミュニティスペース「SHAKOBA(シャコウバ)」。レンタルスペース、キッチン、カラオケ設備などを備える(画像提供/JR東日本)

アトレ竹芝の中にある劇場型コミュニティスペース「SHAKOBA(シャコウバ)」。レンタルスペース、キッチン、カラオケ設備などを備える(画像提供/JR東日本)

気軽に友人や家族と観劇やショッピングを楽しみながら、また記念日など、シーンに合わせて活用できそうです。

「『感性に遊び場を。』をコンセプトに、成熟した大人の方に楽しんでいただけるよう、多彩なお店がそろっています。新しい体験や学び、出会いを求める多くの方に満足してもらえる豊かな場所になればと思っています」

こんなに駅から近かった!? 水辺のアクセスに驚き

このウォーターズ竹芝、施設も本当に素敵なのですが、今回訪れて思ったのは「海までこんなに近かったっけ?」ということです。JR浜松町駅より徒歩6分の山手線内で一番東京の水辺に近い場所ですが、歩いていくとより近くに感じられることでしょう。さらに陸のアクセスだけでなく、海からもアクセスできるのがすごいところです。

海側をパノラマ画像で撮影。右奥が竹芝ふ頭、手前の高架はゆりかもめ。左奥の水色に反射する窓の建物がウォーターズ竹芝の施設のひとつ「メズム東京」が入るタワー棟(撮影/唐松奈津子)

海側をパノラマ画像で撮影。右奥が竹芝ふ頭、手前の高架はゆりかもめ。左奥の水色に反射する窓の建物がウォーターズ竹芝の施設のひとつ「メズム東京」が入るタワー棟(撮影/唐松奈津子)

「ウォーターズ竹芝前の竹芝地区船着場からは浅草・両国・お台場・豊洲・葛西などとを結ぶ定期航路船を運行しています。加えて7月からは羽田空港と竹芝を結ぶ羽田空港アクセス船の実証実験を始めています。11月からはナイトクルーズ船の運航も開始予定です。東京の水辺観光と日常の交通を支える場所になればと考えています」

浅草からの船! 筆者も乗りもの好きの息子とパパと一緒に、以前、日の出桟橋までホタルナに乗ったことがあります。「銀河鉄道999」の松本零士氏のデザイン、本当に格好いいんですよね。それがウォーターズ竹芝の船着場にも停泊している姿に興奮しました!

ウォーターズ竹芝の船着場に停泊するホタルナを発見!(撮影/唐松奈津子)

ウォーターズ竹芝の船着場に停泊するホタルナを発見!(撮影/唐松奈津子)

全国的に広がる「ミズベリング」の活動

そして今、観光や水運だけではなく、空間設計においても「水辺」が見直されつつあります。今回のウォーターズ竹芝のように近年、水辺を活用した心地のいい場所が増えてきたように感じるのは筆者だけではないでしょう。これには国土交通省が推進する「ミズベリング」の取り組みが全国の水辺活用を後押ししているようです。

「河川利用の規制緩和と合わせて、昔からのにぎわいを失ってしまった日本の水辺の新しい活用の可能性を創造していくプロジェクトが『ミズベリング』です。各地で『ミズベリング◯◯(地名)』として、水辺活性化に向けた活動が始まっています。

ミズベリング竹芝は、このミズベリングの枠組みを活かしてJR東日本が2017年3月に立ち上げました。竹芝エリアの水辺活性化に向けて、水辺総研、東京海洋大学、ココペリプラスなど、さまざまな団体と連携をして社会実験を進めています。

例えば干潟では、ハゼなど東京都の絶滅危惧種をはじめとする水生物調査やフィールドワーク、豊かな東京湾再生に向けた活動を行っているんですよ」

シアター棟の奥の階段を降りたところには干潟が。江戸前の海であった東京湾の再生に向けた環境づくりが行われている(画像提供/JR東日本)

シアター棟の奥の階段を降りたところには干潟が。江戸前の海であった東京湾の再生に向けた環境づくりが行われている(画像提供/JR東日本)

干潟のイメージ。クロダイ、スズキ、ハゼ、エビ、カニなどのほか、東京都の絶滅危惧種に指定されているミミズハゼなど多様な生物が存在する(画像提供/JR東日本)

干潟のイメージ。クロダイ、スズキ、ハゼ、エビ、カニなどのほか、東京都の絶滅危惧種に指定されているミミズハゼなど多様な生物が存在する(画像提供/JR東日本)

浜松町~竹芝エリア全体が変わりつつある!

オフィスや商業施設だけではなく、芸術・文化、交通、そして教育まで! 大野さんによると、そもそもこの浜松町~竹芝エリアは東京を代表する歴史とさまざまな可能性を持つエリアだったと言います。

「もともと増上寺や浜離宮など、江戸時代から続く歴史資産を有するエリアです。さらに1964年の東京オリンピックへ向けてモノレールや東京タワー、世界貿易センタービルなど、東京を代表する多くの施設が整備され、浜松町はまさに日本最先端の場所だったと言っても過言ではありません」

ウォーターズ竹芝のビジュアル・マップ。このエリアの見どころの多さがよく分かる(画像提供/JR東日本)

ウォーターズ竹芝のビジュアル・マップ。このエリアの見どころの多さがよく分かる(画像提供/JR東日本)

そして今また、このエリアは大きな開発計画の最中にあります。今回、浜松町駅を降りて、まず目の当たりにしたのも、駅周辺の至るところで大規模な工事が行われている様子でした。

工事が行われている浜松町駅の南側、浜松町二丁目付近の様子(撮影/唐松奈津子)

工事が行われている浜松町駅の南側、浜松町二丁目付近の様子(撮影/唐松奈津子)

筆者が訪れたのは9月上旬。ペデストリアンデッキはまだ完成しておらず、工事中の様子を仰ぎ見ながら歩きました。9月14日に開業した東京ポートシティ竹芝などの新しい建物はもちろん、きれいに舗装された歩道に「あれ、浜松町とか竹芝ってこんなにきれいな街だったっけ?」と印象を新たにしました。

浜松町駅から竹芝ふ頭へは建設中のペデストリアンデッキが伸びる。駅の向こうには東京タワーが!(撮影/唐松奈津子)

浜松町駅から竹芝ふ頭へは建設中のペデストリアンデッキが伸びる。駅の向こうには東京タワーが!(撮影/唐松奈津子)

東京ポートシティ竹芝脇の歩道を歩くと、船の舵輪をモチーフにした時計に出会う(撮影/唐松奈津子)

東京ポートシティ竹芝脇の歩道を歩くと、船の舵輪をモチーフにした時計に出会う(撮影/唐松奈津子)

“住む場所”“暮らす場所”としての可能性は?

それでは“住む場所”“暮らす場所”としてのポテンシャルはどうでしょうか。“働く場所”としてのオフィス街、また海辺は“遊びに行く場所”というイメージが強く、マンションなどの住宅はあまり見たことがないように思います。けれども、考えてみれば通勤が必要なオフィスワーカーにとってアクセス利便性はもちろん、ウォーターズ竹芝の風景は、筆者のように子どもがいるファミリーにとても魅力的に映ります。

「近隣で開業した東京ポートシティ竹芝以外にも、現在の周辺エリアでの開発が進んでおります。浜松町、竹芝、近隣の芝浦地区も含めて、今後10年で住む場所、暮らす場所としての機能も充実していくでしょう。私たちも水辺や文化、芸術を核にしたまちづくりを進め、訪れる人にも住む人にも居心地のいい場所となることを目指しています」

たしかに隣駅の田町駅周辺もここ数年で開発が進み、商業施設やマンションがかなり増えてきました。住むにも便利で、気持ちのいい水辺がある場所として、大きな可能性を秘めていますね。

アトレの2階から芝浦方面を望む。これからも開発が進み、水辺エリア全体がより住みやすく暮らしやすいエリアとなるだろう(撮影/唐松奈津子)

アトレの2階から芝浦方面を望む。これからも開発が進み、水辺エリア全体がより住みやすく暮らしやすいエリアとなるだろう(撮影/唐松奈津子)

ウォーターズ竹芝では、10月24日に劇団四季の『オペラ座の怪人』の公演が始まり、まちびらきが行われました。「これからも浜松町~竹芝エリアにはしばらく目が離せないな」――そんな予感と期待を膨らませながら、筆者も母として「今度は生きもの・乗りものが大好きな6歳の息子を連れて来よう」と思いながら竹芝を後にしました。

●取材協力
・ウォーターズ竹芝

コロナ禍で失われた高齢者の居場所。豊島区で「空き家を福祉に活かす」取り組み始まる

空き家増加が日本の社会問題として取り上げられる一方、高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅の確保が困難な人たちが増加しています。これら2つの問題を一緒に解決する方策として豊島区で市民有志が立ち上げたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

一体どんなプロジェクトなのか、企画・運営する一般社団法人コミュニティネットワーク協会の理事長、渥美京子さんにお話を聞きました。

コロナで高齢者の居場所がなくなった!

2020年4月の緊急事態宣言以降、休校・休園、自宅待機、店舗の営業自粛など、多くの人が行動制限されました。それは若い世代、子育て世代のみならず、高齢者や障がいをもつ人も一緒です。渥美さんによると「それまで高齢者のお出かけ先となっていた百貨店や大型電機店などの商業施設、地域センターなどの公共施設に行きづらくなり、自宅に引きこもる高齢者が増えた」と言います。

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

「特に定年退社まで仕事一筋で頑張ってきた男性は、仕事以外に趣味がない、会社関係以外の人づき合いが少なく、歳をとると同時に引きこもりがちになる傾向があります。

そうでなくても高齢者の多くの人、特に一人暮らしをしている人は『将来介護が必要になったらどうしよう』『孤独死したらどうしよう』という不安を抱えています。それでも『住み慣れた街を離れたくない』『都心は家賃が高いが住み続けたい』という人が多いのです」(渥美さん、以下同)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

空き家を福祉に活用「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」

そのような高齢者や障がいをもつ人、生活困窮者に住まいと居場所、就労できる場所を提供する目的で始められたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

「豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高い数字です。一方で高齢者等への大家さんの入居拒否感は根強く、日本賃貸住宅管理協会の調査では、高齢者世帯の入居に拒否感がある大家さんが70.2%、障がい者がいる世帯の入居に対しては74.2%にものぼります。空き家と住宅確保が困難な人びとをマッチングすることで、双方が抱える問題を一緒に解決できないかと考えたのです」

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

プロジェクトのポイントの1つ、空き家を活用した共生ハウス西池袋では、2017年にできた住宅セーフティーネット制度をもとにした豊島区の家賃補助制度が利用できます。家賃補助を受けることで家賃月額4万9000円で住むことも可能です(水道・光熱費等を含む共益費は別途1万円)。

「加えて共生ハウスから徒歩圏内に『共生サロン南池袋』という地域交流・見守り拠点を設けています。新型コロナウイルスの感染防止対策をしながら、日がわりで健康講座やスマホ・パソコン講座、卓球、麻雀カフェなどを企画運営することで、入居者や地域の人々が交流・相談・学習できる居場所づくりを目指しています。お酒がないとなかなか外に出ない男性たちが交流できるようにお酒や料理を持ち寄って『おたがいさま酒場』なども開催しているんですよ」

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

人と人とのつながりが、不可能を可能に

空き家の福祉への活用は、全国のさまざまな自治体で試みられていますが、まだまだ本当に成功事例といえるものが少なく、採算性をはじめとして多くの問題を抱えているようです。共生ハウス西池袋ができるまでにも、いろいろな困難があったのではないでしょうか。

「最も難関だったのが、空き家を貸してくださる方と出会えるかということでした。実は今回のプロジェクトは物件が決まるより前に国土交通省の令和元年度・住まい環境整備モデル事業に認定されたのですが、事業モデルをつくったものの、実際に活用できる空き家がなかなか見つからずに困っていたとき、力を貸してくださったのが民間の不動産会社の人たちでした」

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

協会の主催するセミナーに講師として登壇した不動産会社の人が、地元の不動産会社に声をかけて見つかった空き家が今回の物件でした。

「もともとは夫をなくされてお一人になった高齢者女性のご自宅でした。ご本人が介護施設に入居されてからは甥御さんが管理をされ、ファミリー向けに賃貸に出す方向で検討されていたそうです。その矢先に今回の『高齢になっても住み慣れた池袋で安心して暮らし続けられるようにする』というプロジェクトの趣旨に共感し、ぜひ協力したいと言ってくださったのです」

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

高齢者や障がいをもつ人にも配慮してリフォーム

7年間、住む人がいなかった空き家がリフォームを経て、シェアハウス型のセーフティネット専用住宅(高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅確保が困難な人の入居を拒まない賃貸住宅)に生まれ変わりました。高齢者や障がいをもつ人が住むことを想定しているので、リフォームをするときも細やかに配慮されたそうです。

「前回の介護保険の改正で、要支援1、2は介護給付から予防給付に代わり、住民による自助努力が強化されました。また、介護認定は厳しくなる方向にあり、今後も介護予防に比重がおかれていくといわれています。『共生ハウス西池袋』では、そのような人が入居できるように配慮してリフォームを行いました。例えば、居室の入口は開け閉めがしやすいようにすべて引き戸に。1階と2階を行き来する階段やお風呂、トイレには手すりを取り付けています」

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

実際に筆者も「共生ハウス西池袋」の中を見学させてもらいました! 新築同様にリフォームされた各居室はすべて二面採光でとても明るい雰囲気、クローゼットやベッドの下などに収納もしっかり確保されています。高齢者や障がいのある人だけではなく、若い単身世帯にもこの家賃は十分に魅力的です。

「家賃低廉化補助制度は、豊島区に引き続き1年以上居住、月額所得15万8000円以下などの条件を満たせば、若い単身世帯の人も活用できます。特定の人たちだけではなく、健康な若い世代も共生ハウスに入居することで、多世代交流など多くの区民に開かれた場所になれば、と考えています」

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

地域包括ケアと「福祉×福祉」の取り組みへ

住まい(セーフティネット住宅)と地域交流拠点(共生サロン)の整備がセットになったこのプロジェクト。ところが、渥美さんたちの構想はそれだけにとどまりません。

「これから先、少子高齢化が“待ったなし”で進み、介護保険財政は厳しくなると言われています。障がい者事業には民間の株式会社などの参入が相次いでおり、補助金頼みの展開は厳しくなることが予想されます。
こうしたなかで、持続可能な仕組みをつくるために考えているのが、『福×福』連携です。具体的には、介護事業と障がい者の就労支援事業を組み合わせます。例えば『農福連携』は『農産物の加工を施設を利用する障がい者が担う』ことですが、『介護保険事業(福祉)』と『障がい者の就労支援事業(福祉)』を掛け合わせたのが『福福連携』です。例えば、デイサービスの利用者が共生サロンのプログラムを楽しむときに、就労支援B型の利用者が準備や掃除、ときには卓球コーチなどをする。これによって、賃金を得るシステムを新たに取り入れたいと考えています。福祉の問題を本質的に解決していくためには、このようないくつもの横の連携が必須なはずです」

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

これまでサービス付き高齢者向け住宅である「ゆいま~る」シリーズの展開をはじめ、全国で高齢者や障がい者の支援を行ってきた協会だからこそできたこともあるのでしょう。渥美さんたちは現在、栃木県那須町でも廃校を活用し、高齢者の居住・介護・交流を目的とした複数の施設を有するまちづくりを行っているそうです。

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

自身の親のことや、また自分が歳をとって1人になったり、障がいをもったりする可能性を考えたときに、住み慣れた地域で、地域の人とともに住み続けられる支援策があればとても心強く感じることでしょう。

このプロジェクトでは、資金調達においても多くの市民の力を借りようと11月27日までクラウドファンディングを行っているそうです(「共生サロン南池袋」のキッチン設置が資金の用途)。サロンや酒場の名前の通り「おたがいさま」の気持ちで地域の人びとが支え合い、つながり続ける社会のモデルとして、このプロジェクトの成功を願わずにいられません。

●取材協力
・としま・まちごと福祉支援プロジェクト
・一般社団法人コミュニティネットワーク協会
・共生サロン南池袋クラウドファンディング (Readyfor)

宮下公園が生まれ変わった! 進化する渋谷の新たな魅力を探ってみた

渋谷ストリームに渋谷パルコ、渋谷駅構内……続々と再開発の産声があがり、近ごろ勢いにのっている渋谷。そんな渋谷に公園×商業施設×ホテルが一体となった「MIYASHITA PARK(ミヤシタパーク)」がオープンしました。そこで、ミヤシタパークがどういう背景を持ってリニューアルしたのか。関係者に話を聞きながら、施設の印象や渋谷の新たな魅力などをお伝えしたいと思います。
全長約330mの“低層複合施設”に。生まれ変わったミヤシタパークとは?

渋谷の象徴的スポットでもあった宮下公園をリニューアルし、ショッピングに食べ歩き、スポーツまで、世界中から訪れてもらうことを目指した最新のカルチャースポットに生まれ変わったミヤシタパーク。出店する商業施設はなんと約90店舗! なかでも日本初出店が7店舗、商業施設に初めて出店するのは32店舗と今までになかったお店も多くあります。

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

原宿方面へつながる北街区には、ラグジュアリーをはじめファッションブランドのお店が中心。南街区はカフェやファッションなど、さまざまなジャンルの店舗が集合しています。また、お酒好きには「渋谷横丁」は見逃せません。全国各地のご当地料理を楽しみながら楽しいひとときが味わえます。

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

(画像提供/MIYASHITA PARK)

憩いスポットである屋上の公園スペースは、渋谷ストリートの象徴として親しまれてきたスケート場やボルダリングウォールに加え、サンドコート仕様の多目的運動施設を新設。その反対側には渋谷の空を横切る約1000平米の芝生ひろばが広がっており、自由気ままにくつろげる憩いの場として、誰もが活用できるレジャースポットになっています。都会のど真ん中ながら、緑に囲まれた屋外でくつろいだり、スポーツを楽しめるなんてあまりないですよね!

「スターバックス コーヒーMIYASHITA PARK店」。海外のガソリンスタンドからインスパイアされたデザインだとか(写真撮影/竹治昭宏)

「スターバックス コーヒーMIYASHITA PARK店」。海外のガソリンスタンドからインスパイアされたデザインだとか(写真撮影/竹治昭宏)

渋谷のカルチャーを支えた、リニューアル前の宮下公園

1970年代からずっと若者文化の中心地であり続けた渋谷。渋谷といえば、若者文化と消費文化のまちといったイメージです。特に1990年代には「渋谷系」と呼ばれる若者文化や109を中心としたギャル文化が花開くことになり、ファッションや音楽などのトレンド発信地として憧れだった人も多いのではないでしょうか。そのなかで宮下公園はヒップホップやサブカルチャーの発信地でもありました。

「リニューアル前の宮下公園は1階に駐車場があり、2階に公園がありましたが、建築基準法が改正される前の1967年に建築されているので、もともと耐震上に課題があり、かつ樹木が成長して年々悪化する状況にありました。このことを改善する必要があったんです」と話すのは、公園を管理する渋谷区土木部公園課の明石真幸さんです。

改修前の宮下公園(画像提供/PIXTA)

改修前の宮下公園(画像提供/PIXTA)

リニューアルにあたって目指したのは、幅広い層を呼び込むこと

こうした宮下公園の負のイメージを払拭しようと渋谷区とタッグを組んだのが、日本橋再生計画や東京ミッドタウン、柏の葉スマートシティなど、全国でさまざまな街づくりを行ってきた三井不動産です。商業施設本部アーバン事業部の芦塚弘子さんはこのプロジェクトで目指したことを次のように語ります。

「20~30代をメインターゲットに、30~40代の渋谷カムバック層を取り込むことを考えました。公園と連動したスポーツショップや飲食店を中心に、トレンド最先端のラグジュアリーブランドから日本の流行を世界に発信するような店舗、フードホールや横丁型飲食店舗など、ここでしか体験できないような時間消費型空間の提供を目指しました」(芦塚さん)

実際、改修後は公園のイメージが一新! これまで存在したスケートカルチャーや公園ならではのコミュニケーションポイントをうまく発展させ、世界に誇れるような公園になったといっても過言ではありません。

渋谷駅方面の入口。その前に置かれた彫刻『きゅうちゃん』は渋谷駅前に鎮座する『忠犬ハチ公』の遠い親戚です(写真撮影/竹治昭宏)

渋谷駅方面の入口。その前に置かれた彫刻『きゅうちゃん』は渋谷駅前に鎮座する『忠犬ハチ公』の遠い親戚です(写真撮影/竹治昭宏)

リニューアルで増す、ミヤシタパークの存在感

従来のイメージを払拭し、“発信力を持った公園”へと進化を遂げたミヤシタパーク。訪れる人が思い思いに過ごせ、楽しさを発見できるような“にぎわいの場所”を目指しているといいます。

その言葉どおり、「ショッピング利用はもちろん、屋上のボルダリングウォールやスケート場の利用など、オープンしたばかりですが、以前より確実に来園者は増えています」(明石さん)とのこと。

確かに屋上のプレイスポットは言うまでもなく、ニューヨーク発のストア「KITH(キス)」の日本初となる旗艦店をはじめとするショッピングスポットの数々。またショッピングだけでなく、全国のご当地グルメが楽しめる横丁や三井不動産グループの次世代型ライフスタイルホテル「sequence(シークエンス)」など、目新しいだけでなく、遊ぶ、買う、食べる、の3拍子がそろった新たなカルチャーは大人が楽しめる“遊び場”として申し分なしでしょう。

ミヤシタパークは都心にありながら、緑が感じられる環境。と同時に、ラグジュアリーブランドが立ち並び、若者カルチャーを発信するショップがあり、異なる文化がぶつかる刺激的かつ稀有(けう)な場所と言えます。それは本来持っていた宮下公園の本質に他ならないのでは? 当時青春時代を過ごしていた人はもちろんのこと、新世代の若者にとっても楽しめる、そんな場所になったのではないでしょうか。

北は北海道、南は沖縄まで、日本全国の産直食材や郷土料理、B級グルメ、ソウルフード、ご当地ラーメン、餃子、空揚げや元力士がつくる力士めしが楽しめる全19店!流しやDJなどのイベント、全国のご当地ママが登場する喫茶スナックなど、毎日がフェスのエンタメ横丁(画像提供/渋谷横丁)

北は北海道、南は沖縄まで、日本全国の産直食材や郷土料理、B級グルメ、ソウルフード、ご当地ラーメン、餃子、空揚げや元力士がつくる力士めしが楽しめる全19店!流しやDJなどのイベント、全国のご当地ママが登場する喫茶スナックなど、毎日がフェスのエンタメ横丁(画像提供/渋谷横丁)

公園の利用者にも話を聞いてみました。

「ファッションや飲食はもちろん、それにプラスして、屋上にはスタバがあり、スケボーやビーチバレー、ボルダリングなどを楽しめる開放的な広場が広がっていて、とても気持ち良さそうです。1階の横丁はいろいろなエリアの飲食が楽しめるというので、コロナ禍が落ち着いたらハシゴ酒を楽しみたいですね」(来訪者の声)

筆者自身もリニューアル前は、「また同じような商業施設ができるなんてつまらない……」そんなふうに思っていました。昔の温度感のある公園がなくなってしまったのは残念で、やはり均一化されてしまったなぁという印象はあるものの、入っているテナント等にひねりがあって「昔のカルチャーをバックボーンに持ちながら、すごくイマドキな感じのスタイルを追求しているな」と感じました。

公園と街づくりというと、2016年4月に全面リニューアルした南池袋公園も公園の再開発で街が大きく変わった事例といえるでしょう。開放された緑の芝生広場を開放し、公園施設の一部にはおしゃれなカフェレストランを併設。開園当初から多くの人を引き付け、園内ではマルシェなど各種イベントも頻繁に開催されているといいます。

家族のくつろぎや地域交流といったイメージからほど遠かった池袋が変わったように、ミヤシタパークのオープンとともに渋谷の街も、今まで以上に大人が楽しめる“遊び場”として今後も盛り上がりを見せていくに違いないでしょう。若者の街から全方向へとターゲットを広げた渋谷の街。今後どのようにしてさらなる街の発展を目指すのか、ますます目が離せません。

●取材協力
・MIYASHITA PARK
※東京都の新型コロナウィルス感染拡大防止のため、当面はショップ11時~21時、レストラン・フードホール11時~23時で営業 ※一部店舗は異なる場合があるため、最新の営業時間等は公式HPで確認を(2020年9月8日時点)

・三井不動産
・渋谷区土木部公園課

コロナ禍で変わる賃貸物件のニーズ。多拠点、コミュニティ、ストーリーがキーワード

ここ数年、「デュアラー(二拠点居住者)」や「アドレスホッパー」など、新たな住まい方をする人が出現し、それらの多様なニーズに応える賃貸や宿のサービスが展開されてきました。さらに新型コロナウイルスの影響を受け、家で過ごす時間が増えたことで賃貸物件の選び方や求める条件も変わってきているようです。
そこで今回は、全国賃貸住宅新聞の編集長・永井ゆかりさんに、いま注目を集めている賃貸物件やこれからの部屋さがしについてお話を聞きました。今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

今回、お話を聞いた全国賃貸住宅新聞の永井ゆかり編集長(写真/全国賃貸住宅新聞)

コロナの影響で「住まいに求めるもの」が変わった!

SUUMOが6月30日に発表した「コロナ禍を受けた『住宅購入・建築検討者』調査(首都圏)」では、コロナ禍を経て、今まで住まい選びの筆頭条件のひとつだった「駅からの距離」よりも「広さ」を求める傾向が強まっていることが明らかになりました。賃貸物件に求める条件が大きく変わってきていると同時に、広さや駅からの距離など、これまでの指標となってきた条件だけではない選び方が広がっているようです。

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

今回の調査で「駅からの距離」よりも「広さ」を重視する人が10ポイントほど増加した(資料/SUUMO)

「コロナ以前は、最寄駅へ徒歩での移動が難しいバス便の物件などでは、明確に『そこに住む理由』がないと、みなさんの検討に入って来ませんでした。結果、駅からの距離が近く、立地の良い物件に人気が集まってきたと思います。ところが今、テレワークや自宅学習の時間が増え、物件を探すときの条件の中で通勤・通学に必要な『アクセス利便性』の優先順位が下がってきているように感じます。

実際に4月以降、湘南でしばらく空室になっていた一戸建て賃貸の数棟が満室になった話を聞きました。これまでこの物件に入居する人はサーファーや自営業など仕事に融通がきく人が多かったようですが、今回新たに入居した人のなかには会社勤めのファミリーもいたそうです。本当は海の近くに住みたいと思っていながら職場へのアクセスを重視して都心に住んでいた人たちが、テレワークが可能になって一気に動いたわけです」(永井さん、以下同)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

海沿いの一戸建賃貸の入居率が上がるなど、テレワークによって場所に縛られない働き方が可能になり「本当に住みたい」場所を選ぶ人が増えている(写真/PIXTA)

これまで賃貸物件で重視されてきた条件の優先順位づけが変わる一方で、海に近い一戸建て賃貸住宅の例をはじめ、住む人の志向に応じていっそう「ニーズの多様化」が進んでいると言えそうですね。

「何が起こるか分からない」なかで「住む場所を選べる」強み

このように新型コロナの影響を経て、人びとの働き方や住まいに求めるものが変わっているのを感じます。ここ数年注目を集めている賃貸物件の傾向と、それらのコロナ禍を受けての影響、さらに今後どのように変化していくのかを伺ってみました。

「まず1つ目として多拠点居住をする人たちは間違いなく増えるでしょう。例えば、ここ数年のうちには、10世帯のうち2~3世帯はいろいろなところに拠点を確保して、1つの物件には1年のうち数カ月しか居住していないという状況になるかもしれません。そんなスタイルに応じたサブスク的な(一定期間、一定額で利用できるような)住み方ができるサービスがどんどん出てきています」

サブスク、多拠点といえば、ここ1~2年、定額住み放題型の多拠点居住サービスが注目を集めています。多拠点居住のスタイルは移動を前提としているので、かなりのコロナの影響が出たのではと思われますが……。

「定額住み放題サービスを提供している『ADDress(アドレス)』の代表・佐別当(さべっとう)隆志さんや『HafH(ハフ)』の代表・大瀬良亮さんのお話を聞くと、やはり拠点によって利用頻度が下がるなどの影響があったようです。けれども、近年の災害の多発、世界規模のコロナ感染など『何が起こるか分からない』世の中になりつつあるなかで、住む場所が複数ある状態は自分の生活を守る『防御策』にもなりうるといいます」

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

全国の空き家を活用した定額住み放題サービスを提供する「ADDress」。それぞれの地域の自然やコミュニケーションを楽しむなど、利用目的はさまざま(写真提供/ADDress)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

世界に200の拠点をもつ定額制住み放題サービス「HafH」は「出会える、学べる、働ける」がコンセプト。ウィズコロナ時代に合わせて個室のある拠点も増やしている(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

HafH Goto The Pier(長崎県五島市)の部屋(写真提供/KabuK Style)

実は筆者も昨年から東京と佐賀の2拠点生活をしていますが、たしかに住まいの選択肢を複数もっていることで心理的な「自由」と「選択できる余裕」を持つことができているように思います。

いざというときに心強い「コミュニティ型賃貸」

また、選べる自由を手に入れたとき、筆者がまず選んだのは親類や友人など「頼れる人」の多い場所でした。賃貸物件を選ぶ際にも、同じようにこの点を重視する人は多そうです。

「非常時にこそ、その重要性を再認識できるのが『コミュニティ』ですよね。これから注目される賃貸物件の2つ目としては、改めて『コミュニティ型賃貸』が支持されていくように思います。

例えば溝ノ口の『キャムスクエア』では、入居契約時に『笑顔特約』を設け、ほかの人とすれ違ったときに笑顔で挨拶を交わすことを約束しています。地域とつながることを大切にし、周辺のお店やイベントなど、さまざまな情報を共有するためにオーナーさんと入居者さんはLINEで繋がっているそうです。挨拶や小さな不具合の相談など、日々のコミュニケーションが生まれることで防犯や非常時の情報共有にも役立ちます」

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

キャムスクエアでは「笑顔特約」を設けたり、鍵を渡すときにキーホルダーをプレゼントするなど、入居時からコミュニケーションを大切にしている(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

(写真提供/わくわく賃貸)

「コミュニティ型賃貸」といえば、ここ十数年で「シェアハウス」も増えました。複数の世帯が同じ空間で過ごすシェアハウスでは「密」を生むことへの懸念などもあったのではないでしょうか。

「はい、コロナ禍で『シェアハウスは大丈夫?』と多くの人に聞かれました。結論からいうと、物件ごとに感染対策をしっかり採られたうえでなら、複数人で暮らすことのリスクよりも共有スペースがあることなどのメリットが上回ったといえます。広い共有スペースはテレワークがしやすく、誰かの気配を感じながら仕事ができますから」

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

共有スペースを有するシェアハウスは、テレワークにも最適(写真/PIXTA)

それぞれの物件がもつ「ストーリー」に共感

たしかに誰かの気配を感じることが落ち着く、という感覚に納得しますし、入居者間のコミュニケーションを大切にしている物件には魅力を感じます。一方で、ひとりで過ごす場所やプライベートな時間を重視する人もいて、ニーズが多様化していることを感じます。個人によって好みや志向が異なるなかで、多くの人の支持や注目を集める物件も出てくるでしょうか?

「これからは“ストーリー”や“住みたい理由”を持つ物件に魅力を感じる人が増えるでしょう。八王子にある『アパートキタノ』は、DIYを前提として住む人が自由にお部屋を変えることができます。この自由さに共感したクリエイティブな人たちが集まり、SNSなどでDIY事例やこの物件の魅力を発信するため、さらに人気が高まっているといいます。

賃貸物件を探すときには、これからの生活をイメージしながらワクワクする物件を探したいですよね。ぜひ“ストーリーのある物件”を見つけていただければと思います」

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

京王線・北野駅から徒歩15分ほどの場所にある「アパートキタノ」。築26年の趣を感じさせるDIY前の部屋の様子(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

「アパートキタノ」に住む沼田汐里さんがDIYしたお部屋。板張りの壁にDIYを施されたインテリアがオシャレ(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

アクセサリー作家・大坪郁乃さんがDIYして住んでいるお部屋。白とグレーのペンキを混ぜて壁を塗っている(画像提供/アパートキタノ)

まだまだ手探り、これからも変化しつづける賃貸物件

これまで新しい取り組みを行っている物件やサービスをたくさん紹介いただきましたが、このような時代の流れにあわせて、大手の住宅メーカーも新しい商品開発に着手し始めたようですね。

「大東建託が7月1日からテレワーク対応型の間取りプランを採用した賃貸住宅の販売を開始しました。このように専用部に仕事ができる場所を確保することはもちろん、共用部にワークスペースを併設したり、1階のテナントにコワーキングスペースが入っている物件なども今後増えていくかもしれませんね」

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

大東建託が7月1日より販売開始した「DK SELECT」ブランドの賃貸住宅(資料/大東建託プレスリリース)

一方で従来のスタイルの賃貸物件においては、大家さんがポストコロナの生活への対応についてまだまだ手探りの状態で、課題も多いと言います。

「例えばテレワークの時間が増えたことで、『インターネット回線の接続が良くない』というクレームが増えたそうです。これまでは入居する人も大家さんも、通信速度や安定性まで強く意識する機会は少なかったのではないでしょうか。物件の仕様もウィズコロナ・ポストコロナの生活スタイルに応じて変わっていくかもしれませんね」

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

テレワークの機会が増えたことにより、「インターネット接続の安定性」など、これまで意識しなかった点も物件探しのポイントになるかもしれない(写真/PIXTA)

永井さんにお話いただいたように、これからは専用のワークスペースがある物件や地域や入居者間のコミュニティを大切に築く物件、簡単に貸し借りができるような賃貸物件が増えていきそうです。また、距離に縛られなくなれば、住む場所の選択肢も広がります。

自分がどんな暮らしをしたいのか、どんな毎日ならワクワクするのか、もう一度自分の「好きなもの、好きなこと」を見直すことが、ダイレクトに賃貸物件選択につながる――。部屋探しもますます自分らしく楽しむ時代になりつつあるのかもしれませんね。

●取材協力
・全国賃貸住宅新聞
・ADDress
・HafH
・KabuK Style
・キャムスクエア
・アパートキタノ

テレワークしやすいのはどんな書斎?ウィズコロナ時代の快適なワークスペースのつくり方

衛生意識の高まり、巣ごもり生活の長期化、テレワークの普及など、新型コロナウイルスが住環境に与えた影響は大きい。そこで今回は、注文住宅からリノベーションまで幅広く手掛けるLOHAS studio(株式会社OKUTA)チーフインテリアデザイナーの小山祐理子さんと、オフィス家具メーカー・株式会社オカムラ ワークデザイン研究所第二リサーチセンター所長の上西基弘さん、それぞれ家づくりとオフィスづくりのプロに、これからの時代に合う快適なワークスペースづくりのヒントを教えてもらった。
コロナ後、リノベーションで人気なのはワークスペース

緊急事態宣言が解除されても、「新しい生活様式」として根付いたマスクの着用や手洗い・うがいの徹底、そして在宅ワーク。新型コロナウイルス感染が広がる前後でのお客さんからの問い合わせ内容の変化について、LOHAS studioの小山さんに尋ねたところ、家に求めるものが変わったのを実感しているという。

お客さんからの要望で、一番多いというのが書斎・ワークスペースだ。テレワークを推奨する企業が増え、在宅勤務の比率が高まったことで、急速にニーズが高まっている。新型コロナウイルスが流行する前は、リビングの一角にワークスペースを設けることが多かったが、オンライン会議の機会が増えたため、音の問題から個室が注目されるように。

「“リビングを広く、個室を狭く”という、間取りのトレンドは変わらないと思います。ただ個室のひとつを書斎として使う場合も想定して、今後は個室の数を必要とする人が増えていくのではないでしょうか」(小山さん)

リビングの一角(写真左奥)に設けたワークスペースは開放感があり、家族みんなで利用しやすい(画像提供/LOHAS studio)

リビングの一角(写真左奥)に設けたワークスペースは開放感があり、家族みんなで利用しやすい(画像提供/LOHAS studio)

オンライン会議が主流になり、ワークスペースも“見せ方”がポイントに

書斎・ワークスペース自体に求められる機能にも変化があるという。パソコンで作業するスペースや書庫などの従来の機能に加え、オンライン会議を行うにあたって、音漏れしない個室であること。そして背景と明かりが重視されるようになった。

壁は一面を板張りやアクセントクロスにすることで、カメラ写りの見栄えを良く。もしくはバーチャル背景にしやすいプレーンな壁にしたり、ロールスクリーンを設置したりと、お客さんの好みに合わせて提案しているという。明かりも、作業面というよりもオンライン会議などで映る際のことを重視。光の入り方や照明位置で相手からの見え方が大きく異なるからだ。

デスクの背面は扉だが、PCの角度を調整すれば左一面の白い壁を背景として利用できる(画像提供/LOHAS studio)

デスクの背面は扉だが、PCの角度を調整すれば左一面の白い壁を背景として利用できる(画像提供/LOHAS studio)

現在、自宅でオンラインセミナーを行っている小山さん。自宅のフリースペースをアレンジし、セミナー用に家具レイアウトを変えたそうだ。「試行錯誤を重ねた結果、南から光の入る窓に向かってデスクを配置すると、人への光の当たり方がよく、おすすめです。また、背景が壁である方が逆光にならず余計な物が写り込みません」(小山さん)

自宅に書斎やフリースペースがない場合は、日中は使用しない寝室の一角を利用するといいそう。壁を背後にしてデスクを置くと、音と見せ方に配慮された簡易的な書斎に。互いに音を気にしなくていいようになり、家族みんなが快適に過ごすことができるだろう。

LDKと引き戸(右手前)で区切られた個室の書斎。引き戸を開けると家族とのつながりを感じられ、テレビ会議などの際には扉を閉めて音対策ができて便利と好評だそう(画像提供/LOHAS studio)

LDKと引き戸(右手前)で区切られた個室の書斎。引き戸を開けると家族とのつながりを感じられ、テレビ会議などの際には扉を閉めて音対策ができて便利と好評だそう(画像提供/LOHAS studio)

家に点在するリラックス要素が集中につながる

続いては、株式会社オカムラのワークデザイン研究所が行った調査を基に、快適なワークプレイスづくりのヒントを探っていこう。

「オフィスを前提としたデータではありますが、集中作業を始めようとするときに好ましい環境について調査しました。その結果、図書館のように静かで周りの人も集中作業をしていて、自習コーナーのようにほどよくパネルに囲まれている環境を好むと回答した人の割合が高かったです」と上西さん。ただ、こちらはひとつの側面で、カフェのようにある程度音があったり、囲いがない方がよかったりと、集中に入りやすい環境は、好みが分かれるという。

また、集中作業に入る際の促進要因として「靴が脱げる環境」を挙げた人が一番多く、「窓から見える外の景色」が続く。お気に入りのBGMが流れていることや、飲食ができることもポイントとして多く挙げられ、「集中のしやすさを尋ねた結果だが、リラックスできる環境とつながっている」と上西さんは分析。これら集中作業に入る際の促進要素が自宅にはある。

集中作業に関する調査の結果(出典/「オフィスと人のよい関係」岡村製作所(株式会社オカムラ)、日経BP社、2007年)

集中作業に関する調査の結果(出典/「オフィスと人のよい関係」岡村製作所(株式会社オカムラ)、日経BP社、2007年)

自宅に書斎・ワークスペースをつくる際は、窓があり、光の変化を感じられる環境だと集中につながるという。照度や室温などは、厚生労働省がまとめた「自宅等でテレワークを行う際の作業環境整備のポイント」も参考になると教えてくれた。

「ABW」を家にも応用すると仕事の効率アップに

自宅に書斎・ワークスペースがなく、リビングなどで仕事をする人が半数という調査もある。そこで、「オフィスづくりで注目されている“ABW”を自宅に取り入れるのも解決策です」と上西さん。

「ABW」はActivity Based Workingの略で、これから行う作業内容に合わせて場所を選択する働き方。希望した好みの場所を選ぶことでモチベーションが上がり、集中して効率的な仕事につながるという。

「ダイニングテーブルや机など1カ所にとどまらず、作業や気分に合わせて、窓際やソファなどに移動しながら働くと、オフィスと同様に有効だと思います。在宅ワークの問題として音が挙げられますが、その対処法として、生活音や同空間にいる人から離れることができる場所を予め探しておくと、オンライン会議や電話の際にも不便がないでしょう」(上西さん)

集中作業に入る際の促進要因があり、空間のにぎわいから離れるため、オフィスづくりの際は窓面に集中するためのスペースを設計することが多いそう。自宅という限られた空間でも、窓の近くにも机を置くなど作業できる環境を整えると、選択肢が広がりそうだ。仕事の内容に合わせて働く場所を選ぶABW。自宅でも取り入れてみると、より一層効率的に仕事ができるかもしれない。

仕事とプライベートのものを分けてON・OFFの切り替えに

在宅ワークでは、ONとOFFの切り替えが難しいという調査結果が出ている。仕事とプライベートとのON・OFFだけでなく、仕事中のON・OFFも大切になる。会社ではコピーのために歩いたり、周りから話しかけられたりして、作業を一旦中断できるが自宅ではそのきっかけが少ない。

「アラームやタイマーを使って、仕事の合間に軽く体を動かすアクティブレストの時間を設けたり、30分~1時間に一度立つなど姿勢を変えたりするといいですよ。テレビやラジオで放送されている体操を日課にしている方もいらっしゃいますね」と上西さん。

上西さんに在宅ワークで工夫した点を尋ねたところ、仕事の荷物を片付ける場所をつくったという。「仕事のものとプライベートのものを分けることでON・OFFの切り替えになります。仕事のものを仕舞えるワゴンや棚を設けるのがおすすめです」(上西さん)

カバンや筆記用具をまとめられ持ち運びに便利なオープンワゴン「Lives Wagon ライブス ワゴン」(画像提供/株式会社オカムラ)

カバンや筆記用具をまとめられ持ち運びに便利なオープンワゴン「Lives Wagon ライブス ワゴン」(画像提供/株式会社オカムラ)

さらに在宅ワークでの問題として、ダイニングチェアなど長時間座るのに不向きな椅子で作業するため、腰を痛めている人も多いと耳にする。その解決策を伺ったところ、座面の高さや背もたれの角度を調節できるなど、人間工学に配慮した椅子を選ぶとともに、好ましい着座姿勢を意識することが大切だという。

「パソコン作業中は前傾姿勢になりがちです。座ったときに後頭部と背中、骨盤、かかとが、壁に接するように立ったときと同じようなS字形カーブを保ち、足の裏が床に着いて、膝下が床と垂直になっている姿勢が好ましいので、椅子には深く座り、足置きを置くなどして姿勢を調整するといいでしょう」と上西さん。クッションで椅子の座面の高さや腰まわりのサポートをする、パソコン画面が見やすいように高さや角度を台などによって調整する、姿勢が崩れてきたと感じたら一度立ち上がって座りなおしたりするのも有効だという。

働く環境をそれぞれの機能性・嗜好性に合わせてパーソナライズすることが、仕事の効率性やモチベーションを上げるために有効だという研究結果もあるそう。資料を広げる際には大きなテーブルを使ったり、手が届く範囲にスツールなどを置いたりと、家具やアイテムを取り入れて、作業しやすいように空間をパーソナライズしてみよう。

天板の高さを変えられ、立ち姿勢でもデスクワークが可能になる「VICINOヴィチーノ」(画像提供/株式会社オカムラ)

天板の高さを変えられ、立ち姿勢でもデスクワークが可能になる「VICINOヴィチーノ」(画像提供/株式会社オカムラ)

テレワークの普及から、これから新築やリノベーションをするのであれば、書斎・ワークスペースを設けることが欠かせなくなりそうだ。現在の自宅内でも機能を切り分けて、机の向きを変えたり、ツールを使ったりすれば仕事をしやすい環境になる。本記事を参考に、自分が集中しやすいよう空間をアレンジしてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・株式会社OKUTA
・株式会社オカムラ

「歩道」がにぎわいの主役に!? 規制緩和が生むウィズコロナ時代の新しい街の風景

コロナ対策として「3 密」の回避が提唱され、商業施設をはじめ、公共交通機関やオフィスでも「ソーシャルディスタンス」を呼びかける掲示や床にラインが引かれるなど、さまざまな対策が採られています。
そして、この影響は街の交通を担う道路や歩道の使い⽅にも新しいアイデアを取り込む変化を与えているようです。

そこで、これまで街の再⽣や道路・歩道の活⽤に取り組んできたワークヴィジョンズの⻄村浩さんに、国内・海外の魅⼒的な事例やこれからの街と暮らしについてお話を聞きました!
ワークヴィジョンズの西村浩さん(右)。佐賀市街地活性化を目指してオープンさせた「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」の前で(写真提供/ワークヴィジョンズ)

ワークヴィジョンズの西村浩さん(右)。佐賀市街地活性化を目指してオープンさせた「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」の前で(写真提供/ワークヴィジョンズ)

全国各地で行われている! 「歩道活⽤」の実験

歩道活用の事例として筆者の記憶に新しいのは、佐賀県の「SAGAナイトテラスチャレンジ」です。2020年5月22日から6月6日の18時半から22時の間、佐賀市街地の屋台骨である中央大通りで、「3密」回避と地域活性化のために店舗の軒先1mほどのスペースにテラス席を設ける社会実験が行われ、全国の注目を集めました。このSAGAナイトテラスチャレンジの企画アドバイスを行った西村さんによると、「ここ2~3年でこのような社会実験が全国で盛んに行われている」と言います。

全国的に注目を浴びた佐賀県の歩道活用の社会実験「SAGAナイトテラスチャレンジ」実施中の風景(写真/唐松奈津子)

全国的に注目を浴びた佐賀県の歩道活用の社会実験「SAGAナイトテラスチャレンジ」実施中の風景(写真/唐松奈津子)

「岡山県岡山市、愛知県岡崎市でも佐賀県同様の1mチャレンジをやってきました。それぞれの街、もっといえば、その通りごとに、場所の魅力を活かした歩道の活用が進んでいます」(西村さん、以下同)

それでは、具体的にはどんなことが行われているのでしょうか? 西村さんに、岡山市や岡崎市の事例についても教えてもらいます。

「岡山県岡山市の県庁通りでは、もともと車道を一方通行2車線から1車線に減らしてその分を歩道に充てたいという市の計画がありました。自治体は道路や施設・設備などの『ハード』を先に整備しがちですが、それよりも『誰がどのように使うのか、使いたいのか』という『ソフト』の方が大切です。そのため、道路を整備する前に社会実験として、これまで2年かけて駐車場の一角にお店を出してみたり、道路の使い方についてのディスカッションをやってみたりしました」

岡山市の駐車場の一角で開催された、歩道の活用を考える「県庁通りデザインミーティング」(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡山市の駐車場の一角で開催された、歩道の活用を考える「県庁通りデザインミーティング」(写真提供/ワークヴィジョンズ)

車1台分のスペースでジュース屋さんも開業(写真提供/ワークヴィジョンズ)

車1台分のスペースでジュース屋さんも開業(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「愛知県岡崎市の連尺通りでは、住宅街のなかにある通りの雰囲気を活かす形で、オープンテラスを実施しました。また、その近くの康生通りでも、地元の人たちがやはり軒先1mのところに水槽をおいたり、おもちゃを出してみたり、遊び心のある風景をつくっています」

閑静な住宅地の中にある連尺通り(左)。1m分のテラス席が出されたことで、にぎやかな雰囲気になった(右)(写真提供/ワークヴィジョンズ)

閑静な住宅地の中にある連尺通り(左)。1m分のテラス席が出されたことで、にぎやかな雰囲気になった(右)(写真提供/ワークヴィジョンズ)

同じく連尺通りの社会実験中の様子。白いビニールテープで貼られた「けんけんぱ」のガイドが行き着く先には、木のおもちゃが待っている、地元住民のアイデア(写真提供/ワークヴィジョンズ)

同じく連尺通りの社会実験中の様子。白いビニールテープで貼られた「けんけんぱ」のガイドが行き着く先には、木のおもちゃが待っている、地元住民のアイデア(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡崎市の連尺通りと平行に走る康生通りでは、雑貨店の店先に並べられた多数のおもちゃで、通りの一角が、明るく、楽しげな印象に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡崎市の連尺通りと平行に走る康生通りでは、雑貨店の店先に並べられた多数のおもちゃで、通りの一角が、明るく、楽しげな印象に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「3 密」を避けるために、道路の使⽤規制が緩和された!

このようにここ数年、歩道の活用が全国で進んできた背景の一つとして、道路の活用について、徐々に国の規制緩和が進んできたことがあります。通常、歩道を含む道路を使用するには、管轄の警察署に「道路使用許可」、道路管理者に「道路占用許可」をとる必要があります。

ところが近年、イベント等で道路を活用したいというニーズが高まり、2005年に地域の活性化やにぎわい創出のため、道路管理者の「弾力的な措置」、つまり許可に融通を効かせるよう国土交通省から通知が出されました。さらに通常、地域の団体や民間企業が道路を使用する場合はその許可申請と一緒に「占用料」を払う必要がありますが、地方自治体が一括して申請することで占用料は不要になりました。

今回、その国交省が新型コロナウイルスの影響による社会ニーズを反映する形で、6月5日にさらに規制緩和を行ったのです。つまり「3密(密閉空間、密集場所、密接場面)」を避けるための暫定的な営業において、地域の清掃に協力するなど一定の条件を満たせば、地方公共団体だけではなく、地元関係者の協議会や地方公共団体が支援する民間団体なども道路の占用料が免除されることに。これにより、テイクアウト販売やテラス席設置のための道路使用・道路占用の許可が受けやすくなりました。

2020年6月5日に国土交通省から通知された、道路占用の許可基準緩和についての内容。イメージ画像に「SAGAナイトテラスチャレンジ」の画像が使用されている(資料/国土交通省)

2020年6月5日に国土交通省から通知された、道路占用の許可基準緩和についての内容。イメージ画像に「SAGAナイトテラスチャレンジ」の画像が使用されている(資料/国土交通省)

先に紹介した佐賀県や岡山市、岡崎市の事例は、国の通知を待つことなく自治体独自で展開した例ですが、今回の国交省の通知によって全国でいっそう、このような取り組みが進みそうです!

海外の街の「なんだかステキ!」も歩道がカギを握る

これまで西村さんが街の再生を考えるときには、海外の事例なども参考にしてきたそうです。

「欧米の人たちは外での過ごし方がすごく上手ですよね。特に北欧の国などでは日照時間が短いために、外で過ごすことへの願望が強いらしく、天気のいい日は出来る限り日光の当たる場所にいたいといいます。

写真はオランダのユトレヒトの街の風景ですが、人々がテラスで食事を楽しむ風景は、欧米のいたるところで見ることができます。ポイントは、実はテラス席のテーブルや椅子が出ているスペースだけ歩道のパターンが違っていることです。歩道の活用を前提にした街区の設計が意図的に行われることを示すものだと思います」

オランダ・ユトレヒトのカフェの風景。テラス席はパターンの違う石畳の中にきっちり収まっており、歩行者を妨げない形に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

オランダ・ユトレヒトのカフェの風景。テラス席はパターンの違う石畳の中にきっちり収まっており、歩行者を妨げない形に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

先に紹介した岡山市の県庁通りでは今まさに工事が行われており、この歩道のパターンを変えることによって、活用可能なスペースを明示する手法を取り入れたのだそうです。さらに西村さんは、海外で歩道の活用が進んできたのは、外で過ごす風土や習慣だけでなく「ボランティアをはじめとする公共空間の使い方の教育もポイント」だと言います。

「例えば海外の公園では、管理・運営が市民団体やボランティアによって行われているところが少なくありません。海外では、地域に住む人たちが自分たちの街をよくするために、公共空間の清掃や整備はボランティアによって運営されるのが当たり前で、人気の公園などではボランティアの順番待ちすらあるそう。これは、幼いころからボランティアに参加することが普通で、みんなが使う場所を気持ちのいい空間にしたいから自分たちでやる、という教育が根付いているからだといえます」

アメリカのニューヨーク市のブライアント・パークは「BID(Business Improvement District)」という仕組みを活用にしていることでも有名。地域のエリアマネジメント活動資金を自治体が周辺の企業等から負担金として徴収・再配分、管理も一体的に任せて街づくりを推進する(写真/PIXTA)

アメリカのニューヨーク市のブライアント・パークは「BID(Business Improvement District)」という仕組みを活用にしていることでも有名。地域のエリアマネジメント活動資金を自治体が周辺の企業等から負担金として徴収・再配分、管理も一体的に任せて街づくりを推進する(写真/PIXTA)

気持ちよく使いたい、気持ちよく過ごしたい人たちが自分たちで動く、この思想や考え方は、これからの私たちの生活にも、必要な視点になりそうです。

これから街や暮らしはどうなる!? 私たちの新しいライフスタイル

このように、歩道が有効活用されるようになったとき、私たちの街や暮らしはどのように変わっていくのでしょうか? 今回の新型コロナウイルスが与えた影響と、今後の展望についても西村さんに聞いてみました。

「近年、歩道に限らず、公共空間といわれる場所でのルールが厳しくなって、例えば公園でボール遊びもできない、といったように『自由さ』が失われてきていたと思うんです。これは自治体をはじめとする管理者と住民の間で『信頼』が失われてきた結果だと思います」

近年、日本の公園では禁止事項が増え、ボール遊びができない公園も増えてきた(写真/PIXTA)

近年、日本の公園では禁止事項が増え、ボール遊びができない公園も増えてきた(写真/PIXTA)

「ところが、今回のコロナをきっかけに多くの人たちが外での時間を楽しむようになり、屋外の使い方が上手になったと感じます。例えばいつもは家でやるパズル遊びも外でやってみたら楽しい、とか、屋外の可能性にみんなが気付き始めた。これは失われた信頼を取り戻すチャンスなんです」

たしかに、先ほどの国交省のコロナ対策を目的とした歩道活用の通知も、全国からのニーズが高まったことを背景として挙げています。

「屋外、特に道路や公園などの公共的な空間をみんなが気持ちよく使っていくにはどうしたらいいか、それをしっかりと地域で話していくことで、これからの日本の街の景色が変わると思います。まずは自治体に対してそこで住む人たちが『屋外を使いたい!』と要望を上げ、地域主体で自律的な運用ができるように考え、お互いの信頼を回復していくことです。その姿を大人が見せることは、長い視点では子どもたちの教育にもつながります」

西村さんは公共空間をみんなが気持ちよく使うために管理者と住民の「信頼の回復」が重要だという(写真/唐松奈津子)

西村さんは公共空間をみんなが気持ちよく使うために管理者と住民の「信頼の回復」が重要だという(写真/唐松奈津子)

なるほど! 国交省の通知は一旦、今年の11月末までの暫定措置とされていますが、全国の自治体や住民の取り組み次第で、新しい国の動きにつながるかもしれませんね。

「面白い街に住みたい」気持ちから、街をみんなでつくる

コロナの影響受けて、地方に住みたい、就職したい若者が増えてきたというニュースが話題になりました。住む街や住まいの選び方も変わりそうです。

西村さんは「例えばひと言で『地元』と言っても、その県や市町村のなかでどの街に住もうか、と考えたときに、どんな場所を選びますか? 『あの街、なんか面白いことやってるな』という街に住みたくありませんか?」と投げかけます。たしかに、かくいう筆者も地元である佐賀の街が面白くなってきた、と聞いて、昨年から東京と佐賀の二拠点生活を始めた一人です(笑)。

西村さんが手がける、佐賀市街地の駐車場(左)を活用してオープンした店舗「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」(右)。店の前の通りでは週末にマーケットが開催され、街の風景を変えた(写真提供/ワークヴィジョンズ)

西村さんが手がける、佐賀市街地の駐車場(左)を活用してオープンした店舗「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」(右)。店の前の通りでは週末にマーケットが開催され、街の風景を変えた(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「面白いことをやっている街には、人が集まるんですよ。それが不動産の価値を上げて、街全体の価値も上がっていく。自治体も、不動産をもつ人も、そこに住む人も、商売をする人も、みんなが街を面白くしていこう、という気持ちをもって同じ方向に進むことで、もっと魅力的な街になり、そこに住む幸せにつながると思います」

西村さんは「日本ではほとんどの公園が税金によって管理・運営されているなんて言ったら、欧米の人はびっくりするのでは」といいます。
面白そうな街を選ぶ、という観点はもちろん、西村さんの言うように「自分たちが街を面白くしていくんだ」「もっと心地よい場所、通りにしていくんだ」という積極的な関わり方ができると、全国の歩道や街も、私たちの住む場所も、もっと素敵になりそうですね!

●取材協力
・株式会社ワークヴィジョンズ

”空き”公共施設をホテルやシェアオフィスにマッチング?「公共空間逆プロポーザル」がおもしろい

空き家が社会問題として取り上げられるようになって随分経ちますが、実は、空き家だけではなく、全国の地方自治体が持っている「公共施設」についても老朽化や財政圧迫などが大きな問題になっています。

そんな公共施設の活用方法について、民間事業者がプレゼン形式で提案し、そのアイデアに賛同する自治体とマッチングするのが「公共空間逆プロポーザル」です。このイベントを運営する公共R不動産の飯石藍(いいし・あい)さんと菊地マリエさんに公共施設の「これまで」と「これから」についてお話を聞きました!

空き家同様、公共施設も“モノ余り”の局面を迎えている!

「公共施設」と言えば、最近全国で新しく建てられ、話題になっている子育て施設や健康センター、観光・交流施設みたいなものをイメージする人も多いのではないでしょうか。

実は公共施設にはさまざまな施設や設備が含まれています。身近なもので言えば、小・中学校や図書館、公園や公民館、都道府県庁や市町村の庁舎、住居に関わるところでは公営住宅などもあります。そのほか、見えにくいものとして上下水道などの配管や電柱、道路、ごみ処理施設や給食センターなども公共施設に含まれます。

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

公共施設等の一例。筆者の住む品川区では、公共施設はこのように分類されている(資料:品川区「品川区公共施設等総合計画」)

そんな私たちの生活に欠かせない施設がいま、「モノ余り」の状況だと言います。一体どういうことなんでしょうか?

「モノ余りという意味で、一番分かりやすいのは、廃校かもしれません。平成14年(2002年)から平成29年(2017年)の15年の間に全国で7500以上(発生数)の学校が廃校になっていますが、これは毎年約300~600校程度が廃校になっているということです。すべての廃校を建て替えたり再整備をしたりするだけの経済的な余力があればいいのですが、ご存じの通り、国も全国の地方自治体も財政難という問題を抱えています。加えてこれから人口は減っていく一方。もはや自治体が公共施設を自分たちだけで管理・運営できなくなっているのです」(菊地さん)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

小・中学校や公営住宅なども「公共施設」の一つ(画像/PIXTA)

確かに、市庁舎や公営住宅が老朽化して建て替えなければならない、でも予算がどうこう……といった話をよく耳にします。

「公共施設は戦後から高度成長期にかけて大量に建設・整備をされました。その多くがコンクリート造であるため、耐用年数(=法定耐用年数、減価償却する資産が利用に耐える年数。鉄筋コンクリート造の建物の場合は47年)はほとんど一緒です。一気に整備をしたので、2010年くらいから一気に老朽化して、いま一気に再整備が必要になっている、という状況なんです」(菊地さん)

こんな活用ができたら、みんながもっと楽しい!

とはいえ、廃校が道の駅や宿泊施設になったり、クリエイターの集まるシェアオフィス的な施設になったりと、面白い事例も少しずつ出てきているように感じます。公共R不動産では、基本的にメディアやコンサルティングなど官民のマッチングを促すサービスを提供していますが、1つだけ施設の運営にも関わっているとのこと。

「公共R不動産メンバーが関わった公共施設活用の事例の一つに、静岡県沼津市の『泊まれる公園 INN THE PARK(インザパーク)』があります。もともと少年自然の家として長年親しまれてきた施設が使われなくなってしまい、沼津市がうまく活用してくれる民間のパートナーを探していました。市はその建物自体の活用事業を想定していましたが、現地に赴いたメンバーが一番魅力に感じたのは併設する広い公園です。この『公園にも泊まれる』、というアイデアをベースに、施設のリノベーションだけでなく、公園内に宿泊可能な球体のテントを設置することも提案しました。現在は別会社をつくって運営しています」(菊地さん)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。市のもともとの要望はこの施設の活用のみだった(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション前の沼津市少年自然の家。宿泊棟(写真提供/沼津市)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

リノベーション後。最大8名が泊まれる宿泊棟は全部で2棟ある(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

フロントのある本館はリノベーションされ、こんなに素敵な空間に(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

インザパークの公園のなかの森。木々の間で浮かぶ球体のテントが幻想的な雰囲気(写真提供/インザパーク)

木々の間に浮かぶ丸いテントに泊まれるなんて、子どもはもちろん、大人もワクワクしちゃいますね。

手続きの煩雑さを解消し、公共空間活用の間口を広げたい!

「公共R不動産」のサイトでは、このような全国の公共施設が活用募集中の物件として掲載されています。こちらに加え、公共R不動産が2年前から始め、話題になっているのが「公共空間逆プロポーザル(以下「逆プロポ」)」というイベントです。こちらは従来の公共施設の活用と、どのような違いがあるのでしょうか。自治体がもっている遊休化した公共施設の活用者を募集するにも、以前は各自治体のホームページ等でひっそりと掲載されるくらいで、なかなか民間事業者の目に留まりませんでした。それを公共R不動産で情報を編集し、まとめて紹介することで多くの人の目に触れるようにしたいと思い、公共R不動産を立ち上げたのですが、サイトを見た民間の方に活用に興味をもってもらっても、実はその後が大変なんです」(菊地さん)

「通常、自治体が公共施設の建て替えなどで、民間企業と一緒に何かの事業を行うときには公募(プロポーザル)という形を採る必要があります。これは手続きがとても煩雑で時間がかかる。さらに、公平な手続きが行われているかどうか、住民の目が光りますし、地域住民の合意や議会の承認手続きなどの障壁もあります。私たちの周りには柔軟なアイデアをもつ民間企業さんが多くいるので、そのような面白い事業を、公共施設の活用にもっと活かせないだろうか、また、民間の事業のようにもっとスピーディーに進められないだろうか、という気持ちで試しにやってみたのがこのイベントです」(菊地さん)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国から注目を浴び、満を持して開催した2019年の第2回のイベントは、参加自治体数・物件数・観客数は第1回を上回り、盛況をみせた(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国の自治体がもつ公共施設の情報を収集している公共R不動産だからこそ、見えてきた課題、そして実現できたイベントだと言えるでしょう。具体的には、どんなイベントなのかについても聞きました。

「もともとは、2018年に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』という本を制作した際、『妄想企画』というコラムの中で行政のサービスを面白く変えられないかと出してみたアイデアが発端なんです。昔テレビで放映されていた『スター誕生』という番組をご存じでしょうか? スターになりたい人たちが芸能事務所の人たちの前でアピールをして、うちの事務所で一緒にやろう! という担当者がプラカードを上げてマッチングをする、という番組です。あの番組からインスピレーションを受け、まず、民間事業者が公共施設をこんなふうに使いたい! とプレゼンテーションを行います。ぜひうちの自治体でそれをやりたい!という担当者がプラカードを上げることでマッチングのきっかけづくりをしています」(飯石さん)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

書籍「公共R不動産のプロジェクトスタディ」の妄想企画として掲載したイベントのイメージ画(写真提供/公共R不動産)

「面白い公共施設」を可能にするのは、民間事業者のプレゼンテーション

筆者も第1回、第2回と参加しましたが、イベントはかなりの盛り上がり! アイデアに賛同するプレゼンには、参加者がオレンジ色の「いいね」うちわを上げてリアクションしますが、会場全体がオレンジ色に染まる場面も多々ありました。

「最初は、自治体の人たちが本当にプラカードを上げてくれるんだろうか、民間企業の先進的なアイデアについていけるんだろうか、と不安でした。ところが、2018年に開催した第1回のイベントが予想以上に盛り上がり、昨年に行った第2回のイベントは第1回を超える規模で開催しました。全国定額住み放題サービス『ADDress』(2019年4月スタート)は、第1回のイベントのときにプレゼンター・佐別当隆志さんのアイデアを自治体に投げかけたところ、とても手応えを感じたので半年後に会社をつくって事業化されたと聞いています。直接自治体のもつ公共施設ではないのですが、社会問題として挙がっている空き家を活用し、自治体とも連携して一緒に進めているものです。全国にある空き家をきれいにリノベーションして運営していて、会費を払った会員が、どこでも好きな空き家を選んで住むことができます」(飯石さん)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

第1回のイベント後、わずか半年で会社をつくって事業展開したADDressの定額住み放題サービス。第2回のイベントではその詳しい経緯について紹介された(写真提供/公共R不動産 ©MIKI CHISHAKI)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

全国で60以上の拠点ごとに、さまざまな人たちと出会うことができるのもADDressの魅力(写真提供/ADDress)

SUUMOでも2019年の住まいのトレンド予測として「デュアラー=デュアルライフ(二拠点生活)を楽しむ人」を挙げ、その動向を追ってきましたが、まさに今の新しい住まい方に沿うアイデアですね!

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

主催者の不安をよそに、次々と自治体からプラカードが上がり、アピールタイムが足りないほど盛り上がった(写真提供/公共R不動産)

他にも世界中で「無印良品」ブランドを展開する良品計画と茨城県常総市とのマッチングが成立して、市営住宅の活用に関するプロジェクトが始動するところだそう! 常総市は第2回のイベントに市長自ら参加したことからも、自治体として「何が何でもアイデアをもって帰って形にするぞ」という気合いがうかがえます。これからもイベントがどう発展していくか、またプレゼンされたアイデアがどう実現されていくのかがとても楽しみですね!

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

このイベントに参加した茨城県常総市市長、プレゼンテーターのアイデアに市長自ら猛アピール(写真提供/公共R不動産  ©MIKI CHISHAKI)

これから公共施設はどうなっていく!? 公共R不動産のチャレンジ

これまでの取り組みをふまえて、今後、公共R不動産で予定していることについてもお二人に聞いてみました。

「逆プロポに関しては、コロナの影響もあり、しばらくイベントの開催が難しい状況もあるので、オンラインでのイベント開催を考えています。実は2月に予定していた福岡でのイベントは、急きょ動画で提供する形に変更となりました。実際にやってみて、オンラインでの実施でもマッチングにつながる可能性を感じました。当然、オンラインであれば、これまで遠方でなかなか足を運びづらかった自治体の担当者の方なども参加しやすくなりますしね」(菊地さん)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

コロナの影響で急きょ動画配信に変更された福岡県でのイベント。オンラインの可能性も発見できた(写真提供/公共R不動産)

「ほかにもイベント後に、プレゼンターとして登壇いただいた民間事業者の方々を連れて、アピールしてくださった自治体の公共施設を一緒に視察する機会もつくったりしています。施設の価値はそれ単体ではなく、周辺施設も含む立地であったり、その街を形成するコミュニティであったり、とさまざまな要素が絡み合って形づくられるものです、だからこそ、現地に行って肌で感じることも重要だと思います。実際に逆プロポでも、第1回では物件とのマッチングという側面が強かったのですが、第2回では物件単体というよりも、その街にどんな人がいて、何をやっているのか、という『コミュニティ』や、一緒に事業を仕掛けていける現地の『パートナー』に焦点が当たりました。それで然るべきと思いますし、その街ならではの資源が活かされるプロジェクトになるといいなと思います」(飯石さん)

お二人の話を聞いて、公共施設の現状や問題について、今まで知ることができなかった裏側の事情も少し垣間見えた気がしました。自分の住む街がもっといい街に、もっと面白い街になってほしい! という気持ちは多くの人にとって共通の想いなのではないでしょうか。
自分の住む街が魅力的な街になるように、また魅力的な街を選べるように、住まいとともに公共施設の現状や使い方にも興味をもって、地域のコミュニティに主体的・積極的に関わっていきたいものですね。

●取材協力
・公共R不動産
・株式会社アドレス
・株式会社良品計画
・常総市

資源ごみ「捨てられない時代」に!? 税金負担も左右するごみ処理知識

新型コロナウイルス対策下、自宅で過ごす時間が増え、家の掃除をしたり生活を見直したりする機会が増えているようです。また7月からはレジ袋の全面有料化が始まるので、改めてごみやリサイクルに対する知識をつけておきたいところですね。

そこで今回は、リサイクルの現場やごみの正しい出し方について、モノファクトリーの河西桃子さんにお話を聞きました。モノファクトリーでは、グループ会社の産業廃棄物処理業者であるナカダイに運びこまれた廃棄物を、ユニークな方法で利活用しているそうです! どんな方法があるのでしょうか?
コロナの影響で、家庭ごみが増えている!産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

自宅にいる時間が増えると、家の中のいろいろなところが気になります。私も3月以降、これまで使っていた照明器具を買いかえたり、家の中の汚れが気になって頻繁に掃除をしたりするようになりました。

「コロナの影響は、ごみにおいてもさまざまなところで変化を与えています。まず、自宅でジュースやお酒などを飲む機会が増えたことで、アルミ缶がごみとして出される量が確実に増えました。また、資源ごみや粗大ごみの回収量も増えているといいます。

さらに、私たちの気持ちの変化も大きいでしょう。近年、ごみを減らすために、エコバックをはじめとしてものを繰り返し使うことや、一つのものをシェアするなど、ものの有効活用の意識が少しずつ浸透してきたと感じます。けれども、今回のコロナ対策下では、衛生面に配慮して感染リスクを避けることが最優先になりました。これもこの数カ月でごみが増えている原因の一つと言えるでしょう」(河西さん、以下同)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

実は、日本のごみ処理は危機的な状況に!?

やはり、家庭ごみの量が増えているんですね。全国で同じようなことが起こっていそうで心配です……。

「コロナ対策の前から、廃棄物は国内でだぶつき始めています。実は、一昨年くらい前から中国が資源ごみの輸入をストップしていて、このニュースは業界内では話題になりました。それまで日本は中国にお金を払って資源ごみを処理やリサイクルしてもらっていたわけですが、以来、ごみの出し先がない状況です。私たち廃棄物処理業に携わる者は、そう遠くないタイミングで『捨てられない時代』になるのでは、と危機感を持っています。一般の家庭に影響が出ていないのが不思議なくらいなんです」

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

コロナの影響にかかわらず、すでに日本のごみ事情はかなり切迫している状況だったんですね。このような危機的な状況を回避するためにも、私たちが家庭でごみを出すときに気をつけることなどはありますか?

「まず、ご家庭でごみを出すときのベストな方法は、当たり前のようですが、本当に『自治体が指定する通りの方法で出すこと』なんです。自治体によってごみの処理方法は異なります。例えば、燃えるごみにプラスチックを入れていいかどうかが自治体によって異なりますが、それは各自治体がもっている焼却炉のスペックが異なるからです。つまり、プラスチックを焼却する際に発生する有毒ガスを浄化できる機能を持った焼却炉があれば、プラスチックも燃えるごみとして出すことができます。自治体の提示するごみの出し方は、それぞれ最も効率よくごみを利活用または処理できる方法になっているので、ぜひその通りに出してください」

資源ごみのさまざまな疑問・質問に回答!

やはり、ごみの出し方の指定にもそうすべき理由があるんですね。
私もここ最近、自治体から配布されているごみの捨て方の冊子を開いてみたんですが、一つひとつ確認しながらその通りに出すのは結構大変です。これだけ労力を使うと、ごみが一体どのように活用されているのかが気になります……。そこで、河西さんにいくつかの質問を投げかけて、答えてもらえました。

●資源ごみとして紙を出すとき、縛る「ひも」も、紙のひもでないとダメ?
「基本的にはガムテープでもビニール紐でも大丈夫なはずです。紙はリサイクルの過程で一度水に溶かして不純物はすくい取ってしまうので、別の素材で縛ってもそれほど大きな問題になりません。ただ、リサイクルする機械のスペックにもよるので、最終的には住んでいる自治体に確認をしましょう」

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

●蛍光灯は資源ごみ? どんな形でリサイクルされるの?
「蛍光灯はちゃんと分解すれば100%リサイクルができます。ガラスの部分はグラスウールに、両端の金属部分はアルミとして、中の水銀もリサイクルされます。ただし、蛍光灯が割れると水銀の取り扱い上、資源ごみとして出せなくなるので、割らないように注意してください」

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

●古着の回収があるが、どのように使われるの?
「素材や服として再利用できるものは、国内の寄付団体などを通じて、海外へ輸出されることが多いようです。また、綿100%の衣類は国内でもウェス(油や汚れなどを拭き取るための布)として工場や工事現場などで利用されています」

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

「発想はモノから生まれる」モノファクトリーの取り組み

ごみの行き先や使い道を教えてもらったことで、俄然、ごみやリサイクルに興味が湧いてきました! モノファクトリーさんでは、近年の社会的なニーズの高まりに応じて産業廃棄物を利活用されているそうですが、その取り組みについても詳しく教えてください。

「当社グループ会社のナカダイが、産業廃棄物処理業者です。産業廃棄物は大きく4つのルートを辿ります。1つはマテリアルリサイクルと呼ばれるもので、単一の素材にして資源として再利用します。代表的なものには鉄やペットボトルをイメージしていただくと分かりやすいでしょう。2つ目はサーマルリサイクルと言って、リサイクルできないものがある場合に、燃やして灰にするだけでなく、燃料等に加工して熱源などに活用します。3つ目は家具や家電など、まだ使えるものをリユースすること、そして最後は焼却などの適切な方法で処理して埋め立て処分等することです」

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

ナカダイで産業廃棄物として回収したものを、モノファクトリーで加工したり、活用している、ということでしょうか?

「モノファクトリーでは、『捨て方のデザイン』と『使い方の創造』を提案しています。捨て方のデザインについては、主に企業向けに大量に出る産業廃棄物をどのように回収すれば有効な資源として使えるか、コンサルティングやアドバイスを行っています。使い方の創造については、リサイクルの過程で出た素材を仕入れ、大量に集めて展示・販売しています。私たちは『発想はモノから生まれる』ことを伝えていますが、素材をいろいろ触ってみた結果、これに使えるかも、というアイデアが出ることを面白がっていただきたいのです」

「自由な発想」でモノが新しい価値を生む

どのような素材がどのように活用できるのか、素人にはなかなかすぐにイメージしづらいのですが、具体的に面白い事例があれば、ぜひご紹介ください!

「まずは、隈研吾さんが設計した三鷹駅前の『ハモニカ横丁ミタカ』です。放置自転車360台分の前輪を、外装や店舗什器に使用しています。素材を単品で考えるだけでなく、同じものがたくさん並ぶ、ということによってとてもインパクトのあるものになりますよね。特にインテリアやDIYなどが好きな人は、同じものを並べてディスプレイするなど、自由な発想で楽しんでいただきたいです」

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

さすが日本を代表する建築家の隈さんならではの活用法ですね。私たちが普段の生活に簡単に活かせるようなアイデアもありますか?

「先日、ショールームにいらした親子連れのお母さんが素材を見て口にしたひと言が印象に残っています。ゴムの細長い素材を見て『このゴムを使えば引き戸のドアがいつもバタンと大きな音を立てて閉まるのを防げるかも』と言って買っていかれたんです(笑)」

なるほど! まさに「発想はモノから生まれる」ですね。

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

快適で持続可能な生活のために、私たちがこれからできることは?

本日のお話を聞いて、楽しみながらごみをリサイクルしてまた活用する、という流れができるといいなと思いました。

「その通りです。近年、海外の商品を安く手軽に購入できるようになりました。将来的にごみが捨てられない状況になれば、国内で再利用する仕組みを考えていくほかありません。そのとき、ごみを処理するためにかかる費用は、税金やそのほかの形で一層私たちにのしかかってくることになるでしょう。本当は、商品をつくって販売する会社が責任をもって、商品を買った人からごみを回収して再活用する、という『循環』の体制ができればベストです。私たちもごみを扱う会社として、有効にごみをリサイクルできる方法を各企業に提案しています。

また、そのような事業を行っている会社を応援する意味でも、自分が消費者として購入する場合には、値段だけではなく、販売したものを循環させる仕組みや体制があるかどうかなど、各企業の取り込みにも興味を持って購入してほしいと思います」

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

河西さんのお話によれば「ごみは単一の素材として分類されていればリサイクルができる」といいます。その素材が複雑に絡み合っていたり、汚れたりしていると、きれいな単一の素材にするために分解をしたり、洗浄したり、といった作業が必要になるのだそうです。その作業費が膨れ上がれば、最後は私たちが税金やそのほかの形でその負担をすることになるわけです。

日々、商品の購入から使用、ごみの廃棄までちょっとしたケアをすることで、無駄なごみや無駄な費用を抑制できることが分かりました! 私たちの生活が快適で持続可能なものになるよう、商品の選び方やごみの捨て方にも意識して取り組みたいですね。

●取材協力
・株式会社モノファクトリー
・株式会社ナカダイ

香りで巣ごもり生活を快適に!アロマ空間デザイナーに聞くアロマの上手な使い方

ここ数年、ブランディングの一環として、「香り」を取り入れる企業が増えている。創り上げたい空間イメージに合わせた香りのデザインも広まりつつある。香りを演出するニーズが高まった背景、さらに自宅で香りを楽しむ際のポイントなどについて、香りのトータルサービスを提供する「アットアロマ」で、企業広報兼アロマ空間デザイナーとして、香り制作を手掛ける武石紗和子さんに伺った。
記憶とコミュニケーションづくりにつながる「香り」

日本で香りを日常に取り入れる機会が増えてきたのは、2000年ごろ。病院でアロマセラピーの効果効能を活用したり、ブライダルなどで非日常空間を演出したりと、さまざまな場面で香りが使われるようになった。その後も、天然アロマを活用した空間演出への需要は拡大しつつある。「現在はホテルや店舗・ショールームでのニーズが多く、香りを使った“プラスαのおもてなし”が求められています」と武石さんは分析する。

空間デザインにおいて、色や形などの視覚、そして音楽などの聴覚を使った工夫は従来からされてきた。しかし嗅覚に働きかける香りのデザインは、これから開拓の余地が大いにある。

イメージづくりにおいて「香り」が重要なのはなぜか。まずは、香りの持つさまざまな機能があげられる。天然の植物から抽出されるエッセンシャルオイルにはリラックスやリフレッシュなどの効果が期待でき、おもてなしの気持ちを嗅覚からも伝えることができる。また、近くの飲食店のにおいの影響を受けたり、においがこもりがちだったりする場所では、それを解消することがその場所の印象の改善につながる。また、香りが企業のブランディングと結びついて、記憶に残る効果もある。

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

香り演出の需要は、ショップやオフィス、マンションのエントランスでも増えているという。アットアロマでは、100%天然のエッセンシャルオイルを使用し、全世界で3000カ所以上の施設でアロマ空間デザイン導入事例がある。そのひとつ、セレクトショップ「SHIPS」では、販売員とお客さんとの会話が「いい香りですね」から始まることも。空間デザインの一要素としてだけでなく、コミュニケーションのきっかけとしても、香りの果たす役割は大きい。

利用者に配慮しながら企業イメージを香りで表現

多くの企業が注目している、香りのデザイン。実際、企業と香りを共同開発する際に、どのようなステップでオリジナルの香りが生み出されていくのか尋ねた。

「企業からの要望は、ブランディングを目的として、企業イメージを香りに置き換えたいというニーズが多いです。なぜオリジナルの香りを取り入れたいのか、どのように活用したいのかなどを伺いながら、その用途やイメージに合った香りを提案していきます」(武石さん)

おもてなしを大切にしたいという場合はリラックスできる香り、利用者の記憶に残したいという場合はデザイン性の高い個性的な香りなど、企業からの要望に合わせて香りの方向性を決めていく。

「特に不特定多数の方がいらっしゃるような空間では、生活の中で馴染みがあり、好みが分かれにくい柑橘系の香りを取り入れる場合が多いです」(武石さん)

使用している天然のエッセンシャルオイルの香りは、人工的な香りと比較すると自然な香り立ちで好まれやすいが、演出の際には弱めの濃度設定から試していくなど、さまざまな利用者に配慮。導入後も定期的に、現場の意見を確認しながら演出方法や濃度を見直し、最適な演出となるように調整をしているという。

そして具体的な香りについては、“明るい”や“落ち着き”といった単語、または色や画像などで、企業とイメージを共有していく。阪急阪神不動産の分譲マンション「ジオ」のイメージ戦略の一環で、モデルルームを演出する香りを共同開発した際は、ブランドコンセプトである「品と質。その、頂へ。」、そして土地に長く根付くイメージなどから調香。モダンなウッドの香りを基調に、柑橘など10種類のアロマを混ぜて、上質な落ち着きをもたらす高級感が漂う香りに仕上げた。

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

気分に合わせてアロマでセルフケア

空間の印象を決めるだけでなく、香りには心身を癒やす効果もある。ハーブなどの植物から抽出したエッセンシャルオイル(精油)を使って心身の健康維持を目指すのがアロマセラピーだ。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されたとはいえ、以前のようにリフレッシュできない・在宅勤務でオンオフの区別がつけにくいといった悩みを抱えている方も多いだろう。自宅に居ながら気軽に気分を変えたり、自律神経を整えたりする際に役立つ、エッセンシャルオイル選びの情報を紹介しよう。

オイルの種類は、オレンジやグレープフルーツなどの「果実」、カモミールやイランイランなどの「花」、ペパーミントやユーカリなどの「葉」、ヒノキやサイプレスなどの「木」の4つに分類される。「果実」と「花」は、甘く魅惑的なリラックスの香りが多く、「葉」と「木」はスーッとした爽やかな香りで抗菌作用などを持つものが多い。男性には落ち着きのあるウッド(木)系、女性には気分を明るくしてくれる花系の香りが好まれやすいという。

まず、どことなく気分が落ち込んだり不安を感じる方には、サンダルウッドやシダーウッドなど、落ち着きと自信をもたらずウッド系の香りがおすすめだ。しっかりと地に根を張る木。その姿の通り、落ち着きと自信をもたらしてくれる香りで、本来の自分らしさを取り戻したいときに試してみよう。

生活リズムが狂うなどで、眠りが浅くなっている方には、ラベンダーやイランイランが心身に安らぎと落ち着きをもたらしてくれる。就寝前に香りをかいだり、寝室に香りを漂わせるのがおすすめだ。

在宅勤務の際など、ONモードへの切替えに適しているのが、ローズマリー、レモン、ユーカリ。頭をシャキっと目覚めさせる香りで、記憶力や集中力を高める作用などが期待できる。

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

アットアロマでの売れ筋を尋ねたところ、最近はやはり新型コロナウイルスの影響もあり、抗菌・抗ウイルス作用の期待できるアイテムに反響があるという。「C02 クリーンミント」は、スッとするミントの香りで気分をリフレッシュできるだけでなく、空気中の浮遊菌・ウイルスに対する抑制効果を持つことが試験で確認されている。

また、安眠に特化した「スリープシープ」シリーズも、快眠セラピストが監修した香りが好評。天然の羊毛フェルト素材でつくられた羊型のボトルディフューザーのかわいらしさも心をときめかせてくれる。

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

ディフューザーがなくてもOK! 自宅で簡単にできるアロマ活用法

アロマセラピーではディフューザーを用意しないといけないと思いがちだが、オイルだけでも活用できるという。「扇子やうちわにオイルを付けて風を仰ぐのもいいですし、ティッシュにオイルを少し垂らして、枕元に置いて寝るとリラックスできます。また、ミストタイプならシャワーの前に浴室に吹きかけると、蒸気と一緒に香りが広がります」と武石さんが教えてくれた。

ちなみに、武石さんに好きな香りを伺ったところ、ユーカリという答えが。「シンプルな香りが気持ちをフラットにしてくれますし、抗菌・抗ウイルス作用に優れるので、マスクに付けて使ったりしています」(武石さん)

もちろんディフューザーを使えば、空間全体に香りを漂わせてリラックスすることができる。子どもがいる際には、まずはほのかに香らせる程度の薄い濃度設定からスタートしよう。触れて倒してしまったりする事が無いよう置き場所についても注意が必要だ。また、ペットがいる場合、香りの種類によってはペットにとってストレスになることがある。念のためかかりつけの獣医に相談しよう。

空間イメージを演出したり、気分や体調を整えたりと、香りにはさまざまな効能がある。コロナ影響により、在宅時間が長くなり気分転換もしづらい日が続いているが、インテリアの模様替えと同様に、自宅の香りを選ぶことで、住まいをさらに快適な空間に変えることができるかもしれない。

●取材協力
・アットアロマ

新駅「高輪ゲートウェイ」開業! 品川・田町エリアの10年を振り返る

2020年3月14日に開業した新駅「高輪ゲートウェイ」駅がある品川~田町周辺。もともと国家戦略特区として指定されているエリアですが、東京オリンピックの開催後、新駅の設立が決まってからはさらに目覚ましい発展を遂げています。そこで、品川近辺に住んでちょうど10年目を迎える筆者がこの10年を振り返ってみます。
そもそも「品川」ってどんな駅? どんな街?

そんなの知ってるよ! 何度も行ったことあるよ! とツッコミを入れたくなる人も多いのではないでしょうか。それくらいに電車・新幹線、車、飛行機の玄関口・中継地点として交通の要を担っているのが品川駅です。

実は日本一古い駅の1つであり、山手線の起点の駅、東海道新幹線の停車駅でもあります。山手線以外の在来線は東海道本線、京浜東北線、横須賀線、私鉄の京浜急行本線が乗り入れていて、1日の平均乗車人数はなんと38万人以上(JR東日本、2018年度)! しかも年々増え続けているのです。

これは鉄道マニアか、地元人でないと気づかないポイントかも(笑)と思うのは、品川駅にあるいくつかの隠れアイテムです。まず1つは山手線の1番ホームにあるゴジラ?恐竜?のプレート。「鉄道発祥の地」「山手線0(ゼロ)」「Since 1885」と書かれています。もう一つは中央改札内のコンコースにある東海道線の昔の車両をかたどった郵便ポスト。側には説明板があるのですが、何でも「郵便ポスト」と「0(ゼロ)キロポスト」をかけて2005年に設立されたものらしく、このダジャレ感のあるかわいいフォルムについ笑ってしまいます。

品川駅1番ホームの中ほどにある「鉄道発祥の地」ゴジラ?恐竜?のプレート(写真撮影/唐松奈津子)

品川駅1番ホームの中ほどにある「鉄道発祥の地」ゴジラ?恐竜?のプレート(写真撮影/唐松奈津子)

品川駅コンコース内にある「0(ゼロ)キロポスト」を示すかわいい郵便ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

品川駅コンコース内にある「0(ゼロ)キロポスト」を示すかわいい郵便ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

駅としての機能だけではなく、京浜急行本線は羽田空港に直結しており、空への玄関口として、また、高輪口目の前には国道・第一京浜が通っており、アクアラインへとつながる海への玄関口としての機能も果たしています。品川駅を出ると、西側の高輪口側にはウィング高輪などのショッピング施設や品川プリンスホテルをはじめとする高級ホテルが目の前にあり、第一京浜をたくさんのバスやタクシーが行き来しています。

高速バスや多数の車が行き交う高輪口の第一京浜(写真撮影/唐松奈津子)

高速バスや多数の車が行き交う高輪口の第一京浜(写真撮影/唐松奈津子)

一方、港南口を出ると高層ビルが立ち並ぶ様子に圧倒されます。高層ビルの奥には大きなタワーマンション群がそびえていることにも気がつくでしょう。多くの人はこの2つの出口の風景が「品川」という街の印象になっていると思われますが、筆者にとって身近なのは、品川駅から南に向かって伸びる旧東海道の商店街と品川神社をはじめとする寺社、閑静な住宅地が広がる御殿山・高輪の風景です。商店街には安くておいしい八百屋や魚屋、スーパーなどが並び、至るところにある多くの寺社の緑が目に優しく、実は暮らしやすいところも生活者として気に入っています。

南側の旧東海道には古くからの商店街(写真撮影/唐松奈津子)

南側の旧東海道には古くからの商店街(写真撮影/唐松奈津子)

品川周辺の約10年を振り返ってみた!

筆者が品川に住み始めたのは10年前からですが、調べてみると品川が大きく変わってきたのはここ20年くらいの話のようです。

まず、品川のオフィスエリアの顔としておなじみ、港南口を象徴する「品川インターシティ」が1998年に完成します。2003年には東海道新幹線の駅として開業し、2008年にはすべての東海道新幹線が停車するようになりました。それに合わせて2004年にタワーマンションの先駆け的存在である「品川Vタワー」を含む「品川グランドコモンズ」がオープン、港南エリアのランドマーク的存在の「ワールドシティタワーズ」をはじめとしてタワーマンションが次々と建てられました。住む人が増えたおかげで、以前は工業地帯で殺伐とした印象だった海側もヨットが停泊するような、おしゃれなベーカリーカフェなど店舗も増えました。今は港南口を出ると、インターシティの脇から奥にタワーマンションを望むことができます。

大規模なビルが立ち並ぶ港南口。奥には大規模タワーマンション群が見える(写真撮影/唐松奈津子)

大規模なビルが立ち並ぶ港南口。奥には大規模タワーマンション群が見える(写真撮影/唐松奈津子)

当時、SUUMOの前身である『住宅情報』の営業をしていた筆者は、顧客である大手不動産会社の人々が品川のマンションを買う話で持ちきりだったことを思い出します。何人かの知り合いが高倍率の抽選をくぐり抜けてマンションを購入しましたが、いずれも購入時よりも高い価格で売却できたようです(笑)。

さらに2004年に「アトレ品川」、2005年には高輪口に「エプソン 品川アクアスタジアム(現マクセル アクアパーク品川)」、2010年には駅構内に「エキュート品川サウス」、2011年には高輪口に「シナガワグース」が開業、2013年には「ウィング高輪WEST」、2015年には「ウィング高輪EAST」がリニューアルオープンするなど、周辺の商業施設の怒涛のオープンが続き、買い物やショッピングを楽しむ場所としても進化を遂げました。

2010年にオープンして以来、多数の人が行き交う品川駅構内の「エキュート品川サウス」前(写真撮影/唐松奈津子)

2010年にオープンして以来、多数の人が行き交う品川駅構内の「エキュート品川サウス」前(写真撮影/唐松奈津子)

新駅のお隣「田町」駅も振り返ってみた!

田町駅も筆者にとっては割となじみ深い場所です。2005年~2006年ごろに勤めていた編集プロダクションが田町駅にあり、毎日通勤していました。今は「msb Tamachi(ムスブ田町)」ができてきれいになった東口の駅前も、以前は焼き鳥を炭火で焼く匂いが漂う小さな飲み屋が軒を連ね、夕方その目の前を通るたびにお腹がすいたものです(笑)。2008年ころまで大手広告代理店の本社が「グランパークタワー」の中にあり、広告の仕事があるときにはよくその中の書店に広告関係の書籍が充実していたので情報収集をしていました。

田町の発展は東口側の「芝浦」エリアの大規模マンション開発にリードされたところが大きいでしょう。2008年には当時、賃貸マンションとしては最大級を誇る総戸数964戸の「芝浦アイランド ブルームタワー」が竣工、2016年には超高層ビル「グローバルフロントタワー」が竣工しました。さらに2018年には 三井不動産、三菱地所、東京ガスの共同プロジェクトのムスブ田町商業ゾーンがオープンし、駅からの風景も一変しました。

2017年ごろの田町駅東口を出たところ。左手にムスブ田町ステーションタワーSが建設中、奥に芝浦アイランドが見える(写真/PIXTA)

2017年ごろの田町駅東口を出たところ。左手にムスブ田町ステーションタワーSが建設中、奥に芝浦アイランドが見える(写真/PIXTA)

東口には工業系の学校も多く、2009年には芝浦工業大学が新しいキャンパスに建て替えています。田町駅のホームからも見える東京工業大学附属科学技術高校の歴史は古く、大正時代から田町に校舎があったようですが、これからまた大規模な開発が行われる予定です。

新駅開業でこれからどうなっていく?

それでは、今回の開業でこのエリアはこれからどうなって行くのでしょう?

そもそも品川駅・田町駅周辺の開発は、品川区が2013年に出した「品川駅南地域まちづくりビジョン」、東京都が2014年に公表した「品川駅・田町駅周辺まちづくりガイドライン2014」に基づいて進められてきました。ここでは「これからの日本の成長を牽引する国際交流拠点・品川」を目指して、行政と民間企業が連携してビジネス、文化交流、環境都市として発展させていくという将来像を描いています。

さらに2017年にはJR東日本が「品川駅北周辺地区まちづくりガイドライン」を発表し、「エキマチ一体のまちづくり」を掲げて開発を進めてきました。そこには駅と街をつなぐ広場の設置や歩いて楽しい歩行者ネットワークの構築、安全で環境に優しい道路ネットワークの構築などの計画も盛り込まれています。

JR東日本が描く「エキマチ一体のまちづくり」のイメージ

JR東日本が描く「エキマチ一体のまちづくり」のイメージ

一方、田町駅においては東口駅前にある東京工業大学・田町キャンパスの敷地に2029年ごろまでをめどに大型の複合施設が開発される予定です。地上32階、3棟で延べ床面積180,000平方メートルにもなる施設は、田町駅前のランドスケープをまた新たにしていくことでしょう。また道路を挟んだ北東側には、この春、ムスブ田町の最後の1棟が完成予定です。

品川・田町エリアの住宅相場は?

それではこのエリアの住宅相場を見てみましょう。
中古マンション価格の直近5年間の推移について、シングル向け(専有面積20平米以上50平米未満)とカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上80平米未満)に分けて、グラフ化しました。

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2016年~2020年の品川駅、田町駅の中古マンション価格推移(条件は記事末に記載・SUUMOジャーナル調べ)

2016年~2020年の品川駅、田町駅の中古マンション価格推移(条件は記事末に記載・SUUMOジャーナル調べ)

2004年~2008年ごろの大規模タワマン開発が概ね落ち着いてから10年以上が経ち、街が成熟化しつつある品川の中古マンション相場は安定化傾向にあるようです。

一方、これからも「ブランズタワー芝浦」や「ザ・パークハウス三田タワー」などの新たな大規模マンションの開発が予定されている田町の相場上昇との差を見ることができます。
この傾向について野村の仲介+(PLUS)三田センター長の大澤将広(おおさわ・まさひろ)さんは、次のように語ってくれました。

「田町の価格上昇は、近年の断続的な開発でムスブ田町をはじめとする大規模オフィスビルや新築マンションが増えたことにより、エリア全体の価値そのものが上がった結果と言って良いでしょう。エリア価値向上によって中古マンションにもその効果が波及し、価格が上昇し続けています」(大澤さん)

必見はカップル・ファミリー向け中古マンションの相場が2016年には品川と田町で逆転して田町の相場が上がっていることです。2016年は田町の「グローバルフロントタワー」が竣工した年。大澤さんのコメントのように、新築マンションの開発計画にともない、田町という街への注目度が上がったものと考えて良さそうです。

品川・田町エリアの現在、過去、そしてこれからの姿、いかがでしたか?
3月14日の新駅開業に向けて着々と準備が進みつつある高輪ゲートウェイ駅。実は今回は暫定開業という位置づけで、周辺の再開発などを行った後2024年に本格開業をする予定です。

田町駅前の再開発、そして品川駅も2027年にリニア中央新幹線の始発駅として開業予定で、これからもこのエリアから目が離せません!

ここ10年でかなりの変貌を遂げたエリアだけに、これからも進められていく予定のまちづくり計画による進化が楽しみです!

●取材協力
野村の仲介+(PLUS)三田センター●品川駅、田町駅の中古マンション価格推移 調査概要
【調査対象駅】品川駅、田町駅
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、築年数39年以内(新耐震基準建物に限定)
シングル:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2015年~2020年の各 1~3月
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出

「コミューンときわ」で地域に根ざす自分らしい暮らし。新築賃貸でもDIY可能!

多世代の交流を育み、地域に開かれた“コミュニティ賃貸”として、オーナーの浦和への想いを形にした「コミューンときわ」。中庭が人々の暮らしを繋ぎ、また、令和生まれの新築でも住戸のDIYが可能というのも特徴だ。2020年2月に開かれたお披露目会に参加し、オーナーや入居者に話を伺った。
コンセプトは「夢ある人が集い、コミュニティをつくり、地域と共生する」

JR京浜東北線「北浦和」駅から徒歩10分ほど。活気ある「北浦和西口商店街(ふれあい通り)」を抜けた先の住宅街に「コミューンときわ」は立地している。道路沿いには、NPO法人クッキープロジェクトが運営するカフェや、ガラス張りで街に開かれたSOHO型の住まいが並び、道行く人々の目を引く。

自然にコミュニティが形づくられていくよう、コミュニティデザインを「まめくらし」が監修。「まめくらし」は、「青豆ハウス」や「高円寺アパートメント」など街に開かれた賃貸を手がけてきた会社だ。代表取締役の青木純さんが「子どもだけでなく親も一緒に来られるために目的を限定しない場所を」とアドバイスした中庭をはじめ、ラウンジや水回り常設の屋上菜園など、住民同士の交流やくつろぎの場となる共用部が充実。日々どこかしらで井戸端会議が開かれそうだ。

運営もしっかり考えられている。“ご近所づきあいに興味があって入居しても、どうすればいいか分からない”という住人が出ないよう、平日は、住人同士の間をつなぐ「コミューン・パートナー」が常駐。日常の関係性づくりやより暮らしを楽しむサポートをしてくれる。

芝生が敷かれた中庭。住民が多目的に使用できるほか、イベントスペースとしても運営予定だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

芝生が敷かれた中庭。住民が多目的に使用できるほか、イベントスペースとしても運営予定だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ヨーロッパで多く見受けられる中庭を持つ集合住宅。「コミューンときわ」が異なるのは、中庭に面しているのが窓ではなく共用廊下で、アクションを取りやすいことだ。玄関と中庭が接しているため、買い物に出る際に中庭での会話や遊びに参加したり、中庭で会話が弾んだ流れで誰かの家に移動したりと、自然と交流が生まれそうなこのつくりは、長屋のような雰囲気を感じる。

家賃は周辺相場よりもやや高めの設定だ。それでも、多世帯交流などから生まれる豊かなライフスタイルが、「コミューンときわ」ならではの価値につながっていくことだろう。

浦和の文化と人とをつないで地域活性へ

コミュニティづくりは「コミューンときわ」内にとどまらず、地域とも連携していきたいと、オーナーである株式会社エステート常盤・代表取締役の船本義之さんは言う。「commune」はフランス語で共同体という意味。オーナーである株式会社エステート常盤・代表取締役の船本義之さんの「豊かな暮らしを育み、ひとつの街のようなつながりをつくりたい」という想いから名付けられた。

名曲『神田川』の時代から、分譲の住まい自体の質は高くなってはいるものの、賃貸物件をめぐる環境づくりやあり方が時代に追いついていないと感じていた船本さん。賃貸というものの形態は、ライフテージの変化に合わせて暮らしやすいからこそ、もっといい住環境を提供したいと、入居者同士がつながったり、部屋を自分らしくアレンジしたりできるようにした。

お披露目会の様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会の様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

浦和は「鎌倉文士に浦和画家」と称され、古くから文化が根付く街。浦和で20年ほど暮らしてきた船本さんは、「浦和にはいろいろな活動をしている人がいて、文化的なポテンシャルが高い人も多く住んでいる。しかしみんな皆、東京を見ていて、横のつながりがない」と感じていた。周りに多彩な人がいることを知る機会があれば、暮らしがもっと豊かになり、地域が活性化するのではないかと、多世代や地域の交流の場として「コミューンときわ」を計画。文化が産業の“人里資本主義”を掲げ、浦和が持つ人材のネストを目指している。

船本さんは、入居希望者全員と面接を行い、コミュニティづくりへの想いを共有していくという。プライバシーとコミュニティとのバランスをとりながら「ドアに鍵をかけなくてもいいような関係性が築かれていけば」と「コミューンときわ」のこれからに期待を寄せる。

セミオーダーから一点モノへ、サポートを受けながら自分好みの空間に

「コミューンときわ」には、多世代が暮らせるよう、1Rから2LDK、SOHO型まで幅広い55戸の住戸が用意されている。どの住戸も窓が大きく、オープンなつくりで開放的だ。そして特徴的なのが、各住戸の表情が異なること。

内装は空間デザイン会社の夏水組がトータルコーディネートを行った。それぞれ「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」「Innocent Green(イノセントグリーン)」「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」「Casual Taste(カジュアルテイスト)」の4つのテイストが用意されている。

「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」の内装で、一人暮らしを想定した住戸(28.12平米)。1階は専用庭付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Ellison Natural(エリソンナチュラル)」の内装で、一人暮らしを想定した住戸(28.12平米)。1階は専用庭付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」の内装で、土間が大きく取られたカップル/ファミリー向け住戸(55.08平米)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「Urban Vintage(アーバンヴィンテージ)」の内装で、土間が大きく取られたカップル/ファミリー向け住戸(55.08平米)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下に面した開口が広いのがコミュニティ賃貸ならでは(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下に面した開口が広いのがコミュニティ賃貸ならでは(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クロスやタイルはデザイン性の高いものから好みの柄を選ぶことができる。ヘリンボーンの床などPanasonicの建材を使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クロスやタイルはデザイン性の高いものから好みの柄を選ぶことができる。ヘリンボーンの床などPanasonicの建材を使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

選択肢が多いことは、入居者にとってうれしい一方、オーナー視点では施工コストがかさみ、デメリットになりそうだ。夏水組・代表取締役の坂田夏水さんに伺うと「建具や壁紙などモノのコストは変わらず、増えるのは現場管理コストのみ」だそう。その分、夏水組が見積もりを判断し、VE(バリューエンジニアリング=機能を維持しつつ、コストを削減すること)につなげたという。

参考として展示された夏水組セレクションの壁紙のバリエーション。好みの柄を張ってカスタマイズできる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

参考として展示された夏水組セレクションの壁紙のバリエーション。好みの柄を張ってカスタマイズできる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会に出店した「Decor Interior Tokyo」。この日は、夏水組デザインのタイルや、ニトムズのインテリアマスキングテープなど売れ筋アイテムをそろえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会に出店した「Decor Interior Tokyo」。この日は、夏水組デザインのタイルや、ニトムズのインテリアマスキングテープなど売れ筋アイテムをそろえた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

インテリア好きな入居者にとってうれしいのが、夏水組がプロデュースするインテリアショップ「Decor Interior Tokyo」と連携していること。幅広い商品の中から、壁紙やDIYアイテムをスタッフと一緒に選んでもらったり、施工のアドバイスを受けたりすることができるのは心強い。

未知数の「コミューンときわ」入居の決め手は「単純におもしろそう」

お披露目会では、さっそくお手伝いをする入居者の姿があった。「北浦和」駅の近くにあるクラフトビールバー「BEER HUNTING URAWA」オーナーの小林健太さんは、自慢のビールで来客をおもてなし。小林さんが参加する浦和の街をおもしろくしようという活動で開いた「うらわ横串ミーティング」での船本さんや青木さんとのトークイベントをきっかけに「コミューンときわ」に興味を持った。

入居の理由を尋ねると「単純に、おもしろそうだから」と小林さん。このシンプルな答えこそが、“まだよく分からないけど、とにかくおもしろそうな何かが生まれそう”という「コミューンときわ」の魅力を物語っている。

直井薫子さんと小林健太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

直井薫子さんと小林健太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お披露目会の看板を描いていたのは、「コミューンときわ」のSOHO型住宅でデザインオフィスを構え、職住近接を実践する直井薫子さん。東日本大震災をきっかけに、地元である埼玉のことを考えるようになり、東京から引越してきた。

以前住んでいた東京・葛飾では、ローカルメディアに携わるなど、地域に対してデザインができることは何かを考え、実践してきた。「埼玉でデザイナーといえば直井と言われるように」と、地域に根ざしたデザイナーを目指している。入居して間もないが、すでに映画のイベントを企画。今後は本屋のイベントや、アートやデザインに関連したコミュニティづくりを行っていきたいと語ってくれた。

笑顔が素敵なこのお二人と仲良くなれるだけでも、入居する価値を感じる。ハード面だけでなく、住人やそこから生まれるつながりが核となり、コミュニティの輪が広がっていくことだろう。

直井さんが、お披露目会の看板を描く様子。「コミューンときわ」には入居者それぞれが得意分野を活かせる場がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

直井さんが、お披露目会の看板を描く様子。「コミューンときわ」には入居者それぞれが得意分野を活かせる場がある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住人同士や地域とのコミュニティづくり、そして部屋のアレンジやのサポート体制が整ったマンション。近年、自分らしい住まいを手に入れようと思ったら、物件を購入してリノベーションをするのが流行りのように思われるが、この新しい賃貸物件では、気軽に住み方のバリエーションを広げられる。

時間を掛けて、じっくり街がつくりあげられていく「コミューンときわ」。興味を持ったら、現地を訪れてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・コミューンときわ
・株式会社夏水組
・株式会社まめくらし

浅草寺から出発!食べ歩きスポットも楽しい♪“浅草観光1日クルーズ”案内

浅草エリアといえば、東京有数の観光地の一つで見どころも目白押し。日本だけでなく世界中から毎日多くの人が浅草を訪れています。そんな大人気の観光地・浅草ですが、東京やその近郊に住んでいると足を運ぶ機会は意外と少なく、「浅草ってどんなところ?何があるの?」と縁遠く思っている方もいるのではないでしょうか。浅草って観光客のみなさんだけではなく、東京近郊にお住まいの方も楽しめるスポットが盛りだくさんなんです!次のお休みは「浅草1日クルーズ」に出かけてみましょう♪
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日本に居ながら留学生活? 多国籍シェアハウスのリアルな住み心地を聞いてみた

外国人と日本人が一つ屋根の下で暮らす、多国籍シェアハウス「ボーダレスハウス」。日本に居ながら、留学生活のように異文化に触れ合え、語学力が向上するとあって近年注目を集めている。国内では東京、大阪、京都に77棟(2020年1月時点)を運営しており、世界各国から集まった入居者は累計で10000名を超えるそうだ。その魅力や実態について、実際に住んでいる日本人、外国人の双方にお話を伺った。
住まいで語学を学びたい今回取材させていただいた杉並区のボーダレスハウス(写真提供/ボーダレスハウス)

今回取材させていただいた杉並区のボーダレスハウス(写真提供/ボーダレスハウス)

今回、訪れたのは東京都杉並区にある「ボーダレスハウス」。誕生は2017年。中庭テラスを挟んだ2棟にはそれぞれ12人ずつが暮らしている。

ボーダレスハウスに住むユイさん(左)とアリさん(右)(写真撮影/小野洋平)

ボーダレスハウスに住むユイさん(左)とアリさん(右)(写真撮影/小野洋平)

お話を伺ったのは、日本の大学に通うユイさん(左)とフィリピン出身のアリさん(右)。はじめにボーダレスハウスに入居することにした理由を聞いてみよう。

アリさん:私は来日時、日本に知り合いがいなくて不安だったからです。それと、フィリピンに住んでいたころになんとなく、自分のシェアハウスをつくりたいという夢があったからですね。実際に住むことで、いろんな国の人と友達になれますし、自分の夢を実現するためには良い勉強になると思って、ここを選びました。

―ユイさんはどういったきっかけでしょうか?

ユイさん:昨年、フィリピンで語学留学をしたのがきっかけです。英語が全く話せない私に対して、現地の方々はものすごく優しくしてくれました。そのときに“いつか英語が話せるようになったら恩返しする!”と約束してきたんです。帰国後、とにかく英語を早く話せるようになりたい。だけど、今の大学をやめて留学するのは難しい。そんな中で見つけたのがこのボーダレスハウスでした。

―実際に英語は上達しているのでしょうか?

ユイさん:昔は道を聞かれても拙い英語でしか伝えられなかったですが、今ではちゃんと説明できるようになりました。バイト先でも海外のお客さんが来られたときは、私から積極的に話しかけるようにもなりましたよ。

―すごい成長ですね。毎晩、レッスンをされているんですか?

ユイさん:レッスンまではいかないですが「この1時間は英語だけね」ってルールを設けたりして、とにかく毎日必ず誰かと英語で会話していました。

アリさん:逆に日本国外からやってきた私たちも日本語を学びたいときは「1時間は日本語だけね」ってルールも提案していたのでWin-Winな関係だと思います。人によっては、来日したばかりで日本語が喋れない方もいます。だから、普段は日本語に英語を混じえながら教え合っています。

(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―日本人の入居者は、やはり「英語を学びたい」と思って入居される方が多いのでしょうか?

ユイさん:ボーダレスハウスには、「入居者の半分は外国の方」という決まりがあります。そのため、私のように“前に留学していました”とか“仕事で使えるようになりたい”など理由はさまざまですが、外国語を使いたい意欲的な日本人が集まっていますよ。

アリさん:日本語が話せない外国人にとっても、ボーダレスハウスは良い環境だと思います。というのも、英語が通じる入居者がいるため、日本語で表現するのが難しいことでも誰かしらに伝えられます。私もはじめは日本の方に言いたいことが伝えられず、ここで英語を使ってストレスを発散していました(笑)。

―日本人にとっては英会話スクールよりも上達が早そうですね。

ユイさん:本当にそう思います。英会話スクールほどお金はかからないですし、自分の好きなタイミングで練習ができますから。しかも、教科書の言葉ではなく、実際に使われている「活きた言葉」を自然に身につけられるのは、ここならではのメリットです。

アリさん:良くも悪くも留学とは少し違う環境です。無理して言葉を覚える必要はないですし、絶対に喋らないと生きていけない状況でもありません。だからこそ、自分に喝を入れられる人でないと、なかなか喋れるようにはならないのがボーダレスハウスの特徴だと思います。

国籍を超えたハウスメイトとの出会いハウスメイトで行ったスノーボード旅行(写真提供/アリさん)

ハウスメイトで行ったスノーボード旅行(写真提供/アリさん)

―ハウスメイト(同じ物件に暮らす人)同士の仲は良いですか?

ユイさん:ここは良いと思います。よくハウスメイト同士で旅行に行っていますし、最近ではクリスマスパーティーを開催しましたから。とにかくパーティーがみんな好きなんですよね(笑)。あと、パーティーに限らず、お互いがつくったいろんな料理を食べることができたり、教わることができるのも魅力だと思いますよ

―確かに、さまざまな国の食文化が学べそうですね。

ユイさん:普通に日本で暮らしていたら、きっと知らなかった調理法やつくらなかった料理に出会えるんですよ。前にいろんな形のパスタをつくってもらったときは驚きましたね。

アリさん:世界各国から人が集まっているだけあって、餃子パーティーやピザパーティーも本格的です。ここを退去する際に、自分の故郷の料理をふるまうのは恒例行事になりつつありますよ。

―楽しそう! 話を聞いていると、住みたくなってきます。

ユイさん:本当に住んで良かったと思います。私自身は、知らない人と住むことにストレスは感じないですし、「ただいま」と「おかえり」のコミュ二ケーションが取れるだけで幸せですね。前にバイト後、落ち込んで帰ったとき、みんなが心配して話しかけてくれました。私にとっては、もう一つの家族だと思っています。

アリさん:私も日本語以外に、お祭りにみんなで行けたり、日本料理を教わったりと、文化を多く学べてうれしいですね。

ハウスメイトで行ったクリスマスパーティー(写真提供/アリさん)

ハウスメイトで行ったクリスマスパーティー(写真提供/アリさん)

―逆に仲が良すぎて、騒ぎすぎてしまうといったことはないですか?

アリさん:盛り上がりすぎてしまうことは、たまにありますね(笑)。他の入居者に迷惑がかからないよう、ドアを閉める、などの配慮はしています。ただ、「少しうるさいよ」とか「テーブルの上を片付けてね」など、どうしても言いたいときは共通のライングループを使ったりしています。こまめにコミュ二ケーションを取ることは共同生活において大事なことですから。

―家事は当番制なのでしょうか?

ユイさん:前にゴミ捨てや、浴室掃除を当番制にするか話し合ったことがあります。結果、当番制にはならなかったですが、代わりに気付いた人は率先して行うこと、そして「ありがとう」と「ごめんね」はちゃんと伝えること、などのルールが決まりました。とても当たり前のことですが。共同生活では特に重要なことだと思います。

アリさん:時に怒ることもありますが、伝え方は気をつけるポイントです。「〇〇の件なんだけど、どういうこと?」って頭ごなしに言っても良い方向にはいかないですからね。怒ったときに限らず、うれしいときや悲しいときなど自分の想いを伝えるために語学を勉強するようになれば、結果的に良い循環が生まれると思います。

―たしかに。では、文化の違いで困ったりすることはないですか?

ユイさん:基本的に良い人ばかりですけど、やはり価値観は違いますよね。でも、私は国の差というより個人の差だと思っています。どこの国だからとかではなく、結局は個人の性格。どこの国でも大雑把な人も几帳面な人はいますから。ただ、ここの住人は受け入れる心や協調性を持っている方が比較的多いですね。

―多様性を知る機会にもなりそう。語学以外の面でも成長できそうな環境ですね。

アリさん:ただシェアハウスに住みたいだけなら、わざわざボーダレスハウスは選ばないと思います。家賃がめちゃくちゃ安いわけでもないですから。それでも、あえてここを選んで来ているということは、お金以外になにか価値・魅力を感じた人が集まっているんだと思います。

新しい価値観に触れ、広がる未来(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―入居する前と後で考え方が変わったことはありますか?

アリさん:1人で日本に来たときは言葉が喋れない、知り合いがいない、料理もできないなど本当に自分は暮らしていけるのか、自信がありませんでした。でも、今はいろんな人に出会い、たくさんの経験をしたことで自分に自信が持てるようになりましたよ。

ユイさん:私も人との出会いから価値観に少し変化がありました。人生はもっと肩の力を抜いて楽しむべきって思うようになりましたね。私が引越して間も無いころ、みんなでお酒を飲んでいたときのことです。私は次の日が1限目から授業だったので寝ようとしたところ「ユイ、それでいいのか? どっちが価値あると思う?」ってハウスメイトに聞かれたんですよね。もちろん、学校の授業をサボることはいけないことですが、そのときはみんなで話している時間の方が価値があるかもしれないって思えたんですよ。

―価値観が変わったり、視野を広く持てるようになったと。1人暮らしではなかなか経験できないと思います。

ユイさん:私は実家を出るタイミングでボーダレスハウスに入居しています。多分、こんなに楽しい経験をしてしまったら、1人暮らしが寂しすぎて辛いと思います(笑)。どっちの経験もしたい方は先に1人暮らしを経験した方がいいかも……。

―ボーダレスハウスのような多国籍の方が暮らすシェアハウスは、どういった方にオススメですか?

アリさん:やっぱり、コミュ二ケーションを取るのが好きな人ですかね。外国の人だけでなく、いろんな人に出会いたい、話したい人。あとは、フットワークが軽くて旅行が好きな人もいいかもしれません。

ユイさん:はじめ、両親は反対していたんですよ。外国の人という以前に、男女ですし、なにかあったら心配だって。でも、今では私が楽しんでいるのが伝わっているようで、なにかあったときは逆にみんなが守ってくれる環境なので安心したみたいです。

(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―大学生のユイさんは、この経験が就職活動でも役立ちそうですね。

ユイさん:就活って正解が分からないじゃないですか? でも、いろんな価値観を持っている人に出会えて、しかもグローバルな目線で教えてくれるので、アドバイスに偏りがないんですよ。それに、年齢や職業もバラバラなので、幅広い目線でさまざまな業界のリアルが聞けるのでものすごく役立っています。

―ここの生活を通して、夢や目標が新たに生まれたりはしましたか?

アリさん:やはり、自分のシェアハウスをつくりたい気持ちは一層強くなりました。以前までは漠然とした夢でしたが、少しずつイメージできるようになったのはここに住んだおかげです。今は日本だけではなく、他の国でもシェアハウスをつくり、ハウスメイト同士で行き来できるようになればいいなって考えています。

―素晴らしい夢だと思います。

アリさん:英語を話せない日本人も日本語が話せない外国人も、直ぐに馴染めるのがここの魅力です。私にとっては本当にセカンドファミリーのような、帰りたくなる居心地の良い雰囲気があります。だから、私もこのようなシェアハウスをつくりたいんです。余談ですが、前にテラスハウスのオープニングムービーを真似てつくった映像があります。こういう映像を私のシェアハウスでは展開してもいいかな(笑)。

アリさんが製作した映像(動画作成/アリさん)

アリさんが製作した映像(動画作成/アリさん)

―個人の成長としても、ビジネスの面でもアリさんにとっては大きな糧になっていますね。ユイさんはいかがですか?

ユイさん:私も英語圏に行きたい気持ちが強くなりましたね。もちろん、海外での仕事は夢ですが、現段階ではまだ選択肢の1つで決めきれてはいません。ここに住み続けることで知識はきっと、どんどんと増えていくじゃないですか? だから、住んでいる間に自分の選択肢をできるだけ増やして、やりたいことを模索していこうと思います。選択肢が多いことは幸せな悩みですもんね。……むしろ決められるかな(笑)?

ボーダレスハウスのような、多国籍の住民が暮らすシェアハウスは、お互いに交流する意欲を持って一緒に暮らすことで、語学力の向上のほか、多様な文化や価値観を学ぶことができるようだ。グローバル化が叫ばれて久しいが、スキルとしての語学だけでなく深いレベルでさまざまな国のことを知るには、またとない環境なのかもしれない。

●取材協力
ボーダレスハウス

団地から「街」へ。温浴施設などを備えた相武台団地の取り組み

近年「団地」が注目を浴びていますね。昭和的な懐かしい外観など、改めてその魅力が見直される一方、空室増加や老朽化などで問題になっているものもあります。
そんななか、私のもとに相武台団地に「ユソーレ相武台」という温浴施設ができたという情報が! まずは行ってみなければ! と訪問して目にした、新しい団地のあり方を紹介します。

元銀行の商業施設が、美容にも健康にもうれしい温浴施設に!?

素敵にリノベーションされた「ユソーレ相武台」は、元は地元の銀行の支店が入っていた建物だったそうです。

元銀行の古い施設をリノベーションしてオシャレな温浴施設となった「ユソーレ相武台」(写真撮影/唐松奈津子)

元銀行の古い施設をリノベーションしてオシャレな温浴施設となった「ユソーレ相武台」(写真撮影/唐松奈津子)

相武台団地(相模原市)は、小田急小田原線「相武台前」駅から徒歩19分という立地、築50年を超えた団地群も老朽化が目立ち、中央にある商店街には空き店舗が増えるなど、衰退の危機にさらされていました。長らくこの地で営業してきた銀行の支店も、2年ほど前に撤退を余儀なくされ、以降、空き店舗状態になっていたのです。

リノベーション前の相武台団地内、商店街スペース。空き店舗や施設の老朽化が目立ち、住民の高齢化も課題となっていた(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

リノベーション前の相武台団地内、商店街スペース。空き店舗や施設の老朽化が目立ち、住民の高齢化も課題となっていた(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

この事業の責任者である神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範(ひとつや・まさのり)さんは「団地の衰退に歯止めをかけることはもちろん、高齢者や子育て世帯といった、居住サポートが必要な人たちにとっても暮らしやすい場所に変えたいと思った」と言います。

今回、お話を聞かせてくれた神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範さん(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

今回、お話を聞かせてくれた神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範さん(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

ユソーレ相武台はミスト岩盤浴のある温浴施設スペースをメインに、多世代交流拠点としてカフェスペース、ワークショップスペース、キッズスペース、さらには高齢者向けのデイサービススペースも備えています。実はこの施設、れっきとした相模原市介護保険総合事業である「基準緩和通所型サービス」の事業所なのです。また、施設の一角には神奈川県の認証を受けた「未病センター」もあり、健康に関する情報提供や健康機器での測定も行っています。

ユソーレ相武台のロゴマークがついた「湯治」ののれんをくぐると、そのさきがミスト岩盤浴スペースの休憩室につながる(写真撮影/唐松奈津子)

ユソーレ相武台のロゴマークがついた「湯治」ののれんをくぐると、そのさきがミスト岩盤浴スペースの休憩室につながる(写真撮影/唐松奈津子)

休憩室には大きな観葉植物が中央に置かれ、ボタニカルな雰囲気の中でくつろげる(写真撮影/唐松奈津子)

休憩室には大きな観葉植物が中央に置かれ、ボタニカルな雰囲気の中でくつろげる(写真撮影/唐松奈津子)

ミスト岩盤浴スペースは照明を落としてゆったりとくつろげるムーディーな雰囲気にも、明るくしてホットヨガなどのイベント向けにも調整できる(写真撮影/唐松奈津子)

ミスト岩盤浴スペースは照明を落としてゆったりとくつろげるムーディーな雰囲気にも、明るくしてホットヨガなどのイベント向けにも調整できる(写真撮影/唐松奈津子)

子どもも、おじいちゃんおばあちゃんも喜ぶ、魅力的なイベントスペース

デイサービスや未病センターというと、無機質な病院や健康センターのような施設をイメージしますが、ここの魅力はなんといっても施設が素敵にリノベーションされていること。イベントやワークショップ等の開催を想定してつくられたというカフェスペースやキッズスペースは、若い子育て世帯にとっても魅力的で快適な空間になっています。実際に訪問した日も、高齢者向けの健康講座や子ども向けのキッズヨガ教室が開催されていました。

訪れた日の午前中には高齢者向けの健康講座が開催されていた。団地に住む人を中心に参加した人たちは、スタッフとも顔見知りが多く、安心して楽しんでいる様子(写真撮影/唐松奈津子)

訪れた日の午前中には高齢者向けの健康講座が開催されていた。団地に住む人を中心に参加した人たちは、スタッフとも顔見知りが多く、安心して楽しんでいる様子(写真撮影/唐松奈津子)

日当たりがよく、明るいカフェスペースは、ゆっくり休憩をしたり、コワーキングスペースとしても使えそう(写真撮影/唐松奈津子)

日当たりがよく、明るいカフェスペースは、ゆっくり休憩をしたり、コワーキングスペースとしても使えそう(写真撮影/唐松奈津子)

リノベーションされたときのまま、コンクリートや配管がむき出しのラフな天井、木の温かみを感じさせる床材や家具のバランスがとてもオシャレです。
ワークショップスペースに昭和の面影を感じさせる郵便受けを見つけ、私が思わず「かわいい!」と声を上げると、一ツ谷さんが「実は他にもいっぱい隠れアイテムがあるんですよ」と教えてくれました。

ワークショップスペース右手奥に取り付けられているのは、団地の郵便受けをリサイクルした収納ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

ワークショップスペース右手奥に取り付けられているのは、団地の郵便受けをリサイクルした収納ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

受付のカウンターは古い団地の床材をリユースした木材でつくられており、ワークショップスペースを仕切るガラス付きの建具も古い団地のものを塗り替えて使用しているそうです。さらに、「INFORMATION」「WORK SHOP」「KIDS SPACE」を示すカッティングシートの貼られたかわいいライト、これもなんと、団地の蛍光灯をリサイクルしたものなんだとか! 団地好きにはたまらない遊びゴコロが満載です。

団地の床材をリユースした木材でつくられた受付のカウンターテーブル。「INFORMATION」を示すライトは団地階段の蛍光灯をリサイクルしたもの(写真撮影/唐松奈津子)

団地の床材をリユースした木材でつくられた受付のカウンターテーブル。「INFORMATION」を示すライトは団地階段の蛍光灯をリサイクルしたもの(写真撮影/唐松奈津子)

団地の二つの住戸を一つにまとめて今風の間取りに!

古いものを活かして、今の生活に合わせたスタイルに手を加えていく、と言う意味では、団地のメインとなる居住空間についても工夫されています。

もともとは35.59平米の2DKである団地内の隣り合う2戸を1住戸にする「2戸1」プランは、共働き世帯や子育て世帯の入居を想定してリノベーションされた住まいです。71.18平米と2倍になったゆとりのあるスペースを活かして、セカンドリビングやインナーバルコニーといった自由に使える機能を付加しています。2戸分の広さを確保したバルコニーは見晴らしも良く、心地の良い風が通り抜けます。

今回、リノベーションされた4階と5階の2プランが決定したときの間取りイメージ。2戸1ならではの動線設計やスペース活用法を見ることができる(資料提供/神奈川県住宅供給公社)

今回、リノベーションされた4階と5階の2プランが決定したときの間取りイメージ。2戸1ならではの動線設計やスペース活用法を見ることができる(資料提供/神奈川県住宅供給公社)

珍しいインナーバルコニーのあるプランも。土間風のバルコニーはいろいろな使い方ができそう(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

珍しいインナーバルコニーのあるプランも。土間風のバルコニーはいろいろな使い方ができそう(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

居室部分も魅力的ですが、筆者にとってツボだったのは、この2戸1プランのリノベーションに合わせて塗り直したという団地の外観! 周囲に緑が多いこともあり、その場にいると、まるで外国の団地に訪れたような可愛さでした。

白と茶色に塗り分けられた団地の外観。他の真っ白の外観のまま塗り替えされた棟も、団地好きにはたまらない(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

白と茶色に塗り分けられた団地の外観。他の真っ白の外観のまま塗り替えされた棟も、団地好きにはたまらない(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

大きなけやきの木の下で。「グリーンラウンジ・プロジェクト」

古くからある団地なだけに、周囲の空間は贅沢に広く整えられています。昔からある大きなけやきの木の周りには芝生が張られました。訪問したときは芝生の養生中で入れなかったのですが、親子やおじいちゃんおばあちゃんが木陰で休む姿をありありとイメージできます。

芝生が青々と広がるスペースの中央にあるのは、この団地のシンボル的存在、けやきの木(写真撮影/唐松奈津子)

芝生が青々と広がるスペースの中央にあるのは、この団地のシンボル的存在、けやきの木(写真撮影/唐松奈津子)

実はこのけやきの木を中心とした商店街スペースでも、4年ほど前から「グリーンラウンジ・プロジェクト」として空き店舗を活用したカフェ運営や、さまざまなイベントを開催してきました。今年で4回目となる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は、なんと100人のフラガールが集まるそうで、その風景は壮観だといいます。毎年11月には、「団地祭」や音楽をテーマに多くの飲食店が出店する「秋楽祭(しゅうらくさい)」が開催され、多くの人でにぎわっています。今年は11月4日(月)に団地祭が終わり、秋楽祭を11月17日(日)に行う予定だとか!

団地の活性化を目的として始まった「グリーンラウンジ・プロジェクト」(画像引用/グリーンラウンジ・プロジェクトホームページより)

団地の活性化を目的として始まった「グリーンラウンジ・プロジェクト」(画像引用/グリーンラウンジ・プロジェクトホームページより)

100人以上のフラガールが集まる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は周辺地域でフラダンスをやる人の間では有名なイベントらしい(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

100人以上のフラガールが集まる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は周辺地域でフラダンスをやる人の間では有名なイベントらしい(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

リニューアルした芝生広場で行われた子どもから高齢者までが交流する「団地祭」の様子(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

リニューアルした芝生広場で行われた子どもから高齢者までが交流する「団地祭」の様子(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

この「グリーンラウンジ・プロジェクト」の立役者は、この相武台団地内商店街の空き店舗に4年前にテナントとして入居した「ひばりカフェ」の店主、佐竹輝子(さたけ・てるこ)さんです。

ひばりカフェ店主の佐竹輝子さん。地元である相武台団地を盛り上げたい一心で、カフェを始めたという(写真撮影/唐松奈津子)

ひばりカフェ店主の佐竹輝子さん。地元である相武台団地を盛り上げたい一心で、カフェを始めたという(写真撮影/唐松奈津子)

佐竹さんは近辺に住んで専業主婦をしていましたが、以前から団地の高齢化した姿を見て何かできることはないかと模索していた時期にこのプロジェクトに出会い、参加することを決意しました。

「この団地は私の青春の場所であり、3人の子育てをしてきた思い入れのある場所です。これからも住み続けたいですし、もう一度子どもたちの声が響く場所にしたい、高齢者も安心して暮らせる場所になったらいいなと思っています」(佐竹さん)

「グリーンラウンジ・プロジェクト」は、このひばりカフェのオープンを皮切りに4年前から始まった(写真撮影/唐松奈津子)

「グリーンラウンジ・プロジェクト」は、このひばりカフェのオープンを皮切りに4年前から始まった(写真撮影/唐松奈津子)

ありとあらゆる高齢者向けサービスがそろうコンチェラート相武台

家族の成長とともにライフステージが変わっても住み続けられる街を目指している相武台団地には、「コンチェラート相武台」というサービス付き高齢者向け住宅もあります。

広々とした敷地の中にあるサービス付き高齢者向け住宅「コンチェラート相武台」(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

広々とした敷地の中にあるサービス付き高齢者向け住宅「コンチェラート相武台」(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

見学させてもらってびっくり、この施設のスゴいところは施設内にデイサービス、居宅介護・訪問介護事業所、在宅療養支援診療所、訪問看護事業所、そしてメインの高齢者向け住宅が一つに集まっているところです。

コンチェラート相武台の看板。サービス付き高齢者向け住宅としてだけではなく、地域高齢者向けの各種サービス拠点となっていることが分かる(写真撮影/唐松奈津子)

コンチェラート相武台の看板。サービス付き高齢者向け住宅としてだけではなく、地域高齢者向けの各種サービス拠点となっていることが分かる(写真撮影/唐松奈津子)

各事務所の入口のドアがそれぞれにあり、見学させていただいた日も、診療所のお医者さんとすれ違ったり、それぞれのサービスの職員の方が行き来したり、多くのスタッフと専門職の人びとに支えられた多機能施設であることを実感しました。

この施設の中にも地域交流スペースが設けられています。スペースの一角では、子ども向けサービスを提供していた時期もあるそうで、これからどのように活用していくかを検討中とのこと。楽しみです!

行政や大学と連携した取り組みで、団地が一つの街に

さらに、「介護予防」「未病」の対策として、「ユソーレ相武台」や「コンチェラート相武台」を起点に、地域の住民によるワーキンググループが複数活動していると言います。そこでは相武台団地を運営する神奈川県住宅供給公社のグループ企業である一般財団法人シニアライフ振興財団が、相模原市と連携して住民活動を支援しているのです。一ツ谷さんはこのシニアライフ振興財団の理事でもあります。

「各地域の方々が、リーダーを中心に、積極的に健康クラブなどの運営を行っていらっしゃいます。相模原市が『健活!』と銘打ち、健康寿命の延伸に取り組んでいますが、当社でも活動スペースの提供など、地域や行政と一緒に街づくりに貢献していきたいと考えています」(一ツ谷さん)

また周辺の大学との連携も行っています。10月27日には「ユソーレ相武台」で東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップが行われました。相模女子大学の女子学生は、定期的に開催される子ども食堂のお手伝いをしています。

東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップには多くの子どもたちが参加し、大盛況だった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップには多くの子どもたちが参加し、大盛況だった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

キッチンでは、子ども食堂の準備を手伝う相模女子大学の学生たちの姿も(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

キッチンでは、子ども食堂の準備を手伝う相模女子大学の学生たちの姿も(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

相武台団地では、これからも積極的に地域住民、行政、学校、民間企業などと連携して街を盛り上げていくそうです!

商店街の活性化やコミュニティづくり、新しい住まい方の提案、さらには住民・行政・大学などが一体となって、一つの「街」として新しい進化を遂げようとしている相武台団地。ここに取り上げた以外にも、健康講座の開催や学生ボランティアによる植栽の手入れなど、行政や周辺の大学との連携もさらに推進中とのことです。

今回、相武台団地を見て、またかかわる人びとのお話を聞いて感じたのは、ただユニークな建物をつくる、リノベーションしてきれいにする、ということではなく、衣食住ひいてはライフスタイルそのものを包括的に捉えて、住まいから街へとつなげていく思想。そこには「ここを元気にしたい」と本気で願う人たちの、何年もかけて一つ一つ点を打っていくような努力を垣間見ました。
さらなる景色の変化が楽しみな団地、いいえ「街」です!

●取材協力
・団地未来~団地再生の取り組み~ 相武台団地
・ユソーレ相武台
・グリーンラウンジ・プロジェクト
・ひばりカフェ
・コンチェラート相武台

【江戸の伝統工芸】風鈴・切子・染小紋…職人技を見学&体験できるスポット

江戸の伝統工芸と聞いて思い浮かのは、江戸切子や江戸指物など職人の技が秀逸な工芸品の数々…。大量生産では作りだせない繊細な技術や手仕事のぬくもりは、時代を超えて今も私たちの暮らしに色どりを与えてくれます。そんな江戸の伝統工芸品の職人技を見学したり体験できるスポットに足を運んでみませんか?
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デュアルライフ・二拠点生活[19]東京・佐賀、仕事バリバリ母の「いいとこ取り」な日々

「二拠点生活してます」と言うと、仕事は都心で、住まいは田舎で素敵にスローライフ、なイメージでしょうか?
半年前から二拠点生活を始めた筆者ですが、もともと自他ともに認める「超・仕事人間」。田舎時間でゆっくり子育て生活か……というと、実はそうでもなく、仕事と利便性にあふれた都心の生活と両立するため、常にバタバタしています。

「仕事は思いっきり」「子どもはのびのび育てたい」どちらも捨てられず、「まずはやってみよう」と始めた二拠点生活、よろしければご覧ください。

連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】
これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます大人になって見直した故郷「佐賀」の魅力

子どもが生まれてから気付いたことがありました。
「退屈でつまらない」と思っていた故郷が、文化的で美しい「広い平野と水辺にあふれた町」だったことです。

佐賀県庁前のお堀。もともと佐賀城内にあたる佐賀の中心部、佐賀県庁や県立図書館付近はお堀に囲まれており、筆者の小学校から高校までの通学路でもあった(写真撮影/唐松奈津子)

佐賀県庁前のお堀。もともと佐賀城内にあたる佐賀の中心部、佐賀県庁や県立図書館付近はお堀に囲まれており、筆者の小学校から高校までの通学路でもあった(写真撮影/唐松奈津子)

筆者は大学を卒業して5年ほど会社勤めをし、10年ちょっと前に会社を立ち上げて、企業のブランドづくりやプロモーションのお手伝い、パンフレットやホームページなどの制作を仕事にしてきました。会社をつくった年に娘が生まれ、5年前に息子が生まれ、今は仕事と育児をしながら、社会人大学院に通っています。仕事もしたい、子どもも育てたい、学び続けたい……欲張りなのだと思います。

東京でクライアントと新しいサイト立ち上げのための打ち合わせ中。奥側左が筆者(写真撮影/唐松奈津子)

東京でクライアントと新しいサイト立ち上げのための打ち合わせ中。奥側左が筆者(写真撮影/唐松奈津子)

そんな私が東洋大学大学院の公民連携専攻で地方自治体の取り組みについて学ぶなか、佐賀県は「子育てし大県“さが”」を掲げて子育て世帯の支援に熱心なこと、ICT教育への取り組みが全国トップクラスであることを知りました。

子育てし大県“さが”のホームページ

子育てし大県“さが”のホームページ

さらに近年、佐賀の持つ資源に気付いた面白い人、コトが集まり始めており、「ここちよいさが」を生み出すために4年前から年に1回、「佐賀デザイン会議(仮)」と「勝手にプレゼンFES」がクリエイター30~100人を集めて開かれています。私もそれらのイベントに参加しながら、佐賀の空き家や空き地を有効活用するための事業の準備を進めています。

2019年5月に東京都永田町で開催された佐賀デザイン会議(仮)。勝手にプレゼンFESの紹介をするのはさがデザイン、県庁職員の宮原耕史さん。勝手にプレゼンFESでは佐賀県知事の山口祥義さんをはじめ、県庁の各部署の担当者たちも一堂に会す(写真撮影/唐松奈津子)

2019年5月に東京都永田町で開催された佐賀デザイン会議(仮)。勝手にプレゼンFESの紹介をするのはさがデザイン、県庁職員の宮原耕史さん。勝手にプレゼンFESでは佐賀県知事の山口祥義さんをはじめ、県庁の各部署の担当者たちも一堂に会す(写真撮影/唐松奈津子)

さがデザインは県知事が政策の柱として打ち出した二本柱のうちの一つ。佐賀県庁の2階にあるさがデザインの執務スペース「ODORIBA」は、県内のプロジェクトを紹介するギャラリーも兼ねており出入り自由。筆者も事業の相談等にふらっと寄らせてもらっている(写真撮影/唐松奈津子)

さがデザインは県知事が政策の柱として打ち出した二本柱のうちの一つ。佐賀県庁の2階にあるさがデザインの執務スペース「ODORIBA」は、県内のプロジェクトを紹介するギャラリーも兼ねており出入り自由。筆者も事業の相談等にふらっと寄らせてもらっている(写真撮影/唐松奈津子)

空き家になっていた祖母宅に親戚価格で仮住まい

私が東京・佐賀の二拠点生活を始めたのは2019年の2月から。「もう佐賀には戻らない」と言い放って東京で一人暮らしを始めた18歳の春以来、ろくに佐賀に帰ることもなく、ずっと東京都心で生活してきたのに、です。子どもが生まれてから、特に2人目の男児が生まれてからというもの、狭いマンションのリビングで走り回る息子を見ては、広い土地と自然豊かな佐賀で子育てをしたくて仕方がなくなってきたのです。

佐賀では、介護施設に入って5年近く空き家になっていた祖母の家を親戚価格で借り受けています。ご多聞にもれず、佐賀の住宅地も空き家が増えていて、家の周辺を歩いていると10軒中1~2軒の頻度で空き家を見つけることができる状態です。

筆者の佐賀の自宅周辺。高齢化が進み、空き家もちらほら見られるようになってきた(写真撮影/唐松奈津子)

筆者の佐賀の自宅周辺。高齢化が進み、空き家もちらほら見られるようになってきた(写真撮影/唐松奈津子)

大学院で空き家の研究をしている私は、実際に空き家に住んで、古い家でも快適な暮らしが実現できるのかを確かめたいと思っていました。わが家となった祖母の家は築60年の9DK、敷地内に小川(クリーク)が流れる広い庭もあります。

わが家の間取り。9DKと広すぎて特に2階の客間などはほとんど使わず持て余している感もあるが、子どもたちは家の中で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり楽しそう(図/唐松奈津子)

わが家の間取り。9DKと広すぎて特に2階の客間などはほとんど使わず持て余している感もあるが、子どもたちは家の中で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり楽しそう(図/唐松奈津子)

昔ながらの家なので、いたるところに縁側がある。引越したのは2月だったが、寒い冬も縁側でぽかぽか日向ぼっこをして過ごせた(写真撮影/唐松奈津子)

昔ながらの家なので、いたるところに縁側がある。引越したのは2月だったが、寒い冬も縁側でぽかぽか日向ぼっこをして過ごせた(写真撮影/唐松奈津子)

田舎の生活で子どもたちの創造力が開花した!

佐賀での生活を始めて、一番よかったと思うことは、やはり子どもたちの過ごし方です。まだ住み始めて半年強ですが、時間、空間、そして心に余白のある生活は子どもたちのクリエイティビティを開花させたように思います。

小学校5年生になる娘は「いろんなお家の庭がきれいだから、自分も庭に花を植えたい」と言い出しました。近くのホームセンターに行けば、数十円~数百円で花の苗が売られているので、子どものお小遣いでも簡単に10苗くらい買えます。お手本は周りにたくさんあるので、登下校の際に周辺の家の庭を覗き見しては、こんな風に植わっているときれいだ、と玄関から門につづくアプローチを花壇にして試行錯誤しています。

娘がつくった花壇の第1弾が完成したときの記念撮影。夏は小さなひまわりが両脇の花壇にたくさん咲いた(写真撮影/唐松奈津子)

娘がつくった花壇の第1弾が完成したときの記念撮影。夏は小さなひまわりが両脇の花壇にたくさん咲いた(写真撮影/唐松奈津子)

東京では時間があるとテレビを見たい、YouTubeを見たいと私にせがんでばかりいた息子も、引越しの際に使用した山積みの段ボールで工作をする時間が増えました。リビング・ダイニングにテレビもパソコンもiPadもない生活。東京では家電やおもちゃを買い与えるばかりでしたが、佐賀では、ミニカーを走らせる道路もおままごと用の家やベッドも本人による段ボール製になりました。おままごとに使うぬいぐるみは編みぐるみやフェルトでお姉ちゃんがたくさんつくってくれます。

ミニカーを走らせる坂道の道路と街を段ボールで製作中の息子(写真撮影/唐松奈津子)

ミニカーを走らせる坂道の道路と街を段ボールで製作中の息子(写真撮影/唐松奈津子)

娘がつくったぬいぐるみの一例。つくっては弟にプレゼントして反応を見るのがお姉ちゃんのお楽しみ(写真撮影/唐松奈津子)

娘がつくったぬいぐるみの一例。つくっては弟にプレゼントして反応を見るのがお姉ちゃんのお楽しみ(写真撮影/唐松奈津子)

生活コスト、コスパの良さにうれし涙!

さらに大人にとって何よりうれしいのは、ご飯がおいしいこと。
家賃や食費などの生活コストはざっと感覚値で東京の2分の1です。南北に海、中央に山、そして広大な平野がある日本をぎゅっと凝縮したような佐賀の地形は、農作物はもちろん、魚も肉も豊富に手に入ります。

東京にいるときには、子どもたちのお祝いごとに鯛を手に入れようとしても、まず売っているところを見つけるのに一苦労、見つかっても大きなものは1000円を超える値段で買うのに躊躇(ちゅうちょ)したものでした。ところが今は近くのスーパーで真鯛でも1尾300円以下、連子鯛なら1尾100円以下で手に入ったりします。魚がおいしいおいしいと子どもたちがせがむので、私も魚の種類に応じたさばき方をマスターして日々さばきまくっています。

わが家から車で数分のところにあるスーパーの魚売り場。連子鯛1尾98円(税別)。佐賀県は鯛の消費量が全国一、日本全体の平均の3倍以上らしい(写真撮影/唐松奈津子)

わが家から車で数分のところにあるスーパーの魚売り場。連子鯛1尾98円(税別)。佐賀県は鯛の消費量が全国一、日本全体の平均の3倍以上らしい(写真撮影/唐松奈津子)

そして九州はお肉の産地としても有名で、佐賀には「佐賀牛」というブランド牛があります。九州産の和牛だってスーパーのタイムセールを狙えば、私と子ども2人の肉じゃがにちょうどいい1パック150g前後が500円以下で手に入っちゃったりします。

美味しいお肉が安いのでついついタイムセールの時間を狙って買いだめ(写真撮影/唐松奈津子)

美味しいお肉が安いのでついついタイムセールの時間を狙って買いだめ(写真撮影/唐松奈津子)

「田舎あるある」ですが、野菜はご近所や隣に住む両親が知り合いからもらってきたものでかなりまかなえるので、夕飯を準備する時間が十分にないときにはありものの肉と野菜でお庭バーベキューです。私が食材の準備をしている前で10歳の娘が火の見張り番をやってくれるので、娘はかなりのバーベキューマスターになりました(笑)。

実は行き来も楽チン、東京―佐賀のアクセスと仕事

「でも、移動とか大変ですよね?」
二拠点生活をしていると話すと、必ず聞かれるのがこの質問です。もともと東京・品川の自宅は超効率化、いわゆる「時短」と「両立」を考えて選んだ住まいでした。

息子が通っていた保育園が隣にあり、保育園と渡り廊下でつながる娘の小学校も隣。大小の公園、大きな森を抱える由緒ある神社、区立図書館、住民票取得などの手続きができる地域センター、500円でフィットネス施設を利用できる区の健康センター、コンビニ、駅……それらが全て徒歩5分圏内にあります。

保育園の隣にある東京の自宅。ベランダからは保育園の園庭が見える近さ。たまに息子がベランダからのぞくと、引越し前まで同じクラスだったお友だちが園庭から呼びかけてくれるときも(写真撮影/唐松奈津子)

保育園の隣にある東京の自宅。ベランダからは保育園の園庭が見える近さ。たまに息子がベランダからのぞくと、引越し前まで同じクラスだったお友だちが園庭から呼びかけてくれるときも(写真撮影/唐松奈津子)

マンションの階段からは娘が通っていた小学校の体育館やグラウンドが見える(写真撮影/唐松奈津子)

マンションの階段からは娘が通っていた小学校の体育館やグラウンドが見える(写真撮影/唐松奈津子)

羽田空港から車で20分の東京宅、佐賀空港から車で20分の佐賀宅を行き来するのは、実は思ったよりも負荷が少ないのです。今のところ、子どもたちのいる佐賀を主な拠点として、私は月に2~3回往復しながら約1/3を東京、残りの2/3を佐賀で過ごしています。たしかに移動に多くの時間を費やすことは効率が悪いかも……と思っていましたが、いざ始めてみると、移動中にやる仕事は無茶苦茶はかどる! それこそデスクワークは1日分のタスクを移動中に終わらせることができるくらいです。ちなみにこの原稿も飛行機の中で書いています。

片道1時間半~2時間の飛行機の中。私はパソコンを、息子は絵本を広げて過ごすのがお約束(写真撮影/唐松奈津子)

片道1時間半~2時間の飛行機の中。私はパソコンを、息子は絵本を広げて過ごすのがお約束(写真撮影/唐松奈津子)

LCCが使えるようになり、時間に余裕があるときは成田空港から佐賀へ。セールのときは片道2000円以下、平常時は8000円前後で成田―佐賀間を移動でき、子どもたちも1~2カ月に1回の飛行機移動にすっかり慣れた(写真撮影/唐松奈津子)

LCCが使えるようになり、時間に余裕がある時は成田空港から佐賀へ。セールの時は片道2,000円以下、平常時は8,000円前後で成田―佐賀間を移動でき、子どもたちも1~2カ月に1回の飛行機移動にすっかり慣れた(写真撮影/唐松奈津子)

東京での打ち合わせや会議は、取引先の協力を得ながらWEB会議のシステムを利用することで、効率化できるようになりました。

パパは東京の会社に勤めており、品川の自宅にいるため、月に1回程度は子どもたちを東京に連れて休みを過ごします。もちろん、逆にパパが佐賀に来て過ごすパターンも。私が仕事で東京にいる間は、子どもたちは隣に住む両親(子どもたちにとっての祖父母)と過ごします。都心と地方、両方の地域性を実際に住んで体感できること、親以外の「ナナメの関係」である祖父母とも生活を共にする時間があること。それが今後の子どもたちの将来にどう影響するか、楽しみにしているところです。

東京にいるときの休日はパパとお出かけしたり、ゆっくり過ごすのがうれしい息子(写真撮影/唐松奈津子)

東京にいるときの休日はパパとお出かけしたり、ゆっくり過ごすのがうれしい息子(写真撮影/唐松奈津子)

二拠点生活を始めて、気づいたことがあります。それは、都心でも田舎でも、結局多くの人に助けられながら子育てをしているということ、だからこそ「人との繋がり」のありがたさを再認識したことです。

多くの子育て世代が同じ場所にいた東京・品川での子育ては同級生のパパやママ、今でもベビーシッターさんにたくさんお世話になります。故郷でもある佐賀で感じるのは親戚やご近所、同級生の「身内感」がとにかく楽なこと。昔ながらの緩やかなコミュニティが成り立っていて、毎月会費を払うことで運用される自治会、月に一度、朝7時から近くにある公園の掃除に参加するのも気持ちが良いものです。

テレワークや在宅、副業OKなど、企業においても働き方がどんどん多様になってきました。また、LCCの普及やネットワーク環境の整備により、移動も、仕事をする環境も飛躍的に便利になりました。私は実際に自分が二拠点生活を始めてみて、多くの恵みと多くの人との出会いに感謝しています。だからこそ、仕事で忙しいという人にも「試しにやってみたら?」と提案したい暮らし方です。

●取材協力
・佐賀県 健康福祉部 男女参画・こども局 こども未来課
・佐賀県「さがデザイン」

子育て応援の賃貸住宅「ハグ・テラス」どんな住まい? 家賃もお手ごろに

さまざまな公的賃貸住宅が各自治体やUR(都市再生機構)、都道府県の住宅供給公社等を中心に供給されています。近年、老朽化や場所によっては空室増加が問題になり、建て替えや有効活用を迫られている物件が多くある一方で、一般の賃貸住宅同様、またはそれ以上の設備・サービスを充実させている物件もあることで注目を集めています。家賃は減免制度あり、学童保育にママカフェ併設と子育て世代にうれしい鹿児島県鹿屋市の公的賃貸住宅を訪れました。一体どんな物件なのでしょうか?
公的賃貸住宅って? 所得制限や減額措置あり?

「そもそも公的賃貸住宅ってなに?」という人もいるでしょう。
私たちの住環境は「住生活基本法」という法律によって守られています。特に低所得者や高齢者という住宅の確保が難しいとされる人に対し、一般の賃貸住宅よりも低い家賃で住めるよう、地方公共団体が中心となって住宅の整備を進めてきたのが、公的賃貸住宅です。近年、その入居対象に「子どもを育成する家庭」も入るようになったのです。

公的賃貸住宅にはさまざまな種類がありますが、大まかには、
1)地方公共団体が運営する住宅(公営住宅等)
2)地方公共団体が運営または認定する住宅(地域優良賃貸等)
3)URや地方住宅供給公社などが運営する住宅
の3つに分けられます。それぞれ入居条件や所得制限等があり、収入に応じた家賃の減額措置なども受けられます。

公的賃貸住宅の対象世帯と収入分位。国土交通省住宅局住宅総合整備課「公営住宅制度について」(2018年2月)を元に作成

公的賃貸住宅の対象世帯と収入分位。国土交通省住宅局住宅総合整備課「公営住宅制度について」(2018年2月)を元に作成

自治体が積極支援! 学童とママカフェを併設する鹿屋市の「ハグ・テラス」

そのような公的賃貸住宅のなかで、昨年度、国土交通大臣賞を受賞したのが、今回、紹介する鹿児島県鹿屋市の子育て支援施設「ハグ・テラス」です。

ハグ・テラスは鹿屋市の大きな幹線道路沿いにある。徒歩4分のところにグラウンドや野球場を有する鹿屋運動公園、徒歩10分圏内に幼稚園・保育園・中学校などが位置する、子育てに便利な立地(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

ハグ・テラスは鹿屋市の大きな幹線道路沿いにある。徒歩4分のところにグラウンドや野球場を有する鹿屋運動公園、徒歩10分圏内に幼稚園・保育園・中学校などが位置する、子育てに便利な立地(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

共用施設として24時間のコールセンター、コインランドリーを完備、防犯カメラなどの設備も充実しており、もちろん住居部分は子育て世帯に配慮された設計になっています。

敷地内の1階にあるコインランドリー。目の前に学童施設やママカフェがあるので、洗濯をしながらお茶をしたり、子どもを遊ばせることができる(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

敷地内の1階にあるコインランドリー。目の前に学童施設やママカフェがあるので、洗濯をしながらお茶をしたり、子どもを遊ばせることができる(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

74.99平米~79.03平米の2LDK・3LDKの住戸が40戸。指挟み防止機能の付いたクローゼットのドア、角の丸いカウンターなど、いたるところに子どもとの生活に配慮した設計がうかがえる(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

74.99平米~79.03平米の2LDK・3LDKの住戸が40戸。指挟み防止機能の付いたクローゼットのドア、角の丸いカウンターなど、いたるところに子どもとの生活に配慮した設計がうかがえる(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

一般の賃貸住宅では、それらの施設・設備を備える子育て世帯向けの物件も数多く出ていますが、公的賃貸住宅は先に説明した通り、もともと家賃が低く設定されています。公的賃貸住宅の分類のうち、「ハグ・テラス」は「地域優良賃貸住宅」に分類され、1世帯当たりの収入月額が15万8000円~48万7000円の家庭が入居できます。所得に応じて適用される家賃の減免制度も含めると、74.99平米以上の2LDK~3LDKの賃料がなんと、5万1000円~5万3000円! この付近で築10年以内の集合住宅がそもそも希少、さらに同程度の広さを有する物件の賃料が7万円~7万5000円前後であることと比較すれば、どんなにお得に住めるかが分かります。

自治体と民間企業が組むことで魅力的な住まい、明るい街に

そして注目したいのは、学童保育施設とママカフェが併設していること。
隣接する学童保育施設「アダプテッド アフタースクール」では、水泳・サッカー・空手・ダンス・体操などスポーツ系の習い事のほか、学研の教材を使用した学習塾を運営しています。ハグ・テラス以外の敷地で行われる習い事へは、すべて送り迎え付き! スタッフがそれぞれの小学校まで迎えに行き、習い事の送迎が終わった後は、帰宅予定時間まで子どもたちを見ていてくれます。

日が沈んだ後も、平日~土曜日の19時まで、延長で20時まで学童施設が開いている。送迎のバスや屋内からこぼれる光で夜の街が明るく優しい雰囲気に(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

日が沈んだ後も、平日~土曜日の19時まで、延長で20時まで学童施設が開いている。送迎のバスや屋内からこぼれる光で夜の街が明るく優しい雰囲気に(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

学習室では、子どもたちが机を並べて学校の宿題を行う姿が見られる。中では、学研の教材を使用した学習塾も運営している(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

学習室では、子どもたちが机を並べて学校の宿題を行う姿が見られる。中では、学研の教材を使用した学習塾も運営している(写真提供/株式会社OKOYASU BASE)

奥の入口にある靴箱から各部屋へとつながる廊下。時計や勾配天井、木の梁が優しく明るい空間を生み出している(写真撮影/唐松奈津子)

奥の入口にある靴箱から各部屋へとつながる廊下。時計や勾配天井、木の梁が優しく明るい空間を生み出している(写真撮影/唐松奈津子)

自治体と民間企業が組むことで魅力的な住まい、明るい街に

ハグ・テラスがあった場所には、もともと鹿屋市の古い市営住宅がありましたが、建物が老朽化し、建て替えを行うことになりました。この建て替えの担当となった鹿屋市職員、浦部ひとみさんは「建て替え後の市民の生活を考えた際に『どのような公営住宅が良いか』、鹿屋市の職員だけでは答えが出なかった」と言います。

鹿屋市の浦部ひとみさん。「行政の縦割り組織では本当に市民に望まれる施設は実現できないと考え、民間事業者の方の力を積極的に借りることにした」と言う(写真撮影/唐松奈津子)

鹿屋市の浦部ひとみさん。「行政の縦割り組織では本当に市民に望まれる施設は実現できないと考え、民間事業者の方の力を積極的に借りることにした」と言う(写真撮影/唐松奈津子)

そこで、この疑問を一般の企業に「公募」という形で投げかけました。その提案の中から選ばれたのが現在、ここを運営している株式会社OKOYASU BASEの代表取締役・小林省三さんたちのチームでした。OKOYASU BASEは、三光建設株式会社、ユーミーコーポレーション株式会社、宇住庵建築設計事務所の3社の構成メンバーと、アダプテッドスポーツかのやなど30社ほどの地元協力会社によって構成されています。小林さんは、株式会社Katasuddeの役員も務めており、ハグ・テラスだけでなく同じく鹿屋市にある「ユクサおおすみ海の学校」などの企画・運営も手がけています。

株式会社OKOYASU BASEの代表取締役・小林省三さん。ユクサおおすみ海の学校を運営する株式会社Katasuddeの役員も務める(写真撮影/唐松奈津子)

株式会社OKOYASU BASEの代表取締役・小林省三さん。ユクサおおすみ海の学校を運営する株式会社Katasuddeの役員も務める(写真撮影/唐松奈津子)

「私はもともと東京の建築事務所で働いていましたが、30歳のときに鹿屋市に戻り、家業の建築会社、ホテル等の関連事業の経営に携わるようになりました。5年ほど前から、これまでの経験を活かして鹿屋市の地域づくりにも関わっています。ちょうどそのころから鹿屋市で、学校や市営住宅といった公共施設に対する提案型公募の話が出てくるようになり、プロジェクトごとのメンバーを組んで積極的に参画しているのです」(小林さん)

ユクサおおすみ海の学校を海側から撮影。写真左手にはツリーハウス、広大な芝生、そしてその先は海、という絶好のロケーションにある学校で宿泊できる(写真撮影/唐松奈津子)

ユクサおおすみ海の学校を海側から撮影。写真左手にはツリーハウス、広大な芝生、そしてその先は海、という絶好のロケーションにある学校で宿泊できる(写真撮影/唐松奈津子)

送迎バスに乗り降りする子どもたちの姿を通じて、街ににぎわいを感じる

アダプテッド アフタースクールと隣接するママカフェ「mama cafe & dining A&R」の店内外には、送迎バスを待つ子どもたちの姿や、ママカフェを利用するお母さんたちの姿であふれています。この学童保育施設もママカフェも、ハグ・テラスの住民だけではなく、誰もが利用することができます。浦部さんは「学童や習い事を利用する鹿屋市全域の親子が集まり、街の拠点となる住まいができた」と言います。

ママカフェ「mama cafe & dining A&R」は多くのママと子どもたちでにぎわう。テラス席や外の遊具スペースも人気。もちろん、ハグ・テラス入居者以外も利用できる(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

ママカフェ「mama cafe & dining A&R」は多くのママと子どもたちでにぎわう。テラス席や外の遊具スペースも人気。もちろん、ハグ・テラス入居者以外も利用できる(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

他の地方都市同様、鹿屋市でも主な交通手段は車。ある場所から目的地へと車で移動する生活は、歩く人が見えない、車と駐車場ばかりの街をつくります。ところが、「このハグ・テラスができたことで、子どもたちの姿が多くの市民のすぐ側に、自然と見られる街になった」(浦部さん)そうなのです。

アダプテッド アフタースクールを運営する有限会社アダプテッドスポーツかのやの小西輝さんも、「ここで開催した夏祭りには、市内外から300人の人が集まってくれたんですよ」と、うれしそうに話してくれました。

有限会社アダプテッドスポーツかのやの小西輝さん。子どもたちの通う各小学校に迎えに行き、そこから水泳・サッカー・空手・ダンス・体操などのスポーツ塾、ハグ・テラス内のアダプテッド アフタースクールへと送迎している(写真撮影/唐松奈津子)

有限会社アダプテッドスポーツかのやの小西輝さん。子どもたちの通う各小学校に迎えに行き、そこから水泳・サッカー・空手・ダンス・体操などのスポーツ塾、ハグ・テラス内のアダプテッド アフタースクールへと送迎している(写真撮影/唐松奈津子)

学童施設は公園に隣接。普段は学童施設から直接外に出られる子どもたちの遊び場、イベントのときなどには親子連れでにぎわう(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

学童施設は公園に隣接。普段は学童施設から直接外に出られる子どもたちの遊び場、イベントのときなどには親子連れでにぎわう(写真提供/ユーミーコーポレーション株式会社)

このような公的賃貸住宅の「子育て世帯へ向けた機能の充実」は全国のさまざまな場所で、見られ始めています。例えば、石川県野々市市の「つばきの郷住宅」は、1~3階の市営住宅と4・5階の地域優良賃貸住宅が一つの建物になっていて、隣接地に保育園や児童館、広場などを併設・配置して、ハグ・テラス同様に国土交通大臣表彰を受けています。首都圏では神奈川県住宅供給公社が2020年1月末に「フロール元住吉」を完成予定ですが、託児機能付きのコワーキングスペースや子どもの放課後サポート、レンタルスペースなどを備えた地域交流スペース「となりの.」を併設する予定です。

また、URでは「コソダテUR」など、子育て世帯を積極的に応援する取り組みを行っていますし、首都圏をはじめとする各都道府県、市区郡では、2018年以降、子育て応援住宅認定制度を設けています。これは公的賃貸住宅に限らず、子育てしやすい環境を整えた住宅を認定・登録することによって、いっそう子育て世代に適した居住環境の整備を促進する狙いです。

住むことを検討している自治体の住宅支援制度はもちろん、ぜひ、公的賃貸住宅に対する取り組みや今後の動きにも期待して、情報をチェックしてくださいね!

●取材協力
・鹿屋市「ハグ・テラス」
・ユクサおおすみ海の学校
・有限会社アダプテッドスポーツかのや
・ユーミーコーポレーション株式会社
・神奈川県住宅供給公社「フロール元住吉」

朝はモーニングでゆったりと。ちょっぴり早起きして出かけたい「東京下町のカフェ」

何かと慌ただしい朝ですが、少し早起きをした日や休日など、たまにはゆったりカフェでモーニングを楽しんでみませんか?ステキな雰囲気の中でいただく朝食は、ちょっぴり贅沢気分を味わえます。今回は下町にスポットを当て、谷中の「HAGI CAFE」や、蔵前の「Daily's muffin TOKYO(デイリーズ マフィン東京)」などおすすめをご紹介します。
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選挙に行くと家賃が割引に!シェアハウス初となる選挙割(センキョ割)キャンペーンを「リバ邸大宮」「リバ邸浦和」にて実施

埼玉県を中心に空き家活用型シェアハウス事業を展開する一般社団法人ふくろうの会(所在地:東京都中央区、代表:小関 智宏)シェアハウス事業部(事業部長:中川 峻一) […]

“賃貸住宅でDIY”これで安心。注意点や知識まとめた「賃貸DIYガイドライン」が必読

賃貸住宅に住んでいる人は、「原状回復できる範囲でのDIY」を楽しんでいるケースが多いと思いますが、知らぬ間に同居している家族や他の入居者の安全を脅かしている可能性があることをご存じでしたか? また、最近少しずつ増えてきた「DIY可」と記載がある賃貸住宅でも、火災予防の観点からやりたいDIYが出来ない場合もあることや、退去時にどんなトラブルが予測されるのかもまだあまり知られていないと思います。
「そんな情報どこで教えてくれるの?」という方には、2019年5月20日に公開された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」がおすすめです。その内容から、賃貸住宅でDIYする場合に知っておきたい情報をご紹介します。
「原状回復できるDIY」での注意点とは?

インテリアやDIY好きな人たちが実例画像を共有するサイトRoomClipを見てみると、「原状回復(現状回復)」というタグで3600枚以上の写真が投稿されています。賃貸住宅でDIYをやりたい人にとって「退去時に余計なお金がかからないように原状回復できること」が大きな関心ごとであることが分かります。
DIY材料店や100円ショップのDIYコーナーでは、「賃貸でも貼って剥がせる壁紙用の糊」や「きれいに剥がせてデザイン性の高い幅広マスキングテープ」などが売られ、インターネット上では「原状回復できるDIY」に関する情報がたくさん公開されています。

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

DIYの強い味方、マスキングテープ(写真は、ニトムズ「decolfa(R)(デコルファ)」)

しかし、賃貸住宅の管理会社の立場から見ると、その中には心配なDIYも混じっていると感じます。かわいいから、便利だからと、ガスコンロのまわりに100円ショップで買った木製のすのこを貼ったり、燃えやすい粘着シートを貼ったりすれば、火災の危険が増してしまうのです。アパートやマンションなどの共同住宅で万一火災になれば、大家さんの財産である建物に被害を及ぼすだけでなく、人命にも関わります。火災保険に入っているから大丈夫、というレベルの話ではありません。

DIYする人が知っておくべき「内装制限」

賃貸住宅で火災が発生した場合の危険度は、構造や規模、場所によって違います。
例えば、木造のアパートと鉄筋コンクリートのマンションでは火の燃え広がる範囲やスピードが違いますし、1世帯しか住んでいない戸建て貸家と10世帯が暮らす共同住宅では火災発生のリスクが異なります。同じ1つの住戸の中でも、キッチンのある部屋のほうが浴室やトイレよりも火の用心が必要です。

そのような事情を加味し、火災が発生した場合の危険度が高い場所では、万一のときに避難する時間を稼ぐために内装に使う材料を燃えにくいものにするというルールがあります。「内装制限」と呼ばれるそのルールは建築基準法や消防法、都道府県の火災予防条例で規定されており、不燃材料、準不燃材料、難燃材料などの防火性能の高い内装材を危険度に応じて使用することとされています。
ちなみに、内装制限があるのは壁と天井だけで床材には制限はありません。火は上に燃え広がる性質があるからです。同じ理由で、例えば同じ2階建アパートの中の住戸でも、101号室には制限があるのに201号室にはない場合があります。101で火災が起きた場合は201にも早々に被害が及びますが、201で火災が起きた場合は上階に住戸がないのですぐには被害が広がらないと見られているからです。
賃貸住宅でDIYしたい場合は、ご自分の住んでいるお部屋の内装制限を知り、それに合わせたDIYをする必要があります。

内装制限をどうやって調べたらよいか

内装制限を調べる行為は、新築や増改築の建築設計の際に一級建築士などの専門家が行っています。「賃貸住宅でのDIY文化をつkうっていくためには、建築の知識がない人でもこれを簡単に調べられるようにする必要がある」と立ち上がったのが、一般社団法人HEAD研究会でした。現場の第一線で活躍する一級建築士や、DIYを促進したい不動産管理会社、メディア関係者などの有志が集まり、2年の歳月をかけて「賃貸DIYガイドラインver.1.1」を完成させたのです。

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

賃貸DIYガイドラインではフローチャート形式を採用し、その住戸にかかる内装制限を簡単に調べられるようにしています。「延べ面積」などの専門用語は、その用語の意味や調べ方が書いてあります。大家さんや管理会社に聞く必要があるもの、専門的な判断が必要で「建築士にご相談ください」というゴールになっているものもありますが、このガイドラインを使うことで多くの人が自分の住んでいる住戸の内装制限が分かるはずです。
調べた結果、「内装制限があります」となった場合でも、例えば棚や突っ張り棒など内装制限にかからないものを使用してDIYする方法もあります。しかし、その際の安全の判断は個人個人に委ねられますので、くれぐれもガスコンロのまわりなどに可燃物を置かないように気を付けましょう。

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

消防法について(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能、原状回復不要の賃貸住宅も増えている

賃貸住宅でいろいろなDIYをやりたい人は、内装制限がない物件を探して原状回復できるDIYをするのも一つの手ですが、DIY可能で原状回復不要の物件があればもっと自由なDIYが出来ます。最近ではDIY可能な賃貸物件も少しずつ増えており、それを探せるお部屋探しサイトも出てきました。SUUMOでも「DIY可」で物件検索できるようになっています。
DIY可能な物件でも内装制限を守る必要がありますが、賃貸DIYガイドラインには「内装制限がある場合のDIYの実例」も掲載されており、例えば準不燃材料の壁紙の探し方や施工上の注意点などが記載されています。

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

内装制限とは 内装制限ある場合の事例(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

DIY可能な物件は原状回復義務が免除されている場合も多いので、多くの人がやりたくても諦めていた「壁に穴をあけて棚やフックを付ける」ことも可能です。しかし、原状回復義務がなければどこにでも穴をあけて良いかというとそうではなく、防火や防音、断熱の観点から穴をあけてはいけない壁があるので注意してください。

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

ビス打ちが不可能な範囲(「賃貸DIYガイドラインver.1.1」より)

穴をあけてはいけない壁に棚を付けたい場合は、天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツが活躍します。有孔ボードを取り付けてフックを使い、見せる収納をつくるなど、このパーツを使用したDIY事例はインターネット上にたくさん公開されているのでとても参考になります。原状回復できる範囲でDIYを楽しんでいる人にも大人気で、間仕切りなどにも利用されています。

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

天井と床に突っ張って柱をつくるDIYパーツ「ラブリコ」使用の棚(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

「ラブリコ」は賃貸でDIYしたい人にとっては神パーツ(写真提供/平安伸銅工業株式会社)

DIY可能な賃貸住宅で揉めないための注意点4つ

DIY可能な物件に入居したのに、退去時にトラブルになったら困りますよね。トラブルになりがちなポイントを知っておき、必要があればDIYを行う前に取り決めをしておくと良いでしょう。
一番重要だと思われるのは、実施したDIYに原状回復義務があるかどうかを確認することです。DIY可能な物件で時々見かけるのが「DIYして良いが退去時に原状回復が必要」というものです。そもそもこういう物件をDIY可能と言って良いのかどうかは微妙ですが、DIY可能という貸し方がまだ一般的ではないため、貸す側も管理する側も混乱しているのが現状です。退去時に困らないよう必ず確認するようにしてください。

二番目は、DIYした部分を退去時に残置するのか撤去するのかを決めておくことです。棚など取り外しできるものは、退去時に残置するのか撤去するのかを決めておいたほうが良いでしょう。

三番目は、残置する場合に不具合があった場合のことを考えておくことです。例えば設置した棚の取り付け方が悪く、棚板がひび割れたりぐらついたりしている場合、そのまま残されても次の入居者が使えないので、補修か撤去をする必要が出てくると思います。

四番目は、撤去する場合の原状回復をどうするか決めておくことです。例えば棚を取り付けるためにあけた穴などを原状回復する必要があるか、必要ならばどのくらいの費用が掛かるのかを確認しておいたほうが良いでしょう。
賃貸DIYガイドラインには、DIY可能な物件の契約書式の例も入っていますので、取り決めた事項をどうやって書面にしたら良いかの参考にしてください。

貸すほうも借りるほうも安心できることが肝心

DIY可能な物件は差別化となるため、空室に困っている大家さんや管理会社にもメリットがありそうですが、大家さんや管理会社が不安に思っていると増えていかないと思います。「次の入居者募集に支障があるようなDIYをされてしまったらどうしよう」「DIYの申請や承諾で業務が煩雑になり、対応しきれないかもしれない」「建築に詳しくないので法的にどんなDIYが可能なのか判断できない」などという不安があるのです。
DIY可能な物件を増やそうとしている管理会社は、この不安を払拭するためにさまざまな取り組みをしています。DIY可能壁をつくり、その部分だけは申請なしに自由にDIY出来て原状回復義務もなしにする、DIYショップに住まい手のDIY相談をアウトソーシングする、物件に出向いてDIY作業をサポートしてくれる人と提携するなどの取り組みが各地で少しずつ始まっています。
そんな中で、今回公表された「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、大家さんや管理会社の法的な不安を取り除く役割を担っているのです。

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

下地が板張りのDIY可能壁なら穴あけも簡単(写真提供/株式会社ハウスメイトパートナーズ)

近年のDIYブームによって、自分の住まいを好みの空間にする楽しみに多くの人が目覚めています。この動きは日本の住生活を豊かにし、暮らしの文化の充実と発展につながっていくでしょう。しかし、その暮らしを守るためには建物自体の安全が大前提であり、大家さんや管理会社などの関係者の安心感も重要です。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」は、その住戸で「何ができて、何ができないのか」を明確にし、「住まい手にとっての自由」と「大家さん、管理会社にとっての安心」を両立させ、日本の賃貸住宅のDIY文化を発展させるために制作されました。賃貸住宅に住んでいる人もこれらの知識を得ることで、自分で自分の暮らしの安全を守ることが出来るようになります。
「賃貸DIYガイドラインver.1.1」が広まることで、自由で豊かに暮らせる賃貸住宅が増えることを期待しています。

●取材協力
>平安伸銅工業株式会社●参考
>HEAD研究会
>賃貸DIYガイドラインダウンロードページ

グリーンカーテンは6月でも間に合う! マンションでのつくりかたも紹介

令和元年5月は、全国各地で過去最高気温を更新。夏本番を前に、何か暑さ対策をと考えた方が多いのでは? そこで、今から手軽にできる暑さ対策としておすすめしたいのが「緑のカーテン(グリーンカーテン)」。通常の植える時期は4・5月上旬だが、種類や方法によっては6月以降につくり始めてもまだ間に合う。電気代を節約することができ、植物を育てる楽しみもあるのが魅力だ。
緑のカーテンは生きているから涼しい

グリーンカーテンは、長時間日光に当たると熱くなる簾(すだれ)や葦簀(よしず)とは異なり、根から吸い上げた水を葉から蒸発させること(蒸散作用)で、自らの熱を逃している。夏の強い日差しを遮るだけでなく、周りの気温をわずかに下げてくれ、室温の上昇を抑えることができる。冷房の使用が控えられて省エネになるほか、緑が見た目にも涼しく、リラックスできるという効果もある。
ただ、グリーンカーテンは植物を育てネットに這わせる期間が必要になる。夏本番まであと1カ月ほど。今からでもグリーンカーテンづくりに間に合う植物の種類や栽培方法を、2013年から毎年グリーンカーテンづくりをしている三郷市立ピアラシティ交流センター・副センター長の河地伸浩さんに話を伺った。

三郷市立ピアラシティ交流センターの菜園「ポタジェ」前に立つ河地さん。ここで栽培した野菜の収穫体験や調理教室を通じて、地域コミュニティの形成に取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

三郷市立ピアラシティ交流センターの菜園「ポタジェ」前に立つ河地さん。ここで栽培した野菜の収穫体験や調理教室を通じて、地域コミュニティの形成に取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アクティビティももたらす公共の場のグリーン

河地さんの所属は、三郷市立ピアラシティ交流センターの指定管理者である、日比谷花壇 三郷街づくり共同事業体。日比谷花壇というとフラワーショップのイメージが強いが、北は宮城県から南は福岡県まで、公園や交流センター、霊園、文化財などで植栽管理を含めた施設の管理運営も行っている。
近ごろでは、公共施設でグリーンカーテンをよく目にするようになった。三郷市立ピアラシティ交流センターでグリーンカーテンに取り組んでいる背景は「ガラスをグリーンカーテンで覆うことで、より快適に過ごすことができ、冷房代の削減になるため」と河地さん。さらに三郷市立ピアラシティ交流センターでは、収穫したゴーヤを使った料理教室や、ヒョウタンランプづくりなどのアクティビティを実施し、地域のコミュニティづくりにもグリーンカーテンが一役買っている。「料理や工作といったアクティビティにつながるゴーヤやひょうたんなどの品種が、公共施設では需要があります」(河地さん)。

三郷市立ピアラシティ交流センターの窓辺の様子。左はグリーンカーテンが育つ前、右は成長後。体感温度だけでなく見た目の涼しさも大きく異なる(上・写真撮影/SUUMOジャーナル編集部、下・画像提供/日比谷花壇)

三郷市立ピアラシティ交流センターの窓辺の様子。左はグリーンカーテンが育つ前、右は成長後。体感温度だけでなく見た目の涼しさも大きく異なる(上・写真撮影/SUUMOジャーナル編集部、下・画像提供/日比谷花壇)

苗ならまだ間に合う!目的に応じた品種選び

「ゴーヤの場合は、6月前半までに苗を植えれば間に合います。苗からでしたら育てるのも比較的簡単ですし、初心者にもオススメです」(河地さん)
種からの場合は、4月から5月までに蒔き終えていなければならない。しかし、苗から植えるのであれば、7月に実の収穫や花を咲かせたい場合、6月中旬くらいまでに植えると、ゴーヤ以外にもほとんどの品種が間に合うという。

三郷市立ピアラシティ交流センターで恒例となったグリーンカーテンの植付イベントの様子。毎年5月中旬から下旬にかけて実施(画像提供/日比谷花壇)

三郷市立ピアラシティ交流センターで恒例となったグリーンカーテンの植付イベントの様子。毎年5月中旬から下旬にかけて実施(画像提供/日比谷花壇)

グリーンカーテンをつくるのに、ほとんどの品種がまだ間に合うと聞いて、ひと安心。しかし、選択肢が広い分、何を植えようか悩むところだ。
「まずは、食べる・見る・使うの3つの中から、目的を何にするか決めると選びやすいですよ」と河地さんは言う。三郷市立ピアラシティ交流センターでは、食べる=ゴーヤ料理教室、見る=グリーンカーテン de 記念写真、使う=ヒョウタンランプづくり、といったアクティビティが行われている。

“見る” グリーンカーテンの一部を顔を出せるように開けて、フレームに見立てたグリーンカーテン de 記念写真。インスタへの投稿や暑中見舞いの画像にぴったりと子ども連れの来園者に人気(画像提供/日比谷花壇)

“見る” グリーンカーテンの一部を顔を出せるように開けて、フレームに見立てたグリーンカーテン de 記念写真。インスタへの投稿や暑中見舞いの画像にぴったりと子ども連れの来園者に人気(画像提供/日比谷花壇)

“使う”乾燥させたヒョウタンに穴を開けて光源を中に入れればおしゃれな照明に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

“使う”乾燥させたヒョウタンに穴を開けて光源を中に入れればおしゃれな照明に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「”食べる”では、定番のゴーヤをはじめ、オカワカメやトケイソウ(パッションフルーツ)、ぶどう、小玉スイカなどがあります。ゴーヤやオカワカメ、”使う”のヒョウタン・ヘチマくらいでしたら大丈夫ですが、小玉スイカくらいになると、実の重さに耐えられるようにネットを張る必要があるので中級者向きです」(河地さん)。藤棚などしっかりした柵に応用すれば、かぼちゃなど重い実がなるものも栽培できるという。

ヒョウタンのグリーンカーテン。藤棚やテント状に組んだ柵などにツルを這わせると、緑の屋根のようにもアレンジできる(画像提供/日比谷花壇)

ヒョウタンのグリーンカーテン。藤棚やテント状に組んだ柵などにツルを這わせると、緑の屋根のようにもアレンジできる(画像提供/日比谷花壇)

花を楽しむ”見る”であれば、支柱を組む必要がなく、ネットを張るのが初めての方によさそうだ。ツル性の植物というと、筆者はアサガオしか思い浮かばないが、他にはどんな品種があるのだろうか?
「開花期が長く繁茂しやすい、スネールフラワーやアサリナは初心者向きです」と河地さん。6月上旬に苗を植え付ければ、9月や10月ごろまで花が咲いているという。
定番のアサガオも育てやすく初心者にオススメだが、中でも、ノアサガオや西洋朝顔(ヘブンリーブルー・ソライロアサガオ)は、茎や葉が枯れても根は枯れない宿根性のため、冬越しが可能。盛り土をしたり土の表面をビニールなどで覆ったりしておけば、種まきせずに翌年も花を楽しむことができるのはうれしい。

ねじれた蕾の形がカタツムリ(スネール)に似ていることから名付けられたスネールフラワー(画像提供/日比谷花壇)

ねじれた蕾の形がカタツムリ(スネール)に似ていることから名付けられたスネールフラワー(画像提供/日比谷花壇)

特に実がなる品種では、育てる場所が大切となりそうだが、河地さんに伺うと「南向きがベストですが、北向きでもゴーヤは育ちますよ」と教えてくれた。ただ、強風は植物の成長阻害要因となるため、ビル風が通る場所や室外機の近くは避けたほうがいいだろう。
また、水やりについて。苗を植えて根がしっかりと張るまでの1カ月ほどは、土の表面が乾いたら根腐れに気を付けつつ水をたっぷり。7月から9月の猛暑時には朝・夕の水やりが必要になる。ただ、この時期はお盆などで家を空ける日があるだろう。そういった場合は、自動散布機のほか、給水キャップを付けたペットボトルを土に挿しておくという手軽な対処法もある。

道具をそろえたら成長を待つのみ

バルコニーが西向きで、夏の強い西日に悩まされていた筆者。西洋すだれを使っているが、見た目に文字どおり華がないため、昨年もグリーンカーテンをつくりたいと思っていた。ただ面倒臭がりのため、ためらっていたが、河地さんの「繁殖力がすごいので、初心者でも簡単に綺麗につくれる」という言葉に惹かれ、今年は西洋朝顔を育てることに。
必要な道具は、深さがある大きめのプランター、培養土、肥料、鉢底石、ネット(10cm角目)、苗。そのほか環境に応じて、ネットを窓辺に取り付ける道具や支柱を用意する。

面倒臭がりな筆者は、グリーンカーテンづくりに必要な道具がセットになったものをネットショップで購入(税込2725円・送料込)。苗はホームセンターで実際に見て選んだ(2つで税込643円)(写真撮影/大川晶子)

面倒臭がりな筆者は、グリーンカーテンづくりに必要な道具がセットになったものをネットショップで購入(税込2725円・送料込)。苗はホームセンターで実際に見て選んだ(2つで税込643円)(写真撮影/大川晶子)

プランターや土は、運ぶのが大変。ネットショッピングでスターターキットを購入したら、グリーンカーテンづくりのハードルが心理的にも物理的にもがグッと下がった。ネットの張り方や植え付け方法については、「SUUMO」(アサガオ、ゴーヤ)や「日比谷花壇」の緑のカーテン紹介ページを参考に。筆者宅では、窓上に洋風すだれ用のフックを取り付けていたので、そこにネットの端を引っ掛けた。
あとは、毎日水をやり、ツタがネットに這うのを調整するだけ。こんなに簡単だったとは!
冒頭で述べたように、グリーンカーテンは生きているからこそ、育てる喜びがある。「ヘブンリーブルー、ソライロアサガオという名前のように、鮮やかな青い花を咲かせますよ」という河地さんの言葉にワクワク。今年の夏はどんな涼を取れるのか、楽しみだ!

植え付けて1週間ほどの状態。苗を購入する際、すでに他の苗と絡まり合っていたほどで、成長が本当に早い!(写真撮影/大川晶子)

植え付けて1週間ほどの状態。苗を購入する際、すでに他の苗と絡まり合っていたほどで、成長が本当に早い!(写真撮影/大川晶子)

(写真撮影/大川晶子)

(写真撮影/大川晶子)

●取材協力
>日比谷花壇
>三郷市立ピアラシティ交流センター●関連リンク
>緑のカーテンをみんなで広げよう!キャンペーン
>緑のカーテン応援団

東京都葛飾区に、【EAST TOKYO CREATIVE】がテーマの古民家活用シェアハウス「リバ邸下町」がオープン

 埼玉県を中心に空き家活用型シェアハウス事業を展開する一般社団法人ふくろうの会(所在地:東京都中央区、代表:小関 智宏)シェアハウス事業部(事業部長:中川 峻一)は、
若手起業家と共同運営するシェアハウスの第二弾として、【EAST TOKYO CREATIVE】をテーマに、東京の東部から様々なクリエイティブを応援する古民家活用シェアハウス「リバ邸下町」を2019年3月、東京都葛飾区にオープンします。

本件に伴い、本日2019年2月15日、「リバ邸下町」の入居希望者の募集を開始しました。

詳しくは、下記プレスリリースをご確認下さい。
https://www.value-press.com/pressrelease/214434

【重要】入居を含むメールフォームの不着について

【重要なお知らせ】
リバ邸大宮、越谷などを運営する、一般社団法人ふくろうの会シェアハウス事業部のメールフォームを通じて、入居、及びお問い合わせを頂いた方にお知らせです。
https://www.296house.com/

この度、先日のサーバーメンテナンスの関係で、入居を含むふくろうの会シェアハウス事業部のウェブサイトのメールフォームが1週間以上機能していなかったことがわかりました。
2月中にフォームを通じてお送りいただいたメールが届いていない可能性がございます。
大変申し訳ございませんが、今月メールを送った方で返信がなかった方は再度ご連絡をお願い致します。

・入居希望の方
https://www.296house.com/bosyu

・お問い合わせの方
https://www.296house.com/contact

さいたま市に2棟目!【現代の駆け込み寺】シェアハウスのリバ邸が2019年3月、浦和地区にオープン

 埼玉県を中心に空き家活用型シェアハウス事業を展開する一般社団法人ふくろうの会(所在地:東京都中央区、代表:小関 智宏)シェアハウス事業部(事業部長:中川 峻一)は、さいたま市では2棟目となる、【現代の駆け込み寺】として全国に広がるシェアハウス「リバ邸」を、「リバ邸浦和」として2019年3月、浦和地区に新規オープンします。

 本件に伴い、本日2019年2月3日、「リバ邸浦和」の入居希望者の募集を開始しました。
同時に、本日~2月28日に入居希望を出された方のうち、家具や家電などを寄付頂ける方限定で、入居費(礼金)1万円が無料になる期間限定キャンペーンを開始します。(条件有)

詳しくは、下記プレスリリースをご確認下さい。
https://www.value-press.com/pressrelease/214435

キッズデザイン賞受賞! 建設反対の声を乗り越え、地域との共生を考えて設計された保育園

待機児童解消の問題と並行して、保育施設増設反対の住民運動についての賛否が話題となっています。ここ最近では、港区白金台の白金台保育室、南青山の(仮称)港区子ども家庭総合支援センターへの住民反対運動などが頻繁にメディアで報道されているので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

そんな中、建設反対の声がありながらそれを乗り越えて、2018年4月に開園した保育園があります。8月にはキッズデザイン賞を受賞した、世田谷区の代沢ききょう保育園です。どんな点が評価されて受賞にいたったのか、また、開園に至るまでの軌跡は――?

保育園を運営する福祉法人桔梗(以下、桔梗)の理事長、山田静子(やまだ・しずこ)さんと、保育園を設計した住まいのアトリエ 井上一級建築士事務所の井上恵子(いのうえ・けいこ)さんに、地域との共生を実現するまでの工夫やプロセスについてお話を聞きました。
世田谷区にある代沢ききょう保育園は2018年キッズデザイン賞を受賞。「高級住宅地にふさわしいデザインに」と地域からの要望を受け設計された外観は、オリジナルデザインの門扉、薩摩中霧島塗りの壁、木レンガの歩道など、建築物としてのこだわりも満載(写真撮影/片山貴博)

世田谷区にある代沢ききょう保育園は2018年キッズデザイン賞を受賞。「高級住宅地にふさわしいデザインに」と地域からの要望を受け設計された外観は、オリジナルデザインの門扉、薩摩中霧島塗りの壁、木レンガの歩道など、建築物としてのこだわりも満載(写真撮影/片山貴博)

保育園増設に反対の声!? 反対の理由って?

代沢ききょう保育園の整備計画が決定したのは2014年5月、現在、運営を行なっている社会福祉法人桔梗が事業者として認定されたのが2016年3月のことでした。既にこの段階で、世田谷区主催での住民説明会が8回開催されていたそうです。2016年3月に開かれた9回目の住民説明会に初めて参加した山田さんが、その時の状況を振り返ります。

「初めて地域のみなさんを前にして、『良好な保育環境の充実を目指して、子どもの声が響く、地域に開かれた保育園を目指したい』と挨拶をしました。ところが『“子どもの声が響く“なんて。騒音が問題だとこれまでの説明会で訴えてきたことを理解していないのではないか』とのお声が。そこから、地域の方々との調整がスタートしたのです」(山田さん)

世田谷区の代沢ききょう保育園を運営する社会福祉法人桔梗の理事長、山田静子さん(写真撮影/片山貴博)

世田谷区の代沢ききょう保育園を運営する社会福祉法人桔梗の理事長、山田静子さん(写真撮影/片山貴博)

その後も重ねられた近隣説明会の中、で山田さんたちが受け取った要望はなんと141項目に及びます。指摘されたのは大きく3つで「施設の配置」「保育園の運営」「騒音」についての問題でした。

代沢ききょう保育園建設にあたり、近隣説明会で出された地域の要望は141項目(井上さん提供)

代沢ききょう保育園建設にあたり、近隣説明会で出された地域の要望は141項目(井上さん提供)

地域との対話を10回以上重ねてできた保育園

山田理事長と井上さんはそれらの近隣からの意見を受け入れ、保育園の設計に一つひとつ反映させていきます。

「当初、総敷地面積2000平米という豊かな立地を活かして、南側に500平米程の広い園庭を有したL字形の園舎を建築したいとプランを提出しました。けれども、騒音を懸念するご意見をいただいたので、その点に配慮するために建築プランを大きく変更することにしました。

代沢ききょう保育園を設計した建築士の井上恵子さん(写真撮影/片山貴博)

代沢ききょう保育園を設計した建築士の井上恵子さん(写真撮影/片山貴博)

まず、園庭の音を建物で遮断するため園舎の形をL字型からロの字型に変更しました。そして保育棟部分を中心に防音性能の高いサッシを採用することで、子どもたちが思い切り声を出して遊んでも、周辺住宅地には音が漏れない園舎を実現しています」(井上さん)

当初の建築プランは、南側に広い園庭を確保したL字型の園舎(井上さん提供の図をもとに作成)

当初の建築プランは、南側に広い園庭を確保したL字型の園舎(井上さん提供の図をもとに作成)

地域の要望を受け、園庭をぐるりと園舎で囲む形のロの字型配置で遮音性を確保(井上さん提供の図をもとに作成)

地域の要望を受け、園庭をぐるりと園舎で囲む形のロの字型配置で遮音性を確保(井上さん提供の図をもとに作成)

「建物で園庭を囲うことで園庭の音の問題は解決しても、園庭の日当たり条件が悪くなってしまいます。そこで北側と南側とで園舎の高さを変え、園庭になるべく多く日が入るように設計しています。隣地と園舎が近い南側には遮音壁も設置しましたが、近隣の景観を損ねないよう木製のものにしました」(井上さん)

左側の保育棟と右側の施設等は近隣の建物にあわせて高さを変え、可能な限り採光がとれ、風が通る設計になっている。左手前の柵の中は、現在はオフシーズンのため蓋をしている園児用プール(写真撮影/片山貴博)

左側の保育棟と右側の施設等は近隣の建物にあわせて高さを変え、可能な限り採光がとれ、風が通る設計になっている。左手前の柵の中は、現在はオフシーズンのため蓋をしている園児用プール(写真撮影/片山貴博)

園庭を中央に配し、周囲に園舎を設けることで園庭の音がカットされる設計(井上さん提供)

園庭を中央に配し、周囲に園舎を設けることで園庭の音がカットされる設計(井上さん提供)

敷地の南側(一部)には、天然木と黒に塗られた鉄のコントラストが洗練された雰囲気の木製遮音壁を配置(写真撮影/片山貴博)

敷地の南側(一部)には、天然木と黒に塗られた鉄のコントラストが洗練された雰囲気の木製遮音壁を配置(写真撮影/片山貴博)

もちろん、子どもたちが健やかに過ごせるよう保育環境にも配慮されています。

「都市部では珍しい木造在来(真壁)工法を採用し、木の柱・梁を現すことで、木の雰囲気を感じられる温かみのある園舎にしました。木造建築物は火災を懸念されますが、燃え代(もえしろ)設計(想定される火事で消失する木材の部分を想定して部材の断面寸法を考えること。木材が火災にあっても、燃え代を想定しておけば、直ちに建物が倒壊することはない)を行い、準耐火建築物として認定されています。

また、開口部に使用している木製のサッシは、遮音性はもちろん、断熱性にも優れ、施設内で子どもたちが夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるようになっています」(井上さん)

保育棟の廊下。左側の開口部には遮音性の高い木製サッシが使われている。屋根の形を生かした勾配天井は空間を広く見せる効果も(写真撮影/片山貴博)

保育棟の廊下。左側の開口部には遮音性の高い木製サッシが使われている。屋根の形を生かした勾配天井は空間を広く見せる効果も(写真撮影/片山貴博)

これだけの充実した設備や、いたるところに配慮の及ぶ設計に筆者はびっくりしましたが、設計や建設にはかなりお金がかかったのでは……?

「ここは高さ10メートルの建物が建てられる地域ですが、7メートル以下に抑えて欲しい、また園舎の面積も最低限にして欲しいという要望がありました。そこで当初2階建てのプランを平屋に変更し、天井を高く取って空間を広く見せようと考えました。高い天井に木の梁がダイナミックに出ているため、費用がかかっているように見えるかもしれません。今回採用した真壁工法は、施工がたいへん難しく手間ひまがかかりますが、設計・建設費は保育園の建設に通常かかる平均的な予算の中に納まっています。施工会社さんの頑張りもあってできた建物なんです」(井上さん)

運営・コミュニケーション面でも、近隣に配慮した運営方法を採用

近隣説明会では、園児が園庭に出る時間や送り迎え時の運用、自転車置き場やゴミ置き場など「運営」についても住民の方からの要望がありました。

「送迎の主な時間帯である7:15~9:15と16:30~18:30は門扉を開放し、交通誘導員を入口に配置して、ベビーカーや自転車に乗った状態で門を入って園内でお子さんに乗り降りしてもらい、交通の安全を確保しました。園庭に出て遊ぶ時間も午前中の9:00~11:30と午後の15:30~17:30に限定することで、住民の方の了承を得ています。

ゴミ置き場は近隣への影響を減らすため道路沿いではなく敷地奥に設置し、カラス等の被害を防ぐためコンクリートブロック造の建物を設けました。ゴミ置き場の前の通路の先、道路ぎわに、ゴミ収集車や食材や必要資材などの搬入・搬出をする車が駐車できるスペースを設けています。

保育園の裏手にある搬入・搬出用の通路とコンクリートブロック造のゴミ置き場(通路左)(写真撮影/片山貴博)

保育園の裏手にある搬入・搬出用の通路とコンクリートブロック造のゴミ置き場(通路左)(写真撮影/片山貴博)

イベント時の騒音は特に気になる問題だったので、運動会も園庭内では行わず、近隣の広い公園で開催します。『げんき広場』として地域の皆さんにも開放した形の運動会にしています」(山田さん)

これらの数々の工夫によって、地域に受け入れられてきたのですね。

子どもも、大人も、地域と一緒に育ち、育む環境を

とはいえ、山田理事長の本来の思いは冒頭の住民説明会の挨拶にもあるように、子どもたちが周囲と完全に遮断された環境ではなく「地域に開かれ、地域と共に育つ保育園」にあります。

「私自身も、母として保育園に子どもたちを預けながら商社に勤務する身でした。当時の保育園の園長先生や保育士の先生方をはじめ、多くの方に助けていただきましたし、子どもが育つ環境には未来があります。実際に保育施設の運営を始めて40数年が経ちますが、当時保育園に通っていた子たちが、今、父・母という立場になって自分の子どもを先生に見てもらいたい、と通ってくれます。子どもたちがあっと言う間に社会を背負う大人となって成長していくわけです。

一時保育室として設けられた保育スペースも勾配天井とむき出しになった木の梁が温かく印象的(写真撮影/片山貴博)

一時保育室として設けられた保育スペースも勾配天井とむき出しになった木の梁が温かく印象的(写真撮影/片山貴博)

運動会を公園で開き、げんき広場として地域の方が参加しやすい場にしていく工夫もそうですが、この園舎のエントランスがある事務棟には、地域の方々にも使っていただける開放スペースも用意しました。
地域の方々にも子どもがいる風景を身近に感じていただき、少しずつ対話を重ね、子どもたちが地域の中で育ち、私たち大人も一緒に育つ環境を提供できれば、と考えています」(山田さん)

エントランスを入って目の前にある「つどいのひろば」という部屋は、地域の人々がサークル活動などに使用できるように設けられた(写真撮影/片山貴博)

エントランスを入って目の前にある「つどいのひろば」という部屋は、地域の人々がサークル活動などに使用できるように設けられた(写真撮影/片山貴博)

キッズデザイン賞の審査員のコメントには「保育園新設に対する近隣との対立は社会問題化している。対話を通じて挙がってきた課題や要望を、デザインを通じて解決し、結果として保育環境の向上につながったプロセスは特筆すべきものである」とあります。この、近隣にも園内の保育環境にも配慮して設計された保育園は、見学希望者が後を絶たないそうです。
代沢ききょう保育園の取り組みを自治体や運営事業者の工夫例として参考にしていくことはもちろん、一方で、住民側として、子育て中の親として、筆者も主体的に地域福祉に尽力・協力する、という共助的な環境づくりに貢献できれば、と想いを強くした取材でした。

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●取材協力
社会福祉法人桔梗
代沢ききょう保育園
住まいのアトリエ 井上一級建築士事務所

八つのお社にお詣りして末広がりのご利益にあずかる「下町八福神めぐり」ガイド

七人の神様を祀る「七福神」。下町では、もうひとつ多い「八福神めぐり」の人気が高まっていて、お正月ははとバスツアーが出るほど。「八」は末広がりや八方よけなど縁起が良いことから、よりご利益がありそうですよね。今回は、台東区浅草の「今戸神社」からスタートし、中央区の「住吉神社」までめぐるコースをご案内します。
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【両国】で江戸の歴史を学ぶ。大人も子ども夢中になれるおすすめスポット5選

墨田区・両国は、江戸で一番の歓楽街として、古くから庶民に親しまれてきました。流行や伝統の中心地として栄えた両国エリアには、当時の様子を伝えるスポットが今もたくさんあります。東京オリンピックを控え、ますます注目されている東京の昔に想いを馳せてみませんか?今回は、大相撲で有名な「両国国技館」や江戸から現在の歴史を一度に学べる「江戸東京博物館」などおすすめのスポットをご紹介します。
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わが家にあった予算・ローン[3] 教育重視! 子育て世帯にあった住宅ローンの組み方・返し方は?

子どもの教育費は住宅ローンと並ぶ、子育て世帯の大きな支出項目です。私立と公立で学費は大きく変わってきますし、塾やそのほかの習い事で多額の費用がかかることもあります。そこで教育熱心な家庭はどんな住宅ローンを利用すべきなのか、住宅ローンをどのように組むべきかについて「ホームローンドクター」の淡河範明(おごう・のりあき)先生にうかがいます。

今回のご相談者はKさん夫婦。夫のTさん、妻のAさんともに35歳の会社員です。
5歳の子どもがおり、現在は東京都文京区に家賃20万円のマンションを借りて住んでいますが、子ども部屋の必要性などを考え、同じ文京区内で新築マンションの購入を検討しています。
子どもの教育費を捻出しながら住宅ローンを返済していくには、家計も含めて、どのように設計すべきなのでしょうか?

【連載】教えて、ローンドクター! わが家にあった予算と、借り方・返し方
住宅購入に悩みはつきませんが、「予算」は最も大切なポイント。年収の何倍までとか、頭金はこれくらい必要などいろいろな情報があふれていますが、人によって、物件によって、タイミングによって変わるため、実際にはみんなに通用するセオリーはありません。いったい「わたし」「わがや」にとってはいくらの物件を買えばいいのか? ローンはどう組めばいいのか? そんな疑問に「ホームローンドクター」である淡河範明(おごう・のりあき)先生がビシッとお答えいたします。

今回の登場人物と住宅購入予定
【Kさん夫婦の場合】

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

7000万円のマンションを文京区に購入したい夫婦の家計を分析!

淡河範明先生(以下、先生):今日は、文京区内にマンションを購入したいというご相談ですね。7000万円のマンションを購入されるご予定だとか。

夫:はい、子どもの教育を考えると、気になる小・中学校が多くある文京区に住み続けたいと思っていまして。

妻:ゆくゆくは子どもの留学や大学院への進学、また6年制の大学の入学も視野に入れて塾や習い事に通わせています。

先生:まず現在の家計の状況を教えていただけますか?

夫:収入は2人合わせた手取りが70万円ほどです。支出は家賃が20万円で、食費、水道光熱費等の生活費が17万円、小遣いが8万円、各種の保険が5万円など。子どもの教育費は幼稚園や習い事代で毎月10万円ほど掛かっています。毎月10万円程度とボーナスを住宅購入費用などの貯蓄に回しています。

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

先生:現時点で教育費に毎月10万円が掛かっているんですね。仮にお子さんが小学校~大学まですべて私立に通うことになると、一般的に学費だけで2000万円ほど掛かると言われています。さらに習い事や塾、一人暮らしやホームステイ、大学院や6年制の大学に通わせるとなると別途2000万円くらいは用意しておく必要があるかもしれません。
つまり4000万円が必要と考えると、お子さんの教育費に毎月20万円は確保しておく必要があります。

夫:そうですよね……。さしあたり家を買ったら、現在、住宅購入費用として貯蓄している分を教育費に充てようと考えています。

先生:基本的には、お二人がずっと正社員として働いて現在の収入を維持できるのであれば問題はないと思います。あとは老後の備えについても考えておきたいですね。

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

老後への備えも大切! どれくらいあれば余裕をもって老後を過ごせる?

先生:現在、毎月10万円を住宅購入費用として貯蓄されているとのことですが、住宅購入後にそれをお子さんの教育費に充てるとしたら、その他の用途に使える分は残らなくなってしまいますね。

お二人とも現在35歳ですから65歳に定年すると考えても、まだ30年間は働けます。第2回の記事で、老後資金の貯蓄額として3つのプランを挙げたのですが、お二人の現在の生活水準を考えると、65歳の定年退職時に3000万円は貯めておきたいところです。ボーナスを老後資金に充てるという方法もありますが、ボーナスは会社の業績や景気に左右されますから臨時収入と考え、突発的な出費に備えるお金、というくらいに考えておいたほうが良いでしょう。できれば他の生活費を見直すなどして、毎月8万円程度を貯蓄できるように検討してみてください。

妻:子どもの教育と家を買うことで頭がいっぱいで、老後のことはあまり考えていませんでした……。

先生:お子さんの将来を第一に考えるのであれば、定年退職後もお子さんに経済的に頼らずに済むように計画的に貯蓄しておきましょう。

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

教育費を確保しながら、住宅ローンを返済していくにはどう組めばいい?

先生:では、住宅ローンの組み方や返し方について考えていきましょう。Kさん夫婦の収入であれば、7000万円のマンションを買うことは可能です。頭金のご用意や返済計画についてはどのように考えていますか?

夫:頭金は親からの援助も受けて1000万円ほど用意できます。できるだけ早めに、遅くとも定年退職時にはローンを完済していたいので、6000万円の融資を30年で返していこうと思っています。

先生:では6000万円を借り入れ、返済期間はご希望の30年で住宅ローンを組んだ場合のシミュレーションを見てみましょう。お二人とも会社員で安定収入があるためペアローンを組むこともできますが、今回は返済期間による比較がしやすいよう夫のTさんが単独で住宅ローンを組んだ場合の試算をしました。下表を見てください。

※元利均等返済。ボーナス時加算なしで試算。金利は2018年10月1日現在のもの。金利やキャンペーン内容は金融機関や時期によって異なります

※元利均等返済。ボーナス時加算なしで試算。金利は2018年10月1日現在のもの。金利やキャンペーン内容は金融機関や時期によって異なります

今回はA信託銀行の【フラット35】Sを利用した場合と、金利キャンペーンを利用した場合を比較する形で試算しています。【フラット35】には、省エネやバリアフリーなど、一定の住宅性能を満たす場合に10年間、金利の優遇を受けられる【フラット35】Sがあります。そのため、当初10年間はA信託銀行のキャンペーン金利より、金利が低く抑えられます。購入を検討しているマンションが対象になるか、確認しておくといいでしょう。

11年目以降はA信託銀行のキャンペーン金利のほうが低くなりますので、総返済額としてはA信託銀行のキャンペーンのほうが50万円強、低くなります。今回比較している金利キャンペーンのように期間限定で展開しているもののほか、各金融機関ではさまざまな商品・プランを用意しています。それぞれで総返済額がどのように変わるかを試算して、比較検討することをおすすめします。

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

固定金利と変動金利、どちらで融資を受けるのが良い?

先生:現在の家賃は20万円とのことですが、住宅を購入すると固定資産税や管理費・修繕積立金などが発生するので、住宅ローン返済額とは別に通常、月に3万~4万円ほどかかります。先程のプランを見ると、30年での返済だと住宅費が重くなってしまいますね。先に話したように、教育費や老後資金の貯蓄のためにも、月々の支出は抑えたいところです。

そこで私からの提案ですが、次の表、返済期間を35年にしてはどうでしょう? そうすれば、毎月の住居費は管理費・修繕積立金を合わせても約20万~22万円となり、現在の家賃に数千円~2万円ほどを追加する形で済みます。

※A信託銀行の金利は、金利引き下げキャンペーン適用が終了する31年目以降、その時点の金利を適用した固定金利または変動金利が選べます。現時点で31年目時点の金利は予測できないため、表内の試算は2018年10月1日現在の金利で行っています。将来の金利については変動する可能性があります

※A信託銀行の金利は、金利引き下げキャンペーン適用が終了する31年目以降、その時点の金利を適用した固定金利または変動金利が選べます。現時点で31年目時点の金利は予測できないため、表内の試算は2018年10月1日現在の金利で行っています。将来の金利については変動する可能性があります

定年退職時に約1000万円の残債があることになりますが、今は低金利。ローンの残債よりも手元にある現金の額が多くなるようにしっかり残しておいて、定年退職後一括して返済するか、またはゆっくりローンを返済していけばいいのです。どうしても定年退職時までに返済したいということであれば、当初20年間、お子さんの教育費として捻出していた分や以降のボーナスを返済期間の残りの15年間で繰り上げ返済に回せば、定年退職時までかからずに完済できるでしょう。

夫:このシミュレーションは固定金利ですよね? 変動金利のほうが当面の金利が低いので、そちらも検討してみようと思っていたのですが、固定金利が良い理由はありますか?

先生:現在は低金利時代ですから、確かに変動金利を魅力的に感じる人も多いでしょう。ただ、固定金利は30年、35年間の出費を確定できるメリットがあります。借入金額の多い方はわずかな金利アップでも、毎月の返済額が一気に数万円単位で増える可能性もあります。繰り返しになりますが、教育費や老後資金を確保するためには、リスクよりも安心を取ることができる固定金利をおすすめします。

(イラスト/岩間敦美)

(イラスト/岩間敦美)

子どもの教育費を十分捻出しながらも、6000万円の融資を受けて返済したいというKさん夫妻。教育費は進路によっても変わってくるので、確実に貯蓄をするのであれば他の出費額を固定し、計画的に貯められるようにするのがいいようです。住宅費を計算するときは、修繕費や税金のことも含めて出費を把握する必要があります。

また、将来子どもに負担をかけないためには、同時に老後の生活費も準備しておかなければいけません。しっかりと毎月の家計項目と出費を把握し、定年退職時までに住宅ローンを完済するのか、毎月余裕をもって返済し、繰り上げ返済を随時行うことで完済を目指すのかも、夫婦で相談して決めていきましょう。

s-淡河 範明淡河 範明 ホームローンドクター
日本興業銀行、エル・ピー・エル日本証券を経て、住宅ローン専業コンサルティング会社であるホームローンドクター株式会社を設立。利用者の立場にたち、住宅購入時の資金計画、住宅ローンの選び方を新しい方法で提案している。著書に『住宅ローンを賢く借りて無理なく返す32の方法』『住宅ローン借り換えマジック』などがある。

中古リノベを選ぶ独身女性が増加中! リノベ女子の暮らしとは

東京をはじめ首都圏で、中古マンションをリノベーションする一人暮らしの女性が増えている。住まいに合わせて暮らすのではなく、住まいを自分らしく変えられるリノベーション。今回は、中古マンションを購入してリノベーションし、理想の暮らしをかなえた「中古リノベ」の実例とともに、選択する人が増えている背景やメリット・デメリットを紹介する。
賃貸・新築購入に並び「中古リノベ」も次の住まいの選択肢に

「実は中古マンションを買って、リノベーションしたんだ」という知り合いが周りにチラホラ現れ、「中古リノベ」が賃貸への引越しや新築マンションの購入と同じような感覚で、次の住まいを考える際に選択肢のひとつになってきていることを実感している人も多いだろう。
ある程度カスタマイズできる賃貸や新築も増えているが、なぜ中古物件を買ってリノベーションをする「中古リノベ」を選ぶ人、特に単身の女性が増えてきているのか。リノベーションのメリット・デメリットと照らし合わせながら、その理由を探っていこう。

「中古リノベ」は住まいに感性を反映できる点が大きなメリット

10年ほど前までは、住まいに手を加える場合、“リフォーム”と呼ぶことが多かったが、現在は“リノベーション”と呼ぶ場合がほとんどだ。両者の違いを一般社団法人 リノベーション協議会では、壊れたトイレの交換や破れた壁紙を張り替えるなどの“原状回復”がリフォームであるのに対し、使える箇所があれば残しつつ暮らしに合わせた家全体の改修をリノベーションと定義している。従来はパーツの組み合わせが中心の「修繕」という概念から、最近は空間全体をオーダーメイドする人が増え、その自由度も格段に大きくなっていると言える。

画像提供/リノベーション協議会

画像提供/リノベーション協議会

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同協議会の樽宏彰さんによると、リノベーションをする人が増えてきた理由は「住宅ローンを組むことが可能になった」点が最も大きいという。20年くらい前までは、リノベーション費用を住宅ローンで一本化して組むことができず、現金で支払うか、別途金利の高いリフォームローン等で手当てするしかなかった。「リノベーション済み物件」が登場し、中古相場で「リノベーション」の価値が認知されるようになり、追いかけるようにここ10年で「中古物件+リノベーション」の一本で住宅ローンを組めるようになった。

「中古リノベ」を選ぶ人のなかでも単身の人は、「賃貸で保証人などで苦労しなくて済むように所有しておく『将来の住まいに対する備え』、新築ほど高価な資産は必要ないが自分らしい暮らしがしたい『経済合理性を求めつつ資産形成』の視点をもっている方が多いように思います」と樽さん。

特に女性には、インテリア好きや料理などの趣味をもつ人も多い傾向があり、実現したい暮らしをイメージすること、つまり感覚的な部分から、マンションの購入を検討しはじめるという。

賃貸とは違い、自分のものになること。未完成の新築物件とは違い、現状を確認して購入し自由に設計できること。そして何より、“新築にはない味わい”があることが、感覚的な部分からスタートしている彼女たちにとって、大きく響くのだろう。

リノベーションの認知度・関心度に関する調査「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー※詳細は記事末にて) リノベーションの認知度は96.9%、関心度は52.1%で、2016年時点で2012年の約1.8倍に。世帯別では、男女ともにシングル層の認知度が高いことが分かる

「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー※詳細は記事末にて)
リノベーションの認知度は96.9%、関心度は52.1%で、2016年時点で2012年の約1.8倍に。世帯別では、男女ともにシングル層の認知度が高いことが分かる

「中古リノベ」のデメリットを理解した資金計画が重要

ただし、「中古リノベ」にはメリットばかりでなくデメリットもあるので注意が必要だ。マンションの面積や築年数、耐震性などの条件によって、住宅ローン減税制度(ローンの一部に相当する金額が所得税や住民税から控除される制度)が使えない場合や、住宅ローンが組めるようになったとはいえ、物件価格+リノベ工事費のフルローンを組むことが難しい場合がある。

特に単身の場合は、一人で完済できるかを問われるため、無理のない資金計画が重要となる。中古マンションの購入に当たっては、年収や勤続年数などで借りられる金額に差が出るが、自己資金が必要な場合があり、早い段階で不動産会社経由でローンの相談をしておくといいだろう。一般的に「年収の5倍、年間の所得に対して25%のローンの支払い」の範囲に収めるのが理想的とされるので、参考にしよう。

“理想の暮らし”を形にした実例を紹介

身を置きたい空間のイメージがふくらみ、資金を用意できたら、準備万全! 「中古リノベ」を実現させるには、どんなステップを踏むのか。東京都豊島区の中古マンションを購入し、リノベーションを行ったKさん(40代・女性・独身)の実例を紹介しながら、その流れを追っていこう。

天井や配管がむき出しになった躯体現しの内装。それでも優しい質感の白い壁や木のフローリングに温もりを感じられ、Kさんが買い集めた古家具やアンティークの照明が良く合う(写真撮影/masa(PHOEBE))

天井や配管がむき出しになった躯体現しの内装。それでも優しい質感の白い壁や木のフローリングに温もりを感じられ、Kさんが買い集めた古家具やアンティークの照明が良く合う(写真撮影/masa(PHOEBE))

以前は家族所有のマンションで暮らしていたKさん。駐車場の隅で偶然出会った生まれたばかりの野良猫、現在は一緒に暮らす「わさび」(取材時3歳・メス)との出会いが「中古リノベ」への背中を押した。

「管理規定でペットが飼えないマンションだったのですが、そのまま見捨てることもできず、里親を探したり、友人に預けたりしていました。しかし、引き取り手が見つからず、安心して飼える環境が必要だと感じました」とKさん。また、蚤の市やアンティークショップなどを巡り、掘り出し物を探すのが好きなKさんは、「自分の暮らしの理想形があったのと、40代という年齢は、ローンを組むならそろそろリミットかなと思って」と、このタイミングでマンション購入に踏み切った理由を振り返る。

内覧した際に気になったという梁の出っ張りは、躯体現しで活かした。左側に写る対面式キッチンのカウンターは、この雰囲気に合う質感をもち、水に強いモールテックス仕上げに(写真撮影/masa(PHOEBE))

内覧した際に気になったという梁の出っ張りは、躯体現しで活かした。左側に写る対面式キッチンのカウンターは、この雰囲気に合う質感をもち、水に強いモールテックス仕上げに(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓の外には視界を遮る物がなく、カーテンが不要なほど。カーテンレールは今や、植物をつるすために機能している(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓の外には視界を遮る物がなく、カーテンが不要なほど。カーテンレールは今や、植物をつるすために機能している(写真撮影/masa(PHOEBE))

物件探しへと動き出し、当初は新築やリノベ済み物件を探した。しかし、イメージする暮らしと間取りが合わず、中古マンションを買って、自分好みに変えようと思うようになったという。条件はまずペット可であること。そして以前の住まいより広い50平米以上、通勤に便利な場所、駅徒歩数分以内であることなどを優先項目に挙げ、ピックアップした物件を不動産屋さんと約2カ月半、毎週2、3件、計10件ほど内覧した。

LDKには、わさびが運動できるようにキャットウォークを設けた。登りやすさはもちろん、年を取ってわさびが遊ばなくなったら棚として使えるようにも考慮されている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKには、わさびが運動できるようにキャットウォークを設けた。登りやすさはもちろん、年を取ってわさびが遊ばなくなったら棚として使えるようにも考慮されている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKにはキャットトンネルがあり、キャットトイレがある洗面脱衣室につながっている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKにはキャットトンネルがあり、キャットトイレがある洗面脱衣室につながっている(写真撮影/masa(PHOEBE))

その際、「SUUMOジャーナルに掲載されていた『中古マンション見学のポイント』を参考に、部屋以外にもマンションのゴミ置き場、駐輪場が整理整頓されているかなど管理状態もチェックしました」とKさん。築年数がたっているが、管理体制がしっかりしていることもあって気持ち良く過ごせているという。

現在住む物件は、候補のなかで当初の条件に合う順位としては下位のほうだったというが、「当時現在のLDK部分を仕切っていたアコーディオンカーテンを開けたとき、視界が開けたのが気持ち良く、見晴らしが気に入って購入を決めました」

部屋が細かく分かれていた約71平米の2LDKを、ドアがなく緩やかに区切られた1LDKに変更。さらに玄関土間を広げ、オープンな収納にしたことで、よりのびやかな空間に生まれ変わった(画像提供/インテリックス空間設計)

部屋が細かく分かれていた約71平米の2LDKを、ドアがなく緩やかに区切られた1LDKに変更。さらに玄関土間を広げ、オープンな収納にしたことで、よりのびやかな空間に生まれ変わった(画像提供/インテリックス空間設計)

フィーリングが合う会社や担当者との出会いも重要

物件探しの段階からリノベーション会社に依頼すれば、物件探しからリノベーション工事まで、ワンンストップで行ってくれる。その場合は、どの壁が壊せて、どの部分が変えられないなど、アドバイスを受けながら物件を探すことができるので、効率が良いと言えるだろう。

しかしKさんの場合は自分で物件を探し購入したため、希望を実現できるリノベーション会社を別途探す必要があった。Kさんは雑誌などを見て気に入る事例ページをブックマークして、その数が多い3社ほどに連絡。好きなインテリアショップなどの話が合った会社に依頼することにした。

LDK入口のアンティークの扉。プランが決まる前にKさんが一目ぼれし購入したもので、補修して使用している。リノベーション会社によって、部材の持ち込みは不可の場合があり注意が必要(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDK入口のアンティークの扉。プランが決まる前にKさんが一目ぼれし購入したもので、補修して使用している。リノベーション会社によって、部材の持ち込みは不可の場合があり注意が必要(写真撮影/masa(PHOEBE))

洗面台のレトロな鏡は、引越し祝いに友人からプレゼントしてもらったもの。こだわりがなかったという水まわりの機能はシンプルに。その分居室に予算を回し、費用面でメリハリをつけた(写真撮影/masa(PHOEBE))

洗面台のレトロな鏡は、引越し祝いに友人からプレゼントしてもらったもの。こだわりがなかったという水まわりの機能はシンプルに。その分居室に予算を回し、費用面でメリハリをつけた(写真撮影/masa(PHOEBE))

設計担当者とは、1カ月半で5回ほど打ち合わせを行い、3パターンほど提案があったという。「担当者とはひたすら意見交換し、一緒に1カ月半の間、ひたすら部屋のことを考えていました。自分の好みを突き詰める、いい時間だったと思います。大変な面もありましたが、その分、図面、そして部屋が完成したときは感動しました」

リノベーション会社の担当者のアドバイスに沿って近隣住民への挨拶を行い、購入契約後から工事を開始。入居はその4カ月後になった。

お気に入りだけに囲まれた自分仕様の住まい

現在の住まいでKさんは、休日にはインナーテラスで本を読んだり、ソファに腰掛けてDVDを観たりと、目的なしにゆっくり過ごしているそう。

寝室に設けたインナーテラスは、主に南向きで2面採光のため、日当たり・風通しともに良好。梁の出っ張りと床タイルでの切り替えが、寝室とインナーテラスとを視覚的に区切る(写真撮影/masa(PHOEBE))

寝室に設けたインナーテラスは、主に南向きで2面採光のため、日当たり・風通しともに良好。梁の出っ張りと床タイルでの切り替えが、寝室とインナーテラスとを視覚的に区切る(写真撮影/masa(PHOEBE))

模様の入ったすりガラスが味わい深い棚も、Kさんが以前の住まいから使っていた古家具のひとつ。以前は食器棚としての役割を果たしていたが、現在の住まいでは本棚に(写真撮影/masa(PHOEBE))

模様の入ったすりガラスが味わい深い棚も、Kさんが以前の住まいから使っていた古家具のひとつ。以前は食器棚としての役割を果たしていたが、現在の住まいでは本棚に(写真撮影/masa(PHOEBE))

「以前から気になってはいたものの、中古マンションを買ってさらにリノベーション工事と、ゼロからやるのは難しいと最初は思っていました。でもちょっとした理由から実際に動いてみて、振り返ると意外と思い通りに部屋全体を自分仕様にできたので、『中古リノベ』がブームとなっている理由が分かる気がします」

都心にもかかわらず、日当たり・風通しがよく開放的で心地よい空間。古くから建つため、恵まれた立地条件であることが多いのも中古マンションならではのメリットだ。わさびもこの部屋にお気に入りの場所をたくさん見つけ、のびのび暮らしている。

インナーテラスで日向ぼっこをするわさび。風通しを良くするために開けられたウィークインクローゼットの上やインナーテラスのカウンターなど、お気に入りの場所を教えてくれた(写真撮影/masa(PHOEBE))

インナーテラスで日向ぼっこをするわさび。風通しを良くするために開けられたウィークインクローゼットの上やインナーテラスのカウンターなど、お気に入りの場所を教えてくれた(写真撮影/masa(PHOEBE))

部屋が完成した後も少しずつ手を加えながら、自分らしい暮らしを満喫しているKさん。「家に居る時間が増えたのと、余計なものを買わなくなりました。本当に気に入ったものしかこの空間に置きたくないので」と、部屋全体を愛おしそうに眺める様子が印象に残った。

窓が多くドアが少ない開放的なKさんの住まい。好みの内装写真を通して建築士とイメージを共有。特に取り入れたかった室内窓にはこだわり、色とサイズを入念に確認して造作した(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓が多くドアが少ない開放的なKさんの住まい。好みの内装写真を通して建築士とイメージを共有。特に取り入れたかった室内窓にはこだわり、色とサイズを入念に確認して造作した(写真撮影/masa(PHOEBE))

●取材協力
リノベーション協議会●実例の設計・施工
インテリックス空間設計●調査概要
「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー)

ペット“可”ではなく“共生”。犬も猫も一緒に暮らすシェアハウスの魅力とは

近年、ユニークなコンセプトのシェアハウスが続々と登場していますが、ペットと一緒に暮らすことができるシェアハウスはまだまだ珍しいかもしれません。今回は、ペット共生シェアハウスを運営するHOUSE-ZOO株式会社代表取締役の田中宗樹さんに、ペット共生ハウスの魅力や運営について伺いました。
ペット共生シェアハウスの原点は、動物と一緒に暮らした故郷の生活

そもそも、田中さんがペット共生のシェアハウスをつくろうと決めたのは、自身の出身地である宮崎での思い出がきっかけだったそうです。

「上京するまでは、庭で犬やニワトリを飼うなど動物と一緒に暮らすのが当たり前の生活でした。でも、東京の集合住宅では、ペットを飼える物件はそれほど多くありません。しかし、人間と動物は昔から共存・共生してきたわけだから、動物と一緒に暮らせる生活をつくりたいと思うのは当たり前のことだと思うんです。動物と共生する住環境づくりに特化していきたいという考えで今の会社を始めました」

HOUSE-ZOOのシェアハウスではペットも家族の一員。特に共用スペースでは、ペットの誤飲や誤食を防ぐためにルールも設けている(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

HOUSE-ZOOのシェアハウスではペットも家族の一員。特に共用スペースでは、ペットの誤飲や誤食を防ぐためにルールも設けている(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

ちなみに、賃貸物件などでよく見かける「ペット可」という言葉はHOUSE-ZOOの物件にはありません。ペット可物件は動物が住んでも構わないというだけで、同じ建物のなかには動物が苦手な人が住んでいることも。

一方、HOUSE-ZOOでは、ペット可の代わりに「ペット共生」という言葉を使っています。ペットを飼うことを許可するという意味ではなく、はじめから「ペットと暮らすための住環境」をつくっているからです。ペットがいるのが当然の住環境なので、動物が苦手な人はまず入居しません。同じ建物で生活する住人たちがその環境に不満をもつことが少なくなるのです。

ペット同士の相性は人と同じ。入居者同士が助け合いながら飼育

HOUSE-ZOOが運営するペット共生シェアハウスでは1人で3頭まで飼うことができるので、運営物件全体では入居者よりもペットのほうが多いそう。シェアハウスによって飼える動物は異なりますが、犬や猫だけでなく、フェレットやカメ、インコ、ウサギなどといった小動物もいます。

「当社のペット共生シェアハウスの特徴は、ペットを飼っていなくてもペットが好き、ペットをこれから飼いたいという人でも入居でき、動物との生活が楽しめる点。飼っていないけど動物のいる環境で暮らしたいという人もいます。いずれはペットを飼いたいと考えている人も多いですね。まわりの入居者が飼い方を教えてくれるので、ほかの入居者の様子を見て飼いたいと思うようになった人も少なくないんです」

犬も猫も仲良く共生させるために、入居する際には時間をかけて環境になじませる工夫も(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

犬も猫も仲良く共生させるために、入居する際には時間をかけて環境になじませる工夫も(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

また、HOUSE-ZOOが運営するシェアハウスのなかには、犬専用・猫専用のほか、犬と猫が一緒に暮らす物件もあります。仲良くなりづらいと言われる犬と猫が共生するために、運営上注意している点はあるのでしょうか。

「犬と猫が特別相性が悪いとは思わないです。人と一緒で、同じ犬同士・猫同士であっても相性のいい子も悪い子もいます。だから、犬と猫を別々に生活させるなど、そこまで気をつかうことはありません。

ただ、猫だけは入居した最初の1カ月間ぐらいは部屋から出さないで、ということはお伝えしています。猫の場合は、いきなりほかの犬や猫と顔を合わせると警戒してしまう習性があるんです。たとえ猫専用シェアハウスであっても、あえて顔も合わせず、姿を見せず、まずは気配だけを感じさせるようにしています。それだけでも、もともといる子たちは新しい子が来たって分かるんですよね。その『気配』が新しく来た子にとって当たり前の生活になったら仲良くなれる。その点は飼い主さんにも焦らないように注意しています」

入居者が集まってパーティーを開くことも。ペットも他の入居者と一緒にくつろいでいる(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

入居者が集まってパーティーを開くことも。ペットもほかの入居者と一緒にくつろいでいる(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

一人暮らしでペットを飼うとなると、当然ながらすべて一人で世話をしなければなりません。でも、ペット共生のシェアハウスなら、入居者同士が自然と助け合う関係ができるのだそうです。

「入居して間もないうちは、慣れなくて吠えたり鳴いたりするペットもいます。でも、ペット共生シェアハウスで暮らす入居者たちは、そういう子たちに対して『うるさい』と注意するのではなく『ずいぶんと鳴いてるけど大丈夫?』『なんかあったんじゃないの?』と心配するんですよね」

入居者みんなで助け合いながらお互いのペットを大切にする生活は、ペット自身だけでなく飼い主にとってもうれしいに違いありません。

過剰な設備は不要。ただし、清掃や片付けは徹底的に

ペットと共生するシェアハウスとなると、どうしても気になるのは建物の設備や衛生面のこと。設備や環境づくりでこだわっている点はあるのでしょうか。

「当社のシェアハウスは普通の空き家をリノベーションしている物件がほとんど。散歩から帰ってきたときに捨てやすいところにゴミ箱を置いたり、ペットバスを設置したり、できるだけニオイを防ぐための換気を検討したりはしますが、それ以上の特別な設備はありません。できるだけ滑りにくく、粗相をしたときに片付けやすい建材を採用していますが、フロアや壁もペット用のものではないんです。ペットと共生する住環境としてはこれで十分。これ以上の設備は過剰だと考えています」

ペット用の体を洗うお風呂(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

ペット用の体を洗うお風呂(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

また、シェアハウス内のお掃除も気になるところです。同社が運営するシェアハウスでは、ロボット型掃除機で毎日掃除するほか、10日に1日のペースでHOUSE-ZOOのスタッフや同社に採用された近所の人が清掃を行うそう。「ペットと共生する環境づくりのために、掃除や片付けにはとても気を配っている」と田中さんは言います。

共用スペースの様子。ペットの誤飲や誤食を防ぐために片付けのルールは徹底している(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

共用スペースの様子。ペットの誤飲や誤食を防ぐために片付けのルールは徹底している(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

「一番怖いのはペットの誤飲や誤食です。そのため、入居者の皆さんには、共用スペースに物を出さない・出したら片付けるということを徹底的にお伝えしています。共用スペースでは、ペットから目を離さないようにするということもルールにしています。ただ注意するのではなく、ルールを破ったことでペットたちが苦しい思いをするかもしれないということを伝えると理解してもらえますね」

地方からペットと一緒に上京する人にぜひ利用してほしい

ペット共生シェアハウスは、都会でなかなかペットと一緒に住む家を見つけることができないという人だけでなく、地方からペットと一緒に上京する人にもぜひ利用してほしいと田中さんは言います。

一人暮らし用のペット可物件ではなかなか見られない、ペットが駆け回れるスペースも(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

一人暮らし用のペット可物件ではなかなか見られない、ペットが駆け回れるスペースも(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

「シェアハウスなら家具も家電もそろっていますし、居心地がいいと言ってくれる人もたくさんいます。もちろん、いろんな入居者がいるのですぐに打ち解けるのは難しいかもしれませんが、ペットを飼っているという共通点があると仲良くなりやすいんです」

ペット共生シェアハウスは、ペットを飼う入居者同士が交流するだけでなく、入居者みんなでみんなのペットを育てていくという新しい住まいのかたち。ペットと一緒に暮らしたいと考えている人にとっては、新しい選択肢のひとつになるのではないでしょうか。

●取材協力
・HOUSE-ZOO株式会社

山野草からサボテン……さまざまな緑と暮らす、こだわり夫婦の家

インドアグリーンは住まいに自然の彩りを与え、不思議と心を落ち着かせてくれます。そこで、緑と上手に暮らしているご夫婦を取材。すぐに取り入れたくなる、こだわりのポイントを聞いてみました。
和を感じる山野草を中心にセレクト

訪れたのは、世田谷区にお住まいのHさんご夫婦の自宅。夫のDさんはIT企業勤務、妻のKさんはライターというクリエイターのお二人です。2016年に購入した100平米3階建ての戸建てには、緑をアクセントとして上手に取り入れています。

植物をセレクトしているのは、基本的に妻。部屋やベランダの随所に、多種多様な緑や花が配置されています。

「種類はバラバラなのですが、山野草が好きなので比較的多いかもしれません。食器やインテリアもですが、和テイストに惹かれるんです。それで自然と山野草に手が伸びるのかも。ただ、山野草ばかりに偏るのではなく、ハーブなども取り入れてバランスよく調和させることも意識していますね」(Kさん)

ベランダに置いている山野草はイワシャジンやキイジョウロウホトトギスなど。冬に枯れ、春になると蘇ったかのように芽吹き、葉をつけるところにも魅力を感じているのだそう(撮影/末吉陽子)

ベランダに置いている山野草はイワシャジンやキイジョウロウホトトギスなど。冬に枯れ、春になると蘇ったかのように芽吹き、葉をつけるところにも魅力を感じているのだそう(撮影/末吉陽子)

こちらが秋口のイワシャジン。キキョウ科で関東地方南西部や中部地方南東部の山地の岩場に生息しているとか。淡くて優しい紫に癒される(写真/PIXTA)

こちらが秋口のイワシャジン。キキョウ科で関東地方南西部や中部地方南東部の山地の岩場に生息しているとか。淡くて優しい紫に癒される(写真/PIXTA)

「山野草が芽吹くと春だな~ってしみじみします。静寂さを醸し出しているところがすごく好きなんです」(Kさん)

窓辺には一目惚れしたという観葉植物が二鉢(撮影/小野洋平)

窓辺には一目惚れしたという観葉植物が二鉢(撮影/小野洋平)

葉の形状がユーモラスなこちらは、「ソフォラ・ミクロフィラ(リトルベイビー)」、通称“メルヘンの木”。カクカクした繊細な枝がおしゃれ(撮影/小野洋平)

葉の形状がユーモラスなこちらは、「ソフォラ・ミクロフィラ(リトルベイビー)」、通称“メルヘンの木”。カクカクした繊細な枝がおしゃれ(撮影/小野洋平)

隣の鉢は「グリーンドラム」。まるっとした葉の表情がとてもチャーミング。並べるだけで窓際の個性を演出できる(撮影/小野洋平)

隣の鉢は「グリーンドラム」。まるっとした葉の表情がとてもチャーミング。並べるだけで窓際の個性を演出できる(撮影/小野洋平)

ニュートラルカラーやアースカラーの器に惹かれるというKさん。土っぽさや温かみがある焼物の鉢を好んで購入しているとか。さまざまな種類の観葉植物も、鉢のトーンを統一させるだけで、まとまりがうまれ、おしゃれ度がアップするのかもしれません。

空間のシンボルになっているのは、柱サボテン。見た目もサイズもひときわ存在感を放っています。他の観葉植物とはがらっとテイストが異なりますが……?

「素敵な住宅の写真を見ている中で目に留まり、懇意にしているエンジョイボタニカルライフ推進室の氏井さんに相談して仕入れていただきました」(Kさん)

ちなみに、エンジョイボタニカルライフ推進室では、室内緑化やお手入れの相談サポートの他、ワークショップなどを通して緑と暮らす楽しさを伝える活動も展開しているそう。Kさんもイベントを通じて知り、さまざまなアドバイスをもらっているそう。専門家の意見を取り入れるのも、上手に緑と暮らすコツなのかも。

最近仲間入りした柱サボテン。高さもあってインパクト抜群(撮影/小野洋平)

最近仲間入りした柱サボテン。高さもあってインパクト抜群(撮影/小野洋平)

グレージュな焼物に、幾何学的なカバーを組み合わせた鉢。主張し過ぎず、かつスパイシーなアクセントに(撮影/小野洋平)

グレージュな焼物に、幾何学的なカバーを組み合わせた鉢。主張し過ぎず、かつスパイシーなアクセントに(撮影/小野洋平)

真鍮製の器に植えられたガジュマル。ミニマルサイズなので本棚やちょっとしたスペースにも飾れそう(撮影/小野洋平)

真鍮製の器に植えられたガジュマル。ミニマルサイズなので本棚やちょっとしたスペースにも飾れそう(撮影/小野洋平)

こちらはIKEAで入手したという吊るせる鉢植え。ベランダの竿受けのようなデッドスペースも緑で埋めることができる(撮影/末吉陽子)

こちらはIKEAで入手したという吊るせる鉢植え。ベランダの竿受けのようなデッドスペースも緑で埋めることができる(撮影/末吉陽子)

住まいのテイスト→鉢→植物の順に考えるとインテリア性が高まるかも!

緑を暮らしに取り入れるうえで意識しているポイントについて、Kさんは次のように語ります。

「私はスモーキーやグレイッシュのような灰色がかったトーンのグリーンが好きなので、なるべく統一させるようにしています。ところどころ違う色が入ってもいいと思いますが、同じ系統の色味だと落ち着いた感じにまとまるんじゃないかと思います」

さりげなくグリーンを置いているKさん。「植物=生き物。部屋の中に植物を置くと空気が変わるような気がします」(撮影/末吉陽子)

さりげなくグリーンを置いているKさん。「植物=生き物。部屋の中に植物を置くと空気が変わるような気がします」(撮影/末吉陽子)

また、植物のインテリア性についても独自のこだわりが。

「植物はもとより、鉢は家に合うようなものを選んでいます。もし植物選びに迷ったら、内装の色味やデザインを踏まえたうえで、まずは鉢から選んでそこに植物を合わせるのもおすすめです。むしろ、その方がインテリア性が高まるような気がします」

時折、『Pen』『BRUTUS』といった雑誌にも目を通し、緑の取り入れ方の参考にしているそう。

こちらは引越し時に購入した思い出深いシーグレープ。大きな観葉植物が欲しいとチョイス。まるっこい葉が気に入ったそう(撮影/小野洋平)

こちらは引越し時に購入した思い出深いシーグレープ。大きな観葉植物が欲しいとチョイス。まるっこい葉が気に入ったそう(撮影/小野洋平)

また、お二人の友人で植物に関するアドバイザーでもある、エンジョイボタニカルライフ推進室の氏井暁さんは、緑のある暮らしについて次のように話します。

「Kさんは、ウッドパネルやフラワースタンド、壁掛けラックなど、資材を活用して上手にレイアウトしていますよね。住まいとのコーディネートも含め”緑のある暮らし”を楽しんでいらっしゃる感じがとても良いと思います」

もし、「どんな植物を選んでいいか分からない」という人も、眺めているだけで自然と好みが分かるようになるそうです。また、植物も生き物とあって、上手に共存するには植物が生まれ育った環境を知り、住まいとのギャップ(日照・気温・湿度など)をなるべく軽減してあげることも大切とのこと。

「植物からイメージを演出したい場合、植物の原産地や生息環境でセレクトしても面白いかもしれません。例えば一目惚れした植物が『シーグレープ』だったとすると、ネットで調べると原産地はフロリダ南部・西インド諸島・南米であることが容易にわかります。原産地のイメージから鉢植えを揃えてインテリアと一致させても良いでしょうし、器でがらっとイメージを変えてみるのもいいかもしれません。Kさんのように器ベースでコーディネートしてみてもいいと思います」(氏井さん)

住まいと緑を上手にコーディネートしているH家。テイストでまとめてレイアウトしたり、器の色味や素材感で統一感や住まいとの調和を演出したりすることが上手に緑を暮らしに溶け込ませるためのポイントになりそうです。

●取材協力
・エンジョイボタニカルライフ推進室

蔦屋書店に聞く! 本棚のおしゃれなレイアウト&収納アイデア

賃貸(1K・一人暮らし)でも書店のような本棚をつくりたいならDIYがオススメ、と「代官山 蔦屋書店」建築・デザインコンシェルジュの三條陽平(さんじょう・ようへい)さんは言う。三條さんの自宅を参考に、おしゃれな本棚のつくり方のポイントを、書店員としての経験をもとに解説してもらった。「代官山 蔦屋書店」建築・デザインコンシェルジュの三條陽平さん

「代官山 蔦屋書店」建築・デザインコンシェルジュの三條陽平さん

三條さんが勤める「代官山 蔦屋書店」は、各ジャンルに精通したコンシェルジュのカラーが売り場に反映されていて、自身の知識とクリエイティビティを広げてくれる思いがけない本と出合うことができるのが魅力だ。数万冊もの本が並び、ただ身を置くだけでワクワクする “書店のような空間を自宅でも再現できたら”と思う方は多いはず。オリジナリティがあり大容量の本棚の作り方と、美しくおしゃれに収納するためのポイントをおさえて、その願いを実現しよう。

おしゃれな本棚にしたいならDIYがおすすめ

三條さんが現在の住まいに引越してきたのは約4年前。いわゆる“普通の賃貸1K”だが、本・雑誌だけで段ボール30箱ほど、約1200冊が約7畳の洋室に収まっている。

三條さん宅の間取り。約7畳の洋室に、幅60×奥行き30×高さ230cmの本棚が4つ、以前の住まいから本棚として使用しているキューブボックス6つが並ぶ

三條さん宅の間取り。約7畳の洋室に、幅60×奥行き30×高さ230cmの本棚が4つ、以前の住まいから本棚として使用しているキューブボックス6つが並ぶ

「通勤アクセスを第一に、なじみのあった学芸大学~武蔵小山辺りで部屋を探しました。物件選びの際に、本の収納は意識していなかったです」と三條さんは物件探しを振り返る。それでもおしゃれな本棚を見ると、質問攻めしたくなる。まずは、本棚についてのこだわりを尋ねた。

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既製品ではサイズがさまざまな本に対して可変性がないのとコストの面から、おしゃれな本棚のための第一のポイントは「自分でつくる、これに限ります!」と教えてくれた。「三田修平さんが運転手兼店主を務める移動式書店『BOOK TRUCK(ブックトラック)』の前身で『BOOK APART』という小さな本屋さんが昔ありました。そこの本棚がDIYでつくられているのを見て、いいな、と思ったんです」と三條さん。
以前の住まいではキューブボックスを本棚として使っていたが、際限なく増やせてしまうため止めたという。

以前の家には、このキューブボックスがもっとたくさんあった

以前の家には、このキューブボックスがもっとたくさんあった

ディアウォールやピラーブラケット等、DIYツールを使った本棚のつくり方

本棚の図面は、大学で建築学を学んだ三條さん自らが引いた。「本棚をDIYすれば低コストですし、つくり直すこともできます。つくり方は意外と簡単。一人で組み立てましたが、1棚あたり30分ほどでつくることができました」

図面を引くにあたり、まずは三條さん所有の本のなかで一番背が高い本に合わせ、1段の高さは40cmに設定。出版されている本の背は高くても40cmが上限だそうで、どんな本を並べるか決まっていない場合や、どんな本でも収納できる本棚をつくりたいという場合は、高さを40cmに設定するのがいいのだそう。そして棚の奥行きも同様に、一番奥行きがある本に合わせて30cmとし、パーツを使って両サイドの木材に取り付けた。棚の幅は60cm、棚を支える両サイドの木材の高さは、天井高よりやや低い2m30cmに。上端にブラケットパーツを取り付け、床と天井を使って突っ張らせることにより木材を柱として固定した。

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ちなみに三條さん宅の本棚は、ホームセンターで図面に合わせてカットしてもらった2×4材(ツーバイフォー材)と、東京・恵比寿の「P.F.S PARTS CENTER(ピーエフエス パーツ センター)」で購入したブラケットパーツ「PILLAR BRACKET(ピラーブラケット)」と「SHELVING STAY」で制作。棚を支えるパーツやブラケットパーツは、ホームセンターなどでも購入可能だ。

美しく本を並べるポイントは奥行き・高さ・陳列方法

三條さんの本棚に並ぶ本は、建築・デザイン関連をメインに、文庫や漫画、ビジネス書など幅広い。そして装丁や判型もバラバラなのに、書店のように落ち着きがあり、まとまりを感じられるのはなぜだろうか。続いては、おしゃれに見せるための本の収納方法を伺っていこう。

まずは本棚の奥行きの活用方法について尋ねると「店頭では、すべての本の背表紙を本棚の手前端に合わせることで面をつくり、きれいに見せています」という答えが返ってきた。しかし三條さんの本棚はその逆で、奥の壁に本を付けて並べている。そして手前にできたスペースを飾り棚として活用し、収納している本に関連したポストカードや小物を置いて、インテリアのアクセントにしているのだ。

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また「展覧会の図録の場合は、チケットの半券やフライヤーも一緒に挟んで収納しています」と三條さん。物として残してあると展覧会の記憶を留めておけるのだそう。本棚が本だけでなく、思い出の収納場所としても活用されている。

続いては本の高さについて。「店頭では、より多くの本を手に取ってもらうため、関連する本を判型に関係なく並べますが、自宅の本棚をきれいに見せるには、判型の似たもの、背の高さや本のサイズが合っている本を集めて収納するとまとまって見えます」と三條さん。とはいえ、特に背の高さは合わせづらいもの。そこでおすすめなのが、棚1段の両端に背が高い本を置き、中央にかけて低くする並べ方。こうするとアーチ状になりきれいに見えるという。

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最後は、本の陳列方法について。大きく分けて、背表紙を見せる「背ざし」、表紙を見せる「面出し」、表紙を上にして重ねる「平積み」の3パターンがある。三條さんの場合、“見せる”よりも読書歴のインデックスとして本棚を機能させているため、「背ざし」での収納がほとんどだが、書店のようにおしゃれに見せたい場合は「面出し」「平積み」のテクニックを使うと有効的だ。

「個人的には、自宅の本棚は自分に向けてつくる方が良いと思います。たまに来客の際にアピールしたい本を『面出し』してカッコつけるくらいでいいのではないでしょうか(笑)」。そう三條さんが言って持ってきてくれたのが、「BIBLIOPHILIC(ビブリオフィリック)」のブックスタンド。本棚の空いたスペースにこちらを使って表紙がかっこいい本を「面出し」して見せてくれたが、雰囲気がぐっと増す。

ブックスタンドを使って、面出し

ブックスタンドを使って、面出し

また本を「平積み」してブックエンドの代わりにするのも、本棚にリズムが生まれるのでおすすめだ。三條さんの場合は、棚の積載量に耐えられなさそうな厚い本を床に「平積み」して、“見せる”と実用性の合わせ使いをしている。

左が平積み、右が背ざし

左が平積み、右が背ざし

そして三條さんが気をつけているのが本の保存方法。「本棚の位置に気をつけ、日中はカーテンをするなど、直射日光には当てないようにしています」と、本好きならではの心遣いだ。お陰でどの本も新書のような状態を保っていて、それが本棚全体の美しさにもつながっている。

また本好きにとって、本が増えてしまうのが悩みどころ。この問題に対し、三條さんはどのように対処しているのか伺うと「本棚からはみ出したり、本棚全体との違和感が出てきたりしたら、その都度手放すようにしています」と潔い答えが返ってきた。本棚の美しさを保つためには、本の中身を見極めて整理していくことが必要不可欠だ。

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中身重視の並べ方でも“自分の軸”でまとまりが生まれる

“ジャケ買い”のように装丁が目を引く本をインテリア用に買うことはあるのか尋ねると、「飾ろうと思って購入した本はなく、好きなものを買っています」と三條さん。それでも本棚全体がまとまって見えるのは、並ぶ本に“自分の軸”があるからかも、という。

「作家・写真家・デザイナー別やカバーの色別に並べている方もいらっしゃいますが、私の場合は本の中身を重視して並べています。例えば、新しく買った本と本棚に収納してあった昔の本の内容がリンクしたら隣に、というように」と三條さん。本棚は読書歴の整理の場であり、“記憶の外部装置”。インテリアとしてではなく、“個人図書館”としてつくってみるのもいいですよ、と話す。
取材を通して改めて自身の本棚を見渡し、「長年買い集めては取捨選択しているので、改めて全体を見渡すといい本があるなと自画自賛ですね」と笑う。収納テクニックを使って美しく見せながら、月日を掛けて本を入れ替えていく中で、自分らしさや感性が反映され、本棚が熟成していくのだろう。

部屋の壁にもさり気なくフリーペーパーが飾られていた

部屋の壁にもさり気なくフリーペーパーが飾られていた

●取材協力
「代官山 蔦屋書店」建築・デザインコンシェルジュ 三條陽平さん
TSUTAYA TOKYO ROPPONGIで建築・デザインの担当をした後、2012年から「代官山 蔦屋書店」のコンシェルジュに。月に一度、建築物を見るために地方へ出かけることをライフワークとしている。最近最も感銘を受けた建築は「太田市美術館・図書館」。
代官山 蔦屋書店

ドラマ『義母と娘のブルース』ロケ地・大岡山レポート! 「ベーカリー麦田」誕生秘話も

人気ドラマ『義母と娘のブルース』(TBS・火曜放送中)、略して“ぎぼむす”。綾瀬はるか演じるヒロインの岩木亜希子がキャリアウーマンから、小学3年生の義母に“就職”。家事や育児に奮闘するホームドラマだ。第二章では「ベーカリー麦田」(店長/佐藤健)の再建をかけて奮闘中。そのロケ地が東京都目黒区と大田区にまたがる街「大岡山」だ。そこで、ロケハンスタッフや商店街理事長に大岡山の魅力について聞いた。
ロケ地候補は100以上! 原作のイメージにぴったりの建物を大岡山で発見

2018年9月11日(火)に9話が放送になる『義母と娘のブルース』。主人公・亜希子(綾瀬はるか)は、夫・宮本良一(竹野内豊)が亡くなってから10年、高校3年生になった義理の娘・みゆき (上白石萌歌)と二人暮らしをしている。亜希子はみゆき最優先の生活を送るためキャリアウーマン時代の貯金を元手にデイトレードで家計を支えるも、みゆきの目には楽な仕事に映っていた。それではいけないと、働く親の姿を娘に見せるべく一念発起し、倒産寸前のパン屋「ベーカリー麦田」に就職。ビジネス手腕を発揮して、経営の立て直しをはかるために奔走する。

この「ベーカリー麦田」の撮影現場となっているのが、大岡山北口商店街。実在する建物の1階空き店舗にセットが組まれている。なぜこの場所がロケ地に選ばれたのだろう? 制作スタッフの清藤唯靖さんに裏話を教えてもらった。

まるで本物のパン屋さんのような「ベーカリー麦田」はすべてセット。撮影時には人だかりができるそうで、観光地化しているそう(写真提供/TBS)

まるで本物のパン屋さんのような「ベーカリー麦田」はすべてセット。撮影時には人だかりができるそうで、観光地化しているそう(写真提供/TBS)

大岡山北口商店街での撮影シーン(写真提供/TBS)

大岡山北口商店街での撮影シーン(写真提供/TBS)

「原作のイメージに合う街を見つけるため、1カ月半くらいロケ地を探しました。なかでも、大井町線沿線はマンションもあって都会的な雰囲気がありながら、下町の風情も持ち合わせていることから有力候補に。大岡山になった決め手は、『ベーカリー麦田』のイメージに合う建物が見つかったことです。『ベーカリー麦田』はドラマ後半のメイン舞台になるので、監督もかなりこだわっていました。かわいいとかスタイリッシュではなく、味がある建物がいいとオーダーされていて、100棟ほど提案したところ、正面の間口の雰囲気がいいと即決でした」(清藤さん)

「ベーカリー麦田」の厨房。佐藤健演じる、元ヤンキーの麦田章店長の“ダメっぷり”をただすべくヒロイン・亜希子が叱咤激励する場面でもおなじみ(写真提供/TBS)

「ベーカリー麦田」の厨房。佐藤健演じる、元ヤンキーの麦田章店長の“ダメっぷり”をただすべくヒロイン・亜希子が叱咤激励する場面でもおなじみ(写真提供/TBS)

本格的なパン焼き機もセットに完備。こうした機材も物語に臨場感をもたらす重要なアイテム(写真提供/TBS)

本格的なパン焼き機もセットに完備。こうした機材も物語に臨場感をもたらす重要なアイテム(写真提供/TBS)

街ぐるみの撮影とあって、ロケを通して人とのつながりがある暮らしの良さを実感したという清藤さん。いまでは大岡山北口商店街にぞっこんな模様。

「大岡山、とくに北口商店街に1日いると、住んでいる人の魅力がひしひしと伝わります。皆さん協力的で撮影を温かく見守ってくださるので、とてもありがたいです。昔ながらのお総菜屋さんやお茶屋さん、お弁当屋さんなど魅力的な個人商店が多くて、ほっとします。人情に厚いのは大岡山に根付く文化なのかもしれませんね。居心地が良過ぎて仕事終わりには、スタッフと商店街にある大衆酒場『やかん』に入り浸っています(笑)。このお店の気さくな雰囲気が大好きなんです。やはり便利さだけではなく、人とのつながりがある街はすてきですよね」(清藤さん)

8話を撮影中の風景。下町の風情がありながら、都心にも近いとあって大岡山のとりこになるスタッフも続出しているとか(写真提供/TBS)

8話を撮影中の風景。下町の風情がありながら、都心にも近いとあって大岡山のとりこになるスタッフも続出しているとか(写真提供/TBS)

廃校寸前の小学校を人気校へ! 大岡山は地域愛にあふれる人が集まっている

大岡山北口商店街振興組合の相川英昭理事長は、生まれてから69年間、大岡山で育ち暮らす一人。畳店を営みながら、ボランティアで商店街の活性化に尽力してきた人物である。商店街の特長について、次のようなポイントを挙げてくれた。

大岡山北口商店街振興組合の相川英昭理事長。懐が深く、とても気さくな人柄でドラマスタッフからの信頼も厚い

大岡山北口商店街振興組合の相川英昭理事長。懐が深く、とても気さくな人柄でドラマスタッフからの信頼も厚い

「まずは、地域密着型であることですね。商店街を訪れてくれるお客様に還元できるイベントもたくさんやっていて、お客様に感謝の念を伝えることは惜しみません。交通安全や防災訓練も商店街主導で積極的に実施しているので、地域とのつながりが自然と深くなります。また、近隣の人が買い物に来るので、お店の主人たちもほとんどのお客さんの顔を覚えているんです。些細なことかもしれませんが、心ある人の存在が暮らしの安心にもなると思います」(相川理事長)

170ある商店は、生鮮食品から肉屋さん、魚屋さんまでバラエティ豊富。「商店街の店主たちは、品ぞろえには並々ならぬこだわりをもっていますよ」と自信をのぞかせる相川理事長。

商店街の“ご意見番”、下山和子(麻生祐未)が営む不動産屋さん。こちらも大岡山北口商店街にあるセット(写真提供/TBS)

商店街の“ご意見番”、下山和子(麻生祐未)が営む不動産屋さん。こちらも大岡山北口商店街にあるセット(写真提供/TBS)

また、大岡山という街は、地域で子どもを見守り育てようという風土が定着しているという。

「大岡山駅のすぐそばに、私の母校でもある大田区立清水窪小学校があるんですが、少し前までは生徒が集まらず廃校寸前だったんです。そこで、同じく大岡山にキャンパスがある東京工業大学の教授にわれわれ地域に住む卒業生からも相談を持ち掛けたところ、実践的な科学教育で独自性を出すのはどうかという話になり、大学と行政が協力して『おおたサイエンススクール』を設置する運びとなりました。その授業内容が良いと評判になり、いまでは入学希望者が増加してクラスが足りないほどです。地域に暮らす人、特に子どものためになることなら、街ぐるみで取り組もうという姿勢は長年受け継がれている風土ですね」(相川理事長)

ちなみに、制作スタッフの清藤さんは相川理事長から「きよちゃん」と呼ばれ、かわいがられていた。こうした大らかな人情が、きっとドラマのハートフルな雰囲気に好影響をもたらしているのかも。これからクライマックスに向けて、ますます目が離せない“ぎぼむす”。物語もさることながら、ぜひ街の風情にも目を向けてみると楽しみも一層広がりそうだ。

●取材協力
TBS系 火曜ドラマ『義母と娘のブルース』(毎週火曜 夜10時放送中)

空き家活用シェアハウス「リバ邸越谷」がオープン以来初の大幅リニューアル!若手起業家との共同運営に移行し、パワーアップ!

埼玉県を中心に空き家活用型シェアハウス事業を展開する一般社団法人ふくろうの会(所在地:東京都中央区、代表:小関 智宏)シェアハウス事業部(事業部長:中川 峻一)は、埼玉県越谷市で運営中のシェアハウス「リバ邸越谷」を、オープン以来初の大幅リニューアル致します。
越谷市と同じく埼玉県東部を代表する都市である春日部市出身、ウェブ関係やサッカースクールなどを展開する若手起業家「石川直人」との共同運営へ移行し、「現代の駆け込み寺」のコンセプトを維持しつつ、様々なクリエイティブやチャレンジを応援する場、そして埼玉県東部の主要都市である越谷市や春日部市といった街の強みを活かしたシェアハウスを目指してまいります。

本件に伴い、本日2018年9月6日、「リバ邸越谷」の入居希望者の募集を再開しました。
募集受付は、下記ウェブサイトより受け付けております。
https://www.296house.com/bosyu

詳しくは、下記プレスリリースをご確認下さい。
https://www.value-press.com/pressrelease/207509

ファミリー世帯の多い街で、安心して子育て。都内ベイエリアの新築マンション【理想をかなえたマイホーム実例#04】

マイホーム購入を通じて、理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
今回は「東京ならではの生活を楽しみつつ、安心して子どもを育てたい」と考え、江東区で新築マンションを購入したOさんのご自宅にお邪魔します!【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢をふくらませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。家族の幸せな笑顔が生活空間を彩る、かわいいディスプレイスペース

江東区、東京ベイエリアの新築マンションが立ち並ぶ一角。インターフォンでオートロックを解除してもらい、エレベーターで2階に上がった一番奥の角住戸が、今回のOさんファミリーの住まいです。夫婦と9歳の女の子、3歳の男の子の4人で住んでいます。

「かわいい~!」
玄関を開けると真っ先に目に入る靴箱の上のディスプレイスペースに、私たち取材陣がそろって声を上げました。たくさんの家族写真が飾られ、すてきにディスプレイされた玄関は、Oさんファミリーの幸せで充実した毎日を感じさせます。

ガーランドなどお星さまのモチーフで統一され、たくさんの家族写真が置かれた玄関のディスプレイスペース(写真撮影/片山貴博)

ガーランドなどお星さまのモチーフで統一され、たくさんの家族写真が置かれた玄関のディスプレイスペース(写真撮影/片山貴博)

玄関を上がってすぐ左手にあるのが、小学3年生になる長女の部屋。白とピンクを基調としたカラーリングが女の子の部屋らしい雰囲気です。大好きな小物たちがたくさんディスプレイされ、上手に描けた絵や家族の写真がたくさん飾られた空間は、さながらお姉ちゃんの宝箱のよう。いきいきと学校生活を楽しむ子どもの毎日の時間と、健やかな成長を願うOさん夫婦の気持ちが詰まっているのでしょう。

長女の子ども部屋には色とりどりの小物たちや絵、写真が飾られているが、白とピンクを基調としたカラーリングですてきな統一感がある(写真撮影/片山貴博)

長女の子ども部屋には色とりどりの小物たちや絵、写真が飾られているが、白とピンクを基調としたカラーリングですてきな統一感がある(写真撮影/片山貴博)

廊下を進むと、壁にもたくさんの写真と2人の子どもたちが着色したTシャツが飾られていました。シックなグレーの壁に写真や手描きの明るい色彩がよく映えています。

たくさんの写真が飾られたキャンパス地のアートボードと、子どもたちが絵を描いたTシャツが飾られている廊下の壁は、まるでギャラリーの一角のよう(写真撮影/片山貴博)

たくさんの写真が飾られたキャンパス地のアートボードと、子どもたちが絵を描いたTシャツが飾られている廊下の壁は、まるでギャラリーの一角のよう(写真撮影/片山貴博)

階の高さよりも広さを重視、内装をカスタマイズしてシックな空間に

――日々の生活の楽しさが、訪れるゲストにも存分に伝わるお住まいですね。いつごろからこちらに住んでらっしゃるんですか?

「2014年ごろに購入してマンション完成後の2015年に引越したので、住んで3年ほどです。以前は江戸川区にある賃貸マンションに住んでいたのですが、50平米の2LDKで、手狭に感じて引越しを考えていたときに2人目を妊娠しました。夫婦でこれはもう買うタイミングだろう、と話しまして」(Oさん、以下同)

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――新築マンションに絞って検討されたんですか?

「はい。特に夫は自分たちが初めての住人になる新築がいい、という考えなので、中古マンションは選択肢にありませんでした。このマンションは内覧して2つ目の物件だったのですが、モデルルームを見た瞬間、ここがいい、と。価格帯が低い2階という低層階にするかわりに、壁などはちょっとお金をかけて好きな仕様にしました。たとえば先ほどの廊下の壁や、畳を黒系の色みにカスタマイズしてシックな印象にしています」

ダイニングの壁もグレーに変更した。モノトーンを基調としたシンプルでシックな空間に、木目が映えるインテリア。スツールや家電類も白で統一されているので空間全体がスッキリと見える(写真撮影/片山貴博)

ダイニングの壁もグレーに変更した。モノトーンを基調としたシンプルでシックな空間に、木目が映えるインテリア。スツールや家電類も白で統一されているので空間全体がスッキリと見える(写真撮影/片山貴博)

――キッチンカウンターのステッカーなど、インテリアにもご夫婦のこだわりを感じます。

「ステッカーは夫が貼ったんですよ。あ、リビングの飾り棚のディスプレイも夫作です」

「夫がつくったんです」というリビングの飾り棚。ボードには「LIVE SIMPLY,LAUGH OFTEN,LOVE DEEPLY(シンプルに暮らし、よく笑い、深く愛そう)」の文字が(写真撮影/片山貴博)

「夫がつくったんです」というリビングの飾り棚。ボードには「LIVE SIMPLY,LAUGH OFTEN,LOVE DEEPLY(シンプルに暮らし、よく笑い、深く愛そう)」の文字が(写真撮影/片山貴博)

――お仕事が住まい選びにも影響した点などもありますか?

「夫は外資系のメーカーで働いていて車通勤なので、エリアの選択という点で、アクセスのいいところ、高速道路にも乗りやすく、東京都内でも道路が混雑しやすい西側は避けて……と考えました。江東区のなかでもやや南に位置するこのエリアは、そういった点を満たしていました」

――子育て環境についてはいかがですか?

「江東区は子育て支援制度も充実しているし、23区内なのに緑も水もあって自然豊か、子どもたちがのびのびと遊べる広い公園もたくさんあって気に入りました。同じベイエリアでも芝浦や豊洲などに比べると、都心から少し離れるこのエリアは物件の価格帯も割安ですしね(笑)」

――ベイエリアは車があれば、特に便利ですもんね。

「はい、友達や親戚が遊びに来たときにもお台場や葛西臨海公園、東京ディズニーランド、千葉方面など、いろいろなところに連れて行くことができます。でも、車がなく電車移動の場合でも、昼間は割と席が空いていて楽なんですよ」

お出かけや買い物は車移動が多い。夫の営業車は近くの契約駐車場に、マイカーはマンション内の駐車場に置いてあるので、妻と子どもたちもいつでも車で出かけられる(写真撮影/片山貴博)

お出かけや買い物は車移動が多い。夫の営業車は近くの契約駐車場に、マイカーはマンション内の駐車場に置いてあるので、妻と子どもたちもいつでも車で出かけられる(写真撮影/片山貴博)

――たしかに! 今日の取材に伺うときにも、電車で座って来ることができました!

「でしょう? 私はミーハーなので、東京の生活を満喫したいんですが、交通網の混雑や人混みは苦手なので、割とゆったり暮らせて『東京だけど、東京っぽくない』このエリアが本当に気に入っています。夫は東京都内に実家があるのですが、彼も都内でこんなに安くていいところはない、とよく言っています(笑)」

同世代のファミリーとのつながり、助け合いが子育ての味方

――「子育て」という側面において、ほかにも感じてらっしゃる利点はありますか?

「同世代の子育てファミリーが多いところです。新築マンションが同時期に建ったこともあって、うちと同じような子育て世帯がたくさん住んでいます。娘の小学校の同級生もすぐ近くのマンションに住んでいて、ママ同士で連絡を取り合って『集合!』をかければすぐに集まって遊べます。また、何かトラブルがあって帰りが遅くなるときなどは、ママ友たちに子どもを預かってもらったり、お互いに助け合えている状態がとても心強いんです」

取材当日もOさんがLINEで一声かけると、近くに住む長女のお友達やママ友がすぐに集まってくれた。すぐ近くの運河に沿う遊歩道も子どもたちの遊び場(写真撮影/片山貴博)

取材当日もOさんがLINEで一声かけると、近くに住む長女のお友達やママ友がすぐに集まってくれた。すぐ近くの運河に沿う遊歩道も子どもたちの遊び場(写真撮影/片山貴博)

――引越していらしたのが3年前ということなので、もともと幼稚園からのお友達、というわけではないんですよね?

「はい、知り合いが全くいないところに引越してきたので、正直、最初はかなり不安でした。ところが、引越してみると周りも同じように引越してきたファミリーばかり。小学校もこぢんまりしていて一学年が40人強、学年みんなの顔が分かって、子どもたちが表に出ていると誰かが見てくれている環境です。
近くの古い団地に住むおじいちゃんおばあちゃんもよく声をかけてくれ、こんなに助けてもらえる人がいるとは思いませんでした。震災の経験など、助け合えるコミュニティが必要だと思っていたときにこの環境に出合えて、本当によかったと思っています」

普段は利便性を享受しながら安心して生活ができること、そして休日に少し足を延ばせば首都圏ならではのレジャーを満喫できること。子どもの成長を見守りながら夫婦も存分に楽しむ、Oさんファミリーの温かく充実した生活をのぞかせてもらいました!
江東区というエリア、新築マンションで低層階を選び、広さをとって自分仕様のカスタマイズをする、という質実な選択をして実現した豊かな暮らし、ぜひ住まい選びの参考にしてください。

新築では手が出なかった物件を購入できる「リノベ済物件」の魅力【リノベという選択肢】

住宅購入の選択肢として最近注目されているのが、中古物件をリノベーションした「リノベ物件」。中古物件を購入して自分たちでリノベーションプランを考える人もいますが、クオリティの高いリノベ済みの物件を購入することもできるようになりました。しかし、言葉では知っていても、リノベ物件の魅力がいまいち分からないという方も多いはず。今回は、実際にリノベ物件に住んでいる人に、気になる「リノベ物件のあれこれ」をうかがいます。
新築と同レベルの内装だったことから興味をもったリノベ済物件

今回お話をうかがったのは、江東区にお住まいのSさん夫婦(30代)。東京メトロ東西線「東陽町」駅からほど近いマンションの4階にあるリノベ済み物件にお住まいです。新婚でもあるSさん夫婦は、約3カ月前に購入したこの家で新しい生活を始めたばかり。実際に住んでいるからこそ見えてくる、リノベ済物件の魅力や物件選びのことについてお話をうかがいました。

最初に見に行った物件がたまたまリノベ済物件だったというSさん夫婦。実際に内覧に行った物件は、不動産会社が既存住宅を買い取ってからリノベーションしている、いわゆる「買取再販」と言われる物件でした。内装が新築と比べても遜色がないほどきれいだったため、リノベ済物件に興味をもったのだそうです。

駅近の3LDKで60平米という二人の希望を満たすご自宅。購入金額は、ほぼ予算通りの4000万円弱(写真撮影/土田凌)

駅近の3LDKで60平米という二人の希望を満たすご自宅。購入金額は、ほぼ予算通りの4000万円弱(写真撮影/土田凌)

「新築の物件も見たのですが、二人が求める部屋のスペックだけでなく、お互いの勤務地に30分以内などの立地条件を考慮すると、都内の新築物件ではどうしても予算を超えてしまうと思っていました」(Sさん夫婦)

共働き前提の新婚夫婦だったからこそ、駅近や区役所の近さ、保育に関する安心感といった生活環境の良さは外せない条件でした。いまのご自宅は、そういった条件を満たしながら、フルリノベーションされており、施工のクオリティが高かったため、購入を決意したと言います。

「リビングと仕切られている方が、湯気や臭いがリビングにたちこめる心配がないので、キッチンが独立している物件を選んだ」と語るSさん夫婦。写真中央は奥さまお気に入りの食洗器(写真撮影/土田凌)

「リビングと仕切られている方が、湯気や臭いがリビングにたちこめる心配がないので、キッチンが独立している物件を選んだ」と語るSさん夫婦。写真中央は奥さまお気に入りの食洗器(写真撮影/土田凌)

「古き良き」を感じながら暮らせるもリノベ済物件の魅力

リノベ済物件の魅力は「新築だったら買えない物件が買えること」と、Sさん夫婦は口をそろえます。

「リノベ済物件は外側が古いだけで、内側に関しては新築と同クオリティです。新築は高額で手が届かなかったとしても、リノベ済物件なら手が届く範囲で購入できるというのが、何よりもメリットだと思います」(Sさん夫婦)

また、新築物件とは異なり、建物の元からある構造を活かし、アップデートしているのもリノベ済物件の特徴です。だからこそ、建物自体が古いということは「必ずしもデメリットではない」とSさんご夫婦は言います。

バルコニー側から見たはめ殺しの大型の窓(写真撮影/土田凌)

バルコニー側から見たはめ殺しの大型の窓(写真撮影/土田凌)

「例えば、このバルコニー。バブル期に建てられた物件にはこういう出っ張った窓が多かったそうなのですが、いまはこういう形の窓のある物件は少ないんです。内装はきれいなのに、ベランダはちょっとレトロっていうこの空間が好きですね」(夫)

取材当日はあいにくのお天気でしたが、明るさは充分。ご夫婦いわく「サンルームとしても活用できそう」とのこと。もともとの構造を活かしたリノベ済み物件だからこそ、新築ではなかなかお目にかかれない「はめ殺しの大型の窓」を手に入れることができたと言えるかもしれません。

物件探しを通じて、自分たちの住まいへのこだわりを見つける

現在の住まいにたどり着くまで、リノベ済みの中古物件、リノベなしの中古物件、新築物件とさまざまな物件を見てきたというSさんご夫婦。だからこそ、リノベ済み物件を選ぶ際には「住んだあとにリフォームが発生するかどうかを確認したほうがいい」と言います。

つまり、リノベ済物件だからといって、部屋のすべてがリノベーションされているとは限らないということ。内装のみのリノベーションで、水まわりや配管工事までは行っていないという場合もあるため、部屋のどこまでがリノベーションされているのかは、きちんと確認する必要がありそうです。

「私たちが見た物件のなかで、内装はきれいだけど、お風呂のドアが前のままという物件がありました。でも、私たちはそれが妥協できなかった。だからこそ、水まわりや配管まで含めたスケルトンリノベーション(骨組みだけを残し、内装や設備を一新すること)にこだわることにしたんです。

ほかの物件を見て、比較対象となる物件を並べていくと、『実は自分はこんなところを気にしていたんだ』といままで顕在化されていなかったニーズが見えてきます。いくつか見比べて選択していくことが必要なのかなと思いますね」(妻)

営業担当との関係性も理想の住まい選びには欠かせない

さまざまな物件を見て、結果的に満足のいく住まいを購入できたというSさん夫婦。しかし、最初から「こういう住まいがほしい」という強いイメージがあったわけではなかったそう。そんなご夫婦が理想の住まいを手に入れることができたのは、ご夫婦の物件選びをサポートしたグローバルベイスの販売担当、後藤さんの存在が大きかったそうです。

取材中、息の合った掛け合いを見せたSさん夫婦と後藤さん。まさしくパートナーという言葉がふさわしい関係性でした(写真撮影/土田凌)

取材中、息の合った掛け合いを見せたSさん夫婦と後藤さん。まさしくパートナーという言葉がふさわしい関係性でした(写真撮影/土田凌)

「私たちはそもそも購入予算の設定からして甘かったんです。住宅の購入にすべての金額を注ぎ込むのではなく、『遊びや旅行など自分たちが人生を楽しむことにもお金を使えるような、生活の余白を残したい』と漠然とは考えていました。しかし、そのためにいくらのローンを組めばいいのかといった、具体的な資金計画すら分かっていませんでした。後藤さんに相談するうちに自分たちの予算が次第にクリアになり、それに見合った物件探しを進めることができたんです。

後藤さんは、親身に相談に乗ってくれるパートナーのような存在。パートナーから教えてもらう知識やアドバイスによって私たちの考えもまとまっていくので、住宅の購入はパートナーとの共同作業だなと思いました」(Sさん夫婦)

新築と比べて少ない予算で手に入れることができるとはいえ、ただ希望の条件を並べていくだけでは満足度の高い物件購入は難しいかもしれません。具体的な物件のイメージを持っていなかったSさん夫婦の場合は、「比較対象となる物件を複数見た」「営業担当の力も借りて、資金計画などから細かく詰め直した」という2つのポイントが、満足のいく物件購入に繋がりました。
自分たちが住まいに何を求めているのか、またその資金計画によっても、選び方は変わってきます。リノベ済み物件ならではの特徴や検討ポイントを理解した上で、後悔のない物件選びをしましょう。

●取材協力
・グローバルベイス株式会社

粋な下町風情に酔いしれて♪【浅草】人気おすすめ観光スポット&名物もんじゃ焼き案内

日本各地や海外からの観光客に大人気の「浅草」。東京近郊に住んでいても、なかなか訪れる機会がないという方も多いのではないでしょうか?そこで今回は、大人女子におすすめの浅草の「観光スポット」と、下町の名物グルメ「もんじゃ焼き」がおいしいお店をご紹介します。粋な下町文化に触れれば、あなたもきっと浅草が好きになるはず♪
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湘南生まれ、サーフィン育ち! 人気タウン藤沢市辻堂を地元サーファーに案内してもらった

サーフィンをはじめとするマリンスポーツが盛んな湘南。なかでも、神奈川県藤沢市は人気があり、サーファーの移住者も少なくないらしい。今年の4月には、人口が43万人を突破したそうだ。そんな藤沢ではいったいどんな暮らしがかなうのだろうか? 今回は、藤沢のなかでも駅前の再開発で注目を集める「辻堂周辺」を、実際にそこに暮らす地元の方に案内してもらった。
サーファーに大人気のビーチタウン中野拓さん。後ろに見えるのは「江の島」(写真撮影/小野洋平)

中野拓さん。後ろに見えるのは「江の島」(写真撮影/小野洋平)

今回、街のガイド役をお願いしたのは、藤沢で生まれ育ち、現在はフリーのWebデザイナーをしている中野・拓(なかの・たく)さん。「太陽がファンデーション」と豪語するだけあって、お肌がこんがり焼けている。

中野さん(以下省略)「辻堂の魅力といえば、やはりサーフィンだよ。まずは海に行ってみようか」

というわけで、さっそく中野さんのマイカーに乗り込み、辻堂の街案内がはじまった。言わずもがな、車のBGMはサザンオールスターズである。

「藤沢住民は車を持っている人が多いと思う。移動手段としても楽だし、基本的にアウトドアやスポーツ好きが多いから、車があると道具を運ぶのに便利なんだよね」

国道134号線へ続く昭和通り。道沿いにはサーフショップやカフェなどが立ち並ぶことから「サーファー通り」と呼ばれている(写真撮影/小野洋平)

国道134号線へ続く昭和通り。道沿いにはサーフショップやカフェなどが立ち並ぶことから「サーファー通り」と呼ばれている(写真撮影/小野洋平)

辻堂駅から辻堂海岸までつながるサーファー通りを走ること10分。辻堂海浜公園に到着した。

「サーフィンする人は辻堂海浜公園に車を止める場合が多いかな。というのも、駐車場は800台まで収容可能だし、屋外には無料のシャワーもついているので多くのサーファーが重宝しているんだよ」(日中は有料の温水シャワーも使用可能)

1年を通してサーフィンが盛んな辻堂海岸(写真撮影/小野洋平)

1年を通してサーフィンが盛んな辻堂海岸(写真撮影/小野洋平)

中野さんの言うとおり、平日の午前中にもかかわらず、駐車場にはたくさんの車が止まっており、海では多くのサーファーが波に乗っていた。

「サーフィンはオールシーズン、老若男女が楽しめるところがいいよね。ちなみに湘南には初心者も多いので、気軽に体験するのにいいと思うよ」

そんな中野さん自身はというと、サーファー歴20年のベテラン。現在住んでいる実家は藤沢市内にあるが、より海に近い場所へ引越そうと、1人暮らしも検討しているそうだ。……サーフィンへの情熱がとてつもない。

南国気分が味わえるヤシの木が植えられている(写真撮影/小野洋平)

南国気分が味わえるヤシの木が植えられている(写真撮影/小野洋平)

なお、辻堂海浜公園にはジャンボプールや交通展示館、芝生広場などがあり、多くの子連れファミリーが訪れており、年間を通じてイベントが多数開催されているそうだ。また、辻堂海浜公園以外にも、市街地には多くの公園が点在しているとのこと。

再開発で生まれ変わった辻堂駅北口

続いて案内してくれたのは、JR東海道線と湘南新宿ラインが乗り入れる辻堂駅。海に程近いだけではなく、東京駅や新宿駅にも1時間ほどでダイレクトアクセスでき、東京都心への交通利便性も悪くない。

駅前広場はキレイに整備され、広々としている(写真撮影/小野洋平)

駅前広場はキレイに整備され、広々としている(写真撮影/小野洋平)

2010年には地上6階、地下2階建ての商業施設『Luz』、2011年には湘南最大級のショッピング施設『テラスモール湘南』がオープンするなど、近年辻堂駅では大規模な再開発が行われ、駅周辺は便利かつ近代的な街並みに生まれ変わった。それに伴い、街の人気が上がっているという。

工場跡地を利用した「テラスモール湘南」には約280店舗が入る(写真撮影/小野洋平)

工場跡地を利用した「テラスモール湘南」には約280店舗が入る(写真撮影/小野洋平)

「北口は『シークロス』と呼ばれる再開発計画によって、大きく変わったよ。ショップだけでなく、飲食店やシネコンなどが入っているので、地元民以外にもたくさんの人が辻堂を訪れるようになったと思う」と中野さん。

さらに、駅周辺には湘南藤沢徳洲会病院をはじめ、辻堂市民図書館、子育て支援センター、神台公園など充実した環境。

テラスモールの裏側に立つ湘南藤沢徳洲会病院(写真撮影/小野洋平)

テラスモールの裏側に立つ湘南藤沢徳洲会病院(写真撮影/小野洋平)

「主観だけど、藤沢市で育った人は地元に住み続ける人が多い気がするんだよね。おそらく、市内の施設が充実してきただけじゃなく、行政のサポートもしっかりしてるからだと思うよ」

実際、藤沢市では小学校6年生までの子どもについては、通院・入院の医療費が所得に関係なく無料という制度がある。また、65歳以上の方対象の寝具乾燥消毒サービスや障がい者施設等通所交通費助成などの福祉の補助もある。

再開発により快適な生活環境が整備されつつある辻堂。海に近いだけでなく、住環境としても整っているようだ。

辻堂には珍しい、夜遅くまで楽しめる「湘南T-SITE」

次に中野さんが案内してくれたのは、辻堂駅から少し車を走らせたところにある『Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)』。

Fujisawa SSTは、住宅はもちろんのこと、クリニックや保育所、公園などの施設が充実した新しい街だ。また、電気自動車のシェアリングサービスといった先進的な取り組みを進めているそう。

「『Fujisawa SST』はすごい人気だね。街並みはオシャレだし、住宅街としても機能的だから俺も住んでみたいよ」

2014年にオープンした「湘南T-SITE」(写真撮影/小野洋平)

2014年にオープンした「湘南T-SITE」(写真撮影/小野洋平)

中野さんが特にオススメしてくれたのは、国内2店舗目のT-SITEとなる『湘南T-SITE』。13万冊の書籍をそろえる『湘南 蔦屋書店』があるほか、年間1000回ものイベントを開催しているそうだ。

「『湘南T-SITE』は一番のお気に入りだね。辻堂の店って全体的に閉まるのが早いんだけど、ここは遅くまでやっているから、ついつい目的がなく来てもブラブラしちゃうんだよ」

理由はサーフィンが好きだから! 東京から移住した方にインタビュー

近年では、住宅地の増加や駅周辺のマンション建設によって多くのファミリーが新たに住み始めているという辻堂。それだけでなく、単身の移住者も珍しくないという。

というわけで、昨年、都内から移住したというMさんを紹介してもらい、お話を聞いてみた。

中野さんの友人Mさん(写真撮影/小野洋平)

中野さんの友人Mさん(写真撮影/小野洋平)

――どうして移住されたんですか?

「3年前にサーフィンにハマったからです。それと同時に会社を辞め、フリーランスになりました。通勤する必要がなくなったため、今では波の良い日は朝から海に行けますよ」

サーフボードは7枚所有(写真撮影/小野洋平)

サーフボードは7枚所有(写真撮影/小野洋平)

――どうして辻堂だったんですか?

「海にも都内にも気軽にアクセスできる点で選びました。また、湘南は僕みたいにサーフィン好きが多く移住しているので、サーファーに合った物件や施設が多かったんです。まあ人気エリアな分、思ったより家賃が高かった印象ですけどね(笑)」

ボードを乗せられるビーチクルーザーも所有。それを借りて楽しむ中野さん(写真撮影/小野洋平)

ボードを乗せられるビーチクルーザーも所有。それを借りて楽しむ中野さん(写真撮影/小野洋平)

――移住して良かったと思うところはどこですか?

「やっぱり、家からウエットスーツを着て、海までビーチクルーザーで行けるのは非常に便利です。帰りもぬれたまま帰ってきて、風呂場に直行できますから」

辻堂は、便利さと湘南ならではのスローライフの両方を享受できる場所、とMさん。Mさんのような生活を求めて移住する人は少なくないようだ。

辻堂の家賃相場は?

最後に気になる家賃相場をチェックしてみよう。辻堂駅の一人暮らし向け賃貸物件の家賃相場は6.1万円。辻堂駅の使える路線はJR東海道本線と湘南新宿ラインの2路線だが、快速が止まる隣の藤沢駅に出れば、江ノ島電鉄と小田急江ノ島線が利用できる。

というわけで、街のポイントをまとめると……

・豊かな自然環境があり、公園も数多く点在
・再開発を遂げた駅前の充実ぶり
・街にはファミリー層や単身の移住者が年々増えている印象

なんとなくオシャレなイメージが先行していた湘南エリア。しかしそれだけでなく、便利な生活環境や、計画的な街づくりなど、豊かな毎日が送れそうな魅力あふれるエリアでもあった。自然を身近に感じながら、都市のにぎわいも楽しむ。最先端の湘南が味わえる街こそ、ここ辻堂なのかもしない。

●調査概要
【調査対象駅】辻堂駅
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、面積10平米~40平米、築年数35年以下、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2018年4⽉1⽇~2018年6⽉30⽇
【家賃の算出⽅法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む⽉額賃料から中央値を算出

「中古マンション購入+リフォーム」で将来貸しやすく、快適に暮らせる部屋に【理想をかなえたマイホーム実例#03】

マイホーム購入を通じて、理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
今回は「忙しい毎日のなかでも子どもとの時間を大切にしたかった」「将来的に売ったり貸したりできる資産性も重視した」というMさんの住宅購入ストーリーを伺いました! 多忙な毎日を過ごされているMさんはどうやって理想の暮らしを実現されたのでしょうか!?【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢を膨らませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。夫の転勤で札幌へ……! いつかは東京に戻る前提で資産性を重視

テレビ電話ごしの取材となった、札幌在住のMさん。取材のために事前に何度もメッセンジャーでやり取りをしながらも、本当に日々お忙しそうなご様子が伝わってきます。もともとは東京に住んでいたというMさんファミリーは、夫と小学3年生の男の子との3人暮らし。まずは札幌に移住することになった経緯から伺います。

――はじめまして! 本日は画面ごしですが、よろしくお願いします!
Mさんはもともと東京にお住まいだったと聞きましたが……?

「はい。私も夫も営業系の仕事なのですが、5年ほど前に夫が札幌に転勤することになり、家族全員で移住しました。子どもはまだそのころ幼稚園でしたし、私も夫も夜遅くまで仕事をしているので、単身赴任で物理的な距離が離れると、家族で過ごす時間が確保しづらくなってしまうと思ったんです。そのため、私は前の仕事を辞め、札幌で同じ業種の会社に転職をしました」(Mさん、以下同)

Mさんが住むのは有名な時計台やテレビ塔もある札幌市中央区。写真左は札幌駅、右は札幌の街並み(写真/PIXTA)

Mさんが住むのは有名な時計台やテレビ塔もある札幌市中央区。写真左は札幌駅、右は札幌の街並み(写真/PIXTA)

――そうすると、今後は札幌にお住まいになる予定なのでしょうか?

「いえ、転勤の多い職種なので、また東京に戻るか、他の地域に異動になる可能性も高くて……。実際に夫も札幌に転勤後、さらに帯広に転勤になり、結局、いまは単身赴任という形になりました。札幌に来てから2年間は夫の会社の住宅補助を受けて近くの賃貸マンションに住んでいたんですが、このエリアは賃貸相場もそれなりに高く、補助から足が出る状況で。夫といい物件があれば買った方がいいかも、という話を常々していたんです。ただ、もし買うなら、今後また転居することになったときにも売ったり貸したりできるよう、資産性の高い物件を選ぼうと」

――資産性の高い物件というと、具体的には?

「いま住んでいる地域は文教エリアで人気が高く、新築マンションがどんどん建っています。私たちのような転勤族も多いので、駅からの利便性が高く、大手デベロッパーの建てた物件であれば、多少築年数があっても買いたい人はたくさんいるだろうと感じていました。新築よりも中古マンションの方が割安に手に入りますし、きちんと管理され、ブランド力のあるマンションは、リフォームをすれば快適に住めて売りやすいはずだと。それで私たちが買おうかなと探していたときに、ちょうど駅から徒歩2分のこの物件が出ているのを知ったんです。近所の人であれば、マンション名と外観を見れば『ああ、ここか』とすぐ分かるような物件ですよ」

住まいとしての快適性と、資産価値UPを目的にリフォーム

――立地以外に「資産性」という面で重視されたポイントはありますか?

「この物件はもともと3LDKで、リビングの横に和室があったのですが、内覧したときにリビングとつなげれば広くできるな、と思いました。もともと所有されていた方も結構きれいにお住まいになっていたんですが、築20年くらいだったので、自分たちが快適に住むためにも、また今後、売却する可能性を考えてもリフォームが必要だなと」

【リフォーム前の間取図】もともとはリビングの横に和室がある形の3LDKの間取だった(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成) 【リフォーム後の間取図】リビング横の和室をつなげる形にして広いリビング・ダイニングの2LDKに変更(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

【リフォーム前の間取図】もともとはリビングの横に和室がある形の3LDKの間取だった(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)
【リフォーム後の間取図】リビング横の和室をつなげる形にして広いリビング・ダイニングの2LDKに変更(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

――リフォームされたんですね! 他にも変更されたところはあるんでしょうか?

「間取りの変更という意味では、押入れだったところをウォークインクローゼットにしたり、お風呂が狭かったのを広くしたり……というくらいですが、設備や仕様はほぼ全て手を入れました。床とクロスを張り替え、キッチンやバスなどの設備も新しいものにしました。札幌市は窓を二重サッシに変えると補助金がでる制度(※)があるので、窓も全て取り替えたんですよ(笑)」

※札幌市住宅エコリフォーム補助制度:許可を受けた事業者が施工する省エネ改修やバリアフリー改修を行った場合に、改修費用の一部を補助する制度

札幌の冬は寒いが、補助金が出ることが分かり、二重サッシも全て新しいものに取り替えた(写真提供/Mさん)

札幌の冬は寒いが、補助金が出ることが分かり、二重サッシも全て新しいものに取り替えた(写真提供/Mさん)

和室についていた押入れは、隣りにあった物入れと一体化してウォークインクローゼットに(写真提供/Mさん)

和室についていた押入れは、隣りにあった物入れと一体化してウォークインクローゼットに(写真提供/Mさん)

――それだけ全体的にリフォームをしようと思うと、リフォーム会社選びも慎重になったのではないですか?

「それが実は、リフォーム会社はこのマンションを建てた大手不動産グループの会社にそのままお願いしました。検討に時間をかけたのはどこにお願いするかではなく、仕様をどのレベルに維持するか、です。いずれは引越すことが前提で一生住む家ではないので、コストは抑えたいんです。でも、あまりグレードの低い仕様・設備だと自分たちが住むのに日々、ストレスになりますし、いざ売ろうとしたときにも低く評価されては困ります。『中の上』くらいの仕様を意識して、すべてのものを選ぶようにしました。『本当はこっちがいいけど、ここまでお金かける必要ないな……」とそれなりの質は確保しつつ、コストも重視するという。見積もりを出してもらって、やりすぎかなと感じる部分は削って、を繰り返しました」

バスやキッチンなどの設備も新しいものに交換。「中の上」のグレードを意識しながら、使い勝手がよく、万人受けするシンプルな仕様に(写真提供/Mさん)

バスやキッチンなどの設備も新しいものに交換。「中の上」のグレードを意識しながら、使い勝手がよく、万人受けするシンプルな仕様に(写真提供/Mさん)

床やクロス、建具なども変更。空間を広く見せるために白を基調としたものをセレクト(写真提供/Mさん)

床やクロス、建具なども変更。空間を広く見せるために白を基調としたものをセレクト(写真提供/Mさん)

忙しく働くママが小学生の息子と時間・空間を共有するための工夫

――毎日本当にお忙しそうなので、リフォームの検討も大変でしたよね。普段はどのような形でお仕事されているんでしょうか?

「平日は朝7時半過ぎに家を出て、帰ってくるのはほとんど21時から22時くらいになります。早ければ週に1回程度、19時半くらいに帰れるときがあるかどうか……。なので、息子の生活は普段、ベビーシッターさんにお願いしています」

――わあ……本当にご多忙ですね。そうすると、帰宅されたときにはお子さんはもう寝ている感じですか?

「寝ちゃってますね……(涙)。その分、早く帰れたときや休日など、家にいられる時間は少しでも一緒に過ごしたいと考えまして。リフォームによって広くなったリビングの真ん中には、子どものデスクを置いています。子ども部屋もありますが、基本リビング学習です(笑)。早く帰れたときに、息子が宿題をしている姿が食卓からも見えます。お互いが何をしているかがパッと視界に入るんです」

リビングの中央には子どもの学習デスクが。Mさんがダイニングやキッチンにいるときも、一緒の時間・空間を共有できる(写真提供/Mさん)

リビングの中央には子どもの学習デスクが。Mさんがダイニングやキッチンにいるときも、一緒の時間・空間を共有できる(写真提供/Mさん)

――たしかに、息子さんのデスクが主役のリビングですね!

「でも息子は実際にはデスクだけじゃなくて、キッチンのカウンターで勉強することも多いんです。カフェっぽいカウンターにしたところは私のこだわりなんですが、ここで一緒にご飯を食べたり、私が料理しているときに息子が勉強したりしています。あと、夜の時間は私が一杯飲むためのバーカウンターに(笑)」

子どもが寝た後は、カウンターでゆっくりお酒をたしなみながら一息をつく時間も確保(写真提供/Mさん)

子どもが寝た後は、カウンターでゆっくりお酒をたしなみながら一息をつく時間も確保(写真提供/Mさん)

豊かな暮らしを実現するために、購入予算とローンの組み方も考慮

――素敵ですね。資産性も重視されたということなので、きっと購入予算についてもいろいろ考えられたんでしょう?

「購入予算については、それまでの家賃の負担額と同じくらいになるように予算を決めたうえで物件を検討しました。もともと賃貸で住んでいたときに15万円くらいの家賃を負担していたので、共益費や修繕積立金を入れて月々の支払額が同じくらいになるように計算して」

――人気があるエリアとのこと、地方都市の中古マンションとはいえ、高かったのではないですか?

「マンションを約2000万円で買って、リフォームに500万円ほどかけた形です。現金で買えない額ではなかったのですが、銀行や不動産会社の方が『現金で買えるとしても、ある程度は手元資金として置いておいた方がいい』とアドバイスをしてくれてローンを組みました。今は金利も低いですしね」

――引越し前提、売却も視野に入れているとのことなので、また次の新しい住まいを購入される可能性もありそうですもんね

「はい、今後のことも考えて、ローンは20年で組んでいます。無理のない範囲で、時々の状況にあわせた住まい選びができればと!」

そう魅力的にほほ笑むMさんの表情からは、バリバリとお仕事をしながら子どもとの時間も大切にして、充実した生活を送っていることが垣間見えます。一方、人気の高いエリアでブランド力のある中古マンションを買ってリフォームをすること、低金利の今、あえて手元資金を残しながら住宅ローンを組む選択をされたことも、今後の将来を見据えた賢明なプランですよね。
Mさんファミリーの選択からは、理想の暮らしを実現しながら、先を見据えた堅実な資金計画も両立する、そんな賢い住まい選びを学びました。

わが家に合った予算・ローン[2] 共働き夫婦、住宅ローンは夫のみ? 夫婦でペアローン?

女性の社会参画が進み、共働き世帯が6割を超える昨今。住宅ローンを組むときにも、夫だけではなく妻も融資を受け、住宅ローンの金額を増やしたい、と考える方もいるでしょう。
そこで今回は、夫婦でペアローンを組むことにどのようなメリットがあり、どのようなリスクがあるのかを「ホームローンドクター」の淡河範明(おごう・のりあき)先生に教えていただきます。

ご相談者はSさん夫婦。33歳の夫と31歳の妻の2人暮らしです。
埼玉県のさいたま市内にマンションを購入したいと検討しており、住宅ローンの融資を夫のみで受けるのか、それとも妻も融資を受けるのかで迷っています。夫婦ともに収入がある場合は、夫婦ペアローンを利用したほうがいいのでしょうか?【連載】教えて、ローンドクター! わが家に合った予算と、借り方・返し方
住宅購入に悩みはつきませんが、「予算」は最も大切なポイント。年収の何倍までとか、頭金はこれくらい必要などいろいろな情報があふれていますが、人によって、物件によって、タイミングによって変わるため、実際にはみんなに通用するセオリーはありません。いったい「わたし」「わが家」にとってはいくらの物件を買えばいいのか? ローンはどう組めばいいのか? そんな疑問に「ホームローンドクター」である淡河範明(おごう・のりあき)先生がビシッとお答えいたします。(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

夫婦のペアローンは融資額を増やし、節税効果も発揮してくれる!

淡河範明先生(以下、先生):今日は住宅ローンの融資を受けるに当たり、ペアローンを利用するべきかどうかというご質問ですね。

夫:はい、私の年収が530万円なのですが、今購入を検討しているマンションを買おうと思ったら、4000万円必要で。なんとか融資は受けられそうなのですが、私の年収から考えるとかなりギリギリの金額かなと……。

妻:私も派遣で一定の収入があるので、住宅ローンの一部を負担できないかと思っています。

夫:もう一つ、できれば早めに完済して、老後は住宅ローンの心配をせずにのんびり暮らしたいんです。20年くらいで住宅ローンを組みたいんですが、私と妻の年収でも完済できますか?

先生:お一人だと借りられる金融機関が限定されますが、夫婦でペアローンを組めば、借りられる金融機関を増やすことができるだけでなく、コスト面でもメリットが出せます。ペアローンのメリットは、互いが住宅ローン控除を利用できることですから、単独でローンを組むよりも手元に残るお金は多くなるでしょう。
一方、20年で完済するという考えは危険かもしれません。

夫:なぜですか? 金利という無駄な出費が減ると思うのですが。

先生:4000万円を20年で完済しようとすると、金利1.5%で融資を受けても毎月20万円弱を返済しなくてはいけません。手取りの月収は夫婦合わせてどれくらいでしょうか?

妻:えーっと……ボーナスを別に考えると夫婦で45万円ぐらいですね。

先生:つまり45万円の収入のうち、20万円も住宅費に充てなくてはいけない。これでは手元にお金が残らないギリギリの生活になってしまいますし、もし将来お子さんを欲しいと考えているのであれば、教育費などの貯金もままならないでしょう。
また、マンションは管理費や修繕費もあります。
今は低金利ですから、できるだけ多くのお金を借りて手元に残せるお金を増やすほうが得策です。

夫:そうなのでしょうか……? 住宅ローンが退職後にも残ると不安になってしまいます。

先生:夫のKさんは65歳の定年退職まで32年もあります。それに妻のYさんがお子さんを出産し、産休等で働けなくなると、Yさんのローンは育児休業給付金と貯金から返済することになりますから、毎月の返済分は抑えて余裕分は貯蓄に回しておくべきです。

妻:たしかに! 子どもも欲しいですし。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

先生:そこで20年間の固定当初金利優遇ローンを利用しましょう。三井住友信託銀行でしたら当初20年間の金利が1.15%、21年目以降は変動金利となり全期間1.075%になった前提です(2018年7月31日時点)。住宅ローンの融資を単独で受けた場合と、ペアローンで融資を受けたときの夫婦の負担比率を変えて数パターン、シミュレーションをしました。

ホームローンドクター淡河先生が作成したSさん夫婦の住宅ローン返済シミュレーション。4パターンの夫婦の住宅ローン負担比率に対し、実質負担額がどう変化するかを試算

ホームローンドクター淡河先生が作成したSさん夫婦の住宅ローン返済シミュレーション。4パターンの夫婦の住宅ローン負担比率に対し、実質負担額がどう変化するかを試算

Sさん夫婦:わぁ! 総支払額が数十万単位で変わってくるんですね!

先生:そうなんです。単独で融資を受けるより、ペアローンを利用すれば、諸費用は多少かかりますが、それを補って余りある住宅ローン控除が受けられます。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

ペアローンを組むときは、持分設定と離婚リスクに要注意!

先生:ただ、ペアローンで注意点がないわけではありません。上の表でも「住宅ローン負担比率」という数字がありますが、夫婦それぞれが住宅の購入に支払う金額(住宅ローン負担比率)と、登記上の持分設定を実状に沿ったものにしておかないと、贈与税が発生する可能性があります。

妻:住宅ローンの負担比率にかかわらず、夫婦で一緒に購入するから所有権は半々にする、という形ではダメですか?

先生:離婚時の財産分与は別ですが、所有権は費用を負担している割合と同等にしてください。例えば4000万円の住宅購入に際し、妻が800万円の支払いだと夫と妻の負担は3200万と800万で4:1です。
ところが、登記時に所有権の持分設定を1:1にしてしまうと、2000万円ずつを負担して住宅を買ったことになります。この差額の1200万円を夫から妻に贈与した、と見なされるリスクがあるのです。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

夫:それは問題ですね。

先生:まずは、支払っている税額と借入金額の関係を確認しましょう。もし、借入金額の1%以上の税金を払っているなら、所有権の持ち分比率をできる限り費用負担と同等の設定にすることで、控除の額が少なくなるのを避けられます。ただし、持ち分以上のローンがあっても、超過分の借入金については住宅ローン減税は受けられないので注意が必要です。

また、ペアローンの最も大きなリスクは「離婚」だということも覚えておきましょう。住宅を購入するときは夫婦ともに仲が良く、離婚など考えていない方が多いです。だからこそ、万一離婚したときにその後の所有や住宅ローンの返済をどうするか、先に決めておいてほしいのです。

Sさん夫婦:分かりました。あとで2人で話し合ってみます。

「退職時にいくらの資産を用意できるか」を考えて人生設計をしよう

先生:あとは無理のない返済で、手元にフリーキャッシュフローを残すことを意識してください。末永く、毎日の生活を楽しみながら暮らしていくには「何歳までに」「純資産(※)をどの程度つくれるか」を決めて行動することが重要です。

定年退職時の年齢が65歳、平均寿命の85歳くらいまで生きるとして、その間の20年間「年金と手持ちの資産で不自由のない生活を送れること」を目標としましょう。65歳時点で貯蓄がいくらあったら、安心して老後を送れると思いますか?

※純資産:会計用語で「会社の資産総額から負債総額を差し引いた金額」のこと。ここではそれを家計に当てはめ、保有している金融資産からローンなどの借金等を引いた自分の資産を指す

妻:えっと……1000万円とか2000万円とかでしょうか?

先生:ズバリ、私が65歳時点の参考貯蓄額として提唱するのは、以下の3つのプランです。

●1500万円:シンプル生活 →必要最小限の貯蓄で最低限必要な出費をまかなえるプラン
●3000万円:ピンピンコロリ →老後の生活を楽しみながら健康に過ごし、医療費があまりかからなかった場合のプラン
●6000万円:ゆうゆう生活 →海外旅行や趣味を楽しみながら、余裕のある老後を過ごすための金額

退職時にローンを完済していても、手持ちに現金がないのでは意味がありません。デフレの今は、繰上返済にこだわるより貯金を確保しておくほうが、ずっと生活が豊かになるのです。また、ゆっくりローンを返して、手元にある程度の現金を残しておくことは、急な出費が必要になったときのリスク対策にもなります。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

妻:私たちは30代だから、1年間で100万貯金できれば、ピンピンコロリプランには到達できそう、ってことですね。

先生:長い人生において、さまざまな経済的リスクを回避する一番の対策はまず「収入を増やすこと」、次に「手元にある程度の現金をしっかり残しておくこと」です。今回のプランでは現状の収入でも無理のない範囲で計画を立てていますが、収入を増やすための努力もぜひ忘れないようにしてください。

夫婦:はい!

夫婦ペアローンは融資額を増やすことにも役立ちますし、住宅ローン控除の効果でキャッシュフローが増えるというメリットがあります。生活の豊さを考えれば、無理に早く返済するだけではなく、手元にお金を残せるように返済していくことも大切だということが分かりました。

ただし、夫婦持分の数字にはよく注意しておかないと贈与税が発生しかねませんし、離婚というリスクが伴うことも。まずは夫婦でしっかり話し合い、何歳までにいくら貯めておきたいのか、どのように返済していくのかを決めておきたいものですね。

s-淡河 範明淡河 範明 ホームローンドクター
日本興業銀行、エル・ピー・エル日本証券を経て、住宅ローン専業コンサルティング会社であるホームローンドクター株式会社を設立。利用者の立場にたち、住宅購入時の資金計画、住宅ローンの選び方を新しい方法で提案している。著書に『住宅ローンを賢く借りて無理なく返す32の方法』『住宅ローン借り換えマジック』などがある。

ひんやりおいしい夏の風物詩♪フォトジェニックな「かき氷」を探しにレトロな下町へ

日本の夏の風物詩のひとつ「かき氷」。お店に「氷」と書かれたのぼりを見かけると、ついつい入りたくなりますよね。東京の下町には、子どもの頃から親しんできた昔懐かしいかき氷屋さんだけでなく、フォトジェニックな今どきのかき氷が食べられるお店もたくさんあります。今回は、浅草・錦糸町・梅島・北千住など、東京下町にある目にも涼しいおすすめのかき氷をご紹介します。
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「子どもができたら自宅で仕事」を実現した、念願の一戸建て【理想をかなえたマイホーム実例#02】

マイホーム購入を通じて、理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
今回は「結婚後、子どもができたら自宅で仕事をしたい」と考えて家を建てた、滝澤理絵(たきざわ・りえ)さんのお宅にお邪魔しました! 滝澤さんは、ママの笑顔をつなげる「ハグミーラボ」を主宰し、ハートフルマザーリング協会の代表でもあります。2児の母でもある筆者としてはその活動内容も気になるところ。早速、お邪魔します!【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢をふくらませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。スタジオやカフェ……さまざまな用途で使えるようにつくられたスペース

「あぁ、これはすてきなお宅ですね」
私たち取材陣がお家に入る前から思わずうっとりため息を漏らした、趣のある白壁と木枠の外観。

白い壁と茶色の屋根、青い雨戸が地中海の風景を思わせるような外観(写真撮影/片山貴博)

白い壁と茶色の屋根、青い雨戸が地中海の風景を思わせるような外観(写真撮影/片山貴博)

施主である滝澤さん夫婦の設計へのこだわりを感じさせます。滝澤さんファミリーは、理恵さんと夫、9歳と7歳の男の子、4歳になる女の子の5人で埼玉県ふじみ野市に住んでいます。自宅を撮影スタジオやヨガのレッスン会場として使っているお家だと聞き、ワクワク楽しみにしてお部屋に入ります。

――わ、長方形のスペースを2つ、ずらしてくっつけたような、少し変わった形のリビングですね

【間取図】滝澤さん宅は2階建ての注文住宅。リビングとダイニングは2つの長方形をずらしてくっつけたような形(提供いただいた間取り図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

【間取図】滝澤さん宅は2階建ての注文住宅。リビングとダイニングは2つの長方形をずらしてくっつけたような形(提供いただいた間取り図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

「実は、建てるときには義理の母と同居して二世帯住宅にする話が一時出たこともありまして。このリビングで寝起きしてもらうこともできるように考えてこんな形にしたんです。結局、同居の話はなくなり、いまは手前の空間をリビングに、奥の空間をダイニングとして利用しています。ダイニングでは折り畳み式のテーブルを広げて食事をしたり、この手前のカウンターでは椅子を並べて上の子どもたちが宿題をしたり、という感じです」(滝澤さん、以下同)

カウンターキッチンは、今は子どもたちの勉強スペースになっている。白い漆喰の壁、木の柱やカウンター、柱に付いているアンティーク風の時計が、ナチュラルで優しい印象を醸し出す(写真撮影/片山貴博)

カウンターキッチンは、今は子どもたちの勉強スペースになっている。白い漆喰の壁、木の柱やカウンター、柱に付いているアンティーク風の時計が、ナチュラルで優しい印象を醸し出す(写真撮影/片山貴博)

――カウンター、入るときに気になっていました! 上にあるアンティーク風の時計も、ヨーロッパのカフェや公園にある時計のように見守ってくれている感じですてきです

「今は子どもたちのカウンターになっていますが、将来何十年後かに、ここでカフェをやれたらいいよね、と夫と話してこんな形にしたんです。少し歳をとってからでも近所に住む方々のコミュニティスペースとして、カウンターでコーヒーを出したりできるかなと。ゲストがたくさん来ても大丈夫なように、玄関の上がりもあえて半円形にして靴をいっぱい置ける形にしてるんです(笑)」

青い扉とタイルの映えるエントランス。多くの来客があっても靴がたくさん置けるように、あえて上がりの部分は半円形に(写真撮影/片山貴博)

青い扉とタイルの映えるエントランス。多くの来客があっても靴がたくさん置けるように、あえて上がりの部分は半円形に(写真撮影/片山貴博)

働きながらも、母親として「いってらっしゃい」と「おかえり」を言いたい

――いろんな用途で使えるように設計されたお家なんですね。ママ向けの教室などを開催されているとのこと、どんな風にお仕事をされているんですか?

「外でベビーヨガの教室を月に4~5回ほど開講し、スケジュールに余裕があるときに手形・足形の教室や撮影などを行っている感じですね。自宅で仕事をするときには、手前のリビング部分をさまざまな教室やインストラクター養成講座の講義場所として、奥のダイニング部分を撮影スタジオとして使っています。授乳フォトや親子フォトの撮影にいらっしゃる方が月に15組くらいいらっしゃるんですよ」

取材当日は親子フォト撮影の日。取材の間も3組ほどの親子が訪れていた(写真撮影/片山貴博)

取材当日は親子フォト撮影の日。取材の間も3組ほどの親子が訪れていた(写真撮影/片山貴博)

――多くのゲストが出入りすることが、滝澤さんの暮らしのベースにあるんですね。前からこんな風に自宅で働くことを考えていたんですか?

「専門学校を卒業してからの12年間は、会社員として働いていました。社長秘書やマーケティングセールスの仕事に就いて、すごく忙しかったんです。それはそれでとても充実感がありましたが、結婚してからは『お客さんを笑顔にしたい』『自分の裁量で仕事がしたい』という想いが強くなってきて。最初は子ども向けの英語教室を始めるために資格を取りました。その後に3人の子どもたちの出産を経て、ベビーヨガをやりたい!と」

――滝澤さんご自身がママになって、子どもたちとの生活としてイメージされていたこともきっとあるんでしょうね

「私の母はすごく仕事の忙しい人で、夜中も出ることが多く、子どものころは寂しい思いもしました。それだけに、まずは母親としての役目を優先したいという気持ちや、『いってらっしゃい』と『おかえり』は言える母親でいたいという気持ちは強いかもしれません」

じっくり情報収集に時間をかけ、取り入れたいアイデアを詰め込む

――お住まいはお子さんが生まれてから建てたんですか?

「ええ、元々は数駅離れたところに中古マンションを買って住んでいたんですが、2人目が生まれると手狭になってしまい……。夫の母がふじみ野市内で近いこともあって、ゆくゆくはこの辺りに家を購入する前提で近くの賃貸アパートに住んだんです。2年ほどたったころにこの土地が空いたことが分かって、すぐに購入しました。実は、前にも検討した物件があったのですが、それはタッチの差で買えなかったんです。その経験もあって」

――物件を検討したり、どんな家にしようかと考える時間も長かったんでしょうか?

「はい、いろんな注文住宅を見に行ったり、本やネットでも情報収集をしました。いろいろ想像をふくらませながら施工事例を見ると、取り入れたいアイデアや自分ならこうするな、という考えも浮かんできました。今の家にはそれらのエッセンスが詰まっていると思います」

――具体的にどんなところにその知識を反映されたのか、ぜひ伺いたいです!

「例えば、トイレや各部屋のドアの上はガラス戸にしたり、開閉ができる窓にしています。トイレのドアの上をガラス戸にすると、家族の誰かがトイレを使用しているとひと目で分かって便利なんです(笑)。部屋のドアの上が空いていると、中の音が聞こえるので、それぞれが部屋に入っても何となく気配を感じられていいんですよ」

リビングから玄関側を。ここにも入口の左上にステンドグラスの窓があり、光を取り入れている(写真撮影/片山貴博)

リビングから玄関側を。ここにも入口の左上にステンドグラスの窓があり、光を取り入れている(写真撮影/片山貴博)

自分の性格を反映して、ずっと快適に住み続けられる家に

――ほかにも工夫されたポイントがたくさんありそうなので、ぜひ聞かせてください!

「例えば収納ですが、キッチンのすぐ横にパントリーを設けて、家具を据え付けてもらいました。お願いした工務店さんが造作家具をつくってくれるところで、その実績を見てお願いしようと決めたんです。パントリーの棚もキッチンのシンク下の棚も、ゴミ箱などが入れられるようにあえて空きスペースにしています。隠れるスペースがあると、どんどん物を仕舞い込む性格なので、収納は扉で閉じないようにしました」

――本当ですね。この下を空けるテクニックが洗面台にも活用されているのが分かります!

「洗面台は動線を意識して、パントリーを抜ける形でキッチンと一直線につながっています。実は洗濯機は今、2階に置いているんですが、洗濯したらすぐにベランダに干せる位置にあります。歳をとって2階に上がるのがきつくなったら、1階に洗濯機を置けるように蛇口や排水溝だけは付けてあるんですよ」

2階の洗濯機置き場。洗濯が終わればすぐにベランダに干せる動線。ベランダは屋根付きなので、雨の日でも洗濯物が干せる(写真撮影/片山貴博)

2階の洗濯機置き場。洗濯が終わればすぐにベランダに干せる動線。ベランダは屋根付きなので、雨の日でも洗濯物が干せる(写真撮影/片山貴博)

――すごい! リビングのカウンターの話といい、これから何十年も先にある老後のことも考えて設計されたんですね

「ふふふ。実はそういう意味では、子ども部屋も、将来、子どもたちが家から出ていったら間の扉を開けて教室として使えるようにしてるんですよ(笑)」

小学生男の子2人が過ごす子ども部屋。ベッドの脇には白い扉があり、ここを開くと隣の部屋とつながって広いスペースに(写真撮影/片山貴博)

小学生男の子2人が過ごす子ども部屋。ベッドの脇には白い扉があり、ここを開くと隣の部屋とつながって広いスペースに(写真撮影/片山貴博)

細部にこだわり、たくさんの工夫が凝らされた滝澤さんの住まいは、これからの暮らしも想像・創造できる場所になっていました。そこには家族や人々とかかわり合い、これからのライフステージに合わせて変化しながら「ここにずっと住み続けたい」という温かい気持ちがあふれています。
仕事をしながら子どもを育てること、楽しい老後を想像すること、住まいと暮らし方について考える楽しさをおすそ分けしてもらった取材でした。

●取材協力
・ハートフルマザーリング協会

わが家にあった予算・ローン[1] 両親と住む二世帯住宅を建てたいが、一度融資を断られ…

住宅の購入は多くの人にとって一生で最も高額な買い物になります。できるだけ借金はしたくないと思っても、住宅ローンを利用せずに購入できる人は、そう多くないでしょう。特に初めて住宅購入を検討している人は、自分たちで本当に何千万円も返済ができるのか、無理のない返済計画はどのように立てたら良いのか、不安になってしまうかもしれません。そこで、それぞれのご家庭の収入の状況を見ながら「身の丈に合った」借入金額や返済プラン、さらには金利を下げられる制度の活用などを「ホームローンドクター」の淡河範明(おごう・のりあき)先生に教えてもらいます。
淡河先生は銀行や証券会社などに勤務した後、住宅ローン専業コンサルティング会社であるホームローンドクター株式会社を設立しました。住宅ローンを検討中の人に対し、理想の住まい、そして住宅ローンの負担を減らすための提案を行っています。

今回のご相談は横浜市にお住まいの夫婦、そして妻の両親の4人です。
Aさんファミリーとご両親が住むための二世帯住宅を建てようと、夫のAさんが住宅ローンを申し込んだところ、一度審査に落ちてしまいました。お子さんも2人いるAさんたちは、果たして住宅ローンを借りられるのでしょうか? どんな考え方でローンを組めば、その後の生活を乗り切っていけるのでしょうか?

【連載】教えて、ホームローンドクター! わが家にあった予算と、借り方・返し方
住宅購入に悩みはつきませんが、「予算」は最も大切なポイント。年収の何倍までとか、頭金はこれくらい必要などいろいろな情報があふれていますが、人によって、物件によって、タイミングによって変わるため、実際にはみんなに通用するセオリーはありません。いったい「わたし」「わが家」にとってはいくらの物件を買えばいいのか? ローンはどう組めばいいのか? そんな疑問に「ホームローンドクター」である淡河範明(おごう・のりあき)先生がビシッとお答えいたします。(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

二世帯住宅を建てたいがローン審査に落ちた! そのときの対策は

淡河範明先生(以下、先生):本日は二世帯住宅用のローンが組めなかったので、なんとかする方法はないかとのご相談ですね。ご両親の土地に二世帯住宅を建てるとか。

妻:はい、私の両親が横浜市内に土地を持っているので、せっかくだからそこに家を建てて親子で住もうという話になりまして。

夫:見積もりをとったら建築費が4000万円だといわれてびっくり! 私の収入だけではローンが組めなかったので、妻の両親が頭金として500万円を出してくれることになったのですが、それでも3500万円必要なんですよね……。

先生:ご両親からの贈与は一定金額まで非課税ですから、うれしいお話ですね。ただ、諸経費まで考えると家の建築費総額は、新築でも5%は余分に必要です。つまり住宅資金として4200万円は必要ですよ。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

夫:ええ、それを後から知ってショックでしたが、貯金からねん出するしかないなと。

父:そこまで彼と話し合って、二世代ローンを組めないかという話になりました。私も再雇用ですが定収入がありますし。

妻:父が退職するころには子どもも二人とも小学生になっているので、万一のときには私が働く時間を増やして父の分まで頑張るつもりです。

先生:いいですね。二世代ローンは資金提供の方法としても有効ですし、相続においても有利に働きますから。

先生:ではAさん夫婦の今の家賃、住居費はどの程度でしょうか?

夫:家賃は12.5万円ですね。

先生:駐車場などは借りていませんか?

妻:駐車場付きの物件なので、家賃に含まれています。

先生:後はなにかこれから先に大きな出費の予定はありませんか? 例えば教育費などはどうされていますか?

夫:できればなんですけど、子どもは中学から私立に行かせたいな……と。

先生:そうなると教育資金も貯めておかなければいけませんね。

妻:はい、そのために私の収入の大半は、子どもたちの将来の学費として貯めています。

先生:ではその点も考慮して検討していきましょう。

長期優良住宅を建てるつもりのAさんには【フラット35】

先生:まずどの住宅ローンにするかですが【フラット35】を借りましょう。【フラット35】は、信用情報よりも住宅の質が重視されます。Aさんは「長期優良住宅(※)」を建てるとのことなので金利の優遇も受けられますからね。

※長期優良住宅:長期にわたって良好な状態で使用するための方策が取られた優良な住宅のこと。建築や維持保全の計画を作成して所管行政庁に申請して認定を受けることで、税金の控除などが受けられる

【フラット35】は融資額が購入金額の90%を上回ってしまうと金利がアップするため、借入金額は4200万円の90%以内、つまり3780万円以内にしておきます。

【フラット35】取扱金融機関が提供する金利の範囲と最も多い金利

【フラット35】取扱金融機関が提供する金利の範囲と最も多い金利

先生:では次に毎月の返済額を見てみましょう。【フラット35】の金利ですが、2018年6月時点の金利が1.37%です。

父:金融機関の変動金利の住宅ローンだともっと金利が安いようなので、そちらのほうがいいのではないですか?

先生:変動金利には金利上昇リスクがあります。お子さんを私立の学校に入れるのであれば、安定して支出計画が立てられる方がいいでしょう。【フラット35】には一定期間金利が安くなる優遇があるので、これをできるだけ活用しましょう。

夫:どのくらい優遇されるんですか?

先生:【フラット35】では省エネ住宅(太陽光発電が可能など、エネルギー消費が少ない住宅)やバリアフリー対応住宅、長期優良住宅を建てる人のために【フラット35】Sという制度があります。これを利用すれば10年間金利が-0.25%になります。

妻:わー! お得ですね。

先生:まだ終わりではありません。さらに横浜市は「【フラット35】 子育て支援型・地域活性化型」制度(※)を利用できるので、ローン返済の当初5年間は金利がさらに-0.25%され、-0.5%の0.87%になります。(2018年6月30日時点で住宅が完成している場合の金利)

※【フラット35】 子育て支援型・地域活性化型:子育て支援や地域活性化について積極的な取り組みを行う地方公共団体と住宅金融支援機構が連携し、【フラット35】の借入金利を一定期間引き下げる制度

【フラット35】Sと自治体の優遇制度を利用した場合の金利

【フラット35】Sと自治体の優遇制度を利用した場合の金利

夫:お~! そんなに変わるんですね。

先生:住宅ローンの金利は残高に比例するので、残高が多い時期の金利が低ければ負担も減ります。11年目から金利がアップしますが、そのころには子育ての負担が減ってより働けるようになっているのでは? そうすると収入も今よりも上がっているかもしれません。

毎月の返済額は以下のようになりますね。

※元利均等方式とは、毎回の返済額が返済中一定額から変動しない方式のこと Aさんファミリーの返済額月額試算

※元利均等方式とは、毎回の返済額が返済中一定額から変動しない方式のこと
Aさんファミリーの返済額月額試算

妻:今の家賃よりも全然安い! これなら貯金ももっとできるし、家計も楽になるかも。

先生:住宅を購入してしまえば、実は家計における住宅費の支出は下げられます。ただ、私の提案はこれで終わりではないのです。

4人:えっ?

住宅ローン控除を最大限活用するなら、自己資金はとっておく!

先生:住宅ローン控除を利用します。住宅ローン控除は10年間、住宅ローンの残高の1%が所得税から還元される制度で、最大で10年間、毎年40万円が所得税から還ってくるのです。さらに長期優良住宅なら10年間で最大500万円まで控除が受けられます。住宅ローン控除をフルに活用するなら、住宅ローンはギリギリまで借りてもいいのです。もちろんそもそも所得税を40万円以上払っていないと戻るものもないですけど。

夫:いやあ、そうは言っても借りるお金は少ないほうがいいでしょう?

先生:住宅ローン控除は住宅ローンの残高で還元額が決まります。住宅ローンで3500万円の融資を受ければ35万円が還ってきますが、3700万円の融資なら、37万円が還ってくるんですよ。これが10年間積み重なれば20万円近い差になります。

夫:でもその分融資の金額が多くなるので、毎月の返済やそれに伴う金利も増えますよね?

先生:確かにその考え方も間違いではありません。しかし3700万円の融資を受ければ、頭金の200万円は手元には残るはずです。その200万円を繰り上げ返済で有効活用するのです。

妻:どういうことですか?

先生:はい、今回のプランだと11年目から金利が1.37%になり、住宅ローン控除が受けられなくなるので、大幅に住居費の負担が増えます。そこで11年目に入る前に貯めていた200万円を使って繰り上げ返済を行えば、11年目からの負担を軽減できます。

借り入れた金額を示したシミュレーション表をご覧ください。

ホームローンドクター淡河先生が作成したAさんファミリーの住宅ローン返済シミュレーション。4パターンの借入金ごとに、金利総支払額がどう変化するかを試算

ホームローンドクター淡河先生が作成したAさんファミリーの住宅ローン返済シミュレーション。4パターンの借入金ごとに、金利総支払額がどう変化するかを試算

夫:えっ?3700万円を借りたほうが金利の支払額は少なくなるんですか?

先生:はい、頭金を多く用意するよりも、借入金を増やして住宅ローン減税を活用するほうが、最終的な支払い額は少なくなるという逆転現象がここでは発生しています。借入金を増やすことをリスクと考える方は多いのですが、実は逆に頭金を多く支払うほうが出費が増えることもあるのです。
今回のシミュレーションでは、金利支払額にそれほど大きな差は出ていませんが、住宅ローン減税の効果は所得によっても異なります。そのため、いくら借りればいいのかを検討するうえでは、数パターンのシミュレーションを行って、具体的な金額を出してみることが大切です。

妻父:なるほど。ただ、それまで200万円に手を付けないでおくのが大変そうだ。できるか? 二人とも。

夫:そこはもう信じてください! やります!

先生:この返済方針のポイントは繰り上げ返済ですから、いかに貯蓄しておくかがポイントです。もし使ってしまう可能性があるなら、定期預金などにして簡単に引き出せない形にしておくのもいいでしょう。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

「自由に使えるお金(フリーキャッシュフロー)」を収入の5%確保しよう

夫:これでなんとか家も建てられそうです。ありがとうございました!

先生:いえ、実はまだ重要なことが残っています。そもそも、今回の借入額で、月々の返済額で大丈夫なのか? それを考えるうえで「フリーキャッシュフロー」が大事になってくるので、最後にお伝えします。

妻:フリーキャッシュフローって、なんですか?

先生:生活の質を高めるために自由に使えるお金のことです。現在の家計の中の「自由に使えるお金」は、いくらぐらいでしょうか?

妻:月によって多少変わりますけど、だいたい3万円ぐらいですかね……。

先生:フリーキャッシュフローは最低でも年収の5%は欲しいです。Aさん夫妻の場合は年収620万円だから、5%は31万円、1カ月当たり2.58万円。現在の3万円はそれを上回っているのでOKですね。教育費はどの程度貯まっていますか?

妻:子ども2人、それぞれに300万円ずつ貯めています。

先生:それは素晴らしいですね。でも中学から私立に行くつもりがあるなら、引き続き頑張らないといけませんね。
それでは、今の情報をもとに家を購入した後のフリーキャッシュフローの計算をしてみましょう。

(イラスト/松元まり子)

(イラスト/松元まり子)

先生:毎月の余剰資金の3万円と家賃の12.5万円、そして積み立てている教育費から住宅ローンの返済額と固定資産税、家の修繕費、さらに今後の教育積立金を引いてください。

夫:えっと……固定資産税や修繕費ってどれくらいになるんですかね?

先生:固定資産税は横浜市に新築を建てるのであれば毎月1万円ほど、積立修繕費も後々の外壁や屋根の塗装、その他設備の交換を考えれば1万5000円ほど必要ですね。

夫:え!けっこう必要なんですね。家賃よりローンの返済額の方が安くなると思っていましたが、あまり余裕ないな……。教育費としては毎月3万円貯めていますね。今後も同じペースです。

先生:
3万円(余剰資金)+12.5万円(家賃)+3万円(教育費)-10万円(住宅ローン)-1万円(固定資産税)-1.5万円(積立修繕費)-3万円(教育費)=3万円ですね。

フリーキャッシュフロー
3万円×12カ月=36万円÷年収620万円×100=約5.8%。

年収の5%以上をフリーキャッシュフローとして貯蓄できているのであれば、最低限必要な貯蓄額には達していると思います。

夫:よかったー!

先生:将来的には10%以上の額になるようにしていただければと思います。フリーキャッシュフローは生活の余裕として充てられるお金でもありますし、また老後の生活資金としての備えにもなります。

夫・妻:はい、なんとかローンが借りられて、将来の見通しも立ちそうです。今日はありがとうございました!

夫1人で融資がおりなければ、妻の父と二世代でローンを組む、【フラット35】の優遇制度を最大限活用する、そして住宅ローン控除を活用するために、あえて融資額を増やすことで総合的な返済が減るということなど、知っているのと知らないのでは大きな出費の違いになります。また、そもそも自分たちが組む予算はこれでいいのか? 借りた後余裕がなくなって生活に困るということにならないのか? そんなことをチェックするためにも、「月々の自由に使えるお金」を確保したうえで、住宅ローンを組むことが大切になってきます。

s-淡河 範明淡河 範明 ホームローンドクター
日本興業銀行、エル・ピー・エル日本証券を経て、住宅ローン専業コンサルティング会社であるホームローンドクター株式会社を設立。利用者の立場にたち、住宅購入時の資金計画、住宅ローンの選び方を新しい方法で提案している。著書に『住宅ローンを賢く借りて無理なく返す32の方法』『住宅ローン借り換えマジック』などがある。

上野や浅草が徒歩圏内! 地元カフェオーナーと台東区「入谷」の魅力を探索してみた

東京の下町、台東区入谷。観光客でにぎわう浅草や上野に隣接するエリアだ。近隣のメジャーな街の陰に隠れがちで、ややマイナーな印象だが、いったいどんな街なのだろうか? 入谷をよく知るガイド役とともに、街を歩いてみた。
地元カフェオーナーと歩く入谷今回のガイド役は入谷で昔ながらの玩具を取りそろえる「空想カフェ」を営む神谷さん(写真撮影/小野洋平)

今回のガイド役は入谷で昔ながらの玩具を取りそろえる「空想カフェ」を営む神谷さん(写真撮影/小野洋平)

今回、街を案内してくれるのは代々、入谷に住み続ける神谷僚一(かみや・りょういち)さん。神谷さんは、かつて玩具の街として栄えた地元の歴史を後世に残すため、入谷で昔ながらの玩具を取りそろえる「空想カフェ」を営んでいる。

さっそく、街を案内していただこう。

……と思ったら、開始早々、近所にある老舗の煎餅(せんべい)屋さん「花見煎餅」に立ち寄る神谷さん。まずは顔なじみの店主に、入谷の魅力について聞き込みをしてくれるようだ。

昭和28年創業の老舗。ちなみに「空想カフェ」ではコーヒーのお供にこちらの煎餅を添えている(写真撮影/小野洋平)

昭和28年創業の老舗。ちなみに「空想カフェ」ではコーヒーのお供にこちらの煎餅を添えている(写真撮影/小野洋平)

花見煎餅の店主さん「入谷って、今どんどん新しいマンションが建っているんですよ。これから歩けば分かると思うけど、浅草や上野に比べて落ち着いているし、生活にも便利な環境だから住みやすいんじゃないかな」

なるほど、これは散歩ががぜん楽しみになってきたぞ。

入谷駅前のマンション群(写真撮影/小野洋平)

入谷駅前のマンション群(写真撮影/小野洋平)

確かに店主さんの言うとおり、駅周辺、特に入谷駅前を走る昭和通り沿いには多くのマンションが立ち並んでいた。

花見煎餅の店主さん「昔、入谷には婚礼家具を扱う家具屋さんが多かったんです。でも、時代とともに需要が減っていき、今ではその跡地にマンションが建つようになりました」

昭和通りを越えた根岸方面にも建設中のマンションが(写真撮影/小野洋平)

昭和通りを越えた根岸方面にも建設中のマンションが(写真撮影/小野洋平)

マンションが増え、若いファミリーも増えているという入谷。神谷さんいわく、入谷は新入りにやさしい街だという。

神谷さん「入谷は朝顔市に代表されるお祭りが多いんですけど、新しい住民ってなかなか参加しづらいじゃないですか? そんなときは昔から住んでいる大家さんに町会を紹介してもらえばいいんです。というのも、この辺りは代々営んできた商店をたたみ、マンションを建てたケースが多いんです。街との結びつきが強い大家さんが、地元になじむきっかけをつくってくれると思いますよ」

下町には世話好きが多いとウワサに聞くが、入谷にもその文化はしっかり根付いているようだ。

入谷は、浅草・上野の「隠れ家的存在」?

隣の浅草には観光客向けの飲食店や土産物店が多いが、入谷は生活のための商店がしっかりそろっている印象を受けた。街中のスーパーでは近隣に住む高齢者のために、購入した商品の宅配サービスを行っているそうだ。高齢者も多く暮らす地域に根差した、地元スーパーならではの心遣いである。

地域住民御用達のスーパー「ココスナカムラ」(写真撮影/小野洋平)

地域住民御用達のスーパー「ココスナカムラ」(写真撮影/小野洋平)

昔ながらの家並みが残っているのも入谷の魅力。歴史を感じさせる酒屋さんの隣には、これまた味わい深い看板の薬局が(写真撮影/小野洋平)

昔ながらの家並みが残っているのも入谷の魅力。歴史を感じさせる酒屋さんの隣には、これまた味わい深い看板の薬局が(写真撮影/小野洋平)

街のメインストリートでもある金美館通りには、新しい飲食店や、ドラッグストア、100円ショップも点在していて日々の買い出しに重宝しそう。なお、病院や保育園などの施設も徐々に増やしていく動きがあるそうだ。

ここで神谷さん、「休憩ならここがオススメです」と立ち止まった。「ジァン」という喫茶店で、行きつけだという。

9時から営業する「ジァン」には朝から足を運ぶという(写真撮影/小野洋平)

9時から営業する「ジァン」には朝から足を運ぶという(写真撮影/小野洋平)

コーヒー好きが高じて自らカフェを始めてしまった神谷さんだけに、気になった喫茶店には必ず立ち寄るそう。こちらも散歩中に見つけたのだとか。

コーヒー350円。サンドイッチ1個250円(写真撮影/小野洋平)

コーヒー350円。サンドイッチ1個250円(写真撮影/小野洋平)

静かな店内。コーヒーも薫り高く美味で、これは何時間でも入り浸ってしまう……。こうしたお店の存在も含め、にぎやかな周囲の街からエスケープできる場所が充実している。入谷って、なんだか隠れ家っぽい感じがする。

周囲の街の「おいしいところ」を享受できる

神谷さん、今度は上野方面に向かって歩き始めた。
神谷さん「入谷の魅力って、となりの街の良さを享受できるところだと思うんです。上野・浅草はもちろん、鶯谷の周辺にも安くておいしい定食屋やラーメン屋、居酒屋が多い。ちょっとした散歩が、本当に楽しいんですよ」

鶯谷駅に続く橋からは電車が眺められる(写真撮影/小野洋平)

鶯谷駅に続く橋からは電車が眺められる(写真撮影/小野洋平)

鶯谷駅を通過し、東京国立博物館の脇を抜けて、たどり着いたのは上野恩賜公園の大噴水。入谷駅からは15分ほどの距離である。

30分間隔で噴水の形が変わり、夜はライトアップされる(写真撮影/小野洋平)

30分間隔で噴水の形が変わり、夜はライトアップされる(写真撮影/小野洋平)

神谷さん「上野公園にも歩いて行けるんですよ。園内では毎週末のようにイベントをやっていますし、夏は子どもたちが噴水で遊べるので親子連れにはもってこいです」

一方、上野と逆方向に歩くと浅草。こちらも徒歩圏内だ。

調理道具などを取り扱う店舗が並ぶ合羽橋(写真撮影/小野洋平)

調理道具などを取り扱う店舗が並ぶ合羽橋(写真撮影/小野洋平)

神谷さん「合羽橋というと調理器具のイメージですが、じつは食料品も豊富なんです。僕も散歩がてら、ここで買い出しすることも多いですよ」。ちなみに歩くのがしんどければ、バスを使うのも手。台東区内を循環するバス「めぐりん」は東西南北を網羅する4路線が運行。運賃も100円と安い! 

レトロなカラーリングがかわいい「めぐりん」(写真撮影/小野洋平)

レトロなカラーリングがかわいい「めぐりん」(写真撮影/小野洋平)

入谷の家賃相場は?

最後に気になる家賃相場をチェックしてみよう。入谷駅の一人暮らし向け賃貸物件の家賃相場は9.0万円。そこそこイイ金額だが、日比谷線のほかJR鶯谷駅も使える交通利便性や暮らしやすさ、環境の良さを考慮すると納得である。

というわけで、街歩きで見えてきた入谷の特徴をまとめると……

・世話好きが多く、新しい住民もなじみやすい
・昔ながらの味わい深い街並みは残しつつも、新しいマンションが増えている
・生活のためのお店がしっかりそろい、隠れ家的な喫茶店・カフェも多い
・浅草や上野など、徒歩圏内に魅力的な街が多い

改めてふりかえると、入谷はじつに「歩き甲斐のある街」だった。昭和通りを一本入った住宅街には古い民家や寺社なども多く、渋い銭湯も見受けられた。また、古民家を改装したようなカフェもあり、歩けば歩くほど、新しい魅力を発掘できる。街を探索し、深掘りしていく楽しみにあふれているのだ。長く暮らすほど好きになる、そんな街じゃないだろうか。

●調査概要
【調査対象駅】入谷駅
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、面積10平米~40平米、築年数35年以下、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2018年3⽉1⽇~2018年5⽉31⽇
【家賃の算出⽅法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む⽉額賃料から中央値を算出

赤羽VS川口、葛西VS浦安 川を越えると家賃は下がる? 東京の端VSとなり街を調査してみた

東京へは毎年多くの人が移り住む。利便性もさることながら、東京に住むこと自体に憧れを抱く人もいるのではないだろうか? しかし、その人気ゆえ必然的に家賃も高くなる。
もし、東京というステータス(?)にさほどこだわりがないのであれば、「東京のとなり街」に住むという選択肢もアリなのではないだろうか? 都心の利便性を享受しつつ、県境を一歩越えるだけで家賃もグッと安くなったりするものだ。おそらく住み心地だって、そう大きくは変わらないのでは?
そこで、東京の端っこに位置する街とそのとなり街を実際に歩き、両街の「生活環境」を比較してみることにした。
【埼玉編】赤羽(東京の端っこ)VS川口(そのとなり街)

というわけで、今回は埼玉寄り、千葉寄り、神奈川寄りの東京の端っこの街と、それぞれのとなり街を比較してみようと思う。
まずは、東京都北区の「赤羽」と、そのとなり街にあたる埼玉県「川口」をチェックしていく。

■「赤羽」(東京の端っこ)の生活環境は?

赤羽を代表する飲み屋ストリート「一番街」(写真撮影/小野洋平)

赤羽を代表する飲み屋ストリート「一番街」(写真撮影/小野洋平)

荒川を隔てて埼玉県に接する東京都北区赤羽。ディープな飲み屋がひしめいているイメージだが、実は生活利便性も優れている。今年の「SUUMO住みたい街ランキング」では19位、「SUUMO穴場だと思う街ランキング」では2位に輝いた。

赤羽駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

赤羽駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

まず、特筆すべきは買い物環境の充実ぶり。飲食店や雑貨店が入る駅中の「エキュート赤羽」や駅直結のショッピングセンター「ビーンズ赤羽」、さらには「赤羽アピレ」、「ビビオ」、「イトーヨーカドー赤羽店」など、多種多様なショッピング施設が駅前に大集結しているのだ。

赤羽駅東口駅前(写真撮影/小野洋平)

赤羽駅東口駅前(写真撮影/小野洋平)

また、駅徒歩5分圏内にはドラッグストアや100円ショップ、八百屋、魚屋もあり、買い物の選択肢は多様だ。仮にひいきにしているスーパーが閉店してしまったとしても、第二、第三の選択肢があるのは心強い。

赤羽公園近くのマンション群(写真撮影/小野洋平)

赤羽公園近くのマンション群(写真撮影/小野洋平)

住環境はどうだろう。一番街周辺には一人暮らし向けのマンションやアパートが多い印象。一方、東口の繁華街を抜けると、ファミリー向けのマンションが立ち並び、静かな住宅エリアとなっている。周辺には、荒川の河川敷や赤羽自然観察公園もあり、豊かな自然環境も魅力だ。

赤羽駅のホーム(写真撮影/小野洋平)

赤羽駅のホーム(写真撮影/小野洋平)

そして、なんといっても最大の魅力は抜群の交通アクセス。JR京浜東北線、埼京線、湘南新宿ラインなど複数路線が利用でき、乗り換えなしで池袋まで10分、新宿まで16分、東京まで19分だ。赤羽駅から10分ほど歩けば、南北線の赤羽岩淵駅も利用可能。さらに都内からの終電時間は遅く、池袋からは深夜バスが出ている。深い時間まで足があるのは有難い。

そんな赤羽の家賃相場だが、シングル向けの部屋(ワンルーム・1K・1DK 以下同)で7.7万円。ここ数年、テレビドラマの舞台になるなど注目を集めたこともあり、若干お高めの相場観である。

■「川口」(東京のとなり街)の生活環境は?

川口駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

川口駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

一方、こちらは赤羽のとなり街、川口。埼玉きってのベッドタウンだ。ちなみに、家賃相場は7万円ジャスト。赤羽からたった一駅なのに7000円もの差である。これが東京の壁なのか……。

さっそく駅前を見てみよう。

川口駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

川口駅西口駅前(写真撮影/小野洋平)

まずは、高層マンションが建ち並ぶ西口。十数年前から街の再開発が進んだ結果、街中の道幅は広く、街路樹も整備されて心地よい景観。全体的に穏やかな雰囲気が漂っている。

川口駅西口ロータリー。花壇の手入れも行き届いている(写真撮影/小野洋平)

川口駅西口ロータリー。花壇の手入れも行き届いている(写真撮影/小野洋平)

川口駅東口駅前(写真撮影/小野洋平)

川口駅東口駅前(写真撮影/小野洋平)

一方、反対側の東口は一大商業エリア。赤羽に負けない充実ぶりだ。特に、老舗百貨店の「そごう」をはじめ、ジムやエステなどが入った「キャスティ」、図書館や保育園が入った「キュポ・ラ」など、大型ショッピング施設が目を引く。

さらに、かつて川口の一大産業だった鋳物工場の跡地には「イオンモール川口前川」「ララガーデン川口」「アリオ川口」「ミエルかわぐち」など、多くのショッピングモールも誕生している。

東口のペデストリアンデッキ。大型商業施設が点在する(写真撮影/小野洋平)

東口のペデストリアンデッキ。大型商業施設が点在する(写真撮影/小野洋平)

駅前の各商業施設は西口と東口を結ぶペデストリアンデッキで行き来することができ、バス乗り場にも簡単にアクセスができて便利だ。

東口に設置されたバス専用の掲示板(写真撮影/小野洋平)

東口に設置されたバス専用の掲示板(写真撮影/小野洋平)

バス路線も充実している川口らしく、バスの運行情報をぎゅっと集めた専用コーナーも設けられていた。

鉄道アクセスは赤羽に劣るものの、買い物環境や街の発展度などは川口も負けていない。家賃の安さを考えれば、「東京のとなり街」である川口に住むのもアリだろう。

【都心までのアクセス比較】
・赤羽―池袋 10分・154円
・川口―池袋 20分・165円

【家賃相場比較】
・赤羽駅 7.7万円
・川口駅 7.0万円【千葉編】葛西(東京の端っこ)VS浦安(そのとなり街)

続いて、(千葉寄りの)東京の端っこ「葛西」と、そのとなり街である「浦安」(千葉県)を比較してみよう。

■「葛西」(東京の端っこ)の生活環境は?

葛西駅前のバスロータリー(写真撮影/小野洋平)

葛西駅前のバスロータリー(写真撮影/小野洋平)

東西線が発着する葛西駅は環七通り沿いに位置しており、駅前には広々と開放的な空間が広がっている。羽田空港や東京ディズニーランドへのバス便もあり、アクセス環境はなかなか充実しているようだ。

ちなみに、葛西には友人が住んでいる。せっかくなのでお話を聞いてみた。

葛西在住歴4年のHさん(写真撮影/小野洋平)

葛西在住歴4年のHさん(写真撮影/小野洋平)

「葛西に住むなら自転車かバスの移動が便利だと思います。駅前に大きなショッピング施設はないんですが、街中には24時間営業のスーパーや安い飲食店がけっこう点在しているんですよ」

高架下の商店街「メトロセンター葛西」。書店やスーパー、飲食店が並ぶ(写真撮影/小野洋平)

高架下の商店街「メトロセンター葛西」。書店やスーパー、飲食店が並ぶ(写真撮影/小野洋平)

Hさんの証言通り、これといった商店街や大型商業施設はないものの、駅周辺や住宅街に近いエリアにひと通りのものはそろっていた。旧江戸川の河川敷も近く、そのまま南へ3kmほど下ると葛西臨海公園へ行ける(自転車なら15~20分程度)。ランニングや散歩コースとしてもちょうどいい距離感だ。家賃相場も6.7万円と、先ほどの赤羽と比べて1万円安い。

■「浦安」(東京のとなり街)の家賃相場は?

浦安駅南口(写真撮影/小野洋平)

浦安駅南口(写真撮影/小野洋平)


旧江戸川を越えて千葉県に位置する浦安駅はどうだろうか。駅前にはビルが点在していて、葛西よりもギュっと商業エリアが密集している感じだ。高架下には「浦安メトロ・グルメショッピングセンター」があり、居酒屋を中心にさまざまな飲食店が集まっている。

メトロセンターの飲食街(写真撮影/小野洋平)

メトロセンターの飲食街(写真撮影/小野洋平)

また、駅近くの南口商店会には24時間営業のスーパーや100円ショップ、カラオケなどが。生活のための買い物や外食、遊びまで駅周辺で完結するコンパクトさは魅力的だ。駅徒歩3分の場所には「浦安魚市場」もあり、プロが目利きした新鮮な魚が手に入る。スーパーではなかなかお目にかかれない珍しい魚や高級魚も買えるので、料理好きには重宝するだろう。

首都高速へ続く、やなぎ通り(写真撮影/小野洋平)

首都高速へ続く、やなぎ通り(写真撮影/小野洋平)

駅前の商業空間を抜けると、幹線道路「やなぎ通り」が走り、このあたりには住宅も点在している。

あくまで筆者の所感ではあるが、駅前に関しては浦安の方がお店が多い印象だ。これで家賃も安ければと思ったが、東西線の快速が停車することもあってか、相場は6.8万円でなんと東京の葛西よりも1000円高いという結果に。とはいえ、快速も停まり、駅前の充実ぶりや市場の存在、さらには葛西と同様に江戸川が至近の自然環境などを考慮すれば、なかなかリーズナブルであるといえる。

【都心までのアクセス比較】
・葛西―大手町 20分・195円
・浦安―大手町 23分・237円

【家賃相場比較】
・葛西駅 6.7万円
・浦安駅 6.8万円おまけ:【神奈川編】町田(東京の端っこ)VS相模大野(東京のとなり街)

ちなみに、神奈川寄りの東京の端っこである「町田」と、そのとなり街「相模大野」もチェックしてみた。

こちらは「町田」の駅前通り。駅前の商業施設は充実している。家賃相場は6.1万円(写真撮影/小野洋平)

こちらは「町田」の駅前通り。駅前の商業施設は充実している。家賃相場は6.1万円(写真撮影/小野洋平)

一方、こちらは「相模大野」。駅ビル「ステーションスクエア」にはスーパーや飲食店、ドラッグストア、家電量販店などが入っている。さらに、北口には「伊勢丹」、「モアーズ」、そして約180店舗が入る商業施設「ボーノ」も。買い物環境は町田と遜色ない印象。家賃相場は5.1万円と1万円安い(写真撮影/小野洋平)

一方、こちらは「相模大野」。駅ビル「ステーションスクエア」にはスーパーや飲食店、ドラッグストア、家電量販店などが入っている。さらに、北口には「伊勢丹」、「モアーズ」、そして約180店舗が入る商業施設「ボーノ」も。買い物環境は町田と遜色ない印象。家賃相場は5.1万円と1万円安い(写真撮影/小野洋平)

【都心までのアクセス比較】
・町田―新宿 38分・370円
・相模大野―新宿 41分・370円

【家賃相場比較】
・町田 6.1万円
・相模大野 5.1万円

というわけで今回3つのエリアを比較してみたが、赤羽VS川口は交通利便性は赤羽に軍配が上がったが、商業施設はどちらも充実しており、家賃相場は赤羽が7000円高いという結果に。町田VS相模大野は、どちらも商業施設が充実しているものの、相模大野のほうが家賃は1万円も安い。しかし葛西VS浦安は、浦安の方が1000円家賃が高いことが判明。川を越えればどこでも家賃が下がる、というわけではないのだ。

もちろん都心までの距離、移動時間やそれに伴う交通費は川を越えた方が遠くなるが、
無理に東京にこだわらなくても、街の雰囲気や家賃相場によっては、「東京」のとなり街を選ぶのもありだと思う。

●調査概要
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米~40平米 、定期借家のぞく 、住戸名寄せあり、管理費込み、ワンルーム/1K/1DK、築35年以下、物件数11件以上
【調査期間】2018年3⽉1⽇~2018年5⽉31⽇
【家賃の算出⽅法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を除く⽉額賃料から中央値を算出(随時更新のため、物件数は変動の可能性があります)
【乗車時間の算出方法】『Yahoo!乗換案内』を使用。2018年6月20日時点で「2018年7月2日(月)8:30までに都心駅に到着」を指定し検索した結果。(列車種別ごとに乗車時間は算出していません)

理想をかなえた!マイホーム実例[1] 子どもたちが回る・踊る、のびのび育てるスキップフロアの一戸建て

「家を買ったら、○○したい!」――マイホーム購入を通じて、そんな理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
第1回は「子どもたちが階下への音を気にせずに、のびのびと走り回れる家に住みたかった」と話すKさんファミリーのお宅にお邪魔しました!【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢を膨らませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。実現したかったのは「子どもたちが思いっきり遊べる家」

玄関のドアを開けると同時に「わぁっ!」と思わず高い声を上げたカメラマンと私。「WELCOME!」の文字が躍るチョークアートの黒板が迎えるKさんファミリーの住まいは、東京都大田区の住宅街の中にあります。40代の夫と妻、11歳・8歳・4歳になる3人の女の子たちの5人家族です。

玄関を入るとまず目に入る壁一面のチョークアートには「THERE’S NO PLACE LIKE HOME(わが家が1番!)」の文字が。家を建てた年と、家族全員の名前と一緒に記されている(写真撮影/片山貴博)

玄関を入るとまず目に入る壁一面のチョークアートには「THERE’S NO PLACE LIKE HOME(わが家が1番!)」の文字が。家を建てた年と、家族全員の名前と一緒に記されている(写真撮影/片山貴博)

Kさん夫婦は、もともと結婚したときに購入した中古マンションをリノベーションして住んでいました。ところが、子どもたちが生まれて大きくなるにつれ、下の階に住む人から「ドンドンしないで」という苦情が頻繁にくるようになり、早く引越したいという気持ちが高まっていったそうです。

「ほかの子と遊ぶときでさえ、娘たちが音を立てないように気をつかって遊んでいる様子を見て、子どもたちが存分に動き回れる一戸建てに住みたいと考えるようになりました。できれば自分たちの家を建てたいと何年もかけて土地を探していたのですが、都内の土地は価格も高く、なかなか手が出ずに悩んでいたんです。そんな私たちを見かねて、近くに住む父が『ここに建てたら?』と、もともと古いアパートが建っていたこの土地を譲ってくれたのです」(Kさん夫婦、以下同)

子どもたちがゆるやかに上り下りできる「スキップフロア」の家に

――お父様から土地を譲り受け、家族の新しい家を一から建てられるとなったとき、どんな家にしたいと考えたのでしょう?

「中古マンションをリノベーションした経験から、次に住まいをつくるときには仕様に制約があるメーカーさんの施工は避けたいと思っていました。ハウスメーカーの施行例もいろいろ見に行ったのですが、やはり自由度を重視したいと思って、設計士さんに依頼しようと。

最初に設計士さんから『どんな家にしたいかイメージを聞かせてくださいね』と言われたので、インターネットでいろいろ調べました。そのなかでスキップフロアの画像を見つけて、こんな一段ずつ上がったところで子どもたちが舞台のように踊る場所があったら楽しいな、と思ったんです」

「スキップフロア」は、同じ空間の中で少しずつ段差をつけ「中2階」や「中3階」を設ける方法です。段差の下に収納を設けられたり、2階建てでも3層以上を確保できるため、空間を無駄なく使うことができる、視覚的に広く見える、というメリットがあります。

階段が玄関からリビングを抜け、家全体をぐるりと取り囲むようにらせん状に伸びている(写真撮影/片山貴博)

階段が玄関からリビングを抜け、家全体をぐるりと取り囲むようにらせん状に伸びている(写真撮影/片山貴博)

――家族全員が使用するリビングとは別に、スキップフロアの最上階には子どもたち専用のリビングがあるそうですね

「はい、子どもたちが全員女の子なので、小さいうちはここで一緒に遊んでほしいと思っています。大きくなったら、この子どもリビングに壁を追加して3部屋設け、それぞれ独立した子ども部屋にできるように設計してもらいました」

中3階、階段の一番奥にある「子どもリビング」(写真撮影/片山貴博)

中3階、階段の一番奥にある「子どもリビング」(写真撮影/片山貴博)

子どもリビングと並んでつながる寝室。現在は1部屋に入口が2つある状態だが、将来的には壁で仕切り、独立した子ども部屋にできるように設計されている(写真撮影/片山貴博)

子どもリビングと並んでつながる寝室。現在は1部屋に入口が2つある状態だが、将来的には壁で仕切り、独立した子ども部屋にできるように設計されている(写真撮影/片山貴博)

収納を1階にまとめて、家族とお客さまの動線を意識した玄関

――間取りについて工夫をした点はほかにありますか?

「実はさっき上がっていただいた玄関のところなのですが、入口が二手に分かれるんです。このメインの入口はお客様用の入口、もうひとつ左脇に入ると家族用の入口で、そこは直接シューズクローゼットとウォークインクローゼットに入れるようになっています。ここで靴や上着をすぐに脱ぎ着できるようになっています」

左から手前がお客様用の玄関となるルート、左手奥にあるドアからつながる右のウォークインクローゼットにつながるルートが家族用(写真撮影/片山貴博)

左から手前がお客様用の玄関となるルート、左手奥にあるドアからつながる右のウォークインクローゼットにつながるルートが家族用(写真撮影/片山貴博)

玄関脇から入る大容量のシューズクローゼット兼ウォークインクローゼット。家族全員の300着以上の衣類と50足以上の靴がほぼ、ここに収納されている(写真撮影/片山貴博)

玄関脇から入る大容量のシューズクローゼット兼ウォークインクローゼット。家族全員の300着以上の衣類と50足以上の靴がほぼ、ここに収納されている(写真撮影/片山貴博)

先ほど玄関から入ってきたときには気づきませんでしたが、ブラックボードの裏は、こんなに大容量のウォークインクローゼットになっていたんですね! 有孔ボードにたくさんの帽子がディスプレイされていてとってもおしゃれです。

「この有孔ボードは『フックを引っ掛ければ自由にバッグや帽子をかけることができて便利ですよ』と設計士さんが提案してくれたものです。確かに好きなものを楽しく飾れますし、ぱっと見で何がどこにあるのかを見つけることができるのでとても重宝しています。もっと引っ掛ける帽子を増やそうと思っているところです」

夫婦でお店を回って見つけた、こだわりのインテリアグッズ

――ご夫婦、とってもおしゃれですもんね。玄関を入ったときにも思ったのですが、インテリアのポイントになっているベンチやドライフラワー、アンティークの額などはご自身で購入されたものですか?

「はい、2人でインテリアショップを回って見つけたものばかりです。結構安くてオシャレなアンティークグッズを売っているお店があって、例えばリビングのテーブルとして使っているもの、実はあれ、大きなヴィンテージのトランクなんですよ」

――わ、本当ですね! トランクの持ち手があります! 先ほどからダイニングでお話をうかがっていて、このダイニングテーブルの上のペンダントライトがかわいいな、と気になっていたんですが、これもご夫婦が選ばれたんですか?

ダイニングテーブルの上には細長い形のおしゃれなペンダントライトを3つ並べて(写真撮影/片山貴博)

ダイニングテーブルの上には細長い形のおしゃれなペンダントライトを3つ並べて(写真撮影/片山貴博)

2階の洗面脱衣室の上にも「PRIVATE」のペイントが施されたペンダントライトが(写真撮影/片山貴博)

2階の洗面脱衣室の上にも「PRIVATE」のペイントが施されたペンダントライトが(写真撮影/片山貴博)

「ライト類は全て自分たちで選んで購入して、工事のときに付けてもらいました。このダイニングキッチンのシンクもそうですが、私が一番こだわっていたのが洗面所に使用しているアメリカのKOHLER(コーラー)社のシンクです。これをどうしても使いたいと設計士さんに相談をしたら、せっかくだから全てKOHLER社のもので統一しませんか、と提案してくれました。このアイランドキッチンも私たちの好みに合わせてオリジナルでつくってもらって」

KOHLER社のシンクを中心にオリジナルで造作されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

KOHLER社のシンクを中心にオリジナルで造作されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

洗面所にKOHLER社のシンクと、変形タイルを使うことがKさん夫婦の外せないこだわりだった(写真撮影/片山貴博)

洗面所にKOHLER社のシンクと、変形タイルを使うことがKさん夫婦の外せないこだわりだった(写真撮影/片山貴博)

無垢材とアクアレイヤーで、一年中春のような心地よさ

――先ほどからこのキッチンの木の温かみとペイントの色が素敵だなと思っていました! 全体的に壁や床も、木を意識的に使われていますよね

「ええ、床に無垢材使いたい、というのはマストの要望でした。子どもたちが裸足で走り回って気持ちいい床であること、また年月が経ったときに使用感がちゃんと『味』になる素材を選びたいと思っていました。ほら、玄関の壁の部分を見ていただくと、木と木の間が黒い線のように見えるでしょう? あれも建てたばかりのときは閉じていたんですよ。設計士さんが『時間が経つにつれて少しずつ木が縮んで、ランダムに線が入って味になっていきますよ』とおっしゃっていたんですが、本当にそうなってきました(笑)」

ドライフラワーが飾られる壁の板には少しずつ隙間ができて黒い線のように。床の無垢材と組み合わせ、ナチュラルで優しい印象になっているところを黒の手すりが引き締めている(写真撮影/片山貴博)

ドライフラワーが飾られる壁の板には少しずつ隙間ができて黒い線のように。床の無垢材と組み合わせ、ナチュラルで優しい印象になっているところを黒の手すりが引き締めている(写真撮影/片山貴博)

――壁や床など、構造にかかわるところでほかに工夫されたところはありますか?

「今は暖かい季節なので使用していませんが『アクアレイヤー』という床下の水の袋で蓄熱する床暖房を入れています。これも設計士さんから『1年中春のように気持ちが良いですよ』と勧めてもらって取り入れました。電気代が割安な夜の間に熱をため込んで、日中はその余熱で暖かく過ごせるという仕組みの床暖房です。

とても優しい暖かさなので毎日違和感なく過ごしていたんですが、年末に旅行に出かけたときに電源を切ったことがあるんです。それまでは毎日暖かいことが当たり前だったので気づかなかったのですが、旅行から帰ってきたときの家のあまりの寒さに、この床暖房のすごさを感じました」

至るところにKさん夫婦のこだわりと「子どもたちがのびのびと健やかに育ってほしい」と願う親としての気持ちが詰まった優しい住まい。特に子どもが欲しいと考えている方や、子どもたちの成長を見守る暮らしを考えている方は、これからの住まいの参考にしていただけるのではないでしょうか。

一戸建て育ちVSマンション育ち! “そこで育った”からこそ分かる「良さ」討論会

住宅系のメディアで度々議論される「一戸建てVSマンション」。それぞれのメリット・デメリットについて、これまであまたの専門家がさまざまな知見を述べてきた。管理費やら資産運用やら、さまざまな観点は参考にはなるものの、ぶっちゃけ「実際に住んでみないと実感が湧かない」というのが正直なところではないだろうか。

では、いっそのこと専門家ではなく、実際に「そこで育った人」たちに討論させてみてはどうだろうか? 専門家が語る長所・短所ではなく、そこに暮らして大人になったからこそ分かる「良さ」を語ってもらうのだ。

そこで、今回は一戸建て、マンション、それぞれの環境で育った男女6人を招き、各々が思う魅力や子どものころの思い出を語ってもらった。
写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

集まってもらったのは「一戸建てで育った3名」と「マンションで育った3名」の計6名。それぞれ、思い出を振り返りつつ「良さ」を主張してもらうことにした。さらには、逆に相手側の「うらやましかったところ」も述べてもらおう。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

こちらは一戸建て育ちの3名。向かって左からタカダ氏、ハコちゃん、タニ氏。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

一方、マンション育ちの3名。向かって左からポインティ氏、アイハル氏、ホウキバラ氏。

育ったからこそ分かるマンションの良さ

というわけで、さっそく語っていただこう。口火を切ったのはマンションチームのホウキバラ氏。いわく、子どもにとってマンションほど魅力的な遊び場はないと語る。

【マンションの良さ・その1】子どもにとってマンションは絶好の遊び場

ホウキバラ(マンション育ち、以下、マ)「マンション住まいの利点が最大に活かされるのは、小・中学生時代じゃないかな。マンションのほうが、遊ぶ空間に恵まれていると思うんですよね」

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「ポコペン(※)って遊びがあるじゃないですか? だいたい4~5人でこぢんまりとやる遊びなんですけど、そんなポコペンもマンションを舞台にするととても壮大になります。僕がやっていたのはマンションの敷地全てをフィールドにした『サバイバルポコペン』です」

※ポコペンとは……鬼は隠れている子を探し、見つけたら所定の場所に戻り「〇〇くん、ポコペン」などと叫びながらタッチする遊び。なお、地域によってさまざまなローカルルールがある。

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

タカダ(一戸建て育ち、以下、戸)「公園じゃダメなの?」

ホウキバラ(マ)「公園だとヨコにしか広がりがないけど、マンションの場合はタテも使える。上の階から下の階の様子をうかがったり、情報を伝達したり。かけひきの楽しさもグンと上がります。ポコペンに限らず、マンションって子どもの遊びの想像力を広げてくれると思うんですよね。それでいて、どこか遠くに行かれるよりマンションの敷地内で遊んでくれたほうが親も安心できる。マンションって、小学生でも扱いきれるスケールなのがいいんですよ。もちろん、危険な遊びはダメですけど」

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【マンションの良さ・その2】やっぱり眺望は魅力!

ホウキバラ(マ)「あと、これは言わずもがなかもしれませんが、マンションの良さといったらやはり眺望です。うちの親父は『リビングから富士山が見える』という理由だけでマンションを買いました。結果的に職場まで片道2時間の通勤という代償を払うことになりましたけど、それほどまでに景色というのは人を魅了するんだなあと子どもながらに思いましたね」

ポインティ(マ)「うちも眺めは良かったな。自然豊かな場所で、窓から四季折々に風景が移ろっていく様子が眺められました。子どものころはそんなのまったく興味なかったけど、大人になってから振り返ると季節の風景が思い出にひもづいて、よりエモーショナルな気持ちになれる」

ハコちゃん(戸)「それは素直にうらやましい!」

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【マンションの良さ・その3】住民同士の属性が近く、友達ができやすい

アイハル(マ)「私がマンションで良かったと思うのは、幼なじみができたことですね」

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「確かにマンション、特に新築の場合は同じ属性の世帯が多く住んでいるから友達はできやすいし、距離的にも近いから密になるよね。僕は6階に住んでたんだけど、3階のモトちゃんと少年野球でもバッテリー組むくらい仲が良かった」

ハコちゃん(戸)「すてきな思い出」

ホウキバラ(マ)「ヒマなときにすぐピンポン鳴らしてキャッチボールしようぜって。あと、隣に住んでた子とも仲良くて、壁を挟んで向こう側がその子の部屋だった。僕が壁をドンドンってたたくと向こうもたたき返してきて、それが『遊ぼうぜ!』の合図だった。そういう気楽さはマンションならではだと思う」

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【マンションの良さ・その4】協調性や察する力など「大人力」が身につく

タニ(戸)「そういうコミュニケーションはうらやましいと思うけど、音が響くのは嫌じゃない? 隣人同士の騒音もだけど、マンションって大概ワンフロアだから家族同士のプライバシーを確保するのも難しそう」

ポインティ(マ)「まあ、家族が喧嘩してたりすると筒抜けなのは確か。うちも両親がよくケンカしてましたね、夜中に。でも、だんだん深夜ラジオみたいな感覚で聞き流すようになったけど」

タカダ(戸)「なんか達人っぽい」

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「両親の喧嘩に僕が口を挟むことはないんですけど、どっちの言い分が正しいのか分析したり、そういうことはやってましたね。丸聞こえだったがゆえに大人の事情を知ることができ、察する力とか、物事をバランスよく公平に見る力、ジャッジする力が養われたような気がします(笑)」

ホウキバラ(マ)「ポインティさんのケースはやや特殊かもしれないけど、マンションって密なコミュニティであるがゆえに『大人力』みたいなものは身につきやすいと思います。大人と触れ合う機会も多いし、協調性とかが磨かれる気がする」

アイハル(マ)「確かに、マンションだと騒音問題とかもあるけど、それはお互いさまだよねって。私が育ったマンションでも、基本的にそういう協調性をみんなが互いにもって暮らしていたと思います」

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一戸建ての良さは?

【一戸建ての良さ・その1】一戸建ての子どもはイケてる気がする

では、一方の一戸建ての良さは何だろうか? 日当たり良好な庭付き一戸建てで育ったというタカダ氏が猛然と吠える。

タカダ(戸)「まず、一戸建てって子どもにとっても何となく誇らしいよね。“一国一城”の子どもっていうプライドをもてるし、自信満々で友達を呼べる」

タニ(戸)「それは確かに。マンションと値段が同じだったとしても、根拠のない“金持ち感”みたいなものはあったね」

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「確かに、一戸建ての子どもって何かキラキラして見えたような気がする」

タカダ(戸)「そう、ちょっと中二っぽいことを言わせてもらうと、一戸建てって“主人公”っぽさがあるんですよね」

アイハル(マ)「???」

タカダ(戸)「少年漫画とかアニメの主人公って、だいたい一戸建てに住んでませんか? のび太やサザエさん一家は言わずもがな、キャプテン翼とか、タッチとかもそう。食パンかじりながら自宅を出るとか、幼なじみと2階の窓越しに行き来するとか、漫画におけるベタなシーンも一戸建てが舞台だからこそ映えると思うんですよ」

アイハル(マ)「確かに、主人公の実家がマンションってあまりない気がする……」

ホウキバラ(マ)「それは地味にちょっと悔しい」

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【一戸建ての良さ・その2】人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる

タニ(戸)「あと、さっきタカダさんがちょっと言ってたけど、人を呼びやすいってのはあると思う。一般的には一戸建てのほうが部屋がたくさんあったり、庭があったりして広いので集まりやすいし、みんなも来たがる」

ハコちゃん(戸)「私の家にも友達はよく来ていました。うちの場合は一戸建てで、なおかつ小学校が目の前だったので、余計にたまり場みたいになってましたね。おかあさんは大変だったと思うけど……。でも、来客用のお菓子は常にストックされていて、それはうれしかったな」

タニ(戸)「小学校のすぐ近くなんて、もう住んでるだけでヒーローだよね。で、友達が来てくれると楽しいのもあるけど、ホスト精神というか、おもてなしの精神みたいなものが自然と身につく気がします。マンション住まいだと大人力が磨かれると言ってましたけど、こっちはホスピタリティが養われる」

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【一戸建ての良さ・その3】思春期のプライバシーを守れる

タカダ(戸)「あと、僕はやっぱり家族同士でも互いのプライバシーは必要だと思うし、その点でも一戸建てに利がある。特に思春期のころですよね。僕は2階に子ども部屋があったので、主に1階にいた親と心理的、精神的にほどよい距離感を保つことができました。ワンフロアのマンションだと、自分の部屋はあっても家族がすぐ近くにいる感じがして落ち着かないと思います」

アイハル(マ)「親は心配だろうけど、確かに子どもとしてはある程度の距離は保ちたいですよね」

タカダ(戸)「距離って大事なんだよ。少年マガジンのグラビアを熟読してる姿とか、ゼッタイ親に見られたくない。だから、グラビアを読みつつ別のページを指で挟んでおいて、親が階段を上る足音が聞こえたら瞬時にMEGUMIから『はじめの一歩』に切り替える。そういう危機管理ができるのも一戸建てならではだよね」

ハコちゃん(戸)「……意外としょうもない話だった」

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実はマンションがうらやましかった点は?

ここまで一歩も譲らぬ両者。そこで、「互いにうらやましかった点」を聞いてみた。まずは一戸建てチームに「マンション住まいのうらやましかったところ」を聞いてみると……

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

【マンション住まいのうらやましい点】すぐに友達と集まれる

タニ(戸)「さっきホウキバラさんも話していたけど、やっぱり友達とすぐ集まれるっていうのはマンションならではの魅力だと思う。学校帰り、ランドセルを置いたらすぐマンションの1階に集合とか、そういうのはうらやましかったですね」

タカダ(戸)「確かに、遊戯王のカードがはやったときにマンションのやつらはロビーでバトルしてて、あれはうらやましかったな。風でカードもめくれないし、雨でぬれる心配もないし」

ポインティ(マ)「確かに、遊戯王はうちのマンションでもはやってました」

タカダ(戸)「ロイヤルマンションってところが主戦場になってたから、よく遠征に行ってた。だから小学生のときはまっすぐ家に帰らずロイヤルマンションに直行するっていう」

ハコちゃん(戸)「公園とかに行かなくても、マンション自体がコミュニティスペースになるからいいですよね。あと、マンションは学年関係なく仲良くなれるのがうらやましかった。一戸建てだと、家に兄妹がいないと他学年の子と絡むことはないから」

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一戸建てへの憧れポイントは?

では、マンション育ちから見た一戸建てのうらやましい点は?

【一戸建て住まいのうらやましい点】とにかく広い!

アイハル(マ)「やっぱり、何といっても『広い』ってことですね。庭で愛犬を遊ばせたり、バーベキューをしたり。マンション住みからするとキャンプ場でやるような特別なイベントを家でできるっていうのは、本当にうらやましかった」

ホウキバラ(マ)「確かに庭は憧れだった。野球少年だったから庭でティーバッティングできるとか、本当にうらやましかった。あと、同じマンションの友達の家に行くとほぼ間取りが同じなんだけど、一戸建てはすごく自由な感じがして楽しかったのは覚えてるなあ」

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一戸建てとマンション、どっちも良いけど……

というわけで、まとめると……

【マンションの良さ】
・子どもにとってマンションは絶好の遊び場
・やっぱり眺望は魅力!
・住民同士の属性が近く、友達ができやすい
・協調性や察する力など「大人力」が身につく
・すぐに友達と集まれる

【一戸建ての良さ】
・一戸建ての子どもはイケてる気がする
・人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる
・思春期のプライバシーを守れる
・シンプルに広い

ということになった。それぞれに良さがあり優劣はつけられないが、一戸建て育ちとマンション育ちでは幼少期の思い出や思春期の悩み、考え方や育ち方にも微妙な違いが生じるように感じた。専門家が語るメリット・デメリットは参考になるが、「子どもにどんな風景を見せたいか」、「どんな思い出を刻んでほしいか」といった視点も、同じくらい大事なのかもしれない。そんなことを思い起こさせてくれる討論会だった。

※今回のメリットはそれぞれの体験がもとになっているため、一戸建て、マンションともに一概には言えません