図書館のあるシェアハウス。ご近所さん、夢追い中の人、疲れた人などが多様に学び・癒やされる場所「Co-Livingはちとご」管理人・板谷さんに聞いた 茨城県水戸市

茨城県水戸市に、「Co-Livingはちとご」(以下「はちとご」)という小さな図書館を併設した住み開きシェアハウスがある。「住み開き(すみびらき)」とは、住居などのプライベートな空間の一部を開放し、さまざまな人が集う場所として共有する活動や運動、それらに使用される拠点のこと。「はちとご」や、まちに開いたコミュニティスペース「はちとご文庫」には、近隣の人だけでなく、遠方からも、多様な人が集う。「はちとご」の何が人を引き寄せるのか。この場を立ち上げ、現在も管理人として運営する板谷隼(いたや はやぶさ)さんに、話を聞くため現地を訪れた。

部屋の一部をまちに開いたシェアハウス「Co-Livingはちとご」「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

筆者が「はちとご」の存在を知ったのは、とあるプラットフォームの「はちとご」に通う大学生の投稿だった。彼が「心あたたまる空間」と表現した「はちとご」でインターネット検索をすると、関わった人たちがさまざまに語っていた。長野と東京で二拠点生活をする女性、多拠点で活動する映像クリエイター、「はちとご」在住の大学生……。共通するのは、「はちとご」が、「大切な場所」であり、「生き方に影響をもたらす場所」だったこと。

現地を訪ねると、「はちとご」は、住宅地の中にあった。「はちとご」を立ち上げた板谷隼さん(以下隼さん)は、自らシェアハウスに住みながら「はちとご」を運営している。「はちとご」が今の場所に引越してきたのは、2023年12月。もともと、「はちとご」は、同じ水戸市内の住宅で始まった。そこが手狭になり、引っ越し先を探し始め、近所のゲストハウスオーナー宮田悠司さんの紹介で、現在の物件に出会う。木造2階建ての一軒家には、かつて診療所として使われていた建物が隣接していた。「ここも使えるかも!」と一目ぼれした隼さんだったが、「もう誰にも貸す気持ちはない」と大家さんに断られてしまう。そこで、大家さんに「はちとご」を見に来てもらうことで理解を深めてもらい、宮田さんの頑張りもあって、無事承諾を得ることができた。今では、大家さんは、隼さんの良き理解者だ。

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

住宅部分をシェアハウス「はちとご」が使い、旧診療所の一部を私設図書館「はちとご文庫」として地域に開放している。シェアハウスには、現在、板谷さんを含む大学生や社会人ら住民6人が暮らしている。そのほか、「月5日住民」「月10日住民」など短期で暮らす住民が4人。足しげく通ってきて時にリビングに泊まっていく人もいる(2024年5月5日現在)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らすことで広がった生きる選択肢

大学2年生の時、引越し前の「はちとご」を知った熊谷真輝さん(大学生・22歳)は、「はちとご」で、「自分がこれから進むであろうと思われる道の外で生きている」大人たちに出会い、最初は驚いたという。

「学校生活の枠組みで生きてきたから、大人の印象は、親か先生ぐらいでした。知識を教えようとする大人が多い中、『はちとご』で出会った大人たちは、ぼくらの意見を汲み取って話を聞いてくれました」と熊谷さん。
「いろんな大人がいたんですけど、理学療法士や調理師の資格があるのにあえて定職に就いてない人だったり、大学を4年間で卒業しないで休学して自分と向き合っている先輩がいたり。大人も意思を持って、道を模索しているんだなと。何歳になってもチャレンジする姿勢を『はちとご』の12畳のスペースから、感じ取ることができて、住人になろうと思いました」(熊谷さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らして約2年になる菱田えりかさん(大学生・22歳)さんが、大学へ入学したころはコロナ禍の真っ最中で、授業のほとんどはオンラインだった。

「一人暮らしで寂しい思いをしたので、2年生からは人と関わりたいなと思って。友達から『はちとご』を教えてもらいました」(菱田さん)

しかし、当時、シェアハウスには、男性しか住んでいなかったこともあり、親に反対されてしまった。「それまで周りの期待に応えようとしてきた」という菱田さんだが、気持ちは揺るがなかった。

「どうしても住みたかったので親を説得しました。『はちとご』の人たちは、自分のやりたいことをどんどんやっていて刺激を受けられたし、自分もやってみたいという気持ちがあって。ここに住んだら、わくわくすることが起きるんじゃないかって思えたんです」(菱田さん)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

忘れられない思い出は、鍋パーティのこと。寒い日に「鍋が食べたい。誰かつくってくれないかな」とつぶやいた菱田さんに、隼さんは、「自分で声かけてやっちゃえばいいんだよ、そういうのは」と声をかけた。

「今までやってもらうのが当たり前だったので、周りの人を巻き込んで、何かをやったのは初めて。新しいことをやるハードルが低くなった感覚はありました。今は、ちゃんと周りを説得して、努力をすれば、全て叶えられるわけじゃないけど、返ってくる分もあるのかなと思っています」(菱田さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

学びや気づきがあって回復できる場所でありたい

「はちとご」には、地元の大学生や社会人らが暮らし、近隣の人のほか、隼さんを訪ねてさまざまな年代の人がやってくる。

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

隼さんがどんな思いで「はちとご」を立ち上げたのかをたずねると、意外な答えが返ってきた。

「地域活動と見られることもありますが、自分としての軸は『地域』というより『人』。ただその人が地域にいるから、結果的に地域活動っぽく見えるのかもしれません。また、『はちとご』は僕にとって『やりたいこと』ではなく『見たい景色』だと思っています。みんなが楽しげにしていて、学びや気づきがあって、回復できる場所。誰かが自分から何かを『やってみたい』と言って、それが形になるのを見ているのが好きです。その景色を作るのに、ぼくが手を出す必要があるなら喜んで!というスタンスです」(隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

勝手に楽しんで勝手に学べる状態を構築する

隼さんの本業は、サッカークラブ「水戸ホーリーホック」のアカデミーコーチ(子どもたちのコーチ)。日々、一緒にボールを蹴りながら、子どもたちに向き合っている。

「場づくりをするときの理想は、ぼくがいなくてもいい状態にすること。『自分で考えさせたいんですけど、どうすればいいですか?』と聞かれることがあるんですが、それだと、自分で考えているって言わないですよね。何もしなくても子どもたちが勝手に学んで勝手に楽しんでいる状態を構築するにはどうしたらいいんだろうっていつも考えています」(隼さん)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

隼さんが「場づくり」や「まちづくり」にはじめて触れたのは、筑波大学大学院生のころ。大学のサッカー部のコーチをしたり、スポーツ心理学の研究室で活動する傍ら、大学の近くにできたコワーキングスペースに通うようになった。

「さまざまな背景を持つ人が来ていて、仕事をしたり、休憩したり、遊んだり。勉強している中学生の横で、お酒を飲みながらギターを弾いているおとながいて、それぞれが居心地よさそうにしている。ぼくにとって、コワーキング(Co-working)じゃなくて、コリビング(Co-Living)でした」(隼さん)

その後、2020年の春に水戸に引越してきたものの、コロナ禍の真っ最中。「このままでは街に友達ができないかも」と焦った隼さんは、もともと水戸で催されていた「あさみと!」というイベントを引継いで、運営することにした。

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

「あさみと」は、毎週月曜日の朝、コミュニティスペースやカフェに集まって、隼さんが淹れたコーヒーを飲みながらおしゃべりする会。そこで、イラストレーターのふじのさきさんに出会った。転勤で横浜に引っ越すことになったふじのさんから、『水戸の地を離れがたい』という思いを聞いた隼さん。以前よりシェアハウスの暮らしに興味があったので、「これは自分でつくれということか」と直感。ふじのさんが二拠点目として使えるようなシェアハウスを構想した。家を探し始めてほどなく茨城大学そばに5LDKの物件と出会う。そこが、「Co-Livingはちとご」のはじまりだった。

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

シェアハウスやコミュニティ運営する上で苦労したり、時には傷ついたり、怒りを感じることはないのだろうか。

「生活をしていて、あまり人に怒るってことがないんです。寛容でいたいと思っています。例えば台所が散らかっていてイライラが湧いたらふと『誰かがなんとかしてくれると期待してたんだな』と気づいたりしますね。そもそも気になったんなら自分でやるなり、なんとかしようよって自分から発信すればいいんです。そんな雰囲気をつくりたいなと思って、はちとごでは僕のこだわりで掃除当番を決めていません。当番をつくると、掃除しなかった人が責められるんですけど、当番をつくらなかったら、掃除した人が褒められるんじゃないかと思って。立ち上げた頃から当番を作らずどこまでいけるかなと実験しているところです」隼さん)

ただし、その場にいる人が困ってしまうような人が現れた場合、隼さんが間に入って「チューニング」をすることもあるという。

「例えば、年上というだけでえらそうにしたり、自分の話をしゃべり続けたりする人には、ぼくから言います。『いつも自慢話するんだからー』って。ぼくを生意気だと思う人は来なくなるし、それでも来てくれる人はそのうち馴染める人なんだろうなと。自分の力不足で誰かが傷ついたり、悲しい思いをすると、ひどく落ち込みますね」(隼さん)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

回復には、ふらっと入れて、距離を保てる場所が必要

まちライブラリーの仕組みを使った私設図書館「はちとご文庫」は、引越し先で再開し、今では、訪れた人が持ち寄った本で少しずつ蔵書が増えている。

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

ある時、はちとご文庫に、近所の引きこもりの女性がふらっと訪れた。隼さんや他の人が思い思いに作業したり、本を読んでいる空間で、3~4時間ソファでひとり本を読み、「また来ます」と帰っていく。ふとしたきかっけでおしゃべりするようになり、次第に打ち解け合い、ついには「はちとご文庫まで歩く日記」というZINEを発行。今では、はちとご文庫の常連さんのひとりだ。

「地域活性化の取り組みって、元気な人が集まるのが前提なのかな、と時々思います。でも、まちには元気じゃない人ももちろんいて、そういう人にも開いた場でありたいと思っています。ここにはちょっと元気じゃない人も来たりしますが、僕が躍起になってどうこうしようとはあまりしませんね。相談されたら一緒に考えるけど、こちらからは。元気がなくてもふらっと入れて、人といい距離感でいて、徐々に、自分の本来のありように戻っていけるような場になればいいなと思っています 」(隼さん)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

「はちとご」は、元気じゃなくても居られる場所

「はちとご」がスタートした時から隼さんと一緒に暮らしてきたむらたゆうきさん(映像クリエイター・24歳)も、「はちとご」で「回復」したひとりだ。

「『はちとご』は、一般的な世間のシェアハウスのイメージと乖離がある気がします。シェアハウスっていわゆるパーティ好きみたいな人がいっぱいワーッていそうなだと思っている人もいると思うんですが、『はちとご』の場合は、一見そうは見えなくても寂しそうな人、人生に疲れている人が多いような気がしてます」(むらたさん)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

むらたさんは、インターンのため、茨城から東京に出て、合わない仕事を続けたことで、落ち込んでしまい、とても辛い時期があったという。東京から帰って、ふさぎこんでいたむらたさんを心配した隼さんたちは、ある日、むらたさんの部屋に勝手に乗り込んで餃子を焼き始めたという。

「弱ってるときって、きっかけがあると、精神的にすごく距離が縮まると思うんです。それで、家族に近い感覚が上がりました。弱い面も見せていいんだって。ここは、すごく居心地がいいです。2年間ぐらい、全然、違和感なく暮らしています。実家にいるのとあまり変わらないし、隼さんは、親っていうよりは兄弟が増えたみたいな感じです。役職的には管理人なんですけど、お兄ちゃんが一番イメージ近いのかなと思ってますね」(むらたさん)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

隼さんが、「最近、優しくなったと思うよ。より人のために動けるようになった。本当に頼りにしてるよ」と言葉をかけると、むらたさんは、「あまり褒められないんで。毎月取材に来てください(笑)」とはにかんだ。

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

場と人をつなぐと自然と交流が生まれる

「はちとご文庫」に滞在していると、ふらっと訪れる人がいる。必ずしも一緒に何かするわけではなく、思い思いの場所で、本を読んだり、パソコンを開いたりしている。

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

隼さんは、「人と人を繋いでるんですね」と言われると「少しもやっとする」という。

「意識しているのは、場と人をどう繋ぐか。それぞれが場と繋がってリラックスすれば、自然と交流が生まれると思っています。『居場所づくり』とも言わないようにしています。通ってくれる人が『ここは自分の居場所だ』と思ってもらう分にはいいんですが、そう思う人が増えてくると初めての人に優しくない場になると思っていて。『居場所づくり』ではなく『場づくり』として、人の流動性が生まれればいいなと思っています」(隼さん)

隼さんは、2024年4月に、新しいチャレンジを始めた。地域の人が自由に利用できる私設図書館とコワーキングやイベントに使えるシェアリビングとを合わせた複合施設の計画だ。私設図書館には、「一箱本棚オーナー」という自分専用の本棚を借りて本を並べる仕組みを取り入れる予定。シェアリビングは、イベントやワークショップを開催できる場所に。それには、地域の人や友達の「ちょっとやってみたい」を応援したいという隼さんの思いがある。物件の改修費用に充てるため、4月10日~5月13日に初めてのクラウドファンディングに挑戦中だ。

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

その場所の名前は、「シェアベースmigiwa」。汀(みぎわ)とは、水際や波打ち際のこと。隼さんは、この場所にやってくる人やモノ、情報を、波や風に例えた。

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「流動性の中で、訪れる人に学びや回復のきっかけが生まれればいいなと。『あまねく人』が入れる場所が理想ですが、人がやっていることなので相性もありますし、合わない人もいるはずです。だけど、ぼくみたいなことをやる人が地域に増えていけば、その数だけ多くの人をカバーできるんじゃないかと。場を地域にひらく時に理想だと思っているのは、その場に来る人と近隣住民の属性の比率が近くなることですね。私設の公民館を作りたいのかもしれません。将来何か問題が起きても、『ここ大事だから維持しようよ』と皆で話せるといいですね。しかもそれが僕を介さずに起きたら最高です」(隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

隼さんが見ている景色を見つめ、思いを辿る中で、コミュニティは、「みんな」の場所である前に、「ひとり、ひとり」の場所なんだと感じた。コミュニティでは近づこう近づこうとしてしまうが、大切なのは距離感。「はちとご」は、コミュニティに「関わりたい人」「つくってみたい人」双方に気づきと学びを与えてくれる。

●取材協力
・はちとご
・クラウドファンディング「水戸で私設図書館&シェアリビング『migiwa』をつくりたい!」

シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

めぐみ不動産コンサルティングは、まちの不動産屋さんでありながら、社会生活が困難な状況にある人の住居・福祉・仕事を包括的にサポートできるようにと、シングルマザー向けシェアハウスの運営や障がい者グループホームの運営をしています。まちの不動産屋さんが、なぜ生活に困難を抱える人たちを支える取り組みをしているのでしょうか。そこには「自身の原体験がある」と話す創業者の竹田恵子さん。これまでの事情や、事業の現在、これから取り組むべきことについて話を聞きました。

シングルマザーにとって、家を探すことが困難だと気づいた

神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間ほど、田畑が目の前に広がるのどかな住宅街です。この街にあるのが「めぐみ不動産コンサルティング」。伊勢原市近郊にて不動産の賃貸や売買を行う会社です。不動産事業以外にも、シングルマザーをサポートするシェアハウスや社会福祉施設の運営サポート、就業支援、農園の運営や食事支援など、「困った人の拠り所」となる取り組みを行っています。

創業者の竹田恵子さんは、「もちろん不動産の賃貸や売買もしますが、半分は人と人をつなげるボランティアのような感じ。人との距離が近くなって家族が増えているように感じるのが嬉しい」と笑います。竹田さんの優しさは、住居や仕事、社会復帰に悩みを抱える人たちにとって、あたたかい布団にくるまったかのような温もりが感じられるのでしょう。

めぐみ不動産コンサルティングが母子シェアハウス事業を始めたのは、2016年のこと。始まりはニュースを見て母子家庭の貧困がこんなにも切実だという事実を知ったことでした。折しも自身もシングルマザーとして、不動産会社を経営しながら必死に子育てをしている最中。

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「困っている人たちが支え合い、少しでも安らぐことができるあたたかな環境をつくりたい」。そう考え、ひらめいたのがシングルマザー向けのシェアハウスでした。しかし当時、市内にはシェアハウスが一つも存在しませんでした。専用物件の購入を検討しても、シェアハウスの運営に対して事業の持続性や、家賃収入をコンスタントに得ることができるのか、というリスクや不安を感じている銀行から融資が下りない日々。

そこで恵子さんは子育てに理解のある幼稚園経営者の知人から一軒家をマスターリース(一括賃貸)し、シェアハウス運営を始めます。

多様なタイプのシェアハウスがそろう

運営するシェアハウスは2種類。女性専用の「めぐみハウス東大竹I」と、男女共に入居可能で、上下階で暮らしが別世帯に分かれた「めぐみハウスたからの地」です。現在子どもを含めて8世帯13人が暮らします。

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

各世帯が利用できる収納、キッチン、浴室など一般的なシェアハウスよりもゆとりのある設計ながら、家賃は月額38,000円~46,000円(同居する子どもの家賃費用は人数当たりで別加算)。50,000円のデポジット(保証金・一時預かり金)は必要ですが、保証人は不要です。

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

入居する人たちには、離婚や未婚、独身や独居で誰かと共に暮らしたいなど、さまざまな事情があります。以前は「家賃が割安で住めるから」と選択されることが多かったシェアハウスの価値が、最近では変化をしているそう。特にコロナ禍で、人との関わりが欲しいとあえてシェアハウスに入居を希望している人が増えたそうです。入居希望者の中には、「一人っ子のためにシェアハウスで兄弟体験をさせたい」という人も。

「2016年のシェアハウス開業当時は、伊勢原という土地柄からか、仕組みに対して認知度がなく、『シェアハウスって見知らぬ人との共同生活だし、安全面など大丈夫なの?』と不安に感じるようで。入居してもらうのに苦労しました。ひとり親は収入が低かったり、DVで逃げてきた場合は連帯保証人になってくれる人がいないなど、家賃保証面がクリアできず、借りることができる賃貸住宅の選択肢がなく、仕方がなくシェアハウスに入居したという人も。しかし徐々にシェアハウスの認知も上がり、これまでにシングルマザー20組弱が入居してくれています」(竹田さん、以下同)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

一方で、シェアハウスが合わないといって退去していった人も。共同生活を営むため、それぞれの人に雰囲気や生活スタイルに合う・合わないがあるのはやむを得ないことです。そのため、竹田さんは事前に必ず面談をすると話します。

「入居する前に必ず2時間ほどかけて面談をして、互いの信頼関係をつくっていきます。面談を通してお断りすることも。社会でしっかり自立した生活を営んでいきたい、仕事に復帰したいという人の背中を押したいからです」

こうやって信頼関係をつくることで、家賃は6年間未払いなしだというから驚きです。

「家賃の支払いが遅れるなら事前に言ってね、と声がけをするようにしています。またお仕事をしておらず支払能力を獲得しようと励むお母さんには『お仕事どう?』と声がけして様子をうかがうことも。信頼をしているからこそ、家賃の支払いについてはじっと待つスタンスを保つように心がけています」(竹田さん)

誰もが孤立しない、安心した暮らしとつながり

ある日、神奈川県の行政担当者から竹田さんに連絡がありました。話を聞くと、シェアハウスの取り組みがメディアに取り上げられたことをきっかけに、めぐみ不動産コンサルティングの存在を知ったそう。この出会いからめぐみ不動産コンサルティングは「住宅確保要配慮者の居住支援法人」としての推薦を受けることになりました。

そして、竹田さんは居住支援法人としての活動を通じて「ひとり親だけではなく、高齢者や障がいを抱える人も複合的に住居や暮らしに困っている状況」ということを知るのです。「家だけではなく総合的に支援できる環境をつくれたらいいのでは?」と思い立ったのが、複合的なビジネスを始めるきっかけに。

「『社会に出てみてうまくいかなかったら、またうちに帰ってきたらどう?』そう言える安心の材料や、場所をつくってあげたかったんです」

その後、竹田さんは障がい者支援のため、パートナーと一般社団法人ワンダフルライフを立ち上げ、グループホームを9棟(うち1棟はリフォーム中)と無農薬野菜を栽培する「めぐみ農園」を開設します。さらに今後2023年7月には障がい者の就労継続支援B型作業所「ワンダフルワークス」の開設と子ども食堂「めぐみキッチン」をオープンする予定です。

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

グループホームで助け合いながら暮らす。そしてそこで仕事をしながら、併設の食堂や畑では就労や食事、交流もできる。暮らす×働く×食べる×交流、というお互いの仕組みが混ざり合い、補完をする循環型の仕組みになりました。
理想的なスタイルである一方、特にシェアハウス事業は、単体では事業収支的にも大きく利益が出るとは言い難い状況です。さらに入居者であるひとり親世帯を継続的に集客し続けることや新たな建物・施設の確保が資金条件的に難しかったり、DV被害や精神疾患などハードな状況で入居するお母さんも多くてサポートしきれない、といった理由で撤退をしていく事業者も。

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

竹田さんも「ある意味、薄利多売な感じ。複数の棟を所持するから成り立っているし、どうしても拡大するまではしばらく経営が苦しいのです。ここを乗り切れなくて事業閉鎖をする人も多いです」と居住支援の現実について話します。

また、オーナーから建物をマスターリース(一括賃貸)する際、シェアハウス利用という点に「大勢の入居者が同居することで室内が荒らされたりしないか、近隣に迷惑がかからないよう生活の統率が取れるのか、と難色を示されがち」と課題を指摘します。それゆえに竹田さんは所持するシェアハウスと、グループホームのほとんどを自社で購入して賃貸しています。

あの時の自分の苦しみがよぎる

それでもなお社会生活に困難を抱える人たちを支援する事業を続けているのはどうしてなのでしょう。不動産事業だけを行うほうが順調なのかもしれません。竹田さんは「困っている人をほっとけなかった。あの時に自分が感じた言いようのない不安が重なってしまい……」と振り返ります。

自身が離婚をしてシングルマザーになった時代。「とにかく自分の子どもを食べさせていくために稼がなきゃ」とがむしゃらに働いていました。市や国の補助やサポート制度などを探す余裕もない状況です。

そんなある日、ちょっとした身体の違和感を感じて病院で検査をします。ことなきを得ましたが、こうした経験を経て「私が死んだら子どもたちはどうなる?」という不安を色濃く感じることに。初めてその時に住まいの確保、家があることの重要性について深く考えることになります。

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「もし自分がもっと助けてもらえる手段があると知っていたら。そして手を差し伸べてくれる場所や人とのつながりがあったら、困らなかっただろうな。と今になって思うのです。だからこそ誰かを助けたい。それが私の原動力です」

このような竹田さんの取り組みに助けられ、シェアハウスを卒業して一般賃貸住宅に移り住んでいった人もいます。「安心して寝られて、相談できる相手がいて、自分の将来が描けるようになると、みんなだんだん強くなる」そう。もちろん一般賃貸住宅を探すときも竹田さんが不動産会社として仲介し、相談に乗り続けているので、卒業した後も農園のイベントやお手伝いに卒業したひとり親世帯が遊びに来ることも。

「私にとって、シェアハウスに居住する人たちはみんな子どもや孫のような存在。彼ら彼女らが社会に巣立ち、そして互いに助け合える関係であることが、今望んでいることです」

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

しかしシェアハウス事業の中でも、特にシングルマザー専用のシェアハウスは、日本の中でも普及の速度が鈍重な印象です。特に竹田さんが開設した2016年当初はほとんど周囲にそうした事例がありませんでした。だからこそ全国の限られたシェアハウス運営事業者は、お互いにつながりを持ち、互いの知見を交換しながら今日まできたそうです。

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「同じことで困っている人たちはちゃんと共感しているし、連携しています。ここ数年は、居住支援協議会やNPOの仲間を通じて、困っていることを事業者からも相談ができるようになったので、志を持って担っている事業者の運営状況が少しずつ明るくなっていくことを願っています」と竹田さんは力強く語りました。

これまで竹田さんが話してくれたように、住まいの確保だけでなく、社会生活に困難を抱えるのは母子だけではありません。立場や年齢によらず、困っている人が存在することは確かな事実でした。

竹田さんは「だからこそ今後、福祉との連携がより必要です」と話します。今後は「シングル」だから「高齢者だから」「障がい者だから」と区切るのではなく、さまざまな社会的困難を抱える人もそうでない人も、みんなが支え合える環境が理想だと感じます。それこそが誰もが生きやすい社会なのでしょう。めぐみ不動産コンサルティングの取り組みはこれからの暮らし方、住まいのあり方として、一つのモデルを見せてくれているようです。

●取材協力
株式会社めぐみ不動産コンサルティング

ひとり親同士が助け合えるシェアハウスにニーズ増。基準新設でサポート機会増えるも、課題は?

ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。

新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。

法改正で、ひとり親向けシェアハウスを利用しやすくなる?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」

――どのような理由があるのでしょうか?

葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」

――実際、入居している方からはどんな声がありますか?

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」

――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?

葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」

――基準の新設によるメリットは?

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」

※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?

――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?

葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。

国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」

秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実

――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。

葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」

秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」

制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金

――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。

山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」

秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」

事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす

――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。

山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」

葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」

秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。

今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」

――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?

秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」

葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。

住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」

ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。

グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部

(グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)

いま北千住でシェアハウスがアツい! 海外協力隊・アート・共同書店などおもしろ住人がつながるまちづくり、仕掛け人はR65山本遼さん

北千住(東京都足立区)の街に面白いシェアハウスが増えているという。アーティストが集う「アサヒ荘」、JICA海外協力隊らが集う「チョイふるハウス北千住」……。シェアハウスを運営するのは65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営するR65不動産の代表として不動産業界では知られる山本遼さんです。実は山本さんは、自らも特定の家を持たず場所を転々としながら生活するシェアハウスホッパーという側面も持っています。身軽に住みたい場所に住めて住民同士の交流が魅力の暮らし方です。さらに、共同書店も運営。それらを通じて、北千住にどのような新しい関係が生まれているのでしょうか。シェアハウスと共同書店「編境」を訪ねました。

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

海外協力隊らが住むシェアハウス「チョイふるハウス北千住」

JR常磐線北千住駅の改札を出ると目の前に大型ファッションビル。しかし、駅の近くには、庶民的な宿場町通り商店街が。少し歩くと、お団子屋さんや八百屋さん……生活を支える小さな商店街もあります。通り抜け禁止の看板がある路地もあちこちに。この街に、山本さんが運営する5棟のシェアハウスと共同書店「編境」、が点在しています。5棟のシェアハウスは、R65不動産で借り上げ、契約や賃貸費用の回収を行い、管理人は住民が務めています。

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

住宅街の曲がりくねった路地に山本さんが運営する5棟のシェアハウスのひとつ「チョイふるハウス北千住」はありました。ここは、海外協力隊や国際支援に関心のある人が集うシェアハウスです。

迎えてくれたのは、管理人の栗野泰成さん。栗野さんも、海外協力隊としてエチオピアで2年間、情操教育やスポーツ教育の普及活動に携わった経験があります。「チョイふるハウス北千住」の立ち上げから運営に至るまで行っています。

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

「もともと国際協力に関心のある人たちを集めるコンセプトのシェアハウスをやってみたかった」という栗野さん。栗野さん自身、当時は、シェアハウスを転々として暮らしていたシェアハウスホッパーでした。つくば市に住んでいたころ、山本さんのTwitter投稿を見て北千住に興味を持ちました。「ショウガナイズ北千住」というシェアハウスで、コンセプトは、新陳代謝。なんと半年ごとに家賃が5000円ずつ値上がりすることがあらかじめ決まっていて、退去を促す不動産会社の経営面からはあり得ないシステムです。

「この人面白いなあと。面白い人の周りには面白い人が集まるので、すぐにDMを送って入居しました。それが5年前。海外協力隊のためのシェアハウスをつくりたいと山本さんに話したら、やってみたらと物件を紹介してくれたんです。『ショウガナイズ北千住』の家賃が値上がるのに追い立てられながら(笑)、シェアハウスを立ち上げ、ぼくも引越しました」(栗野さん)

開業するとすぐにコロナ禍になり、海外に派遣された隊員が緊急帰国することになりました。3カ月で帰国を余儀なくされた人も。日本に戻って来ても家がないので困るだろうと、栗野さんはTwitterでシェアハウスを告知。緊急性、ニーズがあり、隊員に一時的な住まいを提供できました。その後も国際協力や栗野さんが携わる子ども支援の活動に関心のある人たちが集まるシェアハウスとして認知されるようになったのです。

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

「現在の住民は5人。海外協力隊でケニアに行っていた人や、子ども支援の活動に長年携わっているフリーター、海洋ゴミの問題に取り組むNPOの理事などです。人を助けたいという思いでつながっているので、話が盛り上がるし、交友関係も広がります」(栗野さん)

縛られず行きたい場所へすぐ行けるシェアハウスホッパーという選択

取材当日、シェアハウスの共用スペース(畳スペース)でテレワークをしていた西山大貴さんと成田彩花さんに、住み心地や住んで良かったことを伺いました。

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

途上国の農村開発に携わる西山さんは、「チョイふるハウス北千住」が5カ所目のシェアハウス。北千住の別のシェアハウスから引越してきました。「海外協力隊経験者が集まっているので、住みながら、海外の情報が入って来ますし、自分が活動する国以外の支援者とつながれるのが良さですね」といいます。

WEBマーケティングの仕事をしている成田さんは、大学時代からシェアハウス暮らしで、「チョイふるハウス北千住」は10カ所目。「アサヒ荘」のアートイベントに遊びに行き、ここを知りました。

「国際協力に興味があったのですが、今の仕事では経験者となかなか知り合う機会がなくて。実際に活動している人とつながれるのが嬉しいです」(成田さん)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

管理人として特別なことは何もしていないという栗野さん。2021年2月に貧困の子ども支援の一般社団法人チョイふるを立ち上げました。「チョイふる」は、choicefullの略。生まれた環境で選択肢が限られてしまう子どもたちに、食事や居場所を提供し、親の生活相談を行っています。住人がボランティアに参加してくれたり、クラウドファンディングを応援してくれたり、人のつながりに助けられていると言います。

「集客的には入れ替わりが激しいので、大変な面はあります。4カ月ほどで退去する人が多いんです。成田さんも去年の12月に入居して4月にはカンボジアへ行くために退去しますしね。でも、抜けたり入ったりが多いからこそ、面白い人がどんどん集まって関係が広がっていく。日本に帰国したときの一時滞在の場所として今後も使ってもらえるといいんじゃないかな」(栗野さん)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスや共同書店「編境」で街の中に街をつくる

北千住の街の中にコンセプトの異なる5つのシェアハウスをつくった理由を山本さんにたずねるため、共同書店「編境」に伺いました。共同書店とは、本を売りたい人(棚主)で売り場(棚)をシェアするタイプの書店。古い一軒家を改装したお店は、通り過ぎても気づかないくらいです。ところが、扉を開けると、どこか懐かしい本屋さん。椅子もあって、つい長居をしてしまいそう。

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

なぜシェアハウスや共同書店を運営しているのでしょう?

「シェアハウスも、共同書店も街に仕事以外のつながりをつくれないか、そんな思いで始めました」と山本さん。

山本さんが北千住の街に関わるようになったのは、65歳以上向けの不動産サイト「R65不動産」の事業を法人化した2016年ころ。北千住にある中古住宅を活用してほしいと依頼を受け、以前運営したことのあるシェアハウスを北千住にもつくろうと考えました。シェアハウスは、当時、騒音問題や、部屋をきれいに使ってくれないのではというネガティブなイメージが大家さんにあり、別のエリアで経営したときは、周囲の風当たりが強かったと山本さん。

「でも、北千住の人たちは、『若い人で集まってるの? 楽しそうだね』と受け入れてくれました。東京芸大(東京藝術大学)千住キャンパスがあって街に学生やアーティスト、クリエイターが多く、もともと挑戦を受け入れてくれる街なんです。北千住は、今、バズワード的に盛り上がっていて、若い人が外からどんどん入ってきますが、再開発が進んで家賃の値上がりが著しく、だんだん窮屈な街になってきているなあと感じていました」(山本さん)

そこで、山本さんが考えたのは、街の中に1km圏内くらいの嗜好が近い人同士でつながる小さな街をつくること。その拠点となるのが、シェアハウスでした。運営するシェアハウスはそれぞれコンセプトが異なり、入居者のタイプも違います。

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

「賃貸住宅は住民同士が過度に干渉しない良さがありますがが、趣味や嗜好が近い人でつながるのも面白いんじゃないかと思ったんです。北千住ではありませんが、世田谷ではじめたのが、日替わり店長が開く『スナックニューショーイン』です。コロナ禍で閉店しましたが、世田谷の街に住んでいる劇作家、ライター、デザイナー、学生が店長になってくれました。ご近所の人との関わりって面倒くさいんだけど、つながりたい人とつながりたいっていう欲はすごくあるんだなと実感したんです。喋らなくてできるもので、北千住でやるなら何がいいだろう? と考えた末に生まれたのが、共同書店『偏境』でした」(山本さん)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

共同書店には、40名(2023年3月末現在)の棚主がリンゴ箱や木箱に選りすぐりの本を販売しています。棚主は、この街に住むアーティストや近くにある芸大の関係者、近所の人などさまざま。ポップを読むだけで楽しい気持ちになります。

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

年代問わず挑戦を応援する場所をつくっていきたい

シェアハウス、共同書店、今後予定しているギャラリーすべてを束ねるコンセプトはあるのでしょうか。

「あえてつくっていないんです。同じコンセプトだとつまらなくなるし、ぼくを嫌いな人は入って来にくくなる。シェアハウスで、コンセプトを決めたのは、『ショウガナイズ北千住』だけ。ぼくは、5棟のシェアハウスのいずれかに住んでいますが、満室になるとほかのシェアハウスへ移ります。一緒に住んでいると住民のやりたいことを応援するきっかけになるので楽しいですよ」(山本さん)

R65不動産の収入源は、賃貸物件を一括で借り上げ、入居者に転貸するサブリースによるもの。共同書店での収益にはこだわっていないといいます。

「共同書店は、一つの棚がひと月で3000円。1回お店番をすると1000円安くなるので、学生は月3回店番をして無料で使っている人もいます。シェアハウスもサブリースです。若い人で始めたい人はけっこういるのですが、自分でゼロからだとハードルが高いんです。初期費用は中古物件でも100万円以上、空き部屋が出ると賃貸料が持ち出しになるので無理になる。大家さんから見てみてもよくわからない人がシェアハウスをするのは受け入れられない。ぼくらが会社として間に入ることで実現できます」(山本さん)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

R65不動産は、65歳以上の入居希望者に物件を紹介する事業がメイン。ゆくゆくは、年齢に関係なく挑戦できる場所を北千住に増やしたいと考えています。

「だんだん5棟のシェアハウスそれぞれが村のようになってきました。一棟で6人ほど住民がいるので全員で32人。住民の友人で遊びに来る人も含めると80人を超えて関わり合っています。80人いれば、小さい飲食店が成り立つ購買力がある。月に一回ひとり3000円で飲みに行けば、24万円になりますから」

北千住の拠点全部をひっくるめて、オンラインでもリアルでもつながれる仮想の街「北千住浪漫シティ」をつくるのが山本さんの今の夢。浪漫は、挑戦を意味しています。

「祖母が76歳まで自営の薬局で働いていて元気だったんですよ。背筋が伸びて接客してる姿がすごくかっこよくて。そういう挑戦ができる小さな場所をつくっていきたいです」(山本さん)

点在するシェアハウスが拠点となり、つながりあって、街の中の小さな街へ。「北千住に来ると、夢が叶う」。受け入れる文化と新しい挑戦が、街の可能性を広げています。

●取材協力
R65不動産

シングルマザーの賃貸入居問題、根深く。母子のためのシェアハウスで「シングルズキッズ」が目指すもの

ひとり親世帯の住まい探しでは、オーナーや不動産会社から収入面に不安を持たれたり、子どもだけで過ごす時間が多く危ないのではないかなど、偏見から入居を断られるケースもあり、容易ではありません。中でも、母子世帯の住まい探しは父子世帯よりも困難だといいます。こうした問題を少しでも軽減して、親子が共に楽しく幸せに暮らすことをミッションにかかげる企業があります。

シングルマザーとその子どものためにシェアハウスを提供する「シングルズキッズ」の代表取締役である山中真奈さんに、母子シェアハウスの仕組みや、事業を立ち上げた背景、現在そしてこれからの取り組みについて話を聞きました。

都道府県を越える引越しも検討。ひとり親が求める住まい

日本でのひとり親世帯は、年々急増しています。内閣府発表の「男女共同参画白書 令和元年版」によると、ひとり親世帯は1993年から2003年までの10年間で、94.7万世帯から139.9万世帯と約1.5倍に増加し、それ以降、同水準で推移しています。
その中でも、母子世帯数は父子世帯と比較して増加傾向にあり1993年はひとり親世帯の約8割だったところ、2016年には8.5割まで増加しています。

(画像出典:内閣府「男女共同参画白書 令和3年版」)

(画像出典:内閣府「男女共同参画白書 令和3年版」)

また所得格差も課題です。厚生労働省が発表した「2021年度(令和3年度)ひとり親世帯等調査結果報告」によると、父子世帯は518万円であることに対し、母子世帯の平均年間収入は272万円と約2倍近く開きがあることから、収入格差もうかがえます。さらに母子世帯の4割以上は非正規雇用であるため、一般の賃貸住宅に入居したくても入居審査が通らないなど、住宅探しは困難を極めます。一方の公的賃貸住宅(公営住宅や地域優良賃貸住宅、URなど)に入りたくても、母子世帯の声として多く挙がるのは「希望の公営住宅に当選しない」というものです。

こうした母子世帯の住まいの問題を解決するために立ち上げられたのが東京都の世田谷区上用賀にある「MANAHOUSE(マナハウス)上用賀」。シングルズキッズが運営する母子シェアハウスの一つです。1軒家の中には、全部で9室あり、ここに入居する人たちはひとり親世帯の母子と単身女性。さまざまな事情を抱えた母子が一同に集まり暮らす賃貸型、地域開放型のシェアハウスです。ここで山中さんは、悩み苦しみながらも立ち上がろうとする母子たちを真摯にサポートしています。

なぜこのような取り組みをしているのでしょうか。そこには自身の苦しい体験がありました。

「複雑な家庭で育ち、親への愛情を求めて苦しみながら青年期を過ごしました。大人になり、友人の子どもたちが離婚によって両親の間でたらい回しになっているところを見て、“親の理不尽な都合で子どもたちが傷つく様子をなんとかしたい”と強く思ったんです」(山中さん、以下同)

シングルズキッズ代表取締役の山中真奈さん。提供したいのは、家というただの箱ではなく「人のつながり」だと話す(画像提供/シングルズキッズ)

シングルズキッズ代表取締役の山中真奈さん。提供したいのは、家というただの箱ではなく「人のつながり」だと話す(画像提供/シングルズキッズ)

さらに、不動産仲介会社に勤務しているとき、シングルマザーが家を借りることがあまりに難しいという場面に何度も直面したことが後押しし、山中さんは“私にできること”として、「シングルズキッズ」を立ち上げたのだそうです。

山中さんによれば、「入居したい、話を聞きたいと問い合わせをくれる人には、世田谷区外の人、地方から上京を検討している人も少なくない」と言います。子育て世帯の多くが子どもの保育園や小学校への通いやすさや友人関係などを考え、現居住地の周辺で住まいを探す傾向があることとは少しギャップがあるようです。

「例えばDV被害者であれば、現居住地の周辺で避難をしても相手や家族から追い続けられるリスクがあります。遠方に引っ越すなどして完全離別ができないと問題の解決に繋がりづらいんですね。こうした事情から、今暮らす場所から離れた拠点を探すひとり親世帯がいます」

全部で9室ある「MANAHOUSE上用賀」の間取図。2階建ての戸建をシェアハウスとして利用している(画像提供/シングルズキッズ)

全部で9室ある「MANAHOUSE上用賀」の間取図。2階建ての戸建をシェアハウスとして利用している(画像提供/シングルズキッズ)

また、仕事を求めて地方から上京を検討する人も少なくありません。母子だけで生活するには、まとまった生活費の確保が必要です。しかし、仕事を探しても、地方では母子で生活するのに十分な給与が得られる仕事の選択肢が少ないことも。そこで首都圏に移転して就職し、給与水準を上げることで母子だけでも暮らしていけるようにしたいと考え、首都圏にあるシングルズキッズのシェアハウスへ転居を希望するのです。

地域に合わせて育つ、シングルズキッズの母子シェアハウス

シングルズキッズが運営する母子シェアハウスは、現在5カ所。同じ賃貸型母子シェアハウスでも、それぞれ個性があります。

「MANAHOUSE上用賀」の共用リビング。入居者や近所に住む人、サポートする人たちが出入りすることもある(画像提供/シングルズキッズ)

「MANAHOUSE上用賀」の共用リビング。入居者や近所に住む人、サポートする人たちが出入りすることもある(画像提供/シングルズキッズ)

例えばMANAHOUSE上用賀は、家賃とセットで共益費4万5000円(入居する子どもの数に応じて追加)を支払うことで保育・家事サービスを受けられます。管理人として70代シニアや主婦の方が勤務しており、食事の提供、保育園のお迎えサポートの他、多様なサポートを行っています。他の4カ所は住まいの提供のみで、お母さんたち同士で共同生活を営んでいます。

シングルズキッズの代表取締役・山中真奈さん(左)と、保育士資格を持つMANAHOUSE上用賀の元管理人・関野紅子さん(右)(画像提供/シングルズキッズ)

シングルズキッズの代表取締役・山中真奈さん(左)と、保育士資格を持つMANAHOUSE上用賀の元管理人・関野紅子さん(右)(画像提供/シングルズキッズ)

山中さんは「困っている人のために提供している場所であるとはいえ、シェアハウスは、合う人・合わない人がいる」と話します。生活を続けるために、入居を希望する者にとって家賃負担が重すぎないかどうかも確認しているそう。

「私たちは母子の金銭面や生活面など、全面支援をするシェルター事業とは異なります。各々が自立して生活をする共同生活支援なのです。そのため、入居の際にメリット・デメリットをきちんと話したうえで、お互いに協力が必要なことなどについても確認をしています」

シェアハウスは共同生活。互いに気持ちよく暮らすために、心得とルールをしっかり守ることが求められます。そして「言った言わない」で揉めないためにも、ルールを目で見てわかる形で示し、相互に確認できるようにしているそうです。

「入居後に困ったときやトラブルが発生しそうなときには、メンタル面でのサポートに力を入れます。ここが一番力を入れたいところであり、難しいところ。オーナーシップが求められると感じています。

お母さんたちはこれまで心身に逃げ場がない状況で生きてきたのです。母子シェアハウスは共同で暮らすメリットがある一方、問題や揉めごとが起きると再び厳しい精神状態に追い詰められてしまうことも。そんなときは私が一家の主(あるじ)として父親のような役割を担います。方針を示しながらみんなの前に立って根気強く向き合って解決すること。住まいを提供する以上に、心の面で寄り添いながらしっかりサポートすることは、お母さんたちが自立して生活するために最も必要としているものです」

「デコ」と「ボコ」がハマる関係を家主と共につくる

シングルズキッズでは母子だけではなく、シニアや学生など多世代の人がシェアハウスの運営に関わる取り組みも進めています。

「世代やお互いの課題、ニーズが異なることによって、お互いにできること・できないこと、得意なこと・苦手なことがある。お互いの凸凹(デコボコ)がうまくハマると、感謝につながり、良いコミュニティになります。だからこそ、同じ課題の人を集めたハウスではなく、多世代型のシェアハウスが求められていると思います」

サポートするシニアの人が母子たちの夕食づくりをする(画像提供/シングルズキッズ)

サポートするシニアの人が母子たちの夕食づくりをする(画像提供/シングルズキッズ)

日々「やったほうがいいけれど、行き届かずにこぼれ落ちてしまう」家事や育児などを、リタイアしたシニア世代が「社会参画」の一つとしてサポートしたり、子どもとの触れ合いに興味がある大学生がボランティアとしてサポートしたり、と互いが支え合っていくのです。

シニアのサポーターは「甘えさせてくれるおじいちゃん・おばあちゃんのような存在」で、子どもたちに大人気。抱きつかれて大喜びする姿が印象的(画像提供/シングルズキッズ)

シニアのサポーターは「甘えさせてくれるおじいちゃん・おばあちゃんのような存在」で、子どもたちに大人気。抱きつかれて大喜びする姿が印象的(画像提供/シングルズキッズ)

ひとり親家庭、特に母子家庭が貧困や孤独に苦しみながら生活している事実は、十分には知られていません。

「日本の母子家庭における母親の就労率は、諸外国よりも高いのに、母子家庭貧困率が非常に高い。子どもの貧困が7人に1人といわれていて、その多くは母子家庭なのです」

こうした事実を知り「自分ごと」と捉え、何かできることはないか、と手を差しのべる人も多いそうです。2023年6月にシングルズキッズが管理・運営をサポートする形で新たに立ち上げる「みたか多世代のいえ」はシニア世代が“最期まで私らしく暮らす“をテーマにした多世代型シェアハウス。オーナーの村野氏はシニア世代の在宅医療(訪問診療)を行っている医師で「シニア世代に子どもや社会と関わり合いながらイキイキと暮らしてほしい。日常的な関わりができるようシングルマザーも住めるようにしたいのでサポートしてほしい」と山中さんに協力依頼をしてくれたのだそうです。

「みたか多世代のいえ」のイメージ。開かれた家で、地域の人たちやシニア、子どもたちとの交流にあふれる家を目指す(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」のイメージ。開かれた家で、地域の人たちやシニア、子どもたちとの交流にあふれる家を目指す(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」には、カフェライブラリや吹き抜けのある遊び場、シニアの部屋も備える(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」には、カフェライブラリや吹き抜けのある遊び場、シニアの部屋も備える(画像提供/シングルズキッズ)

「お互いさま」の社会で、子どもたちをハッピーに

シングルズキッズが運営する母子シェアハウスでは、自然発生的に起きるコミュニケーションや関係性を大事にし、ルールでがんじがらめにするのではなくできるだけ居住者に運営を任せるようにしています。

「シェアハウス内で共同生活をしている際に“ルールは守りましょう”と話しますが、関わり方は実にそれぞれなんですよね。シェアハウス内で、“小さな子どもが好きだから”と、他の子どもたちのお世話をする中学生もいれば、“1人になりたい”と部屋にこもる子もいる。でも、それで良いのです。関わりたい人が関わり、お互いに助け合う。そういう関係が生まれる環境が、1人で頑張っているお母さんを救ってくれるし、子どもたちもイキイキと暮らすことできると思うのです」

子どもたちも一緒に食事づくり。まわりの大人や子どもと自然に協業していく(画像提供/シングルズキッズ)

子どもたちも一緒に食事づくり。まわりの大人や子どもと自然に協業していく(画像提供/シングルズキッズ)

さらに今後の展望について山中さんは続けます。

「日本の社会課題の一つとして母子家庭も高齢者も“孤立”してしまうことが挙げられると思います。ひとり親に限らず多世代・多コミュニティが互いを支え合う環境になれたら、孤立せずに大人も子どもも楽しくハッピーに過ごせますよね。そのために最も大切なことの一つが暮らす環境を整えること。そして幸せに暮らす多世代の姿をたくさん眺めることが私の夢です」

異なる年齢の子どもたちが、ボランティアの学生と共に遊ぶ(画像提供/シングルズキッズ)

異なる年齢の子どもたちが、ボランティアの学生と共に遊ぶ(画像提供/シングルズキッズ)

山中さんは「私が何か助けてあげている訳ではない。みんなが“お互い様”」「明日は我が身」だと言います。突然身寄りがなくなったり、心身が不自由になったりすることもあれば、離婚してひとり親家庭になったり、暴力やDVを受けたりすることもあるかもしれません。そのようなときに、シングルズキッズの営むシェアハウスのような支え合いの仕組みがあれば、きっと心強く、そして楽しく暮らしていけるのではないでしょうか。

●取材協力
シングルズキッズ株式会社

猫好きさん夢のシェアハウス! 獣医師が運営、定期健診つきで愛猫の健康を守る 「KOTERA」東京都大田区

猫が好き、猫に囲まれて暮らしたい! できれば猫好きの同志も近くに住んでいたら、毎日楽しそう……。そんな暮らしを実現できるのがペット飼育可のシェアハウスです。

ペット飼育可というと、犬のみ、猫のみ、または犬猫OKなどバリエーションはさまざまですが、東京都大田区にあるシェアハウス「KOTERA」の特徴は、オーナーが猫専門の獣医師であること。猫と気持ち良く暮らすための工夫やシェアハウスの運営体制について、オーナーと入居者に聞きました。

「全ての猫に医療の機会を」 知見を活かしたシェアハウス開設(画像提供/猫の診療室モモ)

(画像提供/猫の診療室モモ)

「KOTERA」のオーナーは、猫専門動物病院「猫の診療室モモ」の院長を務める谷口史奈さん。幼いころから猫と過ごし「将来は猫に関する仕事に就きたい」と考えていた谷口さんは、その思いを叶えて獣医師になり、2016年に同院を開業。診察や治療だけでなく、保護猫支援にも積極的に取り組んでいます。

「全ての猫が等しく医療を受けられる機会をつくりたい」と話す谷口さん。実践の場の一つとなっているのが、自身が運営する猫飼育可・女性専用のシェアハウス「KOTERA」です。

入居条件は「猫を飼っている人」もしくは「猫と暮らしてみたい人」一戸建ての2階部分が「KOTERA」(画像提供/KOTERA)

一戸建ての2階部分が「KOTERA」(画像提供/KOTERA)

東急池上線・旗の台駅から徒歩圏内、閑静な住宅街にあるシェアハウス「KOTERA」。現在は、2人と4匹の猫たちが暮らしています。

入居の条件は、「猫を飼っている人」だけでなく「猫と暮らしてみたい人」。猫を飼いたいけれど自分一人で受け入れる余裕や準備がまだできていない人や、猫との暮らしを経験してみたい人が、ほかの入居者の飼い猫との触れ合いを通じて猫に慣れ、学ぶことができます。

約40坪の3LDKで、リビング・ダイニング、キッチンのほか、バスルームや洗面所、トイレといった水回りは共用。玄関前にはウッドデッキも(画像提供/KOTERA)

約40坪の3LDKで、リビング・ダイニング、キッチンのほか、バスルームや洗面所、トイレといった水回りは共用。玄関前にはウッドデッキも(画像提供/KOTERA)

家賃は8万円で、光熱費・水道代、インターネット使用料、共用部の消耗品代、家財保険を含めた共益費が1万6千円。猫の飼育は1人3匹までで、2匹目からは月5千円の追加費用がかかります。

動き回って、外を眺めて 猫の本能を満たす環境づくり共用部であるリビングは掃除がしやすく猫が動き回れるよう、家具は多く置かない(画像提供/KOTERA)

共用部であるリビングは掃除がしやすく猫が動き回れるよう、家具は多く置かない(画像提供/KOTERA)

室内に入ってまず印象的だったのが、リビングの高い天井に渡る2本の梁。入居者の飼い猫たちがキャットウォークとして使っています。キャットタワーやカーテンレールから梁へと移動することができ、日々の運動不足を防ぎます。

人の手が届かない高い位置から、人間の様子を見ている猫たち(画像提供/KOTERA)

人の手が届かない高い位置から、人間の様子を見ている猫たち(画像提供/KOTERA)

飼い主の居室に戻ってほしいのに梁から全然降りてくれなくて困る……なんてこともあるほど、猫たちのお気に入りスポットとなっているそう。こうした縦方向に移動できる環境を飼い猫に提供できるのも、マンションの個室ではない、一戸建てタイプのシェアハウスの広い空間ならでは。

室内飼いの猫にとっては、外の景色を眺めて刺激を受けることも大切です。ウッドデッキ側の大きな窓からはもちろん、猫たちは幅のある窓枠に乗ってそこからも風景を眺めています。

窓辺の猫(画像提供/KOTERA)

窓辺の猫(画像提供/KOTERA)

「猫の本能は見張りと狩り。室内飼いの安全な状態でありつつ、本能が満たされる環境にできると猫の健康のためにいいですね。

とはいえ、『適切な運動量は一日●分』、など一概に言うことは難しいもの。猫にもそれぞれ個性があるので、飼い主が考える『正しい生活』を一方的に強いるのはおかしいですよね。飼い猫の性格を理解したうえで健康を維持できる環境を整える、という考え方が自然ではないでしょうか」(谷口さん)

定期的な健康チェックや往診 もしもの時にも対応

「ペット可のシェアハウスを始めるにあたって、なにか特徴がないと入居には至らないだろうし、猫の健康に関するサービスは特に充実させることにしました」と谷口さん。「KOTERA」で暮らす猫と飼い主のために、いくつかのサービスを用意しています。

・年1回の健康診断、月1回の健康チェック・爪切り・ノミ予防(無料)
・入居猫への往診(往診無料、別途治療費)
・慢性腎臓病などの慢性疾患をもつ猫に必要な薬や処方食を優遇
・最新フードやサプリメントの情報共有

(画像提供/KOTERA)

(画像提供/KOTERA)

月に1回、谷口さんが来訪して健康チェックや爪切り、ノミ予防を行います。爪切りが苦手な飼い主や猫は多いと思いますが、その点、定期的にプロに切ってもらえるのは安心です。

往診が無料というのも、移動や病院がストレスになってしまう猫にとってはありがたいですね。多忙で通院が難しい飼い主も時間をつくりやすくなるため、健康チェックは好評だそう。

また、腎臓病は高齢の猫の発症率が高いため、薬や処方食が今すぐ必要ではない飼い猫にとっても、いざというときの支えになればと考えているそう。何よりも、専門医にすぐ相談できる環境があるということが心強いと感じました。

絶妙な距離感で一つ屋根の下に住む

シェアハウスにつきものなのが、ほかの入居者との相性問題。「KOTERA」の場合は猫同士の相性にも気をつけなくてはいけません。円満な猫関係のために、どのような対策を取っているのでしょうか。

「入居前のヒアリングで猫の性格などを聞き、先住猫とやっていけそうかをある程度判断します。入居後は個室に置いた3段ケージの中で過ごしてもらい、慣れてきたら少しずつ行動範囲を広めて先住猫と対面します。このあたりは普通の多頭飼いとあまり変わらないかなと」(谷口さん)

3段ケージ(右)、個室、共用部と少しずつ環境に慣らしていく(画像提供/KOTERA)

3段ケージ(右)、個室、共用部と少しずつ環境に慣らしていく(画像提供/KOTERA)

猫同士が十分な距離を取れる環境のため、相性の合わない猫たちがずっと一緒にいてストレスがかかることはないそう。仲が悪くも良くもないという、猫らしい絶妙な距離感でそれぞれマイペースに過ごしています。

入居者の居室でリラックスする猫(画像提供/KOTERA)

入居者の居室でリラックスする猫(画像提供/KOTERA)

また、安全のために「KOTERA」では飼い主の不在中は飼い猫を個室にとどめておくというルールを設定。飼い主が出入りする際の玄関ドアからの脱走や、キッチンなど危ない場所への立ち入りを防ぎます。

キャットウォークにもなるウォールシェルフなど、入居者の個室にも猫が動き回れる工夫が(画像提供/KOTERA)

キャットウォークにもなるウォールシェルフなど、入居者の個室にも猫が動き回れる工夫が(画像提供/KOTERA)

エサやトイレは、入居者それぞれの個室に設置。ほかの猫にエサを食べられたりトイレを使われたりというトラブルを避け、臭い対策にもなります。

家賃が猫のためになる 保護猫支援の取り組み保護猫団体「CAT’S INN TOKYO」の活動の様子。同団体の代表と谷口さんは知り合いで、猫に関するさまざまな活動を一緒に行ってきた(画像提供/CAT’S INN TOKYO)

保護猫団体「CAT’S INN TOKYO」の活動の様子。同団体の代表と谷口さんは知り合いで、猫に関するさまざまな活動を一緒に行ってきた(画像提供/CAT’S INN TOKYO)

「KOTERA」では、保護猫支援にも取り組もうとしています。板橋区で里親募集型保護猫カフェの運営や猫の飼育講座を行う団体「CAT’S INN TOKYO」と提携し、保護猫を一定期間預かってお世話をする「預かりボランティア」をシェアハウスで実施予定。エサ代など費用の一部は、シェアハウス入居者の家賃からまかなわれます。

保護猫を迎えたいと思っていても、一人暮らしだと譲渡が難しいケースもあります。「KOTERA」では入居者が保護猫を飼う際、迎え入れる猫の相談や飼育のアドバイスなど、「CAT’S INN TOKYO」と谷口さんがサポートするそうです。

「猫と暮らしたい人、猫と暮らす適性があるか分からない人に、保護猫の迎え入れや預かりボランティアを通じて猫との生活の機会を提供できれば」(谷口さん)

「うちの子こんなに動けたんだ」 実際に入居してみて

「KOTERA」での生活や猫たちの様子について、入居者の方にもお話を伺いました。

入居定員は3名で、それぞれ鍵付きの個室(約5~6畳)を備える(画像提供/KOTERA)

入居定員は3名で、それぞれ鍵付きの個室(約5~6畳)を備える(画像提供/KOTERA)

入居者・ハルカさん(仮名)の飼い猫は3匹。もともと自分で飼っていた猫たちに加え、実家の猫も引き取ることになったタイミングで引越してきました。

「複数匹を飼える賃貸物件はなかなかないので、ありがたかったです。物件自体が広くて猫たちの住み心地がいいのはもちろん、私自身は備え付けのダブルベッドが快適で気に入っています(笑)」(ハルカさん)

ハルカさんの飼い猫、ちろちゃん(左)とチーズちゃん。ダブルベッドですやすやと眠る(画像提供/KOTERA)

ハルカさんの飼い猫、ちろちゃん(左)とチーズちゃん。ダブルベッドですやすやと眠る(画像提供/KOTERA)

もう一人の入居者・ナツコさん(仮名)の飼い猫は、KOTERAに住む猫たちの中で唯一のオスでいちばん年下の新入り。ほかの猫と暮らした経験もありませんでしたが、たまに先輩猫に追いかけ回されたりしつつも、おっとりとマイペースに過ごしているそうです。

ナツコさんの飼い猫・とのくん 窓辺でまったり(画像提供/KOTERA)

ナツコさんの飼い猫・とのくん 窓辺でまったり(画像提供/KOTERA)

「とのは運動があまり得意じゃないと思っていたんです。でもここに引越してから活発に動き回っていて、うちの子こんなに動けたんだ、と驚きましたね。広い環境だからこそ知れた、新たな一面です」(ナツコさん)

入居者はお互いの猫を可愛がるのはもちろん、それぞれの猫の面倒を見ることもあります。朝急いで外出しないといけない時は、お互いの同意のもと、まだ家にいる相手に自分の飼い猫を自分の居室に入れるのを頼んだりするそうです。

膝に乗るのが大好きなちろちゃんは、よくナツコさんの膝の上でくつろいでいる(画像提供/KOTERA)

膝に乗るのが大好きなちろちゃんは、よくナツコさんの膝の上でくつろいでいる(画像提供/KOTERA)

日中は2人とも外出して働いていますが、リビングで会うと必ず雑談したり、ときにはハルカさんがナツコさんにおすすめして2人ともハマったというアイドルの動画を一緒に観たり、入居者同士もゆるやかな関係を築いているそうです。

シェアハウスでの猫との生活は、1人では実現できないような居住空間やサービスを愛猫に与えられること、価値観の似ている入居者同士が気兼ねない距離感で暮らせることが魅力ではないでしょうか。何よりも、「人の飼い猫も思う存分可愛がれる」というのが、猫好きにとっては心惹かれるポイントかもしれません。

●取材協力
・KOTERA
・猫の診療室モモ 院長 谷口史奈さん

空き家リノベを家主の負担0円で! 不動産クラウドファンディングが話題 鎌倉市・エンジョイワークス

人口が減り始めた日本では、売ったり、貸したりといった活用がなかなか進まない「負動産」と揶揄される空き家が増えています。一方で、所有者の経済的な負担を減らしつつ、住まいとして現代の暮らしに合うよう、再生する試みがはじまっています。どんな仕組みなのでしょうか。仕掛け人の株式会社エンジョイワークスが始めた「0円! RENOVATION 」の取り組みを、実際のプロジェクト「鎌倉雪ノ下シェアハウス」とともにご紹介しましょう。

鎌倉駅から徒歩12分。空き家が海を見下ろすシェアハウスに

2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台でもあり、日本を代表する古都・鎌倉。戦前から避暑地として栄え、今なお「住みたい街」として根強い人気があります。そんな鎌倉駅から徒歩12分、細道を抜けた緑豊かな小高い丘に、今年、一軒家を改装したシェアハウスが誕生しました。

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もともとこの一軒家は1960年に、個人の邸宅として建てられたものです。ここ15年ほど空き家になっていましたが、2年程前にこの建物に一目惚れした現オーナーが購入し、別荘として活用する計画だったそう。とはいえ、空き家だったため、建物の痛みが激しく、個人でDIYをして利用するのは難しいと断念、取り壊すには惜しいことから旧村上邸などの「鎌倉市内はじめ湘南エリアでの空き家再生」に実績のあった「エンジョイワークス」に物件を委託されたそう。

物件活用の方法として、ドミトリーなども考えられましたが、個室がしっかりとれること、昔から住んでいる地域の住民との関係、鎌倉らしい暮らしができる立地など、もろもろを考慮して、「シェアハウス」として活用するアイデアが出たそう。

シェアハウスとなる個室は全5部屋、家賃は部屋ごとに異なるものの、平均で7万5000円(Wi-Fi使用料、共益費込み)。庭には桜や紅葉が植えられていて、2階の一部の部屋からは海が見え、隣接した鶴岡八幡宮から早朝に祝詞(のりと)も聞こえるなど、まさに「鎌倉らしい暮らし」を満喫できる物件です。

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

建物には、部屋にマントルピース(装飾暖炉)があったり、化粧梁があったりと、かつての所有者の思い入れを感じる、凝った造りです。今回、1100万円ほどの費用をかけてリノベーションし、現在の暮らしに合うように、手すりをつける、壁を塗り直す、キッチン・設備などを交換する、傷んでいる部分を直すといった工事をしていますが、照明やバス・洗面所などはあえてそのままとし、物件が持つレトロな味わいを極力、残すようにしたといいます。

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

「大きな庭もありますので、ハーブや野菜などを育てることもできます。ゆっくり、ていねいな暮らしをしたいと考える女性に住んでもらえたらいいなと思っています」と話すのは、物件の企画・運営に携わる株式会社エンジョイワークスの事業企画部の羽生朋代さん。

物件所有者も投資家も、入居者も。みんながうれしい仕組みとは?

驚くのは今回の物件改修に際し、物件所有者の負担は「ゼロ円」だという点です。では、どのような仕組みになっているのでしょうか。

まず、物件所有者はエンジョイワークスと定期賃貸借契約を結びます。このときの賃料は、1年間の固定資産税程度の金額です。次にエンジョイワークスがプロジェクトに興味のある人に物件を紹介し、活用のための資金とアイデアを募ります。エンジョイワークスは不動産特定共同事業の匿名組合営業者としてファンドを組成し、ファンドに出資する投資家を募ります。

図版提供:エンジョイワークス

図版提供:エンジョイワークス

今回の「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の場合、リノベーション費用にかかる総額を約1100万円と想定、1口5万円からの投資を募ったところ、約30名の投資家が「参加したい」と申し出があったそう。

ファンド募集期間中は、エンジョイワークスがイベントや意見交換会を4回ほど実施し、プロジェクトの認知を高め、共感を集め、投資家を募り、集まったファンド資金でリノベーション工事を進めます。今後は、エンジョイワークスが一定期間シェアハウスとして運営し、投資家へ利益を還元したところで、オーナーに返却するという仕組みになっています。

鎌倉は住みたい街として人気はあっても、「そもそも賃貸募集物件が少ない」「鎌倉らしい物件が少ない」という弱点を抱えているそう。今回のシェアハウスは、そうした「鎌倉らしい物件を提供する」という意味でも、入居者にもメリットがある、まさに「いいことづくめ」のプロジェクトといえるのです。

ここで、入居者を含めた4者のメリットを整理してみましょう。

入居者を含めた4者のメリット

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

一般に建物所有者が古民家を改修して、現代の暮らしにあうようリノベーションしようとしても金融機関からの融資が受けられない(個人・法人問わず、土地の評価額以上の借り入れが難しい)ため、税金ばかりかかって個人では維持しきれないというのが、古民家再生の大きな課題になっています。

この「0円! RENOVATION 」は、そうした所有者の負担を極力減らし、個人や企業などで事業を応援したい人からの投資という形で資金をまかない、再生するというのが大きなポイントといえそうです。また、日本には家を持っていても、「再生しようにもお金も知識もない」「誰かわからない人には貸したくない」「手放したくない」という人は多いもの。建物の良さを再発見、価値化できるのであれば、「うちもお願いしたい」という人も増えてくることでしょう。

投資家は利益よりも、「つながり」「地域活性化」「空き家再生」「社会課題の解決」に興味大

では、投資家にはどのような人が多いのでしょうか。一般的な不動産投資よりも、「プロジェクトが小さいこと」「アイデア」が出せる点が魅力に思えますが、どのような点に惹かれて、投資を決めるのでしょうか。

「利益というよりも、シェアハウスの運営を学んでみたい、地域の活性化に興味があるといった人が多いように思えます。また建物が好き、プロジェクトに参加してみたい、DIYを手伝いたいといった人もいらっしゃいましたね」と話を聞いていると、単に利益を求めて出資するというよりも、「つながり」「建物再生に携わりたい」「地域をよくしたい」という思いが背景にあるようです。

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

また、今回の物件は、かなり山深い場所に建っています。そのため、当初は庭全面に野草が生えている状態だったそう。そこで、草刈りイベントを実施したところ、投資家を含め協力的な参加者が多く1時間程度であっという間に庭がきれいになったそう。その後に実施したイベントも盛況で、単に投資しておしまいではなく、「社会への投資をしたい」「携わっていきたい」という関心の高さが伺えます。

「やはり、空き家や地域再生に関心が高いんだなと思いました。みなさん、あの建物がどのように再生していくのか、ワクワクしていらっしゃるようです。一方で私は運営の当事者でもあるので、早く入居者に入っていただき、利益を還元していかないといけないという、責任を感じています」

こうしていくと、物件を通して、オーナーさんと投資家のみなさんが、「建物の再生の物語」を共有しているように思えます。

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉に限らずですが、日本全国、不動産を持て余しているオーナーさんはたくさんいらっしゃいますし、よい物件がないという入居希望者もたくさんいらっしゃいます。『自分がいいと思うものに投資したい』『社会をよくするためにお金を使いたい』という投資家もたくさんいらっしゃる。こうした思いを結びつけて、地域の資産である建物や住まいを守っていけたら」と羽生さん。

現代の法律と金融の仕組みでは、どんなに思い入れのある建物でも、残し、住み繋いでいくことは、かんたんなことではありません。その一方で、「空き家のまま終わらせたくない」「建物を残したい」「物件を地域に開いて、暮らしを豊かにしたい」という志を持った人は確実に増えています。家を「負動産」ではなく、価値ある「不動産」にするカギは、不動産とお金、そして人と人を結びつける仕組みにありそうです。

●取材協力
エンジョイワークス
0円! RENOVATION

子育てや家事もシェアする「シェアハウス日日」。孤育てや強制ない距離に共感、学生や会社員の入居者も

住まいを探すときの選択肢として、すっかり定着したシェアハウス。家賃をおさえるため、趣味を共有したい、異文化交流したい、など目的に合わせてさまざまなタイプがありますが、多いのは20代から30代のシングル向けの、大人がほどよい距離を保ちながら暮らすという物件です。ただ、今回はそんな物件とはちょっと趣が異なる、子育てやDIYなど、暮らしを分け合うシェアハウスをご紹介します。

築90年の古民家に子育て中の夫妻、入居者4人が暮らす階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

DIYや食事、子育てといった日々の営みを“シェア”する「シェアハウス日日(にちにち)」は、北千住駅から少し歩いた住宅街の一角にあります。長年、空き家となっていましたが、所有者が活用方法を模索するため行政主催の空き家活用コンペにこの物件を提供。Tさんたちの企画が採用され、シェアハウスになることが決まったといいます。現在、暮らしているのは、管理人ご夫妻とそのお子さん、入居者4名の計7名です。管理人のTさん、Kさん夫妻はシェアハウスの運営をしつつ、古民家をリノベーションした日用品と喫茶の店「KiKi北千住」を営んでいます。

「シェアハウスの運営を通じて、暮らし方や建築、不動産のあり方を考えています」(管理人のTさん)といいます。

口コミや紹介などで自然と次の人が決まっているとのことで、「常に満室フル稼働」というよりは、住まいや暮らしの価値観の合う、理解のある人を求めているそう。
建物の築年数は古いものの、基本的な内装とバスやトイレなどの水回り、キッチンはプロの手によって改修されています。間取りは1階にキッチン、リビング、バストイレ、ご夫妻の居室、2階に寝室があり、家賃は5万円、共益費が1万4000円。1階のLDKのほか各部屋もDIY可能で、共有部分にはDIY道具も置いてあります。
基本的に入居者は自炊して暮らしていますが、時間が合う時には食材を持ち寄ってパーティをしたりします。

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

取材前、シェアハウスで子育て、食事を分け合っていると聞いて、あまりイメージがわかなかったのですが、実際に和やかにランチをともにしている様子を拝見していると、とても自然な様子です。まるで昔からの友人や親戚のようなあたたかさに驚きます。

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

“孤育て”やイライラとは無縁! シェアハウスでの子育て

ご夫妻で決めた上でシェアハウスで子育てをしているわけですが、まずはその成り立ちから聞いてみました。

妻のKさんはこう言います。「シェアハウスの運営を通じて、子育てを夫婦以外の第三者も巻き込んで、ゆるやかなコミュニティの中でする方が、親にとっても子どもにとってもよい環境なのではないかと思い、試してみたかったんです」

そのため、シェアハウスの企画が立ち上がり、夫のTさんからシェアハウスで子育てしようという話が持ちかけられたとき、ここで子育てをするというのは実に自然な流れだったといいます。

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

入居時、建物は未完成の状態でしたが、その後、入居者といっしょに壁を塗ったり、床を貼ったり、棚をつくったりと、DIYを続け、現在のかたちに落ち着いています。夫妻は共働きのため、現在、娘さんは保育園に通っていますが、まだまだ手がかかる年齢です。シェアハウスでの子育ては、まわりに気を使って大変ではないんでしょうか。

「子どもがいることに理解をして入居してもらっているので、寧ろ子ども好きな人が多いですね。ごはんづくりやお風呂、トイレといったちょっとした時間も、入居者のだれかが娘の面倒を見ていてくれることもあります。小さなことかもしれないけど、ストレスがなくて助かっています。親以外の大人が、子どものことを可愛がってくれると、子育ての喜びも増しますし、逆に大変なことも笑いあえる環境というのがとても有難いです」とKさん。

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんは入居者みんなのアイドル、かわるがわるに遊んでもらったり、抱っこしてもらったりと、可愛がられています。親戚のような、きょうだいのような、「ゆるい親戚」という言葉が実にしっくりきます。

「夫が料理好きで、食いしん坊なんです。ふるまうのが好きで、それで突然、パーティがはじまることも多いですね」とKさん。Tさんが自然と続けます。
「近所に足立市場があるんですが、お刺身にしたり、鍋にしたり。新鮮な魚が近くにあって、市場に行くだけでもイベント感があるので楽しめます」とにこやかです。ほかにも味噌をつくったり、たこ焼きパーティをしたり、誕生日を祝ったりしています。

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

「東京にあるもう一つの実家」。居心地の良さに出たくないほど

では、入居者はどのように感じているのでしょうか。大学生のAさんは、半年ほど前に別のシェアハウスからこのシェアハウスへ引っ越してきた住人です。通学にかかる時間は増えてしまいましたが、居心地のよさから「第二の実家」とまで言い切ります。

「前に暮らしていた知人のデザイナーさんから、お部屋を引き継いで暮らしているのですが、あまりにも居心地良すぎて、大人になってもずっとここに住んでいたいです(笑)」とおっとりと話します。前の住人が壁を白く塗ってくれていた部屋の雰囲気に合わせて、フローリングシートを張ったり、ロフトの壁を塗ったりお部屋をAさんらしくアレンジしています。

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

「室内の白い壁は前の入居者さんががんばってDIYして、白いまま残してくださりました。インテリアは私の好みのものを揃えたのですが、白い壁の雰囲気とよくマッチしていて、すべてがいい感じなんです」といいます。あまりにも暮らしが快適なため、「欲しい物もあまりないかな」と話すほどで、その満足度の高さが伺えます。Tさん夫妻の娘とも仲良しです。

「年の離れたお姉さんというよりも、純粋に友達という感じでしょうか。いっしょになって遊んでいます。めちゃくちゃかわいくて毎日癒やされてます。」といい、子どものいる暮らしがとても楽しいよう。

意地悪な質問ですが、シェアハウスにありがちな生活音やトラブル、暮らしでいやな経験をしたことはないのでしょうか。
「管理人夫妻がいっしょに住んでいらっしゃるので、何かあっても感情的になるのではなく、冷静に『指摘』してくれるので助かっています。通勤してくる管理人、清掃スタッフだとまた違うのではないでしょうか。トラブルや困りごとはないですね」といいます。このあたり、入居前に顔をあわせていたり、紹介を経由して人が集まったりすることで、「入居者同士の感覚が近い」のもあるのかもしれません。

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

もうひとり、1カ月ほど前からここで暮らしはじめたFさんにもお話を伺いました。

「出身は千葉ですが、以前は福岡で一人暮らしをしていました。この春に東京に戻ってくることが決まり、家具家電をそろえる費用がかからないシェアハウスを探していたんです。管理人Tさんが私の大学の先輩というご縁もありましたし、勤務先の近くにあるので、通勤にも便利ということで、入居を決めました」と立地や実用性も重視しての入居となったそう。入居して間もないものの、すでにシェアハウスに馴染んでおり、前出のAさんのことはまるで妹のようと話すなど、気持ちのよい関係が築けています。 

「入居前に心得をブログにまとめてくれていたので、共通理解ができているのは大きいと思います。共有部分の掃除や汚れが気になることもないし、分担も自然とできています」。なるほど、管理人夫妻の人柄やシェアハウスでつくりたい「暮らし」のイメージが明確だからこそ、大きくぶれないのかもしれません。

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

今後の展望についてTさんに聞いてみました。
「昨今、北千住の人気が出てきてしまったので、なかなかいい物件と出会いにくくなっているというか。ただ、空き家活用や建築のお悩みごとや街への想いは地元のみなさん、お持ちなんですね。物件との出会いは人との出会いでもあるので、不動産や建築を通して、この街にもっと根ざしていけたらいいなと思います」とTさん。

この建物ができた今から90年ほど前の日本では、長屋暮らしが一般的でしたし、家族や親類縁者、住み込みの従業員でいっしょに食事をしたり、建物の普請や手直しをすることが多かったはずです。シェアハウス日日の暮らしがなんとなく懐かしいのは、新しいようでいて、実は古くからある暮らしそのものだからなのかもしれません。

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
シェアハウス日日

空き家に住み込んでDIY! 家がない人に住まいと仕事を「Renovate Japan」

住まいがなく、仕事に困っている人が、住み込みのアルバイトとして空き家のリフォームに参加し、一時的に住居と収入を得ることで生活の立て直しを図ってもらうソーシャルビジネスが登場。“誰もが生きやすい社会”のために会社を立ち上げた「Renovate Japan(リノベートジャパン)」の甲斐隆之さんに起業のきっかけや現状のお話をインタビューするとともに実際に利用した方にも感想を伺いました。

住まいのない人と日本の空き家を結びつける新発想(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

日本の相対的貧困率(その国の大多数の人々の文化・生活水準と比べて貧しい状態にある人の割合)は15.7%(2018年 厚生労働省 国民生活基礎調査の概況)と、国民の約6人に1人。先進国を中心に38カ国が加盟するOECD諸国の中でも高い数値になっています。ホームレス状態の人の数は、全国で3824人(2021年 厚生労働省 ホームレスの実態に関する全国調査結果)。ネットカフェなどで生活する住居喪失者は都内で推定約4000人(2018年 東京都 住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書)と推計され、住居と収入に困難を抱える方の問題とどう向き合っていくかは、日本の重要な課題と言えるでしょう。

東京都国分寺市を拠点にする「リノベートジャパン」は、総住宅数に占める割合が13.6%、全国に846万戸(2018年 総務省 住宅・土地統計調査)もある日本の空き家問題に着目し、“余っている住まいと、住まいのない人”を結びつけ、困難の解決を図る会社です。

その仕組みはこう。
同社が空き家のオーナーに物件を賃貸化してもらえるよう交渉。ライフラインの整備や基本的なリフォームを行った後、生活困窮者とされる方がアルバイトとして加わり、DIYで内装を整えます。作業中はその物件に住めるようにし、シェルターとしても機能します。スタッフが仕事に就くための話を聞いたり、セーフティネットを紹介したりして支援。一定期間、家と仕事が確保される状況をつくり、次のステップに進みやすくなるのです。さらに改修した物件は、主に外国人や性的少数者といったマイノリティの方を対象にしたシェアハウスとして運営することで、作業にかかった費用を回収します。

(資料提供/リノベートジャパン)

(資料提供/リノベートジャパン)

学生時代と前職での経験を糧に“生きやすい社会”に取り組む

起業したのは、まだ20代の甲斐隆之さん。
大学時代は海外インターンシップ事業や国際学生寮の学生団体で活動し、大学院では開発経済学を専攻。卒業後は日系大手のシンクタンクに就職し、インフラ政策をはじめとした公共コンサルタントに携わってきました。

左から3番目が代表の甲斐隆之さん(左から「リノベートジャパン」のメンバーの吉田佳織さん、池田大輝さん、甲斐さん、木村剛瑠さん、元メンバーの杉浦悠花さん)(写真提供/リノベートジャパン)

左から3番目が代表の甲斐隆之さん(左から「リノベートジャパン」のメンバーの吉田佳織さん、池田大輝さん、甲斐さん、木村剛瑠さん、元メンバーの杉浦悠花さん)(写真提供/リノベートジャパン)

社会人になって約5年での挑戦は、これまでの経験が実を結んだからと言えますが、根底には甲斐さんならではの深い想いがあります。

小学生のころに父親を亡くし、母子家庭で育った甲斐さんは、遺族年金などの社会のセーフティネットに支えられてきました。一方で家庭の事情により中学1年生までの数年間をカナダで過ごした帰国子女。いわゆる“普通”のあり方とは違っていただけに、レッテルを貼られて偏見を感じたり、家庭を気づかって周囲と違う選択をしたりすることが少なくなく、アイデンティティの葛藤から自分は社会に馴染めないのではと思っていたそう。
そんななか、大学生のときにある気づきがあります。

「ある授業で貧困問題を学んだときのこと。機会に恵まれないために社会的な安定から外れてしまう人がいると知ったんです。自分はたまたまセーフティネットなどに救われましたが、ともすると同じだったかもしれません。
その人の望んでいることが、置かれている事情で左右されることがあってはいけない。道を狭められることのない“生きやすい社会”をつくりたいと強く思うようになりました」

大学3年生の時に、インド・ムンバイのNGOでインターンしていた時にスラム街を訪れた際の甲斐さん(2015年)(写真提供/甲斐さん)

大学3年生の時に、インド・ムンバイのNGOでインターンしていた時にスラム街を訪れた際の甲斐さん(2015年)(写真提供/甲斐さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

前職の経験から、「公的機関の役割は大きいが、限界がある。個々のニーズを満たす福祉を民間でつくっていけたら」と思うようになっていた甲斐さん。とくに住居も仕事も失っている人が一時的に利用する宿泊場所は、公的なものだと相部屋になったり規則が厳しかったりして、ストレスになりがちと聞いていました。1人ひとりが満足する空間を考えたとき、「空き家を宿泊場所にして、生活の立て直しを考えている人と結びつけられないか」と着想したそう。

甲斐さんのアイデアのポイントは、リフォームで付加価値をつけた物件をシェアハウスにし、資金回収ができるようにしたところ。助成金に頼り切らない、企業として自走できる体制だからこそ、自由な取り組みをしていけるのだと話します。

「幸い学生時代や前職で、ゼロからイチをつくるプロジェクトに関わってきたため、ビジネスをはじめるイメージはついていました。加えて事業内容は1軒1軒の空き家の改修というシンプルなもの。大がかりな構想や資金を立てなくてもスモールステップで進めてゆけて、負担が少ないことにも背中を押されました」

支援団体とも提携。包括的なサポート体制で入居者を迎える

仲間たちに声をかけ、2020年10月に事業をスタート。物件は自治体の「空き家バンク」を活用するほか、地元の不動産会社に相談したり、まちづくりの場で情報収集したりして選定しています。国分寺市・小平市の建物がまもなく完成予定で、現在は3件目となる東久留米市の物件を改修中です。

物件は住居と仕事に困った人の宿泊場所として需要が見込まれる都心に近いエリアが中心。一軒家のほかアパートも対象です(写真提供/リノベートジャパン)

物件は住居と仕事に困った人の宿泊場所として需要が見込まれる都心に近いエリアが中心。一軒家のほかアパートも対象です(写真提供/リノベートジャパン)

「空き家のオーナーの理解を得るのが一番大変なところです。正直、生活を立て直そうとしている人が利用すると聞くと、どんな人か分からないことから不安に感じる人や、近隣へ特別な配慮が必要ではないかと懸念されることもあります。宿泊場所になるのは改修を終えるまでの期間であることや、その後の利用についてのプランを説明すると、なかには『社会貢献になる』と喜びを感じていただけることも。積極的なオーナーに出会えるとありがたいです」

会社のスタッフ以外に、住み込みでアルバイトをするメンバーは“リノベーター”と呼び、支援団体と連携して募るようにしています。物件の規模が小さいため、1軒で受け入れられるのは1~2名。さまざまなケースが想定されるため、対応に配慮の必要を感じたときはスタッフから心理士に相談したり、公的な窓口につないだり、包括的にサポートしています。

(資料提供/リノベートジャパン)

(資料提供/リノベートジャパン)

「ここが各種の相談窓口につながったり、アクセスしたりするときの拠点となり、ハブのような役割を果たせたらと思うんです。そうした場所に相談役がいたら安心だと思っていて、私たちはそれを目指しています」

空き家のDIYにはスタッフも参加。スタートから約1年で、これまで3名(9月27日現在)のリノベーターを迎えました。

「本人のやる気を促し、仲間として応援するスタンスでいます。ただ心理的な負担をかけないことも大事にしていて、時間のあるときに入れて気兼ねなく帰りもできる、出入り自由なアルバイトになるようにしています」

DIYを楽しみながら自然とスタッフと関り、前向きにステップ

今夏、リノベーターを経験したSさん(20代女性)にお話を伺いました。

家に居場所がない人たちの力になりたい、と10~20代の若者に向けた支援団体でボランティアをしていたSさんは、自身も家に居づらいと感じることがあり、一時期、ネットカフェなどを転々と生活していました。そんなときに支援団体を通して「リノベートジャパン」を知り、思い切って連絡。リノベーターをすることになります。

「参加したのは安心できる環境で生活を立て直したいのもありましたが、何かをイチからつくる過程が好きなのと、事業内容が新しくて興味が湧いたのが大きいです。
壁のペンキを塗ったり養生テープを貼ったりする作業に週2時間・2カ月間ほど参加。ものができあがっていく達成感を味わえましたし、作業している間に住む部屋としてもとても快適でした」

DIY中のスタッフとの関わりも、プラスになったと言います。

「私は気分に波があったり、不眠などに悩んだりしていたのですが、そういうことはもちろん、些細なことも気にかけていただき、定期的に相談に乗ってもらいました。
これまでは『自分なんかが助けを求めてはいけない』『もっと大変な人がいるのだから我慢をしなくては』と思いがちでした。でも、辛さは比べられるものではなく、辛いかどうかは自分が決めるものだと気づけたし、困っているときはまわりがどう思おうが関係なく、いろんなところを頼ろうと思えるようになりました。
スタッフにはいろいろな人がいますが、自分の話をちゃんと聞いて、サポートしていただける本当にいい方々です」

DIY中の様子。楽しく作業をすればスタッフとの垣根が低くなります(写真提供/リノベートジャパン)

DIY中の様子。楽しく作業をすればスタッフとの垣根が低くなります(写真提供/リノベートジャパン)

リノベーターが入居する前に、スタッフらで宿泊場所にする部屋やベースの改修を行います(写真提供/リノベートジャパン)

リノベーターが入居する前に、スタッフらで宿泊場所にする部屋やベースの改修を行います(写真提供/リノベートジャパン)

左/改修前の1F和室 右/完成してきれいになった部屋(写真提供/リノベートジャパン)

左/改修前の1F和室 右/完成してきれいになった部屋(写真提供/リノベートジャパン)

DIYを終えてSさんは現在、以前からアルバイトをしているNPO法人で正社員になることを目標に働いているそう。今回の経験は、未来への想いを強くすることにつながっています。

「生きづらさを抱えている若者たちを、私がしてもらったように上手く巻き込んで居場所をつくっていきたいです。『1人で何とかしなきゃ』と思わず、困ったときは『こうした団体もあるよ』『見知らぬ人についていくならここにまず頼ってみよう!』と伝えていきたいです」

若者を支援する意欲を高まらせているSさん。その1つひとつの言葉に希望が感じられました。

この活動を社会に広めたい! 1年で得たノウハウを公開予定

「1軒1軒、質を重視して手がけている分、リノベーターの方から『こういう場所があってよかった』と言ってもらえるとありがたいです。スタッフからは『社会問題を学びつつ、現場でDIYを楽しめるのがいい』と言ってもらえます」

週一回ほど定例のミーティングで状況を報告。今後どういうステップを踏むかなどを話し合います(写真提供/リノベートジャパン)

週一回ほど定例のミーティングで状況を報告。今後どういうステップを踏むかなどを話し合います(写真提供/リノベートジャパン)

今後は、新規開拓をいったん休んで、これまで得てきたノウハウをマニュアル化し、外部に公開することを考えているそう。

「自分たちの実績を重ねるのも大事ですが、『同じことがしたい』という人が、すぐはじめられるようにしたいんです。課題解決のひとつの形として社会に浸透させていきたいと思っています」

この活動は誰かのためになるのはもちろん、自分のためになると語る甲斐さん。そのぶれない姿勢と仲間たちがある限り、着実に広がりを見せてゆくことでしょう。

●取材協力
リノベートジャパン
●厚生労働省
ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について
●東京都
住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書(18ページ)
●総務省
平成30年 住宅・土地統計調査
住宅数概数集計
●国土交通省
平成30年住宅・土地統計調査の集計結果
(住宅及び世帯に関する基本集計)の概要

商店街のシェアハウスで “街×人”の化学反応はじまる!「寿百家店」で北九州市黒崎が再燃中

福岡県北九州市黒崎の「寿通り商店街」を、“ニューノーマルな商店街”に生まれ変わらせるプロジェクト「寿百家店」。商店街の一部区画をフルリノベーションし、店舗とシェアハウスを創出するこの取り組み。シェアハウス「三角フラスコ」の入居もスタートして、これまでにない化学反応が起こりつつある。
シャッター通りが、なごやかでにぎわいのあるアーケードにJR黒崎駅からアーケードまでは雨に濡れずに移動できて便利(写真撮影/加藤淳史)

JR黒崎駅からアーケードまでは雨に濡れずに移動できて便利(写真撮影/加藤淳史)

北九州市内で小倉に続く規模の街・黒崎。JR黒崎駅前から扇のカタチのように広がる黒崎商店街は、1901年の官営・八幡製鐵所の創業をきっかけに発展してきた。1970~80年代に黒崎で青春時代を過ごした人々は「小倉や博多よりにぎわいのある街だった」とも語る。

昭和~平成~令和と時代は流れて、JR黒崎駅から徒歩約6分の「寿通り商店街」はシャッター通りと化していた。2016年時点で13店舗中8店舗が空き店舗。そのうち3店舗分(174.83平米/52.88坪)をリノベーションし、1階にテナント11区画、2階にシェアハウス4室+LDKをつくったプロジェクトが「寿百家店」だ。

シャッター通りと化していた「寿通り商店街」(写真提供/田村晟一朗さん)

シャッター通りと化していた「寿通り商店街」(写真提供/田村晟一朗さん)

2020年5月にスタートした「寿百家店」プロジェクトの中心人物はPR・企画会社「三角形」代表の福岡佐知子(ふくおか・さちこ)さんと、建築事務所「タムタムデザイン」代表の田村晟一朗(たむら・せいいちろう)さん。その想いやプロジェクトの経緯はこちらの記事で詳しく紹介されている。

2021年8月時点で、1階のテナント11区画はすべて入居が決まり、取材で訪れた日は子どもたちが参加するワークショップも開催中。集まった人々の楽しそうな声であふれていた。

飲食店やショップ、サロンが入居する「寿通り商店街」(写真撮影/加藤淳史)

飲食店やショップ、サロンが入居する「寿通り商店街」(写真撮影/加藤淳史)

黒崎商店街のお店や住民たちによるコミュニティが運営する無人の古本屋も登場(写真撮影/加藤淳史)

黒崎商店街のお店や住民たちによるコミュニティが運営する無人の古本屋も登場(写真撮影/加藤淳史)

「寿百貨店」が運営する無添加ラーメンと人形焼の店「あんとめん」(写真撮影/加藤淳史)

「寿百貨店」が運営する無添加ラーメンと人形焼の店「あんとめん」(写真撮影/加藤淳史)

「あんとめん」のラーメンのかまぼこに「寿」の文字が(写真撮影/加藤淳史)

「あんとめん」のラーメンのかまぼこに「寿」の文字が(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウス開業の狙いは、街の密度を高かめたかったから

商店街の2階にイベントスペースなどではなく、シェアハウスを選択したのは「街の中心部における“人”や“暮らし”の密度を高めたかったから」と田村さんは話す。かつて商店街の2階には店主ファミリーが暮らすのが定番だった。しかし時代の変化で2階はオフィスや倉庫になるパターンが増えていった。

「夜の商店街に灯りがともったら人の気配があり、何より安心です。 またいろいろな人が商店街に暮らすことで多様性が生まれ、可能性も広がる。ですからシェアハウスがいいねと決まったんです」

福岡県行橋市の商店街にもアーケードハウスを立ち上げたことがある田村さんの経験も活きた。

ただ田村さんも福岡さんも口をそろえて「どんなシェアハウスがいいのか、なかなかイメージが固まらなかった。そもそも黒崎にシェアハウスの需要があるのか?とも考えていた」という。1階のテナント誘致が好調だったが、2階に関してはモヤモヤしたまま日々が過ぎていった。

シェアハウス「三角フラスコ」の一室。右側の窓は古い木枠のまま。採光のため右側の小窓2つを新設した(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウス「三角フラスコ」の一室。右側の窓は古い木枠のまま。採光のため右側の小窓2つを新設した(写真撮影/加藤淳史)

部屋の窓から眺めるアーケードの景色。明るくて想像していたよりも圧迫感がない(写真撮影/加藤淳史)

部屋の窓から眺めるアーケードの景色。明るくて想像していたよりも圧迫感がない(写真撮影/加藤淳史)

地元・黒崎出身者が入居して、商店街を少しずつ変えていく

そんな折、「寿百家店」のInstagramにメッセージが届いた。第1号の入居者となる堀 加奈恵(ほり・かなえ)さんからだ。北九州市内で働く堀さんは、ひとり暮らしをいったん終えて黒崎の実家に戻り、また新たに一人暮らしができる住まいを探していた。

「多様な人と出会えるシェアハウスに住んでみたくて、北九州市内で探していました。情報収集するうちに発見したのが『寿百家店』。メッセージを送った翌日には福岡さんのところへ会いに行き、街づくりから人生についてまで初対面とは思えないほど濃い内容の話をしたんです」と堀さん。

「寿百家店」についてワクワク感いっぱいに話す福岡さんと出会い「こんなに人生を楽しんでいる人が運営しているシェアハウスなら間違いない!」と入居を即決。古い木枠の窓を残した部屋を選び、LDKの壁のクリーム色もお気に入りになった。

写真右から田村さん、福岡さん、入居者の堀さん、奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

写真右から田村さん、福岡さん、入居者の堀さん、奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

店舗3店分をつなげているので、奥に長いシェアハウスに(写真撮影/加藤淳史)

店舗3店分をつなげているので、奥に長いシェアハウスに(写真撮影/加藤淳史)

「もっとコミュニケーションを」と入居者が入居者を連れてくる

LDKが充実していて他の入居者とコミュニケーションが取れるシェアハウスであることも、決め手となった。「他のシェアハウスでは、あえて入居者同士が接触しないようにしているところも。私の場合、シェアハウスに住むのなら、ぜひいろんな人と交流したいと考えていたんです」と堀さんは続ける。

そんなある日、堀さんは高校の同級生で近くの美容室「cococara-hair」の1階店長を務める奥迫響子(おくさこ・きょうこ)さんをシェアハウスに招いた。すると奥迫さんもこの場所にひと目惚れ。奥迫さんが一人暮らしをしようと思いはじめたタイミングも重なり、2人目の入居者となった。

奥迫さんも入居を即決したそうで「この場所にはなにか吸引力があるのかも」と堀さん。「寿通り商店街は実家からも勤務先からも歩いてすぐの場所だし、幼いころから知っている場所。でも“住む”となると、ときめくし、とても新鮮ですよね」と話す。

左が1人目の入居者・堀さん、右が奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

左が1人目の入居者・堀さん、右が奥迫さん(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんが店長を務める美容室は歩いて4分の職住近接(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんが店長を務める美容室は歩いて4分の職住近接(写真撮影/加藤淳史)

堀さんの個室は木の窓枠が残っているタイプ。全4部屋あり、1部屋あたりの広さは6畳(写真撮影/加藤淳史)

堀さんの個室は木の窓枠が残っているタイプ。全4部屋あり、1部屋あたりの広さは6畳(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんの部屋の出窓には、商店街内にある花屋さんから贈られた観葉植物があった(写真撮影/加藤淳史)

奥迫さんの部屋の出窓には、商店街内にある花屋さんから贈られた観葉植物があった(写真撮影/加藤淳史)

商店街を昔に戻すのではなく、今の姿にバージョンアップすればいい

堀さん・奥迫さんの親は黒崎の全盛期を知っている世代。ふたりは幼いころから「自分たちが若いころ、アーケードを歩くと人と人の肩がぶつかり合うほどにぎわっていた」というエピソードを聞かされていた。でも「私たちは黒崎がその時代に戻ってほしいわけじゃない」と口をそろえる。

「どんな商店街でも、活性化したい、若者に来てもらいたいと言うけれど、若者の人口自体が減っている。だからそこにこだわらなくていいんじゃないかな?」と堀さん。福岡さんも「一過性のものでなく今の時代にあった、本当の新陳代謝が必要だよね?」と相槌を打つ。

2021年7月の入居から1カ月。「この場所で人と街、人と人との化学反応が起きるといいな」と願う堀さんは自ら発案し、みんなと相談しながらシェアハウスをネーミング。決まった名前は「三角フラスコ」だ。フラスコ内で起こる化学反応をイメージし、福岡さんの事務所「三角形」をプラスした。

堀さんが中心となり、みんなで決めた「三角フラスコ」のネーミング(写真撮影/加藤淳史)

堀さんが中心となり、みんなで決めた「三角フラスコ」のネーミング(写真撮影/加藤淳史)

20代のふたりが商店街の風景になじんでいる(写真撮影/加藤淳史)

20代のふたりが商店街の風景になじんでいる(写真撮影/加藤淳史)

商店街のシャッター前で趣味のダンスを踊ってInstagramで発信している(写真撮影/加藤淳史)

商店街のシャッター前で趣味のダンスを踊ってInstagramで発信している(写真撮影/加藤淳史)

商店街から見上げたシェアハウス。ここに灯りがともる(写真撮影/加藤淳史)

商店街から見上げたシェアハウス。ここに灯りがともる(写真撮影/加藤淳史)

20代の堀さん・奥迫さんが持つ「商店街をにぎわっていた時代に無理やり巻き戻すのではなく、今の時代にそった新しいにぎわいを生み出したらいい」という感覚。これは今後さらなる少子化と人口減が進む日本において、共有されるべきものではないだろうか。余談ではあるが堀さんは「三角フラスコ」入居によって出会った福岡さんのもとで働くことになったそうだ。もちろん「寿百家店」にも関わっていく。自ら「三角フラスコ」の中心となり、化学反応を起こしていく。これからも「寿百家店」と黒崎の街に注目したい。

●取材協力
・寿百家店
・cococara-hair

下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!

「サブカルの聖地」と呼ばれた下北沢。ここ数年、駅付近の開発が行われていた。注目は小田急線の地下化で生まれたスペースを利用した全長1.7kmの「下北線路街」。そこには新しいスタイルの商店街、互いに学び合う居住型教育施設、東京農業大学のアンテナショップ、水タバコ専門店も入る個店街などが続々とオープンしている。下北沢はどう変わったのか。そして、新しい顔とは? 注目のスポットをぐるりと巡ってみた。
「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された

小田急線の下北沢駅、世田谷代田駅、東北沢駅が地下化されたのは2013年3月。同エリアに9カ所あった「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された。

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/石原たきび)

(写真撮影/石原たきび)

この街によく来ていた僕にとっては、駅が地下にあることも、踏切がないことも不思議な感覚だ。

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

5軒の飲食店を営むオーナーに下北沢の今昔物語を聞く

さて、今回の取材で最初に向かったのは、開放感のあるテラスが売りの飲食店、「ARENA 下北沢」。

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

なぜ、この店を訪れたかというとオーナーの山本秀教さん(48歳)に下北沢の今昔を聞きたかったからだ。

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんに初めて会ったのは、1号店の「BUDOKAN」だった。10年ぐらい前だろうか。

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

「古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えました」

というわけで、名物の「元祖シモキタカレー」と「シモキタラッシー」のセット(1100円)をいただきながら話を聞きましょう。

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんが「BUDOKAN」を出したのは13年前。それ以前から下北沢にはよく飲みに来ていたそうだ。

「当時のシモキタは、飲み屋の客がおっちゃんばっかり。今は本当に若者が多い。あと、鈴なり横丁のあたりはちょっと柄が悪かったんですが、平和になりました。さらに、古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えましたね」

山本さんは言う。

「懐かしい街が変わっていくのはちょっと寂しい部分はありますが、悲観的には考えてないですよ。むしろ、若者とかがいっぱい来てくれたら盛り上がるんで、僕としてはありがたいです」

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

東北沢、下北沢、世田谷代田の3つのエリアが「下北線路街」で繋がる

そんななか、小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきた。

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

このエリアは道が狭く、入り組んでいるため、この直線による新しい動線は街の姿を大きく変えつつある。

山本さんと別れ、次に向かったのは下北沢駅の「南西口」改札方面。

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

というのは、こちらの方面に下北線路街で注目されている「BONUS TRACK」があるからだ。オープンは2020年4月で、緑に包まれた遊歩道沿いにユニークなテナントたちが入居している。

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

そのテナントとは、世界の発酵調味料を扱う「発酵デパートメント」、食材にこだわり抜いたコロッケが食べられる「恋する豚研究所 コロッケカフェ」、古今東西の日記関連本が購入できる「日記屋 月日」などの14店舗だ。

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

「『サブカルの街』というイメージは徐々に変わりつつあります」

下北沢の開発は、どのような想いのもと行われたのだろうか。ここの会議スペースで小田急電鉄の開発担当者、向井隆昭さん(31歳)に話を聞いた。

まず今の下北沢を、向井さんは「以前は若者の街、『サブカルの街』というイメージでしたが、徐々に変わりつつあります」と話す。
「実際に街に住んでいる人に着目すると、子育て世帯やシニア層も多く、文化が根付くだけでなく住宅街である側面が分かります。家賃の高騰もあり、住んでいる若い人の属性も変化しており、夢を追うアーティストというよりは、ちょっとお金に余裕がある学生や社会人にスライドしており、より多様な人々が街にいるイメージと捉えています」

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

線路跡地を活用しようという動きは2013年の時点で始まっていた。そして、2018年には現在の「下北線路街」としてのプランが明確になる。

「コンセプトは『BE YOU.シモキタらしく。ジブンらしく。』です。この街は低層の建物が多く、路地裏も歩きやすい。また、飲食、音楽、演劇、古着、雑貨、本、映画など、さまざまなジャンルで、いろんな個性を持った人が活動しています。それをさらに引き出すのが開発の役目だと思っています」

なお、「BONUS TRACK」に入居するテナントは30代のオーナーが多い。床面積は1、2階あわせて計10坪で2階は住居スペース。これで賃料は15万円とのことで、若い世代が挑戦しやすい設定にしたという。

今まで下北沢にはなかったようなテイスト。新しい潮流を感じた。駅からちょっと離れているだけに、下北沢という街のエリアが広がった気がする。

全寮制プログラムを受けられる「SHIMOKITA COLLEGE」

さて、ここからは街に出て向井さんが勧めてくれた“注目スポット”を巡ることにする。

まずは、2020年12月に下北線路街で開業した「SHIMOKITA COLLEGE」から。下北沢の街をキャンパスとして活用しながら、高校生、大学生、若手社会人らが暮らす居住型教育施設だ。

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

高校生は1学期間(3カ月)の共同生活体験プログラム、大学生・社会人は2年間の全寮制プログラムを受けられる。実際の入居者に話を聞いてみよう。

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

江口さんはIT企業の営業職。大学4年生のときから下北沢に住んでいたが、リモートワークになったこともあり、シェアハウスへの入居を考え始めた。

「たまたま小田急さんのリリースを見て、こんなに面白そうな学びの場があるのなら絶対に入りたいと思いました。ここでの生活はめちゃくちゃ楽しいです。専門分野や背景が違ういろんな人と話せるので、自分へのフィードバックが進みます」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

カレーがおいしい

カレーがおいしい

「街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています」と話す岩田さんは、まちづくり系の仕事をしている。

「私はいち消費者として街や人に関わることに興味がありました。シモキタにはあまり来たことがなかったんですが、実際に住んでみて街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています。街を“自分ごと”として捉えている人が多いというか」

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

最後は洲崎さん。東京大学で都市計画を専攻している。大学に登校する日が激減した状況下で寮生活を満喫している。

「シモキタはたくさんのカルチャーが混じり合う街。いろんな人が歩いていますよね。『多様性が際立っているというイメージ』ですね。お気に入りのお店は『BONUS TRACK』の中の『恋する豚研究所』。店員さんと連絡先を交換したりして、人と人の距離が近いです」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」のコロッケ

「恋する豚研究所」のコロッケ

東京農大の学生がつくった食品が買える「世田谷代田キャンパス」

続いて訪れたのは、2019年4月にオープンした「世田谷代田キャンパス」。同じ世田谷区内にメインキャンパスを持つ東京農業大学とのコラボでオープンカレッジが開講されている。

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

ここでは、農大の卒業生が醸造した日本酒や味噌などが購入できる。話を聞かせてくれたのは施設の統括マネージャー、土橋潤二さん(65歳)。

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

「私、以前は造り酒屋をやっていたんですが、この施設を出す際に『手伝ってくれ』と言われまして」

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

お勧めの商品はどれですか?

「農大の学生がつくったジャムが美味しいですよ。材料の栽培から製造までを一貫して担当しています」

さらに、「こんな面白いものもありますよ。うちでは一番人気です」と土橋さん。なんと、農大オホーツクキャンパスで育てたエミューの卵で生地をつくったどら焼きだという。

いただいてみましょう。

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

おお、生地がモチモチで美味しい!

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階では、定期的に市民講座、子ども向け講座が開催されるほか、サークル団体などに会議室やイベント会場としても貸し出している。

「地元の方もいらっしゃるし、ちょっと離れた下北沢駅から歩いて来る若者や家族連れも多いですね。農業を通じてさまざまな人が繋がる場になれば」と土橋さんは言う。

下北沢の穴場見つけたり、という感じだ。

個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ個店街「reload」

最後に訪れたのは、2021年6月、下北沢駅にほど近い立地にオープンした「reload」。全24店舗がが入居予定の個店街だ。

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

施設名には、もともと線路が走っていた場所が新しくなったので「リ・ロード」、また完成することなく変わり、更新し続ける場という2つの意味が込められている。

施設内には、京都の老舗“小川珈琲”のフラグシップ店「OGAWA COFFEE LABORATORY」、三軒茶屋から移転オープンしたセレクト文房具・雑貨の専門店「DESK LABO」など、個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ。

まず、我々が訪れたのはシーシャ、いわゆる水タバコの専門店「chotto」だ。

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

「こういう施設にシーシャ屋が入るのは、今までなかったはず。従来のイメージと違って、店の雰囲気を明るくしています。ちなみに、シモキタは日本におけるシーシャ発祥の地と言われているんです」

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

「うちは初心者や非喫煙者も吸いやすいノンニコチンのフレーバーを推しています。これを置いている店はあまり多くないんです」

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

小澤さんは「シーシャはひとつのコミュニケーションツール、会話の間を取り持ってくれるような存在」だと言う。

「仲間内でも初めましての人同士でも、ゆったりとのんびりと話せます。ボトル1台で2時間弱持つから、カフェとかより長く滞在できる。そこでの会話を通して、新しい縁も生まれます」

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

下北沢の人々の交流の場が、またひとつできた。「今までシモキタで遊んでたけど、大人になって遊ぶとこなくなったよねという人たちに来てほしい」と小澤さんは言っていた。

さあ、下北巡りラストの1軒は立ち飲みスタイルの「立てば天国」だ。

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

対応してくれたのはオーナーの福家征起さん(42歳)。これまで、下北沢に「下北沢熟成室」「カレーの惑星」「胃袋にズキュン」「胃袋にズキュン はなれ」という4つの飲食店を展開してきた。

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

「個店街の2階というロケーションが面白いし、広い空が見える立ち飲み屋もなかなかないでしょう」

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

お一人様にもうれしい小皿料理がメイン。居酒屋料理にアジアの調味料やハーブなどのフレイバーを加えているという。完全にニュースタイルの立ち飲み屋だ。ホッピーは三冷、ビールは赤星で酒飲みの心をガッチリと掴む。

「今のシモキタですか? 昔と変わって来たなあという感じはありますね。老舗のたこ焼きやさんとか、掘っ建て小屋みたいなとこでやってた居酒屋さんがなくなって、ここもそうですが、きれいな建物が増えましたね」

個人的には下北沢っぽくないお洒落な空間に、こういう本気の立ち飲み屋が入っているのはうれしい。

未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡った

かくして、“新生”下北沢ツアーは終了。随所にオシャレな要素が垣間見えたが、一方で“実力”も伴う施設、店舗ばかりだった。

以前は、駅の北口に戦後の闇市がルーツのレトロな一画が存在感を放っていた。その中に好きな飲み屋があり、下北沢に来ると必ず立ち寄ったものだ。もちろん、今はない。

寂しくもあるが、街は生きている。今回の「下北線路街」巡りでも感じたが、未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡ったというわけだ。

●取材協力
下北線路街

現代版「トキワ荘」に訪問! 漫画家志望35人の夢いっぱいのシェアハウス

『ワンピース』や『ドラゴンボール』『スラムダンク』、最近では『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など、多くの作品が世界中の人々を夢中にさせてきた日本の漫画。その「漫画の聖地」といえば、1952年から1982年にかけて豊島区椎名町(現・南長崎)に存在した「トキワ荘」。手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などの漫画家らが切磋琢磨しながら共同生活を送っていたアパートだ。

そんな「トキワ荘」に想いを託して始まったのが「トキワ荘プロジェクト」。漫画家を目指す若者たちに活動拠点となるシェアハウスを貸し出し、プロデビューのサポートを行う事業だ。シェアハウスに住む彼らはどんな暮らしを送っているのか。実際に見に行ってみた。

35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいるりえんと多摩平内にある「多摩トキワソウ団地」。2011年のフルリノベーションを経て現在に至る。以前は小規模の「トキワ荘プロジェクト」のシェアハウスが最大で15棟が東京近郊に点在していたが、現在は棟数を6棟まで減らして、規模を大きくした(写真提供/NPO法人NEWVERY)

りえんと多摩平内にある「多摩トキワソウ団地」。2011年のフルリノベーションを経て現在に至る。以前は小規模の「トキワ荘プロジェクト」のシェアハウスが最大で15棟が東京近郊に点在していたが、現在は棟数を6棟まで減らして、規模を大きくした(写真提供/NPO法人NEWVERY)

今回訪れたのは、2021年6月に誕生した「多摩トキワソウ団地」。所在地は東京都日野市で、最寄駅のJR豊田駅には新宿駅から約35分。そこから徒歩5、6分で到着する。

入居者募集開始とともにすぐに満室になり、現在は計35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいる。都市再生機構(UR)が手がける物件で、高度経済成長期の1960年に建てられた。奇しくも元祖「トキワ荘」の漫画家らがヒット作を連発していた時代だ。

いわゆる団地の一部を利用したシェアハウスで、もちろん一般の人も住んでいる。エントランスを入るとさっそく「トキワ荘」感満載のお出迎え。

35人が“仲間”として暮らしているということか(写真撮影/片山貴博)

35人が“仲間”として暮らしているということか(写真撮影/片山貴博)

漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多い

「トキワ荘プロジェクト」を運営するのは、NPO法人NEWVERY(ニューベリー)。2002年に設立後、中学生・高校生を対象にした文芸教室から活動をスタート。2006年に「トキワ荘プロジェクト」を立ち上げた。

取材に協力してくれたNEWVERYの菊池さんに「なぜ、漫画家を目指す若者を支援しようと思ったのか」と聞いてみた。

プロジェクトの責任者である菊池さん(写真撮影/片山貴博)

プロジェクトの責任者である菊池さん(写真撮影/片山貴博)

「じつは、私も漫画家を目指して専門学校に通っていたんです。小学生のころに毎週読んでいた『週刊 少年ジャンプ』では『封神演義』が好きでした。漫画を描き始めたきっかけは、雑誌に付いてきた漫画家セットの付録。とにかく早く家に帰って漫画が描きたかったですね(笑)」

菊池さんが専門学校時代に描いたという漫画も見せてもらった。

予想以上のクオリティです……(写真提供/菊池さん)

予想以上のクオリティです……(写真提供/菊池さん)

「いえいえ、出版社の方々にたくさんダメ出しをもらった作品なので。でも、久しぶりに読み返したら懐かしいです(笑)」

納得しました。同じ体験をしているから、漫画家志望の若者たちを本気でサポートしたいと思えるんですよ。

「そうでしょうね。私と同じで、漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多いんです。そんな若手漫画家のために住居の提供を軸に、漫画家として活躍するための支援ができればと思い始まったプロジェクトです」

この15年間で実績も出してきた。累計入居者565名のうち、プロ漫画家としてデビューした人が123人もいるというのだ(2021年8月4日時点)。その中には、現在『魔入りました!入間くん』がアニメ化している西修さん、『こぐまのケーキ屋さん』などの代表作で知られるカメントツさんなどもいる。

気になる家賃は3万7000円~4万2000円

いい話が聞けたところで、内部を見せてもらった。まずは、1階の共用ラウンジ。

入居者同士で漫画論を語るもよし、飲食を楽しむもよし(写真撮影/片山貴博)

入居者同士で漫画論を語るもよし、飲食を楽しむもよし(写真撮影/片山貴博)

集中してプロットを考えたり、ネームを描いたりするワークスペースもある。

一人暮らしの部屋では、なかなかこうはいかない(写真撮影/片山貴博)

一人暮らしの部屋では、なかなかこうはいかない(写真撮影/片山貴博)

漫画もいたるところに置いてあった。

こうした刺激をもらえるのも共同生活ならでは(写真撮影/片山貴博)

こうした刺激をもらえるのも共同生活ならでは(写真撮影/片山貴博)

「成長サポートとしては、プロの漫画家や編集者による講座を定期的に開催しています。最近はリモートが多いんですが」(菊池さん)

最近行った漫画講座には「多摩トキワソウ団地」からも数名が参加した(写真提供/NPO法人NEWVERY)

最近行った漫画講座には「多摩トキワソウ団地」からも数名が参加した(写真提供/NPO法人NEWVERY)

気になる家賃は3万7000円~4万2000円(居室による)。管理費は1万2000円。管理費が同レベルの家賃の賃貸に比べ、少々高いかなと思ったが、これには水道・光熱費、ネット代、消耗品の一部が込みとのことなので、都内で一人暮らしをするよりはずいぶん安いといえる(他のハウスは消耗品が込みではない)。

外に一歩出れば、シェア畑、食堂、レンタカーのある暮らし

訪れたときに感じたのは、空間が広々としていて、緑も豊富だということ。団地の周囲も案内してもらった。

「敷地内には住人が自由に使える『シェア畑』があって、専門スタッフが管理してくれるので、専門知識がなくても野菜をつくる楽しさが味わえます」

根を詰めて漫画を描いた後の息抜きにもってこいだろう(写真撮影/片山貴博)

根を詰めて漫画を描いた後の息抜きにもってこいだろう(写真撮影/片山貴博)

すぐ隣には「ゆいま~る食堂」。多摩の自然に囲まれながら食事ができる。

「からだに優しく美味しい食事を、心を込めて提供」がモットー(写真提供/NPO法人NEWVERY)

「からだに優しく美味しい食事を、心を込めて提供」がモットー(写真提供/NPO法人NEWVERY)

駐車場にレンタカーが停まっていたことにも驚いた。

料金は相場並だが、敷地内のためピックアップと返却がラクすぎる(写真撮影/片山貴博)

料金は相場並だが、敷地内のためピックアップと返却がラクすぎる(写真撮影/片山貴博)

小学4年生のときの作文で「将来の夢は漫画家」

さて、ここからはいよいよ入居者の部屋にお邪魔して、熱い漫画トークを聞くことにしよう。まずは、広島県安芸高田市出身の松村皇輝さん(21歳)。

おお、きれいじゃないですか(写真撮影/片山貴博)

おお、きれいじゃないですか(写真撮影/片山貴博)

いつごろから漫画家という職業を意識し始めたんですか?

「一番古い記憶は小学4年生のときに、将来の夢というテーマで書いた作文に『漫画家』と書いたこと。当時は『ワンピース』に夢中で、好きなキャラはウソップ。休み時間も授業中も、ずっと絵を描いていました」

本棚には『スラムダンク』や『僕のヒーローアカデミア』などのジャンプコミックがズラリ(写真撮影/片山貴博)

本棚には『スラムダンク』や『僕のヒーローアカデミア』などのジャンプコミックがズラリ(写真撮影/片山貴博)

本格的に漫画を描き始めたのは高校生のときからだという。担任の教師に「漫画家になりたい」と相談したところ、地方から東京に行くのが大変な人向けに集英社が「出張編集部」というのをやっていると教えてくれた。

「名刺をもらう=担当が付く」というセオリーを知らなかった

松村青年は気合いを入れて30ページの読み切り漫画を描き、岡山の会場に持参する。人生で初めて描いた漫画をプロに見てもらうわけで、ガチガチに緊張したそうだ。

こちらが初めて描いた漫画(写真提供/松村皇輝さん)

こちらが初めて描いた漫画(写真提供/松村皇輝さん)

おお、高校生の時点ですごい画力!

「いや、今見るとクッソつまんないです。たしか、飛行機を落とそうとしているテロリストの電波をハッキングして平和を守るという内容でした」

とはいえ、集英社の月刊漫画雑誌『ジャンプSQ.』の編集者からは「高校生でこれだけ描き切ったのはすごい」と褒められたそうだ。

「その人から名刺をもらったんですが、それが漫画界では『担当になること』というセオリーを知らなくて。のちに、上京してから住んでいた西高島平の『トキワ荘』で先輩から教えてもらいました。持ち込みは結局、それっきり」

松村さんは漫画を描くときにペンタブを使う派(写真撮影/片山貴博)

松村さんは漫画を描くときにペンタブを使う派(写真撮影/片山貴博)

部屋にテレビはないが、YouTubeなどからインスピレーションを得ているそうだ。

『少年マガジン』に持ち込んだ読み切り漫画が月例賞に

松村さんは高校卒業後、地元で働くか、漫画家になるために上京するかで迷った。最終的には、「貯金もないのに東京に行ったら、バイト生活で漫画がなあなあになる」という両親の意見に納得し、地元の野菜の選果場で働くことにした。

「地元の人がつくった野菜を工場に集めて、袋やダンボールに詰めてトラックに乗せて出荷するという作業です。100万円ちょい貯めてから上京。仕事はせずに、1年間ぐらい引き籠って漫画を描きました」

こうして描き上げた読み切り作品を講談社の『週刊少年マガジン』に持ち込んだところ、見事、月例賞を獲得する。

日々描き溜めた構想ノート(写真撮影/片山貴博)

日々描き溜めた構想ノート(写真撮影/片山貴博)

何気なく冷蔵庫の中を見せてもらった。「お茶とチョコレートしかないっすよ。キットカットとアルフォートが好きで」。ストイックな生活である(写真撮影/片山貴博)

何気なく冷蔵庫の中を見せてもらった。「お茶とチョコレートしかないっすよ。キットカットとアルフォートが好きで」。ストイックな生活である(写真撮影/片山貴博)

最後に松村さんが言った。

「昼前に起きて、夕方過ぎまで描いて、ご飯食べて、また深夜まで描いて寝る生活。
でも、シェアハウスのみんなでご飯に行ったり、銭湯に行ったり、映画を観に行ったりすることもあって、それは楽しいですね。また、いつでも漫画関係の話題が出るので、地元の友達と遊ぶのとは違った刺激があります。

いろんな作風、画風、思考の人と会えるので『それ面白いな、取り入れてみようかな』と次の作品に対するモチベーションがすごく上がります。一方で、『その年でこんな絵ぇ描くのかよ……』と衝撃を受けることもあるのですが、個人的にはその瞬間が一番ワクワクします。同世代がバケモンみたいな絵や漫画を描いていたら、負けたくないというスイッチが入って燃えるんです。

正直、25歳までにデビューできなかったら、あきらめようかなと思っています。でも、やれるだけ頑張りたい」

表札の苗字と番地が合っているかをチェックする仕事を副業に

次は近藤十和佳さん(21歳)。よく笑う人だ。

女の子らしい部屋だ(写真撮影/片山貴博)

女の子らしい部屋だ(写真撮影/片山貴博)

近藤さんは仕事をしながら漫画を描いている。

「地図の調査の仕事です。表札の苗字と番地が合っているかをチェックします。家って、なんかそれぞれの空気があるんです。すごく幸せそうな家とか、外観を見るだけで暮らしを妄想できます」

ナスのピエールが主人公の4コマ漫画がはじまり

というか、これDIYでつくる棚ですよね。すごい。

「5時間ぐらいかかりました」と笑う(写真撮影/片山貴博)

「5時間ぐらいかかりました」と笑う(写真撮影/片山貴博)

本棚のラインナップが渋すぎる。10年ほど前に人気が爆発した中国のSF、『三体』が目を引く(写真撮影/片山貴博)

本棚のラインナップが渋すぎる。10年ほど前に人気が爆発した中国のSF、『三体』が目を引く(写真撮影/片山貴博)

「子どものころから趣味が偏っていて。『聖☆おにいさん』は小学生のころに地元・山梨の図書館で読んで、面白いなと思いました。田舎なので、図書館の漫画が唯一の娯楽でしたね」

小学校3年生ぐらいのときから、将来の夢は漫画家だと公言していた。

「とくに好きだったのは、少女漫画家で心霊劇画家の黒田みのるさん。母がアシスタントの人と仲が良くてお会いできたんです。何も考えていない小学生だったので、ご本人に向かって『先生みたいになりたいです』とか言っちゃって(笑)」

当時の写真と先生の書は室内の一等地に飾ってあった(写真撮影/片山貴博)

当時の写真と先生の書は室内の一等地に飾ってあった(写真撮影/片山貴博)

小学生のころから絵を描くのが好きで、それを漫画にし始めたのは中学生から。

「最初は4コマ漫画から始めたんです。ナスのピエールというキャラクターが恋をしたりする話で。ちょこんと突起があるナスを見て、鼻みたいだなと思ってキャラクターにしました。実家にあるので撮影してきましょうか」

ぜひ、お願いします。ピエール見たい。

これがピエール。シュールな作風で続きが気になる(写真提供/近藤十和佳さん)

これがピエール。シュールな作風で続きが気になる(写真提供/近藤十和佳さん)

頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込む

漫画は完全に独学。iPadなどのデジタル機器を使ったこともあるが、サイズが大きい紙の方が伸び伸びと描きやすいという。

「今、構想を練っているのは、石像がたくさんある標高5000mぐらいにある世界遺産が舞台の作品。そこに暮らす姉妹の物語を描きたいんです」

近藤さんの場合は、頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込むというやり方だ。

ペン入れがうまくいったときが一番充実感がある(写真撮影/片山貴博)

ペン入れがうまくいったときが一番充実感がある(写真撮影/片山貴博)

「ラウンジに行ったら誰かしらいるので、たまにご飯の味見をさせてもらったり。皆さんがそれぞれ持っている癖とか表情とかキャラとか、そういうものが全部面白くて、漫画のキャラづくりに役立っています。

特に印象に残っている出来事は、すごくかわいがってくださった先輩が退居された時のことです。送別会のあと、その方が描いた漫画をたくさん見せていただいて、漫画のこともいろいろ教えてくれました。その方は社会人をしながら漫画を描いていて、仕事も大変そうなのに作品にかける熱意に刺激をもらいました。最後に、『徹夜するときはこれを飲んでね』とエナジードリンクをもらったのはいい思い出です。

入居者で連載が始まる方がいると聞くと、めでたい!と思う一方で、私も頑張らないと、と思います。以前は持ち込みはちょっと苦手だったのですが、積極的になりました。本当に、早くデビューして連載したいです!!」

シェアハウスとはひと味違う緊張感も伴う

2人のインタビューを終えてラウンジに戻ると、住人らによるたこ焼きパーティーの最中だった。

しかし、皆さん仲がいい(写真撮影/片山貴博)

しかし、皆さん仲がいい(写真撮影/片山貴博)

取材を終えて思ったこと。シェアハウスで暮らす面白さはもちろんある。しかし、ここトキワ荘プロジェクトは「漫画家になりたい」という共通の夢を、全員が持っていることが大きな違いだ。お互いがライバル、緊張感も伴う。それは、60年前にあった元祖「トキワ荘」も同じだったのではないだろうか。

●取材協力
トキワ荘プロジェクト
松村皇輝さん

「大人のシェアハウス」のススメ。放送作家と人気芸人の赤信号だらけの日常

放送作家、小説家の桝本壮志さんは昨年まで、ちょっと変わった生活を送っていました。その暮らしとは都内の一軒家を借り、お笑い芸人の小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との男三人暮らし。その暮らしぶりは、当時のエピソードなどをベースにした桝本さんの小説『三人』からも垣間見ることができます。

40代の3人による共同生活。それも、個性の強い芸人さんとの暮らしは、一体どんなものだったのでしょうか? また、生活も仕事も安定し、考え方も成熟した大人があえて一緒に暮らすことで、どのような発見があったのでしょうか? 桝本さんご本人に、当時のことを伺いました。

きっかけは「最後の青春ごっこでもやるかい?」の一言

――小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との“シェアハウス生活”は、2015年から約5年半にも及んだそうですね。

桝本:はい。それぞれの自宅とは別に、秘密基地みたいな感じで都内の一軒家を借りていました。厳密にいうと「同居」というよりは、僕が場所を借り、時間があるときに二人が来て一緒に過ごすという感じでしたね。

コロナの“3密”を避けるために今はシェアハウスを解約しましたが、2人とは「状況が変わったら、また考えようか」と話をしています。

――40代の男性3名によるシェアハウスってなかなか珍しいと思うのですが、どんなきっかけが?

桝本:2人とは吉本興業の同期で、僕と徳井くんは18歳のころからの知人でした。交流がない時期もあったんですけど、東京で再会してからは3人で会うようになり、気付いたら“週4”ペースで遊んでましたね。それで、誰からともなく、「一緒に暮らさない?」って。

そのとき、たしか小沢くんが「それぞれパートナーが見つかるまで、最後の青春ごっこでもしない?」って言ったんですよ。

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

――仲良し3人の共同生活は、確かに青春の香りがしますね。

桝本:僕らって“青春の空白期間”があるんですよね。芸人も放送作家も最初は下積みで、若いころはお金がなく人並みに遊んだりできなかった。その代わりというわけじゃないけど、何かを取り戻そうとしたところもあったと思います。

――物件は誰がどうやって探したんですか?

桝本:前々から「こんな家に住みたいね」と語らっていたイメージをもとに、僕が探しました。探したといっても、不動産会社さんから最初に紹介された物件が気に入って、即決だったんですけどね。古民家をリノベーションしていて、ゆったりした間取りと、鴨居や縁側が残っている感じもよかった。僕が内見した時は、庭に池までありました。

内見してすぐ、小沢くんと徳井くんにLINEで伝えたら「いいね!」と即答してくれたんです。

休日は縁側でのんびり過ごした

休日は縁側でのんびり過ごした

――即決とはすごい。よほどビビっとくるものがあったんですね。

桝本:はい。それと、実際に暮らしてみたら周辺環境もよかったです。静かで、古くからのご近所付き合いが残っている場所でした。隣近所でお裾分けし合うようなコミュニティがありましたね。

――桝本さんたちも、地域の人と触れ合ったりしていましたか?

桝本:そこまで大々的ではないけど、多少のお付き合いはありましたね。小沢くんは、近所のコンビニの店員さんとも仲良くなってました。小沢くんって『週刊ベースボール(以下、週ベ)』の愛読者なんですけど、そのコンビニに売ってなかったんですよ。それで、店員さんに「おじさん、(週ベ)入れてよ」と言ったら、本当に置いてくれるようになって。

でも小沢くん、新幹線で移動するときとかにキオスクで『週ベ』を買ってしまうんですよ。ただ、おじさんに入れてもらった手前、コンビニでも買わなくちゃいけない。だから、シェアハウスに同じ号が2冊置いてあることがしょっちゅうありました。

――律儀だ……。

桝本:小沢くんって本当に裏表がないというか、テレビの小沢一敬そのままの人間なんですよ。

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

自分の思い通りになることが一つもない生活

――桝本さんの小説『三人』では、放送作家と芸人2人のシェアハウス生活が描かれています。フィクションですが、桝本さんたちの共同生活のエピソードが元になっているところもあるんでしょうか?

桝本:多少はにじみ出ていますね。

――例えば、売れっ子芸人の佐伯が不思議な「寝言」を叫ぶじゃないですか。「なんで寿司屋のお茶は熱いんだ!」とか。あれは、どなたかの実話ですか?

桝本:あそこはまさに小沢くんです。小沢くんの部屋は僕の部屋の真下だったんですけど、よく分からないことを夜な夜な叫んでましたね。むにゃむにゃ、みたいな寝言じゃなくて、絶叫なんですよ。「どうして、こんなことになったんだ!」とか、フルで叫ぶんです。最初のころはびっくりして、何度か階段を駆け下りました。でも、様子を見ると音楽を流しながら普通に寝ているんです。

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

――そういうのも、だんだん慣れていく?

桝本:慣れますね。他にもたくさん驚かされましたが、だんだん受け入れていきました。そのうち、これもシェアハウスの面白さだなって気づいて。

――他人の思いもよらない生態を知ることが、ですか?

桝本:はい。自分とはまるで違う人間と暮らすと、常に発見があるんです。子どものころから染みついている生活のルールや習慣みたいなものも、全部そこでぶっ壊されました。でも、それが不快なわけでは全然なくて、楽しみながら学んでいける喜びのほうが大きかったです。大人になってから生活の価値観が揺さぶられることって、あまりないじゃないですか。それが毎日起こるんですから。

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

――具体的に、徳井さんや小沢さんからどんな影響を受けたり、学んだりしましたか?

桝本:影響かあ……。細かいことを挙げたらキリがありません。朝のルーティーンからして、全然違いますからね。「小沢くんって、毎朝必ずヤクルト飲むんだ!」とか、一つひとつは小さなことですよ。

学んだことも、たくさんあります。例えば、徳井くんは「生活のトレンド」みたいなものをキャッチする能力にすごく長けていて、一緒に暮らしていると学びだらけなんです。家電や料理道具の知識量は相当なものだし、新しいサービスなんかも常に先取りしている。Uber eatsも、かなり前から注目していて、僕の周りでは一番早く知っていましたから。

小沢くんは小沢くんで、映画や音楽にかなり詳しい。僕も音楽番組を担当しているし、いろんなジャンルをけっこう聴き込んできたほうだと思っていたんですけど、小沢くんには全く敵わない。彼らと暮らすことで、明らかに自分の知識が増えていくのを実感する日々でしたね。

――触れてきたカルチャーや、育ってきた環境が違う人と同居するという点では結婚もそうですが、それとはまた少し違うんでしょうね。

桝本:違うと思います。結婚はどちらかというと、互いに協力したり、価値観をすり合わせたりしながら新しい生活習慣をつくっていくものですよね。でも、2人との共同生活は、自分の思い通りになることが一つもないんですから。だって、朝起きて、本当はクラシックを聞きたいのに爆音でパンクロックが流れているんですよ。

――価値観をすり合わせるどころの話じゃないですね……。

桝本:はい。ただ、そうやって赤信号で強制的に立ち止まらされるようなことって、たまには必要だと思うんですよ。全部が青信号でスイスイ進んでしまったら、見過ごしてしまうこともあるはずです。

アフリカに「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたいなら皆で進め」っていうことわざがあるんです。徳井くん、小沢くんと生活していたときは、この言葉の意味が実感できました。実際、シェアハウスの日常は赤信号だらけ。でも、それが青信号に変わったときに、すごく糧になっていた気がしますね。

2人と暮らさなかったら、価値観が凝り固まった人間になっていた

――3人で暮らしていると家だけでなく、さまざまな物もシェアすることになります。それに抵抗はなかったですか?

桝本:むしろ、誰かと一緒に使うことで、より物に対する愛着が湧きます。3人だから三重ですね。例えば、なにげないテレビのリモコンも、フライパンも、草野球のグローブも、3人で共有することで、思い出が3倍に広がる。一人暮らしだと私物でもシェアハウスだと共有物になり、その経年劣化のなかに思い出が沁み込むんですよね。

――小説ではパンツもシェアしていました。誰かのパンツが乾いていなかったら、自分のを差し出すと。

桝本:それはフィクションです。さすがに気持ち悪いです(笑)。

――失礼しました。では、他にシェアしていたものは?

桝本:家具とかも3人で選んだもののほうが思い入れは強くなりますよね。それぞれの部屋に置くベッドは自分しか使わないから何でもいいんだけど、リビングに置いて3人で使うものはあれこれネット検索して物色しました。3人とも高級志向じゃないから、最終的にはメルカリとかドン・キになりましたけどね(笑)。でも、それが楽しかった。

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

――でも、それぞれ好みはバラバラですよね。

桝本:じゃんけんでいったら、グー・チョキ・パーに分かれるくらい違います。そこで、「今回は誰を勝ちにしようか?」って決めるのが面白い。例えば食事のこととか、その三択が常に繰り広げられるんですよ。上下関係がなく、誰がリーダーシップをとるとかもないから、自然とそうなるんです。大人同士のシェアハウスの良さかもしれません。

――選択肢が3倍に増えるわけですもんね。結果的に、自分一人なら選ばなかった物や体験が増えていく。

桝本:そう。脳みそもシェアしているような感覚がありましたよ。各々がそれまでの人生で築き上げてきた価値観や、それに基づくチョイスは新鮮でした。そのうち、答えを着地させることよりも「議論してみる」こと自体が大切なんだなと思うようになったんです。うだうだアイデアを投げ合ってみて、「あ~楽しかったね」となったところで、結局は一番安いものを選んでいる。結果的に、誰かが我を通したり妥協するといったことはなく、満足のいく選択ができた。

でも、そう素直に思えたのも、2人の人間性が良かったからだと思います。小沢くんは誰に対しても丁寧な言葉を使うし、徳井くんは絶対に人の悪口を言わない。そういう彼らだからこそ、近くにいることで僕も成長できたし、自分自身のよくないところに気づくことも多かった。

――年齢を重ねるほど頑なになり、自分を変えることが難しくなる部分もあると思います。でも、そこでフラットな関係性の誰かと一緒に生活することで、自分をアップデートするきっかけになると。

桝本:そう思います。逆に、僕はあの時シェアハウスをしていなかったら、非常に凝り固まった、視野の狭い人間になっていたでしょうね。2人の視座が加わったことで、脳みそがやわらかくなった実感があります。

ただ、全てをそのまま受け入れるというわけではなくて、変わらない部分だってもちろんある。その変わらなかったところが、本当の自分らしさなのかなと思ったりします。強烈な個性を持つ2人の影響を受けることで、逆に自分のなかで二重線を引ける部分も色濃く見えてきたんです。そして、そこを大切にしていこうと。

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インドに行くよりも、近所でシェアハウスをしたほうがいい

――シェアハウスって若い時期にするものというイメージがありましたが、桝本さんのお話を聞いていると40代、50代でもやっていいんだなと感じます。もちろん、状況や環境が許すなら、ということにはなりますが。

桝本:すごくいいと思います。人生100年時代ですし、40代や50代で自分の内側を見つめ直し、もうワンステップ成長できたら視界が広くなりますよね。

昔は人生を変えたかったら「インドに行け」とかよく聞いた気がするんですけど、そんな遠くに行かなくても、むしろ逆に近所でいいから、友達とシェアハウスしてみたらいいと思います。ガンジス川でバタフライするよりも、3人で公園に行って水道水を回し飲みするほうが、いい思い出になるかもしれませんよ。

毎日というのが難しければ、週末婚みたいに「週末シェアハウス」でもいいんじゃないでしょうか。今は手ごろな賃貸も多いので、ぜひおすすめしたいです。

――週末シェアハウス、いいですね! 桝本さんも状況が許せば、また3人で暮らしたいと思いますか?

桝本:僕自身は暮らしたいと思っていますよ。別に今すぐじゃなくてもいいんですけどね。

●取材協力
桝本壮志(ますもと・そうし)さん
1975年生まれ。放送作家、コラムニスト、小説家。大阪NSC13期生で、同期芸人にスピードワゴン小沢一敬、チュートリアル徳井義実など。2010年から母校である吉本総合芸能学院の講師も務めている。2020年12月、自身のシェアハウスの体験を基にした初の本格小説『三人』を上梓
小説『三人』

神戸の洋館「旧グッゲンハイム邸」裏の長屋の暮らしが映画に! 塩屋をおもしろくする住人が集う理由

兵庫県神戸市の海辺に美しい姿を見せる古い洋館。その裏の長屋で共同生活を送る若者たちの日常を描いた映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』が神戸市内の映画館で公開され、話題を呼んでいる。主要な登場人物は当時の住人。たわいない会話のやりとりと古びた長屋、海と山が間近にせまる小さな街・塩屋の風景。いま、コンセプチュアルでおしゃれなシェアハウスが人気を呼ぶなか、このノスタルジックな共同生活に多くの人が心惹かれるのは何故なのか。リアルな姿を知りたいと、長屋を訪ねてみた。
共同リビングルームで何気ない会話を日々つむぐ

神戸の中心地、JR三ノ宮駅から普通電車で約20分。穏やかな瀬戸内海が車窓から見えてきたら塩屋駅に到着する。小さな改札口を抜け、細い路地を通り、踏切を越えて石段を上がると白壁の洋館「旧グッゲンハイム邸」が現れる。

線路のすぐそばまで山が迫る塩屋。明治の名建築・旧グッゲンハイム邸はこの街のランドマークだ(写真撮影/水野浩志)

線路のすぐそばまで山が迫る塩屋。明治の名建築・旧グッゲンハイム邸はこの街のランドマークだ(写真撮影/水野浩志)

明治41年に建てられたとされる「旧グッゲンハイム邸」は現在、イベントスペースとして使われており、黒沢清監督の映画『スパイの妻』のロケ地にもなったところ。そんな瀟洒(しょうしゃ)な洋館と対比するような質素な外観で裏庭に建っているのが、今回訪ねる長屋だ。

住人が集うリビングにはソファやテーブル、冷蔵庫、本、楽器などが所狭しと置かれる。映画の中で、日々の生活を記録するのが日課の“せぞちゃん”、裏山に登ることが好きな“としちゃん”、料理上手な“あきちゃん”、仕事に恋に忙しい“づっきー”たちが、食卓を囲み、時には恋愛のことや将来の悩みを打ち明け、セッションを楽しんだ場所だ。
「旧グッゲンハイム邸」の管理人、森本アリさんと、住人で映画の主人公の清造理英子(せぞちゃん)さん(※清は旧字体)、元住人で森本さんと共に塩屋の魅力を発信する「シオヤプロジェクト」を手掛ける小山直基さんの3人に、リビングでお話をうかがった。

取材は映画に登場する長屋のリビング、通称“グビング”で(写真撮影/水野浩志)

取材は映画に登場する長屋のリビング、通称“グビング”で(写真撮影/水野浩志)

ヨーロッパで見た「空き家リノベ×共同生活」スタイルを神戸に実現

そもそも森本さんが旧グッゲンハイム邸の管理人になったのは2007年のこと。老朽化し、解体の危機に立たされていた旧グッゲンハイム邸をなんとか存続させようと、森本さんの両親が同館を購入したことがきっかけだ。

旧グッゲンハイム邸の管理人、森本アリさん(写真撮影/水野浩志)

旧グッゲンハイム邸の管理人、森本アリさん(写真撮影/水野浩志)

洋館の裏に立つ長屋は、もとの所有者が寮として使っていた場所。洋館を多目的スペースとして使用することになり、裏の長屋を共同生活の場とした。
「僕が留学していたベルギーをはじめヨーロッパでは空き家を再利用して友だちと一緒に住むのはよくあること。共同で住むスタイルに違和感はありませんでした。ヨーロッパで見てきたことを、日本でも実現できないかと思ったんです。本音を言えば、『イベントスペース+長屋』として運営しながら、僕の音楽仲間が集まって活動ができる場にしたかった。自分自身が楽しみたかったんですね」

白壁に緑色のアクセントが美しい旧グッゲンハイム邸。その左奥に見える建物が、映画が撮影された長屋だ(写真撮影/水野浩志)

白壁に緑色のアクセントが美しい旧グッゲンハイム邸。その左奥に見える建物が、映画が撮影された長屋だ(写真撮影/水野浩志)

現在は同館の運営に携わっている小山さんは、2007年に長屋が始まった時から8年間住んでいた。まだシェアハウスという言葉もあまり浸透していなかったころだ。
「たまり場が欲しかったんです。高校時代から友だちの家に集まっては夜中までゲームしたり、音楽を聞いたり。ただただ仲間と同じ空間にいて時間を浪費しているだけ(笑)。でも私にとっては居心地がよかった。大人になっても、そんな場所が欲しかったし、自分でつくりたかった。でも、当時はワンルームのマンションやアパートが主流で、不動産屋を回っても全く分かってもらえなかったんです」

シオヤプロジェクトのメンバーで元住人の小山直基さん(写真撮影/水野浩志)

シオヤプロジェクトのメンバーで元住人の小山直基さん(写真撮影/水野浩志)

そんなときに塩屋が地元の高校時代の友人からこの長屋を紹介された。「たまり場にできる十分なスペースがあって、大音量で音楽を聞いても怒られない(大家のアリさんが一番音量を上げる)し、DIYもOK! 僕の希望を全部叶えてくれる場所でした」
入居後、小山さんはグビングに毎夜のように住人や友人を誘って一緒に食事をし、映画鑑賞会を開いたり、管理人の森本さんらと楽器演奏をして盛り上がったり。同じく住人だった女性と結婚した後も長屋を離れがたくて、しばらく2部屋で住んでいた。子どもが産まれる直前になってやっと引越したが、現在住んでいる家も長屋の近くだ。
映画の主人公を務めた清造さんは入居5年目。現在10人いる住人のうち最も古くからの入居者だ。音楽活動を通して森本さんと知り合い、長屋の存在を知った。

映画の主人公になった清造理英子さん(写真撮影/水野浩志)

映画の主人公になった清造理英子さん(写真撮影/水野浩志)

「(長屋に住まないかと聞かれたとき、)ここに住んだら楽しいだろうな、とは思っていましたが、既に同居している人たちの中に飛び込むことも、知らない人たちと共同生活を送ることにも多少の不安はありました。でも、シェアハウスに住む機会って人生で1回あるかないかだろうし、と思って。その結果、もう5年も住んでいますが(笑)」

清造さんが今も引越さない理由は「今のところはまだ、ここ以上の場所が見つからないから」
「夜中に誰かが突然テーブルに網を張って卓球大会を始めたり、プロジェクターを出して大画面でゲームをしたり、突発的に何かが起こるのも面白いです。気分が乗らないときは参加しないこともありますが、それで気まずくなったりはしないし、住人同士の付き合いは気楽です。他の人が料理をするのを見て知らなかったスパイスの使い方を覚え、キャンプにも一緒に行き、知らない世界を知ることができる。一人暮らしだったら経験していなかったであろうことがたくさんあります」

リビングの前のテラスで朝ご飯を食べたり、七輪で肉を焼いたり(写真撮影/水野浩志)

リビングの前のテラスで朝ご飯を食べたり、七輪で肉を焼いたり(写真撮影/水野浩志)

住人同士のクラブ活動も盛ん。トランペットバンドや手芸部、山登りクラブなども。「もちろん自由参加なので、大勢集まることもあれば、蓋を開けてみれば一人だけ、なんていうこともあります(笑)」(清造さん)(写真撮影/水野浩志)

住人同士のクラブ活動も盛ん。トランペットバンドや手芸部、山登りクラブなども。「もちろん自由参加なので、大勢集まることもあれば、蓋を開けてみれば一人だけ、なんていうこともあります(笑)」(清造さん)(写真撮影/水野浩志)

リビングの奧が共同キッチン。お皿や調理器具はシェアして使い、食事は各自でつくって食べている(写真撮影/水野浩志)

リビングの奧が共同キッチン。お皿や調理器具はシェアして使い、食事は各自でつくって食べている(写真撮影/水野浩志)

代々の住人たちが日々の思いや出来事、連絡事項などを書き綴ったノート(写真撮影/水野浩志)

代々の住人たちが日々の思いや出来事、連絡事項などを書き綴ったノート(写真撮影/水野浩志)

奧に個室が並ぶ。2階建てで現在10人が入居している(写真撮影/水野浩志)

奧に個室が並ぶ。2階建てで現在10人が入居している(写真撮影/水野浩志)

住人たちが塩屋に住み続ける理由

音楽を核とする居場所、仲間が集まる居場所。今から15年ほどまえに、森本さんらが自分の理想の暮らしを求め、“居場所”をつくった。
当初、森本さんは荒れた長屋を自分で改修しながらシェアハウス化しようと決め、居室を入居者が自らDIYすることを条件に募集。退去時も「原状回復」の必要なし。手のかかる改築作業を楽しみ、前の住人がつくった個性的な部屋に面白みを感じるクリエイティブな人が次々と住人になっていった。イラストレーターやレゲエ好きの料理人、街づくり担当の行政マン、地元の漁師までと、仕事はさまざまだが、クリエイティブな感覚を持ち合わせている人たちが口コミで集まる。
今回の映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』の監督・前田実香さんもこの長屋出身だ。
イベントスペースとして活用している旧グッゲンハイム邸本館の存在も大きい。

例えばシンガーソングライターの曽我部恵一氏の音楽会や、神戸関連の本を出版しているライター・平民金子氏らのトークショーなど、話題の人たちのイベントが開かれており、住人は身近に新しいアートや文化を感じることができる。
ほかにも、塩屋のリノベーションに特化したイベントや、無声コメディ映画の弁士と楽士付きの上映会(子どもの食いつきがすごい)や神戸ロケの映画を深く掘り下げるイベントなどもあり、実にバラエティー豊か。また、住人が自然発生的に始めた“グビング”でのクリスマス会や餅つき大会などの行事が発展して、本館でのイベントになったケースもある。

流しそうめんの様子(写真撮影/片岡杏子)

流しそうめんの様子(写真撮影/片岡杏子)

それにしても驚くのは、卒業した人の多くが塩屋にとどまり、クリエイティブな感覚を活かして、街の活性化の一端を担っていることだ。
それだけ、塩屋の街自体に大きな魅力があるのだと感じる。

海と山が間近に迫る塩屋は、街中に狭い道幅の坂道が走る。細い急な坂を登ると、眼下には塩屋の街の家々が広がる。建ち並ぶ住宅の中に古い洋館が点在する様子も、かつて多くの外国人がこの景色に惹かれて住んだ街らしい華やぎを添える。
「長屋の窓を開けると目の前に海が見えて、裏にすぐ登れる山があって。でも三宮まで電車で20分で行ける。私もそろそろ別の場所に引越そうかなと思うのですが、ここ以上に魅力的なロケーションはなかなかないんですよね」(清造さん)

目の前に海が広がり、時折船の汽笛が聞こえてくる。旧グッゲンハイム邸の2階から(写真撮影/森本アリ)

目の前に海が広がり、時折船の汽笛が聞こえてくる。旧グッゲンハイム邸の2階から(写真撮影/森本アリ)

大切なのは街のサイズ感。人との距離が近く街ごと自分の“居場所”に

阪神・淡路大震災以降、神戸の多くの街で復興事業と再開発が進んだ。そのなかで、比較的被害が少なく、昔ながらの街の姿が残ったことが塩屋の価値につながっていると森本さん。
「僕が留学先のベルギーから帰国したのは大震災の翌年でしたが、塩屋は区画整理がなされていなかった。他の街の駅前にロータリーができ、大きな商業施設や高いマンションが次々建つ様子に、薄っぺらさを感じました。塩屋は山にへばりつくように家が建つ狭い谷間の街。坂道がある、道が狭くて車が通れないなど、住むのにはややこしい。ややこしくても住みたいと思う人が住めばいいと思う」

駅前の商店街に昔ながらの豆腐店や魚屋が並ぶ。小さな個人商店が愛され続けているのも塩屋の魅力だ(写真撮影/水野浩志)

駅前の商店街に昔ながらの豆腐店や魚屋が並ぶ。小さな個人商店が愛され続けているのも塩屋の魅力だ(写真撮影/水野浩志)

では、「ややこしい街」にあえて住む理由は何か。
その答えとなる象徴的なエピソードを小山さんが教えてくれた。
小山さんの妻はニュータウンで育ち、20代で長屋の住人となった。塩屋の開発について住民の意見交換の場で、塩屋についての思いを伝えた。「私、思うんです。毎日魚屋さんで魚を買い、豆腐屋さんで豆腐を買う。そのたびに会話があります。道が狭いからいつの間にか知らない人と顔見知りになり、会話をするようにもなる。スーパーしか知らない私にとって、そういった日々の生活は新鮮で楽しい」と。
森本さんは「そのとき、再開発を進めるよう声を上げていた地元のお年寄りたちが、水を打ったようにシーンとなった。この言葉で話し合いの潮目が変わりました」と振り返る。
清造さんも同じ印象を持つ。「住み始めて1週間も経たないのに、商店街の人が『おかえり』と声をかけてくれたり、今日はみんなでごはんを食べることを伝えたら『これも持っていき!』とおまけをつけてくれたり。なんだか嬉しいですよね」
「清造が豆腐屋の作業場で昼飯食べているのを見たときは、笑った」と森本さん。

塩屋商店会と「シオヤプロジェクト」が協力して制作した塩屋のイラストマップ。「塩屋中を歩き回ったなぁ」と森本さんと小山さん(写真撮影/水野浩志)

塩屋商店会と「シオヤプロジェクト」が協力して制作した塩屋のイラストマップ。「塩屋中を歩き回ったなぁ」と森本さんと小山さん(写真撮影/水野浩志)

小さな街だから、同じ人と出会う回数も多く、出会えば声を掛け合うし仲良くもなる。人と人が繋がるハードルが都心部よりずっと低く、知り合いがいることで街に愛着が生まれる。街が丸ごとその人の“居場所”になる。それが「ややこしさ」ゆえの魅力であり、長屋の元住人が卒業しても塩屋に住み続ける理由ではないだろうか。

森本さんは、旧グッゲンハイム邸の管理人をしながら塩屋をテーマにした本『塩屋百年百景』等の出版や塩屋のイラストマップを制作するなど多彩な活動を継続的に行ってきた。2014年には「シオヤプロジェクト」を立ち上げ、アーティストたちとともに展覧会や街歩き、新しい地図を制作するワークショップを行うなどして、塩屋の魅力を発信している。

旧グッゲンハイム邸裏長屋の住人がキッチンでつくる個性あふれる料理をレシピ本に。映画のパンフレット代わりとしても販売され、好評。こういった共同作業が絆を深める(写真撮影/水野浩志)

旧グッゲンハイム邸裏長屋の住人がキッチンでつくる個性あふれる料理をレシピ本に。映画のパンフレット代わりとしても販売され、好評。こういった共同作業が絆を深める(写真撮影/水野浩志)

長屋の元住人が駅前の商店街にオープンしたカレーショップが「行列ができる店」になり、次第に古民家カフェやピザ店ができるなど、旧グッゲンハイム邸の復活をはじめとする森本さんたちの取り組みによって、塩屋は休日に人が散策を楽しみに訪れる街に生まれ変わっていった。
街に“新しい風”が吹き込まれたことで、次第に若い世代の流入が進み、車が入らない細い道は「ベビーカーを安心して押せる道」と考える、子育て世代のファミリーたちの姿も目に付くようになった。

コロナ禍で注目度高まり、移住者が増加

今、コロナ禍の塩屋で新たな動きが起こっていると森本さん。
「昨年から塩屋商店会の加盟店舗に10店舗が増えています。古着屋、台湾カフェ、おしゃれな花屋。人が少なく商売が難しい街なのに、そのリスクを覚悟してオープンしているのだから、気骨を感じる店ばかり」
遠方への外出が難しい中、生活が徒歩圏で日常も休日の楽しみも完結できる塩屋への注目度は高まり、移住者が増えているそうだ。
「とはいえ、あんまり人が多くならん方がええかな」と森本さんは本音もぽろり。

海と山の距離が神戸市内で最も近いと言われる塩屋。駅の北側はどこを歩いても坂道ばかり(写真撮影/水野浩志)

海と山の距離が神戸市内で最も近いと言われる塩屋。駅の北側はどこを歩いても坂道ばかり(写真撮影/水野浩志)

森本さんが「塩屋の尾道」と呼ぶ、洋館に導く細い階段(写真撮影/森本アリ)

森本さんが「塩屋の尾道」と呼ぶ、洋館に導く細い階段(写真撮影/森本アリ)

六甲山全山縦走の西側の起点でもある旗振山を望む(写真撮影/森本アリ)

六甲山全山縦走の西側の起点でもある旗振山を望む(写真撮影/森本アリ)

昔ながらの商店街は活気があり、おしゃれなカフェや個性的な専門店などで今の時代のクリエイティブな空気感にも浸れる。通勤も便利だし、在宅ワークに疲れたときにはふらりと外に出て山や海を眺めれば気分爽快だ。
「塩屋のようなポテンシャルの高い街は神戸にたくさんあります。例えば長田区や兵庫区など、神戸はどこも街が山に溶け込むその境目付近に、とても魅力的な住宅地があるんです。塩屋的な街の見つけ方ですか? 街が狭いこと、開発されていないこと、家賃が安いこと!」(森本さん)
実際、森本さんも若い世代や、フリーランスのクリエーターたちが誰でも住めるよう、長屋の家賃を3万円代から上げるつもりはない。
清造さんは、いずれは地元に戻る予定だという。「でも塩屋を離れても、長屋みたいに人と人とが関われる場をつくっていけたら」と話す。
「旧グッゲンハイム邸裏長屋」のように、住人たちが自分の住む街を気にかけて、街のためにできることを語り合って模索していく。ポストコロナの時代には、そんな動きが広がっていくかもしれない。

●取材協力
旧グッゲンハイム邸 
シオヤプロジェクト

●映画の公開情報
『旧グッゲンハイム邸裏長屋』

ひとり親世帯向けシェアハウスに家賃補助。空室1戸からでもOK!オーナーさんにも知ってほしい新基準が登場

2021年4月、セーフティネット登録住宅の基準に新たにひとり親世帯向けシェアハウスの基準が設けられました。これにより、ひとり親世帯の住まいの選択肢として「シェアハウス」が増えることが期待されています。

今回の基準新設は、物件のオーナーさんや自治体、そしてひとり親世帯にどのような影響を与えるのでしょうか。専門家、自治体、そして実際に制度を活用したシェアハウスのオーナーさんに話を聞きました。

ひとり親向けのシェアハウスが抱えてきた“問題”とは?

今回の基準新設は「セーフティネット住宅」の制度についてなされたもの。低額所得者や高齢者、被災者、子育て世帯など、住宅の確保が難しい人に対して“入居を拒まない住宅”として、登録している住宅のことを言います(制度と基準新設についての詳細)。一定の収入以下の世帯が入居できる公営住宅だけではカバーしきれない、さまざまな立場の住宅弱者のために2017年、新たな住宅セーフティネット制度が施行され、その中にはシェアハウスの基準もあるのですが、実はそれはこれまで“単身者向け”のシェアハウスを対象としたものだったのです。近年、ひとり親世帯向けのシェアハウスのニーズが高まっていることにともない、今回の基準新設に至りました。

これまでの公的な住宅施策は住居しての“ハード”を提供するものでしたが、育児、家事、仕事を全てひとりで行わなければならないひとり親の生活には、“ソフト”であるサービスの存在も欠かせません。保育や家事代行などのサービスを付帯する住まいとして、また、ひとり親の「孤立」を防ぎ、「自立」を促す住まいとしてシェアハウスが注目されてきたのです。さらに新型コロナウイルスの影響によって、特に低所得のひとり親世帯が失業や減収などで生活に困窮する状況も、この基準新設を後押ししたことでしょう。

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

母子世帯の貧困と居住福祉について研究を深め、今回の基準新設においても尽力をし続けてきた追手門学院大学准教授の葛西リサさんは、「この基準ができるのには6年くらいかかったが、コロナ禍もあって昨年一気に実現へ向けて協議が進んだ」と言います。

「私がひとり親向けシェアハウスの研究に着手をしたのは、2008年ごろからです。ひとり親世帯は所得の低い世帯が多く、入居しやすい住宅を提供しようとすれば家賃を低めの価格帯に設定する必要があります。そのため、これまでひとり親世帯をサポートしたい、という想いを強く持ちながらも、採算が取れずに廃業・撤退したシェアハウスの運営者の方も多く見てきました」(葛西さん)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

いち早く制度を活用したシェアハウスは?

この“採算性が取れない”問題を解決し、想いを持つシェアハウス運営者の後押しをするために、「住宅セーフティネット制度にひとり親向けシェアハウスの基準を設けることが必要だった」と葛西さんは言います。

「自治体が制度を設けている地域の物件をセーフティネット専用住宅として登録すれば、オーナーさんが家賃低廉化や改修のための補助を得ることができます。特に家賃低廉化補助、つまりオーナーさんに支給される家賃補助にあたるものは、国と自治体の負担分をあわせると最大で月4万円。その分、賃料を下げることができるので、入居するひとり親世帯の負担が軽くなります」(葛西さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

実際にこの制度を導入した横浜市で、ひとり親向けのシェアハウスを営むYOROZUYAの小林剛さんは「セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた」と言います。

「ひとり親、特に母子世帯のなかには、DVなどの問題を抱えてまだ離婚ができていない人もいます。そのようなケースでは、一般の賃貸住宅では入居が難しいことが多いので、こちらに入居できないか、という相談が来るのです。

入居できる住まいを求めてインターネットでシェアハウスを検索するひとり親の中には、さまざまな公的なサポートの存在を知らない人も多くいます。結果的にうちの物件に入居にならなくても、ほかに活用できる制度について確認するよう話したり、ただ相談に乗ったりするだけでも不安が和らいだ、と言ってもらえることがたくさんあります」(小林さん)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

自治体にとっても居住支援制度への導入がしやすく

YOROZUYAが所在する神奈川県横浜市は、今回の基準新設よりも先駆けて、2019年からひとり親向けのシェアハウスの基準を独自で設けてきました。この背景について横浜市建築局の石津啓介さんと小島類さんに話を聞いたところ、実際にひとり親世帯向けシェアハウスの運営者などから「独自で基準を設けてくれないと、運営の実態と登録基準とが合っておらず、制度を活用できない」という要望が出ていたと言います。

「横浜市では、独自基準を設けるまでに市民の方々の声を拾うほか、他の自治体の事例調査やアンケート調査など、さまざまな調査・検討を行う必要がありました。今回、国が明確な基準を示したことによって、全国の地方自治体で制度を設けやすくなったことは間違いありません」(石津さん)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市では、2018年度からの4カ年計画の中で、2021年度末までに家賃補助付きセーフティネット住宅の供給目標として700戸を掲げていますが、まだ1割程度しか達成できていないそう。「空き家、空室に悩むオーナーさんにも積極的にこの制度を活用してほしい」と言います。

「オーナーさんが家賃低廉化の補助を受けるには、セーフティネット “専用住宅”として登録する必要があります。1棟物件を所有されている場合は、その中の1戸から専用住宅として登録することが可能です。セーフティネット住宅となったことで問い合わせが増えたという話も聞きますので、空き家や空室にお困りのオーナーさんには、一つの選択肢として検討していただきたいと思います」(小島さん)

住宅セーフティネット制度の活用を広げるために

このように、オーナーさんが専用住宅とすることに不安を感じる以外にも、この制度の活用においては、まだ、さまざまな課題があるようです。小林さんは「まず、十分な周知がされているのかが心配」と不安を漏らします。

「私は全国ひとり親居住支援機構というNPOに所属しているので、この制度のことを知っていましたが、制度の存在自体を知らないオーナーさんも多いのではないでしょうか。

また、セーフティネット住宅に登録する手続きと家賃低廉化の補助を受けるための手続きが別で、申請先が異なることも私は登録後に気づきました。セーフティネット住宅に登録すれば、自動的に家賃低廉化の補助を受けられると思っていたのです。このような手続きの煩雑さも登録への障害になっているかもしれません」(小林さん)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

加えて、制度の運用は各地方自治体によって異なるため、セーフティネット住宅に登録しても、家賃低廉化補助の制度がない自治体もあるそうです。

「シェアハウスの運営事業者にとっては、家賃補助がなければ物件登録のメリットは感じづらくなります。コロナ対策などでの自治体の財政難も理解できますが、コロナの影響を受けた人へのサポートとしても、また空き家や子どもの貧困などの社会問題解決のためにも、セーフティネット住宅の拡大は重要です。

その一つとして、これらの問題解決に有効なひとり親向けシェアハウス普及へ向け、各自治体には家賃補助付きでの制度設計を積極的に行ってほしいと願います」(葛西さん)

これからのひとり親の住まいにはどんな選択肢が?

横浜市では、現在、約8000戸のセーフティネット住宅が登録されていますが、その中で家賃低廉化の補助を受けられるひとり親向けのシェアハウスはわずか10戸だと言います(2021年6月20日現在)。今回の基準新設により、ひとり親向けシェアハウスをはじめとするセーフティネット専用住宅の登録が増えれば、一般賃貸住宅や公営住宅とあわせて、住宅の確保が難しい人にとって有効な住まいの選択肢の一つとなりうることでしょう。

住宅セーフティネット制度に登録されている住宅は、国土交通省の運営する「セーフティネット住宅情報提供システム」のサイトから探すことができます。また、入居を検討している人の相談に乗り、入居の支援をしてくれる窓口として各地方自治体には「居住支援協議会」の設置や「居住支援法人」の登録がなされています。

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

今回取材した皆さんが声をそろえて言うように、困っているときには、これらの窓口に相談しながら、サポートが受けられる制度を活用したいものです。また、このような取り組みを多くの人に知ってもらい、困っている人がいたときには「こんな制度があるから相談してみたら」と声をかけられるといいですね。

●参考
・ひとり親世帯向けシェアハウスの基準を新設/国土交通省
登録住宅について:セーフティネット住宅情報提供システム
住宅確保要配慮者居住支援法人について:国土交通省

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 葛西リサさん
・シェアハウス YOROZUYA
・横浜市 建築局住宅部 住宅政策課「家賃補助付きセーフティネット住宅」

コロナ禍のシェアハウス暮らし「毎日の“おはよう”が心を平穏に」。ニーズに変化

2005年前後からブームになったシェアハウス。ここ数年で、1000冊以上の本を備える団地「ジェイヴェルデ大谷田」や商店街の空き店舗を活用した「寿百家店」など、バリエーションが見られるようになりました。コロナ禍で人々の住まい方や働き方が変化している今、新たな動きはあるのでしょうか。シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」、「ヨコスカシェアロッヂ」オーナー、入居者、それぞれに話を聞きました。
法改正を追い風に、個性派の物件が地方で次々と登場

シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」北川大祐さんは、「2013年に『違法貸しルーム通知』が出されてからの行政の地道な取り組みが、重要な役割を果たした」と言います。

「2013年9月6日に国土交通省から、いわゆる“脱法ハウス”の是正指導を強化する『違法貸しルーム通知』が出され、法適用が極端に厳格化されました。しかしその後、継続して行われてきたさまざまな関連法規の改正の結果、小規模の建物をシェアハウスに転用する際の法的基準が大幅に緩和・明確化。一方で、特定のシェアハウスへの不正融資が発覚した2019年の『スルガショック』により、粗雑なシェアハウス投資の危険性が広く認知されました。こうした流れのなかで中長期のていねいな運営を見据えた、小規模で良質なシェアハウスをつくるオーナーが再び増加しはじめたのです。

企画・設計・運営を個人、あるいは少人数の会社が行い、建築が特殊、あるいは作家性のある物件が多いのが特徴です」(北川さん)

コロナ禍以降はリモートワークで遠方でも仕事が出来る人が増えたことで、「都市部」「駅近」といった便利さより「落ち着いた環境」を優先。ある程度、社会人経験のある世代が、都心に通勤可能な郊外の物件を選ぶようになっています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「シェアハウスはもともと『人との触れ合い』を持てる住居形態ですが、郊外エリアではコロナ禍でもその点がプラスに働いているケースがあるようです。『在宅勤務に最適な郊外型の豊かな環境』『個性的な小規模物件』、これに付随して生まれた『コミュニティの魅力』の3つが、コロナ以降に目を向けられている物件のポイントと言えます。都心から離れた小規模のシェアハウスであれば、一般家庭と感染リスクは大きく変わらないと考え、都心で押さえ込まれるような生活を送るよりはよいと考える方が、一定数おられるということでしょう」(北川さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

例えば、池のほとりに立つ木々に囲まれた「すいれん館」(大阪府・東大阪市)は「静かな場所で過ごしたい」と希望する入居者が増加し、アトリエスペースやアウトドア用品のレンタルを行っている「ARTdoor’s(アートドアーズ)」(大阪市)では、入居者同士で趣味の時間を分かちあっているそう。ホテル調にリノベーションされた「MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)」(大阪府豊中市)は、ヒノキを一部に使った大浴場などがゆったり過ごせて好評と言います。

入居者の暮らしぶりが、今にも見えてきそうな物件。コロナ禍で変わりつつあることが、事例に現れているようです。

都心から電車で約1時間でも自然がある「ヨコスカシェアロッヂ」

同じような変化が見られるのが、昨夏オープンした定員4名・女性限定のシェアハウス「ヨコスカシェアロッヂ」。東京駅から電車で約60分、横須賀中央駅から徒歩約5分。駅に大型ショッピングモールが隣接し、周辺には商店街やカフェ・コンビニ・ドラッグストアなどが充実。それでいて小高い丘に立つため見晴らしがよく、驚くほど静寂な環境です。

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

オーナーの多久和洋平さんは会社員時代、DIYでセカンドハウスをつくったのを機に「空き家をデザイン・改修・賃貸する」事業をスタート。三浦半島で4つのシェアハウスを運営しています。

「コロナで在宅勤務になり、住まい方の自由度が上がったことから、それまで横須賀と無縁だった方に入居を検討してもらえるようになりました。なかには山形や沖縄から来られる方も。就職で上京する方が、都心の密
集を避けるためにあえて横須賀を選ぶ例もあります。

物件への問い合わせは20代半ばから30歳前後の方が多いです。一人暮らしを体験して住まいへの価値観が定まり、プラスαを求めている年代なのかもしれません」(多久和さん)

リモートワークの閉塞感を抜け出すべく暮らしをチェンジ

はるさん(仮名・29歳)が「ヨコスカシェアロッヂ」に越して来たのは昨年8月。東京都中野区にあるワンルーム・賃貸アパートで一人暮らしをしながら、都心のオフィスで内勤の仕事をしていましたが、昨年3月にフルリモートに切り替わり、心境に変化が訪れたそう。

「誰にも会わない日々が続いて、引きこもりのような状態になってしまって。丁度、部屋の更新が迫っていたのですが、リモートが長引くことが予想できたので、『ほどよく人と関わりながら生活したい』と、シェアハウスを思いつきました」(はるさん)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

海外へ留学していた時にルームシェアの経験があるはるさん。住まい方が変わることに、抵抗はありませんでした。
物件探しは、通勤が再開したときを考え「会社までドアツードアで約1時間以内」であること、「入居者が少人数で女性限定なこと」、以前の勤務地で親しみがあったことから「神奈川エリア」を条件に。
最終的に逗子の物件と「ヨコスカシェアロッヂ」に絞られましたが、駅周辺に何でもそろっている後者を選びました。

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

「中野区にいたのは通勤がしやすいというだけの理由なんです。都内にもシェアハウスはありますが、狭いし、家賃が高いので、私にとってメリットはありませんでした」(はるさん)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

そんなはるさんの平日は、始業の少し前に起床。その後、身支度が完璧でないときや集中したいときは自室、音楽をかけながらタスクをこなしたいときなどは共用のリビングと、内容や気分で仕事をする場所を分けています。

「ただ、誰かが先にリビングを使っていたら部屋に戻ります。4人いる入居者のうちテレワークをしているのは2人だけなので、今のところ困ることはありません。互いに何となく譲り合い、たまたま休憩が合ったときは一緒にコーヒーを飲んだり、ランチに出かけたり。ゆるく心地いい関係を築いています。もともと満員電車がとてもストレスだったので、ここに来て『自分は在宅勤務の方が合っているな』としみじみ感じますね」(はるさん)

気持ちに開放感が生まれ、料理・ヨガ・海と毎日が充実

昨年7月から入居しているH.Iさん(30歳)は、都内の会社で総務をする会社員。以前は横浜市の1K・賃貸マンションで一人暮らしをしていましたが、契約の更新が近づいて来たのと、単身住まいを10年続け、家電のほとんどが耐用年数を迎えたことから心機一転、引越すことにしました。

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

「そのころ、仕事がテレワークに切り替わり、週1回出社すれば済むようになったんです。遠方でも構わないので、環境のよいところにしようと思いました」(H.Iさん)

「一から家電をそろえるのはもったいない」と、家具・家電つきのシェアハウスを選択肢に入れたH.Iさん。しかし他人と住むことに不安もありました。そのため賃貸マンションも考えますが、内見するうちにシェアハウスへの思いが高まっていきます。

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

「外出自粛とリモートワークが重なって家にこもりがちになっていたため、メンタルの疲れを感じていたんです。『適度に人と触れ合える暮らしっていいな』と、ひかれました。

最初に男女混合・100人規模のシェアハウスを見学したのですが、入居者の顔が見えにくく、コミュニティが完全に出来上がっているのが難しそう。少人数・女性限定の『ヨコスカシェアロッヂ』を選びました。
同じ条件の下だとおのずと似た性格が集まるのか、お互い干渉しない人ばかりで、楽しく過ごせています。人数が少ないと逆に目が届きやすく、厳格なルールがなくても共用スペースをきれいに保てるんですね」(H.Iさん)

平日は午前中にメールやチャットを返し、13時から14時まではランチ休憩。午後はデータ作成やオンライン会議などをして、19時にはプライベートタイムです。

「以前は窓を開けても味気ない風景でしたが、今は木々が多くて海も見えて、四季を感じられます。自室のほかに広いリビングが使えるので、気分転換がしやすいです」(H.Iさん)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

往復約2時間半の通勤時間がなくなったことで「ゆとり」が生まれ、同時に郊外型シェアハウスならではの「仲間」と「自然」を手に入れ、ライフスタイルも大きく変化したそう。

「料理をするようになって、最近はよくパンを焼いています。入居者同士で誘い合ってヨガをすることも。休日は缶酎ハイを持って散歩がてら海へ。公園感覚でふらりと行けるのが最高だなと思います」(H.Iさん)

日常で何気なく人と関われる幸せをコロナ禍で気づく

職場にあった何気ないコミュニケーションがコロナによって断たれたものの、シェアハウスでそれを取り戻す結果となり、H.Iさんもはるさんも「人と接すること」の大切さを実感しています。

「壁越しに生活音を聞いたり、『おはよう』の挨拶を交わしたり、軽いノリでご飯を食べにいったり。たわいもないことが、心を平穏にしてくれているものだなと。『シェアハウスって面倒そう』と思う人がいるかもしれませんが、全然そんなことはなくて、私はおすすめです」(H.Iさん)

「ヨコスカシェアロッヂ」が上手くいっているのは少人数だからで、もしテレワークをする人が増えれば、さらなる工夫が求められるかもしれません。ただ、心地よさの理由はそれだけでなく、前提としてはるさんとH.Iさんが自分に最適なシェアハウスを選び、共同生活のなかで人とのつながりを大事にする思いを持てているからではないでしょうか。コロナ禍で価値を見つめ直したことが、より自分らしい暮らしをもたらす結果になったよう。シェアハウスとは何かを考えるうえで、参考にできる好例といえそうです。

●取材協力
ひつじ不動産
ヨコスカシェアロッヂ
すいれん館
ARTdoor’s(アートドアーズ)
MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)

商店街を百貨店&シェアハウスに!? 北九州「寿百家店」がつくる商店街の新スタンダード

全国で“シャッター商店街”が増え続ける一方、さまざまな工夫により再生し、注目を集める商店街もある。福岡県北九州市黒崎の「寿通り商店街」でも、“ニューノーマルの商店街”を目指す新たなプロジェクトが始まった。商店街を“百家店”に、を掲げる「寿百家店」プロジェクトだ。商店街の一部区画をフルリノベーションし、店舗とシェアハウスに生まれ変わらせるという。取り組みの詳細を伺った。
シャッター通りを、店舗+シェアハウスにリノベーション

黒崎は、北九州市内でも小倉に続く中心街だ。しかし、2020年7月には駅前の百貨店「井筒屋」が閉店。まちのにぎわいに陰りが出ている。
寿通り商店街は、そんな黒崎駅からほど近くにあり、戦後間もないころから続いている。長らく地元の人々の暮らしを支えてきたが、2016年時点では13店舗中8店舗が空き店舗となり、シャッター通りと化していた。

そんな寿通り商店街の“ニューノーマル”をつくろうと2020年5月から始まったのが、「寿百家店」プロジェクトだ。
商店街の一角にある3物件、合計174.83平米(52.88坪)の1階部分をテナント11区画に、2階部分を4室+LDKのアーケードシェアハウスへと変化させる、という。シェアハウスの住民と商店街の人々が相互に関わり合い、まちを活性化させることを目指す。計画はコロナ禍以前から始まっていたが、オンラインマーケットの構想もあり、注目を集めている。

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

テナント誘致には“起爆剤”がいる

プロジェクトをリードするのは、PR・企画会社「三角形」代表の福岡佐知子さんと、建築事務所「タムタムデザイン」代表の田村晟一朗さん。二人とも、寿通り商店街との付き合いは長い。

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

はじまりは、福岡さんのもとへ当時の商店街の組合長から「寿通り商店街を活性化したい」という依頼があったことだ。当初はイベントの企画・運営などを行っていたが、「イベントをやっても、一時的に盛り上がるだけで終わってしまう」ことに課題を感じていたという。
「本格的な活性化に取り組むためには、“中心人物”が必要です。でも、当時の商店街は高齢の方も多く、なかなか先頭に立って進められる方がいなかった。ならば自分がと思い、商店街に事務所を移転することにしたんです」(福岡さん)

その後、商店街に、自身でワインバー「TRANSIT」や総菜店「コトブキッチン」をオープン。それまで飲食店経営の経験はなかったというから驚きだ。
「飲食店があることで、さまざまな人が集まって言葉を交わしたり、お金を落としてもらったりすることができる。“まちづくり”に興味を持つ方は限られますが、飲食店を介してなら、多くの方に自然な形で“まちづくり”に参加してもらうことができると思うんです」(福岡さん)

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旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

さらに、まちの人たちを巻き込み、空き店舗のシャッターを塗り替える「トム・ソーヤ大作戦」などさまざまなプロジェクトも仕掛けていった。
並行し、テナントを誘致する活動も行ってきたが、「このままでは限界がある」と感じるようになったという。
「家賃が安いからと見に来てくれた方がいても、シャッターを開けてボロボロの建物を目にすると、すっと引いていってしまう。このままの状態で待つのではなく、こちらで場を整えて待つ必要がある、何か起爆剤がいる、と考えるようになりました」(福岡さん)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

商店街と住宅の共存関係をつくる

「TRANSIT」の常連客として福岡さんと知り合い、「コトブキッチン」の設計を担当したのが田村さんだ。
二人が会話を重ねる中で、「寿百家店」の構想は生まれた。

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

2階をシェアハウスに、というのは田村さんのアイデアだ。実は、田村さん自身が手掛けた先行事例が福岡県行橋市に存在する。「アーケードハウス」と呼ばれるその住まいは、同じく衰退していた商店街に灯りをともした。テナント入居のポテンシャルを失った空き店舗の優れた利活用方法として、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2016で総合グランプリを受賞している。

「暗いシャッター街に、街灯ではなく住宅の灯りがあることで、安心感が生まれます。寿通り商店街でも、商店街と住宅の共存関係をつくっていきたいんです」(田村さん)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

住んでもらいたいのは「1階の店主やまちづくりに関心がある方など、一緒にプロジェクトに関わってくれる方」、そして「学生や若い世代」という。
「大人が頑張っている姿を間近で見て、『このまちって面白いな』と思ってもらえたら理想ですよね。それは将来的なUターンにもつながると思うんです」(田村さん)

田村さん自身は、実は高知県の出身だ。
「自分は若いころにふるさとの魅力に気づけず、北九州で事務所を立ち上げました。北九州のまちがすごく気に入ったからですし、後悔もしていません。ですが、地域にとって理想は、若い方が地元の魅力に気づいた上で一度外に出て、地元に無いものを持ち帰ってくることだと思うんです」(田村さん)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

1物件につき3店舗のテナントが入れるようコンパクトに区切り、さまざまな店舗を誘致するアイデアは福岡さんから生まれた。1店舗ずつのスペースをコンパクトにして水まわりなどを共有することで家賃を抑え、入居ハードルを下げている。

誘致する店子についても、二人には明確なイメージがあった。
「自分で生み出せる方。自身で技術を持っている方、自身で表現ができる方。誰にでもできる商売ではなく、専門性を持った店・人があつまることで、商店街全体の価値が上がる。ここでしか得られない体験をつくることが重要だと考えています」(田村さん)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

一人ではできない「面白いこと」を、一緒に

現在、2021年5月までの全店オープンを目指し準備を進めている。シェアハウスの入居者は募集中だが、1階は約半年で全テナントが決定したという。
「ネイルサロン」「ガラス細工のお店」「アートギャラリー」「地元野菜を売る八百屋」「地元の飲食店に役立つ本屋」「アパレル販売店」「ラーメンと甘味の店」、そしてドライヘッドスパとハーブティの販売をする「To me…」が開業予定だ。

「To me…」店主の豊東久美子さんは、これまで店舗を持った経験がない。地元の北九州で店を開きたいと考え、物件を探していたときに、たまたま寿百家店のことを知った。入居説明会を聞き、即決したという。

「福岡さんと田村さん、お二人の話を聞いて、『北九州で、こんな面白いことができるのか!』とわくわくしました。
一人で『面白いこと』を仕掛けるには、アイデアの面でも費用の面でも限界があります。新規開業ということもあり、孤独感、不安感もありました。この場所なら、一緒に面白いことを仕掛けていけるのではないかと思ったんです」と語る。

ドライヘッドスパをもっと身近なものにしたい、という思いにもマッチする場所だった。
「仕事の合間や買い物のついで、家事育児の合間に寄れるような場所にしたいんです。この場所なら、美容室や飲食店、いろんなお店のついでに立ち寄ってもらえるのではないかと思いました」(豊東さん)

商店街ならではの、「お隣さん」との関係も魅力と語る。かつて商業施設内のテナントに勤めていたこともあるが、近隣店舗との交流はほとんど無かったという。
「既に田村さんや福岡さん、学生スタッフの方々にもたくさんサポートしていただいています。
先日も1日限定のマルシェに参加しましたが、その時も商店街の方はじめ、たくさんの方とつないでいただきました」(豊東さん)

オープン後は、アロマやハーブを使ったワークショップもやりたい、と意気込みを語る豊東さん。
「大人だけでなく、例えば夏休みの宿題に合わせたものなど、子どもたち向けのイベントもやりたいと考えています。地域に根差していけたら」(豊東さん)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

オフラインとオンラインが同居する商店街へ

寿通り商店街の目指す姿について、田村さん、福岡さんはこう語る。
「『あそこに行ったら何かやっている』という期待感がないと、人は集まらないですよね。昭和40年代~50年代は、商店街がそういう場所だったと思うんです。それが無くなったから衰退している。ワクワク感、期待感をつくっていくことが大切だと考えています」(田村さん)
「用事がなくても行ってみよう、ちょっと遠回りして帰ろう、と思ってもらえるような場所にしていきたいですね」(福岡さん)

コロナ禍の影響で、当初の計画に狂いも出た。しかし、田村さんはこう語る。
「前提として、寿通り商店街はロケーションが良いです。換気も良いし、アーケードだから雨が降っても大丈夫。内でもあり外でもある、特別な空間です。それはコロナ禍においても武器になるはず」

さらにコロナ禍において特に中国で活発になった、ライブ動画を見ながら商品を購入できるライブコマースからもヒントを得た。5月の全店オープンに合わせ、オンラインマーケットのオープンも準備中だ。
「オンラインで買い物する場合も、リアルと同じように店主と会話したり、他の客と店主の話を聞いたりできるよう、システムを整えていく予定です。海外のお客さんにも来てもらえるように、ゆくゆくは店主の皆さんに英語を習得してもらう必要もありますね」(田村さん)

寿百家店は、商店街の11区画中3区画を使用したプロジェクトだ。今後、残りの区画にも着手していくのだろうか。
「まずは今の区画でモデルケースをつくるつもりです。それをもとに、寿通り商店街内だけでなく、全国に広めていけたら、と考えています。
『前例』がないので、テナントやシェアハウス入居者の集め方、オープン後の集客の仕方も、自分たちでイチから試さなければいけない。それはとても苦労している点ですが、周囲の方々がさまざまな形で後押ししてくれていますし、ここで事例をつくれたら、全国の同じような商店街の方々にとっても意味があると思うんです」(田村さん)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

全国へと広がる商店街の“ニューノーマル”になるか

シェアハウスと店舗が共存する商店街。ただでさえ前例のないプロジェクトに、コロナ禍が重なり、難易度は増した。苦労を重ねる一方で、オンラインが広く浸透したこの時勢を、二人はチャンスとも捉えている。
寿百家店の取り組みは、全国の商店街に展開できる“ニューノーマル”となるか。5月のオープンを、楽しみに待ちたい。

●取材協力
株式会社 寿百家店

コロナ禍でクリエイターが石巻に集結?空き家のシェアハウスで地域貢献

宮城県石巻市で、空き家を新たな発想で活用する取り組みを行ってきたクリエイティブチーム「巻組」。2020年6月、コロナ禍で困窮したクリエイターに住む場所と発表の場を提供し、地域とつながりながら「お互いさま」の関係をつくるプロジェクト「Creative Hub(クリエイティブハブ)」をスタートさせた。その取り組みは、単なる空き家問題解消にとどまらず、地域の活性化にも大きな影響を与えている。
震災ボランティアの住まいを確保するために立ち上げた「巻組」

東日本大震災の津波被害が大きかった宮城県石巻市で「Creative Hub」を企画、運営する「巻組」を立ち上げた、渡邊享子(きょうこ)さんに話を聞いた。

合同会社巻組代表の渡邊享子さん(写真提供/渡邊享子さん)

合同会社巻組代表の渡邊享子さん(写真提供/渡邊享子さん)

2011年、埼玉県出身の渡邊さんは学生ボランティアとして石巻市を訪れた。石巻市は住宅地が津波に飲み込まれ、2万2000戸の家屋が全壊。もともと賃貸物件は少ないが、既存の賃貸物件は被災者や復興需要で埋まり、ボランティアが住む場所が足りなかった。

渡邊さんは、仲間のボランティアが石巻市に残って支援を続けられるように、空き家を探し、住めるようにリノベーションをして貸し出そうと考えた。2012年から始めて何軒か手掛けるうちに、事業化できるのではと思い始めた。当時、渡邊さんは東京で就職活動をしていたが、震災不況で決まらず、「やることがある所に住もう」と移住した。

「2018年の住宅土地統計調査によると、石巻市内の空き家は1万3000戸、全家屋の約20%です。賃貸物件は、一般的にPLACE(立地)、PRICE(家賃)、PLAN(間取り・設備)の『3P』を基準に選ばれますが、私たちが扱うのは『3P』が絶望的な空き家です。敷地が公道に接していない立地や、給水設備が未整備のもの、築60年を超える廃屋など、持ち主が“ただでももらってほしい”という空き家、不動産会社も扱いづらく困っているような建物を買い上げています」(渡邊さん、以下同様)

空き家を買い上げてリノベーションした巻組の賃貸住宅。古さや傷も味わいになっている(写真提供/巻組)

空き家を買い上げてリノベーションした巻組の賃貸住宅。古さや傷も味わいになっている(写真提供/巻組)

「リノベーションで苦心しているのは、予算内でどこまでできるか。素材などお金をかけるべきところにはかけますが、できるだけ物件の持ち味を活かし、住む人自身が自らカスタマイズする余地を大事にしています」

巻組は、この空き家を活用した住宅支援や事業開発プログラムの提供などを行い、2015年に3人のメンバーで合同会社として法人化。これまで、空き家を買い上げて自社で改修した物件が35軒、そのうち、自ら運営するシェアハウスや賃貸住宅、民泊が11軒、すでにのべ約100人が居住した。

クリエイティブ人材を活用した「Creative Hub」のスタート

「不動産会社が扱いにくい廃屋、一般的には絶望的な条件も、視点を変えてプラスの価値に転換する、大量生産、大量消費とは真逆の価値観です。悪条件も、ものづくりや芸術活動などのクリエイティブな活動をする人は『かえっていいね』『おもしろい』とポジティブに受け止めてくれました。

例えば、音を出してパフォーマンスしたい人は、静かな環境で思いきり声を出すことができるし、ものづくりをするために壁や床を汚してしまう、壊してしまう恐れがあるという人には、自由に創作できるキャンバスのようなものになります。また、都会では難しい広いアトリエや作品を保管する倉庫が確保できます。

狩猟用の猟銃を所持している場合、賃貸物件を借りるときは大家さんの許可が必要で、嫌がられる場合があります。そういった、一般の賃貸住宅を借りにくい住宅難民、規格におさまりきらないニーズを持った人が喜んで使ってくれるのです」

都会にはない広さや広縁を利用したリノベーションした賃貸住宅。障子のデザインもアートごころを刺激。レトロな雰囲気が若い人には新鮮に感じられる(画像提供/巻組)

都会にはない広さや広縁を利用したリノベーションした賃貸住宅。障子のデザインもアートごころを刺激。レトロな雰囲気が若い人には新鮮に感じられる(画像提供/巻組)

水まわりを中心に改修した民泊はノスタルジックな趣。ワーケーションなどを目的に石巻に来た人に使われている(画像提供/巻組)

水まわりを中心に改修した民泊はノスタルジックな趣。ワーケーションなどを目的に石巻に来た人に使われている(画像提供/巻組)

2020年はコロナウイルスの感染が拡大するなか、活動や発表の場を奪われたアーティストが増えた。「アーティスト活動ができず、生活費を稼ぐためのアルバイトすらできなくなったクリエイターを支えたい。クリエイティブ系の人材を石巻に集めたら、使われていない地方の資源を活用できるのではないか」と、巻組は「Creative Hub(クリエイティブハブ)」プロジェクトを計画。クラウドファンディングで応援してくれる人を募り、倉庫のリノベーションなどの準備費用の寄付・協力を呼びかけた。

老若男女が出会い支え合う場をつくる

2020年6月に立ち上げたこのプロジェクトは、どんな仕組みなのか。

活動の場、働く場を失ったアーティストの卵に、巻組が運営するシェアハウスやアトリエ倉庫を一定期間無償で提供する。食料や家電など、生活に必要なものは、寄付で集めた「ギフト」をギフトバンクに集め、入居者にマッチするものを提供する。

生活の拠点と生活資材の提供を受けたアーティストは、クリエイティブな活動に集中しながら、次へのステップの準備ができる。そしてギフトのお返しとして、製作のプロセスや製作物を地域の方に公開する。また、ギフトバンクに届いた「掃除や草取り、雪かきを手伝ってほしい」「農作業の一部を手伝ってほしい」といった「ちょっとした手伝いのSOS」に対して、労働力などのお金以外の形でお返しをする。こうして、アーティストと地域住民のコミュニケーションが生まれる。

昭和以前の田舎にあった「助け合い」「おすそ分け」「お互いさま」のような関係性を再構築したのだ。

また巻組は、アーティストと地域住民の交流の場として、石巻市と連携し月1回、第4日曜日に「物々交換市」を開催している。「Creative Hub」の倉庫などを利用して、アーティストが制作物を出品したり、パフォーマンスをしたりする。地域住民は、出店するものが気に入れば、持ち寄ったものと交換したり、投げ銭などを行う。ワークショップブースでは、絵の具や木材などを使って、アーティストと一緒に制作活動が楽しめる。「物々交換市」は、3カ月間で、のべ120名が参加、約280人が市外から寄付などを通してこの仕組みを応援している。

物々交換市では、ユニークなものが出品され、思いがけない発見や出会いが生まれている(画像提供/巻組)

物々交換市では、ユニークなものが出品され、思いがけない発見や出会いが生まれている(画像提供/巻組)

「石巻ではアートのイベントを頻繁に行っていますが、地域にアーティストが定着するためには参加者も双方向的な仕組みをつくれると良いと思いました。アーティストの作品を見に来てください、と誘うとハードルが高くなりますが、物々交換なら地域の高齢者が楽しみに来てくれますし、若い人の役に立ちたいと、家にある食器類、古着、端材、農産物などを持ってきてくれます。アーティストにとっては、作品が売れたり、人の目に触れて反響があったり、応援してもらうことはとても大事なこと。首都圏のアーティストは孤立しがちですが、ここで共同生活をすることで他の人から刺激を受けることも、力になると思います。

一方で、地域の高齢者は、人の役に立つことで自己肯定感が高まります。マンション住まいの子どもたちは、家ではできないような絵の具を使って壁に絵を描いたりして、クリエイティビティな感性が育ちます。子どもから高齢者までがリアルに触れ合い、支え合い、元気になれるコミュニティがつくられる、それが重要だと思っています」。市の来場者アンケートによると「新しい人と出会えた」という意見が多く寄せられるという。

「Creative Hub」に参加して「人のための演劇」にシフト

ここで「Creative Hub」の入居者の声を紹介する。よしだめぐみさんは、東京都出身のパフォーミングアーティスト。東日本大震災のときは中学2年生、高校時代に東北を訪れる機会があったが、まさか東北に住むとは思っていなかったという。

よしだめぐみさん(写真提供/巻組、写真撮影/Furusato Hiromi)

よしだめぐみさん(写真提供/巻組、写真撮影/Furusato Hiromi)

小学生のときから児童劇団に所属し、演劇を続け、多摩美術大学の演劇舞踊デザイン学科に進んだが、他の世界を知らないことが不安になり、大学2年生のときに中退。さまざまな仕事を経験し、石巻市の食・アート・音楽の総合芸術祭「REBORN ART FESTIVAL(リボーンアート・フェスティバル)」でアルバイト運営スタッフとして働く。そのときに演劇をつくれるスキルを現地に滞在し制作するアーティストに面白いと言われて、演劇を再開しようと決意。

「2020年は都内でイベントの仕事をする予定でしたが、コロナの影響でイベントはできず、制作費を稼ぐのも大変になってきました。東京にいる理由がなくなり、自分を求めてくれる人、味方になってくれる人がたくさんいる石巻で活動することにしました」

住むところがなかったよしださんは、巻組を紹介され、5月からシェアハウスに入居。まもなく「Creative Hub」が始まった。

「家賃なしでクリエイターに住まいを提供してくれる、全国でもない取り組みです。全国から集まる入居者、街の人たちとも仲良くなりました。

外に出れば出会い、発見があります。街の人はお米や牡蠣、飲み物などをくれて『ちゃんと食べなさい』と言ってくれる。大きなファミリーに見守られている感じで、都会とは違った人のつながりがありますね。関係が濃密なので、人が好きな人には合っているし、やりたいことがある人には、やりやすい場所だと思います」

CheativeHubの倉庫の一角、制作した作品の中でパフォーマンスをするよしださん(写真提供/巻組、写真撮影/Furusato Hiromi)

CheativeHubの倉庫の一角、制作した作品の中でパフォーマンスをするよしださん(写真提供/巻組、写真撮影/Furusato Hiromi)

演劇の脚本を書き、演じ、演出もする。福祉施設のコミュニケーション教育のワークショップや高校の演劇部の指導、イベントや撮影のアシスタントも。さらに石巻、仙台、女川など、宮城県の地域のイベントやアーティストのマネジメントと、仕事の幅を広げている。

「『Creative Hub』に参加して、知らない世界を知る人たちに出会い、影響を受けました。東京にいたときは、自分ががむしゃらに演劇をやりたいと思ってきましたが、ここに来て『誰から、どんなニーズがあるから、こういう演劇をつくりたい』と、自己満足ではなく、仕事にする方向で演劇を考えられるようになりました。人のために自分のスキルを活用したいと考え、視野が広がりました。

ここを原点に、いずれは拠点を選ばずに演劇活動ができるように、発展させていきたい。石巻で必要とされなくなるまで活動していきたい」と声を弾ませる。

創作意欲が高まり、日々出会いがある

次に紹介するのは、「みち草工房」の菅原賀子(よしこ)さんと、阿部史枝(ふみえ)さん。巻組の賃貸物件を工房として借りて2人でシェアしている。菅原さんは、大阪府大阪市出身で、神戸の木材の会社に勤めていたが、交際相手が住んでいる宮城県へ移住したことをきっかけに、石巻に惹かれた。コワーキングスペースをもつ石巻のカフェを訪れ、そこで働く阿部さんと出会った。

木を使ってモノづくりをしていた菅原さん、布を使って洋服の直しやオーダーメイドを請け負っていた阿部さんは、お互いの取り組みを面白いと感じた。そして一緒に活動するべく借りたシェアオフィスが手狭になり、いったん解散しようと思ったが、巻組のシェアハウスが気に入り、作業場として二人で借りた。

「石巻のまちなかにありながら、山際に立ち、植物に囲まれ、まるで山奥にいるよう。魅力的な物件です」と菅原さん。

「ここは広いので、たくさんの端材を置けるし、庭で植物を育てたりして、家ではできないことができます。

家とは別の空間を持つ面白さもあり、癒しの場所でもあります。また、ここは誰でも気軽に立ち寄れるオープンな物件なので、巻組が連れてくる見学者、デザイナー、アーティストなど、いろいろな人が遊びに来るのも楽しい」

菅原さんと阿部さんが借りている平屋木造住宅。住居兼アトリエみたいな場所(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

菅原さんと阿部さんが借りている平屋木造住宅。住居兼アトリエみたいな場所(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

「釘を打ったり、棚をつけたりとDIYをすることは賃貸では難しいですが、ここは自分たちの好きなように自由に変えられるし、原状回復も必要ありません。この場所にいるだけで、何かをつくりたくなるような気持ちになりました。

『どうしてそんな目立たない所に引越したの?』と言う人もいましたが、一度遊びに来た人は『隠れ家みたい』と気に入って、何度も気軽に来てくれます。今は震災に関係なくここの取り組みに惹かれて移住した人が増えている感じがします」と阿部さん。

庭仕事をしている阿部さん(左)と菅原さん(右)。クリエイティブな作業に最適な環境だ(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

庭仕事をしている阿部さん(左)と菅原さん(右)。クリエイティブな作業に最適な環境だ(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

2人のコラボ作品の第一弾は、猫用のハンモック「にゃんもっく」。「物々交換市」では、住民が持ってきたものと交換、または投げ銭で物を交換する「クルクルフリマ」という物々交換の店を出している。「普通のマーケットと違って、パフォーマンスもあり、活気があります。幅広い年齢層の方がのぞいてくれますね」(阿部さん)

2人がコラボしてつくった「にゃんもっく」(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

2人がコラボしてつくった「にゃんもっく」(写真提供/みち草工房、写真撮影/Furusato Hiromi)

「最先端の考え方をする人が集まってきて、もともとの住民と移住した人、古さと新しさが同居する面白いまちになっていると思います」(菅原さん)

アーティストの支援にとどまらない、社会の課題解決のモデルとして

巻組は、2020年12月、築70年の古民家を改築した「OGAWA(おがわ)」を開設。密集を避けて仕事をしたい人のためのワーケーションの拠点として、都心などから人を呼び込み、石巻と関わる「関係人口」を増やすことが目的だ。

「少子高齢化、人口の減少、孤立化などは全国的な問題。空き家問題が進む地域にアイデアとして何か転化していければと思います。空き家を活用して、ただカッコいい場所をつくろうとか、クリエイティブ人材を市内外から連れてくるだけでもありません。

現在の取り組みは、反響もありますが、こういう形がどれだけ広がり、一般化していくか、課題と制約のなかで、いかに価値を出すかが、クリエイティブやアートにとって大事なところだと思います。そして、アーティストがこういう場所で生み出したものを、どう売り出していくかを考えて、形として見えやすいものにしていく必要があると思います。見逃されがちなものを、空き家を活用して、さまざまな問題にどうコミットできるかを考えていきたいです」(渡邊さん)

若いアーティスト人材の居場所をつくり、呼び込んで育てながら、地域を活性化する、巻組の取り組み。多世代のコミュニケーションが生まれ、誰も孤立させずみんなで幸せになる地域社会をつくる。人材、資材を活用しアイデアを加える、人も経済も元気になる「良循環」といえるだろう。

震災後、外から多くのアーティストやクリエイター、ボランティアなど優れた人材が出入りしたことも変化につながった。都会の便利さはない田舎だからこその懐の大きさとポテンシャルの高さ。豊かな人材、資材、アイデアが流入して変化していく石巻は面白いまちだ。

●取材協力
・巻組

団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!

昭和40年代、50年代に多くつくられた団地では、建物の高経年化や住民の高齢化が進む中、新しい活気を生みだそうと、さまざまな試みがなされています。今年3月、足立区に誕生した「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田は、そのなかでもひときわユニークです。使われていなかった1階の空間をリノベーションしてシェアハウスとし、共同リビングには1000冊以上の本を配置、また、団地の居住者や地域の方と交流を図れる場としてコミュニティラウンジ『BOOKMARK』もつくりました。住み心地と暮らしぶり、狙いを運営会社とシェアハウス入居者に聞いてきました。   
築43年の大規模団地の一角に「シェアハウス」が誕生

漫画、料理、旅、エッセイ、推理小説など、さまざまなジャンルがあり、共通の関心があれば会話が広がったり、貸し借りをしたりと、人と人とをつないでくれる「本」。「あなたのイチオシは?」と聞かれたら、思わず語りたくなってしまうことでしょう。

そんな本を1000冊以上もそろえたシェアハウスが、今年3月、足立区大谷田一丁目団地に誕生しました。その名前も、「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田。なんだか名称だけでもワクワクしますが、コロナ禍にめげず、すでに多くの入居希望者が集い、暮らしています。でも、なぜ団地の一角にブックリビング付きのシェアハウスをつくったのでしょうか。企画・運営をした日本総合住生活株式会社に聞いてみました。

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「大谷田一丁目団地は昭和52年築、全10棟、1374戸からなる大規模団地です。シェアハウスの場所は足立区が保有し、もともとは保育士の寮でしたが、足立区が利活用事業として事業者を公募していたため、弊社が手をあげたのです」と話すのは、日本総合住生活株式会社の奥寺高清さん。

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

日本総合住生活株式会社は、UR都市機構の団地の管理などを手掛けている会社で、現在は団地のリブランディング、魅力を知ってもらう取り組みにも力を入れています。
「もともとは寮だったこともあり、リノベしてシェアハウスにし、若い世代に団地暮らしの楽しさを知ってもらいたいという観点から、若者向けシェアハウスにコンセプトが決まりました。どこの団地もそうですが、建物・居住者ともに高齢化が進んでいます。若い世代が外から入ってくることで、コミュニティを活性化したいという狙いがあったのです」(奥寺さん)

シェアハウスとコミュニティラウンジに置いた「本」が交流を生む

ただ、シェアハウスをつくるだけでは、シェアハウスに住んでいる人同士の交流は生まれても、団地居住者や地域の方との交流は生まれないものでしょう。そこできっかけになるのが「本」です。

「本はシェアハウスの共用リビングに1000冊ほど常時そろえ、入れ替えを行います。選書は、カフェや美容室など、本屋にこだわらず広く本に触れる場をつくり親しんでもらう活動をしている個人のtsugubooksさん。また、コミュニティラウンジ『BOOKMARK』は、本や食をテーマにしたイベントなどをきっかけに団地居住者や地域の方、シェアハウスの入居者が交流を図れる場としてつくりました。コロナウイルスの影響で自粛していましたが、9月にやっとイベント初開催となりました」(奥寺さん)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

取材に訪れた10月3日は、「食」をテーマにした本のイベントが開催されていました。団地の方々、地域の方々も気になっていたようで、「ココ、気になっていたの、立ち寄っていい?」「今日は何をしているの~?」とさっそく、交流が生まれていました。集まる人の年齢も性別もそれぞれですが、本を手に話がはずんでいるのを見ると、「本ってこんなに人を結びつけるんだ」と感慨がわいてきます。

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「本は持ち運びもしやすくて、人の物でも抵抗なく触ることができるもの。本の気軽な貸し借りから緩やかな人づきあいが育まれるのでは」というアイデアから、今回の「読む団地」がはじまったといいますが、まさに狙い通りといえそうです。

その住み心地は?「テレワークもしやすくて、たいくつしない」

それでは、シェアハウス内での交流や暮らしはどのようなものなのでしょうか。6月からこのシェアハウスで暮らしている川上望さん(26歳)に聞いてみました。

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「本があるシェアハウスなので、本や読書が大好きな人ばかりが集まっているのかと思っていましたが、そうではなく、仲良くなってからさらりと『何の本を読んでいるの?』と会話することが多いですね」とあかしてくれます。では、シェアハウスの住み心地はいかがでしょうか。

「建物はリノベ済みで、きれいで住みやすいですね。セキュリティも行き届いていて、家具家電も備え付けなので、身軽でいられます。仕事はテレワークが多いんですが、部屋ではなく共用リビングでもでき、本もあるのでよい気分転換になります。ここにいれば退屈しません」とそのメリットを話します。

川上さんがシェアハウスに住むようになったきっかけ、団地のイメージについても聞いてみました。
「身軽で暮らしたいこと、働き方を考えて、仕事する場所とくつろぐ場所をわけたかったので、シェアハウスを探していて、この物件に出会いました。見学したときの第一印象で『ここだな!』と思ったことを覚えています。団地には特段イメージがなく、真っ白い箱という印象でした。シェアハウスは、何もないと交流が生まれないのは分かっていたので、『本』のようにコミュニケーションのきっかけがあるのはよいなと思いました。団地の居住者と交流はまだできていませんが、多様な世代、年代の人と触れあいたいな、というのはあります」(川上さん)

就職活動などの経験を振り返ったときに、その当時、多様な世代の人たちと接する機会があれば、「どんな企業や働き方があるのか、もっと早く知ることができた」というのがその理由だそうです。確かに多様な世代、生き方に触れたい、というニーズは若い世代ほどあるかもしれません。

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

新婚生活をシェアハウスで「居心地の良さを実感しています」

もう一組、シェアハウスで暮らしているカップルにお話を伺いました。実はそれぞれ、このシェアハウスの別の部屋で暮らしていたものの、秋に結婚の運びとなり、10月から2人暮らしできる部屋でともに暮らし始めたばかりだといいます。新婚生活をシェアハウスで、というのも今どきですね。

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

「このシェアハウスに来る前は、別々の場所でひとり暮らしをしていたんですが、僕がどうしてもシェアハウスで暮らしてみたくて、結婚したら難しいだろうと、思い切ってココを見つけて、暮らしたいと言ったのが始まりです」(佐古田慎さん)

それなら「私も暮らす!」ということで妻の羽蘭さんも続き、シェアハウス内の別々の部屋で暮らすこととなったとか。ちなみにシェアハウスの住民には、2人の関係性は隠していたものの、すぐにつきあっていることがバレてしまったそう。では、2人からみたシェアハウスや団地の良さはどこにあるのでしょうか。

「実は前も団地で生活していたのですが、想像以上に住みやすいんですよね、団地って。スーパー、病院がそろっていて、敷地にもゆとりがある。生活しやすいのは分かっていたので、不安はありませんでした」と羽蘭さん。慎さんは念願のシェアハウス生活が楽しいようです。

「ひとり暮らしをしているとワンルームの部屋に帰って、ごはんつくって食べて、寝ての繰り返しになるでしょう。それがしんどくて。ここには『マイブック図書館』という、自分のお気に入りの本を置いておける場所があるんですが、料理本をおいていたところ、声をかけてもらえて。みんなでスパイスカレーをつくって食べたりしています。シェアハウスの入居者と、話して食べるのが楽しいですね」(慎さん)といいます。

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

団地のもつ良さと課題。「本」が解決のいとぐちになる?

最後に、団地の良さと課題について、奥寺さんに聞いてみました。

「団地は住んでもらうと良さが分かるというお声をよく聞きます。ここは最寄りの北綾瀬駅から徒歩14分と距離はありますが、公園や医療施設、スーパー、コンビニ、郵便局などが近くにあって、不便はありません。大谷田一丁目団地内でランニングできるくらい、今どきの建物にはないゆとりがあり、暮らしやすさを考えぬいて設計された良さがあると思っています。今回のようなシェアハウスをきっかけにして、団地の良さを体験してもらい、シェアハウス卒業後に団地の一室で暮らしてもらう、そんな循環ができたらいいなと思っています」(奥寺さん)

課題にはどのような点があるのでしょうか。
「今まで、団地居住者同士で交流はあっても、地域の方と団地居住者との交流の場がなかなかなかったんですね。しかも高齢化していくと、余計に団地内コミュニティも活発になりにくくなってしまう。だからこそ、『BOOKMARK』のように、団地の中、さらには地域の方とのゆるやかなつながりの場所をつくり、交流の場所になれたらいいなと思っています」(奥寺さん) 

新型コロナウイルスの影響で、『BOOKMARK』は計画時に思い描いていたような活用が今は難しいかもしれません。ただ、取材中、本を片手に人が会話したいというのは、実に自然な気持ちなのだなと痛感しました。どのようなかたちになるかは分かりませんが、本をきっかけに、シェアハウスや団地、地域の関係がより豊かなものになってほしい。本好きの一人として、そう願うばかりです。

●取材協力(※50音順)
日本総合住生活株式会社 住生活事業計画部事業計画課
読む団地

月収2万円で「山奥ニート」歴7年。自分の価値や感情を生まれて初めて知った

最寄駅から車で2時間という和歌山県の山奥に、廃校になった小学校を再利用して、全国からニートや引きこもりの若者14人が共同で生活するシェアハウス「NPO共生舎」がある。月額1人2万円で、ネット付きの居住スペースと食事代をまかなう。「自分自身がかつて引きこもりで、今は山奥ニート」と話すのは、同NPO理事で、この春に著書『「山奥ニート」やってます。』(光文社 刊)を上梓し、話題を呼んでいる石井あらたさんだ。その山奥生活について、詳しい話を聞いた。5月に発売された書籍『「山奥ニート」やってます。』は1万8000部(3刷)と売れ行き好調(写真提供/石井あらたさん)

5月に発売された書籍『「山奥ニート」やってます。』は1万8000部(3刷)と売れ行き好調(写真提供/石井あらたさん)

地域の人々との交流は大切な生活の一部

“山奥ニート”石井さんの生活は、朝はだいたい11時に起きてから今日は何をしようかと考え、焚き火をしたり、リビングで他の人とゲームをしたり、読書したりという、まさにその日暮らし。「自分も含めてニートは先のことを考えるのが苦手だと思う。『今』だけを考えて生きている」と話す石井さん。都会がコロナ禍でマスクや消毒に追われる緊張感ある生活なのと対照的に、コロナ禍でも生活は以前と全く変わりないと話す。

一方で共生舎は、これまで見学者や移住希望者の受け入れを行っていたが、この8月からは全面停止。再開のめどは立っていないという。「(感染症リスクを考えると)地域の方たちと交流しにくくなる」というのが理由だ。石井さんたちが暮らすのは、平均年齢80歳、山奥ニートの他に、徒歩圏内の住人はたった5人という集落。10代から40代の共生舎の住民たちは、キャンプ場の清掃や、梅農家のお手伝いなどをしながら、同じ村や近くの村に住む人たちと関わっている。また、スポーツを一緒に楽しんだり、祭りなどの村の行事にも積極的に関わっているので、こうした配慮は重要だ。

石井さんたちが住む五味集落までの道(写真提供/石井あらたさん)

石井さんたちが住む五味集落までの道(写真提供/石井あらたさん)

五味集落(写真提供/共生舎)

五味集落(写真提供/共生舎)

地元の年配者との交流は自然の流れ(写真提供/石井あらたさん)

地元の年配者との交流は自然の流れ(写真提供/石井あらたさん)

“山奥ニート”になったきっかけは福島でのボランティア

今は、好きなことをしたり、地元の人々のお手伝いをしながら、気ままに山奥ニートライフを送る石井さん。ブログのアフィリエイトで得る月2万円が主な収入だが、それでも家賃0円ということもあって、十分な生活を送れていると感じている。

そんな石井さんが山奥ニートになったきっかけは、2012年に東日本大震災のドブ掃除のボランティアとして出向いた福島での出来事に遡る。当時、すでにニート生活2年目。たまたま友人と旅をしていた広島で東北の被災状況を見て、改めて自分の人生を振り返り「好きなことをやって、死ぬ瞬間に後悔しないようにしたい」と思ったそうだ。そんな石井さんをさらに突き動かしたのが、NPO の人に言われた一言だった。

「ニートや引きこもりの人は、大きな力を溜め込んでいる。でもそれを活かせる機会がない。でもこういう非常時では、それが何より助かる」

以来、「誰かに必要とされたい」という思いを募らせ、同じ思いを持つニート仲間を探しはじめた。同時にニートが集まれば、何か起こるのではないかと漠然と考えるようになった。「同じ種類の人間が集まれば、互いに強化しあって、そこから何か文化のようなものが生まれるのではないか」と思ったのだ。

こうしたなかで出会ったのが、今も山奥で生活を共にする“ジョーくん”だ。彼の紹介で、2014年にNPO 共生舎のことを知り、「親の目を気にせず、思う存分引きこもる」ために山奥で生活することを決めた。

山奥の遊びの鉄板、焚き火。夏は河原で泳いだり、バーベキューも楽しめる(写真提供/石井あらたさん)

山奥の遊びの鉄板、焚き火。夏は河原で泳いだり、バーベキューも楽しめる(写真提供/石井あらたさん)

「こんな場所が近くにあるのは、ちょっと自慢」(石井さん)(写真提供/石井あらたさん)

「こんな場所が近くにあるのは、ちょっと自慢」(石井さん)(写真提供/石井あらたさん)

人がいること自体が希少な山奥だから感じる“人”の価値

アニメを観て、ゲームをして、SNSして、寝る。ある意味、今も「引きこもったまま」。それでも、都市部で暮らしていたときよりも人とのふれあいは圧倒的に増えた。村おこしやビジネスなどで能動的に集落に関わっているわけではない。「引きこもる範囲が自分の部屋から、集落に広がったんです」と石井さん。

山奥で暮らし始めてみて、こもることが目的でやってきたにもかかわらず、NPOの事務を一手に引き受け、その生活が楽しい故に、自然と集落の人や地域の人たちとの交流が増えていった。そんな中で石井さんが気付いたことは「便利なところには、便利な分、人が多い。人間が希少な分、山奥では一人の人間の力が非常に大きいので、価値が大きい」ということ。

お祭りのお手伝いも集落から感謝されている(写真提供/石井あらたさん)

お祭りのお手伝いも集落から感謝されている(写真提供/石井あらたさん)

「この山奥ぐらい不便な場所というのは、僕たち共生舎の住民がここからいなくなったら向こう100年人が住まなくなってもおかしくない。そのおかげで、(地域に住むほかの)みんなが優しくしてくれる。人間が希少なので、何よりも貴重な存在として扱ってくれる」と続ける。

つい先日、11月3日に行われた集落の祭りを共生舎の住人十数人で手伝った。毎年、山の上のお宮までお参りに行くのだが、そこまでたどり着ける地域の人は2人しかいない。「『あんたらがいなかったら、寂しい祭りになっただろうなぁ。来てくれてありがとう』と言われました。枯れ木も山のにぎわいじゃないですけど、一人ひとりは大して役に立ちませんが、頭数いるだけでも喜ばれるのが山奥です。お酒飲むのに付き合うだけで、すごく喜んでくれるんですよ」と、山奥生活で、改めて「人がいることの価値」を体感していると話す。

ニワトリも放し飼い(写真提供/石井あらたさん)

ニワトリも放し飼い(写真提供/石井あらたさん)

家でも人の気配を感じながら、心地よく生活している

石井さんが拠点にしている共生舎での住民たちのメインの交流場は、広いリビング。共生舎はいわゆるシェアハウスだが、廃校になった小学校を利用しているため、スペースは十分すぎるほどに広い。

シェアハウスといえば、都会だと音や臭いなどが問題になりがちだが、そういったトラブルは皆無。それぞれがソーシャルディスタンスを保ちながら生活しているという。

広々としたリビングでは、テレビの前を陣取ったり、本棚前で読書したりと、好きなことを悠々と楽しめる(写真提供/共生舎)

広々としたリビングでは、テレビの前を陣取ったり、本棚前で読書したりと、好きなことを悠々と楽しめる(写真提供/共生舎)

「40畳ぐらいあるリビングに、8~10人が常にいて、好きなことをしています。
リビングが広いと、部屋の隅と隅で別の話ができるんです。そうすると、あっちのほうで面白い話をしてるなと思ったら、そっちに席を移って話に加わることができる。狭いリビングだと、一つの話をしていたらその話に参加するしかない。別々の部屋だと、面白いことしているか分からない。広い一つのリビングだからこそ、自分が加わる話題を選ぶことができて、ある種Twitterのような、ゆるいコミュニケーションができます。実際、リビングにいるけどそれぞれで別のことで遊んでいる光景をよく見ますね。
上手に距離を保ちながら、一緒にゲームをしたり、映画を観たりする人もいれば、一人で読書する人もいます」

住居スペースの広さを確保しにくい都市部と比べ、山奥は家の中も、外も開放的なのだ。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

山奥生活に向いているのは、自分で楽しいことが見つけられる人

石井さんが集落にやってきてから過去7年に、累計40人がこの共生舎で生活をしてきた。見学には200人が訪れた。「住みたいという人を選り好みしようとはしなくなった」が、いくら広い居住空間で生活しているとはいえ、血のつながりや、もともと知り合い同士でもない他人が共同生活を送るには、ルールが必要。

NPOの運営は現在石井さんを含む古参の3人が“独裁政治”で担っている。「ニートたちは概ね仲がいいのですが、何かを決めるときは3人で相談して決めています。そんなことは1年に1度あるかないかですが」と話す。「ほとんどの場合、この山奥が合う人は残って、合わないと思う人は自然と去っていく」

共生舎の住民でノリでつくったミニコミ誌。16Pのうち4Pの共生舎の概要のほかは、漫画やレシピ、映画の感想、ボードゲームの攻略記事などかなり自由な内容。Vol2も予定している(写真提供/石井あらたさん)

共生舎の住民でノリでつくったミニコミ誌。16Pのうち4Pの共生舎の概要のほかは、漫画やレシピ、映画の感想、ボードゲームの攻略記事などかなり自由な内容。Vol2も予定している(写真提供/石井あらたさん)

今年だけですでに4人が入れ替わった。「(山奥での生活は、)自分で楽しいことが見つけられる人が向いていると思う」と石井さん。都会のいいところである、思いもよらない出会いはなかなかないので、出会いなしには生きられないという人には、山奥は向かないのかもしれない。またお互いが好き勝手にやっていることを面白がれるかどうか、それが共同生活の秘訣だ。

ちなみに、住民全員がニートというわけではなくリモートワークで働く人がいたり、一時的な滞在組と永住組が混在したりしている。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

「『(仕事をしていてもしていなくても、滞在でも永住でも)どちらでもいいよ』というスタンスは、ニート支援をする他のNPOなどの組織と比べて、とても珍しい立ち位置。誰にも先のことなんて分からないのに、どうするかなんて決められないから。だから『どちらでもいい』んです」と、いたってシンプルな理由で寛大な方向性が決められている。

過ごし方も、仕事をする・しないも、お互いとの関わり方も、「どちらでもいい」。時にNPOなどの取り組みの“●●しなければならない”に息苦しさを感じる人もいるように思う。

ただ、共同生活をする上で、それぞれが何らかの手伝いをすることはほぼ暗黙の了解で義務のようにはなっているとのこと。食事を用意する、掃除をする、ゴミ出しをするといったことを、住民は厳しい決め事をせずに自然と手を貸し合いながら生活している。

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

山奥ニートになって、“自分が知らなかった感情”を知った

著書で、生まれて初めて「マジギレした(マジで怒った)」事件について触れた石井さん。普段は温厚で、嫌なこともすぐに忘れる性格だが、山奥生活を始めて3年目に、どうしても人やモノに当たらずにはいられない日があった。それは「自分の知らなかった感情」だった。

“マジギレ”だなんて、ネガティブなイメージがあるかもしれないが、今では石井さんはポジティブに受け止めている。「“マジギレ”したというのは、それだけ僕が人と関わって生きているという証拠だと思う。人と関わったからこそ、自分を知ることができた。自分がムカっとする相手に会ったときにどんな反応をするのかを知るということは、逆に自分が何に心地よさを感じ、何に嫌悪するのかが分かるようになるということだから」(石井さん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

(写真提供/石井あらたさん)

自分の感情を自然に発露できた山奥での生活のおかげで、怒り、心地よさ、嫌悪といった「感情」が自分の中に芽生えたと感じている。

それに、感情的であることは悪いことではないとも思っている。
「一人で生きていくということはかなり大変で、強い人でないと生きられない。弱い人は、弱い人同士が繋がって、生きていく方がいい。感情的になるということは、弱さも見せていくということ。だから、人と人の“しがらみ”もある程度必要だと思うんです」

コロナ禍で山奥生活を再確認

石井さんは、1カ月だけ共生舎に住んだことのある女性と3年前に結婚した。現在3カ月に1度、1カ月ほど名古屋に住む妻のところに滞在する“二拠点生活”を送っている。

山奥の生活はコロナ禍での変化がまったくない分、「マスクが必須になった都会は、以前以上に息苦しく映る」と石井さん。街中を歩くにもどこか罪悪感を抱かずにはいられず、何も考えずに歩ける山奥の暮らしがやはり好きだと再認識している。

とはいえ、都会の生活も嫌いではない様子。「山奥の生活の一番の魅力は生活費の安さ。都会の良さは、遊ぶ場所がある、新しい面白い人と出会える、食べ物の選択肢が多いということ。それぞれにいいところがある。都会のいいところを山奥に持っていけたら面白そうだと思うんですよね」

2020年2月10日(ニートの日)に登壇した「ニート祭り」の様子(写真提供/石井あらたさん)

2020年2月10日(ニートの日)に登壇した「ニート祭り」の様子(写真提供/石井あらたさん)

コロナ禍でオンラインでのコミュニケーションが一般的になり、石井さんは山奥にいながらにして地元の友達とのオンライン飲み会も頻繁に楽しむようになった。確かに、山奥での不便さも尊いものだが、都会の良いところも取り入れれば、より住みやすくなりそうだ。

「山奥にも住む人が増えたら最高」と話し、「共生舎に住むことは物理的に難しくても、周辺集落にもっと人が移り住んでくれたらうれしい」と続ける。「将来的には、妻も山奥生活することを考えているようです」

コロナ禍のこの半年、外出規制になったり、先の予定を全てキャンセルすることも余儀なくされた。予定やルーティンがベースにあった毎日が一変し、日々の過ごし方や、暮らしたい場所、仕事観など、価値観が大きく変わった人も多いだろう。それぞれが新しい生き方を模索するなかで、“山奥ニート”石井さんの「先を考えず、その時その時を思うままに暮らしているのに充実感を感じられている」生き方は、凝り固まった私たちの価値観にちょっと変化を与えてくれるように思う。

石井さんは、「就職して働いている人は、やっぱり立派です」と言いつつ、このウィズコロナ時代を「先のことを考えることが苦手な僕たちにとっては生きやすい時代」と話す。「働くこと以外なら、なんでもやる気があるんです」という石井さんは、山奥の暮らしをもっと楽しんでやろうと大きな野望を抱いている。

『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた 著、光文社 刊)●取材協力
石井あらたさん
1988年生まれ、名古屋市出身。自称「山奥ニート」。浪人・留年・中退の末ひきこもり。2014年から和歌山県の山奥に移住。NPOの支援を受けるはずが、移住3日後に代表が亡くなり、理事として自主運営を開始。人口5人の限界集落の木造校舎に、ネットを通じて集まった男女14人と暮らしている。2017年に会社員の女性と結婚。現在は山奥と街の二拠点生活をしている。
Twitterアカウント:@banashi
ブログ:山奥ニートの日記
YouTube:山奥ニート葉梨はじめ
『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた 著、光文社 刊)

3カ月、駐車場に住んだバンライファー夫妻。40代後半で退職、家を売却した理由【バンライフの日々1】

2020年4月、筆者が運営するシェアハウス「田舎バックパッカーハウス」併設の“住める駐車場”「バンライフ・ステーション」にひと組のバンライファー夫妻が訪れた。神奈川県横浜市出身、50歳を目前に早期退職し、自宅を売却して今年1月末からバンライフをスタート。その理由や、新型コロナウイルス感染症の騒動下での状況について伺った。連載名:バンライフの日々
荷台スペースが広い車“バン”を家やオフィスのようにし、旅をしながら暮らす新たなライフスタイル「バンライフ」。石川県 奥能登の限界集落・穴水町川尻に、シェアハウス「田舎バックパッカーハウス」と住める駐車場「バンライフ・ステーション」をオープンした旅人・中川生馬が「バンライフ」と出会ったバンライファーたちとのエピソードを紹介します。自宅を売却して“車”を拠点にした生活にお二人がバンライフの拠点にしているのは、「ISUZU Be-cam」をベースにした日本特種ボディー社製キャンピングカー「SAKURA」(写真撮影/中川生馬)

お二人がバンライフの拠点にしているのは、「ISUZU Be-cam」をベースにした日本特種ボディー社製キャンピングカー「SAKURA」(写真撮影/中川生馬)

今回「バンライフ・ステーション」に3カ月滞在していたバンライファー夫妻の夫・秋葉博之さんと妻・洋子さん。

バンライフという暮らし方を決めた大きなきっかけは「宝くじ」だった。「宝くじ」に当たったわけではないが、そのときにふと交わしたシンプルな会話が二人の人生観を変えたのだ。

2018年春、洋子さんが「宝くじで、億円単位が当たったらなにをしたい? 私だったら、全国へ旅したい!」と言った。当たったわけでもないのに、博之さんはすぐに「いいね!やるなら今でしょ!」と賛同。二人は「とにかく、何もしないで旅をしよう!」と話し合った。「お金に対する不安ばかりを考えてもなにも始まらない」「とりあえず生きられればいい」……

キャンピングカー内にはテレビ兼PCモニターも設置されている(写真撮影/中川生馬)

キャンピングカー内にはテレビ兼PCモニターも設置されている(写真撮影/中川生馬)

博之さんは、バンライフをスタートさせるために購入したキャンピングカーの納車に合わせて、2019年10月中旬、約15年勤務した建設機械のレンタル会社を退社。それから生命保険の解約、自宅にあったモノの売却・譲渡・処分など、秋葉さん夫妻にとって今後の人生で“不要”と思ったモノの断捨離……いわゆる資産整理を始め、そして2020年1月30日に横浜の自宅を売却。バンライフを始めるにあたっての投資額は約1000万円以上。不安よりもワクワクのほうが何十倍も大きい。人生1度限りの無期限な旅へ期待に胸を膨らませながら、バンライフへの旅立ちの日を迎えた。

だが、ぶち当たったのは新型コロナウイルス感染症の影響だった。

キャンピングカー内の寝床(写真撮影/中川生馬)

キャンピングカー内の寝床(写真撮影/中川生馬)

90リッターの備え付けの冷蔵庫と、14リッターのエンゲル社製の冷蔵庫も積んでいるため、“食”生活も問題ない(写真撮影/中川生馬)

90リッターの備え付けの冷蔵庫と、14リッターのエンゲル社製の冷蔵庫も積んでいるため、“食”生活も問題ない(写真撮影/中川生馬)

旅立ち直後、コロナ禍で行き場を失った

バンライフをスタートさせた1月末は順調だったが、3月になると世の中は新型コロナ禍の影響が色濃くなっていった。
政府が4月7日に「緊急事態宣言」を発出し、各県でも順次、独自の対応を発表した。密閉空間・密集場所・密接場面など、3つの「密」になりうる温泉、道の駅、車中泊スポットなどの施設も閉鎖。運転の休憩をするための“仮眠”向けの車中泊スポットとなる道の駅やサービスエリア、電源が使えるRVパークなどは、いずれもバンライファーにとって大事な生活拠点だ。これらが使えないのは、家を売却してしまった夫妻にとっては死活問題。行き場を失ってしまった。

さらに、「車両ナンバーは、コロナが蔓延している神奈川県『横浜』。あちこち移動することで、周囲の人に不快感を与えたくなかった」と秋葉さん夫妻。彼らと同じように考える県外ナンバーのバンライファーは多く、筆者の知り合いのバンライファーたちも、実家や友人宅に滞在するなどして、バンライフを自粛していた。

「バンライフ」はクルマで旅や仕事をしながら快適に生活でき、好きな場所で寝起きできるなど、旅好きやさまざまな場所で暮らしてみたい人たちにとっては、理想的なライフスタイルではある。

しかし、今回のコロナ禍は、秋葉さん夫妻のように家を売却してしまっている、あるいは家を持たないバンライファーたちにとって、長期滞在することができる「不動産の拠点」の必要性を痛感した出来事でもあったかと思う。

まだまだバンライファーたちが長期滞在できるスポットの選択肢は多くない。「バンライフ・ステーション」へ秋葉さん夫妻が訪れたのは、こうした経緯からだった。

シェアハウス「田舎バックパッカーハウス」の住める駐車場「バンライフ・ステーション」には、トイレ・シャワー・料理場・ダイニング・居間・ワークスペースなど基本的な生活インフラを完備(写真撮影/中川生馬)

シェアハウス「田舎バックパッカーハウス」の住める駐車場「バンライフ・ステーション」には、トイレ・シャワー・料理場・ダイニング・居間・ワークスペースなど基本的な生活インフラを完備(写真撮影/中川生馬)

秋葉さん夫妻の家犬ならぬ“バン”犬・ぶーすけ(写真撮影/中川生馬)

秋葉さん夫妻の家犬ならぬ“バン”犬・ぶーすけ(写真撮影/中川生馬)

行き場を失ってたどり着いた

秋葉さん夫妻から筆者に問い合わせがきたのは、緊急事態宣言から数日後の4月11日。内容は以下のようなものだった。「現在、和歌山県にいます。今は毎日、点々として暮らしている状態です。先が見えない状況であり緊急事態宣言の出た横浜ナンバーでウロウロするのも気が引けて……。このような私たちでも受け入れが可能であれば利用させていただききたいと思っております。よろしくお願いいたします。(旅していた場所は)田舎ですし、3密になることもありませんが、道の駅や入浴施設等は利用しています。今のところ体調不良はありません」――。とても紳士的で、「きっといろいろと考えて問い合わせしてくれたんだろうなぁ」と思った。

秋葉さん夫妻滞在中に、1トントラックに自作の木造の家を荷台に積み1年間全国を旅したというバンライファーも訪問!(写真撮影/中川生馬)

秋葉さん夫妻滞在中に、1トントラックに自作の木造の家を荷台に積み1年間全国を旅したというバンライファーも訪問!(写真撮影/中川生馬)

当時、ちょうど「田舎バックパッカーハウスも、なにかコロナ対策に利活用できないものか」「災害時、ここが社会的にもっと役立つ施設になれればなぁ」と考えていた時期で、同じ“旅人”だということと、筆者がもともと暮らしていた鎌倉と、秋葉さん夫妻が暮らしていた横浜というゆかりのある土地の近さで親近感を抱いたことなども背景にあり、受け入れさせていただいた。また、思い切ってキャンピングカーに“人生の楽しみ”を詰め込むような人に「悪い人はいない!」という筆者の勝手な思い込みと直感もあった。

本来の田舎暮らしは近所付き合いが大切で、そこに面白みがあるのだが、今回はそうも言っていられない。1. (一定期間)近所の人たちとの距離を置く、2. マスクをすることなどを前提に「バンライフ・ステーション」に来ていただいた。

実際、夫妻に会ってみると、まさに思っていた通りの人たちだった。

「いい歳して、会社を辞めて、家を売って、将来のことはどうするの?」と思う人もいるかもしれない。しかし、秋葉さん夫妻は、「“自分たちの将来”のことについて本気で考えて、大切に想っている」からこそ旅に出たのである。大切な決断だと思う。

いろんな場所で短期滞在するのがバンライフの暮らし方。コロナ禍は災難だったが、期せずして長期滞在になったことで、能登をよく知ってもらう機会になったのではないかと思う。残念ながら前半はコロナの影響もあり、筆者の家族以外の近所付き合いがなかったが、滞在中に平和な田舎暮らしを味わってもらえたようだ。その様子は博之さんのブログに綴られている。

秋葉さん夫妻と筆者親子で「田舎バックパッカーハウス」周辺をお散歩(写真撮影/中川生馬)

秋葉さん夫妻と筆者親子で「田舎バックパッカーハウス」周辺をお散歩(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」周辺 田んぼなど、緑が広がっている。近くには海も(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」周辺 田んぼなど、緑が広がっている。近くには海も(写真撮影/中川生馬)

緊急事態宣言の解除後、「北」へ旅立った

6月18日、緊急事態宣言が全面的に解除され、19日以降、県境移動の自粛も解除された。

秋葉さん夫妻の動きは慎重だった。最終的に、7月9日に北海道に向けて旅立った。能登での3カ月間の“ちょい”田舎暮らしが終了した。

能登出発最終日に秋葉さん夫妻と記念撮影(写真撮影/中川生馬)

能登出発最終日に秋葉さん夫妻と記念撮影(写真撮影/中川生馬)

本州の暑くなる夏を避けるために、北海道へと向かったのだ。当初の旅の目的である「自分たちが今後なにをしたいのか探しながら全国を旅する」ことを果たすために。

「田舎バックパッカーハウス」運営者である筆者は、このコロナ禍という未曾有の状況下でつながった秋葉さん夫妻にますます親近感を持ってしまい、お別れの9日にはぼろ泣きしてしまった。

北へと向かった秋葉さん夫妻(写真撮影/中川生馬)

北へと向かった秋葉さん夫妻(写真撮影/中川生馬)

コロナ禍で見直されるバンライフ

このコロナ禍で、今後のライフスタイルについて改めて考え始めた人も多いだろう。秋葉さん夫妻のように、年齢やタイミングに関係なく、実現したいライフスタイルを自由に選択できる時代だ。

一方で、秋葉さん夫妻の話から筆者が感じたのは、今後増えていくだろうバンライファーに対応したインフラ施設の進化が必要だということ。バンライフは災害時にも有用な暮らし方だと言われているが、今回の件でさらなる課題が見えたように思う。

暮らし方だけでなく、生活基盤の選択肢も充実し、より豊かな生き方を選び取ることができるようになることを願いたい。

住める駐車場「バンライフ・ステーション」に続き、多くのバンライファーが集うことができる駐車場“村”「バンライフ・ビレッジ(仮)」を整備中で、オープン予定の赤井成彰さん(写真撮影/中川生馬)

住める駐車場「バンライフ・ステーション」に続き、多くのバンライファーが集うことができる駐車場“村”「バンライフ・ビレッジ(仮)」を整備中で、オープン予定の赤井成彰さん(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」のワークスペース、ダイニング、キッチンエリア。7月中旬から、旅行グッズレンタルサービス「flarii(フラリー)」とタッグを組み、バンライファーやサテライトオフィス含め長期滞在者向けの仕事環境のために、パソコンやPCモニターがレンタルできる「リモートワークプラン」を開始した(写真撮影/中川生馬)

「田舎バックパッカーハウス」のワークスペース、ダイニング、キッチンエリア。7月中旬から、旅行グッズレンタルサービス「flarii(フラリー)」とタッグを組み、バンライファーやサテライトオフィス含め長期滞在者向けの仕事環境のために、パソコンやPCモニターがレンタルできる「リモートワークプラン」を開始した(写真撮影/中川生馬)

バンライファーが集う「田舎バックパッカーハウス」がある石川県では、地元・金沢工業大学とCarstay社が「バンライフ」で地域を盛り上げるプロジェクトが始まった。全国的に「バンライフ」の旅と暮らしのスタイルが広がりつつある(写真撮影/中川生馬)

バンライファーが集う「田舎バックパッカーハウス」がある石川県では、地元・金沢工業大学とCarstay社が「バンライフ」で地域を盛り上げるプロジェクトが始まった。全国的に「バンライフ」の旅と暮らしのスタイルが広がりつつある(写真撮影/中川生馬)

●取材協力
・秋葉さん夫妻
・田舎バックパッカー
・flarii(フラリー)●関連記事
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日本に居ながら留学生活? 多国籍シェアハウスのリアルな住み心地を聞いてみた

外国人と日本人が一つ屋根の下で暮らす、多国籍シェアハウス「ボーダレスハウス」。日本に居ながら、留学生活のように異文化に触れ合え、語学力が向上するとあって近年注目を集めている。国内では東京、大阪、京都に77棟(2020年1月時点)を運営しており、世界各国から集まった入居者は累計で10000名を超えるそうだ。その魅力や実態について、実際に住んでいる日本人、外国人の双方にお話を伺った。
住まいで語学を学びたい今回取材させていただいた杉並区のボーダレスハウス(写真提供/ボーダレスハウス)

今回取材させていただいた杉並区のボーダレスハウス(写真提供/ボーダレスハウス)

今回、訪れたのは東京都杉並区にある「ボーダレスハウス」。誕生は2017年。中庭テラスを挟んだ2棟にはそれぞれ12人ずつが暮らしている。

ボーダレスハウスに住むユイさん(左)とアリさん(右)(写真撮影/小野洋平)

ボーダレスハウスに住むユイさん(左)とアリさん(右)(写真撮影/小野洋平)

お話を伺ったのは、日本の大学に通うユイさん(左)とフィリピン出身のアリさん(右)。はじめにボーダレスハウスに入居することにした理由を聞いてみよう。

アリさん:私は来日時、日本に知り合いがいなくて不安だったからです。それと、フィリピンに住んでいたころになんとなく、自分のシェアハウスをつくりたいという夢があったからですね。実際に住むことで、いろんな国の人と友達になれますし、自分の夢を実現するためには良い勉強になると思って、ここを選びました。

―ユイさんはどういったきっかけでしょうか?

ユイさん:昨年、フィリピンで語学留学をしたのがきっかけです。英語が全く話せない私に対して、現地の方々はものすごく優しくしてくれました。そのときに“いつか英語が話せるようになったら恩返しする!”と約束してきたんです。帰国後、とにかく英語を早く話せるようになりたい。だけど、今の大学をやめて留学するのは難しい。そんな中で見つけたのがこのボーダレスハウスでした。

―実際に英語は上達しているのでしょうか?

ユイさん:昔は道を聞かれても拙い英語でしか伝えられなかったですが、今ではちゃんと説明できるようになりました。バイト先でも海外のお客さんが来られたときは、私から積極的に話しかけるようにもなりましたよ。

―すごい成長ですね。毎晩、レッスンをされているんですか?

ユイさん:レッスンまではいかないですが「この1時間は英語だけね」ってルールを設けたりして、とにかく毎日必ず誰かと英語で会話していました。

アリさん:逆に日本国外からやってきた私たちも日本語を学びたいときは「1時間は日本語だけね」ってルールも提案していたのでWin-Winな関係だと思います。人によっては、来日したばかりで日本語が喋れない方もいます。だから、普段は日本語に英語を混じえながら教え合っています。

(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―日本人の入居者は、やはり「英語を学びたい」と思って入居される方が多いのでしょうか?

ユイさん:ボーダレスハウスには、「入居者の半分は外国の方」という決まりがあります。そのため、私のように“前に留学していました”とか“仕事で使えるようになりたい”など理由はさまざまですが、外国語を使いたい意欲的な日本人が集まっていますよ。

アリさん:日本語が話せない外国人にとっても、ボーダレスハウスは良い環境だと思います。というのも、英語が通じる入居者がいるため、日本語で表現するのが難しいことでも誰かしらに伝えられます。私もはじめは日本の方に言いたいことが伝えられず、ここで英語を使ってストレスを発散していました(笑)。

―日本人にとっては英会話スクールよりも上達が早そうですね。

ユイさん:本当にそう思います。英会話スクールほどお金はかからないですし、自分の好きなタイミングで練習ができますから。しかも、教科書の言葉ではなく、実際に使われている「活きた言葉」を自然に身につけられるのは、ここならではのメリットです。

アリさん:良くも悪くも留学とは少し違う環境です。無理して言葉を覚える必要はないですし、絶対に喋らないと生きていけない状況でもありません。だからこそ、自分に喝を入れられる人でないと、なかなか喋れるようにはならないのがボーダレスハウスの特徴だと思います。

国籍を超えたハウスメイトとの出会いハウスメイトで行ったスノーボード旅行(写真提供/アリさん)

ハウスメイトで行ったスノーボード旅行(写真提供/アリさん)

―ハウスメイト(同じ物件に暮らす人)同士の仲は良いですか?

ユイさん:ここは良いと思います。よくハウスメイト同士で旅行に行っていますし、最近ではクリスマスパーティーを開催しましたから。とにかくパーティーがみんな好きなんですよね(笑)。あと、パーティーに限らず、お互いがつくったいろんな料理を食べることができたり、教わることができるのも魅力だと思いますよ

―確かに、さまざまな国の食文化が学べそうですね。

ユイさん:普通に日本で暮らしていたら、きっと知らなかった調理法やつくらなかった料理に出会えるんですよ。前にいろんな形のパスタをつくってもらったときは驚きましたね。

アリさん:世界各国から人が集まっているだけあって、餃子パーティーやピザパーティーも本格的です。ここを退去する際に、自分の故郷の料理をふるまうのは恒例行事になりつつありますよ。

―楽しそう! 話を聞いていると、住みたくなってきます。

ユイさん:本当に住んで良かったと思います。私自身は、知らない人と住むことにストレスは感じないですし、「ただいま」と「おかえり」のコミュ二ケーションが取れるだけで幸せですね。前にバイト後、落ち込んで帰ったとき、みんなが心配して話しかけてくれました。私にとっては、もう一つの家族だと思っています。

アリさん:私も日本語以外に、お祭りにみんなで行けたり、日本料理を教わったりと、文化を多く学べてうれしいですね。

ハウスメイトで行ったクリスマスパーティー(写真提供/アリさん)

ハウスメイトで行ったクリスマスパーティー(写真提供/アリさん)

―逆に仲が良すぎて、騒ぎすぎてしまうといったことはないですか?

アリさん:盛り上がりすぎてしまうことは、たまにありますね(笑)。他の入居者に迷惑がかからないよう、ドアを閉める、などの配慮はしています。ただ、「少しうるさいよ」とか「テーブルの上を片付けてね」など、どうしても言いたいときは共通のライングループを使ったりしています。こまめにコミュ二ケーションを取ることは共同生活において大事なことですから。

―家事は当番制なのでしょうか?

ユイさん:前にゴミ捨てや、浴室掃除を当番制にするか話し合ったことがあります。結果、当番制にはならなかったですが、代わりに気付いた人は率先して行うこと、そして「ありがとう」と「ごめんね」はちゃんと伝えること、などのルールが決まりました。とても当たり前のことですが。共同生活では特に重要なことだと思います。

アリさん:時に怒ることもありますが、伝え方は気をつけるポイントです。「〇〇の件なんだけど、どういうこと?」って頭ごなしに言っても良い方向にはいかないですからね。怒ったときに限らず、うれしいときや悲しいときなど自分の想いを伝えるために語学を勉強するようになれば、結果的に良い循環が生まれると思います。

―たしかに。では、文化の違いで困ったりすることはないですか?

ユイさん:基本的に良い人ばかりですけど、やはり価値観は違いますよね。でも、私は国の差というより個人の差だと思っています。どこの国だからとかではなく、結局は個人の性格。どこの国でも大雑把な人も几帳面な人はいますから。ただ、ここの住人は受け入れる心や協調性を持っている方が比較的多いですね。

―多様性を知る機会にもなりそう。語学以外の面でも成長できそうな環境ですね。

アリさん:ただシェアハウスに住みたいだけなら、わざわざボーダレスハウスは選ばないと思います。家賃がめちゃくちゃ安いわけでもないですから。それでも、あえてここを選んで来ているということは、お金以外になにか価値・魅力を感じた人が集まっているんだと思います。

新しい価値観に触れ、広がる未来(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―入居する前と後で考え方が変わったことはありますか?

アリさん:1人で日本に来たときは言葉が喋れない、知り合いがいない、料理もできないなど本当に自分は暮らしていけるのか、自信がありませんでした。でも、今はいろんな人に出会い、たくさんの経験をしたことで自分に自信が持てるようになりましたよ。

ユイさん:私も人との出会いから価値観に少し変化がありました。人生はもっと肩の力を抜いて楽しむべきって思うようになりましたね。私が引越して間も無いころ、みんなでお酒を飲んでいたときのことです。私は次の日が1限目から授業だったので寝ようとしたところ「ユイ、それでいいのか? どっちが価値あると思う?」ってハウスメイトに聞かれたんですよね。もちろん、学校の授業をサボることはいけないことですが、そのときはみんなで話している時間の方が価値があるかもしれないって思えたんですよ。

―価値観が変わったり、視野を広く持てるようになったと。1人暮らしではなかなか経験できないと思います。

ユイさん:私は実家を出るタイミングでボーダレスハウスに入居しています。多分、こんなに楽しい経験をしてしまったら、1人暮らしが寂しすぎて辛いと思います(笑)。どっちの経験もしたい方は先に1人暮らしを経験した方がいいかも……。

―ボーダレスハウスのような多国籍の方が暮らすシェアハウスは、どういった方にオススメですか?

アリさん:やっぱり、コミュ二ケーションを取るのが好きな人ですかね。外国の人だけでなく、いろんな人に出会いたい、話したい人。あとは、フットワークが軽くて旅行が好きな人もいいかもしれません。

ユイさん:はじめ、両親は反対していたんですよ。外国の人という以前に、男女ですし、なにかあったら心配だって。でも、今では私が楽しんでいるのが伝わっているようで、なにかあったときは逆にみんなが守ってくれる環境なので安心したみたいです。

(写真撮影/小野洋平)

(写真撮影/小野洋平)

―大学生のユイさんは、この経験が就職活動でも役立ちそうですね。

ユイさん:就活って正解が分からないじゃないですか? でも、いろんな価値観を持っている人に出会えて、しかもグローバルな目線で教えてくれるので、アドバイスに偏りがないんですよ。それに、年齢や職業もバラバラなので、幅広い目線でさまざまな業界のリアルが聞けるのでものすごく役立っています。

―ここの生活を通して、夢や目標が新たに生まれたりはしましたか?

アリさん:やはり、自分のシェアハウスをつくりたい気持ちは一層強くなりました。以前までは漠然とした夢でしたが、少しずつイメージできるようになったのはここに住んだおかげです。今は日本だけではなく、他の国でもシェアハウスをつくり、ハウスメイト同士で行き来できるようになればいいなって考えています。

―素晴らしい夢だと思います。

アリさん:英語を話せない日本人も日本語が話せない外国人も、直ぐに馴染めるのがここの魅力です。私にとっては本当にセカンドファミリーのような、帰りたくなる居心地の良い雰囲気があります。だから、私もこのようなシェアハウスをつくりたいんです。余談ですが、前にテラスハウスのオープニングムービーを真似てつくった映像があります。こういう映像を私のシェアハウスでは展開してもいいかな(笑)。

アリさんが製作した映像(動画作成/アリさん)

アリさんが製作した映像(動画作成/アリさん)

―個人の成長としても、ビジネスの面でもアリさんにとっては大きな糧になっていますね。ユイさんはいかがですか?

ユイさん:私も英語圏に行きたい気持ちが強くなりましたね。もちろん、海外での仕事は夢ですが、現段階ではまだ選択肢の1つで決めきれてはいません。ここに住み続けることで知識はきっと、どんどんと増えていくじゃないですか? だから、住んでいる間に自分の選択肢をできるだけ増やして、やりたいことを模索していこうと思います。選択肢が多いことは幸せな悩みですもんね。……むしろ決められるかな(笑)?

ボーダレスハウスのような、多国籍の住民が暮らすシェアハウスは、お互いに交流する意欲を持って一緒に暮らすことで、語学力の向上のほか、多様な文化や価値観を学ぶことができるようだ。グローバル化が叫ばれて久しいが、スキルとしての語学だけでなく深いレベルでさまざまな国のことを知るには、またとない環境なのかもしれない。

●取材協力
ボーダレスハウス

テレワークが変えた暮らし[3]引越し先の「共用部」がもう一つの仕事場に。働く意味を再発見

昨今、オフィス以外の場所で仕事をするテレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増えていますが、テレワークしやすい「住まい」も登場し、支持を集めています。今回はワーキングラウンジなどが充実した「ソーシャルアパートメント」で暮らし、テレワークに取り組む人とそのリアルな声をご紹介します。
寮をリノベ。144世帯が暮らす「ソーシャルアパートメント」

2019年9月、完成したばかりのソーシャルアパートメント「ネイバーズ武蔵中原」に引越してきた前田彰さん。東京都・渋谷のIT企業勤務で、現在週1回、リモートワークをしています。

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

「以前は板橋のシェアハウスから毎日、満員電車に乗って通勤していました。転居を考えていたほぼ同時期に、会社でもリモートワークを導入することになり、自分もテレワークをはじめてみようと。共用部が充実したソーシャルアパートメントの存在は以前から気になっていたので、本当にタイミングがよかったです」と振り返ります。

「ソーシャルアパートメント」は、通常のシェアハウスと異なり、共用部での入居者同士の交流を楽しめる「仕掛け」がなされている住まいのこと。トイレやバス、キッチンは定期的に清掃が入り、清潔に保たれています。
また、こちらの物件は、キッチンに加えて、シアタールームやバー、防音室などの共用設備も充実しています。なかでも、前田さんのお気に入りはワーキングラウンジ。

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

「僕が仕事しているのはこのスペース。まさにこのソファです。仕事終わりでも部屋に帰らず、ココに立ち寄ってブログを書いたりしているので、自分の指定席のような感じですね」と笑います。この「ネイバーズ武蔵中原」は144世帯と大所帯なので住人全員と交流があるわけではありませんが、ここにいると知っている人を介して、会話がはずむこともあるそう。

「ワーキングラウンジにも2種類あるんですが、自分はこのソファ派です。部屋にソファがないというのもありますし、部屋にいるとダラダラしてしまうので、ほどよく人の目があるココが落ち着くんですよね」といいます。

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

心地よい場所があることで、「テレワークのほうが作業に集中できる」

前田さんがテレワークをはじめてみて3カ月あまり。率直な感想を聞いてみました。

「現在、会社では週1回のテレワーク、11時~16時のコアタイム制を導入しています。会社までの通勤は乗り換え1回、時間にして片道40分程度なのですが、通勤の義務がなくなるだけでも、ストレスは軽くなるなと思いました。テレワークをしてみると、オフィスで働く意味ってなんだろうって考えるようになりますよね(笑)」と心地よいよう。

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

特に前田さんはお気に入りの「ワーキングラウンジ」はオフィスよりも集中でき、仕事が捗ると感じることも。

「作業が詰まっているときは、僕はテレワークのほうがよいと思いました。会社だとどうしても話しかけられたりするので、集中できない。でも、自分の部屋だとだらけてしまう。一方で、例えばカフェなどだと、他人の声や仕草が気になってしまって気が散ってしまう。このワーキングラウンジは音や椅子、周囲の人も含めて、ちょうどよいのだと思います」

ほかにも、オフィスではよいアイデアが思いつかなかったものの、仕切り直しで持ち帰り、ワーキングラウンジで仕事を終わらせた、なんていうこともあったそう。一回休憩をはさむことでリフレッシュでき、持ち帰り仕事も負担にならないといいます。これも会社と自宅にほどよい「場所」がある良さと言えそうです。

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

暮らすのも働くのもシームレス。だから心地よいことが大事

一方で、週5日を完全にテレワークにしてしまうのは、ちょっと不安もあるといいます。

「仕事が詰まっていないとき、余裕がある時期はオフィスで働くほうがいいと思いました。やっぱりリモートワークは自分次第なので、少しでもゆるさがあるとだらけてしまう怖さがあります。あと、雑談から次のアイデアが生まれることもありますし、スタッフ同士の温度感など、得られるものは多い。リモートワーク可能な日を週2日~3日ともう少し増やすかもしれませんが、今はほどよいペースを見極めている状態かもしれません」(前田さん)。

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

前田さんが出社するときは朝9時30分に自宅を出て、帰宅はおよそ20時。とはいえ、前述の通り、自室に帰らず、ラウンジで作業していることが多いそう。
「働くのも暮らすのもシームレスで、分かれていない。すべて延長線上にあります。そういう意味で、今の暮らしがちょうどいい。心地よい場所があるって、とても大事だと思っています」

暮らすことも働くことも、「どれも毎日の一つ」と考える前田さん。ゆえに、どこで暮らすか、どのように働くかが同じくらい大切なのかもしれません。

「私の勤める会社でもテレワークの満足度は高いようですし、今、探りながら進めているところです」と話す通り、「ネイバーズ武蔵中原」は、今140世帯超の部屋が満室で、テレワークをする人も少なくないといいます。

また、友人にリモートワークやフレックスタイム制の話をすると、たいていの人が「いいな~」と返ってくるそう。自宅や会社以外の場所があり、そこで柔軟に働くことができれば、より仕事にも打ち込める。こうした働き方、住まい方は着実に社会に広がっていくことでしょう。

●取材協力
ネイバーズ武蔵中原

学生と高齢者、互いの「距離感」を大切に。次世代下宿「京都ソリデール」の暮らし

高齢者世帯が増加するなか、高齢者宅の空き室を低家賃で大学生に賃貸し交流する下宿サービス「京都ソリデール」が注目を集めている。高齢者の住まいには、高齢者が集うシェアハウス、シングルマザーとシニアによるシェアハウスなどシニアの知恵袋を次世代につなげる、シニア同士の生きがいを育んでいる、シニアの見守りを兼ねたさまざまな住まいの形が登場しています。京都府が2015年度から取り組む、下宿サービス「京都ソリデール」の住み心地とは? 実際の生活を高齢者、学生の両方にインタビューしました。
親でもなければ親戚でもない。だから、「口を出さないという気遣い」

ケース1/Yさんと谷口洋将くん(佛教大学・社会福祉学部2年生)
昭和45年に建てられた京都の趣のある住まいを15年前に購入したYさん。縁側に腰掛けて美しい日本庭園を谷口くんと一緒に眺める(写真撮影/中島光行)

昭和45年に建てられた京都の趣のある住まいを15年前に購入したYさん。縁側に腰掛けて美しい日本庭園を谷口くんと一緒に眺める(写真撮影/中島光行)

賀茂川近くにお住まいのYさんと谷口洋将くん。Yさん宅の2階の一室を谷口くんが使い、家賃は光熱費込みで3万円。キッチンや冷蔵庫、トイレ、お風呂は共同、キッチンが空いていたら谷口くんはたまに自炊もするという。「月に一度くらい、一緒にご飯を食べることもあります」(谷口くん)

2階の1室を使う谷口くん。隣の部屋にも下宿人がひとり。個室以外はすべて共用になっている(写真撮影/中島光行)

2階の1室を使う谷口くん。隣の部屋にも下宿人がひとり。個室以外はすべて共用になっている(写真撮影/中島光行)

Yさんが「京都ソリデール」を知ったのは、通っていた古典クラブ(京都府SKYセンター)の機関紙に掲載された広告だった。「説明会で話を聞いて、2階に部屋が2つも空いてることやし、使ってくれるんやったらいいわと思って。行政がやってるから、変な子は来ないやろ」と笑った。寂しかったわけでも、若い子が好きなわけでもなく、Yさんはすんなりとこの制度を受け止めた。「でも、友達は『私はできへん』ゆうてたなあ(笑)」(Yさん)

キッチンも共有で、冷蔵庫は上段が他の下宿生、中段が谷口くん、下段がYさんと分けている(写真撮影/中島光行)

キッチンも共有で、冷蔵庫は上段が他の下宿生、中段が谷口くん、下段がYさんと分けている(写真撮影/中島光行)

ステキな中庭でお茶するYさん(写真撮影/中島光行)

ステキな中庭でお茶するYさん(写真撮影/中島光行)

佛教大学の社会福祉学部に通う谷口くんは、兵庫県明石の実家から2時間かけて通っていたが通勤ラッシュに心が折れて、一人暮らしを模索。そんなとき、1年生のゼミの授業の一環で「京都ソリデール」を紹介された。「大学の近くはマンションの相場が高くて6万円オーバー。ソリデールは、学校に近いところに住めて、家賃が安いと飛びつきました。社会福祉学部ということもあり、高齢者の方と触れ合うことは、自分の見聞を広げるのにも役立つし、何より面白そう!」

通常の「募集」「応募」という不動産や下宿と違うのが「京都ソリデール」。京都府から依頼されたマッチング事業者が間に立ち、学生、高齢者それぞれと面談し、「この人たちなら大丈夫」という方同士の面接を重ねて、双方が合意してから下宿スタート、というプロセスを踏む。お互い、誰でもいいわけではない。Yさんと谷口くんの場合、マッチング事業者の京都高齢者生協くらしコープがマッチングを担当。Yさん宅で面接後、谷口くんは両親とも訪れ、その場で決めたという。「Yさんの印象が自分がイメージしていた高齢者=お年寄りという感じでもなく、厳しい規則があったら無理!と思っていたらそれもなく、ラクな感じでしたね。近くに賀茂川のケヤキ並木もあり、すごくいい場所。両親もやりたかったらやればいいと後押ししてくれました」。一方、Yさんは「今回で3人目。たぶんいい人に決まってるやろ」と、笑顔で谷口くんを受け入れた。現在、Yさん宅には谷口くんとは別に、もうひとり下宿生がいる。

ルールは「うちに帰らないときは連絡する、勝手に出て帰って、寝る」ことだけ。「生活しながらルール考えよ」というフレキシブルさで、お風呂は閉まっていたら使わない、ご飯は炊きたい人が炊いて、誰でも食べてよし。「なんか珍しいカブトムシとか飼っているみたい(笑)。といっても観察するほど熱心でもないなあ。若い男の子はいっぱい食べるのかと思ったら、なんやカロリー計算とかしよる(笑)。最初は他人と暮らして自分の暮らしを乱されたくない、深入りしたくないと思っていたけど、一緒にいてたら不安がなくなってるなあ」とYさんが言えば、谷口くんも、「何かあったら助け合う安心感はある。世代が違う人と暮らしたことなかったので、いい経験になります。友達は『よーやるわ』と言いますが、友達が思うほどハードルは高くなく、窮屈さ、不便さは感じません」。谷口くんは、2時間の通学時間から開放された分、土日のゼミ活動で地域の高齢者宅を訪問したり、介護福祉士の実務経験にカウントされる特別養護老人ホームでアルバイトをしたりと、専門の福祉に邁進中。「高齢者の方に話を聞いてニッコリ笑って、僕はやっぱり人が好きなのかなーと思っているところです」

実家ではご飯を炊いた経験がなかったが、今は炊いているという谷口くん。Yさんがつくってくれた和菓子を食べることも。「僕はナッツがダメで洋菓子アレルギー。これ、特養(特別養護老人ホーム)ではウケがいいです(笑)」(写真撮影/中島光行)

実家ではご飯を炊いた経験がなかったが、今は炊いているという谷口くん。Yさんがつくってくれた和菓子を食べることも。「僕はナッツがダメで洋菓子アレルギー。これ、特養(特別養護老人ホーム)ではウケがいいです(笑)」(写真撮影/中島光行)

下宿との大きな違いは距離感。「子どもや孫じゃないから、『ちゃんと勉強している』とか言わなくてもいい、聞かなくてもいい。ニッコリ笑ってくれる。それだけで、いい」とYさん。谷口くんも「親戚ではないけれど、知っている人という感じ。あれこれ聞かれないし、いい距離感だと思います。誰でもいいわけじゃなくて、Yさんだから大丈夫だったんだと思います」。近くに住むYさんのお子さんも「見てくれて、ありがとうございますと言いたい。一人暮らしで何かあったら谷口くんから連絡してもらえるのがうれしいです」と安心されているようだ。

(写真撮影/中島光行)

(写真撮影/中島光行)

格子戸に趣のある庭園と、京都らしいステキな日本家屋(写真撮影/中島光行)

格子戸に趣のある庭園と、京都らしいステキな日本家屋(写真撮影/中島光行)

「高齢者に何かあったときは、自分が対応するという覚悟」も込みで

ケース2/岩井さん夫妻と藤本慎介くん(同志社大学大学院・総合政策科学研究科)
庭の「ふじばかま」や「ほととぎす」は岩井さん(夫)が丹精こめてつくったミニ里山(写真撮影/出合コウ介)

庭の「ふじばかま」や「ほととぎす」は岩井さん(夫)が丹精こめてつくったミニ里山(写真撮影/出合コウ介)

岩井さん夫妻と藤本くんの場合、お互いに決めるまでに、1週間のお試し期間を設けた。「藤本くんの前に来られた女子学生の方は、ご両親と一緒に面接させていただいたのですが、どうも料理や門限まで面倒を見る昔ながらの下宿と思ってらっしゃるようで、そこまではできないからとお断りして。しっかり話をしないとダメだと思い、藤本くんの場合は1週間の期間を設けました」。藤本くんは、「1週間は気を使いすぎず、僕の悪い部分、例えば掃除しないところなどもしっかり見せました(笑)。玄関やキッチン、トイレも別々だし、お互い生活のリズムを崩したくない。たまに時間が合うときにしゃべるくらいの距離感がいいね、と話が落ち着きました」。岩井さん(妻)は「あまりにも掃除していないときは、私がたまに藤本くんの部屋を掃除してるけどね」と笑って教えてくれた。

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

玄関とキッチン、トイレは別々とかなり恵まれた環境。「最初は自炊していたけど、今はあまりしてないですね(笑)。DIYが得意な岩井さん(夫)は、キッチンスペースを広げてくれたり、生活に不便なところを直してくれます」(藤本くん)。岩井さんの祖父の代は金襴の織り屋さんで、もともと母屋、中庭、離れ、工場が建ててあったという。「昔は機の音がしてたんですよ」(写真撮影/出合コウ介)

玄関とキッチン、トイレは別々とかなり恵まれた環境。「最初は自炊していたけど、今はあまりしてないですね(笑)。DIYが得意な岩井さん(夫)は、キッチンスペースを広げてくれたり、生活に不便なところを直してくれます」(藤本くん)。岩井さんの祖父の代は金襴の織り屋さんで、もともと母屋、中庭、離れ、工場が建ててあったという。「昔は機の音がしてたんですよ」(写真撮影/出合コウ介)

このあたりは織物の職人の町で、岩井さんの家系も、もともと織り屋さん。自身はリフォーム会社を経営しており、それを辞めたときに事務所だった場所を改装。「玄関や水まわりが住まいとは別にあったので、民泊や民宿なども考えていました」。そんなとき、情報紙「リビング京都」に掲載されていた「京都ソリデール」に興味を示し、京都府から説明を受けた。「別々に生活できるので、決まればいいし、決まらなければ民泊や民宿にしてもいいかなって思って」と気軽な感じだったという。

ふたりの朝は早く、朝7時半におばあちゃんをデイサービスに送り出し、その後仕事に出かける。「お風呂だけ共有なので、藤本くんの『ただいまー』、私たちの『お風呂どうぞ』が日常会話になっています。台風のときなど何かあるときは、みんなで集まりましたね」(岩井さん(妻))(写真撮影/出合コウ介)

ふたりの朝は早く、朝7時半におばあちゃんをデイサービスに送り出し、その後仕事に出かける。「お風呂だけ共有なので、藤本くんの『ただいまー』、私たちの『お風呂どうぞ』が日常会話になっています。台風のときなど何かあるときは、みんなで集まりましたね」(岩井さん(妻))(写真撮影/出合コウ介)

藤本くんは、総合政策科学研究科でまちづくりや地域の関係性などについて学んでおり、大学院のNPOと行政等の協働実践演習の授業で、「京都ソリデール」を担当する京都府の職員・椋平芳智さん(京都府建設交通部住宅課)と知り合い、今では「京都ソリデール」を推進する学生メンバーだ。「最初は高齢者と住むことにイメージがつかなかったのですが、大学に近いところに住みたいと思って。光熱費込みで2万5千円と家賃が安いのも魅力ですし、この新しい体験が何かしら研究につながっていくだろうと。何より話のネタになる(笑)。もう勢いです!」

朝早い岩井さん夫妻、夜遅い藤本くんと「生活のリズムがまったく違うんです」と藤本くん。まちづくりプロジェクトで家庭菜園を地域に根付かせる活動をしているので、「自分でもやらないと」と、岩井さんの庭の片隅で家庭菜園にチャレンジし、岩井さんから手ほどきを受けるなど、普段から交流しているよう。「一番最初につくった小松菜とラディッシュは、知識もなくやったものだから大失敗」と藤本くん。「少し採れておひたしにしたけど、小松菜の『こ』くらい。めちゃ小さかった」と岩井さん(妻)は笑う。また、町内会にも参加し、地蔵盆もお手伝い。「僕はマンション暮らしだったので、回覧板も新鮮で。地域の和に入れてもらえるのもうれしいですね。自治会という組織のあり方も勉強させてもらってます」。地域の人とかかわってみた感想は?「世代ならではのノリみたいなものがあって、それを習得してスムーズにコミュニケーションが取れるようになりました。思ったより人間同士というか、ちゃんと人を見てくれてるな、って思います。若いとか高齢者とか、枠組みをつくっているのは自分たちで、それをとっぱらってみると基本的な人づきあいができる、ということが分かったのも収穫です」

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

ほうれん草やサラダ菜を育てる藤本くん。「間引き方、育て方などを教えてもらってます。帰ったら野菜をのぞきに行き、よく岩井さんとしゃべってますね」。岩井さんの里山にはチョウチョもよくやってくる(写真撮影/出合コウ介)

ほうれん草やサラダ菜を育てる藤本くん。「間引き方、育て方などを教えてもらってます。帰ったら野菜をのぞきに行き、よく岩井さんとしゃべってますね」。岩井さんの里山にはチョウチョもよくやってくる(写真撮影/出合コウ介)

スマホで情報交換!岩井さん(夫)は丹精込めた里山の花やチョウチョを写真におさめてコラージュしている(写真撮影/出合コウ介)

スマホで情報交換!岩井さん(夫)は丹精込めた里山の花やチョウチョを写真におさめてコラージュしている(写真撮影/出合コウ介)

岩井さん夫妻のお宅には要介護5のおばあちゃんがいらっしゃる。「以前、母が『あーーー』と叫んだことがありました。これは介護をしていたらよくある話で、藤本くんがどう思ったのか不安でした」と岩井さん(妻)。藤本くんは一瞬びっくりしたようで「どうしていいか分からず、あとで『大丈夫ですか?』と声をかけました。あれでよかったんですかね」と問うと、岩井さん(夫)は「あとで声をかけてくれたのがよかった」とおっしゃったのが印象的だった。「高齢者と暮らすと、こういうこともある」という現実と経験、一緒に暮らす高齢者が何かあったときには、自分が対応しないといけないという覚悟。これも込みで、「京都ソリデール」なのだ。

2016年度から事業開始した「京都ソリデール」。「住む」+αを生み出す制度への成長に期待左から、京都ソリデールの活動をする学生メンバーの和田さん、マッチング事業者の片木さん、学生メンバーの西原さん、京都府職員の戸川さん、岩井さん夫妻、藤本くん、京都府職員の椋平さん(写真撮影/出合コウ介)

左から、京都ソリデールの活動をする学生メンバーの和田さん、マッチング事業者の片木さん、学生メンバーの西原さん、京都府職員の戸川さん、岩井さん夫妻、藤本くん、京都府職員の椋平さん(写真撮影/出合コウ介)

京都府の少子化・人口減少対策の総合的戦略として策定した京都府地域創生戦略に基づく新しい住宅施策として、高齢者宅の空き室に低廉な負担で若者が同居・交流する次世代下宿「京都ソリデール」事業が創設されたのが、2015年度。「2015年度に国内外の先行事例を調査し、2016年度から京都市内で事業開始。マッチング事業者へ業務委託、京都の地域メディアを使った広報や公民館や大学での説明会などから高齢者、大学生の希望者を募集しました」(京都府職員の椋平さん)

その後、2017年度に北部、南部地域へ、2018年度には中部地域へと拡大した。2019年9月30日の時点で、27組(2017年3月末:4組→2018年3月末:8組→2019年3月末:21組→令和元年9月末:27組)マッチング、応募は2016年度:高齢者11世帯 大学生等17人、2017年度:高齢者22世帯 大学生等30人、2018年度:高齢者32世帯 大学生等31人となっている。その反響は?

「希望する高齢者や大学生の同居成立が、少しずつ、そして着実に増加傾向にあります。作業療法学(認知症分野)の教授、高齢者福祉学(社会的孤立対策分野)の准教授からも評価いただき、テレビ・新聞・業界紙等などの取材も増えていますね。(2018年でテレビ5回、新聞5回、業界紙2回)。高齢者と学生の間にマッチング事業者が入りますが、同居成立が今後増えていくことを考えると、それに対応できるマッチングシステムが必要になる。事業者間の交流促進も今以上に必要になってきますね。また、将来的には民間が主体となり、業務を実施するカタチへの移行を検討しています」(京都府職員の椋平さん)

マッチング事業者の応用芸術研究所の片木さんは、「高校を卒業したての大学生にソリデール制度の活用は難しいかもしれません」と語る。岩井さんが最初に断った女子学生のように、下宿や里親をイメージしているとうまくいかない。ある程度「自立」して初めて成り立つシステムなのだ。「マッチングするポイントは立地や条件はもちろんですが、高齢者の得意とすること、学生が学んでいることをしっかりとヒアリングすることが大切です。岩井さん(夫)はリフォーム会社を経営していただけに、DIYが得意で庭いじりが大好き。藤本くんは街の生活に入り込むことが専門学だし、家庭菜園を地域に根付かせるプロジェクトをやりたいと思っていたからこそ、岩井さんと藤本くんはマッチングできたと思います」

空室を活かしたい高齢者と、一人暮らしの高齢者を案ずるその子どもたち、経済的に厳しく、かつ経験を積みたい学生。そんな人々を、事業者が十分なヒアリングを行って繊細にマッチングする「京都ソリデール」。行政主導から学生自身も「京都ソリデール」を広める活動に参加し、大学近くに住みながら、高齢者と交流しながら、地域や学業にコミットする。次世代下宿とは、「ひとつ屋根の下に住む」から、「住む」+αの効果を生み出す制度への発展ではないだろうか。そんな志が感じられる「京都ソリデール」、今後の動向にも注目したい。

●取材協力
京都府

シングルマザー向けシェアハウスは母子家庭支援として成功する? リアルな生活事情も

住まいの支援策が乏しく、収入の不安定さなどで、家探しに苦労するシングルマザーは少なくない。そんな彼女たちを支える手段として注目されているのがシェアハウスだ。
前回の記事「シェアハウスはシングルマザーの助けになる?母子家庭の厳しい賃貸事情」では、シングルマザーの住まい事情や、母子家庭専用のシェアハウスについて紹介したが、第2弾の今回は、実際にシングルマザー向けのシェアハウスにお邪魔し、入居者や家主、運営会社にインタビュー。多角的な視点から見えてくるシェアハウスの必要性や、長く運営していくためのヒントを探ってみた。

長屋の一角にあるシェアハウス

今回お邪魔したのは、今年7月、大阪府大阪市平野区にできたシングルマザー向けシェアハウス「ideau」。人と人、今まで知らなかった新しい自分が「出で会う場」になればいいと名付けられたシェアハウスは、昭和40年築の10軒の長屋をリノベーションした「ぐるぐるそだつながや」内の一角にある。

このユニークな名前の長屋の道路側には、かつてたこ焼き屋やクリーニング店といった店舗が並び、裏側の住居用の長屋には長年にわたって住民が住んでいた。だが、入居者の高齢化により5年ほど前から全室空き家に……。オーナーの綿谷茂さんは空き家をどうするか悩んでいた。

「町工場、個人商店をはじめ多様な居場所のあったこのエリアが画一的な建売り住宅地へと変貌を遂げていく中で、長屋という特性は変えずに、人と人を繋げるような生かし方もできるのではないかと漠然と思っていました」

綿谷さんは土日を使って区が主催する空き家活用のセミナーなどに参加。そこで出会った設計士や空き家活用の専門家に相談して知恵を借りながら、約2年かけて構想を練った。そうして出来上がっていったのが「ぐるぐる そだつ ながや」だ。長屋を路地でぐるっと囲んだこの空間で、入居者や地元の人々が繋がり、憩える場になればという思いを込めて名付けた。

路地で囲まれた中央には、長屋2軒分をつなげて入居者や近所の人々が集う共用間にした。1階には長屋の趣をそのまま生かしたおしゃれなシェアキッチンをつくり、週末の午前中は綿谷さん夫妻がカフェを開いて、コーヒーやモーニングを提供。このために妻は珈琲の自家焙煎の資格を取得したそうだ。

「カウンター越しに近隣の人と話すと、趣味や得意分野はじめ、意外な一面に巡り合うことができます。『家の冷蔵庫に数千年前の南極の氷が入っていて使い道がない』とか、『バトントワリングの世界大会に出場した』とか(笑)。『だったら、その氷をみんなに見せてくださいよ』とか、『バトンを長屋や近所に住む子どもたちに教えてくださいよ』といった話につながる。途端に親近感も湧いてきます」(綿谷さん)

ブルーの囲みがシェアキッチンなどの長屋の入居者や近隣住民が集う建物、ピンクの部分がシングルマザー向けのシェアハウス(写真/水野浩志)

ブルーの囲みがシェアキッチンなどの長屋の入居者や近隣住民が集う建物、ピンクの部分がシングルマザー向けのシェアハウス(写真/水野浩志)

手前の1階が長屋2軒分をリノベーションしたシェアキッチン。土曜の午後は、志ある料理人が借りて食事を提供し、近所の人が利用。奥は居住用の長屋(写真/水野浩志)

手前の1階が長屋2軒分をリノベーションしたシェアキッチン。土曜の午後は、志ある料理人が借りて食事を提供し、近所の人が利用。奥は居住用の長屋(写真/水野浩志)

綿谷さん夫妻。土曜の朝は2人でカフェを開く生活になった(写真/水野浩志)

綿谷さん夫妻。土曜の朝は2人でカフェを開く生活になった(写真/水野浩志)

2階は、開放感ある吹抜けの天井で、両側の窓から吹き抜ける風が気持ちいいコミュニティスペース。間仕切りを使えば、寺小屋A 、寺小屋B、畳の図書スペースの3部屋に分かれる。希望者は有料(2階の全スペースを借りると1時間1200円)で借りることができ、すでに子どもの英語教室やヨガ教室、ヒーリングの会などさまざまな教室やイベント、ワークショップが開催され、子どもからお年寄りまで多世代が集う場になっている。1階、2階ともに長屋の入居者はもちろん、周辺住民も利用できて「ぐるぐるそだつながや」を知る機会にもなっている。

2階のコミュニティスペース。ホワイトボードの間仕切りで部屋を分けることも。奥には子どもが本を読める畳の図書スペース。天井の梁などは改築前の長屋をそのままに耐震補強を加えつつ活用した(写真/水野浩志)

2階のコミュニティスペース。ホワイトボードの間仕切りで部屋を分けることも。奥には子どもが本を読める畳の図書スペース。天井の梁などは改築前の長屋をそのままに耐震補強を加えつつ活用した(写真/水野浩志)

1階のシェアキッチンから2階へ続く階段。ムクの木のいい香りが漂う(写真/水野浩志)

1階のシェアキッチンから2階へ続く階段。ムクの木のいい香りが漂う(写真/水野浩志)

長屋にシェアハウスをつくろうと思ったきっかけ

シェアキッチンやコミュニティスペースが長屋の中心となる再生構想は着々と固まっていったが、当初、住居部分は普通の賃貸として貸す予定で、一角をシングルマザー向けのシェアハウスにする予定はなかった。そのきっかけは?

「『ぐるぐるそだつながや』の共用空間をどう生かすか、いろんな人の意見を聞いてみたくなって、Facebookでコミュニティをつくって、一昨年の10月にみんなでディスカッションするイベントを開いたんです。そこに参加してくれたのが、Peace Festaの社長・越野健さんと安田委久美さんでした」(綿谷さん)

越野さんが運営するPeace Festaは、若者向けやLGBT向けなどさまざまなコンセプトを打ち出したシェアハウスを運営している。その事業を一緒に担う安田さん自身も、小学生の娘と暮らすシングルマザーで、同じ境遇の人たちが一緒に暮らせるシェアハウスをつくりたいと物件を探していた。そんなタイミングで出合ったのが、この「ぐるぐるそだつながや」だったというわけだ。

「ここのコンセプトを聞いて、ぴったりな物件だと思ったんです。ぜひシングルマザー向けのシェアハウスをつくりたいということを、オーナーの綿谷さんに説明しました」(安田さん)
 
母子家庭の家探しが大変なことや、長屋という特性が母親の安心感などにつながるといったシェアハウスの存在意義に共感した綿谷さんは、3軒分の長屋をつなぎ、1階に3部屋、2階に2部屋と共用キッチンやベランダを設計士に依頼し、シェアハウス用の間取りにリノベーションすることにした。

そして、Peace FestaがホームページやSNSを使って入居者を募集し、現在4世帯のシングルマザーが入居している。保育園に通う子どもを育てる30代後半の母親が多い。

共用建物を挟んだ路地の手前(右)が普通の賃貸住宅で、奥がシェアハウス。賃貸住宅は1軒ずつ間取りが異なり、デザイナーや美容師などが既に入居している(写真/水野浩志)

共用建物を挟んだ路地の手前(右)が普通の賃貸住宅で、奥がシェアハウス。賃貸住宅は1軒ずつ間取りが異なり、デザイナーや美容師などが既に入居している(写真/水野浩志)

長屋の建具や玄関扉の位置などはそのままに、共用キッチンへのアクセス利便性を考慮したシェアハウスの玄関。2階に続く階段は3カ所ある(写真/水野浩志)

長屋の建具や玄関扉の位置などはそのままに、共用キッチンへのアクセス利便性を考慮したシェアハウスの玄関。2階に続く階段は3カ所ある(写真/水野浩志)

階段を上がったところには、共用キッチンとダイニングテーブル(写真/水野浩志)

階段を上がったところには、共用キッチンとダイニングテーブル(写真/水野浩志)

共用キッチンの隣の扉を開けると母と子が暮らす居室。6畳ある空間は畳やフローリングタイプの2種類(写真/水野浩志)

共用キッチンの隣の扉を開けると母と子が暮らす居室。6畳ある空間は畳やフローリングタイプの2種類(写真/水野浩志)

収納は押入れ1間分と広め(写真/水野浩志)

収納は押入れ1間分と広め(写真/水野浩志)

広めの水まわりの上部には収納も(写真/水野浩志)

広めの水まわりの上部には収納も(写真/水野浩志)

お風呂もトイレも1世帯1つずつ設置されている(写真/水野浩志)

お風呂もトイレも1世帯1つずつ設置されている(写真/水野浩志)

孤独感がなくなり、リラックスタイムが増えた

実際に住んでみた感想を安田さんは、以前の賃貸住まいより、何よりリラックスする時間が増えたと話す。「シングルマザーだと家では話し相手が子どもばかりになり、例えば、お酒を飲みに行きたいなと思っても夜は外出できません。ママ友同士、ハウス内で一杯のビールを飲みながら子育ての悩みなどを共有できるのは楽しいし、孤独感もない。人がいる安心感からかリラックスしていると思います」

共用キッチンでは、「卵が1個足りないから貸して。今度返すから」といった昭和時代のご近所さんのようなやりとりも。キャベツなど、2人では使い切れない大きさの野菜をみんなで分けることもできる。「ハロウィンパーティーやクリスマス会なども子どもたちが中心になって開いて楽しそうです」(安田さん)

また、仕事で帰りが遅くなったり、用事で外出しなければいけないときも、ほかのお母さんに声をかけて夕ご飯を一緒に食べてもらったりするなど、子どもが一人で過ごす心配もないとか。「私が仕事で不在している際も、他のお母さんがうちの娘と一緒にご飯を食べてくれたりします。娘が好きな映画をそのお母さんに見せたりして、いい話し相手にもなってもらったり。娘は娘なりにコミュニティを広げていて、二人暮らしだったときより私自身も安心して働けるし、人と触れ合える環境があるのはすごくありがたいなと思うんです」

同じ境遇のママ友と一緒に暮らし始めて、安心感を得られるようになったと安田さん(写真/水野浩志)

同じ境遇のママ友と一緒に暮らし始めて、安心感を得られるようになったと安田さん(写真/水野浩志)

ほかの入居者は、昨年起こった大阪の地震で停電になり、親子2人ですごく不安だったが、SNSではなく、リアルに人と繋がった場所にいるだけでも、精神的な安定につながっていると話していたという。
また、シェアハウスの前にあるカフェやコミュニティスペースという人が集まる場があり、多くの大人の目があることも、防犯対策などにつながっている。「『〇〇ちゃんがまだ帰ってきていないね』と、子どもがほかの子どもを見守るような感じにもなっています」(安田さん)

2階で家事をしながら、路地で遊ぶ子どもたちを見守ることも(写真/水野浩志)

2階で家事をしながら、路地で遊ぶ子どもたちを見守ることも(写真/水野浩志)

教育方針の違いはどう歩み寄る?

話を聞いているとメリットばかりだが、価値観が異なる人との共同生活で問題が生まれることはないのだろうか。

「もちろん、お母さんによって教育方針は異なります。家庭や子どもの年齢によって就寝時刻も異なるし、『もう少し夜は静かにしてもらえたら』という話も出ました。そんなときは、『なぜあなたはそう思うのか』『それは絶対にNGなのか』という意見を互いに聞くようにしています。その上で、『そこはもう少し考えを緩めて歩み寄ることはできる?』と確認することも。シングルマザーは、大切な子どもを守るために、自分がしっかりしなきゃと頑張りすぎる傾向があります。そこまで自分にも子どもにも厳しくなる必要はあるのかということを聞いてみたり、自分自身にも問うようにしたりしています。そうして互いの着地点を探っていく。もちろん、自分が間違っていたと思ったら、後から『ごめん、やっぱりこう思う』と伝えるようにもしています。自分の価値観を押し付けるようなことだけはしません」(安田さん)

特にハウスリーダーなどは決めていないが、ここでは、世話焼きの安田さんがそうした日常の問題を解決する役目を担ってそうだ。

シェアハウスを運営し続けるポイント

運営側の視点からは、シングルマザー向けのシェアハウスがうまく長く運営できるポイントをどう考えているのだろう。

「うちのシェアハウスのつくり方は、不動産が運営するシェアハウスとは少し異なり、シェアハウスの入居に興味がある方や、叶えたい夢や目標がある方と、SNSやリアルな場などで意見交換し、コンセプトから共に創っていきます。つまり、入居者が集まってからシェアハウスをつくる形式なので、最初から多くの空室がでるという心配はありません。また、これはシングルマザー向けに限らず、募集時に、『違いは間違いではない。他人の価値観の違いを知られるのは、シェアハウスの醍醐味』だと発信しています。それを受け入れた上で入居してくる人は多いと思います。だからゴミ捨てなどのルールづくりなども入居者に任せています」(越野さん)

とはいえ、教育という自分の価値観は崩したくないという人もいるだろう。越野さんは、今後、シングルマザー向けのシェアハウスをつくる機会があれば、オーガニックで食育を大切にしたいとか、しっかり勉強に集中できる環境が欲しいとか、不登校の子どもが交流できるような場をつくるなど、子育ての価値観が似ているシングルマザーに特化したハウスをつくるのも、一つの手だと話す。

かつては自分もシェアハウスに住み、数々のシェアハウスの運営実績があるPeace Festa社長の越野さん(写真/水野浩志)

かつては自分もシェアハウスに住み、数々のシェアハウスの運営実績があるPeace Festa社長の越野さん(写真/水野浩志)

このシェアハウスの家賃は管理費込みで7万円。関西圏内のシェアハウスの相場は4~5万円なので、それと比べても高めだ。その家賃設定について越野さんはこのように話す。
「過去、激安の若者向けのシェアハウス事業に取り組んだことがあったのですが、トラブルが絶えず、激安路線はやめようと思った失敗談があります。シングルマザー向けシェアハウスの目的は、シェルターのように一時的に住んでもらうものでなく、長く安心して住んでもらうこと。そこで、遠方から引越してきたなどで未就業のママさんには、最初の2カ月限定で家賃を月4万円に設定し、その2カ月で我々が必ず仕事を斡旋し、職に就けるようにサポートすると決めました。仕事に就けて、安心して働ける環境を提供できてこそ、シングルマザー向けシェアハウスが継続できるポイントかと思っています」

車が通らない路地で子どもたちが安心してゴムプールで水遊びをしたり、共用玄関先の窓にクリスマスの飾り付けをしたり、子どもたちの笑い声は絶えない。「空き家のころに比べると、子どもが遊ぶ風景を身近で見られるのはいいですね。共用部分の貸し出し運営などは、どなたかに頼もうと思っていたのですが、自分たちでやってみて、大変だけど楽しい部分もある」と綿谷さん。

入居者だけでなく近隣住民も集まる長屋を中心とした空間で、子どもたちがすくすく育つ――。孤立しがちなシングルマザーには頼もしい住まいの形だ。ただ、長屋はスタートしたばかりで、大事なのは続けていくこと。シングルマザーが安心して子育てできるための一つのロールモデルに育つよう、シェアハウスの今後の動向を見守りたい。

ペットも入居相談可。安田さんの愛犬も息子がいるシングルマザー(写真/水野浩志)

ペットも入居相談可。安田さんの愛犬も息子がいるシングルマザー(写真/水野浩志)

アドレスホッパーに聞いた「Hostel life」「ADDress」「HafH」の違いって?

暮らしの多様化にともない、昨年から続々と登場しているサブスプリクション型住居サービス。国内外で複数ある拠点で泊まり放題・暮らし放題になるというものです。いろんなサービスがありますが、違いはあるのでしょうか。サービス開始から半年経つ「ADDress(アドレス)」「Hostel life(ホステルライフ)」「HafH(ハフ)」、そして3つのサービスすべてを利用した、家を持たない暮らしを送るアドレスホッパー・野口福太郎さんに話を聞きました。
「コスパのHostel life、ノマドのHafH、暮らしのADDress」(野口さん)

現在大学4年生の野口福太郎さんは、2019年1月までは埼玉県浦和市で実家暮らしをしていましたが、2月からアドレスホッパーになりました。

アドレスホッパー・野口福太郎さん(右)。「HafH」の、西新井拠点のホステルで仲良くなったインド人と鎌倉観光したときの写真(写真提供/野口福太郎さん)

アドレスホッパー・野口福太郎さん(右)。「HafH」の、西新井拠点のホステルで仲良くなったインド人と鎌倉観光したときの写真(写真提供/野口福太郎さん)

「学校、就職活動、アルバイトの日々に単調さを感じていたなかで、アドレスホッパーの市橋正太郎さんのことを知りました。僕はもともと物質よりも精神的豊かさを大事にしているのですが、アドレスホッパーはまさに究極のミニマリストだと思ったんです。僕ももっと冒険的に生きてみたい、とゲストハウス暮らしを始めたところ、さまざまな国、属性の人が入り乱れているのが面白くて」

3つのサービスを利用したきっかけは、「まだサービスを併用したことがある人がおらず、自らが比較しつつ旅するように暮らしてみようと思った」とのこと。かかった費用、体験して野口さんが感じたことを、各サービスの特徴とともにまとめてみました。

3サービス利用で、1カ月間でかかった金額は?

「食費や移動費を含めて約23拠点利用で30万円以上かかりましたが、今までは旅をする感覚で利用していたので、想定内です。生活拠点としての利用にシフトすれば、10万円ほどで抑えられるはず」

<内訳>※食費・雑費除く
・サービス利用料金 計10.2万円
ADDress 5万円(クラウドファンディング限定プラン(※))
HafH 3.2万円(「ときどきハフ」プラン(月10泊))
Hostel life 2万円(平日プラン・複数月利用)
・交通費 約12.3万円

※現在は年間会員(1カ月4万円)で提供

3サービス、それぞれの特徴、魅力を比べてみた

■二拠点生活の推進に力を入れる「Hostel life」

ホステル併設のバーや取り組みを通じて、利用者同士だけでなく、地域の方や海外観光客とのコミュニケーションも活発に行われています(写真提供/Little Japan)

ホステル併設のバーや取り組みを通じて、利用者同士だけでなく、地域の方や海外観光客とのコミュニケーションも活発に行われています(写真提供/Little Japan)

メンバーカード「ホステルパス」を持つことで、全国の登録ホステルが泊まり放題になります。地方が抱える問題の解決策として注目されている「関係人口」増加の糸口にと、柚木理雄さんが全国を旅して暮らしてみて生み出したサービスです。東京都心部の職場や学校の近くの拠点を利用する一方で自宅として郊外や地方の好きな拠点に住む、地方に住む人が東京に拠点と二拠点生活を送る、多拠点を旅するように暮らす、などの利用方法を提案。
現在、国内13カ所、海外1カ所の登録ホステルがあります。今後は登録ホステル数を増やしつつ、千葉県等に現在4拠点あるホステルパスが家賃に含まれている「多拠点シェアハウス」も増やしていく予定とのこと。

野口さんが考える魅力:「コスパ」「利便性の高さ」

「特にサービスの中心の場所となるゲストハウス『Little Japan』は家のような感覚で過ごせて、スタッフさんもいい人ばかり」(野口さん)(写真提供/Little Japan)

「特にサービスの中心の場所となるゲストハウス『Little Japan』は家のような感覚で過ごせて、スタッフさんもいい人ばかり」(野口さん)(写真提供/Little Japan)

「『平日プランでは』金・土曜、土・日曜の宿泊ができませんが(日~木曜のみ利用可)、かなりのコスパを発揮します。ユーザーは年齢層がバラバラですが、つながりもできていて、人と関わることが好きな人にはオススメです。
拠点も利便性が高いところが多いので、首都圏で通学・通勤時間の短縮にもいいと思います」

■世界を旅して働く「HafH」

海外拠点数が多いのも特徴で、世界中でリモートワークすることができます(写真提供/KabuK Style)

海外拠点数が多いのも特徴で、世界中でリモートワークすることができます(写真提供/KabuK Style)

「副業」「テレワーク」「ワーケーション」など働き方改革が話題ですが、実際はどうしたらいいのか分からない人は多いのが現状。そんな日本の未来のヒントを、世界の旅先に気軽に探しに行けるようにと、自身も旅をしながら働いて日本の素晴らしさを知ったという大瀬良亮さんが立ち上げたサービスです。あえて地方である長崎に拠点を置き、地方から世界へアプローチする可能性に挑戦しています。
海外の拠点数も複数あり、国境を超え、地域とのつながりを生み出すイベントも。例えば「旅する料理人」の会員が拠点を巡って各地で料理をふるまい、お客さんと地元との架け橋になっているそうです。
現在、16の国と地域で138拠点があります。

野口さんが考える魅力:「拠点数の多さ」

写真/Legian Village Hotel(インドネシア:バリ)

写真/Legian Village Hotel(インドネシア:バリ)

「3サービスの中で、ずば抜けて拠点数が多いです。現在、国内外に108拠点があります。旅をする上では、“宿探し”“足(移動手段)の確保”が2大障壁となりますが、そのうちの“宿探し”の心配がなくなり、旅がしやすくなります。
旅での使用はもちろんですが、フリーランスやデジタルノマドの人、いろいろな場所で二拠点生活をしてみたい人にも合っていると思います」

■空き家を活用した拠点を全国でシェア「ADDress」

宮崎県日南市の拠点では、15年間シャッターが閉じられていた油津商店街の空き家をリノベーション。地元住民とのワークショップでコンセプトを決め、1階を「いつでも無料でレコードが聴ける交流スペース」に。レコードプレーヤーのメンテナンスを近所のバーのマスター、施錠管理は近所の写真屋さんが行うなど、地元住民と協力して運営している(写真提供/ADDress)

宮崎県日南市の拠点では、15年間シャッターが閉じられていた油津商店街の空き家をリノベーション。地元住民とのワークショップでコンセプトを決め、1階を「いつでも無料でレコードが聴ける交流スペース」に。レコードプレーヤーのメンテナンスを近所のバーのマスター、施錠管理は近所の写真屋さんが行うなど、地元住民と協力して運営している(写真提供/ADDress)

話題のシェアサービスを全国に広め、地域の活性化に取り組んでいる佐別当隆志さんが中心となり、空き家を”住む””働く”拠点「Co-Living(コリビング)」に。多拠点生活によって全国で人口を”シェアリング”して関係人口を増やし、人口減少や過疎化の問題を解決することも目指しています。
現在、国内に24拠点があり、年内に50拠点を目指しているとのこと。利用者の年齢層が20~70代と幅広いのも特徴的です。地域イベントへの参加など地域とのコミュニティづくりにも力を入れているだけあり、人との出会い、地域との深いつながりを求める人が多いとのこと。
今までは会員募集がクラウドファンディングに限定されていましたが、公式サイトから申し込みができるようになりました。また、ANA等と提携して移動を定額制または格安で利用できるMaaSの実証実験も予定しています。

野口さんが考える魅力:「安心感」

「お子さんやお孫さんと一緒に拠点へ行く人も多いようです。二拠点生活にもいいかもしれません」(野口さん)

「お子さんやお孫さんと一緒に拠点へ行く人も多いようです。二拠点生活にもいいかもしれません」(野口さん)

「立派な家に、充実のアメニティがあり、家を管理する“家守(やもり)”さんがいるので、安心感があります。普段ゲストハウスとしても利用されている家の一室がADDressの拠点になっている場合もありますが、基本的に拠点を使用するのは会員のみです。その分、近しい間柄になれます。
宿泊施設というよりも、家で暮らす、という感覚です。家族も無料利用(一親等以内か12歳までの孫)ができるところも他のサービスにはないポイントです。移住を検討している人にもいいのではないでしょうか」

結局、サブスク型住居サービスってどう?

野口さんいわく、サブスク型住居サービスを利用したアドレスホッパーの暮らしをするにあたり、学校やインターンでの仕事、家族との兼ね合いによる制限、移動の多さ、少ない荷物の中で紛失物が出たときの困難(iPhoneを野尻湖に沈めて大変な思いをしたとのこと)など、不便はあったと言います。

それでも「毎日新しい人や出来事と出会えて、常にフレッシュな状態。素敵なコミュニティに混ぜてもらい、自らも生み出せたりしている。ただその土地に行くだけでなく、コミュニティがあることで地域での暮らしを何倍も面白くしてくれる。人に囲まれて生きている感じがします。これからもサブスク型住居サービスを利用し続けたい」と野口さん。

「特に九州を巡ったときは素敵な人たちとの出会いの連続。観光よりも一歩その地に踏み込んだ経験ができ、その人たちに会うためにまた訪れたいと思う場所がたくさん増えました」(野口さん)。写真は「HafH」の直営店「Nagasaki SAI」にて(写真提供/野口福太郎さん)

「特に九州を巡ったときは素敵な人たちとの出会いの連続。観光よりも一歩その地に踏み込んだ経験ができ、その人たちに会うためにまた訪れたいと思う場所がたくさん増えました」(野口さん)。写真は「HafH」の直営店「Nagasaki SAI」にて(写真提供/野口福太郎さん)

「今の便利な世の中に不満はありません。そんな生活に慣れきってしまうと、人間としての生きる力や感性が鈍っていきそうになります。でも今は、常に新しい環境にワクワクすることが、『豊かに生きる』ことなのではないかと感じています」

アドレスホッピングは、定住する暮らしでは得られない刺激に日々、出会うことができます。一期一会の出会いもいいけれど、サブスク型居住サービスを使うことで、その出会いはもっと深いものに。地域ごとに“ふるさと”をつくる、そんな暮らし方なのだと感じました。

今回は3つのサービスについてご紹介しましたが、今後ももっといろいろなものが登場するかもしれません。理想の暮らし方を外の世界に探しに行く、いわば暮らしの冒険家をサポートするサービスと言えるかもしれませんね。

●取材協力
ふくたろう’s Note
Hostel Life
HafH(ハフ)
ADDress

アドレスホッパーに聞いた「Hostel life」「ADDress」「HafH」の違いって?

暮らしの多様化にともない、昨年から続々と登場しているサブスプリクション型住居サービス。国内外で複数ある拠点で泊まり放題・暮らし放題になるというものです。いろんなサービスがありますが、違いはあるのでしょうか。サービス開始から半年経つ「ADDress(アドレス)」「Hostel life(ホステルライフ)」「HafH(ハフ)」、そして3つのサービスすべてを利用した、家を持たない暮らしを送るアドレスホッパー・野口福太郎さんに話を聞きました。
「コスパのHostel life、ノマドのHafH、暮らしのADDress」(野口さん)

現在大学4年生の野口福太郎さんは、2019年1月までは埼玉県浦和市で実家暮らしをしていましたが、2月からアドレスホッパーになりました。

アドレスホッパー・野口福太郎さん(右)。「HafH」の、西新井拠点のホステルで仲良くなったインド人と鎌倉観光したときの写真(写真提供/野口福太郎さん)

アドレスホッパー・野口福太郎さん(右)。「HafH」の、西新井拠点のホステルで仲良くなったインド人と鎌倉観光したときの写真(写真提供/野口福太郎さん)

「学校、就職活動、アルバイトの日々に単調さを感じていたなかで、アドレスホッパーの市橋正太郎さんのことを知りました。僕はもともと物質よりも精神的豊かさを大事にしているのですが、アドレスホッパーはまさに究極のミニマリストだと思ったんです。僕ももっと冒険的に生きてみたい、とゲストハウス暮らしを始めたところ、さまざまな国、属性の人が入り乱れているのが面白くて」

3つのサービスを利用したきっかけは、「まだサービスを併用したことがある人がおらず、自らが比較しつつ旅するように暮らしてみようと思った」とのこと。かかった費用、体験して野口さんが感じたことを、各サービスの特徴とともにまとめてみました。

3サービス利用で、1カ月間でかかった金額は?

「食費や移動費を含めて約23拠点利用で30万円以上かかりましたが、今までは旅をする感覚で利用していたので、想定内です。生活拠点としての利用にシフトすれば、10万円ほどで抑えられるはず」

<内訳>※食費・雑費除く
・サービス利用料金 計10.2万円
ADDress 5万円(クラウドファンディング限定プラン(※))
HafH 3.2万円(「ときどきハフ」プラン(月10泊))
Hostel life 2万円(平日プラン・複数月利用)
・交通費 約12.3万円

※現在は年間会員(1カ月4万円)で提供

3サービス、それぞれの特徴、魅力を比べてみた

■二拠点生活の推進に力を入れる「Hostel life」

ホステル併設のバーや取り組みを通じて、利用者同士だけでなく、地域の方や海外観光客とのコミュニケーションも活発に行われています(写真提供/Little Japan)

ホステル併設のバーや取り組みを通じて、利用者同士だけでなく、地域の方や海外観光客とのコミュニケーションも活発に行われています(写真提供/Little Japan)

メンバーカード「ホステルパス」を持つことで、全国の登録ホステルが泊まり放題になります。地方が抱える問題の解決策として注目されている「関係人口」増加の糸口にと、柚木理雄さんが全国を旅して暮らしてみて生み出したサービスです。東京都心部の職場や学校の近くの拠点を利用する一方で自宅として郊外や地方の好きな拠点に住む、地方に住む人が東京の拠点で二拠点生活を送る、多拠点を旅するように暮らす、などの利用方法を提案。
現在、国内13カ所、海外1カ所の登録ホステルがあります。今後は登録ホステル数を増やしつつ、千葉県等に現在4拠点あるホステルパスが家賃に含まれている「多拠点シェアハウス」も増やしていく予定とのこと。

野口さんが考える魅力:「コスパ」「利便性の高さ」

「特にサービスの中心の場所となるゲストハウス『Little Japan』は家のような感覚で過ごせて、スタッフさんもいい人ばかり」(野口さん)(写真提供/Little Japan)

「特にサービスの中心の場所となるゲストハウス『Little Japan』は家のような感覚で過ごせて、スタッフさんもいい人ばかり」(野口さん)(写真提供/Little Japan)

「『平日プラン』では金・土曜、土・日曜の宿泊ができませんが(日~木曜のみ利用可)、かなりのコスパを発揮します。ユーザーは年齢層がバラバラですが、つながりもできていて、人と関わることが好きな人にはオススメです。
拠点も利便性が高いところが多いので、首都圏での通学・通勤時間の短縮にもいいと思います」

■世界を旅して働く「HafH」

海外拠点数が多いのも特徴で、世界中でリモートワークすることができます(写真提供/KabuK Style)

海外拠点数が多いのも特徴で、世界中でリモートワークすることができます(写真提供/KabuK Style)

「副業」「テレワーク」「ワーケーション」など働き方改革が話題ですが、実際はどうしたらいいのか分からない人は多いのが現状。そんな日本の未来のヒントを、世界の旅先に気軽に探しに行けるようにと、自身も旅をしながら働いて日本の素晴らしさを知ったという大瀬良亮さんが立ち上げたサービスです。あえて地方である長崎に拠点を置き、地方から世界へアプローチする可能性に挑戦しています。
海外の拠点数も複数あり、国境を超え、地域とのつながりを生み出すイベントも。例えば「旅する料理人」の会員が拠点を巡って各地で料理をふるまい、お客さんと地元との架け橋になっているそうです。
現在、16の国と地域で138拠点があります。

野口さんが考える魅力:「拠点数の多さ」

写真/Legian Village Hotel(インドネシア:バリ)

写真/Legian Village Hotel(インドネシア:バリ)

「3サービスの中で、ずば抜けて拠点数が多いです。現在、国内外に138拠点があります。旅をする上では、“宿探し”“足(移動手段)の確保”が2大障壁となりますが、そのうちの“宿探し”の心配がなくなり、旅がしやすくなります。
旅での使用はもちろんですが、フリーランスやデジタルノマドの人、いろいろな場所で二拠点生活をしてみたい人にも合っていると思います」

■空き家を活用した拠点を全国でシェア「ADDress」

宮崎県日南市の拠点では、15年間シャッターが閉じられていた油津商店街の空き家をリノベーション。地元住民とのワークショップでコンセプトを決め、1階を「いつでも無料でレコードが聴ける交流スペース」に。レコードプレーヤーのメンテナンスを近所のバーのマスター、施錠管理は近所の写真屋さんが行うなど、地元住民と協力して運営しています(写真提供/ADDress)

宮崎県日南市の拠点では、15年間シャッターが閉じられていた油津商店街の空き家をリノベーション。地元住民とのワークショップでコンセプトを決め、1階を「いつでも無料でレコードが聴ける交流スペース」に。レコードプレーヤーのメンテナンスを近所のバーのマスター、施錠管理は近所の写真屋さんが行うなど、地元住民と協力して運営しています(写真提供/ADDress)

話題のシェアサービスを全国に広め、地域の活性化に取り組んでいる佐別当隆志さんが中心となり、空き家を”住む””働く”拠点「Co-Living(コリビング)」に。多拠点生活によって全国で人口を”シェアリング”して関係人口を増やし、人口減少や過疎化の問題を解決することも目指しています。
現在、国内に24拠点があり、年内に50拠点を目指しているとのこと。利用者の年齢層が20~70代と幅広いのも特徴的です。地域イベントへの参加など地域とのコミュニティづくりにも力を入れているだけあり、人との出会い、地域との深いつながりを求める人が多いとのこと。
今までは会員募集がクラウドファンディングに限定されていましたが、公式サイトから申し込みができるようになりました。また、ANA等と提携して移動を定額制または格安で利用できるMaaSの実証実験も予定しています。

野口さんが考える魅力:「安心感」

「お子さんやお孫さんと一緒に拠点へ行く人も多いようです。二拠点生活にもいいかもしれません」(野口さん)

「お子さんやお孫さんと一緒に拠点へ行く人も多いようです。二拠点生活にもいいかもしれません」(野口さん)

「立派な家に、充実のアメニティがあり、家を管理する“家守(やもり)”さんがいるので、安心感があります。普段ゲストハウスとしても利用されている家の一室がADDressの拠点になっている場合もありますが、基本的に拠点を使用するのは会員のみです。その分、近しい間柄になれます。
宿泊施設というよりも、家で暮らす、という感覚です。家族も無料利用(一親等以内か12歳までの孫)ができるところも他のサービスにはないポイントです。移住を検討している人にもいいのではないでしょうか」

結局、サブスク型住居サービスってどう?

野口さんいわく、サブスク型住居サービスを利用したアドレスホッパーの暮らしをするにあたり、学校やインターンでの仕事、家族との兼ね合いによる制限、移動の多さ、少ない荷物の中で紛失物が出たときの困難(iPhoneを野尻湖に沈めて大変な思いをしたとのこと)など、不便はあったと言います。

それでも「毎日新しい人や出来事と出会えて、常にフレッシュな状態。素敵なコミュニティに混ぜてもらい、自らも生み出せたりしている。ただその土地に行くだけでなく、コミュニティがあることで地域での暮らしを何倍も面白くしてくれる。人に囲まれて生きている感じがします。これからもサブスク型住居サービスを利用し続けたい」と野口さん。

「特に九州を巡ったときは素敵な人たちとの出会いの連続。観光よりも一歩その地に踏み込んだ経験ができ、その人たちに会うためにまた訪れたいと思う場所がたくさん増えました」(野口さん)。写真は「HafH」の直営店「Nagasaki SAI」にて(写真提供/野口福太郎さん)

「特に九州を巡ったときは素敵な人たちとの出会いの連続。観光よりも一歩その地に踏み込んだ経験ができ、その人たちに会うためにまた訪れたいと思う場所がたくさん増えました」(野口さん)。写真は「HafH」の直営店「Nagasaki SAI」にて(写真提供/野口福太郎さん)

「今の便利な世の中に不満はありません。そんな生活に慣れきってしまうと、人間としての生きる力や感性が鈍っていきそうになります。でも今は、常に新しい環境にワクワクすることが、『豊かに生きる』ことなのではないかと感じています」

アドレスホッピングは、定住する暮らしでは得られない刺激に日々、出会うことができます。一期一会の出会いもいいけれど、サブスク型居住サービスを使うことで、その出会いはもっと深いものに。地域ごとに“ふるさと”をつくる、そんな暮らし方なのだと感じました。

今回は3つのサービスについてご紹介しましたが、今後ももっといろいろなものが登場するかもしれません。理想の暮らし方を外の世界に探しに行く、いわば暮らしの冒険家をサポートするサービスと言えるかもしれませんね。

●取材協力
ふくたろう’s Note
Hostel Life
HafH(ハフ)
ADDress

シェアハウスはシングルマザーの助けになる? 母子家庭の厳しい賃貸事情

母子世帯は、公的な住まいの支援策も乏しく、収入が不安定とされるため賃貸の入居を断られるケースが少なくないという。そんななか、母子世帯の貧困や孤独を防ぐために、不動産事業や介護事業を担う企業や、自治体などが、空き物件などを活用してシングルマザー向けシェアハウス事業に乗り出している。実際のシングルマザーの住まい事情や、専用のシェアハウスについて、住宅福祉に詳しい日本学術振興会特別研究員の葛西リサさんにお話しを伺った。
シングルマザーへの住宅支援はほとんどない

――シングルマザーの方の家探しの現状について教えてください。

多くのシングルマザーに取材すると、離婚をきっかけに家を出る母子家庭だけでなく、夫と反りが合わない、子どもへの虐待やDVなどの理由で、離婚する前から住まい探しを考えているプレ・シングルマザーもとても多いです。離婚せず、収入が不安定なイメージがある母子家庭が家を借りるには審査も通りにくく難しいのが現状。シングルマザー向けと謳われている公営住宅優先入居制度は、行き場がないからと緊急に入居できるものではなく、希望する団地に空きがあるとも限りません。

日本学術振興会特別研究員の葛西リサさん(撮影/水野浩志)

日本学術振興会特別研究員の葛西リサさん(撮影/水野浩志)

平成28年の厚生労働省の調査では、シングルマザーが専業主婦の割合は2割程度、勤労者でも約半数が派遣社員やパート、アルバイトです。母親の稼ぎだけでは、家を借りて子どもとの生計を立てるのは難しいケースも多い。でも今の日本は、シングルマザーへの住宅支援もほとんどなく、地方自治体の窓口に相談したとしても支援しにくいのが現状です。

――母子生活支援施設への入居という選択もありますが。

ただ、これまでの普通の生活から施設に入居するのは抵抗がある人も多いように思います。また、より状況が深刻なDV被害者が優先的に入る傾向もあり、入所希望は簡単に受け入れにくいと聞きます。結局、子どもを連れて実家に帰ったり、友達の家を転々としたりというシングルマザーは多くいると感じます。

好立地にシェアハウスが多い理由

――そんな中で、シングルマザー向けのシェアハウスが注目されていますが、いつごろから登場したのでしょうか。

若者や外国人向けシェアハウス運営をしてきた不動産事業者に、シングルマザーからの入居相談が増えたことなどがきっかけと言われていますが、私が最初に出合ったのは2008年でした。学習支援や学童保育を担う企業が、当時、増えてきた空き家を活用してシェアハウスを運営しました。社会貢献性を世の中にアピールできることも目的だったかと思います。

実際に、国内外に住むシングルマザーから問い合わせがあるほどニーズはあったと聞きましたが、結局1年も経たずに終了してしまいました。原因は、近くの保育園が満床で入れないなど、シングルマザーが暮らすには不便な立地だったのです。インフラを考えずに進めたゆえの失敗でした。
 
そうした失敗を生かしながら、さまざまな企業や起業家の方々が今もシングルマザー向けのシェアハウス事業に乗り出していきます。今はシングルマザー向けとうたっているシェアハウスはおおよそ30件ほどあり、そのほか、多世代型のシェアハウスにシングルマザーを受け入れているケースも複数あります。数々のシェアハウスを取材しましたが、そこで思ったのは、圧倒的に利便性の高い立地ではないと、このビジネスを成立させるのは難しいのではないかということ。実際にシングルマザーに人気のシェアハウスは、東京都新宿区の新宿まで自転車で10分の団地や、東京都渋谷区の代官山から徒歩1分、閑静な住宅街などが並ぶ東京都世田谷区といったエリアです。

――かなり家賃が高そうな気がします。

 家賃は当然、都心か地方かによっても異なります。安いところだと地方で2万6500円からという物件もありますが、平均して3万5000円ぐらいから5万円ぐらいでしょうか。都心のシェアハウスでは、15万円という家賃の物件もあります。最初は私もこんな価格では入居する人は少ないのでは?と思いましたが、予想に反していつも満室です。ただし、15万円の内訳は、平日の食事や保育園のお迎え、21時までのベビーシッター手当なども含みます。

実は年収300万円前後から、シングルマザー向けの公的支援はほとんど使えなくなり、高額所得でも税金などが高くなるため、生活が苦しくなりがちです。そういった階層には、15万円という家賃のなかにベビーシッター料金(独自で利用するとかなり高額になり、毎回、緊急で手配するという精神的な負担も大きい)や水道光熱費が含まれ、そして、平日の夕食代が付くというあらゆるサービスが定額で受けられる住まいは魅力的に映るはずです。贅沢しなければ、仕事と子育てがしやい環境で快適に暮らせる。一見高く見える家賃ですが、お得な条件がそろう魅力的な住まいなのです。

ちなみに、そのシェアハウスでは、21時まで子どもを見守ってくれる、保育資格を持ったアクティブシニアの方も一緒に暮らしており、子どもが病気になったり、不安になることがあったりしても、相談できる相手がいるのは心強いと思います。

仕事を斡旋してくれるケースも

――その他に特徴的なシェアハウスは?

千葉県流山市のシェアハウス「MOM-HOUSE(マムハウス)」には、1階に保育園と洗濯代行店があり、保育園の送り迎えの労力もかからないし、職を探しているシングルマザーはそこで働くこともできます。入居者に話しを聞くと、送迎や通勤時間がなくなり、一般的な賃貸住宅に住んでいたときよりも、ゴールデンタイムに自由な時間が2時間ほどできて、子どもの宿題を見るなどもでき、気持ちに余裕が生まれたと喜んでいらっしゃいました。

MOM-HOUSE(マムハウス)に併設された洗濯代行店「WASH & FOLD」(撮影・葛西リサ)

MOM-HOUSE(マムハウス)に併設された洗濯代行店「WASH & FOLD」(撮影・葛西リサ)

1階には小規模保育園「オハナゆめキッズハウス」も(撮影・葛西リサ)

1階には小規模保育園「オハナゆめキッズハウス」も(撮影・葛西リサ)

2階の共有LDK(撮影・葛西リサ)

2階の共有LDK(撮影・葛西リサ)

シングルマザーのなかにはさまざまな事情で、地方から引越してくる人も多く、一から仕事を探す必要がある場合がほとんどです。こうした仕事の斡旋といった就労支援までしてくれるシェアハウスは重宝されると思います。

また、大阪市平野区のシェアハウス「ideau」は、「ぐるぐるそだつながや」という古い長屋をリノベーションした建物内にあります。「ぐるぐるそだつながや」の中心には、住人や近所の人が集まれるシェアキッチンや、ヨガ教室といったイベントを開催できるコミュニティスペースも。住民や近所の人が子どもたちを見守る目にもなり、シングルマザーの方もその子どもも孤立せず、安心して暮らせる住まいになっている。こうした特徴があるシェアハウスも人気ですね。

シェアハウスと同じ敷地内にある「ぐるぐる そだつ ながや」のコミュニティースペース(撮影/水野浩志)

シェアハウスと同じ敷地内にある「ぐるぐる そだつ ながや」のコミュニティースペース(撮影/水野浩志)

――実際にシェアハウスに入られたシングルマザーの声は?

インタビューすると、「シングルマザーというだけで家探しがハンデになる」と答える人は多いです。そんななか、シェアハウスはシングルマザーを前提で受け入れてくれるし、オーナーさんも理解があるので、それだけでとても安心感を得られるという意見がありました。
また、自分のキャリアを諦めたくないという思いで、実家がある地方から都会に上京された方も多く、シェアハウスのおかげで人生のチャンスを与えてもらえて本当にうれしかったと話す人も。同じ境遇の人が集まって住んでいるので、オススメの保育園やその手続き、小児向けの救急病院の場所などを教え合うことができます。地縁のない土地に住む人にとって、そうした子育てに役立つ情報を比較的容易に得られるのは、とてもありがたいとおっしゃっていました。

なかでも特に印象に残っているのが、ある若いお母さんに「入居してよかったことは?」と尋ねたときに、「子どもを殺さなくて済んだ」という答えが返ってきたことです。シングルマザーは孤独で、子育ては自分のコントロール通りにならないことも多く、自身の稼ぎだけで子育てできるのかという不安も襲ってきます。子どもしか話し相手がおらず、大人と会話する機会がないとネガティブな考えに陥りがちです。でも、シェアハウスに住めば、子どもを寝かしつけてから共有スペースで、お母さん同士雑談することもでき、そんな時間が持てるだけで心の安定につながるとおっしゃる方もいます。入居者の年齢も幅広いケースが多く、年配のお母さんが若いお母さんの世話を焼いてあげるケースもあるようです。

子育てに関する価値観の相違が課題

――シェアハウスのデメリットは?

シングルマザー専用に限らず、シェアハウス全般に言えることですが、価値観が異なる人たちが共同生活をするので、価値観の相違でもめごとが起こる場合もあります。それがシングルマザーになると、「子育てや教育の価値観」が主なテーマになる。多様な人が集まれば、多様な子育て経験ができるとメリットに捉えればいいと思いますが、全員がそうではありません。
例えば、自分の子どもにはできるだけ手づくりの食事を取らせ、ファーストフードを食べさせたくないと思っているお母さんと、ファーストフードを与えるお母さんが同じシェアハウスに住むと、「○○ちゃんは共有スペースでハンバーガーを食べているのに、なんで私はダメなの?」と子どもが言いかねず、自分の教育方針を通しにくくなる場合があります。21時には寝かせたいのに、他の子どもが23時まで起きているシチュエーションで、「21時には寝かせてほしい」と言いづらいお母さんは、フラストレーションが溜まるわけです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

――そうした価値観の相違やコミュニケーションの問題をクリアするために、何か方法はあるのでしょうか。

入居側としては、体験入居を実施しているシェアハウスもあるので、そこでしばらく住んでみて、ほかの入居者たちと自分や子どもが合うかどうか、マッチングをする方法があります。

運営側としては、あるシェアハウスの事業者の方は、住人同士、角が立たないように、「やってほしくないこと」を共有スペースに貼るようなシステムをつくるべきとおっしゃっていました。また、入居者を募集するときに、「このシェアハウスではこんなイベントを開催します!」などと打ちだしながら募集すれば、そうしたコミュニティづくりが好きな人が集まってきます。ある程度、価値観が似ている人を集めてシェアハウスをつくるのは、一つの手でしょう。

――今後、シングルマザーのためのシェアハウスはどのように育っていくでしょうか。

面白いのは、不動産業や介護事業、人材派遣業といった企業、自治体、コミュニティづくりが得意なNPO団体など、参入する企業や団体が多角的であることです。集客方法一つを切り取ってみても、不動産会社だと住まいや利便性をアピールして募集するし、コミュニティづくりの専門家ならイベントなどを提案しながら、コミュニティ好きで価値観が似ている人たちを集めたりします。
職を斡旋できる介護業界や人材派遣業界が運営すれば、職を求める人が集まってきます。介護業界は空前の人手不足ですから、シェアハウスを提供することで介護職を担ってくれる人も得られるというメリットもある。ただ、職場が合わなければシェアハウスも出なくてはいけないというデメリットもあるでしょう。

入居者側のシングルマザーは、こうしたシェアハウスのメリットとデメリットを知って、住まいの選択肢の一つとして考えればいいと思います。また運営側としては、行政を巻き込んでさまざまな立場の事業者が、住居トラブルや集客の難しさといった課題や情報を共有し、知恵を出し合いながらサービスを改良したり、入居希望者の事情にマッチするシェアハウスを紹介し合う仕組みをつくったりすれば、入居者と事業者の双方がメリットを享受できるシェアハウスに育っていくのではないかと思います。

シェアハウスから生まれるコミュニティの力がカギに?

シングルマザーの方の厳しい住まい事情を葛西さんに伺い、シェアハウスは、孤独や不安を感じ、本当に困っているシングルマザーの方のセーフティーネットになるポテンシャルを感じました。しかし、課題点もたくさん。共同生活で生まれるコミュニティの力が、子育てにいかにいい影響を及ぼすかをもっとアピールできれば、さまざまな問題の解決策につながるのではとも。次回は、実際にシングルマザー向けのシェアハウスに取材し、より具体的な現状をお伝えします。

●取材協力
葛西リサさん
立教大学コミュニティ福祉学部所属日本学術振興会RPD研究員。ひとり親、DV被害者の住生活問題、シェアハウスに関する研究を専門とする。『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)など著書多数。

シェアハウス、全国で4,867棟・56,210室

(一社)日本シェアハウス連盟はこのたび、「シェアハウス市場調査 2019年」の調査結果を発表した。調査は2019年1月~2月に実施。国内シェアハウスの「棟数・部屋数・ベッド数」「立地状況」等を調査した。それによると、全国のシェアハウス棟数は4,867、部屋数は56,210、ベッド数は59,425だった。

シェアハウスはすべての都道府県にあり、全国各地で増加傾向、市場全体で拡大基調が続く。特に東京都を筆頭に、一都三県、大阪・名古屋エリアに集中している。

東京都内では23区へ立地が集中し、さらに世田谷区、杉並区、足立区、板橋区、練馬区等、都心部から離れたエリアを中心に全国物件数の大半が供給されている。

ニュース情報元:(一社)日本シェアハウス連盟

シェアハウス、全国で4,867棟・56,210室

(一社)日本シェアハウス連盟はこのたび、「シェアハウス市場調査 2019年」の調査結果を発表した。調査は2019年1月~2月に実施。国内シェアハウスの「棟数・部屋数・ベッド数」「立地状況」等を調査した。それによると、全国のシェアハウス棟数は4,867、部屋数は56,210、ベッド数は59,425だった。

シェアハウスはすべての都道府県にあり、全国各地で増加傾向、市場全体で拡大基調が続く。特に東京都を筆頭に、一都三県、大阪・名古屋エリアに集中している。

東京都内では23区へ立地が集中し、さらに世田谷区、杉並区、足立区、板橋区、練馬区等、都心部から離れたエリアを中心に全国物件数の大半が供給されている。

ニュース情報元:(一社)日本シェアハウス連盟

JR東日本の社宅と寮をリノベーション。“まちのホーム”「リエットガーデン三鷹」

日本では木造であっても、コンクリート造であっても、築30年~40年で建物が取り壊され、建て替えられることが少なくありません。そんななかで、リノベやコンバージョン(用途変更)などで、建物を活かしつつ、再活用する動きが年々、増えてきています。そんなケースのひとつ「リエットガーデン三鷹」をご紹介しましょう。
ファミリー向け賃貸住宅、シェア畑、シェア型賃貸住宅からなる複合施設

「リエットガーデン三鷹」があるのは、東京を背骨のようにまっすぐ走る中央線の「三鷹駅」と「武蔵境駅」から徒歩圏内の住宅街です。目の前にJR東日本の三鷹車両センターがある敷地で、もともとはJR東日本の独身寮と社宅として使われていました。それらの建物と敷地をリノベーションしてできたのが「リエットガーデン三鷹」です。

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

今年3月にファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」が、7月にシェア型賃貸住宅の「シェアプレイス三鷹」、サポート付きの貸し農園「シェア畑」が完成、過日、内覧会が行われました。

「リエットガーデン三鷹」の一番の特徴は、7200平米の広々とした敷地に2つの建物が建っている点です。駐輪場やバイク置き場など充実した共用施設のほかに、「森の広場」や「食の広場」などがあり、住民が自由に使えるようになっています。ファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」では、こうした敷地の「ゆとり」を魅力にあげる人が多く満室となっております。

「現在、住宅を開発しようとしたら、ここまでゆとりのある設計ではできないと思います。建物は1981年築ですが、リノベーションしてあって古さを感じさせません。視界に緑がたくさん入り、のびのび過ごしたいというカップル・ファミリーに大変好評で、現在満室稼働中です(取材時点)」と教えてくれたのは、ジェイアール東日本都市開発のオフィス住宅事業部・大竹涼土氏さん。

土地売却ではなくなぜリノベ? その狙いは?

通常、社宅や寮を活用する場合、一度更地にして、敷地面積を最大限活かした賃貸または新築マンションになるのが一般的です。では、なぜ今回はリノベーションという手法だったのでしょうか。

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

前出の大竹涼土氏によると、「弊社では沿線活性化を目的として、賃貸物件を2026年までに3000戸まで増やしたいと考えています。今回は、敷地や周辺地域との調和を考え、リノベーションだけでなく、独身寮も100戸超のシェアハウスとして活用するのがもっとも最適だと考え、シェアハウスの企画、運営に実績のあるリビタさんと協力し、開発することとなりました」と背景を教えてくれました。

また、企画・デザイン監修を担当したリビタの資産活用事業本部地域連携事業部事業企画第一グループ鈴木佑平さんは、「改修前に敷地を見学したときは草木がうっそうとしていましたが、武蔵野の自然と既存の建物の風合いを活かして、多様な人が多様な過ごし方のできる“まちのホーム”にしていきたいなと思いました」といいます。

かつて独身寮だった建物は1975年築、家族向けの社宅だった建物は1981年築なので、耐震診断および必要な補強をし、建物が持つ独特の味わいを活かしたプランニングを考え、複合施設として蘇ったというわけです。

今回、完成したシェアプレイス三鷹は、112部屋あり、家賃6万4000円~7万5000円(別途共益費1万5000円/水道光熱費・ネット利用料込み)で利用できます。居室の広さは13.5平米ほどで、トイレやシャワーといった水まわり設備は共有のスペースに集約されております。

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

1階には広いシェアラウンジがあり、キッチン、ダイニング、ライブラリー、リラックススペースがあります。その他にもシアタールーム、パントリー、トランクルーム、サイクルガレージなど、充実した施設が魅力です。キッチンには食器や調理道具・家電などもそろっています。また、コイン式のランドリーもあるので洗濯機を用意する必要もなく、見学した人の反響も上々だそう。

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

シェア畑や広場があることで、地域住民にもひらかれた空間に

「リエットガーデン三鷹」のもう一つの狙いが地域交流です。

「以前は企業の社宅・寮ということもあり、地域に対して閉じられた場所でしたが、今回はシェア畑や食の広場、森の広場を設け、地域に開かれた場所といたしました。」とリビタの鈴木さん。
(株)アグリメディアが運営するサポート付き農園の貸出は現在、3割ほど。今後、シェアプレイスの住民が増え、認知が広がることで、じょじょに利用者も増えていくことでしょう。

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

また、畑をのぞむようなかたちで「食の広場」があり、緑を眺めながら食事をしたり、おしゃべりをすることができます。こうした共有場所があれば、シェア型賃貸住宅・ファミリー向け賃貸住宅と、普段は別々の棟で暮らしていても、住民同士の自然な交流が生まれ、心地よく過ごせるに違いありません。

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

鈴木さんは「リエットガーデン三鷹を多様なアクティビティの受け皿にしたいですね。広場でマルシェやアコースティックライブ、ヨガなどもできますし、住民や地域の方々とともに、新たな文化・新たな価値を生み出していきたいです」と話します。

既存建物を有効活用して時代に合うカタチとしてリ・デザインし、新しく住む人と今まで地域で暮らしていた人がゆるく、自然に交流できるように工夫する。今後、これまで以上に建物のストックが増えていくなか、これからのまちづくりはこうした「リノベ型」「シェア型」「地域交流」が主流になっていくことでしょう。

●取材協力
リエットガーデン三鷹
シェアプレイス三鷹

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」とは? 地域やシェアハウス住人と一緒に行う新しい子育ての形

共働きで小さな子どもがいれば、引越しの際のポイントのひとつとして「保育園」を挙げる家庭も多いのではないだろうか。待機児童などの問題はあれど、子どもにとっての “もうひとつの家”の環境には、できるだけこだわりたいもの。保育園ごとにさまざまな特色があるが、東京都渋谷区にある「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」は、“シェア”がテーマとなっているユニークな保育園だ。
「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」とは?「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」学校法人正和学園 理事長・齋藤祐善さん(中央)、施設長・佐藤喜美子さん(左)、まち暮らし不動産 代表取締役・齊藤志野歩さん(右)(写真撮影/片山貴博)

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」学校法人正和学園 理事長・齋藤祐善さん(中央)、施設長・佐藤喜美子さん(左)、まち暮らし不動産 代表取締役・齊藤志野歩さん(右)(写真撮影/片山貴博)

2017年に不動産に特化した投資型クラウドファンディングのプラットフォーム「クラウドリアルティ」上で資金を募り、申込金額は1億7400万円を達成。準備期間を経て2019年2月に開園した「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」は、“日本初のクラウドファンディング保育園”として話題になった。

代々木上原から徒歩約10分。閑静な住宅街の中にあるレンガ造りの建物の1階が「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」だ。園内は、仕切りが少なく、異年齢の子どもたちがのびのびと遊ぶことができ、明るく開放的だ。都心部でありながら周辺環境にも恵まれ、近隣の東京大学や駒場公園などにお散歩に行くのだとか。月極での契約のほか一時保育も利用可能で、海外在住の親子が日本滞在中に利用者することもあるとのこと。
地下1階は、通常は事務所として使われているが、イベントスペースとしても活用できる設計になっている。
2・3階はシェアハウスで、現在2家族が入居中。子どもを1階の保育園に預けることができれば通園時間も大幅に短縮できる。複数の家族がともに子育てをする“大きな家族”を育むことができるのは、共働きの家庭にはメリットも大きいだろう。将来的には一部を民泊としても貸し出す予定で、希望があれば民泊宿泊者と保育園の交流も行っていきたいという。

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」外観(写真撮影/片山貴博)

「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」外観(写真撮影/片山貴博)

この保育園の大きな特徴は、施設名のように“子育てをシェアする”というメッセージだ。行事は保育園関係者だけで行うのではなく、近隣住民・親子、クラウドファンディングの出資者、この保育園のメッセージに共感してくれる人たちなどに開かれたものにしていく計画だという。多くの人と触れ合うことによって子どもには大きな刺激となるだろうし、孤独になりがちで悩むことの多い子育て世代や地域の交流の場ともなるだろう。

「ほかの保育園との一番大きな違いが、その名称のとおり、人とのつながり、生活そのものをシェアしていくという発想で運営しているところです。渋谷区はシェアリングエコノミーに対して積極的に取り組んでいる自治体のひとつ。そして、そのような事柄に感度の高い人がたくさん住んでいます。そのため、保育園にシェアハウスを併設して、保育園自体も社会に開いていくという形が取れないかと考えました。ただ地域や社会とつながりをもつだけではなく、さらに生活そのものをシェアしていくことで、子どもたちの成長の共有はもちろん、お母さん同士のコミュニティづくりもさらに一歩踏み出していければと思っています」(理事長・齋藤さん)

つながりをイメージしたサインもかわいい(写真撮影/片山貴博)

つながりをイメージしたサインもかわいい(写真撮影/片山貴博)

日本初のクラウドファンディング保育園

クラウドファンディングではわずか10日で目標金額を達成したことからも、“子育てをシェアする”というメッセージは、多くの人に共感・支持されていることが分かる。
「保育園を開園する際、銀行から資金を借りるのが通常のルートだと思うのですが、あえてクラウドファンディングという手法を使ったのは、仲間を増やしたかったからなんです。今回の大きなチャレンジのひとつが、保育園というハードウェアの所有をシェアすること。クラウドファンディングを使って出資者から集めた資金でファンドを組成し、クラウドリアルティさんの子会社がその資金をもとに土地を購入して、我々の学校法人がその土地をお借りするという形になるので、ここは実質的には出資していただいた数百名の方々がみんなで持っている保育園なんです。保育園で何かするときにも、出資者に声がけができるユーザーグループを持ったことが大きなポイントだと思っています。開園直前にはみんなで棚をつくったり、シェアハウスに置く本を持ち寄ったりしました。
通常の保育園だと、サービス提供者=保育園とサービス受給者=保護者・児童という関係性ができてしまうことも多いですが、ここの出資者はお金のみならず気持ちもコミットしている。そういう関係性が一番欲しかったんです。今後は、出資者の方々が時折遊びにきて一緒におやつを食べたり、一緒に遊んだりする機会を積極的につくっていきたいと思います。もちろん、まだ開園したばかりで課題もたくさんあるのですが、そのきっかけづくりはできたかなと思っています」(理事長・齋藤さん)

子どもがいることで、社会は素敵に、より安全になる保護者にその日の様子が分かるように、保育園入口横には給食のメニューやその日撮影された園児の写真などが掲示されている(写真撮影/片山貴博)

保護者にその日の様子が分かるように、保育園入口横には給食のメニューやその日撮影された園児の写真などが掲示されている(写真撮影/片山貴博)

子育てを社会や地域とシェアする。そのテーマは、保育園の内装にも表れている。光がたくさん入る大きな窓や床の一部に屋外に使うことが多いテラコッタ素材を使用して外部とのつながり感を演出した内部は、子どもはもちろん、大人も長居してしまいそうな居心地のいい空間。保育室も仕切りがなく広々としていて、子どもたちにも自然と兄弟のような関係性が生まれている。
「例えば、低年齢の子がバウンサーで泣いていると、上の子が近寄ってきてバウンサーを揺らしてあげたり、おもちゃを持ってきてあやしてあげたりしています。食事も、給食の先生含めて保育士・子どもみんなで食べていますので、『おいしいね』『もう少したべたら?』など自然と声をかけあいます。幼稚園の後に一時保育でくる子もいるのですが、保育園に入ってくるとみんなで『おかえり!』と声をかけたりして、本当に大きな家の家族のような感じです」(施設長・佐藤さん)

シェアハウス入口前のテラスには、保育園の園芸部の鉢植えが。「私と2歳の子のふたりの園芸部です(笑)。シェアハウス入口のテラスでトマトやきゅうりを育てています。毎日時間になると、『先生、園芸部の活動の時間だよ』と声をかけてくれて、毎日一緒にお水をあげています」(施設長・佐藤さん)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス入口前のテラスには、保育園の園芸部の鉢植えが。「私と2歳の子のふたりの園芸部です(笑)。シェアハウス入口のテラスでトマトやきゅうりを育てています。毎日時間になると、『先生、園芸部の活動の時間だよ』と声をかけてくれて、毎日一緒にお水をあげています」(施設長・佐藤さん)(写真撮影/片山貴博)

「“自分はここにいていいんだ”という安心感や所属感は、今の時代に欠けていると思うんです。特に、最近は痛ましい事故が相次いでいますよね。1990年代に学校での事件が相次いだときは、国から180cm以上のフェンスで学校のまわりを囲めという通達が出て、全国の学校・幼稚園・保育園はそのようになった。ただ、それによって地域と隔絶してしまったので、その断絶をどのように埋めるかがこの数十年のテーマだったんです。行政は、フェンスの件やお散歩などのルート改善など事件・事故を未然に防ぐための通達を出します。
もちろんそれも大切ですが、私たちは施設だけが子どもを守るということではなく、社会全体で子どもが大切だと認識して守っていくことが重要だと考えています。『つながりシェア保育園』はその最前線にいる砦。事件・事故が起こることで子どもたちを守ろうとするが故に施設に縮こまっていくのではなく、『みなさん、子どもたちと一緒に安全な地域をつくっていきましょう』と呼びかけていきたいんです。
だから、保育士には施設に閉じないようにとよく言っています。社会の中に子どもがいて、子どもがいることで社会はより素敵なものになるということをこの施設からも発信していく必要があるからです。それを徹底してやることで、地域の目も浸透してきて、子どもの安全も確保されていくと思います。このような考えの味方としてクラウドファンディングの出資者がいるということは、私たちの大きな力になっています」(理事長・齋藤さん)

子育てのハブとなる保育園を目指してシェアハウスのリビング(写真提供/まち暮らし不動産)

シェアハウスのリビング(写真提供/まち暮らし不動産)

シェア保育園が提唱する“拡張家族”の概念は、海外に住む保護者からも支持されているようだ。
「先日、お母さんが日本人、お父さんがアメリカ人で、アメリカ在住のお子さんを一時保育でお預かりしたんです。そうしたら非常に喜んでいただいて、『アメリカに帰ったらみんなに宣伝する!』と言ってくださったんです(笑)。『つながりシェア保育園』には英語を話せる保育士もいますし、親御さんが海外の方のお子さんをお預かりすることもあります。日本だけではなくて世界ともつながっていく。これからは、もっとグローバルな関係性もつくれるといいなと思っています」(施設長・佐藤さん)

シェアハウス内観。天窓から注ぐたくさんの光と木の匂いに癒やされる明るい室内。シェアハウスに住むAさんは、1階にある保育園で働き、子どもも預けている。「通勤時間は30秒。“職住近接”ならぬ“職住直接”です(笑)。1階で保育士として働いていますから、なおさら日常の暮らしと仕事、子育てなどのすべてが、つながっているのだと実感しています」(撮影/片山貴博)

シェアハウス内観。天窓から注ぐたくさんの光と木の匂いに癒やされる明るい室内。シェアハウスに住むAさんは、1階にある保育園で働き、子どもも預けている。「通勤時間は30秒。“職住近接”ならぬ“職住直接”です(笑)。1階で保育士として働いていますから、なおさら日常の暮らしと仕事、子育てなどのすべてが、つながっているのだと実感しています」(撮影/片山貴博)

(写真提供/まち暮らし不動産)

(写真提供/まち暮らし不動産)

子ども用トイレがシェアハウスの脱衣所にあるのも特徴的(撮影/片山貴博)

子ども用トイレがシェアハウスの脱衣所にあるのも特徴的(撮影/片山貴博)

「今後は併設のシェアハウスの一部を民泊として貸し出し、関わる人をもっと増やしたいと思っています。海外の人でも子どもたちと関わっていただいて、子どもに刺激を与えてもらったり、そこでつながった仲間が“子育てをシェアする”という発想を各国で発信するようなきっかけづくりは、この施設の大きなミッションのひとつです。この施設がシェア、保育、子どもの未来などについて考えたいという人たちがつながるハブになりたいと思っています」(理事長・齋藤さん)

シェアハウスの間取り(画像提供/まち暮らし不動産)

シェアハウスの間取り(画像提供/まち暮らし不動産)

民泊として貸し出す予定の部屋(撮影/片山貴博)

民泊として貸し出す予定の部屋(撮影/片山貴博)

子育てをシェアする。「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」のテーマが浸透すれば、もっと子育てしやすく、老若男女の笑顔があふれる社会・地域になるだろう。保育園の今後の取り組みに注目し、機会があればぜひイベントに参加して“子育てのシェア”を体感してほしい。そして、この考えが社会全体に浸透していくよう、ひとりひとりがそれぞれの地域で心がけていくのが理想だ。

●取材協力
>学校法人 正和学園「つながりシェア保育園・代々木上原」
>クラウドファンディングプラットフォーム「クラウドリアルティ」
>まち暮らし不動産

台湾の家と暮らし[3] スタイリスト女子が暮らす古跡級ヴィンテージなシェアハウスin台北

私、暮らしや旅について書いているエッセイスト・柳沢小実が台湾の友人の家に訪れる本連載。3軒目でおじゃましたのは、スタイリスト&デザイナーであるヒッキー・チェンさんの台北・迪化街(ディーホワジェ)にあるご自宅です。彼女が住む、古跡級の住宅とシェアハウス事情について、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。柳沢さんと台北へ飛んで、自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔してきました。静かな空間をめざして、迪化街へ

長いおつき合いのカメラマンさんに、何年も前に見せていただいた1枚の写真。台湾の古い住宅で、窓枠や床のタイルなどは長い年月を経た趣があって、ずっと記憶に焼きついていました。まるで映画のワンシーンのような神秘的な空間。現代の台北とは思えない、しんとした空気が漂っている。今回、縁あってこちらに伺えることになりました。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

この家に住むヒッキーさんは、37歳のスタイリスト&デザイナー。主に映画やミュージックビデオで洋服や小物のスタイリングをしていて、イメージに合う既成服がなければつくることも多いそう。
彼女は、布地や小物の問屋がある迪化街(ディーホワジェ)で、外国人のルームメイト6人と家をシェアしています。

迪化街は台北市の西側に位置する、200~100年前に貿易や商売が盛んだったエリアです。歴史を感じさせる街並みは、日本人観光客にもおなじみ。
若い人を中心に、5年ほど前から台湾らしさを残す古き良きものを再評価する流れが起きて、クリエイターが流入し、迪化街は再び活気を取り戻しました。これは、東京東側エリアの状況とも似ています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

数年前から、街並みや景観の保護のために、迪化街周辺では古い建物の取り壊しや改装等が制限されています。古跡指定されている建物もありますし、古跡保護政策により新しい建物を建てる際の規制もあります。

家から近い、永楽市場内の麺の店がヒッキーさんのお気に入り(写真提供/KRIS KANG)

家から近い、永楽市場内の麺の店がヒッキーさんのお気に入り(写真提供/KRIS KANG)

基本的に夜は自炊、昼は外で食べることも(写真提供/KRIS KANG)

基本的に夜は自炊、昼は外で食べることも(写真提供/KRIS KANG)

台湾のヴィンテージ住宅へ潜入

彼女たちの住まいは、日本統治時代以前の1885年に建てられた建物。前面はかつて貿易の会社だったそうです。
台湾の店舗物件は、うなぎの寝床のように縦に長く、前面が店、中庭があって、奥が住宅という構造です。どうやら店舗部分と住宅部分が分けて売られたようで、彼女たちは店の奥の住宅部分の2階と3階に住んでいます。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

家の中に足を踏み入れると、人通りの多い迪化街の一角とは思えないほどの静けさが広がっています。石造りの教会のような、厳かな空間。ただ古いだけでなく、家主の細やかな心配りを感じさせる上品なしつらえ。
こんな建物は見たことがない。
後にも先にも、これほどに美しくて愛らしい住宅に入れる機会はないのでは、と胸が高鳴ります。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

2フロアに6人が住んでいることからも分かるように、ここはかなり大きな邸宅です。コンクリート造で、昔の建物のため天井が高い。2階は10畳ほどの私室が4部屋とキッチン、トイレ。3階は私室2部屋とリビング、お風呂。一番奥にあるキッチンの形や場所から推測するに、お手伝いさんがいたのかもしれません。そのくらい大きな建物です。

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いたヒッキーさんの部屋の間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

1軒目にお邪魔したアトリエで活動するイラストレーターRosy さんが描いたヒッキーさんの部屋の間取り(イラスト提供/Rosy Chang)

昔の家は「風通しがいい=風水的にも良い」と言われたそうですが、たしかにここも建物のいたるところに窓が、中庭側とその逆側にはテラスがあって、爽やかな風が抜けています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

家そのものを活かした部屋づくり

インテリアは、アメリカや南アフリカ出身のルームメイトたちの、外国人らしいセンスが端々に見られます。例えば、お祭りの被りものは縁起がいいものではないけれど、外国人には面白いみたいでインテリアに使っている。壁を塗ったりするのはOKだそうですが、家自体を変にいじったりはせず、元の良さをそのまま受け入れて住んでいます。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

家具は拾ってきたものも多いのだとか。人が捨てた物を拾うのはよくあること。台湾の人たちはお正月の前に大掃除して不用品を処分しますが、迪化街はお金持ちが多いので、いいものが捨てられていることも。夜出して朝に回収依頼をするため、その間に拾ってくるそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

この部屋の大家さんは地元のおじいちゃん。住人代表のニュージーランド人が20年前にここを借りて、ヒッキーさん以外のメンバーは、20代後半~40代の男女。男女カップルもゲイの人もいます。
住人たちは台湾の英字誌『Taipei Times』のライターや英語教師、DJ、スペイン語の先生など、仕事も生活スタイルも全員バラバラ。短い人で半年、長い人は3、4年くらい住んでいるそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

住人代表とは趣味の友達で、「場所」「シェアハウス」「値段」の情報だけで入居を決めました。1回目、2回目で取材した方もそうでしたが、部屋を見つけるのは友人や知人からの紹介が多いようです。他の台湾の友人からは、大家さんはできれば信頼できる知り合いに貸したいため、しばしば不動産屋さんを介さずに直接交渉すると聞いたことがあります。

家賃は破格で、一部屋7000元(約2万4800円)+水道代。迪化街の人気が出てきたために、近隣は家賃が上がったりもしましたが、ここはそのままです。
新たな住人が入居する際は、全員で面接。0時以降は静かにする。恋人を連れてくるのはOK。居住者の友達がリビングなどに泊るときは、その旨メモが貼られることも。大人同士なので、特にルールは決めていませんが、お互いマナーは守っています。

独立したキッチンスペース(写真提供/KRIS KANG)

独立したキッチンスペース(写真提供/KRIS KANG)

窓からたっぷり光が入ってくる(写真提供/KRIS KANG)

窓からたっぷり光が入ってくる(写真提供/KRIS KANG)

シェアハウスに住むということ

ヒッキーさんはお父様が外交官だった関係で、かつては東京・恵比寿にも住んでいました。仕事は一人で作業する時間が多く、イメージに合わせて服を自作することもあります。この日着ていた服も、自分でつくったもの。仕事に集中したいので、友達ともあまり遊んだりはしないそうです。仕事と内面の世界をとても大切にしている彼女がこの家と出合ったのは、必然だったのかもしれません。

そんな彼女がシェアハウスとは少し意外に思えますが、「友達と住むのは気を使うけれど、彼らは外国人だからちょっと気楽」だと言います。ご両親とは週に1度会っていて、家族やルームメイトとの距離感がちょうどいいこの生活を6年続けています。

この家で最も好きな場所は、2階のテラス。猫が入ってきたり、窓から見ていたりするのもいい。この周辺は、夜はお店が閉まって静かで、家も大きいためとても落ち着くのだそうです。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

「この家を出るのは、外国へ行くときか大家さんが売りに出すとき」
古いけれど考え方が新しいものが好きだというヒッキーさんは、この先どこでどのような暮らしをするのでしょうか。そして、台湾の宝物ともいえる美しい建物が、今後も良いかたちで守られていくことを、心から願っています。

あの家を訪れたのは、白昼夢だったのかもしれない。今でもそう、思っています。

(写真提供/KRIS KANG)

(写真提供/KRIS KANG)

>HikkyさんのHP

福岡で誕生、100年先の暮らしを模索する実験的 コミュニティ

近年、東京都内でも拡張家族をテーマにしたシェアハウスなどができ、新たな社会関係が生まれはじめている。その中で昨年、福岡では「100年先の暮らし」をテーマにした実験的コミュニティ『Qross』が誕生。その特徴と、ファミリーやシングルマザー、多拠点生活者などさまざまな立場の中でコミュニティへ参加することへのメリットを、立ち上げから1年経った今、振り返りながら語っていただいた。
コンセプトは「100年先の暮らしを実験する場所」

Qrossができたのは、2018年4月。立ち上げ当初のメンバーが、たまたま同じ価値観をもっており一緒に暮らす場が欲しいということで、移動にも便利な天神に拠点をおいた。

ここはシェアハウスのように住むことが前提ではない。住む人もいれば、日中の生活拠点として利用する人、たまに遊びに来る人もいる。0歳から66歳まで多様な人が所属し、思い思いに自分の生活をゆだねることができる場所といった感じだろうか。

現在の利用者は約30名。クリエイターをはじめ、プロジェクトデザイナー、映画プロデューサー、新米猟師、不動産会社社長、シェアハウス運営者、アイドル、デザイナー、編集者、日韓ツアープロデューサー、占星術師、鍼灸師、小学校教師、元大学教授、学生……と、肩書きはそれぞれ。

ニュースでも流れるように、テクノロジーの急速な進化、地球温暖化など環境への不安、政治や経済も含めた既存の社会システムの限界など、さまざまな社会問題が世界を取り巻き、これからの未来が予測不能ななかで個人として暮らしはどうあるべきか?100年後、どういう暮らしが残っていたらうれしいのか?そういった問いかけをそれぞれに感じながら、ともに生活という場で実験をしている。

基本的には暮らしに重きをおいてはいるが、コミュニティ内でも集団子育てなど、さまざまな活動もこの1年で行ってきた。

Qrossでの社会実験1.「きいちの学校」。集団子育ての一環として、さまざまな肩書きをもつ利用者の特性を活かして、非婚シングルマザーの子どもの先生を日替わりで担当。この活動だけではなく、普段の生活でも利用者同士で子育てをしている。 ※)背景の松は、もともと能の練習場だった時の状態をそのまま残したもの。現在はリビング・ダイニングとして使用(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験1.「きいちの学校」。集団子育ての一環として、さまざまな肩書きをもつ利用者の特性を活かして、非婚シングルマザーの子どもの先生を日替わりで担当。この活動だけではなく、普段の生活でも利用者同士で子育てをしている。
※)背景の松は、もともと能の練習場だった時の状態をそのまま残したもの。現在はリビング・ダイニングとして使用(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験2.「田んぼ部」。都心の天神から車で30分ほどの糸島で田んぼを借りて自分たちのお米を育てる。手植えから脱穀まで、プロの指導を仰ぎつつ自分たちで管理(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験2.「田んぼ部」。都心の天神から車で30分ほどの糸島で田んぼを借りて自分たちのお米を育てる。手植えから脱穀まで、プロの指導を仰ぎつつ自分たちで管理(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験3.「ソウルツアー」。韓国のまちづくりをアートの視点で観光。また韓国と日本での共同イベントも今後実施予定(写真提供/Qross)

Qrossでの社会実験3.「ソウルツアー」。韓国のまちづくりをアートの視点で観光。また韓国と日本での共同イベントも今後実施予定(写真提供/Qross)

Qrossは8割が多拠点居住者で、残り2割が定住者であることが特徴。それぞれに個人の家、または家族と住む家を持っている中でコミュニティを利用している人のほうが多い。職業も働き方もバラバラ、単身者もいれば家族もいて、さらにここに定住する人もいれば多拠点先のひとつとして利用している人もいる。このように多様な、人・暮らし方が生まれたのは、それぞれこの場所のどこに魅力を感じたからだろうか?

年齢層も0歳~66歳と幅広い(写真撮影/加藤淳史)

年齢層も0歳~66歳と幅広い(写真撮影/加藤淳史)

コミュニティにしかない価値

主にあげられたのはこのような理由だ。

▪「ただいま」と言える場所が複数あると心に余裕が生まれて、いろいろなことに挑戦しやすい。会社と一人暮らしの往復だと視野が狭くなる気がした。自分の拠点を3つ以上持つと一つ一つの拠点にいる時間は短いけれどもその分、その場にいる人を大切にしようと思えた(多拠点居住/デザイナー)

▪起業を予定してシェアオフィスも探したけれど、皆が黙々と作業している雰囲気がそもそも苦手。変にルールに縛られる空間よりも自分は多様な空気、カオス感を感じる場所に身を置いていたかった。60歳代ともなると、ルールをつくることは簡単だけれどもカオスに戻るのが難しい。認識論より存在論。ありかたの大切さに重きを置きたかった(同県内にて家族と居住中/元大学教授・イドビラキ伝道師)

▪ある程度仕事をしながら収入は確保できるし、それなりにやりたいこともできるけれど、こなし作業になる気がした。自分がこの先どうなるか分からない、ワクワク感に身を置いていたかった(長崎壱岐と二拠点居住/プロジェクトデザイナー)

▪子育ては自分が運営しているシェアハウスでもしていたけれど、大家と入居者という立場だと遠慮して言えないことがあったかもしれない。ここでは全員で子育てしているので、子どもを叱ってくれることもあるし、叱るポイントも人それぞれなのが面白い。多様な価値観に触れ合えることで、柔軟性や社会性も自然と身について、キャパも広がりそう。(非婚シングルマザー/シェアハウス運営者)

▪友達と一緒に子育てがしたかったからQrossの利用者になった。結果的にはいろんな世代の人がいて、今まで出合わなかった価値観を知ることができた。大人になるにつれ、どんどん居心地の良い空間や人を求めがちだから、ここで暮らすことはすり合わせも大変だけれどいい刺激になる。(東京からUターン/フリーランス)

Qrossの入居は基本紹介制。さらに入居前に「100年先の暮らし」について事前に説明があり、その価値観を共有した上で利用者を迎えている。さまざまな肩書きや背景はあるけれども、皆が共通で感じているのは、時間や心の「余白」だった。

非婚シングルマザーで0歳と3歳の子どもをQrossで子育て中の江頭聖子さん。「最近は、私以外のQrossメンバーと子どもだけで海外旅行に行ったり、逆に私も子どもを残して数日海外に行けたり。集団子育てをすることで、安心信頼できる大人が実親以外にもいることは、私にも子どもにとっても有難いです」と語る(写真撮影/加藤淳史)

非婚シングルマザーで0歳と3歳の子どもをQrossで子育て中の江頭聖子さん。「最近は、私以外のQrossメンバーと子どもだけで海外旅行に行ったり、逆に私も子どもを残して数日海外に行けたり。集団子育てをすることで、安心信頼できる大人が実親以外にもいることは、私にも子どもにとっても有難いです」と語る(写真撮影/加藤淳史)

東京と福岡の二拠点生活中の山崎瑠依さん。東京でもシェアハウス居住中。「一人暮らしのときと違い、職場と自宅の往復だけではない、心が満たされている感じがする。人といる時間を大切にするようになった」と話す(写真撮影/加藤淳史)

東京と福岡の二拠点生活中の山崎瑠依さん。東京でもシェアハウス居住中。「一人暮らしのときと違い、職場と自宅の往復だけではない、心が満たされている感じがする。人といる時間を大切にするようになった」と話す(写真撮影/加藤淳史)

元大学教授であり、Qross最年長利用者の坂口光一さんはこう話す。「コミュニティは生き物のようで一人が入ってくるとまた色を変える。リアルな生命体のような印象で、それがさらに新しい可能性を見出しそう」糸島に自宅もあるが、「ダンナ元気に外遊び、おかげで手数いらず」と、コミュニティに参加することは妻も大賛成だったそう(写真撮影/加藤淳史)

元大学教授であり、Qross最年長利用者の坂口光一さんはこう話す。「コミュニティは生き物のようで一人が入ってくるとまた色を変える。リアルな生命体のような印象で、それがさらに新しい可能性を見出しそう」糸島に自宅もあるが、「ダンナ元気に外遊び、おかげで手数いらず」と、コミュニティに参加することは妻も大賛成だったそう(写真撮影/加藤淳史)

新しい暮らしは余白から生まれる

このようにお互いのバックグラウンドが違っていることをQrossでは歓迎し、お互いがそれぞれでできる範囲で暮らしの役割分担をしている。入居前に価値観をすり合わせていることもあり、利用後に「イメージと違う」と言う人はほぼいない。お互いが依存しすぎない、程よい距離感の中で付き合っているから良い関係性が成り立っているようだ。

「集団子育てや田んぼの耕作なども、この余白ができた上で成り立つ活動ですね。なので目立たない普段の日常での状態が、暮らしの実験そのものなんです」

今回、Qross立ち上げの際の呼びかけ人でもある坂田賢治さんはこう話す。

「Qrossは経営者などほぼ日常すべてがビジネスに関連づいている、という人たちも多く所属しています。ですがQrossの暮らしのなかでは互いの社会的立場はさほど関係なく、お互いが素でいられる状態が自然とつくられています。それによってビジネスの世界とはまた別の、感覚的なものや言語化できないものを、生活を通じて知ることができる。それによって自分一人では気がつかない感覚を知ることは、この先の未来、意味があることだと思っています」

新しい生活は、新しい社会関係の中で生まれる。

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

Qross呼びかけ人のプロジェクトデザイナー・坂田賢治さん。「100年先の暮らしがどうなるかについて、ゴール設定はしていません。どうなるか分からないのに設定しても無理があるので、まず個人がどうありたいか、社会から個人の暮らしを考えるのではなく、個人から暮らしのあり方を発信していくことを大切にしています」(写真撮影/加藤淳史)

Qross呼びかけ人のプロジェクトデザイナー・坂田賢治さん。「100年先の暮らしがどうなるかについて、ゴール設定はしていません。どうなるか分からないのに設定しても無理があるので、まず個人がどうありたいか、社会から個人の暮らしを考えるのではなく、個人から暮らしのあり方を発信していくことを大切にしています」(写真撮影/加藤淳史)

フリーランス(たまにDJ)で昨年、東京からUターン帰省した梅田佳枝さん。「いろんな人と交わると、なぜそうするの?と疑問をもつこともあるけれど、伝え合うことで幅広い視野が身につく!」とコメント(写真撮影/加藤淳史)

フリーランス(たまにDJ)で昨年、東京からUターン帰省した梅田佳枝さん。「いろんな人と交わると、なぜそうするの?と疑問をもつこともあるけれど、伝え合うことで幅広い視野が身につく!」とコメント(写真撮影/加藤淳史)

不動産やWEB、映像関連事業など多岐にわたってプロジェクトや会社を立ち上げている後原宏行さん。「今社会が分断され続けて改めてコミュニティが出来ているけれど、元々は皆、大きなコミュニティに属しているという認識です。それが曖昧になってきているから、昨今では分かりやすい場所のあるコミュニティが増えている。Qrossはそんなコミュニティのひとつですが、天神という福岡の都心部なのに気を張らずにいられる、ということは大きな価値だなと感じています」(写真撮影/加藤淳史)

不動産やWEB、映像関連事業など多岐にわたってプロジェクトや会社を立ち上げている後原宏行さん。「今社会が分断され続けて改めてコミュニティが出来ているけれど、元々は皆、大きなコミュニティに属しているという認識です。それが曖昧になってきているから、昨今では分かりやすい場所のあるコミュニティが増えている。Qrossはそんなコミュニティのひとつですが、天神という福岡の都心部なのに気を張らずにいられる、ということは大きな価値だなと感じています」(写真撮影/加藤淳史)

さまざまな立場でも、コミュニティに参加するしないの選択はできる

コミュニティに参加して1年、マインド面で変化したことは?と聞くと皆が「そんなに変わっていない」と一様に答える。ただ、コミュニティ、イコール「参加者が似通った、閉ざされた集団」というネガティブなイメージがポジティブに変わったり、朝起きてリビングに一人一人現れてコーヒーを誰かが淹れたり、子どもの楽しそうな声がBGMに加わったり、誰かと誰かが盛り上がって話していたりと、これまでの自分の暮らしに加えて、さらにQrossでお気に入りの場所やシーンが増えたみたいだ。無理なく生活の延長上に新たな視点を添える。それもまた、コミュニティを続ける秘訣なのかもしれない。

どうしてもコミュニティとなると、その場に生活拠点を構えたり、活動への参加が半ば強制的になったりと、特に子育て世代などには参加のハードルが高いように感じることもある。けれどもQrossのような、ある一定条件を満たせば、どんな社会的立場でも参加可能なコミュニティも誕生している。コミュニティは、いわば小さな社会でもある。このようなコミュニティに関わることで、自分の周囲にはない、新たな視点が得られる機会となり、社会に出る前の学びにもなりそうだ。

これからまたさらに変化する時代のなか、自分たちの暮らしのありかたもまた、再構築する時期がやってきているのかもしれない。

家具や家電が借り放題!?モノをシェアする新しい賃貸物件のカタチ

シェアハウス、ソーシャルアパートメント、DIY可能物件、クリエイタープロデュース型物件など、いまは賃貸物件もバリエーション豊か。個々のライフスタイルにあった物件を選択できるようになった。そんな中、賃貸物件の新たな形を提案しているのが「カスタムアパートメント」だ。敷金礼金なしで家具・家電が借り放題。空間をシェアするシェアハウスとは違う、“モノをシェア”する新しい暮らしとはどのようなものだろうか。
カスタムアパートメントとは?カスタムアパートメント多摩川外観。1階がカフェ、2・3階が住居となっている(写真撮影/片山貴博)

カスタムアパートメント多摩川外観。1階がカフェ、2・3階が住居となっている(写真撮影/片山貴博)

JR・小田急線の登戸駅から徒歩3分。多摩川の土手沿いにある3階建の新築の建物が「カスタムアパートメント多摩川」だ。駅近で新築、2・3階の住居部分からは多摩川が一望できるという、聞いただけで気になる物件。部屋は全室バス・トイレ・ミニキッチンの1Rタイプ。さらに、冷蔵庫・洗濯機・シングルベッド・デスクや収納になるシェルフが付いているので、コンパクトな荷物で新生活をスタートすることができる。

レンタルアイテムを使ったインテリアコーディネート例(写真提供:デモクラシ。)

レンタルアイテムを使ったインテリアコーディネート例(写真提供:デモクラシ。)

50種類以上の家具や家電が借り放題!レンタルできる家具・家電の一部。スツール、デスクなどの家具、最新の家電やデジタル機器、そしてスーツケースまでもがレンタルできる。その他にもゲーム機器やフィットネス用品も(写真撮影/片山貴博)

レンタルできる家具・家電の一部。スツール、デスクなどの家具、最新の家電やデジタル機器、そしてスーツケースまでもがレンタルできる。その他にもゲーム機器やフィットネス用品も(写真撮影/片山貴博)

何といっても、この物件の最大の魅力は、50種類以上の家具や家電が借り放題という家具・家電のサブスクリプションサービスが付帯されていることだろう。レンタルできる家具・家電は、ダイソンの掃除機、LEDプロジェクター、BoseのBluetoothスピーカー、Play Station VR、バルミューダのトースター、シェルフ、スツール、テーブルなど、デザインや機能性に優れた幅広いアイテムがラインナップされている。レンタル方法も、住民専用サイトで商品・日時を指定して予約するだけなのでとても簡単。一人暮らしにはちょっと高価なアイテムを日常で気軽に使うことができるのがうれしい。家具・家電のサブスクリプションサービスが付いている分家賃は相場より少し高めだが、最新の家具・家電を購入することなく使いたいときに気軽にレンタルできる環境は、日々の生活をより豊かにしてくれそうだ。

住人専用のレンタルアイテム管理ページ。24時間予約の申し込みができる(写真提供:デモクラシ。)

住人専用のレンタルアイテム管理ページ。24時間予約の申し込みができる(写真提供:デモクラシ。)

レンタルできるアイテムの例。絵画やオブジェ、多肉植物などもある(写真撮影/片山貴博)

レンタルできるアイテムの例。絵画やオブジェ、多肉植物などもある(写真撮影/片山貴博)

リビング代わりとなる、管理員のいるカフェリビングカフェ内観。大きな窓からたくさんの光が注ぎ込む明るい空間だ。窓際にはレンタルできる家具・家電がディスプレイされている(写真撮影/片山貴博)

リビングカフェ内観。大きな窓からたくさんの光が注ぎ込む明るい空間だ。窓際にはレンタルできる家具・家電がディスプレイされている(写真撮影/片山貴博)

予約したアイテムをレンタルする場所であり、この物件のリビング的な場所となるのが1階にあるリビングショップ。ここでは、カフェやレストラン開業を目指す人が地域の住民に向けた実験店舗を経営している。2019年4月からは、「リビングショップ 旅カフェ SHANTI店」がオープン。日中はカフェ、夜はバーとして利用できるこのお店では、ネパールで修行した店長によるカレーや世界のビール、コーヒーなどを楽しめる。

カスタムアパートメント多摩川の管理員・住人の千丈さん。「多摩川の土手沿いなので風も抜けるし、東京も近いわりに自然を感じやすい。東京も多摩川を越えればすぐですし、向ヶ丘遊園、宿河原、狛江、二子玉川など自転車でいろいろな街にアクセスできるのがいいですね」(写真撮影/片山貴博)

カスタムアパートメント多摩川の管理員・住人の千丈さん。「多摩川の土手沿いなので風も抜けるし、東京も近いわりに自然を感じやすい。東京も多摩川を越えればすぐですし、向ヶ丘遊園、宿河原、狛江、二子玉川など自転車でいろいろな街にアクセスできるのがいいですね」(写真撮影/片山貴博)

「リビングショップ 旅カフェ SHANTI店」のスタッフ・千丈さんは、この物件の管理員でありカスタムアパートメントの住人でもある。千丈さんも他の入居者もこの4月から新生活をスタートさせたばかり。新社会人、新大学生が多いそう。
「僕もこのカスタムアパートメントに住んでいるのですが、冷蔵庫や洗濯機、ベッドまでついているのがありがたいですよね。レンタルできる家具・家電もいいものがそろっています。“ちょっといいもの”“使ってみたかったもの”を試すことができると、生活がグッと明るくなりますよね。また、いいものの効果を実感すると、今後の人生で“安物買いの銭失い”をしなくなるのではと思います(笑)。家電などを購入する必要がないので、引越しも車1台に収まるくらいの荷物でできました」

現代版長屋暮らしができる場所取材中にもご近所さんが来店。お客さんとの距離が近い店内では、おいしい食事をしながら会話もはずむ(写真撮影/片山貴博)

取材中にもご近所さんが来店。お客さんとの距離が近い店内では、おいしい食事をしながら会話もはずむ(写真撮影/片山貴博)

千丈さんが一番魅力を感じているのが、このカスタムアパートメントの在り方だという。モデルは“昔の長屋暮らし”なのだとか。
「今のシェアハウスの主流は、空間をシェアするシェアハウスですよね。でも、カスタムアパートメントは、個人の生活が自分の部屋で完結するワンルームのアパートに加えて、モノだけをシェアする。その中継地点となるのがこのリビングカフェというイメージなんです。隣人の顔が見える一人暮らしってなかなかないじゃないですか。新しい暮らし方の実行役になれたらいいなと思います」

都市ではなかなか感じることのできない、隣の人の顔が見える暮らし。その魅力について、千丈さんはこう続ける。
「僕は東京出身なんですけど、ここに引越すまでの1年はたまたま仕事の関係で地方を転々としていて。それで分かったことがあるんです。地方では生活する地域で働いている人が多いため、働いているときも暮らしているときも人の顔が見えるということ。一方東京は、東京で働いていても暮らす場所は別の地域だったりするし、生活する時間帯も違うから、人がたくさんいるのにすぐ近くにいる人は知らない人だったりします。当たり前のことなんですけど、ずっと住んでいるとなかなかそれに気づかない。地方だといつも誰かに見られているように感じる人もいるかもしれませんが、東京にずっと住んでいた僕からすると、いつもそばに知っている人がいることってすごく安心するんですよね。それは、東京に欠けているような部分だとも思うんです。

この カスタムアパートメントの取り組みは、近くの人と顔を合わせることができる。“あそこに行けば誰かがいる”という安心感って大事じゃないですか。リビングカフェでも、日常的に使うモノの貸し借りを通して、人とのつながりを感じてもらいたいです。そういう安心できる場所があるだけで孤独じゃなくなるし、ライフスタイルは変わると思うんですよね」

春には桜も美しい多摩川沿い(写真撮影/片山貴博)

春には桜も美しい多摩川沿い(写真撮影/片山貴博)

「地域コミュニティを担う場を目指したい」

また、カスタムアパートメントの住民だけではなく、近隣の住民やお店の常連さんにも優しい場所をつくりたいと語る千丈さん。
「ここは多摩川沿いで、ランニングや散歩をする人が多い場所。ご近所さんにお散歩途中に気軽に立ち寄ってもらったり、地域の人がわいわいできる場として活用してもらえるようにしていきたいですね。また、今後は地域の人もここのレンタルアイテムを借りられる制度をつくってもいいかもしれません」

店内には旅をイメージさせる食器や小物がたくさん(写真撮影/片山貴博)

店内には旅をイメージさせる食器や小物がたくさん(写真撮影/片山貴博)

ミニマリストやアドレスホッパーなど、モノを持たない新しい生き方が提案されている昨今。カスタムアパートメントは、モノを介して生まれるコミュニティ、いまの時代に必要なちょうどいいつながりの豊かさを感じられる場所になりそうだ。まだ始まったばかりのカスタムアパートメントの取り組みに今後も注目したい。

●取材協力
デモクラシ。
カスタムアパートメントは2019年11月ごろ、初の関西展開となる「カスタムアパートメント灘」が完成予定。2019年夏ごろより問い合わせ開始。
>カスタムアパートメント

家に映画館!? 世界を広げる一人暮らし「ソーシャルアパートメント」の魅力

もうすぐ卒業シーズン。そして、新年度のはじまりとともに、入学・就職・転職などで一人暮らしをはじめる人も多いのでは。新生活を迎えるにあたり、ひとつの楽しみが物件探し。立地で選んだり、部屋で選んだり、DIY可能な物件を選んで自分好みにカスタマイズしたり。ライフスタイルにあわせてさまざまな選択肢があるが、その選択肢に、“シェアハウス”や“ソーシャルアパートメント”も加えてみては。実際の暮らしはどのような感じなのか、2018年10月にオープンした映画館付きのソーシャルアパートメント・FILMS和光を見学してみた。
ソーシャルアパートメントはシェアハウスと何が違う?

“ソーシャルアパートメント”と“シェアハウス”の違いは?と疑問をもつ人もいるだろう。ソーシャルアパートメントの大きな特徴は、リビングなどの共用部を通らなくても部屋に行ける動線になっていること。そのため、プライベートが保ちつつ共用部を使え、人とのつながりを通してコミュニティが広がる醍醐味(だいごみ)を味わうことができる。地方から上京したばかりであったり、コミュニティを広げたいと感じていたり、シェアハウスなどに興味はあっても人と暮らすことを不安に感じている人だったり、そういう人にはぴったりの物件なのだ。

物件の顔であるFILMS和光のエントランス。夜になるとサインが灯る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件の顔であるFILMS和光のエントランス。夜になるとサインが灯る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

独立したプライベートと充実した共用部。ソーシャルアパートメント・FILMS和光の魅力とは

FILMS和光があるのは、都心へのアクセスがいいことからいま注目を集めているベッドタウン・埼玉県和光市。和光市駅から10分ほど歩くとマンションが見えてきた。

シアタールーム入口。まるで本当の劇場のよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアタールーム入口。まるで本当の劇場のよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

劇場のエントランスを模したような玄関を入り、まず目に飛び込んでくるのがこの物件の特徴でもある映画館。エントランスのみならず、中ももちろん本格的。座席は実際に映画館で使われているものと同様のシアターシートで、さらに4K高画質プロジェクターや7.1chサラウンドの音響設備など、家にいながら本格的な設備で映画鑑賞が楽しめる。
「これまでシアタールームのあるソーシャルアパートメントはありましたが、ここまで本格的な映画館ははじめてです。動画の定額制配信等のサブスクリプションサービスの隆盛で映画館離れが進んでいるとされる時代に逆行しますが、あえて映画館をつくることで、映画館に行くワクワク感を感じ、そして、本当の映画館にも行っていただきたいという思いもあります」(株式会社グローバルエージェンツ 吉田主恵さん)

シアター内観。ゲーム機器を接続して大画面でゲームを楽しんだり、スポーツ観戦などを楽しむこともできる。もちろん、しっかりとした防音設備も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター内観。ゲーム機器を接続して大画面でゲームを楽しんだり、スポーツ観戦などを楽しむこともできる。もちろん、しっかりとした防音設備も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

座席は映画館で使われているシネマチェア(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

座席は映画館で使われているシネマチェア(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター入口には予定表が。すべての共用部は、貸切や占有はNG。ボードに使いたい時間を書き、観たい人がいたら一緒に参加も可能。映画館もコミュニケーションの場所のひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアター入口には予定表が。すべての共用部は、貸切や占有はNG。ボードに使いたい時間を書き、観たい人がいたら一緒に参加も可能。映画館もコミュニケーションの場所のひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ラウンジ内観。「映画」をテーマにした内装・インテリアがGOOD。壁には映画のセリフの引用が書かれてるなど、コミュニケーションのきっかけとなるような仕掛けも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ラウンジ内観。「映画」をテーマにした内装・インテリアがGOOD。壁には映画のセリフの引用が書かれてるなど、コミュニケーションのきっかけとなるような仕掛けも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用部のなかでも、日々入居者同士がコミュニケーションを取る重要な場所がラウンジ。映画館のチケットブースを模したカウンターやビリヤード台などアメリカンクラシックな内装・インテリアなど、「映画」というテーマに沿った空間が広がっている。ソファが多く設置されていたり、Nintendo Switchがあったり、リラックスしながらもコミュニケーションを図れるツールもさりげなく用意されているのもうれしい。ここでは、よくパーティーも開かれているのだとか。

充実した設備のキッチン。食材などを置ける個人のストッカーも完備(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

充実した設備のキッチン。食材などを置ける個人のストッカーも完備(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

リビングの横にあるキッチンには、7台のキッチンセットを完備。調理器具や食器などは共用のものを自由に使うことができる。バルミューダのトースターやル・クルーゼの鍋など一人暮らしではなかなか使うことのできないツールが用意されているのもソーシャルアパートメントのメリットのひとつ。水まわりは、キッチンのほかにトイレ、シャワールーム、ドラム式全自動洗濯乾燥機が完備されたランドリールームなどが。はじめて一人暮らしをはじめる人にとっては、コンパクトな荷物で引越しができるのも魅力だろう。

ワーキングラウンジ。普通の座席のほかにスタンディングチェアの座席、半個室のソファ席も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワーキングラウンジ。普通の座席のほかにスタンディングチェアの座席、半個室のソファ席も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ひとりで仕事や勉強に取り組みたいときは、リビング・キッチンの横にあるワーキングラウンジがぴったり。奥には半個室のソファ席もあり集中するには最適な場所だ。フリーランスで活動する人にとっても、家の中に寝室以外の仕事部屋があるのはうれしいだろう。そのほかにも、ヨガやトレーニングなど身体を動かすときに使えるスタジオや、ちょっとした撮影で使えるフォトスタジオなども。

ヨガや筋トレなどトレーニングを楽しめるスタジオ。ソーシャルアパートメントでは部活動も盛んなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ヨガや筋トレなどトレーニングを楽しめるスタジオ。ソーシャルアパートメントでは部活動も盛んなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本格的な撮影スタジオでは、フリマアプリなどで販売用のちょっとした撮影も可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本格的な撮影スタジオでは、フリマアプリなどで販売用のちょっとした撮影も可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の居室は、ベッド・デスク・ローテーブルを置いても十分な広さ。自分の好みにカスタマイズできそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の居室は、ベッド・デスク・ローテーブルを置いても十分な広さ。自分の好みにカスタマイズできそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

個人の部屋は、広さが8畳以上あるので、ベッドのほかにソファを置いてくつろぐことも可能。クローゼットのほかにベランダがあるのもうれしいポイントだ。

ソーシャルアパートメントの住み心地はどう? 入居者に聞いた(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

プライバシーを確保された動線や映画館をはじめとした充実した共用部など、魅力あふれるFILMS和光だが、実際の住み心地をどうなのだろうか。エステティシャンをしているという女性の入居者に話を聞いた。

「入居した理由は、ずばり、オープンの日が自分の誕生日と同じだったからです(笑)。6年間、正社員として勤務した会社を辞めて、アラサーで転職、引越しで、人生の転機、というと大袈裟ですが、30歳の誕生日に新しい環境を(自分に)プレゼントしたいと思いました。シェアハウスに全く抵抗がなかったわけではありませんが、友人が別のソーシャルアパートメントに住んでいたので、なんとなくイメージは湧いていて、職場にアクセスしやすい立地と建物の中に映画館があるという非日常、しかも新しい物件だったので住んでみたいとシンプルに思いました。

(ソーシャルアパートメントを選んで良かった点は、)個人のプライベートはしっかりありつつ、住人と顔見知りになるので、安心感がありました。都会で隣が誰かも分からないような感じよりいいな、という感覚です。あと、水まわりの掃除から解放されます! これは、結構いいです! そして、住人同士のかかわりについても、お互いの夢?というと大袈裟かもですが、刺激的です。小説を書いている人に感想欲しいです!って言われたり、転職の経緯を聞かれて、いろいろ話していたら、ジャンルが似ているからお互い頑張って勉強して、アウトプットも兼ねてコラボできたらいいね!っていう話になったりするんです」(のりこさん 女性 30歳 エステティシャン)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

(写真提供/のりこさん)

家は、自分の世界を広げてくれる場所

のりこさんの話からも分かるように、ソーシャルアパートメントの真の魅力とはハードウェアではない。住人間のコミュニケーションから “ひとり”を拡張できる、ソフトウェアの部分にある。

「基本的に、ソーシャルアパートメントは物件のテーマを寄せ過ぎないようにしているんです。テーマを寄せるとその属性の人が集まってきてしまうのはいいのですが、自分とは違う属性の人と出会う機会は狭まってしまう。私たちは“多様性”を重視していて、物件のテーマは誰もが受け入れられるものにとどめているんですね。
大切なのは、入居者同士のコミュニケーションやそこで生まれる化学反応、そして日常生活で世界が広がるという体験のあるライフスタイル。映画というのは多くの人が観るものであり、世界が広がる体験であり、その価値をより深めるテーマだと思うんです」(吉田さん)

ひとり暮らしのよさは、やはり自由なこと。生活サイクルも食生活も自分のペースで暮らすことができる。ただ、同時にそこには責任や孤独もつきまとう。ソーシャルアパートメントでは、ひとり暮らしでありながら「おはよう」「おかえり」と言ってくれる相手がいる。年をとっていくと新たな友人関係を築くのは難しくなってくることもあるが、家族でも古くからの友達でも同僚でもない、家をきっかけとした新たなコミュニティは、生活に新たな風を吹かせてくれるだろう。長い人生の数年間、ソーシャルアパートメントで暮らしてみると、人生が大きく拡張していくかもしれない。

●取材協力
FILMS和光

ペット“可”ではなく“共生”。犬も猫も一緒に暮らすシェアハウスの魅力とは

近年、ユニークなコンセプトのシェアハウスが続々と登場していますが、ペットと一緒に暮らすことができるシェアハウスはまだまだ珍しいかもしれません。今回は、ペット共生シェアハウスを運営するHOUSE-ZOO株式会社代表取締役の田中宗樹さんに、ペット共生ハウスの魅力や運営について伺いました。
ペット共生シェアハウスの原点は、動物と一緒に暮らした故郷の生活

そもそも、田中さんがペット共生のシェアハウスをつくろうと決めたのは、自身の出身地である宮崎での思い出がきっかけだったそうです。

「上京するまでは、庭で犬やニワトリを飼うなど動物と一緒に暮らすのが当たり前の生活でした。でも、東京の集合住宅では、ペットを飼える物件はそれほど多くありません。しかし、人間と動物は昔から共存・共生してきたわけだから、動物と一緒に暮らせる生活をつくりたいと思うのは当たり前のことだと思うんです。動物と共生する住環境づくりに特化していきたいという考えで今の会社を始めました」

HOUSE-ZOOのシェアハウスではペットも家族の一員。特に共用スペースでは、ペットの誤飲や誤食を防ぐためにルールも設けている(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

HOUSE-ZOOのシェアハウスではペットも家族の一員。特に共用スペースでは、ペットの誤飲や誤食を防ぐためにルールも設けている(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

ちなみに、賃貸物件などでよく見かける「ペット可」という言葉はHOUSE-ZOOの物件にはありません。ペット可物件は動物が住んでも構わないというだけで、同じ建物のなかには動物が苦手な人が住んでいることも。

一方、HOUSE-ZOOでは、ペット可の代わりに「ペット共生」という言葉を使っています。ペットを飼うことを許可するという意味ではなく、はじめから「ペットと暮らすための住環境」をつくっているからです。ペットがいるのが当然の住環境なので、動物が苦手な人はまず入居しません。同じ建物で生活する住人たちがその環境に不満をもつことが少なくなるのです。

ペット同士の相性は人と同じ。入居者同士が助け合いながら飼育

HOUSE-ZOOが運営するペット共生シェアハウスでは1人で3頭まで飼うことができるので、運営物件全体では入居者よりもペットのほうが多いそう。シェアハウスによって飼える動物は異なりますが、犬や猫だけでなく、フェレットやカメ、インコ、ウサギなどといった小動物もいます。

「当社のペット共生シェアハウスの特徴は、ペットを飼っていなくてもペットが好き、ペットをこれから飼いたいという人でも入居でき、動物との生活が楽しめる点。飼っていないけど動物のいる環境で暮らしたいという人もいます。いずれはペットを飼いたいと考えている人も多いですね。まわりの入居者が飼い方を教えてくれるので、ほかの入居者の様子を見て飼いたいと思うようになった人も少なくないんです」

犬も猫も仲良く共生させるために、入居する際には時間をかけて環境になじませる工夫も(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

犬も猫も仲良く共生させるために、入居する際には時間をかけて環境になじませる工夫も(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

また、HOUSE-ZOOが運営するシェアハウスのなかには、犬専用・猫専用のほか、犬と猫が一緒に暮らす物件もあります。仲良くなりづらいと言われる犬と猫が共生するために、運営上注意している点はあるのでしょうか。

「犬と猫が特別相性が悪いとは思わないです。人と一緒で、同じ犬同士・猫同士であっても相性のいい子も悪い子もいます。だから、犬と猫を別々に生活させるなど、そこまで気をつかうことはありません。

ただ、猫だけは入居した最初の1カ月間ぐらいは部屋から出さないで、ということはお伝えしています。猫の場合は、いきなりほかの犬や猫と顔を合わせると警戒してしまう習性があるんです。たとえ猫専用シェアハウスであっても、あえて顔も合わせず、姿を見せず、まずは気配だけを感じさせるようにしています。それだけでも、もともといる子たちは新しい子が来たって分かるんですよね。その『気配』が新しく来た子にとって当たり前の生活になったら仲良くなれる。その点は飼い主さんにも焦らないように注意しています」

入居者が集まってパーティーを開くことも。ペットも他の入居者と一緒にくつろいでいる(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

入居者が集まってパーティーを開くことも。ペットもほかの入居者と一緒にくつろいでいる(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

一人暮らしでペットを飼うとなると、当然ながらすべて一人で世話をしなければなりません。でも、ペット共生のシェアハウスなら、入居者同士が自然と助け合う関係ができるのだそうです。

「入居して間もないうちは、慣れなくて吠えたり鳴いたりするペットもいます。でも、ペット共生シェアハウスで暮らす入居者たちは、そういう子たちに対して『うるさい』と注意するのではなく『ずいぶんと鳴いてるけど大丈夫?』『なんかあったんじゃないの?』と心配するんですよね」

入居者みんなで助け合いながらお互いのペットを大切にする生活は、ペット自身だけでなく飼い主にとってもうれしいに違いありません。

過剰な設備は不要。ただし、清掃や片付けは徹底的に

ペットと共生するシェアハウスとなると、どうしても気になるのは建物の設備や衛生面のこと。設備や環境づくりでこだわっている点はあるのでしょうか。

「当社のシェアハウスは普通の空き家をリノベーションしている物件がほとんど。散歩から帰ってきたときに捨てやすいところにゴミ箱を置いたり、ペットバスを設置したり、できるだけニオイを防ぐための換気を検討したりはしますが、それ以上の特別な設備はありません。できるだけ滑りにくく、粗相をしたときに片付けやすい建材を採用していますが、フロアや壁もペット用のものではないんです。ペットと共生する住環境としてはこれで十分。これ以上の設備は過剰だと考えています」

ペット用の体を洗うお風呂(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

ペット用の体を洗うお風呂(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

また、シェアハウス内のお掃除も気になるところです。同社が運営するシェアハウスでは、ロボット型掃除機で毎日掃除するほか、10日に1日のペースでHOUSE-ZOOのスタッフや同社に採用された近所の人が清掃を行うそう。「ペットと共生する環境づくりのために、掃除や片付けにはとても気を配っている」と田中さんは言います。

共用スペースの様子。ペットの誤飲や誤食を防ぐために片付けのルールは徹底している(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

共用スペースの様子。ペットの誤飲や誤食を防ぐために片付けのルールは徹底している(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

「一番怖いのはペットの誤飲や誤食です。そのため、入居者の皆さんには、共用スペースに物を出さない・出したら片付けるということを徹底的にお伝えしています。共用スペースでは、ペットから目を離さないようにするということもルールにしています。ただ注意するのではなく、ルールを破ったことでペットたちが苦しい思いをするかもしれないということを伝えると理解してもらえますね」

地方からペットと一緒に上京する人にぜひ利用してほしい

ペット共生シェアハウスは、都会でなかなかペットと一緒に住む家を見つけることができないという人だけでなく、地方からペットと一緒に上京する人にもぜひ利用してほしいと田中さんは言います。

一人暮らし用のペット可物件ではなかなか見られない、ペットが駆け回れるスペースも(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

一人暮らし用のペット可物件ではなかなか見られない、ペットが駆け回れるスペースも(画像提供/HOUSE-ZOO株式会社)

「シェアハウスなら家具も家電もそろっていますし、居心地がいいと言ってくれる人もたくさんいます。もちろん、いろんな入居者がいるのですぐに打ち解けるのは難しいかもしれませんが、ペットを飼っているという共通点があると仲良くなりやすいんです」

ペット共生シェアハウスは、ペットを飼う入居者同士が交流するだけでなく、入居者みんなでみんなのペットを育てていくという新しい住まいのかたち。ペットと一緒に暮らしたいと考えている人にとっては、新しい選択肢のひとつになるのではないでしょうか。

●取材協力
・HOUSE-ZOO株式会社

ヤるために卒業します(リバ邸スタートアップを)

こんにちは!2018年4月13日くらいから駆け込みで住んでいる、こにこな(@koni_kona)こと小西湖南です!

この度、リバ邸スタートアップを卒業することになりました。約1ヶ月半ですね(歴代で一番はやかったらしい)

で、ヤるハウスに引っ越します。

ヤるハウスとは

ヤるサロンとリバ邸がコラボして作ったシェアハウスで、ヤりまくれるシェアハウスです。

(※ヤるサロンのフリーランスが拠点としている健全なシェアハウスです)

ヤるサロンについてはこちら

5月思ったこと

「俺、そんなにゴリゴリの起業したいわけじゃないな」

っていうこと。

ゆるっと、とりあえず自分の好きなやつとおもしろい仕事をする環境がほしいだけで、ぶっちゃけそれは起業じゃなくていい。

会社辞めた当初は、「起業したい!」って思ってたけど、「なんでしたいのか」っていうところは実はうまく言語化できていなかったなと。

(ちなみにまだちゃんと言語化できてない)

これからやってくこと

転職市場に思うところがあるので、転職をおすすめしない転職サイト「Re:START」を非営利で作っていきます。

なんで作ろうと思ったかという記事はこちら

あとは年内に法人化します。内容全然決まってないけど。

なんかおもしろくて働いてる人が幸せな会社作ります。

上場とか急成長とか全然興味ないけど、なんかおもしろいことやって幸せになりたいっていう人は声かけてください。

一緒になんかやりましょう。

 

それじゃあ、リバ邸スタートアップの皆さんまたどこかで。

▼こにこなのブログはこちら

いじめられっ子、世にはばたく|小西湖南オフィシャルサイト

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選択肢から外すのはもったいない?! 最新の「学生寮」事情を聞いてみた

大学への入学を機に、親元を離れる大学生も少なくありません。日本学生支援機構が公表している平成24年度の学生生活調査によると、大学進学者(昼間部)が自宅以外に居住する学生の割合は43.2%。そのうち、学生寮を選んだ人は5.6%と少数にとどまっています。しかし、そんな学生寮も最近は個性的で魅力あふれるものに変化しつつある模様。そこで、大学と学生寮を運営する企業、それぞれに昨今の学生寮事情について聞きました。
募集から3カ月で満室に。特色を打ち出したニュータイプの学生寮も登場

まず話を聞いたのは、青山学院大学。相模原と武蔵小杉、それぞれに学生寮を設けています。

「相模原については、相模原キャンパスに隣接した便利な立地にあります。例年12月中旬から募集を開始して、4月時点で全94室が満室になります。『全室南向き』『エアコン』『シャワー・トイレ完備の完全個室』のほか、館内には、洗濯機・乾燥機、共用システムキッチンなどの設備も充実しています。寮費は水道光熱費含めて月額3万9000円と比較的安価なのも人気の理由かもしれません」

相模原は在校生の男女が入居できる、いわゆるスタンダードな学生寮。かたや武蔵小杉は、2017年4月から全128室の「国際学生寮」として運営。日本全国から集まった学生だけではなく留学生も入居しています。

「将来、留学を目指す学生にとって貴重な経験になるだけでなく、留学したいけれども難しいという学生も、外国人留学生と交流する機会を得ることができます。寮内の共有リビングやキッチン等で交わされる日常の会話から、お互いの文化を紹介し合い、異文化理解を深めることができるのが魅力ですね。国内外に卒業後もつながることのできる友人を作ることができ、学生の将来にとっても大きな強みになると考えます」

なお、寮には大学が選抜した在学生のうち、リーダーとしてレジデント・アシスタント(RA)が男女各3名住み、交流イベントの企画をはじめ、区役所などで留学生の手続きをサポートするなど、寮生がより充実した生活を送れるよう主体的に協力できる仕組みを取り入れているそうです。

「交流イベントは毎月1回程度開催しており、共有キッチンで日本のスイーツをつくるイベント、七夕、書道教室、水引アクセサリーづくりなどが実施されています」

食事は、1階のカフェテリアで平日朝・夕2食提供。夕食は毎日数種類のなかから選択することができ、栄養バランスや季節感にも配慮したメニューとなっているとのこと。また、24時間有人管理で、カードキーによる入退館管理システムを導入しており、セキュリティにも万全を期しているといいます。

気になる毎月の寮費は10万4440円。学生寮としては割高ですが、武蔵小杉という立地や留学生との交流、食事代といった付加価値を考えれば、十分に見合うものがありそうです。

この青山学院大学の国際学生寮のように、大学によって特色あるスタイルの学生寮はほかにも増えている模様。例えば、大型テレビを備えた「シアタールーム」、同人誌をつくれるパソコンやコピー機がある「クリエーターズルーム」、露天ジャグジーやサウナ、スポーツジムがあるなど、共用部が充実しているタイプの寮もあるようです。

写真/PIXTA

写真/PIXTA

実家と一人暮らしの中間にあたる「学生寮」、時代を問わず人気

こうした、新しいタイプの学生寮が増えているのはなぜなのでしょうか? 伊藤忠グループの住生活領域を担う総合デベロッパーである伊藤忠都市開発で学生寮開発を担当する片岡賢治さんに聞きました。

「首都圏における学生寮は、築年数が古いものが大多数を占めており、需要があるにもかかわらず、良質な設備や環境、セキュリティもしっかりしている寮は少数でした。また、現在、日本に来る留学生が増加していて、大学としても国際化に対応する方向にあるということも相まって、留学生向けの学生寮をつくる動きも加速しています。留学生にも対応できる寮をつくる必要性も高まり、新しい寮の整備が進んでいるとも言えると思います」

国際交流ができる物件は評価も高く、コミュニティースペースの充実も推し進められているそう。

「今も昔もですが、やはり親御さんの不安を払しょくできるのは、学生寮の強みではないでしょうか。食事の提供はかなり重要視されています。管理栄養士がメニューを監修しているなど、健康を意識したようなメニューを出す寮もあります。ほかにも自習室がある寮も、親御さんの評価が高いようです。また、留学生はジムの利用頻度が高いので、ジムを完備する学生寮もこれから先増えてくるかもしれません」

ちなみに、問い合わせが増えるのは推薦で合格が決まる10月くらいから。ほとんどの場合、住む本人ではなく親が探しているようです。

良質な環境が整った学生寮が増えれば、ますます利用者は増えるだろうと予想する片岡さん。一生に幾度もない学生時代。限られた時間だからこそ、より充実した環境で過ごしたいもの。

では、実際に寮で暮らしてきた学生は、生活をどのように感じているのでしょうか。大学4年間を通して入寮していたという上智大学の女子学生は次のように話します。

「学生寮に暮らして良かったのは、朝と夜のご飯で友達と会えることです。学校にいる友達よりも、長い時間を過ごすことになるので、より深いコミュニケーションが取れると思います。あとは、就職活動のときに『寮に住んでいます』と伝えると、面接官から割と質問をされました。個人的な感想ですが、寮に住んでいるというのは、ある意味集団行動の中で生きていて、規則を守れるところが評価をされるのではないかなと。実際、寮生活を通して協調性も身につきました」

寮生活では一人暮らしとはまた違う経験が得られるようです。共同生活が苦ではない学生にとって、寮という選択肢は有力かもしれません。

●取材協力
・青山学院大学
・伊藤忠都市開発株式会社

高感度な大人に愛されるシェアハウス。セカンドキャリアで挑戦する大家さんの思いとは

近ごろ40代以上の大人世代にも、シェアハウスの人気が広まっています。それを受けて新しいタイプのシェアハウスを運営する、個性的な大家さんも増加中。今回はそれぞれ神奈川と調布でシェアハウスを運営する、新米大家さんふたりをご紹介します。元・外資系IT企業の営業職の大家さんに、元・ラジオディレクターの大家さん。セカンドキャリアで大家さん業に挑戦する彼らは、どんな思いをもっているのでしょうか。
成熟した大人のシェアハウスを運営する、セカンドキャリア大家さん

シェアハウスは若い世代のもの、というのは既に過去の話。“集まって住まう”ことが浸透した昨今、成熟した大人がシェアハウスを選ぶケースも増えています。長いキャリアがあり、スキルや社交性が磨かれた大人世代だからこそ、シェアハウスでの暮らしが豊かになるメリットもあるようです。

そんな毎日を充実させるキーパーソンは、仕掛人である大家さん。今回は、大人世代が多く住む高感度シェアハウスを運営する大家さんふたりに取材しました。共通するのは、それぞれ別のキャリアを経て大家さんになっていること。彼らが運営するシェアハウスは、どちらも昨年オープンしたばかり。シェアハウスの新しいスタイルを模索しながら精力的に活動中です。

代々受け継ぐ不動産を“負動産”にしない! 大手企業から覚悟の転身

京浜急行本線神奈川駅から徒歩5分、東急東横線反町駅から徒歩6分、JR東海道本線横浜駅から徒歩11分。標高40mの丘の上に立つ「しぇあひるず ヨコハマ」は、築60年の鉄筋コンクリート住宅をフルリノベーションした2棟のシェアハウスです。大家さんの荒井聖輝(あらい・きよてる)さんは昨年に親族が1953年から住んでいた土地の共同住宅を引き継ぎ、大家さんになりました。以前の荒井さんのキャリアは外資系IT企業の営業職。しかし大手企業で働き充実した生活を送るなかでも、いつか親から物件を引き継ぐことは、常に意識していたといいます。

「元々のアパートは、ずっと母や親族が運営していました。親族が建物を所有している以上、売るにしても引き継ぐにしても手間もお金もかかります。同じ大変なことならば引き継いで、自分らしく発展させていこうと思ったのです。大家さん業を継いだというと、楽をしていると誤解されることもありますが、今や不動産を継ぐことが必ずしも利益になるとはいえない時代。空き家が目立つ地域ではむしろ相続した建物が重荷になり、売ることもできずに放置されるケースもあるそうです」(荒井さん)

荒井さんは老朽化した建物に大金をかけて設備や耐震性をアップしました。それだけの覚悟をもって、アパートを引き継いでいくのは、代々受け継いだ土地に対する愛着とポテンシャルを感じていたからです。

【画像1】「しぇあひるず ヨコハマ」の大家さん、荒井聖輝さん。モノトーンの外観に、デザインされたロゴが映える建物。しっかりと耐震補強している故に壁が厚くなっているそう(写真撮影/蜂谷智子)

【画像1】「しぇあひるず ヨコハマ」の大家さん、荒井聖輝さん。モノトーンの外観に、デザインされたロゴが映える建物。しっかりと耐震補強している故に壁が厚くなっているそう(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】840m2と広大な敷地。実は公道に接していないので建物の再建築ができないなど、シェアハウスを始めるうえでクリアすべき課題もあった(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】840m2と広大な敷地。実は公道に接していないので建物の再建築ができないなど、シェアハウスを始めるうえでクリアすべき課題もあった(写真撮影/蜂谷智子)

大家業を、土地を活性化するソーシャルビジネスの軸に

「『しぇあひるず ヨコハマ』がある神奈川という土地は、江戸時代に横浜に先駆けていち早く海外に開かれた国際都市でした。ところが今となっては、最寄りの神奈川駅は京浜急行本線で乗降者数が最下位になるなど、当時の面影はありません。大家を継ぐにあたって勉強するうち、社会的な課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスという概念を知りました。そこで大家業を、物件を軸に地域を活性化するビジネスに成長させたいと考えるようになったのです」(荒井さん)

そんな想いを込めて運営するシェアハウスは、鉄の外階段がアクセントとなったモノトーンの外観や、船室をイメージした共有ラウンジなどが、まるでおしゃれなゲストハウスのよう。広い敷地には庭があり、畑もあります。また丘の上にあるが故にその眺望の良さもポイントに。360度遮るもののない屋上からの眺めは抜群で、ベイブリッジや富士山を望むことができます。

「海や山、都市の姿が一望できる高台は、かつてアメリカ領事館などの重要な拠点が置かれた好立地です。この土地の建物をもっとアクティブな場にするには、まちに開かれたシェアハウスにするのがよいだろうと思いました」(荒井さん)

【画像3】ぐるりと周囲を見渡せる眺望。夏はここからベイブリッジ方面に上がる花火を見る会を開いている(写真撮影/蜂谷智子)

【画像3】ぐるりと周囲を見渡せる眺望。夏はここからベイブリッジ方面に上がる花火を見る会を開いている(写真撮影/蜂谷智子)

ターゲットは所ジョージ世代⁉︎ シェアハウスを地域に開く住人とは

「しぇあひるず ヨコハマ」では、横浜の花火大会のビューイングをしたり、住人主導の音楽会やバーがあったりと、数々のイベントを開催。住人だけでなく、地域の人も巻き込んだ交流の場となっています。時には海外のミュージシャンにホームステイの場を提供することも。これだけの活動ができるのは、荒井さんのアイデアや機動力に加えて、住人たちの力によるところも大きいとのこと。そういった住人が集まったのは、偶然ではないそうです。

「このシェアハウスの住人は40歳以上の方が多いのですが、それは当初から狙っていました。イメージしていたのは、成熟した大人で、仕事以外にも没頭している世界がある人。例えば所ジョージさんのようなイメージです。そういった人を呼び込むために、インテリアも大人の遊び心を感じさせるものにしました」(荒井)

最初に集まった住人は、プロのミュージシャンや環境問題のNPOの代表、女性起業家など、自立しつつ多彩な引き出しのある大人たち。そんな住人が自らの人脈を地域とつなげることで、場が活性化していったのは、荒井さんのもくろみどおりでした。また、社交的でありながら落ち着いた世代の住人がいる安心感からか、ファミリー世帯の入居希望者が増える相乗効果も生まれているといいます。

「今は入居希望者に部屋数が追いつかないので、周囲の空き家と連携する計画を進めています。提携した家に住んでいる人には、一定の共益費を払ってもらえば、クラブのメンバーのように『しぇあひるず ヨコハマ』の共有スペースを使えるようにしたいのです。最終的には幅広いの世代が交流できる開かれた地域づくりに発展させたいですね」(荒井さん)

歴史ある地域を活性化したい大家さんと、その思いに呼応するように集まった大人世代の住人たち。オープンして間もないながら、既に土地のもつポテンシャルを引き出しつつあるようです。

【画像4】船室をイメージしたラウンジ。各部屋に水まわりを完備しているが、ラウンジには共有の風呂やシャワー室も(写真撮影/蜂谷智子)

【画像4】船室をイメージしたラウンジ。各部屋に水まわりを完備しているが、ラウンジには共有の風呂やシャワー室も(写真撮影/蜂谷智子)

主婦の経験から地域のつながりの大切さを感じ、大家さんに

京王線調布駅から徒歩16分の「MDL Apartment」は、まるで外国に迷い込んだようなファンタジックな外観が特徴的なシェアハウス。建物の外部に面している共有ラウンジはカフェのようにおしゃれで、幼稚園へお子さんを送りに行った後にママ同士が交流するなど、住人が自由にくつろげる空間となっています。また、朝10時から夕方17時までは地域の方々にも開放されていて、お買い物や犬の散歩の途中に立ち寄って一息つけるような場所としても使われています。大家さんの豊田亜古(とよだ・あこ)さんがいるときは、住人以外の人ともおしゃべりを楽しむことにしているそう。

【画像5】「MDL Apartment」の大家さん、豊田亜古さん。MDLはメゾン・デュ・ラパン(兎の館)の略(写真撮影/蜂谷智子)

【画像5】「MDL Apartment」の大家さん、豊田亜古さん。MDLはメゾン・デュ・ラパン(兎の館)の略(写真撮影/蜂谷智子)

地域に開かれた共有ラウンジをつくったのは、豊田さんがこのシェアハウスのコンセプトをつくったきっかけに関係があります。

「この土地には私の夫の実家が代々暮らし、倉庫業を営んでいました。私も結婚してからはこの地に住み主婦として子育てに奮闘していたのですが、そのなかでも年に一回クリスマスマーケットを企画し、軒先で小商いを行っていたのです。毎年クリスマスマーケットを開いていると、地域の人の顔が見えて来ます。自分が手づくりした作品を持ち込むアマチュアアーティスト、マーケットを楽しみにしてくれる子どもたち、毎日やって来てはひとつひとつお気に入りを買っていくお婆さん……。地域には、こういったつながりがもっと必要だと感じました」(豊田さん)

【画像6】「MDL Apartment」での、初めてのクリスマスマーケット。初めてライブやフードマルシェを行った(写真提供/豊田亜古さん)

【画像6】「MDL Apartment」での、初めてのクリスマスマーケット。初めてライブやフードマルシェを行った(写真提供/豊田亜古さん)

家族が倉庫業を廃業し土地の新たな活用を考える際に、豊田さんはクリスマスマーケットで感じた地域への想いを形にするために、シェアハウスを運営することにしました。外に開かれた共有ラウンジは、いわば軒先マーケットの進化版。普段から住人以外の地域の人も排除せず、もちろんクリスマスの時期にはマーケットも行います。

【画像7】真新しくハイセンスなアパートは、ひと際目を引く。各部屋には水まわりを完備しており、プライバシーも守られている(写真撮影/蜂谷智子)

【画像7】真新しくハイセンスなアパートは、ひと際目を引く。各部屋には水まわりを完備しており、プライバシーも守られている(写真撮影/蜂谷智子)

演奏家用の防音室や、料理家向けハーブ園も。プロ仕様の個性的な部屋

実は豊田さんは、以前FMラジオ番組のディレクターをしていました。さまざまな才能が集まる番組をディレクションした経験が活きているのか、マンションの部屋づくりもユニークです。

「共用部には、このラウンジのほかにも音楽家用の防音室があります。1階の部屋は中庭に開かれていて、例えば絵を描く人がギャラリーとして使いお客さんを迎えたり、マッサージなどのスキルがある人がサロンを開いたりできるようにしました。さらに、キッチンスタジオを想定したお部屋もあるんですよ。ハーブやちょっとしたお野菜を育てるシェアガーデンつきで、そこでお客さんをもてなすこともできます」(豊田さん)

住む人の個性を活かす部屋づくりにひき付けられ、音楽家やイラストレーターなどの個性的な住人が集まっています。時には演奏家同士がセッションを行い、即興の演奏会が開かれることもあるそう。まるでドラマのような場面が日常的に展開されているようです。

【画像8】お料理教室なども行える充実したキッチンスペースのある部屋にはハーブなどが育てられる菜園が。一般的な部屋のほかに料理家向け、アーティスト向けなどの特別な部屋がある(写真撮影/蜂谷智子)

【画像8】お料理教室なども行える充実したキッチンスペースのある部屋にはハーブなどが育てられる菜園が。一般的な部屋のほかに料理家向け、アーティスト向けなどの特別な部屋がある(写真撮影/蜂谷智子)

ママとお子さんにも人気。優しい“ばあば”の存在が安心感に

もうひとつ豊田さんも想定外だったのが、子どもを持つ人が多く住んでいること。ファミリータイプの部屋がないのにもかかわらず、ママとお子さんの母子家族の入居希望者が多く、今は数組が暮らしているとのことです。

「私の子どもたちは未婚ですが、一足早く“ばぁば(おばあちゃん)”になった気分を味わっています。私がこのラウンジに居ると、保育園から帰った子どもがママとひと休み。おやつを食べながら今日の出来事をお話ししてくれるんです。ある日の夕方、ラウンジを閉めようとしていると外で泣き声が聞こえました。ドアの外で入居しているお子さんが泣いているんですよ。ママのお迎えが少し遅くなって、私がラウンジに居る時間に間に合わなかったのが、悲しかったみたい。それからは、帰ってくる子どもたちを迎えるまで、心配でラウンジを閉められなくなってしまいました(笑)」(豊田さん)

シングルマザーでなくても、子育て中は何かと孤独に頑張ってしまいがちです。子育て経験豊富な優しい大家さんが日々子どもたちと接してくれれば、親も子も安心感をもてるでしょう。

【画像9】共有ラウンジ。平日夕方5時まで、用事がなければ大家さんが居ることにしているそう。また住人は毎日夜の10時まで自由に利用することができる(写真撮影/蜂谷智子)

【画像9】共有ラウンジ。平日夕方5時まで、用事がなければ大家さんが居ることにしているそう。また住人は毎日夜の10時まで自由に利用することができる(写真撮影/蜂谷智子)

【画像10】絵本が並ぶ廊下のデスクコーナー。子どもたちはここから読みたい本を選び、借りていく(写真撮影/蜂谷智子)

【画像10】絵本が並ぶ廊下のデスクコーナー。子どもたちはここから読みたい本を選び、借りていく(写真撮影/蜂谷智子)

若者世代にとってシェアする暮らしの一番のメリットは、家賃が安く済むこと。一方で成熟した大人世代がシェアハウスを選ぶのは、家賃の安さよりも、自身がもっているスキルや人脈を分け与える存在、あるいは抱え込んでいる人生の重みを少しだけ支えてくれる存在を、求めているからなのかもしれません。そういったニーズに着目し、個性的なシェアハウスを運営する大家さんは今後も増えていきそうです。

●取材協力
・しぇあひるず ヨコハマ
・MDL Apartment

旧社宅を“留学生支援”のシェアハウスに  JR東日本がリノベーションプロジェクト

2020年までに日本への留学生を30万人に増やすことを目標に掲げる「留学生30万人計画」。計画発表当時の2008年は14万人だった留学生は、2017年時点で約24万人にまで増加している(日本学生支援機構調べ)。今後も留学生の増加が見込まれることから、JR東日本グループは旧社宅建物を用途変更してリノベーション、留学生等をターゲットとしたシェアハウスとして活用する。計画地は周辺に大学が多数立地している中央線沿線の東小金井。仮称を東小金井シェアハウスとして、2017年12月11日より、2018年春からの入居者の募集が始まっている。

同社はこれまでも旧社宅の機能及び価値の再生を図るリノベーション賃貸住宅等を展開しているが、今後は「提案型賃貸住宅」として、よりターゲットを絞った新しいタイプの賃貸住宅も展開していく。留学生支援をコンセプトとした今回のシェアハウスのほか「子育て支援」や「多世代交流」をコンセプトとした提案型賃貸住宅2物件も、入居者募集を開始している。

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

東小金井シェアハウスでは、1階に入居者の留学生及び日本人学生がパーティー等を通じて交流できるよう、キッチンやソファーを併設した「管理共用室」を設置する。各戸内の共有スペースとは別に大人数で集まれる場があることで、学生同士の交流を促す間取りとなっている。

JR東日本 生活サービス事業PR事務局によると「街や周辺地域にどのようなニーズがあるかを分析し、ターゲットとなる住人属性を想定して住人を絞り込むことにより、より住人のニーズにフィットした良質な賃貸住宅を提供できる」という考えが同社の提案型賃貸住宅展開のベースになっているとのこと。

同社は今後も居住者のニーズ分析の精度を上げ2026年度までに管理戸数3,000戸をめざしていくそうだ。

東京都内においても人口減少が続く今後、賃貸住宅には“選ばれる個性”が必要になってくる。沿線の住人属性を熟知しているJR東日本グループだからこそ可能な、街と人、そして住まいがリンクする提案型賃貸住宅に注目だ。

留学生向け 「東小金井シェアハウス(仮称)」詳細
[1]所在地:東京都小金井市梶野町一丁目1-32
[2]交通:JR中央線東小金井駅 徒歩8分
[3]敷地面積:約1,643m2
[4]延床面積:約1,078m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 3階建て
[6]戸数:シェアハウス70室
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(運営:(株)ジェイ・エス・ビー)
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)子育て支援賃貸住宅 「びゅうリエット三鷹」詳細
[1]所在地:東京都三鷹市下連雀三丁目45-16
[2]交通:JR中央線三鷹駅 徒歩3分
[3]敷地面積:約793m2
[4]延床面積:約2,819m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 地下1階、地上9階建
[6]間取り・戸数:2LDK・18戸
[7]子育て支援施設:東京都認証保育園、病児保育室、児童発達支援デイサービス、一時保育室、親子広場
[8]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(子育て支援施設運営:(株)スリーホークス、(医)千実会)
[9]募集開始:2017年12月11日より子育て世帯優先受付開始(2018年春入居開始予定)多世代交流賃貸住宅 「びゅうリエット新川崎」
[1]所在地:神奈川県川崎市幸区北加瀬二丁目11-2
[2]交通:JR横須賀線新川崎駅 徒歩10分
[3]敷地面積:約11,600m2(全体)
[4]延床面積:約3,900m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 5階建
[6]間取り・戸数:1LDK~3LDK・60戸
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)

エンジニアとライターの二足のわらじで働く自分が、ギークハウスを選んで良かったこと

人によってさまざまな形のある「暮らし方」。どうしてその暮らし方を選択したのか、実際満足できているのか?今回は、平日は都内の会社でエンジニアとして働きながら、副業で人気サイト「デイリーポータル Z」などでライターをされているmegayaさんに、最近引越して、暮らしているというシェアハウス「ギークハウス」での生活について語っていただきました。
日々の生活に刺激が欲しかったから「ギークハウス」へ引越した

本業でエンジニアとして働きながら、副業でライターをしているmegayaと申します。
仕事柄、パソコンさえあればどこでも仕事ができるので一人でいる時間が多く、一人でいるのは好き(特に漫画喫茶の狭い個室で自堕落に一人で過ごすのが大好き)なのですが、2カ月前に一人暮らしをしていた下赤塚から離れ、「ギークハウス」というシェアハウスに引越しました。

一人でいるのが好きなのに、なぜわざわざ他人と一緒に住むシェアハウスに引越したのかと言うと、20代後半になって生活に刺激がなくなり、毎日を無駄に過ごしているように感じたからです。神奈川県から都内に引越してきて4年近くがたち、徐々に何事にも「まあいいか」「しかたないか」と思うことが多くなっているように感じていました。今日頑張らなくてもいいか、疲れているから明日でもいいか、と毎日やるべきことを先延ばしにしていて、自分自身の中で何かを毎日あきらめて捨てているような感覚でした。

仕事もこなしているはいるものの、なんとなくやっているだけで、家でもあまり集中して作業ができず、だらだらと無駄に長い時間をかけて徹夜で作業をし、時間をただただ無駄に……。

そんな日々を変えたいという思いがあり、自分の生活習慣を変えざるを得ない状況を無理やりつくりだそうと思いました。そして、いろいろと調べて、考えた結果として、「ギークハウス」へ引越すことに決めました。一人でいるのは好きであるけれど、その時間を減らして他人と一緒に住む環境に自分の身を置けば、なんとなく過ごしている日々からも脱却できるのではないか、と考えたのです。

そもそも「ギークハウス」とは?

「ギークハウス」というものを全く知らない人も多いと思うので、簡単に紹介すると「エンジニアやクリエイターといった技術系の人たちのための住居」をコンセプトとして運営しているシェアハウスです。

【画像1】「ギークハウス」は、ネットやパソコンが好きなギークたちが集まるシェアハウス。画像はギークハウス入居者募集情報サイトのスクリーンショットより

【画像1】「ギークハウス」は、ネットやパソコンが好きなギークたちが集まるシェアハウス。画像はギークハウス入居者募集情報サイトのスクリーンショットより

僕が今いるギークハウスは「下宿方式」というもので、それぞれに個室の部屋があります。部屋を出た廊下には共有の冷蔵庫や洗濯機が置いてあり、トイレや風呂は共有。各部屋にはベッドや収納、作業ができるパソコン台が備え付けられているため、自分の家具は何も持っていなくても生活することができました。

【画像2】冷蔵庫や洗濯機は共有のものが備え付けられている(撮影/megaya)

【画像2】冷蔵庫や洗濯機は共有のものが備え付けられている(撮影/megaya)

ただ、自分の部屋があると言っても、もちろん壁を隔てた両隣には誰かがいて、当然多少の生活音は聞こえてくることがあります。そういった音は気になるのでは? と思う人もいると思いますが、ギークハウスにはエンジニアやクリエイターといった技術系の人たちが比較的多く住んでいて、黙々と作業する人が多いのか、意外と静かでした。隣の部屋に誰かがいるはずなのに気配がまったくしないので「本当に生きているのか?」と心配になるくらいです。

全国にさまざまなギークハウスがあり、それぞれが自由に運営しています。家賃は主要駅から近いにもかかわらず安い場合が多く、都心の主要駅まで徒歩10分以内でも、だいたい4万~10万円ほど。さらにインターネット環境がしっかりしており、家賃にそれらの料金も含まれているというのもうれしい点。僕が住んでいる場所も駅から徒歩5分以内で家賃は5万円。あと、ささいなことですが、家に誰かがいるのでAmazonなどのネット通販で頼んだものをほぼ必ず受け取ってもらえるという点も、個人的にはうれしいところです。

【画像3】大体家に誰かがいるので、荷物を代わりに受け取ってもらえるのがうれしい(撮影/megaya)

【画像3】大体家に誰かがいるので、荷物を代わりに受け取ってもらえるのがうれしい(撮影/megaya)

その他にも、ギークハウスでは作業をする人のために「作業部屋」が用意されていたり、他のギークハウスの人たちと交流するイベントがあったりするので、エンジニアなどのITにかかわる職種の人間にとっては住むメリットが多いのでは、と思っています。

引越した最大のメリットは「身軽に行動できる」ようになったこと

引越して良かった点としては、まず、家での作業に集中できるようになったのがかなり大きいと思います。

個人的に仕事をするときには、人がいる場所のほうが集中できるので、カフェなどに行くことが多いのですが(心理学でも「社会的促進」という言葉があり「他人がいることで課題などの成績が高まる」とされているそうです)、ギークハウスは人の気配を感じられるので、一人暮らししていたときよりも集中できる環境だと思っています。

もちろん、他人と住んでいるので冷蔵庫や洗濯機など共同で使わなければいけないものがあり、すべて自由に使うことができないというデメリットはあります。お風呂が入りたい時間に入れなかったり、タイミングによっては洗濯機がなかなか使えない場合もあったり……。ただ、これには個人的に良い面もあって、例えば、一人暮らしのときに「後でやろう」と思っていた雑事を、ギークハウスに住むうちに「やれるうちにやろう」というように考えるようになりました。僕は問題を後回しにしてしまう悪い癖があるのですが、そんな癖も生活環境の変化によって改善してきているように感じます。

ここまで聞くと「シェアハウスとそれほど変わらないのではないか?」と思う人もいるかもしれませんが、シェアハウスとの一番の違いは住む「テーマ」が決まっている部分だと思います。

通常のシェアハウスであると多種多様な人間が住んでいるかと思いますが、ギークハウスは、エンジニアやクリエイターといった技術系の人たちのための住居という軸があり、そのため住んでいる人間同士の最低限の安心感と信頼感がある気がします。「他人と一緒に住む」という環境の中で、同業種の人間が住んでいるという安心感はかなり大きいのではないでしょうか。

そして、住んでみて分かった自分にとっての最大のメリットは、身軽に生活ができるという点。
冒頭で書いたように僕はエンジニアという仕事のほかにライターもしており、土日はどこかに取材などに行くことが多く、家にいる時間は必然的に短くなります。だから、部屋は最小限で良いし、ものもほとんどいらない。そうなると今いるギークハウスは、洗濯機や風呂などの共同スペースの掃除も管理人がしてくれるし、家賃も安く、家具も常備されているのでかなり身軽なんです。
ギークハウスという家に住んでいるというより、ギークハウスという東京の拠点地があるようなイメージのほうが近いのかもしれないと思います。

身軽に暮らしたいエンジニアの方におすすめしたい

エンジニアがギークハウスに住むメリットはかなりあるのでは、と思います。似通った目的意識がある人同士が住んでいるので、安心感と信頼感はあり、また、他人がいる環境というのは、自分が怠けないように追い込む場所としても最適かもしれないと暮らしてみて思いました。僕はエンジニアとしてもライターとしてもまだまだなので、ギークハウスに住んで自分を追い込み、これらの仕事を両立させつつ、生活するサイクルをしばらく続けたいと思っています。

他人と一緒に住むのは向き不向きはあるので、もちろん万人におすすめというわけには行かないですが、黙々と作業するのが好きな人や、身軽なので出張などが多い人にも向いているかもしれません。

お城のワーキングスペース付き! シェアハウスで始める田舎暮らし入門

地方へのIターンを検討している人にとって、その街が自分に合っているのか、どんな住まいを構えるべきか、仕事は見つけられるのかなど、不安要素はたくさんあります。思い切って引越したものの、「こんなはずじゃなかった!」とならないために用意された、移住希望者を対象とした田舎暮らし入門用シェアハウス(お城のワークスペース付き!)を見学してきました。
鳥取県大山町にある、移住希望者向けの田舎暮らし入門シェアハウス

本格的な移住の前に、田舎暮らしの生活体験ができるのは、海と山に恵まれた鳥取県大山町(だいせんちょう)にある「のまど間」というシェアハウス。1984年に建てられ、空き家になっていた民家を利用したそうです。中は7つの住居スペースと、お風呂やキッチンなどの共有スペースが用意されており、体一つで田舎暮らしを始めることができます。

【画像1】この地域に多い瓦屋根の立派な民家を利用したシェアハウス「のまど間」(写真撮影/玉置豊)

【画像1】この地域に多い瓦屋根の立派な民家を利用したシェアハウス「のまど間」(写真撮影/玉置豊)

【画像2】移住希望者向けの土間があるシェアハウスということで、「ノマド」+「土間」=「のまど間」(写真撮影/玉置豊)

【画像2】移住希望者向けの土間があるシェアハウスということで、「ノマド」+「土間」=「のまど間」(写真撮影/玉置豊)

このシェアハウスを管理するのは、兵庫県から「地域おこし協力隊」という制度を利用して移住してきた薮田佳奈さん。ご自身の移住経験から、本格的な引越しの前に、お試しで気軽に住める場所の必要性を痛感したそうです。

「田舎暮らしはイメージと違うところも多く、実際に住んでみないと分からないことだらけです。例えばこの大山町のなかでも、集落によって雰囲気や習慣が違ったり、生活の利便性が違ったりすることもあります。逆に住んでみることで不安が払しょくされたり、条件の良い住まいを地元の方から紹介してもらえたりすることも。

また、住んでみた結果、ここじゃなかったと確認できることも大切です。いきなり腹をくくって移住というよりも、移住する前にまずは滞在していただき、『本当にこの町に住みたい!』と思った上で住まい探しができるような場所が必要だと実感しました。

そこで、地域おこし協力隊の仲間や町役場、町の大工さん、地域の人たちなど、いろんな方にご協力いただき、『のまど間』を立ち上げました。そして地域おこし協力隊の任期を終えた今も、ここの運営をさせてもらっています。『のまど間』は地域と移住希望者を結ぶ交流の場でもあり、地元の人がふらっと来ることも多いので、たとえ知り合いがいなくてもつながりがすぐにできますよ!」

【画像3】「のまど間」を管理する薮田佳奈さん(写真撮影/玉置豊)

【画像3】「のまど間」を管理する薮田佳奈さん(写真撮影/玉置豊)

【画像4】キッチンには近所の方から差し入れされた野菜がたくさんありました(写真撮影/玉置豊)

【画像4】キッチンには近所の方から差し入れされた野菜がたくさんありました(写真撮影/玉置豊)

冷蔵庫や洗濯機など、生活に必要な家電も用意されているシェアハウスなら、例えば今住んでいる住居をそのままにしておき、身一つで気軽に大山町へ来ることも可能です。そしてこの町が気に入ったら本格的に家探しをすればいいので、「こんなはずじゃなかった……」という失敗は少なくなりそうですね。

【画像5】家賃は2万円~3.5万円+共益費1.5万円でインターネットや駐車場も利用可能(写真撮影/玉置豊)

【画像5】家賃は2万円~3.5万円+共益費1.5万円でインターネットや駐車場も利用可能(写真撮影/玉置豊)

まるでお城のような共用ワーキングスペースも完備!

「のまど間」の魅力はこれだけではありません。なんと住居のすぐ隣に、まるでお城のような共用ワーキングスペースが完備されていて、住人は無料で使うことができるのです。ここにパソコンを持参すれば、快適な環境で集中して仕事をすることができるため、家だと遊んでしまって仕事ができないという人にはうれしいですね。Wi-Fi環境がととのっているほか、オプションとなりますが印刷機やプロジェクター、コーヒーマシンなども利用できます。2階にはミーティングルームもあるので、地域の人たちを巻き込んだ大規模プロジェクトもスムーズに進められそうです。

【画像6】だいせん城とも呼ばれているワーキングスペース(写真撮影/玉置豊)

【画像6】だいせん城とも呼ばれているワーキングスペース(写真撮影/玉置豊)

【画像7】「のまど間」の住人なら無料で利用可能(写真撮影/玉置豊)

【画像7】「のまど間」の住人なら無料で利用可能(写真撮影/玉置豊)

【画像8】天守閣にあるミーティングルーム(写真撮影/玉置豊)

【画像8】天守閣にあるミーティングルーム(写真撮影/玉置豊)

この建物は、「のまど間」にかつて住んでいたお城好きの大工さんが、自分の城として趣味で建てたもの。2005年に建設された築浅のお城です。内装などはオフィスとして利用しやすいようにリフォームされており、遊び心たっぷりで刺激を受けまくります。

このワーキングスペースは住人以外も1回800円(初回は500円)で利用可能となっており、「のまど間」を経て大山に移り住んだ人が、集中して仕事をしたいときにくることもあるとか。私もここでちょっと原稿を書いてみたのですが、お城のパワーなのかいつも以上にはかどった気がします。

【画像9】ここで仕事をしていれば、天下が獲れるかもしれません(写真撮影/玉置豊)

【画像9】ここで仕事をしていれば、天下が獲れるかもしれません(写真撮影/玉置豊)

【画像10】地下には隠れ家のような多目的ルームも。スクリーンが常設されているのでイベントやプレゼンなどの利用に便利(写真撮影/玉置豊)

【画像10】地下には隠れ家のような多目的ルームも。スクリーンが常設されているのでイベントやプレゼンなどの利用に便利(写真撮影/玉置豊)

大自然に囲まれた大山町にある、お城みたいなワーキングスペース付きのシェアハウス。どこか田舎への移住を考えている方で、ちょっと変わった生活をしてみたいという人には、まさにうってつけの場所なのではないでしょうか。

●取材協力
・のまど間