若者も高齢者も”ごちゃまぜ”! 孤立ふせぐシェアハウスや居酒屋などへの空き家活用 訪問型生活支援「えんがお」栃木県大田原市

栃木県大田原市で高齢者向けの「訪問型生活支援事業」を行っている一般社団法人えんがお。近隣の高齢者のたまり場としてつくった地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」には、年間延べ1500人の高齢者と2500人の若者が訪れます。活動を始めて6年。若者向けシェアハウス、地域居酒屋、障がい者向けグループホームもできました。えんがお代表理事の濱野将行さんに多世代が日常的に交流する「ごちゃまぜのまち」をつくった理由と地域に与えた影響について伺いました。

えんがおの主な活動は、「訪問型生活支援事業」。高齢者の自宅を訪ね、困りごとをお手伝いする(画像提供/えんがお)

えんがおの主な活動は、「訪問型生活支援事業」。高齢者の自宅を訪ね、困りごとをお手伝いする(画像提供/えんがお)

空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域居酒屋、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)

空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域居酒屋、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)

「話し相手になって」という言葉から始まった高齢者の生活支援

「1週間に1回、電話でいいから話し相手になってほしい」

濱野さんが衝撃を受け、えんがおを設立するきっかけになった、あるおばあちゃんの言葉です。

学生時代から社会貢献活動に携わってきた濱野さん。しかし、東日本大震災の支援活動に参加した際、苦しむ人を前にして「何もできなかった」と無力感を抱えたそうです。それから、「社会課題と向き合える大人になること」が、夢になりました。

卒業後、作業療法士をしながら社会貢献活動を続けていましたが、そのなかで、地域の高齢者の孤立の問題を知りました。

「大きな家でひとりぼっち、体を思うように動かせず、誰にも会いに行けず、会いに来てくれる人もいない。同居している家族がいても日中の多くをひとりで過ごし、夜遅く帰ってきた家族との会話もほとんどない。それでも、体がある程度動かせたり、同居家族がいる人は、独居高齢者向けの制度は使えないんです。寝っ転がって天井を見て何日も過ごしている高齢者の姿がありました」(濱野さん)

「今すぐ誰かがやらないと」という思いで、えんがおを立ち上げたのは、25歳のとき。困っている人にダイレクトにすぐに対応できる「訪問型生活支援事業」を始めました。

内容は、買い物代行やゴミ捨て、大掃除などを手伝う高齢者向け便利屋サービス。「生活のお手伝いをする」という手段を用いて、人とのつながりが希薄な高齢者の生活に「つながり」と「会話」をつくるのが目的です。

「自立支援は、やってあげるではなく、ちょっと助けること」と濱野さん。作業の合間に会話が生まれる(画像提供/えんがお)

「自立支援は、やってあげるではなく、ちょっと助けること」と濱野さん。作業の合間に会話が生まれる(画像提供/えんがお)

「やることないから寝てた」と話すおばあちゃんが、会話で笑顔になる(画像提供/えんがお)

「やることないから寝てた」と話すおばあちゃんが、会話で笑顔になる(画像提供/えんがお)

高齢者を地域のプレーヤーに変える

えんがおの特徴は、高齢者宅を訪れる際、学生や若者を一緒に連れて行くこと。「訪問型生活支援事業」で、若者と訪問するのは、えんがおオリジナルの取り組みです。

宇都宮から「訪問型生活支援事業」の見学に来た大学生。遠方からも見学希望がある(画像提供/えんがお)

宇都宮から「訪問型生活支援事業」の見学に来た大学生。遠方からも見学希望がある(画像提供/えんがお)

中学生と高校生のおふざけに笑いが止まらないおばあちゃんたち(画像提供/えんがお)

中学生と高校生のおふざけに笑いが止まらないおばあちゃんたち(画像提供/えんがお)

支援の内容は、窓ふきや草むしり、障子の張り替えなどさまざま(画像提供/えんがお)

支援の内容は、窓ふきや草むしり、障子の張り替えなどさまざま(画像提供/えんがお)

なぜ若者に関わってもらおうと考えたのでしょうか。

「当時発表されていた調査(*)では、日本の若者(満13歳から満29歳まで)で、『将来に対する希望がある』と答えた人の割合は、先進7カ国のなかで最も低い割合でした。2020年は、中高生の自殺者数が過去最多になってしまいました。こういった社会の現状と高齢者の孤立の問題は無関係ではないと思います。一生懸命生きて来た高齢者が孤立したまま生涯を終える社会では、若者が未来に希望なんて抱けるはずがないと感じました」

*「我が国と諸外国の若者の意識に対する調査」(2013年内閣府)

えんがおの常勤スタッフは濱野さんを入れて3名ですが、運営に積極的に関わってくれる学生の「えんがおサポーター」が20名、個人会員や地域の人が100名以上います。

えんがおの講演会や発表会を見て、活動に参加したい! と言ってくれる大学生や高校生も多いという(画像提供/えんがお)

えんがおの講演会や発表会を見て、活動に参加したい! と言ってくれる大学生や高校生も多いという(画像提供/えんがお)

濱野さんと、えんがおの立ち上げから一緒に活動してきた門間大輝さん(写真左)(画像提供/えんがお)

濱野さんと、えんがおの立ち上げから一緒に活動してきた門間大輝さん(写真左)(画像提供/えんがお)

「作業の傍ら学生が話を聞いたり、時にはおばあちゃんに相談したりすることで、高齢者の強みや昔やっていた仕事や趣味が分かります。お掃除が得意。料理が上手。そういう部分を活かして『役割』をつくり、おじいちゃん、おばあちゃんを地域のプレーヤーに変えていきます。例えば、もともと掃除のプロだったおばあちゃんには、学生に掃除を教える指導役になってもらいました。若者も『人の役に立っている』という肯定感を得ることができます」(濱野さん)

2018年にできた地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」は、若者と高齢者が交流できる場所です。「高齢者の日中の居場所をつくりたい」えんがおと、「若者の居場所をつくりたい」商工会議所が協働し、20年使われていなかった空き家を、学生たちとDIYでリノベ―ションしました。もともと酒屋だった建物で、通りに面して窓があり、中に人がいることが見える造りです。

2018年からボランティアを募り、集まったメンバーとDIYでつくりあげていった(画像提供/えんがお)

2018年からボランティアを募り、集まったメンバーとDIYでつくりあげていった(画像提供/えんがお)

「年間延べ4000人の訪問者のうち、2500人が地元の高校生や大学生です。2階に学習スペースがあり、勉強に来た学生は、1階のお茶飲みスペースで、おばあちゃんに受付をしてもらい、2階で勉強して、昼休みにはお茶飲みスペースに。一角には、子ども向けの絵本図書館や不登校の学生のプレイスペースがあります。おじいちゃんがお団子をくれたり、おばあちゃんがお茶を入れてくれたり。近くにいることで、自然と、日常的な世代間交流ができたらいいなと思っています」(濱野さん)

地元の人との食事会。学生、大人、おじいちゃんおばあちゃん、障がいのある人が「ごちゃまぜ」で関わり合う(画像提供/えんがお)

地元の人との食事会。学生、大人、おじいちゃんおばあちゃん、障がいのある人が「ごちゃまぜ」で関わり合う(画像提供/えんがお)

2階にある学生向けの勉強スペースは、地元の中高生の常連さんでいっぱい(画像提供/えんがお)

2階にある学生向けの勉強スペースは、地元の中高生の常連さんでいっぱい(画像提供/えんがお)

休み時間、ストーブでお餅を焼いてもらって大はしゃぎする学生たち。「餅を焼くだけでこんなに喜ばれるなんて」とおばあちゃんもにっこり(画像提供/えんがお)

休み時間、ストーブでお餅を焼いてもらって大はしゃぎする学生たち。「餅を焼くだけでこんなに喜ばれるなんて」とおばあちゃんもにっこり(画像提供/えんがお)

地域サロンには、えんがおの事務所もある。大掃除で、おばあちゃんに新聞の縛り方を教わる学生(画像提供/えんがお)

地域サロンには、えんがおの事務所もある。大掃除で、おばあちゃんに新聞の縛り方を教わる学生(画像提供/えんがお)

徒歩2分圏内に地域居酒屋や無料宿泊所、シェアハウスを運営

地域サロンのほかに、「毎日ひとりでごはんを食べている高齢者と週1回ごはんを食べよう」と、地域居酒屋も始めました。建物内に、シェアキッチンやレンタルオフィスもあり、シェアキッチンは月3、4人の利用者がいて、2階のレンタルオフィスは2企業が利用しています。

週2回は地域食堂「てのかご」、毎週土曜日は「たこ焼き居酒屋ちーちゃん」がオープンする(画像提供/えんがお)

週2回は地域食堂「てのかご」、毎週土曜日は「たこ焼き居酒屋ちーちゃん」がオープンする(画像提供/えんがお)

えんがおの活動を知り、全国から見学にやってくる学生や若者は、年々増えています。支援活動に参加した学生は1000人を超え、2019年には、遠方から来る学生向けの無料宿泊所「えんがおハウス」が、2020年には、えんがおサポーターが交流できるシェアハウス「えんがお荘」ができました。

次第に、学生と高齢者を中心に時々子どもがいたり、社会人がいたり、楽しいコミュニティーができていきました。「ごちゃまぜ」にいろいろな世代や立場の人がいることで、お互いにできないことは助け合い、得意なことで支え合うことにつながっています。

ハロウィンイベントで子どもとゲームをして遊ぶおばあちゃん(画像提供/えんがお)

ハロウィンイベントで子どもとゲームをして遊ぶおばあちゃん(画像提供/えんがお)

忘年会では、3歳の子どもから90歳のお年寄り、支援者、学生が入り混じって盛り上がった(画像提供/えんがお)

忘年会では、3歳の子どもから90歳のお年寄り、支援者、学生が入り混じって盛り上がった(画像提供/えんがお)

濱野さんは、これからのまちづくりのキーワードを「混ぜる」と「シェアする」だと言います。

「見学や体験に来る学生には、『自分に自信が持てない』『なにか変わりたい』と考えている人が多いんです。その人の強みを探して、具体的な言葉で伝えるようにしています。最近では、カメラが趣味の学生が来てくれました。写真がテクニック的に上手というだけではなくて、誰かがいい笑顔をしていると走って行って写真を撮っていたんです。全体が見えているし、人もよく見ている。後輩にも適格なことをズバリと指摘できていました。その学生には、ホームページ用の写真を撮ってもらったり、年下の子をサポートしてもらっています。自信がなかった人も、誰かの役に立つことで、少しずつ自分が好きになれるんです」(濱野さん)

毎日来てくれるおばあちゃんの誕生日。「ここがあるからいいの。ここができるまでは苦しかった」という言葉をかけてもらった(画像提供/えんがお)

毎日来てくれるおばあちゃんの誕生日。「ここがあるからいいの。ここができるまでは苦しかった」という言葉をかけてもらった(画像提供/えんがお)

学生たちが参加する「えんがおゼミ」の月例会。社会課題についてどう向き合うか議論。ここから街中にベンチを置くプロジェクトも生まれた(画像提供/えんがお)

学生たちが参加する「えんがおゼミ」の月例会。社会課題についてどう向き合うか議論。ここから街中にベンチを置くプロジェクトも生まれた(画像提供/えんがお)

濱野さんの原点となった福島の復興支援も引き続き行っている(画像提供/えんがお)

濱野さんの原点となった福島の復興支援も引き続き行っている(画像提供/えんがお)

高齢者や若者だけでなく、障がい者も地域と交流できる場所へ

活動をしながら濱野さんは、世代だけではなく、障がいの有無に関わらず過ごせる空間を目指すようになります。「地域に足りていないものは何か」「障がいのある方と関われる入口になるものは?」……そうやって探った結果、障がい者向けグループホームにたどり着きました。

障がい者向けグループホームとは、障がいを抱える人、数人が共同生活しながら、生活するための能力を学んでいく場所です。

制限が多く自由に外出できなかったり、地域とほとんど交流できていない施設が多いと感じた濱野さんは、「えんがおの近くにつくれば、地域の皆で見守って、比較的自由な施設ができるかもしれない」と考えました。

2021年にオープンした障がい者向けグループホーム「ひととなり」は、比較的自立度の高い精神・知的障がいがある人向けの施設です。

「地域居酒屋、シェアハウス、無料宿泊所、グループホームは、地域サロンから徒歩2分圏内です。グループホームの利用者さんが地域サロンでお茶飲みをして、そこにいるおじいちゃん、おばあちゃん、学生と仲良くなったり、遊びに来た子連れのパパさんが一息ついている間、子どもたちがおばあちゃんと遊ぶ。子どもから高齢者まで、障がいの有無にかかわらず、誰も分断されず、いろいろな人が日常的に関わり合う。全員参加型の『ごちゃまぜ』のまちです」(濱野さん)

おばあちゃんたちとお茶を飲むグループホームの利用者さん。買い物に行くおばあちゃんに「気を付けて行ってください」と声をかける(画像提供/えんがお)

おばあちゃんたちとお茶を飲むグループホームの利用者さん。買い物に行くおばあちゃんに「気を付けて行ってください」と声をかける(画像提供/えんがお)

地域サロンができて4年。「ごちゃまぜのまち」は、さまざまな人を巻き込みなから大きくなっている(画像提供/えんがお)

地域サロンができて4年。「ごちゃまぜのまち」は、さまざまな人を巻き込みなから大きくなっている(画像提供/えんがお)

ビジネスとしての成立させることで、継続できる

えんがおは、2022年の5月で立ち上げから5年が経ち、経営的には6期目に入りました。5期目の1年間の事業規模は、3000万円。6期目の予想規模は、4600万円で順調に伸びています。収入割合は、事業収益が約7割、寄付会費や助成金が合わせて約3割です。

「すべての事業の収支はトントンか黒字。障がい者向けグループホームは、ニーズが多く、その後2棟目もオープンしました。訪問型生活支援事業は、30分500円~3000円と料金は高めですが、リピート率は90%以上です。もちろん特例として無料で行うことはあっても、ちゃんと値段設定をしないと活動を継続できません。それに、『無料だと悪くて次から頼みにくい』という声もあるんです。目の前のニーズを拾って、自分たちのやれることをする積み重ねでやっとここまで来ました。経営的に成り立つサービスでないと広がっていかないのでがんばっています」(濱野さん)

えんがおで公開しているやり方や収益などを参考に、北海道や長野、広島などで、生活支援や多世代交流サロンを始めた人もいるそうです。

設立から6年、今までいちばん苦労したことをたずねると、「思いつかないなあ」と笑う濱野さん。

「大変なことも全部意味があると思うので……。いろいろな人がごちゃまぜに関わると、さまざまな問題が出てきますが、世代や立場など属性が違うからこそ、それぞれの強みが発揮されます。コロナ禍の葛藤からは、電話での健康確認サービスや若者と高齢者が文通するサービスが生まれました。工夫していくのが楽しいんです」(濱野さん)

現在、えんがおでは、障がいのある身寄りのない人のアパートが借りられない問題について、地域の不動産会社と連携して活動しています。今後は、小規模の託児施設やフリースクールなども始める予定です。

高齢者と若者、障がい者などさまざまな立場の人が多世代交流することで、生まれる自己肯定感。『ごちゃまぜのまち』への入り口をたくさんつくることが、濱野さんの今の夢です。えんがおの挑戦は、高齢者の孤立化問題を抱える地域へひとつの答えを示してくれています。

●取材協力
一般社団法人えんがお

認知症になっても住める街へ。街全体で見守る「ふくろうプロジェクト」始動 栃木県下野市

2021年、高齢者人口は3640万人(※1)と過去最多となりました。みなさんの身のまわりでも、年齢を重ねた父母や祖父母が高齢者だけ、または一人で暮らしているというご家庭は多いのではないでしょうか。高齢者、また認知症になった人を見守る、栃木県で地域ぐるみのユニークな「ふくろうプロジェクト」がはじまりました。その試みと街への影響をご紹介します。

ゴミ収集をしつつ、ひとり歩きの高齢者の足元を確認

今年11月、栃木県下野(しもつけ)市ではじまったのが、「ふくろうプロジェクト」です。この取り組みは、認知症になっても暮らしやすい街を目指すというもので、その内容はゴミ収集車とスタッフが通常のゴミ回収を行いつつ、歩いている高齢者の足元をさりげなく気にするというもの。認知症になると、街を徘徊してしまい、徘徊中に自宅に帰れなくなってしまったり、交通事故に巻き込まれてしまったりすることもあるといいます。

そこで大切になるのが、徘徊の早期発見です。このプロジェクトではまず街を縦横に走るゴミ収集車に着目し、清掃員がゴミを回収しながらまちゆく高齢者の足元を見て、気になる人がいれば警察や地域包括支援センターに連絡するという仕組みが考案されました。

では、なぜ高齢者の「足元」なのでしょうか。このプロジェクトの発案者である、横木淳平さんに聞いてみました。

「もともと、靴を見るのは私の職業病みたいなものなんです。街を歩いていても、ついつい高齢者の足元を見てしまう。それは、徘徊している人は、状況やサイズにあっていない履物を履いていることが多いことから。スリッパやサイズのあわない靴、子どもの靴など、明らかに違和感のある靴を履いていること多いんですね。高齢者も徘徊しようと思って徘徊しているのではなくて、ご自身は目的があって出かけたけれど、家がわからない、何が目的だったかわからないなどの理由で歩いてしまう。だから靴に違和感があるんです」

ゴミ収集車につけられた「ふくろうプロジェクト」のステッカー(写真提供/ふくろうプロジェクト)

ゴミ収集車につけられた「ふくろうプロジェクト」のステッカー(写真提供/ふくろうプロジェクト)

なるほど、確かにその違和感は人間の目だからこそ気付ける観点ですね。今回のプロジェクトは、ゴミの回収という通常業務にあたりつつ「さり気なく」気にするというのもポイントです。

「今、できることから、ちょっとだけ世の中を良くしようというのが今回のプロジェクトの趣旨です。だから、気になる人を見つけたら、警察や地域包括支援センターに引き継いで、その後は通常業務にあたってもらいます」と横木さん。大切なのは、できるだけ多くの人に、無理なく、継続的に協力してもらう仕組みだといいます。

高齢者を取り巻く環境は悪化する。だからこそ視線を増やすことが大切

「今回はゴミ収集車と清掃員に協力してもらいましたが、運送会社、新聞や郵便、飲料の配達など、街のなかに今にいる人達にちょっとだけ、視線という機能を貸してもらえるだけで、高齢者が街にずっと住み続けていくことができるようになります。今後も高齢者人口、認知症の人口は増え続けていきます。まちなかには空き家も増えますし、ゲリラ豪雨、熱中症の増加のように、命の危険を感じるような天候も増えています。超高齢化社会の到来を考えると、もともとある高齢者施設だけでは受け皿になりきれない。だからこそ、普段の生活のなかで、ちょっとだけ助けてもらう、そんな仕組みが大切なんです」と話します。

認知症は一度発症すると進行を遅くすることはできても、治すことはできないといわれています。また高齢者の数に対する施設の受け入れ数など、高齢者をとりまく環境は厳しくなる一方です。であれば、プロの介護事業者だけでなく、周囲の人のちょっとした「見守り」があることで、高齢者が安心して暮らせるようにというのは納得の発想です。

プロジェクト発案者である横木さん(右)と廃棄物収集運搬業を営み、今回プロジェクトをともに行うことになった有限会社国分寺産業の田村友輝さん(左)(写真提供/ふくろうプロジェクト)

プロジェクト発案者である横木さん(右)と廃棄物収集運搬業を営み、今回プロジェクトをともに行うことになった有限会社国分寺産業の田村友輝さん(左)(写真提供/ふくろうプロジェクト)

「やさしい視線が多い街って、やっぱり住みやすいと思うんですよ。認知症だから、高齢者だから、家や施設で寝ていてもらえばいい、そんなことは絶対にないはず。生きる希望に満ちた暮らしをかなえてあげたい。徘徊を問題行動だと考えるのではなく、地域に居場所がある、役割がある、そんな街が住みやすい街と言えるのではないでしょうか。こうした視線が行き届いた街は、地方創生・復活のコンテンツにもなり得ると思っています」(横木さん)

筆者自身、母親になってわかったことですが、親になると子どもや子ども連れの人に助けられたり、助けたりということが格段に増えます。そして多くの人は、「少しおせっかいかもしれないけれど、助けたい」と思っているのだとしみじみ思います。まだ介護は経験していませんが、多くの人は子育てと同様、どこかみんなで助けたい/助けられたいと思っているはず。今回は、そんな「相互の思い」をかたちにした事業といえるでしょう。

発見はゼロでいい。できることからはじめてみよう

今回は「仕組み」として整えることで「発見」や「おせっかい」がしやすくなるのもポイントです。
「運用にあたって、できる限り本業に支障をきたさない、気楽に参加しやすようにと、極限までハードルを下げ、誰でも参加できる仕組みを考えました。それは、街にヒーローをつくりたいから。介護やゴミ収集の仕事は、やはり敬遠されがち。特に、コロナ禍でその過酷さが注目されました。しかし今回のプロジェクトのように『人助けができる』『まちの目線になる』ということで、仕事の価値をさらに広げ、関心をもつ人を増やしていけたらいいですよね」と横木さん。

「街にヒーローをつくりたい」と話す横木さん。徘徊を見つけてもらえたら、それこそご家族にとってはヒーローですよね(写真提供/ふくろうプロジェクト)

「街にヒーローをつくりたい」と話す横木さん。徘徊を見つけてもらえたら、それこそご家族にとってはヒーローですよね(写真提供/ふくろうプロジェクト)

極限までハードルを下げたというだけあって、ゴミ収集のほかに新聞配達などの企業からも声がかかっているそう。確かに街を駆け巡っているという点は同じですから、親和性は高そうです。

「はじまってまだ半月なので、今のところ、徘徊に気がついたという報告はあがってきていません。でも、いいんです、結果ゼロ件でも想像以上に多かったでも。やってみないとわからない。できることからはじめて、ちょっとだけ社会を、地域を良くしたい、そういう思いを共有できる仲間が増えていくことが大事ですし、広がっていくことが大切だと思っています」(横木さん)

思いは通じているようで、今のところ、行政や地域の人からも好評で、「応援しているよ」と声をかけてもらえることが多いといいます。そもそも、「靴を見る」という今回のプロジェクトそのものが、じんわりと認知症への理解へとつながります。

またテレワークが普及した昨今では、住んでいる街で1日の多くの時間を過ごす人が増えたことになります。単に「いる」だけではなく、「関心」や「かかわり」「やさしい視線」が増えていけば、今住んでいる場所も、より住みやすい街となっていくことでしょう。

高齢者や認知症だけでなく、障がいがある人、子どもたち。社会で暮らしているのは、健康な成人だけではありません。誰しも居場所があって、役割がある。「理解する」「ちょっとだけ気にかけてみる」「行動をほんのりと見守る」というあたたかい視線こそが、2020年代の住みやすい街に必要なのかもしれません。

※1総務省統計局より

●取材協力
横木淳平さん 
介護3.0

若宮正子さん「これからの高齢者に必要なのは“デジタル”」。日本人の意識に課題も

81歳でシニア向けのアプリ「hinadan」を開発して以来、国内外からデジタル世界におけるシニアの代弁者として注目されているICTエバンジェリストの若宮正子さん(85歳)。世界に先駆けて超高齢化社会を迎える日本は、PCやスマホに限らず、AIスピーカーをはじめとしたデジタル機器を導入することで、シニアの生活は目覚しく快適になるはずだと語る。情報管理の重要性とデジタル機器への期待について、話を聞いた。
自己情報の管理に疎い日本人。ITリテラシーの前に、意識改革を

昨年、世界で最も電子政府が整っていると言われる国、エストニアを訪れたという若宮さん。エストニア訪問で一番感じたのは「国民も、国家も、個人の情報をとても大切にしていることでした」と話す。例えば、日本人は自分の健康情報を正確に把握していない人が多い。一方エストニアでは、個人の健康に関する総合的なデータベースの中に、健康保険の情報と一緒にかかりつけ医の診断情報(カルテ)が共有されており、ワクチンの摂取情報や、薬の処方内容など全てを自分で確認することができるうえ、管理もできるという。

この重要性が顕著に現れたのが、今年1月に日本で起きたダイヤモンド・プリンセス号における集団船内隔離。世界中の人が乗り合わせた現場で、予定より長期的な滞在を余儀なくされたシニアの中には、持ち合わせの持病の薬が不足する事態に見舞われた人もいたらしい。そんな時、多くの外国人たちは、自分が処方されている薬の種類や量を的確に把握しており、必要な薬を医師に伝えることができたため、すぐに処方箋を用意してもらえたとのこと。一方、日本のシニアは薬の色やその数を伝えることしかできず、自分がどんな薬をどれだけ飲んでいるか分からない人もいたという。ましてやかかりつけ医の連絡先さえ把握していない人もいたそうだ。

「エストニアのシニアたちに、パソコンの使い方はどうやって覚えたのですか?と聞いたら”By Myself(独学で)”と答える人が多かったことに驚きました」と若宮さん。ご自身も、スマホもなんとなく触り始めたら、だんだん使い方が分かるようになったのだそう(写真撮影/片山貴博)

「エストニアのシニアたちに、パソコンの使い方はどうやって覚えたのですか?と聞いたら”By Myself(独学で)”と答える人が多かったことに驚きました」と若宮さん。ご自身も、スマホもなんとなく触り始めたら、だんだん使い方が分かるようになったのだそう(写真撮影/片山貴博)

若宮さんは、「私は海外へ一人で旅行に行くことも多いので、スマートフォンに処方箋とかかりつけ医の診察券を画像で保存して、常備薬については英語で何と説明するかのメモもスマホに保存しています」と準備に余念がない。「日本にはエストニアのような健康に関する総合的なデータベースがあるわけではないので、一人ひとりがしっかりと情報を管理しておかねばならないはずなんです。なのに、“他人任せ”という人が多いのが非常に残念です」と若宮さん。これはパソコンやスマートフォンの操作ができるかという以前の問題で、「自分の情報は自分で管理しなくてはいけないから、そのためにデジタル機器を使う、という意識を持つことがまず大切だと痛感しました」と続ける。

行政業務を電子化するには、全国民のITリテラシーが平均的に高い状態でなくては成り立たない。これに対し「シニアの協力なしには実現できない」という話を、金融庁主催のイベントで海外から参加したパネラーから聞かされたという若宮さん。若宮さんがある企業と行った調査では、エストニアで100名のシニア(60歳以上)に聞いたろころ、84人がすでに電子政府サービスを使っていると結果が出た。そこから学んだことは、政府と民間企業が協力し、シニアをはじめとした非デジタルネイティブユーザーでも使いやすい目線で構築されたシステムを用いて、統一された操作手順を持つことの重要性だという。

自身が開発したシニア向けゲームアプリ「hinadan」を操作する若宮さん(写真撮影/片山貴博)

自身が開発したシニア向けゲームアプリ「hinadan」を操作する若宮さん(写真撮影/片山貴博)

シニアの未来で期待を寄せるのはAIスピーカー機器

「将来的にシニアにとって期待が持てるのはAIスピーカー関連のデジタル機器です」と若宮さん。スピーカーそのものの性能に期待しているのではなく、いかに家電や家庭内の機器と同調させることができるかがカギになると話す。特に高齢者の一人住まいや、老老介護家庭など、デジタルを使った自立支援が役立つ場面があるのに、そういう家庭に限ってネット環境がないことでデジタル導入が進んでいない事例が多いことを指摘する。

「パソコンも、スマートフォンも、多少なりとも操作手順を覚えてからでないと使えませんが、AIスピーカーの魅力は、その導入へのハードルが低い点」と語る。スピーカーと会話をするだけで、家電を動かしたり、調べ物が簡単にできるからだ。「テレビをつけて」と言う代わりに、「テレビをオンにして」や「テレビが見たい」と言った言い方に変えても、今のAIスピーカーはほぼ対応可能なレベルだ。また事前登録さえしておけば「テレビさつけてけろ」といった方言でさえ、対応可能になるところまで進化している。

日常的にAIスピーカーを愛用しているという若宮さんは、出張前に天気を確認したり、台所で料理に必要な情報を得たりするなど、両手が塞がっていても、瞬時に情報検索できるという便利さを実感しているという。「スマートフォンでさえ、立ち上げて検索するまでに1分ほどはかかりますが、AIスピーカーを使えば、一瞬。AIスピーカーこそ、シニアにぴったりのデジタル機器です」と話す。

表計算ソフトEXCELを使ったエクセルアートは、若宮さんが「シニアがパソコンやテクノロジーに親しむきっかけになれば」と考案したもの。この日の服は、自身の作品をプリントしたオーダーメイド品(写真撮影/片山貴博)

表計算ソフトEXCELを使ったエクセルアートは、若宮さんが「シニアがパソコンやテクノロジーに親しむきっかけになれば」と考案したもの。この日の服は、自身の作品をプリントしたオーダーメイド品(写真撮影/片山貴博)

シニアがデジタルに親しむためには? 自治体も支援を

総務省統計局によると、年齢階層別インターネット利用状況は13~60歳はほぼ100%に近いのに対して、61歳以上になると70%程度に減り、70代になると47%、80代になると20%に減少する(「2020年国勢調査 インターネット回答の促進に向けた検討状況」より)。こうした状況に対して、自治体などが積極的にネット環境を整備すると同時に、AIスピーカーの設置と、それらを家電と繋ぐセッティングを行う「お助けマン(支援員)」の必要性を若宮さんは提案している。地域包括センターのような場所がハブとなってそれらを普及させていくことで、シニアのデジタル化を前進させることができるのではないかということだ。

一方シニアに対しては、若宮さんは「細かい操作を丁寧に覚えようとするよりも、全体像をもっと把握することに努めた方がいいのでは」と提案する。LINEの操作をひとつずつ一生懸命覚えることではなく、まず適当に操作をしてみる。そしてやり方を体感することで、デジタル機器に慣れることを勧めたいと話す。「重箱の隅をつつくような学び方ではなく、コンピューターとは何かといった全体像を掴む考え方を持っていることが必要だと思います」と投げかける。また「『もう歳だから……』と言ってしまわずに、無理のない範囲で触ってみるのが一番」と続ける。

そんなシニアたちがデジタルへの一歩を踏み出すきっかけになっているのは、“孫のような愛おしい存在”と話す若宮さん。実際、孫の写真を見たい、孫と話したいという欲求が、シニアたちのデジタル化に一役買っているのは事実だろう。

「エクセルアート」でつくった作品の数々。若宮さんは「シニアは手芸などのとっつきやすいものから、コンピューターの存在に親しむのがいいのではないか」と話す(写真撮影/片山貴博)

「エクセルアート」でつくった作品の数々。若宮さんは「シニアは手芸などのとっつきやすいものから、コンピューターの存在に親しむのがいいのではないか」と話す(写真撮影/片山貴博)

「私が“にわか有名人”になって以来、それまでの10倍は仕事をこなしているんですよ」と終始笑顔で話す若宮さんからは、聞くとやりたいことが次々とあふれ出る。昨今のコロナウイルス騒動で、若宮さんの主催イベントも中止を余儀なくされたというが、オンライン配信に切り替えた結果、視聴者は会場のキャパシティを超える1000人以上にも増えたそうだ。また今後は自宅から動画配信ができるように、必要な機材を準備していると話す若宮さん。急な出来事にしなやかに対応する様は、実に若々しい。「ちょうど気軽に動画配信をしたかったので、良い機会」と話す若宮さんは、持ち前のポジティブな姿勢で、まさにピンチをチャンスに変えている。これからの活躍も楽しみだ。

『老いてこそデジタルを。』(1万年堂出版 刊)●取材協力
若宮正子さん
昭和10年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年をきっかけにパソコンを購入し、楽しさにのめり込む。シニアにパソコンを教えているうちに、エクセルと手芸を融合した「エクセルアート」を思いつく。その後もiPhoneアプリの開発をはじめ、デジタルクリエーター、ICTエバンジェリストとして世界で活躍する。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会理事。熱中小学校教諭。
『老いてこそデジタルを。』(1万年堂出版 刊)

80代女性「不動産屋6件に断られました」。高齢者の賃貸入居の今

高齢者は賃貸への入居を断られるケースが多いといわれる。まだまだ元気な60代や70代でさえも……。現代の高齢化社会においては見過ごせない現状だ。実際に断られた人の声と、あえて高齢者の賃貸入居をサポートしている不動産会社の取り組みを踏まえ、高齢者の賃貸入居の現状とこれからを考えてみよう。
自由に暮らしたい母。でも不動産会社は「80代は無理」の一点張り

岐阜県可児市に住む女性・Uさん(当時64歳)は、2017年に、京都府に1人で住む母(当時88歳)を近所に呼び寄せようと考えた。

「母が京都で住んでいた家が立ち退きの対象になって。本人の希望で、当初は京都で探していたんです。母はそれまでも自立して一人で生活していましたから、私自身、心配していませんでした。当時、母は便利な街なかに住んでいて、近所まで、バスはもちろん自転車に乗って出かけていたぐらいです。

家を探そうと思い、京都の不動産会社へ電話したところ、『88歳?その年齢では借りられませんよ』の一点張りで、驚きました」

もう1社に電話したところ同じような対応で、物件を紹介してもらえる様子はなかったという。「娘の私の年齢である60代でも貸せないくらいなのに、まして80代なんて……という対応でしたね」

そこでUさんは「何かあったらすぐに駆けつけられる私の家の近所であれば、可能性があるのでは」と考えて、母を説得。岐阜県内に呼び寄せることにした。

「自宅の近隣で、母の一人暮らしに良さそうな物件をインターネットで探し、不動産会社へ電話をしました。どの会社の担当者も母の年齢を話すと驚いていて、4社に『ご紹介できる物件はありません』と断られました」

母の立ち退きが迫っていたので「物件が見つからなければ、母には悪いが同居で納得してもらおう」と考えていたUさん。

それでも懸念していることがあった。「岐阜で同居した期間があったんです。そうしたら、いつも身の回りのことを自分でしていた母が、何もしなくなってしまって……。わが家はオール電化なのですが、母の住まいはガス。『使い方が分からない』という理由で、お茶も淹れず、外出もしなくなった様子を見て、これではすぐに心身が弱ってしまうのではないかと心配になりました」

シニアライフサポートの、年齢別の契約者数。申し込み時で76~80歳が最も多い(データ提供/ニッショー)

シニアライフサポートの、年齢別の契約者数。申し込み時で76~80歳が最も多い(データ提供/ニッショー)

契約者の年齢別集計。申込者の最高年齢は96歳(データ提供/ニッショー)

契約者の年齢別集計。申込者の最高年齢は96歳(データ提供/ニッショー)

7社目で、「高齢者サポートシステム」がある物件と出合う

諦めずに、計7社目となる会社に電話をしたUさん。その物件は、家から徒歩10分、車を使えば2分の場所にある、バリアフリーの1LDK。キッチンには母が希望するガスコンロがあった。「インターネットで室内の画像を見ましたが、明るくてキレイでした」

「母は88歳ですがいいですか?」と不動産会社のニッショーに確認すると、「ここはシニアライフサポートというシステムがある物件なので、サポートに入っていただくことを条件に、入居していただけます」と担当者から説明されたという。

「セコムを含めたシステムの利用を条件に、高齢でも賃貸物件が借りられると聞き、納得しました。ありがたく思い、すぐにお願いしました」

このサポートサービスを紹介してくれた不動産会社ニッショーの「シニアライフサポート」は、今ある持ち家や賃貸住宅に、大家側と入居者への安心をプラスする高齢者見守りサービスだ。

具体的には、次の3つがセットになっている。
(1) 入居者の毎日の安否と体調を電話で確認。その結果は家族や指定の連絡先へメールで知らせる。

(2) 防犯センサーや煙センサーが異変を感知するため、もしものことがあればセキュリティサービスの「セコム」が駆けつける。

(3) 入居者がペンダントタイプの「救急ボタン」を押せば、セコムが駆けつける。また、「ライフ監視センサー」で、一定時間動きを感知しなかった場合はセコムに通知される。

「シニアライフサポート」のキット。賃貸物件の場合は、防犯センサー3カ所までで初期費用が3万円(税別)、その他に毎月の家賃+月額料金6千円(税別・※ニッショーの管理物件の場合)となっている(写真提供/ニッショー)

「シニアライフサポート」のキット。賃貸物件の場合は、防犯センサー3カ所までで初期費用が3万円(税別)、その他に毎月の家賃+月額料金6千円(税別・※ニッショーの管理物件の場合)となっている(写真提供/ニッショー)

「元気な」シニアの一人暮らしをサポートするために

このシステムの開発を主導した名古屋の賃貸住宅仲介会社、株式会社ニッショーの佐々木靖也さんは、開発の背景をこう話す。

「賃貸住宅へのシニアのご入居が難しくなっている背景には、体調面や事故の心配から、物件のオーナーさんがシニアの方を受け入れづらく感じ、あらかじめお断りするという事情があります。入居者の孤独死への不安を持つ方も多いようです。民間の賃貸業者としては、オーナーさんの意向に添うことが原則ですから……」

立ち退きや、伴侶を亡くしたので広すぎる家を売却したい……などの理由によって、一人住まいの賃貸物件を探すことになった高齢者が、「当然借りられる」と思って不動産会社を訪ねると、借りられずショックを受けるという事態が続いていた。

「私たちには、賃貸業者として今のままではダメだという思いがありました。オーナーさんにも入居者さんにも喜んでいただけるサービスを考えようと、2013年にプロジェクトチームをつくり、2014年には具体的に動き出しました」

当時は、サービス付き高齢者住宅(サ高住)が話題となり、建築ラッシュでもあったころ。

「しかしサ高住は、元気なシニアにとってはあまり意味がないし、私たちが取り扱っても従来のオーナーさんにメリットがない。私たちは『国の補助金に頼らず、すでに管理や委託を受けているオーナーさんの物件を活用して空室を埋めつつ、シニアの方の見守りができる新しいサービスを考えよう』と思いました」

これは「人命に関わること。あまり利益が出なくても、やらなくては」という社長の思いがこもった事業だったという。

「シニアライフサポート」の開発を主導した、営業本部副本部長の佐々木さん(写真撮影/倉畑桐子)

「シニアライフサポート」の開発を主導した、営業本部副本部長の佐々木さん(写真撮影/倉畑桐子)

「シニアライフサポート」の登録物件は、現在、東海3県で3500棟。
「オーナーさんには負担がありませんから、シニアの受け入れに協力してもらえませんかと説明すると、多くの人に賛同していただけます」と佐々木さん。

シニアライフサポートの間取り別契約グラフ。持ち物が多いケースや、子や孫に泊まってほしいと考える人も多く、予想に反して2K以上の広さへのニーズも高かった(データ提供/ニッショー)一人暮らしの入居者にハリがある生活を

「大多数の、元気なシニアの入居希望者の問題を解決しながら、オーナーさんの空室を埋めて、win-winのプロジェクトになった」と手応えを語る佐々木さん。

システムを運営し始めてから、「シニアの入居者さんによってオーナーさんが困ったという事例はありません」と話す。

「シニアの入居者さんは、まず家賃を滞納することがありませんし、住まいに関するルール違反もしません。苦労して見つけた物件だからです。また、70代くらいの人は、今後のライフスタイルの変化があまりないため、一度決めると長く定住されます」
それは安定した入居者だとも捉えられるだろう。

「住んでから家の中で倒れたという入居者さんもいますが、近くにあった『救急ボタン』を手繰り寄せてボタンを押し、命が助かったという例があります。浴室での事故を予防するため、防滴の『救急ボタン』を、浴室のドアにかけて入浴している人も多いようです」

住んでから入居者が亡くなった事例もあるそうだが、「ご遺族から『早期発見によって、きちんと見送ることができた。ありがとう』とお礼を言われました」と振り返る。

孤独死などを恐れて高齢者の入居が断られるケースも、サポート体制が整えば、状況を変えられるのではと考えさせられた。

オーナー向けイベントで、見守りサービスが多くの人の関心を集めた(写真提供/ニッショー)

オーナー向けイベントで、見守りサービスが多くの人の関心を集めた(写真提供/ニッショー)

前出の入居者の娘・Uさんの母は、現在91歳。希望通り自由な生活を謳歌し、Uさんは徒歩圏内である母の家に、おかずの差し入れなどを持って毎日顔を出す。

「毎朝決まった時間に、母の安否確認結果のメールが送られてきます。母とは毎日会うのですが、『今朝もちゃんと起床して、元気なんだな』と思うと安心できます」とUさん。91歳の母が近居で一人暮らしていることは、近所の人からも感心されているという。

「ある朝母の家で、安否確認用の音声案内の電話を一緒に聞いていると、毎回流れてくる内容が違うことに気がつきました。『明日は十五夜ですね』などと言われると、母も電話に向かって返事をして、私にも『お団子を食べなくてはね』と話していました。そんな日々のやりとりも、張りになっているようです」とUさん。

「近所で母が望む自由な生活をさせてあげられていることをうれしく思います。こういった見守りサービスがあれば、この先、自分自身や子どもたちも安心していられますね」と、イキイキと話してくれた。

取材中、隣県で一人暮らしをする70代の身内のことが思い浮かんだ。それを話すと佐々木さんは、「戸建でもシステムは後付けできます。毎日、数名にメールをすることも可能ですから、身内の方で費用を分担しては」。優しいアドバイスにホロリとした。

物件のオーナー自体が高齢となり「自分の家に付けたい」という申し出も多いという。オーナーと入居者本人、そして家族。誰にとってもメリットが大きいwin-winの取り組みは温かい。

高齢化社会において、高齢者の賃貸入居の需要はますます増えていくだろう。「高齢者だから」と一様に断られるのではなく、「どうしたら入居できるのか」を考えていける社会になることを願う。そして、誰もが自分らしく暮らせるよう、一人ひとりが自分ごととして考えていかなければと思う。

●取材協力
・ニッショー