いくえみ綾らレジェンド漫画家12名、名作を生んだ住まい秘話にときめきが止まらない!『少女漫画家「家」の履歴書』

青池保子、一条ゆかり、庄司陽子、山岸凉子、美内すずえ、いくえみ綾といった少女漫画家の名前を聞いて、「なつかしい!」「夢中で読んだ!」と思う人は多いはず。そんな少女漫画家たちに、住まいを軸に半生を語ってもらったのが『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)です。レジェンド少女漫画家への取材時のエピソードなど、本が完成するまでの舞台裏を文春新書編集部に聞きました。

庄司陽子先生からの直電も! 読者からも熱いお便りが届く

才能あふれる若き漫画家たちが次々と登場し、少女漫画界に新しい風を吹き込んでいた1970年代。『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)は、そんな70年代にデビューした少女漫画家の半生と住まいを振り返る一冊です。もともとは、2004年から2021年の「週刊文春」に掲載されたものでしたが、この春、新書になって刊行となりました。少女漫画を読んで大きくなった筆者としては、すぐに飛びついてしまいましたが、同じような人は多かったようです。

表紙・裏表紙には不朽の名作12冊の書影が並ぶ『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)

表紙・裏表紙には不朽の名作12冊の書影が並ぶ『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋、週刊文春編)(画像提供/文春新書編集部)

「発売前から書店員さんを中心に『水野英子、青池保子、一条ゆかり、美内すずえ、庄司陽子、山岸凉子、木原敏江、有吉京子、くらもちふさこ、魔夜峰央、池野恋、いくえみ綾と名前が並んでいるだけでワクワクする』とSNSで話題にしていただきましたが、発売後も読者がどんどん書影とともに感想を紹介してくれ、口コミが広がっていくのを実感しました」と話すのは編集を担当した文春新書編集部・池内真由さん。

実際、編集部には3枚以上にわたる長文の手紙が届くこともあるそうで、少女漫画を心の支えにしていた人はたくさんいるようです。しかも本書の発売後には、なんと庄司陽子先生から直接、池内さんにお電話がかかってきたそう。

「1度目は電話をとれず、2度目に『知らない番号だな……』とおそるおそる出てみたら『庄司陽子です』と! にわかに信じられなくて、先生には申し訳ないのですが、お名前を聞き直してしまいました(笑)。『大変いい思い出になりました。どうもありがとう』と仰ってくださって。私にとってはレジェンドの先生が、ただただ感謝を伝えるためだけに電話をしてくださったことに感動してしまいました。それが自分にとっては一番の『反響』かもしれません」

なんでしょう、そのエピソードだけで、なんだか胸がいっぱいになります。

(画像提供/文春新書編集部)

(画像提供/文春新書編集部)

取材OKがもらえるのは3人に1人! 鮮明な記憶に仰天!

それにしても、掲載されている少女漫画家の先生方は大御所のみなさまばかり。取材交渉も大変なのではないでしょうか。

「『家』というプライベートな話を扱うので、漫画家に限らず3人に依頼してようやく1人に受けていただけるかという企画なんです。何人もの編集者が関わっているので、それぞれ取材を快諾してもらうまでの難しさはあったと思います。残念ながら私は雑誌連載時の取材には同行していないのですが、取材をしてみると、さすが漫画家の先生方は記憶力バツグンで、次から次へと映像的なイメージが浮かぶように話してくださったと聞いています。一流の漫画家はこんなにも映像的な記憶力が優れているのかと思うほどだったと。青池保子先生はあらかじめ大きな方眼紙に手ずからご生家の間取り図を描いてくださって、担当編集者は家宝にしているそうです(笑)」

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

やはり絵を扱うプロだけあって、間取りや住まいへの解像度、理解度は並外れたものがあるようです。インタビューで衝撃を受けたのは、凉子先生。なんとエプロン姿で表れたといいます。

「山岸先生といえば“天才肌”で“知的”で“クール”。先生の描く『青青の時代』の日女子(卑弥呼)や『馬屋古女王』のようなミステリアスで威厳のある女性の姿を想像していました。ただ、実際には白を基調としたモダンな建築のお家の玄関に、エプロン姿で出迎えてくださって。自らセレクトした美味しいケーキと紅茶を振る舞っていただき、誌面に載せきれないほどの怪奇現象をお伺いしました。特に、幼少期に育った北海道の社宅や初めて建てた洋館での怪奇現象が本当に怖かったです」

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

(画像提供/文春新書編集部、(c)市川興一)

作品さながらの怪奇現象を聞けるなんて、うらやましい……。ただ、エプロン姿でありながらも、同時代を生きる人たちのはるか先を見据えているような雰囲気があり、まるで“生きている厩戸皇子”だと思ったそう。

一輪のバラにすら書き手の表現力があらわれる

本書は表紙だけでなく、随所にバラがあしらわれているのも特徴的です。そうですよね、1970年代の少女漫画といえばバラです。かたい中身が多い新書の装丁では、少し珍しい印象です。

「たくさんの編集者の漫画愛が詰まってできた一冊なので、それが無事に届くようにと思っていました。文藝春秋社の新書の読者層はどちらかというと男性が多いので、少女漫画を読んできた女性は少ないのではないかと思っていたからです。そこで、70年代を想起させるようなバラで表紙を飾ろうと当初から思っていたのですが、たった一輪のバラでも、無料のイラストでは全然70年代の雰囲気が出ないんですよ」(池内さん)

そこで、バラのイラストを笹生那実さん(『薔薇はシュラバで生まれる』(イースト・プレス))に書き下ろしていただいたそう。笹生さんは美内すずえさんや山岸凉子さんのもとでアシスタントをされていた経験の持ち主で、このバラであれば、時代の空気までも伝えられると確信したといいます。

(画像提供/文春新書編集部、(c)笹生那実)※誌面よりトリミング

(画像提供/文春新書編集部、(c)笹生那実)※誌面よりトリミング

「バラ一つとってもそうなのですから、一冊の漫画ができ上がるまでに、漫画家、アシスタント、編集者の方々が注ぎ込む労力はハンパなものじゃないですよね。だから人の心を揺さぶることができるんだと思いました」

そうですよね、先人たちが文字通り「心血注いでできた」少女漫画だからこそ、今のように後進が続いているのだと思います。では、先生方からの原稿への赤字(間違いを正す指示書き)も厳しいものがあったのでしょうか。

「漫画家はセリフを書くプロでもありますから、赤字も面白かったです。さらに新たな要素が加わったり言葉のリズムが生き生きとした会話になったり。今回は連載時に加えて近況を『追伸』という形でメッセージをいただいています。どんな内容かは、ぜひ本書で確かめていただきたいです」
たしかに!! 追伸の内容、くすりとさせられました。あれは先生方からの赤字だったんですね……。

女性が漫画を描く道を切り開き、理想の家を建てた

それにしても、本書では女性漫画家それぞれの歩みのようで、日本の女性が社会に出て働けるようになった足跡とも重なります。

「そうですね、本書に登場するのは、魔夜峰央先生をのぞく11名が女性です。水野英子先生を皮切りに年齢の違う12人の漫画家の半生を見ていくことによって、『女性が漫画を描く』という道を切り拓き、その姿に憧れて新たな女性漫画家が生まれていったという時代の変遷を感じ取れると思います。結果として女性漫画家は、当時の働く女性の中でも飛び抜けた富を得て経済的に自立し、理想の家を建てるまでになりました」

個人的には新築マンションを購入し、3LDKを1Lにリノベーションしたいくえみ綾先生の話が印象的です。その時なんと20歳(!)。あまりの若さから施工業者に「あなたが買うんじゃないんですよね?」と言われ、お父様が「いえこの子が買うんです」と言い返したとか。伝説ですよね……。その他先生方の家を建てるとき、買うときのエピソードもまた個性があって、痛快すぎます。こだわりをつめこんだ注文住宅を建てるだけでなく、今でいうニ拠点生活をしていたり、ホテルで缶詰になって仕事をしていたり、アシスタントとのシェア生活だったりと、さまざまな住まい方のバリエーションが出てきます。やはり少女漫画家にとって「家」は特別な場所なのでしょうか。

「漫画家の場合、自宅が仕事場であることも多く、仲間たちと切磋琢磨した『戦場』でもあります。取材前は、家は傑作が生まれた『舞台裏」だと思っていました。ただ、山岸凉子先生に『あの頃 わたしは あの家で マンガ家になろうと 足掻(あが)いていた』と帯に書いていただき、随分と狭い考えだったと反省しました。12人のレジェンドたちがまだ何者でもなかった時の原体験。それを与えてくれたのが『家』なのだなと。彼らが何者でもない時に、何をみていたのか。どんな家で、家族とどんな時間を過ごしたのか。つまり、『世界をどのように見てきたか』、その視点こそが漫画家としての根っこになっているんだと気付かされたんです。そんな奥行きのあるコピーをわずか2行で書いてしまうんですから、すごいですよね」

(画像提供/文春新書編集部)

(画像提供/文春新書編集部)

やはり、時代をつくった稀代の少女漫画家は違いますね。もっと他の先生のお話や続編にも期待しているのですが、予定はあるのでしょうか。

「個人的には続編を出せたらいいなと思っています。今後も順調に売れてくれればですが……(笑)。本書が出てから『この漫画家に取材してほしい』というメッセージをいただきましたし、こちらとしても出ていただきたくてアプローチをしている先生方もいらっしゃいます。特に里中満智子さんはぜひご登場いただきたい方の一人です」と語ってくれました。

本書を読んで、久しぶりに少女漫画を読んでいたころのときめきを思い出しました。大人になると家は、広さや家賃、価格、駅徒歩、設備などの情報に目を奪われがちですが、実は住まい探しに大切なのは、「幼き日の憧れ」や「ときめき」かもしれません。

●取材協力
文藝春秋

家探しあるあるに笑って感動。漫画『わが家は今日も建築中!』がおもしろい

「そろそろ家を買おうか」と夫婦の意見は一致したものの、実際にマイホーム探しをはじめるとケンカばかりで話が進まない……ということはありませんか。そんなマイホーム探しの「あるあるネタ」がつまっているのが、『わが家は今日も建築中!』(デンショバで連載中)。その作者である尚桜子(なおこ)さんに、家探しと夫婦の物語を聞いてきました。
漫画のエピソードはすべて実話。描かれている以上にケンカも多かった?

漫画『わが家は今日も建築中!』は、タカとナオコ夫妻が1年間の米国生活を終えて日本に帰国し、本格的に「マイホームを探そう!」と決意するところからお話がはじまります。妻のナオコは子どもたちにこれ以上、引越し・転校をさせたくないという母心もあり、マイホーム探しに全力を尽くしますが、夫のタカはどこか消極的。何かにつけてはケチをつけて、話が前に進みません。

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(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

お互いにイライラを募らせる妻と夫の姿、どこかで身に覚えがあるという人も多いはず。こうした漫画で描かれているエピソードは、すべて「実話」なのでしょうか。

「ストーリーはすべて実話です。しかも濃く脚色しているというより、お話としてわかりやすく、薄めているという感じです。実際はもっとケンカして私が家を飛び出し、一人、カラオケで歌っていたということもありました(笑)。もともと、私自身の家探しを漫画化するつもりはなく、その途中は必死すぎてメモもとっていなかったんです。実際に家ができあがり、生活がはじまったことで、当時の記憶と記録を振り返りながら、今、昇華している感じです」(尚桜子さん、以下同)と理由を明かします。

漫画では、理系で合理的、どこか保守的なところがある夫のタカと、心配性ながらも直感的、感情をしっかり表に出してコミュニケーションをとるナオコという、ご自身たちがモデルとなっている夫婦の姿が描かれています。2人の家探しは、まずは住む街選びからはじまり、現在、土地探しまで進行中です。

「街選びの段階で、タカはひと言目には『通勤時間が…』と言っていました。彼は愛知県出身で、ホームは愛知、東京は出稼ぎにきている場所というスタンスだったんです。出稼ぎだから家は勤務地から近いほどいい、通勤時間をかけるなんてバカバカしいという意識です。また、長男なので自分が家を守らなければという意識がどこかにあったのだと思います」と振り返るナオコさん。

156694_sub03156694_sub04(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

妻からみれば、「現在の家族は私と子どもでしょ? なんで実家がでてくるの?(怒)」となりそうですが、夫からみれば「ふるさとと実家」は格別。東京にマイホームを購入することが、どこか「ふるさととの決別」のように思え、足を重くしていたのかもしれません。

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

「この問題はかなりやっかいで、妻としてモヤモヤするものがありました。ただ、苦労して向き合い、話し合ったところで、お互いに納得がいったんだと思います」といい、ケンカしながらも「住む街選び編」では良い結論を出すことに成功します。

夫にのしかかるプレッシャー、妻のやるせなさ。お互いにすれ違う思い

今後は土地契約から住宅ローンどうする、建物のテーマ決め~間取り決定、建物の着工~大工さんと建築士とのバトル、インテリア選び、念願の入居まで、まだまだお話は続いていくといいます。

「家を探すぞとなってから、実際に着工し、入居するまで2年かかりました。設計は漫画にもでてくる義理の兄であるトシにお願いし、あれこれ話し合いながら進めていったんです。これは、漫画でも描く予定ですが、途中でタカが『俺はいなくてもいいの?』というんですよね。結局、俺は住宅ローンだけ払っていればいいんでしょ、と。会社の同僚や友人などから、マイホームに居場所がなくて休日、持て余しているなんて話を聞くたびに、不安になっていたんだと思います」

156694_sub07156694_sub08(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

昨今、夫婦共働きが増えたとはいっても、主となって住宅ローンを返済するのはまだまだ夫が多いもの。しかし長時間労働のため家にいる時間は少なく、必然的に「俺が住宅ローンを払っているのに、マイホームにいるのは妻と子どもだけ。居場所がない」という事態になりがちです。タカさんのように、夫からみれば「マイホームを買ったところで、俺にメリットないじゃん。いなくていいじゃん」という思いにかられるのも、ムリはないのかもしれません。

一方のナオコからみれば、子育てのために自身の仕事のペースを落とし、家事と子育てに多くの時間を割いています。お金にならない日々の家事、あきらめた夢……。「私の稼ぎだけで家が買えたらいいのに」という切ない思いに共感する妻も多いことでしょう。

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

(画像提供/『わが家は今日も建築中!』尚桜子 NAOKO)

「私たちはケンカや話し合いを重ねながらなんとか設計の段階まで進みましたが、そこでトシが「家の『テーマ』を決める」と言い出しました。トシは『間取りはパズルみたいなもので、テーマが何より大事』という建築士なんです。そのテーマを考える中で、お互いの思いがよりクリアになっていき、話が進むようになりました」といいます。

いったん完成しているけれど、家はこれからも成長していく

こうして、夫婦で向き合う作業を徹底的に行った結果、無事に新居へと引越しをし、現在、家族4人で暮らしています。

「家づくりの過程で徹底的に話し合ったからでしょうか、夫婦ゲンカがなくなりました。子どもたちにも言われましたからね。『パパとママ、ケンカしなくなったね』って。物理的に家が広くなり、気持ちにもゆとりができたのだと思います。また、カーテンや雑貨など、気に入ったものに囲まれているので、出かけることも減りました。家がいちばん心地よいので。マグカップ1コ、椅子1脚、高価ではないけれどそれぞれに思い出があるので、家が大好きですし、たいていのことは『ま、いっか』と受け流せるようになりました」とうれしそう。

そしてナオコさん以上に変わったのが、夫であるタカさんだ、といいます。
「これが自分の建てた家なんだと実感したんでしょうね、ここまで変わるのかと、驚いています(笑)。DIYにめざめていろいろ自作したり、芝生を植えて庭の手入れを楽しんでいます。またご近所との交流も増え、『自分の根ざす地域』ができたことで、心がまえも変わったように思います。本当の意味で居場所ができたというか。家探し、家づくりの工程をへて、ようやく子どもたちの親として成長できた。これは賃貸では得られないものだったと思います」と充実した表情です。

最後に、これから家探し、家づくりをする人に向けて、アドバイスをもらいました。
「私たちも、トシに言われたんですが、『一生で最もお金をかけるんだから、とことん楽しまないと損だぞ』と。家探し、家づくりは、めんどうだし大変だけど、夫婦できっちり向き合って、一つずつ結論を出していくことで、より理解が深まると思います。お金も手間もかかる壮大な趣味ともいえますが、とことん楽しむのがよいのではないでしょうか」といいます。

モデルとなった家はすでに完成していますが、「新築完成時がいちばんよい状態」ではなく、家族の成長とともに味わいを増す建材を使い、間取りも変化させられるようになっています。だからこそ、漫画のタイトルは、「わが家は今日も建築中!」。まだまだ完成しない家で、ナオコさん夫妻と家族の物語は、これからも続いていきます。

●取材協力
尚桜子さん
わが家は今日も建築中!

不動産エンターテーメント サイト「物件ファン」に聞く 思わず驚いたユニーク物件5選

みなさん、「物件ファン」というサイトをご存じですか? 素敵な住まいだけでなく、変わった立地や間取りなどユニークな物件を紹介している、不動産エンターテーメントサイトです。今回はこの「物件ファン」さんに突撃! 日々たくさんの物件を見ているなかでも、特に驚いた物件や印象深かった物件を教えていただきました。
物件を愛でる 「物件ファン」誕生秘話

そもそもなぜ「物件ファン」は誕生したのでしょうか?

「最初は『Roomhub(ルームハブ)』という物件情報サイトをつくっていました。物件を所有している大家さんが直接サイトに賃貸情報を掲載できるサイトで、大家さんからのダイレクトな情報発信のお手伝いができればと考えていました。しかし、『もともとお付き合いのある大手不動産業者がいるから』という方も多く、最初はうまく大家さんとユーザー(読者)にリーチできなかったんです。

そこで方向性を変え、自分たちでメディアをつくって情報を発信していくことに。自分がいいなと思う物件を探してきて、記事を書く。これが『物件ファン』のスタートです。2016年2月から始めて、ちょうど2年になります」(「物件ファン」の中の人。以下同)

ユーザーには、引越しに向けて物件情報を探している人以外にも、「物件を見るのが好き」「変わった物件に興味がある」という人も少なからずいるとのこと。こうした人たちの間でFacebookやTwitterなどを通じて認知度が高まり、2018年の1月には月間270万ページビューを超えるサイトへと成長しました。

中の人が選ぶ、「これは驚き!」な物件5選

物件ファンさんによると、公開する記事は月に150本ほどで、およそ3000件の情報が掲載されているそう。今回は、そのなかでも「驚いた」「面白い」と感じた物件をセレクトしてもらいました。

1、「マンションの部屋の中に中庭がありました。」

【画像1】物件紹介ページのトップ部分が、すでにインパクト大!(画像提供/物件ファン)

【画像1】物件紹介ページのトップ部分が、すでにインパクト大!(画像提供/物件ファン)

物件の中に「中庭」があるという驚きの物件。こうしたユニークな物件に数多く出会えるのが、物件ファンの大きな特徴です。

【画像2】写真左:同物件の間取図。DKと和室の間には確かに「中庭」が(画像提供/物件ファン)写真右:中庭には砂利と飛び石が敷かれ、なんとも風流な雰囲気(画像提供/物件ファン)

【画像2】写真左:同物件の間取図。DKと和室の間には確かに「中庭」が(画像提供/物件ファン)写真右:中庭には砂利と飛び石が敷かれ、なんとも風流な雰囲気(画像提供/物件ファン)

2、「出た! はしごで上る本棚」

続いては、本好きなら一度は夢見るのでは? と思われるような物件です。

【画像3】壁一面が本棚に覆われた物件。本好きにはたまらない!(画像提供/物件ファン)

【画像3】壁一面が本棚に覆われた物件。本好きにはたまらない!(画像提供/物件ファン)

【画像4】吹抜けの天井まで届く本棚は、まさにファンタジーの世界に出てくる「図書館」のよう(画像提供/物件ファン)

【画像4】吹抜けの天井まで届く本棚は、まさにファンタジーの世界に出てくる「図書館」のよう(画像提供/物件ファン)

はしごを使えば天井近くに並べた本も簡単に手に取れ、また両側の壁をつなぐキャットウォークで行き来もラクラク。好きな本に囲まれた暮らしが実現しそう。

3、「垂涎! あの先斗町(ぽんとちょう)の京町家にため息の連続。」

舞妓さんに出会えるチャンスもあることで人気の京都・先斗町エリアの物件も。

【画像5】舞妓さんたちが行き交う京都の風情たっぷりの先斗町にある物件(画像提供/物件ファン)

【画像5】舞妓さんたちが行き交う京都の風情たっぷりの先斗町にある物件(画像提供/物件ファン)

【画像6】玄関も年月の経過を感じさせる街並みに合った仕立て(画像提供/物件ファン)

【画像6】玄関も年月の経過を感じさせる街並みに合った仕立て(画像提供/物件ファン)

「もとは個人宅だったのか、お茶屋などの店舗だったのかは定かではありませんが、1階の吹抜けにはちょっとした中庭がしつらえてあり、情緒がありますね」

【画像7】写真左:同物件の間取図。さまざまな広さの客間がいくつもある(画像提供/物件ファン)写真右:1階の中庭。つくばい(手を洗ったりするための手水鉢)のような設備もあり、もしかして水も流せる……?(画像提供/物件ファン)

【画像7】写真左:同物件の間取図。さまざまな広さの客間がいくつもある(画像提供/物件ファン)写真右:1階の中庭。つくばい(手を洗ったりするための手水鉢)のような設備もあり、もしかして水も流せる……?(画像提供/物件ファン)

「ちなみに、この物件の販売価格は5億8500万円(2018年2月現在)だそうです。とても買えるお値段ではありませんが、間取りや建物の内部設備がやっぱり面白い。物件ファンは単に『買う・借りるためだけの情報サイト』ではないので、こうした物件も取り上げています。もちろん、買える! という方にはおすすめの物件ですよ(笑)」

4、「団地の新しい住まい方? 二部屋どちらもわたしの家!」

「古いのが逆にいい」と再評価され、団地のリノベーション物件も増えつつある近年。団地物件の多くが40~50平米であるという「狭さ」を解消する手段として、2部屋をつなげた「ニコイチ」物件も登場しているのだとか。

【画像8】団地の部屋とは思えないような、広々とした空間が広がる(画像提供/物件ファン)

【画像8】団地の部屋とは思えないような、広々とした空間が広がる(画像提供/物件ファン)

【画像9】「ニコイチ」物件の間取図。玄関は2つとも使うことができるが、一度外に出る必要がある。専有面積は単純に2倍になるので、団地でありながら“広い家”も実現!? (画像提供/物件ファン)

【画像9】「ニコイチ」物件の間取図。玄関は2つとも使うことができるが、一度外に出る必要がある。専有面積は単純に2倍になるので、団地でありながら“広い家”も実現!? (画像提供/物件ファン)

「これは、団地の隣り合う2部屋をつなげた大胆なリノベーション。玄関は2つあるけど部屋の中から行き来することはできず、一度玄関を出て向かいの玄関へ入るか、バルコニーから入ることになるんです。動線はちょっと変だけど、なんだかワクワクしますよね(笑)」

キッチンやお風呂などの生活スペースは1つになっており、その分のスペースが広がっています。リビングやダイニング、寝室といった機能を好きな部屋に割り振ったり、仕事場とプライベート空間というように時間帯で使い分けたりと、自由に使えそうです。

【画像10】写真左:間取図左下にあたるダイニング。リノベーションされているので、いかにも「団地」といった古さは感じられない(画像提供/物件ファン)写真右:間取図右下にあたるインナーテラス。仕事場や遊び場など、使い方も自由(画像提供/物件ファン)

【画像10】写真左:間取図左下にあたるダイニング。リノベーションされているので、いかにも「団地」といった古さは感じられない(画像提供/物件ファン)写真右:間取図右下にあたるインナーテラス。仕事場や遊び場など、使い方も自由(画像提供/物件ファン)

5、「このロフトはリビングのように甘い。」

最後に紹介いただいたのは、一人暮らしの人に人気のロフト付き物件。

【画像11】メゾネットタイプの物件で、階段を上がるとLDKスペース。そこからさらに腰程度の高さの段差があり、空間をゆるやかに区切る(画像提供/物件ファン)

【画像11】メゾネットタイプの物件で、階段を上がるとLDKスペース。そこからさらに腰程度の高さの段差があり、空間をゆるやかに区切る(画像提供/物件ファン)

おしゃれなカップルがまったりと休日を過ごしていそうなこのお部屋。単純なロフト付き物件ではなく、高低差によって3つのフロアに分かれているそう。

【画像12】写真左:物件の間取図。下の階にバス・トイレなどの生活スペースがある(画像提供/物件ファン) 写真右:ロフトへ上がってみた写真。LDKとは同じ空間だが視線が重ならず、誰かが同じ部屋の中にいても、ちょうどいい距離感を感じながら過ごせる(画像提供/物件ファン)

【画像12】写真左:物件の間取図。下の階にバス・トイレなどの生活スペースがある(画像提供/物件ファン)
写真右:ロフトへ上がってみた写真。LDKとは同じ空間だが視線が重ならず、誰かが同じ部屋の中にいても、ちょうどいい距離感を感じながら過ごせる(画像提供/物件ファン)

「個性的ではあるけど、『いったい誰が住むの!?』というほどの奇抜な物件ではない。最近は、そういった物件を取り上げることも増えています。実際に『物件ファンで一目ぼれして、その物件がある街に引越した』という声を聞くことも多くなりました」

「住む」「買う」だけでなく、もっと広い視点で不動産を楽しんでほしい

多くのユニークな物件を取り上げている「物件ファン」。今後はどのような物件が増えてくると考えているのでしょうか。

「これからの時代は、空き家問題などにも象徴されるように、部屋が余る時代がくると予想されます。だから、住む人がより楽しく物件を選べるような、立地や広さといった要素からより自由になった物件や間取りが増えたら楽しいですね。

それから、いわゆるLDKにとらわれない物件も増えるのではないでしょうか。店舗だったところや倉庫、公民館など、もともと住宅として使われていなかったものが住宅として貸し出されたりもしています。そういった意味でも、これからも面白い物件は増えていくと思いますよ」

ライフスタイルが多様化していることから、住み方もより自由に、多様化していく……。さまざまな物件を通じて、そんな時代の流れも見えてきますね。

「物件ファンでは、立地・築年数・駅徒歩何分というカテゴリー分けをしていません。それは、物件を柔軟な目で見てほしいから。新宿エリアの物件を探している人が、たまたま福岡県の物件を見る。そんな出会いがあってもいいなと思っています。もちろん、求めている情報ではないかもしれませんが、『福岡県なら同じ予算でもっと広い家に住めるのか』『2DKを探しているけどロフト付きの1DKもいいかも』というふうに、住宅探しに新しい視点をもってもらえたら、と思っています」

「物件ファン」の中の人が物件を紹介するときに心がけているのは、物件への愛をつづること、そして、ストーリーを感じさせることだといいます。「自分ならこう住みたい」「こんな人が住んでいそう!」と妄想をかき立てるようなストーリーを考えると、読者の方も一緒になって想像してくれるのだとか。

それは、物件ファンが住宅情報サイトとしてだけでなく、物件を通じて大家さん、不動産業者、そして読者がコミュニケーションをとることができるメディアだからかもしれません。物件ファンさんのお話からは、引越しの検討時しか利用されず、情報に埋もれてしまうことも多い「物件」への愛を感じることができました。

●取材協力
・物件ファン

「中古マンション」「空き家」「事故物件」…5つのキーワードで2017年不動産市場を振り返る

今年も残りあとわずか。今回は不動産取引から世の中で注目された事件まで、5つのキーワードを元に2017年の不動産市場を振り返ってみます。私が挙げるキーワードは以下の5つです。

【今年の注目5大キーワード】
キーワード1:中古マンション
キーワード2:下町
キーワード3:空き家
キーワード4:事故物件
キーワード5:地面師

早速、一つずつ見ていきましょう。

キーワード1「中古マンション」:初めて新築マンションを上回る

2017年は、中古マンション成約数が統計上初めて新築マンション発売戸数を上回りました。
要因の一つとして、まず国が「住生活基本計画」において2025年に中古住宅流通市場規模を 8兆円へ、リフォーム市場を12兆円へ、合わせて20兆円規模へ拡大する目標を掲げ、補助金提供など各種の方策を打ち出している影響があります。

中古人気に火がついた理由は、なんといっても2000~3000万円もの価格差。それだけの金額差があるなら、中古を買って思い通りにリフォーム・リノベーションしたほうがお得だ、といった向きがで始めたこと。それに応じて業界にも中古やリフォーム・リノベーションを手がけるプレイヤーが増加したことなどがその理由です。そもそも欧米など日本以外の先進国では圧倒的に中古住宅流通の割合が多いのですが、日本も、ようやく他の先進国同様の不動産市場に転換を始めたとみていいでしょう。

【画像1】2017年の地域別新築・中古マンションの価格差(不動産経済研究所・東日本不動産流通機構資料より筆者作成)

【画像1】2017年の地域別新築・中古マンションの価格差(不動産経済研究所・東日本不動産流通機構資料より筆者作成)

2017年の首都圏の新築マンション発売戸数は3万戸台後半の見込みで、ピーク時の半分以下となっていますが、価格は高止まりを続けています。これは、90年バブル時やリーマン・ショック前のプチバブル時とは異なり、近年のマンションが「都心部」「駅前・駅近」「大規模・タワー化」の傾向にあるため。都区部の新築マンション価格は6258万円(不動産経済研究所)と高止まりしており「バブル崩壊か?」といった声も聞かれましたが、実際にはバブルでもなく、したがって崩壊もありませんでした。

国際的に見れば日本の不動産価格はまだ低水準にあり、他国の水準に追いつこうとしているのが実態です。ましてや新築マンション市場は先述したように、低額物件の供給は絞られ高額物件の割合が高くなっていること。また資金体力のある大手不動産会社の販売専有比率がかつては20パーセント程度だったところ、現在では40パーセント程度になっており、かつてのバブル崩壊時のような投げ売りが起きにくい、弾力性のある市場となっていることがその理由です。

もちろん歴史的な低金利が市場を下支えしてるのは言うまでもありません。

キーワード2「下町」:北千住や赤羽などが人気に【画像2】写真/PIXTA

【画像2】写真/PIXTA

2012年12月の政権交代以降、都市部の不動産価格が一貫して上昇を続けてきたこともあり、「北千住」「赤羽」など相対的に割安感のあった下町がクローズアップされ人気を集めた年でした。物価が安い、価格帯に対して利便性が高いなどが主な理由です。ただし、東京北東部は地盤の弱い地域も多く、耐震性や災害対策には注意を払う必要があります。

キーワード3「空き家」:1000万戸を突破、今後も増加の一途【画像3】写真/PIXTA

【画像3】写真/PIXTA

2013年時点における日本の空き家は820万戸にのぼり、空き家率は13.5パーセントと先進国最大です(総務省統計局「平成25年住宅・土地統計調査」より)。この調査は5年毎に行われますが、現時点で既に空き家数は1000万戸を優に突破しているとみられ、本格的な人口・世帯数減少局面を迎えるなかで今後も空き家は増加する一方です。

空き家が増加すれば街が荒廃し、犯罪の温床になるなどして地域の不動産価値の下落要因となります。上下水道のインフラ修繕やゴミ収集などの行政サービス効率も悪化し自治体経営を圧迫、十分な行政サービスを行えなければそれも不動産が下落する要因となります。街をコンパクトにする「立地適正化計画」について全国357の自治体が取り組みを始めていますが、各自治体の都市計画を勘案した不動産選びが重要視された一年でした。

また、2017年は不動産を舞台に起こったいくつかの「事件」が、世の中の注目を集めた年でもありました。

キーワード4「事故物件」:座間アパート事件で注目【画像4】写真/PIXTA

【画像4】写真/PIXTA

まず記憶に新しいのは「座間アパート事件」。神奈川県座間市のアパートから男女9人の遺体が見つかった事件です。事件が起こったアパートはいわゆる「事故物件」でしたが、こうした事故物件は今後どのように扱われるでしょうか。

事故物件に明確な相場はありませんが、一般的には賃料・売買価格ともに相場より20~30%程度下がるとされています。ただしこの事件のように大々的に報道され、世の中に広く知られるようになった物件はさらにマイナスになる可能性もあります。

この事件を受けて「事故物件を避けるにはどうしたらよいか」といった取材が筆者には殺到しましたが、賃貸と売買で扱いは異なります。そもそも「事故物件」について明確な定義はないため、不動産業者はそれぞれこれまでの裁判判例を参照しつつ、取り扱いや諸条件を決めている状況です。

例えば売買の場合は「(事故物件となる原因が発生してから)50年経過しても告知する必要がある」とした判例があります。一方で賃貸の場合、事故の後に別の入居者が入ればその次の入居者には告知しなくていいとした判例も。

物件の所在地によっても事情が変わってきます。都市部では企業間取引や投資案件などもあることから不動産取引の匿名性が高く、取引が活発なこともあり、事故の記憶も風化されやすい傾向にあります。しかし農村部では取引が少なく周辺住民の記憶も長らく残る傾向にあるという解釈です。

いずれにせよ事故物件を避けたいなら、不動産業者に直接「これは事故物件ですか?」と尋ねることです。業者には「告知義務」があり、嘘をつけば違法になるためです。ただし業者も知らなかった場合はこの限りではありません。

キーワード5:「地面師」:プロの不動産会社も数十億円の被害【画像5】写真/PIXTA

【画像5】写真/PIXTA

そして「地面師事件」。売主を装った詐欺師グループによって架空の不動産売買が行われ、買主はお金を騙し取られるといった話です。こうした地面師グループに、大手不動産会社も数十億円の被害にあったことで「プロでも騙されてしまうのか」と社会が騒然としました。地面氏の手口は巧妙です。まず印刷技術の発達で権利証や印鑑・印鑑証明・パスポートなどは真贋が見抜けないほど精巧に作られています。また地面師は不動産業者や登記を行う司法書士、時には近隣住民を装う者など、取引に関わるプレイヤーのグループで行動することが多く「自分以外全員グルで、騙されたのは自分だけ」といった状況に陥りがちです。

こうした事件は比較的物件価格の高い都心部や、地方であっても優良な不動産で起こる傾向にあります。地面師も効率よく犯罪を行いたいためです。こうした事件に巻き込まれないためには、契約前に売主と面談すること。それもできれば売主の自宅に訪問することです。

地面師はこうした面倒を避ける傾向にあり、複数の不動産業者はこうしてリスクヘッジしています。それでも万全とはいえず、不動産業者や司法書士はこうした自体に備え損害保険に加盟していることが多いのですが、それが適用になるか、どの程度適用になるかはケースバイケースです。ちなみに売主は、権利証などの保管に落ち度があったなどよほどの過失がない限り、仮に所有権が移転しても権利は取り戻せます。

2017年の不動産市場をざっと振り返ってきましたが、いかがでしょうか。新年の第一弾のコラムでは、2018年の不動産市場を占います。お楽しみに。

s-長嶋修_正方形.jpg長嶋 修  さくら事務所創業者・会長
業界初の個人向け不動産コンサルティング・ホームインスペクション(住宅診断)を行う「さくら事務所」を創業、現会長。不動産購入ノウハウの他、業界・政策提言や社会問題全般にも言及。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。【株式会社さくら事務所】

なぜ空き家は増えるのか?そのヒントが、人気アニメの間取りに隠されていた

わが国の空き家数はもうすぐ1000万戸に迫ろうとしている。7軒に1軒は空き家だ。しかし、日本では欧米に比べて、中古住宅の取引は低い水準にある(2013年国土交通省「中古住宅流通促進・活用に関する研究会」)。その理由は、親世代の家の間取りに理由があるという。埼玉県で、行政の立場から空き家問題に取り組むお二人にお話を聞いた。

時代を代表する4つのアニメ、その間取りから浮かび上がるのは……?

親世代の生活や住宅スタイル、ひいては「間取り」がその子世代の暮らし方にはマッチしない!? そんな問題提起をしたのは、埼玉県鴻巣市 都市整備部副部長の高橋英樹さんと、埼玉県庁 都市整備部 建築安全課企画担当主幹の小松克枝さんだ。日本人の生活スタイルと住宅の間取りについて、人気アニメに登場する住宅、磯野家(サザエさん)とさくら家(ちびまる子ちゃん)、野原家(クレヨンしんちゃん)、天野家(妖怪ウォッチ)の4つを比較し、その変遷を分析している。

着目したキーワードは次の2つだ。

◎家族構成(多世代同居・核家族)
◎家族のコミュニケーション空間の割合(居間・リビング)

いったいどういうことなのか。さっそく4つのアニメの間取りを見てみよう。

[1]サザエさん:磯野家の間取り
原作の4コマ漫画は、昭和20年代に新聞連載としてスタートしている。磯野家の家族構成等の設定は戦前のモノであったが、1969年(昭和44年)のアニメ化の際に時代設定等がいったん整理された。このため「昭和40年代」の設定と言える。

特徴
設定:昭和40年代
■3世代の同居
■それぞれの世代に個別の部屋を確保
■家族の団らんは主に居間(和室・8畳)
■家族のコミュニケーション空間は限定的【画像1】サザエさん:磯野家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

【画像1】サザエさん:磯野家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

[2]ちびまる子ちゃん:さくら家の間取り
作者の子ども時代の設定で、昭和40年代後半から50年代前半をベースにしている。

特徴
設定:昭和40~50年代
■3世代の同居
■それぞれの世代に個別の部屋を確保
■家族の団らんは主に居間(和室・8畳)
■家族のコミュニケーション空間は限定的【画像2】ちびまる子ちゃん:さくら家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

【画像2】ちびまる子ちゃん:さくら家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

[3]クレヨンしんちゃん:野原家の間取り(1階)
漫画の連載は1990年(平成2年)で、1992年(平成4年)にアニメ化されている。

特徴
設定:平成初期
■両親と子どもの核家族
■家族の団らんの場は、リビング・ダイニング&キッチン
■1階の大部分が家族のコミュニケーション空間【画像3】クレヨンしんちゃん:野原家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

【画像3】クレヨンしんちゃん:野原家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

[4]妖怪ウォッチ:天野ケータくんの家
2012年(平成24年)に漫画での連載がスタートし、2014年(平成26年)にテレビアニメがスタート。平成20年代を代表する大ヒットアニメ。

特徴
設定:平成20年代
■両親と子どもの核家族
■家族の団らんの場は、リビング・ダイニング&キッチン
■1階の大部分が家族のコミュニケーション空間【画像4】妖怪ウォッチ:天野家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

【画像4】妖怪ウォッチ:天野家の間取り(画像提供/高橋英樹さん)

ここまで、日本を代表する4つのテレビアニメから間取りの変遷を見てもらった。
高橋さんは「ここから読み取れるのは、核家族化の進展と生活スタイルの欧米化です」と分析する。
「平成に入ったころから祖父母世代用の部屋と来客用の空間がなくなりました。平成20年代になると和室も消え、1階空間のほぼ全てが家族のコミュニケーション空間になりました」(同)

確かに、筆者が最近目にする新築住宅の広告でも、システムキッチンや床暖房はすでに定番アイテムとなり、10年ほど前には目新しかった「リビングイン階段」や「メザニン(中2階)」なども一般的になった。和室はノスタルジー空間となり、来客用の空間は親子間を含む家族間のコミュニケーションのための空間に吸収されていった。

高橋さんはその結果として、リビング空間が広がり、現在の住宅では家族のコミュニケーション、とりわけ「親と子がどうかかわるか」が、家の間取りにも影響しているのではないかと考えている。

”今どきの間取り”の中古住宅も増える?

高橋さん自身、10年前に熊谷市の実家を受け継ぐ際に、すでに築40年ほどたっていた親の家を取り壊して新築した。

当時、妻と子ども1人(現在は2人)と暮らしていた高橋さんは
「ユニットバス、システムキッチン、床暖房、これら3つの要素が僕らの世代が家に求めるものだと思います。
設備が古いうえに、親が建てた家は“ちびまる子ちゃん”の家のような中廊下型で、自分の家族の暮らしには向かないと感じました。実家では、家族5人が6畳の居間で窮屈にテレビを見たり食事をしたりしていましたが、廊下をはさんだ二間続きの和室はほとんど使われていませんでした(笑)」
と打ち明ける。

一方、小松さんは「私は、10年ほど前、実家の近くに中古住宅を買ってリフォームして暮らしています」と言う。

「私の家族は夫と子ども2人ですが、1990年代後半に建てられた住宅で“クレヨンしんちゃん”の家のような、リビング・ダイニング&キッチンで家族団らんできるタイプだったことと、耐震性が高かったことが理由として大きいでしょう。
同規模の新築物件より安価なこともお得感がありました。私は仕事柄、スクラップ&ビルドではなく、躯体さえしっかりしていれば既存の建物を再活用したいという思いもありました。実は、高橋さんの言う住宅に求める3つの要素(ユニットバス、システムキッチン、床暖房)は無かったのですが、おいおいリフォームしていこうと思っていたので気になりませんでした。入居前に内装を、入居後に洗面・ユニットバス、外構と、数年ごとにじっくり、自分好みにリフォームして楽しんでいます」

そんな小松さんに対し高橋さんは
「抵抗感がなくリフォームを選択できる人って、まだあまり多くないのではないでしょうか。私の実家のように築40年以上の住宅の場合、リフォーム後の姿をイメージすることは難しい。みんながみんな建築の知識をもっているわけではありません。10年前の私もそれができませんでした。今から考えると少し残念な気もします」
と話す。

高橋さん、小松さんともに、埼玉県におけるこれからの住宅のあり方、そして空き家問題に行政の立場から対策に取り組んでいく立場にある。
小松さんは「自治体が目指す方向性や、住まい手の住宅の選び方はいまだ新築志向という現実と、空き家の数を抑えたいという目標とのギャップに戸惑うこともあります」と打ち明けてくれた。

埼玉県は、1970年から2010年までの40年間で、人口は約2倍に増加した。しかし、日本全体の少子高齢化は埼玉県でも例外ではなく、これから人口減少が始まると予想されている。

小松さんは「これからは、平成以降に建てられた、リビング・ダイニング&キッチンが一体となった今どきの家族にも通用する間取りの中古住宅が多くでてきます。今の生活スタイルに適したこうした中古住宅を購入する人も増えてくるでしょう」として

「中古住宅を次の利用者に受け継いでいくためには、その地域で活躍する建築士さんや不動産屋さんの役割が非常に大きいと感じています。多くの人が『買いたい、住みたい』と思えるすてきな住まい方を提案してもらいたい。そのことが、誰も住まない空き家を少なくすることにもつながります」と、その思いを語ってくれた。

●取材協力
・埼玉県都市整備部建築安全課