世界の名建築を訪ねて。マリーナ湾に浮かぶガラスの球体“アップルストア” 「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」/シンガポール

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載4回目。今回は、マリーナ湾に浮くドーム状の“Apple Store(アップルストア)”「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」(シンガポール)を紹介する。

頂部にオキュラス(中心眼)をもつガラス・ドーム空間

シンガポールの著名観光スポットといえばマーライオンと「マリーナ・ベイ・サンズ」だが、後者はカナダの著名建築家モシェ・サフディが設計した誰もが知る著名ホテルだ。地上200mに長さ150mのプールがあるホテルの登場で、シンガポール観光というと、マリーナ・ベイ(湾)界隈はさらに世界的な知名度をもつようになった。

ところがその後マーライオンの対面で、「マリーナ・ベイ・サンズ」側の水面にひょっこり顔を出してきたのが、丸っこいガラス・ボール形の建築である。このガラス・ボールはアップルのスマートショップで、いわばシンガポールの都市に進出していくスターティング・ポイントとなる「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」だ。

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイの水面にユニーク極まりない姿を現した直径30mのガラス・ボールは、ブラック・ガラスが低部を覆い、上部は透明ガラスが球の形で立ち上がっている。建物のデザインはアップル社のデザイン・チームと、フォスター+パートナーズのエンジニアリングとデザイン・チームの緊密な協働の結果生まれたものである。「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」は、透明性と影が織なす絶妙な光に満ちた空間として話題となっている。

ドーム状の空間は114枚のガラス・パネルで構成建物は内外空間の境界を溶融させ、水面に静かに浮かぶミニマルな建築となっている。そこからはマリーナ湾とスペクタキュラーなシンガポールのスカイラインを仰ぎ見ることができる。構造的にはスチールとガラスのハイブリッドな建築として機能している。カーブした構造的なガラス・パネルは側面からスチール・エレメントを支え、側面からのロードに対抗する全体的な形態を強固なものにしている。

内部に装備された日除けにより、ガラス張りのインテリア・スペースはクールさを保っている。シンガポールには独自のサスティナビリティの評価システムであるグリーン・マークがある。ここで使用された114枚のガラス・パネルは、このグリーン・マークで決められたガラスの性能指標にマッチするものが選ばれた。 

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

ガラス張り空間の内壁に装着された同心円サンシェード・リングと呼ばれる日除けは、建物の頂部に近づくにつれて小さくなり、店内の雑音吸収効果も発揮している。さらに重要なことは、それらが昼光を拡散させ上部のリングへと反射させ、ストラクチャーそのものを非物質化させるマジック効果を発揮しているのだ。頂部にある半透明なオキュラス(中心眼)は、有名なローマ時代の古代建築である「パンテオン」を参照したもので、空間をよぎるドラマティックな光のシャフトを現出させている。

ガラス・ドームそのものはエフェメラル(希薄)な存在といえるかもしれない。その効果は非常に静穏で、光の変化するプロセスと色彩は微妙な効果を発揮して魅力的だ。それは単にアップルの驚異的な商品へのセレブレーションのみならず、自然光への賛歌ではないだろうか。

店内にはマリーナ湾の景色や店内を見渡せるスペースも

建物はガラス張り空間のために、シンガポールの理想とするガーデン・シティの都市景観がインテリア空間に流れ込んでくる。内部のペリメーター(周辺)部分に配置された樹木群は、レザーを貼ったプランターに植え込まれているが、ビジターはレザーの上に座り、店内の雰囲気やマリーナ湾の素晴らしい景色をエンジョイすることができる。

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」へは、ふたつのアクセスが可能となっている。ひとつは水上に架けられたアクセス・ブリッジを渡る方法。もうひとつはマリーナ・ベイ・サンズの店舗群の通りである長さ45m、幅7.6mの通路を抜けて、両側に配されたアップル特有のアヴェニュー・ディスプレイがある石のエントランスへとアクセスする。これが地下にあるドラマティックなエスカレーターに繋がっている。ここから両サイドがミラーの壁になったエスカレーター・シャフトの中を上昇していくと、ビジターはカレイドスコープ(万華鏡)のごとき目くるめく体験に圧倒される仕組みとなっている。

日本から7時間半ほどのフライトでいけるシンガポールは、アジアの中ではトップクラスの観光地である。しかも国をあげて安全・清潔な街を志しているのが素晴らしい。特にここに紹介したマリーナ湾界隈には著名なスポットがたくさんあって、家族ツアーなどにもばっちりあっているし、世界的な建築家、丹下健三氏が都市計画を手がけており、建築好きにも見逃せない街である。

●関連サイト
Apple Marina Bay Sands

世界で5番目に高額なシンガポールの不動産。一方で高い持ち家率、その理由は?

前回の記事では、シンガポールの生活環境について触れたが、今回は不動産事情についてフォーカスしてみたい。世界の主要都市の中で5番目に高いというデータもあるシンガポールの不動産価格。シンガポールで家を購入して住みたい、賃貸で暮らしたい、と考えたことがある人はもちろん、そうでない人も興味深い最新の現地の不動産事情をご紹介する。

シンガポールの不動産価格の推移

シンガポールの住宅の価格は総じて高額だといわれている。不動産コンサルティング会社・ナイトフランク社の「2020年ウェルスレポート」によると、100万ドルで購入できる世界の一等地の面積ランキングでシンガポールは狭い方から5番目、約35平米の広さしか買えない。東京は12位にランクインしており、約64平米(100万ドルあたり)なので、同価格でシンガポールの約2倍の広さは確保できる。

アジアの国々の中には、不動産を購入する際、外国人には特別な条件を課して、自国民を優先する政策を取っている場合が多い。シンガポールもその1つ、外国人が購入できる居住用物件はコンドミニアムと呼ばれる、高額な集合住宅に限られている。

またシンガポールの不動産価格は上昇を続けている。下記はHDB(政府系集合住宅。日本でいえば、かつての住宅・都市整備公団が分譲する集合住宅の総称。住宅・都市整備公団は現在UR都市機構)の再販価格の推移だが、26カ月連続で上昇している。コンドミニアムの価格はさらに高額だが、やはり同じように上昇を続けているようだ。

HDBの再販価格推移(2022年現在)

HDBの再販価格推移(2022年現在)

2009 年の第1四半期を 100 としたら、2022年第1四半期のHDB再販価格指数は159.5だ。つまりHDB再販アパートの価格は2009年よりもほぼ60%も高くなっている。

シンガポール政府は住宅価格を抑えるためにさまざまな冷却策を導入しているが、大枠で見ると価格は上がり続けているということが分かる。

日本人に人気の住宅エリアは?

シンガポールは東京23区と同じ位の広さなので、どこに住んだとしてもアクセスは便利だ。買い物施設や教育施設によって人気のエリアがある。以下は代表的な住宅エリアである。

●オーチャード・サマセットエリア
日本人に人気があるのが、オーチャード・ロードを中心とするエリア。オーチャード・ロードには、日系のデパートの高島屋や伊勢丹、日本人医師が在籍する病院や歯科もあるので、日本人にとって住みやすい。また学習塾もこのエリアに集中している。

日本でいうと「銀座」のような場所で、ブランドショップからドン・キホーテ、ハンズ、ダイソー、ユニクロまで、日系のお店が充実しているので欲しい物で手に入らないものはほぼない。

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●リバーバレーエリア
シンガポール川とリバーバレー通沿いを中心に街が広がるエリア。オーチャードエリアについで、日本人に人気が高い。オーチャードにも近いが、家賃がオーチャードと比べると少し割安感がある。

ローカルの大手スーパーや大きなフードコートがある。大規模なショッピングモール、グレートワールドシティ周辺は高層の物件が立ち並んでいる。

川沿いのロバートソン・キーやクラーク・キーにはおしゃれなレストランやカフェがそろっている。

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●チョンバルエリア
Tiong Bahru (チョンバル) エリアは低層のHDB(公団団地)が多く、のんびりとした雰囲気をもつ昔ながらの住宅街だ。低層のHDBは非常に人気で実際に住むのは難しいが、周辺の高層住宅に住んで、街の雰囲気を楽しむことはできる。

最近では、おしゃれなカフェやショップが増えていて、日本の代官山のような雰囲気だ。鮮度のよい魚介類、野菜、肉がそろうチョンバルマーケットがあり、食材の入手が簡単。またMRT駅構内、そして駅周辺に地元のスーパーがあるので生活も便利。

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

●イーストコーストエリア
海沿いの眺めの良い物件が多い。中心部に比べ比較的リーズナブルで築浅の物件を借りることが可能だ。またチャンギ空港へのアクセスもいいので海外出張の多い人には便利。

海岸線沿いに広い公園があり、サイクリングやジョギングを楽しむこともできる。バイリンガル教育を実施している日系幼稚園、日本人小学校のチャンギ校があり子どものいる家庭に人気。日本食品を取り扱うお店も充実していて住みやすい。

●ウエストコーストエリア
日本人小学校のクレメンティ校、日本人幼稚園、早稲田渋谷シンガポール校のあるエリアで、子どもの学校に近い場所に住みたいという日本人に人気のエリア。East Coast Park同様に、海岸の公園には、大きなアスレチック遊具や砂場スペースがあり、子どもの遊ぶ場所も多い。

閑静な住宅街が多く、予算も比較的抑えられるので、単身の方にも人気。

シンガポールの住宅は主に3タイプ

シンガポールでは大まかに3つのタイプの住宅様式がある。政府系集合住宅(HDB)、民間集合住宅、一戸建ての3種類だ。

またシンガポールの国土の大半は国有地であるため、ほとんどが99年や999年といった長期間のリースホールド(定期借地権)型で売買される。永久的に不動産を所有することができるフリーホールド型の物件は限られている。

また、政府系集合住宅や土地付き一戸建ては、外国人は購入できない。つまり購入する場合は、日本と異なり買える物件と買えない物件があるということだ。

●政府系集合住宅(HDB)
シンガポール国民の80%以上が暮らすといわれているHDBは日本の公団住宅のような住宅だ。The Housing & Development Boardという機関が建築・販売しているため、物件自体がHDBと呼ばれている。

シンガポール国民の住居として販売されている物件なので、民間が分譲するコンドミニアムといわれる比較的高級な物件に比べて価格は抑えられている。外国人は購入することはできないが、借りることはできる。

以前は民間住宅のコンドミニアムに比べて、共用部などがシンプルだったが、最近建てられたものは、コンドミニアムに比べてデザイン性も遜色のないモノが建設されている。建物の中に食堂が集まるホーカーズセンターがあったり、買い物施設があったり、生活するための施設は整っている。

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

●民間集合住宅
民間集合住宅は、プールやジムなどの付帯設備のあるコンドミニアムと呼ばれる豪華な集合住宅と、設備の少ないアパートメントに分類される。

日本人や欧米の駐在員が、主に多く住んでいるのはコンドミニアム。共用部にプールやフィットネスジムなどの設備が整い、セキュリティーがしっかりしている。シンガポール人の富裕層あるいは外国人の住居として利用されている。海外からの不動産投資の対象ともなっており、外国人のオーナーの比率が高い。高額だといわれている理由の1つは、外国人がコンドミニアムを購入する例が多いからだろう。

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

●一戸建て
シンガポールは国土が狭いため、広い土地を必要とする一戸建ては少ない。数少ない一戸建て住宅の家賃はひときわ高く、住めるのは一部の富裕層に限られている。一般的に外国人は買うことができない。ただしセントーサ島(レジャー施設が多数の観光スポット)の住宅開発地区の物件は、外国人の購入が認められている。

間取りや設備、シンガポールの住まいの特徴は?

次にシンガポールの住宅の特徴について見てみたい。日本とは間取りや設備に違いがある。

●間取り
シンガポールでは単身者は結婚するまで家族と暮らすことが多く、HDBにしろ、コンドミニアムにしろ、ファミリー向けの広い間取りが中心でシングル向けの小さな部屋は少ない。つまり買うにしても借りるにしても高額になりがちだ。そのため単身者の人は広い部屋をシェアすることが多いそうだ。

シンガポールの一般的な間取りは、リビング、キッチン、ダイニング以外に個室が2~3部屋あるタイプが多く、主寝室に1つ、共用部分に1つの計2箇所のシャワールームが標準装備されている。また、それ以外にお手伝いさんのための小さなメイドルームが付いている物件も多い。

シェアハウスに利用される場合、その中のバストイレ付きの一番大きい部屋はマスタールーム、残りのバストイレが共有の部屋をコモンルームと呼び、どこを借りるかで家賃が多少異なるようだ。日本でこのように1つの住居をシェアするのは、知り合い同士で一緒に契約して借りるということが多いが、シンガポールの場合は別々の賃貸契約として提供されていて、知らない人が入居してくるという欧米などでよく見られるスタイルになっている。

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

●室内の設備
高い確率でバスタブがないことが多い。熱帯の国ではバスタブを必要としない国は多い。日本人や外国人向けに作られたコンドミニアムではバスタブが設置されているが、バスタブのない物件が主流だ。

日本の物件ではおなじみのシャワー付きトイレもない。取り付けることは可能だが、電気配線工事が必要になるので、簡単には設置できない。

室内や同じフロアのエレベーターホールなどにダストシュートが付いていることが多いので、わざわざゴミ捨て場に行かなくても、24時間いつでもすぐにごみが捨てられるのは便利だ。

天井にシーリングファンが設置されていることが多い。日本でも最近はインテリアの一部のようにシーリングファンが設置されていることがあるが、シンガポールではリビング以外に各個室にも設置されている。しかもかなり大きくパワフルだ。大きな風がゆったりと動くので、個人的にはこの設備が非常に快適だった。夜間などはエアコンがなくても十分に涼しい。

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

●共用部
コンドミニアムや新しいHDBは敷地内の施設が充実している。プールは大人用と子ども用が別々に用意されている物件もある。また設備の整ったジムも設置されている。ファミリー向けのコンドミニアムはプレイ・グランドやBBQスペース、貸出しのイベントルームもが設置されているものもある。

コンドミニアムはセキュリティーがしっかりしていて、ほとんどが24時間体制のセキュリティーガードが常駐している。カードキーを持っていないと敷地にも入れないし、エレベーターにも乗れない仕組みになっている。

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

不動産購入に不可欠な保険や税金のシステム

最後に、暮らしに欠かせないお金事情もチェックしておきたい。

シンガポールでは、年金と健康保険を組み合わせたようなCPF(Central Provident Fund)と呼ばれる、シンガポール人と永住権保持者のみ加入できる、強制積立制度がある。

日本の年金は、現在の現役世代から集めた金を現在のリタイヤ世代への支払いに充当する制度だが、CPFは積立方式なので、自分が現役世代に支払った年金が積み立てられ、将来、自分で受け取ることになるということが大きく異なる。

CPFは雇用主である会社と被雇用者である従業員の両方から,それぞれ一定額を強制的に積み立てさせ,それを中央年金庁(CPFB: CPF Board)が運用し,老後の年金として支給する制度。以下の3つの口座に分けられ、預金,債権,不動産など安定的な資産に再投資されている。

引き出すにはそれぞれの口座ごとの引き出し条件等を満たす必要があるため、実質的に国民等の老後の生活資金として機能している。住宅購入の際は下記の積み立てを利用できるうえに、政府からの援助もあるので、持ち家率が非常に高い。

〇普通口座(Ordinary Account) :住宅の購入,保険,投資,教育のために使われる口座
〇特別口座(Special Account):老後の年金,緊急時の支出のために使われる口座
〇保険口座(Medisave Account) :医療費や特定の医療保険のために使われる口座

しかし外国人が不動産購入する場合は税金が高い。2021年12月に、2軒目の住宅購入および外国人の住宅購入には、より高い印紙税を支払う制度ができた。不動産を購入する場合は最高30%の印紙税が課税されることになる。購入意欲を上げすぎず不動産価格の高騰を防ぐための政策だ。

所得税の面から見ると、シンガポールも日本のように累進課税だが、高所得者でも現状22%という低水準、今後24%にまで引き上げられる予定だが、日本の所得税は、住民税も入れれば最高55%にもなるので、高所得者にとってはシンガポールに住むことは有利になる。

永住権を取得すると効率のよいCPFが使え、税金の控除も利用できるので、メリットが多い。シンガポールに長期滞在を希望している方や移住を真剣に検討している人たちが、シンガポールでの永住権の取得を考えているのもうなずけるだろう。

シンガポールの不動産価格は高い水準でキープされている。しかし現地の人たちは政府機関が運営するHDB に住むことができるので持ち家率は高い。コンドミニアムは外国人やシンガポールの富裕層の投資対象となっているが、近年はシンガポール政府の政策で購入のハードルが上がっている。

部屋を借りるときは、シングルの場合はシェアハウスという選択が多い。ファミリーの場合はコンドミニアムだけではなく、HDBを借りるという選択肢も視野に入れておくと、比較的リーズナブルに住むことができる。

物価が高いといわれるシンガポールだが、現地の情報をアップデートしていけば、かしこく住むことも可能だ。

●関連情報
IRAS |追加の購入者印紙税(ABSD)

スマートシティ指数1位のシンガポール。最新事情や日常生活のリアルをレポート

新型コロナウイルスのパンデミックから日常に戻ろうとする世界の動きのなか、そろそろ海外へ、と思っていたとき、シンガポール在住の友人から遊びに来ないかと誘いがあった。“スマートシティ”と呼ばれ、世界スマートシティランキング(※1)で2019年~2021年の3年連続1位のAAA(トリプルA)を取る国だ。納税手続きなどもオンライン化、医療でもほとんどの病院でオンラインでの診察予約ができるなど次々と新しい公共サービスが生まれている。以前から興味のあったシンガポール。観光だけでは分からない、現地での暮らしを体験しに行ってみた。ローカルの人たちの生活も含めてレポートする。

※1 国際経営開発研究所(IMD)とシンガポール工科大学(SUTD)は共同で発表

日本からの海外移住者も多いシンガポール

マレー半島の先端に位置し、インド洋と南シナ海・太平洋の両大海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールは、東京23区より少し広い程度の小さな国土に、中華系、マレー系、インド系と多民族が約569万人暮らしている(外務省データ・2020年現在)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1年中、高温多湿な熱帯雨林気候で、平均気温は26~29度(国土交通省気象庁データ)。真夏の日本と比べても、とても過ごしやすい。特に朝と夜は快適で、ほとんどエアコンも不要なほど。

日本から飛行機の直行便で約6~7時間、時差わずか1時間のシンガポールは、日本人が海外移住を考えるときに頭に浮かびやすい国の一つだろう。シンガポールで暮らす日本人は36,797名(外務省データ・2019年10月)。周囲でもシンガポールに長期滞在したことがあるという人はけっこういる。その理由は何だろうか。

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

デジタルで生活の効率化進む。世界的“スマートシティ”の実力

最近、注目されているITC化(Information and Communication Technology、情報通信技術を活用してコミュニケーションを円滑化し、サービス向上などに活かすこと)の点で見ると、国際経営開発研究所(IMD)が公表する2020年のデジタル競争力ランキングでは、米国が3年連続1位で、シンガポールが2位、日本はなんと27位という成績だ。狭い国土に限られた人口で発展するために、すべてにわたって効率化が進められた結果だろう。

2014年8月、リー・シェンロン首相が演説で掲げたSmart Nation(スマート国家)構想により、シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。日本のマイナンバーカードのような国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムがすでに普及していて、行政サービスのオンライン化も進んでいる。実際に住所変更や婚姻届などの手続きも市役所などに足を運ぶことなくできるので効率的だ。キャッシュレス決済を推進するために、電話番号や個人番号を知っていれば送金ができるシステムの開発や、各キャッシュレス決済事業者が定めている規格を共通化して、小さな個人商店でも普及しやすくしている。

入国の際も、日本で事前に入国カードや健康申告書もオンラインで申請でき、とてもスムーズで驚いた。また、政府が無料Wi-Fiを提供していて、「Wireless@SG」というステッカーが貼られた場所で使える。街中のいたるところに貼られていて、日本のように無料Wi-Fiが飛んでいる場所を探してさまようこともない。

さらに公共交通機関もかなりデジタル化が進んでいる。MRT「Mass Rapid Transit(大量高速交通機関)」という電車や路線バスが市内をくまなく網羅していて、日本に比べて安価な運賃で移動することができるうえ、交通省のデータを活用した無料アプリでバスの到着時間を1分単位の精度で確認できる。

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築で、人や車の動き、気象情報といったデータを集めて渋滞解消や災害防止などに役立てているのも特徴的だ。一方で、街中に設置されているカメラで犯罪防止になるのはいいが、監視されているようだとの意見もある。

生活必需品などの物価は安いが、嗜好品などは高額。その理由は……

モノの価値観もかなり日本と異なっている。1シンガポールドルは約100円程度(101.21円※10月10日時点)と円安の影響を受けているが、それを抜きにしても住居費、教育費、医療費、保険料は日本からの移住者にとっても高額だと感じるようだ。シンガポールには日本のような国民健康保険制度はなく、ローカルの人は強制積立制度に入る。日本では3000円程度でできる歯科検診(歯の掃除と検診) は95シンガポールドルと高額だ。

実は道路渋滞を回避させるための政府の戦略の一つとして、車もかなり高額。トヨタ カローラ セダンが東京では約232万円なのに対し、シンガポールでは約1277万円と5倍以上(NUMBEO調べ)。一方で、公共交通機関の利用料は日本と比べて安く設定されている。

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

また、外食もとてもリーズナブルに楽しめるのも特徴だ。
ホーカーズセンターというローカル向けのフードコートは約500円程度。生鮮食材はさまざまなスーパーがそろっているが、全体的にシンガポールの物価は日本より高い。現地に住む友人は、現地の人が利用するウェットマーケットやホーカーズをうまく活用すれば、日本の都市部での生活と同程度の予算で切り盛りできると話していた。

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を乗せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を載せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールのローカルの人たちはほとんどお酒を飲む習慣がない。また、たばこの路上喫煙も厳しく制限されている。しかもアルコールやたばこといった嗜好品については日本に比べてかなり高額。嗜好品など必要不可欠ではないものに関しては税金を高くして、公共交通機関や外食費のような日常生活に必要なものは価格を抑えるということだろう。

シンガポールの暮らしに欠かせない「メイドさん」

上記で街中のことについて触れてきたが、ここからはシンガポールならではの家庭事情について触れていきたい。シンガポールの暮らしで欠かせないのが、メイドさんの存在だ。

日本ではあまり一般的ではないシステムだが、シンガポールでは、5世帯に1組ほど利用しているそうだ。フィリピン人、インドネシア人、ミャンマー人といった外国人メイドさんが多く働いている。メイドさんに子どもを預けて復職する人や、メイドさんを雇いつつ、保育園に子どもを預けている人もいる。現地に住む友人のコンドミニアムにもメイド用の小さな部屋がついていて、まさに「メイド文化」が社会に溶け込んでいると感じた。

メイドを雇うことは、シンガポール政府が政策として積極的に取り組んできた。費用は、税金や食費も含め1カ月8万~10万円程度。エージェントから紹介してもらい、面接をしてから雇うのだが、雇用主はエージェントではなく、あくまでも一般人である。もちろん他人と同じ家で暮らしていくのは簡単ではない。言葉の問題もあるが適切なマネージメント能力も必要だ。

そのため政府からメイドの雇用に関して雇用主側の規則や責任、健康管理などについて雇用主の向けの講座を受けなければならない。受講費は30~40シンガポールドルほどで、実際に足を運ぶか、オンラインでも受講できる。それに加えて毎月300シンガポールドル(約3万円)の“Levy”という税金を政府に支払う必要がある。

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

現地の友人の家ではフィリピン人のメイドさんを雇っている。食事の用意、洗濯、掃除だけではなく、子どもたちの面倒も見てくれている。彼女は自分の子どもの学費のためにシンガポールに出稼ぎに来ているそうだ。料理は上手なうえに友人の子どもたちを叱ってもくれる頼りになる存在だ。

友人は最初、メイドさんの手を借りずに仕事と子育てに頑張っていたが、今はベテランのメイドさんが一緒に暮らしてくれるようになって、ずいぶんと楽になったそうだ。これはフィリピンに滞在したときも感じたが、仕事をする女性が他人の「手」を借りることに抵抗を感じる日本と大きく違う感覚だ。

メイドさんとの関わり方は大きく2つあるようで、雇用主と労働者としてドライな関係にするか、雇用関係がありつつもフレンドリーに接するか。友人の家ではある程度家族の一員のように暮らしている。

滞在中、建国記念日のホームパーティーにはメイドさんのボーイフレンドも参加していた。みんなで食事をしたり、花火を見たり。家事の合間の時間には彼女のアテンドでオーチャードストリートまで買い物にも出かけた。シンガポールのおすすめスポットも彼女からいろいろ教えてもらった。

日本では人材不足やコストの問題もあり、メイドさんを雇うのは容易でない。しかし、共働き家庭が増え、忙しい生活を送る人が多いなかで、生活にゆとりが生まれるというメリットは大きい。もし安心できるサービスや人が見つかるなら、試しに取り入れてみるのもいいのかもしれない。

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

住宅街のなかにある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

住宅街の中にある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

教育環境を求めてシンガポール移住する人は多いが、実態は?

最後に教育についてもぜひ触れておきたい。シンガポールへの海外移住を検討する人々のなかには、英語だけではなく中国語も習えると、子どもの教育を目当てとする人も多いからだ。

シンガポール政府は経済競争力を高めるために、「人的資源が重要」と教育に力を入れてきた。世界各国の子どもの学力を測る代表的なPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)では2015年に72か国中、シンガポールは1位、2018年は2位だ。
一方で、実はシンガポールの大学進学率は30%程度、日本の54%に比べてかなり低い。その代わりに能力や技術に応じて得意分野を伸ばすべき他のコースが用意されている。

小学校入学時には、ローカル校、インターナショナル・スクール、そして日本人学校という選択があるが、特にローカル校は世界的に学力が高いので有名だ。

しかし実際は外国人がローカル校に入るのは至難の業のようだ。シンガポール市民と永住権取得者に優先権があり、外国人は残されたわずかな枠に入ることしかできない。学費もシンガポール国民は安いが、永住権保持者、帯同査証保持者とだんだん高くなる。また入学できたとしても、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことが義務化されている。

(写真撮影/四宮朱美)

(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールでは小学校6年(プライマリー)までが義務教育。その後、中学校4~5年(セカンダリー)、大学進学課程2年、大学3~4年と、中学校修了後に進学するポリテクニック(実務教育を行う3年制の専門学校)とよばれる学校がある。

特に小学校卒業の際に行われる、PSLE(Primary School Leaving Examination)という全国統一試験の結果により、どのセカンダリースクールに入学できるかが決まる。さらにどのセカンダリースクールに入学するかどうかで大学入学までの進路が決まるといわれているため、小学校入学時点で大学入学までの受験戦争が始まっているといわれているそうだ。

このように、かなり熾烈な競争を生き抜く必要がある。子どもにエリート教育を受けさせたいという人たちが集まっているだけに、物心両面で覚悟が必要なようだ。

シンガポールは建国以来、人民行動党が議会の議席の大部分を占め、事実上、一党独裁体制を採っているので、効率的で合理的な政策が実現しやすい国だ。地下鉄の飲食禁止、路上のポイ捨て・唾はき禁止、ガムの持ち込みは違法など、厳しい罰金制度があるが、街を安全できれいに保つためだと思えば負担にはならないだろう。物価は高いといわれるが、ローカルの人たちの暮らし方を学べば生活費も抑えられそうだ。またデジタル利用を活用したインフラが整い、清潔で安全な環境は日本人にとっても暮らしやすい国といえそうだ。