自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

リンゴやブドウ、サクランボなど果樹栽培が盛んなまち北海道仁木町に、ほぼ自然素材だけで建てられた「CORONTE(コロンテ)」という一棟貸しの小さなコテージが2023年夏に誕生した。企画設計したのは、木こりとして森で自ら木を切り出し、それを素材にした建築を手がけてきた陣内雄(じんのうち・たけし)さん。「動物が巣にする素材でつくる家は文句なく心地よい」と言い、みんながそれを体験できる場をつくりたかったのだという。今回筆者は、真冬に森の中のコテージで一泊。陣内さんの言葉に大きく頷く体験をリポートしたい。

木こりが建築に関わったら、木材はもっと自由に活用できる

無垢の木、羊毛、もみ殻石灰、ミツロウ紙、漆喰といった自然素材で建てられたタイニーコテージ「CORONTE」。
筆者は、このコテージのオープンを心待ちにしていた。
実は10年くらい前から、近年その名を知られてきた「化学物質過敏症」の症状があり、香りのある洗剤や柔軟剤に触れると頭痛がしたり、ホームセンターなどで合板などの売り場に長時間いると喉が痛くなったり。多くの人は感じにくい程度の化学物質で日々苦しんでいるので、自然素材をふんだんに使った家で過ごしたら、自分の体にどんな変化が起こるのだろうかと興味を持っていた。

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

「CORONTE」を企画設計したのは札幌市出身の陣内雄さん。高校2年生で建築家になることを志し、東京藝術大学の建築科に入学。在学中から設計事務所で働いていたが「まわりは人工物ばかりで、もうこれ以上、建築はいらないんじゃないか」という疑問が頭をもたげたという。
同時に、高校生のころに地球温暖化に関する小さな記事を新聞で見つけ、それに大きなショックを受けており、次第に森や自然環境へと関心が向くようになった。作家であり環境保護活動家であるC. W. ニコルさんの本を読み漁り、ニコルさんが所有する森を実際に訪ね、林業に目覚めた。1992年に北海道に戻り、森林組合で林業の作業員として働くことにした。

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

森林組合で林業に従事する中で、効率を優先して重機で木をすべて伐採してしまう現場を多く経験する中で、木をできるだけ切らずに森を守りつつ整備を行いたいという思いが芽生えた。
単なる林業作業員ではなく、森に寄り添う「木こり」として活動を模索しつつ、家を建てることもいつも傍にあった。
1996年には下川町の山の中に藁ブロック構造の「ストローベイルハウス」を仲間と建て、その経験を活かして、2006年には伝統工法に「ワラの断熱と土の気密と蓄熱を合わせたらどうか?」と考えて旭川に自宅を建てた。
大まかな構造は工務店に依頼。土壁は仲間を募って自分たちの手で仕上げた。

木こりの活動と建築が一本の線になったのは2019年。
その4年前には、林業会社に属さずフリーランスの木こりとして山主から整備の依頼を直接受けたり、仲間の木こりと仕事をシェアしたりしながら、各地の山に赴いた。
整備の中で行われる間伐。木と木の間が混み合っていると成長が妨げられることから、一定の時期が来たら間隔をあけるために一部の木を伐採する。間伐材は成長途上であり、時には曲がって太い枝だらけのものもある。それらの多くはパルプ(※)の原料となってしまうが、「こうした木でも立派な構造になるのではないか」と陣内さんは考えていた。

※パルプ:木の繊維を分離させた植物繊維。主に紙の原料になる

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

そこで「キコリビルダーズ」を立ち上げ、自ら伐採した木を使って本格的に建物を手がけるようになった。
これまでに下川町にある「jojoni パン工房」や弟子屈町に「キコリキャビン」と名付けたアルファベットのAの形の住宅を建てた。
「キコリキャビンの骨組みには、間伐したカラマツを使っています。間伐材も丸太に近い状態で使えば、ねじれが起こりにくく強度も出ます」

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

一般的な住宅では、集成材(複数の板を結合させ人工的につくられた木材)を柱や梁に使い、壁や床には合板が利用されるケースも多いが、陣内さんは無垢材や自然素材を積極的に取り入れてきた。
しかしこれまではコストや手間の問題もあり、部分的に合板なども使用しており、いずれはすべて自然素材で「やり切りたい」という思いが募り、宿泊施設をつくろうと思い立った。

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

真冬の北海道、自然素材でどこまで断熱できる?

筆者が「CORONTE」を訪ねたのは12月中旬。冷え込みが厳しくなり朝晩はマイナス5度ほど。
「CORONTE」の案内には「Wi-Fiはありません。携帯電話の電波が2本くらい立つポイントがあります」と書いてあり、また暖房も薪ストーブのみということで、キャンプなどに興味のない自分が、たった一人で一夜を過ごせるのだろうかと、行く前には不安がいっぱいだった。

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

部屋に入ってみると、とても暖かかった。
19平米ほど(ロフト含む)とコンパクトなこともあり、小型の薪ストーブ1台で室内はすぐに暖まることがわかった。

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

今回断熱に使ったのは、羊毛、もみ殻石灰。
屋根の曲面部分には羊毛、壁はもみ殻石灰と杉皮ボードで断熱。内壁は、漆喰とシラカバの板を使った。これらの自然素材は調湿、蓄熱にもすぐれ、冬は暖かいのだという。
また厚めに仕上げた漆喰は、蓄冷効果もあり、夏には夜の冷気を窓から取り込んで、温度が下がったらドアを閉めておくと日中も涼しく過ごせるそうだ。

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

自然には直線は存在しない。木のカーブをそのまま活かして

今回、設計にもこだわり、直線がほとんどない小屋となった。
当初、柱や梁、屋根の構造は直線だったそうだが「自然界には直線はほぼないこと」「風景に調和すること」「木のそのままの曲がりを活かすこと」を考えて、縦長のドーム状となった。
床板も幅の違うシラカバをまるでパズルのように組み合わせた。コロンとした形状からCORONTEと名付けられたという。

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

また、今回は住宅ではなく宿泊施設であることから、積極的に実験も取り入れたという。モミの木のような形状のヨーロッパトウヒも建材として利用。
「この木は、どんなに太くてまっすぐでも、軽くて弱いということで、ほとんど紙の原料となるパルプ材になってしまいます。でも、使い方によっては合板の代わりになるのではと思いました」
製材して板にし、それを15度の角度で組み、一層目とクロスするように二層目も15度の角度をつけて組んだ。

また、同じく材が柔らかいため建材には使われないドロノキをトイレとシャワールームの引き戸に活用。
「ドロノキの使い道に困っている木こり仲間がいたので、どうやったら建材に応用できるか考えてみようと思いました」

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

今回使った木材の中には、陣内さんが切り出し、それをため池に半年間つけ、じっくりと乾燥させたものもある。木材を乾燥機に入れて乾かす方法もあるが、水中乾燥すると時間はかかるが、反りや割れなどを防ぐ効果が高いという。
「昔ながらの木材の乾燥方法です。しっとりした風合いがあって、色つや香りがよいです」
昔はどこでも木材を何年も水中で貯木してから製材していたという。山里の農村には開拓時代につくられたため池があって、現在は使われていないため、それを活用しようと思った。また、そこにある木材だけでなく、土や藁などその場で手に入る素材で家をつくるということも当たり前に行われていた。

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

さらに紹介しきれないくらい、さまざまな挑戦がある。
鳥の目線のような風景を味わってもらいたいとあえて傾斜地に建てた。
また、そこにあったミズナラの木を切らないで、デッキから突き出るような構造とした。
手間がかかる作業ばかりだが、それが雇用にもつながると陣内さんは考えている。
「職人さんたちは、手間がかかって大変だと口々に言うけれど、自然の中で作業をすることで、みんなとても明るい表情になっています。現在の建築は効率重視で手間になることを極力避けるけれど、気持ちを込めて丁寧に仕事ができるし、技術も継承できる。それに自然素材なのでほとんどゴミも出ないのも良い点だと思います」

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

当初の計画で総予算は700万円ほどだったという。
しかし、柱や壁を曲線でつくることに方向転換したことなど予想を超える手間がかかり、1000万円以上かかったという。
「コストはかかりましたが、自然素材の家ならメンテナンスをしっかりしていけば200年、300年と使い続けられます。こうしたスパンで考えたら、決して高価なものじゃないと僕は思います」

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

山と海を守りながら、みんなが暮らすことができたら

「CORONTE」は陣内さんにとってゴールではなく始まり。
この建物が建っているのは、あさひの杜の敷地。あさひの杜は、朝日こうじさん、ゆかりさん一家が、山の中で畑を耕し、犬、猫、鶏、馬、カメなど動物たちと暮らす場所。
「子どもたちが豊かな自然の中でのびのびと夢を思い描ける世界をつくること」を目標にイベントを開いたり、子どもが集う場をつくっている。

朝日さんが陣内さんの活動に共感したことから「CORONTE」がこの場に建った。ここを拠点にしつつ、陣内さんは仁木町一帯で「ずっとみんなの森」というプロジェクトを始めようとしている。
「山の木をすべて切り倒す『皆伐』をしなくても山を守り続けながらみんなが暮らすことができたらと考えています。山を守ることは海を守り、人の暮らしも豊かになります」

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

介護付きコテージがあったり、子どもたちが遊ぶ森があったり。多世代が集い、仕事にもつながる森をつくりたいのだという。イメージスケッチを描き、このプロジェクトに関心を持ってもらう人を増やそうと秋には仁木町で説明会を行った。

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんからさまざまな話を聞いた後、薪ストーブの使い方のレクチャーを受け、筆者は一人で「CORONTE」に宿泊した。
雪が音もなく降り積もる中、夜9時、薪をストーブにたくさん焚べ、熾火(おきび。薪が炭になり炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態)になったのを確認してからロフトで眠った。
明け方4時くらいにいったん目が覚めた。薪ストーブの火は完全に消えていたが、部屋はまだほんのり暖かく、掛け布団一枚でも心地よかった(おそらく15度くらい)。
明け方まどろみながら、自分がいつもより一段深く呼吸ができ、肩や首の凝りがゆっくりとほぐれていくように感じられた。
手を伸ばすと漆喰壁があり、壁も暖かさを保っている。
触っていると、まるで卵の中で守られているような安堵感があった。

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

「自然素材の家は文句なく気持ちいい」

陣内さんはいつも語っていたが、それは本当のことだった。
朝起きて薪ストーブに火を灯し、その上にケトルを乗せて、手回しのミルでコーヒーを挽いた。
お湯が沸くまで、雪がゆっくりと降り落ちる窓の景色に見惚れていた。
それだけなのに、この満ち足りた気持ちはどこからわいてくるのだろう。
心の底からリラックスして、ただただ時間が過ぎていくのを楽しんだ。

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

この素晴らしい体験を、言葉でとても言い表せないのが何とも悔しい。
筆者は化学物質に触れていると、何らかの違和感があるので、この場にいて救われたような思いがした。
コテージというより、ここは自分にとってのシェルターであると感じた。みなさんも一度泊まっていただけたら、その気持ちよさを感じられるのではないかと思う。冬季は試験運用中。来春の本格オープンを楽しみにしていただきたい。

●取材協力
Tiny cottage「CORONTE」
北海道余市郡仁木町東町

100万円でタイニーハウスをDIY。ノンフィクション作家が6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を作るまで 川内有緒『自由の丘に、小屋をつくる』

「セルフビルドで小屋をつくる」と聞くと夢物語に感じるが、未就学の子どもと夫、それに友人たちを巻き込んでつくり上げた人がいる。ノンフィクション作家の川内有緒さんだ。

DIY未経験だった彼女はDIY工房に通うことから始め、構想から6年かけて9.9平米ロフト付きの小屋を完成させた。その様子は、エッセイ『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)にまとめられている。

セルフビルドをする際の土地探しの決め手や完成までにかかった金額、セルフビルドで押さえるべきポイント、小屋づくりを始めたきっかけについて川内さんに伺った。

「土地探しって難しい。縁があったこの流れに乗ろう」と土地を決めた

小屋

山梨県甲州市の塩山、山の中腹にある集落に川内さんのつくった小屋がある。

「甲府の街を一望できる上に、山並みも見えます。空への抜け感は、土地を選ぶ上で大切なポイントでした」

当初は、明るい林の中に立つ小屋を想像していた川内さん。土地探しでは長野県や千葉県の房総半島も視野に入れたが範囲が広すぎて決められなかった。そこに運命の出会いが訪れる。夫のイオさんの友人でフリーランスライターの小野民さんから「使っていない自宅の土地があるので、好きにしてどうぞ」と言われたのだ。その一言をきっかけに、初めて塩山の地を訪れた。

土地の広さは約100坪。同じ敷地に、民さんの夫で、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが、研究用のラボをコンテナでつくる計画が進んでいた。
その隣に、川内さんも小屋をつくることに決めた。無理なく建築できる広さを考えた結果、床面積は9.9平米、天井の高さは約3メートルの小屋になった。

「予想外のひと言から始まった計画ですが、こういう土地ってなかなか出会えないので、この流れに乗ろうと決めました。友達の建築家も『眺めが良くていいじゃないですか』と太鼓判を押してくれたんです。それに山梨県甲州市は特急に乗れば、東京から90分というアクセスも魅力的。車でも2時間半ほどですし、さまざまなルートで自宅と小屋を往復できることも後押しになりました」

朝早い時間に東京を出れば、午前中には塩山に到着できる。準備と片付けに約1~2時間ほどかかるセルフビルドでは、交通の利便性の良さがポイントになった。

「選んだ土地から、一番近いホームセンターまでは車で10分ほどでした。ビスやペンキが足りない時はすぐ買いに行けますし、道路と面した土地なので、資材を運ぶにも都合が良かったです」

ホームセンターには、1日に3往復することもあったそう。「段取りをうまくやればそんなに行く必要はないはずなんですけど」と川内さんは笑うが、慣れない初心者のセルフビルドには想定外はつきものだ。出来るだけ資材を調達・運搬しやすい土地を選んだのが成功の鍵にもなった。

セルフビルドで感じた「形ができていく喜び」

作業の様子

川内さんの小屋づくりは、伸び放題の草を刈り、土地をならし、基礎をつくるところから始まった。

「最初の作業は肉体労働が大半で、本当にしんどかったです。材料は重たいし、基礎に必要なパーツは大きいし、家具をつくるのとは全然違う。それでも最初のころはやる気があるから、なんとか完成させられました」

基礎が完成した先は、DIYで家を好きなようにアレンジする感覚に近いのだそう。

「こだわりを詰め込んで理想を追求しつつも、現実に打ちのめされながら実行していくんです」

話を伺っているとどの作業も大変そうに聞こえるが「小屋をつくっていると仲間が増えていくので、作業は楽になっていきますよ」と語る。

確かに川内さんのエッセイでは、小屋づくりに関わる仲間たちがどんどん増えていく。大工の丹羽さんや建築家のタクちゃんといった専門家から、時には小屋づくりに興味を持った子どもたちまで参加していくのだ。ノンフィクション作家で人脈があるのかと聞いてみると、そうではないという。

「小屋をつくっていることを話すと、『手伝いたい』と言ってくれる人が続々と現れるんです。家をきれいにする参考にしたいとか、大工仕事が好きで手伝いたいとか。作業には興味ないけど、楽しそうだから見に来たいという人もいます。人手が足りない時は、誰かに話してみるのも一つの手だと思います」

小屋づくりに関わるのは、川内さんの友人だけではない。近隣の人が声をかけてくれることもあったという。

「うちの草刈り機を使った方が早いよ、と貸してくださることもありましたね。それにセルフビルドをやっている方々からどういう風に施工したか、教えてもらうこともありました」

小倉ヒラクさんの知り合いで温泉・旅館を営む人から、資材をもらったこともある。

「昔の民家が取り壊される時に、貴重な資材をレスキューしている方なんです。それでいろんな材料をいただきました。でも古材だと厚みが違って加工が難しいんですよね。バラバラの質感でも問題ないウッドデッキをつくるのに使いました」

現地でも人の縁に恵まれているのには、理由があった。

「私たちが現地で受け入れてもらえたのは、土地を持っている小倉家の人たちが地域の人たちから信頼されているからだと思うんです。彼らはこの地に移住してきたんですけど、丁寧に交流を重ねているんですよね。私たちはその信頼を借りているだけだと感じました」

小屋づくりの予算は100万円

作業の様子

小屋づくりにかかった日数は、合計で約30日。構想から6年、着手してからは完成までに4年かかったが、毎日コツコツと続ければ約1カ月で仕上がる日程だ。さらに、電気もトイレもエコ仕様なのだそう。

「うちは太陽光パネルを使い、水道は小倉家や周りの人に借りる。排泄物は微生物の力で堆肥にかえるコンポストトイレを使っています」

小屋づくりの予算は100万円と決めていた川内さん。その内訳は大きく分けると、「工具や材料」「直接経費ではない移動や宿泊費」のほか、大工さんへの指導の謝礼金といった細々したものに分けられる。

「資材にかかったのは70万円弱でしょうか。ベニヤは、当時1枚約900円のものを使っていました。今は資材が高騰していて2倍以上の値段になっていると思います。とはいえ、どのくらいお金をかけているかは途中からどうでもよくなってしまったので、追えてない部分もあるかもしれません」

屋根を張る時は足場をつくらず、それぞれの足の高さを調整できる脚立を使うことで、安定を確保した。

「セルフビルドって安全にどれだけ配慮できるかが大切なので、そこにはお金を惜しまない方が誰も怪我をしないで済むと思います」

【工具や材料の内訳】

工具(丸ノコ、インパクトドライバー、ねじまわし、脚立など)約10万円ベニヤ約4万円基礎約3万円太陽光パネルと蓄電池約5万円ドアや窓の建具約15万円断熱材約5万円屋根材約5万円床材約5万円漆喰・ペンキ約3万円外壁材・外壁塗装約7万円その他、ビスなどの消耗品約3万円お気に入りは、ヘリンボーンの床とハイジの窓

ヘリンボーンの床

小屋でのお気に入りは2カ所。1つは、床材をV字に組み合わせたヘリンボーンの床だ。

「床張りに挑戦する前に、知り合いのカフェに話を聞きにいきました。そのカフェでは自分たちでヘリンボーンの床を張ったそうで、『通常の2~3倍の時間を見ていれば、できなくはないよ』と助言をいただきました。カフェは床面積が広いから大変だろうけど、私たちは9.9平米だからできるんじゃないかと、挑戦することにしたんです」

ヘリンボーンはカット済みの木材を送ってもらい組み立てるキットも売られているが、川内さんは自分たちで床材を加工するところから始めた。

作業の様子

「効率的にやる方法もあるけど、時間をかけて出来上がることを選択しました。ヘリンボーンの床は木材の端が直角に交わらず、折り合うように重ねるので組み方が難しいんですよ」

川内さんのもう1つのお気に入りは、テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』に憧れてつくったロフトの小さな窓だ。目黒通りにある注文家具店でガラスと木材を注文し、指導を受けながら川内さん自身がデザインから考えた。

ロフト

ロフトの小さな窓

「『アルプスの少女ハイジ』に登場するハイジの寝室の丸い窓に憧れていたんですよね。だから構造上は必要ないんですが、ロフトには最初から窓を付けようと決めていました。窓から山並みを眺める時間は、最高です」

イキイキと話す川内さんに「セルフビルドで一番楽しかったことは何か」を尋ねた。

「できていく喜び、ですかね。『ここまでできた』という達成感があるんです。つくることは楽しいけど、全部が全部楽しい作業ではないですね。考えたことが形になっていく工程が面白いんじゃないでしょうか」

作業の様子

完成した小屋には、春や秋の過ごしやすい時期に月に1度は赴くという。

「夏は行ったり行かなかったり。冬は気温がマイナス10度になってしまうので行かないんです」

現地では、忙しく小屋仕事をしているそう。

「木造なのでメンテナンスをしないと傷んじゃうんです。無垢の木材やウッドデッキは年に2回は塗装しています。それだけでも半日仕事なんですよ。それに敷地を整えたり、やることは山ほどあります。普段はパソコンで仕事することが多いから、体をのびのびと動かすいい機会になっています。たくさん動いたら、仲間と家族で焚火を囲んで食事する。いい気分転換になります」

「自分で何でもつくれる」という手応えを経て変わった価値観

作業の様子

DIY未経験から、セルフビルドで小屋をつくるまでの背景には、どんな思いがあったのか。

「『買わなくても、自分で何でもつくれると思えたら、最強じゃないか』と思ったんです。人によってはそういう思いが野菜づくりなどに向けられるんでしょうけど、私の場合はDIYに向かいました。自分で自宅をいじれたら面白いだろうなって思っていたんです」

小屋づくりを終えてからは、自宅のテーブルを継ぎ足して幅を変えるなど、気軽にやれることが広がってきたと話す。

「実家に母と妹が住んでいるんですけど、そこのリフォームも続けています。本来なら大工さんやリフォーム会社に頼むところを、自分たちで進めていけるので面白いですよ」

川内さんの娘のナナさんも2歳ころから、小屋づくりのために両親と共に山梨に通い、時に作業に参加しながら育ってきた。どんな影響があったのだろうか。

「セルフビルドをする人生としない人生は比べられないし、明確に小屋のおかげとは断言できません。けど、いろんな大人と関わって、さまざまな職業や人生があることを知るきっかけになったのではないでしょうか。火を起こして焚火するとか、椅子をつくろうと思えばすぐに取り掛かれるとか。都会だと体験できないことをたくさんしてきたので、いい影響もあるんじゃないかな」

そんなナナさんは現在、小学生。工作好きに育っているそうだ。

「人生って、限られた時間と素材の中でどう遊ぶか? という大きなプロジェクトでもあると思うんです。そう考えると、彼女の自ら遊びを生み出す力は、生きていく上で大きなアドバンテージになるのかもしれませんね」

川内さんの小屋づくりには、「セルフビルドなんて、私には無理」と一蹴するにはもったいないと思わせる時間と環境が詰まっていた。もしかすると、夢物語を現実にするために必要なのは、憧れを口にする勇気と、賛同してくれた仲間たちを大切にすることなのかもしれません。

『自由の丘に小屋をつくる』●取材協力
川内有緒さん
ノンフィクション作家。著書に『パリでメシを食う』『バウルを探して』『空をゆく巨人』『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』などがある。最新刊はセルフビルドの過程を綴った 『自由の丘に小屋をつくる』。

<取材:結井ゆき江 / 編集:ピース株式会社>

タイニーハウスが旭川市の田園地帯にポツン、なぜ? 冬はマイナス25度でも快適か住人に聞いてみた 北海道

「いつかこんな暮らしがしてみたいという願いが叶いました」
満面の笑顔でそう語るのは、北海道旭川市の田園地帯にポツンと置かれたタイニーハウスの住人、曽根優希さんだ。牽引可能なこのタイニーハウスは、さまざまな人の手を経て、いまこうしてここにある。なぜ、タイニーハウスがつくられたのか? 冬には極寒の環境で果たして暮らしが成り立つのか? タイニーハウスをめぐる物語を紐解くと、そこにはシンプルな生き方を追い求める眼差しがあった。

新たなライフスタイル求めて、タイニーハウスプロジェクトが始動

さえぎるものが一切なく、遥か遠くの山並みが見渡せる田園地帯に、白とピンクベージュの外壁のタイニーハウスがある。設置されたのは2019年。なぜ、この場所にタイニーハウスが置かれるようになったのか、まずはそのストーリーを見ていこう。

旭川の市街地から車で15分ほどのところに2棟のタイニーハウスがある。左の棟に曽根さんが暮らしており、右はゲストの宿泊スペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

旭川の市街地から車で15分ほどのところに2棟のタイニーハウスがある。左の棟に曽根さんが暮らしており、右はゲストの宿泊スペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

始まりは5年前。企画したのは、東京在住で映画監督の松本和巳さん。
きっかけは、松本さんが当時制作中だった映画『single mom 優しい家族。』で出会った女性たちの声を聞いたことだった。シングルマザーへの取材をもとに脚本をつくるなかで、彼女たちが社会で生きづらさを感じている現実を知ったという。
「人と比べてしまうことでコンプレックスが生まれ、それが必要以上に心を苦しめている」と感じたという。そこから人の気持ちを癒やしたり変えていくための、新たなライフスタイルの提案をしてみたいという思いが芽生えた。

株式会社マツモトキヨシ(現株式会社マツキヨココカラ&カンパニー) 取締役、衆議院議員を務めたほか、劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、また映画監督、ソーシャルイノベーターとして今は活躍(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

株式会社マツモトキヨシ(現マツモトキヨシホールディングス) 取締役、衆議院議員を務めたほか、劇団「劇団マツモトカズミ」を立ち上げ、また映画監督、ソーシャルイノベーターとして今は活躍(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

映画『single mom 優しい家族。』の予告編。北海道ニセコ町でロケを行った。

これまでとは違う“新たなライフスタイル”とは何か。そのヒントを探るべく、松本さんが赴いたのはアメリカ オレゴン州・ポートランド。個人個人の価値観を尊重する魅力的な街として知られるここで、5棟の個性的なタイニーハウスが置かれたホテルを訪ねた。旅行者たちが心から解放された様子で、思い思いに交流する姿に触れたという。

「タイニーハウスは、シンプルなライフスタイルを実現するためのツールであると感じました。このとき、身の回りのものをシンプルにすることから、人と比べない、自分なりの生き方が見つかるんじゃないかと思いました」(松本さん)

アイデアが実現に向かい始めたのは、『single mom 優しい家族。』のロケ地であった北海道ニセコ町で、市川範之さんに出会ったことだ。市川さんは道内でも指折りのドローンの技術者で、松本さんの映画撮影に協力。また旭川で農薬に頼らない米づくりや糖質の吸収を抑える機能性米を開発するなど、新たな農業や暮らしのあり方の模索もしていた。そんな市川さんと松本さんは意気投合。映画撮影が終わっても交友は続き、市川さんの地元である旭川を松本さんは訪ねた。そのとき、都市にも近く、大雪山系のダイナミックな山並みも見え、自然と街が調和するポートランドと似たポテンシャルを感じたという。

市川範之さん。農業生産法人市川農場の代表取締役。現在タイニーハウスは市川農場の敷地に置かれている(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

市川範之さん。農業生産法人市川農場の代表取締役。現在タイニーハウスは市川農場の敷地に置かれている(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

2018年8月、プロジェクトが本格化した。タイニーハウスを利用したホテルを旭川につくることを考え、これまでの人との縁をつなぐ中で旭川駅前に実験的に設置するという計画が持ち上がる。
ホテルのオープンまでわずか5カ月という限られた時間の中で、松本さんと市川さんは活動母体となる「シンプルライフ協会」を設立。旭川と、映画のロケ地でつながりが生まれたニセコ、そして国士舘大学などの協力を得られた東京という3つの地域で、それぞれタイニーハウスをつくることになった。

工法や素材の違う、3つのタイニーハウスを制作

タイニーハウス1棟の総予算は600万円。サイズは、道路を通行できる2.45mが幅となり、長さは6.02m、高さは3.8m(いずれも外寸)というコンパクトなつくりとした。
最大の課題となったのは重量。牽引を可能とするために2500kg以内で収めるための工夫をしなければならなかった。

それぞれのチームが設計から手がけた。左は旭川で設計された「サンタフェ」。右はニセコで設計された「モダン」。「当時は、予算を600万円に納めることができたが、現在は材料費の高騰などでコストはもっとかかるのではないか」と松本さん(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

それぞれのチームが設計から手がけた。左は旭川で設計された「サンタフェ」。右はニセコで設計された「モダン」。「当時は、予算を600万円に納めることができたが、現在は材料費の高騰などでコストはもっとかかるのではないか」と松本さん(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

「旭川の冬を越せるように断熱材をしっかり入れつつ、重量オーバーにならないギリギリまで削るというせめぎあいがありました」(松本さん)
旭川、ニセコ、東京のチームはそれぞれ独自に研究を行い、必要な建材を選び取っていった。

タイニーハウスの建設中には、それぞれの場所でワークショップも実施され、設計から約3か月で完成。旭川とニセコでつくられたタイニーハウスは旭川駅に運ばれ、東京でつくられたタイニーハウスは、国士舘大学の世田谷キャンパス(東京)や東京タワーで体験展示会が開催された。

東京タワーでの体験展示会の様子(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

東京タワーでの体験展示会の様子(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に設置されたタイニーハウス(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に設置されたタイニーハウス(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

旭川駅に置かれた2つのタイニーハウスは、2020年の1月より約半年間、ホテルとして稼働した。コンセプトは「機能制限体験ホテル」。例えばドライヤーと電子レンジを一緒に使うとブレーカーが落ち、シャワーの水圧にも制限があり、ゴミはゴミ箱一杯分までと、普段意識していないエネルギーや環境問題に、頭で考えるのではなく体験から目を向けるきっかけづくりが行われた。
贅沢なサービスをあえて提供しないことに共感する人々は多く、常に1週間ほど先まで予約が埋まる状態だったという。

(画像提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(画像提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

利用者からは、駅という騒音と隣り合わせの場所にもかかわらず「中に入るとほとんど音が気にならない」や「思った以上に暖かい」という声があったという。

旭川駅から田園地帯へ。「実際に住んでみる」という次なる実験が始まった

旭川と東京でのお披露目を終えて、タイニーハウスは現在の場所となる市川さんの農場の一角に移され、見学希望者を案内したり、松本さんや市川さんの友人らが宿泊に利用するなどしていた。
そんな中でタイニーハウスに度々泊まりに来ていたのが曽根優希さんだ。父の曽根真さんが旭川でタイニーハウスの制作を請け負った建設会社の代表を務めており、市川さんや松本さんと家族ぐるみの交流があった。

市川農場に集められたタイニーハウス。一番左のニセコで制作されたモデルは、その後売却された(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

市川農場に集められたタイニーハウス。一番左のニセコで制作されたモデルは、その後売却された(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

タイニーハウスの周辺は田園地帯(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウスの周辺は田園地帯(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

優希さんがここに住むことになったのは何気ない会話からだった。

「市川さんに誘われてタイニーハウスのある敷地でバーベキューをしたことがありました。そのとき、星空の下で、自分の大切に思う友人たちと美味しいものを囲み、話したり歌ったり。季節の移り変わる美しさを感じるひとときがありました。こんなふうに心に余裕を持った暮らしがしたい。ここには私が求めていた暮らしのすべてがありました」

敷地にある使い込まれたピザ窯。客人が来ると優希さんは、手づくりピザでもてなす(撮影/久保ヒデキ)

敷地にある使い込まれたピザ窯。客人が来ると優希さんは、手づくりピザでもてなす(撮影/久保ヒデキ)

そして優希さんは、松本さんに「タイニーハウスに住みたいくらい、気に入りました!」と語ったという。
「それなら住んでみる?」と松本さんが提案すると、「はい!」と即答。

「冬にホテルとして使ったことはありましたが、果たしてずっと住み続けることができるのか、暮らしてもらいながら実験をしてもらおうと思いました」(松本さん)

優希さんは3歳のころから旭川で暮らし始め、高校生までこの地で過ごした。その後、大阪の専門学校に進学し、名古屋などでサービス業の経験を積み、その後コロナ禍となって実家に戻り、現在は旭川にある水回り設備のショールームで働いている(撮影/久保ヒデキ)

優希さんは3歳のころから旭川で暮らし始め、高校生までこの地で過ごした。その後、大阪の専門学校に進学し、名古屋などでサービス業の経験を積み、その後コロナ禍となって実家に戻り、現在は旭川にある水回り設備のショールームで働いている(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウスの広さはわずか8畳。入り口すぐのところにキッチンがあり、その奥が居間兼寝室。さらに奥にトイレとシャワールームがある。
非常にコンパクトなつくりだが、都会の小さなワンルームとそれほど変わらない印象だ。

「サンタフェ」で優希さんは暮らしている。キッチンは壁に棚やフックをつけて収納スペースを確保(撮影/久保ヒデキ)

「サンタフェ」で優希さんは暮らしている。キッチンは壁に棚やフックをつけて収納スペースを確保(撮影/久保ヒデキ)

キッチンの奥にソファベッドが置かれている(撮影/久保ヒデキ)

キッチンの奥にソファベッドが置かれている(撮影/久保ヒデキ)

その奥がシャワー付きトイレとシャワールーム(撮影/久保ヒデキ)

その奥がシャワー付きトイレとシャワールーム(撮影/久保ヒデキ)

優希さんのお気に入りは、ソファベッドの窓から見える景色。春には田んぼに水が張り、夏には緑が萌え、秋には稲穂が黄金色に輝き、そして冬は一面真っ白になる。刻々と変化する景色と、遠くの山並みに夕陽が落ちる様子が見られることが「最高のぜいたく」と語る。
タイニーハウスの中は極小だが、一歩外に出ると無限に空間が広がっている。デッキにテーブルを出して、ランチやお茶を楽しむこともあるという。

朝起きると、ソファベッドから窓の外を必ず眺める(撮影/久保ヒデキ)

朝起きると、ソファベッドから窓の外を必ず眺める(撮影/久保ヒデキ)

日中も氷点下の旭川で快適に暮らせるの?

ここで暮らし始めたのは2020年12月から。旭川の積雪は、道内ではそれほど多くないが、盆地のため冷え込みは厳しい。1月、2月の最低気温の平均はマイナス10度を下回り、ときにはマイナス25度になることもある。

暖房器具は約7畳用のガスファンヒーターが1台。それ以外に水道管の凍結を防止するヒーターが取り付けられている。

ガスファンヒーターが窓際に一台置かれている(撮影/久保ヒデキ)

ガスファンヒーターが窓際に一台置かれている(撮影/久保ヒデキ)

「空間が小さいので、ファンヒーターをつけるとすぐに暖まります」と優希さん。室内は暖かく快適。
また、水道管が凍結する場合もあり、ファンヒーターを消したときは、蛇口の水を少し流しておくなどの対策をとっているそうだ。

外に設置されたプロパンガス。隣が洗濯機。厳冬期の光熱費は月に2万円ほど。都市ガスに比べてプロパンガスは割高ではあるものの、空間が狭いので効率よく暖められている(撮影/久保ヒデキ)

外に設置されたプロパンガス。隣が洗濯機。厳冬期の光熱費は月に2万円ほど。都市ガスに比べてプロパンガスは割高ではあるものの、空間が狭いので効率よく暖められている(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウス設置のために、電気設備と浄化槽設置の工事が行われた(撮影/久保ヒデキ)

タイニーハウス設置のために、電気設備と浄化槽設置の工事が行われた(撮影/久保ヒデキ)

「一番、困ったのは冬の洗濯でした。ホテルとしてつくられていたので、洗濯機を置く場所が設けられていなかったんです。夏は外に洗濯機を置いていますが、冬は積雪のため倉庫にしまってしまうので、コインランドリーを利用しています」

タイニーハウスで暮らし始めた1年目は運転免許を持っていなかったそうで、バスを乗り継いだり、友人に頼んで車に乗せてもらったりなど、コインランドリーに行くのも一苦労だったという。
また積雪の多いときは道路までの道を除雪しなければならず、夏よりも通勤に30分以上余計にかかってしまうことも。
そんな困難があってもここに住み続け、優希さんは今年で3回目の冬を越した。

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

(写真提供/一般社団法人シンプルライフ協会)

「いろいろなことが起きますが、それを楽しめるかどうかで意識は変わってくると思います」

もう少しキッチンが広ければ、とか、収納があれば、と思うこともあるが、モノを増やせない環境に身を置くからこそ買い物の仕方が変わり、それが良い方向に向かっていると話す。
以前は、カレールーやドレッシングなど既製品を買うことが多かった調味料だが、いまは基本的なものを組み合わせて料理をすることを覚えたという。
また100円均一ショップで暮らしの便利グッズを買うのも好きだったというが、本当に必要なものをよく考えて買うようになったそう。

「便利なものをなくしたほうが、むしろ工夫が生まれて楽しいことがわかりました。また環境問題についても考えるようになって、ゴミを出さない暮らしをしたいと思うようになりました」

調味料は量り売りのものを買うなど、ゴミを減らす取り組みもしている(撮影/久保ヒデキ)

調味料は量り売りのものを買うなど、ゴミを減らす取り組みもしている(撮影/久保ヒデキ)

最近、気に入ってつくっているのが塩麹や醤油麹。お肉を漬け込むとやわらかくなり味わいも深くなる(撮影/久保ヒデキ)

最近、気に入ってつくっているのが塩麹や醤油麹。お肉を漬け込むとやわらかくなり味わいも深くなる(撮影/久保ヒデキ)

シンプルライフの選択は、自分らしく生きることにつながる

松本さんは、優希さんが厳冬期もたくましく暮らし、少しずつ意識が変わっていくその姿に触れる中で、新しい映画の構想を温めていった。
撮りためてきたタイニーハウスの制作過程の映像と、自分なりの暮らしを模索する女性たちにスポットを当てた映像とを組み合わせたドキュメンタリー映画を制作した。

東京でつくられたもう一棟のタイニーハウス「ホワイトファンタジー」はキッチンが広い。こちらはマイナス20度までの寒冷地用の断熱を施していない分、内装の素材に凝ることができたそう(撮影/久保ヒデキ)

東京でつくられたもう一棟のタイニーハウス「ホワイトファンタジー」はキッチンが広い。こちらはマイナス20度までの寒冷地用の断熱を施していない分、内装の素材に凝ることができたそう(撮影/久保ヒデキ)

冬は閉鎖し、夏のみ友人らが宿泊できるスペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

冬は閉鎖し、夏のみ友人らが宿泊できるスペースとして利用されている(撮影/久保ヒデキ)

この映画には、優希さんを筆頭に、松本さんが全国から探したそれぞれの道を歩む女性たち、合計7名が登場している。
北海道で羊飼いをする女性だったり、以前はキャバクラで働き現在は農業をする女性だったり。映画の中では彼女たちの人生が語られると同時に、それぞれが旭川へと赴き、お互いがお互いのことを深く知り合うことにより、再び自身を見つめ直し、新たな一歩を踏み出そうとするシーンもあった。実際に旭川に移住した女性もいるとのこと。

映画『-25℃ simple life』の予告編。枠にハマった人生から抜け出し、自分らしく生きる選択をした7人の女性たちのドキュメンタリー。

映画『-25℃ SIMPLE LIFE』は2023年新春に劇場公開された。

「タイニーハウスで暮らせることを知ってもらえれば、何十年とローンを組んで家を購入するといった人生設計とは違う選択肢に気づけるのかなと思いました」(松本さん)

今回、筆者は3人の人物に取材をし、またこの映画を見て、シンプルな暮らしを追い求めることは、これまで自分の中に溜め込んできたものを一度手放してみることであると感じた。
物質的な豊かさや社会的な地位や名誉などから解き放たれたとき、そこには何が残るのだろう? それが自分の本質的な部分であり、もっとも大切にするべきものである。そんなメッセージを受け取った気がした。

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

●取材協力
一般社団法人シンプルライフ協会
映画『-25℃ simple life』の予告編
曽根優希さんのInstagram

7畳のタイニーハウス暮らし夫婦、2棟目カワウソ号は宿に。宿泊で住まい観が一変!? ライター体験記「私はどう生きるか」 三浦半島

わずか7畳のタイニーハウス「もぐら号」は、神奈川県・三浦半島にある、現在進行形で「人が暮らしているタイニーハウス」です。電気・ガス・水道完備、シャワー・トイレ付きと、一般的な住まいと変わらず、快適な暮らしが送れているといいます。そのもぐら号に、今年、きょうだいの「カワウソ号」が仲間入りしたそう。しかもこちらは宿泊・体験できるとか。さっそく編集部とライターで宿泊してきました。

「カワウソ号」は約8畳(室内11平米+ロフト4平米)。タイニーハウスを知り・体験できる場所に

神奈川県三浦半島にある、まるで絵本に出てくるようなタイニーハウスの「もぐら号」は、相馬由季さんと夫の哲平さんの住まいです。もぐら号は約2年かけて相馬さんが設計から施工、2020年に完成。ほぼ自作したタイニーハウスに現在も夫妻で暮らしていらっしゃいます。そんな「もぐら」のきょうだいが「カワウソ号」です。もぐら号よりもやや小ぶりで、名前も愛らしい「カワウソ号」ですが、なぜもう1棟、タイニーハウスをつくったのでしょうか。

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

相馬由季さん。タイニーハウスに暮らしているほか、今年は海外のタイニーハウスをめぐる旅もした(写真撮影/桑田瑞穂)

「もぐら号の話をすると、ほとんどの人に『遊びに行きたい』『泊まりたい』と言われるんです。みんなタイニーハウスに興味津々なんですね。もぐら号にも宿泊していただけるんですが、私たちも毎日、暮らしているので、そうそう泊めるわけにもいかない。じゃあ、もう1棟をということで、『カワウソ号』を計画したんです」と相馬さん。

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」。玄関扉のオフホワイト、緑のアーチ屋根が最高か!(写真撮影/桑田瑞穂)

主眼を置いたのは、単なるホテルではなく、「タイニーハウスを体験できる場所」であること。
「タイニーハウスに宿泊できる施設はありますが、まだ少数です。ここではホテルのような滞在ではなく、料理をしたり思い思いに過ごしたりと、あくまでも『暮らし』を体験する場所として考えているんです」と話します。

「基本設計や建材、建具のチョイスなどはすべて自分で行い、実施設計と施工を大工さんにお願いしました。ただ、制作途中も足を運び、吟味、調整をしてもらいました。タイニーハウスはとにかく余分なスペースがないので、数センチで使い勝手が変わるんです。だから、何度も何度も測って、思い入れを込めてつくったのは、カワウソ号も同じですね。『もぐら号』で自作した経験が生きています」

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」の内部。「もぐら号」と同様に、「暮らす」を主眼に設計されている(写真撮影/桑田瑞穂)

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「もぐら号」と「カワウソ号」の共通点でいうと、大きめのキッチン&シンク、電気ガス水道といったインフラ、窓や外壁などには断熱性・遮熱性などの性能を高めた「快適な暮らし」が送れる点です。一方で間取りは異なり、「カワウソ号」はロフト付きで、玄関が横付きになっています。また、大きなフィックス窓、横にスリット窓が入っています。スリット窓からチラリとのぞく緑がキレイです。

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

左が「もぐら号」、右が「カワウソ号」(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチンにこだわったのは「もぐら」「カワウソ」共通です。シンクは大きく、電気ケトル、IHクッキングヒーターなどの調理器具もあるのです。まさに“暮らし”!(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーと洗面、トイレが一列になっていて、使いやすい動線(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面とトイレ。シャワー付き。コンパクトですが、何度も設計しなおしたというだけあり、狭さは感じません。トイレは着脱式なノズル下水道につなげていて、一般的な水洗トイレです(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

「カワウソ号」のロフト。大きなフィックス窓からは緑がいっぱいに。人工物が目に入ってきません。心が満たされていく……(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

電気と上下水道や既存のインフラを利用し、着脱式で接続。ガスはプロパン(写真撮影/桑田瑞穂)

昨年の暮れに施工場所から今の土地に移動させ、塗装など内部の仕上げや棚の設置、家具やインテリアの選定を行い、今年3月末より宿泊の受け入れを開始しました。では、その反響は?

「開始して2カ月ほどですが、平日、休日問わず多くの予約が入っています。メディアを介して知ってもらったり、SNSで知ってくださったり。いろいろです。若い世代はここだけしかできない体験ということで、カップルや友人同士で来てくださいます。ほかはご家族ですね。最大3人まで宿泊できます。」(相馬さん)

とはいえ、一人で滞在する40代~50代の人もいるのだとか。
「自分を見つめ直したい、という方でしょうか。タイニーハウスに籠もって、暮らしや人生に向き合う場所が欲しいという人が滞在されていきます。何かするのではなく、ゆっくりと過ごしていらっしゃいます」といい、今までの暮らしのあり方、人生のあり方を問い直す場所になっているのだそう。

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトではタイニーハウスに関する本をセレクト、ギターやプロジェクターなど、滞在を楽しくするアイテムも(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

開閉式の机。空間を有効活用できるよう、考え抜かれている(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで住まい感が変わる。自分に必要なモノ・コトが見えてくる

では、実際に滞在するのはどのような感じなのでしょうか。

筆者と編集部担当の2人は午後にチェックインし、翌日朝まで滞在。合間に仕事をしたり、ランニングをしたり、周囲のスーパーで食材を買い込み、暮らすように「プチ日常」を味わってみました。

シャワーの水量や温度、トイレの水量などもストレスフリー。また、はじめはタイニーハウスのセキュリティってどうなのだろうと少し不安があったのですが、駅近くの立地でほどよく人目があり、おまわりさんのパトロールエリアとのことで、ひと安心。とにかく快適な滞在となりました。

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

夜は近所でマグロのお刺身などを購入してきて晩酌。三浦半島ならではですね(写真撮影/嘉屋恭子)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチンと洗面を見下ろしたところ。目に入るものすべてが愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフト下部の寝室。寝具メーカーのベッドで寝心地もいい。編集もライターも、朝までぐっすりコースでした(写真撮影/桑田瑞穂)

そして、ひと晩過ごした結論をひと言でいうと、「これは……住まい感が変わるな」に尽きます。

筆者は、今まで不動産会社やさまざまな建物、建築家の先生方を取材し、天井高は2m40cmではちょっと低いのではとか、広さは一人あたりの面積25平米は確保したいなどと原稿を書いてきましたし、正直なところ「家の広さは気持ちのゆとりにつながる」、なんなら「天井高は正義」「収納は命」だと思ってきました。

ですが、実際に過ごしてみると11平米でも狭さは感じないのです。女性2人がほぼ1日、同じ空間にいてもストレスを感じない。これはすごいことだなと思いました。おそらくですが、備え付けの食器や寝具など、目に入るものすべてが吟味されていること(当たり前ですが子どものおもちゃやごちゃごちゃした生活のものはありませんし)、人間同士の目線が必要以上に重ならないこと、余計な音が入ってこないこと、室温が快適であること、暮らしに必要なものがきちんとそろっているからこそ、「コンパクトでも快適」は叶えられるのですね。

おそらくですが、窓からの緑や地面との近さ、自然な雨音、小鳥のさえずり、室内に漂う木々の香りなど五感に訴えるものがあり、タイニーハウスでしか感じたことのない、貴重な感覚が残りました。

もう一方で、自分に必要なものも浮かびあがってきたのです。筆者の場合は、カワウソ号になかった三面鏡、浴槽です。われながらお風呂という、わかりやすい欲が反映されていてびっくりしました。人生初の感覚です。本当に不思議。

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

宿泊していった人が残した記録。みなさん、「内省」していらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした、気づきや発見があるのは筆者だけではないようで、「カワウソ号」の宿泊ノートには、さまざまな思いが記録されています。貴重ですね……。

相馬さんも、普段は会社勤務しながら、タイニーハウスづくりを行ってきたため、週末は何かしら「タイニーハウスづくりの予定」が入っていたそう。現在、「カワウソ号」が完成してやっとひと段落ではありますが、けしてラクではないタイニーハウスづくりに取り組み、宿泊運営者になった今、得るものはあるのでしょうか。

「やっぱり、タイニーハウスの暮らしを体験してもらって、その人の価値観が変わるとか、なにか湧き上がるものがある瞬間を見られるのがすごく好きですね。当たり前を疑うというか、その瞬間に立ち会えるというか……。タイニーハウスを通しての出会いもとても貴重ですし。その中で自分自身も、その先に湧き上がってくる次の挑戦の兆しを待っています。」(相馬さん)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

筆者個人としては、「タイニーハウスでの宿泊」は、家を借りたい人、家を買いたい人、注文住宅で家をたてようと考えている人、リフォームしたいと思っている人など、今、住まい・暮らしについて考えているすべての人におすすめしたい体験だなと思いました。自分にとって家とはなにか、家に必要なものはなにか、自分が大事にしたいものはなにかが明確になるからです。タイニーハウスの宿泊費は1泊あたり1万3000円~2万円程(人数、時期によって変動)。得るものは小さくなく、大きなものとなるはずでしょう。

●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
ブログ
カワウソ号宿泊予約

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多様化するトレーラーハウス。災害支援、公共施設、宿泊、店舗など様々な可能性に注目

東京ビッグサイトで「東京トレーラーハウスショー2023」が開催されると聞いて訪れてみた。トレーラーハウスが立ち並ぶ姿は圧巻だったが、その利用方法は実に多様だ。どんな利用方法があるかについて、それぞれ見ていこう。

【今週の住活トピック】
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トレーラーハウスとは?キャンピングカーとは違うの?

SUUMOリサーチセンターは、2023年のトレンドとして「平屋回帰」を予測した。単なる平屋ではなく、コンパクトな平屋のことで、住宅の面積が小さな主拠点の平屋と、小屋やタイニーハウスなどのサードプレイスの平屋に分類している。トレーラーハウスは後者に該当する。

一般社団法人日本トレーラーハウス協会によると、トレーラーハウスは、次のように定義されている。

「トレーラーを一定の場所に定置し、土地側の給排水配管電気等の接続が工具を使用しないで脱着できる構造体であり、公道に至る通路が敷地内に確保されており、障害物がなく随時かつ任意に移動できる状態で設置したものをトレーラーハウスと呼ぶ。」

キャンピングカーも、小さいながら車の中にベッドやキッチンを設置したりできるが、車のバッテリーの電気を使い、備えたタンクの水を使う。排水もタンクにためて処理する必要がある。一方トレーラーハウスは、タイヤの付いたシャーシ(車台)に載せて、車で牽引して公道を移動する。一定の場所に設置して、住宅と同じように外部の水道や電気などの生活インフラと接続する。そのため、トレーラーの中にはトイレやシャワールームも設置でき、エアコンなどの家電も使うことができる。

まるで小さな小屋のようだ。ただし、小屋は建築物だが、トレーラーハウスは原則として自動車に該当するので、市街化調整区域などの建築物が建てられない場所にも置くことができる。

災害支援から店舗、グランピングまで多様に利用できるトレーラーハウス

こうした特徴のあるトレーラーハウスなので、さまざまな利用方法がある。今回の「東京トレーラーハウスショー2023」では、会場を8つの展示ゾーンに分けて、トレーラーハウスを展示している。
●災害支援
●公共施設
●事務所
●店舗
●グランピング&レジャー
●レンタル
●シャーシ(車台)
●未来型

「災害支援」ゾーンには、防災基地局トレーラーやレスキューホテル、室内のウィルスや細菌を外部に流出させるメディカルキューブ、トイレキューブなどがあった。

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)
※各掲載写真はいずれも筆者撮影

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

同様に「公共施設」ゾーンには、シャワーキューブや低床トイレキューブ、スモーキングキューブ(分煙時の喫煙所)などがあった。

また、「レンタル」ゾーンになるが、ベビーケアトレーラーというのもあった。内部には、授乳スペース、おむつ替えスペース、着替えスペースがあり、ママたちには嬉しい場所だと思った。

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

もちろんトレーラーハウスは、「事務所」や「店舗」としても利用でき、展示会場には担々香麺を提供するキッチントレーラーなどもあった。

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(株式会社トレーラービレッジ)

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(トレーラービレッジ)

さて、住まいとしての利用方法は主に「グランピング&レジャー」だろう。自然豊かな場所などに置いて、のんびりくつろげるトレーラーが数多く並び、サウナ専用トレーラーも2台展示されていた。

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外しができないウッドデッキは、建造物扱いになるため取り付けができないが、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外せないウッドデッキは取り付けられない(建築物になる)が、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

電線から電気を得られなくても生活できるトレーラーハウスも

次に、「未来型」ゾーンの中からオフグリッドトレーラーハウスを紹介しよう。
生活インフラが遮断、あるいは整備されていないといった場所では、電気などが使えなくなるが、太陽光パネルや太陽熱温水器などを搭載したエネルギー自立型のトレーラーハウスなら、発電して蓄電池にためた電気を使い、温水器のお湯でシャワーを浴びるといったことも可能。水を使わないトイレも設置してあった。

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

最後に紹介するのは、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトを主導する工学院大学教授・鈴木敏彦氏の活動に賛同した淀川製鋼所が、中銀カプセルタワーの1つを取得し、トレーラーカプセルとして再生したもの。黒川紀章氏が提唱したメタボリズムの設計思想が、トレーラーハウスとして継承されている。

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

ニーズが変わる!?不動産から可動産へ

さて、展示場では各種のセミナーも開催されていた。筆者はこのうち、YADOKARI代表取締役の上杉勢太氏による「『可動産』と『タイニーハウス』の可能性」を聞いた。

これからは不動産から可動産へと、ニーズが変化するという。その背景には、人口が減り単身世帯が増えることに加え、コロナ禍で二拠点居住やアドレスホッパーといった新しい生活スタイルが広がっていることがある。住宅コストが暮らしを圧迫する一方で、災害住宅としてコンテナ状の住宅が使われるなど、小さな家が注目されるようになった。

海外には先行事例が多い。北欧では、住宅キットを使ってDIYでサマーハウスを建てたりしているし、アメリカではリーマンショックを機に、小さな家でシンプルに暮らすというタイニーハウス・ムーブメントが起きた。同様に、車を使ったVAN×LIFEというムーブメントも起きている。

日本でも、テレワークが加速し、移動式店舗・オフィスが増加している。不動産は建築基準法の制約を受けるが、VANやトレーラーハウス、移動可能な小屋などの可動産であれば、絶景の無人駅に人を集めるといったこともできる。というような可能性の広がりについて、上杉氏は熱く語っていた。

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARI株式会社のトレーラーハウス

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARIのトレーラーハウス

トレーラーハウスは、設置場所の自由度の高さや住宅取得のコスト軽減などのメリットもあるが、暮らし方が多様になるこれからは、生活拠点の選択肢の一つとして注目されていくのではないか。好きな場所で好きなことができるスタイルが広がるほど、トレーラーハウスの新しい利用方法も増えていくだろう。

●関連サイト
日本最大級!43台のトレーラーハウスが一堂に「東京トレーラーハウスショー2023」
東京トレーラーハウスショー2023公式サイト
SUUMO「トレーラーハウスとは?住居にする方法や用途、価格、設置方法、かかる税金は?」

無印良品の小屋ズラリ「シラハマ校舎」に宿泊体験。災害時に強い上下水道・電気独立のオフグリッド型住宅の住みごこちって? 千葉県南房総市

シラハマ校舎は、千葉県南房総市白浜町の小学校跡地を活用してできた複合施設です。無印良品の小屋がずらりと並んだその一角に、2022年、上下水道、電気も既存インフラに頼らない「オフグリッド小屋」が誕生したといいます。省エネが注目される昨今、以前よりも耳にする機会が増えた「オフグリッド小屋」、一体どのように活用されるのでしょうか。可能性を探るため、シラハマ校舎に話を聞きました。

タイニーハウス(小屋)人気は健在。ウェイティングリストは27組も!

2016年、千葉県の房総半島の先に誕生した「シラハマ校舎」は、廃校となった長尾小学校・幼稚園の敷地と建物を用途変更してできた施設です。敷地内には18ある小屋が立つほか、レストラン(完全予約制)、シェアオフィス、コワーキングスペース、宿泊施設で構成されています。ちなみに小屋の1棟の広さは12平米で、バスやキッチン、トイレなどの水回りは共用で使います。運営しているのは、妻がこの町の出身者という多田夫妻。

小屋は発売当初、「どんな人が買うんだろう?」という声もありましたが、現在、ワーケーションやシェアオフィス、2拠点生活の場所として活用されていて、2019年に完売、2023年現在はウェイティングリストに27組もいるという人気物件です。(関連記事:コロナ禍で「小屋で二拠点生活」が人気! 廃校利用のシラハマ校舎に行ってみた 千葉県南房総市)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

「今、1棟、販売されているんですが、見学にいらっしゃる方も多いですね。人気があるため、中古価格も崩れていません。
ただ、比較的大きな畑付きで、ほぼ毎週末、手入れが必要になるんです。週末くらいはゆっくりしたいというニーズが強いので。となると、当然、人を選んでしまう。やはり小屋でゆったりしたいという人は多いので」と話すのは、シラハマ校舎の企画から管理、運営までをご夫妻で行っている多田朋和さん。

また、コロナ禍で広まったアウトドア人気やキャンプ人気は未だに衰えず、特に房総半島では次々とキャンプ場が誕生しているよう。キャンプのようでもあり、別荘のようでもある、シラハマ校舎の「小屋」は、手堅い需要があるようです。

平時はキャンプ場、非常時は避難場所。小屋を柔軟に活用する

この大人気のシラハマ校舎の敷地の一角がさらに進化して、2022年には「オフグリッド」の小屋ができました。オフグリッドとは、電力などの送電網につながっていない独立型電力システムのこと。このシラハマ校舎では、電力だけでなく、なんと上下水道も既存のインフラに頼らず、自立して運営できる仕組みをつくったそう。一体なぜなのでしょうか。

「きっかけは、2019年の台風です。送電網が停止し、白浜町一帯も停電、陸の孤島となりました。避難場所となったコミュニティセンターの受け入れ可能人員は最大で80人ほど。そのため、150人近い人が避難できない状態になりました」と多田さん。また停電したことで9月の残暑が住民を直撃したほか、浄化槽も稼働できず、衛生状態もよくなかったといいます。

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋はそもそもサイズが小さいため、使う電気エネルギーは最小限ですみます。そのため、生活に使う電力は太陽光発電でも十分まかなえるのです。いわば、「小屋の利点」を活かして、平時と非常時の二段階活用を実践したかっこうです。誰もが空想したり、アイデアとしては浮かびますが、民間の試みでさらりと行ってしまうところが、多田さん夫妻のすごいところ。

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

「もともと下水道はなく、浄化槽(※)を利用する地域なので、非常時でも電気と水さえあれば機能します。また小学校の敷地内には古い井戸があったので、これを吸い上げて配水に利用することに。太陽光発電と水を確保できることで、いざというときも下水も稼働するんです。電気だけなら、オフグリッドでまかなえる施設はたくさんありますが、上下水が既存インフラから独立して稼働するのは、日本でもシラハマ校舎くらいじゃないかな」と多田さん。

※敷地内に設ける小規模な汚水処理設備で微生物の働きなどを利用して汚水を浄化する古くからある仕組み

万一のことを考え、シラハマ校舎そのものは送電線とはつながっていますが、いざというときは電力を買わなくても稼働するとのこと。

今のところ大きなトラブルはナシ。課題は冬場の発電量。

実際に稼働してみて、課題はないのでしょうか。
「シラハマ校舎は、南向きの土地なので、夏であれば十分に発電できるのですが、問題は冬ですね。日照時間が短いので発電した電気を一日で消費してしまうんです。そのため、オフグリッド小屋に宿泊していただくお客様には、連泊してもらう場合、別の小屋に移動してもらっています(笑)」

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

なるほど、運用でカバーできる範囲の課題なんですね。エネルギーの地産地消というか、オフグリッドで建物を運営するのは、もう「リアル」にできることなんだなと実感します。使うエネルギーとつくるエネルギーのプラスマイナスゼロの住まいを「ZEH(ゼッチ)」(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といいますが、まさに小屋もZEHの時代なんですね。

「今は小屋1棟でお貸ししていますが、2棟つなげて1つにキッチンとお風呂、トイレをつくり、1つをベッドルームにした宿泊棟もつくろうかと思っています。こちらもZEHで、使うエネルギーとつくるエネルギーはプラスマイナスゼロにする予定です」と多田さん。

シラハマ校舎のアップデートはまだまだ止まりそうにありません。
「水でいうと、エアコンから出た排水や汚水などをあわせてフィルターで濾過(ろか)し、真水にして循環利用できる技術もあるのですが、商業施設や複数人が利用することを考えて、導入を見送っています。技術的に問題ないといっても、気分的に嫌悪感を抱く人がいるのは理解できるので」(多田さん)。水の技術にも興味があるほか、海岸沿いに所有する農地に小型風力発電設備を設置する計画も進めています。

白浜町はその土地柄、強い海風が吹いています。これを活用し、小規模事業でも環境に貢献していきたいとのこと。こうした施策に興味を持ち、企業や自治体の視察希望者が次々とやってくるそう。

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

「どこの自治体や企業も環境への取り組みが欠かせません。自社の勝機はどこにあるのか、意識の高まりを感じますね。また、日本国内では廃校が毎年約400~500ほどあるので、どこも地方自治体は活用方法に頭を悩ませています。校舎は廃校して他用途で活用しようとすると、耐震補強工事や用途変更に手間がかかるんです。シラハマ校舎の場合、校舎をワーケーションオフィスとして活用しつつ、小屋を宿泊場所にしています。これは他の自治体でも有効な『パッケージ』として輸出できないかなと考えているんですが、なかなか運用が難しいようで。あとは韓国でも少子化によって同様の問題が起こると予想されているので、『廃校活用パッケージ』として輸出できたらおもしろいですよね」(多田さん)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

さらに昨年には農業法人を立ち上げ、ワイナリー+ソーラーシェアリング(太陽をシェアし太陽光発電とパネルの下で農産物を生産する取り組み)も現在計画しているとのこと。これが可能になると、天候関係なく果実ができたり、収穫できたりするようになるのだとか。なんでしょう、房総半島の先にある民間の施設なのに、どこよりも新しい試みをはじめています。

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋に注目が集まっている昨今ですが、オフグリッドやソーラーシェアリングなどと組み合わせ、どこよりもユニークな挑戦を続けるシラハマ校舎。小屋や環境、これからの暮らしに興味がある人なら、ぜひ一度、訪れてソンはないと思います。

●取材協力
シラハマ校舎

10平米以下のタイニーハウス(小屋)の使い道。大人の秘密基地や、住みながら車で日本一周も! ステキすぎる実例を紹介

おうち時間が増えたコロナ禍で「自分だけの空間を持ちたい」と、タイニーハウス(小屋)が注目を集めています。「小さな空間、大きな時間」をコンセプトに開発された、BESS(ベス)のログ小屋シリーズ「IMAGO(イマーゴ)」も然り。わずか9.8平米、約6畳という狭さが落ち着くと、販売数を増やしています。さらに、車両扱いという“走るログ小屋”なるものも登場しました。それぞれの小屋ライフをとことん楽しむ、ユーザーの声も聞きました。

10平米弱のログハウスをつくった背景は?

ログハウスの小屋「IMAGO」が誕生したのは2016年10月のこと。BESSを手がける(株)アールシーコアの木村伸さんと松島綾子さんは、この10平米弱の小屋をつくった背景をこう話します。

「BESSはもともとログハウスからスタートした会社。吹き抜けやデッキやロフトといった、遊びの基地のような楽しい空間がある、“家は、暮らしを楽しむための道具だ”という考え方です。住宅に関する法的な基準が厳密になっていく昨今、一度『家』という概念を取っ払ってみようと。原点に立ち返り、ブランドとしての小屋を提案しようという背景から生まれたのが、このIMAGOです」(木村さん)

横長のIMAGO[R]、正方形に近いIMAGO[A]の2タイプとも、広さは10平米弱(写真提供/BESS)

横長のIMAGO[R]、正方形に近いIMAGO[A]の2タイプとも、広さは10平米弱(写真提供/BESS)

IMAGO[R][A]には“建てるログ小屋”というキャッチコピーが(写真提供/BESS)

IMAGO[R][A]には“建てるログ小屋”というキャッチコピーが(写真提供/BESS)

「IMAGOはぜひセルフビルドを楽しんでほしいと、キットで販売することを決めました。ログ材は、厚さ7cm×14.5cmの14段積みです。実は2006年に一度ログ小屋を開発したことがあるのですが、当時のログ材は厚さ11cmでセルフビルドするには重く、大変だったのです。また面積は、10平米以上になると建築確認申請が必要になる(※防火地域・準防火地域以外の敷地の場合)ことから、10平米を超えない広さとしました」(木村さん)

IMAGOには、ウッドデッキなどで自然いっぱいの外の空間と一体化して楽しむ[R=レセプター型]、農園など、目的の空間に置くことでその場の活用を仕掛ける[A=アクティベータ型]という形違いの2タイプあり、ともに畳数でいえば約6畳。ほどよいコンパクト感で、暖かみのあるログ空間の中、釣りやキャンプなどの道具を置いてメンテナンスしたり、クラフトや楽器などの趣味を楽しんだり。リモートワークが多い人なら仕事部屋としても使えそうです。

好きな色に塗装して。離れや趣味小屋にももってこい(写真提供/BESS)

好きな色に塗装して。離れや趣味小屋にももってこい(写真提供/BESS)

小屋の販売数は増加中。セルフビルドにトライする人も

ほかにも、実際に購入された方はどんな楽しみ方をしているのでしょう?
「趣味を楽しむところとして活用される方が多いですが、友人家族を招いて過ごすとか、お子さんの二段ベッドを置いてときどきそこで寝泊まりするというお話も聞きます」(松島さん)
ちょっと非日常の体験ができそうで、想像しただけでワクワクします!

さらに、教室を開いている方や、洋菓子や花の販売スペースとして使っている方もいるそう。また法人が複数購入し、宿泊施設やペットホテルにしているケースもあるようです。

プリザーブドフラワーショップとして活用しているケースも(写真提供/BESS)

プリザーブドフラワーショップとして活用しているケースも(写真提供/BESS)

(写真提供/BESS)

(写真提供/BESS)

(後述する可動式に対して)この固定式IMAGOは、2018年に80台、コロナ禍に突入した2019、20年にはそれぞれ110台超を販売。2021、22年はそれぞれ150台近くと、販売数を伸ばしています。自宅で過ごす時間が増えたことで、ログ小屋での新しい暮らしの楽しみ方が広がっているといえそうです。

「ユーザーの方などは結構セルフビルドされている印象が強いです。動画付きのマニュアルを用意しているので、どなたでも自作していただけます。期間の目安としては、2人以上で毎日作業すれば2週間ほど。雨さえしのげれば慌てなくてもいいので、週末ごとに作業して、1カ月ほどで完成させる、という方が多いようです」(木村さん)
自分で、または家族や仲間とチャレンジすれば、きっと愛着もひとしおでしょう!

自分の好きをぎゅっと詰め込んだ、心地いいトコロ桑原さんはIMAGOを離れとして活用。柿の木に吊るしたブランコとあいまって、楽しげな雰囲気(撮影/窪田真一)

桑原さんはIMAGOを離れとして活用。柿の木に吊るしたブランコとあいまって、楽しげな雰囲気(撮影/窪田真一)

それでは実際にIMAGOでの小屋時間を楽しんでいるユーザーさんにお話をうかがってみましょう。
長野県安曇野市で八百屋を営む桑原さんは、家族4人暮らし。ログ小屋の前にはバイクやバギーが置かれ、秘密基地のような雰囲気がヒシヒシと伝わってきます。
もともと小屋には興味があったのでしょうか?

「うちは敷地が250坪と結構広いんです。土地を買うとき、ここ全部買ってくれたら坪単価を安くするよと言われ、じゃあ、と。5年ほど前の春にBESSで自宅を建てて、同じ年の11月、バイク旅の帰りに展示場に寄って、お世話になった担当者に新しいバイクを見せようと思ったら、セルフビルドできる小屋が発売になるという話を聞きまして。ちょうど庭に東屋を建ててそこでBBQでもしたいな、と思っていたから、東屋より小屋の方がおもしろいじゃん!俺つくる!とすぐ予約しました」

6畳の空間は、高校生の頃から集めていたお気に入りでいっぱい(撮影/窪田真一)

6畳の空間は、高校生の頃から集めていたお気に入りでいっぱい(撮影/窪田真一)

ログ小屋をセルフビルドできるところに惹かれたという桑原さん(撮影/窪田真一)

ログ小屋をセルフビルドできるところに惹かれたという桑原さん(撮影/窪田真一)


桑原さんは、当時のキット特別価格100万円で購入、基礎部分はプロに依頼し、13万円だったそう。ほかにデッキや造作棚などは近所のホームセンターで材料を買い、自作したといいます。

もともと古いバイクやビンテージ家電を直すのが好きという桑原さん。ログ小屋もひとりで、なんと2週間ほどでつくり上げてしまいました。
「ツリーを置きたいから、クリスマスまでに完成させたい一心で。夜にトンカンやっているとご近所迷惑なので、仕事が終わって17時から19時までを作業時間と決めて夢中でやりました。夢中になれば、なんだってできるものですよ」

7cm厚のログ材で組み立てた小屋。塗装は家族みんなで(撮影/窪田真一)

7cm厚のログ材で組み立てた小屋。塗装は家族みんなで(撮影/窪田真一)

お風呂みたいな“おこもり”感もあり、視界が広がる開放感もあり

ログ小屋の中におじゃますると、カラフルな自転車にミニバイク、発電機、チェーンソー、レトロな看板、ファミコンまで、桑原さんの“好き”がぎゅぎゅっと詰まっていて、約6畳の空間がおもちゃ箱のよう。陳列の仕方にもセンスを感じますが、どれも飾りではなく、すべて桑原さんが手を入れて使えるように修理済み。
「昔は売ります・買います情報が載っている雑誌でお気に入りを見つけては入手していました。物置にしまってあったそれらの雑貨をひっぱり出して並べてみたら、すごくいい感じ!ようやく日の目を見たと感慨深かったです」

完成当時は、お子さんとここで絵本を読んで過ごすのが習慣だったとか。
「母家に置いてある絵本から好きなのを選んで、わざわざ小屋に持って行って読むんです。おんぶして行ったりね。寒いけど小屋の薪ストーブにみんなで薪を入れてあっためて。キャンプとまではいかなくても、ちょっと場所が変わるだけでなんだかワクワクするし、小屋で過ごした時間は子どもたちとのいい思い出になっています」
小屋はまさに、桑原さん一家の特別な時間を生み出す場所になったのです。

入口には一間分タイルを敷いてエントランススペースに(撮影/窪田真一)

入口には一間分タイルを敷いてエントランススペースに(撮影/窪田真一)

小屋の中央には、沖縄の米軍の家具屋で見つけてカバーを張り替えたという赤いソファをレイアウト。そこに座ってハーッと肩の荷を下ろしてリラックスするのが、桑原さんのいつもの過ごし方です。
「僕にとって小屋はお風呂のようなもの。ある程度狭くて、好きなものに囲まれてこもれる密閉空間は、湯船みたいに安心できる。一方で、サッシを開け放てば、デッキの先に庭が見えて、視野が広がる感じ。これは家以上の開放感です。バンのバックドアを開け放し、腰かけて海を見ながらおにぎりを食べるときみたいな、気持ちのよさを感じます」
狭さと広がり。その両立が、この小さなログ小屋の大きな魅力でもあるのです。

サッシを開けると、ウッドデッキとの一体感で実際の面積以上の広がりを実感。「季節が変われば季節の空気を感じ、雨が降れば雨を眺めています」と桑原さん(撮影/窪田真一)

サッシを開けると、ウッドデッキとの一体感で実際の面積以上の広がりを実感。「季節が変われば季節の空気を感じ、雨が降れば雨を眺めています」と桑原さん(撮影/窪田真一)

ソファに座れば、庭の向こうに母家が見え、リビングにいる家族の姿をここからぼーっと眺めるのが好きだという桑原さん。逆にリビングから見る小屋も素敵なのだとか。
「タイマーで暗い時間だけ小屋の間接照明が点く仕組みにしているんです。暖かいライトがうっすらと光って、夜の眺めがまたいいんですよ」

音楽を聴きながら何も考えずに過ごすのが至福のとき。沖縄の楽器・三線(さんしん)もときどき練習中(撮影/窪田真一)

音楽を聴きながら何も考えずに過ごすのが至福のとき。沖縄の楽器・三線(さんしん)もときどき練習中(撮影/窪田真一)

最後に、安曇野の冬は氷点下になることも多いですが、薪ストーブのおかげで小屋の中はぽかぽかでした。薪ストーブは最初から計画して設置し、小屋の完成後、あとから床と天井に断熱材も入れたのだそう。
「自作したから知識がついたんです。あとでここ直したいなと思っても、プロの大工さんに依頼したとしたら『またお金かかっちゃうな』だけど、一度つくった経験があるから直し方がわかる。もちろんお金もかからない。自分の八百屋の増築までできるようになっちゃった(笑)。苦労してつくる、面倒くさいのが楽しいんです。想像はどんどんふくらみます」と、つくるを楽しむスタイルがとても印象的でした。

薪ストーブがログ小屋によく似合います(撮影/窪田真一)

薪ストーブがログ小屋によく似合います(撮影/窪田真一)

母家(写真左)と小屋の距離感もいい感じ。今後は家族で乗れるブランコを庭につくる計画も(撮影/窪田真一)

母家(写真左)と小屋の距離感もいい感じ。今後は家族で乗れるブランコを庭につくる計画も(撮影/窪田真一)

住宅の枠を飛び出して。車輪が付いた“動くログ小屋”で旅へ!?

これまで見てきた“建てるログ小屋”に対し、“走るログ小屋”IMAGO iter(イマーゴ イーテル)、“移るログ小屋”IMAGO X(イマーゴ エックス)も登場しています。発売は2021年10月。国産ログ材を使った、どっしりとした外観が目を引きます。

見ての通り、車輪がついていて車で牽引(けんいん)するタイプの小屋(写真提供/BESS)

見ての通り、車輪がついていて車で牽引(けんいん)するタイプの小屋(写真提供/BESS)

IMAGO iterは木屋根と幌屋根の2タイプ。木屋根は三角屋根がかわいらしく、写真の幌屋根は採光性に優れています(写真提供/BESS)

IMAGO iterは木屋根と幌屋根の2タイプ。木屋根は三角屋根がかわいらしく、写真の幌屋根は採光性に優れています(写真提供/BESS)

「たとえば農地や、防火などの建築条件で、これまでそのままでは建てられなかった場所に『置ける』、車両扱いのログ小屋です。コロナ禍の状況を受けて、もっといろんな場所で小屋を楽しもう、というアプローチにしたらおもしろいんじゃないかと」とBESS木村さん。

建築基準法に代わって道路運送車両法に準拠した、車両タイプのログ小屋。自分の車で牽引できる、つまり思い立ったらどこにでもログ小屋を連れて行って設置できる、という発想です。
釣り道具を乗せて海へ、キャンプをしに大自然の中へ、星を見に天文台の小屋を走らせて。好きなときに好きなところで、好きなものと過ごせる時間と空間は、なんと自由で贅沢なことでしょう。

IMAGO iterの走行風景がムービーで見られます(映像提供/BESS)

車両だからこそ、さまざまな場所に出向いてワークショップを開催したり、移動スタジオや災害時の仮設住宅といった使い方も(写真提供/BESS)

車両だからこそ、さまざまな場所に出向いてワークショップを開催したり、移動スタジオや災害時の仮設住宅といった使い方も(写真提供/BESS)

7cm厚の国産杉が暖かみを感じさせます。Xの天井は、ログハウスらしい斜め屋根(写真提供/BESS)

7cm厚の国産杉が暖かみを感じさせます。Xの天井は、ログハウスらしい斜め屋根(写真提供/BESS)

気軽に動かして、どこでも自由に小屋ライフを楽しめる

可動タイプのIMAGOはセルフビルドはできないものの、無塗装での引き渡しのため、自分好みに塗装を楽しむことが可能です。
Xは広さ約7畳とゆったり。iterは約4畳とコンパクト。どちらも牽引に使われるシャーシ(車台)から考えられたサイズです。

牽引するには、牽引自動車第一種免許と中型SUV(Xは大型SUV)以上の車が必要です。そう聞くとなかなかハードルが高く感じますが、可動式のメリットはなにより「動かせる」こと。
たとえば、庭に置いたログ小屋の場所を移動させる。季節に応じて向きを変えてみる。模様替えのように気軽に動かせば、窓から見える景色も新鮮に映るはず。公道を走る牽引はせずとも、固定式よりもはるかにフレキシブルな使い方ができそうです。

なお、ちょっとした移動なら、別売りのドーリー(ボートなどの牽引に使う器具)があれば牽引車がなくても手動でもできます。今後は、リモコンタイプのドーリーの販売もBESSで計画中だとか。

幌屋根タイプは小屋とは思えない明るさ。四方に窓があり、視界も風通しも良好です(写真提供/BESS)

幌屋根タイプは小屋とは思えない明るさ。四方に窓があり、視界も風通しも良好です(写真提供/BESS)

可動式の魅力は、キャンプ場など自然の中のコテージとして設置すれば、夏は水辺に、秋は紅葉のそばに、イベントがあれば一同に集めて……と、季節や目的に合わせてベストポジションで楽しめること。小さな駐車場や庭など、建築ができない街なかには、コーヒースタンドやスイーツ専門店などの小規模店舗として。農園の近くに設置すれば、ふだんは休憩所に、収穫期には直売所として利用できます。

山梨県の花農家がつくった静かなキャンプ場では、IMAGO Xをキャビンとして利用しています(写真提供/moss camp field)

山梨県の花農家がつくった静かなキャンプ場では、IMAGO Xをキャビンとして利用しています(写真提供/moss camp field)

(写真提供/moss camp field)

(写真提供/moss camp field)

実際にこれまで販売した約40台は、店舗やコテージとして使われるケースが多いそう。高速道路のサービスエリアに洋菓子店として出店したり、湖畔のキャンプ場に10台ほど並べたり、また鉄道の高架下でのイベント時には、受付ブースとして使用したことも。

「小屋を子ども部屋にするというケースもあると思いますが、子どもが成長して独立したとき、その小屋を持たせてあげる、なんていうことも不可能ではありませんよ」とBESS松島さん。小屋を「動かせる」ということは、そんな可能性も広がっていくのです。

自宅、固定式小屋に続いて可動式小屋も設置。「ここは遊ぶ部屋」アトリエの看板はご主人のお手製(写真提供/BESS)

アトリエの看板はご主人のお手製(写真提供/BESS)

可動式小屋を購入した岐阜県のKさんご夫妻にもお話をうかがってきました。
ご自宅をBESSで建て、さらに上の写真からもわかるように、固定式のIMAGOの姿も。

「そう、これで3つ目なんです。もともとキャンピングカーやトレーラーが好きで。ログ小屋を牽引していろんなところに行けるというのがおもしろいなぁと思って、興味を持ちました」とKさん(夫)。
展示場で紹介され、木屋根タイプのIMAGO iter(イーテル)を購入。本体価格の386万1000円に加え、納車費用、設置費用、車検取得費用などで60~70万円ほどだったそうです。

先に導入した固定式のものは、お2人が愛用するキャンプ道具や自転車、冷蔵庫などを置く小屋として活用。ときどきそこで食事をすることもあるそうで、「外ではないけれど、家の中とも違う。アウトドア感覚で過ごせるんです」とKさん(妻)は言います。

小屋にタイヤが付いていて、車両というのがわかります。前後にはナンバーも(写真提供/BESS)

小屋にタイヤが付いていて、車両というのがわかります。前後にはナンバーも(写真提供/BESS)

一方、可動式の方は、車両ゆえ基礎はいらず、出入りのためのデッキは自分たちで製作。こちらは主にKさん(妻)が、離れの個室のように使っているのだとか。
「1日の大半はここで過ごしています。趣味のペーパークラフトをつくったり、音楽を聞いたり、友人とお茶したり。ベッドはマッサージ機能が付いているので、横になってリラックスしたりしています」とKさん(妻)。
居心地よくて寝てしまいそうですね!
「夜ここに泊まることもありますよ。星がすごくきれいなんですよ。デッキでお酒を飲みながら星を眺めて。アウトドアの延長みたいな感じかな。庭先でBBQもできるから、外で食べたり、小屋で食べたり、自由にくつろいでいます」

目の前にはBBQを楽しめるスペースが(写真提供/BESS)

目の前にはBBQを楽しめるスペースが(写真提供/BESS)

小屋があることで、新たなコミュニティが生まれた

思ってもみなかった反響は、設置した場所とも関係がありました。
「いずれ出しやすいところにと思って、道路に面した庭先に置いたのですが、近所の子どもたちが遊びに来るようになったんです。よちよち歩きの子はハシゴをつたってデッキに上がるのが楽しいみたいで。ママさんたちにはコーヒーセットを用意しておいて、『お茶してきー』って。自宅の方はやっぱり用事がなければピンポーンって来ないじゃないですか。こっちも掃除しなきゃとか思って気軽には呼べないし。小屋はすごく気楽なところ。デッキに座っておしゃべりすることも多いですよ」とKさん(妻)は言います。

タイヤの付いたログ小屋の存在自体、大人も子どもも興味を持ってしまいますよね。
「見ず知らずの方も通りかかると気になるみたいです。何するところですか?と聞かれるので、遊ぶ部屋だよって答えています」

約4畳のスペースにベッドやテーブルを配置。「無垢材のおかげか、日が入ると冬でも暖かく、夜も寒くない」とKさん(妻)(写真提供/BESS)

約4畳のスペースにベッドやテーブルを配置。「無垢材のおかげか、日が入ると冬でも暖かく、夜も寒くない」とKさん(妻)(写真提供/BESS)

ログ小屋を牽引して、日本一周の旅を計画中

ギターが趣味というKさん(妻)、最近はカリンバも始めたとか。ログ小屋で演奏することもあるそうで。
「昨年の夏、音楽仲間とここで演奏会をしたんです。デッキをステージにして、庭にお客さんを呼んで。すごく楽しかったので、またやりたいなと思っています」
動かせるログ小屋だからこそ、いろいろな場所でも演奏会ができそうですね。

現在のところまだ動かしていないログ小屋ですが、実は今年の春にはご夫妻そろって牽引自動車第一種免許を取得する予定だとか。そして2~3年のうちに、このログ小屋を引き連れて、日本一周をする計画があるというから楽しみです!
「これまで何十年と、ワンボックスカーに乗ってあちこちにキャンプに行っていました。ここはくつろげるしベッドで寝ることもできるから、快適な旅ができそうです」
ご夫妻とワンちゃん、猫ちゃんも連れてのログ小屋の旅、ぜひレポートを待ちたいと思います。

ペーパークラフトなど多趣味なKさん(妻)。ワンちゃんもログ小屋がお気に入り(写真提供/BESS)

ペーパークラフトなど多趣味なKさん(妻)。ワンちゃんもログ小屋がお気に入り(写真提供/BESS)

IMAGOのクラフトもKさんの手づくり!ちゃんとBのロゴ入りです(写真提供/BESS)

IMAGOのクラフトもKさんの手づくり!ちゃんとBのロゴ入りです(写真提供/BESS)

つくる喜びを満たしてくれる小屋と、好きなところで好きなことを楽しめる小屋。小さなスペースだからこそ、ひとり時間を存分に楽しんだり、気軽に外とつながれたりする。そんな小屋があることで、第三の場所としての空間だけでなく、豊かな時間まで生まれるのだなと感じました。
BESSでは今後サウナ小屋のリリースも計画中だとか。ログハウスとサウナは相思相愛、しかも可動式。小屋の広がり、これからも目が離せそうにありません。

●取材協力
BESS(株式会社アールシーコア)
IMAGO

タイニーハウスを庭先に。”+10平米”の小屋で、趣味に、テレワークに、夢ひろがる! 名古屋・ニッカタイニーズパーク

おうち時間が増えたコロナ禍で、テレワーク用の部屋や趣味部屋といった“プラスα”の空間へのニーズが高まった。その選択肢の一つとして注目が集まっているのが、タイニーハウス(小さな小屋)。住む空間としてはハードルが上がるものの、庭の空きスペースなどに建てて“離れ”のような感覚で使うのであれば気軽で、暮らしに変化も生まれ楽しそうだ。愛知県名古屋市にあるタイニーハウス専門の展示場「ニッカタイニーズパーク」で、どんな使い方がトレンドなのかを聞いてきた。

名古屋市内にタイニーハウス専門の展示場が誕生したワケ

SUUMOジャーナルでも注目度が高いタイニーハウス。コロナ禍の2021年、名古屋市内に、全国的にも珍しいタイニーハウス専門の展示場「ニッカタイニーズパーク」がオープンした。ニッカホーム中部の奥園丈博さんに、今誕生させたワケやタイニーハウスへのニーズについて聞いた。

展示場には広さや形、素材が異なるタイニーハウスが並ぶ(写真撮影/本美安浩)

展示場には広さや形、素材が異なるタイニーハウスが並ぶ(写真撮影/本美安浩)

「ニッカタイニーズパーク」には、現在4棟のタイニーハウスが展示されている。「ニッカホーム」は、名古屋市緑区に本社を置くリフォーム会社で、東海地方を中心に全国に支店を展開。リフォーム時の廃材リサイクル事業のほか、東海3県では「すてない!プロジェクト」として、まだ使えるけれど使わなくなった家具や食器、衣類などを無償で回収し、発展途上国への寄付やリユースも行っている、先進的な取り組みをする会社だ。

1番人気のモデルプラン「タイプA ラップサイディングアメリカン」は、外壁が樹脂サイディングで実用性も抜群(写真撮影/本美安浩)

1番人気のモデルプラン「タイプA ラップサイディングアメリカン」は、外壁が樹脂サイディングで実用性も抜群(写真撮影/本美安浩)

「タイプA」は約6帖(9.9平米)。建築確認申請が必要ない範囲(防火・準防火地域でなく10平米未満)で最大の広さ(写真撮影/本美安浩)

「タイプA」は約6帖(9.9平米)。建築確認申請が必要ない範囲(防火・準防火地域でなく10平米未満)で最大の広さ(写真撮影/本美安浩)

「タイニーズパークに関しては、コロナが広がり始めた2020年早春、弊社の榎戸欽治会長から話がありました。会長が、本社と同じ区内に現在の土地を購入した際に、『コロナ禍はテレワークが増加し、自宅に離れをつくりたいという人が増えるのでは。リフォームで培った経験を活かして、小屋専門の展示場をつくろう』と言って始まった事業です」

1番コンパクトな「タイプB モダンスタイルのテレワークルーム」は約2帖分(3.3平米)の広さ(写真撮影/本美安浩)

1番コンパクトな「タイプB モダンスタイルのテレワークルーム」は約2帖分(3.3平米)の広さ(写真撮影/本美安浩)

カウンターをつけて仕事や趣味に使う人が多いという「タイプB」。倉庫の需要もあるサイズ(写真撮影/本美安浩)

カウンターをつけて仕事や趣味に使う人が多いという「タイプB」。倉庫の需要もあるサイズ(写真撮影/本美安浩)

とはいえ、当時はこれほどコロナ禍が長引き、テレワークが浸透するとは誰も予想できなかった。そこで2020年夏、まずは10棟の小屋をバーベキュー施設としてオープン。そして2021年に、新たにニーズに沿った4棟のタイニーハウスと、事務所・平屋のモデルハウスを建てて、展示場として開業した。

新築事業も行うニッカーム。奥園丈博さんは、ニッカタイニーズパークのほかニッカホーム新築事業部の事業部長を務め、新築の部門を担当(写真撮影/本美安浩)

新築事業も行うニッカーム。奥園丈博さんは、ニッカタイニーズパークのほかニッカホーム新築事業部の事業部長を務め、新築の部門を担当(写真撮影/本美安浩)

コロナ禍が続く中、“本気”のニーズが増加

タイニーハウスのニーズに変化は感じられるのだろうか。
「小屋を扱い始めた当初は、興味本位の人が多かった印象です。でも現在は、テレワークや趣味に打ち込むことを見据えて具体的にプランを練り、ご家族の了承を得ているような、本気のお客さまが多いですね」

展示している小屋は、飲食店や雑貨店に貸し出し、マルシェを開いて、実際の使用感やサイズ感を試してもらうこともある。

雑貨店やワークショップなどが出店した2020年のマルシェ。出店者はテナント料無料で、小屋の使い心地を試すことができる(写真提供/ニッカホーム)

雑貨店やワークショップなどが出店した2020年のマルシェ。出店者はテナント料無料で、小屋の使い心地を試すことができる(写真提供/ニッカホーム)

「私たちがつくるタイニーハウスの1番の特徴は、お客さまの敷地に合わせたフルオーダーです。展示場のタイニーハウスは参考程度にお考えいただき、お好みに合わせて、一からデザインします。ですから、規格品の小屋を考えていたものの、『デザインが気に入らない』『調べたら自宅の敷地には搬入できなかった』などの理由で困っていた方が弊社にいらっしゃいます」

一からデザインするフルオーダーで、いくらくらいのものなのか? 最多の価格帯は「テレワークなどができる5~6帖の小屋で、約200万円(工事費・消費税含む、以下同)ですね。これは車1台分ほどの余剰の土地があれば建てることができます。また、倉庫や物置として使う目的の2帖くらいの小屋であれば、130万円からが目安です」とのことだ。

扉が観音開きになる「タイプE 大開口のガレージルーム」は、大型の荷物もラクに搬入できてワイルド(写真撮影/本美安浩)

扉が観音開きになる「タイプE 大開口のガレージルーム」は、大型の荷物もラクに搬入できてワイルド(写真撮影/本美安浩)

開口部が広い「タイプE」は約4.2帖(6.9平米)で、車やバイク、自転車が趣味の人に人気。開放感たっぷり(写真撮影/本美安浩)

開口部が広い「タイプE」は約4.2帖(6.9平米)で、車やバイク、自転車が趣味の人に人気。開放感たっぷり(写真撮影/本美安浩)

名古屋市郊外の一戸建てであれば、夫婦と子ども、または来客用として、車3台分の駐車スペースを確保している家は珍しくない。車1台分の土地と約200万円の資金で手に入るなら、憧れのタイニーハウスがグッと身近に感じられるのでは。

自宅サロンやオシャレな物置としての需要も

「最近増えているのが、エステやネイル、まつ毛エクステのサロンなどを、自宅で開業したいというお客さまからのニーズです。自宅サロンとはいえ、プライベートと仕事のスペースを分けたいという人や、テナントを借りて賃料を支払うよりも、自宅の敷地内にタイニーハウスを建てようと考える人がいます。弊社では新築戸建も手掛けていますが、新築と同時に小屋を建てて、計画的に開業する人も増えていると感じます」

テレワークや趣味に使うタイニーハウスが200万円ほどであるのに対し、水回りの設備を完備するエステサロンなどでは、400万~500万円かける人が多いとのこと。自宅サロンがプライベートスペースから独立していれば、本人や家族だけでなくお客さん目線で考えても、相手に気を遣わなくていいので、よりリラックスできそうだ。

趣味のミシン部屋として使っている一宮市Sさんの小屋。リフォームや新築時に取り扱っているメーカーのドアを使用(写真提供/ニッカホーム)

趣味のミシン部屋として使っている一宮市Sさんの小屋。リフォームや新築時に取り扱っているメーカーのドアを使用(写真提供/ニッカホーム)

大好きなフクロウ柄の壁紙を使ったSさんのミシン部屋。布や糸などの材料を広げたりしまったりするのがラクで、快適だそう(写真提供/ニッカホーム)

大好きなフクロウ柄の壁紙を使ったSさんのミシン部屋。布や糸などの材料を広げたりしまったりするのがラクで、快適だそう(写真提供/ニッカホーム)

一方で倉庫や物置タイプのタイニーハウスも、「大きめの物置が欲しいけれど、景観は崩したくない」という人からの需要があるという。

「果樹園を持っている東郷町のお客さまは、敷地内に果実の出荷準備に使う小屋をつくり、エアコンを完備して休憩所としても使っています。また、ガーデニングがご趣味の名古屋市のお客さま(Sさん)は、手入れされたお庭になじむような小屋を希望され、庭先にログハウス風のタイニーハウスをつくりました」

用途こそ、日本に昔からある「小屋」の典型だが、デザイン性や快適性を高めることで、庭の雰囲気とマッチした現代的な空間をつくることができる。

庭の景観になじませた、名古屋市Sさんのログハウス風の小屋。夜はライトアップにより幻想的になり、毎日がキャンプ場で過ごしている気分に(写真提供/ニッカホーム)

庭の景観になじませた、名古屋市Sさんのログハウス風の小屋。夜はライトアップにより幻想的になり、毎日がキャンプ場で過ごしている気分に(写真提供/ニッカホーム)

インテリアも統一感を出したSさんの小屋。室内も山小屋の雰囲気たっぷり(写真提供/ニッカホーム)

インテリアも統一感を出したSさんの小屋。室内も山小屋の雰囲気たっぷり(写真提供/ニッカホーム)

間口が狭い名古屋の住宅地でフルオーダーが活躍

当初はテレワークのための需要を見込んでいたが、製造業に従事する人も多い愛知エリアでは、完全なテレワークに移行した人は少ない印象だそう。

「お客さまのお話では、出社と自宅勤務のハイブリッド型の方が多いようです。自宅勤務OKという日に、自由に使うことができ、すぐに仕事に取り掛かることができるスペースとしての小屋が望まれているのでしょうね」

在宅ワークが増えたので小屋をつくった名古屋市Hさん。メンテナンスのことを考えて、外壁はガルバリウム鋼板に(写真提供/ニッカホーム)

在宅ワークが増えたので小屋をつくった名古屋市Hさん。メンテナンスのことを考えて、外壁はガルバリウム鋼板に(写真提供/ニッカホーム)

デスクワーク中に外からの視線を気にせず、庭の木々が眺められるように、窓の配置にこだわった(写真提供/ニッカホーム)

デスクワーク中に外からの視線を気にせず、庭の木々が眺められるように、窓の配置にこだわった(写真提供/ニッカホーム)

他にも、地域性が現れるようなニーズはあるのだろうか。
「名古屋市内は特に、敷地や間口が狭い住宅地が多いので、規格化された小屋はうまく建てられず、フルオーダーに需要があるのでは。愛知県内でも郊外部ではなく名古屋市内に小屋専門の展示場があるのは意外かもしれませんが、実際には市内でも市外でも、小屋が欲しい人はつくるものです。これまでどのような土地でも、建蔽率や容積率の許容範囲で、ご要望にお応えできています。現在のところは、一戸建てで土地にゆとりがあるお客さまが多く、県内では名古屋市のほか、日進市や刈谷市、豊田市や常滑市などの方がいらっしゃいます」

「タイプD 採光豊かな明るい小部屋」はトレンドのスクエア型が目を引く約3.1帖(5.1平米)。外壁材は、正面は天然木の板張りでも、残り三方向はサイディングにすることでメンテナンスをラクに(写真撮影/本美安浩)

「タイプD 採光豊かな明るい小部屋」はトレンドのスクエア型が目を引く約3.1帖(5.1平米)。外壁材は、正面は天然木の板張りでも、残り三方向はサイディングにすることでメンテナンスをラクに(写真撮影/本美安浩)

約3.1帖(5.1平米)と小さめの「タイプD」にエアコンなどを整備すれば、個室が必要になった子どもの部屋としてもおすすめだそう。また、大きめの約6帖(9.9平米)にしてショップとして使うケースも(写真撮影/本美安浩)

約 3.1帖(5.1平米)と小さめの「タイプD」にエアコンなどを整備すれば、個室が必要になった子どもの部屋としてもおすすめだそう。また、大きめの約6帖(9.9平米)にしてショップとして使うケースも(写真撮影/本美安浩)

郊外では二世帯や三世帯で住む家庭も多く、タイニーハウスを介護に利用する人も。
「あるお客さまは、親御さんの介護のために、自宅リビングとデッキで繋げた、離れのタイニーハウスをつくりました。普段は介護施設で暮らす親御さんが一時帰宅した際、離れのタイニーハウスで過ごしてもらうことで、リビングと裸足で行き来してもらいながら、お互いのプライバシーも確保できます。『介護のために二世帯住宅へ建て替える』となると大掛かりですが、小屋を建てるのであれば、比較的手軽にスペースを増やすことができますし、親御さんが使わない時はほかの家族も利用しやすいと好評です」

また、両親や祖父母から相続した土地など、自宅から離れた場所にタイニーハウスを建てて活用する事例も増えているという。
「名古屋市に住む人が、祖父母さまから譲り受けた三重県の土地に小屋を建てるなど、ちょっとした別荘感覚で、時々羽を伸ばせる場所を持つというケースが見受けられます」

事例1:仕事に趣味に、「おうち時間」が大きく変化(名古屋市西区・Tさん)

それでは、実際にタイニーハウスを建てた人の事例をご紹介しよう。
名古屋市西区・Tさん
50代・女性 2021年6月完成 工期約1か月 費用約130万円+建築確認申請費用(約5帖8.2平米)

庭の敷地内にある縦長のスペースを活かして設計(写真提供/ニッカホーム)

庭の敷地内にある縦長のスペースを活かして設計(写真提供/ニッカホーム)

――小屋をつくったきっかけは?
会社でテレワークがOKになったものの、新築の際、自分の書斎をつくっていませんでした。それまでは寝室にあるデスクで仕事をしていたのですが、生活にメリハリがつけにくく、机が小さいこともストレスだったので、思い切って、縦長にスペースが空いていた自宅の庭に、小屋を施工することにしました。

室内は、北欧などの小部屋をイメージして水色の塗装を採用(写真提供/ニッカホーム)

室内は、北欧などの小部屋をイメージして水色の塗装を採用(写真提供/ニッカホーム)

自宅の空き地を利用して、自由な設計の小屋ができそうだったので、お願いしました。また、展示場があり実際の小屋の仕上がりを現地で確認できることで、完成のイメージに近づけやすいと思ったからです。

――何を意識してデザインしましたか
この別棟は自分の空間なので好きにやろうと、アート作家のアトリエや、海外の雑誌にでてくる部屋などの自由な色使いを意識しました。北欧、あるいはスペインの小部屋を意識して、デザイナーさんにその旨を伝えました。採光とアクセントを兼ねた横長の窓をご提案いただき、採用しました。
 
――工夫したところは?
天井に傾斜をつけて、より広く感じられるようにしました。また、収納スペースがないので、壁に棚を付けて利用しています。

――現在、どのように使用していますか?
今は在宅ワークがほぼなくなったので、オンラインで始めたヨガなどに週に2、3回は使っています。やはり自分だけの空間は落ち着くので、読書をしたり、好きな音楽を聴いたりするのもここで。友人から頼まれる仕事もあるので、それに打ち込むこともあります。

仕事や趣味に打ち込むTさん。造作デスクの前におしゃれな有孔ボードを設置(写真提供/ニッカホーム)

仕事や趣味に打ち込むTさん。造作デスクの前におしゃれな有孔ボードを設置(写真提供/ニッカホーム)

――タイニーハウスができてから、一番生活が変わった点は?
仕事や趣味に集中しやすくなり、あまりカフェに行かなくなりました。好きな小物を配置するなど、おうち時間を楽しめるようになったと思います。すごく近い別荘みたいな感覚です。

窓際などに好みの小物をディスプレイしている(写真提供/ニッカホーム)

窓際などに好みの小物をディスプレイしている(写真提供/ニッカホーム)

――今後はどのように使用したいですか?
自分専用のオフィスとして充実させたいです。立地の条件が合えば小さなショップを開いても面白いなと思います。

入り口ドアのそばにグリーンを飾って可愛らしく(写真提供/ニッカホーム)

入り口ドアのそばにグリーンを飾って可愛らしく(写真提供/ニッカホーム)

事例2:アウトドアライフが日常になる、庭のシンボル(名古屋市名東区・Sさん)

名古屋市名東区・Sさん
50代・夫婦 2021年9月完成 工期約1か月(約4.2帖6.9平米)

――小屋をつくったきっかけは?
自宅の広い庭をきれいにしたいという気持ちがあり、そのシンボルになるような小屋を建てたいと思っていました。

外観と、広めのウッドデッキはSさんが自身で塗装。プロ顔負けの仕上がりに(写真提供/ニッカホーム)

外観と、広めのウッドデッキはSさんが自身で塗装。プロ顔負けの仕上がりに(写真提供/ニッカホーム)

二ッカタイニーズパークを見学した時に、展示してあった小屋に山小屋風のものがあり、イメージにピッタリだったので、そちらを参考にしました。希望通り、山小屋風で4.2帖のL字型の小屋ができました。

断熱材を入れなかったものの、ストーブがあれば冬もそれほど寒くないという(写真提供/ニッカホーム)

断熱材を入れなかったものの、ストーブがあれば冬もそれほど寒くないという(写真提供/ニッカホーム)

――デザインのポイントは?
外装は杉板張りで、天然の杉板を一枚一枚、鎧張りにしてもらったこと。内装の仕上げ材も杉板で、とても気に入っています。また、自宅にしまったままになっていたステンドグラスを使ってもらいました。

自宅に保管していたステンドグラスを活用。自由設計のいいところ(写真提供/ニッカホーム)

自宅に保管していたステンドグラスを活用。自由設計のいいところ(写真提供/ニッカホーム)

――大変だったところは?
外観と、大きめのウッドデッキの塗装を自分でやってみました。高いところは気を付けながら作業しました。

――現在、どのように使用していますか?
仕事から帰宅後、夕飯までの間をここで過ごしています。音楽を聴きながら読書をしたり、お茶を飲んだりと、ゆったり過ごしています。

――タイニーハウスができてから、一番生活が変わった点は?
夫婦で庭の手入れをする時間が増えました。

玄関・廊下・居室で構成されたL字型の小屋。玄関にはタイルを配した(写真提供/ニッカホーム)

玄関・廊下・居室で構成されたL字型の小屋。玄関にはタイルを配した(写真提供/ニッカホーム)

――今後はどのように使用したいですか?
キャンプ用品を置けるように、少しずつ手を加えていきたいです。

小物選びに、自然を愛するSさんのセンスが光る(写真提供/ニッカホーム)

小物選びに、自然を愛するSさんのセンスが光る(写真提供/ニッカホーム)

確かに最近、住宅の敷地内の小屋で開業したヘアサロンや焼菓子店などを見かける。

「今後も、自宅で自分らしいお店を開業したいという人は増えるのでは。自由設計で低コスト、工期も早いタイニーハウスの存在が、そういった方たちをサポートできるのではないかと思います」と奥園さんは話した。

お店を持つ以外でも、ワークスペースや趣味のスペースにと、タイニーハウスの活用方法はアイデア次第で自由自在に。タイニーハウス(小屋)を自宅の1室や離れのように考えると、住まい方への可能性もグッと広がっていきそうだ。

●取材協力
ニッカタイニーズパーク

タイニーハウスに一家4人で暮らし、エゾシカを狩る。ハンター兼大工の長谷耕平さんの日常 北海道池田町

北海道池田町で暮らす長谷耕平さんは、タイニーハウスビルダーであり、ハンター、そしてエゾシカの食肉販売や革製品の販売などさまざまな顔を持つ。拠点としているのは60坪のD型倉庫(※)。中にはギャラリーや作業場があり、一家が暮らすタイニーハウスもある。
なぜ、池田町に移住し、タイニーハウスという小さな空間で暮らし、ハンターとしても活動するのか? つねに自然の循環の中に自身の暮らしがあるという長谷さんの眼差しは、私たちの生き方や子育てを見つめなおすきっかけになるかもしれない。

※Dの文字を横にしたような地上部分からドーム型になっている建物。地上部に垂直の壁があって、その上部がドーム型になっているDH型、RH型などの形状もあり開口部が広いことから倉庫などさまざまな用途として使われている

毎日がキャンプ!? 移動できる住まいをつくって

十勝ワインの産地として知られる池田町は、十勝平野の中にある人口約6300人の小さな街。この街の畑作地帯にある、かまぼこの形状をしたD型倉庫に長谷さん一家は暮らしている。

倉庫は池田高等学校に隣接。高校のゲストとして呼ばれ夫婦で授業をすることも(撮影/岩崎量示)

倉庫は池田高等学校に隣接。高校のゲストとして呼ばれ夫婦で授業をすることも(撮影/岩崎量示)

敷地は240坪。倉庫は自らリフォーム。正面は板材を張って仕上げた(撮影/岩崎量示)

敷地は240坪。倉庫は自らリフォーム。正面は板材を張って仕上げた(撮影/岩崎量示)

倉庫の奥行きは20m以上と広く、入って右手には靴やカバンなどの革製品が並べられたギャラリー、左手にはシカ肉の保管庫、奥には事務所、作業場、そしてタイニーハウスと子ども部屋。さらに倉庫の裏手にはコンテナを利用した客室もあった。
2018年に知人の紹介でD型倉庫を購入。大工としても活動をする長谷さんがコツコツと改修を進め、翌年にギャラリーをオープンさせた。この建物は、もとは高校の野球部の屋内練習場として建てられ、その後、羊の飼育が行われていたという。

倉庫の区画は壁で仕切っていないため、ギャラリーやタイニーハウスビルダーとしての作業場などが一望できる(撮影/岩崎量示)

倉庫の区画は壁で仕切っていないため、ギャラリーやタイニーハウスビルダーとしての作業場などが一望できる(撮影/岩崎量示)

居住空間となっているタイニーハウス。土台には車輪がついており牽引車で移動可能(撮影/岩崎量示)

居住空間となっているタイニーハウス。土台には車輪がついており牽引車で移動可能(撮影/岩崎量示)

倉庫の中でひときわ存在感があるのは建物の中にある建物、タイニーハウスを利用したワンルームほどの広さの居住空間だ。
「タイニーハウスは仮住まいのためにつくったんです。土地を探していずれ本邸を建てようという計画があって。移動可能だから本邸を建設しながら、その脇で暮らすこともできると考えました」(長谷さん)

入り口近くにあるキッチンには、コンパクトに機能を集中させている。寝室はロフト。収納が少ないため登っていくハシゴのステップを引き出しにするなど随所に細かな工夫がある。

キッチンの奥がロフト。1階部分が18平米、ロフトは5平米。ご近所の農家さんたち20世帯ほどが共同で山の湧水を引っ張ってきている小規模な水道組合があり、年額5,000円で水を使い放題なのだとか。その水をトレーラー設置部下まで配管して、一度小型のろ過機を通してから生活用水として利用(撮影/岩崎量示)

キッチンの奥がロフト。1階部分が18平米、ロフトは5平米。ご近所の農家さんたち20世帯ほどが共同で山の湧水を引っ張ってきている小規模な水道組合があり、年額5,000円で水を使い放題なのだとか。その水をトレーラー設置部下まで配管して、一度小型のろ過機を通してから生活用水として利用(撮影/岩崎量示)

そしてもっとも目を惹くのは中央に位置している、エゾシカの革を8頭分使ったというソファ。子どもたちの遊び場にもなっているようで、使い込んで良い味が出てきていると長谷さんは微笑む。

ロフトの下がリビング。スペースがコンパクトにまとめられている(撮影/岩崎量示)

ロフトの下がリビング。スペースがコンパクトにまとめられている(撮影/岩崎量示)

ワンルームほどの空間ではあるが、トイレもユニットバスも完備。排水は、倉庫の目の前の道路に町の下水道が通っているため、トレーラー設置部下まで配管し、接続している(撮影/岩崎量示)

ワンルームほどの空間ではあるが、トイレもユニットバスも完備。排水は、倉庫の目の前の道路に町の下水道が通っているため、トレーラー設置部下まで配管し、接続している(撮影/岩崎量示)

一家は、妻の真澄さんと、長男の李咲(りく)君、次男の掌(しょう)君の4人家族。本邸を建てる候補の土地はまだ見つかっていないそうで、この4月で丸4年、タイニーハウスに思いがけず長く住むことになった。倉庫内には、タイニーハウスとは別に入り切らない荷物を収納するスペースがあり、子どもの成長に合わせて部屋を増設したりも。

「居住空間が狭いと家事がやりにくかったりしますが、子どもたちは楽しそうにしています。友人が来ると『毎日がキャンプみたいだね』って、ワクワクしてもらえるのはうれしいですね(笑)」(真澄さん)

倉庫内に増設した子ども部屋。広さは10平米、その上にあるロフトは16平米(撮影/岩崎量示)

倉庫内に増設した子ども部屋。広さは10平米、その上にあるロフトは16平米(撮影/岩崎量示)

子ども部屋の寝室はロフトに設けた。これまで仕事で建ててきた現場の廃材を利用(撮影/岩崎量示)

子ども部屋の寝室はロフトに設けた。これまで仕事で建ててきた現場の廃材を利用(撮影/岩崎量示)

(撮影/岩崎量示)

(撮影/岩崎量示)

住まいとしてつくったタイニーハウスは、キッチンだけでなくバスもトイレもあり、人件費を除いた材料費や設備費を合わせると530万円ほど。池田町は厳冬期にはマイナス20度を下回ることもあるが、床暖房の設備があって快適だという。

「小さな家は材料が少量でいいので、質の高い木材を使うことができますね。また暖房費の節約にもなります」(長谷さん)

大学を出てから沖縄、群馬で暮らし、地域おこし協力隊として北海道へ

長谷さんは東京出身で、出身大学は上智大学の法学部。大学卒業後に沖縄のやんばる地域にある自給自足の暮らしを行う牧場で2年間を過ごした。卒業したらすぐに就職、そんな流れとは違う可能性があるのではないかと思ったからという。馬やヤギとともに暮らし、家を建てるのも自分たちの手で行っていた。沖縄で暮らす中で、やがては建築の仕事を深めてみたいと思うようになった。
兵庫出身の真澄さんとは、この牧場で開かれたイベントで知り合い、それがきっかけとなって、その後に結婚したという。

左は妻の真澄さん、右は長谷さん(撮影/岩崎量示)

左は妻の真澄さん、右は長谷さん(撮影/岩崎量示)

長谷さんが大工の修行をしたいと選んだ場所は群馬。地元の材を活かすログハウスメーカーで5年間働き、長男を授かったタイミングで独立することにした。
「大学時代にバックパッカーとしてアフリカやアジアなどさまざまな場所に行きました。中でも星野道夫(写真家、1952-1996)さんの本に影響を受けて、アラスカを2カ月かけて縦断したこともありました。そんな経験から北での暮らしをしてみたいと思うようになって」(長谷さん)

長谷さんは新天地を探すため移住関連のイベントに足を運ぶようになった。イベントで池田町の人々とつながり、エゾシカの解体処理施設の新設にあたり、そこで働く地域おこし協力隊を募集していることを知った。
「自給自足に関心があり、その中で狩猟はいずれ経験したいと思っていました」(長谷さん)

2016年に池田町に移住。エゾシカの解体処理施設の運営とともに、ハンターとしても活動を開始した。

ギャラリースペースに展示されていたシカの角(撮影/岩崎量示)

ギャラリースペースに展示されていたシカの角(撮影/岩崎量示)

自然の恵みである木を活かすログハウスビルダーとしての活動

移住後、エゾシカに関わる活動とともに、大工としても長谷さんは事業を展開。ギャラリーの奥にあるタイニーハウスは、自宅ではあるがモデルハウスの機能も兼ねており、「木耕」という名で、ログハウスや小屋、家具の制作を受注している。

倉庫の裏手にあるコンテナを利用した客室。広さは8平米。本州の大工仲間に仕事を手伝ってもらうこともあるそうで、滞在場所としても利用(撮影/岩崎量示)

倉庫の裏手にあるコンテナを利用した客室。広さは8平米。本州の大工仲間に仕事を手伝ってもらうこともあるそうで、滞在場所としても利用(撮影/岩崎量示)

最近、受注が多いのはJR貨物のコンテナを利用したサウナ。上士幌町の十勝しんむら牧場のミルクサウナなど、これまで3台を制作してきた。3.6×2.5mという小さな空間は、施主によって求める要素はさまざま。コストを抑えれば200万円ほどでもできるし、要望を盛り込んでいけば400万円ほどかかることもあるそうだ。

長谷さんが大工としてこだわっているのは、木という命を無駄にせず暮らしに活かすこと。道内の木材の多くが、バイオマスの燃料やパルプ材となってしまう現状の中で、新たな価値を与えようとしている。

昨夏、取り組んだコンテナサウナは「北欧のスモークサウナ」をイメージしてほしいと依頼を受けたという。
そこで、地元のカラマツを板にし、荒々しい木肌のまま内装材として使用。「カラマツは元々とてもクセが強く、建築材としてはかなり嫌がられる存在ですが、そのクセを鉄のフレームで力ずくで抑え込んだ力作」だという。
鉄のフレームは自身で溶接し、カラマツはすすで黒ずんだ雰囲気を醸し出すような塗装を施した。

JRコンテナを利用。真っ黒に塗装して仕上げた(写真提供/長谷さん)

JRコンテナを利用。真っ黒に塗装して仕上げた(写真提供/長谷さん)

コンテナの内部。「北欧のスモークサウナ」がテーマ(写真提供/長谷さん)

コンテナの内部。「北欧のスモークサウナ」がテーマ(写真提供/長谷さん)

エゾシカの命をいただくことに感謝し、それを糧にする

移住してから始めたエゾシカの解体処理施設の運営および、ハンターとしての活動は、自然の循環と生と死というものを深く見つめる契機となった。
「うまく利活用されず、廃棄されてしまう頭数の多さに衝撃を受けました」(長谷さん)
エゾシカの生息数は、この30年で急増。現在は減少傾向となっているが、農産物の食害は後を絶たない。そのため町内だけでも、年間600頭が捕獲されているという。

シカ肉の保管庫(撮影/岩崎量示)

シカ肉の保管庫(撮影/岩崎量示)

倉庫内のギャラリースペース。地域おこし協力隊の任期が終わってすぐにオープンさせた(撮影/岩崎量示)

倉庫内のギャラリースペース。地域おこし協力隊の任期が終わってすぐにオープンさせた(撮影/岩崎量示)

「捕ったからには無駄にしたくない」と、シカの「皮」を「革」として甦らせるための活動をスタートさせた。「皮」とは動物の皮膚である状態。それらを鞣(なめ)すことで素材としての「革」となる。
長谷さんは、この鞣を姫路の工房に依頼するとともに、自らも挑戦している。

シカ皮を塩漬けにして保管。倉庫の外にある革鞣(なめ)しの作業場(撮影/岩崎量示)

シカ皮を塩漬けにして保管。倉庫の外にある革鞣(なめ)しの作業場(撮影/岩崎量示)

「鞣(なめし)の方法は1000年以上変わらない原始的なものなんです」(長谷さん)
倉庫の裏手には革鞣しの作業場がある。タンニンが含まれる樹皮や果皮を入れた樽に、下処理を施した皮を半年以上漬け込む。皮に含まれるコラーゲン成分とタンニンとが結合することによって、腐敗のない安定した素材になるのだという。
個人で鞣(なめし)をし、それを「革」という製品にするには、果てしない困難があるというが、その一つ一つをクリアできるように長谷さんは実験を重ねている。

長谷さんがつくった樹皮や果皮を入れた樽(写真提供/長谷さん)

長谷さんがつくった樹皮や果皮を入れた樽(写真提供/長谷さん)

昨年トライしたのは、近隣から譲り受けたブドウの搾りカスと町内で伐採されたミズナラ、カシワの樹皮を、町のワイン事業で使い古された樽で、皮と一緒に漬け込むというもの。
「山で命をいただき、その同じ山にあるもので丹念に鞣(なめ)し上げたこの革は、僕にとって伝えきれないほどの物語性に満ちている」と長谷さんは感じた。

鞣(なめ)しの作業(撮影/岩崎量示) 

鞣(なめ)しの作業(撮影/岩崎量示) 

薪の上に鞣した革が置かれていた。スキンだけでなくファーの状態のものも(撮影/岩崎量示)

薪の上に鞣した革が置かれていた。スキンだけでなくファーの状態のものも(撮影/岩崎量示)

多くの工程を経て革となった素材は、信頼を寄せる革職人へとわたり、靴やカバン、家具へと変身を遂げていく。
製品には、シカの年齢、性別、捕獲日時とともに捕獲した場所のマッピング情報が添えられている。

長谷さんの作品を購入すると、シカの個体情報を記したカードが添えられている(撮影/岩崎量示)

長谷さんの作品を購入すると、シカの個体情報を記したカードが添えられている(撮影/岩崎量示)

単なる物ではなく、一つの命が生きた証を人々の記憶に残し、それが未来へとつながっていったら。こうした思いを伝えることは、日々、命の現場に身を置くものとしての使命だと長谷さんは考えている。

ギャラリーに展示された靴。オーダーメイドも受け付けている。ふるさと納税の返礼品としても取り扱いがある(撮影/岩崎量示)

ギャラリーに展示された靴。オーダーメイドも受け付けている。ふるさと納税の返礼品としても取り扱いがある(撮影/岩崎量示)

「先日、息子のランドセルをつくりました。シカ撃ちから一緒に行って、仕留めたシカに手を合わせ『ありがとう、いただきます』と息子が言いました。目の前にあるものの背景にはたくさんの命や大いなるつながりがあることに、少しずつ想像が働いてほしいなと思っています」(長谷さん)

長男のランドセル(撮影/岩崎量示)

長男のランドセル(撮影/岩崎量示)

長谷さんは現在、3つの事業を、それぞれ屋号をつけて運営している。大工部門が「木耕」、革製品販売部門が「EZO LEATHER WORKS」、シカ肉の販売部門が「鹿肉屋」。
生計の内訳は、エゾシカ関連の事業とタイニーハウスビルダーとしての事業で半々ほどだという。ちなみに狩猟については、有害鳥獣駆除期(4月1日~10月23日)に限り、1頭捕獲につき1万9000円が支払われるという(自治体により期間・金額ともに変わる)。
そのどれにも濃くて深いストーリーがあって、一人の人間がやっているのかと思うと驚きを隠せない。
特に大工とシカ関連事業は、それぞれ独立した活動のように見えるが、「すべてはつながっている」と長谷さんは感じている。

狩猟を通じて、自然の循環の中に自分の生活があるという実感が高まり、また大工仕事も、木材を使うという自然の恩恵の中で成立している。それは自給自足に興味を抱き沖縄へと向かったころから変わらぬ軸といえるのかもしれない。
職業や業種の枠を超えた活動は、これからさらに有機的につながっていくのだろう。
自然とともにある新しい暮らしを切り開く挑戦は続いていく。

●取材協力
EZO LEATHER WORKS
木耕
鹿肉屋

大人の秘密基地「小屋」の奥深き世界。雑誌『小屋』編集長が選んだときめく小屋10選! ガレージ・趣味部屋・菓子店など

『小屋 ちいさな家の豊かな暮らし』。誌面まるごと「小屋」に特化したムック本があるのをご存知でしょうか。誌面では日本各地のさまざまな小屋とその暮らしぶりを紹介しているほか、海外の小屋事例、販売されている小屋カタログまで充実しています。今、タイニーハウス(小屋)の暮らしや活用が注目を集めていますが、日本のみならず海外の小屋を取材してきた『小屋』編集長から見た小屋の最新事情とその魅力について改めて聞いてみました。最高にワクワクする小屋ライフと、誌面づくりの裏側に迫ります。

コンテナハウスからツリーハウスまで! 個性あふれる小屋が登場『小屋』(徳間書店 刊)

『小屋』(徳間書店 刊)

最近では、無印良品や住宅メーカー各社が参入したり、愛用者が増えたりして、盛り上がっている感のある小屋。ですが、ムック『小屋 ちいさな家の豊かな暮らし(以下、小屋)』(徳間書店 刊)は約5年前から小屋の最前線を追い続けています。『小屋』は年2回刊行の小屋専門のムック本(雑誌と本(BOOK)の間の発行物)で、最新のvol .7は120Pほど、日本各地のさまざまな小屋の事例、世界各地の個性的な小屋、最新小屋カタログで構成されています。小屋の暮らし方、バリエーションも豊富で、コンテナハウスもあれば電力に接続していないオフグリッド小屋、材料に合わせてセルフビルドした小屋……と「こんなに家があるの!?」と思わず読み込んでしまう内容。聞いてみたいことは山ほどありますが、まずは編集長の秋元一利さんに創刊のきっかけを聞いてみました。

「そもそも、ユニークな小屋ビルダー『カントリータウンアンドカンパニー』の伊勢崎展示場(群馬県)を訪れたのがきっかけでした。この展示場は、小屋の村というか、絵本に出てくるような小屋が複数並んでいるんです。しかも、社員一人ひとりに専用の小屋が与えられ、そこで仕事をするという使われ方をしていて、すごく印象に残っていて。

秋元さんが衝撃を受けた「カントリータウンアンドカンパニー」の伊勢崎展示場(写真提供/秋元さん)

秋元さんが衝撃を受けた「カントリータウンアンドカンパニー」の伊勢崎展示場(写真提供/秋元さん)

カルフォルニアのカーカルチャーを伝える雑誌『Cal』の2017年3月号で小屋特集を実施したんですが、すごく反響もよくて、ムック『小屋』として年2回の定期発行をスタートしたんです」と言います。2023年現在は、春発行の『小屋』vol.8を製作中。本屋はもちろん、コンビニでも販売しています。

取材件数は年間30件。取材交渉から撮影、原稿、編集まで1人で担当

秋元さん自身は、雑誌『Daytona』などの編集長を経て、現在はカルフォルニアのカーカルチャーを伝える『Cal』の編集長という経歴の持ち主です。そのため、車だけでなく、ガレージハウスや住まい、建築にも造形が深く、ハワイの住まいを取り上げたり、アメリカのフランク・ロイド・ライト邸を取材訪問したこともあるそう。

秋元さんが制作してきた雑誌。『Cal』ほか、キャンプグッズを扱う『CAMP』など、「秋元さんの興味のあることばかり」扱ってきたそう(写真提供/秋元さん)

秋元さんが制作してきた雑誌。『Cal』ほか、キャンプグッズを扱う『CAMP』など、「秋元さんの興味のあることばかり」扱ってきたそう(写真提供/秋元さん)

「フランク・ロイド・ライトのプレイリースタイル、ユーソニアンハウスなどをまとめて、世界遺産8作品をまとめたムックも発行しました」と言い、インテリアや建築に知識があったことも『小屋』創刊の後押しになったようです。

フランク・ロイド・ライトやハワイといった住まいやインテリアのムックも制作(写真提供/秋元さん)

フランク・ロイド・ライトやハワイといった住まいやインテリアのムックも制作(写真提供/秋元さん)

「車も好きでよく取材をするんですが、車は乗っている人の価値観やライフスタイルがその車の見た目や様子と必ずしも一致しません。車にはお金や手間をかけるのに私生活は全く無頓着なんて人も大勢います。一方、住まい、家・小屋はオーナーの人物像、ライフスタイルそのものが表れる。普通では足を踏み入れられない究極のプライベートゾーンに入っていけるのがおもしろいですね」と小屋の魅力を語ります。

ムック『小屋』の制作のため、年間約30棟の小屋を撮影と取材、執筆する秋元さん。誌面制作の場合、取材・執筆担当のライター、撮影担当のカメラマン、場合によっては編集者の2~3人で行うのが一般的ですが、なんと秋元さん1人で誌面制作を行っているというから驚きです。

「もともと30年前から撮影・記事制作までひとりでやってきました。コロナが流行する前は海外を中心に年間50~60軒の住宅を取材しましたね。2022年11月からは久しぶりにアメリカ取材を再開し、アイクラーホーム(ジョゼフ・アイクラーが1950年前後からカリフォルニアで開発・販売していた住宅)を訪問しました。写真撮影も好きですし、稼働が私だけなら他のスタッフの経費がかからないので、滞在費が減らせますし、他のスタッフとのスケジュール調整もいらないといった点が大きいですね。雨天順延になることもザラなので、自分ひとりだと気軽なんです」とさらりと語ります。

秋元さんが取材した米国のビンテージ住宅・アイクラーホーム(写真提供/秋元さん)

秋元さんが取材した米国のビンテージ住宅・アイクラーホーム(写真提供/秋元さん)

「僕は太っているので、小さい小屋に入って撮影するのが大変ということはあります(笑)。事例は当初は小屋のハウスメーカーさんからご紹介いただくこともありましたが、今はSNSで探したり、オーナーさんから取材してほしいと依頼がきたり。事例として紹介するのは、北海道や九州が多いですね。小屋と自然の調和を考えると、どうしてもこの二地方が多くなります」(秋元さん)

小屋はどう使われていてる? 傾向やタイプは?

さまざまな小屋がありますが、傾向やタイプの違いはあるのでしょうか。

「住宅・住居と違い、『小屋』は建築する理由が明白なんです。家よりもいっそうオーナーのライフスタイルが小屋に表れますね。そのうち半分くらいは、趣味のなかでも『道楽』タイプ。男性に多いような気がします。ガレージや釣り、アウトドアの趣味のスペースといえばイメージしやすいと思います。DIYで小屋を建てることそのものが目的だったり、楽しみだったりするのもこのケースです」(秋元さん)

誌面ではガーデニングやアウトドア料理、大型遊具と併設、雑貨やモデルカーをディスプレーなど、さまざまな使い方がされていて、小屋があることで、人生を満喫している人がこれでもかと紹介されています。

ガレージハウス。こもってバイクのメンテナンスをしたりと、趣味に没頭できる空間に(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス。こもってバイクのメンテナンスをしたりと、趣味に没頭できる空間に(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス内の様子(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス内の様子(写真提供/秋元さん)

アウトドア好きのオーナーが建てた小屋。キャンプグッズ、DIYグッズを収納し、身近でアウトドアライフを楽しめるように(写真提供/秋元さん)

アウトドア好きのオーナーが建てた小屋。キャンプグッズ、DIYグッズを収納し、身近でアウトドアライフを楽しめるように(写真提供/秋元さん)

道楽タイプの小屋ラバーは、バイクや車、キャンプ、自転車好きが多い印象(写真提供/秋元さん)

道楽タイプの小屋ラバーは、バイクや車、キャンプ、自転車好きが多い印象(写真提供/秋元さん)

では、もう半分は?
「もう半分は趣味といっても、『収益』タイプ。女性に多いんですが、雑貨やカフェなどのお店をする、アーティストがアトリエにするというような趣味と実益を兼ねたパターンです。小屋を建てることそのものに興味はあまりなくて、その小屋で何をするかということを重視している人が多いですね。なので、建てることは施工会社にお任せするという人が多いようです」(秋元さん)

小屋で夢を叶え、お店を始めたケース。パン屋や本屋、雑貨屋、ハンドメイド、ペットショップなど、業種はさまざま(写真提供/秋元さん)

小屋で夢を叶え、お店を始めたケース。パン屋や本屋、雑貨屋、ハンドメイド、ペットショップなど、業種はさまざま(写真提供/秋元さん)

店内の様子(写真提供/秋元さん)

店内の様子(写真提供/秋元さん)

自宅のある敷地内につくったジュエリー作家のアトリエ。電話や来客などに妨げられず、集中できる(写真提供/秋元さん)

自宅のある敷地内につくったジュエリー作家のアトリエ。電話や来客などに妨げられず、集中できる(写真提供/秋元さん)

群馬県下の住宅街で、自宅敷地にて小屋を使って営業している焼き菓子のお店(写真提供/秋元さん)

群馬県下の住宅街で、自宅敷地にて小屋を使って営業している焼き菓子のお店(写真提供/秋元さん)

なるほど、小屋一つとっても、使われ方のタイプとして、完全な趣味か/収益を兼ねてか、という違いがあるのは興味深いですね。

今まで200軒近い小屋を取材したなかで、印象的な小屋はこれだ!

では、今まで多数取材してきた小屋のなかでも、特に印象に残っている小屋の実例を3つほど教えていただけますでしょうか。
「最新号の2つなのですが、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳と、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山は印象に残っていますね」(秋元さん)

7号の表紙にもなっている、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳。外壁をあえてずらして鎧張り、一部、廃材を利用して建てています(写真提供/秋元さん)

7号の表紙にもなっている、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳。外壁をあえてずらして鎧張り、一部、廃材を利用して建てています(写真提供/秋元さん)

10平米とコンパクトながら、内装は本格的。冬は寒さが厳しい八ヶ岳にあるため断熱材には高性能グラスウールを使用し、杉板を張って仕上げている(写真提供/秋元さん)

10平米とコンパクトながら、内装は本格的。冬は寒さが厳しい八ヶ岳にあるため断熱材には高性能グラスウールを使用し、杉板を張って仕上げている(写真提供/秋元さん)

こちらも7号で登場した、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山。手動で開閉できるコンテナを真正面から見たところ(写真提供/秋元さん)

こちらも7号で登場した、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山。手動で開閉できるコンテナを真正面から見たところ(写真提供/秋元さん)

もとはアルミ製のウイング式コンテナを再利用。パネルがひらくと、下半分がウッドデッキになり、上半分は軒になる(写真提供/秋元さん)

もとはアルミ製のウイング式コンテナを再利用。パネルがひらくと、下半分がウッドデッキになり、上半分は軒になる(写真提供/秋元さん)

「絵本に出てくるような家@三重も素敵でした。絵本や暮らしにまつわる書籍、雑貨や食品を販売しています。すこしタイプは異なりますが、ヒヤシンスハウスも印象的です。詩人で建築家の立原道造の設計図をもとに、若くして亡くなった彼の思いを汲んで60年後に有志たちが建築実現した小屋なんですが、味わい深く、今にも通じるすばらしい小屋でした」(秋元さん)

絵本に出てくるような小屋@三重。扉をあけたら動物がひょっこり出てきそう。ふっかふかのカステラが食べたいな(写真提供/秋元さん)

絵本に出てくるような小屋@三重。扉をあけたら動物がひょっこり出てきそう。ふっかふかのカステラが食べたいな(写真提供/秋元さん)

小屋のなかには雑誌や食品などを販売。おとぎ話のような空間(写真提供/秋元さん)

小屋のなかには雑誌や食品などを販売。おとぎ話のような空間(写真提供/秋元さん)

埼玉県さいたま市にあるヒヤシンスハウス。埼玉県さいたま市別所沼公園内にあります。一方に寄せた「片流れ屋根」が目印です(写真提供/秋元さん)

埼玉県さいたま市にあるヒヤシンスハウス。埼玉県さいたま市別所沼公園内にあります。一方に寄せた「片流れ屋根」が目印です(写真提供/秋元さん)

建築家・詩人の立原道造が残したスケッチをもとに、建築家たちの助力もあって再現されました(写真提供/秋元さん)

建築家・詩人の立原道造が残したスケッチをもとに、建築家たちの助力もあって再現されました(写真提供/秋元さん)

メーカーも参入。建物代は予算50万~、1週間で完成。注意点は?

人気の価格帯や工期の目安、サイズなどはあるのでしょうか。

「今、小屋に参入しているメーカーは、小屋専業ではなくて、本業に住宅建築があり、そのノウハウを使って小屋をはじめる、ということが多いように思います。小屋が注目されていることもあり、木材があらかじめ加工してあり、組み立てるだけの『キットハウス』も増えていますね。誌面で人気があるのは、基礎や水回りなどの単純な建物代だけなら予算50万円ほど、工期は基礎をのぞけば、1週間程度からでしょうか。広さは圧倒的に10平米以下ですね」(秋元さん)

(写真提供:グリーンベル)

(写真提供:グリーンベル)

これは建物の広さ10平米以上になると建築確認申請が必要となり、固定資産税もかかってしまうため(防火地域及び準防火地域以外の区域は異なります)。では、小屋をつくりたい人に向けて、注意点などはありますでしょうか。

「まずは基礎ですね。建物の躯体そのものは、DIYでできても基礎は難しいのでプロに任せましょう。特に、寒冷地では凍結深度を考慮しなければなりません。凍結深度とは凍結が起こらない地表面からの深さのことで、そこよりも浅いところに基礎部分を作ってしまうと、寒い日に水が氷になるときに膨張し地面が盛り上がり、基礎部分が傾いたりひび割れたりなど建物の構造を保つことが出来ません。あとは、材料置き場ですね。小屋を建てる広さは駐車場一台分くらいあれば完成するんですが、問題は建てている間の資材置き場です。建てる面積の2~3倍の広さが必要になるので、土地に余裕をもってプランニングにあたってください」(秋元さん)

日本のタイニーハウス(小屋)は海外とは独自路線を歩んでいる

海外のバンライフやタイニーハウス(小屋)を見てきた秋元さんからすると、日本の小屋やバンライフは、「独自路線を歩んでいる」と言います。

「海外、特に南米大陸から北米大陸まで横断するようなバンライフ、フルタイムトラベラーを見ていると、やっぱり本気度やスケールが違うんですよね。バンや小屋自体が生活の基盤。
その点、日本は島国ということもあり、バンライフも小屋も大陸スケールのダイナミックさはありません。生活基盤ではなく、あくまで趣味や余暇での使い方がメイン。
もっとも、何もかも海外のライフスタイルに寄せる必要はない。海外とは違う独自路線の小屋の楽しみ方で、人生を楽しもうよ、と発信していけたら」(秋元さん)

海外の小屋。『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

海外の小屋。『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

確かに誌面に出てくる海外の小屋は、小屋といいつつもしっかりと生活インフラが整っていて、ガチで住まいとして整えられている感が強いように思います。デザインも何より前衛的というかアートというか、作品のようにも見えます。使いやすいかどうかというと別だろうな、というのが日本人である私の正直な感想です。ただ、小屋の誌面は本当に見ているだけで飽きません。それは何より小屋という場所を通して、人生を楽しんでいるからなのでしょう。小屋は単なる箱ではなく、その人自身の価値を取り戻す「居場所」「ライフスタイルを表現する場」になっているようです。

●取材協力
株式会社CLASSIX 代表取締役
(Cal(キャル)編集長、キャンプグッズ・マガジン編集長、小屋 ちいさな家の豊かな暮らし編集長)
秋元一利(あきもと・かずとし)さん
ネコ・パブリッシング取締役副社長を経て、現在株式会社CLASSIX代表取締役。Cal、キャンプグッズ・マガジンなどの編集長を兼任。
Cal Online

わずか7畳のタイニーハウスに夫婦二人暮らし。三浦半島の森の「もぐら号」は電気もガスもある快適空間だった!

「タイニーハウス(小屋)」や「キャンピングカー」「バンライフ」のような、小さな空間での暮らしが関心を集めています。旅行のように数日ではなく、日常生活を送るのは不便ではないのでしょうか? 費用やその方法は? 夫妻でタイニーハウス暮らしをしている相馬由季さんと夫の哲平さんのお二人に、その等身大の暮らしを教えてもらいました。

広さ12平米、ロフト5平米の自作タイニーハウスで夫妻ふたり暮らし

米国では2008年のリーマンショック以降、西海岸を中心に、暮らしの選択肢としてタイニーハウスを選ぶ人たちが増えているといいます。このムーブメントは日本にも押し寄せ、タイニーハウスの認知度もじょじょに高まってきていますが、実際に「住まい」として暮らしはじめた人がいると聞き、取材に行ってきました。

場所は、三浦半島のとある私鉄の駅から徒歩数分、森のなかに、まるで童話のなかに出てくるような車輪付きの「小屋」がぽつんと佇んでいます。あまりのかわいさに「映画やドラマのセット?」にも思えてきますが、これは立派な住まいです。

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

駅から徒歩数分、海も山も近い場所にできたタイニーハウス(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスで暮らしている夫妻。セットのようですが、本物の家です(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

扉をあけたところ。外観以上にセットのような愛らしさ(写真撮影/桑田瑞穂)

「引越してきたばかりのころは、『人が暮らしているの?』とよく聞かれました(笑)」と話すのはタイニーハウスの主でもある、相馬由季さんと哲平さん夫妻。車輪付きのタイニーハウスを由季さんのニックネームにちなんで「もぐら号」と名付けました。広さはわずか12平米とロフト5平米、室内はキッチン、バス、トイレ付きです。ひとり暮らし向けの物件でも部屋の広さは15~20平米を確保していることが多いことを考えると、よりコンパクトな住まいであることがわかるかもしれせん。

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワー・トイレの排水は、移動できるよう着脱式にして下水道につなげているので、従来の住まいと変わりありません(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

建物を横から見たところ。玄関の反対側はエアコン、給湯、プロパンガスなどのインフラチーム(写真撮影/桑田瑞穂)

このタイニーハウスで驚くのは、由季さんによる水まわりなど以外は自分でつくる「セルフビルド」であるということ。今でこそ、タイニーハウスを販売している会社も増えていますが、こちらはそうした市販品を使うことなく、木材から建材、トイレなどの住宅設備機器まで、ネットやホームセンターで購入し、つくったといいます。

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

コンパクトな空間なので価値観のすり合わせが重要だったといいます。キッチンの大きさ、快適さなどの価値観をすり合わせながらつくりあげたので、ストレスなく生活できているそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

「DIYのワークショップに1度参加したくらいで、特別なスキルもなかったんですが、はじめてみないことには何も進まないと思い、材料が置けて作業できる場所を探し、都内の木材屋さんの倉庫を借りて実際につくりはじめたんです。
2年かけて必死になって、どうにかこうにかタイニーハウスが完成し、ここで住み始めたのは2020年の年末。それから1年半経過しましたが、狭さや不便さは感じません」(由季さん)

哲平さんは秘境・登山ガイドという仕事のため留守にすることもありますが、基本的には二人で自宅で過ごしているといいます。仕事はテレワーク中心ですが、必要に応じて近所のカフェを利用できるため、不便ではないそう。二人にとって「広さ」は、暮らしの快適さにおいてさほど問題ではないのです。

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い三角屋根に、街灯、3つの窓に玄関。すべてがかわいい!(写真撮影/桑田瑞穂)

ひと月にかかる費用は光熱費1万円のみ!?

相馬由季さんがタイニーハウスを知ったのは2014年ごろ。移動ができる小さな住まいにひと目ぼれし、海外のタイニーハウスに住む人々を訪ね歩いたといいます。

由季さんがタイニーハウス暮らしを思い描いていたころ、夫の哲平さんに出会いました。つきあいはじめてすぐに、「タイニーハウスで暮らす夢」について話したといいます。

「もともとシェアハウスで暮らしていたこと、登山が好きということもあって、室内が狭いということにはまったく抵抗がありませんでした」という哲平さん。どのような暮らしを送りたいか価値観をすり合わせるようにし、つくる過程で少しずつ二人で暮らす仕様になっていったといいます。

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

駅からすぐ近くにあり、お友だちが遊びに来ることも多いそう(写真撮影/桑田瑞穂)

「料理好きなのでキッチンは大きめにしたり、180cm 以上ある身長(夫)にあわせて、室内の高さを考えたり、少しずつ一緒に暮らす前提でつくっていきました」といい、いわばタイニーハウスは結婚する「二人らしさ」を形にした住まいなのです。結婚式を挙行するかわりにタイニーハウスづくり……、ありかもしれません。ただ、どの住宅もそうですが、夢と現実の条件面で折り合いを付ける必要があります。資金面や土地の事情の「リアル」「お金面」では、どのようになっているのでしょうか。

「タイニーハウスの土台となるシャーシが約120万円、設備や材料費、水まわり施工費が約250~300万円、完成したタイニーハウスの移設・設置費が約20万円ほどでした」と由季さん。およそ400万円で完成したといいます。

一方で難航したのが土地探しです。

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

緑があって、海も近い環境です。周囲の人もおおらかで、快くタイニーハウスの存在を受け入れてもらえたといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「土地は2年くらいかけて探しました。以前は神奈川県横浜市のシェアハウスに暮らしていたのですが、理想の土地を求めて東京都内、千葉、神奈川などさまざま見学したものの、駅からの距離、土地の広さ、上下水道の引き込み、周辺環境など、気に入るものがなくて。今のこの場所は、駅を降りた瞬間から、駅からの距離、海への近さ、スーパーなど含めて気に入って、『ココだね』となったんです」(哲平さん)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

庭で大葉などのハーブや野菜を育てています。想像以上に広いためか、手入れは大変だといいますが、どこかうれしそう(写真撮影/桑田瑞穂)

土地の広さは1100平米で、価格は交渉。加えて、上下水道の引き込みなどで費用が100万円ほどかかりましたが、ローンは利用せずに思い切って一括で購入しました。
また、タイニーハウスは車輪がついているため、固定資産税がかかるのは土地のみです。自動車として扱うため自動車税と自動車重量税になり、現在かかっているひと月あたりの費用はこれらの税金と水道光熱費のみだそう。

「電気もガスも水道も少量ですむので、光熱費は毎月1万円程度でしょうか」(由季さん)といいます。生活するための住居費や光熱費を稼がなくては……というプレッシャーとは無縁で、より好きなことを仕事にできる感覚があります。

ほかにも「タイニーハウスづくり」を応援してくれた家具屋さんから、「新居祝いに」と庭のテーブルセットをもらったり、地元の植木屋さんから良い木を植えてもらったりと、人とのつながりに助けられている、と笑います。自然体の二人が楽しそうにタイニーハウス暮らしに挑戦しているからこそ、まわりも助けたくなるのかもしれません。

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファを来客時はベッドになるようにDIY。2人までなら宿泊できるそう(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

通常の部屋の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ソファをベッドにし、テーブルを収納するとこのように。コンパクトですが可変性があり、ここまでできるんだと関心してしまいます(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

現在の場所に移動してきてから後付けしたテーブル。折りたたみ式で収納可能です(写真撮影/桑田瑞穂)

小さくても断熱環境やキッチンのサイズ、「快適さ」はゆずらない

とはいえ、予算重視、予算ありきでタイニーハウスをつくったわけではありません。

「室内が小さいからこそ快適性はゆずりたくなくて、断熱材は厚めに入れましたし、窓は樹脂窓(フレームが樹脂製のため金属製に比べ断熱性の高い窓)にしました。キッチンは大きめにしましたし、トイレもバスも好きなものを選んでいます。また、赤い三角屋根のシルエットは、一貫してこだわった部分ですね」(由季さん)といいます。

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

赤い屋根と樹脂窓、ランプ……。すべてネット通販などで買えるそう。びっくり(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

一年を通して快適な断熱環境を目指して、樹脂窓を採用(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

哲平さんが料理好きということもあり、大きめのキッチン。シンクも広々、3口コンロです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

DIYで棚をつくったり、微調整しながら暮らせるのが良いそうです(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウスは、基本的にひと部屋。採用できる建具や設備が限られているからこそ、一つひとつのパーツ、こだわり、自分の好きなものをぎゅっと選べます。だからこそ、扉を開けたときに、つくり手の価値観が一目で表現できるのがおもしろさでもあります。相馬さん夫妻のタイニーハウスは断熱材や窓、開口部にこだわったこともあり、今年2022年の夏のような猛暑でもすぐに涼しくなり、冬は寒さを感じずに快適だそう。

「完成した『もぐら号』にはたくさんの人が遊びに来てくれましたが、『意外と広い!』『快適なんだ』と言われることが多いですね。プロジェクターを設置したり、折りたたみのテーブルをつけたり、快適に暮らせる微調整は日々、続けています。だからこそ外から見ている以上に空間に広がりがあり、自分の好きに囲まれて暮らせていて、本当に心地いいんです」と話します。季節の衣類や登山用具は、庭のガレージに保管しているため、過度に捨てたり処分したりの必要はないといいます。

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

プロジェクターを設置しているので、大画面で映画も楽しめます。すごいなー(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

映画をベッドに寝転がって鑑賞。夫妻でキャンプのようで楽しい!(写真撮影/桑田瑞穂)

「趣味のカメラでも、登山用品でも、一つ買ったら一つ売るを徹底しているので、すっきり暮らせているのも心地いいですね」と哲平さんは笑います。ちなみにもぐら号を見た哲平さんのお父さんは、「俺もほしい」と話していたそう。その気持ち、わかります。

タイニーハウスは人生を考える「きっかけ」。暮らしはもっと軽やかでいい笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

笑顔がすてきな夫妻。大きさや持つことにとらわれない、等身大の幸せがあります(写真撮影/桑田瑞穂)

周囲の人からも大好評の「もぐら号」ですが、泊まってみたいという要望も多いことから、夫妻は今、第2棟となる「カワウソ号」を作成しています。今度は自作ではなくデザインと仕上げの内装は自分で行い、施工はプロに依頼しています。

「タイニーハウスで暮らしてみて改めて思ったのは、住まいを考えるということは、人生を考えるきっかけになるということです。住まいって、暮らし方、働き方、誰とどんな場所で生きていきたいのか、考えるきっかけになりますよね。特にタイニーハウスは小さいからこそ、暮らしや自身の価値観と向き合わないとできないんです」と話します。

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

2棟目のタイニーハウス「カワウソ号」は9月中には「もぐら号」の隣に移設予定とのこと(写真提供/相馬さん)

やはり小さく、制限があるからこそ、本当に大切にしたいものは何かをよく考え、厳選するようになるのかもしれません。特にコロナでさまざまな価値観が変わった今こそ、「やりたいことをベースにする」に、イチから住まい方を考え直したい、そう思う人が多いからこそ、相馬さんのタイニーハウスづくりを応援したい、興味をもっているという人が増えているのでしょう。

「日本で誰もやったことがない」ことから、「自分がやりたいからやってみる」とタイニーハウスづくりをはじめた相馬さん。「住居費のためではなくて、自分の人生を生きたい」と考えるなら、まずは今までの住まいのあり方を疑ってみるのも、ひとつの方法かもしれません。

●取材協力
相馬由季さん・哲平さん
由季さんのInstagram
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タイニーハウス暮らしを体験できる村が八ヶ岳に誕生。小屋ブームを広めた竹内友一さんに聞く「HOME MADE VILLAGE」の可能性

消費や時間に捉われることなくシンプルに暮らす選択のひとつとして提示されている「タイニーハウス(小さな小屋)」。現在の日本では、所有者がそれぞれの場所で使用するにとどまっているが、コミュニティも含めた暮らし体験を目的としたタイニーハウス専用の村「HOMEMADE VILLAGE(ホームメイド ビレッジ)」が八ヶ岳(山梨県北杜市)の麓に誕生した。手掛けたのは、日本におけるタイニーハウス文化の先駆者である竹内友一さん。どんな場所なのか、話を聞いた。

小さい家でエネルギー削減。必要なモノを外にも求めることで暮らしがシンプルになる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

タイニーハウスが広まったのは、2008年の欧米でのリーマンショックを経験して“所有することが豊かである”という価値観に疑問を持つ人が増え、暮らしを見直す動きが起きたことから。やがて日本にも伝わり、最低限の持ち物でシンプルに暮らすミニマリストが話題に。その後、東日本大震災をきっかけに2012年ころからタイニーハウスも注目されるようになった。

このタイニーハウス(小さな家)の日本における伝道師とも言える存在が、株式会社ツリーヘッズを主催する竹内友一さんだ。

竹内友一さん。アメリカ西海岸のタイニーハウス居住者にインタビューしたロードムービーを制作、上映するなど日本のタイニーハウスの先駆者的存在(写真撮影/嶋崎征弘)

竹内友一さん。アメリカ西海岸のタイニーハウス居住者にインタビューしたロードムービーを制作、上映するなど日本のタイニーハウスの先駆者的存在(写真撮影/嶋崎征弘)

木の上の小屋「ツリーハウス」を手がけていた竹内さんが初めてタイニーハウスに触れたのはWEB情報だった。重い心臓病を経て本当にやりたい暮らしを求めた女性がタイニーハウスを選択したというエピソードを目にし、その生き方に強く共鳴したという。すぐさま渡米して話を聞き、2014年には彼女を日本に招いてワークショップを開催。すっかりファンになり、タイニーハウスで暮らすアメリカ西海岸の人々にインタビュー、自主映画制作につながった。それ以来、日本各地での上映会やワークショップでタイニーハウスの普及を行ってきた。

SDGsの広がりも後押しとなり、竹内さんは個人や企業の求めに応じて21棟のタイニーハウスを作成(2022年7月現在)。農場でのダイレクトな自然体験を家族や友人と楽しめる、音楽プロデューサー・小林武史さんプロデュースの「木更津クルックフィールズ」の宿泊用タイニーハウスも、竹内さんの作品だ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

HOMEMADE VILLAGE敷地内に置いてある3棟のタイニーハウスは、すべて竹内さんが手掛けたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

HOMEMADE VILLAGE敷地内に置いてある3棟のタイニーハウスは、すべて竹内さんが手掛けたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

「小さな家」という概念のもと、タイニーハウスにはさまざまなタイプがある。小屋タイプ、トレーラーで牽引するタイプ、キャンピングカーやバンなども含まれ、最近では、日本でも無印良品やスノーピークなどさまざまな企業が特色を打ち出して提供している。

竹内さんが主に提供しているのは、オーダーメイドで依頼者の理想に寄り添いつつクリーンエネルギーの活用・循環を図る移動型。「アメリカ西海岸で取材したタイニーハウスは、どれも個性的でした。キッチンやシャワーを共同利用できるコモンハウスを中心にしたタイニーハウス用スペースも各地にあって、移動も自由。ゆるやかなコミュニティで繋がるシンプルな暮らしがとても魅力的でした」(竹内さん)


simplife – a tiny house film from simplife on Vimeo.電灯やミニ冷蔵庫、クーラーなどの電気はソーラーパネルでまかなう。屋根に載せると躯体に負担がかかり、駐車場所によっては太陽光を集められないため、日のあたる地面に置くのが最良。移動するときはハウス外付けの収納スペースに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

電灯やミニ冷蔵庫、クーラーなどの電気はソーラーパネルでまかなう。屋根に載せると躯体に負担がかかり、駐車場所によっては太陽光を集められないため、日のあたる地面に置くのが最良。移動するときはハウス外付けの収納スペースに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を自ら整えて、タイニーハウス用工場と土地を八ヶ岳に

2018年、竹内さんは念願だったタイニーハウス用の工場と土地を八ヶ岳の麓、山梨県北杜市に得た。
「知人から紹介してもらって所有者から譲り受けることができました。もともと植物エキス抽出工場だった建物は崩壊寸前、空き地には木や雑草が繁ったまま。現況取引を条件に、安く買うことができました」と竹内さん。

工場機械などの廃棄や建物リノベーション、土地の整備を自分たちで行うのは予想以上の大変さだった。「土地はタダ同然でしたが、整備や修復にはかなりお金がかかりました」(竹内さん)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

古い工場を改装したタイニーハウス工場。設計士や職人はプロジェクトごとに仲間に声をかけるのだそう (写真撮影/嶋崎征弘)

古い工場を改装したタイニーハウス工場。設計士や職人はプロジェクトごとに仲間に声をかけるのだそう(写真撮影/嶋崎征弘)

ワークショップ開催で課題が見えてきた

4年ほど地道な整備を続けて、現物のタイニーハウスを見て学んでもらうワークショップを開催できるようになったのが2019年。

「この場所を『HOMEMADE VILLAGE』と名付けて、タイニーハウスの住民たちが集い手づくりの生活を営む、お手本の場所になることを目指しました」(竹内さん)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

「ワークショップは好評で、毎回20人くらいが集まってくれました。小さくても暮らすことができそう、小さいからこそインテリアにもこだわれるしエネルギー消費も減らせる、と気に入ってくれる人が多かったです」(竹内さん)

初回参加者からはタイニーハウスをオーダーする人も現れたが、「課題も見えてきました。見るだけではなかなか小さな暮らしに一歩踏み出しにくい。そして、他人とのコミュニティに飛び込むという不安の解消も難しかった」(竹内さん)

そしてコロナ禍。ワークショップの試みは中断せざるを得なかった。

変化に合わせて暮らし方をもっと自由に。タイニーハウスビレッジの広がりを期待

一方で、八ヶ岳エリアには都市部からの移住者や2拠点居住者が増加。空き物件が一気になくなり、タイニーハウスへの問い合わせも増えて、その役割も強く感じるようになったのだそう。
「インテリアなどのこだわりを諦めず、そのときどきの自分に合う住居として、タイニーハウスは最良の提案のひとつだと再認識しました」(竹内さん)

「宿泊して暮らしを体験できるようにここをアップデートする」と決意を固めた竹内さん。「外に求められるものは外に求めて小さく暮らす」タイニーハウスの原点を実現するべく、今はモデルハウスとして展示しているタイニーハウスを宿泊用に、事務所で使っている建物はコモンスペースにするため、資金や賛同者を募るクラウドファンディングに挑戦することにしたのだ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

廃材を利用してオールドアメリカンテイストに仕上げたタイニーハウス室内。ロフトに布団を引いて快適に眠ることができる(写真撮影/嶋崎征弘)

廃材を利用してオールドアメリカンテイストに仕上げたタイニーハウス室内。ロフトに布団を引いて快適に眠ることができる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

都内在住の女性が暮らしていたタイニーハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

都内在住の女性が暮らしていたタイニーハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

家具類は病院の建て替えで不要になったもの。近所の温浴施設を利用できたためシャワーをなくし、その分居住スペースを広くしている。5年ほど住んだ後、今は別住宅に居住。「暮らしの変化に合わせやすいのもタイニーハウスの魅力」と、竹内さん(写真撮影/嶋崎征弘)

家具類は病院の建て替えで不要になったもの。近所の温浴施設を利用できたためシャワーをなくし、その分居住スペースを広くしている。5年ほど住んだ後、今は別住宅に居住。「暮らしの変化に合わせやすいのもタイニーハウスの魅力」と、竹内さん(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

微生物の力で排泄物を分解して堆肥にするコンポストトイレ。災害時にも利用できることから普及が進んでいるという(写真撮影/嶋崎征弘)

微生物の力で排泄物を分解して堆肥にするコンポストトイレ。災害時にも利用できることから普及が進んでいるという(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらは八ヶ岳でのワーケーションを想定したモデルハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらは八ヶ岳でのワーケーションを想定したモデルハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

高性能の断熱材や木製サッシを使うなど省エネを追求。明るく温かみがある空間だ(写真撮影/嶋崎征弘)

高性能の断熱材や木製サッシを使うなど省エネを追求。明るく温かみがある空間だ(写真撮影/嶋崎征弘)

「数日間滞在してもらうことで本当に自分に必要なものがわかってくるはずです。共用のスペースの利用についても、いろいろなアイディアが湧くのではないでしょうか」(竹内さん)

「HOMEMADE VILLAGE」は、あくまで宿泊体験やモデルハウス展示としての場所だ。
「ここでの宿泊体験や勉強会で出会った人たちが仲間になって土地探しを始めたり、事業として考える企業が出てきたり、さまざまなことを期待する場所です。移動可能なタイニーハウスならではの自由な発想で、新たなタイニーハウスビレッジが各地にできることが理想です」(竹内さん)

事務所として利用している建物にはキッチン、シャワー、トイレも完備されている。クラウドファンディングで集まった資金で事務所機能を移転し、ここは宿泊体験者のコモンハウスにする予定(写真撮影/嶋崎征弘)

事務所として利用している建物にはキッチン、シャワー、トイレも完備されている。クラウドファンディングで集まった資金で事務所機能を移転し、ここは宿泊体験者のコモンハウスにする予定(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を開墾して無農薬野菜を栽培。ワークショップでは収穫体験も(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を開墾して無農薬野菜を栽培。ワークショップでは収穫体験も(写真撮影/嶋崎征弘)

場内で刈った草や生ゴミなどを堆肥化。臭いは全くない。畑があってこそ堆肥が活きる(写真撮影/嶋崎征弘)

場内で刈った草や生ゴミなどを堆肥化。臭いは全くない。畑があってこそ堆肥が活きる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

竹内さんが手がけるタイニーハウスの本体価格は500万円くらいから。一般住宅に比べると安価ではあるが、すぐに決断できる金額でもない。
しかし、タイニーハウスの需要が高まれば基本部分の量産ができ、価格改定に繋がる。「規格化したタイニーハウスの販売を予定しています。家を手づくりしたい人が多いのもワークショップでわかっているので、内装のDIYができる場所としての活用も考えています。宿泊体験中に技術を学べば手づくりパーツできる部分が増える。コスト削減になりますね」(竹内さん)

外寸法で4.5m×2.5m。自動車としての登録が可能なため固定資産税は不要(写真撮影/嶋崎征弘)

外寸法で4.5m×2.5m。自動車としての登録が可能なため固定資産税は不要(写真撮影/嶋崎征弘)

「僕も自分の子どもたちが自立したら妻と自分のタイニーハウスを持って住みたいなと思っています。何度も家族に提案しているのですが、『4人は無理!』と今は反対されていて」と笑う竹内さん。

家族構成は変化していく。自分を取り巻く環境も日々変わるなか、そのときどきで最適な暮らしを選べた方がいい。
「仲良くなった友人と離れても、また別の場所に家ごと移動してコミュニティの輪を広げていける、そんなタイニーハウスビレッジを増やしていきたい」
竹内さんの夢も広がっていく。

●取材協力
・株式会社ツリーヘッズ 
・HOMEMADE
・simplife

タイニーハウスやバンライフがコロナ禍で浸透! 無印やスノーピークなども続々参入する”小屋”の魅力とは?

「小屋」「タイニーハウス」「バンライフ」などのコンパクトな暮らしは、この10年ですっかりおなじみの存在となった。特にこの数年は、新型コロナウィルスの影響で「働く場所」「移動できる暮らし」としての拠点としても注目を集めています。いま、小屋やタイニーハウス事情はどうなっているのでしょうか。現在地を取材しました。

無印良品やスノーピークも参入! 小屋やタイニーハウスは憧れのライフスタイルに

「やはりコロナ禍の影響で、小屋の存在感、注目度は増しているように思います」と話すのは、約10年前から日本の小屋・タイニーハウス(小さな家)文化を牽引してきたYADOKARI株式会社の遠藤美智子さん。アメリカでは、タイニーハウスは2008年のリーマンショック以降にライフスタイルを見直した人が中心となって広まってきましたが、日本では東日本大震災を経験した2011年以降、徐々に広まってきました。特に2020年以降、リモートワークやテレワークが普及し、インターネット環境が整っていればどこでも働ける人が増えたため、「都会にいる必要はない」「自然のなかで暮らしたい」という声が増加、「小屋を郊外や地方に構えて2拠点生活をしてみたい」というニーズをよく聞くようになったそう。

YADOKARIが運営する「タイニーズ 横浜日ノ出町」では、鉄道の高架下に3種類のタイニーハウスを並べている。小屋ライフのお試しにぴったりだ(写真撮影/桑田瑞穂)

YADOKARIが運営する「タイニーズ 横浜日ノ出町」では、鉄道の高架下に3種類のタイニーハウスを並べている。小屋ライフのお試しにぴったりだ(写真撮影/桑田瑞穂)

「小さな家全般のことをタイニーハウスといい、弊社でも複数取り扱っていますが、先日もトレーラーを改造したトレーラーハウスのお引渡しがありました。土地代と中古トレーラーハウス代合わせて600万円以内で収まりました。都内に拠点を持ちながら、週末は愛犬といっしょに小屋で暮らしたい。今の暮らしにちょうどよい『選択肢』として定着しているように思います」と遠藤さんは続けます。
「先日、弊社で扱う小屋を一堂に展示する一般向けのイベントを湘南で開催したのですが、非常に多くのお客さまがいらっしゃいました。子どもたちも来場していて、とても和やかな雰囲気でした。今まで対企業として小屋を扱うことが多かったので、小屋への関心の高さ、広がりに私たちが驚いたほどです」と話すのは、同じくYADOKARIの齊藤佑飛さん。

イベント時の様子。次回は展示場の見学予約を開催予定(7月3日(日)、6日(水)予約制)(写真提供/YADOKARI)

イベント時の様子。次回は展示場の見学予約を開催予定(7月3日(日)、6日(水)予約制)(写真提供/YADOKARI)

こうした小屋人気の背景には、無印良品やスノーピーク(建築家の隈研吾氏デザイン)、カインズホームなど、さまざまな業種からの参入が続いたことも大きく影響しているそう。
「デザイン性や価格など、さまざまな特徴を持つ小屋が増えました。バリエーションも豊かになり、ますます個人の好みに合った小屋が選べるようになっています」と遠藤さん。

YADOKARIの遠藤美智子さん(左)と齊藤佑飛さん(右)(写真撮影/桑田瑞穂)

YADOKARIの遠藤美智子さん(左)と齊藤佑飛さん(右)(写真撮影/桑田瑞穂)

移動と定住、インドアとアウトドア。小屋にも派閥がある!?

固定の場所で暮らすタイプの小屋に加えて、今では、バンや軽自動車などを改造して移動しながら暮らす「バンライフ」や「モバイル小屋」も増えています。そこにはユーザーの志向やタイプに少し違いがあるそう。現在よく耳にするようになった「小屋」の種類とタイプを解説してもらいました。

■スモールハウス(小屋)、タイニーハウス
広さ10~20平米弱の小さな住まい。住まいになるため、基礎の上に建てます。移動させずに1カ所に定着するため、周囲で畑を耕したり地元の人と交流したりする人もいます。無印良品やスノーピークから販売されている商品のほか、組み立てキットなど、さまざま商品が登場しています。今後は3Dプリンターの家も登場するといわれています。

(写真提供/加藤甫)

(写真提供/加藤甫)

■コンテナハウス、トレーラーハウス
貨物コンテナを小屋として改造したものが「コンテナハウス」、さらに自動車で牽引できる家が「トレーラーハウス」です。「タイニーズ 横浜日ノ出町」の小屋は「トレーラーハウス」にあたります。バス・トイレがあり、人が暮らしを営めますが、法律上は車両です。移動もできるのが特徴です。

YADOKARI株式会社が運営する「タイニーズ 横浜日ノ出町」のカフェ部分は、コンテナを改造した「コンテナハウス」です。コンテナらしい無骨な風合いが、独特の味わいを醸し出しています(写真撮影/桑田瑞穂)

YADOKARI株式会社が運営する「タイニーズ 横浜日ノ出町」のカフェ部分は、コンテナを改造した「コンテナハウス」です。コンテナらしい無骨な風合いが、独特の味わいを醸し出しています(写真撮影/桑田瑞穂)

「タイニーズ 横浜日ノ出町」にある小屋は「トレーラーハウス」。建物のそのものは、住宅を手掛ける大工さんに施工してもらったといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「タイニーズ 横浜日ノ出町」にある小屋は「トレーラーハウス」。建物のそのものは、住宅を手掛ける大工さんに施工してもらったといいます(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウス「Wonder」の前で。小屋といいつつも、ゆとりがあるのがおわかりいただけますでしょうか(写真撮影/桑田瑞穂)

タイニーハウス「Wonder」の前で。小屋といいつつも、ゆとりがあるのがおわかりいただけますでしょうか(写真撮影/桑田瑞穂)

「Wonder」のお部屋。4人まで宿泊できますが、狭さを感じません(写真撮影/桑田瑞穂)

「Wonder」のお部屋。4人まで宿泊できますが、狭さを感じません(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーやトイレもあります。トイレは水洗。工具を使わずに着脱できる配管を使用し、下水道につなげている。すぐ移動ができるよう、土地には固定していないとのこと(写真撮影/桑田瑞穂)

シャワーやトイレもあります。トイレは水洗。工具を使わずに着脱できる配管を使用し、下水道につなげている。すぐ移動ができるよう、土地には固定していないとのこと(写真撮影/桑田瑞穂)

「Wonder」のシャワーブース。こうして見ると小屋といっても案外、広さがあることがわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

「Wonder」のシャワーブース。こうして見ると小屋といっても案外、広さがあることがわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

「タイニーハウスに興味がある人に加え、友達と個室に宿泊したい、個性的な部屋に泊まりたいという需要で利用する人も増えてきました(齋藤さん)」(写真撮影/桑田瑞穂)

「タイニーハウスに興味がある人に加え、友達と個室に宿泊したい、個性的な部屋に泊まりたいという需要で利用する人も増えてきました(齋藤さん)」(写真撮影/桑田瑞穂)

■キャンピングカー・バン
自動車の居住性を高めたのが「キャンピングカー」や「バン」です。基本的には車の延長上にあるため、居住面積は小さめです。アウトドア好きな人が多く、旅をしながら暮らしたい、いろいろなところに行きたいという、「移動」したい人“バンライファー”に向いている形態です。お風呂やトイレがついていないこと、また車中泊の場所には注意が必要です。

(写真提供/加藤甫)

(写真提供/加藤甫)

★番外編 
■サウナトレーラー
サウナの本場・フィンランドでは、自動車で牽引できる「サウナトレーラー」があるそう。バカンスの時期になると自宅の車につないで別荘に持っていき、好きな場所でサウナを楽しむといった使い方です。きれいな川、湖がある場所に移動すれば、最高の水風呂で“ととのう”ことは間違いなさそう。YADOKARIで販売をはじめたので、これから一気に盛り上がりそうです。

(写真提供/YADOKARI)

(写真提供/YADOKARI)

なるほど、移動を重視するアクティブ派は「バン」「キャンピングカー」、好みの場所に定住したい派は「小屋(タイニーハウス)」、「コンテナハウス」(移動はできるけれど、基本は1カ所で過ごす)といえるのかもしれません。「生き方」や「好きな暮らしのタイプ」にあわせて小屋が選べるようになっているあたり、小屋・タイニーハウス文化の広がりを感じます。

オフグリッドにコミュニティ、まだまだ可能性は広がる

「今まで弊社では、主に企業と組んで、小屋のプロデュースや土地の活用法をご紹介・提案してきました。シェアオフィス、コワーキングスペース、最近ではビジネスの側面からトレーラーハウスの引き合いがとても多いですね。ただ、このコロナ禍で大きく価値観が変わり、都会で暮らす意味を問い直す人や、住宅ローンや家賃にしばられない暮らしがしたい、という人がさらに増えたように思います。広さや駅からの距離、家賃などといった今までの物件の選び方とは異なる価値観を提案していけたらいいですね」と遠藤さん。

(写真提供/加藤甫)

(写真提供/加藤甫)

「もともと住まいって、広さよりも、どう過ごすかのほうが大事なはず。僕自身も今は小さな家に暮らしていて、広い家にあまり興味はありません(笑)。自分の身の丈にあったサイズの家が心地よいと思うんです。必要なら拡張したり、縮小したりする。柔軟な暮らし方ができるんだよと伝えていけたらいいですね」と齊藤さん。“うさぎ小屋”のようだと揶揄されてきた日本では、「広さこそ、豊かさ」と考えていた時代が続いていたわけですが、その価値観は今、大きく変わったようです。

では、今後小屋がさらに普及するうえで課題となっているもの、次の展開などについて聞いてみました。

「現状の課題のひとつは、ローンが組みにくいことがあります。小屋は住宅ローンのような超低金利ローンは利用できないのです。お金を借りるにしても金利が高くなってしまうのは、悩ましいですね。今後の展開や展望でいうと、やりたいことが多くて。自然エネルギーを活用したオフグリッドハウス(外部の電力と切り離され、独立した住まい)や、小屋で暮らす人が集まるコミュニティ、災害発生時の仮設住宅など、アイデアはたくさんあるので、ひとつずつ実現していけたらいいですね」(遠藤さん)

以前、YADOKARIが提唱する「ゼロハウス構想」(住宅ローンや家賃などの金銭的負荷を減らして可処分所得や時間を人、文化の醸成に再投資する)という考え方を聞いたとき、正直、筆者は「理想はわかるけれど、実際にはね……?」と疑っていました。ただ、小屋の価格が手ごろになり、空き家や活用しにくい土地が増えてきたこと、どこでも仕事ができるようになっているなどの時代の変化を考えたときに、「ゼロハウス、無理じゃないかも」と思うようになりました。

暮らし方も働き方も大きく転換している今なら、好きな場所で、小さく豊かに暮らすが、「リアル」な選択肢になりつつあります。小屋暮らしに興味があるのであれば、今が恰好のタイミングかもしれません。

●取材協力
ヤドカリ
タイニーズ 横浜日ノ出町

量産型”折りたたむ家”は10坪で約580万円!イーロン・マスクも住むと話題の最新プレハブ住宅

コロナ禍で高インフレが続く米国では、タイニーハウス(小さな家)などの低価格住宅への需要は増すばかりだ。そんななか、ネバダ州ラスベガスを拠点に置く企業BOXABL(ボクサブル)による、5万ドル(約580万円)のプレハブ住宅「カシータ」というモデルが話題になっている。テスラ社のイーロン・マスクが住んでいると報じられたことも。いったいどんな住まいなのか、BOXABL社ディレクターのガリアーノ・ティラマーニさんにインタビューをした。

住宅を“折り畳む” !? 工数や配送コストを下げて低価格を実現

イーロン・マスクがテキサスの住居としてタイニーハウスを利用していると米国INSIDERが報じ、話題になったのがBOXABL(ボクサブル)社のプレハブ住宅「カシータ」。

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

BOXABL社のプレハブ住宅は、1部屋(モジュールと呼ぶ、約35平米)に水回りや電化製品もすべて完備されているのに約580万円と低価格。その秘密は、折り畳めるようにしたことで配送コストを、生産工程の自動化したことで生産コストを下げたこと。2021年10月の受注開始以来、全米50州から7,000万件以上の注文が入っているという。同社の共同創業者で、ディレクターのGaliano Tiramani(ガリアーノ・ティラマーニ)さんに詳しい話を聞いた。

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

オンライン取材に応じたボクサブルの創業者でディレクターのガリアーノ・ティラマーニさん(写真提供/筆写撮影)

オンライン取材に応じたボクサブルの創業者でディレクターのガリアーノ・ティラマーニさん(写真提供/筆写撮影)

ガリアーノさんらが事業を立ち上げたのは2017年。きっかけは、当時カリフォルニア州で、庭付き一戸建て住宅の庭に付属住宅(ADU)を建て、それを賃貸したり、居住スペースを広げたりする需要が高まっていたことだったという。CEOでガリアーノさんの父であるパオロさんは、工業デザイナーやエンジニアとしてプレハブ住宅の生産に関わるなかで、現代の住宅における2つの課題に気が付いた。

一つ目は、「建築現場における人間による作業量の多さ」だ。それは100年前からほぼ変化がなく、一棟の家を建てるのに数カ月から数年の時間を要し、大量の人材が必要だ。
二つ目は、「配送」。プレハブ住宅は工場で部材生産、加工し、組立を行うことで価格を抑えることができるが、ガリアーノさんによると「多くのプレハブ住宅の生産者が、配送時のトラブルで損をしてきた」とのこと。具体的には、何度も運ぶことでの燃料コストの負担や、配送途中に部材を傷つけてしまったりなどである。

これらの課題に対し、「住宅を折り畳むこと」と「配送しやすいサイズにした上で、工場での大量生産すること」で、高品質の住宅を手ごろな価格で提供する仕組みをつくり上げた。

「今はあらゆる製品が、『組立てライン』さえ構築できれば、低コストで高品質なものがつくれる時代だ。しかし住宅にはその考えが欠けていた。私たちの技術は、住宅業界の価格に大きな影響を与えると考えている」とガリアーノさん。

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

1分間に1戸の生産を目指す

ボクサブルが採用したのは、自動車のオートメーション方式だ。ポルシェの生産方式を真似て、まるで自動車工場のように、住宅を自動化してつくる。最終的には、1分間に1戸を目標に生産を拡大する予定だという。

プレハブ住宅「カシータ」は、現在1日あたり2棟生産されている。2022年の年末までに、1日あたり10棟の生産が可能な体制になる見込みだとガリアーノさんは話す。現在は、最初に受注を受けたフロリダの現役軍人用住居156棟の生産と建設を行っている。

「需要を満たすには、現在の工場の10倍の大きさが必要」と、はやくも拠点を拡大する計画を進めている。

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

「ボクサブル流こそ未来の住宅だ」

「カシータ」は、375平方フィート(約10坪・約35平米)のモジュールで、8フィート×13フィート(約2.4m×約4m)に折り畳まれて台車に引かれて運ばれていく。料金には洗濯乾燥機、食器洗い機、オーブン、電子レンジなど、ソファとベッド以外の主な家具が含まれていて、引き渡し時はそれらがすべて完備されている状態。現地で住宅を“広げ”、排水と電気の接続さえ終えれば、すぐに生活が開始できる。モダンな家具や設備を配置し、機能性を重視し生活しやすさを追求したデザイン性にこだわりを持った、小さいが快適な住空間が広がる。

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

ガリアーノさんは、「私たちは、世界中のさまざまな環境条件に対応できるよう、カシータの工学技術に多くの時間を費やしてきた。猛暑や強風、地震、水害など、さまざまな環境条件に対応できるような建材を選び、従来の建物よりも強く、安全で、エネルギー効率に優れた建物になるよう、細心の注意を払ってつくり上げた」と胸を張る。ジオバーニさんも、「私達が使っているのは、木材よりもエネルギー効率が高く、低コストで、長持ちし、強度が高いなど、より優れた素材だ」と話す。

「カシータ」が使用しているのは、木材ではなく、鉄やセラミックボード、断熱材として発泡スチロールなどの素材。発泡スチロールは、軽量で硬質な「独立気泡」の断熱材であるため、最小限の水分しか吸収しない。その結果、吹雪やハリケーン、洪水などの厳しい天候にも耐えることができるという。さらに、最大25万ポンド(125t)の圧力に耐えることができ、耐震構造になっている。

ボクサブルが使用している壁面パネルの耐火テストの様子

さらに、「昨今注目を集めている3Dプリンター住宅よりも未来志向だ」と続ける。「(3Dプリンター住宅は)ほとんどの場合、コンクリートの外壁を3Dプリントしているだけだ。家というのは、コンクリートの外壁よりももっと多くの要因がある。私たちは、その解決策が『組立ライン』にあると思っている」(ガリアーノさん)

(写真提供/BOXABL)

(写真提供/BOXABL)

すでに完備されたキッチン、オーブン、冷蔵庫(写真提供/BOXABL)

すでに完備されたキッチン、オーブン、冷蔵庫(写真提供/BOXABL)

確かに3Dプリンターの家は、原材料の面で無駄がないと言われているが、そのサステナビリティ性は、外壁を作りにおける工程を削減できる、ということに限られる。一方でボクサブルの組立ラインは、住宅の外見だけでなく、室内装備に至るまでデザインを統一することで、建築時の無駄を省き、また住宅としてのエネルギー効率を高めているという。

ボクサブルは今後、生産の過程で出る廃棄物を減らし、エネルギー効率も向上させていくことを目指す。「効率化」が、サステナブルな生産に結びつくと考えているという。また、カシータのリサイクルや二次流通についてジオバーニさんは、「将来的に、カシータを売却したり、移動させたりすることも可能だ」と話してくれた。

すでに海外展開も視野に

「カシータ」は現在1種類のみだが、今後は顧客のニーズに合わせて、サイズや形を変えた住宅生産も検討しているという。

さらに、海外展開も視野に入れている。
「海外では、私たちの技術を活用してパートナー工場をつくりたいと考えている。すでにWebサイト経由で問い合わせを受けた国際的な大企業と話し合いを始めている」と話すガリアーノさん。

海外展開もすでに視野に入れている(画像提供/BOXABL)

海外展開もすでに視野に入れている(画像提供/BOXABL)

とはいえ、まだまだ課題もある。日本でも木材価格が高騰するウッドショックや給湯器の部品不足が話題になったが、米国の建築業界でも原材料不足と、価格の高騰が問題になっている。これにともなってカシータの販売価格も、今後は6万ドル(約690万円)に引き上げざるを得ないと話す。

「壁面パネルは自社生産している。スチールや発泡スチロールも自分たちで生産し、垂直統合を進めており、最終的にすべての部品を自社生産に切り替えられれば、もっと生産スピードを上げられる」とガリアーノさん。自社生産に加え生産効率が上がれば、価格のコントロールもしやすくなるとのこと。

「カシータ」は災害があった被災地に、すぐに住みやすい住宅を提供することも可能だ。ほかにも既存の物件の庭先に小さな個室を建て、趣味部屋にしたり、賃貸したりすることも可能だ。その可能性は無限に広がる。土地に限りがある日本でも、新たな住宅のヒントになるかもしれない。

※原稿中の日本円は2022年2月28日時点のレートで計算したもの

●取材協力
BOXABLディレクター Galiano Tiramani氏

タイニーハウス村が八ヶ岳に出現!? 「TINY HOUSE FESTIVAL2021」から最先端をレポート

タイニーハウス(=小さな家)による持続可能な暮らしを提案する「TINY HOUSE FESTIVAL2021」が、東京駅前で2021年10月に開催された。コロナ禍を経た今年、タイニーハウスはどう変わったのだろうか。最新のタイニーハウスの話とともに、探ってみた。

暮らしの多様化とともに、住まいの形も変化していく

コロナ禍でワークスタイルが変化してきたなか、自分たちの暮らし方や住まいについて見直す時間が増えてきた人も多いだろう。自宅での仕事スペースの確保や、プライベートとの切り替え方など、新たな課題が浮き彫りになってきたかもしれない。タイニーハウスは、その解決策のひとつとして需要が高まってきているという。
例えば、テレワークのスペースとして活用したいと考える人もいれば、アウトドアでの活動が増えて、移動先でも居心地良く過ごすためにバン型を使いたいという人もいる。テレワークが進んで、都心に住む必要のなくなった方が、二拠点生活をするために取り入れるという形も。

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

テレワーク化が進み、仕事をするためのワークスペースとして提案しているタイニーハウスもあった(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

(画像提供/HandiHouse project 大石義高 佐藤陽一)

そもそも、タイニーハウスは、2000年代にアメリカで生まれた「タイニーハウスムーブメント」が発端と言われている。その後、2007年に住宅バブルの崩壊とともにサブプライム住宅ローンが破綻し、翌年にはリーマンショックが起きた。そんな背景から、消費社会に縛られない、経済に左右されないカルチャーとして今さらなる広がりを見せているのだ。
暮らしにどれくらいの費用をかけ、何に時間を費やし、どのような生活をしていきたいか。「お金と時間の自由」を大切にしたいと考える人たちにとって、そのライフスタイルを体現できる形が「タイニーハウス」というわけだ。
その広さに明確な定義はないものの、だいたい延べ床面積は20平米以内のものが多い。もちろん、キャピングカーなどのバン型の車を使ったモバイルハウスも含まれる。価格の幅は広いが、一般的な住宅に比べれば低コストで手に入れやすい。後から住み手が好きに手を加えやすく、小さいがゆえに移動も自由。そんな魅力が積み重なって、暮らしの選択肢の一つとして注目が集まっている。
その見本として、数々のタイニーハウスが集まったのが「TINY HOUSE FESTIVAL」だ。2019、2020年と開催され、今年は一体どのように変化しているのだろうか。

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

東京駅近くで開催された今回の「TINY HOUSE FESTIVAL2021」。車に牽引されている小屋もあれば、荷台に取り付けられているコンテナなどさまざまな形態のものがあった。ビルの狭間のスペースだったことから、その小ささがなおのこと強調されて見える(画像提供/HandiHouse project 佐藤陽一)

個々の用途に合わせた、幅広いタイニーハウスが登場

主催者の一人であり、「断熱タイニーハウスプロジェクト」などさまざまなタイニーハウスを手掛けている建築家の中田理恵さん(中田製作所/HandiHouse project)は、昨今の流れについて以下のように話す。

「コロナ禍でさまざまな形の暮らし方が広がったと思います。先日は、集合住宅の管理会社から相談がありました。マンション全体で使えるワークスペースをつくりたい、ということでタイニーハウスを設置できないかという話だったんです」

マンションで暮らす人にとって、新たに部屋を確保するのは難しいこと。しかし、全戸共有のタイニーハウスがあれば、テレワークのスペースとして使ったり、ワークショップやフリーマーケットなどの小さなイベントをしたりと、臨機応変なスペースになるに違いない。
また、空地を飲食スペースとして暫定利用するため、タイニーハウスを置きたいという要望にも応えたという。

「コロナ禍で飲食店が大変な状況なため、屋外でテイクアウト専門店を期間限定で出すというプランでした。そういう突発的なことにもすぐに対応してつくれるのは、タイニーハウスならではだと思います」

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

中田さんが手がけた「FLATmini」。2020年春に完成した青森県八戸市の「FLAT HACHINOHE」を拠点に、地域の「遊び場」「学び場」を発見・発掘するためにはじまったプロジェクト。八戸市内外を移動しながら、まちの人や来訪者と有機的に繋がり、「動く部室」として機能しているタイニーハウスだ(写真撮影/相馬ミナ)

アメリカのムーブメントを取材し、各地での知見をもとにタイニーハウスの製作を行っている「Tree Heads & Co.」の竹内友一さんもタイニーハウスを展示。
「宮城県気仙沼市では、東日本大震災の津波によって流れ着いたものを使って、みんなのシェルターになるツリーハウスをつくりました。ほかにも、障がい者の就労支援の休憩所や、移動式ビアバー、牛舎を解体して宿泊所をつくったりもしました」

今までつくったタイニーハウスは65以上で、この日はキャンピングカーをリビルドしたタイニーハウスが登場。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「オーダーしてくれた方は、これでスキーできる山の近くで過ごしたいということでした。料理はできなくていいということなので、脱ぎ着できるスペースと寝る場所としてのタイニーハウスというわけです。
運転席上の寝室スペースは、断熱材などを入れて暖かさを追求していますが、寝室スペース以外は板壁にしてコストダウンしています。休憩スペースはソファを置いてくつろげるようにしています」

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

スキー終わりにくつろいだり、ゆっくり寝るためのタイニーハウス。運転席上には寝室スペースがある(写真撮影/相馬ミナ)

タイニーハウスがあることで、自由に移動をしたり、好きなスペースを確保したりと、暮らしの幅が広がっているのだろう。そんな考え方は、他にもさまざまな形態で現れている。

例えば、煙突が出ているタイニーハウスは「旅するサウナ まんぷく号」。軽トラックの荷台に小屋を載せ、移動式のサウナにしている。いつでもどこでもサウナを楽しみたい、楽しんでもらいたいという思いで始まったプロジェクトだ。これなら、自宅にサウナがない人も気軽に自由に使えて、ひとときの満足感を味わうことができる。

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

昨今のサウナブームからも人気の高い移動式のサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

まだ軽トラックに躯体しかできていないタイニーハウスもあった。これは「スエナイ喫煙所」というプロジェクト。喫煙所でのコミュニケーションを非喫煙者でも楽しめるようにと、中央にはノンニコチンのシーシャを設置している。一つのシーシャを共有することで自然とコミュニケーションが生まれ、新しい形の喫煙所をつくろうというもの。建築学を専攻している学生が中心となっているプロジェクトで、今まさにクラウドファンディングで資金を集めている最中だという。

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

少しずつこれから形になっていく予定の「スエナイ喫煙所」。コミュニティスペースとしての提案であり、コロナ対策もきちんとされていた(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

写真右下が完成予定の模型(写真撮影/相馬ミナ)

このように用途と目的に合わせ、自由な形で広がっていくことができるのがタイニーハウスなのだ。

持続可能な暮らしを目指すタイニーハウス。断熱など住宅性能も追求

SDGsの流れが強まり、持続可能な暮らしに目を向ける人たちが増えてきたのも、タイニーハウスが注目される後押しになっている。暮らしの幅を広げるだけでなく、脱炭素など環境への配慮や、暮らしやすさを追求したタイニーハウスも見られた。

「断熱タイニーハウスプロジェクト」は、2019年に開催されたイベントから毎年変わらず出展している。発案者は大学で都市環境を学んでいた沼田汐里さん。「断熱」の大切さを身近に感じてもらうために製作したタイニーハウスで、天井や壁、床、すべてに断熱材の「ネオマフォーム」が入っている。省エネを考えたときに、夏の暑さと冬の寒さに対応できなければならないが「断熱と気密がしっかりしていれば、最小限のエネルギーで暮らすことができる」と沼田さんは教えてくれる。また、「Do It Together」を意味する「DIT」をコンセプトに、HandiHouse projectの中田さんたちプロの指導のもとにセルフビルドしたものでもある。環境にも住み手にも快適な住まいを自分たちの手で楽しみながらつくれるということを教えてくれるタイニーハウスだ。

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

窓から顔を出す「断熱タイニーハウスプロジェクト」の沼田さん(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

断熱の温度を実感したいとたくさん人が出入りしていた(写真撮影/相馬ミナ)

同じく毎年出展しているのが「えねこや」で、太陽光発電と蓄電池で電力を自給する「オフグリッド」タイプのタイニーハウスを紹介している。小さなスペースながらも、キッチンやエアコンが設置され、ペレットストーブもあって実に快適そうな空間だ。日本の木窓メーカーの窓を採用し、断熱や気密性を高めて、電力消費を抑える工夫をしながら、太陽光を活用することで、オフグリッドを実現している。再生可能エネルギーだけで快適に過ごせるのは、タイニーハウスならではのこと。もちろん、災害時に強いのはいうまでもない。

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

えねこやは、災害時に被災地へけん引していき、復興作業に携わることもできるという(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

これからのタイニーハウスの広がりとは?

「Tree Heads & Co.」の竹内さんは、タイニーハウスの製作に加え、新しいプロジェクトをスタートさせた。実際にタイニーハウスで暮らしたい人を募集して敷地を共有し、必要な技術や道具、情報をシェアしてコミュニティをつくっていきたいと話す。

「『ホームメイド』というプロジェクトで、僕たちが持っているタイニーハウスに関する知識をシェアしながら暮らしのコミュニティをつくりたいと考えています。住まいとしてのタイニーハウスだけでなく、食べ物やエネルギーなども、少しでもいいから自分たちの力で手づくりしてみようという試みです」

住まいだけでなく、畑仕事をしたり、周辺の環境整備なども視野に入れているのだそう。

「知識がない、道具がない、場所がない。たくさんの人からそういう話を聞くので、だったら僕たちが持っているものをシェアして、みんなで暮らしを考えていくことができればと思っています」

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

「ホームメイド」構想(画像提供/TREE HEADS & Co.)

また、HandiHouse Projectの中田さんも、これからのタイニーハウスの可能性について教えてくれた。

「住まいはもちろん、店舗やパーソナルな仕事場など、いろいろな形が求められていると思います。個人だけじゃなく、自治体も目を向けていて、移住者のためにタイニーハウスを取り入れている地域も出てきました」

山梨県ではまず土地のことを知ってもらい、どんな暮らしができるかを試せるようにと、「移住者向けお試し住宅」としてタイニーハウスを建てているのだそう。そこを拠点に仕事や生活のベースを見つけてもらえれば移住の促進につながるというわけだ。「いろいろな要望が増えてきて、タイニーハウスだからこそできることが広がっていると実感しています」(中田さん)

コロナ禍が続き、少しずつ環境や人々の価値観が変わっていくなかで、自分たちの暮らしを考える時間はますます増えていくだろう。暮らしのなかで何を優先し、大切にしたいのか。誰とどこでどんな時間をすごしていきたいのか。働く場所や環境をどう整えていきたいか。
それぞれの答えがあるもので、決めたからといってそれが永遠に続くわけでもないだろう。臨機応変に対応していければ、心地よく健やかに過ごす時間はきっと増えるに違いない。タイニーハウスは選択肢の一つ。選択肢が増えればそれだけ私たちの暮らしは自由になっていくはずだ。

●取材協力
Handihouse project
Tree Heads & Co.
ホームメイドプロジェクト
えねこや

“タイニーハウス”が災害時の避難場所に!? 山梨県小菅村で「ルースターハウス」誕生

地震や台風、風水害、豪雪などの自然災害が多発する日本。しかも2020年は新型コロナウイルスが流行し、災害発生時の避難場所、仮設住宅をどう備えるのかが課題となっています。今回、そんな感染症流行下の避難場所としても活躍しそうな「タイニーハウス」が、山梨県小菅村に誕生しました。その背景や思いを聞いてきました。
山梨県小菅村で、災害発生時に避難場所になるタイニーハウスが誕生

人口約700人、多摩源流の山間にある小菅村は、10~25坪の小さな小屋が次々と誕生している「タイニーハウス村」として、以前、SUUMOジャーナルでも紹介しました。

山あいにある小菅村。多摩川の源流の村でもあります(写真提供:SUUMOジャーナル編集部)

山あいにある小菅村。多摩川の源流の村でもあります(写真提供:SUUMOジャーナル編集部)

小菅村のタイニーハウスのひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小菅村のタイニーハウスのひとつ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

この小菅村で今年10月に誕生したのが、感染症対応をしつつ、災害発生時に避難場所として活躍するタイニーハウスの「ルースターハウス」です。

2020年10月にお披露目となった「ルースターハウス」。見た目はかわいいが、避難所になる(写真提供/小菅村)

2020年10月にお披露目となった「ルースターハウス」。見た目はかわいいが、避難所になる(写真提供/小菅村)

ちなみに、「ルースター」は英語で、雄鶏という意味のほか、とまり木、ねぐらという意味があるとか。災害時のひとときの住まいという意味で、「ルースターハウス」と名付けたといいます。

このルースターハウスの特徴は、災害時、感染症対策をしながらの避難場所になるだけでなく、(1)軽トラ一台で持ち運べる、(2)4m×4mのスペースに、ドライバーとレンチがあれば大人2~3人で、1時間程度で組み立てられ、(3)山梨県の木材を活用する、といった点にあります。トイレやシャワーなどの水まわりはありませんが、家族4人程度のプライバシーを保ちながら仮住まいすることが可能です。

地元の間伐材を加工して集成材とし、建物の骨組みにしている。避難場所、資源の有効活用、地元の産業振興と一石三鳥にもなる(写真提供/小菅村)

地元の間伐材を加工して集成材とし、建物の骨組みにしている。避難場所、資源の有効活用、地元の産業振興と一石三鳥にもなる(写真提供/小菅村)

(写真提供/小菅村)

(写真提供/小菅村)

ルースターハウスの原型は、「タイニーハウスコンテスト」の応募作品

このルースターハウスの仕掛け人となったのは、前回の取材でも登場してくれた一級建築士・技術士の和田隆男さんと小菅村村長の舩木直美さんの2人です。

「小菅村では毎年、タイニーハウスコンテストを開催しているのですが、2019年に最優秀賞を獲得していた、滝川麻友さんの『森を浴びる家』のアイデアはすばらしく、なんとかかたちにしたいと思っていました」と和田さん。

『森を浴びる家』の応募時の模型。当初は好きな場所で組み立てることができ、自然の明かりで目覚める住まいを考えていて、防災用の用途は考えていなかったといいます(写真提供/小菅村)

『森を浴びる家』の応募時の模型。当初は好きな場所で組み立てることができ、自然の明かりで目覚める住まいを考えていて、防災用の用途は考えていなかったといいます(写真提供/小菅村)

しかし、今年はコロナウイルスの流行もあり、サンプルをつくるのは難しいと考えていたところ、舩木村長から「組み立て式の建物でポータブル。これは、感染症流行下の避難場所として活用できるのではないか。費用はなんとか工面するので、かたちにしてみよう」と提案があり、サンプルづくりを進めたそう。

そもそも、災害発生時に自治体が設置する避難所は、学校などの公共施設に開設されることが多く、多数の人が避難生活を送るため、プライバシーが確保できない、感染症の集団感染が起きるといった問題点が指摘されてきました。

「災害はいつ、どこで発生するかわかりません。しかも今年はコロナウイルス対策として、避難場所の受け入れ人数を半分以下とせざるを得ないため、国も地方自治体も頭を悩ませています。このルースターハウスは組み立て式で持ち運べる。ひょっとしたら避難場所になるのでは、という思いがありました」(舩木村長)

ちなみに、東日本大震災発生時には、「まわりに迷惑がかかると感じた」「設備面で滞在に支障があった」といった理由で避難所から退所していった人が多かったそう(平成25年「避難に関する総合的対策の推進に関する実態調査結果報告書」内閣府)。特に小さな子どもや高齢者・障がいがある人にとっては、避難所での大きな場所が区切られていない、集団生活は大きなストレスとなることでしょう。

また、小菅村では2019年台風19号で被災し、道路が寸断された経験があることから、災害時に空輸・持ち運びしやすさを考え、組立前の重量350kg以内、一つのパーツの長さ1.8m、重さ10kg未満など、軽トラに乗せられる「持ち運びやすさ」にもこだわったといいます。

材料は軽トラック一台で運べる(写真提供/小菅村)

材料は軽トラック一台で運べる(写真提供/小菅村)

「地方の山間の集落は道路も細く、大型トレーラーが入れないことがあります。機動力のある軽トラで持ち運べることというのはサンプルをつくるのにあたって何度も言われました」と和田さん。被災経験があり、地方の実情を知っているだけに、その説得力は十分です。

船木さんは、「このルースターハウスがあれば、周囲の目を気にせずに避難生活が送れます。感染症が流行する心配もなく、自宅とまではいかなくとも、多少なりともくつろげることでしょう」といいます。

タイニーハウスの表彰式での和田さん(左)、デザインした滝川さん(中央)、村長の舩木さん(右)(写真提供:小菅村)

タイニーハウスの表彰式での和田さん(左)、デザインした滝川さん(中央)、村長の舩木さん(右)(写真提供:小菅村)

ちなみに、このルースターハウスの原型となった『森を浴びる家』をデザインした滝川麻友さんは、応募当時、高校生でしたが(!)、現在は早稲田大学建築学科に進学したといいます。
「今回のサンプルを拝見して、自分が空想していたことが現実になったのが、いちばんの驚きでした。私の妄想が大人のみなさんの力でかたちになっていき、貴重な経験をさせていただいたと思っています」と話します。若い着想と大人の力が組み合わさって新しいタイニーハウスができる。まるでドラマのような展開ですね。

気になる価格は80万円程度? 平時はグランピングとして活用!

今回のルースターハウスはまだサンプルの段階ですが、実用化にあたっての課題、今後の活用法についても聞いてみました。

「骨組みは木材ですが、タイニーハウスの外側はポリエステル樹脂を使っていて、通気性や断熱性などの居住性を高めつつ、耐久性も確かめたいですね。また、デジタルファブリケーションを使って加工しているので、1基を生産するのに5日間かかりました。量産化するのであればこのペースアップ、1基の価格設定でしょうか」と和田さん。ちなみに現在だと外皮を含めて一基80万円ほどかかりますがこれからコストダウンを考えますとの事。舩木村長からも、もう少し安く、早くできるようにプッシュされているとか。

デジタルファブリケーションを用いて木材を加工している(写真提供/小菅村)

デジタルファブリケーションを用いて木材を加工している(写真提供/小菅村)

「ルースターハウスは、平時はグランピングやキャンプなどの宿泊施設としてお金を稼ぎ、非常時には仮設住宅、避難場所として活用することを考えています。小屋もしまっておくのではなく、平時も非常時も活用できるのが理想ではないでしょうか」(舩木村長)

グランピングやキャンプなど宿泊施設としての活用も検討中(写真提供/小菅村)

グランピングやキャンプなど宿泊施設としての活用も検討中(写真提供/小菅村)

移動可能な小さな住まいにはモンゴルの伝統家屋「パオ」、避難場所として受け継がれてきた日本の「板倉小屋」がありますが、ルースターハウスは「パオ」や「板倉小屋」のいいとこ取りをしています。もちろん、自然災害が起きないに越したことはありませんが、世界中で気候変動が進む今、日本のみならず各国で住まいの備えが必要になりつつあります。もしかしたらルースターハウスは、日本発の持ち運べる避難場所として世界に広まっていくかもしれません。

●取材協力
小菅つくる座
小菅村 ルースターハウス
タイニーハウス小菅プロジェクト

「タイニーハウス」での暮らしとは? 日本の最先端が集結

近年、日本でも広がりを見せつつある「タイニーハウス」。「断捨離」を経ての「ミニマム」な生活に憧れ、自分のライフスタイルを簡潔にしたいと考える人は多いようだ。タイニーハウスは、まさにそれを体現している。そもそも、タイニーハウスとはどのようなものか? どんな暮らしが可能なのか? 2019年11月、ずらり小さな家が並んだイベント「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」へ足を運んだ。
コンパクトで手軽な家ならではのメリットとは?

池袋駅から徒歩5分ほどの南池袋公園。家族でランチを楽しみ、子どもが芝生を駆け回る都会のオアシスのような場所に、この日は15軒の「タイニーハウス」が並んでいた。
これは、2020年に開催される東京ビエンナーレのプレイベントである「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」。3日間限定で小さな暮らしを営むタイニーハウスが集まったというわけだ。

もともとは2000年始めにアメリカで生まれた「タイニーハウスムーブメント」。2007年に住宅バブルの崩壊とともにサブプライム住宅ローンが破綻。さらに翌年のリーマンショックがきっかけとなり、消費社会に縛られないカルチャーとして注目され始めた。
そういった背景があるため「お金と時間の自由」を大切にするライフスタイルを体現できる家として広まってきている。

「TINY HOUSE FESTIVAL 2019」の主催者の一人であり、さまざまなタイニーハウスを手がけてきた建築家の中田理恵さんに話を聞いた。

中田さんは夫の裕一さんと建築事務所「中田製作所」を運営。「妄想から打ち上げまで」をコンセプトに施主も設計士も職人も一緒に家づくりに取り組む「HandiHouse project」や今回出展した「断熱タイニーハウスプロジェクト」や「FLAT mini」にもかかわっている(撮影/相馬ミナ)

中田さんは夫の裕一さんと建築事務所「中田製作所」を運営。「妄想から打ち上げまで」をコンセプトに施主も設計士も職人も一緒に家づくりに取り組む「HandiHouse project」や今回出展した「断熱タイニーハウスプロジェクト」や「FLAT mini」にもかかわっている(撮影/相馬ミナ)

「家を建てたり、新築を購入したりする際に、誰もが自らの暮らしを考えると思います。リビングが広いほうがいいのか、キッチンに重きをおくのか、スタイルはさまざまなはず。そんななかでの『タイニーハウス』は、選択肢の一つ。小さいからこそ手に入れやすいし、住み手側も手を加えやすい。理想の暮らしに近いものが自らの手で生み出せるというのが『タイニーハウス』の良さだと思っています」(中田さん、以下同)

イベント目当てに足を運んだ人だけでなく、公園に遊びにきた親子連れも自然と興味をもち、のぞき込んだり、写真を撮ったりしていた(撮影/相馬ミナ)

イベント目当てに足を運んだ人だけでなく、公園に遊びにきた親子連れも自然と興味をもち、のぞき込んだり、写真を撮ったりしていた(撮影/相馬ミナ)

そもそも、タイニーハウスとは、どのようなものを指すのだろう?

「実は、明確な定義はないです。今回集まっているタイニーハウスの延べ床面積は20平米以内のものがほとんど。本体価格として100万円以下でできるものもあれば、高いものだと800万円ほどです。タイニーハウスの多くは800万円以下におさまっているので、一般的な住宅よりも低コストではないでしょうか。形態としては、車で牽引できて移動が可能なものもあれば、基礎つきの固定されたタイプもあります」

小さいということは、建てるまでの期間が短くて済む。また、低価格であれば、ローンを組まないで済むか、もしくは最小限の期間のローンでいい。
また、光熱費も抑えられるのでランニングコストもそれほどかからないというメリットもある。

「お金や時間にしばられずに、自由に身軽に暮らすための家といえるかもしれません」

暮らしや用途に合わせた、さまざまなタイニーハウス

展示されていたタイニーハウスを回ってみると、さまざまなタイプがあることが分かる。

「断熱タイニーハウスプロジェクト」は、建築科の学生である沼田汐里さんによるプロジェクト。中田さん自身もプロの建築家の視点から設計、監修としてかかわっている。

普通免許で牽引できるサイズである750kg未満で製作したという延べ床面積1坪(約3平米)ほどのコンパクトな空間。その名の通り、壁と天井に断熱材を入れているので、夏でも冬でも24~26℃をキープした実績がある。(撮影/相馬ミナ)

普通免許で牽引できるサイズである750kg以下で製作したという延べ床面積1坪(約3平米)ほどのコンパクトな空間。その名のとおり、壁と天井に断熱材を入れているので、夏でも冬でも24~26℃をキープした実績がある(撮影/相馬ミナ)

壁は一面を黄色に塗り、かわいらしい内装に。入口や窓は小さく、茶室をイメージしたつくりにしている(撮影/相馬ミナ)

壁は一面を黄色に塗り、かわいらしい内装に。入口や窓は小さく、茶室をイメージしたつくりにしている(撮影/相馬ミナ)

断熱材の効果を高めるために自作でパッキンを取り付けたという窓枠(撮影/相馬ミナ)

断熱材の効果を高めるために自作でパッキンを取り付けたという窓枠(撮影/相馬ミナ)

「エネルギーまちづくり社」は、建築家であり「みかんぐみ」の共同代表である竹内昌義さんによる会社。低燃費なエコハウスを手がけてきたノウハウを活かし、断熱材を使った小屋を展示。2トントラックに乗るサイズに設計されていて、ジャッキで気軽に上げ降ろしできるのが特徴だ。庭やイベント会場に気軽に設置したり、乗せたままキャンピングカーとして使用したりと汎用性が高い。

今回のイベントの主催者でもある竹内さん自ら、ジャッキを使って実演(撮影/相馬ミナ)

今回のイベントの主催者でもある竹内さん自ら、ジャッキを使って実演(撮影/相馬ミナ)

本体価格は150万円。取材時は外の温度(屋根表面温度)が34℃だったが、室内の温度は20℃に保たれていた(撮影/相馬ミナ)

本体価格は150万円。取材時は外の温度(屋根表面温度)が34℃だったが、室内の温度は20℃に保たれていた(撮影/相馬ミナ)

ドアも窓も機密性の高いサッシを使用することでより断熱材の効果を高めている(撮影/相馬ミナ)

ドアも窓も機密性の高いサッシを使用することでより断熱材の効果を高めている(撮影/相馬ミナ)

「杢巧舎(もっこうしゃ)」は、一般住宅だけでなく社寺建築、数寄屋造り、古民家の新築や改築などを手がけ、伝統工法を大切にしている工務店。展示している小屋にも、その技術はふんだんに活かされている。建物は基礎に固定しない「石場建て」で、壁は伝統工法の「落とし込み板」など金物は使わず「木組み」だけで仕上げている。

会場に資材を運び入れてから、職人3人によって5時間だけで建てたという小屋。親方曰く「100年先まで使い続けられる小屋を目指しました」(撮影/相馬ミナ)

会場に資材を運び入れてから、職人3人によって5時間だけで建てたという小屋。親方曰く「100年先まで使い続けられる小屋を目指しました」(撮影/相馬ミナ)

親方の木村真一郎さん。こちらは、もともとは自身の事務所としてつくった小屋だったという。3畳タイプの本体価格は99.8万円(消費税や運搬費は別途)。(撮影/相馬ミナ)

親方の木村真一郎さん。こちらは、もともとは自身の事務所としてつくった小屋だったという。3畳タイプの本体価格は99.8万円(消費税や運搬費は別途)(撮影/相馬ミナ)

小屋前では「金輪継ぎ」や「尻挟み継ぎ」など、釘やネジを使わない技術の実演に人だかりができていた(撮影/相馬ミナ)

小屋前では「金輪継ぎ」や「尻挟み継ぎ」など、釘やネジを使わない技術の実演に人だかりができていた(撮影/相馬ミナ)

「SAMPO Inc」が手がけているのは、軽トラックに乗せたモバイルハウス。「あなたのための動く個室」とし、住まいとしてはもちろん、店舗やレコーディングスタジオ、サウナとして幅広い使い方を提案している。住み手が自らつくり上げられるよう、工具の使い方からレクチャーしてくれるという。

「SAMPO Inc」は建築集団。この日はメンバーである大友純貴さん自身が住まいとしている一台を展示していた。運転席の上部を活用して寝るスペースもしっかり確保している(撮影/相馬ミナ)

「SAMPO Inc」は建築集団。この日はメンバーである大友純貴さん自身が住まいとしている一台を展示していた。運転席の上部を活用して寝るスペースもしっかり確保している(撮影/相馬ミナ)

コンパクトでかわいらしい薪ストーブを設置。住みながら少しずつ自身の手でカスタマイズしてきたそう(撮影/相馬ミナ)

コンパクトでかわいらしい薪ストーブを設置。住みながら少しずつ自身の手でカスタマイズしてきたそう(撮影/相馬ミナ)

普段は「SAMPO Inc」の倉庫兼事務所にメンバーそれぞれのモバイルハウスが6台ほど乗り入れているのだそう。トイレやお風呂をシェアしながら、身軽に生活している(撮影/相馬ミナ)

普段は「SAMPO Inc」の倉庫兼事務所にメンバーそれぞれのモバイルハウスが6台ほど乗り入れているのだそう。トイレやお風呂をシェアしながら、身軽に生活している(撮影/相馬ミナ)

「Tree Heads&Co.」は、タイニーハウスやツリーハウスのほか、ツリーワークやランドスケープのデザインまで手がけている会社。代表の竹内友一さんは全国を回って、個性的な小屋をつくり続けている。
展示されていた三角屋根のシンプルな小屋は、タイヤがついて牽引できるトレーラータイプ。中にはキッチンやベッドスペースまできちんと完備されているので、タイニーハウスでの暮らしが想像しやすい。

三角屋根が特徴のタイニーハウス(撮影/相馬ミナ)

三角屋根が特徴のタイニーハウス(撮影/相馬ミナ)

正面にベッドがあり、その上部は収納にしても、寝るスペースにしてもいいつくり(撮影/相馬ミナ)

正面にベッドがあり、その上部は収納にしても、寝るスペースにしてもいいつくり(撮影/相馬ミナ)

水道がつき、排水設備も整っているキッチン。左端には冷蔵庫もある(撮影/相馬ミナ)

水道がつき、排水設備も整っているキッチン。左端には冷蔵庫もある(撮影/相馬ミナ)

小さいからこそ、DIYに向いている

展示されていたタイニーハウスを見るだけでも、さまざまな形態があることが分かる。さらに自身のライフスタイルに合ったものをと考えると、一体どこから取り掛かればいいか迷うかもしれない。
しかし、タイニーハウスには、住み手が自分で手を加えやすいという大きなメリットがある。ひとまず今の暮らしに合いそうなものを選び、暮らしながらあれこれ変化させていけばいいのだ。
住宅一軒を自らの手で建てる、またはリノベーションするとなると、かなりの知識と労力、時間がかかるだろう。それがタイニーハウスだったら、ちょっとできるかもしれない、やってみようと思えないだろうか。キットタイプなら自らの手で建てることもできるし、小さな空間ならリノベーションも気軽に取り組める。空いた時間にコツコツとDIYに取り組み、自分好みの空間をつくり上げていく楽しみもあるだろう。

「暮らしていくうちに、ライフスタイルは変わっていくものです。家族が増えたり、仕事が変わったり、興味の対象が別のものになったり。その変化に合わせて家もカスタマイズできていったら、すごく居心地のいいものになるはずです」

タイニーハウスのデメリットとクリアする方法は?

では、逆にデメリットとしてはどのようなことがあるのだろうか?

まず、ガスや水道、電気などのインフラをきちんと確認しなければならない。特にトイレや浴室、エアコンを備える場合は準備が必要だ。

また、住み手それぞれのプライバシーを守る個室をつくるのは難しい。家族が増えた場合にはスペースが足りないということも出てくる。

さらに車で牽引する車輪付きの移動型タイプは住民票の取得にも問題があるのも事実だ。

とはいえ、実際にこれらのデメリットをさまざまな方法で解決している住み手はいる。

「インフラさえ整えれば、トイレも浴室も、エアコンもつけることは可能です。また、断熱材をきちんと入れることで、暑さや寒さを軽減することもできます。トイレはシェアオフィス、お風呂は銭湯にしているという人も。移動型の人は、住民票を実家にしている人もいますし、クリアする方法はいろいろです。
家族が増えたら広さも問題になりますが、もちろん、もう一軒タイニーハウスを増やしてもいい。資金ができたら増やすという考え方もあります。リビングで一軒、各個室で一軒でもいいんです。タイニーハウスは、デメリットを逆にライフスタイルに合わせて柔軟に楽しめる人に向いていると思います」

「えねこや」によるタイニーハウスにはエアコンもペレットストーブも完備。屋根に取り付けた太陽光発電パネルによる蓄電を元に、電力会社の送電網に繋がない独立システムになっている(撮影/相馬ミナ)

「えねこや」によるタイニーハウスにはエアコンもペレットストーブも完備。屋根に取り付けた太陽光発電パネルによる蓄電を元に、電力会社の送電網に繋がない独立システムになっている(撮影/相馬ミナ)

どんな暮らしがしたいのか。今の生活がどういう状況で、どう変化していくのか。何に重きを置いて生活したいのか。
ローンを組み、広くて快適な家に住むのもいいし、コンパクトな家を選び、食や旅にお金をかける生活もいい。暮らし方は人それぞれ違うものなのだから、それを担う住まいの形も違っていて当たり前。

タイニーハウスは、自らの暮らしを考えるきっかけとなり、選択肢の一つとして存在している。暮らしを考えれば考えるほど、住まいの種類が多ければ多いほど、私たちの生活は自由で豊かになっていくはずだ。

(撮影/相馬ミナ)

(撮影/相馬ミナ)

●取材協力
中田製作所
HandiHouse project

3Dプリンターで家をつくる時代に! 日本での導入は?

大型の3Dプリンターを使って、家の形は自由自在で低価格、しかも1日で建てられる――そんな夢のような世界がもう現実になってきた。この分野に詳しい建設ITジャーナリストの家入龍太さんに、海外の事例や日本の状況について詳しい話を聞いた。
これまでにない家が、簡単にできる

3Dプリンター住宅には3つの建設方法がある。1つめは巨大な3Dプリンターを住宅の建設予定の場所に設置し、そこで材料を積み上げる方法、2つめは砂のような素材に凝固剤をかけて固めたものを、掘り出していく方法、3つめは3Dプリンターを設置してある工場でパーツを生産し、現地で組み合わせていく方法だ。使用する素材によっても建設方法は変わってくると言うが、強度の関係などで、最近では積み上げ式や工場生産方式が主流になっているという。

後述で登場する3Dプリンターハウス「GAIA」。3Dプリンターが得意とする曲線を描いたこの家は、巨大なクレーンを現地に設置して素材を積み上げてつくられている(©WASP)

後述で登場する3Dプリンターハウス「GAIA」。3Dプリンターが得意とする曲線を描いたこの家は、巨大なクレーンを現地に設置して素材を積み上げてつくられている(©WASP)

3Dプリンターハウス「GAIA」が通称ライス・ハウスと呼ばれるのは、断熱材として米のもみ殻を使っているから(©WASP)

3Dプリンターハウス「GAIA」が通称ライス・ハウスと呼ばれるのは、断熱材として米のもみ殻を使っているから(©WASP)

いずれの手法でも、この3Dプリンター住居の最大のメリットは、「曲線も描けること」と家入さんは話す。これまで、直線でしか描けなかった家づくりの世界に、曲線が入り込む余地ができたため、狭い土地でもデザインや機能を考え、丸みを帯びた家をつくりあげることも可能になった。今後、さらに自由度の高い住宅が建設できるようになると言われている。

家入さんは、「こうしたユニークな構造の家は、家というものに対する新しい価値を生む。さらに3Dプリンターの躯体だけをつくる専門家が登場するなど、新たな専門職も生まれるかもしれない」と話す。

防水シートで覆われたスラム街をなくすために始まった3Dプリンター住宅

そもそも3Dプリンターの住宅は、新興国における住宅や、災害や事故によって必要になった仮設住宅を建設するために発展してきた。「現地の材料で、一定以上のクオリティで家を素早くつくることが目的だった」と家入さんは語る。不衛生な上、雨風もしのぎづらい防水シートに覆われたスラム街が形成されるのを防ぐために、人口の多いエリアで骨組みが1日(24時間)で完成する3Dプリンター住宅は、非常に重宝されるのだ。

防水シートに覆われたインドのスラム街の様子(写真提供/PIXTA)

防水シートに覆われたインドのスラム街の様子(写真提供/PIXTA)

実際、すでに米国カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置くNPO団体、New Storyは、コンクリート造形の3Dプリンター住宅を、ハイチ共和国やエルサルバドルなど4カ国で2000棟以上建設しており、その費用は1棟わずか6500ドル(約69万円)だという。現在では、技術改革が進み、4000ドル(約42万円)でも建設できるようになったようだ。

米国NPO団体New Storyが2000棟以上開発途上国で建設してきた、3Dプリンター住宅(©Business Wire)

米国NPO団体New Storyが2000棟以上開発途上国で建設してきた、3Dプリンター住宅(©Business Wire)

オランダでは3Dプリンターの橋づくりが盛ん

最近では、住宅だけでなく、研究所やオフィスなどの施設でも、3Dプリンターを使って世界中で建造物がつくられ始めている。

特にオランダは、政府が積極的に3Dプリンター技術を採用しようと資金面の補助も行っているという。例えば、3Dプリンターでつくられたパーツを組み合わせた橋は、3Dプリンターの研究を進めるアイントホーフェン工科大学と、民間企業(建設会社のBAM Infra)による合同プロジェクト。

PCケーブルが通された3Dプリンターでつくられた橋(BAM InfraのYouTube動画より)

PCケーブルが通された3Dプリンターでつくられた橋(BAM InfraのYouTube動画より)

橋の強度を保つため、3Dプリンターから積み上げられるコンクリートの間には、配力筋としてワイヤーケーブルが織り込まれた。8の字を書いたようなユニークなデザインの理由は、空洞にPCケーブルを通すことで、引っ張りを利用して橋桁を完成させたという。強度の面など従来の建設に求められる基準もすべて満たしているという。オランダでは、この他に世界最長となる全長29mの3Dプリンターでできたコンクリートの橋も完成間近とのこと。

日本のゼネコンも3Dプリンター住宅の取り組みを本格化

こうした新しい技術は、既存の業界から脅威と見られているのだろうか。「もともとミリ単位の建築を行う日本では、精度の管理が難しい3Dプリンターはあまり適していなかった。しかし、型枠なしでコンクリートの建造物を建てられるその生産性の高さから、今では各社が注目し、開発を進めている」と家入さんは話す。

アメリカやオランダに後れを取っていた日本だが、ここにきてゼネコン各社がかねてから開発を水面下で進めていたことを公表しているという。特に日本ではその「材料」にこだわった技術が目立つ。例えば、速乾力や鉄筋が不要な強度を兼ね備えたセメント系の材料など。日本独自の開発力で、これからの飛躍が期待できる技術が続々と登場している。

「3Dプリンター建築の現場では、機械が主役。人間は機械の補佐役になっている。今慢性的な人手不足に悩む日本の建築現場では、事故を防止したり、単純作業をロボット化したりすることは、まさに業界の求めるところ。職人の仕事がなくなる前に、現場で考え行動できる人間の価値はこれまで以上に上がると思う」と家入さん。

建設ITジャーナリスト、家入龍太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建設ITジャーナリスト、家入龍太さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターは、建築現場における人の働き方を大きく変えそうだ。家入さんは、国土交通省が進める「i-Construction(i-コンストラクション)」という取り組みを通じて、日本の建築業界の環境がさらに変わっていくだろうと話す。この取り組みによって、どんどん民間の意見を反映した建物の設計基準が採用され、時代にあった内容へとアップデートしているのだという。

「基準内容が変われば、生産性は一気に向上していく」と家入さんは言う。災害の多い日本の基準をクリアした強度を確保しつつ、従来同等以上に快適な家を早く建てることができる技術が、3Dプリンターを用いることで可能になる日も近いかもしれない。

※記事中の3Dプリンター住宅の価格(日本円)は2019年9月5日時点のレートで計算しています

●取材協力
家入龍太さん
株式会社イエイリ・ラボ代表。3Dプリンターをはじめ、建築業界にまつわる最新技術から、生産性向上、地球環境保全、国際化といった業界が抱える経営課題を解決するための情報を、「一歩先の視点」で発信し続ける建設ITジャーナリスト。

「タイニーハウス村」誕生!? 山梨県小菅村から未来の住まいを発信

アメリカ西海岸を中心に広がりを見せている「タイニーハウス」。日本でもブームの兆しを見せているものの、現在は個人での所有や商業施設で利用されるにとどまっています。しかし山梨県小菅村では、この10~25平米ほどの小さな住まいが続々と建てられているとか。小菅村がタイニーハウスに注目する理由とは? 現地に行ってみました。
タイニーハウスが住宅不足の救世主に?

東京都心部から車で2時間ほど、多摩川の源流部にある山梨県小菅村。村の面積の約95%を山林が占める大自然の中で、山の斜面を利用した畑作や、清らかな水を活用したヤマメやイワナの養殖などが行われています。時間がのんびりと流れ、ノスタルジックな雰囲気です。

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

村の人口は714人(2019年7月時点)、小菅村源流親子留学や多摩川源流大学、地域おこし協力隊などで村外の人も積極的に迎え入れています。今回、取材の対応をしてくれた一級建築士・技術士の和田隆男さん(トップ写真)も、もともとは地域おこし協力隊のひとり。25年前から小菅村役場、小菅村体育館などの村内の公共施設づくりに携わってきましたが、小菅村への地域貢献を本格化。山梨県甲府市のマンションと村内のタイニーハウスで二拠点生活を送り、72歳になった現在も村のために日々奔走しています。

そんな和田さんが中心となって3年前に始動したのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」です。タイニーハウスのデザインを全国から公募し、その中から最優秀賞や優秀賞に輝いたものも含め、年2~3棟のペースで建てています。3年目の現在、9棟が建ち、そのうち7棟は村営住宅として移住者や地域おこし協力隊へ貸し出されていて、2棟はモデルハウスとして利用されています。

この取り組みの背景には、移住者等の増加による住宅不足があると言います。

和田さんが3年前にこの現状を知ったときに思い出したのが、住宅不足が深刻化しているイギリスでの経験でした。ホームステイ先の庭先7坪ほどの場所でビジネスをするためのアイデアを求められた際に、日本のワンルームに着想を得た小さな家の提案をして興味を持たれたそうです。さらに、その後に日本で起きたタイニーハウスのムーブメントもあって、ますます実現してみたい気持ちが大きくなっていったそう。

「小菅村には豊富な森林資源があります。これを活用しつつ、住宅不足を緩和できる糸口になるのではと、まずは個人的に別荘を建てるつもりで設計していました。そうしたら村長に興味を持ってもらえて、地方創生事業として本格的に取り組めることになったんです」

百聞は一見にしかず。モデルハウス2棟と、和田さんが住んでいるタイニーハウスにおじゃましてみましょう。

暮らしに家を合わせるのではなく、家に暮らしを合わせる

和田さんいわく、タイニーハウスの条件は、トイレ、風呂、キッチンなどの家としての機能を完備している“快適な住まい”であること。設備込みで500万円前後から購入でき(土地代を除く)、建設期間は2カ月ほど。維持費もほとんどかからず、光熱費が年間1万4000円という人もいるそう。とても経済的です。

村では高齢化が進んでいることもあり、地区ごとに若い人に住んでもらうためにタイニーハウスを点在させて建築しています。

小菅村のタイニーハウス第1号では、住まいの最小単位を追求。「はじめは8畳一間で何ができるだろうと不安でした。50年近く仕事で設計に携わっているのに、イメージできなかったんです。ところがつくってみたら、狭さを感じないし、逆にほかに何が必要なの?と思うようになりました(笑)」(和田さん)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2軒目は、リビング・就寝スペースがある主屋、トイレ・風呂がある水屋と、2棟に分割されたタイニーハウス。「家具は可動式。暮らし方は変化していくものですから、快適な間取りも変わっていくはずです。だから、はじめから間取りを決めてしまうのではなく、家具などで変えられるようにしました」(和田さん)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

これらモデルハウス2棟は、今年中に民泊申請をする予定とのこと。実際にタイニーハウスでの暮らしを体験できるのが楽しみですね。

3軒目は和田さんのご自宅です。キッチン、トイレ、寝室、クローク、書斎、バスタブ付きの風呂場、2段ベッド付きの子ども部屋と、かわいらしいサイズ感の外見からは想像がつかないたくさんのスペースがあります。

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

甲府市では50平米の1LDKマンションに住んでいるという和田さんですが、ここ2年のタイニーハウスでの暮らしはいかがでしょうか?

「十分です。3歩以内で身の回りのことが何でもできます(笑)」

たくさん物があるから収納はたっぷり欲しい、家具をたくさん置きたいから広々としたスペースが欲しいと思いがちですが、タイニーハウスに住むことで足るを知る、ということでしょうか。

また、和田さんは以前から「大きい家はいらないという思いは持っていました」と言います。

「このタイニーハウスが、長年向き合ってきた住まいに対する僕のひとつの答えです。
僕もかつては大きな家を買うためにローンを払ってきました。無理をしてきた部分があったと思います。資産になる、家族のため、と思っていましたが、子どもたちとその大きな家で暮らしたのは15年ほど。子どもが家の中からいなくなって思ったのは、建設費が安く、維持費も少なくてすむ小さな家で、心軽やかにいろいろと好きなことをやったほうがいいなと」

そう話しながら和田さんは、こだわりのBOSEのスピーカーでジャズをかけてくれました。音が家中に反響して、まるで自分のためだけのコンサートホールのようです! 展望台にのぼると、大きな窓一面に山々の緑が広がりました。夜は満点の星空を見ることができるそうです。

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「豊かさってこういうことなんだな、ということを実感しています。この先進的な小さな家では、精神的な豊かさを得られています。

僕も、おそらく建築業界の人も、住宅に対してあえて小さな家をつくるという発想を持っていませんでした。戦後から団地に見られる個室と浴室・トイレのついた2DKの田の字形プランがスタンダードになりましたが、昔は長屋や屋敷など、住まいの形はもっと自由でした。特に、鴨長明や良寛和尚などの偉人が山の中に建てた小さな庵は、タイニーハウスに通じるものがあります。

欧米では、地球温暖化防止や持続可能な社会実現のために、社会に対する自分の意志の表現や行動としてタイニーハウスで暮らす人々が増えていますが、日本人にとっても、思想として受け入れやすい住まい方なんですよね。

新しい暮らしに敏感な人がよく見学に来てくれています。今、求められているのはこういう精神的な豊かさが得られる暮らしだと思いました。

何より、小さな家なら自分の好きな空間を簡単につくることができて、楽しいんですよ。50年後、タイニーハウスが家のスタンダードになったら面白いですよね」

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タイニーハウスには“未来の家”の可能性が詰まっている

「タイニーハウスデザインコンテスト」の作品応募数は、1年目50、2年目126、3年目260と年々倍増しています。3年目となる今年の最優秀賞は、なんと女子高校生の作品。次世代の可能性を感じます。コンテスト1年目はタイニーハウスの可能性を探った作品、2年目は実現可能性が高い作品、3年目は住まいという概念を飛び越えた“未来の暮らし”を提案する作品が多かったそうです。

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、村の住民にも変化があったと言います。

「はじめは、『そんなちっぽけな家をつくることに意味があるのか』という声もありました。ですが、タイニーハウスを通じて若い人にも村自体に興味を持ってもらえるようになったことで、『村を良くすることに必要。そうしないと村の未来がない』と言ってくれる人も出てきました」

小菅村に「タイニーハウス・ビレッジ」が生まれる!?

現在はものづくりを楽しめる工房「小菅つくる座」での取り組みに力を入れているとのこと。タイニーハウス建設はいったんお休み?と思いきや、「タイニーハウスを進化させるための『小菅つくる座』なんです」と和田さんは話します。「タイニーハウスはスペースが限られていますから、既存の家具を入れることが難しい。だから、タイニーハウスに合う家具をつくることが必要だと考えました」

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロッキングチェアをひっくり返すと安定性の高い作業用の椅子になる一石二鳥な家具や、バラバラにして移動しやすくした本棚やスツールなどを見せてもらいました。タイニーハウスで暮らす和田さんだからこその発想です。

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ゆくゆくはセルフビルドできるタイニーハウスキットの販売や、森の中にタイニーハウス・ビレッジをつくりたいと思っています。借りられそうな森は、もう目星がついているんですよ」

なんと夢のある話でしょう! 木漏れ日の美しい森で日々を過ごし、近くの温泉で癒やされる。そんな贅沢な暮らしが目に浮かぶようです。

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バンで移動しながら暮らす「バンライフ」や、好きな地域で週末を過ごす「二拠点生活(デュアルライフ)」、定住しない暮らし方「アドレス・ホッパー」などが注目を集めています。いろんな場所におじゃまできるこれらの暮らしも魅力ですが、タイニーハウスでは理想の住まいの形にじっくり向き合うことができそうです。

“欲しい家”ではなく、“欲しい暮らし”を考えた先にあるのは、どんな住まいの未来でしょうか。

●取材協力
小菅村タイニーハウスプロジェクト

「タイニーハウス村」誕生!? 山梨県小菅村から未来の住まいを発信

アメリカ西海岸を中心に広がりを見せている「タイニーハウス」。日本でもブームの兆しを見せているものの、現在は個人での所有や商業施設で利用されるにとどまっています。しかし山梨県小菅村では、この10~25平米ほどの小さな住まいが続々と建てられているとか。小菅村がタイニーハウスに注目する理由とは? 現地に行ってみました。
タイニーハウスが住宅不足の救世主に?

東京都心部から車で2時間ほど、多摩川の源流部にある山梨県小菅村。村の面積の約95%を山林が占める大自然の中で、山の斜面を利用した畑作や、清らかな水を活用したヤマメやイワナの養殖などが行われています。時間がのんびりと流れ、ノスタルジックな雰囲気です。

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山梨県小菅村、手前に見えるのがヤマメの養魚場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

村の人口は714人(2019年7月時点)、小菅村源流親子留学や多摩川源流大学、地域おこし協力隊などで村外の人も積極的に迎え入れています。今回、取材の対応をしてくれた一級建築士・技術士の和田隆男さん(トップ写真)も、もともとは地域おこし協力隊のひとり。25年前から小菅村役場、小菅村体育館などの村内の公共施設づくりに携わってきましたが、小菅村への地域貢献を本格化。山梨県甲府市のマンションと村内のタイニーハウスで二拠点生活を送り、72歳になった現在も村のために日々奔走しています。

そんな和田さんが中心となって3年前に始動したのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」です。タイニーハウスのデザインを全国から公募し、その中から最優秀賞や優秀賞に輝いたものも含め、年2~3棟のペースで建てています。3年目の現在、9棟が建ち、そのうち7棟は村営住宅として移住者や地域おこし協力隊へ貸し出されていて、2棟はモデルハウスとして利用されています。

この取り組みの背景には、移住者等の増加による住宅不足があると言います。

和田さんが3年前にこの現状を知ったときに思い出したのが、住宅不足が深刻化しているイギリスでの経験でした。ホームステイ先の庭先7坪ほどの場所でビジネスをするためのアイデアを求められた際に、日本のワンルームに着想を得た小さな家の提案をして興味を持たれたそうです。さらに、その後に日本で起きたタイニーハウスのムーブメントもあって、ますます実現してみたい気持ちが大きくなっていったそう。

「小菅村には豊富な森林資源があります。これを活用しつつ、住宅不足を緩和できる糸口になるのではと、まずは個人的に別荘を建てるつもりで設計していました。そうしたら村長に興味を持ってもらえて、地方創生事業として本格的に取り組めることになったんです」

百聞は一見にしかず。モデルハウス2棟と、和田さんが住んでいるタイニーハウスにおじゃましてみましょう。

暮らしに家を合わせるのではなく、家に暮らしを合わせる

和田さんいわく、タイニーハウスの条件は、トイレ、風呂、キッチンなどの家としての機能を完備している“快適な住まい”であること。設備込みで500万円前後から購入でき(土地代を除く)、建設期間は2カ月ほど。維持費もほとんどかからず、光熱費が年間1万4000円という人もいるそう。とても経済的です。

村では高齢化が進んでいることもあり、地区ごとに若い人に住んでもらうためにタイニーハウスを点在させて建築しています。

小菅村のタイニーハウス第1号では、住まいの最小単位を追求。「はじめは8畳一間で何ができるだろうと不安でした。50年近く仕事で設計に携わっているのに、イメージできなかったんです。ところがつくってみたら、狭さを感じないし、逆にほかに何が必要なの?と思うようになりました(笑)」(和田さん)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

外にはデッキがあり、天気がいい日はここで朝食を食べたり、コーヒーでひと休みすることもできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積13.2平米、ロフトの床面積は4.9平米と1.9平米、設備代込みの参考価格500万円(土地代を除く。販売はしていない)。真夏の訪問、ロフトはさぞかし暑かろうと思いましたが、エアコンをつけずとも家中に心地いい風が行き渡っていて、とても快適です。これも小さな家ならではのメリットかもしれません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚を兼ねた階段を登るとロフトが2つも。隠し部屋みたいでワクワクします。展示では就寝スペースにしてありましたが、書斎などの趣味スペースとして活用するのも楽しそう。シンプルだからこそ、想像力がかきたてられます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2軒目は、リビング・就寝スペースがある主屋、トイレ・風呂がある水屋と、2棟に分割されたタイニーハウス。「家具は可動式。暮らし方は変化していくものですから、快適な間取りも変わっていくはずです。だから、はじめから間取りを決めてしまうのではなく、家具などで変えられるようにしました」(和田さん)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋の床面積9.4平米(ロフト別)、水屋の床面積4.5平米、ウッドデッキの床面積10.5平米、参考価格700万円(設備代込み、土地代を除く。販売はしていない)。1年目の最優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主屋と水屋の2棟をつなぐデッキには扉が付いていて、扉を閉めれば目隠しができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロフトは床面積4.0平米。クローゼット付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

棚はキャスター付き、壁付けのテーブルは折りたたみ式(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

これらモデルハウス2棟は、今年中に民泊申請をする予定とのこと。実際にタイニーハウスでの暮らしを体験できるのが楽しみですね。

3軒目は和田さんのご自宅です。キッチン、トイレ、寝室、クローク、書斎、バスタブ付きの風呂場、2段ベッド付きの子ども部屋と、かわいらしいサイズ感の外見からは想像がつかないたくさんのスペースがあります。

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

床面積25平米(展望台別)、参考価格800万円(設備代込み、土地代を除く)。現在は和田さんが居住中(現在ほかに空き家なし)。1年目の優秀賞作品(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関は人間用(左)と、ワンちゃん用(右)に分かれていて、ワンちゃん用の玄関からは土間続きに。「近所の人に、靴を脱がないまま気軽に『お茶を飲んでいきなよ』と言えるのが新鮮ですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

甲府市では50平米の1LDKマンションに住んでいるという和田さんですが、ここ2年のタイニーハウスでの暮らしはいかがでしょうか?

「十分です。3歩以内で身の回りのことが何でもできます(笑)」

たくさん物があるから収納はたっぷり欲しい、家具をたくさん置きたいから広々としたスペースが欲しいと思いがちですが、タイニーハウスに住むことで足るを知る、ということでしょうか。

また、和田さんは以前から「大きい家はいらないという思いは持っていました」と言います。

「このタイニーハウスが、長年向き合ってきた住まいに対する僕のひとつの答えです。
僕もかつては大きな家を買うためにローンを払ってきました。無理をしてきた部分があったと思います。資産になる、家族のため、と思っていましたが、子どもたちとその大きな家で暮らしたのは15年ほど。子どもが家の中からいなくなって思ったのは、建設費が安く、維持費も少なくてすむ小さな家で、心軽やかにいろいろと好きなことをやったほうがいいなと」

そう話しながら和田さんは、こだわりのBOSEのスピーカーでジャズをかけてくれました。音が家中に反響して、まるで自分のためだけのコンサートホールのようです! 展望台にのぼると、大きな窓一面に山々の緑が広がりました。夜は満点の星空を見ることができるそうです。

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2.0平米の展望台付き(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「豊かさってこういうことなんだな、ということを実感しています。この先進的な小さな家では、精神的な豊かさを得られています。

僕も、おそらく建築業界の人も、住宅に対してあえて小さな家をつくるという発想を持っていませんでした。戦後から団地に見られる個室と浴室・トイレのついた2DKの田の字形プランがスタンダードになりましたが、昔は長屋や屋敷など、住まいの形はもっと自由でした。特に、鴨長明や良寛和尚などの偉人が山の中に建てた小さな庵は、タイニーハウスに通じるものがあります。

欧米では、地球温暖化防止や持続可能な社会実現のために、社会に対する自分の意志の表現や行動としてタイニーハウスで暮らす人々が増えていますが、日本人にとっても、思想として受け入れやすい住まい方なんですよね。

新しい暮らしに敏感な人がよく見学に来てくれています。今、求められているのはこういう精神的な豊かさが得られる暮らしだと思いました。

何より、小さな家なら自分の好きな空間を簡単につくることができて、楽しいんですよ。50年後、タイニーハウスが家のスタンダードになったら面白いですよね」

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2年目からはタイニーハウスを小菅村産のスギでつくっているそうです。家を壊した後も自然に還りやすい素材でつくられているという点も、昔の庵と同じ。環境にも配慮されているんですね(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タイニーハウスには“未来の家”の可能性が詰まっている

「タイニーハウスデザインコンテスト」の作品応募数は、1年目50、2年目126、3年目260と年々倍増しています。3年目となる今年の最優秀賞は、なんと女子高校生の作品。次世代の可能性を感じます。コンテスト1年目はタイニーハウスの可能性を探った作品、2年目は実現可能性が高い作品、3年目は住まいという概念を飛び越えた“未来の暮らし”を提案する作品が多かったそうです。

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今年7、8月に3年間で応募された436作品が一堂に会する「森とタイニーハウスとものづくり展」が開催されました。展示作品をまとめた書籍を、今年中に発刊予定とのこと(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2019年の最優秀賞作品『森を浴びる家』は2階建てテントのような建物。自然の明かりで目覚め、眠る。家からは温かい明かりが漏れる提案がされています。好きな場所で組み立て直すこともできます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

特別賞作品『散歩しながら暮らす家』は、2019年度中に建設予定とのことです。外からは中が見えづらいかわりに、中庭を部屋の一部として楽しめる空間になっています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、村の住民にも変化があったと言います。

「はじめは、『そんなちっぽけな家をつくることに意味があるのか』という声もありました。ですが、タイニーハウスを通じて若い人にも村自体に興味を持ってもらえるようになったことで、『村を良くすることに必要。そうしないと村の未来がない』と言ってくれる人も出てきました」

小菅村に「タイニーハウス・ビレッジ」が生まれる!?

現在はものづくりを楽しめる工房「小菅つくる座」での取り組みに力を入れているとのこと。タイニーハウス建設はいったんお休み?と思いきや、「タイニーハウスを進化させるための『小菅つくる座』なんです」と和田さんは話します。「タイニーハウスはスペースが限られていますから、既存の家具を入れることが難しい。だから、タイニーハウスに合う家具をつくることが必要だと考えました」

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

工房は事前予約すれば村外の人も使える。ハイスペックなCNCルーターやレーザーカッターも完備。8月3日には初のDIY教室が開かれた。今後も定期的に開催予定とか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロッキングチェアをひっくり返すと安定性の高い作業用の椅子になる一石二鳥な家具や、バラバラにして移動しやすくした本棚やスツールなどを見せてもらいました。タイニーハウスで暮らす和田さんだからこその発想です。

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真はロッキングチェアモード。作業用の椅子にすると、自然と背筋が伸びる工夫がされています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ゆくゆくはセルフビルドできるタイニーハウスキットの販売や、森の中にタイニーハウス・ビレッジをつくりたいと思っています。借りられそうな森は、もう目星がついているんですよ」

なんと夢のある話でしょう! 木漏れ日の美しい森で日々を過ごし、近くの温泉で癒やされる。そんな贅沢な暮らしが目に浮かぶようです。

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真は、自然共生型アスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」がある森。こんな森の中にタイニーハウス・ビレッジが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

バンで移動しながら暮らす「バンライフ」や、好きな地域で週末を過ごす「二拠点生活(デュアルライフ)」、定住しない暮らし方「アドレス・ホッパー」などが注目を集めています。いろんな場所におじゃまできるこれらの暮らしも魅力ですが、タイニーハウスでは理想の住まいの形にじっくり向き合うことができそうです。

“欲しい家”ではなく、“欲しい暮らし”を考えた先にあるのは、どんな住まいの未来でしょうか。

●取材協力
小菅村タイニーハウスプロジェクト