「観光客への宣伝やめる」オーバーツーリズム問題へのデンマーク流解決。美しい港町ニューハウンの決断とは コペンハーゲン

多くの観光客やビジネス関連の人々が訪れる、デンマークの首都・コペンハーゲン。人気の場所は数あれど、ほとんどの人が必ず足を運ぶエリアがカラフルな港町「ニューハウン」ではないでしょうか。所狭しと並ぶレストランやカフェの椅子に座って、人々がのんびり食事をしたりビールを飲んだりする様子は、最もコペンハーゲンらしい風景のひとつ。ところが、2019年からコペンハーゲンは「宣伝することをやめる」などの新しい動きも……。今回は、そんなニューハウンについてのお話です。

ニューハウンとはどんなところ?

色とりどりの建物が立ち並ぶ特徴的な風景。たくさんのレストランやカフェが立ち並び、目の前の運河には停泊している船やカナルツアーの観光ボートがゆったりと行き来しています。そして、通りには一年中そぞろ歩きの人が絶えない場所。それがニューハウンです。
デンマーク、コペンハーゲンといえばここ、というアイコン的な場所なので、私も日本や各国からのゲストを連れて、またはテレビ番組の撮影や取材で何度も訪れています。みなさんも「みなさん、こんにちは!私たちは今、デンマークの首都、コペンハーゲンに来ていまーす!」というテレビの番組の中継などを、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークの2022年の延べ宿泊数は約6,270万人泊(人泊/宿泊人数×宿泊数)。このうちコペンハーゲンは約1,500万人泊。おそらく、そのほとんどの人たちが、滞在中に一度はニューハウンを訪れていることでしょう。日が長い夏の間は、お昼から冷たいビールや白ワインを飲んだり、昼食を食べた後に、ワッフルやアイス屋さんをはしごしてデザートを食べたり。デンマークを代表する伝統的なメニューである、Smoerrebroed(スモアブロ)と呼ばれるオープンサンドイッチや、港町らしくニシン料理や西洋ガレイのムニエル、ムール貝のワイン蒸しなども人気です。

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

スモアブロ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ニューハウンからコンゲンスニュトー広場を臨む夕陽はとても美しく、マジックアワー(※)を堪能できます。少し肌寒い季節にも、外のテラス席にはヒーターやブランケットが用意されるので、道行く人を眺めながら、のんびりコーヒーを飲んで過ごす人も。クリスマスの時期には、ニューハウンの通りにたくさんのクリスマスマーケットの屋台が並び、グリュック(ホットワイン)と甘い香りのエーブルスキーバ(小さな丸いパンケーキのようなもの。粉砂糖やジャムをつけて食べる、クリスマスの時期の伝統的デザート)を楽しみながら散策する人でにぎわいます。

※日没や日の出の前後に空が幻想的な色に染まる限られた時間帯のこと

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

ニューハウンの夕暮れ。ゆっくり日が沈み、マジックアワーを堪能できる(画像/PIXTA)

老舗のレストランやホテルもあり、コンゲンスニュトー広場やアマリエンボー宮殿、ロイヤルシアターにも近いこのエリアは、一年中人通りが絶えずにぎわいを見せています。

Nyhavn=新しい港!? かつては新しかった、歴史的な港町

ニューハウンはデンマーク語でNyhavnと書きます。英語ならNew Portという意味。つまり「新しい港」という意味なんです。その歴史は1673年まで遡ります。この運河が開港した当時は、国王フレデリック三世の息子であったウルリク・フレデリック・ギュルデンローヴにちなんで「ギュルデンローヴ運河」と名付けられましたが、コペンハーゲンっ子にこの名前が馴染まず、1682年から”Dend Nye Hafn”と呼ばれるようになり、そこから”Nyhavn”(ニューハウン)という名前に落ち着きました。

開港当初は、世界中から船が集まり停泊する商業港として名を馳せ、海運と貿易の中心地となり、大勢の船乗りや彼らを相手にする酒場、居酒屋、売春宿で活況を呈しました。余談ですが、コペンハーゲンはデンマーク語ではKoebenhavnと言いますが、これは「商港」を意味します。コペンハーゲンの歴史とニューハウンとの関係が垣間見えますね。

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

昔のニューハウンの様子(画像/Koebenhavns Museum)

やがて、時代の流れとともに船乗りも去り、売春宿も閉鎖されましたが、いくつかの歴史的な宿やレストランは、18世紀の多くの大火からも生き残り、数百年経った今も歴史を留めて存続し続けています。ニューハウンの絵画のように美しい家のほとんどは 17 世紀後半から 18 世紀に建てられたものです。 ニューハウンで最も古い家は Nyhavn9番地で、運河の開通からわずか 8 年後の1681 年に建てられました。以降、何の変更も増築も行われていません。ニューハウンは、裕福な商人が自分の船を家のすぐ前に停泊させる、にぎやかな港となりました。 当時は港全体がロープとタールのにおいだったそうです。
例えば、1900年代初頭にニューハウン5番地にあったホワイト・スター・ラインではタイタニック号のチケットを安く買うことができたそうですが、その建物は現在は「Nyhavns Faergekro」というレストランに改装されています。今でも、大きな古い木製の窓に、当時のタイタニック号の行き先が記されたものが残っています。

オーガニックレストラン「Cap Horn」のあるNyhavn21番地を含む、ニューハウンの多くの地下室や裏の建物は、1940年代の抵抗運動の隠れ家として使用されていました。また、同じく1940年代にはニューハウンで大作映画がいくつか撮影されたこともあり、デンマーク全土からニューハウンへの関心が高まるきっかけになりました。そこから観光に活況をもたらし、それが今日まで続いています。

この年代には、当時のコペンハーゲン市の社会民主党勢力は、ニューハウンを取り壊し、新しい住宅を建設し、さらにはクリスチャンハウンとをつなぐ高速道路のランプにする計画を立てていたというのだから驚きです。しかし、1943年にニューハウンはそのまま存続する決定がなされたのは幸いでした。
そして、このころから海運の様相も変化し、より少ない船員で運行するコンテナ船が主流になり、港での滞在時間も短くなって、船乗りの町、ニューハウンも現在の形に少しずつ変貌を遂げていったのです。

そして、もう一つ忘れてはならない歴史が、童話作家として知られるアンデルセンとニューハウンの関係です。
HC アンデルセンはニューハウン20番地で5年間暮らし、ここで「火打ち箱」、「小クラウスと大クラウス」、「エンドウ豆の上のお姫さま」を書きました。その後、彼はニューハウン67番地で16年間、18番地で2年間暮らしました。

これからは、ニューハウンは宣伝しません!?

このように国内外の人々の観光地として大人気のニューハウン。
しかし、2019年、コペンハーゲンの観光団体、Wonderful Copenhagenは、ニューハウンを主要な観光地のひとつとして宣伝することをやめることを決めました。ハイシーズンには、多すぎるほどの観光客でにぎわうニューハウン。Wonderful Copenhagenは年間を通じて、コペンハーゲンを訪れる観光客が一極集中ではなく、よりまんべんなくコペンハーゲンを体験してほしいとの願いからの新たな方針です。日本でも京都や鎌倉などで問題になっているオーバーツーリズムの緩和が目的です。

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

チボリ公園もコペンハーゲンの有名観光地(c)Martin Auchenberg

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

アマリエンボー宮殿(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenの調査によれば、アムステルダム、バルセロナ、ドゥブロヴニク、ヴェネツィアなど、市民が観光客に対し否定的で大きな課題を抱えているヨーロッパのいくつかの都市とは異なり、コペンハーゲン市民は、80%以上が旅の目的地としてコペンハーゲンが宣伝されることを支持しており、世界中の人々がコペンハーゲンを選んでいることを誇りに感じているということがわかっています。
また、観光業が売上高や雇用という形で経済的価値を生み出すだけでなく、例えば幅広いレストランや文化体験の基盤を形成することによっても経済的価値を生み出すということを、市民の間で強く認識しているということも示されています。しかし、だからこそ、これからさらに増え続けることが予想される観光客と地元住民が相互に良好な関係を保ち続けることができるよう、できるだけ観光客がコペンハーゲン全体に訪れることができて、人が良い形で分散される方向に前もって手を打っていこう、というのがWonderful Copenhagenの考え方です。

現在は、観光マーケティングのコンテンツの大部分がニューハウンを含む、コペンハーゲン市中心部以外の地域に関するものになっています。 同時に、Wonderful Copenhagenのデジタルマーケティングの75%は、ハイシーズン以外の秋、冬、春の旅行先としてコペンハーゲンに焦点を当てています。

彼らの分析によると、旅行者は大都市と都市以外での体験を両方経験することに興味を持っているのだそう。 同時に、訪問する地区が増えるほど満足して旅を終えていることもわかっています。

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

クリスマスのチボリ公園(c)Daniel Rasmussen

Wonderful Copenhagenでは、2019年以来「TOURISM FOR GOOD」という、2030年をターゲットに据えたサステナブル・ツーリズム戦略を策定。「コペンハーゲン大都市圏での観光が地域と世界の持続可能な開発によい影響を与える」という目標のもと、さまざまなプロジェクトが行われてきています。

例えば、ひとつの訪問先に観光客が集中しない工夫として、Visit Copenhagenのウェブサイトで「A sustainability guide to Copenhagen」「A guide for going on daytrips outside of the city’s boundaries 」「A Comprehensive guide to exploring Copenhagen’s different neighbourhoods」といった情報を提供し、自転車や公共交通を使ってコペンハーゲン郊外や周辺都市への訪問を促すなど、コペンハーゲンの中心部以外の興味深い訪問先を一年を通じて観光客に提供しています。

Wonderful CopenhagenのKPIとして、コペンハーゲン市を含まない首都圏の延べ宿泊数は、2025年までに 2,738,157人泊 (2019年レベル)と同等かそれ以上である必要がある、と設定していますが、2022年の首都圏(コペンハーゲン市を除く)の延べ宿泊数は2,801,534人泊で、目標値をすでに上回るという結果が出ています。

ちなみに、2019年の第1四半期、首都圏の延べ宿泊数は 372,729人泊でした(コペンハーゲン市を除く)が、今年2023年第1四半期の延べ宿泊数は383,185人で、こちらも順調な伸びを示しています。

日本でも、人気の観光地で、観光客を受け入れる地元住民との確執は多いと聞きます。
より持続可能な観光を考える上で、一大観光地、コペンハーゲンの決断は参考にできる考え方かもしれません。

でも、ニューハウンはデンマークに来るなら一度は訪れてほしい場所に変わりありません。
夏は人が多すぎるのも確かなので、春先や秋にゆったり時間を過ごしたり、12月の冬の時期に、外は寒いけれど、クリスマスを楽しみに待つ人々の温かな表情や、美しく飾られたクリスマスデコレーションを楽しみに、ニューハウンを訪れるのもいいものです。
あなたの次の旅の計画のひとつに、ぜひ入れてみてくださいね!

●取材協力
Wonderful Copenhagen
Visit Denmark

世界の名建築を訪ねて。名建築家ビヤルケ・インゲルスが設計した低所得者用集合住宅「Dortheavej Housing(ドルテアベジ・ハウジング)/デンマーク・コペンハーゲン

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載8回目。今回は、デンマークの首都コペンハーゲンにある低所得者向け集合住宅(アフォーダブルハウス)である「ドルテアベジ・ハウジング(Dortheavej Housing)」(設計:ビヤルケ・インゲルス(BIG))を紹介する。

手ごろな家賃で、豊かな空間をもつ低所得者用ハウジング

現代世界建築界において、建築家としてのデザイン力、交渉力、組織力など、およそ建築家が必要とする能力を兼ね備えた若手建築家といえば、今やアメリカのニューヨークにオフィスを構えるビヤルケ・インゲルスの右に出る者はいないのではないだろうか。彼がデザインする作品群は、当然スケールの大きな建築やハイエンドな建築などの作品が多いのは当たり前だ。しかしここに紹介する「ドルテアベジ・ハウジング」は、そのような範疇から逸脱したまさに”アフォーダブル・ハウジング”なのだ。

アフォーダブル・ハウジングとは日本語では、手ごろな料金のハウジングのという意味である。早い話がここでは低所得者用ハウジングなのである。ニューヨークの都市計画や、最近ではトヨタのウーブン・シティなど話題となるプロジェクトを数多く手掛けるビヤルケ・インゲルスが、低所得者用集合住宅をどのような理由からデザインするようになったのであろうか。故郷であるデンマークのコペンハーゲンのために一肌脱いだといえばそれまでだが、彼のことだから単なる低所得者用のハウジングでないだろうことは想像に難くない。何らかのユニークなデザインがあろうと推察される。

■関連記事:
世界の名建築を訪ねて。ウーブン・シティなど手掛けるビヤルケ・インゲルス設計の集合住宅「ザ・スマイル」/NY

世界中の話題となる建築家ビヤルケ・インゲルスが設計する故郷の集合住宅とは

敷地はコペンハーゲンの北西部に位置するドルテアベジと呼ばれる、1930年代から50年代の車修理工場や車庫などの工業ビルが櫛比(しっぴ)する工業地帯である。そこにインゲルスは必要とされるアフォーダブル・ハウジングとパブリック・スペースを生み出し、他方歩行者通路や隣接する手付かずのグリーン広場を一般の人々のために開放したのである。

施主であるデンマーク低所得者ハウジング非営利団体の建設意図は、低所得者用ハウジングを世界一流の建築家に設計してもらうことが狙いであった。彼らはビヤルケ・インゲルスと共に、サステナブル・デザインであり、安全かつ機能的で、そこに住む人々が目と目を合わせて生活できる低所得者用ハウジングを目指したのである。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

6,800平米の敷地に完成した5階建てのハウジングには、66戸のアパートメントが収められている。各住戸は60~115平米の広さをもち、天井高が3.5mもあるという大振りなつくりで低所得者用とは思えないリッチさなのだ。しかも開口部は床から天井までフルハイトの大きさという贅沢さである。自然光がたっぷり導入され、さらにグリーン・コートヤードの緑も内部に侵入してくるという、明るい素晴らしいインテリア空間が生まれた。大きな開口部からテラス越しに街を見晴らす生活は、ローコスト住戸といえどもパノラミックな景観が楽しめるメリットが住民に大人気である。

建物ファサード全体を覆う四角いチェッカーボード・パターンはプレハブ構造によるもので、コンクリートと長い木造板でできたスクエアなユニットを、5層に積み上げてできたものである。各住戸の南側には、居心地のよいサステナブル・ライフのための小さなテラスが装備されている。北側ファサードはコートヤード側であり、緩やかな曲面を描く外観形態となっている(夜景写真)

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

南側曲面壁の凹んだ1階中央部は、3ユニット分が北側コートヤードへのゲートとなっている。建物へのメイン・エントランスはこのゲートの両側に配置されている。南側外壁はスクエアなグリッドで覆われているが、ファサードで凹んだ部分がテラスとなっているために彫りの深い表情を見せている。このグリッド状のファサード・デザインは独特のアトモスフィア(雰囲気)を放ち、従来の一般的な集合住宅やマンションとは一線を画した造りが魅力を発揮している。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

建物の北側ファサードは、建物群に囲まれた草木が青々と茂るグリーンのコートヤードに面している。ここは「ドルテアベジ・ハウジング」の住人と、近隣の住人たちによる共同のコミュニティ・レクリエーションにおける活動の場となっている。休日や時間のあるときに人々は集まり、老若男女全てがスポーツをはじめ種々のイベントなどに興じることができるパブリック・スペースとして利用している。

低予算で、高い建築デザイン性を実現するための工夫

「ドルテアベジ・ハウジング」の建設は予算的には非常に厳しい統制があったと思われる。建築デザイン的に如何に対応していくかという、ハードなチャレンジそのものだったといえそうだ。インゲルスは比較的に控え目な材料を用いたモジュラー工法を採用している。これは工場で部分部分をつくり上げて組み立て、それを解体して現場で組み立てる工法で、ここではプレハブ化されたエレメントを現場で積み上げて、高さのあるインテリアと、殊のほか広いリビング・ダイニング空間を巧みに生み出して住民に満足感を与えている。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

なおインゲルスは住民にとっての経済的不満は、しばしば建物における過疎化につながるケースが多いので、個人のみならずコミュニティに対しても、十分な付加価値をつけたアフォーダブル・ハウジング(低所得者用ハウジング)を創造したのはさすがである。     

●関連サイト
Bjarke Ingels Group: BIG

コペンハーゲンは2人に1人が自転車通い! 環境先進国デンマークの自転車インフラはさらに進化中、専用高速道路も

環境先進国として有名なデンマーク。その先進性の一翼を担っているのが、自転車です。古くから最も人間にとって身近な移動手段であった自転車の存在が、デンマークでますます輝きを増しています。コペンハーゲンなど都市部の人にとっては、もはやなくてはならない生活ツール。今回は、デンマーク人がなぜ、これほど自転車に魅了され続けているのかについて、探求してみたいと思います。

そこのけ、そこのけ!自転車が通る!!

コペンハーゲンで街歩きをしていて、信号待ちをしたり、バスの乗降をしようとするとき、猛スピードの自転車にぶつかりそうになったり、ベルを激しく鳴らして通り過ぎていく自転車に呆然とすることがあります。特に、自転車専用道路の存在に慣れていない私たち日本人にとっては、歩道と車道の間に広がるかなり大きめなその空間を、つい歩道だと勘違いしてしまいがち。

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

デンマークでは誰でも、どんな天気でも自転車に乗ります。大人も、子どもも、王室の方も、政治家も。通勤、通学、子どもの送り迎え、買い物、レジャー、引越し。自転車の霊柩車もあるほどです。とにかく、自転車はみんなのものなのです。そして、いつもとても感心するのが、誰もが、停まるときや曲がるときに手信号で合図すること。そして、自分の体型や乗り方に合ったサドルやハンドルの高さにきちんと調整していること(デンマークで自転車に乗っている人はとても姿勢が良いのです。これは、学校で低学年で正式に公道デビューするときにサドルやハンドルの高さが自分と合っているかを確認することを教わるから)。これは、自分も相手も守る、自転車のルールの基本。当たり前のことを、きちんと当たり前にやっています。

ちなみに、コペンハーゲン市の自転車に関するデータを最新の情報から拾ってみると、全市民が平日にコペンハーゲンを走る自転車の総距離は約140万km。コペンハーゲン市で登録されている自転車の数は約74万5千台で、市の人口(約63万3千人)を上回ります。コペンハーゲン市の自転車専用道路の総距離数は約380kmで、市内を網の目のように結ぶ自転車や歩行者の専用橋は24箇所。もちろん、自転車専用信号も各交差点に設置され、現在では、自転車道の幅が自動車道の車線の幅と同じくらい広くなっているところも多く存在します。

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークでは、私が移住した20数年前もすでに自転車が多いなと感じる国でしたが、ここ15年ほどはさらにそれに拍車がかかり、特にコペンハーゲンやその近郊、オーデンセ、オーフスなどの大きな都市では、上記のように、自転車と徒歩の人にとって暮らしやすく、車では移動しにくい街づくりへとどんどん「進化」しているのが感じられます。私は時折、日本のメディアの撮影をコーディネートすることがあるのですが、そのときにも、例えばコペンハーゲン市や、現地のカメラマンなどには、車ではなく、自転車で取材をすることを勧められることがあります。実際に、カーゴバイクを数台借りて、その荷台から撮影したことも何度かあります。

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環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた

車の便利さを取るか、自転車&歩きやすい憩いの街を取るか、それが問題だ

そうは言っても、デンマークもずっと昔から自転車国家だったわけではありません。世界的にも車が増えはじめた1970年代には、コペンハーゲンでも車があふれ、高速道路の建設や駐車場の増設が次々に計画されていました。しかし、1980年代~90年代にかけて、コペンハーゲン市で都市エンジニアをしていたイェンス・ロアベックさんは、こうした市議会の決定に疑問を投げかけます。
「コペンハーゲンに住むみなさんや、コペンハーゲンを訪れる人たちは、たくさんの車を見るためだけにそこにいるのですか?」
「街中に高速道路を通したり、そんなにたくさんの駐車場をつくることが本当に必要で、そんな街を私たちは求めているのでしょうか?」

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

そこから、市民の間に街のあり方や車との付き合い方の議論が活発になり、その勢いを受けて、コペンハーゲン市のアーバンデザインと自転車インフラを司る専門家としてまちづくりを主導していたロアベックさんは次々にコペンハーゲンの街角を車から解放して、人が徒歩や自転車で街をめぐり、憩うことができる広場や場所を取り戻すまちづくりを進めていき、今のコペンハーゲンの姿に近づいていったのです。

例えば、みなさんもよく知っている、コペンハーゲンの運河沿いにあるカラフルな街、ニューハウン。今は、通りに面したレストランやカフェにテーブルや椅子が所狭しと並べられ、食事やビールを楽しむ人でにぎわう一大観光地のひとつです。でも、実はここも70年代はすべて車で埋め尽くされた駐車場だったのです。当時、議会の決定ではさらに駐車場を増やす予定でしたが、その決定を覆して逆に駐車場を取っ払い、人々の憩いの場にするという当時の思い切った決断のおかげで、今はすっかりデンマークを代表するランドマークとなって、一年中、徒歩や自転車で訪れる人が絶えません。

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

「こんなのがあったらいいな」を次々に形に!

デンマークでは、90年代から、環境や気候変動への意識の高まりから、国と都市が連携して、市民の一般車両を利用しての移動を減らし、徒歩、自転車、公共交通の利用を促す政策が打ち出されるようになりました。

コペンハーゲン市では1996年以来、2年ごとに「自転車会計白書」を発行して、市の自転車政策や目標に対して、どれくらい実現できているかを調査・公表。2011年には、2025年に世界一の自転車都市を目指して、自転車政策を発表し、ここ10年間で約2億ドル(約287億円)を自転車インフラに投資しています。

デンマーク政府も2014年に「デンマーク、自転車に乗ろう!」という国の自転車政策を打ち出し、ツール・ド・フランスの開幕地を務めた昨年は、今後の新たな全国規模の自転車インフラ構築のために4億5800万ドル(約658億円)の拠出を決定しています。

こうした予算を投じてつくられてきたユニークで便利なインフラの数々の代表的な例をいくつかご紹介しましょう。

まずはバイシクル・スネイク。ビルの合間を縫うように運河を越えて走る、自転車専用の高架橋です。くねくね曲がったその様子がヘビのようだからと、こんな名前がついています。この橋が2014年にできたおかげで、その先の自転車と歩行者専用のBrygge橋にスムーズにつながり、HavneholmenエリアとIslands Bryggeエリアが、あっという間に行き来できる場所になりました。

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) - Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) – Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

そして、サイクル・スーパーハイウェイも特徴的なインフラのひとつ。コペンハーゲンとその近郊の29自治体を結ぶ、850km強の自転車専用高速道路です。住宅エリアと通勤、通学エリアを、ほとんど途中で止まることなく、通過する自治体に関係なく同じクオリティ(走行速度や自転車レーンの幅、交差点での信号の設置など)の走りができるのが大きな特徴です。日本でも、車専用の高速道路は、自治体をまたいでも同じクオリティですよね。そうでなければ、利用しにくいし、事故も起きやすい。その考えをすっぽり自転車に応用したのが、このサイクル・スーパーハイウェイなのです。コペンハーゲン市内の多くの職場も、サイクル・スーパーハイウェイを利用した通勤を奨励しているところも多く、職場には移動後に服を乾かす部屋やシャワーやサウナが併設されているという話もよく聞きます。

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

最近は、自転車専用レーンを走る乗り物の種類もさまざま。一般的な二輪の自転車に加え、市民の自転車での走行距離が延びていることもあり、E-バイク(電動自転車)も急増。そして、二輪や三輪で前に荷台がついているカーゴバイクや電動カーゴバイクも人気です。電動キックボードだけでなく、デンマークではスクーターも自転車専用レーンを走るのがルールです。自転車も、街の要所要所にレンタサイクルや電動シティバイクがあり、シティバイクはナビゲーションもついていてとても便利です。

お天気がくるくる変わりやすいデンマークですが、それでもやはり便利な自転車に乗りたい人は多く、ファッションも四季折々、みな工夫をこらして、おしゃれに乗りこなしています。

デンマークでは、たいていのホテルで自転車をレンタルしているので、みなさんにもぜひ一度、自転車で街を巡る体験をしてほしいと思っています。自転車に乗って実際に整備された自転車専用レーンを走ってみると、いかに快適で、安全に、車よりも早く目的地に着けるのが実感できますし、風を切って走りながら、気になったところでさっと自転車を降りて散策できるという自由さも、自転車と自転車インフラは叶えてくれます。もし、いきなり自分だけでまわるのが難しいかな、と感じる人は、例えば自転車でコペンハーゲンのGXを体感するツアーや、デンマークを代表する建築を回るツアーなどもあるので、ぜひ参加してみてくださいね。きっと、デンマークという国が、もっとわかる、ワクワクする体験になるはずです!

●取材協力
・コペンハーゲン市
・Jens Roerbech
●参考資料
「Mobilitetsredegoerelse 2023」

環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた

デンマークといえば、世界的な環境先進国。80年代から再生可能エネルギーの利用へシフトを進め、大気や水のクリーン化や廃棄物の資源化、持続可能な社会への移行に早くから取り組んでいます。
なかでも特徴的なのが、ゴミ処理施設「コペンヒル(Copenhill)」。ゴミ処理施設にもかかわらず、人が毎週こぞって集まるのです。なぜなのでしょうか? 今回は現地から、その秘密に迫ります。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ゴミ処理施設=スキー場&ハイキングコース!?

ゴミ処理施設といえば、なんだかに嫌なニオイがしそうだし、煙突から汚れた排気も出そうだし……という人が多く、NIMBY(Not in my backyard. うちの裏庭にはお断り)というイメージでしょうか? いえいえ、それも今は昔。

デンマークでは近年、ゴミ処理施設の環境改善が進み、排ガス中の有害物質やフライアッシュの除去が高度に行われています。また、巨大な空気の吸込口をつくることでゴミ処理施設特有のニオイが建物の外に漏れないようになっています。さらに、施設の建物自体のデザインもスッキリした美しいデザインを採用しているところが多く、市民や子どもたちに向けた勉強会や見学会などのプログラムも豊富なので、ゴミ処理施設は市民にとってより身近な場所となっています。

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

2019年10月にオープンしたゴミ処理施設「コペンヒル」。その名の通り、銀色に光る、高さ85mの小高い丘のようなその建築物のてっぺんからはコペンハーゲンの街を一望できます。近くにはコペンヒルの建設と同時期にできたアパート群が立ち並び、世界的に有名なレストラン「noma」(食を提供するという文化の新たな形を模索するため、2024年末を持って惜しまれつつも閉店予定)からもそれほど遠くない場所です。海に面した方に目を向ければ、コペンハーゲンのミデルグルン洋上風力発電所や、スウェーデンへと続くオアスンブリッジも見えます。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(c)SLA

(c)SLA

コペンヒルは、コペンハーゲン近郊の5つの自治体で運営するゴミ処理施設、アマー・リソース・センターに位置します。ルーフトップはなんとスキー場! グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデが広がり、一年中スキーを楽しむことができます。

(C)Astrid Maria Rasmussen

(C)Astrid Maria Rasmussen

 グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

スキースロープデザインは、世界有数のデザイナーであり、新潟県妙高市の新井スキー場も手掛けた米国International Alpine Design in Colorado (IAD)のほか、冬季オリンピックで近年トラックデザインを担当しているScandinavian Shapersのデイヴィッド・ナイや、デンマークを代表するハーフパイプとスロープスタイル・チャンピオンのニコライ・ヴァンが手掛けました。

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

さらには、500mのハイキングトレイルやランニングコース、世界で最も高いクライミングウォールも併設され、それぞれ、思い思いにスポーツアクティビティを楽しむ人でいつもにぎわっています。
エレベーターもしくはリフトで上まで上がると、ルーフトップカフェで絶景を楽しみながら休憩したり、スキーを下りた後は、スキーカフェでゆっくり飲食を楽しむこともできます。

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

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(C)Daniel Rasmussen

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コペンハーゲンは古くから自然との共存が大切にされてきた街。近年は生物多様性や気候変動による都市の高温化やゲリラ雷雨対策、自然環境が身近にあることでの心身両面へのポジティブな作用をより重要視して、建築物の屋上をフラットな形状にして緑化を奨励したり、車の車線を減らしてできたスペースや既存の公園に都市型水害対策のため、雨水を受け止めることができる緑地スペースを施したりと、都市計画にもさらにさまざまな工夫を凝らしています。

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境界線をファジーに。デザインでデンマークの都市が促す「つながり」

コペンヒルのあるアマー・リソース・センターは、ゴミ処理施設であると同時に、ゴミを燃やす熱を利用して年間3万世帯分を発電し、7万2千世帯分の熱供給を行うエネルギー施設でもあります。

デンマークでは、1970年代のオイルショック後から、中東のオイルに頼りきりだったエネルギー資源を、自国で自給自足できるように方向転換しました。その結果、それ以前から行われていた熱供給も、ゴミ処理時に発生する熱や、麦ワラなどのバイオマスを利用する方向へと転換していきました。コペンハーゲンでは、ほぼ100%の世帯や公共施設に地域熱供給(※)が導入されていますし、デンマーク国内全体では、どの自治体でもゴミ処理の熱は必ずエネルギーに転換され、地域の住宅に供給されています。

※地域熱供給(地域冷暖房)とは、冷水や温水などを一箇所でまとめてつくり、街や個々の建物に供給する仕組み。個々の場所に設備を設置して行う「個別熱源方式」に比べ、省エネ性や防災性の面で優れており、その導入が期待されている

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

2011年、老朽化したアマー・リソース・センターのゴミ処理施設の建て替えコンペで選ばれたのは、建築界のスター的存在であるビャルケ・インゲルス率いる建築事務所BIG。ゴミ処理施設兼エネルギー施設の屋上をスキー場にするという、他の誰も考えつかなかったアイデアの実現に挑むことになりました。

通常、ゴミ処理施設やエネルギー施設は、一般の人にとって直接訪れることのない場所かもしれません。でもビャルケ・インゲルスという建築家にとって、こうした「境界線」はいつも問いのテーマであり続けているようです。

例えば、彼がコペンヒルに先駆けて、2010年にコペンハーゲンの新開発地域オレスタッドに建設した「8ハウス」。これは、8の字の形をして、なだらかな傾斜のあるユニークな建物で、1階が商業施設、2階以上が住居になった複合施設ですが、ここも、建物の通路が歩道からひと続きになっていて、そのまま居住者じゃなくても歩道のように上がって建物の一番上まで上がることができるようになっています(6人以上のグループは別途有料の見学ツアー申し込みが必要)。

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

通常なら、アパートはそこに住む人だけに入ることが許されるのが普通ですが、歩道からプライベート空間につながり、そのまま動線がつながるという考え方は、公と私をゆるやかに、ファジーにつなぐという、新しい価値を生み出しています。このユニークな建物と、そこから見える絶景を、そこを日常的に使う人だけでなく、もっと多くの人と共有したい。そんな思いが感じられます。

「普段は直接縁のない人たちでも、せっかく新しくつくるインフラだもの、可能な限りとことん使い、楽しんでほしい」。8ハウスに通ずる思想を、コペンヒルにも見ることができます。

山のような傾斜を、自然を少しでも感じながら登るという体験、スキーやスノーボードの体験をするには、山のないデンマークでは不可能だから、海外に行くほかなかった。そんなこれまでの当たり前が、コペンヒルというアイデアを実現したことで、「学校の帰りにスキーに行く」「週末に友達や家族とちょっとスキー」という当たり前にアップデートされたのです。

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

社会に必要なことも、もっと楽しく

ゴミ処理施設のような、今の時点では社会にとって必要なもの(将来的にはゴミという概念すらなくなるかもしれないけれど)は、これまでは私達のような一般市民にとっては、お世話になってはいるものの、直接その場所に出向いたりして関わる場所ではありませんでした。ただ、法に則って、きちんとそこにある、という価値だけが求められていたのかもしれません。

ところが、コペンヒルの誕生で、その概念は覆されました。ゴミ処理エネルギー施設が、誰にとっても必要な場所であるだけでなく、誰でも気軽に行って楽しめるという、ひとつでいくつもの役割を果たせる施設に進化したのです。

スキーやトレッキング、ランニングを楽しむためにそこへ来る人が増えれば、その場所の本来の機能や役割にも関心が向くのは自然なことです。こうして、関わる人を直接的に増やしていくことが、毎日を楽しく、かつ、地域社会のあり方へ気持ちを向ける人を自然に増やしていくことにつながっているのが、コペンヒルの大きな価値の一つと言えそうです。

あなたの街には、ゴミ処理施設がありますか? そこに行ったことがありますか? その施設と、あなたが直接関われることはありそうですか? 自分の街のあり方にも、思わず目を向けたくなってきませんか?

(C)Daniel Rasmussen

(C)Daniel Rasmussen

(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

スキーやスノーボードをやらない人も、コペンハーゲンに来たらバスに乗って、コペンヒルを訪ねてほしい。ルーフトップカフェでコーヒーを飲んで眼下に広がる景色を眺めていたら、ひょっとして、これまで自分が一所懸命線引きしていた何かの境界線が、実はいらないかもしれないと気づけるかもしれません。

(C)Visit Copenhagen

(C)Visit Copenhagen

●取材協力
COPENHILL