「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

スタートアップ企業でUXリサーチャーとして働く松薗美帆さん。昨年、都内にある築41年のマンションをリノベーション。パートナーとの新生活をスタートさせました。

建築家とリノベーションのプランを検討するにあたり、松薗さんが最初に着手したのが「要求定義」。仕事でサービスの開発や改善を行う際に欠かせないプロセスを、家づくりに導入したといいます。

家づくりの要求定義って、何をどうまとめればいいのでしょうか? 建築家の反応は? やってみて分かったことは? やりたいことを実現するための要求定義のポイントを、松薗さんに伺いました。

「曲線の壁」で分かれる、表と裏の空間

ともあれ、まずは完成した家を見てみましょう。

松薗さん、建築家の坂田裕貴さん・marieさんの3人チームでつくりあげた住空間。松薗さんたちが暮らしに求める機能はもちろん、坂田さん、marieさん発案の驚きのアイデアも随所に盛り込まれています。

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

最大の特徴は、フロア全体に立てられた「曲線の壁」です。

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

ひとつながりの壁の「表」と「裏」を行き来しながら暮らす、不思議で楽しい住まい。かくもユニークなアイデアは、いかにして生まれたのでしょうか?

松薗「初回の打ち合わせの時に話していたのは、室内に“縁側”のような余白スペースをつくること。また、L型の形状を活かして、生活の機能と余白スペースを分けることでした。L型に曲線を重ねるアイデアは、2回目の打ち合わせの時に坂田さんからご提案いただいたものです。思いもよらない発想に感動して『もう、これしかないな』と」

坂田「生活機能と余白スペースを分ける際に、普通に直線的な壁を立ててしまうと、幅が均一になり空間にメリハリをつくることができません。図面を眺めながら思案するうちに『もしかしたら、ここに正円を描けるんじゃないか』と閃いて。CAD(コンピューターで図面作成を行うツール)で描いてみたら、本当にすっぽりとおさまりました。円が外側に膨らむ部分は窮屈になる懸念もありましたが、棚を置きつつ人が通れるくらいのスペースは確保できています。今回は現地での実測がかなり正確にできていたことも、プランを実現するうえで大きなポイントでしたね」

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

「要求定義」にプロの発想が加わり、想像以上の仕上がりに

リノベーションにあたり、はじめに松園さんが着手したのが「住まいの要求定義(※)」。日ごろ、UXリサーチャーとしてサービスを開発する際に行うプロセスを、家づくりに取り入れました。

※要求定義……システム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくプロセス

松薗「先に良い物件が見つかって、申し込みをしたのと同時に、建築家さんにお渡しするための要求定義をまとめました。リノベで実現したいことや、私とパートナーのライフスタイル、各部屋の詳細なプランも全て書き出して。文字だけでなく具体的な間取りを描いてみたり、イメージボードを作成してみたりと、私たちのやりたいことがなるべく正確に伝わるように心がけました。普段の仕事でやっているのと同じようなことですね」

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

なお、要求定義をまとめた時点で設計を依頼する建築家は確定しておらず、坂田さんのほか大手のリノベ専門会社を含めた複数の候補がいたそう。最終的に知人に紹介された坂田さんを選んだ決め手は、松薗さんの要求をそのまま受け取るのではなく、要求定義をふまえつつ、プロの視点で思いもよらない提案を打ち返してくれたことだったといいます。

松薗「UXデザインの仕事でも、ユーザーの要求をそっくりそのまま受け取って形にすることはありません。そこにプロの知見や発想が加わるからこそ、よりよいサービスやプロダクトが生まれます。坂田さんやmarieさんも、私の要望をいったん受け止め、自分のなかで解釈したうえで魅力的なアイデアをいくつも出してくれました。このお二人となら私たちが求める暮らしを叶えつつ、想像を超えるような面白い家をつくれるんじゃないかと思いましたね」

坂田「施主さんは自分のライフスタイルを最も理解していて、僕らは常に家のことを考えている。その両者がお互いに意見やアイデアをすり合わせることで、最適解にたどり着けると思っています。美帆さんは家づくりに対して確固たる意志や要望をお持ちでありながら、僕らなりの解釈やアイデアも柔軟に受け止めて、面白がってくれました。本当にやりやすかったですし、楽しく取り組むことができましたね」

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

建築家がアイデアを出しやすくなる要求定義を

はじめに要求定義をまとめる利点は、施主と建築家の目線合わせのほか、言った・言わないのトラブル防止、大まかな費用の共有など、さまざまです。

また、設計側から見ても、こんなメリットがあると坂田さんは言います。

坂田さん「通常の場合、僕らは最初に施主さんにヒアリングをして要求を引き出していきます。このプロセスには結構な労力と時間がかかるので、お客さん側で要望やイメージをある程度まとめておいていただけるのは有り難いですね。そのぶん、こちらもクリエイティブな作業に時間を使えて、より良いアイデアが生まれやすくなると思います」

一方で、松薗さんには反省点もあるのだとか。

松薗さん「かなり細かいところまで、具体的に書きすぎてしまったかなと。最初に坂田さんたちを含む複数社に要求定義をお伝えした時、会社さんによってはそのまま受け取られて、プロならではの提案があまり出てきませんでした。
少なくとも、最初の時点で間取りまで描く必要はなかったですね。『個室と個室は離してください』と伝えるくらいに留めておいて、具体的な間取りについては専門家にお任せしたほうが魅力的なプランをご提案いただけると思うので」

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

松薗さんが言うように、具体的すぎる要求定義は建築家の思考を制限してしまうかもしれません。最初の段階では詳細なプランではなく、住まいに求めることや理想の暮らしを抽象化して伝えたほうがよさそうです。

ともあれ、精度の高い要求定義が、満足度の高いアウトプットにつながるのは確か。リノベーションに限らず、家づくりのプロセスに取り入れてみてはいかがでしょうか?

●取材協力
松薗美帆さん
a.d.p Inc.

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023に見るリノベ最前線! グランプリは「高級トイレ空間」、シニア世代の「2度目の二人暮らし物件」など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。11年目となる2023年の授賞式が12月14日に開催されました。267のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作から、リノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】買取再販リノベ物件の「一点もの」化

近年、特に大都市圏では中古マンションの買取再販リノベーション事業に参入する事業者が大幅に増え、それとともに再販リノベ物件数も数を伸ばしています。買取再販リノベーションとは、事業者が中古マンションを購入してリノベーションを施し、リノベ済み物件として販売する形態のこと。

数が増えることで競争も激しくなり、そのためリノベ内容にも、コンセプトやデザイン、性能向上などの面において差別化を図った「一点もの」的な作品の増加が顕著になっています。今回の受賞作品やエントリー作品ではそうした特徴的な買取再販物件が多く見受けられました。

一般的に、買取再販リノベ物件は販売しやすいように、万人向けの設計やデザイン、コストパフォーマンスの良さなどが優先されてきましたが、徐々に一点もの的な作品が増えつつあり、大手事業者の再販物件においても差別化戦略が図られています。コスト面の制約はあるものの、買取再販リノベ物件は設計者やプランナーの豊かな発想が発揮できる側面もあり、買い手の心により響く物件となります。今後のバリエーションの広がりも期待されます。

総合グランプリを受賞した【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】もまさにそうした一点もの。今回、審査陣を最も驚かせた作品となったようです。

●総合グランプリ
【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】 株式会社bELI

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

総合グランプリに輝いた【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」】は、難病指定のクローン病と戦う友人がきっかけとなり誕生したプロジェクト。クローン病とは主に小腸や大腸などの消化管に炎症が生じる病気で、下痢などの症状が慢性的に発生し、長時間トイレへの滞在を強いられます。「持病の有無を問わず、誰もが快適に過ごせるトイレ空間をつくること」「普段の暮らしでは周りに理解されにくい苦しみと戦う人たちがいることを知ってもらうこと」がこのプロジェクトの目的。

舞台は川崎市の築30年超のマンションの住戸。トイレと洋室を一体化し、居室としても機能する空間を演出しています。折り畳み机、ダウンライトスピーカー、床暖房、涼風機能つき暖房機など快適設備も搭載。「リフォームを通して誰かの役に立ちたい」というアツい思いが形になりました。

誰でも使いやすいトイレ空間を創造した作品ですが、そこに暮らす住人が要望したユニバーサルデザイン空間なのかと思いきやそうではなく、物件完成後に売り出して買い手を見つけるという買取再販リノベ物件として市場に登場させたわけです。持病を抱えた人にポジティブに寄り添う温かい気持ち、ユニバーサルデザインの新たな形を示した点も高い評価を受けつつ、再販リノベ物件としたことについてのつくり手の勇気を讃える声が上がり、総合グランプリ受賞へとつながりました。

●レスキュー・リノベーション賞
【東京下町の古民家よ、再び】 株式会社コスモスイニシア

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

【東京下町の古民家よ、再び】は、古い家屋で使われてきたドアや引き戸、障子などの建具、収納扉、家具などをふんだんに用いた買取再販リノベ物件。「古材レスキュー」という古民家を残す活動をしている方々から譲り受けたものを再利用しています。既存資源を活用するという観点に加え、古き良きものを生かして個性的な空間に仕立てている「一点もの」の再販物件に仕立てたチャレンジングな姿勢に注目が注がれていました。

●ウェルネス・リノベーション賞
【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】 株式会社アネストワン

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】は、シニア世代にフォーカスし、快適で健康なシニアライフを送れるように住宅性能を高めた再販リノベ物件。全館空調、二重窓、全熱交換機で断熱性、快適性を向上させ、住戸の温度を均一に保ち、ヒートショックを予防。漆喰壁やチーク材フローリング、麻のタイルカーペットなど自然素材をふんだんに取り入れ、素材面でも安らぎを意識しています。

【注目point2】古くて無個性のものに、異なる表情を付加

画一的であったり無個性であったり、世の中から見捨てられがちな物件を新しいものに生まれ変わらせるのも、リノベーションの醍醐味です。今回、注目されたのは古い団地、古いホテルなどに手を加えたケース。何の変哲もない既存施設を、そのまま朽ちさせたり建て替えたりするのではなく、誰もが心地よく過ごせる価値ある場所に生まれ変わらせた点が高く評価されています。こうした作品を見ると、既存資源の活用という面において、リノベーション業界は重要な社会的役割を担っているのだということを強く感じます。

●800万円未満部門最優秀賞 ●プレイヤーズチョイス・アワード
【これからの団地リノベのあり方を問う。】 株式会社フロッグハウス

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

800万円未満部門最優秀賞とプレイヤーズチョイス・アワード(※)をW受賞した【これからの団地リノベのあり方を問う。】。神戸市にある築46年の団地の一室を、入居検討者や団地に暮らす人のためのモデルハウスに生まれ変わらせた作品で、断熱、家事動線、地産地消を軸に、団地リノベの新たな姿を提案しています。

ひどい結露、玄関収納や脱衣所がないといった、築年数の経った団地特有の不便さを解消すべく、断熱改修し、玄関と水回りの面積を1.5倍の広さにしてベビーカーを置ける玄関、室内干しできる脱衣所を設けました。地元産の杉をふんだんに内装に用い、木の香が漂う空間に。家事を楽にする回遊動線、曲線美の造作キッチン、ワークスペースなど、ターゲットの子育て世代だけでなく、団地に長年暮らしてきた高齢世帯をも惹きつける要素が盛り込まれ、画一的な団地の部屋が清々しさを感じる空間へと一新されています。

※「プレイヤーズチョイス・アワード」とは、エントリーした事業者が自社以外でベストだと思うリノベ作品を選ぶ、今回新設された賞です(他の賞はメディア関係者が審査員となり、作品を選ぶ)

●無差別級部門最優秀賞
【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】 株式会社拓匠開発

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】はビジネスホテルを複合商業施設へコンバージョンした作品です。千葉公園に面した立地の良さという最大のポテンシャルをビジネスホテル時代にはまったく生かせておらず、1階は駐車場、公園に面したテラスも資材置き場となっていたそう。客室の窓も小さく、せっかくの眺望も魅力減。

駐車場を大きな窓のある大空間に変え、上階の床を抜いて吹き抜けをつくり、開放的で映えるラウンジ空間に。容積率にカウントされない駐車場を店舗にすると床面積を減らさざるをえないというハードルを、上階の床をなくし吹き抜けにすることで解決した手法も見事です。公園の緑の借景と相まって、地元の人々がふらっと立ち寄って心豊かに過ごせる場所になりました。

RC造で間仕切壁も多く、再生するには障害が多い物件。取り壊して新築するのが一般的と思われますが、「再構築し、新たな目的の施設に再生させ、その結果を示すことが地域活性化につながる」というつくり手の信念で成し遂げられたプロジェクトとなりました。

【注目point3】残すべきものを残す、古民家再生

生活様式の変化による暮らしにくさなどによって、かつて多くの古民家が振り返られることなく解体される一方だった時代がありました。しかし太い柱や梁、震災にも耐えてきた強い構造など、本物の建材と匠の技でつくられた家は残すべき資産であるとの認識から、循環型社会が叫ばれるよりも以前から古民家を再生して住み継いでいくという意識が高まり、再生事業も数を伸ばしてきました。

しかし、住宅リノベーションの中でも、古民家の再生には多大な苦労が伴います。耐震性、断熱性の確保はもとより、現代のライフスタイルに合った水回りへの改修や間取りの改変などは、現代の住宅より手間もコストも嵩みがちなことも障壁となり、住宅としてより公共施設や商業施設として活用される傾向が多い現状もあります。今回は自宅として住み継いでいく古民家再生のお手本のような作品に注目しました。

●1500万円以上部門最優秀賞
【戻す家】 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

【戻す家】は、新潟の豪雪地域に立つ築125年の古民家を再生させた作品です。雪の重みで屋根が一部崩れ、廃墟のような有様だったそう。しかし建物を支える立派な柱や梁、土壁、無垢の床材などでつくられたこの家を見て、「残すべき使命を感じた」という施主の思いで再生プロジェクトがスタート。

耐震、断熱の問題を抱えた建物を、一度、基礎と躯体構造を残して土壁や床材などを解体。土壁は叩いて細かくし、土として保管。床材は丁寧に水洗い。柱や梁を1本1本磨き上げ、壁に土を塗るなど、手間のかかる作業を施主夫妻や両親も交え根気良く続けたそう。そうした手間暇をかけたからこそ、より愛着の持てる住まいとなったのではないでしょうか。室内は間取りや水回りを暮らしやすく変更しつつ、この家で使われてきた床板、土壁など、サスティナブルな材料を再活用することで建設費も抑え目に。新しいものに変えた部分は最小限にとどめたことにより、内部の古めかしさが残り、その古めかしさを愛でられる住まいとなりました。

●ディスカバー・リノベーション賞
【風通る、地域コミュニティの再編】 paak design株式会社

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

【風通る、地域コミュニティの再編】は、日本家屋の伝統様式が詰まった、鹿児島の大地主の邸宅を再生した作品。補修部分には既存と同じ素材を用い、土間に隣接した田の字の畳間を含め、間取りをほとんど変えることなく、かつての面影を色濃く残した佇まいに改修しています。

農家だったこの家には、以前よりご近所さんは玄関ではなく広い土間へ訪ねてきて、自然と井戸端会議の場となることもしばしばだそう。オーストラリアから移住してきた施主は地域コミュニティに関心が高く、一時期は希薄となっていた地域社会に異文化の要素も加わり、以前の日本社会が持っていた農村地での交流に新たな風が吹く場となりました。

【ここも注目!】間取りの可変性に関する斬新な提案

将来の間取り変更を容易にしてくれるギミック「柱のフレームでアウトライン化しておく」という新たな提案も高い関心を集めました。

●1500万円未満部門最優秀賞
【アウトラインの行方】 株式会社grooveagent

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

リノベーションが一般的になってきた今、家族の成長・家族数やライフスタイルの変化などによって、2度、3度とリノベーションを行うケースも見られるようになっています。【アウトラインの行方】は、そうした状況を踏まえ、将来の子ども部屋のためのグリッドをあらかじめ柱材でフレーム化しておくという、可変性の高さを感じさせる作品です。

きっかけは施主に第二子が生まれ、この先子どもが何人になるのか、いつ個室を必要とするのかがわからず、「間取りを自由に変えられる工夫」を求めたこと。その答えが最初のリノベ時にフレームでアウトライン化しておくこと。部屋を増設する際に壁を立てる工程が簡略化できることから、将来のコストを大幅に削減できるメリットがあります。施主がDIYすることも容易に。多様な使い方も可能で、さらにフレームが空間のデザイン要素となり、楽しい仕掛けにもなっています。

【ここも注目!】地方の「実家問題」に一石

全国、特に地方にある実家の後継問題に一石を投じるリノベ作品も見受けられました。

●実家リノベーション技術賞
【タクミノイエリノベ2】 有限会社斉藤工匠店

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

【タクミノイエリノベ2】は、親が暮らす実家に子世帯がUターンを決意し、大きな家屋の2階部分に大胆なリノベを施した作品。「1人暮らしの親の高齢化でどう管理していく? 空き家になったら? 相続はどうする? 大量の荷物は誰が片づけるのか?」。そういった、地方にある「実家」にありがちな問題を、いつか誰かが向き合うこととUターンリノベを決意。

福島県に立つ築45年の古家。耐震診断とインスペクションを行い、既存真壁の断熱改修。南面の大開口の構造補強をしつつ、造作ソファからの景色も設計思想に生かし、ラフに腰掛けた先の窓辺に、景色を連続的に切り取る格子を設置。「珈琲を楽しむ空間」を目指したミニマムな仕立てになっています。「物価高の昨今、既存の建物や建材を活用しないのはもったいない。ものを大切にする心で実家リノベに向き合う人が増えれば、地方が活気づき社会もうまく回る気がする」との高い意識で臨んだリノベです。

【ここも注目!】多彩な手法で個性的空間が完成

ほかにも既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベ作品が目白押し。要注目です。

●ライフ・リノベーション賞
【緑とミドリ/お家とお店】 株式会社日々と建築

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

●フレキシブル・リノベーション賞
【遊び心は無限大!顧客に響く賃貸リノベ】 株式会社住環境ジャパン

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

●ユニバーサル・デザイン賞
【What is Barrier “Free”?】 株式会社grooveagent

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

●和洋折衷リノベーション賞
【松竹梅の「欄間」―ローテンブルクと時の記憶―】 G-FLAT株式会社

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

●劇的ワンポイント・リノベーション賞
【A Castle “In the House”】 株式会社ブルースタジオ

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ムーバルリノベーション賞
【動く家】 有限会社中川正人商店

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

●伝統建材リノベーション賞
【新しい価値観の持ち主たちへ。】 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●インキュベーション・リノベーション賞
【近大発ベンチャー創出拠点「KINCUBA Basecamp」】 リノベる株式会社

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

●連鎖的エリアリノベーション賞
【お手本のようなエリアリノベーション】 株式会社タムタムデザイン

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

ストック活用が当たり前の今、リノベで究極の「一点もの」を

2023年は、前年から続く物価上昇が引き続きリノベーション業界にも直撃し、軒並み建築費の高騰を招いています。さらに、いわゆる建設業の「2024年問題」(時間外労働の上限規制適用による建設費上昇懸念)、2025年の新築住宅の省エネ基準適合義務化などにより、つくり手側はさまざまな対応が求められることとなります。改正建築物省エネ法は新築物件が対象ではありますが、この先、中古リノベ物件にも高い省エネ性能や創エネ機能が消費者や社会から求められることも想定されます。

シビアな時代にありながらも、リノベ業界は創意工夫や独自のコスト管理等で、建設費を抑えることがより必要となるでしょう。その工夫の一環として既存建築物や建材の再活用が挙げられます。今回の受賞作品にも、こうした既存ストックを最大限活用した作品が数多く登場し、リノベには、新築にはあまり見られない、既存のものを最大限有効活用するという「もったいない精神」が宿っているという印象を強く持ちました。

また一方で、「すべての人が使いやすいユニバーサルデザインの空間を形として示したい」「古くても解体せず、新たな場所を創設して結果を示すことで地域経済の活性化につなげたい」「実家Uターンリノベで地方を活づけたい」といった、人に対する優しい思いや社会に対する高い変革意識に満ちた、数々のリノベ作品もとても印象深く、温かい思いが心に残りました。

リノベ作品は、暮らす人が心地よく幸せに過ごせるよう、さまざまな手法やアイデアが盛り込まれた、まさに究極の「一点もの」。2024年にはどんな新たなタイプの作品が登場するのか、今から楽しみです。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待していま す!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023」

UXデザイナーが自宅マンションリノベの”要求定義”した結果。「絶対に後悔しない家づくり」のプロセス【ビジネスパーソン必見】

UXデザイナーのMさんと夫のRさん。今年から、東京郊外のマンションをリノベーションした新居で暮らし始めました。ユニークなのは、二人の家づくりのアプローチ。夫妻が望む暮らしを住まいに落とし込むための「要求定義」からスタートしたのだとか。

仕事では、ユーザーにとって嬉しい体験を実現するためにどんなシステムが必要なのかを考えていく役割のMさん。IT業界では欠かせない工程である要求定義ですが、理想の住まいを実現するために、どんなプロセスでそれをまとめ、家づくりに活かしていったのでしょうか? 夫妻の要望を受け取り、設計を行った建築家の伯耆原洋太さんを交え、Mさん夫妻にお話を伺いました。

暮らしに最適化した住まいをつくる

デザインエージェンシーに勤め、システム開発に携わるUXデザイナーのMさん。夫は建築ライター・編集者のRさん。夫妻は結婚6年目となる今年、東京の郊外に住宅を購入しました。

駅近に立つ、築40年ほどのマンション。80平米の一室をリノベーションし、二人の生活スタイルや望む暮らしに最適化した空間をつくりあげています。

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

それまで暮らしていた賃貸マンションでは家事の動線や収納、機能面などで不満を感じる点が多かったといいます。家を買うからには、そうしたストレスの種は全て取り除きたい。「中古マンションリノベ」を選んだのも、二人の生活にフィットする間取りや機能を実現するためでした。

Mさん「まずは、複数のリノベーション専門会社に話を聞きに行きました。でも、こちらで設計担当者を選べなかったり、打ち合わせの回数が決められていたり、使える建材が少なかったりと、思った以上に制約が多くて。特に、設計担当者がどなたになるのか分からないのは不安でした。だったらリノベ会社を介さず、自分たちで見つけた建築家さんに直接お願いしようかと」

二人はまず、Instagramで「建築家」「リノベーション」などのハッシュタグで検索し、さまざまな建築家の作例をチェックしました。気になる人がいれば、noteやブログ、インタビューでの発言までも追い、家づくりに対する姿勢や考え方を含めて吟味。そこまで徹底的にリサーチを重ねたのは、こんな理由からでした。

Rさん「僕は建築ライターという仕事柄もあって、建築家をリスペクトしています。国内外の建築物を見て回るのも好きで、建築を文化として楽しんでいます。しかし、そうした建物に自分が住むとなると、まるでイメージが湧かなくて。

建築家が手掛ける家はその人の『作品』としての側面があるので、ある種の自己表現が入ります。建築家が表現したいことと僕らが求めていることが、本当に合致するのかという心配はありましたね。妻は妻でこだわりが強いタイプなので、こちら側の思いや要望をちゃんと汲み取ってくれる建築家じゃないと、きっと衝突してしまうだろうなと。だから、素敵な空間をつくれることと同じくらい、住まいに対する考え方が合う建築家さんにお願いしたいと思いました」

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

検討に次ぐ検討の末にたどり着いたのが、建築家の伯耆原洋太氏。伯耆原氏は自らリノベーションした自邸に住み、noteなどで住まいと暮らしの関係性や、必要な機能などについて発信していました。生活者の視点に立った住まいづくりの感覚を持っていることが、依頼の決め手になったといいます。

Rさん「伯耆原さんはnoteで『一つ目の自邸が生活の変化に対応しきれなくなった点』や『その経験を次にどう活かしたか』といったことも率直に書かれていました。建築家として表現したいことがありながらも、暮らす人の声にもしっかり耳を傾けてくれる人なんだろうなと。妻にも『この人、どうかな』と提案して、ぜひ相談してみようということになりました」

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

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玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの指針や要望を明確化

伯耆原さんに設計を依頼するにあたり、はじめに妻のMさんが着手したのは住まいに対する「要求定義」。要求定義とはシステム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくステップ。プロジェクトの目的を明確に定義することで、手戻りや取りこぼしを防ぐことにもつながります。それはUXデザイナーのMさんが普段、仕事で当たり前にやっていることでもありました。

要求定義にあたっては、まずユーザーのことを徹底的に知る必要があります。家づくりの場合、ユーザーはそこに暮らす人、つまりMさん夫妻です。そのため、Mさんはまず自分たち自身を「リサーチ」し、夫妻が住まいに対して不満に感じていること、建築家にお願いしたいことなどをまとめていきました。

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

Mさん「UXデザインでは人間中心設計、つまりユーザーを中心に置く考え方が根付いています。私が仕事でつくっているシステムのように何千人、何万人が使うものであっても、できるだけ多くの人に話を聞くなどしてリサーチを重ね、ユーザーが使いやすいよう設計していくのが当たり前なんです。

家だって本来はそうあるべきですが、多くの分譲マンションはどちらかというと『限られた敷地をいかに効率よく使って建てるか』が優先されて、暮らす人目線の間取りになっていないような気がします。だから、設計は『私たちのことをできるだけ知ろうとしてくださる方』にお願いしたいと思いました。

その点、伯耆原さんは私たちが前に住んでいた家にも来てくださって、暮らし方をインプットするところから始めてくれたので、とても信頼できる方だなと。こちらとしても、なるべく詳細に私たちの状況をお伝えしようと思い、住まいに求める要望をまとめた資料を共有することにしたんです」

資料には基本方針や自分たちの暮らしについてなるべく具体的に、細部にわたるまで書き出しました。さらには「収納するもの・置くもの」を全て洗い出し、現状の収納状況やモノの量が分かるよう各所の写真も添付。これをたたき台に、伯耆原さんと打ち合わせを重ねたそうです。

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

プロの仕事を信頼し、任せる部分は任せる

ただ、建築家によっては、こうしたやり方を好まないケースがあるかもしれません。当の伯耆原さんは、このような家づくりをどう感じていたのでしょうか?

伯耆原さん「特にやりづらさは感じませんでした。家づくりに対してここまで強いエネルギーを持ってくれているのは設計する側としても有り難いですし、むしろやりやすかったですね。先ほどRさんがおっしゃっていたような建築家の表現が先行してしまう家って、結局は施主さんとのコミュニケーション不足が原因だと思うんです。施主さん側も『相手はプロだから大丈夫だろう』『実績のある建築家だから口出ししづらいな』と、ちゃんと要求を伝えていないケースもあるのではないかと。結果的に、実際に暮らし始めてから不満が出てきてしまう。Mさん、Rさんくらいやりたいことを明確にしてくれると、そうした心配もなくなりますしね」

施主側の積極的な介入を歓迎する一方で「時には、建築家視点の意見やアドバイスを受け入れてもらう姿勢も必要です」と伯耆原さん。間取りから刷新できるリノベーションとはいえ、建物の構造上できないこと、専門家の目から見てオススメできないこともあります。それをゴリ押しされると、かえって使いづらく、ストレスを感じる家になってしまいかねません。

伯耆原「お二人は家づくりに対して強いこだわりがありましたが、同時に建築やデザインに対するリスペクトもお持ちでした。こちらの意見にも耳を傾けてくれるスタンスだったので、僕のほうも単に要望をそのまま聞き入れるのではなく、思うことはしっかり伝えるようにしていました」

Mさん「わたしたちの考えていることをまとめた資料はつくりましたが、私たちとしてもこれを建築家さんに押し付けたいわけではないんです。あくまで『我々としては、いったんこう考えています』というたたき台のようなものであって、これをもとにディスカッションしながら、最終的に良い家になればいいなと考えていました。

そもそも、家づくりの素人である私たちがあまりにガチガチな要求をしてしまったら、伯耆原さんもやりづらいだろうなと。私も普段はクライアントワークをしている側なので、お互いにとって心地よい進め方をしたいという思いはありました。」

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

さらに、もう一つMさんが伯耆原さんとのコミュニケーションで気をつけていたことがあります。それは、施主として伝えるのは「目的」だけ。それを叶えるための「手段」については、プロにお任せするというものです。

Mさん「たとえば『掃除がしやすい家にしたい』という目的と、『床はロボット掃除機+フローリングワイパー程度で掃除できるようにしたい』という最低限の希望だけはお伝えします。でも、具体的なやり方は、基本的に伯耆原さんに考えてもらいました。当たり前ですが、そこはプロのほうがたくさんの引き出しをお持ちですから。それに、伯耆原さんなら細かい部分にも気を配って、私たちの想像を超える提案をしてくれるだろうという安心感もありました」

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの要求をあらかじめ整理することで、迷いや後悔がなくなった

家づくりに際し「要求定義」を行うことは、施主側、建築家側にとってどんなメリットがあるのでしょうか? 改めて、双方に伺いました。

伯耆原さん「僕は、今回の家づくりにおける辞書のように捉えています。Mさんがつくってくれた資料は単なる要望リストではなく、ご夫婦の思想や大切にしたいことなどが詰まっていました。設計で悩んだり、建物の構造の問題で要件書の通りにできない箇所があったりした時も、その辞書を引くことで『二人が本当にやりたいこと』を起点に別の手段を考えることができたと思います」

Mさん「住まいに求めることを明確にするためには、『自分たちがしたい暮らし』を見つめ直す必要があります。洗濯をした後に、洋服をどこにどう収納するのか。夏の間に冬用の布団はどこにしまっておくのか。そうした細かい暮らしのシーンを含めて、頭の中で何度もシミュレーションしたんです。『これなら大丈夫』と思えるところまで、徹底的に突き詰めたうえでスタートしているので、迷いや後悔が全くなくて。

逆に理想の暮らしを考えないまま進めていたら、『これでいいのかな?』という思いを抱えたまま何となく完成してしまって、住み始めてからもモヤモヤしていたと思います。正直大変でしたけど、やってよかったですね」

人が家に合わせるのではなく、住む人の暮らしに合わせて家をつくる。そのためには施主を含めた家づくりに関わる全員が、同じゴールや具体像を共有する必要があります。

住まいに対する自分たちの要求を整理することから始める最大のメリットは、最初に施主と建築家の目線を合わせられるだけでなく、度重なる打ち合わせの過程でズレてしまいがちなイメージをその都度すり合わせ、最初から最後までブレのない家づくりが叶う点ではないでしょうか。Mさんたちのような資料をつくるとまではいかなくても、専門家相手でも遠慮せず、自分たちの意志や希望を明確に伝えること。それが後悔のない家づくりの第一歩といえそうです。

●取材協力
Mさん・Rさん夫妻
建築家・伯耆原洋太さん(一級建築士事務所HAMS and, Studio株式会社)
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既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説

政府はいま、住宅の省エネ化を加速している。特に新築住宅では、建築する際に求められる省エネ性能の基準を2030年までにZEH水準に引き上げる考えだ。一方で、既存のマンションはその多くが現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準に引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。そこへ、積水化学工業とリノベるが協業して、既存マンションのZEH水準リノベーションの提供を始めたというのだ。

【今週の住活トピック】
既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始/積水化学工業・リノベる

ZEH(ゼッチ)水準とは?ZEHとは違うの?

まず、ZEH(ゼッチ)とは何かについて、説明しよう。
ZEHとは、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロ以下にしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーを創り、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに太陽光発電設備を設置できる屋上の面積が広くないなどの制約がある。そこで政府は、建物の階数が高くなるほど太陽光発電などの再生エネルギーによる削減の基準を緩める形で、ZEH水準を定めている。

政府が定めたマンションのZEHの定義は次の4種類があり、1~3階建ては「ZEH-M」か「Nearly ZEH-M」を、4~5階建ては「ZEH-M Ready」、6階建て以上は「ZEH-M Oriented」を目指すべき水準としている。なお、いずれの場合も、再生エネルギーを除いた状態で、基準一次エネルギー消費量から20%以上削減することが条件となる。

○マンションの4種類のZEH
ZEH-M(ゼッチマンション):再生エネルギーを含めて100%以上を削減する
Nearly ZEH-M(ニアリーゼッチマンション):再生エネルギーを含めて75%以上100%未満を削減する
ZEH-M Ready(ゼッチマンションレディ):再生エネルギーを含めて50%以上75%未満を削減する
ZEH-M Oriented(ゼッチマンションオリエンティッド):再生エネルギーの導入を条件としない

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを行う方法は?

今回提供を開始した、積水化学工業とリノベるが協業するZEH水準リノベーションは、住戸で「ZEH Oriented」に適合するようにしている。合わせて、建築物省エネルギー性能表示制度のBELSでは★5,リノベーション協議会の基準ではR1エコ★★の取得もするという。

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

まず、ZEH化の断熱改修では、積水化学グループの「マルリノ」の断熱特許工法を活用する。「グリーンシティ鷺沼」の事例では、住戸をスケルトンにした状態(上の写真)では、外気温34.6度のときには壁面温度も同程度になっているが、壁面の断熱工事後(内窓設置前=下の写真)では、外気温36.0度のときに31.8度になっている。

○断熱改修前(スケルトン)

断熱改修前(スケルトン)

○断熱改修後(内窓設置前)

断熱改修後(内窓設置前)

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

さらに、樹脂サッシLow-E複層ガラスの内窓を設置し、高効率のエアコン、エコジョーズ(高効率給湯器)、高断熱浴槽などの設備を設置することで、ZEH水準に適合させる。光熱費削減シミュレーションをしたところ、ZEH水準化によって光熱費が約30%削減できるという。

このZEH水準リノベーションによる追加の費用は、300万円(税抜き)弱。この額は、通常並みに間取り変更や一般的な設備にリノベーションした場合の費用を除き、スケルトンから断熱等級5への断熱工事費用や内窓の設置費用、設備を高効率なものにグレードアップした差額などによる。両社によると、この追加費用による住宅ローン返済額のアップ分は、光熱費の削減分でカバーでき、住宅ローン減税のZEHによる上乗せ分などの支援制度でさらに経済的メリットが見込まれるという。

今後、ZEH水準リノベーションは、区分マンションの買取再販事業、個人向けのリノベーション請負事業、法人向けのリノベーション請負事業の3つのチャネルで展開される予定だ。

カーボンニュートラル実現に向けて、既存住宅の省エネ性能向上に期待

説明してきたように、新築の住宅では法規制により、省エネ基準の適合、さらにはZEH水準への対応が進んでいくと考えられる。一方で、既存の住宅はその時々の省エネ基準に適合しているため、現行の省エネ基準よりも低い性能で建てられているものが多い。そのため、省エネ性能を引き上げる改修を行わないと、新築住宅と既存住宅の省エネ性能の開きが大きくなる一方だ。

カーボンニュートラル社会が実現するためには、既存の住宅の省エネ性能の向上が進むことが必要になる。また、新築と比べて省エネ性能が劣る中古住宅には、買い手がつきにくいという問題も考えられる。

特に、住宅の構造を共有するマンションなどの集合住宅では、一戸建ての改修よりも制約を受けやすい。既存のマンションでもZEH水準化するリノベーションが可能だということなので、こうしたリノベーションが進むことが期待される。

マンションの省エネ性能が高くなると、それ以前より夏は涼しく冬は暖かいといった、快適な室内環境で過ごすことができる。さらに、ヒートショックのリスクが減ったり、結露が解消してカビなどを吸い込む健康被害を抑制する効果もある。中古マンションを改修する際には、ぜひ省エネ性能を引き上げるリノベーションを検討してほしい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイター夫妻がリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイターカップルがリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』著者・早さんに初心者もできるおしゃれインテリアのコツを聞いてみた! マンションリノベのエピソードも

中野区にある約75平米の中古マンションを購入し、リノベーションした早(さき)さん。海外のインテリアを中心に自宅をコーディネートしてInstagramやブログを中心に発信しています。2022 年には書籍『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)を出版。インテリアコーディネーターの資格を持つ早さんならではの空間作りを伺います。

リビング

(写真提供/早さん)

リノベーション前の情報収集はPinterestで

IT企業に勤務する早さん。夫の岑(みね)康貴さんと2022年8月に生まれたお子さんの3人で暮らしています。夫婦ともに在宅勤務のため、ワークスペースはそれぞれが集中して過ごせるよう、2カ所設置。室内窓のある部屋を康貴さん、リビングの一角を早さんが仕事場所として使っています。

海外のインテリアを参考にコーディネートした色鮮やかな空間で、仕事をしながらもお互いの気配を感じられる家になっています。

康貴さんの仕事部屋

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

一口に「海外インテリア」と言っても幅広く、ネット検索しようにも自分好みの検索ワードがわからないもの。早さんはまず、自分の方向性を確かめるために写真を中心としたSNS「Pinterest」を使ったそう。

「はじめはPinterestで『海外』『インテリア』など普通のワードで検索していました。そこからハッシュタグやソース元を辿るうちに、『こういうテイストはボヘミアンっていうんだ』など、スタイルごとのキーワードがだんだんわかってきたんです。そのうちに英語で書かれた情報も読むようになり、自分好みの検索ワードを少しずつ増やしながら知識を固めていきました」

Pinterestで集めた情報は、部屋のコーナーごとに仕分けし、リノベーション会社にテイストを相談する際に利用しました。

リノベーションは「苦手な事例がない」会社へ依頼

物件探しでは、もともと注文住宅を検討していた早さん。金銭面や立地条件などから戸建ての中古物件、中古マンション……と、徐々に切り替えて探していきました。

「家の広さや交通の便も大切ですが、何よりも自分たちが好きになれる街に住みたいという希望がありました。そして、家の中は風通しや日当たり、抜け感のある居心地のよさを重視することに。最初は『自分の好きなように作れる注文住宅がいい』と思っていましたが、調べていくうちに『私たちはまだ、そのフェーズじゃないのかも』と思い直して、中古マンションをリノベーションすることに決めました」

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

リノベーション会社は物件を探している途中に決めたそうです。「過去の施工例を見たときに、『すごく好きな事例がひとつある』よりも、『事例の中に苦手なところがない』方が大事だと思いました。デフォルトの仕様が気に入るところだと、オプションをつけなくても話し合いがスムーズに進みます」

物件購入時は、希望通りの施工が可能かリノベーション会社に同行してもらう方法がありますが、都心のように人気があって物件の動きが多い場合、日程調整をしている間に別の人に決まってしまうこともあります。

早さんはリノベーションに関わる本を事前に読み、「この物件ならこういう改装ができそう」と自分である程度見極めてからリノベーション会社に確認したと言います。

理想の内装を実現する鍵は、コストをかける場所の優先順位を明確にすること

「リノベーション予算の中で、一番奮発したのが格子の室内窓です。ずっと憧れでした」

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

室内窓はガラス製で、開放感と光をよく通すことを重視したそうです。「防音性には欠けるため、互いに会議が重なるとちょっと大変です。今回は空間の広がりを優先させたので満足していますが、もしまたリノベーションをする機会があれば、別の区切り方を考えるかもしれません」

一方、浴室などはシンプルに、メーカー既存品のユニットバスを選択しました。「自分たちのライフスタイルとの相性を考えて、浴室乾燥機はつけませんでした。壁もただのシンプルな白にして、いらない機能を省いたら、結果的に見積もりよりもコストは下がりました」

都心の中古物件ではリセールを意識して万人に受けるリノベーションをすることも多いですが、早さんはあまり気にしていないそう。「何年か暮らしたら、住み替えも検討する予定。でも家を買う理由の一つが『自分の好きな空間をつくりたい』だったので、リセールを気にしすぎると方向性が変わってしまうんですよね。だから趣味費と割り切ることにしています」

海外風インテリアのカラーコーディネートはコーナーごとに2~3色以上を取り入れるのがコツ

インテリアで多くの方が悩むのが、部屋全体の色味とバランスです。早さんは、写真を撮って考えることが多いのだとか。「全部一つの色で統一するとスッキリ見えますが、異物が混ざりにくくなり、逆に難しいんです。我が家は各コーナーをなるべく2~3色のテーマカラーで合わせながらも、あまりきっちり揃えすぎずに複数の色が散らばるようにしています。実は色や柄を多く取り入れたほうがモノが多くてもあまり散らかって見えないし、カラフルな雑貨などを置いても馴染みやすいですね」

また、インテリアは部屋ごとではなく、コーナーごとでコーディネートを考えているそう。

「同じ画角に入らないところは違うテイストでも大丈夫。部屋には写真映えするコーナーをいくつもつくるイメージで広げていきます。

インテリアに悩んでしまう方は、まず憧れる部屋の写真を見つけて、そのコーナーだけ真似してみるのが簡単です。お気に入りスペースを1カ所つくると、別の場所も飾りたくなって、そのうちに気に入ったテイストが部屋全体に広がっていく。初心者は、まずは色柄のラグから挑戦してみるのがおすすめです。部屋の雰囲気がガラッと変わりますよ」

インテリアの金具類はゴールドかアイアンで統一している早さん。色や素材がひとりぼっちにならないように、小物などで色を拾って部屋のいろいろな場所に配置することで、ものがたくさんある状態でも馴染むようにしています。

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

お気に入りのポイントは、あらゆる場所を後から塗装できるようにしたことです。「『これ!』というイメージがわかない状態であれば、とりあえず白に塗ってもらう。後からでも、壁や枠、扉は自分で塗れますから」

一方、収納に関してはもっと気を配るべきだったと反省しているそう。「都内のマンションは狭いから、収納はもっと必要だったかな。でも、それとトレードオフで開放感をつくったので、結局は何を優先させるかですね。あんばいは難しいです」

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

後悔しないリノベーションの秘訣は「水回りと照明を妥協しない」

「室内窓のほかにこだわったのは、水回りと照明です」と語る早さん。「部屋の壁紙などは後からでも簡単に変えられるけれど、洗面台やタイル、壁付けの照明は後からどうにもできない部分です。リノベーションする時に理想を追求するしかありません」

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

「椅子を置いたのは、メイクをするときに座りたいからです。その分、収納スペースは減ったので、洗剤などの買い置きは最小限にしています」

生活感をできるだけ削ぎ落とす工夫も白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

扉にも注目を。「日本の扉は表面にシートを張った仕上げのものが一般的。扉の種類はたくさんあるけれど、シートの扉は日本っぽいテイストに部屋が引っ張られてしまいます。海外っぽい部屋づくりがしたかったら、扉だけは天然の素材をセレクトしたほうがいいと思いました」

また、部屋の内装で現実感が出やすいのがインターホンまわりです。早さんは、海外のサイトでアートポスターを購入して、IKEAのフレームに入れて飾りました。複数のアートがセットで売っているものもあるので、そういうものを選ぶと初心者でもバランスを考えやすいそうです。

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

ピアノの置き方も工夫が凝らされています。Pinterestで検索して、本棚にピアノが収納されている写真を見た早さん。リノベーション会社に相談して、つくってもらいました。「設計の途中でピアノの調律のために余白が必要であることに気が付き、あわてて棚の高さを変更してもらいました(笑)」

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

理想の家を目指し続ける、余白のある家

お子さんが動き回るようになると、床に置いている植物や小物類は一時的に撤去する必要がありそうとのこと。「今はまだ寝てばかりなのでそのままにしていますが、今後は低い位置にものを置きにくくなるかもしれませんね。でも、子どもがいても自分好みの空間はつくれると思うんです。壁などの高いところは飾り放題ですし。工夫をしながらインテリアと向き合っていきたいです」

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

今後はダイニングにL字ソファーをDIYで作りたいと語る早さん。「自宅はまだ、未完成です。私にとって家作りのテーマは、『つくり続けられる家』だったのかもしれません」と、笑顔で振り返ります。自分好みの空間で過ごす理想の家づくりはこれからも続くようです。

『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)●取材協力
早[SAKI]
10年間で7回の引っ越しを経て、海外みたいにカラフルモダンポップなインテリアを日本で再現する方法を試行錯誤するインテリアオタク。2020年インテリアコーディネーター資格を独学で取得。本業はIT企業勤務の会社員、たまにドレスもつくる人。毎週土曜日に海外インテリア情報をお送りするニュースレターを配信中。
Instagram @sakihaya515

著書『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)

<取材・編集:小沢あや(ピース株式会社) 構成:結井ゆき江>

空きビル「アメリカヤ」がリノベで復活! 新店や横丁の誕生でにぎわいの中心に 山梨県韮崎市

山梨県韮崎市の名物ビル「アメリカヤ」。かつて地元で親しまれていたものの、閉店して15年間、抜け殻になっていました。しかし2018年にリノベーションされ復活したことで街に訪れる人が増え、新しいお店が次々とオープン。きっかけをつくった建築家の千葉健司さんにお話を伺うとともに、活性化する「アメリカヤ」界隈の“今”をお届けします。

15年間、閉店して廃墟となっていたかつてのランドマークが復活

JR甲府駅から普通列車に揺られること約13分の場所にある山梨県韮崎市。韮崎駅のホームに降り立つと、屋上に「アメリカヤ」と看板を掲げた建物が見えます。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

1階から5階まで多種多様な店舗が入るこのビルは地元の人気スポット。しかし2018年に再オープンするまでの15年間は、閉店して廃墟と化していました。復活の立役者は、建築事務所「イロハクラフト」代表の千葉健司さんです。

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

子ども時代に祖母の住む和風住宅や、修学旅行で京都府に訪れるなどした経験から「持ち主の想いが宿り、使い込まれた古い家屋」に魅力を感じていた千葉さん。建築家として工務店に勤務し、はじめて一戸建てをリノベーションしたとき、既存の家の劇的な変化を施主が喜んでくれたことに感動。日本で空き家問題が深刻化しているのもあり「古い建物をリノベーションで甦らせていく」ことに注力してきました。

2010年に独立してからは、築70年の農作業機小屋を店舗にしたパンと焼き菓子のお店「asa-coya」、築150年の元馬小屋にハーブやアロマ・手づくり石けんを並べる「クルミハーバルワークス」を改修。若者に人気を博したことから、手応えを感じたと言います。

山梨県出身で韮崎高校に通っていた千葉さんにとって「アメリカヤ」は高校生のときに通学電車から見ていたビル。独自の空気感に魅了され、存在がずっと頭の片隅にありました。

あるときふと知人に「あのビルを再び人の集まる場所にできたら」と話したところ、相続した家族と会えることに。「もう取り壊す予定」だと聞き、たまらず自分たちでリノベーションし、管理・運営まで担うことを提案。二代目「アメリカヤ」が誕生しました。

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

建物単体からまちづくりに視点を変え、飲み屋街や宿を手がける

かつては静岡県清水と長野県塩尻を結ぶ甲州街道の主要な宿場町として栄えた韮崎市。1984年に韮崎駅前に大型ショッピングモールが、2009年に韮崎駅北側にショッピングモールができたことで、とくに駅西側の韮崎中央商店街は元気を無くしていました。しかし名物ビルの再生により、県内外から人が訪れるように。
それまでは建物単体で捉えていた千葉さんですが、想像以上にみんなに笑顔をもたらしたことで、「あれもこれもできるのでは」と街全体を見るようになります。
「あるとき地域の人から、建物の解体情報を聞いたんです。訪ねてみると、築70年の何とも味のある木造長屋。壊されるのが惜しくて、『修繕と管理を含めてうちにやらせてください』とまた直談判しました」(千葉さん)

「夜の街に活気をつけたい」という発想から、今度は個性豊かな飲食店が入居する「アメリカヤ横丁」としてオープンさせます。

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

人との出会いが生まれるなかで、地元の有志と協働する話が持ち上がります。「横丁で食事をした後に泊まれる宿があったら言うことなし」とできたのがゲストハウス「chAho(ちゃほ)」です。
韮崎市は鳳凰三山の玄関口で、登山者が前泊する土地。ここでは「登山者はもちろん、そうでない人も山を感じて楽しめること」をテーマにしています。

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

リノベーションをする際は、古い浄化槽を下水道に切りかえるほか、配線や水道管といったインフラを一新し、適宜、耐震補強。トイレは男女別にするなどして、現代人が使いやすい形に変えています。しかし何より大事にしているのは「建物の価値を生かす」こと。手を加えるのはベースの部分に留め、大工の思いが込められた、趣いっぱいの床やドア・サッシなどは、そのままにしているのが特長です。

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

仲間たちと和気あいあいと楽しく仕事ができる、それが地元のよさ

もともと千葉さんが山梨県に事務所を構えたのは、地元特有の緩やかな空気のなかで、仲間と和やかに仕事がしたかったから。それだけに自分たちのしたことで人のつながりが生まれるのは、何よりの喜びです。

「かつてのビルを知る人がお店にやってきて、懐かしそうに昔話を聞かせてくれることがあるんです。がんばっている下の世代を見て、ご年配の方も応援してくれていると感じます。古い建物の復活は昭和を生きてきた人には懐かしいだろうし、世代間の交流が促されるといいですね」(千葉さん)

「アメリカヤ」を契機にまちづくりの実行委員をつくり、「にらさき夜市」などのイベントを開催。SNSを利用しない高齢の人にも情報が届くよう、ときにチラシを配り歩きます。

こうした取り組みをする千葉さんの元には、SNSや市役所を通じて物件の問い合わせが入ることが少なくありません。そんなときはサービス精神で紹介し、“空き家ツアー”を企画。オーナーと入居者の中継地点になっています。

街の活性化の兆しは、行政や地元のオーナーにとっても喜ばしいこと。韮崎市では補助金制度を拡充し、50万円の修繕費、及び1年まで月5万円の家賃を補助する「商店街空き店舗対策費補助金」を、市民のみならず転入者も対象とするように。「新規起業準備補助金」の限度額を条件次第で200万円まで引き上げるなど、柔軟な対応をするようになりました。
活動に共感し、もっと人が増えて街がにぎわうようになるならと、良心的な賃料にしてくれるオーナーもいるといいます。

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

名物ビルの復活から3年。商店街には新しいスペースが続々と登場

さまざまな動きが後押しとなり、韮崎市では空き家を使って活動をはじめる人が次々と見られるように。既存のスポットも変化を遂げています。

2020年4月に「PEI COFFEE(ペイ コーヒー)」をオープンした谷口慎平さんと久美子さんご夫妻は、東京都千代田区の「ふるさと回帰支援センター」で韮崎市を勧められ、市が運営する「お試し住宅」に滞在。そこで自然の豊かさや人のやさしさを感じ、東京都からの移住を決めました。

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「オーナーは何かに挑戦する人に好意的な方で、自由にやらせてもらえているのでありがたいです。マイペースに長く続けていけたらと思っています」(慎平さん)

2021年2月には「アメリカヤ横丁」と同じ路地のビルの2階に、中村由香さんによる予約制ソーイングルーム「nu-it factory(ヌイト ファクトリー)」が誕生。

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

「以前は甲府市にアトリエがあったのですが、北杜市からもお客さんを迎えられる韮崎市にくることに。のどかでいて文化的なムードがあるのがいいなと思います」(中村さん)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

2021年5月に韮崎中央商店街の北側にオープンした「Aneqdot(アネクドット)」は、テキスタイルデザイナーの堀田ふみさんのお店。スウェーデンの大学院でテキスタイルを学んだ後、10年ほど同国で活動していましたが、富士山の麓で郡内織を手がける職人たちと出会い、山梨県に住むことに。にぎわいあるこの通りが気に入り、ブランドショップを構えました。

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「周辺の方はみなさんオープンで、気さくにおつき合いさせてもらっています。お客さんにきてもらえるよう少しずつでも輪を広げ、長く続けていきたいです」(堀田さん)

「アメリカヤ横丁」の木造長屋裏側の民家には2020年春に「鉄板肉酒場 ニューヨーク」と「沖縄酒場 じゃや」、2021年2月に「ゴキゲン鳥 大森旅館」がオープン。2022年4月にはクラフトビールのバーができる予定です。

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

日本酒場「コワン」の店主、石原立子さんは「アメリカヤ横丁」がオープンした当初からのメンバー。横丁での日々をこう語ります。

「地元に縁のある人がやってくることが多いので、何十年ぶりの感動の再会を目の当たりにすることも。いろいろな人がきて毎日が面白いです」(石原さん)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

“リノベーションのまち、韮崎”のために、できることは無限大

千葉さんは、今では行政や商工会に対し、空き家の活用を進めるうえで何が現場で妨げになっているか発信する役割も果たしています。

「昔は職住一体だった家に住んでいるご年配の場合、いくら店舗部分だけ貸して欲しいと言っても、ひとつ屋根の下でトラブルにならないか心配になります。出入口を2つに分ける、間仕切り壁を立てるなどすれば解決することもあるのですが、状況に即した提案に加え、工事費を助成金で賄えたらハードルはぐんと下がるでしょう。借主だけでなく貸主のメリットも打ち出し、『受け皿』をつくっていくことが大事だと感じます」(千葉さん)

あくまで本職は建築業。まちづくりを生業にするつもりはないという千葉さんですが、「面白そう」というアイデアが次々と湧いてくるよう。最近では休眠している集合住宅をリノベーションして移住者を増やせたら、と想像を膨らませているのだとか。

「誰もが親しんでいた『アメリカヤ』が復活して、イヤな思いをした人はいないと思うんです。地元の人もお客さんも、市長まで関心を寄せてくれました。『みんなにとって良いことは、おのずとうまくいく』と実感しています」(千葉さん)

常にわくわくすることに気持ちを向けている千葉さん。その原動力によって「リノベーションのまち、韮崎」が着々とつくり上げられています。

●取材協力
アメリカヤ
パンと焼き菓子のお店asa-coya
クルミハーバルワークス
BEEK DESIGN
chAho
トレイルランナー 山本健一さん
PEI COFFEE
nu-it factory
Aneqdot
鉄板肉酒場 ニューヨーク
沖縄酒場 じゃや
ゴキゲン鳥 大森旅館
コワン