石川次郎さんが自宅にオフィスを移転!“豊かな隠居生活”とは? あの人のお宅拝見[16]

本連載で河口湖にある石川次郎さんの別荘を取材させてもらってから3年。雑誌編集界の大御所は今なお現役で活躍中。そんな次郎さんから「事務所を自宅に引越したから遊びに来ない?」と連絡をいただきました。テレワーク(リモートワーク)が今後も進むご時世。緊急事態宣言解除で少々落ち着いたころ、都内の次郎さん@ホームオフィスに興味津々で伺いました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にたずさわってきたジャーナリストのVivien藤井繁子が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。「隠居って自己実現なんだ」。自分時間が増え、よりクリエイティブに

石川次郎さんはマガジンハウス社から独立後、東京・代官山に事務所(JI inc.)を置き、30年近く編集・企画などの事業経営をされてきました。なぜ、代官山のマンションの一角、ペントハウスで160平米もあった事務所を引き払って自宅に? コロナ禍に何があったのでしょう……。
梅雨どきで雨に降られながら、杉並区にある自宅兼事務所へお邪魔しました。

ご自宅は駅近に建つ一戸建て、アールの外観がモダンな建物。オフィス入り口は正面玄関とは別の、半地下に降りた青い扉(写真撮影/片山貴博)

ご自宅は駅近に建つ一戸建て、アールの外観がモダンな建物。オフィス入り口は正面玄関とは別の、半地下に降りた青い扉(写真撮影/片山貴博)

玄関を入ると、ホームオフィスがワンルームで広がっていました。
ガラスブロックの明かり採りがあるスペースのテーブルでお話を伺うことに。

事務機器や家具はすべて、旧事務所から持ってきたもの。「ここに入らない大きなテーブルなどは、知人に使ってもらったり処分したり」。相当な断捨離だった様子(写真撮影/片山貴博)

事務機器や家具はすべて、旧事務所から持ってきたもの。「ここに入らない大きなテーブルなどは、知人に使ってもらったり処分したり」。相当な断捨離だった様子(写真撮影/片山貴博)

アールのガラスブロックは半地下の部屋に光を採り込む機能ともに、棚としても良い高さに設計されていた。代官山の事務所にあった書籍類は1500冊くらい処分したそう(写真撮影/片山貴博)

アールのガラスブロックは半地下の部屋に光を採り込む機能ともに、棚としても良い高さに設計されていた。代官山の事務所にあった書籍類は1500冊くらい処分したそう(写真撮影/片山貴博)

「年齢も80近くになってきたし、仕事をダウンサイジングするのに良い時期だと思って」
この数年で編集という仕事のスタイルも大きく変化しテレワークが当たり前になっていること、さらにコロナ騒ぎで海外取材の仕事がほとんど延期や中止になってしまったことなどがきっかけとなり、このステイ・ホーム中に代官山のオフィスを自宅に移すことを即断したそうです。

「横尾忠則さんが書いた『隠居宣言』(2008年・平凡社新書)という本を改めて読んで、“隠居”するのは自分がやりたい事をするため、自己実現のためという言葉に共感を覚えた」
アーティストの横尾忠則さんとは若いころから親しくされている次郎さん。80歳前後で元気に活躍される仲間が多いのにも驚かされてしまう。

奥に広がるのは、リビングのようなリラックススペース@ホームオフィス。以前は貸していた2住戸をブチ抜き、広いワンルームにリノベーション(約65平米)(写真撮影/片山貴博)

奥に広がるのは、リビングのようなリラックススペース@ホームオフィス。以前は貸していた2住戸をブチ抜き、広いワンルームにリノベーション(約65平米)(写真撮影/片山貴博)

右手の壁を一面だけ、グレー系ブルーにペイントしたのは次郎さんのアイデア。
「パリへ取材に行ったとき、一面だけカラーペイントするのが流行ってたんだ。それを思い出してね」。薄い青色を選んだのは「半地下の部屋で、空を感じることができればと思って」

「上階の自宅でカミさんとの夕食を済ませたら、さっさと降りてきて、好きな映画を一人でじっくり観る。通勤時間が無いと、こんな豊かな時間ができるなんて考えてなかったよ。一人の時間が充実すると、また新たにやりたいことが頭に浮かんでくるんだ」
半世紀、東京のド真ん中で業界人として名を馳せ、走り続けた次郎さんの新たな日常が始まっていました。

「自分は良かったけどスタッフや通ってくる仕事仲間たちには、狭いし不便になるし、どうかなぁって心配してたんだけど。結構イイって、皆が言ってくれるんだよね」

窓辺に置かれたデスクに、スタッフ用のMacが並ぶ。私もここなら気持ちよく仕事できそう(笑)(写真撮影/片山貴博)

窓辺に置かれたデスクに、スタッフ用のMacが並ぶ。私もここなら気持ちよく仕事できそう(笑)(写真撮影/片山貴博)

コンパクトになった空間に詰まった、ストーリーのあるインテリア

クリエイティブなお仕事のオフィスらしく、素敵なデザインの家具やグッズが並んでいました。
それらには驚きのストーリーが、次々と……。
例えば壁に飾られたモノクロ写真はすべて、仕事をご一緒された国内外の著名な写真家たちからプレゼントされた貴重なオリジナル・プリントです。

「これは知ってるでしょ?革命家チェ・ゲバラの有名な1960年当時のポートレート。そのもとになったこの写真を撮ったのは、フィデル・カストロ付きの写真家、アルベルト・コルダ」。物語と意味のある作品ばかり、次郎さんの歴史そのもの(写真撮影/片山貴博)

「これは知ってるでしょ?革命家チェ・ゲバラの有名な1960年当時のポートレート。そのもとになったこの写真を撮ったのは、フィデル・カストロ付きの写真家、アルベルト・コルダ」。物語と意味のある作品ばかり、次郎さんの歴史そのもの(写真撮影/片山貴博)

それ以上に私を驚かせたのは、この家具セット。ライティング・デスクは折りたたみ式で収納するとコンソールにもなるのですが、
「これ、福山雅治クンのお下がりなんだ(笑)彼が引越す時にもらったの、前の事務所ではもう一つ本棚も使ってたんだけど」
これまた、スゴイ人脈が出てきました!

「流石、福山雅治!」と言ってしまいたくなる、この家具。日本でも人気のB&B Italia社でアントニオ・チッテリオがデザインするコレクション『MAXALTO』のもの。洗練されたクラフトマンシップが素晴らしいシリーズ(写真撮影/片山貴博)

「流石、福山雅治!」と言ってしまいたくなる、この家具。日本でも人気のB&B Italia社でアントニオ・チッテリオがデザインするコレクション『MAXALTO』のもの。洗練されたクラフトマンシップが素晴らしいシリーズ(写真撮影/片山貴博)

床はサイザル麻のカーペットタイルを採用、足にも優しい自然素材なのでホームオフィスにぴったり。

35年前、このご自宅を設計されたのは建築家の阿部勤(アルテック代表)。ル・コルビュジエに師事した日本を代表するモダニズム建築家、坂倉準三のお弟子さん。
「だから、阿部さんはコルビュジエの孫弟子だよね。ちょうど、コルビュジエの版画があるので、どこかに飾ろうかと思って」 

コルビュジエのモデュロール(黄金比からつくった基準寸法)をモチーフにした版画。コンクリート打ち放しの梁がモダン建築らしい(写真撮影/片山貴博)

コルビュジエのモデュロール(黄金比からつくった基準寸法)をモチーフにした版画。コンクリート打ち放しの梁がモダン建築らしい(写真撮影/片山貴博)

私が次郎さんに初めてお会いしたのはミラノ、その思い出につながるオモチャも棚に見つけた!

ドイツのMiele社の赤いトラック・ミニカー。Miele社のお仕事をミラノ・サローネでご一緒したのが次郎さんとのご縁。オフィスにある物、一つ一つにストーリーがあって会話が弾む(写真撮影/藤井繁子)

ドイツのMiele社の赤いトラック・ミニカー。Miele社のお仕事をミラノ・サローネでご一緒したのが次郎さんとのご縁。オフィスにある物、一つ一つにストーリーがあって会話が弾む(写真撮影/藤井繁子)

「当分は、アームチェア・トラベラー」。変わらぬ“旅“への想い

「生活のリズムは全く変わっちゃったね」と楽しそうに語る次郎さんに、御隠居さんの風は無い。
朝起きると、すぐに降りてきてオフィスのキッチンで朝食をつくるのが日課になったそう。「朝メシつくるなんて初めてだから、カミさんは手がかからなくなって一番喜んでる」。ライ麦パンにこだわってつくる朝食、最近のお気に入りは
「アボガド・トースト。ニューヨークで食べたのを思い出しながらつくってる」

8時に出勤、「スタッフより早く出勤するなんて、無かったからね(笑)」。夜も毎日のように外食だったのが、今は基本的に自宅で夕食を食べるそう。
「代官山時代は会食も惰性で毎日のようにスケジュールに入れていたけど、それが今は、街に出かけるってなると大イベント、気分が盛り上がる(笑)。興味の持ち方も変わった。毎日通っていた渋谷にも再発見がある」。半世紀も暮らした街とは思えない、新たな魅力を見つけるのも隠居効果のようです。

「自分の時間が圧倒的に増えた」。そんな次郎さんの関心ごとは、社会人になった時から変わらない原点の“旅”。
「まだ海外へは出られないから、しばらくは“アームチェア・トラベラー”だね」。“アームチェア・トラベラー” とは、旅行雑誌や旅行小説、探検記などを見て、自宅のチェアに腰掛けながら旅の気分に浸る人。探究心や想像力があれば、ウィズ・コロナ時代でも旅人にもなれるわけですね。

そんなイマジネーションを高める、素敵な旅行ガイドブックを見せて下さいました。
『ルイ・ヴィトン シティ・ガイド』、あのヴィトンが1998年から発行するガイドブック。『Paris』から『Cape town』など世界の都市別になっており、ハンディなサイズで、シリーズはヴィトンらしいデザインBOXに入っていました。「ヴィトンの関係者など面白い人たちのローカル情報だから、内容がユニークなんだよ」

“究極の旅の伴侶”として発行された「ルイ・ヴィトン シティ・ガイド」(仏語版・英語版)。2020年に改訂の『シティ・ガイド 東京』には、建築家・隈研吾が特別寄稿。後ろにあるのは『GULLIVER』(マガジンハウス社)、次郎さんが1989年に創刊した旅行雑誌(写真撮影/片山貴博)

“究極の旅の伴侶”として発行された「ルイ・ヴィトン シティ・ガイド」(仏語版・英語版)。2020年に改訂の『シティ・ガイド 東京』には、建築家・隈研吾が特別寄稿。後ろにあるのは『GULLIVER』(マガジンハウス社)、次郎さんが1989年に創刊した旅行雑誌(写真撮影/片山貴博)

このホームオフィスにも、海外で実体験して良かったことを取り入れていて、次郎さんにとって旅はライフスタイルそのもの。

ちなみに、オフィスのリノベでこだわったサニタリールームには、海外のホテルでよく見るオーバーヘッドのシャワーが付いていました。

「天井からのレインシャワーにしたかったけど、天井の高さが足りなくてできなかったので、パイプ一体型のオーバーヘッドシャワーをハンスグローエ社で見つけた」。これから夏場は大活躍しそう(写真撮影/片山貴博)

「天井からのレインシャワーにしたかったけど、天井の高さが足りなくてできなかったので、パイプ一体型のオーバーヘッドシャワーをハンスグローエ社で見つけた」。これから夏場は大活躍しそう(写真撮影/片山貴博)

社会人になってからサラリーマン編集者として約25年、編集プロダクション経営者として約25年、そしてこれからの仕事に対するスタンスを伺うと……
「若いころから、仕事は面白くなければ!って言ってやってきた。これからは、より自己実現に向かう旅路かな」

「こんな雑誌をつくりたいんだよ」と手に取って見せてくれたのは『Holiday Magazine』。元はアメリカで1946年に創刊されたハイクオリティな旅行雑誌、その廃刊後、2014年にフランス人アートディレクターのフランク・デュランがパリで復刊したラグジュアリートラベル誌です。
「雑誌特有の良さはまだあるはずなんだ。手元に置いておくだけでHappyになれる、そんな雑誌をつくりたいね」

『HOLIDAY』は旅とファッションを融合したビジュアル誌、旅行誌らしからぬ表紙(この号の特集はブータン。あっ、Tシャツも『HOLIDAY』だ!)有名フォトグラファーが撮っているので写真のクオリティが半端ない、次郎さんのやりたい方向ですね(写真撮影/片山貴博)

『HOLIDAY』は旅とファッションを融合したビジュアル誌、旅行誌らしからぬ表紙(この号の特集はブータン。あっ、Tシャツも『HOLIDAY』だ!)有名フォトグラファーが撮っているので写真のクオリティが半端ない、次郎さんのやりたい方向ですね(写真撮影/片山貴博)

次郎さんの隠居生活、まだまだ夢に向かって進むようです。これから上階にお引越し予定のお孫さんとの異世代交流が、新たな刺激になるかも?
「自己実現は健康でなきゃできない。ステイ・ホームのお陰で会食も減ってダイエットできたのは良かった(笑)」
御年79歳、次郎さんの隠居生活@ホームオフィスの新たな門出を祝福!

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石川次郎
エディトリアル・ディレクター。編集プロダクションJI inc.(株式会社ジェイ・アイ)代表取締役。1941年、東京生まれ。
早稲田大学卒業後は海外旅行専門のトラベル・エージェントに勤務。約2年後、平凡出版株式会社(現マガジンハウス)に入社、『平凡パンチ』誌で編集者生活をスタート。『POPEYE』『BRUTUS』『Tarzan』『GULLIVER』などの雑誌の創刊作業を担当し、編集長を歴任。1993年同社退社、JI inc.設立。ラグジュアリー誌『SEVEN SEAS』(アルク社)編集長や、六本木ヒルズの「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」、川崎の「LA CITTA DELLA」など商業施設のプロデュースなども手掛ける。1994年~2002年テレビ朝日「トゥナイト2」の司会としても知られている。

「恩送り基金」を創設し次世代へ託す。終活を楽しむ暮らし あの人のお宅拝見[15]

今回お宅訪問したのは、元リクルートワークス研究所の名物研究員で筆者の大先輩の角方正幸さん。今年古希(70歳)を迎えた角方さんから『謝縁会』と名付けられた会への招待状が届き、「これはもしやいわゆる生前葬?」と不安なまま会に赴くと……。その件も交えて今に至る人生話を、プライベートな暮らしぶりを拝見しながら伺いました。連載【あの人のお宅拝見】
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角方さんは熱狂的な横浜DeNAベイスターズファン。もちろんお住まいは横浜市、駅前ながら遊歩道の緑を望む好立地にある一戸建て。

取材日は生憎の雨でどんよりですが、緑豊かな遊歩道に面した高台に建つお宅(写真撮影/相馬ミナ)

取材日は生憎の雨でどんよりですが、緑豊かな遊歩道に面した高台に建つお宅(写真撮影/相馬ミナ)

お部屋に招き入れていただくと「見て見て、コレ!」と、角方さんがうれしそうに手招きし、見せてくださったのがこちら。

バンダイ社がケンウッドと協力して開発されたエンターテイメント・オーディオ・ロボット(写真撮影/相馬ミナ)

バンダイ社がケンウッドと協力して開発されたエンターテイメント・オーディオ・ロボット(写真撮影/相馬ミナ)

ジャズの音楽が流れると、演奏しているかのように動きだした人形たち。ピアノ・ギター・ドラム・サックスなどのバンドマンと、よく見ると……歌手が美空ひばりだ!

『美空ひばりジャズを唄う』バージョン。音響は6.1chシステムの本格サウンド(写真撮影/相馬ミナ)

『美空ひばりジャズを唄う』バージョン。音響は6.1chシステムの本格サウンド(写真撮影/相馬ミナ)

「家に帰ってチョッと一杯やるときにこれをかけると、雰囲気のいいBarにでも居る気分だよ。こういう手づくり感のある物が好きなんだ」と、ご満悦。
DIYはじめ何事も手づくりが得意な角方さんらしい、お気に入りの一品です。

さて6月に開催された『謝縁会』のお話に。これも手づくり感たっぷりの素敵な会でした。
『謝縁会』は、寄付文化の創造を目指すパブリックリソース財団の理事でもある角方さんが考えた“新しい形の生前葬”。

「元気なうちに、ご縁のあった方々へ感謝を伝えたかったのと、『恩送り基金』を設立したので、その紹介もしようと思ってね」
“元気なうちに”というのも、角方さんは60代でガンなど3度も大病を経験したことから、古希70歳のタイミングで実施を決意されたそう。

会場の前方演壇に、角方夫妻がそろって着席。参加者は家族から仕事関係者、ご近所さんなど約150人が20テーブルに分かれて座り、これから何が起こるのかと興味津々。

演壇に飾られていた絵は、若き角方さんが描いた当時の“将来の妻”、今の奥様です! 油絵を描いていたことが、お二人の馴れ初めのよう(写真提供/角方さん)

演壇に飾られていた絵は、若き角方さんが描いた当時の“将来の妻”、今の奥様です! 油絵を描いていたことが、お二人の馴れ初めのよう(写真提供/角方さん)

会場には絵のほかにも、お仕事の軌跡や家族・友人たちとの思い出の写真など、角方さん作の数々が展示されていました。
昨今、お葬式でも故人を偲ぶものが飾られたりしていますが、ここは生前葬的『謝縁会』。華やかな飾り付けを前に、参加者とご本人が一緒に当時を懐かしみ、笑い声が響いていました。

縁ある方々からのスピーチ、色とりどりのお料理も縁あるものをチョイスされていて、心のこもったおもてなしをたくさんいただきました。
角方夫妻の歩みを紹介するビデオを一同感慨深く見入り、角方さんが恩送り基金として『角方基金』を創設した思いを知ることができました。

『謝縁会』当日参加者に配られた、プログラムと150人にもなった参加者の一覧表(写真提供/角方さん)

『謝縁会』当日参加者に配られた、プログラムと150人にもなった参加者の一覧表(写真提供/角方さん)

「若い人たちの教育支援が私のライフワーク。これまで皆さんからいただいた恩を、次世代に送る仕組みとして基金をつくることにしたんだ」
ご自身が1000万円を寄付して基金を設立。基金が支援する目的や活動団体に共感すれば、誰でも、いくらからでも、“意志のある寄付”をこの基金へできるのです。

感謝の気持ちを一番伝えたかったのは、やはり奥様。全員集合の写真撮影にて3時間強の会を締めくくった(写真提供/角方さん)

感謝の気持ちを一番伝えたかったのは、やはり奥様。全員集合の写真撮影にて3時間強の会を締めくくった(写真提供/角方さん)

「『謝縁会』参加者からも寄付をいただきましたが、全く知らない方からも支援目的を知って寄付があり驚いています」。そんな寄付文化を日本にも根付かせようと自ら実践されています。
基金からの支援先には、教育の格差是正や障害者教育などの活動をしているNP0をいくつか選定しているそうです。

企業人、地域人、家庭人としての「三位一体」の人生

『謝縁会』に招かれた方々には、仕事関係者である私が知らない角方さんの縁者がたくさんいらっしゃいました。
常々、角方さんがモットーに掲げている ~企業人、地域人、家庭人としての「三位一体」の人生~ を垣間見た気がします。

今のお住まいへは、2001年に同じニュータウン内のマンションから転居されたそう。
3人の子育て中だったマンション時代も管理組合理事長に始まり、『みどりの会』なるものを設立して竹炭づくりを夜通し楽しむなど、住民のコミュニティーづくりを“地域人”として率先されてきたようです。
「この家を買ったのも、面白い縁があってねー!」と、今に至る話を聞かせてくれました。

庭の向こうに見える隣家を指して
「実は分譲時に、私たちが申し込んだのは隣の家なの。ただ、妻が子ども3人に個室が欲しいと5LDKを希望していたのに、残っていたのは4LDK。この家に申し込んだのは偶然、知人だったんだけど、反対に知人家族は大きな和室を希望。4LDKの方が広い和室だったので、お互いの要望が一致。余分な費用がかかったけれど交換できる手続きを取り、めでたく入居したという経緯(笑)」

リビングに面してウッドデッキのあるお庭の向こうが、入居前から懇意のお隣さん。もちろん『謝縁会』にもご出席(写真撮影/相馬ミナ)

リビングに面してウッドデッキのあるお庭の向こうが、入居前から懇意のお隣さん。もちろん『謝縁会』にもご出席(写真撮影/相馬ミナ)

お話を伺っていると、愛猫ココちゃんがニャオニャオ「外へ行きた~い」とアピール。

とっても人懐っこいココちゃん(12歳)角方さんに似て、ご近所付き合いが良く、あちこちでオイシイ思いをしているらしい(写真撮影/相馬ミナ)

とっても人懐っこいココちゃん(12歳)角方さんに似て、ご近所付き合いが良く、あちこちでオイシイ思いをしているらしい(写真撮影/相馬ミナ)

ドアを開けるとココちゃん、まずはお隣へご挨拶に?

ココちゃんが渡っている橋は、フェンスを切ってお隣の勝手口に直結してる!(写真撮影/相馬ミナ)

ココちゃんが渡っている橋は、フェンスを切ってお隣の勝手口に直結してる!(写真撮影/相馬ミナ)

「当初は子どもも3人いたし、お互い物のやりとりやら行き来が多かったので、玄関回るより早いでしょ。これも全部、私がDIYでつくったんだけどね」
えっ?ウッドデッキも、パーゴラもテーブルセットも全部、角方さんの手づくりとは驚きです!

なんと!立派なピザ窯も手づくり。レンガを積んで本格的。水道栓までつくり付け、余った木材で緑のラティスもつくってしまった角方さん(写真撮影/相馬ミナ)

なんと!立派なピザ窯も手づくり。レンガを積んで本格的。水道栓までつくり付け、余った木材で緑のラティスもつくってしまった角方さん(写真撮影/相馬ミナ)

「これも見て」と扉を開けた中からは、ダーツのボードが現れました。

「ちゃんと競技用の距離から、投げられるようにセットしてあるんだよ」。人が集まっても飽きさせない遊び心満載のガーデンテラス(写真撮影/相馬ミナ)

「ちゃんと競技用の距離から、投げられるようにセットしてあるんだよ」。人が集まっても飽きさせない遊び心満載のガーデンテラス(写真撮影/相馬ミナ)

私は“企業人”角方さんを調査研究のプロとして尊敬してきましたが、今回DIYガーデンを拝見して“家庭人”角方さんの一面に驚くばかり。

DIYの工程を写真と共に「2002年手作りガーデン日記」としてファイリング。これは角方さんらしいシステマチックな記録(写真撮影/相馬ミナ)

DIYの工程を写真と共に「2002年手作りガーデン日記」としてファイリング。これは角方さんらしいシステマチックな記録(写真撮影/相馬ミナ)

その工程は、土台づくりから始まっていました。設計図もご自分で書いた様子(社会工学科卒なのに)。
「子どものころから絵より図工が上手かったんだ、親父の影響かな……」。
その創作力が角方さんの息子さんにも受け継がれていく、家庭人としての“恩送り“。

庭にウッドデッキ用の土台をコンクリートで打った基礎。息子さんもホームセンター通いからお手伝いされたそう、今となっては素敵な思い出になっていることでしょう(写真提供/角方さん)

庭にウッドデッキ用の土台をコンクリートで打った基礎。息子さんもホームセンター通いからお手伝いされたそう、今となっては素敵な思い出になっていることでしょう(写真提供/角方さん)

手にはパソコンを刷毛に変え、デッキを塗装中の角方所長(笑)。

お手入れもされているだけあって、18年経っても頑丈でツヤツヤのウッドデッキでした(写真提供/角方さん)

お手入れもされているだけあって、18年経っても頑丈でツヤツヤのウッドデッキでした(写真提供/角方さん)

このウッドデッキで、ご近所さんや家族親戚を招いてBBQやピザパーティーを楽しまれるそう。

同時に新築入居した5軒の家族が、持ち回りで毎年催すパーティーの様子。今年で19回目だそう!(写真提供/角方さん)

同時に新築入居した5軒の家族が、持ち回りで毎年催すパーティーの様子。今年で19回目だそう!(写真提供/角方さん)

予想外なDIYの実力に圧倒されてしまいましたが、角方さんの全ての原動力は周りの皆が喜ぶ顔なのだと感じました。素晴らしい“家庭人” “地域人”の姿を初めて拝見しましたが、そこは“企業人”角方さんのスタンスと変わらぬ姿。~企業人、地域人、家庭人としての『三位一体』の人生~、そのものです。

角方基金で次世代の社会に“恩送り”、家族・孫には“愛情送り“

70歳今なお現役で、リアセック キャリア総合研究所所長の角方さん。ご自宅でもお仕事をされるようで、寝室には大きなデスクの書斎コーナーが。

「この椅子は姿勢が良くなるんだよね」と、バランスチェアに腰掛けてお仕事(写真撮影/相馬ミナ)

「この椅子は姿勢が良くなるんだよね」と、バランスチェアに腰掛けてお仕事(写真撮影/相馬ミナ)

背後も全面書棚でしたが、正面の棚には独立された3人の息子さん家族との写真などが並べられています(写真撮影/相馬ミナ)

背後も全面書棚でしたが、正面の棚には独立された3人の息子さん家族との写真などが並べられています(写真撮影/相馬ミナ)

「3時ころには、妻が孫を連れて帰ってくるはず」と、おっしゃっていた矢先にお孫さんが学校から帰宅。

「お帰り~!」近居のお孫さんは共働きの両親が帰宅するまで、祖父母宅で過ごすのが日課。お孫さんも第二のわが家のようにリラックス(写真撮影/相馬ミナ)

「お帰り~!」近居のお孫さんは共働きの両親が帰宅するまで、祖父母宅で過ごすのが日課。お孫さんも第二のわが家のようにリラックス(写真撮影/相馬ミナ)

実は角方さん宅の窓からは、小学校の通学路になっている遊歩道を眺めることができます。

取材日も朝の通学時に、お孫さんを見つけて手を振る奥様。孫育てを楽しんでおられます(写真撮影/角方さん)

取材日も朝の通学時に、お孫さんを見つけて手を振る奥様。孫育てを楽しんでおられます(写真撮影/角方さん)

「子どもたちが下から眺めると面白いだろうと思って、風見鶏を飾ってるんだ。毎年、新しいものを買ってきてね」
一年くらいで壊れるため毎年行く軽井沢で購入されるらしく、これまた手づくりクラフト感のある風見鶏。

通学路からこれを見つけて笑う子どもの顔、素敵な情景が目に浮かぶ(写真撮影/相馬ミナ)

通学路からこれを見つけて笑う子どもの顔、素敵な情景が目に浮かぶ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

古希の『謝縁会』を終え、次にやりたいことは何ですか?と尋ねると
「ゴルフでエイジシュート(※)を達成したいんだよね」と、これまた違う角度から答えが返ってきて驚き(笑)。
※ゴルフの1ラウンド(18ホール)を、自身の年齢以下の打数でホールアウトすること

「元気なうちにやらないと意味が無いんだよ!」と、病気や認知症など判断力を失う前に人生のしまい方を考えるべきと教えてくれました。『謝縁会』や『角方基金』、高齢社会の新しい選択肢を見せてくれる団塊の世代は、いつもわれわれのロールモデルです。

角方正幸
株式会社リアセック キャリア総合研究所所長。
1949年東京生まれ。1972年東京工業大学社会工学科卒業後、三井情報開発株式会社総合研究所を経て1984年株式会社リクルート入社。リクルートリサーチ、ワークス研究所で教育・労働分野を調査研究。2009年リクルート初の男性定年退職者に。同年より現職、神奈川県参与、株式会社大学改革代表取締役に就任。2012年パブリックリソース財団理事、NPO「まちと学校の未来」監事、桜美林大学大学院客員教授
株式会社リアセック キャリア総合研究所
公益財団法人パブリックリソース財団
角方基金(オンライン寄付サイト「GiveOne」内)

インテリアカラーの伝道師が自宅マンションをリノベーション。見習いたいプロの技! あの人のお宅拝見[14]

日本の住宅では白系のビニールクロス壁が長らく主流で、欧米のようなインテリアペイントはまだ一般的ではありません。カラー・コミュニケーションデザイナーとして活躍する秋山千恵美さんは「Colorが暮らしを豊かにする」ことを唱え続ける伝道師。昨年ご自宅をリノベーションしたと聞き、住まいの色選びなど色々!?とお話を伺ってきました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井繁子が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。断捨離で家と共に自分らしさを“整え”、ベースのカラーをつくる

私が秋山千恵美さんと出会ったのは15年近く前。「インテリアペイントや綺麗な壁紙を楽しむ文化を日本に普及させたい」と、株式会社カラーワークスを立ち上げた千恵美さんは夢を熱く語っていました。新宿のビルの一角、小さなブースのショールームで。
今では自社ビルを持ち、30名以上の従業員を抱え、インテリアカラー業界の“ゴッド・マザー”的存在になる成長ぶり。千恵美さんのバイタリティーと努力の賜物と尊敬しつつ、同い年の女性として共感できることが多いので、今回のお宅訪問は楽しみ。

ご自宅は東京湾岸エリアの高層マンション。「今まで住んでいた住戸より眺めが良い住戸が、売りに出たので買い替えたの」と千恵美さん。同じマンションの32階へ住み替えた、築12年のリノベーションです。

リビングルームへ案内していただくと、その眺望に目を奪われました。住宅では珍しい、天井から床までのフィックス窓が一面に! 撮影当日は薄曇りの天気でしたが、東京湾が眼下に広がっています。

「海が見える、この景色が気に入って住み替えを決めました」ソファ・セットはイタリアのブランド『GERVASONI』。黄緑色のチェアは『IDÉE』で購入(写真撮影/片山貴博)

「海が見える、この景色が気に入って住み替えを決めました」ソファ・セットはイタリアのブランド『GERVASONI』。黄緑色のチェアは『IDÉE』で購入(写真撮影/片山貴博)

「今回の住み替えで、まずやったことが断捨離。それで自分の嗜好も整理できたの。好きなものに北欧モノが多いことに気付いたりとか」

「今は、壁の色でインテリアのベースが整った状態。例えば、着る洋服が決まって、それに合うアクセサリーやバッグを選ぶように、これから色を楽しむインテリアをコーディネートしていく感じ」(写真撮影/片山貴博)

「今は、壁の色でインテリアのベースが整った状態。例えば、着る洋服が決まって、それに合うアクセサリーやバッグを選ぶように、これから色を楽しむインテリアをコーディネートしていく感じ」(写真撮影/片山貴博)

実は千恵美さんの本宅は、神奈川県の海辺にある一戸建なのですが
「私は仕事にも便利なこちらのマンションが生活の拠点。時々、本宅に帰る形(笑)」
今、憧れのデュアル・ライフ。というか、河口湖に別荘もお持ちなのでトリプル・ライフ!?
「今回は自分のためだけを考えて選んだら、落ち着けるグレー系のモノトーンがベースになったの」と。

モノトーン・ベースながらプロの技が見られます。
リビングの天井梁が横に渡った構造、その天井梁に敢えて壁紙を貼っているのです。幾何学模様の壁紙を、天井梁に沿って横に渡し、連続して壁の天井から床へと縦に貼るデザイン。腰壁のように壁紙を横に貼るデザインは多いですが、縦に部屋のアクセントとして効かせる壁紙は、技あり!ですね。

天井梁に沿って貼られた壁紙。カラーワークスが扱う英国老舗ブランド『Farrow&Ball』、ペイントの色に合わせて作られる壁紙。幾何学模様の壁紙柄【Tessella(テッセラ)】は49柄ある中でも人気柄(写真撮影/片山貴博)

天井梁に沿って貼られた壁紙。カラーワークスが扱う英国老舗ブランド『Farrow&Ball』、ペイントの色に合わせて作られる壁紙。幾何学模様の壁紙柄【Tessella(テッセラ)】は49柄ある中でも人気柄(写真撮影/片山貴博)

「壁紙とペイントが同じブランドでできる『Farrow&Ball』の良さを、やっぱり自分で使って実感しました。色の合わせやすさ、濃淡の調整など壁紙色も一緒に選べます。私は同系色で濃淡を付けるのが好きなの」

『Farrow&Ball』ペイント132色の色見本。伝統的な製法と最高品質の顔料で製造する英国のペイントブランド。色見本の前後左右で選ぶと調和をとることができ、反対色を使って家具などを塗装しコントラストをつけることもできる(写真撮影/片山貴博)

『Farrow&Ball』ペイント132色の色見本。伝統的な製法と最高品質の顔料で製造する英国のペイントブランド。色見本の前後左右で選ぶと調和をとることができ、反対色を使って家具などを塗装しコントラストをつけることもできる(写真撮影/片山貴博)

今回、壁色にはグレーを主に、ホワイト系、ピンク系など5~6色が使われているとのこと。「ベースが真っ白だと空間のニュアンスが出しづらいものです」とも。

色選びをする際はいつも、少量のサンプルポットを使って何種類かを実際の部屋に塗り、朝昼夜の光でその表情を確かめて選ぶのだそう。今回施工前の壁にグレーを試し塗りした様子(写真撮影/秋山千恵美さん)

色選びをする際はいつも、少量のサンプルポットを使って何種類かを実際の部屋に塗り、朝昼夜の光でその表情を確かめて選ぶのだそう。今回施工前の壁にグレーを試し塗りした様子(写真撮影/秋山千恵美さん)

グレーの壁には、自作のカラフルな英文ポスターが映えます。「私が出版した本の1ページをレインボーカラーでポスターにしたの」。カラーにまつわる言葉が並んでいました。デジタル印刷が簡単にできる今、こういうのもアイデアですね。

コーヒーテーブルは高さと色の違うものを3種類。「必要な所に動かしやすいし、高さに合わせて使い勝手があっていいですよ」。1つは窓際のアームチェアの横に(写真撮影/片山貴博)

コーヒーテーブルは高さと色の違うものを3種類。「必要な所に動かしやすいし、高さに合わせて使い勝手があっていいですよ」。1つは窓際のアームチェアの横に(写真撮影/片山貴博)

リビングとオープンにつながるキッチンも、グレーを基調に整えられています。
「もともとあった1部屋を潰して、オープンキッチンにしたの」。カウンター付きのキッチンはオーダーメード。

ここにも壁紙のアクセントを縦使い。手前の面材と奥の面材に色の濃淡をつけているので奥行きが増しています。さすがプロの技!(写真撮影/片山貴博)

ここにも壁紙のアクセントを縦使い。手前の面材と奥の面材に色の濃淡をつけているので奥行きが増しています。さすがプロの技!(写真撮影/片山貴博)

ミーレ社(独)のビルトインオーブンやワインセラー、冷蔵庫など機器のブラックを、ペンダント照明で調和させる所も上手いカラーデザイン。高さをそろえることも、“整える“デザインのポイントと教えてくれました。

部屋ごとの個性をインテリアペイントで表現

千恵美さんがカラーの仕事を選んだ経緯を伺った。
「私は幼いころから池坊で華道を習っていて、お花が好きだったのね。フラワーアレンジの修業をしようとアメリカに行ったとき、ペイントの見本市に行き、出会ったのがペンキを使ったインテリア空間づくり。感動して、日本に広めたいと思ったの」
思ったら、即行動するのが千恵美さん。米国研修を経て、カラーワークス社を設立、米国ペイントの輸入販売とペイントの楽しさを伝える活動を始めました。

私が今回驚いたのは、モノトーンのカラーだけでなく、カーペットを敷いた床。廊下から居室全体に敷かれたグレーのカーペットは、ホテルのよう。
「実は、元の床が濃い茶色のフローリングだったのですが、それを張り替えるには手間もコストも大変なので、上からカーペットを張ることにしました」

廊下のBefore → After。フローリング床をカーペットに、カラーをブラウンからグレーに。明るく柔らかで女性らしい空間、全く印象が変わっています(写真撮影/片山貴博)

廊下のBefore → After。フローリング床をカーペットに、カラーをブラウンからグレーに。明るく柔らかで女性らしい空間、全く印象が変わっています(写真撮影/片山貴博)

「廊下の壁には、ピンクのペイントを使っています。自然光が入るリビングとは違う照明の光なのと、お風呂から出て来たときに見える壁なのでリラックスできる明るめの色を選びました」
カラーコーディネートで大切なことは、色同士の関係性に加えて“光の色”を考慮することだそう。

この廊下の突き当たりの扉、元はクローゼットとして設計されていた場所。千恵美さんは、そこを書斎にリノベーション。

扉の向こうはイエローグリーンの壁に、PCデスクとチェアがセットされた書斎(写真撮影/片山貴博)

扉の向こうはイエローグリーンの壁に、PCデスクとチェアがセットされた書斎(写真撮影/片山貴博)

以前から使っていたスチールキャビネットに天板をセットして、クローゼットが書斎に大変身。
「郵便物や書類をひとまずここに置くことで、リビングが散らからなくて助かるのよ」
窓も無いおこもり空間なので、仕事も集中できてはかどりそう。

愛用のキャビネットは英国老舗ブランド『BISLEY』。狭いながらも、お気に入りのものに囲まれたコージーな書斎(写真撮影/片山貴博)

愛用のキャビネットは英国老舗ブランド『BISLEY』。狭いながらも、お気に入りのものに囲まれたコージーな書斎(写真撮影/片山貴博)

リビング以外の空間は、目的に合わせて色使いを楽しんでいるようです。
寝室は海を感じるブルー系のインテリア。

ベッドヘッドとサイドテーブルの高さをそろえて空間を整え、ここでは水平ラインを意識したボーダーをデザインに(写真撮影/片山貴博)

ベッドヘッドとサイドテーブルの高さをそろえて空間を整え、ここでは水平ラインを意識したボーダーをデザインに(写真撮影/片山貴博)

ベッドの向かい側の壁には、友人のアーティスト・Lyさんに描いてもらったお気に入りキャラクター・LUVくんのイラストが一面に! 大人っぽい子ども部屋のような楽しいデザイン。

外の海に沿ったラインをイラストに取り込んで、景色と壁が一体に感じられるよう描かれていた(写真撮影/片山貴博)

外の海に沿ったラインをイラストに取り込んで、景色と壁が一体に感じられるよう描かれていた(写真撮影/片山貴博)

そしてこちらの部屋は、千恵美さんのワードローブ部屋。ここは正しく元気が出そうな千恵美カラーが、天井までペイントされています。

今回の住み替えで、相当な洋服やバッグを断捨離したそう。ミラー付きのスライドドアで使い勝手が良さそうなクローゼット(写真撮影/片山貴博)

今回の住み替えで、相当な洋服やバッグを断捨離したそう。ミラー付きのスライドドアで使い勝手が良さそうなクローゼット(写真撮影/片山貴博)

千恵美さんらしい色だと思ったら、何と! このペンキ色は『CHIEMI PINK』という名前だそう!

「『Farrow&Ball』英国本社が、私の誕生日に贈ってくれたの。『CHIEMIはPINKが好きでしょ』って」。確かに缶にネームが書かれています(写真撮影/片山貴博)

「『Farrow&Ball』英国本社が、私の誕生日に贈ってくれたの。『CHIEMIはPINKが好きでしょ』って」。確かに缶にネームが書かれています(写真撮影/片山貴博)

こんな風に、カラーを楽しむ暮らしを日本の住まいに広めたいのですね。
実は私の家を建てたときには、千恵美さん自らがペイントしてくれました。15年経った今も『Farrow&Ball』の壁紙とペイントを使った寝室だけは変わらず綺麗なままです。

「ペンキは失敗しても塗り変えられるから良いのよ!」と、千恵美さんに笑顔で言われると
“人生だっていくらでもやり直せるよ!”って、励まされている気分になります。

「色の力」を伝えたい。自分が好きなカラーは、自分そのもの

昨年、千恵美さんは一般社団法人 日本カラーマイスター協会を設立。「色の基本知識」や「色の力」を理解して生活に活かせるライフカラースタイリストや、色の大切さを伝えるカラーマイスターを育成中。
「ワインや料理のように、カラーも楽しむものになってほしいの。自分をより美しく自分らしく表現できるものだから」

今年の『Farrow&Ball』新作発表会では、ペイントアーティストのさとうたけしさん(右)からも「僕を育てていただいたのは千恵美さん」と。発表会のテーマカラーは“赤”(写真撮影/カラーワークス)

今年の『Farrow&Ball』新作発表会では、ペイントアーティストのさとうたけしさん(右)からも「僕を育てていただいたのは千恵美さん」と。発表会のテーマカラーは“赤”(写真撮影/カラーワークス)

何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す

(上)何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す  (下)ロンドンのビッグ・ベンのある街並みと『Farrow&Ball』のペンキ缶の絵があっと言う間に完成!(写真撮影/カラーワークス)

(上)何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す (下)ロンドンのビッグ・ベンのある街並みと『Farrow&Ball』のペンキ缶の絵があっと言う間に完成!(写真撮影/カラーワークス)

アーティストとのコラボレーションや、ペイントする楽しみを体験してもらう子ども向けのワークショップも熱心に行っている。

「自分の色、自分らしさが分かると、人と比較する必要が無くなるでしょ。日本人は、もっと自由なカラーで自己表現して欲しい」
カラーマイスター協会を通じて、第二、第三の千恵美さんを育てているようです。

「朝、船が行ったり来たりするのをボーっと眺めてるの」海外出張も多く多忙な千恵美さんの大切なひと時(写真撮影/片山貴博)

「朝、船が行ったり来たりするのをボーっと眺めてるの」海外出張も多く多忙な千恵美さんの大切なひと時(写真撮影/片山貴博)

「ソーダ水の中を♪貨物船がとおる……」ユーミンの歌が聞こえてくるのは私たち世代だけ?(写真撮影/片山貴博)

「ソーダ水の中を♪貨物船がとおる……」ユーミンの歌が聞こえてくるのは私たち世代だけ?(写真撮影/片山貴博)

カラフルな人生を送る人たちがあふれる世の中にしようと千恵美さんは今日もエネルギッシュに活動しながら、このおうちに帰ってリラックスしていることでしょう。

秋山千恵美
カラー・コミュニケーションデザイナー、株式会社カラーワークス副社長。
1963年長野県生まれ。1998年株式会社カラーワークス設立。一般住宅から企業、店舗まで、空間の色や商品の提案・アドバイスに幅広く活躍する。2018年一般社団法人日本カラーマイスター協会を立ち上げ、代表理事に就任。色彩を研究・分析する米国カラーマーケティンググループの日本人唯一のボードメンバー。
著書に『COLOR WORKS ~色の力を伝えたい~』(LD&K BOOKS)、『色を楽しむ、色と暮ら すインテリアペイント』(主婦の友社)、『COLORFUL LIVING 美しい色と暮らす』(文化出版局)など。
COLORWORKS(株式会社カラーワークス)
一般社団法人日本カラーマイスター協会

サンワカンパニー社長の自邸を初公開!“家一軒丸ごと自社製品“への第一歩  あの人のお宅拝見[13]

住宅設備機器・建築資材業界において、ネット販売を推進しているサンワカンパニー。若き山根社長は、ミラノサローネ(世界的なインテリアデザインの見本市)でも日本企業で初めて賞を受賞するなど、デザイン性の高い商品をリーズナブルな価格で提供するべく建築業界の流通革命に挑んでいる。昨年ご自宅を建築したと聞き、まだメディアに出していないお宅を初取材させていただきました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井繁子が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。35歳山根社長、グローバルなバックグラウンドが挑戦の源

普段、私が山根社長にお会いするのは東京・青山のショールームやミラノサローネですが、サンワカンパニーの本社があるのは大阪府大阪市。なので、ご自宅は関西。中でも憧れの住宅地である“THE 阪神間”なスゴい立地に新築されました。
社長宅は当然、外観撮影NG……。コンクリート打ち放しとだけご紹介。
エントランスまでお出迎えいただき中に入ると、まず玄関の広さとデザインに圧倒されます!

床のタイルは1枚75cm角、横に4枚=3m幅の玄関は豊かさの象徴。トールキャビネットがダークなオーク材で落ち着いた空間に。正面には名和晃平作のアートが、あつらえたように納まっていた(写真撮影/NOB 川谷)

床のタイルは1枚75cm角、横に4枚=3m幅の玄関は豊かさの象徴。トールキャビネットがダークなオーク材で落ち着いた空間に。正面には名和晃平作のアートが、あつらえたように納まっていた(写真撮影/NOB 川谷)

その先に待ち受けていたのは、さらに広いワンルーム空間。リビングダイニングの奥にオープン・キッチンがあります。床壁、キッチンなど建材はふんだんに自社商材が使われています。
リビングの上は大きな吹抜けになっています。奥のダイニングテーブルでお話を伺いました。

昨年の6月に完成入居された新居。3年前の土地購入後、設計・建築に「妥協無しにやらせていただいたので、設計だけで2年かかってしまいました」と山根社長。

玄関から続く大判のタイル床は床暖房。「広いので冬場の暖房は心配しましたが、床暖房だけで十分でした」。壁は光触媒機能の塗装『オプティマス』(照明が当たると空気を浄化)(写真撮影/NOB 川谷)

玄関から続く大判のタイル床は床暖房。「広いので冬場の暖房は心配しましたが、床暖房だけで十分でした」。壁は光触媒機能の塗装『オプティマス』(照明が当たると空気を浄化)(写真撮影/NOB 川谷)

創業者である父上の急逝によって、伊藤忠商事で会社員をしていた山根社長が会社を継がれたのは2014年、30歳のころ(当時、東証マザーズ上場企業で最年少)。それから数年でやっとご自身の体制に社内は整ってきたようです。相当な苦労もされているはず……。
「自分自身、二代目という立場に抵抗もありましたが、“明日から社長やれ”って言われる境遇なんて、そう無い訳ですから」と意を決し、会社経営に邁進されてきた。

「親とは別の仕事に就きたくて、商社務めではアパレル担当でした。だから建築業界のことも一から勉強」。外から入ったからこそ業界の不合理を流せない、“異端児”たる所以(写真撮影/NOB 川谷)

「親とは別の仕事に就きたくて、商社務めではアパレル担当でした。だから建築業界のことも一から勉強」。外から入ったからこそ業界の不合理を流せない、“異端児”たる所以(写真撮影/NOB 川谷)

建築業界では成功例が少ない“住宅設備機器と建築資材のインターネット販売・キッチンの海外販売”に挑戦しています。
「ものづくりで成功するには、顧客に好きなブランドとして指名してもらえることが必要」と、山根社長はNO.1ブランドを目指して国際見本市へ出展しました。
昨年は【ミラノサローネ・アワード/Salone del Mobile.Milano Award】を受賞し、世界から注目されるブランドになりました。(詳しくは、昨年の記事『ミラノサローネ2018リポート!キッチンもインスタレーションも“JAPANESE”が注目の的』)

【ミラノサローネ・アワード】を受賞した展示。世界から出展した企業1841社の中で3社が選出された。今年亡くなったイタリアデザインの巨匠アレッサンドロ・メンディーニ氏がデザインしたコンパクト・キッチンも展示(写真提供/サンワカンパニー)

【ミラノサローネ・アワード】を受賞した展示。世界から出展した企業1841社の中で3社が選出された。今年亡くなったイタリアデザインの巨匠アレッサンドロ・メンディーニ氏がデザインしたコンパクト・キッチンも展示(写真提供/サンワカンパニー)

世界の有名インテリア・ブランドが集まるミラノサローネに出展するというのは、会社として大きな決断。
「実は大学生時代に2年間、フィレンツェに留学していたのですが、そのときに父がミラノサローネへ視察に来て通訳に駆り出されたんです」
現地で学生の山根社長が見た驚きと感動が、10年後の出展、受賞につながっていると思うと、これは父上のお導きではないかと感じました。

イタリア語のほかに、英語はもちろん、上海駐在経験から中国語も話せる山根社長。それも手伝ってか、ミラノサローネでは国際コンテストの審査員も務められました。

新人デザイナーの登竜門【サローネサテリテ・アワード】の受賞者を囲んだ審査員たちの中で、山根社長はアジア代表的な存在(写真提供/Salone del Mobile.Milano)

新人デザイナーの登竜門【サローネサテリテ・アワード】の受賞者を囲んだ審査員たちの中で、山根社長はアジア代表的な存在(写真提供/Salone del Mobile.Milano)

今年のミラノサローネには仕事の都合で渡航されませんでしたが、私が見学してきたことをご報告しました。

ミラノ市内イタリアの販売代理店ショールームで、Karimoku New Standardとのコラボ・キッチンを展示(写真撮影/藤井繁子)

ミラノ市内イタリアの販売代理店ショールームで、Karimoku New Standardとのコラボ・キッチンを展示(写真撮影/藤井繁子)

「来年もミラノサローネでは、日本のプロダクトを日本の技術と感性で勝負したいと思っています。外国人に媚びない仕事をしたいですね」
アジアを中心にグローバル展開をしていますが、今後山根社長は北米にも関心をもっているようです。

迫力のモダンデザイン・キッチンは、もちろん自社製品

さて、とても楽しみにしていたご自宅のキッチンを拝見。
中庭を囲んでコの字型に設計された1階の一番奥、天井材を変えることでキッチンはリビング・ダイニング空間と緩やかに区切られています。そのキッチン天井が一段下がっている中に、業務用エアコンをビルトイン。黒い部分、窓枠とそろったデザインで綺麗に収まっています。

モデルのように可愛い奥様に立っていただくと、キッチンの大きさがよく分かります。横幅は3.6m。レンジはシンクの背後に壁付けで(写真撮影/NOB 川谷)

モデルのように可愛い奥様に立っていただくと、キッチンの大きさがよく分かります。横幅は3.6m。レンジはシンクの背後に壁付けで(写真撮影/NOB 川谷)

こちらも自社製品のキッチン『エレバートEX』。黒の鏡面仕上げ、カウンタートップはステンレス。木製カウンターを付けてL字型にレイアウト。奥のキャビネットとビルトイン冷蔵庫も一面でスッキリデザイン(写真撮影/NOB 川谷)

こちらも自社製品のキッチン『エレバートEX』。黒の鏡面仕上げ、カウンタートップはステンレス。木製カウンターを付けてL字型にレイアウト。奥のキャビネットとビルトイン冷蔵庫も一面でスッキリデザイン(写真撮影/NOB 川谷)

キッチンも中庭に面しているので明るく、お子様たちが走り回る姿にも目が届きます。ボールを蹴ったり、木登りをしたりとワンパク兄弟、山根家のDNA!?

山根社長はマンション育ち。「戸建てに住むのは初めてで、この中庭で息子たちが遊ぶ姿を見ていて“これが戸建ての良さだなぁ”って感じます」(写真撮影/NOB 川谷)

山根社長はマンション育ち。「戸建てに住むのは初めてで、この中庭で息子たちが遊ぶ姿を見ていて“これが戸建ての良さだなぁ”って感じます」(写真撮影/NOB 川谷)

「自宅で夕食を食べることが少ないので、ダイニングより、このカウンターが私の定位置です」

お酒を飲まない山根社長。「家で食べるときは、オーガニック・サラダとかを買ってきて、ここで食べる程度です」(写真撮影/NOB 川谷)

お酒を飲まない山根社長。「家で食べるときは、オーガニック・サラダとかを買ってきて、ここで食べる程度です」(写真撮影/NOB 川谷)

テニスの腕前はプロ並み、オン・オフをストイックに全力で!

大きな吹抜けになっているリビングルーム、壁付けのスポット照明はFLOS社(イタリア)のもの。
「これ以外は、全てダウンライトで照明器具は付けませんでした」

吹抜けは5.6mダイニングテーブル上にもペンダント照明無しの潔さ。それによって、リビングからキッチンまで障害物無しに見渡せる(写真撮影/NOB 川谷)

吹抜けは5.6mダイニングテーブル上にもペンダント照明無しの潔さ。それによって、リビングからキッチンまで障害物無しに見渡せる(写真撮影/NOB 川谷)

そのリビングから見上げた、2階のガラス越しに見えるのは……ホームジム!

ミラーが一面に張られ、エクササイズに集中できるジム。「まだマシンもそろえてなくて、子どもの友達が来ると遊び場になってます(笑)」(写真撮影/NOB 川谷)

ミラーが一面に張られ、エクササイズに集中できるジム。「まだマシンもそろえてなくて、子どもの友達が来ると遊び場になってます(笑)」(写真撮影/NOB 川谷)

実は、このホームジムだけでなく、山根社長が毎日のようにフィットネス・ジムへも通う理由がありました。
何と、山根社長はプロを目指した経歴のあるテニスプレーヤー。
「学生時代は試合で海外を転戦していていました。そのころの“自分が外国人”としてのタフな経験は、今ビジネスでも役に立っていますよ」

HEAD JAPANの契約ベテランテニスプレーヤーとして活躍中。私もベテランプレーヤーの端くれなので、手ほどきをお願い(笑)。山根社長はサウスポー!(写真撮影/NOB 川谷)

HEAD JAPANの契約ベテランテニスプレーヤーとして活躍中。私もベテランプレーヤーの端くれなので、手ほどきをお願い(笑)。山根社長はサウスポー!(写真撮影/NOB 川谷)

出場されているトーナメントは、生半可にはできないレベルの大会なので「朝5時半から7時半、練習をしてから仕事に向かいます」(やっぱり、出来る人はストイック)

「テニスができることで、留学や駐在時の海外でも現地コミュニティーに早く溶け込むことができました」取材日の前日も大会に出場、日焼けして顔が赤くなっていた山根社長(写真撮影/NOB 川谷)

「テニスができることで、留学や駐在時の海外でも現地コミュニティーに早く溶け込むことができました」取材日の前日も大会に出場、日焼けして顔が赤くなっていた山根社長(写真撮影/NOB 川谷)

「仕事では社長という扱いをされますが、テニス仲間はいつまでたっても年功序列。そういう関係性って心地よくもあり、大切にしたいですね」

最後に、ご自身の体験も踏まえ、これから家づくりをする方へのアドバイスを伺うと
「自分が妥協したくない点を最初に決めておくことかな。広さなのか、内装なのかなど。それを実現するためには、自分で興味をもって情報を集めて勉強する。業者任せで、後悔してほしくないですからね」

今後は新居での経験がユーザー目線として、お仕事に反映されそう。仕事もテニスも“NO.1“を目指して挑戦し続ける山根社長の活躍には、私も目が離せません。

山根太郎
株式会社サンワカンパニー 代表取締役社長
1983年奈良県生まれ。関西学院大学経済学部卒業、在学時代はプロテニス選手を目指して海外を転戦。卒業後、2008年伊藤忠商事株式会社に入社。繊維カンパニーにて、2年の上海駐在。創業者である父の急逝により2014年4月株式会社サンワカンパニー入社、同年6月に代表取締役社長に就任。
著書『アトツギが日本を救う ――事業承継は最高のベンチャーだ』(幻冬舎)
株式会社サンワカンパニー
サンワカンパニー・オンラインストア

近代建築の巨匠ミースに師事した父とその娘、職住近接+αによって生まれた新たな幸福  あの人のお宅拝見[12]

15年ほど前、ある研究会でご一緒したのが渡邊朗子教授との出会い。建築・住空間の研究者である朗子先生、かねて知人から「渡邊邸はミースのファンズワース邸のよう」と聞き、そのご実家『ガラスの家』にも興味をもっていた私。
先日久しぶりにお会いし、ご自宅取材を依頼。「実は『ガラスの家』からは引越して、人に貸してしまっているの!」と言いながらも、快く取材を受けてくださいました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。実家と“スープの冷めない距離”を実現

朗子先生と再会したのは、パナソニックホームズの子育て提案住宅『KODOMOTTO [こどもっと]』の記者発表会。

子どもの知性を育てる環境づくりについて話される渡邊朗子東洋大学教授(写真撮影/藤井繁子)

子どもの知性を育てる環境づくりについて話される渡邊朗子東洋大学教授(写真撮影/藤井繁子)

私が知る朗子先生は、昨今の『スマートホーム』以前から『空間知能化デザイン』を提唱し、ロボティクス・IT(今ではAI)と空間の融合を研究されてきた聡明なキャリア女性。

そのご自宅は東京・恵比寿駅近くの超都心、「子どものころから恵比寿育ちなので、地元民です」(朗子さん)。
今回、プライベートを取材させていただくにあたって
「夫婦二人のわが家はお見せするような物もないので、両親宅にもご案内しますよ」と、記事構成にまで気を使ってくださる対応!

なんと、ご自宅(後ろのマンション)から道路を渡って、お向かいがご両親のマンション(写真撮影/片山貴博)

なんと、ご自宅(後ろのマンション)から道路を渡って、お向かいがご両親のマンション(写真撮影/片山貴博)

「実家とまさしく、スープの冷めない距離ですよね。上の階の窓から、両親が外をのぞいているのが見えたりするんです(笑)」
実は朗子先生が結婚し新居を探していたら、運よく向かいのマンションに空室が出たそうです。

さて、お会いするのも楽しみだった父上、渡邊明次さん(関東学院大学名誉教授)宅である、ご実家へ訪問。
築51年のヴィンテージ・マンション。3LDKを2LDKに7カ月かけてリフォームされたようです。
20坪ほどある大きなルーフバルコニー付きの角部屋で、3方向から採光のある明るいお宅。

赤レンガ色の壁が、空間に活力をもたらしている。80代ご夫婦のお宅としては大胆なデザイン(写真撮影/片山貴博)

赤レンガ色の壁が、空間に活力をもたらしている。80代ご夫婦のお宅としては大胆なデザイン(写真撮影/片山貴博)

北欧デザインのルイスポールセン社ペンダントも赤! マリリン・モンローの口紅とも重なって素敵。
(このモンロー、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン。父上が米国時代の若かりしころ、手にした設計料で購入したとか)

建築家デザインの照明がダイニング、リビングと2つ空間のアクセントに。ダイニングにポール・ヘニングセン(デンマーク)の赤いペンダント(写真撮影/片山貴博)

建築家デザインの照明がダイニング、リビングと2つ空間のアクセントに。ダイニングにポール・ヘニングセン(デンマーク)の赤いペンダント(写真撮影/片山貴博)

リビングにはマリオ・ボッタ(スイス)デザインのスタンド(写真撮影/片山貴博)

リビングにはマリオ・ボッタ(スイス)デザインのスタンド(写真撮影/片山貴博)

ミース・ファン・デル・ローエに学び、実践した『ガラスの家』

少し、父上・渡邊明次さんについて紹介しておくと……
1960年代に米国シカゴ(イリノイ工科大学大学院建築学科卒業)にあるミース・ファン・デル・ローエ事務所で働いた経歴をおもちで、日本では『霞が関ビル』の設計にも参加された建築家。御歳83歳。

「帰国後20代で若かったから、日本での処女作は自邸。ミースに習って鉄とガラスの建築に挑戦したのが『ガラスの家』」(明次さん)(写真撮影/片山貴博)

「帰国後20代で若かったから、日本での処女作は自邸。ミースに習って鉄とガラスの建築に挑戦したのが『ガラスの家』」(明次さん)(写真撮影/片山貴博)

ミースと言えば、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトと共に近代建築の三大巨匠と称される建築家。
建築だけでなく名作バルセロナチェアや、「God is in the detail(神は細部に宿る)」などの名言も知られています。
そのミース代表作の一つが、『ファンズワース邸』(1950年 アメリカ・イリノイ州)。それを彷彿させる渡邊邸『ガラスの家』は、川崎市多摩区に造成されたニュータウン開発の高台に建てられました。

『ガラスの家』が竣工した1965年につくられた、ご夫妻のクリスマスカード(写真提供/渡邊家)

『ガラスの家』が竣工した1965年につくられた、ご夫妻のクリスマスカード(写真提供/渡邊家)

居室は2階のみ、25坪のワンルーム。中心にキッチンやバスルームの水まわりが集約され、回遊できるレイアウトになっています。
「住まいは狭くても回遊性があれば、奥行きや広がりを感じるからね。日本の昔の家も、そうだったでしょ」と明次さん。
今回のマンションリフォームでも、寝室と書斎は廊下と回遊できるレイアウトに設計されています。

ただ、“建築家の家は住み難い”と言う話をよく聞きますが、『ガラスの家』にもあったようで……お住まいだったころの苦労話を、母上の康子さんが聞かせてくれました。
「壁が全面ガラスで『金魚鉢に住んでいるみたいね』と友達に言われましたのよ(笑)」

大きな台風が襲来したときは「ガラスが内側にふくらむのを割れないよう、二人で中から押さえましたのよ!」(康子さん)。結局『ガラスの家』は無傷で、ご近所の木造家屋は屋根が吹っ飛んだらしい(写真撮影/片山貴博)

大きな台風が襲来したときは「ガラスが内側にふくらむのを割れないよう、二人で中から押さえましたのよ!」(康子さん)。結局『ガラスの家』は無傷で、ご近所の木造家屋は屋根が吹っ飛んだらしい(写真撮影/片山貴博)

その後、父上が米国へ転勤することとなり、母娘は日本に残って通学にも便利な恵比寿へ転居したのだそう。
「でもね、都会暮らしをしていますと子どもの朗子が描く絵は、空がグレーだったのね……」と母上。
父上が帰国後には、「朗子が虫を怖がるようになっていて、これは良くないと土のある郊外の生活『ガラスの家』に戻ることにしました」

子どもの成長に合わせ、1階に居室を増築。また、日本の気候にも合わせて大きな庇(ひさし)の屋根を付けるなど大改造を施し、建築家の家も住み心地の良いものとなったそうです。

改築後の『ガラスの家』内観。全面ガラスの壁には障子を入れ、床暖房なども整備して快適に(写真提供/渡邊家)

改築後の『ガラスの家』内観。全面ガラスの壁には障子を入れ、床暖房なども整備して快適に(写真提供/渡邊家)

古い資料を見せていただきながらのお話に、私は驚くばかり。『ガラスの家』の変遷を、朗子先生は近著『生命に学ぶ建築』の中で、建築の“成長”として紹介(写真撮影/片山貴博)

古い資料を見せていただきながらのお話に、私は驚くばかり。『ガラスの家』の変遷を、朗子先生は近著『生命に学ぶ建築』の中で、建築の“成長”として紹介(写真撮影/片山貴博)

ご夫妻は50年近く住まわれた『ガラスの家』から、3年前に恵比寿のマンションへ転居を決意。
「80歳にもなると、車無しでも生活に困らない都会のほうが安心。朗子が住んでいたマンションに売り物件が出たので購入しました」
シニアの郊外戸建から都心マンションへの転居は理想的な住まい方。しかし、お二人は80代にして実行できる体力気力の充実ぶりが超人的!
「マンションには戸建の1/10しか物を持って行けないと知人から聞き、食器・衣類・書籍と毎日ゴミ出しに励みましたのよ」と母上。それでも100箱のダンボールと共に引越してきた。
その直後に、朗子先生が結婚することに……。渡邊家の生活は一変!

渡邊家に挨拶にきたときの朗子夫妻ツーショット。ご両親は「息子ができ、頼りになるしすごく有難い」と微笑む(写真撮影/片山貴博)

渡邊家に挨拶にきたときの朗子夫妻ツーショット。ご両親は「息子ができ、頼りになるしすごく有難い」と微笑む(写真撮影/片山貴博)

そして、こちらが同じく若かりしご両親、米国時代のツーショット。

お二人の出会いはシカゴ時代。何と母上はセクレタリー(秘書)学校に留学され、ロータリーインターナショナルで秘書のお仕事をされていたリアル“MOGA (Modern Girl) ”!(写真提供/渡邊家)

お二人の出会いはシカゴ時代。何と母上はセクレタリー(秘書)学校に留学され、ロータリーインターナショナルで秘書のお仕事をされていたリアル“MOGA (Modern Girl) ”!(写真提供/渡邊家)

半世紀を経て今も知的で好奇心旺盛なご両親のように、朗子さんも素敵な夫婦関係をこれから築かれてゆくのでしょう。

「“遊び”と“仕事”のバランスを取りながら」職住近接+αのライフスタイル

ご両親宅を後にして、同じマンションにある朗子先生の仕事場へ。
独身時代にお住まいだったメゾネットの住戸を残して、オフィスとして活用されています。

「ほとんど書庫みたいになっちゃってますけどね」(朗子さん)。大きなダイニングテーブルがワーキングデスクに(写真撮影/片山貴博)

「ほとんど書庫みたいになっちゃってますけどね」(朗子さん)。大きなダイニングテーブルがワーキングデスクに(写真撮影/片山貴博)

その後、お向かいの朗子先生夫婦の自宅マンションへ移動。
仕事でレクチャーをしている姿は見慣れていますが、キッチンでコーヒーを入れる姿はとても新鮮!

「外食も好きですが、週に4~5日は家で料理して食べたいほうです」(写真撮影/片山貴博)

「外食も好きですが、週に4~5日は家で料理して食べたいほうです」(写真撮影/片山貴博)

「生活のなかで食事を豊かにできるか?って、大切だと思いますね。もちろん、晩酌も!」
料理は仕事と違うアクティビティなので、ストレス発散にもなると言う朗子先生。

お料理を楽しむべく、バルコニーには“Akiko’sアジアン・ガーデン”(写真撮影/渡邊朗子さん)

お料理を楽しむべく、バルコニーには“Akiko’sアジアン・ガーデン”(写真撮影/渡邊朗子さん)

ハーブ類のほか、オリーブの実は塩漬けにしているそう(写真撮影/渡邊朗子さん)

ハーブ類のほか、オリーブの実は塩漬けにしているそう(写真撮影/渡邊朗子さん)

日常生活では、遊びと仕事のバランスを大事にしたいと「わが家のコンセプトは、“お酒&音楽”なの(笑)」(朗子さん)

リビングのスピーカーは、夫の学生時代からのJBLスタジオモニター。ダイニングの奥には結婚祝いの記念に購入した朗子さんお気に入りキャビネット(写真撮影/片山貴博)

リビングのスピーカーは、夫の学生時代からのJBLスタジオモニター。ダイニングの奥には結婚祝いの記念に購入した朗子さんお気に入りキャビネット(写真撮影/片山貴博)

ジャズから歌謡曲、フォーク、ディスコなど幅広いジャンル。「私たちが小学生から高校生くらいに聞いた、70~80年代の曲が特に盛り上がります!」(写真撮影/片山貴博)

ジャズから歌謡曲、フォーク、ディスコなど幅広いジャンル。「私たちが小学生から高校生くらいに聞いた、70~80年代の曲が特に盛り上がります!」(写真撮影/片山貴博)

そして、お気に入りのイタリア製キャビネット(メデア社)には、大好きなお酒が並ぶ!

「お酒が楽しく飲める人でないと結婚してなかったけど(笑)。共通点が多くて良かったです」(写真撮影/片山貴博)

「お酒が楽しく飲める人でないと結婚してなかったけど(笑)。共通点が多くて良かったです」(写真撮影/片山貴博)

「私はアール・ヌーボーとか猫脚とか、装飾系デザインが結構好きなんですよね」(朗子さん)
これは、ミースの建築思想『Less is more.(より少ないことは、より豊かなこと)』に師事した父上の元で育ってきた反動?

ウォールナット材キャビネットに施されたアール・ヌーボーの花模様(写真撮影/片山貴博)

ウォールナット材キャビネットに施されたアール・ヌーボーの花模様(写真撮影/片山貴博)

「今は仕事中心の私たち夫婦にとって都心の住まいがベスト。でも空気の良い自然とのかかわりがあるとリフレッシュできますからね」 
ということもあって、渡邊家は山中湖の別荘で夏の休暇などを過ごすようです。

「2012年に私の設計で木造の別荘を建てました」(朗子さん)(写真提供/渡邊家)

「2012年に私の設計で木造の別荘を建てました」(朗子さん)(写真提供/渡邊家)

緑深い敷地にバンビが訪れる!(写真撮影/渡邊朗子さん)

緑深い敷地にバンビが訪れる!(写真撮影/渡邊朗子さん)

“アラ50(フィフ)”で生活が激変した朗子先生。ご両親も含めたダブル転居などの急展開に、渡邊家の人々はくたびれる風でもなく超ポジティブに笑って過ごされていた。
父上が「スーパーでバッタリ朗子に会ったりする日常が、すごくうれしいよ」と、母上は「お米が無かったの~、ってウチに駆け込んで来たりね」と、近居の小さな喜びを日々感じているご様子。

「今は両親も元気ですけど、これから介護のことも考えると近くに住むっていうのはお互いにとって安心ですよね」(写真撮影/片山貴博)

「今は両親も元気ですけど、これから介護のことも考えると近くに住むっていうのはお互いにとって安心ですよね」(写真撮影/片山貴博)

職住近接に加えた、職住“親”近接によって、キャリアだけでなく心の豊かさに磨きがかかった朗子先生の笑顔を見ることができました。

【プロフィール】
渡邊朗子
東洋大学 情報連携学部教授・一級建築士
東京都生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、93年コロンビア大学大学院建築都市計画学科修了、99年日本女子大学大学院人間生活学研究博士課程修了。コロンビア大学客員講師、慶応義塾大学特別研究准教授などを経て、2018年より現職。また、2015年より夫の経営する株式会社市川レジデンス取締役。
建築家として住居やオフィス、学習空間を対象に建築から家具・情報システムまでの実施設計に携わる。
主な著書に「頭のよい子が育つ家」(共著・日経BP社)、「長く暮らすためのマンションの選び方・育て方」(共著・彰国社)など。近著「生命に学ぶ建築」(共著・建築資料研究社)
株式会社市川レジデンス

「人間は自然の一部」。八ヶ岳で体験型教育を推進する古川和女史のデュアルライフ あの人のお宅拝見[11]

私が知り合ったころの古川和(カズ)さんは、主婦から起業して体験型科学教育『リアルサイエンス』を、科学者の秋山仁氏らと子ども向けに行っていました。最近は「大人向けに、企業のチームビルディングなんかもやってるのよ!」と、相変わらずアクティブな姉御の行動力に驚くばかり。東京とのデュアルライフを楽しむ、八ヶ岳麓のお宅へ伺って話を聞くことにしました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。「アメリカで衝動買いした家具を置くために建てたような家」!?

和(カズ)さんの本宅は東京で、八ヶ岳の麓・大泉町に別荘を建てられたのは約20年前。子ども2人の子育て時代から山登りが好きで、野外活動教育の仲間もいるこの辺りが気に入っていたそうです。
今回も東京で午前中の仕事を終えてから車を走らせ、15時過ぎにこの取材。日常的に行ったり来たりとデュアルライフ(二地域居住)を楽しむアクティブな61歳は、私の憧れです。

クリームイエローに赤のトリムが映える大屋根の外観。取材日は曇りで冴えなかったので、青空の写真を送ってもらいました!(写真撮影/古川和さん)

クリームイエローに赤のトリムが映える大屋根の外観。取材日は曇りで冴えなかったので、青空の写真を送ってもらいました!(写真撮影/古川和さん)

八ヶ岳の家はフィンランドメーカー『ホンカ・ジャパン』のログハウス。山小屋のような丸太組みのログと違って、角型ログで、モダンな雰囲気。断熱性は北欧仕様なので秋冬は冷え込む八ヶ岳でも問題なし。

大きな家の小さな玄関、個性的なデザインは童話の世界のよう(写真撮影/片山貴博)

大きな家の小さな玄関、個性的なデザインは童話の世界のよう(写真撮影/片山貴博)

玄関を入った先に広がる、吹抜けの大空間リビングでお話を伺うことにしました。

ログの構造壁にタイルの床、赤い薪ストーブのある吹抜けのリビング(写真撮影/片山貴博)

ログの構造壁にタイルの床、赤い薪ストーブのある吹抜けのリビング(写真撮影/片山貴博)

私の隣にはアインシュタインの人形が鎮座。アメリカの友人からプレゼントされたそう(写真撮影/片山貴博)

私の隣にはアインシュタインの人形が鎮座。アメリカの友人からプレゼントされたそう(写真撮影/片山貴博)

「やっぱりログだから、内装の木肌が柔らかいし香りも良いのよね。20年たったけど」

お子様も独立され、ますます活動的な和さん。私はテニスでもご一緒し、パワフルなプレーに圧倒されています!(写真撮影/片山貴博)

お子様も独立され、ますます活動的な和さん。私はテニスでもご一緒し、パワフルなプレーに圧倒されています!(写真撮影/片山貴博)

20年前と言えば2人のお子様もまだ10代のころ、40歳そこそこで別荘を持つ余裕に驚き……。
「そういうことでも無いのよ!子どもにも良い場所とは思っていたけれど。実はアメリカの友達が家を売るときに、家具を処分するって言うから『私が買う!』って言っちゃって(笑)。しばらく、置く場所もなくアメリカの倉庫で保管してて、やっとここに置ける家が建てられたの」

イエローがアクセントカラー。壁には絵画より、窓の景色

旦那さまの赴任地だった米国バークレーの友人から買った、お気に入りの家具が10点以上。
「特にこのイタリア製テーブルのデザインが斬新で気に入ったの。このイエローが、インテリアのテーマカラーになりました」

イタリアンモダンのテーブルに合わせたイエローの椅子、右奥にはイエローの冷蔵庫をあえてキッチンの外、斜めに置いてフォーカルポイントに(写真撮影/片山貴博)

イタリアンモダンのテーブルに合わせたイエローの椅子、右奥にはイエローの冷蔵庫をあえてキッチンの外、斜めに置いてフォーカルポイントに(写真撮影/片山貴博)

ほかには、アメリカンBIGサイズのベッドが2階の寝室にありました。窓もベッドに合わせたデザインです。

私もここに泊めていただきましたが、おばさんでもお姫様気分(写真撮影/片山貴博)

私もここに泊めていただきましたが、おばさんでもお姫様気分(写真撮影/片山貴博)

「絵画も好きだけど、この家は壁に絵を掛けていないの。窓にカーテンをせず、窓枠を額縁にした外の景色が絵の代わり」
朝から夜、春夏秋冬。刻々と変化する景色を眺め、過ごす豊かさがここにはあるようです。

和さんが撮った、窓からの富士山や紅葉。一時として同じ景色は無い、自然の醍醐味(だいごみ)(写真撮影/古川和さん)

和さんが撮った、窓からの富士山や紅葉。一時として同じ景色は無い、自然の醍醐味(だいごみ)(写真撮影/古川和さん)

八ヶ岳界隈に住まう、クラフト&アクティブな人々も魅力

子育て主婦だった和さんは、35歳のときにNPO法人『Teaching Kids to Love the Earth』を立ち上げ、体験型学習を実践してこられました。
「アメリカ在住のころはヨセミテへキャンプに行ったり、東京では多摩川で網を投げて魚を獲ったり。子どもと遊ぶのも本格的、自然の中で育つと人への優しさが備わるものよ」
人間も自然の一部だと理解できるようになると、子どもも大人も物の見方が変わるということです。

赤い薪ストーブがリビングのアイコン。床暖房もあるが、薪を焚くと朝までホンワカと暖かい(写真撮影/片山貴博)

赤い薪ストーブがリビングのアイコン。床暖房もあるが、薪を焚くと朝までホンワカと暖かい(写真撮影/片山貴博)

「八ヶ岳界隈はすてきなお店や、面白い人が多くてね。とてもすてきなご夫婦が営まれているインテリアのお店があるの!」と、和さんお気に入りの北欧ヴィンテージ家具ショップが『SKOGEN』。
そのワークショップに参加してつくったペーパーコード編みの椅子が、暖炉の前に2脚(旦那さまと1脚ずつ作製)。

「薪をくべるときに座るとちょうどいい高さなの」。トレーを置くと、サイドテーブルとしても使える優れもの!(写真撮影/片山貴博)

「薪をくべるときに座るとちょうどいい高さなの」。トレーを置くと、サイドテーブルとしても使える優れもの!(写真撮影/片山貴博)

インテリアや手づくりが大好きな和さん。この家を建てるときも、自分で建材・設備を選びにショールームへかなり足を運んだそう。

2階のトイレには、和さんが探して来たパステル色のタイルが貼られていた(写真撮影/片山貴博)

2階のトイレには、和さんが探して来たパステル色のタイルが貼られていた(写真撮影/片山貴博)

「ほかにも東京から移住されたご夫婦で、きれいな畑をやっているお友達がいてね。今日も来る前に寄ったら、いろいろと採れたての野菜を下さったの」

早速、頂いた野菜をダイニングテーブルで並べ始め……(写真撮影/片山貴博)

早速、頂いた野菜をダイニングテーブルで並べ始め……(写真撮影/片山貴博)

八ヶ岳らしいグリーン・アレンジメント完成! 器は人気のプリンセス社(オランダ)ホットプレート(写真撮影/片山貴博)

八ヶ岳らしいグリーン・アレンジメント完成! 器は人気のプリンセス社(オランダ)ホットプレート(写真撮影/片山貴博)

ダイニングルームには、大人数が座れる大きなテーブル。「ここで企業研修をすることもあるの。自炊もチームビルディングの一環」

10人くらいはゆったり座れるテーブル。ここからも、外の緑が目に入る開放的なダイニング(写真撮影/片山貴博)

10人くらいはゆったり座れるテーブル。ここからも、外の緑が目に入る開放的なダイニング(写真撮影/片山貴博)

そしてダイニングの奥には、コンサバトリー(サンルーム)もあります。

「ここは朝、気持ちいいのよー」。朝日が入る、東側にあるコンサバトリー(写真撮影/片山貴博)

「ここは朝、気持ちいいのよー」。朝日が入る、東側にあるコンサバトリー(写真撮影/片山貴博)

食器も好きな和さんコレクションで、朝食風にセットしてもらった(写真撮影/片山貴博)

食器も好きな和さんコレクションで、朝食風にセットしてもらった(写真撮影/片山貴博)

和さん自身がそうであるように、八ヶ岳界隈にはアクティブに何かをするために住まう人が多いよう。そんな活力のあるコミュニティーが、この避暑地ならではだなぁ……と感じました。

老若男女、グローバルな出会いの場になればという想い

海外の子どもたちが環境体験学習を行うのに、ここを拠点にすることもあるようで、こんな色紙を発見。

このお宅のデッキにあふれる子どもたち。つづられた感謝の言葉が並ぶ(写真撮影/片山貴博)

このお宅のデッキにあふれる子どもたち。つづられた感謝の言葉が並ぶ(写真撮影/片山貴博)

色紙の写真は、このデッキ。ハンモックも気持ち良さそう(写真撮影/片山貴博)

色紙の写真は、このデッキ。ハンモックも気持ち良さそう(写真撮影/片山貴博)

「外国人をお招きすることもあるので、一応和室もね」、2階の和室には野点(のだて)の茶道具も収められています。

琉球畳に和紙のランプでモダンな和室。洋風窓も意外と調和(写真撮影/片山貴博)

琉球畳に和紙のランプでモダンな和室。洋風窓も意外と調和(写真撮影/片山貴博)

今回敷地内に、以前来たときには無かった物体や小屋が増築されていました(!?)。

高さ3mの壁、これを道具無しにチームで協力して全員登り切るという課題用

高さ3mの壁、これを道具無しにチームで協力して全員登り切るという課題用

シーソー、複数人が乗ってバランスを取るもの(写真撮影/片山貴博)

シーソー、複数人が乗ってバランスを取るもの(写真撮影/片山貴博)

「これも体験学習のひとつ。大人も子どもも自然のなかで身も心も鎧を脱ぎ捨てて、ひとりではできないことを助け合いながら達成する。人それぞれ得意不得意があって当然、お互いの理解が深まっていくのがチームビルディング」
子どもたちも、そんな体験から“多様性”を肌で実感することになるのだそう。

「今日は曇っていて残念ね」と空を眺めながら、「今度はここでテニス合宿するから、いらっしゃいよ!」と誘ってくれた(写真撮影/片山貴博)

「今日は曇っていて残念ね」と空を眺めながら、「今度はここでテニス合宿するから、いらっしゃいよ!」と誘ってくれた(写真撮影/片山貴博)

八ヶ岳のお住まいも拡張するなか、「今度は東京の家を建て替える計画をしたいの! いつか娘が子育てするのなら二世帯住宅にしたいと思って。子どもも大人も一緒に勉強できるような書斎をつくりたい、天井まで書棚があってハシゴに登って本を取るような……」と、目を輝かせる和さん。その夢は、いくつになっても尽きることが無さそうです。

古川 和
八ヶ岳エナジェティック倶楽部代表
1957年大阪府生まれ。東京都在住、結婚・子育てを経て1992年子どもの環境教育、科学教育の会Teaching Kids to Love the Earthを起業。2000年一橋大学大学院國際企業戦略研究科(非常勤講師)。後に、アクションラーニング研究所を立ち上げ、企業のチームビルディング研修を実施。カリフォルニア大学バークレー校の体験型の科学教育の手法を日本に普及し、NPO法人体験型科学教育研修所を立ち上げ2016年まで活動。2017年より株式会社EHRのエグゼクティブコンサルタント。(文部科学省政策評価有識者会議メンバー、東京学芸大学監事(非常勤)など)。
趣味はテニス、俳句、茶道、美術鑑賞と幅広く、多彩な人脈を持つ。座右の銘:格物致知
株式会社EHR
北欧家具「SKOGEN」

“保存食の達人”料理家・黒田民子さん、亡き夫に導かれたキャリアと手づくりの豊かな日常 あの人のお宅拝見[10]

家庭料理の専門家として生活情報サイト「All About (オールアバウト)」ホームメイドクッキングのガイドをする黒田民子さん。保存食や薫製を、家庭で簡単につくれるレシピを紹介した本は翻訳され海外でも好評。私は黒田さんの夫、キッチンデザイン研究家の黒田秀雄さんと懇意にしていただいていたが、4年前にご病気で他界。その遺志を継ぐように、民子さんはお料理のお仕事のほかにも精力的に活動されています。東京都調布市のご自宅に伺って、いろんなお話を聞かせていただきました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。38年前にスケルトン・インフィルで購入したマンション

タイル張りの重厚なマンション、築年はたっているものの管理が行き届いた建物の1階が黒田邸。中へご案内いただき廊下を抜けてドアを開けると、手前にキッチン&ダイニング、奥にリビングが広がっていました。

料理研究家のご自宅らしく、キッチンと大きなテーブルのあるダイニングが中心の住まい(写真撮影/片山貴博)

料理研究家のご自宅らしく、キッチンと大きなテーブルのあるダイニングが中心の住まい(写真撮影/片山貴博)

そのダイニングテーブルで、黒田秀雄さんと出会ったころのお話を。
黒田ご夫妻は、関西出身。民子さんが松下電器産業(現在のパナソニック)にお勤めだったときに、同社で住宅設備のデザインをしていた黒田秀雄さんと出会い、ご結婚。
「24歳で結婚後、仕事を辞めて、2人の息子を育てる普通の主婦でした。54歳で『All About』のガイドを始めるまでは……」

背が高くて奇麗な民子さん、麗しの71歳!(若いころは、さぞかしモテたに違いない…)(写真撮影/片山貴博)

背が高くて奇麗な民子さん、麗しの71歳!(若いころは、さぞかしモテたに違いない…)(写真撮影/片山貴博)

秀雄さんが独立し、東京で起業した1975年ごろは杉並にお住まいでしたが、
「秀雄さんが仕事で、このマンション開発にかかわっていたので、スケルトンで購入し、内装を一から彼が設計したの」
マンションの自由設計であるスケルトン・インフィル形式を、何と38年前に実践していた黒田邸! 特に、キッチンデザイナーとしても草分け的な存在であった秀雄さん、こだわりのキッチンは今も健在です。

「色を多く使いたくなかった」ので、白黒モノトーンのキッチンに。赤いエスプレッソマシーンがアクセントカラーになっている(写真撮影/片山貴博)

「色を多く使いたくなかった」ので、白黒モノトーンのキッチンに。赤いエスプレッソマシーンがアクセントカラーになっている(写真撮影/片山貴博)

家電類は、デザインの良いものが最小限置かれているだけ。モノトーンのキッチンにあつらえたような『バーミキュラ』のライスポットと『クイジナート』のミキサー。

オール電化住宅なのでコンロはIHクッキングヒーター。鉄瓶でお湯を沸かすところが、流石!黒のタイルは清掃性もデザイン性もある賢明なデザイン(写真撮影/片山貴博)

オール電化住宅なのでコンロはIHクッキングヒーター。鉄瓶でお湯を沸かすところが、流石!黒のタイルは清掃性もデザイン性もある賢明なデザイン(写真撮影/片山貴博)

「『バーミキュラ』のライスポットは、ポットヒーター(IH調理器)の中に鋳物ホーロー鍋が入っていて、ご飯がしっかり炊けておいしいのよ」
ご自身で使いこなされた『バーミキュラ』鍋のレシピ本も出されています。

キッチンはオーダーキッチンで人気の『クッチーナ』による、初期のシステムキッチンだそう。
「このシンクは、秀雄さんが開発にかかわっていた伊奈製陶(現在のINAX)時代のものです」

グースネックの水栓(左から『BRITA(ブリタ)』『TOTO』『GROHE(グローエ)』製)などは新しくなっているが、陶器のシンクは38年前のまま。大切に使われてきたのが分かる(写真撮影/片山貴博)

グースネックの水栓(左から『BRITA(ブリタ)』『TOTO』『GROHE(グローエ)』製)などは新しくなっているが、陶器のシンクは38年前のまま。大切に使われてきたのが分かる(写真撮影/片山貴博)

コミュニケーションを生むキッチン、子育て時代から今も実践

黒田秀雄さんはJIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)主催「エコデザイン展」に、2003年から「エコキッチン」を作品出展されてきました。

2003年に環境負荷を抑えたゼロエネルギー・キッチンや、自己完結型フリースタンディング方式のキッチンなど先駆的なデザインを発表して注目を集めた(写真撮影/片山貴博)

2003年に環境負荷を抑えたゼロエネルギー・キッチンや、自己完結型フリースタンディング方式のキッチンなど先駆的なデザインを発表して注目を集めた(写真撮影/片山貴博)

2004に発表されたエコキッチン「LOHAS KITCHEN」(上記写真の資料右側)は、「今も“山の家”に置いてあります」
“山の家”とは、長野県にある黒田ファミリーの別荘のこと。
「息子たちが小学校のころ、もう35年くらい前に買った“山の家”ですが、秀雄さんが火の起こし方から厳しく仕込むので子どもは行くのを嫌がっていたことも(笑)。今となっては自然志向の息子たち、父親に感謝していると思いますよ」

秀雄さんは調布の自宅でも息子さんたちに、後片付けを手伝うようしつけられていたそう。
「30年以上前ですから、食洗機は普及していませんでしたしね。今は、共働きや子育て中に食洗機は必需品ですよ!」と、力説する民子さん。

のちに導入された食洗機はスウェーデンの『ASKO(アスコ)』製、「60cm幅の大型で、お鍋も入るところが助かるんです」(写真撮影/片山貴博)

のちに導入された食洗機はスウェーデンの『ASKO(アスコ)』製、「60cm幅の大型で、お鍋も入るところが助かるんです」(写真撮影/片山貴博)

「食洗機に洗い物を任せれば、子どもや家族とのコミュニケーションが増えるし、主婦がゆっくりくつろげる時間が持てると家族も幸せになるはず」とオススメ。

「私たち夫婦だけのときは、1日分をまとめて夜に洗っていました」
秀雄さんがご健在のころは、毎日の食器洗いの実態を写真付きでブログにアップされていました。(2011年から亡くなる前月の2014年11月まで、すごい実証実験!ジャーナリスト魂に敬服)

子育てしているころ、「息子たちはこのダイニングテーブルで宿題などをしていましたね。私は後ろを向いて、お料理しながらも『もう一度、朗読して!』と言ったりしてね」
キッチンをオープンにデザインしたことで、家族のコミュニケーションは自然に取れていたようです。

「息子の朗読のお話に、料理しながら泣けてきたりもしたわ!」って、とてもかわいいママ(写真撮影/片山貴博)

「息子の朗読のお話に、料理しながら泣けてきたりもしたわ!」って、とてもかわいいママ(写真撮影/片山貴博)

ご自宅にはご夫婦の仲間が20人ほど集まることもあって、「大きなダイニングテーブルと食洗機は大活躍でしたね」

幻のリフォーム計画?スケルトンならではの間仕切り収納家具

「秀雄さんはいろんなものを残してくれていましてね……。これは、【我が家のリフォーム計画】」

元々スケルトンでの購入なので構造梁以外、自由に間取り変更できる。秀雄さんらしい、精巧で分かりやすい図面(写真撮影/片山貴博)

元々スケルトンでの購入なので構造梁以外、自由に間取り変更できる。秀雄さんらしい、精巧で分かりやすい図面(写真撮影/片山貴博)

ダイニングキッチンの収納は、隣の部屋との仕切りを兼ねたもの。壁は無いので、動かしてレイアウト変更ができる可変性のある収納なのです。秀雄さんの計画では、この間仕切り収納を移動させ、キッチン空間をより広くするレイアウトになっていました。

天井高までの間仕切り収納に、ステンレス扉の冷蔵庫(『ASKO』製)もスッキリ納まっている(写真撮影/片山貴博)

天井高までの間仕切り収納に、ステンレス扉の冷蔵庫(『ASKO』製)もスッキリ納まっている(写真撮影/片山貴博)

【我が家のリフォーム計画】に描かれたリフォームは実施されませんでしたが
「私一人になりましたからね。でも、バス&サニタリーはリフォームしましたので見ていただいて結構ですよ」

ホテルライクなトイレ・洗面・バスがワンルームになった空間。背が高い民子さんが選んだのは、米国「KOHLER(コーラー)」のペデスタル型洗面(写真撮影/片山貴博)

ホテルライクなトイレ・洗面・バスがワンルームになった空間。背が高い民子さんが選んだのは、米国「KOHLER(コーラー」のペデスタル型洗面(写真撮影/片山貴博)

「できれば、ダイニングテーブルをむくの大きなものにしたいとは思ってるの」
【我が家のリフォーム計画 by 民子さん】も楽しみです。

「保存食をやればいい」夫が後押ししたテーマ

普通の主婦生活を送っていた民子さんを、「ALL About」のガイドに推薦したのは、キッチン専門家としてガイドをしていた秀雄さん。その後、さまざまな仕事が舞い込んでくるたびに、尻込みする民子さんを秀雄さんは「すっごく応援してくれたの!」。セミナー講師の仕事がきたときには「会場に来るって言って聞かないから、恥ずかしかったのよ」。

家庭料理研究家の民子さんではありますが
「おふくろの味や、お菓子・パンづくりなんかも、たくさん専門家がいらっしゃるでしょ。そんなときに、秀雄さんが『君の得意な保存食がいいんじゃないか?』とテーマを与えてくれました」
梅干しやみそづくり、果実酒や薫製も得意な民子さんを“保存食の達人”として世に送り出してくれたようです。

取材日にも、「ベーコンの薫製をつくったから、食べてみてちょうだい」と出してくださった。

生の豚バラ肉を香辛料などと共に冷蔵庫で1週間ほど脱水し、フライパンを使って40分~1時間ほど薫製したもの。冷蔵庫から出してスライス(写真撮影/片山貴博)

生の豚バラ肉を香辛料などと共に冷蔵庫で1週間ほど脱水し、フライパンを使って40分~1時間ほど薫製したもの。冷蔵庫から出してスライス(写真撮影/片山貴博)

少しいただいた途端、スモークされた芳醇な香りが口から鼻へと広がってビックリ!

今回は薫製用チップを使ったものでしたが「ほうじ茶の葉を使ってもおいしいですよ」と教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

今回は薫製用チップを使ったものでしたが「ほうじ茶の葉を使ってもおいしいですよ」と教えてくれた(写真撮影/片山貴博)

「魚の干物やチーズなど薫製は楽しみ方もいろいろで、保存も1週間くらいはききますからチャレンジしてみて!」
薫製のほかに、果実酒づくりもご夫妻で楽しまれていたようで、すてきな瓶に保存された果実酒の数々を並べてくださった。

果物のほかにキンモクセイやコーヒー、山椒というのもある!?ラベルは秀雄さんが書いたもの。「いいでしょ!」。デザイナーの文字ってホントすてき(写真撮影/片山貴博)

果物のほかにキンモクセイやコーヒー、山椒というのもある!?ラベルは秀雄さんが書いたもの。「いいでしょ!」。デザイナーの文字ってホントすてき(写真撮影/片山貴博)

知人から頂いた青唐辛子を使って「薬味味噌」をつくったと、味見させてくださいました。

ご飯のお供に抜群! やっぱりビールかな?(写真撮影/片山貴博)

ご飯のお供に抜群! やっぱりビールかな?(写真撮影/片山貴博)

「家に人を呼ぶのが好きなので、保存食があれば重宝しますよ。薫製も簡単にできるので、つくり方の話がおしゃべりのキッカケにもなってね」
おいしいだけでなく、コミュニケーションを高めるネタにしてしまうところが“達人”たるゆえんです。

感謝と共に、日々前へ進む努力家

最近は料理以外にも、そのスタイルを活かし読者モデルもされている民子さん。
「体力維持に水泳は続けています、週に3日ほど。週に2km以上は泳ぐようにしているの」

マンション1階でお庭が広く、草木の手入れも日課。「ハーブやもみじは、良くお料理にも使います」(写真撮影/片山貴博)

マンション1階でお庭が広く、草木の手入れも日課。「ハーブやもみじは、良くお料理にも使います」(写真撮影/片山貴博)

ちょっと驚いたのは……お履きになっていたスリッパが、左右反対!?
「これ、ボケてる訳じゃないのよ(笑)。O脚を治すのに良いって聞いてやってるの」
いくら年を重ねても、向上心がある人は進化し続けるといういいお手本です。

他人にも自分にも関心をもち、新しいことにチャレンジする姿。これが憧れの70代!(写真撮影/片山貴博)

他人にも自分にも関心をもち、新しいことにチャレンジする姿。これが憧れの70代!(写真撮影/片山貴博)

リビングの棚には秀雄さんの思い出の品々と共に、まだお骨も。民子さんを見守っていた(写真撮影/片山貴博)

リビングの棚には秀雄さんの思い出の品々と共に、まだお骨も。民子さんを見守っていた(写真撮影/片山貴博)

「これは、私が50半ばのころかしら。友人のカメラマンが撮ってくださったの」

今の私と同じ年ごろ。私はこれからの20年、民子さんのように素敵に生きられるだろうか?(写真撮影/片山貴博)

今の私と同じ年ごろ。私はこれからの20年、民子さんのように素敵に生きられるだろうか?(写真撮影/片山貴博)

秀雄さんの最期のノートを拝見すると、民子さんへのメッセージに「どうかいっぱい生きてください」と書いてありました。
「ただただ、感謝しかありません」と、民子さんは少し涙ぐまれましたが、私には、今輝いている彼女の姿に「たみちゃん、やるねぇ!」と笑っている秀雄さんが見えました。
飾らずシンプルに、でも時間をかけた丁寧な、ご自宅での暮らしを垣間見ることができました。「あんな風に年をとりたいな」と、素直に思える取材でした。

黒田民子
家庭料理研究家。All About[ホームメイドクッキング]ガイド。1947年大阪府生まれ。子育てや主婦業の経験を活かし、旬の食材を使って簡単につくれるレシピを多数発表している。料理教室の講師や調理器具のアドバイザーとしても活躍。
著書『やさしい保存食と自家製レシピ』(主婦の友社)、『いちばん簡単な 手作り燻製レシピ』(河出書房新社)、『家族の命をつなぐ 安心!保存食マニュアル』(ブックマン社)、『自宅で手軽に♪燻製生活のススメ(監修)』(メディアファクトリー)、『バーミキュラだから野菜がおいしい簡単レシピ』(三才ブックス)など。
All About ホームメイドクッキング
いきいきライフ
日々の食器洗い機日記

YKK吉田前会長、71歳男のロマン! 地方創生、パッシブタウンからヤギ牧場まで あの人のお宅拝見[9]

私が住宅雑誌の編集長時代から、多くの経営者にお話を伺ってきたなかで最も“人”として関心を引かれたのがYKKとYKK AP前会長(現両社取締役)の吉田忠裕さん(「吉」は、正しくは下が長いつちよし)。YKK AP社は窓などの建材メーカーであるが、本体YKK社はファスナーの世界的メーカー。早くからインターナショナルな視点をもち、ファッション業界の荒波にも揉まれた経験が、日本の住宅業界では異質な輝きを放っていた。

6月に会長職を退かれた吉田さん。そのバックグラウンドと最近の暮らしぶりを探るべく、YKK総本山の富山県黒部市に伺った。

連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。グローバル企業のリーダーを引退、富山県黒部での新生活

東京が本社のYKKですが、製造・開発など“技術の総本山”と位置付けられているのが富山県黒部市。創業者・吉田忠雄氏の生まれ故郷・魚津市の隣町というご縁。

東京から北陸新幹線に乗って約2時間半、黒部宇奈月温泉駅に到着。お宅訪問の前に、YKKセンターパークへ伺った。

一般の方も無料で見学できる、YKKのテーマパーク的な施設。右が一号館、左が二号館(写真撮影/片山貴博)

一般の方も無料で見学できる、YKKのテーマパーク的な施設。右が一号館、左が二号館(写真撮影/片山貴博)

富山県や黒部の紹介映像が上映されるシアターは迫力満点(実はテーマソングを歌っている歌手は、吉田さんのご息女!)展示ゾーンでは、ファスナーの仕組みや窓の機能など、子どもでも楽しく学べるようになっています。

NASAの宇宙服にもYKKファスナーが採用されているなんて知りませんでした!(写真撮影/片山貴博)

NASAの宇宙服にもYKKファスナーが採用されているなんて知りませんでした!(写真撮影/片山貴博)

そんな中でも私が一番感動したのは、「創業者 吉田忠雄ホール」。忠雄氏の生い立ちや起業の歴史、その功績を映像や肉声で知ることができます。
『善の巡環』(自社の利益だけを考えることなく、お客様/社会・取引先とともに繁栄してゆく)を唱えた忠雄氏。この時代の創業者の人生に触れると頭が下がり、「私も頑張ろう!」という気持ちにさせてくれます。

自然の力を利用して暮らす『パッシブタウン』、理想の街づくりに挑戦中

さて、その創業者の志を継ぐ吉田忠裕前会長のお宅がある、『パッシブタウン(PASSIVETOWN)』へと向かいます。

2016年に第1期街区(36戸)が竣工し、現在第3期街区まで入居済み。2025年までには約250戸が完成予定のプロジェクト。これを構想し、推進しているのが吉田さんご自身なのです。

日本海沿岸で沖から吹く夏のそよ風『あいの風』や、立山連峰からの豊富な地下水など富山の自然を利用したパッシブエネルギーで、エネルギー消費の少ない街・住まいを実現する実証実験を、吉田さんご自身で住まいながら研究されています。

『あいの風』を取り込む建築レイアウト。雪国なので駐車場は地下に、その分地上は緑が豊か。ランドスケープの設計は宮城俊作氏(写真撮影/片山貴博)

『あいの風』を取り込む建築レイアウト。雪国なので駐車場は地下に、その分地上は緑が豊か。ランドスケープの設計は宮城俊作氏(写真撮影/片山貴博)

東京から黒部への本社機能一部移転に伴い社員寮や社宅の整備も必要であったことから、その跡地で計画が始まったようですが、今は一般の方も入居する人気の賃貸住宅となっています。

第1期街区の設計は、パッシブハウスの研究者・小玉祐一郎氏。木質バイオマスボイラーや太陽熱、地下水による冷暖房システムによって光熱費を抑える計画(写真撮影/片山貴博)

第1期街区の設計は、パッシブハウスの研究者・小玉祐一郎氏。木質バイオマスボイラーや太陽熱、地下水による冷暖房システムによって光熱費を抑える計画(写真撮影/片山貴博)

第3期街区J棟とK棟(設計:森みわ氏)は、既存の社宅をリノベーションしたもの。資材削減のストック活用であり、減築によって屋上庭園を設けるなどの工夫が評価され、日本で初めてLEED※ Homes Awards 2017の最高位を受賞しました。
※LEED(Leadership in Energy & Environmental Design) 米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運用する環境配慮建築やエリア開発の認証システム

吉田さんは、第1期ー3期街区すべての住戸を住み渡り、現在は第2期街区にお住まいです。最近は神奈川のご家族との本宅と、こちらを半々程度の生活の様子。単身、どんなお宅になっているのでしょう。

第2期街区は、吉田さんが旧知の槇文彦氏による設計。建築界の大御所が手がけたパッシブ賃貸住宅!(写真撮影/片山貴博)

第2期街区は、吉田さんが旧知の槇文彦氏による設計。建築界の大御所が手がけたパッシブ賃貸住宅!(写真撮影/片山貴博)

1階のインターホンで呼び出すと、吉田さんが降りてきてお出迎えくださいました。

地上4階・地下1階(駐車場)建てマンション(写真撮影/片山貴博)

地上4階・地下1階(駐車場)建てマンション(写真撮影/片山貴博)

ご案内いただいたお住まいは、70平米ほどの1LDK。開口部がふんだんに取られた明るいリビングルームでお話を伺いました。

雪国では珍しい、窓・ドアが天井高まで大きく取られたマンション。YKK APの高断熱樹脂窓が実現する気持ちの良い空間(写真撮影/片山貴博)

雪国では珍しい、窓・ドアが天井高まで大きく取られたマンション。YKK APの高断熱樹脂窓が実現する気持ちの良い空間(写真撮影/片山貴博)

『パッシブタウン』は建築後にエネルギー削減目標が実現できているか、住人の住み心地はどうかなどを第三者の専門家が調査する『パッシブタウン性能評価プロジェクト』を実施しているそうです。取材当日も、評価プロジェクト委員会の専門家たちが東京から訪れて、住人と意見交換をしていたようです。

「私は事業主であり、住人であるという両方の立場ですが、いつも委員会に参加して双方の貴重な意見を伺っています」と、吉田さん。

立山連峰を眺めながら、企業として個人として何ができるか考える

『パッシブタウン』のプロジェクトを構想された経緯をお話してくださいました。

「創業当時からYKKの本社は東京でしたが、工場や研究開発を黒部に集約してきました。海外では本社を中心地に置かず、流通面や住環境の良い街を選んできたので、日本の東京一極集中をいろんな意味から回避したいと考えていました」

国が“地方創生”を唱える前から、黒部への本社機能一部移転や街づくりを進めていた吉田さん (写真撮影/片山貴博)

国が“地方創生”を唱える前から、黒部への本社機能一部移転や街づくりを進めていた吉田さん
(写真撮影/片山貴博)

「黒部へ東京から社員が異動して問題だったのは、大きな戸建てはあっても住み慣れた大きさのマンションが無いことだったんですよ。
そんな最中の2011年に東日本大震災が起こり、エネルギー問題に直面したのも当プロジェクトのキッカケ。富山の自然を活用したパッシブデザインにより、エネルギー消費量を抑える住まい方に挑戦しようと思ったのです」

「ここに座って、立山連峰を眺めてるんだ」と、お気に入りの窓際に座らせてくれた(写真撮影/片山貴博)

「ここに座って、立山連峰を眺めてるんだ」と、お気に入りの窓際に座らせてくれた(写真撮影/片山貴博)

バルコニーからも、雄大な山並みが望め、空気も抜群! 手前の3階建がリノベーションの第3期街区K棟、屋上庭園の緑が見える(写真撮影/片山貴博)

バルコニーからも、雄大な山並みが望め、空気も抜群! 手前の3階建がリノベーションの第3期街区K棟、屋上庭園の緑が見える(写真撮影/片山貴博)

それぞれ街区ごとに違う建築家を採用しながら、その知恵を出し合うプロジェクト運営をされていますが、全戸で外断熱システムなどの構造とともに効果を上げるのが、YKK APの樹脂窓『APW』シリーズの高断熱窓。

Low-E複層ガラスに加え、樹脂フレームはアルミ製と比べて断熱性能が高く、冬の結露も心配ない(筆者宅も樹脂フレーム採用!)(写真撮影/片山貴博)

Low-E複層ガラスに加え、樹脂フレームはアルミ製と比べて断熱性能が高く、冬の結露も心配ない(筆者宅も樹脂フレーム採用!)(写真撮影/片山貴博)

高効率全熱交換器の採用など省エネ設備を駆使した電力削減状況が、端末で見ることができると利用者の節電意識も高まる(写真撮影/片山貴博)

高効率全熱交換器の採用など省エネ設備を駆使した電力削減状況が、端末で見ることができると利用者の節電意識も高まる(写真撮影/片山貴博)

「机や椅子、鞄も好きなんだよ」黒部宅ではパーソナルデスクが“男の書斎”

今回は特別に寝室にある、お気に入りデスクまで見せてくださった。

米国人デザイナー、ジョージ・ネルソンのライティング・デスク&チェアー『Swag Leg シリーズ』(ハーマンミラー社)。スーツ&シャツはイタリア製しか着ないのに、アメリカ家具を選ぶところが吉田さんらしい!

「この椅子は、そんなに好きでも無いんだけど。一応、セットだからね」モダンデザインの名作に座り、機能的なパーソナルデスクがコンパクトな書斎(写真撮影/片山貴博)

「この椅子は、そんなに好きでも無いんだけど。一応、セットだからね」モダンデザインの名作に座り、機能的なパーソナルデスクがコンパクトな書斎(写真撮影/片山貴博)

デザイナーやプロダクトのヒストリーが記された『George Nelson』の書籍も(写真撮影/片山貴博)

デザイナーやプロダクトのヒストリーが記された『George Nelson』の書籍も(写真撮影/片山貴博)

デスクのデザイン設計図とともに飾られていた写真は、経済誌の写真展のものと、今年のお正月ご自身で撮られたご夫婦ツーショット。「着物はワイフからのプレゼント」だそう(写真撮影/片山貴博)

デスクのデザイン設計図とともに飾られていた写真は、経済誌の写真展のものと、今年のお正月ご自身で撮られたご夫婦ツーショット。「着物はワイフからのプレゼント」だそう(写真撮影/片山貴博)

金属製の脚を成型する技術“Swag(スウェージ)”が名前の由来。珍しい黒色のデスクが、白い椅子とともに寝室のモノトーンに収まっていた(写真撮影/片山貴博)

金属製の脚を成型する技術“Swag(スウェージ)”が名前の由来。珍しい黒色のデスクが、白い椅子とともに寝室のモノトーンに収まっていた(写真撮影/片山貴博)

『パッシブタウン』での吉田さんの暮らしを垣間見ることができましたが、実は黒部生活の本題はここから!
「黒部でヤギ牧場をやっている」と以前から伺っていて、遂に、その現場へご案内いただくことになりました。

“Think globally, Act locally”を、ここ黒部で実践

「引退しても、何か没頭できる仕事が欲しいと考えていた」ところに、黒部牧場を再生する機会に遭遇したそう。

「富山湾は魚の宝庫、なので山側にも何か観光レジャーになるものがあっても良いと思ってね。チーズが好きなのでヤギ牧場を始めて、黒部で世界に誇れる六次産業をやってみようと思ったわけ」

早速、吉田さんの運転で助手席に乗せていただき牧場へ向かいます。

愛車スバル[フォレスター]雪道もガッツリ走ります!(写真撮影/片山貴博)

愛車スバル[フォレスター]雪道もガッツリ走ります!(写真撮影/片山貴博)

ちなみに、吉田さんは社長・会長時代も役員車を使わずに、東京本社へ神奈川の自宅から1時間半かけて電車通勤。「電車のほうが早いし効率が良い」と。その上、お酒を飲まない吉田さんは「社員に、僕が送るから飲んで良いよって言うんだ」と話します。黒部では本当に社員を送ったりもするそうです。
創業社長の跡取りに育ちながら、分け隔てなく合理的に物事を考える、この姿勢には驚かされます。

20分ほど山に向かって走り、『くろべ牧場 まきばの風』に到着。

富山湾を見下ろす山の斜面に広がる牧場、「向こうが能登半島だよ」(写真撮影/片山貴博)

富山湾を見下ろす山の斜面に広がる牧場、「向こうが能登半島だよ」(写真撮影/片山貴博)

YKKとは全く関係なく、ファミリービジネスとして牧場を一から始めるって……凄い発想。吉田さんは、やっぱりアメリカ的。米国人サラリーマンの夢は、牧場をもつことって良く聞きますから。
「ブラジルの農園は……スイスのバスや鉄道は……ドイツの再生可能エネルギー政策は……」と次々出てくる世界の話は、吉田さんの実体験による生きた知恵。
それを、黒部で活かす。これこそ真の“Think globally, Act locally”

吉田さん直筆の“ゆるい”MAPが微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

吉田さん直筆の“ゆるい”MAPが微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

ヤギ飼育舎の手前にはラベンダーが咲き誇り、いわゆる牧歌的な美しい風景(写真撮影/片山貴博)

ヤギ飼育舎の手前にはラベンダーが咲き誇り、いわゆる牧歌的な美しい風景(写真撮影/片山貴博)

われわれ取材班も長靴に履き替えて、ヤギ牧場見学へ。吉田さんは、赤いMyキャップを被って牧場主に変身!

赤いキャップ、ちょっとトランプ大統領風?(写真撮影/片山貴博)

赤いキャップ、ちょっとトランプ大統領風?(写真撮影/片山貴博)

米国大統領といえば、故ジミー・カーター大統領とは州知事時代からのお付き合い。何と1977年大統領就任式に吉田さんのお父様とお母様は特等席で臨席されたというお話でした。

ヤギは100頭から200頭。生まれては育て、ほかへ譲ったりもしながら徐々に増やしてきたそうです。

ヤギは好奇心旺盛で直ぐに寄ってくる。筆者の指を吸う、子ヤギ。カワイイ!(写真撮影/片山貴博)

ヤギは好奇心旺盛で直ぐに寄ってくる。筆者の指を吸う、子ヤギ。カワイイ!(写真撮影/片山貴博)

富山湾から吹くミネラルたっぷりの風を受けた草を食べ、黒部の美味しい水を飲み健康に育つ子ヤギたち(写真撮影/片山貴博)

富山湾から吹くミネラルたっぷりの風を受けた草を食べ、黒部の美味しい水を飲み健康に育つ子ヤギたち(写真撮影/片山貴博)

「失敗しても成功せよ」『善の巡環』がここにも

ヤギ牧場に似つかわしくないモダンな建物、これは吉田さんと旧知であるイタリア・建築デザイン界の巨匠、マンジャロッティ事務所が設計したレセプションハウス。

レセプションハウス「La Capra」。マンジャロッティ氏は約30年前に東京事務所を設立、2012年に死去(写真提供/マンジャロッティ事務所)

レセプションハウス「La Capra」。マンジャロッティ氏は約30年前に東京事務所を設立、2012年に死去(写真提供/マンジャロッティ事務所)

ヴェネチアンガラスのモダンなシャンデリア「ジョガリ」、テーブル・棚「カヴァレット」と椅子「トレトレ」も全てマンジャロッティによるデザイン(写真撮影/片山貴博)

ヴェネチアンガラスのモダンなシャンデリア「ジョガリ」、テーブル・棚「カヴァレット」と椅子「トレトレ」も全てマンジャロッティによるデザイン(写真撮影/片山貴博)

レセプションハウスの中には、イタリアのチーズ・コンテストで受賞した証明書なども飾られています。

「チーズづくりは試行錯誤、イタリアのチーズ職人の師匠を得てからも5年間ほど格闘しました」(写真撮影/片山貴博)

「チーズづくりは試行錯誤、イタリアのチーズ職人の師匠を得てからも5年間ほど格闘しました」(写真撮影/片山貴博)

『失敗しても成功せよ』と言うYKK創業者である父上、吉田忠雄氏の言葉。
やってみて、失敗しないと成功への道は開けない。そして、やるからには成功させるのだという意志が、このヤギ牧場やチーズづくりにもつながっていると感じました。

“マーケティングの父”と称される、コトラー教授の愛弟子でもある吉田さん。チーズづくりや牧場経営にも、その手腕が発揮されている!?(写真撮影/片山貴博)

“マーケティングの父”と称される、コトラー教授の愛弟子でもある吉田さん。チーズづくりや牧場経営にも、その手腕が発揮されている!?(写真撮影/片山貴博)

富山湾の深層水から採った塩が熟成させた、素晴らしいチーズをいただきました。リコッタ(写真:右上)が、絶品!『カプリーノ』のしょうゆ味(写真:右下)は日本酒にも合いそう(写真撮影/片山貴博)

富山湾の深層水から採った塩が熟成させた、素晴らしいチーズをいただきました。リコッタ(写真:右上)が、絶品!『カプリーノ』のしょうゆ味(写真:右下)は日本酒にも合いそう(写真撮影/片山貴博)

会長引退後の吉田さんは、新たにベンチャー企業の事業家として生き生きと輝いていました。

「あいの風」を感じながら、黒部から地方創生の夢を語ってくださる吉田さん。日本海・富山湾を背景に、牧場のベンチにて(写真撮影/片山貴博)

「あいの風」を感じながら、黒部から地方創生の夢を語ってくださる吉田さん。日本海・富山湾を背景に、牧場のベンチにて(写真撮影/片山貴博)

「シンプルに、『ここに住んでみたい!』と思う魅力的な街にする事が、地方創生なのだと思ってる。仕事があれば、若い人も富山に住みたいと思うはず。だから、次の事業ももう考えているよ!」と、悪巧みをするように微笑む吉田さん。

自分が熱中できる事業を富山に起業し、人を呼び、地域を元気にする『善の巡環』を率先する姿は、日本の経営者たちも憧れる70代の姿ではないでしょうか。

吉田忠裕
YKK/YKK AP取締役(前会長CEO)。1947年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、米国のノースウエスタン大学経営大学院(ケロッグ)修了、“マーケティングの父”と称されるF・コトラー教授に学ぶ(後に、大学院のアドバイザリーボードのメンバーに)。1972年父、吉田忠雄創業のYKK入社(旧吉田興業)。1990年YKK AP/1993年YKK社長、2011年両社会長CEO歴任後、2018年6月退任。
2017年、永年にわたる企業活動を通じての建築文化への貢献により日本建築学会文化賞を受賞。
【YKK】ホームページ
【YKK AP】ホームページ
【PASSIVETOWN】ホームページ
【ヤギチーズ専門「Y&Co」】ホームページ

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

今回お訪ねしたのは、デザイン・コンシャスな人に人気のブランド、トーヨーキッチンスタイルの渡辺会長。名古屋のご自宅ではなく番外編、「THE HOUSE」と呼ばれる名古屋ショールームのプライベートゾーン「THE ROOM」をご案内いただくことになった。その独自の世界観に彩られた空間で、驚きの“私物”コレクションも拝見しながら、渡辺さんのキッチン・デザインへの想いを伺った。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。「天空のショールーム THE HOUSE」にある秘密の扉

名古屋市名東区一社にあるトーヨーキッチンスタイルの本社ショールームは、2014年創立80周年に合わせて増築されたもので既にランドマーク的な建築となっている。

何と取材2日前に、社長交代&会長就任の発表を行った渡辺さん。前日も東京での発表会、お疲れにもかかわらずお出迎えいただいた。

右の白い建物が増築部分。空に突き出すキューブが印象的な建築デザインは、本連載で自邸を取材した橋本夕紀夫氏(写真撮影/糠澤武敏)

右の白い建物が増築部分。空に突き出すキューブが印象的な建築デザインは、本連載で自邸を取材した橋本夕紀夫氏(写真撮影/糠澤武敏)

「いらっしゃい、どうぞ」。お宅では無いものの、渡辺さんにとっては自邸のようなものだ(写真撮影/糠澤武敏)

「いらっしゃい、どうぞ」。お宅では無いものの、渡辺さんにとっては自邸のようなものだ(写真撮影/糠澤武敏)

ちなみに、私は社長交代に驚いたのだが……「70歳、区切りも良い。社内では前から話しているから」と、発表直後にもかかわらずサラっとしている。

元気なうちに確実に継承するという、創業家オーナーだからこその潔い決断。やはり、サラリーマン社長との違いを感じる。

ショールームに入ると、いきなり『FREDERIQUE MORREL(フレデリック・モレル/フランス)』の実物大お馬さんに驚かされ、背後にはパワーストーンのシャンデリア。「あのシャンデリアの下に行くと浄化されるらしいよ(笑)」(写真撮影/糠澤武敏)

ショールームに入ると、いきなり『FREDERIQUE MORREL(フレデリック・モレル/フランス)』の実物大お馬さんに驚かされ、背後にはパワーストーンのシャンデリア。「あのシャンデリアの下に行くと浄化されるらしいよ(笑)」(写真撮影/糠澤武敏)

そしてエレベーターで5階に上がり、『Moooi(モーイ/オランダ)』のファニチャー&照明が展示されてある奥の壁へ……。

壁かと思ったら、「開け、ゴマ」!? 大きな自動ドアがスライドし……渡辺さんがプライベートゾーンに案内してくれた(写真撮影/糠澤武敏)

壁かと思ったら、「開け、ゴマ」!? 大きな自動ドアがスライドし……渡辺さんがプライベートゾーンに案内してくれた(写真撮影/糠澤武敏)

暗い扉の向こうは、眩い白の空間へと一転。この演出に「うわー!」と声を上げてしまうほどハマった私。ここが、招待されたお客様だけが入れる特別な部屋「THE ROOM」。

壁床一面を『SICIS(シチス/イタリア)』のモザイクタイルで覆い、『edra(エドラ/イタリア)』のチェアもスワロフスキー・バージョンで光り輝く。後ろのサボテンは『Gufram(グフラム/イタリア)』のコートハンガー(写真撮影/糠澤武敏)

壁床一面を『SICIS(シチス/イタリア)』のモザイクタイルで覆い、『edra(エドラ/イタリア)』のチェアもスワロフスキー・バージョンで光り輝く。後ろのサボテンは『Gufram(グフラム/イタリア)』のコートハンガー(写真撮影/糠澤武敏)

外観から見えた突き出したキューブに、お気に入りのコレクションが飾られている(写真撮影/糠澤武敏)

外観から見えた突き出したキューブに、お気に入りのコレクションが飾られている(写真撮影/糠澤武敏)

「THE ROOM」の中心に置かれた、大きなガラステーブルでお話を伺うことにした。

ガラステーブルと後ろにあるキッチンカウンター、壁のミラーと共に楕円の有機的なデザインが、未来的な空間に柔らかさを添える(写真撮影/糠澤武敏)

ガラステーブルと後ろにあるキッチンカウンター、壁のミラーと共に楕円の有機的なデザインが、未来的な空間に柔らかさを添える(写真撮影/糠澤武敏)

「キッチンに住む」から「『住む』をエンターテインメント」へ、時代を読む感性

「ここをつくるときも、皆をビックリさせたかった。昔から、あんまり常識的なことはしたく無いんだ」と、先代のお父様から27年前に会社を継がれ、ドラスティックに新事業を推進して来られた渡辺さんの集大成のような場所。

こちらが先代の渡辺三郎社長、「銅像にするより、モザイクタイル画のほうがオシャレでしょ」。SICISのモザイクタイルで写真から製作する商品@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

こちらが先代の渡辺三郎社長、「銅像にするより、モザイクタイル画のほうがオシャレでしょ」。SICISのモザイクタイルで写真から製作する商品@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

「30年前の日本では、キッチンなんてどこも同じようなものしか無かった。建材・設備は問屋などの流通ありきのビジネスで、エンドユーザーから遠かったからね」

後に青山というオシャレ感度の高いファッションの街にショールームを出した、初のキッチン・インテリア会社となる。エンドユーザーに直接評価されたいという想いからだ。

「20代で会社に入ったころ、まだ先先代からの番頭さんたちも居て自分の居場所は無かった」と、当時を振り返る(写真撮影/糠澤武敏)

「20代で会社に入ったころ、まだ先先代からの番頭さんたちも居て自分の居場所は無かった」と、当時を振り返る(写真撮影/糠澤武敏)

「それを良いことに、ヨーロッパをプラプラ放浪していたんだけど、北欧からフランス、イタリアとキッチンや暮らしを見て回った経験が今につながってる」

特に、イタリアで見たキッチン・デザインや、家族が一緒に料理をして楽しんでいるそのライフスタイルに共感を覚えたそう。ミラノ事務所をつくって、イタリアキッチンや暮らしの研究が始まった。

10年以上前に打ち出された「キッチンに住む」というコンセプトも、家族の暮らしの中心がキッチンであるべきというライフスタイルの提案。それを実現するのが、日本で初の”アイランドキッチン”という形だった。

アイランドキッチンの挑戦。2004年にはイタリアの展示会アビターレ・イル・テンポで、オールハンドメイドによるステンレスキッチン「ISOLA.S」(伊藤節氏・伊藤志信氏デザイン)を発表@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

アイランドキッチンの挑戦。2004年にはイタリアの展示会アビターレ・イル・テンポで、オールハンドメイドによるステンレスキッチン「ISOLA.S」(伊藤節氏・伊藤志信氏デザイン)を発表@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

このキッチン「ISOLA.S」が世界の注目を浴びたことによって、ドイツの世界的デザイン賞iFデザイン賞の審査員を務めることにもなったのだそう!

キッチン・デザインをリードしてきた創立80周年の2014年には、「『住む』をエンターテインメント」という新たなコンセプトを打ち出した。

料理という作業を友達や家族と一緒に楽しみながら行い、食事や生活を愉しむというライフスタイル。「住空間、暮らし自体をエンターテインメントにしたい」――昔渡辺さんが見た、イタリアの豊かな生活が日本にも広がりつつあるようだ。

提案をキッチンからリビング、バス・サニタリーまで空間を広げ、『Kartell(カルテル/イタリア)』『moooi(モーイ/オランダ)』という有名家具ブランドの日本代理店として家具を本格的に販売。トータルコーディネートできる体制を整えた。
トーヨーキッチンスタイルと、社名に”スタイル”を入れた想いが社員やお客さんにも伝わってゆく。

「THE ROOM」の椅子、よく見るとトーヨーキッチンスタイルの会社ロゴがモチーフになっている!(写真撮影/糠澤武敏)

「THE ROOM」の椅子、よく見るとトーヨーキッチンスタイルの会社ロゴがモチーフになっている!(写真撮影/糠澤武敏)

お宝が続々! 世界を回って集めたインテリア・コレクション拝見

この「THE ROOM」には、渡辺さんお気に入りのコレクションの数々が収蔵、キューブのショーケースに飾られている。
残念ながら、著作権に触れそうなキャラクターの写真はお見せできませんが……。

1階の馬と同じブランド『FREDERIQUE MORREL』の希少な特注アームチェアが、特等席に鎮座。

ニードルポイント刺繍のフランス人アーティスト、フレデリックさんが家具はつくらないと言うところを「頼み込んでやっとつくってもらったんだ、彼女の家にも行ったよ」ファンが聞いたら卒倒しそうな話(写真撮影/糠澤武敏)

ニードルポイント刺繍のフランス人アーティスト、フレデリックさんが家具はつくらないと言うところを「頼み込んでやっとつくってもらったんだ、彼女の家にも行ったよ」ファンが聞いたら卒倒しそうな話(写真撮影/糠澤武敏)

こちらは、オランダのStudio Job(スタジオ・ヨブ)がデザインしたキャビネット(moooi社)。

『GLOBE』(世界限定50台)という作品名のとおり、真ん中は地球儀(写真は太平洋しか写って無いけど)。“世界を旅する人がお土産を収納するために”とデザインされた作品。渡辺さんにピッタリ(写真撮影/糠澤武敏)

『GLOBE』(世界限定50台)という作品名のとおり、真ん中は地球儀(写真は太平洋しか写って無いけど)。“世界を旅する人がお土産を収納するために”とデザインされた作品。渡辺さんにピッタリ(写真撮影/糠澤武敏)

そして驚かされたのは、その中に入っていたお品……。
世界的建築家フランク・ゲーリーがデザインしたルイ・ヴィトンのバッグが出てきた!

パリのルイ・ヴィトン財団美術館を設計したフランク・ゲーリー、バッグまでデザインしたんだ!? 超驚き。「使わないけど、面白くって欲しくなるんだよね」建築つながりなので、その気持ち分かります(写真撮影/糠澤武敏)

パリのルイ・ヴィトン財団美術館を設計したフランク・ゲーリー、バッグまでデザインしたんだ!? 超驚き。「使わないけど、面白くって欲しくなるんだよね」建築つながりなので、その気持ち分かります(写真撮影/糠澤武敏)

そして圧巻は、チェコのボヘミアンクリスタルブランド『BOREK SIPEK(ボジェック・シーペック)』のベンチ。日本の天皇陛下にも作品が献上された、チェコを代表する工芸品。

「座ってみてよ」と、渡辺さんに勧められ……

ボヘミアンクリスタルガラスの椅子、これも当然一点物。価値の分からない私ですが、なんだかお尻が緊張!(写真撮影/糠澤武敏)

ボヘミアンクリスタルガラスの椅子、これも当然一点物。価値の分からない私ですが、なんだかお尻が緊張!(写真撮影/糠澤武敏)

このほか、誰でも入れるショールームのギャラリーにも必見のコレクションが並ぶ。

『MEMPHIS (メンフィス)』エットーレ・ソットサス作品のオリジナル@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

『MEMPHIS (メンフィス)』エットーレ・ソットサス作品のオリジナル@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

芸術家たちがデザインした椅子も。サルバドール・ダリ(左)とアントニ・ガウディ(右)の椅子@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

芸術家たちがデザインした椅子も。サルバドール・ダリ(左)とアントニ・ガウディ(右)の椅子@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

アートとプロダクトの間に存在するものが集められ、次の100年に向けた渡辺会長の構想が詰まったショールームになっています。

天空に、秘密の花園が出現?

渡辺さんの秘蔵コレクションに圧倒されたところで
「じゃ、ちょっと上にも行ってみようよ」と、エレベーターで「THE HOUSE」の最上階へ。
降りた床にモザイクタイルで書かれた「JARDIN SECRET(ジャルダン・スクレ)」、フランス語で“秘密の花園”。

「JARDIN SECRET(ジャルダン・スクレ)」命名したのは、フランス語も堪能な渡辺会長のお嬢様(トーヨーキッチンスタイル取締役)(写真撮影/糠澤武敏)

「JARDIN SECRET(ジャルダン・スクレ)」命名したのは、フランス語も堪能な渡辺会長のお嬢様(トーヨーキッチンスタイル取締役)(写真撮影/糠澤武敏)

そこは、屋上庭園。ガラスウォールで囲まれた気持ちの良いアウトドア空間になっていた。

床はSICIS社の大理石のモザイクが敷きつめられ、冬場暖をとるヒーターも完備。BBQをして愉しんだりもするそう(写真撮影/糠澤武敏)

床はSICIS社の大理石のモザイクが敷きつめられ、冬場暖をとるヒーターも完備。BBQをして愉しんだりもするそう(写真撮影/糠澤武敏)

庭の中央には井戸。植栽や鉢の選定は渡辺夫人がご担当。フルーツ系・ハーブ系のゾーンに分かれている(写真撮影/糠澤武敏)

庭の中央には井戸。植栽や鉢の選定は渡辺夫人がご担当。フルーツ系・ハーブ系のゾーンに分かれている(写真撮影/糠澤武敏)

「この木は花の一つひとつがLED照明になっていて、夜に光の花がたくさん咲くよ」、『花鳥風月』という名のトーヨーキッチンスタイルの照明商品(写真撮影/糠澤武敏)

「この木は花の一つひとつがLED照明になっていて、夜に光の花がたくさん咲くよ」、『花鳥風月』という名のトーヨーキッチンスタイルの照明商品(写真撮影/糠澤武敏)

ここでも、驚きの渡辺コレクション発見!

イタリアデザイン界の巨匠、Gio Ponti(ジオ・ポンティ)作の噴水。顔が描かれ、青い部分が口で噴水になっている(写真撮影/糠澤武敏)

イタリアデザイン界の巨匠、Gio Ponti(ジオ・ポンティ)作の噴水。顔が描かれ、青い部分が口で噴水になっている(写真撮影/糠澤武敏)

「とにかく、たくさん見ること」経験がセンスを研ぎ澄ます

渡辺さんのデザイン・センスや本物を見つける目利きには、いつも驚かされる。その極意は?

「若いうちから、インテリアなら家具のショールームや住宅のモデルハウス、知人宅なんかもたくさん見ることだね。すると『何でこうなっているんだろう?』とか疑問をもつようにもなるし、自分でもやってみようという感性が育つと思うよ」

ご自身も大学時代、アメリカ留学をしたころに見た成功者たちの豪邸が、記憶に強く刻まれていると。「テレビドラマの『サンセット77』を見て、アメリカのライフスタイルに憧れたりもしたね」(写真撮影/糠澤武敏)

ご自身も大学時代、アメリカ留学をしたころに見た成功者たちの豪邸が、記憶に強く刻まれていると。「テレビドラマの『サンセット77』を見て、アメリカのライフスタイルに憧れたりもしたね」(写真撮影/糠澤武敏)

ところで、ご自宅は10数年前に建築されたが「趣味は引越し」というくらい、お住まいは結構変わってきたのだそう。

「元々、放浪癖があるんだよ。実は、3歳の時に一人で三輪車こいでいなくなったらしい(笑)。それ以来だね」

“おいしい”と噂を聞けば、世界中を駆け回る渡辺さん。

「でも食は日本が一番、味覚の感性が違うよ」だからこそ、キッチンへのこだわりも、日本人が世界一であるべきと感じておられる。

「THE ROOM」のキッチン背面には壁一面のワインセラー。ワイン350本は収容できる、まるでお店のよう。

「ワイン収集を始めたのはここ10年、後発なので皆があまりそろえていないアメリカものを集めたりしてる」(写真撮影/糠澤武敏)

「ワイン収集を始めたのはここ10年、後発なので皆があまりそろえていないアメリカものを集めたりしてる」(写真撮影/糠澤武敏)

と言いながら、私が好きなシャンパンを仕事終わりに開けてくださった。

70歳とは思えないスタイリッシュないでたちで、知識欲と活動はとどまるところを知らず(写真撮影/糠澤武敏)

70歳とは思えないスタイリッシュないでたちで、知識欲と活動はとどまるところを知らず(写真撮影/糠澤武敏)

今年のミラノ・サローネは何に注目しているかと尋ねたら、
「インテリアとトップファッションのコラボレーションに注目しています。今年はカルテルがJJマーティンとコラボをするようなので楽しみですね」
とのこと(取材はミラノサローネ開催前)。

会長となって今後は自由な時間もできるとすれば、まだ見ぬ世界への探究心は衰えるどころか、放浪癖がまた出てきそうなお話ぶりだった。

●取材協力
渡辺 孝雄
株式会社トーヨーキッチンスタイル代表取締役会長。1948年生まれ、米ウィッテンバーグ大学卒業。祖父が1934年岐阜県関市に金属洋食器メーカーを創業、トーヨー工業2代目の父に継ぐ3代目として1991年トーヨーキッチン(現トーヨーキッチンスタイル)社長に就任。「キッチンに住む」を提唱するなどキッチンの概念を変えるプロダクトを発表し続け、インテリアやファッションにも事業を拡大。世界のアート&グルメに精通、独自の美的センスでライフスタイルを提案する目利き。今年2018年3月、会長に就任。
・トーヨーキッチンスタイル ホームページ

あの人のお宅拝見[7] ガーデ二ング誌の編集者が家族と造り上げた、庭を愉しむ住まい

住宅業界のプレス発表会には、いつもすてきないでたちでいらした大先輩・横山禎子(ていこ)さん。昨年、71歳でガーデニング誌『BEISE(ビズ)』編集者としての現役を引退されたと聞き、念願のご自宅への訪問がかなった筆者。子育てと仕事を⻑年両立してきた、横山さんの興味深い半生記もお伺いすることができました。連載【あの人のお宅拝見】
『月刊 HOUSING』元編集⻑など住宅業界にかかわって四半世紀以上のジャーナリストVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。庭を愛する人は、家のクオリティにも妥協がない

横山さんのお住まいがあるのは東京都下町田市の緑が残る山の手住宅地。門扉からも階段が続く高台立地。

【画像1】取材当日は秋景色。花が終わっていたので、後日送っていただいた夏の写真が右。アガパンサスの⻘い花が両脇に(写真撮影/(左)片山貴博・(右)横山さん)

【画像1】取材当日は秋景色。花が終わっていたので、後日送っていただいた夏の写真が右。アガパンサスの⻘い花が両脇に(写真撮影/(左)片山貴博・(右)横山さん)

【画像2】タイル張り外壁に上げ下げ窓(米国マービン社製)、瀟洒(しょうしゃ)な外灯、趣のあるテラコッタ製ベンチ……と、期待値が上がるエントランス(写真撮影/片山貴博)

【画像2】タイル張り外壁に上げ下げ窓(米国マービン社製)、瀟洒(しょうしゃ)な外灯、趣のあるテラコッタ製ベンチ……と、期待値が上がるエントランス(写真撮影/片山貴博)

そして、迎えられた玄関の迫力に圧倒された!

昨今、一戸建て住宅なのにマンションのようなシングルドアの玄関が多いことを残念に思う筆者としては、この両開きの扉を見て「流石、横山さん!」と感激。家に想いがある人かどうかは、玄関に表れるもの。

【画像3】オークむく材、両開きのフレンチドアは米国製。開閉時の音に重厚感があるのは高級車と同じ感覚(写真撮影/片山貴博)

【画像3】オークむく材、両開きのフレンチドアは米国製。開閉時の音に重厚感があるのは高級車と同じ感覚(写真撮影/片山貴博)

玄関を入ると、2階への吹抜け階段とステンドグラスのリビングドアから陽が入り、明るいホールになっていました。

【画像4】亡き夫、版画家・横山皓一氏の作品がエントランスホールでお出迎え(写真撮影/片山貴博)

【画像4】亡き夫、版画家・横山皓一氏の作品がエントランスホールでお出迎え(写真撮影/片山貴博)

リビングドアの先に広がっていたのは、構造梁(はり)を見せた木質感たっぷりのリビング&ダイニング。大きな植物が豊かなインドア・ガーデンと、大きな出窓の向こうにはお庭の緑も見えます。

【画像5】ケヤキの大黒柱が中央に。煖炉も備え付けられ、ノスタルジックなインテリア(写真撮影/片山貴博)

【画像5】ケヤキの大黒柱が中央に。煖炉も備え付けられ、ノスタルジックなインテリア(写真撮影/片山貴博)

横山さんのお気に入り、窓辺の庭が眺められる特等席でお話を伺いました。

版画家のご主人がアトリエを拡張したい時期でもあった二十数年前、この家の建築を計画されたそう。「夫は建築が好きだったし、建材・設備選びは洋書などからアイデアを集めてね。庭もほとんど自分たちの手で造り上げたの」

【画像6】「この家は21年前、50歳のころに建てたの。実は29歳のときに最初の家を建ててうまく売れて(笑) 、2度目の家づくりだから、夫と2人で相当こだわりましたよ」(写真撮影/片山貴博)

【画像6】「この家は21年前、50歳のころに建てたの。実は29歳のときに最初の家を建ててうまく売れて(笑) 、2度目の家づくりだから、夫と2人で相当こだわりましたよ」(写真撮影/片山貴博)

【画像7】「大きな植物を育てるために、吹抜けをつくったの」と横山さん。インドア・ガーデンで、ケンチャヤシがすくすくと3m以上に育っている(写真撮影/片山貴博)

【画像7】「大きな植物を育てるために、吹抜けをつくったの」と横山さん。インドア・ガーデンで、ケンチャヤシがすくすくと3m以上に育っている(写真撮影/片山貴博)

植物のために設計するなんて、ガーデニング誌の編集者らしいと思いきや、「ここは『BISES』の編集部に入る前なの。元々、私はファッション誌の編集から始まってね……」と、私の知らなかった横山さんのキャリア話。

50 年近く前、女性の就職先など選べる時代では無かったころ。「私は最初から雑誌の編集がやりたくて、やっとの思いで就職できたのが『服装』というファッション誌の編集部。当時の出版社は徹夜なんて当たり前で、結婚するか仕事するかの選択だったわね」

そんな時代に、「人生、何事も楽しみたいと思って」結婚・出産と仕事を両立してきた横山さん。「でもさすがに、徹夜仕事と子育ては無理なので退職しました」

その子育て中、子どもとの庭いじりで精神的安らぎを得られた経験も次のキャリアにつながったのだそう。「子育てママ向けの『sesame(セサミ)』という雑誌が創刊され、ママの居ない編集部からお声がかかって」5時までの実質契約社員として出版社に復帰、ママとしての読者視点で企画を実現していったそうです。

子育て後にはがんも経験し、ガーデニングの世界へ没頭

お話しの続きは、お庭に出て伺うことにした。

【画像8】花は少ないなか、紅葉が進み始めたお庭。⻩色のオーニング(可動式の日よけ)はオランダ製、夏にはテラス全体を日陰にすることもできる(写真撮影/片山貴博)

【画像8】花は少ないなか、紅葉が進み始めたお庭。⻩色のオーニング(可動式の日よけ)はオランダ製、夏にはテラス全体を日陰にすることもできる(写真撮影/片山貴博)

「この家を建てた50歳のころ、がんが発覚して手術入院したのね。だけど、病院からFAXで原稿のやり取りをしていたわ(笑) 凄いわよね!」とさらりと話され、面食らった筆者……既に20年経過し、完治したそうで何より。

ちょうど、同じ出版社から創刊されて注目していたガーデニング誌『BISSE』。「今だからこそやりたいのは、これだ!」と、横山さんは編集⻑に手紙を書き、以来20年間、編集⻑の片腕として日本のガーデニング文化を担われてきました。

【画像9】ガーデン・ファニチャーを置いてくつろげるお庭は、正にアウトドア・リビング(写真撮影/片山貴博)

【画像9】ガーデン・ファニチャーを置いてくつろげるお庭は、正にアウトドア・リビング(写真撮影/片山貴博)

「雑誌をつくるときは、自分なら何を見たいか?って考えると、次々にやりたいテーマが出てきてね。またそれを家で実践して楽しんでたの」。自分が好きな事だから良い仕事ができて、結果、⻑く続けられるという好例ですね。

「この石畳(【画像10】)も、基礎の砂利から自分たちでやったのよ。夫が指示するように、私と息子が動いてね」

【画像10】素人仕事には見えない石畳。自然に生えたコケが雰囲気ある小径(こみち)、庭の奥へと続く(写真撮影/片山貴博)。右写真は夏、アジサイの一種ノリウツギが咲いている写真(横山さん撮影)

【画像10】素人仕事には見えない石畳。自然に生えたコケが雰囲気ある小径(こみち)、庭の奥へと続く(写真撮影/片山貴博)。右写真は夏、アジサイの一種ノリウツギが咲いている写真(横山さん撮影)

ガーデ二ング取材の経験は、自邸で随所に活かされていて見どころが満載。

【画像11】「庭は外の街並みとの調和も大切なので、できるだけ日本の樹木を植えています」(写真撮影/片山貴博)

【画像11】「庭は外の街並みとの調和も大切なので、できるだけ日本の樹木を植えています」(写真撮影/片山貴博)

【画像12】英国っぽい小物やバードバス、ガーデン愛好家なら「いいね!」したくなるさり気なさ(写真撮影/片山貴博)

【画像12】英国っぽい小物やバードバス、ガーデン愛好家なら「いいね!」したくなるさり気なさ(写真撮影/片山貴博)

【画像13】「夫はお昼から、ここでビールを愉しんだりして……創作活動は室内にこもるから、庭で季節を感じ ることは彼にとって大切だったのね」と、思い出を語ってくれた(写真撮影/片山貴博)

【画像13】「夫はお昼から、ここでビールを愉しんだりして……創作活動は室内にこもるから、庭で季節を感じ ることは彼にとって大切だったのね」と、思い出を語ってくれた(写真撮影/片山貴博)

「田舎風が好きなの」 こだわりのキッチンはフレンチ・カントリー

お庭を見て回り、お部屋に戻ると「こちらで休憩してちょうだい」と、庭に面したダイニングへ案内してくださった。

【画像14】木製家具の温かみあるダイニング&キッチン(写真撮影/片山貴博)

【画像14】木製家具の温かみあるダイニング&キッチン(写真撮影/片山貴博)

カウンターの向こうに見えるのは、コの字型の広いキッチン。「キッチンはタイル張りにしたかったの。大好きなアルハンブラ宮殿からインスピレーションを受けた“ブルー&イエロー”がテーマカラーです」

【画像15】タイル(フランス製)と調理器具や小物も“ブルー&イエロー”でそろえられてすてき!(写真撮影/片山貴博)

【画像15】タイル(フランス製)と調理器具や小物も“ブルー&イエロー”でそろえられてすてき!(写真撮影/片山貴博)

【画像16】水栓はオリュス社(フランス)のクラッシックデザイン。珍しいカラーシンクと共にフレンチ・カントリーなテイスト(写真撮影/片山貴博)

【画像16】水栓はオリュス社(フランス)のクラッシックデザイン。珍しいカラーシンクと共にフレンチ・カントリーなテイスト(写真撮影/片山貴博)

【画像17】洗面サニタリーでは、キッチンと同じタイルを大判のタイルと組み合わせたデザインに(写真撮影/片山貴博)

【画像17】洗面サニタリーでは、キッチンと同じタイルを大判のタイルと組み合わせたデザインに(写真撮影/片山貴博)

子育てと忙しい編集の仕事をもちながら「原稿を家に持ち帰ってでも、夕食は家族と共にしていました」と横山さん。このキッチンを見れば、庭づくりだけでなくお料理も相当お上手なのが分かります。

【画像18】キッチンでコーヒーを入れながら、こだわって選んだキッチンの建材についても興味深いお話が(写真撮影/片山貴博)

【画像18】キッチンでコーヒーを入れながら、こだわって選んだキッチンの建材についても興味深いお話が(写真撮影/片山貴博)

キッチン天板は御影石。「天然石なので食器を落としたら割れるのよ。だから優しく扱わないといけないの、粗雑な私が治っていいのよね」。そういう考え方、筆者は共感するところ! 余りにも簡単で便利で安くなり過ぎると、物の扱いが雑になるんですよね。

しばらく話していると、「私はおやつに甘いケーキより、こんなキッシュのほうが好きなの」と、オリーブを添えて運んでくださった。

【画像19】気候が良いときは、お庭のテーブルで休憩されるそう。お茶でなく、「ホットワインが好きでね」と横山さん(写真撮影/片山貴博)

【画像19】気候が良いときは、お庭のテーブルで休憩されるそう。お茶でなく、「ホットワインが好きでね」と横山さん(写真撮影/片山貴博)

【画像20】温かいホットワインをキッシュと共にいただき、身も心も温まって幸せ満開の筆者!(写真撮影/片山貴博)

【画像20】温かいホットワインをキッシュと共にいただき、身も心も温まって幸せ満開の筆者!(写真撮影/片山貴博)

落ち着いたインテリアの中、バイオリンのクラシック音楽と共に聞こえていたのは、水槽の優しく心地良い水の音。

【画像21】ご家族写真の下にある水槽。「夫が家での時間が⻑いから、何か生き物が居ると良いと思って飼った熱帯魚なの」(写真撮影/片山貴博)

【画像21】ご家族写真の下にある水槽。「夫が家での時間が⻑いから、何か生き物が居ると良いと思って飼った熱帯魚なの」(写真撮影/片山貴博)

お話の随所で亡きご主人との思い出話が出てきて、まだその存在も感じられるお住まいでした。お二人で丹精こめて造り上げた家と庭、文字通り素晴らしい“家庭”を築かれた横山さんのお話に感動しきり。

【画像22】Quality of Life、豊かな住生活を営むお手本の横山さん(写真撮影/片山貴博)

【画像22】Quality of Life、豊かな住生活を営むお手本の横山さん(写真撮影/片山貴博)

20代から50代の好奇心と行動力で走り切った半生と、今70代で新たなステージを歩み始めた横山さんのこれからを、ロールモデルとして私は追いかけて行きたいと思いました。

横山禎子
1946年愛媛生まれ。婦人生活社で『服装』『sesame』など雜誌編集者として第一線で活躍。23歳で結婚。『sesame』では子育てママの実体験を通じた読者視点の企画が好評を博す。50歳でガーデニング誌『BISES』(2017年1月発行号にて休刊)の編集に加わり20年間、庭のあるライフスタイルの魅力を提案し日本のガーデニング市場を牽引してきた。現在は地元で里山の保全やフットパスのNPO活動、山歩きなどを楽しむ。

あの人のお宅拝見[6] 料理研究家・有元葉子邸、建築家の娘がリノベーションで実現したキッチン・オリエンテッドな住まい

お料理だけでなく、その洗練されたライフスタイルに多くの女性ファンを持つ、料理研究家の有元葉子さん。筆者もその一人だが、実は有元さんの長女・このみさんとは10年前に地元の活動で知り合っていた。当初は有元さんの娘さんとは知らず、建築家・八木このみさんの柔らかな物腰に惹かれ親しくなった。

今回、取材の依頼を快く受けてくださったこのみさん。母上の料理研究家・有元葉子さんはイタリアの家に滞在中でご不在だったが、自身が手掛けられた母上宅のリノベーションを案内いただきながら、ゆっくりお話を伺うことができた。

連載【あの人のお宅拝見】
住宅業界にかかわり四半世紀以上のジャーナリストVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。築30年のマンションをフルリノベーション

5年ほど前に、自分らしい住まいにしたいと新たな家探しを始めた有元葉子さん。建築家である娘のこのみさんと共に選んだのが、こちらのマンション。築30年ほどですが、全室に窓があり、その窓から豊かな緑が臨める環境が決め手だったそう。

玄関ドアを開けると、正面に大きな出窓のあるホールに圧倒された。マンションでここまで広く、明るい玄関ホールは初めて!

【画像1】玄関の床壁、廊下をモルタル仕上げで一体化したシンプルで都会的なデザイン。窓の日差しがあるので、冷たく感じない(写真撮影/片山貴博)

【画像1】玄関の床壁、廊下をモルタル仕上げで一体化したシンプルで都会的なデザイン。窓の日差しがあるので、冷たく感じない(写真撮影/片山貴博)

【画像2】玄関で左右に居室が分かれる間取り、入って右手(写真奥)が寝室などプライベートゾーン。木製フローリングで、扉が無くても視覚的に境界だと分かる。3LDKから1LDK+Nへのリノベーション(写真撮影/片山貴博)

【画像2】玄関で左右に居室が分かれる間取り、入って右手(写真奥)が寝室などプライベートゾーン。木製フローリングで、扉が無くても視覚的に境界だと分かる。3LDKから1LDK+Nへのリノベーション(写真撮影/片山貴博)

【画像3】玄関を入って左手、キッチン・リビングなどのパブリックゾーンに続く床は、玄関と同じモルタル仕上げでシームレスに。鏡を天井高まで貼り奥行きを演出(写真撮影/片山貴博)

【画像3】玄関を入って左手、キッチン・リビングなどのパブリックゾーンに続く床は、玄関と同じモルタル仕上げでシームレスに。鏡を天井高まで貼り奥行きを演出(写真撮影/片山貴博)

このみさんに、施主である母上の要望や住まいへの想いを聞いてみた。

「実は私が母の家を設計するのは、ここが2軒目なの。最初は長野県の別荘、その時は『白黒、モノトーンの家にしたい』という要望でした」

【画像4】15年前に長野県野尻湖の母上の別荘を設計、斬新な形状で海外の本にも紹介。その写真を見せてくれた、このみさん(写真撮影/片山貴博)

【画像4】15年前に長野県野尻湖の母上の別荘を設計、斬新な形状で海外の本にも紹介。その写真を見せてくれた、このみさん(写真撮影/片山貴博)

【画像5】傾斜地の等高線に沿って建物を設計。外観が山並みに調和すると共に、室内にも木々が自然と入り込む。母・葉子さんの要望通り、モノトーンのシャープな空間(写真撮影/繁田 論)

【画像5】傾斜地の等高線に沿って建物を設計。外観が山並みに調和すると共に、室内にも木々が自然と入り込む。母・葉子さんの要望通り、モノトーンのシャープな空間(写真撮影/繁田 論)

「今回は、日本の素材をできるだけ使ってほしいと言われました。デザイン的には別荘とは違って、自宅として心地よいものに。母は私と違って“甘いモノ”が好きなんですよ」と、“甘い”とはデザイン・テイストのことで、レースなど乙女チックなかわいい系らしい。私も年々、“甘いモノ”好きになってるんだなぁ……。

「心底好きだった」実家の住空間が原風景

有元さんは、娘3姉妹が成長してから料理研究家としてメディアでも有名になった方。子育て中はどんなお母様だったのでしょう?

「小さいころから母は人を家に招いて、お料理を振る舞うのが好きでした。私たち娘には『料理は、しっかり食べて舌で覚えれば良い』という教えで、結婚して必要に迫られるまで母は特に教えようとしたり、手伝わせることもなかったんですよ」

このみさんの学生時代、母上がつくるお弁当は友達から注目の的で、わざわざ教室まで見に来る人たちがいたようです。既に料理研究家の片鱗がうかがえるお話。

「キッチンであれこれ試しながら研究している母の姿は楽しそうで、私たち姉妹も自然と料理好きにはなりました」

【画像6】「食べることは全ての基本。しっかり食べないと、体だけでなく心も育たないですよね」(このみさん)(写真撮影/片山貴博)

【画像6】「食べることは全ての基本。しっかり食べないと、体だけでなく心も育たないですよね」(このみさん)(写真撮影/片山貴博)

そのかわり、厳しく言われていたのは「片付け」だそう。「母は新聞の朝刊を読んだら、すぐに古紙置場へ片付けるような人。物は増やさない、ためないがポリシーです」。なるほど、こちらのお宅はショールームのように片付いていたのですが、それが有元家の日常のようです。

そんな、食べることを大切にして育ったこのみさんが設計する家は、キッチンが中心にあるキッチン・オリエンテッドな家。

「その家の一番良い場所を、キッチンにするプランニングを提案しています」

【画像7】大きな窓に面した明るいキッチン、タイル張りのL字型&木製のアイランド。天井板を取って配管を出した形で天井を高くした(写真撮影/片山貴博)

【画像7】大きな窓に面した明るいキッチン、タイル張りのL字型&木製のアイランド。天井板を取って配管を出した形で天井を高くした(写真撮影/片山貴博)

カスタムメイドのアイランドキッチン(オーク材)は、キャスター付きの可動式。これは、母上の料理教室スタジオで採用し好評だったので同じ機能にしたもの。人が集まるときにはレイアウトを変えられる、便利なモバイルキッチン。

「キッチンのキャビネット収納は、引出し型でなく[扉+内引出し]を私は提案しています」。引出し型より、取り出しやすく収納力もあるからだそう。内引出しはドイツ製の頑丈なステンレス製レール。

【画像8】扉の中はスライド式の可動棚。『ラバーゼ』ブランドで料理道具をデザイン監修している有元さんのキッチンには、当然ボウルから水切りかごまで『ラバーゼ』が勢ぞろい!(写真撮影/片山貴博)

【画像8】扉の中はスライド式の可動棚。『ラバーゼ』ブランドで料理道具をデザイン監修している有元さんのキッチンには、当然ボウルから水切りかごまで『ラバーゼ』が勢ぞろい!(写真撮影/片山貴博)

【画像9】「日本は料理道具が多いので、きっちり片付けられるようプランニングします」(写真撮影/片山貴博)

【画像9】「日本は料理道具が多いので、きっちり片付けられるようプランニングします」(写真撮影/片山貴博)

ドイツの老舗GAGGENAU社のガスコンロ。アイランドにはIHコンロと鉄板焼プレートもビルトイン。

【画像10】プロ仕様のコンロをタイルのカウンタートップに収め、ノスタルジックで懐かしいデザインに仕上げたキッチン。このみさんの言う“甘い”テイスト、私は大好き!(写真撮影/片山貴博)

【画像10】プロ仕様のコンロをタイルのカウンタートップに収め、ノスタルジックで懐かしいデザインに仕上げたキッチン。このみさんの言う“甘い”テイスト、私は大好き!(写真撮影/片山貴博)

「タイル張りのカウンタートップは雰囲気が良いだけでなく、意外と使いやすいですよ。最近のタイル目地は進化していて防汚機能も高くなっています」。有元邸では、L字で窓辺のカウンターまでタイルを張り、一体で質感のあるインテリア空間に仕上げている。

飾るものでなく、実用的なものが好きな母

キッチン上部はオープンシェルフ、籠(かご)のコレクションが印象的。

【画像11】「籠は、その土地ごとの素材でつくられたものが必ずどこにでもあるので、集めるのが好きみたいです」(このみさん)(写真撮影/片山貴博)

【画像11】「籠は、その土地ごとの素材でつくられたものが必ずどこにでもあるので、集めるのが好きみたいです」(このみさん)(写真撮影/片山貴博)

「でもね、これ飾りじゃなくて日常使っているもので。こんな使い方もしていて……」と言って、取り出してくれた籠の中には……「ゴム手袋が入っているの(笑)」

【画像12】布巾とかスポンジなどが籠に収納されている。単なる紐も、こんな風にするとインテリア小物のよう(写真撮影/片山貴博)

【画像12】布巾とかスポンジなどが籠に収納されている。単なる紐も、こんな風にするとインテリア小物のよう(写真撮影/片山貴博)

籠コレクションかと思いきや、片付けの達人らしいなんとも実用的なデコレーション。ぜひ、マネしたいアイデアです。

【画像13】籠は国内も地方によって特徴があるし、海外からでも軽いから持ち帰りやすいお土産。これぞ、暮らしの達人!(写真撮影/片山貴博)

【画像13】籠は国内も地方によって特徴があるし、海外からでも軽いから持ち帰りやすいお土産。これぞ、暮らしの達人!(写真撮影/片山貴博)

キッチンからワンルームでつながるオープンな空間は、ダイニング・リビング的な場所。中央には「母が、いつか欲しいと思っていた」著名な木工作家ジョージ・ナカシマ(米国)のラウンドテーブル。日本では香川県の桜製作所でつくられているもの。

【画像14】モルタル床に分厚いブラックウォールナット製テーブル、藤を編んだような紙パルプ製チェアにガラスのペンダント照明と、マテリアル・ミックスをこなした大人のインテリア(写真撮影/片山貴博)

【画像14】モルタル床に分厚いブラックウォールナット製テーブル、藤を編んだような紙パルプ製チェアにガラスのペンダント照明と、マテリアル・ミックスをこなした大人のインテリア(写真撮影/片山貴博)

【画像15】「この迫力あるテーブルに、パステルカラーのチェアを合わせるところが“甘いモノ”好きな母っぽい。私にはこの組み合わせは思いつきませんね(笑)」と、このみさん(写真撮影/片山貴博)

【画像15】「この迫力あるテーブルに、パステルカラーのチェアを合わせるところが“甘いモノ”好きな母っぽい。私にはこの組み合わせは思いつきませんね(笑)」と、このみさん(写真撮影/片山貴博)

クールなデザインが好きなこのみさんに対し、私を含めた有元ファンは「この女性らしいヌケ感」に惹かれるのであります。

有元家のルール「おせちづくりは、全員集合!」

二児の母でもあるこのみさんは、夫と主宰する建築事務所の建築家であり経営者。自分のことだけで一杯一杯な筆者から見ると、さぞや忙しそうで、寝込んだりしないのかと心配しますが「母こそ今だに、国内外を飛びまわって大丈夫かしらと(笑)私も好きな仕事に没頭するのは、母譲りなんでしょうね」と笑います。

【画像16】「子どものころから母は、『仕事は一生続けなさい』と言っていたの」その言葉通りこのみさんは、子育てをしながら建築の仕事を続けてきた(写真撮影/片山貴博)

【画像16】「子どものころから母は、『仕事は一生続けなさい』と言っていたの」その言葉通りこのみさんは、子育てをしながら建築の仕事を続けてきた(写真撮影/片山貴博)

「母が仕事を始めたころは、どんな仕事も断らず引き受けて頑張っている姿を見てきました。子どものために必死だったと思います。今、自分も子どもを持ち『母は立派だったなぁ』と改めて実感します」

まだまだ現役でご活躍の母・葉子さんは、独立した娘達ファミリーと顔を合わす機会も少なくなりがち。「ここ10年くらい年末のおせちづくりは家族全員、絶対参加という暗黙の厳しいルールがあるんです(笑)」

年末の数日間、家族総出でキッチンに立ち手間暇をかけてつくるおせち料理。

【画像17】出来上がった25品目にも及ぶおせち料理!八木家では、浅めの漆塗りのお重に詰める(写真提供/八木このみさん)

【画像17】出来上がった25品目にも及ぶおせち料理!八木家では、浅めの漆塗りのお重に詰める(写真提供/八木このみさん)

その充実したおせち料理は『有元家のおせち作り』という本にも収められていますが、『おせちづくりには日本料理の基本が全て入っているから、年に一度、皆でつくるのは大事なこと』という母上の想いがあるという。それだけでなく、作業の合間に出されるまかない料理が充実していて、男子の孫たちもそれを楽しみに参加するそう。流石、料理研究家。孫の代まで胃袋つかんでマス。

今回の有元邸を訪問しこのみさんのお話を伺って、母・有元葉子さんが娘たちに伝えたいことが、このおせちづくりの“時と場”に集約されているように思えました。

食を通じて人をつくる素晴らしさを伝える母、それを実現するキッチンを設計するのが娘なんて、出来過ぎなストーリーですね。私も年始をおせちで祝えるよう、年末のラストスパート頑張りたいと思います!

建築家 八木このみ(娘)
1968年東京都生まれ。1993年芝浦工業大学工学部建築工学科卒業、1995年芝浦工業大学大学院修士課程修了。2000~2001年荻津郁夫建築設計事務所勤務を経て、2001年~ 夫・八木正嗣氏と八木建築研究所を主宰。2010年~ 芝浦工業大学非常勤講師。
ホームページ【八木建築研究所】
料理研究家 有元葉子(母)
料理教室やショップ経営の他著書も多数、料理関連以外にも『有元葉子・このみ・くるみ・めぐみ 母から娘へ伝える暮らしの流儀』など、新刊は『有元葉子の料理教室 春夏秋冬レシピ』。
ホームページ【@ da arimoto yoko】