沖縄のホテルがゴミ拾いを始めた理由。宿泊客・地元民と共に人や街のつながりつくる、観光地のオーバーツーリズムの新たな解決策

人気の観光地、沖縄県。コロナ禍が収束し、本格的に観光需要が戻り始めています。そんな沖縄県・那覇市の観光エリア「国際通り」そばに、2023年6月、「サウスウエストグランドホテル(Southwest Grand Hotel)」が開業しました。運営するのはPlan・Do・See(東京都中央区)。「6th」(東京都・麻布台に移転)、任天堂本社社屋を活用した安藤忠雄氏設計監修の「丸福樓(MARUFUKURO)」など、全国各地で数々の人気ホテルを手掛けてきた同社ですが、今回は宿泊客だけでなく地元の人たちも巻き込んだ、ユニークな取り組みをしているといいます。エコツーリズム型ホテルとはどんなものなのか、取材しました。

地域住民と宿泊客で「ゴミ拾い」

2023年12月17日、少し肌寒い日曜日の朝8時。サウスウエストグランドホテルのエントランス前には、緑色のビブス着用した人々が集まっていました。総勢約25人。参加者は20~40代の男女で、ボランティア団体「グリーンバード沖縄チーム」のメンバーや、サウスウエストグランドホテルの従業員、沖縄県内の大学に通う大学生など、年齢も立場もさまざま。

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

彼らは、これからおよそ1時間にわたり、国際通り周辺のゴミ拾いに出発するといいます。「那覇 CLEAN GREEN MORNING(以下、那覇CGM)」と名付けられた、日曜朝のゴミ拾いは、今回が第2回目の開催で、今後は月に一度開催される定番イベントになるとのこと。11月18日に開催された第1回から、同ホテルの宿泊客も参加したといいます。
いったいなぜ、このようなツアーをホテルが開催しているのでしょうか。

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

「サウスウエストグランドホテルは、ここで出会った方々のハブになることを目指しています。那覇を旅して当ホテルを訪れたお客様だけでなく、ここで暮らしたり、働いたりしている全ての人々が交わりながら、街をより良くしていく。その活動の一環と捉えて毎月第3日曜日に開催しています」。同ホテルのキャスティング室・江口美沙さんはこう語ります。

近年、観光地で問題になっているのが「オーバーツーリズム」です。オーバーツーリズムとは、特定のエリアに観光客が集中することによって生まれる、さまざまな弊害のことを指します。例えば、騒音や交通渋滞、環境破壊などがその一例ですが、那覇の国際通りで近年、目につくのがそのゴミの多さだといいます。

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

確かに、観光客の多い国際通りでは、空き缶や何かが入ったコンビニ袋、空っぽになったお菓子の袋など、多種多様なゴミが目につきます。こうしたゴミを、集まったボランティアやホテルの従業員、宿泊客が一緒に拾うことで、街を綺麗にするとともに、新たな交流の場も生み出す仕組みです。海外ではクリーン活動に観光客が飛び入りすることも多く、今後は同じように、さらに参加者の輪を広げていきたいとのこと。

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

実際に活動に参加しながら、参加者の声を聞いてみました。

コロナ禍を機に沖縄県浦添市に移住したという女性は「ここで生まれるコミュニティに参加することが楽しみのひとつです」と笑顔を見せました。

21歳の男子大学生は、日曜日の早起きは苦にならないといいます。「この活動に参加することで、ゴミを拾いながら普段話せない社会人の方たちともいろいろな話をできる。僕はファッション関係に進みたいんですが、沖縄県外から参加されている方たちから、ファッションビジネスの話を聞けるのがとても勉強になります」と目を輝かせていました。

ホテルから数分歩くと、国際通りに突き当たります。そこからは2つのグループに分かれて、周辺のゴミを回収。たばこの吸い殻や割れたガラス瓶、はたまたフライパンなど、回収できたゴミは大型のゴミ袋7袋にものぼりました。

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

学生と社会人の交流の場にも

終了後、参加者には、ホテルのレストランで飲み物がふるまわれます。参加した人々が、笑顔で談笑する姿が印象的でした。

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」     でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」 でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄チームのリーダーは、沖縄県名護市にある公立大学、名桜大学4生の山下寛人さん。サッカー推薦で名桜大学に入学した山下さんですが、新型コロナウイルスの流行中は、サッカーに打ち込むのが難しい環境だったといいます。

グリーンバード沖縄     チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄 チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

「それでも、早朝に地元のビーチをランニングしていると、地元のおじいやおばあが、ビーチのゴミを拾っているんです。自分も沖縄に貢献したいと思って、2021年の6月ごろから少しずつ活動を始めました」

卒業後は、国際協力団体のJICAに就職し、ソロモン諸島のとある国のサッカー代表チームの助監督を務める予定です。

「次のリーダーも、なるべく大学生にバトンを渡したいですね。社会貢献は継続が大切。継続するためには、僕ら運営側が、ボランティアの参加メンバーにメリットを提供できるかどうかも大切なことです。今回のサウスウエストグランドホテルさんのように、地域の企業に認知していただくことで、参加する学生にとっても、キャリアや人生について大人の方に相談できるような場になっていけたらいいなと考えています」

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

至近距離で沖縄の三線を聞ける「ゆんたくSUNSET」

サウスウエストグランドホテルでは、もうひとつユニークな取り組みがあります。夕日を眺めながら、ホテルのバーで提供されるカクテル1杯を片手に、沖縄のカルチャー、エンタテインメント、スポーツなどを通じて宿泊客や地元住民が“ゆんたく(沖縄の方言でおしゃべりという意味)”を楽しむイベント「ゆんたくSUNSET」です。

翌18日の17時15分からは、同ホテル11階のダイニング&サンセットバー 「The Sailor’s Club」で三線のライブを開催。ホテルの宿泊者およそ20人が、1時間15分にわたって、三線とカチャーシーを楽しみました。三線とは、沖縄の伝統的な弦楽器、カチャーシーとは沖縄民謡に合わせて、両手を頭上で左右に振りながら踊る伝統的な踊りのこと。

当日は、三線奏者・波平宇宙さんの演奏に合わせて、参加者が沖縄の伝統音楽を味わいました。

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

東京都から旅行に来た50代の夫妻は「こんなにすぐそばで、三線を聞けたのは初めて。国際通りで民謡居酒屋を予約したことがあったんだけど、お客さんの声で良く聞こえなかったの」と笑顔に。

那覇市在住で、一家3人で宿泊しているという40代男性は「沖縄に住んでいても、こういった伝統芸能に触れる機会は多くありません。子供にも良い体験になったと思います」と話していました。

演奏終了後は、ゆんたくタイムに。演奏をした波平さんは、普段は沖縄芸術劇場などで演奏していますが「お客様とここまで近くで交流できる場は少ないです。伝統芸能の演者は年々減少していますが、自分もよい演奏をして頑張っていきたい」と意気込みを語っていました。

今後の「ゆんたく SUNSET」では、地域住民からもイベント企画を募集し、沖縄の文化や歴史の発信・共有を通じて、那覇で暮らす・旅する・働く全ての人々の“社交場”を目指していくといいます(那覇CGMやゆんたくSUNSETのイベント参加は、サウスウエストグランドホテルのInstagramで申し込み可能)。

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の「目的地」になるホテルを目指す

サウスウエストグランドホテルで最も部屋数が多いグランドツインルームは45平米とぜいたくな造りです。ゆったりくつろげるソファから見える大型テレビは画面の角度を自由に動かすことができ、室内のミニバーも無料。ホテル内には全天候型の室内プールやジャグジー、最上階にはサウナも備え、ゆったりとホテルステイができます。

その反面、価格帯は1泊約5万円から。観光客はともかく、地元の人々が気軽に宿泊できる価格帯とは言えません。しかし、他の高価格帯ホテルとは一線を画した工夫で地元沖縄への貢献を試みています。それは従業員の雇用や、はたまたホテルのインテリアにも表れています。

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

沖縄県出身の同ホテルのゼネラルマネージャー・宮﨑健太さんはこう話します。

「これまで、富裕層のお客様は恩納村などの北部まで足を延ばして、ビーチやゴルフを楽しまれることがほとんどでした。でも、このホテルを目的地に『那覇でいいじゃん』と思っていただきたい。そして、地元・那覇の人たちにとっても気軽に来館していただける、街と繋がるホテルで在り続けたいですね」(宮﨑さん)

折しもクリスマスシーズンでしたが、サウスウエストグランドホテルのロビーはクリスマスの雰囲気はありつつも、クリスマスツリーが飾られていませんでした。

宮﨑さんいわく「沖縄には、もともとツリーを飾る習慣はなかったんですよ。これも沖縄らしさの一つです(笑)」とのこと。筆者には、その空間もとても居心地よく感じられました。

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

エコツーリズム型ホテルは、宿泊の場を提供するだけではなく、さまざまな場所に住む、老若男女の出会いを生み出します。早朝のゴミ拾いは参加した学生にとっては、社会勉強の場に。移住者や観光客にとっては、この場を通して沖縄のローカルな文化を感じたり、地元の参加者と交流したりすることができます。ホテルにとっても、地域に貢献することができ、結果的に那覇の街も綺麗になります。

沖縄の中でも、さまざまな人が行き交う街、那覇。観光で数日訪れるだけではなかなか体験できない「人とのつながり、街とのつながり」を生み出せるのが、エコツーリズム型ホテルの醍醐味といえるでしょう。

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

●取材協力
サウスウエストグランドホテル
HP
Instagram
グリーンバード沖縄チーム

「観光客への宣伝やめる」オーバーツーリズム問題へのデンマーク流解決。美しい港町ニューハウンの決断とは コペンハーゲン

多くの観光客やビジネス関連の人々が訪れる、デンマークの首都・コペンハーゲン。人気の場所は数あれど、ほとんどの人が必ず足を運ぶエリアがカラフルな港町「ニューハウン」ではないでしょうか。所狭しと並ぶレストランやカフェの椅子に座って、人々がのんびり食事をしたりビールを飲んだりする様子は、最もコペンハーゲンらしい風景のひとつ。ところが、2019年からコペンハーゲンは「宣伝することをやめる」などの新しい動きも……。今回は、そんなニューハウンについてのお話です。

ニューハウンとはどんなところ?

色とりどりの建物が立ち並ぶ特徴的な風景。たくさんのレストランやカフェが立ち並び、目の前の運河には停泊している船やカナルツアーの観光ボートがゆったりと行き来しています。そして、通りには一年中そぞろ歩きの人が絶えない場所。それがニューハウンです。
デンマーク、コペンハーゲンといえばここ、というアイコン的な場所なので、私も日本や各国からのゲストを連れて、またはテレビ番組の撮影や取材で何度も訪れています。みなさんも「みなさん、こんにちは!私たちは今、デンマークの首都、コペンハーゲンに来ていまーす!」というテレビの番組の中継などを、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークの2022年の延べ宿泊数は約6,270万人泊(人泊/宿泊人数×宿泊数)。このうちコペンハーゲンは約1,500万人泊。おそらく、そのほとんどの人たちが、滞在中に一度はニューハウンを訪れていることでしょう。日が長い夏の間は、お昼から冷たいビールや白ワインを飲んだり、昼食を食べた後に、ワッフルやアイス屋さんをはしごしてデザートを食べたり。デンマークを代表する伝統的なメニューである、Smoerrebroed(スモアブロ)と呼ばれるオープンサンドイッチや、港町らしくニシン料理や西洋ガレイのムニエル、ムール貝のワイン蒸しなども人気です。

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ニューハウンからコンゲンスニュトー広場を臨む夕陽はとても美しく、マジックアワー(※)を堪能できます。少し肌寒い季節にも、外のテラス席にはヒーターやブランケットが用意されるので、道行く人を眺めながら、のんびりコーヒーを飲んで過ごす人も。クリスマスの時期には、ニューハウンの通りにたくさんのクリスマスマーケットの屋台が並び、グリュック(ホットワイン)と甘い香りのエーブルスキーバ(小さな丸いパンケーキのようなもの。粉砂糖やジャムをつけて食べる、クリスマスの時期の伝統的デザート)を楽しみながら散策する人でにぎわいます。

※日没や日の出の前後に空が幻想的な色に染まる限られた時間帯のこと

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

老舗のレストランやホテルもあり、コンゲンスニュトー広場やアマリエンボー宮殿、ロイヤルシアターにも近いこのエリアは、一年中人通りが絶えずにぎわいを見せています。

Nyhavn=新しい港!? かつては新しかった、歴史的な港町

ニューハウンはデンマーク語でNyhavnと書きます。英語ならNew Portという意味。つまり「新しい港」という意味なんです。その歴史は1673年まで遡ります。この運河が開港した当時は、国王フレデリック三世の息子であったウルリク・フレデリック・ギュルデンローヴにちなんで「ギュルデンローヴ運河」と名付けられましたが、コペンハーゲンっ子にこの名前が馴染まず、1682年から”Dend Nye Hafn”と呼ばれるようになり、そこから”Nyhavn”(ニューハウン)という名前に落ち着きました。

開港当初は、世界中から船が集まり停泊する商業港として名を馳せ、海運と貿易の中心地となり、大勢の船乗りや彼らを相手にする酒場、居酒屋、売春宿で活況を呈しました。余談ですが、コペンハーゲンはデンマーク語ではKoebenhavnと言いますが、これは「商港」を意味します。コペンハーゲンの歴史とニューハウンとの関係が垣間見えますね。

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

やがて、時代の流れとともに船乗りも去り、売春宿も閉鎖されましたが、いくつかの歴史的な宿やレストランは、18世紀の多くの大火からも生き残り、数百年経った今も歴史を留めて存続し続けています。ニューハウンの絵画のように美しい家のほとんどは 17 世紀後半から 18 世紀に建てられたものです。 ニューハウンで最も古い家は Nyhavn9番地で、運河の開通からわずか 8 年後の1681 年に建てられました。以降、何の変更も増築も行われていません。ニューハウンは、裕福な商人が自分の船を家のすぐ前に停泊させる、にぎやかな港となりました。 当時は港全体がロープとタールのにおいだったそうです。
例えば、1900年代初頭にニューハウン5番地にあったホワイト・スター・ラインではタイタニック号のチケットを安く買うことができたそうですが、その建物は現在は「Nyhavns Faergekro」というレストランに改装されています。今でも、大きな古い木製の窓に、当時のタイタニック号の行き先が記されたものが残っています。

オーガニックレストラン「Cap Horn」のあるNyhavn21番地を含む、ニューハウンの多くの地下室や裏の建物は、1940年代の抵抗運動の隠れ家として使用されていました。また、同じく1940年代にはニューハウンで大作映画がいくつか撮影されたこともあり、デンマーク全土からニューハウンへの関心が高まるきっかけになりました。そこから観光に活況をもたらし、それが今日まで続いています。

この年代には、当時のコペンハーゲン市の社会民主党勢力は、ニューハウンを取り壊し、新しい住宅を建設し、さらにはクリスチャンハウンとをつなぐ高速道路のランプにする計画を立てていたというのだから驚きです。しかし、1943年にニューハウンはそのまま存続する決定がなされたのは幸いでした。
そして、このころから海運の様相も変化し、より少ない船員で運行するコンテナ船が主流になり、港での滞在時間も短くなって、船乗りの町、ニューハウンも現在の形に少しずつ変貌を遂げていったのです。

そして、もう一つ忘れてはならない歴史が、童話作家として知られるアンデルセンとニューハウンの関係です。
HC アンデルセンはニューハウン20番地で5年間暮らし、ここで「火打ち箱」、「小クラウスと大クラウス」、「エンドウ豆の上のお姫さま」を書きました。その後、彼はニューハウン67番地で16年間、18番地で2年間暮らしました。

これからは、ニューハウンは宣伝しません!?

このように国内外の人々の観光地として大人気のニューハウン。
しかし、2019年、コペンハーゲンの観光団体、Wonderful Copenhagenは、ニューハウンを主要な観光地のひとつとして宣伝することをやめることを決めました。ハイシーズンには、多すぎるほどの観光客でにぎわうニューハウン。Wonderful Copenhagenは年間を通じて、コペンハーゲンを訪れる観光客が一極集中ではなく、よりまんべんなくコペンハーゲンを体験してほしいとの願いからの新たな方針です。日本でも京都や鎌倉などで問題になっているオーバーツーリズムの緩和が目的です。

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenの調査によれば、アムステルダム、バルセロナ、ドゥブロヴニク、ヴェネツィアなど、市民が観光客に対し否定的で大きな課題を抱えているヨーロッパのいくつかの都市とは異なり、コペンハーゲン市民は、80%以上が旅の目的地としてコペンハーゲンが宣伝されることを支持しており、世界中の人々がコペンハーゲンを選んでいることを誇りに感じているということがわかっています。
また、観光業が売上高や雇用という形で経済的価値を生み出すだけでなく、例えば幅広いレストランや文化体験の基盤を形成することによっても経済的価値を生み出すということを、市民の間で強く認識しているということも示されています。しかし、だからこそ、これからさらに増え続けることが予想される観光客と地元住民が相互に良好な関係を保ち続けることができるよう、できるだけ観光客がコペンハーゲン全体に訪れることができて、人が良い形で分散される方向に前もって手を打っていこう、というのがWonderful Copenhagenの考え方です。

現在は、観光マーケティングのコンテンツの大部分がニューハウンを含む、コペンハーゲン市中心部以外の地域に関するものになっています。 同時に、Wonderful Copenhagenのデジタルマーケティングの75%は、ハイシーズン以外の秋、冬、春の旅行先としてコペンハーゲンに焦点を当てています。

彼らの分析によると、旅行者は大都市と都市以外での体験を両方経験することに興味を持っているのだそう。 同時に、訪問する地区が増えるほど満足して旅を終えていることもわかっています。

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenでは、2019年以来「TOURISM FOR GOOD」という、2030年をターゲットに据えたサステナブル・ツーリズム戦略を策定。「コペンハーゲン大都市圏での観光が地域と世界の持続可能な開発によい影響を与える」という目標のもと、さまざまなプロジェクトが行われてきています。

例えば、ひとつの訪問先に観光客が集中しない工夫として、Visit Copenhagenのウェブサイトで「A sustainability guide to Copenhagen」「A guide for going on daytrips outside of the city’s boundaries 」「A Comprehensive guide to exploring Copenhagen’s different neighbourhoods」といった情報を提供し、自転車や公共交通を使ってコペンハーゲン郊外や周辺都市への訪問を促すなど、コペンハーゲンの中心部以外の興味深い訪問先を一年を通じて観光客に提供しています。

Wonderful CopenhagenのKPIとして、コペンハーゲン市を含まない首都圏の延べ宿泊数は、2025年までに 2,738,157人泊 (2019年レベル)と同等かそれ以上である必要がある、と設定していますが、2022年の首都圏(コペンハーゲン市を除く)の延べ宿泊数は2,801,534人泊で、目標値をすでに上回るという結果が出ています。

ちなみに、2019年の第1四半期、首都圏の延べ宿泊数は 372,729人泊でした(コペンハーゲン市を除く)が、今年2023年第1四半期の延べ宿泊数は383,185人で、こちらも順調な伸びを示しています。

日本でも、人気の観光地で、観光客を受け入れる地元住民との確執は多いと聞きます。
より持続可能な観光を考える上で、一大観光地、コペンハーゲンの決断は参考にできる考え方かもしれません。

でも、ニューハウンはデンマークに来るなら一度は訪れてほしい場所に変わりありません。
夏は人が多すぎるのも確かなので、春先や秋にゆったり時間を過ごしたり、12月の冬の時期に、外は寒いけれど、クリスマスを楽しみに待つ人々の温かな表情や、美しく飾られたクリスマスデコレーションを楽しみに、ニューハウンを訪れるのもいいものです。
あなたの次の旅の計画のひとつに、ぜひ入れてみてくださいね!

●取材協力
Wonderful Copenhagen
Visit Denmark