隈研吾ら東大と積水ハウスがタッグ! 研究施設T-Boxで目指すテクノロジー×建築の未来とは?

東京大学と積水ハウスは、東京大学工学部1号館に研究教育施設「T-BOX」を新設した。ここでデジタルテクノロジーと建築との関連性の研究や、次世代の建築人材の育成を目指すという。なぜこの施設が必要なのか? デジタルテクノロジーによって未来の住まいはどう変わるのか? 東京大学の平野利樹特任講師と、積水ハウスの古村嘉浩デザイン設計部長に伺った。

海外と比べると遅れている建築の教育現場

2021年10月に、東京大学と積水ハウスは「国際建築教育拠点(SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)」の研究施設として「T-BOX」を東京大学工学部1号館に新設した。国際建築教育拠点(SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)とは、「未来の住まいのあり方」をテーマに両者で設けた研究の場のこと。その名に「KUMA」とあるように、建築家であり東京大学特別教授でもある隈研吾氏がアドバイザーとして参加している。これまで東京大学で特別講座を開くなどしていたが、実際に体を使って学べる研究施設「T-BOX」も誕生したというわけだ。

「T-BOX」発表記者会見の様子。左から3人目が隈研吾氏。右から4人目が仲井嘉浩代表取締役社長。左から2人目に今回お話を伺った平野利樹東京大学特任講師(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

「T-BOX」発表記者会見の様子。左から3人目が隈研吾氏。右から4人目が仲井嘉浩代表取締役社長。左から2人目に今回お話を伺った平野利樹東京大学特任講師(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

東京大学の平野利樹特任講師は、「ここでは、デジタルテクノロジーと建築の関係性を探究するとともに、国際的な建築人材を育てるための教育のネットワークのハブとしての役割を果たすことを目指しています」という。

平野さん(写真提供/ SEKISUI HOUSE - KUMA LAB )

平野さん(写真提供/ SEKISUI HOUSE – KUMA LAB )

「SEKISUI HOUSE – KUMA LABは3つのテーマを掲げて活動しています。1つは国際デザインスタジオとして、世界的に活躍している海外の建築家や教育者、研究者などをお呼びし、学生を指導してもらうというものです。2つ目はデジタルファブリケーション(デジタルを活用したモノづくり)センターとしての役割です。3Dプリンターをはじめデジタルテクノロジーを使って実際にモノをつくることで、その技術をどう建築に活用できるのかを探究していきます。最後にデジタルアーカイブセンターとしての機能。これは有名な建築物の図面や模型といった歴史的に価値のある資料を、デジタルテクノロジーでアーカイブ化し、データベースとしてさまざまな研究に役立てるというものです」

東京大学の工学部1号館4階415号室を改修してT-BOXのスペースがつくられた(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

東京大学の工学部1号館4階415号室を改修してT-BOXのスペースがつくられた(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

この3つのテーマで活動することを通して、次世代の建築界で活躍する人材を育成していくという。日本ではおそらく初の試みだが、なぜこうした研究施設が必要なのか? そこには世界と比べて、日本の建築の教育現場が遅れているという背景があるようだ。

「デジタルファブリケーションの面では、アメリカの大学ではもう3Dプリンターや大型のCNC加工機(コンピュータ制御によってどんな複雑なカタチでも切ったり、彫ったりなどの加工ができる機械)、レーザーカッター等々を学生が使うのが当たり前になっています」。

(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

当たり前、の一例を挙げると、建築の模型づくりがある。日本の学生たちは図面を描いた後に、それを元にカッターを使って自分で模型をつくるほかなかったが、アメリカの学生は図面をデータ化して、校舎の各フロアに何十台も並んでいる3Dプリンターを使い模型を作成する。模型提出日の前夜にデータを入力すれば、あとは寝ていても提出期限である次の日の朝には模型が出来上がっているというわけだ。

3Dプリンターで作られた建築模型の例(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

3Dプリンターで作られた建築模型の例(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

「東京大学でも研究室単位でデジタルファブリケーションの機械がいくつかありますが、誰もが自由に使えるわけではありませんでした」。こうした機械を東京大学の建築学科の学生はもちろん、建築学科以外の学生や教職員も広く自由に使えるようにすることを、T-BOXで目指しているのだという。

T-BOXには3Dプリンターをはじめ、さまざまなデジタルファブリケーションの機械が並ぶ(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

T-BOXには3Dプリンターをはじめ、さまざまなデジタルファブリケーションの機械が並ぶ(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

これまでの枠を突き破る発想が育まれる可能性は無限大

もちろん誰もがデジタルファブリケーションの機械を使える環境だけが、建築界の明るい未来像ではない。「こうした機械を当たり前のように使うことで、従来にはない発想が生まれることを期待しています」

確かに、生まれた頃からパソコンやスマートフォンがあったデジタルネイティブ世代は、現在IT業界で目覚ましい活躍をしている。20世紀には思いもよらなかったサービスや機械が生まれているのはそのためだ。

それと同じようなことが将来、建築界で起こりえるということ。例えば3Dスキャンのデータは、点群と呼ばれる点の塊で示される。2次元の紙の上に描かれる点と線と、モニターに表示される点群とでは比較にならないほどデータ量が違う。そのデータを眺めるのと、紙の上の図面を眺めるのとでは、おのずと発想が異なっても不思議ではない。

T-BOXにある大型のCNC加工機。コンピュータ制御によってさまざまな素材を複雑なカタチで切ったり、彫ったりといった加工ができる(写真提供/SEKISUI HOUSE - KUMA LAB)

T-BOXにある大型のCNC加工機。コンピュータ制御によってさまざまな素材を複雑なカタチで切ったり、彫ったりといった加工ができる(写真提供/SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

「自らの手でカッターを使って模型をつくっていることも、発想の制約になっていたかもしれません。3Dプリンターやレーザーカッターならもっと複雑な形状も可能ですから」。新しいデジタルテクノロジーを使えば、これまで考えもしなかった形状を発想することもできるということだ。

3DデータとCNC加工機を用いて、発泡スチロールから形状を削り出している様子(写真提供/平野利樹)

3DデータとCNC加工機を用いて、発泡スチロールから形状を削り出している様子(写真提供/平野利樹)

さらにSEKISUI HOUSE – KUMA LABの国際デザインスタジオとしての機能により海外の有名建築家等から大いに刺激や情報を得られる。あるいはデジタルアーカイブセンターとしての機能により、過去の名建築の再評価などからヒントも生まれる。T-BOXの環境から、これまでの枠を突き破る発想が育まれる可能性はこのように無限大のようだ。

「従来にはない自由な発想」が未来の住宅での暮らしを豊かにする

東京大学とT-BOXを設立した積水ハウスのデザイン設計部長・古村嘉浩さんも、こうした「従来にはない自由な発想」に期待をかける。「我々住宅メーカーは住宅づくりの工業化によって、耐震性・品質耐久性といった安心・安全、さらに省エネやユニバーサルデザインなどの快適性を高めてきました。その成果として“100年暮らせる”構造体としての住宅をつくることはできるようになっています。ではその先は?といえば、“人生100年時代”を迎える成熟社会では、感性価値が求められるようになると考えています」

古村さん(写真提供/積水ハウス)

古村さん(写真提供/積水ハウス)

住宅の感性価値といってもさまざまある。建築物としての色やカタチ、景観を取り込んだ間取り、素材の手ざわり……。しかし未来に求められる感性価値とは、そういった“従来”の要素だけではなく、“その先”の発想も必要になるらしい。

ロンドンデザインビエンナーレ2021に、平野さんが日本代表作家として出展したインスタレーション「Reinventing Texture」。東京とロンドンの都市空間に点在するさまざまなテクスチャを3Dスキャン技術で収集し、それらをデジタルモデリングで加工・組み合わせ、デジタルファブリケーションと和紙の張り子技法によって高さ約1.8m×幅約8mのレリーフとして制作した((c)Prudence Cuming)

ロンドンデザインビエンナーレ2021に、平野さんが日本代表作家として出展したインスタレーション「Reinventing Texture」。東京とロンドンの都市空間に点在するさまざまなテクスチャを3Dスキャン技術で収集し、それらをデジタルモデリングで加工・組み合わせ、デジタルファブリケーションと和紙の張り子技法によって高さ約1.8m×幅約8mのレリーフとして制作した((c)Prudence Cuming)

例えば100年保つ住宅といっても、その時間の流れの中で暮らす人のライフスタイルは絶えず変化し、それに伴って感性も変わってくる。今でもリフォームや模様替えである程度変えることはできるが、その時々の気持ち、感性に合わせてもっと手軽に、簡単に住宅のカタチや表情を変化させることができれば、暮らしている人の気分も弾む。

大がかりなリフォーム工事をしなくても、3Dプリンターでつくった小さなピースで壁をつくれるなら、ピースの組み替えだけで簡単に間取りを変えられるかもしれない。あるいは、かつての日本家屋は欄間をはじめさまざまな名工の手仕事による装飾が施されていたが、そうした職人技をデジタルテクノロジーで、時代に合ったカタチで再現できるのではないか、などなど。未来の住む人の感性を刺激できることは、たくさんありそうだ。

3Dスキャン技術によって再現されたデジタルモデリングの一部((c)Prudence Cuming)

3Dスキャン技術によって再現されたデジタルモデリングの一部((c)Prudence Cuming)

「名工の手仕事でいえば、昔の建築物には今の職人ではできない加工もあります。しかしデジタルスキャンやCNC加工機を使えば、それを再現できるかもしれません」と平野さん。今ではできない名工の手仕事を再現できる。これもまた、従来にはない自由な発想を生む源になる。「世界的に見て、T-BOXのように未来に向かって新しいモノを創造するデジタルファブリケーションセンターと過去を振り返ってこれまで作られてきたモノを研究するアーカイブセンターが併設されている研究施設は世界的にも稀」(平野さん)なのだから、最先端技術と歴史的価値による、思いもよらぬ化学変化も期待できる。

同様にSDGsな建材や、最近高まっている木材利用の方法も、自身がライターとして「例えば~」とここに書きたくても書けないのが悔しいくらい、想像を超えた発想で実現できる可能性がある。聞けば聞くほど、まるでT-BOXは誰も見たことのない花を生む土壌のようだ。その花が咲く時期はいつくるのか。期待しながらその春を待ちたい。

●取材協力
国際建築教育拠点(SEKISUI HOUSE – KUMA LAB)

SF映画みたいな「未来のまち」が現実に! テクノロジーを駆使したまちづくり

コロナ禍のまっただ中の2020年5月27日、参院本会議で可決された「スーパーシティ法案」。これによって、今後の日本の各地でA I(人工知能)やビッグデータを活用して生活全般をよりスマート化させる技術を実装した街が、本格的に登場することになる。未来の街なんてまだピンと来ない……というわけで、すでにそんなテクノロジーを駆使した「まちづくり事業」の展開を目指すパナソニックとトヨタが今年設立した合弁会社「プライム ライフ テクノロジーズ(以下P L T)」に、未来を見据えたまちづくりとはどのようなものか詳しい話を聞いた。
「あたりまえを変えていく」まちづくりとは?

ロボットが重い荷物を家の中まで運んでくれたり、健康診断を自宅にいながら受けることができたり、自動運転の車で外出ができる――。そんな今私たちが想像できるものを遥かに超える、次世代の人々の暮らし。
私たちの生活にガスや電気が当たり前になったように、これからは先端テクノロジーが生活をサポートすることで、暮らしの「あたりまえ」が変わろうとしている。

そんなまちづくりを進めるPLTを設立したのは、パナソニックとトヨタの2社。

パナソニックは、パナソニック ホームズなどと世界に先駆けて取り組んだスマートシティ「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」(神奈川県藤沢市)が今年で丸5年を迎えた。地域課題を解決するために、エネルギー、セキュリティ、モビリティ、ウェルネス、コミュニティの5つの分野を横断するサービスを提供。例えばコミュニティ内にある高齢者施設の部屋の温度・湿度や居住者の生活リズムを、同社製のエアコンとセンサーを用いることで、見守りを可能にしている。

Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(写真提供/パナソニック ホームズ)

Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(写真提供/パナソニック ホームズ)

一方でトヨタは今年、モノやサービスがつながる「コネクテッド・シティ」を推進することを発表した。「コネクテッド・シティ」は、人々が生活を送るリアルな環境のもと、自動運転やパーソナルモビリティといった進化した乗り物や、ロボット、スマートホーム技術に人工知能(AI)技術など、最先端テクノロジーを導入した実証都市。ゼロエミッションのモビリティと歩行者が歩く道が血管のように編み巡らされたまちから、「ウーブン・シティ」と名付けられた。実際に、2021年に静岡県裾野市にあるトヨタ工場跡地で着工予定だ。

PLTは、そんな2社のほか、関連会社であったパナソニック ホームズ、トヨタホーム、ミサワホーム、パナソニック建設エンジニアリング、松村組の5社との間で家や街づくりに関するノウハウを共有し、まちづくりに活かしていく。
PLTとしての共同まちづくりプロジェクトは、すでに全国で13ケースが予定されている。

「少子高齢化の影響による空き家の増加であったり、建築業界における就労人口の減少といったさまざまな社会課題を抱えているのが今の日本です。また暮らしの面では、AIやIoTの高度化、5Gの出現などで、現在はダイナミックな暮らしの変化が起きる目前。こうした大きな環境変化が想定される中で、全く新しい価値をもった、次世代の街を提供する必要があると考えました」と同社グループ戦略部主任 佐野遥香さん。

今ある技術やこれから生まれてくる最先端技術を使って、私たちが直面する社会課題に正面から取り組み、より良い生活を目指すまちづくりに期待が膨らむ。

同社まちづくり事業企画部 担当課長の粂田(くめだ)和伸さんは、「想像を超えた暮らしを実現したい」と語る。

「これまでは家を建てて売るということを事業の中心として行ってきましたが、今後は“くらしサービス事業者”として街全体をプロデュースしていきたいです」(粂田さん)

生活を支えながら、技術で社会課題も解決

具体的にはどのような街をつくろうとしているのだろうか。それを語るに欠かせないのが、トヨタのモビリティ技術、パナソニックのAIや先進デジタル技術を中心とした、グループ会社5社のノウハウによる家づくりだ。

「これまで1社だけで活用していた技術を、PLTではグループ各社と分け合っていけることが強みなんです」と話すのは、同社技術企画推進部 担当部長の小島昌幸さん。

左から、PLTまちづくり事業企画部担当課長の粂田和伸さん、PLT技術企画推進部担当部長の小島昌幸さん(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

左から、PLTまちづくり事業企画部担当課長の粂田和伸さん、PLT技術企画推進部担当部長の小島昌幸さん(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

例えば地震が起きたとき、ミサワホームが開発した「GAINET (ガイネット)」という、外出先からも瞬時に建物の被災度が分かる技術を、今後はパナソニック ホームズやトヨタホームが提供する住宅にも導入を検討しているという。このサービスは、万一の時には、被災した家の復旧支援を一早く提供することを可能にした技術でもある。

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建物の被災度が瞬時に分かるミサワホームの「GAINET(ガイネット)」は、今後P L T各社の新築物件でも導入できるよう検討中だという(写真提供/ミサワホーム)

建物の被災度が瞬時に分かるミサワホームの「GAINET(ガイネット)」は、今後P L T各社の新築物件でも導入できるよう検討中だという(写真提供/ミサワホーム)

また、近ごろ頻発している自然災害による長時間の停電対策として、トヨタ自動車からの技術支援を受け、一般的に広まっているハイブリッド車・プラグインハイブリット車の車載蓄電池からAC100V・1500W電力供給機能を住宅・建設物につなぐことで、安全な非常用電源として使えるようトヨタホームが研究開発中だという。この技術は、ミサワホーム、パナソニック ホームズが提供する住宅への展開も予定しているのだとか。

災害の多い日本では、災害対策された住まいへのニーズも高まっている。オンラインでつながることによる復旧支援の早期対応や、車載蓄電池を用いた電源確保といった先端テクノロジーを活かした家づくりへの期待は大きい(写真提供/トヨタホーム)

災害の多い日本では、災害対策された住まいへのニーズも高まっている。オンラインでつながることによる復旧支援の早期対応や、車載蓄電池を用いた電源確保といった先端テクノロジーを活かした家づくりへの期待は大きい(写真提供/トヨタホーム)

「技術を活用していくことで、人々の生活を支えながら、社会課題も解決していくことができると思っています」と小島さんは話す。

一方、AIやビッグデータを暮らしに導入することについて、プライバシーや個人情報の扱いなどについての側面から、一部で懸念する声もある。「技術はあくまでも、問題解決の手法。その一面だけを切り取るのではなく、問題解決のための必要ツールとして導入についての理解を得た上で、(セキュリティ面を含め)きちんと運用していくことが大切だと思っています」(小島)

防災対策万全な未来型都市「愛知県みよし市」

PLT設立後の最初の大型プロジェクトとして進行中なのが、愛知県みよし市にある大型分譲地「TENKUU no MORIZONO MIYOSHI MIRAITO(てんくうのもりぞの みよしみらいと)」だ。2020年6月13日から販売が開始されたこの戸建分譲地は、もともとトヨタホームが2018年に着手したプロジェクトで、PLTが掲げる”人と社会がつながるまちづくり“というビジョンに沿って展開した形だ。

TENKUU no MORIZONO MIYOSHI MIRAITOの顔とも言える「MORIZONO HOUSE(もりぞの はうす)」(写真提供/トヨタホーム)

TENKUU no MORIZONO MIYOSHI MIRAITOの顔とも言える「MORIZONO HOUSE(もりぞの はうす)」(写真提供/トヨタホーム)

この分譲地の特徴の一つが、町の中心部にある集会所として機能する、「MORIZONO HOUSE」。スマート防災コミュニティセンターである一方で、先進テクノロジーを用いて、停電時や災害時に一定期間、エネルギーを自給できる自立型の防災センターとして機能するようにつくられるという。さらに、非常用電源として、駆動用バッテリーから電力を取り出すことができるV2H(ヴィークル・トウ・ホーム)スタンド、防災水槽、使用済み車載バッテリーを再利用した、世界初の定置型蓄電システムであるスマートグリーンバッテリー、防災備蓄庫なども設置される。

そのほかに、電動自転車のシェアサイクルや、「次世代型電気自動車(E V)」の導入といったこともすでに予定されている上、先述のMORIZONO HOUSEでは、カルチャースペースや、コミュニティ・ラウンジ・キッチンを設備。コミュニティ内の住民同士の交流を図るパーティーやイベントなどを開催することも想定済みだ。

(写真提供/トヨタホーム)

(写真提供/トヨタホーム)

(写真提供/トヨタホーム)

(写真提供/トヨタホーム)

「例えば複数の企業のサテライトオフィスを街の共有スペースとして利用したり次世代モビリティが自動運転で街の中を自由かつ安全に走行し、高齢者やお子さんの移動手段となっていたり、住宅内のセンサーを設置して音や光を感知するセンシング技術と連携することで、住まいの不具合が生じた際に駆けつけサービスを行うといったことが、近い将来実現できるのではないかと考えています。また、お店に人がモノを買いに行くのではなく、お店を“可動”にすることでモノを欲しいと思っている人のところへお店の方からやってくる、といったこともできるようになるかもしれません。高齢化、ライフスタイルの変化、そしてこのコロナ禍での価値観の変化など、さまざまな暮らしの変化が起きています。でも、最先端の技術を最大限活かすことで、そんな変化に対応した、どんな人にとっても心地よい住まいや街をつくることができると思います」(粂田さん)

PLTには、7社(トヨタ、パナソニック含む)から、それぞれ異なる背景を持った社員が集まってまちづくりに取り組んでいる。小島さんが「この半年は、驚きと勉強の日々だった」というように、ビジネス習慣から持っている技術や知識についても違いがある中で、手を取り合って進めていく道は決して平坦ではないはずだ。だが同時に、社員の士気は高いという。

多様性あるアイデアやソリューションが集まるP L Tが提供する未来型都市が、世界に先駆けて超高齢社会という大きな問題を抱える日本が誇れる社会課題型ソリューションになることを期待したい。

●取材協力
プライム ライフ テクノロジーズ
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ロボットと共生する住まいの未来。介護・見守り専門ロボット「ルチア」で目指すのは

「21世紀は猫型ロボットが、あらゆる願いをかなえてくれる」と考えていた人もいただろう。だが、現実は「円盤型の小さなロボットが、部屋のお掃除を代わりにしてくれる」くらいだ。しかし生活の中で、人の代わりに動いたり、話しをしてくれたりするロボットが徐々に増えていることは否定できない。私たちの生活にロボットは今後さらに受け入れられていくのか。それに伴い、住空間は新たな環境を求めるようになるのだろうか。

東京ビッグサイトで昨年12月に開催された「2019国際ロボット展」では、「ロボットがつなぐ人に優しい社会」をテーマに、国内外から産業用ロボやIoT、AIなど関連製品や技術が集結した。なかでも人目を引いたのが、人手不足や過重労働の課題が深刻化する介護医療の現場向け「解決提案型ロボ」だ。

介護や見守り専門のロボット「ルチア」を開発した研究者である、神奈川工科大学の三枝亮准教授に、専門家から見た「ロボットと共生する未来像」について、話を聞いた。
介護医療コンシェルジュロボット「ルチア」(写真提供/筆者)

介護医療コンシェルジュロボット「ルチア」(写真提供/筆者)

三枝准教授率いる神奈川工科大学の「人間機械共生研究室」で生み出されたロボット「ルチア」は、企業へ技術移転され「くるみ」という名で製品化されている。ルチアの持つ「夜間巡回機能」に絞り込んだもので、すでに介護施設で導入実績を持つ。

この「くるみ」は、夜間、介護施設のフロアを見回りしながら巡回し、万が一、異常を見つけると、即座にネットワークを通じて監視センターに通報する。通常ならば、夜勤の監視員数名が、夜中に定期的に巡回する仕事を、「くるみ」一台でこなす。すでに、浜松市の介護施設「社会福祉法人天竜厚生会」などの施設で役立っている。一方「ルチア」は、主に介護、医療、福祉、教育分野への先端研究を行う研究用の機体で、介護施設に加えて特別支援学校や総合病院などでも実験を続けている。

三枝氏によると「ルチアは、人とロボットが相互のやり取りを通じて、人に与えられる効能を検証するために開発した」という。

例えば、ルチアがロボットとして支援できる「歩行リハビリ」では、理学療法士がまずルチアに歩行のペースやルートなどを教え、ルチアはそれを踏まえて患者を実際に移動しながら誘導することで、歩行練習を進めることができるという関係にある。

「このように、人がルチアを育て、また人もルチアから学び、成長するような人間と機械の共生をイメージし、バリアフリーなロボットを目指しました」(三枝氏)

「不気味の谷」を意識したデザイン

ところで、ルチアの特徴はその風貌にある。まるで70年代の特撮テレビドラマ『ロボコン』に登場したキャラクターのような愛らしさがあり、足下についている車輪で移動し、顔部分に当たるモニターを通じて、人とコミュニケーションを取ることが可能だ。また体中に巡らせたセンサーのおかげで、実際にルチアを触ることで、動きを制したり、一方で寝ている人の体の変動を自動で計測したりすることもできるという。

このルチアのデザインは、人型(ひとがた)からは程遠い。その点について、三枝氏は「我々はルチアの開発をする際に、<不気味の谷>という心理学の知見に基づいてデザインをした」と話す。

「不気味の谷」とは、日本のロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱し、2015年にカリフォルニア州立サンフランシスコ大学の心理学者たちが実際に研究を証明した、ロボットに関する人の心理的要素を示したものだ。

三枝氏によると「人は、対象物が人の姿に近いほど親近感を持つが、人形やマネキンのように、人に似過ぎると親近感が下がり、さらにもっと人に近づくとまた親近感が復活して最高に達する」という。(図参照)

(図面提供/人間機械共生研究室)

(図面提供/人間機械共生研究室)

そしてルチアについては、「ペットのような動物性を残した愛らしい風貌や、動作に対して<意図的に>谷の手前に位置するようなデザインにした」と話す。実際、ルチアに対する好感度を調べたところ、拒否率は5%未満にとどまったという。(介護施設及び障がい者施設内での約3週間の実証試験において約100名の対面者(介護施設及び障がい者施設の利用者、施設職員、慰問中の幼児や児童を含む)に対して4人程度)

だが一方で、人のような指や足を持たないために、ハサミを使ったり、階段の上り下りができなかったりという不都合はあるが、存在用途がはっきりしているルチアにとっては、現状の体裁で申し分のない状況のようだ。

家や車がロボット化し、その中に人が住むという姿

そんなロボット研究の第一線にいる三枝准教授に、これから一般家庭で普及していくであろうロボットの想定される現実的な姿や用途について聞いてみたところ、「AI、センサー、モーター、インターフェースなどの各機能がネットワークで連携した<環境型ロボット>が最も現実的」とのこと。

ルチアのできること一覧(撮影/筆者)

ルチアのできること一覧(撮影/筆者)

つまり、家や車が全体としてロボット化し、人がロボットの中で生活をするという形だという。それはまるで車が人と会話し、自分から行動を起こせる米国の80年代に放映された近未来ドラマ『ナイトライダー』に登場した自動車<キット>が現実になると言っても過言ではないだろう。さらに「ロボット掃除機に代表されるような、自律型ロボットは、こうした環境型ロボットの端末として残っていくと思う」と三枝氏。

では、このルチアのような小型版のロボットが、一般家庭に普及することはないのだろうか。三枝氏によれば、歩行型や、ルチアのような車輪型でない形態のロボットも十分つくることはできるというが、現実問題、莫大な費用がかかるという。「ルチアをはじめ、多くのロボットは車輪型であるために、バリアフリーに近い住空間であれば、十分活躍できる」と話すように、この車輪型ロボットが、価格とパフォーマンスを兼ね備えた今現在、最も現実的なロボットと考えられそうだ。

そのような状況を踏まえると「車いすを利用する人が生活しやすい住空間をつくり、同様の仕様を満たすようにロボットを設計すれば、ロボットが活躍できる世界は十分家庭にも広がる」と三枝氏は考えている。実際、ルチアは、成人が車いすに座っている状態と同等の重量(約60kg)、車高(約100cm)、車幅(約50cm)でできており、人の手の長さに近いアーム(80cm)を備えているという。

コストとメンテナンスがロボット導入の課題会場で「ルチア」と撮影に応じた神奈川工科大学准教授・三枝亮氏(撮影/筆者)

会場で「ルチア」と撮影に応じた神奈川工科大学准教授・三枝亮氏(撮影/筆者)

現在ルチアから製品化されたロボット「くるみ」は、夜間巡回者を1名雇い入れる費用と比べると安く済むため、人手不足が否めない介護の世界では業界のニーズを満たしているという。スマートフォンや掃除ロボットが広く普及している背景にコストと価値が見合っていることがあるように、生活支援ロボットとしてルチアクラスのロボットが一般に普及するには、もっとニーズが増えると当時に、製造コストが抑えられるようになる必要がある。

そしてもう一つの課題と考えられるのが「メンテナンス」である。三枝氏によれば「現在ロボットのメンテナンスは、サービスとして成立しておらず、売り切りにせざるを得ないため、複雑なロボットが市場に出せない状況」とのこと。今後、車のように、ロボット業界も、ディーラーなどによるメンテナンスサービスや、保険サービスが事業的に成立する流れができれば、より生活支援型のロボットが我々の生活に介入してくる日も近くなると言えるだろう。

●取材協力
人間機械共生研究室(SybLab)