浜松町駅チカの大規模複合開発「BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)」がすごすぎた! 船着場付きホテルでのクルージング、”船旅通勤”もスタンダードに!? 東京都港区

野村不動産と東日本旅客鉄道は、共同で推進している国家戦略特別区域計画の特定事業「芝浦プロジェクト」の街区名称を「BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)」に決定した。報道関係者に対して、街区名公表と合わせ、S棟(2025年2月に竣工予定)の一部エリアの先行内覧、新たな舟運航路を含めた船上からの見学会を開催した。筆者も参加したので、事業の概要について紹介したい。

浜松町駅最寄りに高さ約230mのツインタワーが誕生

新街区名「BLUE FRONT SHIBAURA」の開発計画は、端的にいうと、浜松町ビルディングの建替事業で、新たにS棟とN棟のツインタワーを建設するもの。いずれもオフィスが中心で、S棟にはホテルを、N棟には住宅を高層階に設け、低層階に商業施設が入る。2021年10月に着工したS棟はすでに骨格が建ち上がり、2025年2月に竣工する予定。N棟は着工が2027年度なのでまだ既存のビルが立っており、2030年度に竣工予定となっている。

出典:プレスリリースより転載

出典:プレスリリースより転載

ただし、単なる建替事業にとどまらないのが、このプロジェクトの大きな特徴だ。

浜松町駅から竹芝・日の出ふ頭をつなぐネットワークを形成

浜松町駅周辺では、世界貿易センタービルディングの建替事業(浜松町駅西口地区開発計画)や東京ポートシティ竹芝、ウォーターズ竹芝など大型再開発プロジェクトが複数進行していた。浜松町駅西口地区、竹芝地区と芝浦一丁目地区との三地区連携を図ることで地域の回遊、にぎわいの創出といった効果を生み出すようになっている。

出典:プレス発表会のプレゼンシーン(筆者撮影)

出典:プレス発表会のプレゼンシーン(筆者撮影)

JR浜松町駅は北口と南口に東西自由通路が整備され、歩行者のアクセスが向上することになるが、その浜松町駅からの歩行者専用道路に屋根を設けてアンブレラフリーで「BLUE FRONT SHIBAURA」に行けるようになる計画だ。

出典:プレスリリースより転載

出典:プレスリリースより転載

一方、日の出ふ頭に「Hi-NODE」(ハイノード)をつくり、船客待合所のほか芝生広場や海をのぞむテラス付きのカフェ・レストランなどを整備。Hi-NODEと竹芝地区をつなぐ橋を架けて夜間にライトアップするなど、水辺に開かれたにぎわい空間を創り出した。

「Hi-NODE」(筆者撮影)

「Hi-NODE」(筆者撮影)

東京湾のベイエリアの整備は、国や東京都も後押ししている。このプロジェクトは、「国家戦略特区」に認定され、東京都が掲げる「東京ベイeSGまちづくり戦略」にも盛り込まれている。東京都は、東京湾岸のベイエリアを、海と緑の環境に調和したサステナブルなエリアとして発展させようと考えているからだ。

新しい働き方「TOKYO WORKation」を提供するオフィス

さて、先行内覧が行われたS棟には、高層部に日本初進出の「フェアモントホテル」が入る。S棟が面する運河に船着き場を設けて、ホテルの専用船によるクルージングサービスが提供されるのが、この場所ならでは。低層部には水辺を活かした飲食店などの商業施設が入り、オフィスで働く人の需要にも応える。

メインとなる中層部のオフィスでは、「TOKYO WORKation」を提供する。眼前に広がる空と海、ツインタワーを囲む運河と緑地といった自然を身近に感じられるような、さまざまな工夫をしている。大きな特徴の一つが、共用部のワークスペースの多様さだ。建築中の28階フロアでその説明を受けた。この階には、さまざまなワークスタイルのラウンジ・バケーション・テラスエリアや共創エリア(フレキシブルにレイアウトが変えられる)などがあり、フィットネスやサウナなどのエリアもある。特に、約10m幅の大開口となるバックデッキは、内側と外側をつなぐ大空間となっていて、東京湾の眺望をゆっくり楽しむことができる。

こうした多様なワークスペースは、アプリで予約ができるようになる。アプリでは、見たい景色やリラックスしたい、集中したいなどの気分でも検索できるというから驚きだ。その日の状況に応じたワークスペースを選ぶことで、業務のパフォーマンスが高まるのだそうだ。これは、野村不動産の従業員を集めて、柔軟なオフィスで勤務した場合とそうでない場合で実験を行った効果検証からも明らかになったという。

バックデッキの外側部分。画像では小さく感じるが、実際にはかなり大きい空間となっている(筆者撮影)

バックデッキの外側部分。画像では小さく感じるが、実際にはかなり大きい空間となっている(筆者撮影)

開放的な開口部からは海だけでなく、東京タワーも見える(筆者撮影)

開放的な開口部からは海だけでなく、東京タワーも見える(筆者撮影)

舟運の拠点にもなり、海からの景観にも配慮

最後に、Hi-NODEから小型船で海に出て、船上からベイエリアを眺めた。

日の出船着場から小型船に乗る(筆者撮影)

日の出船着場から小型船に乗る(筆者撮影)

この芝浦・日の出と晴海を約5分でつなぐ「BLUE FERRY」の運航が、2024年5月22日に始まった。今回は、その航路とは異なる回遊ルートが運航された。船はまず、竹芝ふ頭付近に行ってから、BLUE FERRYの船着き場のある晴海フラッグ付近へ移動し、豊洲市場やレインボーブリッジの手前で折り返すルートだ。

出典:取材当日に配布された船上ツアーのルート(青ライン)を筆者が撮影

出典:取材当日に配布された船上ツアーのルート(青ライン)を筆者が撮影

ツインタワーの建築デザインは、槇文彦氏が名誉顧問を務める槇総合計画事務所によるもの。最大の特徴は、カーテンウォールの外壁だ。残念ながら晴天とはならなかったが、外壁が水面のように情景を映すというので、船上から注意して見ていた。

3層構成のタワーは上層階に行くほどセットバックする形状で空が広く見えるようになっている。まだS棟のみのシングルタワーだが、将来はこうしたツインタワーになると、パースを見せてもらった。

建築中のS棟。最初は東京タワーが右手側に見えた(筆者撮影)

建築中のS棟。最初は東京タワーが右手側に見えた(筆者撮影)

将来は少しデザインの異なるツインタワーが誕生する(筆者撮影)

将来は少しデザインの異なるツインタワーが誕生する(筆者撮影)

S棟の外壁に空の雲が映っている(筆者撮影)

S棟の外壁に空の雲が映っている(筆者撮影)

角度を変えると近くのビルが映る。東京タワーは左側に位置を変えた(筆者撮影)

角度を変えると近くのビルが映る。東京タワーは左側に位置を変えた(筆者撮影)

カメラの腕と天気がもっと良ければきれいに写せたのだろうが、場所や天候によって違う表情を映すという外観の目的が、海から見るとよく分かる。夕日が映えるところも見てみたいものだ。それにしても、方向音痴の筆者には、東京タワーの位置が変わるのが不思議でならない。

対岸の晴海フラッグ(筆者撮影)

対岸の晴海フラッグ(筆者撮影)

お台場方面トレインボーブリッジ(筆者撮影)

お台場方面トレインボーブリッジ(筆者撮影)

このプロジェクトは、ツインタワー内のオフィスに勤務する人やホテルや商業施設を利用する人だけにとどまらず、地域の活性化によって、快適な水辺空間を楽しみたい人や船を利用したい人などにもメリットを生み出す。ベイエリアに新たな魅力をもたらすものだろう。

6月1・2日にはHi-NODEで、音楽やヨガ、フードを楽しめる水辺FESTIVALが開催されたという。東京では再開発がめじろ押しだが、JRやゆりかもめの陸のアクセスとふ頭からの海のアクセスを利用できる、ベイエリアの玄関口となるエリアの再開発となる。その点では、他と異なるユニークな再開発といえるだろう。

●関連サイト
野村不動産、東日本旅客鉄道「延床面積約 55 万平米の大規模複合開発「芝浦プロジェクト」街区名称決定 「BLUE FRONT SHIBAURA」~更なる成長が期待されるベイエリアと東京都心部の結節点「つなぐ“まち”」を目指す。~」

祖母の思い出の家を“住み開き”! 地域で子育て・防災できる住まいに

長らく住宅不足が続いてきた日本ですが、2010年代に入って住宅が余りはじめ、昨今は空き家が問題となっています。築年数の経過した祖父母・父母の思い出がつまった住まいをどうするのか、今から考えておきたい人も多いことでしょう。今回は東京・下町で思い出の場所を現代の暮らしにあわせて、コワーキングスペース&シェアキッチン付き住宅へと建て替えた鈴木亮平さんに話を伺いました。
まるで朝ドラ! 祖父母の行政書士・税理士事務所兼住まい

2020年4月、とうきょうスカイツリー駅のすぐそばに、コワーキングスペース・シェアオフィス、シェアキッチン、住居などが一体となった「PLAT295」が誕生しました。働く場所、勉強場所を探している人はもちろん、多目的に使えるキッチンがあり、動画撮影などのスタジオとしても活用されているとか。複合型の施設のため、地元の人はもちろん、検索してわざわざ訪れる人まで、さまざまな利用者がいるといいます。

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

「もともとこの場所は僕の祖父母が暮らしていた住まいがあったんです。1棟は築40年超、1棟は築60年超。建物が隣接していて、ベランダで行き来できるような建物でした」と話すのは、PLAT295の立案者であり、NPO法人バルーンでアーバン・デザイナーとして活躍する鈴木亮平さん。

聞くと、暮らしていたのは鈴木さんの母方の祖父母。祖母は東京大空襲で焼け野原となったこの場所で、6人の弟妹を養うために進駐軍の事務手続きの仕事をはじめ、その後、日本の女性ではまだ珍しかった行政書士の資格を取得。この場所で行政書士事務所を始めたそう。のちのち縁あって税理士の夫と結婚、税理士業とあわせて仕事を行うなかで土地と建物を買い増して、成功を収めていたといいます。

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

日ごろから「ちまちま稼いでも儲からない、不動産を買わないと」というような、下町っ子らしい毒舌(!)で気風のよい人だとか。とはいえ、築60年超の建物は老朽化し、ネズミが出る、漏電や耐震面でも不安があり、暮らしやすいとはいい難い状況でした。

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

安全性、防災、まちづくり、子育てなどを考慮して建て替えへ

建物の老朽化を懸念していたころ、この場所で暮らしてきた祖母が施設に入ることが決まりました。鈴木さん夫妻は、既存の建物を壊して、ここで建て替えることを決断します。

「建物の老朽化、子育てしやすい間取りで暮らしたいという理由もありますが、大きいのは、長くじっくりとまちづくりに関わっていきたいと考えたこと。仕事柄、地域活性化といっても2~3年でプロジェクトが終わってしまうのですが、もうすこし長いスパンでまちづくりに携わりたいと考えました。もう一つは防災面です。災害が起きたとき、近所の誰かに助けてもらえる、気にかけてもらえることが運命を大きく変える気がするんです。祖母は東京空襲に遭ったとき、近所のおじちゃんに火から身を守るため泥を全身に塗られて生き延びられたと言っていました。私は仕事柄、出張も多いので、不在にしていることも多い。そんなときに被災したら、妻と子どもを気にかけ、守ってくれるのは地域の人だなと思い、地域の人とつながれるスペースが必要だと感じました」(鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

まさか戦争のエピソードが出てくるとはちょっとびっくりしますが、戦火をくぐり抜けた人が語るコミュニティの大切さは実感がこもっていて、言葉に重みがあります。

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

「本所吾妻橋駅周辺はアクセスも最高で、庶民的で本当に住みやすいんです。ただ、人口密集地域ですし、海抜ゼロメートル地帯。地震、台風など防災のことは常に考えておかないといけません。また、仕事柄、さまざまな人と出会って刺激を受けたいといった実利的な側面も考慮しました。この下町って、職住近接が当たり前なんですよ。印刷や建築、職人さんなど、路地から仕事の音やニオイ、気配がする。この土地で暮らすうちに、自然とこういう街並みを守っていきたいと思うようになりました」(鈴木さん)

東京は利便性が高く、日々、目まぐるしく変貌している街です。でも、経済合理性が優先されるがゆえに、その街ならではの良さがどんどん失われている側面もあります。鈴木さんが選んだのは、単に新しい住宅を建てることではなく、街の良さを活かすために、時代に合わせた設備を備えた建物にするという答えでした。

住まいから見上げる東京スカイツリー。子どもたちもご近所顔なじみに!

「PLAT295」の誕生と同時に、妻は転職し、現在はPLAT295などの管理や運営の仕事をしています。1階が仕事場、4・5階が鈴木さん一家の自宅というかたちになりました。暮らしはどのように変わったのでしょうか。

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

「ここで働くようになり通勤がなくなったので、子どもと過ごせる時間が増え、気持ちのうえでもゆとりが生まれました。子どもは4・5階の居室スペースだけでなく、1階のシェアオフィスも家だと思っているようで、よく訪れています。シェアオフィスがオープンした当初はそれこそ大人と一緒に店番していました(笑)」と妻のすみれさんは話します。

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

働く大人、働く親の姿を見られるのって貴重ですよね。子どもにとっては一番よい学びの場所になる気がします。

「そうですよね、1階にいれば誰かしらいて、アイスをもらったりと遊んでもらえて、親もうれしいですね。あとはシェアキッチンには大型オーブンを入れたので、本格的なピザなどが焼けるのが楽しいですね」といいます。キッチンのコーディネートを担当したのもすみれさんで、インスタグラムや動画撮影で使われることも意識し、照明のデザインなども工夫したのだとか。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「本当は小さいお子さんを連れたママたちの子ども会やパーティーなどにも使ってほしいんですが、コロナ禍でなかなかできず……、そこは今後に期待ですよね」。確かに。でも近所にこんなシェアキッチンがあれば、自然と持ち寄りパーティーなどもできそうですし、じわじわと利用も増えていくに違いません。

「下町はお祭りがあるので、地域のつながりが今もあるんですよ。ただ、それだけだと、いつものメンバーに偏ってしまう。会社員の人や単身赴任の人など、普段はワンルームに暮らしている人も、地元の人と顔なじみになれることが大事かなあと。シェアオフィスがあることで、そのきっかけになれたらいいなと思っています」と鈴木さん。

この場所のはじまりとなった祖母は、コロナの影響でまだ施設から外出することができず、建物を見ていないそう。

「この『PLAT295』という名前は、おばあちゃんの名前、ふくこ(295)から取りました。建物ができあがった姿を見たら? そうですね、儲からなそうだな、って言うんじゃないでしょうか(笑)」(鈴木さん)

もちろん、既存の建物を残す選択肢もありましたが、「建物の質がよくなかったこともあって、残せるものではなかったことを考えて」、建て替えを決断した夫妻。残すことだけが、住み継ぐことではありません。時代にあわせて変化をさせ、思いを残すにはどうしたらいいのか。「地域とつながる」「人をつなげる」場所にした夫妻の決断を、きっとおばあちゃんも誇らしく思うのではないでしょうか。

●取材協力
PLAT295

コロナ禍のテレワークだからこそ家族と暮らす選択を 私のクラシゴト改革8

2020年の1年間で、浅草→鎌倉→神戸と拠点を目まぐるしく変えた、会社員の小林冬馬さん。「“テレワーク前提”だからこそ暮らす街は自由に選べる」と、このような暮らし方を決断した。さらに居住地を変えたことで、副業もスタートするなど、働き方も変化した彼に、この暮らしを選んだ経緯や変化など、あれこれ伺った。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。テレワーク前提の企業に転職。憧れの街、鎌倉へ住み替え

元は広告代理店で人事の職に就いていた小林さん。「デジタルマーケティングの仕事をしたい」「自由度の高い働き方がいい」という理由から、2020年4月に転職。「新しい職場は、テレワーク(リモートワーク)前提の環境だったので、せっかくなら、憧れていた鎌倉で暮らしてみたいと思いました」

そうして5月に浅草から鎌倉へ引越し。住まいは、材木座海岸、由比ガ浜海岸からほど近い物件。のんびりしたローカルな商店街、海沿いにはサーフショップやスクールが立ち並び、サーフボードを抱えた自転車が行き交う街だ。
「海まで徒歩5分ほど。鎌倉といっても、観光客は少なく、ほどよく田舎。引越し当初は、平日朝早くおきて、海にサーフィンをしに行っていました。でもサーフィン後の仕事は眠くなるので、サーフィンはすぐ週末限定に(笑)。平日は、朝、夕にのんびり山や海を散歩するのが日課になりました」

大学時代は徳島で、山も海も近い環境に親しんでいた小林さん。サーフィンが趣味になったのも、徳島での暮らしがきっかけだ。「前の職場の社長が鎌倉在住で、何度か遊びにいく機会があり、憧れの街になりました。でも当時は週5日出社だったので、通勤は大変とあきらめていました」(画像提供/小林さん)

大学時代は徳島で、山も海も近い環境に親しんでいた小林さん。サーフィンが趣味になったのも、徳島での暮らしがきっかけだ。「前の職場の社長が鎌倉在住で、何度か遊びにいく機会があり、憧れの街になりました。でも当時は週5日出社だったので、通勤は大変とあきらめていました」(画像提供/小林さん)

鎌倉在住時に撮影した長谷寺のアジサイの写真(画像提供/小林さん)

鎌倉在住時に撮影した長谷寺のアジサイの写真(画像提供/小林さん)

コミュニティ重視のコワーキングスペースを選択

小林さんが鎌倉に住まいを移す際、こだわったのがコワーキングスペースだ。「自宅で仕事もできますが、地域とのつながりも求めていたので、交流もできる地域の仕事場スペースを別に持っておこうと思ったんです」
選んだのは、地域密着の起業支援拠点。地元ビジネスのスタートアップ拠点として利用する人、フリーランスで働く人が多数ながら、小林さんのように会社員をしながらリモートワークをする人もいる。
「他のコワーキングスペースも4件ほど見学したのですが、どちらかというと”各自がもくもくと仕事をするだけ”という場所も。選んだ『HATSU鎌倉』は、神奈川県からの委託を受け、面白法人カヤックという鎌倉に本社のあるIT企業が運営するところで、コミュニティマネージャーと呼ばれる世話人が、なにかと声をかけてくれて人をつなげてくれるんです。だから自然とネットワークが広がりました」

HATSU鎌倉(写真提供/HATSU鎌倉)

HATSU鎌倉(写真提供/HATSU鎌倉)

鎌倉愛にふれるにつれ、自分自身の故郷に思いをはせるように

そんな鎌倉でのリモートワークをするにつれ、小林さんの心境にも変化が。
「鎌倉は、本当に地元愛が強くて、何かしら地元に貢献したいという人が多いんですよね。コワーキングスペースでそうした地域のキーパーソンと呼ばれる人たちとつながることで、自分が生まれた神戸でも、何かしらできることはないかなと思い始めたんです」
そんななか、鎌倉でルームシェアしていた友人が地方移住することをきっかけに、故郷の神戸にUターンすることを決意した。
8年ぶりの神戸は、地元とはいえ、新鮮な体験がいっぱいという小林さん。「高校生までの僕は、使えるお金も限られるし、車は運転できないし、実は行動範囲がかなり狭かったんですよね。特に中・高校と僕は部活にどっぷりで、家と学校の往復の毎日。社会人になって暮らす神戸は、”こんなところがあるんだ”と発見の連続でした」

神戸でもコワーキングスペースを利用。紙媒体やWEBサイトを制作するデザイン会社が運営する拠点だけあって、クリエイターが多く、こちらも、交流イベントがさかんな“コミュニティ重視”のコワーキングスペースだ。
「みんなでボジョレー・ヌーヴォーを飲む会や、地域コミュニティの仕事をしている人向けのパネルディスカッションのセミナーに参加するなど、硬軟合わせたイベントが豊富なんです。学生インターンもいて、彼らが企画した”韓流コンテンツ基礎講座”も、モノは試しと受けてみて、面白かったですよ」

三宮にあるコワーキングスペース「ON PAPER」。24時間365日利用可能で、パーテーションに囲まれた専用デスクで集中もできるプレミアム会員に。月額は3万8000円(税別)(写真提供/ON PAPER)

三宮にあるコワーキングスペース「ON PAPER」。24時間365日利用可能で、パーテーションに囲まれた専用デスクで集中もできるプレミアム会員に。月額は3万8000円(税別)(写真提供/ON PAPER)

「実家暮らしになり家賃が不要になった分、働く場には投資しておきたいと考えました」(写真提供/小林さん)

「実家暮らしになり家賃が不要になった分、働く場には投資しておきたいと考えました」(写真提供/小林さん)

ボジョレー・ヌーヴォーを会員で飲む、コワーキングスペースのイベントのひとつ(写真提供/小林さん)

ボジョレー・ヌーヴォーを会員で飲む、コワーキングスペースのイベントのひとつ(写真提供/小林さん)

家族との時間に喜び。念願の地方副業も楽しみに

神戸へUターンし、久しぶりに親と一緒に暮らす生活になった小林さん。料理や洗濯などをしてもらう代わりに、食品の買い出しや力仕事などサポートをしたり、Wi-fi環境を整えるなど実家のシステム化も担うなど、親との関係性も10代のころとは違うものに。大阪に暮らす祖父母の元を訪れる機会も増えた。「実は兄もコロナ禍で実家に戻ってきて、10年ぶりに家族が勢ぞろい。アラサーの男2人が家にいるのはちょっとおかしいけれど、両親は喜んでいてくれています」

さらに、当初の目的だった“地元に貢献する副業”も、2020年秋からスタート。友人が所属する企業が手掛けるふるさと兼業のサイトから応募し、兵庫県加古川市にある老舗の下着メーカーでマーケティングに関わることになったのだ。「防寒下着として有名で、僕も愛用していた商品。若い3代目が、ブランド力やECを強化したいと、リモート副業限定で募集があったもの。小さな会社だからこそ、商品を実際につくっている職人さんともつながり、みんなの想いを肌で感じることができるのは、本業のクライアント業務では味わえない感覚です」
副業に関わる時間は平日の18時以降と土日のみと決めている。「プライベートな時間は少なくなりますが、好きでやっていることだと思い、苦になりません」

ワシオ社独自の起毛素材を使用したインナーや靴下などを手がけるニットブランド『もちはだ®』を中心としたマーケティングを担当。写真は兵庫県加古川市の工場にて、3代目・鷲尾岳さんと (画像提供/ワシオ)

ワシオ社独自の起毛素材を使用したインナーや靴下などを手がけるニットブランド『もちはだ®』を中心としたマーケティングを担当。写真は兵庫県加古川市の工場にて、3代目・鷲尾岳さんと (画像提供/ワシオ)

将来的には、拠点を首都圏に戻すことも想定しているという小林さん。「本業のクライアントがやはり首都圏に多いので、コロナの状況次第でまた首都圏に戻る予定です。また、パートナーの彼女が長く海外赴任中で、彼女の職業柄、日本なら東京が拠点にならざるを得ないので、神戸にUターンは、” 今帰らないといつ帰る”というタイミングでした。コロナ禍で会いたい人に会えない状況が続くなか、家族と過ごせる時間を大切にしたいと改めて考えました」

リモートワークを前提に生活を変えた小林さん。期せずしてその後のコロナ禍はあらゆる人の生活を一変させたが、本当に大切にしたいものに改めて気付くきっかけになった人も多いのではないだろうか。
小林さんもこの1年で得た気付きを活かし、これからのライフスタイルの変化の中でも、しなやかに挑戦を続けていくのだろう。

移住や二拠点生活は“コワーキングスペース”がカギ! 地域コミュニティづくりの拠点に

新型コロナウイルス感染症拡大にともない、テレワークが急速に浸透した。地方移住への関心も高まっているなかで注目を集めているのが、全国で数を増やしている地方のコワーキングスペース。働く場所としてだけでなく、地域コミュニティの拠点や移住相談の場としての側面もあるようだ。
長野県富士見町にある「富士見 森のオフィス(以下「森のオフィス」)」運営者の津田賀央さんにお話を伺った。

移住者がいても、「つながり」がなければ何も生まれない

「富士見 森のオフィス」は、2015年12月、八ヶ岳の麓・長野県富士見町にオープンした複合施設だ。コワーキングスペースを中心に、個室型のオフィスや会議室、さらには食堂やキッチン、シャワールーム、森に囲まれた庭やBBQスペースも備える。2019年には宿泊棟「森のオフィスLiving」もオープン。サテライトオフィスやテレワーク拠点として、また地域住民の“公民館”的スペースとして、都市部と富士見を行き来する人・地域に暮らす人をつなぐ拠点になっている。

富士見町が進める移住促進施策「テレワークタウン計画」の一貫としてオープンした施設だが、当初、計画内にコワーキングスペースのオープン予定はなかったという。

一軒家を事業主へ安価に貸し出すなどの施策を中心としていた当初の計画に対し、「人と人のつながりを生む場」の必要性を主張し、具体的なプランを提案したのが、当時はまったく富士見町と無縁だった津田さんだ。

津田賀央さん Route Design合同会社代表。2015年、富士見町に家族で移住。週に3日は東京を拠点に活動する二拠点生活者。「森のオフィス」の運営をはじめ、コミュニティー・スペース立ち上げのコンサルティングや地域商品の企画開発などさまざまなプロジェクトに携わる(画像提供/津田賀央さん)

津田賀央さん
Route Design合同会社代表。2015年、富士見町に家族で移住。週に3日は東京を拠点に活動する二拠点生活者。「森のオフィス」の運営をはじめ、コミュニティー・スペース立ち上げのコンサルティングや地域商品の企画開発などさまざまなプロジェクトに携わる(画像提供/津田賀央さん)

「良い計画だけど、まだあまり本格化してなさそうだな、と思ったんです。せっかく移住してきた人がいても、その地域でつながりができなければ何も生まれないだろうなと」(津田さん)

津田さん自身は神奈川県横浜市の出身だ。都内の大手企業でオフィスワークをしていたが、リンダ・グラットンの著書『ワークシフト』を読んで「働き方」についての考えが変わった。「これからはどこにいても働ける時代が来る」と直感した。

移住を検討していた最中、富士見町のテレワークタウン計画を知り、その数十分後には担当者へ連絡。津田さんの提案は富士見町の担当者に歓迎され、プロジェクトリーダーとしての参画が決まった。

八ヶ岳の麓にある「森のオフィス」。元は大学の保養所だったそう(画像提供/津田賀央さん)

八ヶ岳の麓にある「森のオフィス」。元は大学の保養所だったそう(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」で「つながり」が生まれる理由

「森のオフィス」オープンから5年。当初はWEBデザイナーなどクリエイターが多かった利用者の層も、今はかなり多様になっているという。

「フリーランスの方だけでなく、会社員の方も増えていますね。プログラマー、エンジニア、デイトレーダー、事務、会計、プロジェクトマネージャー、大学の研究者やアウトドアのアクティビティスクール運営者などもいらっしゃいます」(津田さん)

単に作業場として活用している人もいるが、やはり「つながりを求めて」来る人が多いそう。
「漠然と“何かやりたい”“面白い人とつながれたら”という気持ちを持って来られている方、この場を利用して自分の人生に前向きな変化を生み出したい、というメンタリティを持った方が多い印象です」(津田さん)

実際に、この場からは3年間で120以上のプロジェクトが生まれている。
元マスコミ系企業に勤めていた人と動画クリエイターがつながって、八ヶ岳のローカルメディアをつくるチームが立ち上がったり、お弁当屋さんをやりたいという利用者がコワーキングスペース内のキッチンで営業をはじめたり。さらにその人と農家やデザイナーがつながってビジネスが広がっていったケースもあるとのこと。

利用者の変化に合わせ、津田さんは「つながり」のつくり方も日々考え続けている。
「会社員の中には副業が禁止されていて、プロジェクトへの参加が難しい方もいます。今後はライフワークや趣味をベースにつながれるような取り組みもしていきたいですね」(津田さん)

(画像提供/津田賀央さん)

(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」のアウトドアスペース。BBQやマルシェなどのイベントも催される(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」のアウトドアスペース。BBQやマルシェなどのイベントも催される(画像提供/津田賀央さん)

広告はほとんど利用しておらず、利用者は口コミで集まってくるという。

「“共感”がベースにあると思います。森のオフィスがはじまった2015年当時は、二拠点居住やリモートワークがまだまだ珍しいものでした。身近な例が無いから、想像もしづらかったと思います。なので、僕自身が森のオフィスを通じて実現したいワークスタイル、ライフスタイルを体現してきたつもりです。最初はそれに共感する人が集まってきてくれて、その人がまた新しい人を連れてきてくれた。

共感が共感を呼んで、人が人をつれてきた。結果、さまざまな知恵やスキルが集まって、プロジェクトを生み出せるようになった。そのプロジェクトを起点に、さらにつながりが広がって、深くなっていく。そんな風に、コミュニティが大きくなっていきました」(津田さん)

利用者同士をつなぐ仕掛けや仕組みがあるのだろうか。そう津田さんに尋ねると、「仕組みと言えるものはないんですよね」と笑う。

「森のオフィス」のコワーキングスペース(画像提供/山田智大さん)

「森のオフィス」のコワーキングスペース(画像提供/山田智大さん)

「かなり地道で属人的ですが、スタッフが意識して“仲人さん”をしているんです。移住促進を目的につくられた施設なので、『どこから来たんですか』とか『ご家族は?』とか、会話の中で利用者のプロフィールを聞いて、会員同士の共通点を見つけるようにしている。例えば『カレーが好き』と聞けば、『誰々さんもカレー好きって言っていましたよ』と伝えるとか、とにかくつながるきっかけをつくるようにしています」(津田さん)

もともとつながりを求めてやってくる人が多いが、なかでも縁を広げていける人に特徴があるとすれば、「特技と強い好奇心を持っている人」、特に後者が重要だと津田さんは語る。

「例えば、オフィスの利用者に元大手PCメーカーの修理エンジニアの方がいるんですが、すごい人気者なんですよ。PCやデジタル機器で何か困ったことがあるとみんな彼に聞くから。
でもそれだけじゃなくて、相談に乗るときに一緒にごはんを食べたり、修理するときに家に遊びに行ったり、逆に招いたり、その機会を活かしている。相手に対する興味を持って接しているんですよね。その方は移住して半年ほどで本当にいろんな方とつながって、今では森のオフィスにその方を訪ねて来る方もいらっしゃいます」(津田さん)

地方は「働く場と生活の場が同じ」。だから関係が育ちやすい

「森のオフィス」のように、個性的なコワーキングスペースは長野県内だけでも増えているという。津田さんがいくつかの例を教えてくれた。

まずは塩尻エリアにある『スナバ』。イノベーション創出を主目的とした施設で、『森のオフィス』より、「ビジネスを生み出す」という色が強い印象だ。長野県が進める移住支援制度「おためしナガノ」とも連携しており、実際に「スナバ」を利用してビジネスを進める移住者もいる。
「行政職員の方が運営しているコワーキングスぺ―スですが、いい意味で“行政っぽさ”を裏切る柔軟さがあって、素敵なコミュニティが生まれているようです」(津田さん)

「スナバ」のコワーキングスペース(画像提供/スナバ)

「スナバ」のコワーキングスペース(画像提供/スナバ)

続いて松本の『SWEET WORK』。「パンの香りのするコワーキング」というキャッチコピーの通り、老舗ベーカリーが運営している。会員はパン食べ放題、というこちらもユニークな施設だ。利用者は国籍も職業もさまざまだが、懇親会などのイベントもあり、会員同士の雑談からゆるやかなコミュニティが生まれている。

都内のコワーキングスペースづくりにも携わる津田さんは、地方と都市部それぞれのコワーキングスペースの違いを「働く場と生活の場の距離」だと話す。

「地方は働く場と生活の場がほぼ同じなんですよね。利用者同士の家も近い。外食の選択肢も限られるから、行った先で知り合いに会うし、誰かの家で食べることも多い。家をリフォームしたいとか、田んぼを探しているとか、利用者同士が生活の相談で仲良くなることも多いです。だから関係の育ち方に違いが出るんじゃないでしょうか。

都市部のコワーキングスペースで働いた後に一時間半かけて自宅に帰るのとは違う。地方のコワーキングスペースは“生活”そのもの。“生活の場”と“仕事の場”の“顔が同じ”なんです。

だからこそ、地方でつながりをつくりたいと思ったら、コワーキングスペースを使うことが突破口になるのかもしれないですね」(津田さん)

異なる背景やスキルを持つ仲間をつくり、自分を変化させる

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、「森のオフィス」も一時休館せざるを得なくなった。その時は「今までつくった文化がなくなってしまうのではと不安になった」という津田さん。しかし5月の運営再開後、新規登録者や見学者、移住相談の問い合わせは増えているそう。結果的に“時代が追い付いた”ということなのかもしれない。

「“人生100年時代”と言われています。寿命が延び、働く期間が長くなるなかで、僕たちの世代は60代・70代になっても、新しいスキルを身に付けないといけない。そのためには、自分自身がこれまで持っていた慣習や常識を都度捨てて、“次”に向き合う必要がある。でも、ひとりだと難しいですよね。
そんなときに、同じ意思を持ちながらも自分とは違うバックグラウンドやスキルを持った仲間がいることで、自分を変化させやすくなると思うんです。

実際、富士見に移住してくる方も、ひと昔前みたいに“仕事をリタイアして余生を過ごす”みたいな方ばかりではないです。“人生100年時代”に、連続的に自分を変えていかないといけないなかで、刺激を求めてやってくる人が増えていると感じます。自分や周囲の既成概念から脱するという意味でも、移住は良い方法なんじゃないでしょうか。

僕自身も、仕事と生活を軸に、既成概念や慣習を疑って、変化を促す取り組みを続けることで、自分自身を変え続けたい。そんな思いで、『森のオフィス』の運営を続けていきたいと思っています」(津田さん)

「森のオフィス」の外庭を使った“アウトドアオフィス”での会議風景(画像提供/津田賀央さん)

「森のオフィス」の外庭を使った“アウトドアオフィス”での会議風景(画像提供/津田賀央さん)

地方コワーキングスペースを「きっかけ」に

地方では、「暮らし」と「仕事」が同じ空間にある。だからこそ、コワーキングスペースという存在が地域とつながる突破口になりうる。
少し前まで、「仕事の刺激(都会)」と「豊かな生活環境(地方)」はトレードオフの関係と捉えられていたように思う。だが、状況は変わってきた。「森のオフィス」のような場を活用することで、どちらも手に入れることは可能になりつつある。
気になる地域と関係を持ちたい、何か新しいことにチャレンジしてみたいという人は、こうした場を活用することから始めてみるのも良いかもしれない。

●取材協力
富士見 森のオフィス
スナバ

テレワーク、自宅で集中できない! ホテル活用などで“プレ移住”する人も

新型コロナウイルスの影響で突如テレワークがはじまったりと、働き方・暮らし方が大きく変化する昨今。オフィス勤務が再開したところもありますが、テレワークが継続されていたり、週に数回のテレワークが導入されたというケースも多いようです。一方で、自宅での仕事でストレスがたまる人もいることでしょう。では、自宅以外で「働く場所」にはどのような選択肢が出てきているのでしょうか。身近な場所と最近のトレンドを取材してみました。
テレワークの不満は「スペースに関すること」が上位に

家などで仕事をする「テレワーク」。日本でも「100%リモートにする」「出社を週1回のみとする」企業が出るなど、新しい生活様式として広まりつつあります。ただ、日本の住まいは広さにゆとりが少ないものも多く、家族がくつろぐことを念頭に置いて設計されているため、「自宅で仕事できない」「仕事しにくい」という人は少なくありません。

先日、発表されたリクルート住まいカンパニーの調査でも、「オンオフの切り替えがしづらい」「仕事専用スペースがない」「仕事用のデスク/椅子がない」「1人で集中するスペースがない」といった「場所」に関するものが上位に来ていました。

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

では、オフィスに出社できない、自宅では仕事がしにくいという人はどこで仕事をすればよいのでしょうか。最近では、まちなかに場所を求める人も出てきているようです。そんな身近な場所から紹介していきましょう。

ネット環境も完備されたカラオケの個室は、働く場所としても最適

オフィス候補になりそうな場所、その一つは「カラオケ」の一室です。全国に約500店舗あるカラオケルーム「ビッグエコー」では、テレワークの場所として、カラオケの一室を使うことを提案するビジネスプランを2017年からはじめています。確かにカラオケ店であれば、便利な場所にあることも多く、インターネット環境が整っていれば、働く場所としてはぴったりといえます。気になる音ですが、ルーム内での話声などは通路や他ルームには聞こえませんが、近くの部屋でカラオケ利用があると、歌声や音がわずかに響くことがあるといいます。

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

ビッグエコーを運営する第一興商のコミュニケーションデザイン部PR・SP課 吉野明美さんによると、このオフィスボックスの利用者は伸び続けていて、最近では企業からの問い合わせも増えているとのこと。

「もともと、働き方改革のなかでカラオケの一室を『はたらく場所として提供できないか』とはじめた取り組みです。基本的にはお一人で利用されることを想定していましたが、最近では、『会議室プラン』を設けて、ソーシャルディスタンスを保ちながら複数人で利用できるプランもはじめました」と話します。

毎日、利用しなくとも、集中して仕事をしたいとき、オンライン会議のときだけでも、店舗を利用するのもいいかもしれません。

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

一方、課題となるのは、やはり「密」にならないこと。複数人数利用の場合は、距離をとれるよう広めの部屋を案内してくれるとのこと。これから、働く場所のひとつとして、「カラオケ店」、案外、普及していくかもしれません。

住まいのサブスクに申し込み急増。「お試し移住」も可能に

ただ、テレワークであれば、今住んでいる場所にとらわれる必要はなく、郊外、地方で「働く」ことも視野に入ってくることでしょう。実際、冒頭にも紹介したリクルート住まいカンパニーの調査の住み替え希望ではそもそもの「住む場所」を見直す傾向にあるようです。

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

全国60カ所以上の拠点に定額住み放題をうたっている「ADDress」でも、この影響は大きくでていて、問い合わせや加入が急増しているとか。
「テレワークが多くの企業で推進されたことにより、お問い合わせや入会者が増えています。必ずしも、高い家賃を払い続けて都心のオフィス近郊に住む必要がなくなり、通勤ラッシュの電車に乗る日々の都会生活が見直されています」と話すのは同社取締役の桜井里子さん。もともと多かったフリーランスや個人事業主の会員に加えて、会社員が加入したいと希望しているのが特色だそう。

「弊社の物件のほとんどは一戸建てで、コリビングスペースと個室があり、仕事ができるようになっているのが特色です。仕事する場所としてネット環境は整っていますから、テレワークとはとても相性がよいです。また、住み替え希望者や移住の前の「プレ生活」というご利用も増えています」(桜井さん)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

全国のホテルやシェアハウスで滞在しつつ、仕事する日々もアリ

一方、桜井さんによると、地方のホテルの活用という選択肢も加わっているそう。

「個室とコリビングスペースが利用できるADDressであれば、コリビングスペースで食事をしたり仕事をしたりする際に、他の会員とコミュニケーションできる楽しみもあります。一人住まいのアパート暮らしでテレワーク生活では、人との交流機会を得るのは難しいです。そんな現状のシェアハウス型もいいけれど、たまには一人で集中したいときもあるよね、というニーズもありました。そこにぴったりとマッチするのがホテルの個室です。そこで、5月には東京都内をはじめ、北海道小樽など日本各地の宿泊施設と連携することとなりました」と新しい計画がスタートしています。提携ホテルは7月時点で約20施設増えているそうです。

ホテルの個室をセカンド的な職場として利用できるのは、選択しやすいはず。

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

「今回の新型コロナウイルスの状況は、完全に元の生活に戻ることは当面考えにくいのではないでしょうか。また、東京やオフィスの周辺に暮らさなくても仕事ができると気がついた人も多いはず。多拠点生活とまではいかなくとも、プレ移住やワーケーションにチャレンジしようという人が増えていくのではないでかと考えています」(桜井さん)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

感染症をきっかけに、時代が大きく変わるなか、住む場所も働く場所も、多様な選択肢が登場しています。「家と職場を往復する」のを前提にするのではなく、住まいにも「多様性」の時代がきているのかもしれません。

●取材協力
第一興商
ADDress

テレワークが変えた暮らし[5] 近所のシェアオフィス活用で、子育てと仕事をフレキシブルに

テレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増加するのに比例して、シェアオフィスの開業も相次いでいる。シェアオフィスは駅中や駅近にあるイメージが強いが、テレワークをする日は駅を利用しない場合もあるだろう。自宅の近くで仕事をしたいという需要も予想されるなか、住宅地にシェアオフィスを併設した複合施設「Tote駒沢公園」が11月にオープンした。近所に住み、利用している男性に話を伺った。
駒沢オリンピック公園横に新しいシェアオフィスができたワケ

東急田園都市線「駒沢大学駅」から10分ほど歩くと、駒沢オリンピック公園の正門にたどりつく。この真横に2019年11月22日にオープンしたのがUDS株式会社が企画、建築設計・監理、建物管理を手がける「Tote(トート) 駒沢公園」。1階が洋菓子店、2階に2020年4月開設予定の保育園があり、3階にはシェアオフィス&スタジオ「Tote work & studio」がある。上層階は賃貸住居になっている。

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園がこうした複合施設となった背景には、「駒沢公園地域をより盛り上げたい」というオーナーの思いがあった。

Tote work & studio には完全個室オフィスのROOM PLAN(1~3名向け)、専用デスクのDESK PLAN(1名向け)、フリーデスクのLOUNGE PLANがあり、いずれも24時間利用可能だ。12部屋の個室と8つのデスクはオープン時からその多くが契約されていたと言い、以前からの注目度の高さが伺える。部屋に入ると、シックかつシンプルな内装で、大きな窓からはたっぷりと明るい日差しが差し込み、パークビューが窓いっぱいに広がる。

取材時はまだオープンの翌週ということもあり、実際の利用はこれからといった感じであった。そんななか、公園の見える窓際の席でPCに向かっていた古場健太郎さんにお話を伺うことができた。

自宅近くのシェアオフィスで一日中集中できる

古場さんは38歳。Tote駒沢公園よりも桜新町駅寄りの自宅に、妻と5歳、1歳の子どもの4人で暮らしている。勤務先の ゼットスケーラー株式会社は、クラウド上でデバイス、ロケーションおよびネットワークに関係なく、アプリケーションにセキュアに接続できるセキュリティサービスを取り扱っている、外資系IT企業だ。会社は大手町にあり、セールスエンジニアとして働く古場さんは、週に1-2度出社するかしないか。顧客訪問の帰りなどにここで仕事をしているという。

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

古場さんは、勤務先のテレワーク事情に関して「まだ日本法人には16名しかいないので、個人の裁量に任されています」と話してくれた。また、外資系企業のため、働き方がわりと自由だとか。これまでも、アメリカのスタートアップ企業などに勤めてきて、以前は家で仕事をしていた。

しかし、「5歳と1歳の子どもとの暮らしは楽しいですが」と前置きをした上で、家で集中することが難しいと思うようになってきたと話す。「自宅の自室でがんばってみたのですが、家にいると子どもが寄ってきて、『ちょっと遊ぼう』ということになります。ですから、メールのやりとりだけくらいだったらよいのですが、資料づくりなど、アイデアを出さなければならない仕事は自宅だと難しいと感じるようになりました」(古場さん)

しばらくWi-Fiの使えるカフェなどを利用していたが「やっぱり、何時間もとなると居づらいですね。途中で追加注文をしなければならないような気がしてきます」と、なかなか居場所づくりが難しかったようだ。セキュリティの面は、自社がテレワークを実現するセキュリティサービスを扱っていることもあってクリアできていた。むしろ率先して外で仕事をしたくて、1日中ずっといられる場所を求めていた。

そんなとき見かけたのが、建設中だったTote駒沢公園だ。パンフレットを見てすぐに契約した。決め手は何だったのだろうか?「場所ですね。家から近かったのがよかったです」と。古場さんの利用するフリープランは月額1万5000円と、都心のシェアオフィスと比べてリーズナブルなのも魅力だった。

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

実際に使ってみてどのように感じたのだろうか。「僕は、人の目が少しはあったほうが仕事がしやすいんです。家の近くで仕事に集中できる場所ができて仕事がはかどるようになりました」(古場さん)。Tote 駒沢公園にはテレビ会議ができる個室のスペースもあるので、周りの声など気にせず会議に参加をすることもできる。

また、子育ての仕方やライフスタイル面でも、さっそく変化を感じているようだ。

テレワークで家族との時間のバランスが保てるように

古場さんは、現在の自宅を購入して6年目になるという。その前は代々木公園の近くに住んでいて、子どもが生まれるタイミングで引越してきた。三軒茶屋から桜新町の方面に進むと自然が多くなるにしたがって空が広がっていくのが気に入り、公園近くの住宅地を選んだ。

現在は妻が1歳の子どもの育休中のため、5歳の子どもを保育園に送って10時くらいからここで仕事を始める。家から10分ほどの場所だからこそできる仕事の仕方だ。

病院勤めの妻は固定時間で働かねばならない仕事のため、育休復帰した後は古場さんが子育てにさらにコミットしなければならないだろうが、この場所ならそれほどライフスタイルを変えなくても済みそうだ。

「妻と働き方に関して話すこともあります。妻の仕事は勤務時間がきっちり決まっているので、台風で電車が動かなくても出勤しなくてはならないのです。それに比べて、自分のほうは働く時間を自分で選択できる。自分がテレワークで働くことで、妻の仕事とのバランスがとれると考えています」(古場さん)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

新卒から外資系で、比較的融通の利くワークスタイルで働いてきた古場さん、「会社は9時に席に座るのも仕事」という概念がなく、「(9時に出社することが)仕事として利益にならないのなら、柔軟に働くほうがいい」という信念があると語ってくれた。

オフィスでは「ちょっとこれが聞きたい」というときにすぐに他の社員に聞けるのがメリットだ。テレワークではそれは難しいように思われるが、Slackやメールで話が弾めば、電話をかけて会話をするようにもしているという。そうすることで、オフィスにいるようなライブ感を補える。「日本だと会社にいることが重視されるのがまだまだ現状ですが、コミュニケーションが必要な場合も、ツールを使えば必ずしもその場にいなくてもいいと思うんです。重視されるのは『結果』ですから」(古場さん)

駒沢大学駅は多くのIT企業がオフィスを置くが渋谷から電車で3駅の場所にあるため、IT関係の人が多く居住しているという。「これは貴重なことで、今後はこのTote 駒沢公園で出会った人たちと交流して、新しいコミュニティをつくったり、プロジェクトができたりすればとも考えています」と古場さんの声は明るい。

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

「テレワークについて、社外の友人と議論をしたことはありません。働き方の違いについては話題を避けているところがあります。それぞれの選択肢が違うので、ポジティブな会話にならないような気がして」と古場さんは話す。「みんな仕事をすることには変わりはありませんから、その時間を誰もが有効に使えるようになることが大切だと思うんです」という古場さん。今後もこのシェアオフィスに腰を据え子育てと仕事に邁進していくのだろう。

今、ワークライフバランスが重要視されてきている。「仕事とプライベートの両立を考えると、今後このような住宅街の中にあるシェアオフィスが増えていくと思います」と古場さんも感じている。仕事と家庭の両立は容易とはいえないが、自宅近くのシェアオフィスや、今回取材した「Tote 駒沢公園」のようなシェアオフィスが併設された賃貸住宅を利用すれば、プライベートと仕事の距離を縮めることができる。育児や介護のために通勤等が難しく、選択肢から外れていた仕事にも挑戦できるかもしれない。

取材後、筆者の家からもTote駒沢公園が自転車で20分くらいで通える距離にあると気づいた。案外、自分の仕事にあった場所、あるいはテレワークにぴったりな仕事場が見つかる可能性がある。ぜひ一度、地図を広げてご自身の行動範囲を再確認してみてはいかがだろうか。新しい働き方と暮らし方が、近くにあるかもしれない。

●取材協力
Tote work & studio
ゼットスケーラー株式会社

品川・天王洲運河エリアに複合施設「TENNOZ Rim」オープン

パナソニック(株)、三菱地所レジデンス(株)および寺田倉庫は、複合施設「TENNOZ Rim」(東京都品川区)を、6月19日(水)にオープンした。

同施設は品川区東品川1丁目、天王洲運河エリアに立地。パナソニックが保有する築26年の老朽化したビルをリノベーションしたもの。コワーキングスペースや次世代オフィスラボ、リハーサルスタジオなどで構成される。

「コワーキングスペース」は三菱地所レジデンスが運営。利用者が快適に過ごせるよう、パナソニックの最新照明技術やナノイー発生装置内蔵の空調などを導入。共用部にはTSUTAYA監修のライブラリを設置した。

パナソニック運営の「次世代オフィスラボ」は、コワーキングスペース運営で得られたセンサー情報を蓄積・分析し、次世代オフィスソリューションの開発を行う。

寺田倉庫運営の「リハーサルスタジオ」は、都内有数の広さ474m2。ミュージカルやドラマ、ダンスなど、様々な用途の稽古場として活用される。工場排出物等を活用した「アップサイクルプロダクト」を配置したラウンジや、マルチ・コミュニティ・スペースも併設している。

ニュース情報元:パナソニック(株)

新しい郊外を模索する「ネスティングパーク黒川」。なぜ焚き火付きシェアオフィス?

働き方改革のひとつとしてリモートワークの推進や副業など、多様な働き方が広がりつつある昨今、職場以外の仕事ができる場所「シェアオフィス」「コワーキングスペース」がどんどん増えています。でも、シェアオフィスなのに「焚き火ができる」となると、驚く人も多いはず。シェアオフィスながら新しい郊外の形を体現しているものだといいます。では、果たしてどんな空間なのでしょうか。2019年5月、川崎市麻生区にある小田急多摩線・黒川駅前にできた「ネスティングパーク黒川」を訪問し、オープニングイベント「ネスティングパーク・ジャンボリー」の様子と、郊外のあり方を模索するトークイベントから、「選ばれる郊外の姿」をご紹介します。
自然豊かな「黒川駅」。その駅前にできた心地よい空間

焚き火ができるシェアオフィス「ネスティングパーク黒川」ができたのは、小田急多摩線黒川駅の駅前です。シェアオフィス(デスク・ブース・ルーム)を中核に、カフェ「ターナーダイナー」、さらに芝生広場が広がり、夏にはコンビニエンスストアも開業予定です。木のぬくもり溢れる空間、青々と茂った芝生広場、広い空を見ていると「いい場所だな」という思いが心の底からこみ上げてきます。

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

もともとこの黒川駅周辺は、緑豊かなで良質な住宅街が広がっていましたが、駅前は鉄道用の資材用地になっていました。今回、その土地を利用して小田急電鉄がデザイン事務所ブルースタジオと組み、「ネスティングパーク黒川」を開業しました。でも、なぜ「シェアオフィス」だったのでしょう。立地と経済合理性を考えれば、(失礼ながら)よくある駅ビルをつくり、飲食店を誘致するというのが開発の鉄板にも思えますが……。

「背景になるのは、鉄道会社としての危機感です。少子化でこれから沿線人口がどんどん減っていくのは明らかです。だからこそ、今が良ければいい、ではなく、先手を打って『選ばれる郊外』を目指さなければ、と考えています」と話すのは小田急電鉄生活創造事業本部開発推進部の志鎌史人さん。

そもそも、神奈川県川崎市と東京市部を結ぶ小田急多摩線は、多摩ニュータウン構想のなかで生まれたいわゆる「郊外路線」。黒川駅もそんな一つで、都心に通勤して眠るために帰る「ベッドタウン」でした。もちろん、路線が走る川崎市も「かわさきマイコンシティ」に企業を誘致してはいたものの、街は本質的に子育てに特化していて、「眠る・暮らす」という性格が強かったのです。そこで、「働く」「遊ぶ」「暮らす」のあいだの場所として「シェアオフィス」をつくり「単一機能」の街から住む、働く、遊ぶといった「複合機能の街にしたい」というのが、今回の狙いだと話します。

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

現役世代、ママ、リタイア世代などの地元の交流の場に

今回のシェアオフィスの利用者として想定しているのは、(1)現在は子育て中で仕事をセーブしているものの、ショップなどを開きたい主婦、(2)リタイアしたけどビジネスを始めたいシニア、(3)現役会社員がリモートワークで働く場所、フリーランサーのオフィス、といったさまざまなライフスタイルの人たちです。当面の目標は「満室稼働です」(志鎌さん)ということですが、シェアオフィスの内覧見学会には続々と希望者が来ていて、すでに数十組の申し込みがあり、第1号のショップも誕生しました。

シェアオフィスにはデスク利用だけなら月1万円~、ルーム(約4平米~約8平米)であれば3万2000円~5万6000円から利用できます。都心にあるシェアオフィスと比べたら格安ですし、「何かをはじめたいけど、高額費用は出せない」という人にも、利用しやすい価格であることは間違いありません。

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした「職住が近接した、新しいワークライフスタイルに挑戦できるのも、郊外だからこそ」と話すのは、企画・設計を担当したブルースタジオの広報担当 及川静香さん。
「ネスティングという名前には、『巣(NEST)』として暮らしを育む、人生を楽しむ人が『集う(NESTING)』、さらに『ビジネスを育む』という3つの意味があります。ふるさとのように、いつでも戻れるような、どこかほっとする温かい言葉にしています」(及川さん)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

今回、カフェ「ターナーダイナー」を運営する株式会社ワットの石渡康嗣さんは、「働くならこんなに最高な場所はないよね。夕日はキレイだし、焚き火もできる。僕らも仕事している場合じゃない(笑)」と話します。石渡さん自身、都心に複数の飲食店を運営していますが、ネスティングパーク黒川の「ターナーダイナー」ではお客さんからポジティブな声を聞き、手応えを感じています。

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

「『待っていました!』『また来ます!』って声をもらうことがすごく多いって、スタッフが言っていました。自分たちの店を軸に、地元の人の交流の場所として活用してもらえたら、こんなにうれしいことはない」とにこやかです。

お祭り感ある「ジャンボリー」。これからの郊外を考えるトークショーも

取材に訪れた日は、「ネスティングパーク・ジャンボリー」という、オープニングイベントが開催されていました。木工ワークショップやオイルランプワークショップ、ワインツーリズムのほか、地元JAが運営する「セレサモス麻生店」が産直野菜を販売しており、家族連れなどが大勢訪れていました。何より子どもたちが楽しそうに芝生を走っている様子は、見ているこちらも微笑ましくなるほど。

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

日が傾きはじめた17時30分からは、ブルースタジオのクリエイティブディレクターの大島芳彦氏、郊外を研究しているマーケティングリサーチャーの三浦展氏、株式会社ワット代表の石渡康嗣氏、スノーピークビジネスソリューションズ取締役の山口昌浩氏による「焚き火を囲んで語りあおう、これからの『郊外』の楽しみ方」と題したトークイベントがスタート。

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

はじめに大島芳彦氏による現在の「郊外」が抱える課題、つまり「高齢化」「空き家の増加」「縮退」「若い世代が帰ってこない」といった流れの説明があり、それに対して「ネスティングパーク黒川」でできること、「未来をどうして行きたいか」という説明がありました。続いて、三浦展氏からは、「脱・典型的なベッドタウン」になるために、「多様性を増すこと」「夜の魅力を増すこと」「女性に選ばれる街」という「処方せん」が提案されました。

三浦展氏は、ベッドタウンはこれまで「都心で働く男性」「郊外で子育てする女性」というロールモデルを前提にして街が設計されていたため、「夫婦共働き」や「生涯働きつづける」という現代のライフスタイルに合わなくなっていると指摘します。今後は「郊外で昼間仕事ができる」ことに加え、「街を散歩してリフレッシュして新しい発想を得られる」「仕事のあとの夜の娯楽がある」といった要素を加えることで魅力的な郊外として再生するというのです。今回、シェアオフィスなのに、焚き火ができるのは、そうした大人の「遊び心」の象徴なのかもしれません。

スノーピークの山口氏も「日常のなかに、こうしたアウトドアの『非日常』があることで、人生も働き方ももっと豊かになるはず。火をかこむだけで、自然と人とのコミュニケーションが生まれますから」と焚き火の魅力を語ります。確かに焚き火を囲んでいるとなぜか自然と笑顔に。昔の日本の農家には「囲炉裏」があったように、実はとても落ち着くスタイルなのかもしれません。

小田急電鉄としては、今回の「ネスティングパーク黒川」はパイロットケースとしていて、仮に成功したからといってむやみに増やすという計画はなく、「小田急線沿線はエリアごとに特色があります。だからこそ、その土地、その街にあった開発、暮らし方の提案をしていきたい」(志鎌さん)と話します。首都圏の郊外エリアでも人口減少は少しずつ、でも確実にはじまっています。ただ、それを嘆くのではなく、時代にあった豊かなものへと価値を転換していけるかどうか、鉄道会社も不動産会社も試行錯誤をするなかで、「魅力的な郊外」として再生していくのかもしれません。

●取材協力
ネスティングパーク黒川

無人になった被災地に「小高パイオニアヴィレッジ」誕生。若手起業家が地域再生モデルへ挑む

福島第一原発事故に伴い避難指示区域に指定された福島県南相馬市小高区(旧小高町)。一時無人となった町に2018年1月、新たな営みを生み出す拠点「小高パイオニアヴィレッジ」が完成した。同施設を企画した一般社団法人パイオニズム代表の和田智行氏に話を聞いた。
たくさんのスモールビジネスに支えられた魅力的な町をつくる和田智行さん(写真撮影/佐藤由紀子)

和田智行さん(写真撮影/佐藤由紀子)

「復興拠点の計画が形としてできたことで、今後事業や活動が加速すると思うので、期待と責任が入り混じった気持ちです」と話す、和田智行さん。大学進学で上京し、卒業後はITベンチャー2社を起業、2005年に故郷の南相馬市小高区にUターンして仕事を続けた。

東日本大震災後、小高区の住民1万2842人全員が避難指示の対象となり、5年以上町への立ち入りを制限された。和田さんの自宅も警戒区域に指定され、会津若松市に避難し、起業や創業を志す人たちを支援するインキュベーションセンターに勤めた。そして、避難指示が解除される前の小高区に入り、食堂や仮設スーパー、ガラスアクセサリー工房を経営した。

2016年7月に避難指示が解除され2年半以上。病院や学校などが再開し、小高交流センターがオープンするなど、徐々に生活環境は整いつつあるものの、帰還者は約3000人で、住民のほとんどが65歳以上。人口の回復、若い人の帰還、人材育成など、課題は多い。

「10年、20年後、この町はどうなるのか、多くの人が漠然とした不安をかかえています。ここで事業を起こし、働く場所や住民の暮らしを支えるサービス、失われたコミュニティをつくることで、地域が消滅せず存続していく可能性を示していくことができたら」と和田さんは、南相馬市出身の起業家2人に声をかけ、日本財団の支援金やクラウドファンディングなど、活動を応援する方々の支援を受けて「小高パイオニアヴィレッジプロジェクト」をスタートさせた。

プロジェクトが目指すのは、1000人を雇用する1社に支えられる社会ではなく、10人を雇用する多様な100社が躍動する社会。「一つの大企業に支えられた町は、事業の継続が困難になったとき撤退して町は焼け野原になってしまいます。たくさんのスモールビジネスがあれば、一気に全滅することはなく、多様な商品や人がいて魅力的な町になる。そういう風土が出来上がれば、新しい世代も次々出てくるのではないかと思います」

起業やものづくりをする人が励まし合い成長していくコミュニティ小高パイオニアヴィレッジ北側外観(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ北側外観(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ外観。半透明の壁「ルメウォール」を通して、中の灯りが外に漏れる(写真撮影/佐藤由紀子)

小高パイオニアヴィレッジ外観。半透明の壁「ルメウォール」を通して、中の灯りが外に漏れる(写真撮影/佐藤由紀子)

建築中の小高パイオニアヴィレッジ。土地を確保することから始まった(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

建築中の小高パイオニアヴィレッジ。土地を確保することから始まった(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

約10カ月の工期を経て1月に完成した「小高パイオニアヴィレッジ」は、延べ床面積約280平米、鉄骨造りの2階建て。建築費用は日本財団の「東日本大震災復興支援 New Day 基金」の支援金をはじめ、自己資金、クラウドファンディングを活用した。内装はラワン合板をふんだんに使った最低限のシンプルな仕上げで、今後のニーズ、周囲の状況にあわせて柔軟に変えていく予定だという。

小高パイオニアヴィレッジ俯瞰図の構想スケッチ。「境界のあいまいな建築」がデザインコンセプトだ(画像提供/一般社団法人パイオニズム、設計:RFA)

小高パイオニアヴィレッジ俯瞰図の構想スケッチ。「境界のあいまいな建築」がデザインコンセプトだ(画像提供/一般社団法人パイオニズム、設計:RFA)

吹抜けのコワーキングスペース。ひな壇にはコンセントや暖房が装備されている(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

吹抜けのコワーキングスペース。ひな壇にはコンセントや暖房が装備されている(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

中心施設は、ひな段状で、吹抜けで2階とオープンにつながるコワーキングスペース。ここでさまざまな事業、業種の方々が自由に働き、アイデアを練る。また最大50人程度のイベントにも対応可能だ。「起業は孤独な闘いで、起業したい気持ちがあっても諦める人も多いと思いますが、隣に創業を目指す仲間がいれば、励まし合い、化学反応が生まれます」と和田さん。ここは、そんなコミュニティが活性化する場であり “ヴィレッジ”の広場のような存在だ。

2段ベッドが設置されたシンプルなゲストハウス(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

2段ベッドが設置されたシンプルなゲストハウス(画像提供/一般社団法人パイオニズム)

2階にあるゲストハウスは、長期滞在する人、出張などでコワーキングスペースを活用したい人のための簡易的な宿泊施設で、5部屋用意されている。

メイカーズルームの「HARIOランプワークファクトリー小高」工房では地元の主婦4人が職人として働いている(写真撮影/佐藤由紀子)

メイカーズルームの「HARIOランプワークファクトリー小高」工房では地元の主婦4人が職人として働いている(写真撮影/佐藤由紀子)

1階には、ものづくりを生業とする人たちの共同作業場「メイカーズルーム」を設置。現在は老舗ガラスメーカーHARIOのガラスアクセサリーブランドの生産拠点として、2015年に設立された「HARIOランプワークファクトリー小高」が入所。今後はワークショップを行い、職人の発掘・育成を行う予定だ。

震災の避難生活を経験して気づいた大切なものと新たな価値観2019年1月20日に行われたオープニングセレモニー風景。関係者ら35人が訪れ開所を祝った(写真撮影/佐藤由紀子)

2019年1月20日に行われたオープニングセレモニー風景。関係者ら35人が訪れ開所を祝った(写真撮影/佐藤由紀子)

完成した「小高パイオニアヴィレッジ」に対する地域の反応はどうか。「20~40代の人がほとんど住んでいないので、若い人がいるだけで住民は歓迎してくれるし、喜んでくれているのを感じています」と和田さん。「いつから使えますか?行ってみたい」という利用の問い合わせは全国各地からあり、コワーキングスペースを運営する人から和田さんあてに「一緒に何かやりましょう」という声がけも多いという。

すでに、地元の農家と提携するクラフトビールづくりのプロジェクト、手づくりDJイベント、ガラスアクセサリーの新ブランドの発表といった企画も目白押し。10人の起業家を誘致し、サーフカルチャーや馬事文化など地域資源を活用した事業を起こす「Next Commons Lab南相馬」など、すでに生まれている起業家コミュニティの拠点にもなる。3月10日にグランドオープン、本格的にスタートする。

利用者は、働く場所にこだわらない、自営業のフリーランスやクリエイターを想定している。「旧避難指示区域に住むことに抵抗がある人、大きなスーパーやアメニティ施設がない町に暮らせない人は多いと思います。一方では、むしろ、こういう場所に興味があり、面白いと感じる感性の持ち主もいるはず。やりたいことがある人、今の社会を生きづらいと感じている人がここに滞在して、一緒にさまざまな活動や事業を起こしたりして、結果この町に住むようになれば」と和田さんは期待する。

オフィス機能をもつ2階のフリースペース。状況に応じて柔軟に変えられる設計になっている(写真撮影/筆者)

オフィス機能をもつ2階のフリースペース。状況に応じて柔軟に変えられる設計になっている(写真撮影/筆者)

ITベンチャー企業の役員として働いていた当時は、稼ぐために仕事をしていたという和田さん。「震災が起きて避難生活を余儀なくされ、お金があっても食べ物もガソリンも手に入らず、1歳と3歳だった私の子どもにもストレスを与えるのではないかと心配になりました。けれども、いろいろな人に助けられて生き延びることができて、自分を支える柱は収入ではなく、人との関係性をたくさんもつことだと感じ、価値観が変わりました」と話す。

今後については、「課題は山積みですが、見方を変えれば、ゼロベースで自由なチャレンジができるのが魅力です。真っ白いキャンバスに自由な絵を描くように、自分たち好みの町をつくっていける。将来、小高パイオニアヴィレッジで事業を始めた人が成長して、事業が拡大して施設が狭くなったら、近くの空き地を借りて新しく事業を始める。そうしてコミュニティが広がり、“ヴィレッジ”の“村人”がどんどん増えればと思います」と話す和田さんの表情から静かな自信が伝わってきた。

つくられた価値観のなかで暮らし、欲しいものが簡単に手に入る今。「小高パイオニアヴィレッジ」は、必要最小限のものしかないが、明るい笑顔、人と人の信頼関係、希望が感じられた。一時、無人、無になった町はパイオニアである若手起業家たちの手で、新しい価値観、新しい社会が生まれようとしている。また5年後、10年後の小高区を見てみたいと思わずにはいられない。

●プロフィール
和田智行
福島県南相馬市小高区(旧小高町)生まれ。2005年より故郷の南相馬市で東京のITベンチャーの役員として働く。東日本大震災後、避難生活を経て2014年に避難区域初のコワーキングスペース事業「小高ワーカーズベース」を開始。一般社団法人パイオニズム代表理事として住民帰還の呼び水となる事業の創出に取り組む。●取材協力
小高パイオニアヴィレッジ
Makuakeのプロジェクトページ

ハイパー銭湯「BathHaus(バスハウス)」。仕事の後は風呂に浸かってビールをキュッ!

銭湯にコワーキングスペースとバーを取り込んだのがハイパー銭湯「BathHaus(バスハウス)」。仕掛けたのは株式会社chill & workの代表としてさまざまなプロジェクトを手がけている榊原綾香さん(29歳)だ。

小田急線の代々木八幡駅から歩いて10分弱。一見するとビルの1階にあるカフェのようなたたずまいだが、こここそが「BathHaus」だ。

仕事をしに来る人と地元民とのおもしろい交流を生み出したいもともとは日本茶販売店の自社ビル。地下にコワーキングスペース、1階に銭湯とバーがある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もともとは日本茶販売店の自社ビル。地下にコワーキングスペース、1階に銭湯とバーがある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

せっかくなので、自慢のクラフトビールをいただきながら話を伺うことにした。

タップ(ビールサーバーの注ぎ口)を背に語り始める榊原さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タップ(ビールサーバーの注ぎ口)を背に語り始める榊原さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

彼女は神戸大学を卒業後、GREEに入社し、ソーシャルゲームの開発に携わる。その後、何度かの転職を経て2017年に独立した。

「日常のなかで気軽に立ち寄れるような、仕事もできるしくつろぐこともできる理想の空間があるといいなと、かねてより考えていました。銭湯とクラフトビールバーというオープンなコミュニティを併設したコワーキングスペースなら、働きに来る人と地元民のおもしろい交流が生まれるのではないかと思いまして」(榊原さん、以下同)

内装イメージは1920年から40年ぐらいの海沿いのリゾート地男湯と女湯は1週間ごとに入れ替わる。もうひとつはタイル張りのお風呂(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

男湯と女湯は1週間ごとに入れ替わる。もうひとつはタイル張りのお風呂(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ここで、気になっていたことを聞いた。「BathHaus」って20世紀初頭にドイツで創設された造形学校の「バウハウス」に掛けていますか?

「あ、そのとおりです。名付けは少し意識しました。バウハウスが目指していた、機能的ながら人間味のあるデザインの道具や家具などが元々好きであったことと、1920~40年代のどこか懐かしい雰囲気を目指すことで居心地のいい空間をつくりたかったこともあり、『BathHaus』という名前にしました。だから、ハウスはドイツ語の『Haus』にしています」

内装は1920~40年代のリゾートをベースに、レトロになりすぎないよう現代らしさも加えて仕上げた。

(写真提供/榊原さん)

(写真提供/榊原さん)

戸棚は近所のビンテージ家具を売っている店で、レトロな野球盤はのみの市で購入した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

戸棚は近所のビンテージ家具を売っている店で、レトロな野球盤はのみの市で購入した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「私はビンテージの家具も好きで、当時のつくり手が使いやすさとデザインにこだわったことが感じられる物と出合い、それをまた受け継いで使えるということにうれしさを感じるんです。言葉にできないかわいさや使い勝手のよさに惹かれます」

榊原さんの自宅リビングも好きなイメージ、好きなもので統一されている(写真提供/榊原さん)

榊原さんの自宅リビングも好きなイメージ、好きなもので統一されている(写真提供/榊原さん)

クラフトビール店とコラボして開発した「HINOKI BITTER」

クラフトビールに話を戻す。

5種類のクラフトビールは自身の舌で味を確認したのちに、東京、奈良、京都の醸造所から取り寄せている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

5種類のクラフトビールは自身の舌で味を確認したのちに、東京、奈良、京都の醸造所から取り寄せている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

勧められるまま、「HINOKI BITTER」のハーフ(700円)を注文。

2017年、高円寺にオープンした人気のクラフトビール店、「アンドビール」とコラボして開発したもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2017年、高円寺にオープンした人気のクラフトビール店、「アンドビール」とコラボして開発したもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「カンナで削ったヒノキのチップを、ビールを煮沸する工程で一緒に煮出しています。使用するヒノキの量や煮沸時間などの掛け合わせで、風味を調整しているんですよ」

おお、最後にふわっとヒノキの香りが立ち上がってくる。これは、日を改めてほかのビールも飲まないと……。

気分転換でふらっと訪れた八幡湯がすごくよかった

さて、コトの経緯の続きだ。榊原さんが生まれ育ったのは大阪のベッドタウン、堺市。近所にいわゆる“街の銭湯”はなく、数カ月に一度ぐらいのペースで父親に連れられて国道沿いのスーパー銭湯に行く程度だった。

「神戸に住んでいたときは大学の近くに銭湯が2、3軒あって、そこで初めて銭湯を体験したんです。とはいえ、六甲山に登ったり、スポーツしたりした後に立ち寄るぐらいで日常には入り込んでいませんでした」

上京してから、街のあちこちに銭湯がある環境に驚く。東京で初めて行った銭湯は新卒で入社した会社の近く、黒湯で有名な麻布十番の「竹の湯」だ。

「頻繁に行くようになったのは2017年から。独立したタイミングで代々木公園エリアに引越したんですが、基本的に毎日家で一人で仕事をして、たまに打ち合わせのために外に出るという生活。気分転換に近所の『八幡湯』を訪れてみると、想像以上に気持ちを切り替えることができて驚きました」

のんびりとお湯に浸かって体はすっきりし、さまざまな人としゃべることで気分もほぐれた。地元の八幡湯は今でも一番好きな銭湯だという。

銭湯は江戸時代から庶民や下級武士たちの社交場

そんな榊原さんが今回のプロジェクトを始めるきっかけの一つとなったのは海外での体験だった。大学1年生のときに行ったニューヨークでは、現地の人に洋服を「それ、いいね。どこで買ったの?」と褒められた。日常生活で通りすがりの人に何かを褒められるという経験が初めてだったため、前向きでオープンなカルチャーに衝撃を受けながらも、とても心地よく感じたという。

物件の受け渡し時はスケルトン状態だった(写真提供/榊原さん)

物件の受け渡し時はスケルトン状態だった(写真提供/榊原さん)

「留学や就職を経て、しばらくして銭湯に通うようになり、銭湯でのコミュニケーションに海外で感じた心地よさに近いものがある気がしたんです。ジェットバスに浸かっているおばちゃんに『私、ジェットバス嫌いなのよ』と謎の告白をされたりと、気の抜けた感じがすごく楽(笑)。社会に出てから、満員電車に疲弊したり、固定された働き方に疲れている人が多いことに疑問を持ち続けていたのですが、銭湯のような寛容さが現代人の暮らしに広がればマイペースに気持ちよく日々を過ごせる人が増えるのではないか?と思ったんです」

12月2日に行われたプレオープンパーティーは多くの人々でにぎわった(写真提供/榊原さん)

12月2日に行われたプレオープンパーティーは多くの人々でにぎわった(写真提供/榊原さん)

確かに、SNSなどが発達した昨今は人付き合いも均質化してゆく。銭湯のような雑多な人たちが集まって何でもない会話を交わせる場所は貴重かもしれない。そもそも、銭湯は江戸時代から庶民や下級武士たちの社交場。時には落語会なども行われた。

そんな文化は現在にも受け継がれている。高円寺の「小杉湯」は2017年に隣接する空きアパートにさまざまなクリエイターが入居する「銭湯ぐらし」という試みを実施した。また、上野の「日の出湯」は今年10月、銭湯と音楽が融合するイベント「ダンス風呂屋」を開催している。

融資とクラウドファンディングで資金調達

「やる」と決めてからは一気にギアが上がり、金融機関からの融資を取り付けるとともにクラウドファンディングで資金を募り、初期費用を見事に調達。榊原さんの思いに共感した協力者やクリエイターも続々と集まってきた。

バーと銭湯は誰でも入れるエリアだが、地下のコワーキングスペースはメンバー(有料会員)のみ。全40席でWi-Fi完備。複合プリンター、冷蔵庫も自由に使える。

コワーキングスペースの利用時間は9時~23時(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コワーキングスペースの利用時間は9時~23時(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

月額の利用料金はできるだけ安く抑えた。フリーデスクは5万円、週末のみ利用する場合は2万円、1日利用は3500円などを用意している。

モダンな内装デザインと懐かしいケロリンがマッチ

そして、いよいよ銭湯エリアをご紹介しよう。一般向けには、銭湯 700円(レンタルタオル別途200円)を用意しており、コワーキングスペースの利用者には月額9800円でパスポートならぬ「バスポート」を発行し、入り放題となる。

2018年12月9日にオープン。プレオープンは足湯のみで営業していた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2018年12月9日にオープン。プレオープンは足湯のみで営業していた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

モダンな内装デザインと懐かしいケロリンが妙にマッチするから不思議だ。

のれんのイラストはもともと面識のあった白根ゆたんぽさんにお願いした(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

のれんのイラストはもともと面識のあった白根ゆたんぽさんにお願いした(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

泉州タオルの老舗「ふくろやタオル」のフェイスタオルと、「チル&ワーク」という刺繍入りのスウェットは購入も可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

泉州タオルの老舗「ふくろやタオル」のフェイスタオルと、「チル&ワーク」という刺繍入りのスウェットは購入も可(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バースペースで販売するコーラ(500円)は有機栽培の砂糖でつくられたオーガニックドリンク(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バースペースで販売するコーラ(500円)は有機栽培の砂糖でつくられたオーガニックドリンク(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ドリンクやフードは自分がいいと思ったものを出したいという。家具、タオル、スウェットもつくり手の思いが見えるものを厳選した。

仕事して、ひとっ風呂浴び、ビールを引っ掛けてから帰宅

そんな彼女にとって銭湯は多種多様な価値観に触れられる場所、心からくつろげる場所の一つである。

「独立して会社名をどうしようか考えているときに浮かんだのが『チル&ワーク』という単語。一生懸命集中した後は銭湯でのんびりくつろぐ。仕事場と銭湯が併設していれば、普段は面倒が理由で湯船に浸かることができない人でも気軽に安らげるのではないかと思います」

来年1月以降には、こんな光景が日常的に繰り広げられるはずだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

来年1月以降には、こんな光景が日常的に繰り広げられるはずだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コワーキングスペースでは「チル」と「ワーク」のタイミングを自分で設定できる。利用者がマイペースに過ごせる場所という意味では銭湯と同じだ。階段を上がれば銭湯。「仕事して、ひとっ風呂浴び、ビールを引っ掛けてから帰宅」という一連の流れが習慣化すれば、さぞやぐっすりと眠れることだろう。

榊原さんの思いが詰まったハイパー銭湯「BathHaus」。バウハウス創設から100年後の日本で、個々が新しいスタイルを“造形”する場が誕生した。

●店舗情報
「BathHaus」
東京都渋谷区西原1-50-8 1F • B1F
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