百貨店、閉店ラッシュで奮起。鳥取大丸と伊勢丹浦和店、地元民デイリー使いの“たまり場”へ

2019年以降、郊外中核都市における百貨店の閉店ラッシュが続いています。その一方で、街の百貨店では今、住民と一体となり活性化させる動きが出てきました。今回は、鳥取県鳥取市「鳥取大丸」と埼玉県さいたま市「伊勢丹浦和店」に、「愛する街をもっと自分ごとに」する地方百貨店での新たな取り組みについてお話を伺いました。

地方老舗百貨店が、市民参加型スペースを導入する一大決心

2020年4月、「鳥取大丸」(鳥取県鳥取市)の5階と屋上に「トットリプレイス」がオープンしました。ここは創業や、イベントを実施してみたい市民が、自身の力を試して挑戦することができる市民参加型の多目的スペースです。
フロア内には1日単位から飲食店舗を出店できる「プレイヤーズダイニング」、菓子製造のできる工房「プレイヤーズラボ」、調理器具・機材の揃ったキッチンスペースでパーティや料理教室などができる「プレイヤーズキッチン」、屋上には音響施設を完備したステージがあり、ライブやパフォーマンスの発表の場にも使える「プレイヤーズガーデン」などバラエティにあふれています。

こうしたシェアキッチンや創業支援スペースなどは、都市部では増えてきていますが、地方でかつ百貨店での取り組みとなると、珍しい試みのように思います。コロナ禍でのオープンとなりましたが、5店舗分の区画があるチャレンジショップは、既に多くの人がトライアルしているそう。

トットリプレイス内にある、月単位で借りられるチャレンジショップブース「プレイヤーズマーケット」。ここには雑貨やアクセサリー作家などで、初めてお店経営に挑戦したいという人がトライアルで出店している。(画像提供/鳥取大丸)

トットリプレイス内にある、月単位で借りられるチャレンジショップブース「プレイヤーズマーケット」。ここには雑貨やアクセサリー作家などで、初めてお店経営に挑戦したいという人がトライアルで出店している。(画像提供/鳥取大丸)

「ここに勤めて30年経ちますが、栄枯盛衰ありました。開店当時からリニューアル前の2018年までの間に売上は約3分の1となり、従業員の数も減っています。街に住む市民が高齢化し、若者が街から離れていくなかで、百貨店としても従来のスタイルを続けていてはいけない、と危機を感じていました」そう話すのは、鳥取大丸の田口健次さん。2年がかりで“百貨店再生”をテーマにリニューアル計画を立て、オープンにたどり着いたそうです。

現在の鳥取大丸の現在の外観。前身の丸由百貨店を経て1949年にオープンした、地域を支える百貨店(画像提供/鳥取大丸)

現在の鳥取大丸の現在の外観。前身の丸由百貨店を経て1949年にオープンした、地域を支える百貨店(画像提供/鳥取大丸)

街の人にとって“ハレ”の場所ではなく、“デイリー”な場所でありたい

「トットリプレイス」のある5階は、リニューアル前までは催事場として使用されてきましたが、催事イベントは常に実施されるものではないため、スペースを有効活用しきれているとは言い難い状況でした。百貨店にとって、催事は売上や客足への起爆剤となる大切なイベントですが、田口さんはこの広いスペースをもっと「市民が日々愛着を持って足をのばしてくれる場所」にしたいと考えて、市民参加型活動の場へと転じる決意をしたそうです。

トットリプレイスにリニューアル前は、催事場だった5Fフロア。写真は2010年頃の催事の様子(画像提供/鳥取大丸)

トットリプレイスにリニューアル前は、催事場だった5Fフロア。写真は2010年頃の催事の様子(画像提供/鳥取大丸)

リニューアル後のスペースには展示エリアも設けられている(画像提供/鳥取大丸)

リニューアル後のスペースには展示エリアも設けられている(画像提供/鳥取大丸)

プレイヤーズダイニングスペースでは、飲食物の販売が可能(画像提供/鳥取大丸)

プレイヤーズダイニングスペースでは、飲食物の販売が可能(画像提供/鳥取大丸)

実は、もともと百貨店から程近い場所に、市民スペースである男女総合参画センターがありました。しかし百貨店のリニューアルを機に合併させ、キッチンやショップなどのスペースを充実させて、設備を整えました。

5階トットリプレイスのフロアマップ。市民参加スペースに加え、飲食店もそろう(画像提供/鳥取大丸)

5階トットリプレイスのフロアマップ。市民参加スペースに加え、飲食店もそろう(画像提供/鳥取大丸)

「リニューアルをしたことで、人の流れが少しずつ変わってきたように思います。以前は街のなかに本当に若い世代の人がいるのか?と思うほど見かけることがなかったのが、リニューアル後は、街中でも今まで百貨店内であまり見なかった若い世代の人を見かけるようになりました。『トットリプレイス』を訪れ、その足で店内で食事や買い物をする、という流れも生まれているようです。百貨店も、もはや物を売るだけではない時代。こうした憩いの場のような、市民の“ハレ”だけではなく“日常”に寄り添えることがこれからは大切なのだと感じています」(田口さん)

まだまだ長引くコロナ禍で、制限を設けながらスペースを使用しており、試行錯誤が続いています。アフターコロナにはさらに市民の姿でにぎわう様子が待ち遠しいですね。

眠っていた屋上スペースを利活用、市民にイベント企画を委ねて地域活性化

一方、市民団体にイベントの企画を委ねて百貨店の活性化に取り組んでいるのは、「伊勢丹浦和店」(埼玉県さいたま市)です。

伊勢丹浦和店の外観(画像提供/伊勢丹浦和店)

伊勢丹浦和店の外観(画像提供/伊勢丹浦和店)

ずっと手を入れていなかった屋上の“有効活用”と、市民のチャレンジの場とすることを目的に、2019年10月19日、20日に「うらわLOOP☆屋上遊園地」を実施しました。共同主催したのは、パパ友たちが立ち上げた一般社団法人「うらわClip」。屋上にメリーゴーラウンドやこどもサーキットなどのアトラクションを設置したほか、地元店によるマルシェをオープンし、日ごろは閑散としている屋上が大にぎわい。2日間で約4000人が来場しました。

2019年の「うらわLOOP☆屋上遊園地」実施時の様子。3世代ファミリーでの来場も目立ち、屋上遊園地を楽しむ姿が見られました(画像提供/伊勢丹浦和店)

2019年の「うらわLOOP☆屋上遊園地」実施時の様子。3世代ファミリーでの来場も目立ち、屋上遊園地を楽しむ姿が見られました(画像提供/伊勢丹浦和店)

伊勢丹浦和店の担当者である甲斐正邦さんと「うらわClip」の共同代表である長堀哲也さんは、約6年前に地域の市民祭で知り合ったそう。「意気投合をして“いつか一緒に何かをやりたいね“と話していて。その後、屋上遊園地の実現となりました」と話す長堀さん。

2021年秋には、伊勢丹浦和店40周年記念のイベントとして、デパートの屋上文化の新たな価値を生み出す「デパそらURAWA」を10~12月の土日祝限定でオープン。このために再び市民団体「デパそら実行委員会」を立ち上げて、伊勢丹浦和店との共催という形をとりました。

「都市型アウトドアスペース」をコンセプトに、屋上にハンモックやテントを備えるほか、地元ミュージシャンのライブを開催するほか、地元とつながりのあるクラフトビール店が出店するなど、駅前スペースでありながらもアウトドア気分を満喫できる空間になりました。

「デパそらURAWA」実施時の様子。ウッドデッキやハンモックもあり、来場者は思い思いに過ごしていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「デパそらURAWA」実施時の様子。ウッドデッキやハンモックもあり、来場者は思い思いに過ごしていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ピクニックスペース以外にも子ども向けアトラクションやイベントもちりばめられていて、飽きることなく過ごせる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ピクニックスペース以外にも子ども向けアトラクションやイベントもちりばめられていて、飽きることなく過ごせる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アウトドアスペースは予約も可能。テントを貸し切って、3世代で誕生日パーティを楽しむ姿も。コロナ禍ということもあり、こうした屋外でのイベントニーズも高かったそう(写真提供/伊勢丹浦和店)

アウトドアスペースは予約も可能。テントを貸し切って、3世代で誕生日パーティを楽しむ姿も。コロナ禍ということもあり、こうした屋外でのイベントニーズも高かったそう(写真提供/伊勢丹浦和店)

ここ数年、夏のビアガーデン以外では活用されていなかった屋上スペースは、開店40周年を記念してリニューアル。「デパそら」という晴れやかなイベントに合わせてより使いやすく過ごしやすい空間にするべく、設備を大改装しました。ウッドデッキや青々と美しい芝生スペースが設けられ、見違える姿に変身し、今では誰もが心地よく時間を楽しめるパブリックスペースになっています。

改装前の屋上スペース。床面に無骨な風合いが残る(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装前の屋上スペース。床面に無骨な風合いが残る(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装後の屋上スペース。ウッドデッキも設置され、くつろげる憩いの空間に(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装後の屋上スペース。ウッドデッキも設置され、くつろげる憩いの空間に(写真提供/伊勢丹浦和店)

そして、2022年春に「デパそらURAWA」が復活します。都市型アウトドアスペースに加え、夜はビアガーデンも楽しめるそう。百貨店という場に「日常」が味わえる場所が、朝から夜まであるというのは、市民にとっても嬉しいところです。

街をより良くするために、リスクよりも挑戦

市民主体で、百貨店でのイベントを実施するというのは、さまざまな課題やリスクもあったのではないでしょうか。

「もちろん、課題やリスクはゼロとは言えません。しかし、誰かが始めないとこうした面白い挑戦はできない。それに、“屋上”という誰も利活用できていなかった場所をより良くするには、十分すぎるほど魅力的なコンテンツでした。長堀さんとはすでに信頼関係が構築されていたし、彼は誰よりも浦和の街のことを想い行動できる人。この街にとって私たち伊勢丹ができることは、地元愛のある個人や団体が活躍できる場を作り出すことであり、屋上はその象徴的な場所だったのです」(甲斐さん)
「浦和で生まれ育った自分にとって、百貨店はやはり憩いの場であってほしいと思っています。街づくりの活動に参加・企画をしていて感じるのは、自分たちは街の特性を良くわかり、人脈は豊富にあるけれど、まちづくり団体だけではできることが限られる。こうした地域のシンボルのような百貨店と協業できれば、互いの良さを生かして、より浦和という街を盛り上げられます。そして何より願うことは、“デパそら”に訪れる子どもたちが暮らす街に愛着を持ち、自分ごととして捉えてくれること。そして未来において街づくりの担い手になってくれれば嬉しいです」(長堀さん)

伊勢丹浦和店の甲斐さん(向かって左)と、デパそら実行委員会の長堀さん(右)。立場は違えど地域を愛する気持ちは同じ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

伊勢丹浦和店の甲斐さん(向かって左)と、デパそら実行委員会の長堀さん(右)。立場は違えど地域を愛する気持ちは同じ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さまざまな立場の人を巻き込み、協業していくことが理想

日本に百貨店が誕生して100年以上が経ちました。ちょっと特別な買い物や食事ができる、レジャーを楽しむことができる「百貨店」は、地域の人の消費や憩いを支えてきた大切な場所です。しかし、時代を経て地域の中でより長く根付いていくためには、「挑戦すること」「市民との協業」が必要だと、2店の担当者は話します。“街をよくしたい”という思いは市民も、周辺の商店も、大型施設であるショッピングセンターや百貨店もみな同じです。転換期に差し掛かる百貨店も、街の“キーマン”たちと協力し、新しい価値を模索し始めています。

●取材協力
・鳥取大丸
・伊勢丹浦和店
・デパそら実行委員会
・うらわClip

佐賀県庁の食堂は県民集まるおしゃれカフェ! 住民向けイベントも。デザインはOpenA

セルフサービス方式のカフェの受付、木材の貼られたカウンターの脇にはランチやスイーツの品書きの黒板が。スチールパイプと木のシンプルなテーブルや椅子が並ぶラウンジ。ランチの混み合う時間を終えると、一角ではセミナーのためにプロジェクターを設置して、それに合わせてテーブルを並べ替えしている人々の姿が見える。洒落た大学キャンパスのカフェラウンジのようにも見えるが、ここは「県庁の地下食堂」(佐賀県佐賀市)だという。

県庁の職員食堂を、市民に開かれたカフェラウンジに

「放課後の時間になると、ライトコートに面したテーブルで近所の県立高校の生徒が自習している姿が見られます。役所の暗い地下食堂……から明るく開放的に一新され、職員だけでなく市民が訪れてくれる空間に生まれ変わりました」と話してくれたのは、佐賀県庁・総務部人事課の佐藤優成さんだ。

きっかけは、テナントとして入居し、県庁職員向けの食堂を経営していた事業者の経営不振からの撤退だった。県庁職員の昼食の受け皿である大切な食堂だが、佐藤さんによると「中小企業診断士に調査してもらったところ、職員の昼食需要だけでは採算が取れず経営が成り立たないという結果でした」という。そこで「県庁に訪れる市民や周辺住民にもランチ需要だけでなくホテルラウンジ的なカフェとして利用していただく方針とし、プロポーザル方式で事業者を募りました」(佐藤さん)と説明してくれた。

カフェのメニューやイベントなどの提案内容から、運営事業者としてサードプレイスが選定された。2018年3月に客席部分のみ整備してプレオープン、その後、厨房スペースの改修を行い、同年9月に佐賀県庁地下ラウンジ「SAGA CHIKA」がフルオープンした。
カフェはセルフサービス方式で、ラウンジは誰もが自由に出入りできる。職員や市民にとって、持ち込んだ飲み物やお弁当を食べることもできる、パブリックな空間という位置づけだ。

「SAGA CHIKA」の一角、セルフサービス方式のカフェ「CAFE BASE」。カウンター脇の黒板に、日替わりのランチ、スイーツのメニューが並ぶ(写真撮影/村島正彦)

「SAGA CHIKA」の一角、セルフサービス方式のカフェ「CAFE BASE」。カウンター脇の黒板に、日替わりのランチ、スイーツのメニューが並ぶ(写真撮影/村島正彦)

ラウンジには、誰もが自由に出入りでき、飲み物やお弁当を持ち込むことも可能だ。地下だがライトコートからの視線を遮らないことで、外光を感じられる空間となっている(写真撮影/村島正彦)

ラウンジには、誰もが自由に出入りでき、飲み物やお弁当を持ち込むことも可能だ。地下だがライトコートからの視線を遮らないことで、外光を感じられる空間となっている(写真撮影/村島正彦)

会議やセミナーにも使える柔軟な利用、県産食材の売り場スペースも

「SAGA CHIKA」の改修・インテリアなどを担当したのは、OpenA(オープン・エー)だ。
OpenAは、建築設計を中心にリノベーション、公共空間の再生、地方都市の再生、本やメディアの編集・制作などまで、幅広く行っている。
企画・デザインを担当したOpenAの加藤優一さんは、「既存の空間をスケルトン状態にして、間仕切りフレームと移動可能なテーブル・椅子などを設けることで、様々な活用ができる緩やかな空間にしました」と話す。間仕切りやカウンター、ロングベンチなどには、佐賀県産のスギ材を用いた。

「SAGA CHIKA」の一角のカフェ「CAFE BASE」を運営するのは、サードプレイスの清田祥一朗さんだ。県庁も立地する佐賀城内地区にある県立博物館のカフェの運営も行っている。
清田さんは、隣県の福岡県出身で、オーストラリアで経験したカフェ文化に触れたことで、カフェ経営に夢を描いたのだという。その後、学生時代を過ごした佐賀に住まいを移し、現在は佐賀市内で3店舗を経営している。
県内の農家との繋がりを大切にして、県産の食品を使った料理を提供するとともに、ラウンジ内では佐賀県産の小麦粉や野菜、醤油・味噌など加工食品の販売も行っている。

既存の空間をスケルトン状態にして、間仕切りフレームと移動可能なテーブル・椅子で構成した(写真撮影/村島正彦)

既存の空間をスケルトン状態にして、間仕切りフレームと移動可能なテーブル・椅子で構成した(写真撮影/村島正彦)

間仕切りフレームやテーブル・椅子には県産材のスギ材を活用した(写真撮影/村島正彦)

間仕切りフレームやテーブル・椅子には県産材のスギ材を活用した(写真撮影/村島正彦)

カフェカウンターの脇では、佐賀県産の小麦粉がレシピカード付きで販売されている(写真撮影/村島正彦)

カフェカウンターの脇では、佐賀県産の小麦粉がレシピカード付きで販売されている(写真撮影/村島正彦)

羊羹、醤油、味噌など、佐賀県の名産品が販売されている。会計は、カフェカウンターで(写真撮影/村島正彦)

羊羹、醤油、味噌など、佐賀県の名産品が販売されている。会計は、カフェカウンターで(写真撮影/村島正彦)

ワークショップ、イベント開催で市民が足を運び親しまれる県庁に

2022年3月現在、「SAGA CHIKA」フルオープンから約3年半が経つ。
清田さんは「2020年春からの新型コロナウイルスの蔓延で、当初考えていたイベントなど満足に行えない状況ではあります。これまで、コーヒーセミナーや味噌づくりワークショップ、お酢のメーカーのトークイベントなど、地域の食関連の会社と連携しながら、市民の方にSAGA CHIKAに足を運んでもらうきっかけづくりを行っています」と話す。

また、カフェラウンジは、職員で混み合う昼休み以外は県庁内や外部の会議やセミナーにも場所貸しをしている。ラウンジのスペースを4つのブロックとして、事業者が県と協力してイベントなどを開催することは予約制で利用できる。取材で訪れた日には、ラウンジの一角で県の流通貿易課の民間事業者向けのセミナーが開催されていた。

人事課の佐藤さんは「旧来の職員食堂は、主に昼休みに職員だけが利用する場所になっていました。刷新されてオープンなスタイルになったSAGA CHIKAには、市民の方が足を運んでくれるようになり、施設の利用価値も高まり、県の発信する情報に触れていただく機会も増えたと思います」と話す。

エレベーターホールから「SAGA CHIKA」の入り口部分に当たる空間は、2021年4月に「SAGA TRACK」というスポーツ情報発信スペースとしてオープンした。2024年開催の「SAGA2024(佐賀国民スポーツ大会)」を市民にアピールする施設だ。佐賀県出身の柔道家、故・古賀稔彦氏のバルセロナ五輪のメダルや、「SAGA2024」のために整備が進められている「SAGAサンライズパーク」の模型展示など、「SAGA CHIKA」へ訪れる市民への広報にも一役買っている。

カフェを運営するサードプレイスでは、地元の食材関連の会社と連携してワークショップなど企画・開催している。写真は、お酢メーカーのトークイベントの様子(写真撮影/清田祥一朗)

カフェを運営するサードプレイスでは、地元の食材関連の会社と連携してワークショップなど企画・開催している。写真は、お酢メーカーのトークイベントの様子(写真撮影/清田祥一朗)

この日は、ラウンジの一角で県の流通貿易課の民間事業者向けのセミナーが開催されていた(写真撮影/村島正彦)

この日は、ラウンジの一角で県の流通貿易課の民間事業者向けのセミナーが開催されていた(写真撮影/村島正彦)

「SAGA CHIKA」のエントランス脇には、2021年4月に「SAGA TRACK」が整備、オープンした。これは、2024年開催の「SAGA2024」のPR施設という位置づけだ。空間デザイン監修をOpenAが行った(写真撮影/村島正彦)

「SAGA CHIKA」のエントランス脇には、2021年4月に「SAGA TRACK」が整備、オープンした。これは、2024年開催の「SAGA2024」のPR施設という位置づけだ。空間デザイン監修をOpenAが行った(写真撮影/村島正彦)

用事がないと訪れない、市民には馴染みの薄い県庁。「SAGA CHIKA」は、リノベーションによって、職員の昼食利用のニーズに応えると共に、地域に開かれ、ランチやコーヒーを楽しむ市民の憩いの場に。「お堅い印象、入りづらい」をデザインの力と、カフェ事業者の企画・運営力による、市民に親しみやすい公共空間づくりの成功例と言えるだろう。

●取材協力
・佐賀県総務部人事課
・OpenA
・サードプレイス

透明トイレ、行燈トイレ、イカトイレ? 渋谷が公共トイレでまちづくり

2020年7月にSNSなどで話題をさらった東京・渋谷区の「透明トイレ」。この公共トイレは、渋谷区内17の公共トイレが生まれ変わる「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのひとつ。2021年の夏までにすべての公共トイレが設置予定で、そのうち、7カ所が今年の夏に完成した。安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾、槇文彦ら16人の著名クリエイターによる、トイレの常識を覆すデザインには、性別、年齢、障害を問わず快適に過ごせる工夫がなされている。プロジェクトを企画した日本財団に詳しい話を聞いた。
16人のクリエイターの斬新なトイレ、デザインの狙いとは

渋谷区のはるのおがわコミュニティパークに完成した「透明トイレ」は、完成するやいなや、近隣に住む男性が発信したツイッターで拡散。6.8万リツイート、25万いいね(2020年10月2日現在)を集め、ニュースは、「トイレ技術の最先端」として、世界にも発信された。注目されたのは、トイレの壁が透明であること。利用者がトイレに入るとガラス製の壁が不透明になり、中が見えなくなる仕組みだ。「そんな技術があったのか!」「利用時に本当に見えないのか不安になる」と話題になった。

SNSで話題を集めたはるのおがわコミュニティパークトイレ。デザインは建築家の坂茂さん(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

SNSで話題を集めたはるのおがわコミュニティパークトイレ。デザインは建築家の坂茂さん(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

「関心を持ってもらったのはうれしかったのですが、プロジェクトの公式発表前だったこともあり、驚きました。インパクトのある見た目だけが注目されないよう、プロジェクトの目的をしっかり伝えていこうと気持ちを引き締めました」と日本財団経営企画広報部の佐治香奈(さじ・かな)さんは語る。

「もともと、日本財団では、障がい者支援などを通じ、多様性を受け入れる社会づくりを目指してきました。公共トイレに着目したのは、さまざまな人が利用するトイレに問題意識を持ってもらい、障がい者・LGBTQ・子どもなどへの意識を変えるきっかけになればという思いからです」

日本財団と渋谷区は、社会変革により、社会課題の解決を図るソーシャルイノベーションに関する包括連携協定を結んでいる。公共トイレの事業も、日本財団が、先駆的な取組みのひとつとして、渋谷区に企画を提案し、渋谷区はこれを快諾。オリンピック、パラリンピックに合わせて、渋谷区内17の公共トイレを改装する「THE TOKYO TOILET」プロジェクトが始動した。

クリエイティブの力でトイレの常識をひっくり返す

世界や日本各地からさまざまな人が集まる渋谷区のキャッチコピーは、「ちがいをちからに変える街」。日本財団と渋谷区が共に目指しているのは、障害やLGBTQ、子どもなどを受け入れる多様性や思いやりのある社会をつくること。障がい者支援でトイレの改善に取り組んだこともある日本財団は、訪れる人の多くが利用する公共トイレを起爆剤にして街に変化を起こしたいと考えた。

公共トイレは、公共という名がついていながら、汚い、臭い、暗い、怖いというイメージがあり、利用者が限られているという実態がある。

今までのイメージをくつがえすトイレをつくるために協力を仰いだのが、安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾、槇文彦ら16人のクリエイターだった。トイレの設計施工には大和ハウス工業、トイレの現状調査や設置機器の提案にはTOTOが参加した。

「透明トイレ」で新しいのは見た目だけではない。建築家の坂茂さんがデザインした、外壁が透明なトイレには、トイレに入る前に、中が綺麗かどうか、誰も隠れていないかを確認できるという衛生上、防犯上の狙いがある。

「透明トイレ」のほかにも、西原一丁目公園には夜になると光る「行燈トイレ」、タコの遊具によってタコ公園と呼ばれている恵比寿東公園には「イカトイレ」など、今までにない斬新なトイレが完成している。

暗かった夜の西原一丁目公園を明るく照らす坂倉竹之助さんの「行燈トイレ」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

暗かった夜の西原一丁目公園を明るく照らす坂倉竹之助さんの「行燈トイレ」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

タコの遊具があり、「タコ公園」と呼ばれている恵比寿東公園に完成した槇文彦さんの「イカトイレ(写真奥の白い建物)」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

タコの遊具があり、「タコ公園」と呼ばれている恵比寿東公園に完成した槇文彦さんの「イカトイレ(写真奥の白い建物)」(画像提供/日本財団 写真撮影/永禮賢)

「行燈トイレ」は、もともと薄暗く、夜になると物騒な雰囲気すらあった西原一丁目公園を明るくする目的があった。子どもが訪れることが多い恵比寿東公園の「イカトイレ」は建物の影に人が潜まないように裏のないデザインになっている。

田村奈穂さんによる東三丁目公衆トイレではプライバシーを守れるように、さっと入ってさっと出られるように外壁をデザイン(写真撮影/エスエス 北條裕子)

田村奈穂さんによる東三丁目公衆トイレではプライバシーを守れるように、さっと入ってさっと出られるように外壁をデザイン(写真撮影/エスエス 北條裕子)

すべてのトイレに多目的トイレを設置している(写真撮影/片山貴博)

すべてのトイレに多目的トイレを設置している(写真撮影/片山貴博)

「利用者の方から、子どもが安心して遊べるようになった、夜も安全に歩けるようになったという声が寄せられています。完成した7つのトイレを巡る人もいるそうです。トイレについて皆で語ろうという機運をつくれたのではないでしょうか」と佐治さん。

「トイレは宝石箱、利用者は宝石」と語る安藤忠雄さんのトイレを訪ねた大きな屋根の庇の下は、コンクリートのたたきになっており、軒下でひと息つける空間になっている(写真撮影/片山貴博)

大きな屋根の庇の下は、コンクリートのたたきになっており、軒下でひと息つける空間になっている(写真撮影/片山貴博)

2020年9月15日に、安藤忠雄さんがデザインした神宮通公園トイレが、報道陣に公開された。まわりはビルが立ち並ぶが、公園内には緑が多い。木立の間にたたずむのは、「小さなあずまや」をイメージしてつくられたトイレだ。大きくせり出しているトイレの屋根の庇(ひさし)は、雨宿りのできる軒先をつくる目的がある。トイレとして利用するだけでなく、ちょっと休憩ができるような、パブリックな価値を持たせた。

「依頼を受けて、思い切ったプロジェクトだなというのが第一印象。クリエイターの名前を見て、刺激されました。完成した他のクリエイターのトイレを見て、みんな小さい建物にも全力投球するものだなと思いましたね。トイレは小さいけど、大きな発信力がある。私はこのトイレをデザインするにあたって、トイレは宝石箱、入る人は宝石だと考えました。公園全体を輝かせるものであるようにと願っています」と安藤忠雄さん。

「完成したのはまだ7カ所だけですが、インド、中国、ヨーロッパ各国から、完成したトイレと同じものをそのままつくってほしいというオファーが日本財団に届いています。しかし、維持管理の問題もあるので、形だけ輸出するのは慎重でありたい」と笹川順平常務理事は言う。
完成して終わりではなく、5年後、10年後にも「いいトイレだね」と使ってもらえることをプロジェクトのゴールにしているからだ。

「私のつくったトイレはUFOだとか言われている。渋谷の街に新しいものが舞い降りてきた。そんなイメージを持ってもらえたらいいですね」と安藤さん(写真撮影/片山貴博)

「私のつくったトイレはUFOだとか言われている。渋谷の街に新しいものが舞い降りてきた。そんなイメージを持ってもらえたらいいですね」と安藤さん(写真撮影/片山貴博)

外壁は風と光を通す縦格子になっている(写真撮影/片山貴博)

外壁は風と光を通す縦格子になっている(写真撮影/片山貴博)

メンテナンスでつなげる、次に使う人への思いやり

全17カ所のトイレの維持管理は、日本財団・渋谷区・一般財団法人渋谷区観光協会が三者協定を結び、実施している。「THE TOKYO TOILET」では、完成した後のメンテナンスについても、今までの常識にとらわれない方法を取り入れた。トイレの清掃員が着用するユニフォームは、若者に人気のファッションデザイナーNIGO®さんが監修したもの。清掃する側のモチベーションを高めようと依頼した。今後は、トイレの維持管理状況を特設ウェブサイトで随時更新する予定もある。

軒先の空間で取材に答える安藤さんと日本財団の笹川常務理事。笹川常務理事が着ているのが清掃員のユニフォームだ(写真撮影/片山貴博)

軒先の空間で取材に答える安藤さんと日本財団の笹川常務理事。笹川常務理事が着ているのが清掃員のユニフォームだ(写真撮影/片山貴博)

赤い印がすでに完成したトイレ。渋谷に行く際は、最寄りのトイレを訪ねてみては(画像提供/日本財団パンフレットより)

赤い印がすでに完成したトイレ。渋谷に行く際は、最寄りのトイレを訪ねてみては(画像提供/日本財団パンフレットより)

清掃員が、ユニフォームを着て清掃していると、「ありがとう」「きれいに使いますね」と声をかけてくれる人が増えたという。日本財団、渋谷区の思いを形にしたクリエイター、TOTO、大和ハウス工業、未来に引き継ぐための維持管理。そして、利用者自身が次に使う誰かに思いやりのバトンをつなぐ。小さな問題意識から変わっていく街。それこそが、多様な人を受け入れるまちづくりの一歩なのではないだろうか。

●取材協力
・日本財団
・THE TOKYO TOILET

「歩道」がにぎわいの主役に!? 規制緩和が生むウィズコロナ時代の新しい街の風景

コロナ対策として「3 密」の回避が提唱され、商業施設をはじめ、公共交通機関やオフィスでも「ソーシャルディスタンス」を呼びかける掲示や床にラインが引かれるなど、さまざまな対策が採られています。
そして、この影響は街の交通を担う道路や歩道の使い⽅にも新しいアイデアを取り込む変化を与えているようです。

そこで、これまで街の再⽣や道路・歩道の活⽤に取り組んできたワークヴィジョンズの⻄村浩さんに、国内・海外の魅⼒的な事例やこれからの街と暮らしについてお話を聞きました!
ワークヴィジョンズの西村浩さん(右)。佐賀市街地活性化を目指してオープンさせた「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」の前で(写真提供/ワークヴィジョンズ)

ワークヴィジョンズの西村浩さん(右)。佐賀市街地活性化を目指してオープンさせた「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」の前で(写真提供/ワークヴィジョンズ)

全国各地で行われている! 「歩道活⽤」の実験

歩道活用の事例として筆者の記憶に新しいのは、佐賀県の「SAGAナイトテラスチャレンジ」です。2020年5月22日から6月6日の18時半から22時の間、佐賀市街地の屋台骨である中央大通りで、「3密」回避と地域活性化のために店舗の軒先1mほどのスペースにテラス席を設ける社会実験が行われ、全国の注目を集めました。このSAGAナイトテラスチャレンジの企画アドバイスを行った西村さんによると、「ここ2~3年でこのような社会実験が全国で盛んに行われている」と言います。

全国的に注目を浴びた佐賀県の歩道活用の社会実験「SAGAナイトテラスチャレンジ」実施中の風景(写真/唐松奈津子)

全国的に注目を浴びた佐賀県の歩道活用の社会実験「SAGAナイトテラスチャレンジ」実施中の風景(写真/唐松奈津子)

「岡山県岡山市、愛知県岡崎市でも佐賀県同様の1mチャレンジをやってきました。それぞれの街、もっといえば、その通りごとに、場所の魅力を活かした歩道の活用が進んでいます」(西村さん、以下同)

それでは、具体的にはどんなことが行われているのでしょうか? 西村さんに、岡山市や岡崎市の事例についても教えてもらいます。

「岡山県岡山市の県庁通りでは、もともと車道を一方通行2車線から1車線に減らしてその分を歩道に充てたいという市の計画がありました。自治体は道路や施設・設備などの『ハード』を先に整備しがちですが、それよりも『誰がどのように使うのか、使いたいのか』という『ソフト』の方が大切です。そのため、道路を整備する前に社会実験として、これまで2年かけて駐車場の一角にお店を出してみたり、道路の使い方についてのディスカッションをやってみたりしました」

岡山市の駐車場の一角で開催された、歩道の活用を考える「県庁通りデザインミーティング」(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡山市の駐車場の一角で開催された、歩道の活用を考える「県庁通りデザインミーティング」(写真提供/ワークヴィジョンズ)

車1台分のスペースでジュース屋さんも開業(写真提供/ワークヴィジョンズ)

車1台分のスペースでジュース屋さんも開業(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「愛知県岡崎市の連尺通りでは、住宅街のなかにある通りの雰囲気を活かす形で、オープンテラスを実施しました。また、その近くの康生通りでも、地元の人たちがやはり軒先1mのところに水槽をおいたり、おもちゃを出してみたり、遊び心のある風景をつくっています」

閑静な住宅地の中にある連尺通り(左)。1m分のテラス席が出されたことで、にぎやかな雰囲気になった(右)(写真提供/ワークヴィジョンズ)

閑静な住宅地の中にある連尺通り(左)。1m分のテラス席が出されたことで、にぎやかな雰囲気になった(右)(写真提供/ワークヴィジョンズ)

同じく連尺通りの社会実験中の様子。白いビニールテープで貼られた「けんけんぱ」のガイドが行き着く先には、木のおもちゃが待っている、地元住民のアイデア(写真提供/ワークヴィジョンズ)

同じく連尺通りの社会実験中の様子。白いビニールテープで貼られた「けんけんぱ」のガイドが行き着く先には、木のおもちゃが待っている、地元住民のアイデア(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡崎市の連尺通りと平行に走る康生通りでは、雑貨店の店先に並べられた多数のおもちゃで、通りの一角が、明るく、楽しげな印象に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

岡崎市の連尺通りと平行に走る康生通りでは、雑貨店の店先に並べられた多数のおもちゃで、通りの一角が、明るく、楽しげな印象に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「3 密」を避けるために、道路の使⽤規制が緩和された!

このようにここ数年、歩道の活用が全国で進んできた背景の一つとして、道路の活用について、徐々に国の規制緩和が進んできたことがあります。通常、歩道を含む道路を使用するには、管轄の警察署に「道路使用許可」、道路管理者に「道路占用許可」をとる必要があります。

ところが近年、イベント等で道路を活用したいというニーズが高まり、2005年に地域の活性化やにぎわい創出のため、道路管理者の「弾力的な措置」、つまり許可に融通を効かせるよう国土交通省から通知が出されました。さらに通常、地域の団体や民間企業が道路を使用する場合はその許可申請と一緒に「占用料」を払う必要がありますが、地方自治体が一括して申請することで占用料は不要になりました。

今回、その国交省が新型コロナウイルスの影響による社会ニーズを反映する形で、6月5日にさらに規制緩和を行ったのです。つまり「3密(密閉空間、密集場所、密接場面)」を避けるための暫定的な営業において、地域の清掃に協力するなど一定の条件を満たせば、地方公共団体だけではなく、地元関係者の協議会や地方公共団体が支援する民間団体なども道路の占用料が免除されることに。これにより、テイクアウト販売やテラス席設置のための道路使用・道路占用の許可が受けやすくなりました。

2020年6月5日に国土交通省から通知された、道路占用の許可基準緩和についての内容。イメージ画像に「SAGAナイトテラスチャレンジ」の画像が使用されている(資料/国土交通省)

2020年6月5日に国土交通省から通知された、道路占用の許可基準緩和についての内容。イメージ画像に「SAGAナイトテラスチャレンジ」の画像が使用されている(資料/国土交通省)

先に紹介した佐賀県や岡山市、岡崎市の事例は、国の通知を待つことなく自治体独自で展開した例ですが、今回の国交省の通知によって全国でいっそう、このような取り組みが進みそうです!

海外の街の「なんだかステキ!」も歩道がカギを握る

これまで西村さんが街の再生を考えるときには、海外の事例なども参考にしてきたそうです。

「欧米の人たちは外での過ごし方がすごく上手ですよね。特に北欧の国などでは日照時間が短いために、外で過ごすことへの願望が強いらしく、天気のいい日は出来る限り日光の当たる場所にいたいといいます。

写真はオランダのユトレヒトの街の風景ですが、人々がテラスで食事を楽しむ風景は、欧米のいたるところで見ることができます。ポイントは、実はテラス席のテーブルや椅子が出ているスペースだけ歩道のパターンが違っていることです。歩道の活用を前提にした街区の設計が意図的に行われることを示すものだと思います」

オランダ・ユトレヒトのカフェの風景。テラス席はパターンの違う石畳の中にきっちり収まっており、歩行者を妨げない形に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

オランダ・ユトレヒトのカフェの風景。テラス席はパターンの違う石畳の中にきっちり収まっており、歩行者を妨げない形に(写真提供/ワークヴィジョンズ)

先に紹介した岡山市の県庁通りでは今まさに工事が行われており、この歩道のパターンを変えることによって、活用可能なスペースを明示する手法を取り入れたのだそうです。さらに西村さんは、海外で歩道の活用が進んできたのは、外で過ごす風土や習慣だけでなく「ボランティアをはじめとする公共空間の使い方の教育もポイント」だと言います。

「例えば海外の公園では、管理・運営が市民団体やボランティアによって行われているところが少なくありません。海外では、地域に住む人たちが自分たちの街をよくするために、公共空間の清掃や整備はボランティアによって運営されるのが当たり前で、人気の公園などではボランティアの順番待ちすらあるそう。これは、幼いころからボランティアに参加することが普通で、みんなが使う場所を気持ちのいい空間にしたいから自分たちでやる、という教育が根付いているからだといえます」

アメリカのニューヨーク市のブライアント・パークは「BID(Business Improvement District)」という仕組みを活用にしていることでも有名。地域のエリアマネジメント活動資金を自治体が周辺の企業等から負担金として徴収・再配分、管理も一体的に任せて街づくりを推進する(写真/PIXTA)

アメリカのニューヨーク市のブライアント・パークは「BID(Business Improvement District)」という仕組みを活用にしていることでも有名。地域のエリアマネジメント活動資金を自治体が周辺の企業等から負担金として徴収・再配分、管理も一体的に任せて街づくりを推進する(写真/PIXTA)

気持ちよく使いたい、気持ちよく過ごしたい人たちが自分たちで動く、この思想や考え方は、これからの私たちの生活にも、必要な視点になりそうです。

これから街や暮らしはどうなる!? 私たちの新しいライフスタイル

このように、歩道が有効活用されるようになったとき、私たちの街や暮らしはどのように変わっていくのでしょうか? 今回の新型コロナウイルスが与えた影響と、今後の展望についても西村さんに聞いてみました。

「近年、歩道に限らず、公共空間といわれる場所でのルールが厳しくなって、例えば公園でボール遊びもできない、といったように『自由さ』が失われてきていたと思うんです。これは自治体をはじめとする管理者と住民の間で『信頼』が失われてきた結果だと思います」

近年、日本の公園では禁止事項が増え、ボール遊びができない公園も増えてきた(写真/PIXTA)

近年、日本の公園では禁止事項が増え、ボール遊びができない公園も増えてきた(写真/PIXTA)

「ところが、今回のコロナをきっかけに多くの人たちが外での時間を楽しむようになり、屋外の使い方が上手になったと感じます。例えばいつもは家でやるパズル遊びも外でやってみたら楽しい、とか、屋外の可能性にみんなが気付き始めた。これは失われた信頼を取り戻すチャンスなんです」

たしかに、先ほどの国交省のコロナ対策を目的とした歩道活用の通知も、全国からのニーズが高まったことを背景として挙げています。

「屋外、特に道路や公園などの公共的な空間をみんなが気持ちよく使っていくにはどうしたらいいか、それをしっかりと地域で話していくことで、これからの日本の街の景色が変わると思います。まずは自治体に対してそこで住む人たちが『屋外を使いたい!』と要望を上げ、地域主体で自律的な運用ができるように考え、お互いの信頼を回復していくことです。その姿を大人が見せることは、長い視点では子どもたちの教育にもつながります」

西村さんは公共空間をみんなが気持ちよく使うために管理者と住民の「信頼の回復」が重要だという(写真/唐松奈津子)

西村さんは公共空間をみんなが気持ちよく使うために管理者と住民の「信頼の回復」が重要だという(写真/唐松奈津子)

なるほど! 国交省の通知は一旦、今年の11月末までの暫定措置とされていますが、全国の自治体や住民の取り組み次第で、新しい国の動きにつながるかもしれませんね。

「面白い街に住みたい」気持ちから、街をみんなでつくる

コロナの影響受けて、地方に住みたい、就職したい若者が増えてきたというニュースが話題になりました。住む街や住まいの選び方も変わりそうです。

西村さんは「例えばひと言で『地元』と言っても、その県や市町村のなかでどの街に住もうか、と考えたときに、どんな場所を選びますか? 『あの街、なんか面白いことやってるな』という街に住みたくありませんか?」と投げかけます。たしかに、かくいう筆者も地元である佐賀の街が面白くなってきた、と聞いて、昨年から東京と佐賀の二拠点生活を始めた一人です(笑)。

西村さんが手がける、佐賀市街地の駐車場(左)を活用してオープンした店舗「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」(右)。店の前の通りでは週末にマーケットが開催され、街の風景を変えた(写真提供/ワークヴィジョンズ)

西村さんが手がける、佐賀市街地の駐車場(左)を活用してオープンした店舗「MOM’s Bagle(マムズ・ベーグル)」(右)。店の前の通りでは週末にマーケットが開催され、街の風景を変えた(写真提供/ワークヴィジョンズ)

「面白いことをやっている街には、人が集まるんですよ。それが不動産の価値を上げて、街全体の価値も上がっていく。自治体も、不動産をもつ人も、そこに住む人も、商売をする人も、みんなが街を面白くしていこう、という気持ちをもって同じ方向に進むことで、もっと魅力的な街になり、そこに住む幸せにつながると思います」

西村さんは「日本ではほとんどの公園が税金によって管理・運営されているなんて言ったら、欧米の人はびっくりするのでは」といいます。
面白そうな街を選ぶ、という観点はもちろん、西村さんの言うように「自分たちが街を面白くしていくんだ」「もっと心地よい場所、通りにしていくんだ」という積極的な関わり方ができると、全国の歩道や街も、私たちの住む場所も、もっと素敵になりそうですね!

●取材協力
・株式会社ワークヴィジョンズ

日本に「オープンカフェ」が少ない理由って?“住みたい街”の条件が見えてきた

「エリアマネジメントの実践」や「パブリックスペースの重要性」なんて言葉にはピンとこない人も「オープンカフェのある街っていいな」「ご近所にいい感じのカフェや公園があったら」なんて考えたことはあるのでは。
これこそ、「パブリックスペース」であり、それを実現する仕組みが「エリアマネジメント」なんです。でも、ヨーロッパではよく見かけるオープンカフェは、日本には少ないもの。その理由を深堀りしていくと、その価値や今後の課題がおのずと見えてくるはず。
今回は、エリアマネジメントやパブリックスペースの社会実験の専門家であり、こうした活動の情報発信をするWEBメディア『ソトノバ』編集長の泉山さんにインタビューしました。
お話を伺った『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん(写真提供/泉山塁威さん)

お話を伺った『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん(写真提供/泉山塁威さん)

日本は路上を使うのはハードルが高いもの

――海外に旅すると、街のあちこちにオープンカフェがありますが、日本は、こうしたオープンカフェって少ないですよね。どうしてなんでしょう。

まず、日本のオープンカフェは民間の敷地内にあることがほとんどですが、海外では加えて公道に展開されていることをよく見かけます。
日本の場合、道路を使うには行政や警察への申請が必要で、これが、けっこう大変。まず、申請者は、個人やお店は基本的にはダメで、商店会やNPOなど地域団体に限られるのが実情です。一方、先日、研究のためにオーストラリアの都市のメルボルンとアデレードに行きましたが、実にオープンカフェが多いんですよ。というのも、オーストラリアはカフェやバーなどのお店からの申請がOKで、使用料は必要ですが、あまりNGにされることはないようです。

――その違いって何なんでしょうか。

まず、日本では、路上が「公共の場」(=行政の場所)という意識が強いからでしょうか。何かしら問題があったときに、行政や警察に連絡がきて対応を求められてしまうので、避けたい意識が働くのでしょう。だから規制することになる。
また、海外では、路上でアルコール販売は禁止なので、公共の場では、お店で提供するしかない点も関係あるでしょう。

――それは残念。オープンカフェ、あったらいいですよね。公共のものだから制限を設けるのか、公共のものだからみんなのために活用すべきなのか、その考え方の違いが根本にあるのですね。

ただ、小泉政権(2001-2006年)以降の規制緩和によって、少しずつではありますが、行政が民間の力を借りて、バブリックスペースを魅力的にしようという動きはあります。

パブリックスペースの充実が街の魅力を上げていく

――私たちは「パブリックスペース」というと公園や駅前広場などをイメージしますが、路上もバブリックスペース。海外で見かけるようなオープンカフェもそうですね。

はい。やはり「ソトで過ごす」時間を考えると飲食できる場は重要なファクターです。
住んでいる街のあちこちに、まるでリビングのようにくつろげる場所があるでしょう。私たちはそんな場所やライフスタイルを「PUBLIC LIFE(パブリック・ライフ)」と呼んでいます。

泉山さんがよくパブリック・ライフの例に挙げるパブリックスペース、ニューヨークのブライアントパーク。「図書館と公園、カフェがあり、まさに理想形です」(写真提供/泉山塁威さん・Shutterstock)

泉山さんがよくパブリック・ライフの例に挙げるパブリックスペース、ニューヨークのブライアントパーク。「図書館と公園、カフェがあり、まさに理想形です」(写真提供/泉山塁威さん・Shutterstock)

例えば、このニューヨークのマンハッタンにあるブライアントパーク。公園と図書館があるだけでは、単に「空間」ですが、可動式のベンチやテーブルを置き、「場」を提供することで、ここで食事したり、本を読んだり、子どもと遊んだり、昼寝したり、「人」が主役となります。街で、それぞれが思い思いに過ごすことができ。多様な目的とアクティビティが存在することが日常の風景になる。気づけば長い滞在時間、そこで過ごすようになる。そんな形が理想的。

例えば、ビアガーデンに行く人の目的は飲食で、それが達成すれば帰ってしまうでしょう。一方で、パブリックライフのある場所は、食事をした後に、運動をしたり、昼寝をしたり、はたまた読書をしたりと、いろんな目的がある。多様な行動ができるということは多様な人が使える。こうしたパブリックスペースが自分の街にあれば、暮らしが豊かになるはずです。

――確かに。そういうパブリックスペースがあることが、街の魅力につながり、住み替えるときに街選びの基準にもなりますよね。
泉山さんが手掛けられた既存の街のパブリックスペースを魅力的に変えた事例を教えていただけないでしょうか。

2014・2015年に行った、池袋駅東口グリーン大通りオープンカフェ社会実験ですね。ここはオフィス街で、とても広い歩道沿いにチェーンの飲食店が並んでいました。こうしたチェーン店の協力のもと、期間限定でテイクアウトスペースをつくり、オープンカフェやマルシェを開きました。「何をしているんだろう」と、道行く人が足を止め、食事をしたり、お店の人とおしゃべりしたり、日常的なアクティビティが一時的に行われました。

池袋駅東口グリーン大通りのブロジェクト(2014-2015)。(左)普段は広い歩道が続く通りだが、(右)期間中はイスやテーブルを置いて飲食できるスペースに(写真提供/泉山塁威さん)

池袋駅東口グリーン大通りのブロジェクト(2014-2015)。(左)普段は広い歩道が続く通りだが、(右)期間中はイスやテーブルを置いて飲食できるスペースに(写真提供/泉山塁威さん)

また、2018年には、さいたま新都心周辺で「パブリックライフフェスさいたま新都心2018」を行いました。もともと歩車分離の高質な歩行者デッキがあり、地域の企業と一緒に、ゾーンごとに、ガーデンのような場所や、60mのロングテーブルとイス200脚程度、インスタ映えするチャンネル文字を置くなどして、通り過ぎるだけの場所から、くつろげるスペースに変えました。特に日陰のリラックスチェアは大人気。普段使えない場所も出店者を集めたり、ビル風を風力発電のスマホ充電に利用したり、いろいろ仕掛けを実験し、課題や可能性を抽出するためのデータ分析も行っています。

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ。「元々あった公共施設を使い倒そうと仕掛けました」(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ。「元々あった公共施設を使い倒そうと仕掛けました」(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ(写真提供/泉山塁威さん)

さいたま新都心の「パブリックライフフェス」の1コマ(写真提供/泉山塁威さん)

――どちらもとても楽しそうですし、こうしたイベントは、自分たちが働く、もしくは暮らす街に愛着がもてるきっかけになりますね。

実験に終わらせない。継続させるために必要なこと

――どちらも期間限定ですが、継続的に行うことは難しいのでしょうか?

元々、どちらも社会実験のひとつとしてスタートしたことが大きいです。また、期間限定だからこそ協力を得られた部分もあり、同じことをそのまま継続するには、マンパワー的に難しいのが実情です。今かかわっているさいたま新都心では、実験のコンテンツ自体は好評のものは多く、常設化や継続できるものはないか、今後の方向性を検討中です。

現在、都心のバブリックスペースで日常的に使われている例として思い浮かぶのは、東京の丸の内や六本木界隈、中野セントラルパーク。新しいところでは、虎ノ門ヒルズ周辺の新虎通り、渋谷ストリームですが、どれも企業のパワーか、企業と地域が連携して実施しています。

東京は再開発ビルのオープンスペース(公開空地)を活用できる場所が多く、デベロッパーや企業が主導的にかかわっていくことは、資産価値やテナントへの訴求力につながりやすい。一方で、道路や公園になると、地域や行政との連携を密に行っていかなければならない。いずれにしても、世界の各都市と競争する東京ならではのやり方です。東京以外では、違う状況や方法で考えていかなければなりません。

――継続的に行うためには何が必要でしょうか。

ひとつのヒントになりそうな海外事例があります。
メルボルンから電車で30分の街、ポイントクックという街で、期間限定の公園「ポップアップパーク」が行われていました。去年と今年2月~4月の3カ月間、街の中心地であるショッピングモールのメインストリートに人口芝生を敷いて、みんながくつろげるスペースがありました。

オーストラリアのポイントクックの事例(写真提供/泉山塁威さん)

オーストラリアのポイントクックの事例(写真提供/泉山塁威さん)

この街は急激に郊外開発が進み、住宅がどんどん増えて人が移り住んできたベッドタウンで、コミュニティが希薄だったんです。そこで、「自分の街に住んでいる人を誰も知らないなんて嫌」と思った主婦2人が始めたのがきっかけ。元々は彼女たちが、仲間を募って始めたものなんです。今年はスポンサーもつき、法人化し、プロジェクトが発展しています。

この事例がすごいのは、主催する側のホストと、参加する側のゲストの境目があいまいなこと。「ヨガを教えたい」「ライブをやりたい」など、遊びに来た人が、今度は仕掛ける側にまわっていく。
FacebookなどSNSのツールを駆使して、共感や仲間を集めています。企画をやりたい人が集まってきたり、あるいは人同士をつなげることで、勝手に企画が始まる。ゲストの立場だけなら、数回足を運んで「楽しかったね」で終わりますが、ホストの立場も兼ねるなら、そのつながりは強くなります。

人工芝を敷き、ベンチ、パラソルを各自で持ち寄った。随時、さまざまなイベント情報がFacebookで紹介されている(POINT COOK POP UP PARK FACEBOOK)

人工芝を敷き、ベンチ、パラソルを各自で持ち寄った。随時、さまざまなイベント情報がFacebookで紹介されている(POINT COOK POP UP PARK FACEBOOK)

――確かに、イベントでは遠方からくるゲストと地元に暮らすホストは明確な境目がありますが、みんな同じ街に暮らすコミュニティが前提なら継続的になっていく可能性は高まりますね。

「パブリックスペース」が使えるという事例が増えてきているなかで、人が歩いている街で、人が休んだり、出会ったりする場所が大事だと思っています。そのためには、イベントのように、人を呼んで楽しませて終わり、ではなく、日常的にくつろげたり、楽しめたり、継続的に取り組む必要性があります。
前出の、オーストラリアのポイントクックの主婦の方もスキルのある「当事者市民」です。今後は行政も、民間企業だけでなく、当事者意識の高い市民を巻き込みながら、街を盛り上げてほしいですね。

ポイントクックの活動を始めた主婦2人と泉山さん。日本ではなかなか難しいストリートミューラル(横断歩道のカラフルなペイント)も、イベント時に「後で黒く塗って原状回復する」として街の風景に。日本では考えられない大らかさと交渉力だ(写真提供/泉山塁威さん)

ポイントクックの活動を始めた主婦2人と泉山さん。日本ではなかなか難しいストリートミューラル(横断歩道のカラフルなペイント)も、イベント時に「後で黒く塗って原状回復する」として街の風景に。日本では考えられない大らかさと交渉力だ(写真提供/泉山塁威さん)

●取材協力
『ソトノバ』編集長 泉山塁威さん
東京大学先端科学技術研究センター 助教/ソトノバ編集長/博士(工学)/認定准都市プランナー/タクティカル・アーバニスト/アーバンデザインセンター大宮|UDCO ディレクターほか/1984年札幌市生まれ/明治大学大学院理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了。エリアマネジメントやパブリックスペース利活用及び規制緩和制度、社会実験やアクティビティ調査、タクティカル・アーバニズムの研究及び実践にかかわる
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