名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだもの。初の著書には、「アマン東京」「帝国ホテル」など人気の名建築ホテルがたっぷり収録されています。どのような視点で実測スケッチを描いているのか? ホテルの実測スケッチに密着し、建築スケッチに込めた思いをたっぷり語ってもらいました。

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

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水彩スケッチ集『東京ホテル図鑑』で楽しむ名建築『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「K5」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてホテルの実測スケッチを描きはじめました。デザインの勉強のためにホテルを実際に訪れ、建築家が建てた空間を体験しながら描いたスケッチは、現在までに30枚以上! 丁寧に描き込まれた実測スケッチからは、建築を慈しむ遠藤さんの眼差しや感動が伝わってきます。初の著書となる『東京ホテル図鑑』には、2020~2023年、宿泊して描いた23のホテルの実測スケッチを収録。見開きに1つのホテルの要素を詰め込んだ図鑑のような仕上がりです。

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんが図鑑的なスケッチを描くようになったきっかけは、東京藝術大学美術学部建築科の授業「建築と表現」の課題でした。

その時試みたのは、建築の空間を表現する際、1つの側面だけではなく、断面や置いてある植物など空間を構成している全てを1枚に収めたスケッチを描くことでした。指導担当の中山英之教授から「君がやりたいのは図鑑なんだよ」と指摘され、遠藤さんはハッとしたと言います。子どものころ、図鑑が好きだったことを思い出したのです。例えば、小学館の図鑑シリーズでは、「タンポポ」のページを見ると、花の断面や蕾から開いていく様子、植物学的な分類、タンポポの花を使った草遊びまで、あらゆる事象がタンポポを説明するものとして、1ページに収められています。幼い遠藤さんにはそれがとても美しく思えたのです。

遠藤さんの実測スケッチには、真上から見た平面図、建物を縦に切った時の断面図、立体的に表現されたパースなどが1枚に収められ、さまざまな角度からホテルの魅力を伝えています。シャンプーや歯ブラシなどのアメニティやフードを描いたマニアックなスケッチも! 情報量が多く、見飽きることがありません。

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

遠藤さん、一体どうやって描いているんですか!? そこで、実際に宿泊して実測スケッチする過程を見せてもらうことに。著書にも登場する「all day place shibuya」実測スケッチに同行。書籍に収録されているのは、2022年12月、ダブルルームに宿泊し、実測スケッチしたものです。今回は、スイートルームの実測スケッチを行います。

使われている色や素材から設計者の意図を探る

JR渋谷駅から徒歩5分、高低差のある道路に挟まれた角地に立つ「all day place shibuya」。2階のレセプションに、小さなジュラルミンのキャリーケースをひいて現れた遠藤さん。「初めて泊まるお部屋を描けるのがとっても楽しみ!」とにっこり。2回目の来訪ですが、初めて訪れた時のホテルの印象はいかがでしたか。

「一番魅力的に感じたのは、道路との高低差を段状のベンチや花壇で上手く調整しながら、屋外空間をつくっているところです。誰でもするっと入っていけるポケットパークのよう。街にとっても素敵なことだと思います」(遠藤以下略)

街に開きながら囲われた感もあり、ベンチには、コーヒーやビールを手に語り合う人々の姿がありました。

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

「とても素敵なのは、エントランスに入った時の体験が途切れずに2階まで続いていくこと! 1階のカフェの床に使われている緑色のタイルは、屋外やエレベーターの中まで連続していて、内外が繋がっているんです。多治見の美濃焼を使ったオリジナルのタイルは、色むらが本当にきれいで、街とホテルをグラデーショナルに繋いでくれています」

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

建物のインテリアデザインは、DDAA。ホテルのレセプションがある2階のレストランはPuddleによる設計です。

「素材の使い方などデザインコードが似ているので、建物全体に共通言語があると感じます。2階は土色のタイルを床と壁面の一部に用いたデザインですが、エントランスも、床と花壇の立ち上がり部分にタイルを使用していました。レセプションに置かれたアクリル板と金メッキの単管パイプを使った造作のテーブルがすごくカッコイイです!」
※デザインコード
「配置」「色」「形」「素材」など、空間の秩序を構成する「視覚的な約束事」

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

一級建築士でありカラーコーディネーターでもある遠藤さんだからこそ気づける視点はハッとすることばかり。解説をしながら壁やテーブルにそっと触れる遠藤さんは、物言わぬ建物と語り合っているように見えます。

「建築は、とても雄弁なんですよ。事前に資料も調べますが、訪れないとわからないことの方が多いんです。設計は箱だけつくるわけじゃなくて、過ごす人のことを考えて雰囲気も含め、トータルにデザインされています。滞在して、その場に身を置くことで、設計者の思いを辿っていきたいと思っています」

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

描くことで、ものをよく見ることができる

今回、実測スケッチをするのは、「Weekend Suite」(広さ53.7平米・定員2名)です。入室するやいなやドアに貼ってある避難経路図をまじまじと見る遠藤さん。

「フロアにある部屋の並びを確認しているんです。宿泊する部屋が、このフロアで一番多いタイプなのか特殊な位置づけなのか把握することから始めます」

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

ベッドルームから水回り、収納を見て回ります。ベッドとソファスペースの間にあるユニークな形のオブジェは、オリジナルデザインの照明でした。

「ホームページの写真で見た時は何だろう?と思っていましたが、ベッドとソファスペースの仕切りとしてとても良いですね。金属ブラインドの透け感が良い感じ。ぐにゃぐにゃ柔らかそうな照明でとてもかわいいです」

ベッドルームの壁には首都高をモチーフに制作されたアート(作:安田昴弘氏)が飾られています。以前遠藤さんが宿泊したダブルルームと同様に本棚などの什器には緑色のメラミン化粧板が使われていました。

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

「部屋に使用されているメラミン化粧板の緑色は、共用部のタイルの緑色とは印象も実際の色味も違いますが、他の素材がグレーや黒などの無彩色系なので、テーマカラーのグリーンがとてもきれいに伝わってきます。広いお部屋で見ると深い色に見え、本棚の天板が外の光やアートの色をほのかに反射して美しいです。入り巾木や造作家具の収まり、カーテンの見せ方など、ものとものとの取り合いが良いですね。壁面が真っ白ではなくてほんの少しグレーで、自然光を柔らかく広げていて、とても良い見え方になっています」

ホテルの担当者から、ひととおり、部屋の説明を受けたあと、実測がスタート。キャリーケースから次々と道具を取り出します。実測に使うのは、レーザー距離計と金属製のメジャー、色見本帳のほか見慣れない道具も。

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

「レーザー距離計は部屋の外形など長い距離を測る時に便利です。椅子の高さなど中距離はメジャー、小さな厚みなどはノギス。コップなどの厚みや丸いものの径を測る時に使います」

慣れた手つきでレーザー距離計を壁にあてる遠藤さん。ベッドルームとソファスペースの長辺の長さは7m以上! 実測すると部屋の端から端まで想像以上の距離があり、どうりで広いはずだ!と納得。

「空間を何となく見ているだけでは描けないんです。構造がどうなっているのか理解するために、さまざまな角度からよく見るようにしています」

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

実測したら、最終的なレイアウトをイメージしながら、スケッチブックにおおよそのレイアウトや気になった家具などを描き、寸法を入れていきます。部屋の規模にもよりますが、その後の下書きやペン入れ、水彩による着彩は自宅で行うことが多いそうです。

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

描きたいのは、コップではなくコップが置かれた空間編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

完成した実測スケッチを見た瞬間、思わず、ため息がこぼれました。紙面を大胆に使ってソファスペースからベッドルームのパースが描かれています。1階のクラフトビールバーのグラスには高さや幅のサイズが書かれ、「使ってみて欲しくなった!」という備えつけのソーダサーバーまで事細かに描かれています。

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さん、こんな目線で見ていたんだ……と驚くと共に、自宅のようにくつろいだ部屋の印象が蘇りました。

「空間の雰囲気が伝わったなら、とても嬉しいです。例えば、コップがあった時、私が描こうとしているのは、コップそのものじゃなくて、コップが置かれている空間です。何となくこの部屋いいなと思う時、その理由が1つだけということはあまりないと思います。コップのそばに置いてある食べ物だったり、その後ろにある窓からの光だったり、全部ひっくるめて、良いなと感じているはず。部屋を訪れた時の印象をどうやったら表現できるんだろう? と思って辿り着いたのが、図鑑的にいろんな断面を見せる実測スケッチだったのです」

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

実測スケッチ風ホテルステイの楽しみ方

最後に、『東京ホテル図鑑』をもっと楽しむ方法や自分に合ったホテルを選ぶポイントを教えてください。

「SNSには『本は、汚さないように大切にします!』と言ってくださる方もいて有難いのですが、自分で訪れたホテルの感想を書き込んだりして使い込んでもらっても嬉しいです。建築資料として参照できるつくりにこだわったので、自分もとても役立っています。『どうやってホテルを見つけていますか?』という質問もよく受けますが、私は、素敵だなと思ったホテルに巡り合ったら、設計者やデザイナー、運営会社をチェックして、同じ系列のホテルに行ってみたりすることもあります」

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

本に紹介されている部屋と同じ部屋に泊まって、遠藤さんが感じたことを追体験したり、スケッチとの違いを感じたりしても楽しそう! 逆に実測スケッチされていない部屋に泊まるのもアリ。こういうパターンのデザインもあるんだ!など気づきがありそうです。

遠藤さんが実測スケッチを描くモチベーションは、「行ってめちゃくちゃ良かった!」という自分の感想を伝えたいというシンプルな思いです。

「こういう風に描いたら良さが伝わるんじゃないかと思いつくと、ワクワクするんですよ。スケッチを見た人から『行ってみたくなった!』というコメントが届くとすごく嬉しいですね」

建築をよく見て思いを込めて描くからこそ、遠藤さんは、設計者やデザイナーが建物に込めた物語を見つけることができるのでしょう。

『東京ホテル図鑑』のスケッチからは、街とホテル、雰囲気や居心地のデザインなど当たり前に過ごしていた空間がどのようにつくられているのかを学ぶことができます。「いつか海外のホテルを実測スケッチして本を出したい」と語った遠藤さん。以前、「all day place shibuya」の担当者が、レセプションで『東京ホテル図鑑』を展示したところ、海外のお客さんに大反響だったそう。夢が叶う日はそう遠くないかもしれません。

●取材協力
・遠藤慧(X:Twitter)
・all day place shibuya

沖縄のホテルがゴミ拾いを始めた理由。宿泊客・地元民と共に人や街のつながりつくる、観光地のオーバーツーリズムの新たな解決策

人気の観光地、沖縄県。コロナ禍が収束し、本格的に観光需要が戻り始めています。そんな沖縄県・那覇市の観光エリア「国際通り」そばに、2023年6月、「サウスウエストグランドホテル(Southwest Grand Hotel)」が開業しました。運営するのはPlan・Do・See(東京都中央区)。「6th」(東京都・麻布台に移転)、任天堂本社社屋を活用した安藤忠雄氏設計監修の「丸福樓(MARUFUKURO)」など、全国各地で数々の人気ホテルを手掛けてきた同社ですが、今回は宿泊客だけでなく地元の人たちも巻き込んだ、ユニークな取り組みをしているといいます。エコツーリズム型ホテルとはどんなものなのか、取材しました。

地域住民と宿泊客で「ゴミ拾い」

2023年12月17日、少し肌寒い日曜日の朝8時。サウスウエストグランドホテルのエントランス前には、緑色のビブス着用した人々が集まっていました。総勢約25人。参加者は20~40代の男女で、ボランティア団体「グリーンバード沖縄チーム」のメンバーや、サウスウエストグランドホテルの従業員、沖縄県内の大学に通う大学生など、年齢も立場もさまざま。

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い出発前に気合いを入れます(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

ゴミを捨てるための袋。拾いながらきっちり分別します(写真撮影/島袋常貴)

彼らは、これからおよそ1時間にわたり、国際通り周辺のゴミ拾いに出発するといいます。「那覇 CLEAN GREEN MORNING(以下、那覇CGM)」と名付けられた、日曜朝のゴミ拾いは、今回が第2回目の開催で、今後は月に一度開催される定番イベントになるとのこと。11月18日に開催された第1回から、同ホテルの宿泊客も参加したといいます。
いったいなぜ、このようなツアーをホテルが開催しているのでしょうか。

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

ホテル前を出発し、国際通りへ(写真撮影/島袋常貴)

「サウスウエストグランドホテルは、ここで出会った方々のハブになることを目指しています。那覇を旅して当ホテルを訪れたお客様だけでなく、ここで暮らしたり、働いたりしている全ての人々が交わりながら、街をより良くしていく。その活動の一環と捉えて毎月第3日曜日に開催しています」。同ホテルのキャスティング室・江口美沙さんはこう語ります。

近年、観光地で問題になっているのが「オーバーツーリズム」です。オーバーツーリズムとは、特定のエリアに観光客が集中することによって生まれる、さまざまな弊害のことを指します。例えば、騒音や交通渋滞、環境破壊などがその一例ですが、那覇の国際通りで近年、目につくのがそのゴミの多さだといいます。

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

那覇のメインストリート「国際通り」(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

歩道のそこかしこに見受けられるゴミたち(写真撮影/島袋常貴)

確かに、観光客の多い国際通りでは、空き缶や何かが入ったコンビニ袋、空っぽになったお菓子の袋など、多種多様なゴミが目につきます。こうしたゴミを、集まったボランティアやホテルの従業員、宿泊客が一緒に拾うことで、街を綺麗にするとともに、新たな交流の場も生み出す仕組みです。海外ではクリーン活動に観光客が飛び入りすることも多く、今後は同じように、さらに参加者の輪を広げていきたいとのこと。

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

ホテルの従業員も参加し、率先してゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード特製ゴミ袋(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

空き缶やフライパンなど、さまざまなゴミが見つかります(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

国際通り近くにある市場本通りや牧志公設市場などでもゴミ拾い(写真撮影/島袋常貴)

実際に活動に参加しながら、参加者の声を聞いてみました。

コロナ禍を機に沖縄県浦添市に移住したという女性は「ここで生まれるコミュニティに参加することが楽しみのひとつです」と笑顔を見せました。

21歳の男子大学生は、日曜日の早起きは苦にならないといいます。「この活動に参加することで、ゴミを拾いながら普段話せない社会人の方たちともいろいろな話をできる。僕はファッション関係に進みたいんですが、沖縄県外から参加されている方たちから、ファッションビジネスの話を聞けるのがとても勉強になります」と目を輝かせていました。

ホテルから数分歩くと、国際通りに突き当たります。そこからは2つのグループに分かれて、周辺のゴミを回収。たばこの吸い殻や割れたガラス瓶、はたまたフライパンなど、回収できたゴミは大型のゴミ袋7袋にものぼりました。

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

燃えるゴミ、燃えないゴミなどゴミの種類によって袋のデザインが異なる(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

回収したゴミを整理するボランティアのメンバー(写真撮影/島袋常貴)

学生と社会人の交流の場にも

終了後、参加者には、ホテルのレストランで飲み物がふるまわれます。参加した人々が、笑顔で談笑する姿が印象的でした。

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾いを終えて談笑中(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」     でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

参加者にはホテルのオールデイダイニング「A LONG VACATION.」 でドリンクを1杯サービス。コーヒーや紅茶、フルーツジュースなどから選べる(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄チームのリーダーは、沖縄県名護市にある公立大学、名桜大学4生の山下寛人さん。サッカー推薦で名桜大学に入学した山下さんですが、新型コロナウイルスの流行中は、サッカーに打ち込むのが難しい環境だったといいます。

グリーンバード沖縄     チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

グリーンバード沖縄 チームのリーダー山下寛人さん(写真撮影/島袋常貴)

「それでも、早朝に地元のビーチをランニングしていると、地元のおじいやおばあが、ビーチのゴミを拾っているんです。自分も沖縄に貢献したいと思って、2021年の6月ごろから少しずつ活動を始めました」

卒業後は、国際協力団体のJICAに就職し、ソロモン諸島のとある国のサッカー代表チームの助監督を務める予定です。

「次のリーダーも、なるべく大学生にバトンを渡したいですね。社会貢献は継続が大切。継続するためには、僕ら運営側が、ボランティアの参加メンバーにメリットを提供できるかどうかも大切なことです。今回のサウスウエストグランドホテルさんのように、地域の企業に認知していただくことで、参加する学生にとっても、キャリアや人生について大人の方に相談できるような場になっていけたらいいなと考えています」

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ゴミ拾い後、ホテルでランチを楽しんでいく参加者も少なくないとか。写真はホテル名物のオリジナルビーフバーガー+フライドポテト2400円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

ふわふわのオリジナルパンケーキも人気、「6th PANCAKE」1700円(税込)(写真撮影/島袋常貴)

至近距離で沖縄の三線を聞ける「ゆんたくSUNSET」

サウスウエストグランドホテルでは、もうひとつユニークな取り組みがあります。夕日を眺めながら、ホテルのバーで提供されるカクテル1杯を片手に、沖縄のカルチャー、エンタテインメント、スポーツなどを通じて宿泊客や地元住民が“ゆんたく(沖縄の方言でおしゃべりという意味)”を楽しむイベント「ゆんたくSUNSET」です。

翌18日の17時15分からは、同ホテル11階のダイニング&サンセットバー 「The Sailor’s Club」で三線のライブを開催。ホテルの宿泊者およそ20人が、1時間15分にわたって、三線とカチャーシーを楽しみました。三線とは、沖縄の伝統的な弦楽器、カチャーシーとは沖縄民謡に合わせて、両手を頭上で左右に振りながら踊る伝統的な踊りのこと。

当日は、三線奏者・波平宇宙さんの演奏に合わせて、参加者が沖縄の伝統音楽を味わいました。

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

三線奏者・波平宇宙さん(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

演奏中の様子(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

ゆんたくSUNSETでふるまわれるドリンク、(左)グアバとマンゴーのトロピカルカクテル、(右)自家製レモネードとクランベリーをソーダで割った「ロングバケーション」(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

イベントでは三線を触ってみる貴重な体験も(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の伝統的な楽器、三線(写真撮影/島袋常貴)

東京都から旅行に来た50代の夫妻は「こんなにすぐそばで、三線を聞けたのは初めて。国際通りで民謡居酒屋を予約したことがあったんだけど、お客さんの声で良く聞こえなかったの」と笑顔に。

那覇市在住で、一家3人で宿泊しているという40代男性は「沖縄に住んでいても、こういった伝統芸能に触れる機会は多くありません。子供にも良い体験になったと思います」と話していました。

演奏終了後は、ゆんたくタイムに。演奏をした波平さんは、普段は沖縄芸術劇場などで演奏していますが「お客様とここまで近くで交流できる場は少ないです。伝統芸能の演者は年々減少していますが、自分もよい演奏をして頑張っていきたい」と意気込みを語っていました。

今後の「ゆんたく SUNSET」では、地域住民からもイベント企画を募集し、沖縄の文化や歴史の発信・共有を通じて、那覇で暮らす・旅する・働く全ての人々の“社交場”を目指していくといいます(那覇CGMやゆんたくSUNSETのイベント参加は、サウスウエストグランドホテルのInstagramで申し込み可能)。

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

ライブのシメは全員でカチャーシーを楽しんだ(写真撮影/島袋常貴)

沖縄の「目的地」になるホテルを目指す

サウスウエストグランドホテルで最も部屋数が多いグランドツインルームは45平米とぜいたくな造りです。ゆったりくつろげるソファから見える大型テレビは画面の角度を自由に動かすことができ、室内のミニバーも無料。ホテル内には全天候型の室内プールやジャグジー、最上階にはサウナも備え、ゆったりとホテルステイができます。

その反面、価格帯は1泊約5万円から。観光客はともかく、地元の人々が気軽に宿泊できる価格帯とは言えません。しかし、他の高価格帯ホテルとは一線を画した工夫で地元沖縄への貢献を試みています。それは従業員の雇用や、はたまたホテルのインテリアにも表れています。

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

グランドツインルーム(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

洗面台には「女優ライト」が備え付けられメイクもしやすい(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

館内には目に優しい暖色ライトが使用されている(写真撮影/島袋常貴)

沖縄県出身の同ホテルのゼネラルマネージャー・宮﨑健太さんはこう話します。

「これまで、富裕層のお客様は恩納村などの北部まで足を延ばして、ビーチやゴルフを楽しまれることがほとんどでした。でも、このホテルを目的地に『那覇でいいじゃん』と思っていただきたい。そして、地元・那覇の人たちにとっても気軽に来館していただける、街と繋がるホテルで在り続けたいですね」(宮﨑さん)

折しもクリスマスシーズンでしたが、サウスウエストグランドホテルのロビーはクリスマスの雰囲気はありつつも、クリスマスツリーが飾られていませんでした。

宮﨑さんいわく「沖縄には、もともとツリーを飾る習慣はなかったんですよ。これも沖縄らしさの一つです(笑)」とのこと。筆者には、その空間もとても居心地よく感じられました。

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

ホテルフロント(写真撮影/島袋常貴)

エコツーリズム型ホテルは、宿泊の場を提供するだけではなく、さまざまな場所に住む、老若男女の出会いを生み出します。早朝のゴミ拾いは参加した学生にとっては、社会勉強の場に。移住者や観光客にとっては、この場を通して沖縄のローカルな文化を感じたり、地元の参加者と交流したりすることができます。ホテルにとっても、地域に貢献することができ、結果的に那覇の街も綺麗になります。

沖縄の中でも、さまざまな人が行き交う街、那覇。観光で数日訪れるだけではなかなか体験できない「人とのつながり、街とのつながり」を生み出せるのが、エコツーリズム型ホテルの醍醐味といえるでしょう。

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

サウスウエストグランドホテルの外観(写真撮影/島袋常貴)

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サウスウエストグランドホテル
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田んぼに浮かぶホテル「スイデンテラス」の社員はU・Iターンが8割! 都会より地方を選んだ若者続出の魅力とは? 山形県鶴岡市

山形県鶴岡市の中心部にある、建築家・坂茂さんが手掛けた水田に浮かぶホテル「スイデンテラス」。オープンから4年半、今やすっかり全国で知られる人気のホテルになりましたが、ことの始まりは、鶴岡に縁もゆかりもなかった代表・山中大介さんの東京からの移住でした。庄内平野に魅力を感じた山中さんは、その後の人生をかけて「スイデンテラス」をはじめとしたまちづくりをするべく、ヤマガタデザインという会社を起こします。ここでのさまざまな取り組みを見た人たちが、“鶴岡で働き・暮らしたい”と、続々とUターン・Iターンをし、次第に雰囲気は変化。今では働くスタッフのうちUターン・Iターン者のみで約8割を占めるといいます。その魅力は? 働く皆さんにお話を聞きました。

鶴岡の田んぼに浮かぶホテル、なぜつくった?

山形県の北西部に位置する、庄内平野。山と海に囲まれた自然豊かで広大なエリアです。今回私たちが訪ねたホテル「スイデンテラス」は、鶴岡市内にあります。最寄りの鶴岡駅から車で約10分、庄内空港からは車で約20分と、想像していたよりも利便性の良いエリアです。

車で道を走っていると目の前に広がる山並みの景色が美しい鶴岡市内(写真撮影/土田 貴文)

車で道を走っていると目の前に広がる山並みの景色が美しい鶴岡市内(写真撮影/土田 貴文)

周囲を見渡すと、田んぼのほかに工業関連の施設が複数あり、産業が発展していることがうかがえます。

「鶴岡市には11の工業地帯があって大企業のロジスティクスや、バイオサイエンスの研究機関がありますよ。東京からも飛行機で1時間ほどとアクセスが良いので、ビジネスで訪れる方も多いんです」と話すのは、ホテルの広報やブランドコミュニケーションを担う、小野寺望美さん。

そんなエリア内で、異彩を放ったたたずまいをしているのが「スイデンテラス」です。到着するとまず目に留まるのは、水辺の上に浮かんでいるかのような外観。

まるで水面に浮かんでいるかのようなホテル「スイデンテラス」(写真撮影/土田 貴文)

まるで水面に浮かんでいるかのようなホテル「スイデンテラス」(写真撮影/土田 貴文)

ホテルの居室からの眺めは、一面に水面が広がった田んぼの風景。まるで自分が田んぼの真ん中にたたずんでいるよう。レストランのテラスからは、出羽三山の一つ・月山を望むことができ、自然に包みこまれるような心地よさを感じます。

客室からは美しい山々と田んぼの風景を望むことができます(写真撮影/土田 貴文)

客室からは美しい山々と田んぼの風景を望むことができます(写真撮影/土田 貴文)

建物は自然との調和を保つために、あえて木造建築を主軸にしています。そこには「建て直しをせず、いつまでも長く手を入れて継いでいきたい。経年による変化によって生まれる魅力を伝えていきたい、という思いがあります」とヤマガタデザイン 街づくり推進室の長岡太郎さんは語ります。

世界的な建築家・坂茂さんが手掛けたデザイン。施設内には、坂さんの建築の代表的な意匠である紙管を使用(写真撮影/土田 貴文)

世界的な建築家・坂茂さんが手掛けたデザイン。施設内には、坂さんの建築の代表的な意匠である紙管を使用(写真撮影/土田 貴文)

ブックディレクター幅允孝さんと共に選書した約1,000冊の蔵書がそろう共用棟ライブラリー。宿泊者以外もここでくつろぐことができます(写真撮影/土田 貴文)

ブックディレクター幅允孝さんと共に選書した約1,000冊の蔵書がそろう共用棟ライブラリー。宿泊者以外もここでくつろぐことができます(写真撮影/土田 貴文)

レストランは、朝はテラスの窓を開放。気持ちの良い空気と景色を感じることができます(写真撮影/土田 貴文)

レストランは、朝はテラスの窓を開放。気持ちの良い空気と景色を感じることができます(写真撮影/土田 貴文)

それにしても、なぜこの田んぼのど真ん中で、それもホテルを始めたのでしょうか。始まりは、代表取締役である山中大介さんの鶴岡への移住でした。

もともとは東京で暮らしていた、山中さん。その後同じ庄内エリアで世界的に注目をされているバイオベンチャー企業・Spiber(スパイバー)株式会社に転職し、鶴岡へやってきます。鶴岡で暮らしていくなかで、この街にポテンシャルを感じて、ついには自社「ヤマガタデザイン」を立ち上げて定住することを決意します。

「ホテルだけ」をやりたいわけではなかった

山中さんは、鶴岡のことを「気候が穏やかで、景色も美しい。そして何より海の幸や山の幸と、食材の魅力が多いな」と思ったそう。一方で、こうした魅力が周囲にうまく伝えきれておらず、未成熟な部分も多い、とも感じたようです。

“気候や景色、食材など観光として訪れてもらう以外にも、暮らすための魅力も多い。鶴岡には魅力があるのに、この街に住む人が減っていっていることがもったいない。暮らし働く場所のひとつとして、庄内に住む人がもっと増えたら街はもっと魅力的になるのでは”、と思いをつのらせていた山中さん。そんな中で、Spiber社在籍時に、会社の近くにあるサイエンスパーク周辺の土地が未着手のまま困っているという問題に直面します。

そこで、山中さんは「ここをなんとかしたい」とSpiber社を退職後に立ち上げた、「ヤマガタデザイン」社で一手に引き受けることになります。その始まりが「スイデンテラス」でした。

田んぼの稲穂が黄金色に染まる、秋の「スイデンテラス」周辺(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

田んぼの稲穂が黄金色に染まる、秋の「スイデンテラス」周辺(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

有名建築家が手掛けたホテルということもあり、2018年のオープン時から話題となりますが、ヤマガタデザインはホテルの発展だけに心を燃やしているわけではありませんでした。

「僕たちが目指していることは、まちづくりなのです。当初は開発することを第一に考えていましたが、ただつくってそのままにしておくわけにはいかない。施設や街は生き物なのです。持続させるためにホテルの運営も始めました。そのためには暮らし働く環境も必要です。 “従業員が通う保育園が欲しいよね”、“子どもたちが遊べる場所があるといいよね”と次々に発想が広がり、施設や機能が増えているんです」(長岡さん)

子どもたちが体を使って目いっぱい楽しむことができる全天候型の児童教育施設「キッズドームソライ」の「アソビバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

子どもたちが体を使って目いっぱい楽しむことができる全天候型の児童教育施設「キッズドームソライ」の「アソビバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

創作できるスペースも。色鮮やかなクラフトペーパーやリボンなど豊かな素材がそろう「キッズドームソライ」のクリエイティブコーナー「ツクルバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

創作できるスペースも。色鮮やかなクラフトペーパーやリボンなど豊かな素材がそろう「キッズドームソライ」のクリエイティブコーナー「ツクルバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

本格的な工具もそろうほか、スタッフと一緒に制作ができます(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

本格的な工具もそろうほか、スタッフと一緒に制作ができます(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

この4年の間に農業も始めており、近郊にあるハウスで育てた有機野菜は、ホテルの食卓にも提供されています。また、隣接のキッズドームソライでは地域の子どもたちに向けたワークショップやイベントを実施するほか、フリースクールや放課後児童クラブを運営することで、地域の子育ての一端を担っています。この状況は、”鶴岡の街へ参画する一つの窓口になり始めているといえるのではないでしょうか。

ホテルから車で5分のところにあるハウスで有機栽培をしています(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ホテルから車で5分のところにあるハウスで有機栽培をしています(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ベビーリーフやミニトマトなどをレストランで提供(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ベビーリーフやミニトマトなどをレストランで提供(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

レストランスタッフの目利きによる山形の新進気鋭のお酒や飲料はホテル内で販売もしています(写真撮影/土田 貴文)

レストランスタッフの目利きによる山形の新進気鋭のお酒や飲料はホテル内で販売もしています(写真撮影/土田 貴文)

もちろん働き暮らす人たちだけではなく、訪れる人へのアプローチも忘れません。

「“ホテル起点のツーリズム開催”、“食の魅力発信イベント”など、庄内への興味関心を促すことを、これからもどんどんやっていきたいなと考えています。これをきっかけに街への移住者や訪れる人が増え、地域が発展していくということを願いながら、私たちもさまざまな方法や事業で“街”について発信しています」(長岡さん)

山形が故郷である人の心を動かしていった

圧倒的なホテルの存在はもちろん、それにとどまらずに多角的な展開をする姿に、”なにやら面白いことをしているぞ”と、さまざまな人がヤマガタデザインに興味を持ち始めます。

その口コミが広がり、徐々にスタッフになりたいとUターン志望者が現れ、ヤマガタデザインで働くに至りました。
創業期から代表の山中さんとともに汗を流す長岡さん。生まれは山形県寒河江市で、就職後は函館や山形でNHKの報道記者として働いていたと言います。

「自分が山中さんと知り合ったのは、山形勤務時に記者として彼を取材した時。その後、ご本人から話を聞き、彼の心根に打たれて、転職を決意しました」(長岡さん)

山形への熱い思いを語る長岡太郎さん。個人でも山形の美味しいお店や街を活性化するために実施している特徴的なイベントなどを運営しています(写真撮影/土田 貴文)

山形への熱い思いを語る長岡太郎さん。個人でも山形の美味しいお店や街を活性化するために実施している特徴的なイベントなどを運営しています(写真撮影/土田 貴文)

大企業という安泰を捨てる、その決意は並々ならぬものだったのではないでしょうか。

「自分としては、”どこで働くか”よりも”誰と働くか”が大切だと思っていて。心から愛していた山形のことを盛り上げるということには変わりはないし、何よりもこの人と一緒に仕事をしたらもっと面白くできると思ったのです」(長岡さん)

一方、ホテルレストランの料理長である佐藤義高さん。佐藤さんの地元は、鶴岡市の隣にある酒田市です。就職してからずっと東京で暮らしていたものの、いつかは地元に帰ることを考えていたそう。しかし地元の求人の多くは、就労環境や条件などで首都圏との格差があり、Uターンすることを躊躇していました。そんな中で、スイデンテラスの話を知人から耳にします。

「私はいつかUターンしたいなと思っていたものの、独立して店を開業するか、どこかに就職するかの選択となるのだろうなと考えあぐねていた。そんな時に地元の友人から『スイデンテラス』の話を聞いて面白そうだと思いました」(佐藤さん)

ホテルへの就職となると、仕事の内容がある程度決まるため、転職といってもほぼ業界の出身者が集います。

ところがこのホテルは「”まちづくり”の会社が担っていて、集まるメンバーも地方創生やまちづくりに関心がある人が多く、なかにはホテル勤務未経験者もいます。こうした今までにない環境が、自分の中の考え方や料理にプラスになると感じ、Uターンして働くことを決めました」と佐藤さん。

スタッフたちは皆、“街をよくしたい”という思いで、常に語り合っているそう(写真撮影/土田 貴文)

スタッフたちは皆、“街をよくしたい”という思いで、常に語り合っているそう(写真撮影/土田 貴文)

実際に働いてみてどう感じているのでしょうか。佐藤さんは「さまざまな出身のスタッフたちと一緒に働いているし、お客様も全国から来ていただいているので、ある意味で自分が想像していた地元で働く感覚よりも刺激的で、都会的な感覚もあります」と言います。

しかし、こうも続けます。

「スイデンテラスをきっかけに、地元が少しずつ変わっていく姿を見るのが面白い。また自分が帰郷して、食を通じて地元の食材の魅力を見直すことでき、それを訪れる人に伝えられることを嬉しく思っています」(佐藤さん)

縁もゆかりもなかった鶴岡。知れば知るほど夢中になっていった

故郷に近い場所で働くUターン者ももちろん、「山形」の魅力に心を奪われてIターンをしてきたスタッフも多くいます。ヤマガタデザインでは働くスタッフの3割がIターンだといいます。

四季折々に変化する景色の豊かさは、Uターン・Iターンして再確認できたと、口々に話していました(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

四季折々に変化する景色の豊かさは、Uターン・Iターンして再確認できたと、口々に話していました(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

レストランサービスのリーダーである持田絢乃さんは埼玉県出身。それまでは都内や関東近郊の飲食店で働いていました。仕事をする中で、食品ロスの多さなどに違和感を感じ始め、もっと食を大切に、より深く食を学びたいという気持ちが強く湧いてきたそうです。

そんな中、脳裏をよぎったのが学生時代にお世話になった鶴岡のことでした。

「大学時代に地域フィールドワークの授業で訪れた鶴岡の街のことがずっと忘れられなかったんです。授業では、地域の課題を街のお母さん方と一緒に解決策を考えていくというものだったのですが、とにかく温かく接してくれて。そのことが忘れられなかったんですね。私が鶴岡に移住したいと思ったのは、こうしたこの街の人たちの優しさに触れたのが大きいです」(持田さん)

飲食店を退職し、鶴岡に来てしばらく農家レストランなどで働いていましたが、「この街」の良さをもっと発信したい、と思った時にヤマガタデザインに出合ったと言います。

「一人だと小さな力しかないかもしれないけれど、ここだったら“この街が好き”っていう人がたくさん集まっているので、なにか面白いことができると思っています」(持田さん)

一方、地元が近県の秋田県という武井真笑さん。関東の大学を卒業後は、Uターンして自動車ディーラーで営業の仕事をしていました。現在はホテルレセプションをしています。
あえて山形へ移住したのは、以前から地域振興に興味があったから。きっかけはNPOについて情報発信するサイトを通じて、鶴岡を知り訪れたことだったそう。

「実際に山形を訪れてみたら“すごくいいところじゃん”って思って。何より食事が美味しいし、人がみんなあたたかい。ここで働きたいなと思った」と移住に踏み切ったそうです。

食が豊かなことを改めて知ることができたと話すIターン者のお二人。気鋭の生産物を目利きして、「スイデンテラス」から発信していくことも大切にしています(写真撮影/土田 貴文)

食が豊かなことを改めて知ることができたと話すIターン者のお二人。気鋭の生産物を目利きして、「スイデンテラス」から発信していくことも大切にしています(写真撮影/土田 貴文)

「それまでは隣の県といえども、山形のことを本当に知らなかったんですね。秋田から山形へ出かけるって思ったよりも時間がかかるので。同じ東北地方でも仙台に足を延ばす方が圧倒的に早いんです。ここで仕事をし始めてからこんなにも山形は魅力的なんだな!と改めて感じることが多いです」(武井さん)

ホテルのエントランスには、地元のクリエイターの作品が多数並びます(写真撮影/土田 貴文)

ホテルのエントランスには、地元のクリエイターの作品が多数並びます(写真撮影/土田 貴文)

ここ鶴岡には“街を良くしていきたい”と熱い気持ちを寄せる若い世代が集うと武井さんは話します。

「ヤマガタデザインはもちろん、地元の飲食店や、クリエーター、商店の人たち、まちづくり団体の人たちなど本当にたくさん。この仕事をきっかけに街の魅力を共有できる人たちと、これからも協業できたらいいなと思っています」(武井さん)

地方に暮らして働き、「その街」の魅力を、これからも全力で発信していく!と、エネルギッシュな皆さん。(写真撮影/土田 貴文)

地方に暮らして働き、「その街」の魅力を、これからも全力で発信していく!と、エネルギッシュな皆さん。(写真撮影/土田 貴文)

大きな志を持った山中さんという一人の人物によって、たくさんの人が影響を受け、ここ“鶴岡“の街は確かに変化を遂げていっているようです。UターンやIターンはもちろん簡単なことではないですし、決断をすることにもエネルギーを使います。

ですが、「志」を同じくした仲間がいれば、もしかしたらその一歩は、踏み出しやすくなるのかもしれません。
ヤマガタデザインのように、地方から「ときめく」暮らしや仕事が各地に増えていったら、住む場所を選ぶ私たちはもっとワクワクしそうです。

●取材協力
・スイデンテラス
・ヤマガタデザイン株式会社
・ヤマガタデザインリゾート株式会社

住んで、創作して、働いて、プレゼンする。職住一体型アーティストレジデンス&アートホテル「KAGANHOTEL」

京都駅からひと駅。JR「梅小路京都西駅」の誕生もあり、京都で注目を集める京都駅西部エリア。早朝には京都市中央卸売市場で働く人々の活気ある声でにぎわうが、昼になると閑散。他の町とは時間軸が異なる、とても特殊なエリアだ。その場外市場に入っていくと、大きなアイアン×ガラスドアの無機質な建物が出現する。それが、KAGANHOTEL。築45年、5階建て青果卸売会社の社員寮兼倉庫をリノベーション。若手現代作家が住まいながら創作に励むことができる、コミュニティ型アーティストレジデンスであり、アートホテルでもあり。

「ネタ帳に「こういうものがあったらいいよね」を書き留めておく。そして、人生のタイムライン上、タイミングが合ったときに実行するようにしています」扇沢さん(写真撮影/中島光行)

「ネタ帳に「こういうものがあったらいいよね」を書き留めておく。そして、人生のタイムライン上、タイミングが合ったときに実行するようにしています」扇沢さん(写真撮影/中島光行)

早朝の市場の街に、新しい人の営みを

「ここは、まだ真っ暗な朝3時から動く町。トラックが動いて競りが始まり、朝10時には終わって、人がいなくなる。制作音が出る作品づくりなら、生活時間が重ならなくて、好都合じゃないかと」。そう語るのは、代表の扇沢友樹さんだ。市場で働く人から、アーティストに、生活のバトンタッチがグラデーションとなり、この街を彩る。「アーティストがホテルで働いてお金をかせぎながら、創作活動と同時に発表もできる、職住一体型アーティストレジデンスです。ホテルという同じ場所で流動的な人の流れとアートをマッチング。宿泊者とアーティストの新たな関係性を日常的に生み出します」

まず、KAGANHOTELの中を案内しよう。

エントランスを入ると、突如地下への階段が現れる。「創作するなら、その作品を出し入れしやすいことが必須。それなら、大きな動線が必要だろうと、もとは青果を保存していた地下倉庫につながるこの『落とし穴』ありきで、リノベーションを進めました」と扇沢さん。地下にはギャラリーとブースに仕切られたスタジオがあり、各アーティストに振り分けられている。

玄関を入るとすぐに地下へとつながる階段(写真撮影/中島光行)

玄関を入るとすぐに地下へとつながる階段(写真撮影/中島光行)

ギャラリースペース。ベッドに映像が映し出されるインスタレーション(写真撮影/中島光行)

ギャラリースペース。ベッドに映像が映し出されるインスタレーション(写真撮影/中島光行)

1階は、ホテル受付&イベントスペース&カフェバー。和室のふすまのような引戸で4つに間仕切られているので、必要に応じて空間を拡大、縮小。空間をスマートに使い分けることができる「和」を意識したスペース。古い梁や柱はグレーの構造体そのまま、手を加えたふすま部分はホワイトにペイントし、レイヤーを分けることで、元の建物の存在感と、新たに加えたものの役割やこだわりがうまく共存し、多面的な空間をつくり上げている。

ガラス戸の向こうに広がるのが場外市場。ホテルの開口部を大きく、外側に垂れ壁をつくることで、1階と町がつながる工夫を施した(写真撮影/中島光行)

ガラス戸の向こうに広がるのが場外市場。ホテルの開口部を大きく、外側に垂れ壁をつくることで、1階と町がつながる工夫を施した(写真撮影/中島光行)

カフェバースペース。前のビルと手を加えた部分がレイヤーになっているのがよく分かる。倉庫として使う地下へ1階から青果を運んでいたのはベルトコンベア、カウンターのガラスの下を支える土台としてリノベ後も活躍(写真撮影/中島光行)

カフェバースペース。前のビルと手を加えた部分がレイヤーになっているのがよくわかる。倉庫として使う地下へ1階から青果を運んでいたのはベルトコンベア、カウンターのガラスの下を支える土台としてリノベ後も活躍(写真撮影/中島光行)

2階は団体で宿泊できるドミトリー、3階はアーティストの住まい、4階は創作活動のために作家が中期的に滞在するホステル、5階はプレミアムホテルとして、一般客が宿泊できる。客室内はアーティストがプレゼンテーションする場でもあり、作品が壁に展示されていたり、作品をモチーフにしたベッドカバーなどが使われており、室内にあるタブレットには作品リストやコンセプトを紹介している。宿泊前にホテルのホームページでリストから好きな作品やアーティストをピックアップしておけば、それらの作品を、宿泊する部屋のモダンな床の間に飾るといったこともオーダーできるのだ。

団体が勉強合宿などを行う2階。アーティストがDIY中(写真撮影/中島光行)

団体が勉強合宿などを行う2階。アーティストがDIY中(写真撮影/中島光行)

4階中期滞在用ホテル。Rの窓が船舶みたいで面白い。建築当時の流行とか(写真撮影/中島光行)

4階中期滞在用ホテル。Rの窓が船舶みたいで面白い。建築当時の流行とか(写真撮影/中島光行)

(写真撮影/中島光行)

高低差が面白い5階ホテル。自分で選んだアーティストの作品を床の間で鑑賞できる(写真撮影/中島光行)

高低差が面白い5階ホテル。自分で選んだアーティストの作品を床の間で鑑賞できる(写真撮影/中島光行)

アーティストには創作拠点、滞在者にはアートとの関わりを提供

現在、KAGANHOTELのアーティストとして創作活動に励み、スタッフとして働くひとりが、現代アート作家のキース・スペンサーさん。アメリカから来日、福島と京都で暮らした経験があり、「アートに集中したい」と、日本での滞在型アーティストプログラムを探したところ、辿り着いたのが、このKAGANHOTELだった。「アーティストとして活動するなら京都がいいと思っていたので、住むことが出来て感激しています」

ギャラリーに展示されている作品「All our maps have failed」(18年作)の前で語るキース・スペンサー(写真撮影/中島光行)

ギャラリーに展示されている作品「All our maps have failed」(18年作)の前で語るキース・スペンサー(写真撮影/中島光行)

彼のとある1日は、こうだ。8時半から17時半までホテルで仕事に従事、現在は2階の工事仕事を担当している。実はこのホテル、地下+1階と5階は工務店による施工で完成しているが、2~4階はスタッフの手によるDIY。まだ、作業中の階も多く、アーティストがみずからDIYするのだ。今後は、工事だけでなくフロントやカフェなどほかのホテル業務も手伝っていく予定とのことだ。

創作活動は19時から毎日3時間。「階段を降りるとスタジオがあるのは贅沢なこと。心の中にある福島の風景をメインに、ドローイングや風景画、抽象画を手掛けています。作品も大きなものから小さなものまでありますね。ここは、アーティストのコミュニティ。アーティストと一緒に住むことで、作品のことなど、悩みを互いに理解できるのがいいですね。まだオープンして数カ月なので、宿泊者との交流とまではいかないですが、今後は反応も楽しみ。このホテルを出発点に、京都に、関西に作品を届けていきたいです」

地下のスタジオはアーティストごとにブースで仕切られている(写真撮影/中島光行)

地下のスタジオはアーティストごとにブースで仕切られている(写真撮影/中島光行)

「このホテルは、長期滞在者、中期滞在者、ワンデイステイと、いろんな使い方があり、世界を旅する客船のようでもあります」と扇沢さん。「作家の作品を買ったことがない宿泊者は、泊まっている間、身近にアートのある暮らしをすることで、コレクターの疑似体験ができます。京都に来た作家さんは1週間~1カ月、ここで創作活動ができます。数十名単位の学生が合宿し、勉強会も開催できます」。職住一体型コミュニティという完結したサイクルに、いろんなスパンの滞在者がスパイラルに関わり合いながら、アーティストをサポート。そんな仕掛けづくりが見事!

扇沢さんは、学生のころから起業を目指し、経験を積むために一度は就職活動も行ったものの、やはりすぐにでも始めようと、大学卒業後すぐ不動産会社を立ち上げたという異色の経歴。「ずっと京都にいる20代30代の若者向けの職住一体型住居を企画・運営してきました。そもそも京都には、下で商売をして上で暮らす職住一体型の京町家というスタイルが存在していたのですが、この社員寮や商店の多く残っているエリアで職住一体型というのはすごく意味があると思っています」と扇沢さん。このKAGANHOTELも、町家のように、上は住居スペース、下はイベントを開催したり、飲食経営したり、まさにチャレンジハウス。

このKAGANHOTELがアートとアーティストがテーマなのに対し、クラフトやクラフトマン、つまり職人をテーマとしたスペースがある。KAGANHOTELのすぐそば、扇沢さんが先に手掛けたREDIY(リディ)というスペースだ。「場外市場というエリアに出会ったのは5年前。まずはKAGANHOTELとなる社員寮よりもう少し規模の小さいREDIY(リディ)から始めました」

乾物屋のビルをリノベーションしたREDIY(リディ)。1階はレーザーカッターや3Dプリンタが使えるスペースになっている(写真撮影/中島光行)

乾物屋のビルをリノベーションしたREDIY(リディ)。1階はレーザーカッターや3Dプリンタが使えるスペースになっている(写真撮影/中島光行)

ここは元乾物屋のビルで、建築・クラフトマンのための、工房・シェアハウス・オフィスを併設する、職住一体型クリエイティブセンター。2階には木工や溶接までできる工房があり、建築設計、グラフィック、写真、家具造り、鉄鋼、彫刻をする人々が集まった。扇沢さんはこのセミクローズドの完結した環境で同年代のクラフトマンと自ら共同生活をしつつ、職住コミュニティの可能性を模索した。

2階の工房は、溶接や木工作業ができるよう工具がそろっている(写真撮影/中島光行)

2階の工房は、溶接や木工作業ができるよう工具がそろっている(写真撮影/中島光行)

「サラリーマンとクラフトマンの二足のわらじの人も。それぞれのライフプランに合った生活をしてほしい」

ここに住み、創作活動をしている高橋夫妻は、まさにそんな例だ。もともとレザー小物の製造販売会社で制作や販売を担当していた紗帆さんは、その後独立。「当時、家で作業するには音問題もあり、気を使いながらの作業ではストレスもたまりました」(紗帆さん)。そんな時、大輔さんがフェイスブックでREDIY(リディ)を見つけて、このシェアハウスに飛びついた。

アクセサリー作家の高橋紗帆さん、ご主人の大輔さん(写真撮影/中島光行)

アクセサリー作家の高橋紗帆さん、ご主人の大輔さん(写真撮影/中島光行)

REDIY(リディ)の面白いところは、住まいや工房の借り方が自在なところ。ちなみに高橋さんは、最初は夫婦別々に2部屋借りていたところから、大きな1部屋にチェンジ+工房1ブース、その後工房が2ブースになり、さらに工房を3ブースと、道具や材料が増えるにつれて、工房のスペースが広くなっていった。これぞ、REDIY(リディ)の拡張の法則。紗帆さんは今ではレザーと金属を使ったアクセサリーをつくる作家さん。大輔さんは現在は紗帆さんを手伝いながら、勤めていた会社をやめ、次のステップの準備中だ。

現在は3ブースレンタルしている工房風景。なんとロフトは自作!(写真撮影/中島光行)

現在は3ブースレンタルしている工房風景。なんとロフトは自作!(写真撮影/中島光行)

「将来的にものづくりを生業にしたいという思いを応援してくれる環境がそろっているのですごくやりやすい。何かをつくりたいと思ったら近くに道具があるし、制作中の騒音や匂いを気にする必要が無くなるような環境・設備があるのでフットワークも軽くなりますね。普通だと工房を借りようと思うと、家賃+α必要ですが、ここなら簡単にそういう環境が手に入る。徐々に仕事が増えていくと、自分たちの暮らし方や、仕事の幅、収入によって、住まい+工房のカタチを変化させることができるのも魅力的です。京都駅に近いので便利ですし、友達も増えて、すごく楽しいです。私たちが職住をここで行っているの見て、好きなことを仕事にしたいと挑戦する仲間が増えてきたこともうれしいですね」

京都に根付く職住一体の暮らしから、若い世代を応援

扇沢さんがライフワークとして活動したREDIY(リディ)には、住む、つくる、環境、コミュニティ、関係性。そんなキーワードが見える。「こうあったらいいな、ということを一つ一つ実現していき、それが一段落したとき、この職住システムをマクロに発展させる必要があるなと。事業としてやるということを意識し始めたんです」。そして、覚悟を決めて挑戦したのが、KAGANHOTEL。ほど近い場外市場で、REDIY(リディ)で出会った建築家さんたちと一緒につくりあげた。不動産の専門家としての立場から、美術家にとってどんな環境が必要かアウトプット。レジデンスに住まうアーティストの選考は、京都芸術大学教授の椿昇さんはじめとする現代作家の方3名にアドバイザーを依頼し、クオリティを担保したのも事業家としての責任感と思いからだ。

働き方より暮らし方。建物だけではなく、そこに生まれる関係性の価値を事業化してきた扇沢さん。今後の展望は?
「下で働いて上で暮らすグラデーションのある生き方ができる職住一体型は、特に京都で意味があると思っています。京都は人口の1割約13万人と学生が多く、『キャリアどうする?』と考えている人が大勢いるポテンシャルの都市。そんな 20代30代のために、キャリアを確立するための準備期間として住環境提供していきたいと。そのために、自分たちの作品やプロダクトを持っているクラフトマンやアーティストで始めたのが、REDIY(リディ)であり、KAGANHOTEL。将来的にはまだ手に職を持っていない若者に向けてもキャリア型学生寮ができればいいなと思っています」
 伝統的なもの、格式高いものを大切にする京都の中では、扇沢さんがつくろうとしている若い作家が刺激をしあう場や、テーマである現代芸術に対し、理解が得にくい場面もあるそうだ。しかし、扇沢さんが目指していることは、昔から続く京町家がそうであったように、暮らすことと、働くことが一体、職住一体であること。生活の中の視点から新しい芸術が生み出され、それを求めて人が訪れること、実は何も変わらない。かつては、どの街も働く音や生活音に溢れていた。朝しか活気のなかったこの市場の街が、アーティストやクラフトマンの創作の音、作品や創作活動を通じて訪れる人とで、新しい一面を生み出しつつある。新型コロナウィルスの影響で、扇沢さんが理想とする、アートを通じた人の交流は、今この瞬間は厳しい環境に立たされている。事務所費用の負担が大きいアーティスト、事業主にマンスリーオフィスやワークスペースとして貸し出すことも始めた。この苦難を乗り越え、美しいものをずっと守ってきた京都に、新たな創作が続いていくことを応援していきたい。

●取材協力
河岸ホテル

賛否両論! 大阪のディープゾーン「新今宮」は星野リゾート進出でどう変わる? 街の声は

2025年日本万国博覧会 (略称『大阪・関西万博』)の開催が決まるなど、話題に事欠かない激動の大阪市。なかでもとりわけ市民を驚かせたのが、JR大阪環状線及び南海「新今宮」駅前に、「星野リゾートがホテルを建設する」という2017年のニュースでした。大阪市が「新今宮」駅前の開発事業者を募り、名乗りをあげたのが意外にも星野リゾートだったのです。

高級ラグジュアリーホテル『星のや』で知られる星野リゾートが、どんなホテルを新今宮に?

大阪市には全国最大の日雇労働市場があります。それが「新今宮」。求職者と仕事を紹介する業者や簡易宿泊所が集まる場「あいりん地区」の中心と言える駅です。そんな“大阪きってのディープゾーン”と呼ばれた新今宮駅一帯に、星野リゾートのホテルが進出(「星野リゾート OMO7 大阪新今宮」2022年開業予定)するという話題は大きく取り上げられました。

では、現場となる「新今宮」駅前は今、実際はいかなる様相を呈しているのか。駅前を歩いてみることにしました。
もしかして消滅する? 「あいりん地区」の現在

JRと南海が乗り入れる「新今宮」駅。駅舎は浪速区と西成区の境界につくられ、そのためJR「新今宮」駅が浪速区、南海「新今宮」駅が西成区となっています。なんば駅の混雑緩和をはかるなどを目的とし、旧国鉄大阪環状線(当時)と連携しつつ昭和41年に開業しました。駅名は、明治時代の行政区画「西成郡今宮村」に由来します。

南海「新今宮」駅(写真撮影/吉村智樹)

南海「新今宮」駅(写真撮影/吉村智樹)

JR「新今宮」駅の北東側には浪速区のシンボルである通天閣がそびえ、片や南海「新今宮」駅にはは、4月まで開館していた「あいりん労働福祉センター」という就労斡旋施設の旧・建物があります。閉鎖の際にはおよそ220名もの警察官が出動し、物々しい雰囲気がニュース映像にもなりました。ご存じの方も多いでしょう。閉鎖された建物の周囲には定住する場所を持たない人々が暮らすバラックも散見します。

「新今宮」駅の北東にそびえる通天閣(写真撮影/吉村智樹)

「新今宮」駅の北東にそびえる通天閣(写真撮影/吉村智樹)

4月に閉館し、取り壊しが決まっている「あいりん労働福祉センター」(写真撮影/吉村智樹)

4月に閉館し、取り壊しが決まっている「あいりん労働福祉センター」(写真撮影/吉村智樹)

話題のホテルは「あいりん地区」の目の前に建設中

星野リゾートが当地に建設するホテルの名は「OMO7(おもせぶん) 大阪新今宮」。「OMO」は星のや、リゾナーレ、界に続く星野リゾート第4のブランド。「旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトに、2018年4月に「OMO7 旭川」(北海道)、5月に「OMO5 東京大塚」の2施設を開業。建設中の「OMO7大阪新今宮」は、OMOブランド3軒目となります。

「OMO7大阪新今宮」(写真提供/星野リゾート)

「OMO7大阪新今宮」(写真提供/星野リゾート)

「OMOブランド」は、スタッフが“ご近所ガイド OMOレンジャー”となって街を案内する、地域と一体となったサービスが特徴です(以前スーモジャーナルで取材した「OMO5 東京大塚」)のツアーの様子)。

開業予定は2022年4月。14階建て、部屋数は436室を予定し、館内には庭も設けるなど、かなり大掛かりなホテルです。立地は浪速区の南端ですが、部屋の南側から見渡す光景は西成区の「あいりん地区」となります。

工事が進む星野リゾートのホテル「OMO7 大阪新今宮」(写真撮影/吉村智樹)

工事が進む星野リゾートのホテル「OMO7 大阪新今宮」(写真撮影/吉村智樹)

JRのプラットホームからも着工の状況が見て取れるほど新今宮駅からは近く、大型ホテルの登場で駅周辺の雰囲気も一変するのでは、と星野リゾートが新たな境地へとギアを入れた「本気」を感じずにはいられません。

ホテル建設の様子はJR「新今宮」駅のプラットホームからも垣間見える(写真撮影/吉村智樹)

ホテル建設の様子はJR「新今宮」駅のプラットホームからも垣間見える(写真撮影/吉村智樹)

新今宮はバックパッカーの楽園に。かつてのイメージはもはやない

線路に沿って建ち並ぶのは、新しいホテルやゲストハウス。

線路沿いに建ち並ぶ低料金で宿泊できるホテル(写真撮影/吉村智樹)

線路沿いに建ち並ぶ低料金で宿泊できるホテル(写真撮影/吉村智樹)

Wi-Fiが完備された部屋がわずか2000円前後の宿泊費でステイできるとあり、駅前は海外からのバックパッカーであふれかえっています。

駅前や駅構内には海外からの観光客がいっぱい(写真撮影/吉村智樹)

駅前や駅構内には海外からの観光客がいっぱい(写真撮影/吉村智樹)

山谷(東京都上野)、寿町(横浜市寿町)と並んで大規模な簡易宿泊所街と言われた往時の面影は、もはや確認できません。新世代の経営者たちが2005年、外国人旅行者向けに「大阪国際ゲストハウス地域創出委員会(OIG)」を起ち上げて転換をはかったのがそのきっかけだったそうです。

行政も新今宮のイメージアップに起ち上がった

新今宮駅前のイメージアップに、行政も新たな動きを見せています。

西成区役所総務課は2019年(令和元年)8月7日、「新今宮」駅前南側一帯のリノベーションを促進させ、民間主体のにぎわいを創出する「Shin-Imamiya R Project(仮称)」と、空き店舗等の改修経費の一部として大阪市からの補助金を交付する「提案型地域ストック再生モデル補助金交付事業」の発足を発表しました。

このふたつのプロジェクトは、西成区「新今宮」駅周辺の地域イメージを向上させ、来訪する人たちを歓迎する取り組みです。また、新今宮で活動をしたい人、お店づくりをしたい人、事業を始めたい人、住みたい人などを将来的に増やすことを目指しているのだそう。

「Shin-Imamiya R Project(仮称)」はすでにスタートしており、違法な壁の落書きをなくすため、海外のアーティストが「公式」のウォールペインティングをほどこすなど、街のいたるところで官民一体となった催しが開かれています。

西成のウォールアートプロジェクト「西成ウォールアートニッポン」(略称:西成WAN)(写真撮影/吉村智樹)

西成のウォールアートプロジェクト「西成ウォールアートニッポン」(略称:西成WAN)(写真撮影/吉村智樹)

「365日、三角公園に通う男」から見た新今宮の今昔

「新今宮」駅の線路沿いを歩き、リノベーションの進展をひしひしと感じました。しからば、街の人々は時代の移ろいをどのような気持ちで受け止めているのか。新今宮にゆかりが深い人々にお話をうかがいました。

訪れたのは、「三角公園」の愛称で親しまれる萩之茶屋南公園。南海「新今宮」駅から約700 m真南に位置する、言わば西成区のセントラル・パーク。定期的に炊き出しが行われ、小屋を建てて住んでいる人も少なくはありません。1964年に園内に設置された「街頭テレビ」が、今年2019年4月に復活したことでも話題となった公園です。

「三角公園」の愛称で親しまれる萩之茶屋南公園。年に一度の音楽フェス「釜ヶ崎ソニック」開催中(写真撮影/吉村智樹)

「三角公園」の愛称で親しまれる萩之茶屋南公園。年に一度の音楽フェス「釜ヶ崎ソニック」開催中(写真撮影/吉村智樹)

訪問日はおりしも、毎年10月に開催され今年で8年目を迎える音楽の祭典「釜ヶ崎ソニック」の真っただ中。あいりん地区は、旧来からの地名「釜ヶ崎」と呼ばれる場合もあるのです。「のど自慢」タイムでは、ほろ酔いでごきげんなおじさんたちが自慢の喉を競い合っています。

生演奏に合わせ、自慢の歌声を披露するおじさんたち(写真撮影/吉村智樹)

生演奏に合わせ、自慢の歌声を披露するおじさんたち(写真撮影/吉村智樹)

ここに、「一年365日、たとえわずかな時間でも毎日この三角公園にやってくる」という芸人、山田ジャックさんの姿がありました。

「毎日欠かさず三角公園を訪れる」という山田ジャックさん(写真撮影/吉村智樹)

「毎日欠かさず三角公園を訪れる」という山田ジャックさん(写真撮影/吉村智樹)

三角公園へ通う生活を20年以上にわたって続け、街の人々の写真を撮る。それが彼のライフワーク。

「僕の感覚では、新今宮駅の周辺は5年前に大きく様変わりしました。『天王寺』駅前に日本一高い『あべのハルカス』ができて(2014年に開業)、ひと駅隣りの新今宮駅周辺も一気に雰囲気が変わりました。ホテルが相次いで新装オープンし、観光客でいつもにぎやか。以前はあった『怖い』『薄暗い』といった印象は、もうないんじゃないかな」(山田ジャックさん)

新今宮駅前からも見える日本一高い「あべのハルカス」(写真撮影/吉村智樹)

新今宮駅前からも見える日本一高い「あべのハルカス」(写真撮影/吉村智樹)

ひたむきにこの街を観察し続けたジャックさんは、新今宮の遷移をそう顧みます。

新今宮は、1990年に勃発した第22次「西成暴動」の様子が全国にテレビ中継され、長い間、バイオレンスなイメージを拭えずにいました。暴動の現場となった阪堺線「南霞町」駅は放火により建物が消失。危険な街という印象を与えてしまっていたのです。しかし2014年に「南霞町」駅は「新今宮駅前停留場」に改称し、JR・南海「新今宮」駅との乗り換えに至便であるとアピール。印象の刷新に取り組んでいます。

2014年に「南霞町」から改称した「新今宮駅前停留場」(写真撮影/吉村智樹)

2014年に「南霞町」から改称した「新今宮駅前停留場」(写真撮影/吉村智樹)

「新今宮は、ある意味で“若者の街”」

やはり2014年は、新今宮にとって大きな転機の年であったようです。しかし、山田ジャックさんは、こうも続けます。

「でもね、新今宮駅から南へ道一本渡ったら、街の雰囲気は、いい意味で昔のまんま。昭和の風景がそのまま残っています。20年前に撮った写真と見比べても、風景はほとんど変わらないですから。住む人の顔ぶれも、ほぼ同じ。街ですれ違う人の名前も言えるくらい。なぜ、街が変わらず元気なのかというと、住民の気が若いからだと思います。さっき、のど自慢に出ていたおっちゃん、『高校三年生』を歌っていたでしょう。演歌ですらない青春歌謡ですよ。高齢化が問題になっていると言われているけれど、感覚が昭和の高校三年生のまんまなんですよ。だから、ある意味でここは“若者の街”なのです。気が若いから、街にずっと活気がある」(山田ジャック)

街には元気が出るメッセージがあちらこちらに見受けられる(写真撮影/吉村智樹)

街には元気が出るメッセージがあちらこちらに見受けられる(写真撮影/吉村智樹)

確かに、『高校三年生』を歌っていたおじさんの前の人は矢沢永吉。どなたの選曲にも若いパッションがありました。それに公園周囲の立ち呑み店やホルモン焼きの店は、どこも表にまで人だかりができるほどの満員で、会話が弾んでいます。シャッター通りなど、どこ吹く風。このヤングな熱気は正直、意外でした。

ホルモン焼きの店はどこも超満員(写真撮影/吉村智樹)

ホルモン焼きの店はどこも超満員(写真撮影/吉村智樹)

「なので、星野リゾートが進出しても、街の雰囲気はなんにも変わらないんじゃないかな。駅前だけが極端に都会化して、二極化が進むのではないかと考えます」(山田ジャック)

どんなに時代が変わろうと、この街には人情味に溢れたメッセージが似合う(写真撮影/吉村智樹)

どんなに時代が変わろうと、この街には人情味に溢れたメッセージが似合う(写真撮影/吉村智樹)

商店主たちは人波が途絶えた暗黒の時代を経験していた

では、「商う」側の人々は、星野リゾートの進出をどのように捉えているのでしょう。訪れたのは、西成区のアンテナショップ。プラスチック製の甲冑や、西成でしか製造されていない日本で唯一の駄菓子「カタヌキ菓子」など、西成生まれの手工業製品がずらりと並んでいます。

店主の上村俊文さんは、今後の新今宮の変化を、このように考えていました。

西成区のアンテナショップを営むちょんまげ頭の上村俊文さん。鎧をかぶるのはグラフィックデザイナーの吉村将治さん(写真撮影/吉村智樹)

西成区のアンテナショップを営むちょんまげ頭の上村俊文さん。鎧をかぶるのはグラフィックデザイナーの吉村将治さん(写真撮影/吉村智樹)

「星野リゾートが進出すると決まり、他の区の人々が、『古きよき大阪の風景がなくなる』『浪花の人情が消える』などとおっしゃる。けれども、商売をする者にとっては、こんなにうれしい出来事はない。もともと、ここは誰も排他しないウエルカムな街なんですから。星野リゾートが来るというのなら、我々は喜んでおもてなしをしたいです」(上村俊文さん)

「大阪らしい風景」がなくなるのを寂しく思う人たちは少なくない(写真撮影/吉村智樹)

「大阪らしい風景」がなくなるのを寂しく思う人たちは少なくない(写真撮影/吉村智樹)

上村さん曰く、店を構える人々にとって、星野リゾートの進出は「迎え入れる」態勢にある様子。その背景には、近年にこの街が対峙した厳しい現実がありました。

「かつては繁華街である天王寺や阿倍野から、この西成へと続く、あべの銀座商店街があったのです。けれども、阿倍野再開発事業によって商店街が消え、人の往き来がなくなってしまいました。天王寺区や阿倍野区はあべのハルカスやあべのキューズモールのおかげで人が多く集まるようになり、浪速区の通天閣周辺は観光地化に成功して大いに盛り上がっている。なのに、道一本隔てた西成区に入ると、なにもない。飛田新地というかつて遊郭があった地域へ向かう人がいる程度で、買い物客がいなかったんです」(上村俊文さん)

新今宮駅周辺の商圏は、他所からの流入が途切れ、不遇にあえぎ続けました。そこに希望をもたらしたのが、他県や海外からの宿泊客だったのです。

「海外からの観光客向けのゲストハウスができ始めたおかげで、やっと人の足が戻りはじめてきました。そんな矢先に星野リゾート進出のニュースでしょう。復活への期待感がいっそう湧き起こりますよね」(上村俊文さん)

訪日旅行者の増加により、新今宮は活気を取り戻しつつある(写真撮影/吉村智樹)

訪日旅行者の増加により、新今宮は活気を取り戻しつつある(写真撮影/吉村智樹)

陸の孤島と化していた新今宮駅周辺に、部屋数430超と予定される大型ホテルが誕生するとあり、これは絶好の商機だと、期待を寄せる商店主たちは多いのだとか。

「新今宮のまわりは、食べ物が『安い』ことはよく話題になる。けれども、値段はもとより『おいしい』お店がたくさんあるんです。もっと“グルメの街”として注目してほしいですね。これはマスコミの方にも、ぜひともお願いしたいところです」(上村俊文さん)

「物価の安さ」が新今宮の魅力のひとつ(写真撮影/吉村智樹)

「物価の安さ」が新今宮の魅力のひとつ(写真撮影/吉村智樹)

街の急激な変化に「期待半分、不安半分」

最後に、さまざまな意見が交差する酒場では、どのような声が聴けるのでしょうか。「この店にはいろんな考え方のお客様が呑みに来るから、私自身の意見は言いにくい」と、匿名・顔出しなしを条件に語ってくれたのが、とあるライブ居酒屋のママさん。

「星野リゾートの進出は、大阪市と協力して行われています。住民の本音は『期待半分、不安半分』じゃないでしょうか。反対はしないけれど、全員が手放しで喜んでいるわけじゃない。大きなホテルが建って、その潮流に乗じてもしも大阪の行政が一帯を再開発することになったら、街の景色は大きく変わるでしょう。そうなったら、今の暮らしを続けられるのかなって……。居場所がなくなる人も現れるのではないか、その点は皆、危惧していますね」(ママさん)

ママさんは地区内に建つ歴史ある銭湯の保存活動をしたり、身体が不自由で働けなくなった方を支援したりするなど、西成の街と人を愛し続けた方。それゆえに、昨今の状況の変化には気がかりがある様子。

「ホテルが建つのはいいんです。星野リゾートにしろ、ゲストハウスにしろ、これからは海外からのお客様たちと交流をはかる時代だと思います。でも、4月に新今宮駅前の『あいりん労働福祉センター』が閉鎖されましたよね。今後も仕事にあぶれた日雇い労働の方々が横になったり身体を休めたりする場所がないままだとしたら、単に追い出しただけになる。それが果たして西成が進むべき道なのか。包容力が豊かなこの街の人情や雰囲気が好きだと言って、日本中や世界のアーティストたちが演奏をしに来てくれる。そういった文化もなくなってしまうんじゃないかと、それが不安なんです」(ママさん)

「もしも行政による再開発が始まれば、この人懐っこい風景がなくなるのでは」と不安を感じる人もいる(写真撮影/吉村智樹)

「もしも行政による再開発が始まれば、この人懐っこい風景がなくなるのでは」と不安を感じる人もいる(写真撮影/吉村智樹)

新今宮の大胆なイメージチェンジを喜ぶ人、不安に感じる人、「変わらない」と達観する人などなど、捉え方は十人十色。星野リゾートが建設するホテル「OMO7 大阪新今宮」の開業が予定される2022年4月までに、さらなる議論もありそうです。
現地の声を受け、星野リゾートに話を聞いたところ「新今宮には都市観光ホテルとしてのポテンシャルを強く感じています。アクセスの良さや視認性といった立地面はもちろんですが、何よりも、関西弁が飛び交い、人情味あるこの街に『大阪らしさ』があると考えます。ホテルスタッフがディープなスポットに連れていくツアーに手ごたえを感じており、新今宮においても同様に展開を検討しています」(代表 星野佳路氏)とのコメント。

多くの人が「OMOろい!」と笑顔で納得できる結果となることを、願ってやみません。

街とつながるライフスタイルホテル【後編】「ノーガホテル上野」で東京の食と文化とアートに触れる

宿泊客と地域の人々との交流を促すライフスタイルホテルが注目されています。前編「星野リゾート OMO5 東京大塚」に続き、後編では、館内のアメニティやレストランの食材、アート作品などを地元で製作、調達することで、地域の魅力を世界に伝える「ノーガホテル上野」に伺いました。
住宅のプロ「野村不動産」グループがホテル事業に初参入!

ニューヨーク発のメンズファッション&ライフスタイル誌『GQ』や、ロンドンに拠点を構えるグローバル情報誌『MONOCLE(モノクル)』など、高感度な海外メディアにも取り上げられ、世界的に注目を集めている「ノーガホテル上野」。野村不動産グループによる初のホテル事業の第1号店で、JR上野駅浅草口から東へ徒歩5分のところにあります。

吹抜けのラウンジスペースは、道路に面したガラスドアからテラス席に続いています。通りからふらっと立ち入りやすい、開放的な雰囲気です(写真提供/ノーガホテル上野)

吹抜けのラウンジスペースは、道路に面したガラスドアからテラス席に続いています。通りからふらっと立ち入りやすい、開放的な雰囲気です(写真提供/ノーガホテル上野)

パリの「The Hoxton」やニューヨークの「11 howard」のエッセンスを感じさせるデザイン性の高いラウンジでお茶を飲んでいると、ここが上野だということを忘れてしまいそうになります。

なぜ、1号店を上野に決めたのでしょうか? 野村不動産ホテル事業部の中村泰士さんに尋ねてみました。

「上野のある台東区を訪れる観光客は、年間5000万人とも言われています。上野エリアには国立西洋美術館や東京国立博物館、上野動物園、上野東照宮もありますよね。浅草寺や仲見世通り、アメ横や合羽橋も、ホテルのすぐ近く。多くの人が訪れてみたいと思う観光資源が豊富な点が、このエリアの魅力のひとつです」

ワインエキスパートとSAKE DIPLOMAの資格も有する、美味しいもの好きの中村さん。2年かけて、地元の飲食店や工房を400軒以上も巡ったそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワインエキスパートとSAKE DIPLOMAの資格も有する、美味しいもの好きの中村さん。2年かけて、地元の飲食店や工房を400軒以上も巡ったそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さらに上野は、新・旧が融和したプロダクトの街である点も魅力なのだとか。

「江戸切子や東京硝子といった伝統的なものづくり文化が残るだけでなく、蔵前のように若いクリエーターが集まる街もあります。ホテル事業を通して『人と人、人と街をつなぐコミュニティづくり』を推進していきたいと考えていた我々にとって、上野は1号店にベストな立地だったんですよ」

エレベーターホールには、地元の家紋職人である「京源」波戸場承龍氏、耀次氏による家紋アート作品が飾られているほか、4種類の客室カードキーにも両氏によるオリジナルデザインが採用されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

エレベーターホールには、地元の家紋職人である「京源」波戸場承龍氏、耀次氏による家紋アート作品が飾られているほか、4種類の客室カードキーにも両氏によるオリジナルデザインが採用されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ノーガホテルのコンセプトは、『地域との深いつながりから生まれる素敵な経験』。ゲストがその地域の文化を感じられるよう、地元の職人やデザイナーとともに製作したオリジナルプロダクトがホテル内のいたるところで採用されています。

客室のドアノブにかける「ECO FRIENDLY CLEANING(タオル・ベッドリネン交換不要)」などのサインプレートは、生活デザイン雑貨の企画会社「SyuRo」のオーナー、宇南山加子氏とのコラボレーションで製作(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

客室のドアノブにかける「ECO FRIENDLY CLEANING(タオル・ベッドリネン交換不要)」などのサインプレートは、生活デザイン雑貨の企画会社「SyuRo」のオーナー、宇南山加子氏とのコラボレーションで製作(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「客室のハンガーや靴べら、レストランのカトラリーレストやメニューボードなども、地元のクリエーターと一緒につくりました。お客様のご要望を受けて店頭で販売するようになったものもあるんですよ。製作しているショップや工房をお客様にご紹介すると、とても喜ばれます。『お土産に』と、たくさんお買い物してこられる方もいますね」

谷中、鳥越、入谷……イベントの開催も食材の調達も地元と連携

ノーガホテルでは、館内で使われるものだけでなく、イベントやワークショップの開催も地域と連携して行っているそうです。

谷中に本店のある自転車専門店「トーキョーバイク」とのコラボレーションでは、上野エリアを自転車で巡るサイクリングツアーを企画。地元、台東区の魅力を知り尽くしたトーキョーバイク代表のきんちゃん(金井一郎さん)が案内役を務めます。

洗練されたデザインと高い機能性を誇る「トーキョーバイク」の自転車は、国内外にファン多数。ツアーに使用される自転車は、スポーツバイク初心者にも扱いやすい「26」と、乗車姿勢が高く広い視野を確保できる「BISOU 26」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洗練されたデザインと高い機能性を誇る「トーキョーバイク」の自転車は、国内外にファン多数。ツアーに使用される自転車は、スポーツバイク初心者にも扱いやすい「26」と、乗車姿勢が高く広い視野を確保できる「BISOU 26」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

野村不動産ホテル事業部の竹村明里さんによると、「日本酒のテイスティングセミナーも人気」なのだとか。

ホテル事業部にくる前は、野村不動産のマンションシリーズ「PROUD」の賃貸部門にいたという竹村さん。「新しい取り組みに挑戦したい」という考えで、ホテル業界未経験のスタッフが多く採用されたそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ホテル事業部にくる前は、野村不動産のマンションシリーズ「PROUD」の賃貸部門にいたという竹村さん。「新しい取り組みに挑戦したい」という考えで、ホテル業界未経験のスタッフが多く採用されたそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「テイスティングセミナーは、ホテルのすぐ近くにある木本硝子さんにご協力いただいて開催しています。全国各地の日本酒の蔵元からゲスト講師を招いてお話を伺いつつ、木本硝子さんの日本酒グラスで実際に試飲いただくという内容です。グラスの形が違うだけで味がこんなにも変わるんだと、毎回参加者の方に驚かれますよ」

「ワイングラスはあるのに、なぜ日本酒グラスはないのか」という着想から生まれた木本硝子の『es』シリーズ。セミナー参加者には、ノーガホテルオリジナルの平杯グラスがプレゼントされます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ワイングラスはあるのに、なぜ日本酒グラスはないのか」という着想から生まれた木本硝子の『es』シリーズ。セミナー参加者には、ノーガホテルオリジナルの平杯グラスがプレゼントされます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、ホテル内のレストラン「ビストロ・ノーガ」では、地域の食材を積極的に採用しているそうです。コーヒーは台東区鳥越の喫茶店「蕪木」とコラボレーションしたオリジナルブレンド、パンは隅田川沿いにある手づくりパンの店「マニファクチュア」から、ハムやベーコンは入谷の隠れた人気店「太田ハム」から取り寄せています。

蕪木珈琲とマスカルポーネを合わせた大人の風味の和モダンかき氷『蕪木珈琲をティラミスのイメージで』。このほか、塩を効かせたグラノーラが香り高いほうじ茶シロップの甘みを引き立てる『ほうじ茶シロップと塩グラノーラ』も人気(写真提供/ノーガホテル上野)

蕪木珈琲とマスカルポーネを合わせた大人の風味の和モダンかき氷『蕪木珈琲をティラミスのイメージで』。このほか、塩を効かせたグラノーラが香り高いほうじ茶シロップの甘みを引き立てる『ほうじ茶シロップと塩グラノーラ』も人気(写真提供/ノーガホテル上野)

「どのお店も、ホテルから徒歩や自転車で気軽に行ける距離にあります。レストランのディナー等で召し上がって気に入ったからと、店舗を訪れる方も多いです。初めての場所でも、事前に少しお店の雰囲気が分かっていると訪れやすいのかもしれませんね」

地元アーティストの作品が展示される館内でギャラリーホッピング

館内には、あちこちにアート作品が展示されているのも印象的。たくさんのギャラリーを巡らなくても、ホテルにいながらギャラリーホッピングしている気分が味わえます。

中村さんによると、「キュレーションは『IDÉE』創始者の黒崎輝男さんと、『東京画廊+BTAP』の山本豊津さんによるもので、多くは地域のアーティスト、デザイナーの作品です。若手アーティストの成長を支援するとともに、ホテルを訪れたゲストにアートを楽しんでいただきたいという思いで作品をセレクト、展示しています」

有機的なラインが美しいコンシェルジュ・カウンター。手前はゲスト対面して話しやすい低さ、奥はゲストにタブレット画面を見せながら話しやすい高さを採用。カウンターを取り囲むようにギャラリーとショップが設けられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

有機的なラインが美しいコンシェルジュ・カウンター。手前はゲスト対面して話しやすい低さ、奥はゲストにタブレット画面を見せながら話しやすい高さを採用。カウンターを取り囲むようにギャラリーとショップが設けられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「アーツ千代田3331」と提携し、3カ月ごとに企画展を実施。現在、展示されているのは「21_21 DESIGN SIGHT」の「デザインあ展」などでも知られるデザイナー、寺山紀彦氏の作品『自然と人工の共通点』。気に入った作品は購入可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「アーツ千代田3331」と提携し、3カ月ごとに企画展を実施。現在、展示されているのは「21_21 DESIGN SIGHT」の「デザインあ展」などでも知られるデザイナー、寺山紀彦氏の作品『自然と人工の共通点』。気に入った作品は購入可能(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

野村グループの創業者、野村徳七氏は茶の湯や能楽に造詣が深く、文化、芸術の支援に力を注いできたといいます。その想いを受け継いで、現代アートの未来を担う新人アーティストを表彰、支援する「野村アートアワード」を創設するなど、グループ全体に文化、芸術の発展に貢献していきたいという考え方が根付いているようです。

エントランスを入ってすぐ、右手の壁面を飾るのは、東京藝術大学出身の山田悠太朗さんによるインスタレーション『Apollo Program』(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

エントランスを入ってすぐ、右手の壁面を飾るのは、東京藝術大学出身の山田悠太朗さんによるインスタレーション『Apollo Program』(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

欧米の宿泊客にニーズの高いフィットネスルームには、「テクノジム」のトレッドミルやスキルロウなどのマシンのほか、壁面には清水総二氏による大判のアート作品も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

欧米の宿泊客にニーズの高いフィットネスルームには、「テクノジム」のトレッドミルやスキルロウなどのマシンのほか、壁面には清水総二氏による大判のアート作品も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今のところ、ホテルの宿泊客は8割が外国人。日本の文化や歴史、食に関心の高い方が多く、地域との結びつきが強いノーガでの体験を楽しんでいるそうです。一方で、日本の宿泊客はまだまだ少ないのが課題だといいます。

「日本の方、地元の方にも、コミュニティスペースとして気軽に活用いただけるよう、イベントや企画を考えていきたいと思っています」という中村さん。

野村不動産の「PROUD」や「OHANA」を手がけるインテリアデザイナーとともに「家とホテルの中間」を目指したという客室は、家より洗練された上質な空間、ホテルよりは開放的で寛げる雰囲気に仕立てられています。宿泊料金は一室約1万6800円(大人一名、約8400円/泊)から。9歳までの子どもは無料(写真提供/ノーガホテル上野)

野村不動産の「PROUD」や「OHANA」を手がけるインテリアデザイナーとともに「家とホテルの中間」を目指したという客室は、家より洗練された上質な空間、ホテルよりは開放的で寛げる雰囲気に仕立てられています。宿泊料金は一室約1万6800円(大人一名、約8400円/泊)から。9歳までの子どもは無料(写真提供/ノーガホテル上野)

「大規模な再開発、地域に根ざした街づくりでは長年の実績がある野村不動産ですが、そこでの我々の仕事は建物をつくって販売するところまででした。でも、ホテルはつくってからがスタート。街の魅力をお客様にお伝えして楽しんでいただけるよう、今後も時間をかけて地域の人々との交流を深めていきたいと考えています」

これまで、ホテルといえば旅行客のための場所で、ある意味、それ以外の人には閉ざされた空間でした。けれども、ライフスタイルホテルは旅行客だけでなく、その街で働く人、暮らす人、暮らしたい人にも開かれた場所です。そこで私たちを迎えてくれるのは、「ホテルのコンシェルジュ」ではなく「街のコンシェルジュ」。住みたい街選びの強力なサポーターになってくれるかもしれませんね。

ノーガホテルは今後、2020年に秋葉原店、2022年には京都店をオープンする予定だそうです。それぞれの地域ならではの食、文化、アートを、独自のスタイリッシュな切り口で紹介してくれる日が今から楽しみです!

●取材協力
NOHGA HOTEL UENO

街とつながるライフスタイルホテル【前編】「星野リゾート OMO5 東京大塚」とディープな“地元のとっておき“を巡る

近ごろ、続々とオープンしているライフスタイルホテル。日本らしさを体験できる仕掛けがあったり、ゲスト
同士が交流できる工夫があったりと、単に「宿泊する」以上の付加価値を備えているのが特徴です。なかでも、とくに注目したいのが、宿泊客と地域の人々との交流を生み出しているホテル。宿泊客に街を楽しんでもらうだけなく、結果として街の価値向上にもつなげている「星野リゾート OMO5 東京大塚」に、知られざる大塚のディープな魅力をご紹介いただきました。

おもてなしのプロ「星野リゾート」が手がける都市観光ホテルとは

「山手線の大塚駅って、はじめて来ました!」 関西出身の私だけでなく、同行した編集者、東京出身のAさん、東京暮らしの長いTさんも同じだと言うのだから、やはり大塚は隣駅の池袋や巣鴨ほどには認知度が高くないのかもしれない。……そう思いながら北口を出ると、正面に「OMO5(おもふぁいぶ)」のロゴが入った建物が見えました。

「OMO5 東京大塚」のエントランスは、はやりのライフスタイルホテルっぽい、おしゃれな雰囲気。全125室、宿泊料金は7000円から(写真提供/星野リゾート)

「OMO5 東京大塚」のエントランスは、はやりのライフスタイルホテルっぽい、おしゃれな雰囲気。全125室、宿泊料金は7000円から(写真提供/星野リゾート)

昨年5月にオープンした「OMO5 東京大塚」は、駅から徒歩1分のところにあります。「星のや」「界」といった上質な宿泊施設を運営する星野リゾートによる新ブランドの都市観光ホテルで、北海道の「OMO7 旭川」に次ぐ2施設目です。それにしても、なぜ大塚? 不躾ながら、広報の栗原幸英さん(TOP画像左)に聞いてみました。

「実ははじめから大塚に、と決めていたわけではないんです。たまたま建物のオーナーから声をかけていただいて街を調べてみたら、駅周辺にディープで魅力的な世界が広がっていることが分かりました。『寝るだけで終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル』というOMOのブランドコンセプトにぴったりの街だったんですよ」

ロビーに掲げた「ご近所マップ」に、スタッフが厳選した地元のおすすめスポットを網羅。マップは縦2m、横3mの特大サイズ。情報は日々更新されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロビーに掲げた「ご近所マップ」に、スタッフが厳選した地元のおすすめスポットを網羅。マップは縦2m、横3mの特大サイズ。情報は日々更新されています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

かつて花街として栄えた大塚には、今でも下町文化が色濃く残っています。昔ながらの八百屋、魚屋などが並ぶ商店街や、東京に残る数少ない路面電車のひとつ「都電荒川線」。街全体が、どこかレトロで懐かしい雰囲気を醸し出している一方で、JAZZバーが多いことで知られていたり、日本酒居酒屋の聖地として有名だったり。

ゆったりと設計されたパブリックスペース。地元のミュージシャンを招いたワークショップやご近所のクラフトビールバーによる出張ビアガーデンといったイベントも開催(写真提供/星野リゾート)

ゆったりと設計されたパブリックスペース。地元のミュージシャンを招いたワークショップやご近所のクラフトビールバーによる出張ビアガーデンといったイベントも開催(写真提供/星野リゾート)

「ガイドブックに掲載されることは少ないけれど、知れば知るほど面白いのが大塚の魅力」と話す栗原さん。「OMOが提供するのは『部屋』ではなく、『旅』そのものです。お客様に都市観光を満喫していただけるよう、街と連携してさまざまなサービスを提供しています」

客室は約19平米とコンパクトながら、天井高は3m近くあります。やぐらにベッドを置いて、その下に大きなソファを配したり、壁面に角材を組んで収納スペースにしたりと、空間を使い切る工夫が満載(写真提供/星野リゾート)

客室は約19平米とコンパクトながら、天井高は3m近くあります。やぐらにベッドを置いて、その下に大きなソファを配したり、壁面に角材を組んで収納スペースにしたりと、空間を使い切る工夫が満載(写真提供/星野リゾート)

「友達が住んでいる街に遊びに行ったら、『ここはおすすめだよ!』『ぜひ、あそこに行ってみて!』と、選りすぐりのスポットを紹介してもらえますよね。そんな旅先の友達みたいな役割を、私たちが担えたらいいなと考えています」

地元の人気店を引き合わせて生まれた「ご近所さんコラボスイーツ」

宿泊客に街を紹介するだけでなく、地元の人気店同士を引き合わせ、新たな商品開発につなげることもあるといいます。例えば、ホテル内のカフェで販売されている「OMOなかサンド」や「OMOどらパンケーキ」は、地元で知らない人はいない老舗の「千成もなか本舗」と、SNSでパフェが話題の「フルーツすぎ」とのコラボスイーツです。

お店同士は以前から相手の存在を知っていたものの、駅の「向こう側」と「こっち側」なので、話をする機会がなかったのだとか。OMOのスタッフが「絶対、合う!」と確信を抱いて間をとりもったのが、オリジナルスイーツ誕生のきっかけだそうです。

香ばしいもなかの皮にしっとり餡とふわふわクリーム、香り高い旬のフルーツをはさんだ「OMOなかサンド」。甘味と酸味と香りのバランスが絶妙。地元のお茶専門店の「緑茶deアールグレイ」によく合います(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

香ばしいもなかの皮にしっとり餡とふわふわクリーム、香り高い旬のフルーツをはさんだ「OMOなかサンド」。甘味と酸味と香りのバランスが絶妙。地元のお茶専門店の「緑茶deアールグレイ」によく合います(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「これまで星野グループが手がけてきたホテルや旅館では、ゲストに館内でいかに寛ぎ、楽しんでいただくかにフォーカスしていました。けれども、OMOは違います。館内にこもらず、どんどん街に出かけてくださいとご案内しています。私たちも、ここまで街に入り込んで一緒にお仕事させていただくのは初めてです。いわゆる『観光スポット』でなくても、お客様が楽しめる素材になり得るというのは、まったく新しい発見でした」

どらやきの皮をタワー型に積み上げ、季節のフルーツとブリュレ風クリーム、キャラメルソースを添えた「OMOどらパンケーキ」。思わず写真を撮りたくなるチャーミングな見た目も魅力(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

どらやきの皮をタワー型に積み上げ、季節のフルーツとブリュレ風クリーム、キャラメルソースを添えた「OMOどらパンケーキ」。思わず写真を撮りたくなるチャーミングな見た目も魅力(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ホテルでスイーツを楽しんだ後で、そのお店を訪れるとまた違った発見がありますよ」と栗原さん。でも、はじめての街で知らないお店に行くのは不安だし、行ったとしてもお店で何を食べたらいいのか分からないし……。「そんなお客様を街に案内するのが、『ご近所ガイド OMOレンジャー』です」。栗原さん自らOMOレンジャーとなって、街に連れ出してくれるというので、さっそく出かけてみることに!

OMOレンジャーの「衣装」を着た栗原さん。栗原さんたちオープニングスタッフは開業前に半年かけて、ホテルから500歩圏内にある飲食店を100軒以上尋ね歩いたのだとか。街について詳しいはずです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

OMOレンジャーの「衣装」を着た栗原さん。栗原さんたちオープニングスタッフは開業前に半年かけて、ホテルから500歩圏内にある飲食店を100軒以上尋ね歩いたのだとか。街について詳しいはずです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

いざ出発!OMOレンジャーが大塚の街をディープに案内(昼の部)

「OMOレンジャー」は「散歩」「はしご酒」「大塚定番グルメ」「大塚のディープグルメ」「ナイトカルチャー」の5テーマからさまざまなコースを案内してくれます。レンジャーの出動は1000円/2時間ですが、街の歴史や見どころを約1時間かけて案内してくれる「散歩」コースは、なんと無料! 初心者さんにおすすめのコースだそうです。

細い道の両脇に、古くからある小さなお店がたくさん並ぶ商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

細い道の両脇に、古くからある小さなお店がたくさん並ぶ商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ホテルを出て都電荒川線の大塚駅前駅を抜け、まずはサンモール大塚商店街へ。ここには、コラボスイーツで知った「千成もなか本舗」がありました。お店のお母さんが栗原さんを見ると、「あら、いらっしゃい」と明るく声をかけてくれます。

カラフルな5色もなかは、小倉、梅、ごま、白、こしの5種類。商品名のアップリケは、ご近所さんからのプレゼントなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

カラフルな5色もなかは、小倉、梅、ごま、白、こしの5種類。商品名のアップリケは、ご近所さんからのプレゼントなのだとか(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

商店街を抜けると、地域の氏神様が祀られる天祖神社がありました。「境内にあるイチョウは樹齢約600年。高さ25mの一対の大イチョウが夫婦のようなので、『夫婦イチョウ』と呼ばれています。こちらの狛犬は『子育狛犬』なんですよ。子どもに授乳している狛犬で、全国的にも珍しいみたいです」。そんな話を聞きながら街をのんびり歩いていると、本当にそこに住む友人と散歩している気分になります。

天祖神社の例大祭は毎年9月17日。その前後の土日は神輿や山車が繰り出され、たいへんにぎわうそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

天祖神社の例大祭は毎年9月17日。その前後の土日は神輿や山車が繰り出され、たいへんにぎわうそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

都電荒川線沿線は、大輪のバラ越しに路面電車が見られる絶景スポット。「大塚駅前や線路沿いを美しくしたいという思いで、地元住民のボランティアグループによって植えられました」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

都電荒川線沿線は、大輪のバラ越しに路面電車が見られる絶景スポット。「大塚駅前や線路沿いを美しくしたいという思いで、地元住民のボランティアグループによって植えられました」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

途中、前を通った蕎麦屋の「大塚長寿庵」は、そばが美味しい……だけでなく、驚異の成約率を誇る婚活イベント「大塚 de そばこん」で有名なのだとか。

イベントに参加するには、メールで問い合わせ→女将が自ら面接→カップルになる確率を上げる必勝法を伝授→「そばこん」当日を迎えます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

イベントに参加するには、メールで問い合わせ→女将が自ら面接→カップルになる確率を上げる必勝法を伝授→「そばこん」当日を迎えます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

空蝉橋から山手線越しにスカイツリーを眺めつつ、「マルキク矢島園」へ。コラボスイーツと一緒にいただいた「緑茶deアールグレイ」はここの商品。爽やかに澄んだ上品なお茶だったので、どんなにしゃれた店かと思ったら、話好きな店主が営む親しみやすいレトロなお店でした。

栗原さんと仲良しの店主。「もうそろそろ行くからね」と何度も栗原さんが話を中断するのに、おもしろネタを次々に聞かせてくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

栗原さんと仲良しの店主。「もうそろそろ行くからね」と何度も栗原さんが話を中断するのに、おもしろネタを次々に聞かせてくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最後は、コラボスイーツのフルーツを提供している「フルーツすぎ」。その場でフルーツをカットしてつくるフレッシュジュースやパフェ目当てに通う人も多いのだとか。

息子の勝也さんは以前、大田市場で働いていたそうです。「鮮魚といえば築地が有名ですが、フルーツといえば大田市場。そこで培った杉さんの美味しいフルーツを見極めるセンスはご近所でも評判なんですよ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

息子の勝也さんは以前、大田市場で働いていたそうです。「鮮魚といえば築地が有名ですが、フルーツといえば大田市場。そこで培った杉さんの美味しいフルーツを見極めるセンスはご近所でも評判なんですよ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大満足のディープな散歩を終えてホテルに戻ると、栗原さんがにこやかに「大塚が本当に楽しいのは夜ですよ」。行かずに帰れるわけがありません!

一見さんでも大丈夫! 夜の大塚をホロ酔い気分で大満喫(夜の部)

OMOレンジャー夜の部「昭和レトログルメ」ツアーを案内してくれたのは、渡邉萌美さん。1軒目はクラフトビールの「TITANS」です。どのビールを選ぼうかとモジモジしていたら、渡邉さんが顔なじみの店員さんに声をかけてくれました。

「おすすめは『Left Hand Sawtooth Ale』。コクのある飲み口ですが、ホップのドライな後味が楽しめますよ」。人気のおつまみはなんと、宇都宮の焼き餃子(5個で500円)。しっかり味付けされているので、タレは不要。ビール片手に食べやすい!

OMOのイベントでビールを提供することもあるなど、ホテルとの結びつきも強い「TITANS」。商店街で買ったお惣菜の持ち込みもOK(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

OMOのイベントでビールを提供することもあるなど、ホテルとの結びつきも強い「TITANS」。商店街で買ったお惣菜の持ち込みもOK(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クラフトビールで喉を潤したら、お次はやきとん「富久晴(ふくはる)」へ。カウンター越しにメニューを見ながら、「レバー、ハツ、タン……」と注文していると、渡邉さんが「メニューにはないんですが、タタキも美味しいですよ」

店の前で、犬の散歩中だった女将に遭遇。「あら、レンジャーのお客さんね~!入って入って~」と背中を押してくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店の前で、犬の散歩中だった女将に遭遇。「あら、レンジャーのお客さんね~!入って入って~」と背中を押してくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

……タタキ? 店員さん曰く「ナンコツを細かくたたいて団子状にしたもので、塩で食べます」。コリコリとした食感が楽しく、さっぱりと香ばしい味が瓶ビールに合います。

お店に人によると、「うちのお客さんのほとんどは、昔から通ってくれる地元の人。レンジャーが来てくれるようになって、新規のお客さんが増えました」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お店に人によると、「うちのお客さんのほとんどは、昔から通ってくれる地元の人。レンジャーが来てくれるようになって、新規のお客さんが増えました」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「昭和レトログルメ」では、だいたい3軒くらいの店にを巡ることが多いという渡邉さん。「お客様がのんびりお食事されたい雰囲気だったら1、2軒、たくさん回りたいご様子だったら4、5軒など、臨機応変に対応しています。ルートを決めているわけではないので、案内するレンジャーによってお連れする店も違うんですよ。お客様とお話しながら、合いそうな店を考えてお連れします」

そんな渡邉さんが最後に連れてきてくれたのが、てんぷら「つづみ」。

以前は1割くらいだった外国人のお客さんが今では4割に増えたそう。店主によると「OMOで『天ぷらが食べたいけど、おすすめの店は?』と尋ねるお客さんに、うちを紹介してくれているおかげだよ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

以前は1割くらいだった外国人のお客さんが今では4割に増えたそう。店主によると「OMOで『天ぷらが食べたいけど、おすすめの店は?』と尋ねるお客さんに、うちを紹介してくれているおかげだよ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「ここの天ぷらは本当に美味しいんですよ! 私たち、スタッフもよくランチでお邪魔しています。やっぱり自分が美味しい!オススメしたい!と思う店にお連れして、お客様に喜んでいただけるのが一番うれしいです」

昼でも夜でも、天ぷらは必ず揚げたてを出すのが店主のこだわり。7種類の塩が用意されているので、お好みでかけていただきま~す(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

昼でも夜でも、天ぷらは必ず揚げたてを出すのが店主のこだわり。7種類の塩が用意されているので、お好みでかけていただきま~す(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

約2時間のコースを終えてテンションの上がった私たちは、その後、ほかにもOMOレンジャーに教えてもらった店に行って、夜の大塚をさらに満喫したのでした。

住む街選びの第一歩として、昼だけでなく夜の街の雰囲気もしっかり知るために、まずはこういったホテルに一泊してみてもいいかもしれませんね。

2021年には、大阪市西成区の新今宮に3軒目のOMOがオープンする予定だそうです。新今宮といえば、通天閣に新世界、ジャンジャン横丁と、昭和世代には馴染み深い「じゃりん子チエ」の街。さらにディープな街の魅力をゲストに紹介してくれるのを楽しみにしています!

●取材協力
星野リゾート OMO5 東京大塚