テレワークが変えた暮らし【10】理想を求めて葉山へ。社会活動「スポーツを止めるな」もスタート

東京都新宿区から神奈川県葉山町に3年前に家族で引越した会社員の最上紘太さん。ライフシフトの見直しをきっかけに移住を決意。そして、このコロナ禍でテレワーク中心となり、生活スタイルにさらに変化が訪れた。コロナで苦しむ学生アスリートを支援するため、一般社団法人「スポーツを止めるな」を仲間と立ち上げるなど活動を広げている。移住、テレワークで最上さんの暮らしはどう変わったのだろうか。
葉山でネットと波を乗りこなすダブルサーフィン生活を手に入れた

「老後に葉山を拠点にして生活することは、学生時代から思い描いていました」と語る最上さん。最上さんの高祖父にあたる明治の文化人、陸 羯南(くが かつなん)氏が葉山に移り住んで以降、そこは最上さんや、親戚みんなの憧れの地となる。小さいころから訪れていた葉山は、中学時代からラグビーに打ち込んできたスポーツマンの最上さんにとって、都会から遠くないのに、自然の中でワークアウトをしたり、スポーツを楽しめたりする理想の場所という印象が強かった。

「東京での仕事が忙しくなる一方、世間では働き方の見直しが議論を呼び、“人生100年時代”が叫ばれるようになりました。都会のド真ん中に住んで、マンションと会社を往復する生活がベストな生き方なのか、4年ほど前から真剣に考え始めたんです」と話す。

幼少期からの憧れの地・葉山への移住を自然と考えるようになっていくうちに、富士山も海も見える今の家が立つ土地を見つけ、迷わず購入。地の利を最大限に活かし、環境にも配慮した理想の家を1年かけて建てた。以来、休みの日には海でスタンドアップパドル(SUP)を楽しんだり、家族で磯遊びをしたりと、海の側での生活を満喫しているという。

最上さん宅から望む富士山(画像撮影・提供/最上紘太)

最上さん宅から望む富士山(画像撮影・提供/最上紘太)

コロナ禍で、理想のテレワークのある暮らしを実現

家を建てたころは、仕事は都内のオフィス勤務がメインだった。勤務先では、テレワークは今ほど浸透していなかったというが、最上さんはすでに「将来的にはテレワークを基本とした暮らしをすること」を理想に、日当たりもいい、お気に入りのスポットに書斎をつくっていた。

そんな最上さんのテレワークが本格的に始まったのは、新型コロナウイルスによる自粛生活が始まったこの3月。毎日都内へ通勤する生活からフルリモート生活に一変した。

以前は休日の朝5時から海に走りに行っていたが、出勤時間がなくなった分、始業時間前を利用した毎日の習慣に。地元のランニングコースを開拓する余裕もでき、葉山は海だけでなく山々やハイキングコースが充実していることにも気がつけたという。

こうして毎日気分に合わせて海や山などさまざまなコースを走ることで、「コロナ禍でも気分転換と健康維持が可能になりました」と続ける。さらに、家族で山登りに行ったり、海で朝食や夕食をピクニックで楽しんだりと、バケーション気分を日常に取り入れられるようになった。このことで、仕事における集中力も格段に高まったという。

「地元で過ごす時間が圧倒的に増えたことで、これまで以上に家事に関わり、自分時間も確保できています。ご近所付き合いも増え、葉山への愛着が一層深まりました」

葉山に点在するハイキングコースは、うっそうと繁る木々に囲まれ、清々しい空気が漂う。早朝はほぼ人がいないので集中して走り込めるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

葉山に点在するハイキングコースは、うっそうと繁る木々に囲まれ、清々しい空気が漂う。早朝はほぼ人がいないので集中して走り込めるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

地産地消の食卓がかなうのが三浦半島の魅力

最上さんにとって、葉山生活の魅力の一つは食だ。「朝採れ野菜をはじめとする食が豊か」と最上さん。

特に「葉山しらす」は、初めて食べて以来、冷蔵庫に欠かせなくなった。朝に漁港にあがる釜揚げしらすは、新鮮かつ手ごろな値段で手に入れられる。佐島や横須賀などへ少し車を走らせればその日に水揚げされたばかりの旬の魚が手に入る。漁港まで行かなくても、地元の魚屋には朝獲れ鮮魚がたくさん並ぶ。

葉山しらすを使ったピザ(画像撮影・提供/最上紘太)

葉山しらすを使ったピザ(画像撮影・提供/最上紘太)

ほかにも、野菜や、養鶏場や養豚場で育てられた肉、ブランドの「葉山牛」など、三浦半島にいるだけで、豊かな食を手軽に得られるようになった。「都内に住んでいたころより、ずっと質の良い食材を手ごろに入手できるようになりました。おかげで、子どもに旬のものを感じて食事を楽しむことを教えられるし、これまで料理をしたことがなかった自分が庭でバーベキューするようになり、料理にも興味を持つようになりました」と話す。自粛期間で外食もしづらくなり、時間の余裕もできてからは、おいしいと耳にした調理法を試して、おつまみをつくり、オンライン飲み会で披露するということもできるようになったとのこと。

海では、バーベキューだけでなく、ホットサンドやホットドックをつくって朝食にしたり、近くのレストランのテイクアウトを利用して、海ディナーを楽しむこともあるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

海では、バーベキューだけでなく、ホットサンドやホットドックをつくって朝食にしたり、近くのレストランのテイクアウトを利用して、海ディナーを楽しむこともあるという(画像撮影・提供/寺町幸枝)

(画像撮影・提供/寺町幸枝)

(画像撮影・提供/寺町幸枝)

テレワークだからこそできた、スピード感ある動き

テレワークで生まれた時間は、ボランティア活動にも活かされている。最上さんが一般社団法人「スポーツを止めるな」の共同代表理事に就任したのも、コロナ禍の最中のことだ。大学卒業後も、学生時代のラグビー仲間たちと公私共に交流が深い最上さんは、本業で培ったスポーツ分野での広報活動への造詣の深さから、コミュニケーションプロデューサーとして、立ち上げから組織運営に関わってきた。

同組織は、新型コロナによるさまざまな自粛で進学や就職問題に直面している学生たちを、トップアスリートたちが協力して支援する活動だ。その活動は、社会貢献と期待され、多くのメディアや企業から注目を集めている。

引退試合を逃した中高生ラガーマンたちのために、日本ラグビーフットボール選手会に所属するトップアスリートによる過去の試合への「解説」をつけたビデオ制作を行う「青春の宝」プロジェクトはその一つの活動だ。プロジェクト運営に必要な人選や手配、重要となるメディアへのPRなど、代表理事の3人がスピード感を持って手分けしてこなす必要が求められているというこの活動。共同理事全員が本業を持つ中で、「テレワークなくしては、この組織運営は実現しなかったと思います」と最上さんは話す。

「以前なら、全国を視野に入れた活動となると、“東京”を拠点にせざるを得なかったと思いますし、専業である必要もあったでしょう。しかし多くの動きがリモートでこなせるようになった今、世界を飛び回るトップアスリートから、全国各地で活躍するスポーツ関係者たちとパッとオンラインで繋がり、必要に応じた動きをするというやり方で、十分に日本全国を巻き込む活動は可能だと感じています」と続ける。

グッズ活用で仕事の効率もアップ

本業に、ボランティアにと多忙極める最上さんが、仕事をこなす上で役立っているのが、テレワークのために購入したパソコン周辺機器やガジェットだ。

「毎日少なくとも、5、6本のオンラインミーティングをこなしているのですが、ノートパソコンとひたすら向き合っていると、思った以上に疲れることに気がつきました」と3月以来、少しずつテレワークグッズを取り入れるようになった。

例えば大型のパソコンワイドモニターとワイヤレスキーボード。オンラインミーティングで複数の資料を確認しながら打ち合わせを進めることも多く、ノートパソコンの画面ではとても管理しきれない。ノートパソコンと同期させた巨大モニターを持つことで、より効率的にミーティングをこなせるようになったという。長い日は1日10時間以上パソコンの前に座りっぱなしになる最上さんにとって、ノートパソコンスタンドやタブレットスタンド、グリーンスクリーンなどは、今や手放せないアイテムだ。

テレワークのお役立ちグッズが充実する、最上さんのデスク周り(画像撮影・提供/最上紘太)

テレワークのお役立ちグッズが充実する、最上さんのデスク周り(画像撮影・提供/最上紘太)

最上さんはテレワークが始まったことで、多くの地元の仲間との繋がりが強固になり、葉山生活が充実したと感じている。その様子は東京の仲間にも伝わり、都心から引越ししたいと相談を受けることも増えているのだとか。

「コロナ禍では、いろいろなものが分断されたと言われていますが、地域のまとまりや、新たな繋がりが生まれつつあると実感しています」(最上さん)

このコロナ禍を通じてテレワークが定着した人も多い。今後このような人たちがプライベートを充実させ、仕事でもさらに活躍することで、その魅力はどんどん波及していくに違いない。一瞬欲張りに映る生活だが、これからの「ニューノーマル」になる、取材を通じてそんな期待が思わず膨らんだ。

●取材協力
・一般社団法人スポーツを止めるな

テレワークしやすいのはどんな書斎?ウィズコロナ時代の快適なワークスペースのつくり方

衛生意識の高まり、巣ごもり生活の長期化、テレワークの普及など、新型コロナウイルスが住環境に与えた影響は大きい。そこで今回は、注文住宅からリノベーションまで幅広く手掛けるLOHAS studio(株式会社OKUTA)チーフインテリアデザイナーの小山祐理子さんと、オフィス家具メーカー・株式会社オカムラ ワークデザイン研究所第二リサーチセンター所長の上西基弘さん、それぞれ家づくりとオフィスづくりのプロに、これからの時代に合う快適なワークスペースづくりのヒントを教えてもらった。
コロナ後、リノベーションで人気なのはワークスペース

緊急事態宣言が解除されても、「新しい生活様式」として根付いたマスクの着用や手洗い・うがいの徹底、そして在宅ワーク。新型コロナウイルス感染が広がる前後でのお客さんからの問い合わせ内容の変化について、LOHAS studioの小山さんに尋ねたところ、家に求めるものが変わったのを実感しているという。

お客さんからの要望で、一番多いというのが書斎・ワークスペースだ。テレワークを推奨する企業が増え、在宅勤務の比率が高まったことで、急速にニーズが高まっている。新型コロナウイルスが流行する前は、リビングの一角にワークスペースを設けることが多かったが、オンライン会議の機会が増えたため、音の問題から個室が注目されるように。

「“リビングを広く、個室を狭く”という、間取りのトレンドは変わらないと思います。ただ個室のひとつを書斎として使う場合も想定して、今後は個室の数を必要とする人が増えていくのではないでしょうか」(小山さん)

リビングの一角(写真左奥)に設けたワークスペースは開放感があり、家族みんなで利用しやすい(画像提供/LOHAS studio)

リビングの一角(写真左奥)に設けたワークスペースは開放感があり、家族みんなで利用しやすい(画像提供/LOHAS studio)

オンライン会議が主流になり、ワークスペースも“見せ方”がポイントに

書斎・ワークスペース自体に求められる機能にも変化があるという。パソコンで作業するスペースや書庫などの従来の機能に加え、オンライン会議を行うにあたって、音漏れしない個室であること。そして背景と明かりが重視されるようになった。

壁は一面を板張りやアクセントクロスにすることで、カメラ写りの見栄えを良く。もしくはバーチャル背景にしやすいプレーンな壁にしたり、ロールスクリーンを設置したりと、お客さんの好みに合わせて提案しているという。明かりも、作業面というよりもオンライン会議などで映る際のことを重視。光の入り方や照明位置で相手からの見え方が大きく異なるからだ。

デスクの背面は扉だが、PCの角度を調整すれば左一面の白い壁を背景として利用できる(画像提供/LOHAS studio)

デスクの背面は扉だが、PCの角度を調整すれば左一面の白い壁を背景として利用できる(画像提供/LOHAS studio)

現在、自宅でオンラインセミナーを行っている小山さん。自宅のフリースペースをアレンジし、セミナー用に家具レイアウトを変えたそうだ。「試行錯誤を重ねた結果、南から光の入る窓に向かってデスクを配置すると、人への光の当たり方がよく、おすすめです。また、背景が壁である方が逆光にならず余計な物が写り込みません」(小山さん)

自宅に書斎やフリースペースがない場合は、日中は使用しない寝室の一角を利用するといいそう。壁を背後にしてデスクを置くと、音と見せ方に配慮された簡易的な書斎に。互いに音を気にしなくていいようになり、家族みんなが快適に過ごすことができるだろう。

LDKと引き戸(右手前)で区切られた個室の書斎。引き戸を開けると家族とのつながりを感じられ、テレビ会議などの際には扉を閉めて音対策ができて便利と好評だそう(画像提供/LOHAS studio)

LDKと引き戸(右手前)で区切られた個室の書斎。引き戸を開けると家族とのつながりを感じられ、テレビ会議などの際には扉を閉めて音対策ができて便利と好評だそう(画像提供/LOHAS studio)

家に点在するリラックス要素が集中につながる

続いては、株式会社オカムラのワークデザイン研究所が行った調査を基に、快適なワークプレイスづくりのヒントを探っていこう。

「オフィスを前提としたデータではありますが、集中作業を始めようとするときに好ましい環境について調査しました。その結果、図書館のように静かで周りの人も集中作業をしていて、自習コーナーのようにほどよくパネルに囲まれている環境を好むと回答した人の割合が高かったです」と上西さん。ただ、こちらはひとつの側面で、カフェのようにある程度音があったり、囲いがない方がよかったりと、集中に入りやすい環境は、好みが分かれるという。

また、集中作業に入る際の促進要因として「靴が脱げる環境」を挙げた人が一番多く、「窓から見える外の景色」が続く。お気に入りのBGMが流れていることや、飲食ができることもポイントとして多く挙げられ、「集中のしやすさを尋ねた結果だが、リラックスできる環境とつながっている」と上西さんは分析。これら集中作業に入る際の促進要素が自宅にはある。

集中作業に関する調査の結果(出典/「オフィスと人のよい関係」岡村製作所(株式会社オカムラ)、日経BP社、2007年)

集中作業に関する調査の結果(出典/「オフィスと人のよい関係」岡村製作所(株式会社オカムラ)、日経BP社、2007年)

自宅に書斎・ワークスペースをつくる際は、窓があり、光の変化を感じられる環境だと集中につながるという。照度や室温などは、厚生労働省がまとめた「自宅等でテレワークを行う際の作業環境整備のポイント」も参考になると教えてくれた。

「ABW」を家にも応用すると仕事の効率アップに

自宅に書斎・ワークスペースがなく、リビングなどで仕事をする人が半数という調査もある。そこで、「オフィスづくりで注目されている“ABW”を自宅に取り入れるのも解決策です」と上西さん。

「ABW」はActivity Based Workingの略で、これから行う作業内容に合わせて場所を選択する働き方。希望した好みの場所を選ぶことでモチベーションが上がり、集中して効率的な仕事につながるという。

「ダイニングテーブルや机など1カ所にとどまらず、作業や気分に合わせて、窓際やソファなどに移動しながら働くと、オフィスと同様に有効だと思います。在宅ワークの問題として音が挙げられますが、その対処法として、生活音や同空間にいる人から離れることができる場所を予め探しておくと、オンライン会議や電話の際にも不便がないでしょう」(上西さん)

集中作業に入る際の促進要因があり、空間のにぎわいから離れるため、オフィスづくりの際は窓面に集中するためのスペースを設計することが多いそう。自宅という限られた空間でも、窓の近くにも机を置くなど作業できる環境を整えると、選択肢が広がりそうだ。仕事の内容に合わせて働く場所を選ぶABW。自宅でも取り入れてみると、より一層効率的に仕事ができるかもしれない。

仕事とプライベートのものを分けてON・OFFの切り替えに

在宅ワークでは、ONとOFFの切り替えが難しいという調査結果が出ている。仕事とプライベートとのON・OFFだけでなく、仕事中のON・OFFも大切になる。会社ではコピーのために歩いたり、周りから話しかけられたりして、作業を一旦中断できるが自宅ではそのきっかけが少ない。

「アラームやタイマーを使って、仕事の合間に軽く体を動かすアクティブレストの時間を設けたり、30分~1時間に一度立つなど姿勢を変えたりするといいですよ。テレビやラジオで放送されている体操を日課にしている方もいらっしゃいますね」と上西さん。

上西さんに在宅ワークで工夫した点を尋ねたところ、仕事の荷物を片付ける場所をつくったという。「仕事のものとプライベートのものを分けることでON・OFFの切り替えになります。仕事のものを仕舞えるワゴンや棚を設けるのがおすすめです」(上西さん)

カバンや筆記用具をまとめられ持ち運びに便利なオープンワゴン「Lives Wagon ライブス ワゴン」(画像提供/株式会社オカムラ)

カバンや筆記用具をまとめられ持ち運びに便利なオープンワゴン「Lives Wagon ライブス ワゴン」(画像提供/株式会社オカムラ)

さらに在宅ワークでの問題として、ダイニングチェアなど長時間座るのに不向きな椅子で作業するため、腰を痛めている人も多いと耳にする。その解決策を伺ったところ、座面の高さや背もたれの角度を調節できるなど、人間工学に配慮した椅子を選ぶとともに、好ましい着座姿勢を意識することが大切だという。

「パソコン作業中は前傾姿勢になりがちです。座ったときに後頭部と背中、骨盤、かかとが、壁に接するように立ったときと同じようなS字形カーブを保ち、足の裏が床に着いて、膝下が床と垂直になっている姿勢が好ましいので、椅子には深く座り、足置きを置くなどして姿勢を調整するといいでしょう」と上西さん。クッションで椅子の座面の高さや腰まわりのサポートをする、パソコン画面が見やすいように高さや角度を台などによって調整する、姿勢が崩れてきたと感じたら一度立ち上がって座りなおしたりするのも有効だという。

働く環境をそれぞれの機能性・嗜好性に合わせてパーソナライズすることが、仕事の効率性やモチベーションを上げるために有効だという研究結果もあるそう。資料を広げる際には大きなテーブルを使ったり、手が届く範囲にスツールなどを置いたりと、家具やアイテムを取り入れて、作業しやすいように空間をパーソナライズしてみよう。

天板の高さを変えられ、立ち姿勢でもデスクワークが可能になる「VICINOヴィチーノ」(画像提供/株式会社オカムラ)

天板の高さを変えられ、立ち姿勢でもデスクワークが可能になる「VICINOヴィチーノ」(画像提供/株式会社オカムラ)

テレワークの普及から、これから新築やリノベーションをするのであれば、書斎・ワークスペースを設けることが欠かせなくなりそうだ。現在の自宅内でも機能を切り分けて、机の向きを変えたり、ツールを使ったりすれば仕事をしやすい環境になる。本記事を参考に、自分が集中しやすいよう空間をアレンジしてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・株式会社OKUTA
・株式会社オカムラ

テレワーク、自宅で集中できない! ホテル活用などで“プレ移住”する人も

新型コロナウイルスの影響で突如テレワークがはじまったりと、働き方・暮らし方が大きく変化する昨今。オフィス勤務が再開したところもありますが、テレワークが継続されていたり、週に数回のテレワークが導入されたというケースも多いようです。一方で、自宅での仕事でストレスがたまる人もいることでしょう。では、自宅以外で「働く場所」にはどのような選択肢が出てきているのでしょうか。身近な場所と最近のトレンドを取材してみました。
テレワークの不満は「スペースに関すること」が上位に

家などで仕事をする「テレワーク」。日本でも「100%リモートにする」「出社を週1回のみとする」企業が出るなど、新しい生活様式として広まりつつあります。ただ、日本の住まいは広さにゆとりが少ないものも多く、家族がくつろぐことを念頭に置いて設計されているため、「自宅で仕事できない」「仕事しにくい」という人は少なくありません。

先日、発表されたリクルート住まいカンパニーの調査でも、「オンオフの切り替えがしづらい」「仕事専用スペースがない」「仕事用のデスク/椅子がない」「1人で集中するスペースがない」といった「場所」に関するものが上位に来ていました。

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

では、オフィスに出社できない、自宅では仕事がしにくいという人はどこで仕事をすればよいのでしょうか。最近では、まちなかに場所を求める人も出てきているようです。そんな身近な場所から紹介していきましょう。

ネット環境も完備されたカラオケの個室は、働く場所としても最適

オフィス候補になりそうな場所、その一つは「カラオケ」の一室です。全国に約500店舗あるカラオケルーム「ビッグエコー」では、テレワークの場所として、カラオケの一室を使うことを提案するビジネスプランを2017年からはじめています。確かにカラオケ店であれば、便利な場所にあることも多く、インターネット環境が整っていれば、働く場所としてはぴったりといえます。気になる音ですが、ルーム内での話声などは通路や他ルームには聞こえませんが、近くの部屋でカラオケ利用があると、歌声や音がわずかに響くことがあるといいます。

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

ビッグエコーを運営する第一興商のコミュニケーションデザイン部PR・SP課 吉野明美さんによると、このオフィスボックスの利用者は伸び続けていて、最近では企業からの問い合わせも増えているとのこと。

「もともと、働き方改革のなかでカラオケの一室を『はたらく場所として提供できないか』とはじめた取り組みです。基本的にはお一人で利用されることを想定していましたが、最近では、『会議室プラン』を設けて、ソーシャルディスタンスを保ちながら複数人で利用できるプランもはじめました」と話します。

毎日、利用しなくとも、集中して仕事をしたいとき、オンライン会議のときだけでも、店舗を利用するのもいいかもしれません。

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

一方、課題となるのは、やはり「密」にならないこと。複数人数利用の場合は、距離をとれるよう広めの部屋を案内してくれるとのこと。これから、働く場所のひとつとして、「カラオケ店」、案外、普及していくかもしれません。

住まいのサブスクに申し込み急増。「お試し移住」も可能に

ただ、テレワークであれば、今住んでいる場所にとらわれる必要はなく、郊外、地方で「働く」ことも視野に入ってくることでしょう。実際、冒頭にも紹介したリクルート住まいカンパニーの調査の住み替え希望ではそもそもの「住む場所」を見直す傾向にあるようです。

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

全国60カ所以上の拠点に定額住み放題をうたっている「ADDress」でも、この影響は大きくでていて、問い合わせや加入が急増しているとか。
「テレワークが多くの企業で推進されたことにより、お問い合わせや入会者が増えています。必ずしも、高い家賃を払い続けて都心のオフィス近郊に住む必要がなくなり、通勤ラッシュの電車に乗る日々の都会生活が見直されています」と話すのは同社取締役の桜井里子さん。もともと多かったフリーランスや個人事業主の会員に加えて、会社員が加入したいと希望しているのが特色だそう。

「弊社の物件のほとんどは一戸建てで、コリビングスペースと個室があり、仕事ができるようになっているのが特色です。仕事する場所としてネット環境は整っていますから、テレワークとはとても相性がよいです。また、住み替え希望者や移住の前の「プレ生活」というご利用も増えています」(桜井さん)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

全国のホテルやシェアハウスで滞在しつつ、仕事する日々もアリ

一方、桜井さんによると、地方のホテルの活用という選択肢も加わっているそう。

「個室とコリビングスペースが利用できるADDressであれば、コリビングスペースで食事をしたり仕事をしたりする際に、他の会員とコミュニケーションできる楽しみもあります。一人住まいのアパート暮らしでテレワーク生活では、人との交流機会を得るのは難しいです。そんな現状のシェアハウス型もいいけれど、たまには一人で集中したいときもあるよね、というニーズもありました。そこにぴったりとマッチするのがホテルの個室です。そこで、5月には東京都内をはじめ、北海道小樽など日本各地の宿泊施設と連携することとなりました」と新しい計画がスタートしています。提携ホテルは7月時点で約20施設増えているそうです。

ホテルの個室をセカンド的な職場として利用できるのは、選択しやすいはず。

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

「今回の新型コロナウイルスの状況は、完全に元の生活に戻ることは当面考えにくいのではないでしょうか。また、東京やオフィスの周辺に暮らさなくても仕事ができると気がついた人も多いはず。多拠点生活とまではいかなくとも、プレ移住やワーケーションにチャレンジしようという人が増えていくのではないでかと考えています」(桜井さん)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

感染症をきっかけに、時代が大きく変わるなか、住む場所も働く場所も、多様な選択肢が登場しています。「家と職場を往復する」のを前提にするのではなく、住まいにも「多様性」の時代がきているのかもしれません。

●取材協力
第一興商
ADDress

テレワークが変えた暮らし【9】HSPの自分には「オフィス勤務は生きづらさだった」。生活の質を向上させた選択

「周囲の音が気になって仕方がない」「他人の気持ちを自分のことのように感じてしまい、気疲れしてしまう」――。従来は「繊細」のひと言で片付けられていた気質が生きづらさになっている人たちのことが、昨今、「HSP」=Highly Sensitive Person(とても敏感な人)として知られるようになってきた。脳のストレスを処理する扁桃体が生まれつき活発なため、刺激などを感じ取りやすい性質の持ち主のことで、5人に1人はHSPだともいわれている。そんなHSPの人々が働くうえで、テレワークは生活の質を劇的に向上させることもある。HSPを自認する男性に、話を伺った。
「集中力がない」はずが、テレワークで仕事に没頭できるように

HSPは生まれ持った特性であり、病気などではない。刺激の量や強度の適正は人により違いがあるものだが、雑音があったり、大人数がいる空間などが過敏に刺激になってしまったりすることがある。感受性の強さゆえに、たくさんの人と長時間ともに過ごす職場環境は、HSPの人にとっては大きな負荷ともなりうる。

大阪・北摂地域に住むJさんは、昨年10月に東京のITベンチャーに転職し、現在は自宅と、近所のシェアオフィスを使ってテレワークをしている。Jさんが自分をHSPだと自覚したのは、転職してテレワーク勤務を始めたところ、疲れず仕事に没頭できるようになったからだった。

職場で集中できなかった分の仕事を持ち帰ることがなくなり、空いた時間は自身の勉強にも使えるようになったというJさん(写真撮影/水野浩志)

職場で集中できなかった分の仕事を持ち帰ることがなくなり、空いた時間は自身の勉強にも使えるようになったというJさん(写真撮影/水野浩志)

「小さなころからたくさんの人がいるイベントなどが苦手で。圧倒されてしまうんです。それは自分の弱さだ、治したい、と困っていました。HSPのこと自体は知ってはいたんですが、自分自身とは結びついていなくて。でもあるときSNSで見かけたHSP当事者の方の事例が、まさに自分のことのような内容だったんです」

前職は国立大学の職員。経理関係の業務を担当していた。穏やかな語り口で聡明な印象を受けるJさんだが、前職時代は自身のことを「集中力のない人間」だと感じていたという。

「周囲に機嫌が悪い人がいたり、人が誰かに怒られていたりすると、自分のことじゃないと分かっていても気になってしまって。そういうときは仕事が手につかなくて、終業後にわざわざ図書館や自宅でこもることもありました」

家族の状況に応じて自宅とシェアオフィスを使い分ける

前職での勤続年数が10年を超え、今後は専門性を高めたいと思っていたころ、大学のデータ分析を請け負っていた現在の勤務先と出会う。事業内容への関心から、この道を歩みたいと感じたところ、ヘッドハンティングされた。転職自体はすぐ決心できたが、妻帯者で小学生と幼稚園児の2児の父親であるJさんにとって、転居が伴うのは迷うところ。会社に相談したところ、大阪に住んだままほぼフルリモートでの勤務を快諾してもらえたという。

自宅の間取りは4LDK。仕事場所は自宅とシェアオフィスで使い分けている。テレワークありきの転職ではなく、やりたい仕事の会社がたまたまテレワーク可だったそう(写真撮影/水野浩志)

自宅の間取りは4LDK。仕事場所は自宅とシェアオフィスで使い分けている。テレワークありきの転職ではなく、やりたい仕事の会社がたまたまテレワーク可だったそう(写真撮影/水野浩志)

「本来は出社して業務をするのが基本なんですが、体調不良のときや自宅で用事があるときは、テレワークができる環境が整っていた会社なんです。ことさらテレワークを推奨するというわけでなく、普通にひとつの手段としていつでも選べるように用意してある感じですね。フルリモートは僕だけですが、定期的に同じ曜日にテレワークをする同僚はいます。ただ新型コロナウイルス対応で、現在はテレワークが主という方針になりました」

大勢の同僚に囲まれる生活からシェアオフィスでひとりで働く環境へ変わるうえで不安だったのが、新しい仲間とのコミュニケーションが円滑に取れるのかということと、集中して業務に取り組めるかどうか。しかしむしろ、仕事ははかどるようになった。「自宅やシェアオフィスは静かな環境ですし、会社に在宅での勤務が普通だと理解してもらえているなかでの仕事は、まったくストレスがありませんでした」

勤務時間は7時間で、コアタイムの4時間さえ守ればフレックス制だ。働くのは、自宅でとシェアオフィスが半分ずつ。客先とのウェブ会議のときなどは、情報の漏洩を防ぐために自宅で行っている。ひとりで仕事することは食事の時間を忘れることもあるほど集中できてしまうが、自宅勤務時は家族と一緒に昼食をとることが、オンとオフを切り替えるよい時間になっているそう。「子どもたちと一緒にお昼ごはんを食べることができますし、妻に用事があれば自宅での勤務にして僕が面倒をみることもあります」。ただ、子どもたちにとっては、家に大好きなお父さんがいれば一緒に遊びたいし、話もしたいもの。「我慢させるのはかわいそうだけれど、家で仕事していれば、学校から帰ったときの様子などが分かるのは良い点だと思います」

在宅勤務時は家族との昼食で気分を切り替え。コーヒーブレイクもメリハリに(写真撮影/水野浩志)

在宅勤務時は家族との昼食で気分を切り替え。コーヒーブレイクもメリハリに(写真撮影/水野浩志)

それでも、公務員に準じる安定した仕事からの転職は、家族にとっても勇気のいるものだったのではないだろうか。しかし、妻のMさんは「たとえ給料が下がったとしても賛成だった」と話す。「夫はいろいろなアイデアを持っていたり頑張れたりするのに、活かせていない状態なのがもったいないとずっと思っていたんです。心配だったし、能力を発揮できる会社だから、そっちのほうがいいなって」

刺激への「防御」に使うエネルギーが減り、生活の質が向上

転職による収入の変化はほぼないが、生活の質は格段に向上したそう。「(他の人から)いつ話しかけられるか分からない」といった刺激の量をコントロールでき、集中して仕事に取り組めるので、単位時間あたりのアウトプットの量も増加した。「仕事を持ち帰ることは完全になくなったので、自由時間も増えました。空いた時間は勉強にも充てています」。刺激への「防御」にエネルギーを使って疲れ果てることがなくなったため、Mさんにとっても「しんどそうにしていることがなくなって、悩みの内容も『仕事をどう頑張るか』といった建設的で健康的なものになって、安心できた。家族みんなでご飯をたべる回数も増えました」と喜ばしい方向に向かっている。

いいことばかり、というMさんに、あえてテレワークならではのデメリットを聞いてみた。それは在宅で会議する際、インターネット環境を重視してWi-Fiルーターのあるリビングで行うため「長くて2時間、家族がリビングに入れないこと」だそう。日常生活に仕事が「侵食」してしまう「テレワークあるある」な課題ではある。「Wi-Fiと周波数が干渉してしまうので電子レンジが使えず、料理ができないんですよね」。とはいえそれも、家族皆で食卓を囲める環境になったからこその悩み、といえるかもしれない。

自宅のある北摂地域は、子育て家庭に人気のエリア。休日はよく、吹田市にある万博記念公園で家族と一緒に過ごす。万博記念公園は1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園。太陽の塔をシンボルとし、さまざまな樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が楽しめる(写真撮影/水野浩志)

自宅のある北摂地域は、子育て家庭に人気のエリア。休日はよく、吹田市にある万博記念公園で家族と一緒に過ごす。万博記念公園は1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園。太陽の塔をシンボルとし、さまざまな樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が楽しめる(写真撮影/水野浩志)

小学生の長女と幼稚園児の次女2児の父。自宅勤務のときにはしっかり者の長女が得意料理の卵焼きをつくってくれることもあるそう(写真撮影/水野浩志)

小学生の長女と幼稚園児の次女2児の父。自宅勤務のときにはしっかり者の長女が得意料理の卵焼きをつくってくれることもあるそう(写真撮影/水野浩志)

Mさんの実家は親戚の仲が良く、大人数で集まることもたびたび。Mさんにとっては当たり前の光景であったが、Jさんは参加に抵抗をみせていたそう。「以前はみんなのことが苦手なのかなって思っていました。今となればそういう状況が苦手なだけと分かるんですが」というMさんに「本当はみんなと仲良くしたいんだけど、いざその中に入ると緊張しちゃって」。今でもJさんは、5人以上人が集まる場では、圧倒されてしまう。

「(30代後半の)僕らが子どものころに受けていた教育は『みんな一緒に仲良く』。内気さは克服しないといけないものだと思っていた」とJさんは話すが、現在、他者との違いは当たり前だととらえるべき時代になってきている。従来の環境に無理に合わせるのではなく、自分に合ったところへと移るのが自然であり、オンライン環境の充実や、多様性が尊重される中で、そうすることが可能になりつつある。

テレワークは、新型コロナウイルスの感染拡大により3密を避ける目的で急速に注目されたが、自分の居心地のよい空間で働きたいという多くの人が抱く願いに置いても、ひとつの解となるだろう。制度とは本来、そこにいる人のためにあるもの。HSPによる生きづらさの解消へ、テレワークが一時的なものとならず、制度として正しく役立つことを祈りたい。

●取材協力
万博記念公園
住所:吹田市千里万博公園
営業時間:9:30~17:00(入園は16:30まで)
定休日:水曜日(4/1~GW,10,11月は無休)
自然文化園入園料:大人260円 小中学生80円

テレワークが変えた暮らし【9】HSPの自分には「オフィス勤務は生きづらさだった」。生活の質を向上させた選択

「周囲の音が気になって仕方がない」「他人の気持ちを自分のことのように感じてしまい、気疲れしてしまう」――。従来は「繊細」のひと言で片付けられていた気質が生きづらさになっている人たちのことが、昨今、「HSP」=Highly Sensitive Person(とても敏感な人)として知られるようになってきた。脳のストレスを処理する扁桃体が生まれつき活発なため、刺激などを感じ取りやすい性質の持ち主のことで、5人に1人はHSPだともいわれている。そんなHSPの人々が働くうえで、テレワークは生活の質を劇的に向上させることもある。HSPを自認する男性に、話を伺った。
「集中力がない」はずが、テレワークで仕事に没頭できるように

HSPは生まれ持った特性であり、病気などではない。刺激の量や強度の適正は人により違いがあるものだが、雑音があったり、大人数がいる空間などが過敏に刺激になってしまったりすることがある。感受性の強さゆえに、たくさんの人と長時間ともに過ごす職場環境は、HSPの人にとっては大きな負荷ともなりうる。

大阪・北摂地域に住むJさんは、昨年10月に東京のITベンチャーに転職し、現在は自宅と、近所のシェアオフィスを使ってテレワークをしている。Jさんが自分をHSPだと自覚したのは、転職してテレワーク勤務を始めたところ、疲れず仕事に没頭できるようになったからだった。

職場で集中できなかった分の仕事を持ち帰ることがなくなり、空いた時間は自身の勉強にも使えるようになったというJさん(写真撮影/水野浩志)

職場で集中できなかった分の仕事を持ち帰ることがなくなり、空いた時間は自身の勉強にも使えるようになったというJさん(写真撮影/水野浩志)

「小さなころからたくさんの人がいるイベントなどが苦手で。圧倒されてしまうんです。それは自分の弱さだ、治したい、と困っていました。HSPのこと自体は知ってはいたんですが、自分自身とは結びついていなくて。でもあるときSNSで見かけたHSP当事者の方の事例が、まさに自分のことのような内容だったんです」

前職は国立大学の職員。経理関係の業務を担当していた。穏やかな語り口で聡明な印象を受けるJさんだが、前職時代は自身のことを「集中力のない人間」だと感じていたという。

「周囲に機嫌が悪い人がいたり、人が誰かに怒られていたりすると、自分のことじゃないと分かっていても気になってしまって。そういうときは仕事が手につかなくて、終業後にわざわざ図書館や自宅でこもることもありました」

家族の状況に応じて自宅とシェアオフィスを使い分ける

前職での勤続年数が10年を超え、今後は専門性を高めたいと思っていたころ、大学のデータ分析を請け負っていた現在の勤務先と出会う。事業内容への関心から、この道を歩みたいと感じたところ、ヘッドハンティングされた。転職自体はすぐ決心できたが、妻帯者で小学生と幼稚園児の2児の父親であるJさんにとって、転居が伴うのは迷うところ。会社に相談したところ、大阪に住んだままほぼフルリモートでの勤務を快諾してもらえたという。

自宅の間取りは4LDK。仕事場所は自宅とシェアオフィスで使い分けている。テレワークありきの転職ではなく、やりたい仕事の会社がたまたまテレワーク可だったそう(写真撮影/水野浩志)

自宅の間取りは4LDK。仕事場所は自宅とシェアオフィスで使い分けている。テレワークありきの転職ではなく、やりたい仕事の会社がたまたまテレワーク可だったそう(写真撮影/水野浩志)

「本来は出社して業務をするのが基本なんですが、体調不良のときや自宅で用事があるときは、テレワークができる環境が整っていた会社なんです。ことさらテレワークを推奨するというわけでなく、普通にひとつの手段としていつでも選べるように用意してある感じですね。フルリモートは僕だけですが、定期的に同じ曜日にテレワークをする同僚はいます。ただ新型コロナウイルス対応で、現在はテレワークが主という方針になりました」

大勢の同僚に囲まれる生活からシェアオフィスでひとりで働く環境へ変わるうえで不安だったのが、新しい仲間とのコミュニケーションが円滑に取れるのかということと、集中して業務に取り組めるかどうか。しかしむしろ、仕事ははかどるようになった。「自宅やシェアオフィスは静かな環境ですし、会社に在宅での勤務が普通だと理解してもらえているなかでの仕事は、まったくストレスがありませんでした」

勤務時間は7時間で、コアタイムの4時間さえ守ればフレックス制だ。働くのは、自宅でとシェアオフィスが半分ずつ。客先とのウェブ会議のときなどは、情報の漏洩を防ぐために自宅で行っている。ひとりで仕事することは食事の時間を忘れることもあるほど集中できてしまうが、自宅勤務時は家族と一緒に昼食をとることが、オンとオフを切り替えるよい時間になっているそう。「子どもたちと一緒にお昼ごはんを食べることができますし、妻に用事があれば自宅での勤務にして僕が面倒をみることもあります」。ただ、子どもたちにとっては、家に大好きなお父さんがいれば一緒に遊びたいし、話もしたいもの。「我慢させるのはかわいそうだけれど、家で仕事していれば、学校から帰ったときの様子などが分かるのは良い点だと思います」

在宅勤務時は家族との昼食で気分を切り替え。コーヒーブレイクもメリハリに(写真撮影/水野浩志)

在宅勤務時は家族との昼食で気分を切り替え。コーヒーブレイクもメリハリに(写真撮影/水野浩志)

それでも、公務員に準じる安定した仕事からの転職は、家族にとっても勇気のいるものだったのではないだろうか。しかし、妻のMさんは「たとえ給料が下がったとしても賛成だった」と話す。「夫はいろいろなアイデアを持っていたり頑張れたりするのに、活かせていない状態なのがもったいないとずっと思っていたんです。心配だったし、能力を発揮できる会社だから、そっちのほうがいいなって」

刺激への「防御」に使うエネルギーが減り、生活の質が向上

転職による収入の変化はほぼないが、生活の質は格段に向上したそう。「(他の人から)いつ話しかけられるか分からない」といった刺激の量をコントロールでき、集中して仕事に取り組めるので、単位時間あたりのアウトプットの量も増加した。「仕事を持ち帰ることは完全になくなったので、自由時間も増えました。空いた時間は勉強にも充てています」。刺激への「防御」にエネルギーを使って疲れ果てることがなくなったため、Mさんにとっても「しんどそうにしていることがなくなって、悩みの内容も『仕事をどう頑張るか』といった建設的で健康的なものになって、安心できた。家族みんなでご飯をたべる回数も増えました」と喜ばしい方向に向かっている。

いいことばかり、というMさんに、あえてテレワークならではのデメリットを聞いてみた。それは在宅で会議する際、インターネット環境を重視してWi-Fiルーターのあるリビングで行うため「長くて2時間、家族がリビングに入れないこと」だそう。日常生活に仕事が「侵食」してしまう「テレワークあるある」な課題ではある。「Wi-Fiと周波数が干渉してしまうので電子レンジが使えず、料理ができないんですよね」。とはいえそれも、家族皆で食卓を囲める環境になったからこその悩み、といえるかもしれない。

自宅のある北摂地域は、子育て家庭に人気のエリア。休日はよく、吹田市にある万博記念公園で家族と一緒に過ごす。万博記念公園は1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園。太陽の塔をシンボルとし、さまざまな樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が楽しめる(写真撮影/水野浩志)

自宅のある北摂地域は、子育て家庭に人気のエリア。休日はよく、吹田市にある万博記念公園で家族と一緒に過ごす。万博記念公園は1970年に開催された日本万国博覧会の跡地を整備した公園。太陽の塔をシンボルとし、さまざまな樹木や草花が植えられ、四季折々の風景が楽しめる(写真撮影/水野浩志)

小学生の長女と幼稚園児の次女2児の父。自宅勤務のときにはしっかり者の長女が得意料理の卵焼きをつくってくれることもあるそう(写真撮影/水野浩志)

小学生の長女と幼稚園児の次女2児の父。自宅勤務のときにはしっかり者の長女が得意料理の卵焼きをつくってくれることもあるそう(写真撮影/水野浩志)

Mさんの実家は親戚の仲が良く、大人数で集まることもたびたび。Mさんにとっては当たり前の光景であったが、Jさんは参加に抵抗をみせていたそう。「以前はみんなのことが苦手なのかなって思っていました。今となればそういう状況が苦手なだけと分かるんですが」というMさんに「本当はみんなと仲良くしたいんだけど、いざその中に入ると緊張しちゃって」。今でもJさんは、5人以上人が集まる場では、圧倒されてしまう。

「(30代後半の)僕らが子どものころに受けていた教育は『みんな一緒に仲良く』。内気さは克服しないといけないものだと思っていた」とJさんは話すが、現在、他者との違いは当たり前だととらえるべき時代になってきている。従来の環境に無理に合わせるのではなく、自分に合ったところへと移るのが自然であり、オンライン環境の充実や、多様性が尊重される中で、そうすることが可能になりつつある。

テレワークは、新型コロナウイルスの感染拡大により3密を避ける目的で急速に注目されたが、自分の居心地のよい空間で働きたいという多くの人が抱く願いに置いても、ひとつの解となるだろう。制度とは本来、そこにいる人のためにあるもの。HSPによる生きづらさの解消へ、テレワークが一時的なものとならず、制度として正しく役立つことを祈りたい。

●取材協力
万博記念公園
住所:吹田市千里万博公園
営業時間:9:30~17:00(入園は16:30まで)
定休日:水曜日(4/1~GW,10,11月は無休)
自然文化園入園料:大人260円 小中学生80円

狭くても快適テレワーク! 暮らし系YouTuberに学ぶ「集中できる部屋」のつくり方

望むと望まざるとに関わらず、突然始まったテレワーク。正直、自分の部屋ではなかなか集中できない。でも、部屋が狭いので工夫のしようがない……。そんな方のために今回お話を聞いたのは、チャンネル登録者数16万人超の人気YouTubeチャンネル『OKUDAIRA BASE』で、「暮らしの楽しさ」をテーマに発信している奥平眞司さん、26歳。1DKの部屋で暮らす奥平さんは、オン・オフを切り替えるためにどのような工夫をしているのでしょうか? 狭くても仕事に集中できる、自室にいるのが楽しくなる部屋づくりの考え方を伺いました。

「10分家事」で1日9時間の集中力をキープ

YouTuberの奥平さんは、毎朝5時に起き、1時間かけてつくった朝食を食べたあと、7時から動画の撮影・編集作業などの仕事を始めます。お昼休憩を挟んで17時に仕事を終えるため、1日9時間、この部屋でYouTube動画の撮影・編集業務を行っていることになります。動画の編集やデザイン画の作成などで、一日中デスク作業という日もあるそうです。

「自室では仕事に集中できない」という人も多いなか、奥平さんは生活のメリハリをつけるためにどんなことを心がけているのでしょうか?

「何時に何をするかはざっくりと決めています。朝は5時に起きて、朝食をつくり、お昼をちゃんと食べて、ランニングに行く、というようにある程度決めておくと、1日の中でオン・オフがはっきりします」

奥平さんの朝食の写真

毎朝の朝食づくりは欠かさない(写真提供/奥平眞司さん)

忙しいとつい食事をおろそかにしてしまったり、夜更かしをしてしまいがちなもの。仕事が長引いてオン・オフが曖昧になってしまう……奥平さんはそんなことはないのでしょうか?

「今ノってるから、このまま最後までやっちゃいたい!みたいなときはありますよ(笑)。でも、仕事は細切れにした方が全体の集中力は高まると思うんです。僕は休むときはパッと切り替えますね。長時間座ると体にもあまり良くないですし。30分に1回は立ち上がって、10分以内でできる家事をするようにしています」

10分以内でできる家事とは?

「棚の上のホコリを拭いたり、植物に水をやったり、フローリング用ワイパーで床掃除をしたり。コーヒーを一杯入れたりもしますね」

植物の手入れをする奥平さんの写真

仕事は細切れにして合間に10分でできる家事をすることで、こまめにオン・オフを切り替えて仕事への集中力を維持している(写真提供/奥平眞司さん)

確かに、一気に掃除をしようと思うとなかなか腰が上がりませんが、細切れの家事なら、それほど負担は大きくなさそうです。そもそも、奥平さんはなぜ家事に積極的なのですか?

「今は家事が好きですけど、もともとは嫌いでした。特に実家で暮らしていたときは、4人兄弟なので量が多いのもあって、洗濯もお皿洗いも大嫌いで。でも一人暮らしを始めてからは、どうしたら家事を好きになるかなって考えたんですよね。家事は絶対にやらないといけないことなので、それを少しでも楽しくできたらいいんじゃないかって。それで道具にこだわり始めたら、家事を好きになり始めました」

例えばどんな道具にこだわると良いでしょうか?

「お皿洗いが嫌いなら、スポンジにこだわってみるとか。『こんな風に落ちるんだ!』という発見があります。掃除も、掃除機をフローリング用ワイパーに変えたら、綺麗になるのが楽しくて床掃除が好きになりましたね。道具によって、僕は変わってきたと思います」

こだわりの掃除道具の写真

奥平さん愛用の掃除道具(写真提供/奥平眞司さん)

家事はできるだけやりたくないけど、絶対にやらないといけないこと。まずはそれを受け入れて、どうやったら楽しくなるかを考える。その過程で得られる発見や気づきが、テレワークの休憩でできる「10分家事」を楽しくするポイントのようです。

「モノがモノを呼ぶ」一人暮らしでもデスクはすぐ片付ける

テレワークに集中するために、部屋づくりではどんな工夫をしたら良いのでしょうか? 奥平さんの工夫について聞いてみました。

「僕は陽が当たった方が集中できるので、ワークスペースは窓側に設置しています。デスクの位置はいろいろ試したのですが、壁に机をつけた方がいいかなと。デスクの向こう側が見えるといろんな情報が入ってきて、気になっちゃうんですよね。それから、ディスプレイ以外にデスクに置くものはキーボードとトラックパッドだけ。終わったらちゃんと片付けてゼロの状態に戻すようにしています」

奥平さんのデスクの写真

試行錯誤した結果たどりついたベストポジション。仕事に集中できるように、デスクの上には必要なもの以外は置かない(写真提供/奥平眞司さん)

自宅で仕事をしていると「どうせ明日も使うし」と思ってデスクの上にはつい色々と出しっぱなしにしてしまいそうなものですが、なぜ毎回片付けるのですか?

「うーん……これは僕の考えなんですけど、モノがあると、そこにモノが溜まっていく傾向ってあると思うんですよ。『モノがモノを呼ぶ』じゃないですけど。例えば、テーブルの上にコップやリモコンを出しっ放しにしていると、その周りにチラシや新聞がどんどん溜まっていきませんか? 実家暮らしのときはそれが頻繁に起こっていて(笑)」

モノがモノを呼ばないように、デスクだけでなく、台所も含めて全ての場所で出したものは都度片付けるようにしている奥平さん。だからこんなに整理整頓がされているんだ……。

そういえば奥平さんの部屋には、「モノ自体」が少ないように思います。

「モノが多いと、考えることが増える気がするんです。何か目に入るだけでも、色々と気になってしまって。4年前にこの部屋に来たときはモノがたくさんあったんですけど、当時と比べると集中力が全く違います。環境は大事ですね」

部屋の動線が見える写真

(写真提供/奥平眞司さん)

奥平さんの部屋は動線もスッキリとしていて、移動にストレスがありません。

ところが気になったのは、ソファやハンガーラックなど、一部の家具を斜めに配置していること。本来、狭い部屋でできるだけ広々と過ごしたいと思ったら、家具は壁にぴったりとつけるものでは?

理由を聞くと、「背中が若干曲線になっているソファだったので、形に合わせて配置してみました」とのこと。部屋に合わせて家具を選ぶのではなく、気に入った家具を限られたスペースの中でどう活かすかを考えているようです。

「気に入ったものがある空間ってくつろげますよね」

そうほほ笑む奥平さん。気に入ったものを選び、自分の部屋に置く。当たり前のようですが、一番身近な家具でさえ、私たちは大量生産品の中から妥協して選んでしまいがちです。

「妥協した買い物って、良くないと思うんです。『100%気に入ってるわけじゃないけど、まぁいいか』と思って買うとか。昔は妥協して百円ショップでコップをたくさん買っていたりしたんですけど、結局使わなくなってしまって。ちゃんと使い続けるためにも、愛着があるものを選ぶのは大切だと思います。少し高くても、本当にほしいと思ったら少しずつお金を貯めて買います」

奥平さんが購入したものの写真

物を選ぶ過程も好きだと語る奥平さん。欲しいものがあったら、ネットやお店で徹底的にリサーチするという(写真提供/奥平眞司さん)

自分の部屋に「お気に入りモノ」はある?

奥平さんは、子どものころから居心地の良い空間を求め、試行錯誤を重ねてきたそう。

「弟と2人で一部屋だったので、狭い空間でどうしたら2人が心地よく暮らせるか、ずっと考えていました。2段ベッドの位置を変えたり、弟と自分の空間の間に布で仕切りをつけたりして、しょっちゅう模様替えしていましたね」

一人暮らしを始めたてのころは、勉強スペースをつくるためにDIYでカウンターテーブルを自作したこともあります。

「でも高さが合っていなくて、全然集中できませんでした(笑)。いろいろと試行錯誤してみないと、最適なレイアウトは見つからないと思います」

すでに部屋を「休むための空間」「寝るための空間」としてつくってしまった人は、どうすれば奥平さんのように集中できる部屋をつくれるのでしょうか?

「う~ん、もしかしたら、レイアウトどうこうと言うよりも、お部屋に対する愛着がないのかもしれないですね。部屋をちょっとでも好きになれたら、その場所にいたいじゃないですか。好きな空間で仕事をしたいと思うから、カフェに行く人もいますよね。それと同じで、自分の部屋を好きになれるように環境をつくってみたらいいんじゃないでしょうか。例えば、『ダイニングテーブルで仕事をしてるから集中できない』と思ってるかもしれないけど、集中できない原因はそのテーブル自体を気に入っていないことにあるのかも。僕は作業をするときに使っているこのデスクも、今座っているロッキングチェアも、心の底から気に入っています」
お気に入りのモノが、居心地の良い部屋をつくる。

自分の部屋に、果たしてお気に入りのモノはいくつあるでしょうか? もしかして、妥協して買ったものだらけ?「愛着の持てる部屋かどうか」という観点で部屋を眺めてみると、集中できない原因が見つかるかもしれません。

奥平さんお気に入りの道具の写真

お気に入りのモノをそろえることで自分の部屋が好きになり、居心地のいい空間になっていく(写真提供/奥平眞司さん)

でも、もっと広い部屋だったら、お気に入りのモノをいろいろ置ける気がするんです……。そんな本音を伝えると、奥平さんはこう答えてくれました。

「僕は今も広いとは言えない部屋なんですけど、狭い部屋って面白いなと思っていて。広かったら全てが解決するじゃないですか。家具だって置けちゃうし、スペースも自由に取れる。でも狭いということは、家具の配置を真剣に考えるので、その分、自分と向き合わないといけないですよね。狭いから楽しめないのではなく、狭いからこそ、いろんな楽しみ方ができるんじゃないかなと思います」

狭い部屋だからからこそ、自分と向き合える。
そしてお気に入りのモノを集めた愛着の持てる部屋ならば、そこでの仕事に集中できる。

自室で過ごす時間が多い昨今、逆転の発想ともいえる奥平さんのこの考え方を、実感を伴って理解できる人も多いのではないでしょうか。
集中するためのグッズやレイアウトをあれこれ試してみるよりも、まずは「愛着を持てる部屋づくり」から始めてみるのもいいかもしれません。

奥平 眞司
YouTubeチャンネル「OKUDAIRA BASE」主宰。愛知県出身。福祉系大学卒業後、桑沢デザイン研究所夜間部にて空間デザインを学ぶ。料理やDIY、物選び、整理整頓、家族や友人を招いてのもてなし、一人キャンプや旅行など、自分の時間をとことん楽しむ方法をYouTubeにて配信。動画制作、キッチンツールのデザインなども行っている。次世代YouTuberの育成プログラム「YouTube NextUp2019」に選出。チャンネル登録者数約12万人、総視聴回数約1,200万回。
OKUDAIRA BASE

奥平さんの著書の表紙の画像『OKUDAIRA BASE 自分を楽しむ衣食住 25歳、東京、一人暮らし。月15万円で快適に暮らすアイデアとコツ』(誠文堂新光社)
奥平さんが運営する、YouTubeチャンネル「OKUDAIRA BASE」による初の著作。奥平さんの暮らし方や時間の使い方、それらの背後にある考え方を中心に、これまで動画では紹介してこなかった、YouTuberとしての仕事、家族のこと、お金のこと、将来のことも紹介。お金をかけず、自分らしく暮らすためのヒントがつまった一冊。

地方に副業を持つ「ふるさと副業」が拡大中!地域とゆるやかにつながるきっかけを

ここ数カ月の急速なテレワークの広がりなどを受け、「生活拠点を地方に移す」ことを検討した人も少なくないのでは。一方で、地方移住にはいくつかのハードルがあり、そのうちの一つが“仕事”だと言われている。そんななか、都市部に暮らしながら移住せずに副業・複業・兼業するという地域との新しい関わり方が注目されているようだ。2020年の働き方のトレンドとして「ふるさと副業」を提唱したリクルートキャリアの広報部でもある、藤井薫HR統括編集長に話を伺った。
「終身成長」を求める個人と、「変革人材」を求める地方企業のニーズが合致

「ふるさと副業」とは、都市部で働く人材が、地方企業の仕事に月1回~数回のペースで関わる新しい働き方のこと。自身の出身地の仕事に関わる方もいれば、これまで全くゆかりのなかった地域の仕事に関わるケースもあるという。地方での「仕事」や「人間関係」を構築していく方法へのヒントがありそうだ。

藤井 薫HR統括編集長

藤井 薫HR統括編集長

藤井編集長いわく、いま「ふるさと副業」が広がっているのは3つの要因があるという。

一つ目は働く個人の変化。働き方改革の影響を受け、近年、労働時間は減り続けており、2013年から2018年の5年間で平均年間就業時間は63.6時間も減少している。生産性向上の意識が高まり、残業が減ったことで、余剰時間が生まれるようになった。その時間を「学び直し」や副業など自身のキャリア成長のために充てたい、という方が増えているのだ。

背景には、「『終身雇用』が約束されなくなり、『終身成長』意識が高まったこと」があるという。企業の平均寿命(開業~廃業までの年数)は年々短くなっており、現在では約20年と言われている。一方、職業寿命(個人が働き続ける期間)はどんどん長くなっており、今は60年ほどの予想だ。つまり、一生の間に2回、3回と働く場所を変えていく必要がある。「そのため、市場の中でいつでも声がかかるように腕を磨きたいという人が増えています」(藤井編集長)

市場の中で成長したい意欲を持つ個人にとって、地方か首都圏かは関係ない。「成長の機会があるならば」と、地方で月数回働くことに興味を示している求職者は51%と約半数を超える(日本人材機構「首都圏高度人材意識調査」より)。特にオンライン中心で対応できる仕事は人気を集めており、「ふるさと副業」に関するイベント参加者も増加傾向にあるとのこと。

二つ目の要因が、地方企業の人材ニーズだ。企業は常に人材不足の問題を抱えているが、特に地方中小企業は顕著で、なかでも新規事業創造のための変革人材がいないことが大きな問題だという。

そうした人材を獲得する手段として、これまでは転職やヘッドハンティングしか無かったところに、新たに副業という手段が加わった。「これは地方企業にとってチャンス」と藤井編集長は語る。事実、プロフェッショナル人材と企業をジョブ単位でマッチングするサービス「BizGROWTH」では、2018年から2019年の1年間で求人数が13.38倍に。

「大企業に勤めていても、社長直下の部隊や新規事業開発セクションにいないと、企業変革に関わる機会がなかったりする。自身の成長を考えると今の仕事だけでは足りないと、大企業に勤める方々が地方企業の次世代開発などに参画しているケースも多いんです」(藤井編集長)

“本業”側の企業の変化も追い風だ。

「副業容認・テレワーク導入など、個人の生活パターンに寄り添った柔軟な働き方を提供できないと人材が定着しない時代になっています。企業と対話し、生活に合わせた働き方を実現する『ライフフィット転職』という考え方も広がってきている。また、政府も『関係人口の創出・拡大』を掲げて地方副業者を支援する動きがある。こうした要素も後押しになっていると思います」(藤井編集長)

三つ目の要因は、個人と企業を結ぶ手段の変化だ。これまでは「職住接近」が原則で、住む場所と働く場所が近接していないと関与することが難しかった。しかし今はテレワークが広がり、遠隔でのコミュニケーションを円滑にするさまざまなツールも整ってきている。「仕事と住居が遠くても、まるで接しているように共創することができる。これからは『職住接遠』の時代になっていくでしょうね」と藤井編集長は語る。

ツールの充実により、ハードルが低くなったテレワーク(画像/PIXTA)

ツールの充実により、ハードルが低くなったテレワーク(画像/PIXTA)

“ゼロイチ”を生みだせる人が活躍。「ポータブルスキル」を重視するプロジェクトも

地方企業と働く個人の出会い方も変化している。知り合いから声がかかるケースだけでなく、「BizGROWTH」「ふるさと兼業」「SkillShift」などのマッチングサイトが充実してきたほか、地方副業に特化しない「ビザスク」や「ランサーズ」のようなスキルマッチングサイトを通した出会いも増えている。

特にマッチングしやすいのは「ゼロイチで新しいものを生みだせる人、不確実なものに挑戦するときにスキルを発揮できる人」だと藤井編集長は語る。

岐阜県のお酒や米を入れる桝をつくる企業・大橋量器の事例では、新たな販路開拓にあたり、ブランディングを一緒に考えてくれる人材を募集していた。そこに、東京からブランディングのプロフェッショナルが参画。商品の強みの言語化やWEBサイトのコンセプト立案などでスキルを提供した。

新規販路開拓に向けた、商品ブランディングを実行。強みの言語化やWEBサイトのコンセプト決定などでスキルを発揮した(写真提供/大橋量器)

新規販路開拓に向けた、商品ブランディングを実行。強みの言語化やWEBサイトのコンセプト決定などでスキルを発揮した(写真提供/大橋量器)

地方企業の中には、経営企画はできても、「マーケティング」「デザイン」「PR」「販路開拓」といった特定の分野に強みを持つ人がいないケースも多い。

これまでは高額の報酬を払わなければプロフェッショナルを呼ぶことは難しく、地方中小企業にとってハードルが高かった。しかし今は、「思いがあるなら手伝いたい」と、少額や無償でサポートする個人が増えているという。金銭報酬より成長報酬・関係報酬を求める方に価値観が変わってきているのだ。

一方、前述したような特別な知識やスキルがないと「ふるさと副業」は難しいのかというと、必ずしもそうではないらしい。

「前提として、仕事の成果を出すには、『専門知識・スキル』と『ポータブルスキル』、2つのスキルのどちらかが求められます。ポータブル・スキルは、業界を越境して活用できる筋肉のようなスキルのことで、『仕事の仕方』と『人との関わり方』で成り立っています」(藤井編集長)

例えば、コロナ禍で、飲食店が新サービスを立ち上げるプロジェクトがあったとする。そこでは、業務ごとに以下のようなスキルが求められるだろう。

【仕事の仕方】 a現状把握:他店のテイクアウトの動向を足しげく地道に調べる b課題設定:テイクアウトを望むお客さんの本音を突き止める c計画立案:不安解消を実現するメニューや届け方のプランをつくる d実行:本当に解消するか・回せるか、泥臭く試行錯誤・修正する  【人との関わり方】 a顧客対応:初めての人(顧客)とのコミュニケーションが得意 b社内対応:社内の人気者で、関係づくりがうまい c上司関係:上位者の意思決定者に心地よく信頼を得るのが得意 d部下同僚:仲間との協力関係を引き出すのが上手

aが得意な人もいれば、dが得意な人もいる。副業人材を求めるプロジェクトの種類によっては「専門知識・スキル」を重視するものだけでなく、このような「ポータブルスキル」がより必要とされるものもあるのだという。

「関心がある方は、まずふるさと副業サイトやイベントをのぞいてみることをお勧めします」(藤井編集長)

働き方・暮らし方はますます多様に。「関係の質」も変化

スキルアップのためだけでなく、「副業をきっかけに地元と関係を持ちたい、戻りたい」という理由で取り組んでいる人もいる。複数の地域で副業に取り組むケース、国外から取り組むケース、狭域内の二拠点で活動を行うケースなど、藤井編集長いわく、「100人100色のパターンがある」のだそう。

石川県にあるホテル海望の事例では、外国人旅行者向けの宿泊プランづくりにカリフォルニア在住の日本人女性が参画。契約終了後も、アイデアを思いつくたびに連絡しているそうだ。社外サポーターのような関係性を築いており、「カリフォルニアと石川の『心の二拠点居住』と言えるような状態」になっているという。

ホテル海望(写真提供/ホテル海望)

ホテル海望(写真提供/ホテル海望)

イメージ(画像/PIXTA)

イメージ(画像/PIXTA)

一方、静岡県郊外に位置する企業・TUMUGUの事例では、県内の都市部で本業を持つ女性がマーケティングを支援。このように同じ県内や隣接地域など狭域での二拠点居住・二拠点ワークも増えている。「働き方・暮らし方は、企業が決める時代から個人が決める時代になります。在り方ややり方を決める主権が個人に移動するこれからは、さらに多様になっていくでしょう」と藤井編集長は予測する。さらに、こうした働き方・暮らし方の変化を考える上での重要なポイントとして“関係の質”があるという。

「広義の二拠点・多拠点居住で言うと、例えば軽井沢に別荘を持っていて月に1-2度訪れるが、軽井沢での人間関係は無い、というケースもよくあると思います。
また、働き方は従来、会社と個人の結びつきは強いがゴール設定は曖昧な『メンバーシップ型』と、「ゴールは明確だけど人間関係は無味乾燥な『ジョブ型』の二択と言われてきましたが、ふるさと副業の場合はその2つが合わさった、新しい働き方が生まれているように思います。
ゴールは明確にありながらも、社外サポーターのような形で、企業や地域と継続的な関係性が築かれているケースが多いのです。
“関係人口”という言葉がありますが、単に仕事とスキルの交換ではなく、その事業やその先にある地域を、未来に向かってより良くしたいという同じ想いを抱いたもの同士の関わりこそ、“関係人口”の本質だと思います。そうした“関係の質”を高めやすいのが“ふるさと副業”なのではないかと思います」(藤井編集長)

「物理的な場所がどこか」の意味は薄れていく

また、現代のように急速に社会が変化し、先行きを予測しづらい時代において、「会社以外のコミュニティを持つ個人は強い」と藤井編集長は続ける。

「今後も、急な変化が非連続で訪れることが予測されます。そのなかで、企業も個人も、働き方をいかに柔軟かつ安全なものにできるかが問われている。変化が激しいときほど、クモのように、『やわらかい糸をいくつも張っておくこと』が大切です。
あるマルチキャリアに関する調査では、3つ以上のコミュニティに自主的に参加している人は、未来に対して明るい展望を持ちやすいそうです。一方でひとつのコミュニティしか持たない人は、『このロープが切れたらおしまいだ』と悲観的になりやすく、今のコミュニティにしがみついてしまう傾向にあります」(藤井編集長)

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

「これからは、物理的な場所がどこか、ということの意味がどんどん薄れていくのだと思います。『首都圏』や『地方』という言葉も使われなくなっていくかもしれません。首都圏にお住まいの方が地方のプロジェクトに参画することがあれば、その逆もありますし、日本語が堪能な海外の方が地方のプロジェクトに参画することもある。

例えばある地域において、物理的に近くに暮らしている人にしか担えなかった仕事に、国内外どこからでも参加できるようになる。その地域で働く個人にとっては“競合相手”が増え仕事を失う可能性がある一方で、別の地域に目を向けることで、隠れた才能が賞賛される可能性もある。この変化を機会として活かすことで、個々人の未来はより豊かなものになっていくのではないでしょうか」(藤井編集長)

「ふるさと副業」は、新しい暮らし方を見つけるチャンスでもある

働く上で、「物理的な場所がどこか」ということが意味を持たなくなるかもしれない。どこに暮らしても、好きな仕事や成長の機会を手に入れることができるようになれば、暮らす場所はもっと自由に選べるだろう。

地方との関係の持ち方も、いきなり「暮らす」「働く」のすべてを特定の地域に固定する必要がなくなる。気になる地域やそこに暮らす人たちと、副業という機会を通じて少しずつ関係をつくっていくことができる。取材を通して、「ふるさと副業」は、新しい暮らし方を見つけるチャンスになりうると感じた。

次回は、今まさに「ふるさと副業」にトライしている、実践者たちの声を紹介したい。

●取材協力
藤井薫さん
株式会社リクルートキャリア 広報部・HR統括編集長。リクナビNEXT編集長であり、株式会社リクルート リクルート経営コンピタンス研究所 エバンジェリスト。変わる労働市場、変わる個人と企業の関係、変わる個人のキャリアについて、多方面で発信。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)がある。●関連サイト
リクルートキャリア
2020年 キャリアトピック「ふるさと副業」 地方企業と都市部人材との新たな共創のカタチ

”痛み”とともに働く――精神障がい者がテレワークで得た変化

 日本では今、在宅で生活する障がい者約365万3000人のうち、雇用されている人は約56万人と約15%程度にとどまる(※)。また、うまく就業につながっても、職場になじめなかったり、ストレスを抱えて離職してしまうケースも少なくないという。
このような不均衡を解決すべく、企業には障がい者雇用の拡大が求められている。前回の記事「通勤できない精神障がい者に、テレワークで広がる働く機会。在宅雇用支援サービスのいま」では、テレワークが障がい者雇用の推進につながっている動きについて、企業、障がい者両方の視点からお伝えした。

今回お話を聞いたのは、在宅雇用支援サービスを通じて就職し、自宅でテレワークをする岸さん、24歳。テレワークを選択した理由、就職活動、日々の生活について詳しくお話を聞いた。

強い“不安”と、原因不明の痛みがおそう日々

「やっと家族の負担にならないと思える生き方ができるようになりました」

そう笑顔で語る岸さん。幼いころから過ごしてきた湘南エリアの一軒家で両親と同居しており、不安の症状や原因不明の体の痛みを抱えながらもテレワーカーとして働いている。

自宅で取材に応じてくれた岸さん(撮影/片山貴博)

自宅で取材に応じてくれた岸さん(撮影/片山貴博)

高校卒業後に看護師を目指して看護大学に入るも、実習がきっかけで大きく体調を崩してしまった。結果的に進路変更という形で退学を決断したものの、不調が悪化し、抑うつ状態や強い不安の症状が生じ始めた。その翌年には原因不明の痛みが発生する身体症状症も併発し、胸と右足の痛みに常に悩まされるようになった。

テレワークで働き始めて半年が経ち、罹患した当時に比べると大きく落ち込むことは少なくなったものの、未だに不安の症状は強い。

「『出かける30分前に起きる』という友人がいるのですが、私は絶対にできないです(笑)。最低でも外出する2時間前には起きて、忘れ物がないか何度もチェックします。そうしないと気が済まなくて」

岸さんは左手に持った杖に体重を移動しながら、足の痛みを避けるように一歩一歩ゆっくりと歩く。「バスや電車で数駅を移動するだけでも大変です」と、岸さんは表情を歪める。

「私にとっては、出勤自体がかなり消耗することなんです。面接に行って帰ってくるだけでも、疲労感がすごくて、痛みがひどくなってしまうこともありました。だから家で仕事ができるのは、本当にありがたいことなんです」

仕事中は一人だけど、いつでも相談できる自室での仕事中の様子(撮影/片山貴博)

自室での仕事中の様子(撮影/片山貴博)

岸さんが働き始めたのは、昨年8月、カラオケの第一興商だ。カラオケアプリで配信している動画のチェック作業や、競合他社が出している求人など、採用関係の情報の収集と報告を行っている。

1日の労働時間は6時間。朝10時に出勤して、1時間のお昼休憩を挟んで17時に退勤。作業中は1人だが、仕事で分からないことがあればいつでも在宅勤務による雇用に対し支援を行っている企業が提供するオンラインサービスを通じて担当者にチャットで質問できる。

「在宅雇用支援サービスの方が間にいてくれるのは、とてもありがたいです」と岸さん。

「体調が完璧な状態ではないので、どうしても不安になることが多くて。直接会社に聞くのは少し気が引けるような場合でも、担当者の方が仲介してくださることでスムーズに進むこともあり、とても感謝しています。仕事をしているときは1人でも、相談できる人がいつもいてくれるのは、すごく心強いです」

10時出社という条件も、岸さんにとってはありがたい理由がある。

「気温が低い日や少し無理をした日には、夜間に呼吸のたびに胸が痛んで何時間も眠れなくなることがあるんです。痛みが落ち着いてくる朝の4時くらいにようやく眠りにつけるのですが、10時から自宅で業務開始であれば、そこから最低限の睡眠が取れます。テレワークでなければ、こんな風に痛みを抱えながら働くことはできませんでした」

自宅のパソコンから利用する在宅雇用支援サービスのオンラインシステム(撮影/片山貴博)

自宅のパソコンから利用する在宅雇用支援サービスのオンラインシステム(撮影/片山貴博)

薬を服用したり、温めて痛みを和らげたりしながら生活している(撮影/片山貴博)

薬を服用したり、温めて痛みを和らげたりしながら生活している(撮影/片山貴博)

身体は痛い。それでも働きたい

「精神障害の症状が出はじめたころは、抑うつ状態がひどくて、笑うことすらできない状態でした。こんな風に声を出す気力もなかったんです」

学生時代に病気になった岸さんには、職歴がなかった。「最初は1カ月もつかどうかすら不安でした」と、岸さんは笑う。

ところが予想に反して、リラックスした状態で業務ができることで痛みをある程度抑えられた上に、精神面でもプラスの影響があったという。

「病気になったとき、もともと低かった自己肯定感が地に落ちました。『お金ばかりかかっていて申し訳ない、いないほうが良いのでは……』と、本気で考えてしまいました。
でも今は病院代や交通費、食費も自分で払うことができる。そうした“できること”の積み重ねで、少しずつ自信を取り戻せているのだと思います」

しかし、仕事が体に与える負担はゼロではない。1日の業務を終えたあとは横になることが多い。特に痛みの強い日は、休憩時間に横になることで対処している。

「程度の差はありますが、痛みは割と常に生じているので、正直もし働かなくていいのなら働きたくないと思うこともあります。でも……」

岸さんは、“それでも働きたい理由”を続けた。

「私は病気をしたことで、本来かけなくていい心配を両親にたくさんかけてきました。金銭的な負担もかけてしまいました。家でお手伝いをしていても、『本当に申し訳ない……』という思いは、どうしても拭えません。だからこそ、どこか一部だけでも、自立していたい。また、働けていることで過剰な不安や抑うつ感の頻度が以前より落ち着いてきたように思います。自分のためにも、これからも働き続けていきたいと思っています」

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

現実は厳しい……。難航したテレワーク前提の就職活動

幸運にも岸さんは、テレワークが可能な仕事に就くことができた。しかし、テレワークを前提に精神障がい者を雇用する企業はまだ少ないのが現実だ。岸さんは就職活動を次のように振り返る。

「在宅雇用の求人は、ありそうでなかった。実際に就活を初めてみると、難しさを実感しました。応募しても、『身体障がい者ではない』とか、『重度障がい者ではない』とか、企業側が設定している条件に合わなかったために落ちたり、受けることができなかったりもしました」

在宅で働く選択肢は、当時通っていた就労移行支援施設の卒業生の話を聞いて知った。卒業生は在宅の就職先を見つけるまでに、実に20社以上の面接を受けたという。その話を聞いて覚悟はしていたものの、現実がこれほどまでに厳しいとは……。

在宅にこだわっていては、いつまで経っても働けないかもしれない。それなら体に大きな負担がかかってでも、通勤を伴う求人に応募するべきだろうか――。そう諦めかけたとき、岸さんはネットで偶然、在宅での就労をサポートする会社があるのを見つけた。

「障がい者雇用が専門のエージェントはあっても、在宅の求人があるとは明記されていないことがほとんど。そんななか、在宅雇用支援を全面に打ち出しているサービスはとても珍しかったので、すぐに申し込みました」
企業は障がい者を雇用したくても、働き方について雇用経験が少なかったり、どのようにマネジメントすればいいかわからなかったりなどで、なかなか雇用は進んでいない。そんな中、企業側、働きたい障がい者側とのマッチングや、双方に対して働きやすい環境づくりのサービスとを展開する企業が登場してきている。岸さんはその中で、障がい者の在宅雇用支援サービスを打ち出している株式会社D&Iと出会った。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

精神障がい者の在宅勤務の求人はまだ多くはなく、岸さんの元に連絡が来たのは、それから3カ月後だった。

「幸運なことに、面接を受けてすぐに第一興商への入社が決まりました。通勤しなければならない求人に、無理をして応募しなくて本当によかったです」

職歴や障害、求人数などのさまざまなハードルを乗り越えて就職した岸さんは今、痛みを抱えながらも、一歩ずつ、前進している。

今回の新型コロナの影響で、多くの人が経験し、注目を浴びているテレワーク。働きたくても働けない障がい者が、かねてよりずっと求めてきた働き方ながら、ゆっくりとしか進んでこなかったことは、あまり知られていない。
自分にとって働きやすい環境とは?という問いに、皆が向き合っている今は、見方を変えれば、こうした困難を抱える人たちがいきいきと働ける社会の実現を、より加速させるチャンスなのかもしれない。

(注※)障がい者の数字は「令和元年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)および「令和元年障害者白書(内閣府)」より

通勤できない精神障がい者に、テレワークで広がる働く機会。在宅雇用支援サービスのいま

「日本では今、在宅で生活する障がい者約365万3000人のうち、雇用されている人は約56万人と約15%程度にとどまる(※)。またうまく就業につながっても、職場になじめなかったり、ストレスを抱えて離職してしまうケースも少なくないという。このような不均衡を解決すべく、障がい者の法定雇用率は段階的に引き上げられており、企業には障がい者雇用の拡大が求められている。とはいえ、障がい者雇用の経験が少なかったり、社内のバリアフリー状況も不十分だったりと、雇用したくてもどのようにしたらいいのか戸惑っている企業も多い。

テレワークに注目が集まり誰もが「職住融合」しつつある今。“働きたくても働けない”障がい者と、障がい者を雇いたいけれど雇えない企業、実は多くの人が知らないところで、両者を結びつける手段としてテレワークに注目が集まっている。テレワークの導入が障がい者雇用にもたらす変化とは何か。

身体障がい者に比べ約1/4にとどまる精神障がい者雇用の現状

障がい者を雇用する人数の割合を定めた「法定雇用率」。民間企業では2018年4月に2.0%から2.2%になり、今後も段階的な引き上げが予定されている。

また2018年4月からは、法定雇用率の算定式に精神障がい者が追加された。それまでの法定雇用率の考え方が、身体障がい者や知的障がい者だけを対象としていたのが、本改正以降は精神障がい者の雇用も含まれるようになったのだ。

2019年6月1日現在、障がい者の雇用状況は16年連続で過去最高を更新し、約56万人(※)。そのうち、法定雇用率目標の対象となる民間企業に雇用されている障がい者数と、障がい者の総数(以下カッコ内の数字※)を見ると、身体障がい者が約35.4万人(約436万人)、知的障がい者が約12.8万人(約108万2千人)、精神障がい者が約7.8万人(約419万3千人)となっており、後押しが後発でスタートした精神障がい者の雇用はまだまだ進んでいないことが分かる。適切な環境が整えば働ける精神障がい者は多いが、企業は「どんな仕事を任せられるのか?」「どうマネジメントしたら良いのか?」が分からず、その雇用を自力で進めにくい状況にあった。

そんな、障がい者を雇いたい企業と、働きたい障がい者をつなぐサービスを展開する企業が登場してきている。今回、お話を伺った株式会社D&Iもその一つ。なかでも在宅勤務による雇用に対し支援を打ち出している企業だ。

お話を伺った株式会社D&I 管理本部長の谷口真市さん(撮影/片山貴博)

お話を伺った株式会社D&I 管理本部長の谷口真市さん(撮影/片山貴博)

働きたい”障がい者に対しては、D&Iが求人を紹介し、担当者が面接にも同席。入社後は、業務上のやり取りは、全て自社の在宅支援サポートシステムを通じて行われる。企業側と障がい者の間に入るため、雇用される側は「企業には直接聞きにくい」こともチャットで気軽に質問が可能。さらに毎月のWeb面談では、仕事上の悩みや体調面での不安などを担当者がヒアリングし解決方法を探ることで定着率向上にも取り組んでいる。

管理本部長の谷口真市さんは、このような支援サービスの存在意義について、次のように語る。

「将来的には、僕たちが間に入らずに企業と障がい者の方がスムーズにやり取りできればベストです。でも今は、ひとりひとりの障害に合わせてどんな仕事をお願いしたら良いのかが分からない企業がほとんど。障がい者雇用を促進するためには、当分は私たちがサポートする必要があると思っています」

出典:D&Iホームページより。企業に対し、テレワークに必要な勤怠管理や業務状況把握、担当者とのコミュニケーションなどができるサポートツールを提供することで、雇用を受け入れる体制準備が簡単になる仕組みだ。

出典:D&Iホームページより。企業に対し、テレワークに必要な勤怠管理や業務状況把握、担当者とのコミュニケーションなどができるサポートツールを提供することで、雇用を受け入れる体制準備が簡単になる仕組みだ。

従来の求人では、障がい者雇用を増やせなかった

株式会社第一興商は、このサービスを通じて障がい者雇用を拡大した企業の1つだ。

第一興商は従来より、カラオケ店や飲食店の清掃業務など主に現場で障がい者を雇用していたが、2018年4月の法定雇用率引き上げをきっかけに、新たに12名の障がい者を雇用することとなった。

通勤を伴う業務は、それに対応できない人も多く、求人を出しても、新たな応募は増えなかった。「今までの延長線上で募集をしていても採用や定着の見込みは低い、そう思いながらさまざまなことを模索していました」と、同社で人事を担当する高木俊秀さんは語る。

高木さんたちがテレワークを前提とした障がい者雇用の検討を始めたのは、D&Iからの提案がきっかけだった。2019年春より、障がい者の大量募集に踏み切り、2020年3月時点で、新たに17名の障がい者雇用につながっている。

会社では初となる、テレワーク前提の障がい者雇用に向けて、社内ではそれなりの準備を要した。

「全社にテレワークについて説明し、それぞれの部署で、障がい者の方が自宅でできる業務についてアンケートを取りながら、まとめていきました。働き方にあった社内規則もD&Iに相談しながら整備し、受け入れ体制を整えていきました」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「業務中の様子が見えないことへの心配はありました。でも、テレワーク専用システムにパソコンのスクリーンショットを確認できる機能がありますし、成果物もきちんと提出されます。何よりもよかったことは、障がい者の方たちが在宅で勤務できることに大きな喜びを感じていることです。成果物にも工夫を凝らすなど、前向きに行動いただいています」

また、いい意味で、”想像と違うこと”もあったそう。
「最初は『テレワーク導入は障がい者雇用のため』と思っていましたが、これをきっかけに、何かあった際には一般の社員も在宅勤務を可能にするなど、全社的に勤務体系を見直す発想にもつながりました」

「通勤がないなら、普通に働けるかもしれない」

一方、障がい者は、テレワークについてどのように感じているのだろうか。テレワークを始めたNさん(34歳)に話を聞いた。

東京都中野区の自宅で両親と同居するNさんは、不安障害を抱えている。今も不安や緊張を和らげる薬や睡眠薬を服用しており、第一興商で働き始めるまでは年金のみで暮らしていた。20代前半でわずかな期間経験した飲食店でのアルバイトを除けば、今回が初めての仕事だ。

自宅で取材に応じてくれた、第一興商で在宅勤務をするNさん(撮影/片山貴博)

自宅で取材に応じてくれた、第一興商で在宅勤務をするNさん(撮影/片山貴博)

「中学生のときに学校に通えなくなってしまったんです。高校も大学も、それが原因で中退しました。定期的に同じところに通うのが私の不安障害の症状ではどうしても難しいんですね。だから、もし通勤しなくて良いのなら、自分でも普通に働けるかもしれないと思いました」

将来を考え、通い始めた就労支援施設でテレワークの存在を知った。ネットで見つけ自ら連絡を取り、紹介された第一興商で働き始めて半年が経つ。

Nさんの仕事は、同業他社のサイトを参照しながら、楽曲の種類や映像の差異を比較したり、カラオケ店に関するネット上の口コミを収集したりなどをエクセルにまとめる、マーケティング業務等の一部。勤務時間は朝10時から17時、休憩は1時間で週5日働く。初めての仕事の感想は?

「すごく自分に合っています。通勤による体への負担が少ないことや、一番気持ちが落ち着く。家にいることでいい意味で肩の力が抜けて、リラックスして働けるのがありがたい。辞めたいという気持ちには、全くならないですね」

また、「職に就いたことで自信にもつながった」と、Nさんは続ける。

「ずっと迷惑をかけてきた両親もすごく喜んでくれましたし、自分で働いた収入があることで、金銭的にも精神的にもだいぶ余裕が持てるようになりました。これからも続けていきたいです」

初めての会社勤めで不安もあるNさんだが、月に1度は、在宅支援ツールを使って、オンラインで体調や業務についてなどの面談を担当者と行っている。面談以外にも、有休申請のやり方や業務に関するちょっとした疑問なども、このオンラインを通じて行われており、言いにくいことや不安に思うことも遠慮なく話せるという。

通勤がない分、自分の時間もしっかりとれるため、生活への満足度は高い。今は体調も比較的落ち着いている。「お金が貯まったら、北海道に美味しいものでも食べに行ってみたいですね」と、Nさんは微笑む。今、自分がこのように働けていることを、1年前には想像もできなかったという。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

谷口さんによると、Nさんのように家を出て通勤先に通うことや満員電車に乗ることができないことで、働けていない人はかなりの数、存在するそうだ。人の気配のある緊張感のある場所の方が働きやすい人もいれば、自宅のように、最も安らげる場所だからこそ働けるという人もいる。障がい者かそうでないかに関わらず、自身に合った働き方で収入を得たり、社会と関わりたいと思うのはすべての人の願いだ。テレワークという新しい手段が、閉ざされていた機会を創出し、さまざまな人が、持つ力を発揮できる社会へとつながっていくことに期待したい。

(注※)障がい者の数字は「令和元年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)および「令和元年障害者白書(内閣府)」より

テレワークの先に。社員の介護、移住をかなえた先駆者・日本マイクロソフトの取り組み

ワークライフバランスの重要性がとなえられ、「働き方改革」が掲げられる昨今。最近は新型コロナウイルスの感染への危惧もあり、テレワークの推奨やその有効性が大きく取りざたされています。導入を検討する企業も増えているなか、一過性の風潮に踊らされず実のある成果を得るためには、どうすればいいのか。その参考になりそうなのが、テレワークを先駆けて実践している日本マイクロソフトの事例です。どのように取り組み始めたのかを紹介した前編に続き、実際に同社でテレワークを活用して遠隔地に住む家族の介護や地方移住などワークライフバランスのとれた働き方を実践した例について伺います。
テレワーク環境の整備は、介護にも役立った

クラウドサービス「Microsoft Azure」営業マネージャー 飯田昌康さんのケース

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

進学や就職で地方から都市部に出てきてそのまま家庭を持ち、故郷の家族とは遠く離れて暮らす場合、避けて通れないのは介護の悩み。家族との距離にかかわらず介護による離職の損失は、大きな社会課題にもなっています。

同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」の営業マネージャーで、広島県出身の飯田昌康さん(49歳)も介護事情を抱えるひとりでした。

普段は東京のオフィスで業務し、クライアント訪問も行う飯田さんの、広島に住む両親が要介護になったのは約3年前。介護サービスを利用し、普段の生活は近場に住む姉がサポートしてくれていますが、2年前から月に一度の1週間、飯田さんも広島に戻って両親を介護。その間は、リモートワークで業務を行っています。

「テレワークを決めた理由は、家庭の事情で広島に引越すことができなかったためです。姉自身も難病を抱えており、月に一度は負担を軽減してあげたかった」。人事本部に相談したところ、ぜひやってくださいと快諾してもらえたそうです。

広島に滞在中は、同社のグループチャットソフトウエア「Microsoft Teams」を使い、ミーティングにも参加。ネットワーク環境は大切なため、電波状況も確認できる設置型のブロードバンドWi-Fiルーターを使用して整備しているとのこと。

ネット環境の整備は、介護自体にも有効でした。「母が歩いて転倒してしまったときのことを考えて、寝室とキッチンの壁にWebカメラを設置し、撮影していました。転倒したときはどういう状態だったか分かり、家財道具の安全な動線の工夫にも役立ちました」。また、両親は電話の使用が難しいため、スマートスピーカー「Amazon Echo」を父母の家と自宅、姉と妹の自宅に置いて、呼びかけ機能を活用しています。

スマートスピーカーのイメージ(写真/PIXTA)

スマートスピーカーのイメージ(写真/PIXTA)

「父母の住まいにWebカメラを設置し、姉、妹、私でスマホやPCで確認できるように。このカメラは動きや音を検知して自動的に録画してくれるため、転倒時にケガをしないよう動線を見直したりするのに役立っています。また、父にアレクサで話しかけるとき、いきなり話しかけてびっくりしないように、話しかける前に一度このカメラで様子を見るようにしています」(飯田さん)(写真提供/飯田さん)

「父母の住まいにWebカメラを設置し、姉、妹、私でスマホやPCで確認できるように。このカメラは動きや音を検知して自動的に録画してくれるため、転倒時にケガをしないよう動線を見直したりするのに役立っています。また、父にアレクサで話しかけるとき、いきなり話しかけてびっくりしないように、話しかける前に一度このカメラで様子を見るようにしています」(飯田さん)(写真提供/飯田さん)

リモートワークに必要なのは“寛容”、入り込んでしまう生活音は笑い話に

両親の利用するデイサービスは送迎時間などが決まっているため、その時間は会社のスケジュールに入力し、関係各所に不在を通知。ミーティング内容などは録画やストリーム機能を使って把握するそう。介護のためにリモートワークしていることは営業先にも伝えていますが、クレームなどが起きたことはないそうです。

「こういう働き方を始めたときは、理解を示してもらえるか心配にもなりましたが、世の中変わってきたのかなと思いました」と飯田さん。とはいえ、食事の世話にはじまり家事も含めた介護はもちろん重労働であり、「テレワークをしているときはしているときで、夜にはぐったりです」との言葉には、働きながら介護を両立させる厳しさを改めて実感するばかりです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また、テレワークの利点のひとつである移動時間の削減は、仕事の生産効率が向上するものの、詰め込みすぎてしまうことも。「お客さんと話した内容を移動時間で整理していたと気付かされました。だから意識して、整理する時間をつくっています」

介護のように差し迫った事情を抱えたひとが働き続けられるよう、リモートワークを広げていくために必要なことは「寛容」だと飯田さんは言います。Teamsでの会議中、状況を理解できない父が話しかけてきたり、相手側でも赤ちゃんが泣いたりなど生活音が聞こえてくることもありますが、そんなときは「笑い話にしてしまう」そう。一方で、ネットワーク環境は相手側の整備も不可欠になるため、国が推進する中で、皆で取り組むべき課題だとも感じているそうです。

生まれ育った沖縄へ移住、仕事の効率化も実感

人事本部 普久原朝親さんのケース

(写真提供/普久原さん)

(写真提供/普久原さん)

住まいを決めるとき、職住近接は大きな要因となりうるものですが、テレワークは究極の職住近接といえるでしょう。人事本部で採用を担当する普久原朝親さんは、生まれ育った沖縄に移住し、完全リモートワークで働いています。

同社では約4年前、週に5日テレワーク勤務が可能になる制度を導入。介護や育児など特別な事情がある人のための福利厚生ではなく、誰もが利用できる制度で、普久原さんは「人事部門の自分たちが率先を」と、故郷へ戻ることを決めました。業務内容である採用活動では、大阪や名古屋などの地方採用を東京のオフィスで行っていたため、沖縄にいても同じことだと考えたからです。

地方都市の利点を活かして、敷地約1,000平方メートルに建てた家は354平方メートルのプール付きの注文住宅。「仕事をするのは家でなくても問題ないのですが、家が快適なので基本的には家で過ごしています」

(写真提供/普久原さん)

(写真提供/普久原さん)

ワークライフバランスの先を行へ、住む場所や働き方を選ぶ「ワークライフチョイス」

故郷とはいえ、東京から遠く離れた沖縄の地に家を構えたことは、同僚たちにも驚かれたそう。東京に住んでいるころも自宅に同僚たちが遊びにくることはありましたが、仕事や旅行のついでも含め、沖縄の普久原さん宅を訪れる人の数はむしろ増えたとのこと。

テレワークにより快適な日常を過ごしつつ、仕事の効率性も実感しています。朝早い時間の仕事であっても、身支度や通勤などの移動時間も不要でいつでも対応できるので、むしろ会議への出席率は以前にもまして高いとのこと。

最も効率の良い働く場所や時間を自分で選んで働き・生活する「ワークライフチョイス」を実践している普久原さんにとっては、ワークライフバランスですら“古い”ものと言えるよう。地方都市は首都圏と比べて、テレワークの浸透はいまひとつなので、実際沖縄でも、普久原さんのような働き方をしている人はまだまだ少ないのが実情です。時間に余裕ができた分を自由に過ごせる有意義さを伝えるため、普久原さんは余暇を使い、IT活用によるテレワークの実現法などを解説するイベントなどへの登壇も積極的に行っています。

地方都市の“アナログ事情”がもったいない、現状を変えていきたい

一方で、沖縄と首都圏が同じだと感じるのは、実は通勤時間。電車がなく、観光客もレンタカーを使用するため道が渋滞し、東京と同じくらいの通勤時間がかかることもあるそうで、働くための移動時間を削減できるテレワークの有効性は、地方事情にも対応できるといえそう。

また、普久原さんにとっては、IT化に積極的ではない地方都市でまだまだ一般的な、自席のPCからしかメールを見られなかったり会議で大量な紙資料による情報共有が行われていたりする “アナログ”な現状も、もったいなさや歯がゆさを感じているよう。「PCやスマホですべて完結させることで、誰もが効率よく働けて、時間も返ってくる。ぜひその良さをもっと広めたい」とのこと。

働くことは本来、大切な人とともに幸せな生活を送るための安定した糧を得る手段。人生において大事にしたいことを優先できる可能性の大きいリモートワークの推奨が、一過性の目的になってしまうことなく真に浸透することの重要性を、お二人の話から再認識するばかりです。

日本マイクロソフトが10年で到達した、生産性200%成長の裏側にある働き方とは

「働き方改革」が世の中で盛んにうたわれるようになったのは2017年ごろ、それを受けて各企業も対策に乗り出したものの、具体的にどんなことをしたらいいのか悩んでいる企業も多いようです。どんなプロセスを踏み、なにが必要なのか。その大きなヒントになりそうなのが、18年前から実質の「改革」を実践してきた日本マイクロソフトです。業務の改善が結果として、介護など家庭の事情との両立や、男性社員の高い育児休暇取得率など働き方の改善にもつながったという同社の取り組みについて、エグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤氏に伺いました。
「社員がもたない」。働き方を見直したきっかけは“危機感”

――日本マイクロソフトは2017年に総務省の「テレワーク先駆者百選 総務大臣賞」を受賞されていますよね。そもそも働き方を変えられたのは2002年からとのことですが、どのくらいの成果があったのでしょうか。

以下はここ10年のデータですが、勤務時間はマイナス13%になりました。合計で60万時間、1人あたり2カ月分、勤務時間が減っていることになります。事業規模は180%成長しています。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

――そもそものきっかけとは、何だったのでしょうか?

僕は昭和のオジサンですから、以前は仕事で人手が不足しているときは、徹夜や休日出勤などの長時間勤務もしながら解決してきました。そうした手段をとることで、仕事自体は終わりますが、長期的に見たらフィジカルやメンタルなどのいろんなものを損ないます。仕事を早く進めないと社員がもたない、というところがビジネス課題でした。

日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤さん。本記事の取材もMicrosoft Teamsを使って行われた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤さん。本記事の取材もMicrosoft Teamsを使って行われた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――そこから、どう働き方を変えたのでしょうか。

仕事のやり方というのは、2種類あるんです。右側が従来多くの日本企業が行ってきた「プロセス型・手続き型」、左側が私たちが現在行っている「コラボレーション型・ネットワーク型」の仕事のやり方です。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

右側の「プロセス型・手続き型」は、あらかじめ決められた役割・手続き・段取り・プロセスがあり、フォーマット化・マニュアル化された仕事内容に沿って仕事をするというものです。みんな真面目に、時には徹夜して、そうして得られた成功体験が、特に昭和時代に企業で勤めていた経験がある日本人には実体験としてありますから、どうしてもこちらのほうが良い仕事のようなイメージがあるんですね。

一方で、チームやプロジェクトに成果を求め、いつでもどこでも誰とでも、意見交換や情報共有、意思決定ができるのが、左側の「コラボレーション型・ネットワーク型」です。一つのプロジェクトに対して、事業部内に閉じたチームを組むのではなく、事業部の枠を超えて必要な人材をつなぐのです。そうすることで、より付加価値の高い仕事をすることができるようになります。

日本マイクロソフトの勤務時間が短くなったのは、何かを一律に減らしたわけではなく、「プロセス型・手続き型」を減らし、「コラボレーション型・ネットワーク型」を増やした結果です。“働き方改革の事例”としてメディアなどによく取り上げていただくことがあるのですが、「仕事を早く進めたい」という強い思いからスタートし、業務の整理整頓が伴った結果、いわゆる“働き方改革”で目指していることがほぼ解決できた、という感じなんです。

「コラボレーション型・ネットワーク型」は、いわば「三人寄れば文殊の知恵」な仕事の仕方です。これを実現するには、会社には行くべきだ、会議を行わないと情報が共有できない、などとは言っていられません。今あるテクノロジーと社会的なルールの中で、なるべく効率的で効果的に「コラボレーション型・ネットワーク型」を実現しようと思ったら、「いつでもどこでも」になったのです。テレワークを導入したのも、こうした経緯の一環です。

日本の会社がやってしまうのが、「プロセス型・手続き型」を大事にしたままの働き方改革です。それでは、女性が出産後に同じポジションに戻りにくい、介護で出勤が困難になった人がプロジェクトに参加し続けることが難しくなる、などの問題も残ります。はたしてそれでどれだけの人が救われるのでしょうか。

「僕は『テレワーク』を全否定する」

――テレワーク導入の課題として、多くの日本企業ではまだまだ「結局は顔を合わせたほうがコミュニケーションがはかどる」という信念が根強い印象があります。そこはどうお考えですか?

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

僕たちも会って話すということは、止めていません。それだけをやりすぎている、ということが問題なんです。

テレワークは、辞書としては「在宅、モバイル、サテライト」という意味です。「会社に来ない、現場には行かない」というソリューションなので、そういう意味では僕はテレワークは全否定します。あくまで、その感覚だけで仕事をしてはいけない、ということなんです。

――「コラボレーション型・ネットワーク型」への転換で、戸惑いや混乱はなかったんですか?

もちろんありました。ただ単にやりましょうと言うだけじゃ、誰一人やりませんよ。
僕たちの世代のような「プロセス型・手続き型」の価値観で物事を乗り越え、そこに武勇伝や成功体験がある人たちにとっては、特に自己変革が難しい。だから、ルールや環境の置き換えには、ある種の強制力も必要なんです。そのためには、トップダウンでやらないと。

――小柳津さんご自身は、この変革はスムーズにできたんですか?

できるわけないじゃないですか(笑)。なかなかうまくいきませんでしたよ。
しかし、みなさんも私生活では、実はすでに「コラボレーション型・ネットワーク型」の状態なんですよ。家族や友達、地域の人たちとの社会生活を考えてみてください。家族とは家でだけ、友達とはファミレスだけ、地域の人とは公民館だけで交流しているかといったら、そんなわけはないですよね。同時にクラウドサービスやSNS、さまざまなデバイスも使いながら、いつでも誰でもどこでも、意見や写真の交換をしている。働き方も同じことなんです。

日本マイクロソフト(品川オフィス)の会議の様子(写真提供/日本マイクロソフト)

日本マイクロソフト(品川オフィス)の会議の様子(写真提供/日本マイクロソフト)

僕自身は、製造業関係の会社から25年前にマイクロソフトに転職したんですが、当時は今だったら信じられないほどの長時間勤務をしていたんですよ。そこから得られたこともたくさんありましたが、いろんなものを失いました。例えば、当時、子どもは小学生でしたが、ほとんど一緒にご飯を食べたことがありません。その経験もあり、テクノロジーのリーディングカンパニーとしてもっとできることがないかという責任も感じていました。

2002年、グローバルで「業務生産性」を追求する組織が誕生し「Information Work / Information Worker」という概念が掲げられました。そのなかで生産性の継続に必須となる「働きやすさ」にも着目され男性社員の育児休暇の取得も増えていきます。今でこそ日本マイクロソフトの男性社員の育児休暇取得率は8割ですが、当時、世間では男性の育休制度があること自体が話題になるような時代。会社が持つテクノロジーと社内制度を使い、成果を可視化しながら進めました。

――現在は、小柳津さんは1日をどのように過ごされているのでしょうか。

特に決まっていませんね。遠隔でお客様とのやりとりをしていますし、対面で会うこともあります。お客様の都合やタイミングに合わせているので、昼間の予定はほとんど自分では決められません。半分ほどはリモートワークです。

ですから朝の満員電車に乗るときもあるし、朝ゆっくりリモートワークをするときもあります。

「“勤務時間”という概念はナンセンスだと思う」

――勤務時間がバラバラということでしょうか?

日本マイクロソフトでは、時間の長さは個人の業績や評価に関係しないんです。

労務関連の法律に基づいて勤怠管理はしていますが、みんなビジネスとプライベートがまだら模様になっているので、厳密な意味合いでの勤務時間を測ることは難しいんです。勤務時間が短い代わりに、ものすごく濃い時間を過ごしています。僕も短い時は3~4時間くらいですしね。

そもそも、そういう時間で仕事を測る考え方が、今の物事の進め方にマッチしていないと思うんです。外出しているからといって必ずしも働いているわけじゃないし、パソコンを起動しているからといって働いているわけじゃない。だから、フレックスやコアタイムという概念もないんです。仕事内容も、昔と違って徹夜したから解決できるようなものではありませんしね。

――大きな自己責任が伴いますね……。ただテレワークを導入すればいいということではなく、あくまで活かし方が大切ということですね。

そうです。自己責任にすることで、効率的に働くということを本人が考えざるを得なくなるんです。日本企業は、社員を子ども扱いしていると思います。もともとポテンシャルがある人であっても、成長する機会を奪っていることになりかねません。

だから僕は、社員が徹夜したければそれは個人の自由だと思うんです。良くないのは、それが連続したり、命令によって行われていること。だから早い段階で見つけて軌道修正をするし、時には大きなペナルティーも科します。

――今後の課題は?

実は、世界からみると「コラボレーション型・ネットワーク型」化が一番遅れているのは日本マイクロソフトなんです。「日本の会社としては」世間から評価をいただいていますが、グローバルのマイクロソフトとしては、世界で一番効率が悪いんです。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

グローバルと比較すると、例えばメールの時間が24%長く、宛先が31%多く、会議時間が17%長く、会議招集者が11%多いというデータがあります。日本はまだウェットなコミュニケーションをしているんです。

他国と比べてどうなのか、先月と比べてどうなのかなどを可視化し続けていかないと、社員は変わることができない。

また、「会議のお作法」という会議ルールも全社プログラムとして取り入れました。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

若い人は役職等が上の人がいると業務環境に疑問を持っていても言いにくいけれど、全社プログラムになっていれば、言いやすいですよね。

大切なのは、「働き方改革」ではないです。大切なのは、働き方の変化は会社の付加価値や会社の組織デザインやマネジメントモデルを突き詰めた結果だということです。

最後に

今、新型コロナウイルスによる被害拡大もあり、テレワークを推奨する企業も増えています。しかし急な導入は、「仕事する場所を単に社内以外に移せばリモートワークである」という勘違いの助長も危ぶまれます。本事例からは、リモートにする目的が何なのか見誤らないことの大切さを改めて実感することができるのではないでしょうか、

次回は、同社内で実際にリモートワークで業務に取り組み、地方への移住や遠隔地に住む家族の介護と仕事を両立させている実例を紹介します。

テレワークが変えた暮らし[8] 高尾山のふもとに暮らし、趣味のトレランに打ち込む日々

山道を走るトレイルランニング、通称”トレラン”が趣味の村田諒さん。日本だけでなく海外のレースでも、何度も表彰台に上がった経験のある筋金入りのトレイルランナーだ。結婚を機に、新居を構える街として選んだのが「高尾」(東京都八王子市)。長年テレワークをしていたからこそ実現できた暮らしについてインタビューした。連載【職住融合 ~テレワークが変えた暮らし~】
時間や場所にとらわれない柔軟な働き方、テレワーク(リモートワーク)が普及し、暮らし方も多様化しています。自宅の一部をオフィス仕様にする「家なかオフィス化」や、街の中で仕事する「街なかオフィス化」、そして通勤に縛られない「街選びの自由化」など。SUUMOではテレワークを前提とした家選びや街選びの潮流を「職住融合」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。トレランの恰好の練習場所になる高尾に住み替え

ベンチャー系企業のマーケティング職につく諒さんは、3年前からずっとテレワーカー。妻の美保さんは別会社のテレワーカーだ。2人が高尾で暮らし始めたのは約2年前。結婚当初は一人暮らしの諒さんの部屋で暮らしていたが、「さすがに狭い」と二人暮らし用の物件への住み替えを考えたのがきっかけだ。
「当初は、当時住んでいた世田谷区で探していたんですよ。でも2LDKなら20万円以上もする。都内にいなければいけない理由がないのに、これはもったいないと思い、”高尾ってどう? ”と妻に提案しました。もともとトレランの練習で、高尾周辺を走ったことがあり、コースバリエーションが豊富で毎日走っても飽きがこない。日常生活の拠点にできるイメージも湧きました。僕も妻も通勤の必要はないし、高尾なら東京都心に出る のも週に1度なら楽ですから」(諒さん)
妻の美保さんは、「え、高尾? って最初は思いました。もともと海派だった私としては、同じ郊外でも鎌倉や湘南とかのほうがいいなって思っていたんです」と当初は困惑したという。しかし、高尾の家賃の安さを知り、賛成。「2LDKで10万円を切る。当初予定した予算よりも10万円も安いし、単純計算して1年で120万円も浮く。その分、海外旅行にお金を使えると考えれば、むしろ高尾がいいかもしれないという話になりました」(美保さん)。

もともと、IT系ベンチャーの職場で出会った2人。当時の職場も「新たなワークスタイルを実践しよう」という自由な企業カルチャーだったため、「テレワーク」となるのは自然な流れだったという(写真撮影/片山貴博)

もともと、IT系ベンチャーの職場で出会った2人。当時の職場も「新たなワークスタイルを実践しよう」という自由な企業カルチャーだったため、「テレワーク」となるのは自然な流れだったという(写真撮影/片山貴博)

決めたのは、築3年、70平米弱の2LDK、家賃9万円の賃貸物件。「このあたりは一戸建てが多く、築浅のマンションは少なかったので、この物件は即決でした」(美保さん) (写真撮影/片山貴博)

決めたのは、築3年、70平米弱の2LDK、家賃9万円の賃貸物件。「このあたりは一戸建てが多く、築浅のマンションは少なかったので、この物件は即決でした」(美保さん) (写真撮影/片山貴博)

高尾での山道トレーニングが、レースの成績に直結

高尾という恰好の「トレーニング場所」を得た村田さん。平日は早朝1、2時間走ってから仕事に取り掛かるのが日課に。走っているのは、近くの河川敷や高尾山の南北に位置する南高尾山稜と北高尾山稜。いつも多くの登山客でにぎわう高尾山と尾根ひとつ違うだけで、登る人は少ない、静かな穴場だ。「平日は山にほとんど人がいないのでとても快適です。時には、自分と同じく高尾に引越してきたトレイルランナーと一緒に走ることもあります」(諒さん)
高尾は起伏の大きい地形のため、坂道や階段も多く、こうした場所もちょっとした練習になる。世田谷で暮らしていたころは、主に休日のみだったトレイルでのトレーニングも、高尾では日課になり、その結果、確実にレースの成績が良くなったそう。「最近では表彰台に上がることも増え、優勝することもできました」

写真は金沢に行ったときのもの。「高尾に来て初めての夏は、小下沢の山で走って、川で水浴びして、彼は毎日夏休みみたいでしたよ」とは、美保さんの証言(画像提供/本人)

写真は金沢に行ったときのもの。「高尾に来て初めての夏は、小下沢の山で走って、川で水浴びして、彼は毎日夏休みみたいでしたよ」とは、美保さんの証言(画像提供/本人)

ニュージーランド、tarawaraの、100マイル(!)レースにも夫婦で挑戦(画像提供/本人)

ニュージーランド、taraweraの、100マイル(!)レースにも夫婦で挑戦(画像提供/本人)

今は、美保さんも影響されてトレランにはまる。写真はマレーシアでの100kmレースのゴール後の1コマ。諒さんはなんと優勝し、美保さんも年代別入賞(画像提供/本人)

今は、美保さんも影響されてトレランにはまる。写真はマレーシアでの100kmレースのゴール後の1コマ。諒さんはなんと優勝し、美保さんも年代別入賞(画像提供/本人)

暮らしてみると、「思っていた以上に高尾は便利だった」と実感しているお二人。駅近くにはショッピングセンター「イーアス高尾」、住まいの近くには「イトーヨーカドー」もあるなど商業施設が充実。しかも、京王線と中央線の2線を利用でき、中央線は 始発駅になるので、都心に用事があるときは必ず座ることができる。「仕事が忙しいときは、車内でPC広げて仕事をすることも。それに、立川や八王子駅まで行けば、都心まで行かなくても、ほぼすべて用事がすんでしまいます」

テレワークだからこそ効率的な仕事ができる

現在、夫の諒さんは、「リモートワークを当たり前にする」をミッションに掲げる企業「キャスター」の執行役員、妻の美保さんは、PRコンサルティング会社の「ディアメディア」で、週に2回正社員としてテレワーク、それ以外はフリーランスで編集・ライティングなどを行っている。二人とも、ほぼ毎日自宅でテレワークだ。「だいたい9時~10時から始業して、18~19時まで仕事をするという感じでしょうか。そのあとは、急ぎの用件によっては対応することもあります。コミュニケーションは主にチャットやテレビ会議で。1日に7、8件打ち合わせが入ることがありますが、すべてオンライン。これが全部対面だったら、けっこう大変だなぁと思います」(諒さん)
新型コロナウィルスの影響に伴い、注目を集めるテレワーク。ただし、なかなか浸透しないのも実情だ。

「セキュリティ面で心配という声はよく聞きます。ウチでは、パソコンは会社付与。アクセスの権限は役割に応じて細かく分かれているなど、セキュリティ面は対処しています。もともとリモートを前提としたシステムなこともありますが、やはり、トップの意識判断によるところが大きいのではないでしょうか。在宅だと、さぼるのでは?と思われがちですが、出社=仕事ではありません。リモートであってもなくても 、基本的に成果主義ですし、仕事ぶりは意外と一目瞭然なんです」(諒さん)

諒さんはダイニングテーブル、美保さんはソファが仕事の指定席。お互いテレワークとはいえ、仕事の話はほとんどしないそう。「今日のお昼何にする? とかお茶入れようかとか、たわいもない会話ばかりです」(諒さん)

諒さんはダイニングテーブル、美保さんはソファが仕事の指定席。お互いテレワークとはいえ、仕事の話はほとんどしないそう。「今日のお昼何にする? とかお茶入れようかとか、たわいもない会話ばかりです」(諒さん)

部屋が広くなって、おうちオフィスはより快適空間に

ただし、以前、世田谷で一人暮らしだったときは、自宅に快適な仕事環境がつくれなかったので週に2度以上は会社に出勤し、クライアントのオフィスまで向かうことも多かったそうだ。「まず、リモートワークについて当時は今以上に浸透していなかった 時期だったというのもありますが、それよりも自宅環境の影響が大きかったです。リモートワークでは1日の多くの時間を自宅で過ごすため、部屋をいかに快適な状態にできるかはとても重要ですね」(諒さん)
高尾で暮らし始め、部屋が広くなった分、DIYが本格化。「自宅近くのホームセンターでいろいろ買い込みました」(諒さん)

DIYで実現した趣味スペース。「この壁面収納は引越したら、やりたいことの一つでした。旅先で購入したものや思い出の品を飾っているのですが、結果的にはほとんどトレラン関係のものになっています(笑)」(諒さん)  (写真撮影/片山貴博)

DIYで実現した趣味スペース。「この壁面収納は引越したら、やりたいことの一つでした。旅先で購入したものや思い出の品を飾っているのですが、結果的にはほとんどトレラン関係のものになっています(笑)」(諒さん)  (写真撮影/片山貴博)

有孔ボードを利用して吊るす収納をDIY。キッチンでも使い込まれた鍋や調理道具をかけて、すぐ取り出せるように (写真撮影/片山貴博)

有孔ボードを利用して吊るす収納をDIY。キッチンでも使い込まれた鍋や調理道具をかけて、すぐ取り出せるように (写真撮影/片山貴博)

テレワークによって自炊率も上がった。「家の周囲に飲食店が少ないというのもありますが、せっかく自宅で食事をするならと、つくるものにもこだわるようになり、ヴィーガン(卵を含む動物性食品を口にしない)食を取り入れています。外食も含めてヴィーガンにするのは大変だけど、家でゆるくなら楽しく続けられる。そのぶん外食では、お肉もお魚も気にせずに楽しんでいます」(美保さん)

二人とも料理好き。休日にはつくり置きもして、ワンプレートのヴィーガンランチに。カレーづくりも好きで30種類のスパイスを常備 (画像提供/本人)

二人とも料理好き。休日にはつくり置きもして、ワンプレートのヴィーガンランチに。カレーづくりも好きで30種類のスパイスを常備 (画像提供/本人)

「好きな時に好きな場所で暮らしたい」海外でのテレワークも実践。

家賃が浮いた分、さらに海外旅行を楽しむ二人。ハワイ、タイ、スペイン、マルタ、マレーシアなど、観光やレース参加を目的に、去年の海外渡航はなんと6回。特にタイでは1カ月間暮らすように旅をした。「実はタイでもリモートワークをしていました。仕事相手にとっては私たちが高尾にいても海外にいてもあまり変わりませんから。ネット環境さえあれば仕事ができました。時差は2時間なので日本時間の18時は、バンコクの16時。早朝から仕事して、夜は外にご飯を食べに行ったり、長めにジムでトレーニングしたり、時差を活かした生活をしていました」(諒さん)

タイでは、平日はバンコクで仕事をし、休日にはピピ島やパタヤビーチでリゾートを満喫(画像提供/本人)

タイでは、平日はバンコクで仕事をし、休日にはピピ島やパタヤビーチでリゾートを満喫(画像提供/本人)

今後、住まいの購入は今のところ考えていないという。「海外に暮らすことだってあるかもしれないし、身軽でいたいんです」
好きな時に好きな場所で暮らす。固定でかかる住居費にお金をかけたくない二人にとって、テレワークは、それを可能にする働き方、暮らし方といえそうだ。

●取材協力
村田さん夫妻
・夫妻のHP

テレワークが変えた暮らし[7] 湘南でマリンスポーツ&子育て。仕事の効率もアップ!

“自分の人生で通勤ほどムダな時間はない”。そう考えて、職住近接の都心暮らしから、現在は湘南暮らしのテレワーカー(リモートワーカー)となった勝見彩乃さん。
現在は、1歳児のママでもある勝見さんに、その経緯、子育てと仕事の両立、生活の変化など、テレワーク(リモートワーク)だからこそ実現した暮らしについてお話を伺った。
結婚を機に働き方を見つめなおす。その結果が「テレワーク」だった

テレワーク歴3年の勝見さん。夫も別会社のテレワーカーだ。
もともと「通勤時間はなるべく短く」がモットーで、常に都心暮らし。職場も住まいも新橋で、歩いて通勤という時期もあったそう。「地方出身で、大学もつくば。いつも交通手段は自転車か車だったので、満員電車が苦手なんです」
テレワークを決めたきっかけは、結婚。プライベートを充実させたい。仕事のパフォーマンスは上げたい。それを両立させるため、夫婦で話し合った結果だった。「結婚すると、今後のキャリアとかライフスタイルとかについて考えるじゃないですか。自分のキャリアを形成していくうえで、効率的に成果を出すのに一番邪魔で削りやすいものってなんだろう、それは通勤時間じゃない? だったら、リモートで働くのが一番じゃないかって結論になったんです」
そこで、転職活動はテレワークをできることが第一条件。結果、「リモートワークを当たり前にする」をミッションとし全メンバーがテレワーカーという企業「キャスター」に出会う。
転職後は、企業の一員として人事や広報を統括する業務に携わる傍ら、副業でスタートアップ企業のための採用サポートにも関わっている。夫もほぼ同時期に転職し、エンジニアとして会社に所属しつつ、フリーランスで業務を請け負うテレワーカーになった。

勝見彩乃さん(35歳)。大学3年生のときにインターンをしていた、求人メディアのベンチャー企業に卒業後就職。その後、ソフトウェア、インターネットメディア企業などで、主に人事・採用に携わる(写真撮影/片山貴博)

勝見彩乃さん(35歳)。大学3年生のときにインターンをしていた、求人メディアのベンチャー企業に卒業後就職。その後、ソフトウェア、インターネットメディア企業などで、主に人事・採用に携わる(写真撮影/片山貴博)

海の近くにマンション購入。一部をおうちオフィスに

テレワーク当初は、中央区晴海在住。もともと、前の職場に30分以内で通えることを理由に選んだ都心エリアだ。「ただ、リモートで働くなら、高い家賃を払ってまで東京都心にこだわる理由はないし、もっと自由に住む場所を選びたいと思うようになりました。家賃がもったいないし、資産としてマイホームを買うきっかけにもなりました」
購入したのは、湘南エリアの新築マンション。「夫婦ともサーフィンやSUP(スタンドアップパドル)
などマリンスポーツが好き。海へ気軽に行ける立地は魅力でした。また、フルリモートとはいえ、週に1度は東京都内に足を運ぶ業務もあるので、通勤圏でもある、このあたりが現実的でした」
新居を構えると、一部屋は夫の書斎に。リビングには作業用デスクをオーダーし、キッチンカウンター下はホワイトボードを張るなど、おうちオフィス仕様とした。

作業デスク、チェアはハンドメイドやクラフト作品のマーケットサイト『minne』で見つけたお気に入り作家さんにオーダー(写真撮影/片山貴博)

作業デスク、チェアはハンドメイドやクラフト作品のマーケットサイト『minne』で見つけたお気に入り作家さんにオーダー(写真撮影/片山貴博)

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キッチン下のカウンターにはシール式のホワイトボードを貼って、自分の考えをまとめる場に。「書く場所の広さは思考の広がりに比例すると思って、できるだけ広く取りたかったんです」(写真撮影/片山貴博)

キッチン下のカウンターにはシール式のホワイトボードを貼って、自分の考えをまとめる場に。「書く場所の広さは思考の広がりに比例すると思って、できるだけ広く取りたかったんです」(写真撮影/片山貴博)

辻堂西海岸にある自転車・SUP専門店「FAVUS」でのツーリングに参加した1コマ。江の島もすぐ。「マンションの屋上からは海が見えます」(写真提供/FAVUS)

辻堂西海岸にある自転車・SUP専門店「FAVUS」でのツーリングに参加した1コマ。江の島もすぐ。「マンションの屋上からは海が見えます」(写真提供/FAVUS)

ママになって、テレワークのメリットを再確認

そしてマンションの契約後、引越し前のタイミングで妊娠が判明、出産。「リモートワークは、育児を想定した選択ではありませんでしたが、限られた時間のなか、子どもとの時間を捻出するのは、通勤時間がないリモートワークが理にかなっています」
実は「なるべく仕事のブランクをつくりたくない」と、子どもが生後4カ月のときには仕事復帰。保育園の4月入園までの半年間は、自宅で育児をしながらのテレワークだったそう。「とはいえ、子どもが寝ている間など合間の時間を見つけて、1日4時間程度でしたけれど。本格復帰の前に育児しながらの仕事に覚悟をちゃんと持っておきたかったんです」
Web会議などまとまった時間が必要な場合は、会社から月3万円を上限にベビーシッター費の半額を助成してもらえる制度があり、そちらも活用することも。「プロの手を借りる。これは良かったです。私も育児に本当に慣れない時期で、”こうやって楽しませるんだ”とか、“こんなふうに刺激を与えて泣き止ませるのね”と、プロの技を教えもらったのは、とても心強かったです」
また、夫は育児休暇を取ったわけでないが、自宅でテレワークをしていたため、否応なく育児の当事者に。新生児時期の大変な時期の新米ママの伴走者でもいてくれた。「『僕がお世話しているから、寝ていたら?』と声をかけてくれたり、体力的にも精神的にも心強かったです。育児とテレワークは父親にも母親にもプラスばかり。小泉進次郎さんが育休を取って、テレワークをするということにも注目しています」

現在は子どもを近くの保育園に預けて、帰宅したら、朝の8時半には仕事開始。17時に子どもを迎えに行って、食事、お風呂をすませ、子どもを寝かしつけた21時から、また仕事をすることも。「子どもと一緒に寝落ちしてしまうこともあります(笑)」

1歳7カ月の娘さんと。「発熱などでお迎えの電話があっても、在宅なのですぐに迎えに行けます」(写真撮影/片山貴博)

1歳7カ月の娘さんと。「発熱などでお迎えの電話があっても、在宅なのですぐに迎えに行けます」(写真撮影/片山貴博)

組織の一員だからこそ実現できることもある

とはいえ、もっと仕事の自由度を上げるなら、「フリーランス」や「自分で独立してビジネス立ち上げ」という選択もあるのでは?
「もちろん、先のことは分かりませんが、今は会社の中で、自分がやりたいことを実現できていると思うので完全フリーランスは考えていません。同じミッションを共有している仲間がいることは心強いし、きっと会社が好きなんですよね(笑)。また、1人でできることには限られているし、組織だからこそ実現できることも多いでしょう。組織なら、経験がないことでも挑戦させてもらえる余地があります」
とはいえ、テレワークはフリーランス同様、過程ではなく成果で評価されるため、シビアさもある。誰でもテレワーカーになれるのだろうか?
「私も普通の会社員でしたよ。ただ成果を重視する働き方にコミットできる人、ある程度オンラインでのツールを使いこなせることは必要かと思います」 

ワーケーションも実践。プライベートもぐっと自由に

Web上のコミュニケーションに慣れるにつれ、プライベートにも変化が。
「今いる場所にこだわらなくなり、沖縄やアメリカにいる友人とZoom(Web会議室)でおしゃべりしたり、新しい仕事の相談に乗ってもらったり。会社の同僚ともオンラインランチ、オンライン飲み会と称して、つながっています」

社内に「オンライン飲み会部」という部活があり、ZoomというWeb会議ツールを使って不定期で飲み会を実施している これは2020年1月に実施した際に撮影したスクリーンショット(写真提供/本人)

社内に「オンライン飲み会部」という部活があり、ZoomというWeb会議ツールを使って不定期で飲み会を実施している これは2020年1月に実施した際に撮影したスクリーンショット(写真提供/本人)

旅行しながら仕事をする「ワーケーション」も実践済みだ。訪れた場所は、奄美大島、北海道、五島列島など。特に五島列島では自治体主催のプログラムに参加。土・日は家族で観光、月・火は子どもを地域の保育園に預けて、ホテルのコワーキングスペースで仕事をした。「これなら旅行のハードルがぐっと下がるでしょう。とても楽しかったです」

五島列島での風景。オフシーズンにリモートワーカーを招く取り組みで、参加費にタクシーチケットが含まれるので、運転免許を持っていない方でもOK (写真提供/一般社団法人 みつめる旅)

五島列島での風景。オフシーズンにリモートワーカーを招く取り組みで、参加費にタクシーチケットが含まれるので、運転免許を持っていない方でもOK (写真提供/一般社団法人 みつめる旅)

茨城県水戸市を中心に1カ月ほどワーケーションをしたことも。「日立駅にある海の見えるカフェで仕事をしていました」

茨城県水戸市を中心に1カ月ほどワーケーションをしたことも。「日立駅にある海の見えるカフェで仕事をしていました」

世の中には、あくまでも人対人の対面のやり取りにこだわりたい人がいるのも事実だ。しかし、技術の進化、副業の奨励などに伴い、暮らす街、働き方は今後もっと自由になるだろう。夫婦ともテレワーカー、フリーランスと会社員の二足のわらじ、という勝見さんは、まさにその実現者。「仕事する場所を選ばないなら、どこに住んだっていい。もっと田舎でも、海外でも。二拠点もありです」と、将来の選択肢は広がる一方。これからが楽しみだ。

自宅をオフィスに! テレワークで取り入れたい「家なかオフィス化」アイデア5つ

場所や時間にとらわれない柔軟な働き方“テレワーク(リモートワーク)“。その普及によって、働く場所も多様化している。今回は、自宅の一部にワークスペースを設ける「家なかオフィス化」のヒントが詰まったアイデアの数々を、リノベーション事例などを通して紹介したい。
【ヒント1】リビング内にワークスペースを設ける

自宅の中にワークスペースを設ける際、家の中のどこにスペースを確保するかは大問題。その選択肢のひとつがリビングだ。リビングなら、家族の様子を見ながら、あるいは家族の気配を感じながら仕事ができる。ただその一方で、仕事に集中しにくいというデメリットもあるようだ。その解消法も併せて紹介しよう。

【G-FLAT/兵庫県神戸市垂水区Fさん】
室内窓に面して2つのデスクが並ぶワークスペースは、夫婦が同時に作業することもできる。デスクは複数のモニターを置いてもスペースに余裕がある(写真提供/G-FLAT)

室内窓に面して2つのデスクが並ぶワークスペースは、夫婦が同時に作業することもできる。デスクは複数のモニターを置いてもスペースに余裕がある(写真提供/G-FLAT)

ワークスペースの背中側。可動棚のある本棚やプリンターも手が届く距離にあり、効率的に仕事が進められる(写真提供/G-FLAT)

ワークスペースの背中側。可動棚のある本棚やプリンターも手が届く距離にあり、効率的に仕事が進められる(写真提供/G-FLAT)

一戸建ての1階に、リビングとつながるワークスペースを設けた例。リビングとワークスペースとの間は大きな窓のある間仕切り壁で隔てている。2つのデスクを窓に向けて置くことで、窓を通して家族の気配を感じ取り、リビングの様子を確認できるワークスペースが実現した。

このような間取りにしたのは、妻が在宅のイラストレーターであり、夫も自宅でデザイン系の作業をすることがあるから。子どもが2歳と幼く、子どもが寝ている間や機嫌の良いときにしか仕事ができない妻にとって、ふと顔を上げればリビングに居る子どもの様子が確認できるのは理想的。以前の賃貸マンションでは、一室をワークスペースとしていたため、集中こそできるものの、他の部屋の様子は分からなかった。なお、集中したいときは、小窓のロールスクリーンを下ろしてワークスペースに“こもる”ことも可能だ。

【リビタ/東京都武蔵野市Oさん】
67.20平米・2LDKのマンションのリビングの玄関側を小部屋に仕立ててワークスペースに。フリーランスで働く妻にとって自宅内のワークスペースはかねてからの念願だった(写真提供/リビタ)

67.20平米・2LDKのマンションのリビングの玄関側を小部屋に仕立ててワークスペースに。フリーランスで働く妻にとって自宅内のワークスペースはかねてからの念願だった(写真提供/リビタ)

リビング越しに窓の外の景色が見えるほどに開放的な点には大満足。ガラス窓を開けるとリビングにいる家族と会話も可能。集中したいときには窓とカーテンを閉めれば完全な個室にすることもできる(写真提供/リビタ)

リビング越しに窓の外の景色が見えるほどに開放的な点には大満足。ガラス窓を開けるとリビングにいる家族と会話も可能。集中したいときには窓とカーテンを閉めれば完全な個室にすることもできる(写真提供/リビタ)

リビングの一角にガラス張りの小部屋を設けてワークスペースとした例。フリーランスで活動している妻のワークスペースをつくる際、当時5歳と2歳だった子どもたちのリビングでの様子を視界に入れながら仕事ができるようにと、ガラス張りにした。夫のテレワーク時にも利用するなど、夫婦でともに活用しつつ、子どもが小学生になったときに子ども部屋に転用することも想定している。

オフィスやカフェなどよりも落ち着く上、周囲に気を遣わずに電話ができるし、ガラス部分のカーテンを閉めれば、ダイニングテーブルやコーナー机などよりも集中できるテレワーク環境となる。

【リビタ/東京都杉並区Tさん】
96.55平米の3LDKのマンションを、「小学校のような家」というコンセプトのもとにリノベーション。このワークスペースは「図工室」という位置づけだ(写真提供/リビタ)

96.55平米の3LDKのマンションを、「小学校のような家」というコンセプトのもとにリノベーション。このワークスペースは「図工室」という位置づけだ(写真提供/リビタ)

LDKや廊下との間を腰高のパーテーションでゆるやかに区切ったワークスペースの例。定期的にテレワークのある夫、アクセサリー製作の仕事をする妻、大学生の長女と中学生の長男(ともにリノベーション当時)の4人がそれぞれに必要なスペースを確保しようとしたとき、完全に区切ると1人分のスペースが非常に狭くなることから、LDの一部をゆるやかに隔てることで夫婦のワークスペースを確保した。

夫は月に2回ほどのテレワーク時、妻は週2日ほどアトリエに出勤する以外の時間、このワークスペースで仕事をしているが、リノベーション計画当初に意図した通りに、広々とした開放感を味わっているという。その副産物として家族のコミュニケーションも増え、そういった意味でも“風通し”が良くなっているのだとか。

【ヒント2】仕事スペースと生活スペースを分けてメリハリを

オン・オフを明確に切り替えたいという人には、ワークスペースを生活空間から完全に分離するのが効果的。いわゆる“SOHO”(Small Office/Home Office)だ。仕事中はそこに“こもる”ことで、仕事や作業に没頭できるようになる。

【ブルースタジオ/東京都練馬区Nさん】
80.30平米・2LDKの一室をワークスペースとライブラリーに分割。コンパクトなワークスペースなだけに、仕事に必要な機器や資料はすべて手に届く範囲にある(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

80.30平米・2LDKの一室をワークスペースとライブラリーに分割。コンパクトなワークスペースなだけに、仕事に必要な機器や資料はすべて手に届く範囲にある(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

LDKからワークスペースへとつながる廊下の壁面を若草色に。ブルー基調のリビングからこの”森”を通って移動することで、アタマが仕事モードになる(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

LDKからワークスペースへとつながる廊下の壁面を若草色に。ブルー基調のリビングからこの”森”を通って移動することで、アタマが仕事モードになる(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

マンションの2LDKの洋室の片方を蔵書のライブラリーとワークスペースに分割して使っている例。それぞれのスペースは狭いが、その分、機能を集中させることができ、ワークスペースと生活空間がきっちり分離されている。そのため、フリーランスのデザイナーとして自宅で仕事をするNさんにとっても、オン・オフのメリハリの利いたワークスタイルが可能になっているが、その一方で、両スペースを行き来する際の切り替えという課題も。そこで、生活空間のテーマカラーをブルーとし、ワークスペースへと続く壁の色を自社のテーマカラーである若草色に彩ることで、ワークスペースに向かう際は、常に若草色の“森”を抜ける気分になるのだとか。色彩的な効果を利用して気分を変えているのだ。

趣味と仕事がほぼ連動しているNさんにとって、この部屋での暮らしは至って快適なのだそう。リビングから “森”を通ってワークスペースに向かい、思う存分“こもる”ことができるのは、SOHOスタイルならではの楽しみなのかもしれない。

【ヒント3】狭いスペースを利用してワークスペースを確保

限られた空間のなかでワークスペースを確保するためには、デッドスペースやちょっとした隙間を利用することもある。特にマンションでは、空間の有効活用は切実な問題だ。

【リノベる。/神奈川県鎌倉市T さん】
夜、リビングで夫婦の片方がくつろいでいるときに、もうひとりがワークスペースにこもったりして交互に使っている(写真提供/リノベる。)

夜、リビングで夫婦の片方がくつろいでいるときに、もうひとりがワークスペースにこもったりして交互に使っている(写真提供/リノベる。)

80.19平米・2LDKのマンションの玄関と寝室の間のスペースを利用。LD側の窓とバルコニー側の窓を開けると家中に風が通り、家全体が気持ちの良い空間となる(画像提供/リノベる。)

80.19平米・2LDKのマンションの玄関と寝室の間のスペースを利用。LD側の窓とバルコニー側の窓を開けると家中に風が通り、家全体が気持ちの良い空間となる(画像提供/リノベる。)

リビングから寝室へ向かう廊下の脇に秘密基地のような書斎を設けてワークスペースとしている例。限られた広さを有効に使って夫婦それぞれが持っていた蔵書を収納しながら集中できるスペースをつくるために、玄関と寝室の間の小さな空間を利用した。このアイデアは、「採光が良く風通しが良い家なので、気分に合わせて家の中のいろいろなところで過ごせるようにしたい」というそもそもの家づくりのコンセプトにも合致していた。

会社員の夫は在宅での作業やオンラインミーティングなどのときに、同じく会社員の妻は個人的なスタディースペースとしてこの書斎を利用。壁の色のトーンを落としたことで、集中できる空間になっている上、本やPC類がちょうど手の届く範囲に収まっているため、使い勝手も良いのだとか。入り口に扉を付けて個室にするようなことはせず、こもりながらも家族の雰囲気を感じ取れるようにしている。リビングやダイニングで仕事をすることもあり、「仕事は必ずここで」と限定していないところもT家流だ。

【ヒント4】事業者が提案するワークスペースも

UR賃貸住宅やハウスメーカーなども、自宅内にワークスペースを設けるプランを提案している。

【MUJI×UR/団地リノベーションプロジェクト】
玄関(左)から土間を介して右の多目的スペースに上がれる。玄関脇には可動棚のある収納スペースも(写真提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関(左)から土間を介して右の多目的スペースに上がれる。玄関脇には可動棚のある収納スペースも(写真提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関からもキッチンからも入れる2way方式なので、動線も効率的だ(画像提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関からもキッチンからも入れる2way方式なので、動線も効率的だ(画像提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

株式会社MUJI HOUSEとUR都市機構が愛知県名古屋市の相生山団地で提案しているプラン。玄関土間から直接、多目的スペースに上がれるようになっている。納戸や趣味スペースとしても利用可能だ。

【セキスイハイム/パパママ個室】
夫婦それぞれに個別のスペースが設けられているので、夫婦が同じ時間に作業する場合でも、自分だけの空間が確保できる(写真提供/積水化学工業)

夫婦それぞれに個別のスペースが設けられているので、夫婦が同じ時間に作業する場合でも、自分だけの空間が確保できる(写真提供/積水化学工業)

主寝室との間にウォークインクローゼットを挟んでいることで、より一層、作業に集中できる空間に(画像提供/積水化学工業)

主寝室との間にウォークインクローゼットを挟んでいることで、より一層、作業に集中できる空間に(画像提供/積水化学工業)

セキスイハイムが提案している注文住宅のプランの一つ。主寝室のウォークインクローゼットの奥に書斎と洗面台付きのメイクアップコーナーが設けてある。夫婦それぞれに自分専用の空間があることで、自宅で作業をする時間が重なった際や、忙しい朝の身支度の際にも、お互いに気を遣わずに済む上、動線上にあるウォークインクローゼットに物がしまえるので、すっきりとした空間での作業が可能だ。

【ヒント5】お手軽なDIYでもワークスペースがつくれる

これまでに紹介した大掛かりなリノベーションなどをしなくても、自宅の中にワークスペースを設けることは可能だ。

例えば、広いリビングをパーテーションで仕切れば、仕切りの中をワークスペースとすることができる。パーテーション越しに家族の気配を感じ取りつつ、作業や仕事に集中できそうだ。

パーテーションは1万5000円くらいから入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

パーテーションは1万5000円くらいから入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、リビングの一角にデッドスペースがあれば、そのスペースちょうどのサイズにテーブル天板をカットし、伸縮式の脚をつけてスペースにはめ込むことで、作業コーナーが出来上がる。

必要な費用は8000円程度。テーブル天板や伸縮式の脚などは、ホームセンターなどで入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

必要な費用は8000円程度。テーブル天板や伸縮式の脚などは、ホームセンターなどで入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

フリーランスなどの在宅ワーカーや会社員がテレワークに際して導入し、大いに役立っている「家なかオフィス」。DIYなどの手段も含めれば、「家なかオフィス」実現への道は決して遠くない。まずはDIYでできる範囲で着手しつつ、近い将来のリノベーション、注文建築なども視野に入れながら、今から快適なワークスペースの計画を練ってはいかがだろうか?

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連載:「職住融合」テレワークが変えた暮らし

“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁

テレワーク(リモートワーク)の導入が推進されてはいるものの、まだ十分に普及しているとは言えない。企業におけるテレワークの導入率はわずか19.0%(総務省「平成30年 通信利用動向調査」)。「会社に制度はあっても、実際に使っている人はいない」という話を耳にすることも多い。

そんななか、テレワークを千葉県流山市で定着させようとしている人がいる。都内(または全国)の企業に所属しながら流山で働くことを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する、尾崎えり子さんだ。トリスト立ち上げまでの道のりを聞くと、日本でのテレワークの定着が難しい現状が見えてきた。

「キャリアを消さないと地元で働けないなんて」

ワーキングスペースを提供するだけではなく、テレワークを初めて実施する企業や従業員をサポートするトリスト。通勤時間を理由に一度は仕事をあきらめた母親たちなどの再就職を含め、50名以上がTrist(トリスト)を活用している。

尾崎さんがトリストを立ち上げた背景には、自身が子育て中に思うような仕事に就けなかった経験がある。第一子を出産後、流山市から都内の企業に通勤していた尾崎さんは、子どもの体調不良で保育園に呼び戻されることが多く、思うように仕事ができない日々が続いた。「こんな状況では仕事と子育ての両立は厳しい」と思い、第二子の出産を機に退職を決意する。

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

地元で就職先を見つけようとするが、選択肢は少なく、コンビニやファストフード店のアルバイトの面接にも出向いた。しかし、その扉が開くことはなかった。

「都内の企業で経営コンサルティングの仕事をしたり、企業内起業で社長をしていた私は『キャリアがありすぎる』と言われたんです。それで、他のお母さんたちはどうやって仕事を見つけているんだろう?と思ってママ友に聞いてみると、かつて外資系金融機関で営業をしていた友人は、そのキャリアを履歴書には書かずに、大学時代のカフェバイトの経歴だけを書いてやっと小売店でのアルバイトに採用されたそうなんです」

「キャリアを消さないと働けないなんておかしい」。そう思った尾崎さんは現状を変えるべく、地元でキャリアを活かして働ける場所をつくる決意をした。「日本の労働人口は、今後ものすごい勢いで減少していきます。ママを救いたいという気持ちではなく、今まで労働に参加できていなかった人たちが働きやすい環境をつくってこの国をなんとかしなければという気持ちでした」

「ママなんてバイトで満足でしょ」テレワークに理解を示さない企業

トリストではワーキングスペースの提供だけでなく、テレワークの教育プログラムを企業と個人双方に行っている。日本マイクロソフト社とともにEmpowered JAPANというテレワーク教育プログラムを立ち上げた。テレワーカーとしての姿勢や心構えを尾崎さんが直接指導するのに加え、労務管理やセキュリティ、クラウドでの共同作業なども各専門家がレクチャーする。講座の中にはテレワーカーの採用を希望する企業へのテレワークインターンも組み込まれている。その後、希望企業にはTristで採用説明会を開催。採用に至った場合の紹介料は発生せず、ワーキングスペースの席料のみ企業から支払われる仕組みだ。

トリストで働くには、テレワークを前提に新たに雇用してもらう方法と、流山から都心の企業に通勤している人が会社にテレワークを許可してもらう2つの方法がある。後者の場合は尾崎さんが必要に応じて打ち合わせに同席し、責任者を説得するサポートをしてくれるというから心強い。

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストのシステムに賛同してくれる企業を増やすべく、尾崎さんが営業した企業は実に960社。ところが、そのうち共感してくれた企業はたったの60社だった。

「一体いつの時代の人権教育の影響なんだろうと思ってしまうくらい、信じられないような発言をする方がたくさんいらっしゃいました。次の言葉は、私が実際に企業の担当者の方からかけられた言葉です」

「あなたが3人目、4人目を産めば少子化は解決するんじゃないですか?」
「あなたたちみたいに働く女性が多いからこんな社会になってしまったんですよ」
「お母さんなんて3時間パン屋さんでバイトすれば満足でしょ?」

尾崎さんは「悔しくて、噛み締めた唇から血が出るほどだった」と当時を振り返る。テレワークの必要性を認めてもらえないどころか、自分自身が見下されている。このままでは日本は変わらないのに、どうして分かってくれないのか。

「今後日本は大介護時代に突入します。そのとき、マネジメント層の人たちもテレワークが必要な状況に陥ります。そうなる前に企業は今から試行錯誤して、自分たちに合ったテレワークのやり方を見つけなくてはなりません。本当に必要になってから慌てふためいても遅いんです」

日本でテレワークが浸透しない3つの理由トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

地元でテレワークができれば、これまでのキャリアを活かして働きながら、家族との時間も大切にできる。いいことばかりのように思えるが、なぜ日本でテレワークは浸透しないのだろうか。

尾崎さんによると3つの理由がある。1つ目は「法律」の問題。特に中小企業にとっては、労働法上テレワークを使いづらい環境になっているという。

2つ目は「マネジメント」の問題。今マネジメント層にいる人たちは、会社に通勤することで成功してきた人たち。そのため、部下が目の前にいないと、「マネジメントができなくなるんじゃないか」「結果を出してもらえないんじゃないか」「サボるんじゃないか」といった不安を感じてしまう傾向にある。

3つ目は「セキュリティ」の問題。例えば人事の仕事は「セキュリティレベルが高いからテレワークはできない」と言われるが、解決の糸口は業務を棚卸しすることで見えてくる。具体的には、「評価」の業務はセキュリティレベルが高いとしても、「スカウトメールの送信」や「媒体への求人情報の掲載」といった業務はそこまで高くはないはずだ。その場合、週2日は本社で評価業務を行い、週3日はテレワークでその他の業務を行うといった対応が検討できる。

尾崎さんは「今まで『テレワークは難しい』と言われていた業界や職種でこそ挑戦したい」と力強く語る。

往復3時間の通勤から解放され「心の余裕が全然違う」写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

実際にトリストでテレワークをしている利用者の話を聞いた。1人目は3人のお子さんを育てる梁瀬(やなせ)順子さん。子育て環境を求めて流山市に引越す前は、埼玉県の企業で正社員として働いていた。2019年4月からトリストでスタートアップ企業のバックオフィス業務をしている。

「テレワークを始めた当初は、相手の雰囲気が分からないことに戸惑いはありました。でも実際に会うことは少なくても、相手の顔が見えて話を聞くことができれば、お互いの温度感は十分伝わります。言葉だけのコミュニケーションで足りない場合は気軽にテレカン(電話会議)をしています」

さらに梁瀬さんの働く会社では全てのプロジェクトの情報がオープンにされており、通勤している社員とテレワークの社員との間の情報格差はない。そのため、「会社に行っていないからといって、置いてかれているという感覚はありません」

アパレル企業で働きながら2人の子どもを育てる出梓(いで あずさ)さんも、「必要な場合はオンライン会議ができるので、現場との時差は感じない」と話す。

「トリストでテレワークを始める前は、流山から会社に往復3時間かけて通勤していました。毎日疲労困憊でしたが、今は通勤時間がなくなったので時間が生まれ、大好きな仕事を続けられています。その分夫にも子どもにも、余裕を持って接することができています」

またテレワーカーを雇う企業からも、トリストを評価する声が上がっている。尾崎さんは「テレワークがうまくいっていない」という声をランチ会などで拾い上げると、「いまトリストではこうした問題で悩んでいる方がいます。もしお心当たりがあるようでしたら改善をお願いします」というように、発言者の名前を伏せて企業に対応を促している。企業からは「尾崎さんがアドバイスしてくれるので、まるでテレワークのコンサルを導入しているよう。テレワーカーの退職防止にも役立ち助かっている」という言葉をもらったこともあるそう。

尾崎さんのお話を聞いて思ったのは、日本でテレワークが普及しない根本的な要因の1つに、企業の古い価値観があるということ。これを変えていくのは相当難しいように思えるが、実際にテレワークを導入してみると、労使ともに心地よさを感じる事例がトリストからいくつも生まれている。尾崎さんの言葉で動かなかった900社にも、大切な社員を辞めさせない手段の一つとして、テレワークがあるという認識を持ってほしいと願う。

次回は、今回トリストの利用者としてご登場いただいた梁瀬さんと出さんのお二人が感じたテレワークの必要性と、テレワークを始めて感じた変化について、具体的にお伝えする。

●取材協力
Trist(トリスト)

テレワークが変えた暮らし[6]湘南で見つけた新しい生き方。「サーフィンを楽しむ70歳になりたい」

テレワーク(リモートワーク)を利用すると、出勤準備や通勤にあてていた時間が自由に使えるようになります。その時間で、サーフィンや畑などのやってみたかったことを始め、ついには新しい生き方を選んだ人がいます。住まいと街、働き方、生き方が溶けあった事例を紹介しましょう。
いつかは住みたかった湘南。理想の物件にひとめぼれ

東京生まれ、東京育ちのL・Iさん(40代女性)が一人暮らしを満喫しているのは、湘南・藤沢にある「鵠ノ杜舎(くげのもりしゃ)」。団地リノベや街のブランディングで知られるブルースタジオが手掛けたテラスハウスで、周囲に畑や丘もあります。

ブルースタジオが手掛けた「鵠ノ杜舎」。玄関まわりに自転車やサーフボードがあるのがいかにも湘南らしい(写真撮影/片山貴博)

ブルースタジオが手掛けた「鵠ノ杜舎」。玄関まわりに自転車やサーフボードがあるのがいかにも湘南らしい(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

L・Iさんが以前から漠然と「住めたらいいな」と思っていたこの地に引越したきっかけは、会社がテレワークを導入したこと。

「外資系企業に勤めていたのですが、週5日のテレワークが導入されたんです。それまで通勤しやすさを考えて都内や川崎市で暮らしていたんですが、これなら湘南に住めるかもしれないな、とぼんやりと考えていたときにこの物件を見学、“素敵すぎて手放したくない”と思いました」とほれ込んだそうです。

するとそこからLさんの人生は少しずつ変わっていきます。
「もともとスノーボードをやっていて、似ているかなと思ってサーフィンを始め、今では夏は朝、冬は昼に1~2時間ほど海に入っています。それから畑仕事も始め、今はハーブ類のローズマリー、セージ、タイムなどと、野菜を育てています」

海岸までは愛車で向かう。平日に波に乗り、人の多い休日に仕事をすることも(写真提供/L・Iさん)

海岸までは愛車で向かう。平日に波に乗り、人の多い休日に仕事をすることも(写真提供/L・Iさん)

Lさんが畑で育てているハーブたち(写真撮影/片山貴博)

Lさんが畑で育てているハーブたち(写真撮影/片山貴博)

手前はハーブ。奥の防寒対策をした苗シートの中で、キャベツなどの野菜の栽培にチャレンジ(写真撮影/片山貴博)

手前はハーブ。奥の防寒対策をした苗シートの中で、キャベツなどの野菜の栽培にチャレンジ(写真撮影/片山貴博)

ほかにはランニング、合間には友人や家族と外食をしたりと、充実した日々を送っています。
「藤沢や湘南の人って、とてもおしゃれでフレンドリー。海辺の街が心をオープンにするのかな。いい意味でゆるさがあって入りやすい。独特のカルチャーもあってとても居心地がいいんです」と新しくできた人間関係も楽しむように。

ワークスペースも整えて、ストレスフリーな環境に

もともと「手放したくない!」とほれ込んだ住まいというだけあって、家に合うインテリアを買いそろえ、好きな絵画を飾り、「ストレスを極限まで減らした」住まいに。仕事用にハーマンミラーの椅子、腱鞘炎になりにくいマウス、固定電話をそろえるとともに、家電はできる限りIot化、デスクまわりは整理整頓して、集中できる環境を整えているといいます。

ワークスペースのまわりが散らかっていると、気が散ってしまって仕事にならないといい、常にきれいにしているのだそう(写真撮影/片山貴博)

ワークスペースのまわりが散らかっていると、気が散ってしまって仕事にならないといい、常にきれいにしているのだそう(写真撮影/片山貴博)

「家の規制はあまりないんです。管理会社に相談をすれば釘を打ってもいいし、共用部分にあるBBQスペースを自由に利用したり、敷地内では住人みんなでウズラも飼っているんですよ。少し前には烏骨鶏(うこっけい)がいました」と楽しそう。

「家が素敵というのもありますが、自分でもたまに夢のような暮らしだなって思うときがあります。ストレスは本当に感じないですね」(Lさん)

ワークスペースの反対にはベッド。壁にはデイヴィッド・ホックニー(画面左上)などのアートをギャラリーのように飾っている(写真撮影/片山貴博)

ワークスペースの反対にはベッド。壁にはデイヴィッド・ホックニー(画面左上)などのアートをギャラリーのように飾っている(写真撮影/片山貴博)

ベッドサイドの窓からは丘が見え、気持ちよく目覚められるのだそう(写真撮影/片山貴博)

ベッドサイドの窓からは丘が見え、気持ちよく目覚められるのだそう(写真撮影/片山貴博)

人生設計を見直す。今の夢は70歳になってもサーフィンしていること

引越してきた当初は、週2日は出社、週3日はテレワークという暮らしをしていました。そこで、実感したのが通勤や出社にかかる時間と負担感です。

「通勤ってその前の準備も含めると2時間半くらい必要なんですよね。藤沢から東京都心だと3時間くらいかかるかもしれない。それに出社するための衣服や化粧品、ランチ、帰宅するまでの間のちょっとした買い物にもお金も使う。経済的にも時間的にもすごくロスが多いし、やっぱり通勤電車はすごく疲れる」と話します。

一方、テレワークだと通勤や出社で疲れることはありません。
「通勤のストレスがないので、仕事のクオリティが上がると実感しました。また、通勤や出社にかけていた時間やお金を、趣味や自分の使いたいもののために使える。仕事前後にスポーツができるから健康にもいいし」。自由時間=可処分時間が増えることで、健康や趣味といった仕事以外の「生きた時間」の使い方ができると実感したそう。

1階のキッチンとダイニング。海外の旅先で買った照明と日本の調理器具などが絶妙に調和(写真撮影/片山貴博)

1階のキッチンとダイニング。海外の旅先で買った照明と日本の調理器具などが絶妙に調和(写真撮影/片山貴博)

照明は海外で購入したもの。この家に引越してきた家具とも自然と調和(写真撮影/片山貴博)

照明は海外で購入したもの。この家に引越してきた家具とも自然と調和(写真撮影/片山貴博)

「それと、湘南の暮らしが良すぎて、だんだん東京にギャップを感じ始めたんです。電車に乗っていると余裕がなくなっていくような気がして、いやになってしまったんですね。勤務先は規模の大きい企業だったこともあり、できるだけ長く会社にいるつもりだったのですが、50代が近づいて退社するより、今退職して夢を描くほうがいいと、思い切ってチャレンジしました」

なんと退職を決意、現在はフリーの翻訳者として在宅で仕事をし、必要なときに都内へ出向くという生活にシフト。さらに、退職後に手づくりでオーガニックの石けんづくりをはじめ、新しい楽しみ(と収入源)を増やしています。

「不安もありましたが、先ほども話したように、フリーランスになって給料や収入が減ったとしても、出ていくお金も減るし、時間も有効に使えます。あと、つくった石けんは海辺のマルシェなどで販売して売り上げています」

ヤギのミルクを使ってつくった石けん。ハーブの一部には畑で栽培したものを使っている(写真撮影/片山貴博)

ヤギのミルクを使ってつくった石けん。ハーブの一部には畑で栽培したものを使っている(写真撮影/片山貴博)

これからの夢について、「70歳になってもサーフィンをしていたら、かっこよくないですか?」と笑いながら話します。テレワークをきっかけに、住まいも仕事も、生き方も大きく変えたLさん。すべてが自然体で心地よい、新しい生き方を見つけたようです。

●取材協力
鵠ノ杜舎

テレワークが変えた暮らし[5] 近所のシェアオフィス活用で、子育てと仕事をフレキシブルに

テレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増加するのに比例して、シェアオフィスの開業も相次いでいる。シェアオフィスは駅中や駅近にあるイメージが強いが、テレワークをする日は駅を利用しない場合もあるだろう。自宅の近くで仕事をしたいという需要も予想されるなか、住宅地にシェアオフィスを併設した複合施設「Tote駒沢公園」が11月にオープンした。近所に住み、利用している男性に話を伺った。
駒沢オリンピック公園横に新しいシェアオフィスができたワケ

東急田園都市線「駒沢大学駅」から10分ほど歩くと、駒沢オリンピック公園の正門にたどりつく。この真横に2019年11月22日にオープンしたのがUDS株式会社が企画、建築設計・監理、建物管理を手がける「Tote(トート) 駒沢公園」。1階が洋菓子店、2階に2020年4月開設予定の保育園があり、3階にはシェアオフィス&スタジオ「Tote work & studio」がある。上層階は賃貸住居になっている。

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園がこうした複合施設となった背景には、「駒沢公園地域をより盛り上げたい」というオーナーの思いがあった。

Tote work & studio には完全個室オフィスのROOM PLAN(1~3名向け)、専用デスクのDESK PLAN(1名向け)、フリーデスクのLOUNGE PLANがあり、いずれも24時間利用可能だ。12部屋の個室と8つのデスクはオープン時からその多くが契約されていたと言い、以前からの注目度の高さが伺える。部屋に入ると、シックかつシンプルな内装で、大きな窓からはたっぷりと明るい日差しが差し込み、パークビューが窓いっぱいに広がる。

取材時はまだオープンの翌週ということもあり、実際の利用はこれからといった感じであった。そんななか、公園の見える窓際の席でPCに向かっていた古場健太郎さんにお話を伺うことができた。

自宅近くのシェアオフィスで一日中集中できる

古場さんは38歳。Tote駒沢公園よりも桜新町駅寄りの自宅に、妻と5歳、1歳の子どもの4人で暮らしている。勤務先の ゼットスケーラー株式会社は、クラウド上でデバイス、ロケーションおよびネットワークに関係なく、アプリケーションにセキュアに接続できるセキュリティサービスを取り扱っている、外資系IT企業だ。会社は大手町にあり、セールスエンジニアとして働く古場さんは、週に1-2度出社するかしないか。顧客訪問の帰りなどにここで仕事をしているという。

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

古場さんは、勤務先のテレワーク事情に関して「まだ日本法人には16名しかいないので、個人の裁量に任されています」と話してくれた。また、外資系企業のため、働き方がわりと自由だとか。これまでも、アメリカのスタートアップ企業などに勤めてきて、以前は家で仕事をしていた。

しかし、「5歳と1歳の子どもとの暮らしは楽しいですが」と前置きをした上で、家で集中することが難しいと思うようになってきたと話す。「自宅の自室でがんばってみたのですが、家にいると子どもが寄ってきて、『ちょっと遊ぼう』ということになります。ですから、メールのやりとりだけくらいだったらよいのですが、資料づくりなど、アイデアを出さなければならない仕事は自宅だと難しいと感じるようになりました」(古場さん)

しばらくWi-Fiの使えるカフェなどを利用していたが「やっぱり、何時間もとなると居づらいですね。途中で追加注文をしなければならないような気がしてきます」と、なかなか居場所づくりが難しかったようだ。セキュリティの面は、自社がテレワークを実現するセキュリティサービスを扱っていることもあってクリアできていた。むしろ率先して外で仕事をしたくて、1日中ずっといられる場所を求めていた。

そんなとき見かけたのが、建設中だったTote駒沢公園だ。パンフレットを見てすぐに契約した。決め手は何だったのだろうか?「場所ですね。家から近かったのがよかったです」と。古場さんの利用するフリープランは月額1万5000円と、都心のシェアオフィスと比べてリーズナブルなのも魅力だった。

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

実際に使ってみてどのように感じたのだろうか。「僕は、人の目が少しはあったほうが仕事がしやすいんです。家の近くで仕事に集中できる場所ができて仕事がはかどるようになりました」(古場さん)。Tote 駒沢公園にはテレビ会議ができる個室のスペースもあるので、周りの声など気にせず会議に参加をすることもできる。

また、子育ての仕方やライフスタイル面でも、さっそく変化を感じているようだ。

テレワークで家族との時間のバランスが保てるように

古場さんは、現在の自宅を購入して6年目になるという。その前は代々木公園の近くに住んでいて、子どもが生まれるタイミングで引越してきた。三軒茶屋から桜新町の方面に進むと自然が多くなるにしたがって空が広がっていくのが気に入り、公園近くの住宅地を選んだ。

現在は妻が1歳の子どもの育休中のため、5歳の子どもを保育園に送って10時くらいからここで仕事を始める。家から10分ほどの場所だからこそできる仕事の仕方だ。

病院勤めの妻は固定時間で働かねばならない仕事のため、育休復帰した後は古場さんが子育てにさらにコミットしなければならないだろうが、この場所ならそれほどライフスタイルを変えなくても済みそうだ。

「妻と働き方に関して話すこともあります。妻の仕事は勤務時間がきっちり決まっているので、台風で電車が動かなくても出勤しなくてはならないのです。それに比べて、自分のほうは働く時間を自分で選択できる。自分がテレワークで働くことで、妻の仕事とのバランスがとれると考えています」(古場さん)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

新卒から外資系で、比較的融通の利くワークスタイルで働いてきた古場さん、「会社は9時に席に座るのも仕事」という概念がなく、「(9時に出社することが)仕事として利益にならないのなら、柔軟に働くほうがいい」という信念があると語ってくれた。

オフィスでは「ちょっとこれが聞きたい」というときにすぐに他の社員に聞けるのがメリットだ。テレワークではそれは難しいように思われるが、Slackやメールで話が弾めば、電話をかけて会話をするようにもしているという。そうすることで、オフィスにいるようなライブ感を補える。「日本だと会社にいることが重視されるのがまだまだ現状ですが、コミュニケーションが必要な場合も、ツールを使えば必ずしもその場にいなくてもいいと思うんです。重視されるのは『結果』ですから」(古場さん)

駒沢大学駅は多くのIT企業がオフィスを置くが渋谷から電車で3駅の場所にあるため、IT関係の人が多く居住しているという。「これは貴重なことで、今後はこのTote 駒沢公園で出会った人たちと交流して、新しいコミュニティをつくったり、プロジェクトができたりすればとも考えています」と古場さんの声は明るい。

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

「テレワークについて、社外の友人と議論をしたことはありません。働き方の違いについては話題を避けているところがあります。それぞれの選択肢が違うので、ポジティブな会話にならないような気がして」と古場さんは話す。「みんな仕事をすることには変わりはありませんから、その時間を誰もが有効に使えるようになることが大切だと思うんです」という古場さん。今後もこのシェアオフィスに腰を据え子育てと仕事に邁進していくのだろう。

今、ワークライフバランスが重要視されてきている。「仕事とプライベートの両立を考えると、今後このような住宅街の中にあるシェアオフィスが増えていくと思います」と古場さんも感じている。仕事と家庭の両立は容易とはいえないが、自宅近くのシェアオフィスや、今回取材した「Tote 駒沢公園」のようなシェアオフィスが併設された賃貸住宅を利用すれば、プライベートと仕事の距離を縮めることができる。育児や介護のために通勤等が難しく、選択肢から外れていた仕事にも挑戦できるかもしれない。

取材後、筆者の家からもTote駒沢公園が自転車で20分くらいで通える距離にあると気づいた。案外、自分の仕事にあった場所、あるいはテレワークにぴったりな仕事場が見つかる可能性がある。ぜひ一度、地図を広げてご自身の行動範囲を再確認してみてはいかがだろうか。新しい働き方と暮らし方が、近くにあるかもしれない。

●取材協力
Tote work & studio
ゼットスケーラー株式会社

テレワークが変えた暮らし[4]愛犬のために伊豆高原へ移住。40代で仕事を変えずに実現

伊豆高原への移住とともに、新幹線通勤&週に1~2度のテレワークを同時に始めたOさん(45歳)。
職場を変えずに、住まいを変えることは、案外できること。暮らしは確実に豊かになったと実感するOさんに、移住の経緯、リモートワークの実情、伊豆高原の住み心地などお話を伺った。

お気に入りの場所、伊豆高原で見つけた「森の中の小さな家」

今年9月、妻と愛犬とともに伊豆高原に移住したOさん。それまでに月に2、3度日帰りで伊豆や下田方面に遊びに来ていた。目的は、愛犬のグラム君のため。「3時間車を運転して、静岡県下田市の爪木崎の遊歩道まで遊びに行っていました。1時間ほど散歩して、その帰りに美味しいもの食べて、温泉に入ってというのが休日の定番ルート。何度も足を運ぶうちに、このあたりで暮らしてみたいなぁと思うようになったんです」。
そこで、よい土地があれば買って家を建てようと考え、土地を探すことに。条件は、東京都内から2時間以内の立地で、海が見える、開放的な高台の土地。

釣り場でもある近くの漁港にて。海と崖がそびえる景観は、それだけで非日常の風景だ (写真撮影/片山貴博)

釣り場でもある近くの漁港にて。海と崖がそびえる景観は、それだけで非日常の風景だ
(写真撮影/片山貴博)

よく足を運んだ爪木崎の須崎遊歩道。海沿いの景観が美しい(写真撮影/本人)

よく足を運んだ爪木崎の須崎遊歩道。海沿いの景観が美しい(写真撮影/本人)

「2年ほど探していたでしょうか。でも、もともと温暖な気候で別荘地や移住者に人気のエリアなので、なかなか見つからなかったんです。もしかしたら、条件の良い土地には、すでにもう家が建っているのかもと考え、中古の一戸建ても候補に入れました」
その中で見つけたのが、300坪の広大な丘に建つデザイナーズ別荘。1階がコンクリート打ち放し、2階はログハウス調の外観が印象的だ。「高台なので、視界が抜けていて、開放的なのが気に入りました。海も遠くにですけど見えるんですよ」

もともとは有名建築家が軽井沢で建てた別邸のレプリカ。お風呂に温泉をひいているのもこの土地ならでは (写真撮影/片山貴博)

もともとは有名建築家が軽井沢で建てた別邸のレプリカ。お風呂に温泉をひいているのもこの土地ならでは (写真撮影/片山貴博)

エントランス前のウッドテッキからの眺め。「階段の上り下りは正直大変ですけど、空が近く感じる開放感が何より贅沢」(写真撮影/片山貴博)

エントランス前のウッドテッキからの眺め。「階段の上り下りは正直大変ですけど、空が近く感じる開放感が何より贅沢」(写真撮影/片山貴博)

常に犬とともに暮らしていたOさん。グラム君は3代目の愛犬 (写真撮影/片山貴博)

常に犬とともに暮らしていたOさん。グラム君は3代目の愛犬 (写真撮影/片山貴博)

英国デザインの『シェイカーキッチン』にリフォーム。ホーローのシンクや、伝統的なデザインなどは、妻のこだわり(写真撮影/本人)

英国デザインの『シェイカーキッチン』にリフォーム。ホーローのシンクや、伝統的なデザインなどは、妻のこだわり(写真撮影/本人)

週に1、2日はテレワーク。緑の借景を望める特等席が仕事場

伊豆高原の家と出合い、川崎市の住まいは売却。移住を決めた。ただし、職場を変えるつもりはなかったので、上司にテレワークを申請。現在は週に1、2日は在宅で仕事をしている。「職種はIT系で、もともとテレワークの制度はある会社でした。というか、この制度がなければ移住はしなかったかもしれません。テレワークをするのは主に金曜日か月曜日。なるべく社外の打ち合わせなどは入れず、火曜日から木曜日にクライアントとのアポイントを集中させるようにしました。社内の打ち合わせなどは電話会議で十分です。移住後は、スケジュールを効率よく組むように意識するようになりました」
テレワークをするときは、主にリビングの一角、緑の借景が望める特等席で。心地いい空間で仕事の効率も高まる。「ただし電話のときだけは、寝室か車に閉じこもってしています。以前、海外オフィスと電話していたときに、グラムが乱入して大変だったんです(笑)」

テレワークは特等席で。通勤がない分、8時台から仕事を開始できる(写真撮影/片山貴博)

テレワークは特等席で。通勤がない分、8時台から仕事を開始できる(写真撮影/片山貴博)

往復4時間の通勤は貴重な仕事時間に

週に1日から2日はテレワークだが、それ以外は新幹線通勤になる。最寄駅の伊豆急行線伊豆高原駅まで車で3分程度、熱海駅で乗り換え、新幹線で品川駅へ。所要時間は約2時間だ。「大変でしょう、ってよく聞かれるんですけど、これが全然大変じゃないんですよ(笑)。伊豆高原駅は始発もあるので座って通勤できますし、新幹線と合わせて約2時間はパソコンを広げて仕事をしています。メールをチェックしたり、返信したり、資料を確認したり。帰りもそう。いわば往復4時間がビジネスタイムになっているようなもの。退社時間は早くなりましたが、その分車内で仕事をしているので、案外、業務時間は変わらないかもしれません」

伊豆急行線の車内。窓からの眺望を楽しみながら仕事ができる。「ただ、最近は帰りの新幹線が座れないことがあり、それはけっこう痛手です」(画像提供/本人)

伊豆急行線の車内。窓からの眺望を楽しみながら仕事ができる。「ただ、最近は帰りの新幹線が座れないことがあり、それはけっこう痛手です」(画像提供/本人)

釣り、キャンプ、SUP……趣味を気軽に満喫できる伊豆暮らし

「仕事面で言えば、案外、移住前と移住後でさほど業務自体は変わらないと思います」というOさん。だが、休日の過ごし方は変わった。
まず愛犬との暮らし。「海が近く、山も近く、お散歩する場所には困りません。愛犬は体を動かすのが大好きなので、思う存分走り回れてうれしそうです。それに、伊豆高原界隈って、別名、犬高原と言われているほど、犬フレンドリーな街。テラス席はもちろんのこと、犬と一緒に外食できるレストランが多く、気兼ねせず食事ができます」
趣味も満喫している。例えば夫婦共通の趣味であるスタンドアップパドルボード(SUP)や、釣り、キャンプなどのスポットが多く、気軽に足を運べる。「週末がいわば非日常なので、旅行に行く頻度は減りましたね」
もともと別荘地なので利便性が高く、近所のスーパーまで徒歩10分。海の幸、山の幸に恵まれた土地柄、新鮮な魚介類や野菜が手に入る。「それでいて、お洒落なサンドイッチ屋さんや美味しいイタリアレストラン、カフェもあって、今はお店を開拓するのが楽しみ。ただ、夜遅くまで空いているお店は少なくて、夜は真っ暗です。日の出とともに起き、就寝時間も早くなりました。人間本来の暮らしに戻った気がします」

近場の漁港で釣り。「犬の散歩がてら立ち寄る程度なので、いつもこれくらいの軽装なんです」(写真撮影/片山貴博)

近場の漁港で釣り。「犬の散歩がてら立ち寄る程度なので、いつもこれくらいの軽装なんです」(写真撮影/片山貴博)

愛犬グラム君お気に入りの散歩スポット、小室山。芝生広場があり、ボール遊びを楽しむ(画像提供/本人)

愛犬グラム君お気に入りの散歩スポット、小室山。芝生広場があり、ボール遊びを楽しむ(画像提供/本人)

支出はダウン。テレワークで仕事の効率はアップ

暮らしのコストも下がった。以前の川崎市のマンションに比べれば、伊豆高原の住まいのほうが価格も安く、ローンの支払い額も大幅に減額に。駐車場代もない。新幹線通勤を含めた定期代は、会社支給の上限があるため、一部は自腹だが、休日の遠出に伴う費用がゼロになった。ローンの支払いを含めてトータルの支出は4分の1程度に減った計算になる。当然、家の改装費などのコストもかかるが、以前支払っていた管理費・修繕積立金はなくなった。
「不満点は今のところありません。移住して、テレワークを始めて実感したことは、会社に行かなくても仕事は成り立つということ。満員電車でゆられている通勤時間は、僕にとっては無駄でした。新幹線通勤で移動時間を有効に使えるのもアリですが、テレワークで移動そのものがなくなれば、身体が楽になり、仕事の質は上がると思います」
今後は、敷地内に家庭菜園やドッグランをつくろうと画策中のOさん。友人たちが遊びに来る計画もあり、「やりたいことが次々出てくる」そう。「最初はそれこそ、定年後に田舎暮らしと漠然と考えていましたが、体力もある40代の今のうちに決断して良かったと思います。友人からは”いいなぁ、田舎暮らし”とうらやましがられています。私たちは子どもがいないので移住の自由度が高いというのもありますが、きっかけさえあれば意外と簡単なのではないのでしょうか。今後はテレワークの頻度がもっと上げられたらと思っています」

近所を散歩。妻は移住を機に仕事を辞めたため、こちらに友人はいないが、犬の散歩を通して犬友達ができつつあるとか(写真撮影/片山貴博)

近所を散歩。妻は移住を機に仕事を辞めたため、こちらに友人はいないが、犬の散歩を通して犬友達ができつつあるとか(写真撮影/片山貴博)

運動量が多い犬種のため、雪の日も台風の日も散歩がマスト。丘や海辺も散歩でき、グラム君もすっかりこの環境が気に入ったそう(写真撮影/片山貴博)

運動量が多い犬種のため、雪の日も台風の日も散歩がマスト。丘や海辺も散歩でき、グラム君もすっかりこの環境が気に入ったそう(写真撮影/片山貴博)

新幹線通勤とテレワークの二本柱で、仕事を変えずに住環境を大きく変えたOさん。ハードルが高いと思われがちな田舎暮らしも、これなら40代でスタートできるかもしれない。

テレワークが変えた暮らし[3]引越し先の「共用部」がもう一つの仕事場に。働く意味を再発見

昨今、オフィス以外の場所で仕事をするテレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増えていますが、テレワークしやすい「住まい」も登場し、支持を集めています。今回はワーキングラウンジなどが充実した「ソーシャルアパートメント」で暮らし、テレワークに取り組む人とそのリアルな声をご紹介します。
寮をリノベ。144世帯が暮らす「ソーシャルアパートメント」

2019年9月、完成したばかりのソーシャルアパートメント「ネイバーズ武蔵中原」に引越してきた前田彰さん。東京都・渋谷のIT企業勤務で、現在週1回、リモートワークをしています。

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

「以前は板橋のシェアハウスから毎日、満員電車に乗って通勤していました。転居を考えていたほぼ同時期に、会社でもリモートワークを導入することになり、自分もテレワークをはじめてみようと。共用部が充実したソーシャルアパートメントの存在は以前から気になっていたので、本当にタイミングがよかったです」と振り返ります。

「ソーシャルアパートメント」は、通常のシェアハウスと異なり、共用部での入居者同士の交流を楽しめる「仕掛け」がなされている住まいのこと。トイレやバス、キッチンは定期的に清掃が入り、清潔に保たれています。
また、こちらの物件は、キッチンに加えて、シアタールームやバー、防音室などの共用設備も充実しています。なかでも、前田さんのお気に入りはワーキングラウンジ。

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

「僕が仕事しているのはこのスペース。まさにこのソファです。仕事終わりでも部屋に帰らず、ココに立ち寄ってブログを書いたりしているので、自分の指定席のような感じですね」と笑います。この「ネイバーズ武蔵中原」は144世帯と大所帯なので住人全員と交流があるわけではありませんが、ここにいると知っている人を介して、会話がはずむこともあるそう。

「ワーキングラウンジにも2種類あるんですが、自分はこのソファ派です。部屋にソファがないというのもありますし、部屋にいるとダラダラしてしまうので、ほどよく人の目があるココが落ち着くんですよね」といいます。

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

心地よい場所があることで、「テレワークのほうが作業に集中できる」

前田さんがテレワークをはじめてみて3カ月あまり。率直な感想を聞いてみました。

「現在、会社では週1回のテレワーク、11時~16時のコアタイム制を導入しています。会社までの通勤は乗り換え1回、時間にして片道40分程度なのですが、通勤の義務がなくなるだけでも、ストレスは軽くなるなと思いました。テレワークをしてみると、オフィスで働く意味ってなんだろうって考えるようになりますよね(笑)」と心地よいよう。

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

特に前田さんはお気に入りの「ワーキングラウンジ」はオフィスよりも集中でき、仕事が捗ると感じることも。

「作業が詰まっているときは、僕はテレワークのほうがよいと思いました。会社だとどうしても話しかけられたりするので、集中できない。でも、自分の部屋だとだらけてしまう。一方で、例えばカフェなどだと、他人の声や仕草が気になってしまって気が散ってしまう。このワーキングラウンジは音や椅子、周囲の人も含めて、ちょうどよいのだと思います」

ほかにも、オフィスではよいアイデアが思いつかなかったものの、仕切り直しで持ち帰り、ワーキングラウンジで仕事を終わらせた、なんていうこともあったそう。一回休憩をはさむことでリフレッシュでき、持ち帰り仕事も負担にならないといいます。これも会社と自宅にほどよい「場所」がある良さと言えそうです。

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

暮らすのも働くのもシームレス。だから心地よいことが大事

一方で、週5日を完全にテレワークにしてしまうのは、ちょっと不安もあるといいます。

「仕事が詰まっていないとき、余裕がある時期はオフィスで働くほうがいいと思いました。やっぱりリモートワークは自分次第なので、少しでもゆるさがあるとだらけてしまう怖さがあります。あと、雑談から次のアイデアが生まれることもありますし、スタッフ同士の温度感など、得られるものは多い。リモートワーク可能な日を週2日~3日ともう少し増やすかもしれませんが、今はほどよいペースを見極めている状態かもしれません」(前田さん)。

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

前田さんが出社するときは朝9時30分に自宅を出て、帰宅はおよそ20時。とはいえ、前述の通り、自室に帰らず、ラウンジで作業していることが多いそう。
「働くのも暮らすのもシームレスで、分かれていない。すべて延長線上にあります。そういう意味で、今の暮らしがちょうどいい。心地よい場所があるって、とても大事だと思っています」

暮らすことも働くことも、「どれも毎日の一つ」と考える前田さん。ゆえに、どこで暮らすか、どのように働くかが同じくらい大切なのかもしれません。

「私の勤める会社でもテレワークの満足度は高いようですし、今、探りながら進めているところです」と話す通り、「ネイバーズ武蔵中原」は、今140世帯超の部屋が満室で、テレワークをする人も少なくないといいます。

また、友人にリモートワークやフレックスタイム制の話をすると、たいていの人が「いいな~」と返ってくるそう。自宅や会社以外の場所があり、そこで柔軟に働くことができれば、より仕事にも打ち込める。こうした働き方、住まい方は着実に社会に広がっていくことでしょう。

●取材協力
ネイバーズ武蔵中原