断熱等級6以上が標準装備の”スーパー工務店”に脚光。「時代の2歩先」モットーに30年前から樹脂製サッシやペアガラス、気密測定、全館暖房も採用の超高性能な家づくり 埼玉「夢・建築工房」

住まいの気密性・断熱性を高める重要性は、徐々に周知されつつあります。しかし、その一方で、高性能住宅を施工する工務店の中でも、意識や技術には差があるというのが現状です。

2025年にはすべての新築住宅に省エネ基準の適合が求められますが、新築住宅の着工数は減少傾向にあり、既存住宅の割合は増えるばかり。さらに、新築住宅は高騰を続けていることから、消費者ニーズを満たし、カーボンニュートラル達成のためには、新築住宅のみならず既存住宅の性能向上が不可欠だといえるでしょう。

そこで今回は、いち早く気密・断熱改修に力を入れている埼玉県の工務店「夢・建築工房」を取材。代表取締役の岸野浩太(きしの・こうた)さんに、今の日本の課題や高性能リノベーションの効果についてお聞きしました。

30年前から超高性能な家づくりに取り組む理由(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房は1995年、埼玉県東松山市で創業しました。今でこそ、住まいの断熱、気密の重要性が認知され始めていますが、約30年前の当時の家は、夏は暑く、冬は寒いのが当たり前。窓は単板ガラスが一般的で、1992年の省エネ法改正により徐々に断熱性能の重要性が高まりだしたころ、同社ではすでに樹脂製のサッシやペアガラスを取り入れ、気密測定や全館暖房などの仕組みを導入していたといいます。

「創業者の土居は、空調換気の仕事やハウスメーカーの現場監督を経て独立したと聞いています。おそらく、何か変わったことをやりたかったんじゃないですかね。当時、うちでつくっていた住まいは、UA値でいうと0.5前後くらい(ZEH水準以上)です。時代に先駆けてここまでやるのは『バカ』ですよ(笑)でも、その『バカ』たちが日本の住宅性能を上げてきたのだと思います」(岸野さん、以下同)

岸野さんが代表に就いたのは、2013年のこと。その前年には東京都でドイツ認定のパッシブハウスを2棟施工し、UA値0.3を切る家(断熱の最高レベル)を建築していたといいます。とはいえ、当時はまだまだ高断熱・高気密の重要性やその言葉自体もあまり認識されていない時代だったため、同社の現場に見学に来る工務店も多かったのだとか。

「営業も発信もせず、ただただ性能の高い住まいづくりをしていたら、自ずと高性能住宅として評判が上がっていきました。一般の方より先に目をつけてくれたのは、全国のメーカーさんや工務店さんです。当時、興味津々でうちの現場を見に来ていた業者さんは、今では断熱等級7の住宅しかつくっていないですよ」

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

日本の家づくりはようやく「スタートライン」に立ったところ

高性能住宅は、単に高性能な建材や設備を使うだけでなく、高い設計力や施工技術を要します。同社では、高い品質を維持・管理するため社内に住宅管理部を置き、同社専属の8名の大工のみが施工しているそうです。

「大工さんを増やすときは、しばらく他の大工さんと一緒に現場に入ってもらいます。先進的な家づくりをしている他国に学びに行くこともありますし、うちみたいに他とは違うことをやっている工務店の現場にお邪魔して学ばせていただくこともあります。モットーは『2歩先を行く』こと。他と同じことをしていないで、常にバカなことをやっていきたいと思っています」

建築業界には、以前から他社と切磋琢磨し、学び・学ばれる文化があるようです。しかし、そのような交流が見られるのは一部であり、日本の建築技術は決して高いとはいえないと岸野さんは言います。

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

「2025年からすべての新築住宅に省エネ基準適合が義務付けられますが、いくら机上で高性能な住宅を設計しても、それが実現できるかどうかは現場の意識や技術次第です。また、たとえ高気密・高断熱であっても、空調や換気の入れ方、使い方によってはすごく寒い家になってしまうこともあります。断熱材の入れ方によっては、数年でカビが見られるようになってしまうこともあるでしょう」

省エネ基準適合義務化に先駆け、2024年4月には「省エネ性能表示制度」がスタートしました。これにより、消費者の意識も徐々に高まっていくことが予想されます。岸野さんによれば、日本の家づくりはようやくスタートラインに立ったところ。高品質の家をつくるには知識や技術が求められますが、それ以前に「住宅の性能を高めよう」という意識が必要だといいます。

「知識や技術の差は、わずかなものだと思います。やろうとしなければ、できるようにはなりません。とはいえ、北海道、東北、関東圏……と徐々に施工技術の高まりは南下してきていて、近年は近畿圏で盛り上がりを見せています。まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは少ないですが、これから徐々に増えていくことに期待したいですね」

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

築古住宅でも高気密・高断熱を実現! リフォーム・リノベーション事例総住宅数及び増加率の推移-全国(1978年~2023年)

注)単位未満を含む数値で計算しているため、表章数値による計算とは一致しない場合がある

2024年4月に総務省から発表された令和5年住宅・土地統計調査の住宅数概数集計の速報値によれば、2023年10月時点の日本の住宅総数は6,502万戸。2018年からの5年間で4.2%増加しました。このうち900万戸が空き家で、空き家率は13.8%と過去最高となりました。

2025年から省エネ基準適合が義務付けられるのは、新築住宅のみです。しかし、近年の新築住宅着工戸数は年間80万戸程度にとどまることから、カーボンニュートラルの推進や空き家問題の解消のためには、6,500万戸以上存在する既存住宅の性能向上と流通促進が不可欠だといえるでしょう。

昨今では新築住宅の高騰が見られることもあり、同社でもリフォームやリノベーションに力を入れているといいます。

「我々は、より多くの方に断熱等級6や7の住まいの良さを体感していただきたいんです。新築でここまで高性能な住宅となると、一般の人にはなかなか手が届きません。しかし『中古住宅+リノベーション』であれば、新築住宅を買うより500~1,000万円ほど価格を抑えられます。断熱等級4の新築戸建と断熱等級7の築30年の住宅が同じ金額で取得できるのであれば、圧倒的に後者のほうが”買い”だと思います。30年という差は、リノベーションで埋められますからね」

築30年の木造戸建てを高性能住宅に既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存リビング

既存リビング

左/既存洗面所、右/既存浴室

左/既存洗面所、右/既存浴室
(写真提供/夢・建築工房)

同社がフルリノベーションした築30年の木造住宅は、一見すると綺麗な外観ですが、内部の壁面表層は黒カビが目立ち、壁内はかなり腐食が進んでいたといいます。床下には、シロアリ被害も見られました。

「中古住宅探しからサポートさせていただくときは、新耐震基準かつ延べ床面積が80~100平米程度のお住まいをご提案させていただきます。この程度の広さであれば、長期優良住宅の認定を取得することも可能で、リノベーション費用も抑えられるからです。加えて、今は瑕疵(かし)保険を付帯することもできるので、新築と遜色ない安心感が得られると思います」

解体後(写真提供/夢・建築工房)

解体後(写真提供/夢・建築工房)

このお住まいは、基礎補強が必要になり、気密性・断熱性もできる限り最新の状態にしたいという施主さんの要望もあったことから、床・壁・天井を全面的に解体したのだとか。かなり大掛かりな工事となったようですが「ここまで解体するからこそ安心できる」と岸野さんは言います。

「工事の際は必ず中か外をすべてスケルトンにしますので、基礎・柱・梁が健全である証拠を写真に収めることができます。中古住宅に不安を抱くのは『見えない』からです。いっそ、すべてむき出しにしてしまったほうが安心できるんですよね。シロアリ被害があっても、腐食が見られていても、丁寧に補修します」

リノベーションデータ

高断熱工事熱損失係数UA値0.45W/m2Kへ改修(既存時UA値2.1W/m2K)天井:熱貫流率0.12W/m2Kへ改修(既存時4.48W/m2K)壁:熱貫流率0.42W/m2Kへ改修(既存時0.81W/m2K)床:熱貫流率0.37W/m2Kへ改修(既存時2.54W/m2K)サッシ:オール樹脂アルゴンガス入りペアへ入替え(既存時アルミ単板ガラス)玄関ドア:熱貫流率0.9W/m2K超高断熱木製ドア高気密工事気密測定C値1.7cm2/m2、合板気密工法・シート気密工法による冷暖房工事暖房:エアコン冷房:エアコン換気工事第1種熱交換型換気システム:パナソニック製を使用「部分断熱リフォーム」でLDKを断熱気密空間に(画像提供/夢・建築工房)

(画像提供/夢・建築工房)

部分断熱リフォームとは、寝室だけ・LDKだけなど、部分的に断熱改修を実施するリフォームを指します。床・壁・天井に加え、窓も改修することで、一部分だけ完全な断熱気密空間に仕上げるといいます。

「総断熱改修をするほど予算をかけられない方に選ばれているリフォームです。この事例の施主様は、60代のご夫婦。2階に上がることが億劫になってきたということで、1階の和室を洋間に変えて、将来的には1階だけで生活できるようにしたいと希望されていました。私たちが気になったのは『でも、寒いのよね』のひと言。家全体を断熱改修することができなくても、長く過ごす場所が快適であれば暮らしの満足度は高まることから、部分断熱リフォームをご提案しました」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

部分リフォームとはいえ、床、壁、天井を解体し、窓は樹脂サッシに交換。床断熱・壁断熱・天井断熱に加え、床下・外周部・隣室との間には気流止めを施工しました。

リフォーム後のLDKは、冬でも無暖房で17~18度ほどで、夏は冷房の効きが格段に上がり、電源をOFFにしてもしばらく涼しい状態が続くのだとか。岸野さんは、家中の窓を高性能なものに替えるのなら、部分断熱リフォームをおすすめしたいと言います。

「窓を替えれば暖かくなりますし、冷暖房効率も上がりますが、それは『輻射(ふくしゃ)』による効果ではありません。この事例はLDKのみの断熱リフォームなので、冬場は廊下が一桁の温度になることもあります。しかし施主さんは、寒い廊下に出ても寒さを感じづらいとおっしゃっていました。高気密・高断熱の家は暖房で無理やり空気を暖めるのではなく、床・壁・天井からの輻射熱によって体が温まるため、芯までぽかぽかになります」

完成(写真提供/夢・建築工房)

完成(写真提供/夢・建築工房)

買取再販事業の先に見据える「暖かいまちづくり」

夢・建築工房は、リフォーム・リノベーションに加え、買取再販事業にも積極的に取り組んでいます。

「リノベーションに力を入れるのは、工務店にとっても良いことだと思うんですよ。新築の設計や施工に比べて、時短になるからです。さらに、買取再販事業は自社の意思で物件購入からリノベーションまで施工できます。新築やリノベーションを受注しながら2~3棟でも買取再販事業に時間と労力を割くことができれば、タイムパフォーマンスは一層高くなると思います」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

現在、同社で施行中の買取再販住宅「鳩山町楓ケ丘の家」は、築45年の在来軸組2階建住宅。改修後のUA値0.26で、断熱等級は日本の現行制度の最高等級にあたる「7」、C値は世界でもトップレベルの「0.8以下」となる予定です。

岸野さんは、買取再販事業で「暖かいまちづくりを目指したい」と語ります。このため、現在は、埼玉県の鳩山町に絞って買取再販事業を推進しているのだと言います。「2歩先に行くこと」をモットーとするからには、気密性・断熱性の追求だけでなく、工務店としての新たなステージを見据えているようです。

性能向上リノベーションは「三方良し」の住まいの選択肢

性能向上リノベーションは、人手不足や土地不足、空き家問題などの課題も解決できるとともに、消費者は取得費も抑えられることから、工務店、国、消費者にとってメリットの大きい三方良しの選択肢ともいえます。岸野さんによれば、まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは多くないとのことですが「新木造住宅技術研究協議会」や「パッシブハウス・ジャパン」など、技術の習得に熱心な工務店が加盟する団体もあるようです。

性能向上リノベーションを実施するには、リノベーションによってどのように生まれ変わるのか、リノベーションにいくらかかるのか、補助金制度は利用できるのか、長期優良住宅の認定は取得できるのか……など幅広い知識と経験が必要です。物件選びの段階で意識が高く、技術力のある工務店に相談することで、住まいの選択肢は格段に広がるのではないでしょうか。

●取材協力
夢・建築工房(スーモサイト)
●画像出典
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅概数集計(速報集計)結果」

【2024年夏】熱中症は室内でもリスクあり! 気候変動の今こそ家の断熱で「室温28℃以下・湿度70%以下」キープが必須  慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生が警鐘

今年も、熱中症を想起させる救急車のサイレンが気になる季節になりました。そこで早めに対応したいのが住宅の断熱です。断熱というと寒い冬を連想するかも知れませんが、暑い夏からも命を守ってくれるのです。夏の断熱の効用について、住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学名誉教授の伊香賀俊治先生に教えていただきました。

慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生(撮影/片山貴博)

慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生(撮影/片山貴博)

今年も熱中症に注意が必要、なかでも住宅内で過ごす高齢者は危険!?

気象庁は昨年2023年9月に、同年の日本の夏(6月~8月)は1898年の統計開始以降で最も気温の高い夏だったと発表しました。さらに同庁が今年4月に発表した「向こう3カ月(5月~7月)の天候の見通し」によれば、全国的にこの初夏は「高い見込み」だそう。暑かった昨年同様、今年もまた熱中症に注意する必要がありそうです。

熱中症とは、高温多湿な環境に長時間いることで、体温を調整する機能が上手く働かなくなり、体内に熱がこもった状態を指します。場合によっては意識障害やけいれんが起こり、時には死に至ることさえあります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

テレビや新聞では炎天下のなかでの「スポーツの練習中」や「農作業中」に倒れて緊急搬送された、というような熱中症がよく取り上げられます。しかし、熱中症になる場所で一番多いのは、実は屋外ではなく「住宅の中」であることはご存じでしょうか。

約40%が住宅の中で熱中症になり、緊急搬送されました(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

約40%が住宅の中で熱中症になり、緊急搬送されました(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

また、熱中症で緊急搬送される人の年齢を比較すると、下記のように65歳以上の高齢者が半数以上を占めています。

熱中症で緊急搬送される人の半数以上が65歳以上の高齢者でした(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

熱中症で緊急搬送される人の半数以上が65歳以上の高齢者でした(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

さらに、伊香賀先生によれば「住宅内の熱中症の発生箇所は居間・リビングや寝室が多く、熱中症で緊急搬送された高齢者の多くがエアコンを使用していませんでした」と指摘しています。

伊香賀先生による、高齢者の住宅内の熱中症発生場所の調査結果です。「居間・リビング」と「寝室・就寝中」が71%を占めます(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、高齢者の住宅内の熱中症発生場所の調査結果です。「居間・リビング」と「寝室・就寝中」が71%を占めます(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、住宅内で熱中症になった人々が冷房を使っていたかどうかを調べた結果です。住宅内で熱中症になった人の85%が冷房を使っていませんでした。また冷房を使わなかった人の60%が扇風機も使っておらず、50%が窓を閉めていました(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、住宅内で熱中症になった人々が冷房を使っていたかどうかを調べた結果です。住宅内で熱中症になった人の85%が冷房を使っていませんでした。また冷房を使わなかった人の60%が扇風機も使っておらず、50%が窓を閉めていました(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

つまり、炎天下を避けて大人しく家で過ごしていたにもかかわらず、いつの間にか熱中症になる可能性がある、ということです。特に暑さを感じにくくなり、エアコンは体に悪いと思っている高齢者は注意が必要です。

さらに、伊香賀先生は「古い集合住宅の最上階にある住宅は、熱中症になる危険が高くなります」と注意を促します。その理由は、下記を見ると一目瞭然です。

同じ日・同じ地域の一戸建てと集合住宅の室温の違いをグラフ化したもの。当日の最高気温は36.4℃の猛暑日でした。一戸建てでは朝の5時には28.5℃まで室温が下がりましたが、集合住宅ではなかなか室温が下がらず、特に最上階の住戸では朝5時になっても32.0℃ありました(伊香賀先生調査)

同じ日・同じ地域の一戸建てと集合住宅の室温の違いをグラフ化したもの。当日の最高気温は36.4℃の猛暑日でした。一戸建てでは朝の5時には28.5℃まで室温が下がりましたが、集合住宅ではなかなか室温が下がらず、特に最上階の住戸では朝5時になっても32.0℃ありました(伊香賀先生調査)

コンクリートは蓄熱性が比較的高い建築材です。そのため近年のRC造(鉄筋コンクリート造)等の分譲マンションなどはしっかりと断熱が施されていますが、古い集合住宅は断熱が不十分であることが多いのです。すると日中の日射熱を蓄熱した、建物の天井(最上階の天井)や外壁が夜になっても住宅を温め続けるという状態になるのです。

調査した古い集合住宅では最上階の天井の表面温度が32.5℃に達していました。この時の就寝時の住人の体温は、熱中症の「厳重警戒(上記表参照)」域でした(伊香賀俊治:屋内で発生する熱中症、特集 熱中症と闘う  in 2019 for 2020、救急医学第43巻第7号、pp.912-917、ヘルス出版)

調査した古い集合住宅では最上階の天井の表面温度が32.5℃に達していました。この時の就寝時の住人の体温は、熱中症の「厳重警戒(上記表参照)」域でした(伊香賀俊治:屋内で発生する熱中症、特集 熱中症と闘う in 2019 for 2020、救急医学第43巻第7号、pp.912-917、ヘルス出版)

熱中症を防ぐ目安としては「室温28℃以下で湿度が70%以下」

では、家の中の温度が何℃以上だと熱中症になる危険があるのでしょう。

「実は、WHO(世界保健機関)や、国による確たる基準は現在のところありません。まだ研究中であることや、国や地域によって、汗をかきやすい(=体温を下げやすい)体質が異なるなどの理由からです」と伊香賀先生。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

ただし、目安としては「室温28℃以下で湿度が70%以下」にするといいそうです。

これは、厚生労働省が働く職場環境(事務所衛生基準規則)に定めている数字。ここで注意したいのは室温だけでなく、湿度も重要だということです。なぜなら、湿度が高いと汗がかきにくくなるため、体温調整が上手くいかなくなるからです。

下記は、日本生気象学会の「日常生活における熱中症予防指針」をもとに、伊香賀先生が作成した表になります。これによれば、たとえ室温が26℃でも、湿度が70%未満なら「注意」ですが、湿度が90%であれば「厳重警戒」になります。

温度基準注意すべき生活行動の目安注意事項室温と相対湿度の組み合わせ例危険
31℃以上すべての生活活動で起こる危険性高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する。28℃ 100%以上
30℃ 85%以上
32℃ 70%以上
34℃ 60%以上厳重警戒
28℃~31℃外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する。26℃ 90%以上
28℃ 75%以上
30℃ 65%以上警戒
25℃~28℃中等度以上の生活行動で起こる危険性運動や激しい作業をする際は、定期的に充分な休息を取り入れる。26℃ 70%以上
28℃ 55%以上
30℃ 45%以上注意
25℃未満強い生活行動で起こる危険性一般に危険性は少ないが、激しい運動や重労働時には発生する危険性がある。26℃ 70%未満
28℃ 55%未満
30℃ 45%未満同じ「室温28℃」でも、湿度が75%だと「厳重警戒」、55%なら「警戒」となります(出典:日本生気象学会, 日常生活における熱中症予防指針 Ver.3 確定版, 2013)

エアコンでは、「除湿」機能はさることながら、「冷房」機能でも室温を下げる際に、湿度も下げてくれます。ですから断熱をしっかり施せば、エアコンを効率的に働かせることができ、熱中症を避けることができるのです。

もはや日本の夏は亜熱帯気候に変化している!?

それにしても、最近の日本の夏は暑くなったと感じませんか。「昔はエアコンなんてつけずに眠れた」や「扇風機を回したまま寝ると、風邪を引くといって親に怒られた」という昭和世代も多いのではないでしょうか。

事実として、下記のデータでは日本の夏が確実に暑くなっているとわかります。

棒グラフ(緑)は毎年の値、折れ線(青)は5年移動平均値です。1950年以前は5日以下だったのに対し、1990年に初めて30日を記録すると、2018年には49日に到達しています(出典:気象庁)

棒グラフ(緑)は毎年の値、折れ線(青)は5年移動平均値です。1950年以前は5日以下だったのに対し、1990年に初めて30日を記録すると、2018年には49日に到達しています(出典:気象庁)

上記は京都のグラフですが、東京も大阪も北海道も福岡も、全国各地で軒並み夜でも気温が25℃を下回らない熱帯夜が増えているのです。

以前「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」でも紹介しましたが、1330年代に書かれた『徒然草』には「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」、という記述があります。

当時、京都に暮らしていた吉田兼好(『徒然草』の作者)は、夏の暑さに辟易としていたのでしょう。だから家をつくるなら夏の暑さをなんとかすれば、冬はなんとでもなると書いたのですが、上記グラフから推測すれば、700年以上前の京都には猛暑日なんてほとんどなかったと思われます。

つまり「吉田兼好(『徒然草』の作者)が嘆いた夏よりも、今はさらに暑い夏なのです」と伊香賀先生は言います。「日本の夏は、亜熱帯気候に変化していると思います」。

もはや兼行が暮らしていた頃のように、風通しをよくすればしのげた夏ではなく、冬と同様、家の断熱性能を高めて冷房機器や暖房機器を効率的に使うことが望ましい夏になったということです(冬の断熱効果については「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご参照ください)。

暑い夏の危害は、高齢者だけでなく、子どもや大人にも迫っている

また、夏のエアコンの使用といえば、数年前に小学校でのエアコン使用の是非がニュースになりました。文部科学省も2018年に学校環境衛生基準において、教室の温度を「10℃以上、30℃以下が望ましい」から「18℃以上、28℃以下が望ましい」へと改訂しましたが、伊香賀先生による調査でも、夏の暑さが子どもたちに与える悪影響は如実に表れています。

A校とE校は木造校舎、B・C・D・F・G・H校はRC造の校舎です。また木造とA・E校はどちらも断熱改修を施した前と後の結果を記載しています。このように、体感温度が高い教室のほうが体調不良や集中力の低下が起こりやすいとわかります。木造とA・E校は断熱改修をしたことで、それらの低下がはっきりと見られました(「月刊 健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

A校とE校は木造校舎、B・C・D・F・G・H校はRC造の校舎です。また木造とA・E校はどちらも断熱改修を施した前と後の結果を記載しています。このように、体感温度が高い教室のほうが体調不良や集中力の低下が起こりやすいとわかります。木造とA・E校は断熱改修をしたことで、それらの低下がはっきりと見られました(「月刊 健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

このように、校舎の断熱改修を施したことで体調不良を訴えたり、集中力が欠如する児童が減ったのです。「体調不良になったり、集中ができない校舎は、とても学ぶ環境とはいえないでしょう」と伊香賀先生も話します。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

もちろん、暑い夏の危害は、子どもや年寄りだけに及ぶわけではありません。伊香賀先生の調査によれば、働く世代の仕事効率も下げているのです。

オフィスビルで働いている人に協力してもらい、冷房設定温度の違いで作業効率がどう変わるか調べたところ、室温25.7℃が最も作業効率が良いとわかりました。

(「月刊健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

(「月刊健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

一方で、28℃から25.7℃へ室温を下げれば光熱費が余計にかかりますが、代わりに残業が減ります。この調査では人件費3000万円/月が節約できるのに対し、光熱費の増加はわずか34万円/月という結果になりました。

省エネしたいなら、温度設定ではなく、建物を断熱する

そもそも夏のエアコンの設定温度に28℃が推奨されてきたのは、省エネという目的からです。一方で、作業効率や費用対効果を考えれば25.7℃が理想です。

だからといって省エネをおろそかにするわけにはいきません。そこで、エネルギーをほとんど使わずに快適な室温を維持しやすいよう、建物に断熱を施すことが重要になります。断熱性能を上げることで、エアコンのエネルギー消費量を下げることができるからです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

国も現在、住宅だけでなく、オフィスビル等の断熱性能を高めて省エネ化を図ろうとしています。その一例が「ZEB(ゼブ)」の推奨です。ZEBとは住宅のZEH(ゼッチ)同様、快適な室内環境のまま、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにする建物のこと。もっと分かりやすくいえば、ほとんどエアコンを稼働させなくても快適なビル、のことです。国はこのZEB化に対する補助金制度を用意しています。

もちろん、断熱性能が重要なのはオフィスビルだけではなく、私たちの住宅も同じです。ですから国は現在、住宅については断熱に関する補助金制度をいくつか用意しています。

その中でも、断熱の要である“窓の断熱”を促す補助金制度「先進的窓リノベ2024事業」は、内窓の設置だけでも補助金を受け取れるので、手軽に利用できる補助金制度です。今夏を迎える前に、こうした補助金制度を使って自宅のリフォームを検討してみてはいかがでしょうか。

また、もし離れて暮らす高齢の両親がいるなら、お盆の時期よりもできるだけ早く、断熱リフォームの話をしてみてください。断熱すれば夏も冬も安心です。壁を剥がすような大がかりな断熱リフォームだと、両親は二の足を踏むかもしれませんが、例えばリビングと寝室に内窓を備えるだけなら拒否感が少なく応じてくれるかもしれません。

その際に、実家に温度湿度計がないなら持っていくことをおすすめします。高齢になると体の温度センサーが上手く機能しないので「実は自分たちが思っている以上に蒸し暑い」とわかれば、断熱の話もスムーズに進むはずですよ。

●取材協力
慶應義塾大学 理工学部 名誉教授
日本建築学会 前副会長
伊香賀 俊治(いかが・としはる)さん
1959年東京生まれ。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任。2024年4月より名誉教授、5月末より一般財団法人 住宅・建築SDGs推進センター 理事長に就任日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、日本LCA学会副会長を歴任。主な研究課題は『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価』。著書に『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』『”生活環境病”による不本意な老後を回避するー幸齢住宅読本ー』など。

住まいと学校の断熱事情の最前線、夏は教室が危ない! 住宅は断熱等級6以上が必要、2025年4月からの等級4以上義務化も「不十分」 東京大学・前真之准教授

近年“住宅の省エネ”、中でも“断熱”への関心が高まっています。2022年の建築物省エネ法の改正を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」以上が義務化されることの影響も大きいでしょう。
そもそも断熱はなぜ住宅に必要なのでしょうか? また断熱によって住まいはどう変わるのでしょうか? エコハウス研究の第一人者、東京大学 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん(工学系研究科 建築学専攻)に聞きました。

そもそも「断熱」とは?住まいの断熱はどうすべき?

そもそも「断熱」とはどのようなものでしょうか?

「断熱とは、熱の出入りを断ち、部材の表と裏に温度差を作り出す技術です。次の画像は断熱材としてよく使用されるグラスウールをホットプレートで熱したときの表裏の温度差を計測したときのものです。ホットプレートに接する下部の面は加熱されて150度以上になっていますが、反対側である上部の面は30度に保たれており、120度以上の温度差が生じています。断面には温度分布のグラデーションができていて、熱を遮断していることがわかりますね」(前さん、以下同)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

「この断熱材の性能を活かして断熱・気密をしっかりしていれば、エアコン1~2台で住まいの全空間を冬も夏も快適な状態に保つことができます。実はエアコンを使用するとき、各部屋に1台ずつ4~6畳用のエアコンを同時に稼働させて低負荷運転を続けるのはエネルギー効率が悪く、電気代が余計にかかります。自動車が渋滞にはまると燃費が悪くなるのと同じです。それよりも家全体を1台で空調することでエアコンにうまく負荷をかけたほうがずっとエネルギー効率が良く、電気代を抑えられるのです」

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱が必要なのは、冬だけじゃない!「夏の断熱」が大事な理由

部屋の温度差について考えるときには、近年「ヒートショック(急激な気温の変化によって血圧や脈拍が変動することで心筋梗塞や不整脈、脳出血・脳梗塞などの発作を起こすこと)」による事故の報道などを通じて、住宅内の気温差が問題になっていることを思い起こす人もいるでしょう。この住宅内で暖房している場所と暖房していない場所の間で極端な温度差が生じるのは、まず第一に断熱・気密の不足、次に家全体を暖める空調ができていないことが原因です。建物の断熱・気密をしっかり確保して、暖房の熱を家中にしっかり届ける仕掛けが必要なのです。

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックは冬に起こることが多いのですが、前さんは「これからは、夏を健康・快適に過ごすためにも断熱が非常に重要」だと言います。

「一日の最高気温が35度を超える猛暑日の発生日数を見てみると、1980年代・ 90年代は年間でほぼゼロ日だったのが、2023年には40日を超える地域が出てきています。北海道や東北地方でも熱中症になって救急搬送される人が2023年には2022年の10倍に急増しました。日本はエアコンを使わずにガマンすることが省エネだと考える風潮もあり、暑さ・寒さに耐えて命を脅かす事件が多発しています。すでに温暖化の影響は明らかですが、今後さらに夏の暑さは厳しくなることが予想されます」

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

さらに深刻なのは、子どもたちが長い時間を過ごす小・中学校です。

「学校建築は本来、換気が命。大きな窓を開けて空気を入れ替え、風を通すことで快適に過ごせるように設計されています。ところが、近ごろは夏期の外気温が高すぎて、窓を開けると室内が熱くなるため、開けられません。断熱が十分に施されてない学校施設では、外の熱がそのまま室内に侵入するため、どんなに冷房を入れても涼しくならない。結果、子どもたちが学習に集中できないばかりか、中には熱中症にかかってしまう子も出ています。子どもたちを過酷な暑さと汚れた空気から救うため、最近では教室を断熱改修する取り組みが広がっています」

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

この状況に対して、強い危機感を抱いた前さんは、2023年の夏に、学校改修を求める2万6千人の署名を集めた上で、当時の文部科学大臣に小・中学校の断熱改修について提言をしたこともあるそう。ところが当時は「通常の建物改修で十分に対策できる」との返答で、納得のいくものではありませんでした。

「自治体によっても学校の断熱改修などの対応には差があります。例えば、ある都道府県では積極的に対策がとられているが、隣の県では全く断熱改修に取り組まれていなかったりします。自治体によって子どもたちの教育環境が大きく異なっている実態はあまり知られていません」

積極的に取り組みが行われている自治体の例として、東京・葛飾区では、区内の小・中学校で児童・生徒とワークショップ等を行いながら断熱改修し、その効果検証をしています。同じく東京・杉並区でも今後、断熱改修に取り組んでいく予定だそうです。

「文部科学省も、2024年3月に公開した『学校施設のZEB化の手引き』において、『まずは断熱改修から!』ということで、予防改修+屋根断熱を緊急で行うことを提言しています。日本中の教室が一刻も早く、すべて断熱改修されることを期待しています」

2025年4月から「断熱等級4」が義務化! 省エネ性能の表示制度も始まる

建築物省エネ法の改正(正式名称:脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律)を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」「一次消費エネルギー4」以上であることが義務化されます。これに先駆けて2024年4月に開始した建築物の省エネ性能表示制度は、新築住宅の販売時や賃貸住宅の入居募集時に住宅性能を明示することを販売・賃貸する事業者の努力義務としたもの。省エネ性能ラベルに記載される住宅性能の中で最も重要なのは、家マークの数で表されている「断熱性能」です。

前さんは「住宅の省エネ性能表示がようやく開始されたこと自体は一歩前進」と評価しながらも、「住宅も商品である以上、性能がきちんと表示され、それを買う側・借りる側が確認をして購入・賃借するのは当たり前のこと。今回ははじめの一歩であり、今後は中古住宅も含めて、住宅の性能が買う人・借りる人のすべてに提供されていくことが肝心です」と言います。

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

2025年から義務化されることが決まっている「断熱等級4」も、もはや十分な断熱性能とはいえません。国土交通省は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」にもとづき、断熱性能に1~7の等級をつけており、数字が大きいほど断熱性能が高いことを示します。ところが、前さんによれば「義務化される断熱等級4は、世界標準と比べると低すぎる」そう。

「断熱性能は、UA値(外皮平均熱貫流率)で判断されます。これは外気に触れる住宅の壁や屋根、窓などから室内の熱がどれくらい外に逃げやすいかを表したもので、数値が小さいほど断熱性能が優れていることを示します。地域の気候に応じて、断熱等級ごとにUA値の上限(基準値)が定められています。日本で2025年に義務化される断熱等級4という基準は、25年も前の1999年に設定されたものであり、同じ程度の寒さの諸外国のと比較してもUA値がはるかに大きく、断熱性能が不足しています」(前さん、以下同)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

日本の断熱基準には抜け穴も!? 断熱性能はどう見るといい?

さらに前さんは適正な基準であるべき指標が「日本では住宅を建てる側が達成しやすくするために、基準があえて緩められているのでは」と指摘します。

「次の図は日本の住宅・建材生産者団体の有志が20年先を見据えて設けた『HEAT20』という断熱等級と国交省が定める先の断熱等級とを比較したものです。日本の断熱等級は8つの地域区分に応じて各等級ごとのUA値(※1)を設定しています。上位の断熱等級である5~7はHEAT20(※2)のG1・G2・G3の指標を参考に定められたはずなのですが、なぜかHEAT20のUA値と比べると準寒冷地である4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)のUA値が大きい、断熱性能が劣るほうに緩和されているのです。また、国交省が2030年までに義務化するとしている『ZEH水準」の等級5では、準寒冷地の4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)が、温暖地の6地域(代表都市:東京)や7地域(代表都市:鹿児島)と同じ基準値でよいとされています。本当にこれでいいの?と疑いたくなる基準です」

※1:UA値…外皮平均熱貫流率。住宅の熱の出入りのしやすさを表す
※2:HEAT20…「20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」のこと。住宅外皮水準のレベル別にG1~G3と設定し、提案している

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

このような基準になっている背景について、前さんは「建設会社が全国で建築物を建てるときに、建築物の着工数が多い首都圏の6地域に基準を寄せることで、準寒冷地である4地域や5地域の建築物でも同じ断熱で仕様基準を達成できるようにしているのではないか」と疑念を向けます。

さらにこのような基準設定の違和感は、マンションの断熱性能の評価方法や太陽光発電の搭載など、さまざまなところで見られ「国交省が2025年から義務化する断熱等級4、2030年までに義務化予定の断熱等級5を満たすから、十分な住宅性能がある」とはいえないと言います。
それでは、一般の人が省エネ性能ラベルなどで判断するときには何を基準に判断すればいいのでしょうか?

「先の表で断熱等級4と5のUA値を比較して見ると分かりますが、その差は大きくありません。実際に住んで体感できるほどの断熱効果が感じられ、暖冷房のコストも抑えられるのは、HEAT20のG2相当である断熱等級6以上だと考えています。もうちょっと断熱を頑張ると、温度と電気代のバランスが十分に良くなります。こうした断熱等級6+αの断熱は国交省の規定にはありませんが、断熱等級6.5とか呼んだりしています。
温度と電気代のバランスを取るには等級6以上が必要、等級5はZEHレベルといえどもまだ十分ではなく、等級4ともなると23年前の基準で不十分といって良いレベル、等級3以下だと実質無断熱といっていいと思います。残念ながら日本の住宅ストックの多くはこうした実質無断熱のため、今後はリフォーム時に断熱改修を行うことも重要になります」

前さんが注目する、全国の断熱の取り組み

「住宅の性能を高めるためには、国、さらには自治体の努力が不可欠です。住宅の性能向上に関する施策で、とくに進んでいるのは鳥取県です。今の欧米基準と比べても遜色のない住宅性能評価基準として、新築では『NE-ST(ネスト、とっとり健康省エネ住宅)』、既存改修では『Re NE-ST(リネスト、とっとり健康省エネ改修住宅)』を設け、断熱はもちろん、気密性能についても基準を設けています。県内で生産された建材を使うことを条件に、新築住宅の性能に応じた補助金を出して導入を促進。また、中古住宅に対しても『T-HAS(ティーハス、とっとり住宅評価システム)』という独自の住宅性能査定エンジンをつくり、中古住宅の性能やリフォームの状況を適正に評価できるようにしました。この仕組みによって高い評価を受けた住宅は、中古住宅として売買する際もその価値に応じた銀行の融資が可能になるはずです」

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

他には山形県でも「やまがた省エネ健康住宅」として独自に認証する仕組みがあるほか、長野県も類似の制度を導入しようとしているようです。また、断熱への取り組みは自治体だけではありません。地域でがんばっている、家の作り手がたくさんいるのです。

「近年、小さな工務店などでも『基本的な住宅性能を満たす家を建てることが、住む人の快適で健康な生活につながる』と考えて、懸命に断熱に取り組んでいる会社が全国にたくさんあります。ぜひそのような物件や会社に注目してほしいですね」

■関連記事:
・省エネ先進県・鳥取、中古住宅の省エネ性能を資産価値として評価! 「築22年以上の住宅も価値がゼロにならない」評価法を来年4月スタート
・「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

これからも快適に住み続けるために、私たちが考えたいこと

最後に前さんに、これから私たちが住まいの省エネや断熱をどのように考えていくかべきかについてメッセージをもらいました。

「近年、デザイン性の高いものや3Dプリンターを使った技術など、建築手法に凝ったものなどさまざまな建築が話題にのぼりますが、私は本来、建築は手段であり、目的そのものではない。建築は『器』であり、その中で営まれる人びとの生活がメインのコンテンツだと考えています。なので、中で暮らす人を幸せにすることこそが、建築の第一の使命のはずです。住む人を幸せにするためには、当然に快適で安心で安全な家でなければなりません。寒い、暑い、電気代が高いなどといった問題は、今や設計や技術によって容易に解決できるわけですから、早急に解決しなければならない問題です。今の日本の低い住宅性能基準に合わせて住宅をつくっていては、到底、数十年後の将来に評価される、つまり資産としても価値のある家にはなりません。

断熱の効果は一度体験してみれば全く快適性が異なることを感じていただけるものです。最近ではいろいろなところで、断熱ワークショップやオープンハウス、宿泊体験などをやっているのを見るようになりました。目にされる機会があればぜひ実体験をしてその効果と『暮らしが変わる』可能性を実感してほしいと思います」

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

前さんは「1回施工すれば効果が数十年という長いスパンで続くのが、建築の良いところ」だと言います。さらに「2100年に暮らす人から『建てておいてくれて、ありがとう』と言ってもらえる住宅を増やしていきたいと思いませんか?」と投げかけます。

日々の自分と家族の生活を快適で安心なものにするために、そして日本の住環境全体をより良いものにしていくためにも、断熱に興味をもち、その良さを実感する機会を積極的に探してみることが「幸せな暮らし」への第一歩になるかもしれません。

●取材協力
東京大学 Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室

お支払いはお金じゃなくてモノで! 物々交換ショップに人が集まる訳。赤字でも営業を続ける店長に聞いた 「サルベージSHOPレトロカルチャー」愛知県岡崎市

愛知県岡崎市にある「サルベージSHOP レトロカルチャー」は、不要なモノを持ち込み、それに相当する価値の必要なモノを持って帰ることができるという、物々交換で成り立つショップ。どんな物々交換が行われているのか、筆者も物々交換に参加しがてら、お話を聞いてきた。

廃棄物処分場の廃棄物を見て「なんとかしたい」と考案

岡崎市は愛知県の三河地域に位置し、徳川家康公生誕の地として寺社や史跡が多く残る街。物々交換ショップ「サルベージSHOP レトロカルチャー」は、岡崎市南部ののどかな街にある。

住宅街に立つ2階建ての倉庫が「サルベージSHOP レトロカルチャー」。店の前に3台の車が停められ、大量の持ち込みもOK(写真撮影/倉畑桐子)

住宅街に立つ2階建ての倉庫が「サルベージSHOP レトロカルチャー」。店の前に3台の車が停められ、大量の持ち込みもOK(写真撮影/倉畑桐子)

約50坪あるという2階建ての倉庫に、数千点の衣類や雑貨が並ぶ「サルベージSHOP レトロカルチャー」は目を引き、住宅街の中ですぐに見つけられる。リサイクルショップが好きな人であれば、「何かおもしろいものが見つかりそう」とワクワクすることは間違いない。

ここで「物々交換を楽しんでいってください!」と明るく迎えてくれるのは、代表の古田雄大さんと妻のゆうこさん。「サルベージ」とは“救済”という意味だという。捨てられてしまうモノの救済のために、古田さんが「サルベージSHOP レトロカルチャー」を始めたきっかけは、片付け業をしていた時のことだった。

本業の片付け・不用品回収事業の傍ら、「サルベージSHOP レトロカルチャー」を運営する古田雄大さん(47歳)。古民家改築の経験から地域の空き家の情報にも詳しく、貸主と借主のマッチングのボランティアも検討中(写真撮影/倉畑桐子)

本業の片付け・不用品回収事業の傍ら、「サルベージSHOP レトロカルチャー」を運営する古田雄大さん(47歳)。古民家改築の経験から地域の空き家の情報にも詳しく、貸主と借主のマッチングのボランティアも検討中(写真撮影/倉畑桐子)

海上自衛隊に入隊し、5年間の任期を満了した後、東京のIT企業に就職した古田さん。3年後、地元である愛知県岡崎市に戻り、前職の関連業を立ち上げたものの仕事が増えず、片付けや不用品回収、遺品整理のアルバイトを始めた。地域で信頼を得て整理事業が拡大する中で、市内の廃棄物処分場の様子を目の当たりにする。

「トラックの荷台から、まだ使える大量のモノを処分場に流し捨てる様子を見て、『なんとかできないかな。自分は持ち帰ることができないけど、これを欲しい人もいるよな』と考えたんです」

元々、古民家を購入して自力で改築するなど、古いモノが好きだった古田さん。まずは、捨てられてしまうモノを激安価格で販売するリサイクルショップを始めることにした。

店頭に立つのは、妻のゆうこさん(43歳)がメイン。こちらはパーティーグッズの棚の前(写真撮影/倉畑桐子)

店頭に立つのは、妻のゆうこさん(43歳)がメイン。こちらはパーティーグッズの棚の前(写真撮影/倉畑桐子)

「すると、次第に売り上げが気になるようになり、モノを救うために始めた事業なのに、これでは当初の目的とは違うなと。そして、うちが不要だと判断したものを販売するんじゃなくて、みんなが不要なモノを持ってきて、必要なモノを持って帰る方がいいなとひらめいたんです」

訪れた人が次々に足を止めたアクセサリーコーナー。子どもも大人っぽいアクセサリーに挑戦できる(写真撮影/倉畑桐子)

訪れた人が次々に足を止めたアクセサリーコーナー。子どもも大人っぽいアクセサリーに挑戦できる(写真撮影/倉畑桐子)

おしゃれな色のランドセルが棚に並んでいた(写真撮影/倉畑桐子)

おしゃれな色のランドセルが棚に並んでいた(写真撮影/倉畑桐子)

誰もがいつでも気軽に来られる物々交換スタイルを確立

「当初は入場料や参加費をもらうことも考えました。でも、モノを救うには『誰もがいつでも気軽に』来られなければ意味がないなと考えて、お子さんでもふらりと来られるように、完全に無料にすることにしました」と古田さん。

バトンを持ってポーズする子。子どもが気軽におもちゃや雑貨を選んでいけるのが魅力(写真提供/レトロカルチャー)

バトンを持ってポーズする子。子どもが気軽におもちゃや雑貨を選んでいけるのが魅力(写真提供/レトロカルチャー)

こうして、現在の「自宅の不要品を持ち込み、誰かの不要品を自由に持ち帰ることができる」というスタイルを確立。持ち込んだモノよりも多くもらいたいという場合は、相当額をこの店に募金する。また、何も持ち込まないけれど欲しいモノがある時は、店内にある瓶に500円を募金し、こちらも店の運営資金にするというシステムだ。

持ち込んだモノ以上に欲しいモノがある時は、店内にある瓶へ募金を(写真撮影/倉畑桐子)

持ち込んだモノ以上に欲しいモノがある時は、店内にある瓶へ募金を(写真撮影/倉畑桐子)

「2020年のスタート時は、どのくらいの人が来てくれるか予想もつかず、1カ月のうち1週間だけオープンする形で数カ月続けたのですが、毎回、お客さんが多すぎて、お店の前に大混雑をつくってしまったんです」と古田さん。不要品の物々交換には多くのニーズがあった。
試行錯誤を経て、現在は週4日、午前中に営業する形式に。1日平均20人くらいが、1人当たり約10個の不要なモノを持ち込み、必要なモノを選んで持ち帰る。

不要なモノと必要なモノを交換できると、みんな思わずニッコリ(写真提供/レトロカルチャー)

不要なモノと必要なモノを交換できると、みんな思わずニッコリ(写真提供/レトロカルチャー)

「物々交換をせず、不要なモノを持ち込むだけで帰る人もいますし、何時間も商品を眺めるだけで楽しんでいく年配の方もいます」とゆうこさん。日課のように立ち寄る人もいて、地域の“遊べるコンテンツ”としても浸透しているようだ。

使い終わった語学学習の本などを持ち込んだ人(写真提供/レトロカルチャー)

使い終わった語学学習の本などを持ち込んだ人(写真提供/レトロカルチャー)

「どうしても売れ残り、日にちが経ってしまったものなどは処分場へ持ち込みますが、それは月に1度、軽トラで半分くらいの量だけです」と古田さん。持ち込まれる商品数から考えると、かなりの量のモノを救済できているといえるだろう。

小説や絵本、ビジネス書など、さまざまな書籍が並ぶ本のコーナー。ゆうこさんが定期的に整理整頓している(写真撮影/倉畑桐子)

小説や絵本、ビジネス書など、さまざまな書籍が並ぶ本のコーナー。ゆうこさんが定期的に整理整頓している(写真撮影/倉畑桐子)

商品は持ち込まれ、人件費は夫妻が店頭に立って削減するとしても、家賃や光熱費などがかかるはず。古田さんに運営の費用面について尋ねると、「赤字です、赤字!」と笑う。「サルベージSHOP レトロカルチャー」の現金収入は、1年間約30万円の募金のみ。それに対して2階建ての倉庫の家賃は年間180万円だという。差額は古田さんの自腹で賄い、運営しているという状況だ。

「日々、利益が出る方法を模索していますが、なかなか難しいですね。古着の着物を使ったレンタル事業なども試しましたが、うまくいきませんでした。現在、『サルベージSHOP レトロカルチャー』は完全なボランティアです。でも、お金を稼ぐこと以外で幸せを感じられるのって豊かなことなんですよ」と古田さん。

環境問題に対する身近なアクションを起こすきっかけに

持ち込まれるモノの中で一番多いのは古着や雑貨。人気商品は食品だという。
「お歳暮やお中元の余りの缶詰や食用油を寄付してくれる人や、自宅の家の庭でできた果物を大量に分けてくれる人、近隣の農家の人が規格外の野菜を持ち込んでくれるというケースもあります。朝、持ち込まれて店頭に並べると、すぐになくなります」

すぐに空っぽになってしまうという食品コーナー。筆者の訪問時、野菜や果物はすでになかった(写真撮影/倉畑桐子)

すぐに空っぽになってしまうという食品コーナー。筆者の訪問時、野菜や果物はすでになかった(写真撮影/倉畑桐子)

活動に賛同した企業が化粧品の在庫などを提供してくれることもあり、店内には新品の商品も見られる。「新品の商品は募金につながるのでありがたいですね」と古田さん。他に家電やウエディングドレスなども並び、まさに「なんでもある」という印象だが、珍しいモノでは、バイク販売会社が中古の原付バイクを提供してくれたケースもあったという。「原付バイクは欲しい人が多かったので、SNS経由で入札を実施し、購入権を得た方には入札価格を募金していただきました」

化粧品や医療用ウィッグを企画販売する企業から、使用期限が2カ月後という美容液の提供も。フリープライスで寄付を募って配布(写真提供/レトロカルチャー)

化粧品や医療用ウィッグを企画販売する企業から、使用期限が2カ月後という美容液の提供も。フリープライスで寄付を募って配布(写真提供/レトロカルチャー)

肌のハリをアップする美容液は大人気。期限が過ぎると廃棄物になってしまうところ、2200本が必要な人の元へ届いた(写真提供/レトロカルチャー)

肌のハリをアップする美容液は大人気。期限が過ぎると廃棄物になってしまうところ、2200本が必要な人の元へ届いた(写真提供/レトロカルチャー)

レトロな原付バイクは、入札して購入権を得た必要としている人の元へ(写真提供/レトロカルチャー)

レトロな原付バイクは、入札して購入権を得た必要としている人の元へ(写真提供/レトロカルチャー)

土曜日は小学生が多く訪れるという。
「小さい頃に遊んでいたおもちゃやぬいぐるみ、本を持ち込んでくれて、これから遊びたいおもちゃや文具などを持って帰ります。小学3、4年生の女の子は、アクセサリーやバッグを楽しそうに選んでいきますね」とゆうこさん。

子どもに人気のおもちゃコーナー。遊んで満足したら、また物々交換に持ち込んで循環(写真撮影/倉畑桐子)

子どもに人気のおもちゃコーナー。遊んで満足したら、また物々交換に持ち込んで循環(写真撮影/倉畑桐子)

古田さんは話す。「親御さんから聞いた話ですが、『おもちゃを捨てるよ』というと『絶対イヤ!』という子どもも、『おもちゃを物々交換に持っていって、誰かに使ってもらおうか』というと、自ら持っていくようになるのだと。このお店が、モノを大切に使って、まだ使えるモノを次の人に使ってもらうという循環を、自然と身に付けてくれるきっかけになったらうれしいです。現代の環境問題に対して、身近で楽しく行動を起こせることの一つとして、気軽に物々交換に参加してもらえたらと思っています」

きょうだいで来店しておもちゃを選び、募金していく子どもたち(写真提供/レトロカルチャー)

きょうだいで来店しておもちゃを選び、募金していく子どもたち(写真提供/レトロカルチャー)

いざ物々交換。自分が持ち込んだ不要品の価値とは……?

筆者も物々交換に参加してみた。来店した人は、まず、持ってきた不要品を店先にあるテーブルの上に並べる。大きな家具や5年以上前の家電、布団や枕、壊れているものや汚れているものなど、いくつか持ち込みNGのものがあるので、ホームページで確認を。

筆者は今回、子どもが使い終わった絵本やおもちゃと、使わなかったベビー用品など10点ほどを持ち込んだ。

店先のテーブルで、筆者が持ち込んだ商品を検品してくれるゆうこさん(写真撮影/倉畑桐子)

店先のテーブルで、筆者が持ち込んだ商品を検品してくれるゆうこさん(写真撮影/倉畑桐子)

持ち込まれた品物は、ゆうこさんが検品する。「使えないものを持って来られると、ここでゴミになってしまいますから」

どうしても使えないものは持ち帰ってもらうというが、多くは、検品後ブラシをかけるなどしてきれいにしてから、衣類やおもちゃなど、ジャンルごとのコーナーに並べられる。

人手が足りないため、一気に持ち込まれると検品が間に合わず、良くも悪くも、「こんなモノが持ち込まれたの!? 」と驚くようなモノが混ざることもあるそう。だからこそ、ブランド物などの掘り出し物が見つかる楽しさもあるという。

その後、持ち込んだ人は自由に店内を見て周り、持ち込んだものと「だいたいの価値が合う」と自己判断した必要なものを持ち帰ることができる。持ち帰ったものを転売したり人に配ったりするのは禁止事項だ。

持ち帰る商品やタイミングは自由なので、「中には、消しゴム1個を持ち込んだだけで、大量の商品を持ち帰るような大人もいますが……」と表情を曇らせるゆうこさん。それは明らかにマナー違反だが、「持ち込んだモノに相当する価値の必要なモノを持ち帰る」という自己判断は、なかなか難しい。持ち込むモノを選ぶ時にも悩んだのだけれど、物々交換にはモラルが問われる気がする……。

アイテムごとに仕分けられたファッションのコーナー。物々交換であれば新しいコーディネートにも挑戦しやすい。ただ試着室はないので、「合わなかったらまた持ち込んで」とのこと(写真撮影/倉畑桐子)

アイテムごとに仕分けられたファッションのコーナー。物々交換であれば新しいコーディネートにも挑戦しやすい。ただ試着室はないので、「合わなかったらまた持ち込んで」とのこと(写真撮影/倉畑桐子)

物々交換が成り立つ社会を、いずれは地域の観光資源に

「だから、物々交換が成り立っているということは、すごいことなんです。ここ岡崎市で成立しているということは、地域の人達のモラルが高いということであり、これは自慢できるものと言ってもいいと思う。物々交換の活動が、ゆくゆくは岡崎市の観光資源の一つになればうれしいですね」と古田さん。

実際、他の地域の人からも興味を持たれることが多いといい、東京や静岡、岐阜などから車で乗り付けて、大量の不要品を持ち込むケースもあるそう。ある時は、岡崎市に来た海外からの観光客が、SNSで調べて「レトロカルチャー」に立ち寄り、物々交換をしていったこともあるという。

「お店の立ち上げ当初、本当の幸せってなんだろうと考えました。行き着いたのは、地域の人を助けて、感謝が循環するような地域社会をつくり、その中で暮らすことでした。今、お店の存在が地域の人から感謝され、僕たちへの差し入れをいただくこともあります。環境問題に対して行動しながら、感謝が循環する場を自分たちで提供できていることは、とても幸せです」と古田さんは語る。

古着屋感覚で友達と一緒に来ると、ますます楽しい(写真提供/レトロカルチャー)

古着屋感覚で友達と一緒に来ると、ますます楽しい(写真提供/レトロカルチャー)

「実績を積み重ねたら、認可を受けて、いずれは就労継続支援B型事業所の就労対象者や、退職後のシニアが店頭に立てるようにしたいという目標もあります。また、自宅の不要品の整理が難しいシニアのために、高齢者支援団体や老人ホームと提携したいという計画も。レトロカルチャーの物々交換のモデルが、全国に広がっていってほしいと思います」と話してくれた。

元々リサイクルショップが好きで、日頃から寄付や購入をしている筆者にとって、物々交換はとても楽しかった。事前に持ち込むおもちゃをキレイに拭いたり、子どもの幼児期を思い出したりと、準備段階から充実していた。

モノとモノの価値の交換は、寄付とは違った緊張感やワクワク感があると思った。これからもモノを大切に使って、また物々交換に行ってみたいと思う。

筆者が物々交換でゲットしたのは、シャツとキャラクターグッズ計4点。とても気に入っている(写真撮影/倉畑桐子)

筆者が物々交換でゲットしたのは、シャツとキャラクターグッズ計4点。とても気に入っている(写真撮影/倉畑桐子)

●取材協力
一般社団法人レトロカルチャー みんなの物々交換

浜松町駅チカの大規模複合開発「BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)」がすごすぎた! 船着場付きホテルでのクルージング、”船旅通勤”もスタンダードに!? 東京都港区

野村不動産と東日本旅客鉄道は、共同で推進している国家戦略特別区域計画の特定事業「芝浦プロジェクト」の街区名称を「BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)」に決定した。報道関係者に対して、街区名公表と合わせ、S棟(2025年2月に竣工予定)の一部エリアの先行内覧、新たな舟運航路を含めた船上からの見学会を開催した。筆者も参加したので、事業の概要について紹介したい。

浜松町駅最寄りに高さ約230mのツインタワーが誕生

新街区名「BLUE FRONT SHIBAURA」の開発計画は、端的にいうと、浜松町ビルディングの建替事業で、新たにS棟とN棟のツインタワーを建設するもの。いずれもオフィスが中心で、S棟にはホテルを、N棟には住宅を高層階に設け、低層階に商業施設が入る。2021年10月に着工したS棟はすでに骨格が建ち上がり、2025年2月に竣工する予定。N棟は着工が2027年度なのでまだ既存のビルが立っており、2030年度に竣工予定となっている。

出典:プレスリリースより転載

出典:プレスリリースより転載

ただし、単なる建替事業にとどまらないのが、このプロジェクトの大きな特徴だ。

浜松町駅から竹芝・日の出ふ頭をつなぐネットワークを形成

浜松町駅周辺では、世界貿易センタービルディングの建替事業(浜松町駅西口地区開発計画)や東京ポートシティ竹芝、ウォーターズ竹芝など大型再開発プロジェクトが複数進行していた。浜松町駅西口地区、竹芝地区と芝浦一丁目地区との三地区連携を図ることで地域の回遊、にぎわいの創出といった効果を生み出すようになっている。

出典:プレス発表会のプレゼンシーン(筆者撮影)

出典:プレス発表会のプレゼンシーン(筆者撮影)

JR浜松町駅は北口と南口に東西自由通路が整備され、歩行者のアクセスが向上することになるが、その浜松町駅からの歩行者専用道路に屋根を設けてアンブレラフリーで「BLUE FRONT SHIBAURA」に行けるようになる計画だ。

出典:プレスリリースより転載

出典:プレスリリースより転載

一方、日の出ふ頭に「Hi-NODE」(ハイノード)をつくり、船客待合所のほか芝生広場や海をのぞむテラス付きのカフェ・レストランなどを整備。Hi-NODEと竹芝地区をつなぐ橋を架けて夜間にライトアップするなど、水辺に開かれたにぎわい空間を創り出した。

「Hi-NODE」(筆者撮影)

「Hi-NODE」(筆者撮影)

東京湾のベイエリアの整備は、国や東京都も後押ししている。このプロジェクトは、「国家戦略特区」に認定され、東京都が掲げる「東京ベイeSGまちづくり戦略」にも盛り込まれている。東京都は、東京湾岸のベイエリアを、海と緑の環境に調和したサステナブルなエリアとして発展させようと考えているからだ。

新しい働き方「TOKYO WORKation」を提供するオフィス

さて、先行内覧が行われたS棟には、高層部に日本初進出の「フェアモントホテル」が入る。S棟が面する運河に船着き場を設けて、ホテルの専用船によるクルージングサービスが提供されるのが、この場所ならでは。低層部には水辺を活かした飲食店などの商業施設が入り、オフィスで働く人の需要にも応える。

メインとなる中層部のオフィスでは、「TOKYO WORKation」を提供する。眼前に広がる空と海、ツインタワーを囲む運河と緑地といった自然を身近に感じられるような、さまざまな工夫をしている。大きな特徴の一つが、共用部のワークスペースの多様さだ。建築中の28階フロアでその説明を受けた。この階には、さまざまなワークスタイルのラウンジ・バケーション・テラスエリアや共創エリア(フレキシブルにレイアウトが変えられる)などがあり、フィットネスやサウナなどのエリアもある。特に、約10m幅の大開口となるバックデッキは、内側と外側をつなぐ大空間となっていて、東京湾の眺望をゆっくり楽しむことができる。

こうした多様なワークスペースは、アプリで予約ができるようになる。アプリでは、見たい景色やリラックスしたい、集中したいなどの気分でも検索できるというから驚きだ。その日の状況に応じたワークスペースを選ぶことで、業務のパフォーマンスが高まるのだそうだ。これは、野村不動産の従業員を集めて、柔軟なオフィスで勤務した場合とそうでない場合で実験を行った効果検証からも明らかになったという。

バックデッキの外側部分。画像では小さく感じるが、実際にはかなり大きい空間となっている(筆者撮影)

バックデッキの外側部分。画像では小さく感じるが、実際にはかなり大きい空間となっている(筆者撮影)

開放的な開口部からは海だけでなく、東京タワーも見える(筆者撮影)

開放的な開口部からは海だけでなく、東京タワーも見える(筆者撮影)

舟運の拠点にもなり、海からの景観にも配慮

最後に、Hi-NODEから小型船で海に出て、船上からベイエリアを眺めた。

日の出船着場から小型船に乗る(筆者撮影)

日の出船着場から小型船に乗る(筆者撮影)

この芝浦・日の出と晴海を約5分でつなぐ「BLUE FERRY」の運航が、2024年5月22日に始まった。今回は、その航路とは異なる回遊ルートが運航された。船はまず、竹芝ふ頭付近に行ってから、BLUE FERRYの船着き場のある晴海フラッグ付近へ移動し、豊洲市場やレインボーブリッジの手前で折り返すルートだ。

出典:取材当日に配布された船上ツアーのルート(青ライン)を筆者が撮影

出典:取材当日に配布された船上ツアーのルート(青ライン)を筆者が撮影

ツインタワーの建築デザインは、槇文彦氏が名誉顧問を務める槇総合計画事務所によるもの。最大の特徴は、カーテンウォールの外壁だ。残念ながら晴天とはならなかったが、外壁が水面のように情景を映すというので、船上から注意して見ていた。

3層構成のタワーは上層階に行くほどセットバックする形状で空が広く見えるようになっている。まだS棟のみのシングルタワーだが、将来はこうしたツインタワーになると、パースを見せてもらった。

建築中のS棟。最初は東京タワーが右手側に見えた(筆者撮影)

建築中のS棟。最初は東京タワーが右手側に見えた(筆者撮影)

将来は少しデザインの異なるツインタワーが誕生する(筆者撮影)

将来は少しデザインの異なるツインタワーが誕生する(筆者撮影)

S棟の外壁に空の雲が映っている(筆者撮影)

S棟の外壁に空の雲が映っている(筆者撮影)

角度を変えると近くのビルが映る。東京タワーは左側に位置を変えた(筆者撮影)

角度を変えると近くのビルが映る。東京タワーは左側に位置を変えた(筆者撮影)

カメラの腕と天気がもっと良ければきれいに写せたのだろうが、場所や天候によって違う表情を映すという外観の目的が、海から見るとよく分かる。夕日が映えるところも見てみたいものだ。それにしても、方向音痴の筆者には、東京タワーの位置が変わるのが不思議でならない。

対岸の晴海フラッグ(筆者撮影)

対岸の晴海フラッグ(筆者撮影)

お台場方面トレインボーブリッジ(筆者撮影)

お台場方面トレインボーブリッジ(筆者撮影)

このプロジェクトは、ツインタワー内のオフィスに勤務する人やホテルや商業施設を利用する人だけにとどまらず、地域の活性化によって、快適な水辺空間を楽しみたい人や船を利用したい人などにもメリットを生み出す。ベイエリアに新たな魅力をもたらすものだろう。

6月1・2日にはHi-NODEで、音楽やヨガ、フードを楽しめる水辺FESTIVALが開催されたという。東京では再開発がめじろ押しだが、JRやゆりかもめの陸のアクセスとふ頭からの海のアクセスを利用できる、ベイエリアの玄関口となるエリアの再開発となる。その点では、他と異なるユニークな再開発といえるだろう。

●関連サイト
野村不動産、東日本旅客鉄道「延床面積約 55 万平米の大規模複合開発「芝浦プロジェクト」街区名称決定 「BLUE FRONT SHIBAURA」~更なる成長が期待されるベイエリアと東京都心部の結節点「つなぐ“まち”」を目指す。~」

住まいを高く売るには有利な時期?約6割がそう感じた、不動産売却市場。価格と売却時期はどちらを重視?

リクルートが『住まいの売却検討者&実施者』調査(2023年/首都圏)を実施した。過去1年以内に売却を検討した人に、その物件や売却理由、売る時期をどう見ているかなどを聞いている。今どきの売却実態を見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)公表/リクルート

売却を検討した物件の所在地、千葉県と埼玉県で前年より増加

リクルートの調査は、首都圏に住む20歳~69歳の男女に、2023年12月~2024年1月に実施したもの。まず、過去1年以内に土地や居住用不動産の売却を主体的に検討したかを聞き、該当した18%を売却検討者として、本調査を行っている。なお、そのうち38.5%が売却を完了している。

売却を検討したのは「買い替え」か「相続・贈与」か「不要な不動産を処分するため、その他」かを聞いたところ、「買い替え」が58.5%、「相続・贈与」が25.1%になった。ただし、50代・60代では「相続・贈与」の割合が3割前後と増える傾向が見られた。

では、「売却しようと思った理由」は何だろう?1位は「売れるときに売るため」(28.0%)、2位は「住む場所を変えるため」(26.9%)となったが、年々減少にある。3位は「高いうちに売るため」(26.0%)だった。近年の不動産の価格上昇を受けてのことだろう。

不動産を売却しようと思った理由(複数回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

不動産を売却しようと思った理由(複数回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

売却を検討した物件は、「土地」が25.4%、「一戸建て」が40.0%、「マンション・アパート」が34.6%だった。興味深いのは、売却検討物件の所在地だ。「東京都」が減少トレンドにある一方で、「千葉県」と「埼玉県」がこれまでより増加する形となった。早い時期から価格上昇が感じられた東京23区から遅れて、千葉県や埼玉県でも買い替えがしやすい市場になったということだろうか。

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

「高く売るのに有利な時期」か?有利57.5%、不利9.7%

さて、不動産の価格が上昇トレンドにあることで、売却に有利な時期と感じている人が多いのだろうか? 調査結果を見ると、「高く売るのに有利な時期だと感じていた」のは57.5%(とても19.8%+やや37.7%)となり、半数を超えた。一方、「不利な時期だと感じていた」のは9.7%(とても2.5%+やや7.2%)だった。過去の調査と比べると、有利という回答が増え、不利という回答が減る傾向が見られる。

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

※有利・計(「とても有利な時期だと感じていた」+「やや有利な時期だと感じていた」)
※不利・計(「やや不利な時期だと感じていた」+「とても不利な時期だと感じていた」)
売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

注目したいのは、有利の割合が、売却タイプ別では「相続・贈与」が51.8%であるのに対し、「買い替え」が64.2%とかなり高くなっている。さらに、物件タイプ別では、「一戸建て」が51.0%で横ばいの傾向であるのに対し、「マンション・アパート」が62.0%、「土地」が61.6%と前年より増えている。高く売るのに有利と感じている人が多いものの、不動産によってその感じ方に微妙な差があるようだ。

売却で時期と価格のどちらを重視する?

さて、「売れるときに売る」「高く売れるときに売る」と思う人が多く、「売却に有利な時期と感じる」人が多いなか、重視するのは、「時期」と「価格」のどちらなのだろう?

「時期(いつ売れるか)を重視する(した)」か、「価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」かを聞くと、「どちらかといえば」を含む「時期重視」派は47.2%、「価格重視」派は34.2%、「どちらともいえない」は18.6%という結果となった。

時期と価格のどちらを重視するか(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

※時期 重視(「時期(いつ売れるか)を重視する(した)」+「どちらかといえば時期(いつ売れるか)を重視する(した)」)
※価格 重視(「どちらかといえば価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」+「価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」)
時期と価格のどちらを重視するか(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

ただし、年代別で見ると、「時期重視」派は、20代で67.4%、30代で55.0%と、全体平均の47.2%よりもかなり高くなっている。若い世代の方が、子どもの入学前になど、売るタイミングが決まっていて、早く売ることに重きがあるからなのだろうか?

高く売るには、不動産価格が上昇あるいは高止まりしている時期であること、一定規模の需要(不動産を買う人が多い)があること、などの条件が必要だ。後者は、売れるときに売るための条件でもある。住宅ローンの金利上昇がいよいよ現実的になっている今は、売るにはよいタイミングといえるだろう。とはいえ、売る物件と買う人がうまくマッチングするには、個別の事情もある。自分の物件が今の市場でどういったポジショニングにあるのか、見極める必要もあるだろう。

●関連サイト
リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」

世界の名建築を訪ねて。フランス建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルの“V字形に傾斜したユニーク極まりない” 39階建て高層ビル「トゥール・デュオ(Tours Duos)」/フランス・パリ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載17回目。今回は、フランス・パリにある39階建て高層ビル「トゥール・デュオ(Tours Duos)」(設計:ジャン・ヌーヴェル)を紹介する。

V字形に傾斜した大胆な造形美

フランス建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルといえば、飛ぶ鳥を落とす勢いの世界的な建築家である。2002年東京に彼初の超高層「電通タワー」を完成させ、その後ニューヨークに超高層のハイグレードな「53West53」を完成させ、さらに中国に「深セン・オペラハウス」、「上海浦東美術館」と話題の作品をデザインし続けてきた。そのパワフルなヌーヴェルが、今度は地元パリに「トゥール・デュオ」というV字形に傾斜したユニーク極まりない建築を完成させ、パリジャンの度肝を抜いた。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

今パリの東部地区は新規開発が進行し、パリの未来に向けて強烈な牽引力を発揮しつつある。というのは今年(2024年)の7月からの夏季オリンピックのため、パリは高層ビル建設のラッシュが続いている。こうした状況の中、ジャン・ヌーヴェル設計の「トゥール・デュオ」は、ドミニク・ペローがデザインした「フランス国立図書館」からセーヌ川沿いに少し下った位置で、パリ左岸の13区にあるブリュヌゾー通り沿いに立ち上がった。

エッフェル塔、モンパルナス・タワーに次ぐ、パリで3番目に高いビル

2棟からなる「トゥール・デュオ」は、延床面積140,000m2の巨体で、39階建て、高さ180mの「デュオ-1」にはオフィス、オーディトリアム、レストラン、ショップが組み込まれている。29階建て、高さ125mの「デュオ-2」にはオフィス、レストラン、ショップ、ホテル(139室)、パノラミック・レストラン、バーなどがある。また「デュオ-1」にはオープン・テラスがあり、パリのワイドな景観を満喫できるようだ。建物は324mのエッフェル塔、210mのモンパルナス・タワーについで、パリで3番目に高いビルとなった。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

建物は2棟がV字形に対峙した感じで立ち上がっているが、手前に立っていて頂部に頭がある建物が「デュオ-1」で、奥側に傾いて見えるのが「デュオ-2」である。「デュオ-2」には、著名インテリア・デザイナー&建築家のフィリップ・スタルクがデザインしたホテルがある。敷地がセーヌ川沿いの工業地帯とはいえ、おそらくゴージャスなフィニッシュが施されていることは想像に難くない。

「トゥール・デュオ」の特徴のひとつは、サミット(頂上部分)に”頭”があることだ。高層ビルに”頭”がデザインされていることは、歴史的に見ても非常に少ない。これらふたつの”頭”で建物は識別可能となっているし、これらふたつのサミットがお互いにトークし合ったりしているように見えるのだ。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

このような建物同士の関係性については、かつてアメリカの著名建築家ダニエル・リベスキンドが、シンガポールに「レフレクションズ・アット・ケッペル・ベイ」という集合住宅タワー群を建て、その中の大小のタワーがお互いにトークしているように見えたデザインが話題になったことがある。

夏季オリンピックの建築ラッシュの中でも期待のプロジェクト

パリ東部開発の起爆剤ともいえる「トゥール・デュオ」は、強烈なランドマークとして君臨する必要があり、このエリアを未来へと牽引するメルクマール的存在となっている。さらに先述のように、「トゥール・デュオ」は夏季オリンピックの建設ラッシュの一翼を担うプロジェクトとして期待が高まっているのだ。

今年の夏、パリ・オリンピックに行かれる方もいると思うが、有名なドミニク・ペローの「フランス国立図書館」などの建築を見学する方は、そこから歩いていける距離にあるジャン・ヌーヴェルの話題作「トゥール・デュオ」も建築見学リストに入れるのをお忘れなく!

●関連サイト
Tours Duo

家を自分でデザイン&組み立てられる! テクノロジーのチカラで素人でも低コスト&自由度高い家づくりサービス「NESTING」がおもしろい VUILD

従来、家はハウスメーカーや工務店、建築士が設計し、施工事業者が建てるものだったのが、今はそこに住まう人自身が家をデザインし、施工まで手がけられる時代になりました。そんな、新しい住まいづくりの仕組みを世に打ち出したのは、テクノロジーの力で誰もが作り手になれる世界を実現する、を掲げた建築系スタートアップ「VUILD株式会社」。同社が手がけるデジタル家づくりサービス「NESTING」によって、建築デザインや施工など専門家の領域だったものが、そうでない人にも開放され、自ら住まいの作り手になることができます。今回は、その記念すべき「NESTING」の1棟目を建てたお施主さんと、「VUILD
株式会社」の代表・秋吉浩気さん、「NESTING」事業責任者の森勇貴さんに、サービスの背景や「NESTING」で建てる価値など、話をうかがいました。

「建築の民主化」をめざして。消費者を生産者に変えていく「NESTING」の家・外観(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」の家・外観(画像提供/VUILD株式会社)

施主自らデザインできて、施工もできる。そう聞くと、「DIYでつくった家」といったイメージを抱く人もいるかもしれません。しかし、「NESTING」は「DIY」の要素を含んでいながらも、「DIY」のクオリティを大きく超えるデザインと性能が光る家。日本の風土に根差した自然に溶け合う佇まいで、「HEAT20 G2」(断熱等級6)という最高レベルの断熱性能を誇ります。

「NESTING」の家・内観(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」の家・内観(画像提供/VUILD株式会社)

そんな、プロが手がけるような建築を、専門家でもない一般生活者がどうすれば建てられるようになるのでしょうか。そもそも、「NESTNG」のサービスを始めたきっかけは?まずは代表・秋吉浩気さんに事業の背景をうかがいました。

「VUILDでは、“「いきる」と「つくる」がめぐる社会へ”を、会社のビジョンとして掲げています。例えば、食べること。料理をつくり、それを食べることで、僕たちは生きているわけです。料理をつくる過程には、好きな食べものをつくる楽しさもあるだろうし、おいしく仕上げる工夫を凝らす楽しさもある。こんなふうに、生きるためにつくり、つくることで生きるという循環の先に、僕たちのいきいきとした暮らしがあるのではないかと感じて、「誰もが作り手になれる世界を実現する」をVUILDの活動モットーとしています。

そこで、VUILDが初めに取り組んだのが、3D木材加工機「ShopBot」の販売。誰もがものづくりの作り手になれるように、ものづくり技術の普及に取り組んできており、現在までに日本全国200箇所以上に導入してきました。ですが、デジタル機械を使いこなすまでには一定のハードルがあり、単に機械を販売するだけでは「誰もが作り手になれる世界を実現する」には至らないと感じました。

そこで、次にスタートしたのが、設計データさえあればそれを機械で加工可能なデータへと自動で変換してくれるツール「EMARF」です。これにより、ものづくりへの技術的なハードルがぐっと下がったものの、結局はものづくり経験のある人や、設計者でないと、このプラットフォームを活用できないという課題にぶつかりました。そこで思い浮かべたのが、Apple社のiPhone。技術の匂いをあまり感じさせないのに、高性能なテクノロジーが一つの端末に結集していて、誰もが直感的に操作できる。それでいて、デザインもかっこいい。それまでインターネットに興味を持っていなかった人も、iPhoneの普及によりインターネットに親しむようになったりして、僕はそれを「技術の民主化」だと捉えているんです。

ならば、僕たちがフィールドとしている「建築の民主化」を目指すためには、どうすればよいか。Apple社のiPhoneのように、技術を技術として販売するのではなく、テクノロジーをパッケージングしてブランドを築くことで、ものづくりや、建築の作り手としての入り口が開かれるのではないかと考えて、デジタル家づくりサービス「NESTING」の事業構想が浮かび上がりました」

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「これまでは、つくることに興味のある人や、すでに作り手である人を相手にしたサービスを手がけてきました。でも世の中を見渡してみると、お金を出せばある程度のものが手に入る時代ですから、ほとんどの人が生産者というより消費者サイド。「いきる」と「つくる」がめぐる社会を築くには、社会の大多数を占める消費者にアプローチしないと、本当の意味で世の中を変えることはできない。「NESTING」が普及していくことで、これまで消費者だった人を生産者に変えることができるかもしれないと思いました」(秋吉さん)

誰でも直感的にデザインできる。基礎も、構造体も、自分でつくれる。だから、誰でも建てられる!

「NESTING」で建てる家と、従来の家づくりにどんな違いがあるのか。
第一に、「NESTING」は施主の主体・主導で家づくりが進行するというところに、大きな違いがあります。例えば、設計プロセス。一般的には、施主の要望を工務店や設計士が聞き取り、それに基づいた設計プランを「提案する」流れですが、「NESTING」では施主がデザインを手がけ、そのサポートをプロが行います。

専門家が行う建築設計を、どうやって初心者でも手がけられるようにしたのか。その背景には、デジタル技術の活用があり、施主は専用アプリを使ってパソコン上で操作しながら、間取りや空間のイメージを膨らませられます。(注:アプリは改修中のため、実際の仕様と記載が異なる場合があります)

「NESTING」専用アプリ。画面上で建物の大きさや間取りを直感的にデザインできる

「NESTING」専用アプリ。画面上で建物の大きさや間取りを直感的にデザインできる

第二に、「価格の透明性」。従来の家づくりは、工務店や設計士に設計の比重があるため「何に」「どれだけ」コストがかかっているのか、施主側からは見えづらいという側面があります。そのため「知らない間に、コストが膨れあがっていた」なんてことも。また、木材加工、基礎工事、建て方工事、屋根工事、断熱材の吹付け、塗装、床張りなど、工事の工程ごとに専門の事業者が入っているため、見積もりも煩雑で時間がかかってしまいます。

それに対し「NESTING」は、施主本人がデザインを手がけるスタイルであるため、「何に」「どれだけ」コストがかかるのか、「何を」「どうすれば」コストが増えるのか・減らせるのかが分かります。その上、電気工事や給排水設備工事など、資格が必要な工事以外は施主本人で建てられるつくりとしているため、複数の事業者が入ることもなく即座に精度の高い見積もりが可能。このようにして、価格の透明性が実現できているのです。

さらに、「NESTING」の建物に使う木材パーツの多くを前述した3D木材加工機「ShopBot」で加工しており、事業者に依頼せずとも自分たちで高精度な木材加工ができる。それも、価格の透明性を高めている特徴の一つです。

木材を加工する3次元木工用切削機「ShopBot」(画像提供/VUILD株式会社)

木材を加工する3D木材加工機「ShopBot」(画像提供/VUILD株式会社)

「ShopBot」で加工した「NESTING」の木材キット(画像提供/VUILD株式会社)

「ShopBot」で加工した「NESTING」の木材キット(画像提供/VUILD株式会社)

この部品は、女性や子どもでも運べるように全て10kg以下で制作されています。だから、体力に自信がない人でも安心。家族や友人と協力しながら、自分たちの手で家の構造を組み上げることができるのです。

家の基礎も自分たちでつくります。一般的にはコンクリートを打設しますが、「NESTNG」では杭工法を用いて、電動工具を使いながら自分たちで杭を打ち込んでいきます。

専用の金物に単管パイプを打ち込み、基礎が完成!施工方法さえ覚えれば、初心者でもできる(画像提供/VUILD株式会社)

専用の金物に単管パイプを打ち込み、基礎が完成!施工方法さえ覚えれば、初心者でもできる(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」を横から見た図面(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」を横から見た図面(画像提供/VUILD株式会社)

第三に、建物のデザインに心が行き届いているというところ。誰でもつくれる家と聞くと、デザイン性が置き去りにされそうな印象がありますが、「NESTING」の家は違います。

「NESTINGのデザインパッケージを考えていた当初、コストカットするために軒の出をなくす案もありました。安価で合理的な家を建てようとすると、屋根を削って真四角な家をつくるのが一番いいんです。でも、日本建築は「屋根の建築」とも言われるくらい、気候条件的にも重要な存在。「NESTING」のデザインで最も特徴的でありこだわったのは、屋根かもしれません」(秋吉さん)

「NESTING」は、日本の風土や自然に溶け合う家。自然を愛する人、古くからある日本らしい風景を好む人の心をつかむデザインです。

(画像提供/VUILD株式会社)

(画像提供/VUILD株式会社)

記念すべき「NESTING」の1棟目は、香川県・直島のお宿

こうして考えられた構想が、リアルに実現できるのか。その検証も兼ねて、「NESTING」は応募制というかたちで、2023年春にサービスが始動しました。そこで、記念すべき一人目の施主に選ばれたのは、東京都在住・清るみこさん。IT関係の企業に勤めながら、香川県にある直島が好きで、宿泊業を営まれています。今回は、新たにもう1棟、直島で宿の運営を始めようと、「NESTING」で建てることにしたそうです。

「NESTINGを選んだ理由は、早く建てたかったというのと、おもしろそうだったから。デザイン性と快適性にこだわってつくりたかったので、「NESTING」ならそれが叶いそうだと思いました。

よくある話だと思いますが、建物にこだわればこだわるほど、設計や施工費用がかさみ、後で減額調整をすることになりますよね。これまでは、工務店さんに丸投げしていたために、材料費以外にどんな費用がかかっているのか、減額の余地があるのかないのか、分からなかったんです。でも、「NESTING」はセルフビルドなので、工程も費用も自分でつくりながら理解することができる。VUILDさんとだからできる宿づくりでした」(清さん)

完成した宿の外観(画像提供/VUILD株式会社)

完成した宿の外観(画像提供/VUILD株式会社)

今回は、スピード感を重視していたために、清さんご自身が設計やデザインをすることはなく、「NESTING」のベースとなるデザインをもとに、設計者のスタッフと相談しながら間取りを決めていったそう。その後の、木材キットの加工などには清さんも積極的に参加されました。

「海老名に木材加工の工場があり、毎週末のように通いながら、部品が製造されていく様子を見学したり、部品の組み立てを体験させていただいたりしました。私自身、DIYで棚をつくったりしたことはありますが、こんな大掛かりな加工現場を見たことはなくて。とても勉強になったし、このキットで建物がつくれるんだ……!と、驚きもありました」(清さん)

部品づくりを体験された様子(画像提供/VUILD株式会社)

部品づくりを体験された様子(画像提供/VUILD株式会社)

今回、基礎工事は事業者が行い、部品の組み立ては清さんやお仲間の皆さんで手がけられました。

「土日の2日間、友人たちが直島に手伝いに来てくれて、「VUILD」のスタッフさんや地元の大工さんの手を借りながら、自分たちで部品を組み立てていきました。女性が多かったので、屋根など高所での作業や男手が必要な施工は、サポートに来てくれていたスタッフさんにお任せしたのですが、部品を運んだりネジ締めをしたりと、大工さんに相談したりしながら、それぞれが役割を見つけて動いていました」(清さん)

ご友人と一緒に、2日間の建て方ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人と一緒に、2日間の建て方ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

チームワークを発揮し、どんどん組み上げていきます(画像提供/VUILD株式会社)

チームワークを発揮し、どんどん組み上げていきます(画像提供/VUILD株式会社)

2日間で上棟!(画像提供/VUILD株式会社)

2日間で上棟!(画像提供/VUILD株式会社)

屋根の板金工事や、壁の取り付けは「VUILD」のスタッフさんや大工さんが行い、清さんは床のタイルシールの貼り付けを担当。

「仕事の合間をぬって、毎週のように直島に通いながら、タイルシートを貼っていました。一見、簡単そうに見える作業も、ズレなくピシッと貼るのが意外と難しくて。床に接着するボンドが固まってしまい、一部だけ床が盛り上がってしまったりと、苦労しました」(清さん)

その後、再度ご友人の皆さんに集まってもらい、2日間の塗装ワークショップを開催。素人でも壁や建具をムラなく塗れるように、「NESTING」のためにオリジナルで開発した塗料を使用されたそうです。

ご友人が集まり、塗装ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人が集まり、塗装ワークショップを開催!(画像提供/VUILD株式会社)

皆さん、塗るのに夢中になっています(画像提供/VUILD株式会社)

皆さん、塗るのに夢中になっています(画像提供/VUILD株式会社)

こうして完成した宿が、こちら。

庭からの外観。海に面している直島の気候風土に合わせ、潮風にも耐えられるよう外壁は焼杉を使用している(画像提供/VUILD株式会社)

庭からの外観。海に面している直島の気候風土に合わせ、潮風にも耐えられるよう外壁は焼杉を使用している(画像提供/VUILD株式会社)

ダイニングからリビングを見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

ダイニングからリビングを見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

リビングから縁側を見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

リビングから縁側を見た様子(画像提供/VUILD株式会社)

写真で見ても、未経験者がセルフビルドで建てた宿だとは思えない、ハイクオリティな仕上がりであることが分かります。さらに、着工してから竣工するまで工期は、たったの2カ月。実際の稼働日に換算すると、43日。通常では考えられない、驚きのスピードです。「NESTING」で建ててみた感想や手応えを、清さんはこのようにお話しされました。

「昔の家づくりって、コミュニティを巻き込みながらつくり上げていく側面があったと思うんですけど、現代はそれが薄れてきてると思うんです。その点、「NESTING」を通じて自分たちの手で建てることで関わった人たちの愛着も湧くし、直島の近隣の方が工事の様子を見に来て、そこから会話が始まったりもして。この場を運営するのは私であっても、みんなで場を共有している感覚が、とてもユニークだなと感じました。

その一方で、スタッフさんや大工さんの手を借りながらも、ほぼ全てをセルフビルドでつくっているので、後からみると手直しをしたくなるようなところもあります(笑)。でも、それも含めていい思い出ですね」

どんな人に「NESTING」を勧めたいですかと尋ねると、「中小企業のチームビルディング研修にピッタリだと思います」と、清さん。

「実際に自分が建てるプロセスに参加してみて、組織のチームビルディングにすごくいいなと思ったんです。タイプの異なる人間が、同じゴールに向かって形にしていく過程の中で、学べるものがたくさんある。なので個人的には、店舗やレストラン、小規模の宿を運営されている中小企業の会社さんが、スタッフみんなで建てて、一緒にその場を築いていくみたいな「NESTING」の活用はとても魅力的だと思います」

ご友人と一緒に建てることで、さらに関係性が深まったと清さん。つくること、建てることは、単なる手段ではなく、その過程そのものが人と人とのつながりを育み、場が地域にひらいていくきっかけになりそうです(画像提供/VUILD株式会社)

ご友人と一緒に建てることで、さらに関係性が深まったと清さん。つくること、建てることは、単なる手段ではなく、その過程そのものが人と人とのつながりを育み、場が地域にひらいていくきっかけになりそうです(画像提供/VUILD株式会社)

「NESTING」で一番届けたいのは、つくる喜びや楽しさ

1棟目の「NESTING」建築を経て、「VUILD」代表の秋吉さんは、可能性を感じられたと話します。

「清さんとご一緒できたおかげで、改善の余地がどこにあるかを確かめることができました。建てるというプロセスにおいては、住宅を購入するのとは明らかに違う光景が現場に広がっていて、関わっている人全員が、すごく楽しそうに作業している姿が印象的でした。「NESTING」によって、家づくりのあり方が変わる。その確かな手応えをつかむことができました。

さらに言えば、自分たちで家をつくれたなら、地域づくりや街づくりも自分たちでできるかもと思えたりして、「NESTING」を入り口に、つくることや街づくりに対してどんどん主体的になっていく可能性があるなとも感じました。

今回の1棟目をふまえて、現在は2棟目の「NESTING」を建てているところ。その施主は、「NESTING」事業責任者の森さんです。総工費1000万円、工期1カ月を目標に進めているところです」

森さんは栃木県で暮らしており、移住を検討されている方を対象にした「お試し移住拠点」として建てられているそう。

「NESTING」事業責任者の森勇貴さん

「NESTING」事業責任者の森勇貴さん

「都市圏に住みながらも、自分らしい生き方や暮らし方に興味関心があるような人たちが増えてきていると思います。僕も、その一人。以前は東京に住んでいたのですが、今は那須に移住してリモートで仕事をしています。「NESTING」でお試し移住拠点をつくろうと思った理由は、自分たち家族が移住してみて、まちの魅力を存分に感じたため、移住仲間を増やしたかったから。今、建物の躯体が組み上がったところで、完成が楽しみです」(森さん)

安全管理を行った上で、息子さんと一緒に施工現場に入る森さん(画像提供/VUILD株式会社)

安全管理を行った上で、息子さんと一緒に施工現場に入る森さん(画像提供/VUILD株式会社)

この2棟目の実践を経て、本格的に「NESTING」のサービスがローンチできる目処がたってきましたと、秋吉さん。新たに10組の先行ユーザーを募集し、次々に「NESTING」を建てようと志す仲間が集まってきているそうです。

能登半島地震によって全壊してしまった家を、「NESTING」を使って自力で再建を目指す人。東京から地方に移住して、自然と共生するサステナブルな暮らしを実践しようとする夫婦。地域への移住促進に取り組む会社のオフィスとして…などなど。

その用途や目的はさまざまですが、共通しているのは、地域との関わりがあることや、建物を通して、周りとのコミュニティを開いていこうとしていること。森さんが話すように、自分らしい生き方や暮らし方に興味関心がある人、地域や自然とのつながりを求める人に、「NESTING」が選ばれている傾向があるようです。

「今後、さらに展開していくにあたって、その地域ごとに使う素材やデザインをアレンジできればと思っています。地域資源を活用したり、自然が循環するきっかけに「NESTING」がなれたらなと。さらには、大工や職人の高齢化・減少化が進んでいますから、家づくりのプロが減っても、家づくりを諦めなくていい環境を僕たちが整備していけたらいいなと考えています」(秋吉さん)

「VUILD株式会社」の代表・秋吉浩気さん

「NESTING」で家を建てることは、自分の「生きる」を「つくる」こと。そして「つくる」ことで、「生きる」ことの実感や手応えが、その人の人生に蓄積されていく。そのおもしろみや価値は、きっと頭で考えることではなく、自分の心と体で感じるもの。「NESTING」は、地に足をつけた生き方や暮らし方へと、現代に生きる人々のあり方を建てなおす起点となり、拠点となりそうです。

●取材協力
VUILD

■関連記事:
・3Dプリンターの家、国内初の土を主原料としたモデルハウスが完成! 2025年には平屋100平米の一般販売も予定、CO2排出量抑制効果も期待
一般向け3Dプリンター住宅、水回り完備550万円で販売開始! 44時間30分で施工、シニアに大人気の理由は? 50平米1LDK・二人世帯向け「serendix50」
・女子中高生が竹中工務店のオフィスツアーへ!東京都が力を入れるSTEM分野の魅力発信事業とは?
・鹿児島発「こどものけんちくがっこう」って? 未来の地域づくりに種をまく!

中古マンションの1平米当たり管理費は全年度比2.1%上昇、修繕積立金は3.1%も!その背景とチェックポイントを徹底解説

東日本不動産流通機構が、2023年度に成約した首都圏中古マンションの管理費や修繕積立金について、分析した結果を発表した。それによると、管理費も修繕積立金も前年度より上昇しているという。なぜ上昇しているか、その理由も含めて考えてみたい。

【今週の住活トピック】
「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」を発表/東日本不動産流通機構

1平米当たり管理費は前年度比2.1%、修繕積立金は3.1%上昇

東日本不動産流通機構(東日本レインズ)は、不動産会社間で不動産情報を共有するシステムなどを運用する指定流通機構で、東日本を担当している。それを通じて成約に至った中古マンションについて、年度ごとの管理費や修繕積立金などのランニングコストを分析している。

2023年度の首都圏中古マンション月額平均額は、1戸当たりで管理費が平均1万2831円、修繕積立金が1万1907円だった。これを1平米当たりに換算すると、管理費は平均201円(前年度比2.1%上昇)、修繕積立金は187円 (同3.1%上昇)となった。いずれも、前年より上昇したことが分かる。

首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金の月額(平均額と1平米当たり)(出典:東日本不動産流通機構「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」より抜粋転載)

首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金の月額(平均額と1平米当たり)(出典:東日本不動産流通機構「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」より抜粋転載)

マンションの管理費は、日常の管理を円滑に進めるためのもので、管理会社への委託費、共用部の清掃費や水道光熱費、共用設備の点検などに使われる。また、修繕積立金は、計画的に行われる大規模修繕工事を実施するために積み立てられる。

まず管理費については、地域では東京都区部で高く、築年では築10年以内や築11~20年など、新しいものほど高くなっている。また、総戸数50戸未満、200戸以上でも高くなっている。

一般的に、高額なマンションほど、その設備仕様や管理サービスの水準が高くなり、維持管理の費用も高くなる傾向がある。また、大規模なマンションには、共用施設が多いため、その維持管理の費用もかかってくる。一方で、大規模なマンションは発生する固定費を多くの戸数で分担できるが、50戸未満の小規模なマンションでは分担できる戸数が少ないため割高になる場合もある。

こうした要因が管理費に影響するわけだが、近年新築マンションの価格高騰により高額なマンションが増えていること、なかでも東京都区部でその傾向が顕著であることから、管理費を引き上げる要因になっているといえるだろう。

次に修繕積立金を見ると、管理費ほどの金額差はないが、50戸未満の小規模なものは1戸当たりの平均額が高くなっており、規模感の影響が出ている。目立つのは、築10年以内で低くなっていることだが、これには別の理由もある。

築年数が新しいほど管理費が高く、修繕積立金が低い理由とは?

管理費と修繕積立金の1平米当たりの月額の推移を築年別に見ていこう。

建築年別の1平米当たり管理費・修繕積立金(月額)(出典:東日本不動産流通機構「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」より転載)

建築年別の1平米当たり管理費・修繕積立金(月額)(出典:東日本不動産流通機構「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」より転載)

管理費は、1967年~1977年など築年の古いものでは月額150円前後で推移しているが、以降は200円近くに上がり、バブル期で豪華なマンションが多かった1988年~1993年では200円を超えるものの、おおむね横ばいに推移していた。しかし、2013年以降は右肩上がりの上昇トレンドになり、2023年に建築されたマンションではついに300円を超える結果となった。

これには、管理員の人件費の高騰が大きく影響している。政府が2013年に施行した『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)』による定年延長や再雇用などにより、定年後の仕事の選択肢が広がった。管理員の仕事は、かつては定年退職後の雇用の受け皿になっていたこともあり、採用が難しくなった結果、近年は人手不足に陥っているのだ。そのため、報酬を引き上げるなど人件費が上昇し、それが管理費にも影響しているというわけだ。

また、近年は共用部で使う水道光熱費などさまざまなものが値上がりしているので、管理費が上がる要因が多くなっている。築年の新しいマンションほど管理費が高くなるのには、こういった要因もあるのだ。

一方、修繕積立金はおおむね横ばいで推移してきたものが、ここ10年程度を境に下降トレンドになっている。これを見ると、修繕積立金の負担が軽減されてきたように見えるが、けっしてそういうわけではない。建設工事の費用が上昇しているなかで、大規模修繕工事の費用も上昇しないはずはない。

「均等積立方式」か「段階増額積立方式」か?

修繕積立金については、かつては規制がなかったため、マンション分譲時に長期修繕計画を作成しているものの、それを確実に行えるだけの修繕積立金の額を設定していない事例が多かった。それでは実際の大規模修繕工事を実施するのに支障があるということで、長期修繕計画通りに工事が行えるように修繕積立金の金額を設定するようになった。

とはいえ、マンションを販売する際には管理費・修繕積立金・駐輪駐車場代などの合計月額が低い方が売りやすいこともあって、それまで主流だった均等に積み立てる「均等積立方式」から、あらかじめ段階的に増額する「段階増額積立方式」を採用する事例が多くなった。

「段階増額積立方式」では、当初の修繕積立金の額は抑えられているが、5年ごとなどに一定割合で上がっていく形になる。修繕積立金の値上げは、管理組合の総会で承認される必要があり、否決されると値上げができなくなる。

修繕積立金で築年の新しいマンションの月額が低いのは、値上げされる前の金額の事例が多いという事情もあるのだ。修繕積立金については、さらに注意点がある。

長期修繕計画は適宜見直すことになっているが、近年、大規模修繕工事にかかる費用が上がっている。建築資材や水道光熱費などの上昇に加え、建設業界や物流業界では残業時間を規制する2024年問題が拍車をかけて人手不足が深刻化している。そして人件費の高騰は大規模修繕工事の費用に大きく影響する。となると、以前の長期修繕計画上の費用と現実の費用にズレが生じる可能性も高い。不足しない計画だったとしても、不足する可能性もあるのだ。

毎月払うランニングコストは安い方がよいのだが、管理費も修繕積立金も上がる可能性はある。特に、「段階増額積立方式」では、負担すべき費用を順繰りに送る形なので、上がることが前提となっている。

新築マンションを購入する場合は、ランニングコストが上がる可能性を考慮する必要があるし、中古マンションを購入する場合は、修繕積立金の積立方式がどうなっているか、長期修繕計画はいつ見直されたものかなども、しっかり確認する必要がある。事前に把握できることをスルーしてしまうと、将来家計に大きな影響が出るということもあるので、忘れずに確認してほしい。

●関連サイト
東日本不動産流通機構「首都圏中古マンションの管理費・修繕積立金(2023年度)」

老朽化で寿命迎える街の図書館を町民ら主導でリノベ!テラスで日光浴、おしゃべりOKの素敵空間に生まれ変わった「瑞穂町図書館」 東京・瑞穂町

1950年に図書館法が制定されてから、戦後全国で次々と誕生した図書館。今、過渡期を迎えています。これらの建物が老朽化しており、いっせいに寿命を迎えているのです。東京都・西多摩郡瑞穂町の「瑞穂町図書館」にもこうした課題がありましたが、これまでの建物をあえて残しながら改修し、新たな空間をつくり上げる道を選びます。そして「誰もが居心地の良い、街のいこいの場」の機能を加えたのです。こうした改修プロジェクトを主導したのは、町民たち。どのような歩みを経てきたのでしょうか。図書館改修事業に携わった方の思いをお聞きしました。

街のリビングのような、心ゆるせる場所

東京都心の北西部にある人口3万2000人ほどの小さな町、西多摩郡瑞穂町。最寄駅である箱根ヶ崎駅には、東京駅からは電車で1時間半ほど乗ると到着します。町内には狭山丘陵の一角があり、背景には緑豊かな山並みも目にすることができます。

街の中央部にある瑞穂町図書館は、2022年3月にリニューアルオープンしました。コンセプトに掲げているのは、「本や人とゆるやかにつながり、自分の居場所と感じられる図書館」。そのテーマどおりに、図書館内のほとんどのスペースでおしゃべりや飲食がOKで、多くのくつろげるスペースがあります。

夕方になると緑のネオンサインが点灯。浮かび上がる姿は幻想的です(写真撮影/片山 貴博)

夕方になると緑のネオンサインが点灯。浮かび上がる姿は幻想的です(写真撮影/片山 貴博)

1階エントランスを入るとすぐ目に入るスペース。おしゃべりも、読書も、ワークショップも。あらゆることができるリビングのようなエリアです(写真撮影/片山 貴博)

1階エントランスを入るとすぐ目に入るスペース。おしゃべりも、読書も、ワークショップも。あらゆることができるリビングのようなエリアです(写真撮影/片山 貴博)

2階建ての図書館には、開口部全面に配置されたロングソファや、木製のボックス型読書ブース、Wi-Fiと電源が完備された無料のブース型ワーキングスペースなど、あらゆる人が快適に過ごせる空間が用意されています。

緑に囲まれたロングソファコーナーはまるでリゾート地で読書をしているかのような雰囲気を味わえます(写真撮影/片山 貴博)

緑に囲まれたロングソファコーナーはまるでリゾート地で読書をしているかのような雰囲気を味わえます(写真撮影/片山 貴博)

黙々と一人で読書や仕事をすることができるパーソナルブースには、開館と同時に人が集まっていました(写真撮影/片山 貴博)

黙々と一人で読書や仕事をすることができるパーソナルブースには、開館と同時に人が集まっていました(写真撮影/片山 貴博)

配置されている書棚も、本に手が伸ばしやすいように、フロア全体が背の低い書棚で囲まれています。さらには子どもが手に取りやすいサイズの書棚に、ゆるやかなカーブを描いた面陳列の木製書棚も印象的です。ゆったりとしたスペースや通路に、あたたかみのある木製の家具でつくられたやわらかな空間。

10代の学生たちに向けた本を集めたコーナー。手に取りやすい高さになっています(写真撮影/片山 貴博)

10代の学生たちに向けた本を集めたコーナー。手に取りやすい高さになっています(写真撮影/片山 貴博)

靴を脱いでくつろぐことができる、子ども向けのコーナー(写真撮影/片山 貴博)

靴を脱いでくつろぐことができる、子ども向けのコーナー(写真撮影/片山 貴博)

ボックスブースでは、落ち着いて飲食、勉強、打ち合わせも可能です(写真撮影/片山 貴博)

ボックスブースでは、落ち着いて飲食、勉強、打ち合わせも可能です(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町にゆかりのある大瀧詠一さんが発表されたレコードを集めたコーナー(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町にゆかりのある大瀧詠一さんが発表されたレコードを集めたコーナー(写真撮影/片山 貴博)

そこでは新聞を広げてくつろぐ人や、仕事や勉強に夢中になる人、黙々と本を読む人などと、思いおもいの時間を過ごす風景が広がります。なかには開館と同時に来館し、一日中図書館に浸る人も。まるで自分の家のリビングでくつろぐかのような雰囲気です。とはいえ、お互いにやりたいこと、求める空気感など、相手を尊重し合いながら秩序を保っています。

晴れた日は2階のテラスも利用できます。日光浴をしながらコーヒーを飲み、読書をすることができるなんて、なんて最高なのでしょう(画像提供/瑞穂町図書館)

晴れた日は2階のテラスも利用できます。日光浴をしながらコーヒーを飲み、読書をすることができるなんて、なんて最高なのでしょう(画像提供/瑞穂町図書館)

「ここは誰もがいてよい場所。なので、私たちからは”こうしろ”、”ああしろ”と強制はしません。ですが、例えば”今あそこには誰々がいて、こんなこと気にしているみたいよ”と促しはします。自発的に相手のことを考えてもらうために、そっとサポートをするイメージです」と、司書の西村優子さんは話します。

新しくするのではなく、今ある施設の魅力を活かす

「実はこの図書館は、私と生まれ年が同じなんです」
瑞穂町生まれの前館長・町田陽生さんはそう話を切り出します(取材当時は館長)。

リニューアル前の図書館は築45年で、設備の老朽化が目立ち、若年層の来館者が伸び悩んでいたことが気がかりでした。おまけにエレベーターもなく、車いすの人にも訪れにくい環境。なんとか変えたいと、誰もが利用しやすく快適な図書館へと改修するプロジェクトがはじまったのです。

瑞穂町は全てを新たに建て直すのではなく、既存の建物を活かすために一部減築をした上で、新たな建物を増築するという、2つの方法を組み合わせて改修する道へと踏み切ります。

せっかく改修するならば、何としても多くの人に訪れてもらえるようになりたいと願っていたと、前館長の町田さんは話します(写真撮影/片山 貴博)

せっかく改修するならば、何としても多くの人に訪れてもらえるようになりたいと願っていたと、前館長の町田さんは話します(写真撮影/片山 貴博)

「限られた期間と予算のなかで事業を進めていく必要がありました。図書館は駅から離れた位置にあり、立地も良いとはいえない場所です。ここで改修をするにあたり、どうすれば多くの方に来ていただき、町民に愛される図書館にできるかと模索する毎日でした」町田さんは、こう振り返ります。

建物改修と並行して、「図書館がどうあってほしいのか」という、ソフト面を考える取り組みも行うことになりました。そこで町は、住民参加型ワークショップを開催するべく、場を立ち上げたのです。

町民のやりたいこと、かなえたいことを集めて実現していく

ワークショップは、瑞穂町図書館のリニューアルの屋台骨を決めるものとなりました。

図書館の基本計画の策定段階である2019年に「図書館をみんなで考え・つくるワークショップ」を3回、その後2021年には「図書館をみんなで考え・活用するワークショップ」を3回開催。合計167人の、親子連れや学生、お年寄りなど幅広い世代の町民が参加しました。

彼らの描いていた図書館の理想像は「おしゃべりをしながら本を読みたい」「コーヒーが飲める場所がほしい」「Wi-Fiが使えるようになってほしい」「子どもが泣いてしまってもいいようなスペースがほしい」というものでした。

町民の声をもとにドリンクマシーンを設置。館内で自由に飲むことができます(写真撮影/片山 貴博)

町民の声をもとにドリンクマシーンを設置。館内で自由に飲むことができます(写真撮影/片山 貴博)

もちろん町民全ての願いをかなえられたわけではありません。ですが、一つひとつ耳を傾け、願いを実現することで、町の人にとって「居心地のよい場所」が生み出されたのです。
こうした街の人との意見交換では、新たなコミュニティも誕生しました。それが「図書館ファンクラブ」です。集まった10名ほどのメンバーは、図書館のスペースを使って、イベントの企画や運営を担っているのです。こうした積極的に関わってくれる街の人が増えたことで、図書館は活気にあふれるようになりました。

この日は反物の端切れを使って、ブックカバーをつくるワークショップを行っていました(写真撮影/片山 貴博)

この日は反物の端切れを使って、ブックカバーをつくるワークショップを行っていました(写真撮影/片山 貴博)

ファンクラブのメンバーの一人である村上豊子さん。彼女は腹話術の人形をあやつり、語り部をしています。この日は相棒である人形の「くりちゃん」とともに、図書館に足を延ばしていました。リニューアルした図書館のことをこう話します。

「これまで町の人は、地域活動の場所が限られていたんです。こういった場所ができて、積極的にイベントができるのはうれしいですね。子どもたちと接する機会が増えたことも喜びの一つです」

村上さんの相棒、腹話術人形の「くりちゃん」とともに(写真撮影/片山 貴博)

村上さんの相棒、腹話術人形の「くりちゃん」とともに(写真撮影/片山 貴博)

本を手にしたら、新しい発見がある書棚を目指す

リニューアルのもう一つのテーマは、書籍の配置の見直しでした。ここでは、テーマ配架が取り入れられたのです。テーマ配架とは、日々の暮らしに近いテーマや地域に根ざしたテーマなど、瑞穂町独自の6つのテーマで本を分類して並べることです。

図書館といえば日本十進分類法(NDC)での区分が知られているところ。例えば「文学」「哲学」「産業」などと聞くと、誰もが思い出すかもしれません。しかし、瑞穂町図書館ではその分類の根底を残しつつも、とらわれすぎない独自の6つのテーマを設定したのです。

例えば生活を豊かにする本が並ぶ「QOL(クオリティー・オブ・ライフ)」や、瑞穂の地域について学ぶ本が並ぶ「みずほ学」、10代の若者に寄り添ったテーマの本「ティーンズ」などといったセグメントです。訪れる人の目的や興味で本が探せる配置になっています。司書たちはこの6つのテーマに沿って、自らが選書や配置をしているのです。そのスタイルは、まるで、独立形書店のようでもあります。

瑞穂町の歴史や、瑞穂町にある企業にまつわる本が集められた「みずほ学」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町の歴史や、瑞穂町にある企業にまつわる本が集められた「みずほ学」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

そもそもこの本の並べ方も、町民とのワークショップで意見を聞いて取り入れたのだとか。
「子どもがメダカを飼いたいって言ったときに、メダカの生態の本も、メダカの飼い方の本も見たいじゃないですか。でもこの2つって全然違う場所に配置されているんです。あっちもこっちも行き来するって大変ですよね。じゃあ、どういう本棚の構成だったら探しやすいのだろう?と。そしてわかったのが、テーマを設けて本を並べるということだったのです。お子さんにも、感覚的にわかりやすいような本棚になったんですよ」と司書の西村さんは笑顔で語ります。

こうした配置によって生まれたうれしい変化がありました。関連する本をついでに2冊、3冊と借りて行く人が増えたことです。

子育てを支える本や、子どもたちに手にしてほしい本が集まる「みずほ育」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

子育てを支える本や、子どもたちに手にしてほしい本が集まる「みずほ育」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

町田さんはこう続けます。

「その人の求めている知的欲求がより深まるといいますか。本と本、人と人のつながり、こういうコンセプトがにじみ出た本棚でもありますね」

生活を豊かにする本が集う「QOL」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

生活を豊かにする本が集う「QOL」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

町民の手で、町民の知識で、この場所での体験を自分ごとにしていく

リニューアル後、来館者も増加。2018年度と比較すると約2倍に増えました。これは純粋に書籍を借りる人だけではなく、ここに憩いを求めて訪れている人も含まれているそうです。でもそれでいいと西村さんは言います。

「本のある空間に触れること、これが大切だと思うんです。小さいころから”なんとなく本のある空間”に身を置くことで、将来大きくなったときにここに戻ってきてくれる。そうあってほしいなと願って、くつろぐ、おしゃべりするだけでも足を延ばしてほしいと思っているのです。町の人の憩いの場であることが一番ですから」

本の配置に試行錯誤したことを話してくれた西村さん。全国にある図書館を視察して研究しているそうです(写真撮影/片山 貴博)

本の配置に試行錯誤したことを話してくれた西村さん。全国にある図書館を視察して研究しているそうです(写真撮影/片山 貴博)

今、図書館のあり方は大きく変わっています。西村さんは「この町を愛する人たちが自分の手でここをよくしていくこと。それが愛着を生み出しているのだと思います。まだまだやれることはあります。町民の力を借りながら、私たち職員はよりよい選書とは? もっと快適なスペースつくりとは? と、じっくり考えていきたいです」と話しました。

課題はもちろん残ります。この図書館は役場の職員が運営をしているため、誰かが異動をすると仕組みを維持しにくくなる恐れがあるのです。そこは、これから担い手を増やしていくよう工夫をしていく必要がありますが、町民にとっても役場の職員の皆様にとってもやりがいはありそうです。

瑞穂町図書館のみなさん。日々の運営のために、積極的にアイデアを出し合っているそうです(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町図書館のみなさん。日々の運営のために、積極的にアイデアを出し合っているそうです(写真撮影/片山 貴博)

取材の最後に西村さんは、こう話してくれました。
「今、全国各地で、図書館のあり方について考える必要が出てきています。ただ課題があっても、民間業者に委託する方法以外にも解決方法はあるのだと思います」
たしかに、自分たちの手で工夫をしていくことはできるのでしょう。時代は変わるので、図書館の役割も変わって当然。その工夫ができれば、もっと自分たちにとって心地よい施設になりそうですね。

●取材協力
瑞穂町図書館

6月使用分から電気料金引き下げ措置がなくなる!?電気代高騰について、みんなどう思っている?

電気代が6月使用分から高くなる。値上げではなく、経済対策による値引きの終了だ。一条工務店の調査によると、このことを7割以上が「知らなかった」と回答している。物価高に加え、生活インフラともいえる電気代の値引き終了で、家計を圧迫することになりそうだ。消費者は、どう思っているのだろうか?

【今週の住活トピック】
「家庭の電気料金に関する意識調査 2024」結果を発表/一条工務店

「電気・ガス価格激変緩和対策」により2024年5月まで電気料金が値引き

さて、電気料金が値引きされていた理由は「電気・ガス価格激変緩和対策」が実施されていたからだ。

まず、ロシアによるウクライナ侵略などの世界情勢により、燃料価格が上昇したことなどの影響を受けて、電気・ガス料金の単価から一定額を値引きする措置を、2023年1月の使用分から12月の使用分まで行っていた。この措置の継続が2023年11月に閣議決定され、2024年4月の使用分まで継続、5月の使用分については激変緩和の幅を縮小して実施されていた。つまり、5月使用分ですでに値引き幅が縮小されていたわけだ。

■電気・ガス価格激変緩和対策による値引き単価(沖縄電力を除く)

適用期間電気(低圧)電気(高圧)都市ガス※2024年1月使用分(2月検針分)から3.5円/kWh1.8円/kWh15円/m32024年4月使用分(5月検針分)まで2024年5月使用分(6月検針分)1.8円/kWh0.9円/kWh7.5円/m3※家庭及び年間契約量1,000万m3未満の企業等が対象
電気・ガス価格激変緩和対策事業について/資源エネルギー庁 より筆者作成

手元にある筆者の自宅の「電気・ガス使用料のお知らせ」に、たしかに「請求金額は政府支援ガス15円/m3電気3.5円/kWhを値引きしています」と記載されていた。

請求金額は、5月使用分で上がり、6月使用分以降はそれがさらに上がるということだ。筆者は自宅で仕事をしているので、電気をたくさん消費するため、特にこれからの電気代の請求金額が気になるところだ。

7割以上が、電気料金の引き下げ措置が終了することを知らない!

一条工務店が、2024年3月に全国の男女897名を対象に「家庭の電気料金に関する意識調査」を実施した。「政府が実施している『電気・ガス価格激変緩和対策事業』による電気料金の引き下げが2024年5月使用分で終了することを知っていますか?」と聞いたところ、実に72.9%が「知らない」と回答した。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

知らないという人たちは、6月以降の電気代やガス代を見て、驚くことだろう。この調査で、「電気料金の引き下げが行われなくなる2024年6月以降、家計に不安を感じていますか?」と聞いたところ、「とても感じる」が60.1%、「やや感じる」が34.3%で、合わせて9割以上が家計に不安を感じるという結果になった。

家計を圧迫する電気代の高騰、節電はしているけれど…

実は、一般家庭で値上がりによる家計の影響を最も受けているのは、ガス代よりも電気代だ。調査で「物価上昇によって、家計で最も影響を受けているのは何ですか?」と聞いた結果を見ると、ガス代の7.5%よりも、食費の36.8%よりも、電気代の42.3%が一番多いのだ。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

その結果、「冷房や暖房を使うのを我慢」したり(「とても我慢する」10.9%「やや我慢する」49.6%)、「日常的に節電」したり(「している」70.0%)、しているのだ。

具体的には、過半数の人が「照明をこまめに切る」、「衣類で温度調節をする」、「エアコンの設定温度・角度を調整する」といったことをしていた。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

電気代を節約するために、住宅でできることとは?

節電のためのさまざまな工夫をしている家庭が多いことが分かったが、工夫だけではなかなか節約できない場合もあるだろう。一時的に費用はかかっても、住宅のほうを変えることで、より多くの節電ができる場合もある。

まずは、「省エネ住宅」や「ゼロエネルギー住宅」への改修だ。住宅を断熱材でしっかり覆い、熱の出入りが激しい窓まわりの省エネ性を高めると、エアコンの冷暖房の効果が高まる。さらに費用はかかるが、太陽光発電などの設備を搭載し、それを蓄電池に溜めるなどして、電力会社の電気にあまり頼らない生活をするという方法もある。

調査結果でも、「省エネ住宅」(70.1%)、「太陽光発電」(67.7%)、「蓄電池」(67.9%)のそれぞれにとても興味があると回答していた。

もっと手軽にできるのが、家電を省エネ性の高いものに買い替えることだ。実は筆者もエアコンの買い替えを検討している。なぜいま検討しているかというと、補助金が出るからだ。

たとえば、東京都では、省エネ性の高いエアコン、冷蔵庫、給湯器、LED照明器具に買い替えた都民にポイントを付与する「東京ゼロエミポイント」を実施している。現行のゼロエミポイントは、2024年9月30日までが対象だが、10月以降はさらに拡充される予定となっている。ポイント付与から、登録店舗で直接購入額から値引きされる形になり、使い勝手も変わる予定だ。

現行の東京ゼロエミポイント(2023年4月~2024年9月対象)では、対象商品であれば、エアコンで9000ポイント~2万3000ポイント、冷蔵庫で1万4000ポイント~2万6000ポイント、給湯器で1万2000ポイント、LED照明器具で4000ポイントなどが付与される。ポイントは、商品券とLED割引券に交換できる。

こうした補助金は東京都に限ったことではない。ヤマダ電機の「省エネ補助金制度対象市区町村一覧」というサイトを見ると、多くの自治体で、省エネ家電の買い替えに対する補助金の制度があることが分かる。今はカーボンニュートラルが求められているので、家電だけでなく、太陽光発電などの発電設備、エネファームなどの家庭用燃料電池、節水トイレや節水シャワーヘッドなどの節水設備、処理場の焼却時の省エネになる生ごみ処理機などに対する補助金などもあることが分かる。

補助金の制度は、予算枠に達すると申請受付が打ち切りになったり、制度内容が変わったりするので、自分が住む自治体に省エネに対するどんな補助金があるか、自分で調べることをおススメする。

古い家電を使い続けるよりも、省エネ性の高いものに買い替えたほうが、電気代が削減できることも多いし、新しいものほどさまざまな機能が搭載されているので、使い勝手もよくなる。同様に、古い住宅に住み続けるよりも、省エネ性を高める改修をするほうが、省エネでかつ快適に過ごせることも多い。

一時的に費用がかかるうえ、家電販売店やリフォーム会社に行って詳細を決める手間がかかったりはするが、長期的に節電になるという効果もあるので、電気代高騰への対応策として一度検討してはいかがだろう。

●関連サイト
一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」結果を発表
東京都「東京ゼロエミポイント」
ヤマダ電機「省エネ補助金制度対象市区町村一覧」

「神山まるごと高専」企業70社以上の支援受け”奇跡の田舎”に開校。支援者や地元民「町のダイバーシティが拡大」「他校の生徒にも影響」など刺激に 徳島県神山町

「神山まるごと高専」(理事長・寺田親弘/Sansan(株))が、徳島県神山町に開校して1年が経った。「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成をミッションに掲げ、各界からも注目されている新設の高等専門学校だ。全寮制であるがゆえ、現在(2024年2月)一期生約40人が神山に暮らしながら学んでいる。さまざまなまちおこしの取り組みを経て「奇跡の田舎」と呼ばれる神山町に、この学校の存在と学生たちはどのような刺激を与え、まちにどのような変化を生み出しているのだろうか。学校に出資・寄付した起業家や街の人など、学校周辺の人々に話を聞いた。

海外との交流をベースに「よそもの」を受け入れる素地を醸成

徳島市西部と隣接しているとはいえ、ベッドタウンとは言い難い自然豊かなまち、徳島県神山町。2023年3月、このまちに「神山まるごと高専」が開校した。まちおこしの好モデルとして知られる地に、また新たな話題が生まれた背景には、これまでの取り組みで築き上げてきた、しっかりとした土台があるようだ。

神山まるごと高専の講義・研究棟「OFFICE」。町産材「神山杉」をふんだんに使用している(画像提供/神山まるごと高専)

神山まるごと高専の講義・研究棟「OFFICE」。町産材「神山杉」をふんだんに使用している(画像提供/神山まるごと高専)

大講義室(写真撮影/藤川満)

大講義室(写真撮影/藤川満)

1955(昭和30)年の市町村合併で生まれた神山町は、当時人口約2万人。その後全国の地方同様に人口が減り続け、現在は約4700人(2024年3月1日時点)。それでも2011(平成23)年度には町政始まって以来、転入者が転出者を上回る社会増となった。同町ホームページによると、その後高齢化による自然減は続いているものの、今でも年によっては社会増になり、町外との交流が活発であることが分かる。

その要因となったのは国内外のアーティストを招き町内で創作活動をしてもらう「神山アーティスト・イン・レジデンス(以下、KAIR)」と大都市にある企業のサテライトオフィス進出による起業家の転入の影響が大きい。

最大のきっかけは、1997(平成9年)に始まり、99年から恒例となったとは、毎年8月末から2カ月間、国内外3~5名のアーティストが神山に滞在。あくまで住民との交流や滞在して創作することに重点を置く。

今や全国各地で行われているアーティスト・イン・レジデンスだが、単に有名アーティストを招待するだけのものも少なくない。KAIRの場合、予算もなかったため、「お遍路の<お接待精神>でアーティストの満足度を高めること」に照準を合わせたのが功を奏した。

その後、2001年の招聘アーティスト2名が神山町に移住する。それ以外のアーティストもアンケートで「条件さえ整えば、自費でも神山に来たい」という意見があり、2004、2005年には試験的に自費滞在を実施。2009年には本格的に自費滞在プログラムを開始する。これにより「よそもの」が神山に足を運び、根付いていく流れが加速。そして2004(平成16)年、神山国際交流協会を母体に「NPOグリーンバレー」が誕生する。

神山アーティスト・イン・レジデンスの様子。Luz Peuscovich《The Cloud》KAIR2022作品展覧会アートツアー(画像提供/NPOグリーンバレー)

神山アーティスト・イン・レジデンスの様子。Luz Peuscovich《The Cloud》KAIR2022作品展覧会アートツアー(画像提供/NPOグリーンバレー)

アーティストから起業家の移住を後押ししたデジタル化

2005(平成17)年、神山町に光ファイバーの高速インターネット回線が整備され、その3年後にグリーンバレーが主体となりウェブサイト「イン神山」を開設。同サイトに「神山で暮らす」という空き家の物件情報を紹介するコンテンツを設けたことも大きかった。それは単なる物件紹介ではなく、「この物件は〇〇屋さん向き」など、神山町にこれから必要となる仕事と結びつけた移住者を募集したのだ。

この発信が見事に当たり、移住者が徐々に現れてきた。「神山に移住したいけど仕事がない」を逆手に取り「仕事やスキルを持っている人に神山へ移住してもらう」という考えを「ワーク・イン・レジデンス」と名付け、クリエイターが安価に滞在できるオフィス開設などにも着手していき、企業誘致の土壌も整えていった。

そして2010年(平成22年)、神山に名刺管理のクラウドサービスを行うSansan(株)が、サテライトオフィス第1号となる「Sansan神山ラボ」を開設する。その後も働き方改革やコロナ禍の影響もあり、神山町にサテライトオフィスを開設する企業が増え、現在16社が稼働している。

前置きが長くなったが、神山町がこれまで辿ってきた道を紹介した。まず海外との交流を経て、よそものアレルギーを緩和し、デジタル化の波に乗りターゲットを絞った移住の情報発信。移住者にも抵抗のない環境とデジタルインフラの存在は、サテライトオフィス進出を後押しした。その一連の流れの延長線上に高専開校が浮かび上がってきた。

元縫製工場をリノベーションし2013年にオープンした「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」。サテライトオフィスやコワーキングスペースとして利用できる(写真撮影/藤川満)

元縫製工場をリノベーションし2013年にオープンした「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」。サテライトオフィスやコワーキングスペースとして利用できる(写真撮影/藤川満)

高専により神山のダイバーシティが更に拡大している

「これまで神山には、移住したアーティストやクリエイターたちはたくさんいましたが、高専ができたことで、さらにこのまちのダイバーシティが広がっているように感じます」と語るのは、(株)プラットイーズのサテライトオフィス「えんがわオフィス」の代表・隅田徹さん。配信や放送に関わるシステムなどを提供する同社は、2013年に神山へ進出してきた。

隅田さんは町内にある築100年の古民家を改装しサテライトオフィスとしてリノベーションし活用している(写真撮影/藤川満)

隅田さんは町内にある築100年の古民家を改装しサテライトオフィスとしてリノベーションし活用している(写真撮影/藤川満)

神山にオフィスを開設するにあたって、決め手となったのは「地域のゆるさ」。他に候補となった自治体よりも神山町は補助金も少なく、経済的メリットはあまりなかった。とはいえ補助金は、いつかは打ち切られるもの。長期的な視野で見ると、働く若者が居心地よく過ごせる環境があるかが重要だった。

「開設を検討していた当時、例えば地域の行事への参加義務などを課した自治体もありました。神山町の場合、それらはすべて自由参加。びっくりするほど田舎の掟がゆるい。『ここに骨を埋めろ』というような、若者にプレシャーになることは言われなかった」

そんななか高専ができるという話を聞き、「大手スポンサーには及ぶまでもないが身の丈にあった」寄付をした。「私達の仕事からすれば、教育というのは最も縁遠い存在かも知れません。ただ中身より『なにか新しいことをやってやろう』というポジティブな人たちが、このまちには圧倒的に多い」。高専に強い期待を抱いていたわけではないものの、チャレンジを後押しする思いが寄付につながった。

開校を機に目に見えて起きた変化のひとつに、ダイバーシティの広がりを挙げた隅田さん。学生はもちろん、教員やスタッフなど県内外から新たな人たちが、このまちのメンバーになった。そして学生の親も少なくとも一度は神山を訪れる。「共同経営している宿の稼働率も上がりましたよ(笑)」と経済効果も実感しているようだ。

「全国から来た学生が神山で生活しているのを見ると、時代の変化を感じますね」。実際、学生たちと触れ合い、驚くことも多いという。「部活でロボットコンテストに出場する600万円の資金を、チーム一丸となって集めようとする姿勢はすごいと思いましたよ」

かつての部活は、学校からの予算や寄付の中でやりくりしてきた。その枠を越えた取り組みに、隅田さんは資金調達や組織運営のノウハウをアドバイスしているという。

一方では、「なにもない田舎なので、かつてのゲームセンターが不良のたまり場だったような、危険な場所や危ない人に触れることが少ない。危機察知能力も磨く必要があるのでは」と優秀で純粋な学生たちに危惧を抱くこともあるという。「そんな場所をあえてつくる必要はないけれど(笑)」と笑いながら語る姿から、この一年を概ね肯定的に捉えていることが感じられた。

神山まるごと高専の学生が主催する町民報告会で地元住民と意見を交換し合う(画像提供/神山まるごと高専)

神山まるごと高専の学生が主催する町民報告会で地元住民と意見を交換し合う(画像提供/神山まるごと高専)

他校にも影響を与え、「教育のまち」の横顔が加わりつつある実感

神山に生まれ育ち、町内で金物店を営む佐藤英雄さんは1991年以降、30年以上神山の活性化に取り組んできた一人だ。現在は金物店の経営と共にグリーンバレーの理事や地元商工会の会長を務める。そんな佐藤さんに、生粋の神山っ子としての一年を振り返ってもらった。

金物だけでなくプロパンガスの配達や日用雑貨まで扱う佐藤英雄さんは、神山町内の隅々まで知り尽くしている(写真撮影/藤川満)

金物だけでなくプロパンガスの配達や日用雑貨まで扱う佐藤英雄さんは、神山町内の隅々まで知り尽くしている(写真撮影/藤川満)

「高専ができる以前、神山にある徳島県立城西高校神山分校(旧徳島農業高校)の統合、路線バスの撤退の話が進んでいました。これは神山にとって大打撃になる。町として学校がなくなることは、なんとしても避けたかった」とかつての危機的状況を振り返る佐藤さん。町や町民の努力で幸いにして分校消滅は免れ、教育への関心が高まっていた前後に、新しい高専設立構想を耳にした。

「アートとテクノロジーの融合というコンセプトは、これまでのKAIRの経験から『できないことはない』と思いました。批判的な意見がなかったとは言えませんが、私は『神山のために面白いことをやろう』と考えがあったので」

その後、寮の改装や校舎建築が始まると、住宅設備などさまざまな備品を納品する業者としても関わった佐藤さん。しかも神山に精通するために、教員やスタッフの住居の確保や整備など、生活面での相談にのることも多かったという。

隅田さんと同じく、開校後のまちを若い人が闊歩する姿を喜ぶ佐藤さん。直接的な学生との交流はさほど多くないものの、自分よりも若い教員やスタッフとの交流は「楽しい」と微笑む。もちろん学生主催の報告会やイベントには足を運ぶようにしている。

高専だけでなく、佐藤さんにとっては城西高校神山校も大切な存在。「存続が決まってから、環境デザインや食農プロデュースなどが新設され、地域の人との交流などユニークな取り組みを始めました。それが評価され、今や町外から進学する学生が9割と聞きます」

高専開校と神山分校の影響により、教育に関心のある人の移住者が増えた印象を受ける佐藤さん。神山町はアートやサテライトオフィスだけでなく「教育のまち」という側面も加わりつつあるようだ。

もうひとつ佐藤さんが目を細めるのは、高専生と分校生の交流が生まれつつあるということ。「去年の地域のお祭では、両校の生徒が一緒になって参加しました。分校生も高専に刺激を受けて、パワーアップしているようですね」

神山で暮らす高専生はまだ一期生のみ。高専が注目を集めたことで、それが学生たちにプレッシャーとなっていないかを憂慮する佐藤さん。やや過熱気味だった周囲の環境が落ち着く2年目以降が、佐藤さんには気がかりだ。つまり神山が故郷である佐藤さんにとって、ここで5年間暮らして、その後どう神山と関わるのかが、関心事のひとつでもある。

「授業の内容は詳しくわかりませんが、アーティストやクリエイターだけではなく、神山には知られざる名人がたくさんいます。例えば魚捕りの名人とか。そんな人達との交流をもっと深めて、卒業後は神山を『第2の故郷』と言ってもらえるよう、大好きになってもらいたい」

移住者と地元を代表する二人の話を聞いた限りでは、高専開校は神山にとって好ましい影響を与えているようだ。しかし、背景の異なるさまざまな人が暮らしていくと、いろいろと問題が起こることもあるだろう。それを乗り越えることで、さらにより良き方向へ進むことに期待するべきと考えたい。そして卒業生が活躍し始める頃、神山町の存在感はどれほど大きくなっているのだろうか。

●取材協力
神山まるごと高専
NPO法人グリーンバレー
株式会社えんがわ

北海道移住は上士幌が最熱! 人口約5000人にV字回復。新しい人生見つけた3組のストーリー

北海道にある人口約5000人の町、上士幌町。2016年以降人口V字回復に成功し、半世紀ぶりの奇跡と話題になった十勝エリア北部に位置する小さな町です。
注目なのは「道外」からの転入者が多いこと。縁もゆかりもない地域で、仕事や住まいのあてはどうしたのか、決断の背景に何があるのか? 東京都、岡山県、静岡県と各地から同町へ移住した3組にインタビューしました。

道内移動が多いエリアで“道外”移住者が続々と集まる北海道・上士幌町(画像提供/渥美俊介さん)

北海道・上士幌町(画像提供/渥美俊介さん)

2023年の十勝全体の転入は、道内からが5294人に対し、道外からは2702人。道内の人口移動が倍近く多いことがわかります。(北海道人口ビジョン改訂版のオープンデータより)
一方、その十勝エリアにあって、上士幌町は道外からの移住者が道内からを上回る年があります。町勢要覧2022年版(取材時点で最新)では、道内転入者が138人に対し、道外転入者は148人でした。

上士幌では、これまでふるさと納税で確保した財源を「子育て」に集中して充てることで、子育て世帯に魅力あるまちづくりを推進しており、その施策が奏功したことは間違いありません。

■関連記事:
育休中の夫婦、0歳双子と北海道プチ移住! 手厚い子育て施策、自動運転バスなどデジタル活用も最先端。上士幌町の実力とは?

一方、今回インタビューした移住者のうち、子育て中の方は1組のみ。ほかの2組は移住した時点で子育て施策の恩恵を受けられるというわけではありません。なぜ、上士幌町に惹かれたのでしょうか。

妻子と移住した金澤さん。きっかけは、東京で偶然出会った「上士幌の人」だった

インタビュー1人目は、東京23区内から家族3人で移住した金澤一行(かなざわ・かずゆき)さん(43歳)。金澤さんは大学院を卒業後にシンクタンク、大手情報サービス企業を経て起業しています。

東京から移住した金澤さん(写真撮影/米田友紀)

東京から移住した金澤さん(写真撮影/米田友紀)

都内でシェアオフィスに入居していた際、2つ隣のブースを借りていて「ご近所さん」だったのが、上士幌町役場でした。都内で役場の職員と出会ったことが、上士幌へ足を運ぶきっかけになりました。

上士幌では地方創生プランの中で「人の都市・地方循環による地域活性化」を柱の一つに掲げ、都市と地元の人的交流による新しいつながりをつくることに積極的に取り組んでいます。金澤さんと役場職員の出会いは、上士幌が戦略的に設けた施策でもあったわけです。

町はNPO法人上士幌コンシェルジュと連携し移住総合案内窓口を開設。コンシェルジュが常駐し、いつでも相談ができる環境を整えるなど移住施策に10年以上取り組んできました。
さらに多くの地域で活用される地域おこし協力隊制度のほか、若者層には1カ月滞在型プログラム「MY MICHIプロジェクト」、都市部人材が働きながら宿泊し周辺地域と関わる「にっぽうの家」、地元企業と都市部人材をマッチングする「かみしほろ縁ハンスPROJECT」、ワーケーションで町に訪問した人の子どもも活用できる「保育園留学」など、幅広い世代が町との接点を持ち、人との出会いを生む仕組みをつくっています。

実際に町に訪れた金澤さんは、眼前に広がる十勝平野に魅了されます。

牛2000頭が放牧されるナイタイ高原牧場では大パノラマで十勝平野を見渡すことができます(画像提供/金澤一行さん)

牛2000頭が放牧されるナイタイ高原牧場では大パノラマで十勝平野を見渡すことができます(画像提供/金澤一行さん)

「十勝の風景は多くの人がイメージする北海道のイメージそのものです。それでいうと、移住先が絶対に上士幌でないとダメだったわけではなく、北海道のどの町でもよかったわけです。北海道で偶然に最初に足を踏み入れたのが上士幌だった。そこで農業や酪農をしている友達ができて、ここに住めたら最高だなと思うようになりました」(金澤さん)

金澤さんが移住したのは2022年。前述したようにその6年前ほどから町の地方創生戦略により移住者が増えていた上士幌では、新しい人を受け入れる風土が培われていました。過度に干渉されることはなく、和やかな人間関係が築けているといいます。

「北海道への憧れ」という道内全体のブランド力を上手に活用し、子育て世帯、若者、シニアなど北海道に関心があるさまざまな層と「北海道の上士幌」として接点をつくる。そして地域の自然の豊かさで心をわしづかみにし、交流や関係構築のチャレンジを続けることで地道に人を地域に呼び寄せています。

オフィスワークを中心とする仕事に従事する人が利用する、かみしほろシェアオフィス。畑に面した眺望は設備投資なくオフィス緑化効果が得られるようなもので、ストレスとは無縁に働けそうです(画像提供/金澤一行さん)

オフィスワークを中心とする仕事に従事する人が利用する、かみしほろシェアオフィス。畑に面した眺望は設備投資なくオフィス緑化効果が得られるようなもので、ストレスとは無縁に働けそうです(画像提供/金澤一行さん)

(画像提供/金澤一行さん)

(画像提供/金澤一行さん)

多様性は田舎にある

金澤さんが移住してきた当時、お子さんは小学5年生。都内で暮らしていれば中学受験の選択肢が挙がってくる年齢です。
「育児」に焦点をあてると、田舎のアドバンテージは幼少期にあると感じる人が多いです。7都府県・指定都市・中核市に比べて待機児童数が少なく保育園等が利用しやすい点、また自然豊かな地域でのびのびと子育てすることに魅力を感じるためです。

馬や牛と至近距離で暮らせる地域でもあります(画像提供/金澤一行さん)

馬や牛と至近距離で暮らせる地域でもあります(画像提供/金澤一行さん)

一方、育児から教育に保護者の関心事が移行してくるのが、小学校高学年を迎えるころ。進路を検討しはじめる時期になると、都市部での進路選択肢の多さが魅力に感じるようになってきます。
お子さんの教育環境が気になる時期にあえて地方へ向かった金澤さん。そこにはどのような理由があったのか聞きました。

「僕は田舎の環境の方が、多様性が育まれると感じているんです。都市部の学校では人数が多いクラスの中で仲が良い子ども同士で小さなグループができて、クラス替えがあればまた同じように気の合った者同士だけのグループができていくでしょう。さらに一定数は小、中学受験で別のグループに所属していく。保護者の所得などで格差が発生した結果であり、僕の経験上ではどうしても同質になりがちなのではないかと感じていました」(金澤さん)

地方では受験は高校からが一般的であり、小・中学受験で地元の公立学校を離れる人はごく少数です。しかも限られた児童数のため、さまざまな個性がチームとなる濃い人間関係が築かれやすいといえます。

「田舎は家庭環境や価値観が似てる似てない関係なく、まぜこぜで過ごさざるを得ない。やんちゃな子もいるし、大人しい子もいる。陰キャも陽キャも、学校に集まれば一緒に活動する。自分と個性が違う相手を尊重することが経験として積めるのではないでしょうか」(金澤さん)

上士幌では町に小学校が1校で1学年が40人前後。1学年2クラス編成が多くクラスメンバーが入れ替わりながら、教員や保護者の目が行き届く規模感で数十人の子どもたちが一緒に学んでいきます。

金澤さんのお子さんはやってみたかった乗馬など新しいチャレンジもしているそうです(画像提供/金澤一行さん)

金澤さんのお子さんはやってみたかった乗馬など新しいチャレンジもしているそうです(画像提供/金澤一行さん)

すみかの決め手はコスパじゃない

現在、上士幌は人口増加に伴い、住居が供給不足気味で賃貸物件の家賃が高めだといいます。金澤さんは移住を決めてからの物件探しが大変だったそう。SUUMOで毎日更新情報をチェックし、条件に合う空室が出たところで、ネットで即申し込んだといいます。どうやら田舎は住居費が安いというイメージは必ずしも当てはまらないようです。

「仕事上の合理性で考えたら新幹線で都内へアクセスしやすく、家賃も安い本州の地方エリアも選択肢でしょう。でも、暮らす場所とはコスパやスペックで解決するものではない気がしています。関わるうちに町が好きになり、自分にとって唯一無二の大切な町になっていきました」(金澤さん)

金澤さんは現在、小中学生向けの無料学習会を開催しています。偶然の縁から暮らすことになった上士幌で自分が役立てることは何かを考え、教育面で貢献したいと行動しています。
2年前に引越してきた金澤さんですが、上士幌を「わが町」と言い、町民としての意識が芽生えている姿が印象的です。

じゅうたんを敷きつめたような牧草地の風景。たしかに理屈ぬきに見惚れてしまいます(画像提供/金澤一行さん)

じゅうたんを敷きつめたような牧草地の風景。たしかに理屈ぬきに見惚れてしまいます(画像提供/金澤一行さん)

中野さんは「まず行ってみよう」と単身、岡山からやってきた

インタビュー2人目は岡山県倉敷市から移住してきた中野可南子(なかの・かなこ)さん(28歳)。
中野さんは岡山県で保育士をしていた25歳の時に転職を検討し、上士幌町の地域おこし協力隊としてやってきました。転職=移住と、住む場所を変えてみたいと考えていた中野さん。望んでいたのは自然豊かな場所だったそうで、瀬戸内地方の離島なども候補に挙げ、実際に訪れていました。
上士幌は姉が地域おこし協力隊として先に移住をしていたことで、何度か遊びに来ていて縁ができたそうです。

岡山から移住した中野さん(写真撮影/米田友紀)

岡山から移住した中野さん(写真撮影/米田友紀)

「北海道への憧れが強く、住んでみたい気持ちがありました。小学生のころにサマーキャンプで道内を訪れた原体験があり、ペンション、馬、景色とどれも印象に残っていたからです。転職するなら北海道がいいなというなんとなくの希望はありましたが、絶対に上士幌がいいと思っていたわけではなくて。でも地域おこし協力隊として移住すれば、住居面はサポートしてもらえるという点は大きかったです」(中野さん)

インタビュー1人目で金澤さんが住まい確保の難しさを語っていましたが、中野さんの場合は地域おこし協力隊として着任することで住居を紹介され、家賃補助があったそう。仕事が決まる=住まいが決まるという点で、スムーズに進んだようです。
中野さんは金澤さんと同じように、町に住む人との出会いが魅力だと話します。
「移住した人、元から住んでいた人にかかわらず、すぐに仲良くなってくれます。地域の飲み屋さんでも祭りでも、どんどん話しかけてくれて、打ち解けることができました」(中野さん)

移住者、ワーケーション中の人たちとの焼肉。北海道で「焼肉」というとバーベキューを指します(画像提供/中野可南子さん)

移住者、ワーケーション中の人たちとの焼肉。北海道で「焼肉」というとバーベキューを指します(画像提供/中野可南子さん)

20代の中野さんは仕事や住まいを変えるという面では身軽であるともいえます。それでも知り合いがほとんどいない北海道の田舎町に単身やってくることに不安はなかったのか。質問すると、こんなことを教えてくれました。
「海外へ飛び立つような感覚だったのかもしれません。国内ですが、北海道はまったくの異世界に来られる感覚がありました。温泉もサウナも、美味しい食べ物も。盛りだくさんに楽しめる新しい世界に、ワクワクしてやってきました。やってみたいと思う仕事がある、住まいもある。まずは行ってみようと、勢いで決めましたね」(中野さん)

マイナス20度にとまどう

岡山から上士幌へ引越して驚いたのは、「寒さ」。北海道の中でも雪が少ないエリアであり暮らしやすそうだと感じていたものの、冬にはマイナス20度まで気温が下がることがあります。

マイナス20度という数字だけを聞くと恐れおののきますが、足を踏み入れたら案外何とかなるもの。想像より体験してみると自分の世界が広がりそうです(画像提供/中野可南子さん)

マイナス20度という数字だけを聞くと恐れおののきますが、足を踏み入れたら案外何とかなるもの。想像より体験してみると自分の世界が広がりそうです(画像提供/中野可南子さん)

想像以上の極寒に初めの冬はとまどったものの、町で暮らして3年が経ち、中野さんは今年3月に地域おこし協力隊の任用期間を満了。4月から子どもや親子向けアクティビティ、キッチンカー営業など町内に住みながら起業する計画です。

異国へ足を踏み入れるような強い好奇心と勢いで町にやってきて3年。助けてくれる人が町の中に多くいるのでなんとかなっている、といいます。中野さんはこの町で次なる挑戦に踏み出しています。

気球に乗っているのは中野さん。冬に乗せてもらった貴重な体験だったそう(画像提供/中野可南子さん)

気球に乗っているのは中野さん。冬に乗せてもらった貴重な体験だったそう(画像提供/中野可南子さん)

県庁勤務だった渥美さん妻。夫は会社を辞めてやってきた

最後に話を聞いたのは2年前に静岡県浜松市から移住した渥美俊介(あつみ・しゅんすけ)さん(35歳)、緑(みどり)さん(35歳)夫妻です。夫の俊介さんは現在配送業に従事し、妻の緑さんは地域おこし協力隊としてまちづくり業務に携わっています。

静岡から移住した渥美さん夫妻(写真撮影/米田友紀)

静岡から移住した渥美さん夫妻(写真撮影/米田友紀)

静岡在住時、俊介さんは建築関連の仕事に従事し、緑さんは県庁に勤める公務員でした。二人にとって地元であった静岡での安定した仕事を辞め上士幌にやってきました。
もともと「移住してみたい」と話していたという二人。希望していた移住先は、似たような街並みが続く地方都市ではなく、自然豊かな土地でした。
金澤さん、中野さんと同様に、北海道に良いイメージを持っていたという渥美さん夫妻。転機となったのは2021年8月に初めて十勝エリアに旅行にいった時のことでした。

「宿泊した帯広のホテルのダイニングバーで地元の人が向こうから話しかけてくれて、心地よかったんです。当時はまだコロナ禍による制限を気にする時期だったので、“よそ者”であることに遠慮しながら旅していたのに、すごく気さくに話してくれて。十勝、いいな!と思っていたところで、オンラインで上士幌への移住セミナーがあり、参加したことが上士幌への入り口になりました」(緑さん)

(画像提供/渥美俊介さん)

(画像提供/渥美俊介さん)

県庁に勤めていたことからまちづくりに関心があったという緑さん。移住セミナーで紹介された地域おこし協力隊としてのミッションに強く惹かれました。しかも、協力隊ならば住む家もサポートされます。「いいじゃん、やってみよう」と、俊介さんも賛成し、2人で移住を決めました。

妻の緑さんは協力隊としての仕事が決まっていましたが、俊介さんは会社を辞めて次の仕事は決めずに上士幌へ。当時勤めていた建築会社からリモートワークで継続して業務にあたる提案もあったといいます。
「生計を立てる面で勤め先からの提案は大変ありがたかったのですが、一度リセットして自分のやりたいことを見つめ直したいと思いました。この町で自由に考えて、行動するなかで、これからの仕事で自分は何を軸にしたいのか、考えたかったんです」(俊介さん)

10年勤めた県庁を先に退職した緑さんを俊介さんが家計面で支えたこともある。二人で生きるからこそお互いやってみたいことに挑戦しながら、協力できる体制だといえます(画像提供/渥美俊介さん)

10年勤めた県庁を先に退職した緑さんを俊介さんが家計面で支えたこともある。二人で生きるからこそお互いやってみたいことに挑戦しながら、協力できる体制だといえます(画像提供/渥美俊介さん)

地元の友人たちは、今生の別れモード

俊介さんは上士幌でキャリアを見つめ直し、現在は惣菜店の開業を目指し今年度中に起業する準備を進めています。もともと好きだった料理やお菓子といった食分野の仕事をしたいと考えたことと、町には自分たちのように働く若い世代が増えているけれど、仕事帰りに気軽にお弁当や総菜が買える店があまりないことから地域の課題を解消したいという思いがありました。

「自然豊かな土地でもうちょっとゆったりとした生活になるのかとイメージしていましたけど、やりたいことをゼロから仕事にしていこうとすると、本当に毎日忙しいです。でも、大変でも苦痛ではないです。
仕事って合理性を考えて最短に突き進む方法が優先されがちですが、この町にはさまざまな可能性があるので合理性優先で最速で進めることは不向きです。自分たちが役立てることで試行錯誤しながら働いています」(緑さん)

配送業と掛け持ちで惣菜店開業に向けたイベント出店や限定カフェも営んでいる(画像提供/渥美俊介さん)

配送業と掛け持ちで惣菜店開業に向けたイベント出店や限定カフェも営んでいる(画像提供/渥美俊介さん)

2人は上士幌にきて2年。脂がのるように地域での仕事に力を注いでいる真っ最中です。
とはいえ、立ち上げようとしている事業に失敗したら……など不安がないのか聞いてみました。
「仕事は2足、3足とわらじを履くパラレルキャリアで進めています。また夫婦でそれぞれ仕事をしていれば、どちらか上手くいかなくても、どちらかが支えればいいという後ろ盾があります。あと、静岡を離れるときは友人たちが、もう会えなくなるけど……と今生の別れモードでしたが、自分たちは重い覚悟で移住を決めたわけではなくて。ちょっと住みにいってみます、というくらいな感覚でした。浜松も好きで、自分たちにとっては帰れる場所があると思っています」(俊介さん)

将来的には浜松との二拠点暮らしも視野に入れたいという二人。2足、3足のわらじでパラレルキャリアを積み、二人で暮らしを支え合い、帰れる場所もある。多くの後ろ盾、お守りのようなものが挑戦を後押ししています。

50年続くバルーンフェスティバル。気球が飛ぶ町というのもワクワクします(画像提供/渥美俊介さん)

50年続くバルーンフェスティバル。気球が飛ぶ町というのもワクワクします(画像提供/渥美俊介さん)

頭の中で勘定しすぎるより、心から願うことを

渥美さんたちに移住を検討している人に伝えたいことを聞きました。
「移住したとしても、しなかったとしても、自分で選択したならそれでいいのではないでしょうか。人に決めてもらうとだれかのせいにしてしまうでしょう」と緑さん。

何か困ったことがあっても十勝の景色を見れば、心満がたされるという(画像提供/渥美俊介さん)

何か困ったことがあっても十勝の景色を見れば、心が満たされるという(画像提供/渥美俊介さん)

「今がタイミングでないなら、整理できてからでもいい。人生は自分のものなのだから、何歳からでも何回だってやってみればいいと思うんです。心から願っていることというのは行動する上でとても大切なことです。頭でそろばん勘定して損得で考え過ぎなくても、案外どうとでもできるものではないでしょうか。直感でもいい、なんとでもなる。だってここは国内で日本語が通じるんで。働きながら、いかようにも暮らしはつくれます」(俊介さん)

ワクワク総数が増え続ける地域

インタビューした3組はさまざまなきっかけを経て上士幌へやってきました。
「きっかけ」は三者三様ですが漠然とした「北海道が好き」な人々を地域に呼び寄せるために、移住策に本腰を入れ、多様なチャレンジを続けてきた地域の必然ともいえる成果なのかもしれません。

上士幌では移住策で投じた取り組みから、ZEH型住宅建設支援や太陽光発電設備導入支援など再生可能エネルギーの普及促進、自動運転バス・ドローンなど次世代高度技術の活用など次なるチャレンジへとコマを進めています。
十勝平野を一望できる牧場「ナイタイテラス」に加え、「道の駅 かみしほろ」が北海道じゃらんの道の駅満足度ランキング2024で1位になるなど、観光分野でも魅力を増やしています。

先端技術や観光に直接関わりを持つ住民ばかりでなくても、ワクワクする取り組みの総数が多いことは、小さな町の誇れる魅力だと住む人たちが感じることができます。
北海道の中でも上士幌に移住者が続々と集まる背景には、こういう地域ぐるみでワクワクの総数を増やし続ける試みがされていることがあるのでしょう。

●参考サイト
北海道 上士幌町

●「北海道上士幌町」の物件を探す
賃貸住宅
中古住宅・一戸建て

住宅購入検討者の4割近くが将来的な売却や賃貸を検討!柔軟に住み替えるスタイルが広がるか?

リクルートのSUUMOリサーチセンターが「『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」を公表した。この調査では、住宅の買い時感や住宅検討状況、住宅に関する意識などを聞いている。調査結果の推移を見ると、消費者の意識の変化がうかがえるので、詳しく見ていくとしよう。

【今週の住活トピック】
「住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」公表/リクルート

検討している一戸建てとマンション、新築と中古が同率に

調査は、2023年12月に、首都圏、東海圏、関西圏と政令指定都市のうち札幌市、仙台市、広島市、福岡市に住む、20歳から69歳の男女で、過去1年以内に住宅の購入・建築、リフォームについて具体的に検討した人を対象に行われた。

検討している住宅の種別(複数回答)は、「注文住宅」が過半数の56%で、「新築一戸建て」31%、「中古一戸建て」31%、「新築マンション」30%、「中古マンション」30%、「リフォーム」16%となっている。一戸建てもマンションも、経年で見ると中古検討率がじわじわと上がっており、新築と中古が同率となっているのが、今回の特徴だ。

「一戸建てか、集合住宅(マンション)か」を聞く(単一回答)と、「ぜったい」と「どちらかといえば」の合計で、「一戸建て派」が58%、「集合住宅派」が22%と一戸建て派が優勢に。「どちらでもよい」は20%だった。

48%が「買い時と思っていた」と回答、その理由は?

さて、住宅購入環境にさまざまな変化が生じている。都心部のマンションを中心に価格が上昇していることに加え、長期固定型の住宅ローンの金利がじわじわと上昇している。集計対象数6007人のうち、住宅購入・検討者は4240人(賃貸検討者が1767人)。この人たちは、「買い時」と思っているのだろうか?

調査で「買い時だと思っていたかどうか」聞いたところ、48%が「思っていた」(とてもそう思っていた12%+ややそう思っていた36%)、20%が「思っていなかった」(まったくそう思っていなかった6%+あまりそうは思っていなかった14%)となり、買い時の割合が前年(2022年調査)の44%から48%に増加した。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

ちなみに、「買い時だと思った理由」については、「これからは、住宅価格が上昇しそう」がTOPの45%だった。2位は「いまは、住宅ローン金利が安い」の33%、3位は「いまは、いい物件が出ていそう」の30%だった。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

買い時と思う理由について、少し考えてみよう。2024年3月に日銀がマイナス金利を解除するなど、調査時点よりも金利のある時代が近づいている。金利について、いま調査をしたら、「金利が上がりそうだから」といった理由が上位に入るのかもしれない。また、住宅価格が高くなっているので、住宅の売り時と判断している人が多いと考えられる。中古の物件が市場に出回ることで、「いい物件が出ていそう」という環境になるかもしれない。

では、今後の住宅価格についてはどうだろうか?価格が上がり続けているのは都心部の住宅なので、それほど上がっていない地域と上がり続けている地域がある状況なのだが、残業時間を規制する2024年問題が拍車をかけて、建設業界の人手不足による建設費の上昇が続いている。流通業界も同様なので、建築資材を運送する費用も上がるなど、住宅の建設費用に下がる要因が見当たらない。したがって、「住宅価格が上昇しそう」な環境は、まだ続くといえるだろう。

住み続けるよりも柔軟に住み替える考え方に変化?

今回の調査の特徴といえるのが、「買い替え」層が増えていることだ。「初めての購入、建築」が63%と最も多いものの、持ち家を売却して新しい家を購入、建築する「買い替え」が年々増えて、2023年調査で29%に達した。もちろん、住宅価格が高くなっているため、売りやすい市場になっていることもあるが、どうやらそれだけではないようなのだ。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

次に特徴的なのが、「将来的に売却を検討している」層が増えたことだ。「永住意向」が44%と半数近くを占めるものの、売却を検討したり、賃借を検討している層が合わせて38%になっている。購入、建築を検討しているときから、いずれキャッシュ化しようと考えている人が増えているわけだ。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)※2021年以前は調査なし

では、そう考えている人たちが、売却や賃貸に出すタイミングをどう考えているのだろう?
「土地や不動産の価格が上がったら」、「家が老朽化したと感じたら」、「他に欲しい物件が出たら」といったタイミングを想定している人が増えた一方、「定年退職」などは減っている。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)※2021年以前は調査なし

かつては、マイホームが老朽化したらリフォームして住み続け、家族構成の変化など状況が変わったときに売却するという流れだったが、近年は、価格が上がったり、欲しい物件が出たりしたタイミングや、老朽化でリフォームをする前のタイミングで、売却するという考え方に変わっているようだ。

住宅購入を取り巻く環境にも変化が生じているが、住宅を購入、建築する消費者側の意識にも変化が生じている。住み続けることにこだわらず「柔軟に住み替える」スタイルが広がりつつあるので、住宅の流通市場をより整備して、売り買いのしやすい環境をつくっていくことが求められるだろう。

●関連サイト
リクルート「『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」

増加する空き家、政府が不動産売買の仲介手数料上限の一部改正に向けてパブリックコメントの募集をスタート

5年ごとに日本の住宅とそこに居住する世帯の居住状況などを調べる、「住宅・土地統計調査」の令和5年版が公表された。日本の住宅数は増える一方で、空き家の数も過去最多を更新するという結果だった。空き家の実態とその対策について、考えていこう。

【今週の住活トピック】
「令和5年住宅・土地統計調査」結果を公表/総務省

放置されている可能性の高い空き家は全国に385万戸

調査結果によると、日本の総住宅数は6502万戸で過去最多となった。常に居住していない「空き家」の数は、全国で900万戸に達し、空き家率は13.8%にまで上昇した。日本の総人口が減少する一方で、住宅の数は増え、空き家も増えているのが実態だ。

ただし、空き家の中には、売却予定で住んでいない住宅や賃借人の入れ替わりで空いている賃貸住宅など、いずれ居住される予定の住宅も含まれている。さらには、別荘や二次的住宅として、常に居住はしていないが必要な時に利用しているものも含まれる。

空き家すべてが問題なのではなく、居住予定や利用予定のない、“放置された空き家”がさまざまなトラブルの元になる。放置されている可能性の高い「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家」に限定すると、385万戸、空き家率は5.9%になる。むしろ、この部分が増えていることが問題だろう。

出典:「令和5年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)

出典:「令和5年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)

ちなみに、「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家率」(全国平均5.9%)が10%を超えるのは、北から順に秋田県(10.0%)、和歌山県(12.0%)、島根県(11.4%)、山口県(11.1%)、徳島県(12.2%)、愛媛県(12.2%)、高知県(12.9%)、鹿児島県(13.6%)だった。

放置された空き家はなぜ問題になるのか?

適切な管理をしないで空き家が放置されると、建物は急速に老朽化し、庭木も伸び放題となる。そうなると、建物が倒壊する危険性が高まるだけでなく、周囲の景観を乱したり、害獣や害虫による衛生面の問題が生じたり、犯罪の温床になったりといったトラブルを引き起こす原因になりかねない。

ただし空き家といえど、住宅は個人の財産なので、国や自治体が勝手に立ち入ったり、取り壊したりすることはできない。だからと言って、政府も手をこまねいているわけではない。

「空家等対策の推進に関する特別措置法(空き家対策特措法)」によって、自治体が空き家に立ち入って実態を調べたり、空き家の所有者に適切な管理をするよう指導したり、空き家の跡地の活用を促進できるようにした。放置されて問題となる空き家を「特定空家」に指定したり、その危険性のある空き家を「管理不全空家」に指定することで、自治体が強く関与できるようにもしている。

空き家が放置される原因ひとつひとつに手を打っているが……

空き家を放置する原因のひとつが、売っても値が大してつかないといったことや、住宅が建っていた方が更地にするよりも減税になるといったことがあった。そこで、政府は「特定空家」や「管理不全空家」に対しては、固定資産税の減額措置を解除したり、逆に空き家を売却した場合には、譲渡所得から最大3000万円を差し引ける特別控除の適用を認めたりする措置を取っている。

また、さらに問題を大きくしているのは、所有者が分からない場合だ。相続を繰り返す際に登記をしないことで、所有者が判明しないという事例も多い。そのため、相続登記の申請を義務づける改正を行い、2024年4月から施行されている。

住宅価格の高い都市部では、譲渡所得の特別控除などの対策が効果的に働くものの、過疎地域、郊外型団地、木造住宅密集地などによって、空き家が発生する経緯や解決すべき課題、対応方法などが異なる。空き家に対する相談窓口を強化するなどの対策も講じているが、空き家の課題解決は一筋縄ではいかない。

新たな解決策につながるか?仲介手数料の上限規制を緩和?

2024年5月2日に、「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額」の一部改正案に関して意見募集がされた。いわゆるパブリックコメントだ。

背景にあるのは、不動産会社が不動産の売買などを仲介した際の手数料に規制があることだ。売買では、価額が400万円を超える場合に「売買価格×3%+6万円+消費税」といった速算式がある。なお、200万円以下の場合は売買価格の5%が上限なので、200万円の取引なら仲介手数料は最大で10万円+消費税しか受け取れない。

放置された空き家はこうした低価格な取引にしかならないことが多いため、地方の空き家を仲介しても経費を差し引くと手元に残らないといったことが起こる。同じ時間を都市部の高額な住宅の売買に向けたほうが効率的なので、不動産会社が仲介に積極的に取り組みづらいということになる。

こうした背景を受けて改正案では、低価格な取引となる空き家の売買などの仲介をした場合、価額が800万円以下であれば仲介手数料を従来の規定より多く受け取ることができるようにするという趣旨になっている。ただし、「30万円の1.1倍に相当する金額を超えてはならない」などの制限を設けている。また、長期間空き家の賃貸借の仲介についても、仲介手数料の上限を緩和する案となっている。

これによって、空き家が仲介市場に出回るようになることを期待しているわけだ。

資産である住宅が空き家として放置されるのには、さまざまな理由がある。政府もかなり踏み込んだ対策を打ってはいるが、急速に増加する空き家に追いつかない状況だ。負動産を後世に残さないために、今後も空き家に対する対策をさらに検討する必要があるだろう。

私たちにできることは、空き家にならないように早めに対処したり、しっかり予防することだ。住まないことが想定される親の住まいや別荘などをどうするか、きちんと話し合って準備をしておきたいものだ。

●関連サイト
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果」
パブリックコメント「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額」の一部改正案に関する意見募集について

孤独を癒す地域の食堂、ご近所さんや新顔さんと食卓を囲んでゆるやかにつながり生む 「タノバ食堂」東京都世田谷区

5月は「孤独・孤立対策強化月間」。「孤独ですか?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。現在、働いていても、家族がいても、友人がいても、内心、孤独を感じている人、将来、孤立するのではという怖れを抱いている人は多いことでしょう。今回はそんな「孤独の解消」を目的に掲げて活動する「タノバ食堂」の講演会と食事会に参加してきました。

地域ですれちがったときに会釈できる。ゆるやかなつながりが孤独を救う

TanoBa(タノバ)合同会社は、「望まない孤独をなくす」を目的に、2023年3月にヤフー・ジャパンの卒業生3名が共同出資してできました。事業の1つ「コミュニティ事業」として毎月、実施しているのが、食事をともにすることでゆるくつながりをつくる「タノバ食堂」です。タノバ食堂が実施されるのは、東京都世田谷区にある野沢龍雲寺の別館・龍雲寺会館。完全予約制で、2023年10月より毎月最終土曜日に行われており、通算5回、約100人の参加があったといいます。料金は参加者が思い思いの金額を支払う自由価格制をとっています。

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

2024年3月30日、TanoBa合同会社の設立を記念して、「望まない孤独を解消するための処方箋~自己責任社会からの脱却~」というイベントが開催されました。
トークイベントに先立ち、まず、TanoBa代表社員である宮本義隆(みやもと・よしたか)さんが、日本の社会の変化や孤独の背景にあるもの、タノバの設立と活動について紹介。誰もが起こり得る身近な問題「孤独」の解決の処方せんになり得ると話すのが「道端ですれ違ったときに会釈できる程度のゆるいつながり」だといいます。そこをつなぐのが、タノバ食堂の役割です。

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

確かにごはんをいっしょに食べると、「知らない人」から「見たことがある人」「話したことがある人」になります。そうしたゆるいつながりこそが、孤独を癒やし、生きやすい社会をつくってくれる、とのこと。また、この「タノバ食堂」で得た経験値を全国に広げて還元していきたいと話してくれました。

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

孤独問題の第一人者と名物編集者の対談は、笑いあり、学びあり、気づきあり

続いて開催されたのが、トークセッションです。登壇者は、24時間365日、無料かつ匿名で相談を受け付けているNPO法人「あなたのいばしょ」の理事長・大空幸星(おおぞら・こうき)さんと新潮社の名物編集者でもあり、出版部部長(現執行役員)中瀬ゆかり(なかせ・ゆかり)さんという異色かつ豪華な2人。会場となった龍雲寺の本堂に老若男女約70名が集まりました。

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

2020年に相談開始してから、多い時で1日に3000件、累計100万件近く、多くの人の相談に乗ってきた大空さんが、なぜ孤独が問題なのか、その背景にある風潮や思想を紹介します。

「日本では『孤独を愛せ』などというように、孤独が肯定的な文脈で使われることがあります。もちろん望んで孤独になっているという人もいますが、望んでいないのに孤独に陥っている人もいます。問題なのは、この望まない孤独・社会的な孤立です。また、孤独で苦しい、助けて、と言い出せない背景には、新自由主義的な考え方、どこか懲罰的な自己責任論、自業自得的な考え方があるように思います。非正規雇用が増え続けたこの30年間、コロナ禍を経て、ますます人々が置き去りにされ、追い詰められているのではないでしょうか(大空さん)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

続けて、メディアにもたびたび登場する中瀬ゆかりさんが、文学と孤独、人との関係について話します。

「文学と孤独は切っても切れない関係です。陽気で“ウェーイ!”という人に向けての本はあまりなくて(笑)、なにか人によりそう、生きにくさや孤独を抱えた人によりそうのが本であり、文学なんですね。「人生論ノート」などで知られる哲学者・三木清は『孤独は山にない、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。』といいましたが、つながっているように見えても誰にでも孤独は訪れます。自己責任論で片付けるにはあまりにも創造力がないし、短絡的だなと思います」(中瀬さん)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

そのうえで二人は、孤独の解消に必要なのは、ゆるいつながり、おせっかい、聞く力だといいます。

大空さん「孤独は普遍的な問題で、みなが経験するもの。対処法はひとつではないですし、それぞれの立場でできることをすればいいと思います。ただ、やっぱり、おせっかいも大事なんですね。『どうした?困っている?』という地域の人の声がけられるのは、大きいですよね。また、できることでいうと、私達はとにかく相手の話を聞くこと。肯定すること。ほめてあげることを徹底しています。予防という意味では、やはりゆるいつながりをたくさんもっているのがいいですよね。
また、『僕は本気の他人事』という提唱をしていて。とにかく、人を助けたいという人はがんばりすぎて、自分を犠牲にしてしまうことが多いんです。すると自分の人生を大事にできなくなってしまう。自分を大事にして、余白ができたら手を貸す。その姿勢でよいと思います」

中瀬さん「私自身、パートナーの喪失、愛猫の介護などが押し寄せ、地獄のような日々を送っていました。特にパートナーを失ってからの2年間は、毎日、誰かとご飯を食べる約束をしていたんです。誰かと食事をするとその日、1日は生きていくことができる。こうして2年くらい過ごしたら、生きている人同士だけでなく、死者ともつながりをもてるんだなということに気がついて。遺骨をネックレスにしていたんですが、パートナーの好きだった競馬場にこのネックレスを身に着けていき、競馬を見ていたらつながっているなあと実感しました。
あと、下ネタは話題や人にもよりますが、最強なのではないかと(笑)。すごいラクなんですよ、聞いているほうも話しているほうも。笑った分は救われるではないですが、しょーもない話をしていることで、気持ちがラクになる。難しく追い詰めずに笑うのが力になると思います」

時折、笑いも交えたトーク内容に、多くの人がうなずき、そしてメモをとっていました。

住職からみた「寺」とまち、孤独、つながり。普遍的な宗教の役割とは

トークイベントの最後は、タノバ食堂の場所を提供し、サポートしている野沢龍雲寺 の住職・細川晋輔さんの話です。

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂の取り組みというのは、寺院や私たち僧侶にとっても、とても大事な問題だと捉えています。孤独で、苦しみのただ中にいると『死』という選択が光・希望に見えるというお話がありました。そうでなくて、タノバ食堂が提供するようなつながり、孤独でないという思いが『光』になれたらいいなと思います。つらく悲しい選択をしなくてよいように、私たちができることからコツコツと笑顔になっていければと思います」とやさしく語りかけます。

実は、このタノバ食堂、創業者の多田大介さんが野沢龍雲寺のご近所に住んでいたこと、多田さんのいとこが細川住職と知り合いだったことから、「場所を提供する」という話がまとまったといいます。トークイベント終了後、その経緯と手応えを細川住職に聞いてみました。

「タノバ食堂のお話を聞いたときに、まず1回やってみようという話になりました。場所は無料でお貸し出ししていますが、お願いしたことはただ一つ、場所を来たとき以上にキレイにしてください、ということだけです。
本日、参加者が通算100人を超えるということでしたが、まず何千人という数の話ではなく、ムリのない範囲で背負わない程度にやっていけたらいいですよね。これを10カ所でやったら1000人になりますし、100カ所でやったら1万人になりますよ。そうしてゆっくりと、孤立の解消につながればいいですね」といい、できるペースで続けていくことが大切だと話します。

そして、寺院を広く開放するようになった背景をこう話してくれました。

「私が京都の修行を終え、お寺に戻ってきた時のことです。雪の日に子どもたちが雪だるまをつくっていたんですが、声をかけようとしたら子どもは怒られると思ったようで、話ができなくて。お寺には入っていけないと言われているし、声がけをしたら怪しまれる。時勢柄、今の社会はよいようで、やはりこれではよくない。そこで境内にベンチを置いて、花見とライトアップ、盆踊り、ヨガや座禅会なども行っています。昔のお寺にあった地域に開かれた場所というのを今、意識的に行っているんです。みなさんもカフェを訪れる感覚で、お寺を訪れてもらえたらうれしいです。東京にもたくさん寺院はありますので」(細川住職)

寺院、お寺、宗教というと、閉ざされた神聖な場所をイメージしますが、もともとは行政や病院、学校、裁判のような多数の人に開かれた場所でもありました。細川住職が理想として思い描くのは、やはり開かれて、ゆるくつながる場所としての「寺院」の存在です。

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂さんが目指すように、やはりご近所さんとは会ったら挨拶できる関係がよいかなと思います。散歩している人には結構、喋りかけることも多いですね。もちろん返してくれない人、嫌がる人もいますけど(笑)。この根底にあるのは、『まわりに迷惑をかけていけない』という考え方なんでしょう。でも、いいんです、迷惑をかけて。生きるっていうことは迷惑をかけることなんです。迷惑をかけてもいいと思えば、みなさん少しラクになるのではないでしょうか」と、細川住職。

私たちの多くは、小さなころから何度も「まわりに迷惑をかけるな」といわれて育ちます。だからこそ、迷惑をかけずにひっそりと暮らさなくてはいけない、苦しくても助けてといえない、「静かな圧力」になっている側面もあるのでしょう。ご住職の「そもそも人は迷惑をかけるもの」という捉え方に、肩の力が抜ける思いがします。

老若男女が食事を楽しむ。会話が苦手な参加者も自然になじむ

トークイベント終了後、場所を「龍雲寺会館」に移し、「タノバ食堂」が17時30分から開店しました。今回は常連さんから初参加者に加え、大空さんと中瀬さんを含め、老若男女で食卓を囲みます。メニューはちらし寿司など春を感じさせるもので、今回はアルコールはなしですが、アルコールが飲めることもあります。

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

「いただきます!」の挨拶をしたら、参加者は思い思いの会話をし、盛り上がっていました。参加していたのは40人ほどで、年齢性別、属性も異なり、講演会に参加していた人からさらにバラエティー豊かな顔ぶれに。その様子はまるで古くからの友人のよう。初対面の人に話しかけたり、名前と顔を覚えたりするのが苦手な筆者からすると、「みなさん、コミュニケーション能力高すぎでは?」と思っていました。ただ、食事会にも参加した大空さんによると、そうでもないようです。

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

「僕と同じテーブルになった方は、実はコミュニケーションが苦手で今日、ここに来るかどうかもすごい迷ったらしいんです。ただ、ここは食べるのがメインだから、あんまり重く受け止めなくていいと言っていました」と大空さん。会話が苦手な人はおかずを取り分けたり、会話の聞き役にまわったりとなじんでいるよう。みなさん会話が得意な人というわけではなく、あくまでも「食事メインだから」というのがよいようです。

途中、今回が2回目の参加という30代女性に話を聞きました。
「前回が楽しかったので、2回目の参加です。1カ月に一度というペースもちょうどよいですし、孤独というテーマにも興味があって。手づくりの食事を食べて盛り上がるだけなので、がんばらずに参加できるのがいいなと。リアルのつながりと、オンラインのつながり、どちらも大切。居場所があるといいなと思います」と感想を教えてくれました。

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

また、地元町内会で、毎回、「タノバ食堂」に参加しているという70代女性によると、この世田谷区野沢という地域は「まだつながりが残っている」とのこと。

「ご住職さんともつながりがあるし、近隣での声がけもまだ残っている地域です。ただ、この数年、コロナ禍で人と会えなくなり、だいぶ寂しかったですね。高齢だと人と会わず、話さなかったことで、気持ちも足腰も弱まり、元気を失ってしまった人もたくさんいるんです。タノバ食堂のように、地域の人、そして普段会わない人が集えるのはとてもいい。いつものメンバーだと会話もあきてしまうでしょ(笑)。新鮮な気持ちになるし、元気をもらえる。続けて参加して応援できたらと思います」といい、地域の協力・理解も得られているようです。

第二次世界大戦後から高度経済成長期、バブル経済崩壊などを経て、家族のあり方、ご近所付き合い、親戚づきあい、自治会や町内会、学校やPTA、会社の社員同士など、今まであったつながりも急速に衰えてしまいました。助けて、と言えない「孤独」「孤立」は、まさに誰もが陥るのだと思います。ただ、一方で、「ご近所と仲良くなりましょう」「助け合い」「絆」といわれてしまうと、「合わない人がいるかも」と気が引けてしまいます。「月1度、ご飯を食べるだけ」そんな気楽な会であれば、きっとつながれる人もいることでしょう。

仏教に由来する言葉のひとつに、「袖振り合うも多生の縁」という言葉があります。「多生」は仏教語で前世を意味し、袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、過去の縁によって起きるという考え方です。自分も大事にしながら、人や人との縁を大事にしていけたら。そう考えれば、未来は今より少しだけ生きやすいものに変えていけるのかもしれません。

●取材協力
タノバ食堂

【京都】再建築不可の路地裏の長屋が子育てに理想すぎる住まいに! 子育て家族の家賃優遇、壁に落書きし放題など工夫もユニーク

都市部に多い路地物件は再建築不可とされているものが多い。リフォームはできても新築ができず、利便性の良い土地なのにうまく活用されていない場合がある。その問題に官・民・専が一体となって取り組み、子育てファミリーに向けて新しく建築した、京都の長屋プロジェクトを取材。実際に路地裏で子育てをしているファミリーにも話を伺った。

再建築不可の物件は実はポテンシャルが高い

再建築不可物件とは、建っている建物を解体して更地にしてしまうと、新たに建物を新築することができない土地のこと。主に建築基準法上の道路と2m以上接道していない場合や、路地や通路(非道路)のみにしか接していない場合も、原則、再建築不可となる。全国的にいうと総戸数6240万7400戸のうち、道路に接していない住戸は129万5500戸、幅員2m以内が292万3600戸あり(総務省統計局 平成30年度調査)、約7%近くが更地にしてしまうと新たに建物を建てることができない。

再建築不可物件の概念

再建築不可物件の概念

路地裏(写真/PIXTA)

路地裏(写真/PIXTA)

ところが基本的に再建築不可物件があるのは都市計画区域内、しかも昔から人々が暮らしていた都市部が中心で、今も人気の高いエリアが多い。再建築不可の物件を上手に活用することは、そのまちの魅力を保つ大きな要素になるはずだ。

東京では、一帯を大規模開発して、まったく違う景色にしてしまう手法が中心だが、京都では路地文化を活かしたまま再構築している例が見られる。リノベーションの技術が進み、どんなに古くても柱や梁など必要な建物の基礎さえ残っていれば、修繕・改修することは可能だが、火事などで建物自体が残っていない場合は、この手法が使えない。

しかし、乗り越えなければならないハードルも高い。京都では、この問題に官・民・専が三位一体となって取り組んでいると聞いた。一部が火事で焼失してしまい残されていた路地(袋路)を他の物件と一緒に再建することを可能にした例は、非常に興味深く、同様の課題に悩む街にとっても参考になると思う。

官・民・専が三位一体となって進める路地再生プロジェクト

京都の魅力の1つに、幅員の狭い細街路と約4,300本以上もあるといわれる行き止まりの通路、袋路(ふくろじ)の存在がある。もともとは人々の生活のために誕生した路地だが、隠れ家のような雰囲気と、京都のローカルな生活を感じられて、最近では、わざわざそういった場所に店舗を持つ場合も増えている。

門や扉がある路地も多い(画像提供/八清)

門や扉がある路地も多い(画像提供/八清)

ところが安全面や市場性という点では、課題を抱えていることが多い。路地奥の家は再建築不可の場合が多く、リフォームはできても、原則建て替え・増改築はできない。プロジェクトを進めるにあたり、山積する問題をひとつずつ解決していく必要がある。

現在、京都市では再建築不可物件の再生を図るために「路地カルテ」という取り組みを行っている。いわゆる再建築不可の敷地であっても、建築基準法の許可を受けることで建て替え等ができる場合があるが、接道許可を受けるまで許可の可否は判断できない。そのため「路地カルテ」を発行すれば事前に許可が可能な路地であることが確認でき、流通の促進になり、早い段階から住宅ローン審査にも応じてもらえる環境づくりを目指せるというものだ。

くわえて驚くことに、京都では「路地の再活用」という取り組みに、官・民・専が三位一体となって一緒に取り組んでいる。1994年に誰もが住みやすい京都のまちづくりをめざしてスタートした建築、不動産、建築行政等専門家のネットワークで構成する「都市居住推進研究会(都住研)」の存在が大きい。

30年以上、まちづくりの観点から路地再生に取り組んできた都市居住推進研究会

都市居住推進研究会(以下、都住研)が主体として「袋路内子育て支援住環境事業」に取り組んできたのが、下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトだ。

今回お話を伺った都住研のメンバーは、京都美術工芸大学教授・京都大学名誉教授の髙田光雄氏(会長)、京都光華女子大学准教授でスーク創生事務所代表の大島祥子氏(事務局)、不動産会社 八清の会長の西村孝平氏(以下、運営委員)、京都女子大学准教授の是永美樹氏、京都美術工芸大学教授の森重幸子氏だ。

(前列左より)運営委員の西村孝平氏、会長の髙田光雄氏、(後列左2番目より)運営委員 森重幸子氏、事務局 大島祥子氏、運営委員 是永美樹氏(画像提供/八清)

((前列左より)運営委員の西村孝平氏、会長の髙田光雄氏、(後列左2番目より)運営委員 森重幸子氏、事務局 大島祥子氏、運営委員 是永美樹氏(画像提供/八清)

「もともとは2014年ごろに京都市から『20 数年前の火災で空き地になっている土地の焼け跡の始末・撤去に持ち主の相談に乗ってほしい』と相談されたことから始まりました。すでに消失しているのでリノベーションで再生するという手法は使えません。問題の解決には、周辺の建物の所有者との協働、さらに行政と一緒になった取り組みが不可欠でした」(運営委員 西村氏)

空き家化が進んでいた袋路内の6区画の土地を集約し、長屋建て住宅4戸を供給する取り組み。4戸の住宅は子育て世帯が快適に住めるように、住戸内、路地空間をその仕様で計画・デザインした。

「2016年から行政も交えて研究を重ね、2018年から国のモデル事業に採択。2方向避難が確保できるなら、特例許可により建設が可能ではないかという話になりました。子育て空間として再生・継承することが、都市課題を緩和することもできるとモデル事業として実施、その知見を他の路地の再生でも使えるようにしたいと考えました」(事務局 大島氏)

しかし、プロジェクトを進めるにあたり、山積する問題をひとつずつ解決していく必要があった。

「所有者が不明になっている土地や国有地(水路跡)も含まれていました。行政との協働なしには進められなかったと思います。また特例許可に必要な『路地・まち防災まちづくり整備計画』の作成や近隣の方々の通路の維持に関するご理解も必要でした。そのために新しく居住する子育て世帯、そして近隣住民が安心して快適に暮らせるための協定書も締結しました」(事務局 大島氏)

このような路地裏がどのように変身するのか(画像提供/八清)

このような路地裏がどのように変身するのか(画像提供/八清)

なぜ路地空間が子育てに適しているかも聞いてみた。

「もともと日本の都市ではいろいろな生活行為が道空間で行われてきました。道がコミュニケーションの場だったのです。私が子どものころだって道で遊ぶのはあたりまえでした。モータリゼーションが進んだ現在、路地は子育ち、子育てという点からも極めて重要な存在だと思っています」(会長 髙田氏)

建築行政というのは自治体がそれぞれカスタマイズしていることが多いが、京都では再建築不可物件を含めすべての建物に手を入れられる可能性がある状況だそう。

「行政の手も届き始め、うまく住みこなす人たちも増えてきました。その人たちに聞くと『路地空間に住んでみたら、結構いいと感じる』と評価が高いのです。子どもが家の前で遊べるのは、目が届くし、他の人にあいさつもできる、意外に使い勝手がいいという意見も聞かれました」(運営委員 森重氏)

「2012年に東京から京都に引越してきて、まず驚いたのは、路地の再活用という取り組みに、行政だけでなく研究者や建築家といった専門家と不動産業者が一緒に取り組んでいることです。東京ではあまり見られない気がします。一般的に路地を活かした事業は大規模にならないので、そんなに収益性がいいわけではありません。八清さんのような地元密着型の事業者さんだからこそ可能となる期待感があります」(運営委員 是永氏)

■関連記事:
・京都の“近所付き合い”を現代に。生活の一部をシェアするコレクティブハウスの暮らしって?
・京都の元遊郭建築をリノベ。泊まって、食べて、働いて、が一つになった宿泊複合施設に行ってみた!

完成した「あさひ長屋」は子育てに適した工夫がいっぱいの空間あさひ長屋。LDKと路地が一体になる設計。格子の扉が美しい(画像提供/八清)

あさひ長屋。LDKと路地が一体になる設計。格子の扉が美しい(画像提供/八清)

下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトは「あさひ長屋」として、2024年完成した。そこで路地空間がどう活かされているか見せてもらった。入口はまったく目立たないが、小さな通路をくぐると驚くほど開放的な空間が広がっている。もともと6軒の家が建っていたという場所は、各住戸が建っていた位置から大きくセットバックしたことで3mの幅員を確保した明るく開放感のある路地に生まれ変わった。

あさひ長屋の敷地配置図(画像提供/八清)

あさひ長屋の敷地配置図(画像提供/八清)

外観は4棟の長屋として設計されているが、それぞれの柱は独立しているので、柱を共有している長屋と比べると強度と防音性が高い構造。これはリノベーションではなく新築物件だから実現した大きなポイントだ。

一角には、住人用の駐輪スペースが設けられているうえに、宅配ボックスも設置され、現代生活に対応した設備も整えられている。

あさひ長屋のA号地。LDKから見た路地空間(画像提供/八清)

あさひ長屋のA号地。LDKから見た路地空間(画像提供/八清)

あさひ長屋のB号地。LDKはタイル貼りで床下暖房が設置されている(画像提供/八清)

あさひ長屋のB号地。LDKはタイル貼りで床下暖房が設置されている(画像提供/八清)

各住戸の間取りは、引戸による大開口が用意されていることがまず第一の特徴だ。1階には風通しが良く路地に開けたLDK(DK)があり、家族だけではなくご近所とのつながりが生まれやすい設計になっている。

1階部分の床はA・C号地が暖かみのある木のフローリングで設えられ、B・D号地がスタイリッシュなタイルと2パターンで仕上げられている。タイルの場合は床暖房を設置しており、冬の底冷え対策もされている。

また2階は和室と洋室を要したプライベートな空間、和室のふすま紙は各戸によって色を変えており、個性を楽しめるようになっている。

更に全戸モニター付インターフォンにすることで、安心して子どもと過ごすことができるように防犯性にも配慮している。

B号地の2階の和室。襖の色は各住戸で異なる(画像提供/八清)

B号地の2階の和室。襖の色は各住戸で異なる(画像提供/八清)

C号地の2階。ロフトスペースもあり、季節外のものなどを置ける(画像提供/八清)

C号地の2階。ロフトスペースもあり、季節外のものなどを置ける(画像提供/八清)

子育て家族には家賃を安くするシステム。実際に路地空間で子育てをしている方に話を伺った

「路地が子育てに向いている」というテーマで開発された中堂寺前田町の「あさひ長屋」。同じように八清プロデュースで路地奥を改修した「さらしや長屋」で暮らしているSさんに、路地でのくらしについて聞いてみた。

さらしや長屋に設置された黒板ボード。子どもたちが思いきり落書きできる(画像提供/八清)

さらしや長屋に設置された黒板ボード。子どもたちが思いきり落書きできる(画像提供/八清)

さらしや長屋の路地にはパーゴラ(※)のあるスペースも(画像提供/八清)※ツタや籐などのつる植物をからませるためにつくられた、棚形あるいはトンネル形の構築物のこと(画像左奥)

さらしや長屋の路地にはパーゴラ(※)のあるスペースも(画像提供/八清)
※ツタや籐などのつる植物をからませるためにつくられた、棚形あるいはトンネル形の構築物のこと(画像左奥)

さらしや長屋は入口の扉をリノベーション後も残している(画像提供/八清)

さらしや長屋は入口の扉をリノベーション後も残している(画像提供/八清)

「マンション住まいのときには経験できなかったような、ご近所とのおつきあいができました。路地の入口には扉があり、そのため用事のない人は立ち入ることはありません。中に入ると顔見知りの人しかいないので、子どもも安心して遊んでいます。子育てを一人でしているのではない、という気持ちになれました。自分の家族だけでなく、周りの方に見守られながら子どもたちが育つのはいいことだと思いますし、私自身、以前よりストレスを感じなくなりました。」

路地裏の長屋には、入口に扉があることもある。リノベーションで取り払ってしまわずに残している。子育て中の家族には、毎月の家賃を抑えるシステムもオーナーの協力で導入している。

「うれしいシステムですね。路地部分には、子どもたちが好きに落書きしてもいいお絵かきスペースがあって、のびのびと落書きができます。賃貸でこんなに子育てのことを考えて作られた物件は他にないと思い、すぐに入居を決めました」

Sさんは入居から約7年、路地空間での子育てに満足して暮らしているようだ。

路地に多い再建築不可物件は、都市部の利便性のいい場所に存在することが多い。その隠れた価値に日を当ててて再活用することは、京都だけではなく全国的に必要とされているはず。今回のプロジェクトは地域に合ったカタチでの解決策を探す、いいきっかけになると思う。

図書館のあるシェアハウス。ご近所さん、夢追い中の人、疲れた人などが多様に学び・癒やされる場所「Co-Livingはちとご」管理人・板谷さんに聞いた 茨城県水戸市

茨城県水戸市に、「Co-Livingはちとご」(以下「はちとご」)という小さな図書館を併設した住み開きシェアハウスがある。「住み開き(すみびらき)」とは、住居などのプライベートな空間の一部を開放し、さまざまな人が集う場所として共有する活動や運動、それらに使用される拠点のこと。「はちとご」や、まちに開いたコミュニティスペース「はちとご文庫」には、近隣の人だけでなく、遠方からも、多様な人が集う。「はちとご」の何が人を引き寄せるのか。この場を立ち上げ、現在も管理人として運営する板谷隼(いたや はやぶさ)さんに、話を聞くため現地を訪れた。

部屋の一部をまちに開いたシェアハウス「Co-Livingはちとご」「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

筆者が「はちとご」の存在を知ったのは、とあるプラットフォームの「はちとご」に通う大学生の投稿だった。彼が「心あたたまる空間」と表現した「はちとご」でインターネット検索をすると、関わった人たちがさまざまに語っていた。長野と東京で二拠点生活をする女性、多拠点で活動する映像クリエイター、「はちとご」在住の大学生……。共通するのは、「はちとご」が、「大切な場所」であり、「生き方に影響をもたらす場所」だったこと。

現地を訪ねると、「はちとご」は、住宅地の中にあった。「はちとご」を立ち上げた板谷隼さん(以下隼さん)は、自らシェアハウスに住みながら「はちとご」を運営している。「はちとご」が今の場所に引越してきたのは、2023年12月。もともと、「はちとご」は、同じ水戸市内の住宅で始まった。そこが手狭になり、引っ越し先を探し始め、近所のゲストハウスオーナー宮田悠司さんの紹介で、現在の物件に出会う。木造2階建ての一軒家には、かつて診療所として使われていた建物が隣接していた。「ここも使えるかも!」と一目ぼれした隼さんだったが、「もう誰にも貸す気持ちはない」と大家さんに断られてしまう。そこで、大家さんに「はちとご」を見に来てもらうことで理解を深めてもらい、宮田さんの頑張りもあって、無事承諾を得ることができた。今では、大家さんは、隼さんの良き理解者だ。

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

住宅部分をシェアハウス「はちとご」が使い、旧診療所の一部を私設図書館「はちとご文庫」として地域に開放している。シェアハウスには、現在、板谷さんを含む大学生や社会人ら住民6人が暮らしている。そのほか、「月5日住民」「月10日住民」など短期で暮らす住民が4人。足しげく通ってきて時にリビングに泊まっていく人もいる(2024年5月5日現在)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らすことで広がった生きる選択肢

大学2年生の時、引越し前の「はちとご」を知った熊谷真輝さん(大学生・22歳)は、「はちとご」で、「自分がこれから進むであろうと思われる道の外で生きている」大人たちに出会い、最初は驚いたという。

「学校生活の枠組みで生きてきたから、大人の印象は、親か先生ぐらいでした。知識を教えようとする大人が多い中、『はちとご』で出会った大人たちは、ぼくらの意見を汲み取って話を聞いてくれました」と熊谷さん。
「いろんな大人がいたんですけど、理学療法士や調理師の資格があるのにあえて定職に就いてない人だったり、大学を4年間で卒業しないで休学して自分と向き合っている先輩がいたり。大人も意思を持って、道を模索しているんだなと。何歳になってもチャレンジする姿勢を『はちとご』の12畳のスペースから、感じ取ることができて、住人になろうと思いました」(熊谷さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らして約2年になる菱田えりかさん(大学生・22歳)さんが、大学へ入学したころはコロナ禍の真っ最中で、授業のほとんどはオンラインだった。

「一人暮らしで寂しい思いをしたので、2年生からは人と関わりたいなと思って。友達から『はちとご』を教えてもらいました」(菱田さん)

しかし、当時、シェアハウスには、男性しか住んでいなかったこともあり、親に反対されてしまった。「それまで周りの期待に応えようとしてきた」という菱田さんだが、気持ちは揺るがなかった。

「どうしても住みたかったので親を説得しました。『はちとご』の人たちは、自分のやりたいことをどんどんやっていて刺激を受けられたし、自分もやってみたいという気持ちがあって。ここに住んだら、わくわくすることが起きるんじゃないかって思えたんです」(菱田さん)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

忘れられない思い出は、鍋パーティのこと。寒い日に「鍋が食べたい。誰かつくってくれないかな」とつぶやいた菱田さんに、隼さんは、「自分で声かけてやっちゃえばいいんだよ、そういうのは」と声をかけた。

「今までやってもらうのが当たり前だったので、周りの人を巻き込んで、何かをやったのは初めて。新しいことをやるハードルが低くなった感覚はありました。今は、ちゃんと周りを説得して、努力をすれば、全て叶えられるわけじゃないけど、返ってくる分もあるのかなと思っています」(菱田さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

学びや気づきがあって回復できる場所でありたい

「はちとご」には、地元の大学生や社会人らが暮らし、近隣の人のほか、隼さんを訪ねてさまざまな年代の人がやってくる。

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

隼さんがどんな思いで「はちとご」を立ち上げたのかをたずねると、意外な答えが返ってきた。

「地域活動と見られることもありますが、自分としての軸は『地域』というより『人』。ただその人が地域にいるから、結果的に地域活動っぽく見えるのかもしれません。また、『はちとご』は僕にとって『やりたいこと』ではなく『見たい景色』だと思っています。みんなが楽しげにしていて、学びや気づきがあって、回復できる場所。誰かが自分から何かを『やってみたい』と言って、それが形になるのを見ているのが好きです。その景色を作るのに、ぼくが手を出す必要があるなら喜んで!というスタンスです」(隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

勝手に楽しんで勝手に学べる状態を構築する

隼さんの本業は、サッカークラブ「水戸ホーリーホック」のアカデミーコーチ(子どもたちのコーチ)。日々、一緒にボールを蹴りながら、子どもたちに向き合っている。

「場づくりをするときの理想は、ぼくがいなくてもいい状態にすること。『自分で考えさせたいんですけど、どうすればいいですか?』と聞かれることがあるんですが、それだと、自分で考えているって言わないですよね。何もしなくても子どもたちが勝手に学んで勝手に楽しんでいる状態を構築するにはどうしたらいいんだろうっていつも考えています」(隼さん)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

隼さんが「場づくり」や「まちづくり」にはじめて触れたのは、筑波大学大学院生のころ。大学のサッカー部のコーチをしたり、スポーツ心理学の研究室で活動する傍ら、大学の近くにできたコワーキングスペースに通うようになった。

「さまざまな背景を持つ人が来ていて、仕事をしたり、休憩したり、遊んだり。勉強している中学生の横で、お酒を飲みながらギターを弾いているおとながいて、それぞれが居心地よさそうにしている。ぼくにとって、コワーキング(Co-working)じゃなくて、コリビング(Co-Living)でした」(隼さん)

その後、2020年の春に水戸に引越してきたものの、コロナ禍の真っ最中。「このままでは街に友達ができないかも」と焦った隼さんは、もともと水戸で催されていた「あさみと!」というイベントを引継いで、運営することにした。

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

「あさみと」は、毎週月曜日の朝、コミュニティスペースやカフェに集まって、隼さんが淹れたコーヒーを飲みながらおしゃべりする会。そこで、イラストレーターのふじのさきさんに出会った。転勤で横浜に引っ越すことになったふじのさんから、『水戸の地を離れがたい』という思いを聞いた隼さん。以前よりシェアハウスの暮らしに興味があったので、「これは自分でつくれということか」と直感。ふじのさんが二拠点目として使えるようなシェアハウスを構想した。家を探し始めてほどなく茨城大学そばに5LDKの物件と出会う。そこが、「Co-Livingはちとご」のはじまりだった。

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

シェアハウスやコミュニティ運営する上で苦労したり、時には傷ついたり、怒りを感じることはないのだろうか。

「生活をしていて、あまり人に怒るってことがないんです。寛容でいたいと思っています。例えば台所が散らかっていてイライラが湧いたらふと『誰かがなんとかしてくれると期待してたんだな』と気づいたりしますね。そもそも気になったんなら自分でやるなり、なんとかしようよって自分から発信すればいいんです。そんな雰囲気をつくりたいなと思って、はちとごでは僕のこだわりで掃除当番を決めていません。当番をつくると、掃除しなかった人が責められるんですけど、当番をつくらなかったら、掃除した人が褒められるんじゃないかと思って。立ち上げた頃から当番を作らずどこまでいけるかなと実験しているところです」隼さん)

ただし、その場にいる人が困ってしまうような人が現れた場合、隼さんが間に入って「チューニング」をすることもあるという。

「例えば、年上というだけでえらそうにしたり、自分の話をしゃべり続けたりする人には、ぼくから言います。『いつも自慢話するんだからー』って。ぼくを生意気だと思う人は来なくなるし、それでも来てくれる人はそのうち馴染める人なんだろうなと。自分の力不足で誰かが傷ついたり、悲しい思いをすると、ひどく落ち込みますね」(隼さん)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

回復には、ふらっと入れて、距離を保てる場所が必要

まちライブラリーの仕組みを使った私設図書館「はちとご文庫」は、引越し先で再開し、今では、訪れた人が持ち寄った本で少しずつ蔵書が増えている。

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

ある時、はちとご文庫に、近所の引きこもりの女性がふらっと訪れた。隼さんや他の人が思い思いに作業したり、本を読んでいる空間で、3~4時間ソファでひとり本を読み、「また来ます」と帰っていく。ふとしたきかっけでおしゃべりするようになり、次第に打ち解け合い、ついには「はちとご文庫まで歩く日記」というZINEを発行。今では、はちとご文庫の常連さんのひとりだ。

「地域活性化の取り組みって、元気な人が集まるのが前提なのかな、と時々思います。でも、まちには元気じゃない人ももちろんいて、そういう人にも開いた場でありたいと思っています。ここにはちょっと元気じゃない人も来たりしますが、僕が躍起になってどうこうしようとはあまりしませんね。相談されたら一緒に考えるけど、こちらからは。元気がなくてもふらっと入れて、人といい距離感でいて、徐々に、自分の本来のありように戻っていけるような場になればいいなと思っています 」(隼さん)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

「はちとご」は、元気じゃなくても居られる場所

「はちとご」がスタートした時から隼さんと一緒に暮らしてきたむらたゆうきさん(映像クリエイター・24歳)も、「はちとご」で「回復」したひとりだ。

「『はちとご』は、一般的な世間のシェアハウスのイメージと乖離がある気がします。シェアハウスっていわゆるパーティ好きみたいな人がいっぱいワーッていそうなだと思っている人もいると思うんですが、『はちとご』の場合は、一見そうは見えなくても寂しそうな人、人生に疲れている人が多いような気がしてます」(むらたさん)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

むらたさんは、インターンのため、茨城から東京に出て、合わない仕事を続けたことで、落ち込んでしまい、とても辛い時期があったという。東京から帰って、ふさぎこんでいたむらたさんを心配した隼さんたちは、ある日、むらたさんの部屋に勝手に乗り込んで餃子を焼き始めたという。

「弱ってるときって、きっかけがあると、精神的にすごく距離が縮まると思うんです。それで、家族に近い感覚が上がりました。弱い面も見せていいんだって。ここは、すごく居心地がいいです。2年間ぐらい、全然、違和感なく暮らしています。実家にいるのとあまり変わらないし、隼さんは、親っていうよりは兄弟が増えたみたいな感じです。役職的には管理人なんですけど、お兄ちゃんが一番イメージ近いのかなと思ってますね」(むらたさん)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

隼さんが、「最近、優しくなったと思うよ。より人のために動けるようになった。本当に頼りにしてるよ」と言葉をかけると、むらたさんは、「あまり褒められないんで。毎月取材に来てください(笑)」とはにかんだ。

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

場と人をつなぐと自然と交流が生まれる

「はちとご文庫」に滞在していると、ふらっと訪れる人がいる。必ずしも一緒に何かするわけではなく、思い思いの場所で、本を読んだり、パソコンを開いたりしている。

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

隼さんは、「人と人を繋いでるんですね」と言われると「少しもやっとする」という。

「意識しているのは、場と人をどう繋ぐか。それぞれが場と繋がってリラックスすれば、自然と交流が生まれると思っています。『居場所づくり』とも言わないようにしています。通ってくれる人が『ここは自分の居場所だ』と思ってもらう分にはいいんですが、そう思う人が増えてくると初めての人に優しくない場になると思っていて。『居場所づくり』ではなく『場づくり』として、人の流動性が生まれればいいなと思っています」(隼さん)

隼さんは、2024年4月に、新しいチャレンジを始めた。地域の人が自由に利用できる私設図書館とコワーキングやイベントに使えるシェアリビングとを合わせた複合施設の計画だ。私設図書館には、「一箱本棚オーナー」という自分専用の本棚を借りて本を並べる仕組みを取り入れる予定。シェアリビングは、イベントやワークショップを開催できる場所に。それには、地域の人や友達の「ちょっとやってみたい」を応援したいという隼さんの思いがある。物件の改修費用に充てるため、4月10日~5月13日に初めてのクラウドファンディングに挑戦中だ。

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

その場所の名前は、「シェアベースmigiwa」。汀(みぎわ)とは、水際や波打ち際のこと。隼さんは、この場所にやってくる人やモノ、情報を、波や風に例えた。

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「流動性の中で、訪れる人に学びや回復のきっかけが生まれればいいなと。『あまねく人』が入れる場所が理想ですが、人がやっていることなので相性もありますし、合わない人もいるはずです。だけど、ぼくみたいなことをやる人が地域に増えていけば、その数だけ多くの人をカバーできるんじゃないかと。場を地域にひらく時に理想だと思っているのは、その場に来る人と近隣住民の属性の比率が近くなることですね。私設の公民館を作りたいのかもしれません。将来何か問題が起きても、『ここ大事だから維持しようよ』と皆で話せるといいですね。しかもそれが僕を介さずに起きたら最高です」(隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

隼さんが見ている景色を見つめ、思いを辿る中で、コミュニティは、「みんな」の場所である前に、「ひとり、ひとり」の場所なんだと感じた。コミュニティでは近づこう近づこうとしてしまうが、大切なのは距離感。「はちとご」は、コミュニティに「関わりたい人」「つくってみたい人」双方に気づきと学びを与えてくれる。

●取材協力
・はちとご
・クラウドファンディング「水戸で私設図書館&シェアリビング『migiwa』をつくりたい!」

13代続く湘南の地主・石井さん、地域の生態系や風景まもる賃貸住宅で”100年後の辻堂の風景”を住まい手とつくる 「ちっちゃい辻堂」神奈川県藤沢市

コミュニティ賃貸のはしり、賃貸住宅に革命を起こしたといわれる「青豆ハウス」の誕生から10年。タネが芽吹くように、ゆるやかな人と人、人と地域がつながりを持つ個性的な賃貸が静かに増えつつあります。では、どんな人が共感し、どのような暮らしが行われているのでしょうか。湘南にある「ちっちゃい辻堂」を訪ね、その暮らしぶりを取材しました。

13代続く地主の石井光さん。100年後の辻堂の風景をつくりたい

2016年、青豆ハウスをつくった青木純さんは、「大家の学校」を開校しました。これは、日本全国の大家さんや希望者を対象に、「大家業」の実践と学び、出会いの場です。「愛のある大家さんになるにはどうしたらいいか」という視点にたち、「選ばれる場づくり」「関係性のデザイン」を学びつつ、「大家という仕事を描き直す地図」を手に入れる。今までにない学校といっていいでしょう。

■関連記事:
賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

「大家の学校」校長である青木純さんは、「大家として大切にしている6つの向き合い方(①そこにいる、②愛し続ける、③決めすぎない、④気を遣わせない、⑤一人ひとりの居心地を大切にする、⑥場が育つ触媒になる)というのがあるのですが、そのすべてをていねいに実行している方です」と話すのが、大家の学校1期生の、石井光さん。湘南・辻堂で13代続く地主の家系で、現在、小さな村のような賃貸住宅「ちっちゃい辻堂」のほか、コミュニティ農園の代表や田んぼにも携わり、「半農半大家」をしています。

「ちっちゃい辻堂」の大家である石井光さん(左)とお母さま(右)(写真撮影/相馬ミナ)

「ちっちゃい辻堂」の大家である石井光さん(左)とお母さま(右)(写真撮影/相馬ミナ)

ちっちゃい辻堂は、JR東海道線辻堂駅から海側に徒歩13分、平屋3棟と二階建て1棟、集合住宅、畑やみんなで使うコモンハウス「shareliving縁と緑」で構成されています。駅からも近いながら、敷地内にはふんだんに緑が植えられており、鳥のさえずりが心和ませてくれる、サンクチュアリのよう。住民はみな、口をそろえて「とにかく気持ちがいい」と話します。

手前が平屋、右奥には二階建て。建築設計はビオフォルム環境デザイン室(写真撮影/相馬ミナ)

手前が平屋、右奥には二階建て。建築設計はビオフォルム環境デザイン室(写真撮影/相馬ミナ)

取材時はまだ少なかった緑も、5月はこのように(写真提供/石井さん)

取材時はまだ少なかった緑も、5月はこのように(写真提供/石井さん)

竣工は2023年春、相場の賃料より高めの設定ですが、半年かけて満室に。2024年には少し離れた場所にできる第二期の募集をはじめますが、すでに15件ほどの問い合わせが寄せられているといい、着実に注目を集めているのがわかります。

大学では景観生態学を学んでいた石井さんは、地域の生態系や風景、生き物を大切にしたいとの思いを持っていたそう。そのため、プロジェクトのコンセプトは「ゆるやかに集まってつくる土とつながった暮らし」としました。建物には神奈川県産木材を使っているほか、敷地内には井戸が2カ所(どちらも手掘り)、さらに雨水タンク、コンポスト、サウナ、にわとり小屋があり、駐車場と通路はコンクリートではなく、微生物舗装(有機物や炭、石などの資源でつくる舗装の手法のこと)、敷地内の植栽は博覧会開催のため伐採予定だった木々を貰い受けて植えるなど、とにかくエピソードが満載です。

奥が雨水タンク、手前にあるのが井戸。草木や野菜の水やりや防災にもつながります(写真撮影/相馬ミナ)

奥が雨水タンク、手前にあるのが井戸。草木や野菜の水やりや防災にもつながります(写真撮影/相馬ミナ)

コモンハウスの室内。こたつが心地いいですね(写真撮影/相馬ミナ)

コモンハウスの室内。こたつが心地いいですね(写真撮影/相馬ミナ)

敷地内を散歩するメスのにわとりたち。産んだ卵は住民と分け合っているそう。奥には黒いテントサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

敷地内を散歩するメスのにわとりたち。産んだ卵は住民と分け合っているそう。奥には黒いテントサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

完成から1年、住民たちと実験のような遊びを繰り返しながら現在のかたちに。つくり込み過ぎないのも魅力のひとつです(写真撮影/相馬ミナ)

完成から1年、住民たちと実験のような遊びを繰り返しながら現在のかたちに。つくり込み過ぎないのも魅力のひとつです(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

もともとは、築約60年の平屋4軒(最後は2軒)とアパートが立っていましたが、祖父に代わって光さんが経営を担うことになり、この「ちっちゃい辻堂」が誕生しました。他になかなかないコンセプトですが、家族からの理解はすぐに得られたのでしょうか。

「この地域は古くからの地主さんたちが土地を持っていて、相続が発生するごとに、土地が切り売られていき、また相続対策としてのマンション建設もあり、どこにでもある風景になっていっているような気がしていました。それと同時にまちから緑が少なくなり、生き物の居場所も減っていると感じていました。。わが家も相続対策をしないといけなかったのですが、先代にあたる祖父がとにかく借金が嫌だ、何もしない、と意地になっていて、どうにも話が進まない。そのため、ちっちゃい辻堂のコンセプトはできたものの、数年ほどお休み期間もありました」と光さん。

ただ、祖父が年齢を重ね、転倒が続くなどしたことから遺言書と家族信託を急いで作成。祖父の見送りなどもあり、当初の構想から7年ほど時間はかかってしまったものの、「ちっちゃい辻堂」は完成しました。

一方で、光さんのお母様は、先代の娘でもあります。世代的にも立場的にも板挟み、新しい価値観との出合いで、やや複雑な思いで見守っていたそう。

先代の娘でもあり、光さんの母でもある。心配しつつも「ちっちゃい辻堂」を見守り、応援しています(写真撮影/相馬ミナ)

先代の娘でもあり、光さんの母でもある。心配しつつも「ちっちゃい辻堂」を見守り、応援しています(写真撮影/相馬ミナ)

「私の父がしてきた『大家業』と、光のすることはイチから十までぜんぶ逆。父は昔ながらの感覚で、とにかく強烈な人。土地を守っていくことが第一、家は建てたらあとは管理会社にまかせておけばいい。でも光は、住民の引越しの手伝いから、段ボールをまとめて軽トラで公民館に持って行ったり……。よくやっているなあと思っています。ただ、事業にともなって借金をしていますし、不安はありました。そこである時、聞いたんです。『本当に大丈夫なの』って。そしたら光が『ここまでやってうまくいかないなら、この世界は生きている意味がない』ということを言ったんです。ああ、ここまでの覚悟ならもう支えるしかないと腹が決まりました」といいます。

光さんは光さんで、自分にしかできないことを、という覚悟を持っていました。

「地主の家系に生まれ、引き継いだ土地は都市部でも田舎でもなく、しかも離婚していて父親がいないので一代飛ぶ。このポジションにあるので、人が住めば住むほど生態系が回復していくというモデルを社会に広めやすい、そういうお役目があると思っています」(光さん)

大学で生態学を学び、コミュニティデザインやパーマカルチャーなどにも興味があり、コミュニティ農園の代表をしていて、しかも実家は地主業。確かにここまでの条件はなかなかそろわないもの。石井光さんらしいミッション、それが「ちっちゃい辻堂」なんですね。

虫や鳥、植物、微生物を含めた多様な生き物を守るため、除草剤や殺虫剤は基本使用しません。ふかふかの土が心地いい(写真撮影/相馬ミナ)

虫や鳥、植物、微生物を含めた多様な生き物を守るため、除草剤や殺虫剤は基本使用しません。ふかふかの土が心地いい(写真撮影/相馬ミナ)

昔からあった平屋は1棟残し、光さんと大工さんの手でリノベし、共用スペースにしています。2週間に1回の住民の食事会、ヨガ教室、来客の宿泊などに使われています(写真撮影/相馬ミナ)

昔からあった平屋は1棟残し、光さんと大工さんの手でリノベし、共用スペースにしています。2週間に1回の住民の食事会、ヨガ教室、来客の宿泊などに使われています(写真撮影/相馬ミナ)

続いて、実際に暮らしている人に話しを聞いてみましょう。

「住体験を創造したい」。50歳を過ぎて見つけたノイズのない暮らし

浦川貴司さんは、現在、夫妻とお子さん3人の5人家族で「ちっちゃい辻堂」にお住まいです。住民でもありますが、現在は仕事としても「ちっちゃい辻堂」プロジェクト全般に携わっています。

浦川さんの、引越しと転職という大きな変化のきっかけは、子ども達が成長し、賃貸/分譲/注文住宅などのくくりにとらわれず、「次の暮らし、住体験の創造をしたい」と漠然と思い描いていたことにはじまります。

「SNSで『ちっちゃい辻堂』を知り、前に住んでいた家も近くなので、ふらっと行ってみたら光さんがいて、立ち話をしたんです。そこで出た言葉が『100年後の辻堂の風景をつくる』というフィロソフィー(哲学)でした。これは、この1年で聞いた話でいちばんいい話だなと感銘をうけて、2023年秋に引越してきました。ついでにいうと転職もしました(笑)」

浦川さんと石井光さん。ちっちゃい辻堂には、「どこよりも楽しい体験と人生がある」(浦川さん)(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんと石井光さん。ちっちゃい辻堂には、「どこよりも楽しい体験と人生がある」(浦川さん)(写真撮影/相馬ミナ)

「前の住まいを手放すと言ったら、家族はまさに青天の霹靂(へきれき)で『何を言っているんだ』という感じでした。以前の住まいに比べると広さは3分の2 程度、モノもだいぶ処分しましたが、結果からいうと、家族全員ハッピーで満足していますね。朝起きてから就寝するまで敷地内には視界にノイズを感じず気持ちがいい。人との関係、あり方なども含めて、本当に心地いいです」

浦川さんのお住まい。土間と続くリビングを上手に住みこなしています。大人が憧れる空間です(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんのお住まい。土間と続くリビングを上手に住みこなしています。大人が憧れる空間です(写真撮影/相馬ミナ)

「今まで自身の事業のなかでも自分自身も何度も 住宅をつくってきましたが、住まいを買う事は目的ではなく、賃貸でも分譲でも、住まい手の美意識や自己表現を通してどんなライフスタイルを過ごしたいのかという事に向かい合うことがより大切。コロナ禍を経て、新しい、本質的な人生の豊かさに向かい合った住まい方、価値観の変異が起き始めているように思います。美しい暮らし、生き方のセンスというのかな、大きな転換期がはじまっているように思います。

一方で、現在進行系で『ちっちゃい辻堂』で得られた知見というのはとても貴重なものですし、『100年先の辻堂の風景』のためには、より多くの地主さんや大家さんに知ってもらわないといけない。賃料が相場よりプラス設定だとしても、豊かな体験がある住宅には人が集まりエリア相場以上に収益を出していけることを知ってもらいたいですね」

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんの書斎スペース。庭に面しているので、自然光が入ってくる設計。当初は小さな商いもできる前提(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんの書斎スペース。庭に面しているので、自然光が入ってくる設計。当初は小さな商いもできる前提(写真撮影/相馬ミナ)

家賃ではなく、新しい暮らし方への投資、共同出資のような感覚

20代のKさんは、デザイナーのパートナーと二人暮らし。前は都内の賃貸住宅で暮らしていましたが、オーナーの事情で退去を迫られ、新たな住まいを探していたそう。

“個”を保ちながら会話が生まれる。ちょうどよい距離感(写真撮影/相馬ミナ)

“個”を保ちながら会話が生まれる。ちょうどよい距離感(写真撮影/相馬ミナ)

「家と仕事をともに振り回されることが続いて、これから”どこに住むか(where to live)を考えるよりどのように生きるのか?(how to live) “ を話し合いこの物件に出合いました。マイクログリッドなどにも興味がありましたが、自分たちでイチからつくるにはムリがある。この物件は、2人で話していた『生き方の実験』にドンピシャなところがいっぱいあって、ゆるくつながりながら、東京にもアクセスできる、それに共鳴したという感じです」(Kさん)

Kさん(左)とYさん(右)の住まい。「ちっちゃい辻堂」の第一印象である、「とにかく心地いい」という言葉が印象的です(写真撮影/相馬ミナ)

Kさん(左)とYさん(右)の住まい。「ちっちゃい辻堂」の第一印象である、「とにかく心地いい」という言葉が印象的です(写真撮影/相馬ミナ)

パートナーのYさんは、以下のように話します。
「建物、敷地の第一印象はすごく気持ちがいい、ということ。光とか風とか、五感に働きかけるところがあって。建築・ランドスケープデザインの人と話しをしたら、すべて理由があって納得しました。コミュニティや共有という概念は、正直、苦手だなと思っていたんです。でも、実際、暮らしてみると誰も何も強制しないし、自発的な交流が生まれる仕掛けがあって、居心地がいい。庭の手入れをしていたら、ワイン片手に食事がはじまったりしてね。住まいは独立しているけれど、それぞれの境界線から色がにじみでる感じ。また新しい色ができているのが、未来的といえるかもしれません」

中央のペンダントライトは浦川さんが持っていたもの。よいものがないか探していたところ、「借してあげるよ」といわれ、借りているのだそう。これもシェアのひとつですね(写真撮影/相馬ミナ)

中央のペンダントライトは浦川さんが持っていたもの。よいものがないか探していたところ、「借してあげるよ」といわれ、借りているのだそう。これもシェアのひとつですね(写真撮影/相馬ミナ)

「自分は3DプリンターやDIYツールをたくさん持っているんですけれど、それを光さんのスペースに置かせてもらう代わりに、他の住民にも使っていいよ、としています。所有ではなく完全な共有でもない。モノや知恵をシェアする暮らし、所有すること、私有と共有についてもよく二人で話あっています。ほかにも、なんでお金が必要なんだっけ、なんの仕事をしたいんだっけなど、豊かさや暮らし、都市やアートについて考え直すことが多く、あらためて人生を見つめ直している感じです」(Kさん)

花やアートのあしらいが上手なお二人。「ちっちゃい辻堂」の暮らしは触発されることが多く、話し合うことも多いのだそう(写真撮影/相馬ミナ)

花やアートのあしらいが上手なお二人。「ちっちゃい辻堂」の暮らしは触発されることが多く、話し合うことも多いのだそう(写真撮影/相馬ミナ)

「引越してきて3~4カ月ですが、得られたものが大きいですね。親には家賃の割には空間は狭いよね、と言われることがあったんですが、単純に空間に家賃を払っているわけではない。生きることやつながりに対しての対価ですよね。暮らしのなかでも、畑をつくる、みそをつくるなど、動詞がすごく増えました。自然との共存という大きな挑戦や、可能性という、大きなものにお金を払っている。そんな感覚があります」(Yさん)

室内にもたくさん自然光が入ってくる間取りです(写真撮影/相馬ミナ)

室内にもたくさん自然光が入ってくる間取りです(写真撮影/相馬ミナ)

アーティストカップルだからこそ、コミュニティに助けられる

もう一組、フラワーアーティストのお二人にも話を聞きました。以前は東京都立川市在住、こちらも引越して半年になります。パーマカルチャー講座で光さんと知り合い、SNSで入居者募集を知ったのがきっかけでした。アーティストである二人にとって、この「ちっちゃい辻堂」はプラスしかない、といいます。

フラワーアーティストのお二人の住まい。写真左の花のオブジェが作品(写真撮影/相馬ミナ)

フラワーアーティストのお二人の住まい。写真左の花のオブジェが作品(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「まずは、土間があって創作活動の作業がしやすい、水が使いやすい。そして外も緑が多くて気持ちがいい。軒先にドライフラワーを飾ってもいいし、使いきれなかったお花は、まわりのお宅に渡すと喜ばれます。周囲に大工さん、デザイナー、エンジニアがいるので相談できるし、さらに道具まであって。自分が表現したい世界や幅が広がるので、アーティストとしてはプラスしかないです。

アーティスト二人で暮らしていると、それはぶつかることもありますから。でも縁側にいて、誰か来るとおしゃべりして、すっと気が晴れることもあります」

土間があり、水をたくさん使える間取り、そういえばなかないですよね(写真撮影/相馬ミナ)

土間があり、水をたくさん使える間取り、そういえばなかないですよね(写真撮影/相馬ミナ)

「あと、人同士の距離がね、ほんとうに心地いいんです。光さんの考えや価値観を理解したうえで暮らしているので、違和感がないというか。濃密過ぎず、薄いわけでもない。これが新しい暮らしというものなのかな、と思います」

どこを切り取っても絵になります(写真撮影/相馬ミナ)

どこを切り取っても絵になります(写真撮影/相馬ミナ)

縁側のドライフラワー。さり気なくつるしてあるのがかわいい(写真撮影/相馬ミナ)

縁側のドライフラワー。さり気なくつるしてあるのがかわいい(写真撮影/相馬ミナ)

定例の食事会。顔の見える距離感ってこんなに心地いいんですね(写真撮影/相馬ミナ)

定例の食事会。顔の見える距離感ってこんなに心地いいんですね(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

最後に、2週間に1回、開催されている食事会に少しだけお邪魔しました。訪れてみると、住民のみなさんはそれぞれのおうちでつくったご飯とアルコールを持ち寄り、すでに盛り上がっていました。出会って数カ月とは思えないほどですが、とにかくムリなく、自然に、ゆるりと背伸びしない関係ができているようです。石井光さんと仲間たちが耕しはじめた、未来の暮らしはまだまだはじまったばかり。時間がたつほどに味わいを増して、「みんなの居場所」として心地よくなっていく気がします。

●取材協力
ちっちゃい辻堂
大家の学校 ※第11期の締切は5月31日(金)まで

実家じまい、母の民芸コレクション数千点の譲渡会を父が設計した自宅で開催。新しい物語を次世代につなぐ 二部桜子さん

多くの人が気になる「実家の片づけ」。挿花家でエッセイストの母と建築家の父のもとに生まれた料理家の二部桜子(にべ・さくらこ)さんは、両親が世界中で集めた膨大な民芸品などのコレクションを次世代につなごうと、実家を開放して譲渡会を実施。遠方からも人が訪れて盛況に! 実家じまいとしてはもちろん、自身の今後についても多くの気づきが得られたというその経験について、二部さんにお話を伺いました。

暮らしも注目された母・二部治身さん。世界を旅して集めた民芸品が大量に

コンクリート打ちっ放しの天井の高い建築。広大な空間を埋め尽くすように、おびただしい数の器や古道具が並ぶ。「ちょっとした骨董市の物量ですよね」と二部桜子さんも笑うが、一家庭のコレクションとは思えないスケールだ。

フリマ形式の譲渡会「Recollection - 回想の記録 -」の様子(画像提供/鮫島亜希子さん)

フリマ形式の譲渡会「Recollection – 回想の記録 -」の様子(画像提供/鮫島亜希子さん)

ここは桜子さんが育った東京都八王子市郊外の家。母である挿花家でエッセイストの二部治身(にべ・はるみ)さんは、建築家の夫・誠司(せいじ)さんとともに桜子さんと弟を育てながら、約100坪もの敷地で花と野菜をつくり、四季の草花を愛でてきた。「暮らし系」という言葉が生まれるずっと以前の80年代後半から、自然とともに生きる治身さんのライフスタイルは数々の女性誌や著作で紹介され、全国に多くのファンを生んだ。

二部桜子さん。アメリカの大学で美術を学んだのちアパレル企業に勤め日米を行き来する。2017年、東京都台東区蔵前に「SHUNNO KITCHEN」スタジオを開設し、旬の野菜を軸とした料理教室やケータリング、レシピ開発を行う(写真撮影/片山貴博)

二部桜子さん。アメリカの大学で美術を学んだのちアパレル企業に勤め日米を行き来する。2017年、東京都台東区蔵前に「SHUNNO KITCHEN」スタジオを開設し、旬の野菜を軸とした料理教室やケータリング、レシピ開発を行う(写真撮影/片山貴博)

「母は高校生のころから骨董を集めていたほど器や雑貨が大好き。タイへの新婚旅行を機にアジアの魅力に目覚め、さまざまな国を訪れては現地の民芸品を山のように持ち帰っていました」と桜子さんは振り返る。「アジアやアフリカの民芸品が持つ、素朴でどこか不完全な美しさが好きだったようです。父も収集癖があり、夫婦で好みも一致していたので、二人で競うようにものを集めていました」

生活道具のみならず、イスなどの家具や壺などもコレクションしていた(画像提供/鮫島亜希子さん)

生活道具のみならず、イスなどの家具や壺などもコレクションしていた(画像提供/鮫島亜希子さん)

アジアやアフリカのオブジェやマスクも(画像提供/鮫島亜希子さん)

アジアやアフリカのオブジェやマスクも(画像提供/鮫島亜希子さん)

治身さんが現役のころは雑誌などの撮影用小道具のリース業も少なかった時代。仕事に使えるようにと集めていた部分もある。1999年に建て替えられたこの家も、治身さんの仕事の撮影にも使えるようにと誠司さんが設計したもの。「だからデザイン性は高いんですけれど、底冷えするように寒かったり、段差が多かったり。敷地も広すぎて、高齢の夫婦が暮らすには厳しくて」

両親とも実家を手放して小さく暮らすことを検討していたが、2021年に誠司さんが他界してしまう。治身さんは桜子さん夫妻と暮らすことになり、いよいよ実家じまいを行うこととなった。

仲間の力を借りながら、楽しんで準備した自宅での譲渡会が大反響

そうして始まった二部家の実家じまいだが、当初は明らかに不要なものも膨大にあったという。
「まずは不要品を処分するのがいちばん大事だと思います。体力の必要な作業ですが、海外に住む弟も帰国時にやってくれました。とはいえあまりに物量が多かったので、この最初の段階ですべてを要・不要に分けたわけではないんです。判断に迷うグレーゾーンを残しつつも、明らかな不用品やゴミを処分できたことで気持ちにゆとりができ、友人にも手伝いに来てもらいやすくなりました」

残されたのは、大量の民芸コレクション。業者に買い取りを依頼することも頭をよぎったが、せっかくなら友人に譲りたいと桜子さんはひらめいた。「アパレル業が長かったこともあり、器やインテリアが好きな友人が多いんです。話してみたら“おもしろそう!”と言ってくれて」。そうしてまずは友人知人限定で、フリマ形式の譲渡会を行うことにした。

治身さんが高校時代から集めていたデッドストックの器たちも販売された(画像提供/鮫島亜希子さん)

治身さんが高校時代から集めていたデッドストックの器たちも販売された(画像提供/鮫島亜希子さん)

フリマで難しいのが値付けだろう。「母も値段までは覚えていなかったので、骨董屋さんに出かけて値ごろ感を確かめたり、画像検索で由来や価格を調べたり。通常の骨董品店よりはかなりお得な値段に設定しました」

友人の手も借りながら準備を進め、2022年8月と9月の4日間で「Recollection – 回想の記録 -」として譲渡会を実施。「告知はInstagramの個人アカウントのみで、友人とその友人のみの予約制に。中には影響力のある友人もいたので拡散力がすごくて」。予想以上の反響があり、約1500点が新たな持ち主のもとに旅立った。

世界各国からかごやザルを背負って持ち帰った治身さんは「かご長者」とあだ名されたほどのかご好き(画像提供/鮫島亜希子さん)

世界各国からかごやザルを背負って持ち帰った治身さんは「かご長者」とあだ名されたほどのかご好き(画像提供/鮫島亜希子さん)

好評を受けて、10・11月には一般客にも予約枠を開放することに。「リテールビジネス(BtoCのビジネス)に携わっている友人たちがいろいろアドバイスをくれて。当初は“この引き出しの中はいくら”みたいな値付けでしたが、知らない人への販売なら一つひとつ値段を書いたほうが会計がスムーズだよとか。”このコーナー売れ行きがよくないね”と友人がささっとディスプレイを直してくれたとたん、驚くほど売れたりも」

明治~昭和の和食器もセンスよくディスプレイして販売(画像提供/鮫島亜希子さん)

明治~昭和の和食器もセンスよくディスプレイして販売(画像提供/鮫島亜希子さん)

手伝ってくれた友人たちとはいつしか“実家フェス”の通称が定着。「”せっかくならお茶ができたらいいよね”と、友人が和室で抹茶を立てて、私のお菓子とお出ししたり。そうやって仲間とアイデアをふくらませるのが楽しかった」。まるで学園祭のような自由さをベースに、ビジネススキルと創造力を持ち寄って準備したこのイベントには、北海道や石川県など遠方も含めのべ数百人が訪れ、総計5000点ほどを譲渡できたという。

2023年10月には「Recollection-回想の記録-エピローグ」として、治身さんの著書のレシピを再現した食事会も実施。「譲渡会で、父が建てた建築をみなさんに見ていただけたのも嬉しかったんです。せっかくだから記録に残そうと、母の料理をつくって父と母が元気だった頃の二部家を再現して、友人である写真家の鮫島亜希子さんに撮ってもらいました」

和気あいあいと和やかな食事会の様子。このときのコレクションは"お気持ち"価格で譲渡し、ウクライナの動物支援団体に寄付も行った(画像提供/鮫島亜希子さん)

和気あいあいと和やかな食事会の様子。このときのコレクションは”お気持ち”価格で譲渡し、ウクライナの動物支援団体に寄付も行った(画像提供/鮫島亜希子さん)

顔の見える使い手へ譲る喜びが、愛したものを手放す寂しさを和らげる

業者の買い取りより手間や時間はかかっても、ものの行く末がわかるのが嬉しいと桜子さん。「友人のおうちに遊びに行ったら、うちで活躍していたものにまた出合えたり。おうちで使う様子をInstagramに上げてくれる人もいて、両親の愛したものたちの新しい物語が始まるのだと実感できました」

来場した友人たちが購入物をインスタにアップ。「みなさんのセレクトが見ていて楽しくて」と桜子さん(画像提供/左から、@hirokoinabaさん、@mamimori8さん)

来場した友人たちが購入物をインスタにアップ。「みなさんのセレクトが見ていて楽しくて」と桜子さん(画像提供/左から、@hirokoinabaさん、@mamimori8さん)

治身さんもイベントの様子に感激。「ものを手放すから、と悲しむ様子が全くなくて。自分のコレクションがお店みたいにキレイに並べられて“やっぱりこれ素敵よね”なんて喜んだり。自分が好きで手に入れたものを、みなさんが楽しそうに選んで譲り受けていく姿がすごく嬉しかったようで、いい親孝行ができました」

もちろん治身さん自身が手離したくない宝物はキープ。桜子さんも、手元で大切にしたいものたちを自宅やスタジオで愛用している。

水屋箪笥はクリーニングして、桜子さんの「SHUNNO KITCHEN」スタジオで愛用(写真撮影/片山貴博)

水屋箪笥はクリーニングして、桜子さんの「SHUNNO KITCHEN」スタジオで愛用(写真撮影/片山貴博)

風格あるベンチも実家からスタジオに。桜子さんの愛犬・アズキちゃんも心地よさそう(写真撮影/片山貴博)

風格あるベンチも実家からスタジオに。桜子さんの愛犬・アズキちゃんも心地よさそう(写真撮影/片山貴博)

古い実験用漏斗をランプシェードに。「たまたま訪れたアンティークショップで、こんなふうに漏斗を照明にしているのを発見。そのお店にお願いして照明にしてもらいました」(写真撮影/片山貴博)

古い実験用漏斗をランプシェードに。「たまたま訪れたアンティークショップで、こんなふうに漏斗を照明にしているのを発見。そのお店にお願いして照明にしてもらいました」(写真撮影/片山貴博)

買い手がつかなかったランプシェードもスタジオで活躍(写真撮影/片山貴博)

買い手がつかなかったランプシェードもスタジオで活躍(写真撮影/片山貴博)

これからの“もの”との付き合い方を考えるきっかけにも

二部家の実家じまいは、かなり特別なケースかもしれない。でも桜子さんのアイデアと行動力があったからこそ譲渡会は実現でき、成功につながった。「思いついたら後先考えず突っ走るタイプ。料理の仕事もずっとやりたいと言っていたけれど、この物件との運命的な出合いがあって、会社を辞めるより先に契約したことで現実化したんです。今回のイベントも、アイデアを周囲に伝えることで現実のものになりました」

窓の前に咲く満開の桜に、自分の名前との運命的な符合を感じて契約したスタジオ。「譲渡会で知り合った人たちが一緒に料理教室に来てくれたりと、嬉しいご縁も生まれています」(写真撮影/片山貴博)

窓の前に咲く満開の桜に、自分の名前との運命的な符合を感じて契約したスタジオ。「譲渡会で知り合った人たちが一緒に料理教室に来てくれたりと、嬉しいご縁も生まれています」(写真撮影/片山貴博)

周囲の人を巻き込んだのも成功の秘訣。
「一人では絶対に無理でした。最初に不要品処分を弟がやってくれたことが突破口になったし、アパレルの仕事の友人や、料理の仕事を通してつながった暮らしに関心の高い友人が助けてくれたからこそ実現しました」

また、今回のイベントを経験して学んだこともある。
「次の世代が使いたいと思える“いいもの”だからこそ譲ることができたんですよね。自分がものを選ぶ際にも、単に便利で安価だからというのではなく、次の世代にも引き継げるものを選ぶことが大切だと痛感しました」

両親が愛用していたハンス・J・ウェグナーデザインの「Yチェア」もそのひとつ。「実家で使い込まれて、かなり傷んでいたんですが、クリーニングに出したらいい味わいを残しつつきれいになって。いいものだからこそ、こうして修繕しながら長く使えるんですよね」

二部家のダイニングで活躍していたYチェア。脚ががたつき、ペーパーコードの座面もボロボロだったが家具のクリーニングに出して風格ある姿に(写真撮影/片山貴博)

二部家のダイニングで活躍していたYチェア。脚ががたつき、ペーパーコードの座面もボロボロだったが家具のクリーニングに出して風格ある姿に(写真撮影/片山貴博)

高齢になり、広すぎる家や多すぎるものの扱いに困っていた両親の姿を見て、年齢に応じてものとの付き合い方を見直す必要性にも気づいたという。
「70歳くらいになったら新たなライフステージの準備として、またフリマをやろうかと仲間と話しているんです。そのためにも“20年後、次の使い手に引き継げるか”を、もの選びの指針として大切にしていきたいです」

桜子さんが陶芸作家の久保田由貴さんと一緒に考案した器のセット。これも大切に使って次世代につなぎたいと考えているもの(写真撮影/片山貴博)

桜子さんが陶芸作家の久保田由貴さんと一緒に考案した器のセット。これも大切に使って次世代につなぎたいと考えているもの(写真撮影/片山貴博)

桜子さんのご両親が美しいと思えるものだけを集めていたからこそ、次の使い手につながるという幸せな展開は実現した。特別なケースだと思われがちな二部家の実家じまいだが、サステナビリティが重視される時代に、“次の使い手に引き継げるか”は、誰もが実践したいもの選びの基準と言えるだろう。また次の使い手へ引き継ぐための自宅フリマや譲渡会も、新しい実家じまいのアイデアとして参考になるはずだ。

●取材協力
「SHUNNO KITCHEN」主宰 二部桜子さん
Instagram

中古マンションをリノベーションでZEH水準に!買取再販物件の広告では初の「省エネ性能ラベル」を表示

2024年4月から、新築住宅などを広告する際に「省エネ性能ラベル」を表示する制度がスタートした。新築住宅および事業者が再販売などをするリノベ物件に対して、ラベルの表示を努力義務としている。すでに、新築住宅ではSUUMOなどのポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示をしている事例が増えているが、リノベ物件でも表示する事例が登場している。

【今週の住活トピック】
積水化学工業とリノベるが協業するすべての ZEH 水準リノベ物件にて「省エネ性能ラベル」の表示をスタート

2024年4月から努力義務となった「省エネ性能ラベル」とは?

「省エネ性能ラベル」の目的は、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告などに表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする」ためだ。

例えば、家電製品を買おうとするときに販売店に行くと、パンフレットや店頭商品に、省エネ性能が★の数などで表示されるラベルが掲示されている。同じように、新築住宅やリノベ物件を販売するか賃貸するときに、その事業者が省エネ性能表示ラベルを掲示することで、住宅の検討者が省エネ性を比較しやすいようになる。

住宅の省エネ性能表示ラベルの特徴は、次の3つを表示して性能の違いが分かるようになっていることだ。
(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
(2)断熱性能が数字で分かる
(3)目安光熱費が金額で分かる (任意項目なので表示されない場合もある)

このほか、太陽光発電などの「再エネ設備の有無」と「ZEH水準」、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー)」に該当するかが表示される。

住宅の省エネ性能ラベルについては、このサイトの「2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?」に詳しく説明しているので、合わせて見てほしい。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

また、「省エネ性能ラベル」が表示されている物件は、合わせて「エネルギー消費性能の評価書」が発行される。この評価書は、省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。

「ZEH水準」と「ZEH」の違いは?

積水化学工業とリノベるが協業するのは、「ZEH 水準リノベ」だ。また、省エネ性能ラベルにも、ZEH水準やZEHのチェック欄がある。では、どこが違うのだろうか?

ZEH(ゼッチ)は、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロにしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをプラスマイナスゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーをつくり、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、太陽光発電設備については、雪国では太陽光を十分に得られなかったり、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに屋上の面積が広くなくて、必要な数の太陽光発電設備を設置できないといった制約を受ける。

「ZEH水準」は、地域や住宅の形状によって制約を受ける(3)の再エネ設備を必須としない基準で、(1)と(2)については、住宅性能表示制度の「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」という基準を設けたものだ。

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを実現

このように、政府は住宅の省エネ化を加速させている。2025年4月にすべての新築住宅で、現行の省エネ基準の適合を義務化するとともに、その省エネ基準を遅くとも2030年までには「ZEH水準」に引き上げようとしている。

一方で、既存のマンションの多くは現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準にまで引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。ところが、いくつかの事業者が、既存マンションのZEH水準リノベを実現するようになってきた。

今回の積水化学工業とリノベるの協業もそのひとつで、どうやってZEH水準にリノベーションをするかは、当サイトの「既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説」で紹介している。

両社によるZEH水準リノベの省エネ性能ラベルの表示、第1号が「東急ドエル・アルス千住」だ。

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

不動産ポータルサイトでも「省エネ性能ラベル」を表示

この制度のスタートに合わせて、主要な不動産ポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示ができるようになっている。今回の物件についても、例えばSUUMOでは次のように表示されている。

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

なお、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついているが、厳密にいうと「ネット・ゼロ・エネルギー」ではなく、「ZEH Oriented」であると記載されている。

国土交通省の「建築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度 ガイドライン」では、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)について、「ZEH 水準以上の省エネ性能を有し、さらに再生可能エネルギーなどの導入により、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅について、その削減量に応じて、(1)『ZEH』(100%以上削減=ネット・ゼロ)、(2)Nearly ZEH(75%以上100%未満削減)、(3)ZEH Oriented(再生可能エネルギー導入なし)」と、定義されている。

なお、マンションの住棟に関するラベルでは、ZEH-M、Nearly ZEH-M(75%以上100%未満削減)、ZEH-M Ready(50%以上75%未満削減)、ZEH-M Oriented(再生可能エネルギー導入なし)の4種類になる。

この物件は、(3)ZEH Orientedを満たす住宅であり、かつ、自社による「自己評価」ではなく、「第三者評価※」を取得して、第三者評価機関からZEH水準よりも高い性能を有することが確認できた場合という条件を満たしたことで、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついている。

※第三者評価機関が、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使って評価するもの。

一般ユーザーには、理解が難しいところなので、販売している事業者に詳細を確認しよう。

平成30年(2018年)の総務省「住宅・土地統計調査」で、全国の住宅総数(持ち家、借家、空き家含む)は約6241万戸とデータがある。その大半が現行の省エネ基準を満たしていない一方、新築住宅の省エネ性能はZEH水準に向かっている。性能格差は広がるばかりだが、既存の住宅でもZEH水準への改修が進めば、良質な住宅ストックになっていく。健康で快適な暮らしにもつながるものなので、さらなる増加に期待したい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

55名でつくるシェア型本屋「城南書店街」で日常から一歩踏み出す体験を。建築家に便利屋、うどん屋、郵便局員など職業も多彩 香川県丸亀市

自分の暮らしている地域で何か面白いことをしたい。でも何から始めてよいかわからないという人も多いだろう。それが「小さな本棚」の店主になることで、ほかの店主と知り合い、みんなで何か新しいことを始められると聞いたらどうだろう。
丸亀にはオープンなコミュニティスペースが少ないと感じた藤田一輝さんは、2023年シェア型本屋「城南書店街」を始めた。
藤田さんはもともと自宅の裏庭で「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」という、小さなアンテナショップを営んでいた方。どんな思いからシェア型本屋をオープンしたのだろう?現地を訪れて聞いた。

丸亀市内にある城南書店街(撮影/Fizm加藤真由)

丸亀市内にある城南書店街(撮影/Fizm加藤真由)

短パンTシャツの藤田さんと秘密基地のような店へ

まずは「ふじたしょうてん」へ向かう。
細い路地に入り、住宅街の中を進む。こんなところに店があるのか…と不安になりかけた頃、道脇に小さな看板を発見した。

藤田さんの実家の前に出ていた小さな看板。謎めいた「FUJITA」のロゴが暗号のようだ。この裏庭に「ふじたしょうてん」がある(撮影/Fizm加藤真由)

藤田さんの実家の前に出ていた小さな看板。謎めいた「FUJITA」のロゴが暗号のようだ。この裏庭に「ふじたしょうてん」がある(撮影/Fizm加藤真由)

藤田一輝さん。ふじたしょうてんの店主であり、「城南書店街」の発起人でもある。学生時代にはリヤカーの荷台に小屋を立てて各地をめぐりコーヒーを淹れるなど面白い活動をしてきた方(撮影/Fizm加藤真由)

藤田一輝さん。ふじたしょうてんの店主であり、「城南書店街」の発起人でもある。学生時代にはリヤカーの荷台に小屋を立てて各地をめぐりコーヒーを淹れるなど面白い活動をしてきた方(撮影/Fizm加藤真由)

迎えに出てくれた藤田さんは、丸刈りに黒縁メガネに黒のTシャツに短パンという格好がよく似合う、ニコニコして人当たりが良さそうな方だった。
「こちらです」と案内され、藤田さんちの駐車場を通り抜けた先の裏庭に「ふじたしょうてん」はあった。子どものころに憧れた秘密基地のような雰囲気が漂っている。

ふじたしょうてんの外観。ほんとに物置!(撮影/Fizm加藤真由)

ふじたしょうてんの外観。ほんとに物置!(撮影/Fizm加藤真由)

もとは物置だったという3坪の建物を改装し、コーヒーの飲める小さなアンテナショップとしてオープン。中に入ると壁沿いの棚には藤田さんが企画を手がけたプロダクトが並んでいて、向かいにはドリッパーなどのコーヒーグッズ。右手奥にカウンターがあり、そこで藤田さんがコーヒーを淹れてくれる。
藤田さんがカウンターに座ると、そこはまさに「藤田さんのための場所」だった。

コーヒーを淹れるシーンを演出するためにつくられたというカウンター。藤田さんが座るとしっくりハマっている(撮影/Fizm加藤真由)

コーヒーを淹れるシーンを演出するためにつくられたというカウンター。藤田さんが座るとしっくりハマっている(撮影/Fizm加藤真由)

「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」

店に並ぶ品は、藤田さん自身が企画して、香川県内のつくり手とともに商品化したものがほとんどだ。
「地域に出会う商店」と店名に付したのも、自身が「香川で出会った面白い方々を紹介したい」との思いからだった。

(撮影/Fizm加藤真由)

(撮影/Fizm加藤真由)

たとえば、香川の風景としてお馴染みの「おむすび山」の形をしたカスタネット、郷土料理である「しょうゆ豆」の形をした木製の「歯がため」、藤田さん自身が使いやすいように開発したコーヒーのメジャースプーン、香川の手島にある「てしま島苑」と共同開発したカップなど。近隣で縁があって出会った人たちの「ものづくりの力」を伝えたいと、藤田さん自身が企画したり、メーカーから仕入れてこの店に置いて紹介しているものばかりだ。
中には、ここでしか買えないものもある。

おむすび山の形をしたカスタネット(撮影/Fizm加藤真由)

おむすび山の形をしたカスタネット(撮影/Fizm加藤真由)

コーヒー関連のグッズも多い(撮影/Fizm加藤真由)

コーヒー関連のグッズも多い(撮影/Fizm加藤真由)

「これも面白いんですよ」と見せてくれたのは「FUJITA」のロゴが刺繍で入った布製のバッグ。
「この辺りに看板も出ていないけど、すごい刺繍屋さんがあるんです。ずっとおばあちゃんが一人で足踏みミシンで刺繍していて、30~40年ずっと丸亀の小中高校の体操服の名前などを刺繍してきた方で、丸亀市民1万人以上が知らないうちにお世話になっている方なんです。刺繍マシンより手が早いので、一人で毎年、1000人以上分の苗字などを縫ってらっしゃる」

ご近所の刺繍屋さんに縫ってもらった布製バッグ(撮影/Fizm加藤真由)

ご近所の刺繍屋さんに縫ってもらった布製バッグ(撮影/Fizm加藤真由)

そんな風に、藤田さんが「面白い、すごい」と思った人に依頼をして新しい商品をつくる。友人の出産祝いにつくった木製の歯がためなどの木工製品は、香川の「讃岐おもちゃ美術館」などでも販売されている。 

コーヒーと本は人とつながるツールになる

地域で出会ったものを商品にするという発想は、藤田さんが東京にいたころに働いていた「シュウヘンカ」で学んだことだった。シュウヘンカとは、国分寺で「つくし文具店」を営んできたプランナー萩原修さんの会社で、西東京を中心にさまざまなコミュニティスペースの企画運営を行っていた。
当時、藤田さんは武蔵野美術大学で建築を学びながら、地域づくりや、まちの拠点の運営に関心があり、萩原さんの営む国立本店(くにたちほんてん)というコミュニティスペースに出合う。

その後、数年間はシュウヘンカで働きながら、自身もコミュニティスペースの立ち上げや運営に携わってきた。
「この時に学んだことがたくさんあります。場の自由度を高くすると大人同士でも揉め事が起こるし、ルールを厳しくしすぎると楽しくないし。
何より、ここでコーヒーをふるまう機会をもらったことで、本とコーヒーが人と人をつなぐきっかけになることを知りました」
ほかにも自転車にリヤカーをつないで各地でコーヒーをふるまう自主活動や、軽トラの荷台に小屋を建てて各地へ出向く「ポイトラ」という活動を友人たちと行ったり。こうした体験が、ふじたしょうてんやシェア型本屋の構想につながっていく。

ポイトラの活動写真。藤田さんのポートフォリオより(撮影/Fizm加藤真由)

ポイトラの活動写真。藤田さんのポートフォリオより(撮影/Fizm加藤真由)

まちを見る解像度が変わると、つながる相手も変わる

10年以上にわたりコーヒーについて勉強し続けているという藤田さん。豆もこだわって仕入れる。
「はじめは、ふじたしょうてんではコーヒーは売り物ではなくて、店で買い物してくれた方にサービスで提供しようと思っていたんです。わざわざここまで来てくださったお客さんとゆっくり話したかったので」

ドリッパーや珈琲グッズにも並々ならぬこだわりが(撮影/Fizm加藤真由)

ドリッパーや珈琲グッズにも並々ならぬこだわりが(撮影/Fizm加藤真由)

だが藤田さんがこの店を始めたのは2020年の春、コロナ禍真っ只中だった。遠方からの客は期待できない。そこで、ご近所さんが何度も来やすいようにと片手鍋でコーヒー豆を焙煎し、販売を始めたのだという。すると、予想外のことが起こり始める。
「東京にいたころから香川に帰省するたびにいろんな方に会いに行っていたので、香川の面白い人とはもうつながり尽くしたかなと思っていたんです。でも店を始めてみると、この地域にもまだまだ面白い人がたくさんいることがわかってきて。都会の有名な焼肉店で腕を振るっていた人や、家業の民宿を継ぐために全国に店を持つホテルグループで修行されていた方とか、少年院の法務教官なんて方もいらして」
地域に対する距離感が変わると、地域の見え方が変わった。これまでとはまた違った解像度で、地域の人たちに出会うことができた。
「いまは遠方から来られるコーヒー好きのお客さんも多くて、僕もしゃべりたいし相手も話したいしで滞在時間が1時間から1時間半と、結構長くなります」
それでも、店主とじっくり話すことができたら、お客さんの満足度は高いのではないだろうか。いま藤田さんの仕事のなかで、コーヒーの淹れ方講座や研修など、コーヒー関係の仕事も多い。
「コーヒーの味は、豆7割、焙煎2割、抽出1割で決まると言われていますが、僕はそれぞれの要素が掛け算になると思っているんです。いい豆を使っても抽出がだめだと美味しくないし、同じ豆でも、焙煎、抽出でいくらでも味が変わります。たとえば、レモンティーのようなフレーバーの、軽い飲み心地のコーヒーを淹れるので、飲んでみませんか?」
ぜひとお願いすると、まさに見た目もレモンティーのようなコーヒーを淹れてくれた。

コーヒーを淹れる様子

ふわっと爽やかに香り、飲み心地がさっぱりしている。初めて飲むコーヒーの味だった(撮影/Fizm加藤真由)

ふわっと爽やかに香り、飲み心地がさっぱりしている。初めて飲むコーヒーの味だった(撮影/Fizm加藤真由)

地域の人に出会うための書店ならぬ、書店街。シェア型本屋への挑戦

その藤田さんが2023年に新たに始めたのが、地域の人たちと共にシェアする本屋「城南書店街」だ。
「始めた理由はいくつかありますが、多くの人にこの地域に来てもらいたいと思ったとき、ふじたしょうてんだけではなくて、2つ以上面白そうな場所があれば、遠くからでも遊びに来てくれるんじゃないかなと思ったんです。また、ふじたしょうてんではつくり手が見えるモノを扱っていますが、本屋のほうは、“人”とつながるきっかけをつくれたらいいなと」

城南書店街の入り口外から中をのぞきこんだときの様子(撮影/Fizm加藤真由)

城南書店街の入り口外から中をのぞきこんだときの様子(撮影/Fizm加藤真由)

2023年の5月からクラウドファンディングを始めたところ、132人から1,639,611円が集まった。ここで“ショーテンシュ”と呼ばれる書店の棚主を募集。46名が集まった。8月には、無事に店をオープン。
城南書店街へさっそく移動する。ふじたしょうてんから自転車で2分、歩いても10分ほどのヴィンテージビルの1階にある。
ただの「書店」ではなく「書店街」をイメージした店内は、壁一面に本棚。

壁一面の本棚。店主ごとに棚がある(撮影/Fizm加藤真由)

壁一面の本棚。店主ごとに棚がある(撮影/Fizm加藤真由)

室内の反対側にはコーヒースペース。ここにもこだわりのコーヒーメーカーが設置してあった(撮影/Fizm加藤真由)

室内の反対側にはコーヒースペース。ここにもこだわりのコーヒーメーカーが設置してあった(撮影/Fizm加藤真由)

本を買ってくれたお客さんには、コーヒー1杯が無料でサービスされる。日替わりの売店や、コミュニティスペースにもなる。
いま棚主は、15~69歳の55名。職業も実に幅広い。建築家に便利屋、編集者、郵便局の職員、司法書士、理学療法士、自転車屋、Vtuberの書店員、教員、うどん屋さん、高校生、不動産屋、小説家、タクシードライバー……。そう聞くだけで面白そうだ。どんな場所に暮らしていても、それほどいろんな職業の人たちと知り合う機会は滅多にないだろう。
「入っていただく前に僕が一人一人と面談するようにしています。漠然と何かしたいと思っている方が多いですね。仕事が変わるタイミングとか、人生の過渡期にある人もいるし、出会いを求めている人、場づくりを勉強したい人。学校関係者とか」
それを反映するように、本棚のテーマもさまざまだ。小説家自身が手がけた本を並べている棚もあれば、餅屋兼食堂を営む人が「本読む餅屋」と命名した本棚も。
「たとえば、この餅屋さんは近所で有名なうどん屋さんでもあるのですが、この棚から本を買った人にうどん屋さんにもぜひ行ってみてくださいと紹介したら、その人がうどん屋さんのお客さんとして来てくれる。そんな出会い方が街のなかで増えたら面白いんじゃないかと思うんです」

各本棚には、店主、ショーテンシュの自己紹介カードがついている(撮影/Fizm加藤真由)

各本棚には、店主、ショーテンシュの自己紹介カードがついている(撮影/Fizm加藤真由)

加盟できるコースは2つあり、3カ月に一度店番を担う月額2500円のコースと、店番はしなくていい3800円のコース。加えて、3%ちょっとのシステム利用料がかかる。
それとは別に、本が一冊売れるごとに100円を店に入れてもらうが、その分はコーヒーの豆代に充填される。
コーヒー1杯170円の原価がかかっていて、藤田さんの儲けにはならない。ただやはりコミュニケーションツールとして“美味しいコーヒー”は欠かせないと思っている。

「何とか生きていければいい」

藤田さんのやっていることは、まちに風穴を開けるような行為かもしれない。人と人の関係が新たにできたり、シャッフルされたり、ほぐされたりして、風通しがよくなっていく。
そのほとんどが、藤田さんの「楽しそうだから」で成り立っている。
どれが主に生計になっているんですか?と尋ねると、「ねぇ、一体どうやって生きてるんでしょうねぇ」と呑気な答えが返ってきた。

「ふじたしょうてんは実家の庭ですし、コストがかからないんですよね。焙煎した豆の販売と、店の売上と。あとはコーヒーを淹れる研修や講座なんかで呼んでいただく機会も多くて。城南書店街のほうは家賃がかかりますが、赤が出ないようにはしています。儲けは多くないですが、何とか死なない程度にやれればいいかなと思ってるんですよね」

城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)

城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)

今年に入ってから城南書店街では、ゲストを招いてのトークイベントなども次々に行われている。この4月からはFMラジオ(西日本放送ラジオ)で隔週月曜に、城南書店街のコーナーも始まった。店主さんたちと一緒にイベント企画なども行っていきたいという。

地域のつくり手を知ってもらうためのプロダクトを紹介する店「ふじたしょうてん」と、地域の面白い人たちを知ってもらうための「城南書店街」。

2店舗こうした店があることで、近くに暮らす人同士が知り合うきっかけにもなり、文化の発信地になり、そして訪れる人たちのほっとできる憩いの場所にもなっていくのだろう。
人と人の小さな出会いが積み重なる場所があれば、生活圏はより豊かになっていく。

城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)

城南書店街の入る雑居ビルの向かいにはお洒落な洋服屋も(撮影/Fizm加藤真由)

●取材協力
ふじたしょうてん
城南書店街

自社物件の孤独死で社会的孤独の課題を痛感。賃貸空室の無料貸出など居住支援活動を大家に広める活動も 岡野不動産合同会社

大学の博士課程で学生として「空き家と居住支援」について研究をしている岡野傑(おかの・すぐる)さんは、アパートやマンション、倉庫を所有するオーナーでもあります。その研究から、高齢者や外国人、低所得者など住まいの確保に配慮が必要な人たちへの支援の必要性を感じ、所有する物件を無料で貸し出すこともあるそうです。ただ、そのようなボランティア的な精神で続けているだけでは世の中にムーブメントは起きないと、同じ志の大家さんを集めるための啓蒙活動も行っているとのこと。

岡野さんがなぜ大家として配慮が必要な人たちの支援に携わるようになったのか、その活動と志についてお話を聞きました。

収益のために始めた大家業。孤独死が発生したことが転機に

岡野さんが初めて大家になったのは2010年のこと。当時はまだ企業に勤めており、自身の成長のためにFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得しました。ある日、参加しているFPサークルで、財務省が国有地を売却するという話を聞きます。大家をしている友人の影響もあり、貸家業に興味を持った岡野さんは、自己資金で格安の土地と建物を購入。自分でリフォームしながら貸し出し、大家としての第一歩を踏み出したのでした。

転機は、所有物件が100室を超えるくらいまで大家業が軌道に乗ってきたころです。岡野さんは44歳で会社を退職し、専業大家となりました。さらにその翌年から三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士前期課程に入学することに。大家として今後の収益を確保していくため「空き家問題」の研究を始めていました。ところが入学してすぐ、岡野さんが貸している物件で立て続けに2件の孤独死が発生したそうです。うち1件は死後1カ月以上も発見されなかったため、片付けに入った岡野さんはゴミ屋敷のようになった部屋や強烈な臭いに衝撃を受けました。

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

「社会的孤立という現実を目の当たりにして、関心が『空き家』から『人』へと移りました。社会には困っている人が大勢いるということを認識したのは、この時からです。さらに福祉関係の仕事をしている同じ社会人のゼミ生から、精神障がいのある人を支援する中で家を探したところ、全ての物件で入居を断られてしまったという話を聞きました。ゼミ生は、その人のために自ら中古住宅を購入して大家になったそうです。

私はそれまで収益を上げることを目的として大家業をやっていたので、大きな刺激を受けました。そこから『空き家問題』と『住宅に困っている人の問題』を組み合わせた問題解決が、私のライフワークとなったのです」(岡野さん、以下同)

空室を「無料」で貸し出し。論文として発表することで、問題提起も

岡野さんが入った大学院の指導教官は、資源循環やごみ問題などを研究しており、フードロスやフードバンクなどの事例を授業で扱っていました。フードバンクを実際に見てみようと思った岡野さんは、三重県にあるフードバンクを見学した際に、フードバンクと一緒に活動していた市民団体から話を聞くことになります。

当時、その市民団体の事務所はワンルーム。支援のための食料がいっぱいでスペースがないほどでしたが、どこにも行き場のない外国人がそこで寝泊りしたり、付近の川に入って魚を取って生活しているなど、外国人の悲惨な状況を知ることになりました。

「そこで『タダでうちのアパートの空室を1部屋使ってみてください』と提案してみたのです。空室は放っておいてもタダで、貸さなくても収益は0円。物件数100戸程度にまで事業が成長すれば、その1%=1戸を無料で貸し出しても収益に大きな影響はありません。もともと空き家問題の関心から大学院に入ったので、自分の空き家活用の研究にもなると考えました。

市民団体は最初は遠慮されていましたが、いざ借りてもらうと住まいが必要な人が何人も出てきて大助かりだったということでした。さらに食料支援や生活支援の活動から、住居という支援ができるようになって外国人を助けられる幅が広がった、という言葉をもらいました」

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんはこの取り組みを論文「民間大家による住宅確保要配慮者に対する家賃無料住宅についての考察」として発表。不動産投資メディアなどでも紹介され、多くの人が知ることになったわけです。

「事業が成長してこそできる」岡野さん流、住まいに困っている人への関わり方

これらの経験を経ながら大家業を始めて13年以上が経ちました。現在、岡野さんが大家として注力している活動は3つあります。

「ひとつは『住まい探しに困っている人の入居申込を断らない』こと。人が暮らしていくには最低限、家が必要です。家賃債務保証会社の審査を通ることが前提ではありますが、基本的に入居を希望する人を断りません。

2つ目は引き続き市民団体と協力し、空室を緊急で住むところを必要とする人のためのシェルターとして活用してもらうこと。現在、私の所有する物件215室のうち、アパートの4室を提供しています。特に外国人は見知らぬ土地で頼る人もいないうえ、ここ三重県では工場で働いている非正規労働者が多く、会社都合で短期に職を失うことも日常茶飯事です。言葉の壁や必要な手続きがわからず、十分な社会保障も受けられていないので、住まいの確保ができません。かなり危機的状況にあるといえるでしょう。

そして3つ目として、高齢者の多い物件で交流会を実施して、住民同士のつながりをつくっています。同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、住人間の関係は希薄でした。時にそれは孤立を生み、孤独死にもつながります。そこで住民同士が仲良く話し合えるきっかけを提供することで、自分たちで協力しあってお隣同士で助け合う関係をつくろうとしています」

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

住まいに困る人の受け入れは「不安」「リスク」よりも「メリット」が大きい

当然ながら、高齢者や外国人など、入居に配慮が必要な人たちに物件を貸し出すには、家賃滞納や孤独死など、大家にとってのリスクも考えなくてはなりません。しかし、岡野さんは自身の事業を「住宅セーフティネット業」と位置づけ、困っている人を助けることが仕事だと考えています。このように考えられるようになったのは、所有物件が100戸を超えたころから。収入的にも時間的にも余裕を持てるようになったことも大きいといいます。

「大家は、入居する人たちが暮らし続けるためにしっかりと修繕を行い、税金を払い、金融機関に借りたお金を返済していかなくてはなりません。そうやって成長することで、さらに多くの住まいを求める人たちを受け入れられるのです」

加えて、住まいに困っている人を受け入れることは、社会的な意義だけではなく、オーナーとしての利益につながるとも。

「三重県では空き家率が20%を超える地域もあり、今後も人口減少や新築アパートの増加を考えると賃貸業を継続していくのも難しくなる一方です。ところが、私の所有する物件では入居する人の約20%がいわゆる『住宅確保要配慮者』といわれる住まいに困っている人たち。積極的に受け入れることで、入居率はほぼ95%を維持しており、リスクを考慮しても空室にするより貸し出す方がメリットは大きいと考えています。

さらに物件周辺の整備を含めた地域貢献は、結果的に『入居率が上がり、業績が良くなる』ことにつながり、『融資を受けやすくなって物件を増やすことができる』という好循環をもたらします。そして何よりも、住まいに困っている人たちに住居を提供して社会問題に取り組むことで、社会に役立っているという幸福感を得られるのです」

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

目指すのは江戸時代の大家さんと店子(たなこ)の関係。同志を増やすための活動も

しかし、岡野さんが行っているような居住支援の活動に興味を持つオーナーは、10人に1人いれば良い方だといいます。

「支援の輪を広げていくためには、社会貢献に興味がないオーナーに『収益アップ』『空室の減少』『空室が少ないことで高く売れる』といったメリットを強調する必要があると思います。そして、管理や滞納などトラブルのデメリットを克服できる方法があることを伝えるべきでしょう」

実際に岡野さんが気をつけていることは「管理をしっかりと行って問題を減らす」ことです。例えば、ゴミの分別がわからない外国人入居者のために日本語と母国語でゴミの出し方を貼り付け、分別できていない入居者を特定できる場合は、直接指導もするのだそう。頻繁に物件に通い、清掃をして入居者に挨拶したり、道路の草を刈ってゴミ拾いをしたりして入居者との間に関係をつくりあげると、トラブルが減り、何かあったときにも対応しやすくなると岡野さんは実感しています。

「私が参考にしているのは、江戸時代の大家さんです。喧嘩の仲裁や仕事や結婚の斡旋など、昔の大家さんは入居者と深く関わり合っていました。現代は業務の細分化や効率化が進み、管理会社に任せっきりなど、経営もドライになりがちです。しかし大家が直接働きかけることで、入居者に寄り添った経営ができると考えています」

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

さらに岡野さんのライフワークは、同じような考えを持った大家仲間を増やしていくことにも及びます。敷地内で実施する交流会やパーティーに大家仲間やその家族を呼び、自分の活動を見てもらったり、講演会に呼ばれれば話をしにいくとのこと。これから貸家業をやってみたいと考えている人には、決算対策や運営方法などについて無料で相談に乗ることもあるのだそうです。

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

いずれの取り組みも「困っている人に住まいを提供するかどうか、最終的に決められるのは物件を持っている『大家』であって、その母数を増やすためにアプローチすることが居住支援の取り組みを広げる近道」だとの思いから。

「私はきっかけをつくるだけ。こういう世界もあるよ、と全国の大家さんの世界を広げることができればいいと考えています」

岡野さんは「今は、賃貸運営で収益を得るよりも『大家さん、ありがとう』の言葉が嬉しい、住まいがなくて困っている人の役に立てることが喜び」だと言います。しかし、岡野さんのように、居住支援を継続できる状態まで、事業を成長させることは、簡単ではありません。そのためには「まずはきちんと貸家業を軌道に乗せ、入口の動機は収益であっても、このような取り組みが必要なことを知ってもらうことが大事」だという岡野さんの考えが、全国の大家さんにも届くことを願います。

●取材協力
岡野不動産合同会社 代表社員 岡野 傑さん

女子中高生が竹中工務店のオフィスツアーへ!東京都が力を入れるSTEM分野の魅力発信事業とは?

東京都では、STEM分野の魅力発信事業「オフィスツアー」を実施している。令和5年度事業の第3弾として、建設分野から竹中工務店のオフィスツアーが開催された。筆者は、女子中高生向けのツアーと聞いて、彼女たちはどんな目的で参加し、どんなことを感じるのか興味を持った。そこで、オフィスツアーを取材することにした。

科学・技術・工学・数学の4分野の職場を訪問するオフィスツアー

まず「STEM」とは何か説明しよう。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4分野の総称だ。いわゆる理系分野と言ってよいのだろうか、こうした分野で女性が働くことの魅力を発信する事業ということだ。

東京都では、令和5年度事業として、第1弾は大日本印刷/SCSK/NTTデータ、第2弾は日本マイクロソフトのオフィスツアーを実施した。そして今回の第3弾は、建設分野の竹中工務店。現場見学があるからか、参加人数は20人とこれまでよりも少ない人数の募集枠だった。

竹中工務店オフィスツアーのチラシ

竹中工務店オフィスツアーのチラシ

抽選で選ばれた女子中学生&高校生が集合

当日はまず、竹中工務店の会議室に、かなり多くの応募から抽選で選ばれた女子中高生が集合した。集まってきた女子中高生は、友達と2人で参加する生徒も何組かいたが、多くは1人で参加しているようだった。5人ずつの4グループに分かれて着席するが、初対面でもすぐに打ち解けて、学校の話などをしてにぎやかになっていた。

少し話を聞いてみると、学校に掲示したポスターを見て応募した人もいれば、母親や知人が教えてくれた、アプリ広告を見たという人もいた。高校生の場合は、すでに理系専攻を決めていて建築にも興味を持っているというケースがあったが、中学生の場合は文理専攻のどちらにするか迷っていて、その参考になればと思って参加したというケースもあった。

4グループに分かれて主催者からオフィスツアーの趣旨説明を聞く。周りにいる女性は竹中工務店の女性社員(筆者撮影)

4グループに分かれて主催者からオフィスツアーの趣旨説明を聞く。周りにいる女性は竹中工務店の女性社員(筆者撮影)

○オフィスツアーのプログラム
開会のあいさつ(東京都・竹中工務店)
イントロダクション
社員とトークタイム(個別質問会)
館内見学・質疑応答
 ~バス移動~
作業所見学・質疑応答
閉会の挨拶(日本建設業連合会)

最初に、東京都生活文化スポーツ局 女性活躍推進担当部長の樋口 桂さんから、開催趣旨の説明があった。日本の場合は、STEM分野の大学に進学する女子生徒が少なく、就職先に選ぶ人も少ないが、その理由のひとつに性別による「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」があるという。つまり、女性は文系に進学するもの、理系の職場は女性には向かないといった無意識の思い込みが、進学や就職先を決定する場でも働いてしまう。そこで、東京都ではSTEM分野での女性活躍推進を目的に、オフィスツアーによって将来のイメージを持つことで、進路の選択肢が広がることを期待しているのだ。

女子中高生とゼネコンで働く女性社員のホンネのトークタイム

さて、まずイントロダクションとして、設計部の藤田沙織さんから、建設業について、どんな仕事でどんな領域があるのかなどについて説明があった。竹中工務店は総合建設業者(ゼネコン)なので、建築主から依頼を受けて仕事が始まるが、一緒にモノづくりをするパートナー会社が数多くいること、建物づくりの全工程(企画開発から設計、施工、維持管理まで)のとりまとめをすることなどの説明があり、それぞれの工程の役割についても詳しい説明があった。

また、竹中工務店の女性の従業員比率は年々増加傾向にあり、現在は18.2%が女性で、その約4割が技術職だという。おそらく、参加した中高生が就職する頃には、その比率ももっと高まっていることだろう。

総合建設業について分かりやすく説明をする竹中工務店の藤田さん(筆者撮影)

総合建設業について分かりやすく説明をする竹中工務店の藤田さん(筆者撮影)

次に、竹中工務店の女性社員8人が2人1組になって、全グループを回ってトークをする「トークタイム(個別質問会)」となった。女性社員は、設計本部、設計部、設備部、営業部、総務部から、年次も入社2年目から15年目までと、多様な部署・社歴からの参加で、ワーキングマザーもいた。

女性社員2人が各グループを回って、質問を受ける(筆者撮影)

女性社員2人が各グループを回って、質問を受ける(筆者撮影)

筆者はいくつかのグループのトークタイムを見て回ったが、さまざまな質問がされていた。まだ中高生ということもあって、理系に進学した理由や大学で建築を専攻した場合の教室の雰囲気など、まずは進学に関する質問が多かった。また、竹中工務店に就職した理由や異動はどうやって決まるのかなどの質問もあり、先ほどの藤田さんは「東京タワーや東京ドームなどの誰もが知っている建物を作っていたことがきっかけ」と答えていた。

驚くような場所も。最先端のオフィスを見学

次のプログラムは、竹中工務店の館内見学。7階建てのオフィスに約2400人が働いているという。東京本店のオフィスは、米国・健康建築性能評価制度「WELL Building Standard TM」※1の「ゴールド」ランクを取得している。
※1「WELL Building Standard」(WELL認証)とは、空間のデザイン・運用に「人間の健康」という視点を加え、より良い居住環境の創造を目指し、アメリカの公益企業であるIWBI (International WELL Building Institute)が制定した評価システム。

1階のカフェ&ダイニングには、野菜充実のサラダバーもあった。6階にはKOMOREBIというワークラウンジがあり、植物があちこちに配置され、水盤もあった。4階にはIZUMIという図書ラウンジ、BIMスタジオがあり、そこでは「BIM」※2の説明もあった。
※2「BIM」とは、Building Information Modelingの略で、建築物をコンピューター上の3D空間で構築し、企画・設計・施工・維持管理に関する情報を一元化して活用する手法

ワークラウンジKOMOREBI(筆者撮影)

ワークラウンジKOMOREBI(筆者撮影)

BIMスタジオで「BIM」についての説明があった(筆者撮影)

BIMスタジオで「BIM」についての説明があった(筆者撮影)

建設現場の作業所を見学、工事中のビルの内部にも

館内見学後は、報道陣も含めて全員がバスで移動し、都心部のとあるビルの建設現場を見学。(ただし、建築主の所有物なのでビルの撮影は禁止)。はじめに、作業所で働く女性社員から、ここで竹中工務店がどんな仕事をしているか説明があった。パートナー会社の多くは男性が中心となるが、日本建設業連合会の「けんせつ小町」の活動もあって、女性専用のトイレや更衣室が整備されているなど働きやすい職場になっているという。

作業所の仕事の説明をする清水きさらさん・渡邉桃子さん(筆者撮影)

作業所の仕事の説明をする清水きさらさん・渡邉桃子さん(筆者撮影)

女子中高生は2グループに分かれて、全員がヘルメットと軍手を着用し、工事用エレベーターに乗り込んで、工事現場のフロアを見学した。下層階は外装工事に加えて内装工事、設備工事も始まっていて、工事内容の違いなどの説明もあった。なお、参加者は事前に保険に加入している。

最後に質疑応答の時間があり、「一日どこで何時間くらい仕事をしているのか」、「現場事務所にいた人は何人でどの仕事をしているのか」といった作業所に関する質問もあったが、「学生時代にこれをやっておいて仕事に活かされたものはあるか」、「この仕事で良かったと思うことはあるか」といった質問もあった。清水さんは、「学生時代に学んだことは仕事の基礎になっているが、ゼネコンは関わる人が多い仕事なので、学生時代に多くの人とコミュニケーションを取ったことが最も活きている」、渡邉さんは「まだ建物が竣工したところを見ていないが、昨日なかったものが今日はできている変化が見られることにやりがいを感じる。竣工したらすごく感動すると思う」と答えていた。

さて、最後に参加者数人にツアーの感想を聞いた。「植物があるなどオフィスの工夫も印象に残っているが、人とのコミュニケーションが大切だという話が強く印象に残っている」、「建設というとデザイン(設計)しか思いつかなかったが、知らなかった役割がたくさんあって、役割によって携わり方が違うことが分かった」、「トークコーナーで直接いろいろ質問できたし、他の人の質問の答えも聞けてよかった」といった声があった。

また、「自分の仕事に誇りを持っているのがよく分かった。自分も誇りに思える仕事につきたい」、「大人は楽しそうではないから、大人になりたくないと思っていた。それが、仕事を楽しそうにしている姿を見て、興味を持った仕事をやりたいと思うようになった」という感想もあった。

筆者が思うに、オフィスツアーで最も大きな情報発信になったのは、そこで働く女性社員たちが仕事に誇りを持って生き生きとしている姿なのだろう。そうした姿を見れば、女子中高生たちも後に続きたいと思うにちがいない。

●関連サイト
東京都/STEM分野魅力発信事業「オフィスツアー」ー令和5年度 第3弾竹中工務店ー
東京都/STEM分野魅力発信事業「オフィスツアー」(開催結果)

キャンピングカーをリノベで「動く別荘」に! 週末バンライフで暮らしながら家族と九州の絶景めぐり

キャンピングカー、バンライフなど、車と住まいが一体化したライフスタイルが注目を集めています。そんなトレンドの影響もあってか、リノベーションオブ・ザ・イヤー2023で特別賞を受賞したのがキャンピングカーをリノベした「動く家」です。キャンピングカーをリノベしたら、一体どのような住まいになったのでしょうか。施主と設計を担当した建築士に話を聞いてみました。

中古のキャンピングカーをリノベしてできた「動く家」

今回の「動く家」プロジェクトの施主・川原一弘さんは、サーフィンやキャンプを趣味としていて、もともとハイエースを所有していました。ただ、コロナ禍もあって自由に移動できず不便さを感じていたため、別荘またはハイエースへの買い替えを検討していましたが、偶然、中古のキャンピングカーを発見しました。

もともと、熊本を中心にリノベーションや店舗デザインなどを幅広く手掛けていた会社ASTERの社名を知っていた川原さんは、すぐに会社宛にメールを送り、相談したといいます。

「状態のいいキャンピングカーがあるのですが、これをリノベできますか」。すると、わずか10分後にメールで「できますよ!」と即答が。このレスポンスに後押しされ、キャンピングカーを購入したのです。2022年3月3日のことでした。

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

車は1993年製造、建物でいうと築30年、広さは8平米のワンルーム。キッチン・バス・トイレと運転席がついていて、昨今、都心部で話題になっている「激狭ワンルーム」と同程度といってもいいかもしれません。

「せっかくのキャンピングカーなので、単なる改装で終わらせるのは惜しいと思いました。居住性を高めて『動く家』にするのはどうだろう、という案を川原さんに提案したところ『よいですね』と話がまとまりました。キッチン・トイレ・シャワーは十分に動くためそのままで、位置などの変更も行っていません」と話すのは、設計を担当したASTERの中川正太郎さん。

既存の駆体のギミック、良さは残しつつ、価値を高めるのは「リノベ」の得意とするところです。車の改装では終わらせずに「家」「別荘」のように使える空間をつくる、そんなプランニングが固まりました。

居住性を高めるのは素材感。住宅用の無垢材、家具屋のソファを採用

「動く家」にするということは、すなわち「居住性を高める」こと。そのため、プランニングでは手触り、心地よさなど素材感を活かすことにしようと思い至ったといいます。

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

「内装の雰囲気の参考にするため、キャンピングカーショーを訪れるなどし、かなりの数のキャンピングカーを見学しました。そのなかで気がついたのは、家らしさというのは、やはり素材ということ。自動車改装用パーツで木っぽい見た目にするのは容易ですが、やっぱりどこか工業用部品なんです。ですから、今回は住宅用の建材を使おうと。床や壁にはたくさん木材を使っていますが、突板(スライスした天然木をシート状にして加工したもの)を貼っていますし、塗装も住宅用、照明はダウンライトです。ソファなども車用ではなくて家具屋さんに依頼しました」と中川さん。

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

狭い空間だからこそ、目に入るもの、手や足で触れるものの素材感が大事というのは、わかる気がします。また、空間がコンパクトになることから、省スペースで小さく作られていることが多い船舶用パーツを採用したとか。

「施工に関しては、普通の住宅のリノベとほぼ同様の工程です。残せる部分は残しつつ、施工する床やソファなど既存のものは剥がしています。床はヘリンボーン(角が90度になっている貼り方)なので、座席と接する面など、細かな部分は職人さんも苦労したと思います」(中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

施工にかかったのは約1カ月半、費用は130万円ほど。通常、リノベーションでは職人さんが現地に赴いて作業を行いますが、そこは車なので、なんと職人さんの庭に移動してきて作業をしたそう。大工さんも家ではなく車に施工するとは、きっと貴重な機会になったことでしょう。

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

窓の景色が移ろう、動く城のような最強の可動産が完成!

完成した住まいは、常に移動して窓から景色が動いていく「動く城」のよう。出来上がりについて施主の川原さんは、「最強の可動産ができた!」と表現します。

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

「動線がスムーズなので、寝る、着替える、くつろぐ、収納からモノを出す、といった行動が家と同じ感覚でできています。目的地についてもキャンプ設営は不要ですし、着替えやシャワー、トイレの場所を探すといった行動にストレスがなく、滞在時間を思う存分、アクティビティに使えます。運転席にロールスクリーンがあるので、下ろして映画を見たりもしています。2人の子どもたちはゲームをしたり、家となんら変わらないくつろぎ方をしていますね。窓から景色がキレイなんですけど、まったく見ていないという……」(川原さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

こうして動く城に家族を乗せて、サーフィンや釣り、キャンプに行ったり、初日の出を屋根の上で見たりと、すっかり家族の居場所になっているといいます。ご近所にも評判で、同級生が内見(?)するということも多いとか。

生活に必要なインフラでいうと、電気は大型のポータブルバッテリーを搭載、上水は大きめの給水タンク、下水も汚水タンクがあるため、「家」と変わらない快適さをキープ。断熱材はもともと入っているため今回は手をつけていませんが、現状、エアコン1台で冬も夏も快適に過ごせるといいます。そこはさすが断熱先進国ドイツ製!といったところでしょうか。

一方で、キャンピングカーはそのものが大きいので運転では注意が必要なこと、事前に駐車するスペースを調べておくこと、目的地までの道路が細すぎないか、という点に注意しているそう。もう一つ、気を付けている点として、家の生活感を持ち込まないことをあげてくれました。

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

「子どもがいるとどうしても、住空間に生活感がにじみでてしまいますよね。せっかくおしゃれにつくってくれたので、この世界観を壊さないように、大人のインテリア空間にするよう、努めています」(川原さん)

ああ、わかります、その気持ち。子どもと一緒の空間は好きなんだけれども、たまには生活感のない大人の空間にいたい……。「動く家」はそんな大人の切なる願いも叶えてくれたようです。

家や住宅ローンのように「動かせないもの」に囚われない生き方を提案したい

今回の「動く家」、現在、乗れているのはほぼ週末といいますが、川原さんがもっとも魅力を感じたのは、「家が自分についてくる、自分本意の生き方ができること」だといいます。

「私たちが暮らす九州は、風光明媚な場所が多くて、阿蘇、天草、鹿児島、大分、宮崎など、自然そのもの、移動そのものが楽しいことが多いんです。『動く家』があれば、ドライブに出かけてそのまま夜空を眺めたり、美しい景色を見て、気に入ったら長く滞在したりと、自由に暮らすことができる。時間通りに動くというより、自分に合わせて家がついてくる、そんな生き方を可能にすると思いました」

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

設計を担当した中川さんも、手応えを感じているようです。
「弊社の『マンション』『一戸建て』『賃貸』というメニューに『車』という領域を増やしたいくらい。一軒家+離れや応接間のような感覚で、車の空間を使ってみたいという人は多いと思います」と話します。確かにテレワークスペース、家族の避難場所などとして、十分に「ほしい」という人はいることでしょう。

ともすると、私たちは、家や住宅ローンという「重いもの」に縛られがちですが、「動く家」はそうした重たさや、「動かせない」という思い込みを追い払ってくれる存在です。

「老後のためにと今まで積み立ててきた有価証券を取り崩さず、担保に入れて資金調達するスキームを組むことで月々の返済負担をなくし、目先を楽しむことを実現しています。今、老後や将来のためにといって貯蓄や投資にまわす人は多いですが、死ぬときにお金はもっていけません。やりたいことを我慢するのではなく、きちんと暮らしとやりたいことは両立できるんだよという、事例になっていけたらいい」と話す川原さん。

キャンピングカーやバンライフが広がりはじめたものの、「いいなあ」「やってみたい」という人は多いはず。ただ、移動する車窓のように、人生は移ろいゆき、変化していくもの。「定年後に」「ゆくゆくはキャンピングカーで」と憧れるのではなく、実はすぐにでも動き出すことが大切なのもしれません。

●取材協力
ASTER
ASTERのInstagramアカウント

LGBTQの住まい問題に自治体間で大きな意識ギャップ。「パートナーシップ制度導入も公営住宅の入居認めない」など施策の矛盾も…国交省に聞いた

2022年11月、国交省の研究機関である国土技術政策総合研究所(以下、国総研)がLGBTQの人たちに対する自治体の取り組みを調査した報告書「LGBTに対する地方公共団体における住宅政策の取り組み調査報告」を公開しました。47都道府県のうち、ほとんどがLGBTQの人たちを「住宅の確保に配慮が必要な人」として位置付けているのに対し、市区町村など1700以上の基礎自治体となると十数件のみとなり、その意識のギャップが浮き彫りになっています。

2015年以降、性的マイノリティとされるカップルが人生を共にすることを宣誓し、婚姻と同じように自治体が認める制度「パートナーシップ宣誓制度(以下、PS宣誓制度)」を導入する自治体が徐々に増えているなかで、住まいの問題は改善しているのか、同性パートナーと共に公営住宅に入居できるのかなど、国交省 国総研 建築研究部長 長谷川洋さんにお話を聞きました。

LGBTQは「住宅確保要配慮者」?住まい探しにおける問題とは

LGBTQの人たちが賃貸物件に入居しようとすると、収入面に問題がなくても同性カップルというだけでオーナーや管理会社に入居を断られる、という体験談を耳にすることがあります。また、トランスジェンダーの人が不動産会社で担当者に証明書記載の性別と見た目とのギャップに驚かれたり、同性カップルは夫婦とみなされず、ファミリータイプではなくルームシェア可の部屋しか紹介してもらえなかったり。住まい探しで嫌な思いをすることも多いようです。

同性カップルが住まい探しをしても、根強い偏見や制度が追いついていないために、なかなか思うようにいかない現実がある(画像/PIXTA)

同性カップルが住まい探しをしても、根強い偏見や制度が追いついていないために、なかなか思うようにいかない現実がある(画像/PIXTA)

■関連記事:
・「ゲイは入居不可」という偏見。深刻な居住問題と“LGBTQフレンドリー”に取り組む不動産会社、そして当事者のホンネ
・高齢者・外国人・LGBTQなどへの根強い入居差別に挑む三好不動産(福岡)、全国から注目される理由とは
・「当たり前の人生」を生きたい トランスジェンダー家を買う

高齢者や低所得者など、住まい探しに困難を抱える人たちの中でも、ことLGBTQの人たちが直面している問題について、日本では残念ながらあまり理解が進んでいるとは言えません。以下の資料からも、2/3近くの回答者が「性の多様性に対する社会の理解が進んでいない」と感じており、不動産会社に相談に行くことに不安を覚えている当事者が多いことが分かります。

回答した人の 2/3近くが、性の多様性への理解が進んでいないと感じている(出典:浜松市「令和元年度第1回浜松市広聴モニターアンケート調査『性の多様性について』」)

回答した人の 2/3近くが、性の多様性への理解が進んでいないと感じている(出典:浜松市「令和元年度第1回浜松市広聴モニターアンケート調査『性の多様性について』」)

L(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など多くの当事者たちが不動産会社に行くことに不安を感じている(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」)

L(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など多くの当事者たちが不動産会社に行くことに不安を感じている(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」)

不動産会社の中には、社内で勉強会や研修を行ってLGBTQの人たちが抱える悩みや問題への理解を深め、当事者が相談しやすい環境づくりや希望に沿った物件を紹介しようと尽力する会社も、もちろんあります。
しかし、そうではない会社がまだまだ多いのも現状です。時には「LGBTQを住まい探しの支援が必要な対象とした『住宅確保要配慮者』に含めるべきか」ということそのものが議論となることもあるのです。

国交省がLGBTQに対する自治体の取り組みを調査!

そこで、2022年11月に、国交省国総研が全国の自治体や関係団体に向けてLGBTQに対する調査を実施しました。調査を行った長谷川さんは、その実施背景について次のように語ります。

「LGBTQの住まい探しといっても、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーといったさまざまな属性ごとに抱える問題もあり、一括りにはできません。民間の不動産会社などがそれらの問題に対しどのように対応しているのか、地方自治体の住宅施策で同性カップルが公営住宅に入居できるのか、国の調査機関としてのデータもありませんでした。そこへ、LGBTQの住宅問題に取り組んでいる研究者から一緒に調査を進めないかと話をもらい、地方自治体の取り組みについて私が担当することになったのです」(長谷川さん、以下同)

調査は、メールやFAXを用いてアンケート形式で実施し、都道府県や指定都市のほか、東京23区と中核都市、そして賃貸住宅供給促進計画やすでに居住支援協議会を設立している市区町村を含め、計157団体から回答を得ました。

地方自治体がLGBTQの住まいに対してどのように取り組んでいるのか、2022年8~9月にメールによるアンケート方式で調査を行った(資料提供/国土交通省国総研)

地方自治体がLGBTQの住まいに対してどのように取り組んでいるのか、2022年8~9月にメールによるアンケート方式で調査を行った(資料提供/国土交通省国総研)

LGBTQは「住宅確保要配慮者」? 調査で見えた、意識のギャップ

住まい探しに困っている人の民間賃貸住宅への入居促進を図る「住宅セーフティネット法(正式名称:住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)」では、“LGBT※は「法律で定める者」ではなく、「国土交通省令で定める者」の中のひとつ”として例示されているに過ぎません。PS宣誓制度の有無が各自治体によって異なるため、国はLGBTを住宅確保要配慮者に含めるかどうかの判断も各地方自治体の判断に委ねる、つまり国として必須で定義するものではない、ということのようです。

※以降、資料に関する事項については、当時の調査内容にあわせてLGBTQではなくLGBTと表記

住宅セーフティネット法では、LGBTは「国土交通省令で定めるもの」の1例として例示されている(資料提供/国土交通省国総研)

住宅セーフティネット法では、LGBTは「国土交通省令で定めるもの」の1例として例示されている(資料提供/国土交通省国総研)

実際に調査結果を見ると、賃貸住宅供給促進計画を策定している「都道府県」は47中46、LGBTQを要配慮者として位置付けているのは47中44です。一方、基礎自治体にあたる市区町村などを含む「その他」では、賃貸住宅供給促進計画策定済みがわずか0.3%、LGBTを要配慮者として位置付けているのは0.2%となっています。

この結果からは、ほとんどの都道府県がLGBTを「住宅確保要配慮者」としているのに対し、市町村レベルでは、1619団体のうち、位置付けているのは3件のみと読める(資料提供/国土交通省国総研)

この結果からは、ほとんどの都道府県がLGBTを「住宅確保要配慮者」としているのに対し、市町村レベルでは、1619団体のうち、位置付けているのは3件のみと読める(資料提供/国土交通省国総研)

その一方で「市区町村などの基礎自治体は、個別には賃貸住宅供給促進計画を定めていなくても各都道府県の定める計画に基づいて施策を行っているはず」と考えることが可能です。そうなると賃貸住宅供給促進計画策定済みの基礎自治体は97.9%+0.3%、LGBTを要配慮者として位置付けている基礎自治体は93.6%+0.2%と読むこともできるわけで、この数値をどのように解釈すべきかに迷います。

長谷川さんは、「市町村で賃貸住宅供給促進計画をつくっていなくても、LGBTを位置付けているところはあるかもしれないが、はっきりとは掴めていない」とした上で、次のように話しています。

「PS宣誓制度を市町村で導入していなくても、都道府県が導入していれば、それに乗る形で都道府県の出した証明書を有効として、LGBTQでも公的サービスを受けられる基礎自治体も多いです。

LGBTの位置付けは自治体によって差がありそうですが、そのような実務的な側面で考えれば、実際に住宅確保に困っている当事者がいるのですから、国としては、LGBTは法律が指定する『住宅確保要配慮者』にあたる、と捉えることができます」

渋谷区が発行するパートナーシップ証明書(画像/渋谷区)

渋谷区が発行するパートナーシップ証明書(画像/渋谷区)

LGBTQが抱える住まいの問題が見えにくいワケ

次に「LGBTからの住宅相談」の状況を見てみましょう。
自治体の中でLGBTからの住宅相談を受けたことがあることを示す「相談あり」は全体で8%と、自治体の担当者のほとんどがLGBTの住まいに関わる問題に直接的に対応した経験がないことが分かります。

LGBTQからの住宅相談を受けたことのある自治体はごくわずか(赤枠)。そのうち、半数以上が同性カップルで公営住宅に入れるかという相談になる(資料提供/国土交通省国総研)

LGBTQからの住宅相談を受けたことのある自治体はごくわずか(赤枠)。そのうち、半数以上が同性カップルで公営住宅に入れるかという相談になる(資料提供/国土交通省国総研)

日本におけるLGBTQの割合は、3~10%といわれています。にもかかわらず、こんなにも「聞いたことがない」と回答する人が多い理由は、LGBTの人たちが自治体に住まいの相談に行く機会がほとんどないからだと考えられます。

「10人に1人がLGBTQだとしても、カミングアウトしている人はほんのひと握り。社会や周囲の人から差別されることなどを恐れて、親にも、会社にも知られないように生活している人が大勢います。

不動産会社に入居を断られても、自治体の窓口に相談に行く人がいないため、制度はあっても実際に対応したことがない、また問題の実態を把握できていない自治体職員が多いのです」

パートナーシップ宣誓制度の導入と必ずしも一致しない公営住宅の施策

さらに、各自治体のPS宣誓制度の導入予定と同性カップルの公営住宅への入居を認める予定との関係についても見てみましょう。
まず、本調査を公表した2022年11月時点のPS宣誓制度の導入状況は、都道府県で21%、最も高いのは政令指定都市の85%です。

PS宣誓制度の導入が最も進んでいるのは、指定都市の85%。導入割合が低いのは、都道府県の21%で、指定都市以外の属性において、半数以上が導入していないという結果となった(資料提供/国土交通省国総研)

PS宣誓制度の導入が最も進んでいるのは、指定都市の85%。導入割合が低いのは、都道府県の21%で、指定都市以外の属性において、半数以上が導入していないという結果となった(資料提供/国土交通省国総研)

このうちPS宣誓制度を導入していない自治体に今後について確認すると、PS宣誓制度を導入予定、もしくは導入に前向きな自治体が、必ずしも同性カップルの公営住宅への入居を認める予定ではないこと、または逆にPS宣誓制度の導入は未定でも公営住宅への入居を認める予定の自治体があることが分かりました。

そして、PS宣誓制度の導入や公営住宅への同性カップルの入居を認める予定のない自治体がまだまだ多いのも気になるところです。

「PS宣誓制度の導入予定」と「同性カップルの公営住宅への入居を認める予定」の関係図。少数ではあるが「PS宣誓制度の導入は未定、なし」でも公営住宅への入居も認める方向の団体や、その逆があるのは興味深い(資料提供/国土交通省国総研)

「PS宣誓制度の導入予定」と「同性カップルの公営住宅への入居を認める予定」の関係図。少数ではあるが「PS宣誓制度の導入は未定、なし」でも公営住宅への入居も認める方向の団体や、その逆があるのは興味深い(資料提供/国土交通省国総研)

「この点については、地方自治体の住宅部局からすれば『公営住宅への入居を認めるかよりも、PS宣誓制度を導入するのが先で、導入されてから対応する』という考え方が背景にあります。事実、PS宣誓制度導入が未定のところは公営住宅への入居も未定というところが多く、住宅部局がPS宣誓制度導入よりも先駆けて公営住宅で同性カップルを受け入れようとしているところもありますが、何らかの公的な証明書がなければ二人の関係を示すものがなく、動きづらいようです。

中には、婚姻届の受理と同じようにPS宣誓制度も『窓口となるのは各市区町村の役割』として、判断は市区町村に任せ、都道府県としては導入していないケースも見られます。そうなると、市区町村が動かない限り公営住宅への入居は難しくなりますね」

これらの結果からは都道府県と市区町村の間で考え方に相違があり、互いに押し付けあっているような構造も垣間見えるようです。長谷川さんは「各都道府県や市区町村にもっと話を聞いて、打開策を探っていく必要がある」と指摘しています。

同性カップルの公営住宅への入居を認めるには、二人の関係を示す何らかの公的な証明書が必要。しかし、都道府県と市区町村の間にはPS宣誓制度の導入に関して、考え方に隔たりがあるようだ(画像/PIXTA)

同性カップルの公営住宅への入居を認めるには、二人の関係を示す何らかの公的な証明書が必要。しかし、都道府県と市区町村の間にはPS宣誓制度の導入に関して、考え方に隔たりがあるようだ(画像/PIXTA)

LGBTQの住まい探し、これからどうしたらいい?

今回の調査結果を踏まえて「『課題』や『今後の対策』としてどのようなことが考えられるか」という問いに対し、長谷川さんは「この調査だけでは、なぜLGBTQの住まい探しが難しいのか、明確な理由は掴めない」といいます。

例えば、高齢者であれば孤独死や残置物の処理の問題、低所得者の場合は家賃滞納リスクなど、賃貸住宅のオーナーや管理会社が入居を拒否する原因が見えやすいので、原因ごとに解決策を考えることが可能です。しかし、LGBTQの場合は入居困難となる原因が見えづらく、個別性も高いため「社会全体に対する啓発」や「不動産会社や管理会社の担当者の教育」を行っていくしかないと長谷川さんは考えています。

「LGBTQフレンドリーな店舗を登録して、そこへ行けば嫌な思いをせずに安心して住まいを確保できるという不動産会社を増やす公的な仕組みが必要です。ただ、当事者の気持ちが大きく関係しているので、制度を整えて行政のお墨付きがつけば入居が促進されるというものでもありません。

担当者に悪気がなくても何気ないひと言でLGBTQの人たちを傷つけてしまうことがあります。当事者にとっては、どのような対応をされるか分からない不動産会社を訪れること自体が恐怖なのです。担当者の教育がしっかりとされていて、ここなら嫌な思いをせずに賃貸住宅を紹介してもらえるということを、見える化していかなければならないと思います」

今回の調査を行った国交省国土技術政策総合研究所 建築研究部長を務める長谷川さん。今後も定点観測的にLGBTQに対する行政の姿勢を調査し続けたいと話す(画像提供/長谷川さん)

今回の調査を行った国交省国土技術政策総合研究所 建築研究部長を務める長谷川さん。今後も定点観測的にLGBTQに対する行政の姿勢を調査し続けたいと話す(画像提供/長谷川さん)

LGBTQのパートナーシップ宣誓制度は、今回の調査後にも都道府県での導入や社会的な認知がかなり進んできていますが、市区町村レベルにも浸透して住まいの問題解決にもつながっているかというと、まだまだというのが現実のようです。今回の調査で見えにくかった「なぜ、LGBTQの人たちの賃貸物件への入居が難しいのか」という問題の答えは、きっと、当事者の心にいかに寄り添った支援を提供できるか、を考えることに尽きるのではないでしょうか。

その具体策のひとつである公営住宅への入居が可能な状態へとつながっていくには、制度に頼るばかりではなく、各自治体の担当者をはじめ、私たちが問題について知ることから始める必要がありそうです。

●取材協力
・国土交通省 国土技術政策総合研究所
・LGBTに対する地方公共団体における住宅政策の取り組み調査報告
・NPO法人カラフルチェンジラボ

Z世代は地域社会とつながる旅を志向。調査で分かった地域貢献意識の高さや地方移住の動きを解説

宿やホテルを予約できる「じゃらん」のじゃらんリサーチセンターでは、宿泊旅行についての大型調査「じゃらん宿泊旅行調査」を定期的に行っている。今回、Z世代に焦点を当てて、Z世代の価値観や旅行への意識について再分析した結果を公表した。それによると、Z世代は「地域貢献意識」が高く、「地方への移住を考える旅」も実施しているという。地方移住の鍵になると見られるZ世代の意識について詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
じゃらん宿泊旅行調査を再分析/リクルート じゃらんリサーチセンター

Z世代で多い「地域体験交流タイプ」、女性は「効率・欲張りタイプ」も

公表されたリリースでは、「Z世代」を調査対象の20代(18歳~29歳)として分析している。調査対象全体をクラスター分析すると、「1.地域体験交流」「2.地域訪問」「3.話題性重視」「4.効率・欲張り」「5.リピートなじみ」「6.計画」「7.こだわりなし」の7タイプに分類できる。

なかでも、「地域体験交流タイプ」は、Z世代男性で29.6%、女性で15.8%の出現率となり、他の世代よりも多いことが分かった。このタイプは、観光したら終わるといったものではなく、「地域や地元の文化や生活習慣を深く理解し、地域社会とのつながりを築くことに重点が置かれている」点に特徴があるという。

また、「地域体験交流タイプ」は男性が多いのに対して、「効率・欲張りタイプ」は女性が多く、なかでもZ世代の女性は22.6%と最多だった。効率・欲張りタイプの特徴は、効率よくできるだけ多くの場所を回り、新しい場所への好奇心が強いタイプだという。女性のほうが、友人や恋人との旅行比率が高いことも影響しているそうだ。

●宿泊旅行に対する意識 クラスター構成2023(性年代別)

宿泊旅行に対する意識 クラスター構成2023(性年代別)

出典:じゃらんリサーチセンター「じゃらん宿泊旅行調査再分析」より転載

Z世代の「地方への移住」を考える旅は実施フェーズに

じゃらんリサーチセンターによると、Z世代に多い「地域体験交流タイプ」で強く見られる因子が「地域志向性」だという。「地域志向性」と相関の強い6項目(ⅰ地域のためになること、貢献できることを選ぶ、ⅱ将来の移住やライフスタイルの参考になりそうな旅をする、ⅲ地元の人に積極的に話しかけて情報を聞いたり交流する、ⅳ旅行先の風土や生活習慣を体験する、v自ら主体的に参加する・体験する、ⅵ暮らすように旅をする)を可視化すると、次の画像のようになり、Z世代の地域志向性の高さが分かるという。

●Z世代の地域とのかかわりへの意識と実施(男女別)

Z世代の地域とのかかわりへの意識と実施(男女別)

出典:じゃらんリサーチセンター「じゃらん宿泊旅行調査再分析」より転載

また、コロナ禍を経てZ世代で最も変化した項目は、「地域のためになること、貢献できることを選ぶ」で、男女ともに「地域貢献意識」が大きく上昇したという。

ほかにも、「地方移住」はコロナ禍で注目度が一気に高まったキーワードだが、コロナ禍前後を比べると「将来の移住やライフスタイルの参考になりそうな旅をする」ことへの関心が高まり、実施ポイントも増加していることから、関心にとどまらず実施フェーズへの移行の兆しが見られるという。

増加が期待される「地方移住」について、Z世代が関心を持ち、動き出しているとは、なんとも頼もしい限りだ。

Z世代の価値観は、地域で活躍することがかっこいい!?

この分析を担当した同研究員の池内摩耶さんは、分析結果を「とーりまかし別冊 研究年鑑 2024」で詳しくまとめている。そこで池内さんは、「なぜZ世代は『地域とのかかわり』を求めるのか」についても考察している。

「①オンラインやリモートなど学び方、働き方が柔軟になったことで移住含め地域がより身近な存在となったこと。②Z世代の三大都市圏居住率は年々高まり約6割で地域を知る機会に乏しいこと。③地域に居を構え地域活性に向き合う若手への注目など、コロナによって「地域」というものを強く意識する機会が増えたこと。主にこれらの要因が、Z世代が地域とのかかわりを求める動機付けとなり、地域で活躍することへの憧れ・かっこよさのような志向性が表れていると考えられる」という考察だ。

Z世代がこれからの地方移住の核になりそうだ、という結果については頼もしいと思うが、一方で受け入れ側の体制の改善にも期待したい。地方自治体が予算を取って地方移住を呼び込むさまざまな対策を用意しているが、地域特性を生かした魅力的な対策でなければ、「選ばれる地方」にならない。また、受け入れる地元の住民が「よそもの」意識を持っていると、移住は進まない。

人口減少、急激な高齢化が進むなか、移住先としての地方の選別がなされるようになるだろう。こうした課題を解決していかないと、地域志向性の高いZ世代に注目されることが難しいかもしれない。

●関連サイト
じゃらんリサーチセンター「じゃらん宿泊旅行調査を再分析」
じゃらんリサーチセンター「とーりまかし別冊 研究年鑑 2024」

起業家育成・学費実質無料で話題の「神山まるごと高専」2年目、東京の進学校を辞退し選んだ学生も。企業70社以上が支援する唯一無二の授業の内容とは 徳島県神山町

2023年4月、「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成をミッションに掲げて徳島県神山町に開校した高等専門学校「神山まるごと高専」(理事長・寺田親弘/Sansan(株))。教育界とは異なる起業家が主導した私立校であるため、設立から運営まで何もかもが手探りで進んだ。地域も巻き込み、各界から注目を集めた同校は、開校1年を迎えた今、どのような成果と課題が見えてきたのだろうか。

地域活性化で注目を浴びるまちに生まれた新たな教育機関

徳島市内から車でおよそ40分。神山町は自家用車さえあれば、都市部から比較的アクセス容易な場所に位置する人口約4200人のまち。特産は日本一の生産量を誇る柑橘類のスダチ。80%以上が山林に覆われた町域の中心を鮎喰川が流れ、その周囲に集落が点在する、一見すればよくある田舎町だ。

一方で近年において、企業のサテライトオフィスが続々と開設され、若者たちが営むショップ等もオープンするなど、地域活性化の好例として、メディアに「奇跡の田舎」と取り上げられることも少なくない。

そんなまちに誕生した神山まるごと高専は、文科省認可としては約20年ぶりに新設された高等専門学校。いわゆる「高専」は、1960~70年代にかけて、高度成長期の急激な工業化に対応する人材養成を目的として、全国に創設された。入学資格は中学卒業程度とし、主に工科系の課程を5年間履修する高等教育機関だ。

現在日本にある高専は58校。そのうち国公立が54校で、神山まるごと高専を含む私立は4校。高専生が対象の「ロボットコンテスト(通称ロボコン)」などを目にしたことがある方も多いだろう。卒業生の就職率は高く、その人材は産業界から一定の評価を受けているとも言われる。

とはいえ昨今の少子化や理数離れ、四年制大学への進学者の増加により、創設期の勢いに比べ、高専を取り巻く環境は変化してきている。そんななか誕生した神山まるごと高専の一期生の入試は、国内外から出願があり、約9倍という高倍率となった。

その狭き門をくぐり入学したのは44人。彼らは今、寮で共同生活を送りながら、時に壁にぶつかり、学業と神山町での暮らしを謳歌している。

旧神山中学校の校舎をリノベーションした寮「HOME」。3学年分の寮室と食堂、図書室などが入る(画像提供/神山まるごと高専)

旧神山中学校の校舎をリノベーションした寮「HOME」。3学年分の寮室と食堂、図書室などが入る(画像提供/神山まるごと高専)

「HOME」から鮎喰川を挟み対岸にあるのは、授業や研究の拠点となる「OFFICE」。町産材の「神山杉」をふんだんに活用した校舎になっている(画像提供/神山まるごと高専)

「HOME」から鮎喰川を挟み対岸にあるのは、授業や研究の拠点となる「OFFICE」。町産材の「神山杉」をふんだんに活用した校舎になっている(画像提供/神山まるごと高専)

■関連記事:
徳島県神山町で最先端の田舎暮らし!子育て世代が主役の「大埜地の集合住宅」
碧い清流、パン職人のわたし――徳島県神山町

唯一無二の授業内容で、卒業生の「起業家4割」を目指す

「これからの時代、自分でデータをつくり、自分でプロトタイプをつくり、そして提案するような、技術を持った起業家が求められています。それができないと社会のスピード感についていけないと思います。つまり『モノをつくる力で、コトを起こす人』です」と語るのは常務理事・事務局長を務める松坂孝紀さん。同校が描く卒業後の進路の比率は、就職30%、大学などへの編入30%、そして起業40%だ。

それを実現するべく、神山まるごと高専では「テクノロジー×デザイン×起業家精神」の3つの領域を、1学科で複合的に学ぶ。“テクノロジー”では、ネット社会の未来に対応した情報工学から電子工学で、モノをつくる力の基礎を養う。また“デザイン”は、つくりたいものを絵や言語などに具現化するため、デザインや映像、建築、ゲームづくりなどの技術を身につける。そして“起業家精神”では、ビジネスの基本や起業の方法、他人を巻き込むコミュニケーション力などを学ぶ。

東京出身の松坂さんは、東京大学卒業後、人材教育会社を経て、2017年に人事コンサルティング会社の子会社を起業。同時に企業や自治体の人や組織づくりプロジェクト等も推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに携わる(写真撮影/藤川満)

東京出身の松坂さんは、東京大学卒業後、人材教育会社を経て、2017年に人事コンサルティング会社の子会社を起業。同時に企業や自治体の人や組織づくりプロジェクト等も推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに携わる(写真撮影/藤川満)

1コマ90分の授業は、一般的な座学中心ではなく、実験や演習に加え、ディスカッションやグループワークなど双方向的で実践的な内容を重視し、問題解決能力を育んでいく。

さらに毎週水曜日の夕方に開催される特別授業「Wednesday Night」では、第一線で活躍する起業家、経営者、クリエーターを招き、これまでの彼らの経験を語り、また食事も共にして、コミュニケーションを深める。この一年で24回開催され、合計50名のゲストが同校に足を運んだ。

大講義室で行われた「Wednesday Night」の前半。この日のゲストスピーカーは山口周氏((株)ライプニッツ代表)、山崎亮氏(studio-L代表)、坊垣佳奈氏((株)マクアケ共同創業者/取締役)の3人(写真撮影/藤川満)

大講義室で行われた「Wednesday Night」の前半。この日のゲストスピーカーは山口周氏((株)ライプニッツ代表)、山崎亮氏(studio-L代表)、坊垣佳奈氏((株)マクアケ共同創業者/取締役)の3人(写真撮影/藤川満)

「Wednesday Night」の後半は、「HOME」に会場を移し、ゲストと学生が食事や焚き火を共にしながら語り合う(写真撮影/藤川満)

「Wednesday Night」の後半は、「HOME」に会場を移し、ゲストと学生が食事や焚き火を共にしながら語り合う(写真撮影/藤川満)

「起業家たちと学生が接することで、この5年間で起業を身近な選択肢として捉えてもらいたい」と狙いを語る松坂さん。学生たちはゲストと名刺交換することで、卒業時には起業家とのコネクションも持つことができる。起業を目指す学生にとっては、またとないチャンスを得ることができる仕掛けだ。

私立でありながら学費実質無料を実現したスキーム

注目すべきもうひとつは、一人年間200万円の学費が実質無償という点だ。それには「家庭の経済状況に左右されず、世界を変える可能性を秘めた子どもたちの、誰もが目指す学校にしたい」という強い思いが込められている。

これを実現するにあたり、民間企業から一口10億円の出資や寄付を募り、それを運用して得た運用益を返済不要の奨学金に当てる仕組みを構築。この日本初の取り組みに、ソフトバンク、富士通、ロート製薬など、日本を代表する企業が賛同し、合計11社、総額100億円の金額が集まった。現在、一期生だけでなく二期生以降の学費無償化の目処もたっている。

資金を拠出した企業は「スカラーシップパートナー」として以降も連携していき、学生との共同研究や新事業の創造などに取り組んでいく。ほかにも物品やサービスを提供する「リソースサポーター」、実際に各社の強みのある領域を授業で提供する「プログラムパートナー」など、合計70社以上の企業が同校の運営を支援している。それほど日本の企業が同校に期待を寄せている表れと言えよう。

「OFFICE」の窓ガラスにはパートナー企業の会社名がずらりと並ぶ(写真撮影/藤川満)

「OFFICE」の窓ガラスにはパートナー企業の会社名がずらりと並ぶ(写真撮影/藤川満)

進学校よりも魅力を感じて門を叩いた

現在の在校生は東京、北海道、徳島と全国各地から集まっている。なかにはロンドンの日本人学校出身の学生もいて、さまざまな思いを持って神山の地で全寮生活を送っている。開校当時は特にルールもなく、戸惑いがちだった学生たちも、会議を開くなどして、自分たちの主体的な考えに基づいた自治へ歩みつつある。

「一人になる時間はあまりないですが、毎日が修学旅行みたいで楽しい」と寮生活を語るのは東京都出身の市川和さん。一時は同室者との価値観の違いに悩んだというが、「今は吹っ切れた」と心境の変化もあった。

高校受験時の市川さんは、ICUや青山学院にも合格していたが、父親の紹介で同校の存在を知り、あえて神山まるごと高専を選んだ。「ICUや青山学院に進学すれば、安定した道を歩んだかもしれませんが、自分の心に正直になり、より楽しそうなこちらに決めました」

当初は具体的な目的があったわけではないが、現在はグラフィックデザインに興味を持ち、先述の「Wednesday Night」のチラシやEスポーツに関するフリーペーパーの制作に力を入れている。「この学校に入って初めてAdobeのソフトを授業で触れてみた時『これまでの勉強よりおもしろいことあるじゃん!』って思いました」と目を輝かせる。

そんな市川さんだが、もともとはバスケに打ち込むスポーツマンで、美術はむしろ苦手だった。「そのころはアイディアがあってもそれを具現化する方法を知らなかった。やり方さえ覚えれば、誰でもできることに気づきました」

広告代理業を営む父親の影響もあり、日ごろからデザインと起業が身近にあった市川さんだが、将来は起業よりも、まず就職して経験を積みたいと考えている。「デザインを続けていくかはまだわかりませんが、雇われる人の気持ちや仕事の姿勢を理解したうえで、いつかは起業したい。一方的な経営者にはなりたくないですから」

「自然が好きなので、神山は散歩をしていても楽しい。ただもう少し娯楽があれば嬉しいですけど」と神山の印象を語る市川さん(写真撮影/藤川満)

「自然が好きなので、神山は散歩をしていても楽しい。ただもう少し娯楽があれば嬉しいですけど」と神山の印象を語る市川さん(写真撮影/藤川満)

もっと社会との関わりを持ちたくて高校を中退

高知県出身の名和真結美さんは、国際バカロレアを実践する中高一貫校を高校1年時に中退し、神山まるごと高専への道を選んだ。国際バカロレアとは、世界の複雑さを理解し、それに対処する力を養う総合的な教育プログラム。「バカロレアに出会って、学びの面白さを知りました。でも学校の課題や勉強ばかりで、社会とのつながりを感じることができませんでした」

社会とのつながりを求めていた名和さんにとって、面白さと同時に違和感を感じていた中学時の学習環境、そして高校進級時、中学からお世話になった教員が、神山まるごと高専へ転任したことが契機となる。「学校外で起業家精神プログラムに参加して、そこで再会したその先生がキラキラ輝いて見えた。そこからこの学校のことを調べてみたら、『私がやりたいことができる!』と思いました」

「国際バカロレアプログラムを受けて、思考するクセがついてしまった。思考の旅とでもいいますか(笑)」と笑う名和さん。旅をするような感覚で、その時にやりたいことをやることを信条としている。現在、アートやファッションに強い関心を持ち、創作活動にも取り組んでいる。

「あ、あとロボット! これまで経験はなかったですけど、ここでプログラミングに触れてみたら、凄い面白くて!」。現在、名和さんは13人のチームでロボットづくりに勤しむ。目標はアメリカで開催されている世界的ロボット競技会「ファースト ロボティクス コンペティション」への参加だ。

「チームのなかでロボットづくりの経験者は一人しかいません。でも知らないテクノロジーをどんどん開発してくのが楽しいです。それが動いた瞬間が本当にうれしいですね。チーム内のコミュニケーションや資金集めには苦労しましたけど……」と語る名和さん。ハワイで行われる予選に出場するための資金600万円は、企業や地域の人から協賛金で集めることができた。今、ロボット製作に日夜集中できる準備は整っている。

現在製作中のロボットを前にする名和さん。寮生活には満足しているが、「まだまだ自治には至っていないので、みんなでアップデートしていきたい」と語る(撮影/藤川満)

現在製作中のロボットを前にする名和さん。寮生活には満足しているが、「まだまだ自治には至っていないので、みんなでアップデートしていきたい」と語る(撮影/藤川満)

テクノロジーだけではない、人との繋がりでやりたいことが見えてきた

「中学時代は、将来なにか特にやりたいことがあったわけではありません。たまたま父親に勧められてこの学校のキャンパスツアーに参加して、進学を決意しました」と語るのは静岡県出身の伊藤楽大さん。入学後、起業家や教員とコミュニケーションを取るうちに、徐々に「やりたいこと」が見えてきたという。

「いろいろチャレンジしている大人と出会えたことで、選択肢がものすごい広がった。今はその選択肢のなかから、農業が『やりたいこと』としてクローズアップされてきました」。静岡の市街地で育った伊藤さんは、神山の自然に触れたこともひとつのきっかけになった。

同校の理事が運営する農園に足を運んだり、周辺の草刈りの手伝いなどを経て、ますます農業にはまっていった。神山町特産であるシイタケの農家をはじめ、農業を通じて地域の人と関わりを深めていくことで「自分でやりたいことができる」と自信を持ち始めている。

その一方で悩んだのは、寮生活と偉大すぎる起業家たちの存在。「寮生活は自分にはあまり合わなくて、少し悩みました。それと『自分も起業家のようにならないといけない』というプレッシャーも感じました」

ふたつの悩みに押しつぶされそうになった伊藤さんを救ってくれたのは、同校のスタッフの存在。「時間が解消してくれたものありますが、話を聞いてサポートしてくれたスタッフさんのお陰で乗り越えることができました」と振り返る伊藤さん。目下じゃがいもづくりに興味を傾けているが、将来は自然関係の会社の経営を夢のひとつとして描いている。

伊藤さんが作物を育てている畑は、同校の敷地近くにある。農業以外にも美術や国語の授業が楽しいという伊藤さん。「なにより先生たちが楽しそうに授業をするのがいい!」(撮影/藤川満)

伊藤さんが作物を育てている畑は、同校の敷地近くにある。農業以外にも美術や国語の授業が楽しいという伊藤さん。「なにより先生たちが楽しそうに授業をするのがいい!」(撮影/藤川満)

話を聞いた3人は、それぞれに充実した学生生活を送っていることが分かる。とはいえ遊びたい盛りの多感な世代。神山の自然に満足しているものの、カラオケやゲームセンターなど仲間と遊べる場所は少なく、都会的な刺激を直接受ける機会も少ないのも事実だろう。

さらに試験で60点以下の赤点となれば、進級は叶わない。難関を突破した力はあったとしても、今の環境に馴染めず、この先全員が苦労せず進級できるとは限らない。マイナス面や不安を上げれば切りがないが、少なくとも大半の学生が生き生きと過ごしているのは印象的だった。

起業家が創った学校だからこそ起業家が育つ大いなる可能性

「学校というものは基本的に安定を求めるものかもしれませんが、私達が大切にしているのは変化し続けること。今後時代が変わるたびに私達もスピード感をもって変化していくことが勝負かと思います」と未来を見据える事務局長の松坂さん。それは既存の学校のあり方や制度に抗い続けることでもあるという。

今、学生たちは何もかもが暗中模索だった入学時から、徐々に視界がひらけ、それぞれの道を歩みだしている。そんな彼らの将来に起業家たちも期待を寄せる。「Wednesday Night」にゲストスピーカーとして登壇した(株)マクアケ共同創業者/取締役の坊垣佳奈氏は語る。

「第一線で活躍している起業家たちが創った学校だから、同じようにできる人が生まれるはず。ここの学生たちは感じる力と考える力がある。それをもっと強くして、さらに自分の感覚を大切にして、やりたいことに情熱を注いでほしい」。社会にどんな変革をもたらす人材が羽ばたくのか、一期生が卒業する4年後、そしてその後も注視していきたい。

「Wednesday Night」の後半、坊垣氏らと学生が焚き火を囲んで語らう。坊垣氏は開校前から神山に足を運び、同校に注目していた(撮影/藤川満)

「Wednesday Night」の後半、坊垣氏らと学生が焚き火を囲んで語らう。坊垣氏は開校前から神山に足を運び、同校に注目していた(撮影/藤川満)

●取材協力
神山まるごと高専

話題の3代目大家・石井さん、マンションに”庭”を作ったら街の人が集まりはじめた。みんなの「やってみたい」に応え地域に開いたスペースを次々と 神奈川県川崎市

JR南武線、各駅停車駅の「武蔵新城」。低層住宅が立ち並ぶのどかな街です。駅周辺にある、なんてことのない商店街のなかに、最近ゆるやかな人のつながりが生まれつつあります。その中核を担うのが、このエリアで多くの土地を引き継いで管理をしてきた石井家の3代目、石井秀和(いしい・ひでかず)さんです。彼は、この街に人のつながりを生むために、コワーキングスペースや、シェアスペースなど大小さまざまなしかけをつくり、住民が地域で暮らすための接点を広げています。一体どんな取り組みなのでしょうか。

昔ながらのマンションの一角に、”小さな庭”をつくる

神奈川県・川崎市の武蔵新城エリア。各駅停車の「武蔵新城」駅を降りて北口方面にぬけると、目の前では昔ながらの商店街「新城北口はってん会」がお出迎え。理容店、町中華店などの小さな店がひしめく中央の通りをしばし歩いて路地に入ると、5階建てのマンションの1階部分に見えてくるのがカフェ「新城テラス」です。まず、エントランス前にある美しい緑とベンチが添えられたスペースが目にとびこんできます。まるでマンションであることを忘れてしまうような、”街の庭”。

カフェ「新城テラス」の前は、通りや店と一体感をもたらすような、憩いのスペースを設けている(写真撮影/桑田 瑞穂)

カフェ「新城テラス」の前は、通りや店と一体感をもたらすような、憩いのスペースを設けている(写真撮影/桑田 瑞穂)

カフェ「新城テラス」外観。開放感あふれ、緑に囲まれた気持ちの良いエントランスが、訪れる人たちを迎えてくれる(写真撮影/桑田 瑞穂)

カフェ「新城テラス」外観。開放感あふれ、緑に囲まれた気持ちの良いエントランスが、訪れる人たちを迎えてくれる(写真撮影/桑田 瑞穂)

ゆったりとした 24席のカフェスペースでは、近所の人々が談笑をしたり、学生がおしゃべりや勉強をする姿も。思い思いの過ごし方をしています。カフェの裏手には中庭も存在しています。中庭では、カフェで購入したドリンクやフードを手に語らうこともでき、住民以外の人の往来もあるフラットな場所です。

近所の住民や学生たちが思い思いの時間を過ごす(写真撮影/桑田 瑞穂)

近所の住民や学生たちが思い思いの時間を過ごす(写真撮影/桑田 瑞穂)

コの字型のつくりをしたマンションの一辺にはカフェが、そのもう一辺にはワークショップスペース「PASARBASE新城」とパン教室「シュクレアラネージュ」があり、コンパクトな敷地の中に多彩な機能がぎゅっと集います。

中庭からはマンション2階に接続するスロープ階段が設けられており、マンションのサービススペース「新城WORK-BOOTH-」と「新城WORK-FITNESS-」への出入りができる。階段奥に見えるのが、ワークショップスペース(写真撮影/桑田 瑞穂)

中庭からはマンション2階に接続するスロープ階段が設けられており、マンションのサービススペース「新城WORK-BOOTH-」と「新城WORK-FITNESS-」への出入りができる。階段奥に見えるのが、ワークショップスペース(写真撮影/桑田 瑞穂)

これらのスペースを立ち上げたのは街の中心人物でもある、株式会社南荘石井事務所の代表、石井秀和さんです。江戸時代より地主として数多の土地を守り抜いてきた石井家は、現在このエリアを中心に23物件を所有しています。カフェやワークショップスペースの入っているマンション「セシーズイシイ7」も、石井さんの所有する建物です。

武蔵新城生まれ、武蔵新城育ちの石井さんは、現在事務所の2代目として跡を継いでいます。「親を継ぎたいとは全く思っていなかった」と快活に笑いながら振り返ります。

「父には『大学なんか行かなくていい、さっさと跡を継いでくれ』と思われていたようです。ただ、一度家業を継いでしまうと、ほかの世界を見ることができなくて、つまらないじゃないですか。むしろ建築や不動産なんて硬くて難しいしゴメンだぜ、と思っていました」

資産を建て直すのか、活かすのか、試行錯誤が始まる

1998年に大学を卒業後、秀和さんはIT企業のカスタマーサービス職として就職します。ここで学んだことはのちにオーナー業に風穴を開ける経験となったと話します。その間も父親は秀和さんが跡を継ぐことを心待ちにしていました。その気持ちをくみとりたいと、秀和さんは2000年に実家の不動産会社へ入社し、2013年に父親の立場を引き継ぎ、代表に就任します。

「不動産」に面白みを感じていなかった秀和さん、しかし「街全体をデザインしていくこと」ととらえるようになってからは、この街のことに興味が増していきます。当時、街のコミュニティづくりについて勉強をしていた時期だったことも影響していたようです。

「設計事務所のブルースタジオさんが手掛ける街づくりに、憧れていたんですよね。ほかにも、コモンスペースや、街に開かれたコミュニティスペースが各所にある東京・池袋の街づくりのひとつである『IKEBUKURO LIVING LOOP』や、九州・福岡を拠点にしている『吉原住宅』のような存在にも憧れを抱いていました。あんな風に、自分の会社が持つ物件を活かして面白い人たちが往来する街をつくりたい、という夢を描きはじめていました」(石井さん)

飲み歩いて人と話すことが好きな石井さん。難しいことよりも楽しいこと、人との交流を大切にしています(写真撮影/桑田 瑞穂)

飲み歩いて人と話すことが好きな石井さん。難しいことよりも楽しいこと、人との交流を大切にしています(写真撮影/桑田 瑞穂)

人の集うコミュニティや場所、という側面に興味が増していった石井さんは、次第に武蔵新城のことを、このようにとらえていました。

「住んでいる家やマンション、街に何か楽しみを見出せることがないと、つまらないじゃないですか。武蔵新城は、溝の口駅と、知名度がぐんとアップした武蔵小杉駅にはさまれている、はざまの場所。実際は商店もたくさんあり住みやすい街ですが、比べてしまうとなんてことのない住宅街に見えるんです。これから社会全体が人口が減少していくわけで、よりここに住みたいと思ってもらえる街にならないと、街がさみしくなる。そう心が決まると、事業としてやりたいことが増えていきました」

まず取り組み始めたのが、カフェとワークショップスペースの入る賃貸マンション「セシーズイシイ7」でした。1992年竣工で部屋数は60室ほど。当初大規模改修の時期を迎えていて、どのように改修するべきか、とても悩んだそうです。その時に、憧れとして描いていた「このマンションに、この街に住みたいなと思ってもらえるような、しかけがあったら面白いのでは」と考えるようになりました。

カフェでは、自家製ハーブシロップを使ったドリンクやスイーツをつくって提供している (写真撮影/桑田 瑞穂)

カフェでは、自家製ハーブシロップを使ったドリンクやスイーツをつくって提供している (写真撮影/桑田 瑞穂)

こうして石井さんは、居室があった1階部分をオープンスペースとしてリノベーションし、2016年にまずはカフェをオープンしました。

街の人たちの「やりたい」に応えて、地域に開かれたスペースを次々と生み出す

拠点を生み出すことで、そこで自然と交流していく姿に、石井さんはますます面白みを見いだしていきます。そして、石井さんのもとには、街に住むあらゆる人から相談が持ちかけられるようになっていったのです。

「『実はお店をやってみたいんだ』『コミュニティスペースをやってみたいの』と相談されるようになったんですよ。だんだんと変化していく街の一角を見て、同じ商店街の人や、近所のママさんからも同じような声をかけられるようになっていったんです。だったら、“やりたいことがある人が、挑戦できる場所をつくってあげたい! “と、自社管理物件の一部をさらに活用することにしました」

そこで、2016年に「セシーズイシイ7」から徒歩5分ほどの場所にある、築50年以上のマンション「第六南荘」の一部をリノベーション。事務所や店舗利用が可能な仕様に変更し、まず一部の店舗がオープンします。そこから少しずつ、さまざまな店舗が入居して徐々に店やスペースが増えていきました。

「第六南荘」の外観。自転車で訪れた人がフラッと立ち寄っていくのが印象的(写真撮影/桑田 瑞穂)

「第六南荘」の外観。自転車で訪れた人がフラッと立ち寄っていくのが印象的(写真撮影/桑田 瑞穂)

通りに面した1階部分は「菓子工房 ichie」や、一級建築士事務所「ピークスタジオ」の事務所が並んでいます。塀がとりはらわれた庭先には、共用デッキが設けられており、通りからデッキを通じて、各々のスペースに入ることができます。オープンなスタイルゆえ、行き交う人の姿も見え、風も光も感じられるなごみの空間です。

デッキは、入居者である建築事務所の「ピークスタジオ」が設計(写真撮影/桑田 瑞穂)

デッキは、入居者である建築事務所の「ピークスタジオ」が設計(写真撮影/桑田 瑞穂)

お店やカフェだけではもったいないーー石井さんはさらに、「セシーズイシイ7」の向かいにある自社商業店舗の一部に、コワーキングスペースの「新城WORK」をオープン。時は、コロナ禍により人々の働き方は出社形式から、リモートワークが増えた変化の時期。20代~40代を中心に、新城WORKにも次第に人が訪れるようになったそうです。

商業ビルの2階部分をコワーキングスペースにリニューアル。合わせて店舗のサインたちも街の景観に溶け込むようリデザインした (写真撮影/桑田 瑞穂)

商業ビルの2階部分をコワーキングスペースにリニューアル。合わせて店舗のサインたちも街の景観に溶け込むようリデザインした (写真撮影/桑田 瑞穂)

「普段はもっと年齢層が高い世代の方が街には多かったのに、コロナ禍をきっかけに若い人たちを目にすることが増えました。この街に、こんなに若い方がいたんだな、という驚きの気持ちでいっぱいでした」

オープンスペースではミーティングする人もいれば、パソコン作業や勉強にいそしむ人もいる(写真撮影/桑田 瑞穂)

オープンスペースではミーティングする人もいれば、パソコン作業や勉強にいそしむ人もいる(写真撮影/桑田 瑞穂)

この街、住んでいて意外と面白いかも?と思ってもらえるしかけと関係づくり

現在石井さんは、もとから所有する土地に加えて、新たに周辺エリアの土地を購入し、新たな取り組みを始めています。
2023年5月には「セシーズイシイ7」の隣に、住み開きができる店舗兼住宅を建築しました。このマンションの土地はこれまで地域の方が所有していましたが、周辺物件と合わせてより一体感あるまちづくりをしたいために、石井さんが土地を購入したそうです。

新しく竣工した店舗兼住宅。「第六南荘」のように、通りに面したつくり(写真撮影/桑田 瑞穂)

新しく竣工した店舗兼住宅。「第六南荘」のように、通りに面したつくり(写真撮影/桑田 瑞穂)

通りと建物の間に、あえてスペースを設け、気軽に近づけるようなつくりに。軒先には小さな縁側があり、通りがかりの人がふらりと腰かけることができ、入居者や店を訪ねてくる人、道ゆく人と自然な会話が生まれていました。

店舗前にはベンチや縁側があり、つい立ち寄りたくなる(写真撮影/桑田 瑞穂)

店舗前にはベンチや縁側があり、つい立ち寄りたくなる(写真撮影/桑田 瑞穂)

入居する飲食店のオーナー。石井さんとは毎日のように立ち話をしているそう(写真撮影/桑田 瑞穂)

入居する飲食店のオーナー。石井さんとは毎日のように立ち話をしているそう(写真撮影/桑田 瑞穂)

「この街をもっと人のつながりにあふれる場所にしたいんですよね。せっかく商店街の中にある立地で顔を合わせている人たちがたくさんいる。実際に商店街の飲食店を飲み歩き回遊するイベント『ふらっと1000Bero in 武蔵新城』というイベントも開催しました。これからも彼らや、事業家の方と手を組んで、もっともっと活性化させていきたいですね。組合のようなしっかりした組織とかではなくていいんです。フラッときて顔を合わせられるそういうゆるい繋がりが大切だと思うし。そのためのしかけをつくっていきたいですね」

現在「セシーズイシイ7」の2階に、共用スペースの増設をはじめている。まずはフィットネススペースを設置(写真撮影/桑田 瑞穂)

現在「セシーズイシイ7」の2階に、共用スペースの増設をはじめている。まずはフィットネススペースを設置(写真撮影/桑田 瑞穂)

「セシーズイシイ7」の2階に増設したフォンブース(オフィス内等に設置するボックス型の個室スペースのこと)(写真撮影/桑田 瑞穂)

「セシーズイシイ7」の2階に増設したフォンブース(オフィス内等に設置するボックス型の個室スペースのこと)(写真撮影/桑田 瑞穂)

続けて、不動産業は単に場所貸しではないと力を込めて言い切る石井さん。

「今私たちが所有しているのは、23物件370世帯でほとんどが自主管理なんです。これほどの人とコミュニケーションがとれる関係って貴重ですよね。もちろん今は昔と違って、家賃を払うために管理人に会うということがなく、全て振込みで完結できてしまう。でも、思えばこの関係性ってもったいないですし、広げることができる可能性がありますよね。これほどの方と接点を持てるならば、皆さんに街の面白さを伝えるきっかけをつくれたら幸せだと思っているんです。これからのまちの不動産屋は、ただ住むだけではなく、暮らし方の提案をしていきたいし、私はこの街でそういう存在になりたいですね」

一人の行動がきっかけとなり、街の憩いの場がデザインされ始めましたが、これは石井さんがオーナーだからできることなんじゃない?と思われそうです。しかし、理由はそれだけではなさそう。この街を面白くしたい、街の人とちょっと交流してみたい、そういう思いがある人が少しでも集い、共感してくれるオーナーさんが手を差しのべてくれたら、どの街でも人のつながりは生み出せる気がします。
こと現代は、人のつながりをうとましく思う人もいるかもしれません。組合や商店会のように「必ず何かをしなくてはならない」関係性ではない、つながりが大切なのではないでしょうか。ほんのちょっとでも人と向き合い、言葉を交わし合う関係を少しずつでもいいから生み出していきたいですね。ただ住むだけより、街がほんのり面白くなるかもしれません。

●取材協力
・株式会社南荘石井事務所
・新城テラス
・新城WORK
・SEES ISHII LABO

人口4分の1が高齢者、住宅確保が急務に。不動産会社と連携し、賃貸の空き室利用や見守りサービス費用補助など支援の機運高まる 神奈川県厚木市

高齢者や障がいのある人、低所得者などが賃貸住宅への入居を断られ、住まいを確保できないことが問題となっています。そんななか、神奈川県厚木市が取り組んでいるのが、物件オーナーや管理会社が住まいの確保に困っている人の入居を受け入れやすくするために、居住支援法人(※)や不動産会社と連携した見守りサービスの実施、住まい探しや暮らしに関する相談窓口の開設です。

厚木市における不動産会社との連携、住まいの支援やその背景にある思いについて、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の戸井田和彦(といだ・かずひこ)さん、古財有香(こざい・ゆか)さん、市内の不動産会社・トータルホーム代表取締役の加藤靖教(かとう・やすのり)さんに話を聞きました。

※居住支援法人:住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として各都道府県をはじめとする自治体が指定する団体等

高齢者が賃貸住宅に入居しやすくするためには、どうしたらいい?

近年、全国的に高齢者の独り住まいや高齢者だけで暮らす世帯が増える中で、孤独死や家賃の滞納などを懸念するオーナーや管理会社から、高齢者が賃貸物件への入居希望を断られてしまうという問題が生じています。

厚木市の全人口に占める65歳以上の高齢者の割合は2023年10月時点で26%。人口の約1/4を高齢者が占めていることになります。全国の自治体が同じ問題を抱えていて、2017年には住まい探しが困難な人たちの賃貸住宅への入居を促進するため、国は住宅セーフティネット法(正式名称「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」)を改正。これを機に、厚木市でも「民間賃貸住宅の空き室を活用して高齢者が入居しやすくなるような取り組みを進めていこう」という機運が高まりました。

厚木市では人口の約1/4が65歳以上の高齢者となっている(資料提供/厚木市)

厚木市では人口の約1/4が65歳以上の高齢者となっている(資料提供/厚木市)

「なぜ高齢者の入居が難しくなっているのか、という問題を突き詰めた時に、家賃滞納や孤独死、死亡後の残置物の処理といった問題が浮かび上がりました。

この対応策として取り入れたのが、かながわ住まいまちづくり協会が実施する「神奈川あんしんすまい保証制度」の一つである、『あんすまコンパクト』。安否確認と費用補償がセットになった見守りサービスです。賃貸住宅に入居する一人暮らしの高齢者がこのサービスを利用することで、オーナーさんや管理会社が抱える不安を少しでも軽くし、高齢者を受け入れやすくできないかと考えました」(厚木市 古財さん)

見守りサービスの費用補助で利用しやすく。さらに連携が広がる

厚木市は利用者の費用面での負担を軽くしてサービスを使いやすくするために、初回登録料(1万円+消費税1000円)を市が補助する制度を2019年にスタート。この補助制度の取り組みは神奈川県内では初、全国でも東京都中野区に次いで2番目だったこともきっかけとなり、かながわ住まいまちづくり協会が実施する「あんしん賃貸支援モデル事業」の実施市に選ばれました。同年から研修会や住まい探し相談会の開催、関係者連絡会での情報交換など、居住支援の取り組みを開始したのです。

孤独死や残置物の処理など、オーナーや管理会社のリスクを減らすための見守りと費用補償がセットになった「あんすまコンパクト」。通常は初回登録料1万1000円と月額1650円の利用料がかかるが、導入しやすくするために市が初回登録料を負担する(資料提供/厚木市)

孤独死や残置物の処理など、オーナーや管理会社のリスクを減らすための見守りと費用補償がセットになった「あんすまコンパクト」。通常は初回登録料1万1000円と月額1650円の利用料がかかるが、導入しやすくするために市が初回登録料を負担する(資料提供/厚木市)

そして、このあんすまコンパクトの導入が、厚木市と市内不動産会社との連携が始まる大きなきっかけになったといいます。

「このサービスが孤独死などの不安に対する軽減策となって高齢者の入居促進へとつながっていくには、入居者への費用の補助だけでなく、不動産会社の理解と協力も不可欠です。そこで職員が、サービスを提供するホームネットと一緒に不動産会社を回り、制度の説明をしたり、研修会などで紹介したりして制度の周知に努め、協力していただける不動産会社を募りました」(厚木市 古財さん)

見守りサービスの補助制度を周知するために厚木市とホームネットが不動産会社を回ったことが連携強化につながっていった(画像/PIXTA)

見守りサービスの補助制度を周知するために厚木市とホームネットが不動産会社を回ったことが連携強化につながっていった(画像/PIXTA)

厚木市の補助制度が始まる前までは、ホームネットと業務委託契約を結んでいた不動産会社は、わずか6社でした。それが今では27社になり、年間2~3社ずつ増えている状況だそうです。
また、このサービスを周知するための活動は、不動産会社などの民間企業と直接話をする機会の増加にも繋がりました。

「不動産会社がどのようなことで困っているのか、現場の声を聞くことができるようになったのは大きいですね。定期的に情報交換会を開催するのも、居住支援の取り組みの一つ。現場の意見をいただくことで、違う立場での視点を知ることができるので今後の取り組みの参考になっています」(厚木市 古財さん)

より主体的に住まいの支援に関わるため「居住支援協議会」を設立

さらに厚木市では、住まい探しが困難な人たちが円滑に入居するための支援をする機関として、2023年に厚木市居住支援協議会を設立しました。

居住支援協議会の前身となったのは、2021年から厚木市住宅課が主体となって行っていた「厚木市あんしん賃貸住宅支援事業」でした。住宅課と福祉部局の担当課、不動産関係団体や福祉の関係団体も加わり情報交換や意見交換を行っていたのですが「部署間での温度差を感じていた」と古財さんは言います。

厚木市居住支援協議会の事務局である厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の古財有香(こざい・ゆか)さん(写真提供/厚木市)

厚木市居住支援協議会の事務局である厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の古財有香(こざい・ゆか)さん(写真提供/厚木市)

「その原因は、組織の壁でした。市の職員は皆それぞれに従来の業務があるので、どこか業務外の活動的な雰囲気がありました。しかし、居住支援を行うにはそれぞれがもっと主体的に動く必要があります。自分たちの業務と捉えて取り組んでもらうためにも、住宅課が主導するのではなく、居住支援協議会という組織を立ち上げた方が良いと考えたのです」(厚木市 古財さん)

居住支援協議会は住宅セーフティネット法の改正により、各都道府県に設置することが定められていますが、市区町村単位で設置している自治体はまだ少ない状況です。厚木市では協議会を立ち上げた後、全体の活動とは別に研修会を企画するグループと資料を作成するグループの2つに分け、より少人数での検討も行っています。協議会に参加するメンバーが意見を出しやすくし、活動に積極的に関わるようにするための工夫です。

また、定期的な意見交換会や研修会のほか、年に5回住まい探し相談会を開催して、居住支援を必要としている人の窓口としての役割を果たしています。

幅広い支援を目指して、居住支援協議会を設立。参加者がより積極的に、主体的に参加していくようワーキンググループなどの工夫も欠かせない(写真提供/厚木市)

幅広い支援を目指して、居住支援協議会を設立。参加者がより積極的に、主体的に参加していくようワーキンググループなどの工夫も欠かせない(写真提供/厚木市)

居住支援協議会で実施する「住まい探し相談会」の様子(写真提供/厚木市)

居住支援協議会で実施する「住まい探し相談会」の様子(写真提供/厚木市)

広がる支援の輪。住まいを必要とする人と支援を直につなぐ

見守りサービスの補助から始まった厚木市の居住支援は、居住支援協議会の設立へと繋がり、さらに行政や民間にも変化をもたらしました。

「居住支援の入口は高齢者の方でしたが、今では高齢者だけでなく、障がいのある方や外国籍の方、ひとり親世帯の方など、幅広い方の支援を行っています。最近では精神障がいのある方からのご相談も多くなっていますね」(厚木市 古財さん)

協議会のメンバーでもあるトータルホームは、精神障がいのある人の地域復帰に関する居住支援も行っている不動産会社。2019年3月に神奈川県から居住支援法人に指定されています。

「行政と関わることになった最初のきっかけは、精神障がいのある方に対して厚木市にはどのような支援があるのかを聞きに行ったことでした。福祉協議会に参加するようになったことで県から居住支援法人の指定を受け、市の居住支援協議会にも参加するようになりました。運営に十分な資金を収益だけでまかなうのはなかなか厳しいので、補助金を受けられるようになったのは大きいです。また市から直接、相談をもらうこともあり、スムーズに相談者と支援を結びつけられるようになりました」(トータルホーム 加藤さん)

トータルホームの加藤靖教さん。精神障がいのある人などの居住支援に力を注いでいる。厚木市の職員も何かあれば相談するという頼もしい、居住支援協議会のメンバーの一人(写真提供/トータルホーム)

トータルホームの加藤靖教さん。精神障がいのある人などの居住支援に力を注いでいる。厚木市の職員も何かあれば相談するという頼もしい、居住支援協議会のメンバーの一人(写真提供/トータルホーム)

古財さんは「支援が必要な人を現場での経験豊かな不動産会社や市民団体などに、すぐにつなぐことができるようになった」と話します。行政での対応が難しいと感じることがあると加藤さんにもすぐに相談しているのだそう。
厚木市の居住支援協議会は、行政にも民間にも、連携を深め、視野を広げる場として機能しているようです。

見えてきた今後の課題は? 民間賃貸住宅から公営住宅にも広げるために

最後に今後の課題を3人に尋ねると、それぞれの思いを語ってくれました。

「居住支援協議会という、相談できる場所があることをまだまだ知らない人が多いと思います。もっともっと周知し広めていくことが必要です。そして、協議会の活動も、子育て支援、DV・家庭相談、医療の分野などとも連携し、幅広く対応していかなくてはならないと考えています」(厚木市 古財さん)

「見守りサポートを取り入れたり、賃貸債務保証会社と連携して万一の補償を加えても、現場レベルではまだまだオーナーさんや不動産会社の理解が進んでいないと感じます。制度ができても、それをどうやって活かしていくかが課題です。啓発活動と、実際にやってみて実績を作っていくことをコツコツ積み重ねていくしかないですね」(トータルホーム 加藤さん)

「公営住宅の募集でも目立つのは、一人暮らしをする高齢者の応募の多さです。しかし、市営住宅は高齢者が入居するには規制が多すぎると個人的には感じています。高齢者の入居促進という視点では、むしろ民間の不動産会社に働きかける方が早く解決に近づくかもしれません。公営住宅でももっとルールを緩めるなどして、行政が居住支援を率先してやる姿勢を見せる必要があるのではないでしょうか」(厚木市 戸井田さん)

「これまで日本の発展を支えてきた高齢者の方々が安心して暮らせる住まいを供給していきたい」と熱い思いを語る、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)課長の戸井田和彦さん(写真撮影/りんかく)

「これまで日本の発展を支えてきた高齢者の方々が安心して暮らせる住まいを供給していきたい」と熱い思いを語る、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)課長の戸井田和彦さん(写真撮影/りんかく)

行政や居住支援協議会の施策が現場と乖離している、住宅と福祉の連携がうまくいかない、といった話をよく耳にします。また逆に、地元のNPO法人などが強いリーダーシップを取って地域全体の居住支援を推し進めている自治体もあります。

しかし厚木市においては、そのどちらにも当てはまらないように思います。居住支援協議会を立ち上げて1年足らず。まだまだ課題は多いようですが、居住支援に携わる人それぞれの思いが、同じ方向を向いて皆で一歩ずつ歩を進めているように感じました。
市の補助するあんすまコンパクトや相談窓口、居住支援協議会など、これまで丁寧につくってきた制度や体制をいかに活用していくか、今後の発展に期待したいですね。

※戸井田和彦さんは2024年3月23日にご逝去されました。謹んで御冥福をお祈りします。(本記事は2024年2月7に取材したものです)

●取材協力
・厚木市
・株式会社トータルホーム

東京の私大新入生の仕送り額、平均額は低水準でも住居費は増加。家賃は8割近く!?

東京私大教連が公表した「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」によると、私大生への仕送りの額は低水準にとどまっている一方で、家賃などの住居費の負担は増えているという。入学にかかる費用も上がりつつあるというので、調査結果を詳しく見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」を公表/東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)

「受験から入学までの費用」は過去最高を更新

東京私大教連の調査の対象は、首都圏(1都3県)の私立大学・短期大学13校に2023年度に入学した新入生の家庭。受験から入学までの費用は、自宅通学者が162万3181円(前年度比で1万901円増額)、自宅外通学者が230万2181円(前年度比で4万6801円増額)となり、いずれも過去最高額となった。

特に自宅外通学者では、物価高による「生活用品費」の支出増が大きく、「家賃」や「敷金・礼金」の住居費も上昇している。一方、「受験費用」は1万1500円減額となり、受験校数を減らすなどで費用を抑えていることがうかがえる。

■受験から入学までの費用(住居別)

受験から入学までの費用(住居別)

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

仕送りの平均月額は8万9300円、家賃の平均月額は6万9700円

自宅外通学の場合、「仕送り額」の平均月額は8万9300円。最近はおおむね横ばいで推移している。(5月は入学直後の新生活や教材の準備で費用がかさむため、6月以降の仕送り額で平均を算出している。)

ところが、「家賃」は上がり続けている。平均月額は6万9700円で、前年より2400円増え、過去最高となった。その結果、年々「仕送り額」と「家賃」の差が縮まり、仕送り額から生活費に充てられる金額が減少する形となっている。平均月額の差額は1万9600円なので、30日で割ると約653円となり、おおむね1日653円で生活することになる。なかなか厳しい状況だ。

■「6月以降の仕送り額(月平均)と「毎月の家賃」の推移 ~月平均の仕送り額は8万9300円

「6月以降の仕送り額(月平均)と「毎月の家賃」の推移 ~月平均の仕送り額は8万9300円

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

さらに、仕送り額の平均月額に占める家賃の平均月額の割合を見ると、実に78.1%を占め、過去最高の比率になった。

■「6月以降の仕送り額(月平均)に占める「家賃の割合」の推移 ~仕送り額に占める家賃の割合は8割に迫る

「6月以降の仕送り額(月平均)に占める「家賃の割合」の推移 ~仕送り額に占める家賃の割合は8割に迫る

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

筆者はこのコーナーで、2016年にも同じ調査結果を取り上げた(「首都圏の私大生の平均家賃は6万1200円、どんな物件がある?」)が、2015年度の調査結果(70.6%)について書いていたので、「仕送り額に占める割合は初めて7割を超えることとなった。」としている。それからさらに上昇して、2023年度には8割近くにまで達しているのだ。

では、家賃の平均月額6万9700円で東京の賃貸を探すことを考えてみよう。SUUMOで東京都の家賃相場情報を見てみる(2024年4月10日更新情報)と、ワンルームなら23区内でも家賃相場が7万円を切る区があることがわかった。中野区、杉並区、北区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区だ。このほかの区でも、築年数が古かったり駅から距離があったりする物件なら、7万円を切る家賃のものが見つかるかもしれない。1K/1DKの広さで家賃相場が7万円を切るとなると、23区にはなかったが、立川市、武蔵野市、三鷹市、調布市を除いた東京都下の地域が該当した。

都心部から少し離れれば、希望の家賃や広さの賃貸が探せる状況ではあるようだ。ただし、セキュリティーがしっかりしているとか、宅配ボックスが欲しいなどの条件をつけていくと家賃は上がっていく。物件探しには、優先順位をしっかりつける必要があるだろう。

●関連サイト
東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」

温泉付きリゾートマンションを98万円で購入してみた! 「別荘じまい」が狙い目、Airbnbで宿泊内見など物件選びのコツ満載 小説家・高殿円さん 伊豆

『トッカン』シリーズ(早川書房)などの代表作がある小説家の高殿円さん。最近、伊豆(静岡県)の築75年のリゾートマンションの1室を98万円で購入しました。この体験を、2024年4月に発行した同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』に綴っています。

もともと3Kだった物件をリノベーションとDIYで1Rに仕上げ、部屋のお風呂で温泉を楽しんでいます。自宅は神戸にある高殿さんが2拠点生活を始めたきっかけや、リゾートマンションを購入した経緯、物件選びのポイントを伺いました。

自分の人生を支える拠点・温泉付きのセカンドハウス

小説家の高殿円さんはコロナ禍で大好きな海外旅行ができず、気持ちが塞ぎ込んでしまったことをきっかけに、自分の人生を支える拠点として温泉付きのセカンドハウスの購入を決めました。

「昔から大の温泉好き。それに、自宅は神戸(兵庫県)なんですけど、東京へ出張する度に小さなストレスが重なっていたんですよね。ホテルに泊まってもドライヤーの風量が気になるし、いつもの美容液やお気に入りのタオルケットとか、荷物が多くなって大変だなと思ったんです」

高殿円さん

高殿円さん

伊豆のリゾートマンションから東京までは、特急列車「サフィール踊り子」を使えば約2時間。最寄駅からはタクシー圏内で、観光資源が豊かな土地だけに、買い物もネットスーパーを利用できるそう。

「静岡県の南側はすべて海。視界も抜けがあって気持ちがいいし、太陽の光でどこも暖かく、睡眠の質もよくなりました」

山の上に立つリゾートマンションは海からの照り返しで冬でもエアコンなしの半袖で過ごせるほどの温かさ。箱根の山から海へ向かって風が吹くため、潮風の影響を受けることもほとんどないのだそう。

■関連記事:
大の家好き作家・高殿円の新刊エッセイ『35歳、働き女子よ城を持て!』インタビュー

見知らぬ土地での物件取得 情報収集のポイントは?

「物件探しでは、セカンドハウスで自分が叶えたいポイントを整理することから始めました。私はお風呂好きで、1日の3分の1は漬かっていたいタイプです。だから温泉と、海が見える景観の2つを重視して探し始めました」

どの温泉地がいいか、まずは草津温泉や別府温泉、道後温泉、有馬温泉などあらゆる場所を旅しました。

「そのうち自分のなかで『瀬戸内海以外の海が見たい』『神戸からアクセスしやすい場所がいい』と条件が出てきて、最終的に伊豆エリアでセカンドハウスを探すことに決めました」

おおよそのエリアを決めた後は、よりリアルな現地の状況を知るために、近隣のお店を訪ねます。

「情報収集で良かったのは美容院。ご高齢の方が経営する場所ではなく、若い人が働く活気のある美容院で話を聞きたかったので、まずはネット予約できる場所を探しました」

そこでヘアカラーとカットを注文。その間に「最近どうですか?」と話しかけて、地域の良いところやおすすめのお店をヒアリングしていきます。たまたま高殿さんが訪ねた美容院は、東京で修業して、コロナ禍をきっかけに地元で店を構えた美容師だったといいます。

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

高殿さんは美容院で情報収集するだけでなく、美容院に来るお客さんにも注目しました。

「白髪染めや子どものヘアカットは、セルフで仕上げるか、美容院へ通うかの二択ですよね。美容院って、実は家計の余裕と切実に結びついているんです。美容院の客層や施術内容を、地域の豊かさを測るポイントにしていました」

特に重視したのは、子どものヘアカット。高殿さんが訪れた美容院では、入れ代わり立ち代わり近所の子どもが一人でやってきて施術していたそう。

「子どもが一人で美容院へ通うのは、母親が忙しく働いている家庭で、周辺の治安が良いからこそできることだと考えました。子育て世代が活気づく地域は少子化が緩やかですし、移住者が増える余地があるとわかりました」

「お部屋で源泉を楽しみたい」温泉好きのマニアックな物件探し

情報収集を進める一方、温泉の条件についても整理していきました。実際に物件を見るだけではなくAirbnb(民泊)やマンスリーマンションを利用して、さまざまな温泉付きマンションや一軒家に宿泊。改めて、温泉付き物件を所有する難しさを感じたといいます。

温泉を一軒家などで利用する際は温泉権が必要です。温泉権は新規取得後10年ごとに更新料がかかります。建設当初は温泉権を所有していた物件でも、相続を機に手放してしまうケースや、温泉権を所有していないのに「温泉付き」を謳ってトラックなどで温泉を運び入れるケースもありました。

加えて、温泉は温度が低くても成分を含有していれば認められるため、ガスボイラーで沸かす管理費にコストがかかる場合もあったそう。

「温泉付きマンションの管理費は、高いと約10万円もかかることもあるんです。2拠点生活では維持費が重要。軽視することはできませんでした。また、リゾートマンションで空き部屋が多い物件は、管理費の負担が増えるケースもありますから、その辺りの事情も尋ねるようにしていました」

一方、さまざまな物件と出会うなかで、高殿さん好みの温泉付き物件の条件も見えてきます。

「大浴場付きリゾートマンションは冬は寒いなかを出歩かないといけないし、同じマンションの住民と会ったら挨拶もしなくちゃいけない。それよりは、1人でじっくりお部屋のお風呂に漬かって、好きに過ごしたいなと気付きました」

将来的に売ることも考えて物件購入

最初に提示していた条件以外にも、実際に住むとなると細かなところが気になってきます。例えば虫。高殿さんは虫が苦手なので、マンションの下の階や山の中にある一軒家を避けたそう。

「リゾートマンションの1階は虫が出やすいだけでなく、湿気が上がってきやすいので床が傷んでいる可能性もあるんです。でも、庭付きでペット可物件の場合は1階でも人気が出ます。人によって好みは分かれますが、私は上層階を選ぶようにしました」

加えて、将来的に売ったり貸したりすることも考えたといいます。

「住みたい地域のマーケットを見続けると、すぐに売れるマンションとなかなか売れないマンションの違いがわかってくるんです。流動性が高い物件は売りやすいから、まずはそういう物件を探しました」

最初にあげていた高殿さんの条件である海が見える景観は、マリンスポーツ好きなどから変わらない人気があります。加えて温泉が楽しめるとあれば魅力的な物件です。

「リゾートマンションの場合は、Airbnbとして貸し出しているケースも多いので、購入希望のマンションに滞在してみて、人気の理由を探るようにしていました」

宿泊するAirbnbは、ほかの部屋と同じ間取り。どれくらいのリノベーションができるか配管の位置などもチェックしたそうです。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

高殿さんが購入したリゾートマンションは0円で売られている部屋もあります。相続したはいいけれど維持費がかかり手放す選択をした場合や、高齢になってから介護付きマンションへ移るために「別荘じまい」をするケースも多いのです。

「0円物件はお値打ち価格ですが、給湯器などの設備が古いと入れ替えに何十万円もかかったりします。また、築年数が古いと、建築素材にアスベストが含まれる可能性がある物件もあります。いざリノベーション工事を依頼したら『請けられません』なんてことも。どこまで内装が変えられるかは、リノベーションを経験した人と一緒に行かないとわからないかもしれません。同じマンション内にリノベ済みの部屋があれば、参考になると思います」

購入意思を固めた後は、マンションの管理組合の議事録も忘れずにチェック。

「まず、新しく入居した人と、元から住んでいた人が仲良く暮らすために建設的な対話ができているかを見ます。例えば『1階はペット可物件じゃなかったけど、空き部屋になるよりは需要が見込める選択をしよう』など、前向きな議論ができているか。壮絶な論争があったマンションには、ご近所トラブルが発生しないか、構えてしまいますよね。入居者同士の話し合いの様子は、長く物件を所有するつもりであればまずチェックしたいポイントです」

高殿円さん

60度の源泉が出るリゾートマンションを購入し、現在は月のうち1週間ほどを伊豆で過ごしている高殿さん。高殿さんのSNSでは地魚を使ったおいしそうな料理が見られ、満喫している様子が伝わってきます。

「ひとりで過ごすのはもちろん、滞在中は友達が代わる代わる遊びに来ます。みんなで順番に温泉に入って、絶景を眺めて、伊豆の海鮮を楽しむんです。友達が友達を連れてくることもあります」

大人数で滞在となると光熱費も心配になりそうですが、なんとこの物件、温泉付きだからこそ節約ができているのだとか。

「まず、温泉は沸かす必要がないため、ガス代は月に約980円。その分、熱いお湯を運ぶための配管メンテナンスが必要ですが、私のようなお風呂好きはガス代を気にせずに使いまくれるのでお得な気分です。加えて、温泉代は月額利用料が決まっていて、水道代とは別請求。結果として水道代が抑えらえます」夢の温泉付きリゾートマンション、初期費用は98万円の購入費のほか、リノベーションとDIYに約200万円がかかったそう。物件取得後のDIYやインテリアについても、別記事で詳しく伺います。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

●取材協力
高殿円さん
小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行。X(旧Twitter)

<取材・編集小沢あや(ピース株式会社)/撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / >

建築系学生によるアイデア・事業構想のプレゼンイベント「sprout~プレイスティック student edition~」開催!既に実社会とつながり始めているその内容レベルに驚いた

2014年からtoCスタートアップによるプレゼンイベント「sprout(スプラウト)」が開催されているが、今回はスピンオフ企画として、建築系学生によるプレゼンイベント「sprout student edition」を行うと聞いた。当初は、学生が建築関係のアイデアをプレゼンする場だと思っていたが、よく調べると単なるアイデアレベルではないようなのだ。プレゼン現場に行って、実際に聞いてみた。

7チームが10枚のスライドを200秒でプレゼン

sproutでは、10枚のスライドを20秒ずつ流す形でプレゼンする、という独特の手法をとっている。強制的に切り替わるので、スライドが次に移ってしまったり、説明するスライドが出るのを待ったりといったことも起こるが、200秒で終わるというのがルールだ。それぞれのプレゼン後には、登壇者のテーマ領域に精通する起業家やスタートアップに関わりが深いプロのゲストコメンテーターの感想も聞ける。

今回のゲストコメンテーターは、清水義次さん(株式会社アフタヌーンソサエティ 代表取締役)、冨田阿里さん(株式会社スマートラウンド 取締役チーフエバンジェリスト)、國枝伸行さん(東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ)の3人。

ではまず、学生7チームのプレゼン内容を登壇順に、簡単に紹介しよう。

1番手は、生成AIを用いた、地域性をもとにしたボトムアップデザインの探求を行うプロジェクトチーム「NESS」だ。実際に地域芸術祭が開かれた墨田区京島(戦火を免れた長屋が多く残る下町)で生成した画像を展示したり、再開発が推進されている赤羽地区で高齢者も巻き込んだワークショップを行うなど、すでに実証実験を実施している。また、ワークショップツールからプラットフォームへ展開し、意思データを介して行政と住民の合意形成の一助を作るという構想も持っている。

プレゼン後は、東急の國枝さんが「ワークショップでは、人の意見に対して意見しづらいなど本音がつかみにくいところがあるが、AIを使うことで本音を引き出しやすくなるだろう」とコメントするなど、3人それぞれが感想を述べた。

登壇者:早稲田大学創造理工学部建築学科中谷研究室 B4 森原正希さん、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 M2 須藤望さん

登壇者:早稲田大学創造理工学部建築学科中谷研究室 B4 森原正希さん、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 M2 須藤望さん

2番手は、「Withvac」。センシング(センサーと呼ばれる検知器によって測定の対象を計測し、定量的な情報を取得する技術)によって得られる設備の運転データをAIを用いて高度に解析することで、設備の不具合や非効率な運転を自動で検知し、設備のメンテナンスを効率化・高度化するためのプロジェクト。将来的には運用段階における建築物のあらゆるデータを、ビル単体ではなく周辺を含めて統合的に扱うプラットフォームをつくり、データ連携によって環境問題にアプローチしたいと考えている。

登壇者:東京大学工学部建築学科4年 宮田龍弥さん、東京大学工学部建築学科3年 藤間朋久さん

登壇者:東京大学工学部建築学科4年 宮田龍弥さん、東京大学工学部建築学科3年 藤間朋久さん

3番手は、「COLUB」。読書会を開こうと思ったときの最大のハードルが「始まらないこと」と「続かないこと」といった事例から、事前準備のいらない独自の読書会スタイルや簡単にテーマ選定・日程調整ができる「ともに学ぶためのツール」を提供して、すでに70回以上の勉強会を開催している。このツールをさらに、自身の大学の建築系学生や芸大建築系の学生、ゼネコンやシェアオフィスコミュニティなどにも広げることで、都市に集うツールにしたいと考えている。

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 山路湧さん

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 山路湧さん

4番手は、「ReLink」。Re(リユース)×Link(つなぐ)のことで、解体されて残せない建物に、リユースデザインを提供しようというもの。すでに存在する中古建材販売市場のストック情報とデザインアイデアのデータベースを提供することで、中古建材を見つけやすくしたり中古建材の残し方を探しやすくしたりでき、これまで捨てられていた部材と空間デザインのバリューチェーン・サプライチェーン構築をするという考えだ。

登壇者:明治大学大学院理工学研究科建築・都市学専攻構法計画研究室 D1 本多栄亮さん

登壇者:明治大学大学院理工学研究科建築・都市学専攻構法計画研究室 D1 本多栄亮さん

5番手は、「stitch」。テーマは家具のリメイク。アンティークやブランド家具だけでなく、身近な家具もリメイクする手法を確立することで、どんな家具でもリメイクを楽しめる出会いのある家具ブランドへとつなげていきたいと考えている。

登壇者:多摩美術大学大学院美術研究科 デザイン専攻環境デザイン領域 松澤穣研究室 M1 森田靖之さん

登壇者:多摩美術大学大学院美術研究科 デザイン専攻環境デザイン領域 松澤穣研究室 M1 森田靖之さん

6番手は、「Pochant」。大量生産されてきた無個性の箱型建築は、予定調和な空間になってしまっていることから、室内空間に波風を立てる存在を置いて空間を流動的にしたいと考えた。いろいろな素材の流動物を自室に置いて実験し、不織布をPochantとして箱型空間に置くことで生活がどう変わるかを検証している。

登壇者:東京藝術大学美術学部建築科学部 B4 馬場 悠輔さん

登壇者:東京藝術大学美術学部建築科学部 B4 馬場 悠輔さん

7番手は、「おちば」。寄席の画一的な空間ではなく、落語の演目から高座、木戸、屏風といった舞台空間をデザインし、噺(はなし)の世界観に没入してしまうようなアーティステックな落語会を実現しようとしている。今年のGWに落語「愛宕山」で実施する予定。おちばは、街なかに落ち葉がひらりと舞い落ちるようにして都市に生まれる“落ち”の“場”なのだとか。

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 中山亘さん

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 中山亘さん

以上が、7チームのプレゼンだ。200秒なので、とにかく展開が速く、文系脳の筆者には苦手なAIの話ではついていくのが難しかった……。とりあえず、筆者が理解できた範囲なので、不正確かもしれない点を了解いただきたい。

優勝者はオーディエンスの投票で決定!

「sprout」の特徴は、プレゼンの優勝者をイベントに参加したオーディエンスの投票で決めること。投票フォームを見たら、それぞれのプレゼンを5点満点で評価していく形式で、多く得点したチームが優勝ということのようだ。

QRコードで投票をする。ゲストコメンテーターの3人もそれぞれスマホで投票した

QRコードで投票をする。ゲストコメンテーターの3人もそれぞれスマホで投票した

まず、イベントを共催する一般社団法人HEAD研究会賞が紹介され、「Pochant」の馬場さんが射止めた。そして、優勝者は、「NESS」の森原さん・須藤さんに決定。前回のスタートアップの優勝者(LIFULL ArchiTech 北川啓介さん)からトロフィーが贈呈された。

優勝したNESSの2人にトロフィーが贈呈された

優勝したNESSの2人にトロフィーが贈呈された

ゲストコメンテーターの國枝さんは、各プレゼンの感想の際に何度も、東急でできないか、東急沿線でやらないかと話していたので、閉会後にイベントの感想を聞いた。まず、レベルの高さに驚いたという。「マネタイズはこれからだと思うが、自分たちの情熱から純粋に提案しているのが社会人にはない強みだと感じる。使う側の目線に立っていけば、さらに発展すると思う」ということだった。

レベルが高いのは、インキュベーション・プログラムを経た7チームだから

プレゼンのレベルが高いのには、実は理由がある。登壇者は、一般社団法人ASIBAの第1期プログラムの卒業生で、2カ月間の都市建築領域に特化したインキュベーション・プログラムを経た7チームだからだ。

では、「ASIBA」(Architecture Studio for Impact Based Action)とはなにものか、代表理事 二瓶雄太さん(東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻修士課程)に聞いた。

一般社団法人ASIBA 代表理事 二瓶雄太さん

一般社団法人ASIBA 代表理事 二瓶雄太さん

二瓶さんは建築の中でも解体の研究をしていたが、解体がテーマとなると扱わなければならない領域は広く、社会に出ていく必要があると感じていた。そんなとき、同じテーマを研究していた早稲田大学の森原さん(NESSの登壇者の一人)と知り合った。建築系学生が思い描く提案を、提案に留まらずに社会に実装するには仲間と環境が必要で、ないなら自分たちでやったらよいとASIBAを立ち上げた。幸いなことに、まだ実績もない中で、清水建設や日建設計といった日本の建築界のビッグ企業がリターンを求めずに応援してくれた。

参加者と伴走しながらそれぞれの提案を実装する力を育てる、ASIBAのインキュベーション・プログラムでは、毎週課題を設けて展開していく。そこにはゲストとして、東京R不動産のディレクターを務める林厚見さんほか、パートナー企業から第一線で活躍する人や東京大学の准教授などが、レクチャーや学生のプレゼンの講評を行っている。それを受けて学生たちは仮説検証を重ねて、最後に最終講評会を行った。と、ここまでやったチームによるプレゼンなので、レベルが高いわけだ。

学生たちのホンキ度もかなりのものだ。閉会後に優勝したNESSの須藤さんに話を聞いた際に、このプロジェクトをライフワークとして取り組んでいきたいと話していた。学生なので、プロジェクトは将来へのステップとしてとらえているのかと思ったのだが、強い信念で始めてなんとかビジネスにつなげたいと考えていることが伝わってきた。NESSが優勝したが、最終講評会から2カ月たって、他のチームがさらにブラッシュアップしているとも言っていた。

ReLinkの本多さんも、震災で壊れた住宅をなんとか一部でも残せないか、解体が決まったが看板だけでも残せないかといった相談が、人づてに来ているという。すでに構想や提案なのではなく、実社会とつながっているようだ。

こうした経緯から、今回の建築系学生によるプレゼンイベント「sprout~プレイスティック student edition~」は、スタートアップを支援し「sprout」を運営するバ・アンド・コー株式会社と、HEAD研究会、ASIBAの3者が共催となっている。プレゼンを聞いた筆者は、学生の情熱に大いに元気をもらった気がする。建築業界の未来が、なんだか楽しみになってきた。

※掲載写真はすべて筆者が撮影したものです。

国土交通省もおすすめの、断熱性の高い住宅のカシコイ住み方とは?

省エネ性能の高い住宅への関心が高まっている。2050年のカーボンニュートラルに向けて、政府が省エネ住宅を推進していることなども、その背景にある。国土交通省では、省エネ住宅を推進する一方で、そうした住宅を住みこなすための25のポイントをまとめ、公開した。そのポイントを詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド ~高機能な住宅の性能を発揮させる25のポイント~」を公開/国土交通省

前提となる断熱性能の高い家とは、断熱等性能等級6以上

国土交通省がまとめた住まい方ガイドでは、断熱性能の高い住宅を、日中の日射しなども活用して、効果的に住みこなす工夫をまとめている。その前提となる「断熱性能の高い住宅」については、住宅性能表示制度における「断熱等性能等級6以上」の住宅を対象としている。

「断熱等性能等級」とは、国が定める「住宅の品質確保の促進等に関する法律」にて明示されているもので、住宅の多様な性能のなかで断熱性能を示す指標のことだ。現在は1等級~7等級まであり、等級が高いほど、高い断熱性能を有していることになる。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

なお、政府が2025年にすべての新築住宅に適合を義務づける「省エネ基準」のレベルは、「断熱等性能等級4」かつ「一次エネルギー消費量等級4」だ。一般的に、省エネ住宅といえば、この「省エネ基準適合住宅」を指す。政府はさらに、この省エネ基準を2030年までに「ZEH水準」に引き上げようとしているが、ZEH水準のレベルは「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」だ。

今回のガイドは、それよりもさらに高い断熱性能を有する、「断熱等性能等級6以上」の住宅を前提としている。この等級になると、省エネだけでなく、住宅内に温度差がない健康的で快適な生活が送れるレベルになる。かなり高い断熱性能を前提としていることになるのだが、住まい方の25のポイントは、そこまで高い性能を有していなくても効果はある内容なので、ぜひ知っておいてほしい。

ちなみに、「断熱等性能等級」は住宅そのものの断熱性を測るもので、「一次エネルギー消費量等級」は住宅で使うエアコンや給湯器などの効率性や太陽光発電設備などのエネルギー量を総合的に測るものとなっている。

住まい方の25のポイントを一挙に紹介

それでは、ガイドに掲載された25のポイントを紹介しよう。

視点1:熱が逃げない断熱性が高い住宅は季節に応じた日射しのコントロールが大切
①(夏)日射しは冷房の大敵!窓からの日射しをしっかり遮りましょう
②(夏)外出する際は日除けを閉めて熱を入れないようにしましょう
③(冬)日射しは暖房の助っ人!窓からの日射しの熱で家中を暖めましょう
④(春・秋)室温に合わせて窓からの日射しを調整しましょう

視点2:暖冷房機器を適切に運転することで少ない暖冷房エネルギーでも快適に
⑤在宅時、暖冷房設備は風量「自動」で「連続」運転しましょう
⑥断熱性の高い住宅では暖冷房の設定温度を控えめにしましょう
⑦暖冷房機器の定期的なメンテナンスで効率を向上させましょう
⑧冷房運転時に設定温度に到達して除湿機能が働かない場合には除湿モードに切り替えたり除湿機を活用しましょう
⑨外の湿度が高い時には窓を閉めておくようにしましょう
⑩乾燥が気になる場合には適度に加湿しましょう

視点3:断熱性が高い住宅では空間をつなげて気持ち良い空気を家中に
⑪各室の内部ドア等を開けて家中を暖冷房しましょう
⑫扇風機やサーキュレーター等で冷気を家中に回しましょう
⑬サーキュレーターや小さな暖房器具を併用することで家中を暖めましょう
⑭24時間換気設備は常時運転させましょう
⑮外気が快適な場合は窓を開けましょう
⑯室内に熱がこもったら窓を開けましょう

視点4:災害時でも日常生活を維持するために高性能な機能をもしもの備えに
⑰電気・ガスなどのインフラが止まっても在宅避難ができます
⑱太陽光発電の電気を利用しましょう
⑲蓄電池を利用しましょう
⑳エネファーム(家庭用燃料電池)を活用しましょう
㉑給湯機を活用しましょう

断熱性が高い住宅を住みこなすもうひと工夫
㉒室内外の温湿度を確認しましょう
㉓カーテンの設置の仕方、開け閉めで調整しましょう
㉔季節に応じた服装で調整しましょう
㉕植栽で日射しを調整しましょう

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

断熱性能の高さを活用するための4つの視点

まず、断熱性能の高い住宅は外への熱の出入りが少ないことから、「季節に応じて日射しをコントロールする」というのが第1の視点だ。特に注目したいのは、窓の内側でカーテンなどによって日射しを遮る(約60%の日射熱が入る)よりも、窓の外側でブラインドなどによって日射しを遮る(約20%の日射熱が入る)ほうが、効果が大きいということ。また、窓の前の地盤面に植栽などを配置して照り返しを防ぐものも、効果があるということも覚えておきたい。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第2の視点は、断熱性能の高い住宅では、「暖冷房機器を適切に運転する」というもの。夏や冬になると、エアコンの効果的な使い方について、マスメディアやSNSで多くの情報が流れていることからも、よく知られている工夫といえるだろう。

第3の視点は、断熱性能の高い住宅ならではだろう。少ない台数のエアコンでも、住宅内全体を暖冷房できるからだ。「空間をつなげて気持ち良い空気を家中に」という視点になっている。その際に、サーキュレーターや扇風機(夏)、小さな暖房器具(冬)を使うことも効果的だという。

夏は、エアコンの冷気と同じ風向きにサーキュレーターや扇風機を置くと、室内の下に溜まった冷気を循環させるので、室内全体を冷やすことができるといわれている。冬も、暖気が循環するようにサーキュレーターを置いたり、暖気が回っていない場所に小さな暖房器具を置いたりして、住宅全体を暖めると良いという。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第4は「高性能な機能をもしもの備えに」という視点。つまり、高機能の設備などを設置している場合は、災害時などで在宅避難に役立つ使い方ができるというものだ。太陽光発電設備や蓄電池、エネファーム(家庭用燃料電池)、貯湯ユニットがある給湯器(エコキュートなど)があれば、停電や断水でも一定の電気や水が使えるからだ。

そのほか、「もうひと工夫」として、カーテンの設置方法や服装、植栽などによる工夫と、室内外の温度や湿度を確認することの重要性を紹介している。

たとえ住宅自体の断熱性能が高いとしても、夏の暑い日射しや冬の冷気をそのまま取り込んだり、エアコンの設定温度を適切にしていなかったりすると、無駄なエネルギーを使ってしまうことになりかねない。せっかく備わった住宅の性能なので、住み方を工夫してより省エネ性を高めることを考えたいものだ。ガイドはネットで無料公開されているので、より詳しい情報を知りたい人は、ホームページからダウンロードしてはいかがだろうか。

●関連サイト
国土交通省「断熱性の高い住宅でのオススメの住まい方、紹介します」
令和5年度 国土交通省補助事業「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド」

「0円空家バンク」で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ

「0円空家バンク」等で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ

おしゃれ空間が作れると人気の「ハイドア」厚くて高いと何がいい? 注文住宅の最新トレンド

このところ編集部では家を建てるメンバーがあらわれ、プランや設備についてさまざまな相談が上がっています。その中で注目されているのが、「ハイドア」。注文住宅では、室内に設置する床から天井まで2mを超えるドアが人気を集めているといいます。「ハイドア」そのものは珍しくありませんが、なぜ、今、注目を集めているのでしょうか。室内建具専業メーカー「フルハイトドア®」を製造する神谷コーポレーションで話を伺いました。

室内ドアは空間を大きく、広く、明るく見せる重要パーツだった

家探しをするときに、「室内ドア」の形状やデザインを意識したことがないという人がほとんどでしょう。

下の写真は、ごく一般的な日本の建物で、天井高が2m40cm、室内ドアの高さは2mほどで上部に壁(下がり壁といいます)があることがほとんどです。

2mの一般的な室内ドア。ドア上部に下がり壁があります(写真提供/神谷コーポレーション)

2mの一般的な室内ドア。ドア上部に下がり壁があります(写真提供/神谷コーポレーション)

床から天井まで高さのあるハイドア。ドアの高さが違うだけですが、室内の雰囲気が異なる(写真提供/神谷コーポレーション)

床から天井まで高さのあるハイドア。ドアの高さが違うだけですが、室内の雰囲気が異なる(写真提供/神谷コーポレーション)

対して上の写真はハイドアといい、床から天井の高さまである大型のドアです。高さは天井にもよりますが2m40cm、大きいものだと2m70cm近くなります。こうした大型のハイドア、近年、より人気が高まっているといいますが、どのようなメリットがあるのでしょうか。

「ひと言でいうなら、ハイドアは部屋を広く開放的に、明るく見せてくれるんです。ドアが大きくなることでスタイリッシュに見せる効果があります。また、下がり壁がなくなるためドアを開けると光が部屋いっぱいに広がり、自然光で部屋を明るくしてくれるのです」と話すのは神谷コーポレーション、ハイドアに特化した会社で営業部長を務める長尾謙介さんです。

こちらは別の角度から見たドアの比較。下がり壁があるドアに対し、ハイドアのほうが採光にすぐれ室内を明るく見せる効果がある(写真提供/神谷コーポレーション)

こちらは別の角度から見たドアの比較。下がり壁があるドアに対し、ハイドアのほうが採光にすぐれ室内を明るく見せる効果がある(写真提供/神谷コーポレーション)

同社では、通常の「ハイドア」と違い、目に見えるドア枠がなく、クロスの中に埋め込まれているため「枠レス」と認識されているそう。ほかにも、室内の自動ドア、引き手やハンドルのないタイプ、天然レザー張りなど、実に個性的な室内ドアをそろえています。室内建具は枠が大きいほど立派だといわれてきましたが、今や「ほぼ見えない」のもトレンドになっています。確かにないと洗練されているように見えます。

こちらもハイドアですが、上下左右にドア枠がありません。すっきりとした見た目で、海外の家のような仕上がりに(写真提供/神谷コーポレーション)

こちらもハイドアですが、上下左右にドア枠がありません。すっきりとした見た目で、海外の家のような仕上がりに(写真提供/神谷コーポレーション)

SNSで家づくりが当たり前。だからこそ室内ドアの存在感が高まる

現在、神谷コーポレーションでは売上推移の詳細は明らかにしていませんが、ハイドアをリリースしてからの売上は10年間で7倍にも伸びているといいます。新築住宅着工数そのものには大きな変化がないなかで、施主から「わざわざ」選ばれるようになっているといってもいいでしょう。でも、なぜ今、ハイドアなのでしょうか。

「ひとつはSNSです。通常、友人や知人以外の家は、なかなか見学することはないですよね。でも、インスタやルームツアー動画などで、気軽によそのお住まいのインテリアを見られるようになりました。そうして家づくりの実例をたくさん見ていくうちに、なんかかっこいいなという家がハイドアだった、当社のフルハイトドア®だった、という流れで採用されています」と長尾さん。

なるほど、SNSで家づくりやインテリアの勉強をする→タグを見る→ハイドアを知るという流れのようです。そのため、長尾さんのチームの日課は「エゴサーチ」。#ハイドアと#フルハイトドア®とタグのついた投稿を探し、自社の商品がどのように採用されているか、日々、見てまわっているそう。

「今から20年前、家づくりをした人に『自宅でこだわったパーツ30アイテム』を調査したところ、室内ドアはなんと27番目でした。それくらい『室内ドアは優先順位の低いパーツ』だったのですが、今ではハイドアやフルハイトドア®とタグをつけて投稿してもらえるように。特にコロナ禍で、家への意識、プライオリティは高まっているのを感じます」(長尾さん)

また、先日、「注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード」という記事で解説されていましたが、建物面積を抑える傾向にある今、ハイドアでできるだけ室内を広く、大きく、明るく見せたいというトレンドにもマッチしています。こうしてみると、ハイドアが採用されるのは時代の流れに沿っているんですね。

引き戸タイプのハイドア。枠がほとんどなくすっきりとおさまり、空間の広さと高さを感じられる(写真提供/神谷コーポレーション)

引き戸タイプのハイドア。枠がほとんどなくすっきりとおさまり、空間の広さと高さを感じられる(写真提供/神谷コーポレーション)

室内ドアが「厚い」とどんなメリットがあるの?

一方で、神谷コーポレーションでは単なる室内ドアの高さだけなく、「厚み」も大切だといいます。

「日本の室内ドアは3cm台であることがほとんどですが、当社の室内ドアは厚さ4cmです。数ミリ程度と思うかもしれませんが、実物を見るとかなり違います。そもそも室内ドアは西洋の文化で、欧州では厚さは4cm以上あることが一般的。厚みがあることのメリットは、やはり重厚感と高級感、安心感ですね。欧州では室内ドアが、命と財産を守る最後のパーツという位置づけなのです」と長尾さん。

ただ、室内ドアは木製。大きくなるほどに必然的に「ソリ」が生まれてしまうそう。すると開閉がスムーズに行えずに音がする、閉まらないなどの「立て付けが悪い」という状態になってしまうわけです。それを防ぐべく、建材メーカー各社は試験設備で性能試験を繰り返しています。ただ、加熱しての耐久試験はクリアが難しく、実施しているのは神谷コーポレーションのみだといいます。ちなみに神谷コーポレーションの伊勢原工場ではこうした試験の様子などを「KI-LABO」として限定公開しており、施主の方や契約しているビルダーの人が希望すれば見学できます(要予約)。

室内ドアの厚さ見本。ショールームで実際に見てみると、厚みのある安心感を体感できる(写真提供/神谷コーポレーション)

室内ドアの厚さ見本。ショールームで実際に見てみると、厚みのある安心感を体感できる(写真提供/神谷コーポレーション)

よく外国の家と日本の家を比較して「すべてが小さく、軽い」といわれますが、こうした「天井高や厚み」の差にあるような気がします。

一方でハイドアを採用するうえでの、注意点、デメリットはないのでしょうか。

「ひとつは価格ですね。一般的な高さの室内ドアと比較すると、どうしても価格は高くなってしまう。目安としては1.5倍とお伝えしています。本当は全室採用したかったけれど、リビングのみフルハイトドア®にしたというお声はよく頂戴します。ただ、メーカーが製造しているドアであれば、多くがソフトクローズ機能がついており、他の室内ドアと比較して重い、操作しにくい、歪みやすいといったことありません」(長尾さん)

一方で、建築士や工務店が設計してハイドアを造作してもらうとやや重かったり、経年にともなってやソリ、歪みがうまれてしまうこともあるとか。そのあたりは注意して選ぶとよいでしょう。

こちらは引き戸タイプのハイドア。横幅110cm~135cmでオーダーできるとか。通称「動く壁」(写真提供/神谷コーポレーション)

こちらは引き戸タイプのハイドア。横幅110cm~135cmでオーダーできるとか。通称「動く壁」(写真提供/神谷コーポレーション)

室内ドアで日本の家はまだまだかっこよくなる!?

神谷コーポレーションによると、ハイトドアで一番人気の色は白だそう。ほかにもグレーやグレージュ、天然木、鏡、デニム張りなど、さまざまな色やバリエーションがあり、幅広いインテリアの好みに対応しています。白やベージュが中心だった壁紙は、今はさまざまな色が選ばれているのと同様、ドアとの組み合わせも楽しめそうです。

こちらも引き戸タイプで空間を広く使える。天井のおさまりの美しさに注目。金具もなく、スリットに手をいれて開閉する。用の美の極地(写真提供/神谷コーポレーション)

こちらも引き戸タイプで空間を広く使える。天井のおさまりの美しさに注目。金具もなく、スリットに手をいれて開閉する。用の美の極地(写真提供/神谷コーポレーション)

「家に求める価値観が多様化しているなか、インテリアのトレンドも年々、変化していますし、居室の天井高もより高くなっていて、海外のような抜け感、スタイリッシュさを求める人は年々増えているように思います。当社のドアの枠がない、完全な壁面化はこうした時代のニーズに即していると自負しています。また現在、ドアの高さは最大3mまで対応していますが、まだ一部のシリーズのみなので今後すべてが3m対応になるよう挑戦したい」と意欲的です。

また、「KI-LABO」では、商品開発時に行う試験の様子を見学できるのですが、その内容がスゴイ! 前述の通り、室内ドアは「ソリ」が問題になるといいましたが、その「ソリ」を抑えるために、徹底して商品試験を行っており、その様子を見学できるのです。

限定公開されているKI-LABO(写真提供/神谷コーポレーション)

限定公開されているKI-LABO(写真提供/神谷コーポレーション)

照射加熱試験の様子。初めて見るテストに興奮します(写真提供/神谷コーポレーション)

照射加熱試験の様子。初めて見るテストに興奮します(写真提供/神谷コーポレーション)

(1)照射加熱試験…8時間ほど熱を加えて強制的に曲げたあとに、16時間ほど冷まし、これを5回繰り返す試験。一般的には外壁材で行われる。
(2)二室反狂環境試験…部屋間の湿度差による変化を試験する。湿度90%の部屋と50%の部屋を用意し、曲がらないか試験する。
(3)開閉繰り返し試験…10万回の開閉に耐えられるか。機械が実際に動かし、ドアだけでなく金物が壊れないかも試験する。
(4)衝撃剥離試験…30キロの袋をぶつけてドアが壊れないか試験する。子どもやモノがぶつかることを想定している。動画で最終的にバールでガラスを破壊する様子も視聴できる。

他にも、塗装とシートの違い、新商品の遮音ドアによる生活音の聞こえの「差」なども体験できます。個人的には、印象に残っているのは色や素材の違いや美しさ! 引き手のデザインの豊富さ、白の違いの美しささ、ベージュやグレージュとの違いなどに感動します。マニアックな施設だと思われがちですが、ここを見学したいと、関東だけでなく日本全国から見学希望があるとか。ハイドアは、大変失礼ながら見た目の美しさ、かっこよさ重視でここまで流行しているのかと思っていましたが、機能面や安全面でもすぐれていますし、ここまで広く公開しているのは、専業メーカーとしての自信があるからなのでしょう。

取材を終え、日本の室内ドアはこんなにかっこよくなるんだ……と一人で感激に打ち震えていました。よく考えてみれば、日本の室内建具といえば、基本的には障子と襖だったわけで、日本のドア、室内ドアの歴史はまだはじまったばかり。西洋のものを取り入れて、改良するのは日本の十八番です。「室内ドア」から、日本の住まいがもっと美しく快適で、安全になっていけばいいなと思います。

●取材協力
神谷コーポレーション

残価設定型の住宅ローンってどんなもの?メリットや注意点などをわかりやすく解説

パナソニックホームズが、一般社団法人移住・住みかえ支援機構が開発した長期優良住宅対象の残価設定型住宅ローンについて、楽天銀行との提携を経て、返済期間が最長40年の「楽天銀行オプション付加型残価設定住宅ローン」の取り扱いを開始すると公表した。残価設定の住宅ローンとは、一体どんなものなのだろう?

【今週の住活トピック】
楽天銀行と返済期間最長40年の残価設定型提携住宅ローン取り扱いを開始/パナソニック ホームズ

住宅ローンにおける残価設定のローンとは?

住宅ローンでは耳慣れないローンだが、カーローンではよく耳にする「残価設定型ローン」。車の購入の際に、あらかじめ将来の下取り価格を設定して、車両価格から下取り価格(残価)を差し引いた金額に対してローンを組む方法のことだ。

では、住宅版ではどうなるのか?
パナソニックホームズの残価設定型住宅ローンは、移住・住みかえ支援機構(以下「JTI」)が提供する「残価設定型住宅ローン」を利用するもので、通常の住宅ローンに、「返済額軽減オプション」と「買取オプション」という二つのオプションを付ける形になる。

大雑把に言うと、通常のローン返済をする途中で、あらかじめ決められたオプションが行使できる時点で、返済額は大幅に減るが終身でローン返済を続けるか、住宅ローンの残高と同額で買い取ってもらうかを選べる、といったものだ。残価設定時期などはJTIが決める。

したがって、JTIが大きな役割を果たすことになるので、JTIが残価設定型住宅ローンの仕組みを提供する背景について見ていこう。

JTIが残価設定型住宅ローンを提供する背景は?

JTIは国土交通省の支援を受けて設立した、持ち家を長く活用してもらうことを目的とした一般社団法人。シニア層が使わなくなった住宅を子育て世代に向けて転貸する「マイホーム借上げ制度」などを提供している。

2021年に住生活基本計画の見直しが行われた際に、「ライフスタイルに合わせた柔軟な住替えを可能とする既存住宅流通の活性化」のため、残価設定ローンを含む多様な金融商品を活用することが盛り込まれた。これを契機に、JTIが、維持管理体制の充実した事業者が施工する認定長期優良住宅について、将来の残価を保証する仕組みを開発した。これが、残価設定型住宅ローンだ。

したがって、残価設定型住宅ローン対象となるのは、国の認定を受けた「長期優良住宅」で、施行する事業者も指定されたハウスメーカーに限られるので、対象は一戸建てになる。また、取り扱いができる金融機関も、現時点で指定されているのは、日本住宅ローン、三菱UFJ銀行、楽天銀行だ。

※長期優良住宅とは、長期にわたり良好な状態で使用するための措置が講じられた優良な住宅。長期に使用するための構造及び設備を有していること、維持保全の期間や方法を定めていることなどが求められる。

残価設定型住宅ローンの仕組みをもっと詳しく

残価設定型住宅ローンについて、下の概念図でもう少し詳しく見ていこう。

例えばJTIが残価設定月を20年後に設定した場合、通常の住宅ローンの返済をしていくが、30歳で借りて50歳で残価設定月に達したら、リバースモーゲージ(死亡時に担保不動産を処分して残債を返済する住宅ローン)の仕組みを使った「返済額軽減オプション」を選ぶ(左側)か、その時点のローン残高の額で買い取ってもらう「買取オプション」を選ぶ。また、「返済額軽減オプション」を選んだ場合でも、途中で「買取オプション」を行使することもできる(右側)。

出典:パナソニック ホームズのリリースより

出典:パナソニック ホームズのリリースより

まず、「返済額軽減オプション」について見ていこう。「1」では通常の住宅ローンの返済となるが、残価設定月以降にオプションを行使すると、元金の返済額をJTIの保証する残価に合わせることで返済額を大幅に軽減する「新型リバースモーゲージ」に切り替わる。借り入れから50年経つと元金の返済がなくなり、51年目以降は利息のみの返済となる。そのため、「2」、「3」と段階的に返済額が減る形になる。

次に、「買取オプション」について。残価設定月に行使した場合は、その時点の住宅ローン残高と同額で、また返済額軽減オプション選択後に行使した場合は、新型リバースモーゲージの残高と同額で、JTIが買い取る形となる。

残価設定型住宅ローンのメリットやデメリットは?

残価設定型住宅ローンのメリットは、長期間返済する中でいくつかのリスクを回避できることにある。例えば定年後に想定したよりも収入が減ってしまった場合でも、「返済額軽減オプション」によって、返済額を抑えることができる。

また、一定期間住んでから売却しようとしたとき、住宅市況が悪化して売却額では住宅ローンの残債を返せないといったときでも、残債と同額で売却できるので、ローンから解放される。住宅市況が良好で高く売れるときは、自身で売却した額で住宅ローンを完済すればよい。

このように、住宅ローンによって自由な住替えを妨げられることがなくなるのだが、注意点もある。

「返済額軽減オプション」を行使した場合、当初の住宅ローンに付帯した団体信用生命保険は終了し、以降は団体信用生命保険に加入できない。また、終身で返済することになり、当初の住宅ローンよりも利息を多く払う場合もある。

なお、認定長期優良住宅は、長期使用ができるように認定計画に沿ったメンテナンスを継続的に行うことが求められる。そのため、一般的な住宅よりも点検や補修費用などがかかってしまうことも、理解しておきたい。

社会的に見ると、残価設定型住宅ローンを利用した住宅は、いずれのオプションでも、最終的にはJTIに帰属するので、良質な住宅が空き家になることはない。こうしたメリットもある残価設定型住宅ローンだが、利用できる住宅(事業者)や金融機関が限られるので、どの住宅でも利用できるわけではない。とはいえ、ローンを利用する側にとって、多様な選択肢の一つになるので、こうした住宅ローンがあることを知っておいてほしい。

●関連サイト
パナソニック ホームズ「楽天銀行と返済期間最長40年の残価設定型提携住宅ローン取り扱いを開始」
移住・住みかえ支援機構「残価設定型住宅ローン利用者フォーラム」

”おせっかい”が高経年マンション問題の危機を救う!? 京都市の行政と民間の関わりがユニークすぎる管理の解決策とは

京都市が取り組む「おせっかい型支援」が注目を集めています。劣化が進むマンションを見つけだし、飛び込みで訪問する独特な後方支援ゆえに「よけいなお世話だ」と門前払いされる場合もしばしば。ハードルが高いこの支援、どのように運営しているのでしょう。京都市都市計画局住宅室住宅政策課に話を聞きました。

マンションの老朽化は周辺住民の命にかかわる問題

「『おせっかい』という言葉は、『もう、こちらから押しかけていこう』という気持ちの表れなんです」

「おせっかい型支援」の陣頭指揮を執る京都市都市計画局住宅室住宅政策課の企画担当課長、神谷宗宏(じんや ・むねひろ)さんはそう語ります。リーダーの神谷さんは、建築の技術職です。そして神谷さんをはじめ、同課係長の鈴木裕隆さん、武田あゆみさん、野上智也さんの計4名と、NPO法人「マンションサポートネット」から「おせっかい型支援」は成り立っています。

では、「おせっかい型支援」は、どのようないきさつでスタートしたのでしょう。

京都市都市計画局住宅室住宅政策課の企画担当課長、神谷宗宏(じんや むねひろ)さん(写真撮影/吉村智樹)

京都市都市計画局住宅室住宅政策課の企画担当課長、神谷宗宏(じんや むねひろ)さん(写真撮影/吉村智樹)

「外壁が崩壊等した事例(滋賀県野洲市)」(写真提供/京都市役所)

「外壁が崩壊等した事例(滋賀県野洲市)」(写真提供/京都市役所)

発足のきっかけは、国の「マンション管理適正化法」の制定を受け、2000(平成12)年から始めたマンションの実態調査にあります。

マンション管理に問題が生じていると、築年が古くなるにつれて、居室の賃貸化など非居住化が進みやすく、管理組合の高齢化も相まって、組合活動自体が難しくなり、行政に助けを求めることも難しくなる場合もあります。ひとたび管理不全に陥ると居住者の努力だけでは機能回復が難しくなるため、老朽化がさらに深刻になる実態が幾度の調査から浮き彫りになりました。

神谷「マンションの廃墟化は、京都の景観への影響も大きく、もはや私有財産の問題ではないことにいち早く気づいたのです。当初はマンションの管理に行政が踏み込む法的な根拠はありませんでした。しかし、廃墟化を待つわけにはいかない。マンションに長く快適に住み続けてほしい。だから頼まれてもないのに管理組合の支援を始めたのです。これが京都発“おせっかい型”支援の所以です」

全国でマンションの管理不全に注目が集まるきっかけとなったのが、かつて滋賀県野洲市に存在した「廃墟化マンション」です。このマンションは2010年(平成22年)に建築基準法に基づく外装材の落下防止措置などが勧告されたにもかかわらず放置状態が続き、2020(令和2)年、遂に行政代執行による解体工事が着工。その費用はなんと1.18億円にものぼりました。このように管理組合が正常に機能していない場合、問題を抱えたマンションは放置され、解体費用などで財政を圧迫してしまうケースがあるのです。

神谷「野洲の廃墟化マンションの行政代執行の件は、京都も関心を持っていました。行政代執行にかかった金額は相当ですが、何より危険です。マンションは私有財産ですが、管理不全に陥って老朽化したときに、景観だけではなく周辺の住環境やコミュニティに与える影響がひじょうに大きい。放っておくと住民の命にかかわるんです」

2020(令和2)年に国が「マンション管理適正化法」を改正し、同法に基づく指針のなかで、マンションは民間資産であり社会的資産でもあると初めて位置づけられました。行政のマンション管理への関与が位置づけられたことを機会に、近年京都の“おせっかい型支援”が注目され、全国にも広がっています。

それにしても「おせっかい型支援」とは、わかりやすい、大胆なネーミングです。

神谷「いきなり“要支援”と言葉にすると、どうしてもネガティブイメージを払拭できない。いやがる人もいるでしょう。そこで『おせっかい』という、くだけた表現を使いました」

老朽化したマンションの外壁のイメージ(画像/PIXTA)

老朽化したマンションの外壁のイメージ(画像/PIXTA)

建築のプロの目視で発見する「要支援マンション」

では、「おせっかい」が必要なマンションは、どのように発見するのでしょう。

神谷「第一歩は、各マンションの管理組合へのアンケート調査です。アンケートの回答を参考にしますが、組合活動がしっかり行われていない場合、回答をいただけないことが多い。 回答がないことが、管理不全に陥っている可能性を示唆しているんです」

アンケートの回答がないのも、一つの調査結果です。管理不全状態に陥っている可能性をより明確化するため、新たに加わったもう一つの方法が、専門家による外観目視の調査。視察するのはマンション管理士、建築士、弁護士など複数業種のエキスパート約15名によって運営されているNPO法人「マンションサポートネット」。築20年以上が経ったマンションの外壁の剥がれ具合、金属製の柵が錆びた様子などから異常がないかどうかを彼らが判断し、要支援マンションの候補とします。

ヒアリングと外観調査の双方向に指標も設け、基準7項目のうち4項目に該当していると、要支援の対象に。NPO法人「マンションサポートネット」のメンバーと、神谷さんを筆頭とした京都市都市計画局住宅室住宅政策課4名による「おせっかい」が始まるのです。マンションサポートネットはマンション管理組合が「主体的によいマンション管理ができる」ように現地へ赴き、「建物や設備の点検」「大規模修繕工事」「長期修繕計画の作成や見直し」「管理規約の改正」「委託管理の見直し」などのコンサルタント業務を行う、言わば実行部隊なのです。

要支援マンションなどの判断基準(表1)と定義(表2)(京都市役所資料を基にSUUMO編集部作成)

要支援マンションなどの判断基準(表1)と定義(表2)(京都市役所資料を基にSUUMO編集部作成)

神谷「外観から『もしや?』と感じた場所へ実際に出向き、棟内や部屋を視察すると、配管設備がボロボロだったり、ひどく漏水していたりする場合もあります。外観に傷みが見受けられると、内部もかなり劣化が進んでいると考えられるので、一刻も早い対策が必要です」

建築の技術職である神谷さん。街を歩いていても、マンションを見て「ピンとくる」場合があるのだそうです。

京都市の街のイメージ(画像/PIXTA)

京都市の街のイメージ(画像/PIXTA)

投資型マンションに多く見られる「管理不全」

要支援マンションが現れる背景には「管理不全」があります。「マンションを維持する母体となるはずの管理組合がうまく機能してない」「管理組合の実態が確認できない」など、管理責任の在り処があいまいなのです。そのようなケースでは、「おせっかい型支援」として、「管理組合の規約を立ち上げる」という根源的な部分から介入するといいます。

その管理不全に陥る一つの大きな要因に、「非居住化が進んでいる」という傾向が挙げられます。

神谷「例えば区分所有者が投資や事業を目的としてマンションを購入している場合、ご自身は住んでおられないことが多いんです。部屋を賃貸されている場合、借主である居住者には管理組合に参加する義務がない。賃貸されていなくても区分所有者が倉庫や事務所として利用されている場合もある。つまり、区分所有者は現地に住んではおられない。建物に少々の不具合があってもご自身がお住まいになっているわけじゃないので、お金を出してまで修繕するかというと、どうしても無関心になってしまうんですよね」

マンションの利用形態が複雑多様化するなか、区分所有者と居住者が異なるため、管理に関する合意形成ができず不行き届きになってしまう。非居住化が進んでいるマンションの支援は難航し、長期化します。今後の「おせっかい型支援」の大きな課題の一つです。

投資系マンションが管理不全に陥るという傾向が多いという(画像/PIXTA)

投資系マンションが管理不全に陥るという傾向があるという(画像/PIXTA)

「いらぬお世話だ」と追い返されるケースも

マンションの管理体制を立て直し、より長く使ってもらおうと立ち上がった「おせっかい型支援」。とはいえ、誰しもがやすやすとは受け入れてくれません。おせっかいと銘打つわけですから、「いらぬお世話だ」と追い返されるケースもあるのです。

神谷「話を聞いてくださる方にたどり着くのが大変ですし、たどり着けても、まずは警戒されます。いきなり押しかけてこられて、自分たちの私有財産、台所事情を探られるわけですから。たとえマンションの関係者が話を聞いてくれたとしても、管理組合が機能していない内情を簡単には明かしてくれません。根気のいる作業なんです」

「おせっかい型支援」のイメージ図(画像/PIXTA)

「おせっかい型支援」のイメージ図(画像/PIXTA)

このように、サポートに辿り着くまでに幾つもの壁があるといいます。

神谷「マンションサポートネットはその点、さすが経験豊富な専門家の集団です。さまざまなパターンに対して、対応のノウハウを蓄積されておられます。大きな声で怒鳴られるなど、危険な目に遭う可能性もあるわけですから、誰でもできるわけではない。豊富な経験に裏付けられた知見を持っている彼らは頼りになる存在です」

そうして幾度かの説得の末、申し出を受け入れたマンションと、やっと話し合いへと駒を進めることができるのです。

マンションと住民の「二つの老い」

マンションが抱える問題は、大きく二つあるといいます。一つは「マンション自体の高経年化」。二つ目が「区分所有者の高齢化」です。そしてこの二つの問題は、セットでもあるのです。

神谷「“二つの老い”と呼ばれています。昔はマンションに永住するという考え方は、あまりなかったようです。一時期はマンションに住んで、ゆくゆくは戸建てに移住する。それが一般的な暮らし方とされていました。しかし近年はマンションを終の棲家とする人たちも増えてきた。しかし管理費が計画的に積み立てられていない場合、マンションが高経年化すると修繕箇所が増えるにもかかわらず積立金が不足しているために適切な対応ができない。積立金額を上げたくても高齢化が進み、上げられない。そうしていっそう管理不全化が進んでしまうんです」

マンションの高経年化の進行(京都市役所作成)

マンションの高経年化の進行(京都市役所作成)

マンションの修繕積立金は、年数が経つにつれてだんだんと金額が上がっていく「段階積立方式」をとっている場合が多い。しかし計画的な管理ができていない場合、必要な積立金額がわからず、必要額がわかったとしても「時すでに遅し」なのです。そういった事態をできるだけ避けるため、京都市では積立方式について議論している検討会に参加しています。

京都のマンションは6割が小型

京都のマンションには、一つの顕著な特徴があります。それは「小規模マンションが多いこと」。50戸以下の小さなマンションが全数の約6割を占め、さらに21~30戸のマンションは350棟を数えます(2020年調べ)。京都市は小規模な土地が多いことや、厳しい景観政策を実行しており、建築物の高さに制限が設けられている地区があります。それゆえに高層マンションが建ちにくく、小規模化するのです。そして小さなマンションほど「支援を要する場合が多い」のだとか。

京都市住戸別マンション数(京都市役所作成)

京都市住戸別マンション数(京都市役所作成)

老朽化の兆候が見られるマンション(京都市役所作成)

老朽化の兆候が見られるマンション(京都市役所作成)

神谷「大きなマンションには、管理会社が入っていることが多いです。小規模な高経年マンションも管理会社が入っていたり、管理会社を入れずに自主管理されていたりするところは少なくありませんが、大中規模以上に比べて人材面、資金面ともに脆弱になってしまう傾向がありますね」

国土交通省も注目する「おせっかい型支援」の成功事例

では「おせっかい型支援」は、どのような実績があるのでしょう。成功事例を二つ、紹介します。

一つ目は1974(昭和49)年竣工、築50年 の「真如堂マンション」。左京区岡崎地域の静かな住宅地に立つ13 戸の小型マンションです。

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入前

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入前(写真提供/京都市役所)

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入前(写真提供/京都市役所)

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入後

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入後(写真提供/京都市役所)

真如堂マンションの「おせっかい型支援」介入後(写真提供/京都市役所)

真如堂マンションは理事長と居住区分所有者の数名で自主管理を行ってきたものの、建物の老朽化が進みました。そこでマンションサポートネットの協力のもと、2013(平成 25 )年度に外壁塗装、鉄部の塗り替えなどの維持工事、受水槽の撤去、遮音や断熱性能の高い玄関ドアへの交換、水道管直結などを着工。資産価値のアップを図ったのです。

工事が始まる前にはマンションサポートネットのメンバーのアドバイスを仰ぎながら管理組合を立ち上げ、規約改正を行いました。そうして長期修繕計画に基づく資金計画を検討した後、修繕積立金を適正に値上げし、工事費に充てました。それでも足りない分は住宅金融支援機構の融資を活用。専門家の助言を受け、帳簿を作成し、融資の条件を満たすことができたのです。

このように多角度的な支援の甲斐があり、築50年を経ながら現在も特段に古びた様子は見受けられません。

もう一つが1971(昭和46)年竣工、築53年 の「京都グランドハイツ」。平安神宮や琵琶湖疎水など京都の歴史的建造物に囲まれた左京区聖護院にあります。7階建、総戸数91戸という中型マンションです。

京都グランドハイツ「おせっかい型支援」介入前

京都グランドハイツ「おせっかい型支援」介入前(写真提供/京都市役所)

京都グランドハイツ「おせっかい型支援」介入前(写真提供/京都市役所)

京都グランドハイツ「おせっかい型支援」介入後(写真提供/京都市役所)

京都グランドハイツ「おせっかい型支援」介入後(写真提供/京都市役所)

昭和のオイルショックのさなか、管理会社から委託費用の大幅値上げを要求され、これをきっかけに1976(昭和51)年には自主管理へと移行。外壁塗装、屋上防水ほか小修繕を実施し、活発な管理が行われてきました。

しかし高経年マンション実態調査において、建物の劣化が進行していると判明。役員の高齢化が進んだなどの理由で必要な改修ができていなかったのです。京都市役所は2013(平成25)年よりマンションサポートネットを派遣。専門家の助言を契機に役員が熱心に管理業務に取り組むようになり、規約の改正、資金の調達のうえ、2018(平成30)年、遂に大規模修繕工事の実施にこぎつけました。

現在は建物の劣化や管理不全の問題が解消され、良好なマンション組合の運営が行われています。2023(令和5)年10月の国交省主催の事例報告会では好例として取り上げられたほどの事例なのです。

なかには『維持していくことすらも非現実』という物件も

管理不全に陥ったマンションのなかには、管理体制の見直しという観念ではもはや収束できない、危険な状態にある例もあるのだとか。

神谷「この建物を安心安全な状態まで修繕するには何千万、いや何億かかる。たとえ修繕積立金等を切り崩して修繕しても、老朽化は進行するので次の修繕が必要になる。重なる修繕に多額の費用がかかるであろうが修繕積立金の目途が立たない。そのように『維持していくことすらも非現実』という物件も実は幾つか見つかっています。そうなるともう、『売却すれば、今ならこれぐらいのお金は戻ってきますよ』という方向にしか話を持っていきようがない。言わば“マンションの終活”ですね。今後マンションはどんどん高経年化が進みますから、マンションの終わり方を考える支援はこれから増えていくでしょう」

マンションを支援する形も、今後は除却も視野に入れて提示するなど、選択肢が増えていくようです。

要支援状態から脱しても油断はできない

こうして京都市都市計画局住宅室住宅政策課とマンションサポートネットの尽力により、マンションにしっかりした管理組合が設立されたり、大規模修繕工事が実施されたり、長期修繕計画ができたり、管理費や修繕積立金の適切な徴収が可能となったりし、47棟あった要支援マンションは、半数がその状態を脱することに成功しました。

しかし、「そこで終わりではない」と神谷さんは言います。

神谷「専門家が入っているあいだは支援がうまくいっていたけれども、いったん専門家が外れてしまうと元に戻るケースもありました。『やっぱり、どうしていいかわからない』『うまく回せない』という例があるんです。そのためにも、支援を要しなくなったあとも、常に状況を把握しておくことが大事だと考えます」

「一度介入して終わりではなく、継続的な支援が必要だ」と語る神谷さん(写真撮影/吉村智樹)

「一度介入して終わりではなく、継続的な支援が必要だ」と語る神谷さん(写真撮影/吉村智樹)

次に取り組むのが「マンションの管理状態の“見える化”」

改正マンション管理適正化法は2022(令和4)年4月に施行されました。この法律は、マンション管理業者の業務を規定する内容が主でしたが、今回の改正で、管理組合に向けた内容が追加されました。行政が管理組合に対し、助言や指導を行うといったことも盛り込まれています。「行政もマンションの管理をしっかりやらなければならない」と国ぐるみの議論が加速化するなか、京都市役所の先進的な取り組みは他都市からも注目されています。

神谷「他の自治体さんからも高い評価をいただき、『おせっかい型支援の方法論を教えてほしい』『どのように実態を把握するのか』という問い合わせをけっこういただいています。プッシュ型支援という言い方で、全国に取り組みが広がっているんです。京都市としてはとても喜ばしいことと受け取っています」

高経年マンションが増え、新しい支援のスタイルとして全国のモデルケースとなった京都市役所。そんな京都市役所はさらに未来へ向け、次の一手を打とうとしていました。

マンションの管理の見える化のイメージ図(画像/PIXTA)

マンションの管理の見える化のイメージ図(画像/PIXTA)

神谷「現在、取り組んでいるのがマンションの管理状態の“見える化”です。2022(令和4)年に改正されたマンション管理適正化法のなかに『管理計画認定制度』という、マンションの管理状態を行政が認定する制度が作られたんです。この制度の最大の意義は、マンションの管理状態を図る物差しができたことだと考えています。マンションの広告などに『法律に基づく行政機関の認定を受けました』などと記載していただく。そうすると市民のマンション購入の目安になり、中古マンションであっても『しっかりしたマンションなんだな』と考えてもらえるでしょう。金融機関も認定によって管理状態を推し量ることができるので、『長期修繕計画もしっかりしているし融資をつけてみようか』という展開に持っていきたい。そうなると、マンション側も『うちも、どうせなら認定を取ろうか』という発想になっていきますよね。認定マンションを増やすことによって、管理に対する意識がどんどん高くなっていくと思うんです」

経過年数が長いマンションは不安視されがちです。しかし、管理計画認定がされているのならば購入を検討するなかでの安心材料となります。昨今、若い子育て世帯の流出が問題になっている京都市。マンションの認定制度が普及し、マンション全体の管理水準を上げることが、流出を食い止めるカギの一つになるでしょう。

国土交通省の発表によると、2022(令和4)年末の段階で、築40年以上のマンションは日本に約125.7万戸が存在し、20年後(2042年末)には445万戸にまで増加するのだそうです。
人間ともに高齢化するマンション。高経年による事故や悲劇を防ぐのは、どんなに時代が進んでも、「おせっかい」という古きよき人情なのだと、取材を通じて感じました。

●取材協力
京都市都市計画局住宅室住宅政策課

内窓DIYで室温10度も断熱できる省エネ対策。ホームセンターで買えるお手軽キットでも可能

「夏暑く、冬寒い」「結露ができて不快」、こうした住まいの問題を解決するには、どうやら「窓」の改修がいいらしい、ということが知られるようになりました。とはいえ、どのくらい効果があるの?DIYで手軽にできない?などの疑問はつきないはず。そうした疑問や悩みを解消してくれる「断熱改修はじめの一歩」ワークショップが長野県で開催されました。子どもも参加OK、ホームセンターで買える簡易的な内窓キットと最低限の工具だけを使って内窓のDIYをしよう! という一見お手軽な内容にも関わらず完成した内窓をつけたところ、なんと10度も表面の温度差が生まれるという驚きの結果に。その様子をレポートします。

内窓をDIYで自作してみたい!長野県全域から希望者殺到!

「断熱改修はじめの一歩」という講演会とDIYワークショップが開催されたのは、長野県上田市。二部構成で、一部は断熱推進イニシアチブ合同会社の木下史朗さんによる講演、現役の建具職人でもある有限会社クボケイの窪田智文さんのミニレクチャー、二部は市販されている内窓キットを使ってのDIYワークショップというもの。主催は長野県上田地域振興局で、運営にあたるのがNPO法人上田市民エネルギーです。

近年、内窓をDIYで作成できる「内窓キット」がホームセンターなどで購入できるようになっています。今回のワークショップではこの「内窓キット」を用いて、建具職人を講師に招いて、内窓を実際につくるという試みです。ちなみに、必要な道具は差し金や鉛筆、カッターなどの身近なものばかり。DIYの心得がなくとも誰でもできるといいます。

一部の講演会には上田市在住の方だけでなく、長野県内各地から約60名が参加し、二部のワークショップの定員20名はわずか数日で満員になったとか。想像以上の関心の高さに圧倒されますが、長野県上田市は冬の寒さはもちろん、夏はびっくりするほど暑くなるそう。

「全国的に暑かった2023年ですが、上田では全国最高の38.4度を記録したこともあるほど。とにかく夏は暑いんです。さらに冬は寒いため、二酸化炭素削減にも健康面でも、建物の省エネ性能向上が必須なんです」と話すのは上田市民エネルギーで理事長を務める藤川まゆみさん。

長野県はこうした自然の厳しさを背景に、住まいや建物の省エネルギー性向上を推進しており、上田高校や白馬高校など複数の県立高校で高校生が企画運営する断熱ワークショップを支援しています。また、こうした学生の断熱に関する取り組みがニュースになることも多く、それを見聞きした保護者をはじめ、一般世帯にも関心が広がっているようです。すばらしい流れですね。

■関連記事:
白馬村から雪が消える?! 長野五輪スキー会場も直面の気候変動問題、子ども達の行動で村も変化

断熱改修の初心者に向けて。講演会でしっかりと知識を身に付ける!

まず一部は「断熱改修はじめの一歩」と題して、断熱推進イニシアチブの木下史朗さんが、自宅のサーモグラフィ画像をあげつつ、自宅や軽井沢の高性能賃貸「六花荘」を建てたこと、軽井沢の空き家を性能向上リノベさせたエピソードを紹介。

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

加えて、日本の既存住宅のうち、1999年の省エネ基準(2025年義務化予定)に達しているのがわずか1割程度しかないこと、建築物が断熱されていないため多くのエネルギーを無駄にしていること、断熱性能をあげるにはまず「窓」が大切であることを説明していきます。実体験+データを交えての話はリアリティがあるうえ、建築士ではなく、ひとりの住まい手としての体験から得た話となっており、非常にわかりやすいものとなっていました。

また、現在は「先進的窓リノベ事業」「長期優良住宅リフォーム推進事業」「信州健康ゼロエネ住宅(リフォーム)」といった助成制度があること、省エネ性能が高いものほど補助額が高いこと、今ある窓の内側にもう一枚窓をつくる工法、今ある窓枠を壊さず新しい窓に交換する工法があることなども紹介されていました。

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

参加者には子育て世帯が多いのかと思いきや、年配世代も多数参加していました。築年数が経過した住まいは無断熱、または断熱性の低い住まいが多いので、当たり前といえば当たり前かもしれません。講演のあとには、断熱材の主な材質とその特徴の違いについての質問が飛び出すなど、講演者・参加者のみなさんの本気度合いに圧倒されます。

建具職人によるDIYのコツ。成否の鍵を握るのは採寸と裁断

その後、二部でも登場する現役の建具職人・窪田智文さんが登壇し、ホームセンターで販売されている内窓キットを使って内窓を作成するコツを話してくれました。窪田さんは2012年の技能五輪全国大会家具部門で銅メダルに輝き、現在でも建具と家具を担当する現役の建具職人です。今までも上田高校などの断熱ワークショップを手伝っているそうですが、地元にこうしたトップクラスの職人さんがいて、協力を得られるのは大変貴重です。

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによると、ホームセンターでも内窓のDIYキットの取り扱いは増えているとのこと。DIYキットの内容は(1)窓枠に貼るレール、(2)サッシにあたるフレームのセットで、価格は2000~4000円程度。これに加えて、窓ガラスに相当するポリカーボネートを購入し、1窓約1万円程度でできるそう。

既存の窓に加えて、内窓を1枚つけると空気層ができます。空気は熱を伝えにくい性質をもっているため、冬は暖かく、夏は涼しくなる、これが内窓での断熱性が向上する理由です。
内窓のDIYを成功させるにはいくつかコツがあるそうですが、要約すると以下になります。

(1)既存の窓枠をしっかり採寸する
・定規はしっかりした材質で、まっすぐ良いものを使う
・レーザー計測器もあるが、自分でもしっかり確認を
・幅や高さだけでなく、真ん中の高さ、斜めもしっかり測る
(築年数が経過した物件はたわんでいることがあるため、たわんでいたら要補正)

(2)窓にあたるポリカーボネート板をまっすぐ裁断する
・ポリカーボネート板を、計測したサイズどおりに、まっすぐ切ること
・一度に切ろうとするのではなく、表面に筋をつけていき、徐々に裁ち落とす
・自分で切るのが難しい人はホームセンターのカットコーナーで依頼するとよい(ホームセンターにもよるが、1カット100円以内)

また、窓が大きいほど採寸・裁断が難しくなるため、まずは小さな窓からはじめてみて、成功したら次の窓をすすめるとよい、とアドバイスしていました。

温度差10度! 部屋の体感はぐっと暖かくなった

そしていよいよ二部のワークショップへ。今回は上田地域振興局が入る上田合同庁舎3階の会議室の内窓合計14枚を作り、その後も使っていく計画です。市民参加で公共建築物の断熱性が向上できるのは、とても有意義な取り組みですよね。何しろ(1)ワークショップの場として活用でき、(2)設計施工費用を抑えることができる、(3)建物の省エネ性能が高まる、(4)内窓を知らなかった人も目にすることができ、興味が湧く、など一石四鳥にもなるからです。

講師となる窪田さんに加え、木下さん、小さなお子さんはもちろん、高校生、大人など幅広い世代の参加者がいっしょに作業をしていきます。まずは安全のためにラジオ体操を行いますが、同じ空間で体操をするとぐっと気持ちの距離が縮まり、和やかな雰囲気になります。

また、SUUMOジャーナル編集部員も人生初のDIY体験で参加しましたが、「取材じゃなければ、人生で一度もDIYをしないと思う」というタイプだそう。興味はあるものの、なかなか腰が重い。これは、多くの人が同じ気持ちになるのではないでしょうか。

そんなDIYスキルも事情も異なる参加者が力を合わせ、完成したのが14枚の内窓です。まずは完成したところからご覧ください。下の写真でいうと、右の白枠が設置した内窓、左の結露しているのが既存の窓です。

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

取材日は最高気温5度、外はみぞれ交じりの天気でしたが、内窓はつけるとその表面温度は17度に。手のひらでさわるとより温かさを実感します。約2時間でここまででき、さらに直後で冷やされていないとはいえ表面温度にこんな変化があるとは。まさに感動!のひとことです。

内窓DIYするなら、ホームセンターのカットサービスを活用すると簡単に!

ここであらためて、どのようなプロセスで進められていったのか紹介します。

<使う道具>
内窓キット 14枚分
ポリカーボネート板 14枚分
軍手、差し金、鉛筆、カッターなど

<ワークショップの流れ>
(1)窓レールにあたるパーツの切り落とし
(2)窓レールにあたるパーツを貼る
(3)フレームパーツを切り落とし
(4)ポリカーボネート板を切り落とす
(5)フレームをはめ、フィルムを剥がす
(6)完成した窓を窓枠にはめる

こうしてみると、特別な道具は使わず、材料を切断して貼ったり、枠にはめていったりと、難しい作業はしていません。ただ、やっぱりそこは初対面の人との共同作業になるので、談笑しつつ手探りで作業を進めていきます。

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

参加されたみなさんに感想を聞きましたが、「実際にできるか不安だったが、楽しかった」「プロの技がすごいなと思った」などの感想が。なかには「DIYはあきらめてプロに依頼しようと思いました」「ホームセンターで切断してもらって、はめるだけならできるかも」との声も。確かにホームセンターで「裁断」までしてもらえていれば、ぐっと家庭でも取り入れやすいと思いました。

筆者は窪田さんのキズをつけないコツ、四隅のサイズを少しずつ調整していく仕事の確かさ、身のこなしなどが印象に残りました。なかなか見られない建具職人の仕事ぶりは、まさに眼福です。

さらに今回、DIY初体験だった編集部員はDIYに開眼したらしく、黙々とポリカーボネート板を切り落としていました。「無心になれていい。モノをつくる達成感がふつふつと湧いてくる」とのこと。DIYは無縁と思っていても、目の前で一つの形になっていく、クリエイトする喜びはやっぱり人の心に訴えかけるものがあるようです。

主催した長野県上田地域振興局環境課の上原さんによると、企画の背景を「地球温暖化対策として、やはり窓がよいということを聞いて、今回のワークショップを企画しました。想像以上に反響があり、関心の高さを実感しました。また、実際に手を動かすなかで得られたものは大きいですし、何よりみなさん進むとにこにこしてらして。身近なところから環境負荷を減らすとともに、住まいが快適になればうれしいですね」と話していました。

今回の講演とワークショップ、大きな反響もあったようなので今後、上田だけでなく、長野県全域に広がっていくかもしれません。こうした「断熱改修」の流れが、日本全国の津々浦々に広がっていったらいいのに、そう願わずにはいられません。

●取材協力
・長野県上田地域振興局環境課
・NPO法人上田市民エネルギー
・断熱推進イニシアチブ
・有限会社クボケイ

入居者のための食堂、昼・夕食500円、朝食はなんと100円! 「トーコーキッチン」開店から9年目。入居者希望増、書籍化など、さらにすごいことになってた!

手づくりの食事を朝100円、昼・夕500円のワンコインで毎日提供する、賃貸物件の入居者のために不動産会社が運営する食堂「トーコーキッチン」。2015年のオープン以降、「街の一角に自分たち専用の食堂がある」という安心感を味わえる魅力的な仕組みによって、賃貸物件への入居希望者が増えるとともに、多くの注目を集め続けています。食堂「トーコーキッチン」のある淵野辺(神奈川県相模原市)を訪れ、8年間の変化について聞きました。

「きっかけは、ご家族から聞こえてきた食事への心配の声でした」

「トーコーキッチン」は、神奈川県相模原市の不動産会社・東郊住宅社が運営する入居者のための食堂。JR横浜線・淵野辺駅から徒歩2分ほどの商店街に立地しています。東郊住宅社は40年以上にわたりJR横浜線・淵野辺駅周辺にあるアパート、マンションなど賃貸物件を管理している、地域密着型のいわゆる「街の不動産屋さん」。

淵野辺には、3つの大学(青山学院大学、麻布大学、桜美林大学)が点在しており、東郊住宅社の管理する物件では1人暮らし用のワンルームが6、7割を占め、そのうちの8割ほどに学生が入居しています。

淵野辺駅から徒歩2分。トーコーキッチンはこんな商店街の一角にあります(写真撮影/片山貴博)

淵野辺駅から徒歩2分。トーコーキッチンはこんな商店街の一角にあります(写真撮影/片山貴博)

ガラス張りで、通りから店内が見えます(写真撮影/片山貴博)

ガラス張りで、通りから店内が見えます(写真撮影/片山貴博)

トーコーキッチン店内。午後のティータイム。大学は春休みに入り、普段、大勢来店する学生さんたちは数人見かけるだけでした(写真撮影/片山貴博)

トーコーキッチン店内。午後のティータイム。大学は春休みに入り、普段、大勢来店する学生さんたちは数人見かけるだけでした(写真撮影/片山貴博)

そうした学生を始めとする入居者のために、トーコーキッチンでは朝8時から夜8時まで毎日、朝食を100円、昼食・夕食を500円という格安価格で提供しています。朝・昼・夕食はそれぞれ栄養バランスを考えてつくられた日替わり&週替わり定食、カレーライス500円やキッズプレート300円、コーヒー・紅茶・ルイボスティー100円、サイドメニュー50円といったメニューがそろいます。

一番人気は「ハヤシ社長」500円。池田さん考案のハヤシライスです(写真撮影/片山貴博)

一番人気は「ハヤシ社長」500円。池田さん考案のハヤシライスです(写真撮影/片山貴博)

「カレー会長」は東郊住宅社を創業した先代社長がこよなく愛したスープカレー。先代の奥様のレシピだそうです(写真撮影/片山貴博)

「カレー会長」は東郊住宅社を創業した先代社長がこよなく愛したスープカレー。先代の奥様のレシピだそうです(写真撮影/片山貴博)

これが100円の朝食。しかも税込みです。「朝食はさすがに赤字です」と池田さん(写真撮影/片山貴博)

これが100円の朝食。しかも税込みです。「朝食はさすがに赤字です」と池田さん(写真撮影/片山貴博)

日替わり定食500円。この日はプルコギ定食でした。ご飯は白米と五穀米から選べます。特に豚汁が美味!(写真撮影/片山貴博)

日替わり定食500円。この日はプルコギ定食でした。ご飯は白米と五穀米から選べます。特に豚汁が美味!(写真撮影/片山貴博)

注文票を自分で記入してカウンターに渡すシステム(写真撮影/片山貴博)

注文票を自分で記入してカウンターに渡すシステム(写真撮影/片山貴博)

食堂を利用できるのは、東郊住宅社が管理している賃貸物件の入居者およそ3000人、物件オーナー約200人、関係協力者、同社社員など。借りている自分の部屋のカードキーで食堂に入るシステムで、鍵の保有者と同行すれば家族や友人も一緒に入店できます。部屋探し中の人も食堂の利用体験ができるほか、近隣に暮らす人も興味があれば1度は利用することが可能だそうです。

「ここを立ち上げたきっかけは、新たに一人暮らしを始める学生さんのご家族から聞こえてきた、食事に対する心配の声でした」と当時を振り返る東郊住宅社社長の池田峰さん。「初めての一人暮らし。偏らずにしっかり栄養をとれる食生活が送れるのか」という親心に対し、そうした心配や不安を入居者サービスの一つとして解決できないかと考え始めたことが第一歩だったそうです。

トーコーキッチンをつくるに至った経緯や思い、その後の影響、食堂での日常風景については、当サイトの記事(「入居者のための食堂」が魅力的すぎ!朝食100円、昼食・夕食が500円で食べられるワケ(2017年1月25日掲載))に詳しいので、ぜひご参照を。

トーコーキッチンの魅力的な仕組みに、「自分の家の近くにもこうした入居者向け食堂があればいいのに」「こんな不動産屋さんがあるなんて、淵野辺ってすてきな街だな」などと、記事の反響も大きかったことを覚えています。

「おかげさまで入居率99%超に」。8カ月も前に入居予約が入るほど!

トーコーキッチンは、入居希望者や物件オーナー、賃貸不動産業界にとどまらず、マスコミや世の中からも数多くの注目を集めました。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、WEBマガジンなど100を超えるメディアで紹介されたことがあり、目にした人も多いのではないでしょうか。

立ち上げから丸8年が経ち、この間にどんな反響や変化が起こったのか、池田さんに聞きました。

東郊住宅社社長・池田峰さん。東郊住宅社のオフィスから徒歩約10分のトーコーキッチンには1日数回訪れて、入居者との交流を図っています(写真撮影/片山貴博)

東郊住宅社社長・池田峰さん。東郊住宅社のオフィスから徒歩約10分のトーコーキッチンには1日数回訪れて、入居者との交流を図っています(写真撮影/片山貴博)

「トーコーキッチンの存在が物件選びの1つの動機となって、入居希望者が増え、おかげさまで今では入居率が99%を超えるまでになりました」と池田さん。

2018年時点の神奈川県の空室率が20.1%(※1)=入居率79.9%という数字から考えると、驚異的な高さです。
※1:公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会「民間賃貸住宅(共同住宅)戸数及び空き戸数並びに空き室率の推計」(2018年算出)より

トーコーキッチン以前から、同社管理物件の入居率は95~96%と他に比べて高かったそうですが、今や100%近い割合に。トーコーキッチンのない2015年以前にも高い入居率を保っていたのは、先代が社長時代に導入した「敷金0」「礼金0」「退去時の修繕義務なし(入居者の過失での修繕を除く)」「水漏れや鍵の紛失などの緊急事態に24時間対応」という、先進的な契約条件があったため。そこに食の提供という入居者サービスが加わったことで、「トーコーキッチンがあるから淵野辺に住みたい」「1人暮らしをする子どものために食事環境が安心な東郊住宅社の物件を選びたい」という人が増えたといいます。

「部屋が空いたらすぐに入居希望が入るというありがたい状況です。空く予定がなくても『空いたら入居したい』という方がたくさんいらっしゃいます。昨年はとうとう、引越しシーズンの8カ月も前の6月に、『大学入学で1人暮らしをするので、今から入居の予約はできますか』という問い合わせまで入ることに。新記録ですね。その時点で進学する大学が決まっていない状況だと思うのですが、実際には、淵野辺から片道1時間以上をかけて通学する学生さんもいらっしゃいます」(池田さん)

「学生の入居者さんに関していうと、以前は淵野辺にある3校が近いことから、その学生さんたちがほぼ10割を占めていました。しかし、トーコーキッチン開設以後は、他エリアの大学の学生さんも入居されるようになり、今では2割ほどを占めるまでになりました」と池田さん。

淵野辺駅は新宿や渋谷など都心へ行くには乗り換えが必要で、停車する電車は各駅停車のみ。決して交通アクセスが便利とはいえない街。「乗り換え必須なのにその2割の学生さんたちが、淵野辺に暮らすことを選んでくれたのは、トーコーキッチンがもたらす食の安心感を評価していただいているからなのでしょう」(池田さん)

淵野辺駅北口から見た駅前商店街の様子(写真撮影/片山貴博)

淵野辺駅北口から見た駅前商店街の様子(写真撮影/片山貴博)

桜美林大学のキャンパスは淵野辺駅に隣接(写真撮影/片山貴博)

桜美林大学のキャンパスは淵野辺駅に隣接(写真撮影/片山貴博)

「社会人の方もご高齢の方も、安心な淵野辺暮らしを選んでくれています」

学生以外の入居者も増えたそうです。
「リモートワークが一般化したことで、別の地域から淵野辺に拠点を移した社会人の方がとても増えました。オンラインでのつながりはあるけれど、やはりリアルなコミュニケーションの場があるのは良いということのようです。

また、ご高齢の親御さんを、淵野辺近辺に暮らす子世帯が自宅近くに呼び寄せて、という方々も増えました。たまに顔を合わせられるくらいの近居なら安心。さらに日々の食事はトーコーキッチンがあるからますます安心、というわけです」(池田さん)

入居希望の大きな動機と考えられるトーコーキッチンですが、すべての入居者が食堂を頻繁に利用するわけではなく、常連さんは3割くらいだそう。常連さんにとっても時々利用する人にとっても、「お茶1杯だけでもずっといていいですよ」という姿勢があることで、入居者にとってのサードプレイス(自宅でも職場でもない、居心地の良い第3の場所)的な場所として活用されています。

また、池田さんは1日数回顔を出して、「味はどう?」「部屋で困ったことはない?」と入居者と交流しています。「日本一『味はどう?』って聞いている不動産屋」と自負する池田さん。そうした日々のコミュニケーションも淵野辺で暮らす安心感につながっているのだと思います。

ランチ中の学生さんに気さくに話しかける池田さん(写真撮影/片山貴博)

ランチ中の学生さんに気さくに話しかける池田さん(写真撮影/片山貴博)

笑顔が素敵な食堂スタッフのみなさん(写真撮影/片山貴博)

笑顔がすてきな食堂スタッフのみなさん(写真撮影/片山貴博)

「賃貸物件はすべて自社管理。だからこそ入居者さんに喜んでいただける」

東郊住宅社は賃貸借契約の仲介に加え、取り扱うすべての物件管理及び入居者管理(家賃の入金管理をはじめ、共用部の清掃や不具合の修繕、植栽の手入れなど)を行っています。仲介だけお願いしたいというオーナーの要望には対応していません。「不動産は管理が重要だと考えています。専任で管理をさせていただくからこそ、入居者さんに喜んでいただける仕事がまっとうできると思っています」と池田さん。

以前は1600室ほどだった物件数が、この8年間で1900室に迫るまでになりました。
「当社の管理手数料は物件によって家賃の5~8%と、他の不動産管理会社に比べると安くはない費用をオーナーさんからいただいています。にもかかわらず、『自分の所有物件もトーコーキッチンが使える物件にしたい』と、今までお取引のなかった近隣の物件オーナーさんから興味や共感を持っていただき、管理のご依頼が増えました。さらに、『トーコーキッチンが使える賃貸物件を所有したい』という物件購入の相談も年々増え、現在30人以上のオーナー希望者さんがいらっしゃいます」

こうした動きは、食の提供サービスの存在によって安定した入居率の維持が保てるという、高い付加価値が得られることも含め、物件オーナーが東郊住宅社の物件管理に対する姿勢に大きな信頼を寄せていることをうかがわせます。

「ただ、対象となるのは当社から車で30分圏内の物件です。小さな不動産会社にとって、何かあれば夜中でも駆けつけられる距離の上限だからです。そのため、ご要望があっても場所によってはお断りせざるをえないこともあります」(池田さん)

入居者に寄り添う姿勢は緊急時だけではありません。
2020年には、入居者の困りごとを解決する家事代行サービス「ゴーヨーキーキー」もスタート。5分100円からという利益度外視の安心サービスです。こちらも当サイトの記事(不動産屋さんが家事代行!? 電球交換、虫駆除などのお悩みに5分100円で)に詳しいので、ご覧ください。

日常的に物件状態を把握し、入居者との交流を保ち、食事や家事のサポートの提供によって暮らしの安心を生み出していく。淵野辺で賃貸ライフを送る人にとって、東郊住宅社そのものが街の頼もしい存在となっている状況がわかります。

「入居者用食堂を導入した不動産会社も新たに登場!」

池田さんは以前の取材で「このビジネスモデルの特許取得を勧めてくださる方もいますが、アイデアで儲けるつもりはありません。皆さんの賃貸ライフを楽しくできたらうれしいので、逆に、どんどんまねして導入してくれる不動産屋があればいいと思いますね」と語っていましたが、その後、トーコーキッチンのような入居者向け食堂を立ち上げた企業は登場したのでしょうか。

「私の知る限りでは1社あります。その不動産会社から、同じシステムを取り入れたいと相談を受け、ノウハウをお伝えしたり食堂研修を受け入れたりとご協力させていただきました。現在、既に入居者専用食堂を運営されています」(池田さん)。

「どんどんまねしてもらえれば」という池田さんの言葉とは裏腹に、わかっている限りで同じサービスを導入した企業は1社だけということに意外な気がしました。他にも「実はわが社も」という会社もあるのかもしれませんが……。

しかし、逆に考えると、ここまで入居者・オーナー双方に喜ばれるサービスを追求し継続するというのは、実はとてもハードルが高いこと。誰もが真似できることではないとも感じます。利益度外視の入居者サービスとしての食堂運営、取り扱い物件はすべて自社で管理するなど、入居者が暮らしやすい環境をつくり出していく徹底した企業姿勢を持つからこそ、こうした全方位的に喜ばれるサービスが維持できているのでしょう。

「トーコーキッチンへようこそ!」

トーコーキッチンへの思いを綴った著書『トーコーキッチンへようこそ!』(虹有社)を昨年2023年10月に上梓した池田さん。「ご縁があってこうして1冊にまとめることができました。著書を手にしてくださることで淵野辺に興味を持っていただく機会もさらに増えました」(池田さん)

「お部屋探し帰りのお客様が手に取ってくださり、有隣堂淵野辺店のビジネス書ランキングで週間1位になったことも!」(写真撮影/片山貴博)

「お部屋探し帰りのお客様が手に取ってくださり、有隣堂淵野辺店のビジネス書ランキングで週間1位になったことも!」(写真撮影/片山貴博)

「以前、部屋探しに来られた大学進学予定のお客様から、『実は高校の進路の先生から、暮らすなら東郊住宅社のある淵野辺がいいと勧められて、今日ここに来ました』とお聞きして驚いたこともありました。遠く離れた地の方々にも広く認知されつつあることが、ものすごくありがたいです」(池田さん)

入居者の増加とともに利用者も増え、トーコーキッチンの売り上げも上がっているそうですが、売り上げが上がればその分の利益は良い食材を購入することに還元させているそう。「前年同月比で110%の売り上げアップを目標にしています。新型コロナが5類に移行した月は130%アップ、昨年著書を上梓した後は140%アップとなった月も。ありがたいことに徐々にお客様は増えています」

利益を追求しない入居者サービスの食堂が、それまで関心のなかった淵野辺に人を呼び寄せ、食堂利用者が増えることで食材やメニューが充実するという好循環。全方位に喜ばれるトーコーキッチンそのものが、ある意味広告としての機能を持ち、「住みたい街ランキング」に一度も登場したことのない街に人を引きつけているのです。

「トーコーキッチンを立ち上げてからずっと、毎日の仕事が楽しくて楽しくて。それに、入居者さんや離れて暮らすご家族、物件オーナーさん、そうした皆さんにこんなにも喜んでいただけるということは、トーコーキッチンをやっていなければわからないままだったでしょうね」と、ニコニコの笑顔で語る池田さん。

住む人の安心や喜びを常に考えている不動産屋さんの存在は、淵野辺という街を輝かせているのではないかと感じました。

8年でだいぶ年季が入りました(写真撮影/片山貴博)

8年でだいぶ年季が入りました(写真撮影/片山貴博)

小さなお客様からの「ごちそうさまでした」「おいしかったよ」の可愛いメッセージが(写真撮影/片山貴博)

小さなお客様からの「ごちそうさまでした」「おいしかったよ」のかわいいメッセージが(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
東郊住宅社「トーコーキッチン」
『トーコーキッチンへようこそ!』(虹有社)

人口減少と空き家増加の課題、住まいに困っている人と空き家のマッチングで活路。高齢者や低所得者などの入居サポート、入居後の生活支援も 福岡県大牟田市

近ごろ話題になることの多い空き家問題。福岡県大牟田市では、住宅系部門管轄の空き家を活用するために、福祉系部門の民生委員が調査を行いました。空き家の状態を調査し、住宅を必要とする人とのマッチング、他の支援団体と連携して包括的な生活の支援を目指しています。

他の自治体のお手本になりそうなこの取り組み、大牟田市都市整備部建築住宅課の今福信幸さん、西山妙佳さん、NPO法人大牟田ライフサポートセンターの牧嶋誠吾さん、三浦雅善さんにお話を聞きました。

大牟田市の空き家問題と住宅要確保配慮者の実情とは

福岡県大牟田市は、かつては炭坑節でも知られる三池炭鉱が栄え、1960年代には20万人以上の人でにぎわう、日本の高度経済成長を象徴する街でした。しかし閉山と共に人口は減り、現在では多くの自治体と同様に、人口減少や高齢化などの問題を抱えています。

増え続ける空き家問題も深刻です。
大牟田市の今福さんによると、2019年に実施した調査では2912件の空き家が存在し、2016年からわずか3年で1138件も新たに空き家が増えているとのこと。現状のまま利用できる空き家が減少し、修繕が必要だったり利用が困難だったりする建物が増えていることがわかります。

大牟田市では、人口の減少とともに空き家の増加も問題になっている(資料提供/大牟田市)

大牟田市では、人口の減少とともに空き家の増加も問題になっている(資料提供/大牟田市)

一方、何らかの事情で住まい探しに困っている高齢者、障がい者、ひとり親世帯、外国人など「住宅確保要配慮者」と呼ばれる人たちも増え続けています。

これらの問題を解決しようと、大牟田市では、2012年から行動を起こし始めました。同年、住まい探しが困難な人たちの入居や生活をサポートする団体としてNPO法人大牟田ライフサポートセンターが誕生。翌2013年には、不動産関係団体や医療・福祉関係団体らと情報を共有し、円滑に居住支援を行うための場として「大牟田市居住支援協議会」が立ち上がりました。現在、協議会の事務局は大牟田市の建築住宅課と大牟田ライフサポートセンターが共同で担っています。

大牟田市では全国の取り組みと比べてもかなり早い時期から見守りや、空き家を居住支援に利活用するためのワークショップを行い、関係者間で問題を共有することが居住支援協議会立ち上げの素地となっていった(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

大牟田市では全国の取り組みと比べてもかなり早い時期から見守りや、空き家を居住支援に利活用するためのワークショップを行い、関係者間で問題を共有することが居住支援協議会立ち上げの素地となっていった(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

空き家の実態を調査するために、民生委員と学生が活躍!

現在は大牟田ライフサポートセンターの事務局長であり、当時は大牟田市の職員だった牧嶋さんは、増え続ける空き家を住まいの問題を抱える人たちの受け入れ先として利活用できないか、と考えました。そのためには、まず空き家が「市内のどこに、どれくらいあるのか」の把握と「空き家の老朽状態の確認」をする必要がありますが、市の財政は厳しく、予算もなければ人も足りません。

大牟田ライフサポートの牧嶋さん(右)。かつては大牟田市職員として、住宅部局と福祉部局両方の仕事を経験したため、双方の仕事や考え方も理解した上で「居住支援とは暮らしの基盤を整えることで、決して箱だけを提供するものではない」と話す(写真撮影/りんかく)

大牟田ライフサポートの牧嶋さん(右)。かつては大牟田市職員として、住宅部局と福祉部局両方の仕事を経験したため、双方の仕事や考え方も理解した上で「居住支援とは暮らしの基盤を整えることで、決して箱だけを提供するものではない」と話す(写真撮影/りんかく)

そこで牧嶋さんたちは300人の民生委員(※)に協力を求めることを思いつきました。ところが、当初は相談しても「厚生労働大臣から委嘱され活動している民生委員は、自治体職員の下請けではない」「なぜ私たちがやらなくてはならないのか」と反対意見も多かったのだとか。

「日ごろから築いてきた人間関係を武器に『空き家利活用は地域の問題でもある』ということを何度も説明し、最終的には24校区の内、23校区に協力してもらうことができました。地域で支える認知症の取り組みなど、長期にわたる行政と民間(民生委員)の協働という土壌があったからできたのだと思います」(牧嶋さん)

※民生委員/厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員で、地域住民の立場から生活や福祉全般に関する相談・援助活動を行う。地域社会のつながりが薄くなっている現在、子育てや介護の悩みを抱える人や、障害のある方・高齢者などが孤立し、必要な支援を受けられないケースがある中、身近な相談相手となって、支援を必要とする住民と行政や専門機関をつなぐパイプ役を務めている

民生委員たちは地域に精通しているので、地図を見ただけでどこに空き家があるかを把握していることも多い。この空き家調査でデータだけではわからなかった、市内の空き家の位置や数が明らかに(画像提供/大牟田市)

民生委員たちは地域に精通しているので、地図を見ただけでどこに空き家があるかを把握していることも多い。この空き家調査でデータだけではわからなかった、市内の空き家の位置や数が明らかに(画像提供/大牟田市)

さらには、市内の高等専門学校の建築学科の先生に相談し、学生たちに空き家の老朽度調査を実施してもらえないかを相談。結果、かかった費用は民生委員に渡した蛍光ペン代と学生たちのアルバイト代を合わせて、約90万円でした。

空き家と、住まいに困っている人たちをつなぐ仕組み

この調査で得られた情報をもとに、牧嶋さんたちは本格的な空き家を利活用した居住支援に踏み出します。
2014年には、住宅確保要配慮者向けWEB情報システム「住みよかネット」を立ち上げました。入居を希望する人と空き家のオーナーをマッチングするだけではなく、入居してからの暮らしも見据えた「居住支援」の相談窓口へとつなげるものです。

「住みよかネット」では、空き家の所有者などから許可を得た物件情報を掲載。借りたい人や購入したい人が物件を探せるだけでなく、問い合わせることで居住支援の窓口につながる(画像提供/大牟田市居住支援協議会)

「住みよかネット」では、空き家の所有者などから許可を得た物件情報を掲載。借りたい人や購入したい人が物件を探せるだけでなく、問い合わせることで居住支援の窓口につながる(画像提供/大牟田市居住支援協議会)

大牟田市の居住支援では、住宅の確保から入居支援まで、大牟田市居住支援協議会が窓口となりつつ、入居後の生活支援に関しては居住支援法人であるNPO法人大牟田ライフサポートセンターなどの支援団体が主となって支援していく体制をとっています。ここまでが住宅施策、と区切ってしまうのではなく、互いに連携をとり、必要なところを補い合いながら業務を分担しているところが特徴的でしょう。

「私たち大牟田市居住支援協議会は、空き家所有者と入居希望者を結びつける『仲人』です。オーナーに行政や福祉の窓口に相談にきた相談者の人となりを紹介しながら、現場でお見合いをしてもらいます。この、第三者が間に入るトライアングルの関係と運用の仕組みづくりが重要なんです」(牧嶋さん)

入居後も支援団体が間に入ることで、オーナーが直接対峙するのを避け、入居者に起こっている問題解決のための相談に乗ることができるわけです。

住宅確保の相談から生活支援までの流れ。「居住支援とは、ただ家を紹介するのではなく、空き家物件の確保から、入居サポート、さらには入居後の生活の支援まで、住宅と福祉、両方の支援が必要」だと、牧嶋さんは言う(画像提供/大牟田市)

住宅確保の相談から生活支援までの流れ。「居住支援とは、ただ家を紹介するのではなく、空き家物件の確保から、入居サポート、さらには入居後の生活の支援まで、住宅と福祉、両方の支援が必要」だと、牧嶋さんは言う(画像提供/大牟田市)

住宅の確保には、空き家を提供するオーナーさんを継続して募集しています。
空き家を貸し出すことができれば、オーナーさんはその収入を建物の維持管理に充てることが可能。空き家のまま放置して劣化が進み、倒壊の恐れや相続の際のトラブルの原因になったりするリスクも減らせるので、オーナーさんにとってもメリットです。

オーナーさんから相談が入ると、市役所の建築住宅課の職員と大牟田ライフサポートセンターのスタッフとが一緒に現地に空き家調査に赴きます。

「大牟田市に空き家の相談が寄せられる件数は年間約80件ほど。オーナーさんの希望を聞きながら利用が可能か、取り壊さないと危険なのか建物状況を調査し、使用可能な場合は利活用の道をオーナーさんと共に相談していきます。行政職員が一緒に同行することでオーナーさんも安心して活用を検討できます」(大牟田ライフサポートセンター 三浦さん)

「調査に伺うと、家財道具の処分などを希望されることもあります。市としては特定の会社を紹介することができませんが、NPO法人である大牟田ライフサポートセンターなら直に紹介できるので、オーナーさんも、市としても助かります」(大牟田市 西山さん)

大牟田市職員の西山さん(左)と大牟田ライフサポートセンターの三浦さん(右)(撮影/りんかく)

大牟田市職員の西山さん(左)と大牟田ライフサポートセンターの三浦さん(右)(撮影/りんかく)

困っている人たちにとって「本当に必要な支援は何か」を見極める

大牟田市では、居住支援を行う際、相談に来る人たちに必ずお願いしていることがあります。それは、居住支援協議会の事務局である大牟田市の職員と大牟田ライフサポートのスタッフ以外に、メインとなる支援者をつけること。最初の相談時点で支援者が誰もいない場合は、支援団体への紹介も行っているそうです。

また、大牟田市においては近年、ひとり親世帯、特に母子家庭の困窮者が目立つと言いますが、住まいに困っている人の事情はさまざま。単純に高齢者の問題、低所得者の問題、といったように分類して区切れるものではありません。

「住まい探しだけに困っているケースはごくわずかです。多くの場合、仕事やそれに伴う収入、医療・介護の必要性など、さまざまな問題が複雑に絡み合っているため、よくよく話を聞くと、その人に必要なのは住まいではなく、生活に紐づく複数の問題だったりします。

現場でメインとなる支援者とは別に、私たち大牟田ライフサポートでは、面談を通じた適切なアセスメント(その人自身や周りの人、環境に及ぼす影響を把握すること)によって、相談内容の本質はどこにあるのか、必要な支援は何かを見極めるのです」(牧嶋さん)

住まい探しの相談にくる人は、住まいだけでなく、さまざまな問題を抱えている場合が多い。相談者ごとに本当に必要な支援をしていくため、居住支援協議会以外にメインとなって支援をしていく団体をつけるようにしている(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

住まい探しの相談にくる人は、住まいだけでなく、さまざまな問題を抱えている場合が多い。相談者ごとに本当に必要な支援をしていくため、居住支援協議会以外にメインとなって支援をしていく団体をつけるようにしている(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

居住支援を継続していくためのポイントや課題は?

大牟田市の住宅部局と福祉が連携をとって、居住支援を押し進める事ができるのは、以前から協働の土壌があったことが大きいでしょう。さまざまな分野の人が集まって福祉的視点からの空き家利活用などについて話し合うワークショップを開催するなど、コミュニケーションを重ねてきました。

「民生委員だったり、地域の住民だったり、民間の企業とも関わっていく必要があります。居住支援を広げたいと考えるときも、最初の一歩は現場で属人的な関わりをきっかけに動いていくことが大事です」(牧嶋さん)

そして、今後改善すべき点を聞いたところ、間髪を入れずに「運営費です!」との答えが返ってきました。

「基本的に、お金にゆとりのない人を支援の対象者にしています。既にある制度に則った支援には補助金がつきますが、NPO職員の人件費など、運営費を確保していくのも大変だということを基礎自治体にもっと知っていただきたい。居住支援は行政サービスの一環だという認識がもっと広まってほしいと思います」(牧嶋さん)

居住支援だけで事業を成り立たせるのは至難の業。継続的な支援のための運営費を確保していくことが大牟田市のみならず、居住支援の現場の課題といえそうです。

大牟田市都市整備部建築住宅課課長の今福さん。牧嶋さんと一緒に長年大牟田市の住宅施策、居住支援を推し進めている(撮影/りんかく)

大牟田市都市整備部建築住宅課課長の今福さん。牧嶋さんと一緒に長年大牟田市の住宅施策、居住支援を推し進めている(撮影/りんかく)

空き家をセーフティネット住宅として活用していくことは、国としても目指しているところです。しかし、うまく推し進められている自治体はまだまだ多くはありません。そんな中で、大牟田市は非常にうまく、住宅と福祉が連携している例と言えます。

300人もの民生委員が空き家調査に動いたり、市の職員とNPO法人が常に一緒に活動を行う大牟田市の居住支援は、常日頃から良好な人間関係を築いてきたからこそ。大牟田市の協働の姿勢は、他の地域にも参考となるヒントがいろいろとあるのではないでしょうか。

●取材協力
・大牟田市居住支援協議会
・住みよかネット
・大牟田市
・大牟田ライフサポートセンター

調査結果に見る新築マンション購入者の3つの属性と意識の変化。金利上昇が懸念される今後はどうなる?

日銀の金融政策が転換し、ついに“金利のある時代”がやってくる。リクルートの2023年調査を見ると、首都圏の新築マンション購入者の購入物件の平均価格は、これまでよりさらに上がっている。また、三菱UFJ信託銀行の調査を見ると、デベロッパーは1年後のマンション価格が上昇すると予想している。そこで、新築マンションの購入者の変化を中心に、今後のマンション市場について市場の現状と今後はどうなっていくか見ていきたい。

【今週の住活トピック】
「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」を発表/リクルート

首都圏のローン借入額は「5000万円以上」が52.4%と過半数

リクルートの調査研究機関『SUUMOリサーチセンター』が、「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」の結果を発表した。首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の、2023年1月~12月の新築分譲マンション購入契約者4934件の結果をまとめたもの。

まず、3つの特徴的な購入者の傾向を見てみよう。

第1の特徴は、購入世帯のライフステージ。かつては、結婚して夫婦のみか子どもがいる世帯が購入者の中心だった。しかし、2023年の結果を見ると、「子どもあり世帯」は年々減少してわずか35.0%に。次いで、「夫婦のみ世帯」30.9%が続く。逆に大きく増加したのは「シングル世帯」の19.1%(男性シングル8.1%+女性シングル11.0%)だ。なお、シングル世帯の平均年齢は男性40.3歳、女性42.0歳と、夫婦のみ世帯(33.3歳)、子どもあり世帯(37.7歳)よりも高くなっている。

分譲するマンションの価格上昇を受けて、平均購入価格も年々上昇してきたが、2023年は6033万円となり、ついに6000万円台に乗った。「6000万円以上」が40.7%を占めることが要因だ。

購入価格が高くなれば、住宅ローンの借入額も増えることになる。第2の特徴は、「借入額」の高さだ。ローンの平均借入額は5235万円だった。借入額「5000万円以上」が52.4%と、ついに過半数にまで達した影響は大きい。

ローン借入総額

ローン借入総額(ローン借入総額の回答があり、かつ金額が0円でない者/実数回答)(出典:リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」)

一方、自己資金の比率は下がった。自己資金比率が第3の特徴だ。自己資金比率の平均は21.7%だが、自己資金比率が5%未満を見ると、41.7%(「0%」17.7%+「5%未満」24.0%)もいるのだ。共働き世帯が増えて、2人で返済していくことで借入額を増やし、自己資金が少ない状況でも購入に動いていることが見て取れる。ちなみに、全額キャッシュも、わずかながら増え続けている。富裕層が購入しているからだろう。

自己資金比率

自己資金比率(実数回答)(出典:リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」)

マンション購入では資産性を意識、低金利による促進効果は低い

次に、購入者の意識の変化を見ていこう。それは「住まいの購入理由」によく表れている。

住まいの購入を思い立った理由は、「子どもや家族のため、家を持ちたいと思ったから」が最も高く36.1%。この理由は、1位が定位置の常に強い理由だ。2位は、「資産を持ちたい、資産として有利だと思ったから」(32.0%)。10年前の2013年調査では17.4%だったので、近年は購入する際に「資産性」を意識していることがうかがえる。

これに対して、「金利が低く買い時だと思ったから」は12.4%。日銀がマイナス金利政策を導入した2016年には、34.5%で2位に位置していたことと比べると、かなり減っている。金利上昇圧力が強まって、2023年に長期固定金利の【フラット35】の金利が、じわじわ上がっていたことも影響しているだろう。

購入理由(2023年調査の降順)

購入理由(3つまでの限定回答)(出典:リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」)

マンションデベロッパーの予測、価格は上昇、金利が上がったら供給戸数は減少

さて、三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部では、デベロッパーに対して半期ごとに首都圏のマンション・戸建住宅の市況について調査している。2024年1月に調査をした「2023年度下期デベロッパー調査」の結果が公表された。

マンションデベロッパーは、1年後の販売価格は現在より上昇すると予測している。特に、販売価格が高いほど上昇率も高くなると見ている。ただし、戸建住宅のデベロッパーは、1年後「1億円以上」の価格帯のほかは価格が下がると予想している。新築のマンションと戸建住宅では、今後の価格予想に違いがあるのだが、新築マンションの価格上昇は止まらないようだ。

出典:三菱UFJ信託銀行「2023年度下期デベロッパー調査」

出典:三菱UFJ信託銀行「2023年度下期デベロッパー調査」

また、「住宅ローン金利が上昇した場合(+0.5%)の市況影響」を聞いたところ、供給戸数が減り、販売価格が下落すると予想している。ただし、供給戸数への影響の方が大きくなる回答だ。「供給戸数が減少する(10%以上)」(31%)、「供給戸数が減少する(10%未満)」(46%)と、実に77%のデベロッパーは金利が上昇すると供給戸数が減少すると見ているわけだ。

住宅ローン金利が0.5%上昇した場合の供給戸数

住宅ローン金利が0.5%上昇した場合の販売価格

出典:三菱UFJ信託銀行「2023年度下期デベロッパー調査」

金利が上がっていくと専有面積が小さくなる?

では、もしローン金利が上がると、新築マンションの販売価格は下がるのだろうか? おそらく、ローン金利が0.5%も上がると購入者が借りられる額が減るので、販売価格を下げざるを得ないということだろう。

新築マンションの価格は、「土地」を買った費用と施工会社に払う「建築工事」の費用、デベロッパーが土地や建築工事の費用を金融機関から借りて支払う際の「利息」に、「宣伝や販売管理にかかる費用」が加算され、デベロッパーが自社の「利益」を上乗せして全戸の販売総額が決まる。

1年後に販売するマンションの場合、すでに土地を購入しており、施工会社を決めて建築工事の費用も決めて発注していることが多い。となると、ローン金利が上がったからといって、販売価格を変えることは簡単ではない。金利の上昇を見ながら、販売の長期化も視野に戦略を見直したり、住戸の内装や設備のグレードを下げたりといったレベルの対応しかできないだろう。

一方で、地価は上昇しているし、人件費高騰による建築工事費用の上昇も続く見込みだ。金利が上昇すれば、デベロッパーが負担する利息も増える。省エネ基準が今後ZEH水準に引き上げられることを踏まえた性能向上も必要なので、その分のコストアップもある。このようにマンションの原価は上がるので、販売価格を下げる余地はあまりない。となると、販売価格を下げるために「専有面積を小さく」して、平米単価は上がっても面積を小さくすることで各戸の販売価格を引き下げる、といった対応が増える可能性が高いだろう。

実際に、リクルートの新築マンション購入者の調査結果では、価格上昇局面で購入したマンションの面積が小さくなる傾向が見られる。2023年調査では、50~60平米の広さが前年よりも増えていた。

金利の上昇による住宅市場への影響は大きい。それでも、収入が増えれば、物価上昇や住宅価格上昇などの影響は少なくなる。つまり、これからの景気回復が本格的になるかどうかで、マンションの購入ニーズも変わり、その大きさに応じてマンションの販売価格も変わっていくのだろう。

●関連サイト
リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」
三菱UFJ信託銀行「23年度下期のデベロッパー調査」

全国の自治体で初「ひとり親家庭の移住サポート」。住まい・仕事・教育など手厚い支援、地方移住ニーズに応える 静岡県川根本町

2022年に全国の自治体で初めて「ひとり親家庭」に特化した移住サポートプログラムを開始した静岡県の川根本町。このプログラムは、住まい探しが困難なひとり親世帯への有効な解決策となるのでしょうか。ひとり親家庭が安心して暮らすために川根本町が行う支援とは?川根本町 経営戦略課の植村紳吾さんと移住コーディネーターの神東(かんとう)美希さんに話を聞きました。

ひとり親家庭が抱える住まいの問題と「移住」との関係

川根本町は、静岡県の中央部に位置し、一級河川の大井川が流れ、全面積の約94%は山林という、自然に囲まれたのどかな町です。観光温泉地として知られる一方で、少子高齢化が進み、人口減少や働き手不足が課題となっています。

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

一方、秋田県にかほ市のアンケート結果によると、一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉)のシングルマザーの4割近くが「地方移住に興味がある」と答えており、ひとり親家庭に地方移住のニーズがあるようです。ひとり親家庭は、子育てと両立できる仕事や公的な支援・補助制度があることを重視して居住地を選択する傾向があるため、人口減少に悩む地方の自治体と住まい探しに困っているひとり親家庭をうまくマッチングできれば、win-winの関係を築けるかもしれません。

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

ひとり親家庭の移住を後押しする「マザーポート移住」とは

このような問題を解決するために川根本町が、2022年から取り組んでいるのが「マザーポート移住」です。
母子家庭のための不動産ポータルサイト「マザーポート」に移住専用ページを作成し、ひとり親家庭の移住を町ぐるみで積極的に受け入れようというもの。

前述したようにひとり親の移住への関心度は高い傾向にありますが、知り合いが誰もいない見ず知らずの土地に移住し生活していくのは、誰しも不安に違いありません。

ひとり親であればなおさら、生活のために仕事も探さなくてはならず、子どもと過ごす時間も必要です。
また、一般的な子育て世帯の平均世帯年収814万円に対して、母子家庭は373万円というデータ(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」)が示しているように、ひとり親家庭、特に母子家庭は貧困率が高く、オーナーや管理会社の家賃滞納への不安から借りられる物件が限られるなどの問題も。住所が定まらなければ行政のサービスを受けることも、仕事に就くこともできないという負のループに陥る恐れがあります。

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

「マザーポート移住では、住宅の確保が困難な可能性のあるひとり親家庭に対して、福祉、移住、教育それぞれの問い合わせを、経営戦略課が窓口になってワンストップで相談に乗るのが特徴です。他の自治体では、各課に相談しなければならず大変というお話も聞きますが、川根本町ではまとめて相談ができるので、安心してお問い合わせいただけると思います」(植村さん)

移住を考える人の事情はさまざまです。自然豊かな川根本町に魅せられた人もいれば、人間関係や仕事、家賃などで困っている人もいるでしょう。実際に移住した人のなかには、子どもが学校になじめず、新たな環境を整えるために移住して来たというケースも見られます。

川根本町では、移住後もひとり親と子どもたちがスムーズに地域になじむことができるよう、移住希望者と地元住民の橋渡し役である「移住コーディネーター」が中心になって地域との間を繋ぎ、暮らし面での相談にも乗っています。

「町の人たちがとても親切で、いち住民として私たちのことを気にかけて見守ってくださるので、働きながらも安心して子育てができる」というのは川根本町に移住してきたシングルマザーの声。移住コーディネーターの神東さんは、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにとっても、子どもがいることで地域が明るくなり、良い影響をもたらしていると感じています。

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

川根本町で、ひとり親家庭の住まい・仕事・教育環境はどうなる?

ひとり親家庭が移住するとなると、前述したように住居や仕事、育児や教育環境、さらには地域の人たちと上手に付き合っていけそうかなど、事前に確認しておくべき点はいろいろあります。川根本町の事情はどうでしょうか。

まず「住まい」については、ひとり親家庭が住むことのできる住宅として町営住宅、空き家バンク物件、そして民間アパート2棟があります。

ただ、空き家バンクは売買物件が多く、補修を必要とする場合もあって初期費用がかかるのと、すぐに住めないものもあるのが難点。町営住宅は比較的リーズナブルですが、空いている部屋が少なく、タイミングによっては、いつでも入れるというわけではないとのこと。希望通りの物件が必ずあるというわけではないので、なるべく希望に添えるものを町の担当者や移住コーディネーターが一緒に探します。

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

また、子どもの通う保育園や学校といった環境も気になります。

「川根本町には小学校が2校あり、そのうちの1校は1学年4~10名程度の小規模な学校で、もう一つの学校は1学年20名程度です(2024年度から小中一貫の義務教育学校2校となります)。実際に授業風景などを見てどちらの学校が良いか決めてもらい、その学区内で住まいを探すという流れになりますね」(神東さん)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

さらに、移住先でどのような仕事があるのかということも重要です。マザーポート移住のホームページでも地元の企業がいくつか紹介されています。

「基本的に、常に求人はあり、働き口はありますが業種や職種は限られます。ひとり親家庭の場合は、お子さんがいるので土日が休みであることや、突然の病気や学校の行事などでは融通がきく仕事でないと厳しいですよね。女性だと土建業などの現場仕事は体力的に難しいことが多いですし。マザーポート移住には、そのような事情にも比較的理解のある会社を掲載しています」(神東さん)

KAWANEホールディングスはそのような会社の一つです。代表の迫洋一郎さんは、マザーポート移住を川根本町に提案した一人で、自身も数年前に地元で起業した移住者だそう。ほかにも、最近は農家民宿やゲストハウス、飲食店といった事業を自分で営む人も増えているそうです。

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭も活用できる制度を整備。移住者の増加で町が変わる

川根本町は2022年にマザーポート移住を始める前から、ひとり親に限らず、移住者を呼び込むためにさまざまな移住制度の充実を図ってきました。例えば、家賃や住宅購入費用(川根本町定住・移住促進住宅家賃購入補助金)、住宅改修(川根本町定住・移住促進住宅改修事業費補助金)のための補助金や「こども医療費助成制度」などの助成金を設置。移住してくる人に対してはまずはこの町の暮らしを体験してもらうための「お試し住宅」、移住や就業にかかる費用を助成する「移住・就業支援金」制度もあります。その甲斐あってか、ここ数年では、Uターンも含めて年間約40名ほどの人たちが川根本町に移住しているそうです。

近ごろでは、移住してきた人たちがSNSで町での暮らしを発信し、町でのイキイキとした暮らしぶりを見て新たに移住してくる人もいるのだとか。地元の人たちも新しいお店に出入りして、新たなネットワークができているといいます。

「若い移住者のエネルギーで新しいつながりが自然にできて町が活性化することは大歓迎です。町としても地元の人と移住してくる人の橋渡しを強化していくために、今まで1人だった移住コーディネーターを2人に増やして、移住を希望する人たちにより行き届いたサポート体制を整えています」(植村さん)

このようにひとり親家庭に限らず、移住者が入りやすい地域の雰囲気があることも、地域のサポートを期待したいひとり親家庭にとっては重要なポイントでしょう。

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

全ての人に移住が向くわけではない。親子が共に生活を楽しめる環境へ

しかし神東さんは「誰にでも移住をおすすめするわけではない」と言います。かつて親子で移住した人の中には、子どもは友達もできて楽しく暮らしても、お母さんが地域に馴染めず、転出した人もいたそうです。

「例えば、川根本町での暮らしに車は必須。運転免許や車のない人は、ここでの暮らしは向いていないでしょう。また、地域のコミュニティーに溶け込んでいくには、自分から心を開いてなじもうとする姿勢が必要だと思います。子どもたちは手厚い教育が受けられるし順応力もあるので、実は私たちもあまり心配していません。むしろひとり親のお母さん、お父さんが孤立しないかを常に気にかけています」(神東さん)

「ひとり親家庭への支援がきっかけになって川根本町に興味を持ってくれる方、住みたいと思ってくれる方が増えていくような制度になっていけばと思っています」(植村さん)

移住を検討するときには、子どもだけでなく親自身がいざというときには相談に乗ってもらえるような人間関係を構築して、移住先での生活を楽しむ姿勢が必要なようです。

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

今回話を聞いた川根本町では、マザーポート移住を開始して、2023年12月現在で問い合わせは4件。うち実際に移住したひとり親家庭は1件です。ひとり親の移住支援として実績だけを見ると、年間40名の移住者の中で、この制度の認知度はまだまだこれからの感があります。

しかし、住まい・仕事・教育、そして地元住民との交流など、複合的にサポートが整えられていることは、ひとり親家庭にとって魅力的で、認知が進めばもっとニーズは広がっていくのでは、と思いました。今後も、このような自治体の動きを注視しながら、ひとり親家庭がより良い暮らしを追求できるよう応援していきたいですね。

●取材協力
・川根本町
・マザーポート移住(川根本町)

7歳の目線で大人が学ぶ「熱中小学校」、運動会や部活動に再燃。移住、転職、脱サラ起業など人生の転機にも 北海道「とかち熱中小学校」

「もういちど7歳の目で世界を…」を合言葉に、大人が学ぶ社会塾「熱中小学校」。2024年2月までに日本全国のさまざまな地域、さらに米国シアトルを加えた計24カ所で開校した実績があり、現在も1,000人を超える生徒が学んでいる。今回筆者は、北海道初の熱中小学校として2017年に誕生した「とかち熱中小学校」(帯広市)の授業を体験。学びに来たはずが、なぜか雪原にダイブしたり、上空800mを飛ぶことに!? 年齢や地域の垣根を超えて生徒が集う、一風変わった「小学校」に潜入します。

熊本県と北海道の距離を超え、「共生」について考えた

チャイムが鳴り、「起立」の号令がかかると、さっきまでのガヤガヤした教室のムードは一瞬でピリッとした空気に変わった。どこにでもある小学校の授業前のワンシーン。でも、ちょっと違う。そこにいるのは下は24歳から上は73歳まで年齢もさまざまな大人たちだ。
この日の「とかち熱中小学校」の会場は北海道の帯広畜産大学。階段状の教室には約50人の生徒が詰めかけていた。

筆者が聴講したのは「共生」の授業。講師は、熊本県戸馳島(とばせじま)で洋ラン農園を営む宮川将人さんだ。
授業は宮川さんの自己紹介から始まった。花農家の3代目として生まれた宮川さんは「サイバー農家」の道を切り開くため、洋ラン業界では前例のなかったネットショップ開設に挑み、日本最大級のECサイトで売上1位の商品を生み出すまでに。ところが34歳のときに過労で倒れ、生死をさまよった経験から「今日が最後の一日だったら何をするか」を自問自答。地域愛が自分の軸としてあることを悟り、地域の活性化に力を注ぐことを決意する――と、かなりかけ足で書いてしまったが、失敗談も惜しみなく披露する宮川さんの講義に、会場は終始温かい笑いに包まれっぱなしだった。そうした中でも、宮川さんが半生を振り返る中で得た教訓「成功の反対は何もしないこと」は、生徒の皆さんの胸に届いたはずだ。

「農家は楽しすぎる」と話す宮川将人さん。前向きに自分らしく、が宮川流(撮影/岩崎量示)

「農家は楽しすぎる」と話す宮川将人さん。前向きに自分らしく、が宮川流(撮影/岩崎量示)

授業後半は、宮川さんのもうひとつの顔「くまもと☆農家ハンター」の話。
農作物のイノシシ被害に向き合い、「災害から地域を守る消防団」のように若手農家有志が取り組む農家ハンター事業が紹介された。捕獲したイノシシを恵みととらえて食肉などへの有効活用を探る中で、イノシシ対策を進めながら耕作放棄地再生や担い手育成につなげるという持続可能な地域づくりのヒントが語られた。人間と野生生物との共生は、エゾシカ被害に悩む北海道にとっても共通したテーマだ。「とかち熱中小学校」の生徒には農家も多く、授業後の質問の多さからも関心度の高さが伺えた。

宮川さんの話に引き込まれる生徒の皆さん(撮影/岩崎量示)

宮川さんの話に引き込まれる生徒の皆さん(撮影/岩崎量示)

1日の授業は2コマ。この日のもうひとコマは「社会」で、こちらはSUUMO編集長の池本洋一氏が先生として登壇した。

教壇に立つ池本編集長。「メディアが取り上げたくなる」をキーワードとしながら、全国のさまざまな街づくりの事例を紹介した。よく見ると傍らにはスーモの姿が(撮影/岩崎量示)

教壇に立つ池本編集長。「メディアが取り上げたくなる」をキーワードとしながら、全国のさまざまな街づくりの事例を紹介した。よく見ると傍らにはスーモの姿が(撮影/岩崎量示)

惜しみなく全力で教えてくれる先生と、7歳のままの好奇心を持ち続ける生徒と

「とかち熱中小学校」の授業は、主に週末の午後に開かれる。半年間を1期として、授業は全8回。生徒になるには申込みが必要で、授業料は1期15,000円(※)だ。「とかち熱中小学校」の運営は主に生徒の授業料でまかなわれている。ちなみに「とかち」を謳ってはいるが、「学区」は十勝エリアに限られているわけではなく、札幌や東京にも生徒はいる。授業はZOOMで配信され、オンラインで出席することも可能だ。
※自治体から助成が受けられる町村もある。なお授業料は各校で異なる

授業の内容は毎回変わり、さまざまな分野で活躍する先生を、地元を含む全国各地から招いて実施する。現在までにのべ344名の先生が教壇に立った(2024年3月時点、課外授業含む)。「世界最高齢」プログラマーとして知られる若宮正子さんや、日本の音楽を世界に発信するピーター・バラカンさんなど、そうそうたる面々だ。

さてその先生だが、全員がボランティアと聞いて驚いた。たっぷり1時間を超える授業に加え、ここは北海道十勝。移動を考えれば少なくとも丸2日間は拘束することになる。先生を引き受ける側もそれ相応の負担を強いられるわけで、熱中小学校への理解と想いがなければ務まらない。
そうした先生の選定や調整を担うのが、「とかち熱中小学校」を運営する一般社団法人北海道熱中開拓機構だ。理事長の木野村英明さんと業務執行理事の亀井秀樹さんに話を聞いた。

一般社団法人北海道熱中開拓機構の木野村さん(左)と亀井さん(撮影/岩崎量示)

一般社団法人北海道熱中開拓機構の木野村さん(左)と亀井さん(撮影/岩崎量示)

「私たちは全国の熱中小学校と連携して350名を超える講師陣リストを共有し、各地域の学校がカリキュラムに合わせて先生をお招きしています。リストとは別に、各校が独自に先生をスカウトする場合もあります。私がお声がけするときの基準は、ワクワクできるかどうか。生徒全員がビビッと来る必要はないけれど、一人でも二人でも、その生徒の人生を変えちゃうような先生を呼ぶことができたらいいなと思って依頼しています」(木野村さん)

そもそもどうして「とかち熱中小学校」はスタートしたのか?

「最初の熱中小学校が山形県高畠町に誕生したのは2015年です。日本IBMの常務を務めた堀田一芙さんが立ち上げました。木野村さんと僕は、設立前にある講演会で堀田さんからこのプロジェクトのことを聞き、都心ではなく地域からこういう動きが生まれるのはすごいなと思って注目していました。その後、熱中小学校を全国に展開することになり、僕たちに声をかけてくれたというのが始まりです」(亀井さん)

こうして2017年春に「とかち熱中小学校」は開校(当初は十勝さらべつ熱中小学校)。半年ごとに生徒を募り、13期目を迎えた。現在は10代~80代の134名が登録する。このうち新入生は2割ほどで、2割は首都圏など十勝以外の地域から受講。平均年齢は44.7歳で全国平均(53.8歳)よりも若い。生涯学習を目的に参加する人のほかにも、起業を目指して通う人、Uターンや2拠点生活を始める前に人脈づくりをしておきたい人など、動機はさまざま。過去には、授業のたびに横浜から飛行機で通学し、ついには夫妻で中札内村に移住した生徒もいる。ちなみにその方はその後、熱中小学校で知り合った映像作家とタッグを組み、現在は広大な雪原に足跡で作品を描くスノーアーティストとしても活躍しているそうだ。

「年齢も職業も異なるいろんな人たちが集まって、刺激を受け合い、お互いにできることを補完して新しいものが生まれています。中にはここでやりたいことを見つけて脱サラし、起業に向けた準備を進めている人もいます。熱中小学校の先生に感銘を受け、その会社に就職した人もいました。一緒に学ぶ仲間がいれば心強いし、新しい挑戦にも背中を押してもらえます。ここに集まるのは、好奇心を7歳のまま持ち続けている人たちなんです」(亀井さん)

授業の後に開かれた懇親会は酪農が盛んな十勝らしく牛乳で乾杯!(撮影/岩崎量示)

授業の後に開かれた懇親会は酪農が盛んな十勝らしく牛乳で乾杯!(撮影/岩崎量示)

授業は帯広畜産大学の教室を借りて行われるが、帯広畜産大学に通う学生にとっても良い影響があると語るのは、同大学の学長であり、「とかち熱中小学校」の校長を務める長澤秀行さんだ。
「うちの学生は約7割が道外からやってきます。何も知らずにこの土地に入ってくる。そうしたときに熱中小の先生や生徒とつながることはすごく大切です。学生にはできるだけ熱中小に参加してもらいたいので、学生は無料で授業が受けられるようにしています。そして一方で、十勝を代表するような企業や、十勝を拠点にがんばっている企業の社長さんにも先生として来てもらっています。最高のキャリア教育の場です。学生たちにはローカルの魅力にたくさんふれて、十勝、北海道が大好きになり、卒業後もここに残って暮らしたい、地域で活躍したいと思ってくれたらうれしいですね」

「十勝には前向きで好奇心旺盛な人が多い」という長澤さん(撮影/岩崎量示)

「十勝には前向きで好奇心旺盛な人が多い」という長澤さん(撮影/岩崎量示)

大人が本気で雪遊びを楽しむ熱中雪中運動会

「とかち熱中小学校」には、学校と同じく運動会もある。
授業の翌日、取材チームは雪中運動会に参加した。氷点下の雪原で行うクレイジーな運動会に。

雪の中の運動会とあって競技も極めてユニークだ。チームでひたすら雪玉をつくる「雪玉づくり競争」(十勝のパウダースノーはサラサラ過ぎて固まりづらい)、玉入れならぬ「雪玉入れ」、ビーチフラッグスをモチーフにした「スノーフラッグ」、ソリを引くスピードを競う「ソリリレー」といった具合に。ルールづくりをはじめ、運営は「とかち熱中小学校」の生徒が主体的に行う。そのねらいを木野村さんに聞くと、次のように話してくれた。

「テーマはチームビルディングとルールメイキングです。毎年、実行委員会を一から立ち上げて運営する。そして競技のルールを決める。自分たちがつくったルールに基づいて、意図したとおりにみんなが動いてくれるか。動いてくれないのか。チームビルディングとルールメイキングを学ぶ実践の場として、運動会は一番手っ取り早いんです」

足元の不安定な雪の上での雪中綱引き。応援にも熱が入る(撮影/岩崎量示)

足元の不安定な雪の上での雪中綱引き。応援にも熱が入る(撮影/岩崎量示)

クイズの答えが書かれた旗をもぎ取るスノーフラッグ。明日は筋肉痛確定(撮影/岩崎量示)

クイズの答えが書かれた旗をもぎ取るスノーフラッグ。明日は筋肉痛確定(撮影/岩崎量示)

ご近所さんも、初めましての人も、同じチームに。いつしか芽生える団結力(撮影/岩崎量示)

ご近所さんも、初めましての人も、同じチームに。いつしか芽生える団結力(撮影/岩崎量示)

実行委員長を務めた小谷文子さんに話を聞いた。小谷さんは更別村の大規模農家コタニアグリの奥さまで、「とかち熱中小学校」の立ち上げから関わる「コア生徒」の一人だ。
「この日のために3カ月前から準備を進めてきました。熱中小学校の生徒29名が今回の実行委員会に参加していますが、みんな仕事がある中で何度も会議を行い、協賛金を集め、広報活動をしてきました。それぞれ得意なことを役割分担して、みんなで知恵を出し合って、今日を迎えました。忙しくても協力を惜しまない、全力で楽しむというのは熱中小学校ならではですよね。今回、5年目にして初めて参加者が100名を超えました。雪中運動会が地域に受け入れられてきているのを実感しています。熱中小学校の関係者だけじゃなく、いろんな人を巻き込んで、つながって、楽しさを広げていくことが大事だと考えています」

実行委員長の小谷文子さんは、「いい天気で本当に良かった」と胸をなで下ろす(撮影/岩崎量示)

実行委員長の小谷文子さんは、「いい天気で本当に良かった」と胸をなで下ろす(撮影/岩崎量示)

……飛んでる?(撮影/岩崎量示)

……飛んでる?(撮影/岩崎量示)

参加者みんなで「ハイ、とかちー!」。子どもも大人もがんばった!(撮影/岩崎量示)

参加者みんなで「ハイ、とかちー!」。子どもも大人もがんばった!(撮影/岩崎量示)

こうした課外活動は雪中運動会にとどまらない。熱中小学校には生徒が自主的に取り組む部活動もある。これまでにピザ部、クレヨン部、豆研究会などさまざまな部活動が生まれた。今年度は新たに雪像部が結成された。

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

(提供/とかち熱中小学校雪像部)

「おびひろ氷まつり」の会場にスーモ、スモミ、ドンスーモが! 雪像部の皆さん、ありがとうございました!!(提供/とかち熱中小学校雪像部)

「おびひろ氷まつり」の会場にスーモ、スモミ、ドンスーモが! 雪像部の皆さん、ありがとうございました!!(提供/とかち熱中小学校雪像部)

上空800mを新しい観光地に!

実は雪中運動会が行われた日の早朝、取材チームは亀井さんの勧めで熱気球フリーフライトを体験した。それというのも、熱中小学校の生徒さんがパイロットだからだ。

左から2番目が「十勝空旅団(そらたびだん)」代表の篠田博行さん(撮影/岩崎量示)

左から2番目が「十勝空旅団(そらたびだん)」代表の篠田博行さん(撮影/岩崎量示)

篠田さんはパイロット歴36年のベテラン操縦士。長年趣味で熱気球を楽しんでいたが、3年前から副業で観光フリーフライトを始め、2023年3月に32年間勤めた郵便局をすっぱり辞めて本格事業化した。熱気球のフリーフライトサービスを行う民間企業は、十勝でも2社しかないという。ほとんど前例がない中での船出(離陸?)だった。

「昔は競技に夢中になった時期もあったんです。ただ、競技用のバルーンはスムーズな上昇や下降が求められるので機体が小さく、基本は一人乗りなんですね。競技そのものは楽しいけど、空の上では一人きり。一人でボウリングをやって、ストライクを取っても振り向いたら誰もいない、みたいな。『空を共有したい』というのが、観光事業を始めたきっかけです」

球皮の中の空気を温めて浮力を得る熱気球。準備段階から体験できるのがうれしい(撮影/岩崎量示)

球皮の中の空気を温めて浮力を得る熱気球。準備段階から体験できるのがうれしい(撮影/岩崎量示)

球皮の中に特別に入れてもらって記念撮影。一番右は、今回の先生を務めた宮川さん。楽しんでます(撮影/岩崎量示)

球皮の中に特別に入れてもらって記念撮影。一番右は、今回の先生を務めた宮川さん。楽しんでます(撮影/岩崎量示)

事業を始めて気づいたことがある。「お客さんの9割は道外の方です。800mの上空に行くとみんな、だだっ広い畑やまっすぐの道を見て感動するんですね。『何もなくていい』。東京の人はそう言います。ここで育った僕にはその価値がわかっていなかったんです」

音更の街並みを眼下に上昇する熱気球。この日は日高山脈が美しかった(撮影/岩崎量示)

音更の街並みを眼下に上昇する熱気球。この日は日高山脈が美しかった(撮影/岩崎量示)

篠田さんは2023年秋、知人に誘われて「とかち熱中小学校」に入学した。
「自分が知らない世界、知らないキャリアの話を聞くのはびっくりの連続ですよね」

熱中小学校が縁で新しいプロジェクトもスタートした。
「熱中小でこれよりも大きな気球を持っている方がいて、共同で新しい熱気球ビジネスを開発中です。10人乗りの熱気球にシェフを乗せて空の上でレストランを開店したり、スノーアーティストと組んでサプライズプロポーズを演出したり。空の上から大地を見たら雪原に『WILL YOU MARRY ME?』なんて描いてあったら盛り上がるでしょ。空を飛ぶ楽しさをどんどん広げたいし、どんどんたくさんの人と共有したい」。篠田さんの夢も大きく膨らむ。

「とかち熱中小学校」の一日入学(+課外授業)を体験して印象的だったのは、先生も生徒もごちゃ混ぜになって心底、学校を楽しむ姿だった。年の差を超えて笑い合い、地域差を超えて共通の話題で盛り上がる。多様性という言葉がぴったりな同級生たちが磁場となって、これからも十勝管内はもとより、東京や札幌からも人を引き寄せていくのだろう。「十勝に熱中小学校があることが地域の強みになるように、こうした場を提供し続けることが大切」と亀井さんは言う。

2024年4月に7周年を迎える「とかち熱中小学校」。5月には初めての学校祭も計画している。「内容はこれから」とのことだが、ユニークで熱い学校祭になることだけは間違いない。

●取材協力
とかち熱中小学校

対策進まぬ高齢者の住まい問題。福祉の視点から居住支援協議会の立ち上げに奮闘、民間連携の好例に 愛媛県宇和島市

愛媛県宇和島市の保健福祉部では、生活困窮者の住まい確保に向けて不動産会社との連携を必要としています。しかし、福祉分野(厚生労働省管轄、以下厚労省)と不動産関係者(国土交通省管轄)との連携構築に困難を感じていたため、2021年度、市役所内でそれらを結ぶ居住支援協議会の設立を提起するためのヒアリングを実施。しかしまさかの「不要」との結論に……。そこで利用したのが、厚労省が居住支援に本格的に取り組もうとしている自治体や団体を支援する「高齢者住まい・生活支援伴走支援事業」です。

宇和島市のこれまでの動きと今後の展望について、宇和島市福祉課・包括支援センターの岩村正裕さん、大江仁志さんに話を聞きます。

高齢化が進む宇和島市。住まいの確保における課題は?

愛媛県宇和島市は、宇和島城を中心に発展した旧城下町。観光や県外からの移住にも力を入れています。しかし、総人口が減少する中、高齢化率は年々増加傾向にあり、2023年12月時点で40.7%とのこと。市民の健康と生活をサポートする地域包括支援センターで、相談員8人とともに、岩村さん、大江さんが市民から受けるさまざまな相談の件数は、年間3000件にのぼります。

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

住まいの問題にフォーカスすれば、過疎による空き家の増加、公営住宅の老朽化なども問題になっている一方、「民間の賃貸住宅の家賃は若干高めで、高齢者や低所得者など事情のある人を受け入れる物件は、数が足りていない」と大江さんは言います。

「不動産会社などに適切に働きかけができれば、空き家の問題と入居者の受け入れ、両方の解決ができてお互いにwin-winの妥結点があるはずです。しかし、私たち福祉課の職員は、住宅に関するスキルやノウハウ、知識がありません。住まいに関する適切なアドバイスを私たちはできず、手詰まりになってしまいます」(大江さん)

また、宇和島市にはもう一つ、組織の問題もありました。
それぞれの部署で住宅問題に取り組んでいても、同じ保健福祉部内で高齢者の支援は高齢者福祉課、障がい者や生活困窮者は福祉課、生活保護を受けている人は保護課と担当部署がとても細かく分かれているために「隣の課がどのような問題を抱えているのか、居住支援を必要としている人が全体でどのくらいいるのかといった状況の把握もままならない」のだそうです。

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

「市役所内に限らず、『住宅』というキーワードで支援団体や専門職をコーディネートする役割を担う部署がないこと、そして情報や知識を共有できる場がないことも大きな課題です」(岩村さん)

「居住支援協議会は不要」と結論された、その背景とは

それでも住まいを必要としている人たちの住宅確保、生活の安定のためには、他部署や不動産会社など民間団体との連携が不可欠です。そこで岩村さんと大江さんは、2021年に市の社会福祉協議会とともに、居住支援を行う団体の連携を図る組織「居住支援協議会」を宇和島市でもつくれないかと考え、市役所の各部署に居住支援の実態を調査しました。

果たしてその結果は……市民は住まいの問題を市役所に相談しようとはあまり考えないのか、相談件数も少なく、市役所内の各部署では、居住支援協議会設置の必要性をあまり感じていない状況でした。

「しかし、実際の現場では、認知症を発症して生活保護を受けている高齢者や、公営住宅に入居している無職のひとり親家庭など、起因する問題を管轄する部署と、対応する部署がいくつも絡んだ複合的な問題となっているケースも。高齢者福祉課の地域包括支援センターと保護課、建設部の建築住宅課と地域包括支援センターなど、部署をまたいだ支援を要することが多くなっています。

だからこそ相談者が高齢者か、障がいのある人か、ひとり親か、また管轄が厚労省なのか国交省なのか、さらにどちらにも当てはまらないのかによって、市役所内でたらい回しのようになることは避けたい。『住宅(の確保に困っている人)』という括りで支援を協議する場の必要性を強く感じていました。それこそが居住支援協議会ではないかと思ったのです」(岩村さん)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

厚労省のプロジェクトを活用し、理解や学びを深める

そこで市役所内外の関係者に連携の重要性を理解してもらうために、岩村さんと大江さんは、厚労省の「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」(以下、伴走支援プロジェクトまたはプロジェクト)に応募しました。このプロジェクトは、住まいの確保や、その後の生活に支援を必要とする人たちをサポートする団体の連携の場として、居住支援法人協議会を立ち上げようとしている自治体や団体を専門家が応援・アドバイスするというものです。

プロジェクトに手を挙げたことで、2022年12月には研修会を開催。すでに積極的に居住支援に取り組んでいる自治体から講師を招き、宇和島市の各部署の支援に携わる職員のほか、社会福祉協議会、伴走支援チームのメンバーや厚生労働省職員も出席して、居住支援の基礎から学ぶことができたそうです。

「居住支援法人の必要性についての理解が参加者に浸透しつつあるので、継続しながら居住支援協議会立ち上げの機運を高めていけたらと考えています。

研修会以外にも、個々に居住支援法人の補助金や補助制度、不動産会社へのアプローチの方法など、講師の方に居住支援の仕組みづくりのノウハウを教えてもらいながら、居住支援協議会立ち上げに向けて準備を進めているところです」(岩村さん)

NPOや不動産会社など、民間団体とのつながりも

これまで福祉部門では接点を持てなかった民間団体や不動産関係者とのつながりができたことも、このプロジェクトでの大きな成果といえるでしょう。

実は、宇和島市には居住支援法人(都道府県が居住支援を行う団体を指定するもの)がないものの、精神科を退院した患者さんが自立して暮らすための住まい探しを以前からサポートしている病院があり、市内の不動産会社の間ではその活動がよく知られていました。そのため、行政が居住支援に力を入れていくことについては、概ね好意的な感触を得られているそうです。

「プロジェクトに参加して初めて、病院のスタッフの方がNPO法人を立ち上げて活動を行っていることを知りました。また、今まであまり接点のなかった不動産会社ともつながり、意見交換を重ねています。このきっかけをさらに強いパイプにしていくため、2023年12月には2回目の研修会を開催しました」(大江さん)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

居住支援を推進、継続していくために必要なモノとは?

居住支援協議会の設立に向けて奮闘する岩村さんと大江さん。しかし、2人が中心となって市役所内で居住支援協議会を立ち上げ、不動産会社と関係を持ちつつ運営、居住支援活動を行うとなると、人手も足りず無理があるといいます。

「宇和島市に居住支援法人が自主的に立ち上がって、行政と連携をとりながら、居住に関する問題のコーディネートに当たるという体制ができるのが理想です。将来的には、社会福祉協議会や社会福祉法人、不動産会社などがその役割を担ってくれればと期待しています。私たちはその活動を推進・サポートするために心血を注ぎます」(岩村さん)

そしてもう一つの懸念は、居住支援を継続していくための財源です。
居住支援を単独の事業として成立させるのはなかなか難しいのが現実。補助金は受けられますが、毎年申請する必要があるため、常に財源の心配をしなくてはなりません。

一方、全国の居住支援法人は増え続けています。それは歓迎すべきことなのかもしれませんが、居住支援法人が増えすぎて財源が不足し、受けられる金額が少なくなって共倒れすることも大江さんが危惧する点です。

「居住支援に取り組む団体が安心して活動に専念するためにも、介護保険法によって介護サービスが提供されるように、国全体で居住支援の制度化が進むといいなと願っています」(大江さん)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市では、居住支援を行っていく支援体系の構築が始まったばかり。さまざまな課題に直面する現場職員の苦悩が伺えました。おそらく、市役所内のそれぞれの部署でも住まいに関する課題を抱えていて、なんとか解決したいという思いがあるものの、情報共有や連携体制がうまく取れていないために、解決できないもどかしさがあるのでしょう。

自治体内の横の連携はもちろんのこと、不動産会社などの民間企業やNPO法人などの外部団体との関係づくりも居住支援体制の構築には欠かせません。
「福祉」や「住宅」、「民」と「官」といった枠にとらわれず、目の前にいる困っている人たちを支援していくには何が必要か、同じ方向を見据えて皆で考える場として、居住支援協議会のような組織がもっと機能していく必要性を感じました。

●取材協力
宇和島市

9人に1人が家具・家電などの長期リース型サブスクを利用。メリットやデメリットなども解説

家具と家電のレンタル・サブスク「CLAS」は、春の引越しシーズン到来前に「家具・家電に関するアンケート」を18歳~49歳の男女1,000人に実施した。そこで、高価格帯の商品を長期にわたって利用する「長期リース型」のサブスクについて調べたところ、9人に1人が利用していることが分かった。

【今週の住活トピック】
1000人への実態調査で見る「春の新生活の家具・家電事情2024」を公表/CLAS

長期リース型サブスク、11.7%=9人に1人が利用している

サブスクとは、サブスクリプション(subscription)の略。ある商品やサービスを一定期間、一定額で利用できる仕組みのこと。サブスクの中でも長期にわたって利用する「長期リース型サブスク」を利用しているか聞いたところ、「利用している」が11.7%、「利用していない」が88.3%という結果に。おおむね9人に1人が長期リース型サブスクを利用していることになる。

長期リース型サブスクを利用している人を年代別に見ると、20代(13.8%)と30代(14.3%)が10代や(10.0%)や40代(6.7%)よりも多い。CLASの個人会員属性も20代後半~30代が中心であることから、この年代に耐久消費財を所有しない傾向があるという。

長期リース型サブスクを利用してますか(年代別)

出典:CLAS

次に、長期リース型サブスクを利用していると回答した人に、利用しているサブスクの商品を聞いたところ、「家電」が48.7%と最も多く、次いで「家具」の42.7%となった。家電や家具は生活する上で必要なものだが、金銭的負担も大きいことから、サブスクを利用することが多いのだろう。

利用している長期リース型サブスクは

出典:CLAS

2021年時点で近い将来7~8人に1人が利用していそうと予測

別の調査結果を見てみよう。LINEリサーチでは、2021年5月に18~59歳の男女を対象に「家具・家電の定額制レンタルサービス」の現状の認知率や利用率、今後の流行予想などについて調査を実施した。

2021年時点ですでに、「家具・家電の定額制レンタルサービス」の認知率は45.9%(「知っているし、使っている」「知っているし、今は使っていないが以前使っていた」「知っているが、使ったことはない」の合計)で、半数近くが「知っている」状態だった。

次に、自分の身のまわりで「どのくらいの人が使っていそうか?」という『現在の流行体感』を聞いたところ、流行体感スコアは2.3(=100人中およそ2人が利用している)という結果に。では、「1年後、自分のまわりでどのくらいの人が使っていると思うか」という『近未来の流行予想』を聞くと、流行予想スコアは13.0(=100人中およそ7~8人に1人が利用していそう)という結果になった。

2024年2月に実施したCLASの調査結果では、長期リース型サブスクの利用者は9人に1人だったので、2021年時点の予想はかなり近い結果だと言ってよいのだろう。

家具・家電の定額制レンタルサービスの今と1年後

出典:LINEリサーチ

なお、自分が今後使ってみたい(今後の利用意向)かを聞くと、利用意向ありが26.2%(「ぜひ使ってみたいと思う」「機会があれば使ってみたいと思う」の合計)と、近い将来は自分が利用したいと思う人が増えていた。

家具家電の長期リース型サブスク、メリットとデメリット

実家を出て一人暮らしを始める、結婚や同棲で新たに二人暮らしを始める、といったときに、新居の家具家電を買いそろえるのは大変な場合がある。引越しによる初期費用がかさむなか、家具家電のレンタルを利用すれば当初の費用を抑えることができる。

一定期間だけ単身赴任することになった場合も、同様だろう。家族と再び暮らすときに、単身赴任時の家具家電の処分をする必要もない。子どもの年齢が一定期間だけ必要となるものなども、一定期間レンタルすることが有効だ。

また、高額な家具家電を使いたいとき、「いきなり買うのは不安だけど、一定期間使ってみたい」という場合も使い勝手が良さそうだ。つまり、「必要な期間だけ使える&コスパのよさ」がメリットと言えるだろう。

一方、レンタルでは新品とは限らないこと、好きな家具家電がレンタルできることは限らないこと、長く使うとかえって割高になること、などのデメリットもある。

Z世代は、「モノ消費」よりも「コト消費」を好み、所有にこだわらないとか、「買い物で失敗したくない」という意識が強いといった傾向があると言われている。今回の結果を見ると、こうした若い世代を中心に、一定の人たちが生活の中で賢くサブスクのサービスを利用していることがうかがえる。家具家電についても選択肢が増えることで、私たちの生活の仕方も変化していくのではないだろうか。

●関連サイト
【CLAS調査レポート】 9人に1人が長期リース型サブスクを利用、 「家電」と「家具」に人気が集中!
LINEリサーチ、今と近未来の流行予想調査(第七弾・家具、家電の定額制レンタルサービス編)を実施

高齢化進む築50年超の団地が大学サッカー部寮になった! 芋煮会や大掃除など、学生と高齢者が支えあう竹山団地 神奈川県横浜市

神奈川県横浜市緑区にある竹山団地。神奈川県住宅供給公社が1960年代に開発した約45haの大規模団地です。築50年を超えた約2800戸を有する建物は、日本の高度経済成長期に建てられたほかの団地と同様に老朽化と高齢化の問題を抱えています。

そこで2020年に竹山団地を所有する神奈川県住宅供給公社は、神奈川大学と「連携・協力に関する協定書」を締結。「学生たちに共同生活や地域貢献を通じて課題解決型の教育を実践したい」と考える神奈川大学と、保有資産やこれまでのノウハウを活かして団地活性化に取り組みたい公社のニーズが一致したのです。大学のサッカー部員が団地の空室に住んで、防災訓練や地域のイベントに参加したり、学生食堂を兼ねるカフェの運営、商店街の清掃などを行ったりしています。

2023年の年末にも、大掃除とセットで芋煮会を実施する予定があると聞き、現地を取材。この取り組みの背景や、約4年間を経てつくり上げてきたもの、入居する学生たちの本音などを聞きました。

「子どもたちにマス食わせてやんべ」の声かけで始まった、大掃除と芋煮会

2023年12月のある土曜日、竹山団地の中央にある竹山中公園には、10代、20代の学生たちと一緒に談笑しながら炭火の準備をする高齢男性たちの姿が。そのひとり、竹山連合自治会の経理局長を務める星川敬博さんは、山形県出身。一昨年、寒い季節になったころにふるさとの芋煮を思い出し、神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さん(60代、大学職員)や友人たちと「学生たちに芋煮食わすか」「じゃあ、マスを焼いて食わせてやんべ」という話になったと笑います。

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

その日は、朝10時に星川さんたち自治会のメンバーや神奈川大学サッカー部の学生たちが集合して、自治会館周辺を大掃除。集まった人たちや学生の何人かは、自治会館の内外で里芋の皮むきや野菜を切って調理の準備をしています。そこには「ほら、ぼやっとしないで動いて」と学生たちのお尻を叩く、自治会事務局長の高橋明美さんの姿も。高橋さんは学生たちの「お母さん的存在」なのだそう。

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

公園にブロックを置いてつくったかまどで、手馴れた様子で火をおこす学生たち。パチパチと着火用の薪が燃え、白い煙が上がり始めると星川さんや自治会のメンバーが代わるがわる声をかけながら炭を入れて手伝います。聞けば、このような炭の火おこしは数年前から一緒に何度もやって来たのだそう。芋煮も学生たちが大きな鍋にドバドバと豪快に醤油や料理酒を入れて、味見をしながらつくり上げていきます。出来上がったマスの塩焼きと芋煮の味は大好評で、公園内には箸が止まらない学生たちと地域の人たちの笑い声が響きました。

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

大学のサッカー部が22部屋を学生寮として入居する竹山団地

竹山団地には、サッカー部の学生たち約60人が2DKまたは3Kの部屋に2~3人ずつに分かれて住んでいます。コーチ陣も一緒に入居する、これら22室の部屋は、高齢化によって上層階が空室になっていたものを神奈川大学が所有者である神奈川県住宅供給公社から法人契約で借り受け、学生寮として使用しているものです。エレベーターがないと高齢者には上り下りの負担が大きい上層階ですが、若い学生たちに入居してもらうことで有効活用できるようになりました。

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

その始まりは2019年。神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さんとサッカー部の監督である大森酉三郎さんが、学生の成長を促す仕組みづくりのために、大学や神奈川県住宅供給公社に団地の空室を学生寮として使用しながら、地域の活性化に寄与する仕組みができないかと相談したことにさかのぼります。相談を受けた神奈川県住宅供給公社の水上弘二さんは、具現化できそうな場として、高齢化率が45%以上に達しながらも地域住民の自治体制が整い、公社と自治会の意思疎通が図られている竹山団地に白羽の矢を立て、社内外の調整をはじめました。

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

2020年5月から学生たちの入居が始まり、もうすぐ4年が経とうとしています。これまで、学生たちと地域が一緒に取り組んできたプロジェクトは枚挙に暇がありません。

自治会が主催する防災訓練や花火大会などのイベント運営、休耕地を活用した野菜づくり。団地の空き店舗をリノベーションした学生食堂の空き時間を活用し、横浜市の介護予防・生活支援事業として介護予防体操教室やコミュニティカフェを運営。ほかにも高齢者向けのスマートフォン教室や子どもたちの学習支援の先生役を学生たちが務めています。今後は国の補助を受け、新たな地域活動拠点の整備を進めていくそう。

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

NPOを設立して、アルバイト料を支払い。国や自治体も巻き込むプロジェクトに

これらの事業展開をスムーズにしていくため、サッカー部はNPO法人KUSCを立ち上げました。NPOの運営は、現在、監督の大森さんやコーチたちが中心となって担い、スマートフォン教室の講師や学習支援の補佐役、食堂の運営を行う学生たちには、NPOからアルバイト料が支払われます。

「ちゃんとお金を払っていくことで、活動が継続できるものになります。また、それぞれの仕事に必要な資格を取ると時給がアップする仕組みを取り入れています。学生たちも自分で時間をつくって地域活動に参加するようになりますし、アルバイト料は経済的な支えにもなります」(監督の大森さん)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

さらに大森監督は「部員たちにとっての将来はサッカーだけではない」と続けます。

「サッカーはこの子たちにとってアイデンティティの中心ですが、チームの中でリーダーシップを取ることができるのはごく少数。活動の場が寮生活や地域にも広がることで、それぞれの場所や活動の中でリーダーシップを発揮する学生部員も出てきて、それがサッカーのプレーにも反映されるようになったりする。相乗効果があるだけではなく、これから先の社会や自分の人生を見据えてどう生きるか、という視点の醸成や人間的な成長につながります」(監督の大森さん)

「いいことばかりではないが、自分を知れた」学生たちの視点と本音

サッカー部の学生たちは、原付バイクで下宿である竹山団地とサッカー部の練習場であるグラウンド、大学のキャンパスを移動する毎日。団地で地域の人たちと生活をする中で、苦労していることなどがないかを聞くと、サッカー部のキャプテンである永谷陵之佑さんは「周囲の住民さんとの生活スタイルの違いには常に気をつけるようにしている」と答えます。

「隣の部屋には、一般の方が住んでいたりするので、自分たちの話し声や生活音が騒音として問題にならないかは気になるところです。高齢の方は夜早く寝たりされるので、洗濯機を回す時間を考えたり、門限がなくても、活発に動く時間は常識の範囲の中で周囲に配慮して行動するように心がけてきました」(キャプテンの永谷さん)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

また、学業に部活、寮生活での慣れない家事に加え、地域活動の時間をつくるとなると、学生たちへの負担も懸念されます。サッカー部部長の佐藤さんによれば「この取り組みを始める際にも、大学内の責任者などからはその懸念を指摘された」と言います。毎日、結構大変なのでは?と副キャプテンの蓑輪実潤(みのわまひろ)さんに投げかけると率直に答えてくれました。

「正直に言えば、本当にやるべき学業やサッカーがおろそかになってしまったり、事業がどんどん拡大していく中で人手不足を感じたりと、まだまだバランスが取れていないと感じる部分もあります。いいことばかりではありませんが、活動を通して自分が『誰とやるか』を重視することに気づけたりして、自分を知ることにもつながりました」(副キャプテンの蓑輪さん)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

これからも解決策を模索しながら進む、学生たちと地域の課題

神奈川県住宅供給公社の水上さんも「団地の新しい取り組みとして、多くのメディアで紹介され、全国的に評価されはじめた。一方で、どこででも簡単に横展開できるものではない」と語ります。

「竹山団地は、大森監督から話があったことに加え、自治会の星川さんや高橋さんたちのように家族として、学生たちに関わってくださる方がいるなど、偶然や必然が重なってできたデザインです。同じスキームが他の団地でできるかというと、そうは思っていません。もし他の大学や他の団地で同じような話が出てきたとしても、その地域の思いや環境、資源などを考えながらデザインしていくのでしょうね」(水上さん)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

一方で、この竹山団地での取り組みが、社会問題となっている集合住宅の老朽化や高齢化へのひとつの解決策となりうる期待も込めます。

「今いる4年生たちは、この取り組みの1期生であり、1年生で入学した時から大学4年間を通して活動し続けてきました。1からモデルをつくってきた大変さがあったと思いますが、これから入ってくる子たちは、道がすでにできているところに溶け込めるか、というハードルを乗り越える必要が出てくるでしょう。一方で、住民の皆さんは1年経てば1つ歳をとります。本格的な高齢化のスピードに取り組みが追いつくことができるのか、学生たちの地域活動がどう変わっていくのか、今後も期待をしながら私たちもオーナーとしてできる限りの支援をしていきたいと思います」(水上さん)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

大森監督は「いまの時代、さまざまな形の家族がある中で、学生たちは今まさに家族の経験をしている。今はわからなくても10年後、20年後にこの経験の価値を知ることになるはず」だと言います。

学生たちの将来、そして団地、言い換えれば、日本の社会が抱える課題や将来の姿を見据えて取り組まれるこのプロジェクトが、建物の老朽化や住む人の高齢化への解決策となり得るか、これからもその成長に目が離せません。

●取材協力
・神奈川大学サッカー部
・神奈川県住宅供給公社
・竹山団地 竹山連合自治会

「いつか来る災害」そのとき役立つ備え4選。備蓄品サブスクやグッズ管理アプリ、大切なもの保管サービスなど「日常を取り戻す」ために一歩進んだ防災を

大規模災害を想定した、最低限の水や非常食の備蓄。しかし大地震により物流が途絶え、支援物資も届きづらい状況を思えば、防災リュックの中身だけでは心もとない。また、避難所や仮設住宅での生活が長引いた際には、嗜好品や思い出の品など「心を癒やすアイテム」も必要になる。

できれば最低限ではなく、最悪を想定した十分な備えをしておきたいところだが、自助で賄える備蓄や防災には限界がある。そこで、個人やマンション単位で導入できる最新の防災サービスの検討を含め、一歩進んだ対策について考えてみたい。

防災備蓄をスマホでまとめて管理「SAIBOU PARK」

その前に、多くの人は本当に「最低限」の備えができているのだろうか。防災リュックは、クローゼットの奥で埃をかぶっていないか。そもそも、中身を把握できていなかったり、非常食の消費期限が切れてしまっているケースもあるかもしれない。

そんな、怠りがちな防災備蓄の管理を、スマホで簡単に行えるのが「SAIBOU PARK」。自宅にあるアイテムの写真を撮り、数量や保管場所、消費期限を登録することで、防災備蓄をまとめて管理することができる。

物置に眠る防災用品を集めて撮影する

物置に眠る防災用品を集めて撮影する

アイテム名や個数、保管場所を登録していく

アイテム名や個数、保管場所を登録していく

非常食などは賞味期限や消費期限を設定。通知をONにしておくと、期限が切れる1カ月前と2週間前に、アプリから通知が届く

非常食などは賞味期限や消費期限を設定。通知をONにしておくと、期限が切れる1カ月前と2週間前に、アプリから通知が届く

サービスを運営しているのは、防災用品のセレクトショップも手がける株式会社サイボウ。「SAIBOU PARK」アプリを開発した背景には、防災備蓄にまつわるこんな課題感があったという。

「自宅の防災アイテムや備蓄品を『あったっけ?』『どこだっけ?』と探した経験がある人は多いと思います。防災備蓄を把握しづらい理由は主に3つあり、1つ目は『種類が多く、一つひとつが小さい』こと。2つ目は『購入後に収納すると、当面は気にかけない』こと。3つ目は『目の届かないところに収納したものは、時間の経過とともに忘れてしまう』こと。
防災用品はこうして存在自体を忘れられ、ひっそりと劣化が進んだり、期限が切れてしまいます。せっかく備えたアイテムも、これではいざというときに真価を発揮できません。その解決策として、防災備蓄の全体像をいつでも把握・管理できるように企画したのが、このアプリでした」

こう語るのは、自身も防災士の資格を持つ「SAIBOU PARK」の佐多大翼さん。

SAIBOU PARK

SAIBOU PARKでは防災アイテムの劣化や非常食の消費期限切れを防ぐため、アイテムごとに「期限」を設定し、期限が切れる1カ月前と2週間前にプッシュ通知でリマインドする機能を持たせた。

「非常食だけでなく、電池やガスボンベにも使用期限があります。SAIBOU PARKを使ってみて、そのことを初めて意識したというユーザーの方もいらっしゃいました」(佐多さん)

不足アイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」で購入できる

不足アイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」で購入できる

最低限の自助といえる防災備蓄。自分や家族にとって最適な備えを把握するためにも、まずはこうしたアプリを使い、現在の備蓄状況を俯瞰的にチェックしてみるといいかもしれない。

<サービス概要>
・SAIBOU PARK
自宅の備えがひと目でわかる「防災備蓄まとめて管理アプリ」。非常食や懐中電灯など、手元の防災用品をアプリに登録。賞味期限や使用期限を設定しておくと、期限が切れる前にプッシュ通知でお知らせしてくれる。足りないアイテムは、防災用品のセレクトショップ「SAIBOU PARK」から購入することも可能。

被災地で「本当に必要になるアイテム」をレコメンド「pasobo」

食糧の備蓄や日用品、簡易トイレといった防災アイテムは十分に備えていたとしても、避難生活では「意外なもの」が不足することがある。

例えば、乳幼児を連れて避難する場合、被災のストレスで一時的に母乳が出にくくなったり、哺乳瓶を消毒することができずに授乳に困るケースがあるという。
また、小さな子どもの不安やストレスをやわらげる遊び道具、高齢者のいる家庭なら避難所に持ち込める椅子、ペットがいる場合はケージなども用意しておきたい。

最低限の備蓄品以外に、避難所で必要になるものは人それぞれ。家族の属性だけでなく、住んでいる環境によっても必要な準備が異なる。そんな、一人ひとりに合わせた防災対策をパーソナライズして自宅に届けてくれるのが、「pasobo(パソボ)」だ。WEB上の防災診断で「住んでいる自宅の種類は?」「何人で暮らしていますか?」といった13の質問に回答すると、その世帯環境における災害リスクや、全国のハザードマップから見た立地リスクを分析したうえで、自分に必要な防災セットを提案してくれる。

SAIBOU PARK

1分程度の「オンライン診断」を回答

1分程度の「オンライン診断」を回答

自宅周辺の災害リスクや、ハザードマップ上から分析された立地リスクなどの診断結果を確認。パーソナライズされた防災セットのなかから、必要なものを注文する

自宅周辺の災害リスクや、ハザードマップ上から分析された立地リスクなどの診断結果を確認。パーソナライズされた防災セットのなかから、必要なものを注文する

サービスを手掛けるのは株式会社KOKUA。東日本大震災の被災地で出会い、全国各地の被災地支援を続けてきたメンバーたちで設立された防災ベンチャーだ。

「行政による支援は、どうしても『誰もが共通して使えるもの』の優先度が高くなりがちで、個人の属性に応じた物品を用意したり、それを各避難所へ配備することが難しいと聞きます。実際、私たちが避難所でボランティアをしているなかでも、必要なものが不足し不便な思いをしている方がたくさんいらっしゃいました。不便なだけならまだいいのですが、それがないことで体調が悪化してしまうこともある。被災してから『これを準備しておけばよかった』という事態を防ぐためにも、pasoboの防災診断をきっかけに自分や家族にとって『本当に必要な防災対策』を考えていただければと思います」(KOKUA共同代表の疋田裕二さん)

<サービス概要>
・パーソナル防災サービス「pasobo」
WEB上で、家族構成や立地、建物の耐震基準・階数、個人の災害に対する価値観といった、いくつかの質問に回答するだけで、自分に必要な防災対策が1分で見つかるサービス。サイト上に入力された情報をもとに、個人の世帯環境における災害リスクや、全国のハザードマップから見た立地リスクを分析し、最適な防災グッズを提案。提案された防災用品は、サイト上で購入することもできる。

マンション単位で導入できる備蓄品のサブスク「防災サステナ+」

災害の規模によっては、こうした自助の備えだけでは賄いきれない場合もある。そんなときに頼れるのは、地域やコミュニティのなかで助け合う「共助」の力だ。

特にマンションの場合、近年は「在宅避難」を見越した防災力の強化が叫ばれている。実際、管理組合が主体となり、マンション全体で備蓄の管理を含めた防災対策に取り組むケースも増えてきた。

最近では、防災備蓄品の選定や管理をアウトソーシングできるサービスも登場している。2023年10月に提供がスタートした「防災サステナ+」もその1つ。マンションの倉庫の容量や住人の数に応じた適正数量の防災備蓄品を提案・納品してくれるほか、期限切れの前に備蓄品を補充してくれる。

マンション引渡し~管理組合設立時まで(イメージ)

マンション引渡し~管理組合設立時まで(イメージ)

管理組合設立以降(イメージ)

管理組合設立以降(イメージ)

「有事の際に防災備蓄品の使用期限が切れて使用できなかったら、備蓄の意味がありません。実際、管理組合で消費期限や使用期限が切れていて問題になり、慌てて購入されるような事案もあるようです。通知だけでは現地にある備蓄品の期限切れが解消されるわけではないため、自動的に補充されるまでをサービスとしました」(サービスを運営する「つなぐネットコミュニケーションズ」の担当者)

現在は新築マンションを展開するデベロッパーや、既存マンションの管理会社を中心にサービスを提案中。同時に、マンションごとに異なる防災のニーズを聞き取りながらサービス内容をブラッシュアップしている。

ただ、いかに共助が大事といっても、あくまで最低限の「自助」があってこその「共助」。そのため、どこまでを自助とし、どこからを共助として管理組合で備えておくべきかは、住民同士で十分に話し合っておく必要があるという。

「発災当初、消防などの公的支援は被害が大きいところに集中するため、安全性の高いマンションへの支援が遅れる可能性があります。そのため、自分の命を守る『自助』、マンション内で助け合う『共助』が重要になります。『自助』では各住戸での安全対策や水食料等の備蓄をしておくこと、『共助』では救助活動や共用部の安全対策等のため活動ルールや備蓄品を備えておくことが必要です」(同)

<サービス概要>
・防災サステナ+
マンションでニーズの高い防災備蓄品の選定・納品(ハード)に加え、将来にわたる更新期限の管理を、月額利用料金で継続的に利用できる防災サービス。サービスの契約期間中は無料の防災相談サービスが受けられるほか、管理組合専用グループウェアも利用できる。平常時の管理組合による防災活動の活性化に加え、災害時の共助促進も期待できる。

「いつもの暮らし」を取り戻す“大切なもの”保管サービス「防災ゆうストレージ」

被災した際、何より欠かせないのは食糧や生活必需品。その次に必要になるのは、嗜好品や趣味の品、大切にしているものなど「心を癒やすアイテム」ではないだろうか。

2022年、日本郵便と寺田倉庫は防災サービス「防災ゆうストレージ」の提供を開始した。もしものときのために「必要なもの・大切なもの」を寺田倉庫が管理する安全な倉庫に預けておくことができ、地震や災害が起こった際には日本郵便の流通網で全国の被災地まで運んでくれる。

頑丈なポリプロピレン製の専用ボックスは「小」「大」の2種類。避難先ではテーブルや椅子などとしても活躍する(写真提供/日本郵便)

頑丈なポリプロピレン製の専用ボックスは「小」「大」の2種類。避難先ではテーブルや椅子などとしても活躍する(写真提供/日本郵便)

サービスの背景には、被災者たちの辛い経験談があるという。

「被災者の方々に話をお伺いすると、何よりも辛かったのは思い出の写真やアルバム、愛着のある品々をなくしてしまったことであると。家をなくすよりも悲しかったとおっしゃる方もたくさんいらっしゃいました。ふだんは嵩張るようなもの、ちょっと邪魔だなと思っているものでも、いざなくしてしまうと大きな喪失感につながってしまう。そこで、いったん遠くの場所へ思い出を移しておくことで自宅も整理できますし、有事の際の心の拠り所にもなるのではないかと考えました」(サービスを設計した日本郵便の担当者)

それらを預けておくだけでなく、有事の際には避難所まで届けてくれるのも大きい。なかなか自宅に戻れない状況下では、思い出の写真一枚、小さなぬいぐるみ1つが心の拠り所になることもある。

「思い出の品々だけでなく、好きな本や嗜好品もそうだと思います。これらは、命をつなぐために必要なものではありません。でも、避難生活が長引いたときに『いつもの暮らし』を取り戻させてくれます。例えば、避難所や仮設住宅での食事も、お気に入りの食器を使うだけで気持ちは変わる。ちょっとしたことですが、家族の日常を取り戻す第一歩になるのではないかと思います」(同)

「高齢者や子どもと暮らしている家庭」の利用イメージ(写真提供/日本郵便)

「高齢者や子どもと暮らしている家庭」の利用イメージ(写真提供/日本郵便)

災害の規模によっては、避難生活が長期化することもある。もとの暮らしを取り戻すまで日常をつなぎとめてくれるのは、じつは身の回りにあるちょっとしたアイテムなのかもしれない。

<サービス概要>
・防災ゆうストレージ
月額保管料275円~と、個人でも利用しやすい防災向け宅配型トランクルームサービス。専用ボックスに、思い出の品だけでなく、避難先での生活が長期化した場合に必要となる日用品を入れて発送するだけで「じぶん用支援物資」として預けておくこともできる。衣類や衛生品のほか、公的な支援物資だけでは不足しがちな紙おむつやコンタクトレンズ、使い慣れた生理用品、常備薬、ペット用品など、自宅に備えている防災リュックの「拡大版」のような形で利用することもできる。

最新サービスを活用して防災力の強化を

大規模な災害が頻発しているとはいえ、常日頃、高いレベルの防災意識を保ち続けることは難しい。重要なのは、普段は特別に意識しなくても、もしもの時に困らない体制をつくっておくこと。そのためにも、手軽に導入できるこれらの防災サービスをうまく活用し、防災力の強化に努めたい。

●関連リンク
・SAIBOU PARK
【iOS】
【Android】
・パーソナル防災サービス「pasobo」
・防災サステナ+
・防災ゆうストレージ

“高温多湿”の沖縄でも断熱リフォームは必要? 地域の気候と文化の難題向き合い光熱費42%削減!?

光熱費の値上げが家計の大きな問題になっている昨今。電気の価格は、各地の電力会社によって差があります。2023年6月に国内の大手電力会社7社がいっせいに電気料を値上げしたなか、沖縄県は33.3%と7社の中でも2番目に高い上昇率。冬も暖かい沖縄県内はこれまで「断熱」「省エネ」の認識が低かったのですが、いよいよ無視できない状況になっています。リノベーション会社アーキラボラフィット(RENOBEES)(沖縄県沖縄市)は高断熱性能の賃貸&全館空調マンションに挑んでいますが、「ひと筋縄ではいかない」といいます。

モデルルームとしてリノベーションをした、沖縄市にある2LDK・55平米の中古マンションで沖縄の断熱最新事情のお話をうかがいました。

全館空調システムを1室からリノベーションで実現

モデルルームで出迎えてくれたのは、代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでから・れいこ)さんです。

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

「ここ沖縄県でも、多くのご家庭が光熱費の高騰に頭を悩ませています。しかし、寒冷地域とは異なり、断熱に目を向けるご家庭は多くありません」。2級建築士資格を持つ徳里さんはそう話します。

たしかに、沖縄県に住んでいる筆者の周りでも「断熱」という言葉を耳にしたことは皆無です。よく耳にするのは、台風時の豪雨や強風による浸水、雨漏り、破損などをいかに防ぐか。沖縄独特の瓦や、石造りの家などがこれに当たります。もしくは、湿度の高い沖縄で、カビを防ぐためにいかに風通しを良くするか、などです。

また、夏の気候が長く続く沖縄では、時に10月、11月になっても冷房つけているご家庭も。当然ながら、その時期は電気代が跳ね上がります。

しかしこうした冷房も、実は断熱住宅のほうが機密性が高く、長く涼しさが続くとされています。

「マンション1室まるごとを全館空調で管理する場合は、通常の家で使う部屋だけにクーラーをつけているよりも光熱費が安くなるケースも多いのです」(嘉手苅さん)

いったいどういうことなのか、さっそく室内を拝見してみましょう。

オープンクローゼットなど沖縄ならではの工夫も

モデルルームになったのは沖縄県沖縄市にあるマンション。沖縄は冬でも20度前後で過ごしやすい日もあるのですが、この日は2023年で1番といってもいいほど冷え込んでおり、外気温は15度前後。長袖を一枚はおらないと肌寒さを感じる日でした。

玄関ドアを開けると、まず三和土の先はフローリングが張られ、リビングへ続く廊下はまたドアで仕切られています。

「外気やそこに含まれる湿気がリビングに流れ込まないようにするためです」(德里さん)

室内に一歩足を踏み入れた瞬間、思わず「暖かい!」と声が出てしまうほど。室内は、全館空調で室温22度前後、湿度約60%に保たれています。

全館空調のメリットを最大限引き出すには、気密性の高さがとても大切です。ドアは曇りガラスになっているため、リビングの窓から入る光を通し、玄関は薄暗さを感じられません。

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

向かって右側には、オープン式のシューズラックが設けられています。

「多湿な沖縄では、引き出しや戸棚の中のものにカビが生えやすいことから、オープン式のシューズラックや洋服掛けなどが好まれます。まれに、ドア付きのクローゼットのドアをわざわざ開け放しておく方もいるほどです」(同)

確かに、個室に設けられたクローゼットもオープン式です。

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

全館空調システムは、キッチンの天井裏にはめ込まれています。ケィ・マックインダストリー社の24時間換気システムで、導入費は200万円ほど。リビングを通ったダクトから外気を室温に近づけて給気する仕組みです。

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

「エアコンの室外機を1つずつ設置しなくてよいので、意匠的にも優れています」(同)

全館空調の効果を最大限に発揮するために、壁と床にはそれぞれ厚さ2.5cmの断熱材を使用しています。

断熱材が入ることで、外から沖縄の太陽で照り付けられても熱が室内にこもることがなく、冷房で冷やされた室温を維持しやすいのです。また、外部の湿気が内部に侵入しにくという効果もあります。

コンクリートの建物で、このように室内の壁と床に断熱材を入れることは珍しいといいます。

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

リビングに面した窓も、二重サッシで防音もバッチリ。部屋は大通りに面していて、日中は車通りもありましたが、音はほとんど気になりませんでした。樹脂製の内窓は、室内の木目調のインテリアともマッチしています。

居室は全てフローリング材で統一されていますが、この床材は本州で使われるものと同じ木材です。

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

「通常、沖縄では湿気に強いチークやメルバウなどをフローリングに使用します。反ったり膨張したりしにくいのですが、独特の赤みがでてしまうんです。しかし、全館空調であれば湿度も管理されていますから、そういった心配もありません。床材の選択肢が広がると、選択できるインテリアの幅も広がりますよね」(同)

気になる光熱費について、全館空調・断熱の導入前後を比較してみましょう。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算によると、導入前の年間の光熱費は月額平均約3万7,067円(年間44万4,804円)。導入後は月額平均2万1,615円(年間25万9,378円)と、約42%の削減効果が見込まれるそうです(平均外気温22.9℃で計算)。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算

一方、断熱工事を含め、かかったリノベーション費用は1300万円。全館空調システムの200万円を合わせて、計1500万円の初期投資が必要です。

今回は自社施工だったため、補助金などを活用することはできませんでした。

一般の方が同じリノベーションに取り組む場合には、国の制度である「住宅省エネ2024キャンペーン」の中の①質の高い住宅ストック形成に関する省エネ住宅への支援(仮称)の「住宅の省エネ改修」に該当する場合は1戸あたり上限20~30万円(30万円は子育て世帯・若者夫婦世帯)。子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合には、1戸あたり上限60万円の補助が受けられます。

窓については、同補助金「先進的窓リノベ2024」の要件に該当した場合は、工事内容に応じて定める額(補助率1/2相当等、上限200万円まで)、また「子育てエコホーム」の要件に該当する場合は、最大20~60万円の補助が受けられます。

また、沖縄市在住の場合は「沖縄市住宅リフォーム支援事業補助金」の中の「バリアフリー・省エネ等改修工事」で施工金額のうち、最大25%の補助金を受け取ることができる可能性があります。

気密性の高さは沖縄で受け入れられるか

沖縄ではまだ目新しい全館空調・断熱リノベマンション。ほこりや排気ガスの侵入や、騒音なども防ぐことができ一石二鳥なのですが、沖縄の文化になじむか否かはこれから検証が必要です。

沖縄では風水を重視する傾向などから、ドアや窓を開け、通気性がよいことを好む人々も少なくありません。夏場であっても玄関や窓を開け放しているご家庭も見受けられるのですが、全館空調を取り入れた物件で同じことをしてしまうと、空調が効かなくなるだけでなく、外気からの湿度の影響を受けてフローリングや家具などにカビやたわみなどの影響が出てくることも考えられます。

一方で、中国本土の一部や香港などでは、通年でエアコンをかけ、気密性が高い居室を好む地域もあります。これはSARSや大気汚染などの影響で、頻繁に換気で外気を取り入れるよりも、同じ空気を、フィルターを通して循環させたほうが清潔である、という考え方があるためです。沖縄の物件は外国人にも人気。全館空調・断熱の家はこうした地域出身の外国人には好まれるかもしれません。

「弊社でも初めての試みですが、今後も上がり続けるであろう光熱費に対する、1つの提案になればと思っています」(德里さん)

新たな試みは沖縄の人々に受け入れられるのか、注目していきたいと思います。

●取材協力
アーキラボフィット(RENOBEES)

高温多湿の沖縄でも断熱リフォームは必要? 地域の気候と文化の難題向き合い光熱費42%削減!?

光熱費の値上げが家計の大きな問題になっている昨今。電気の価格は、各地の電力会社によって差があります。2023年6月に国内の大手電力会社7社がいっせいに電気料を値上げしたなか、沖縄県は33.3%と7社の中でも2番目に高い上昇率。冬も暖かい沖縄県内はこれまで「断熱」「省エネ」の認識が低かったのですが、いよいよ無視できない状況になっています。リノベーション会社アーキラボラフィット(RENOBEES)(沖縄県沖縄市)は高断熱性能の賃貸&全館空調マンションに挑んでいますが、「ひと筋縄ではいかない」といいます。

モデルルームとしてリノベーションをした、沖縄市にある2LDK・55平米の中古マンションで沖縄の断熱最新事情のお話をうかがいました。

全館空調システムを1室からリノベーションで実現

モデルルームで出迎えてくれたのは、代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さんです。

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

「ここ沖縄県でも、多くのご家庭が光熱費の高騰に頭を悩ませています。しかし、寒冷地域とは異なり、断熱に目を向けるご家庭は多くありません」。2級建築士資格を持つ徳里さんはそう話します。

たしかに、沖縄県に住んでいる筆者の周りでも「断熱」という言葉を耳にしたことは皆無です。よく耳にするのは、台風時の豪雨や強風による浸水、雨漏り、破損などをいかに防ぐか。沖縄独特の瓦や、石造りの家などがこれに当たります。もしくは、湿度の高い沖縄で、カビを防ぐためにいかに風通しを良くするか、などです。

また、夏の気候が長く続く沖縄では、時に10月、11月になっても冷房つけているご家庭も。当然ながら、その時期は電気代が跳ね上がります。

しかしこうした冷房も、実は断熱住宅のほうが機密性が高く、長く涼しさが続くとされています。

「マンション1室まるごとを全館空調で管理する場合は、通常の家で使う部屋だけにクーラーをつけているよりも光熱費が安くなるケースも多いのです」(嘉手苅さん)

いったいどういうことなのか、さっそく室内を拝見してみましょう。

オープンクローゼットなど沖縄ならではの工夫も

モデルルームになったのは沖縄県沖縄市にあるマンション。沖縄は冬でも20度前後で過ごしやすい日もあるのですが、この日は2023年で1番といってもいいほど冷え込んでおり、外気温は15度前後。長袖を一枚はおらないと肌寒さを感じる日でした。

玄関ドアを開けると、まず三和土の先はフローリングが張られ、リビングへ続く廊下はまたドアで仕切られています。

「外気やそこに含まれる湿気がリビングに流れ込まないようにするためです」(德里さん)

室内に一歩足を踏み入れた瞬間、思わず「暖かい!」と声が出てしまうほど。室内は、全館空調で室温22度前後、湿度約60%に保たれています。

全館空調のメリットを最大限引き出すには、気密性の高さがとても大切です。ドアは曇りガラスになっているため、リビングの窓から入る光を通し、玄関は薄暗さを感じられません。

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

向かって右側には、オープン式のシューズラックが設けられています。

「多湿な沖縄では、引き出しや戸棚の中のものにカビが生えやすいことから、オープン式のシューズラックや洋服掛けなどが好まれます。まれに、ドア付きのクローゼットのドアをわざわざ開け放しておく方もいるほどです」(同)

確かに、個室に設けられたクローゼットもオープン式です。

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

全館空調システムは、キッチンの天井裏にはめ込まれています。ケィ・マックインダストリー社の24時間換気システムで、導入費は200万円ほど。リビングを通ったダクトから外気を室温に近づけて給気する仕組みです。

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

「エアコンの室外機を1つずつ設置しなくてよいので、意匠的にも優れています」(同)

全館空調の効果を最大限に発揮するために、壁と床にはそれぞれ厚さ2.5cmの断熱材を使用しています。

断熱材が入ることで、外から沖縄の太陽で照り付けられても熱が室内にこもることがなく、冷房で冷やされた室温を維持しやすいのです。また、外部の湿気が内部に侵入しにくという効果もあります。

コンクリートの建物で、このように室内の壁と床に断熱材を入れることは珍しいといいます。

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

リビングに面した窓も、二重サッシで防音もバッチリ。部屋は大通りに面していて、日中は車通りもありましたが、音はほとんど気になりませんでした。樹脂製の内窓は、室内の木目調のインテリアともマッチしています。

居室は全てフローリング材で統一されていますが、この床材は本州で使われるものと同じ木材です。

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

「通常、沖縄では湿気に強いチークやメルバウなどをフローリングに使用します。反ったり膨張したりしにくいのですが、独特の赤みがでてしまうんです。しかし、全館空調であれば湿度も管理されていますから、そういった心配もありません。床材の選択肢が広がると、選択できるインテリアの幅も広がりますよね」(同)

気になる光熱費について、全館空調・断熱の導入前後を比較してみましょう。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算によると、導入前の年間の光熱費は月額平均約3万7,067円(年間44万4,804円)。導入後は月額平均2万1,615円(年間25万9,378円)と、約42%の削減効果が見込まれるそうです(平均外気温22.9℃で計算)。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算

一方、断熱工事を含め、かかったリノベーション費用は1300万円。全館空調システムの200万円を合わせて、計1500万円の初期投資が必要です。

今回は自社施工だったため、補助金などを活用することはできませんでした。

一般の方が同じリノベーションに取り組む場合には、国の制度である「住宅省エネ2024キャンペーン」の中の①質の高い住宅ストック形成に関する省エネ住宅への支援(仮称)の「住宅の省エネ改修」に該当する場合は1戸あたり上限20~30万円(30万円は子育て世帯・若者夫婦世帯)。子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合には、1戸あたり上限60万円の補助が受けられます。

窓については、同補助金「先進的窓リノベ2024」の要件に該当した場合は、工事内容に応じて定める額(補助率1/2相当等、上限200万円まで)、また「子育てエコホーム」の要件に該当する場合は、最大20~60万円の補助が受けられます。

また、沖縄市在住の場合は「沖縄市住宅リフォーム支援事業補助金」の中の「バリアフリー・省エネ等改修工事」で施工金額のうち、認められれば最大25%の補助金を受け取ることができる可能性があります。

気密性の高さは沖縄で受け入れられるか

沖縄ではまだ目新しい全館空調・断熱リノベマンション。ほこりや排気ガスの侵入や、騒音なども防ぐことができ一石二鳥なのですが、沖縄の文化になじむか否かはこれから検証が必要です。

沖縄では風水を重視する傾向などから、ドアや窓を開け、通気性がよいことを好む人々も少なくありません。夏場であっても玄関や窓を開け放しているご家庭も見受けられるのですが、全館空調を取り入れた物件で同じことをしてしまうと、空調が効かなくなるだけでなく、外気からの湿度の影響を受けてフローリングや家具などにカビやたわみなどの影響が出てくることも考えられます。

一方で、中国本土の一部や香港などでは、通年でエアコンをかけ、気密性が高い居室を好む地域もあります。これはSARSや大気汚染などの影響で、頻繁に換気で外気を取り入れるよりも、同じ空気を、フィルターを通して循環させたほうが清潔である、という考え方があるためです。沖縄の物件は外国人にも人気。全館空調・断熱の家はこうした地域出身の外国人には好まれるかもしれません。

「弊社でも初めての試みですが、今後も上がり続けるであろう光熱費に対する、1つの提案になればと思っています」(德里さん)

新たな試みは沖縄の人々に受け入れられるのか、注目していきたいと思います。

●取材協力
アーキラボラフィット(RENOBEES)

「SUUMO住みたい街ランキング2024関西版」梅田が西宮北口と大差で3年連続1位に! 本町、尼崎も躍進

リクルートは関西圏(大阪府・兵庫県・京都府・奈良県・滋賀県・和歌山県)に居住している20歳〜49歳の4600人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024年関西版」を発表した。
どのような街がランクインしたか、結果と併せて街の魅力を探ってみた。

TOP3は3年連続1位「梅田」、2位「西宮北口」、3位「神戸三宮」

1位は大都心部「梅田」、2位は阪神間の人気の街「西宮北口」、3位は神戸市の玄関口「神戸三宮」だった。
トップ3は2022年から3年連続で同じ位置をキープしたが、今年際立ったのが1位の「梅田」の強さだ。2位の「西宮北口」と約300点もの差をつけており、「得点がジャンプアップした街ランキング」でも昨年から100点以上も得点を伸ばして1位に。
「梅田」の人気の高まりがはっきりと結果に出た。

住みたい街(駅)ランキング [1位~20位]

得点がジャンプアップした街(駅)ランキング[1位~10位]

梅田人気はうめきた開発の期待感や高い資産価値が決め手に

「梅田」の人気の背景には、西日本最大のターミナル「JR大阪駅」北側の再開発「うめきた」による街の発展がある。「グランフロント大阪」が誕生した1期開発に続いて「うめきた2期(グラングリーン大阪)」が進行しており、今年9月には一部先行街開きをする予定だ。

グランフロント大阪(写真/PIXTA)

グランフロント大阪(写真/PIXTA)

中でも特に期待が寄せられるのが、大阪駅と直結する都市公園「うめきた公園」の誕生だろう。関西最大のビッグターミナルであるJR大阪駅前に、広大な芝生広場や、美しい曲線を描く大屋根のイベントスペースを設けた巨大公園が姿を現す。周辺にはホテルやオフィスビル、タワーマンションなども続々開業するという、心躍らされる都市プランだ。
住みたい理由としてあげられる街の魅力は、働く場にとどまらない街のにぎわい、文化娯楽施設の充実などだ。
「梅田」を「西宮北口」と年代別で比較すると、20代の支持率が突出して高いのもうなずける。
ビジネスや商業のイメージが強い「梅田」だが、うめきたエリア再開発の波及効果や福島方面や中津方面の再開発により住宅供給が増加。直近10年間でも大阪市北区・福島区で1万5000戸以上の分譲マンションが供給された。
近年、若い人の間で住宅を資産価値として見る層が増えており、住むイメージが希薄だった梅田エリアも、都心居住への憧れの強さに後押しされ、“働き、暮らす街”として魅力を増していると考えられる。

街の魅力項目トップ10 梅田駅

年代別上位3駅の得票率

同時にアンケートをとった「穴場だと思う街(駅)」でも「梅田」が昨年の2位から1位に上昇した。
「梅田」と「穴場」のイメージがマッチしない印象だが、ハイブランドの店舗から昔ながらの飲食街まで多様な顔があることが、“住む街としても見逃せない”という穴場感につながっているのかも。

穴場だと思う街(駅)ランキング

ほかにも得点を上げた街を見てみたい。
「江坂」は昨年の11位から8位にランクインした(310点→342点)。
「江坂」は大阪中心部のオフィス街に直結する大阪メトロ御堂筋線にあり、新幹線停車駅「新大阪」や「梅田」「淀屋橋」に乗り換えなしで行ける。
また、阪急京都線「烏丸」は昨年の15位から12位に(238点→270点)、「本町」は18位から13位(216点→256点)に大きく順位を上げている。
それぞれ京都市、大阪市の中心エリアにあり、商業施設やオフィスが集まる華やかな街だ。
これらの結果を見ても、都心への交通アクセスの良さや商業施設の充実など、利便性の高い街に人気が集まっていることがわかる。

「住みたい自治体」は「西宮市」「大阪市北区」がトップ2

アンケートでは「住みたい自治体」についても尋ねた。
1位は「西宮市」。以下「大阪市北区」、「明石市」、「大阪市天王寺区」、「大阪市中央区」と続いた。

住みたい自治体ランキング [1位~20位]

得点ジャンプアップした自治体ランキング[1位~10位]

「住みたい街ランキング」でトップ2だった街の自治体「西宮市」「大阪市北区」がやはり1位、2位を獲得した。
1位から5位までが昨年と同じ順位だが、昨年との得点差を見ると「大阪市北区」が130点(997点→1127点)と、他の自治体に比べて突出して大きい。
一方、手厚い子育て施策で注目を集める「明石市」は今年も3位をキープし、依然として高い支持を得ている。

「梅田」が利便性や都心への憧れ、資産価値の高さを背景にしているのに対し、「明石市」は市民目線のサービスで注目を集めた。
「明石市」の街の魅力項目には「子育てに関する自治体のサービスが充実している」だけでなく、「介護や高齢者向けのサービスが充実している」「公共施設が充実している(図書館、コミュニティセンター、公民館など)」など、子育て以外の自治体の施策や生活環境の充実も挙げられる。

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

年代・ライフステージでは、夫婦+子ども世帯の支持(2位)だけでなく、夫婦のみ世帯(3位)、女性20代・30代(2位)、男性20代・30代(5位)と子育てファミリー以外のさまざまな層からも高く注目されている。
また、「メディアによく取り上げられて有名」という声も多く、自治体の発信力も地元以外でも住みたいと思う人が増える要因になっているようだ。

■関連記事:
子育て支援の“東西横綱”千葉県流山市と兵庫県明石市、「住みたい街ランキング」大躍進の裏にスゴい取り組み

おしゃれなオフィス街「本町」が大躍進本町の風景(写真/PIXTA)

本町の風景(写真/PIXTA)

「本町」は住みたい街ランキングで昨年の18位から13位へとランクアップ。得点ジャンプアップした街ランキングでも40点も得点を伸ばし3位となった。
「本町」のある「大阪市中央区」は自治体総合ランキングで6位となり、特に男性40代、シングル男性、シングル女性では3位の高順位に。

街の魅力として「魅力的な働く場」や「雰囲気やセンスのいい飲食店やお店」などがあり、最先端のおしゃれな街という印象で捉えられていることが分かる。
大阪市中央区は2府4県の中でも人口増加率、15歳未満の人口増加率がともにナンバー1。小学校の児童数も10年前の3000人未満から4000人に届きそうな数に。本町駅周辺は中央区・西区ともに小型の分譲マンション供給が続いており、この5年間で中央区だけで約6000戸以上増えたことが人口増の要因となっている。
1975年の万博開催年に建てられた「船場センタービル」はコロナ禍の中、2021年から土日の営業を開始。地域住民が増えていることで飲食店などがにぎわいを見せている。

梅田に隣接しているのに割安な家賃相場。新築マンションの供給進む「尼崎市」JR尼崎駅前の様子(写真/PIXTA)

JR尼崎駅前の様子(写真/PIXTA)

「尼崎市」は「住みたい自治体」総合順位で過去最高位の19位にランクイン。特にシングル男性で8位に食い込み、夫婦のみの世帯も16位と高支持を得た。ファミリーよりもシングルやカップルからの支持が厚い傾向が見られる。
JR「尼崎」駅は「住みたい街ランキング」では31位だが、「得点がジャンプアップした街」では9位に躍進を遂げた。

JR尼崎駅は大阪駅まで新快速で1駅6分、東海道本線、福知山線、東西線が乗り入れ、交通利便性の高さでは関西屈指。その割に家賃相場が割安なのも魅力のひとつといえる。

住みたい理由として「コストパフォーマンスが良い」「物価が安い」「電車やバスでさまざまな場所に行きやすい」「街に賑わいがある」など、交通利便性や物価といった実質的な側面が評価されている。

尼崎市全体では高齢化が進むものの再開発で美しく整備されたJR尼崎駅周辺を中心にマンションの供給が続き、周辺エリアからの流入も多い。
子ども向け施設として最近注目を集めているのが、2022年に「ボートレース尼崎」場内にオープンした関西初のキッズパーク「モーヴィあまがさき」。ボーネルンド社や行政が共同で子ども向けのイベントを開催しており、なかなか予約がとれないほどの人気だという。

市も子育て支援に力を入れており、子どものうちから健康に関心を持つよう11歳と14歳を対象に「尼っこ検診」を実施。定住・転入促進情報発信サイト「AMANISM(アマニスム)」やSNSを使った情報発信など、独自の取り組みで住みやすさをアピールしている。

2024年の「住みたい街ランキング」では、「梅田」が圧倒的に強かった。得点ジャンプアップランキングでも1位となり、人気の高まりは現在進行形だ。
また、「尼崎」や「本町」など、梅田から10分圏内の街も躍進が目立つ。

コロナ禍を抜け出した今、関西圏では都心の利便性と華やぎが一層求められるようになったと思える。
一方、「明石市」のように、市民目線の施策や地道な街づくりにより人口を増やしている自治体もある。
うめきたエリアの再開発などで都心部が今後さらに整備されていく中、人々が「住みたい」と思う街がどう変化していくか、注目していきたい。

●関連サイト
・SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 関西版」プレスリリース

「SUUMO住みたい街ランキング2024関西版」梅田が西宮北口と大差で3年連続1位に! 本町、尼崎も躍進

リクルートは関西圏(大阪府・兵庫県・京都府・奈良県・滋賀県・和歌山県)に居住している20歳〜49歳の4600人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024年関西版」を発表した。
どのような街がランクインしたか、結果と併せて街の魅力を探ってみた。

TOP3は3年連続1位「梅田」、2位「西宮北口」、3位「神戸三宮」

1位は大都心部「梅田」、2位は阪神間の人気の街「西宮北口」、3位は神戸市の玄関口「神戸三宮」だった。
トップ3は2022年から3年連続で同じ位置をキープしたが、今年際立ったのが1位の「梅田」の強さだ。2位の「西宮北口」と約300点もの差をつけており、「得点がジャンプアップした街ランキング」でも昨年から100点以上も得点を伸ばして1位に。
「梅田」の人気の高まりがはっきりと結果に出た。

住みたい街(駅)ランキング [1位~20位]

得点がジャンプアップした街(駅)ランキング[1位~10位]

梅田人気はうめきた開発の期待感や高い資産価値が決め手に

「梅田」の人気の背景には、西日本最大のターミナル「JR大阪駅」北側の再開発「うめきた」による街の発展がある。「グランフロント大阪」が誕生した1期開発に続いて「うめきた2期(グラングリーン大阪)」が進行しており、今年9月には一部先行街開きをする予定だ。

グランフロント大阪(写真/PIXTA)

グランフロント大阪(写真/PIXTA)

中でも特に期待が寄せられるのが、大阪駅と直結する都市公園「うめきた公園」の誕生だろう。関西最大のビッグターミナルであるJR大阪駅前に、広大な芝生広場や、美しい曲線を描く大屋根のイベントスペースを設けた巨大公園が姿を現す。周辺にはホテルやオフィスビル、タワーマンションなども続々開業するという、心躍らされる都市プランだ。
住みたい理由としてあげられる街の魅力は、働く場にとどまらない街のにぎわい、文化娯楽施設の充実などだ。
「梅田」を「西宮北口」と年代別で比較すると、20代の支持率が突出して高いのもうなずける。
ビジネスや商業のイメージが強い「梅田」だが、うめきたエリア再開発の波及効果や福島方面や中津方面の再開発により住宅供給が増加。直近10年間でも大阪市北区・福島区で1万5000戸以上の分譲マンションが供給された。
近年、若い人の間で住宅を資産価値として見る層が増えており、住むイメージが希薄だった梅田エリアも、都心居住への憧れの強さに後押しされ、“働き、暮らす街”として魅力を増していると考えられる。

街の魅力項目トップ10 梅田駅

年代別上位3駅の得票率

同時にアンケートをとった「穴場だと思う街(駅)」でも「梅田」が昨年の2位から1位に上昇した。
「梅田」と「穴場」のイメージがマッチしない印象だが、ハイブランドの店舗から昔ながらの飲食街まで多様な顔があることが、“住む街としても見逃せない”という穴場感につながっているのかも。

穴場だと思う街(駅)ランキング

ほかにも得点を上げた街を見てみたい。
「江坂」は昨年の11位から8位にランクインした(310点→342点)。
「江坂」は大阪中心部のオフィス街に直結する大阪メトロ御堂筋線にあり、新幹線停車駅「新大阪」や「梅田」「淀屋橋」に乗り換えなしで行ける。
また、阪急京都線「烏丸」は昨年の15位から12位に(238点→270点)、「本町」は18位から13位(216点→256点)に大きく順位を上げている。
それぞれ京都市、大阪市の中心エリアにあり、商業施設やオフィスが集まる華やかな街だ。
これらの結果を見ても、都心への交通アクセスの良さや商業施設の充実など、利便性の高い街に人気が集まっていることがわかる。

「住みたい自治体」は「西宮市」「大阪市北区」がトップ2

アンケートでは「住みたい自治体」についても尋ねた。
1位は「西宮市」。以下「大阪市北区」、「明石市」、「大阪市天王寺区」、「大阪市中央区」と続いた。

住みたい自治体ランキング [1位~20位]

得点ジャンプアップした自治体ランキング[1位~10位]

「住みたい街ランキング」でトップ2だった街の自治体「西宮市」「大阪市北区」がやはり1位、2位を獲得した。
1位から5位までが昨年と同じ順位だが、昨年との得点差を見ると「大阪市北区」が130点(997点→1127点)と、他の自治体に比べて突出して大きい。
一方、手厚い子育て施策で注目を集める「明石市」は今年も3位をキープし、依然として高い支持を得ている。

「梅田」が利便性や都心への憧れ、資産価値の高さを背景にしているのに対し、「明石市」は市民目線のサービスで注目を集めた。
「明石市」の街の魅力項目には「子育てに関する自治体のサービスが充実している」だけでなく、「介護や高齢者向けのサービスが充実している」「公共施設が充実している(図書館、コミュニティセンター、公民館など)」など、子育て以外の自治体の施策や生活環境の充実も挙げられる。

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

明石駅前。大規模商業施設だけでなく、近くに公共施設や商店街がある(画像提供/明石市役所)

年代・ライフステージでは、夫婦+子ども世帯の支持(2位)だけでなく、夫婦のみ世帯(3位)、女性20代・30代(2位)、男性20代・30代(5位)と子育てファミリー以外のさまざまな層からも高く注目されている。
また、「メディアによく取り上げられて有名」という声も多く、自治体の発信力も地元以外でも住みたいと思う人が増える要因になっているようだ。

■関連記事:
子育て支援の“東西横綱”千葉県流山市と兵庫県明石市、「住みたい街ランキング」大躍進の裏にスゴい取り組み

おしゃれなオフィス街「本町」が大躍進本町の風景(写真/PIXTA)

本町の風景(写真/PIXTA)

「本町」は住みたい街ランキングで昨年の18位から13位へとランクアップ。得点ジャンプアップした街ランキングでも40点も得点を伸ばし3位となった。
「本町」のある「大阪市中央区」は自治体総合ランキングで6位となり、特に男性40代、シングル男性、シングル女性では3位の高順位に。

街の魅力として「魅力的な働く場」や「雰囲気やセンスのいい飲食店やお店」などがあり、最先端のおしゃれな街という印象で捉えられていることが分かる。
大阪市中央区は2府4県の中でも人口増加率、15歳未満の人口増加率がともにナンバー1。小学校の児童数も10年前の3000人未満から4000人に届きそうな数に。本町駅周辺は中央区・西区ともに小型の分譲マンション供給が続いており、この5年間で中央区だけで約6000戸以上増えたことが人口増の要因となっている。
1975年の万博開催年に建てられた「船場センタービル」はコロナ禍の中、2021年から土日の営業を開始。地域住民が増えていることで飲食店などがにぎわいを見せている。

梅田に隣接しているのに割安な家賃相場。新築マンションの供給進む「尼崎市」JR尼崎駅前の様子(写真/PIXTA)

JR尼崎駅前の様子(写真/PIXTA)

「尼崎市」は「住みたい自治体」総合順位で過去最高位の19位にランクイン。特にシングル男性で8位に食い込み、夫婦のみの世帯も16位と高支持を得た。ファミリーよりもシングルやカップルからの支持が厚い傾向が見られる。
JR「尼崎」駅は「住みたい街ランキング」では31位だが、「得点がジャンプアップした街」では9位に躍進を遂げた。

JR尼崎駅は大阪駅まで新快速で1駅6分、東海道本線、福知山線、東西線が乗り入れ、交通利便性の高さでは関西屈指。その割に家賃相場が割安なのも魅力のひとつといえる。

住みたい理由として「コストパフォーマンスが良い」「物価が安い」「電車やバスでさまざまな場所に行きやすい」「街に賑わいがある」など、交通利便性や物価といった実質的な側面が評価されている。

尼崎市全体では高齢化が進むものの再開発で美しく整備されたJR尼崎駅周辺を中心にマンションの供給が続き、周辺エリアからの流入も多い。
子ども向け施設として最近注目を集めているのが、2022年に「ボートレース尼崎」場内にオープンした関西初のキッズパーク「モーヴィあまがさき」。ボーネルンド社や行政が共同で子ども向けのイベントを開催しており、なかなか予約がとれないほどの人気だという。

市も子育て支援に力を入れており、子どものうちから健康に関心を持つよう11歳と14歳を対象に「尼っこ検診」を実施。定住・転入促進情報発信サイト「AMANISM(アマニスム)」やSNSを使った情報発信など、独自の取り組みで住みやすさをアピールしている。

2024年の「住みたい街ランキング」では、「梅田」が圧倒的に強かった。得点ジャンプアップランキングでも1位となり、人気の高まりは現在進行形だ。
また、「尼崎」や「本町」など、梅田から10分圏内の街も躍進が目立つ。

コロナ禍を抜け出した今、関西圏では都心の利便性と華やぎが一層求められるようになったと思える。
一方、「明石市」のように、市民目線の施策や地道な街づくりにより人口を増やしている自治体もある。
うめきたエリアの再開発などで都心部が今後さらに整備されていく中、人々が「住みたい」と思う街がどう変化していくか、注目していきたい。

●関連サイト
・SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 関西版」プレスリリース

車椅子での家事動線など追求したら、リノベがバリアフリーの家の最適解だった! 扉ナシ・カウンター下は空間に、など斬新テク満載の共働き夫婦の家

日本には、病気やケガなどで脚部や上肢・胴体の一部を使わずに生活する方が約193万1000人(2016年 厚生労働省 生活のしづらさなどに関する調査)いますが、生活にはどんな不便があり、住宅にはどんなことが求められるのでしょう。マンションをリノベーションし、自分たちらしい住まいを手に入れた30代の夫妻の事例を通して、「バリアフリー住宅×リノベーション」の可能性に迫ります。

「賃貸住宅は自分にとって不便だらけ」。Nさん夫妻がリノベーションを決めた理由

高校時代に事故にあい、車椅子生活になったNさんは、これまで進学・就職・結婚と人生の節目節目で引越しをし、4つの賃貸住宅に住んできました。そこでは、たくさんの不便があったと言います。

「とくに使いにくかったのは水まわりです。洗面やキッチンはシンク下収納棚が設置されているものがほとんどで、車椅子を横づけして体を捻りながら使っていました。車椅子で動き回るのに十分な広さがないため、トイレや浴室のドアは物件によってはオーナーに断りを入れて取り外す必要がありましたし、床との段差が大きい浴槽に関しては、横に台を置けば入浴できる物件はあったものの、その対策が取れず、湯船に漬かるのを諦めていた物件もありました」(Nさん)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

2020年に結婚をし、ひとり暮らし用のワンルームから妻と2人で住める部屋に越してきましたが、車椅子を乗り入れる分、一般的な住宅だと玄関もキッチンも洗面室も窮屈。かといって設備や広さが理想的な物件は、手が出ないほど家賃が高額でした。
賃貸住宅では限界があるということを痛感した2人は、持ち家をリノベーションした方が金銭的にも得策だと考え、自分たちらしいバリアフリー住宅をつくることを決意します。

バリアフリー住宅は、周辺環境に妨げがないことが第一条件

さっそく、物件探しをはじめたNさんご夫妻ですが、そこでは大前提の条件がありました。都心の企業で会社員をしているNさんは、コロナ禍以降、月半分がリモートワークになったものの、残りはマイカー通勤。プライベートでは、電車で出かけることもあります。部屋をスケルトンにした状態からリノベーションすれば、中身はいくらでも変えられますが、周辺環境はそうはいきません。それだけに、「駅から物件までの道筋がフラットであること」「車椅子で乗り降りができる『平置き駐車場』があること」「建物のエントランスがスロープつきであること」が不可欠。ようやく3LDK・約87平米のマンションに出合います。
リノベ会社は「細かい要望にも寄り添ってくれる」と感じたゼロリノベに依頼。事前に希望を書き出して共有したほか、打ち合わせでは、設計担当の前川香織さんに車椅子で日常の動作を再現して見せ、2人にとっての暮らしやすさを確実に落とし込んでもらえるようにしたと言います。

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

2人にとっての快適な形を追求し、ストレスのない生活を実現

そうして2022年4月に完成したN邸。1歩中に入ってまず気がつくのは玄関です。ここでは上がり框(あがりかまち)のほかに、車椅子用のスロープを設置。妻とNさんとで二手に出入口を分けることで、2人が一緒に外出・帰宅をしたときに生じがちな混雑を避けられるようにしました。

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関隣には、物干し場を兼ねたウォークインクローゼット。そのまま洗濯機置き場・脱衣室・洗面室・廊下・LDKへと抜けられるため、生活動線としてはもちろん、家事動線としてもスムーズです。

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

「どの部屋も車椅子が通れる幅でつくってもらっていますが、とりわけ車椅子でUターンや旋回できることが大切でした。そのため、キッチンと洗面室のカウンターは、下部に収納をつくらず開放しています」(Nさん)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

さらなるポイントは、扉をなくしたことにあると言います。

「賃貸住宅では、戸棚や部屋に扉があることも問題でした。横にスライドさせる引き戸であればよいですが、ドアだと押したり引いたり、体を屈ませたり。無駄な動きが出るうえ、開く側のスペースにゆとりが必要です。そこでトイレと浴室以外は扉をなくしてオープンに。妨げが解消され、一気にストレスがなくなりました」(Nさん)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

収納はすべてオープン棚にしているN邸ですが、これは妻にとってもメリット。食器などが取り出しやすいうえ、飾って見せる楽しみが増えたとか。ほかにも車椅子のための仕様が、妻にも役立つシーンがあると言います。

「わが家では車椅子でも高さ約37cmの窓からバルコニーに出られるよう、ゆるく勾配させたスロープを、玄関から窓辺まで4.5mの長さで設置しています。これがダイニング脇まで伸びているので、重い食材を台車に乗せて帰ってきたときに、すぐに冷蔵庫にしまえて便利。友人が親子で遊びにきたときは、子どもたちの格好の遊び場になっています」(Nさんの妻)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

デザインが取り残された家にはしたくないという2人の強い思い

「一般的に福祉用具は、機能性を重視するあまりに見た目が二の次になっているケースが少なくないのではないでしょうか。バリアフリーをうたった賃貸住宅にも、実は同じような物足りなさを感じていました。私たちがリフォームではなく“リノベーション”を選んだのは、住まいを丸ごと好きなテイストにできると思ったのも理由です」(Nさんの妻)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

バリアフリー住宅としての実用性を備えているN邸ですが、主張している感じがしないのは、ところどころで採用した趣ある素材や色づかいが、豊かな表情をもたらしているから。デザインにもこだわったことで、極上の居心地を手に入れています。

カフェに行くより、家が一番。リノベーションという選択に大満足

以前の住まいではくつろげるスペースが限られており、よく2人でカフェに出かけていたというNさんご夫妻。しかし今では、家が一番、落ち着ける場所。何も予定のない休日に、のんびり起きて遅めの朝食を取ったり、ソファでまったりコーヒーを飲んだりするのが至福の時間です。

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

「“バリアフリー住宅”というと、大まかな捉えられ方をされがちなのですが、需要は人によって千差万別。せっかくバリアフリーの賃貸住宅を見つけても合わなかったり、リフォームしてもかゆいところまでは手が届かなかったり。それだけに、リノベーションに大満足。私たちの例が必要としている人に届いたら、こんなにうれしいことはありません」(Nさんご夫妻)

Nさんご夫妻が家づくりでもうひとつ課題にしたのが、住まいに可変性を持たせること。寝室はベッドを3台まで置ける広さにし、リビングは将来、一部をキッズスペースにしたり、客室にしたりできるようにしました。
形を変えながら長く住み続けられる住まいで、これからも家族の物語が紡がれていきます。

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
ゼロリノベ

金利優遇などお得に!環境配慮型住宅ローンや空き家関連ローンなど、時代のニーズに応じて変化中

これからの金利の動向が気になる住宅ローンだが、住宅金融支援機構が金融機関に対して、ローンへの取組姿勢などを調査した「住宅ローン貸出動向調査」の最新結果を公表した。金融機関では、住宅ローンについてどんな取り組みをしようと考えているのだろうか?詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」を公表/住宅金融支援機構

金融機関の7割以上が今後も新規の住宅ローンに積極的に取り組む

住宅金融支援機構の調査に回答したのは、都市銀行・信託銀行、地方銀行、第二地方銀行、信用金庫などの301機関で、2023年7月~9月に調査を実施した。

新規の住宅ローンへの取組姿勢は、「積極的」という回答が「現状」でも72.1%、「今後」でも同じ72.1%となり、積極的な姿勢に変化はないようだ。積極的に取り組む方策としては、「商品力強化」が63.0%と最多で、2番目の「金利優遇拡充」の41.2%を大きく引き離す形となった。

環境配慮型住宅ローンの取り扱い状況は?

近年は、環境意識の高まりやエネルギー価格の高騰で、エネルギーの消費量を抑える住宅への関心が高まっている。加えて、金融機関でも、SDGsなどの時代の要請を受けて、環境配慮型住宅ローンに取り組む姿勢を見せたいところだろう。

今回の調査で、「環境配慮型住宅ローンの取り扱いの有無」を聞いたところ、「取り扱っている」が32.9%、「取り扱いを検討中」が8.3%となり、いずれも前回より増加した。やはり、取り組む金融機関が増えているようだ。

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

では、どんな「環境配慮型住宅ローン」を提供しているのだろう?

環境配慮型住宅ローンに特に定義はないので、金融機関が同じ名称を使っていても、その内容は金融機関ごとで異なる。調査結果で見ると、「太陽光発電設備、高効率給湯器 、家庭用蓄電池等の省エネ設備を備えた住宅」が75.8%と最多となっている。

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

住宅で使用するエネルギーを抑えるには、第一に、住宅そのものの断熱性能を高める必要がある。外の暑さ寒さに影響を受けにくいようにするためだ。第二に、エネルギーを大量に消費する給湯器やエアコンなどを省エネ性能が高いものにする必要がある。消費するエネルギーを抑制するためだ。第三に、太陽光発電などでエネルギーを生み出す設備や、発電した電気を蓄える設備を設置する必要がある。住宅で使った電気などを、発電した電気でカバーするためだ。

すべてをそろえて、消費するエネルギーをプラスマイナスゼロ以下にする住宅が、ZEH住宅(=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)だ。すべてをそろえるには費用もかかるので、ハードルが高くなる。また、なかでも高額な設備となるのが、太陽光発電設備だ。

環境配慮型住宅ローンとしては、まず、こうした高額な設備を搭載した住宅を対象に、ローンの優遇をしようという金融機関が多いのが実態のようだ。2番目に多いZEH住宅を対象とするのは、45.5%と半数に満たないが、前回より大幅に増加している。政府がZEH住宅を増やしたいと考えていることを受けてのことだろう。

では、こうした住宅についてどんなローン優遇が受けられるのか?
調査結果を見ると、「金利引き下げ」が90.9%で大半となっている。ZEH住宅や太陽光発電設備・蓄電池などを搭載した住宅、地域木材を利用した住宅、長期優良住宅や低炭素住宅の認定住宅の場合などで、ローンの金利引き下げをする商品が多いということだろう。

具体的な環境配慮型住宅ローンの事例は?

具体的な住宅ローンを見ていこう。
例えば、りそな銀行では環境等配慮型住宅向けの特別金利プラン(名称:SX金利プラン)」を提供している。ZEH住宅、太陽光発電設備設置住宅、長期優良住宅、低炭素住宅、国産木材を一定割合以上使用している住宅、安心R住宅と、かなり幅広く対象としている。どの金利タイプを利用するかでも異なるが、原則、適用金利から0.01%引き下げる。

また、千葉銀行では「サステナ住宅応援割!」(2024年9月30日まで)を展開している。ZEH水準(発電設備等が必須ではない)以上の住宅や低炭素住宅・長期優良住宅などに加え、太陽光発電設備搭載の住宅、免震装置付き住宅を対象にしている。優遇については、適用金利から0.05%引き下げのほか、全傷病団信の上乗せ金利を0.2%優遇、または自然災害時支援特約を付帯するための金利上乗せ分を0.1%引き下げの3つから1つを選ぶ形となっている。

滋賀銀行の「スーパー住宅ローン未来よし」では、太陽光発電、蓄電池、エネファームのいずれかを新たに設置する一戸建てに対して、適用金利から0.05%引き下げる。これは、創エネ・畜エネ設備費用(想定金額300万円)の金利負担を実質ゼロにする想定なのだという。また、マンションでは省エネルギー性能表示制度「BELS(ベルス)」で★3つ以上および同等基準を満たすものも対象とする。

ほかにも、名称はさまざまだが、地球環境に配慮した住宅に対する優遇措置を取っている事例が多数ある。

空き家に関連するローンの取り扱い状況は?

近年は、空き家の増加が懸念されている。金融機関が、空き家解消のために利用できるローン(空き家関連ローン)を取り扱う事例も増えている。調査結果を見ると、ほぼ半数が取り扱う(「取り扱っている48.8%」「取り扱いを検討中」3.3%)と回答している。

資金使途を具体的に見ると、「空き家解体」が93.9%とかなり多く、次いで「空き家活用(リフォーム)」の44.2%、「空き家活用(取得+リフォーム)」の25.2%となった。

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

出典/住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」

こちらも具体的な事例を見ていこう。
岩手銀行では、「空き家活用・解体ローン」を提供している。空き家を賃貸するための改修や空き家の解体、解体後の土地の造成や各種設備の設置、空き家の防災・防犯対策などに利用できる。借入額は10万円以上1000万円以内、借入期間は6カ月以上10年以内(1カ月単位)、変動金利で2.5%(提携市町村であれば0.5%引き下げ)などとなっている。

住宅ローンについては、最も気になるのが適用される金利だろうが、各金融機関がそれぞれに特徴のあるローンを用意している。その品ぞろえは、時代のニーズによっても変わるので、環境に配慮した住宅などについては、できるだけ多くの情報を集めたうえで選ぶようにしたい。長期間返済するローンであるだけに、後で知らなかったということのないようにしたいものだ。

※ローンの具体事例の内容については、いずれも執筆時時点(2024/3/1)の情報による

●関連サイト
・住宅金融支援機構「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」
・りそな銀行「環境等配慮型住宅向けの特別金利プラン(名称:SX金利プラン)」
・千葉銀行「サステナ住宅応援割!」
・滋賀銀行「スーパー住宅ローン未来よし」
・岩手銀行「空き家活用・解体ローン」

3Dプリンターの家、国内初の土を主原料としたモデルハウスが完成! 2025年には平屋100平米の一般販売も予定、CO2排出量抑制効果も期待

熊本県山鹿市にある住宅メーカーLib Work(リブワーク)が、土を主原料とする3Dプリンター住宅のモデルハウスの第1号「Lib Earth House “modelA”」を2024年1月に完成させた。今まで日本で開発されてきた3Dプリンター住宅はコンクリート造のみで、土を原材料とした3Dプリンターの家は国内初となる。2025年には100平米の平屋での一般販売も予定しており、ゆくゆくは火星住宅建築プロジェクトを目指しているのだとか。実物を体感しに、同社の「Lib Work Lab(リブワークラボ)」を訪れた。

国内初、土が主原料の3Dプリンターの家が誕生3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅メーカーLib Work(リブワーク)は、熊本県山鹿市に本社を置き、一戸建ての企画・施工・販売を中心に行っており、福岡・佐賀・大分・千葉・神奈川などでも事業を展開している。住宅の資材調達から完成までに排出される温室効果ガスの量をCO2として数値化し、住戸ごとに可視化する「カーボンフリット」の導入や、断熱材に新聞紙を再利用したセルロースファイバーを標準採用していたり、国産木材の使用比率を98%まで高めるなど、SDGsに対する取り組みも積極的に行っている企業だ。「3Dプリンター住宅の開発もその一環」と代表取締役社長の瀬口 力(せぐち・ちから)さんは話す。

「昔と比べて住宅は性能が上がってきていますが、僕らが子どものころに夢見たような“21世紀の家”というと、なかなか登場しない。そんななか、3Dプリンターを使った家づくりは、住宅業界にイノベーションを起こすものです。住宅業界では今までもCGやVRといったデジタルの活用はされてきましたが、家そのものをつくるということにはデジタル化ができていませんでした。2年前から計画し、今回ようやく完成した約15平米の3Dプリンター住宅のモデルハウスは、建築DXへの小さな一歩です」

3Dプリンターの家の特徴といえば、まずは自由な造形だ。今回のモデルハウスも、人間の手ではつくれない斜め格子の模様の入った円形フォルム。
工期の短縮ができるのもポイントで、今回の土壁は約2週間で完成。ただし、3Dプリンターを24時間フル稼働させれば施工時間は合計72時間で完成するとのことだ。
ほかにも、3Dプリンターが建築を自動で行うため、人件費が少なくてすむというメリットもある。

「ここ熊本においては、熊本地震後の対応と、コロナ禍に一戸建て需要が急増し、大工さんなどの職人不足が深刻でした。今はいったん落ち着いてはいますが、長期的にみると、職人さんの高齢化もあり、10年、20年後には3分の1にまで減ってしまうでしょう。にもかかわらず、有効な施策が出ていない状況です。そのなかで、3Dプリンターは一つの重要な役割になってくるのではないかと期待しています」

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして何より特筆すべきなのは、自然由来の素材を中心に使用していること。今まで国内で登場してきた3Dプリンターの家は、すべてがコンクリートやモルタルを中心に使っているなか、国内初の試みだ。土70%、もみがら、藁、石灰などその他の自然素材と一部セメント(※)を配合し、3Dプリンターで壁を出力している。

※セメントは粘土や石灰岩を粉末にし、水や液剤を混ぜて硬化させたもの。セメントに水と砂を加えるとモルタルになり、さらに砂利を混ぜるとコンクリートになる。

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なぜ土を主原料にすることにこだわるのか。
その背景には、環境への配慮と、持続可能性を追求したいという思いがある。自然由来の資源なので従来の建築に比べて二酸化炭素の排出量を大幅に抑えることができ、再利用可能なので廃棄物も最小限に抑えることができる等のメリットがあるが、耐震性・耐久性については「正直なところ、現在も試行錯誤を続けている」とのこと。

「主原料をコンクリートやモルタルにすれば、耐震性・耐久性は担保しやすい。それでも、今まで住宅業界で建築時や解体時の二酸化炭素の排出が課題になってきたなか、脱炭素社会を目指す今後の家づくりでそこを追求しないのは本末転倒。3Dプリンター住宅への挑戦の意味はそこにもある。今回、世界中をまわって見つけた方法を採用しています」

今回のプロジェクトは、ロンドンに本社を構え、設計者、アドバイザー、専門家を有し、世界140カ国で持続可能な開発プロジェクトに携わってきたエンジニアリング・コンサルティング会社Arup(アラップ)と協力して行っている。3Dプリンター住宅の開発はヨーロッパが先進だが、今回のプロジェクトにあたっては同社とともに、現地視察や研究を進めてきた。

ちなみに自然素材を活用した3Dプリンターの家といえば、2019年にSUUMOジャーナルでも紹介した、イタリアで3Dプリンターの開発販売を手掛ける企業WASP社による、通称ライス・ハウス(米の家)「GAIA」がある。建築現場で手配できる土などの原料は、加工費や運搬費がかからず、紹介当時で材料費はたったの900ユーロ(約10万円)だった。

「Lib Earth House “modelA”」も同様のメリットが想定される。価格については、現状では上記の耐久性・耐震性の経過観察の問題から「現状では価格設定が行えない」段階とのことだが、日本の住宅業界がどう変わっていくのか楽しみになる話だ。

■関連記事:
・一般向け3Dプリンター住宅、水回り完備550万円で販売開始! 44時間30分で施工、シニアに大人気の理由は? 50平米1LDK・二人世帯向け「serendix50」
・3Dプリンターで家をつくる時代に! 日本での導入は?
・「土壁」美術館”見て・触れ・食べ”土を楽しむ。目指すは”日曜左官”を日常に、癒やし効果など新たな発見も 土のミュージアム SHIDO 兵庫・淡路島

住み心地はどうなる? 断熱性や耐震性は?

コスト、工期、環境配慮などの面においてメリットがあることは理解した。そこで気になるのは住み心地。耐震性・耐久性に課題はあるとしつつ、2025年には一般発売もされるとのことで、今後はどうなっていくのだろうか。

「現段階では、正直なところ、パーフェクトとは言えない。耐震性・耐久性、耐水性、断熱性については 、今後時間をかけてこのモデルハウスでモニタリングを行っていきます」(瀬口さん)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「耐震性能は等級3(最も高い耐震性能)が目標ですが、まずは1(※)を取得します。シミュレーション上は耐震性能に問題がなく、今回のモデルハウスは建築確認が不要エリアで確認は行っていませんが、今後は他のエリア進出にあたってクリアにしていかなければならないところです。壁くずれや耐水性についても何度もシミュレーションを行い、すべて問題ないという判断をしていますが、まだ他の季節を経験していませんから、季節の寒暖差などによる変化などはきちんと見ていきたいです」

※耐震等級:建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1は数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされているが、倒壊の可能性はゼロではない

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱については、壁の間に3Dプリンターでの出力時に空洞をつくり、そこに2種類の断熱材をそれぞれ入れた箇所と、あえて空洞のままにした箇所をつくり、季節ごとの室内温度のモニタリングを行う。1種類は住宅の断熱材としておなじみの、新聞紙などを主原料にしたセルロースファイバー。もう1種類は自然素材であるもみがらだ。

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

2025年には100平米の一般住宅を販売予定。ゆくゆくは宇宙進出も!

2024年内にはLDK・トイレ・バス・居室などを設けた広さ100平米の3Dプリンターモデルハウス(平屋)を完成させ、2025年には一般販売を目指している。今回完成したモデルハウス同様の15平米のものも一般発売を予定していて、グランピング施設やサウナ施設などに使うことを想定しているという。

ハウスメーカーや工務店とフランチャイズでの全国展開も視野に入れているといい、共同で地域ごとの土の違いや、地域特有の気候を考慮した研究も進めていきたいとのこと。
「今回のモデルハウスでは、実験検証がしやすい淡路島産のものを使用していますが、今後はその地域ごとの土にあわせて素材を開発していくのが目標です」(瀬口さん)

そして、最終的には「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」を目標に掲げている。
「火星現場にある素材を使うことで、地球からの資源の運搬を最小限にとどめられるため、大幅なコスト削減を見込めます。また、プログラミングされたロボットによる施工もでき、短期間での施工も期待できます。なにより、宇宙規模でサステナブルな開発が進められるのがメリットです」と意気込む。

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

3Dプリンター住宅の一般向け発売については、日本国内でも数年以内に実現されるだろうとすでに話題になっている。そのなかで、自然素材を使ったもの、さらに100平米は前代未聞。まだ経過観察段階ではあるが、日本でも昔からなじみのある土壁による住宅が、高い耐震性と断熱性能をもって未来の家として登場するのであれば、とても感慨深い。

また、今回は工場で出力したものを建築現場で組み立てる工法を採用しているが、技術的には3Dプリンターの機器を現地に持ち込み、現地調達できる自然の材料で家が建てられる点も見逃せない点だ。災害時に仮設住宅として活用したり、木材などの建材を確保するのが難しい地域などでも住宅の建築ができるようになる。宇宙進出よりも近い未来であっても、3Dプリンター技術が住宅業界にもたらす数々の可能性に心躍らずにはいられない。

●取材協力
Lib Work

シャッター街、8年で「移住者が活躍する商店街」に! 20店舗オープンでにぎわう 六日町通り商店街・宮城県栗原市

シャッター街になりつつあった宮城県栗原市にある「六日町通り商店街」。しかし2016年ごろから、自治体や商店会、地域おこし協力隊らが連携し、移住者が開業しやすい環境づくりに努めてきた。その結果、個性的なお店が約20店舗オープンし、若手中心にイベントなどを企画、人が集まりにぎわいが生まれ注目されている。その「六日町通り商店街」再生の取り組みと現状を紹介する。

移住・定住を進める栗原市定住戦略室の取り組みと支援制度

宮城県北部にある栗原市は、人口6万3143人(2023年1月末時点)、地方への移住をテーマにした情報誌『「田舎暮らしの本』(宝島社)の2024年版「住みたい田舎ベストランキング」で、人口5万人以上10万人未満の市を対象にした全国の総合部門で1位になったまち。

栗原市企画部定住戦略室は、栗原市への移住・定住を希望する人に情報を提供し、相談に対応する総合的な窓口として、2013年7月に開設された。

「栗原市の移住者の数は2013年ごろから右肩上がりで伸びていましたが、新型コロナウイルス感染症が蔓延してからは対面の接触やイベントができないことで、かなり減ってしまいました。2023年になってようやく制限が緩和され、イベントも増やし、対面の相談や窓口にいらっしゃる方は多くなってきました」と話すのは、栗原市企画部定住戦略室の小関さん。

栗原市企画部定住戦略室の小関さん(写真撮影/難波明彦)

栗原市企画部定住戦略室の小関さん(写真撮影/難波明彦)

栗原市企画部定住戦略室は、首都圏からの移住相談、移住者の住まいや仕事の支援、子育てなどのサポートも整えている。

「『空き家バンク制度』といって、空き家の物件を移住検討者の方が購入できるよう、空き家の所有者と利用希望者をマッチングできる体制をつくっています(※)。希望があれば『お試し移住体験住宅』に宿泊し、暮らしを体験することもできます」(小関さん)
※栗原市は紹介のみで、交渉や契約は当事者間で行い、栗原市は関与しない(条件や補助金額など詳細はホームページ参照)

栗原市では、『お試し移住体験住宅』滞在中には、相談者の要望に応じて、移住して起業した人や希望職種に就いている人などを紹介したり、可能なアクティビティを紹介するオーダーメイド型アテンドや体験型プログラムも用意。また、空き家リフォームの助成制度や、若者、新婚生活を始める人の住まいに関する費用を助成し、若年層への支援にも取り組んでいる。また、移住検討者と移住者の交流会やイベントなども積極的に取り組んでいる。

地域おこし協力隊、移住定住コーディネーターらが道を拡げた

地方のシャッター商店街の増加が問題になる中、六日町通り商店街は、仙台圏や首都圏から移住して新規開業した店舗が2015年以降8年間で20店舗ほどと活況だ。中小企業庁が選定する「はばたく商店街30選 2021」にも選ばれた。

特筆すべきは、「移住者が開業しやすいまちづくり」をしている点だ。どのようにして、六日町通り商店街は復活を遂げたのだろう。

最初に六日町通り商店街を盛り上げたキーパーソンは、『cafe かいめんこや』の杉浦風ノ介(すぎうら かぜのすけ) さん。京都府京都市から栗原市に移住後、六日町通り商店街に明治中頃からあった建物を改装して2015年に『cafe かいめんこや』をオープン。

かいめんこや 外観(画像提供/杉浦風ノ介さん)

かいめんこや 外観(画像提供/杉浦風ノ介さん)

「六日町通りには、街の人が話をしたり、相談したりできる場所がなく、ハブになるような場所が必要だと思い、カフェを開きました」と話す。オープン後、少しずつカフェに集う人が増えてコミュニティの場になり、人がまばらだった商店街に変化が生まれた。

2023年4月には、同店の向かいに珈琲豆の焙煎と販売を行う『ムヨカ珈琲ロースタリー』を開業した、オーナーの杉浦風ノ介さん (画像提供/杉浦風ノ介さん)

2023年4月には、同店の向かいに珈琲豆の焙煎と販売を行う『ムヨカ珈琲ロースタリー』を開業した、オーナーの杉浦風ノ介さん (画像提供/杉浦風ノ介さん)

杉浦さんは、移住定住コーディネーターとして、栗原市の定住戦略室から紹介された移住検討者やカフェのお客さんに、移住しお店を開業した先輩、生活者の視点で相談にも応じている。さらには、2019年に地域おこし協力隊のメンバーと、まちづくり会社「六日町合同会社」を設立し、移住者が開業しやすいまちづくりに取り組んでいる。

毎月6日には、食べ物、飲み物を持ち寄りで集まり、ゲストスピーカーの話を聞くイベント『六日知らず』を主催。移住検討者の話を聞き、お店を始めたい人に、商店街の空き店舗を紹介している。

杉浦風ノ介さんは、アーティストが訪れやすい環境、アートに気軽に触れられる場所をつくりたいと考え、アーティスト・イン・レジデンスもスタート(画像提供/杉浦風ノ介さん)

杉浦風ノ介さんは、アーティストが訪れやすい環境、アートに気軽に触れられる場所をつくりたいと考え、アーティスト・イン・レジデンスもスタート(画像提供/杉浦風ノ介さん)

「地方の商店街がにぎわうために必要なものは、『何でもできそうだ』という思い込みや、自由な気質、『楽しそうなまちだな』と思わせるイリュージョンマジックのようなものかな。

商売を始めるなら稼げる首都圏でと考える人は多くても、地方で始めようと考える人は少ないかもしれません。私は画一化されていく世の中が好きじゃなくて、同じ考えの人は他にもいると思います。東京ほど稼げる場所ではないかもしれませんが、家族と暮らしていくには十分で、やり方次第ではもっと稼げると思います。

『自由に切り拓きたい、面白いことをやりたい』人たちが100人でも集まってきて、面白いまちになればいいですね。

キーパーソンだって、一人じゃなく、いろいろな人が何人もいることが大事。これからは次代を引っ張っていく若い世代の人たちが活躍しやすい環境をつくっていきたいと思っています」

六日町商店街(写真撮影/難波明彦)

六日町商店街(写真撮影/難波明彦)

地域おこし協力隊、「六日町通り商店街シャッター開ける人!」の三浦大樹さんも、六日町通り商店街のキーパーソンの一人だ。

三浦大樹さん。「生まれも育ちも栗原市で、高校卒業後は仙台市に出て働いてましたが、地元に貢献できることがしたい、という気持ちが生まれて栗原市にUターン。今はクラフトビール醸造所の立ち上げの準備中です」(写真撮影/難波明彦)

三浦大樹さん。「生まれも育ちも栗原市で、高校卒業後は仙台市に出て働いてましたが、地元に貢献できることがしたい、という気持ちが生まれて栗原市にUターン。今はクラフトビール醸造所の立ち上げの準備中です」(写真撮影/難波明彦)

三浦さんは2022年4月から、地域おこし協力隊、「六日町通り商店街シャッター開ける人!」として活動。六日町通り商店街に拠点を構え、地域協力活動を行いながら、商店街の空き店舗と店を開業したい人をマッチングする取り組みや、商店街に人を集め、にぎわいを創出するお祭りやイベントの企画・運営などを行い、一軒でも多くのシャッターを開けようとチャレンジしている。

「六日町通り商店街では6、7、8月の第2土曜日に六日町通り商店街を歩行者天国にして『くりこま夜市』を開催しています。1970年代から商店会が続けてきた伝統的なイベントですが、近年は六日町通り商店街と地域おこし協力隊が連携して、マルシェや音楽ライブを行い、外部から出店するマルシェ(キッチンカー)が50店舗ほど並びます。西馬音内盆踊りの輪踊りやDJイベントなども。2023年6月は、地域内外から約1万人が集まりました」(三浦さん)

近年開業した移住者たちと既存の店舗の若手後継者が中心となって、商店街の内部組織として「未来事業部」を発足、イラストマップの制作やスタンプラリーの開催、ギフトラッピングの開発など、新しい発想で商店街の魅力を発信している。

くりこま夜市風景(画像提供/三浦大樹さん)

くりこま夜市風景(画像提供/三浦大樹さん)

「商店街では古くからの人、若い後継者や若い移住者との間に、一般的には溝や隔たりがあったりしますが、六日町通り商店街は全くありません。年齢の高い人たちが、新しいチャレンジを歓迎してくれる環境があります。

それと、既存の店の店主さんたちが、状況が悪いときも足を止めずにイベントを続けてきたことが大きい。その土壌があって、2015年に『かいめんこや』ができて、若い人が集まるようになったという流れですね」(三浦さん)

まちの雰囲気はもちろん、地代が比較的安く、商店会が快くサポートしてくれる、また新たに小売店、飲食店などを開業する人に対して「ビジネスチャレンジサポート」という補助金もあって初期投資を軽減できるなど、比較的開業・起業しやすいまちといえそうだ。

思わぬきっかけで移住して、六日町通り商店街に新店を開業

六日町通り商店街に移住・開業した店主を、「六日町通り商店街シャッター開ける人!」の三浦大樹さんに紹介してもらった。

■ハンドメイド雑貨店「ねこの森雑貨店」
六日町通り商店街に移住・開業した店主を「六日町通り商店街シャッター開ける人!」の三浦大樹さんに紹介してもらったうちの一人が、「ねこの森雑貨店」の店主、髙橋千恵美さんだ。

店主の髙橋千恵美さん(写真撮影/難波明彦)

店主の髙橋千恵美さん(写真撮影/難波明彦)

髙橋さんは結婚後、仙台市に8年ほど暮らし、子どもが2歳くらいのときに、「自然豊かで、のびのびしたところで子育てがしたい」と夫妻で話し合い、移住を検討するように。

「宮城県内のいくつかの市町村を見て回ったときに、栗原市には豊かな自然があり、六日町通り商店街の雰囲気も気に入りました。そして、夏に訪れた夜市マーケットが楽しく、商店街を歩いたときも店主さんが気さくに声をかけてくれて、栗原市への移住を決めました。栗原市に知り合いも親戚もいませんが、定住戦略室の相談窓口など移住者のサポートが積極的で、お泊り体験で移住後の生活をイメージしやすかったのも良かったです」と髙橋さん。

ねこの森雑貨店 外観(写真撮影/難波明彦)

ねこの森雑貨店 外観(写真撮影/難波明彦)

その後『かいめんこや』の杉浦さんに、六日町通り商店街に住みながら店が開けるような空き物件を紹介され、2018年に移住、2019年に「ねこの森雑貨店」をオープンした。

「かなり傷んだ建物でしたが、近所の店主さんや移住して開業した先輩に分からないことを聞き、アドバイスをもらいながら開業の準備を進めました。商店街がとても歓迎ムードで、気軽に話しかけてくれたり、一聞いたら十以上教えてくれました」

店内には羊毛フェルトの一点もののブローチやイラスト、アート原画など、ここでしか買えないオリジナルキャラクターの作品が並ぶ。また、ペットの写真をもとにしたオーダーメイドの半立体顔ブローチや全身立体などは、大切なペットを亡くした方などに喜ばれているそう。

ねこの森雑貨店 店内(写真撮影/難波明彦)

ねこの森雑貨店 店内(写真撮影/難波明彦)

「手芸が得意な祖母の影響で、私も小学生のころから何かを手づくりして、作品をイベントに出したり、Webサイトで販売したりしていました。ここにお店を開いたのは、地域の方々にハンドメイド作品の素晴らしさを広めたいと思ったから。当時は、ハンドメイドが好きな人は多くてもあまり馴染みがない人、やり方が分からないという人が多く、相談を受けたりしましたが、この4、5年間でハンドメイド作家さんや作品を扱うお店が少しずつ増えて、とてもうれしいです」(髙橋さん)

■文具・雑貨の店「さるぶん」

さるぶん店内。可愛い雑貨は選ぶのが楽しい(写真撮影/難波明彦)

さるぶん店内。可愛い雑貨は選ぶのが楽しい(写真撮影/難波明彦)

「私は、この六日町通り商店街をショッピングモールと考えているんです。当店にいらした方にはできるだけ商店街マップを渡しています。六日町通りごと気に入ってもらって、他の店を見て歩いてどこかで買い物をしてくれたらうれしい」と話すのは、文具・雑貨「さるぶん」の佐藤陽子さん。県外出身で、結婚後宮城県に移住してきた。

「もともと文具や雑貨が好きだったのです。定年後は雑貨屋か本屋ができたらいいな、とぼんやりと思っていました。そこに六日町通りにオリジナル文具店の2号店ができること、そこの店長を募集していると知り、『やってみよう』と手を挙げたのがきっかけで店を構えることになりました」。開業にあたって前職を離れ、六日町に転居した。
「こんなところで出合えるなんて」をコンセプトに佐藤さんがアイテムをセレクト。レトロでかわいいものや海外の文具など少し変わったものを置いているのが特徴。開業に当たっては、栗原市の開業支援の助成金、改装時は県産木材を使うことでの補助金などを利用した。

「『さるぶん』は、文具と雑貨の店ですが、ひとつの建物に間借り店舗として、本屋、貸カフェ・貸ギャラリーの3店舗が入っているイメージです。貸カフェでは、月曜が近所のスープ屋さんの日、火曜がレトルトカレーの日と場所を貸して、ギャラリーは作家さんの作品の展示やイベントで使っていただいています。何か面白いことをやっている場所といった存在になれたらいいですね。

本棚には本がたくさん(写真撮影/難波明彦)

本棚には本がたくさん(写真撮影/難波明彦)

開業して一番良かったのは、好きなものに囲まれて暮らせること。自分の好きなものをお客さんに手に取って喜んでもらえることがうれしいです。ここはもともと鶴丸城の城下町でした。近くに細倉鉱山があった頃はかなりの繁華街だったそうです。昔からお住まいの地域の方、商店会の方はそういったプライドを持ってお仕事されており、そして新しく入った私たちがすることを温かく見守ってくれるので、居心地がいい。お客様にも『この地にルーツがなくてもどこか懐かしさを感じる。日常とは時間の流れが違ってほっとする』と言っていただいています。私自身もこの場所に癒やされています」(佐藤さん)

■工具の販売や各種家庭金物「佐々木金物店」
最後に紹介するのは、移住者ではなく、古くから六日町通り商店街で商売してきた老舗、佐々木金物店へ。ねこの森雑貨店の髙橋さんは、開業準備でお世話になったという。

佐々木金物店の佐々木桂子さん。東日本大震災で建物が壊れたままだったが、2022年10月に建物をリニューアルし、再オープンした(写真撮影/難波明彦)

佐々木金物店の佐々木桂子さん。東日本大震災で建物が壊れたままだったが、2022年10月に建物をリニューアルし、再オープンした(写真撮影/難波明彦)

佐々木金物店は、1926年に創業、馬の蹄鉄などを販売していたが、現在は、プロの電動工具、各種家庭金物からフライパンや包丁といったキッチン用品など豊富な商品を販売、サッシなどの各種取り付け工事の相談にも対応している。気軽に立ち寄りお茶飲み話をするお客さんも多いそう。

変化する商店街を見てきたが、「地域おこし協力隊やコーディネーターの方たちのおかげでIターンの移住者が増えて、六日町通り商店街は、古いお店と新しいお店が混在していますが、若い人たちのパワーはすごいと思います」と表情は明るい。

「うちも売るだけではなく、不定期でドライフラワーや花材キット体験会などのワークショップも開催して、新しいものも採り入れていきたい。今後もここで頑張っていきます」(佐々木さん)

地方への人の流れをつくる取り組みや、にぎわいを失った商店街の活性化は各地で行われている。栗原市では、移住・定住を単に推し進めるのではなく、「住まい、仕事(起業・開業)、子育て環境」のサポートを充実させ、相談に力を入れ、地域おこし協力隊、移住定住コーディネーターを依頼するなど、市民に協力を求めた。

活気を失いかけていた六日町通り商店街だが、商店会組織はイベントや販売促進の取り組みは地道に継続しており、若い人の新しい提案や移住者を歓迎する雰囲気もあった。そこで、コミュニティカフェがカギとなり、新たな店が出店し、人と人のつながりが生まれ、新旧の人、店が手をつなぎ商店街の魅力を育み、外に向けて発信を始めている。これまで守ってきた既存の店、店主を尊重しながら、新しいまちづくりを若い人のパワーに託す「信頼と感謝、〇〇のためという思いやり」。これがまちへの定着にもつながると感じた。

●取材協力
栗原市企画部企画課定住戦略室
cafe かいめんこや
六日町通り商店街
ねこの森雑貨店
さるぶん
佐々木金物店

●関連サイト
移住定住ハンドブック 第班(令和5年度発行)宮城県地域振興課
お試し移住体験生活事業
移住定住コンシェルジュ
六日町通り商店街

食の工場の街が「食の交流拠点」にリノベーション! 角打ちや人気店のトライアルショップ、学生運営の期間限定カフェなどチャレンジいっぱい 福岡県古賀市

リノベーションの魅力や可能性を広く発信するアワード「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。2023年度、連鎖的エリアリノベーション賞というユニークな名前の賞を受賞したのが、JR古賀駅西口エリアの商店街を中心に展開されている「食の交流拠点」の整備を中心としたエリアリノベーションだ。エントリーの際の作品名には「お手本のようなエリアリノベーション」とも掲げられているプロジェクト。どんなまちのリノベーションが行われているのか。その全貌を知るために、西口エリアへ足を運んでみた。

(株式会社ヨンダブルディー)

(株式会社ヨンダブルディー)

シャッター商店街に新たな点と線を

福岡市に近接する利便性と豊かな自然を併せ持ち、県内有数のベッドタウンとして人気の古賀市。市内にはJRの駅が3つ、九州自動車道の古賀インターチェンジなどもあり、JR及びマイカーでのアクセスの良さが魅力。まちの中心にある西口エリアは、かつて商機能の集積地として栄えていた。インターネット消費が盛んになったライフスタイルの変化に加え、国道3号・国道495号沿いにIKEAをはじめ大規模な集客施設が進出。ここ数年、商機能の拠点が大きく変化してきた。また、福岡の私鉄「西鉄宮地岳線」の最寄駅が廃駅になったことや、JR古賀駅に連絡橋がかけられ駅の東側からも行き来ができるようになったことが人の流れに大きな打撃を与えている。店主の高齢化が進みシャッター商店街となった西口エリアをなんとか再起させることはできないか。住民はもちろん、行政の中でも大きな課題となっていた。

JR古賀駅の西口周辺(写真撮影/加藤淳蒔)

JR古賀駅の西口周辺(写真撮影/加藤淳蒔)

まちおこし請負人木藤亮太さん率いるチームがプロポーザルに参加

古賀駅の待ち合わせ場所で、まず満面の笑顔で取材チームを出迎えてくれたのがこのまちの首長こと田辺一城市長だ。聞けばこのまちには「#市長と気軽に会えるまち」というハッシュタグが存在するぐらい、抜群のフットワークの持ち主だ。もともと、このエリアで生まれ育ったという田辺市長。市長就任後に、商店街の状況に対策を打つために取り組んだのが、エリアマネジメントのプロポーザル企画だ。

写真左から田辺一城市長、プロジェクトマネージャーの橋口敏一さん、設計担当の田村晟一朗さん、プロデューサーの木藤亮太さん。官民の近さもプロジェクトの推進力になっている(写真撮影/加藤淳蒔)

写真左から田辺一城市長、プロジェクトマネージャーの橋口敏一さん、設計担当の田村晟一朗さん、プロデューサーの木藤亮太さん。官民の近さもプロジェクトの推進力になっている(写真撮影/加藤淳蒔)

希望は広がる一方で、ハードルも高いこのプロポーザルに立ち上がったのが、まちづくり界隈で一目置かれる木藤亮太さん率いるチームだ。木藤さんといえば、“猫も歩かない”と言われた宮崎県日南市の油津商店街を再生したことで、「地方創生」の成功事例として全国区で高い評価を得ている。その後も福岡県那珂川市をはじめ九州各地でのプロジェクトや、全国でまちおこし請負人として活躍している。

3年間の任務の間に自走できる流れをつくる

プロポーザルでは、どんな提案をしたのか?そんな質問に木藤さんがゴソゴソと取り出してきたのが、手書きの文字が一面に記された大きな模造紙だ。まさに、プロポーザル提案時に使った資料であり、まちの人たちへの説明にも使われた資料なのだそう。そこには、3年間でどうまちを変化させるのかが、模造紙いっぱいに手書きで記されている。行政の事業は多くが3年程度を区切りにしている。しかし、エリアリノベーションの土壌づくりは、3年で終わるものではない。そこで、木藤さんたちが大切にしたのが「自走できる仕組みをつくる」こと。3年間の流れを記したスケジュールは、模造紙におさまりきれない。その後、さらに自走へと繋がっている。

(写真撮影/加藤淳蒔)

(写真撮影/加藤淳蒔)

あえてアナログな手書きの企画書が、まちの未来図となっている(写真撮影/加藤淳蒔)

あえてアナログな手書きの企画書が、まちの未来図となっている(写真撮影/加藤淳蒔)

30代のプレイヤーが活躍できる場のフレームを

フレームをつくるにあたってのヒアリングで気づいたのは、30代ぐらいの若いプレイヤーが、あまり関われていないこと。そこで、そういう世代が動きだすきっかけとなる“活躍の場”をつくることの大切さを感じたという木藤さん。地元の若手を含めたメンバーで、まちづくりの運営会社を立ち上げることにする。4WDと書いて「ヨンダブルディー」と読むその会社の主要メンバーは、木藤さんチームのメンバーが2名に、Uターンで家業を継いだ6代目の店主、古賀を拠点に動画マーケティングやシティプロモーションを手がける会社を経営する計4名だ。よそ者・わか者をうまくブレンドした運営体制を立ち上げたことで、特定の誰かだけではなく、誰でも関われる余白のあるリノベーションに取り組む狼煙を、しっかりと上げたわけだ。

まちづくり運営会社、株式会社ヨンダブルディーの立ち上げ時の様子(写真撮影/株式会社ヨンダブルディー)

まちづくり運営会社、株式会社ヨンダブルディーの立ち上げ時の様子(写真撮影/株式会社ヨンダブルディー)

ところで、コンセプトとして掲げる「食の交流拠点」とはどういう意味をもつのか?それを紐解く鍵は、古賀市の産業構造にある。全国区で有名なドレッシングを手掛ける工場や、ローカルで人気のインスタントラーメンの工場、全国区のパンメーカーの製造工場など、食料品製造品出荷額は県内2位という現状がある。また、プロジェクトの初期に「地元にどんな場所があったらいい?」と地道なヒアリングを行ったところ、住民から口を揃えてでてきたのが「もう少し気軽でカジュアルに食を楽しめる場所が欲しい」という声。さらに、ヨンダブルディーのメンバーの一人、ノミヤマ酒販の許山さんがもつ、これまでの商売の中で大切に構築してきた生産者や飲食事業者とのつながりを活かすことができる。そんな、古賀市に根付く食の文脈を取り入れているというわけだ。

ノミヤマ酒販の角打ちコーナーは、お酒をきっかけに人と人との出会いを楽しむことができる(写真撮影/橋口敏一)

ノミヤマ酒販の角打ちコーナーは、お酒をきっかけに人と人との出会いを楽しむことができる(写真撮影/橋口敏一)

食の交流拠点施設「るるるる」の立ち上げ

1年目の信頼関係の構築を経て、2年目に着手したのは拠点づくり。
その一歩となったのが、レンタルシェアスタジオとしてサブリースをはじめた社交場の意味をもつ「koga ballroom(コガボールルーム)」だ。もともと長年、社交ダンスの教室として借りていた方が、生徒の高齢化とコロナ禍による生徒数の減少によって手放そうとしていた物件を借り直してリノベーション。若者のダンススペースや子育てママのサロンやヨガ教室など多目的で利用できる「まちの社交場」をコンセプトとしたシェアスペースとして運用している。もともと社交ダンス教室を運営していた先生も、時間貸しで再び利用してくれている。

(写真撮影/橋口敏一)

(写真撮影/橋口敏一)

ヨガやダンススタジオだけでなく、イベントの拠点としても活用されているkoga ballroom(写真撮影/橋口敏一)

ヨガやダンススタジオだけでなく、イベントの拠点としても活用されているkoga ballroom(写真撮影/橋口敏一)

次に元化粧品店だった空き店舗を活用して、旗印を掲げたのが「まちの企画室」。メンバーの橋口敏一さんは一時、この場所の2階に住居まで移して、住民との交流を深めていた。

(写真撮影/橋口敏一)

(写真撮影/橋口敏一)

地元の高校生や大学生の期間限定カフェなどもこのまちの企画室で行われている(写真撮影/橋口敏一)

地元の高校生や大学生の期間限定カフェなどもこのまちの企画室で行われている(写真撮影/兒玉健太郎)

そして、エリアリノベーションのシンボルとして完成させたのが食の交流拠点施設「るるるる」だ。
駅前の商店街通りを少し入ったところにある「るるるる」の建物は、もともと、音楽教室として使われていた物件だ。設計に加わったのは、リノベーション・オブ・ザ・イヤーの受賞でも常連の、リノベーションを得意とする建築家・タムタムデザインの田村晟一朗さん。もともとピアノ5台ほどが備えられていた教室だったので、それなりに広さのある建物だ。ここでは、気軽に食を楽しめる場をつくれるように、あえて出店者の敷居を低くするための工夫がいくつか施されている。

タムタムデザイン田村さん(写真右)によって建築が進められている様子(写真撮影/橋口敏一)

タムタムデザイン田村さん(写真右)によって建築が進められている様子(写真撮影/橋口敏一)

音楽教室の面影を残しながらも、大きく変化した「るるるる」外観(写真撮影/加藤淳蒔)

音楽教室の面影を残しながらも、大きく変化した「るるるる」外観(写真撮影/加藤淳蒔)

ひとつが、一階の大きなスペースを占めるシェアキッチンとイートインスペースだ。シェアキッチンは、日替わりや短期間で利用可能なスペース。近隣の人気店が期間限定で出店したり、飲食をはじめたい人のトライアルスペースになったりもする。利用料はキッチンスペースぶんだけ、食事のできるイートインスペースはお客に自由に使ってもらえる仕組みとなっている。ただ、ここを使えるのはシェアキッチンのお客だけではない。ヨンダブルディー直営のパン販売ショップのお客も使えるし、一階角の小さなスペースを賃貸するスコーンとハンドメイドのアクセサリー店「jugo.JUGO(じゅごじゅご)」さんで買ったものも食べられるし、時には1階に入居する洋風居酒屋「bar ponte(バルポンテ)」の団体客が利用することもできる。さらには、打ち合わせで使う人もいれば、お茶を飲みながらのんびりおしゃべりも楽しむことができる。ほどよく自由な空間が、いろいろな交流を生み出そうとしている。ちなみに、2階は音楽教室や洋服のリフォーム店、写真家のアトリエやドローンのプログラミングスクールを運営する事務所などが入居。一部屋はもともとの音楽教室だった時代にピアノの講師として通っていた先生が再度利用している。

るるるるの室内。写真手前が誰でも使えるフリースペース。奥に備えられているのがシェアキッチン(写真撮影/大田聖)

るるるるの室内。写真手前が誰でも使えるフリースペース。奥に備えられているのがシェアキッチン(写真撮影/大田聖)

るるるるの室内。商店街に面する食物販ショップではパンや雑貨が販売されている。食物販ショップをヨンダブルディーが直接運営することで、リアルな接客の中からまちづくりのニーズをヒアリングしている(写真撮影/大田聖)

るるるるの室内。商店街に面する食物販ショップではパンや雑貨が販売されている。食物販ショップをヨンダブルディーが直接運営することで、リアルな接客の中からまちづくりのニーズをヒアリングしている(写真撮影/大田聖)

ただ、ヨンダブルディーで目指しているエリアリノベーションは、決してこれらの場所のにぎわいを生み出すことだけではない。いくつかの点を根付かせて繋いでいくことで、エリア全体の回遊の楽しさを深めることにある。こうした地道な活動をいくつも重ねていく中で、最初は距離を置いて見守っていた住人の人たちもだんだんと交流をもってくれるようになってきた。地元の方から「先代から継いだ大切な建物を手放したいけれど、どうにかならないか?」などの声をいただくことも増えてきた。そこで、場所と入居したい人とをつなぐリーシング的な役割も出てきた。最近は、書店が出店したり、アメリカンダイナーの出店が決まったり、着実にエリアの活性化が広がろうとしている。

関係者がこれからの課題として口にしているのが、持続性だ。地域の人はもちろん、外の人も訪れて多様な交流が生まれるのが理想。しかし、もともと衰退が進んでいる商店街。魅力的で面白いコンテンツを提供していかないと、なかなか足を運んでもらえない。まちづくりは立ち上げるだけでなく、継続的な運営によって思いをつなぎ、小さくても一歩一歩進んでいくことが重要。その一歩一歩の手がかりになりそうなのが、最初に見せてもらった大きな模造紙のようだ。思いの原点であり、まちの変化を記録しつづける大きな地図。時々振り返りながらも、掲げる目標へ向かってまっすぐ歩み続ける。古賀のエリアリノベーションは、日本の商店街にも大きな活路を見出してくれそうな「お手本のような」プロジェクトであった。

駅前にオープン予定の新店舗。ヨンダブルディーが、空き家と新しい運営者につないだ事例のひとつ。「何ができるの」と、地元の人たちも興味津々(写真撮影/加藤淳蒔)

駅前にオープン予定の新店舗。ヨンダブルディーが、空き家と新しい運営者につないだ事例のひとつ。「何ができるの」と、地元の人たちも興味津々(写真撮影/加藤淳蒔)

●取材協力
株式会社ヨンダブルディー
株式会社タムタムデザイン

「ニセコでも冷暖房費が月額5000円!最強断熱賃貸」「日本列島を1万キロ歩くクレイグ・モドさんインタビュー」【1月人気記事まとめ】

暖かい日もあれば寒い日もあり、気温が安定しない日々が続いていますね。SUUMOジャーナルで1月に公開した記事では、「最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場」「列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー」などが人気TOP10に入りました。さっそく、どんな記事なのかご紹介していきましょう。

1月の人気記事ランキングTOP10はこちら!

第1位:最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場

第2位:列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー

第3位:室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

第4位:100万円でタイニーハウスをDIY。ノンフィクション作家が6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を作るまで 川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』

第5位:ニューヨーク人情酒場 NYのトレンド”OMAKASE”に驚愕! 爆音サルサ・レゲトンのパリピさがヤバい

第6位:名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

第7位:注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

第8位:「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

第9位:自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

第10位:2024年も3省連携で住宅省エネキャンペーンを実施。省エネで補助金がもらえるのは?内容を詳しく解説
※対象記事とランキング集計:2024年1月1~31日に公開された記事のうち、PV数の多い順

1月の人気記事ランキングTOP10はこちら!

第1位:最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場

冬は氷点下でも暖房費が定額で月5000円!“最強断熱の賃貸住宅”が叶えた光熱費の未来 北海道ニセコ町

(撮影/久保ヒデキ)

ここ数年は、夏の暑さも冬の寒さも厳しく、電気や灯油、ガス料金の高騰による冷暖房費のアップが家計を直撃しています。そんな今、注目したいのが冷暖房費や光熱費が共益費に含まれ、一定額でまかなえてしまう賃貸・分譲集合住宅です。なんと極寒の地、北海道ニセコにある賃貸集合住宅「NISEKO BOKKA(ニセコ ボッカ)」では、冷暖房費が月額5000円でまかなえてしまうのだとか! 最強の断熱性能を誇るNISEKO BOKKAをプロデュースしたまちづくり会社「ニセコまち」取締役の村上敦さんに、その仕組みについて取材しました。

第2位:列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー

列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)

(写真撮影/桑田瑞穗)

作家・写真家のクレイグ・モド(Craig Mod)さんはニューヨークタイムズ紙に「盛岡」を強く推薦し、同紙の「2023年に行くべき52カ所」で、その2番目に抜擢させた張本人。さらに、2024年には山口市も推薦。モドさんが盛岡や山口を推した理由は「京都、金沢、広島が日本の『レコードのA面』なら、山口と盛岡は『B面』。控えめな天才性が含まれており、こうした中核市にはチャンスがある」と考えるから。膨大な数の田舎を歩いて見てきたモドさんに、いい人生に必要なものは何か、住むならどんな家がおすすめか、じっくりとインタビューしました。

第3位:室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

(写真/PIXTA)

「もしナイチンゲールが日本で活躍していたら、今ごろ日本の住宅は夏も冬も快適だった!?」「しかも住宅が快適なら、日本の生活習慣病の患者はもっと少なかったかも知れない!?」。にわかに理解しがたい話ですが、世界と日本の住宅環境の差が分かってくると、これは全く荒唐無稽な話でもないのです。住宅と健康には、いったいどんな因果関係があるのでしょうか? 例えば、2018年11月にWHOが発表した「住宅と健康に関するガイドライン」では、冬の室温を18度以上にすることが推奨されています。しかし国土交通省が2014年に実施した「スマートウェルネス住宅等推進調査」では、冬に室温18度以上だった都道府県は北海道を含むわずか4道県。こうした世界と日本の住環境の違いや、住宅と健康との密接な関係とは!?  その分野の第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治先生にお話をうかがいました。

第4位:100万円でタイニーハウスをDIY。ノンフィクション作家が6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を作るまで 川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』

9.9平米ロフト付きの小屋をセルフビルド ノンフィクション作家の隠れ家

 

「セルフビルドで小屋をつくる」。未就学の子どもと夫、それに友人たちを巻き込んで自分だけの小屋をつくり上げたのが、ノンフィクション作家の川内有緒さんです。DIY未経験だったにもかかわらず、DIY工房に通うことから始め、構想から6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を完成させ、「『自分で何でもつくれる』という手応えを経て価値観が変わった」と語る川内さん。そんな川内さんに、セルフビルドをする際の土地探しの決め手や完成までにかかった金額や、セルフビルドで押さえるべきポイント、小屋づくりを始めたきっかけについてお話をうかがいました。そして、夢物語を現実にすることで、彼女が得たものとは――?

第5位:ニューヨーク人情酒場 NYのトレンド”OMAKASE”に驚愕! 爆音サルサ・レゲトンのパリピさがヤバい

ニューヨーク人情酒場 NYのトレンド”OMAKASE”に驚愕! 爆音サルサ・レゲトンのパリピさがヤバい

(イラスト/ヤマモトレミ)

アメリカで漫画家として活動しながら、ブルックリンで週4日寿司を巻く筆者によるエッセイ。今回のテーマは“OMAKASE”です。いまNYでは、OMAKASEが一つのとてもトレンディなジャンルに。街には数多くのOmakaseレストランができ、流行に敏感なニューヨーカーに対して、おしゃれで楽しいダイニングエクスペリエンスをウリにしているそうです。和食がベースであるものの、あっと驚くような仕掛けが込められた一品や、看板メニューの派手な料理などを用意しているお店も多いとのこと。さらに、著者が働くお店はラテンの人々が仕切っていることもあり、大変陽気な空気で毎夜遅くまでパーティーが行われているといいます。爆音サルサ・レゲトンをBGMにパリピ風味でご提供!? 果たして、日本の”おまかせ”とはどんな違いがあるのでしょうか?

第6位:名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

(画像提供/遠藤慧さん)

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだものを指します。ずらりと並ぶ実測スケッチは、見開きに1つのホテルの要素を詰め込んだ図鑑のような仕上がりです。いったいどうやって描いているのか? 東京都・渋谷区にある「all day place shibuya」で拝見する遠藤さんの制作現場、なんと朝食やアメニティまで実測し、スケッチに盛り込んでしまいます! 遠藤さんの、建築スケッチに込めた熱い思いをたっぷり語ってもらいました。

第7位:注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

ハウスメーカーや工務店、建築家とイチから自分好みの住まいをつくれる「注文住宅」。マンション・建売一戸建てより自由度が高く、住まいにこだわりたい人の「究極の家」といっても過言ではない注文住宅は、間取りも設備もイチから設計できるため、その時代の価値観や好み、トレンドが色濃く反映されます。建築費や資材が高騰する昨今のトレンドは、「小さくても満足度が高い家」。さらに、人気の設備などについても解説していきます。これから注文住宅を建てたい人がおさえておくべきポイントについて、住まい情報誌『SUUMO注文住宅』の編集長・服部保悠氏に話を聞きました。

第8位:「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

「要求定義」から始めるUXリサーチャーのマンションリノベ。大満足のアウトプットを生むためのポイントは?

(写真撮影/池田礼)

スタートアップ企業でUXリサーチャーとして働く松薗美帆さんは、昨年、東京都内にある築41年のマンションをリノベーション。建築家とリノベーションのプランを検討するにあたり、松薗さんが最初に着手したのが、「要求定義」。仕事でサービスの開発や改善を行う際に欠かせないプロセスを、家づくりに導入したといいます。しかし、家づくりの要求定義って、何をどうまとめればいいのでしょうか? 建築家の反応は? やってみて分かったことは? 「要求定義」にプロの発想が加わると、想像以上の仕上がりになる――。そう話す松薗さんに、やりたいことを実現するためのポイントを伺いました。

第9位:自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

自然素材だけで建てられたタイニーハウスが仁木町に小さな薪ストーブだけの極上の心地よさを味わって

(撮影/久保ヒデキ)

リンゴやブドウ、サクランボなどの果樹栽培が盛んなまち、北海道仁木町。その仁木町に2023年夏、ほぼ自然素材だけで建てられた「CORONTE(コロンテ)」という一棟貸しの小さなコテージが誕生しました。企画設計したのは、木こりとして森で自ら木を切り出し、それを素材にした建築を手がけてきた陣内雄(じんのうち・たけし)さん。「動物が巣にする素材でつくる家は文句なく心地よい」と言い、みんながそれを体験できる場をつくりたかったのだと話します。そんな森の中のコテージに筆者が1泊、自然素材でつくられた家の魅力や断熱効果をたっぷりと体験してきました。

第10位:2024年も3省連携で住宅省エネキャンペーンを実施。省エネで補助金がもらえるのは?内容を詳しく解説

2024年も3省連携で住宅省エネキャンペーンを実施。省エネで補助金がもらえるのは?内容を詳しく解説

(写真/PIXTA)

住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けています。国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携による住宅省エネキャンペーンが2023年にスタートしましたが、2024年も同様のキャンペーンを展開することが決まり、昨年末に2024キャンペーンのホームページが公開されました。どのような内容なのでしょうか? 詳しく解説します。

1月の人気記事ランキングでは、断熱関連の記事のランクインが目立ちました。そのほか、ホテルの実測スケッチ、盛岡、ニューヨークの漫画エッセイなど特色ある記事も。まだまだ寒い日が続くかもしれません。断熱の記事を参考にしつつ、暖かい家のなかで楽しい読み物記事を楽しんでくださいね。

人口6割減・貧困で治安悪化の街、ラストベルトからよみがえりのカギは市街地3分の1の空き家! 農園などに活用する驚きのまちづくりとは? アメリカ・フリント市

地方へ帰省した時や旅先で、「空き家が増えたな……」と思うことはありませんか。人口が減り始めた日本では、空き家や集落をどのようにしていくか、難しい課題が浮き彫りになっています。今回はそんな空き家対策として参考になりそうな、米国のミシガン州郊外フリント市の「グリーンイノベーション地区」の計画について取材しました。

市街地の1/3が空き家に! 治安も悪化、貧困層が取り残された街

今回、お話を伺ったのは横浜国立大学で人口減少と都市の規模の適性化を目指すまちづくりを研究している矢吹剣一准教授。矢吹先生が事例として注目しているのは、米国のミシガン州郊外にあるフリント市の「グリーンイノベーション地区」の計画です。

アメリカ・フリント市(写真提供/矢吹剣一さん)

アメリカ・フリント市(写真提供/矢吹剣一さん)

そもそもフリント市は自動車メーカー・ゼネラル・モーターズ(GM)創業の地で、最盛期の1960年代~70年代には約20万人が暮らし、「全米でもっとも豊かな都市の1つ」とまでいわれた街でした。ただその後、工場の移転と閉鎖にともない人口は激減、2022年には約8万人と半分以下にまで落ち込んでいます。

横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授・矢吹剣一さん(写真提供/矢吹剣一さん)

横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授・矢吹剣一さん(写真提供/矢吹剣一さん)

産業の勃興と衰退によって人口の増加・減少が起きたのは、石炭や造船業が盛んだった都市と同様といってよいでしょう。ただ、米国と日本では土地に関する価値観が異なります。

「米国は日本と異なり、土地への執着が低いため、仕事のあるところに引越し・移住をするのが当たり前です。そのため、家賃や税金を滞納したままの状態で、ある日突然、住人がいなくなるということが頻発するんです。当然、残されたのは、税滞納状態となった空き家や空き地、あるいは移住する費用が払えない貧困層という状態になります」

貧しく、行き場のない人だけが取り残されたほか、人種ごとによる居住地域の違いなども問題を複雑化させています。さらに追い打ちをかけたのが、サブプライムローン問題に端を発した2007年の住宅バブルの崩壊です。フリント市内の住宅でも差し押さえが相次いだこともあり、市内の総不動産のうちなんと1/3が遊休地化し、空き地・空き家(しかも荒廃している)だらけだったとか。さすが米国、空き家・空き地問題のスケールもケタ違いです。

ランドバンクを介して土地を利活用。農園が健康や治安の改善にも役立つ

税金などを滞納して差し押さえられた不動産は、行政などに差し押さえられたのち、公的な性格をもつ「ランドバンク」が権利を保有し、再生・利活用の道を探ることになります。

「フリントが位置するジェネシー郡は、2002年に公的なランドバンクを設立しています。差し押さえた空き家は解体されるだけでなく、適切にリフォームして販売や賃貸されたり、土地だけで貸したり、管理、活用の方法を模索します。なかでも注目は、『サイドロットプログラム』。その名前の通り、side-lot(隣地)、つまり、隣の人に低額で貸したり、売却したりというもの。困ったときに頼りになるのは隣の人ということで、隣地を低額で売却または賃貸してもらい、管理してもらうという取り組みです」(矢吹先生)

隣地が管理されておらず、荒れていると困るのはまさに隣の家の住人ですし、日本でも昔から「隣の土地は借金してでも買え」と言われてきたほど。とても合理的な取り組みといえるでしょう。広くなったスペースは庭や子どもの遊び場として活用しているようです。とはいえ1区画は450~500平米超もあり、隣の区画と合わせれば900~1000平米、3区画合わせれば1500平米にもなります。テニスコート(ダブルス)の広さが約261平米なので約6面、こうなってくると家の敷地というより畑ですね……。

「ランドバンクは、土地を隣家に貸す以外にも、地元の住民団体やNPOなどに貸し出して、農園やコミュニティガーデンとしても活用しています。カギになるのは、教会や地域コミュニティ。米国の教会も、日本の寺院でいう檀家さん、つまり信徒さんがいないと成り立たないんですね。ですから、牧師と信徒のみなさん、NPO、地元の学生さんなどがともにコミュニティガーデンで野菜を育て、近隣住民で分け合うという取り組みをしているんです。フリント市や近隣のデトロイト市は全米平均よりも貧困率が高く、日頃の生活にも困っている方も多いのですが、こうした住民の栄養状態を改善し、健康促進をする、という意味でも農園(都市農業)は役立っています」(矢吹先生)

放置された空き家は、行政やランドバンクによってチェックされる。状態によって4段階にわけられ、撤去解体、リノベ、リフォーム、賃貸など、再生の方法が模索される(写真提供/矢吹剣一さん)

放置された空き家は、行政やランドバンクによってチェックされる。状態によって4段階にわけられ、撤去解体、リノベ、リフォーム、賃貸など、再生の方法が模索される(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデン、農園では、住民たちが一緒になって草刈りや緑の管理、畑作をすることで、治安維持、景観の向上、住民の栄養やメンタルヘルスの改善などに役立つこともわかっているそう。行政としても草刈りなどの空き地を管理するコストが低減でき、住民、行政、双方にメリットのある仕組みです。

「コミュニティガーデンでは野菜を提供するだけでなく、農業に必要な資材を貸し出したり、苗を売ったり配ったりしています。米国でも日本の地域おこし協力隊のような地域に貢献したいと活動する若者がいるのですが、彼らが農業を手伝っていることもあります。教会の牧師さんもまちづくりや都市計画について関心が高く、教会の一角にまちづくりに関する展示パネルもあるほどです」

教会(写真提供/矢吹剣一さん)

教会(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデンで活動する人たち。緑を手入れすることで、住民の栄養やメンタルヘルスの改善、治安維持できることがわかっている(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデンで活動する人たち。緑を手入れすることで、住民の栄養やメンタルヘルスの改善、治安維持できることがわかっている(写真提供/矢吹剣一さん)

教会の一角にあるまちづくりに関する展示パネル(写真提供/矢吹剣一さん)

教会の一角にあるまちづくりに関する展示パネル(写真提供/矢吹剣一さん)

重要なのは覚悟と都市計画。住民参加で「合意形成」もなされる

とはいえ、ランドバンクは万能ではありません。フリント市全域で約2万2000区画ある空地に対して、何区画かずつの規模で活用したところで、全体の問題解決にならないからです。問題の本質は、都市がどうあるべきなのか、その設計図である、「都市計画」が機能していること。ここが機能していないと、本質的な人口減への対応は難しいといいます。

「滞納された不動産の個別の利活用をはかったところで、ランドバンクは黒字化はおろか、人件費も出せるかどうかというのが現実です。フリント市は財政難も続いています。そのため、2013年に『マスタープラン』、日本でいうところの総合計画と都市計画マスタープランを合わせたような計画を作成し、この時にはじめて人口減・低密度化をふまえた都市計画を立案しました」(矢吹先生)
これは日米共通のようですが、ふるさとの人口減少に対し、回復することは難しいと認め、受け入れるのは非常に覚悟のいること。希望的観測、こうあってほしいという願望、政治的な意向で「玉虫色の決着」になりがちですが、人口が半分以下と、どん底までいったフリント市はついに覚悟を決めたのです。

「この覚悟を決めた2013年の都市計画では、空き地をコミュニティガーデンなどにしていき緑豊かな住宅地を目指す『グリーン・ネイバーフッド』、できるだけ新たな人が来ることを想定せず、1つ1つの土地そのものを広くする『グリーン・イノベーション』という2種類の地区を設定しました。特に空洞化のひどかった地区は『グリーン・イノベーション』として、できる限り人の流入を抑えて、とにかく土地を合筆、集約化していき、将来の不確実性に備えるとしています。結果的に人の流入は制限出来ませんでしたが、それぞれが使用する1区画あたりの面積を大きくして、なるべく大きな面積を管理してもらう仕組みをつくることができました」

グリーン・イノベーション地区の様子(写真提供/矢吹剣一さん)

グリーン・イノベーション地区の様子(写真提供/矢吹剣一さん)

ポケットパーク(写真提供/矢吹剣一さん)

ポケットパーク(写真提供/矢吹剣一さん)

人口が増え続けている米国では都市「縮小」、「撤退」という概念にまだ拒否感があります。そのため、居住エリアを「縮小」するのではなく「低密度」な状態でも維持することを目指し、同時にさまざまな社会状況に対応できるよう「不確実性に対応する可変性の高さ」というコンセプトを打ち出したのです。
「グリーン・イノベーション地区」はまず、空き地を緑地やコミュニティガーデンとして活用しようと謳います。そして、将来に備えて空いた土地を徐々に合筆集約しておく、そうすれば大規模工場の誘致、農園の誘致など起死回生的なチャンスへの対応も可能で、不確実な情勢に対応しやすいというわけです。いわば「二段構えの施策」といえるでしょう。

赤いエリアが町の中心市街地。周囲の住宅地には、空き家・空き地が多い地区が点在していました。これら(上図・緑部分)を「グリーンイノベーション地区」と名付けました(画像提供/矢吹剣一さん)

赤いエリアが町の中心市街地。周囲の住宅地には、空き家・空き地が多い地区が点在していました。これら(上図・緑部分)を「グリーンイノベーション地区」と名付けました(画像提供/矢吹剣一さん)

もちろん、自分が住む地域が「グリーン・イノベーション地区」になることに難色を示した住民もいました。それはそうですよね、「あなたが住む場所はもう新しい人は来ず、将来は広大な緑地です!」と言われたら、住民が反発するのは必至です。ただ、住民も実際にワークショップに参加していくと、都市計画やまちづくりの必要性としてなによりフリントがおかれた深刻な現状を理解し、納得していくのだとか。
「地価の低さもありますが、自分たちの目で空き家調査をしたこと、自分たちの意見や議論でグリーン・イノベーション地区のエリアを決めたこと、細かい規制内容も住民意見を反映したことが、合意形成の上で非常に大きかったと言えます」

日本は戦後の住宅難もあり、都市でも農村部でも、とにかく土地の分筆が続けられてきました。いわば現在のフリントの真逆状態です。ゆえに所有権者と利害関係者が増えすぎてしまい、合意形成や、現在および将来の全体最適な土地の利活用を難しくしていますが、その意味でもとても示唆に富んでいるように思います。

また、日本の都市計画制度は米国ほど効力をもっていません。例えば、水道・電気などのインフラ保守管理を効率化するために居住地域を厳しく制限する、自治体ごとに用途地域をカスタマイズして望ましい将来像へ都市空間を誘導するなどの制限はできていない状態です。

「米国でも都市部の『縮小』という現実に向き合うのは非常に困難でした。でも、人口が減るという現実を受け入れ、覚悟を決めたところから再生がはじまっているんです。日本でも同様に、厳しい現実に向き合わないといけない。まずはそこからではないでしょうか」(矢吹先生)

もちろん国の成り立ちや価値観が違うので、すべてを真似する必要はありませんが、公的な性格をもつランドバンク、住民参加型のコミュニティ、強力な都市計画、行政の覚悟……など、岐路に立つ日本も見習うべき点は多いのではないでしょうか。

Center for Community Progressによる動画
「How to Use Property Condition Data for Vacant Land Stewardship(空き地管理のための不動産状況データの使用方法)」

●取材協力
横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授
矢吹剣一さん
専門は都市計画・都市デザイン・まちづくり。主に人口減少時代における土地利用政策(マスタープラン/ゾーニング)、空き家・空き地の政策(利活用および管理・除却)、共創まちづくり(住民参加による計画策定技法/公・民・学連携のまちづくり)に関して研究・実践を行っている。
福島県いわき市生まれ。筑波大学第三学群社会工学類(都市計画主専攻)卒業。東京大学大学院都市工学専攻修士課程修了。株式会社久米設計勤務後、東京大学大学院都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)、一級建築士。東京大学特任研究員・アーバンデザインセンター坂井チーフディレクター、神戸芸術工科大学助教、東京大学先端科学技術研究センター特任助教を経て、2022年10月より現職。

「住みたい街ランキング」2024、東京勢弱体!? 1位、2位は東京外、吉祥寺はまさかの3位に退く

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表した。ランキング上位は常連が顔をそろえる中、あの吉祥寺を抑えて2位になった街がある。ランキングがアップした街を中心に、その背景をさぐってみよう。

【今週の住活トピック】
「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」を発表/リクルート

住みたい街ランキング2024、1位は横浜、2位には吉祥寺を抜いた大宮

では、2024年の住みたい街(駅)ランキングの結果を紹介しよう。「横浜」が首位を、しかも得点を伸ばしてナンバー1になった。2位には、得点を落とした「吉祥寺」を抑えて「大宮」がその座に就いた。その結果、「北の大宮・南の横浜」が1・2位を占め、中に当たる東京勢の街は3位以下へと退く形になった。

住みたい街(駅)ランキング[1位~10位]

住みたい街(駅)総合ランキングトップ10(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

詳しく見ていこう。今回2位の「大宮」は、2018年の9位から順位を4位、3位と上げて、ついに2位に至った。2018年に2位だった「恵比寿」は、吉祥寺、大宮に抜かれた後は4位をキープ、2018年に3位だった「吉祥寺」は恵比寿を抜いて2位をキープしていたが、今回は3位に退いた。

2018年に4位だった「品川」は2023年には11位までランクダウンしたが、今回はTOP10に返り咲いた。おおむねランキング14位くらいまでは、常連の街が調査時期によって入れ替わりながら、上位を維持している形だ。

住みたい街(駅)ランキング[11位~25位]

住みたい街(駅)総合ランキング11位~25位(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

11位~25位までを見ると、「流山おおたかの森」「舞浜」「桜木町」「みなとみらい」などが、過去最高の順位になるなど、人気のある郊外の街の中で、ランキングの入れ替わりが見られた。さらに上位50位までを見ると、つくばエクスプレスのような新しい沿線の街がランクアップし、かつて人気を誇った東急田園都市線の街がランクダウンしたという印象を受けた。

また、SUUMOが2023年との得点を比較して、得点ジャンプアップしたランキングを分析したところ、1位は「横浜」(+123点)で、2位「秋葉原」(+91点)、3位は「北千住」(+57点)、4位「巣鴨」(+49点)、5位「練馬」(+48点)と東京駅より北側の駅が上位を占めたという。

「横浜」が大横綱ぶりを見せた理由は?

TOPの座を守っただけでなく、得点も伸ばした「横浜」。まさしく、大横綱という感じだが、その理由はどこにあるのだろう?

SUUMOの分析によると、「子育て世帯」での得点が伸びていることが大きな要因だという。近年、横浜市は、子育て支援を強化している。子どもを預かるサービスについて無料クーポンを配布(2023年6月~)したり、中学生まで医療費の無料化を所得制限なしで実施(2023年8月~)したりと、子育て施策に力を入れていることが影響したのかもしれない。

同じ横浜市にある「桜木町」と「みなとみらい」もランクアップしているが、みなとみらい地区で企業本社、研究施設等を誘致が進んでいるため、「働く」場としても注目されている。また、2023年に音楽特化型アリーナ「Kアリーナ横浜」、バーベキュー施設なども備えた「ザ・ワーフハウス山下公園」などのスポットもオープンし、「遊ぶ」場としての魅力も増している。こうした総合力が、横浜の強みなのだろう。

「横浜」の性別・ライフステージ別・年代別の順位と得点

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

「大宮」と「吉祥寺」、天下分け目の鍵は?

大宮が人気を維持し、吉祥寺が人気を落とした形での入れ替わりとなったが、その要因はどこにあるのだろう?

おしゃれな街、公園のあるクリーンな街の印象が強い「吉祥寺」は、女性や夫婦+子ども世帯、40代に人気はあるが、「大宮」は男性や夫婦のみ世帯、20代・30代に人気が高かった。つまり吉祥寺は、大宮の人気に押されて、男性や20代・30代などから支持を得られにくくなったということだ。

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位(出典:リクルート)

では、大宮が男性や20代・30代などに支持された理由はなんだろう?
その一つ目が、「働く」環境だ。「魅力的な働く場や企業がある」「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」といった理由が高いのだ。近年は、東京都からの企業移転も多く、オフィス賃料も手ごろなため空室率も低くなっているという。今後、大型のオフィスビルの計画もあり、働く場としての魅力が街の人気を高めているのだろう。

二つ目は、商業施設の充実ぶりだ。「大宮」に住みたい理由として目立ったのは、「買う」と「遊ぶ」の環境(文化・娯楽施設の充実、ショッピングモールやデパートなどの大規模商業施設、街の賑わい)の高さだ。大宮駅周辺に店舗数が1000店を超える7つの商業施設があり、散歩デートもできる氷川神社参道の先には、NACK5スタジアム大宮を擁する大宮公園がある。

ちなみに、SUUMO編集長の池本さんは、TOP2・横浜と大宮の人気の要因として、それぞれ県内における「コンパクト東京」の価値にある、と指摘している。直径2km圏というコンパクトなエリアに、東京都心の街の魅力が凝縮しているからだ。これなら、わざわざ東京都内の街まで出かける必要はないということだろう。

大宮と横浜は「コンパクト東京」

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

ジャンプアップの街、「秋葉原」と「練馬」の魅力とは?

上位以外で注目の街として、「秋葉原」と「練馬」を挙げておこう。

秋葉原は、先に挙げた「得点がジャンプアップした街(駅)ランキング」で横浜に次ぐ2位で、総合順位も過去最高位の29位になった。人気を押し上げたのは、男性、なかでも30代男性が支持したからだ。

と聞くと、秋葉原は“オタクの街”だからと思いがちだが、そればかりとはいえないようなのだ。街の魅力(住みたい理由)項目の上位を見ると、「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」「魅力的な働く場や企業がある」と「働く」環境がカギになっているのだ。

オタクの街を想起させる、「メディアに取り上げられて有名」「街に賑わい」「文化・娯楽施設が充実」といった項目は、その次に来ている。また、特徴的だと思った項目は「周囲の目を気にせず自由な生活ができる」。オタクや外国人などを受け入れる懐の広さが、街の魅力になっているようだ。

「秋葉原」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「秋葉原」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

練馬区は、東京23区の中でも自然が豊かな区だ。その中心にあるのが、練馬駅だ。筆者は電気系に弱いので秋葉原にはそれほど行く機会がないが、練馬文化センターの落語会にはよく足を運んでいる。練馬駅周辺には行政の施設が集約しており、賑わいもあって便利な街だ。近くにできた、ハリーポッターのスタジオツアー東京にはぜひ行きたいと思っている。

この練馬が、得点がジャンクアップした街(駅)ランキング5位、総合順位も過去最高位の48位になった。SUUMOの分析では、男性20代・女性40代で支持が伸びたというのも意外だった。子育て世帯向きの街だと思っていたからだ。

これは、遊園地「としまえん」跡地に、魅力的なテーマパークと東京都の都市計画公園である「練馬城址公園」ができることが大きいのではないか。公園内を貫く石神井川沿いに桜などの樹木が並び、防災井戸などもある場所だ。

練馬城址公園は、今後、広域防災拠点となるほか、緑と水の空間、交流活動が行われる空間などが誕生する予定。段階的に整備される計画だが、テーマパーク開園と合わせて一部が開園している。

もちろん、4路線が利用できる利便性の高さの割には23区の中でも賃料などが安く、コスパが良い街という点は、人気となる大きな理由だ。

「練馬」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「練馬」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

さて、再び総合順位の上位を見ていこう。SUUMOでは、首都圏の都県別にもランキングを出している。東京都民ランキングでは、1位「吉祥寺」、2位「恵比寿」、3位「新宿」、神奈川県民ランキングでは、1位「横浜」、2位「武蔵小杉」、3位「桜木町」、埼玉県民ランキングでは、1位「大宮」、2位「浦和」、3位「さいたま新都心」、千葉県民ランキングでは、1位「船橋」、2位「流山おおたかの森」、3位「千葉」、茨城県民ランキングでは、1位「つくば」、2位「水戸」、3位「研究学園」、と、それぞれの街が上位を占めている。

一方で、「横浜」は東京都民で11位、埼玉県民で5位、千葉県民で6位など、広範囲からの支持を得ている。また、「横浜」は神奈川県民で得点が932点、「大宮」は埼玉県民で775点と、県内で圧倒的な得点を得ている。人気が分散する東京勢の街と比べると、“わが街”感が大きいというのも強みだろう。

●関連サイト
・SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

人口減エリアの図書館なのに県外からのファンも。既成概念くつがえす「小さな街のような空間」の工夫がすごすぎた! 静岡県牧之原市

“最寄駅がない―”静岡県牧之原市にある図書交流館「いこっと」が話題です。人口減に悩まされる街の小さな図書館が、複合施設内にテナントとして移転し、拡大オープンしたのは2021年のこと。2年後には累計来館者数が25万人を突破しました。市内はもとより、市外や県外などの遠方から足を延ばす人がいるほどです。人口減少エリアの図書館がなぜこれほどにぎわいを創出し、街の中心地に変化をもたらしたのでしょうか。

買い物客と入り混じる、パブリックな図書交流空間

静岡県牧之原市は、県・中央部の沿岸沿いにある人口約43,000人の小さな街。2005年に、旧・相良町と旧・榛原町の2つの町が合併して誕生した市の中心部には、大型複合施設「ミルキーウェイショッピングタウン」があります。核店舗として地域資本のスーパーマーケットが入居するほか、ドラッグストアやカフェ、飲食店などが集う、いわば街の台所です。

複合施設「ミルキーウェイスクエア」内に図書交流館「いこっと」がある(写真撮影/片山貴博)

複合施設「ミルキーウェイスクエア」内に図書交流館「いこっと」がある(写真撮影/片山貴博)

(画像提供/牧之原市立図書交流館 いこっと)

(画像提供/牧之原市立図書交流館 いこっと)

ここにテナントとして図書館が入居しているのだから驚きです。店内に入ると、右側には図書スペース、左側にはカフェ、子育て支援センター、ボルダリングジムなどがならびます。各スペース間は、扉や間仕切りなどがほぼなく、シームレスな空間です。

カフェの横にはオープンスペースも併設しており、注文したメニュー以外の飲食も可能。レンタサイクルコーナーもあり、観光客や地元客の「足」として活躍している(写真撮影/片山貴博)

カフェの横にはオープンスペースも併設しており、注文したメニュー以外の飲食も可能。レンタサイクルコーナーもあり、観光客や地元客の「足」として活躍している(写真撮影/片山貴博)

オーナーが目利きした地元クラフト作家の作品や名産品を集めたワゴンショップがにぎわいを演出している(写真撮影/片山貴博)

オーナーが目利きした地元クラフト作家の作品や名産品を集めたワゴンショップがにぎわいを演出している(写真撮影/片山貴博)

複合施設内には子育て支援センター相良「あそぼっと」も併設。子どもと遊んだ後は図書スペースやカフェへ。気軽に行き来できるのは嬉しいこと(写真撮影/片山貴博)

複合施設内には子育て支援センター相良「あそぼっと」も併設。子どもと遊んだ後は図書スペースやカフェへ。気軽に行き来できるのは嬉しいこと(写真撮影/片山貴博)

複合施設の一角にはボルダリングや卓球スペースもあり、大人も子どもも汗を流している(写真撮影/片山貴博)

複合施設の一角にはボルダリングや卓球スペースもあり、大人も子どもも汗を流している(写真撮影/片山貴博)

「ミルキーウェイスクエア」内の共用スペースでは、バランススクーターが使用できる。放課後や休日になると「いこっと」の横では、スクーターに乗った子ども達の姿があふれる(写真提供/牧之原市)

「ミルキーウェイスクエア」内の共用スペースでは、バランススクーターが使用できる。放課後や休日になると「いこっと」の横では、スクーターに乗った子ども達の姿があふれる(写真提供/牧之原市)

さらに「いこっと」内には、フリーWi-Fi(ワイファイ)や電源を完備したパソコンスペース、靴を脱いでくつろぐことができる小上がりのスペースなどの11のスペースがあります。

特筆すべきは、店内の各スペースに図書の持ち込みがOKということ。そして、「いこっと」では訪れている人同士で会話をすることも許されており、厳しいルールが敷かれていません。そう、ここは図書館ではなく図書「交流」スペースだからなのです。

フリーWi-Fiや電源を完備した交流・談話エリア。ここで司書や来館者との会話も生まれているそう(写真撮影/片山貴博)

フリーWi-Fiや電源を完備した交流・談話エリア。ここで司書や来館者との会話も生まれているそう(写真撮影/片山貴博)

小上がりになっている読み聞かせスペースでは、ゆったりとくつろぐことができる。おはなし会も定期開催されているのだとか(写真撮影/片山貴博)

小上がりになっている読み聞かせスペースでは、ゆったりとくつろぐことができる。おはなし会も定期開催されているのだとか(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の奥にある学習室。館内で唯一会話ができないエリア。静まる空間で集中したい人におすすめ。集中して勉強したい人、読書したい人のためにも配慮をしている(写真提供/牧之原市)

「いこっと」の奥にある学習室。館内で唯一会話ができないエリア。静まる空間で集中したい人におすすめ。集中して勉強したい人、読書したい人のためにも配慮をしている(写真提供/牧之原市)

シェアオフィスのように、飲み物OK、PC使用可能の閲覧席。仕事や勉強をする人が集まる(写真撮影/片山貴博)

シェアオフィスのように、飲み物OK、PC使用可能の閲覧席。仕事や勉強をする人が集まる(写真撮影/片山貴博)

図書の好きな市民のために居場所をつくる

牧之原市内には最寄駅がなく、移動手段は車がメインです。この点がネックとなり、定住者が減少、市内の職場も近隣の市から勤務する人が多く、高齢化と人口減少が課題でした。
牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さんはこう話します。

「このエリアにはナショナルチェーン店(全国展開のチェーン店)がないんです。ゆえにコンパクトで独自の商習慣と住空間になっています。そのため新たな居住者や人口の流入を見込みたかったのです。市内を活性化するために、きっかけが必要でした」

牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さん。市内で廃校活用プロジェクト「カタショー・ワンラボ」に取り組んだ経験を活かして、「いこっと」のプロジェクトに心を砕いている(写真撮影/片山貴博)

牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さん。市内で廃校活用プロジェクト「カタショー・ワンラボ」に取り組んだ経験を活かして、「いこっと」のプロジェクトに心を砕いている(写真撮影/片山貴博)

そこで注目したのが図書館です。移転前の図書館は、旧両町には存在していたものの、閲覧スペースは8席、蔵書数も2館あわせても約70,000冊と限られており、満足できるとは言いがたいものでした。

もともと、市内には図書への熱い思いを持つ人が多く存在し、「ゆっくり本を読めるスペースが欲しい」「蔵書数が欲しい」と図書館機能の増強が叫ばれていました。しかし結実には至らず年月が経過していきました。

街の魅力について、心の底から考え始めた市民と市役所は、2018年に「図書館協議会」を立ち上げ、膝をつきあわせて協議をはじめます。177件集まったパブリックコメントのうち、最も強い思いとしてあったのが「図書館が居場所であってほしい」というコメントでした。

「いこっと」の司書、水野 秀信さんはこう話します。
「図書館は”施設と資料と人”この3つがそろって成り立つと言われます。しかしこれまではあまりにもスペースがせまく、居場所にならなかった。”図書館を市民のサードプレイスとして機能させなくてはならない”と、面積拡大の検討を始めました」

「いこっと」の司書、水野 秀信さん。牧之原市に着任後、図書館移転オープンを検討し始め、さまざまなアイデアを実現することにトライしている(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の司書、水野 秀信さん。牧之原市に着任後、図書館移転オープンを検討し始め、さまざまなアイデアを実現することにトライしている(写真撮影/片山貴博)

面積拡大となると、考えられるのは施設の移転か新設です。しかし市の財政は豊かではありません。そこで市が考えたのは、既存の空き施設に入居するということでした。

「確かにテナントとして入居するには家賃が発生します。それでも施設を建設するよりは遥かに安く、市の予算の平準化が図れるため、踏み切ったのです」(牧之原市役所・本間さん)

単なる図書館ではなく町のような空間を生み出す

ちょうど図書館の移転を検討している時、「ミルキーウェイ」内にあるホームセンターの退店が決まりました。そのタイミングで複合施設のオーナーと市役所の担当者との協議を重ねて、図書館がテナントとして移転入居することが決まったのです。

「複合施設のオーナーさんは、地域を盛り上げることにとても熱心で協力的。”図書館を町の居場所にしたい”という私たちの想いを汲んでくれ、テナントとして入居することを歓迎してくれたのです」(本間さん)

「いこっと」の全景。まるでショップのひとつのような開放感あふれる入り口。木材を多用した温もりのある什器が印象的です(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の全景。まるでショップのひとつのような開放感あふれる入り口。木材を多用した温もりのある什器が印象的です(写真撮影/片山貴博)

そして、移転先が複合施設に決まったことを、あえて逆手に取ります。設計を依頼した株式会社スターパイロッツ三浦丈典さんが「小さな街のような空間をつくろう」と仕切りのないシームレスな図書スペースを考案したのです。

「一見すると、施設の中に図書館、しかも仕切りのないスペースにして展開することは、実に挑戦的です。ですが、サードプレイスとして機能させるためには理想的である、とこの話を聞いた際に感じました」(本間さん)

その後、牧之原市は移転決定から移転して開館するまでの間、わずか2年で移転プロジェクトを完結させました。

既成概念をくつがえす、自然な交流が生まれる仕組みとしかけ

2021年4月に移転オープン。現在の「いこっと」は、明るい照明や意匠に囲まれ、やわらかなBGMが流れるなかに、来館者などによる適度な雑音が混じり合った空間が醸成され、訪れる人の心を穏やかにしてくれます。しかし、一つのテナントとして入ると、仕切りがないことによる図書管理の面などの問題がありそうですが、水野さんは一つひとつ課題をクリアしていったと話します。

「いこっと」の入り口は複合施設共用部との間仕切りがなく、開放的。黒い梁が入り口の目印になっている(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の入り口は複合施設共用部との間仕切りがなく、開放的。黒い梁が入り口の目印になっている(写真撮影/片山貴博)

「”本が盗難されるのでは”といった課題が挙げられていました。また、他のスペースやカフェで読むことができると、”本を汚してしまうのでは”という心配の声も。しかし、そのようなことは一度もありませんでした。複合施設内で互いに見守っていること、適度な自由があるからこそ、利用者が愛着を持って大切に使ってくれているからなのでしょう」(司書・水野さん)

まるで秘密基地のようなキッズワンダーコーナー(児童書コーナー)。随所に閲覧・学習ブースがあり、親子で、子ども同士で楽しむことができる(写真撮影/片山貴博)

まるで秘密基地のようなキッズワンダーコーナー(児童書コーナー)。随所に閲覧・学習ブースがあり、親子で、子ども同士で楽しむことができる(写真撮影/片山貴博)

もちろん本が失われないように設備の工夫もされています。館内の資料にはICチップをつけており、居場所やデータがきちんと管理できます。また、開館時・閉館時の警備が心配です。そのため「いこっと」が閉館している時間帯は、開口部にシャッターの代わりとしてネットを張り、警備システムを作動させることで安全も保っています。

次々と新しい仕組みを取り入れていきますが、なかでも”どのスペースでも会話が可能”となったことは、図書館の既成概念をくつがえす取り組み。最初はやはり理解をしてもらうことが難しかったと振り返ります。

「『図書館は静かに過ごすものではないのか?』と叱られることもありました。その度に、ここは図書館ではなく、図書交流スペースであることを丁寧に説明していきました。誰でも初めは違和感があることだと思いますが、次第にそのような声も聞かなくなりました。会話が生まれていることを自然に感じてくださっているように思います」(水野さん)

従来の図書館より書棚を低くし、空間を広く開放的な視認を確保。さらに、分類も上空部に掲げてわかりやすく見やすいサインを採用している(写真撮影/片山貴博)

従来の図書館より書棚を低くし、空間を広く開放的な視認を確保。さらに、分類も上空部に掲げてわかりやすく見やすいサインを採用している(写真撮影/片山貴博)

年間購入費をかけて維持している充実した雑誌コーナー。「雑誌スポンサー制度」により企業や団体、個人等から雑誌の購読料を負担いただいている。雑誌カバーに公告、ラック下部にスポンサー名を掲載(写真撮影/片山貴博)

年間購入費をかけて維持している充実した雑誌コーナー。「雑誌スポンサー制度」により企業や団体、個人等から雑誌の購読料を負担いただいている。雑誌カバーに公告、ラック下部にスポンサー名を掲載(写真撮影/片山貴博)

移転に合わせて図書のセレクトの見直しも行いました。

「シニアの方から『文学作品が以前より少ない』とご指摘をいただくこともありますが、どの年代の人も本が楽しめる場所をつくりたいと思っています。子ども向けの書籍や、ティーン向けの書籍、市民から要望の多かった雑誌を大幅に増やしました」(水野さん)

より人が滲み出す場所を形成していきたい

「いこっと」の移転オープンから2年が経過し、今ではすっかり街の交流スペースとして馴染みつつあります。
午後3時を過ぎたころ、学校を終えた子どもたちが一気に「いこっと」へ飛び込んできます。目指すは文字探しラリー。館内の各所にあるキーワードを集めるために一生けんめいにかけ回ります。

「ねえねえ、やぎちゃん。今日はキーワードを教えてよ~!」と館長である八木 いづみさんのもとに飛び込んでくる子どもたち。

文字探しラリーのヒントを教える館長の八木さん。「いこっと」では大人と子どもの距離もフラット。気軽に声をかけてきます(写真撮影/片山貴博)

文字探しラリーのヒントを教える館長の八木さん。「いこっと」では大人と子どもの距離もフラット。気軽に声をかけてきます(写真撮影/片山貴博)

子どもたちにせがまれて、館内でヒントを探し歩く旅にも一緒する(写真撮影/片山貴博)

子どもたちにせがまれて、館内でヒントを探し歩く旅にも一緒する(写真撮影/片山貴博)

水野さんはこうした風景を「人が滲み出ている場所」と話します。ただ遊びに来ている場所、勉強しにくる場所、本を読む場所。なかには待ち合わせ場所として活用する人もいるのだとか。どれが正解でも良いのだそうです。
コロナ禍で開館し、訪れる人にも、イベントの開催にも制限があったこれまで。ここからは制限が解けたなかで、より交流するイベントを増やしていきたいそうです。

イベントに合わせて司書が作成した制作物。「こうしたらもっと面白くなるのではないか?」と司書たちがアイデアを持ち寄っているのだそう(写真提供/牧之原市)

イベントに合わせて司書が作成した制作物。「こうしたらもっと面白くなるのではないか?」と司書たちがアイデアを持ち寄っているのだそう(写真提供/牧之原市)

「”今まで図書館を使ったことがない”という人が足を延ばしやすいよう、図書のイベントとして、季節にまつわる行事を取り入れていきたいです。そして、街の財産である読み聞かせボランティアの方々にもこの場所をもっと活用してもらえたら嬉しいですね。挑戦したいことは山のようにあります」(水野さん)

そう水野さんが話す、「いこっと」の未来。移転したこの場所は、すでに街のランドマークとして馴染み、ハッピーな空気感がただよう場所として確立していました。

「いこっと」の職員たち。20代~60代と年代も幅が広い(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の職員たち。20代~60代と年代も幅が広い(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
・牧之原市役所
・牧之原市図書交流館「いこっと」
・ミルキーウェイスクエア
・「いこっと」Instagram

高齢者、障がい者、外国人など、住まいの配慮が必要な人たちへの支援の最新事情をレポート。居住支援の輪広げるイベント「100mo!(ひゃくも)」開催

2023年11月30日、SUUMO(リクルート)では“百人百通りの住まい探し”をキャッチコピーとした居住支援の輪を広げるプロジェクト「100mo! (ひゃくも)」のイベントを開催しました。これまでもSUUMOでは当プロジェクトの一環として高齢者、外国人、障がい者、ひとり親、LGBTQなど、住まいの確保に配慮が必要な人たちへ向けた取り組みを行う団体や企業を特集記事で紹介してきました。

記念すべきその第1回目のイベントとなった今回は、賃貸住宅業界で居住支援をリードする4社の表彰を行い、各社の取り組みの共有や、パネルディスカッションを通じて「これからの居住支援」について考える会になりました。日々、取り組みを続ける人たちのアツい想いが渦巻いた当日の様子を、詳しく紹介します!

百人百通りのお部屋探しを。賃貸住宅業界が一丸となって目指すためのイベント

「100mo!」というプロジェクト名には、「あなたも。私も。みんなも。」、つまり部屋探しをする人も、部屋を提供する不動産会社も、賃貸オーナーさんも、住まいにかかわる全ての人が、満足のできる住まい探しを応援し、実現する社会を目指す、という想いが込められています。

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

いまの日本の社会には「住宅確保要配慮者」といわれる、高齢者、外国人、障がい者、ひとり親世帯、LGBTQ、生活保護受給者など、住まい探しや入居中・入居後に配慮が必要な人たちがいます。家賃滞納や入居中・入居後のトラブルを懸念するオーナーさんや管理会社の判断によっては入居を断られたり、入居審査に通らないことがあります。また、入居してからもこれらの配慮が必要な人たちが安心して暮らせるように、管理会社やオーナーさんが安心して貸せるように、見守りや日々の生活におけるサポート、コミュニケーションが欠かせません。これらを避けずに、むしろ積極的に取り組んでいくことが「居住支援」です。

この「居住支援」を行う企業や団体のメンバーを中心として、当日のイベントの会場には約80名が出席。さらにオンラインでの参加も含め、多くの人がスピーカーの話に耳を傾け、言葉を交わしました!

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

住まいの確保に配慮が必要な人たちへの取り組みで業界をリードする、4社を紹介!

会の冒頭でイベント開催に込めた想いを共有した後は、「居住支援」をリードする4社の表彰と取り組み内容の紹介から始まりました。4社に共通するのは住まいを貸す側(オーナー)の偏見や不安を取り除き、借りる側(入居者)の暮らしに伴走し続けていること。仲介業や賃貸管理業という仕事において、私たちが見ている「貸す」「建物を管理する」という部分はほんの一部であることに気づかされます。

愛知県名古屋市で賃貸住宅の仲介と9万1000戸の管理を行うニッショーは、高齢者が安心できる見守りサービス「シニアライフサポート」を提供しています。2013年にサービス付き高齢者向け住宅が社会的な話題となり、建築ラッシュとなった際に、賃貸住宅を探す高齢者に紹介できる物件が少ないことに気づき、社内で起案。電話での安否確認やセンサーなどの機器も活用した見守りで、高齢者とその家族が安心して暮らせるサービスを提供しています。(関連記事)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「入居者ファースト」で、あらゆる人の「入居を拒まない」取り組みを続ける京都府京都市の長栄。国内外から多くの観光客が訪れる京都市では提供できる賃貸住宅が限られ、身寄りのない高齢者や外国人は入居を断られるケースが多くありました。そこで、コールセンターやセキュリティー会社、家賃保証会社などとの連携により見守りや生活サポートサービスを提供。また、外国人スタッフを採用するなどして、外国人の入居や生活をサポートしています。(関連記事)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

福岡県を中心に15店舗、4万4000戸を管理する三好不動産は、高齢者、外国人、LGBTQなど、あらゆる人の住まい探しに寄り添っています。それぞれの人たちが抱える問題や事情に違いはあっても「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という基本姿勢のもと、店舗を訪れる人たちのさまざまなニーズにいち早く応えてきました。NPO法人の設立や外国人スタッフの採用、LGBTQの専任担当者の設置など、その取り組みは賃貸住宅全体をリードしているといっても過言ではありません。(関連記事)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

東京都足立区にあるメイクホームは、障がいのある従業員の部屋探しが難しかった原体験から、高齢者や低所得者、精神障がいのある人や車椅子の人などのお部屋探しに取り組むように。自身も視覚障がいのある社長や、障がいのある家族をもつスタッフが中心となって伴走しています。特徴的なのは、築古で空室になっているアパートなどを投資家から預かった資金でリフォームして提供する「完全管理システム」。日頃のサポートや万一のときの対応も、ノウハウのある同社が全て対応することでオーナーの不安とリスクを軽減しています。(関連記事)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

居住支援の取り組みの裏側、収益化の方策も惜しみなく。真剣に本音を語るセッション

4社の代表者がそろって登壇したパネルディスカッションは、登壇者もその話を聞く参加者も、全員が真剣な面持ちで臨んだ時間になりました。サービス提供の裏側のリアルな話や、ビジネスとして成立、継続し続けるためにどのようにしているのかなど、ここでしか聞けない、率直な疑問への答えも。

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「ソーシャルビジネスとしての位置づけで収益を追いかけていない。グループ会社10社の中で、儲かる会社で儲けて、儲からない会社はそのままでいい」(メイクホーム・石原さん)

「高齢化社会で入居する人が減る中で9万1000戸の管理物件をどう収益化するか、活用するかを考えた結果。高齢者の方にとって有益なサービスを追求したところ、仲介手数料に加え、空室率が上がれば管理収入も上がり、付帯サービスの手数料が加わった。さらには会社のブランド力や知名度も上がった」(ニッショー・佐々木さん)

さらに質問者からの「アイデアを具体的な一歩にするためのきっかけは?」という質問には、「チームのスタッフのマインドが一つの方向に向いていると、スタッフが自主的に動くようになり、お客さまからも感謝の声をもらったりすることで一層推進された」(長栄・奥野さん)、「最近ようやく、LGBTQのイベントなどで感謝の声をいただけるように。取り組みの効果を実感するまでには長い時間がかかる」(三好不動産・原さん)、「最初の説明会で『これはいいね』と良い反応をもらえたことで改めて社会に必要とされていることを認識し、プロジェクトを推進する後押しになった」(ニッショー・佐々木さん)など、温かいエピソードとともに笑顔がこぼれる場面もありました。

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

今日のイベントを起点に「大きなムーブメント」へ。これからに期待が高まる

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「民間の賃貸住宅ストックを活用する上で大家さんの不安はしっかりとらえた上で、どういう対応をすれば住まいを求める人とのニーズをマッチさせることができるのか、各地域でいわばwin-winの関係をつくっていくにはどうしたらいいか、国でも考え続けながら制度や予算を検討していきたい」と言います。

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

ゲストスピーカーとして登壇したNPO法人抱樸 代表、全国居住支援法人協議会 共同代表の奥田知志さんは「親子や親族が助け合って暮らす古い家族のモデルを前提とした現在の制度」と「単身世帯が38%を占める現状」との隙間やギャップを埋める仕組みとして、居住支援の必要性を訴え続けます。

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

参加者からは「マイノリティにしっかり目を向けていこうとする、住宅・不動産業界の姿勢みたいなものを感じた」「住まいは生活のスタートライン。一番大事な土台なので、このようなイベント・取り組み共有の場があることで、よりたくさんの人が生活しやすく、生きやすくなるといい」という社会や業界へ向けたエールの声が。会場参加者に一言を求めたメッセージボードにも、「今日のイベントから大きなムーブメントを」「より優しい業界の初めの一歩に」といった“これから”を感じさせる言葉が並んでいました。

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ゲストスピーチの中で奥田さんは多くの提言をしていました。住宅確保要配慮者と呼ばれる、住まいの確保が困難な人たちへ向けた住宅の確保には、「セーフティネット住宅の基準の見直しによる拡大」「民間賃貸住宅だけではない、公営住宅など公的賃貸住宅の積極的な活用」「地域における居場所(サードプレイス)の確保」。大家さんがより貸しやすくするための「家賃債務保証制度の充実」や「住宅扶助の代理納付の原則化」や「残置物処理等の負担を軽減できる仕組み」の必要性などです。

登壇した4社も社会の抱える課題に一つひとつ向き合い、解決策を模索し続けた結果、ビジネスに結びつけています。日々、居住支援に取り組む人たちが集まった会、この場に集まる人たちの想いとアイデアを束ねて大きなムーブメントにしていくことで、国や自治体を巻き込んでより多くの人が安心して暮らせる住みやすい社会になる、そんな可能性を感じさせる時間でした。

●取材協力
・株式会社ニッショー
・株式会社長栄
・株式会社三好不動産
・メイクホーム株式会社
・全国居住支援法人協議会
・認定NPO法人抱樸
・国土交通省

最高水準の省エネ住宅をDIY! 光熱費4分の1以下、ZEH水準超えの断熱等級6の住みごこちを聞いてみた

住まいの省エネ性能に関心が高まるなか、ハーフビルドで省エネ性能の等級6というハイスペックな家づくりにチャレンジした夫妻がいます。等級6とは7と合わせて2022年に新たに設定された最高水準クラス。ほとんどの新築住宅で、まだそのレベルのものは搭載されていません。2023年には2人が主催するワークショプにも参加させてもらいましたが、無事、建物が引き渡しとなり、すでに半年ほど暮らしを営んでいるそう。ではその住み心地とは? 得られたものと、その幸せな暮らしぶりをご紹介します。

■関連記事:
ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

省エネ等級6の家をハーフビルド。健康に暮らせる家ができた!

2023年1月、省エネルギー等級6の家を職人さんたちの手を借りつつ、ハーフビルドでつくるというワークショプに参加してきました。午前は壁や床の断熱性を高める施工、午後は焼き杉づくり&お餅つきという大変濃い内容でしたが、その楽しそうな様子は筆者の心に強く印象に残っています。2023年も終わりになり、住まいと暮らしが落ち着いてきたということで、この度、お邪魔してきました。

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

まず、森川さんのお家について整理しておきましょう。
神奈川県の山間に夫妻と2人のお子さんで暮らしています。完成した住まいは平屋建て、間取りは大きな1LDK、建物面積は約60平米、上部にロフトが30平米というもの。

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

2024年春の時点で上のお子さんは4歳、下のお子さんは2歳。夫は現在、子育てをしながら地域の仕事をしたり、自宅で養蜂をしてはちみつの販売をしており、妻は育休から仕事に復帰、現在リモートワーク中心に働き、週1回ほど都心部まで通勤しています。

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

住まいの断熱性能は、省エネ地域区分5(※)の省エネルギー等級6(外皮熱貫流率UA値0.46W/平米K)、気密値はC値0.3という、ZEH以上の高性能住宅です。給湯はエコキュート(ヒートポンプ技術で空気の熱でお湯を沸かす)を採用、空調は6畳用エアコン2台、熱効率80%の第一種熱交換システム、太陽光発電パネルを搭載し、発電した電気は、自宅で使うエネルギー(給湯含む)のほか、電気自動車の充電にも使っています。窓はLow-Eトリプルガラスの樹脂窓(遮熱タイプ)。建物はシンプルでありながらも、実に環境に配慮した、高性能なハイスペックなお住まいです。設計・施工したのはプロの3人、プラス、夫妻とお友達。この性能をハーフビルドで建てられるんだから、すごすぎる……!

※省エネルギー基準地域区分。国内を「1~8」の8つの地域に指定しており、どの地域区分かによって、求められる断熱性能、達成すべき基準値が異なる

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

建物の引き渡しは2023年3月で、その後も夫妻でDIYしつつ、アップデートして暮らしています。実に暑かった2023年の夏もこの住まいで過ごしました。

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、入居して半年経過した現在の気持ちから聞いていきましょう。

「朝昼晩といつも快適で体調がすこぶる良くなりました。特に夫は、冬は寒いと布団から出られず元気がなかったのですが、今は毎日元気。必要以上にエネルギーを使ったり、暑い・寒い・冷たいに気を使うストレスから解放されました。また、(自分たちの手でハーフビルドをして)構造や仕組みがわかっているから、何かあった時にどうしたらいいかわかる安心感もあります。エネルギーに依存しない暮らしはシンプルに気持ち良い。断熱性能の低い家に住んでいたころは、環境に配慮した暮らしがしたいと思いながらも、大量にエネルギーを使わなければ快適に過ごせない毎日に違和感がありました。今は、地球環境や次の世代に対してもやもやしていた気持ちが、少し晴れました」と妻は話します。

省エネ性能を高めた住宅にお住まいの人からよく聞くのが「健康になった」という話。室内の寒暖差によるストレス、ヒートショックは高齢者のみの問題のように思われがちですが、実はかかっている負荷は若い人でも同じ。慶應義塾大学の伊香賀 俊治(いかが・としはる)研究室では、「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」のほか、「暖かな住まいでは風邪をひく子どもの数が減る」などの研究結果もあります。年齢や性別関係なく、あたたかい家は快適だといえるのでしょう。

■関連記事:
室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマトな理由は省エネだけじゃなかった

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

冬でも室温は常に20度前後。光熱費は1/4以下に! 建築費は2810万

「朝昼晩いつも快適」というのは、データでも裏付けられています。森川さん宅には家の内外室内あわせて9の温度計をつけていますが、最も暑かった日も最も寒かった日も、室温がほぼ一定しているのがわかります。エアコンは2台設置していますが、動いているのはほぼ1台のみ!

◆もっとも暑かった日と寒かった日の室温の変化

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

特筆すべきは、建物の中、どこの箇所でも温度差がほとんどないことでしょうか。以前は断熱性能の低い賃貸一戸建てで、厳冬期は電気代が最大3万6000円を記録。さらに給湯のガス代が1万円、灯油ストーブの灯油代が5000円、山の暮らしで車移動が多かったためガソリン代は月2万円と高め。光熱費+ガソリン代で合計月7万円を超える時期もありましたが、今は日の短い冬でも電気代が月1万円程度(給湯、電気自動車充電分含む)まで下がりました。日の長い夏なら売電収入で月々のエネルギーコストはプラスになります。エネルギーを使わないのは節約になるわけですから、高性能住宅は、健康で、エネルギーを使わず、家計にもやさしいということがいえるのがわかります。

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

取材に訪れた日も12月で外気温は8度ほどでしたが、室内はエアコン1台で十分にあたたかくなります。お子さんたちは裸足でしたし、人が発する熱もあり、「少々窓をあけましょうか」という話にもなるほどの心地よい温度になります。また、第一種空調換気により常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、家の一番のお気に入りは「温度と湿度の快適さ!」と胸を張ります。

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「もう以前のような寒い家には戻れないなと思います。夏も冬も快適なのはもちろん、春と秋も超気持ちいい! ちなみに2番目のお気に入りは、廃材をたくさん使ったこと。ご近所に廃材があるのでもらってきて、棚やキッチンに使いました。『そこにあるものを活かす』はエネルギーもコストもかけてない、シンプルだし心地よい。自分で集めた廃材が家になってめっちゃ嬉しいです!」とにこやかに話します。

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

ここまで来ると気になるのが、価格です。総工費(本体価格に加え、キッチンなど設備費)2810万円ほど。これに設計費や外構工事含めた付帯費用を加算し、総額で3500万円ほど。この性能でこの価格というのは、設計や施工に携わったみなさんも「リーズナブル!!」と評するほどのコスパです。

家づくりで見えてきた、職人への敬意と新しい人生

設計と施工に携わったHandiHouse projectの中田りえさんは、この価格について、「高性能な住まいは『高い』と思われがちですが、この家は断熱と気密、窓や玄関など、後からリノベやリフォームでは変えにくい機能面に『全振り』しています。反対に室内の建具、仕切り、設備は最小限にし、あとでDIYしたり発注したり、暮らしにあわせて可変できるようにしています」といいます。

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

高性能な躯体をつくり、コンテンツはのちのち充実させていくという考え方ですね。また、ハーフビルドしたことで夫はDIYスキルを獲得。棚づくりなどはお手のものとなり、現在では最も大変だった黒い外壁として使用している「焼き杉づくり」にはまり、“株式会社焼き杉”をつくりたいというほど。今も友人宅の焼き杉づくりを手伝いに行くこともあるそうです。

「焼き杉は西日本でよく使われている手法で、防虫、防腐、調湿効果などがあります。我が家では外壁に使うため杉を焼いたのですが、その数約230本! 全部で1カ月くらい、朝から夕方まで焼き続けた(笑)。毎日50点~80点くらいを行き来して試行錯誤しながら、最後のほうは毎回98点のクオリティーに。上達していくのがとにかく面白かった」と夫。

大量の杉を焼くためにご近所の仲間(初対面の人も)、旧友、元会社の先輩などなど総勢30人くらいが参加し、焼杉をきっかけにいろんな人との出会い、再会もあったそう。

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

焼き杉以外にも「図面、設備以外はほぼ決まっていない状態で、細かいところは現場で決めながら進めた」というライブ感も貴重な体験になったようです。

「図面だけだとイメージがつかないことばかりで、毎日、現場でリアルに想像しながら仕様や細かい部分を決められたので、家の満足度がとても高いんです。休憩タイムにアイディア出しをしたり、家をつくってる感があって楽しかった。こういう家づくりがもっと広まったら、新居に引っ越して後悔する人、家づくりの工程でストレスを感じる人も減るんじゃないかな。家を買うというモノ消費から、家をつくるという『コト消費』ですね」と夫はその手応えを話します。

3人の多能工と協働作業をするなかで「来世は大工になりたい!」というほど職人の身のこなしの美しさ、手際のよさに感動したとか。わかります、職人さんってカッコいいですよね……。こうして得た「家づくり」の知見を活かし、夫は今、会社勤めとは異なる、人生を歩みはじめています。

もう1棟建てるなら? ハーフビルドでおすすめする工程は?

今、家づくりを終えてみての感想、夫妻ともに得たものはあるのでしょうか。

「本当の意味での建築の民主化は、ただ作業に参加するだけでなく、できなくてもいいからとにかく自分でやってみることだと思いました。今回、私たちは知り合いの山の杉やヒノキを使いたくて地元の林業会社、製材所に直接相談に行ったんですが、急峻で狭い山道から木材を運び出すのが難しく、搬出コストの問題で断念しました……。結果的に地域の製材所に津久井産材などの地元の木材を発注しましたが、日本の山が放置される理由と原因がわかり、山を見る目が変わりましたね」と収穫と課題感を口にします。

眼の前に建材適齢期の杉があるのに使えない、もどかしさ、苦しさ。顔の見える関係で建材を調達して家づくりをしたいと思っても、そう簡単にはいかないのには理由があるんですね。

「今回、自分たちでフローリングの製材(伐採した木を角材、板材として加工すること)もやってみて、いかに既製品が使いやすく、なぜ普及しているのかがよくわかったんです。仕上がりの精度や施工のしやすさがまったく異なるので。“仕上がりのラフさ”の許容範囲は人によって違うと思いますが、私たちは高い精度を追求するのではなく、本来の木の性質を活かした風合いが残っていてもいいし、施工時に多少の手間がかかっても、そこには人の手触りが残ってるからいいのでは、という結論に落ち着きました。画一化された商品以外の選択肢も含め、一般の消費者が自分の好みや許容度によって選べるようになればいいなと思います」と妻。

知っているのと体験したことがある、この2つには雲泥の差がありますが、まさに森川夫妻にとってはそんな家づくりとなったようです。

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

では、ハーフビルドやDIYでおすすめする工程があるとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

「工程を区切ってポイントで参加するのではなく、薄くてもいいからできるだけ広い範囲の工程に参加するのがいいと思う。毎週末土日に差し入れを持って見学するだけでもいいし、基礎から引き渡しまでの全工程が家づくりなので、とにかく多くの工程に関わるのが面白いです。もしDIYで参加するなら、土台組み、断熱施工、構造用合板を組むなどの完成後、目に見えない構造部分に関わるのがいいと思う。石膏ボードを張ったあとは、あとからリノベしたり塗り替えたりできるけど、石膏ボード張るより前の、構造に関わる部分はハーフビルドでしか経験できない領域だから。興味が湧いた方にはぜひおすすめです」(妻)

聞けば聞くほどに濃い「ハーフビルド体験」ですが、今、もう一軒、建てるとしたらどんな家を建てたいでしょうか。

「新築じゃなくて、中古を断熱改修して快適に住めるようにしたい。そのノウハウが広まればもっと快適な家が増えるはず。新築現場ではとにかく大量のゴミが出ます。もっと空き家が流通して、断熱改修でストック活用が必要だと、改めて思いました」といいます。

HandiHouse projectの中田りえさんは、今ある中古住宅の断熱改修にも携わっていますが、コストや施工といった面での難しさを痛感しているといいます。だからこそ、「せめて新築をつくるときは、断熱・気密ともに高性能な住宅にこだわってほしい」とアドバイスします。

2023年のワークショプ、そして今回の完成後の様子を見て、筆者の印象はとにかく、「『家づくり』ってこんなに楽しいものだったんだ!」という事実です。とかく家は「買う」「借りる」という意識でしたが、もしかしたら近代化・工業化、大量生産の時代に、本来、あったはずの「家を作る喜び」を手放してしまったのではないか、とすら思います。

総人口が減り、工業的な家と人のあり方、地球環境を含め、潮目が大きく変わる今、施主も施工する人も、周囲の人も巻き込んだこんな楽しい家づくりを、取り戻せたらいいなあと切に願います。

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
森川屋
ハンディハウスプロジェクト

ペアローンの団体信用生命保険でローンまるごと完済できる?そもそもペアローンと収入合算の違いとは

第一生命保険は、住宅購入時にペアローンを利用する世帯向けに、夫婦などのいずれかに万一のことがあった場合に両者のローン残高の合計を保障する連生団体信用生命保険の取り扱いを始めると公表した。取り扱い開始は、2024年7月から。そこで、今回はペアローンについて、深掘りしていこうと思う。

【今週の住活トピック】
ペアローン利用者の連生団体信用生命保険の取扱開始/第一生命保険

そもそもペアローンってどんなもの?

まず、ペアローンとは何かを説明しよう。

ペアローンとは、一つの物件を購入する際に、同居する夫婦などが、それぞれ契約者として住宅ローンを組む方法だ。それぞれの収入に応じて借り入れができるので、どちらかが単独でローンを組むよりも借入金額を増やすことができる。それぞれが住宅ローンの契約を結ぶことになるので、自分の住宅ローンについて団体信用生命保険に加入し、住宅ローン減税を利用できることになる。

ただし、同じ金融機関で同時に住宅ローンの借り入れをし、お互いが連帯保証人になる必要がある。また、2本の契約が発生するため、ローンに関する事務手数料や登記費用などの諸費用がそれぞれにかかってくる。

出典:第一生命保険のリリースより転載

出典:第一生命保険のリリースより転載

新築マンション購入者の3割がペアローンを利用

近年、ペアローンの利用者は多くなっている。

リクルートのSUUMOリサーチセンターが実施した「2022年首都圏新築マンション契約者動向調査」によると、世帯主と配偶者のペアローンは、全体で29.9%となっており、近年はおおむね3割で推移している。

リクルート「2022年首都圏新築マンション契約者動向調査」より抜粋して転載

出典:リクルート「2022年首都圏新築マンション契約者動向調査」より抜粋して転載

ペアローンの比率は、「既婚・共働き世帯」で見ると、48.2%と半数近くに達している。さらに、共働き世帯で世帯年収が1000万円以上に限ると72.6%にまで達する。フルタイムで働くなど、それぞれに一定の年収がある共働き世帯では、ペアローンが当たり前になっているようだ。

ペアローンと収入合算の違い

夫婦で協力して住宅を購入するには、ほかに収入合算という方法もある。

収入合算は、夫婦どちらかが単独で住宅ローンを組み、相手側の収入を合算する方法。合算した金額をもとに住宅ローンの審査を受けることができ、収入合算者は、連帯保証人になる必要がある。

収入合算で一般的な連帯保証の場合、収入合算者は団体信用生命保険の対象にはなれず、住宅ローン控除の利用もできない。例えば、夫が住宅ローンの契約者となった場合、夫が亡くなったときには、残りのローン全額が保険で清算されるが、妻が亡くなって収入が減少したときでも、ローンの返済はそのまま続くことになる。ただし、連帯債務の場合(【フラット35】など)は、収入合算者は住宅ローン控除が利用でき、デュエット(ペア連生団信)に加入すれば団体信用生命保険の対象になれる。

ペアローンの連生団体信用生命保険とは

ペアローンの場合、それぞれが住宅ローンの契約者として団体信用生命保険に加入するので、たとえば夫が亡くなった場合は夫のローンだけが保険で清算される。妻は従来通り、自分が借りたローンの返済を続けることになる。

今回の連生団体信用生命保険は、ペアローンの利用者それぞれを被保険者として、借入額の合計額をそれぞれの保険金額として団体信用生命保険に加入するもの。夫婦などのいずれかに万一のことがあったら、両者のローンをまるごと保険で完済できるようになる。

住宅ローンは長期間返済し続けるものなので、団体信用生命保険に加入するのが原則だ。疾病保障特約や所得補償特約などを付けることができるものもあり、連生団体信用生命保険が加わることで、保険の選択肢が増えることはよいことだろう。ただし、それに伴う保険料、保険が適用される条件などにも考慮したうえで、自分たちはどこまでの保障が必要かをしっかり検討する必要がある。

●関連サイト
第一生命保険「ペアローン利用者の連生団体信用生命保険の取扱開始」

「下関って何にもない、ダサい」我が子のひと言に奮起。空き家再生で駅前ににぎわいを 山口県・上原不動産

山口県下関市にある上原不動産は、下関市で賃貸住宅の仲介・管理業務などを主に行っている不動産会社です。住宅を確保することが難しい人たちへの支援を、1982年の会社設立当初から行ってきました。
代表の長女であり、上原不動産の常務取締役である橋本千嘉子さんは、地元を元気にしたい、離れていく若者たちが戻ってきたいと思うような街にしたいと、空き家再生事業「ARCH」を立ち上げ、街づくりや再生にも力を入れています。そこで今回は橋本さんの「下関の街の再生」にかける想いや、活動について、話を聞きます。

きっかけは子どもの何気ないひと言。街の再生に目を向けるように

山口県下関市にある上原不動産は、下関駅前を中心に、高齢者、障がいのある人、低所得者、外国人やひとり親世帯など、住まい探しに困難を抱える人たちに寄り添い、居住支援を積極的に行っている不動産会社です。
代表の長女である橋本千嘉子さんは、会社の仕事として居住支援や賃貸仲介・管理業務を行う傍ら、自身が20年以上不動産を管理・運用するオーナーでもあり、現在、個人で所有する物件は、60部屋ほどに上ります。

「古い建物を活かして利活用していくことで収益を上げていくことに興味がありました。空室だらけのアパートを購入し、リノベーションして満室にしていくことが私のライフワークだったんです」(橋本さん、以下同)

個人でも約60部屋の物件を所有している橋本さん(右)。空室の物件をリノベーションをして満室にするところから街の空き家再生に乗り出すようになった(画像提供/ARCH)

個人でも約60部屋の物件を所有している橋本さん(右)。空室の物件をリノベーションをして満室にするところから街の空き家再生に乗り出すようになった(画像提供/ARCH)

橋本さんは「物件の再生」というスキルが身につくにつれ、空き家活用やリノベーションに興味を持つようになっていったといいます。さらに、自分が所有する建物だけでなく「街づくり」にも目が向くように。そのきっかけは、5児の母でもある橋本さんが、中学2年生の子どもから言われた「下関って何にもない、ダサい」という言葉でした。

「本当にそのとおりだな、って反論できませんでした。それで子どもたちがこれから先もこの街で育っていくために、どうやったら住みやすくなるかを考えるようになりました」

街の活性化やサードプレイスづくりに取り組む。空き家再生事業ARCHを設立

橋本さんは、より良い街にするためにいろいろなセミナーやスクールに通いました。そして、さまざまな学びの中で、街にコミュニティを築いて街の価値を上げる方法を知ったそうです。

「監視し合うコミュニティではなく、自分の都合にあわせて誰もが気軽に集まれるような場所、それこそが『サードプレイス』なんだと気づきました。そこから、今までやってきた居住支援だけに留まらず、地域共生や街づくり、空き家問題などが全部つながっていったんです」

長期間借り手がつかず、古すぎて売却できない建物をリノベーションしてサードプレイスに(画像提供/上原不動産)

長期間借り手がつかず、古すぎて売却できない建物をリノベーションしてサードプレイスに(画像提供/上原不動産)

時を同じくして、商店街のビルのオーナーが高齢者施設に入るため、不動産を処分したいという話が橋本さんのもとに舞い込んできました。

「その時話のあった建物は、古すぎて売り物にならないようなものでしたが、まちづくりについて学んだときに、私は『商店街の真ん中など目立つ立地のヘンテコな物件があったら買います』と宣言をしていたんです」

そこで、橋本さんは物件を購入し、市の「リノベーションまちづくり拠点活動支援補助金」を利用して物件を改修。駅前を活性化させたいという想いから、その古い建物をリノベーションし、新たにレンタルスペースとしてオープンさせました。それが「ARCH茶山」です。

さらに商店街にあるエレベーターなしの3階建ビルで7年以上借り手がつかなかった物件など、2カ所を借り上げ、同じようなリノベーションを施し、シェアオフィスやコワーキングスペース、シェアキッチンとして再生させました。

ARCH茶山には、ギャラリーとして利用したり、ポップアップショップとして出店したりできるスペースも(画像提供/ARCH)

ARCH茶山には、ギャラリーとして利用したり、ポップアップショップとして出店したりできるスペースも(画像提供/ARCH)

イベントスペースとしても活用。写真はキッズ向けのクリスマスイベントの様子(画像提供/ARCH)

イベントスペースとしても活用。写真はキッズ向けのクリスマスイベントの様子(画像提供/ARCH)

交わらない人たちをつなげたい。「下関市100人カイギ」を開催

橋本さんは、それらの建物を利用して誰もが集える場所をつくろうと、全国の事例を見に行き、いろいろなイベントを仕掛けていこうと動き始めました。

橋本さんがやりたいこと。それはこれまで交わることのなかった人たちに横串を指すことです。例えば行政においては、部署が違うと横の連携がなくて戸惑うことが多いのだとか。住宅と福祉部、観光と街づくり、どちらも密接に関係していることなのに、なぜか「横の連携が取れていない」と橋本さんはいいます。

「それでも、自分たちの街を良くしたいという思いは同じはずです。だったらこの人たちをくっつけたらいいという発想で、同じ志を持つイベンターの仲間たちとともにイベントを仕掛けています」

その一つが「下関市100人カイギ」です。「100人カイギ」とは、その街で働く100人を起点に人と人とを緩やかに繋ぐコミュニティ。地域のあり方や、価値の再発見を目的として、100人のゲストを呼んだらコンプリート、という期限付きのイベントです。橋本さんたちは毎回、行政の人、学生、企業、起業している人、なにかの“先生”と呼ばれる人、の5人をゲストに呼んで毎月トークイベントを開催し、毎回50~60人の人たちがイベントに参加するまでになりました。

記念すべき第1回目の下関市100人カイギの集合写真。地域医療を目指す医学生や癌で声を失った下関教育委員会の元教育長をゲストとして招き意見交換が行われた(画像提供/ARCH)

記念すべき第1回目の下関市100人カイギの集合写真。地域医療を目指す医学生や癌で声を失った下関教育委員会の元教育長をゲストとして招き意見交換が行われた(画像提供/ARCH)

建物がボロボロになる前に不動産屋としてできること

橋本さんが古い建物を活用しようとする試みには、街に増えつつある空き家をどうにかしたいという思いもありました。「福祉と空き家の問題は表裏一体」だと橋本さんは話します。

「高齢になると、認知症発症の恐れや体の自由が利かなくなり、従来の賃貸物件に住み続けることが困難なケースも。入居者は施設に入ったり、他への転居を余儀なくされ、空室が増えていきます。

同時にもう一つ気付かなくてはならないのが『オーナーの高齢化』です。実は高齢者が住むアパートのオーナーも高齢者であることが多く、オーナー自身がアパートの一室に住みながら賃貸収入で生計を立てている人がいます。建物の老朽化が進み入居者がいなくなると、オーナー自身の生活が成り立たなくなり、生活保護などの福祉的な支援が必要になる可能性を孕んでいるのです」

在宅訪問などで現場を目にしている福祉職の人は、これらの問題を認識しつつも、これまでは「居住支援」や「居住支援法人」の言葉を知らないために、不動産会社へ相談に行きませんでした。

上原不動産が山口県、山口県居住支援協議会と2023年10月に共催した不動産オーナー向けの勉強会のチラシ。居住支援と空き家問題の関係や、不動産と福祉との連携の必要性を訴えている(画像提供/上原不動産)

上原不動産が山口県、山口県居住支援協議会と2023年10月に共催した不動産オーナー向けの勉強会のチラシ。居住支援と空き家問題の関係や、不動産と福祉との連携の必要性を訴えている(画像提供/上原不動産)

「本来なら、建物がボロボロになる前にメンテナンスをして、見守りサービスなどを導入し、高齢の入居者が転居せずに住み続けられるのが、入居者にとってもオーナーにとってもベストなはずです。空き家問題に発展する一歩手前の段階で解決するというのも、私たち不動産会社の使命だと考えています」

橋本さんは、居住支援法人の活動を知ってもらうために、福祉施設である地域包括支援センターなどに講演をしにいくことがあります。すると福祉関係の人たちは、居住支援を行っている不動産会社があることを知って驚くのだとか。居住支援法人となって、福祉団体との交流ができたことによって、見えてきた課題もあるようです。

新しい考え方に触れることで街に好循環を生み出したい

橋本さんには、不動産業に長く取り組んできたからこその課題感もある様子。

「不動産屋には建物などのハードは得意だけれども、サービスなどのソフトに弱いところがあります。私も以前は、入居に困る方は家というハードが決まれば大丈夫だと考え、その後の暮らしといったソフトの部分にはほとんど関知していませんでした。でもそうではなくて、今では住宅と福祉とが連鎖していかないと生活しにくい人たちが多くいる、と思うようになりました」

橋本さんはセミナーの講師として登壇することも。福祉の話で呼ばれる時には不動産やまちづくりの話をし、 まちづくりの話で呼ばれる時には福祉の話をする。 居住支援を行うには、街全体で住宅と福祉が包括的に取り組んでいく必要があるからだ(画像提供/上原不動産)

橋本さんはセミナーの講師として登壇することも。福祉の話で呼ばれる時には不動産やまちづくりの話をし、 まちづくりの話で呼ばれる時には福祉の話をする。 居住支援を行うには、街全体で住宅と福祉が包括的に取り組んでいく必要があるからだ(画像提供/上原不動産)

100人カイギのようなイベントに下関市出身で活躍している人などが参加することで、また違った視点や新しい考え方に触れることができます。プレイヤーとリードしていく人たちを発掘し、何か新しいことを始めたいという人が現れたら、それを街に落としていくというサイクルを構築しているところだといいます。

さらに嬉しいことに、これらの活動を通じて「なんだか面白そうだから」と下関に定住したいという人が少しずつ増えてきたそう。最初のきっかけをつくることで、街に住む人たちが自分たちで繋がり、やがて街を変えていく。その様を見て、橋本さんは「まだまだこれからですが、不動産屋が動けば、街も変わる」と気づき、不動産業に携わる人としての醍醐味を感じています。

ARCHが横浜市の人権団体NGO EQUAL POWERと共催した、LGBTQ当事者とのトークセッション。上原不動産が管理する物件の入居者が参加するなど、居住支援やまちづくり、空き家活用が一体的に行われることで街が変わりつつある(画像提供/ARCH)

ARCHが横浜市の人権団体NGO EQUAL POWERと共催した、LGBTQ当事者とのトークセッション。上原不動産が管理する物件の入居者が参加するなど、居住支援やまちづくり、空き家活用が一体的に行われることで街が変わりつつある(画像提供/ARCH)

まちづくりや空き家問題の解決、住まい探しに困っている人たちへの居住支援といった橋本さんの幅広い活動や人と人とを結ぶ仕掛けは、不動産会社としてできることの可能性を広げたのではないでしょうか。

橋本さんの活動には、街に人を呼びこみ、街を活性化していくヒントがたくさんあります。まずは動いてみる。そして周りを巻き込んでいく、パワーを感じました。
近い将来、下関は橋本さんの子どもが表現した「何もない街」ではなく、地域共生社会創生のモデル都市になるかもしれないですね。

●取材協力
上原不動産

2023年の一戸建て市場を総括。新築の一戸建ての価格は上昇するも面積は縮小気味?

前回(「2023年のマンション市場を総括。新築・中古マンションの価格推移と供給戸数を徹底解説!」)に続き、2023年の住宅市場を総括したい。今回は、東京カンテイが公表した「マンション・一戸建て住宅データ白書 2023」から、三大都市圏の新築・中古一戸建て市場ついて見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「一戸建て住宅データ白書 2023」を公表/東京カンテイ

2023年三大都市圏の新築・中古一戸建ての平均価格は総じて前年より上昇

新築マンションの価格高騰が指摘され、中古マンションの価格も新築に誘導されるように上昇している。上昇に鈍化傾向が見られるが、手が届きにくい状況となっている。では、一戸建ての市場はどうなっているのだろう?
東京カンテイが公表した新築・中古一戸建てデータで、三大都市圏の状況を見ていこう。

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」

まず、2023年の首都圏の新築一戸建ての平均価格は4769万円で前年より5.4%上昇した。「2015年の調査開始以来最高額を3年連続で更新した」という。近畿圏でも前年より3.8%アップして3680万円になり、こちらも上昇が続いている。また、中部圏でも前年より0.6%アップの3417万円となり、「調査開始以降8年連続で上昇している」という。

三大都市圏ともに新築一戸建ての平均価格は上昇を続けているが、前年と比べると上昇率は縮小しているのが特徴だ。また、価格の上昇に対して、土地面積や建物面積の平均は、わずかながら縮小する傾向が見られる。

次に、中古一戸建てに目を向けよう。2023年の首都圏の中古一戸建ての平均価格は4016万円で、前年より2.5%上昇した。近畿圏では2589万円(前年2.8%上昇)、中部圏では2447万円(2.3%上昇)と、新築一戸建て同様に、三大都市圏ともに価格は上昇している。ただし、前年からの上昇率については、首都圏では大幅に縮小(10.2%→2.5%)、近畿圏では縮小(5.3%→2.8%)、中部圏では拡大(1.4%→2.3%)と、動きがそれぞれ異なっている。

一方、三大都市圏ともに中古一戸建ての平均価格は上昇を続けているが、平均の土地面積や建物面積は拡大している。新築一戸建てが面積を小さくしているのとは、逆の動きだ。

新築一戸建ての建物面積は100平方メートル未満のシェアが増加

一戸建ての面積について、さらに詳しく見ていこう。首都圏の例となるが、建物面積の面積帯シェアの推移を見よう。

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」(首都圏)

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」(首都圏)

首都圏の建物面積帯を見ると、新築一戸建てで100平方メートル未満(80平米未満・80平米台・90平米台)のシェアが増えているのが顕著で、近畿圏でも中部圏でも、面積の小さな一戸建てのシェアが拡大する同様の傾向が見られる。

一方、中古一戸建てでは、面積帯の推移に新築ほどの大きな変化は見られないが、建物面積120平方メートル以上のシェアが増えているのが特徴。この点も、近畿圏や中部圏で同様の傾向が見られる。広い一戸建てを探すなら、中古一戸建ての方が見つけやすいという状況のようだ。

新築一戸建てで面積が小さくなるのは、新築特有の要因がある。例えば、分譲事業者が広めの一戸建ての土地を取得した場合に、2区画や3区画などと区分けして、小さな一戸建てを建てて売るからだ。首都圏の新築一戸建てで顕著なのだが、土地面積で「50平米以上80平米未満」と「80平米以上100平米未満」のシェアが大きく拡大していることから、そうしたことがうかがえる。土地の仕入れ値が上がり、コンパクトにして購入希望者の買いやすい価格に抑える傾向が見て取れる。

一戸建てはマンションに比べて市場は安定している!?

最後に、2023年の一戸建ての市場をマンション市場と比較して見ていこう。東京カンテイでは、参考資料(マンションデータがまだ確定していないため)として、三大都市圏の2023年のマンション市場の結果も紹介している。

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」

東京カンテイ「一戸建て住宅データ白書2023」

マンション、特に新築マンションを見ると、価格の上昇レベルでかなりばらつきがある。新築マンションの供給戸数が近年減少しているため、例えば東京23区で高額で大規模な新築マンションが売り出されると、その影響で平均価格を強く押し上げるといった現象が起きている。価格が乱高下しているわけではなく、国内外から居住・投資目的で需要がある特定エリアでの価格上昇が顕著なのだ。

一方、一戸建ては、投資目的の需要はあまりないので、供給戸数や価格は比較的安定している。それでも新築・中古ともに価格が上昇しているマンションから、面積の広い一戸建てを志向する傾向もあり、価格が上昇気味という状況と見てよいだろう。

なお、東京カンテイによると、新築マンションの供給エリアは変わらずに駅近での供給が多く、新築一戸建ては首都圏と中部圏で駅徒歩10分から15分へと変化する状況が見られたという。これは最寄駅からの距離へのこだわりがマンションのように強くはなく、一戸建てならではの住環境の立地で供給をしているからだと指摘している。なお、「近畿圏は駅間が短く最寄駅からの所要時間が相対的に近くなる圏域」という特徴があるという。

さて、2023年の住宅市況はおおむね好調で、価格の上昇傾向が続いている。とはいえ、富裕層や投資目的の需要が価格上昇を受け入れていることから、価格が大きく変動するマンションとは異なり、一戸建ての価格上昇は上昇率が縮小するなど、落ち着きを見せつつある。ただし、新築一戸建てについては、価格上昇を面積の縮小で軽減する傾向も見られる。

2024年から新築住宅は省エネ基準適合住宅でないと住宅ローン控除が適用されないなど、省エネ性能を強化する動きもある。2024年4月からは、広告する際に省エネ性能ラベルを表示することが努力義務になるので、一戸建てを選ぶ際にも省エネ性能のレベルに注目してほしい。

●関連サイト
東京カンテイ「Kantei eye 118(マンション化率/マンション・一戸建て住宅データ白書)」

“地元で何かしたい人”が大勢いないと、生活圏内は面白くならない。だから僕はこの場所をつくった。徳島県脇町の「うだつ上がる」

地方を訪れると、みな「ここには何もないから」という。気の効いた飲食店、カフェやパン屋もない。近くに遊ぶところがないからと県外まで出かける。「でもそれなら、いま住んでいる場所を、遊びに行きたい所にする方がおもろいやん」と話すのは、徳島の美馬市脇町で店舗兼ギャラリー兼オフィス「-みんなの複合文化市庭-うだつ上がる」を運営する高橋利明さんだ。いま、うだつ上がるには地元の20~30代が集まり、新しいイベントや仕事が生まれる文化の発信地になっている。(取材執筆/甲斐かおり)

美馬市脇町のうだつの町並みは重要伝統的建造物群保存地区で観光客も訪れる(撮影/藤岡優)

美馬市脇町のうだつの町並みは重要伝統的建造物群保存地区で観光客も訪れる(撮影/藤岡優)

「うだつ上がる」とは何か?

徳島県の美馬市脇町は、「うだつの町並み」で知られる重要伝統的建造物群保存地区である。
「うだつ」とは、町家の両端につくられた小さな屋根つきの防火壁のことをいう。高い位置にあるほど繁栄の象徴となり「うだつが上がる」の語源となった。脇町は江戸時代、藍の集散地として栄え、いまも“うだつ”の上がる建造物、大きな商家の並ぶ街並みが残っている。

そんな街中に、築150年の民家を改修してできた店舗兼ギャラリー兼オフィスが、「-みんなの複合文化市庭-うだつ上がる」(以下、うだつ上がる)だ。いまは雑貨屋、喫茶、本屋、古着屋、家具屋、ギャラリーが入居しており、週末にはモーニングやチャイカフェ、洋菓子屋が営業している。

うだつ上がるの入り口。(撮影/藤岡優)

うだつ上がるの入り口。(撮影/藤岡優)

うだつ上がるを運営する高橋さんの本業は、建築家。設計事務所として活用するには広すぎるこの家の一部をオフィスとして使いながら、自ら雑貨屋を運営。2階では家具のショールーム(大阪を拠点に活動するクリエイティブユニット graf のサテライトでもある)、ギャラリーも運営している。

加えて、ここを「誰もがスモールスタートをきれる場所にしたい」と、各スペースを“間借り”できるサービスを始めた。高橋さんは、その理由をこう話す。

高橋利明さん。建築家であり「うだつ上がる」を運営している(撮影/藤岡優)

高橋利明さん。建築家であり「うだつ上がる」を運営している(撮影/藤岡優)

「この町は観光地ですけど、数年前に来たとき、お店がほとんどなくてびっくりしたんです。建物はきれいに残っているけど、住人には高齢者が多くて、街並みの維持で精いっぱい。まちのポテンシャルを活かすには、保存するだけじゃなく利活用するのが大事やなと」

建築家の知識をいかして、古い建物でも明るく活用できることを、ショールームとして見せられるんじゃないかと考えた。

うだつ上がる店内のショップ部分。この右奥がカフェスペース(撮影/藤岡優)

うだつ上がる店内のショップ部分。この右奥がカフェスペース(撮影/藤岡優)

うだつ上がるの2階。家具のショールーム(graf)であり、奥はギャラリーになっている(撮影/藤岡優)

うだつ上がるの2階。家具のショールーム(graf)であり、奥はギャラリーになっている(撮影/藤岡優)

「もう一つ、僕の生活圏を楽しくするには、僕以外にも“何かしたい人”が沢山いないと面白くならないなと。この辺りでは、やりたいことより安定した仕事を選ぶ若い人が多くて、でも徳島には何もないって週末は県外に遊びに行っちゃう。それなら地元を遊びに行きたい町にする方が楽しいやんって。うだつが、そうした“何かしたい”を叶えられる場所になったらいいなと思ったんです」

左から谷あおいさん、高橋利明さん、岑田安沙美さん、脇川裕多さん。それぞれ「うだつ上がる」で活動している。うだつを行き来する人はほかにも大勢いる(撮影/藤岡優)

左から谷あおいさん、高橋利明さん、岑田安沙美さん、脇川裕多さん。それぞれ「うだつ上がる」で活動している。うだつを行き来する人はほかにも大勢いる(撮影/藤岡優)

「うだつ上がる」があったから、徳島に戻ってきた

いま、「うだつ上がる」は地元の20~30代を惹きつけ、地域内外の人が行き交う場所になっている。出会いの場というだけでなく、新しいことに挑戦できる場。ただ仲の良い人たちと過ごすだけではなく、ほどよく緊張感のある場でもある。

では、どんな風に、みんなここに集まってくるのだろう。
たとえば、脇川裕多さん(31歳)の場合。実家は同じ美馬市の老舗和菓子店で、20代のころから神戸、東京へ出てパティシエの仕事をしてきた。いつか、地元に戻り、脇町でケーキ屋を始めたいと思っていて、SNSで「うだつ」を知り、高橋さんの元に遊びに訪れた。

「時々、地元に戻った時だけでもうだつでポップアップやったらええやんと高橋さんが言ってくれて。その2~3カ月後、父が病気になって一時的に戻ってきて実家を手伝うことになったんです。そしたら高橋さんが、週末だけでも自分のお菓子屋始めたらと言ってくれて。平日は実家の和菓子屋を手伝って、週末だけここで洋菓子屋を始めて。ちょうどチャイ屋をやりたいという女性がいたので、一緒にやったらと」(脇川さん)

脇川さんの焼き菓子ブランド「あわい」のお菓子。滋味深くて美味しい(写真提供:脇川さん)

脇川さんの焼き菓子ブランド「あわい」のお菓子。滋味深くて美味しい(写真提供:脇川さん)

徳島の季節のものを素材にした、ケーキやシュークリーム、夏はかき氷が評判。(写真提供:脇川さん)

徳島の季節のものを素材にした、ケーキやシュークリーム、夏はかき氷が評判。(写真提供:脇川さん)

いずれまた東京に戻ると話していた脇川さんは、この2~3カ月の間に、東京に帰るのをやめたのだという。なぜだろう。

「うだつにいたら全国から訪れる人に、土日だけでもたくさん会えるんです。マルシェやイベントなどの情報も入るのでチャイ屋さんと一緒に出店したり。地元に誰も知り合いがいなかったけど、一気につながりが増えました。今なら徳島に戻ってもいいなって。こっちで本腰いれてやろうと思えました」(脇川さん)

パティシエの脇川裕多さん。徳島で焼き菓子ブランド「あわい」を立ち上げた(撮影/藤岡優)

パティシエの脇川裕多さん。徳島で焼き菓子ブランド「あわい」を立ち上げた(撮影/藤岡優)

脇川さんとともにチャイ屋を始めた岑田安沙美(みねだ・あさみ)さん(27歳)の場合はこうだ。つい2年前まで姫路の小さな会社で、コワーキングスペース事業など企画系の仕事をしていた。個人でデザインの仕事も請けるようになり、もうしばらくは県外で働こうと思っていたが「高橋さんとうだつに出会って、徳島に帰っても何とかなる気がした」と言う。

うだつで出会った人たちからデザインの仕事が入り始める。

岑田安沙美さん。今はデザインの仕事を手がける(撮影/藤岡優)

岑田安沙美さん。今はデザインの仕事を手がける(撮影/藤岡優)

いつかチャイ屋をやってみたいと話す岑田さんに、古本市というイベントでチャイを出した後、パティシエの脇川さんを紹介されて「常設で二人でやってみたら」と背中を押したのも高橋さんだった。

高橋さんは言う。

「準備ができたらやりたいとみんな言うけど、いつ準備できんねんって話で。やるって決めたら、いやでも準備せなあかんので。チャイが飲めて、美味しいケーキ食べられる店なんて、この辺りに他にないぞと」(高橋さん)

もちろんそうして始めた活動が、すぐに本業になるわけではない。そうしたいかどうかも人によってさまざまだろう。本業にならなくたっていいのかもしれない。大事なのは、まずやってみたかったことにチャレンジできる場があること。

ほかにも「うだつの高橋さんと出会って、土日だけでも来たら?と言ってもらったのが、徳島に帰るタイミングだと思った」と話す若者が何人もいた。

チャイおよび洋菓子カフェの様子(提供:うだつ上がる)

チャイおよび洋菓子カフェの様子(提供:うだつ上がる)

うだつ上がるでのイベントの際の様子(提供:うだつ上がる)

うだつ上がるでのイベントの際の様子(提供:うだつ上がる)

20代女性たちの出会いから始まった「古本市」

この場所がまさに20代世代の出会いの場所になり、一つの形として結実したイベントに「うだつのあがる古本市」がある。2022年11月に第1回目の古本市が開催され、半年後の春に第2回、そして2023年10月、うだつの近くの「オデオン座」という劇場で、第3回が開催された。

主催は、うだつで知り合った23~28歳の女性6人組。リーダーで発起人の谷亜央唯(たに・あおい)さんはこう話す。

「もともと徳島には本屋や美術館など、文化的なものが少ないなと思っていて。同じことをSNSで投稿している徳島の女性がいて、気になっていたんです。うだつに初めて来たとき、その女性と会って意気投合して。古本市の仲間になるほかのメンバーともここで出会って、その日にはもうどんな場所が徳島にあったら嬉しいか、みんなで話していました。卒業して徳島で一度就職したけどうまくいかなくて。数カ月で辞めたとき、うだつがなかったら東京に出てたと思うんです。でもやっぱり徳島で何かしたいなと思っていて、うだつでみんなと会って今があります」

谷亜央唯(たに・あおい)さん。今はうだつ上がるで週末にモーニングを提供しながら神山町の宿で働き、「古本市」の活動を進めている(撮影/藤岡優)

谷亜央唯(たに・あおい)さん。今はうだつ上がるで週末にモーニングを提供しながら神山町の宿で働き、「古本市」の活動を進めている(撮影/藤岡優)

できることなら地元に居たい、戻りたい。そう思っている若い人たちは意外に多いのだと、改めて気付かされる。でも地元にはできることが何もないと思っている。

「じゃあまず、自分たちで何か始めてみては」という高橋さんの気持が20代の女性たちにも伝わった。6人は本業の傍ら、古本市の準備を進めていく。

「古本市に来てくれたお客さんには、本だけじゃなくてこの町も楽しんでほしいから、お客さんの目線でみなでまちを見てみようと歩いてみたり。1回目のときは出店してくれる人がいるかもわからなかったので、最悪自分たちで出店すればいいよねと話して。でも結果的に全部出店枠が埋まったんです」(谷さん)

「うだつのあがる古本市」の垂れ幕(提供:うだつのあがる古本市)

「うだつのあがる古本市」の垂れ幕(提供:うだつのあがる古本市)

古本市の準備で、まち歩きをした際の様子(提供:うだつのあがる古本市)

古本市の準備で、まち歩きをした際の様子 (提供:うだつのあがる古本市)

初回の開催から第3回にかけて、古本市の規模はどんどん大きくなっていった。第3回目の出店数はうだつ上がるに10組、オデオン座に15組。この成功は、谷さんたちの自信につながったに違いない。都会でなくても、これほど本や人が集まる素敵なイベントができる。徳島でもできる、自分たちで実現できたと。

第3回の古本市が開催された、うだつ上がるから徒歩3分ほどの「オデオン劇場」。屋外には多くの飲食店の出店も。(撮影/筆者)

第3回の古本市が開催された、うだつ上がるから徒歩3分ほどの「オデオン劇場」。屋外には多くの飲食店の出店も。(撮影/筆者)

第3回の古本市の様子。大勢の出店者とお客さんでにぎわった(提供:うだつのあがる古本市)

第3回の古本市の様子。大勢の出店者とお客さんでにぎわった(提供:うだつのあがる古本市)

イベント当日は出店者に向けたトークイベントも行われた(提供:うだつのあがる古本市)

イベント当日は出店者に向けたトークイベントも行われた(提供:うだつのあがる古本市)

うだつ上がるは、「何か面白いことの生まれる場所」「いろんな若い人たちが集まってくる場所」として、認識され始めている。

「巻き込み力」の源

高橋さんは不思議な人だ。独特の関西弁で周りを笑わせながら、知らず知らずみなの背中を押している。高橋さんなくして、今のうだつ上がるはないし、うだつに惹き寄せられて徳島に戻った若い人たちもいないだろう。

大阪の生まれ育ちで、中学生までは芸人になりたかったという。その後、成り行きのような形で建築への道を歩み始める。建築の勉強は嫌いだったが「学校は楽しくて仕方なくて、無遅刻・無欠勤・無早退やった」と胸を張って言う。

(撮影/藤岡優)

(撮影/藤岡優)

人と関わるのがとことん好きなのだと思う。そしてその楽しい気持を全身全霊で表してくれるので、関わる人は嬉しくなるし、何かあれば高橋さんに声をかけたくなる。

最初はそれほど好きではなかった建築も、「自然と共生型」の建築との出会いをきっかけに、のめりこんだ。大阪から徳島へやってきたのも、徳島で活動していた建築家の元で修行しようと決めたからだった。

その人の元で9年間修行した後に独立してからは阿波市に暮らし、設計事務所を開業。イベント企画の仕事なども手がけるようになる。阿波市の地産の食材の美味しさをアピールするために「100人BBQ」を企画したときには、世代を超えて150人以上が集まった。現在は美馬市に店兼事務所を構えて、住宅や店舗など建築の仕事を手がけながら、うだつ上がるを運営している。

高橋さんと話す中ではっとした瞬間があった。

「小さいころから、自分と関わった人はみんな幸せになるべきやって思い込んでるんところがあって。せめて僕とおるときは、みんな笑顔にしたい。常に笑かしたい。相手が笑えば自分も一緒に笑うしな。自分一人で笑ってんなってよく言われますが(笑)」

高橋さんの巻き込み力は、そこからくるのかもしれないと思った。

(撮影/藤岡優)

(撮影/藤岡優)

変な大人に出会える、寄り道できる場所

たとえば取材の日、高橋さんは「今日はこの後、建築の仕事で福井に出張する」と話していた。パティシエの脇川さんも福井まで連れていくという。

「福井でショップやっている知り合いが、ポップアップをやらせてくれるというので、僕が打ち合わせしている間に、脇川くんがかき氷を販売したらいいなと思って。僕がもっているつながりも、自分だけがもっているより、できるだけ誰かと共有できるならその方がいいので」

高橋さんは23年近く徳島にいて、嫌でも自分が生まれ育った環境、大阪との違いを感じるという。

「この近くの高校は進学校で、みんな遅くまでスーパーの休憩室で勉強しています。でも何になりたいとか話さない子が多い。徳島におったら、いろんなものに触れる機会が圧倒的に少ない。自分は大阪にいた頃、無意識にいろんなものにふれていたと思うんです。チラシのデザイン一つとってもそうやし、学校帰りには毎日まちに出て遊んで、いろんな人に会うてたし。

徳島にいても、その環境は大人が提供しないとだめだと思う。いろんな仕事や遊び場にふれる機会を。うだつ上がるの意味って、そういうところにあるんかなとも最近思う」

だから、地元の人たちが“何かを始められる”場であることと、「ここでもこんなに面白いことや楽しいことができるで」と若い人たちに見せられることが重要。

「地元の高校生が制服でうだつに来てくれると、テンションあがります。最近、明石くんという男の子が学校帰りに店に来てくれるんですよ。うちで初めてブラックコーヒー飲んで、美味しかったんでまた来ましたって。『友達いないんですよねぇ』とか色々しゃべってくれて。そんな風に子どもが寄り道して、変な大人に出会える場所を増やしたい」

最近は、同じうだつの町並みの通りに、うだつの2号店を増やすことを考え始めた。

「2号店の店名はもう『よりみち』でもいいかなと思ってます」。
そう言って笑った。

(撮影/藤岡優)

(撮影/藤岡優)

●取材協力
-みんなの複合文化市庭-うだつ上がる

築40年超も2000万円リノベで耐震等級3相当・断熱等級6以上と国内最高レベルにできた! 実家も新築並に性能向上

最近のリノベーションブームを受けて、実家を、あるいは中古一戸建てを購入してリフォームすることを視野に入れている人も多いのではないでしょうか。しかし、気をつけてほしいことがあります。それは住宅の性能向上です。その名も「性能向上リノベの会」を立ち上げた、YKK AP 住宅本部 リノベーション事業部の西宮貴央さんにお話を伺いながら、その理由を紐解いていきましょう。

耐震性能や断熱性能が心もとない中古一戸建てがたくさんある古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

中古一戸建てをリフォーム/リノベーションすれば、たいていは新築一戸建てを建てるよりも費用を抑えられます。注文住宅同様に自分たちのライフスタイルに合わせた間取りや仕様にできるのが魅力。

そんな中古一戸建てのリフォーム/リノベーションで注意したいのが、「耐震」と「断熱」性能の向上です。

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

特に、耐震性能については令和6年能登半島地震で改めてその重要性を感じていることでしょう。耐震性能について簡単におさらいすると、建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1でも、数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされています(しかし“いちおう”であり、大破も有り得る)。現在の建築基準法ではこの等級1が最低基準です。

これは2000年6月に施行された建築基準法の改正に基づくものです。そのため、これ以前に建てられた一戸建ては現行の耐震性能を満たしていない可能性があります。特に1981年5月以前に建てられた(建築確認を取得した)旧耐震基準時代の一戸建てについては、自治体が補助金制度を設けてまで耐震診断を促すほど、耐震性能に不安があります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また断熱性能については、昨今の光熱費の高騰を受けて、何とかしたいと思っている人もたくさんいるでしょう。脱炭素化社会に向けて新築一戸建ては2025年から省エネ基準への適合が義務化され、断熱等級4以上が求められます。さらに遅くとも2030年までには断熱等級5以上が義務化される予定です。断熱等級4は現在の省エネ基準(平成28年(2016年)基準)、断熱等級5はZEH水準をクリアしていることを示します。

そもそも省エネ基準は昭和55年(1980年)に初めて制定され、この時の基準は現在の断熱等級2に相当します。以降省エネ基準は随時改訂されてきましたが、基準への適合は義務ではなかったため、断熱性能が心もとない一戸建てが非常に多く存在しているのが現状です。現在、断熱等級の最高は7。日本における等級6相当の断熱性能が当たり前になっている中、極めて遅れをとっています。

耐震・断熱性能の向上を明確な数値等で示すプロジェクト

では、このような構造自体に性能が不十分な一戸建てを高性能な新築並かそれ以上の耐震性能、断熱性能まで高めることはできるのでしょうか。結論から言えば、技術的には十分可能です。しかし、その性能はリフォーム施工例によってバラツキがあるのが現状です。

バラツキがある理由は後述しますが、そんな状況下で、明確な耐震性能、断熱性能の数値を掲げて2017年から取り組んできたのがYKK APによる「戸建性能向上リノベーション実証プロジェクト」です。同プロジェクトについては、以前「おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる」で取材したので、そちらも参考にしてください。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

このプロジェクトでは耐震性能は最高等級の耐震等級3(上部構造評点1.5以上)、断熱性能はHeat20のG2(断熱等級6相当)を目標に中古一戸建ての性能を向上させてきました。

耐震等級3とは、倒壊・崩落することなく災害復興の拠点として機能し続けられるだけの高い耐震性があることを示します。消防署や警察署等に義務づけられている耐震レベルです。

自治体が補助金制度によって耐震工事を促している1981年5月以前の旧耐震基準時代の一戸建てでも、しかるべき耐震工事を行えば、耐震等級3基準にまで高めることができます。

「先日の令和6年能登半島地震でもそうですが、やはり耐震性能が低い、特に築40年以上の旧耐震だと命の危険があります。そればかりか、倒れた建物が隣家を壊したり、道を塞いでしまって緊急車両が先に進めないことが多々あります」と、同プロジェクトを立ち上げたYKK AP 住宅本部リノベーション事業部の西宮さん。緊急車両が通れなければ、救える命も失われてしまう可能性があります。

■耐震等級の区分(2000年基準)

耐震等級耐震性対象等級3耐震等級1の1.5倍の耐震性消防署や警察署など。長期優良住宅の対象等級2耐震等級1の1.25倍の耐震性避難場所に指示されている学校や病院など。
長期優良住宅の対象等級1震度5程度で損壊せず、震度6強程度でも即時に倒壊・崩壊しない木造の場合、2000年の改正建築基準法以降に建てられた一戸建て(それ以前に建てられたものがすべて等級1を満たしていないわけではない)

一方、断熱性能がHeat20のG2とは、断熱先進国であるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルということです。G2は断熱等級6に相当します。

■断熱等級の区分

断熱等級等級7Heat20のG3レベル等級6Heat20のG2レベル等級5ZEH水準。遅くとも2030年までには新築住宅に義務化予定等級42016年の省エネ基準。2025年から新築住宅に義務化等級3平成4年(1992年)基準等級2昭和55年(1980年)基準。1980年の省エネ基準と同等等級1等級2未満

また「Heat20のG2(断熱等級6相当)」は、ZEH水準(断熱等級5)以上ですから、太陽光発電等を備えればエネルギー収支が実質ゼロ以下になります。

昨今の光熱費の高騰に頭が痛いという人も多いでしょう。しかしそれでも今は国が電気や都市ガスの小売事業者に対して補助金を交付することで、一般家庭や企業等の光熱費が値引きされているのです。

この「電気・ガス価格激変緩和対策事業」は、消費者が直接補助金を受けるわけではないので実感しにくいのですが、とはいえ私たちの光熱費が抑えられているのは確かです。ところが同事業は2024年4月末までに終了し、5月以降は激変緩和の幅が縮小される予定です。もしこの事業が終わったら……と思うとゾッとしませんか。しかし、G2レベルに高めて太陽光発電を備えれば光熱費の悩みをスッキリと解消できそうです。

戸建性能向上リノベーションの費用は約2000万円

では「耐震等級3」と「断熱等級6(Heat20のG2相当)」にリノベーションする費用は、一体どれくらいかかるのでしょうか。

一から計算して設計できる新築と違い、中古一戸建ては1棟ごとに立地や間取り等が異なります。さらに古い一戸建ては部屋が細かく分かれているなどするので、やはり現代の暮らしに合わせた間取りに変更しなければなりません。

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

だからといって、性能向上も間取り変更も、ある意味“思う存分に”やってしまうと費用がうなぎ上りに。いくら耐震や断熱性能が向上するからといって、費用があまりにもかかるのであれば誰もやりたいと思わないでしょう。

「性能を向上させつつ、いかに費用を抑えるかも、我々のプロジェクトでは重要な要素でした。プロジェクトを経た結論として、新築の基準を大きく超える性能に向上させて、かつ暮らしやすい間取り等に変えるための費用は、規模に大きく左右はされますが、概ね2000万円前後だとわかりました」と西宮さん。

「これなら同性能の新築一戸建てを、同じ場所に建てるよりは安く抑えられます。それに、今から新築一戸建てを建てる場合、駅から徒歩15分などの立地が多いのですが、中古一戸建てなら徒歩2~3分の空き家が見つかることも。これからは新築よりも立地条件が良くて、性能の高い一戸建てにリノベーションできる中古物件が増えてくると思います」

また、親族の残した一戸建ての性能を向上させた人は“愛着”がある分、2000万円以上の費用をかける傾向があるそうです。

さらに最近は、生活の中心になるゾーンだけ断熱を行う「ゾーン断熱」を選択する人も増えているのだとか。「住宅全体の耐震&断熱向上リノベーションを図る方々は、だいたい30代~50代です。対して70代以上は断熱のみ “ゾーン断熱”を選ぶ傾向があります」

■ゾーン断熱のイメージ

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

子育てを終えた二人暮らしの高齢者が、2階建ての住宅全体を断熱するよりも、生活の中心である1階部分のみなどを“ゾーン断熱” するというイメージです。これなら費用を抑えつつ、人生最後の時間のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めることができます。

まずは耐震性能や断熱性能についての知識を得ることから始めよう

ところで、先述のようにリフォームの施工例によってバラツキがあるのはなぜでしょうか。

理由の1つは、施主側が耐震や断熱についてあまり詳しくないことがあります。施主側から具体的な数値等を求めず、施工会社も、例えば断熱で言えば「冬は暖かく夏は涼しくなります」など方針に合意できればスムーズに商談が進んでいくことでしょう。施主の示した予算内で最大限の性能向上を図ればいいので施工する側も、あまり詳しくなくても商売になります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「あるいは、事業者としては性能向上の技術は知っていても、“そうなれば費用が膨らむが、どうやって施主に説明すればいいのかわからない”など、勧める際のさまざまな課題があります。そこで私たちは、事業者向けに2021年10月に“性能向上リノベの会”を立ち上げました」(西宮さん)

この会では性能向上リノベーションを行いたいと思う事業者に対して、次の4つの役割を果たします。

①技術サポート。対象となる住宅の築年数と目指す性能を入力することで、コストイメージと工事内容が一目でわかる早見表や、現場調査で漏れがないようにするチェックリストといったツールの提供です。

②業務サポート。耐震性能、断熱性能の計算、補助金申請、太陽光発電設置など、専門知識が必要になる業務のサポートです。施工会社が、必要に応じて専門企業とスムーズに業務提携できる仕組みを提供しています。

③営業サポート。施主側に対する同会の取り組みを周知することです。一例として、同会に参画している事業者が自慢の「性能向上リノベ物件」をエントリーする「性能向上リノベ デザインアワード」があります。評価された施工事例は性能を数値化して1冊の本にまとめられ、販売されています。

④ネットワーク。大学教授や専門家によるセミナーを通じて知識のアップデートを通じて会員の知識をアップデートしてもらうための取り組みです。また会員の手がけた施工事例を訪れて、質問できる見学会などもあります。

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

現在、この「性能向上リノベの会」に参画している事業者は約500社。“性能向上リノベ”に賛同したのは施工会社だけでなく、断熱材をつくっているメーカーや「いくら性能を高めても、白アリに喰われたらお終い、と防蟻会社も参画してくれました」

今後は高齢者の屋内事故を減らすための取り組みや、既存の賃貸物件の性能向上にも取り組みたい、と西宮さん。また「高性能な中古一戸建てを一般消費者に勧めるために、買取再販などを手がける不動産会社の参画を促していきたいですね」
このように、「性能向上リノベの会」の活動が進むほど、全国各地に「性能向上リノベ」された一戸建てが増えていくはずです。

確かに現状は、耐震性能や断熱性能が新築に劣る一戸建てで暮らしても、目に見える不具合は感じないかもしれません。しかし悲惨な地震の映像から目をそらして、光熱費の請求書を見てため息を漏らしているなら、まずは「性能向上リノベの会」などの施工事例を見たり、遅くとも2030年までに義務化が予定されている断熱等級5とは?を調べてみることから始めてみませんか。

●取材協力
YKK AP

台湾のまちづくりから日本は何を学べるか。都市計画のキーワードは「夜市」「流動」? 三文字昌也さんインタビュー

台湾は、日本からも飛行機で近く、人気の旅行先です。台湾の活気と雰囲気、台湾グルメを味わえる夜市は定番スポットで、日本各地でも台湾に関係するイベントが開催されています。台湾は、中国大陸ルーツの漢人による統治の他、1895年から1945年までの50年間にわたって日本が統治するなど、複雑な歴史を有し、街には、それぞれの時代の名残があります。東京大学大学院で、台湾の都市計画を研究している都市デザイナーの三文字昌也(さんもんじ・まさや)さんに詳しく伺いました。

さまざまな時代の痕跡が残る街とその上を流動する夜市三文字昌也さん。研究のため1カ月滞在した基隆市の正濱漁港彩色街屋前で(画像提供/三文字昌也さん)

三文字昌也さん。研究のため1カ月滞在した基隆市の正濱漁港彩色街屋前で(画像提供/三文字昌也さん)

台湾の首都・台北市(画像提供/三文字昌也さん)

台湾の首都・台北市(画像提供/三文字昌也さん)

台南市は古都として知られ、オランダ時代以降の各時代の歴史的建造物が数多く残されている(画像提供/三文字昌也さん)

台南市は古都として知られ、オランダ時代以降の各時代の歴史的建造物が数多く残されている(画像提供/三文字昌也さん)

台南 祀典武廟前に出る布袋戲の舞台(画像提供/三文字昌也さん)

台南 祀典武廟前に出る布袋戲の舞台(画像提供/三文字昌也さん)

東京大学工学部都市工学科に在学中、旅行で訪れた台湾の都市に魅了された三文字さんは、台湾の都市計画に関する学術的研究をしながら、2018年に合同会社 流動商店を設立し、都市デザイン、建築設計等の実務に携わっています。それだけでなく、台湾夜市にちなむイベントを各地で行っています。2019年に台湾夜市のゲームを紹介した「台湾夜市遊戯大全」を自費出版し、2023年9月にはTBS系のバラエティ番組「マツコの知らない世界」に出演。台湾への造詣の深さが話題を集め、SNSで大きな反響を呼びました。

台湾イベントTAIWAN PLUS 2023で、流動商店がプロデュースした「台湾夜市遊戯場」(画像提供/三文字昌也さん)

台湾イベントTAIWAN PLUS 2023で、流動商店がプロデュースした「台湾夜市遊戯場」(画像提供/三文字昌也さん)

アジアの都市をテーマにしたイラスト展「アジア都市透視展」(空想地図作家・今和泉隆行氏と共同制作)(画像提供/三文字昌也さん)

アジアの都市をテーマにしたイラスト展「アジア都市透視展」(空想地図作家・今和泉隆行氏と共同制作)(画像提供/三文字昌也さん)

19歳で初めて台湾を訪れた三文字さんは、清朝以前の古い建物や路地がある街並みに日本統治時代につくられた近代的な道路があるなど、都市の中に各時代の痕跡が重なり合って残されていることに、興味を惹かれました。ちょうど研究分野を都市計画に決めたころで、1年間の台湾留学を経て、台湾の都市計画やまちづくりの研究に携わることになりました。台湾の街のどういうところに面白さを感じているのでしょうか。

「台湾の都市は、位置関係や特徴で日本の都市に敢えて雑に当てはめると、台北が東京、台南が京都、基隆が横浜で、台中が名古屋、高雄が大阪と理解できそうです。いちばん歴史があり、古い街並みが残っているのは、台南。18~19世紀の建物が街の中心部に残っています。当時の建物は赤レンガの壁が特徴の閩南(びんなん)式建築で、道も入り組んでいます。一方、日本統治時代に市区改正事業によってつくられた道路は、直線的でグリッド状。それぞれの時代の建物や道などの風景がレイヤー状に重なっているのです。ありとあらゆるところに歴史の痕跡が残っていて、歩いているだけで本当に楽しいなと思いますね」(三文字さん)

金門島に残る閩南式建築(画像提供/三文字昌也さん)

金門島に残る閩南式建築(画像提供/三文字昌也さん)

その上で、三文字さんが注目したのは、夜市でした。

「出店場所が毎晩変わらない“固定夜市”とそうではない“流動夜市”があるのですが、留学時代住んでいた台南市にあるのは、基本的に流動夜市でした。何より衝撃的なのは夜に並んでいた400店舗程もの屋台が朝にはきれいに片づけられ、また夜には別の場所に移動していること。流動することで、都市のいろんな所が活用され、固定しないことで、リスクやコストを抑えている。今の日本にはない都市のにぎわいをつくる仕掛けとして流動夜市はとても面白かったんです」(三文字さん)

駐車場が夜になると、屋台で埋め尽くされる(画像提供/三文字昌也さん)

駐車場が夜になると、屋台で埋め尽くされる(画像提供/三文字昌也さん)

台南 武聖夜市の競り屋台(画像提供/三文字昌也さん)

台南 武聖夜市の競り屋台(画像提供/三文字昌也さん)

南機場夜市。台北で人気のある夜市のひとつ(画像提供/三文字昌也さん)

南機場夜市。台北で人気のある夜市のひとつ(画像提供/三文字昌也さん)

多くの屋台やお店が路地一帯に並ぶ(画像提供/三文字昌也さん)

多くの屋台やお店が路地一帯に並ぶ(画像提供/三文字昌也さん)

日本統治時代の都市計画と台湾独自の「都市の使いこなし方」

日本統治時代の都市計画の特徴はどんなところでしょうか?

「日本が台湾で行った都市計画は、衛生の向上をまず最初の目的とし、下水構などのインフラを整備するところから始まりました。そして、城壁を壊してつくった台北の三線道路など、近代都市にふさわしいとされた道路網やインフラが徐々に整備されたのです」(三文字さん)

台北の三線道路、現・中華路一段(画像提供/三文字昌也さん)

台北の三線道路、現・中華路一段(画像提供/三文字昌也さん)

その上で、三文字さんは、台湾の面白さを、「都市の使いこなし方がうまい所」だと話します。日本統治時代につくられた道路やロータリー、公園には、日本統治時代から仮設の屋台が並び夜市ができていたと言うのです。戦後も、大陸から来た人などの住居が出来始め、人口が増えるのに従って、次々と常設のバラックが建てられた場所もあります。違法でも、社会的、政治的な問題ゆえに政府も簡単には追い出せず、道路上のバラックがその場所のまま商業市場に建て替わったり、ロータリーがそのままグルメの名所になった事例があるそうです。

アーケード下の道路沿いで歌劇団が演舞(画像提供/三文字昌也さん)

アーケード下の道路沿いで歌劇団が演舞(画像提供/三文字昌也さん)

「台湾の人々は、日本の都市計画の技師たちが思いもつかなかったほど公共空間をたくましく流用して、それがじわじわと柔軟に生き残って、今の台湾の都市の豊かさに繋がっているのではないかと思っています。良くも悪くも夜市のような都市空間の使い方は、台湾独自に発展した都市文化だと言えるでしょう。90年代位まで違法なものも多かった夜市も、自治的に管理する組合ができ、今では行政とわたり合って、許可を得ている例が多いようです。むしろ、2000年位から政府が観光資源として位置づけ、サポートするようになりました」(三文字さん)

その背景には、「多様な民族や文化が交錯する台湾の複雑な歴史もある」と三文字さんは言います。台湾の歴史を理解することは、台湾の現在の姿を理解する上で欠かせません。

「道」に人が集まることで「街」になる

台湾の人々が街をどのように考えているかよくわかる例として、三文字さんは、1980年に出版された『中国人の街づくり』(郭 中端、堀込憲二 共著、相模選書 刊)という本を紹介してくれました。本の冒頭には、「道に人々が集まって市を開くことで、だんだん街になる」という「台湾の街の成り立ち」が描かれています。街の原型となるのは、道端に集まった露店商。そうして市が立ち人が集まり、儲かった人は露店から店舗を構え、うまくいったらビルを建てます。そこには、たくさん人が来て、ビルの前にまた露店が出る……その繰り返しで街が大きくなるというのです。

「これはもちろん極端な例ですが、前提として、『まちはみんなのもの』という発想があるのではないでしょうか。道路でもなんでも自分たちの生活をよりよくするために使えるものは使おうという発想が根底にあると感じます」(三文字さん)

例えば、その象徴的な事例が亭子脚(ていしきゃく)と呼ばれるアーケード空間です。

アーケード下にテーブルや椅子が置かれ、人々が集う(画像提供/三文字昌也さん)

アーケード下にテーブルや椅子が置かれ、人々が集う(画像提供/三文字昌也さん)

「亭子脚は、日よけや雨よけの歩道として設けられた場所ですが、民有地でありながら公共の歩道扱いされるなど、実際は、100%公でも100%民でもない曖昧な空間になっていて、露店が出たり、オートバイを置いたり、さまざまな使われ方をされています。問題が起きたら、政府が対応しますが、皆でうまく使っている限りは、特に問題にならない。台湾の象徴的な風景だと思います。日本の都市の場合、道路上に段差解消スロープを置いただけで、それが本当に危ないのか、支障がないかを考える前に反射的に通報する人がいますよね。もちろんルールとしては正しいのですが、日本人が街の公共空間に対して、なぜおおらかさを失ってしまったのか、それでむしろ失ったものもあるのではないかと考えることもあります」(三文字さん)

日本の都市計画に活かしたい柔軟な道路使用や文化財活用

日本の都市計画や街づくりに活かせるのはどんなところでしょうか。

「道路など都市空間の柔軟な利用のあり方を、いちばん学ぶべきだと思いますね。公共空間の利活用に関して、もっと流動性を持たせて積極的に使っても実は支障がないことも多いと思います。日本の道路占有許可は、交通を阻害するデメリット以上の公益性や価値がないと許可されませんが、裏路地など問題ないケースもあるはず。そのほかは、文化財の利活用ですね。研究者から、『台湾の文化財建築行政は日本の20年先を行っている』という声があるほど。文化財建築のリノベーション、再利用の成功事例が行政も民間もたくさんあります。使える補助金が多く、文化財をリノベーションしてお店を出す若い人も多いようです。資金面のハードルを下げる仕組みづくりも学びたいですね」(三文字さん)

文化財建築をリノベーションして活用している例。撫台街洋樓(画像提供/三文字昌也さん)

文化財建築をリノベーションして活用している例。撫台街洋樓(画像提供/三文字昌也さん)

撫台街洋樓(画像提供/三文字昌也さん)

撫台街洋樓(画像提供/三文字昌也さん)

日本では最近、企業活動にほとんど使用されていない不動産を「遊休不動産」と呼び、マルシェや、期間限定の公園をつくる取り組みもあります。街を「流動的に使うこと」と「遊休不動産の活用」の違いはどのような点でしょうか。

「遊休不動産の文脈では、土地の活用という目的ありきでイベントがはじまりますが、今見てきたような台湾の夜市の事例では、活動が先にあって、適した場所として土地が選ばれます。夜市は、街で商売をしていた人たちが、屋台をしてもうかる場所を探して、いろんな交渉過程を経て、結果的に、空き地や路上に落ち着いて形成されたものです。日本の遊休地で、デベロッパーが人を集めて、イベントをやっても続かないことが多いのは、入り口の違いが大きいと思います」

日本で注目する事例として、三文字さんが挙げたのは、大阪市にある繁華街、新世界市場の商店街です。シャッター街化が進んでいましたが、2022年10月から、新世界市場商業協同組合が「新世界市場屋台街プロジェクト」を立ち上げ、シャッターが下りた店舗前に屋台を設置し、新たな賑わいを創出する取り組みを行っています。

新世界の夜の姿(画像/PIXTA)

新世界の夜の姿(画像/PIXTA)

「うまい作戦だなと思いました。地権者、家主との複雑な交渉を避けつつ固定式の屋台で衛生設備を入れて飲食店営業許可が取れますから。現在では8店舗まで拡大しているようです。日本で取り入れられる『流動的なまちづくり』のいい事例だなと思った取り組みですね」(三文字さん)

■関連記事:
遊休地に屋台などでにぎわいを。3密を避けたウィズコロナ時代のまちづくり
”空き”公共施設をホテルやシェアオフィスにマッチング?「公共空間逆プロポーザル」がおもしろい

台湾でぜひ訪れてほしい場所、見る時のポイント

最後に、三文字さんに、台湾のおすすめスポットを聞きました。ガイドブックでは詳しく載っていない穴場も! 

「いかに都市空間が使いこなされているかを見ていくと、めちゃくちゃ面白いと思います。また、古い街並みが残る一方で、急速に再開発が進んでいる場所もあります。両極端な都市の振れ幅を体験していただけると面白いと思います」(三文字さん)

台湾の最北端にある港湾都市、山と海に囲まれた「基隆」

基隆中心部の全景。港が都市の中心にあります(画像提供/三文字昌也さん)

基隆中心部の全景。港が都市の中心にあります(画像提供/三文字昌也さん)

基隆市は、台湾の主要な港湾都市のひとつです。

・明德、親民、至善大樓
「旭川河という河川の上に立ち塞がる直線的な3棟のビル。1~2階には老舗カフェやバーなども入っていて、探検し甲斐がありますよ。1967年に建設された建物更新をどうするかが課題となっています」

・委託行商圈
「基隆市の中心にある古着や雑貨などの舶来品を販売していた商店街です。戦後、海外との行き来が制限されていた時代の基隆は、輸入代行業者で賑わっていました。その業者があった街並みは一度廃れましたが、近年、文化創意・地方創生の文脈で盛り上がる新しい商店街となっています」

・太平小学校のリノベーション・太平青鳥書店
「基隆港を一望できる場所にある小学校をリノベーションした本屋さんです。台湾の文化創意の一つの象徴的な事例ではと思います」

・正濱漁港
「歴史ある漁港の工場建築等をカラフルに塗装。港として現役でありながら観光地へと変化を遂げました。星浜山というグループがアートを中心としたまちづくりを進めています」

外壁がカラフルでフォトジェニックな正濱漁港彩色街屋(画像提供/三文字昌也さん)

外壁がカラフルでフォトジェニックな正濱漁港彩色街屋(画像提供/三文字昌也さん)

北部に位置する台湾最大の都市「台北」

近年急速に再開発が進んでいる(画像提供/三文字昌也さん)

近年急速に再開発が進んでいる(画像提供/三文字昌也さん)

台北市は、台湾の政治、経済、文化の中心地で、総統府や立法院などのほか、台北101などの高層ビルが立ち並んでいます。

・南機場住宅、華江整宅社区
「南機場住宅は、6つの団地、計61棟、5,632の住戸から構成されるマンモス団地群。華江整宅社区は、1970年代に建設された共同住宅群です。公共住宅の住みこなし、使いこなし。どこまでが私的空間で、どこまで公的空間か? 考えながら、散歩してみると面白いですよ。南機場には夜市もあります」

台北市の南機場住宅(画像提供/三文字昌也さん)

台北市の南機場住宅(画像提供/三文字昌也さん)

・新富町文化市場、東三水町市場
「新富町文化市場は、台北市萬華区にある文化施設です。1935年に建設された公設市場を、2017年にリノベーションしてオープンしました。東三水町市場は、台北市萬華区にある公設市場。公民連携のリノベーションの好事例です。現役の老舗市場アーケードに隣接して共存している点が興味深いです」

南機場夜市の入口(画像提供/三文字昌也さん)

南機場夜市の入口(画像提供/三文字昌也さん)

南西部に位置する台湾の歴史や文化、自然を体感できる都市「嘉義」

嘉義の市街地の風景(画像提供/三文字昌也さん)

嘉義の市街地の風景(画像提供/三文字昌也さん)

嘉義市は嘉南平野北部の中心都市です。

・文化路夜市
「市の中心にあるメインストリートである文化路が夜に車両通行を止めて夜市になる事例。まちの使いこなしを体感できるのでは」

文化路夜市のアーケードゲーム屋台(画像提供/三文字昌也さん)

文化路夜市のアーケードゲーム屋台(画像提供/三文字昌也さん)

南西部に位置する古都「台南」

台南のシンボル、赤かん楼(「かん」は山冠に坎)(画像提供/三文字昌也さん)

台南のシンボル、赤かん楼(「かん」は山冠に坎)(画像提供/三文字昌也さん)

台南市内には、歴史的建造物が数多く残され、グルメの街としても有名です。

・永楽市場、國華町
「台南随一のグルメストリートですが、路上への展開や永楽市場の建物の使われ方、屋台の形などをみながら歩くと楽しさアップ。朝と夕方で風景が違うのも面白いところ」

リノベーションによる新しいお店が多い新美街には観光客が集まる(画像提供/三文字昌也さん)

リノベーションによる新しいお店が多い新美街には観光客が集まる(画像提供/三文字昌也さん)

・その他
「もともとなんでもなかった普通の通りが、近隣商店同士の繋がりや新しい店舗の出店でにぎわい、観光客が増えていった場所が結構あります。そんな事例である新美街、正興街をあてもなく散歩するのも楽しいです」

「こんな風景がいたるところにあります。台南の路地裏。どこか探してみてください」(三文字さん)(画像提供/三文字昌也さん)

「こんな風景がいたるところにあります。台南の路地裏。どこか探してみてください」(三文字さん)(画像提供/三文字昌也さん)

台湾最大の港を有する「高雄」

高層ビルの立ち並ぶ高雄市街(画像提供/三文字昌也さん)

高層ビルの立ち並ぶ高雄市街(画像提供/三文字昌也さん)

高雄市は、台湾の経済と貿易、文化的中心地として知られており、多くの博物館や美術館、劇場があります。

・哈瑪星
「高雄の最も古い市街地の一つで、日本式の家屋も残っていますが、地元の団体が一個一個の建物を丁寧に保存、活用し続けています」

・駁二芸術特区
「もともとの鉄道駅や倉庫・関連施設を中心に広大なエリアをアートスペースとして公園化しています」

駁二芸術特区(画像提供/三文字昌也さん)

駁二芸術特区(画像提供/三文字昌也さん)

「『流動的なまちづくり』と僕が言っているものを本当に実践するために、近々、僕も東京で飲み屋台をやらないとな……!」と三文字さん。日本と深い関わりのある台湾のまちづくり。「都市を使いこなす」という発想は、今の日本の都市に新しい風を吹かせることでしょう。

●取材協力
・三文字昌也さん
・三文字昌也さん個人web
・合同会社流動商店

世界の名建築を訪ねて。ウィーンで建築を味わうなら欠かせない! 建築家コープ・ヒンメルブラウ設計の賃貸マンション「ベルビュー・タワー(BelView Tower)」

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載14回目。今回は、オーストリアのウィーンにあり、ウィーンで建築とお酒を同時に楽しめる特別コースに欠かせない名建築、賃貸マンション「ベルビュー・タワー(BelView Tower)」(設計:コープ・ヒンメルブラウ)を紹介する。

脱構築主義を代表する建築家コープ・ヒンメルブラウ設計の賃貸マンション

建築好きにとってウィーンと聞くと、20世紀の巨匠アドルフ・ロースやルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインを思い出す。前者は世界的に著名な「アメリカン・バー」(ロース・バー)を、後者は「ストンボロウ邸」を設計した。ウィーンに行くと必ず寄りたいのが「アメリカン・バー」だ。薄暗くちょっとミステリアスなアトモスフィアで、かつては娼婦がたむろしていたという話を聞いたことがある。

だがいきなり「アメリカン・バー」に行くのはもったいない。同じケルントナー通りの少し南側にコープ・ヒンメルブラウが設計した「ライス・バー」がある。ここはシャンペン・バーだが、ここで下地をつくってから、はしごして「アメリカン・バー」へと行くのが、建築とお酒を同時に味わえる特別コースと、同地を数回訪れた自分は思っている。

(c)Duccio Malagamba

(c)Duccio Malagamba

さてこのコープ・ヒンメルブラウが近年設計したのが、「ベルビュー・タワー」だ。ウィーン駅のすぐ近くという好立地に建ったこの建築物は賃貸マンションである。かつて彼らの作品はいわゆるデコン(デコンストラクティヴィズム=脱構築主義)という範疇の建築として知られていた。そうしたアヴァンギャルドな作品を得意としていた彼らが、比較的落ち着いたアパートメントを設計した。

「ベルビュー・タワー」は、カルティエ・ベルヴェデーレ地区にあるシュヴァイツアー・ガルテンという緑の多い公園の近くにある。建物には249戸のアパートメントがあり、2 ルーム・タイプが234戸、3ルーム・タイプが15戸ある。小さいルーム・タイプが多いのは、独身か若いカップルの入居者を想定したコンセプトがあるようだ。

部屋には天井冷房と床暖房完備、ウィーンの景観が楽しめるバルコニーも

このレジデンシャル・タワーの形態は、アメーバーのような有機的なフォルムで流れるようなモノリシック・ストラクチャー(一体となっている構造)となるよう考案された。ペリメーターのパラペットは、白い粉体塗装アルミニウム製と高価な仕上げで、これが建物全体の外壁をぐるりとカバーしているが、あるところでは途切れている。それはその外壁部分の環境的ファクターが異なるからなのだ。つまり風当たり、騒音、日当たりなどが異なるので、それに対応したデザインが成されている。その結果ひとつの建物のファサードでも場所によってデザインが異なるという、微に入り細を穿った処理をほどこしているのだ。

各アパートメントには天井冷房と床暖房が装備されているという豪華さだ。さらにウィーンの魅力的な景観を見晴らすバルコニーがあり、高度なアウトドア・リビングを可能にしている。日射が限定される部分では、建物の一部が突出しており、適切な自然光と景色を取り込むためのメタル製の出窓となっている。

(c)Duccio Malagamba

(c)Duccio Malagamba

「ベルビュー・タワー」の外壁はプラスター断熱合成ファサードでデザインされている。さらに開口部は固定された3重ガラスか、もしくは回転式、あるいはアルミニウムとガラスによる傾斜形になっている。ガラス張りの1階部分はポスト&ビーム構造で、アルマイト(酸化アルミニウム皮膜を施したアルミニウム)で作られたメタル被覆ウォール・パネルで構成されている。エントランスは1階ファサード中央部に配されている。

エントランスホール(c)Duccio Malagamba

エントランスホール(c)Duccio Malagamba

住民はフィットネスルームや発送用の郵便ボックスを利用できる

マンションの住民は、地下のサウナ・エリアにあるプロ仕様の器具を備えたフィットネスルームを使用できる。また共用で使えるキッチンがあるコモン・ルームはランドスケープされたプラザにアクセスでき、そこでは住民同士が交歓したり、種々の活動をシェアできる。またアパートメントにはコイン・ランドリーがあるので、住民に洗濯機は不要だし、発送できる郵便ボックスがあるので郵便局に行く必要もない。地下パーキングからアパートメントへは、バリア・フリーでアクセス可能となっている。建物はDGNB(ドイツ持続可能な建築物評議会)よりゴールドの認証を得ている。

●関連サイト
Coop Himmelblau

電気自動車の普及がマンションの資産価値に影響する?! EV充電器の設置が加速中、導入メリットや課題を徹底解説

私が住んでいるマンションでも、EV(電気自動車)充電器の設置が取り沙汰されるようになってきた。まだEV車を所有している人がいないので、具体的な検討課題にはなっていないが、いずれは本格的に議論されることになるのだろう。そこで今回は、マンションにEV充電器を設置することについて、深掘りしたいと思う。

マンションにEV充電器の設置が求められる理由とは?

政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、これに伴い、グリーン成長戦略を策定した。その中で成長が期待される分野として自動車を挙げ、乗用車については2035年までに新車販売で電動車100%を目標に掲げている。

そうなると、充電インフラを整備する必要がある。そのため、政府は補助金を用意して、電気自動車・プラグインハイブリッド自動車(以下、電動車)の充電設備の設置を促進している。

充電インフラは、自宅や事業所などの「基礎充電」、高速道路などの移動中の「経路充電」、ホテルや商業施設などの「目的地充電」に大別される。特に懸念されるのが、基礎充電だ。一戸建てなら電動車を買った本人が充電設備も整えればよいが、マンションの場合は共用部の電気を使用するために、合意形成が難しいことが考えられるからだ。

さらに東京都でも、2030年度までに都内で新車販売される乗用車を100%非ガソリン化することを目指している。東京都にはマンション居住者が多いこともあり、条例により2025年4月から都内の新築マンションに規模に応じた数の充電設備設置を義務化することになっている。また、既存のマンションについても、管理組合などに補助金を出すなどして、設置を促している。

このように、電動車が普及するにつれて、充電インフラを整備する必要があるが、私有財産である自宅、特に駐車場を共有するマンションでの充電設備設置が大きな課題となっているのだ。

マンションに電動車充電設備を設置するメリットとは?

もちろん電動車所有者なら、自分のマンションの電動車充電設備で夜間などに充電しておきたいと思うだろう。新築分譲マンションでは、デベロッパーがあらかじめ電動車充電設備を設置して販売する事例が多くなっている。一方で、既存のマンションの場合は後付けで設置をすることになるが、電動車どころか車自体を持っていない人もいる。そうした人にとってもメリットはあるのだろうか?

「既存の分譲マンションへの電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド車(PHEV)充電設備導入マニュアル」を作成した、(一社)マンション計画修繕施工協会(以下、MKS)に聞いてみた。事務局の細田義裕さんによると、「電動車の普及に伴い、その充電設備がないマンションは買い手に選ばれにくくなる」という。マンションに電動車充電設備が設置されていることがスタンダードになったときに、設置されていないマンションは購入の選択肢から外されるので、売りづらくなる。つまり資産価値に影響するというわけだ。

ここで、日産自動車が実施した、「EV(電気自動車)の購入時に重要な住居の環境について」の調査を見てみよう。調査対象は、集合住宅居住者でEVの購入意向のある30~50代の男女400人。EVの購入検討者「集合住宅に充電設備がないとEV購入が難しいと感じるか」を聞いたところ、88.6%が「難しいと感じる」(とても感じる36.0%+まあまあ感じる52.6%)と回答した。EVの所有とマンションの充電設備の関係性が強いことが分かる結果だろう。

日産自動車【EVと住環境についての調査リリース】より

日産自動車【EVと住環境についての調査リリース】より

電動車充電設備を設置するデメリットは高額な初期費用?

ではデメリットはなんだろう?MKSの細田さんによると、設置に伴う導入費用が大きな課題だという。どの程度の額になるかというと、マンションの構造や設備、充電設備の種類や台数などによって大きく変わるという。

マンションの共用部の電気容量によって、たとえば共用部から電源を確保できない場合に新たに電柱を立てて電気を引く必要があったり、共用部の電源から設置する駐車場まで距離があり、ケーブルの埋設工事が必要であれば、工事費用はかなり高額になる。EV・PHEV充電設備導入マニュアルの中に、いくつかモデルケースの設置工事費用を試算した事例があるが、最低で約46万円、最高で約3104万円とかなり幅がある。

加えて、充電設備の利用方法によっても、設置計画が変わる。利用方法は、電動車を所有する居住者専用使用の場合、電動車の所有者が充電設備を共用する場合、電動車のカーシェアリングを導入する場合の主に3つあるという。

■利用方法によるメリットとデメリット

利用方法によるメリットとデメリット

マンション計画修繕施工協会「既存の分譲マンションへの電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド車(PHEV)充電設備導入マニュアル」より

また、充電設備にもいろいろな種類があり、それぞれで費用も異なる。まず大別して、「普通充電器」と「急速充電器」に分かれる。急速充電器は、短時間で充電可能であるが、費用は高額になる。短時間で充電が必要な「移動充電」に向いており、マンションでは普通充電器が向いているという。

充電器の種類

東京都環境局のパンフレット「マンションへの電気自動車の充電設備導入基礎ガイド」より

さらに、普通充電器にもさまざまなタイプがあり、どのタイプを何台設置するかの設置計画によって、費用も変わってくる。

■普通充電器の概要

普通充電器の概要

(一社)次世代自動車振興センターのチラシ「EV・PHV用充電設備導入をご検討の皆様へ」より普通充電器を抜粋

ようするに、マンションの構造や電気容量などを調べて、どういった利用方法を採るかを考えながら、具体的にどこにどれを何台設置するかといった設置計画を立ててみないと、設置に関する全体の工事費用がわからないということだ。それを知るには、充電サービス事業者に依頼して設置プランと見積もりを出してもらうしかないのだろう。

ただし、国が充電設備費・工事費で50%~100%補助金を出している。補助対象となる充電設備が定められているが、普通充電設備設置の場合で、機器費用の50%(上限額35万円)、工事費用の100%(上限額135万円)が2023年度の補助金の額だ。加えて、東京都の補助金も利用できれば、持ち出しがほとんどない場合もあるようだ。

電動車充電設備の導入のハードルになるのは管理組合での合意形成

補助金を利用できれば、電動車充電設備の設置工事費用をかなり抑えることはできるが、導入する際のハードルになるのは何だろう?MKSの細田さんによれば、管理組合での合意形成だという。電動車所有者や購入検討者が利益を受けることになるので、利益を受けない人たちが反対したり先送りしたりすることになる可能性がある。

また、電動車充電設備設置に前向きな管理組合であっても、設置に伴う工事費用をどう負担するか、使用電気料をどう負担するか、不公平にならないようにどういったルールで運用するかなど、決めるべきことがたくさんある。細かいルールについても管理組合で合意する必要があるので、かなりの時間を要することにもなるだろう。

EV・PHEV充電設備導入マニュアルには、費用の負担方法について考え方の一例を紹介している。充電設備の設置の際には、マンションの共用設備として修繕積立金を用いて設置し、その後、充電設備の利用者から月々の利用料などで回収する方法だ。使用した電気料金は充電設備の利用者が支払うことを基本に、実態に応じて選択する。充電サービス事業者によっては、スマホを用いて各自が使った分だけ徴収する方法を採っている場合もある。こうしたモデルケースを参考に検討するとよいだろう。

既存マンションへの充電設備設置には注意点がいろいろある

充電設備を設置するとなった場合、注意点もいくつかある。

まず、機械式駐車場によっては設置できない場合もある。安全に機械式駐車場を使うために、電動車対応とするための要求事項が定められている。まず、設置されている機械式駐車場のメーカーに、充電設備が設置できるかどうかを確認する必要がある。

さらに、電動車はバッテリーを搭載しているため、車種によっては車両が重たくなる。機械式駐車場それぞれに重量制限があるので、サイズや重量に制限が生じるかどうかも確認しておきたい。電動車充電設備はあるのに、そもそも自分の電動車では機械式駐車場を利用できないといったことがあると、トラブルの要因になる。

また、補助金を使いたいと思ってもいつでも利用できるとは限らない。補助金は毎年予算を組んで募集するもので、たとえば2023年度の国の補助金は早期に予算枠に達してしまったため、予備費で追加枠が設けられたという経緯がある。補助金は流動的な部分もあるので、常に最新の情報を正確に把握しておくことが大切だ。

こうした注意点に適切に対処するには、充電サービス事業者がカギになる。充電サービス事業者は数多くあり、設置から運用まで幅広く手掛ける事業者も多いが、それぞれ取り扱う充電設備や提供するサービス内容が異なるので注意が必要だ。管理組合の意向に沿った提案をしてくれるか、補助金などの知識は正確か、設置から運用、管理まで欲しいサービスが提供されるかなど、見極めて選びたい。

また、MKS細田さんによると「長期的な観点で計画することも重要だ」という。電動車所有者が年を追うごとに増えていったり、急速な技術革新によって電動車自体や充電設備が進化する可能性もある。導入後に容量が不足したり、新しい規格に対して陳腐化したりすることも考慮したい。また「充電サービス事業者は個別の通信規格で運用していることが多いが、標準通信規格※に対応していれば、サービス事業者を変更した場合でも既設の設備を使い続けることができる」という。
※充電設備を管理システムで遠隔制御する標準通信規格OCPP=Open Charge Point Protocolなど

筆者のマンションでは、駐車場に空きがでることが多くなっていることもあり、機械式駐車場を使い続けるのか、外部貸しで運用するのかなどの問題も抱えている。今後はEV充電器設置の問題も加わるので、管理組合に「駐車場専門員会」を設置して長期的に検討することを提案した。電動車充電設備も一度導入すればそれで終わるものではないようなので、きちんと議論する必要があるだろう。

●関連サイト
マンション計画修繕施工協会「電気自動車(EV)・プラグインハイブリッド車(PHEV) 充電設備導入マニュアル」
日産自動車【EVと住環境についての調査リリース】
次世代自動車振興センター「充電インフラ補助金サイト」
東京都マンションEV充電器情報ポータル「補助金制度」

2023年のマンション市場を総括。新築・中古マンションの価格推移と供給戸数を徹底解説!

2024年に入って、2023年の住宅市場の動向が相次いで公表された。そこで今回は、不動産経済研究所と東京カンテイが公表したデータから、首都圏及び近畿圏の新築・中古マンションの価格動向について見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「首都圏/近畿圏 新築分譲マンション市場動向2023年(年間のまとめ)」を公表/不動産経済研究所
「『中古マンション70平米価格推移』2023年(年間版)」を公表/東京カンテイ

2023年の首都圏新築マンションの平均価格は前年より28.8%アップの8101万円

まず、2023年の新築マンション市場だが、東京23区の平均価格が1億円を超えたとニュースになった。やはり、マンション価格は上がり続けているのだろうか。

不動産経済研究所が公表した首都圏の新築マンションの平均価格は、前年(2022年)の6288万円より28.8%アップの8101万円。まだまだ大きく上昇している。と、見てよいのだろうか?実は、詳しく見ていくと、必ずしもそうではないのだ。

ここ3年間の首都圏と近畿圏の平均価格の推移を見ていこう。

■新築マンションの平均価格(単位:万円)(不動産経済研究所)

2021年2022年2023年対前年上昇率首都圏62606288810128.8%東京23区829382361148339.4%東京都下5061523354273.7%神奈川県52705411606912.2%埼玉県480152674870-7.5%千葉県4314460347864.0%対前年2.9% up0.4% up28.8% up2021年2022年2023年対前年上昇率近畿圏4562463546660.7%大阪府475746834435-5.3%兵庫県45334456513915.3%京都府39604927548811.4%奈良県4292430445585.9%滋賀県401743154159-3.6%和歌山県36623655423715.9%対前年9.1% up1.6% up0.7% up不動産経済研究所「首都圏/近畿圏 新築分譲マンション市場動向2023年(年間のまとめ)」のデータを筆者が抜粋して作成

まず、首都圏を見ると、明らかに、東京23区の平均価格が1億円を超え、対前年上昇率が39.4%と大幅に上昇したことで、全体を引き上げていることが分かる。「三田ガーデンヒルズ」など、超高額の大型物件の影響も大きかったと思われる。人気エリアの横浜市・川崎市を抱える神奈川県では、まだ上昇トレンドにあるが、東京都下(3.7%)、埼玉県(-7.5%)、千葉県(4.0%)では、大幅に上昇しているわけではない。

首都圏の供給戸数を見ると、2023年は対前年9.1%ダウンの2万6886戸となり、そのうち1万1909戸、4割以上が東京23区で占めている。23区の価格上昇の影響が首都圏全体に色濃く出たわけだ。

次に、近畿圏を見ると、2023年の平均価格は前年より0.7%アップの4666万円。大票田の大阪府で対前年5.3%ダウンの4435万円になった影響が大きい。一方、兵庫県(特に神戸市)と京都府(特に京都市)では価格が上昇している。

兵庫県については、供給戸数が対前年23.8%ダウンの2666戸(神戸市は35.5%ダウンの971戸)なので、特定の大型物件の影響を受けたという見方もできるだろう。一方、京都府も供給戸数が減少したが、大型物件が出にくいエリアでもあるので、根強い需要によるものと考えられる。

つまり、東京23区と京都市などは、国内の富裕層だけでなく、海外からも需要があるため、価格上昇トレンドが続いていると見てよいだろう。

2023年の中古マンションの平均価格は首都圏・近畿圏ともに上昇が鈍化

では、2023年の中古マンション市場を見ていこう。東京カンテイでは、70平米換算して平均価格を算出しているのが特徴だ。なお、近畿圏は新築マンションと同じ2府4県だが、エリア別についてはサンプル数の多い2府県の平均価格を算出している。

■中古マンションの平均価格(単位:万円)(東京カンテイ)【70平米当たり】

2021年2022年2023年対前年上昇率首都圏4166471648021.8%東京都5739630164231.9%内、 東京23区6333684270553.1%神奈川県3114352036654.1%埼玉県2528290430204.0%千葉県2292256927727.9%対前年11.6% up13.2% up1.8% up2021年2022年2023年対前年上昇率近畿圏2607281628922.7%大阪府2820304730851.2%兵庫県2270242525314.4%対前年6.2% up8.0% up2.7% up東京カンテイ「『中古マンション70平米価格推移』2023年(年間版)」より抜粋して筆者が作成

首都圏の中古マンションの平均価格(70平米換算)は、前年より1.8%アップの4802万円。最も上昇率が高かったのは千葉県の7.9%で、東京23区(3.1%)の上昇率が他県より低いのが、新築マンションと大きく異なる点だ。

東京カンテイによると、東京23区の中でも「都心部」では上昇率が6.3%となり、「堅調なトレンドを示している」という。また、「割安感が強い周辺3県の方が高い上昇率を示すも、前年までの勢いに陰りが認められる」と指摘している。

次に、近畿圏を見ると、中古マンションの平均価格は前年より2.7%アップの2892万円。こちらも新築マンション同様に、「圏域平均をけん引してきた大阪府で強い鈍化が見られる」。また、新築マンション同様に、兵庫県では神戸市で対前年9.4%アップの2634万円となるなど、大阪府とは異なる動きを見せている。

2023年の中古マンション市場は、首都圏・近畿圏ともに、これまで急激に高騰してきた価格の上昇が鈍化し、頭打ちになる可能性を感じさせる市況となっているようだ。

不動産経済研究所では、新築マンションの「2024年の供給予測」も公表している。それによると、首都圏の新築マンションは2023年より10.7%増える見込みで、東京都の市部、神奈川県、埼玉県で供給戸数が大きく増え、近畿圏でも2023年より17.9%増える見込みで、大阪府の市部で大きく増えるという。

新築マンションは、この4月から省エネ性能を見える化した省エネラベルの表示が努力義務となり、2025年4月からは現行の省エネ基準適合が義務化される。省エネ性能の高い新築マンションの供給が進むようになると、中古マンションとの性能の違いが表面化する可能性がある。

これからマンションを購入する場合、新築か中古かは予算や立地などさまざまな条件で選ぶことになると思うが、特に築年の古いマンションについては、購入時にリフォームをして省エネ性を高めることをオススメしたい。

●関連サイト
不動産経済研究所「首都圏 新築分譲マンション市場動向2023年(年間のまとめ)」
不動産経済研究所「近畿圏 新築分譲マンション市場動向2023年(年間のまとめ)」
東京カンテイ「『中古マンション70平米価格推移』2023年(年間版)」

独居高齢者の割合が全国1位の豊島区、4割が暮らす賃貸の受け入れ問題。居住支援の”パイオニア9人”が解決策を提案する最前線をレポート

2023年11月13日、豊島区居住支援協議会(東京都)で高齢者の居住支援をテーマにしたセミナーが開催されました。区内のオーナーや不動産会社、行政職員のほか「誰でも」参加が可能なこのセミナーに登壇したのは、住宅関係団体や住宅部門、福祉部門の行政職員、民生委員など多彩な9人。

セミナーでは、高齢者の入居についてオーナーや管理会社が抱える不安と、それを具体的な解決に繋げる先進的なサービスの数々を紹介! さらに高齢者の居住支援において豊島区の各団体が抱える“本音”や“悩み”が共有されました。

当日の詳しい内容と、セミナー開催を居住支援協議会に提案した、日本賃貸住宅管理協会あんしん居住研究会所属の伊部尚子さん(ハウスメイトマネジメントソリューション事業本部)のお話を紹介します。

「ここまでのメンバーがそろうセミナーは他にない」渾身の時間

冒頭、「ここまでのメンバーがそろうセミナーは他に見たことがない」という伊部さんの挨拶で始まった会。第一部は伊部さんによるセミナーで高齢者の居住支援における「豊島区での課題と解決策」について、第二部はコーディネーターの豊島区居住支援協議会副会長の露木尚文さんも含め総勢9人の関係団体代表者たちによるパネルディスカッションというプログラムです。

第一部は伊部さんのセミナー、第二部は高齢者の居住支援に関わる団体の代表者たちによるパネルディスカッション(撮影/唐松奈津子)

第一部は伊部さんのセミナー、第二部は高齢者の居住支援に関わる団体の代表者たちによるパネルディスカッション(撮影/唐松奈津子)

伊部さんは、都内他区で居住支援協議会のセミナーに講師として呼ばれた際に「区民であり、勤務する不動産会社、ハウスメイトの本社がある豊島区でこそ、こんなセミナーを開催したい」とこのプログラムを提案し、半年をかけて準備したそうです。

豊島区居住支援セミナーは、今回の開催を提案した伊部さんのセミナーから始まった(撮影/唐松奈津子)

豊島区居住支援セミナーは、今回の開催を提案した伊部さんのセミナーから始まった(撮影/唐松奈津子)

豊島区と受け入れ側のオーナー、管理会社が抱える「4つの不安」自治体である豊島区、受け入れ側のオーナーや管理会社、それぞれが高齢者の受け入れに課題や不安を抱えていると言う(画像/PIXTA)

自治体である豊島区、受け入れ側のオーナーや管理会社、それぞれが高齢者の受け入れに課題や不安を抱えていると言う(画像/PIXTA)

第一部のセミナーでは、豊島区、そして高齢者を賃貸住宅に受け入れる側となるオーナーさんや管理会社が抱える課題や不安、そしてその解決策が提示されました。豊島区は65歳以上の人口のうち、単身世帯が占める割合が全国1位。その単身高齢者世帯の約4割、また要介護認定者の約1割が民間の賃貸住宅に住んでいることがわかっています。

豊島区は65歳以上の人口に占める単身世帯の割合が全国1位。そのうち約4割が民間賃貸住宅に住んでいる(データ提供/豊島区居住支援協議会)

豊島区は65歳以上の人口に占める単身世帯の割合が全国1位。そのうち約4割が民間賃貸住宅に住んでいる(データ提供/豊島区居住支援協議会)

これだけ多くの高齢者が民間の賃貸住宅を必要としている実態があり、豊島区はその受け皿となる住宅の確保を課題としてセーフティネット住宅制度や空き家の活用などに取り組んでいます。一方、伊部さんは受け入れ側となるオーナーさんや管理会社は次の4つの不安を抱えていると言います。

「(1)滞納が発生したら?
 (2)入居者死亡後、契約解除できる?残った荷物は?
 (3)孤独死があったらリフォームや次の募集は?
 (4)認知症になったら
 ……という不安です。このうち(1)や(3)は活用できる家賃債務保証会社や民間の見守りサービスが増えてきました」

オーナーや管理会社が抱える、高齢者受け入れの4つの悩み。伊部さんは「このうち3つはお金の問題」だと語る(資料提供/伊部さん)

オーナーや管理会社が抱える、高齢者受け入れの4つの悩み。伊部さんは「このうち3つはお金の問題」だと語る(資料提供/伊部さん)

増えてきた支援サービスとこれまでの取り組み

(1)の滞納については、緊急連絡先が家族でなく友人・知人でも入居審査を可とする家賃保証会社が増え、全日ラビー保証や宅建ハトさん保証など、不動産業界団体でもオリジナルの保証サービスを提供しています。

また(3)の孤独死については「クロネコ見守りサービス」のように、専用の電球を設置して点灯情報を家族に送る「見守り電球」の設置と運送スタッフの訪問を組み合わせた便利なサービスが出てきました。入居中に高齢になっていた入居者には、契約途中からでも審査が通りやすく、福祉系の業務提携先が入居中の支援を行う「ナップ賃貸保証」が注目をされています。さらに不動産関係団体などが提供する少額短期保険であれば、審査なしで加入でき、万一の際には孤独死に関連する原状回復費用や荷物処分費用をオーナーが直接請求できます。

第一部のセミナーでは、実際に活用できるサービスについても紹介。例えばナップ賃貸保証は、単身高齢者が契約の途中からでも利用しやすいという(資料提供/伊部さん)

第一部のセミナーでは、実際に活用できるサービスについても紹介。例えばナップ賃貸保証は、単身高齢者が契約の途中からでも利用しやすいという(資料提供/伊部さん)

「いま特に難しいと感じるのは(2)解約と残置物の問題、(4)認知症の問題です。(2)は法整備が進んだものの、使い勝手が悪く利用が進んでいないため、不動産団体や不動産関係者などから声が上がり、より使いやすくするための議論が始まっています。(4)の認知症の問題は不動産会社では手が出せない領域なので『いかに福祉とつながるか』が大切になります」

住民の気づきが誰かを救う、豊島区独自の制度「地域福祉サポーター」

この福祉とつながるきっかけとなる、豊島区独自の制度が「地域福祉サポーター」制度です。豊島区在住・在勤・在学の18歳以上の一般の人が登録し、高齢者など、地域において配慮が必要な人たちを見守り。たとえば「近所の人をしばらく見かけないが大丈夫だろうか」「毎晩、怒鳴り声が聞こえる家庭があって気になる」など、住民だからこそ気づける異変を「小さなアンテナ」として察知し、行政につなぎます。登録するためのスタート研修のほか、年3回程度、講師を招いて地域での気づきの視点を養う「学習会」や公開講座、交流会などを開催しているそう。

豊島区には区民が「地域福祉サポーター」となって生活に課題を抱える人たちを支援につなげる仕組みがある(画像/豊島区民社会福祉協議会)

豊島区には区民が「地域福祉サポーター」となって生活に課題を抱える人たちを支援につなげる仕組みがある(画像/豊島区民社会福祉協議会)

さらに豊島区内8カ所の区民ひろばに「コミュニティソーシャルワーカー(CSW)」と呼ばれる人たちが2名ずつ計16名常駐しています。豊島区民社会福祉協議会に属するコミュニティソーシャルワーカーは、地域福祉サポーターから寄せられた地域の異変や困りごとを関係機関と協力して解決につなげる役割を担っています。

豊島区のコミュニティソーシャルワーカーの活動例。「個別相談・支援」「地域支援活動」「地域の実態把握」「住民の福祉意識の醸成」「地域のネットワークづくり」の5つの役割を担い、さまざまな活動を行っている(画像/豊島区民社会福祉協議会)

豊島区のコミュニティソーシャルワーカーの活動例。「個別相談・支援」「地域支援活動」「地域の実態把握」「住民の福祉意識の醸成」「地域のネットワークづくり」の5つの役割を担い、さまざまな活動を行っている(画像/豊島区民社会福祉協議会)

「ほかにも民生委員さんなどが中心となって熱中症予防のための戸別訪問や高齢者実態調査をしたり、シルバー人材センターの訪問員が声かけをしたり、豊島区が行っているさまざまな見守り事業があり、ケアを必要とする人をサポートしています。ところが、これら福祉の体制があることを不動産会社は知りません。逆に福祉関係者はその人が住む部屋の大家さんが誰か、管理する不動産会社がどこかを知らないのです」

本来は福祉と住宅をつなぐために豊島区居住支援協議会が設けられているはずですが、今はまだ問題点を洗い出す段階で、具体的な情報共有までは進んでいないようです。

「もうちょっと情報共有すれば解決できることも」これからの可能性

この福祉関係者と不動産関係者の情報共有が不足しているという指摘は、第二部のパネルディスカッションでも福祉、不動産双方の登壇者から指摘がありました。モデレーターを務めた豊島区居住支援協議会副会長の露木さんは「見守りが住まいの問題とつながっているか」「情報をどうやって共有するか」「入居に懸念のある人からの相談のときに、誰につなぐといいか」と具体的な取り組みについて登壇者に投げかけます。

第二部のパネルディスカッションのモデレーターを勤めるのは豊島区居住福祉協議会副会長の露木さん(撮影/唐松奈津子)

第二部のパネルディスカッションのモデレーターを勤めるのは豊島区居住福祉協議会副会長の露木さん(撮影/唐松奈津子)

「『お元気かな』と高齢のかたの様子を見にいくと孤独死が見つかったり、『ぎりぎりのとき』もある。緊急事態なのに連絡先につながらず、民生委員にはそれ以上の情報がありません。周辺とのつながりや連携を取らないと対応ができないんです」(民生委員・児童委員の竹村さん)

「私たちも安否確認をして、情報がないときに民生委員さんや地域のかたに聞く時もあります。オーナーさんが代替わりされているなどで情報を追えないことも。賃貸物件の担当をされる管理会社とも連携が取れれば、万一のときにも早期発見できるのは」(豊島区社会福祉協議会の宮坂さん)

「もうちょっと情報共有すれば解決できるものもあるのではと感じた。連携できる仕組みづくりを進められれば」(豊島区高齢者福祉課高齢者事業グループの大曽根さん)

パネルディスカッションの様子。左から豊島区の宮坂さん、児童委員・民生委員の竹村さん、不動産業界団体に所属する鎌田さん、深山さん(撮影/唐松奈津子)

パネルディスカッションの様子。左から豊島区の宮坂さん、児童委員・民生委員の竹村さん、不動産業界団体に所属する鎌田さん、深山さん(撮影/唐松奈津子)

「対応に困った大家さんや管理会社から入居者のかたについて『情報を教えてくれ』という相談は少なくない。行政として対応が難しいこともあるが、そこで終わらないようにしている。行政から家族や友人に連絡をとって『不動産会社が困っているから連絡してほしい』と伝えたり。連携によってコミュニケーションが取れていくはず」(豊島区中央高齢者総合相談センターの澤口さん)

「行政は個人情報において壁があり、難しいことも多いと確かに思う。一方で相談があった時点でその方の家族情報、近隣関係、病気もいろんな話を聞いて情報管理をしている。病院からの連絡や命に関わることについては個人情報の壁を突破できることも。関係者がそのかたにとって最も良い方法を考えながら検討できるといい」(豊島区高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん)

左から伊部さん、豊島区の高齢者福祉課の大曽根さん、中央高齢者総合相談センターの澤口さん、高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん(撮影/唐松奈津子)

左から伊部さん、豊島区の高齢者福祉課の大曽根さん、中央高齢者総合相談センターの澤口さん、高齢者福祉課基幹型センターグループの前場さん(撮影/唐松奈津子)

「民生委員さんなども含め、60歳で若手と言われるような制度・体制は限界がきている。もっと関係各者が一緒にやればいいじゃないと思う。各関係団体から数人が携わるチームを作ることなどが必要」(全日本不動産協会の鎌田さん)

「昔の不動産屋や大家さんは家賃を現金で受け取りに行ってそれが安否確認になっていたり、御用聞きをしたりしていた。現在はそういう風習がなくなったからこそ、プラットフォームをつくって情報共有して一元管理することが重要。ここにアクセスすればなんとかなる、という仕組みづくりが大事」(東京都宅地建物取引業協会の深山さん)

パネルディスカッションは、パネリストのひとりとして第二部でも登壇した伊部さんの「今日このメンバーの顔がお互いにわかった、ということだけでも意味がある。日ごろからやり取りをすれば『こういうこと困ってて』という相談や『個人情報の壁があるけどどうにか一緒に考えよう』という声かけができる。これをきっかけに新しい豊島区の仕組みをつくっていければ」という言葉で締めくくられました。

セミナー終了後には多くの質問が寄せられ、その中の15の質問について一つひとつ回答したものが豊島区居住支援協議会のホームページには掲載されています。とくに「行政と民間の連携体制」「情報を共有するための仕組み」には多くの参加者が課題を感じた様子。ひとつのセミナーをきっかけに居住支援の取り組みが推進されていく、その萌芽を垣間見ました。これからの豊島区の居住支援の動きにも注目です。

●取材協力
・豊島区居住支援協議会
・株式会社ハウスメイトマネジメント
・露木 尚文さん(豊島区居住支援協議会副会長)
・深山 大介さん(東京都宅地建物取引業協会第四ブロック豊島区支部 社会貢献委員長)
・鎌田 隆さん(全日本不動産協会東京都本部豊島・文京支部 副支部長)
・竹村 敏さん(民生委員・児童委員)
・大曽根 誠さん(豊島区保健福祉部 高齢者福祉課高齢者事業グループ)
・前場 徳世さん(豊島区保健福祉部 高齢者福祉課基幹型センターグループ)
・澤口 清明さん(豊島区保健福祉部 中央高齢者総合相談センター)
・宮坂 誠さん(豊島区社会福祉協議会 共生社会課)
・伊部 尚子さん(日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会)

アプリでご近所付き合いが復活! マンションや自治会、住む街のコミュニケーションの悩み解決の救世主に 「GOKINJO」「common」

同じマンション内や近所に住んでいても、なかなか隣人の顔が見えにくいのはよくあること。「コミュニティ醸成型サービス」とは、同じ街やマンションに住む人限定のプラットフォームで、簡単にリアルタイムでコミュニケーションできる機能を備えている。地域コミュニティを支える基盤として、コロナ禍以降、存在感を増している。「日本DX大賞」UX部門 優秀賞を受賞したマンション・自治会の住民限定コミュニティ醸成サービス「GOKINJO」と、東急運営の地域共助プラットフォームアプリ「common」を取材。コミュニティ醸成型サービスの最新事例を紹介する。

ご近所で多世代交流できるきっかけをアプリでつくる(画像提供/コネプラ)

ご近所で多世代交流できるきっかけをアプリでつくる(画像提供/コネプラ)

マンション等の住民限定で近所付き合いができるアプリ「GOKINJO」

新型コロナウィルス流行の前後に登場した各社のコミュニティ醸成型サービスは、地域情報の共有を促し、住民同士の共感を育てる機能があり、利用することで暮らしが豊かになるよう設計されている。

株式会社コネプラが運営するGOKINJOは、マンションなどの住民限定で、程よいご近所付き合いが出来るサービス。街やマンションの資産価値向上や防災力アップに繋がるサービスとして、タワーマンションから戸建て分譲地の自治会まで幅広く導入されている。

子どものお下がりや日用品を住民間で気軽に無料でシェアリング・リユース(画像提供/コネプラ)

子どものお下がりや日用品を住民間で気軽に無料でシェアリング・リユース(画像提供/コネプラ)

サービスの構想がはじまったのは、2019年に募集された旭化成グループの社内コンテストがきっかけだった。最終プレゼンを経て実証実験を行い、初の社内ベンチャーとして2022年4月にコネプラが創業された。開発に関わったのは創業メンバーのCEO中村磨樹央さん、CTO森屋大輔さん、マーケティングディレクター根本由美さん。中村さんと根本さんに企画の背景や開発の経緯を取材した。

左から中村さん、森屋さん、根本さん(画像提供/コネプラ)

左から中村さん、森屋さん、根本さん(画像提供/コネプラ)

老若男女を問わず、多くのユーザーに愛用されていることが評価され、DX推進を加速させるDXコンテスト「日本DX大賞2023」で、全国から応募のあった100を超える企業、自治体、公的機関、大学からUX部門 優秀賞を受賞(画像提供/コネプラ)

老若男女を問わず、多くのユーザーに愛用されていることが評価され、DX推進を加速させるDXコンテスト「日本DX大賞2023」で、全国から応募のあった100を超える企業、自治体、公的機関、大学からUX部門 優秀賞を受賞(画像提供/コネプラ)

「構想の元になったのは、私と森屋が知り合った時、森屋がつくっていた子どもを保育園に入れる保活をしているママ同士を繋げるサービスでした。保活情報を頑張って勉強して集めても入園したら必要ない。一方で、保活中のお母さんはその情報をすごく欲しがっている。Aさんが不要となった知識や経験は、Bさんにとっては必要なものにも関わらず、価値交換の仕組みがこのような狭小地域社会においては機能していませんでした。特に子育て中の女性やシニアなど資本主義社会から分断されがちな人たちをケアしながら、地域での価値交換を機能させるサービスをつくろうと話し合いました」(中村さん)

その後、プロジェクトに加わった根本さんは、11年ほど自社ブランドの住宅設計に携わってきたが、「お客様の暮らしを見ている中で、物やスキルを持て余していて役立てる場所がない方が多いと感じていた」と同じ課題感を抱えていた。

そこで、特定地域内で「信頼できる相手」とつながり、無形の遊休資産活用に結び付ける現在のGOKINJOのプラットフォーム開発に着手。シニアにも使いやすいUI開発に苦心し、古い「らくらくフォン」等のシニア世代が所有する機種をテスト用に数台購入し、操作しながら開発にあたった。

2020年9月から、分譲マンションでGOKINJOの運用がスタート。開始時のGOKINJOは、気軽な情報をやりとりできる「情報交換」機能を搭載。その後、「お譲り機能」、「お助け」機能、「お知らせ」機能、「コイン」機能が追加された。

「不要な物をあげてお金をもらうより、ありがとうって笑顔をもらった方が嬉しいという方は少なくありません。お譲り機能では、子どものお下がりや日用品を無償でシェアリングしたり、住民間でリユース出来る場を提供しています。コイン機能は、貨幣経済に乗らないコミュニケーションを表現するために開発しました」(根本さん)

ニックネームなど匿名で利用でき、多世代間で情報交換が盛んに行われている(画像提供/コネプラ)

ニックネームなど匿名で利用でき、多世代間で情報交換が盛んに行われている(画像提供/コネプラ)

マンションの住民間で譲渡する品物を、ゆるく受け渡しできるキャビネも提案。部屋番号を明かさずに、気軽にモノのやり取りができる(画像提供/コネプラ)

マンションの住民間で譲渡する品物を、ゆるく受け渡しできるキャビネも提案。部屋番号を明かさずに、気軽にモノのやり取りができる(画像提供/コネプラ)

マンションの住民は、アバターや画像を選び、ニックネームを登録、パーソナル情報で「2歳の女の子がいます」「ランニング好き」など自由にプロフィールを公開設定できる。顔はわからなくても、「こういう人が近くに住んでいるんだな」とわかる。アプリ利用者は居住者のみで、また、コネプラが管理・運営を行ってくれるので、匿名不特定多数のSNSにはない安心感があると好評だ。

アプリ上住民同士で問題解決が進むなどマンション運営上のメリットも

GOKINJO は2023年11月10日現在、12箇所の分譲マンションや分譲地で使用されており、利用住戸数は、約2000戸、ユーザー総数は約3300人。20代から90代まで多世代に支持され、順調に導入物件を増やしている。

GOKINJOを導入したマンションの理事の声を紹介しよう。

新築で導入した東京都板橋区のマンション(約230戸)は、開始3年で住民の91%330名が利用している。30~40代の理事からは、「潜在的意見が出やすい」「理事会活動の可視化が図れる」という声がある。大阪市にある築8年のマンション(約280戸)では、住民の72%にあたる286名が利用。30代理事は、メリットに、「子育て世代に必須な近所の情報がわかり、譲り合いもできること」を挙げている。

アプリ投稿を組合運営に役立てたり、住民が情報交換することで問題解決できたり、居住者がランニングクラブを立ち上げ、GOKINJOを通じて集まったメンバーで練習・マラソン大会に参加するなどアプリからリアルへ展開したケースもある。お金で買えない体験は、マンションの価値向上にも繋がっている。

「壊れていた自転車置き場の空気入れを買い替えませんか?」という投稿に寄せられた使い勝手のいい製品の情報を管理組合に提案、共同購入に至った例(画像提供/コネプラ)

「壊れていた自転車置き場の空気入れを買い替えませんか?」という投稿に寄せられた使い勝手のいい製品の情報を管理組合に提案、共同購入に至った例(画像提供/コネプラ)

マンション以外では、分譲後30年が経過した佐賀県基山町けやき台の分譲地に導入。登録者のうち70%が年齢60代以上。掲示板をデジタル化するなどタイムリ―な情報発信で交流が活発に(画像提供/コネプラ)

マンション以外では、分譲後30年が経過した佐賀県基山町けやき台の分譲地に導入。登録者のうち70%が年齢60代以上。掲示板をデジタル化するなどタイムリ―な情報発信で交流が活発に(画像提供/コネプラ)

居住マンションの元理事で、GOKINJOを導入するきっかけをつくった奥井亮佑さん(30代)に詳しく伺った。

「2022年1月に、居住マンションの理事になり、マンション情報のデジタル掲示板づくりに取り組んでいるとき、GOKINJOに出会ったんです。課題解決の手段として理事メンバーで導入を検討し、半年間の検証期間を経て、採用に至りました」(奥井さん)

奥井さんは、GOKINJOを毎日利用するヘビーユーザー。「日次で情報が更新されますので、それを見るのが毎日の楽しみ。自分の投稿にたくさん『いいね』がつくと嬉しいです」と話す。

たびたび利用するというお譲り機能を利用して、子ども用の衣服、おもちゃ、電子機器などを譲渡した。マンションでは、年2回GOKINJOのお譲り機能をもちいたバザーを開催している。GOKINJOと組み合わせることで自宅に居ながら出品物をスマホで確認でき、大変便利だと大人気に。苺ジャムの蓋が固すぎて開けられなかった時、お助け機能タブでSOSしたというユニークな使い方も。マンションの中で、力自慢の人を募る投稿をしたところ、数分以内に立候補コメントが続々届きびっくり。集会室で公開開封式を実施し、無事に苺ジャムを美味しく食べることができたという。

「マンション居住者と挨拶する機会が増え、マンション全体が明るくなった気がしますね。アプリを通じて知り合った方々と、一緒にイベント(ゴルフコンペや、飲み会)の企画もするようになり、同一の趣味を持った知人が増えて、楽しいマンション生活を送れています」(奥井さん)

地域と連携した仕掛け(地域クーポン等)を使って、街を盛り上げることができるのもメリットだ。これからのGOKINJOに期待するのは、地域特化の防災情報の自動連係や、連携防災イベントの実現。理事会としても活用を広げていきたいと考えている。

GOKINJO導入のマンションではデジタルからリアルな交流へ発展する例も。マラソン大会や集会室でのボードゲーム大会など住民主体のイベントが開催されている(画像提供/コネプラ)

GOKINJO導入のマンションではデジタルからリアルな交流へ発展する例も。マラソン大会や集会室でのボードゲーム大会など住民主体のイベントが開催されている(画像提供/コネプラ)

同じ街をフォローする住民同士が交流できる東急「common」commonの利用イメージ(画像提供/東急)

commonの利用イメージ(画像提供/東急)

コミュニティ醸成型サービスには、同じマンションの住民に限らず、同じ街に住む人を対象にしたものもある。東急が運営するcommonは、投稿機能、譲渡機能、相談機能を搭載したアプリで、同じ街に住むご近所さんとの共助関係を生み出し、より良い街をみんなでつくるサービスだ。開発を主導した東急株式会社デジタルプラットフォームデジタル戦略グループの小林乙哉さんと池原雄大さんにプロジェクトの経緯を取材した。

小林さん(左)・池原さん(右)のお写真(画像提供/東急)

小林さん(左)・池原さん(右)のお写真(画像提供/東急)

不動産や鉄道、いわゆるハードの開発を行ってきた東急だが、少子高齢化などの課題解決のため、2010年代からソフトな街づくり、住民主体の街づくりを推進してきた。住民参加の街づくりを進める中で新たに生じた課題があった。

「二子玉川や池上などで住民参加や公民連携の街づくりに関わる中で、例えばイベントを実施した場合でも住民のごく一部の方しか参加していただけないということに気づきました。より多くの地域の住民の皆さまに何かしらの形で関わっていかないと解決できない課題が地域には多い中で、これまでの住民参加の街づくりのやり方の限界を感じました。また旧来の地域コミュニティが高齢化や担い手不足の問題を抱えている中で、デジタルを使って、新しい共助の仕組みをつくろうと2019年の末頃からプロジェクトがはじまりました」(小林さん)

東急が2019年に公表した長期経営構想のビジョン。CaaS(City as a Service)構想は、リアルな街づくりに加えて、デジタル技術を積極的に活用した新しい街づくりを目指している(画像提供/東急)

東急が2019年に公表した長期経営構想のビジョン。CaaS(City as a Service)構想は、リアルな街づくりに加えて、デジタル技術を積極的に活用した新しい街づくりを目指している(画像提供/東急)

地域に関心があってもきっかけがない、忙しくて関われない人は多い。そのような大多数の人たちに関わってもらえるような場をつくることがプロジェクトの使命だった。プロジェクトを進める中で、コロナ禍に突入。開発メンバーもテレワークになった。

「自宅にいる時間が長くなり、散歩をするようになってはじめて自分が暮らす街の魅力に気づいたんです。こんな素敵な景色があったんだ!と思った時に、同じ街に住む人同士で情報などを共有する方法が無いな、そういう場をつくれないだろうかと思うようになりました」(小林さん)

結果的に、開発メンバーのコロナ禍の体験が、街の景色や出来事、食や防犯・防災の情報などを共有できる投稿機能の開発に繋がった。

なんていうことのない見慣れた風景が輝く一瞬。写真は、多摩川のマジックアワー(画像提供/東急)

なんていうことのない見慣れた風景が輝く一瞬。写真は、多摩川のマジックアワー(画像提供/東急)

2021年3月、第1弾として二子玉川エリアでcommonの運用をスタートした。投稿機能のほか街の困りごとや疑問を解決していく「質問・回答機能」を提供。これらの機能を利用者が活用すると、街への貢献が数値として可視化される機能も搭載した。

街のどこで何が今起こっているかがわかるタイムラインとマップ ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

街のどこで何が今起こっているかがわかるタイムラインとマップ ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

相談に答えるなど街に貢献するとポイントがもらえる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

相談に答えるなど街に貢献するとポイントがもらえる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

「『同じ街に住む、働く特定多数の人とのコミュニケーション』を促進・活性化させるのが狙いです。2023年1月から対象エリアを東急線沿線全域に拡大しました。コミュニケーションできる範囲は、駅を基点とした生活圏単位に限定。二子玉川や自由が丘など駅名でエリアを提示し、好きな街、コミュニティに属したい街を選んでいただく形にしています。街をフォローする感覚が近いと思います」(小林さん)

■関連記事:
【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

自分の持っているものを共有し街づくりに貢献

2023年12月末時点で累計ダウンロード数は約10万と着実に増加し、アプリ内での月間コミュニケーション数(投稿数、コメント数などのユーザー間のやりとりの合計)は30,000件を突破した。従来のSNSのような不特定多数でもなく、また特定の知り合いでもない、新しい交流が生まれている。運用開始前後からアンケートやインタビューを実施し、届いた声を開発に活かしてきた。どのような声が寄せられていたのだろうか。

街歩きで見つけたお蕎麦屋さん。「地域のお店こそ街のアイデンティティを形づくるもの」という考えから、ユーザーだけでなく、地域店舗も、広告費なし(無料)で利用できるようにした(画像提供/東急)

街歩きで見つけたお蕎麦屋さん。「地域のお店こそ街のアイデンティティを形づくるもの」という考えから、ユーザーだけでなく、地域店舗も、広告費なし(無料)で利用できるようにした(画像提供/東急)

「運用開始後のアンケートで多かったのは、譲渡機能の要望です。既存のサービスは、対象エリアが広域だったり、機能が有料だったり、身近な人に無償で譲りたいというニーズを満たせていないことがわかりました。commonが目指すのは、自分のリソースを他人の為に使って街に貢献できること。二子玉川エリアで運用を開始した直後から譲渡機能の開発の検討を進めていました」(池原さん)

2021年12月に実装された譲渡機能には、マイナンバーカード等の公的身分証明書を使った本人確認機能を導入し、安心して譲渡できる仕組みをつくった。「大きくて郵送料がかかるようなもの、お金をもらわなくてもいいものを譲る際に役立つ」と好評だ。小さなものなら、駅付近に設置した無料で利用できる「commonスポット」も用意されている。譲りたいものをロッカーに入れて対面なしでやりとりできるので、通勤・通学の合間にも手軽に譲渡できる。不要になった物を譲ることで、地域に関わるのは、ハードルが低く、地域コミュニティへの入口としてよさそうだ。

取引相手にのみ本人確認後の町名までの住所(例:世田谷区玉川)を公開する仕組み。確実に同じ街に住んでいるかを判別できる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

取引相手にのみ本人確認後の町名までの住所(例:世田谷区玉川)を公開する仕組み。確実に同じ街に住んでいるかを判別できる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

さらに、commonを使ったリユースプロジェクトが神奈川県座間市内全域で実施されている。市民間の無償譲渡の促進により廃棄物を減らすプロジェクト(実施期間:2023年10月23日~2024年2月29日)だ。画期的なのは、手渡しや「commonスポット」のほかリユース品を玄関先等へ出すことで、市の粗大ごみ収集・運搬を担う座間市リサイクル協同組合が回収し、貰い手の玄関先等へお届けする無料サービスを選択できること。高齢者や外出が難しい方の利用促進が期待されている。

2023年6月に搭載した相談機能では日々の暮らしの中で生まれた悩みについて、同じ街の人に相談したり、相談にのったりできる(画像提供/東急)

2023年6月に搭載した相談機能では日々の暮らしの中で生まれた悩みについて、同じ街の人に相談したり、相談にのったりできる(画像提供/東急)

植栽に関する相談の投稿に対して、地域の観葉植物・生花店がアドバイスを寄せてくれたこともある(画像提供/東急)

植栽に関する相談の投稿に対して、地域の観葉植物・生花店がアドバイスを寄せてくれたこともある(画像提供/東急)

「人口が減少していけば税収も減少し、自治体ができることが限られていく中、住民サイドで解決しなくてはいけないことが増えていくはずです。住んでいる方が地域に貢献できる仕組みがますます求められると思います。今のcommon には住民間の助け合いの機能しかないのですが、将来的にはユーザーの声が直接街づくりに繋がるような機能を増やしていきたいですね」(小林さん)

近年、少子高齢化や自然災害の増加などにより、地域住民間の共助の必要性は、高まる一方。見返りを求めないやりとりから新たな地域コミュニティを生み出す「GOKINJO」と、「common」。「親切にしてもらったから、私もしてあげたい」という人間の素直な気持ちに寄り添うサービスだと感じた。

●取材協力
・株式会社コネプラ
・common

あの選手村跡地のHARUMI FLAGにシェアハウス登場!共用施設の充実ぶりに驚き!?見学会へ潜入

選手村跡地のビッグプロジェクトとして話題となる「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」。先行して、分譲マンションの販売が行われたが、賃貸住宅街区にある賃貸住宅の募集も始まった。通常の賃貸に加えてシェアハウスもあり、シェアハウスを運営するリビタによるプレス向けの見学会が開催されたので参加した。

HARUMI FLAGには約13haの広さに24棟、住宅は全5632戸

先行して販売された新築マンションに話題が集中したが、HARUMI FLAGには3つの分譲住宅街区(SEA VILLAGE・SUN VILLAGE・PARK VILLAGE)に4145戸の新築マンションがあるほか、賃貸住宅街区(PORT VILLAGE)に1487戸の賃貸住宅(シェアハウス他含む)がある。このほか教育・保育施設や商業施設があるのだが、約13haの広大な土地なので、それぞれの棟がゆったりとした住棟配置になっている。

その賃貸住宅街区にはA~Dの4棟のマンションが建ち、一般的な賃貸住宅だけでなく、シニア住宅やケアレジデンス(サービス付き高齢者向け住宅)も提供されている。そのD棟の7~9階の一角が「シェアプレイス HARUMI FLAG」になる。

実は筆者は、東京2020パラリンピックのフィールドキャストとして、選手村でボランティアをしていたので、HARUMI FLAGは懐かしい場所でもある。賃貸住宅街区の選手たちを担当したことも何度かあり、カウンターでさまざまな対応をしたほか、選手団の鍵の受け渡しを確認したり選手を故障対応スポットまで案内したりと、いろいろな思い出がある。ただ、とにかく広いので、担当する街区の見回りをするだけでも時間がかかったと記憶している。

東京2020の選手村だったと記載されたサインボードもある(筆者撮影)

東京2020の選手村だったと記載されたサインボードもある(筆者撮影)

共用施設が充実のシェアプレイス HARUMI FLAG

さて、シェアプレイスとは、リビタのシェア型賃貸住宅で、共用施設が充実しているのが特徴だ。このシェアプレイス HARUMI FLAGでも、8階と9階に2層吹き抜けの共用施設がある。

「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイトより

「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイトより

2層はそれぞれ階段で行き来でき、8階には大きなキッチンのあるシェアラウンジが2カ所とシアタールームがある。

シアタールーム(左)とシェアラウンジA(右)(筆者撮影)

シアタールーム(左)とシェアラウンジA(右)(筆者撮影)

シェアラウンジB(筆者撮影)

シェアラウンジB(筆者撮影)

9階には、ソファや腰かけのあるシェアラウンジCがあり、海を臨むバルコニーに出ることもできる。

9階バルコニー(筆者撮影)

9階バルコニー(筆者撮影)

シェアプレイス HARUMI FLAGならではの特徴が、賃貸住宅街区にある他の住棟の共用施設も利用できることだ。8・9階の施設に加え、A棟の大浴場、C棟のフィットネスルームやワークスペースも無料で利用できる(他に有料のパーティルーム等の施設もある)ので、ここまで共用施設が充実しているシェアハウスはめったにないだろう。

2層吹き抜けで開放感のある共用施設(筆者撮影)

2層吹き抜けで開放感のある共用施設(筆者撮影)

いちいち外に出るのは面倒だと思ったが、地下でつながっていて他の住棟に行き来できるのだという。残念ながら見学はできなかったが、雨が降っていても気にせず大浴場に行けるなら、風呂好きの筆者は毎日通うだろうと思った。

シャワーブース付のワンルームタイプのほか、ユニット型も

次に居室だが、個室型(ワンルーム)が58室、ユニット型(まとめ借り)が13ユニット(56室)の計114室。個室型の面積は25.01平米~28.46平米、インターネット(無料)とエアコン、照明が設置済みで、シェアハウスには珍しく各戸にシャワーブースがある。賃料は11万4000円~12万6000円(予定)と共益費1万円(水道・光熱費は個別契約)だ。

リビタのプレスリリースより転載

リビタのプレスリリースより転載

個室型(筆者撮影)

個室型(筆者撮影)

シェアプレイス HARUMI FLAGならではのユニット型は、法人の社宅向けだ。74.63平米~92.09平米の広さに、約10平米の鍵付き部屋が4室または5室あり、キッチンとトイレ(2台)、洗面台(2台)、シャワーブース(2台)を共同で使う。居室にはエアコンのほか冷蔵庫や脚付きマットレス、デスク・チェアなどが設置済み。単身者の社員などが共に暮らす形となる。

また、リビタのシェアプレイスの特徴は、多世代・多業種のコミュニティ形成にある。居室が充実するほど、共用施設での触れ合いが少なくなりがちだが、共用施設を活用したコミュニティ形成のための活動をシェアプレイス居住者に向けて開催していく計画だ。そのために「エディター制度」を仕掛けている。

当初の賃料などを軽減する代わりに、共用施設でイベントの企画やシェア暮らしの魅力発信をしてもらう多様な人材をエディターとして募集した。当初4人の計画だったが、6倍以上の倍率となり多様な人材が応募してきたこともあって、枠を6人に増やし、3月から活動が開始されるという。

D棟のエントランスホールはなかなか豪華だ(筆者撮影)

D棟のエントランスホールはなかなか豪華だ(筆者撮影)

D棟の外観。一部形状の異なっている部分がシェアプレイスの共用施設。住棟ごとの間隔は広く取られている(筆者撮影)

D棟の外観。一部形状の異なっている部分がシェアプレイスの共用施設。住棟ごとの間隔は広く取られている(筆者撮影)

まだ開発中の部分もあるが、BRTの選手村ルートが2月1日から開通

シェアプレイス HARUMI FLAGは2月1日から入居可能だ。HARUMI FLAG全体としては、タワー棟(工事中)を除き入居が始まっているものの、現在工事を行っている施設もある。街として完成するにはまだ時間がかかるが、交通アクセスは良くなる。

いよいよ東京BRTの選手村ルートが2月1日から開通するのだ。JR新橋駅から「HARUMI FLAG(晴海五丁目ターミナル)」停留所を結ぶもので、東京都によると乗車時間は11分となっている。既存のBRTと合わせると、虎ノ門ヒルズから国際展示場までカバーすることになる。今後も延伸などの予定があると聞く。

なお、BRTとは「Bus Rapid Transit」(バス高速輸送システム)の略で、連節バスの採用などで通常のバスより輸送力高めたもの。

筆者が見学したときにはまだBRTが開通していなかったので、都営地下鉄大江戸線「勝どき」駅からかなり歩くことになった。BRTならもっと楽に往復できたのにと、ちょっと残念な思いがした。

「HARUMI FLAG」については、その規模感や立地条件などから、人によっては好き嫌いがあるかもしれない。ただ、シェアハウスという形態から見ると、これだけ共用施設が充実しているものはないだろう。共用施設の大きな窓からの眺めもシェアプレイス HARUMI FLAGならではのものだ。こうしたことをどう評価するかは、人それぞれだろう。

●関連サイト
リビタのプレスリリース:コミュニティがある住まいで、「フラグ」に溢れる暮らしを提案|『シェアプレイス HARUMI FLAG』2024年1月オープン
「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイト
東京BRT 「2/1(木)~選手村ルート運行開始について」

名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだもの。初の著書には、「アマン東京」「帝国ホテル」など人気の名建築ホテルがたっぷり収録されています。どのような視点で実測スケッチを描いているのか? ホテルの実測スケッチに密着し、建築スケッチに込めた思いをたっぷり語ってもらいました。

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

■関連記事:
名建築ホテルを実測スケッチで味わう。「アマン東京」「LANDABOUT TOKYO」「hotel hisoca」など 一級建築士 遠藤慧さん

水彩スケッチ集『東京ホテル図鑑』で楽しむ名建築『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「K5」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてホテルの実測スケッチを描きはじめました。デザインの勉強のためにホテルを実際に訪れ、建築家が建てた空間を体験しながら描いたスケッチは、現在までに30枚以上! 丁寧に描き込まれた実測スケッチからは、建築を慈しむ遠藤さんの眼差しや感動が伝わってきます。初の著書となる『東京ホテル図鑑』には、2020~2023年、宿泊して描いた23のホテルの実測スケッチを収録。見開きに1つのホテルの要素を詰め込んだ図鑑のような仕上がりです。

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんが図鑑的なスケッチを描くようになったきっかけは、東京藝術大学美術学部建築科の授業「建築と表現」の課題でした。

その時試みたのは、建築の空間を表現する際、1つの側面だけではなく、断面や置いてある植物など空間を構成している全てを1枚に収めたスケッチを描くことでした。指導担当の中山英之教授から「君がやりたいのは図鑑なんだよ」と指摘され、遠藤さんはハッとしたと言います。子どものころ、図鑑が好きだったことを思い出したのです。例えば、小学館の図鑑シリーズでは、「タンポポ」のページを見ると、花の断面や蕾から開いていく様子、植物学的な分類、タンポポの花を使った草遊びまで、あらゆる事象がタンポポを説明するものとして、1ページに収められています。幼い遠藤さんにはそれがとても美しく思えたのです。

遠藤さんの実測スケッチには、真上から見た平面図、建物を縦に切った時の断面図、立体的に表現されたパースなどが1枚に収められ、さまざまな角度からホテルの魅力を伝えています。シャンプーや歯ブラシなどのアメニティやフードを描いたマニアックなスケッチも! 情報量が多く、見飽きることがありません。

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

遠藤さん、一体どうやって描いているんですか!? そこで、実際に宿泊して実測スケッチする過程を見せてもらうことに。著書にも登場する「all day place shibuya」実測スケッチに同行。書籍に収録されているのは、2022年12月、ダブルルームに宿泊し、実測スケッチしたものです。今回は、スイートルームの実測スケッチを行います。

使われている色や素材から設計者の意図を探る

JR渋谷駅から徒歩5分、高低差のある道路に挟まれた角地に立つ「all day place shibuya」。2階のレセプションに、小さなジュラルミンのキャリーケースをひいて現れた遠藤さん。「初めて泊まるお部屋を描けるのがとっても楽しみ!」とにっこり。2回目の来訪ですが、初めて訪れた時のホテルの印象はいかがでしたか。

「一番魅力的に感じたのは、道路との高低差を段状のベンチや花壇で上手く調整しながら、屋外空間をつくっているところです。誰でもするっと入っていけるポケットパークのよう。街にとっても素敵なことだと思います」(遠藤以下略)

街に開きながら囲われた感もあり、ベンチには、コーヒーやビールを手に語り合う人々の姿がありました。

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

「とても素敵なのは、エントランスに入った時の体験が途切れずに2階まで続いていくこと! 1階のカフェの床に使われている緑色のタイルは、屋外やエレベーターの中まで連続していて、内外が繋がっているんです。多治見の美濃焼を使ったオリジナルのタイルは、色むらが本当にきれいで、街とホテルをグラデーショナルに繋いでくれています」

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

建物のインテリアデザインは、DDAA。ホテルのレセプションがある2階のレストランはPuddleによる設計です。

「素材の使い方などデザインコードが似ているので、建物全体に共通言語があると感じます。2階は土色のタイルを床と壁面の一部に用いたデザインですが、エントランスも、床と花壇の立ち上がり部分にタイルを使用していました。レセプションに置かれたアクリル板と金メッキの単管パイプを使った造作のテーブルがすごくカッコイイです!」
※デザインコード
「配置」「色」「形」「素材」など、空間の秩序を構成する「視覚的な約束事」

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

一級建築士でありカラーコーディネーターでもある遠藤さんだからこそ気づける視点はハッとすることばかり。解説をしながら壁やテーブルにそっと触れる遠藤さんは、物言わぬ建物と語り合っているように見えます。

「建築は、とても雄弁なんですよ。事前に資料も調べますが、訪れないとわからないことの方が多いんです。設計は箱だけつくるわけじゃなくて、過ごす人のことを考えて雰囲気も含め、トータルにデザインされています。滞在して、その場に身を置くことで、設計者の思いを辿っていきたいと思っています」

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

描くことで、ものをよく見ることができる

今回、実測スケッチをするのは、「Weekend Suite」(広さ53.7平米・定員2名)です。入室するやいなやドアに貼ってある避難経路図をまじまじと見る遠藤さん。

「フロアにある部屋の並びを確認しているんです。宿泊する部屋が、このフロアで一番多いタイプなのか特殊な位置づけなのか把握することから始めます」

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

ベッドルームから水回り、収納を見て回ります。ベッドとソファスペースの間にあるユニークな形のオブジェは、オリジナルデザインの照明でした。

「ホームページの写真で見た時は何だろう?と思っていましたが、ベッドとソファスペースの仕切りとしてとても良いですね。金属ブラインドの透け感が良い感じ。ぐにゃぐにゃ柔らかそうな照明でとてもかわいいです」

ベッドルームの壁には首都高をモチーフに制作されたアート(作:安田昴弘氏)が飾られています。以前遠藤さんが宿泊したダブルルームと同様に本棚などの什器には緑色のメラミン化粧板が使われていました。

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

「部屋に使用されているメラミン化粧板の緑色は、共用部のタイルの緑色とは印象も実際の色味も違いますが、他の素材がグレーや黒などの無彩色系なので、テーマカラーのグリーンがとてもきれいに伝わってきます。広いお部屋で見ると深い色に見え、本棚の天板が外の光やアートの色をほのかに反射して美しいです。入り巾木や造作家具の収まり、カーテンの見せ方など、ものとものとの取り合いが良いですね。壁面が真っ白ではなくてほんの少しグレーで、自然光を柔らかく広げていて、とても良い見え方になっています」

ホテルの担当者から、ひととおり、部屋の説明を受けたあと、実測がスタート。キャリーケースから次々と道具を取り出します。実測に使うのは、レーザー距離計と金属製のメジャー、色見本帳のほか見慣れない道具も。

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

「レーザー距離計は部屋の外形など長い距離を測る時に便利です。椅子の高さなど中距離はメジャー、小さな厚みなどはノギス。コップなどの厚みや丸いものの径を測る時に使います」

慣れた手つきでレーザー距離計を壁にあてる遠藤さん。ベッドルームとソファスペースの長辺の長さは7m以上! 実測すると部屋の端から端まで想像以上の距離があり、どうりで広いはずだ!と納得。

「空間を何となく見ているだけでは描けないんです。構造がどうなっているのか理解するために、さまざまな角度からよく見るようにしています」

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

実測したら、最終的なレイアウトをイメージしながら、スケッチブックにおおよそのレイアウトや気になった家具などを描き、寸法を入れていきます。部屋の規模にもよりますが、その後の下書きやペン入れ、水彩による着彩は自宅で行うことが多いそうです。

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

描きたいのは、コップではなくコップが置かれた空間編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

完成した実測スケッチを見た瞬間、思わず、ため息がこぼれました。紙面を大胆に使ってソファスペースからベッドルームのパースが描かれています。1階のクラフトビールバーのグラスには高さや幅のサイズが書かれ、「使ってみて欲しくなった!」という備えつけのソーダサーバーまで事細かに描かれています。

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さん、こんな目線で見ていたんだ……と驚くと共に、自宅のようにくつろいだ部屋の印象が蘇りました。

「空間の雰囲気が伝わったなら、とても嬉しいです。例えば、コップがあった時、私が描こうとしているのは、コップそのものじゃなくて、コップが置かれている空間です。何となくこの部屋いいなと思う時、その理由が1つだけということはあまりないと思います。コップのそばに置いてある食べ物だったり、その後ろにある窓からの光だったり、全部ひっくるめて、良いなと感じているはず。部屋を訪れた時の印象をどうやったら表現できるんだろう? と思って辿り着いたのが、図鑑的にいろんな断面を見せる実測スケッチだったのです」

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

実測スケッチ風ホテルステイの楽しみ方

最後に、『東京ホテル図鑑』をもっと楽しむ方法や自分に合ったホテルを選ぶポイントを教えてください。

「SNSには『本は、汚さないように大切にします!』と言ってくださる方もいて有難いのですが、自分で訪れたホテルの感想を書き込んだりして使い込んでもらっても嬉しいです。建築資料として参照できるつくりにこだわったので、自分もとても役立っています。『どうやってホテルを見つけていますか?』という質問もよく受けますが、私は、素敵だなと思ったホテルに巡り合ったら、設計者やデザイナー、運営会社をチェックして、同じ系列のホテルに行ってみたりすることもあります」

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

本に紹介されている部屋と同じ部屋に泊まって、遠藤さんが感じたことを追体験したり、スケッチとの違いを感じたりしても楽しそう! 逆に実測スケッチされていない部屋に泊まるのもアリ。こういうパターンのデザインもあるんだ!など気づきがありそうです。

遠藤さんが実測スケッチを描くモチベーションは、「行ってめちゃくちゃ良かった!」という自分の感想を伝えたいというシンプルな思いです。

「こういう風に描いたら良さが伝わるんじゃないかと思いつくと、ワクワクするんですよ。スケッチを見た人から『行ってみたくなった!』というコメントが届くとすごく嬉しいですね」

建築をよく見て思いを込めて描くからこそ、遠藤さんは、設計者やデザイナーが建物に込めた物語を見つけることができるのでしょう。

『東京ホテル図鑑』のスケッチからは、街とホテル、雰囲気や居心地のデザインなど当たり前に過ごしていた空間がどのようにつくられているのかを学ぶことができます。「いつか海外のホテルを実測スケッチして本を出したい」と語った遠藤さん。以前、「all day place shibuya」の担当者が、レセプションで『東京ホテル図鑑』を展示したところ、海外のお客さんに大反響だったそう。夢が叶う日はそう遠くないかもしれません。

●取材協力
・遠藤慧(X:Twitter)
・all day place shibuya

「賃貸住宅に革命起こした『青豆ハウス』」「サラリーマン30代コンビ『週末縄文人』の縄文ぐらしに密着」【12月人気記事まとめ】

厳しい寒さが続くこのごろ。『SUUMOジャーナル』で12月に公開した記事では、「賃貸住宅に革命起こした『青豆ハウス』、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い」「サラリーマン30代コンビ『週末縄文人』、石斧や土器から竪穴住居まで手づくり。文明ゼロからスタート、人気YouTuberの縄文ぐらしに密着」などが人気TOP10に入りました。見どころをご紹介します。

12月の人気記事ランキングTOP10はこちら!

第1位: 賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

第2位: サラリーマン30代コンビ「週末縄文人」、石斧や土器から竪穴住居まで手づくり。文明ゼロからスタート、人気YouTuberの縄文ぐらしに密着

第3位: 築36年賃貸が大人気の理由は”大家さん”?! マンガ1000冊読み放題(定期入替)やコーヒー無料などホスピタリティ満載「百合ヶ丘池上マンション」神奈川県川崎市

第4位: 地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

第5位: 「高齢者が賃貸を借りづらい問題」に解決策はあるか? R65代表取締役に聞いた!

第6位: 転出超過つづきの危機から一転、転入者が10倍以上に!「おしゃれ田舎プロジェクト」の勢い、長野県小諸市が移住者から熱視線

第7位: 【JR中央線】家賃相場が安い駅ランキング2023年(東京-高尾32駅)。TOP3は多摩地域でALL5万円台!

第8位: 最大の不安は「物価高」。節約志向が高まるなかでも持ち家派が多数。住宅ローンの不安を軽減する方法を紹介

第9位: 賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

第10位: 高騰続く新築マンション、2024年は買いやすくなる? 価格・金利上昇から見る買い時や注目の「省エネ性能」を解説
※対象記事とランキング集計2023年12月1~31日に公開された記事のうち、PV数の多い順

街に開かれた住宅、縄文時代の竪穴住居!? 新しい住まいの形に注目

第1位: 賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

(画像提供/青豆ハウス)

「青豆ハウス」は、東京都練馬区にある賃貸住宅。”育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年から住む人、集う人々がコミュニティを育んできました。9年の間には、設立時からいた住民の卒業も経験。その部屋は「欠番の部屋」とし、1階は “まちのキオスク”として地域に開き、2階は住民たちのもうひとつの部屋として活用することにしました。そして現在、「青豆ハウス」はどう育っているのでしょうか? 大家の青木純さんに、9年間を振り返ってもらいました。

第2位: サラリーマン30代コンビ「週末縄文人」、石斧や土器から竪穴住居まで手づくり。文明ゼロからスタート、人気YouTuberの縄文ぐらしに密着

サラリーマン30歳コンビ「週末縄文人」、石斧や土器から竪穴住居まで手づくり。文明ゼロからスタート、人気YouTuberの縄文ぐらしに密着

(写真撮影/嶋崎征弘)

チャンネル登録者数14万人超の人気YouTuber「週末縄文人」。30代のサラリーマン二人組「縄(じょう)さん」と「文(もん)」さんは、週末に現代文明を離れ、縄文時代の生活を再現する活動をしています。なんと、石斧や土器、竪穴住居もイチから手づくり! 二人には、高度なテクノロジーに支えられた現代の住まいや暮らしはどのように見えているのでしょうか。縄文生活は、現代の生き方にも変化をもたらしたのでしょうか。山の中の活動拠点にお邪魔して話をうかがってきました。

第3位: 築36年賃貸が大人気の理由は”大家さん”?! マンガ1000冊読み放題(定期入替)やコーヒー無料などホスピタリティ満載「百合ヶ丘池上マンション」神奈川県川崎市

賃貸の大家さんなのにユーチューバー!? 入居者「10年住んでも『これ以上ない』」小さな工夫と思いやり重ね続け、築36年・家賃相場より高くても満室続き「百合ヶ丘池上マンション」神奈川県川崎市

(写真撮影/片山貴博)

築36年の賃貸物件「百合ヶ丘池上マンション」は、周辺エリアの家賃相場より高いというのにほぼ満室、空室が出てもすぐ埋まってしまう人気物件。その秘密は、大家さんのユニークなアプローチ!住人が利用できるシェアルーム「サードプレイス102」にはマンガ1000冊(しかも中身は3カ月ごとに入れ替えされるサブスク制)の読み放題や無料コーヒーなどのサービスがあり、住民の生活を豊かにする工夫がいっぱい! しかも大家さんはYouTuberとしても活躍中。「こんな物件に住んでみたい!」という気持ちがかき立てられます。

第4位: 地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

(撮影/Fizm藤岡優)

雲や夕焼けが映り込む“天空の鏡“と呼ばれる光景がInstagramで話題になり、年間50万人が訪れるようになった香川県三豊市の父母ヶ浜。 そんな父母ヶ浜に2021年1月、一棟貸しの宿「URASHIMA VILLAGE」がオープンしました。地元の民間企業11社による共同出資の仕組みは、今や三豊市の交通や教育、不動産などのベーシックインフラ整備にまで広がっています。飲み会から始まったという、この「URASHIMA VILLAGE」構想の仕組みとは? 事務局の瀬戸内ワークス・原田佳南子さんと、地域プロデューサーの古田秘馬さんにお話をうかがいました。

第5位: 「高齢者が賃貸を借りづらい問題」に解決策はあるか? R65代表取締役に聞いた!

「高齢者が賃貸を借りづらい問題」に解決策はあるか? R65代表取締役に聞いた!

(筆者撮影)

近年、報道もされている「65歳以上の高齢者は賃貸住宅を借りづらい」という問題。65歳以上の部屋探しを支援する「R65不動産」では、高齢者が入居できる物件を紹介するとともに、高齢者の賃貸入居を難しくする課題を解消する取り組みを積極的に行っています。高齢者の部屋探しには、どんな課題があるのか。その解決策は?実態について、代表取締役の山本遼さんに話を聞きました。

第6位: 転出超過つづきの危機から一転、転入者が10倍以上に!「おしゃれ田舎プロジェクト」の勢い、長野県小諸市が移住者から熱視線

転出超過つづきの危機から一転、転入者が10倍以上に!「おしゃれ田舎プロジェクト」の勢い、長野県小諸市が移住者から熱視線

(写真撮影/窪田真一)

長野県東部に位置する小諸(こもろ)市は、3年連続で転入者が転出者を上回ったことで注目を集めています。2021年には16人増、2022年は一気に169人増、2023年は7月末時点で187人増という人気ぶり。なんとその理由のひとつには、「まち歩きが楽しくなってきたから」という理由が挙げられるといいます。かつては年間100人を超える転出者が出ていたという小諸市を変えたのは、その名も「おしゃれ田舎プロジェクト」。若い人たちが出かけたくなる街づくりとは? プロジェクトの仕掛人で、小諸市役所で働く高野慎吾さんにお話をうかがいました。

第7位: 【JR中央線】家賃相場が安い駅ランキング2023年(東京-高尾32駅)。TOP3は多摩地域でALL5万円台!

【JR中央線】家賃相場が安い駅ランキング2023年(東京-高尾32駅)。TOP3は多摩地域でALL5万円台!

(写真/PIXTA)

東京を代表する路線の一つ、JR中央線。今回は、中央線内で東京都内に位置する駅の家賃相場を調査しました。東京駅から高尾駅の全32駅は、千代田区から八王子市まで、約53kmの沿線に点在しています。東京都、といってもその住環境はさまざま。もちろん家賃相場にも大きな違いが――? なんと、1位(最も家賃相場が安い駅)と32位(最も家賃相場が高い駅)には倍以上! さて、最も家賃が安い駅はどの駅でしょうか。

第8位: 最大の不安は「物価高」。節約志向が高まるなかでも持ち家派が多数。住宅ローンの不安を軽減する方法を紹介

最大の不安は「物価高」。節約志向が高まるなかでも持ち家派が多数。住宅ローンの不安を軽減する方法を紹介

(写真/PIXTA)

今回の記事では、カーディフ生命が2000人を対象に実施した「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」を取り上げました。調査結果によると、対象者が現在最も不安に思っているのは「物価高」。しかし物価高による節約志向が進む中で、「家を買う派」は67.1%と依然、多数派に。住宅購入に対する憧れは健在のようです。この不安を軽減するための方法として、無理のない返済計画の立て方や、保険によるリスク軽減なども紹介。ぜひ一読して、将来の生活設計の参考にしてみてください。

第9位: 賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

賃貸住宅トレンド2024! 注目キーワード4つ「コンセプト賃貸」「ナリワイ」「省エネ性能」「デジタル化」

(写真撮影/片山貴博)

賃貸といえばどれも似たような間取りで無個性――。そんな思い込みを裏切る個性的な賃貸物件が日本各地で少しずつ増えています。お店をひらけたり、相撲部屋付きだったり、農園付きの物件も!? 次に賃貸物件にやってくる新しい風とは? SUUMO副編集長でSUUMOリサーチセンター研究員でもある笠松美香氏によると、2024年の賃貸住宅トレンドは「コンセプト賃貸」「趣味特化型賃貸」「省エネ性能の強化」および「デジタル化」の4つが注目されているといいます。さっそく内容をチェックしてみましょう。

第10位: 高騰続く新築マンション、2024年は買いやすくなる? 価格・金利上昇から見る買い時や注目の「省エネ性能」を解説

高騰続く新築マンション、2024年は買いやすくなる? 価格・金利上昇から見る買い時や注目の「省エネ性能」を解説

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラス(写真提供/東京建物、東栄住宅)

「新築マンション」と検索すると「高騰」「億ション」など、景気の良い検索キーワードが表示される昨今。都市部では、新築マンションの価格は高騰を続けています。とはいえ、多くの世帯で収入が価格上昇に追いついていないのもたしか。このまま新築マンションは高嶺の花に――? 2024年の新築マンション市場はどのように動くのか。『SUUMO』編集長・SUUMOリサーチセンター長の池本洋一氏に、市場動向と買うべきときに見ておいてほしいポイントなど、最新事情を取材しました。

12月の人気記事ランキングでは、新しい賃貸住宅の形や不動産市場の動向を調査した記事などのランクインが目立ちました。まだまだ寒い日が続きますが、今年も住まいに関する新しい取り組みや、市場動向などを取り上げていきたいと思います。本年もよろしくお願い致します。

”ひと部屋だけ断熱リフォーム”のススメ。室温18度以上で健康リスク大幅減少にコストも最小。住みながらできて実家にも最適

2025年から断熱等級4以上が義務化されるのは“新築”の住宅。「既に建てたわが家は関係ないし、今さら断熱リフォームするのはお金がかかる。暑さ寒さも今までどおり我慢すれば……」と思わずに、部分的でも断熱リフォームしませんか。人生100年時代といわれるように、思いのほか先は長い。それにひと部屋だけのプチ断熱でも、光熱費の削減はもちろん、生活習慣病をはじめ、さまざまな病気からあなたや家族を守ってくれるのですから。

断熱住宅にすれば老若男女を問わず健康になれる!?家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

「断熱住宅は省エネだけでなく、健康に資する」ことが、最近になって次々とわかってきました。それも高齢者のヒートショックを防ぐだけではありません。子どもたちも働き盛りの男性も女性も、「暖かい家」は老若男女を問わず私たちの健康にたくさんのメリットがあることが判明してきているのです。

詳しくは「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご覧いただきたいのですが、かいつまんでお話しすると、“暖かい家”には例えば下記のような健康メリットがあります。

・高血圧症のリスクを抑える
・脂質異常症の発症を抑制する
※脂質異常症とはいわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常な状態
・夜間頻尿を抑える
・住宅内でのつまずきを減らす
・子どもの風邪や病欠が減る
・女性の月経前症候群(PMS)が減る
・女性の月経痛が減る
・在宅ワークの効率が上がる
・断熱改修するだけで血圧を約3mmHg下げられる

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「高血圧症のリスクを抑える」について、少しだけ説明すると、住宅に断熱改修をするだけで血圧が平均で3.1mmHg低下することがわかりました。これは住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治(いかが・としはる)先生をはじめ、建築と医療の研究者80名のチームによる調査と研究の成果です。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治先生(写真提供/伊香賀先生)

「厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標(健康日本21(第二次))を掲げていますが、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修だけで目標の約8割を達成できることになります」(伊香賀先生)
このように、“住宅の断熱性能”は “健康”と密接な関係があると判明してきたのです。

これまで日本では「住宅」と「健康」の関係について、あまり注目されることがありませんでした。しかしWHO(世界保健機関)は6年前の2018年11月、「住宅と健康に関するガイドライン」の中で「冬は室温18度以上にすること」を各国に強く勧告。「冬の室温が18度以上あると、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減する」とし、特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられています。

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

出典:WHOウェブサイト 2018.11.23公表

断熱性が高い家でもそうでない家でもエアコンの温度設定が同じならば、室内環境も同じでは?と思うかもしれません。しかし、断熱性の低い家では、常に壁面や床面など外と接している部分から冷気が伝わり、ムラがあるため温度が一定で快適な環境はつくれないのです。そんな暖かい家にするために、住宅の断熱性能の向上が欠かせません。とはいっても、住宅の断熱リフォームにはそれなりの費用がかかります。特に古い住宅だと、断熱に加えて耐震補強も必要な場合が多く、費用が膨らんでしまいがちです。そこでオススメしたいのが、住宅の一部だけでもいいので断熱する「部分断熱」という方法です。

例えば子育てを終えた二人暮らしなら、ほとんど使わなくなった2階を省き、普段よく過ごす1階部分だけ断熱をするといった「生活の中心エリアに絞って断熱する」というやり方です。もちろん理想は住宅全体の断熱リフォームですが、健康のことを考えると、費用面で諦めて何もしないよりは「部分的にでも断熱して、そこで生活するようにしたほうがよいでしょう」と伊香賀先生も言います。

「部分断熱」を行って夏も冬も快適に、光熱費も削減できた

では、実際に「部分断熱」を実践した人は、どのように感じているのでしょうか。奈良県で部分断熱と耐震補強工事を行ったAさんに話を伺いました。

・築38年の日本家屋をリフォーム

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

・部分的な断熱リフォームでも健康的に暮らしやすくなる

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

夫の実家である築38年という日本家屋をリフォームしたAさん。夫の母とAさん夫妻、それに2人の子どもの5人で暮らしています。

「子どもが成長したのを機に、リフォームをすることにしました。義父が亡くなる前に『この家は耐震性が心配だ』と言っていましたから、まず耐震性をどうしても高めたいと思いました。また、外壁が土壁の古い日本家屋ですから、冬は外の冷気が入ってきて、とても寒かったんです。しかも、床がとても冷たくなるほど家の中が冷えるのに、2階の寝室にはエアコンもないし……」とAさん。

・窓には樹脂製サッシの高断熱窓を内窓として設置

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

しかし、耐震工事に加えて断熱工事や間取り変更を行うと、どうしても予算をオーバーしてしまいます。また約10年前に浴室やトイレなどをリフォームしたばかりだったので、フルリフォームするのは少し抵抗感もありました。そこで施工を担当した「スペースマイン」の矢島一(やじま・はじめ)さんは「建物全体の耐震工事をした上で、普段よく過ごす部屋だけでも断熱工事することを提案しました」

断熱工事を行う場所は、家族が一緒に過ごす21.8畳という広いLDKと、2階の寝室4つに限定。土壁を解体して外壁を新設すると費用がかかるので、矢島さんは土壁を残し、該当部分の内側に厚い断熱材を入れて、窓は樹脂サッシの高断熱窓に入れ替えました。

このように部分的な断熱リフォームした新しい“わが家”の住み心地について、「もちろん夏は涼しく、冬は暖かくなりました。それはエアコンの使い方でも明らかです」とAさん。

「21.8畳のLDKは、もともと洋室と広いキッチンに分かれていて、それぞれに10畳用のエアコンが設置されていました。今回LDKとして1つの空間にまとめた際に、この2台のエアコンは備えたままにしたのですが、結局リフォーム後に使っているのは1台だけです」。これまで約20畳の空間を温めるには10畳用のエアコンが2台必要でしたが、断熱性を高めたら1台で済むようになったというわけです。

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

しかも、今回のリフォームに合わせて太陽光発電システムと蓄電池を備えたこともあり「電気代が以前より大きく減ったのは当然ですが、昨年の夏はあれだけ暑かったのに、太陽光発電だけで家じゅうのほぼすべての電気をまかなえました」。部分的に断熱リフォームするだけでも、光熱費の削減になるという証左です。家をコンパクトに建て替えなかったことで、屋根面積を広く保てたことも、太陽光発電のメリットをたっぷり受けられることにつながりました。

Aさんの施工例からも「部分断熱」でも快適に暮らすことができ、光熱費の削減につながることがわかります。もちろん、WHOが勧告している「室温18度以上」も、普段過ごしている部屋では容易に達成できる、つまり健康的な暮らしを送れることになります。

「部分断熱」の場合、ヒートショック対策が欠かせない

一方で「部分断熱」となると、ヒートショック対策が心配だという人もいるでしょう。ヒートショックとは、温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動することによって、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす健康被害のこと。特に断熱性能の低い住宅では、冬に暖かいリビングを出て、寒い脱衣場を経由してから、熱いお風呂に入るのでリスクが高まります。住宅をまるごと断熱リフォームすれば、部屋や廊下等の温度差が少なくなりますが、それら日常行き来するスペースが動線的に離れている場合、「部分断熱」では住宅内の温度差が解消されないため、ヒートショックの危険性は消えません。

お風呂のイメージ

(写真/PIXTA)

そこで矢島さんは「特に衣服を脱ぐ脱衣場などには人感センサー付きの電気ストーブの設置をオススメしています。また暖かい部屋から廊下に出る時は、1枚羽織れるように、ドアの外に衣類を掛けられるようにしておくと便利です」

つまり、部分断熱をするなら、ヒートショックのリスクを十分理解した上で暮らしたほうが良いということ。その上で、予算ができたらさらに追加の断熱リフォームを、できれば住宅をまるごと行うようにすることが理想的です。

単に寿命を延ばすのではなく、断熱住宅で健康的な長寿を目指そう

気になる費用ですが、矢島さんの会社の場合、「部分断熱」をする場合の目安として「10畳の広さで150万~200万円」と説明しているそうです。

「また、断熱工事には補助金制度があるので、それも有効に使うようにするといいでしょう。今なら国土交通省と地方自治体とで費用の最大8割・70万円まで補助する制度が利用できます」(矢島さん)

それでも「老い先が短いから」と躊躇する高齢者もいるかもしれません。しかし、先述したように、人生は意外と長いもの。人生100年時代だからといって、皆が皆100歳まで元気でいられるとは言いませんが、日本人の平均寿命は明治時代の40歳台からほぼ2倍の80歳台に延びています。

・断熱住宅は健康寿命を延ばす

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

さらに、伊香賀先生たちの調査研究によって、断熱住宅にすると介護が必要になる年齢が遅くなる、つまり健康寿命が延びるという結果も出ています(上記グラフ)。健康寿命が延びれば、もちろん子どもにとっても負担が減ります。もしも読者が両親の暮らす実家等の断熱リフォームを勧めても、「老い先が……」と遠慮するようであれば、「部分断熱」だけでも行うように勧める、あるいは費用を負担してあげてはいかがでしょうか。

●取材協力
スペースマイン
慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さん

列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー

2023年11月下旬、初雪が降った日の盛岡。筆者はどうしても来たくなり、高速バスに揺られた。

理由は2つある。一つは、筆者がかつて心を打たれた街を、もう一度味わいたくなったから。

そしてもう一つは、作家・写真家のクレイグ・モド(Craig Mod)さんにインタビューさせてもらったからだ。ニューヨークタイムズ紙に「盛岡」を強く推薦し、同紙の「2023年に行くべき52カ所」で、その2番目に盛岡を抜擢させた張本人。

インタビューでモドさんが語った盛岡の姿が頭から離れず、バスに乗ったのだ。

「ちゃんと国が国民を守ろうとしている国」JR盛岡駅前で(写真撮影/辰井裕紀)

JR盛岡駅前で(写真撮影/辰井裕紀)

早稲田大学への留学をきっかけに、23年日本に住み続けるモドさん。各媒体に寄稿して多数の著書を発表し、これまでMediumやスマートニュースなどのアドバイザーや、イエール大学(米国)の講師を務めるなど国内外で活躍する。

そして東海道や中山道を徒歩で踏破するなど、日本の隅々まで歩くことがライフワークだ。

わかりやすい自然の要素以上に、日本の至るところにある黄色と黒のキリスト教の看板などの生活の足跡に興味をもち、雑多な旧街道沿いを「パチンコロード」と呼び、そのウラにある強大なグローバリズムを感じ取る。

新潟県長岡市で(写真撮影/辰井裕紀)

新潟県長岡市で(写真撮影/辰井裕紀)

外国人という客観的な視点を持ちながら、日本人以上に日本の姿を見つめてきた張本人だ。そんな彼は、少子高齢化や経済的な問題を抱える日本をどう見ているのだろうか?

運よく、鎌倉の自宅でインタビューする機会に恵まれた。

モドさん宅の和室で(写真撮影/桑田瑞穗)

モドさん宅の和室で(写真撮影/桑田瑞穗)

まず、モドさんは何がきっかけで日本に来たのか。

モド「地元(コネティカット州)の治安が悪かったんです。アメリカには国民保険とかもほとんどなくて、みんな苦しんで。ちゃんと充実して生きるなら離れないといけないと思って。留学するなら思い切って遠くまで行った方が面白いと思って、日本を選びました」

感情を込めて語るのが、「初めて、ちゃんと国が国民を守ろうとしているところに来た」こと。

モド「アニメや漫画、寿司も好きだったわけじゃなくて、日本を何も知らないままで来て。でもこんなに安全で、深みと味のある街で生活できるのは奇跡。アメリカ、とくにサンフランシスコとかは、『地獄の地獄のさらに地獄』まで堕ちられるし、脱出する手段がない」

それがドラッグ中毒者を生み、ドラッグほしさに暴力を振るったり、万引きしたりの犯罪天国になる。生活保護などのサポートがある日本とは大きな違いがあった。

モド「日本は貧富の差が比較的小さくて、金持ちと一般人の生活が大きく変わらない。同じ保険も手に入るし、同じ地下鉄や道路も使える」

著書「Kissa by Kissa: 日本の歩き方」(2020年発行)より(写真撮影/桑田瑞穗)

著書「Kissa by Kissa: 日本の歩き方」(2020年発行)より(写真撮影/桑田瑞穗)

そして、日本に暮らし続けられた根本的な要素が「物価の安さ」。

モド「すごく安かった。ホームステイしても1年の学費が、アメリカの5分の1から10分の1とか」

それが、「ひたすら街道を歩く」などの一朝一夕ではとても儲からないようなモドさんの活動を支えたのだ。

東京は「世界でも奇跡のように安全」

モドさんが来日から35歳まで、長らく住んでいたのが東京。どんな街か。

モド「東京、本当に奇跡のように安全で、こんなに広く人口がすごく多いのに、本当に時計のような美しい動きができる街。このスケールでスムーズに動いているところは本当に東京だけ」

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

ニューヨークやロンドンは建物の状態があまりよくなかったり、地下鉄がちゃんと動かなかったりするが、東京はその心配がないという。

モド「あと東京は(世界の大都市としては)建物やお店を比較的自由に建てられるから、いろいろな住宅やお店が混在できて、そのおかげで家賃が安くできる。柔軟にスクラップ・アンド・ビルドを行ってタワーマンションなんかを建てているから」

ニューヨークやロンドンでは、集合住宅の家賃が高くて単身では借りられない人が多く、ルームシェアなどをするのが普通。「日本の物価は安すぎて、経済成長の足かせになっている」ともささやかれるが、若者にとっては、他国に比べ自由で挑戦がしやすい視点もあるという。

モド「東京だとまだ、自分の予算に合わせて住める。僕も20代で広尾・表参道・代官山・恵比寿のあたりにずっと住んでいました。6畳の和室で、月6万円とかの物件がまだ残っていますから」

モドさんがかつて住んだ恵比寿。JR恵比寿駅前の様子(写真撮影/辰井裕紀)

モドさんがかつて住んだ恵比寿。JR恵比寿駅前の様子(写真撮影/辰井裕紀)

モド「僕は20代のとき、儲からない芸術活動ばかりしていたんですが、東京だとお金のためにやりたくないことをたくさんしなくても、やりたいことがちゃんとできるし、博物館とか美術館も楽しめる。800円でおいしい昼ごはんを食べられるのは日本だけです」

鎌倉に転居して8年、今でも東京が恋しくなることもある。

モド「でも東京で困るのはね、住みたいところがありすぎて、選ぶのが難しい。谷根千(谷中・根津・千駄木)もいいし、蔵前や清澄あたりも面白くなったし……」

東京人が見ない地方の現状

そんな東京とは、一線を画す現状があるのが地方だ。アメリカの地方出身者として、モドさんは歩いてその姿を目に焼き付けた。

1万キロを超える道のりの中で幾度も見たのが、旧街道沿いにあるドラッグストアなどのチェーン店、パチンコ屋が多数連なる風景。モドさんは「今日の私たちを表現している」と語る。

モド「僕は東京から京都まで中山道で歩き、東海道も歩いたんですけど、今はパチンコ屋やギャンブル場ばっかり。でもこれ、日本だけじゃないんですよ」

愛機・ライカとともに1万キロを歩いたモドさん(写真撮影/桑田瑞穗)

愛機・ライカとともに1万キロを歩いたモドさん(写真撮影/桑田瑞穗)

アメリカでもヨーロッパでもみんな同じように、大きなチェーン店が並ぶ。

モド「これがダメとかじゃなくて、これで何を損しているのか、考えた方がいい」

こうなって我々が何を得し、何を損しているか。街道にあるのは、現在進行形のグローバリズムだ。

そして街道を越えた先には、日本人の多くが見て見ぬふりをする地方の姿がある。

モド「田舎へ行けば行くほど、“床屋(美容室)と喫茶店”しか営業していなくて、シャッター街ばかり」

モドさんの記事にも、「田舎で老人介護施設が多い」「ラブホテルを使う若い人が減ってラブホテルの廃墟が並ぶ」など、少子高齢化を示す描写が目立つ。

モド「高齢化社会って都会じゃあまり想像がつかないけど、地方を数カ月歩くと、『もう終わりと思うしかないような町や村』が多い。それはどうにか守らなきゃとかじゃなくて、もう人口や産業の有無の問題。現実として、終わりに向かう流れを止めるのは難しい」

それでも「喫茶店」が残った

限界集落が生まれ続ける地方。その中でモドさんを癒やしたのは、喫茶店だった。

モド「パチンコ屋やチェーン店ばっかりだし、残された個人店は喫茶店と床屋・美容室だけで、それで喫茶店へ行くことになって。社会の中での喫茶店の立場や、よさが見えてきた」

喫茶店で目につく料理は「ピザトースト」しかなかったので食べてみたら、意外においしく、「私の魂の食べ物」というほどになった。

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

それにしても田舎の個人商店は、なぜ床屋・美容室と喫茶店が残るのか。

モド「コミュニティのハブみたいになっているはず。高齢化社会になるほど、孤独が増える。でも喫茶店さえあれば、毎日モーニング食べて、みんなとお喋りできるから」

さらに個人の喫茶店はモーニングセットなどで、価格競争に強いチェーン店にも対抗できる価格で提供する。

モド「あとチェーンだとスタッフと仲良くなるのは難しいし、もしそうなっても、いつか担当者がどっか行っちゃうから。何十年もずっと挨拶するマスターや奥さんの方が特別です」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

盛岡のような中核市にはチャンスがある

道行く人たちと挨拶を交わしながら、数々の街を通り過ぎたモドさん。こんな考えが芽生えた。

モド「小さい村はどうしても、たぶん守れないと思うけど、中核市ぐらいだと、チャンスはある」

ニューヨークタイムズに盛岡市(岩手県)を推薦したのはその思いからだった。また、東北にはインバウンドの観光客の0.9%しか行かない※。経済的に応援したい気持ちもあった。※観光庁「宿泊旅行統計調査」に基づく、2023年3月の外国人宿泊者ブロック別シェアより

モド「でも、盛岡は何度行ってもすごく充実している。にぎやかで若者が頑張ろうとしている姿をたくさん見られる街。大きい街が近くにないのに、盛岡だけはすごく充実感がある。10カ所の中核市を巡るプロジェクトで街を歩きましたが、その中でも盛岡は街並みもきれいだし、岩手山もきれいに見えるし。川もきれいで気の流れがいいし、市民に余裕を感じた」

杜の大橋から望む雄大な岩手山(写真撮影/辰井裕紀)

杜の大橋から望む雄大な岩手山(写真撮影/辰井裕紀)

モド「加えて、喫茶店も面白かったし、大正時代の建物も残っているし、大学生のエネルギーもあるし。バランスのある街だと思って推薦しました」

モドさんが推薦した盛岡の喫茶店、リーベ。筆者もモーニングを注文し、2階席の平和な静寂を味わった(写真撮影/辰井裕紀)

モドさんが推薦した盛岡の喫茶店、リーベ。筆者もモーニングを注文し、2階席の平和な静寂を味わった(写真撮影/辰井裕紀)

岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館。東京駅の設計でも知られる辰野・葛西建築設計事務所によるもの(写真撮影/辰井裕紀)

岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館。東京駅の設計でも知られる辰野・葛西建築設計事務所によるもの(写真撮影/辰井裕紀)

そして、モドさんの尽力により盛岡がニューヨークタイムズの「2023年に行くべき52カ所」の2番目に選ばれ、2023年は膨大な数の取材依頼が相次いだ。

とてつもない数の取材に応対し続けた理由に、「中規模や小規模な町でも快適で大事な人生を過ごせると伝えたい」との思いがあった。

モド「私も中核市に近いアメリカの工業都市が地元だったんですが、工場が中国へ行くなどして産業がなくなって。みんなの苦しみばかりを子どものころに見てきたから」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「盛岡の個人のお店は重要なコミュニティで、文化もつくっている。そういうお店が、個人で実現できるのを見ると感謝するし、私の地元から見ると、本当に奇跡のような状態だから」

盛岡のような、元気な中規模都市は少ないのか?

モド「少ない。寂れているところがほとんどです」

盛岡は、なぜそうならなかったのか?

モド「結構大きいのは大学があること。『大谷翔平モデルの時計』も作っている盛岡セイコー工業も近郊にあるし、ものづくりの仕事がある。あと、新幹線が停まるのも大きい。新幹線が停車する街と、そうじゃない街は全然違う。中山道を歩くとすごく感じる」

なお、東洋経済が1993年から発表している「住みよさランキング」の北海道・東北編で、2023年版の2位に盛岡市がランクイン。年間小売販売額と同1人当たりの販売額は北東北では1位という。

盛岡と各地をつなぐ新幹線はやぶさ号(写真撮影/辰井裕紀)

盛岡と各地をつなぐ新幹線はやぶさ号(写真撮影/辰井裕紀)

ちなみに筆者も盛岡の老舗のバーで、「今まさに世界的企業を相手にしている盛岡のものづくり文化」をマスターから力説され、ある自動車関連部品メーカーの活躍を紹介いただいた。南部鉄器からその精神は脈々と受け継がれているのだ。

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

それは、さまざまな問題に直面する日本のヒントにもなるという。

モド「本当に盛岡みたいなところが、あるんですよ。ほかにも山口市(山口県)とか松本市(長野県)とか尾道市(広島県)とか、そういった感じの街が守られたらいいと思う。東京で大きい会社に勤めなきゃとかばっかりじゃなくて、個人で本屋とかジャズ喫茶とかバーやりたいと思っている方が、できるスペースがあれば。中核市だとちょうどやりやすいから」

なお、2024年のニューヨークタイムズの「2024年に行くべき52の場所」で、山口市の選出にも関わったモドさん。選んだ理由をこう語っている。

「山口市は盛岡の魅力と同じ特質を多く備えています。若い起業家を惹きつける、人間的なスケールで充実した生活ができる街。京都、金沢、広島が日本の『レコードのA面』なら、山口と盛岡は『B面』で、控えめな天才性が含まれることが多い面です」

山口市の米屋町商店街(写真撮影/辰井裕紀)

山口市の米屋町商店街(写真撮影/辰井裕紀)

快適で大事な人生を過ごせる街・住まいを

あらためて、中核市ならではのよさは何か。

モド「東京だと疲れる。大きすぎて、ときにコミュニティをつくりづらい。少し地方に行けば、自分の好きなことがやれるくらいの町のリソースがありつつ、それでいて疲れない。鎌倉に住んでいる人たちは、みんな『もう東京行けなくなっちゃった』とか言っていますよ」

モドさんはさらにニュースレターの中で、「(盛岡のような)こうした小規模なビジネスの有り様は、大規模なデベロッパーによる東京の巨大開発と対極にある。そこには、巨大な構造物の中に似たような店ばかりが並び、小規模事業者には手が届かず、個性のかけらもない。盛岡は、盛岡にしかない個性や趣にあふれている」と語っている。

もりおか歴史文化館前の庭にて(写真撮影/辰井裕紀)

もりおか歴史文化館前の庭にて(写真撮影/辰井裕紀)

そんなモドさんは、8年前に東京から鎌倉に転居した。

モド「東京の観光客が増えすぎて、疲れた。鎌倉も多いんだけど、観光客が行くところは同じ。八幡宮、小町通り、大仏にしか行かないから、一本離れればすごく静か」

鎌倉の海を望む(写真撮影/桑田瑞穗)

鎌倉の海を望む(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「鎌倉の大きい家に引越してきて、最初の晩に超泣いた。東京で住んでいた6畳の部屋じゃなくて、本当はやっぱりこれぐらいの広い家がほしかったんだなって」

ご近所さんも優しく、「みんな面白い人生を過ごしている」という。

モド「僕はご近所のみなさんより3、40歳ぐらい年下だけど、たぶん『モドさんは何者?』とずっと思われてたんじゃないかな。今年いっぱいテレビに出始めたら、優しくなった(笑)」

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

さらに、鎌倉は交通の便もいい。

モド「東京まで50分ぐらいで、グリーン車も500~1,000円くらい(※)でスタバのコーヒー1杯くらいの値段。1本で渋谷、池袋まで行けるし、吉祥寺に住むよりずっと楽だと思ったんです」

※2024年3月16日よりJR東日本は価格改定

鎌倉でモドさんがお気に入りの「甘縄神明宮」(写真撮影/辰井裕紀)

鎌倉でモドさんがお気に入りの「甘縄神明宮」(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

モド「鎌倉は企業の社長やクリエイターなどの面白い人もたくさん住んでいる。山歩きもできるし、海を眺めながら癒やされるし、おいしいお店もあるし……」

そして、人々の暮らしの中にいい人生に必要なものは何かを探し続けるモドさん。今、それをどう考えているか。

モド「『充実感』を感じることです。自分が興味があって、少し上手にできる活動に集中すると充実できる。この前も日本刀の職人さんを見学して、それを実感した。過酷な状態でずっときつい作業をしているんだけど、すごく充実していい日々を過ごしている、と。その充実した生活や仕事で、快適で大事な人生を過ごせるか……」

そんな充実したことに没頭できる街こそ、いい街のはずだ。

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

最後に「住むなら、どんな家がおすすめか?」について、モドさん流のアドバイスをもらった。

モド「コミュニティが感じられるところに住むのが、大事。古いアパートでも、周りでコミュニティをすごく感じられるなら、100倍くらい、いい人生は過ごせるから」

◇   ◇   ◇

「小さい村はどうしても、たぶん守れないと思うけど、中核市ぐらいだと、チャンスはある」

膨大な数の田舎を歩いて見てきたモドさんの、現実的な見識。初めて47都道府県すべてで日本人の人口が減った今、日本のどこなら人生の大切な思いを実現して住めるか……自らにもう一度問いかけた。

モドさんの仕事場(写真撮影/桑田瑞穗)

モドさんの仕事場(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

(写真撮影/桑田瑞穗)

●取材協力
クレイグ・モドさん (Craig Mod)
2021年に紀伊半島を約30日間踏破した回想録「Things Become Other Things」が発売中。
「漁師、口の悪い子ども、そしてひどく悲惨で素晴らしいコーヒー」たちに出合った記録が叙情的な写真とともに記されているThings Become Other Things

「生まれ育った街だから住まいに困る人を減らしたい」。外国籍、高齢者などに寄り添い住まいと福祉を結ぶ居住支援法人・上原不動産

山口県の下関駅前で居住支援に力を入れている上原不動産の橋本千嘉子さん。不動産業を営んできた両親の背中を見て育ち、自身も生まれ育った街に集まってくる、さまざまな住まい探しに困難を抱える人たちの入居をサポートしています。また、入居を促進するためのオーナーへの啓蒙活動や社員の教育、行政や福祉団体との連携促進、街の活性化にも尽力しています。何がそこまで橋本さんを突き動かすのか、お話を聞きました。

歴史的背景を知ると見えてくる、下関駅前エリアの成り立ち

上原不動産がある山口県の下関駅前は海に囲まれた地形の港町。駅周辺は建物の老朽化が目立ち、再建不可のものも多いといいます。橋本さんは、この下関駅前で40年以上続く上原不動産の代表の長女として、両親の背中を見て育ちました。自身も5人の子どもを育てながら家業を担う2代目です。

橋本さんによると、この辺りはもともと1940年代に朝鮮半島から日本に抑留された人たちが帰国を目指して港のあるこの地に集まってきたものの、国に帰ることができず暮らし続け商売を営んでいる人も多い地域だそう。当時はバラックがたくさんあって活気があり、今もそのころを思わせる古い街並みが残っている。
歴史的背景を知ると、また違った風景が見えてきます。

少子高齢化、地元に留まらず都会に出ていく若者といった、現在の地方都市がどこも抱えている問題に加え、「総合病院や拘置所や更生保護施設など、駅周辺の環境もあって、体の悪い人や生活再建を目指す人、外国人など、住まい探しにおいても配慮や支援を必要としている人たちが、より多い地域といえます。この地で不動産賃貸管理業を続けていくためには、移住者を増やすなど、人を呼び込む必要性を強く感じています」(橋本さん、以下同)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

「若いころは好きになれなかった」韓国語が飛び交う街

そんな橋本さんも、若いころはこの街が好きになれなかったといいます。

「私自身、在日韓国人3世で帰化しているのですが、韓国語の飛び交う雑多な雰囲気の街を、素直に受け入れられませんでした。スマートな都会的生活に憧れて、東京のデザイン系の学校に進んだのですが、強烈なホームシックに襲われました。その時初めて、自分がどれだけ地元のことを大好きだったかに気づいたんです」

地元に帰った橋本さんが会社を手伝い始めて間もないある日、入居者が突然亡くなり、警察と一緒に現場検証に立ち会うことがありました。その人は、かつて道端に倒れていたところを世話好きな橋本さんのお母さんがおぶって保護したことのある人でした。「不動産屋って、ここまでやらなくてはいけないんだ」と深く印象付けられた出来事だったといいます。

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

誰もやらないなら、まずは自分たちで。居住支援法人に登録

上原不動産の代表である橋本さんの父は、3~4年前から不動産業界のこれからを見据え、住宅弱者に対する支援団体の連携の場である「下関市居住支援協議会」の立ち上げを行政や宅建協会などに提案してきました。しかし人手が足りないことなどを理由に、なかなか実働に向かいません。

「誰もやらないなら、まずは自社でやらなくては、と考えて2021年9月に山口県の居住支援法人に登録し、福祉についても勉強し始めました。居住支援法人の登録には専用窓口、専用スタッフ、専用ダイヤルを設置・明示する必要があり、大変でした。しかしその仕組みをつくったことで、お問い合せを受けやすくなり、行政や福祉法人との連携体制ができつつあります」

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

居住支援法人となって大きく変わったのは「断らなくても良い方法を見つけよう」という意識でした。そして受け入れ可能な物件を増やすためにはオーナーや管理会社の理解が必要です。オーナーの意向を知るために上原不動産が独自で行ったアンケートでは、約9割が要配慮者の受け入れOKとの回答だったそう。

「ただし『受け入れ可』は、当社が責任を持って対応することが大前提となっていました。そこで私たちも今まで以上に入居後の生活サポートに目が向くようになり、いろいろなサービスの導入を進めてきたのです」

65歳以上の人にはAIによる見守りと死亡補償を組み合わせたサービスへの加入を必須にしたり、携帯電話も固定電話も持っておらず家賃保証会社を利用できない人のために格安スマホの代理店となったり。それぞれの事情に応じて幅広く対応できるよう、家賃保証会社5社以上と提携しながら、緊急連絡先を確保し、連帯保証人がいない人であっても自社所有物件に入居できるようにするなど、二重三重のサポート体制を整えているそうです。

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

若手社員の教育に悩むことも……体制を整え、国の制度も活用

現在、上原不動産には約25人の社員が在籍しており、その中の居住支援推進課という専門部署に社員2人が在籍しています。賃貸事業部の営業担当者が支援を必要とする入居希望者に対応するときには、居住支援推進課が伴走する体制です。

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

しかし中には、居住支援を進める会社の方針に「福祉事業をやるために入社したんじゃない」「もっと利益を追求する楽な方法があるのではないか」という社員や、共感できずに退職する人もいたそう。さらに時代が変わってデジタルシフトしていけばいくほど入居者との関わりは事務的になり、関係が希薄になっていきます。

「私たちがこの街で商売をしていくということは、福祉的支援を必要とする人たちにも寄り添っていくということ。社員数が少ないときは何となく意志統一ができていましたが、会社が大きくなると『理念』というものを内外に打ち出していかないと伝わらないことに気づきました」

橋本さんは最初こそ社員全員に居住支援について学んでもらおうとしていましたが、それが難しいことを痛感し、社員のキャリアのステージにあった教育を行うべく、会社としてノウハウを蓄積中です。

「不動産取引本来の醍醐味なども理解した上で支援のあり方を学んでいかないと、居住支援に取り組む価値が伝わらず、業務の大変さに皆疲弊していってしまうんですね。なので合間あいまに伝えながら、理解できているスタッフが伴走するようにしています」

さらに2022年度からは厚労省が実施している「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」に参画。居住支援に取り組む団体の悩みや課題をサポートし、解決に導く制度で、専門家にアドバイスを受けるなどした結果、誰にも相談できずに抱え込んでいた担当社員の精神的負担を軽くすることができました。そして行政や地域を巻き込んで開催した2年目となる2023年10月の勉強会では、橋本さんが横串を刺したいと考えていた市の住宅課と福祉部の連携が少しずつ進んでいると感じられたそう。下関市の居住支援を前に進めるためにも「今後も継続していきたい」というのが現場の声です。

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

さまざまな取り組みを進める中で、見えてきた課題とは

このように多くの取り組みを進めてきた橋本さんだからこそ「不動産屋として、居住支援法人として、どこまで関わるべきか悩む」と言います。例えば、本人が自立して暮らしたいと言っても、福祉の専門家から見れば施設に入った方が安心で安全というケース。本人の意向を優先して民間の賃貸住宅に受け入れることで、入居者が事故に遭ったり、死につながったりすることは避けなければなりません。

「どこまで寄り添うべきなのか、どこまで受け皿を準備すべきなのか、正直まだ答えは出せずにいます。本人が望むなら賃貸住宅での受け入れ先を探したい私たち居住支援法人としての目線と、病院や福祉事業者の目線のバランスをとるのはとても難しいです。ケースワーカーなど専門知識のある人とつながる必要性を感じます」

そしてもう一つ、行政の横のつながりを推し進めること。行政が部署の垣根を越えて案件や問題に関わることは安易ではありません。橋本さんもその事情や体質は理解しつつも、街をよくしたいという想いは皆同じはずだと考えています。

「だったらこの交わらない人たちをくっつけられないものかと、駅前のコワーキングスペースで行政の人や学生、関東で活躍している下関出身の人などをゲストスピーカーとして招くイベントを企画したりしています」

街に人を呼び込む、橋本さんの興味深い活動については、また違った話が聞けそうです。

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

「不動産は国交省から、居住支援については厚労省から政策が下りてきますが、居住支援法人になっていろいろな政策を自分の身近に置き換えて俯瞰して見られるようになった」と橋本さんは言います。
自分たちの周りにいる人たちがお客さまとしてのターゲットであり、入居をサポートするために必要な方策を模索していくこと。幼いころから両親の背中を見てきた橋本さんにとって、居住支援の取り組みは当たり前で自然なことなのかもしれません。

そして行政や周りの団体を巻き込み、若い人たちへと伝えていこうとする橋本さんの竜巻を起こすようなパワフルさに惹きつけられました。上原不動産の今後の活動にも注目していきたいですね。

●取材協力
上原不動産株式会社

「脱炭素問題」が企業も国も淘汰する時代へ。予断を許さぬ気象環境と日本の対策遅れ、住宅事情など最新情報  COP28

2023年は、世界各地で異常気象が相次ぎました。異常高温、大雨やサイクロンなど多数の死者を伴う気象災害により、多くの住宅やインフラが甚大な被害を受けました。日本も年平均気温は過去最高で、記録的な豪雨が発生。地球温暖化によって引き起こされる異常気象は、今後もさらに頻発する見込みで、各国は地球温暖化を抑制する脱炭素に向けた取り組みを加速しています。

NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2023年11月30日から12月13日にかけて、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された、COP28※の成果や課題、住宅業界の脱炭素の動きを解説します。

※COPは、地球温暖化の影響緩和や適応策、炭素排出削減目標などに焦点を当て、国際社会の協力を促進する国際会議です。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

『化石燃料からの脱却』の合意は画期的な一歩堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。カーボンニュートラルとは、地球温暖化を進めないように、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること。政府は、これを2050年までに達成する目標を掲げています。これは、日本が脱炭素社会の実現に向けて、産業構造や社会システムの転換を進めていくことを意味しています。2021年に開催されたCOP26について堅達さんを取材した際、「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」という強いメッセージがありました。それから2年、脱炭素の観点から世界はどのように変わったのでしょうか。

堅達さんは、「温暖化の危機は加速しているのに、人間は戦争や紛争に明け暮れ、結束が弱まっている。そういう2年間だったと思います」と話します。

「温暖化の悪影響が一層顕在化してきています。リビアの砂漠地帯やイタリアの洪水、アマゾン川流域の干ばつ、ハワイの山火事などがニュースで報じられました。海氷や陸地の氷が驚くほどの速さで溶け、特に西南極の氷床が大きく減少しているという科学者たちの報告があります。太平洋島嶼国は、海面上昇による国土消失が懸念されています。そして、ウクライナ戦争やガザ侵攻が勃発しました」

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

そうして2023年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された「COP28」。気候変動の悪影響を受けやすい途上国の損失と損害(ロス&ダメージ)を支援する「ロス&ダメージ基金」や各国の脱炭素対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク」などについて議論されましたが、なかでも大きな成果は「『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されたこと」だと言います。
「近年のCOPでは、『化石燃料の段階的廃止』という文言が合意文書に盛り込まれるのかが焦点でした。化石燃料の燃焼は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出する主な原因で、大気中に蓄積することで、地球温暖化が引き起こされます。
化石燃料の廃止は、地球温暖化を抑えるために必要不可欠ですが、COP26、COP27では、化石燃料への依存度が高い国々からの反発があり、見送られました。
COP28では、『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されました。190を超える世界の国と地域の合意文書に盛り込まれたことは歴史的な進展であり、2023年が、石油や石炭に依存する『化石燃料時代の終わりの始まり』だと言えるでしょう」

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

一方で、「『廃止』という強い言葉が最初の案から消えて、『脱却』という解釈の余地を残す言葉になってしまった点は残念」と堅達さん。

「『phase-out(段階的廃止)』には、『全面的に無くす』という強い意味がありますが、『transitioning away(脱却)』は、『移行』と訳されることもあります。玉虫色だからこそ合意できた面もあるでしょうが、訳し方次第で都合よく解釈できる余地が残ってしまいました」

とはいえ、そんな中でも、化石燃料からの脱却を「10年間で加速する」と期限を明記できたことは大きい成果と言えるでしょう。

ビジネス界で加速する再生可能エネルギーの活用再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

また、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア産パイプラインガスへの依存度が高い欧州などで天然ガス価格が高騰したこともここ数年での大きな出来事のひとつ。日本に住む私たちも、日々影響を実感しています。

「脱炭素化」が停滞、後退するのではという見方もありました。それでも、堅達さんは「脱炭素なくしてビジネスはできない時代に突入します」と話します。

「最新の研究では、想定されていたほどウクライナ戦争による化石燃料への揺り戻しは起きなかったと捉えられています。むしろ、ロシアの天然ガスに依存するのは危険だという認識が強まり、再生可能エネルギーへの転換が一層加速しました。
その流れは、ビジネス界も同様で、例えば、アップルは、2030年までに、販売されるすべての製品をカーボンニュートラルにすることを目指すと宣言。再生可能エネルギーに移行するサプライヤー(商品やサービスを供給する人・企業)の数を大幅に増やしただけでなく、製品に使用するリサイクル素材の量を増やしています」

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

ビジネス界が脱炭素に向けた取り組みを加速させている背景には、世界各国でカーボンプライシングの導入が進んでいることがあります。

「カーボンプライシングとは、温室効果ガスの排出に価格を付ける仕組みで、例えば、炭素税は、温室効果ガスの排出量に応じて課税する制度。
1トンあたりの値段が1万円を超える国もある中、日本のカーボンプライシング(『地球温暖化対策のための税』)は、石炭火力発電の排出量に1トンあたり306円と世界各国と比較して低い水準にとどまっています(2024年1月8日時点)」

欧州連合(EU)は、2023年5月に、炭素税に匹敵する「炭素の国境調整メカニズム」を施行。温室効果ガス排出量の多い国から、排出量の少ない国への輸入品に対して、炭素価格相当の費用を課す制度です。さらに、2023年7月から「デジタルプロダクトパスポート」の導入を義務付け、製品の製造者、販売者、消費者、そしてリサイクル業者などが製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものを共有できるようにしました。
温室効果ガス排出量の多い国から輸入される製品の競争力を低下させ、排出量の少ない国から輸入される製品の競争力を高める施策で、日本企業への影響も少なくはありません。
もはやビジネス界は、「脱炭素なくして商いができない」時代に突入しているというのです。

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

現在、脱炭素ビジネスは、欧州・アメリカと中国が牽引していますが、アメリカでは、2017年6月、ドナルド・トランプ大統領のもと、地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定からの離脱を表明したのは印象的なできごとでした。
ジョー・バイデン大統領により2021年2月に復帰しましたが、その間に何があったのでしょうか。

「アメリカが離脱を宣言する中、2017年にドイツのボンでCOP23が開催されました。アメリカのビジネス界はどうするのか注目されましたが、アメリカの大手企業100社以上が連名で、『ウィーアースティルイン(We are still in)』の声明を発表し、『我々はまだパリ協定にいる』と表明したんです。企業には、アップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどアメリカを代表する企業が名を連ねていました。2024年アメリカ大統領選挙で、たとえドナルド・トランプ氏が再選されたとしても、ビジネス界の脱炭素の動きは止まらないでしょう」

脱炭素と住まいの新潮流、世界の最新事情

住宅業界の脱炭素の動きについて、堅達さんは「世界各国で新築住宅への太陽光発電の義務化が進むこと」に注目しています。

「COP28では、『化石燃料からの脱却』を実現するために、2030年までに再生可能エネルギーを3倍にして、エネルギー効率を2倍にすることが目標になりました。
具体的な政策としては、新築住宅の太陽光発電の義務化が注目されています。既に、アメリカのカリフォルニア州やハワイ州では、新築住宅に太陽光発電を設置することが義務化されていましたが、日本でも、東京都が2025年4月から、新築住宅への太陽光発電設置の義務化を決定しました」

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

「化石燃料を廃止するには、石炭だけではなくて、石油と天然ガスからも脱却しなければいけません。
ニューヨーク市で2021年12月に可決された『新たな建築物での天然ガス使用を禁じる法案』は、その先駆けとなる政策です。2024年1月から7階建て未満の新築建物、2027年7月から7階建て以上の新築建物に対して、暖房、給湯、調理などのすべての用途で天然ガスの使用を禁止するもの。ニューヨーク市の新築建物は、すべて電気で暖房や給湯、調理を行うことになります。ガスをひねって調理する時代が終わりを迎えているのです」

街づくりや住宅にもEVシフトの動きが出てきており、こちらも見逃せないと言います。

「ここ数年で大きく進んだ分野は、EVです。ガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車から、電気自動車(EV)への転換が急速に進んでいます。
世界におけるEV車の普及率は2023年には14%を超え、欧州では20%と5台に1台がEVの時代に突入しています。欧州、中国、アメリカでは、EVシフトを加速させるために、住宅へのEV充電設備の設置義務化を進める動きが広がっています。
日本では、東京都が、全国に先駆けて、2025年4月から、賃貸住宅を含む新築の住宅すべてにEV充電設備の整備義務化を施行。日本におけるEV車の普及率は世界水準を大きく下回っています。今後、EVシフトを加速させると同時に、全国へ充電ステーションの整備が急がれます」

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

また、堅達さんは「日本が一番遅れている既存住宅の断熱化が急務」と警鐘を鳴らします。

「『エネルギー効率2倍』を達成するためには、建物の省エネ性能を高めることが重要です。欧米では、住宅の断熱化は、エネルギー消費量の削減や、室内環境の改善、快適性の向上などの目的で、広く普及しています。それに比べると、日本では、特に既存住宅における省エネ診断や断熱工事の普及が進んでおらず、省エネ性能向上が遅れています」

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

ドイツでは、2002年に「省エネルギー建築法(EnEV)」が施行され、新築住宅の省エネ性能を一定の基準に満たすことが義務付けられ、既存住宅についても、2020年より、一定の基準に満たない住宅の売買や賃貸の際に、省エネ診断を実施することが義務化されました。

「国土交通省では、新築住宅の断熱性能を『ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)』の基準まで引き上げる目標を掲げています。また、2022年度から、『既存住宅における断熱リフォーム支援事業』により、窓やドアなどの断熱改修に対する補助金制度が拡充されました。
努力義務だけでは遅々として進みません。義務化と補助金等をセットにして導入するアプローチが効果的です」

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

■関連記事:
木造住宅や建築が地球を救う!? 法改正で住まいの潮流は変わる?
あなどれない木造! マンションもオフィスビルも建てられる最新事情

日本の課題と求められる取り組み

現在、日本では国全体としての排出量取引制度は実施されていません。日本政府は2026年度の本格稼働に向けて準備を進めている段階です。岸田首相は、2022年1月に「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を提唱していますが、課題もあります。
世界では日本の脱炭素政策は、どう見られているのでしょうか。

「残念ですが、日本の温暖化対策は、世界から評価されていないのが現状です。
COP28の会場では、日本は、脱炭素で間違った方向に進んでいるとして、環境NGOから『化石賞』に選ばれました。化石賞とは、気候変動対策に対して足を引っ張った国や企業に与えられる不名誉な賞です。
また、脱炭素化の手段として、アンモニアを燃料として利用することに注力していますが、これについても冷ややかな目を向けられています。確かに、アンモニアは、燃焼時にはCO2は排出しませんが、現状では生成する時にCO2を排出しますから、差し引きでいえば効果が低いと言われるのは当然です」

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

「もはやマイボトルやエコバッグの自助努力だけで温暖化は止まりません」と堅達さん。

「まず、政府が、ルールや期限を決めてシステムを変える必要があります。『衣食住』の『住まい』は、地球環境の問題を身近に感じる入り口。断熱性能のいい住宅なら、快適に暮らせて地球環境にも優しい。太陽光や蓄電池を搭載すれば、防災にもなり、一石二鳥三鳥になります。省エネ性能表示を確認するなど、消費者として、環境に配慮した商品を選ぶことが地球の未来を変えると思います」

世界では、脱炭素化によるパラダイムシフトで、今までの思想や社会全体の価値観などが、革命的に、劇的に変化しています。日本でも2019年に風力発電の再エネ海域利用法が施行され、洋上風力発電の導入が本格化。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、脱炭素技術の研究開発に2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設するなど、脱炭素社会の実現に向けた投資を拡大しています。百点満点のエネルギーはなく、課題はありますが、堅達さんのように建設的な視点でとらえることが大切だと感じました。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、NHK民放の6局連動特番『1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。福井県立大学客員教授。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

リンゴやブドウ、サクランボなど果樹栽培が盛んなまち北海道仁木町に、ほぼ自然素材だけで建てられた「CORONTE(コロンテ)」という一棟貸しの小さなコテージが2023年夏に誕生した。企画設計したのは、木こりとして森で自ら木を切り出し、それを素材にした建築を手がけてきた陣内雄(じんのうち・たけし)さん。「動物が巣にする素材でつくる家は文句なく心地よい」と言い、みんながそれを体験できる場をつくりたかったのだという。今回筆者は、真冬に森の中のコテージで一泊。陣内さんの言葉に大きく頷く体験をリポートしたい。

木こりが建築に関わったら、木材はもっと自由に活用できる

無垢の木、羊毛、もみ殻石灰、ミツロウ紙、漆喰といった自然素材で建てられたタイニーコテージ「CORONTE」。
筆者は、このコテージのオープンを心待ちにしていた。
実は10年くらい前から、近年その名を知られてきた「化学物質過敏症」の症状があり、香りのある洗剤や柔軟剤に触れると頭痛がしたり、ホームセンターなどで合板などの売り場に長時間いると喉が痛くなったり。多くの人は感じにくい程度の化学物質で日々苦しんでいるので、自然素材をふんだんに使った家で過ごしたら、自分の体にどんな変化が起こるのだろうかと興味を持っていた。

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

「CORONTE」を企画設計したのは札幌市出身の陣内雄さん。高校2年生で建築家になることを志し、東京藝術大学の建築科に入学。在学中から設計事務所で働いていたが「まわりは人工物ばかりで、もうこれ以上、建築はいらないんじゃないか」という疑問が頭をもたげたという。
同時に、高校生のころに地球温暖化に関する小さな記事を新聞で見つけ、それに大きなショックを受けており、次第に森や自然環境へと関心が向くようになった。作家であり環境保護活動家であるC. W. ニコルさんの本を読み漁り、ニコルさんが所有する森を実際に訪ね、林業に目覚めた。1992年に北海道に戻り、森林組合で林業の作業員として働くことにした。

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

森林組合で林業に従事する中で、効率を優先して重機で木をすべて伐採してしまう現場を多く経験する中で、木をできるだけ切らずに森を守りつつ整備を行いたいという思いが芽生えた。
単なる林業作業員ではなく、森に寄り添う「木こり」として活動を模索しつつ、家を建てることもいつも傍にあった。
1996年には下川町の山の中に藁ブロック構造の「ストローベイルハウス」を仲間と建て、その経験を活かして、2006年には伝統工法に「ワラの断熱と土の気密と蓄熱を合わせたらどうか?」と考えて旭川に自宅を建てた。
大まかな構造は工務店に依頼。土壁は仲間を募って自分たちの手で仕上げた。

木こりの活動と建築が一本の線になったのは2019年。
その4年前には、林業会社に属さずフリーランスの木こりとして山主から整備の依頼を直接受けたり、仲間の木こりと仕事をシェアしたりしながら、各地の山に赴いた。
整備の中で行われる間伐。木と木の間が混み合っていると成長が妨げられることから、一定の時期が来たら間隔をあけるために一部の木を伐採する。間伐材は成長途上であり、時には曲がって太い枝だらけのものもある。それらの多くはパルプ(※)の原料となってしまうが、「こうした木でも立派な構造になるのではないか」と陣内さんは考えていた。

※パルプ:木の繊維を分離させた植物繊維。主に紙の原料になる

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

そこで「キコリビルダーズ」を立ち上げ、自ら伐採した木を使って本格的に建物を手がけるようになった。
これまでに下川町にある「jojoni パン工房」や弟子屈町に「キコリキャビン」と名付けたアルファベットのAの形の住宅を建てた。
「キコリキャビンの骨組みには、間伐したカラマツを使っています。間伐材も丸太に近い状態で使えば、ねじれが起こりにくく強度も出ます」

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

一般的な住宅では、集成材(複数の板を結合させ人工的につくられた木材)を柱や梁に使い、壁や床には合板が利用されるケースも多いが、陣内さんは無垢材や自然素材を積極的に取り入れてきた。
しかしこれまではコストや手間の問題もあり、部分的に合板なども使用しており、いずれはすべて自然素材で「やり切りたい」という思いが募り、宿泊施設をつくろうと思い立った。

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

真冬の北海道、自然素材でどこまで断熱できる?

筆者が「CORONTE」を訪ねたのは12月中旬。冷え込みが厳しくなり朝晩はマイナス5度ほど。
「CORONTE」の案内には「Wi-Fiはありません。携帯電話の電波が2本くらい立つポイントがあります」と書いてあり、また暖房も薪ストーブのみということで、キャンプなどに興味のない自分が、たった一人で一夜を過ごせるのだろうかと、行く前には不安がいっぱいだった。

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

部屋に入ってみると、とても暖かかった。
19平米ほど(ロフト含む)とコンパクトなこともあり、小型の薪ストーブ1台で室内はすぐに暖まることがわかった。

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

今回断熱に使ったのは、羊毛、もみ殻石灰。
屋根の曲面部分には羊毛、壁はもみ殻石灰と杉皮ボードで断熱。内壁は、漆喰とシラカバの板を使った。これらの自然素材は調湿、蓄熱にもすぐれ、冬は暖かいのだという。
また厚めに仕上げた漆喰は、蓄冷効果もあり、夏には夜の冷気を窓から取り込んで、温度が下がったらドアを閉めておくと日中も涼しく過ごせるそうだ。

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

自然には直線は存在しない。木のカーブをそのまま活かして

今回、設計にもこだわり、直線がほとんどない小屋となった。
当初、柱や梁、屋根の構造は直線だったそうだが「自然界には直線はほぼないこと」「風景に調和すること」「木のそのままの曲がりを活かすこと」を考えて、縦長のドーム状となった。
床板も幅の違うシラカバをまるでパズルのように組み合わせた。コロンとした形状からCORONTEと名付けられたという。

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

また、今回は住宅ではなく宿泊施設であることから、積極的に実験も取り入れたという。モミの木のような形状のヨーロッパトウヒも建材として利用。
「この木は、どんなに太くてまっすぐでも、軽くて弱いということで、ほとんど紙の原料となるパルプ材になってしまいます。でも、使い方によっては合板の代わりになるのではと思いました」
製材して板にし、それを15度の角度で組み、一層目とクロスするように二層目も15度の角度をつけて組んだ。

また、同じく材が柔らかいため建材には使われないドロノキをトイレとシャワールームの引き戸に活用。
「ドロノキの使い道に困っている木こり仲間がいたので、どうやったら建材に応用できるか考えてみようと思いました」

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

今回使った木材の中には、陣内さんが切り出し、それをため池に半年間つけ、じっくりと乾燥させたものもある。木材を乾燥機に入れて乾かす方法もあるが、水中乾燥すると時間はかかるが、反りや割れなどを防ぐ効果が高いという。
「昔ながらの木材の乾燥方法です。しっとりした風合いがあって、色つや香りがよいです」
昔はどこでも木材を何年も水中で貯木してから製材していたという。山里の農村には開拓時代につくられたため池があって、現在は使われていないため、それを活用しようと思った。また、そこにある木材だけでなく、土や藁などその場で手に入る素材で家をつくるということも当たり前に行われていた。

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

さらに紹介しきれないくらい、さまざまな挑戦がある。
鳥の目線のような風景を味わってもらいたいとあえて傾斜地に建てた。
また、そこにあったミズナラの木を切らないで、デッキから突き出るような構造とした。
手間がかかる作業ばかりだが、それが雇用にもつながると陣内さんは考えている。
「職人さんたちは、手間がかかって大変だと口々に言うけれど、自然の中で作業をすることで、みんなとても明るい表情になっています。現在の建築は効率重視で手間になることを極力避けるけれど、気持ちを込めて丁寧に仕事ができるし、技術も継承できる。それに自然素材なのでほとんどゴミも出ないのも良い点だと思います」

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

当初の計画で総予算は700万円ほどだったという。
しかし、柱や壁を曲線でつくることに方向転換したことなど予想を超える手間がかかり、1000万円以上かかったという。
「コストはかかりましたが、自然素材の家ならメンテナンスをしっかりしていけば200年、300年と使い続けられます。こうしたスパンで考えたら、決して高価なものじゃないと僕は思います」

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

山と海を守りながら、みんなが暮らすことができたら

「CORONTE」は陣内さんにとってゴールではなく始まり。
この建物が建っているのは、あさひの杜の敷地。あさひの杜は、朝日こうじさん、ゆかりさん一家が、山の中で畑を耕し、犬、猫、鶏、馬、カメなど動物たちと暮らす場所。
「子どもたちが豊かな自然の中でのびのびと夢を思い描ける世界をつくること」を目標にイベントを開いたり、子どもが集う場をつくっている。

朝日さんが陣内さんの活動に共感したことから「CORONTE」がこの場に建った。ここを拠点にしつつ、陣内さんは仁木町一帯で「ずっとみんなの森」というプロジェクトを始めようとしている。
「山の木をすべて切り倒す『皆伐』をしなくても山を守り続けながらみんなが暮らすことができたらと考えています。山を守ることは海を守り、人の暮らしも豊かになります」

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

介護付きコテージがあったり、子どもたちが遊ぶ森があったり。多世代が集い、仕事にもつながる森をつくりたいのだという。イメージスケッチを描き、このプロジェクトに関心を持ってもらう人を増やそうと秋には仁木町で説明会を行った。

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんからさまざまな話を聞いた後、薪ストーブの使い方のレクチャーを受け、筆者は一人で「CORONTE」に宿泊した。
雪が音もなく降り積もる中、夜9時、薪をストーブにたくさん焚べ、熾火(おきび。薪が炭になり炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態)になったのを確認してからロフトで眠った。
明け方4時くらいにいったん目が覚めた。薪ストーブの火は完全に消えていたが、部屋はまだほんのり暖かく、掛け布団一枚でも心地よかった(おそらく15度くらい)。
明け方まどろみながら、自分がいつもより一段深く呼吸ができ、肩や首の凝りがゆっくりとほぐれていくように感じられた。
手を伸ばすと漆喰壁があり、壁も暖かさを保っている。
触っていると、まるで卵の中で守られているような安堵感があった。

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

「自然素材の家は文句なく気持ちいい」

陣内さんはいつも語っていたが、それは本当のことだった。
朝起きて薪ストーブに火を灯し、その上にケトルを乗せて、手回しのミルでコーヒーを挽いた。
お湯が沸くまで、雪がゆっくりと降り落ちる窓の景色に見惚れていた。
それだけなのに、この満ち足りた気持ちはどこからわいてくるのだろう。
心の底からリラックスして、ただただ時間が過ぎていくのを楽しんだ。

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

この素晴らしい体験を、言葉でとても言い表せないのが何とも悔しい。
筆者は化学物質に触れていると、何らかの違和感があるので、この場にいて救われたような思いがした。
コテージというより、ここは自分にとってのシェルターであると感じた。みなさんも一度泊まっていただけたら、その気持ちよさを感じられるのではないかと思う。冬季は試験運用中。来春の本格オープンを楽しみにしていただきたい。

●取材協力
Tiny cottage「CORONTE」
北海道余市郡仁木町東町

最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場

ここ数年、夏の暑さも冬の寒さも厳しく、電気や灯油、ガス料金の高騰による冷暖房費のアップが家計を直撃している。そんな今、注目したいのが冷暖房費や光熱費が共益費に含まれ、一定額でまかなえてしまう賃貸・分譲集合住宅。しかも、その料金は一般の住宅に比べかなり安いそう。「来月のエアコン代はいったいいくらになるのだろう」という心配から解放される、住まいの仕組みについて取材した。

冬の平均気温が氷点下の北海道ニセコ町に、エアコン1台、一定額で暖房費がまかなえる賃貸集合住宅が誕生

スキーリゾートとして世界的に注目を集める北海道ニセコ町。冬季(12月~3月)の平均気温は氷点下で、1月は平均マイナス6度まで下がる。エアコンは暖房にはパワー不足。多くの家が灯油ファンヒーターを使用している。中には、冬のはじめに点火をしたら、春が来るまでスイッチは切らない、という家も。その結果、このエリアの一般的な木造一戸建てでかかる暖房費は月3万~4万円程度。広さや暮らし方などによっては月5万~7万円というケースもある。

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

そんな厳しい気候のニセコ町に、「家庭用のエアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適な状態に管理し、エアコン代は共益費に含まれる」、という賃貸集合住宅「NISEKO BOKKA(ニセコ ボッカ)」がある。なぜエアコン1台で済むのか。なぜ、共益費で冷暖房費がまかなえるのか。

世界水準の高断熱・高気密の集合住宅だから、少ないエネルギーで室温の快適性を保つ

この賃貸集合住宅の実現をサポートしたのは、まちづくり会社・ニセコまちだ。同社取締役の村上敦さんに話を聞いた。

「ニセコ町(ちょう)は2014年に環境モデル都市に認定、2018年にはSDGs未来都市にも選定され、早くから環境への負荷を低減するための取り組みを行っています。また、世界から移住先として人気を集める中、人口増に対して町営住宅や民間の賃貸・分譲住宅の供給が追いつかず、慢性的な住宅不足という課題もあります。これらに対応するため、ニセコ町、地元企業、専門家集団が出資し、官民一体で立ち上げたのがまちづくり会社・ニセコまちです。ニセコ町は、立地条件などから再生可能エネルギーの活用が難しく、大規模工場が稼働するようなエネルギー消費の大きな産業もありません。町内でのエネルギー消費の多くは一般家庭やホテル、公共施設などの建物由来です。二酸化炭素排出量を減らすには、断熱性を高めた建物の供給がカギだと確信しています」(村上さん)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の抱える課題解決に向けて、現在、ニセコまちでは高断熱・高気密の賃貸住宅や分譲マンションを提供する新しい街区「ニセコミライ」を開発しているほか、ニセコ町内に高性能集合住宅をプロデュースしている。そのうちの一つが前述のNISEKO BOKKA だ。

■関連記事:
ニセコ町に誕生の「最強断熱の集合住宅」、屋外マイナス14度でも室内エアコンなしで20度! 温室効果ガス排出量ゼロのまちづくりにも注目

「NISEKO BOKKAは1LDK~3LDKの木造賃貸マンション。各住戸にエアコンが1台設置されていて、住戸全体の室温を自動でコントロールします。夏は26度を上回らず、冬は22度を下回らない室温を保証し、その冷暖房費は共益費に含まれます。共益費は住戸の専有面積によって異なりますが、66平米の2LDKで1万8000円。この金額には駐車場代、冬の除雪費、共用部の清掃代も含まれ、冷暖房にあてられている電気代は月5000円程度です」(村上さん)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

ニセコまちがプロデュースする住宅は、道内の工務店が施工する際、世界水準の高断熱・高気密の住宅を全国で提供している株式会社WELLNEST HOMEが技術協力を行っている。NISEKO BOKKAの場合、品確法という法律で定める断熱性を表す断熱等級は、1~7段階の基準の等級6となり、これはZEH水準を上回るHEAT20のG2グレードと同等にあたる。

■NISEKO BOKKAの断熱性や気密性など

UA値※10.26w/m2・kC値※20.1cm2/m2断熱等級6建築年月2023/04/01構造・階数木造・2階建て※1 UA値:数値が低いほど断熱性能が高い
※2 C値:数値が低いほど気密性が高い

エアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適に保ち、しかもかかる電気代も低く抑えられているのは高断熱・高気密を実現している建物だから。高い断熱・気密性能で室内は外気温の影響を受けにくく、熱交換しながらの換気で、室内の快適な空気を逃さない。そのため、少ないエネルギーで効率的に住戸を温めたり、冷やしたりが可能。冷暖房費用を共益費に含められるほどに抑えることが可能になるのだ。

■ニセコの一般的な賃貸住宅とNISEKO BOKKAの光熱費(一部)の比較

ニセコで一般的な賃貸住宅(2LDK)NISEKO BOKKA(2LDK)15万円/年
※暖房用の灯油代のみ。部分間欠暖房+冷房なし6万円/年
※共益費に含まれる5000円×12カ月。全館連続暖冷房の費用NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

入居者に聞いた、最強断熱の住まいの暮らし心地

2023年4月に完成したNISEKO BOKKAに入居し、もうすぐ1年になる吉岡さん。夫の転職がきっかけで東京からニセコ町に引っ越すことになるまで、ニセコはもちろん北海道にも来たことがなかった。今、生まれて初めて北海道の冬を体験中だ。

「冬に入ってから暖房はエアコンだけ。床暖房もないのですが、家の中は東京のマンションよりも暖かく感じます。スリッパや厚手のセーター、羽毛布団も不要。夜間も子どもたちが毛布を蹴飛ばしてしまうほどです。浴室やトイレも暖かいのでヒートショックの心配もなく、体にも負担が少ないと感じます。湿度も一定で、東京で使っていた加湿器もこの家では出番がないんですよ」(吉岡さん)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

吉岡さんは、冬だけでなく夏の快適さにも驚いたとか。

「全国的に猛暑だった2023年の夏は、北海道のニセコでも暑い日が多く、湿度も高かったのですが、家の中にいると外がどれくらい暑いのかがわからないくらい。断熱材がしっかり入っていて、窓もトリプルガラスなためか、外の音があまり聞こえず、近くをトラックが通っても気にならないことにも驚きました」(吉岡さん)

月1万8000円の共益費は周辺相場の2倍ほどだが、冷暖房費・駐車場代がまかなえて除雪も不要。共益費のうち冷暖房費にあてられるのは5000円程度で年間6万円ほど。ニセコ町ではひと冬の暖房費が15万~20万円ほどかかることを考えると、決して高いとは感じないと吉岡さん。寒さや暑さのストレスを感じない暮らしを楽しんでいる。

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

電気をつくり、蓄える。積雪の問題がクリアされてニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化

「NISEKO BOKKAでは、共益費に含まれるのは冷暖房の電気代のみ。給湯は灯油代がかかり、冷暖房以外の電気は入居者が電力会社と契約して、共益費とは別に支払っています。なぜ、太陽光発電で電気をつくり、蓄電池に蓄え、エコキュートでお湯を沸かすシステムにして、電力会社から購入する電気を少なくすることができなかったのか。それは、雪の問題があったからです」(村上さん)

NISEKO BOKKAの建築当時、太陽光パネルは積雪荷重が積雪約2m相当までのものしか商品化されていなかった。しかし、ニセコの積雪量は毎年2mを超える。そのため、太陽光パネルを採用することができなかったのだ。

「新しい街区のニセコミライでは太陽光パネルを導入したいと、ニセコの積雪に耐えられるよう改良すべく、自分たちでさまざまな実験を行いました。しかし、好ましい結果は得られませんでした。そんな時、世界最大の太陽光パネルメーカーのQセルズという会社が積雪2.3mまで耐えられる太陽光パネルを開発。2024年3月に引き渡し予定の、高性能木造分譲マンション『モクレ ニセコ A棟』から太陽光パネルを採用することが可能になったのです」(村上さん)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」では、エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)として1住戸あたり月額9700円を予定。この金額に冷暖房、給湯、そのほかの電力が含まれている。

「ニセコでは通常、冬の4~5カ月間は暖房の灯油代だけで月3万~4万円程度かかります。さらに電気代が毎月1万円、ガス代が3000~5000円、給湯に灯油を使えばさらに毎月5000円。光熱費の負担は年間でおおよそ35万~40万円くらいになります」(村上さん)

しかし、モクレ ニセコA棟では、光熱費は年間で約12万円程度。ニセコの一般的な木造住宅と比較すると、光熱費が3~4割程度で済むということだ。積雪という北国ならではの問題が解決されたことで、ニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化した。もともと、全国の中でも北海道は突出して住宅の断熱性が重視され仕様レベルも高い中で、この数字は目を見張るものと言えます。

使用するエネルギーはHEMS3.0で自動制御。将来はAIが個人の好みに合う室内環境をつくる?

賃貸マンションのNISEKO BOKKAや、分譲マンションのモクレ ニセコは、使用するエネルギーをHEMS3.0で管理している。

HEMS(ヘムス)とは、「Home Energy Management System」の略。家庭で使用するエネルギーを一元管理するシステムだ。HEMS3.0では、エネルギーの見える化のほか、遠隔制御や自動制御を可能にすることでエネルギー消費を抑える効果が期待できる。

バージョン内容HEMS1.0エネルギーデータの見える化。エネルギーをどれだけ使ったかがわかるHEMS2.0見える化のほか、外出先からスマホで家電のON/OFFができるなど遠隔操作等が可能HEMS3.01.0、2.0の機能に加えて、自動制御によって、人が介在しないエネルギー消費の最適化が可能(表作成/SUUMO編集部)

「NISEKO BOKKAもモクレ ニセコA棟もHEMS3.0で室温を自動制御していますが、モクレ ニセコA棟では一歩進んで、換気量もCO2濃度や湿度に応じて自動コントロールします。室内の状況をモニタリングしながら、太陽光と連動して効率よく電気を調達し、最も快適になるであろう室温や湿度に近づけるためにエアコンや換気を制御するのがHEMS3.0。将来的には、暮らす人の好みや生活パターンをAIが学び、自動制御するシステムを実現したいと考えています」(村上さん)

2024年4月から、分譲も賃貸も省エネ性能の表示が努力義務に

2001年から始まった「住宅性能表示制度」だが、2024年4月から、住宅の販売や賃貸を行う事業者が、建物の省エネ性能を広告などに表示する取り組みが新しくスタートする。対象となるのは2024年4月以降に建築確認申請を行う新築住宅と、再販売・再賃貸される物件。省エネ性能ラベルの表示は努力義務ではあるが、不動産ポータルサイトをはじめとした広告に、エネルギー消費性能や断熱性能、目安となる光熱費が表示されることがあたり前になれば、家探しをする人にとってはメリットが大きい。住宅を販売、賃貸する事業者にとっても、高性能な住宅であることをアピールする良い機会になる。また、断熱性や気密性などの住宅性能の高さが、家選びの際のポイントとして重視されることもスタンダードになっていき、脱炭素社会の実現につながっていくはずだ。

ニセコで実現している高性能な住宅づくりは、極寒のニセコだけでなく全国にも広がっている。ただし、性能が高くなれば住宅の建築コストはアップし、販売価格や賃料に影響する。その点にはどう向き合うべきなのだろう。現在、神奈川県川崎市で高断熱の賃貸アパートを建設中の、法月興産株式会社・法月順嗣さんに話を聞いた。

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

賃貸オーナーに聞いた、建築費を多くかけても最強断熱で賃貸アパートを建てる理由

法月さんが建設中のアパートは、太陽光パネルと蓄電池を完備し、各部屋の光熱費を共益費に含める予定だ。少ないエネルギーで快適性を保てる高断熱・高気密の高性能な建物だからこそ実現できる仕組み。設計・施工はニセコまちの高断熱住宅で技術協力を行っているWELLNEST HOMEだ。

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

「以前から10棟の賃貸住宅を所有していますが、これからは自分の息子たち、さらに孫たちにも引き継いでいけるよう、性能の良い建物を建てることが重要だと考えました。WELLNEST HOMEのモデルハウスを見学した際、気温35度の暑い日だったにもかかわらず、エアコン1台で家全体が快適なことに驚きました。また、壁内だけでなく、外壁側にもぐるりと断熱材が施工され、釘1本まで錆びが出ないように施工された長寿命、高耐久性である点にも納得し、依頼を決めました」(法月さん)

建築費用は一般的な同規模の集合住宅よりも高くなる。賃貸住宅のオーナーとしては、利回りが気になるはずだ。

「イニシャルコストが高ければ、利回りは下がります。しかし、耐久性が高く長寿命な建物ですから、低い利回りでも30年、50年と長期間かけて回収すればいい。例えば、高利回りの賃貸住宅を建てて築15年~20年で解体することになるより、高性能な住宅を建てて50年、100年といった長期間活用する方が、環境にも地球にも良いと考えたのです」(法月さん)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

高断熱・高気密+光熱費定額の住まいは光熱費が抑えられるほか、耐久性も高いため短期間での建て替えや解体が不要。イニシャルコストは高くなったとしても、住み続けるために必要なランニングコストを含めたライフサイクルコストの面でメリットが大きい。最強断熱の家づくりが、これからの分譲住宅、賃貸住宅にどう影響していくか注目したい。

●取材協力
株式会社ニセコまち 村上敦さん
ドイツ・フライブルク市とニセコ町の2拠点に居住中のジャーナリスト、コンサルタント。ドイツやEUの都市計画、交通計画、エネルギー政策などを取材し、日本へ発信している。2008年から、ハウスメーカーWELLNEST HOMEの創業者とともに一般社団法人クラブヴォーバンを立ち上げ、日本での持続可能なまちづくりに邁進する。2021年、官民連携の株式会社ニセコまちの取締役に就任。
株式会社ニセコまち

沖縄のホテルがゴミ拾いを始めた理由。宿泊客・地元民と共に人や街のつながりつくる、観光地のオーバーツーリズムの新たな解決策

人気の観光地、沖縄県。コロナ禍が収束し、本格的に観光需要が戻り始めています。そんな沖縄県・那覇市の観光エリア「国際通り」そばに、2023年6月、「サウスウエストグランドホテル(Southwest Grand Hotel)」が開業しました。運営するのはPlan・Do・See(東京都中央区)。「6th」(東京都・麻布台に移転)、任天堂本社社屋を活用した安藤忠雄氏設計監修の「丸福樓(MARUFUKURO)」など、全国各地で数々の人気ホテルを手掛けてきた同社ですが、今回は宿泊客だけでなく地元の人たちも巻き込んだ、ユニークな取り組みをしているといいます。エコツーリズム型ホテルとはどんなものなのか、取材しました。

地域住民と宿泊客で「ゴミ拾い」

2023年12月17日、少し肌寒い日曜日の朝8時。サウスウエストグランドホテルのエントランス前には、緑色のビブス着用した人々が集まっていました。総勢約25人。参加者は20~40代の男女で、ボランティア団体「グリーンバード沖縄チーム」のメンバーや、サウスウエストグランドホテルの従業員、沖縄県内の大学に通う大学生など、年齢も立場もさまざま。

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

彼らは、これからおよそ1時間にわたり、国際通り周辺のゴミ拾いに出発するといいます。「那覇 CLEAN GREEN MORNING(以下、那覇CGM)」と名付けられた、日曜朝のゴミ拾いは、今回が第2回目の開催で、今後は月に一度開催される定番イベントになるとのこと。11月18日に開催された第1回から、同ホテルの宿泊客も参加したといいます。
いったいなぜ、このようなツアーをホテルが開催しているのでしょうか。

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

「サウスウエストグランドホテルは、ここで出会った方々のハブになることを目指しています。那覇を旅して当ホテルを訪れたお客様だけでなく、ここで暮らしたり、働いたりしている全ての人々が交わりながら、街をより良くしていく。その活動の一環と捉えて毎月第3日曜日に開催しています」。同ホテルのキャスティング室・江口美沙さんはこう語ります。

近年、観光地で問題になっているのが「オーバーツーリズム」です。オーバーツーリズムとは、特定のエリアに観光客が集中することによって生まれる、さまざまな弊害のことを指します。例えば、騒音や交通渋滞、環境破壊などがその一例ですが、那覇の国際通りで近年、目につくのがそのゴミの多さだといいます。

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

確かに、観光客の多い国際通りでは、空き缶や何かが入ったコンビニ袋、空っぽになったお菓子の袋など、多種多様なゴミが目につきます。こうしたゴミを、集まったボランティアやホテルの従業員、宿泊客が一緒に拾うことで、街を綺麗にするとともに、新たな交流の場も生み出す仕組みです。海外ではクリーン活動に観光客が飛び入りすることも多く、今後は同じように、さらに参加者の輪を広げていきたいとのこと。

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

実際に活動に参加しながら、参加者の声を聞いてみました。

コロナ禍を機に沖縄県浦添市に移住したという女性は「ここで生まれるコミュニティに参加することが楽しみのひとつです」と笑顔を見せました。

21歳の男子大学生は、日曜日の早起きは苦にならないといいます。「この活動に参加することで、ゴミを拾いながら普段話せない社会人の方たちともいろいろな話をできる。僕はファッション関係に進みたいんですが、沖縄県外から参加されている方たちから、ファッションビジネスの話を聞けるのがとても勉強になります」と目を輝かせていました。

ホテルから数分歩くと、国際通りに突き当たります。そこからは2つのグループに分かれて、周辺のゴミを回収。たばこの吸い殻や割れたガラス瓶、はたまたフライパンなど、回収できたゴミは大型のゴミ袋7袋にものぼりました。

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

学生と社会人の交流の場にも

終了後、参加者には、ホテルのレストランで飲み物がふるまわれます。参加した人々が、笑顔で談笑する姿が印象的でした。

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」     でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」 でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄チームのリーダーは、沖縄県名護市にある公立大学、名桜大学4生の山下寛人さん。サッカー推薦で名桜大学に入学した山下さんですが、新型コロナウイルスの流行中は、サッカーに打ち込むのが難しい環境だったといいます。

グリーンバード沖縄     チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄 チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

「それでも、早朝に地元のビーチをランニングしていると、地元のおじいやおばあが、ビーチのゴミを拾っているんです。自分も沖縄に貢献したいと思って、2021年の6月ごろから少しずつ活動を始めました」

卒業後は、国際協力団体のJICAに就職し、ソロモン諸島のとある国のサッカー代表チームの助監督を務める予定です。

「次のリーダーも、なるべく大学生にバトンを渡したいですね。社会貢献は継続が大切。継続するためには、僕ら運営側が、ボランティアの参加メンバーにメリットを提供できるかどうかも大切なことです。今回のサウスウエストグランドホテルさんのように、地域の企業に認知していただくことで、参加する学生にとっても、キャリアや人生について大人の方に相談できるような場になっていけたらいいなと考えています」

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

至近距離で沖縄の三線を聞ける「ゆんたくSUNSET」

サウスウエストグランドホテルでは、もうひとつユニークな取り組みがあります。夕日を眺めながら、ホテルのバーで提供されるカクテル1杯を片手に、沖縄のカルチャー、エンタテインメント、スポーツなどを通じて宿泊客や地元住民が“ゆんたく(沖縄の方言でおしゃべりという意味)”を楽しむイベント「ゆんたくSUNSET」です。

翌18日の17時15分からは、同ホテル11階のダイニング&サンセットバー 「The Sailor’s Club」で三線のライブを開催。ホテルの宿泊者およそ20人が、1時間15分にわたって、三線とカチャーシーを楽しみました。三線とは、沖縄の伝統的な弦楽器、カチャーシーとは沖縄民謡に合わせて、両手を頭上で左右に振りながら踊る伝統的な踊りのこと。

当日は、三線奏者・波平宇宙さんの演奏に合わせて、参加者が沖縄の伝統音楽を味わいました。

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

東京都から旅行に来た50代の夫妻は「こんなにすぐそばで、三線を聞けたのは初めて。国際通りで民謡居酒屋を予約したことがあったんだけど、お客さんの声で良く聞こえなかったの」と笑顔に。

那覇市在住で、一家3人で宿泊しているという40代男性は「沖縄に住んでいても、こういった伝統芸能に触れる機会は多くありません。子供にも良い体験になったと思います」と話していました。

演奏終了後は、ゆんたくタイムに。演奏をした波平さんは、普段は沖縄芸術劇場などで演奏していますが「お客様とここまで近くで交流できる場は少ないです。伝統芸能の演者は年々減少していますが、自分もよい演奏をして頑張っていきたい」と意気込みを語っていました。

今後の「ゆんたく SUNSET」では、地域住民からもイベント企画を募集し、沖縄の文化や歴史の発信・共有を通じて、那覇で暮らす・旅する・働く全ての人々の“社交場”を目指していくといいます(那覇CGMやゆんたくSUNSETのイベント参加は、サウスウエストグランドホテルのInstagramで申し込み可能)。

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の「目的地」になるホテルを目指す

サウスウエストグランドホテルで最も部屋数が多いグランドツインルームは45平米とぜいたくな造りです。ゆったりくつろげるソファから見える大型テレビは画面の角度を自由に動かすことができ、室内のミニバーも無料。ホテル内には全天候型の室内プールやジャグジー、最上階にはサウナも備え、ゆったりとホテルステイができます。

その反面、価格帯は1泊約5万円から。観光客はともかく、地元の人々が気軽に宿泊できる価格帯とは言えません。しかし、他の高価格帯ホテルとは一線を画した工夫で地元沖縄への貢献を試みています。それは従業員の雇用や、はたまたホテルのインテリアにも表れています。

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

沖縄県出身の同ホテルのゼネラルマネージャー・宮﨑健太さんはこう話します。

「これまで、富裕層のお客様は恩納村などの北部まで足を延ばして、ビーチやゴルフを楽しまれることがほとんどでした。でも、このホテルを目的地に『那覇でいいじゃん』と思っていただきたい。そして、地元・那覇の人たちにとっても気軽に来館していただける、街と繋がるホテルで在り続けたいですね」(宮﨑さん)

折しもクリスマスシーズンでしたが、サウスウエストグランドホテルのロビーはクリスマスの雰囲気はありつつも、クリスマスツリーが飾られていませんでした。

宮﨑さんいわく「沖縄には、もともとツリーを飾る習慣はなかったんですよ。これも沖縄らしさの一つです(笑)」とのこと。筆者には、その空間もとても居心地よく感じられました。

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

エコツーリズム型ホテルは、宿泊の場を提供するだけではなく、さまざまな場所に住む、老若男女の出会いを生み出します。早朝のゴミ拾いは参加した学生にとっては、社会勉強の場に。移住者や観光客にとっては、この場を通して沖縄のローカルな文化を感じたり、地元の参加者と交流したりすることができます。ホテルにとっても、地域に貢献することができ、結果的に那覇の街も綺麗になります。

沖縄の中でも、さまざまな人が行き交う街、那覇。観光で数日訪れるだけではなかなか体験できない「人とのつながり、街とのつながり」を生み出せるのが、エコツーリズム型ホテルの醍醐味といえるでしょう。

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

●取材協力
サウスウエストグランドホテル
HP
Instagram
グリーンバード沖縄チーム

関心高まる「移住・二地域居住」 、促進に向け専門委員会が中間とりまとめを公表 これから何が変わる?

空家の増加が懸念されるなか、東京圏の転入超過数はコロナ禍で一時的に減少したものの、現在は再び増加している。一方で、若者世代を含めた移住や二地域居住の希望者が増加している。こうした状況下で、地方への人の流れを創出・拡大させようと、国土交通省では移住・二地域居住等促進専門委員会を設けて「移住・二地域居住」などを促進するための施策について審議を続け、この度その中間とりまとめを公表した。

【今週の住活トピック】
移住・二地域居住等の促進に向けた対応の方向性等をとりまとめ/国土交通省

地方移住や二地域居住への関心は高い

政府は、移住や二地域居住を促進することは、東京一極集中の是正や地方創生という課題について効果があると見ている。また移住や二地域居住の促進は、「関係人口」の創出拡大を通じた魅力的な地域づくりにも有効な手段と考えている。

関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、特定の地域に継続的に多様な形で関わる人のことで、「二地域居住等」を行う人も含んでいる。なお、政府では二地域居住を「主な生活拠点とは別の特定の地域に生活拠点(ホテル等も含む)を設ける暮らし方」と定義している。必ずしも2つの地域に住まいがあることに限定していない。

さて、専門委員会の中間とりまとめを見よう。内閣府や国土交通省の調査結果から、地方移住や二地域居住への関心が高まっていると指摘している。まず、内閣府が2023年3月に行った「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」では、東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)に居住する人の地方移住への関心は年々高まっている様子がうかがえる。

また、国土交通省が2023年8月~9月に行った「二地域居住に関するアンケート」で、二地域居住を行っていない人に二地域居住等を行いたいと思うか聞いたところ、27.9%が二地域居住を行いたい・行う予定があるなどの高い関心を示した。

地方移住への関心(東京圏)全年齢

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」より

今後、居住地や通勤・通学先以外で、二地域居住等を行いたいと思いますか?

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集より

このように関心が高まっている移住や二地域居住だが、実行するにはさまざまなハードルもある。

場所にしばられない働き方が可能になり、転職なき移住も

移住や二地域居住で最も高いハードルになるのが、「仕事や収入」といわれてきた。ところが、コロナ禍でテレワークが普及し、地方にいながらにして東京での仕事を続けることができるようになった。地方で希望の仕事が見つからない、地方での収入が都市部より低くて経済的に成り立たないといったハードルが低くなったことで、移住や二地域居住がしやすくなってきた。また、副業を禁止しない企業も増えているので、東京で本業を、地方で副業やボランティアを、といったスタイルが取りやすいことも追い風となっている。

パーソル総合研究所「地方移住に関する実態調査」(2022年3月作成)によると、移住した人の53.4%が「転職をしていない」と回答している。場所にしばられない働き方ができれば、「転職なき移住」も可能になるわけだ。もちろん、残りの半数近くは転職や独立・起業をしているので、それを支援する手立ても必要となる。

移住に伴う転職・職務変更

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集より

「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」の3本柱

次に、「地域コミュニティへの参加のしやすさ」というハードルもある。地域独特のルールに馴染めないといったことや、「よそ者」に対する寛容性が低い地域、性別や世代などによる偏見が残っている地域があったりして、移住や二地域居住の障害になる場合もある。

そこで、中間とりまとめでは「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」を3つの柱に据えて、それぞれの課題や対応の方向性を提示している。

「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」の課題

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」より

移住や二地域居住の促進をするための施策についてのとりまとめなので、「中間とりまとめ」ではそれぞれの対応策について、地方自治体が取り組むべき内容や実際に取り組んでいる自治体の事例などを詳しく紹介している。さらに、受け入れる個々の地方自治体だけでなく、民間との連携や地域間、基礎自治体と広域の都道府県との連携も必要であり、区域外就学制度などの子どもの学びの環境づくりなど、横断的な対応も必要と指摘している。

筆者が取材した地方移住者の場合、空き家はあるのによそ者には売ったり貸したりしたくないという風潮があり、それが大きな課題となったという事例もあった。その事例では、移住者のサポートをする橋渡し役の人が地元住民に働きかけて意識を変えたことで、移住者向けの空き家が増え、新たなコミュニティが形成されて、今では多くの移住者や地元住民と良い関係が築けていた。

中間とりまとめは、かなり細かい点にまで言及した提言となっている。実際に行うのは難しい内容も多いが、新しい人材を求める自治体には積極的に取り組んでほしい。働き方や家族のライフスタイルなどが変化している今こそ、障害を減らして魅力を発信できる自治体が移住先・二地域居住先として選ばれていくだろう。

●関連サイト
国土交通省の報道発表:移住・二地域居住等の促進に向けた対応の方向性等をとりまとめ
「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」
「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集

「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

スタートアップ企業でUXリサーチャーとして働く松薗美帆さん。昨年、都内にある築41年のマンションをリノベーション。パートナーとの新生活をスタートさせました。

建築家とリノベーションのプランを検討するにあたり、松薗さんが最初に着手したのが「要求定義」。仕事でサービスの開発や改善を行う際に欠かせないプロセスを、家づくりに導入したといいます。

家づくりの要求定義って、何をどうまとめればいいのでしょうか? 建築家の反応は? やってみて分かったことは? やりたいことを実現するための要求定義のポイントを、松薗さんに伺いました。

「曲線の壁」で分かれる、表と裏の空間

ともあれ、まずは完成した家を見てみましょう。

松薗さん、建築家の坂田裕貴さん・marieさんの3人チームでつくりあげた住空間。松薗さんたちが暮らしに求める機能はもちろん、坂田さん、marieさん発案の驚きのアイデアも随所に盛り込まれています。

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

最大の特徴は、フロア全体に立てられた「曲線の壁」です。

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

ひとつながりの壁の「表」と「裏」を行き来しながら暮らす、不思議で楽しい住まい。かくもユニークなアイデアは、いかにして生まれたのでしょうか?

松薗「初回の打ち合わせの時に話していたのは、室内に“縁側”のような余白スペースをつくること。また、L型の形状を活かして、生活の機能と余白スペースを分けることでした。L型に曲線を重ねるアイデアは、2回目の打ち合わせの時に坂田さんからご提案いただいたものです。思いもよらない発想に感動して『もう、これしかないな』と」

坂田「生活機能と余白スペースを分ける際に、普通に直線的な壁を立ててしまうと、幅が均一になり空間にメリハリをつくることができません。図面を眺めながら思案するうちに『もしかしたら、ここに正円を描けるんじゃないか』と閃いて。CAD(コンピューターで図面作成を行うツール)で描いてみたら、本当にすっぽりとおさまりました。円が外側に膨らむ部分は窮屈になる懸念もありましたが、棚を置きつつ人が通れるくらいのスペースは確保できています。今回は現地での実測がかなり正確にできていたことも、プランを実現するうえで大きなポイントでしたね」

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

「要求定義」にプロの発想が加わり、想像以上の仕上がりに

リノベーションにあたり、はじめに松園さんが着手したのが「住まいの要求定義(※)」。日ごろ、UXリサーチャーとしてサービスを開発する際に行うプロセスを、家づくりに取り入れました。

※要求定義……システム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくプロセス

松薗「先に良い物件が見つかって、申し込みをしたのと同時に、建築家さんにお渡しするための要求定義をまとめました。リノベで実現したいことや、私とパートナーのライフスタイル、各部屋の詳細なプランも全て書き出して。文字だけでなく具体的な間取りを描いてみたり、イメージボードを作成してみたりと、私たちのやりたいことがなるべく正確に伝わるように心がけました。普段の仕事でやっているのと同じようなことですね」

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

なお、要求定義をまとめた時点で設計を依頼する建築家は確定しておらず、坂田さんのほか大手のリノベ専門会社を含めた複数の候補がいたそう。最終的に知人に紹介された坂田さんを選んだ決め手は、松薗さんの要求をそのまま受け取るのではなく、要求定義をふまえつつ、プロの視点で思いもよらない提案を打ち返してくれたことだったといいます。

松薗「UXデザインの仕事でも、ユーザーの要求をそっくりそのまま受け取って形にすることはありません。そこにプロの知見や発想が加わるからこそ、よりよいサービスやプロダクトが生まれます。坂田さんやmarieさんも、私の要望をいったん受け止め、自分のなかで解釈したうえで魅力的なアイデアをいくつも出してくれました。このお二人となら私たちが求める暮らしを叶えつつ、想像を超えるような面白い家をつくれるんじゃないかと思いましたね」

坂田「施主さんは自分のライフスタイルを最も理解していて、僕らは常に家のことを考えている。その両者がお互いに意見やアイデアをすり合わせることで、最適解にたどり着けると思っています。美帆さんは家づくりに対して確固たる意志や要望をお持ちでありながら、僕らなりの解釈やアイデアも柔軟に受け止めて、面白がってくれました。本当にやりやすかったですし、楽しく取り組むことができましたね」

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

建築家がアイデアを出しやすくなる要求定義を

はじめに要求定義をまとめる利点は、施主と建築家の目線合わせのほか、言った・言わないのトラブル防止、大まかな費用の共有など、さまざまです。

また、設計側から見ても、こんなメリットがあると坂田さんは言います。

坂田さん「通常の場合、僕らは最初に施主さんにヒアリングをして要求を引き出していきます。このプロセスには結構な労力と時間がかかるので、お客さん側で要望やイメージをある程度まとめておいていただけるのは有り難いですね。そのぶん、こちらもクリエイティブな作業に時間を使えて、より良いアイデアが生まれやすくなると思います」

一方で、松薗さんには反省点もあるのだとか。

松薗さん「かなり細かいところまで、具体的に書きすぎてしまったかなと。最初に坂田さんたちを含む複数社に要求定義をお伝えした時、会社さんによってはそのまま受け取られて、プロならではの提案があまり出てきませんでした。
少なくとも、最初の時点で間取りまで描く必要はなかったですね。『個室と個室は離してください』と伝えるくらいに留めておいて、具体的な間取りについては専門家にお任せしたほうが魅力的なプランをご提案いただけると思うので」

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

松薗さんが言うように、具体的すぎる要求定義は建築家の思考を制限してしまうかもしれません。最初の段階では詳細なプランではなく、住まいに求めることや理想の暮らしを抽象化して伝えたほうがよさそうです。

ともあれ、精度の高い要求定義が、満足度の高いアウトプットにつながるのは確か。リノベーションに限らず、家づくりのプロセスに取り入れてみてはいかがでしょうか?

●取材協力
松薗美帆さん
a.d.p Inc.

室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

「もしナイチンゲールが日本で活躍していたら、今ごろ日本の住宅は夏も冬も快適だった!?」「しかも住宅が快適なら、日本の生活習慣病の患者はもっと少なかったかも知れない!?」。にわかに理解しがたい話ですが、世界と日本の住宅環境の差が分かってくるほどに、さもあらんと思えてくるのです。住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治先生のお話から、世界との違いや、住宅と健康との密接な関係を紐解いていきましょう。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

WHOが「冬は室温18度以上にすること」と強く勧告

今から約5年前。2018年11月にWHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」を公表しました。その中で各国に「冬は室温18度以上にすること」を強く勧告しましています。特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられました。

・WHOは「温かい住まいと断熱」を勧告

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

WHOは「冬の室温は18度以上」と強く勧告し、「子どもと高齢者にはもっと温かく」としています。また新築時と改修時の断熱対策や夏の室内での熱中症についても勧告しています。近年、ヒートショックによる健康被害はメディアでもよく取り上げられるようになりましたが、高齢者特有の問題と思われている人も多いのではないでしょうか。
出典:WHOウェブサイト 2018.11.27公表

なぜWHOは年齢を問わず「冬の室温18度以上」にこだわるのでしょうか? 伊香賀先生によれば「冬の室温が18度以上であれば、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減することが、エビデンス(根拠)は中程度だとしながらも、確認できたからです」と言います。

またイギリスはWHOの勧告より前の、2011年に住宅法を改正し、室温を18度以上に保つことを賃貸住宅に義務づけました。達成できない賃貸住宅に対して行政は解体命令を出すこともできます。賃貸住宅を対象にしたのは、お金持ちではない人々の住宅環境を改善しようという狙いからです。

さらに、日本とは北半球と南半球の違いはあるものの、緯度がほぼ同じで、島国であるという共通点のあるニュージーランドでも住宅の断熱性能を高める施策が行われています。2009年~2014年にかけて断熱改修の補助金制度が実施されたのですが、その成果を検証したところ、断熱改修によって居住者の入院頻度が減少したそうです。

こうした流れの中、日本では2022年に住宅性能表示基準が一部改正され、従来1等級から5等級まであった住宅の断熱等級の、上位等級として6等級と7等級が新設されました。さらに2025年からはすべての新築住宅に、断熱等級4以上の適合が求められ、遅くとも2030年には、ZEH基準(※)の水準が義務化されます。これは、入居者の健康はもちろん、住まいでの消費エネルギーを抑え、地球温暖化を避けるカーボンニュートラルの観点から決められたロードマップによるものです。

足の血行と冷えを改善する断熱性の良い住まい

足元の温度が低いと健康被害につながる血流低下が起きる。等級6の高性能な住まいであればこの問題は大幅に低減されることがわかる。
出典:河本紗弥、伊香賀俊治ほか:住宅断熱性能の違いが生理学的反応及び在宅作業成績に及ぼす影響に関する被験者実験、日本建築学会環境系論文集Vol.87, No.798, 2022.8

なお「断熱等級4で室温を18度にしても、足元は16度くらいになるでしょう。それでは十分な効果は得られないんです。足元も18度にならないと。現在のZEH基準とほぼ同等の、断熱等級5でやっと足元も18度になりますから、私が推奨する断熱等級は5以上です」と伊香賀先生。「義務化」とは「最低でもここまで」というレベルということです。

※ZEH/ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスのこと。太陽光発電の搭載等により、生活で消費するエネルギー量を実質ゼロ以下にすることができる

日本で室温18度以上だった都道府県は北海道をはじめ、わずか4道県

では2025年以降の新築ではなく、日本の既存住宅の断熱性能はどうなっているでしょう。少し前ですが、国土交通省は2014年に「スマートウェルネス住宅等推進調査」を実施しました。この調査には伊香賀先生も参加しているのですが、調べてみると、冬に室温18度以上だった都道府県は20度だった北海道をトップに、わずか4道県に過ぎませんでした。一方で、比較的温暖と思われている地域ほど、住宅の室温が低いという結果が現れたのです。

・温暖地ほど住宅の中が寒いという傾向が見られる

温暖地ほど住まいが寒い

冬の在宅中の居室において、平均の室温を調査した結果が上記。比較的温暖な九州や四国でも16度以下の都道府県があることがわかります。
出典:海塩 渉、伊香賀俊治、村上周三ほか、冬季の室温格差~日本のスマートウェルネス住宅全国調査~、Indoor Air. 2020 Nov;30(6):1317-1328

そもそも、断熱を高める要の「窓」に対して、日本人の関心は薄いようです。窓は住宅の中で最も大きい “熱の出入り口”。二重窓や複層ガラス窓、樹脂製や木製など金属製でないサッシにすれば断熱性能を高められます。しかし日本の「二重サッシまたは複層ガラス窓の設置範囲」の平均は、約30%しかありません。

一方で、窓を二重窓や複層ガラス窓にした、いわゆる断熱住宅が普及している都道府県ほど、冬に死亡者数が増えないという傾向があります。それが下記のグラフです。

・断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

ここで言う「断熱住宅」とは「二重サッシまたは複層ガラス窓のある住宅」を指す。断熱性能を高めるのは断熱材など窓以外の考慮も重要だが、窓に配慮がなされている、つまり断熱意識が高い住宅という点だけで見ても大きな差になることがわかる。
出典:総務省「住宅・土地統計調査2008」と厚生労働省「人口動態統計2014年」都道府県別・月別から伊香賀先生が分析グラフ化

冬に死亡者が増える理由としては、冬の寒さによって血圧が上昇し、高血圧性疾患のリスクが増えることがまず挙げられます。さらに寒さは、肺の抵抗を弱らせて肺感染症リスクを高めたり、血液を濃化することで冠状動脈血栓症リスクを増加させます。

しかし上記グラフから、冬の寒さに起因するこれらの3大リスクを、住宅の室温が高い「温かい家」なら抑えられると推測できるのです。

室温を18度に上げると生活習慣病が改善される

国土交通省は先述の調査に加え、「住宅の断熱性能を高めたら健康的になれるのか?」の継続調査や研究を行いました。伊香賀先生を含む建築と医療の研究者80名のチームは「断熱等級1~2の住宅を断熱改修(リフォーム)によって断熱等級3~4にすると、居住者の健康にどう影響するのか」を調査。すると「まだサンプル数が不足しているので、医学論文には出せませんが」としながらも「生活“習慣”病は生活“環境”病だと言い得る」ということがわかったと言います。

では、その具体的な結果を見ていきましょう。まずは「高血圧症のリスク」についてです。

一般的に寒いと血圧は高くなり、また高齢者ほど高血圧になります。高血圧症は脳梗塞などの脳血管障害や心臓病、腎臓病、動脈硬化を引き起こす要因になります。朝起きた時の室温と「血圧」との関係は下記の通りで、80歳の男性の場合、室温20度ではまだ薬が必要なほど高血圧の状態です。

・朝起きたときの室温と血圧の関係

朝起きたときの室温と血圧の関係

室温が寒い&年齢が高いほど血圧が高いことがわかります。80歳の男性の場合、室温20度でも血圧が140mmHg近くです。
出典:伊香賀先生の資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「これが住宅の断熱改修をすると、血圧が平均で3.1mmHg低下するとわかったのです。厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標を掲げていますが(健康日本21(第二次))、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修を高めるだけで目標の約8割を達成できまることになります」

さらに「脂質異常症の発症を抑制する」面でも断熱改修の効果が現れました。脂質異常症とは、血液中の脂質の値が基準値から外れた状態のこと。いわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常だという状態です。

この脂質異常症の発症を改修前と改修から5年後に調査したところ、居住者の脂質異常症の発症するオッズ(発症した人の数を発症していない人で割って得られる値。数値が小さいほど発症が起きにくいことを示す)が約0.3倍(約7割減)まで下がったのです。

・コレステロール値と室温の関係

レステロール値と室温の関係

上記の通り、温かい寝室で過ごしている人ほど脂質異常症を発症するオッズが減ります(伊香賀先生の資料より)

私たちは高血圧症や循環器疾患という「生活習慣病」は食生活を見直して、適度な運動をし、飲酒や喫煙を抑え、十分休養することで改善できると考えてきました。しかし上記の伊香賀先生たちの調査によって、そういった日頃の摂生だけではなく、暮らしの環境を整えるだけでもこうした病気のリスクを減らすことができるというわけです。伊香賀先生が「生活習慣病は生活環境病でもある」と唱える意味がわかると思います。

・高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

(伊香賀先生の資料より)

日本で断熱意識が欠落していた理由とは?

実は以前から欧米では、健康に対する住宅の重要性を説いていた、と伊香賀先生は言います。だからこそ先述の通りWHOの勧告があり、イギリスや、歴史的にイギリスと関係の深いニュージーランドで住宅に対する施策が行われたのです。

では、なぜ日本ではこれまで、欧米のような住宅の高断熱化に関心が集まらなかったのでしょうか。

その理由は、今から約700年前の1330年代に書かれた『徒然草』にもあるように、日本の住宅は昔から、夏の気温や湿度を重視して建てられてきたからです。徒然草には「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」とあります。少なくとも700年も前から日本人は「家は夏の暑さに対してなんとかすれば、冬はなんとでもなる」という考えが“当たり前”だったと考えられます。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

一方イギリスでは、19世紀にナイチンゲールが活躍していました。彼女は「どうすれば病気に罹らないか」「どうすれば病気から快復させることができるか」といったことをまとめた『看護覚え書』を1860年に刊行します。同書は全13章で構成されているのですが、その第一章は「換気と暖房」。冒頭からもう、温かい環境について言及しています。しかも13章中、実に半分以上の7章が生活環境、つまり住宅にも関係することです。イギリスで国民の健康政策に住宅が含まれるのは、この『看護覚え書』の考えが影響しているのは想像に難くありません。

・ナイチンゲールの看護覚え書

ナイチンゲールの看護覚え書

第一章以外にも「きれいな空気や水」「物音」「よい環境の変化」「陽光」など、暮らしの環境について言及されていますが、それらを押さえて最初にナイチンゲールが伝えたかったのが「換気と暖房」だと言えるのではないでしょうか(伊香賀先生の資料より)

ですから冒頭で触れたように、日本でもしナイチンゲールが活躍していたら、日本の住宅は断熱性能が高くなり、それによって生活習慣病が今よりも抑えられていたかもしれない、というわけです。

室温を18度に上げると老若男女問わず健康的に暮らせる

WHOが強く推奨する「室温を18度以上」にすると、伊香賀先生たちの調査の通り、血圧の上昇や脂質異常症の発症を抑えやすくなります。しかしそれ以外にも健康に資することが調査でわかってきました。いずれも「まだ調査のサンプル数が足りないので、医学論文にできるほどではない」のですが、それでも住宅の室温と健康の密接な関係が見えます。

例えば「夜間頻尿」。夜中にトイレに何度も起きると眠りが浅くなり、翌日に疲労感が残りがちですが、断熱改修した5年後には夜間頻尿の発症が0.42倍(約6割減)に抑えられました。夜間頻尿は高齢になるほど増えると言われていますが、調査は改修前と改修の5年後。ですから、対象者は調査期間中に5つ歳を重ねたことになります。それでも夜間頻尿を抑えられたのです。

夜間頻尿発症モデル

就寝前室温18℃以上で5年後の夜間頻尿発症が 0.4倍に(伊香賀先生の資料より)

続いて「つまずき」が減ることもわかりました。65歳以上の高齢者にとって「つまずき」を含む「転倒・転落・墜落」は、不慮の事故による死因の中で交通事故の4倍(令和2年度)にものぼる死因です。しかし、これも断熱改修の5年後には0.5倍(約5割減)に低減されています。「その理由は足元の温度です。室温が18度以上になると、足元は少なくとも16度以上になりますから、足首などの血流がよくなり、つまずきが減るのだと考えられます」

暖かい住宅で5年後のつまずき・転倒が0.5倍

(伊香賀先生の資料より)

室温18度以上の「温かい家」では、高齢者だけでなく、子どもや女性も健康的になるようです。まず風邪をひく子どもが約0.64倍(約4割減)に、病欠も約0.76倍(約3割減)になるという結果が現れました。また女性では月経前症候群(PMS)が0.7倍(約3割減)に減り、月経痛は約0.5倍(約5割減)に。

暖かな住まいでは風邪をひく子どもが約0.64倍、病欠する子どもが約0.8倍

(伊香賀先生の資料より)

さらに、こんな実験も行われました。断熱等級2と4、6の3つに分けた部屋でそれぞれエアコンを使い、まず室温を18度にします。その上で各部屋の被験者に単純な計算等をしてもらったところ、断熱等級6の部屋の被験者が最も正解率が高いとわかりました。これは断熱等級が低いと室温を18度にしても、足元が寒くなり、足の血流が悪くなることが正解率に影響を与えたと考えられます。「つまり在宅ワークにも、住宅の断熱性能は欠かせないということです」

このように自宅を「寒い家」から「温かい家」に改修するだけで、格段に健康的に暮らせるのです。もちろん断熱性能が高まれば、今夏のような暑さの中でも我が家に逃げ込めば快適に過ごせます。

ちなみに、先ほどの断熱等級2/4/6に分けた実験では、それぞれの部屋の冬の電気代(エアコン)も試算されました。それによると断熱等級2が2万8000円だったのに対し、断熱等級4は1万3000円、断熱等級6は7000円。我が家の断熱性能を高めれば光熱費を抑えられて、仕事がはかどり、しかも健康的に暮らせるというわけです。
この冬、こたつや暖房の効いたリビングに家族で集まった折に、我が家の断熱性能について話し合ってみてはいかがでしょうか。

●取材協力
慶應義塾大学 理工学部 教授
日本建築学会 前副会長
伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生
1959年東京生まれ。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任、現在に至る。日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、日本LCA学会副会長を歴任。主な研究課題は『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価』。著書に『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』『”生活環境病”による不本意な老後を回避するー幸齢住宅読本ー』など。

●関連ページ
WHO Housing and health guidelines

100万円でタイニーハウスをDIY。ノンフィクション作家が6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を作るまで 川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』

「セルフビルドで小屋をつくる」と聞くと夢物語に感じるが、未就学の子どもと夫、それに友人たちを巻き込んでつくり上げた人がいる。ノンフィクション作家の川内有緒さんだ。

DIY未経験だった彼女はDIY工房に通うことから始め、構想から6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を完成させた。その様子は、エッセイ『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)にまとめられている。

セルフビルドをする際の土地探しの決め手や完成までにかかった金額、セルフビルドで押さえるべきポイント、小屋づくりを始めたきっかけについて川内さんに伺った。

「土地探しって難しい。縁があったこの流れに乗ろう」と土地を決めた

小屋

山梨県甲州市の塩山、山の中腹にある集落に川内さんのつくった小屋がある。

「甲府の街を一望できる上に、山並みも見えます。空への抜け感は、土地を選ぶ上で大切なポイントでした」

当初は、明るい林の中に立つ小屋を想像していた川内さん。土地探しでは長野県や千葉県の房総半島も視野に入れたが範囲が広すぎて決められなかった。そこに運命の出会いが訪れる。夫のイオさんの友人でフリーランスライターの小野民さんから「使っていない自宅の土地があるので、好きにしてどうぞ」と言われたのだ。その一言をきっかけに、初めて塩山の地を訪れた。

土地の広さは約100坪。同じ敷地に、民さんの夫で、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが、研究用のラボをコンテナでつくる計画が進んでいた。
その隣に、川内さんも小屋をつくることに決めた。無理なく建築できる広さを考えた結果、床面積は9.9平米、天井の高さは約3メートルの小屋になった。

「予想外のひと言から始まった計画ですが、こういう土地ってなかなか出会えないので、この流れに乗ろうと決めました。友達の建築家も『眺めが良くていいじゃないですか』と太鼓判を押してくれたんです。それに山梨県甲州市は特急に乗れば、東京から90分というアクセスも魅力的。車でも2時間半ほどですし、さまざまなルートで自宅と小屋を往復できることも後押しになりました」

朝早い時間に東京を出れば、午前中には塩山に到着できる。準備と片付けに約1~2時間ほどかかるセルフビルドでは、交通の利便性の良さがポイントになった。

「選んだ土地から、一番近いホームセンターまでは車で10分ほどでした。ビスやペンキが足りない時はすぐ買いに行けますし、道路と面した土地なので、資材を運ぶにも都合が良かったです」

ホームセンターには、1日に3往復することもあったそう。「段取りをうまくやればそんなに行く必要はないはずなんですけど」と川内さんは笑うが、慣れない初心者のセルフビルドには想定外はつきものだ。出来るだけ資材を調達・運搬しやすい土地を選んだのが成功の鍵にもなった。

セルフビルドで感じた「形ができていく喜び」

作業の様子

川内さんの小屋づくりは、伸び放題の草を刈り、土地をならし、基礎をつくるところから始まった。

「最初の作業は肉体労働が大半で、本当にしんどかったです。材料は重たいし、基礎に必要なパーツは大きいし、家具をつくるのとは全然違う。それでも最初のころはやる気があるから、なんとか完成させられました」

基礎が完成した先は、DIYで家を好きなようにアレンジする感覚に近いのだそう。

「こだわりを詰め込んで理想を追求しつつも、現実に打ちのめされながら実行していくんです」

話を伺っているとどの作業も大変そうに聞こえるが「小屋をつくっていると仲間が増えていくので、作業は楽になっていきますよ」と語る。

確かに川内さんのエッセイでは、小屋づくりに関わる仲間たちがどんどん増えていく。大工の丹羽さんや建築家のタクちゃんといった専門家から、時には小屋づくりに興味を持った子どもたちまで参加していくのだ。ノンフィクション作家で人脈があるのかと聞いてみると、そうではないという。

「小屋をつくっていることを話すと、『手伝いたい』と言ってくれる人が続々と現れるんです。家をきれいにする参考にしたいとか、大工仕事が好きで手伝いたいとか。作業には興味ないけど、楽しそうだから見に来たいという人もいます。人手が足りない時は、誰かに話してみるのも一つの手だと思います」

小屋づくりに関わるのは、川内さんの友人だけではない。近隣の人が声をかけてくれることもあったという。

「うちの草刈り機を使った方が早いよ、と貸してくださることもありましたね。それにセルフビルドをやっている方々からどういう風に施工したか、教えてもらうこともありました」

小倉ヒラクさんの知り合いで温泉・旅館を営む人から、資材をもらったこともある。

「昔の民家が取り壊される時に、貴重な資材をレスキューしている方なんです。それでいろんな材料をいただきました。でも古材だと厚みが違って加工が難しいんですよね。バラバラの質感でも問題ないウッドデッキをつくるのに使いました」

現地でも人の縁に恵まれているのには、理由があった。

「私たちが現地で受け入れてもらえたのは、土地を持っている小倉家の人たちが地域の人たちから信頼されているからだと思うんです。彼らはこの地に移住してきたんですけど、丁寧に交流を重ねているんですよね。私たちはその信頼を借りているだけだと感じました」

小屋づくりの予算は100万円

作業の様子

小屋づくりにかかった日数は、合計で約30日。構想から6年、着手してからは完成までに4年かかったが、毎日コツコツと続ければ約1カ月で仕上がる日程だ。さらに、電気もトイレもエコ仕様なのだそう。

「うちは太陽光パネルを使い、水道は小倉家や周りの人に借りる。排泄物は微生物の力で堆肥にかえるコンポストトイレを使っています」

小屋づくりの予算は100万円と決めていた川内さん。その内訳は大きく分けると、「工具や材料」「直接経費ではない移動や宿泊費」のほか、大工さんへの指導の謝礼金といった細々したものに分けられる。

「資材にかかったのは70万円弱でしょうか。ベニヤは、当時1枚約900円のものを使っていました。今は資材が高騰していて2倍以上の値段になっていると思います。とはいえ、どのくらいお金をかけているかは途中からどうでもよくなってしまったので、追えてない部分もあるかもしれません」

屋根を張る時は足場をつくらず、それぞれの足の高さを調整できる脚立を使うことで、安定を確保した。

「セルフビルドって安全にどれだけ配慮できるかが大切なので、そこにはお金を惜しまない方が誰も怪我をしないで済むと思います」

【工具や材料の内訳】

工具(丸ノコ、インパクトドライバー、ねじまわし、脚立など)約10万円ベニヤ約4万円基礎約3万円太陽光パネルと蓄電池約5万円ドアや窓の建具約15万円断熱材約5万円屋根材約5万円床材約5万円漆喰・ペンキ約3万円外壁材・外壁塗装約7万円その他、ビスなどの消耗品約3万円お気に入りは、ヘリンボーンの床とハイジの窓

ヘリンボーンの床

小屋でのお気に入りは2カ所。1つは、床材をV字に組み合わせたヘリンボーンの床だ。

「床張りに挑戦する前に、知り合いのカフェに話を聞きにいきました。そのカフェでは自分たちでヘリンボーンの床を張ったそうで、『通常の2~3倍の時間を見ていれば、できなくはないよ』と助言をいただきました。カフェは床面積が広いから大変だろうけど、私たちは9.9平米だからできるんじゃないかと、挑戦することにしたんです」

ヘリンボーンはカット済みの木材を送ってもらい組み立てるキットも売られているが、川内さんは自分たちで床材を加工するところから始めた。

作業の様子

「効率的にやる方法もあるけど、時間をかけて出来上がることを選択しました。ヘリンボーンの床は木材の端が直角に交わらず、折り合うように重ねるので組み方が難しいんですよ」

川内さんのもう1つのお気に入りは、テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』に憧れてつくったロフトの小さな窓だ。目黒通りにある注文家具店でガラスと木材を注文し、指導を受けながら川内さん自身がデザインから考えた。

ロフト

ロフトの小さな窓

「『アルプスの少女ハイジ』に登場するハイジの寝室の丸い窓に憧れていたんですよね。だから構造上は必要ないんですが、ロフトには最初から窓を付けようと決めていました。窓から山並みを眺める時間は、最高です」

イキイキと話す川内さんに「セルフビルドで一番楽しかったことは何か」を尋ねた。

「できていく喜び、ですかね。『ここまでできた』という達成感があるんです。つくることは楽しいけど、全部が全部楽しい作業ではないですね。考えたことが形になっていく工程が面白いんじゃないでしょうか」

作業の様子

完成した小屋には、春や秋の過ごしやすい時期に月に1度は赴くという。

「夏は行ったり行かなかったり。冬は気温がマイナス10度になってしまうので行かないんです」

現地では、忙しく小屋仕事をしているそう。

「木造なのでメンテナンスをしないと傷んじゃうんです。無垢の木材やウッドデッキは年に2回は塗装しています。それだけでも半日仕事なんですよ。それに敷地を整えたり、やることは山ほどあります。普段はパソコンで仕事することが多いから、体をのびのびと動かすいい機会になっています。たくさん動いたら、仲間と家族で焚火を囲んで食事する。いい気分転換になります」

「自分で何でもつくれる」という手応えを経て変わった価値観

作業の様子

DIY未経験から、セルフビルドで小屋をつくるまでの背景には、どんな思いがあったのか。

「『買わなくても、自分で何でもつくれると思えたら、最強じゃないか』と思ったんです。人によってはそういう思いが野菜づくりなどに向けられるんでしょうけど、私の場合はDIYに向かいました。自分で自宅をいじれたら面白いだろうなって思っていたんです」

小屋づくりを終えてからは、自宅のテーブルを継ぎ足して幅を変えるなど、気軽にやれることが広がってきたと話す。

「実家に母と妹が住んでいるんですけど、そこのリフォームも続けています。本来なら大工さんやリフォーム会社に頼むところを、自分たちで進めていけるので面白いですよ」

川内さんの娘のナナさんも2歳ころから、小屋づくりのために両親と共に山梨に通い、時に作業に参加しながら育ってきた。どんな影響があったのだろうか。

「セルフビルドをする人生としない人生は比べられないし、明確に小屋のおかげとは断言できません。けど、いろんな大人と関わって、さまざまな職業や人生があることを知るきっかけになったのではないでしょうか。火を起こして焚火するとか、椅子をつくろうと思えばすぐに取り掛かれるとか。都会だと体験できないことをたくさんしてきたので、いい影響もあるんじゃないかな」

そんなナナさんは現在、小学生。工作好きに育っているそうだ。

「人生って、限られた時間と素材の中でどう遊ぶか? という大きなプロジェクトでもあると思うんです。そう考えると、彼女の自ら遊びを生み出す力は、生きていく上で大きなアドバンテージになるのかもしれませんね」

川内さんの小屋づくりには、「セルフビルドなんて、私には無理」と一蹴するにはもったいないと思わせる時間と環境が詰まっていた。もしかすると、夢物語を現実にするために必要なのは、憧れを口にする勇気と、賛同してくれた仲間たちを大切にすることなのかもしれません。

『自由の丘に小屋をつくる』●取材協力
川内有緒さん
ノンフィクション作家。著書に『パリでメシを食う』『バウルを探して』『空をゆく巨人』『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』などがある。最新刊はセルフビルドの過程を綴った 『自由の丘に小屋をつくる』。

<取材:結井ゆき江 / 編集:ピース株式会社>

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023に見るリノベ最前線! グランプリは「高級トイレ空間」、シニア世代の「2度目の二人暮らし物件」など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。11年目となる2023年の授賞式が12月14日に開催されました。267のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作から、リノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】買取再販リノベ物件の「一点もの」化

近年、特に大都市圏では中古マンションの買取再販リノベーション事業に参入する事業者が大幅に増え、それとともに再販リノベ物件数も数を伸ばしています。買取再販リノベーションとは、事業者が中古マンションを購入してリノベーションを施し、リノベ済み物件として販売する形態のこと。

数が増えることで競争も激しくなり、そのためリノベ内容にも、コンセプトやデザイン、性能向上などの面において差別化を図った「一点もの」的な作品の増加が顕著になっています。今回の受賞作品やエントリー作品ではそうした特徴的な買取再販物件が多く見受けられました。

一般的に、買取再販リノベ物件は販売しやすいように、万人向けの設計やデザイン、コストパフォーマンスの良さなどが優先されてきましたが、徐々に一点もの的な作品が増えつつあり、大手事業者の再販物件においても差別化戦略が図られています。コスト面の制約はあるものの、買取再販リノベ物件は設計者やプランナーの豊かな発想が発揮できる側面もあり、買い手の心により響く物件となります。今後のバリエーションの広がりも期待されます。

総合グランプリを受賞した【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】もまさにそうした一点もの。今回、審査陣を最も驚かせた作品となったようです。

●総合グランプリ
【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】 株式会社bELI

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

総合グランプリに輝いた【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」】は、難病指定のクローン病と戦う友人がきっかけとなり誕生したプロジェクト。クローン病とは主に小腸や大腸などの消化管に炎症が生じる病気で、下痢などの症状が慢性的に発生し、長時間トイレへの滞在を強いられます。「持病の有無を問わず、誰もが快適に過ごせるトイレ空間をつくること」「普段の暮らしでは周りに理解されにくい苦しみと戦う人たちがいることを知ってもらうこと」がこのプロジェクトの目的。

舞台は川崎市の築30年超のマンションの住戸。トイレと洋室を一体化し、居室としても機能する空間を演出しています。折り畳み机、ダウンライトスピーカー、床暖房、涼風機能つき暖房機など快適設備も搭載。「リフォームを通して誰かの役に立ちたい」というアツい思いが形になりました。

誰でも使いやすいトイレ空間を創造した作品ですが、そこに暮らす住人が要望したユニバーサルデザイン空間なのかと思いきやそうではなく、物件完成後に売り出して買い手を見つけるという買取再販リノベ物件として市場に登場させたわけです。持病を抱えた人にポジティブに寄り添う温かい気持ち、ユニバーサルデザインの新たな形を示した点も高い評価を受けつつ、再販リノベ物件としたことについてのつくり手の勇気を讃える声が上がり、総合グランプリ受賞へとつながりました。

●レスキュー・リノベーション賞
【東京下町の古民家よ、再び】 株式会社コスモスイニシア

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

【東京下町の古民家よ、再び】は、古い家屋で使われてきたドアや引き戸、障子などの建具、収納扉、家具などをふんだんに用いた買取再販リノベ物件。「古材レスキュー」という古民家を残す活動をしている方々から譲り受けたものを再利用しています。既存資源を活用するという観点に加え、古き良きものを生かして個性的な空間に仕立てている「一点もの」の再販物件に仕立てたチャレンジングな姿勢に注目が注がれていました。

●ウェルネス・リノベーション賞
【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】 株式会社アネストワン

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】は、シニア世代にフォーカスし、快適で健康なシニアライフを送れるように住宅性能を高めた再販リノベ物件。全館空調、二重窓、全熱交換機で断熱性、快適性を向上させ、住戸の温度を均一に保ち、ヒートショックを予防。漆喰壁やチーク材フローリング、麻のタイルカーペットなど自然素材をふんだんに取り入れ、素材面でも安らぎを意識しています。

【注目point2】古くて無個性のものに、異なる表情を付加

画一的であったり無個性であったり、世の中から見捨てられがちな物件を新しいものに生まれ変わらせるのも、リノベーションの醍醐味です。今回、注目されたのは古い団地、古いホテルなどに手を加えたケース。何の変哲もない既存施設を、そのまま朽ちさせたり建て替えたりするのではなく、誰もが心地よく過ごせる価値ある場所に生まれ変わらせた点が高く評価されています。こうした作品を見ると、既存資源の活用という面において、リノベーション業界は重要な社会的役割を担っているのだということを強く感じます。

●800万円未満部門最優秀賞 ●プレイヤーズチョイス・アワード
【これからの団地リノベのあり方を問う。】 株式会社フロッグハウス

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

800万円未満部門最優秀賞とプレイヤーズチョイス・アワード(※)をW受賞した【これからの団地リノベのあり方を問う。】。神戸市にある築46年の団地の一室を、入居検討者や団地に暮らす人のためのモデルハウスに生まれ変わらせた作品で、断熱、家事動線、地産地消を軸に、団地リノベの新たな姿を提案しています。

ひどい結露、玄関収納や脱衣所がないといった、築年数の経った団地特有の不便さを解消すべく、断熱改修し、玄関と水回りの面積を1.5倍の広さにしてベビーカーを置ける玄関、室内干しできる脱衣所を設けました。地元産の杉をふんだんに内装に用い、木の香が漂う空間に。家事を楽にする回遊動線、曲線美の造作キッチン、ワークスペースなど、ターゲットの子育て世代だけでなく、団地に長年暮らしてきた高齢世帯をも惹きつける要素が盛り込まれ、画一的な団地の部屋が清々しさを感じる空間へと一新されています。

※「プレイヤーズチョイス・アワード」とは、エントリーした事業者が自社以外でベストだと思うリノベ作品を選ぶ、今回新設された賞です(他の賞はメディア関係者が審査員となり、作品を選ぶ)

●無差別級部門最優秀賞
【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】 株式会社拓匠開発

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】はビジネスホテルを複合商業施設へコンバージョンした作品です。千葉公園に面した立地の良さという最大のポテンシャルをビジネスホテル時代にはまったく生かせておらず、1階は駐車場、公園に面したテラスも資材置き場となっていたそう。客室の窓も小さく、せっかくの眺望も魅力減。

駐車場を大きな窓のある大空間に変え、上階の床を抜いて吹き抜けをつくり、開放的で映えるラウンジ空間に。容積率にカウントされない駐車場を店舗にすると床面積を減らさざるをえないというハードルを、上階の床をなくし吹き抜けにすることで解決した手法も見事です。公園の緑の借景と相まって、地元の人々がふらっと立ち寄って心豊かに過ごせる場所になりました。

RC造で間仕切壁も多く、再生するには障害が多い物件。取り壊して新築するのが一般的と思われますが、「再構築し、新たな目的の施設に再生させ、その結果を示すことが地域活性化につながる」というつくり手の信念で成し遂げられたプロジェクトとなりました。

【注目point3】残すべきものを残す、古民家再生

生活様式の変化による暮らしにくさなどによって、かつて多くの古民家が振り返られることなく解体される一方だった時代がありました。しかし太い柱や梁、震災にも耐えてきた強い構造など、本物の建材と匠の技でつくられた家は残すべき資産であるとの認識から、循環型社会が叫ばれるよりも以前から古民家を再生して住み継いでいくという意識が高まり、再生事業も数を伸ばしてきました。

しかし、住宅リノベーションの中でも、古民家の再生には多大な苦労が伴います。耐震性、断熱性の確保はもとより、現代のライフスタイルに合った水回りへの改修や間取りの改変などは、現代の住宅より手間もコストも嵩みがちなことも障壁となり、住宅としてより公共施設や商業施設として活用される傾向が多い現状もあります。今回は自宅として住み継いでいく古民家再生のお手本のような作品に注目しました。

●1500万円以上部門最優秀賞
【戻す家】 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

【戻す家】は、新潟の豪雪地域に立つ築125年の古民家を再生させた作品です。雪の重みで屋根が一部崩れ、廃墟のような有様だったそう。しかし建物を支える立派な柱や梁、土壁、無垢の床材などでつくられたこの家を見て、「残すべき使命を感じた」という施主の思いで再生プロジェクトがスタート。

耐震、断熱の問題を抱えた建物を、一度、基礎と躯体構造を残して土壁や床材などを解体。土壁は叩いて細かくし、土として保管。床材は丁寧に水洗い。柱や梁を1本1本磨き上げ、壁に土を塗るなど、手間のかかる作業を施主夫妻や両親も交え根気良く続けたそう。そうした手間暇をかけたからこそ、より愛着の持てる住まいとなったのではないでしょうか。室内は間取りや水回りを暮らしやすく変更しつつ、この家で使われてきた床板、土壁など、サスティナブルな材料を再活用することで建設費も抑え目に。新しいものに変えた部分は最小限にとどめたことにより、内部の古めかしさが残り、その古めかしさを愛でられる住まいとなりました。

●ディスカバー・リノベーション賞
【風通る、地域コミュニティの再編】 paak design株式会社

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

【風通る、地域コミュニティの再編】は、日本家屋の伝統様式が詰まった、鹿児島の大地主の邸宅を再生した作品。補修部分には既存と同じ素材を用い、土間に隣接した田の字の畳間を含め、間取りをほとんど変えることなく、かつての面影を色濃く残した佇まいに改修しています。

農家だったこの家には、以前よりご近所さんは玄関ではなく広い土間へ訪ねてきて、自然と井戸端会議の場となることもしばしばだそう。オーストラリアから移住してきた施主は地域コミュニティに関心が高く、一時期は希薄となっていた地域社会に異文化の要素も加わり、以前の日本社会が持っていた農村地での交流に新たな風が吹く場となりました。

【ここも注目!】間取りの可変性に関する斬新な提案

将来の間取り変更を容易にしてくれるギミック「柱のフレームでアウトライン化しておく」という新たな提案も高い関心を集めました。

●1500万円未満部門最優秀賞
【アウトラインの行方】 株式会社grooveagent

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

リノベーションが一般的になってきた今、家族の成長・家族数やライフスタイルの変化などによって、2度、3度とリノベーションを行うケースも見られるようになっています。【アウトラインの行方】は、そうした状況を踏まえ、将来の子ども部屋のためのグリッドをあらかじめ柱材でフレーム化しておくという、可変性の高さを感じさせる作品です。

きっかけは施主に第二子が生まれ、この先子どもが何人になるのか、いつ個室を必要とするのかがわからず、「間取りを自由に変えられる工夫」を求めたこと。その答えが最初のリノベ時にフレームでアウトライン化しておくこと。部屋を増設する際に壁を立てる工程が簡略化できることから、将来のコストを大幅に削減できるメリットがあります。施主がDIYすることも容易に。多様な使い方も可能で、さらにフレームが空間のデザイン要素となり、楽しい仕掛けにもなっています。

【ここも注目!】地方の「実家問題」に一石

全国、特に地方にある実家の後継問題に一石を投じるリノベ作品も見受けられました。

●実家リノベーション技術賞
【タクミノイエリノベ2】 有限会社斉藤工匠店

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

【タクミノイエリノベ2】は、親が暮らす実家に子世帯がUターンを決意し、大きな家屋の2階部分に大胆なリノベを施した作品。「1人暮らしの親の高齢化でどう管理していく? 空き家になったら? 相続はどうする? 大量の荷物は誰が片づけるのか?」。そういった、地方にある「実家」にありがちな問題を、いつか誰かが向き合うこととUターンリノベを決意。

福島県に立つ築45年の古家。耐震診断とインスペクションを行い、既存真壁の断熱改修。南面の大開口の構造補強をしつつ、造作ソファからの景色も設計思想に生かし、ラフに腰掛けた先の窓辺に、景色を連続的に切り取る格子を設置。「珈琲を楽しむ空間」を目指したミニマムな仕立てになっています。「物価高の昨今、既存の建物や建材を活用しないのはもったいない。ものを大切にする心で実家リノベに向き合う人が増えれば、地方が活気づき社会もうまく回る気がする」との高い意識で臨んだリノベです。

【ここも注目!】多彩な手法で個性的空間が完成

ほかにも既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベ作品が目白押し。要注目です。

●ライフ・リノベーション賞
【緑とミドリ/お家とお店】 株式会社日々と建築

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

●フレキシブル・リノベーション賞
【遊び心は無限大!顧客に響く賃貸リノベ】 株式会社住環境ジャパン

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

●ユニバーサル・デザイン賞
【What is Barrier “Free”?】 株式会社grooveagent

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

●和洋折衷リノベーション賞
【松竹梅の「欄間」―ローテンブルクと時の記憶―】 G-FLAT株式会社

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

●劇的ワンポイント・リノベーション賞
【A Castle “In the House”】 株式会社ブルースタジオ

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ムーバルリノベーション賞
【動く家】 有限会社中川正人商店

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

●伝統建材リノベーション賞
【新しい価値観の持ち主たちへ。】 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●インキュベーション・リノベーション賞
【近大発ベンチャー創出拠点「KINCUBA Basecamp」】 リノベる株式会社

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

●連鎖的エリアリノベーション賞
【お手本のようなエリアリノベーション】 株式会社タムタムデザイン

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

ストック活用が当たり前の今、リノベで究極の「一点もの」を

2023年は、前年から続く物価上昇が引き続きリノベーション業界にも直撃し、軒並み建築費の高騰を招いています。さらに、いわゆる建設業の「2024年問題」(時間外労働の上限規制適用による建設費上昇懸念)、2025年の新築住宅の省エネ基準適合義務化などにより、つくり手側はさまざまな対応が求められることとなります。改正建築物省エネ法は新築物件が対象ではありますが、この先、中古リノベ物件にも高い省エネ性能や創エネ機能が消費者や社会から求められることも想定されます。

シビアな時代にありながらも、リノベ業界は創意工夫や独自のコスト管理等で、建設費を抑えることがより必要となるでしょう。その工夫の一環として既存建築物や建材の再活用が挙げられます。今回の受賞作品にも、こうした既存ストックを最大限活用した作品が数多く登場し、リノベには、新築にはあまり見られない、既存のものを最大限有効活用するという「もったいない精神」が宿っているという印象を強く持ちました。

また一方で、「すべての人が使いやすいユニバーサルデザインの空間を形として示したい」「古くても解体せず、新たな場所を創設して結果を示すことで地域経済の活性化につなげたい」「実家Uターンリノベで地方を活づけたい」といった、人に対する優しい思いや社会に対する高い変革意識に満ちた、数々のリノベ作品もとても印象深く、温かい思いが心に残りました。

リノベ作品は、暮らす人が心地よく幸せに過ごせるよう、さまざまな手法やアイデアが盛り込まれた、まさに究極の「一点もの」。2024年にはどんな新たなタイプの作品が登場するのか、今から楽しみです。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待していま す!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023」

2024年も3省連携で住宅省エネキャンペーンを実施。省エネで補助金がもらえるのは?内容を詳しく解説

住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けている。国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携による住宅省エネキャンペーンが2023年にスタートしたが、2024年も同様のキャンペーンを展開することが決まり、昨年末に2024キャンペーンのホームページが公開された。キャンペーン内容を見ていこう。

【今週の住活トピック】
住宅省エネ2024キャンペーン開始/国土交通省

「住宅省エネ2024キャンペーン」とは3つの補助事業の総称

「住宅省エネ2024キャンペーン」とは、国土交通省、経済産業省、環境省の3省連携により行う「住宅の省エネリフォーム支援」と国土交通省が行う「長期優良住宅及びZEH住宅の取得への支援」に関する支援事業の総称だ。具体的には次の事業となり、2023年の同様の事業よりも予算額を増やしている。

先進的窓リノベ2024事業(環境省) 給湯省エネ2024事業(経済産業省) 子育てエコホーム支援事業(国土交通省)

なお、賃貸集合住宅を対象とした給湯省エネ事業もあるが、賃貸オーナー向けのものなのでここでは割愛する。

省エネリフォームに対する補助制度は3つ

省エネリフォームに対する補助制度は3つある。高断熱窓の設置=「先進的窓リノベ2024事業」、高効率給湯器の設置=「給湯省エネ2024事業」、開口部・躯体の省エネ改修を含むリフォーム=「子育てエコホーム支援事業(リフォーム)」だ。省エネならなんでもよいわけではなく、それぞれに指定された部材や機器を使用する必要がある。

住宅の省エネリフォームへの補助制度

※1 断熱窓への改修促進等による住宅の省エネ・省CO2加速化支援事業(環境省)による支援(令和5年度補正予算)
※2 高効率給湯器の導入を促進する「家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」 (経済産業省)及び既存賃貸集合住宅の省エネ化支援事業(経済産業省)による支援(令和5年度補正予算)
※3 子育てエコホーム支援事業 (国土交通省)による支援(令和5年度補正予算、令和6年当初予算案)
※4 ①1)、3)及び②については、経済対策閣議決定日(令和5年11月2日)以降にリフォーム工事に着手したもの、①2)については、経済対策閣議決定日(令和5年11月2日)以降に対象工事に着手したものに限る(いずれの場合にも、交付申請までに事業者登録が必要)
国土交通省報道発表「住宅省エネ2024キャンペーンはじまります!」の資料より

1つ目の「先進的窓リノベ2024事業」は、既存の住宅のリフォームが対象で、内窓を設置したり、外窓や窓ガラスを断熱性の高いものに交換したり(窓リノベと同時に行う高断熱ドアの交換含む)した場合、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、1戸当たり200万円を上限に還元する事業だ。

2つ目の「給湯省エネ2024事業」で、対象となる高効率の給湯器と1台当たりの補助額は、次の通り。台数制限があり、一戸建てはいずれか2台まで、マンションなどの共同住宅はいずれか1台まで、となっている。

「ヒートポンプ給湯器(エコキュート)」:補助額(基本額)8万円
性能加算額A:2万円、B:4万円、A+B:5万円「電気ヒートポンプ・ガス瞬間式併用型給湯器(ハイブリッド給湯器)」:補助額(基本額)10万円
性能加算額A:3万円、B:3万円、A+B:5万円「家庭用燃料電池(エネファーム)」:補助額(基本額)18万円
性能加算額C:2万円

※「性能加算額」とは、さらに高い性能A~Cを満たす給湯器の場合に基本額に加算される額
※工事内容によっては「撤去加算額」が対象となる場合がある

3つ目の「子育てエコホーム支援事業(リフォーム)」では、例えば小さな窓のガラス交換で3000円/枚など実施した工事内容ごとに定められた額を足し合わせて上限20万円/戸まで補助するもの。ただし、以下の場合は上限額が変わる。

子育て世帯・若者夫婦世帯の場合:上限30万円/戸子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合:上限60万円/戸長期優良リフォームを行う場合:上限30万円/戸長期優良リフォームを行う場合で子育て世帯・若者夫婦世帯の場合:上限45万円/戸

※子育て世帯とは18歳未満の子を有する世帯、若者夫婦世帯とは夫婦のいずれかが39歳以下の世帯

住宅省エネキャンペーンの特徴は、これら3つの補助制度の省エネ改修を行った場合、同時に行うその他の改修(住宅の子育て対応改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等)についても、ワンストップで子育てエコホーム支援事業の対象になることだ。

新築住宅の省エネで利用できる支援制度は2つ

まず、「給湯省エネ2024事業」については、指定された高効率給湯器を設置する「注文住宅の新築」、「新築分譲住宅の購入」、「買取再販物件の購入」(買取再販事業者が給湯器を交換して販売することを条件に既存住宅を購入した場合に限る)についても補助対象となる。

長期優良住宅またはZEH住宅の新築住宅については、「子育てエコホーム支援事業」の対象となる。ただし、子育て世帯・若者夫婦世帯の場合に限られる。補助上限額はそれぞれ次の通り。

長期優良住宅の場合:100万円/戸

※長期優良住宅とは、国が定めた「長期優良住宅認定制度」の基準を満たす住宅

ZEH住宅の場合:80万円/戸

※ZEH住宅とは、強化外皮基準かつ再エネを除く一次エネルギー消費量▲20%に適合する住宅
なお、住宅の新築が抑制される所定の区域に立地する場合は補助上限額が半減となる。

登録事業者が工事を行うなどの注意点がある

工事内容や部材・機器が補助対象となるか判断したり、求められる書類等をそろえて補助金の交付申請をしたりなど、専門的な知識が求められることもあって、補助事業ごとに事務局に登録した事業者が工事を行うことが条件となっており、登録事業者が補助金の申請手続きも行う。したがって、住宅の購入や工事の発注を行う前に、利用したい補助制度の登録事業者かどうか(または登録する予定かどうか)を確認することが大切だ。

また、対象期間などスケジュールについても注意が必要。2024年12月31日までが申請期間となっているが、補助事業ごとの予算枠に達すると申請受付が打ち切られる。2024年の「子育てエコホーム支援事業」では予算が増えているが、2023年の「こどもエコすまい支援事業」は申請受付が早期に終了した。どの補助事業も早期に予算枠に達する可能性がある点に留意したい。

補助金の交付申請は3月中下旬(具体的な日程は未定)からとなっているが、それより前に工事に着手した場合も対象となる。令和5年度補正予算が閣議決定した、2023年11月2日以降に着工した場合などが対象になるからだ。また、対象となる機器などが今後追加されることになっているので、最新情報を確認する必要もある。

政府は住宅の省エネ化に力を入れている。こうした制度を上手に活用して、省エネ性の高い住まいを手に入れてほしい。「もらえると思っていた補助金をもらえなかった」ということのないように、細かい条件までしっかり確認し、登録事業者と綿密に相談することがポイントだ。

●関連サイト
〇国土交通省報道発表「住宅省エネ2024キャンペーンはじまります!」
〇住宅の省エネリフォーム支援「住宅省エネ2024キャンペーン」のホームページ
〇「子育てエコホーム支援事業」のホームページ

注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

ハウスメーカーや工務店、建築家とイチから自分好みの住まいをつくれる「注文住宅」。マンション・建売一戸建てより自由度が高く、住まいにこだわりたい人の「究極の家づくり」といっていいでしょう。また、注文住宅は間取りや設備をイチから設計できるため、時代の価値観や好み、トレンドを色濃く反映します。では今、これから注文住宅を建てたい人がおさえておくべきポイントとは? 住まい情報誌『SUUMO注文住宅』の編集長を務める服部保悠氏に話を聞きました。

建築費や資材費の上昇を受け、小さくても満足度の高い家をめざす

2023年にSUUMOリサーチセンターが発表した調査(2023年注文住宅動向・トレンド調査)によると、建築費は全国平均で3186万円、土地代2145万円で、ともに直近8年では最高値となっています。自由に選べる「究極の家づくり」ではありますが、予算を潤沢につぎ込めるという人は多くないはず。では2024年、価格はどのように動くのでしょうか。

「近年、建築価格、土地価格ともに右肩上がりが続いていましたが、ここにきて一服感はあります。ただ、2024年以降、人件費・資材費ともに残念ながら下がる要素はなく、横ばいが続くと思われます」と服部氏。このところ増えてきた「平屋」も、住みやすいという側面とともに、建築面積を抑えられることで、建築費が節約でき、増えてきました。こうした「コンパクトで住みやすい家」というのは、まだまだ増えていく兆しがあるそう。

(写真撮影/北島和将)

(写真撮影/北島和将)

■関連連載:平屋回帰

「注文住宅は無限の選択肢がある分、土地にかけるお金と建物の費用調整が肝心になるわけですが、土地価格も下落しないとなれば、建築費で調整するという考え方もあります。つくり方にもよりますが、比較的建築費も抑えられ、なおかつ暮らしやすい、そんな平屋はまだまだ支持を集めるのではないでしょうか」(服部氏)

また、建物の面積をコンパクトにした分、家具と設備を一体にする(家具化)、ミニマム化するというトレンドもあげています。
「家具を買い替えて流行を追い続けるのではなく、デザイン性の高い内装・設備に家具の機能も持たせるようになってきており、例えばキッチン設備も家具のようなデザイン性にすぐれたものが登場しています。床や室内ドア、収納を含め、トータルコーディネートで空間を広く見せるデザインが好まれており、印象的なのは男性・女性ともに北欧デザインが好きという人が多いこと。流行に左右されず、インテリアのスタイルとして定着したと思っています」(服部氏)

家づくりにも「タイパ」の波。規格住宅もトレンドに

もう一つ、無限に選択肢がある、言い換えれば決断コストが無限にかかる注文住宅の中で、『タイパ』という傾向がじわりと見てとれるといいます。

「注文住宅は依頼先からはじまって、土地、住宅ローンといった大きなことから、それこそ壁紙や取っ手ひとつまで、本当に決断の連続です。とはいえ時間も体力も限られている。そこで選択肢の一つとして考えたいのが『タイパ』にすぐれた規格住宅です。規格住宅とは、ハウスメーカーや工務店があらかじめ用意した間取り、内装、設備のなかから選ぶ建て方のこと。もちろん、オプションを加えたり、内装材を選んだりなど注文住宅ならではの自由度もあります。ハウスメーカーや工務店の構法やデザイン、考え方が好き・合うという人であれば、こんなにしっくりくる家の建て方はありません。比較検討する時間や手間が省けますし、金額面でもお手ごろ感があり、増えている印象です」(服部氏)

確かに、「自由に建てられるのが注文住宅の魅力じゃないのか」という考え方もできますが、自由すぎるとどうしていいかわからない、自分が選んでデザインや世界観を壊してしまったらイヤだという人もいることでしょう(筆者もそのタイプです)。そのためある程度、パッケージ化されていて、そこからカスタマイズしていくほうが早いというのは合理的です。

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

また、家づくりだからこそ、「失敗したくない」「失敗できない」というマインドも規格住宅に有利だといいなす。

「規格住宅といっても、ハウスメーカーや工務店が過去のデータを蓄積し、家事ラクの間取り、家族の団らんをつくる間取りなどといった、ノウハウを含めて提案しています。テイストも北欧風、カフェ風、インダストリアルデザインなど、各社さまざまなテイストがありますし、好みとマッチするのであれば賢い方法だと思います」(服部氏)

「無数にあるからこそ楽しい」と思うのか「規格があるからこそ選べる」と思うのか、人によって考え方は異なりますが、自分や家族にあった選択をしたいですよね。

■関連記事:
40代共働き夫婦、群馬県の約70平米コンパクト平屋を選択。メダカ池やBBQテラスも計画中で趣味が充実

アフターコロナ、人気を集める間取りや設備は?

間取りや設備では、どのような流行があるのでしょうか。コロナ禍では、「エントランス入ってすぐの手洗いポーチ」「ワークスペース」などが好まれましたが、アフターコロナの今、家づくりではどのような間取りや設備が好まれているのでしょうか。

「玄関近くの手洗い、全館空調、非接触スイッチのような『おうち衛生』はブームを経て、定着しそうです。手洗いポーチは玄関近くにあると、子どもの手洗いの習慣づけにもなり、ゲストにも使ってもらいやすいという声をよく聞きます。今後、断熱等性能等級5、いわゆるZEH水準が義務化されることを考えても(※詳細は後述)、定番化していくのではないでしょうか」(服部氏)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

■関連記事:
共働き夫婦が建てた67平米コンパクト平屋。エアコン1台で夏冬も家中快適なアメリカンハウス

一方で、費用や面積が限られているなか、こんな傾向も。

「リビングとは別のくつろぎスペースを設けておく、ヌック(※)や窓際のベンチが増えている気がします。ベンチなので、日差しを浴びながらごろんと寝転んでもいいし、子どもと遊んでもいい。本を読んでもいいし、机があれば仕事スペースにもなる。リビングでソファーに座ってテレビを見る場所とは別に、こうした余白のあるスペースが好まれていますね」(服部氏)

※ヌックは小ぢんまりとした居心地のいい空間。リビング脇・片隅に設けられるケースが多い

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

もう一つ、今らしい家づくりの特徴として、「バルコニーをつくらない家」があるといいます。

「共働きのため、日中外に干せない代わりに、夜洗濯をして室内で干す人が増えています。室内は全館空調にしていれば窓はあけなくても空気はキレイ。だとすれば室内干しスペースを確保して、逆にバルコニーはいらないという考え方で、その分、建築コストを下げようという発想です。こちらも今後、一定の支持を集めるのではないでしょうか」と分析します。

洗濯や乾燥は、ドラム式洗濯乾燥機を使う、ガス乾燥機を入れる、サンルームや室内干しスペースをつくるなど、さまざまなやり方があります。自分たちのライフスタイルに合わせて間取りを最適化していくのであれば、いままでの当たり前にとらわれず、バルコニーナシ間取りも自然な結論ですよね。これは注文住宅ならではの良さといえるでしょう。

■関連記事:
ヌックって何? 居心地のいい隠れ家のある暮らしを楽しもう!

建材、設備でも環境性能は欠かせない指標に

新築マンション、賃貸住宅ともに「環境への配慮」という点があがっていましたが、注文住宅も同様です。

「2024年4月からは『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年から『断熱等性能(外皮性能)等級4以上』かつ『一次エネルギー消費量等級4以上』への適合が必要になります。また、2030年を予定していた新築住宅のZEH基準の水準並み義務化(断熱等性能 等級5)についても、地球温暖化の急激な進行から前倒しされる可能性も出てきています。今後、そういった性能の高い住宅が世の中の平均となる中、義務化水準だけを守った家を建てるのでは、みすみす自分の家の市場価値を下げていくことにもつながります。ハウスメーカーによってはZEHが標準であるなど、ほぼこの性能を満たしていますし、それ以上の住宅も登場しています。設備でいえば、断熱性能にすぐれた窓、エコキュート、節水節電トイレ、断熱浴槽、太陽光発電システムなどは、導入時にコストがかかりますが、補助金やランニングコストで回収しやすくなっています。提案するハウスメーカーや工務店も、『この設備を入れるとこの期間で回収できる想定です』と説明し、納得して導入されているようですね」と服部氏。

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

確かにコストとベネフィットが明確になり、回収期間がわかれば導入を検討しやすいことでしょう。また、環境に配慮した点では、廃プラスチックから生み出された外装材、バイオエタノール暖炉、国産の木材をつかった建材など、さまざまな取り組みがなされていて、注目を集めています。

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

「住宅設備メーカー含めて、省エネ技術の開発は活発に行われていますし、新しい建材、設備が次々と登場しています。もちろん、建設コストとの兼ね合いになるので、いきなり普及する、ビッグヒットになるとは思いませんが、潮流として確実にサステナブルな家づくりというのはあると思います」(服部氏)

コロナ禍を経て、家で過ごす時間への関心が高まっている今。家づくりは時間、お金、体力のすべてが必要ですが、その分、自分たち家族にあった空間が手に入るのであれば効果は抜群です。家に暮らしをあわせるのではなく、自分たちの暮らしに合わせた家づくり。やはり人生に一度でいいからやってみたいですし、やる価値はありそう!ですね。

●取材協力
住まい情報誌『SUUMO注文住宅』編集長
服部保悠氏
『SUUMO注文住宅』

住まいの中での寒暖差による「寒暖差疲労」や「ヒートショック」に注意

LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に、冬(主に11月~2月)における「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施した。近年は地球温暖化により「暖冬」になることもあるが、同社によると、暖冬の場合は急激な寒暖差が起こりやすく“寒暖差疲労”に注意が必要なのだという。調査結果を詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施/LIXIL

特に「朝起きて布団から出る時」に寒暖差を感じる人が多い

これから本格的な冬の寒さが到来する。「冬、普段生活している自宅の中で過ごしている際に、場所や時間によって寒暖差を感じることがあるか」と尋ねたところ、寒暖差を感じるという回答が74.1%(「感じる」39.4%+「どちらかというと感じる」34.7%)だった。

寒暖差を感じると回答した人に「寒暖差を感じる瞬間」を尋ねると、ダントツで「朝、起床し布団から出る時」(69.5%)となった。2位の「脱衣所で服を脱ぐ時」(48.0%)、3位の「浴室から出た時」(40.8%)と比べてもかなり多い回答だ。

かくいう筆者も、この記事を執筆している日の朝は外の気温が1℃だったので、布団から出るのがつらかった。昼でも10℃なので、ひざ掛けをしてパソコンに向かっているありさまだ。

「寒暖差疲労」と「ヒートショック」に注意

LIXILによると、「一日の温度差が7℃以上あるときに寒暖差疲労は起こりやすいとされている」という。寒暖差疲労とは、「寒暖差による体温調節により多くのエネルギーを使用することで、体に疲労が蓄積し、疲労感やめまいといった症状を引き起こす」もの。

約7割が寒暖差を感じる「起床して布団から出る時」は、「温められた布団から冷えた室内に出ると、体が急激に冷やされることで血圧が上がり、ヒートショックを引き起こす危険がある」というのは、気になる点だ。住まいの断熱リフォームのビフォー/アフターで、起床時の血圧がかなり違うという研究結果(【画像1】)もあるのだ。「手の届く範囲に羽織れるものを用意しておく」、「暖房器具をタイマーセットし、朝方に部屋が暖かくなるようにする」、「寝室だけでも断熱リフォームを行い部屋の気温差を一定に保ちやすくする」などの対策を検討したい。

起床時の血圧の比較

【画像1】
※日本サステナブル建築協会 断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)資料より
起床時の血圧の比較(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

住宅内で寒さを感じる場所は、ヒートショックの発生リスクが高い

住宅内で「寒さを感じる場所」と「暖かさを感じる場所」を尋ねると、【画像2】のような結果となった。おおむね居室やお湯をたくさん使う場所は暖かく、居室でない場所は寒く感じるようだ。リビングや寝室は暖房器具で暖めるものの、トイレや脱衣所、廊下などは日当たりが悪く、暖房もしないということだろう。

冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所

【画像2】
冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

同社の「住まいStudio」にある、断熱性能の異なる3つの部屋で同じ0℃の環境下で比較したのが【画像3】だ。断熱性能の違いを説明すると専門的になるので、分かりやすく言うと、「左」の昭和55年省エネ基準は「昔の家」、「中央」の平成28年省エネ基準は「今の家」、「右」のHEAT20 G2は「断熱性能のかなり高い家」と考えてよいだろう。外気温0℃はかなり寒い環境なので、暖房のある「居間」でもサーモカメラで見ると昔の家や今の家では青い色が残っている。一方、断熱性能のかなり高い家では、暖房のない廊下やトイレでも居間の暖房が効いて青くなっていない。同じ外気温、同じエアコン設定でも、住宅の断熱性能によってかなり違うことが分かる。

「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い

【画像3】
「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い(出典:LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

実は筆者は、住まいStudioを訪問してこの3つの部屋を体験したことがある。窓の断熱性能の違いもあって、暖房のある居間でも窓際にいるとかなり寒さが違ったと記憶している。断熱性能のかなり高い家では、暖房ではなく送風でも十分に暖かった。建築コストも異なるが、住む間の電気代も変わることだろう。

また、昔の家では居間とトイレの温度差は12.1℃、今の家でも温度差は9.6℃だったが、断熱性のかなり高い家では温度差は5.3℃とその差は縮まり、部屋の間を移動する際の身体への負担も小さくなるので、ヒートショックの発症リスクも軽減されるという。

窓まわりの断熱リフォームのススメ

住宅の断熱性能の違いが室温に大きく影響するわけだが、「これまでに断熱リフォームを検討、もしくはしたことがあるか」を尋ねている。「断熱リフォームをしたことがある」が6.7%、「断熱リフォームをしたことがないが、検討したいと思う(検討中である)」が9.5%で多いとはいえないが、昨年の調査結果と比べるとそれぞれ約1.4倍に増えたという。

「今後断熱リフォームを実施したい住まいの箇所」の1位は、56.9%の「断熱性の高い窓を設置/交換」だ。実は筆者も以前、窓の断熱リフォームを行った。冬の朝の窓ガラスの結露がひどかったので、それから解放されたのがうれしかった。工事は一日で終わったので、窓際が寒いという家の場合はぜひ窓の断熱リフォームを検討してはいかがだろう。

家の断熱性能を高めると、エコにつながることや光熱費が抑えられることが言われるが、最も大切なのは家の中にいる時の快適性が上がることだと思う。暑さ寒さの不快感が軽減し、寒暖差疲労やヒートショックのリスクも下げられるのは、日々の生活のなかで重要なことだ。家の断熱性能を高めていくと建築コストもかかるが、先進的窓リノベ事業(2024)などの補助金や減税などの優遇措置もあるので、上手に活用して冬を快適に過ごすことを考えてほしい。

●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と寒暖差に関する調査」

高騰続く新築マンション、2024年は買いやすくなる? 価格・金利上昇から見る買い時や注目の「省エネ性能」を解説

「新築マンション」とインターネットで検索すると「高騰」「億ション」など、景気の良いワードがずらりと出てきます。とはいえ、多くの世帯で収入が価格上昇に追いついていません。このまま新築マンションは高嶺の花になってしまうのでしょうか。2024年の新築マンション市場はどのように動くのでしょうか。SUUMO編集長・SUUMOリサーチセンター長の池本洋一氏に、市場動向と買うべきときに見ておいてほしいポイントのほか、新築マンションの設備などについての最新事情について聞きました。

都心部好立地と郊外、立地で価格動向が異なる

一般的に、新築マンションの買いやすさの指標は、
(1)物件価格
(2)金利
(3)供給戸数
で見ることができます。池本氏によると、都心・好立地と郊外、供給されるエリアで新築マンション価格の動き方が異なるといい、「都心好立地の物件であれば価格は上昇、金利と供給戸数は横ばい、他方で郊外エリアの物件であれば価格はやや上昇、金利、供給戸数は横ばい」で推移するのではないかとのこと。気になる都心・好立地の物件の特徴から伺っていきましょう。

「2024年も価格上昇が予想されるのが都心部・好立地の新築マンションです。こうした物件を購入しているのは、金融資産が1億円以上ある日本の富裕層です。所得は伸び悩んでいると言われていますが、実は日本でも富裕層が増えています。購買意欲が旺盛で、マンション価格が高騰する中でも売れ行きは好調です。金額としては安いものではないので、物件のエントランスは高級感があり品質感や品格あるデザインが好まれています。また、物件の設備面、たとえばキッチンや洗面化粧台の仕様をワンランク上にし、一部高層階では天井高を高くして、共用設備では眺望ラウンジ、高級感あるゲストルーム、フィットネスジムなどがあることが多く、上質な暮らしを感じられるのが特徴です」と解説します。

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのグランドエントランス完成予想CG(写真提供/東京建物、東栄住宅)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのグランドエントランス完成予想CG(写真提供/東京建物、東栄住宅)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのエントランスラウンジ完成予想CG(写真提供/東京建物、東栄住宅)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのエントランスラウンジ完成予想CG(写真提供/東京建物、東栄住宅)

「今、マンションを買う人達は、新築マンションの価値である、立地や眺望という点を非常に重視します。かつては南向きがよしとされてきましたが、部屋からの景色や抜け感が重視されるようになり、海外と同様の価値観になってきましたね。床材や壁材、インテリアで好まれる色合いもグレージュのような落ち着きがあり、上質感が感じられるもので世界のトレンドに近づいてきました」(池本氏)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのワーキングラウンジ完成予想CG (写真提供/東京建物、東栄住宅)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスのワーキングラウンジ完成予想CG (写真提供/東京建物、東栄住宅)

また、海外と同様という意味では、超富裕層向けの「プレミアム住戸」が珍しくなくなったそうです。
「通常の住戸と比較して、海外のように、洗面、トイレ、バスルームを複数持たせたり、床から天井までの階高が3m~6mあったりと、世界の富裕層向け物件と同クラスのものが出てきています。商品企画、建築も世界のラグジュアリー物件を参考にしているので、世界と比較しても見劣りしません」と池本氏。

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスの住戸一例(写真提供/東京建物、東栄住宅)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスの住戸一例(写真提供/東京建物、東栄住宅)

東京、大坂、京都、福岡、マンションが供給される立地の特色は?

こうした夢のあるマンションの話もいいですが、実際に買うとなれば話は別です。これから先、新築マンション価格はどうなると予測しているのでしょうか。

「マンションの価格は
(1)土地価格
(2)人件費
(3)資材費
の3つで決まります。このうち3つともに下げの要因はなく、むしろ高騰しています。これは新築マンションだけに限らず、すべての建築物を含めた資材の話となりますが、なんとこの2年半で、資材費は27%上昇、マンションの骨組みとして使われるH形鋼に至っては約70%も上昇しています。職人不足から人件費も値上がりしているほか、今まで建築業界など一部の業界で特例延期されていた、労働基準法に基づく労働時間の適正化が2024年からは実施されます。そのため人件費も上昇すると予測されます。
つまり、新築マンション価格が『上がる』要因はあっても、『下がる』要因はないんです」

今、価格が高いからといって将来に先延ばしをしても、新築マンション価格とリンクしやすい株価の暴落などが起きないかぎり、劇的な下落は考えにくいようです。

H形鋼(写真/PIXTA)

H形鋼(写真/PIXTA)

では、新築マンションを買うのであれば、どんな立地を狙うといいなど、買い手が立てられる戦略はあるのでしょうか。

「東京だけでなく、郊外都市や地方の主要都市部にもマンションに適した土地はあまり残っていません。利便性を重視しつつ、価格帯もとなると、冒頭に申し上げた『郊外』に目を向けるとよいでしょう。価格・供給数ともに横ばいで動くと予想しています。主要駅の周辺、具体的にいうなら立川や大宮、船橋、町田など首都圏の主要ターミナル駅とその一駅二駅隣の駅近物件であれば、買いやすい価格帯で供給されています。また、関西、地方主要都市の福岡や札幌、仙台、金沢、広島の中心部でも都心部や好立地は高く、郊外は買いやすい価格帯で落ち着くことでしょう」(池本氏)。

こうした郊外で供給されるマンションでも、生活の質をあげる設備が導入されていることが一般的です。
「保温性の高い浴槽、電子キーなどは標準装備となっていることが多いですね。共用設備では華美なものは少なく、スタディスペースやワークスペース、EV充電スタンド、カーシェアなど『実用性ある施設』が導入されています。また、郊外でも『南向きにこだわらない』動きがでてきていますね」(池本氏)。

なるほど、新築マンションを探すのであればまずは供給数が限られていることを理解し、広域で見て、選択肢を広げ、優先順位をつけていくという戦略が有効なようです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

要チェックは省エネ性能。各社のZEH、木造新築マンションにも注目

池本さんが、今、新築マンションを買いたいと考えている人に、ぜひ押さえてほしいポイントがあるといいます。

「全ての新築住宅において、2025年4月からは、省エネ基準への適合が必要となります。2030年にはその基準がZEH水準(※)となるため、それ以降はZEH水準を満たさないと既存不適格(※)と見られることもあるでしょう。ですから今から買うなら、ZEH水準もしくは、マンションではZEH Orientedという水準以上を買うことをおすすめします」と力説します。

※断熱等性能等級5かつ一次エネルギー消費量等級6の性能をもつ省エネ性能の水準(詳しくはこちら)。

※既存不適格とは、建設時には適法だったが、以降の法改正などで法不適合になった状態のこと。そのことに法的な問題はないが、例えば、1981年に耐震基準が変わり、それより前の物件が旧耐震(既存不適格)と言われるように、市場で競争力が劣ってしまう状態が想定される。

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

当然、各社もZEH化には注力しており、タワーマンションでも「ZEH」相当の物件も出てきています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「国も建築物の省エネ性能向上、断熱性能の向上に注力していますし、住まいの高性能・省エネ性については、暮らす人のメリットもとても大きいのでぜひ重視してほしいポイントです」といいます。

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスの省エネにつながる設備・システムの一例(同マンションのHPより)

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラスの省エネにつながる設備・システムの一例(同マンションのHPより)

同じく、環境性能という面では、木造や木材を使ったマンションにも注目しているそう。
「国の方針や建築基準法の改正などの要因がありますが、中高層木造マンションや、中高層の木造、コンクリート、鉄骨のハイブリッドマンションも一つのトレンドです。先程の鉄鋼と比較すると中高層建築で使う木材は、今後、供給が増えてくればコストが下がっていく可能性も十分にあり、建築費の抑制といった意味でも注目しています。もちろん耐震性など性能面では従来の鉄筋コンクリート造の物件と同等の性能で建てられています」(池本さん)

木造マンション「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」(三井ホーム/東京都稲城市)は、総戸数51戸、間取り2LDK~3LDK、専有面積は50平米~96平米。1階はRC(鉄筋コンクリート)造で、2~5階に木造枠組壁工法を採用(写真撮影/片山貴博)

木造マンション「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」(三井ホーム/東京都稲城市)は、総戸数51戸、間取り2LDK~3LDK、専有面積は50平米~96平米。1階はRC(鉄筋コンクリート)造で、2~5階に木造枠組壁工法を採用(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

■関連記事:
マンションも木造の時代に! 耐震性や遮音など住みごこち満足度98%のお墨付き 「MOCXION INAGI」東京都稲城市

また、環境性能や心地よさから内装、インテリアの木質化も大きな流れになっているよう。確かに木を多用したインテリア、SNSでもよく見かけます。賃貸ではありますが木造マンション、「MOCXION INAGI」で入居者の98%が住み心地に満足と回答したというデータもあり、今後もひとつの潮流となっていくことでしょう。

これから買う人は自分たちの価値を大事に。気になる物件は1期で決断

最後に新築マンションを買いたいと思う人に、アドバイスをもらいました。

「まずは、自分たちの暮らしの軸を大切にしてください。世にいわれている大人気物件が必ずしも“買い”とは限りません。冷静に自分たちが大切にしたい暮らし、求める価値を見極めて、それで物件と合っているなら決断していいと思います。投資用に買うなら、買った価格より高く売れるかを意識すべきとだ思いますが、自宅として買うならば、その街、そのマンション、間取り空間で暮らしたいのかが家探しの軸になるべきです。どこで、だれと、どのような生活を送りたいのか、そこを見誤らないでください」。

その上で、マンション価格として「下げ要因」がない以上、気になる物件が出て、期分け販売をする物件であれば、期を追うごとに価格が上昇する可能性があるため、思い切って「1期で買い」だといいます。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そして、もうひとつ、要注意な点として「金利動向です」とアラートをあげます。

「長期固定金利がじわりと上がってきています。今、みなさん住宅ローンを変動金利で借りていますが、変動金利が上昇する可能性もありそうです。そのため、借りられる金額の上限まで借り入れるのはおすすめしません。変動金利だけではなく、変動金利と固定をあわせるミックスなどを比較検討してください」(池本氏)

住まいは住む人の暮らしの基盤であり、幸せな暮らしを営むための器です。自分たちが「新築マンション」に求める価値はなにか、どんな暮らしがしたいのか、それは新築でなければ叶わないのか……。
一つずつクリアにしていくことが、2024年のマンション購入正攻法といえそうです。

●取材協力
SUUMO編集長・SUUMOリサーチセンター長
池本洋一氏

ブリリア聖蹟桜ヶ丘ブルーミングテラス
物件ページ
公式HP

地元企業の共同出資で生まれた絶景の宿「URASHIMA VILLAGE」。地域の企業が暮らしのインフラを支える時代が始まっている 香川県三豊市

遠浅の海に、雲や夕焼けが映り込む“天空の鏡“と呼ばれる光景がInstagramで話題になり、年間50万人が訪れるようになった香川県三豊市の父母ヶ浜。実際に足を運ぶと、広々した海岸はほんとうに美しかった。一気に増えた観光客を受け入れる体制を整えようと、地元の民間企業11社が集まり、共同出資で新たな宿をつくることになる。ところがこの共同出資のしくみはそれにとどまらず、交通や教育、不動産などまちのベーシックインフラを整える新たなかたちになっていく。

新しいしくみの起点になった宿

2021年1月、香川県三豊市の荘内半島には絶景の海を目の前に、一棟貸しの宿がオープンした。三豊市は香川のなかでも西側、北は瀬戸内海に面し、南は讃岐山脈で徳島県と接する、人口6万人の市。北西に突き出た荘内半島の海岸沿いに、張り付くようにして立つヴィラ風の建物がそうだ。

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海が見える。日に2度の引き潮の時間だけ、砂の道が現れ、無人島・丸山島に渡ることができる。

荘内半島の海岸に立つURASHIMA VILLAGE(撮影/Fizm藤岡優)

荘内半島の海岸に立つURASHIMA VILLAGE(撮影/Fizm藤岡優)

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海と、一日に二度だけ引き潮の時につながる丸山島と浦島神社が見える(撮影/Fizm藤岡優)

部屋に入ると、大きく海側にとられたガラス窓から一面に海と、一日に二度だけ引き潮の時につながる丸山島と浦島神社が見える(撮影/Fizm藤岡優)

このプロジェクトは、ただ地域に新しいホテルができたというだけにとどまらない、さまざまな意味をもっている。

一つは、外資や他地域の資本による開発ではなく、地元の企業が域内で仕事を生み出す座組が組まれたこと。宿を建てる土地探しに始まり、建築設計、施工、建材の調達。また宿の運用が始まってからの、リネンクリーニング、飲食、交通などさまざまな関連事業が地域内でまかなわれ、域内循環し始めている。そして、こうした民間企業による共同出資のかたち、座組が、観光だけでなく、交通、生涯教育、不動産……と、暮らしのインフラづくりにまで発展しつつあることだ。

同じ田舎でも、インフラが整っているまちとそうでない場所の、住みやすさの差はこれからますます開いていくだろう。現地を取材して、そんな思いを強くした。

父母ヶ浜(撮影/Fizm藤岡優)

父母ヶ浜(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEができるまで

その場にいた人たちが、後から「あの飲み会がきっかけだった」という場がある。振り返ると、あれが起点だったと誰もが口をそろえるような。

宿「URASHIMA VILLAGE」の構想が生まれたのもそうした飲み会が始まりだった。

このプロジェクトを事務局としての役割で進めてきたのは、宿泊施設「UDON HOUSE」のオーナーで、人材受け入れのレジデンスなども立ち上げてきた瀬戸内ワークスの原田佳南子さんと、東京からたびたび通ってきていた地域プロデューサーの古田秘馬(ひま)さんだった。二人とも初めは東京から通いで三豊に関わり、現在は三豊に住んでいる。

原田佳南子さん(撮影/Fizm加藤真由)

原田佳南子さん(撮影/Fizm加藤真由)

「飲み会は本当にただの飲み会です(笑)。秘馬さんがこちらへ来るたびに、いろんな方に声をかけて、UDON HOUSEで宴会をしていました。地域のキーマンが集まって、それぞれのやりたいことや事業の課題についてなど話す場で、未来の話にもなって。

父母ヶ浜に人が集まり始めていたのがちょうど同じころ。宿があるといいねというのを、皆さん共通認識としてお持ちでした。

大規模なホテルとなると、地域外の資本に頼って開発されるのが一般的ですが、それは好ましくない。一社では規模的に負担が大きすぎるなら、みんなでやりましょうという話になったんです」

SNSで父母ヶ浜が話題になったものの、宿泊施設が地元にないために、訪れる人の多くは高松など別の場所に泊まり、三豊は経済効果を享受できていない状況が続いていた。

出資者の一人であり、この会にも参加していた金丸工務店の代表、藤田薫社長はこう話す。

「宿泊施設があるといいねというのは、地元の多くの人がもっていた課題感だったと思います。うちは工務店ですが、空いている施設で宿泊施設を始めようと検討していたほどで。でも、宿の運用はしたことがないしノウハウもない。躊躇していたところ、みんなで一緒に宿やろうかという話が飲み会の場で生まれて。いいですね、いいですねって話になったんです」

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

地域内に仕事が生まれ、お金を生み続ける「域内経済循環」

集まっていた中には、地元のスーパーや工務店、建材屋、バス会社、宿泊業などさまざまな事業者がいた。偶然か必然かはわからないが、藤田さんいわく
「それぞれ、前向きに面白いことをいろいろやってらっしゃる会社だった」という。

結果、11社が一社あたり一口500万円ずつを出資し、2019年に「瀬戸内ビレッジ株式会社」を設立することになる。

「飲み会の翌日にはもう、出資候補の会社の名前が入った企画書ができていました。秘馬さんは皆に『出資するって言いましたよね?』と送って。でもみんな一度賛同していることだから悪い気はしないわけです。役員会を通すのでデータくださいと具体的な話になっていって。ああ、新しい事業ってこうやって生まれていくのかと思いました」(原田さん)

バス会社、建設会社が2社、建材兼不動産を営む会社、タクシー会社、レンタカー会社、スーパー、自然エネルギー、宿泊業など、市内および近隣の会社が集った。
集まった5500万円で足りない分は銀行から融資を受け、1.5億円をかけてURASHIMA VILLAGEを建設した。

大きなポイントは、関わっている11社すべてが、宿の建設設計や使う建材に始まり、ホテルの運用が始まった後も、本業として関わることのできる事業者ばかりという点だ。

「何かしらこの宿に貢献できる本業をお持ちであることが出資の条件になりました。土地を探したのは、喜田建材の不動産部門。設計・建設施工は金丸工務店。

いま、宿の運営に携わっているリネンのクリーニングは、地域で100年続く木材加工会社、モクラスが新規事業として引き受け、食事を提供してくださっているのも地元のショッピングストア今川です」(原田さん)

(撮影/Fizm加藤真由)

(撮影/Fizm加藤真由)

「瀬戸内ビレッジ株式会社」には代表以外正社員はおらず、部屋の清掃だけアルバイトを雇っているが、それ以外の仕事はすべて株主に発注しているという。

しかし500万円といえば、それなりの大金だ。ビジネス的な勝算があるなど、よほどの説得力がなければ、企業として出資は難しいのではないか。しかも11社も頭があると、思うようにいかなかった時の方針決めなどもフットワークが重くなりそうだ。
金丸工務店の藤田さんは言う。

「うちも最終判断を下すには時間がかかりました。でも逆をいえばリスクは出す分だけです。それぞれに、その後仕事としてかえってくるというメリットもありました」

出資者の中には同業者同士もいる。競合と手を組むことに躊躇はなかったのだろうか。

「普段からお付き合いのある会社ばかりで、敵対している関係の会社は一社もありません。皆さん前向きでね。うちより大きい建設系の会社もあるので実際に建物を建てるのは別の会社がやるのかなと思っていたら、皆さんすでに決まっている仕事で手いっぱいだったのか、うちに任せるわって言ってくださって。任されてもかえって責任重大なのでプレッシャーで。そこが不安ではありましたね。

でも結果として、あの建物を建てたことで、ウッドデザイン賞(※)などたくさん賞もいただきましたし、続々とほかの仕事につながりました」(藤田さん)

※木の良さや価値を再発見できる製品や取組について、特に優れたものを消費者目線で評価し、表彰する顕彰制度

ウッドデザイン賞受賞を祝う会の様子。写真手前中央が藤田さん(提供/藤田さん)

ウッドデザイン賞受賞を祝う会の様子。写真手前中央が藤田さん(提供/藤田さん)

11社のうちコミットの仕方は会社によって濃淡がある。だがそれぞれができる仕事を担うことで、地域の事業者間でお金がまわる。レンタカーやタクシー、バス会社など交通系の会社にとっても、移動手段を売るだけでなく、行き先のロケーションを持つことになる。

宿の反響はどうかといえば、オープンしたのがコロナ禍の真只中だったにもかかわらず、一棟貸しの3棟という形態から、かえって家族などの集まりや旅行に使われることになり、稼働率は順調に推移してきた。2023年の夏、7月8月は稼働率が9割を超えている。
4年目からは、金額は大きくないが、出資社に配当も出るようになった。

3棟あり、それぞれが一棟貸し。すべての棟から海が見える。宿泊棟「timeless 時」(撮影/Fizm藤岡優)

3棟あり、それぞれが一棟貸し。すべての棟から海が見える。宿泊棟「timeless 時」(撮影/Fizm藤岡優)

宿泊棟「visionary 幻」の寝室(撮影/Fizm藤岡優)

宿泊棟「visionary 幻」の寝室(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEがもたらした、一番大きなもの。地域が変わった

地方の片田舎に新しい宿を建設して、経営していく。それだけでもリスクを伴うように見えるけれど、加えて11社を巻き込むことへの怖さはなかったのだろうか。
共同出資会社、瀬戸内ビレッジの代表に就いた、古田秘馬さんに聞いた。

「あの立地や環境に加えて、集まった11名をみても成功するイメージしか湧かなかったですよね。周りも応援するだろうし、話題になる。

でも重要なポイントは、宿泊事業の売上だけじゃなくて、各事業者さんの事業につながっていることです。単純な投資と配当の形ではなくて、皆さんの事業を生み出すためのしくみですよねって話です。それぞれスーパーに飲食をお願いするとか、ショールームが欲しいなどのもともとあった要望を叶えたり、新しく事業を始めたところもある。

誤解しないでいただきたいのは、一点突破でこの宿さえ当たればまちが活性化する!みたいな博打をしているわけではなくてね。大成功するかはわからないけど、失敗しない方法をきちんと仕込んでおく。

でもお金だけじゃないよねと。みんなでやりたいよねとか、まちのブランディングにつながったねとか。一粒で5個も6個も美味しいって準備をしていく」

古田秘馬さん。地元スーパー今川の、今川宗一郎さんの似顔絵入りのTシャツで(撮影/Fizm藤岡優)

古田秘馬さん。地元スーパー今川の、今川宗一郎さんの似顔絵入りのTシャツで(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEの成功が、この共同出資のしくみをほかの分野へ転用する動きにもつながっていく。

「URASHIMA VILLAGEの効果として一番大きかったのは、『自分たちでやるものだ』というマインドセットが地域にできたことだと思うんです。

たとえば、父母ヶ浜に今は、スーパー今川の宗一郎がやっている『宗一郎珈琲』がありますが、スターバックスなどの有名店が出店するほうが経済効果は大きいし、楽なんですよね。でも経済はうるおっても、外の資本がまわっているだけで、自分たちで新しいものを生み出そうとする力や動きがなくなってしまう。スタバができたら次は◯◯というふうに、既存の店を呼ぶだけでどこも同じような街になって、まちのオーナーシップが自分たちの手からなくなってしまう。だから外の大企業がいなくなった時に地域が疲弊するんです。

まちの側でオーナーシップをもって、ここにしかない、オリジナリティのあるものをつくっていったほうがいい」

三豊では新しく、耕作放棄地を利活用した農業のプロジェクトも始まっている(撮影/Fizm藤岡優)

三豊では新しく、耕作放棄地を利活用した農業のプロジェクトも始まっている(撮影/Fizm藤岡優)

共同出資の座組を、教育と交通に応用。「暮らしの大学」「暮らしの交通」

面白いのは、URASHIMA VILLAGEがうまくいったことで、三豊ではこうした「地域の民間企業による共同出資」の形で、暮らしのインフラを整える動きが始まっていることだ。

交通、生涯教育、不動産……といった分野でも、地元の企業が出資しあい、どんな形のサービスがまちに必要か?を検討し、実証実験する取り組みが次々に始まっている。

古田さんは言う。

「誤解を恐れずに言えば、第2の行政的なものを目指しています。いま行政はセイフティネットにあたる、全ての人をすくうための施策を行っていて、それはそれですごく大事。必要です。ただ、たとえば義務教育以外にも、大人になっても学べる場があるといいよねとか、コミュニティバスはあるけど早く移動したいとき別の手段もあるといいよねと。違ったレイヤーに、生活を豊かにするインフラサービスを充実させていこうと」

都会であれば学ぶ場はいくらでもあるし、タクシーのサービスがなくなることは考えにくい。ただ地方ではそもそも享受できないサービスも多く、いまある事業もどんどんなくなっている。そこを地域で支え合いながら充実させていこうとする試みである。

たとえば「瀬戸内暮らしの大学」。生涯教育を提供している市民大学で、やはり地域内外、18の企業や個人が出資をする形で2022年6月に開校した。

校舎として場所を提供したのは、株主でもある地元のタクシー会社。もと営業所だった建物を、暮らしの大学の校舎としてリノベーションした。その設計施工を行ったのも株主の一社だ。

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

一般会員は月1万2000円ですべてのクラスを受講できる。月2万円の法人会員枠もあり、地域内の小中高校生は無料。ビジネス系のクラスもあれば、DIYなどライフスタイル系のクラスもある。法人会員や出資会社は、社員教育の場としてここを活用できる。

「暮らしの交通」お年寄りのためのコンシェルジュ機能も見据えて

2022年9月には、地元のタクシー会社3社が中心になって、関連企業を含む計12社が出資者となり「暮らしの交通株式会社」も誕生した。

「mobi」という「エリア定額乗り放題の相乗りサービス」を利用して、新たな移動サービスが始まっている。

アプリや電話で簡単に車を呼ぶことができ、半径約2km内を、出発地から目的地へと効率よいルートを探り送迎してくれる。相乗りになることもあるが、限りなくタクシーに近いサービスである。学生の通学、高齢者の通院や飲酒後の移動に、活用されている。

社長を担うのは、20代の田島颯さんだ。

田島颯さん。探究学習の普及や教員研修のために三豊に移住。交通による教育格差を感じていたことから、代表に就任(撮影/Fizm加藤真由)

田島颯さん。探究学習の普及や教員研修のために三豊に移住。交通による教育格差を感じていたことから、代表に就任(撮影/Fizm加藤真由)

「自分はもともと教育関係の仕事で三豊に来ました。共働き世帯が増えて、親が送迎しないと教育にアクセスできないといった移動格差が、教育格差につながり始めている。親が送迎できなければ、習い事にも行けない。コミュニティバスもあるけれど縮小傾向ですし、本数が少なくて不便だったり、学生が大勢乗ることでお年寄りが乗れなくなったりという弊害もあります」

一般会員は30日で6000円、学割会員は3000円。月額制のほかに、単発でも乗車できる「ワンタイム乗車」が500円。観光客などに利用されている。

アプリを使うため、いまは高専の学生の利用率がもっとも高い。それによって従来はタクシーは使用していなかった新たな層の発掘にもなっている。さらにこの後、高齢者の利用も増やしていくために、「御用聞き」などのコンシェルジュサービスをセットで始める予定だ。

一見すると既存のタクシーの競合になるサービス。日本でライドシェアなどのサービスがなかなか進まない背景には、既存の交通会社の反対がある。なぜ、三豊では地元のタクシー会社がこうした動きに参画しているのだろう?

「どこもドライバーの数が足りなくて、持っている車両の3分の1も動かせていないのが現実です。高齢化でドライバーの数が足りない。稼働できる時間も限られるんですね。

結果、売上としてしんどくなっていて、コミュニティバスの運行委託などでかろうじて成り立っていますが、コミュニティバス自体も縮小傾向にあります。

その危機感を、皆さん自身が感じていて、半分怖いけど、生き延びていくためにも変化しないといけないと強く思っていらっしゃったところから、始まった取り組みだと思います」

まちで配られている「mobi」のパンフレット(撮影/筆者)

まちで配られている「mobi」のパンフレット(撮影/筆者)

■関連記事:
月額5000円でお迎えから目的地まで乗り放題! 新交通サービス「mobi」はじまる 渋谷や名古屋市など

「くらしの不動産」住民も出資できるファンドを

さらに共同出資のしくみを発展させて、住民からも出資できるようにして、よりまちを能動的に動かしていくファンドづくりも始まっている。

URASHIMA VILLAGEの出資者の一社でもある喜田建材は、地元に100年以上続く老舗企業。建材以外にも、自社ショールームの1階で雑貨のセレクトショップを運営し、不動産業も手がけ、リノベした空き家でショールーム兼ゲストハウスを何軒も運営していたり。なんとラーメン屋まで営業している稀有な企業である。

ここで不動産部門の担当をする島田真吾さんが話を聞かせてくれた。

「うちの営業先は工務店なので、工務店が受注をとれないと建材が売れない。工務店の受注がどうしたら増えるか?をヒアリングした結果、家を建てる土地が決まらないということだったんです。それなら僕らが不動産屋をやって、土地を探してくれば工務店も受注が取れるし、家も建てられる。その先で建材も売れるよねと」

喜田建材で不動産部門の担当をする島田真吾さん(撮影/Fizm加藤真由)

喜田建材で不動産部門の担当をする島田真吾さん(撮影/Fizm加藤真由)

不動産の担当になった島田さんは、その足で地元をまわり、耕作放棄地や空き家のある場所をマッピングしていった。地図はピンで真っ赤になった。

「これだけ空き家や空き地があるのに、ほかの不動産会社が扱わないのは、土地も家も安いので、仲介手数料が少ないからです。業者として売上にならない。

そこで不動産が儲けられるしくみをつくろうと、リノベーション再販を始めました。空き家を買い取って、リノベして売るモデルです。すると、ボロボロだった築45年の古い物件が、想像できないくらい素敵な家に変化する。ボロボロの状態で売るより仲介手数料が上がるので、地域の不動産屋が積極的に流通するよう動くし、地域の空き家が減り、工務店さんの仕事は増え、建材も売れるといういい循環が生まれます。それでも、買う側からすると、新築より圧倒的にイニシャルコストもランニングコストも抑えられる」

リノベーション前の家。これが下の写真のように変化する(提供/喜田建材)

リノベーション前の家。これが下の写真のように変化する(提供/喜田建材)

リノベーション後。リノベーション前はなかなか売れなかった物件が、元値の20倍近い金額で発売から2日で売れたりする(提供/喜田建材)

リノベーション後。リノベーション前はなかなか売れなかった物件が、元値の20倍近い金額で発売から2日で売れたりする(提供/喜田建材)

仮に、100万円で買った物件が2000万円で売れるとなれば、取り扱う不動産会社も増えるだろう。

ただし、こうした物件を、一不動産会社が自社物件として購入し、売るのは、リスクもある上に、数が広がりにくい。そこで、いま進めているのが「ファンド」を活用した、空き家のリノベーションである。

地域ローカルファンドとして、「つくるファンド」「育てるファンド」「持続させるファンド」の3つのファンドを用意した。

(1)
「つくるファンド」は、ひらたくいえば、地域に住む人が増えるよう、住居を増やすためのファンドである。地域住民や地元の企業などが出資し、ファンドで空き家を買い取ってリノベーションして販売する。売れれば、その利幅を出資者で分配する。
ポイントは、一社のみでリスクを負わないで済む点。仮に100万円で買った物件が、2000万円で売れるとなれば(100%そううまくはいかないだろうが)、出資する人も増えそうだ。

(2)
次に、家を増やしても、その地域自体が魅力的でなければ住む人が増えないため、地域に魅力的な事業(店)を増やすのが、「育てるファンド」。シェアアトリエをつくりたい、民泊、カフェを始めたいといった人がスタートアップしやすくする。ファンドでリノベーションした家を起業者が借りることで、イニシャルコストを抑えられる。たとえばパン屋、焼き鳥屋、居酒屋……など、「この地域にこんな店がほしい」と思う住民が応援の意味もこめて出資する。

(3)
最後に、「持続させるためのファンド」。ある企業が何億円かの投資をして事業を始めた場合、借金を完済するまでは、次の事業に手を出しにくい。そこで、最初に投資した不動産の所有権だけをファンドに売却するという方法だ。

3つのファンドの目的と区別(提供/喜田建材)

3つのファンドの目的と区別(提供/喜田建材)

3つのファンドと地域の関係者を表した図式(提供/喜田建材)

3つのファンドと地域の関係者を表した図式(提供/喜田建材)

URASHIMA VILLAGEのようなケースも、所有権だけがファンドに移り、これまでの運営チームは、ファンドから賃貸で物件を借りて運営する形になる。実質の運営はこれまでと変わらないが、ファンドに不動産の所有権だけを買ってもらうことで銀行への返済が済み、次の事業に手を出しやすくなる。

実際に、「つくるファンド」はすでに動き始めており、一棟を買い取って、2023年11月から改修が始まっている。「育てるファンド」も事業者が決まり、2024年にはスタート予定。

「『持続させるファンド』は何億円という規模になるので、大企業が地方に出資するような形を想定しています。いまは地方に視察にきて、いいですねという話にはなっても、それ以上関わるしくみがないんですよね。

一口5万円で投資できますというアクションにつなげられれば、今までは関係人口で終わっていたところが、「株主人口」として、もっと深い関係性を地域とつくることができるようになります」(島田さん)

(撮影/Fizm加藤真由)

(撮影/Fizm加藤真由)

こうしたファンドの取り組みは、まだ始まったばかりだけれど、クラウドファンディングをリアルかつ地域密着で行うようなものだ。住民にとっても「暮らすまちをより住みやすくする」ための出資と考えれば、大きな可能性を秘めているように思う。

喜田建材のこのファンドの話には、古田秘馬さんもブレインとして関わっている。より地域や自分たちの生活にかえってくるようなお金の使い方をしようという発想ですよね?と古田さんに問うと、こんな答えがかえってきた。

「まさにそうです。住民も『もっと地域に関わろうよ』っていう。それに、大企業や出入りしている人など、ふわっとした関係の人たちが株主として関わることで、よりしっかりした地域との関係になる。

いまは、どうしても資本を入れた大企業がオーナーシップをもつ形になってしまいます。でも本来、地域の側がオーナーシップをもってものごとを進めるのが一番いい。資本は入れてもらっても、自分たちで運営していくしくみをつくろうってことですね」(古田さん)

(撮影/Fizm藤岡優)

(撮影/Fizm藤岡優)

仁尾のスナック「ニュー新橋」とまちに関わる4つの階層の話

URASHIMA VILLAGEの取り組みを、地元の人たちがどんな温度感で見ているかというと、またちょっと違った視点もある。三豊市と一口にいっても、香川県内で3番目に人口の多い都市であり、高瀬町、山本町、三野町、豊中町、詫間町、仁尾町、財田町の旧7町が2006年に合併してできた市だ。
住民のアイデンティティは、市にあるというより、旧町にある人が多い。

出資者の一人である「スーパー今川」の今川宗一郎さんは、こう話す。

「URASHIMA VILLAGEに関わっているのは、地元でも名士と言われる、影響力のある企業の方々。地域では資本を持っている人たちが勝手にやっているという印象もあると思いますが、その役割の人たちだからできることで、それはそれで大切。

僕は、地域が変化していくために必要な4層があると思っていて。一番外側が観光客だとすると、その一つ内側が、外から関わってくれる秘馬さんや原田さんのような関係人口。そして一番内側に完全ローカル層の住民があるとしたら、内から二番目が重要なんじゃないかと。

地元の人間だけど、外の人とちゃんとコミュニケーションできる。そこを僕ら地域の若手が担えればと思っています。バリバリローカルの仲間とも話せるけど、秘馬さんや外の人たちと仕事の話やビジョンの話までちゃんと共有できる」

今川宗一郎さん(撮影/Fizm藤岡優)

今川宗一郎さん(撮影/Fizm藤岡優)

URASHIMA VILLAGEの方法に影響を受けて、今川さんたちは、仁尾のローカルに、まったくメンバーの異なる地元の仲間数人と出資をしあい、「ニュー新橋」というカラオケパブを始めた。本記事の写真を撮っている藤岡優さんも、今川さんの仲間で、ニュー新橋の出資メンバーの一人である。

この店は「観光客のためというより、自分らで自分たちの暮らしを楽しくする」ことを目的にしていて、出資者自らシフト制で店に立つこともある。

ニュー新橋の様子。先述の田島さんも、移住してきてすぐこの店の常連になり、地域に打ち解ける入り口になったという。(撮影/Fizm藤岡優)

ニュー新橋の様子。先述の田島さんも、移住してきてすぐこの店の常連になり、地域に打ち解ける入り口になったという(撮影/Fizm藤岡優)

「僕らはもともとよく集まっては地域を何とかしなきゃと話していたけど、どう動いていいかわからなかった面もあって。いま振り返れば、泳ぎたいけどプールに入らずに本を買ってきて勉強しようみたいな温度感だったんだと思います。それを秘馬さんはまずは水に浸かれと。それで失敗しても、本当に失敗かどうかはその後次第だと。それを一番に教えてもらった」

スーパー今川は、旧仁尾町の地元民にすれば、生活になくてはならないスーパーだ。その後継ぎの今川さんが、URASHIMA VILLAGEにも参画し、自ら別会社で「宗一郎珈琲」を始め、同時に仁尾の街中の通りを商店街として再生させようとしていることは、三豊市という大きな単位でなく、仁尾町という小さな単位の“地域”からみても、大きな意味をもっている。

地域の企業、住民が、自らの暮らしのなかで何を大切にして、しくみを確立し、暮らしていくのか。新しい試みが、すでに始まっている。(本文ここまで)

●取材協力
URASHIMA VILLAGE
金丸工務店
「瀬戸内暮らしの大学」
「暮らしの交通」
喜田建材「暮らしの不動産」
ショッピングストア今川

NYマンハッタンで話題、最高価格25億円の高級コンドミニアムに潜入。ブランド家具付き「ターンキー」って? ニューヨーク(アメリカ)

アメリカ・ニューヨークのセントラルパーク南端から2ブロック南の57丁目は、「ビリオネアズ・ロウ(Billionaires’ Row)」、つまり「億万長者の並び」と呼ばれています。この通りを中心に近年、次々と富裕層向け高級コンドミニアムの建設ラッシュが続いています。

今回はこの地区に新たに完成したばかりの、高級ホテルとの複合住居ビルに案内してもらいました。ホテル暮らしのような生活ができる新築コンドミニアムで、家具付きのオプションも選べます。どのような物件なのか、見てみましょう。

■関連記事:
NY「ビリオネア通り」の不動産が活況! 億万長者だらけの最新マンションに潜入

販売価格は1億7,600万円~25億円。東京の高級エリア千代田区より3~4割高!?

マンハッタン56丁目にこのほど完成したばかりの高層新築コンドミニアム、「ONE11 Residences at Thompson Central Park(ワン・イレブン・レジデンスズ・アット・トンプソン・セントラルパーク)」 。
ハイアット系列の豪華ホテル 「トンプソン・セントラルパーク」の客室の上階(34階~42階、99世帯分)がONE11 Residences at Thompson Central Parkの住居スペースになっています。
販売価格は119万5,000ドル~1,695万ドル(約1億7,600万円~25億円)です。

「居住スペースは1階のホテルロビーから出入りも可能なため、ホテル内の施設に行きやすく、まるでホテル暮らしのような生活ができるんですよ」( ONE11 Residences at Thompson Central Parkのセールス・ディレクター マリア・マイニエリさん)

ホテル、トンプソン・セントラルパークの客室の上階(34階~42階)がONE11 Residences at Thompson Central Parkの住居部分。写真は廊下から見渡せるセントラルパークの景色(c) Kasumi Abe

ホテル、トンプソン・セントラルパークの客室の上階(34階~42階)がONE11 Residences at Thompson Central Parkの住居部分。写真は廊下から見渡せるセントラルパークの景色(c) Kasumi Abe

セントラルパークまで3分と自然豊かな最高の立地で、それぞれの部屋の窓には四季折々の美しい景色が広がります。徒歩圏内はオフィス街と商業街で、地下鉄の駅、高級デパート、カーネギーホールなどの文化的施設も充実し、とてもにぎわいのある地区です。

日本に住んでいる方々がイメージしやすいよう、首都圏を中心に新築マンションを取材してきた情報誌『SUUMO新築マンション』編集長・永田幸樹氏にも話を聞いてみました。まず街の中心に位置する緑豊かなセントラルパークを皇居となぞらえるならば、東京でいうと「距離感などを考慮すると千代田区をイメージするのが良いのではないでしょうか」とのこと。

ただし、価格面は平方フィート(psf)あたりの平均価格から確認しても、千代田区より3~4割程度高いようです。東京都心でも特に人気エリアである千代田区より3~4割高いとは、さすが“ビリオネアズ・ロウ”界隈(ニューヨークの富裕層エリア)です。しかも高級ホテルの上階とは、一度は憧れるシチュエーションです。

住居部分の下層が豪華ホテルと連結。会員制高級ラウンジやレストランも使える

さっそく ONE11 Residences at Thompson Central Parkの中に入ってみましょう。

ONE11 Residences at Thompson Central Parkとホテル「トンプソン・セントラルパーク」の入口は2つ別々にありますが、高層複合ビルのため、建物内のロビーで繋がっています。奥に進めばホテルのレストランやバーがあり、ミーティングや仕事終わりの1杯などで立ち寄りやすい雰囲気です。

1階にあるホテル「トンプソン・セントラルパーク」のバー(c) Kasumi Abe

1階にあるホテル「トンプソン・セントラルパーク」のバー(c) Kasumi Abe

1階にあるホテル「トンプソン・セントラルパーク」のレストランスペース(c) Kasumi Abe

1階にあるホテル「トンプソン・セントラルパーク」のレストランスペース(c) Kasumi Abe

建物内にはホテル「トンプソン・セントラルパーク」のVIPとONE11 Residences at Thompson Central Parkの住人だけが利用できる高級会員制スタイルのラウンジ兼コワーキングスペースも完備しています。軽く飲みながら休憩をしたり、リモートワークをしている人の姿もちらほら見かけます。

「ONE11 Residences at Thompson Central Parkの居住者は最初の1年間、ここで提供されているフード&ドリンク類は無料サービスとなります」( マリア・マイニエリさん)

ホテルのVIPとONE11 Residences at Thompson Central Parkの住人だけが利用できるラウンジ兼コワーキングスペース(c) Kasumi Abe

ホテルのVIPとONE11 Residences at Thompson Central Parkの住人だけが利用できるラウンジ兼コワーキングスペース(c) Kasumi Abe

NY生活を即開始できる。オプションで家具付き物件も

この物件には、ターンキー(turnkey)と呼ばれるオプションもあります。ターンキーとは簡単にいえば、家具付きの物件のこと。住人が契約後に鍵を受け取り、ドアを開けてすぐに生活が始められるという意味から、そのような言葉が使われています。

ONE11 Residences at Thompson Central Parkでは、インテリアの専門家がコーディネートした家具を丸ごと購入することもできます。もちろん自分でインテリアを選びたい場合は、ターンキーなしのオプションを選ぶことも可能です。

「ターンキー物件のインテリアは、人気のトーマス・ジュール・ハンセンによるコーディネートです。インテリアや家具、壁にかかっている絵画、リネン、キッチンのお鍋や食器、バスルームのソープ類、タオルなどまで丸ごと購入できますから、すぐに生活を開始できるのです。外国のお客様にとって海外生活を即スタートできるのはとても便利なオプションのようで、好評です」( マリア・マイニエリさん)

ゆったりした入口スペース(c) Kasumi Abe

ゆったりした入口スペース(c) Kasumi Abe

ターンキーを選べば、センスの良い家具からインテリア小物まで全部ついてくる。自分で選んだり買い物したりする手間が省け(c) Kasumi Abe

ターンキーを選べば、センスの良い家具からインテリア小物まで全部ついてくる。自分で選んだり買い物したりする手間が省ける(c) Kasumi Abe

ターンキーのオプションを選べば、このようにテーブルや棚に置かれたインテリア小物もすべてついてくる。そのオプションを選ばなくても見ているだけでインテリア選びの参考になりそう(c) Kasumi Abe

ターンキーのオプションを選べば、このようにテーブルや棚に置かれたインテリア小物もすべてついてくる。そのオプションを選ばなくても見ているだけでインテリア選びの参考になりそう(c) Kasumi Abe

セントラルパークを臨むベッドルーム(c) Kasumi Abe

セントラルパークを臨むベッドルーム(c) Kasumi Abe

アイランドキッチン。冷蔵庫、IH調理器、食器洗浄機、ワインクーラーなどすべてミーレ社製(c) Kasumi Abe

アイランドキッチン。冷蔵庫、IH調理器、食器洗浄機、ワインクーラーなどすべてミーレ社製(c) Kasumi Abe

窓付きの明るいバスルーム。「アメリカでは非常に珍しく浴槽から出てお湯を流せるタイプになっています」( マリア・マイニエリさん)。日本人も使い勝手が良さそう(編集注:通常アメリカのバスルームはトイレと浴槽が同じ室内にあり、日本の浴室のように浴槽の外で体を洗ったりお湯を流したりすることはできない)(c) Kasumi Abe

窓付きの明るいバスルーム。「アメリカでは非常に珍しく浴槽から出てお湯を流せるタイプになっています」( マリア・マイニエリさん)。日本人も使い勝手が良さそう(編集注:通常アメリカのバスルームはトイレと浴槽が同じ室内にあり、日本の浴室のように浴槽の外で体を洗ったりお湯を流したりすることはできない)(c) Kasumi Abe

収納スペースがたっぷりのウォークイン・クローゼット(c) Kasumi Abe

収納スペースがたっぷりのウォークイン・クローゼット(c) Kasumi Abe

リビングとベッドルームからセントラルパークの四季の移ろいを楽しむことができる(c) Kasumi Abe

リビングとベッドルームからセントラルパークの四季の移ろいを楽しむことができる(c) Kasumi Abe

冒頭で価格帯はご紹介しましたが、各住居の気になるお値段は? 以下は住居ごとの一例です(すべてターンキーなしの価格)。

Residence 36A ー (1ベッド、1バスルーム  707平方フィート=65.7平方メートル)
$2,050,000(約3億1,027万円)

Residence 37C ー (2ベッド、2バスルーム 1,133平方フィート=105.2平方メートル)
$2,695,000(約4億790万円)

(オプションのターンキーを選ぶ場合、住居の大きさに応じて追加費用は16万ドルから25万5千ドル、約3,000万円前後)

ホテル上階の住居スペース、ターンキー物件、日本では?

こうしたラウンジを備えたコンドミニアムやターンキー(家具付き)の物件は、日本でも増えているのでしょうか? 前出の『SUUMO新築マンション』の永田氏に聞きました。

「日本ではホテルと一体的に開発される分譲マンション自体がそもそも稀有な存在です。前提として、日本のマンションでは大規模物件を中心に共用部が充実しているケースが多く、高級感のある設えの物件も一定数ある状態です。とはいえ、ONE11 Residences at Thompson Central Parkのようにコンドミニアムに住みながら、同じ建物内にあるホテルの施設を利用できる物件も登場しています」

形式は違えど、ホテルライクな暮らしができるコンセプトの物件は、日本でも登場してきているようです。そのような中には高層階を購入した人のみが利用できるサービスもいくつか見られます。最近では、大阪市内に誕生した『Brillia Tower 堂島(ブリリアタワー堂島)』(フォーシーズンズホテルと一体の高級分譲マンション)が一例です。

ターンキー物件については、「ニューヨークでも同様かと思いますが、日本では分譲マンションのオプションとしては珍しいタイプで、ごく稀に存在している印象です。富裕層向けのハイクラスの物件はそもそもゼロベースでカスタマイズすることを前提にしているケースも多いです。空間づくりにこだわる方が多いのが背景にあるのですが、カスタマー自身が間取りや設備までトータルコーディネートしているケースが少なくありません」。

ターンキー物件そのものは珍しいものの、近いサービスを享受できる富裕層向けのハイクラス物件はよくあるようです。

コンドミニアムを購入する場合、「プロのインテリアコーディネーターによってすでにセレクトされている家具や小物を丸ごと購入できるのを便利としてそこに価値を置く人」から、「時間がかかって良いから自分ですべてのインテリアをコーディネートしたい人」、また「プロにお願いしなくて良いから少しでもインテリア価格を抑えたい人」など、住居に求める理想やライフスタイルの好みはさまざまです。それを踏まえ「諸々のオプションがあって選ぶことができる」のが、ONE11 Residences at Thompson Central Parkの強みであり特徴だと思いました。

●関連サイト
ONE11 Residences at Thompson Central Park

最大の不安は「物価高」。節約志向が高まるなかでも持ち家派が多数。住宅ローンの不安を軽減する方法を紹介

カーディフ生命が全国2000人を対象に実施した「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」によると、現在感じている最大の不安は「物価高」だという。では、物価高による節約志向が進む中で、住宅購入についてはどう考えているのだろう?

【今週の住活トピック】
「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」を実施/カーディフ生命

最大の生活不安は「物価高」でも、家を買う派は67.1%に

調査結果によると、「現在感じている不安」(複数回答)の1位は「物価高」の85.6%で、次いで「老後資金」(82.8%)、「自然災害」(74.88%)、「病気・ケガなどで働けなくなる」(71.5%)などが続いた。漠然とした不安よりも、目の前の生活に影響が大きい「物価高」に大きな不安を感じているようだ。

こうした物価高や値上げの影響を受けて、「外食・飲み会」(30.5%)や「日常の衣類・ファッション」(28.4%)などを節約していることも分かった。では、住宅購入についてはどう考えているのだろう? 

この調査で、買う派(どちらかというと買うを含む)か、借りる派(どちらかというと借りるを含む)かを聞いたところ、買う派が67.1%という結果になった。同社では「購入希望理由のトップは『自分の家を持ちたいから』(56%)と物価高や住宅価格の高騰が続く中でも、依然としてマイホームへの憧れが強いことがうかがえる」と見ている。

家を買う派?借りる派?

出典:カーディフ生命「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」

半数近くは住宅ローンを返せるかに不安を感じている

ただし、住宅購入には不安も感じている。住宅購入への不安理由トップは「住宅ローン返済への不安」の47.4%。特に20代・30代では、半数以上が住宅ローン返済に不安を感じているのだ。

住宅購入への不安

出典:カーディフ生命「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」

さらに、住宅ローン返済に不安を感じている人に対して、不安の理由を聞いたところ、「病気・ケガによる収入減」(61.2%)が最も多く、次いで「急な出費」(38.8%)、「金利上昇による将来の負担増」(36.0%)が続いた。調査結果を見ると、収入が減少して、ローン返済を続けられないことに不安が強いことがうかがえる。

住宅ローン返済 不安理由

出典:カーディフ生命「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」

住宅ローンの不安を軽減するには、まずは無理のない返済計画を

“家を買う派”が多いものの、住宅ローンの返済に不安を感じているということが分かる結果だが、住宅ローンの借り方に注意することで、不安はかなり解消される。家を買っても借りても、いずれにせよ住宅に関する費用は発生する。住宅ローンに強く不安を感じるのは、賃料なら住み替えて金額を変えることもできるが、ローンは決められた額を必ず払わなければならない、ということにあるのだろう。

不安を軽減するには、まずは無理のない返済計画を立てることだ。病気やケガで働けない期間があっても、ローン返済後の家計に余裕があったり貯蓄があったりすれば、やりくりすることは可能だ。年間の返済額を年収の1/4程度に抑えておけば、変化に対応しやすいだろう。また、購入時の頭金として貯蓄をすべて使ってしまわないこと、購入後も教育資金や老後資金のための貯蓄を続けることも大切だ。

「金利が上昇して返済額が増える」ことに対しては、家計に余裕があったり繰り上げ返済などに回せる貯蓄があったりすれば、やりくりすることも可能だろう。一方で、【フラット35】のような返済中は金利が変わらない「全期間固定型」のローンを選ぶ方法もある。返済当初の金利は「変動金利型」などのほうが低いこともあって、今は変動金利型を借りる人が大半だ。ただし、家計に余裕がない人ほど、返済額が変わらない全期間固定型を選ぶほうが安心できるだろう。

住宅ローンの不安を保険で軽減する方法もある

住宅ローンを借りる際には、多くの場合「団体信用生命保険」(以下、団信)に加入する。団信は借りている人が万一、死亡または高度障害になった場合にローンの残額を保険で返済するものだ。つまり、万一の際に残された家族が代わって返済を求められることはない。

一方で、病気やケガ、失業などの場合は団信の対象外となる。そのため、医療保険や就業不能保険などに加入して、万一に備える方法もある。なお、勤務先で雇用保険に加入しているなどの条件を満たせば、国の失業手当(失業保険)を受け取ることができる。

なお、この調査で、「住宅購入後の後悔」を聞いた際のトップになったのは、「団信の特約を付ければよかった」(40.4%)だった。団信の特約とは、がんや三大疾病(がん・心疾患・脳血管疾患)などに備えたり、就業不能や失業に備えたりする、団信に付帯できる保障のこと。この特約は、団信加入時に付帯するものなので、後から付けることができないのが原則だ。それが後悔する要因なのだろう。

家を買うのであれば、こうした保険に関する情報も押さえておくとよい。

このように、家を買う派が不安に感じる「住宅ローンの返済」については、不安を軽減する方法はいくつかある。漠然とした不安を抱えたままではなく、不安の理由を具体化してそれぞれの対処法を考えておくことは、返済計画の健全性を高め、不安を軽減することにつながるだろう。

●関連サイト
カーディフ生命「第5回 生活価値観・住まいに関する意識調査」を実施

賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

賃貸住宅というと、画一的なプランを思い浮かべる人も多いでしょう。でも、そんな思い込みを裏切る個性的な賃貸物件が日本各地で少しずつ増えています。お店が開けたり、相撲部屋付きだったり、農園付きだったりとその顔ぶれもさまざま。では、次に賃貸物件にやってくる新しい風とは? お部屋を借りる側にはどんなメリット・注意点があるのでしょうか。SUUMO副編集長でSUUMOリサーチセンター研究員でもある笠松美香氏に話を聞きました。

リサーチ期間や内見件数など、お部屋の探し方に変化が

まず前提として、賃貸住宅は間取りやデザインなどについては大きな変化が起きにくい構造になっています。それにはいくつか要因がありますが、
(1)既に多数のストックがあり、新築物件は多くない
(2)家を借りる人と建てる人が別である
(3)デザイン・間取りも大多数の人に嫌われないことが大切

というのが大きな理由です。借り手がどんな人になるかわからない以上、特別好かれなくても「嫌われない」お部屋づくりを基本にするのは、わかるような気がします。とはいえ、物件や大家さん側の意識にも少しずつ変化があり、また家を探す側、お部屋の探し方や意識が変わってきているため、個性的な物件が出やすい土壌になってきたといいます。

「今、お部屋を借りて住み替えたいと思う人は、物件情報を収集・検討する期間が長くなっています。ルームツアー動画も人気がありますし、引越す気がなくともスマホで日常の合間合間に『物件を見ている』という感じで、お部屋探しの情報にふれる期間が長くなっているんですね。ネットに載る物件情報もひとつひとつが詳しくなっており、いわゆる『コンセプト賃貸』のような、個性ある物件についても差別化され、借りたいと思う人とマッチングしやすくなっているんです」と笠松氏。

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

ただ、ネット上で決めてしまい、リアルには物件見学しないというわけではなく、訪問や内見「現地でしか見られない状況を確かめる」「入居前の最終確認」という位置づけになっているそう。

また、お部屋を借りる人が長く情報収集・物件の資料を見続けることで、目が肥え、「防音設備が整っていてYOUTUBEでオンライン実況ができる」「大型犬が飼える」「入居者同士のコミュニティがある」「菜園がある」といった特色ある物件が差別化され、「ニーズを捉えていれば、借り手が見つかる」「そのような特別な特徴に強く惹かれた入居希望者が何年も入居待ちしている」という状況も生まれています。これは「入居者に愛される賃貸をつくりたい」「マッチした人に長く住んでほしい」と考える大家さん、「似たような部屋しかない」と不満に思う借り手、双方にとって幸せな流れといえるでしょう。

■関連記事:
コロナ禍で変わる賃貸物件のニーズ。多拠点、コミュニティ、ストーリーがキーワード
賃貸物件なのに全室テーマが違う! ゴルフ、バイク、ボルダリングなど9室の趣味部屋
DIYし放題の賃貸で自作ピザ窯BBQ!住民のための図書館をつくった人も

初期費用は抑え気味、家賃債務保証会社利用、デジタル化が進む

笠松氏の話をまとめると、これからお部屋探しをする人は「ゆるゆると情報を集めて、ここぞというときは決断する」と行動を想定しておくのが、良いお部屋探しの大原則といえそうです。また、もうひとつ、お部屋を借りる側としてうれしい傾向が初期費用にあるといいます。

「近年、大家さんが空室を極力減らしたいという意向もあり、礼金が減少傾向にあります。さらに日本各地で家賃債務保証会社の利用が一般化しています。そのため、家賃回収できなかったときのために多めに設定されてきた『敷金』も1カ月分、もしくは0カ月とし、ルームクリーニング代を実費で精算するなどして抑える傾向も。つまり、敷金や礼金といった初期費用が下がっているため、住み替えのハードルが下がっているんです」(笠松氏)といい、賃貸の魅力である「ライフスタイルの変化」にあわせた住み替えができるようになっているのが昨今の特徴だといいます。

共同住宅の入居募集看板

(写真/PIXTA)

コロナ禍では、「テレワークができる広めの郊外のお部屋」、収入減少に対応して「家賃が低めのお部屋」といった大きく変わった生活環境に合わせた選択をする人も見られたそう。これは変化に柔軟という賃貸のメリットを生かせるという意味でとてもいい傾向といえるのではないでしょうか。もうひとつ、コロナ禍を経た変化として不動産業界のデジタル化を教えてくれました。

「オンラインで重要事項説明を受けることも可能になりました。希望すれば不動産会社の担当者とはリアルで対面しないまま契約も可能になっています。現時点では一部ですが、こうしたデジタル化の流れは今後も廃れるとは思えないですし、じょじょに一般化するのではないでしょうか」(笠松氏)

■関連記事:
テレワークの個室整備、オンライン内見など…コロナ禍から更に変化した住宅市場動向とは

賃貸住宅も省エネ性能がマストの時代に。住み心地は大きく変わる

また、賃貸だけに限りませんが、新築マンション、新築一戸建てなど、すべての新築住宅に影響する制度がスタートし、賃貸にも好影響が期待されます。

「2024年4月から『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年には、断熱等級4が、さらに遅くとも2030年には等級5(ZEH基準並みの水準)が新築住宅においては義務化されます。すでに「長期優良住宅」の条件は2022年から等級5となっており、新築の賃貸住宅は省エネ性能も向上することが見込まれます」と解説します。

もちろん、賃貸住宅のなかでも新築といえば総数は多くありませんし、家賃も高めに設定されています。いきなり大多数の物件の省エネ性能が向上するわけではありませんが、義務化された以上、今後は大きな流れになっていくのは間違いありません。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

「賃貸住宅の建築を請け負っているハウスメーカー各社も当然、この制度に対応していて、各社注力しています。2025年には等級4が最低基準になりますが、海外の基準を見ていると省エネ等級6や7をとるべきですよという流れになっていくはずです。住宅の省エネ性能が高まると、使用するエネルギー量が節約できるほか、住む人の健康にも良い影響を与えることもわかっているので、賃貸住宅を借りる側にとってはよいことだと思います」(笠松氏)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅

超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはないという、北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅(画像提供/ニセコまち)

副産物として、賃貸住宅の根強いニーズであった遮音性の向上も見込めるといいます。

「物件を借りる側のアンケートでは、収納や防音/遮音、省エネ性というニーズが高いことがわかっています。断熱性能の高い住まいは気密性も高く遮音性もよいことが多いので、賃貸住宅の住み心地そのものが向上していくのではないでしょうか」と期待を寄せます。

確かに「収納」「遮音」「断熱」は住み心地に大きく影響しますが、なかなか見てわかる「徒歩分数」「家賃」「差別化できる要因」とはなりにくく、今までは後回しにされてきました。今後はこうした「住み心地」に直結する基本性能がよくなっていくことでしょう。

■関連記事:
厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市
ニセコ町に誕生の「最強断熱の集合住宅」、屋外マイナス14度でも室内エアコンなしで20度! 温室効果ガス排出量ゼロのまちづくりにも注目

シェアハウスやコミュニティ。賃貸も顔の見える関係が大切に

もう一つ、東日本大震災以降、じわじわと増えているのが「コミュニティ型」賃貸住宅だといいます。

「日本各地で災害が頻繁に発生していることもあり、近所に見知った顔がほしいというニーズが根強くあるため、コミュニティ形成を助ける賃貸住宅は一定の支持を集めてきました。パルコカーサ、青豆ハウス、ハラッパ団地、高円寺アパートメントなどは代表的な例ですよね。コミュニティ賃貸だけでなく、人とつながって暮らすというのは、シェアハウスに住んだ経験者が多い、今の若い世代にとっては当たり前なんです。ずっとではないけれど、人生の一時期はシェアハウス暮らしでさまざまな人との出会いを楽しみたいという声もよく聞きます」と笠松氏。

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

“育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した「青豆ハウス」(東京都練馬区)。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅だ(画像提供/青豆ハウス)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

なるほど、コミュニティ賃貸は「ご近所づきあい」、シェアハウスは「節約目的」ばかりだと思っていましたが、ともに「人とのつながり」「体験」をシェアするという側面もあるのですね。また、いわゆる賃貸住宅の一角で商売をする「ナリワイ」をはじめられる賃貸住宅も同様だといいます。

「ナリワイって、そこで儲けようとか、起業して成功しようという目的ばかりではなく、人とつながったりとか、人との会話や関係性ができたり、誰かの役に立ちたいという目的が多いように思います。大家さんとしても、やっぱり商売する人が入居してくれれば、なかなかその場を離れないというのもあって、大家さん、借り手、地域住民の三方良しの仕組みなんですよね」とその背景を解説します。

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

令和は、賃貸住宅でしかできない経験や体験が重視されているのかもしれません。

「大家さんとしても、知らない人同士が住んで、どんどん入れ替わって、顔が見えなくてという不安な状態よりは、やっぱり同じ街に暮らす人同士が助け合いたい、そこに自分の資産である賃貸住宅を組み込んでほしいという思いはあります。大家さんは代々その地に根付いた人だからこそ、街に愛着を持ち、よくしていきたいという人が多いのです。土地や住んでいる人がいてこその大家さんなので」と笠松氏。

賃貸といえば「借り住まい」「帰って寝るだけの場所」という側面もありましたが、今は「家で過ごす時間がいちばん楽しい」「自分がいたいと思える家」という物件が次々と登場しているということなんでしょうか。2024年はより「愛ある賃貸住宅」「思いを込めてつくった家」が輝き、魅力を放つ一年になるかもしれません。

■関連記事:
【青豆ハウス】
賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

【パルコカーサ】
銭湯がつないだ地域の絆を受け継いで。名物賃貸「パルコカーサ」の子育てコミュニティ

【ハラッパ団地】
懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた
団地はどう変わっていく?「ハラッパ団地・草加」に見る新しい暮らし

【高円寺アパートメント】
災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」
デュアルライフ・二拠点生活[21] 高円寺と別府。意外と似ている2つの街を楽しむ暮らし

【hocco】
土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

●取材協力
SUUMO副編集長・SUUMOリサーチセンター
笠松美香氏

”養育費未払い”に苦しむひとり親家庭の入居困難。”養育費保証”の家賃保証会社がサポート Casa

ひとり親、とりわけシングルマザーの住まい探しにおいて、収入面の不安から賃貸の審査に通らず、希望する物件に入居できないことがあります。とくに何らかの理由で就労できていない、または働いていても低所得の場合などにおいては、離婚した元夫からの養育費が貴重な収入源となります。この養育費を受け取れていないことがひとり親家庭が入居に困難を抱える原因の一つであることを知った家賃債務保証会社の株式会社Casa(以下、Casa)は、養育費保証サービスを始めました。

ひとり親の現状と養育費の受け取り状況、同社の取り組みなどについてCasa養育費相談室の赤池藍夏さん、長澤芳美さん、江藤慎介さんにお話を聞きました。

ひとり親、特にシングルマザーが住まい探しで抱える問題は?

ひとり親、特にシングルマザーになった場合、収入面で不安が生じます。厚生労働省の「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」によれば、一般的な子育て世帯の平均世帯年収が814万円に対し、父子家庭は606万円、母子家庭においては373万円となっています。シングルマザーになるまで専業主婦で十分な仕事の経験を積めなかった場合、より収入が少ない、仕事に就けないといった問題は起こりやすく、元パートナーと共働きだった場合でも一人分の稼ぎが減れば生活に余裕はなくなります。そして、収入面の不安は住まい探しにも影響します。

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

離婚する前に持ち家がある場合は元夫の名義であることが多く、財産分与で家が夫のものとなり、妻が子どもを育てていくとなった場合には、新たに住まいを確保する必要が生じます。つまり離婚と住まい探しはセットになっているといえます。

また、子どもの生活への影響が少なく済むよう「同じ学区内で探したい」、子どもの将来を考えて特定の学校に通わせたいと希望する人も多いのですが、その場合は特にハードルが上がります。
Casaで住み替えのサポートを行なっている江藤さんはリアルな状況を教えてくれました。

「親子が暮らせる広さで、これまでよりも家賃を抑え、さらにエリアを絞るとなると物件がかなり限られてきます。家賃は一般的に収入の3割くらいまでが適正だと言われていますが、地価が高い地域の物件は家賃も高く、条件に当てはまる物件を探すと収入の4割~5割の家賃を無理して払うしかない、ということも少なくありません。

大家さんや管理会社に『家賃を払い続けられるのだろうか』という不安が生じると、入居審査に通らない、ということが起こります」(江藤さん)

ここで、ひとり親の就労収入だけではなく、毎月安定した「養育費」が確保できていれば、その分を収入に組み入れることができ、借りられる物件の幅も広がり、審査にも通りやすくなると言います。

取り決めをしても、養育費が受け取れていないことが多い

子どものいる夫婦が離婚した場合、親権者ではなくなった親も子どもの親であることに変わりないため、養育費の支払義務が生じます。親権を持たない(子どもと離れて暮らす)ほうの親が、ひとり親家庭に養育費を支払うことになります。

ところが、ここに大きな問題があります。

「厚生労働省の『2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告』によれば、離婚に至る際に養育費の取り決めをした母子世帯は46.7%。さらに現在も養育費を受け取れている母子世帯はわずか28.1%ということですから、問題は深刻です」(赤池さん)

このような問題に対し、兵庫県明石市では、3カ月間月額5万円までを市が立て替えたり、養育費を受け取るべき人が裁判所でする差押え等の手続の費用を補助したりする事業を始めました。このような養育費を受け取る事業を始める自治体は増えてきていますが、まだまだ多くはありません。

養育費を確保して、希望の物件へ入居する準備を整えたいものです。

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

ほかには離婚前提で別居して一人で子育てをしている場合に、児童手当が配偶者に支給され、子どもと自身の生活に役立てられないというケースもあるそうです。

家賃保証会社が養育費保証サービスをスタートしたワケ

「家賃保証サービスを提供していくなかで、以前は普通に家賃の支払いができていたのに、急に家賃を滞納するようになる家庭があることに気づきました。理由を聞いてみると、ひとり親で『養育費が支払われなくなったため』という答えが多数挙がったのです」(江藤さん)

このような声を聞き、何とかして社会の役に立てないか、とCasaが2020年9月にスタートさせたのが養育費保証サービスです。Casaが元パートナーの代わりに毎月養育費を立て替えて支払うことで、ひとり親家庭が家賃を滞納せずに済みます。養育費の支払い義務を負う相手側への支払いの催促はCasaが行うため、ひとり親家庭の経済的な不安だけでなく、精神的な負担も軽減されると言います。

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証サービスを利用するには「養育費に関する取り決めがあること」「サービスに申し込んだ時点で未払いがないこと」という条件がありますが、条件に合致しない場合でもCasaが相談に乗り、民間の調停機関などの窓口紹介を行っています。

「離婚してひとり親になることを考えたときには、養育費の取り決めをしておくのと一緒に、将来受け取れなくなることも想定して養育費保証サービスへの加入をおすすめしています」(赤池さん)

家賃保証会社が「居住支援法人」に。他団体や自治体とも協業

Casaは東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の居住支援法人として指定されています。居住支援法人とは、2017年に改正された住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として都道府県が指定するものです。2023年9月時点では全国で700以上の法人が指定されていますが、NPOや福祉関係団体、不動産会社などが多く、家賃保証会社で登録しているところは珍しいそう。

「居住支援法人になることで、入居を希望する方に必要な支援を提供できるようになったことはもちろん、提携先の不動産会社とも一層連携しやすくなりました。最近は、ひとり親を支援している不動産会社と協業してセミナーを開き、情報発信にも努めています」(江藤さん)

現在は、大阪市、知立市、飯塚市の3自治体と連携協定を結び、養育費保証サービスを受ける人に保証料の一部を助成する仕組みを提供したり、シングルマザーの就労支援を行っている一般社団法人日本シングルマザー支援協会と連携し、シングルマザーの部屋探しだけではなく、その後に自立した生活ができるようサポートもしています。

「当社では、『ママスマ』というネットメディアを自社で運営しています。これは、主にシングルマザーの自立を促すことを目的に、子育てやお金について情報発信するメディアです。

このような活動を通じて、現在約4,000人のシングルマザーから反響があるほか、離婚アプリを開発している会社や、ひとり親を支援している団体などとの協業も行っており、つながりが広がってきました」(赤池さん)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

「不安」が「安心」に変わり、自身のキャリアの支えにもなる

Casaで養育費の相談窓口を担当する長澤さんによると、離婚前から離婚後まで、さまざまな状況の人がおり、皆が不安を抱えているそうです。

「離婚の手続きはやったことがない、公正証書など言葉が難しい、仕事は、家は、子どもの預け先は……とやることが多過ぎてパニックになる人もいるので、まず話を聞いて、何から手を付けるべきかを整理し、不安をできるだけ取り除くようにしています」(長澤さん)

Casaがシングルマザーを対象に実施したアンケートで養育費保証に興味を持ったきっかけを聞くと、『不安だったから』という回答が80%にも上りました。

「そのような不安を抱えて相談された方が、サービスを受けた後には皆さん『安心』と言ってくれます。印象に残っているのは『離婚するときに、いろいろな人に助けてもらったから、私も誰かの助けになる仕事をしたい』と連絡をくれたシングルマザーの声です。その方は、離婚を機に資格を取得して専門職に就いたのだとか。養育費保証が心の安定につながり、キャリアに対する支えにもなったのだと思います」(長澤さん)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

赤池さんによれば、養育費保証サービスの課題は「周知」だと言います。

「養育費の取り決めが交わされていなかったり、未払いが発生してしまってから養育費保証サービスの存在に気づいたりする人も多いのですが、そうなると私どもでできることは限られてしまいます。『あの時に知っていれば』がないように周知することが重要です」(赤池さん)

ひとり親世帯の住まい探し、養育費保証、そして就労支援団体への取次対応と、ワンストップで3本柱に対応するCasa。赤池さんは、「多くのシングルマザーが抱いている『養育費をもらえなくなったらどうしよう』という不安を解消するだけで、いきいきと暮らせて、生活が安定し、自分自身の収入アップのために時間を割くこともできる」「お母さんが笑顔になれば、子どもも自然と笑顔になるはず」と語ります。

ひとり親は就労・育児・住まいの全てが揃わなければ、生活を続けていくことができません。Casaの養育費保証のようなさまざまなサービスをうまく活用しながら、ひとり親と子どもたちがよりよい暮らしを実現できる社会になっていくことを願ってやみません。

●取材協力
・株式会社Casa
・ママスマ

【東横線】中古マンション価格相場が安い駅ランキング2023年。相互直通運転スタートで注目の駅は?

渋谷駅から横浜駅まで、東京と神奈川を代表する街を結んで全長約24.2kmを走る東急東横線。「SUUMO住みたい街ランキング2023 首都圏版」の「住みたい沿線ランキング」では、JR山手線に次いで2位に選ばれている。その人気の高さからすると、沿線の住宅は価格相場も高そうだけれど実際はどうなのか。東急東横線21駅の中古マンションの価格相場を調査し、安い順にランキングした結果を見ていこう。

東急東横線沿線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

1位 菊名 4090万円(神奈川県横浜市港北区)
2位 妙蓮寺 4280万円(神奈川県横浜市港北区)
3位 日吉 4839.5万円(神奈川県横浜市港北区)
4位 大倉山 4899万円(神奈川県横浜市港北区)
5位 反町 4980万円(神奈川県横浜市神奈川区)
6位 東白楽 5185万円(神奈川県横浜市神奈川区)
7位 綱島 5190万円(神奈川県横浜市港北区)
8位 新丸子 5380万円(神奈川県川崎市中原区)
9位 横浜 5490万円(神奈川県横浜市西区)
10位 元住吉 6480万円(神奈川県川崎市中原区)
11位 武蔵小杉 7380万円(神奈川県川崎市中原区)
12位 学芸大学 7980万円(東京都目黒区)
12位 自由が丘 7980万円(東京都目黒区)
14位 祐天寺 8185万円(東京都目黒区)
15位 都立大学 8910万円(東京都目黒区)
16位 渋谷 9280万円(東京都渋谷区)
17位 中目黒 9980万円(東京都目黒区)
18位 代官山 1億2795万円(東京都渋谷区)
※田園調布、多摩川、白楽の各駅は調査条件に満たないため除外

東急東横線で中古マンションを探すなら横浜市港北区の駅に注目!

東急東横線は東京メトロ副都心線、みなとみらい線との相互直通運転が行われ、さらに2023年3月には日吉駅経由で相鉄・東急新横浜線との相互直通運転もスタートしている。これにより渋谷駅から先の新宿三丁目駅や池袋駅、横浜駅から先の元町・中華街駅にも1本で行けるうえ、東海道新幹線の新横浜駅にも渋谷駅から乗り換えずに最速30分で到着可能に。そんな便利さを反映してか、沿線は住まいの価格相場がやはり高めな様子。そうしたなかでも最もカップル・ファミリー向けの中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場が安かったのは、神奈川県横浜市港北区にある菊名駅だ。

菊名駅の駅前の風景(写真/PIXTA)

菊名駅の駅前の風景(写真/PIXTA)

1位・菊名駅の価格相場は4090万円。最も安くて4000万円オーバーということからも、東急東横線の人気の高さがうかがえる。菊名駅は全21駅中で6駅だけの特急停車駅の一つで、菊名駅以外の5駅は価格相場が5000万円以上という点を考えるとお得感があるかもしれない。特急に乗れば横浜駅までは1駅・約6分、渋谷駅までは4駅・約30分。JR横浜線も乗り入れており、新幹線駅でもある新横浜駅まで1駅だ。菊名駅はスーパーに直結し、JRの駅舎にはミニスーパーとベーカリーも。駅の東口にも西口にも商店街が広がり、個人商店やスーパー、ドラッグストアがあるが大型の商業施設はないアットホームな住宅街。駅から北に延びる綱島街道を進むと、市立図書館や郵便局、港北区役所にも徒歩15分以内で行くことができる。

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

2位には価格相場4280万円で神奈川県横浜市港北区の妙蓮寺駅がランクイン。1位・菊名駅から横浜方面へ1駅目に位置しているが、停まるのは各駅停車の列車のみのため横浜駅までは4駅・約7分となり、菊名駅~横浜駅間よりも時間が必要だ。妙蓮寺駅の東口を出ると目の前には駅名の由来となった妙蓮寺があり、広大な境内には落差約4mの滝もある。妙蓮寺の北側には市立小学校、その周囲には住宅街が続き、商店街は主に駅の西側。大型商業施設はなくてもスーパー、ドラッグストア、精肉店や青果店から多彩な飲食店まで小さなお店が豊富に揃っている。商店街の先、駅の北西方面には大きな池や遊具、夏季営業のプールを備えた「菊名池公園」があるので、休日に家族で出かけるのもいいだろう。

日吉駅周辺の風景(写真/PIXTA)

日吉駅周辺の風景(写真/PIXTA)

3位も神奈川県横浜市港北区から、日吉駅が価格相場4839万5000円でランクインした。通勤特急と急行が停車する駅で、通勤特急に乗ると横浜駅まで2駅・約12分、渋谷駅までは4駅・約23分。東急目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインも乗り入れているほか、2023年3月開業の東急新横浜線の駅の一つでもある。そのため下り線のホームには横浜方面(東横線)ではなく、新横浜方面(東急新横浜線)の列車も入ってくるので乗り間違いには注意したい。

そんな日吉駅の東口駅前には慶應義塾大学の日吉キャンパスが広がり、通学にもよく利用されていることから1日平均乗降人員数は東急東横線内で5番目の多さ(2022年度)。駅には地下1階から地上3階までさまざまな店舗が並ぶ「日吉東急アベニュー」が併設され、西口駅前にも商店が豊富。学生の街だけあって、気軽に利用できる飲食店が充実している点も魅力だ。

ここまで見てきたトップ3、さらに4位の大倉山駅を含めていずれの駅も神奈川県横浜市港北区にある。横浜市の北東部に位置する港北区は、人口・世帯数ともに横浜市はもとより全国の政令指定都市の区の中で最多なんだそう。そして2020年度の区民意識調査では、「港北区に住み続ける+たぶん住み続ける」との回答が7割を超える結果に。理由としては「交通が便利」が約70%、「愛着を感じている」が約57%、「買い物に便利」が約46%、続いて「治安が良い」「緑や自然が多い」をそれぞれ3割超の人が選択。港北区は住み続けたくなる、便利に暮らせる街のようだ。

渋谷から遠いほど安いわけじゃない! 便利な割にリーズナブルな駅も

ランキングを見てみると、東急東横線沿線の価格相場は「都心の渋谷から遠いほど安い」という単純な結果にはなっていない。渋谷駅から最も離れている横浜駅も神奈川県内屈指の繁華街のため、価格相場は5490万円で安さランキングでは高からず低からずの9位だ。横浜駅を渋谷方面に向かって出ると市内の静かな住宅街を通りつつ、1位・菊名駅に向かって価格相場は多少上下しつつも減少傾向。その後は再び価格相場が上がっていき、神奈川県川崎市の人気住宅地である11位・武蔵小杉駅では7380万円に! ここから都内に向けて価格相場がさらに上昇していくかと思いきや、武蔵小杉駅の隣にある新丸子駅ではググっと減少に転じて5380万円。1駅違いで価格相場に2000万円もの差がつく、新丸子駅とはどんな駅だろうか?

新丸子駅(写真/PIXTA)

新丸子駅(写真/PIXTA)

8位・新丸子駅があるのは神奈川県川崎市のほぼ中央部、中原区。駅から15分ほど北に歩き、丸子橋を渡って多摩川を越えれば東京都大田区に入る。多摩川沿いには自転車・歩行者道「かわさき多摩川ふれあいロード」が整備され、気軽にサイクリングや散策が楽しめる環境だ。駅前は西口・東口ともに商店街が広がる、活気ある街並み。西口を出て5分ほど歩くと日本医科大学附属の病院もあり、もしもの時も心強い。この大学病院の敷地は近年再開発が行われ、現在の病棟は2021年に新築移転されたもので最新の医療機器を揃えている。病院の西側には2019年4月に川崎市立小学校が開校し、増加傾向にある近隣住民の子どもたちが通っている。さらに病院の南側では現在も再開発が進行中。2026年2月の竣工を目指してツインタワーが建築されており、住宅棟と商業施設、高齢者福祉施設や保育所が誕生予定だ。

かわさき多摩川ふれあいロード(写真/PIXTA)

かわさき多摩川ふれあいロード(写真/PIXTA)

また、新丸子駅から南に5~6分も歩くと、11位・武蔵小杉駅に到着する。両駅間は東急東横線内で最短、500mほどしか離れていないのだ。そのため新丸子駅周辺に住んでも、武蔵小杉駅周辺にある大型ショッピングモールに気軽に行くことが可能。武蔵小杉駅からなら、新丸子駅には停車しない東急東横線の特急や急行にも乗れるし、JRの南武線や横須賀線、新宿湘南ラインも利用できる。にもかかわらず価格相場は格段にリーズナブルなのだから、新丸子駅周辺で物件探しをするのもアリだろう。

●駅順の価格一覧

駅順の価格一覧

さて、新丸子駅から渋谷方面に進むとまたも価格相場は上昇していく。なかでも東京都目黒区の15位・都立大学駅は、価格相場が同額の7980万円で12位にランクインした自由が丘駅と学芸大学駅の間に位置しながら、8910万円という高さ。都立大学駅は各駅停車しか停まらないが、急行停車駅である両隣の駅よりも価格相場が930万円もアップするのだ。ただ、各駅停車でも渋谷駅までは5駅・約15分と近く、隣の学芸大学駅で急行に乗り換えると約12分で行くことができる。

そんな都立大学駅は現在リニューアル工事が行われている。すでに外壁など一部は改修済みで、2024年春に完了予定だという。駅の高架下には飲食店や精肉店があるほか、駅前の商店街もにぎわっている。しかし駅から少し離れると静かな住宅街が広がり、のんびり散策できる緑道も。1日平均乗降人員数は両隣の駅と比べて2万人以上も少ない都立大学駅。都会の便利さを享受しつつ静かに落ち着いて暮らせる点が、この街の魅力と言えるだろう。

都立大学駅(写真/PIXTA)

都立大学駅(写真/PIXTA)

今回調査した東急東横線は、2023年8月より有料座席指定サービス「Qシート」がスタートして話題を呼んだ。これは平日の夕方以降に渋谷駅を発車する一部の元町・中華街行き急行列車に導入され、既存車両よりも広い座席や無料Wi-Fiサービスが利用できるもの。クタクタの仕事終わりやたっぷり遊んだ帰り道、ゆったりと座って帰宅できるのだ。そんな新たな魅力を備えた東急東横線は、今後も「住みたい路線」としての人気がより高まっていきそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2023/4~2023/9
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

勤務先への出社頻度は増加しても、郊外・地方への移住ニーズは減少しない?

野村総合研究所(以下NRI)は、2023年7月、東京都内の従業員300人以上の企業に勤務する20代~60代の男女3090人を対象に、働き方と郊外・地方移住に関するインターネット調査を実施した。2022年の調査に続き2回目。新型コロナウイルス感染症が2023年5月に5類に移行してからの調査になるので、前回より勤務先への出社頻度は増加しているが、移住ニーズはどう変化したのだろう。

【今週の住活トピック】
「働き方と移住」のテーマで2回目の調査を実施/野村総合研究所

勤務先に「毎日出社」する割合が53.1%まで回帰

まず、2023年7月時点の出社頻度を尋ねたところ、「毎日出社」が53.1%を占めた。前回調査時の2022年2月は、まだ東京都でまん延防止等重点措置の期間中だったため、「毎日出社」が38.3%だったのに対してかなり増えたことになる。出社回帰の傾向は強まっているものの、コロナ前ほどには戻っていないようだ。

■各時点での出社頻度(コロナ前・今回調査時:N(回答数)=3,090、前回調査時:N=3,207)

各時点での出社頻度

注)コロナ前の出社頻度は、今回の調査対象者に2020年1月以前の出社頻度を聴取した。
前回、今回調査時の出社頻度は、各回の調査対象者に調査時点の出社頻度を聴取した。
出所:NRI「働き方と生活に関するアンケート」(2023年7月)

出社頻度が増加した理由はなんだろう? 出社頻度が増加した人にその理由を聞いたところ、「勤務先の方針やルールが変わり、出社を求められるから」(39.0%)など企業側の要請という理由もあったが、「出社したほうがコミュニケーションを円滑に取れるため、自主的に出社を増やしたから」(28.2%)や「出社したほうが業務に集中できるため、自主的に出社を増やしたから」(23.7%)など、自らの意志によるものもあった。

出社頻度が増加しても、郊外・地方への移住意向は下がらない

次に、郊外・地方※への移住意向を聞いたところ、直近1年間に移住意向がある人は全体の15.3%、5年以内に意向がある人は全体の28.4%と、それぞれ前回調査から微増した。出社頻度が増加したとはいえ、郊外や地方への移住ニーズは下がっていないことが分かった。
※都心から公共交通機関で1時間程度の場所を「郊外」、2時間以上の場所を「地方」として調査

■郊外・地方への移住意向がある人の割合(前回調査N=3,207、今回調査N=3,090)

郊外・地方への移住意向がある人の割合

出所:NRI「働き方と生活に関するアンケート」(2023年7月)

NRIは、この理由として、「「都心よりも住宅費が抑えられる郊外・地方への関心が高まっている」、「テレワークの浸透によって、より広い居住面積を有する郊外の住宅ニーズが高まっている」などが推察される」としている。また、移住意向を年代別や現在の居住形態別に分析した結果、「郊外・地方への移住意向がある層は、現在は賃貸住宅に居住している若年層(25~34歳)で、かつ将来的には持家に居住したいと考えている層だと考えられる」と指摘している。

「理想の出社頻度」を聞いたうえで、出社頻度を現在の出社頻度よりも減らしたいと考えている人を分析したところ、「郊外・地方移住意向なしの人よりも、郊外・地方移住意向ありの人の方が多い結果となった」という。最も差が開いたのは、「週3日出社」の場合。「週3日出社」している人で理想の出社頻度を減らしたい回答だったのは、「郊外・地方移住意向なし」では49.3%なのに対して、「郊外・地方移住意向あり」では63.9%で、週3日以上の出社が移住のハードルとなっているようだ。

また、「転職の意向」と重ねて分析すると、「郊外・地方移住意向あり」のうち、「今後1年の間に転職を考えている」人は47.6%で、「郊外・地方移住意向なし」の23.9%に比べてかなり高い結果となった。さらに、転職の検討理由について分析すると、「郊外・地方移住意向あり」のうち、「テレワークの制限によって理想の働き方が実現できないこと」が理由だと回答した人は23.6%で、「郊外・地方移住意向なし」の14.8%に比べて高い結果になっていた。これらのことから、NRIは、「郊外・地方移住意向ありの人の中には、出社頻度を転職の判断軸のひとつとする人が一定数いると推察される」と分析している。

郊外・地方移住をする場合の注意点とは?

では、郊外・地方に移住する際に注意すべきことはなんだろう?

現役世代が勤務しながら「郊外・地方移住」をする場合、都心部から遠くても2~3時間程度までだろう。となると、都心部と気候が全く異なるとか、自然に囲まれた田舎暮らしになるとか、そこまでの注意点は不要だろう。

そうはいっても、都心部の暮らしとは違う点も多々あるはずだ。その場所に住むことのメリットとデメリットをしっかりと把握しておきたい。

たとえば、
・広い家を手に入れやすい
・都心から離れた分だけ自然が豊かになる
・生活するための物価が安い
などのメリットがあるかもしれないし、

・近隣との関係が都心部とは異なる
・車移動が増える。そのため、ガソリン代も増える
・都心より、商業施設や娯楽施設が少ない
などのデメリットがあるかもしれない。

なぜそこに移住したいかの「理由」を明確にしておくことも大切だ。メリットの優先度が高くなったりデメリットを許容できるようになったりと、検討したメリットとデメリットの優劣も変わってくる。家族で移住するなら、よく話し合って互いに共有できるようにしておきたい。

NRIでは、「賃貸住宅に居住している若年層(25~34歳)で、かつ将来的には持家に居住したい層で、郊外・地方移住意向が高いことから「家族が増える・住宅を購入するといったタイミングでの転居において、その安さや広さから郊外・地方への関心がより高まっている」と考えられる」と見ている。利便性一辺倒ではない住まいの選び方が、今後は広がっていくのかもしれない。

●関連サイト
「野村総合研究所、都内の会社員を対象に「働き方と移住」のテーマで2回目の調査」

仲間4人と”ノリで移住”から4年、「自分たちで町を面白く」新移住者を歓迎する交流スペース「ポルト」の歩み 北海道上川町

北海道の上川町は大雪山国立公園や層雲峡温泉などを有する自然豊かな町です。人口3000人ほどの町には元銀行の空き物件を活用した交流&コワーキングスペース「PORTO(ポルト)」があります。この場所では“元”移住者が“新”移住者をサポートするという循環が生まれています。
ポルトを運営する株式会社Earth Friends Camp代表取締役の絹張蝦夷丸(きぬばり・えぞまる)さん、同社コミュニティマネージャーの中川春奈(なかがわ・はるな)さんにお話を伺いました。

大雪山のふもとに位置する北海道上川町(画像提供/ポルト)

大雪山のふもとに位置する北海道上川町(画像提供/ポルト)

全ての人に開かれた、多様なバックグラウンドを持つ人たちが出会う場に

ポルトは町中心部の銀行跡地の空き物件を活用し、できるかぎり地域住民たちの手で改装を手掛け、2021年10月オープンしました。
現在はコミュニティマネージャー2人とパート勤務1人の3人体制で業務しています。誰もが気軽に入れる交流スペースのほか、移住・観光・暮らしの総合窓口、コワーキングスペース、ショップ、ギャラリーと5つの機能をあわせ持っています。

筆者が訪れた平日昼下がりには交流スペースでコーヒー片手に楽しそうに語らうシニアの方々、その後ろでパソコンとイヤホンでオンラインミーティング中の若いビジネスパーソンの姿がありました。コワーキングスペースも3名が活用していました。
放課後は学童帰りの子どもたちも立ち寄り、もっとにぎやかな時間があるそうです。マルシェなどイベントが開催され、町内外の人が入り混じる取り組みも盛んに行われています。土、日も開いているため、役場や市役所での移住窓口と異なり、休日に相談に乗れることも訪れる人の利点でもあります。
利用者数はひと月にのべ500人ほど。年間累計6000人に達し、町人口の倍近くの人がこの場を訪れていることになります。

明るい雰囲気の交流スペース。フローリングは銀行時代のままの素材を使用。奥の大きな金庫だったスペースはギャラリーとして活用されています(写真撮影/米田友紀)

明るい雰囲気の交流スペース。フローリングは銀行時代のままの素材を使用。奥の大きな金庫だったスペースはギャラリーとして活用されています(写真撮影/米田友紀)

実は、ポルトは一般的な公設民営施設ではありません。物件自体をEarth Friends Campが賃貸契約していることで、運営委託期間が終了しても自分たちで継続していくことができることが利点だといいます。
同社代表取締役の絹張さんは、2019年に仲間4人の“ノリ”で上川町へ移住した人物。ノリから始まって4年、どっぷりと地域に浸かりチャレンジを続けています。

ショップ機能の棚は大工としても活躍する地域おこし協力隊の一員が制作。町には道の駅がないため、地元土産が購入できる観光の拠点としても利用されています(写真撮影/米田友紀)

ショップ機能の棚は大工としても活躍する地域おこし協力隊の一員が制作。町には道の駅がないため、地元土産が購入できる観光の拠点としても利用されています(写真撮影/米田友紀)

仲間4人の勢いで移住。自分たちで町を面白くしたい

絹張さんは2019年3月、29歳の時に地域おこし協力隊として札幌市から上川町へ移住しました。
きっかけは移住前年の2018年秋に上川町の層雲峡で開催された紅葉イベントでした。当時移動式コーヒ―ショップを営んでいた絹張さんは、アウトドア仲間とともにイベントに参加。その際、層雲峡でホステルを経営していた友人から上川町の地域おこし協力隊「KAMIKAWORK」の募集が始まったことを偶然紹介されます。
当時、町ではフード、アウトドア、ランプワーク、コミュニティと4分野で人を募っていました。
「面白そう!」と盛り上がり、仲間同士で4分野にそれぞれ応募したところ、そろって採用されたのです。

「楽しそうだと思ったものの、上川に住みたかったわけでも、協力隊になりたかったわけでもありませんでした。まだ都心部から離れたくないなという気持ちもありましたし。
もしも当時、自分の故郷の町で同じような話があったなら、そちらに関心があったかもしれません。本当に偶然、上川町での働き方を知って、仲間と盛り上がって応募してみたら採用されちゃった、という感覚。採用が決まり、さてどうしようか、4人で行くんだから何とかなるか、という勢いの移住でした」

町での新しい活動を前向きに考えていたものの、移住から半年の間、絹張さんは想定外のしんどさを味わいます。地方出身で、地域のことに詳しく、アウトドア企画など提案力が問われる取り組みを得意としてきた絹張さん。ですが、町で自分がやりたい活動をしたいのに、思うように活動できない日々が続きました。

「今思えば恥ずかしいですが、自分の力を過信していたのだと思います。行政には行政の仕事の進め方があるのに、スピード感が合わない、正しいのに変えられない、と感じてイラ立ちを抱え続けていました。でも、周囲に相談していくうちに気づいたんです。相手が求めていないことを、自分の正しさで押し付けてはいけない。まず求められたことに対して、それ以上のことを届けていくことをめざしました」

町の人と話すために、町中にとにかく顔を出す。銭湯に通い、地元の話を聞く。絹張さんは自身の役割を考察し、地域おこし協力隊として任用された自分ができることを見出していきます。すると移住直後の軋轢(あつれき)が減り、業務も少しずつ歯車が噛み合うように。自分の行動で地域がより良くなる手応えが生まれ、「自分たちの力で町を楽しくできる」という実感が湧いてくるようになりました。

小さな町では「一票の重み」のように一人のチャレンジが大きな変化をもたらすことがあります。自分たちの取り組みが目に見えて身近な人の幸せにつながる感触。これは小さな地域ならではの面白さかもしれません。

絹張さんとともに移住した仲間3人も、地域おこし協力隊卒業後も上川町に関わり続けています。ポルトがある町の通り道。地方にありがちな静かな通りの様子に、著者は「この道で合ってる?」と一瞬不安になりましたが、ポルトや近くのカフェには若い世代もシニアも多くの人の姿がありました(写真撮影/米田友紀)

絹張さんとともに移住した仲間3人も、地域おこし協力隊卒業後も上川町に関わり続けています。ポルトがある町の通り道。地方にありがちな静かな通りの様子に、著者は「この道で合ってる?」と一瞬不安になりましたが、ポルトや近くのカフェには若い世代もシニアも多くの人の姿がありました(写真撮影/米田友紀)

地域で暮らす人が楽しそうな町には、自然と人が集まるはず

移住から1年後の2020年春、世界中がコロナ禍に陥ります。3つの温泉郷を有する上川町では観光産業が大きなダメージを受けました。
絹張さんらは温泉郷の安心宣言を設計し、広報活動をサポートする役割を担います。観光産業への打撃は自分と地域の関わりを見直す契機にもなりました。

「観光やレジャーの事業をやりたい。町でコーヒー屋もつくりたい。でも、事業があるだけではダメなんです。当然ですが町に来たいと思う人がいなくては成り立ちません。仲間と内輪で楽しくやっていても、その先が見えない。地域のことをもっともっと、考えないとダメかもしれない。そう考えるようになりました」

当時役場から偶然、声がかかったのが交流施設の立ち上げでした。ポルトの原案となる交流施設のコンセプトシートを見た絹張さんは「これだ!」と感じたといいます。
人口が多かった時代の町の過去と現在との比較や都市部と田舎を比べて勝ち負けを競うのではなく、今地域で暮らす人が楽しい町でありたい。そんな人たちが暮らす地域には自然と人が集まるはず。コンセプトシートには絹張さんがつくりたい地域の未来が広がっていました。
交流施設の輪郭を役場とともに手探りで描き、2021年にポルトがオープンを迎えます。

「ポルト」はイタリア語で港の意味。すべての人に開かれた港のような存在をめざしている(画像提供/ポルト)

「ポルト」はイタリア語で港の意味。すべての人に開かれた港のような存在をめざしている(画像提供/ポルト)

絹張さんが代表を務めるEarth Friends Campはアウトドアを軸としたプロデュース事業を行っています。
アウトドアと、移住相談に交流拠点。一見結びつかない事業にチャレンジするのには、「今地域で暮らす自分たちで行動を起こし、町を楽しくしていく」と決めた絹張さんと役場の熱量の共有がありました。

コロナ禍には「行き場を失う人が出てしまう」と出来る限りポルトの鍵は閉めずに、開店していたそう(写真撮影/米田友紀)

コロナ禍には「行き場を失う人が出てしまう」と出来る限りポルトの鍵は閉めずに、開店していたそう(写真撮影/米田友紀)

子どもの「やりたい」も応援 個々人の挑戦に伴走する

現在ポルトには「一緒にやりたい」「あげたい」「ほしい」など自由に記載できる伝言板があります。

そこにある日「みんなで鬼ごっこ大会をしたい」と書き残した小学生がいました。その紙を見たポルトスタッフは大会実施をサポートするために奔走。地域おこし協力隊の教育部門スタッフも巻き込み、小学生主催による鬼ごっこ大会が実現します。

たった一枚からはじまった大会実現に保護者から長文で感謝のメッセージをもらったそう。親が忙しい時期に親以外の誰かが向き合ってくれる、この町で育つ子どもは幸せ者だ、と伝えるメッセージでした。

絹張さんと中川さん。訪れる人の個々の思いに寄り添う姿勢が印象的です(写真撮影/米田友紀)

絹張さんと中川さん。訪れる人の個々の思いに寄り添う姿勢が印象的です(写真撮影/米田友紀)

家族以外の人、地域が自分たちを支えてくれるという原体験は、子どもの人生にプラスの力を及ぼすものではないでしょうか。無償の優しさを「与えてもらった」子どもたちが、彼らが大人になってまた「与えていく」。そんな優しさが継承される社会であってほしいです。

ポルトでは毎月マルシェも行われています。人と人、地域と人をつなぐ場とすることが目的で、町内外の店舗や農園オーナー、キッチンカーを招き、新しい出会いが生まれています。上川町の現役の地域おこし協力隊や別エリアの協力隊、卒業生も多くやってきて、小さな町で人的交流が活発に行われているのです。

「協力隊や上川町で事業をされている方はもちろん、上川町に関わってくれているすべての人のやりたいことをポルトの場を活用して実現してほしいです。やりたいことや暮らしの小さな悩みごとにも一緒に考えて伴走できる存在でありたいです」(中川さん)

コワーキングスペースは上川町の地域おこし協力隊の活動拠点としても活用されています(写真撮影/米田友紀)

コワーキングスペースは上川町の地域おこし協力隊の活動拠点としても活用されています(写真撮影/米田友紀)

中川さん自身も、2023年4月に札幌市から上川町へ移住した一人です。それまでは10年間看護師として従事していましたが、暮らしのすぐそばにある「誰でも来ていい場所」であるポルトが興味深く、何度も足を運ぶようになったそう。

上川町へ通い、町内外の人と会話をする中で、コミュニティマネージャーとして働くことを選びました。これからの人生を考えた時に「心地よさ」や「好き」をもう少し大切に暮らしたいと思っていたタイミングで上川町に出会い、自然がたくさんある環境や人のあたたかさに触れ、心地よさから移住することを決めたそうです。
地域で暮らす人が楽しそうにしていたら、人が集まる。ポルトの原案にあった風景が広がりつつあります。

2023年10月で3年目となったポルト。毎日必ず書く日報には、素敵な取り組みがあった日にスタッフ同士で「ナイスポルト!」とコメントするそうです。ポジティブに協力し合うコミュニティを築いています(写真撮影/米田友紀)

2023年10月で3年目となったポルト。毎日必ず書く日報には、素敵な取り組みがあった日にスタッフ同士で「ナイスポルト!」とコメントするそうです。ポジティブに協力し合うコミュニティを築いています(写真撮影/米田友紀)

偶発的な機会を受け入れ、自分起点で挑む

「自分たちで」は絹張さんたちからよく聞かれる言葉。自らがやりたいことに挑むことで、結果として身近な人たちが幸せになってくれたら、というアクションの取り方をしています。

仲間同士のノリと偶然から始まった小さな町への移住。自分たちの役割と、やりたいことをつなげながら、ポルトは新しい移住者を歓迎する循環を生み出しつつあります。
外からの風が吹く場所であり続けたい、とポルトの2人は語ってくれました。

自分たちが町の新しい風であったように、次の風が町に楽しい変化を巻き起こす。ポルトから始まる地域の変化が楽しみです。

●取材協力
ポルト

築36年賃貸が大人気の理由は”大家さん”?! マンガ1000冊読み放題(定期入替)やコーヒー無料などホスピタリティ満載「百合ヶ丘池上マンション」神奈川県川崎市

毎年1月になると本格的な賃貸のお部屋探しシーズンに突入します。一般的には新築や築年数が浅い物件が好まれていますが、築36年、周辺エリアの家賃相場より高いというのにほぼ満室、空室が出てもすぐ埋まってしまう賃貸マンションが神奈川県川崎市麻生区にあるといいます。しかも大家(オーナー)の池上正芳さんはYouTuber。何がいったいどういうことなのでしょうか。人気の理由を探りました。

廊下もゴミ置き場、エントランスもきれい。設備は新築物件並みの充実ぶり

小田急線百合ヶ丘駅から徒歩6分、線路沿いに立つのが「百合ヶ丘池上マンション」です。築36年でありながら全42戸のうち、今、工事中の部屋をのぞくと満室という人気物件です。

最寄駅から徒歩6分、外観は一見よくある賃貸マンションですが、実は大人気物件「百合ヶ丘池上マンション」(撮影/片山貴博)

最寄駅から徒歩6分、外観は一見よくある賃貸マンションですが、実は大人気物件「百合ヶ丘池上マンション」(撮影/片山貴博)

パッと見ると普通の物件ですが、まず特筆すべきは、廊下やゴミ置き場がきれいに保たれている点です。通常、築20年を超えてくると個々の部屋の玄関まわりには傘などの私物が置かれていたり、ゴミ置き場のルールを守らない人がいたりするもの。不思議なことにゴミなどの生活のマナーが守られないと、生活音などの暮らしのトラブルも起こりやすくなりがちで、「築年数が古い物件はちょっと……」と敬遠される理由の一つとなってしまいます。

ところが、この百合ヶ丘池上マンションでは、玄関の郵便受けに投函されっぱなしのチラシはなく、共用のゴミ置き場もきれいに保たれており、住民のトラブルもほとんどないとか。注意喚起の看板はありますが、かわいらしくて、どことなくユーモラス。廊下にはアーティストの作品が掲げられていたり、エントランスまわりはクリスマスなど季節の装飾がされていて、愛着が湧くようになっています。

ゴミ置き場に貼られたポスターはやわらかなタッチで、きちんと分別して出そうという気持ちになります(撮影/片山貴博)

ゴミ置き場に貼られたポスターはやわらかなタッチで、きちんと分別して出そうという気持ちになります(撮影/片山貴博)

きれいに保たれた廊下。ワンコが描かれた作品が飾られ、これを朝晩見れば愛着が湧きますね(撮影/片山貴博)

きれいに保たれた廊下。ワンコが描かれた作品が飾られ、これを朝晩見れば愛着が湧きますね(撮影/片山貴博)

玄関はクリスマスの装飾が。宅配ロッカーなど嬉しい設備も備え付け(撮影/片山貴博)

玄関はクリスマスの装飾が。宅配ロッカーなど嬉しい設備も備え付け(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

共用部分の玄関には、これから外に出るときにちょっと使える日焼け止めや虫よけ、さらに救急箱まで。物件側で置いているだけでなく、居住者も置くことでいつも充実しているとか。コレほどまでに「気が利いてる~!」と感じた賃貸物件があっただろうか、いやない(撮影/片山貴博)

共用部分の玄関には、これから外に出るときにちょっと使える日焼け止めや虫よけ、さらに救急箱まで。物件側で置いているだけでなく、居住者も置くことでいつも充実しているとか。コレほどまでに「気が利いてる~!」と感じた賃貸物件があっただろうか、いやない(撮影/片山貴博)

おまけに玄関には住民が利用できる、DIYツールや救急箱が置いてあったり、近隣のおすすめお店情報も告知されていたりと、「あったらうれしい」「ちょっとお出かけしようかな」という心づかいが至るところになされています。心憎いばかりの「おもてなし」ですが、このマンションの名物はこれだけではないのです。

シェアスペースにはマンガもズラリ。住民同士で交流を促すイベントも

このマンションには、1階に住人が利用できるシェアルーム「サードプレイス102」があり、朝7時~24時まで開いていて、365日利用可能で利用料も無料。
シェアスペース内には、4KTVやWi-Fi、無料のコーヒー、マンガ1000冊(しかも中身は3カ月ごとに入れ替えされるサブスク制)がそろえてあるので、仕事や勉強をしてもいいし、くつろぎの場にも最適。入居者同士でいっしょにスポーツ観戦したり、おしゃべりするのだって楽しそうです。コレ、絶対楽しいやつだ……!

1階にあるシェアルーム「サードプレイス102」の入口。この部屋だけでなく、全部屋電子キーになっています(撮影/片山貴博)

1階にあるシェアルーム「サードプレイス102」の入口。この部屋だけでなく、全部屋電子キーになっています(撮影/片山貴博)

中はカフェのような空間になっており、コーヒーを飲んだり、備え付けの漫画を読んで過ごすことができます(撮影/片山貴博)

中はカフェのような空間になっており、コーヒーを飲んだり、備え付けの漫画を読んで過ごすことができます(撮影/片山貴博)

壁に利用規約が書いてあります。住民同士が交流できるよう設置された掲示板には、住民が企画する「マンガ夜会」の案内が(撮影/片山貴博)

壁に利用規約が書いてあります。住民同士が交流できるよう設置された掲示板には、住民が企画する「マンガ夜会」の案内が(撮影/片山貴博)

ここまで「百合ヶ丘池上マンション」の共用部分の仕掛けや住みやすくなるさまざまな工夫を紹介してきましたが、実際の住心地はどうなのでしょうか。現在、暮らしている女性N.R.さん(30代)に話を聞いてみました。

「実は、初めて1人暮らしをした賃貸がこの物件なんです。10年間住み続けているので、正直なところ手狭になってきて、何度か引越しを検討し、住まいを探したこともあるんですが、家賃や広さ、設備を比較すると、どうしても今よりよい物件がなくて……。宅配ロッカーや電子キーなど、設備も年々、アップデートもされているし、私の暮らしにあわせて有孔ボード(※)を取り付けてもらったり、『サードプレイス102』のようなシェアスペースがあったり。他のお部屋の人とも『こんなに良いマンション、他にないよ』って話すんです」

※有孔ボード/小中学校の音楽室の壁にあったような穴の開いた壁材。穴を利用して、吊るしたり収納棚を取り付けたりなどでき、壁が有効利用できる

なるほど、家賃は同額なのに年々アップデートするのであれば、引越す理由はないですし、住み続けるほどに愛着が増す気もします。
「それに、大家の池上さんですね。池上さんがちょうど大家さんになったころに入居して、ご挨拶させていただいて。今では東京のお父さんというか(笑)。いっしょにYouTube動画を作成したり、ご一緒することが多くて、楽しいし、顔が見える分、安心して暮らせています」と魅力を解説します。

1人暮らしは自由で気楽な半面、防犯面や災害時、病気の時など心細いことがあるもの。こうした身近なつながりがあることで、安心して暮らせますよね。では、大家である池上さんはなぜこれほどまでに設備を更新したり、おもてなしをしたりするのでしょうか。話を聞いてみました。

祖母が建てた不動産を相続。空室と家賃低下のスパイラル

「この物件を建てたのは私の祖母で、今から10年ほど前、父から私が引き継ぎました。その時点では学生向けワンルームばかりで空室も多く、年々、家賃も下げていかないと部屋が埋まらない、そんな状況でした。管理は不動産会社任せ、さらにあまり部屋を大事に使ってもらえずにトラブルも多発、そんな状況だったんです」と当時を振り返ります。

大家の池上正芳さん(撮影/片山貴博)

大家の池上正芳さん(撮影/片山貴博)

このままでは「負動産」になってしまうと思った池上さんは、小さなことから物件を良くしていこうと工夫をはじめます。

「空いた部屋の玄関に全身が映る鏡をつける、荷物やコートがかけられるフックをつける、部屋に室内干しをつける、といったことをしていきました。予算は少額で、借りる人目線でちょっと手を加えたら、家賃を下げなくとも空室が埋まるようになって。入居者に喜んでもらえる楽しさに目覚めていったんです」(池上さん)

そのうち単なる工夫だけにとどまらず、デザイン性を重視したリノベーション、空間プロデュースを手掛けるように。建築士や施工会社ともつながりができ、空室が出る→空間のコンセプトを決める→リノベする→家賃を再設定して募集する→入居者が決まる、という「正のスパイラル」が生まれるようになりました。

現在、リノベ済みの部屋。1人暮らしはもちろん、2人暮らしもできる広さ(撮影/片山貴博)

現在、リノベ済みの部屋。1人暮らしはもちろん、2人暮らしもできる広さ(撮影/片山貴博)

有孔ボードがあるので収納場所やディスプレーする場所になる。Bluetoothスピーカーや椅子、照明も備え付けなので、初めての1人暮らしでもすぐに快適な生活ができる(撮影/片山貴博)

有孔ボードがあるので収納場所やディスプレーする場所になる。Bluetoothスピーカーや椅子、照明も備え付けなので、初めての1人暮らしでもすぐに快適な生活ができる(撮影/片山貴博)

キッチン側から見たところ。室内に段差があるので、空間に遊びあるのもうれしい(撮影/片山貴博)

キッチン側から見たところ。室内に段差があるので、空間に遊びあるのもうれしい(撮影/片山貴博)

もちろん、池上さんの取り組みのすべてが成功したわけではありません。リノベのコンセプトをつくり込みすぎてしまったり、ターゲットのほしい室内デザインとズレていたり。その度に修正して、柔軟に「部屋を借りる人がよろこぶデザイン・設備・サービスはなにか」と模索し続け、現在の「各部屋、コンセプトの異なる部屋」「電子キー」「Bluetoothスピーカー」「住民の共用スペース」「物件公式LINEアカウント」にたどりついたのです。

こちらもリノベ済みの部屋。ブルックリンの地下鉄をテーマにしたワンルームのキッチン。調理用に移動できる卓上のIHクッキングヒーターがついています。このキッチンカウンターで使うもよし、テーブルに運んで卓上で調理するもよし(撮影/片山貴博)

こちらもリノベ済みの部屋。ブルックリンの地下鉄をテーマにしたワンルームのキッチン。調理用に移動できる卓上のIHクッキングヒーターがついています。このキッチンカウンターで使うもよし、テーブルに運んで卓上で調理するもよし(撮影/片山貴博)

窓際のコーナーテーブルは、後付けしたことで一気に雰囲気アップ!ここにテレビやパソコンを置いて、くつろぎや作業をすることも。黒のブラインドもおしゃれ(撮影/片山貴博)

窓際のコーナーテーブルは、後付けしたことで一気に雰囲気アップ!ここにテレビやパソコンを置いて、くつろぎや作業をすることも。黒のブラインドもおしゃれ(撮影/片山貴博)

各部屋備え付けのBluetoothスピーカー。間接照明にもなります(撮影/片山貴博)

各部屋備え付けのBluetoothスピーカー。間接照明にもなります(撮影/片山貴博)

部屋の雰囲気を壊さない充電コーナー。奥には有孔ボードがあり、こちらもディスプレーが楽しくできそう(撮影/片山貴博)

部屋の雰囲気を壊さない充電コーナー。奥には有孔ボードがあり、こちらもディスプレーが楽しくできそう(撮影/片山貴博)

取材に同席し、以前から池上さんの大家業に注目していたという、ハウスメイトマネジメントソリューション事業本部の伊部尚子さんは「池上さんは、なんでも挑戦してみようという前向きな姿勢に加えていつも謙虚で偉ぶらず、ご自分よりはるかに若い入居者さんや業者さんからアイデアを教えてもらい、良いものはどんどん取り入れようという柔軟性をもっていらっしゃいます。相続した不動産が空室ばかりと悩んでいる人は多いですが、そんな悩める大家さんの希望の星です。こんなに楽しそうに賃貸経営をされている大家さんはあまりいらっしゃいません」と話す。不動産のプロとして日本全国のさまざまな賃貸物件の知見を持つ伊部さんからしても、ここまで細やかにサービスや工夫をしている賃貸物件は珍しいと証言します。

住む人に幸せになってもらうこと。それこそが大家の本懐

池上さんは今も入居者が決まる度に、「ごあいさつキットに入れたカギ」「百合ヶ丘の町ガイド」を手渡しします。また「ゴミの出し方」「傘を共用部に置かない」など、マンションのルールを、入居時に丁寧に伝え、LINEの公式アカウントに友達追加してもらっているといいます。

池上さんが入居者に渡しているハンドタオルとキーホルダーとカギのセット。キーホルダーのデザインはこれまでの大家業で関わってきた若いクリエイターによるオリジナル。これをもらったら大事にせずにはいられません(撮影/片山貴博)

池上さんが入居者に渡しているハンドタオルとキーフォルダーとカギのセット。キーホルダーのデザインはこれまでの大家業で関わってきた若いクリエイターによるオリジナル。これをもらったら大事にせずにはいられません(撮影/片山貴博)

「公式LINEアカウントを追加したあとに、例えば風邪をひいたとか、電子キーが開かないとか、ささいなこと、日常のお困りごとを連絡してくださいと伝えています。直接のグループLINEで大家や管理会社とつなげようとする方も多いのですが、それは入居者の方にはハードルが高くて。公式アカウントにした方が、入居者の方も直接会話ができて気軽なんです。これもいろんなケースを通じてわかってきたことです。入居者が困ったときにも即、対応できるし、反対に大家側からも一斉にお知らせができます。こうしたルール説明、対応方法を知らせておくと、みなさん気持ちよく暮らしてくれます」と池上さん。

建物での暮らしのルールはあいまいだったり、明文化されていないことが多いもの。入居時にしっかりと説明されるとガイドラインが明確になり、暮らしているほうも安心ですよね。

こうして手間と愛情をかけて物件や入居者と向き合うことで、思いもよらない副産物もあるのだそう。

「手間と費用をかけてリノベをし、借り手を募集すると、賃料ありきではなく、『したい暮らし』で物件を探してくれる人と出会えるんです。そうすると、新しい才能と出会えることがあって、入居者さんにデザインや動画を手伝ってもらえたりするんですよ。エントランスに貼った百合ヶ丘マップやアート作品はそのひとつなんです」と池上さん。物件が才能ある人を招いて、物件の魅力がさらに磨かれる、そんな好循環になっているんですね。

元入居者の作成した百合ヶ丘マップ。おすすめのお店情報を入居者同士で教えあえる工夫も(撮影/片山貴博)

元入居者の作成した百合ヶ丘マップ。おすすめのお店情報を入居者同士で教えあえる工夫も(撮影/片山貴博)

今、池上さんが取り組んでいるのが、この物件がある百合ヶ丘駅周辺の魅力の発信です。「百合ヶ丘駅」は各駅停車の小さな駅ですが、個人のお店が多く、あまり知られてない良さがあるのだとか。

「ターミナルであるお隣の新百合ヶ丘駅に目がいきがちですが、百合ヶ丘にもいいところがたくさんある。自分の物件でなく、この街の良さ、暮らしを知ってほしくて、YouTubeをはじめたんです。撮影して歩くと自分も知らなかった魅力に気付くんですよ」とYouTuberになったきっかけを明かしてくれます。(余談ですがこのチャンネル、ほのぼのしていて最高です……!)

まさか自分のためではなく、「人のため」ひいては「まちの魅力発信のため」にYouTuber大家さんになってしまうとは……。その行動力に感服以外の言葉がありません。ここまでする理由を、池上さんは、「大家をするなら、住んでもらう人に幸せになってもらいたいから」とさらりと言います。こうまで言われてしまうと、住み続けたくなる理由が大家さんというのも納得です。入居者も快適で幸せに暮らせ、大家さんも利益を得てまた幸せになる。「自他共栄」とは、まさにこういうことをいうのだな、としみじみ実感した取材となりました。

●取材協力
y-BROOKLYN
百合ヶ丘チャンネル

小規模な街中のビルでも、脱炭素に資する木造ビルになる!ブルースタジオが推進するプロジェクトの挑戦を徹底解説

大島土地建設とブルースタジオが、『まちの大家による都市の面的木造化』推進プロジェクトを推進している。「都市の木造化」のために、中小規模事業者でも計画可能な小規模木造ビルのモデルが必要で、それを構築し普及を図るというものだ。そのモデルとなる「OS annex 2」が上棟し、見学会が開催されたので参加した。

まちの大家に小規模な木造ビルを建てるという選択肢を提供

政府の2050年カーボンニュートラル宣言に見られるように、脱炭素が求められている。その方策の一つが、木造化・木質化だ。住宅・建築分野において、積極的に「木」を使うことで温室効果ガスの吸収を増やせるからだ。大規模な建築物では、大手ゼネコンなどが独自の工法を確立し、すでに木は燃えやすいというイメージを覆すような高層の木造ビルをいくつか建てている。

一方、建築・不動産業界の多数を占めるのは、中小規模の事業者だ。中小規模の事業者がビルの木造化に取り組まない限り、都市の面的な木造化は進まない。そう考えて動き出したのが、大島土地建設三代目代表でブルースタジオの専務取締役でもある、大島芳彦さんだ。大島土地建設は、東中野のみで小規模ビル7棟を賃貸する、いわゆる「まちの大家」だ。その大島土地建設が施主(大家)となり、ブルースタジオが建築設計を担当して、木造化による賃貸ビル「OS annex 2」を建築することを決意した。

都心商業地域の主たる建築物は、2000平米未満の商業・事務所ビル。このクラスの「小規模ビル」の木造化技術の標準化とその普及が目的だ。「中小規模不動産事業者、中小規模設計事務所、中小規模工務店」でも計画可能な標準工法による小規模木造ビルの建築モデルを構築することで、本質的な『都市の木造化』の促進を目指すという。

つまりは、まちの大家(大島土地建設)でも、まちの設計事務所(ブルースタジオ)やまちの工務店(今回は礎コラム)と共に、小規模な木造ビルを建てられる建築モデルを用意したので、実際に建てた事例を見て同じように建ててほしいということだ。

見学会で熱く語る、大家兼blue studioディレクターの大島芳彦さん(筆者撮影)

見学会で熱く語る、大家兼blue studioディレクターの大島芳彦さん(筆者撮影)

小規模ビルの木造化、その手法とは?

建築モデルとなる「OS annex 2」の概要を見ると、JR中央・総武線「東中野」駅徒歩2分、敷地は間口約9m・奥行約17m、8階建て、延べ床面積714.46平米となっている。大島さんによると「都心部の建物の約7割は10階建て以下、間口10m以下」の縦長のビルだというので、その典型の建物と言えるだろう。ただし、木造化と言ってもすべてが木造というわけではない。設計上はすべて木造とすることは可能なのだが、そうすると建築コストがかなりかかるため、経済合理性を考えて、1~4階は鉄骨造、5~8階は木造としている。

1~4階は、標準的なラーメン構造の2時間耐火の鉄骨造だ。ラーメン構造とは、「柱」(垂直方向)と「梁(はり)」(水平方向)で四角形の枠を構成して建物を支える構造のこと。柱と梁をしっかり接合することで、地震の揺れで変形しないようになっている。
※鉄骨造は両方向のラーメン構造

この鉄骨造の上に、1時間耐火の木造を載せる構造となっている。木造部分は、構造となる木材(カラマツ)を強化石膏ボードで両側からはさんで耐火被膜とし、さらにその両側面を木材の耐震フレームではさむ「門型」フレームのラーメン構造としている。ただし、門型フレームは、開口部側の一方向のラーメン構造なので、奥行側にブレース(筋交い※)を入れる形を採っている。
※四角形に組まれた骨組みに対角線状に入れる補強材のこと

ビルの構造の説明図

ビルの構造の説明図

筆者はかつて、大手ハウスメーカーが建てた木造の賃貸マンション(5階建て)を見学したことがあるが、それも経済合理性を考えて1階をRC(鉄筋コンクリート)造としていたので、混構造となるのはよくあることなのだろう。

この構造がよく分かる上棟の段階で、見学会が行われた。

数回に分かれて行われた見学会。筆者参加の回も大勢が見学に訪れた(筆者撮影)

数回に分かれて行われた見学会。筆者参加の回も大勢が見学に訪れた(筆者撮影)

建築中の建物内に入り、ビルの構造をこの目で確認

間取図と現地写真で、鉄骨造と木造の違いを見てほしい。鉄骨造のフロアでは左右それぞれに柱が3本ずつ、木造のフロアではそれぞれに柱が5本ずつ入っているのが分かる。

■鉄骨造のフロア

2~4階の間取図

2~4階の間取図(間取図提供:ブルースタジオ)

1階の様子

1階の様子(筆者撮影)

■木造のフロア

5~8階の間取図

5~8階の間取図(間取図提供:ブルースタジオ)

6階の様子

6階の様子(筆者撮影)

木造部分を詳しく見ると、下の写真の緑色の部材が主要構造部で、木材をそのまま見える形にした耐震フレームで両脇をはさんでいる。奥行側は隣にマンションがあるので、斜めのブレースを入れて耐震補強している。床は山型デッキプレートを使った合成スラブ構造で、天井部分にデッキプレートが見えている。

8階の木造部分(筆者撮影)

8階の木造部分(筆者撮影)

さて、見学会では、もっと詳しい説明があったのだが、筆者は建築の専門知識がないので、残念ながら構造や設計について詳しいことがよく理解できなかった。木造防耐火監修の桜設計集団による木造門型フレームの加熱実験が行われるなど、標準モデルとなるような細かい設計がなされているので、詳しく知りたい場合は、ブルースタジオに確認をしてほしい。

小規模木造ビルで、賃料設定はどうなる?

さて、木造ビルは決して安価で建てられるものではない。国からの補助金などを受けているが、それでも賃料は周辺相場より高めになる。募集する賃料は、2~4階(専有面積76.45平米)で38万2800円、5~8階(専有面積71.61平米)で39万600円※8階のみ41万2300円(賃料はいずれも消費税別)。

ただし、ZEB-ready(ゼブ・レディ=完全なZEB/ゼロエネルギービルではないが、ZEBを見据えた先進建築物としての条件を備えたビル)を取得し、通常より電気代を抑制できることに加え、外壁面に太陽光パネルを設置することで、テナントが光熱費を抑えることができるようになっている。また、外から見て木造ビルであることがすぐに分かるようにデザインされているので、地球環境に配慮したビルに入居することの意義などSDGsの要素も加わり、そのうえで賃料を見てもらえると考えている。

大島さんは、木造ビルの建て方だけでなく、こうした募集ノウハウなども合わせて提供できるのではないかという。

さて、地球温暖化が進み、カーボンニュートラルに向けて待ったなしの状況になっている。住宅や建築分野の脱炭素は、資金力や人手のある大手事業者が先導して取り組むことが多いが、現実には小規模な住宅や建築物が街中には多く存在している。小規模な建築物でも脱炭素に取り組みやすい手法があり、成功事例が増えていけば、街の中に木造のビルが増えていくかもしれない。大島さんの挑戦に、今後も注目していきたい。

●関連サイト
ブルースタジオ プレスリリース「まちの大家による『都市の木造化』促進計画 都心商業地域における小規模木造ビルの標準化プロジェクト」

世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADによる彫刻のようなパビリオン「The Cloudscape of Haikou(海口クラウドスケープ )」/中国・海口市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載12回目。今回は、中国・海口市(はいこうし)、約7,500平米という広大な敷地に立つ2021年に誕生した住宅街の交流施設「海口クラウドスケープ (The Cloudscape of Haikou)」(設計:MAD)を紹介する。

彫刻的表情をもつオーガニック・アーキテクチャー

中国最南端の海南島の北端にある海口市は、中国本土に対面した都市で、近年社会的重要性が指摘され、同市のパブリック・スペースの質を高め、都市・建築・住民間の連係を強める計画がスタートした。「海口クラウドスケープ」は、そのような計画の端緒となったプロジェクトである。

(C)ArchExist

(C)ArchExist

「海口クラウドスケープ」は、16棟の海浜パビリオンのトップを飾るもので、海沿いに展開されるパブリック・スペースを改良する目的がある。海口シーサイド・パビリオンと呼ばれる新規構想では、国際的に著名な建築家、アーティストおよび学際的なプロフェッショナルに、16件のランドマーク的公共建築の設計を依頼した。

中国で先進的な国際的建築家集団MADが手がけたパビリオン

パビリオンをデザインしたMADといえば、今や中国建築界ではもっとも先進的な国際的建築家集団で、マ・ヤンソン、ダン・チュン、早野洋介の3名が率いる建築家チームは、中国のみならず今やヨーロッパにも活動領域を広げている。

パビリオンには、ブック・ストアと市民アメニティを含んでいる。海口湾岸沿いのセンチュリー・パークに位置する建物は、4,397m2の敷地に1,380m2の延床面積を擁している。建物内部の南側には10,000冊の蔵書スペースがある図書館とその閲覧室がある。また無料で一般に開放された多機能視聴覚エリアが収容されている。他方北側には、シャワー室をはじめ休息室、保育室、トイレ、ルーフ・ガーデンがある。

陸と海の中間で静穏に座すパビリオンは、高度に彫刻的な表情を見せている。自由でオーガニックなフォルムは、ユニークなインテリア・スペースを生み出している。そこでは壁、床、天井は一体となった融合的なデザインとなっている。さらに内外空間の境界が曖昧となっている。

パビリオンの円形開口部は、野生動物や海の生物によってつくられた穴を想起させ、建築と自然の境界を曖昧にしている。大小さまざまな開口部は、インテリアに自然光を導入し、海口の一年中暖かい気候にある建物を冷やす自然換気を生み出している。これらの穴越しに、ビジターは時間や空間の推移を通して、あたかも慣れ親しんだ世界を見るかのように、空を仰ぎ見たり海を眺めたりする。

(C)CreatAR

(C)CreatAR

1階と2階をつなぐカスケード状となった海に面する閲覧室は、図書空間だけでなく文化的な交流の場所にもなっている。子ども用の閲覧エリアは、メインの閲覧室から離れたところにあり、そこではトップライト、穴、ニッチなどが子どもの探究心を刺激するようデザインされている。

読書や眺望を楽しめる半外部空間やテラスがあちこちに

建物の構造的な形態から、いくつかの半外部空間やテラスが生まれ、それらが読書をしたり海を眺めたりする格好のスペースとなっている。ローカルな暑い気候に対応して、建物の外部廊下のグレー空間はキャンティレバー(※)となり、居心地のよい気温を生み出し、サステイナブルな省エネ建築となっている。

※片持ち梁。通常、梁は柱や壁などに両端が固定されているが、一端のみ固定されているもの。バルコニーなどで用いられる

(C)ArchExist

(C)ArchExist

MADはこの建物により、アンチ・マテリアルなアプローチを掲げ、構造や工事の意図的な表現を避け、材料についての日常的な認識を解消し、空間認識そのものがメインの目的となるようにしている。この建物ではコンクリートは、その流れるようなソフトで自在な構造形態で特徴づけられる液状材料と考えられている。

建物の内外はコンクリート打放しとし、ひとつの凝集的フォルムとなっている。屋根と床は2層のワッフル・スラブ(高気密・高断熱・高遮音の快適住空間を生み出す床材)で、建物のスケールや大きなキャンティレバーを支持している。デザインはデジタル・モデルを使用して進められた。その結果、機械系、電気系、配管系のエレメントは、見かけを最小にしてコンクリートの隙間に配置し、視覚的な統一性を表現することが可能になった。パビリオンのスムースかつ有機的なオーラは、建築、構造、機械&電気デザインを巧みにインテグレートすることで創造された。