全国の自治体で初「ひとり親家庭の移住サポート」。住まい・仕事・教育など手厚い支援、地方移住ニーズに応える 静岡県川根本町

2022年に全国の自治体で初めて「ひとり親家庭」に特化した移住サポートプログラムを開始した静岡県の川根本町。このプログラムは、住まい探しが困難なひとり親世帯への有効な解決策となるのでしょうか。ひとり親家庭が安心して暮らすために川根本町が行う支援とは?川根本町 経営戦略課の植村紳吾さんと移住コーディネーターの神東(かんとう)美希さんに話を聞きました。

ひとり親家庭が抱える住まいの問題と「移住」との関係

川根本町は、静岡県の中央部に位置し、一級河川の大井川が流れ、全面積の約94%は山林という、自然に囲まれたのどかな町です。観光温泉地として知られる一方で、少子高齢化が進み、人口減少や働き手不足が課題となっています。

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

一方、秋田県にかほ市のアンケート結果によると、一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉)のシングルマザーの4割近くが「地方移住に興味がある」と答えており、ひとり親家庭に地方移住のニーズがあるようです。ひとり親家庭は、子育てと両立できる仕事や公的な支援・補助制度があることを重視して居住地を選択する傾向があるため、人口減少に悩む地方の自治体と住まい探しに困っているひとり親家庭をうまくマッチングできれば、win-winの関係を築けるかもしれません。

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

ひとり親家庭の移住を後押しする「マザーポート移住」とは

このような問題を解決するために川根本町が、2022年から取り組んでいるのが「マザーポート移住」です。
母子家庭のための不動産ポータルサイト「マザーポート」に移住専用ページを作成し、ひとり親家庭の移住を町ぐるみで積極的に受け入れようというもの。

前述したようにひとり親の移住への関心度は高い傾向にありますが、知り合いが誰もいない見ず知らずの土地に移住し生活していくのは、誰しも不安に違いありません。

ひとり親であればなおさら、生活のために仕事も探さなくてはならず、子どもと過ごす時間も必要です。
また、一般的な子育て世帯の平均世帯年収814万円に対して、母子家庭は373万円というデータ(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」)が示しているように、ひとり親家庭、特に母子家庭は貧困率が高く、オーナーや管理会社の家賃滞納への不安から借りられる物件が限られるなどの問題も。住所が定まらなければ行政のサービスを受けることも、仕事に就くこともできないという負のループに陥る恐れがあります。

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

「マザーポート移住では、住宅の確保が困難な可能性のあるひとり親家庭に対して、福祉、移住、教育それぞれの問い合わせを、経営戦略課が窓口になってワンストップで相談に乗るのが特徴です。他の自治体では、各課に相談しなければならず大変というお話も聞きますが、川根本町ではまとめて相談ができるので、安心してお問い合わせいただけると思います」(植村さん)

移住を考える人の事情はさまざまです。自然豊かな川根本町に魅せられた人もいれば、人間関係や仕事、家賃などで困っている人もいるでしょう。実際に移住した人のなかには、子どもが学校になじめず、新たな環境を整えるために移住して来たというケースも見られます。

川根本町では、移住後もひとり親と子どもたちがスムーズに地域になじむことができるよう、移住希望者と地元住民の橋渡し役である「移住コーディネーター」が中心になって地域との間を繋ぎ、暮らし面での相談にも乗っています。

「町の人たちがとても親切で、いち住民として私たちのことを気にかけて見守ってくださるので、働きながらも安心して子育てができる」というのは川根本町に移住してきたシングルマザーの声。移住コーディネーターの神東さんは、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにとっても、子どもがいることで地域が明るくなり、良い影響をもたらしていると感じています。

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

川根本町で、ひとり親家庭の住まい・仕事・教育環境はどうなる?

ひとり親家庭が移住するとなると、前述したように住居や仕事、育児や教育環境、さらには地域の人たちと上手に付き合っていけそうかなど、事前に確認しておくべき点はいろいろあります。川根本町の事情はどうでしょうか。

まず「住まい」については、ひとり親家庭が住むことのできる住宅として町営住宅、空き家バンク物件、そして民間アパート2棟があります。

ただ、空き家バンクは売買物件が多く、補修を必要とする場合もあって初期費用がかかるのと、すぐに住めないものもあるのが難点。町営住宅は比較的リーズナブルですが、空いている部屋が少なく、タイミングによっては、いつでも入れるというわけではないとのこと。希望通りの物件が必ずあるというわけではないので、なるべく希望に添えるものを町の担当者や移住コーディネーターが一緒に探します。

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

また、子どもの通う保育園や学校といった環境も気になります。

「川根本町には小学校が2校あり、そのうちの1校は1学年4~10名程度の小規模な学校で、もう一つの学校は1学年20名程度です(2024年度から小中一貫の義務教育学校2校となります)。実際に授業風景などを見てどちらの学校が良いか決めてもらい、その学区内で住まいを探すという流れになりますね」(神東さん)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

さらに、移住先でどのような仕事があるのかということも重要です。マザーポート移住のホームページでも地元の企業がいくつか紹介されています。

「基本的に、常に求人はあり、働き口はありますが業種や職種は限られます。ひとり親家庭の場合は、お子さんがいるので土日が休みであることや、突然の病気や学校の行事などでは融通がきく仕事でないと厳しいですよね。女性だと土建業などの現場仕事は体力的に難しいことが多いですし。マザーポート移住には、そのような事情にも比較的理解のある会社を掲載しています」(神東さん)

KAWANEホールディングスはそのような会社の一つです。代表の迫洋一郎さんは、マザーポート移住を川根本町に提案した一人で、自身も数年前に地元で起業した移住者だそう。ほかにも、最近は農家民宿やゲストハウス、飲食店といった事業を自分で営む人も増えているそうです。

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭も活用できる制度を整備。移住者の増加で町が変わる

川根本町は2022年にマザーポート移住を始める前から、ひとり親に限らず、移住者を呼び込むためにさまざまな移住制度の充実を図ってきました。例えば、家賃や住宅購入費用(川根本町定住・移住促進住宅家賃購入補助金)、住宅改修(川根本町定住・移住促進住宅改修事業費補助金)のための補助金や「こども医療費助成制度」などの助成金を設置。移住してくる人に対してはまずはこの町の暮らしを体験してもらうための「お試し住宅」、移住や就業にかかる費用を助成する「移住・就業支援金」制度もあります。その甲斐あってか、ここ数年では、Uターンも含めて年間約40名ほどの人たちが川根本町に移住しているそうです。

近ごろでは、移住してきた人たちがSNSで町での暮らしを発信し、町でのイキイキとした暮らしぶりを見て新たに移住してくる人もいるのだとか。地元の人たちも新しいお店に出入りして、新たなネットワークができているといいます。

「若い移住者のエネルギーで新しいつながりが自然にできて町が活性化することは大歓迎です。町としても地元の人と移住してくる人の橋渡しを強化していくために、今まで1人だった移住コーディネーターを2人に増やして、移住を希望する人たちにより行き届いたサポート体制を整えています」(植村さん)

このようにひとり親家庭に限らず、移住者が入りやすい地域の雰囲気があることも、地域のサポートを期待したいひとり親家庭にとっては重要なポイントでしょう。

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

全ての人に移住が向くわけではない。親子が共に生活を楽しめる環境へ

しかし神東さんは「誰にでも移住をおすすめするわけではない」と言います。かつて親子で移住した人の中には、子どもは友達もできて楽しく暮らしても、お母さんが地域に馴染めず、転出した人もいたそうです。

「例えば、川根本町での暮らしに車は必須。運転免許や車のない人は、ここでの暮らしは向いていないでしょう。また、地域のコミュニティーに溶け込んでいくには、自分から心を開いてなじもうとする姿勢が必要だと思います。子どもたちは手厚い教育が受けられるし順応力もあるので、実は私たちもあまり心配していません。むしろひとり親のお母さん、お父さんが孤立しないかを常に気にかけています」(神東さん)

「ひとり親家庭への支援がきっかけになって川根本町に興味を持ってくれる方、住みたいと思ってくれる方が増えていくような制度になっていけばと思っています」(植村さん)

移住を検討するときには、子どもだけでなく親自身がいざというときには相談に乗ってもらえるような人間関係を構築して、移住先での生活を楽しむ姿勢が必要なようです。

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

今回話を聞いた川根本町では、マザーポート移住を開始して、2023年12月現在で問い合わせは4件。うち実際に移住したひとり親家庭は1件です。ひとり親の移住支援として実績だけを見ると、年間40名の移住者の中で、この制度の認知度はまだまだこれからの感があります。

しかし、住まい・仕事・教育、そして地元住民との交流など、複合的にサポートが整えられていることは、ひとり親家庭にとって魅力的で、認知が進めばもっとニーズは広がっていくのでは、と思いました。今後も、このような自治体の動きを注視しながら、ひとり親家庭がより良い暮らしを追求できるよう応援していきたいですね。

●取材協力
・川根本町
・マザーポート移住(川根本町)

高齢者、障がい者、外国人など、住まいの配慮が必要な人たちへの支援の最新事情をレポート。居住支援の輪広げるイベント「100mo!(ひゃくも)」開催

2023年11月30日、SUUMO(リクルート)では“百人百通りの住まい探し”をキャッチコピーとした居住支援の輪を広げるプロジェクト「100mo! (ひゃくも)」のイベントを開催しました。これまでもSUUMOでは当プロジェクトの一環として高齢者、外国人、障がい者、ひとり親、LGBTQなど、住まいの確保に配慮が必要な人たちへ向けた取り組みを行う団体や企業を特集記事で紹介してきました。

記念すべきその第1回目のイベントとなった今回は、賃貸住宅業界で居住支援をリードする4社の表彰を行い、各社の取り組みの共有や、パネルディスカッションを通じて「これからの居住支援」について考える会になりました。日々、取り組みを続ける人たちのアツい想いが渦巻いた当日の様子を、詳しく紹介します!

百人百通りのお部屋探しを。賃貸住宅業界が一丸となって目指すためのイベント

「100mo!」というプロジェクト名には、「あなたも。私も。みんなも。」、つまり部屋探しをする人も、部屋を提供する不動産会社も、賃貸オーナーさんも、住まいにかかわる全ての人が、満足のできる住まい探しを応援し、実現する社会を目指す、という想いが込められています。

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

いまの日本の社会には「住宅確保要配慮者」といわれる、高齢者、外国人、障がい者、ひとり親世帯、LGBTQ、生活保護受給者など、住まい探しや入居中・入居後に配慮が必要な人たちがいます。家賃滞納や入居中・入居後のトラブルを懸念するオーナーさんや管理会社の判断によっては入居を断られたり、入居審査に通らないことがあります。また、入居してからもこれらの配慮が必要な人たちが安心して暮らせるように、管理会社やオーナーさんが安心して貸せるように、見守りや日々の生活におけるサポート、コミュニケーションが欠かせません。これらを避けずに、むしろ積極的に取り組んでいくことが「居住支援」です。

この「居住支援」を行う企業や団体のメンバーを中心として、当日のイベントの会場には約80名が出席。さらにオンラインでの参加も含め、多くの人がスピーカーの話に耳を傾け、言葉を交わしました!

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

住まいの確保に配慮が必要な人たちへの取り組みで業界をリードする、4社を紹介!

会の冒頭でイベント開催に込めた想いを共有した後は、「居住支援」をリードする4社の表彰と取り組み内容の紹介から始まりました。4社に共通するのは住まいを貸す側(オーナー)の偏見や不安を取り除き、借りる側(入居者)の暮らしに伴走し続けていること。仲介業や賃貸管理業という仕事において、私たちが見ている「貸す」「建物を管理する」という部分はほんの一部であることに気づかされます。

愛知県名古屋市で賃貸住宅の仲介と9万1000戸の管理を行うニッショーは、高齢者が安心できる見守りサービス「シニアライフサポート」を提供しています。2013年にサービス付き高齢者向け住宅が社会的な話題となり、建築ラッシュとなった際に、賃貸住宅を探す高齢者に紹介できる物件が少ないことに気づき、社内で起案。電話での安否確認やセンサーなどの機器も活用した見守りで、高齢者とその家族が安心して暮らせるサービスを提供しています。(関連記事)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「入居者ファースト」で、あらゆる人の「入居を拒まない」取り組みを続ける京都府京都市の長栄。国内外から多くの観光客が訪れる京都市では提供できる賃貸住宅が限られ、身寄りのない高齢者や外国人は入居を断られるケースが多くありました。そこで、コールセンターやセキュリティー会社、家賃保証会社などとの連携により見守りや生活サポートサービスを提供。また、外国人スタッフを採用するなどして、外国人の入居や生活をサポートしています。(関連記事)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

福岡県を中心に15店舗、4万4000戸を管理する三好不動産は、高齢者、外国人、LGBTQなど、あらゆる人の住まい探しに寄り添っています。それぞれの人たちが抱える問題や事情に違いはあっても「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という基本姿勢のもと、店舗を訪れる人たちのさまざまなニーズにいち早く応えてきました。NPO法人の設立や外国人スタッフの採用、LGBTQの専任担当者の設置など、その取り組みは賃貸住宅全体をリードしているといっても過言ではありません。(関連記事)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

東京都足立区にあるメイクホームは、障がいのある従業員の部屋探しが難しかった原体験から、高齢者や低所得者、精神障がいのある人や車椅子の人などのお部屋探しに取り組むように。自身も視覚障がいのある社長や、障がいのある家族をもつスタッフが中心となって伴走しています。特徴的なのは、築古で空室になっているアパートなどを投資家から預かった資金でリフォームして提供する「完全管理システム」。日頃のサポートや万一のときの対応も、ノウハウのある同社が全て対応することでオーナーの不安とリスクを軽減しています。(関連記事)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

居住支援の取り組みの裏側、収益化の方策も惜しみなく。真剣に本音を語るセッション

4社の代表者がそろって登壇したパネルディスカッションは、登壇者もその話を聞く参加者も、全員が真剣な面持ちで臨んだ時間になりました。サービス提供の裏側のリアルな話や、ビジネスとして成立、継続し続けるためにどのようにしているのかなど、ここでしか聞けない、率直な疑問への答えも。

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「ソーシャルビジネスとしての位置づけで収益を追いかけていない。グループ会社10社の中で、儲かる会社で儲けて、儲からない会社はそのままでいい」(メイクホーム・石原さん)

「高齢化社会で入居する人が減る中で9万1000戸の管理物件をどう収益化するか、活用するかを考えた結果。高齢者の方にとって有益なサービスを追求したところ、仲介手数料に加え、空室率が上がれば管理収入も上がり、付帯サービスの手数料が加わった。さらには会社のブランド力や知名度も上がった」(ニッショー・佐々木さん)

さらに質問者からの「アイデアを具体的な一歩にするためのきっかけは?」という質問には、「チームのスタッフのマインドが一つの方向に向いていると、スタッフが自主的に動くようになり、お客さまからも感謝の声をもらったりすることで一層推進された」(長栄・奥野さん)、「最近ようやく、LGBTQのイベントなどで感謝の声をいただけるように。取り組みの効果を実感するまでには長い時間がかかる」(三好不動産・原さん)、「最初の説明会で『これはいいね』と良い反応をもらえたことで改めて社会に必要とされていることを認識し、プロジェクトを推進する後押しになった」(ニッショー・佐々木さん)など、温かいエピソードとともに笑顔がこぼれる場面もありました。

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

今日のイベントを起点に「大きなムーブメント」へ。これからに期待が高まる

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「民間の賃貸住宅ストックを活用する上で大家さんの不安はしっかりとらえた上で、どういう対応をすれば住まいを求める人とのニーズをマッチさせることができるのか、各地域でいわばwin-winの関係をつくっていくにはどうしたらいいか、国でも考え続けながら制度や予算を検討していきたい」と言います。

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

ゲストスピーカーとして登壇したNPO法人抱樸 代表、全国居住支援法人協議会 共同代表の奥田知志さんは「親子や親族が助け合って暮らす古い家族のモデルを前提とした現在の制度」と「単身世帯が38%を占める現状」との隙間やギャップを埋める仕組みとして、居住支援の必要性を訴え続けます。

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

参加者からは「マイノリティにしっかり目を向けていこうとする、住宅・不動産業界の姿勢みたいなものを感じた」「住まいは生活のスタートライン。一番大事な土台なので、このようなイベント・取り組み共有の場があることで、よりたくさんの人が生活しやすく、生きやすくなるといい」という社会や業界へ向けたエールの声が。会場参加者に一言を求めたメッセージボードにも、「今日のイベントから大きなムーブメントを」「より優しい業界の初めの一歩に」といった“これから”を感じさせる言葉が並んでいました。

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ゲストスピーチの中で奥田さんは多くの提言をしていました。住宅確保要配慮者と呼ばれる、住まいの確保が困難な人たちへ向けた住宅の確保には、「セーフティネット住宅の基準の見直しによる拡大」「民間賃貸住宅だけではない、公営住宅など公的賃貸住宅の積極的な活用」「地域における居場所(サードプレイス)の確保」。大家さんがより貸しやすくするための「家賃債務保証制度の充実」や「住宅扶助の代理納付の原則化」や「残置物処理等の負担を軽減できる仕組み」の必要性などです。

登壇した4社も社会の抱える課題に一つひとつ向き合い、解決策を模索し続けた結果、ビジネスに結びつけています。日々、居住支援に取り組む人たちが集まった会、この場に集まる人たちの想いとアイデアを束ねて大きなムーブメントにしていくことで、国や自治体を巻き込んでより多くの人が安心して暮らせる住みやすい社会になる、そんな可能性を感じさせる時間でした。

●取材協力
・株式会社ニッショー
・株式会社長栄
・株式会社三好不動産
・メイクホーム株式会社
・全国居住支援法人協議会
・認定NPO法人抱樸
・国土交通省

”養育費未払い”に苦しむひとり親家庭の入居困難。”養育費保証”の家賃保証会社がサポート Casa

ひとり親、とりわけシングルマザーの住まい探しにおいて、収入面の不安から賃貸の審査に通らず、希望する物件に入居できないことがあります。とくに何らかの理由で就労できていない、または働いていても低所得の場合などにおいては、離婚した元夫からの養育費が貴重な収入源となります。この養育費を受け取れていないことがひとり親家庭が入居に困難を抱える原因の一つであることを知った家賃債務保証会社の株式会社Casa(以下、Casa)は、養育費保証サービスを始めました。

ひとり親の現状と養育費の受け取り状況、同社の取り組みなどについてCasa養育費相談室の赤池藍夏さん、長澤芳美さん、江藤慎介さんにお話を聞きました。

ひとり親、特にシングルマザーが住まい探しで抱える問題は?

ひとり親、特にシングルマザーになった場合、収入面で不安が生じます。厚生労働省の「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」によれば、一般的な子育て世帯の平均世帯年収が814万円に対し、父子家庭は606万円、母子家庭においては373万円となっています。シングルマザーになるまで専業主婦で十分な仕事の経験を積めなかった場合、より収入が少ない、仕事に就けないといった問題は起こりやすく、元パートナーと共働きだった場合でも一人分の稼ぎが減れば生活に余裕はなくなります。そして、収入面の不安は住まい探しにも影響します。

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

離婚する前に持ち家がある場合は元夫の名義であることが多く、財産分与で家が夫のものとなり、妻が子どもを育てていくとなった場合には、新たに住まいを確保する必要が生じます。つまり離婚と住まい探しはセットになっているといえます。

また、子どもの生活への影響が少なく済むよう「同じ学区内で探したい」、子どもの将来を考えて特定の学校に通わせたいと希望する人も多いのですが、その場合は特にハードルが上がります。
Casaで住み替えのサポートを行なっている江藤さんはリアルな状況を教えてくれました。

「親子が暮らせる広さで、これまでよりも家賃を抑え、さらにエリアを絞るとなると物件がかなり限られてきます。家賃は一般的に収入の3割くらいまでが適正だと言われていますが、地価が高い地域の物件は家賃も高く、条件に当てはまる物件を探すと収入の4割~5割の家賃を無理して払うしかない、ということも少なくありません。

大家さんや管理会社に『家賃を払い続けられるのだろうか』という不安が生じると、入居審査に通らない、ということが起こります」(江藤さん)

ここで、ひとり親の就労収入だけではなく、毎月安定した「養育費」が確保できていれば、その分を収入に組み入れることができ、借りられる物件の幅も広がり、審査にも通りやすくなると言います。

取り決めをしても、養育費が受け取れていないことが多い

子どものいる夫婦が離婚した場合、親権者ではなくなった親も子どもの親であることに変わりないため、養育費の支払義務が生じます。親権を持たない(子どもと離れて暮らす)ほうの親が、ひとり親家庭に養育費を支払うことになります。

ところが、ここに大きな問題があります。

「厚生労働省の『2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告』によれば、離婚に至る際に養育費の取り決めをした母子世帯は46.7%。さらに現在も養育費を受け取れている母子世帯はわずか28.1%ということですから、問題は深刻です」(赤池さん)

このような問題に対し、兵庫県明石市では、3カ月間月額5万円までを市が立て替えたり、養育費を受け取るべき人が裁判所でする差押え等の手続の費用を補助したりする事業を始めました。このような養育費を受け取る事業を始める自治体は増えてきていますが、まだまだ多くはありません。

養育費を確保して、希望の物件へ入居する準備を整えたいものです。

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

ほかには離婚前提で別居して一人で子育てをしている場合に、児童手当が配偶者に支給され、子どもと自身の生活に役立てられないというケースもあるそうです。

家賃保証会社が養育費保証サービスをスタートしたワケ

「家賃保証サービスを提供していくなかで、以前は普通に家賃の支払いができていたのに、急に家賃を滞納するようになる家庭があることに気づきました。理由を聞いてみると、ひとり親で『養育費が支払われなくなったため』という答えが多数挙がったのです」(江藤さん)

このような声を聞き、何とかして社会の役に立てないか、とCasaが2020年9月にスタートさせたのが養育費保証サービスです。Casaが元パートナーの代わりに毎月養育費を立て替えて支払うことで、ひとり親家庭が家賃を滞納せずに済みます。養育費の支払い義務を負う相手側への支払いの催促はCasaが行うため、ひとり親家庭の経済的な不安だけでなく、精神的な負担も軽減されると言います。

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証サービスを利用するには「養育費に関する取り決めがあること」「サービスに申し込んだ時点で未払いがないこと」という条件がありますが、条件に合致しない場合でもCasaが相談に乗り、民間の調停機関などの窓口紹介を行っています。

「離婚してひとり親になることを考えたときには、養育費の取り決めをしておくのと一緒に、将来受け取れなくなることも想定して養育費保証サービスへの加入をおすすめしています」(赤池さん)

家賃保証会社が「居住支援法人」に。他団体や自治体とも協業

Casaは東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の居住支援法人として指定されています。居住支援法人とは、2017年に改正された住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として都道府県が指定するものです。2023年9月時点では全国で700以上の法人が指定されていますが、NPOや福祉関係団体、不動産会社などが多く、家賃保証会社で登録しているところは珍しいそう。

「居住支援法人になることで、入居を希望する方に必要な支援を提供できるようになったことはもちろん、提携先の不動産会社とも一層連携しやすくなりました。最近は、ひとり親を支援している不動産会社と協業してセミナーを開き、情報発信にも努めています」(江藤さん)

現在は、大阪市、知立市、飯塚市の3自治体と連携協定を結び、養育費保証サービスを受ける人に保証料の一部を助成する仕組みを提供したり、シングルマザーの就労支援を行っている一般社団法人日本シングルマザー支援協会と連携し、シングルマザーの部屋探しだけではなく、その後に自立した生活ができるようサポートもしています。

「当社では、『ママスマ』というネットメディアを自社で運営しています。これは、主にシングルマザーの自立を促すことを目的に、子育てやお金について情報発信するメディアです。

このような活動を通じて、現在約4,000人のシングルマザーから反響があるほか、離婚アプリを開発している会社や、ひとり親を支援している団体などとの協業も行っており、つながりが広がってきました」(赤池さん)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

「不安」が「安心」に変わり、自身のキャリアの支えにもなる

Casaで養育費の相談窓口を担当する長澤さんによると、離婚前から離婚後まで、さまざまな状況の人がおり、皆が不安を抱えているそうです。

「離婚の手続きはやったことがない、公正証書など言葉が難しい、仕事は、家は、子どもの預け先は……とやることが多過ぎてパニックになる人もいるので、まず話を聞いて、何から手を付けるべきかを整理し、不安をできるだけ取り除くようにしています」(長澤さん)

Casaがシングルマザーを対象に実施したアンケートで養育費保証に興味を持ったきっかけを聞くと、『不安だったから』という回答が80%にも上りました。

「そのような不安を抱えて相談された方が、サービスを受けた後には皆さん『安心』と言ってくれます。印象に残っているのは『離婚するときに、いろいろな人に助けてもらったから、私も誰かの助けになる仕事をしたい』と連絡をくれたシングルマザーの声です。その方は、離婚を機に資格を取得して専門職に就いたのだとか。養育費保証が心の安定につながり、キャリアに対する支えにもなったのだと思います」(長澤さん)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

赤池さんによれば、養育費保証サービスの課題は「周知」だと言います。

「養育費の取り決めが交わされていなかったり、未払いが発生してしまってから養育費保証サービスの存在に気づいたりする人も多いのですが、そうなると私どもでできることは限られてしまいます。『あの時に知っていれば』がないように周知することが重要です」(赤池さん)

ひとり親世帯の住まい探し、養育費保証、そして就労支援団体への取次対応と、ワンストップで3本柱に対応するCasa。赤池さんは、「多くのシングルマザーが抱いている『養育費をもらえなくなったらどうしよう』という不安を解消するだけで、いきいきと暮らせて、生活が安定し、自分自身の収入アップのために時間を割くこともできる」「お母さんが笑顔になれば、子どもも自然と笑顔になるはず」と語ります。

ひとり親は就労・育児・住まいの全てが揃わなければ、生活を続けていくことができません。Casaの養育費保証のようなさまざまなサービスをうまく活用しながら、ひとり親と子どもたちがよりよい暮らしを実現できる社会になっていくことを願ってやみません。

●取材協力
・株式会社Casa
・ママスマ

元厚労省・村木厚子さんら「全国居住支援法人協議会」設立で“住まいの差別”はなくなったのか? 4年の活動で見えた現実と課題

元厚生労働事務次官で津田塾大学客員教授の村木厚子さんを中心に、三好不動産代表取締役社長の三好修さん、NPO法人抱樸理事長の奥田知志さんらが中心となって立ち上げた「全国居住支援法人協議会」。住まいの確保に困っている人たちを支援する団体として都道府県から指定されている居住支援法人の活動を促進するために、ノウハウやスキームなどの情報を共有し、縦横のつながりを強化することを目的とした組織です。2019年の設立から4年が経ち、居住支援の形はどのように変化したのでしょうか。会長の村木さんと共同代表の三好さんに話を聞きます。

官庁の垣根を越えた居住支援法人協議会とは?

子育て世帯や高齢者、障がいのある人、生活保護受給者など、さまざまな事情から住まいを確保することが困難な人たちに対して、民間の賃貸住宅や空き家などを有効活用することで供給促進を図ろうと「住宅セーフティネット法」が改正されたのは2017年のこと。

この法律に基づいて設けられたのが住宅セーフティネット制度で、主な施策の一つが、住まい探しやその後の生活をサポートする団体として各都道府県が民間企業やNPO法人などを「居住支援法人」として指定する仕組みです。

「この制度は、住宅施策を管轄する国土交通省と福祉の施策を管轄する厚生労働省が省庁の間に落ちていた居住支援を制度化するという、当時としては画期的なものでした。しかし、組織の体制が違う省庁の協働なので、省庁間や各地方自治体の部局間、民間との連携がうまくいかなかったり、支援を必要としている人たちに的確な支援が行き届かなかったりする懸念がありました。

そこで、全国の居住支援法人が、互いの居住支援に関する情報やノウハウを共有、関係を強化し、また、複数の省庁との連携をスムーズに行い、政策提言もすることによって、より的確な居住支援を行っていくために2019年に組織化したのが、全国居住支援法人協議会(以下、全居協)です」(村木さん)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

「福祉領域を担う厚労省は継続的なソフトの支援が得意で、住宅領域を担う国交省はハードの支援が得意。制度についても、福祉は支援対象者ごとに支援を充実するように『縦』に発展してきましたが、住宅の制度は『横』割りで、全国を網羅する形で住宅の分類ごとに制度が設けられています。この異質なもの同士をどうやって有機的に機能させていくかがポイントです」(村木さん)

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コロナ禍で見えた、潜在していた課題とは

設立から4年の間に、社会の情勢はコロナ禍やウクライナ侵攻、世界的な物価変動など大きな変化がありました。例えば、コロナ禍で住宅確保給付金の支給額が格段に増えたことについて村木さんはこう話します。

「企業の社宅など、仕事と住宅がセットになっている形で生活していた人たちが、コロナ禍のもと、企業の業績悪化により仕事と住居の両方を同時に失うケースが多くありました。社会全体で見れば近年の経済状況は比較的良く、人手不足といわれる状況の中では、このような問題は見えにくかっただけで、解決していなかったということを再認識させられたコロナ禍の3年間でした。

ホームレスの方の存在は目に見えますが、車上生活をする人、ネットカフェや友人・知人の家を転々とする人など、見えにくい形で住まいの不安定な人たちがたくさんいることがわかってきました」(村木さん)

特に煽りを受けたのは非正規雇用の人たち。そして在宅時間が長くなったことで家庭内の問題や虐待が増加し、女性や若者の自殺率が急増しました。

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

「非正規雇用の多い女性や働き盛りの若者たちは自立して働けると見られてしまい、支援の網(セーフティネット)からすり抜けてしまいます。高齢者や生活保護受給者など、社会的に弱い立場にあると認識される人たちに対して整えられてきたサポートの手厚さと比べ、福祉の弱い部分です。このような潜在化した問題が見えてきたことは、コロナ禍で学んだことの一つでしょう」(村木さん)

3年間で物件数・団体数は格段に伸び、「死後事務委任」のルールづくりも

現在、住まい探しに困難を抱える人たちを受け入れる住宅「セーフティネット住宅」の登録件数は11万件、86万戸を超え、居住支援法人の登録数は718法人、うち全居協会員は278団体にまで増えました。

「ここまで増えたのは大きな成果です。ですが、80万戸におよぶセーフティネット住宅の多くは一般の人も入居できるもので、住まいに困っている人のみを対象とした『専用住宅』は5000戸ほど。全く数が足りない状況です。

居住支援法人の数も増えていますが、全居協に参加している団体は5割を切っています。より多くの団体が参加して協力し合うことで救える人たちも増えていくので、まずは半数以上、6割を目指したいですね。そのためにも私たち全居協は居住支援法人立ち上げのお手伝いと活動を続けていくための体制づくりに力を入れていきたいと考えています」(村木さん)

「居住支援」という言葉も徐々に世の中に認知されつつあります。

「国交省、厚労省、法務省などの施策の中でも『居住支援』というワードが自然に出てくるようになったことは大きな変化です。例えば、法務省が今年3月に策定した第2次再犯防止推進計画には、居住支援法人との連携強化といった施策が登場します」(村木さん)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の共同代表であり副会長を務める三好さんは、「国交省が、高齢の入居者が万が一、孤独死したときのために、死後に必要な事務処理を第三者に任せられる『死後事務委任』『残置物処理』などのルールづくりを法務省とともに示したことで、居住支援法人が担える役割の範囲が大きく広がった」と評価しています。

これまで死後の手続きは相続人でなければできなかったため、居住支援法人やオーナー、不動産管理会社などの第三者が残置物などを勝手に処分することができませんでした。そのため部屋を原状回復し、次の人に貸せるようになるまでに時間がかかるので、オーナーや管理会社が高齢者の受け入れに難色を示すことの一因となっていたのです。

「現在、住まいを探している高齢の方だけでなく、入居当時は高齢ではなかった人も、年月の経過とともに高齢化してきています。全国の管理会社が同じように入居者の高齢化問題を抱えているのではないでしょうか。生前に死後事務委任の手続きができるようになったことで、もしもの事態にも居住支援法人や管理会社が速やかに対応できるようになりました」(三好さん)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

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支援が必要な人のニーズに応えるため、地域ごとの拠点とリーダーを

全居協がスタートした当初、村木さんたちは、セーフティネット住宅の登録数が増えたことを素直に喜んでいたそう。しかし、登録物件数のうち、実際にどれだけの住宅が支援を必要とする人に供給できているかが重要だということに気づきます。

「大きな課題は、そもそも各地域にどんな物件がどれくらい必要なのか、その条件を満たす物件がどれくらいあるのかが見えていないことです。物件が豊富にあっても家賃や勤務先までの距離など、住宅に対する個別のニーズに見合った家を提供できなければ本当の意味で『入居可能な物件』とはいえません。実態を把握するためにもまず『地域ごとのニーズ調査』が行われることが重要です」(村木さん)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

ニーズに合った支援を提供していくには、支援を必要としている人と複数の居住支援法人とをそれぞれの地域で繋ぐ、拠点や“つなぎ役”の存在も不可欠です。

「地域で十分な支援を受けられる状態にするためには、居住支援法人がその地域の人たちに『うちの地域の居住支援法人はここ』『このサービスを提供してくれるのはここ』と認知される必要があります」(村木さん)

「部屋を貸すといっても、地域によって必要な住まい・生活の支援は異なります。全てが東京発信ではなく、地域ごとのニーズとノウハウを集約して支援体制を築くべきでしょう。そのために地域の拠点となる場所を設ける必要があると考えています」(三好さん)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

居住支援活動を持続していくために必要なものとは

全居協では、居住支援法人の育成のために、個別の法人にアドバイスするアドバイス事業を始めています。しかし、このような全居協の活動や、各地域の居住支援法人が支援活動を継続するためにはある程度の資金も必要です。

自治体では居住支援法人の活動資金として補助金などを用意しています。ところが、ある自治体では、補助金の予算総額が変わらないまま居住支援法人の数が増えたことにより、1法人あたりに支給できる補助金の額が減ってしまったというのです。

「居住支援法人事業を本業とするのは非常に難しく、どうしても別の事業から資金をまわすなど、企業自身がリスクを負うしかないのが現状です。

各地域に居住支援法人の拠点をつくるべく育成に力を入れても、受給できる助成金の額が減れば、活動を停止せざるを得ない居住支援法人が増えるのではないかと心配しています」(三好さん)

「居住支援法人が、居住支援事業で食べていけるようになる仕組みをつくっていくことは、次に残された課題といえるでしょう。それには各法人が得意分野を活かし、地域のニーズを把握したうえで役割分担をしながら連携していくことが大事になってくると思います。また、行政への働き掛けも必要です。持続可能な絵が描けるかどうか、勝負の時が来ているのかもしれません」(村木さん)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

立ち上げから4年が経ち、これからの数年間は居住支援がこの国に根を張っていくための、全居協の真価を問われる正念場となるのかもしれません。お二人の話からは、地域ごとの拠点づくりとリーダーの育成に力を入れていこうとする全居協の「本気」を感じました。
この実現のためには、資金の調達を含め、継続可能な体制をどう組み立てていくかが鍵。その仕組みづくりや国への働きかけも、今後の全居協の役割として期待されそうです。

●取材協力
・一般社団法人全国居住支援法人協議会
・株式会社三好不動産

シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

めぐみ不動産コンサルティングは、まちの不動産屋さんでありながら、社会生活が困難な状況にある人の住居・福祉・仕事を包括的にサポートできるようにと、シングルマザー向けシェアハウスの運営や障がい者グループホームの運営をしています。まちの不動産屋さんが、なぜ生活に困難を抱える人たちを支える取り組みをしているのでしょうか。そこには「自身の原体験がある」と話す創業者の竹田恵子さん。これまでの事情や、事業の現在、これから取り組むべきことについて話を聞きました。

シングルマザーにとって、家を探すことが困難だと気づいた

神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間ほど、田畑が目の前に広がるのどかな住宅街です。この街にあるのが「めぐみ不動産コンサルティング」。伊勢原市近郊にて不動産の賃貸や売買を行う会社です。不動産事業以外にも、シングルマザーをサポートするシェアハウスや社会福祉施設の運営サポート、就業支援、農園の運営や食事支援など、「困った人の拠り所」となる取り組みを行っています。

創業者の竹田恵子さんは、「もちろん不動産の賃貸や売買もしますが、半分は人と人をつなげるボランティアのような感じ。人との距離が近くなって家族が増えているように感じるのが嬉しい」と笑います。竹田さんの優しさは、住居や仕事、社会復帰に悩みを抱える人たちにとって、あたたかい布団にくるまったかのような温もりが感じられるのでしょう。

めぐみ不動産コンサルティングが母子シェアハウス事業を始めたのは、2016年のこと。始まりはニュースを見て母子家庭の貧困がこんなにも切実だという事実を知ったことでした。折しも自身もシングルマザーとして、不動産会社を経営しながら必死に子育てをしている最中。

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「困っている人たちが支え合い、少しでも安らぐことができるあたたかな環境をつくりたい」。そう考え、ひらめいたのがシングルマザー向けのシェアハウスでした。しかし当時、市内にはシェアハウスが一つも存在しませんでした。専用物件の購入を検討しても、シェアハウスの運営に対して事業の持続性や、家賃収入をコンスタントに得ることができるのか、というリスクや不安を感じている銀行から融資が下りない日々。

そこで恵子さんは子育てに理解のある幼稚園経営者の知人から一軒家をマスターリース(一括賃貸)し、シェアハウス運営を始めます。

多様なタイプのシェアハウスがそろう

運営するシェアハウスは2種類。女性専用の「めぐみハウス東大竹I」と、男女共に入居可能で、上下階で暮らしが別世帯に分かれた「めぐみハウスたからの地」です。現在子どもを含めて8世帯13人が暮らします。

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

各世帯が利用できる収納、キッチン、浴室など一般的なシェアハウスよりもゆとりのある設計ながら、家賃は月額38,000円~46,000円(同居する子どもの家賃費用は人数当たりで別加算)。50,000円のデポジット(保証金・一時預かり金)は必要ですが、保証人は不要です。

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

入居する人たちには、離婚や未婚、独身や独居で誰かと共に暮らしたいなど、さまざまな事情があります。以前は「家賃が割安で住めるから」と選択されることが多かったシェアハウスの価値が、最近では変化をしているそう。特にコロナ禍で、人との関わりが欲しいとあえてシェアハウスに入居を希望している人が増えたそうです。入居希望者の中には、「一人っ子のためにシェアハウスで兄弟体験をさせたい」という人も。

「2016年のシェアハウス開業当時は、伊勢原という土地柄からか、仕組みに対して認知度がなく、『シェアハウスって見知らぬ人との共同生活だし、安全面など大丈夫なの?』と不安に感じるようで。入居してもらうのに苦労しました。ひとり親は収入が低かったり、DVで逃げてきた場合は連帯保証人になってくれる人がいないなど、家賃保証面がクリアできず、借りることができる賃貸住宅の選択肢がなく、仕方がなくシェアハウスに入居したという人も。しかし徐々にシェアハウスの認知も上がり、これまでにシングルマザー20組弱が入居してくれています」(竹田さん、以下同)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

一方で、シェアハウスが合わないといって退去していった人も。共同生活を営むため、それぞれの人に雰囲気や生活スタイルに合う・合わないがあるのはやむを得ないことです。そのため、竹田さんは事前に必ず面談をすると話します。

「入居する前に必ず2時間ほどかけて面談をして、互いの信頼関係をつくっていきます。面談を通してお断りすることも。社会でしっかり自立した生活を営んでいきたい、仕事に復帰したいという人の背中を押したいからです」

こうやって信頼関係をつくることで、家賃は6年間未払いなしだというから驚きです。

「家賃の支払いが遅れるなら事前に言ってね、と声がけをするようにしています。またお仕事をしておらず支払能力を獲得しようと励むお母さんには『お仕事どう?』と声がけして様子をうかがうことも。信頼をしているからこそ、家賃の支払いについてはじっと待つスタンスを保つように心がけています」(竹田さん)

誰もが孤立しない、安心した暮らしとつながり

ある日、神奈川県の行政担当者から竹田さんに連絡がありました。話を聞くと、シェアハウスの取り組みがメディアに取り上げられたことをきっかけに、めぐみ不動産コンサルティングの存在を知ったそう。この出会いからめぐみ不動産コンサルティングは「住宅確保要配慮者の居住支援法人」としての推薦を受けることになりました。

そして、竹田さんは居住支援法人としての活動を通じて「ひとり親だけではなく、高齢者や障がいを抱える人も複合的に住居や暮らしに困っている状況」ということを知るのです。「家だけではなく総合的に支援できる環境をつくれたらいいのでは?」と思い立ったのが、複合的なビジネスを始めるきっかけに。

「『社会に出てみてうまくいかなかったら、またうちに帰ってきたらどう?』そう言える安心の材料や、場所をつくってあげたかったんです」

その後、竹田さんは障がい者支援のため、パートナーと一般社団法人ワンダフルライフを立ち上げ、グループホームを9棟(うち1棟はリフォーム中)と無農薬野菜を栽培する「めぐみ農園」を開設します。さらに今後2023年7月には障がい者の就労継続支援B型作業所「ワンダフルワークス」の開設と子ども食堂「めぐみキッチン」をオープンする予定です。

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

グループホームで助け合いながら暮らす。そしてそこで仕事をしながら、併設の食堂や畑では就労や食事、交流もできる。暮らす×働く×食べる×交流、というお互いの仕組みが混ざり合い、補完をする循環型の仕組みになりました。
理想的なスタイルである一方、特にシェアハウス事業は、単体では事業収支的にも大きく利益が出るとは言い難い状況です。さらに入居者であるひとり親世帯を継続的に集客し続けることや新たな建物・施設の確保が資金条件的に難しかったり、DV被害や精神疾患などハードな状況で入居するお母さんも多くてサポートしきれない、といった理由で撤退をしていく事業者も。

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

竹田さんも「ある意味、薄利多売な感じ。複数の棟を所持するから成り立っているし、どうしても拡大するまではしばらく経営が苦しいのです。ここを乗り切れなくて事業閉鎖をする人も多いです」と居住支援の現実について話します。

また、オーナーから建物をマスターリース(一括賃貸)する際、シェアハウス利用という点に「大勢の入居者が同居することで室内が荒らされたりしないか、近隣に迷惑がかからないよう生活の統率が取れるのか、と難色を示されがち」と課題を指摘します。それゆえに竹田さんは所持するシェアハウスと、グループホームのほとんどを自社で購入して賃貸しています。

あの時の自分の苦しみがよぎる

それでもなお社会生活に困難を抱える人たちを支援する事業を続けているのはどうしてなのでしょう。不動産事業だけを行うほうが順調なのかもしれません。竹田さんは「困っている人をほっとけなかった。あの時に自分が感じた言いようのない不安が重なってしまい……」と振り返ります。

自身が離婚をしてシングルマザーになった時代。「とにかく自分の子どもを食べさせていくために稼がなきゃ」とがむしゃらに働いていました。市や国の補助やサポート制度などを探す余裕もない状況です。

そんなある日、ちょっとした身体の違和感を感じて病院で検査をします。ことなきを得ましたが、こうした経験を経て「私が死んだら子どもたちはどうなる?」という不安を色濃く感じることに。初めてその時に住まいの確保、家があることの重要性について深く考えることになります。

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「もし自分がもっと助けてもらえる手段があると知っていたら。そして手を差し伸べてくれる場所や人とのつながりがあったら、困らなかっただろうな。と今になって思うのです。だからこそ誰かを助けたい。それが私の原動力です」

このような竹田さんの取り組みに助けられ、シェアハウスを卒業して一般賃貸住宅に移り住んでいった人もいます。「安心して寝られて、相談できる相手がいて、自分の将来が描けるようになると、みんなだんだん強くなる」そう。もちろん一般賃貸住宅を探すときも竹田さんが不動産会社として仲介し、相談に乗り続けているので、卒業した後も農園のイベントやお手伝いに卒業したひとり親世帯が遊びに来ることも。

「私にとって、シェアハウスに居住する人たちはみんな子どもや孫のような存在。彼ら彼女らが社会に巣立ち、そして互いに助け合える関係であることが、今望んでいることです」

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

しかしシェアハウス事業の中でも、特にシングルマザー専用のシェアハウスは、日本の中でも普及の速度が鈍重な印象です。特に竹田さんが開設した2016年当初はほとんど周囲にそうした事例がありませんでした。だからこそ全国の限られたシェアハウス運営事業者は、お互いにつながりを持ち、互いの知見を交換しながら今日まできたそうです。

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「同じことで困っている人たちはちゃんと共感しているし、連携しています。ここ数年は、居住支援協議会やNPOの仲間を通じて、困っていることを事業者からも相談ができるようになったので、志を持って担っている事業者の運営状況が少しずつ明るくなっていくことを願っています」と竹田さんは力強く語りました。

これまで竹田さんが話してくれたように、住まいの確保だけでなく、社会生活に困難を抱えるのは母子だけではありません。立場や年齢によらず、困っている人が存在することは確かな事実でした。

竹田さんは「だからこそ今後、福祉との連携がより必要です」と話します。今後は「シングル」だから「高齢者だから」「障がい者だから」と区切るのではなく、さまざまな社会的困難を抱える人もそうでない人も、みんなが支え合える環境が理想だと感じます。それこそが誰もが生きやすい社会なのでしょう。めぐみ不動産コンサルティングの取り組みはこれからの暮らし方、住まいのあり方として、一つのモデルを見せてくれているようです。

●取材協力
株式会社めぐみ不動産コンサルティング

ひとり親同士が助け合えるシェアハウスにニーズ増。基準新設でサポート機会増えるも、課題は?

ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。

新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。

法改正で、ひとり親向けシェアハウスを利用しやすくなる?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」

――どのような理由があるのでしょうか?

葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」

――実際、入居している方からはどんな声がありますか?

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」

――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?

葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」

――基準の新設によるメリットは?

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」

※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?

――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?

葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。

国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」

秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実

――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。

葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」

秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」

制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金

――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。

山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」

秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」

事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす

――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。

山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」

葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」

秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。

今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」

――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?

秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」

葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。

住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」

ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。

グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部

(グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)

世田谷区でも高齢者世帯増の波。区と地元の不動産会社が手を組み、安否確認、緊急搬送サービスなど入居後も切れ目ない支援に奔走

住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。

あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設

「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。

このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。

センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。

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生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例

住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。

「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。

「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)

また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。

「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)

それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。

問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート

住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。

「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)

また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。

例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。

「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)

「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える

高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。

また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。

さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。

「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)

各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる

世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。

その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。

ひとり親世帯の家計を圧迫している費用

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。

住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。

居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。

住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。

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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」