実家じまい、母の民芸コレクション数千点の譲渡会を父が設計した自宅で開催。新しい物語を次世代につなぐ 二部桜子さん

多くの人が気になる「実家の片づけ」。挿花家でエッセイストの母と建築家の父のもとに生まれた料理家の二部桜子(にべ・さくらこ)さんは、両親が世界中で集めた膨大な民芸品などのコレクションを次世代につなごうと、実家を開放して譲渡会を実施。遠方からも人が訪れて盛況に! 実家じまいとしてはもちろん、自身の今後についても多くの気づきが得られたというその経験について、二部さんにお話を伺いました。

暮らしも注目された母・二部治身さん。世界を旅して集めた民芸品が大量に

コンクリート打ちっ放しの天井の高い建築。広大な空間を埋め尽くすように、おびただしい数の器や古道具が並ぶ。「ちょっとした骨董市の物量ですよね」と二部桜子さんも笑うが、一家庭のコレクションとは思えないスケールだ。

フリマ形式の譲渡会「Recollection - 回想の記録 -」の様子(画像提供/鮫島亜希子さん)

フリマ形式の譲渡会「Recollection – 回想の記録 -」の様子(画像提供/鮫島亜希子さん)

ここは桜子さんが育った東京都八王子市郊外の家。母である挿花家でエッセイストの二部治身(にべ・はるみ)さんは、建築家の夫・誠司(せいじ)さんとともに桜子さんと弟を育てながら、約100坪もの敷地で花と野菜をつくり、四季の草花を愛でてきた。「暮らし系」という言葉が生まれるずっと以前の80年代後半から、自然とともに生きる治身さんのライフスタイルは数々の女性誌や著作で紹介され、全国に多くのファンを生んだ。

二部桜子さん。アメリカの大学で美術を学んだのちアパレル企業に勤め日米を行き来する。2017年、東京都台東区蔵前に「SHUNNO KITCHEN」スタジオを開設し、旬の野菜を軸とした料理教室やケータリング、レシピ開発を行う(写真撮影/片山貴博)

二部桜子さん。アメリカの大学で美術を学んだのちアパレル企業に勤め日米を行き来する。2017年、東京都台東区蔵前に「SHUNNO KITCHEN」スタジオを開設し、旬の野菜を軸とした料理教室やケータリング、レシピ開発を行う(写真撮影/片山貴博)

「母は高校生のころから骨董を集めていたほど器や雑貨が大好き。タイへの新婚旅行を機にアジアの魅力に目覚め、さまざまな国を訪れては現地の民芸品を山のように持ち帰っていました」と桜子さんは振り返る。「アジアやアフリカの民芸品が持つ、素朴でどこか不完全な美しさが好きだったようです。父も収集癖があり、夫婦で好みも一致していたので、二人で競うようにものを集めていました」

生活道具のみならず、イスなどの家具や壺などもコレクションしていた(画像提供/鮫島亜希子さん)

生活道具のみならず、イスなどの家具や壺などもコレクションしていた(画像提供/鮫島亜希子さん)

アジアやアフリカのオブジェやマスクも(画像提供/鮫島亜希子さん)

アジアやアフリカのオブジェやマスクも(画像提供/鮫島亜希子さん)

治身さんが現役のころは雑誌などの撮影用小道具のリース業も少なかった時代。仕事に使えるようにと集めていた部分もある。1999年に建て替えられたこの家も、治身さんの仕事の撮影にも使えるようにと誠司さんが設計したもの。「だからデザイン性は高いんですけれど、底冷えするように寒かったり、段差が多かったり。敷地も広すぎて、高齢の夫婦が暮らすには厳しくて」

両親とも実家を手放して小さく暮らすことを検討していたが、2021年に誠司さんが他界してしまう。治身さんは桜子さん夫妻と暮らすことになり、いよいよ実家じまいを行うこととなった。

仲間の力を借りながら、楽しんで準備した自宅での譲渡会が大反響

そうして始まった二部家の実家じまいだが、当初は明らかに不要なものも膨大にあったという。
「まずは不要品を処分するのがいちばん大事だと思います。体力の必要な作業ですが、海外に住む弟も帰国時にやってくれました。とはいえあまりに物量が多かったので、この最初の段階ですべてを要・不要に分けたわけではないんです。判断に迷うグレーゾーンを残しつつも、明らかな不用品やゴミを処分できたことで気持ちにゆとりができ、友人にも手伝いに来てもらいやすくなりました」

残されたのは、大量の民芸コレクション。業者に買い取りを依頼することも頭をよぎったが、せっかくなら友人に譲りたいと桜子さんはひらめいた。「アパレル業が長かったこともあり、器やインテリアが好きな友人が多いんです。話してみたら“おもしろそう!”と言ってくれて」。そうしてまずは友人知人限定で、フリマ形式の譲渡会を行うことにした。

治身さんが高校時代から集めていたデッドストックの器たちも販売された(画像提供/鮫島亜希子さん)

治身さんが高校時代から集めていたデッドストックの器たちも販売された(画像提供/鮫島亜希子さん)

フリマで難しいのが値付けだろう。「母も値段までは覚えていなかったので、骨董屋さんに出かけて値ごろ感を確かめたり、画像検索で由来や価格を調べたり。通常の骨董品店よりはかなりお得な値段に設定しました」

友人の手も借りながら準備を進め、2022年8月と9月の4日間で「Recollection – 回想の記録 -」として譲渡会を実施。「告知はInstagramの個人アカウントのみで、友人とその友人のみの予約制に。中には影響力のある友人もいたので拡散力がすごくて」。予想以上の反響があり、約1500点が新たな持ち主のもとに旅立った。

世界各国からかごやザルを背負って持ち帰った治身さんは「かご長者」とあだ名されたほどのかご好き(画像提供/鮫島亜希子さん)

世界各国からかごやザルを背負って持ち帰った治身さんは「かご長者」とあだ名されたほどのかご好き(画像提供/鮫島亜希子さん)

好評を受けて、10・11月には一般客にも予約枠を開放することに。「リテールビジネス(BtoCのビジネス)に携わっている友人たちがいろいろアドバイスをくれて。当初は“この引き出しの中はいくら”みたいな値付けでしたが、知らない人への販売なら一つひとつ値段を書いたほうが会計がスムーズだよとか。”このコーナー売れ行きがよくないね”と友人がささっとディスプレイを直してくれたとたん、驚くほど売れたりも」

明治~昭和の和食器もセンスよくディスプレイして販売(画像提供/鮫島亜希子さん)

明治~昭和の和食器もセンスよくディスプレイして販売(画像提供/鮫島亜希子さん)

手伝ってくれた友人たちとはいつしか“実家フェス”の通称が定着。「”せっかくならお茶ができたらいいよね”と、友人が和室で抹茶を立てて、私のお菓子とお出ししたり。そうやって仲間とアイデアをふくらませるのが楽しかった」。まるで学園祭のような自由さをベースに、ビジネススキルと創造力を持ち寄って準備したこのイベントには、北海道や石川県など遠方も含めのべ数百人が訪れ、総計5000点ほどを譲渡できたという。

2023年10月には「Recollection-回想の記録-エピローグ」として、治身さんの著書のレシピを再現した食事会も実施。「譲渡会で、父が建てた建築をみなさんに見ていただけたのも嬉しかったんです。せっかくだから記録に残そうと、母の料理をつくって父と母が元気だった頃の二部家を再現して、友人である写真家の鮫島亜希子さんに撮ってもらいました」

和気あいあいと和やかな食事会の様子。このときのコレクションは"お気持ち"価格で譲渡し、ウクライナの動物支援団体に寄付も行った(画像提供/鮫島亜希子さん)

和気あいあいと和やかな食事会の様子。このときのコレクションは”お気持ち”価格で譲渡し、ウクライナの動物支援団体に寄付も行った(画像提供/鮫島亜希子さん)

顔の見える使い手へ譲る喜びが、愛したものを手放す寂しさを和らげる

業者の買い取りより手間や時間はかかっても、ものの行く末がわかるのが嬉しいと桜子さん。「友人のおうちに遊びに行ったら、うちで活躍していたものにまた出合えたり。おうちで使う様子をInstagramに上げてくれる人もいて、両親の愛したものたちの新しい物語が始まるのだと実感できました」

来場した友人たちが購入物をインスタにアップ。「みなさんのセレクトが見ていて楽しくて」と桜子さん(画像提供/左から、@hirokoinabaさん、@mamimori8さん)

来場した友人たちが購入物をインスタにアップ。「みなさんのセレクトが見ていて楽しくて」と桜子さん(画像提供/左から、@hirokoinabaさん、@mamimori8さん)

治身さんもイベントの様子に感激。「ものを手放すから、と悲しむ様子が全くなくて。自分のコレクションがお店みたいにキレイに並べられて“やっぱりこれ素敵よね”なんて喜んだり。自分が好きで手に入れたものを、みなさんが楽しそうに選んで譲り受けていく姿がすごく嬉しかったようで、いい親孝行ができました」

もちろん治身さん自身が手離したくない宝物はキープ。桜子さんも、手元で大切にしたいものたちを自宅やスタジオで愛用している。

水屋箪笥はクリーニングして、桜子さんの「SHUNNO KITCHEN」スタジオで愛用(写真撮影/片山貴博)

水屋箪笥はクリーニングして、桜子さんの「SHUNNO KITCHEN」スタジオで愛用(写真撮影/片山貴博)

風格あるベンチも実家からスタジオに。桜子さんの愛犬・アズキちゃんも心地よさそう(写真撮影/片山貴博)

風格あるベンチも実家からスタジオに。桜子さんの愛犬・アズキちゃんも心地よさそう(写真撮影/片山貴博)

古い実験用漏斗をランプシェードに。「たまたま訪れたアンティークショップで、こんなふうに漏斗を照明にしているのを発見。そのお店にお願いして照明にしてもらいました」(写真撮影/片山貴博)

古い実験用漏斗をランプシェードに。「たまたま訪れたアンティークショップで、こんなふうに漏斗を照明にしているのを発見。そのお店にお願いして照明にしてもらいました」(写真撮影/片山貴博)

買い手がつかなかったランプシェードもスタジオで活躍(写真撮影/片山貴博)

買い手がつかなかったランプシェードもスタジオで活躍(写真撮影/片山貴博)

これからの“もの”との付き合い方を考えるきっかけにも

二部家の実家じまいは、かなり特別なケースかもしれない。でも桜子さんのアイデアと行動力があったからこそ譲渡会は実現でき、成功につながった。「思いついたら後先考えず突っ走るタイプ。料理の仕事もずっとやりたいと言っていたけれど、この物件との運命的な出合いがあって、会社を辞めるより先に契約したことで現実化したんです。今回のイベントも、アイデアを周囲に伝えることで現実のものになりました」

窓の前に咲く満開の桜に、自分の名前との運命的な符合を感じて契約したスタジオ。「譲渡会で知り合った人たちが一緒に料理教室に来てくれたりと、嬉しいご縁も生まれています」(写真撮影/片山貴博)

窓の前に咲く満開の桜に、自分の名前との運命的な符合を感じて契約したスタジオ。「譲渡会で知り合った人たちが一緒に料理教室に来てくれたりと、嬉しいご縁も生まれています」(写真撮影/片山貴博)

周囲の人を巻き込んだのも成功の秘訣。
「一人では絶対に無理でした。最初に不要品処分を弟がやってくれたことが突破口になったし、アパレルの仕事の友人や、料理の仕事を通してつながった暮らしに関心の高い友人が助けてくれたからこそ実現しました」

また、今回のイベントを経験して学んだこともある。
「次の世代が使いたいと思える“いいもの”だからこそ譲ることができたんですよね。自分がものを選ぶ際にも、単に便利で安価だからというのではなく、次の世代にも引き継げるものを選ぶことが大切だと痛感しました」

両親が愛用していたハンス・J・ウェグナーデザインの「Yチェア」もそのひとつ。「実家で使い込まれて、かなり傷んでいたんですが、クリーニングに出したらいい味わいを残しつつきれいになって。いいものだからこそ、こうして修繕しながら長く使えるんですよね」

二部家のダイニングで活躍していたYチェア。脚ががたつき、ペーパーコードの座面もボロボロだったが家具のクリーニングに出して風格ある姿に(写真撮影/片山貴博)

二部家のダイニングで活躍していたYチェア。脚ががたつき、ペーパーコードの座面もボロボロだったが家具のクリーニングに出して風格ある姿に(写真撮影/片山貴博)

高齢になり、広すぎる家や多すぎるものの扱いに困っていた両親の姿を見て、年齢に応じてものとの付き合い方を見直す必要性にも気づいたという。
「70歳くらいになったら新たなライフステージの準備として、またフリマをやろうかと仲間と話しているんです。そのためにも“20年後、次の使い手に引き継げるか”を、もの選びの指針として大切にしていきたいです」

桜子さんが陶芸作家の久保田由貴さんと一緒に考案した器のセット。これも大切に使って次世代につなぎたいと考えているもの(写真撮影/片山貴博)

桜子さんが陶芸作家の久保田由貴さんと一緒に考案した器のセット。これも大切に使って次世代につなぎたいと考えているもの(写真撮影/片山貴博)

桜子さんのご両親が美しいと思えるものだけを集めていたからこそ、次の使い手につながるという幸せな展開は実現した。特別なケースだと思われがちな二部家の実家じまいだが、サステナビリティが重視される時代に、“次の使い手に引き継げるか”は、誰もが実践したいもの選びの基準と言えるだろう。また次の使い手へ引き継ぐための自宅フリマや譲渡会も、新しい実家じまいのアイデアとして参考になるはずだ。

●取材協力
「SHUNNO KITCHEN」主宰 二部桜子さん
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台湾の家と暮らし[6] 台北の中心地の賃貸マンションをリノベーション! フォントデザイナーの自宅兼オフィス

暮らしや旅のエッセイスト・柳沢小実が台湾の家を訪れる本連載。2020年、3軒目におじゃましたのは、ジョー(張軒豪)さんが住む、台北市の中心部・南京復興エリアのマンションです。ジョーさんの暮らしと、台湾の賃貸物件のリノベーションについて、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き柳沢さんが、自分らしく暮らす方々の住まいへお邪魔しました。ジョーさんが住むのは台北中心部の賃貸物件台湾は、都心でも仕事と暮らしの距離感が密接(写真撮影/KRIS KANG)

台湾は、都心でも仕事と暮らしの距離感が密接(写真撮影/KRIS KANG)

台北市の中心に位置する、南京復興駅。地下鉄が2線通っているため利便性が高く、会社やお洒落なレストランなども多いエリアです。フォントデザイナーのジョーさんの住居兼オフィスは、昨年取材した方々と同様、台北ではごく一般的な築40年の4階建て低層マンション。エレベーターはなく、階段で部屋まで上がっていきます。

ジョーさんが暮らすマンション。1階は友人のデザイン会社(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんが暮らすマンション。1階は友人のデザイン会社(写真撮影/KRIS KANG)

明るい光がたっぷりと差し込む窓辺(写真撮影/KRIS KANG)

明るい光がたっぷりと差し込む窓辺(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんにとってこの住まいは、オランダ留学などを経て5軒目。「台湾で、いい部屋を探すのは難しい」と、ジョーさんもこれまで取材した人たちも口をそろえて言います。1階にあるデザイン会社の人から紹介されてこの賃貸マンションと出合い、入居したのは3年前。ここはジョーさんにとって、生活と仕事の空間です。

台湾では賃貸物件でもリノベーションできる場合も

この部屋を借りようと思った決め手は、ガラスや柵などの古いディティールでした。台湾では、大家さんとの交渉次第で、賃貸物件でもリノベーションが可能な場合もあります。ジョーさんはインテリアデザインの会社に依頼して、2カ月間くらいかけて縦長の3部屋をワンルームにしました。

台湾のマンションは、持ち家であればベランダやサッシ、玄関ドアなど、日本では共有部分とみなされる部分もリフォームできます。そのため、持ち家の人はベランダ部分をサンルームにしたり、さらに外側に拡張させたりと、自由に手を加えています。

台北は、5階建てくらいの低層マンションが多くみられる(写真撮影/KRIS KANG)

台北は、5階建てくらいの低層マンションが多くみられる(写真撮影/KRIS KANG)

交渉次第では賃貸でもリノベーション可能と書きましたが、賃貸契約は大家さん側の権利が強く、それゆえのトラブルも多々あります。例えば住人が費用を負担してリノベーションやリフォームをした後に、すぐに住人を追い出して、さらに高い家賃で他の人に貸す悪徳家主も少なくないそう。このような理由で、人気のお店も移転や閉店せざるを得ないこともあります。台湾の不動産事情の問題点のひとつだと聞きました。

ジョーさんの住まいは、約59平米のワンルーム(イラスト/Rosy Chang)

ジョーさんの住まいは、約59平米のワンルーム(イラスト/Rosy Chang)

玄関は、日本の金沢市(石川県)で見たというギャラリーのデザインを参考に。玄関横のデッドスペースには土間のようにしたベースの上に石を敷いて、靴置き場にしました。おかげで生活感が消えて、ギャラリーのようにお客さんを迎えやすい空間に生まれ変わりました。また、古いものも好きなので、他の人の家で使っていた古い床材を譲ってもらって、色を塗って床に貼っています。天井はもともと高かったため、手を加えずにそのまま利用しているそうです。

玄関まわりに石を敷くアイデアは真似しやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

玄関まわりに石を敷くアイデアは真似しやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

リノベーション前に壁紙をはがしたら、味のある壁が出てきた。アクリル板で覆ってデザインを活かしました(写真撮影/KRIS KANG)

リノベーション前に壁紙をはがしたら、味のある壁が出てきた。アクリル板で覆ってデザインを活かしました(写真撮影/KRIS KANG)

海外での生活経験があるジョーさんは、ヨーロッパのAirbnbの住宅で使われているインテリアを見るのが趣味。オランダ留学時代に、現地のオランダ人の家に遊びにいったことも参考になっているそうです。また、台湾でデザイナーをしている人の家もアイデアソースに。知識やセンスが蓄積されていたおかげで、リノベーションで自分らしい空間が手に入りました。

ジョーさんの作品(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんの作品(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

ゾーニングと収納の達人

ジョーさんが空間をアレンジしやすいからという理由で選んだ細長い部屋。日当たりのいい窓際には仕事道具のパソコンと、時々開催しているカリグラフィーのワークショップもできる大きなテーブルを置き、奥には生活感の出やすいベッドやクローゼットを配置してパーテーションで目隠しするなど、空間をさりげなくゾーン分けしています。

キッチンとクローゼットの収納は無印良品のもの。厳選した持ち物をすっきりと収納しています。クローゼットは、壁側に無印良品のシェルフを置き、天井にレールを取り付けてスライドドアを後付けしています。わざわざクローゼットを設置するよりもこのほうが断然使いやすく、コストもかかりません。また、テレビはベッドの足側に置いてあり、パーテーションの陰に隠れているため来客からは死角になっています。

質のいい睡眠が得られそうな、ベッドスペース。クローゼットの扉は1枚のみで半分は常に開けてあるため通気性がいい(写真撮影/KRIS KANG)

質のいい睡眠が得られそうな、ベッドスペース。クローゼットの扉は1枚のみで半分は常に開けてあるため通気性がいい(写真撮影/KRIS KANG)

シェルフにボックスを置いて、ごちゃっと見えない工夫を(写真撮影/KRIS KANG)

シェルフにボックスを置いて、ごちゃっと見えない工夫を(写真撮影/KRIS KANG)

キッチンはコンロが無くシンクのみというのも、日本人的には目からうろこです。調理用にはカセットコンロが置いてあるだけ。そのシンプルな設備で、週3~4日、スープなどをつくっているそう。そして、デザインが気に入った無印良品の冷蔵庫は、日本からわざわざ取り寄せました。

シンクと作業台だけのキッチン。使いやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

シンクと作業台だけのキッチン。使いやすそう(写真撮影/KRIS KANG)

デザイナーという職業柄、インテリアのセンスも抜群なジョーさん。家具は無印良品やイケアのもので統一し、テーブルや棚は自分でデザインしてDIYしたものです。DIYの材料はWEBショップから購入しました。パソコンを棚に置いて立って仕事をしていて、場所を取るパソコンデスクがないおかげで、空間を有効に使えています。また、来客が多いため、紙製の折りたたみスツールも大活躍。広くない家だから、植物の多くは床置きせずに吊るしているそうです。

ジョーさんのワークスペース。台湾の人は見せる収納がとても上手(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんのワークスペース。台湾の人は見せる収納がとても上手(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

デザイン作業は立ってやっているそう。すぐ横に音楽を楽しめるようスピーカーを置いて快適な環境づくりを(写真撮影/KRIS KANG)

デザイン作業は立ってやっているそう。すぐ横に音楽を楽しめるようスピーカーを置いて快適な環境づくりを(写真撮影/KRIS KANG)

台湾の人たちの多くは家の外で過ごす文化がある

台湾の人は外に出かけるのが好きで、家には寝に帰るだけというライフスタイルの人も多いよう。ジョーさんも現在の部屋に住む前はカフェに行って仕事をしていましたが、ここに越してきて家にいる時間が長くなったそうです。リノベーションした部屋に住む魅力は、自分のニーズに合った、住みたい空間がつくれること。便利な立地のため、夜は友人たちが来て家で飲み会をすることもあるのだとか。

ジョーさんの自宅から歩いて10分ほど、興安公園の向かいにある地元っ子に大人気の香港料理店「家鴻焼鵝・興安店」。ロースト肉に行列ができる。お昼すぎると売り切れることも(写真撮影/KRIS KANG)

ジョーさんの自宅から歩いて10分ほど、興安公園の向かいにある地元っ子に大人気の香港料理店「家鴻焼鵝・興安店」。ロースト肉に行列ができる。お昼すぎると売り切れることも(写真撮影/KRIS KANG)

皮がさくっとしていて身もジューシーなのにしつこくない。これまで私が食べた焼鵝の中でも上位に入る味(写真撮影/KRIS KANG)

皮がさくっとしていて身もジューシーなのにしつこくない。これまで私が食べた焼鵝の中でも上位に入る味(写真撮影/KRIS KANG)

もう一軒のジョーさんの行きつけは、近所のアートギャラリー「森3 SUN SUN MUSEUM」。奥には山小屋のような小さなカフェスペース「森3BAR」があり、阿里山産のコーヒーが楽しめます(写真撮影/KRIS KANG)

もう一軒のジョーさんの行きつけは、近所のアートギャラリー「森3 SUN SUN MUSEUM」。奥には山小屋のような小さなカフェスペース「森3BAR」があり、阿里山産のコーヒーが楽しめます(写真撮影/KRIS KANG)

おわりに

2020年、私たちはこれまでとは違った働き方や暮らし方を模索しています。今後は働き方も確実に変わりますし、その変化にともなって、住まい方も変わっていくのではないでしょうか。ジョーさんのように、住まいが仕事場でもある人の家づくりには、たくさんのヒントがあります。この記事が、新しい時代を生き抜くための参考になれば幸いです。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

●取材協力
張軒豪さん(Eyes on Type)

香りで巣ごもり生活を快適に!アロマ空間デザイナーに聞くアロマの上手な使い方

ここ数年、ブランディングの一環として、「香り」を取り入れる企業が増えている。創り上げたい空間イメージに合わせた香りのデザインも広まりつつある。香りを演出するニーズが高まった背景、さらに自宅で香りを楽しむ際のポイントなどについて、香りのトータルサービスを提供する「アットアロマ」で、企業広報兼アロマ空間デザイナーとして、香り制作を手掛ける武石紗和子さんに伺った。
記憶とコミュニケーションづくりにつながる「香り」

日本で香りを日常に取り入れる機会が増えてきたのは、2000年ごろ。病院でアロマセラピーの効果効能を活用したり、ブライダルなどで非日常空間を演出したりと、さまざまな場面で香りが使われるようになった。その後も、天然アロマを活用した空間演出への需要は拡大しつつある。「現在はホテルや店舗・ショールームでのニーズが多く、香りを使った“プラスαのおもてなし”が求められています」と武石さんは分析する。

空間デザインにおいて、色や形などの視覚、そして音楽などの聴覚を使った工夫は従来からされてきた。しかし嗅覚に働きかける香りのデザインは、これから開拓の余地が大いにある。

イメージづくりにおいて「香り」が重要なのはなぜか。まずは、香りの持つさまざまな機能があげられる。天然の植物から抽出されるエッセンシャルオイルにはリラックスやリフレッシュなどの効果が期待でき、おもてなしの気持ちを嗅覚からも伝えることができる。また、近くの飲食店のにおいの影響を受けたり、においがこもりがちだったりする場所では、それを解消することがその場所の印象の改善につながる。また、香りが企業のブランディングと結びついて、記憶に残る効果もある。

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

「ANA」の全国14カ所の空港ラウンジ。ANAオリジナルの香りでの空間演出を行い、機内サービスでも香りのついたおしぼりをサービスしたり、ハンドソープを設置したりと香りを活用している(画像提供/ANA)

香り演出の需要は、ショップやオフィス、マンションのエントランスでも増えているという。アットアロマでは、100%天然のエッセンシャルオイルを使用し、全世界で3000カ所以上の施設でアロマ空間デザイン導入事例がある。そのひとつ、セレクトショップ「SHIPS」では、販売員とお客さんとの会話が「いい香りですね」から始まることも。空間デザインの一要素としてだけでなく、コミュニケーションのきっかけとしても、香りの果たす役割は大きい。

利用者に配慮しながら企業イメージを香りで表現

多くの企業が注目している、香りのデザイン。実際、企業と香りを共同開発する際に、どのようなステップでオリジナルの香りが生み出されていくのか尋ねた。

「企業からの要望は、ブランディングを目的として、企業イメージを香りに置き換えたいというニーズが多いです。なぜオリジナルの香りを取り入れたいのか、どのように活用したいのかなどを伺いながら、その用途やイメージに合った香りを提案していきます」(武石さん)

おもてなしを大切にしたいという場合はリラックスできる香り、利用者の記憶に残したいという場合はデザイン性の高い個性的な香りなど、企業からの要望に合わせて香りの方向性を決めていく。

「特に不特定多数の方がいらっしゃるような空間では、生活の中で馴染みがあり、好みが分かれにくい柑橘系の香りを取り入れる場合が多いです」(武石さん)

使用している天然のエッセンシャルオイルの香りは、人工的な香りと比較すると自然な香り立ちで好まれやすいが、演出の際には弱めの濃度設定から試していくなど、さまざまな利用者に配慮。導入後も定期的に、現場の意見を確認しながら演出方法や濃度を見直し、最適な演出となるように調整をしているという。

そして具体的な香りについては、“明るい”や“落ち着き”といった単語、または色や画像などで、企業とイメージを共有していく。阪急阪神不動産の分譲マンション「ジオ」のイメージ戦略の一環で、モデルルームを演出する香りを共同開発した際は、ブランドコンセプトである「品と質。その、頂へ。」、そして土地に長く根付くイメージなどから調香。モダンなウッドの香りを基調に、柑橘など10種類のアロマを混ぜて、上質な落ち着きをもたらす高級感が漂う香りに仕上げた。

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

「ジオ」のモデルルームなどで演出に使われているオリジナルアロマは評判で、アロマの購入を望む声が多くあったため商品化。2020年5月から販売を開始した(画像提供/阪急阪神不動産)

気分に合わせてアロマでセルフケア

空間の印象を決めるだけでなく、香りには心身を癒やす効果もある。ハーブなどの植物から抽出したエッセンシャルオイル(精油)を使って心身の健康維持を目指すのがアロマセラピーだ。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されたとはいえ、以前のようにリフレッシュできない・在宅勤務でオンオフの区別がつけにくいといった悩みを抱えている方も多いだろう。自宅に居ながら気軽に気分を変えたり、自律神経を整えたりする際に役立つ、エッセンシャルオイル選びの情報を紹介しよう。

オイルの種類は、オレンジやグレープフルーツなどの「果実」、カモミールやイランイランなどの「花」、ペパーミントやユーカリなどの「葉」、ヒノキやサイプレスなどの「木」の4つに分類される。「果実」と「花」は、甘く魅惑的なリラックスの香りが多く、「葉」と「木」はスーッとした爽やかな香りで抗菌作用などを持つものが多い。男性には落ち着きのあるウッド(木)系、女性には気分を明るくしてくれる花系の香りが好まれやすいという。

まず、どことなく気分が落ち込んだり不安を感じる方には、サンダルウッドやシダーウッドなど、落ち着きと自信をもたらずウッド系の香りがおすすめだ。しっかりと地に根を張る木。その姿の通り、落ち着きと自信をもたらしてくれる香りで、本来の自分らしさを取り戻したいときに試してみよう。

生活リズムが狂うなどで、眠りが浅くなっている方には、ラベンダーやイランイランが心身に安らぎと落ち着きをもたらしてくれる。就寝前に香りをかいだり、寝室に香りを漂わせるのがおすすめだ。

在宅勤務の際など、ONモードへの切替えに適しているのが、ローズマリー、レモン、ユーカリ。頭をシャキっと目覚めさせる香りで、記憶力や集中力を高める作用などが期待できる。

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

直営店舗では、機能や効果を高めるようにブレンドしたオイルの購入だけでなく、アロマオイルブレンダーでオリジナルアロマを制作できる。WEBでもサービスが受けられるが、直営ストアではその場で香りを試すことができる(画像提供/アットアロマ)

アットアロマでの売れ筋を尋ねたところ、最近はやはり新型コロナウイルスの影響もあり、抗菌・抗ウイルス作用の期待できるアイテムに反響があるという。「C02 クリーンミント」は、スッとするミントの香りで気分をリフレッシュできるだけでなく、空気中の浮遊菌・ウイルスに対する抑制効果を持つことが試験で確認されている。

また、安眠に特化した「スリープシープ」シリーズも、快眠セラピストが監修した香りが好評。天然の羊毛フェルト素材でつくられた羊型のボトルディフューザーのかわいらしさも心をときめかせてくれる。

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

「C02 クリーンミント」(左)と「スリープシープ」シリーズ(画像提供/アットアロマ)

ディフューザーがなくてもOK! 自宅で簡単にできるアロマ活用法

アロマセラピーではディフューザーを用意しないといけないと思いがちだが、オイルだけでも活用できるという。「扇子やうちわにオイルを付けて風を仰ぐのもいいですし、ティッシュにオイルを少し垂らして、枕元に置いて寝るとリラックスできます。また、ミストタイプならシャワーの前に浴室に吹きかけると、蒸気と一緒に香りが広がります」と武石さんが教えてくれた。

ちなみに、武石さんに好きな香りを伺ったところ、ユーカリという答えが。「シンプルな香りが気持ちをフラットにしてくれますし、抗菌・抗ウイルス作用に優れるので、マスクに付けて使ったりしています」(武石さん)

もちろんディフューザーを使えば、空間全体に香りを漂わせてリラックスすることができる。子どもがいる際には、まずはほのかに香らせる程度の薄い濃度設定からスタートしよう。触れて倒してしまったりする事が無いよう置き場所についても注意が必要だ。また、ペットがいる場合、香りの種類によってはペットにとってストレスになることがある。念のためかかりつけの獣医に相談しよう。

空間イメージを演出したり、気分や体調を整えたりと、香りにはさまざまな効能がある。コロナ影響により、在宅時間が長くなり気分転換もしづらい日が続いているが、インテリアの模様替えと同様に、自宅の香りを選ぶことで、住まいをさらに快適な空間に変えることができるかもしれない。

●取材協力
・アットアロマ

これがミニチュア!? Mozuがつくるコンセントの向こうの「小さな暮らし」

一見、なんの変哲もないコンセントが実は扉になっていて、開けるとそこには小さな部屋がある。そんな世界を描いた動画「こびとシリーズ」をご存じでしょうか。今回は若きミニチュアアニメクリエイター・Mozuさんに自分の部屋や友だちの部屋をつくった理由、将来の夢についてインタビューしました。
「自分が大好きな部屋」をミニチュア作品にしたら、バズった!

コンセントを開けると部屋?と言われても混乱してしまう人も多いでしょう。まずは手掛けた作品をご覧ください。

「こびとの秘密基地」

「こびとの階段」

制作したのは、MOZU STUDIOS代表取締役でもある水越清貴(Mozu)さん。21歳という若さながら、次々とミニチュア作品を世に出し、SNSのフォロワーはツイッター19万5000、インスタ17万という影響力を持ち、本を出版したり、個展を予定していたりと、すでにトップクリエイターといってもいい存在です。

水越清貴(Mozu)さん(写真提供/MOZU STUDIOS)

水越清貴(Mozu)さん(写真提供/MOZU STUDIOS)

冒頭の「こびとの秘密基地」はツイッターでもバズりにバズり、なんと68万いいね!超(2020年4月現在)。日本のみならず世界中から反響があったといいます。ミニチュアは1作品あたり製作期間が3~4カ月ほどかかり、身近なものを加工してすべて手作業……と、気の遠くなるような作業を重ねていることが分かります。では、なぜミニチュア作品をつくるようになったのでしょうか。

「はじまりは小学校5年生のとき。友だちに誘われてガンプラ(ガンダムのプラモデル)で遊ぼうという話になったのがきっかけです。初めてプラモデルを買った店の名前も機種も、今でもはっきりと覚えていますよ。その後、プラモデルではなく背景のジオラマづくりに興味を持つように。見よう見まねでつくったので、はじめは本物の土を使って部屋中を土で汚してしまいお母さんに怒られました(笑)」

と振り返ります。始めた当初はまったくうまくいかなかったものの、ジオラマ制作熱は冷めることなく、試行錯誤をしながらジオラマの風景の一部である、建物づくりへと没頭していきます。転機となったのは、高校生の時。趣味でつくっていた部屋を友人がSNSにアップしたところ、一夜にして大反響があり、一躍、ミニチュアクリエイターとして脚光を集めたのです。

巾木(はばき)を入れる瞬間が気持ちいい! ミニチュアの家をつくって気づいたこと

でも、どうして自分の部屋のミニチュアをつくろうと思ったのでしょうか。

「自分の部屋」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「自分の部屋」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「当時、芸術系の高校に進学したものの、僕が好きなのは、人に喜んでもらったり驚かせたりするカルチャー系。一方、同級生は現代アートなどに興味を持っている人が多くて、友人がまったくできず……。それで当時、いちばん好きだった『自分の部屋』をミニチュアでつくってみようと思って。それこそ、学校にいる以外の時間は全部費やしました」(水越さん)

ミニチュア作品では、「こんな家に住みたい」と理想のきれいな家がつくられることが多いなか、水越さんがつくったのは、生活感があって等身大の高校生の部屋。それこそ漫画が並んでいたり、ノートが床置きになっていたり。この「絶妙にリアルな感じ」が共感を呼んだといいます。

作業風景(写真提供/MOZU STUDIOS)

作業風景(写真提供/MOZU STUDIOS)

「“この部屋に住みたい“”あるよね~“など、いろんなコメントが寄せられました。自分が好きなこの部屋、好きなのは自分だけじゃなかったんだって、思えたんです」(水越さん)

ミニチュア作成では「実際の住まいを計測して1/6にするだけ」と言いますが、その1つひとつへのこだわり、ディテールが半端ではありません。また、家電量販店の袋や表彰状などパロディなども多く、思わずにやりとしてしまうしかけが満載です。ただ、すべて手づくりのため、1つのパーツに6時間かかることも珍しくありません。材料はすべて100均ショップなど、身近にあるものを加工していくのだといいます。

「日本の家と海外の家を比べて思うのは、壁紙が白色で落ち着いているところですね。『こびとの旅館』をつくった時には、日本人って狭い空間にギュッと生活必需品を詰めるのが好きなんだなと思いました。狭い中にものを詰め込むというか、空間が狭いゆえの工夫があるんだと思います」(水越さん)

「こびとの旅館」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとの旅館」(写真提供/MOZU STUDIOS)

また、ミニチュア作品をつくっていてめちゃくちゃ気持ちいいのが、「巾木(はばき、床と壁の境目にとりつける部材)」を入れる瞬間だとか。

「作品づくりでもかなり仕上げに近い工程なんですが、壁と床の間に巾木を入れると、めちゃくちゃ空間がしまるんですよ。それまでただの“空間”だったのが一瞬にして“部屋”になる。本物の家をつくっている大工さんも、気持ちいいんじゃないかなって思っています(笑)」(水越さん)

巾木を入れると空間が“しまる”(写真提供/MOZU STUDIOS)

巾木を入れると空間が“しまる”(写真提供/MOZU STUDIOS)

(写真提供/MOZU STUDIOS)

(写真提供/MOZU STUDIOS)

ちなみに、もともとは巾木という名前も分からずに「壁 床 木材」などで検索してその名前を知ったそう。こうやってミニチュア作品をつくることで、「見ているけれど見えていない」ものがたくさんあるんだと気がついたといいます。また、こびとシリーズで使っているコンセントと壁紙はすべて本物の建材だそう。リアリティがあるのも納得です。

「こびとのトイレ」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとのトイレ」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとの押入れ」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとの押入れ」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとの階段」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「こびとの階段」(写真提供/MOZU STUDIOS)

夢はコマ撮りアニメーション制作会社をつくること。冒険はまだまだ続く

水越さんのミニチュア作品の特徴は、きれいすぎないこと。どこか「身近」で「ありそう」な感じが魅力のひとつです。

「以前、ジオラマで『ゴミ捨て場』をつくったんですが、たとえ捨てられたモノでも、使っていた人の思いや暮らしのニオイがするのが好きなんですね。家族がいるとこんなゴミが出るよね、粗大ごみを捨てる人がいるとか、妄想しながらつくる。また、僕が楽しそうにつくっているからこそ、見てくれる人が喜んでくれる、おもしろがってくれる。SNSで寄せられるコメントは全部見ています。これからも見てくれる人との距離が近くありたいと思っています」と話します。

「ゴミ捨て場」(写真提供/MOZU STUDIOS)

「ゴミ捨て場」(写真提供/MOZU STUDIOS)

水越さん自身は、高校卒業後、大学に進まず、アーティストとして活動することを決め、コマ撮りアニメーションのスタジオ「アードマン・アニメーションズ」(英国・ひつじのショーンなどの作品で有名)に見学にいったり、ミニチュア作家たちと対談したり、その後に自分の会社を設立したり……と数年間で着実に夢を叶えてきました。また、ミニチュア作品だけでなく、ミニチュアアニメが、アジア最大級の短編映画祭「Digicon6」で、JAPAN Youth部門の最優秀賞ゴールドを獲得したり、トリックアートを描いて出版したりと多彩に活躍しています。

現在は企業とのコラボもしていますが、将来は依頼されたミニチュア作品をつくる「職人」ではなく、「自分の好きな作品をつくって、喜んでもらうアーティスト」になりたいとのこと。また、元来の夢である「コマ撮りアニメーション」もつくりたいと計画しています。

「コマ撮りアニメーション」ってめちゃくちゃ手間ひまがかかり、お金がめっちゃかかる一大プロジェクトです!
それにしてもまだ20代なのにこの活躍ですが、ネット時代の新しい才能はこうやって開花していくのでしょうね。水越さんの小さい世界につまった、大きな夢。これからも応援したいと思います。

●取材協力
MOZU STUDIOS
Twitterアカウント
@rokubunnnoichi
YOUTUBE

台湾の家と暮らし[4] 台南の歴史地区・安平の古民家に暮らし、アートで高齢者と若者をつなぐ活動も

暮らしや旅のエッセイスト・柳沢小実が台湾の家を訪れる本連載。昨年は3軒のお宅におじゃましましたが、今年の1軒目におじゃましたのは、徐瑞陽さん(通称・クーパーさん)が住む、台南市・安平にある小さくて愛らしい平屋の一軒家です。歴史的な地域にある築80年の一軒屋での暮らしやまちおこし活動について、お話を伺いました。連載名:台湾の家と暮らし
雑誌や書籍、新聞などで連載を持つ暮らしのエッセイスト・柳沢小実さんは、年4回は台湾に通い、台湾についての書籍も手掛けています。そんな柳沢さんは、「台湾の人の暮らしは、日本人と似ているようでかなり違って面白い」と言います。2019年に続き、柳沢さんと自分らしく暮らす3軒の住まいへお邪魔しました。台湾南部の港町、台南・安平へ

台南市の中心地から車で約20分。安平は台湾南部の古都・台南市の一角にある、貿易で栄えた港町です。オランダ人が創建した台湾最古の城堡「安平古堡」、イギリス商人の古い倉庫にガジュマルの木が絡みついた「安平樹屋」、清朝の名臣によるフランス式の要塞「億載金城」などの古跡があることで知られ、観光スポットのひとつとして、国内外から多くの人が訪れています。ここにはオランダ統治時代、鄭氏政権時代、清朝統治時代、日本統治時代などに建てられた貴重な建築物の数々が残っており、建物からも台湾の歴史を追うことができます。

狭い小道の両側に、各家庭で育てている植物の鉢が置かれています。眩しい光と湿度の高い空気、まぎれもなくここが台南なのだと感じます(写真撮影/KRIS KANG)

狭い小道の両側に、各家庭で育てている植物の鉢が置かれています。眩しい光と湿度の高い空気、まぎれもなくここが台南なのだと感じます(写真撮影/KRIS KANG)

クーパーさんのご自宅は、オランダ統治時代(1624年~1662年)につくられた台湾最古の商店街・安平老街の中興街という通りにあります。この地域の住宅の屋根や壁、門などには、沖縄のシーサーに似た「劍獅」と呼ばれる獅子のモチーフがついていて、それぞれの家を守っています。

劍獅は民家の壁にもあしらわれています。その表情はさまざま(写真撮影/KRIS KANG)

劍獅は民家の壁にもあしらわれています。その表情はさまざま(写真撮影/KRIS KANG)

特徴的な門の上の飾りは、武器をモチーフにした昔の文化財。当時は泥棒や海賊対策でつけられていましたが、今は魔除けの意味をもち、クーパーさんの家だけに飾られているものだそうです。

実は、五年ほど前に偶然前を通って、印象に残っていたこの家。のちに取材に来るとは思ってもみませんでした。台湾はそんな素敵な偶然がたくさん(写真撮影/KRIS KANG)

実は、五年ほど前に偶然前を通って、印象に残っていたこの家。のちに取材に来るとは思ってもみませんでした。台湾はそんな素敵な偶然がたくさん(写真撮影/KRIS KANG)

門の飾りに平安への願いをこめて(写真撮影/KRIS KANG)

門の飾りに平安への願いをこめて(写真撮影/KRIS KANG)

この家はもともとボロボロで、住むにあたって大家さんが壁や屋根を補修しました。この地域で家のリフォームなどをする際は、台南市に申請して許可をもらう必要があり、その代わりに古い建物の保全のために少額ですが助成金が支払われます。

風が抜けて心地よいリビング。六畳とコンパクトですが、住みやすく整えられて閉塞感は皆無です(写真撮影/KRIS KANG)

風が抜けて心地よいリビング。六畳とコンパクトですが、住みやすく整えられて閉塞感は皆無です(写真撮影/KRIS KANG)

その一角にワークスペースがあります。棚には資料がぎっしりと(写真撮影/KRIS KANG)

その一角にワークスペースがあります。棚には資料がぎっしりと(写真撮影/KRIS KANG)

壁は、芯の部分はレンガで、外側はモルタルに牡蠣の殻を砕いて混ぜたものが使われています。内側には防寒のために、50年前の新聞紙が貼ってありました。屋根はもともとは瓦でしたが、今は小規模な家を直してくれる職人さんがいないために、修繕で板金に変わりました。おかげで、夏場はとても暑いそうです。

50年前の新聞紙が貼られた室内の壁(写真撮影/KRIS KANG)

50年前の新聞紙が貼られた室内の壁(写真撮影/KRIS KANG)

小さく愛らしい古民家との出合い

家は20坪の土地に建っていて、敷地面積は15坪。間取りは各6畳ほどの部屋が3つにキッチン等が付いた3Kです。

間取り(イラスト/Rosy Chang)

間取り(イラスト/Rosy Chang)

安平は昔から家を建てられる土地が狭く、どの家もコンパクト。かつてこの家には、中国から渡ってきた2家族が住んでいました。
ちなみに、古い家に住んでいて不便な点は、3月に「反潮現象」で海から湿度が高い南風が吹いて床が濡れることだそうです。

高雄市出身のクーパーさんは昔から古い家や庭付きの家が好きで、海の近くに住みたいとずっと考えていました。台南市の芸術大学で建築芸術を学び、高雄市橋頭の文化協会で働いていたこともあります。安平の街のことは、学校の空間デザインの仕事をしていた時に知りました。

中興街にて(写真撮影/KRIS KANG)

中興街にて(写真撮影/KRIS KANG)

この街に住むことになったのは、安平に住みたくてブラブラ歩きまわっていた際に、陶芸家の友人から別の陶芸家が住んでいたこの家を紹介されたのがきっかけ。最初は又貸しで借りていて(台湾は賃貸物件の又貸しがOKなのです)、のちに大家さんと直接契約をしました。
街の人は好奇心が旺盛で、引越してきた時は、近所の人たちが「なぜここに?」と口々に聞いてきたそうです。小さな街では近所の人たちと仲が良く、ドアは開けっ放しでも安心なほど。近所との関係が濃いと言います。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

こじんまりした、住みたくなる路地。たわわに実をつけたマンゴーの樹があり、その下では猫がのんびりと昼寝をしていました(写真撮影/KRIS KANG)

こじんまりした、住みたくなる路地。たわわに実をつけたマンゴーの樹があり、その下では猫がのんびりと昼寝をしていました(写真撮影/KRIS KANG)

建物の壁には牡蠣の殻などが埋め込まれていました(写真撮影/KRIS KANG)

建物の壁には牡蠣の殻などが埋め込まれていました(写真撮影/KRIS KANG)

鮮やかな色の花が咲き乱れて奥には十二宮社三靈殿がある。台南らしい風景が広がります(写真撮影/KRIS KANG)

鮮やかな色の花が咲き乱れて奥には十二宮社三靈殿がある。台南らしい風景が広がります(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

ギャラリーで心の交流を

5年前からは、さらに自宅の隣の建物も借りて、ギャラリーを運営し始めました。才能があれば職業や年齢は関係なく、アーティストではない一介の人を見出して作品を紹介しています。漁師で画家のおじさんが描いた魚の絵や、90歳のおばあちゃんが描いたお花の絵、近所に住む子どもの絵の展示も行っています。ギャラリーの展示は、春分、夏至、秋分、冬至の年4回実施。出展料や入場料は取らない代わりに、グッズ等を自分でデザインして、その売り上げを収入にしています。

クーパーさんが営むギャラリー(写真提供/クーパーさん)

クーパーさんが営むギャラリー(写真提供/クーパーさん)

今春開催されている展覧会「日常の中でささいな幸せを感じること(原題:生活裡讓你快樂的小事)」には、90歳のおばあちゃん吳占さんによる絵が展示されています。絵を描くことはおばあちゃんにとって一番幸せな時間です(写真提供/クーパーさん)

今春開催されている展覧会「日常の中でささいな幸せを感じること(原題:生活裡讓你快樂的小事)」には、90歳のおばあちゃん吳占さんによる絵が展示されています。絵を描くことはおばあちゃんにとって一番幸せな時間です(写真提供/クーパーさん)

このギャラリーの目的は、外から訪れる若い人だけでなく、地元のお年寄りにも楽しんでもらうこと。ギャラリーに来た人が、外に座っている近所のおばあちゃんたちと立ち話したりするのがうれしいのだとか。これが彼が考える町の活性化。外の人に認知してもらって収入を得ながら、住んでいる人にも心の豊かさと訪れた人との交流を提供しています。
そして、昔の建物や地方の歴史をより多くの人に知ってもらいたいと、zine(小規模・少部数の紙媒体)やトークイベントなどを通じて、昔の人の話を伝えています。

地元のお年寄りの話をまとめたzine(写真撮影/KRIS KANG)

地元のお年寄りの話をまとめたzine(写真撮影/KRIS KANG)

新聞のようなスタイルでつくったzine。漁師のおじさんや、絵の紹介がされています(写真撮影/KRIS KANG)

新聞のようなスタイルでつくったzine。漁師のおじさんや、絵の紹介がされています(写真撮影/KRIS KANG)

zineの裏側は、漁師のおじさんが描いた魚の絵。力強いタッチとビビッドな配色が魅力的(写真撮影/KRIS KANG)

zineの裏側は、漁師のおじさんが描いた魚の絵。力強いタッチとビビッドな配色が魅力的(写真撮影/KRIS KANG)

古い町並みを保全し、発展させるために

ちなみに、安平のような古い町は近年台湾の若い人たちにも人気があって、ここに住んでお店や小さい宿をやりたいという人も多くいます。けれども、そもそも家の数自体が少ないのと、たとえ空き家があっても使用するためにはそれぞれ元の持ち主の子孫などたくさんいる持ち主全員に許可を得なければならず、貸し出しや修繕がなかなかできないそう。台湾の不動産事情で根深い問題だとクーパーさんは話してくださいました。

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

(写真撮影/KRIS KANG)

昔ながらののどかな町並みで、住む人の生活も垣間見られる中興街。偶然来た人だけが知ることができる、宝物のような場所です。この通りは奇跡的にかつての雰囲気を残していますが、3本ある通りのうちの2本は商業化して、いわゆる観光地になってしまいました。
ビジネスだけが目的の人が訪れると、そこの昔ならではの雰囲気は壊されてしまいます。景観だけでなく、住む人の生活も守りたい。この通りには小規模な宿やフランス人が経営しているカフェがありますが、今後はそのような生活感や街の良さを尊重したスポットがさらに増えるといいと彼は考えています。どの土地も、代わりのないかけがえのない場所。クーパーさんは、古跡の保全と高齢者との交流という、大きなテーマに向き合っています。

台湾のおばさまはとてもお洒落。そして目が合うとにっこりと微笑んでくださいます(写真撮影/KRIS KANG)

台湾のおばさまはとてもお洒落。そして目が合うとにっこりと微笑んでくださいます(写真撮影/KRIS KANG)

近所にある芋菓子「蜜地瓜」の屋台。サツマイモに黒糖水をからめながら6時間かけてつくる安平でおなじみのスナック。「仕上げにピーナッツシュガーパウダーをまぶしたまろやかな口当たり。幸福感と郷愁を感じます」とクーパーさん(写真撮影/KRIS KANG)

近所にある芋菓子「蜜地瓜」の屋台。サツマイモに黒糖水をからめながら6時間かけてつくる安平でおなじみのスナック。「仕上げにピーナッツシュガーパウダーをまぶしたまろやかな口当たり。幸福感と郷愁を感じます」とクーパーさん(写真撮影/KRIS KANG)

サツマイモの甘みが濃厚に引き立ち、手が止まりませんでした(写真撮影/KRIS KANG)

サツマイモの甘みが濃厚に引き立ち、手が止まりませんでした(写真撮影/KRIS KANG)

●展覧会情報
「日常の中でささいな幸せを感じること(生活裡讓你快樂的小事)」
会期:2020年4月19日(日)までの土・日・月・火曜
時間:13:30~18:00
住所:台南市安平区中興街47号
チケット代:50元/枚(ポストカード1枚をプレゼント)
※マスクを持参して着用してください。
※入り口にアルコール消毒液を設置します。
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※上記の開催イベント情報は現地・台湾のものです。現在、台湾では、海外からの渡航者に対しては一定期間の外出禁止令が出ています。

テーマのある暮らし[6] ラテンのリズムに囲まれ、国内外の音楽仲間が集うオープンな家

トロピカルなテイストに懐かしさのあるワールド・ミュージック楽団「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」を率いて、世界各国を飛び回っている廣瀬拓音(ひろせ・たくと)さん。楽器とともに暮らし、国内外の仲間が気軽に集まれるオープンな家にリノベーションしました。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。祖母から受け継いだ昭和の家をリノベーション

廣瀬さんが主宰している「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」の本拠地は、23区内でありながら下町風情が漂う板橋区。自宅とスタジオを兼ねた一戸建てに、廣瀬さんと妻、保育園に通う長女と暮らしています。取材に伺ったのは、あと数週間で第二子の出産予定日というとき。臨月の大変ななか、家族そろって快くお話を聞かせてくださいました。

幅広いジャンルの本と並ぶのは、国際色豊かなフェスの写真や珍しい楽器の数々。右上の楽器は、取材中にお嬢さんが披露してくれたモザンビークに伝わる伝統楽器、可愛い音色が特徴の木琴ティンビラ(写真撮影/内海明啓)

幅広いジャンルの本と並ぶのは、国際色豊かなフェスの写真や珍しい楽器の数々。右上の楽器は、取材中にお嬢さんが披露してくれたモザンビークに伝わる伝統楽器、可愛い音色が特徴の木琴ティンビラ(写真撮影/内海明啓)

「この家は、もともと私の祖母が住んでいました。一人暮らしをしていた祖母と私たちで同居をはじめたのですが、1年弱で祖母がケガをしてしまって……。私たちも仕事で家を空けることが多いため十分なお世話ができず、祖母は岩手県在住の両親にお願いして、私たちがこの家を受け継ぐことになりました」と廣瀬さんの妻。

「岐阜県出身の僕は祖母の家によく行き来していたので、前の家も落ち着けて好きだったんです。でも、海外に演奏ツアーへ行ったとき、ホテルや友人の家のざっくりした空間が生活しやすそうだなぁ、と感じていました」(画像提供/TAIMATSU)

「岐阜県出身の僕は祖母の家によく行き来していたので、前の家も落ち着けて好きだったんです。でも、海外に演奏ツアーへ行ったとき、ホテルや友人の家のざっくりした空間が生活しやすそうだなぁ、と感じていました」(画像提供/TAIMATSU)

ひとつひとつの部屋が区切られていた日本家屋に住んで9年。
「前の家に愛着もあったのですが、朝起きてから家を出るまで、とにかくふすまの開け閉めが多くて、座ったり立ったりの動作も多いことがストレスに感じていました」

生活の流れがスムーズで、たくさんの仲間たちが気軽に遊びに来てくれる開放的な空間づくり。そして、廣瀬さんの創作活動となる仕事場を快適にすることをテーマに、リノベーションを決めた廣瀬さん夫婦。友人であり、設計士の松尾さんに相談しました。

20個以上ある太鼓の置き場所を何とかしたい!

廣瀬さんは「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」での活動のほか、ブラジル北東部の伝統芸能「マラカトゥ・ナサォン」をベースとした爆音ブラジル大太鼓集団「BAQUEBA(バッキバ)」の代表も務めています。ご自身の太鼓は5個ですが、メンバーの楽器も預かっているため大小合わせて20個以上の太鼓が自宅にあるのです。

「今まで、太鼓は2階の部屋に積んでいて、いつ崩れてもおかしくない状態。積み上げた太鼓に囲まれて、冷や冷やしながら仕事をしていました(笑)。それに、太鼓の出し入れがもう大変で……。階段が狭いので、太鼓を抱えて1階と2階を何度も往復。太鼓を車に載せるだけで、小1時間はかかっていました。それを頻繁にしていたので、かなりキツかったです」

そこで設計士の松尾さんが提案したのは、バスルームやトイレなど水周りの上を太鼓のスペースにすること。

「1階の天井をギリギリまで上げて、水周りをボックスで囲んで、その上に太鼓を置くことにしました。その分だけ水周りの天井は低くなりますが、太鼓の高さをきっちり計って、十分な天井の高さを取っています」と話す松尾さん。これで、太鼓の置き場所はクリアになりました。

身長178cmの廣瀬さん曰く「前の家は鴨居が175cm程だったので、ちょっと油断すると頭をぶつけちゃうんです。水周りの天井が少し低いといっても、今ではぶつけることもなく快適です」(写真撮影/内海明啓)

身長178cmの廣瀬さん曰く「前の家は鴨居が175cm程だったので、ちょっと油断すると頭をぶつけちゃうんです。水周りの天井が少し低いといっても、今ではぶつけることもなく快適です」(写真撮影/内海明啓)

水周りを囲んだボックスには、南米の路地裏をイメージしたラテンカラーの黄色を施しました。まるで太陽が降り注いでいるような明るさと温かみのあるアクセントは、廣瀬夫婦のお気に入り(写真撮影/内海明啓)

水周りを囲んだボックスには、南米の路地裏をイメージしたラテンカラーの黄色を施しました。まるで太陽が降り注いでいるような明るさと温かみのあるアクセントは、廣瀬夫婦のお気に入り(写真撮影/内海明啓)

玄関はいらない!? 誰でも好きなところから出入り自由

松尾さんが、廣瀬さんとの打ち合せでビックリしたのは「玄関は、なくてもいいから。みんながどこからでも入って来られるようにしたいし、リビングダイニングは土間みたいな仕様にして土足OK!」という点。さすが! グローバルに活動している人は考え方がおおらか(笑)と思いつつ、その楽しい発想にワクワクしたとか。

そこで、従来の玄関は扉1枚分のスペースに縮小して、リビングダイニングの掃き出し窓に幅広の縁側を設置。玄関はもちろん、縁側からも人の出入りができるようにしました。そのうえ、ここが駐車スペースになっているため、太鼓の搬出入にも便利と一石二鳥。いままで小1時間かかっていた搬出入が、わずか10分程度と6分の1に短縮できたそうです。

「我が家に来る人のほとんどは、玄関を使わずにここから出入りしています(笑)」と廣瀬さん。幅が広く、大きな掃き出し窓と縁側がウエルカムな空気を醸し出してくれています(写真撮影/内海明啓)

「我が家に来る人のほとんどは、玄関を使わずにここから出入りしています(笑)」と廣瀬さん。幅が広く、大きな掃き出し窓と縁側がウエルカムな空気を醸し出してくれています(写真撮影/内海明啓)

そして、掃き出し窓の向こうに、何やらもうひとつの扉が……。
実は、こちらはかつての勝手口。キッチンだったスペースを小上がり和室にして、ゲストルームに。海外からもたくさんの友人・知人が訪れる廣瀬家には、ブラジルから来日した太鼓の師匠をはじめ、フランス、カメルーン、台湾……とすでに5カ国の客人が滞在。和のテイストを楽しみながら、寛いでいかれたそうです。

「もし彼らの滞在中に、僕たちが出かけるときは、この勝手口のカギを渡します。そうすれば、彼らも好きなときに外出できるし、いつでも帰って来られます(笑)。それに、この小上がりはカーテンで仕切ることができるので、ひとりになりたいときは閉めればOK。向こうとリビングで違う音楽を流していたこともあったくらい、みんな自由に過ごしています(笑)」

お嬢さんの友達がたくさん来たときは、賑やかな遊び場に変身。畳なので、赤ちゃんの昼寝やハイハイにも最適です。出産後は、しばらくの間、妻と赤ちゃんの寝室になる予定とか(写真撮影/内海明啓)

お嬢さんの友達がたくさん来たときは、賑やかな遊び場に変身。畳なので、赤ちゃんの昼寝やハイハイにも最適です。出産後は、しばらくの間、妻と赤ちゃんの寝室になる予定とか(写真撮影/内海明啓)

ちなみに、当初土足OK! といっていた土間風の床は、靴を脱ぐことにしたそうです。
「実際やってみたんです、土足を。そしたら、思った以上に床が汚れるのでやめました(笑)。よく考えたら、海外でも帰宅したら靴を脱いだり、ルームシューズなどに履き替えたりしていることって多いんですよね。部屋のスリッパとトイレのスリッパを替える、ということは、彼らにとって謎みたいですけど……(笑)」

洗面所って必要? バスルームの扉もいらないよね?

下の写真を見ると、一般的な住まいに当たり前のようにあるものが、ふたつありません。
それは、バスルームの扉と洗面所。

「扉があると、溝なども含めて汚れやすいじゃないですか。掃除も大変だし、なくてもいいかなぁと思ったんです。シャワーカーテンで水の跳ねを防げるし、これが意外と寒くないんですよ。夫にも実家の母にも、反対されましたけどね」と笑う廣瀬さんの妻。

バスルームと脱衣所とはシャワーカーテンで仕切られていて、同じ素材の床でつながっています。扉ひとつないだけで、一体感のある開放的な空間に(写真撮影/内海明啓)

バスルームと脱衣所とはシャワーカーテンで仕切られていて、同じ素材の床でつながっています。扉ひとつないだけで、一体感のある開放的な空間に(写真撮影/内海明啓)

そして、廣瀬家には洗面台はなく、バスルームのなかに小さなシンクを設置してあるだけです。
「帰宅してすぐのところに、手を洗う場所があればいいと思って(笑)。そしたら、洗面所にこだわらなくてもいいのかな、と。だから、キッチンにもうひとつ手洗い用のシンクを設けました」と廣瀬さん。

その一方で、妻は「最初、キッチンとバスルームの2カ所にシンクって必要? と思いました。でも、実際に生活してみると、子どもの上履きとか洗うのにバスルームのシンクは便利で、それぞれ使い方が違うなぁと感じています」

リビングダイニングにつながるキッチンに設けられた手洗い用のシンク。帰ったらすぐに手を洗えて、ここで歯磨きも。大工さんにつくってもらったキッチンテーブルは、収納力も抜群(写真撮影/内海明啓)

リビングダイニングにつながるキッチンに設けられた手洗い用のシンク。帰ったらすぐに手を洗えて、ここで歯磨きも。大工さんにつくってもらったキッチンテーブルは、収納力も抜群(写真撮影/内海明啓)

既存の窓にずっしり重みのある防音戸をつけたスタジオ

2階には、廣瀬さんがレコーディングや演奏で使うスタジオがあります。
壁の中には防音シートを入れて、窓は既存のまま使用し、そこに防音戸を設置しました。この防音戸を実際に持ってみましたが、厚みもあってずっしり。この重厚感ある防音戸をロープで上げ下げするのに役立ってくれるのが、ヨットの金物です。

開け閉め自由の防音戸なので、明るい日差しを取り入れることも可能。CM音楽や映画音楽などの作詞作曲を手がけている廣瀬さんの創作スペース(写真撮影/内海明啓)

開け閉め自由の防音戸なので、明るい日差しを取り入れることも可能。CM音楽や映画音楽などの作詞作曲を手がけている廣瀬さんの創作スペース(写真撮影/内海明啓)

ロープで防音戸を閉めれば、スピーカーからかなりの大音量で音楽を流しても音漏れすることがなく、ご近所への配慮もばっちり(写真撮影/内海明啓)

ロープで防音戸を閉めれば、スピーカーからかなりの大音量で音楽を流しても音漏れすることがなく、ご近所への配慮もばっちり(写真撮影/内海明啓)

「前は、ここに20個以上の太鼓があったので、ものすごい圧迫感がありました。すっきりした環境で音楽づくりができるのは快適で、創作のアイデアもどんどん沸いてきます」

ちなみに、お嬢さんの友達が遊びに来ると、このスタジオは“DJプリキュア化”することも多いのだそう。
「娘たちが大好きなアニメ『プリキュア』のCDをかけると大喜びで、ここで踊りまくってくれるんです。その姿にこっちもテンションと音量が上がって、クラブのようなノリに……。かかっているのは、アニソンなんですけどね(笑)」
その様子も拝見したかったくらいですが、このスタジオが音楽仲間だけでなく、子どもたちにとっても憩いの場になっていることは間違いありません。

将来のライフスタイルを見据えて自由に変更できるつくりに

かつて2部屋に仕切られていた2階は、収納スペースを挟んでスタジオと寝室がつながっている仕組み。収納につけた扉の開け閉めによって、個室にしたり、オープンなスペースにすることも自由自在です。

本棚の反対側はクローゼットになっていて、大容量の収納スペースを確保。スタジオの反対側には家族の寝室があり、将来は子ども部屋として使えるスペースも(写真撮影/内海明啓)

本棚の反対側はクローゼットになっていて、大容量の収納スペースを確保。スタジオの反対側には家族の寝室があり、将来は子ども部屋として使えるスペースも(写真撮影/内海明啓)

「昔の日本家屋って、どちらかといえば家に1歩入ったら全てがプライベートな空間って感じじゃないですか。我が家は、誰もが気軽に来てもらえるオープンなつくりにしていますし、家族が集まるリビングも半分プライベートで半分がオフィシャル。完全なプライベート空間は、寝室だけと思っています。家族といえど、ひとりひとりの個人ですからね。だから、寝室以外はオフィシャルな要素を意識していたい、と思っています」

バーベキューパーティーができそうな広いスペースのバルコニーには、ベンチも設置。もうすぐ家族が増えて、ますます賑やかな笑い声が聞こえてきそうです(写真撮影/内海明啓)

バーベキューパーティーができそうな広いスペースのバルコニーには、ベンチも設置。もうすぐ家族が増えて、ますます賑やかな笑い声が聞こえてきそうです(写真撮影/内海明啓)

家のつくりはもちろん、夫婦のオープンマインドな人柄によって、とにかく明るくてウエルカムな空気にあふれている廣瀬家。国内外の音楽仲間にとっても、子どもたちにとっても音楽を思いっきり楽しめて、人と人とのふれあいを大切にしている家は、つい長居してしまいたくなるような居心地の良さがありました。

●取材協力
・キウイとパパイヤ、マンゴーズ
・BAQUEBA
・TAIMATSU一級建築士設計事務所

テーマのある暮らし[6] 設計に参加してリノベーション! 三角形のキッチンで流れる空間の家

一児の母であり、都内の会社に勤務するTさんは、かつて仕事をしながら設計の勉強をしていました。その経験を生かして、自分の家を自分の手でリノベーション。そのチャンスが訪れたのは、なんと産休・育休期間だったのでした。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。「自分たちの家だから、自分の手で何かしたい」という強い思い

都内の最寄駅から徒歩10分、にぎやかなメイン通りから一歩入るといくつものマンションが立ち並ぶ静かで落ち着いた雰囲気。にぎわいと静けさが程よい距離感のあるエリアに、Tさんが夫と2歳の長女と暮らしているマンションがあります。

ナチュラルな素材が生み出すぬくもりのなかに、斜めに走ったキッチンの天井の紺色がアクセントになり、まるでカフェのようにおしゃれで落ち着いた空間に(写真撮影/内海明啓)

ナチュラルな素材が生み出すぬくもりのなかに、斜めに走ったキッチンの天井の紺色がアクセントになり、まるでカフェのようにおしゃれで落ち着いた空間に(写真撮影/内海明啓)

「物件は以前から探していたのですが、本格的に探しはじめたのは産休・育休のとき。今しかない! と思いました(笑)。設計の勉強をしていたときから、自分の家は自分の手で何かできたらいいな、と思っていたので、物件を探しながらリノベーション会社にも数社相談に行きました」
しかし、Tさんの希望を叶えてくれる会社は見つからなかったそう。

「どこも『一緒に作っていきましょう』とおっしゃるのですが、一緒の“度合い“が見えなくて……。例えば、私は設計の段階から参加して作りたかったのですが、ある程度パターン化されたものから選ぶのでは、自由にできる幅が限られてしまいます。また、解体しなくては状態がわからないリノベーションだからこそ、施工中も、実際に現場を見たうえで壁のクロスが必要なのか? とか、天井をどうしようか? とか、その都度臨機応変に対応できる柔軟性を求めていました。意見を言うタイミングが限られていたり、意見する内容が用意された選択肢の中からパーツを決めるなど、参加範囲が限られてしまうのは、自分たちがやりたい家づくりとは違うなと感じていたんです」

今しかない! 妊娠8カ月からスタートした物件探しとリノベ計画

ある日の夜、Tさんの脳裏によぎったのが、通っていた設計学校で当時、講師をしていて今は夫婦で設計事務所を開いている松尾さん夫妻のこと。
「きっとあのふたりにお願いしたら、楽しく一緒につくり上げてくれるに違いない」。すぐにでも会いに行きたい気持ちを抑えて、松尾さんに相談の電話をしたのが妊娠8カ月の時。この時点では、まだ物件も決まっていなかったそうです。

物件を決める前から「こんな雰囲気が好き」「ステキだな」と思ったものを切り抜いていたスクラップのごく一部。イメージを膨らませながら理想を現実にしていきました(写真撮影/内海明啓)

物件を決める前から「こんな雰囲気が好き」「ステキだな」と思ったものを切り抜いていたスクラップのごく一部。イメージを膨らませながら理想を現実にしていきました(写真撮影/内海明啓)

物件が決まったのは、長女が生後2カ月を迎えたころ。その間も、住まいに対する考えやイメージが見つかると、松尾さんに相談していたそうです。一般的にいえば産前産後という大変な時期ですが、出産という大きなミッションを境に、Tさんにとっての家づくりが本格的にスタートするのです。

「家っていうと一般的に一生の買い物とか長く住む…というイメージですよね。でも、私たちのスタンスは、これから先の5~10年を過ごす場所。今、どんな暮らしがしたいか? を優先して物件を探しました」(画像提供/TAIMATSU)

「家っていうと一般的に一生の買い物とか長く住む…というイメージですよね。でも、私たちのスタンスは、これから先の5~10年を過ごす場所。今、どんな暮らしがしたいか? を優先して物件を探しました」(画像提供/TAIMATSU)

「このマンションは築50年。玄関を入るとすぐ階段で、そこを上がってから居住スペースにつながります。使いやすいかどうかでいったら、多分不便なのでしょうけど(笑)、階段によって空間が切り替わって楽しいな、と感じました。あとは、お客さんをお招きしたかったので、リビングを大きくとるのは最初から決めていて、個室にわかれている部屋をひとつにしたら広く使えるだろう、と思っていました」とTさん。

家の片隅にあったキッチンを中央に配置し、かつてのキッチンは寝室に。部屋や収納の区切りも取り払って、可能な限りスペースを確保。設計図はTさんが描ける範囲を描いて、松尾さんにフォローしていただいたそうです。

こんなの見たことない! 三角形のキッチンカウンター誕生

実は、当初の予定では、中央のキッチンカウンターは一般的な四角いタイプのものを設置する予定だったとか。しかし、ここで松尾さんから設計学校の講師ならではの一言が……。

「私たちが授業を行うとき、生徒さんに必ず聞くことがあります。それは、『この設計やリノベーションプランで、本当にあなたのやりたいことが満たされますか? 』ということ。彼女にも投げかけてみました」

「部屋に入ってすぐ目の前に四角いキッチンカウンターがどん! とあると、どうしても圧迫感が。それに、リビングに流れる導線としても今ひとつ。もうひとひねりしたくなって、それはもう松尾さんと一緒に、これはどう? 配置を変えたらどうだろう? と時間をかけてひたすら悩みました」と、Tさんは当時描き込んだ何枚もの設計図を見せてくださいました。

そして、ついに生まれたアイデアが、斜めのキッチンカウンターとそれに合わせた斜めの天井。
「誰も見たことないけど、だからこそ面白いかも!? 斜めってアリでしょ」
どんどん盛り上がっていく妻を温かく見守っていたのは、Tさんの夫。…といっても、斜めのキッチンカウンターの話を聞いたときは、どう思ったのでしょう。

「最初は、それって大丈夫なの? と思いました(笑)。斜めのカウンターと聞いてもどんな空間になるのかイメージがつかなかったです。実際できあがってみると、使いやすいですし、良かったなって思うんですけどね(笑)」

キッチンカウンターと天井を同じ角度で斜めに取ったことで、キッチンからダイニング、リビングへと自然に視線が流れるように。各スペースがつながり、より広々とした空間に(写真撮影/内海明啓)

キッチンカウンターと天井を同じ角度で斜めに取ったことで、キッチンからダイニング、リビングへと自然に視線が流れるように。各スペースがつながり、より広々とした空間に(写真撮影/内海明啓)

実際キッチンに立ってみると、十分なスペースが確保できるうえに、手の伸ばせる範囲で作業でき、見た目以上の機能性。対面は座ることも可能で、お客さんとの距離もぐんっと近く、その場に応じてフレキシブルな使い方ができるのもポイントです。

キッチンカウンターの天板は、Tさん自ら探してきた素材を使用。「強度やひび割れの心配は? と聞けばちゃんと調べてきてくれるし、本当に手のかからない教え子です(笑)」と松尾さん(写真撮影/内海明啓)

キッチンカウンターの天板は、Tさん自ら探してきた素材を使用。「強度やひび割れの心配は? と聞けばちゃんと調べてきてくれるし、本当に手のかからない教え子です(笑)」と松尾さん(写真撮影/内海明啓)

「平日の昼間は私がいろいろ動けるので、現場へ行ったり、参考になりそうなものを探したりして、夫が帰ってきたら報告と私がやりたいことのプレゼンタイムです(笑)夫も基本は『普通じゃ、ちょっとつまらない』というタイプなので、そこは私と感覚が似ていて良かったです。平日の夜もそうですが、休日には素材探しなども一緒に見て回ってくれて、助かりました」

家全体の統一感と限られたスペースを生かすための工夫

以前の家から持ってきた家具はひとつだけ。あとは、作りつけの製作家具にしたというTさん。
「全体に統一感を持たせたかったのと、限られたスペースを広く使うためには作りつけがベストだと思いました。それに、斜めに対応する既製品はないですしね(笑)」

使いたいカゴを選んでから、ぴったり収まるように棚の高さを調整。「ウチは物が多いので、収納スペースは大事なんです」とおっしゃいますが、そのように見えないスッキリ感はさすが! 計算し尽くされています(写真撮影/内海明啓)

使いたいカゴを選んでから、ぴったり収まるように棚の高さを調整。「ウチは物が多いので、収納スペースは大事なんです」とおっしゃいますが、そのように見えないスッキリ感はさすが! 計算し尽くされています(写真撮影/内海明啓)

陽当たり抜群の窓際にはハンモック。大人も乗れるそうですが、お嬢さんをはじめ遊びに来た子どもたちもお気に入りなのだそう。取材のときも、乗ってみせてくれました(写真撮影/内海明啓)

陽当たり抜群の窓際にはハンモック。大人も乗れるそうですが、お嬢さんをはじめ遊びに来た子どもたちもお気に入りなのだそう。取材のときも、乗ってみせてくれました(写真撮影/内海明啓)

統一感といえば、壁や天井も大事なポイントで、ちょっとしたさじ加減でニュアンスも変わります。
「リノベーションの場合、壁や天井をはがしてみないとわからないことが多いんですよね。そこはある程度覚悟していたのですが、実際に見てからその都度判断してきました。壁の色は、職人さんが塗ってくださった途中工程の状態を見て、『これ、このままがいい!』と気に入ってそれ以上手を加えない、とか(笑)」

大人が寝られるくらいの大きなソファもオーダーメイド。クローゼットは扉をはずして、お気に入りの壁色になじみやすいカラーのカーテンを用いました(写真撮影/内海明啓)

大人が寝られるくらいの大きなソファもオーダーメイド。クローゼットは扉をはずして、お気に入りの壁色になじみやすいカラーのカーテンを用いました(写真撮影/内海明啓)

このような判断ができたのも、Tさん自らが頻繁に現場へ足を運んで実際を見ていたからこそ。
「現場には娘と一緒に通っていたのですけど、職人の皆さんに良くしてもらい、娘も可愛がっていただきました」愛らしいお嬢さんの笑顔は、職人さんたちにとって癒しのひとときだったのかもしれませんね。

細かい部分も吟味しながら、自分らしさと使いやすさを追求

約半年以上の月日をかけて行ったリノベーションは、「宿題の連続だった」とTさんは語ります。
「学生時代を思い出しましたが、学校の課題と大きく違うのは責任を伴う、ということ。それから、予算ですね。課題のときは、予算のことは一切考えませんでしたから(笑)」

「父が石やタイルの職人なのですが、多くのリノベ会社ではすでに職人さんが決まっているため入れないんですよね。でも、そこも考えていただけて、父にも協力してもらえたのはうれしかったです」とTさんの夫(写真撮影/内海明啓)

「父が石やタイルの職人なのですが、多くのリノベ会社ではすでに職人さんが決まっているため入れないんですよね。でも、そこも考えていただけて、父にも協力してもらえたのはうれしかったです」とTさんの夫(写真撮影/内海明啓)

「カタログを見ていいなぁ、と思っても、大きさやフィット感は実際に触れてみないとわからないんですよ」というTさん。ドアノブひとつも妥協せず、吟味を重ねました(写真撮影/内海明啓)

「カタログを見ていいなぁ、と思っても、大きさやフィット感は実際に触れてみないとわからないんですよ」というTさん。ドアノブひとつも妥協せず、吟味を重ねました(写真撮影/内海明啓)

おしゃれな空間のなかに、保育園に通うお嬢さんの作品スペースがあってほっこり。その上をよ~く見ると、何か突起物が。実はこれ、ドアストッパーなのだそう。何気ない箇所にもTさんのこだわりが表現されています(写真撮影/内海明啓)

おしゃれな空間のなかに、保育園に通うお嬢さんの作品スペースがあってほっこり。その上をよ~く見ると、何か突起物が。実はこれ、ドアストッパーなのだそう。何気ない箇所にもTさんのこだわりが表現されています(写真撮影/内海明啓)

「妻はやると決めたことは絶対にやるタイプなのですが、出産直後ということもあって正直心配もありました。…といっても妻と松尾さんの信頼関係があるので、最悪のときは松尾さんにすべてお願いしちゃおうと(笑)それに、賃貸だとどんなに気に入った物件でも、住んでみると『ここがちょっと…』という不満って出てきますよね。でも、この家は住んで1年ちょっとですけど、そういう不満がないんです。たくさん話し合って、納得しながらつくったものは違うなぁ、と感じます」とTさんの夫。自宅でゆっくり、家族でくつろいで過ごす時間も増えたそうです。

2歳のお嬢さんが懐いているほど、家族ぐるみのお付き合いをしているTさん一家と松尾さん夫妻。リノベーションを通じて、さらに信頼関係が深まりました(写真撮影/内海明啓)

2歳のお嬢さんが懐いているほど、家族ぐるみのお付き合いをしているTさん一家と松尾さん夫妻。リノベーションを通じて、さらに信頼関係が深まりました(写真撮影/内海明啓)

穏やかな口調からは想像できないほど、芯がしっかりしていてバイタリティーあふれるTさん。理想を現実のものにできたのも、あくなき探求心とブレない軸があるからこそ。大人数でも座れて居心地のいいリビングは憩いの場で、家族の楽しくにぎやかな声が印象に残る取材となりました。

●取材協力
・TAIMATSU一級建築士設計事務所

コンパクトな建物に好きなものをぎゅっと詰め込んだ、遊び心満点の家 テーマのある暮らし[5]

建設会社に勤務後、建築士として独立。新築からリフォーム、家具やインテリアなどの設計を手掛ける一方で、写真家としての顔をもつ木暮洋治(こぐれ ようじ)さん。コンパクトでありながらも、大人も子どもも楽しめる“遊び心”あふれる住まいを都内につくりあげました。建築士ならではのこだわりや工夫の数々とは?【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。光、音、空気が通り抜ける開放的な家づくり

茗荷谷駅から徒歩10分、毎年春には桜の名所としてにぎわう緑豊かな場所に、木暮さんのオフィス兼住まいがあります。木暮さんは、妻、小学6年生の長女と間もなく5歳になる次女の4人家族。そして、とても人懐こい愛猫レンくんと一緒に暮らしています。

間口は5メートルで、奥行きのある建物。白色にまとめられたスタイリッシュな外観で、正面から見ると、1階はガレージと玄関です。プライバシーもしっかり確保された3階建てになっています(写真撮影/内海明啓)

間口は5メートルで、奥行きのある建物。白色にまとめられたスタイリッシュな外観で、正面から見ると、1階はガレージと玄関です。プライバシーもしっかり確保された3階建てになっています(写真撮影/内海明啓)

「土地をいろいろと探していたときに、偶然にもここだけが空いていたんです。土地の広さは18.6坪とコンパクトなのですが、私も妻もこの桜並木を見渡せるロケーションがとても気に入って、迷うことなく『ここにしよう』と即決しました」

玄関を入ってすぐの1階には、トイレやバスルームといった水まわり関係のお部屋が、集まっていました(写真撮影/内海明啓)

玄関を入ってすぐの1階には、トイレやバスルームといった水まわり関係のお部屋が、集まっていました(写真撮影/内海明啓)

玄関の扉を開けると、シンプルな外観とは裏腹にぬくもりある明るいポーチと廊下。その先には、ダイニングキッチンに直接つながる階段と、オープンな空間が広がります。

「奥行きが長いので、この空間をどうやって有効活用しようか……そこからスタート。自分の家を自分で設計する、ということもあって、やりたいことはどんどん取り入れよう! とチャレンジ魂に火がつきました。そのやりたいことのひとつがスキップフロアです。吹抜けを設けることで、光も風も通り抜ける開放的な空間をつくりたかったんです」と木暮さん。

20分の1の模型は、木暮さん渾身の作品。「私の母から『狭いんじゃないの?』と言われて、『そんなことないよ』と手直ししながらつくりました。ここまで細かく模型をつくったのは初めてです(笑)」(写真撮影/内海明啓)

20分の1の模型は、木暮さん渾身の作品。「私の母から『狭いんじゃないの?』と言われて、『そんなことないよ』と手直ししながらつくりました。ここまで細かく模型をつくったのは初めてです(笑)」(写真撮影/内海明啓)

ちなみに、取材したのは35度の猛暑日で、同行メンバー全員汗だく。これだけ暑いと、冷房を効かせてもなかなか玄関まで冷たい空気が行き渡らないものですが、玄関に一歩入ると冷んやりした空気に。思わず「あぁ、生き返る~」と声が出てしまったほどです。壁や扉で区切られている構造では、こうはいきません。家の隅々まで一定の温度を保てるのも、開放的な空間だからこそ得られるメリットです。

たくさんの友達が来ても大丈夫! 広々と明るいリビング

キッチンからの階段を上ると、そこは明るいリビング。お子さんのピアノや勉強机、ソファを置いてもまだ十分余裕のある広々としたリビングは、吹抜け部分と通常よりやや低くした天井部分で変化を付けています。

「家を建てるときに、一番重視したのがリビングです。私も妻も以前から、友達やお客様をたくさん呼べるリビングが欲しいね、と話していて、できるだけ広いスペースを確保するように設計しました。また、天井って低すぎても高すぎても落ち着かないんです。天井の高さを変えたのは遊び心もありますが、開放的になれる場所と落ち着ける場所、その両方を味わえる狙いもあります」

木暮さん夫婦がこだわったリビングを上から見ると、その広さは一目瞭然。白いビニル床タイルには、床暖房を設置しています(写真撮影/内海明啓)

木暮さん夫婦がこだわったリビングを上から見ると、その広さは一目瞭然。白いビニル床タイルには、床暖房を設置しています(写真撮影/内海明啓)

「我が家に子ども部屋はありません。長女の机はありますが、そのときの気分でリビングやダイニングキッチンのテーブルに移動して勉強するなど、好きな場所で勉強しています。最近、長女は私の仕事部屋が気に入っているようですが(笑)」

リビングを中心に、ダイニングキッチン、木暮さんの仕事場などが、すべてオープンになって見渡せる仕掛け。どこにいてもコミュニケーションをとれる環境(写真撮影/内海明啓)

リビングを中心に、ダイニングキッチン、木暮さんの仕事場などが、すべてオープンになって見渡せる仕掛け。どこにいてもコミュニケーションをとれる環境(写真撮影/内海明啓)

リビングにブランコ!?  アートとの融合で大人も子どもも楽しめるリビング

リビングで注目したいのは、天井のフック。ここにブランコを取り付ければ、子どもたちが遊べるスペースに早変わり。天井裏には、頑丈な鉄板を使っているので、大人が乗ってもOK! サンドバッグをかけても大丈夫なくらいの強度があるそうです。

壁は、松の合板に自然塗料であるオスモカラーを塗って、うっすら木目を残した風合いに。明るさとぬくもりのある空間で、レンくんもすっかりリラックス(写真撮影/内海明啓)

壁は、松の合板に自然塗料であるオスモカラーを塗って、うっすら木目を残した風合いに。明るさとぬくもりのある空間で、レンくんもすっかりリラックス(写真撮影/内海明啓)

また、リビングの壁はアートスペース。アート好きの木暮さん夫婦が飾るお気に入りの作品と並んで、子どもたちがつくった作品がバランス良く飾られています。なかには、お子さんが貼ったと思われる可愛いシールもちらほら……。

「子どもたちは、シールが大好き。あちこちにペタペタ貼っても、基本何も言わずに好きにさせています。部屋の雰囲気にあっていればそのままにしておきますが、これはちょっと……というものは、子どもが飽きたころを見計らって、こっそりはがすのが私の役目です(笑)」

イギリス出身のアーティスト、ギャリー=ファビアン・ミラーの作品をはじめ、お嬢さんの趣味である三線もアートのように飾られている(写真撮影/内海明啓)

イギリス出身のアーティスト、ギャリー=ファビアン・ミラーの作品をはじめ、お嬢さんの趣味である三線もアートのように飾られている(写真撮影/内海明啓)

「私の祖父も父も絵が好きで、この絵は祖父が絵を習っていた先生の作品です。妻が馬を好きなこともあって、この家を建てたときに実家からもってきました」(写真撮影/内海明啓)

「私の祖父も父も絵が好きで、この絵は祖父が絵を習っていた先生の作品です。妻が馬を好きなこともあって、この家を建てたときに実家からもってきました」(写真撮影/内海明啓)

設計のアイデアを生み出している“男のロマン”あふれるアトリエ

木暮さんのアトリエは、まさに“男のロマン”があふれる秘密基地。建築関係の専門書から資料、カタログ……とデッドスペースがないくらい。棚をフル活用して、ぎっしり隙間なく詰め込まれています。

「これでも、まだ収納スペースが足りないくらいなんです(笑)建築技術の月刊誌などは、ちょっと油断するとどんどん溜まっていっちゃうので、必要なページはPDF化してiPadに入れるように心がけています」

趣味で革細工もやっているという木暮さん。「ここだけは、荷物が増えても家族から文句を言われないですからね(笑)好きなものに囲まれながら、アイデアと発想を広げています」(写真撮影/内海明啓)

趣味で革細工もやっているという木暮さん。「ここだけは、荷物が増えても家族から文句を言われないですからね(笑)好きなものに囲まれながら、アイデアと発想を広げています」(写真撮影/内海明啓)

人気のデジタル一眼レフカメラ「ニコンDf」をはじめ、初期のポラロイドカメラやクラシカルなカメラなど、木暮さんのカメラコレクションの一部(写真撮影/内海明啓)

人気のデジタル一眼レフカメラ「ニコンDf」をはじめ、初期のポラロイドカメラやクラシカルなカメラなど、木暮さんのカメラコレクションの一部(写真撮影/内海明啓)

日本文化のわびさびを現代風にデザインした茶室

リビングから寝室を経て3階に上っていくと、これまでとガラッと雰囲気が異なる和室がお目見えします。

「妻がやっている茶道を楽しむための空間として茶室をつくりました。中央にはお湯を沸かす炉(ろ)を設け、花や掛物を飾る床の間、和室の反対側にはお茶の準備をする水屋として使えるシンクも設け、伝統的な茶室の要素を現代風にアレンジしました」

落ち着いた雰囲気の和室。壁紙には伝統工芸品である「土佐和紙」を使用している。「茶室以外にも客間として使える、応用の利く空間です」(写真撮影/内海明啓)

落ち着いた雰囲気の和室。壁紙には伝統工芸品である「土佐和紙」を使用している。「茶室以外にも客間として使える、応用の利く空間です」(写真撮影/内海明啓)

こちらは茶室の特徴のひとつ、お客様の出入り口となる「躙口(にじりぐち)」。レンくんの出入り口ではありませんからね(笑)(写真撮影/内海明啓)

こちらは茶室の特徴のひとつ、お客様の出入り口となる「躙口(にじりぐち)」。レンくんの出入り口ではありませんからね(笑)(写真撮影/内海明啓)

「屋根の上に寝転びたい」がきっかけでできた屋上テラス

茶室の障子を開けると、傾斜のある芝生が広がり、屋上ウッドデッキテラスへと続きます。住宅密集地とは思えない開放感は、贅沢そのもの。子どもたちと一緒に花や野菜を育てたり、日向ぼっこをしたり、自然を楽しめる空間になっています。

「きっかけは、屋根の上に寝転がりたい、という妻の希望でした。さすがに屋根は熱いだろうと思い傾斜の高低差に合わせて2種類の芝生を植えることにしました。このテラスから見渡せる桜の景色は、最高です。この土地の決め手となった桜並木の景観を独り占めしたような気分になれます(笑)」

「屋上は保水力が弱いため、ちょっと暑い日になると芝生が全滅してしまうんです。一度ダメにしてしまったので、それ以来1日2回の自動散水をしています」。スクスク育った芝生の上でゴロンとする木暮さん(写真撮影/内海明啓)

「屋上は保水力が弱いため、ちょっと暑い日になると芝生が全滅してしまうんです。一度ダメにしてしまったので、それ以来1日2回の自動散水をしています」。スクスク育った芝生の上でゴロンとする木暮さん(写真撮影/内海明啓)

周りに高い建物がないため、テラスからの眺めは格別。外から見ると特徴的な四角い建物ですが、屋上は緑豊かな環境が広がっていました(写真撮影/内海明啓)

周りに高い建物がないため、テラスからの眺めは格別。外から見ると特徴的な四角い建物ですが、屋上は緑豊かな環境が広がっていました(写真撮影/内海明啓)

限られた面積、限られた予算のなかでも、楽しむ心を忘れない……家族それぞれの好きなものを全部つめ込んだお宅は、おもちゃ箱を開けたようなワクワク感にあふれています。いつもそこに子どもたちの笑顔があって、にぎやかな声が聞こえる暮らしは、木暮さん夫婦のパワーの源かもしれません。「もしかして人間が入っているのでは!?」と思えるくらい、とてもフレンドリーに接してくれたレンくんの姿は、仲良し家族の象徴そのもののような気がしました。

●取材協力
・一級建築士事務所 木暮建築設計室

建築家とデザイナーが二人三脚でつくりあげた、自分らしさあふれる住まい テーマのある暮らし[5]

デザイナーとして活躍するSさんが世田谷・駒沢公園のそばに建てたのは、店舗とオフィス、住まいを一体化させた一戸建て。建築家へのオーダーは「ただの“ハコ”みたいな家」だったそう。
その意を汲んだ建築家が提案したシンプルな“ハコ”に、Sさんが手を加えることによって、遊び心に満ちた空間の数々が仕上がりました。建築家とデザイナーの二人三脚によって生み出された、自分らしい住まいをつくるコツがたくさん隠されています。【連載】
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。建築家にオーダーしたのは「シンプルな“ハコ”のような家」

Sさんがこの家を建てたのは、10年前のこと。
オーダーメイドTシャツを制作し、販売するブランドを立ち上げるという人生の転機を迎え、これまでのマンションから、店舗とオフィス、さらには5人家族で暮らす住まいを兼ね備えた一戸建てに住み替えようと考えたのが発端でした。

当初は中古の一戸建てを購入して、リノベーションすることを考えていたSさん。昔から好きだったという駒沢公園の周辺に限定して探したのですが、なかなか条件に合う物件が見つからず、それならば、とゼロから建てることにしたのだそう。

「建築事務所を探していたら、妻が雑誌の切り抜きを持ってきて、この人に頼もうって言うんです。建築家・長洲研志(ながすけんじ)さんのご自宅の写真だったのですが、よく見えないくらい小さい写真なんですよ。まあ一度行ってみるか、という感じで訪ねたのがスタートなんです」

石畳のアプローチは、まるで駒沢公園と家をつなぐ小道のよう。「このアプローチが少しカーブを描いていて、家全体が外から見えないところがいいですね」とSさん(写真撮影/内海明啓)

石畳のアプローチは、まるで駒沢公園と家をつなぐ小道のよう。「このアプローチが少しカーブを描いていて、家全体が外から見えないところがいいですね」とSさん(写真撮影/内海明啓)

長洲さんに伝えたのは、「シンプルな“ハコ”のような家をつくってほしい」ということだけ。具体的な要望はほとんど出さず、イメージとして渡したのも倉庫や工場の写真だったそうです。

そこには、自分自身で手を入れて、できるかぎり自由に、自分らしい家に仕上げたいという、デザイナーとしてのSさんの思いがありました。

それに対して長洲さんが提案したプランはたったひとつ。
3階建てコンクリート打ち放しの躯体の中心部に回り階段をつくり、その階段をぐるりと囲むようにフロアを回遊式にした建築でした。

「外から入ってきて、階段をぐるぐると上がって屋上へ抜けていく、“外から外へ”というイメージの家なんです」とSさん。

さらに、家の中には、公園を想像させるような仕掛けがあちこちにあり、「ここは駒沢公園の一部なのでは……」という錯覚を抱きそうになるほど。

そう、長洲さんがつくったのは“ただのハコ”ではなく、Sさんらしさが十分に発揮できるように計算され尽くした “遊び甲斐のあるハコ”だったのです。

右手は家族が使う玄関、左手は店舗の入り口。ひとつの建物でありながら、公私が上手に切り分けられています(写真撮影/内海明啓)

右手は家族が使う玄関、左手は店舗の入り口。ひとつの建物でありながら、公私が上手に切り分けられています(写真撮影/内海明啓)

1階はプライベートと切り離して、店舗とオフィスに

こちらが、店舗スペース。
18平米ほどのこじんまりしたスペースなのに広く感じられるのは、床を低くつくっている分、天井が高くなっているからでしょうか。
2段だけ下りる半円形の階段は、まるで公園の一部のよう。すぐ近くにある駒沢公園からそのままつながっているような、不思議な感覚を抱かせてくれます。

入り口のドアは、なんとSさんの手づくりだそう。
「家を建てている間に予算がかさんでしまって、自分でドアをつくることになりました。長洲さんと一緒にジョイフル本田に2×4の木材を買いに行ったりして、楽しかったですよ(笑)。ドアの外側に設置した高さ8mほどの雨戸も自作です。結果的に、かなり自分でやりましたね」

無機質な雰囲気とアンティークのような温かみがバランス良く共存する店舗スペース。「この部屋で一番古いものといえば、文化村のオークションで落札したダリの版画。この部屋の雰囲気にぴったりでしょう?」(写真撮影/内海明啓)

無機質な雰囲気とアンティークのような温かみがバランス良く共存する店舗スペース。「この部屋で一番古いものといえば、文化村のオークションで落札したダリの版画。この部屋の雰囲気にぴったりでしょう?」(写真撮影/内海明啓)

陳列棚は、建築資材の輸入販売店GALLUPで古材のように加工してもらった板を使用。床は、モルタルを塗った上にポスターを貼り、ニスで仕上げたそう。10年たって、良い味が出てきています(写真撮影/内海明啓)

陳列棚は、建築資材の輸入販売店GALLUPで古材のように加工してもらった板を使用。床は、モルタルを塗った上にポスターを貼り、ニスで仕上げたそう。10年たって、良い味が出てきています(写真撮影/内海明啓)

一般的な住宅と違って収納がないことも、この家の特徴のひとつ。
「収納をつくると、それに従ってほかが決まってくるから、スペースを自由に使えなくなるでしょう? だからつくらないでほしい、とお願いしたんです」
Sさんが徹底して、自由さを求めたことが伝わってきます。

店舗の奥、まさに秘密基地のようなスペースがSさんのオフィス。
3人の子どもたちの父親でもあるSさんにとって、ひとつの建物の中で仕事と家族との時間を両立していくのは、なかなか大変なことです。
「1階は仕事場、2階と3階が家族のスペース、ときっちりフロアを分けたことで仕事に集中できるようになりました」

デスクはTHE CONRAN SHOPのもの。「このデスク、実は長すぎたので左側を切り落として、端材を棚として壁面に取り付けてあるんです」。小さな工夫が空間をよりセンス良く見せています(写真撮影/内海明啓)

デスクはTHE CONRAN SHOPのもの。「このデスク、実は長すぎたので左側を切り落として、端材を棚として壁面に取り付けてあるんです」。小さな工夫が空間をよりセンス良く見せています(写真撮影/内海明啓)

遊び心あふれる2階は、子どもたちのために

家族用の玄関から中に入ると、コンクリート製の洗面台が。ここもまた、公園の一部のような雰囲気です。
「収納をつくらない」というオーダーをしたSさんですが、唯一、玄関脇の階段下の三角スペースにだけは下駄箱をつくってもらったのだそう。

片付けすぎず、かといって「見せる収納」を気取るのでもなく、モノが雑然と並ぶ様子が海外のインテリア誌のよう。ひとつひとつのモノがしっかりとセレクトされているからなのでしょう(写真撮影/内海明啓)

片付けすぎず、かといって「見せる収納」を気取るのでもなく、モノが雑然と並ぶ様子が海外のインテリア誌のよう。ひとつひとつのモノがしっかりとセレクトされているからなのでしょう(写真撮影/内海明啓)

玄関脇の階段から、子ども部屋とバスルームのある2階に上がってみましょう。
回り階段をぐるぐると上がっていくと、そのまま屋上につながり、その途中に2階、3階の回遊式フロアがつくられています。

各フロアは約54平米とのことですが、広々と感じられるのは仕切りがないからでしょうか。「子どもは男の子と女の子なので、いずれ仕切りが欲しいと言われるでしょうね。そのときにはつくろうと思います」とSさん。

階段周辺のインテリアも個性的。赤い絨毯(じゅうたん)に洋書が並べられたスタイリッシュなスペースのすぐそばには、これまた公園仕様のネットが掛けられています(写真撮影/内海明啓)

階段周辺のインテリアも個性的。赤い絨毯(じゅうたん)に洋書が並べられたスタイリッシュなスペースのすぐそばには、これまた公園仕様のネットが掛けられています(写真撮影/内海明啓)

階段を上がったところの洗面台も、公園の水飲み場のよう。この洗面台は、イタリアのバスブランドagapeのもの。段ボール製の額縁に入れて飾られたお子さんの絵もアーティスティック(写真撮影/内海明啓)

階段を上がったところの洗面台も、公園の水飲み場のよう。この洗面台は、イタリアのバスブランドagapeのもの。段ボール製の額縁に入れて飾られたお子さんの絵もアーティスティック(写真撮影/内海明啓)

仕切りもなく、ぐるりとひとまわりできる子ども部屋を3人の子どもたちが駆けまわる様子が目に浮かぶようです。「建築中に通いつめて、自分で床や壁を塗ったり、人工芝を敷いたりしました」(写真撮影/内海明啓)

仕切りもなく、ぐるりとひとまわりできる子ども部屋を3人の子どもたちが駆けまわる様子が目に浮かぶようです。「建築中に通いつめて、自分で床や壁を塗ったり、人工芝を敷いたりしました」(写真撮影/内海明啓)

洗面所のドアは、なんとフェンス! ここにも公園感が漂っています。中にある浴室のドアはガラス張り(写真撮影/内海明啓)

洗面所のドアは、なんとフェンス! ここにも公園感が漂っています。中にある浴室のドアはガラス張り(写真撮影/内海明啓)

ビビッドなイエローのタイルが陽気な雰囲気を醸し出すバスルーム。オレンジ色のシャワーは、洗面台と同じくイタリアのバスブランドagapeのもの(写真撮影/内海明啓)

ビビッドなイエローのタイルが陽気な雰囲気を醸し出すバスルーム。オレンジ色のシャワーは、洗面台と同じくイタリアのバスブランドagapeのもの(写真撮影/内海明啓)

家族が集まる3階の見どころは、広くてスタイリッシュなキッチン

3階はキッチンとダイニング、リビングです。
圧巻なのは、フロアの一辺をすべて使った横長のキッチン。大きなターキーも焼けるガスオーブンや、同じくアメリカ製GEの冷蔵庫など、こだわりのセレクトがスタイリッシュでありながら、無骨なテイストを生み出しています。
「この家に来てから料理が楽しくなって、ずいぶん台所に立つようになりましたね」とSさん。

フロアの端から端まで渡されたコンクリートの台は、下に自由にモノを収納できるよう、あえて脚をつけず壁に固定。収納よりもフリースペースを増やすことで、増えていくモノに柔軟に対応しています(写真撮影/内海明啓)

フロアの端から端まで渡されたコンクリートの台は、下に自由にモノを収納できるよう、あえて脚をつけず壁に固定。収納よりもフリースペースを増やすことで、増えていくモノに柔軟に対応しています(写真撮影/内海明啓)

家族5人が集うダイニングテーブルは、新品の木材をGALLUPで古材のように加工してもらったもの。脚に木材を使わず、ステンレスをセレクトするところがSさんのセンス(写真撮影/内海明啓)

家族5人が集うダイニングテーブルは、新品の木材をGALLUPで古材のように加工してもらったもの。脚に木材を使わず、ステンレスをセレクトするところがSさんのセンス(写真撮影/内海明啓)

リビングの片隅は、Sさんと息子さんの趣味スペースとなっていました。音楽は、ジャズフリークである息子さんの影響で始めたのだそう。壁に掛けた絵は、美大で油絵を専攻していたご自身の筆によるもの。「5」の文字をペイントしたのは、「形がカッコよくて好きだから」とSさんは笑います。

ダリの版画も自分の作品も、子どもたちの落書きも、同じように扱うSさん。常識に縛られずにモノを見極める目が、アーティスティックでありながらもキメすぎない、絶妙な空気をつくりだしているのでしょう。

Sさんが長年憧れていたという薪ストーブ。煙突ではなく、壁からダクトを通して排気しています。「寒い日は自然とみんながストーブのまわりに集まってきますね(笑)」(写真撮影/内海明啓)

Sさんが長年憧れていたという薪ストーブ。煙突ではなく、壁からダクトを通して排気しています。「寒い日は自然とみんながストーブのまわりに集まってきますね(笑)」(写真撮影/内海明啓)

Sさんいわく、この家に遊びに来る友人たちは、ひとつのテーブルにつくのではなく、それぞれ居心地の良い場所を見つけてくつろいでいるのだそう。回遊式で仕切りのないつくりが、訪れる人の気持ちを解き放ってくれるのかもしれません。

屋根の形に沿って天井の高さが違うのも面白さのひとつ。壁が丸、三角、四角に切り抜かれていたり、そこから向こう側が見えたり……と、シンプルなようで実は斬新な仕掛けがあちこちに光っています(写真撮影/内海明啓)

屋根の形に沿って天井の高さが違うのも面白さのひとつ。壁が丸、三角、四角に切り抜かれていたり、そこから向こう側が見えたり……と、シンプルなようで実は斬新な仕掛けがあちこちに光っています(写真撮影/内海明啓)

「シンプルな“ハコ”のような家をつくってほしい」とういオーダーから始まった家づくり。建築家の長洲さんは、自由に使えるシンプルかつ斬新な“ハコ”を提案し、デザイナーであるSさんは、そこに手を加えて自分らしい空間をつくり上げました。あえて収納や仕切りをつくらなかったり、フェンスやネットなど本来外で使うものを持ち込んだり、名画と子どもの落書きを同じように扱ったり……と、Sさん流インテリアからは学べることがたくさんありそうです。
ちなみに、Sさんと長洲さんは、家が完成したあとにバンドを組み、今では一緒にステージに立っているのだそう。そんなエピソードからも、2人の家づくりが充実したものであったことが伝わってきました。

現代の“モダンガール”と“モダンボーイ”が建てた、大正末期~昭和初期の薫り漂う文化住宅 テーマのある暮らし[4]

「日本モダンガール協會」を立ち上げ、自らモダンガール(=モガ)を追いかける淺井カヨ(あさい・かよ)さんと、音楽史研究家の郡修彦(こおり・はるひこ)さん。大正末期から昭和初期にかけての文化やライフスタイルに惚れ込んだご夫婦がつくり上げた「新文化住宅」とは? 完成に至るまでの苦労話、個性的な暮らしぶり、そのすべてをご紹介します。【連載】
ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。1920~30年代に流行した「文化住宅」をゼロから建てる、という挑戦

細い通りが入り組み、時折子どもたちの元気な声が響く東京都小平市の住宅街。一般的な住宅が立ち並ぶ中、和風の木造建築に青緑色の三角屋根の洋館が付いた一戸建てが異彩を放っています。表札は「小平新文化住宅」。淺井カヨさんと郡修彦さんが、2016年の秋に建てたご自宅です。古い建築物への造詣が深い2人が熱望したのは、1920年代から30年代にかけて流行した和洋折衷の「文化住宅」でした。現在は、当時の文化を伝えるため、随時見学会を開催していらっしゃいます。

レトロな自転車とともに自宅の前に立つ淺井さん。このドレスは1920年代のアメリカのドレスを再現したもの。「ドレスは、古着を見本として仕立屋さんに持ち込んで、同じものをつくってもらうことが多いですね」(写真撮影/内海明啓)

レトロな自転車とともに自宅の前に立つ淺井さん。このドレスは1920年代のアメリカのドレスを再現したもの。「ドレスは、古着を見本として仕立屋さんに持ち込んで、同じものをつくってもらうことが多いですね」(写真撮影/内海明啓)

この家を建てるにあたって一番苦労したのは、工務店を見つけることだったそう。
現在の住宅とは資材も工法もまったく違うため、引き受けられる工務店が都内では見つからなかったのです。

半年間あちこちで断られ続け、最終的にはハウスメーカーや工務店とユーザーのマッチングサービスを提供しているザ・ハウスを通して、あきる野市の来住野(きしの)工務店と奇跡的な出会いを果たすことができました。

「妥協は絶対にしたくありませんでした。希望通りの家ができないのなら何もいらない、という気持ちでしたからね」淺井さんは、そう振り返ります。

工務店探しに奔走していた時期、設計図を見せてもなかなか理解してもらえないことに困った郡さんがつくった1/40の模型。「計画は細部まで決まっていたので、あとは実現してくれる工務店を見つけるのみでした」と郡さん(写真撮影/内海明啓)

工務店探しに奔走していた時期、設計図を見せてもなかなか理解してもらえないことに困った郡さんがつくった1/40の模型。「計画は細部まで決まっていたので、あとは実現してくれる工務店を見つけるのみでした」と郡さん(写真撮影/内海明啓)

伝統的な素材と工法にこだわり尽くしたエクステリア

壁面に板を少しずつ重ねて取り付ける工法は「下見板張り」といって、昭和初期の木造建築では一般的なものだったそう。こうした古い工法で仕上げるためには、工務店と何度も打ち合わせを重ねなければなりませんでした。

玄関の引き戸の格子は「横に5本、縦に9本」という、当時からある形のひとつを参考にしたもの。寸法もすべて細かくオーダーしたそうです。

2階の面積を小さくしたり、屋根瓦の代わりに金属製のスレートを使用したりしているのは地震対策。かつての文化住宅に最新の耐震技術を盛り込むことも、テーマのひとつでした(写真撮影/内海明啓)

2階の面積を小さくしたり、屋根瓦の代わりに金属製のスレートを使用したりしているのは地震対策。かつての文化住宅に最新の耐震技術を盛り込むことも、テーマのひとつでした(写真撮影/内海明啓)

表札を固定する2本のマイナスねじは、よく見ると縦方向に止められています。これは、雨が降ったときに水がたまらないので、さびを防げるという昔ながらの知恵なのだとか(写真撮影/内海明啓)

表札を固定する2本のマイナスねじは、よく見ると縦方向に止められています。これは、雨が降ったときに水がたまらないので、さびを防げるという昔ながらの知恵なのだとか(写真撮影/内海明啓)

小さくかわいらしい庭には、立派な3本の和棕櫚(わじゅろ)が植えられています。「昔の洋館には棕櫚(しゅろ)が付きものだから、絶対に欲しかったんですよ」と淺井さん。クレーンでつり、前もって掘っておいた穴に植え付けてもらったのだそうです(写真撮影/内海明啓)

小さくかわいらしい庭には、立派な3本の和棕櫚(わじゅろ)が植えられています。「昔の洋館には棕櫚(しゅろ)が付きものだから、絶対に欲しかったんですよ」と淺井さん。クレーンでつり、前もって掘っておいた穴に植え付けてもらったのだそうです(写真撮影/内海明啓)

庭の片隅には、パクチー、パセリ、バジルなどが青々と葉を茂らせていました。「今は雑草防止のために庭全体に小石を敷いているのですが、いずれは取り除いて畑にする予定です。できる限り食べるものをいろいろつくって、生活道具は自然素材のものにしたいですね」

玄関脇には、ピンク色の可憐なバラが咲いていました。モダンガールが帽子をかぶっている様子に似ていることから、品種名は「モガ」。「この家の完成と同じ、2016年の新種なんです」と淺井さん(写真撮影/内海明啓)

玄関脇には、ピンク色の可憐なバラが咲いていました。モダンガールが帽子をかぶっている様子に似ていることから、品種名は「モガ」。「この家の完成と同じ、2016年の新種なんです」と淺井さん(写真撮影/内海明啓)

居間、台所、お風呂も、当時のライフスタイルを取り入れて

では、家の中にお邪魔しましょう。まず目につくのは、現役で使っているという黒電話。以前は昭和38(1963)年製のものを使っていましたが、その後、昭和8(1933)年製という、より古いものに“機種変更”したそうです。

「見学に来る若い人のなかには、黒電話のダイヤルの回し方が分からない人もいますよ」という淺井さん。ちなみに携帯電話は持っていません(写真撮影/内海明啓)

「見学に来る若い人のなかには、黒電話のダイヤルの回し方が分からない人もいますよ」という淺井さん。ちなみに携帯電話は持っていません(写真撮影/内海明啓)

四畳半の居間では、2人の祖父母の家財道具が日常的に使われています。淺井さんの実家からやって来たのは、立派なちゃぶ台と柱時計。柱時計は裏に「昭和四年」と記されています。長い間眠っていたのですが、つい最近時計修理の職人さんに見せたところ、動くように直してくれたのだそうです。

郡さんの実家に眠っていたのは、火鉢。祖父母の結婚記念品だったという1930年代の桐たんすは、削り直したというだけあってとてもきれいです。

障子にはめ込まれた、付け書院(明かり取りの装飾は)古い木造建築が解体されるときに譲ってもらったもの。「襖(ふすま)を切り抜いてこの装飾を入れてあるので、夜は奥の部屋から漏れる光でほんのりと明るいんです」(写真撮影/内海明啓)

障子にはめ込まれた、付け書院(明かり取りの装飾は)古い木造建築が解体されるときに譲ってもらったもの。「襖(ふすま)を切り抜いてこの装飾を入れてあるので、夜は奥の部屋から漏れる光でほんのりと明るいんです」(写真撮影/内海明啓)

火鉢は大正時代のもの。四畳半くらいだと、これですぐに暖まるのだそうです(写真撮影/内海明啓)

火鉢は大正時代のもの。四畳半くらいだと、これですぐに暖まるのだそうです(写真撮影/内海明啓)

鏡台と衣紋掛け(着物を掛ける用具)も、あるお屋敷が解体されたときに譲ってもらったそう。「だんだんと人とのつながりができてきて、いろいろなものをお譲りいただけたことはうれしいですね」と笑う淺井さん(写真撮影/内海明啓)

鏡台と衣紋掛け(着物を掛ける用具)も、あるお屋敷が解体されたときに譲ってもらったそう。「だんだんと人とのつながりができてきて、いろいろなものをお譲りいただけたことはうれしいですね」と笑う淺井さん(写真撮影/内海明啓)

キッチンには、昔ながらの形をしたガス七輪が。本当はかまどを使いたかったのですが、住宅が密接しているので煙を出すことができず、断念したのだそう。

「冬は火鉢のために炭をおこさなければならないのですが、自動消火機能が付いたコンロだと、途中で消えてしまうんですよ。そこで昔ながらの鋳物(いもの)コンロを使っています」と淺井さん。昔のものと今のもの、それぞれの短所と長所を理解した上で、ライフスタイルに合うものをていねいに選んでいます。

シンクは、職人さんが手作業でつくり上げた「人造研ぎ出し」。種石(天然石を細かく砕いたもの)とセメントを塗りつけて、固まったところを研磨するという昔ながらの技法です。これを手がける職人さんも、もう少ないのだそう。

炊飯器や電子レンジはありません。「現代の料理本はそういった調理器具がある前提で書かれていることが多いです。大正~昭和初期の献立で昔ながらの調理器具を使って料理をしています」

炊飯器や電子レンジはありません。「現代の料理本はそういった調理器具がある前提で書かれていることが多いです。大正~昭和初期の献立で昔ながらの調理器具を使って料理をしています」

冷蔵庫は電動ではなく、大きな板氷で冷やす氷冷式です。「新居に合わせて特注でつくってもらいました。近所に氷屋さんがあるので、時々、買いに行きます。氷を自転車で運ぶのは大変です」と淺井さん。

しかし、決して無理をして昔風の暮らしをしているのではなく、この生活が一番自分たちにしっくりくるのだそうです。「何でも使い捨てにするような慣習も、だんだん見直されつつありますね? 昔の生活を見直すきっかけになれたらと思っています」と2人は言います。

生ものは買ってくるとすぐに調理、果物などは外に出して水につけておく……など、電気冷蔵庫に頼らない暮らしを楽しむ2人。「冷凍保存もできないから、あるもので料理をするようになります。無駄がなくていいですよ」と郡さん(写真撮影/内海明啓)

生ものは買ってくるとすぐに調理、果物などは外に出して水につけておく……など、電気冷蔵庫に頼らない暮らしを楽しむ2人。「冷凍保存もできないから、あるもので料理をするようになります。無駄がなくていいですよ」と郡さん(写真撮影/内海明啓)

光沢のあるタイル張りの浴室も、文化住宅を再現したもの。現在の建築業界では、滑るので危険だという理由から、原則として浴室の床に光沢のあるタイルは張らない決まりになっているのだそう。「何かあったら自己責任で、ということで、なんとか張ってもらえたんです」と淺井さん。

当時の文化住宅では、浴室の木枠を白く塗るのが一般的でした。明るく見えることと、水気を弾いて湿気を防ぐことがその理由だったそう(写真撮影/内海明啓)

当時の文化住宅では、浴室の木枠を白く塗るのが一般的でした。明るく見えることと、水気を弾いて湿気を防ぐことがその理由だったそう(写真撮影/内海明啓)

洋風建築の魅力を最大限に活かした応接室と2階

こちらは、こだわりの応接室です。漆喰(しっくい)の壁、高い天井、出窓の木枠。どれもこれも、大正末期から昭和初期の洋館がもっていた特徴です。「窓枠は特注なんです。ひとつひとつの寸法を細かく指定して、職人さんにつくってもらいました」と淺井さん。細部へのこだわりが、統一感を生み出しています。

後ろに積んである箱には、郡さんのレコードが詰まっています。郡さんは古いレコードなどの音源をCDに復刻するお仕事をされているのです。「この部屋には約2000枚、博物館に寄託したものは約5000枚あります。内容は、ほとんどが昭和の流行歌とクラシックですね」(写真撮影/内海明啓)

後ろに積んである箱には、郡さんのレコードが詰まっています。郡さんは古いレコードなどの音源をCDに復刻するお仕事をされているのです。「この部屋には約2000枚、博物館に寄託したものは約5000枚あります。内容は、ほとんどが昭和の流行歌とクラシックですね」(写真撮影/内海明啓)

郡さんの祖父母が、昭和5(1930)年に結婚記念として購入した蓄音機「ビクトローラ4-40」。昭和4(1929)年にアメリカで製造されたもので、電気ではなく、ぜんまいの力でターンテーブルを回します(写真撮影/内海明啓)

郡さんの祖父母が、昭和5(1930)年に結婚記念として購入した蓄音機「ビクトローラ4-40」。昭和4(1929)年にアメリカで製造されたもので、電気ではなく、ぜんまいの力でターンテーブルを回します(写真撮影/内海明啓)

洋風の応接室にぴったりのシャンデリアは、1920年代のフランスのもの。骨董屋さんで見つけたそうです(写真撮影/内海明啓)

洋風の応接室にぴったりのシャンデリアは、1920年代のフランスのもの。骨董屋さんで見つけたそうです(写真撮影/内海明啓)

最後に2階を見せていただきましょう。思わず歓声をあげたくなるようなこの部屋は、淺井さんの私室。「和洋折衷」というのが大正末期から昭和初期の文化住宅の特色ですが、2階はまさに洋風です。所狭しと並ぶコレクションは、淺井さんが子どものころから集めてきたもの。

貴重な資料が並ぶ本棚は一見の価値あり。『主婦之友』シリーズや、昨年復刻された『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)の初版本なども並んでいました(写真撮影/内海明啓)

貴重な資料が並ぶ本棚は一見の価値あり。『主婦之友』シリーズや、昨年復刻された『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)の初版本なども並んでいました(写真撮影/内海明啓)

この部屋の主役は、旧高田義一郎邸が解体されるときに譲ってもらったという、昭和初期の窓だそう。木枠の塗料をはがして塗り直し、割れていたガラスのみ新品に入れ換えました。「この窓をどうしても使いたかったので、2階は窓に合わせて設計したんです」と淺井さん。新しく再現したものと、実際に当時使われていたものがあちこちでミックスされているデザインからも、2人らしさが伝わってきました。

窓の持ち主だった高田義一郎さんは医学博士であり、文筆家でもあった方。以前から著書の『らく我記』を愛読していた淺井さんにとって、窓との出会いは思わぬ幸運でした(写真撮影/内海明啓)

窓の持ち主だった高田義一郎さんは医学博士であり、文筆家でもあった方。以前から著書の『らく我記』を愛読していた淺井さんにとって、窓との出会いは思わぬ幸運でした(写真撮影/内海明啓)

「1920年代~30年代の普遍的なかっこよさも、ものを無駄にせず、自然を大切にする生活も、もっともっと発信していきたいですね。ここは生きた博物館のようにしたいと思っています」と語る2人は、当時の文化に憧れるだけなく、実際に生活に取り入れて楽しんでいます。「一生遊べる家が出来上がりましたね。2人だったからできたことです」と語る淺井さんの晴れ晴れとした笑顔が印象的でした。

淺井さんの著書『モダンガールのスヽメ』(2016年/原書房)。大正末期から昭和初期の文化に興味をもった理由から、当時のライフスタイルについての歴史的考察に至るまで、読み応え満点の1冊です(写真撮影/内海明啓)

淺井さんの著書『モダンガールのスヽメ』(2016年/原書房)。大正末期から昭和初期の文化に興味をもった理由から、当時のライフスタイルについての歴史的考察に至るまで、読み応え満点の1冊です(写真撮影/内海明啓)

●取材協力
・淺井カヨさん
昭和51(1976)年名古屋生まれ。平成19(2007)年に、大正末期から昭和初期とモダンガールを愛好する「日本モダンガール協會」を設立。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)、共著に『東京府のマボロシ』(社会評論社)など。

・郡修彦さん
東京生まれ。作曲家・音楽評論家の故・森一也先生に師事。SPレコード時代の音楽史を、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表している。「山田耕筰の遺産」「古賀政男大全集」「古賀政男黄金時代の集大成」「復刻盤軍歌・愛国歌撰集」等を手がけ、企画・構成・復刻の「SP音源復刻盤信時潔作品集成」は平成20年度(第63回)文化庁芸術祭大賞を受賞。元・昭和館音響専門委員、平成15(2003)年5月から翌年4月まで月1回、NHK「ラジオ深夜便」に出演し、選曲・録音・解説を担当。平成19(2007)年11月よりライブハウスにてSP盤鑑賞会を定期開催中。

自宅をキッチンスタジオに改造!“本気キッチン”がある家(前編) テーマのある暮らし[3]

栄養士の資格を取得した後、現在はフードコーディネーターとして雑誌やテレビで活躍している落合貴子(おちあい・たかこ)さん。仕事柄、たくさんの料理をつくる機会が多いうえに、自身で料理教室を開催していることもあり、住んでいた自宅をキッチンスタジオにつくりかえてしまいました。まずは、その前編からスタートです。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。対面式のカウンターキッチンを仕事専用のキッチンに

春日通りと白山通りに挟まれ、歴史と文学の香りが漂う街、文京区小石川エリア。落合さんのキッチンスタジオは、大通りから一歩奥まった静かな住宅街にたたずむマンションの一室にあります。

「こちらはファミリータイプのマンションで、最初は私たち夫婦と子どもの3人で住んでいました。当時からフードコーディネーターの仕事をしていたのですけれど、ふたり目の子どもが生まれたときに、この場所で生活と仕事を両立させるのは難しいと感じたため、住まいを引越してここを仕事場にすることにしました」

当時は、対面式のカウンターキッチンがあるリビングダイニングだったそう。しばらくは、そのままの状態で使っていたそうですが、仕事のボリュームが増えていくにつれて問題が生じてきました。

食材から調味料、調理器具など、ただでさえモノがあふれやすいキッチン。「家族4人の暮らしと仕事場を分けることで、問題を解決しようと考えていました」(写真撮影/内海明啓)

食材から調味料、調理器具など、ただでさえモノがあふれやすいキッチン。「家族4人の暮らしと仕事場を分けることで、問題を解決しようと考えていました」(写真撮影/内海明啓)

デッドスペースをなくして動きやすく、間取りもとにかくフレキシブル

「家庭用のキッチンは、手の届く範囲でいろいろ動けて便利なのですが、仕事で使う場合は圧倒的に狭いんです。私ひとりならまだしも、ボリュームの多い仕事はアシスタントさんにお願いすることもあります。そうすると、窮屈だし、スムーズに動けません。それでも、なるべくデッドスペースを減らそうと、ワゴンをつくるなど自分なりにDIYをやってみたのですけど、やっぱり限界でしたね」と落合さん。

そんな落合さんが相談したのは、子どものつながりで知り合ったパパ友の建築士。「年齢的にも近いし、住宅を手掛けるために独立したことも伺っていたので、ちょっと聞いてみようかな、と(笑)。それが、リフォームのきっかけでした」

シンクやコンロを壁側に寄せて、“見せる収納”にこだわったキッチン。ブルーのタイルがステンレスの風合いとマッチして、清潔感のある雰囲気を醸し出しています(写真撮影/内海明啓)

シンクやコンロを壁側に寄せて、“見せる収納”にこだわったキッチン。ブルーのタイルがステンレスの風合いとマッチして、清潔感のある雰囲気を醸し出しています(写真撮影/内海明啓)

落合さんがこだわったのは、可能な限りデッドスペースをなくして、広くて動きやすいキッチンにすることと、使えるものをそのまま使って予算の範囲内におさめる、という点でした。

「シンクまわりはシステムキッチンのほうが安いのですが、サイズが決まっているためどうしてもデッドスペースができやすいんです。なので、ここはステンレス製のオーダーメイドでバッチリ予算をかけました」

スパイスや調味料、調理器具がびっしり入っている調理台は、女性でも簡単に動かせます。「コンロが足りないときは、カセットコンロを置く場所にもなるんですよ」(写真撮影/内海明啓)

スパイスや調味料、調理器具がびっしり入っている調理台は、女性でも簡単に動かせます。「コンロが足りないときは、カセットコンロを置く場所にもなるんですよ」(写真撮影/内海明啓)

また、落合さんのキッチンは料理の撮影だけでなく、タレントさんが来てスタジオスペースとして貸す機会もあるのだそう。

「L字型やコの字型とかでキッチンをがっちりつくってしまうと自由に動けず、できることが限られてしまうんですよね。そこで、調理台にキャスターをつけて、移動できるようにしました。撮影内容に応じて、自由に間取りを変えられるようにしています」

床暖房をあきらめて無垢の床材にこだわった理由

リフォームを行ううえで、落合さんが最も悩んだのが床材。このリビングダイニングにはもともと床暖房が付いていましたが、それを活かそうとすると素材が限られてしまいます。

「私は、使えば使うほど味が出てくる素材が好きなんです。キッチンまわりにステンレスを使ったのも、ついた傷がいい味わいになるから。そこで、床材もユーズド感のある古木のような素材を使いたかったんです。だから、床暖房はあきらめて取ってしまいました(笑)」と落合さん。

いろいろなサンプルのなかから、落合さんが一目惚れしたのはこのカラフルな床材。
「海外の学校で使われていた床材を輸入して、アンティーク加工したもの。でも、いざ見積もりを見たら、想像をはるかに超えたお値段で、泣く泣くあきらめることに……。その床材をワンポイントとして、壁に貼ってもらうことにしました」

「かわいい色合いの床材が貼られたこのスペースは、撮影のバックで使われるくらい大活躍しているんですよ」と落合さん(写真撮影/内海明啓)

「かわいい色合いの床材が貼られたこのスペースは、撮影のバックで使われるくらい大活躍しているんですよ」と落合さん(写真撮影/内海明啓)

そして、次の候補となった無垢の床材を選ぶことになったそうです。「学校施設の建築に携わっていた建築士の方が、体育館で使われている床材を見つけてくれました。傷も目立ちにくいし、自然なツヤも出て、結構雑に使ってもいい風合いを出してくれています」

「取材撮影する方々が気を使って養生シートを持ってきてくださることもありますが、私自身はそのままでも気にしません。むしろ私のほうが傷付けちゃうくらいで、この床材にしてよかったと思っています」(写真撮影/内海明啓)

「取材撮影する方々が気を使って養生シートを持ってきてくださることもありますが、私自身はそのままでも気にしません。むしろ私のほうが傷付けちゃうくらいで、この床材にしてよかったと思っています」(写真撮影/内海明啓)

2部屋を遮っていた壁を抜いて、明るく広々としたスペースに

実は、リビングダイニングの隣にはもうひとつ部屋があったそうで、今回のリフォームで壁を抜いてゆとりあるスペースを確保しました。

「もともと隣の部屋は日当たりがよかったのですけど、1枚壁を取ったことでキッチンのほうまで明るくなりました。こちらの場所は、打ち合わせや料理教室、ケータリングのときなどに使うことが多いです。西日がスゴイですけどね(笑)。でも、エアコンや照明などの電気系統は、一切変えずにそのまま使えています」

友人たちとワイワイ飲み会をする機会も多い、という落合さん。自家製の梅干しの下には、大好きなお酒もずらっと並んでいます(写真撮影/内海明啓)

友人たちとワイワイ飲み会をする機会も多い、という落合さん。自家製の梅干しの下には、大好きなお酒もずらっと並んでいます(写真撮影/内海明啓)

部屋の隅は、お菓子づくりの道具や撮影のためのスタイリング用品、使用頻度の低い食器類を収納するスペースに。ここは、かつてクローゼットだったそう。扉をはずして棚をつけてもらい、こまごました道具もカテゴリ別に缶やカゴにまとめられ、すっきり収納されています。

「お菓子の抜き型って、意外とスペースを取るんですよ。しかも、つくる料理によって大きさや形でニュアンスが変わるので、どんどん増える一方です」(写真撮影/内海明啓)

「お菓子の抜き型って、意外とスペースを取るんですよ。しかも、つくる料理によって大きさや形でニュアンスが変わるので、どんどん増える一方です」(写真撮影/内海明啓)

さて、本気キッチンがある家【前編】はここまでです。【後編】では、プロならではの視点で考えられたシンクやコンロまわり、“見える収納”にこだわった理由などをご紹介します。【後編】も、ぜひお楽しみくださいね。

●取材協力
・落合貴子さん
自然食品メーカーにてカウンセリングなどの実務経験を経て、フードコーディネーターに転身。多数の料理家アシスタントを務め、料理家として独立。現在2児の母親であり、テレビや雑誌などで「優しく・おいしく・楽しく」を心がけたレシピを提案している。

・一級建築士事務所 木暮建築設計室

キラキラでは落ち着かない、プライベートスペースはクラシカルに(後編) テーマのある暮らし[2]

築25年の邸宅で、ポーセラーツ・ポーセレンペイント、着物の着付けレッスンのサロン「ラ・フィユ鎌倉」を開いている赤見かおり子さん。パーティションを使わず、インテリアのテーマを変えることで、サロンスペースとプライベートスペースを分ける手腕が光っています。後編では、1年半前にリフォームを終えたプライベートスペースをご紹介します。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。家族のお客さまをもてなすクラシカルなメインダイニング

玄関から見て一番手前の部屋は、医師である夫のお客さまなどをもてなすメインダイニング。来客には年配男性も多いため、サロンのようなキラキラとしたインテリアでは落ち着かないのではないかと思い、クラシカルな雰囲気に仕上げたのだそう。
自分の希望よりも訪れる方の居心地を大切にする姿勢に、かおり子さんのお人柄が滲み出ています。

壁にかけられたノイシュヴァンシュタイン城の絵は、かおり子さんのお父様が描かれたもの。部屋のインテリアに合わせて、かおり子さんが絵の具の色まで指定したのだそうです(写真撮影/内海明啓)

壁にかけられたノイシュヴァンシュタイン城の絵は、かおり子さんのお父様が描かれたもの。部屋のインテリアに合わせて、かおり子さんが絵の具の色まで指定したのだそうです(写真撮影/内海明啓)

30年以上前から使っているキャビネットは、国産家具メーカー「カリモク」で購入したもの。引越し好き、リフォーム好きを自称するかおり子さんですが、何でも新しく買うわけではなく、愛着のあるものは何10年でも使い続けているそうです。

お気に入りの作品は、キャビネットにディスプレイしながら収納。フリーハンドで絵を描く作品はポーセレンペイント、転写紙を切って貼る作品はポーセラーツと呼ばれます。ポーセレンペイントの方が難易度は高いのだそう(写真撮影/内海明啓)

お気に入りの作品は、キャビネットにディスプレイしながら収納。フリーハンドで絵を描く作品はポーセレンペイント、転写紙を切って貼る作品はポーセラーツと呼ばれます。ポーセレンペイントの方が難易度は高いのだそう(写真撮影/内海明啓)

メインダイニングのテーブルセッティングは、自作の食器を中心にクラシカルな雰囲気でまとめています。
「私にとって“上質なもの”とは、愛情を注げるもの、お金では買えないもの。食器だって、デパートに行けば何百万円もするようなものが並んでいますが、私は愛情を込めて自分でつくった食器でおもてなしをしたいんです」とかおり子さん。

手描きの食器はアンティークとの相性が良いので、燭台はフランス、カトラリーはイギリスのアンティークをセレクト。アンティークをうまく使ったクラシカルなテーブルセッティングもかおり子さんの得意とするところです(写真撮影/内海明啓)

手描きの食器はアンティークとの相性が良いので、燭台はフランス、カトラリーはイギリスのアンティークをセレクト。アンティークをうまく使ったクラシカルなテーブルセッティングもかおり子さんの得意とするところです(写真撮影/内海明啓)

生活感を徹底的に排した驚きのキッチン

キッチンまわりは、モダンな雰囲気でまとめられています。ここに足を踏み入れた誰もが口にするのは、「生活感がない!」というひと言。どこをどう見ても、調味料ひとつ置いてありません。
「よく、本当に料理してるの?と聞かれるんですよ」そう言って笑いながら開けてくれたシンク下の扉の奥には、使い込んだフライパンがいくつも並んでいました。

キッチンにある「ウエストハウスギャラリー」の椅子には、「キファソ」の生地が張られています。今回のリフォームの際にオーダーしたとのこと、モダンな雰囲気にぴったりです(写真撮影/内海明啓)

キッチンにある「ウエストハウスギャラリー」の椅子には、「キファソ」の生地が張られています。今回のリフォームの際にオーダーしたとのこと、モダンな雰囲気にぴったりです(写真撮影/内海明啓)

連日、全国から通う生徒さんのレッスンをこなす多忙なかおり子さんにとって、家の中を美しく保つのはさぞ大変だろうと思いましたが「“出したら戻す”ということを徹底しているだけなんです。そうすると、そもそも散らからないので、キープするだけでいいんですよ」とのこと。
すべてのモノの収納場所を決めておくことが、この状態をキープするカギなのだそう。

キッチンの隣には、白いグランドピアノがディスプレイされています。ここはもともと中庭でしたが、7年前にこのピアノを置くために増築したのだそう。

音大時代にピアノを学んだかおり子さん。白とライトグレー2台のグランドピアノが2階の防音室にあったのですが、防音室を着物部屋にリフォームしたためライトグレーの1台は処分。こちらをディスプレイ用として、1階に下ろしました。

スモーキーなピンク色が甘すぎずスタイリッシュな雰囲気を醸し出すカーテンは、今回のリフォームの際に壁の色と合わせて選んだもの。パーティションのエレガントなラインは、リビングの螺旋階段とリンクしています(写真撮影/内海明啓)

スモーキーなピンク色が甘すぎずスタイリッシュな雰囲気を醸し出すカーテンは、今回のリフォームの際に壁の色と合わせて選んだもの。パーティションのエレガントなラインは、リビングの螺旋階段とリンクしています(写真撮影/内海明啓)

リビングルームは、エレガントな螺旋階段がアクセント

一番奥に位置しているのは、家族がくつろぐリビングルーム。南東に面している上に2面採光なので、いつも光があふれています。今回のリフォームでは、壁のクロスを無地からダマスク柄に変えるなど、少し思い切ったそう。

多忙を極める夫、成人している2人の娘さん……と、すれ違いがちな生活になりそうですが、実は「みんな、ここでくつろぐことが大好き」なのだそう。常に感謝の言葉を忘れず、細やかな気づかいを欠かさないかおり子さんが、ご家族を包み込んでいる様子が伝わってきます。

存在感のある白いソファは、10年以上使っているもの。「白だから汚れやすいけれど、うちは家族みんなが掃除好き。夫も娘たちも、休みの日には一生懸命拭いてくれるんですよ」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

存在感のある白いソファは、10年以上使っているもの。「白だから汚れやすいけれど、うちは家族みんなが掃除好き。夫も娘たちも、休みの日には一生懸命拭いてくれるんですよ」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

このリビングで誰もが目を奪われるのは、螺旋階段です。新築当初、手すりのラインは縦の直線のみで、色も白でした。今回のリフォームで、装飾が付いたデコラティブなラインのパーツを溶接し、ブラックに塗装しなおしたことで、見事にリビングのアクセントになっています。

赤見邸は建物が2つに分かれているため、リビングの2階に上がるにはこの螺旋階段が不可欠なのだそう。2階はかおり子さんの“着物部屋”になっているため、かおり子さんは一日に何度もこの螺旋階段を往復するそうです(写真撮影/内海明啓)

赤見邸は建物が2つに分かれているため、リビングの2階に上がるにはこの螺旋階段が不可欠なのだそう。2階はかおり子さんの“着物部屋”になっているため、かおり子さんは一日に何度もこの螺旋階段を往復するそうです(写真撮影/内海明啓)

白をベースにしながら年代を感じさせる家具を配したエレガントなスタイルは、レイチェル・アシュウェルが提唱した“シャビ−シック(味がありながらも優雅なさま)”を彷彿とさせますが、かおり子さんの好みは少し違う様子。
「シャビーだと言われることもあるのですが、個人的にはもっとキラキラしたものや、透明感のあるものを取り入れるスタイルが好きですね」

リフォームもショッピングも、感性と出会いを大切に

25年の間に数え切れないほどのリフォームを繰り返した赤見邸ですが、インテリアデザイナーに相談したのは、なんと直近のリフォームがはじめて。
それまでは、クロスやカーテンなどの素材選びから、工務店とのやりとりまで、すべてかおり子さんが1人で手がけてきたのだそうです。

「こんな素材見たことないよ、なんて言われながらも、こうしたい、ああしたいって伝えて。業者泣かせですよね(笑)。工務店の方とは、いまでは信頼関係で結ばれていますよ」

壁と天井の境目の廻り縁も、すべてかおり子さんが自分で選んだもの。1本ではなく数本重ねて、よりエレガントに見えるように工夫するなど、工務店と話し合いながらリフォームを進めたそうです(写真撮影/内海明啓)

壁と天井の境目の廻り縁も、すべてかおり子さんが自分で選んだもの。1本ではなく数本重ねて、よりエレガントに見えるように工夫するなど、工務店と話し合いながらリフォームを進めたそうです(写真撮影/内海明啓)

完成度の高いインテリアを手がけるかおり子さんですが、インテリアデザインやテーブルコーディネートの専門的な勉強をしたことはないのだそう。
「自分の住まいですから、自分の好きなようにやっていきたいと思うんです。だから、参考にするインテリア雑誌や、ブランドショップなどもとくに決めていません。なにかを選ぶときには、出会いと感性を大切にしています」

ティーポットはカナダで、トレイはニュージーランドで購入した銀器。贔屓のブランドを決め込まず、旅先で出会ったものを思い出と一緒に持ち帰るのが、かおり子さんらしいショッピング(写真撮影/内海明啓)

ティーポットはカナダで、トレイはニュージーランドで購入した銀器。贔屓のブランドを決め込まず、旅先で出会ったものを思い出と一緒に持ち帰るのが、かおり子さんらしいショッピング(写真撮影/内海明啓)

サロンの生徒さんやプライベートでのお客さま、そしてご家族ひとりひとりのためにインテリアに手をかけるかおり子さん。お話を伺えば伺うほど、その温かな人柄に引き込まれます。
「私にとって“家”は幸せの象徴。生徒さんのためでもあり、自分の趣味でもあるリフォームはまだまだ続けていきます。ゴールはないんですよ(笑)」と語る笑顔からは、幸せなオーラがあふれていました。

●取材協力
・赤見かおり子さん
Instagram (kaoriko_no_salon)
きもの着付けアーティスト、ポーセレンアーティスト。大人のためのお稽古サロン「ラ・フィユ鎌倉」主宰。サロンでは-10歳に見せるきもの着付けレッスン、ポーセラーツ・ポーセレンペイントレッスンを開催中。

9回の引越しで実現、夢を詰め込んだサロンスペース(前編) テーマのある暮らし[2]

築25年の邸宅で、ポーセラーツ・ポーセレンペイント、きもの着付けレッスンのサロン「ラ・フィユ鎌倉」を主宰する赤見かおり子(あかみ・かおりこ)さん。サロンスペースとプライベートスペースをきっちりと分けながらも、美しく融合させたエレガントなインテリアは、すべて赤見さんのセンスによるもの。前編では、女性の夢ともいえそうなインテリアを詰め込んだ、サロンスペースをご紹介します。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。 引越しは9回目、リフォームは毎年!

湘南モノレールの西鎌倉駅から約7分。閑静な住宅街の一角にたたずむ瀟洒(しょうしゃ)な邸宅で、かおり子さんは家族4人で暮らしながら、サロン「ラ・フィユ鎌倉」を主宰しています。
結婚35年目を迎えるご夫妻にとって、25年前に建てたこの邸宅はなんと9軒目の住まい。鎌倉の街に惹かれ、最後の引越しにするつもりで選んだそうです。

サロン「ラ・フィユ鎌倉」を主宰する赤見かおり子さん。「ラ・フィユ」はフランス語で1枚の葉っぱを意味します。「初めての絵付けでは、皆さん1枚の葉っぱの絵から挑戦します。サロンも1枚の葉っぱから枝葉が伸びるように広がるといいなと思って」(写真撮影/内海明啓)

サロン「ラ・フィユ鎌倉」を主宰する赤見かおり子さん。「ラ・フィユ」はフランス語で1枚の葉っぱを意味します。「初めての絵付けでは、皆さん1枚の葉っぱの絵から挑戦します。サロンも1枚の葉っぱから枝葉が伸びるように広がるといいなと思って」(写真撮影/内海明啓)

かおり子さんは、子どものころから暇さえあれば方眼紙に家の間取図を描いていたというほど“家”が大好きでした。9回もの引越しをすることになったのは、引越し先のインテリアが完成すると「もっと違うインテリアにも挑戦してみたい」という気持ちがわき上がった結果なのだそう。

建てた当時は約79坪、今は増築して約85坪というこの邸宅を、かおり子さんは毎年のようにリフォームしながら暮らしています。

1年半ほど前にリフォームを終わらせたリビングルーム。黒を印象的に用いた螺旋階段がアクセントになっています。今回のリフォームで、初めてインテリアデザイナーに協力を依頼したそう。こちらのお部屋の詳細は後編にて(写真撮影/内海明啓)

1年半ほど前にリフォームを終わらせたリビングルーム。黒を印象的に用いた螺旋階段がアクセントになっています。今回のリフォームで、初めてインテリアデザイナーに協力を依頼したそう。こちらのお部屋の詳細は後編にて(写真撮影/内海明啓)

「お花を替えるような気持ちで、壁のクロスも替えるんですよ」と語るかおり子さんはとても楽しそう。方眼紙に間取図を描いていたころのわくわく感が、いまも息づいていることが伝わってきます。
かおり子さんの家へのこだわりは、どこにあるのでしょうか?
さあ、おじゃましてみましょう。

インテリアで分けられたサロンとプライベートスペース

家の中に一歩入ると、きらきらと煌めく夢のような世界が広がっていました。この光景には、誰もが思わず歓声を上げてしまうことでしょう。

最初に気付くのは、玄関から見て手前と奥のスペースでは雰囲気がまったく異なること。手前は、クラシカルな雰囲気のなかに煌めきをたたえた格調高いインテリア。奥には、床も壁も白で統一された、明るく軽やかな空間が広がっています。

玄関から見て手前の部屋は、美しい木目の床が印象的なメインダイニング。主に夫のお客さまをもてなすときに使うそう。奥に見える白で統一されたスペースが、かおり子さんのサロンです(写真撮影/内海明啓)

玄関から見て手前の部屋は、美しい木目の床が印象的なメインダイニング。主に夫のお客さまをもてなすときに使うそう。奥に見える白で統一されたスペースが、かおり子さんのサロンです(写真撮影/内海明啓)

パーティションなどは一切使っていないにもかかわらず、一目見ただけで2つの部屋がまったく別の目的でしつらえられていることが感じ取れるのは、床の色がはっきりと分かれているからでしょうか。
とはいえ、ちぐはぐな印象がまったくなく、自然と統一感がとれているところはかおり子さんの手腕なのでしょう。

白でまとめられた奥のスペースは、かおり子さんのサロンです。徹底してフェミニンでエレガントな雰囲気にまとめられたこのスペースには、サロンに対するかおり子さんの思いが、存分に込められていました。

和室を改築して、使いやすいサロンスペースに

新築当初、サロンスペースは床の間のある和室に縁側、そして小さな庭だったのだそう。そもそも、サロンを始める予定などまったくなかったというかおり子さん。1人の友人から絵付けを教えてほしいと頼まれ、教えているうちに口コミで広がって生徒さんが増え、今から12年ほど前に思い切ってこのスペースをサロン専用に改築したのだそうです。

天井、床、壁、すべて白で統一されたサロンスペース。白で統一するインテリアは難易度が高いと言われますが、かおり子さんは単調にならないように壁のクロスに柄の入ったものを選ぶなどの工夫をしています(写真撮影/内海明啓)

天井、床、壁、すべて白で統一されたサロンスペース。白で統一するインテリアは難易度が高いと言われますが、かおり子さんは単調にならないように壁のクロスに柄の入ったものを選ぶなどの工夫をしています(写真撮影/内海明啓)

入って左手のテーブルは作業スペース、右手はティールームです。白を基調にしたのは、絵付けに色とりどりの彩色を施すので、インテリアがその邪魔にならないようにするためなのだそう。作業スペースのライティングには、スポットライトを使わなくても細かな作業ができるよう、明るいものをセレクトしました。

着付けレッスンの際は、スペースを広くとれるように伸張式のテーブルを縮めて使います。片側の壁が全面的に鏡になっているのも、着付けサロンならでは(写真撮影/内海明啓)

着付けレッスンの際は、スペースを広くとれるように伸張式のテーブルを縮めて使います。片側の壁が全面的に鏡になっているのも、着付けサロンならでは(写真撮影/内海明啓)

窓に面した明るいティールームは、元々は庭だったということもあり、テラスのような雰囲気を味わえるのが特徴です。「我が家のキャッチフレーズは“鎌倉山を一望できる家”なんですよ」とかおり子さん。たしかに、窓の外には鎌倉山が広がっています。桜が満開の時期も真冬の雪景色も、ここから眺めればどれほど美しいことでしょう。

2面採光の明るいティールーム。「以前に住んでいた300坪の家は庭の草取りだけでも大変だったので、今度は自分で草取りをしなくてもいい眺望の美しい家にしよう、と思ったんです(笑)」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

2面採光の明るいティールーム。「以前に住んでいた300坪の家は庭の草取りだけでも大変だったので、今度は自分で草取りをしなくてもいい眺望の美しい家にしよう、と思ったんです(笑)」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

サロンは女性が非現実を愉しみ、夢を見るための空間

サロンのインテリアをフェミニンな雰囲気にまとめてある理由について、かおり子さんは明快に語ってくださいました。
「家庭のある女性って、ご自宅に自分のための空間を持つのは難しい場合もありますよね。だから、ここに来たら非日常を味わって、心から満たされてほしいんです。ほら、シャンデリアもかなり大ぶりでキラキラしているでしょう? このサロンは、女性の皆さんが夢を買いに来る場所でもあるんです」

壁のクロス、デコラティブな柱などもすべてかおり子さんのセレクト。以前にフラワーアレンジメントを教えていたこともあり、生花やアーティフィシャルフラワーが美しいアレンジメントでディスプレイされています(写真撮影/内海明啓)

壁のクロス、デコラティブな柱などもすべてかおり子さんのセレクト。以前にフラワーアレンジメントを教えていたこともあり、生花やアーティフィシャルフラワーが美しいアレンジメントでディスプレイされています(写真撮影/内海明啓)

サロンのテーブルセッティングは、毎月必ず変えるそうです。
「通い始めてもう15年になる方もいらっしゃるほど、長いお付き合いの生徒さんが多いんです。来るたびに同じような雰囲気だと、飽きてしまうでしょう? だから、季節感を生かしながら頻繁に変えています。季節のものは1カ月先取りしますね。そうすると、ここでいいなと思ったものをご自宅で真似できると思うので」

取材に訪れたのはひな祭りの数日前でしたが、インテリアはすでにひな祭り仕様を終え、初夏を感じさせるグリーンに整えられていました。お気に入りのテーブルクロスは鎌倉のハンドメイドショップ「鎌倉スワニー」のもの。絵付け前の白磁が美しく映えます(写真撮影/内海明啓)

取材に訪れたのはひな祭りの数日前でしたが、インテリアはすでにひな祭り仕様を終え、初夏を感じさせるグリーンに整えられていました。お気に入りのテーブルクロスは鎌倉のハンドメイドショップ「鎌倉スワニー」のもの。絵付け前の白磁が美しく映えます(写真撮影/内海明啓)

インテリアもテーブルコーディネートも、すべて“生徒さんが心地良く過ごせるように”という観点から考えているかおり子さん。そのプロ意識は、ちらりとのぞかせていただいたパウダールームで最も強く感じられました。

とりわけ居心地よく過ごせるように工夫してあるというパウダールーム。便器からは音楽が流れるようになっています。「一曲聴いてきちゃったわ、となかなか出てこない方もいらっしゃるんですよ」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

とりわけ居心地よく過ごせるように工夫してあるというパウダールーム。便器からは音楽が流れるようになっています。「一曲聴いてきちゃったわ、となかなか出てこない方もいらっしゃるんですよ」とかおり子さん(写真撮影/内海明啓)

「サロンを主宰するマダムがつくり上げる、上質を極めた空間」、前編では女性の夢を詰めこんだサロンスペースをご紹介しました。後編ではプライベートスペースを見せていただきましょう。

●取材協力
・赤見かおり子さん
Instagram (kaoriko_no_salon)
きもの着付けアーティスト、ポーセレンアーティスト。大人のためのお稽古サロン「ラ・フィユ鎌倉」主宰。サロンでは-10歳に見せるきもの着付けレッスン、ポーセラーツ・ポーセレンペイントレッスンを開催中。

本好き夫婦が暮らす”おウチライブラリー”がある家(後編) テーマのある暮らし[1]

医療系の出版社にお勤めの加藤泰郎(かとう・やすあき)さん。仕事上、本を購入する機会が多いことに加えて、夫婦そろって無類の活字好き。そんな本好きが高じて、本とともに暮らす家を手にしました。大好きな本に囲まれたライフスタイル、その後編をお届けします。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。

いよいよ「本とともに暮らす家」のメインとなる2階へ

活字が大好きな加藤さんは、本の編集に携わっています。以前は建築関係、現在は医療関係と専門書を読む機会が多く、どんどん本が増えているのだとか。その本のほとんどは、2階のリビング・ダイニングに収められています。

「後になって読み返すか? といったら、その頻度は低いかもしれません。どちらかというと捨てられないタイプなんです。それでも、1年に1回くらい本の整理をして処分しているのですが、これがなかなか追いつかない(笑)。そこで、家のリフォームに合わせて、本を収納できる棚も欲しい、と建築家に相談しました」

では早速、今回のメインとなる2階にお邪魔してみましょう。

家の中央に位置する階段は、吹抜けタイプ。階段の幅は90cmですが、手すりのみのシンプルなつくりで、圧迫感はありません。階段を上っていくと、正面に本棚が見えてきます(写真撮影/内海明啓)

家の中央に位置する階段は、吹抜けタイプ。階段の幅は90cmですが、手すりのみのシンプルなつくりで、圧迫感はありません。階段を上っていくと、正面に本棚が見えてきます(写真撮影/内海明啓)

イメージは樽のタガ、開放的なリビングをぐるっと囲む本棚

2階は、すっきりとした1ルームのリビングダイニングキッチン。元々、増築したアパートの壁があった部屋ですが、当時の柱だけを残し、壁を抜いたことで開放感のある回遊型空間が生まれました。この空間をぐるっと囲むように、5段の棚が壁につくられています。

「イメージしたのは、ウイスキー工場やワイナリーにある樽のタガ。棚で囲むことで建物の強度も増すだろう、という思いもあって、可能な限り隙間なく設置してみました」と話すのは、このリフォームを担当した建築家の荒木さん。この棚が、本はもちろん、いろいろな用途に使える大容量の収納スペースとなるわけです。

「確かに、棚が欲しいということはお話ししました。でも、ここまで多くなるとは想像してなくて、最初はビックリしました(笑)」

「最初はジャンルごとに本の置き場所を決めていたのですけど、最近はつい空いているところに置いちゃって……」と妻の加藤さん。それでも、どこに何があるかを把握してるのはさすが! (写真撮影/内海明啓)

「最初はジャンルごとに本の置き場所を決めていたのですけど、最近はつい空いているところに置いちゃって……」と妻の加藤さん。それでも、どこに何があるかを把握してるのはさすが! (写真撮影/内海明啓)

キッチン、階段、吹抜けを部屋の中央に集め、その周囲を自由に行き来できるつくりになっています。それを囲むように、つくり付けの棚(青色で塗った部分)を設置

キッチン、階段、吹抜けを部屋の中央に集め、その周囲を自由に行き来できるつくりになっています。それを囲むように、つくり付けの棚(青色で塗った部分)を設置

また、階段の隣には「縦180cm×横90cm」の吹抜けがあり、1階と2階をひとつにさせる一体感も演出。それぞれ1階と2階で離れていても会話ができるくらい、音と風が流れる空間になっています。

2階から吹抜けを覗くと、真下に洗面台が見えます。洗面台の裏側は洗濯機置き場、その奥がバスルーム、反対側の廊下奥にはトイレ。どこにいても声をかけやすい間取りです(写真撮影/内海明啓)

2階から吹抜けを覗くと、真下に洗面台が見えます。洗面台の裏側は洗濯機置き場、その奥がバスルーム、反対側の廊下奥にはトイレ。どこにいても声をかけやすい間取りです(写真撮影/内海明啓)

「出会いは突然に」当時の技と現代の技がコラボ

「現場で天井を壊していたときに、いきなり現れたのがツガ材の梁。ずっと天井裏に隠れていた梁はきれいで、見た目も良かったので、”見せる梁“にしようと遊び心をプラス。場所によって天井の高さを変えたことで同じ部屋のなかでも動きができ、見た目にもメリハリがつきました」

天井を高くしたダイニングテーブル側の棚には、CDや可愛い小物類、加藤さんの趣味でもあるカメラ、フォトフレームなどが飾られています(写真撮影/内海明啓)

天井を高くしたダイニングテーブル側の棚には、CDや可愛い小物類、加藤さんの趣味でもあるカメラ、フォトフレームなどが飾られています(写真撮影/内海明啓)

柱も梁と同じく、ツガ材でできています。「リフォームは、実際にフタを開けてみないと状態が分からないことが多いんです。幸い柱はシロアリにやられることもなく、全て使えたのでほっとしました」

2階のスペースは基本的に1つの大きな部屋ですが、奥の引き戸を閉めることで、手前をダイニングキッチン、奥の書斎を個室としてそれぞれ使い分けられる柔軟性の高さも魅力的です。限られたスペースだからこそ、部屋のあちこちにさまざまな工夫が施されています。

キッチンは回遊性の高い、アイランドタイプになっています(写真撮影/内海明啓)

キッチンは回遊性の高い、アイランドタイプになっています(写真撮影/内海明啓)

「書斎横の引き戸は開けたり閉めたりできるので、ときには個室、ときにはオープンと、そのときどきで自由に使えるようにしてもらいました」(写真撮影/内海明啓)

「書斎横の引き戸は開けたり閉めたりできるので、ときには個室、ときにはオープンと、そのときどきで自由に使えるようにしてもらいました」(写真撮影/内海明啓)

窓の前にも棚!? 幅広いジャンルの本が並ぶ「おウチライブラリー」

よく見ると窓の前にも棚が。そして、2階の窓にはカーテンが一枚もありません。「1階と同じように、2階も今まで使っていたサッシをそのまま活用しています。曇りガラスというのもありますし、ここに長く住んでいるのでご近所さんはみんな顔見知り。だからなのか、あまり気にならないですよ。それよりも、窓の掃除に苦労しています(笑)」

本の紙焼け防止と日当たりの確保から、できるだけ窓の前には本を置かないように心がけているそうです(写真撮影/内海明啓)

本の紙焼け防止と日当たりの確保から、できるだけ窓の前には本を置かないように心がけているそうです(写真撮影/内海明啓)

ちなみに、棚の一番上は3匹の猫が使うキャットウォークとして空けているのだそう。
「自分の専用スペースと分かっているのでしょうか。本にいたずらすることもなく、いつも棚の上を走り回っています」

専門書から歴史もの、小説と、幅広いジャンルの本が並んでいる膨大なライブラリー。「“見せる収納”は掃除やメンテナンスが大変ですが、部屋をキレイに保つためのモチベーションにもなります」(写真撮影/内海明啓)

専門書から歴史もの、小説と、幅広いジャンルの本が並んでいる膨大なライブラリー。「“見せる収納”は掃除やメンテナンスが大変ですが、部屋をキレイに保つためのモチベーションにもなります」(写真撮影/内海明啓)

床材は柔らかいスギを使用。「傷がつきやすいですが、足への負担が少なく、断熱性もあって、床に寝転んでも痛くなりません。人にも猫にもやさしい材料です」(写真撮影/内海明啓)

床材は柔らかいスギを使用。「傷がつきやすいですが、足への負担が少なく、断熱性もあって、床に寝転んでも痛くなりません。人にも猫にもやさしい材料です」(写真撮影/内海明啓)

加藤さん夫妻が大切にしているのは本だけに限らず、家の持ち主だった祖父母への感謝、家族の歴史や記憶、当時の家を建てた職人さんへのリスペクト、そして愛らしい猫たち。「本を捨てられない」という言葉からも、「全てを大切にする心」がベースにあると感じました。ほっこりした温かさにあふれる住空間は、おふたりの人柄そのもので、やさしさのおすそ分けをいただきました。

●取材協力
・有限会社 荒木毅建築事務所

憧れの壁一面本棚を楽しむ ”おウチライブラリー”がある家(後編)テーマのある暮らし[1]

医療系の出版社にお勤めの加藤泰朗(かとう・やすあき)さん。仕事上、本を購入する機会が多いことに加えて、夫婦そろって無類の活字好き。そんな本好きが高じて、本とともに暮らす家を手にしました。大好きな本に囲まれたライフスタイル、その後編をお届けします。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをお伺いします。

いよいよ「本とともに暮らす家」のメインとなる2階へ

活字が大好きな加藤さんは、本の編集に携わっています。以前は建築関係、現在は医療関係と専門書を読む機会が多く、どんどん本が増えているのだとか。その本のほとんどは、2階のリビング・ダイニングに収められています。

「後になって読み返すか? といったら、その頻度は低いかもしれません。どちらかというと捨てられないタイプなんです。それでも、1年に1回くらい本の整理をして処分しているのですが、これがなかなか追いつかない(笑)。そこで、家のリフォームに合わせて、本を収納できる棚も欲しい、と建築家に相談しました」

では早速、今回のメインとなる2階にお邪魔してみましょう。

家の中央に位置する階段は、吹抜けタイプ。階段の幅は90cmですが、手すりのみのシンプルなつくりで、圧迫感はありません。階段を上っていくと、正面に本棚が見えてきます(写真撮影/内海明啓)

家の中央に位置する階段は、吹抜けタイプ。階段の幅は90cmですが、手すりのみのシンプルなつくりで、圧迫感はありません。階段を上っていくと、正面に本棚が見えてきます(写真撮影/内海明啓)

イメージは樽のタガ、開放的なリビングをぐるっと囲む本棚

2階は、すっきりとした1ルームのリビングダイニングキッチン。元々、増築したアパートの壁があった部屋ですが、当時の柱だけを残し、壁を抜いたことで開放感のある回遊型空間が生まれました。この空間をぐるっと囲むように、5段の棚が壁につくられています。

「イメージしたのは、ウイスキー工場やワイナリーにある樽のタガ。棚で囲むことで建物の強度も増すだろう、という思いもあって、可能な限り隙間なく設置してみました」と話すのは、このリフォームを担当した建築家の荒木さん。この棚が、本はもちろん、いろいろな用途に使える大容量の収納スペースとなるわけです。

「確かに、棚が欲しいということはお話ししました。でも、ここまで多くなるとは想像してなくて、最初はビックリしました(笑)」

「最初はジャンルごとに本の置き場所を決めていたのですけど、最近はつい空いているところに置いちゃって……」と妻の加藤さん。それでも、どこに何があるかを把握してるのはさすが! (写真撮影/内海明啓)

「最初はジャンルごとに本の置き場所を決めていたのですけど、最近はつい空いているところに置いちゃって……」と妻の加藤さん。それでも、どこに何があるかを把握してるのはさすが! (写真撮影/内海明啓)

キッチン、階段、吹抜けを部屋の中央に集め、その周囲を自由に行き来できるつくりになっています。それを囲むように、つくり付けの棚(青色で塗った部分)を設置

キッチン、階段、吹抜けを部屋の中央に集め、その周囲を自由に行き来できるつくりになっています。それを囲むように、つくり付けの棚(青色で塗った部分)を設置

また、階段の隣には「縦180cm×横90cm」の吹抜けがあり、1階と2階をひとつにさせる一体感も演出。それぞれ1階と2階で離れていても会話ができるくらい、音と風が流れる空間になっています。

2階から吹抜けを覗くと、真下に洗面台が見えます。洗面台の裏側は洗濯機置き場、その奥がバスルーム、反対側の廊下奥にはトイレ。どこにいても声をかけやすい間取りです(写真撮影/内海明啓)

2階から吹抜けを覗くと、真下に洗面台が見えます。洗面台の裏側は洗濯機置き場、その奥がバスルーム、反対側の廊下奥にはトイレ。どこにいても声をかけやすい間取りです(写真撮影/内海明啓)

「出会いは突然に」当時の技と現代の技がコラボ

「現場で天井を壊していたときに、いきなり現れたのがツガ材の梁。ずっと天井裏に隠れていた梁はきれいで、見た目も良かったので、”見せる梁“にしようと遊び心をプラス。場所によって天井の高さを変えたことで同じ部屋のなかでも動きができ、見た目にもメリハリがつきました」

天井を高くしたダイニングテーブル側の棚には、CDや可愛い小物類、加藤さんの趣味でもあるカメラ、フォトフレームなどが飾られています(写真撮影/内海明啓)

天井を高くしたダイニングテーブル側の棚には、CDや可愛い小物類、加藤さんの趣味でもあるカメラ、フォトフレームなどが飾られています(写真撮影/内海明啓)

柱も梁と同じく、ツガ材でできています。「リフォームは、実際にフタを開けてみないと状態が分からないことが多いんです。幸い柱はシロアリにやられることもなく、全て使えたのでほっとしました」

2階のスペースは基本的に1つの大きな部屋ですが、奥の引き戸を閉めることで、手前をダイニングキッチン、奥の書斎を個室としてそれぞれ使い分けられる柔軟性の高さも魅力的です。限られたスペースだからこそ、部屋のあちこちにさまざまな工夫が施されています。

キッチンは回遊性の高い、アイランドタイプになっています(写真撮影/内海明啓)

キッチンは回遊性の高い、アイランドタイプになっています(写真撮影/内海明啓)

「書斎横の引き戸は開けたり閉めたりできるので、ときには個室、ときにはオープンと、そのときどきで自由に使えるようにしてもらいました」(写真撮影/内海明啓)

「書斎横の引き戸は開けたり閉めたりできるので、ときには個室、ときにはオープンと、そのときどきで自由に使えるようにしてもらいました」(写真撮影/内海明啓)

窓の前にも棚!? 幅広いジャンルの本が並ぶ「おウチライブラリー」

よく見ると窓の前にも棚が。そして、2階の窓にはカーテンが一枚もありません。「1階と同じように、2階も今まで使っていたサッシをそのまま活用しています。曇りガラスというのもありますし、ここに長く住んでいるのでご近所さんはみんな顔見知り。だからなのか、あまり気にならないですよ。それよりも、窓の掃除に苦労しています(笑)」

本の紙焼け防止と日当たりの確保から、できるだけ窓の前には本を置かないように心がけているそうです(写真撮影/内海明啓)

本の紙焼け防止と日当たりの確保から、できるだけ窓の前には本を置かないように心がけているそうです(写真撮影/内海明啓)

ちなみに、棚の一番上は3匹の猫が使うキャットウォークとして空けているのだそう。
「自分の専用スペースと分かっているのでしょうか。本にいたずらすることもなく、いつも棚の上を走り回っています」

専門書から歴史もの、小説と、幅広いジャンルの本が並んでいる膨大なライブラリー。「“見せる収納”は掃除やメンテナンスが大変ですが、部屋をキレイに保つためのモチベーションにもなります」(写真撮影/内海明啓)

専門書から歴史もの、小説と、幅広いジャンルの本が並んでいる膨大なライブラリー。「“見せる収納”は掃除やメンテナンスが大変ですが、部屋をキレイに保つためのモチベーションにもなります」(写真撮影/内海明啓)

床材は柔らかいスギを使用。「傷がつきやすいですが、足への負担が少なく、断熱性もあって、床に寝転んでも痛くなりません。人にも猫にもやさしい材料です」(写真撮影/内海明啓)

床材は柔らかいスギを使用。「傷がつきやすいですが、足への負担が少なく、断熱性もあって、床に寝転んでも痛くなりません。人にも猫にもやさしい材料です」(写真撮影/内海明啓)

加藤さん夫妻が大切にしているのは本だけに限らず、家の持ち主だった祖父母への感謝、家族の歴史や記憶、当時の家を建てた職人さんへのリスペクト、そして愛らしい猫たち。「本を捨てられない」という言葉からも、「全てを大切にする心」がベースにあると感じました。ほっこりした温かさにあふれる住空間は、おふたりの人柄そのもので、やさしさのおすそ分けをいただきました。

●取材協力
・有限会社 荒木毅建築事務所

本好き夫婦が暮らす”おウチライブラリー”がある家(前編) テーマのある暮らし[1]

「きっかけは、老朽化した家を快適な環境にすることでした」と話す加藤泰郎(かとう・やすあき)さん。夫婦そろって本好きという加藤さんは、リフォームを機に今までスペースを取っていた本の”美しい収納“にもこだわりました。大好きな本に囲まれたライフスタイルとは? 今回はその前編をお届けします。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをうかがいます。50年の時を経た祖父母の家をリフォーム

加藤さんの家は、神楽坂駅から徒歩10分。細い路地を入った閑静な住宅街に、夫婦で暮らしています。現在は、医療系の出版社に勤務している加藤さん。実はこの家、もともと加藤さんの祖父母が住んでいたもの。築50年になる母屋にアパートが付いた建物は、親の代を経て3代目の加藤さんが受け継ぐことになりました。

しばらく夫婦で暮らしていましたが、年季の入った家は傷みが進んでいるうえに使い勝手も悪く、断熱材も使われていません。「お風呂場は外のブロック塀とくっついているし、部屋の壁もわずか1枚。冬はもう寒くて仕方ありませんでした」

加藤さん夫婦は3匹の愛猫(11歳になる八兵衛くん、8歳のまめ吉くん、3歳のまん福くん)と一緒に暮らしています。取材がはじまると年長の八兵衛くんがやって来て、スリスリと挨拶をしてくれました。

「本とともに大切にしたかったのは、人にも猫にも気持ちよく過ごせる空間」と話す加藤さん夫妻。細かく区切っていた壁を抜いたことで、さらに日当たり抜群の環境に(写真撮影/内海明啓)

「本とともに大切にしたかったのは、人にも猫にも気持ちよく過ごせる空間」と話す加藤さん夫妻。細かく区切っていた壁を抜いたことで、さらに日当たり抜群の環境に(写真撮影/内海明啓)

土間が中心の1階は、新しく生まれた庭を楽しむ開放的な空間に

「ここを更地にして家を建てる、という発想はなかったです。せっかく引き継いだ家なので、今あるものを残してリフォームすることを決めていました」

そんな加藤さん宅の1階は、約9畳の土間が中心。土間の中央には2階への階段、その奥は寝室となる和室。その隣には譲り受けた年代モノの桐箪笥(きりだんす)が置かれており、おばあちゃんの家に遊びに来たようなぬくもりが感じられます。

土間と和室の段差は、腰かけて庭を見渡せる高さに設計。桐箪笥の上にある棚にはプロジェクターがあり、映画の上映会も可能です(写真撮影/内海明啓)

土間と和室の段差は、腰かけて庭を見渡せる高さに設計。桐箪笥の上にある棚にはプロジェクターがあり、映画の上映会も可能です(写真撮影/内海明啓)

また、昔の母屋があった場所を減築(建物の一部を解体)して、あらたに6坪の庭をつくりました。階段下をふさがなかったのも、和室から庭までのつながりを持たせるためで、和室からも庭を楽しめる開放的な空間になっています。ちなみに、階段下は猫たちのトイレスペース。砂が多少とび散っても、下が土間なので掃除をするのもラクになったとか。

「夏になると、うちの子はみんな土間でゴロゴロしていますよ。風もよく通って涼しいですし、土間ならではのひんやり感は、猫たちも気に入ってくれているみたいです(笑)」。建物全体に断熱材を入れ、土間には土間暖房も設置しているため、冬でも寒すぎず快適に過ごせるそうです。

夏場も涼しい土間は、漬け物を寝かせる場所としても最適。祖父母の代から庭にある梅の木から今でも収穫できるので、毎年梅干しを漬けているそうです(写真撮影/内海明啓)

夏場も涼しい土間は、漬け物を寝かせる場所としても最適。祖父母の代から庭にある梅の木から今でも収穫できるので、毎年梅干しを漬けているそうです(写真撮影/内海明啓)

1階の本棚も圧倒的な存在感

土間が中心の1階といっても、ここにも本棚はあります。メインの本棚は2階のリビング・ダイニングになりますが、バスルームとトイレを結んでいる1階の廊下やその手前の壁にも棚をつくって、本を置くスペースに。ずらっと並ぶ本の数々が、存在感を放っています。

以前の家には洗面所がなかったため、土間の一角に待望の洗面所を設置。配管もむき出しにして圧迫感を減らし、木のぬくもりにマッチするデザインになっています(写真撮影/内海明啓)

以前の家には洗面所がなかったため、土間の一角に待望の洗面所を設置。配管もむき出しにして圧迫感を減らし、木のぬくもりにマッチするデザインになっています(写真撮影/内海明啓)

どうやら、加藤さんの本好きはDNAのなせるわざなのかもしれません。というのも、実はこの家とともに受け継いだ本もたくさんあるのだそう。「この1番上と2番目の棚にある本は、新聞紙に包まれて押入れに保管されていた文芸集です。ほかにもありますが、この赤い装丁がとてもきれいなので、日差しを直接受けないこの場所で保管することに決めました」

赤い文芸集が並んでいる姿は、オブジェとしても楽しめるアクセントに。その下には、庭の手入れや家庭菜園用の園芸本もたくさん。庭に通じる玄関脇にあるため、ガーデニングの際にすぐ手に取れるようにしているのだとか(写真撮影/内海明啓)

赤い文芸集が並んでいる姿は、オブジェとしても楽しめるアクセントに。その下には、庭の手入れや家庭菜園用の園芸本もたくさん。庭に通じる玄関脇にあるため、ガーデニングの際にすぐ手に取れるようにしているのだとか(写真撮影/内海明啓)

古民家風の風情が落ち着く、障子と昭和レトロな曇りガラス

1階でもうひとつ特徴的なのは、古民家風な雰囲気を醸し出している障子付きのサッシ。掃き出し窓として使われていた当時のものをそのまま活用して、土間との一体感を演出しています。

「日差しが強いときは障子を閉めればいいですし、カーテンやブラインドと違って暗くなり過ぎないのも障子の良さ。外からの目隠しにもなりますしね。ただ、一番下の障子は猫が突き破るので、そのまま空けています(笑)」

昔の家でよく見かけた、懐かしい欄間(らんま)にも障子が付いて、柔らかい日差しが入ってきます。欄間を開けるだけで空気の入れ替えができるなど、日本家屋ならではの知恵が詰め込まれています(写真撮影/内海明啓)

昔の家でよく見かけた、懐かしい欄間(らんま)にも障子が付いて、柔らかい日差しが入ってきます。欄間を開けるだけで空気の入れ替えができるなど、日本家屋ならではの知恵が詰め込まれています(写真撮影/内海明啓)

障子を開けると、サッシの下半分は昭和のレトロ風情が漂う模様付きの曇りガラス。「妻がとても気に入って、これだけは残したい、という想いがありました。それに、今どきこういうガラスは珍しくて、なかなか見つからないです」。多層づくりではないシングルのガラスでも、障子があるため、断熱効果や結露の防止になるのだとか。
「リフォーム前にここに実際に暮らしていたからこそ、残したい部分と変えたい部分が明確になっていました」

障子の骨組みも敷居も当時のまま。長い年月を経たとは思えない状態で、日焼けによる風合いが“いい味”に。また、模様付きの曇りガラスは、バスルームとトイレにも使われています(写真撮影/内海明啓)

障子の骨組みも敷居も当時のまま。長い年月を経たとは思えない状態で、日焼けによる風合いが“いい味”に。また、模様付きの曇りガラスは、バスルームとトイレにも使われています(写真撮影/内海明啓)

さて、本と暮らす家【前編】はここまで。【後編】では、いよいよ2階のリビング・ダイニングを紹介。見渡す限り本、本、本……と数えきれないほどの本に囲まれたライフスタイルのメインに迫ります。【後編】も、どうぞお楽しみに。

●取材協力
・有限会社 荒木毅建築事務所

築50年の家をリフォーム、猫3匹とくつろぐ ”おウチライブラリー”がある家(前編) テーマのある暮らし[1]

「きっかけは、老朽化した家を快適な環境にすることでした」と話す加藤泰朗(かとう・やすあき)さん。夫婦そろって本好きという加藤さんは、リフォームを機に今までスペースを取っていた本の”美しい収納“にもこだわりました。大好きな本に囲まれたライフスタイルとは? 今回はその前編をお届けします。【連載】テーマのある暮らし
この連載では、ひとつのテーマで住まいをつくりあげた方たちにインタビュー。自分らしい空間をつくることになったきっかけやそのライフスタイル、日々豊かに過ごすためのヒントをうかがいます。50年の時を経た祖父母の家をリフォーム

加藤さんの家は、神楽坂駅から徒歩10分。細い路地を入った閑静な住宅街に、夫婦で暮らしています。現在は、医療系の出版社に勤務している加藤さん。実はこの家、もともと加藤さんの祖父母が住んでいたもの。築50年になる母屋にアパートが付いた建物は、親の代を経て3代目の加藤さんが受け継ぐことになりました。

しばらく夫婦で暮らしていましたが、年季の入った家は傷みが進んでいるうえに使い勝手も悪く、断熱材も使われていません。「お風呂場は外のブロック塀とくっついているし、部屋の壁もわずか1枚。冬はもう寒くて仕方ありませんでした」

加藤さん夫婦は3匹の愛猫(11歳になる八兵衛くん、8歳のまめ吉くん、3歳のまん福くん)と一緒に暮らしています。取材がはじまると年長の八兵衛くんがやって来て、スリスリと挨拶をしてくれました。

「本とともに大切にしたかったのは、人にも猫にも気持ちよく過ごせる空間」と話す加藤さん夫妻。細かく区切っていた壁を抜いたことで、さらに日当たり抜群の環境に(写真撮影/内海明啓)

「本とともに大切にしたかったのは、人にも猫にも気持ちよく過ごせる空間」と話す加藤さん夫妻。細かく区切っていた壁を抜いたことで、さらに日当たり抜群の環境に(写真撮影/内海明啓)

土間が中心の1階は、新しく生まれた庭を楽しむ開放的な空間に

「ここを更地にして家を建てる、という発想はなかったです。せっかく引き継いだ家なので、今あるものを残してリフォームすることを決めていました」

そんな加藤さん宅の1階は、約9畳の土間が中心。土間の中央には2階への階段、その奥は寝室となる和室。その隣には譲り受けた年代モノの桐箪笥(きりだんす)が置かれており、おばあちゃんの家に遊びに来たようなぬくもりが感じられます。

土間と和室の段差は、腰かけて庭を見渡せる高さに設計。桐箪笥の上にある棚にはプロジェクターがあり、映画の上映会も可能です(写真撮影/内海明啓)

土間と和室の段差は、腰かけて庭を見渡せる高さに設計。桐箪笥の上にある棚にはプロジェクターがあり、映画の上映会も可能です(写真撮影/内海明啓)

また、昔の母屋があった場所を減築(建物の一部を解体)して、あらたに6坪の庭をつくりました。階段下をふさがなかったのも、和室から庭までのつながりを持たせるためで、和室からも庭を楽しめる開放的な空間になっています。ちなみに、階段下は猫たちのトイレスペース。砂が多少とび散っても、下が土間なので掃除をするのもラクになったとか。

「夏になると、うちの子はみんな土間でゴロゴロしていますよ。風もよく通って涼しいですし、土間ならではのひんやり感は、猫たちも気に入ってくれているみたいです(笑)」。建物全体に断熱材を入れ、土間には土間暖房も設置しているため、冬でも寒すぎず快適に過ごせるそうです。

夏場も涼しい土間は、漬け物を寝かせる場所としても最適。祖父母の代から庭にある梅の木から今でも収穫できるので、毎年梅干しを漬けているそうです(写真撮影/内海明啓)

夏場も涼しい土間は、漬け物を寝かせる場所としても最適。祖父母の代から庭にある梅の木から今でも収穫できるので、毎年梅干しを漬けているそうです(写真撮影/内海明啓)

1階の本棚も圧倒的な存在感

土間が中心の1階といっても、ここにも本棚はあります。メインの本棚は2階のリビング・ダイニングになりますが、バスルームとトイレを結んでいる1階の廊下やその手前の壁にも棚をつくって、本を置くスペースに。ずらっと並ぶ本の数々が、存在感を放っています。

以前の家には洗面所がなかったため、土間の一角に待望の洗面所を設置。配管もむき出しにして圧迫感を減らし、木のぬくもりにマッチするデザインになっています(写真撮影/内海明啓)

以前の家には洗面所がなかったため、土間の一角に待望の洗面所を設置。配管もむき出しにして圧迫感を減らし、木のぬくもりにマッチするデザインになっています(写真撮影/内海明啓)

どうやら、加藤さんの本好きはDNAのなせるわざなのかもしれません。というのも、実はこの家とともに受け継いだ本もたくさんあるのだそう。「この1番上と2番目の棚にある本は、新聞紙に包まれて押入れに保管されていた文芸集です。ほかにもありますが、この赤い装丁がとてもきれいなので、日差しを直接受けないこの場所で保管することに決めました」

赤い文芸集が並んでいる姿は、オブジェとしても楽しめるアクセントに。その下には、庭の手入れや家庭菜園用の園芸本もたくさん。庭に通じる玄関脇にあるため、ガーデニングの際にすぐ手に取れるようにしているのだとか(写真撮影/内海明啓)

赤い文芸集が並んでいる姿は、オブジェとしても楽しめるアクセントに。その下には、庭の手入れや家庭菜園用の園芸本もたくさん。庭に通じる玄関脇にあるため、ガーデニングの際にすぐ手に取れるようにしているのだとか(写真撮影/内海明啓)

古民家風の風情が落ち着く、障子と昭和レトロな曇りガラス

1階でもうひとつ特徴的なのは、古民家風な雰囲気を醸し出している障子付きのサッシ。掃き出し窓として使われていた当時のものをそのまま活用して、土間との一体感を演出しています。

「日差しが強いときは障子を閉めればいいですし、カーテンやブラインドと違って暗くなり過ぎないのも障子の良さ。外からの目隠しにもなりますしね。ただ、一番下の障子は猫が突き破るので、そのまま空けています(笑)」

昔の家でよく見かけた、懐かしい欄間(らんま)にも障子が付いて、柔らかい日差しが入ってきます。欄間を開けるだけで空気の入れ替えができるなど、日本家屋ならではの知恵が詰め込まれています(写真撮影/内海明啓)

昔の家でよく見かけた、懐かしい欄間(らんま)にも障子が付いて、柔らかい日差しが入ってきます。欄間を開けるだけで空気の入れ替えができるなど、日本家屋ならではの知恵が詰め込まれています(写真撮影/内海明啓)

障子を開けると、サッシの下半分は昭和のレトロ風情が漂う模様付きの曇りガラス。「妻がとても気に入って、これだけは残したい、という想いがありました。それに、今どきこういうガラスは珍しくて、なかなか見つからないです」。多層づくりではないシングルのガラスでも、障子があるため、断熱効果や結露の防止になるのだとか。
「リフォーム前にここに実際に暮らしていたからこそ、残したい部分と変えたい部分が明確になっていました」

障子の骨組みも敷居も当時のまま。長い年月を経たとは思えない状態で、日焼けによる風合いが“いい味”に。また、模様付きの曇りガラスは、バスルームとトイレにも使われています(写真撮影/内海明啓)

障子の骨組みも敷居も当時のまま。長い年月を経たとは思えない状態で、日焼けによる風合いが“いい味”に。また、模様付きの曇りガラスは、バスルームとトイレにも使われています(写真撮影/内海明啓)

さて、本と暮らす家【前編】はここまで。【後編】では、いよいよ2階のリビング・ダイニングを紹介。見渡す限り本、本、本……と数えきれないほどの本に囲まれたライフスタイルのメインに迫ります。【後編】も、どうぞお楽しみに。

●取材協力
・有限会社 荒木毅建築事務所