あの選手村跡地のHARUMI FLAGにシェアハウス登場!共用施設の充実ぶりに驚き!?見学会へ潜入

選手村跡地のビッグプロジェクトとして話題となる「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」。先行して、分譲マンションの販売が行われたが、賃貸住宅街区にある賃貸住宅の募集も始まった。通常の賃貸に加えてシェアハウスもあり、シェアハウスを運営するリビタによるプレス向けの見学会が開催されたので参加した。

HARUMI FLAGには約13haの広さに24棟、住宅は全5632戸

先行して販売された新築マンションに話題が集中したが、HARUMI FLAGには3つの分譲住宅街区(SEA VILLAGE・SUN VILLAGE・PARK VILLAGE)に4145戸の新築マンションがあるほか、賃貸住宅街区(PORT VILLAGE)に1487戸の賃貸住宅(シェアハウス他含む)がある。このほか教育・保育施設や商業施設があるのだが、約13haの広大な土地なので、それぞれの棟がゆったりとした住棟配置になっている。

その賃貸住宅街区にはA~Dの4棟のマンションが建ち、一般的な賃貸住宅だけでなく、シニア住宅やケアレジデンス(サービス付き高齢者向け住宅)も提供されている。そのD棟の7~9階の一角が「シェアプレイス HARUMI FLAG」になる。

実は筆者は、東京2020パラリンピックのフィールドキャストとして、選手村でボランティアをしていたので、HARUMI FLAGは懐かしい場所でもある。賃貸住宅街区の選手たちを担当したことも何度かあり、カウンターでさまざまな対応をしたほか、選手団の鍵の受け渡しを確認したり選手を故障対応スポットまで案内したりと、いろいろな思い出がある。ただ、とにかく広いので、担当する街区の見回りをするだけでも時間がかかったと記憶している。

東京2020の選手村だったと記載されたサインボードもある(筆者撮影)

東京2020の選手村だったと記載されたサインボードもある(筆者撮影)

共用施設が充実のシェアプレイス HARUMI FLAG

さて、シェアプレイスとは、リビタのシェア型賃貸住宅で、共用施設が充実しているのが特徴だ。このシェアプレイス HARUMI FLAGでも、8階と9階に2層吹き抜けの共用施設がある。

「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイトより

「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイトより

2層はそれぞれ階段で行き来でき、8階には大きなキッチンのあるシェアラウンジが2カ所とシアタールームがある。

シアタールーム(左)とシェアラウンジA(右)(筆者撮影)

シアタールーム(左)とシェアラウンジA(右)(筆者撮影)

シェアラウンジB(筆者撮影)

シェアラウンジB(筆者撮影)

9階には、ソファや腰かけのあるシェアラウンジCがあり、海を臨むバルコニーに出ることもできる。

9階バルコニー(筆者撮影)

9階バルコニー(筆者撮影)

シェアプレイス HARUMI FLAGならではの特徴が、賃貸住宅街区にある他の住棟の共用施設も利用できることだ。8・9階の施設に加え、A棟の大浴場、C棟のフィットネスルームやワークスペースも無料で利用できる(他に有料のパーティルーム等の施設もある)ので、ここまで共用施設が充実しているシェアハウスはめったにないだろう。

2層吹き抜けで開放感のある共用施設(筆者撮影)

2層吹き抜けで開放感のある共用施設(筆者撮影)

いちいち外に出るのは面倒だと思ったが、地下でつながっていて他の住棟に行き来できるのだという。残念ながら見学はできなかったが、雨が降っていても気にせず大浴場に行けるなら、風呂好きの筆者は毎日通うだろうと思った。

シャワーブース付のワンルームタイプのほか、ユニット型も

次に居室だが、個室型(ワンルーム)が58室、ユニット型(まとめ借り)が13ユニット(56室)の計114室。個室型の面積は25.01平米~28.46平米、インターネット(無料)とエアコン、照明が設置済みで、シェアハウスには珍しく各戸にシャワーブースがある。賃料は11万4000円~12万6000円(予定)と共益費1万円(水道・光熱費は個別契約)だ。

リビタのプレスリリースより転載

リビタのプレスリリースより転載

個室型(筆者撮影)

個室型(筆者撮影)

シェアプレイス HARUMI FLAGならではのユニット型は、法人の社宅向けだ。74.63平米~92.09平米の広さに、約10平米の鍵付き部屋が4室または5室あり、キッチンとトイレ(2台)、洗面台(2台)、シャワーブース(2台)を共同で使う。居室にはエアコンのほか冷蔵庫や脚付きマットレス、デスク・チェアなどが設置済み。単身者の社員などが共に暮らす形となる。

また、リビタのシェアプレイスの特徴は、多世代・多業種のコミュニティ形成にある。居室が充実するほど、共用施設での触れ合いが少なくなりがちだが、共用施設を活用したコミュニティ形成のための活動をシェアプレイス居住者に向けて開催していく計画だ。そのために「エディター制度」を仕掛けている。

当初の賃料などを軽減する代わりに、共用施設でイベントの企画やシェア暮らしの魅力発信をしてもらう多様な人材をエディターとして募集した。当初4人の計画だったが、6倍以上の倍率となり多様な人材が応募してきたこともあって、枠を6人に増やし、3月から活動が開始されるという。

D棟のエントランスホールはなかなか豪華だ(筆者撮影)

D棟のエントランスホールはなかなか豪華だ(筆者撮影)

D棟の外観。一部形状の異なっている部分がシェアプレイスの共用施設。住棟ごとの間隔は広く取られている(筆者撮影)

D棟の外観。一部形状の異なっている部分がシェアプレイスの共用施設。住棟ごとの間隔は広く取られている(筆者撮影)

まだ開発中の部分もあるが、BRTの選手村ルートが2月1日から開通

シェアプレイス HARUMI FLAGは2月1日から入居可能だ。HARUMI FLAG全体としては、タワー棟(工事中)を除き入居が始まっているものの、現在工事を行っている施設もある。街として完成するにはまだ時間がかかるが、交通アクセスは良くなる。

いよいよ東京BRTの選手村ルートが2月1日から開通するのだ。JR新橋駅から「HARUMI FLAG(晴海五丁目ターミナル)」停留所を結ぶもので、東京都によると乗車時間は11分となっている。既存のBRTと合わせると、虎ノ門ヒルズから国際展示場までカバーすることになる。今後も延伸などの予定があると聞く。

なお、BRTとは「Bus Rapid Transit」(バス高速輸送システム)の略で、連節バスの採用などで通常のバスより輸送力高めたもの。

筆者が見学したときにはまだBRTが開通していなかったので、都営地下鉄大江戸線「勝どき」駅からかなり歩くことになった。BRTならもっと楽に往復できたのにと、ちょっと残念な思いがした。

「HARUMI FLAG」については、その規模感や立地条件などから、人によっては好き嫌いがあるかもしれない。ただ、シェアハウスという形態から見ると、これだけ共用施設が充実しているものはないだろう。共用施設の大きな窓からの眺めもシェアプレイス HARUMI FLAGならではのものだ。こうしたことをどう評価するかは、人それぞれだろう。

●関連サイト
リビタのプレスリリース:コミュニティがある住まいで、「フラグ」に溢れる暮らしを提案|『シェアプレイス HARUMI FLAG』2024年1月オープン
「シェアプレイス HARUMI FLAG」公式サイト
東京BRT 「2/1(木)~選手村ルート運行開始について」

築50年の古アパートに入居希望殺到? 高円寺・小杉湯コラボの“銭湯付き物件”が話題 「湯パートやまざき」

若者に人気の街、高円寺(東京都杉並区)。この街に全国に名を馳せる銭湯、「小杉湯」がある。1日の利用者数は500人前後。電車を乗り継いでやってくる熱狂的ファンもいるのだ。

ミルク風呂やフルーツ風呂などの日替わり湯が人気で、さまざまなイベントも行っている。しかし、最新のホットニュースは、小杉湯が連携する築50年の空き家だったアパートを活用した「湯パートやまざき」のオープンだ。都内の銭湯で使える1カ月分の入浴券付きで家賃は5万円~6万円程度。

プロジェクトのきっかけは? 室内の雰囲気は? どんな人が住んでいる? さっそく取材に行ってきました。

「終電で帰ってきても利用できる」銭湯

JR新宿駅から中央線快速で2駅、6分で高円寺に着いた。北口には高円寺の代名詞ともいえる純情商店街のアーチ。「キングオブコント2021」で空気階段が優勝した際は、「高円寺芸人 鈴木もぐらさん おめでとう!!」という横断幕が掲げられた。

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

駅から歩くこと5分。昭和8年創業の老舗銭湯、小杉湯が見えてきた。玄関には社寺にみられる丸みを帯びた「唐破風(からはふ)」、屋根には三角形の「千鳥破風(ちどりはふ)」が施されている。

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

「終電で帰ってきても利用できるように」という思いから、営業時間は深夜1時45分まで。待合では漫画が読み放題で、壁にはアート作品や著名人の色紙も飾られていた。

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

ペンキ絵はいまや日本に3人しかいない銭湯絵師、中島盛夫氏によるもの。ペンキ絵は定期的に描き換えられ、現在の絵は2020年11月に上書きされた。

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

高円寺に新風を吹き込むシェアスペース

さらに、2020年3月にオープンしたのが「小杉湯となり」という会員制の銭湯付きシェアスペース。文字通り、小杉湯の隣で銭湯まで徒歩3秒という立地だ。

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」のキーパーソンたち

さて、ここからが本題だ。

3階の個室で「湯パートやまざき」についての話を聞かせてくれたのは、「小杉湯となり」発起人で株式会社銭湯ぐらし代表の加藤優一さん(34歳)、株式会社まめくらしに所属し、「高円寺アパートメント」の女将として住人や地域の人たちとの関係性を育む宮田サラさん(28歳)、そして、「湯パートやまざき」の住人1号となった勝野楓未さん(23歳)の3人。

加藤さんと勝野さんは定休日以外は毎日小杉湯に通う。宮田さんも週に1、2回は訪れるという小杉湯愛に満ちた面々だ。

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

「この『小杉湯となり』が立つ場所には、もともと風呂なしアパートがあったんですが、取り壊しが決まった後、1年間は空いた状態でした。そこで、僕を含めた多様なクリエイターで共同生活を始めることになったんです。その生活で気付いたのが、街全体を家のように楽しむ豊かさでした。風呂なしアパートが寝室で、銭湯が浴室、台所は近くのお店と考えると、暮らしの選択肢が広がります。その考え方を実現したのが『小杉湯となり』であり、『湯パートやまざき』もプロジェクトの一つです」(加藤さん)

(画像提供/加藤優一)

(画像提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

きっかけは空き家活用のための勉強会

「湯パートやまざき」は、前述の「小杉湯となり」から徒歩7分ほど離れた場所にある。「湯パートやまざき」プロジェクト発足のきっかけは、空き家を活用して高円寺を盛り上げるための勉強会だった。対象は空き家を持っているが活用に悩んでいる大家さんたち。

「去年の6月に第一回の勉強会を開催したら、10人ぐらいの方が参加してくれました。みなさん、空き家のまま放置しておくのはもったいないし、街のために活用できたらと思っていらっしゃる方々でした」(宮田さん)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

この勉強会には現「湯パートやまざき」の大家・山崎さんのご家族が参加しており、「10年ぐらい空き家になっているアパートを何とか活用できないか」という相談を受ける。そこで、「じゃあ、みんなで物件を見に行きましょう」となった。

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

住人募集の告知から3日間で応募が殺到

「最初に外観を見た感想は、『一般的な風呂なしアパートだなあ』というもの。でも、中に入るとレトロな家具の雰囲気が良くて、随所に大工さんの技巧も凝らしてある。ここに銭湯を組み合わせることで“湯パート”としてリブランディングしようと思いました」(加藤さん)

去年の11月ぐらいから「銭湯ぐらし」にかかわり始めた勝野さんは、東京大学大学院で建築を学んでいる学生。加藤さんと宮田さんが「湯パートやまざき」のリブランディングとなるコンセプトや企画を考え、彼女がより具体的なイメージ図を描いた。

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

勝野さんがnoteに描いたイメージ図とともに、住人募集の告知をTwitterにアップしたのが2022年1月30日。すると3日間で50人の応募があり、あわてて募集を締め切ったという。

「『シェアハウスほど近すぎず、普通のアパートほど遠くない、ほどよい関係』がみなさんに刺さったのでは」と加藤さんは振り返る。個室はあるが1階にシェアスペースもあり、価値観の近い人が入居することもイメージできる。また、「近所に小杉湯があることも大きかったと思います。ほかには、大家さんの顔が見えることや、DIYができること、そして、1人ではできないけど誰かとはやってみたいという“小さな暮らしが実現できる”という点に魅力を感じていただけたと思います」と話す。

以前は家賃3万円だったが、小杉湯を起点に「街を家と捉える」プロジェクトの一つとして生まれ変わらせるにあたり、家賃に入浴券1カ月分を組み込んだ家賃5~6万円の「銭湯付きアパート」へ(頭が出た分の金額は、大家さんと株式会社銭湯ぐらしで按分している)。入浴券は都内共通入浴券なので都内の銭湯ではどこでも使えるが、ご近所にある小杉湯のファンが集う結果となったようだ。

「応募してくれたのは20歳から30代後半の方で、6割ぐらいが女性でした。職業はいろいろ。高円寺に住んでいないけど、高円寺が好きという人もいれば、コロナ禍で1人で暮らすのが寂しいという人もいました。必ずしも小杉湯ファンだけではなかったですね」(勝野さん)

共有スペースには螺鈿細工のたんすやレトロなテーブル

内見会やオンラインでのヒアリングを経て、勝野さんを含む3名の住人が決まった。勝野さんは2月の半ばから、残りの2名も3月中旬から住み始めている。

コンセプトは「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」。というわけで、さっそく物件を案内してもらった。

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

高円寺駅から徒歩9分、小杉湯から徒歩7分。防犯上の理由から詳しい場所は書けないが、閑静な住宅地にある木造2階建てのアパートだった。

まずは、1階の共有スペースを拝見。

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」での暮らしを選んだ理由

次に2階の勝野さんの部屋へ。

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

張り替えたばかりの青畳が香る。

「布団は押入れに入れてあって、寝るときに出します。日当たりが良いので外に干すとすぐに乾くんですよ。設計の勉強に使う金尺は置き場所がないので柱に掛けました」

実は勝野さん、ここに住む前は隣駅の阿佐ケ谷に住んでいた。風呂トイレ付きで床はフローリングというアパート。しかし、銭湯ぐらしやまめくらしの「街を大きな家と捉えて大きく暮らす」という考え方に共感したことと、コロナ禍で家に全部そろっている必要はないと考え方が変わったことから、「湯パートやまざき」への転居を決めたそうだ。

共同作業の第一歩はバルコニーのペンキ塗り

勝野さん以外の住人2名にもオンラインで話を聞いた。

そのうちの1人は転職で大阪から上京したばかりの27歳の女性。たまたま、加藤さんのツイートを目にし、応募した。東京に知り合いが1人もいない状態での共同生活は楽しく、初めて訪れた高円寺を徐々に開拓したいそうだ。

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

もう1人は建築設計事務所で働く28歳の男性。彼もまたTwitterでの告知を見てすぐに応募したという。多忙のため終電で帰ることが多い生活だが、会ったら「オッス」というぐらいの距離感がちょうどいいと言っていた。

現在入居者の住居となっている部屋には、図書館司書として働いている大家さんの親族がセレクトしたセンスあふれる本の数々が置いてあった。

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

そして、生活を豊かにしてくれそうなのが通りに面した広いバルコニー。勝野さんのイメージ図には望遠鏡のイラストとともに「流星群や満月を観察」と書かれていた。

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

「今度、みんなで柵にペンキを塗るんですよ。いずれは菜園もやりたいです」

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

大家さんの思いとともにそれぞれのスタイルで暮らす

築50年とはいえ、必要最低限の補修のみで大がかりなリノベーションはしていない。つまり、長く住んだ大家さんの思いを残した形だ。3人は今後、大家さんの思いとともに「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」を送る。それぞれのスタイルで、街を取り込みながら。

老舗銭湯の「小杉湯」を軸に新しい風は吹き続ける。スタートしたばかりの「湯パートやまざき」の試みが軌道に乗れば、高円寺にまだまだたくさんあるという空き家アパートの活用が一層進むだろう。

●取材協力
小杉湯となり
銭湯ぐらし
まめくらし
湯パートやまざきSNSアカウント
Instagram:@yupart_yamazaki
Twitter:@yupart_yamazaki

高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる

賃貸マンションに入居していた住人の一人が、高齢のお母さんを同じマンションに呼び寄せたところ、自然とその部屋がシェアスペースに。住人同士の交流が深まった、という話を聞きました。「お母さんの部屋がシェアスペースに」とは一体どんな空間で、集まる人たちはどのように交流し、どう感じているのでしょうか。

東京都世田谷区内にある賃貸マンションの大家である安藤勝信さん、住人のKさん、Nさん(Kさんの母)、Eさんにお話を聞きました。

「どなたか、母と一緒に犬の散歩に行ってもらえる人を知りませんか?」

全10戸からなるこのマンションに住むKさんが、住人同士のグループLINEに投稿したのは、3月ごろのこと。神奈川県内で医師として働くKさん(40代)は、日中は仕事で不在にしています。Nさん(70代)は、一通りの日常生活は自分でできるものの、数年前からアルツハイマー病を患っており、慣れない環境に一人でいることは不安な状況でした。また、Nさんが飼うトイプードルのラッキーも、昼間に一度は散歩に連れ出す必要もありました。

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

Kさんは10年ほど前、この賃貸マンションができた当初からの住人です。長野県にある実家で暮らしていた両親のうち、父が入院することになり、母のNさんを同じマンションの別室に呼び寄せたのでした。

「2~3年前からできれば近くで住みたいと考えていたものの、高齢の両親が賃貸物件を借りることは、簡単なことではありませんでした。近年、高齢者や生活に一定の不安を抱えた人が本人にとって快適な賃貸物件を借りようとするときに、入居をみとめてもらいにくいなどの問題があります。大家の安藤さんに『なかなか物件探しが難しくて……』と話をしたところ、『このマンション内にお引っ越し予定の部屋があるよ』と教えてもらい、母の部屋としてもう1室借りることにしたのです」(Kさん)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

お母さんの部屋が住人みんなのシェアスペースに!?

このマンションには、1階に大家の安藤さんファミリーも住んでいて、他にもう一つファミリー向けの住戸、加えて写真スタジオがあります。2階と3階は単身者向けの部屋がメインで、そのうちの2つにKさんとNさん母娘が住んでいます。

取材当日、母のNさんの部屋を訪れると、玄関ドアの外側には、日替わりのメニューが書かれたホワイトボード「ラッキー&NさんCafe」の看板がありました。この日のおすすめは、「ミニプッチンプリン」と「贅沢ルマンド宇治抹茶カカオ」だそう。最後には「本日、14時ごろまでお待ちしています」とメッセージが添えられています。

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

マンションができたときから、安藤さんは新しく入居する人がいれば歓迎会を開くなどして「住人同士の自然なコミュニケーションによる関係構築を大切にしてきた」そう。そのため、マンション退去後も近隣に引っ越した前住人が食事会に参加することも自然なことだと言います。さらに前述のグループLINEが交流をきっかけに自発的にできたことで、何かあったときのやり取りも気安く便利なものになりました。

Nさんとラッキーの散歩には、グループLINEでのKさんの呼びかけに応じる形で、同じマンション内で在宅ワークをしている住人と近隣に住む前住人の2人が交代で付き添うように。Nさんも「オートロックの開け方すらわからなくて困っていたときに、助けてもらったことも。そういう繋がりがありがたい」と喜んでいます。

さらにKさんが他の住人にも「お茶を飲みにだけでも寄ってください」「暇な時に来てくださったら嬉しいです」と声をかけるうちに、Nさんの部屋が、住人みんなが出入りするシェアスペースのようになっていったのだそうです。

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

住人同士で食事会を開催、住人発案のグループLINEも

私たち取材陣が訪れたその日も、夜はNさんの部屋で住民同士の食事会が開催されると言います。筆者が「今日はどなたが参加されるんですか?」と尋ねると、Kさんは指を折りながら「今日は私たちと◯◯さんと、◯◯さん、◯◯さん……。あれ? 2階以上に住んでいる単身者は全員ですね(笑)」と答えてくれました。

しかも、開かれる場所はNさんの部屋ですが、主催者は部屋の主人であるNさんでも、娘のKさんでも、大家の安藤さんでもないと言います。何でも、前回の食事会をしたときに、住人の一人が他の住人に誘われて料理教室に通い始めたため、習った料理をつくるよ!という話になったのだそう。先にフォカッチャをつくっておこうか、と盛り上がるKさんたちは、本当に楽しそう。食事会は特に定期的に開催しようとしているわけではなく「開催すると盛り上がってじゃあまた次はいつにしようか、となる」(Kさん)のだそうです。

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

食事会の詳細を住人同士でやり取りするときに活用されるのは、やはり、グループLINEです。これは大家の安藤さんが作成したものではなく、今回お話を聞かせてくれた一人、グラフィックデザイナーのEさん(30代)の歓迎会が2年前に開かれた時にできました。前に住んでいた人が「やり取りが面倒だから繋がっちゃおうよ」と声をかけてつくることになったものだと言います。

“対流”が先で構造は結果、住人同士の“信頼”で成り立つ緩やかなコミュニティ

筆者が「大家さんでなく、住人さん、しかも前に住んでいた人が退去後も食事会に参加し続けていて、住人同士のグループLINEを作るなんて初めて聞きました!」と、大家の安藤さんに声をかけると「コミュニティってつくるものではないと思うんですよね」という答えが返ってきました。

「熱量の中で自然とできていくものであって、つくろうとすると、むしろ指の間からすり抜けていくようなものだと思うんです。ましてや大家が押し付けるものではない、と私は考えています。例えば、私が先にグループLINEという構造をつくってしまうと、きっと裏アカ(裏アカウント、表のアカウントに対して秘密裏にやり取りされるアカウント)ができたりするものでしょう(笑)」(安藤さん)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

現在のグループLINEも作成されたのはEさんの歓迎会が開かれた2年前。つまり、このマンションができてから8年間は住人プラス大家の安藤さんのグループLINEはない状態でやってきたということです。それまで何か連絡が必要なときにどうしていたのかを聞くと、安藤さんは一人ひとり個別に連絡をしていた、と言います。

「大家である私にとっては、当然グループLINEのような仕組みがあった方が連絡も1回で済むので楽なんです。ただ、なんとなく違和感があって私からはつくりませんでした。。仕掛けるという視点側にいるとそういった構造からつくりがちです。私にできることは住まい手にとっての良き環境になること、それをコントロールしようとすれば、相手の方は私に信頼されていないと感じてしまうでしょう。お互いの信頼をベースに、時間とともに住む人同士の関係が構築されていくことが、自然で居心地のいい関係に繋がるのではないでしょうか」(安藤さん)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

「ヘルプを出してもらえることが嬉しい」お互いさまの関係

たしかに住人の一人であるEさんの話を聞いて印象的だったのが、「Kさんがお母さんのことでヘルプを出してくれたのが嬉しかった」という言葉でした。Eさんは在宅で仕事をしているので、Nさんの玄関に「お待ちしてます」の看板がかかっているときにはお茶を飲みに訪れ、時にはNさんと一緒に台所に立って簡単な夕食の準備をしながらKさんの帰りを待つこともあるそうです。

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

「結局、Nさんとラッキーのお散歩は他の方がお手伝いしてくださることになりましたが、Kさんに頼ってもらえたことがまず嬉しかったんです。私は仕事の合間にお邪魔してNさんと一緒にお茶を飲んでいるだけですが、こんなことで喜ばれるなら、私も嬉しい。そして、コロナ禍でなかなか外出しづらいなか、私自身にとっても、とてもいい過ごし方のひとつになっているんです」(Eさん)

住む「人」次第で、ルールも変える

Eさんは内見の時から住人とのコミュニケーションが始まっていたといいます。

「住み始める前、お部屋の内見に来たときにKさんなど住人の方が3階の共用テラスに座ってお茶を飲んでいて。よかったら座って一緒にいかがですか、と席を勧めてくださったのが嬉しかったことを覚えています」(Eさん)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

実は、Eさんの見学が終わった後、安藤さんは他の住人たちに「今日見学に来た人で誰が入居するのがいいかな?」と聞いてEさんの入居が決まったのだそう。

「新しく入居される方も、既に住んでいる私たちも、お互い選び選ばれる関係だと思っています。この人に住んでもらいたい、と思ったら構造や秩序を形づくるルールも、人に合わせて変わっていいと思うんです。

例えば、もともとこのマンション内で飼育可能な動物は猫のみでした。でもEさんに住んでほしいと思ったら、Eさんはヨウムというインコを飼っていたので鳥がOKになりました。Nさんが入居するときにも、住人みんなにNさんの状況と愛犬がいることは大丈夫?と聞いたんですよ。それで全員賛成だったからいま、Nさんもラッキーもここに一緒に暮らしています」(安藤さん)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

Kさんが、母Nさんの入居できる物件を探していたときに苦労した背景には、高齢者の孤独死や家賃滞納などの問題が増え、大家さんや不動産会社に負担のかかる場面が生じていることなどがあります。そのリスクを回避し、関係する人みんなが安心・安全に過ごすためにルールや体制などの“構造”が必要なこともあるでしょう。

一方で、安藤さんが「今は量より質で、人が主役でなければならない」と言うように、住まいにおいても住む人、一人ひとりにとって心地よく、ちょうど良い距離感での関係構築やサービス提供が求められているように感じます。そのバランスを考えるとき、この賃貸マンションで時間とコミュニケーションを重ねながらできてきた小さなコミュニティの在り方は、参考になるのではないでしょうか。

●取材協力
株式会社アンディート代表取締役安藤勝信さん(オーナー)とお住まいのKさん、Nさん、Eさん、ラッキー

シェア商店「富士見台トンネル」で街に眠る才能を発掘。郊外を刺激的でおもしろく

富士見台トンネルは、バーやお味噌汁専門店、おはぎ屋さん……と曜日時間によって個性的な店が營業する、シェア商店。郊外の団地であっても、子育てしながらでもクリエイティブな仕事ができる。個の才能をいかす場をつくりたいという、ある建築家の思いから始まった。

20代のころ、引越し先を探していて、郊外の団地を見に行ったことがある。すぐにここには住めない、と思ってしまった。スーパーはあるが、夜までやっていそうな飲食店がほとんど見当たらない。一人でふらりと立ち寄れそうなカフェもなかった。

歳を重ねた今なら団地の住みやすさも分かるが、当時は仕事からの帰りも遅く、毎晩料理するのは無理だと思っていたし、何より夜が早いまちはつまらないと思った。

一方、結婚して子育てする時期になると、多くの働く女性がこうした郊外から都心に通う。子どもの送り迎えに満員電車での通勤、帰ってから買い物に家事……などが続くと疲れてしまい、離職や不本意ながらキャリアを捨てて近場への転職を考えるようになる。私にもそうした友人がいた。

同じような状況に直面する人は案外たくさんいるのではないか。そう考えた人がいた。建築家の能作淳平さん。郊外での暮らしをより面白い刺激ある場所に。かつ、住むまちに魅力的な働く場をつくる試みとして。
「富士見台トンネル」はそうして始まった。

(写真提供/富士見台トンネル)

(写真提供/富士見台トンネル)

団地の可能性

JR南武線の谷保駅(東京都)より歩くこと5分。白いアパートが立ち並ぶURの団地が見えてくる。その手前にあるのがむっさ21富士見台名店街。電気屋や文房具屋の並びに、ガラス張りでおしゃれな暖簾のかかった一見何屋さんか分からない店が目に入った。

(写真提供/富士見台トンネル)

(写真提供/富士見台トンネル)

ここが「富士見台トンネル」。能作淳平さんが始めたシェアする商店である。

訪れたのは朝の10時。おそるおそる店の戸を開けると、白いカウンターが奥のほうまで伸びていて、その日営業する「Cafe Himmel」の2人が開店準備中だった。カウンターの奥がオフィススペースでもあり、能作さんが迎えてくれた。

建築家で「富士見台トンネル」の能作淳平さん(写真撮影/甲斐かおり)

建築家で「富士見台トンネル」の能作淳平さん(写真撮影/甲斐かおり)

さっそく、なぜ谷保だったのか、から聞いてみた。

「もともと、都心のあちこちに賃貸で住んでいて楽しかったんですけど、結婚して子育てするとなると不便もあって。妻の実家があきる野市なので三鷹から立川の間くらいがちょうどよかったんです。でも35年ローンで家を買うのは、僕にとっては自由度もないし時代錯誤な気がしたんです。それでリフォームできる賃貸を探していたら、この近くの団地に見つかって」

URが提案している「DIY住宅」の企画。これを本格的にフルリノベーションを行うことに。建築家の本分を活かし、自主施工で団地の部屋とは思えないような空間をつくりあげた。

白いカウンターは店内奥にいくほど幅広く設計されていて、打ち合わせにも使いやすいようになっている(写真提供/富士見台トンネル)

白いカウンターは店内奥にいくほど幅広く設計されていて、打ち合わせにも使いやすいようになっている(写真提供/富士見台トンネル)

「住み始めてみると、団地ってすごく住みやすいんです。緑が多いし空気もいい。クリエイティブな仕事をするには最適で。都心に住む友人たちにもこっちに住めばって声をかけたんですが、誰一人移り住もうって人はいなかった(笑)」

自身もその理由に気付き始める。

「サロンがないのが大きいんだなって。都心に住んでいたころは、生活らしい生活ではなかったけど、外で食事して、毎晩そこに集まる人たちとクリエイティブな話をしていたんです。そこで受ける刺激って大きかったんだなと。郊外では新しい人や考え方に出会う場が生活の中に少ないことに気付きました」

富士見台トンネルの周囲にはアパートの並ぶURの団地が広がっている(写真撮影/甲斐かおり)

富士見台トンネルの周囲にはアパートの並ぶURの団地が広がっている(写真撮影/甲斐かおり)

「子育てか、仕事か」の二択は、何かがおかしい

さらに、富士見台トンネルを始める直接のきっかけになったのが、妻の転職だった。能作さんの妻は、もとはワインの輸入販売の会社に勤めていて、店長を任されるほどの主戦力として働いていた。
ところが団地に移り住んだことで、毎日都心へ、満員電車で通わなければならなくなった。

「一人目の出産の後は頑張って通っていたんですけど、二人目の時、さすがにもう辞めようと。体力的にも負担が大きかったし、時間をかけて通勤する効率の悪さが本人も嫌になったんだと思います。

近くに事務職の仕事が見つかって転職しました。でもせっかくワインの知識も豊富で、築いてきたスキルがあるのにそれを活かせないのは僕から見てももったいない。社会にとっても損失じゃないかと思ったんです」

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

ゆったりしようと思って郊外に住んだのに、自由度がなくなり体力にも負荷がかかってより大変になっている。子育てもとても大事な仕事だけれど、そもそも「仕事を取るか、子育てを取るか」の二択を迫られるのはおかしいのでは、と思えた。

「僕らの悩んでいることって、明らかに都市の構造の問題だなって気付いたんです」

妻のスキルを活かす場として、家から近い場所に店を出そうと考え始める。能作さんのオフィスを兼ねれば、週末だけなどマイペースに営業すればいい。ところがこうも思った。「僕らと同じような人って、ほかにもけっこう居るんじゃないかって」

それならシェア型にしてやってみるかと、2019年11月、シェア商店「富士見台トンネル」をオープンする。

能作さんの妻、根来香奈さんが始めたゆるりとしたワインバー、wine stand「ニュータウン」の様子(写真提供/富士見台トンネル)

能作さんの妻、根来香奈さんが始めたゆるりとしたワインバー、wine stand「ニュータウン」の様子(写真提供/富士見台トンネル)

個性的な店にお客さんがつくスタイル

いま、富士見台トンネルには、さまざまなお店が出店している。公募をしたわけではないが、口コミなどで自然と広まった。創作おはぎの店「おはぎびより」、朝だけお味噌汁を出す「御御御(おみお)」、マカロン専門店、クナーファという中東のお菓子に特化した店、など個性的な店が多い。

朝だけ營業のお味噌汁専門店「御御御(おみお)」(写真提供/富士見台トンネル)

朝だけ營業のお味噌汁専門店「御御御(おみお)」(写真提供/富士見台トンネル)

富士見台トンネルのインスタグラムを開くと、月間スケジュールが表示される。
例えば水曜の午後はクナーファの店、金曜のランチはカフェヒンメル、土曜午後はおはぎびより……といった具合。

定期的に出店する店が優先的に日時を決め、それ以外の店が空いている日時を選ぶ。使用した分だけ時間制で場所代がかかる。売上マージンは一切取っていないため、売上はすべて各店に入る。

「富士見台トンネル」のinstagramより。中央の写真が、中東のお菓子クナーファ

「富士見台トンネル」のinstagramより。中央の写真が、中東のお菓子クナーファ

訪れた日に営業していたのが、「カフェヒンメル(Cafe Himmel)」。すでにファンがついているのか、ランチの時間になると、次々に女性客が入ってきた。

定番メニューはグリッツという、トウモロコシの粉でつくる、卵の入ったおかゆのような料理。滋味深く優しい味で美味しい。そのほか食べごたえのある野菜のおかずで満足感がある(写真撮影/甲斐かおり)

定番メニューはグリッツという、トウモロコシの粉でつくる、卵の入ったおかゆのような料理。滋味深く優しい味で美味しい。そのほか食べごたえのある野菜のおかずで満足感がある(写真撮影/甲斐かおり)

客足が落ち着いたころに、店長の松尾さつきさんに声をかけてみた。
なぜ、ここでお店を?

「近くで妹が店をやっていて、そちらがヒンメルの本店なんです。私は本業が薬剤師で土曜日だけ妹の店を手伝っているんですが、ここのスタイルを知って、自分でもやってみようかなと。個人的にアフリカンアメリカンの料理に興味があって、お客さんに食べてもらえるのがすごく楽しくて。月に2回、お昼だけですが、楽しんでやっています」

いま出店者の約半分は松尾さんのように本業とは別で楽しみながらお店をやっている人たち。もう半分は、ゆくゆくこの道で独立したいと頑張っている人たちなのだとか。

ワインバーwine stand「ニュータウン」の様子(写真提供/富士見台トンネル)

ワインバーwine stand「ニュータウン」の様子(写真提供/富士見台トンネル)

まちのタレントを発掘してつなぐ

富士見台トンネルの名前には、このまちに眠るタレント(才能)を“掘ってつなぐ”という思いが込められている。

インスタグラムに並ぶ写真、お店のラインナップを見ていると、それぞれが個性的な、魅力あるお店ばかり。そして、並んだときに違和感のない世界観が感じられる。

こうした複数の人や店が同じ場を共有して使うとき、最も問われるのは、そのキュレーション力ではないかと思う。

「ある程度、各お店に僕からも意見を言うようにしているんです。お店を始めるとき、ブランドとして完成されているところの方が声をかけやすいしお客さんを集めやすいと思ったんですけど。それだと、マルシェなどどこへ行っても同じいつものメンバーになっちゃう。それじゃつまらないと思って。まだ知られていない新しい店だけで始める方が面白い。その分まだ方向性が確立されていないところが多いので、一緒に話し合いながらブラッシュアップしていくスタイルを取っています」

例えば今人気の「おはぎびより」。最初からとても美味しかったけれど、よりオーソドックスなおはぎが多かった。価格設定を少し高めに、レシピももっと目新しいものにと能作さんのアイデアも加わって、洗練された見た目にもかわいいおはぎ屋さんができた。

オープン初期から營業している「おはぎびより」。富士見台トンネルでのみ買える人気の店(写真提供/富士見台トンネル)

オープン初期から營業している「おはぎびより」。富士見台トンネルでのみ買える人気の店(写真提供/富士見台トンネル)

ノンアルコールバーによるスナック營業も(写真提供/富士見台トンネル)

ノンアルコールバーによるスナック營業も(写真提供/富士見台トンネル)

中に入れば開放的でオープンだが、入口はあえて何の店だか分かりにくいように工夫されている。少し怪しげなくらいがサロンとして魅力的。個性的な店と感性の合うお客さんだけが自然と入ってくるような工夫だ。

いま、全国的にシェアと名のつくサービスはたくさんある。シェアハウスやシェアオフィス、シェア店舗。スペースやコストを物理的に分かち合う意味での“シェア”が大半。それはそれで利にかなっているのかもしれないが、ただのシェアでは分かち合う以上の価値は生まれない。

「富士見台トンネルでは、分かち合うシェアではなくて、持ちよるシェアを目指していて。会員さん同士も仲がいいですし、カウンターの内側でクリエイティブな発想がどんどん生まれたらいいなと思っているんです。先日も、ノンアルコールバーをやったんですが、マカロンの専門店に、おつまみマカロンを出してほしいと依頼したらあっという間にコラボが成立して。そういうのが楽しいなって思うし、お客さんもそういう店のほうが楽しいと思うんです」

そうしたコラボがぱっと成立する状況を、「ウォーミングアップできているメンバーがそろっている」と能作さんは表現した。

まちに眠るタレントを発掘して、いつでも発揮できるよう、日々技を磨くことのできる場。都市郊外でも、もっと地方であっても、こうした個人のスキルを活かせる場が、いま各地に求められているように思う。

●取材協力
富士見台トンネル
instagram:@fujimidaitunnel

団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!

昭和40年代、50年代に多くつくられた団地では、建物の高経年化や住民の高齢化が進む中、新しい活気を生みだそうと、さまざまな試みがなされています。今年3月、足立区に誕生した「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田は、そのなかでもひときわユニークです。使われていなかった1階の空間をリノベーションしてシェアハウスとし、共同リビングには1000冊以上の本を配置、また、団地の居住者や地域の方と交流を図れる場としてコミュニティラウンジ『BOOKMARK』もつくりました。住み心地と暮らしぶり、狙いを運営会社とシェアハウス入居者に聞いてきました。   
築43年の大規模団地の一角に「シェアハウス」が誕生

漫画、料理、旅、エッセイ、推理小説など、さまざまなジャンルがあり、共通の関心があれば会話が広がったり、貸し借りをしたりと、人と人とをつないでくれる「本」。「あなたのイチオシは?」と聞かれたら、思わず語りたくなってしまうことでしょう。

そんな本を1000冊以上もそろえたシェアハウスが、今年3月、足立区大谷田一丁目団地に誕生しました。その名前も、「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田。なんだか名称だけでもワクワクしますが、コロナ禍にめげず、すでに多くの入居希望者が集い、暮らしています。でも、なぜ団地の一角にブックリビング付きのシェアハウスをつくったのでしょうか。企画・運営をした日本総合住生活株式会社に聞いてみました。

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「大谷田一丁目団地は昭和52年築、全10棟、1374戸からなる大規模団地です。シェアハウスの場所は足立区が保有し、もともとは保育士の寮でしたが、足立区が利活用事業として事業者を公募していたため、弊社が手をあげたのです」と話すのは、日本総合住生活株式会社の奥寺高清さん。

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

日本総合住生活株式会社は、UR都市機構の団地の管理などを手掛けている会社で、現在は団地のリブランディング、魅力を知ってもらう取り組みにも力を入れています。
「もともとは寮だったこともあり、リノベしてシェアハウスにし、若い世代に団地暮らしの楽しさを知ってもらいたいという観点から、若者向けシェアハウスにコンセプトが決まりました。どこの団地もそうですが、建物・居住者ともに高齢化が進んでいます。若い世代が外から入ってくることで、コミュニティを活性化したいという狙いがあったのです」(奥寺さん)

シェアハウスとコミュニティラウンジに置いた「本」が交流を生む

ただ、シェアハウスをつくるだけでは、シェアハウスに住んでいる人同士の交流は生まれても、団地居住者や地域の方との交流は生まれないものでしょう。そこできっかけになるのが「本」です。

「本はシェアハウスの共用リビングに1000冊ほど常時そろえ、入れ替えを行います。選書は、カフェや美容室など、本屋にこだわらず広く本に触れる場をつくり親しんでもらう活動をしている個人のtsugubooksさん。また、コミュニティラウンジ『BOOKMARK』は、本や食をテーマにしたイベントなどをきっかけに団地居住者や地域の方、シェアハウスの入居者が交流を図れる場としてつくりました。コロナウイルスの影響で自粛していましたが、9月にやっとイベント初開催となりました」(奥寺さん)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

取材に訪れた10月3日は、「食」をテーマにした本のイベントが開催されていました。団地の方々、地域の方々も気になっていたようで、「ココ、気になっていたの、立ち寄っていい?」「今日は何をしているの~?」とさっそく、交流が生まれていました。集まる人の年齢も性別もそれぞれですが、本を手に話がはずんでいるのを見ると、「本ってこんなに人を結びつけるんだ」と感慨がわいてきます。

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「本は持ち運びもしやすくて、人の物でも抵抗なく触ることができるもの。本の気軽な貸し借りから緩やかな人づきあいが育まれるのでは」というアイデアから、今回の「読む団地」がはじまったといいますが、まさに狙い通りといえそうです。

その住み心地は?「テレワークもしやすくて、たいくつしない」

それでは、シェアハウス内での交流や暮らしはどのようなものなのでしょうか。6月からこのシェアハウスで暮らしている川上望さん(26歳)に聞いてみました。

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「本があるシェアハウスなので、本や読書が大好きな人ばかりが集まっているのかと思っていましたが、そうではなく、仲良くなってからさらりと『何の本を読んでいるの?』と会話することが多いですね」とあかしてくれます。では、シェアハウスの住み心地はいかがでしょうか。

「建物はリノベ済みで、きれいで住みやすいですね。セキュリティも行き届いていて、家具家電も備え付けなので、身軽でいられます。仕事はテレワークが多いんですが、部屋ではなく共用リビングでもでき、本もあるのでよい気分転換になります。ここにいれば退屈しません」とそのメリットを話します。

川上さんがシェアハウスに住むようになったきっかけ、団地のイメージについても聞いてみました。
「身軽で暮らしたいこと、働き方を考えて、仕事する場所とくつろぐ場所をわけたかったので、シェアハウスを探していて、この物件に出会いました。見学したときの第一印象で『ここだな!』と思ったことを覚えています。団地には特段イメージがなく、真っ白い箱という印象でした。シェアハウスは、何もないと交流が生まれないのは分かっていたので、『本』のようにコミュニケーションのきっかけがあるのはよいなと思いました。団地の居住者と交流はまだできていませんが、多様な世代、年代の人と触れあいたいな、というのはあります」(川上さん)

就職活動などの経験を振り返ったときに、その当時、多様な世代の人たちと接する機会があれば、「どんな企業や働き方があるのか、もっと早く知ることができた」というのがその理由だそうです。確かに多様な世代、生き方に触れたい、というニーズは若い世代ほどあるかもしれません。

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

新婚生活をシェアハウスで「居心地の良さを実感しています」

もう一組、シェアハウスで暮らしているカップルにお話を伺いました。実はそれぞれ、このシェアハウスの別の部屋で暮らしていたものの、秋に結婚の運びとなり、10月から2人暮らしできる部屋でともに暮らし始めたばかりだといいます。新婚生活をシェアハウスで、というのも今どきですね。

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

「このシェアハウスに来る前は、別々の場所でひとり暮らしをしていたんですが、僕がどうしてもシェアハウスで暮らしてみたくて、結婚したら難しいだろうと、思い切ってココを見つけて、暮らしたいと言ったのが始まりです」(佐古田慎さん)

それなら「私も暮らす!」ということで妻の羽蘭さんも続き、シェアハウス内の別々の部屋で暮らすこととなったとか。ちなみにシェアハウスの住民には、2人の関係性は隠していたものの、すぐにつきあっていることがバレてしまったそう。では、2人からみたシェアハウスや団地の良さはどこにあるのでしょうか。

「実は前も団地で生活していたのですが、想像以上に住みやすいんですよね、団地って。スーパー、病院がそろっていて、敷地にもゆとりがある。生活しやすいのは分かっていたので、不安はありませんでした」と羽蘭さん。慎さんは念願のシェアハウス生活が楽しいようです。

「ひとり暮らしをしているとワンルームの部屋に帰って、ごはんつくって食べて、寝ての繰り返しになるでしょう。それがしんどくて。ここには『マイブック図書館』という、自分のお気に入りの本を置いておける場所があるんですが、料理本をおいていたところ、声をかけてもらえて。みんなでスパイスカレーをつくって食べたりしています。シェアハウスの入居者と、話して食べるのが楽しいですね」(慎さん)といいます。

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

団地のもつ良さと課題。「本」が解決のいとぐちになる?

最後に、団地の良さと課題について、奥寺さんに聞いてみました。

「団地は住んでもらうと良さが分かるというお声をよく聞きます。ここは最寄りの北綾瀬駅から徒歩14分と距離はありますが、公園や医療施設、スーパー、コンビニ、郵便局などが近くにあって、不便はありません。大谷田一丁目団地内でランニングできるくらい、今どきの建物にはないゆとりがあり、暮らしやすさを考えぬいて設計された良さがあると思っています。今回のようなシェアハウスをきっかけにして、団地の良さを体験してもらい、シェアハウス卒業後に団地の一室で暮らしてもらう、そんな循環ができたらいいなと思っています」(奥寺さん)

課題にはどのような点があるのでしょうか。
「今まで、団地居住者同士で交流はあっても、地域の方と団地居住者との交流の場がなかなかなかったんですね。しかも高齢化していくと、余計に団地内コミュニティも活発になりにくくなってしまう。だからこそ、『BOOKMARK』のように、団地の中、さらには地域の方とのゆるやかなつながりの場所をつくり、交流の場所になれたらいいなと思っています」(奥寺さん) 

新型コロナウイルスの影響で、『BOOKMARK』は計画時に思い描いていたような活用が今は難しいかもしれません。ただ、取材中、本を片手に人が会話したいというのは、実に自然な気持ちなのだなと痛感しました。どのようなかたちになるかは分かりませんが、本をきっかけに、シェアハウスや団地、地域の関係がより豊かなものになってほしい。本好きの一人として、そう願うばかりです。

●取材協力(※50音順)
日本総合住生活株式会社 住生活事業計画部事業計画課
読む団地

テレワークが変えた暮らし[3]引越し先の「共用部」がもう一つの仕事場に。働く意味を再発見

昨今、オフィス以外の場所で仕事をするテレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増えていますが、テレワークしやすい「住まい」も登場し、支持を集めています。今回はワーキングラウンジなどが充実した「ソーシャルアパートメント」で暮らし、テレワークに取り組む人とそのリアルな声をご紹介します。
寮をリノベ。144世帯が暮らす「ソーシャルアパートメント」

2019年9月、完成したばかりのソーシャルアパートメント「ネイバーズ武蔵中原」に引越してきた前田彰さん。東京都・渋谷のIT企業勤務で、現在週1回、リモートワークをしています。

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

「以前は板橋のシェアハウスから毎日、満員電車に乗って通勤していました。転居を考えていたほぼ同時期に、会社でもリモートワークを導入することになり、自分もテレワークをはじめてみようと。共用部が充実したソーシャルアパートメントの存在は以前から気になっていたので、本当にタイミングがよかったです」と振り返ります。

「ソーシャルアパートメント」は、通常のシェアハウスと異なり、共用部での入居者同士の交流を楽しめる「仕掛け」がなされている住まいのこと。トイレやバス、キッチンは定期的に清掃が入り、清潔に保たれています。
また、こちらの物件は、キッチンに加えて、シアタールームやバー、防音室などの共用設備も充実しています。なかでも、前田さんのお気に入りはワーキングラウンジ。

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

「僕が仕事しているのはこのスペース。まさにこのソファです。仕事終わりでも部屋に帰らず、ココに立ち寄ってブログを書いたりしているので、自分の指定席のような感じですね」と笑います。この「ネイバーズ武蔵中原」は144世帯と大所帯なので住人全員と交流があるわけではありませんが、ここにいると知っている人を介して、会話がはずむこともあるそう。

「ワーキングラウンジにも2種類あるんですが、自分はこのソファ派です。部屋にソファがないというのもありますし、部屋にいるとダラダラしてしまうので、ほどよく人の目があるココが落ち着くんですよね」といいます。

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

心地よい場所があることで、「テレワークのほうが作業に集中できる」

前田さんがテレワークをはじめてみて3カ月あまり。率直な感想を聞いてみました。

「現在、会社では週1回のテレワーク、11時~16時のコアタイム制を導入しています。会社までの通勤は乗り換え1回、時間にして片道40分程度なのですが、通勤の義務がなくなるだけでも、ストレスは軽くなるなと思いました。テレワークをしてみると、オフィスで働く意味ってなんだろうって考えるようになりますよね(笑)」と心地よいよう。

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

特に前田さんはお気に入りの「ワーキングラウンジ」はオフィスよりも集中でき、仕事が捗ると感じることも。

「作業が詰まっているときは、僕はテレワークのほうがよいと思いました。会社だとどうしても話しかけられたりするので、集中できない。でも、自分の部屋だとだらけてしまう。一方で、例えばカフェなどだと、他人の声や仕草が気になってしまって気が散ってしまう。このワーキングラウンジは音や椅子、周囲の人も含めて、ちょうどよいのだと思います」

ほかにも、オフィスではよいアイデアが思いつかなかったものの、仕切り直しで持ち帰り、ワーキングラウンジで仕事を終わらせた、なんていうこともあったそう。一回休憩をはさむことでリフレッシュでき、持ち帰り仕事も負担にならないといいます。これも会社と自宅にほどよい「場所」がある良さと言えそうです。

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

暮らすのも働くのもシームレス。だから心地よいことが大事

一方で、週5日を完全にテレワークにしてしまうのは、ちょっと不安もあるといいます。

「仕事が詰まっていないとき、余裕がある時期はオフィスで働くほうがいいと思いました。やっぱりリモートワークは自分次第なので、少しでもゆるさがあるとだらけてしまう怖さがあります。あと、雑談から次のアイデアが生まれることもありますし、スタッフ同士の温度感など、得られるものは多い。リモートワーク可能な日を週2日~3日ともう少し増やすかもしれませんが、今はほどよいペースを見極めている状態かもしれません」(前田さん)。

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

前田さんが出社するときは朝9時30分に自宅を出て、帰宅はおよそ20時。とはいえ、前述の通り、自室に帰らず、ラウンジで作業していることが多いそう。
「働くのも暮らすのもシームレスで、分かれていない。すべて延長線上にあります。そういう意味で、今の暮らしがちょうどいい。心地よい場所があるって、とても大事だと思っています」

暮らすことも働くことも、「どれも毎日の一つ」と考える前田さん。ゆえに、どこで暮らすか、どのように働くかが同じくらい大切なのかもしれません。

「私の勤める会社でもテレワークの満足度は高いようですし、今、探りながら進めているところです」と話す通り、「ネイバーズ武蔵中原」は、今140世帯超の部屋が満室で、テレワークをする人も少なくないといいます。

また、友人にリモートワークやフレックスタイム制の話をすると、たいていの人が「いいな~」と返ってくるそう。自宅や会社以外の場所があり、そこで柔軟に働くことができれば、より仕事にも打ち込める。こうした働き方、住まい方は着実に社会に広がっていくことでしょう。

●取材協力
ネイバーズ武蔵中原

SDGs発信の拠点「鎌倉みらいラボ」として鎌倉市景観重要建築物・旧村上邸が生まれ変わった!

お屋敷の多い鎌倉の中でも、個人宅でありながら茶室や池のある日本庭園に加え、能舞台まであるといえば、その荘厳さの想像がつくだろうか。鎌倉市の景観重要建築物にも指定されているこの建物は、所有者であった村上梅子さんの「建物を残し、日本古来の良きものを伝える場に」との想いを受け継ぎ鎌倉市に寄付され、SDGs未来都市に選ばれた鎌倉市のモデル事業として新たなスタートを切った。そのお披露目会で公開された建物の詳細、保存活動の流れと今後の活用方法をレポートしよう。780坪(約2600m2)もの広大な敷地には、母屋と別棟の茶室があり、日本庭園も池がある立派なお屋敷だ(写真撮影/飯田照明)

780坪(約2600m2)もの広大な敷地には、母屋と別棟の茶室があり、日本庭園も池がある立派なお屋敷だ(写真撮影/飯田照明)

キーワードは「サスティナビリティ(持続可能性)」。継続的に、みんなで、関わる場に

旧村上邸は、鎌倉の旧市街地の中でもひときわ静かな西御門にある和風木造住宅。母屋には茶室や能舞台、敷地内には日本庭園や別棟の茶室もあり、能や謡曲の会、茶会などが行われて文化伝承や交流の場として愛されてきた。所有者である村上梅子さん(以下梅子さん)が2014年逝去し、遺志を継いで市に寄付されたのが2016年。2018年6月には内閣府から自治体SDGsモデル事業に選定され、ますますこの保存活用事業が注目されることに。

その後プロポーザル(※1)を経て、保存活用のための民間の事業主体がエンジョイワークスに決定、改修工事やイベントが実施された。そして2019年5月20日、企業の研修所や市民の文化活動の場として「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」がお披露目された。完成お披露目会には松尾崇鎌倉市長をはじめ、このプロジェクトを支えた約20名の来賓と報道陣がこの家の代名詞でもある能舞台に集まった。
※1.旧村上邸の保存・活用する企画提案を市が公募し優れた提案を選ぶこと

SDGs未来都市に選定された鎌倉市の取り組みを語る松尾市長。お披露目当日は村上家の親族やご友人、事業主体者や工事関係者、研修運営関係者など旧村上邸に縁が深い方々が列席(写真撮影/飯田照明)

SDGs未来都市に選定された鎌倉市の取り組みを語る松尾市長。お披露目当日は村上家の親族やご友人、事業主体者や工事関係者、研修運営関係者など旧村上邸に縁が深い方々が列席(写真撮影/飯田照明)

鎌倉では街のあちらこちらで、この旧村上邸の近くでも古民家が取り壊されているのが現実。旧村上邸は鎌倉市の所有となり取り壊しは免れたものの、歴史ある大きな建物や敷地を安全に活用するための改修には莫大な費用が掛かるうえに、継続的な維持管理も必要になる。たとえ国や市からの補助金が出たとしても、一時的なもの。この静かで緑豊かな環境を維持しながらこれだけの規模のお屋敷を活用していくためには、官だけでなく、市民、企業みなが一体となって継続的に関わっていく仕組みが必要だった。

大切にされたお屋敷の和の趣を残しながら耐震性をクリアして多目的に活用しやすく

では、具体的な改修のポイントを紹介していこう。最も大きな課題だったのが耐震性だ。昭和14(1939)年以前に建てられた母屋は耐震補強が必要だったものの、筋交いや耐力壁を設けてしまっては、この荘厳な日本家屋や能舞台が台無しになる。趣を損なうことなく、大空間を残しながら耐震性を高め安全に活用できる建物にする方法が検討され、「仕口ダンパー」を採用。一棟で、なんと80~90個もの仕口ダンパーを使って柱と梁の接続部を補強したという。それでも安全性を考慮し、2階建ての建物だが2階部分は使用しない判断がなされた。

能舞台というこの建物の特徴的な大空間の趣を壊さず耐震補強するため、目につく部分とつかない部分に分けて2種類の仕口ダンパーで補強された(写真撮影/飯田照明)

能舞台というこの建物の特徴的な大空間の趣を壊さず耐震補強するため、目につく部分とつかない部分に分けて2種類の仕口ダンパーで補強された(写真撮影/飯田照明)

入口近くの計28畳の和室は、趣を変えないよう畳敷きのまま会議室に。和室ならではのフレキシブルさで8畳ふたつ、6畳ふたつの4部屋に仕切ることもできるし、オープンな大空間として使用することも可能。和室としてはもちろん、写真のように畳の上で使えるテーブルと椅子もある。新しくWifiも完備され、ホワイトボードやプロジェクター、スクリーンなど、会議に必要な備品も用意された。

畳敷きで和室の風情を残した会議室で、庭の緑を眺めながらの企業研修に。和室4室に分けることも、オープン28畳の大空間として使うことも可能。4時間利用で5万円のところ、オープン割引期間は1万5000円、一日利用は3万円(写真撮影/飯田照明)

畳敷きで和室の風情を残した会議室で、庭の緑を眺めながらの企業研修に。和室4室に分けることも、オープン28畳の大空間として使うことも可能。4時間利用で5万円のところ、オープン割引期間は1万5000円、一日利用は3万円(写真撮影/飯田照明)

梅子さんが居室にしていたという家の中心部のニ間続きの和室は、じゅうたん敷きに変更してラウンジスペースに。こことキッチンは、会議室利用者が研修時の休憩スペースや憩いの場として活用できる。

ソファやじゅうたんも古民家に合う和の色合いで、欄間の梅の模様ともマッチしている(写真撮影/飯田照明)

ソファやじゅうたんも古民家に合う和の色合いで、欄間の梅の模様ともマッチしている(写真撮影/飯田照明)

元の間取りをベースに、入口脇の和室と能舞台をそれぞれ貸し出しスペースに。その他を共用部分として手を加え、ラウンジやキッチン、トイレも男女別に増設された。別棟の茶室はそのまま茶室として貸し出し(写真提供/エンジョイワークス)

元の間取りをベースに、入口脇の和室と能舞台をそれぞれ貸し出しスペースに。その他を共用部分として手を加え、ラウンジやキッチン、トイレも男女別に増設された。別棟の茶室はそのまま茶室として貸し出し(写真提供/エンジョイワークス)

静かな伝統ある古民家で、10年後、100年後の自分たちのあるべき姿を考える

梅子さんが足袋を履かずに上がることを許さなかった、というほど大切にしていた荘厳な能舞台は、そのままで企業研修、講座、お稽古など多目的に使用する場に。座布団や椅子を並べることができるが、場の雰囲気を壊さないよう神社仏閣などで使われる椅子を選び、さらに椅子の脚裏には能舞台を傷付けないようフェルトを付けるなど配慮されている。

旧村上邸の特徴である日本庭園に面した能舞台。最大収容30名程度で、能のお稽古はもちろん、椅子や座布団で講座や研修などにも。4時間で3万5000円、一日7万円(写真撮影/飯田照明)

旧村上邸の特徴である日本庭園に面した能舞台。最大収容30名程度で、能のお稽古はもちろん、椅子や座布団で講座や研修などにも。4時間で3万5000円、一日7万円(写真撮影/飯田照明)

梅子さん百寿を記念してつくられた冊子には、2002年当時、能舞台で多くの観客を前に笛を吹く梅子さんの姿が。多くの人に愛された場であったことが伝わってくる(写真撮影/飯田照明)

梅子さん百寿を記念してつくられた冊子には、2002年当時、能舞台で多くの観客を前に笛を吹く梅子さんの姿が。多くの人に愛された場であったことが伝わってくる(写真撮影/飯田照明)

別棟の茶室は炉も切られ、水屋もある本格的なつくり。独立感もあるため個室として、お茶のお稽古はもちろん、10名までの少人数の集まりなどに使用できる。

別棟の茶室は4時間で1.5万円のところ、オープン割引料金1万円、1日(8時間)2万円で利用可能(写真撮影/飯田照明)

別棟の茶室は4時間で1.5万円のところ、オープン割引料金1万円、1日(8時間)2万円で利用可能(写真撮影/飯田照明)

旧村上邸再生にあたっては、補助金だけでなく一般からの投資も受けるため投資型クラウドファンディングも募集し、目標金額900万のところ、見事120%の目標達成にて終了。投資家特典は施設利用割引券や企画会議参加権などということからも、市民の関心の高さがうかがえる。イベントにも多くの市民が参加して、実際に障子の張り替えやペンキ塗り、暖簾の草木染めなど、普段触れることが少なくなった昔ながらの暮らしの手仕事を体験する貴重な機会となった。

威風堂々とした門構えの「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」。所有者であった村上梅子さんにちなんで梅のマークの草木染の暖簾は、市民参加のワークショップを開催し手づくりされた(写真撮影/飯田照明)

威風堂々とした門構えの「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」。所有者であった村上梅子さんにちなんで梅のマークの草木染の暖簾は、市民参加のワークショップを開催し手づくりされた(写真撮影/飯田照明)

梅子さんの百歳を祝う「百寿の会」には瀬戸内寂聴さんも村上邸を訪れ、その日のことがエッセーに書かれているというから、その交友関係の広さには驚くばかり。そうやって梅子さんが日本古来の良きものを伝え、交友を広げてきた場が、いまもここに存在している。

100年先の未来に伝えるべき事、そのためにこの10年自分ができること。実際梅子さんは100歳をこの家で迎え、最後までこの家で暮らした。この家も正確な築年数は不明だが、80年前の昭和14年には既に建っていることから、100歳に近いといわれる。そんな100年という時の流れをリアルに感じるこの場所で、日常を離れ、自分が、会社が、鎌倉が、日本が、世界が、より幸せであるために何ができるか考えるために、これ以上ふさわしい場所はない。これから市民も参加可能なお茶体験や手仕事のイベントも企画されている。目の前にあるものを五感で味わい、次世代につなげるべきものを生み出す場として楽しみに活用していきたい。企業研修担当者の皆さん、非日常で斬新な研修場所、ここにあります!

(写真撮影/飯田照明)

(写真撮影/飯田照明)

窓の外には緑豊かで池もある本格的な日本庭園が広がる。会議室、能舞台、茶室,それぞれの利用もでき、全館利用の場合は9時から17時の8時間で15万円。オープン割引中は8時間が10万円、4時間なら5万円に(写真撮影/飯田照明)

窓の外には緑豊かで池もある本格的な日本庭園が広がる。会議室、能舞台、茶室,それぞれの利用もでき、全館利用の場合は9時から17時の8時間で15万円。オープン割引中は8時間が10万円、4時間なら5万円に(写真撮影/飯田照明)

●取材協力
旧村上邸 ―鎌倉みらいラボ―
>facebook●関連記事
古都鎌倉の街並みを守れ!市所有「旧村上邸」を通じてSDGsを考える